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/01 ――バタフライ・エフェクトという言葉がある。 発生初期段階では無視できるほどの小さな差が、やがて時間の経過に伴い、大きな差となることである。 たとえば交通渋滞。 どこかの車がほんのわずかに速度を緩めただけなのにもかかわらず、やがてそれは廻り廻って渋滞を引き起こす。 宮永咲――仮面ライダークウガが、グロンギを一体倒さなかっただけ。 始まりはたったそれだけであった。だというのに……。 「……どうなってるんだ、これ」 世界は大きく変わってしまった。 時の列車、デンライナーを下車した京太郎の眼前に広がった光景。 “あちら”に行く以前と変わらぬ光景であるはずなのに……。 一点だけ、そこには違和感があった。 荒鷲のエンブレム、旗、ポスター等等……。 見慣れない、何かを象徴するシンボルが、街中に飾られているのだ。 祭り、あるいは何か映画の撮影か。 そうと思えるほどに――まるで周囲全員が自分を騙そうとしているような、結託した悪意にさらされたかのごとき錯覚を覚える。 街中に見慣れないマークがある――。 ただそれだけで、と思うかもしれない。だが、京太郎にとってはそれだけではなかった。 薄気味の悪いジャケットを着せられているかのごとき、居心地の悪さを覚えたのだ。 周囲の空気が、違う。自分がまるで異物だと警告されているかのような感覚。 ここが、見知らぬ土地と思えてならない。そんな違和感だ。 そして――漠然と肌を覆っていたその言い知れない感覚は。 次の瞬間、確信となって京太郎を襲った。 「な、なんだ!?」 街中から飛び出してきたボディ・アーマーをまとった覆面の集団。 そしてその中心に存在する、白いスーツの男。 見かけの異様さで言うのならば、ボディ・アーマーの覆面たちの方が上だろう。 だが、はっきりと――その気配で分かった。 人間の中に死人が紛れ込んでいるような、そこだけセピア色に切り取られたかのごとき死の気配。 覆面はまだいい。 だが、この中心の男は――違った。 暴力そのものを人間に固形化させたような、無機質の、破壊の感覚を受けるのだ。 「逃げ出したと思っていたデンライナーが、見つかるとは」 男が口角を吊り上げた。獲物を見定めた獣がごとき笑み。 知らず、京太郎は身構えた。 その直後――。 「アポロチェンジ」 一言ともに高熱が吹き荒れ、男の姿が変貌した。 太陽神の名を関した亡霊――アポロガイストへと。 「――ッ」 ガイアメモリの音声は聞こえなかった。 イマジンとも思えない。ヤミーであるはずがない。 理解ができない。だが、確信はできる。目の前の男は敵である。 そう考えた京太郎の行動は早かった。 即座にオーズドライバーを装着。カザリ、アンクからメダルを受け取り、スキャン。 ――タカ! ――トラ! ――バッタ! ――タ・ト・バ! タトバ! タ・ト・バ!! 「……面白いのだ」 高らかに歌い上げるオーズドライバー。 それぞれの王の概念を身に纏った戦士へと姿を変えた京太郎へとかけられたのは、 しかし、ただの嘲笑であった。 「なんだか分からないけどよ……とりあえず、ブッ飛ばす!」 意気高らかに、両手のクローを展開する京太郎。 相手が何者か、分からない。その正体も実力も、今自分が置かれている状況も。 だが――理解できる。 相手がこちらに向けるのは敵意であり、そして、ここで戦わぬ選択肢など存在しないという事は。 踊りかかるオーズの攻撃を、アポロガイストは、静かに見定めた。 そして――ほんの少し手を動かして、その腕に掲げた盾、ガイストカッターで難なく受け止める。 腕にかかる重圧に、ほうと息を漏らしそうになるが……。 「ふん」 溜め息ひとつ。 盾で腕を跳ね上げると返す刀で一線。オーズの胸部装甲を、切り裂く。 踏鞴を踏むオーズへと、追撃。アポロマグナムをダブルタップ。さらに押し込められる、オーズ。 相対する敵の実力を、その一合で理解した。 基本態――もっともスタミナの消費が抑えられる、タトバコンボであるが……。 タトバコンボのままでは、目の前の敵には対し得ない。 亜種、それかコンボが必要。 そう判断して、カザリとアンクに呼びかけた。 すぐさま、メダルが京太郎の下へ――。 「無駄だ!」 早撃ち。 神業的なその一撃により、京太郎を目指したメダルは、あらぬ方向へと軌道を変えた。 呆然としたくなる気持ちが鎌首を擡げ――しかし踏みとどまる。 この相手は、危険だ。 状況が分からぬ以上(さらに相手が実力者と分かった以上)、この場で戦い続けるのは得策ではない。 小蒔へと目配せ。 京太郎が時間を稼ぐ。その間に、なんとか隙を見て逃走をする。 離脱を念頭に置いた行動。 だが、それも――。 「仮面ラーイダが、まだいたとは……」 もう一人の、甲冑を纏った闖入者によって、破綻した。 (新手……ッ) 京太郎=オーズを睨め下す甲冑の男。 推定して――実力、眼前のアポロガイストと同等クラス。つまり、強敵である。 トラクローを構える。一応の、応戦の構え。 このままやれるとは――何とも考えづらいものであった。 「デストロンが、何の用なのだ?」 「新手のラーイダと、デンライナーが見つかったと聞いたのでな」 不機嫌そうなアポロガイスト。そして、デストロン――詳細不明――の男は折り合いが悪そうだ。 何とか、いがみ合うその間に抜け出せぬものか。 そう考えるが、難しい。 隙と言う隙を出してはおらず、また、いざ京太郎が逃走を考えた場合、一丸となり妨害に出るだろう。 結局のところ、危難がより増したに過ぎない。 (どうする……使う、か?) アンクとカザリからメダルを受け取る事は不可能。 となれば――この、眼前の二体とその“お供”を相手するにあたって、使えるのはプトティラコンボのみ。 京太郎の持つ最恐の、恐ろしき竜の力を宿したコアメダル。 勝ちきれるかは分からないが、戦況を五分ないしは四分六分に引き戻せるだろう。 欠点としては暴走の危険がある事。 そして、このメダルすら打破された場合――本当の意味で、京太郎に後がなくなる事であろう。 だが、果たして……。 (そんな事、言ってる場合でもないし……使える力が、出来る事があるなら、出し惜しみなんてできない……!) 京太郎は、一か八かの手段を決断した。 「ムッ!?」 「ぬ?」 オーズの取った行動に、ドクトルGとアポロガイストは眉を寄せた。 突如としての、理解しがたい行動であったのだ。 地面を砕くオーズの拳。そして現れる、斧。 ほうと、同じく斧を片手に携えたドクトルGは吐息を漏らす。 その瞬間、斧――メダガブリュー、そして剣――メダジャリバーが、オーズから投じられる。 ガブリューはアポロガイストへ。ジャリバーはドクトルGへ。 同時にバッタレッグの脚力を以って跳ぶ、京太郎。 京太郎は決断した。 己が取り損ねたメダル。アポロガイストがインターセプトしたメダル。 アンクが投じたそれに、この状況を打破できる力があると見込んで。 どちらにしても、メダルを残して逃げられないというのもあるが……。 未知の相手にプトティラコンボを使用する事より、アンクの眼に賭けたのだ。 もっともそれは――ある種、言うのであらば。 紫のメダルの使用と共に、自分の身に起こる何かを無意識的に忌諱していたのかもしれない。 果たして、結果は……。 「――ぁ、ぐ」 「小癪な奴なのだ」 オーズの肩と背中から吹き上がる煙。 アポロガイストのマグナム、そして怪人態:カニレーザーと化したドクトルGのレーザーに被弾。 たまらず京太郎は片膝を付いた。 オーズの速度が遅かった、或いは京太郎の狙いが的外れであったから――ではない。 一瞬、京太郎の動きが止まってしまった原因。 それは、新たなるプレッシャーを与える存在。強烈な、個としての戦闘能力を発露する第三者の眼による。 その第三者が――この戦場に降り立つかはともかくとして。 “彼”の存在が醸し出す圧力が、僅かながらにしろ、京太郎の動きを止めさせたのだ。 片膝を付いて、タカの視力で――その観察者を睨む。 透明なカプセルで顔を覆った、白一色の怪人。 京太郎を値踏みするように、睨んでいた。片手のトランプを、弄びながら。 すぐさまこの場に介入しようとする意志は感じられない。 だが、何にしても、またしても見過ごせない危難が訪れた事は確か。 そして、危難は現在進行形だ。 一瞬の隙を作り出すために武器を投じてしまい、結果、その博打は失敗に終わったのだから。 (三体目……かよッ) 否。 「ここに来て、新たなライダーとは」 もう一つ現れる、影。 黒いマントに身を包んだ、老人。 だが、老人と侮る事は出来ない。 この老人もまた、他の三人に負けず劣らずの強者であると――京太郎の第六感が警告するのだ。 いよいよ以って、ここに来て、京太郎の運命は決定された。 そして、決断する。 「……小蒔さん」 「何、でしょうか」 ――逃げてください。 呟くや否や、京太郎の中の竜が目覚める。 放たれる光線、魔弾をものともせず――絶対零度の怒気と共に。 オーズ・プトティラコンボが。 窮迫の危難に対し、その咢を大きく広げ、咆哮を上げた。 「……面白いのだ」 「……ほう」 「……なるほど」 対するは三体(観察者も含めれば四体)の怪人。 滅びに向かう太陽を思わせる亡霊――アポロガイスト。 光線銃の銃口を露わにした甲殻類――カニレーザー。 死を連想させる白色の悪魔――イカデビル。 どれもが、これまで京太郎が戦ってきた最強の敵に匹敵――或いは凌駕する存在。 それに対して、立ち向かうのは己一人。 絶体絶命の危機。神代小蒔を逃げ切らせるかどうかも、危うい。 しかしそれでも――マスクの下で、京太郎は口角を吊り上げる。 「来いよ。俺が相手をしてやる……!」 展開した冷気と、プトティラの翼が迫り来る弾丸を撃ち止める。 覚悟とは犠牲の心ではないと言うが――ここで京太郎が持ったのは、己の命を使い切るという事。 事情は不明であるが、相手はライダーに対して敵対するもの。 そして目的としては、デンライナーに何かしらの関心を抱いているという事。 己が死ぬ事は嫌だと厭いつつ、同時に、どこまでも冷静に――己の命に対しても冷酷に――京太郎は計算する。 時をかける列車、デンライナー。 それが敵の手に、悪の手に堕ちる事は何よりも脅威となる。 京太郎の命とやかくの問題ではなく、全ての時間、全ての人間への不利益となる。 護りたいと願う、近しい人々の命さえ、その歴史さえ奪われる事になるのだ。 (そん、な……事ッ! 絶対に、許せねえ……!) 己がこの世界を守ったのではない。 己は世界を守ると言う大望など抱けてはいない。小さな、目に付く範囲の事しかできない。 だがこの世界は、宮永咲が――自分の幼馴染が、あの、小さな背中を晒して守った世界なのだ。 それを壊させる事は、許容などできない。 故に、己の身を銃火に晒しながら、京太郎は小蒔の離脱を願った。 首を振り、京太郎に加勢しようとする小蒔だったが――それも、アンクとカザリに押し止められる。 すまない。 そう思う京太郎の背中に、二人のグリードから声がかかる。 「僕のメダル、ちゃんと拾っておいてよね」 「ここで降りるなんて、言えると思ってないよなァ?」 振りかえれない。それほど、火線は苛烈だ。 そして、生き残れるとも――これまでの戦い以上に――思えない。 だから二人に、頷き返す事など出来なかった。 それを答えとして取ったのか、あるいはそもそも京太郎の返答を期待していなかったのか。 それきりグリードは小蒔を連れて、デンライナーへと乗り込んだ。 主たちの帰還に、デンライナーがレールを発現させる。 動きを止めようと、アポロマグナムの銃口がデンライナーへと向かうが……。 「させッ、る、かよ……!」 身を焼く赤熱を、冷気で急速冷凍。 無理やりに己の躰のダメージを誤魔化した京太郎が、割り込んだ。 そのまま殴りつけ、同じく砲火を交えようとしたカニレーザー目掛けて、殴り飛ばす。 先ほどまでとは比べ物にならぬ圧力に、流石のアポロガイストも、その防壁ごと吹き飛ばされる事を余儀なくされた。 そのまま、顕在したティラノサウルスの尾撃を以って、行動を封殺。 反動を加えて、上空へと飛翔。 握りしめた拳で追撃。更に、二体の怪人の肉体へと打撃を叩き込む。 空中からの急襲に対抗しえぬのか、踏鞴を踏み火花を散らすカニレーザーとアポロガイスト。 もう一体が行動を起こす前に――と、京太郎はオースキャナーをベルトにスライドさせる。 《SCANNING CHARGE》。 ベルトが吼えた。 全身に冷気を纏ったオーズが、二体の怪人を爆殺せんと攻撃を繰り出し―― 「……!?」 音速。 それ以上の速度で迫る何かを背に受け、墜落を余儀なくされた。 何が起きたかと、理解するよりも早く。 次々と打ちつけられる、熱を帯びた“何か”。 衝撃で体を揺さぶられつつ、その攻撃の正体を睨んだ。 岩――赤黒く燃え盛る岩が、遥かなる上空より、京太郎目掛けて飛来しているのだ。 隕石。 そう考えるころには、遅い。 イカデビルが引き寄せる無数の隕石が、オーズの装甲を、強かに打ちのめしていた。 京太郎は知る由もないが……。 死神博士の怪人態、イカデビルにはとある能力――機能があった。 頭部に設置された誘導装置により、隕石を引き寄せるのである。 隕石。 その速度は実に、音速の50倍近くに達する。 如何に京太郎――オーズ、プトティラコンボが超音速で飛行できるとしても、 その速度差は、明白であった。 「……が、ァ」 大気圏外から飛来する隕石。 地表と大気圏との距離の分、速度で劣るとて、オーズにも回避は可能だ。 尤もそこには、万全の状態ならばという注釈が付きまとう。 不意の一撃により、体勢を崩された京太郎。 そこへと降り注ぎ続ける、隕石。まるで釣瓶打ちだ。 己の身に起きた現状の把握までに少なくないダメージを負い、 そして、把握したときにはすでに遅い。逃げ切れるだけの体力など、残っていなかった。 体の各部から、煙を上げて膝を突く京太郎。 見上げた先には、三体の怪人。どれもが幹部クラス――最強の敵。 周囲を、隕石が作り出した爆熱が覆っている。 陽炎の向こうの、敵。あまりにも遠い。 「ふん、余計な真似を……礼など、言わぬのだ」 オーズの急襲による危機を脱したアポロガイストの声色に、感謝の響きはない。 それを受ける死神博士=イカデビルも同じだ。 別段、礼を言われぬことへの不満などはない。 助け合う仲間、などという認識は、悪の組織――それも複数の組織が合一した――には存在していないのだから。 そしてカニレーザーも我関せず。静かに斧を、構えた。 殺される――。 己に迫る、濃密な死の気配を京太郎は認識する。 だが、絶望などはしない。 むしろある意味、感謝していた。 この恐ろしい隕石の攻撃が――自分ではなく、デンライナーへと向かわずに済んで、よかったと。 口腔から血を漏らしながら、京太郎は静かに笑った。 自分が死ぬ。きっとすぐにでも死ぬと、彼は理解した。 恐怖は、漠然と薄れていながら強かった。 それは死そのものに対するものというより、死が齎す/奪うものへの恐怖であるが。 神代小蒔――きっと気に病んでしまうだろう。 江口セーラ――悪いけど、先に逝きます。 大星淡――ごめんな。約束、守れそうにない。 新子憧――悪い。戦い、手伝えそうにない。 白水哩と鶴田姫子――この先まで、相乗りできずにすみません。 染谷まこ――先輩を残していく後輩です。ごめんなさい。 片岡優希――部活メンバー、また少なくなっちまうな。 カザリとアンク――約束、破っちまった。 死ぬのは嫌だ。 まだやりたいこともある。約束だってある。 誓いだってあった。咲が守った世界を――咲が為したこと守っていくという誓いが。 でもそれはもう、不可能だろう。 恐怖に体を震わせることもできない。 指先ひとつ、動かせないのだから。 そして、そんな京太郎目掛けて、斧を手にしたカニレーザーが迫る。 断頭せんと足を踏み出すのだ。 それに殴りかかることもできない。本当に、体がもう、動かないのだから。 (だけど、なぁ――) 瞬間、突風が巻き起こった。 たじろぐ怪人たち。あまりの暴風に、カニレーザーの体が泳ぐ。 一方の京太郎は翼を展開した。 吹き寄る暴風へと乗り、そのまま自分目掛けて迫るカニレーザーへと突撃する。 直後、影が重なった。 体勢を崩したカニレーザーのボディに突き刺さる、黄色の突角。 ワインドスティンガーが、カニレーザーの体を、食い破っていた。 「な、ぁ……」 暴風を予想できず、斧を掲げた瞬間を狙われたカニレーザーと。 暴風を予期し、そしてさらに加速したオーズのどちらが勝つかなどは、明白であった。 ふむ、と死神博士は地面を見やった。 京太郎の前方。そのあたりが、凍結していた。 そして周囲の、隕石が齎した爆熱。 これが今の突風を生み出したのか――と冷静に分析する。 風がなぜ起こるか。それを端的にこの場で再現したのだ。 暖められた空気――つまり体積が増加した空気が、冷やされた空気――体積が減少した空気目掛けて殺到した。 たったそれだけのことだ。 隕石の熱は空気を暖め、そして対照的に、目の前のライダーは空気を冷やした。 指先ひとつ動かせない状態での苦肉の策だったのだろうが、なかなかどうして面白い。 そう、好機の視線を向けると――目の前のライダーは、翼で体勢を立て直しながら、言った。 「どう、した……? まさか、俺が――仮面ライダーが、この程度の怪我で諦めるとでも思ってたのかよ……ッ」 満身創痍。 まさにそんな様子にもかかわらず、男は、構えを取る。 ただの鼬の最後っ屁程度の気力かは知らないが、立ち上がったのだ。 「来い、よ! 相手ェ、してやるぜッ」 自然と頬が吊り上った。同様の気配を感じる。 離れた場所からこちらを見張るジェネラルシャドウも、同様の感傷を抱いたのだろう。 アポロガイストは忌々しそうにしているが、二人は違った。 己の忌々しい敵でありながら、ある種の執着すら抱く好敵手である仮面ライダー。 自分の知っているそれとは負けず劣らず、目の前の男はライダーであると。 メダルの事もある。殺すにも惜しい。 捕まえて、実験室に連れて行こうか――などと思案をしていた。 そのときで、あった。 爆音と聞き紛うばかりの排気音を響かせた、バイクの疾走を認識したのは。 意気高く叫びを上げたものの、実際、京太郎にはもう戦えるだけの体力は残されていない。 限界を迎えつつ――否、既に限界に達していた。 今の彼を支えるのは精神力だけ。 気を抜けば次の瞬間には途切れてもおかしくない、か細い糸。 張りつめきって、無理やり己の身体を引き上がらせる操り糸。 手足は人形が如く硬く、ふらふらと覚束ない。 故に気付かない/気付けない。 己達の戦場目掛けてひた走る二輪の駆動音に。 内臓が裏返るような焦燥感を覚えながら、疲労で崩れそうになる両足を支える。 握力を失なおうとする拳を叱咤。 食い縛った歯の横から漏れる、湿っぽい吐息の感触だけを頼りに、眼前の仇敵を睨めつける。 ひくつく頬が、マスクの下の残忍さを浮き彫りにする。 今の京太郎は餓狼や手負いの獣に等しい。 己が追い詰められている/死に向かっていると自覚しているからこそ――引ん剥いた歯牙を納めない。 絶命への恐怖も、人生への未練も、蓄積した疲労も、鬱積した憤懣も――何もかもが爪牙と変わる。 それでも、ただの獣に身を窶さないのは――。 これまでの戦いを通して形成された、矜持というにはあまりにも惨めで悲しい代物。 それに――ちっぽけな意地に、無意識でしがみ付いているからだ。 立ち上がるのをやめたら、これまで自分を信じてくれた皆を裏切る事になるから。 自分を認めてくれた人に、託してくれた人に、共に歩むと誓った人に、胸を張れなくなるから――。 そうやって、誰かを裏切りたくはないから……。 だから、立った。 勝算などとうになく、ただ立ち上がることしか――倒れないようにすることしかできないにしても。 ほんの小さな一分のためにだけ、踏みとどまる。 近寄った奴と、刺し違えてやる――と。 だが果たしてそれは、結果として正着であった。 倒れぬからこそ、死神博士もアポロガイストも、京太郎を連れて直ぐさまに離脱できなかった。 鬼気迫る京太郎の様子に、踏み込めば、決死の一撃/窮鼠の噛撃が来ると感じたのだ。 互いに、己がその矢面に立つことを厭った。 連立組織――同じ組織内でも決して円満とは呼べぬ悪の組織が組み合わさったそれに於いて、 そんな不穏当な輩の前で、己の窮態を晒したくはないと、考えたのである。 であるが故に、バイク――新たなるライダーの介入は達された。 停車。持ち上げられたヘルメットから零れて波打つ金髪。 鈴を鳴らすような声が、響いた。 「時間稼ぎお疲れ様でーす♪」 追い込まれ逼迫した京太郎であっても、その声は――その声の主は認識できた。 やはりというか気持ちと、まさかという気持ちが綯い混ぜになる感覚。 安堵と共に、膝が笑いそうになるのを堪える。 果たして振り返ると――そこにいたのは。 京太郎のよく知る、金髪の少女。 大星淡が、そこにいた。 (おい、おい……。タイミング良すぎだろ……! 俺が女だったら、惚れてるぞバカ野郎……ッ) 後で何か奢ってやろう――などと、今しがた自分が置かれた危難を忘れ、小躍りしそうになる心を諫める。 彼女が来たおかげで、この、死しかあり得ない状況も打開できそうだ。 そう、努めて冷静に現状打破を考える京太郎を前に、 大星淡は、直方体の箱を取り出し――タップした。 ――《ETERNAL》! 地球の囁きが“永遠”を告げる。 大星淡の肉体が、白一色に染め上げられた。 現れる、永劫の虚空――宇宙を顕す漆黒のマント。 赤より尚熱く全てを苛む青の炎。 そして、無限を象る黄色の複眼。 永遠を司るエターナルメモリ。 その顕在、仮面ライダーエターナルが、そこにいた。 「時間稼ぎとは……何様のつもりなのだ!」 「そのライダー、殺すには惜しいものだが……」 忌々しげに漏らすアポロガイスト。 伺うように言いつつもその実、引くつもりはないと言う雰囲気を隠さないイカデビル。 そんな両者を見やり――大星淡は小さく溜め息を漏らして、それから笑った。 知ったことではない。 いや、むしろ機会があるのならば、命を奪ってやるとでも告げるべき態度。 それに、京太郎は違和感を覚えた。瞬間的に脳裏を過る数々のロジック。 だが――遅い。 その感覚が身体へとフィードバックされるよりも先に。 オーズの背中に、片刃のナイフが突き立った。 肩甲骨の間、肋骨をすり抜けて――肺へと、侵入。 片肺の空気が漏れ出し、入れ替わりに、突き破られた静脈血が肺へと流れ込む。 だが更に、息吐く間も地上で溺れる間も与えず――ナイフが吼えた。 ――《HEAT》! 《MAXIMUM DRIVE》! 京太郎の肺臓へと雪崩れ込む超高温の灼熱。 肺胞を焼き付くし、更には遡り気道を、胸腔を、頭部を熱滅せしめんと翻る焔。 絶命の一撃。 攻撃の後、可及的速やかに敵対対象の生命を停止させるべく放たれた必殺である――。 「――か、ァ、ッあ」 「あれ?」 だがそれより先、京太郎は抱いた悪寒を頼りに、己の内臓を凍却していた。 ただの直感であるが馬鹿にできない。 現に――直接熱射を受けた左肺はともかく――一命をとりとめることに、成功したのだから。 熱気と冷気の相殺により生まれた結露に溺れそうになりつつ、展開したTレックスの尾撃を見舞う。 だがしかし、マントをはためかせ跳び退くエターナルには、通じない。 勢いのまま一回転。エターナルに向かい合う。 (痛ッ、熱ッ、苦ッ――!? ガ、ぁ……糞っ! 今ッ、アイツ……! 何、を……やりやがっ――) 貫かれた肺が、こひゅうと鳴った。 膨らむ片肺は慮外の穴からも空気を吸い寄せ、 しかし肺胞が焼かれてしまったために、いくら取り込もうが酸素が肉体に回る事はない。 口から黒煙が漏れるような錯覚。片側のエンジンを完全損壊。 しかしそれでも目線強く――いや、先ほどよりも強い力で睨む。 (ッた――じゃ、ねえッ! なんだ、“何があった”!? 淡がエターナルなのはともかくとして、なんでこっちを狙ってくる……!?) 己が受けた攻撃の内容もさることながら、“何故己が攻撃されたか”……。 いや、正確には――大星淡が須賀京太郎を攻撃するに至った経緯、 彼女の身に如何なる事態が降りかかってこんな状況になってしまったのか――が、 何よりも強い疑問として、頭を支配する。 明らかなる異常事態だ。 自惚れが過ぎるかも知れないが、大星淡が須賀京太郎を攻撃する事態など、億に一つもありえないと断ぜられる。 つまりは……。 (偽物? 記憶障害? 洗脳? 別になんか事情がある?) 偽物――メリット不明。そもそも目の前の怪人たちと京太郎に面識はない。 記憶障害――可能性はあるが、デネブはどうしたのか。二人同時に記憶障害とは考え難い。 洗脳――一番あり得る。やった奴は潰す。 何か事情がある――にしては、先ほどの攻撃に殺意がありすぎる。 結局、状況は不明だ。 ただ、淡がこの身体にナイフを突き立てた。殺そうとしてきた。 それは事実だ。痛みが疼く片肺のように、紛れもなく現実。 その、焼かれて尽きた肺腑の痛みより尚強く、京太郎の胸を突く痛み。 ――淡に攻撃された。 自分が、淡に攻撃されたのである。 どんな事情かは知らないが、淡から一撃を受けた。 満身創痍。状況は最悪。気力、体力共に限界だが……。 (ふざけ、やがって……!) 心はかつてないほどの熱量で、燃え上がりを見せた。 自分の負った痛みを、刃に変えて立ち上がる。 八つ当たりと言われるかもしれない。 だが、怒りを向ける先は目の前の敵しかいないのだ。 淡が狂った――そうとしか思えない。 その原因には、およそ十中八九、怪人が絡んでいるはず。 然るに、この場で須賀京太郎がとるべき行動はたった一つ。実にシンプルな事だ。 「かは――は、は、ハハハハ」 「なにこいつ?」 「……」 「降参するなら、早くするのだ」 突如、濁った笑声を上げた京太郎へと向けられる怪訝そうな瞳。 それを受けても、京太郎は笑い続けた。 笑えば笑うほど、高まる殺意。 こんな現実など認めない。 暴いてやる。暴ききってやる。 一切合切何もかもを砕き尽くし、全てを粉々に変えてやる。 有象無象の区別なく灼熱へと追いやらんとする氷点下の殺意を湛えて、プトティラは翼を広げる。 あまりの殺気に、二体の怪人と一人の少女は瞠目した。 先ほどまでの、追い詰められて戸惑って牙を盾にしていた姿はそこにはない。 眼前にいるのは――人間大の恐ろしき竜である。 「カ、はッ……! つまりはテメエらをブチのめして――。 そんで、止めェ刺す前に……話、聞けばいいんだよなぁ……ッ!」 今にも崩れ落ちそうな身体から発せられるとは信じられないほどの圧力。 やるといったらやる――。 その凄味が、そこにはあった。漆黒の焔が灯る二つの瞳が、あった。 翼の巻き起こす暴風に加算される冷気。 一般的に、体感温度というのは――。 空気の温度が体温よりも上ならば、風速分が気温に上乗せされ、 体温を下回るならば、風の速度と同じだけマイナスされる。 たった今、プトティラが発した猛る風は、絶対零度を超える低温を感じさせる。 立ち塞がろうとした戦闘員が次々と凍り付き絶命。 おのが熱を以て耐えるアポロガイストと、クロスさせた腕で堪えるイカデビル。 どちらが容易いか。 瞬間的に吟味。 同時に、イカデビル目掛けて戦闘員の死体を吹き飛ばし、怯ませる。 掲げたメダガブリュー。 四肢を両断し、五体を引き千切ろうと疾走。 しかし、それも阻まれた。 「――ッ! 淡、邪魔を……する、なよッ」 すべからく外敵を防ぎきるエターナルローブ。 プトティラが撃ち放った冷気も全て遮断。 極黒の外套をはためかせて舞い降りるエターナルに、京太郎の攻めては中断を余儀なくされた。 奔走するナイフを、戦斧で辛くも受けのびる。 やはり――。 やはり、目の前のエターナルは……その実力は……。 須賀京太郎のよく知る、大星淡であった。 変身対象の差、獲物の差こそあれ――その動きが、息遣いか、淡なのだ。 故に、尚更信じられない。 今、こうして淡と真贋なく刃を交えねばならないという事実が。 彼女に殺されかけているという現実が。 何もかもが、悪夢的であった。 (なんッ、で……だ、よッ! どうしてお前と――) ――《UNICORN》! 《MAXIMUM DRIVE》! そして起こる死刑宣告。 気流を纏った蒼青の腕。打ち込まれようとする拳。 しかし、勝負を急ぐその分、エターナルにも少なくない隙が生まれる。 相手は徒手。 リーチの差がある。レンジが異なる。武装が違う。 カウンターは可能だ。 相手が淡だとしても、ここで黙って負ける理由はない。 いや、むしろここで敗れてしまったのなら状況は最悪と化す。 経緯は不明だが、正気を失っているとしか思えない。 彼女の事情を知り、快方するためにも……須賀京太郎は敗北してはならない。 故にここは、攻撃をいなし淡を行動不能にさせる。 それこそが、京太郎のやるべき行動。進むべき正しきなのだ。 そんな思いで、柄を砕けんばかりに握り締め――。 (無、理……に……。決まって、ン、だろッ!) 吸い込まれるかの如く、胸部を抉るエターナルの拳。 変身を解除された京太郎。転がるオーズドライバー。 淡に手を伸ばす。 しかし、ドライバーを手にした彼女には背を向けられるだけ。 虚空を切った手が、虚しく砂利を掴んだ。 誰の手を掴むことも出来ず 、京太郎はここで潰える。 正に絶体絶命。 ここが運命の終着点であると告げるような、砂の感覚。 唇から滲んだ血が、戦闘で砕けたアスファルトの砂利を打った。 反撃のための武装もない。気構えもない。 どちらも、淡に奪われてしまったのだ。 「さて……この男を、どうするのだ?」 「……好きにしたらいいじゃん」 「ならばこの身体、我らがショッカーの素体として預かろう」 遠ざかる音界。白澄む視界。 これ以上どうにもならない。そんなところまで、来ていた。 怪人――イカデビルの指揮の下、押し寄せる戦闘員。 両脇から抱え上げられる。 抵抗を試みるが、不可能だ。 それは京太郎が万全だったとて、変わらないであろう。 戦闘員の持つ力は、常人の三倍から五倍にあたる。 握力にすれば、およそ二〇〇キロオーバー。 如何に京太郎がオーズの変身者とて、正面からでは勝ち目がない。 そう――正面からでは。 「は……な、せッ!」 「イーッ!?」 小指。掴んで、折った。 五指を相手に勝てないのなら、一指を粉砕すればいい。 実にシンプルな理論だ。 戦闘員の身体が跳ねる。同時に失われる握力。 握るという行為に於いて、小指が締める役割のウェイトは高い。 切り落とされたのなら、武術など困難というほどに――事実それを罰として扱う事例が厳然と存在する――。 痛みに怯む戦闘員の腕を掴み、小手を極めて捻る。 腱を苛む苦痛に身体が派手に跳ねるのを見逃さず、体を崩して転がした。 あとは、その頸椎目掛けて足を踏み抜くのみ。 ただし。 勿論それは……。 「く、ぁ……!」 身体が動けば、の話だ。 魂だけが先行し、肉体が置き去りにされた感覚。 気勢はあるが、動きは伴わない。 頭部をストンプしようと足を掲げ、同時、逆の膝が曲がる。 結果、巳で戦闘員は踏みつけを回避。勢いそのまま、京太郎はつんのめった。 戦闘の技術という意味では、京太郎は並の武芸者を凌駕している。 弱い故に、臆病であるが故に、相手を害する攻撃に余念がない。 場数も踏んだ。死線をいくつもくぐり抜けた。 その戦闘能力は、ある種野生動物的な鋭さを見せ、躊躇いない獣性と凶暴性が発露する。 しかし、明確に真っ当な武道家との違いが――欠点が存在する。 それはスタミナ。 基本的に一撃必殺の急所攻撃。 相手を制圧し、圧倒し、葬り去る戦法を取ってきた。 一対一、多対一であっても変わらない。必要に応じて研かれた殺人術。 格技と違い、ある技術水準のために肉体を研鑽するのではなく、 今ある京太郎の肉体から最適で繰り出されるための殺法。 故に、戦闘続行能力は――同等の技術を持つ戦闘者に比べて、低い。 そして、体力が尽きたのなら、如何なる技術も意味をなさない。 弾薬のない小銃は鉄の棒切れでしかなく、燃料のない戦車はただの棺桶だ。 同様に京太郎はただの人形同然に、戦闘員に組伏せられた。 組み敷かれる生娘同じく、それは抵抗の体をなさない。 もがいてももがいても拘束は弛まず、ただ体力が浪費されるだけ。 滲み出る汗。虚しく漕がれる足。口から溢れる血泡。 伸ばした手は、誰も掴めない。そう――誰も。 「粗削りだが……なかなか、面白いではないか」 かつての宿敵、仮面ライダーを思い返して笑う死神博士。 生身ながらに怪人と戦った一文字隼人。改造人間となる前から、その在り方は強靭だった。 くつくつと笑い、不機嫌そうなその他二人に目を向ける。 いいのか、と問いかける。 「……別に。私は、知らない」 プイと顔を背ける淡。 だが、その挙動にはどこか動揺が現れていた。 拾い上げられるメダルと、淡の手の内で弄ばれるドライバー。 怪人2体に会釈1つせず、バイクに跨がり走り去る淡。 勝ったのはあちらだと言うのに――その様は、逃げ出すようであった。 一刻も早く。耐えきれないと。 背負った罪に後押しされ、それから逃れるように。 (待、て……よ……!) もう一度、伸ばした手は虚空を掻いた。 何も掴めない。 変身する道具を――戦う力を失った自分を、思い知らされるかの如く。 そのまま――須賀京太郎の意識は暗転した。
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闇の中をひた走る少女。 それに追いすがる、いくつもの影。 ジャガーの姿。蝙蝠の姿。リザードの姿。 そして――その頭目として現れた男。 須賀京太郎。 またの名を、タイプ:マスクドライダー、 「見つけたぞ、ディケイド。そのベルト――ショッカーに返してもらう」 「だ、誰ですか!?」 「Version3。それがお前に死を齎すものの名前だ」 ――V3と呼んだ。 新世代型のマスクドライダー。 ショッカーの作り出した、最高峰の改造人間・ライダータイプ。 既に離反した二体だが、追っ手を退けるその性能。 それを踏まえて、より強力なライダーを作り出した。 故のV3。第三期の改造人間である。 生体と機械の拒絶反応を抑え込むシステム。 他のライダータイプを踏襲、凌駕する性能。 まさに当代に於いて、史上最高の改造人間。 「おとなしくベルトを渡せば、殺しはしない」 「……本当ですか?」 「ああ、本当だ」 「……でも、改造とかするんですよね?」 「……」 「黙らないでくださいよ!」 ……で。 「あー、音撃打のカード使っちゃいましたぁ……」 「うん、なんかゴメン。本当ゴメン」 洗脳装置をブッ壊されて。 須賀京太郎は今、ここに居ます。 失ってしまったカードの力を取り戻すために、夢乃マホ――仮面ライダーディケイドと旅に出ました。 メーテルと機械の星に旅立つのならともかく、既に体は機械です。 おもちを触ろうとしたら握りつぶしてしまう。完全に地獄だった。 そしてどんなおもちを見ても、心がときめいても下半身はときめかない。 本当に地獄である。 「……それじゃあ、君は」 「はいっ、大ショッカーを倒します!」 「……判った。俺も付き合う」 未確認生命体の侵攻。 しかしそれに対して――ショッカーは人類を守った。 あらゆる政治・企業へと取り入ったショッカーは、容易く日本を占拠してしまっていた。 実際のところ、ショッカーという名は出ていない。 ただ、コングマリットとしてショッカーは現実として存在する。 それはメディアに浸透し、社会に根を張り、少しずつ静かに――すべてを犯していく。 彼らが作り上げた、あらゆるライダーの可能性を破壊する装置。 それがディケイド。 世界中に散らばったピースが、万一にでも作動しないように。 己たちに牙を剥く事がないように、破壊を目的に製作された。 京太郎のような改造人間部門。 それとはまた別の部門が作り上げた、ドライバーだった。 「こんな体になっちまったけど……それでも俺は、人を守りたいんだ」 「京太郎さん……!」 「……だから、君の旅を手伝わせてくれよ」 「はいっ!」 「ここが……えっと、オルタナティブの世界ですね」 「何それ」 「大体わかってくださいよ!」 「わからねーから。絶対わからねーから」 夢乃マホと名乗った少女と共に、世界を巡る。 元の世界は、大ショッカーによって支配されてしまっている。 それをどうにかする為の、鉤となるのがディケイドのベルト。 失ってしまった力を取り戻すために――すべてのライダーと絆を結ぶのだ。 「……この世界、壊れちゃいます」 「甦ったアンデッドによって、地球上の生物が滅ぶかもしれない――か」 「勿論、マホたちで助けますよね?」 「……そうしたいけど、あんまり首突っ込むのもな」 「どうしてですか?」 自分たちは稀人だ。 本来ならその世界に存在しない人間。いてはならないイレギュラー。 確かに、この力があれば人を助ける事が出来る。護る事ができる。 しかし、いつまでもそこに留まれる訳ではない。 京太郎たちの力を当てにさせてはならない。 一時。ただ一時、その世界に立ち寄った存在。 物語の根本を歪めてはならない。本当に立ち向かうのはその世界の人間だ。 ほんの少し、誰かが挫けそうになったのなら――足を止めてしまったのなら。 その時、立ち上がるだけの時間を稼ぐ。言葉を与える。 それだけで、十分だった。 「なるほど、この世界の敵は……デカすぎるだろ、あれェ!」 「邪神14です!」 「名前はいいから……なんだあれ、どうすりゃいいんだよ……!?」 「諦めちゃだめです! ライダーなんだから、諦めちゃだめですよ!」 「なるほど――言うとおり、だなッ」 そしてめぐる、別の世界。 彼らの旅は続く――回り出す運命。 「ここは何の世界だ?」 「デルタの世界です!」 「……どこも、異常は見られないけどさ」 撃ち出される弾丸。突如、姿を変える人々。 否――人々ではない。 街中の雑踏、全てがオルフェノクであったのだ。 「なるほど……オーガか。いい性能だぜ」 オルフェノクの中にも、人間との共存を臨むものがいる。 姿が変わってしまったとはいえ、昨日今日ですべてを捨て去れるほど――彼らは残酷ではなかった。 或いはただ、人間が絶滅動物を保護するのと同じかもしれない。 どちらにしても、人類の絶滅を臨んでいるものはいなかった。 なのに――。 スマートブレイン。 京太郎とマホの世界でのショッカーに当たる組織が、人類への虐殺命令を出し続ける。 従わないものには、その武力を以って私刑を執行。 恐怖心による支配。暴力による支配。 ここは――そんな世界だった。 あと一歩。そんなときに謎の勢力に敗れ、攫われてしまった人類の希望。 暴力に虐げられる人々。暴力に支配されるオルフェノク。 放っておけないというマホに従って、京太郎も立ち上がった。 予感が当たるのならば、これは大ショッカーからの追っ手であろう。 「だが、日本じゃ二番目だな」 「勿論一番はマホですよねっ」 「流れ的に俺だろ!」 そしてまた、次の世界に。 異世界にかかる“橋”。それを利用して、大ショッカーは各世界に侵攻するのだと言う。 目的はその世界――ではない。 全てのライダーの抹殺。 そして、その力を己の世界に利用する事。 事実、そんな異世界の技術を利用されて作り出された、改造人間まで現れる。 ただカードの力を取り戻す為だった旅は。 いつからか、全てのライダーを助ける為の旅となる。 そしてそれは己の世界を守る事に繋がり、人々を助ける事となる。 「で、ここは?」 「パンチホッパーの世界です」 「……結局その一言じゃわからねーんだけど」 この世界は、全ての種族が手を取り合って暮らす世界。 軋轢がないとは言えない。差別がないとは言えない。 それでも誰もが、歩み寄っている世界だ。 だが――不穏分子と言うのはいつの時代にも存在する。 大ショッカーの技術。 提供されたその技術による、各勢力トップの誘拐。 己の世界の不始末。 それは、自分たちが付けなければならない。 「人間じゃないとか、そうじゃないとかよりも――さ」 「ええ、大事な事があるんです! 誰かを思いやる心というものが!」 「だからなんで俺の台詞取るんだよ!」 この世界を救う事は出来ない。問題の解決はできない。 ただ、一瞬であろうとも手を取る。 そして、大ショッカーの野望を食い止めるのだ――。 次に来た世界。 荒廃はしていない。どう見ても普通の世界。 「ここは、ナスカの世界ですね」 「……で、どんな感じなんだ?」 「人々を助ける仮面ライダーって都市伝説が――あっ」 「どうした!?」 「この世界、今、書き変わりました……ショッカーが統治する世界に」 最強の敵、ショッカーグリード。 敗れて捕えられたライダーたち。オーズが存在しない世界。 新たなるグリードを、誰も止める事ができない。 全てのグリードを束ね、そして支配するショッカー。 ガイアインパクトによる人類の選別。悍ましい計画。 立ち向かう京太郎とマホもしかし、グリードに敗れてしまう。 間一髪助け出された。 目の前には、見知らぬライダー。 「ここは……それにあんたは、敵か!?」 「ノーウェイ、落ち着いてください。私は戒能良子。仮面ライダーNEW電王です」 「まだ、ショッカーにやられてないライダーがいたんですね……驚きです」 そして彼女から事の顛末を聞く。 ショッカーが時の列車を占拠。 そして過去に現れてショッカーの為の基盤を作り、全ての勢力をまとめ上げたと。 これはいわばプロトタイプ。 京太郎たちの世界の前身。或いは鏡に映しだされた似姿。 「なら――前哨戦ってことで、どうですか?」 「オッケー、気に入った。どの道ショッカーは倒さなきゃいけないんだからな」 「その意気ですっ!」 そして彼らは本来の世界に帰還する。 全てのライダーとの絆を深めて、戻ったカードの力。 いや、それだけではない。 もっと大切なものを――受け継いだのだ。 「……敵は多いですね」 「ああ……」 「……でも、大丈夫です。だって今は――」 「そう――俺たちはダブルライダーだ。それに」 「仮面ライダーは、護るべき人たちの為にも負けちゃいけないんですよねっ!」 あらゆる世界からの技術を集約したショッカー。 その恐ろしい改造人間の数々。 それを目の前にしても、二人は挫けない。膝を付かない。 ライダーというのは――人々にとっての、希望なのだ。 「さて――それじゃあ、行きましょうか」 「ああ……俺たちの戦いは、これからだ――!」
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【もしも京太郎と淡がWだったら】 目には目を、歯には歯をという言葉がある。 毒を以って、毒を制する――という言葉もある。 要するに彼ら、財団Xが行ったのは酷く単純な実験であった。 仮面ライダーWを倒すために、最強の仮面ライダーWをぶつける。 たった、それだけの事。 その構成に使われるメモリは――ボディサイドが本来のWに倣ったジョーカー・メタル・トリガー。 ソウルサイドは、その出力と特異性から、ただWを撃破する為に選ばれた。 エターナル・ナスカ・ウェザー。 どれも、理論上は単騎で最強のメモリだ。 Wの持つメモリの組み合わせのような意味での相性は考えられていない、モンスターマシン。 より高性能なメモリを。強力なメモリを。 それだけの考えで、装着者の生死やメモリ同士の相性を考えられずに、それは作られた。 そして――被験者を選んだ。 これらメモリと強力なまでの運命で引き合う装着者を。 メモリ自体の相性――ハードから制御できないのなら、それに見合うソフトを与えればいい。 また、ソフトの相性はどうでもいい。ただ、戦って、Wを撃破出来るのならばそれでいい。 被験体として名が挙がっていた新道寺の白水哩と鶴田姫子。 彼女たちが持つ、麻雀に関するオカルト能力から考えるのなら――Wとしても十分な戦力として起動する。 だが、ここではそんなものはどうでもいい。 ジョーカーと最適に引き合う者。 エターナルと最適に引き合う者。 それだけが、必要だった。 永遠の切り札として――財団の元で、破棄されるまで戦い続けてくれるのであれば。 それらの相性や生死など、二の次以下の問題であるのだ。 故に、彼と彼女は選ばれた。 ジョーカーメモリの最大の適合者、須賀京太郎。 エターナルメモルの最大の適合者、大星淡。 彼らは、歯車の一つでしかなかった。 エターナルジョーカーという、最強のモンスターマシンを操作する為の生き人形。 財団X――加頭順の“切り札”であり、“永遠”の奴隷。 彼と彼女の人格も、その適合性も関係ない。 ただ、Wをも超える最強のWを動かせれば――それでよかったのだ。 そして、物語は幕を開けた。 囚われた須賀京太郎は――もう、何度目か判らない幻覚を味わっていた。 彼には、他の人間の精神が搭載される。 本来ならば、絶対に適合するはずがないそれ。 それを無理やりに移植するのと同じである。 生体間臓器移植と同じく、肉体と魂の間にも――拒絶反応(リジェクション)は存在する。 同じく、魂と魂の間にも。 器は一つ。中身は二つ。 常識で考えて、耐えられるはずがなかった。 ならば、常識を覆せばよい――京太郎に行われているのは、それである。 まずは、精神が既に存在している器に別のものが搭載される際の反発の問題。 解決法は、簡単であった。 京太郎の魂――精神の容量を限りなく削る。 最低限体を動かすに足るだけの意識を残して、後の一切合財を奪い取ってしまえばいい。 心を殺す。 有り体に言うなら、それだ。 さらに、サイコメトリー……他者の精神に感応する能力。 それを、後付的に搭載する。 京太郎自身の精神を希薄にして、他者で塗りつぶしてしまえばよいのだ。 これがまず、一点。 次に二点目。 精神と肉体の拒絶反応――リジェクションについてであるが。 これもまた、単純な方法で解決が図られた。 拒絶反応は、それを小さくする事が出来てもなくす事はできない。 ならばいっそ――拒絶反応に耐えられる肉体にすればいいのだ。 崩壊するたびに再生すればいい。 崩壊が限度を超えたのならば、その肉体を取り換えて、新品を用意してやればいい。 須賀京太郎が、生身である必要などどこにもない。 勿論、完全なる無機物ではガイアメモリが適合するか不明。 故に脳を残して――正確にはその脳も含めて――須賀京太郎は改造される。 人を超えた人。仮面ライダーWを超えた仮面ライダー。 パーフェクトサイボーグ、ジョーカーとして。 計画は中盤。 精神の洗浄及び、四肢や内骨格の置換は終わった。 あとは内臓系を完全に生体機械や機械に置き換えてしまえば、完了する。 その間の手術は――麻酔なしで行われた。 これも、須賀京太郎の精神を破壊する為の一貫である。 既に京太郎は、その髪すべてが白髪と化していた。 ショックにより、色素を失い……囚われてから伸びた髪の毛は、その根元から白く色を失う。 監禁以前に存在していた京太郎の毛髪は、実験の邪魔だという事で切り落とされている。 故に今の彼はまさに、小説に登場する白髪鬼と同じだ。 想像を絶する苦痛の中、京太郎は麻雀を打っていた。 せめてもの気慰み。なんとか、己を保つ為の作業。 一日一日をカウントしながら、短く過去を振り返る。 己がここに囚われる前。彼女たちと囚われる前の記憶を、何度も巻き戻す。 ひたすらに、カウントを続ける。数を数え続ける。 そうでもしていないと、完全に気が狂ってしまう。際限ない痛みに、発狂してしまうだろう。 カウントと共に、過去が蘇る。 いつかの、部室。 須賀京太郎は、麻雀を打っていた。 宮永咲がいる。原村和がいる。片岡優希がいる。染谷まこがいる。竹井久がいる。 自分がいる。からかわれている。 そして、宮永照がいる。弘世菫がいる。渋谷尭深がいる。亦野誠子がいる。 自分がいる。誇らしげにしている。 ――。 ――。 誰だろうか、宮永咲とは。 誰だろうか、宮永照とは。 誰だろうか、原村和とは。 誰だろうか、弘世菫とは。 誰だろうか、片岡優希とは。 誰だろうか、渋谷尭深とは。 誰だろうか、染谷まことは。 誰だろうか。亦野誠子とは。 誰だろうか、竹井久とは。 誰だろうか。 誰だろうか。 そんな人間に出会った覚えはない。 自分は、そんな人間は知らない。 なのに、名前が分かる。顔が分かる。 見知らぬ人の中で、自分は話している。 理解ができない。ひょっとして、気が狂ってしまったのだろうか。 何が起きているのだろうか。死んでしまったのだろうか。 死にたくない。 死にたい。でも、死にたくない。誰か助けて。 再び京太郎は、部室に戻った。 今のヴィジョン。なんだったのだろうか。まさか、幻覚の中で幻覚を見るなど笑えない。 ついに、想像や想起すらもままならなくなったのか。 だとしたら、自分の精神もいよいよ駄目なのかも知れない。 いつもの部室。 宮永咲が笑いかけた。 片岡優希がからかってきた。 原村和が呆れ顔をした。 染谷まこがフォローを入れた。 竹井久が意味深に微笑んだ。 そして、誰かが泣いていた。 「助けて……誰か、助けて……」 誰もがそれを見ていない。 宮永咲も、片岡優希も、原村和も、染谷まこも、竹井久も気づいていない。 いや、気付いているのだろう。 だが、受け流していた。 ひょっとしてこれは――思い出せなくなっているだけで、日常茶飯事だったのか。 誰か、泣き虫が部室に居る。 いくら慰めても泣き止もうとしない。いつだって泣いている。 だから、もう皆相手をしなくなった。そういう事だろうか。 「なあ、咲……あれ、誰だっけ?」 「? どうしたの、京ちゃん」 「いや……あそこで泣いてる奴がいるだろ? 俺さ、ちょっと名前忘れちゃって」 「……誰も、いないよ?」 「えっ……」 「やめてよ。そうやって、私の事怖がらそうとしてるんでしょ! もう、京ちゃんってば……その手には乗らないからねっ」 「京太郎も、つまらない事を考えるもんだじぇ」 「そ、そうです……幽霊なんて、そんなオカルトあり得ません。ないったら、ないです!」 「……震えながら言われても、ねぇ」 「こら、久。そこは見なかった事にしてやれって」 何事もない、いつもの風景。 皆が笑った。 それを見て、京太郎も息を漏らした。 そうだ、ひょっとして麻雀の打ちすぎで疲れていたのかもしれない。 それとも、咲の言うとおり、咲をからかおうとしたのだったか。 どちらにしても、大した事ではないのだ。 それより今は、親番だった。逆転のチャンスだ。 麻雀に、集中しないと。つまらない事なんて、忘れよう。 「嫌だ……嫌、やだよ……! 助けて……! テル、菫先輩、たかみ先輩、亦野先輩……助けて……!」 だけれども、幻覚は消えなかった。 頭を抱えて、子供のように泣いている。 これは幻覚だ。本当は何も見てはしない。きっと、妄想だ。 それよりも、皆が待っている。笑っている。牌を切らねばならない。 だから、気にしている暇はないのだ。 「誰か……助けてよ……! やだよぉ……」 だと言うのに――それでも。 須賀京太郎は席を立って、その少女の元に進んだ。 皆が怪訝な目を向けた。優希が怒鳴っている。咲が呆けている。和が白い目を向けてくる。 そう、こうしている理由などないのに――それでも。 「判った。俺が――助けてやる」 そんな風に少女の手を取って、涙を拭っていた。 顔は、見えない。誰だかも判らない。 だけど――だとしても、泣いている少女を見過ごす理由などなかった。 体温は伝わらない。匂いも分からない。感触もない。 それでも、少女の嘆きが聞こえた。助けを呼ぶ悲鳴が、分かった。 だから――京太郎は手を伸ばした。 その涙を止めなければならない。 「な……っ!?」 研究員は色めき立った。 破られる筈がない拘束。千切れるはずがない繋縛。 それが、引きちぎられたのだ。 上体を起こす、被験者――須賀京太郎。 警備員が、すぐさま銃を構えた。研究員も、麻酔銃を構える。 神経への打撃の為、鎮静剤を利用していないのが仇となった。 だが、彼のスペックではどうあがいても脱出できない。そんな、拘束であるはずなのだ。 なのに――何故、そうなった。 そんな、戸惑い。 それが、須賀京太郎の明暗を分かった。 「……退、け、よ――ッ!」 翻る炎。パイロキネシス。 向けられた銃を持つ、人差し指だけを焼き散らした。 落ちる、銃身。炭化して硬直する手首。 それを一瞥もせず――パーフェクトサイボーグになる筈であった男は、実験台を抜け出した。 超能力が、まだ発動するなんて聞いていない。 気絶して意識を失う前に、研究員が思ったのはそれであった。 大星淡は、嘆き続けていた。 彼女に施された手術は、単純である。 否、正確に言うのなら手術の目的は単純であった。だが、未だ実験の途中だ。 肉体と精神の分離。 一体、どのような刺激を与えれば精神はどれだけぶれるのか。 そして、どう乱れるのか。 その振れ幅を調べて――最適解で彼女の肉体から精神を解脱させる。 そんな実験が、研究がおこなわれていた。 ある時は外部電流による、局部ごとの苦痛の反応と抵抗を調べられた。 ある時は生理的嫌悪感に起因される、精神の逃避を確かめられた。 ある時は中枢神経刺激薬――いわゆるドラッグによる、解放からの精神の動きを探られた。 ある時は志向性を持った幻覚による、身近なものの死を与えられた。 ある時は志向性を持った幻覚による、自分自身への死を与えられた。 精神に作用する薬を使用された。 肉体に働きかける薬を使用された。 苦痛が来た。快楽が来た。 おおよそ人道的とは言えない実験が、繰り返され続けた。 須賀京太郎とは対照的に、その肉体への影響は軽微であるが――。 それでも怖くて、痛くて、辛かった。 ああ、今日もまた――地獄が始まるのだ。 そう淡は諦めた。 助けを呼んでも、誰も来ない。 痛みを嘆いても、誰も止めない。 快楽に泣き叫んでも、誰も終わらせない。 ひたすらに続く地獄。 永遠の――拷問だ。 いつしか淡は、泣く事を止めた。 どうせ泣いても、何にもならない。 誰も助けに来てはくれない。いるのは自分を観察する研究者だけ。 どうあがいても逃げられたない。嫌だと言っても、それは止まらない。 だったら――もう、諦めるしか道はなかった。 昨日は何かがあった。 今日もまた何かが起こる。 明日もきっと何かあるだろう。 それだけの観念。 囚われてから、彼女の時間は三種類しかない。 どれだけ時間が経ったのかなんてもう、関係ない。 ただ、消えていく過去。過ぎていく現在。来てほしくない未来。 それしか存在していないのだ。 光を失った目で、虚空を見る。 今日、何が起こるのか。考えても無駄だ。 きっと遅かれ早かれこの肉体と精神は穢され歪められて、痛苦と汚辱に塗れて、心は墜落する。 だから、明日を望んでも無意味である。 過ぎてく果てに、死がある事を望むしかない。 それだけだった。 夢や、希望なんてない。 だから、期待してもしょうがない。 救いなんて願うな。光を目指すな。 どうせもう、自分は最低に身を窶し続けるしかないのだから。 なのに――この日は違った。 大星淡は、運命と出会った。 「なんだ、うげ――ぁ」 「き、貴様、どこか――」 「動く、な――」 炎を纏った、黒い怪人。 銃を向ける研究員を、素手で蹴散らしていく。 今にも息絶えそうなほど、足取りは重い。 それなのに確たるもので、あまりの重量を持つ巨体が、無理やり人の大きさに縮められているとすら錯覚する。 同じくマスクの怪人に変貌して――駆け寄った職員が、殴り飛ばされた。 裏拳一発。宙を舞う、マスクの男。 息も絶え絶えに片足を引きずりながら、それでも彼は歩く事を止めはしない。 淡を囲んでいる、強化ガラスにマスクの戦闘員が激突する。 その上から――黒い怪人は、殴りつけた。 砕けるガラス。それと共に躍り込む、怪人。 それが淡には――白色灯に反射するガラスの破片が――夜空に輝く星に見えた。 膝から、着地する怪人。 そしてそいつは――淡に手を伸ばした。 「俺が、助けにきた……お前の涙を、止めに来た」 「誰……?」 怪人と思っていたそれは、ただの少年だった。 周囲に纏う炎の所為か、見間違いでもしていたのだろうか。 己自身、泣き出しそうなほどの苦痛に顔を歪めながらも――。 その少年は、淡に笑いかけた。 これが、淡と彼の始まりの物語だ。 ――不仲があった。 「気安く話しかけないでよ。私に近寄らないでってば」 「……分かったけど、言わせてくれ。それでも俺は、お前の味方だ」 ――対立があった。 「なんで、そいつを庇ってんの!? そいつ、敵でしょ!?」 「……こいつは、俺たちと同じだ」 ――不協和音があった。 「だーかーらー、次はトリガーだってば」 「トリガーは全然言う事聞かないんだよ!」 ――戸惑いがあった。 「へえ、だったら死になよ……当然だよね?」 (こいつ……思った以上に、危険だ――) ――危機があった。 「勝て……ないよ……。こんなの、無理……」 「それでも――笑え。俺がついてる。俺とお前なら、大丈夫だ」 ――恐怖があった。 「やだ……も、やだ……。痛いのも、怖いのもやだよ……」 「……淡」 ――日常があった。 「違っ! テル、違うってば! こいつは彼氏なんかじゃないから! ただ、そこに居たヘボだから!」 「そうっすよ! こいつとは何もないし、全然興味なんてないから――って、オイ……なんで足踏むんだよ、淡」 ――代償があった。 「なんで、そんな事……隠してたの……?」 「リジェクションは……。別にお前が、気にする事じゃない……」 ――血涙があった。 「きょーたろーが戦うって言っても、絶対に私は戦ってやらない! もう、変身はしない!」 「だったら……一人ででも、戦ってやる。誰かが泣いてるなら、俺は戦う」 ――哀惜があった。 「そのままじゃ、きょーたろー……死んじゃうよ。だから、戦いなんてやめよう……?」 「……そうできたら、いいよな」 ――悪意があった。 「どうして……。なんで、テルが人質に……! や、だ……やだよ、テルー!」 「……お前の涙は、止めてやる。俺が、あの人を助ける」 ――約束があった。 「なら、誓って。絶対にもう、私を一人にしないって……最後まで、永遠のその先まで一緒に居てくれるって」 「……お前、思ったより泣き虫だもんな。判ったよ、お前が泣いてたら、すぐに駆けつけてやる」 ――慟哭があった。 「それでも……生きてて、欲しかったのに……! 少しでも長く、生きてほしいのに……!」 「……でもさ、女の子の涙を止められたんなら――悪くないぜ?」 ――戦闘があった。 「……これが、最後の戦いになる?」 「さあな……どうなるか、判らない。最後の最後まで、どうなるか……」 「でも、きっと俺とお前なら――大丈夫だ」 「どうして?」 「二人で一人の仮面ライダー。この街の涙を拭い、悪を砕く希望の象徴」 リジェクションが、京太郎の体を蝕む。 財団Xの軍門に下り、再改造や調整を受けたのなら戻るかもしれない。 だがその時果たして――今と同じ自分で居られるのか。 結局京太郎は、そのまま戦う事を選んだ。 淡と共に変身するだけで、身体には絶え間ない苦痛が襲い掛かる。 調整をされていない肉体の再生能力では追いつかず、仮面の下では血反吐をブチ撒ける。 もう、何もしていなくても――ただ立っているだけでもそれは、地獄と同じ。 伸ばした手の調節が聞かない。 淡の手を取る事も、涙を拭う事も不可能となっている。 一部を残して、機械となった代償。 望んでいないメリットとデメリット。押し付けられた災禍と、掴み上げた希望。 それでも京太郎は、立ち上がる。 誰かの涙を止める為に。財団の野望を砕き、二度と同じ人間を生み出さないために。 そして――いつか、いつの日か争いのないところで、淡が幸福に暮らせるように。 京太郎は痛みを噛み殺して、不敵に笑う。 「だったら――その希望の象徴が、絶望するわけないだろ? 俺たちが泣く事も、ない」 「……」 「信じろ。俺とお前なら――絶対に大丈夫だって」 言葉を紡ぐたびに、口の中を鉄錆の味が満たす。 幸いにして、Wとしての相性が悪い淡にそれは伝わっていない。 痛みも苦しみも、京太郎が受け止める。一片たりとも、誰かには向かわせない。 この身は牙であり、盾である。 そんな一心で、己を奮い立たせる。 くじけそうになる膝に力を入れ、震えそうになる手を殺す。 霞む視界に目を見開き、遠ざかる音に耳を澄ます。 「……そうだね。うん……そうだ。きょーたろーは約束を破ったり、しないもんね」 「……ああ、当然だろ?」 「だったら――二人で一緒に、どこまでもイケるよね」 「ああ、きっと――大丈夫だ」 そうして彼らは、最後の戦いに向かう。 どこかの世界、どこかの時間のお話である。
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「空気さん、空気さん」 「……ん。もう、放課後だったっけ?」 「いや、普通に教室移動っすね。……どれだけ寝過ごすつもりだったんですか?」 口調からは今にも押し出されんばかりのフランクさが感じられるが、全体的な雰囲気としてはどこか陰りのある黒髪の少女――、 東横桃子の問いかけに、欠伸を噛み殺して応じる男子生徒。 伸びをして、首を捻りながら頭を掻く。金髪がくしゃりと揺れる。 それからまた気だるそうに、数学の教科書――一限目のものだ――を、机に戻す。 桃子は知っていた。 彼は、金髪の少年は――須賀京太郎は、教科書の殆どを学校に置き去りにしていると。 「ほら、イケメンさん。行くっすよ」 「……呼び方、安定しないのな」 「須賀くんが、敬愛と親密と三分の一の純情な感情を込めて私を下の名前で呼んでくれたら考えてやるっすけど」 「……どんな風にだ?」 「んー、仲良しっぽく『京さん』とか『京ちゃん』とか!」 軽く期待を込めた桃子の視線を、「じゃあパスで」と手のひらで払う京太郎。 おおよそ頭一つ分違う彼の目許にはその実、万物に対する拘りというものが感じられない。 どこか遠くを――ここではないどこかを、それだけを捉えている。 はあ、と溜め息を漏らす。 ある事件があってから――この手の瞳をするものは、少なくないのだ。 今も隣にいるこの少年がその内の一人だとしても、無理はなかった。 「あと、須賀くんってのもやめて貰えるか?」 「はいはい。まあ、空気キャラのよしみで受け入れてやるっすけど」 「……悪いな。ありがとう、東横」 東横桃子は――影が薄いという次元を通り越して、影そのものとなってしまったような少女だ。 顔は整っている。スタイルもいい。 性格は暗すぎず、むしろ、ある種フレンドリーと言ってもよい。 本来なら人の輪の中心に入っていてもおかしくない気軽さと、決して悪くはない気楽さがある。 それでも彼女は、友達が少ない。 苛められているとか疎まれているとかではなく、彼女の体質とも言える問題によって――桃子は人と関われない。 よほど大きな音を立てたり、派手な動きでもしない限り――。 東横桃子は、“他人に認識されない”。 否。正しく言うとすれば、認識されても意識されないのだ。 そこにいると、思われない。姿形も、発生すらも。 「……同級生にこんな運命の人みたいな人がいるのに、碌に友達らしいこともできないとかつまらないっす」 「何か言ったか?」 「なんでも……。……って、耳はいいって言ってましたよね? 知ってるっすよ!」 「そっか。俺は知らないんだよなぁ」 「うんうん、自分のことは意外と自分自身知らないものだ…………って、んな訳ないっす!」 「東横さん、うるさい」 「うわーん、他人行儀になったーっ! しかも、やっぱり耳がいいじゃないっすかぁー!」 その、数少ない友人。 それがこの――須賀京太郎である。 東横桃子の先程の体質にも関わらず、とても恥ずかしい告白をブチかましてくれたとある先輩がいる以上、 過度に須賀京太郎へとベタつきはしないが……。 それでも、自分のことを認識できる人間というのは実に貴重である。 というか、初めてだ。 正確に自分の姿を見ることができる――そんな人は。 これが同じ学年で、同じクラスで、隣の席であると言ったらもう運命と言っても過言ではない。 出会いは、こうだ。 我がスマートブレイン学園の――普通の高校とは違う、季節外れの入学式。 生まれ故郷を離れなくてはならないことへの不満と不安と、 どうせ場所が変わってもクラスに友人なんてできないんだろうなーという諦観から、 ホームルームをサボろうと思って、目的なく明後日の方向へ、廊下を歩いていたそのときだ。 「なあ、同じクラスだったよな? そっち、教室とは真逆だけどいいのか?」 方向音痴なのか、と笑いかける金髪の少年。 見覚えはあった。少年の言うように、自分と彼とは同じクラスであった。 だが……。 「そ、それ……私に……? 私に、言ってる……? まさか……? 本当に、っすか……?」 「そのサボり方は……新しいなぁ」 「さ、触っていいっすか!? これ何本に見えます!? 私綺麗っすか!? ポマードポマードっす!」 「へっ?」 「な、名前! 名前を教えて欲しいっす! うわー、キョドっちゃうっす! うわーっ! うわーっ!」 「……そっか、そういえば保健室はあっちだったっけ。お大事にな」 「ご丁寧にどうもどうも……って、違う! 逃がさないっすよ!」 「い゛っ!?」 「乙女座の私としてはセンチメンタリズムな運命を感じずにはいられないっす! 獅子座っすけど!」 それから、冷や汗を浮かべて距離を取ろうとする彼に食らい付き、なんとか自己紹介をした。 それこそ例の、自分を求めて恥ずかしい告白をした先輩――彼女のような、ド恥ずかしい告白だ。 何しろ、舞い上がっていた。 自分のことを完全に認識できるがいるなど、まさに瓢箪から駒だ。 詳しく聞いたところ、彼――須賀京太郎も長野出身であると言う。 これは正しく、運命であろう。 友人になるべくして、自分たちは出会ったのだ。少しはこの学園のことが好きになれそうだった。 「……で、ノッポさん」 「どうした、東横さん」 「他人行儀な呼び方は本気で傷付くのでやめて欲しいっす……。で、こんな噂聞いたことあります?」 「どんな噂なんだ?」 「まあ、ぼっちであるぼっちさんが知るわけないっすよねー」 「……そうだな、東横桃子さん」 「ちょ、ちょっとした冗談じゃないっすか! そんな怖い顔しないで欲しいっす!」 東横桃子が体質的にひとりぼっちだとしたら、須賀京太郎は実質的にひとりぼっちだ。 意図的に気配を消して、人の輪からそれとなく遠ざかり、無気力さで無責任さを表して頼られなくしている。 そんな須賀京太郎に、何でもないことで話しかけるのは、桃子を含めて数人か。 それ以外の人間に対しては至って普通に接するのに――桃子たちに対しては、やけにぶっきらぼうだ。 まあ、美少女に話しかけられて照れているのかもしれない。あはは。 それか、そういうお年頃なんだろうか。あとはデレツンとか。 「……で、どんなのなんだ?」 「んー、と」 この学園で、真しやかに囁かれるいくつかの噂。都市伝説の一つ。 それは――。 「『灰色の怪物と、生徒を襲う仮面の男』っすよ!」 「――――」 「あのー、どうかしたっすか?」 「……ん? 何が、どうかしたのか?」 「んー、何でもないっす。あはは、あはは」
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If 「少女と笑顔と為せない約束」 ――愛してその人を得ることは最上である……愛してその人を失うことはその次によい。 (ウィリアム・M・サッカレー 19世紀英国作家) 「まだ、だ……まだ……俺は」 矢尽きはて、刀折れて。 そんな言葉で表すが等しい状態の京太郎が、唸り声を上げた。 傷付いて半ばから刀身が破損したメダジャリバーを杖代わりに、立ち上がる。 左の腕は力なく垂れさがり、前に突き出てる。肘と鎖骨が折れていた。 過度に使用したメダルの力を抑え込むために精神力を消耗しつくし、体力もごく僅か。 あれほどまでの白色であったスーツは焦げ跡と血しぶきで彩られ、強健さを表した装甲も、欠けぬところがないほど。 共に戦う仲間は既に生身に戻っており、その体にも幾条もの傷跡と打撲痕。 体力も使い果たして、かろうじて状態を起こすので精いっぱいだ。 故に、これは京太郎がやらねばならない事だった。 京太郎が屈すれば、全員が死ぬ。 京太郎が勝たなければ、全員が殺される。 勝ち目がないと分かっていながらも、それでも最早、戦うほかないのだ。 胸骨に罅が入り、脚の靭帯を損傷し、頸椎を捻挫、関節包を破損、眼底を骨折。 髄液出、内出血、火傷、擦過傷などは数えればきりがない。 だからと言って、休む事は出来ない。膝を折る事もできない。 ここで立たなければ、立ち続けなければ、倒れたきり起き上がれなくなるのは目に見えていた。 あまりにも強大な戦力差。 京太郎の手持ちで――仲間内の戦力で、もっとも強いプトティラコンボであるからこそ、かろうじて変身を維持しているだけ。 それ以外なら、藁のように手折られて終わりだ。 己がやるしかない。 己以外、誰もいない。 倒さねばならない。 止めなければならない。 戦わねばならない。 護らねばならない。 そんな義務感で補強された精神を以って、京太郎は幾度となく立ち上がる。 立って、一撃を受けて倒れて、また立って。 その繰り返しだ。ただ、己の苦痛を増やすだけの行為。 しかしそれでも、それ以外に出来る事はなかった。 少しでも時間を稼ぐ。 仲間が、この場を離れられるだけに回復するまで、粘り続ける。 このままなら、そう遠くなく自分が死ぬ事が分かっていても、それでも仲間を失うのは耐えがたい。 命よりも大切なもの。 実に使い古された陳腐な表現であるが、京太郎にとって、仲間とはそういうものとなっていた。 己が死んだとしても。命をどう減らしたとしても。 護る――この仲間だけは、絶対に。 更に半月板を損壊させられた京太郎は、それでもただ一心に身を起こした。 一分一秒、自分が立ち上がる時間が長ければ。足掻ければ。 その分、仲間の命が長らえる。 だからこれはきっと無駄ではないと――そう信じて、京太郎は立つ。 そんな京太郎の行動に辟易したのか。 眼前の敵が、拳を振り上げる。 エネルギーが拳に渦巻く。これまでのどれよりも、殺意と破壊力が込められたそれ。 どうやら、須賀京太郎もこれで終わるらしい。 そう思ったその時に。 「バカだね……やっぱりバカだ。きょーたろーは」 言葉と共に割り込む影。 大星淡=仮面ライダーゼロノスが、京太郎を護る形で、間に立っていた。 ゼロノスが、繰り出された一撃を受け止める。 須賀京太郎の代わりに、装甲を軋ませて。強力な攻撃を一身に受けるゼロノス。 淡のカードの正体と、その代償。 須賀京太郎はそれを知ったときに――尚更に、自分が戦わなくてはならないと思った。 もう、カードを使わせない。淡には戦わせない。 その為ここには、淡抜きの仲間と来ているはずなのに。 そんな京太郎の思いを知りながら、頷きながら。 実際のところ、大星淡はこの場に――ゼロノスとして、参戦した。 「あわ――」 呼びかけようとしたその瞬間。 ゼロノスは耐えきれず、弾き飛ばされて変身が解除された。 京太郎も余波で、変身が解けた。薄れていた猛烈な痛みが、襲い掛かる。 それでも構わず、地面に倒れ込むその少女に声をかけようとして――須賀京太郎は。 目の前の少女の名前がなんであるのか、少女が誰なのか、自分がなんと言おうとしていたのかを忘れた。 開きかけた口のまま、呆然とする。 何故、その場に少女が倒れてるのかが分からない。 見知らぬ少女が、この場に出ている。そして倒れている。 誰かわからずともそれは、京太郎の心を刺激するには十分だ。 再び奮起する。 戦わねば――守らなければならない。 腕が折れても、脚が砕けても、目が潰れても、心臓が破れても、戦わなければならない。 幾度目かの噛み締めで、奥歯が削れる。 それにも構わず拳で――砕けた拳で、身を起こそうとする。 変身して、戦わねば。 そんな京太郎の体を、何かが包んだ。 見知らぬ大男。ごつごつとした手。おそらくはイマジン。 何を、と言おうとした京太郎に。少女が笑いかける。 心配はいらないのだとでも、言いたげに。 「……デネブ。皆を、連れてってね」 「……分かったよ、淡」 事情が見えないが。 この少女とイマジンは、京太郎たちの味方のようだ。 自分たちが足止めを買って出ると、京太郎たちを庇うように前に立った。 ならばやはり戦える力を持ったライダーなのだろうが。 それにしても、敵が強すぎるのだ。 どれほど実力があるか判らないが、単騎で戦うのは不可能に近い。 「あんた、誰だか知らないけど……無理だ……! そいつは、一人じゃ危ない……!」 確りと叫んだつもりのその声は、掠れてひび割れていた。 横隔膜にも障害が残ったのか、胸腔のどこかが歪んだのか、喉がイカれてしまったのか。 理由は分からないが、ただ、思ったほどの大きさにはならなかった。 これで、伝わったのだろうか――と。 何とか瞼を開いて、少女の顔を眺めた。 「――」 複雑そうな顔をして、少女が京太郎を見つめ返す。 それから、少女はどこか寂しそうな笑みを浮べてると、 「大丈夫だよ……私はかーなーり、強いからさ」 自信ありげにそう言うと、問題ないと、京太郎に背を向けた。 伸ばした手が、遠ざかる。 デネブというイマジンに抱えられる形で、その場から引きはがされているから。 他の皆を見た。 京太郎が稼いだ時間は無駄ではなかったのか――辛うじて、本当に辛うじてだが。 牛の歩みと雖も、己の足で立ち上がる事が可能となっていた。 それはよい。 だが――それにしてもこの少女は誰で、一体、何の目的で京太郎たちを助けようとするのか。 そんな疑問に答えが与えられないまま。 京太郎の体は、少女から離されていく。 せめて理由が欲しかった。ただライダーだから助けに来たのではないと思えるのだ。 あの哀愁漂う微笑には、何か意味があると。 「もう憶えてないだろうけど――――大好きだよっ。バイバイ、きょーたろー」 最後にそう、少女が語りかけたのが聞こえた。 混乱が残る。 何故自分の名前を知っているのか。その言葉の意味は何なのか。 口を開いて呼びかけようとしても、声が出ない。 それから彼女は京太郎を一顧だにする事なく、ベルトを取り出すとその腰に巻いた。 そして――赤いカードを取り出し、言った。 「――変身」 さらに、赤のゼロノスカードを切って。 淡は、仮面ライダーゼロノス・ゼロフォームへの変身を行った。 背後で混乱しながら叫びを上げる京太郎を、デネブが引きずっていく。 他のライダーは、京太郎が稼いだ時間のおかげで。一人でも何とか、歩く事が出来る。 マスク越しに背後を確認した淡は、ゼロガッシャーを構えて、再び敵と相対する。 ひょっとしたらという奇跡を願った。 もしかしたら、彼と自分の間には強い絆があって、それで、ゼロノスのカードを使っても消えないのではないか。 そんな奇跡があるのではないかと、そう思った。 だけれども。 この世に、奇跡などは存在しない。 拠り所のない、根拠のない夢などはただ、風に散って消えるだけだ。 そんな事は、願っても無駄なのだ。 この世界はやさしくない。都合のいい奇跡なんて、起こらない。 ――だから。 (起こらないなら、起こせばいい。きょーたろーを守りきれば、それは奇跡と一緒なんだ) あのままでは――淡が割り込まなければ、確実に死んでいただろう京太郎。 それが生きると言うのはまさに、奇跡ではないだろうか。 そんな奇跡を、起こすのだ。この自分が。 都合のいい奇跡なんかじゃない。 大星淡が願って、大星淡が実行して、大星淡がやり遂げる。 そうすればきっとそれは、実態のない奇跡じゃなくて――確固とした運命となる。 須賀京太郎たちが、逃げ延びるだけの。遠くまで逃げて、生き残るまでの時間を稼ぐ。 デネブは京太郎たちを逃がすために共に行った。 故に淡はゼロガッシャー・サーベルモードの柄を握りしめて、単身、眼前の敵へと突撃する。 (悲しいなぁ……忘れられるのは。怖いなぁ……やっぱり、死ぬのも嫌だなぁ) まだキスもしてもらってない。 抱きしめても貰ってない。 二人でどこかに遊びに出かけたりもしていないし、落ち着いた時間を過ごせてもいない。 あの日交わした、淡の好きなおかずを詰めた弁当を食べる――というのも。 ――否。 まだではない。もう二度と、そんな日は訪れないのだ。 ここで淡が生き残ったとしても、京太郎の中にもう、淡はいない。 あの日の淡を知る人物など――存在しないのだ。 だから、残念でならなかった。 彼と結ばれずに、一人っきりで強敵に立ち向かって、静かに死んでいくのが。 でも……。 (嬉しいな――嬉しいなぁ……。うん、嬉しいよ……きょーたろー) 愛してその人を得ることは最上である……愛してその人を失うことはその次によい。 そんな言葉があるが、淡は、言った人間は相当分かってないなと思う。 もっと嬉しい事があるのだ、人生には。 愛した人を――護れる事だ。 それこそがこの世で最も満たされた行為だと思う。 故に、淡の心は死地と言うのに、晴れやかだった。 自分が消滅してしまうその事よりも。 須賀京太郎を護れるという事が――ただ、嬉しいのだ。 彼の為に時間を稼ぐ。 それがなんと――嬉しい事なのだろうか。 幾たびもの切り結びの末に変身が解けても、淡は、生身で敵に食い下がる。 (……きょーたろー、私の事を忘れてくれててよかったなぁ) もしも彼が淡の事を忘れないで、この場に残っていたのならば。 きっと深く、傷付くはずだ。京太郎が傷付くのは嫌だ。その心も、体も。 赤の他人が自分の代わりに死んだという事にも――きっと彼は涙するだろうが。 それでも赤の他人な分だけ、マシだ。 それと、もう一つ。 ここまで無残に傷を負った自分の姿を、京太郎に見せたくはないという乙女心。 髪は乱れ、爪は割れ、手首は折れ、肌には青痣、顔だって晴れている。 こんな姿、やっぱり好きな人には見せたくないのだ。 まだまだ心残りはあるけれど。 それでも本当に――京太郎を護れて良かった。 彼と出会ってよかった。 彼と話せてよかった。 彼を好きになってよかった。 彼を失わなくてよかった。 「きょーたろーが忘れても……私はきょーたろーの事が大好きだよっ」 彼を護れて――本当に良かった。 そう笑顔を見せた大星淡は。 その笑顔ごと、頭部を踏み砕かれて絶命した。 砕け散るゼロノスカードと同じく、道路の赤い錆となって。 時を同じくして。 大星淡と契約したデネブが消滅した事で。 須賀京太郎は、自らの身代わりになった、見知らぬ少女の死を知った。 彼女の言葉の真意を、知る事なく。 ――了
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コツ、コツ、コツと。 骸が歯を打ち鳴らしていた。 上下の顎が着いては離れ、着いては離れ。 何も見えない仄暗いその眼孔で、京太郎を嘲笑っている。 京太郎の行動により宮永咲は不幸な結末を迎えた。 それにより多くの人々は苦しみ、死んだ。 それが故に、怪人に改造された人間もいる。 惨事を引き起こしたのはひとえに京太郎の行動による。 未確認に殺される人を助けた/クウガが倒すべきはずの怪人を殺した――。 それが、何かの歯車を狂わせた。 ――いや。 そもそも、自分は本当に人を助けようとしたのだろうか。 やり場のない怒りを、憎しみを……あのとき持ち得なかった暴力で叩き付けたかっただけではないか。 本当は、他人などどうでも良かったのではないか。 ただ、未確認を殺したかった。 自分が加わる前に既に終わってしまった物語に介入し、 憎悪をぶつけようにも全てが終わっていなくなってしまった仇へと、 晴らしようがなかった怨嗟を、他ならぬ自分で叩きつける。 それがしたいだけじゃあなかったのだろうか。 ――そうだ。 だから、自分は今罰せられている。 そうだ。自分勝手な悪人だから、苦しむのだ。 自分は罪人だ。裁かれるべき悪行を犯した。 故に、こんなことは不思議でもなんでもない。 そもそも、父母を殺したのだ。 その応報が今になって訪れただけ。 結末は最初から、決まっていたのだ。 これまでの幸福な夢は、このために存在していた。 積み上げるだけ積み上げて京太郎を絶頂まで押し上げると、静かに周囲を切り崩す。 そうして、墜落する様を眺めるのだ。それこそが罰であると。 過去という轍は周囲に這い寄って来ていた。 その穴を深め、京太郎を突き落とす算段を作り上げていたのだ。 準備はできた。さあ、今だ――と。 すっかりと囲い込まれていた。 それから遂に、それは起きた。 漸く過去の罪は、清算のときを迎えた。 ――だから。 これが京太郎の終焉だ。 この悪夢は然るべき報いなのだ。 これは理不尽ではない必然であるのだ。 諦めて受け入れよう。 苦しみに疑問はない。傷みに当惑はない。辛さに不明はない。 これは、こういうものなのだ。 悩むのはもういらない。 ただ黙って苛まれればいい。 悩みなど必要はない。 だって自分はそれだけの罪を犯したんだ。 悩むべき理由はない。 もう、考えることをやめてしまおう。 昏睡状態にて繰り返される悪夢において、京太郎はそう結論付けた。 大星淡が、神代小蒔が、江口セーラが、新子憧が、白水哩が、鶴田姫子が――宮永咲が自分を殺しにくる。 大星淡が、神代小蒔が、江口セーラが、新子憧が、白水哩が、鶴田姫子が――宮永咲が自分に殺される。 大星淡が、神代小蒔が、江口セーラが、新子憧が、白水哩が、鶴田姫子が――宮永咲が自分の前で殺される。 大星淡が、神代小蒔が、江口セーラが、新子憧が、白水哩が、鶴田姫子が――宮永咲に殺されている。 大星淡が、神代小蒔が、江口セーラが、新子憧が、白水哩が、鶴田姫子が――宮永咲を殺してしまう。 談笑中に、戦闘中に、食事中に、遊戯中に――。 教室で、街中で、野外で、居室で――。 黎明に、早朝に、日中に、夜間に――。 繰り返しそれは起こった。 終わりない慟哭。果てしない悪夢。切りがない痛苦。 嘆いても、怒っても、恨んでも、頼んでも、祈っても終わらない。 リピート。リピート。リピート。 リロード。リプレイ。リバース。 リセット。リトライ。リターン。 リピート。リピート。リピート……。 何度も仲間の死に様を眺めた。 幾度も友人の死に顔を看取った。 今度も恋人の死に体を抱えた。 手は届かない。 決して、届かない。 そんな、永劫とも思える責め苦に、京太郎の精神は軋み上げる。 今度はどこから来るのだろうか。 今度は誰が死ぬのだろうか/誰を殺すのだろうか。 今度はどんな最期を迎えるのだろうか。 答えなど返るはずもない。ただただ、悪夢が再演されるのみ。 再会の瞬間、怪物だと吊し上げられ五体を裂かれる宮永咲。 デート中、水底に沈められる大星淡。 登校の最中、自分を庇って刺殺される神代小蒔。 逃亡の末、凶弾に倒れる江口セーラ。 見せしめだと、両断された半身を継ぎ合わされた白水哩と鶴田姫子。 あるものは遺言を残して/あるものは会話の暇もなく殺される。 須賀京太郎と共にいるから殺される。 守るべき人々に殺される。 無辜の民衆など存在しない。誰もが石と棒で彼女たちを糾弾する。 数の暴力の末に、唯一絶対の判決を下す。 人数に任せて悲鳴を塗り潰す。怒声に懇願が消されていく。 味方など誰もいない。 全てが、敵だった。 守るべき人々なんてもういない。 誰もが京太郎に刃を向けた。 髑髏が、京太郎に手を差し伸べる。 ――助けるな。 ――庇うな。 ――守るな。 ――救うな。 あれは敵だ。大事なものを奪おうとする敵だ。 助けたっていいことなどない。どうせ裏切られるだけだ。 庇う必要なんてない。彼らは君より痛みを知らない。 背後から刺し殺す機会を狙っている。守ろうとするだけ無駄だ。 救う理由などあるわけない。そのまま引き摺り込まれて沈む。 ――あれは紛れもない敵でしかない。 ――協力して奴らに立ち向かおう。 ――奪われる前に全てを奪おう。 ――自分の心だけを守ろう。 なるほど確かに、そうだった。 仲間を殺されてなお、それをした人々の守護など考え付かない。 むしろ、仲間が殺される前に奴らを殺してしまおうと思える。 髑髏の言葉は甘美な誘惑であり、正当なる主張であった。 (ああ――それも、いいかもしれないな) 無限とも思える地獄の果てに乾ききった京太郎の心に、染み渡る提案。 普段なら一顧だにしない囁きにすら心が傾き始めていた。 自分が狙われるなら、自分がいるせいで彼女たちまで排除されるなら。 ならば、誰からも鑑みられず、触れ合うことのない最悪となればいい。 どうせこれ以上堕ちようがないのだ。 そうすれば彼女たちは襲われない/そうしようとする存在など皆殺しにできる。 それを可能とする力が――自分にはあるのだ。 京太郎は静かに手を差し出した。 灰褐色の骸骨が応えて、手を伸ばす。 髑髏は密かに、筋肉も皮膚もない顔でほくそ笑んだ。 これにて、洗脳は完了した――と。 だが、 (だけど……お断りだ。 お前は、笑ってた。皆が死ぬ様を笑って眺めてやがった) 想いを潜めていたのは京太郎とて同じであった。 幾度となく与えられる仲間の無惨な最期、理不尽な結末に心が削れきっていたのは事実だ。 心の筋力は萎え、骨を砕かれ、腑抜けにされたのもまた然り。 戦う意思などとうに削れ、守るべきものを見失った。 心は諦観に支配され、ただの虚無感だけが存在する。立ち上がる気力など、もうなかったのだ。 それでも――最後に怒りは残っていた。 踏みつけ嬲られ虐げられ、それでも/それだからこそ――憤怒は消えない/生まれる。 仲間を守れない自分。何もできない自分。最悪を呼ぶ自分。 全てを奪う運命。理不尽な世界。不可避な結末。 残虐な殺傷。凄惨な殺害。無惨な死体。 微かな反抗心が芽生えていた。 その先のことなど見通してはいない。 単純に、どこかに目掛けて奥底にへばりついた負の感情をぶつけたかったのだ。 やるせない憤懣が、哀惜の感嘆が行き場を求めていた。 こんな光景など肯んじられない――とにかく、否定してやると。 繰り返される惨状の圧力に、心の底へと圧しやられた情感は、ここで噴出する。 その対象が――矛先が現れたことによって。 或いは、逆に言うのであれば……。 須賀京太郎は、これほどまでの理不尽を負いながら、己以外に牙を向けはしなかった。 己を苛む少女たちや、仲間を害する民衆たちに……苛立ち嘆き苦しみこそすれ、刃を向けようとはしなかったのだ。 そこへ口実を伴った外敵――髑髏がが現れたのだから、反抗するのも道理であった。 (誰が――そんな奴の手をとるかよ) 握り締めた拳で、差し向けられた腕を弾き飛ばす。 同時、頭の中で、火花が弾けた。 それは雷となり、京太郎の全身を打った。 金属が掻き鳴らす音を聞きながら、京太郎は覚醒する――。 「――」 「ひっ……」 そして、目覚めたその場に居たのは、怯えた目を向ける白衣の中年。 自分が、相手の手を振り払った形となっていたらしい。 そこで気付いた。 両手両足を塞いでいた鎖の拘束が解けている。 そして、頭部には大仰なヘルメットがごとき機械。 頭がやけに重い。そして、気だるいのだ。 「洗脳が……。間に合わなかったの、か……」 男の言葉に、思い至る。 なるほど、自分の頭に装着されたこれは――洗脳装置だったのか、と。 先ほどまで自分が受けていた/その渦中にあった現実(ユメ)も、こいつが見せていたのだ……と。 そう認識した瞬間、その装置を地面に叩き付けていた。 最悪過ぎる映像。 どこまでも現実としか思えない光景。 京太郎の“人生(これまで)”を優に上回るほどの時間の体験。 悪夢は全て、京太郎の自責の念からではなかった。 どこからどこまでかは知らないが、この機械が生み出している部分もある。 京太郎は、地面との接触により破損した機械を、もう一度蹴りつけた。 カラカラと音を立て、ヘルメットは部屋の暗闇へと消えていく。 いくらか火花が跳ねた。 人間が息絶える直前の痙攣に似ているなと、他人事のように思った。 すると、 「た、立てるかい? 時間がないんだ……早く、ここから離れないと……!」 京太郎の様子を眺めて胸を撫で下ろした白衣の男性が、それでも恐る恐ると手を伸ばす。 顔面と同じほど手には冷や汗が滲む。 逡巡。 そこで、周囲の異変に目を向ける余裕が京太郎に生まれた。 赤い非常灯。それと、警戒を告げる報知器。 第三者の手により解除されたであろう拘束。 目の前の男性以外、誰もいない手術室。 果たして京太郎は、僅かに停止したのち――男の手を取った。 ◇ ◆ ◇ 「ほら、抑えてって……小蒔ちゃん」 「で、でも……!」 「あの場に僕たちが残っても、出来る事なんてなかったんだからさ」 「でもそれなら、余計に京太郎くんは――!」 声を大にする神代小蒔を宥めつつ、ウラタロスは息を漏らした。 先ほどからずっとこの調子だ。 助けたい、戻りたいという小蒔を相手に説得を続ける。 あの場に残っても皆がやられただけだ。 京太郎が取ったのは最善でなかったとしても、最悪を避ける行動だった。 そんな彼の頑張りを無駄にしてはいけない。 兎に角彼女の感情論を、理性的な言葉と論理を以って沈下していく。 釣りは得意だが、鎮火と言うのはどうにも苦手だ。性にあっていない。 まあ、女性から――それも美少女から――熱っぽい視線を向けられて詰め寄られるというのは悪くない。 それも、こんな状況でなければ。 助けに戻りたいと思うのはまた、ウラタロスとて同じであった。 ――須賀京太郎。 そこまで関係が深いという訳でもないが、幾度となく顔を合わせ、言葉を交わし、 ライダーとして共に戦ってきた。 仲間とか友人とか、そういう言葉はあまり好まないウラタロスであったが……それでも、彼と自分の関係を言い表すのなら、 いわゆる仲間というのに近いのではないだろうか。 モモタロスもなかなか彼を気に入っており、キンタロスも同様。 リュウタロスは懐いていて、小蒔は大層ご執心である。 勿論、ウラタロスとて彼を悪くなど思っていない。 どこか歪ではあるが、須賀京太郎も、彼の本来の主人である野上良太郎のような分類側に回る善人だろう。 それを置き去りにした。 ただ一人、たった一人、敵のど真ん中に。 確かに彼は強かった。自分たちの仲間内で最強に近い。だから、戦うとしたら彼が適任。 そして、あの状況で自分たちが加わったとしても良い事になるとは思えない。 故に、彼が残るのは妥当だった。感情論を抜きにすれば。 いくら強いとは言っても――あの並み居る化け物すべてを相手にするなど、不可能だ。 よしんば勝利したとしても、少なくない傷を負う。 勝っても死にかねない。負けたら当然生きる筈がない。運が良ければ、逃走できるだろう。 そんな場に、彼を置き去りにした。 彼がそうしろと言ったとしても、それを決断したのは紛れもなく自分たちであった。 そんな、ある種仲間と呼べる少年を死地に送る行為に、平然としていられるほどウラタロスも冷血ではない。 彼は、全員を生かすために自ら死へと身を投じた。 投じさせたのは、彼を含む全員だ。 (……せめて、生きててくれたらいいんだけど) であるからして、ウラタロスは考える。 自分があの場でできなかった事の代わりに、やるべき事がある。 それは、ただの感傷かも知れない。都合のいい言い訳かも知れない。 直接的に、彼の助けにはなり得ない行為だ。 でも、最後の彼の言葉を頼りに、ウラタロスは静かに決心した。 己がここでやる事は、彼の意志を尊重し小蒔の身の安全を確保し、 そして電王として、この事件の解決を図る事だ――と。 故に、小蒔を止めなければならない。ウラタロス自身、それは自分の責務だと解釈している。 だから、やれやれと息を漏らした。 この事件をどう解決するかなんて要するに――情報を収集するしかない。 正しい穴の形をしって、ピースを集めて、絵を完成させる。 今まではいつだってそうやって来た。この世界に囚われる前からそれは変わらない。 どこまでも、地道な作業だ。 情報を収集するにはどうするか? 決まっている。またあの時間に向かうのだ。 しかしそれが躊躇われた。 あそこは未知過ぎる。そして今度は、須賀京太郎がいない。 万が一もう一度あの連中と遭遇したら、そこで詰みかねないのだ。 虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言うが――。 流石に何の安全策もなしに地雷原に突入するほど、ウラタロスは向う見ずではないのだ。 (さて……どうしたものかな) 今にも助けに行こうと言いたげなリュウタロスと、小蒔。 本心では助けに行きたいのだろうが、京太郎の覚悟もあって強く言い出せないモモタロス。 腕を組んで、セーブ側に向かうキンタロス。 そして、残りのリアクションを取らない人物たち。 静かにそちらに目を向ける。 いかに頭脳労働が得意と言っても、何の下地もなく結果を齎せるほどウラタロスは万能ではない。 せめて、何かしらヒントでもあれば――と、オーナーを見やる。 すると、彼は口を開いた。 「これは……大変よろしくないですねぇ」 それから、続いた言葉。 せめて何かしらのヒントさえあればという目線を向けただけだったが、 思いのほか、ヒントどころではなく答えを提示された。 まあ、その可能性はウラタロスも考えた。どころかそれは、本命以外の何物でもなかった。 須賀京太郎の行動――未確認生命体を撃破した事――が、時の筋道を狂わせたと。 本来ならば、その時間軸のライダーによって倒されるはずだったのだ。 それがそのライダーの戦闘経験となり、ウラタロスたちのきた小蒔のいる時間軸へと繋がる。 だが、京太郎がそれを結果として妨害してしまった為に、巡り巡って、世界は容貌を変化させたのだ。 元々、この世界の時間と言うのは酷く歪で不安定であった。 それは、ウラタロスたちイマジンが、閉じ込められている事によっても分かる。 故に、ほんの少しの行動が、大きく筋道を狂わせてしまうのだ――と。 (……しかし、彼もツイてないね) やれやれと、もう一度息を漏らした。 あの場で彼が行ったのは、人を助ける行為だ。 確かにそこには未確認生命体への憎しみもあっただろう。だが、彼はそれだけで戦えるほど、チャチな男ではない。 人が嘆いているから、故に、拳を握ったのだ。 本来ならそれは称賛されるべき行為だ。 野上良太郎がその場に居ても、きっと、同じ事をしたであろう――おそらくは。 事実幾度か、時の結果を異ならせてしまうと知っていながら、良太郎が人助けというルール違反を行った事だってあった。 そう見れば、京太郎の行為はそれと同じだ。 ただ違うのは。 不運である良太郎よりも、京太郎は運命に嫌われているかの如く行動が裏目に出たという事だ。 世界は、彼に対して厳しい。厳しかったのだ、今回は。 些細な、誰かがほんの少し前を向ける結果などへの改編ではなく――全てが負に向かうような、異常な変革を齎された。 それが、オーナーの言う「よろしくない」事。 良太郎の行ったもの程度ならば、苦言を漏らしこそすれ、オーナーは飲み込んだ筈だ。 だが、今回はそうも行かない。 京太郎が行った行為は奇しくも、己たちの敵であるイマジンのそれと同等となってしまったのだから。 故に――。 ここで、ウラタロスたちがすべき解決とはたった一つ。 たった一つの、シンプルなものだ。 「……おい、ふざけるなよ」 「そうなったら、京太郎はどうなるのかなぁ……?」 オーナーから導かれた答えに、しかし、グリード二人が異を唱えた。 京太郎のとった行動がイマジンと同じで、その結果も正しく同様なら――。 ウラタロスたちがすべき事は単純だ。 イマジンによる破壊を止めるのと同じく、京太郎が過去に於いて行った事を妨害する。 そして、時間軸を正しいものに戻す――というものだ。 だが、ここには問題がある。 特異点が一つの場所に存在する事は、過去も例にあるように、問題ではない。 だが、その他の人間についてのタイムパラドックスはどうなるのだろうか。 過去に於いて戦う須賀京太郎を止める場合――こちらには「京太郎が戦った場合のカザリとアンク」がいる――。 その二人は、時間軸が正常に戻った場合、いかなる事になるのだろうか。 また、そして何より――正常な時間軸への帰還において、 『あちら側の世界』に残された京太郎とメダルは、一体どのような扱いとなるのか。 本来の時間軸には、「戦いを止められた京太郎と一同」が戻るだろう。 だがその場合、彼らがその時間の住人となるなら、こちら側の「戦った場合のアンクとカザリ」の存在が重複する。 そうしたら、この二人はどうなるのか。 また、置き去りにされた京太郎は? 果たして正常に帰還するのか? それとも、切り離された時間と共に消滅するのか? 或いは、別の平行世界と言う形で――向こうで永遠に生きる事になるのか? (それに……前の良太郎のときは、良太郎が被るっていうのは『予め起きた事』だったから問題はなかった。 良太郎が知らないだけで、それはちゃんと起きていた――だからパラドックスは発生しない。 でも、今回僕たちは誰にも止められていない。だから……前とは違う) そして、自分たちはどうなるのか。 以前行ったそれとは違い、今回のは明らかなる矛盾を引き起こす事である。 その、時の齟齬に――自分たちが如何なる影響を与えられるのかも、未知なのだ。 故に、簡単にそのシンプルな結論に飛びつく訳にもいかなかった。 (さて……本当に、どうしようか) 京太郎を切り捨てるのならば、この場で一戦交える事も辞さないという構えのグリード二体。 相変わらず何を考えているのか分からないオーナーに、 今すぐにでもやはり助けに行こうと飛び出しそうな小蒔とリュウタロス。 悩んでいるモモタロスとキンタロス。 どうにも、この場で冷静に物事を考えられるのは自分しかいないのだ。 さて――本当に、どうしようか。 (ちょっとこれは、釣った魚が大きすぎるかな……?) 顎に手を当てて、ウラタロスは嘆息した。 ◇ ◆ ◇ 白衣の男に連れられて、京太郎は走る。 互いに無言だ。 男は長らく運動していないが為か息も絶え絶えであり、京太郎もまた、体調が万全でない為ふら付いている。 そのまま、誘導灯に導かれての逃避行。 最中、夢から醒めない心地の――自身の人生に等しい体感時間の悪夢――京太郎は、それでも周囲を確認する。 それは半ば、習性じみていた。 己の進むべき方向も判らない。照らしてくれる光などない。 目的がない。結末が思い描けない。ただ京太郎は、状況に流されるまま走っていた。 非常呼集と非常灯――何らかの危難がこの建物に訪れている事。 自分はそれに乗じて逃げ出している事。 先導する男は、迷う事ない足取りから、おそらくこの組織の科学者である事。 男は自分の拘束をとき、助け出そうとしている事。 頭の中で状況を整理しつつ、京太郎は漸く口を開いた。 「……あの」 「何、かな」 「どうして――俺を助けるんですか?」 それでは男は、裏切り者になってしまうだろう。 よくわからないが、きっとこの組織は恐ろしい組織であったはずだ。 裏切りが露見した場合、平穏無事では済まされない事は明らかである。 そういう意味の問いかけであったが、その実……。 その言葉には自分に助ける価値はあるのか――と、そのようなニュアンスが含まれていた。 京太郎自身は、無自覚であったが。 そんな京太郎の問いかけに、男は困ったように笑った。 「はは、やっぱり覚えてないか……」 「……なにが、ですか」 「私は――君に助けられたんだ。あの、オーズとしての君に」 それから、男は言った。 長野県のあの場所でかつて、自分は未確認生命体に襲われていた。 そのとき、仮面の戦士に命を救われた。 礼を言う暇もなかった。逃げるのに、必死だったからだ。 そして時間が過ぎ――今となって。 彼は、その戦士と巡り合ったらしい。死神博士が齎した映像に、その戦士は居た。 そうして、彼は、その戦士の仮面の下の素顔を知った。 それが京太郎だった。 であるが故に――彼はこうして今、京太郎を助け出そうとしているのだと。 「あの時は言いそびれたけど……ありがとう。本当に――助けてくれて、ありがとう」 「……」 ようやく礼が言えたと笑いを零す男に、背中越しに顔を歪ませた京太郎の様子に気付ける筈がなかった。 男の言葉と共にリフレインする映像。 怪人に変えられた人々。感謝を口にする化け物の群れ。血塗られた己の両手。 込み上げる不快感を、空気と共に吐き散らそうとする。 が、消えなかった。 「あの時の恩返しと言うのはおかしいけど……それが、理由だろうか」 男は小さく、笑った。言い訳じみた微笑が零れる。 その瞬間、京太郎は理解した。 この男は、己の罪を――つまりは己が務める組織が行ってきた行為を、罪として認識していると。 ギリ、と奥歯が鳴った。 半ば亡者のように覇気を失った京太郎であったが――。 その牙を向ける対象を目の前にして、殺気が生まれるのを自覚した。 この男は、罪人であった。 己が犯した罪を認知している。 ショッカーが行った非道を、理解している。 ――その上で、どうしてこうも平然と笑えるのか。 それは八割方が八つ当たりに等しい。 いや、正確に言うなら精神が均衡を保つために行われる、攻撃だった。 洗脳装置が齎した悪夢の中、京太郎に残ったただ一つの感情が怒り。 京太郎を人間足らしめる、最後のパーツ。 怒る事さえ失ったのならば、京太郎は心を砕かれ、ただの人形と化す。 故に彼の精神は、無意識的に、怒りの矛先を探していた。 或いは時間が経てばそうでもないのだろうが……。 元々の穏健な気質に似合わぬ、戦いの日々。 刻まれた幾多の痛苦と恐怖の傷跡。 繰り返される知人の死と言う悪夢のヴィジョン。 京太郎はまさに――手負いの獣よろしく、攻撃的になっていた。 それ以外に彼は今、人間としての心を保つ術を持たぬのである。 そんな京太郎の思いを知ってか知らずか、科学者の男は続ける。 「あれから――私は、考えたんだ……君に助けられて。 ここで生かされたんなら、きっと私の人生には意味があるし――意味があるものにしなくてはならない、と」 故に彼は続けていた、研究の開発を急いだ。 それは本来、事故などで身体を欠損した人々を助けるための技術。 作られれば、いずれ身体に障害を持つ人々も健常者と変わらぬ生活が出来る、そんな代物。 だが、その研究は行き詰っていた。 どうしても解決できない問題があり、そして、開発資金に限界が来ていた。 そんな中彼は、己の原点に立ち返ろうとあの場所に戻ったらしい。 皆が楽しそうに泳いでいる中、寂しそうにそれを見ていた一人の車椅子の友人の事を。 彼の問題を解決する手段は、提示されていた。 軍事への転用。 或いはパワードスーツであったり、傷痍軍人の再兵役化だったり、SFよろしくのサイバネティック兵士であったり……。 そちらの方面での開発も行うのであれば、資金を援助するとの言葉。 彼は悩んだ。 己の持つ技術は、誰かを救うためのものだ。 戦争の是非は問わない。軍事の云々は語らない。 だが、そちらに使用されてしまうのは――彼の理想とは違っていた。 彼はそのとき、決断を迫られていたのか。 あくまで多少高性能な義肢として、自分の研究を打ち止めるのか。 それとも、死の商人と手を取ったとしても、高次元の技術を開発するのか。 そこで――。 あの事件に巻き込まれて、辛くも一命を取り留めた彼は、続けようと決断した。 達成の為の手段がどうであっても、己は解決をするべきだと。 助けられた命として、精一杯、その事に報いなければならないと。 それでもまだ彼は、直接的に軍事技術に介入しなかった。 自身の理論を基に、誰かがそれを軍事に転用をする事に目を瞑りこそはすれ、 自分自身が、その先兵として働く事だけは肯んじなかったのだ。 だが――それも、破られた。 迫る未確認の脅威を前に、彼はついに己が研究の戦闘転用を首肯する。 そして組まれた、各分野のスペシャリストを集めたチーム。 それを統合する組織――ショッカーの一員と、なったのだ。 彼は苦悩した。 己が作り出した理論は、人々の幸福と安全の為であった。 だがそれが結果として、血を生んだ。 脅威と戦うためには、相応の力が必要だ。 その事は嫌でも理解していた。 理想論だけで何かを守れるほど世界は甘くなどなく、如何なる主張を以っても武器を持たぬという事は、暴力によって容易く踏みにじられると。 それでもまだ、大義名分があった。 あの未確認生命体を暴れ回らせる事は、それは間接的に人々を殺している事と同じである。 だから、彼はそれに対抗する改造人間の製作にも携わった。 それが平和の為になると、誰かの笑顔の為になると思って。 そう、そこまではよかった。 だが、それからが問題であった。 未確認生命体4号を撃破した後のショッカーは、日本を掌握した。 平和や、ともすれば人類の希望の為であった改造人間は、悪の尖兵と化す。 彼の生み出した技術も同じく、血に濡れた。 組織から離れるには、浸り過ぎた。 今更裏切られたと嘆くには、手を汚し過ぎた。 家族の為にも、ショッカーの手を断る事は出来なかった。 彼は、己が大罪人だと理解した。 しかし、死ぬには勇気がなかった。 死は恐ろしいし、遺された家族のその後を思うと、死を選ぶ事などできなかった。 嘆きながら、ますます深みに嵌る日々。 でも――ここで。そんな絶望の日々の中で、彼は再び希望と出会った。 その身が、過剰なほどの傷跡に苛まれる少年だという事は理解していた。 己がどれだけ残酷な事を行おうとしているのかも、どれほど情けないのかも認識していた。 しかし彼は“それ”以外に、出来る事がなかったのだ。 故に、彼は危険を知りながら、京太郎を助けた。 単なる善意からではない。 少年を希望に仕立て上げるという残忍さ。 誰かに自分の荷を押し付けると言う傲慢さ。 少しでも自分が悪に染まりきっていないという証明欲しさに行う卑劣さ。 その事をハッキリと彼は知っていた。 知りながらもしかし、彼に出来る手段はそれしかなかった。 選べるものが悪と最悪だけであった。 更なる犠牲者を生むのか、それとも、一人の少年に希望を押し付けるのか。 どうしようもない、二択であった。 「だから――済まない。私は卑怯者だ。結局こうして、勝手な理屈で君に背負わせようとしている」 故の謝罪。 或いはその謝罪も、単なる言い訳にしか聞こえないだろうと、彼は考えた。 それでも、謝る以外はなかった。 自分が弱い人間であると知りつつも、そこに胡坐を掻くしか、他ないのだ。 対する京太郎は、 (……) 無言であった。 普段の彼ならば、ここで男を勇気づける事をしたかもしれない。 軽口の一つでも叩くか、それでも自分が改造されずに済んで良かったとか、危険を知りながらもこうして行動しただけいいとか、 何かしら彼への慰めを口にする余裕もあっただろう。 だが今の京太郎に、そんな心の余裕などはない。 ただ事実として、男の言葉を受け入れていた。 また、同時に思った。 男が自分に謝罪をすべきではない――と。 そもそもこの最悪の発端は、己が起こした行為に因るのだから。 再びの沈黙。 ただ、二人は駆けた。騒乱で浮足立つ、基地の中を。 途中、戦闘員一人にも出会わなかったのは幸運だろう。 勿論、科学者の男はその事を計算に入れた上で行動をしていたのだが、それでも万一というのはあった。 そうなったとき、希望は完全に潰える。 科学者である彼に戦闘能力などなく、戦力となる京太郎はその精神が戦闘可能な状態ではないのだから。 よかったと、科学者は嘆息した。 「ここの角を曲がれば――」 そしてすぐさま、吐いた以上の空気を吸い込んだ。 「ひっ」と、喉が鳴る。 何故、こいつがここに居るのだろう。 確かに彼が属するショッカーと、大ショッカーという括りで結ばれた組織の一員。 だがしかしその折り合いは悪く、こうしてショッカーの基地をうろついている事などないであろう存在。 死神じみた純白さを身に纏った、カプセルの内にするどき眼光を潜ませる怪人。 その名を―― 「これからのお前たちの行先を、占ってやろう」 ――ジェネラル・シャドウと言う。 その手には二枚のカード。 どちらにするのか選べと、そう告げられているらしかった。 科学者の男は、自分の心が挫ける音を確かに聞いた。 ジェネラル・シャドウの戦闘能力は、イカデビルに匹敵――或いは凌駕するであろう。 人である自分が対せられる相手ではなく、病み上がりの須賀京太郎でもそれは難しい。 ましてや今彼は、オーズとしての力を失っているのだ。 まさに、絶体絶命であった。 それが崩壊の足音に聞こえた。 己のような大悪人に向けられた、罰であると考えた。 希望を胸に進んだ先に待っていたのは果てしない絶望で、その底を彷徨ううちに僅かな光と巡り合った。 その光を手にして、進もうとした矢先に――最大級の絶望だ。 やはり、都合がいい話などこの世界にあるわけがない。 これはきっと、因果が応報されたのであろう。 数々の改造人間を作った己が、こうして改造人間に処分されるのなど、実に諧謔が効いていた。 だけれども……。 「……下がっていてください」 そう、折れそうになる男の眼前に広がる背中。 須賀京太郎が拳を構えて、二人の間に割り入っていた。 対するは最強の魔人。己の手には何も持たない身であるというのに――だ。 その身一つを盾にして、強大な砲弾を受け止めようとしている風でもあった。 そんな様子に、ジェネラル・シャドウはどことなく満足げな吐息を零し―― 「……なるほど、スペードの3か」 そしてその後、侮蔑に等しいほどの声色を、須賀京太郎に向けた。 否、それは明確なる侮蔑であった。或いはそこには、失望の響きが含まれているだろう。 ジェネラル・シャドウの人となりを、男は知らない……だが、その声色にはどこか、須賀京太郎への好意や興味がにじみ出ていたのだ。 しかしそれも、消えていた。 「今のお前に、俺は何の関心も持たない……。そんな目をした奴が、仮面ライダーであるものか」 「……何を、好き勝手」 「行くがいい。今のお前には、戦う価値もない」 「……」 対する京太郎は己へと振りかかる憮然とした言葉の、真意を探っていた。 眼前の怪人の意図はなんなのか。 油断させるつもりなのか。だが、油断などさせずとも自分たちを捉える事は容易ではないのか。 ここで怪人の言葉に従うべきだろうか。その方が安全か。 だが、目的はなんだ。 ここで自分を見逃す理由は何だ――と。 そんな京太郎の様子を、ますます詰まらなそうに、ジェネラル・シャドウは一瞥する。 「今の貴様と戦っても、得られるものはない。何より、気に入らん」 「……そう、かよ」 顎でしゃくって、出口を指すシャドウ。 その先に気配はない。 科学者の計画通り、そこが穴となっているのか。それともシャドウが人払いをしたのかは不明だが……安全と言うのは確かだった。 今の京太郎には、怒りや闘志より戸惑いが勝った。 ただでさえ、色々な事があり過ぎた。己を見失っていた。 そこに来て、これだ。よく意味の解らない敵の幹部。合理的とは思えない行動。 混乱が増すばかりだ。 ならここは――見逃してくれると言うのであれば、それでいい。 どうせ、実は嘘だったとしても結果には変わりが無いのだから。 須賀京太郎は、どちらにしても死ぬ。 宣言を覆したジェネラル・シャドウに刃を向けられても、ここでシャドウに立ち向かっても。 だったら、どうなっても一緒だった。 目を閉じて、一歩を出す。 同時に抜き放たれるサーベル――シャドウ剣。 「……ただし、お前には残って貰う」 その切っ先は、京太郎と科学者の間。 彼我の間を正しく分裂させんと、振るわれていた。 白衣の男は、自らの眼前に晒された暴力の象徴に悲鳴を漏らした。 京太郎は、拳を握りしめて、改めてシャドウを睨み付ける。 「貴様には用はない。だが、まだこの男は必要だからな」 端的に答えると、もはや京太郎の事を意にも介さぬと顔を背けるシャドウ。 握りしめた拳に、力が籠る。 馬鹿にされる事は、いい。 自分が弱いのは真実である。敵がどう思おうと、関係ない。 だが、ここで自分一人だけが逃げると言うのは、一体どうなのか。 残された科学者はどうなるか。 処刑は――されないだろう。必要であると、シャドウが言った。 しかし、だからと言って残していくのか。戦う力を持たない男を、敵の言葉に従って。 それは果たして、正しい行動だろうか。自分自身、後々、許せる行動だろうか。 などと考え――しかし、その思考の炎が掻き消える。 今の自分がすべき事は何か。 それ以前に、出来る事など存在するのだろうか。 実はただ、理由を付けて反抗したいだけなのではないか。 そもそも、正しさとはなんだろうか。これから先の己など、あるのか。 迷っていた。鈍っていた。濁っていた。くすんでいた。 京太郎は今、戦うことも出来なかった。 そんな気概すら、削がれているのだ。精々が、瞬間的に何かが沸騰し、すぐさま冷めるだけ。 己がやりたい事も、出来る事も一切が分からない。 己の心で決断をする事も、決断に心を従わせる事も、決断に用いる基準もない。 ただ、迷っていた。 (――――) 逡巡した。 いつもならここで、一も二もなく人を守る事を選んだだろう。 そうして誰かを犠牲にして生きながらえても、後々その後悔が自分を押しつぶす事を知っているから。 だから、たとえ身一つでも、一秒でも長く科学者の彼が逃げ出すまでの時間を稼ぐ。 そんなつもりで、戦いに臨むはずである。 しかし、今は別だ。 心の表情は削がれて、目玉を潰された。 絶え間ない慟哭に耳は破れ、嗄れた喉は声を出せない。 かつてないほど、京太郎は無力であった。 カザリを庇ったときよりも。 小走やえを止めようとした時よりも。 イマジン相手に盾にしかなれなかった時よりも。 血反吐を吐いてもヤミーと戦った時よりも。 Wに恫喝された時よりも、ドーパントに命を奪われかけたその時よりも。 目指す先がないというのは、方向性を失ったというのは、これほどまでに人を弱くさせるのだ。 そして、京太郎が答えを出さんと悩む間に――。 「――分かった。それに元から、私は残るつもりだった」 白衣を翻して、中年男性はそう答えた。 思わず息を飲む京太郎。 止めようと、無謀だと手を伸ばそうとして――それも止まる。 そう言って、それからどうなるのか。 今の自分に、この男性へとかけられる言葉など何もないのだ。 その資格も、ない。 「君に背負わせてばかりじゃあ、申し訳ないんだ……。 だから私も、戦う。何とか君の力を取り戻せるように、やってみる」 「……あ、の」 「これしか取り戻せなかったが……。残りは――メダルも、私に任せてくれ」 そう、京太郎へと荷物を手渡し、背中を押す科学者。 一歩二歩、その勢いのまま体が泳いだ。足に力が入らず、踏みとどまる事ができない。 手術着とは違う、元々京太郎が着ていた衣服。 大切なドライバーを欠いた、装備品。 それを押し渡され、自分を気にせず先に行け――と言われてしまったのだ。 「君には……残酷な事を押し付けてしまっている。直接戦うのは、君だから……。 私は酷い臆病者だろう……だから、気にしないでいいんだ。 それよりも、君は……無事に逃げ出してくれ。君は、人類の希望なんだ。私の希望なんだ」 「……俺、は」 「済まない……勝手な期待を押し付けてしまって……」 何も、言い返す事が出来なかった。 勝手な期待は辛いと、普段なら思ったろう。 或いはその期待を裏切らないようにしようと、そう思っただろう。 だけれども今は、ただ空虚なだけだ。 どんな言葉を懸けられても、心を上滑りしてしまう。 何をすればいいかもわからず、ただ相手の言葉を聞くにとどまってしまう。 「恨んでくれてもいい。君は……生き延びて、くれ」 剣を境に、男は笑った。 それは笑みと呼ぶにはあまりにも弱弱しく、情けない。引き攣っただけの笑い。 それでも――今の自分の表情とは、比ぶるべくもないほど、輝いていただろう。 「そんなこと、言われて……ハイそうですかなんて……」 強い語気はない。 それでも何とか否定しようとして――言葉を選んでいるうちに、口を紡ぐ須賀京太郎。 基盤を失っている彼では、誰かに響く/自分に響く言葉を発せられる訳がない。 それでも、まだわずかに残った人間性が、男を見捨てていく事を拒否するだろう。 しかしそれでは、話が進まない。 シャドウの目的は達成されない。 であるがゆえに――。 「トランプ・フェイド」 ジェネラル・シャドウは、科学者を連れて姿を消す。 これ以上ここで話していても、何も進む訳がなかった。 遺された須賀京太郎。 再び、虚空を掻いて彷徨うその手。 あの時ほど力を入れている訳ではないが……。 それでも、また掴み損ねたのは、事実であった。 「……俺は」 そう項垂れると、須賀京太郎はその場を去った。 幾度も未練がましく振り返り、拳を握りしめ……。 それでも己に出来る事などないのだと頭を垂れて、この基地を抜け出した。 そこに、人類の希望となるべき戦士の姿はない。 力を持たず、目的を失い、気概を無くして――重荷に潰されそうな少年がいるだけだ。 向かうべき先を持たぬから、悪戯に浪費していく。精神を、肉体を。 確たる一歩を踏み出す力はなく、歯を食いしばって耐える心もない。 過酷な運命に翻弄される、ただの生ける屍だ。 「……ふ」 さて――と、ジェネラル・シャドウは考える。 スペードの3。 それは“切り札(ジョーカー)”にはなり得ない。“王たち(キング)”の力も持たず、“最強(エース)”でもない。 まさに、唾棄すべきカードである。 それだけを見るのなら、彼の未来は暗い。最弱や最低を運命づけられているのに等しい。 だが、限定的な条件・状況ならば――だ。 それは時に、“切り札(ジョーカー)”を凌駕する事さえ、あり得る。 果たして彼の運命は、ただのブタ札で終わるのか。 それとも、ジョーカーをも打破する札となるのか。 今のままの濁ったの瞳では、ジェネラル・シャドウと相見える事はないだろう。 スペードは剣。スペードは力。スペードは勇気。 あり得るのならば、もう一度。 初めての邂逅のときのように、彼がライダーとしての精神を取り戻す事を――。 己の好敵手として相応しい存在となる事を、願おう。 「――ほう」 そして、戯れに占ったその先。 頬を釣り上げる道化師=ジョーカーのカードが、少年の旅路を示していた。 シャドウは、静かに笑いを零した。
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「第一章:Jという二つ名/最後の切り札」 ――スマートブレイン学園都市。 都内に存在するその学園は、中学から大学。 最近は付属の小学校や幼稚園をも設立させ、まさに一大教育都市を建設させている。 そんな学園の存在する街の、とあるビルの一角。 そこに彼は――彼らは居た。 年代じみたタイプライターを前に、黒い学生服を思わせるスーツの青年。 英字新聞を広げて、顔に被せるようにしつつデスクに足を投げ出し、目を閉じる。 そのほど近くのデスクに腰掛ける女性は、パソコンを前に眉を寄せる。 最新式のタブレット、スマートフォンを卓上に並べて時折クリック音を交えながらタイピングを行うその指は細く白く、 桜色の爪からは彼女の瀟洒さや或いは垢抜けた様を察するには容易い。 憂鬱そうに髪を掻き上げてコーヒーを啜る様子は、それだけで一枚の絵になるような美しさを伴っている。 一つの部屋に同居する現代と過去。 青年の鎮座する一角は古風――悪く言えば時代遅れや時代外れと言った風貌であり、ともすれば胡散臭さを感じるほど。 一方の女性が形成する一角は正しく現代風であり、弁護士事務所や或いは会計監査・司法書士の事務所を思わせる。 それらの対立が、ますますこの探偵事務所を胡乱としてそこはかとない信用の無さを作り出す。 というより、正確に全体を描写してみよう。 まず、部屋自体はそう新しいものではなく、壁紙も燻んでおりレトロ風。 証明もそう明るいものではなく、今は窓から入る陽光の方が強い。 しかし、置いてある機材はどれも新しい。黒革の来客用ソファーも、テーブルも、作業用のデスクも。 古いのは青年の周囲だけ。 そこは置いて行かれた物悲しさや、或いは青年の静かなる頑固さを主張している風。 何ともちぐはぐな内観であった。 しかしこの探偵事務所には――ある秘密がある。 学園都市を、いや日本全土――全世界を揺るがしたとある事件から十年。 関係者以外の記憶からは薄れ、その事件を知らぬ少年少女が成長するには程よい頃合い。 静かに噂される希望。絶望に抗うものが、最後に身に纏う事が出来る最強の武器。 人の手に負えず、人の身に耐えきれず、人の心を食い荒らす怪物と戦う仮面の戦士。 人に曰く――最後の希望。 そう、“最後の希望”……だ。 ,.ー-‐.、 ヽ、 ヽ __ /,..-ニ‐- '"_,..) ,. ァ i ' ´/ , _ 、´ ,.r ´ ,.' __ ,. r'´. . .,' . _______. . . . . . . . . . . . . . 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お金関係とか、特に」 「……いい性格してるな、本当」 やれやれと、溜め息を漏らす京太郎。 とある事情から新子憧が背負った膨大な借金を、彼は肩代わりしていた。 こうして話題に出すのはあくまでも彼らなりの諧謔であり、ちょっとした小突き合い。 須賀京太郎は本気で新子憧に借金について恩を着せるつもりなどはなかった――それに見合うだけの対価を、彼女からは借りていた。 もっとも新子憧もそれに甘えるつもりなどはなく、あくまでも仕事の成果で彼に返済する気概である。 朝には遠く、昼とも呼べないそんな時間。 言うなれば午前だろうが――デスクの上で足を組んでいた京太郎は、立ち上がりコーヒーを飲み干した。 行儀が悪いから止めろと言われているが、退屈な日は顔を帽子で塞ぐか新聞を被るかして、こうやって過ごしていた。 いつも変わらぬ、学生服染みた黒のスーツ姿。 それが青年――私立探偵、須賀京太郎のスタイルだ。 「今から行くの?」 「ああ、悪い予感が本物になる前にな」 「何格好をつけてんのよ。似合わないって言ってるじゃない、そーゆーのはさ」 「……はい。行ってきます、はい」 「あ、ご飯はどうするの?」 「外で食うからいいって。なんか適当に」 「夜には帰って来なさいよ? ……大事な約束、忘れちゃいないわよね?」 「……流石に未来の伴侶との約束忘れるほど、老けちゃいないさ」 笑いを零し、帽子を突っ掛ける。 ロートルばりの、典型的な探偵ファッション。 むしろあからさますぎて、ドラマや映画の撮影に間違われかねないほどの、あまりに型に填まったスタイルである。 その所為か、柔和な風貌と相俟って二枚目半の雰囲気を纏っていた。 「……はぁ。格好つけ」 <BGM: 「俺たち二人で一人」 https //www.youtube.com/watch?v=e-EouE0vmeg> 「あれ、須賀君……仕事?」 「ああはい、これからちょっと」 「そ、頑張って」 須賀京太郎の借り受ける探偵事務所の真下はボウリング場。 鷺森ボウル――その店長、鷺森灼は箒片手に階段を降る京太郎へと笑いかけた。 彼も彼女も、十年前の事件の関係者。 灼は変わらずの外見。妙齢の女性と言うには幼すぎて、ひょっとすれば未だに学生と言っても通じそうな体躯。 違いと言えば、かつてはおかっぱであったその黒髪を肩に掛かるまで伸ばしているところか。 掃除をするときも嵌めているボウリンググローブに、知らず京太郎は顔を綻ばせた。 何度か慰安として、探偵事務所のメンバーとボウリングに向かう。 まあ、メンバーと言っても先ほどの新子憧しかおらず、大概は憧に負けてしまってそれで終わり。 鷺森灼と、この街に来る以前からの馴染みである憧は、どうやら密かにボウリングのコツを教えて貰っているらしかった。 ちょっとズルくないかと思うが、そういうちゃっかりとした要領の良さが彼女の魅力であるので、黙る。 「そう言えば」 「はい」 「なんだか最近、色々とよくない噂を聞くんだけど……それ絡み?」 「それは後で聞かせて貰いますとして……。えーっと、その……守秘義務で」 「それ、答えているのと同じだと思……」 困ったなと笑う京太郎に、灼が溜め息で返す。 それじゃあと手を上げて、京太郎は灼の横を颯爽と通り抜けた――が、水を巻かれていた下の段に滑り、転びそうになった。 困ったような笑みに、灼は再びやれやれと返すのだった。 ボウリング場。 これも中々古めかしい遊びと言えば遊びであるが、体を適度に動かすのに行える手軽さと言ったらない。 故に未だに学生やサラリーマンの客は絶えず、灼の耳にも街の噂話を届けるのだった。 だから今は、情報源として須賀京太郎の手伝いを行う形となっていた。 (行方不明者は……スマートブレイン学園の生徒、中等部の一年生か。名前は……青山士栗。家族構成は姉との二人暮らし) プリンターから印刷された依頼用紙を眺める。 個人情報保護の観点からそれは秘匿されてしかるべきものだが――ともすれば大事に発展する可能性もあるこの事件、多少の法の逸脱には目を瞑って貰おう。 簡単な履歴書程度のそれは、警察に提出された捜索願以上の意味はない。 写真を眺める――桃色の長髪、腰まで。瞳は青みがかったグリーン。中学生一年生とは思えないナイスバディ。 昔ならどうか判らないが、流石にいい年齢。 少女にその手の目線を向けると言うのは論外と言うのもあるし、何よりも愛する人一筋なので特段思うところはない。 ただ――それとなく人気があるだろうなとか。優しそうだなとか。あまり派手な遊びはしないなとか。自分から事件に巻き込まれる立場にはありそうにないなとか。 その手の、冷静な分析を行うだけ。 物事に対して先入観を以って捜査――調査に当たるのは、この手の職業については鬼門。 故に見たままの印象は見たままの印象として脳に留めて、本格的に考慮に入れるのはその他の情報。 しかし、自分がどう見たか――即ち「他人がこの少女をどう見るか」と言うのは、何を探すにあたっても有用となり得る情報である。 基本的に人間は、まずは見た目で判断する。 そしてその判断を基に評価を下すのだ。この女は大人しそうだとか――或いは派手そうだとか、そういった具合に。 そんな評価にそぐわない行動が行われていた場合、人は脳に強くその違和感を焼き付ける。派手な印象として現れる。 たとえばヤクザ者がファンシーグッズの前に居たのなら、誰かしらは友人との会話でその事を話題に上げるだろうし。 或いは、年配のサラリーマンが昼間から公園に佇んでいれば、何かしらの不幸を連想する。 もしくは、落ち着いた進学校生がスタンガンを購入していれば、何事かと不審に思うだろう。 思った以上に人は人を気にしないし、人は人を気にしている。 だからこの手の第一印象というのは――調査するに当たっては、手がかりの一因を担う事も多い。 外見は京太郎の判断道具にはならないが、しかし調査道具とはなるのだ。 (やるとしたら――まず、セーラさんから詳しい話を聞いて、次には担任教師に。それから、家族のところか) 用紙を畳み、手帳にしまう。 これまで起きた事件が簡易に記された手帳。京太郎の戦いの日々。 探偵は足で稼ぐのが基本だ。捜査百篇。警察もそう、代わらない。 取り出したるスマートフォンで、早速アポイントメントを取得する。 十年前の知人/十年来の友人。 共に苦難を乗り越えた仲間――その絆は、安くはない。 もっとも流石にお互い、顔パスで出来るほど容易い立場ではなくなってしまっているが。 待ち合わせの喫茶店に訪れた。 待ち人は――まだいない。 「お、須賀さん」 「どうも、マスター。ちょっと待たせて貰ってるけど、大丈夫ですか?」 「俺の方は構わないよ。折角のお客さんだしね」 広川大地――その青年は、京太郎に笑いかける。 かつてはサッカーを行っていて、インターハイでもいいところに言ってプロ入りしたが、脚の怪我にて引退。 それから、こうして趣味の喫茶店を始めたのだ。この街に戻って。 京太郎とは顔なじみ。 喫茶店というだけあり、やはり情報や噂話を耳にする事も多いため、京太郎もしばしば情報収集に利用する。 大地は京太郎の情報提供者――というだけではない。 かつて、凶暴化した同級生――森永幸平と言う名の――に襲われているときに、京太郎が助けた。 それ以来、十年。 そのときは御互いの名前も知らなかったが、つい先日顔を合わせて、それから交友が始まった。 「いらっしゃい、京太郎さん」 「あ、ありがとう。いつもので」 「マスター、いつものだってー」 ライダースペシャルと名付けられたそれ。 それはこの店で働く二人――そして京太郎にとっても、馴染み深いものだ。 このウェイトレスの少女、仁科武美と京太郎に直接の面識はなく、お互いの関係は単純に客とウェイトレスでしかない。 しかし武美はかつて、救われた。 京太郎ではなく、京太郎が灯した炎に導かれて己の命を燃やした、一人の男によって。 その男は、風になった――この街に吹く風に。 かつては同郷であり、敵味方となり、最期には戦友だった一人の男。 内木一太――――仮面の下に躰の/心の火傷を隠した、一人の戦士だ。 直接その最期は見ていない。だけれども、きっと彼ならば最後まで前のめりだったとは、想像がついた。 「マスター、何か変な話とか入ってないですか?」 「うーん。……やけに家出人が増えてるとか、知り合いがいなくなったとは聞くけど」 「……。話題に上がった人物の名前とか、判ります?」 「ちょっと待ってくれるか? 一応、メモはしてるから」 金属製の鈍色を放つポットが火にかけられる。 取り出したるコーヒー豆を引きながら大地が戸棚を開けるのを、京太郎はカウンター越しに眺める。 深入りのマンデリンとモカのブレンド――香りと苦み、そしてコクと僅かな甘味を感じさせるブレンド。 矛盾や或いはどことない物悲しさ、そしてガツンと襲い来るコーヒー豆の風味。それが頼んだ、ライダーブレンドだった。 さてどうなることかと、店内を見回す。 流石に平日の昼に至らないこの時間に学生が要るはずもなく、看板娘である武美が常連らしきサラリーマンと談笑しているのみ。 彼女が身に着けた、「N」を思わせる古代文字を表す髪止めを眺めながら、京太郎は店内を満たす珈琲の香りを鼻腔に満たした。 この街に来て、暮らしてから長い。 ここに住む人々とはそれなりに顔を合わせてきてはいるし、自分自身第二の故郷と呼んで差し支えないほど愛着が湧いた。 十年経てば、街としても落ち着きが生まれる。 だからこそ、街に潜む悪の気配に――その兆候に、京太郎は眉間に皺を寄せざるを得ない。 十年。 この街は、未だ年若い。 故に街としても成熟に至らないための不便もある。同時に、熱意や活気に満ち溢れている。 暮らす人々もまた同様で、昔日の想いは押し流されて、前へ前へと進んでいく。 在りし日、こう言われた。 ――この街は欲望に満ちている、と。 欲望故に衝突し、衝突は摩擦や軋轢を生む。そして摩擦や軋轢は再び欲望へと還元される。 欲望――即ちは願望や希望。 そして、希望があればそこに絶望が生まれるのもまた必然であった。 「お待たせ。読み上げた方がいいか?」 「いや、ちょっと見させて貰えばそれで十分です」 メモに目をやる。 そこには話題に上がった名前と、そして話題に上げていた人物たちの簡単な特徴が記されている。 ざっと眺めて、記憶。いずれ自分のところに、何らかの形としてそれが訪れる可能性もあり得る。 しかしながら、目当ての人物は見当たらない。 という事は――少なくとも、ここに記された客層が当たるような場所には向かっていないとも言えた。 もっとも、この街の全ての人間がこの店に顔を出すわけではない。決めつけるのは、早計だが。 ←Next
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Interlude「The people with no name」 「……ふう」 牌譜の整理から、頭を上げる。 空が段々と曇ってきていた。これではこの先遠からず、雨が振るだろう。 やれやれと、肩を回す。 ずっと座って打ち続けていたのだ。いい加減、肩が重い。気圧のせいもあるかもしれないが。 気圧の所為と言えば、髪の毛の纏まりも悪いのだ。 特に片側だけが、放っておいても渦を巻く。昔はどうにかしようと試みたが、今はもうどうもしてない。 それどころか、これもファッションの内であると思う事にしていた。そう開き直っていた。 小走やえは空を見上げて、溜息を漏らす。 空を見るたびに、奇妙な気持ちに襲われる。 それは歓喜と恐怖だ。 歓喜と言うか、一種の爽快感と言うか――。また、空を飛びたいと、身体が疼く。 奇妙な話だ。 “また”――などというのが、おかしい。 人の身である自分が空を飛んだことなどないというのに、何故そんな感情を抱くのだろうか。 風を切る音。雲を突き抜ける感触。街を見下ろす感覚。 それらが想起されるのである。 どうにもリアリティがある。それがますます、奇妙である。 疲れているのかなと、目薬を射して頭を振る。 スマートブレイン学園には、様々な学校の麻雀部が集められていた。 そしてその生徒たちは皆、基本的に元の高校での麻雀部と同じコミュニティを形成するようになっている。 やえのように――そうでないものは、総合的な麻雀部に所属する事となった。 そこには問題があった。 スマートブレイン学園がいくらマンモス校と言っても、この地区の出場枠は1つ。 それ故に、レギュラーメンバーとして大会に出られるのはただの5人。 各高校であった麻雀部のコミュニティを集めたメンバーとした集団たちと、 元の学校のメンバーを揃えられず、この学校での――いわばあぶれもの――を集めたスマートブレイン学園麻雀部。 その中で、学内の大会を行って出場する5人を決定事となっていた。 やえは、その学園の麻雀部に所属。 見事、現段階でレギュラーの座を勝ち取ったが、寄せ集めの集団。誰もが必死な集まり。 いつその座が変わるとも知れず、居残り続けるには多大な労力を必要とする。 維持するのも、楽ではない。 それ故こうして、ひたすらに麻雀を打っているのだ。以前よりも、なお。 しかし、ここでもう一つ奇妙な事がある。 これが不思議と、苦にならないのだ。 以前はそうした生活の内に、少しずつ倦んでいって、ストレスを溜めていた。 そうだったと――漠然と記憶している。 だというのに近頃は、それもない。 確かに麻雀が好きだと言うのはある。色々思うところがあるが、好きである。 それでも、好きな麻雀をしていたのは以前と同じであるのだ。 それで、以前は追い詰められていた。でも今は、そうでもない。 レギュラーになったからだろうか、と考えてみる。 確かにしっくりきた。 後輩の前でやたらと気取った先輩面をしたり、と自分にはそういう面がある。 だから、レギュラーになって益々心を固めたというのは、あるのかもしれない。 前みたいに、他にある道に目を向けようと――逃げようと――しなくなったのだ。 当面は、麻雀一本で行こうと思っている。 (……考えてもしかたないか。馬鹿らしいし) 今は悩んでいない。確かに辛いが、逃げ出したいと言うほどでもない。 だから――それでいいじゃないか。麻雀に集中できるのだ。 ふう、と鞄を手に取った。 そろそろお開きの時間であろう。 やるものはまだ残るだろうが……やえは、帰る事に決めた。 余計な事を思い浮かべてしまうあたり、集中力に欠いているのだろう。 この分では、練習をしたって身になりはしないのだから。 (……そういえば) 奇妙な事と言えば、もう一つ。 時々、夢を見るのだ。奇妙な夢を。 空を飛ぶ蜂の化け物に囚われた自分。 それに打ち込まれた毒だかが作用して、とにかく息苦しく、耐えがたいほどの苦痛が訪れる。 誰か、助けてくれと叫ぶ。 これほど苦しいのならいっそ、殺してくれと。 そこに――少年が現れるのだ。金髪の少年が。 出会った覚えはない。 小学生の時分から、そもそも麻雀漬けの毎日である。出会いなどあるわけない。 そんな話した事もない少年が。 自分目掛けて、手を伸ばすのだ。その手を離さない……掴んで見せる、と。 その夢の中で、少年は叫ぶ。 ――あなたの痛みも、苦しみも……俺が止めてみせる! そうして、やえの悪夢は終わりを告げる。 この夢を見た後には、何故だか、安堵するものだ。 同じぐらい……大切な何かを忘れているようで、胸が痛むが。 (王子様に助けてもらうとか……ちょっと、ねぇ……) いい年して、と思う。 どんな少女趣味だとも思う。確かに憧れるが。 そして、この話には続きがある。 夢を見た後に気が付いたのだが、この少年、実在するらしい。 食堂や売店で、何度か見かけた。 その度に女性と会話している。どうやら、相当軟派な気質なのか。 夢の中の彼とは若干イメージが異なるようで、勝手に穢された気がしている。 尤もそれはただのやえの思い込みであり、現実の彼にとっては逆に申し訳ない話だが。 話しかけてみようか――と思った事が何度か。 でも一体、どう言えばいいのだろうか。 「夢の中であった事があるんです」とか言おうものなら、相当な電波さんである。 ……いや、見知らぬ少年をヒーローにする夢を見る時点で、大概だけど。 そう思うと、躊躇われた。 また同時に、別に話しかけなくてもいいかと思っている。 本当の彼がどんなものなのかは知らない。 だけれども自分は、夢の中で戦う彼に勇気づけられ、前に進む力を貰っている。 何とも乙女チックで、知人が聞いたら爆笑間違いなしであるが……。 それで、いいのではないだろうか。 変に話を広げなくてもいい。暴こうとしないでもいい。追求しなくてもいい。 兎に角今の自分は、前に進もうとしているのだから。 「……帰ろうかな」 ふう、と改めて空を見上げる。 雨が降らなければ、いいのだが……。 「憧、またバイト先から?」 「あ、うん……ごめん」 新子憧が携帯を片手に席を立つのを、卓から身を乗り出して、ジャージの少女が覗き込む。 それに付随して、黒髪の少女が頑張ってと手を振った。 携帯電話に耳を当てながら、申し訳なさそうに部室を後にする新子憧。 必然、お開きになる流れである。 掃除をしようと皆が立ち上がる。 それを見計らって、鷺森灼は、夏なのにマフラーを巻いた厚着の少女――松実宥に話しかける。 「また……怪人がらみ?」 「そう……なのかな……。憧ちゃん、無理しないといいけど……」 元・阿知賀麻雀部。 その内の三人――新子憧、鷺森灼、松実宥はある共通点を持っていた。 人ならざる怪異。 ヤミー。イマジン。ドーパント。 それらの怪人と接触する機会があった、というものだ。 鷺森灼、松実宥――共にイマジンとの元・契約者だ。 鷺森灼は、風に吹き飛ばされてしまった思い出のネクタイを探す事を条件に。 松実宥は、寒さをどうにかする為に。 それぞれ、イマジンと契約してしまっていた。 それから彼女たちは、仮面ライダーと出会った。 鷺森灼、松実宥ともに、命の危機を助けられたのだ。 灼は、激昂したイマジンに殺されそうとなったところを。 宥は、彼女の願いを湾曲して燃え盛るビルに閉じ込められたところを。 仮面ライダーオーズ=須賀京太郎と。 仮面ライダーバース=新子憧に、助けられた。 正確に言うのであれば、松実宥はそれより前に、須賀京太郎に助けられていた。 変な男に絡まれているときに、彼が間に割って入ったのだ。 あの時は恐ろしかったが……。 「なら、須賀君も……?」 「その可能性は、高……」 松実宥がマフラーの裾を握りしめるのと同じく、灼もスカートの裾を掴む。 イマジンという化け物に襲われた自分を庇って倒れた彼。 それから、どんな形でもよいから、彼の力になろうと思った。 あまり話すのは得意ではないが、色々と情報を集めて……。 その先に、彼が再び傷付き倒れたと知ってから。 退院後の一度を除いて、彼と顔を合わせてはいない。 理由は至極明快であった。 松実宥も、京太郎に助けられたらしい。 変身した憧とタッグを組んだ仮面ライダーオーズに。 その時の京太郎の様子を、彼女から聞く機会があった。 宥曰く、「怖がっていた」そうだ。 そのまま宥に名前も告げず、碌に言葉も投げかけずに、去っていく。 その背中は、何かに怯えている風であった――と。 そんな宥の言葉から、灼は察した。 宥の人物眼には、一目置いていた。 彼女はこう見えてもしっかりしているのだ。であるが故に、信用できた。 彼女の見たとおりであるならば、須賀京太郎は、人と関わる事を避けようとしている。 バイトで怪人と戦っていると打ち明けた新子憧――灼は同じ境遇という事で宥から聞いた――とは異なり、 彼は、自分一人で背負いこもうとする。 思えば、灼が話しかけているときもそうであった。 彼は、自分を遠ざけようとしていた。 京太郎に関わる事で、関わった人間に被害が及ばないように。 そう願っての行動であろう。 彼は、助ける/助けられる以上の関係に踏み込む事を忌諱していた。 いや、その関係の中でも――接触は必要最小限に止めようとしている風にも、見えた。 極力、リスクを下げる為に関わらない。 そういうスタンスと言うのは、判る。 でも、彼のそれはスタンスと言うよりは……もっと別の何かであると、思えた。 ある種、強迫観念じみている。 言ってしまうのなら、呪いのようなものだった。 何が彼をそうまで追い詰めてしまったのか。 その事を、灼は知りたいと思った。 彼は恩人であった。ともすれば、それ以上の感情を抱いていると言ってもいい。 (でも……) だからと言って、彼にそう求めるわけにはいかない。 憧という共に戦う仲間はいる。 また、他にも見た。ボウガンを使うライダーとか、神代小蒔という巫女であったりを。 彼は決して、孤独ではないだろう。 それでもきっと彼は――灼を庇ったあの時のように、単身何かに向かっていくタイプだ。 誰かに辛い思いをさせるのならば、自分一人で抱え込む。 そうして鋼のように、嵐の中に身を投じていく男なのであろう。 そんな彼の、余計な荷物になりたくない。 そう思ったが故、灼は、彼に近付く事を止めた。 ただでさえきっと、己のもの以上に抱え込むだろう少年。 そんな彼に、必要以上に何かを負わせたくはなかった。 願わくば――。 彼のそんな、呪いが解けているといい。 ヒーローとしてではなく、少年として、その生活を全うしてほしい。 そしていつか、余裕がでたのなら、自分のところにでも来てくれればいい。 それまでは……。 (私は私の道を全うする……。だから、そっちも……) 彼から得た勇気で。立ち向かうその不屈さで。諦めない気高さで。 自分は、自分に出来る道を進んでいくだけであろう。 それこそが、自分に出来る、彼への精一杯のお礼なのだ。 空を見上げる。 雲行きが、怪しかった。 (……どうしてるんやろ) 機嫌が悪くなった空模様を眺めながら、末原恭子は思いを馳せる。 自分を助けてくれたヒーロー。 仮面を纏った王子様。 頼りになる年下の少年。 仮面ライダー=須賀京太郎に。 この街に暮らす以上、仮面の戦士という存在を耳にした事はある。 だけれども、そんなものを信じるほど恭子は子供ではなかった。 己の身に、その異常が振りかかるまでは。 巨大な、人間大のゴキブリ男。 末原恭子が遭遇したのは、そいつだ。 外見からくるあまりの醜悪さに加えて、そいつ自身から発せられる、粘り気を帯びた雰囲気。 恭子は恐怖した。そのまま、その場にへたり込んだ。 思いに反して動かない体を引きずり、逃亡を図る。 じわじわと嬲るように追い詰めてくるゴキブリ男に、とうとう彼女が行き止まりまで追いやられた時。 それは――仮面ライダーは、来た。 そこからは、あまりの早業であった。 恭子の眼には映らないほどの速度でゴキブリに攻撃を加えると、そのまま叩きのめした。 彼の発するあまりの圧力に、助けられた自分が恐怖するほど。 ならば対するゴキブリにとっては一入であり、その身の因果をなぞるように、悲鳴を上げて逃げ出した。 ただ違うのは、自分には助けが入って、あのゴキブリにはそれがなかった事であろうか。 因果応報という奴だ。 (なんか、無茶してへんとええけど……) 考えながら、頭を掻く。 あれから彼と、会ってはいない。 恭子自身、麻雀部でやる事が多かったと言うのもあるが……。 何度か、お礼に、勇気を振り絞って一年生の教室を覗きに行った。 それでも彼には出会えなかった。 幾人かに訪ねてみたものの、暫く休学するらしいという返答のみ。 詳しい事情を訊いてみたが、それにも答えは無かった。 どうやら彼は、そこまで誰かと親しくはしていないらしい。 それなりに誰とでも付き合う。 だが、その休学の事情を知る者が一人もいないほど――浅いのだ。 その事に恭子は、眉を寄せたのを覚えている。 思えば彼は、自己評価が低かった。 恭子を家に送ろうとする際も、自分のような不審者にそれを知らせていいのかと問いかけてくるほど。 それほどまでにこちらの安全を考えているのかとも思えたが、 それ以上にあれは――あの目は、己自身を信じていない、過小評価をしている眼であった。 (なんていうか……難儀な奴やなぁ。もっと、誇ってええんやないんか?) 彼自身がどう思っているかはさておき、彼はまぎれもなくヒーローだと。 彼に助けられた恭子は、思う。 その目が間違っているとは思わない。 だって――。 自分自身が恐ろしいのに戦いに出て、人を助けて、誰かの恐怖を拭う。 そんな存在が、ヒーローでない筈がないのだ。 ヒーローの条件がどんなものだとか、恭子は知らない。 また、その事について論じるつもりもない。それはどうだっていい。 だけど、思っている事はあった。これがヒーローであると、そう感じる指針のようなものはあった。 恭子の考えるヒーローは、実に単純だ。 誰かを勇気づけられるもの。 誰かを励ますもの。 誰かに、まだ挫けてはならないと思わせるもの。 それこそが、ヒーローなのだ。 だから――。 (私はあんたのことを、ヒーローだと思っとるからな) 彼はヒーローであった。 彼は、まぎれもなくヒーローである。 きっと今だって、誰かの心の支えになるべく、戦っているのだろう。 曇天の空を見上げながら、末原恭子は思いを馳せた。 (やっぱり京セラでは京太郎攻めなのは確定しているけどここは敢えて若干の変化球を投げておきたいところ あの怪物騒動から考えるに淡と京太郎はかなり中が良さそうだし、それに嫉妬したセーラが 京太郎を攻める……いやないなやっぱりない。セーラは攻められてこそのセーラだからそれはない。 だからやるとしたら、ここからセーラが京太郎を誘惑しようとして迫るんだけど…… 「やっぱり京太郎には淡って女友達がいるからノンケ」ってヘタレになって決めきれないところに、 「先輩、俺をそう言う風に見てたんですか……たまげたなぁ」って、軽く言葉攻めしてノンケアピールをして、 それを聞いたセーラが「それでも俺いつの間にかお前の事が」って言って、京太郎が笑って、 「じゃあどうして欲しいんですか? 同性の後輩をそんな目で見る変態な先輩は」って、おもむろにワイシャツを……) 「……おい、早くツモれ」 (でもそう考えるのも良さそうだけどやはり京太郎鬼畜攻めというかセーラへの菊攻めは素晴らしいんだけど、 ここはやっぱりホモ特有の純愛でやっぱりヘテロよりホモが純愛ってソクラテスは素晴らしい事を言った――じゃなくて、 私もたまには京太郎とセーラの純愛が見たいというか、やっぱり純愛は素晴らしいホモは最高だって分かんだね……でもなくて、 ここは、淡っていう女友達がいる京太郎をノンケだと思ったセーラが、自然と身を引いていく感じになって、 でも抑えきれずにラブレターとか出しちゃって、それでも結局告白の場に向かう事ができずに、 あとあと京太郎からこんな事があったんだよって言われた時に罪悪感を感じちゃって、 でも京太郎の喋り方に、淡は彼女じゃないのか、自分にもチャンスはあるのかと考えてまた自己嫌悪しちゃって……) 「おい、照。なあ、おい」 (そんなセーラが少しずつ自分から遠ざかっていく事に寂しさを感じた京太郎は、 ある日淡に迫られるんだけどなんとなく咄嗟に拒絶してしまって、自分自身への違和感を抱いて、 そこでようやく気持ちを自覚して、セーラの元へと向かっていく。もう走る。確実に走る。 息が上がって喉が乾いた京太郎にアイスティーを出したセーラに向かって京太郎は、 「やっぱりどうしても、俺は先輩の事しか考えられないんです」って、自分が好意を抱いていることをカミングアウト。 仲がいい先輩に対していわばマイノリティーであるホモをカムアウトした京太郎は、 二度とセーラの前に顔を出さないようにしようと思うんだけど、 そこはセーラが追いかけて、雨が降る中、幸せなキスをして二人は結ばれる――って) 「おい!」 「……分かった」 丁度自分が今したラブストーリーにぴったりの天気だな、と。 手配を整理しながら、宮永照は窓の外へと目をやった。 (ホモはせっかち……じゃなくて、菫はせっかちだな) ふう、と渋谷尭深が入れたお茶を啜る。 熱い。これは熱い。ちょっと熱いんじゃないだろうか。 熱いのは京太郎とセーラの仲で十分である。セーラの中温かいなりぃ……。 なんてのはともかくとして、「ふー」「ふー」と冷ましつつ、部室を見回す。 今ここにいるのは、自分を含めて4人。 渋谷尭深。亦野誠子。弘世菫。そして自分――宮永照、だ。 そこに、いるべきもう一人の姿はない。 大星淡。 自分たち、元白糸台高校の攻撃的チーム――虎姫の一員である。 彼女は一か月以上前、この部室に顔を出さなくなった。 あまりにも唐突だった。全員が驚愕した。 中学の頃、事情があってインターミドルに出ていないと言った彼女は、麻雀に貪欲だった。 「絶対安全圏」「ダブリー」と名付けた、二つのオカルトを駆使して他者を蹴散らす。 圧倒的強者。麻雀の申し子であったのだ。 彼女はきっと、麻雀を好きだったろう。 照の後をついて、いつも笑っていた。 未確認生命体の事件によってインターハイが延期と言われた時、最も憤慨していたのは淡だ。 そんな彼女の、突然の退部宣言。 異常であった。流石の照も、驚愕に声を上げるほど。 恐らく、この部室の誰よりも――彼女は純粋に、インターハイを楽しみにしていた。 妙な柵などは何もない。単純に自分の実力を露わそうと、考えていたはずだ。 それなのになぜ。 部長である弘世菫は、何度も彼女の元まで足を運んだ。 彼女がいなければ、定員割れをしてしまって、『元・白糸台』としてのグループを結成できなくなるからではない。 あれは、本心から心配していた。 あれほど楽しんでいた淡の、唐突の引退だ。 それが尋常なる事態ではないとは、誰もが思うだろう。 故に、菫は淡の元へ向かったのだ。なにか私生活で困りごとはないのか――と。 それでも、結果は芳しくなかった。 せめて部室に顔を出してくれと言ったが、それも受け入れられなかった。 「気が向いたら」とだけ。 その「気が向いたら」は、今日この日まで実現していない。 このチームは、淡抜きになってしまっていた。 (そのあたり――その後からか。菫は機嫌が悪いし) そういえば、それは確か……いつだったか。 いつだったかは忘れたが、乱暴にドアを開けて、椅子にどっかりと腰を下ろした菫は吐き捨てた。 ――淡は麻雀より、男を取ったのだと。 憤懣やるせないといった菫の様子に怯える誠子と、慌てる尭深。 どういう事かと、聞いてみた。 すると、菫は言った。淡が、男とねんごろにしているのを見た――と。 色々と暈されていたが、菫がそう判断するに足る何かを、見てしまったらしかった。 そうでなければ少なくとも、憶測などで誰かを口悪く言わない。 そんな菫が言うのだから、きっと真実なのだろう。 ……が。 照は思った。 確かに、それもあるだろう。淡が、あの須賀京太郎と楽しげに言葉を交わしているのを見た。 互いにきっと、憎からず思っているはずだ。残念ながら(京セラ的な意味で)。 でも、それだけではないのだ。 それがあの怪物。あの、蝶がごとき怪人だ。 あの時の事を思い返す。 やけにあの二人は、手馴れていた。 怪物が出たと言うのに怯え・慌てもせず、ある種の冷静さを持っていた。 余程、そういう場面に出会う事が多いのであろう。 彼らはそういう心構えを――『覚悟』をしている人間だった。 そして、避難した先での淡からの口止め。 それにより、照は確信した。淡が部活に出られない理由はこれだ……と。 須賀京太郎と先に出会ってから、その戦いに身を投じたのか。 身を投じている矢先に、須賀京太郎と出会ったのか。 どちらが先かは知らない。 ただ、どちらにしても淡の様子がおかしかったのはあの怪物たちとの戦いで、 須賀京太郎と親密になってのも、その戦いが理由であろう。 そんなのどちらでも、よかった。 兎に角、淡が顔を出さない事には理由があったのだ。 麻雀そのものを、嫌いになった訳ではない。 その戦いさえ終われば、彼女は再び部活に顔を出すだろう。 その時、菫の説得ぐらいはしてあげようと思う。 (……) それともう一つ。 菫の言葉によるなら、大星淡は相当切羽詰まった様子であったらしい。 取り付くシマもなく、持ち前の愛嬌や溌剌さも失って、打ちひしがれた目を向ける。 そんな状態で、退部を告げていた。 きっと、よほど戦いが不満であったのだろう。それか、恐ろしかったのか。 兎に角、良い感情など欠片も抱いていなかった。それほどまでの状況だったのだ。 そんな淡が、少なくとも笑いを取り戻せた。 その事実に、宮永照は胸を撫で下ろす。 巻き込まれただけでも、不幸な宿命を背負わされてしまっただけだとしても。 その中で何かしら、やりがいや楽しみ……或いは笑顔を浮かべる事が出来る何かを見つけられたのなら。 それは、幸福であるのだと思う。 その幸福を淡にもたらしたのは、須賀京太郎だ。 正直なところ、彼の人となりはよく知らない。 もしもあの本が彼の性格を反映させていると言うのであれば、 明朗で面倒見がよく、それでもどこか抜けているお調子者で、でも何かに真剣に打ち込めるというところか。 まあ、所詮はフィクションであるし……。 彼が本当にそんな人間かどうかは分からないが。 少なくとも、淡が懐くほどの人間なのだ。 悪人ではないと思いたい。自分に、プリンを譲ってくれもしたし。 そう言えば、あの時の彼はどこか辛そうであった。 あれも、戦いの運命に身を投じる事となったからであろうか。 淡も京太郎も、どちらも戦闘の因縁に負を背負わされていたのだ。 そんな二人が――。 笑えるようになったのならば、それはきっと良い事なのだろう。 今、どうなっているかは分からない。 これから先、どうなるのかも判らない。 でももしかしたら、いつかきっと――また、淡がこのメンバーに加わる日が来るのではないか。 そう、照は信じたかった。 (……淡の事を、お願い) 折り重なる雲に覆われた灰色のキャンバスを目に映して。 自分の思いが届いてくれればいいと、宮永照は思った。
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アーキタイプ――「ドイツ語:Archetyp」「ユングが提唱した分析心理学の用語」「原型を意味する」。 原型とは、人類の普遍的な観念の深層に内包される概念。 精神に作用し、夢や空想の中に「典型的なイメージ」として発露する。 過去未来問わず、様々な民族や集団において語り継がれる伝承。現れる伝説。 つまり―― 「……魔法? キマイラ? ファントム?」 ――アーキタイプというのは、一つではない。 それはあらゆる時代で、そして、あらゆる場所で存在するが故の原型。 それが日本に存在していても――。 それがこの時代に存在していても――。 そして異なる世界に存在していても――。 「絶望と……ゲート……?」 ――なんら、不思議ではない。 これは語られるべきではなく、語られてはならない物語。 どこかの世界、どこかの時代の物語。 本来の原型とはかけ離れてしまった物語。 これは、とある獣の異聞である。 | > / _, ⌒\/ ̄ ̄ \ / / / / / / / 、ニニム | ,  ̄ ̄ / 、 _\ __/. / / / / / / / マニニニム__ \ ´ / \ `ヾ 「 { i i , / / / / ,,x*''””<ニ=‐1 / / ' 、 、 、 \ V .! ! !, ./ // /,,x*' ,,x*''” .! | / | { . | | ∨、\ \__ VⅥ | | / / /''” ,,x* ≦| | ′ | l| } | |、 | |\ \ ̄ ̄ {\Ⅵ f } ./,,x*>''” ̄\ _ ≦ ≦| _ _ . { 从 /-}/-Ⅵ { ヽ | | \ {_j厶ア }''”_ ≦ /__ノ} / i i ilヾf-}l三l{-/|i i i \ / ,.-从 | }/ ィ≧、 { \ }' V }Y f }_ -‐≦ 7__ .7 l i i i i i|ヽ}!.|!l」.l! {l/|i i i i i l /イ { ⌒\ { 、 Vj ∨、 \ V } ! .{ /-―― 7__ イ Tミ/ ¨ ..、 V , . ハィ'T 八 、 \ ヽ  ̄ .V j { 込、 /―――― j__,,x7 〔i i〕|! Y Y |!〔i i〕 Ⅵ ,ー、 , ' r‐ ミ`r≪-‐‐ ≫‐‐=ニ二二二二 7__/ .|彡、 _ _ノ 弋_ _ ノミ| ヾ\ / ∧ -, _.r‐‐.| |rf⌒|r‐-- ヘ , イ≧=- _ 7ア{ .ィ―‐ v ~ v ―‐、 ヽ /{/ 、 ' ,,x*「 | i! || ! !、__ト、 / \ /_/ニニニム |i i i i i i| Y 三 Y |i i i i i i| _从/____ > __ノ ,x'' γ‐ ! V }7 jヘ__}____7、\∠ /ニニニニニ ム―┤ ̄ ≧ ミ >== ̄ ー  ̄==< |///////////l l//| / 「 | | .Y「てY[7\| | |」 ‐./ニニニニニニ=‐=ニ L ` 、 | |///////////| //| / .! ! .‘, }F.Q(}[ 八二二ニV≦ニニニニ=‐  ̄__|  ̄ 、 \ く /////////// ∧ ./| /, ┐ j{ ‘, ‘, ー=== Y´ }ニニニニニニニ| rヤ”ニニム \ > , <////////////////\l/、 , / / /7}. ‘, } ,ニニニニニニニ | |ニニニニニム________ | //////////////////////\l、 ./ {_/ .// j .{ /――――‐ {_ 」=‐‐‐ 7 | //////////////////////////} } /\人 77 ./| .| /\___,,x*''” ,,x*'' ´ ./ ,,x*''”  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |. / `<_厶_/ ! .!. ∧/ ,,x< 厶イ < く | 「なんだこの、指輪……もしかして、なんか価値があるものなのか?」 夏の某日。 「おーい、父さん! 父さーん! なんか見つけたんだけどさー!」 長野県のある遺跡から出土した金色の指輪。 父の手伝いで遺跡に顔を出していた少年、須賀京太郎は――その指輪を手にしてしまう。 持ちかけられる契約。明らかになる世界の真実。 この世界“にも”存在する、ファントムという怪人。 ゲートと呼ばれる魔力を持つ人々の希望を奪い去り、代わりに絶望と破壊を齎し、同族を生む現代の吸血鬼。 それと戦えるのはただ一人。指輪の魔法使いだけ。 突如の事態に、少年は混乱した。 喧嘩など碌にしたこともない。仕合などは以ての外で、闘争などともほとんど無縁。 彼は穏やかで優しいだけの、年相応の少年だった。 所属する麻雀部は今、佳境を迎えていた。 全国高校生選手権――所謂インターハイ。予選を終えて、高校生の頂点を目指して全国から少年少女が鎬を削る戦いの舞台。 少年は初心者が故にその大会へと駒を進めることはできなかったが、彼の仲間たちは、見事その大会への切符を手に入れた。 人々の希望を絶望に変えるからこそ、ファントムは生まれる。 ならば全国規模の祭りであるインターハイは、その格好の餌場であった。 少年は一つ、決意をした。 そして少年の元に舞い降りたのは――戦う力と、絶望との戦い。 「ちょっと!? どうしたの、京ちゃん!?」 「……ん? いや、悪い……昨日ちょっと緊張して眠れなくてさ」 「もう……大丈夫?」 「ハハ、悪いな。別に俺がインターハイに出るわけでもないのに」 「そんなこと言わないでよ。私が、京ちゃんの分まで戦うから」 「……おう」 「元気ないなぁ……どうしたの、ちょっと変だよ?」 「んー。まあな。ちょっとらしくもなく色々考えて、暗くなっちゃってな」 「だったら――私がほら、京ちゃんの分も希望になってあげるから! ……なんちゃって」 「……」 「あれ、駄目……?」 「ばーか」 「……ちょっと、酷くない? 京ちゃんがらしくないから、私もらしくないこと言ったのに……」 「いや……。ありがとな、咲」 ――彼がその力を受け入れたのは、ただ一つ。 守りたかった少女がいた。支えたかった少女がいた。 その少女に魔の手を及ばせない。 ただそのためだけに少年は、血塗られた獣を身に宿した。 平穏に暮らして欲しかった。平和に過ごして欲しかった。 争いとは無縁でいて欲しかったのだ。 その為だけに似合わぬ戦いに身を投じ、握りたくもない拳を握った。 人を殴る感触の吐き気に耐えて、死と絶望と隣り合わせの戦いに堪えた。 全ては――ただ一人の少女を、守るために。 「この姿なら……麻雀という競技なら、他者を絶望させるのは容易い。懸けるものが多ければ多いほど、絶望に惹かれる」 「お前が……ファントム……ッ」 「なんなの、京ちゃん……? なんで、お姉ちゃんが……! これは、どうして……?」 しかし、その願いは儚くも吹き散らされた。 少女の心を絶望に導かんがために仕組まれた運命の罠。 波濤が如く押し寄せる、怒涛の進展。 少年は戦士というにはあまりにも優しすぎて、そして未熟だった。 その穏やかなる心は誰かを傷付けることもできず、ただその身を晒して盾となるばかり。 人を護るために消費される魔力。 釣り合わない支出と収入。逃れられぬエントロピーの渦。 「……う、ぁ」 「京ちゃん! しっかりしてよ、京ちゃん!」 少年の身を蝕む、キマイラの呪い。 戦う力と引き換えに与えられた代償。 絶望を払いのけること、希望を取り戻すことへの対価。 十分な魔力を、獲物を確保できない少年の命は破滅へと導かれる。 「私、今まで京ちゃんに助けられてばっかりだったから……いいよ。京ちゃんの為なら、ファントムになってあげる」 「よせ……! なあ、よせよ……!」 「これで、今までの分も……京ちゃんにお返しできるなら、怖くはない……かな?」 「頼む……やめてくれ。やめてくれよ、咲。それじゃあ俺、何のために……!」 「……ばいばい、京ちゃん」 「やめろぉぉぉぉぉ――――――っ!」 ,.ー-‐.、 ヽ、 ヽ __ /,..-ニ‐- '"_,..) ' ´/ , _ 、´ . _______. . . . . . . . . . . . . . ' ,. ''" ,. -‐/ _  ̄\ . / / r─‐'‐ァ r─‐'ニニニニ7 .,ィ─ァ‐===‐‐二/ , ',. -一' ./..'/ .} . / /' = フ'¨,r ュ,rフ/二二フ/ 7´' ∠/ ∠¨_ / ,. '′ ,..,. ,/ ./ 7 / /ク r'/ / 三/ /´//ー‐/ /-'´//─‐,≠/ / { \ヽ i' /─'ー‐‐^ー―――^ー―´ '===' 'ー‐´ ー'´ `´\ ヽヽ ! /K A M E N R I D E R _ _ . ,.'⌒ `,. l ! ー"ヽ ヽ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l l //. ! ゝ-‐'´ /l .! `ー-、 } | |// __. \ / } .} ヽ/ l 、 ヽ 、-、 ,.-, ,' r‐、ヽ `ヽヽ j ノ ._______| |ヽ ヽ_ヽ.∨ /__.ゝ ー’ノ___゙、`' / ___  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄〉 ./ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ } ./  ̄ ̄ ̄ / ./. ヽノ  ̄ 異聞/THE BEAST 「おい、諦めるな。魔法使いってのはな、諦めが悪いんだ」 「俺は……魔法使いなんかじゃないんだ……。守りたかった奴に、逆に守られることになって……」 「……じゃあ、ライダーだ。どの世界であっても、人類の自由と希望の為に戦う……な」 「あなたは……?」 「――ウィザード。……諦めが悪い、魔法使いさ」 ――その爪は、誰かの希望を護るために。 ――その咢は、誰かの絶望を喰らうために。 ――その身は、誰かの願望を背負うために。 少年は今、獣となる。 高貴と光輝を顕す、金色の守護獣に。 「だったら、俺が……! 俺が、アイツの……! 咲の、最後の――希望になってやる!」 清澄高校一年、須賀京太郎。 仮面ライダービースト/アナザービースト。 これは――あるひと夏に起こった、少年と少女の、希望と絶望に纏わる異聞である。
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Interlude「今にも押し潰されそうな灰色の空の下で」 「ぶちょー……」 あの戦いから数日。 終わりを告げた、白水哩・鶴田姫子にとっての一世一代の決戦。 錆の滲む柵に背中を預けて、天を仰ぐ白水哩。 燃え尽きている。 鶴田姫子は、己の最愛の女性を見て、そんな評価を下した。 体重を預けて腕を投げ出していた。 やはり、一般的に言うように復讐とは空虚なものなのだろうか。 復讐を遂げた者に残るものはない。復讐では幸せになれない。何も得る事ができない。 ただただ、復讐とは虚しいものであると。 姫子は――そうは思わない。 残るものが無くても、幸せになれなくても、得る事ができなくても……。 マイナスをゼロに戻す事は出来るのだ。 傷つけられた自尊心を。己の名誉を、誇りを取り戻す事が出来る。 復讐を遂げてこそ、立つ瀬があるのだと。 財団Xに拉致をされ、改造手術を受けて――。 姫子は、人間の尊厳を奪われた。マイナスへと、己の人生を追いやられた。 それを肯んずるというのは、ただの家畜に堕ちるのと同然である。 尊厳を捨て去って、ただの豚として暮らす事となるのだ。 だから、姫子は復讐を敢行した。 白水哩、花田煌、安河内美子、江崎仁美――そしてほかならぬ自分自身の仇を討った。 これに後悔はない。 復讐相手を殺す事になってしまったがそれは……当然であると考えた。 雪辱を拭うには、それしかなかったのだ。 今も、復讐への後悔など毛ほども存在していない。 これは許せぬ領域であったのだ。それほどまでに、奴らは姫子の尊厳を奪った。 その仇討ちについて、一切の良心の呵責などない。 ただ、それでも獣に身を窶さずに済んだ。 人間となる為に、人間である為に――殺人を行ったのだ。 一方的な虐殺ではない。理不尽な暴力ではない。不当な惨殺ではない。 これは、正当なる復讐であった。 ……その過程において、或いは最後に於いて、ある少年が力となってくれたのだが。 彼がいなければ、自分たちはただの飢狼として伏せていただろう。 きっと、復讐が終わった後に――こうして生きていられないほどの、罪を重ねていた。 自分たちは踏みとどまった。人間に戻れた。 そう考えているからこそ、姫子は、哩のこの態度に釈然としない感情を抱いているのは確かだ。 同時に、思った。 彼女は姫子が思っているほど強くなく――そして自分は彼女よりも、残忍なのだろう、と。 だから、燃え尽きてしまっても不思議ではない。 むしろ一般的に言うのであれば、自分の方が異常な部類なのだ。 姫子は考える。 社会的な価値観と、今の自分の持つ価値観は相違していると。 今の世の中では、殺人や暴力はおおよそ悪に該当する。 勿論、正当防衛であったり、治安の維持であったり……そういうものに、限定的に暴力が許容される事はある。 だが、それ以上は認められない。 それ以上は保障される実力の行使ではなく、ただの悪しき暴力行為となる。 だけれども――。 姫子は、もう一つ許されるものがあると考えていた。 別に社会的にそうしろとか、だから自分の行為は罪に当たらないなどと述べるつもりはない。 ただ、一切の罪悪感などは存在しないのだ。 許される暴力。 それは、魂の尊厳を護る為のもの。 その為ならば、殺人さえ(自己の中で)許容されるものと考えている。 だから、姫子に呵責はない。 奴は殺されて当然であった。姫子の復讐は正当なる行為だった。 その事について咎められるならばまた仕方がない。自分は法を破ったのだから。 だとしても、恥じる事はなかった。姫子は己の法に従ったのだから。 超えてはならない一線に踏み込まれたとき。 そこにはもう、命のやり取りしか残っていないのだと、姫子は考える。 同時に、思った。 確かに自分は幸せになる為に――再び幸せを目指せるように。 そのために、復讐を行った。その点は確かだ。 だけれどもこの先、果たして幸福になれるのだろうか。 それは分からない。 だが、確実に言える。真っ当な人生を後れはしないだろう。 殺人を犯したという瑕は、心に残る。 確かに良心が咎めてはいないけれど、それでも漠然と思う。 自分はただの人間ではなくなってしまった。向こう側に行ってしまったと。 自分は――それで構わない。 元より、殆ど失ったも同然の命だ。人間性を奪われかけていた命だ。 だから、今更構わない。 それでも、哩はどうなのだろうか。 尊敬する先輩であり、代えがたい相棒であり、共犯者であり、最愛の人物。 自分が泥を負うのは構わない。 彼女まで巻き込んでしまった事が、気がかりであった。 確かに元はと言えば、相乗りを言い出してきたのは哩の方であった。 彼女からしたら、姫子が付き合わされた側であろう。 でも、姫子からすれば違う。 自分は本心から復讐を行おうとしていた。その事に異存はなかった。 止められても、たった一人でも行っていただろう。その覚悟があった。 でも哩は、実は違ったのではないか。 そうならば、哩を止められなかったのは姫子の責任だ。 それこそ逆に、彼女を巻き込んでいる事となる。 もしも姫子が異を唱えさえすれば、哩は復讐を止めたかもしれない。 結局、復讐を果たして。 それで哩が苦悩すると言うのであれば、それは紛れもなく、制止しなかった己の責任だ。 殺人は厭わない。暴力を用いるのも構わない。復讐を遂げたのにも後悔ない。 だけれども、白水哩に、余計な罪の意識を背負わしてしまったならば――。 そんな事実だけは、姫子の中で罪悪感として発露するであろう。 「なあ、姫子」 自らの身体を抱きしめる姫子に掛けられる、声。 仰向けになったままの白水哩から発せられていた。 何かと、すぐに表情を元に戻し問いかける。 ああ、と頭を振って哩が応えた。 「さっきから、ずっと考えとったんよ」 「……はい」 「うちらは、須賀に助けられた。あいつの助けばなければ、うちらは遅からんうちに死んどったと思う」 「そう思うとです。きょーたろ君が居らんかったら、こうしてここにはいません」 「やけん……何か、恩ば返そうと思っとった。そいでん、何も思いつかん」 どうしたものか、と首を捻る哩。 どうにも先ほどからあんな態度で居たのは、悩んでいた為であったらしい。 何とも人騒がせであると思い、同時に安堵し、それからまた不安になる。 自分が、罪を負う事について不満はないと言った。 だけれども、やはり一人と言うのは怖い。哩と一緒に居たい。 そこで彼女が相乗りしてくるなら――これ以上に嬉しい事はない。 でも果たしてそうなのか。 彼女はやはり悔やんでいるのではないかとも、思える。 それを表に出そうとしていないだけで……。 「恩ってゆーても、きょーたろ君はその辺特に気にせんと思いますけど」 「やけん、気に食わん。目的ば果たしとるんに……借りっぱなしになっとるんは、後味が悪かよ」 「ああ……まあ、確かに。スッキリはしませんと」 「どうせなら、最後まで気持ちよくいきとーと……やけん」 その後の言葉を飲み込み、瞼を下ろす哩。 何かを言い憚っている。 彼女の中に既に答えのようなものはあって――それを言うのを、躊躇っているようであった。 となれば即ちそれは哩自身だけでなく、姫子にも関係する事。 彼女が躊躇する事など、それぐらいしか知らない。 他には、新道寺の仲間たちについてぐらいであろう。 となると――答えは一つしかない。 哩の沈黙の表情だけで、彼女の思考を察せる。 仮面ライダーWとなるにあたり、ミュージアム・財団Xに報復するにあたり、二人の絆はより深まった。 言葉が無くとも通じる――それほどまでに、密度ある関係となっていた。 「部長。私の事は、気にせんでよかとです」 「……姫子」 「私の考えとる通りやったら……それは、私のしたい事でもあるとですよ?」 「……」 「それに……前に言っとーと。『永遠の、その先まで相乗りしとーとです』って」 姫子の思いが伝わったのであろう。 やおら、哩は口を開いた。静かに目を閉じながら、ゆっくりと語り出す。 「京太郎は、うちらと同じ側の人間ぞ……アイツも、マイナスばゼロに戻さんと先には進めん人間」 「きょーたろ君は、あん中で唯一こっち寄りですけんね」 「やけんアイツも、決着をつける為に戦いばする。うちらの戦いと一緒で、アイツも戦いば続ける」 「そいけん、部長はその戦いに付き合う……と?」 「……色々考えた。そいでん、恩ば返すとなったらこれしか思いつかん」 溜め息を漏らす哩。 彼女は戦いの運命から解放された。姫子も解放された。 戦いは、先に進むために必要な事であった。ある種の儀礼と同様。 だけど、哩がこれから言わんとする事は――違う。 「折角、日常ば戻れるのに……また、戦う事になる」 「……」 「京太郎はそいば求めん。日常に戻れと、言うに決まっとる。正直……うちも、同じ気持ちよ」 部員の皆は助け出され、自分たちの運命を弄んだ財団X――加頭順は滅んだ。 哩も姫子も、戦う理由などなくなっていた。 ドーパントと戦う戦力と言う意味ならば、本来のWの二人でいい。 マイナスはゼロに戻ったのだ。戻らないにしろ、ゼロに向かって動き出した。 もう、休んでもいいのではないかと思える。 これまで自分たちに負わされた過酷な運命を考えれば、それは自然な事だろう。 でも――。 「京太郎に借りば返さんと……うちらは、人間じゃなくなる。アイツは、私たちば人間に戻してくれた。 そいなときに、自分たちだけ安穏に戻るとは……そいは豚と変わらん。恩知らずの、豚ぞ」 それは到底、二人だけでは成し遂げられなかった。 財団Xという真の黒幕の存在を知る事もなく。 花田たちがどこにいるのか、どんな状態なのかをも知れず。 助け出す前に、ミュージアムのライダーに打ち取られていたであろう。 彼は、文字通り二人の命の恩人だった。 こうしてまた歩き出せるのも、京太郎の助けがあってこそである。 そんな少年を放っておいて――年下の少年にツケを回して、知らんぷりして。 それが許されるのであろうか。 他人がどういうかではなく、白水哩と鶴田姫子の中で。 これは、我が身可愛さに、尊厳を売り渡す行為に等しい。 折角取り戻したものを、今度は自分の意志で捨て去ってしまうのである。 そんな事は肯んずれない。認めたくない。 哩が言っているのは、そういう事だ。 ただし彼女は、それがまた同時に、本当に正しい事なのかと考えている。 自分のエゴやちっぽけな感傷で、再び戦いの渦に飛び込む。 Wは一人では戦えない。どうしても、命を共にする相棒が求められる。 哩は、姫子を引き込む事を遠慮しているのだ。 漸く取り戻した日常を、それを手放す事に付き合わせる。 その事に二の足を踏んでいた。 であるから――姫子は笑う。 「仮面ライダーWは、まだ止まらない。そーゆー事とです」 「……姫子。よかと?」 「部長。二度も、言わせんでください。二度も言うんは無駄です。 私は……私たちは、永遠のその先まで相乗りする――嫌と言われよーと、そいでん相乗りしとーとです」 「姫子……」 「そこに今度は、きょーたろ君が加わる。きょーたろ君の相手も……別に悪かとは、思えなかと」 彼の事は、姫子も嫌いではない。 恩とかそういうのは兎も角として、人間的に好ましかった。 きっと、哩もそうだろう。 いきなり因縁を吹っかけてきて、一度は殺そうとした相手に……。 そのままじゃ、そちらのの目的にも支障が出るから冷静になれと諌め……。 いずれは復讐だけでなく、人を助ける事も出来るようになって欲しいと言う。 己の精神が分解しかねないほどのリスクを負ってまで、 姫子と哩に協力して――自分たちの仲間を助け出す事を手伝ってくれた。 そんな人間の為なら、命を懸けるのも悪くはないと思えるのだ。 これは、本来必要な事ではない。通過儀礼でもなければ、禊でもない。 哩と姫子が、自分の意志で――須賀京太郎を助けたいと思っているのだ。 ある意味、これが……初めて仮面ライダーらしい戦う理由となろうか。 雲海に覆われた街を見る。 この街の事は知らない。いい思い出ばかりではない。 この街に住む人々の事など知らない。顔を合わせてないものまで、姫子たちは関与できない。 でも、京太郎がそれらを守りたいと願うのであれば――。 そのために自分の体を張って戦うと言うのであれば――。 自分たちもそれに付き合ってやってもいいと、純粋に思えた。 「そいぎ、改めて……」 「はい。私たちは二人で一人の仮面ライダー」 「本当に戦いが終わる日まで……その先まで……」 「私たちは、相乗りし続けるとです」 ――了