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前ページ次ページThe Legendary Dark Zero 〝魔剣士〟と呼ばれる悪魔がいた。 力だけが全て、弱肉強食の世界である魔界においてその悪魔の力は絶大であった。 同じ闇の世界に生きる悪魔達にとって彼は憧れであり、越えるべき目標でもあった。 彼は悪魔でありながら珍しく、〝義〟を重んじる心も持っていた希有な存在だった。 彼はそれだけの力を持ちながら、〝魔帝〟と呼ばれる悪魔に仕えていた。 魔界において最も強大な力を持つ大悪魔――闇の世界を統べる皇帝。 その大悪魔に匹敵する〝覇王〟〝羅王〟との抗争において〝魔帝〟は己の力と、腹心の力を借りて勝利を治めた。 〝魔剣士〟は〝魔帝〟が最も信頼する右腕。彼の力無くしては、魔界の支配は成し遂げられなかっただろう。 ――だが、突如〝魔剣士〟は〝魔帝〟を裏切った。 〝魔帝〟だけではない。 魔界そのものを裏切り、彼は人界に侵略を仕掛けようとした全ての悪魔達と戦った。 〝正義〟の心に目覚めし〝魔剣士〟は、たった一人で魔界の侵略から人界を守り通し、故郷を封じた。 人界に降臨せし〝魔剣士〟は、1000年以上の長きに渡り、数々の伝説を残し、争いだけしかない魔界とは異なる平和な世界を見守った。 そんな〝魔剣士〟は突如、姿を消した。 魔界でも人界でもない、異世界へと旅立った。 「宇宙の果てのどこかにいる……わたしのしもべよ!」 ここはハルケギニア、トリステイン魔法学院。 「神聖で美しく!そして、強力な使い魔よ!」 桃色の髪を揺らす一人の少女が、己の使い魔を召喚すべく杖を掲げ、呪文を唱えていた。 周囲には、彼女を見ながらクスクスと笑いを漏らす生徒が多数存在する。 無理もない――彼女はこの春の使い魔召喚の儀で、幾度と無く失敗しているからだ。 この儀式だけならまだしも、彼女はこれまで様々な魔法に失敗している。もしもこの儀式ができなければ、彼女は留年してしまう。 もう失敗は許されない。 周囲からは、 「いい加減にしろ!」 「まだできねーのかよ」 「ゼロのルイズなんかに、魔法ができるわけないよ」 「あと何回で成功するか賭けようぜ?」 「退屈だよ……まったく」 といった野次まで飛ぶ始末。 この儀式の教官である禿げ頭の教師、コルベールはつい先ほど最後通告を出しはしたものの、次こそは必ず成功すると信じていた。 何故なら、彼女はいくら魔法が失敗していようとそれで諦めるなんて事はなかったのだから。そんな彼女の努力は、必ず実るはずなのだ。 (さあ、自分を信じて!) 教師として心の底から、彼女を応援していた。 「私は心より求め、訴えるわ! 我が導きに――応えなさい!」 一瞬、虚空の中にバチバチと微かな雷光が弾けたと思った途端――これまでにない大爆発を引き起こした。 その尋常でない爆発に、多くの生徒達が自分の使い魔もろとも吹き飛ばされた。 吹き飛ばされなかったのは、教師コルベール、青い髪と赤い髪の少女、そして使い魔を召喚しようとしたルイズだけである。 「この馬鹿! だから言ったんだよ!」 「ゼロのルイズなんかが、サモン・サーヴァントができるわけないって!」 「わーっ! 僕の使い魔が!」 「いい加減に諦めろ! とっとと留年しちまえ!」 そんな野次が飛んできて、ルイズは唇を噛み締める。 何故だ。何故、自分にはできないのだ。一生懸命に勉強した。練習だってした。なのに、何故……。 己の無力さを呪い、ルイズは目に涙を浮かべて泣きかけた。 「泣いているのか」 突然、巨大な土煙が立ち昇るはずだけの目の前から男の声がかかった。 ルイズはハッとして、面を上げる。 「お、おい……あれって……」 「ま、まさか成功した!?」 「……あ、でもよく見たら人間じゃん」 「ぷぷっ……ゼロのルイズのやつ、使い魔の代わりにあんなのを用意するなんて」 「でもさ、あれってひょっとして……」 嘲笑していた生徒達にも動揺が生じた。 土煙が晴れ始めると、そこには一人の見慣れない男が立っていたからだ。 オールバックにした銀髪、左目にはモノクル、そして濃い紫を基調として赤と黒の刺繍で彩られたコートなど、その姿は明らかに平民と呼べるものではない。 背中には鍔の中央に骸骨の意匠が施された大剣が背負われている。まるで金属から直接削りだされて装飾されたような重厚さがあった。 そして、腰には見たことのない造型と意匠が施された120数サントほどの僅かな反りを有する細身の剣が携えられている。 一方のルイズも困惑していた。 召喚に失敗したと思ったら、成功していた――ところが現れたのは明らかに貴族と呼ぶべき出で立ちをした男だった。 歳は三十前後に見えなくもないが……どうなのだろうか。 だがその端正な顔立ちは若いながらも貴族らしい威厳に満ちており、とても洗練されているのが窺える。 「何故、泣いている」 冷徹な口調で男に指摘されてまだ涙を流していることに気がついたルイズはぐしぐしと目を拭う。 「な、何でもないわ。……そ、それより、あなたは誰?」 「私は――」 「うわっ! な、何だ!?」 男が名乗ろうとした途端、突然この場にいる生徒達の使い魔が次々に暴れだしていた。 生徒達は何とか落ち着かせようとして試みるが、余計に暴れられるだけだ。 使い魔達は何かに恐怖していたのか、その恐怖が限界に達して暴れだしたようだった。 「きゅるっ! きゅるっ!!」 「ちょっと! どうしたの!?」 「きゅいーーっ! きゅいーーっ!! きゅいーーっ!!!」 「落ち着いて」 赤い髪と青い髪の少女が召喚したのは火竜山脈に住まうとされるサラマンダー、そして幼生ではあるが立派な風竜。 そんな二人も、暴れだす己の使い魔を宥めようとしていた。 教官のコルベールは突然の事態にいささか混乱している。 今までこのような事態が起こったことなど無かったため、どうすれば良いのか分からず困惑した。 「Silence.(鎮まれ)」 冷徹で威厳に満ちたその一声。 ピタリと、使い魔達の動きが止まった。 その視線はルイズが召喚した貴族らしき男へと注がれている。 「私は、スパーダ。君は何者だ。そして、ここはどこだ」 「ちょ、ちょっと……そんなに一辺に聞かないでよ。わたしは、ルイズ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエール。 ここはハルケギニア、トリステイン王国、トリステイン魔法学院よ。それくらいは知っているでしょう?」 スパーダと名乗った男は顎に手を当てて考え込み、首を横に振る。 「……まあいい。何故私がここにいる。見た所、君が呼び出したようだが」 「あなたはメイジの使い魔召喚の儀で呼ばれたのですよ」 突然、横から割り込んできたのは教官のコルベールだった。 ヴァリエールがやっと成功させて現れたのは、見た事もない出で立ちの貴族らしき男。 これで勝手に彼女が話を進めて彼を使い魔にしてしまったとあっては、問題になりかねない。 人間を使い魔にするなど前例がないが、ちゃんと召喚できたのは事実。だが、それがまさかこのような相手とは。 「こんな所で話も何ですから一度学院まで戻りましょう。そこで色々話をします。さあ! これにて解散にします! 君達も早く戻りなさい!」 コルベールが告げると生徒達は次々と宙へ浮かびだし、学院へと戻っていく。 ルイズら三人も、空は飛ばずに自分の足で歩いて戻っていった。 スパーダは昼ではあるが空に薄っすらと浮かぶ、大きな二つの月を見上げて微かに顔を顰めていた。 スパーダが連れてこられたのは、魔法学院の学院長室だった。 そこには立派な髭を蓄えた一見、威厳に満ちたように見える老人が待っていた。 「ふむ、ミス・ヴァリエールに召喚されたのが彼、とな……」 老人はじっとスパーダの顔を睨むように観察する。 スパーダの横でルイズは緊張しながら固まっていた。これから自分はどうなるのか、彼は一体何者なのか。様々な不安が湧き上がり、渦巻いていく。 「ワシは本学院の学院長をしておるオスマンと申す。皆からはオールド・オスマンと呼ばれておる。君の名前を聞かせてもらおう」 「スパーダだ。少し前まで、フォルトゥナで領主の任に就かせてもらっていた」 もっとも、その話は1000年以上も昔の話だ。 領主として治めていたのはそれほど長くはなく、十数年ほどで別の相手にその権利を渡していた。 自分が〝悪魔〟などと正直に言う訳にもいくまい。今は〝フォルトゥナの元領主〟そういう話にしておこう。 「フォルトゥナ? 聞いた事もない土地ですね」 「私もハルケギニアも、トリステインなどというものは知らん。互いに遠く離れて交流もなかったのだな」 コルベールの言葉に答えるスパーダ。 「私の事は良いとして何故、このミス・ヴァリエールに呼び出された? ついでにこの土地の常識についても教えてもらいたい」 冷徹で毅然としつつも割と友好的に接してくるスパーダに安堵を感じつつ、オスマンとコルベールはスパーダに説明する。 スパーダが彼らに教えられた事を要約すると、 1.ハルケギニアは魔法社会。魔法を使えるものはメイジと呼ばれ、貴族として封建社会を築いている。 2.逆に魔法が使えないのが平民。彼らは主に貴族に奉仕して生活をしている。 ハルケギニアに住む大部分の人間はこちらである。 3.ここはトリステイン王国と言う小国の中にある魔法学院。ここで貴族の子女を預かって、魔法の勉強をしている。 4.スパーダを呼び出したのはトリステイン王国の大貴族、ヴァリエール公爵家の三女・ルイズ。 5.彼女は二年に進級するために使い魔召喚の儀を行い、それでスパーダを呼び出してしまった。 契約をして使い魔を持たなければ留年してしまう。 6.しかし、スパーダは元とはいえれっきとした異国の貴族らしいので、易々と契約をする訳にはいかない。 「……と、まあこういう訳なんじゃよ。勝手に君を召喚してしまったのは悪いと思っているのじゃが……どうじゃろうか? 契約を受けて貰えんかの?」 「確認したいが、使い魔とやらの仕事は何をする」 ちらりとスパーダはルイズへと視線をやった。それはルイズに対する質問だ。 少し冷徹な視線にビクリと体を震わせたルイズは、恐る恐る口を開く。 「あ、べ、別に難しい事じゃないのよ。必要な秘薬を見つけてきたり、あたしを護衛してくれたりすればいいの。……後は、雑用かしら?」 「要は専属の使用人になれ、という事だな」 スパーダは考えた。仮にも魔界の最上級悪魔である自分が人間の下僕とならなければならないとは。 これで呼び出したのが自分ではなく……他の悪魔などであれば間違いなく牙をむく事だろう。 力なき者に従え、など多くの悪魔にとっては侮辱にすぎない。 「それはいつまで続ける」 「あたしかあなた、どちらかが死ぬまでよ」 普通の人間を相手にその言葉を言えば、「お前は死ぬまで自分専用の奴隷になれ」と言うようなものだろう。 もちろん、彼女の奴隷になる気はない。 だが、これは今から行う交渉でどうにでもすることができる。これからの自分の行動次第なのだ。 それに、自分と違って人間である彼女の命は短いのだ。その人生を見届けて見るのも悪くは無いだろう。 「……いいだろう。その申し出を受けよう」 「えっ? 本当に?」 スパーダの言葉に、三人の表情に安堵が沸きあがる。ルイズに至っては喜びの色も浮かべていた。 「ただし、これだけは言っておく。私は君のパートナーになるのは構わんが、隷属する気はないぞ」 「隷属とは……ちょっと口が過ぎるのではありませんか? 使い魔とは決して奴隷などではないのですよ」 「そうなるかは彼女次第だ。そもそも、私以外の……普通の人間を呼び出したりした時、お前達はどう対応していた」 スパーダにそう問われ、コルベールは呻く。この問いはルイズにも、オスマンにも向けられたものだ。 もしもあの時の召喚で、例えば普通の平民を喚び出していれば恐らくルイズは「もう一度召喚させろ」と叫んでいたかもしれない。 もちろん、使い魔召喚の儀は神聖なもの。やり直しはできない。すぐに「契約をしろ」とコルベールは促していた。 そして、状況を理解できていない平民に一方的な契約を済ませ、彼女から一方的な主従関係を示され、ほとんど奴隷のような扱いでその平民は彼女の元で生きなければならないだろう。 そこには信頼など、何もありはしない。 「自分に都合の良い、命令だけを聞く駒が手に入るなどと勘違いはしないことだ」 スパーダの厳しい言葉を聞いて、ルイズは少し落ち込んだ。 使い魔になるべきはずの相手から、初対面にいきなりこんな厳しい言葉をかけられるなんて。 ルイズはトリステイン屈指の名門貴族、ラ・ヴァリエール家の娘。どこの馬の骨とも知れぬ異国の貴族であるスパーダにそのようなことを言われて本来なら不満を感じないはずがない。 だが、ルイズは反論できなかった。彼の発する静かな威厳がそれを封じ込めてしまっている。 思えば彼の言うとおり、自分は使い魔召喚の儀を甘く見ていたかもしれない。 使い魔さえ召喚できれば後は勝手に何かをしてくれる、自分の言う事に何でも従う、意に反する意見は許さない、実に都合の良い駒として扱っていたかもしれない。 事実、スパーダが使い魔になってくれたら……何でも良いから使い魔が現れたら初めて手に入った自分だけの下僕として色々なことを命じてみようと考えていたのだから。 では、これから使い魔……パートナーとはどのようにして接していけば良いか。 ただ一つ言えるのは、彼が言ったように決して奴隷として扱ってはいけないことだ。 「では、契約とやらを済ませよう。どうすればいい」 スパーダが促してきて、ハッとルイズは顔をあげた。そして、「屈んでちょうだい」と彼に言う。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」 片膝をついた彼に、ルイズはコントラクト・サーヴァントの口付けを行おうとその前に立つ。 (うう~……初めてのキスがこんな……) 男にキスをするという行為が初めてであったので、ルイズは僅かに顔を赤く染まらせる。 ファースト・キスの相手がまさか使い魔、しかも人間とは……まあ、相手は異国のとはいえ貴族だし、顔立ちも全然悪くないのであるが……やっぱり恥ずかしいし、何より女としての抵抗がある。 できれば自分の心で決めた相手とファーストキスをしたいし、だからといって見知らぬこの男とキスをするのには受け入れ難い。 しかし、ここでキスを拒めば留年決定……。 「どうしたね? ミス・ヴァリエール」 「ミスタ・スパーダも待ってくれているんだから、早く済ませたまえ」 葛藤に思い悩み、どうすれば良いのかと必死に考えているとついにオスマンとコルベールから勧告がかかった。 スパーダは屈んだまま沈黙を続け、表情一つ変えずにじっと待ち続けている。 (ああ、どうすれば良いの? このままキスを……キス……キス……?) ふと、ここでルイズはあることを思い出した。 実家であるラ・ヴァリエールにいた頃、公爵である父が城に仕事から戻ってきた際にはその頬に口付けをしたことを。 去年の夏期休業の時だって、久しぶりに会った父に接吻してくれと本人が言ってきたのだ。 そうだ。直接、唇を重ねる必要はないではないか。 (ええい! 一かバチか……!) その方法で契約ができなければ、もはや覚悟を決めねばなるまい。 最後のあがきとしてルイズはスパーダの左側に移動すると、仕事帰りの父にやった時と同じようにその頬へそっと接吻した。 「ん?」 ずいぶんと葛藤していたルイズがようやく契約のキスを行った途端、左手に熱さを感じてスパーダは怪訝そうにする。 手袋を外してみると、そこには奇妙な魔法文字――ルーンと呼ばれるものが刻まれている。 (ガン、ダー、ルヴ……) 「変わったルーンですね。ちょっと写させてもらっていいですか?」 コルベールが興味津々な様子で、スパーダの左手に刻まれたルーンをスケッチしだす。 「さて、これで契約は済んだわけじゃ。おめでとう、ミス・ヴァリエール」 「ありがとうございます」 オスマンから祝福をもらい、ルイズはぺこりと頭を下げて謝辞を返した。 こうして晴れて自分の使い魔……いや、パートナーを手に入れて進級したルイズは心底嬉しそうにしていた。 本当は珍しい幻獣か動物が欲しかったのだが、それでもパートナーが手に入るというのは嬉しい事だ。 それに見た所、スパーダは腕の立つ剣士か何かのようだ。護衛役を勤めるにはちょうど良いだろう。 「ずいぶんとご満悦ね。ルイズ」 「何しに来たのよ、キュルケ」 ルイズは不機嫌そうに顔を顰める。 廊下を歩いていて目の前に現れたのは、燃えるような赤い髪に健康そうな褐色の肌をした女性。 その足元には赤い大きなトカゲ、サラマンダーの姿が。 「別に。あなたが喚び出したっていう使い魔を見に来ただけよ」 と、言いながらルイズの背後に立つスパーダへと視線をやる。 「それにしても、人間を喚び出すだなんてさすがじゃない。ゼロのルイズ」 明らかにルイズを馬鹿にした言葉だ。ルイズは少々、悔しそうにしている。 「あたしはあなたと違って一回で成功よ、ほら……って、どうしたの。ちゃんと挨拶なさい」 足元にいるフレイムはキュルケの後ろに隠れ、前に出ようとしない。 「ずいぶんと臆病なのね、あんたの使い魔は」 ここぞとばかりに、ルイズはキュルケに反撃する。 キュルケは少々悔しそうな顔をしていたがすぐに余裕を取り戻し、 「……まあいいわ。それにしても、よくみたらすごい色男じゃない。貴方のお名前をお教えいただけるかしら?」 腕を組んで傍観していたスパーダはちらりとキュルケの方を見る。 「スパーダだ」 「私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。二つ名は〝微熱〟よ。よろしくねミスタ・スパーダ」 (……あいつに似ているな) ふと、思い出したのは上級の女悪魔。赤い髪という点で共通しているが、肌の色はまるで違う。 それに感じられるその魔力の性質も全く違う。 それにしてもこの女性も自分を〝微熱〟と言っていたり、ルイズの事を〝ゼロ〟などと呼んでいた。 キュルケから感じられる魔力の性質で彼女のは意味が分かるが、何故ルイズは〝ゼロ〟なのだろうか。 「ちょっと、キュルケ! あたしの使い魔……パートナーに色目を使わないでよ!」 「あら失礼ね。ただの挨拶だというのに。ほら、タバサ。あなたもいらっしゃいよ」 柱の影から現れたのは、青い髪に大きな節くれの杖を手にし、眼鏡をかけた少女。 (何だ?) スパーダはタバサという少女が妙に自分を警戒しているのを感じとっていた。 彼女は少しだけスパーダを見ていたが、すぐに持っていた本へと視線を移す。 キュルケは肩を竦めて苦笑したが、 「ところで、もうすぐ次の授業が始まるわ。急がないと間に合わなくなるわよ?」 「あっ! そうだった。……スパーダ、次の授業は使い魔は一緒にいられないの。だから終わるまで待っていて」 そう言い置き、ルイズ達は歩き出す。ルイズとキュルケはぎゃあぎゃあと言い合いを続け、タバサはじっとスパーダに警戒の視線を送っていた。 この場に残されたのはスパーダと、キュルケの使い魔であるサラマンダーのフレイムのみ。 (……こ、来ないでくれ。悪魔――) スパーダが視線をやると、先ほどから怯えた様子のフレイムがそのような事を言ってくる。 もちろん、口にしている訳ではないがスパーダには幻獣の言葉が分かる。 屈んで触れようとすると、一目散に逃げ出してしまった。 「……なるほど、な」 小さく鼻を鳴らしたスパーダは、これからしばらく世話になる学院の中を歩き回った。 その間、生徒達や学院に奉仕する平民達がちらちらと物珍しそうにスパーダを見つめてくるが無視した。 それからしばらくして、スパーダはその日の全ての授業を終えたルイズと合流し、女子寮にある彼女の部屋へと連れられた。 スパーダはコートを椅子にかけ、二振りの愛剣を立てかける。 「ねぇ、あなたはそのフォルトゥナっていう所で領主をしていたのよね?」 椅子に座り、互いに向かい合いながらルイズは黒と赤の刺繍で彩られたウェストコート姿のスパーダにそう問うた。 「そうだ。もっとも、君達のような魔法使いなどいはしなかったが」 「あなた、一体どんな所から来たのよ……」 「一つ言えるのは遠く離れた土地、という事だけだ。文化も互いに異なる」 「ふーん。そんな剣を持っていたって事は、そのフォルトゥナって戦争か何かあったのね」 「さてな」 まあ、ちょっとしたいざこざがあったりはしたが、基本フォルトゥナは平穏な土地だった。 むしろ最初に訪れた時に悪魔が蔓延っていたので、その時に愛剣を振るっていたのがほとんどだ。 「ところで、使い魔にはね、主人の目となり耳となる能力があるって言われてるの」 「感覚の共有か」 「ええ、でも駄目みたい。あなたが見てるものは、私には見えないもの」 「それは私も同じだな」 つっけんどんな態度をとるスパーダに眉をひそめるルイズ。 「……まあ、いいわ。とにかく、これからはこの部屋で寝てちょうだいね。今日はもう遅いからまた明日よ」 そう言いながら、ルイズは寝巻きに着替えだし、スパーダに脱いだ制服などを渡す。 「それは洗濯をしておいて。メイドに頼んでも良いから。明日の朝はちゃんと起こしてちょうだい」 そう言ってルイズはベッドへと潜り込む。 「異世界……か。悪くはないな」 スパーダは既に自分が人間界、そして魔界とも異なる世界に存在している事を自覚していた。 だが、別段驚いたりする事はない。何故なら、既に人界と魔界という二つの異なる世界が存在した以上、 このような異世界があってもおかしくはないのだ。 どちらかというと、人間界に近い環境ではあるが。 スパーダは椅子に腰掛け腕を組んだまま目を瞑り、異世界の初日を終えた。 窓の外から入り込んでくる二つの月の光――その穏やかな光がスパーダを照らす。 胸元のスカーフに飾られたアミュレットが赤く光を反射し、部屋に伸びるその影は本来の姿――悪魔の姿をしていた。 前ページ次ページThe Legendary Dark Zero
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前ページ虚無の紳士録 『 誰 だ っ て 殺 し た い 奴 は い る 』 私の眼の前で憎い仇であるあの男が斃れている。全身を氷の矢で貫かれ、流れ出た血が石造りの床に溜まり血の海となっていた。 あの男だけではない。その娘、即ち私の従姉である少女も斃れている。あの男の愛人も、あの男に与した家臣や貴族も斃れている。 みんな私が殺したのだ。 殺したのはあの男の血を引く者、与した者だけではない。 私の味方だと称する者たちも、この復讐を妨げんとした者は殺した。 みんなみんな殺して殺して、殺しつくした。ただこの復讐を成し遂げるために。後のことなど考えず、邪魔する者は皆殺しにした。 ああ、そうだ。あの人も殺したのだった。 母も、私の愛しい母も殺してしまった。 『 誰 だ っ て 殺 し た い 奴 は い る 』 そう、そうだった。私はこの手で母も殺したのだ。あの心が壊れてしまった母を。 この復讐を成し遂げる過程あるいはその後で、人質である母が敵方に利用されるか始末されるかは明白だった。 あの母を一人取り残してはいけない。そしてなにより、この絶対的な復讐の足枷にしてはいけない。だから殺した。 敵の手に掛けられるぐらいなら自分で殺す。人形を私と思いこんでいた母を殺したとき、私は魔法を用いなかった。 文字通り自分の手でその首を絞めあげ、殺した。 母の頸骨が砕け折れた生々しい感触がまだ手に残っている。 生命(いのち)がこの手の中で消えていった、おぞましい感触が残っている。 復讐が完遂された今になって疑問が生じてきた。あの狂母は人形を娘の私だと思いこみ、ひたすら大事にしていた。 たとえ狂っていたとしても、そこには私という存在、自分の子供に対する母の深い愛情を感じ取ることができる。 だが、母が愛していた私は何だったのだろうか。 王家の血を引き、優秀なメイジである父の血を継ぐ者としての私だったのか。 それとも己の血と肉と、魂と愛を分け与えて生まれた娘である私だったのか。 今となっては永久に解らないし、解りたいとも思わない。それにそんなことなど、もはやどうでもいいことだ。 それよりケジメをつけなくてはならない。この復讐劇に相応しい、最後の締め括りを執り行わなくてはならない。 『 誰 だ っ て 殺 し た い 奴 は い る 』 私は自身の長大な杖の先端を、己の華奢な胸へと突き立てる。 薄皮一枚隔てたその向こうには肉と骨、そして憎悪に染まったドス黒い血と、それを汲み上げる心臓が詰まっている。 本来は人体を貫くほど鋭くない杖先を、私は力強く突き入れる。皮が破れ、血が流れた。肉が引き裂け、骨が砕けた。 そしてついに心臓へと達する。ほんの少し弾力ある抵抗を感じた後、私は躊躇することなく杖先をそれに突き込んだ。 血が、噴きあがる。 私はその場に多くある屍たちと同様、床へとその身を投げ出し倒れ込む。そのせいでより深く杖が突き刺さった。 いまだしぶとく鼓動し続ける心臓に合わせて、胸の傷穴と杖の隙間から赤黒い血が間欠泉のように噴き出す。 胸からだけではない。どうやら杖は気管や食道も傷つけたらしく、喉奥からあふれ出てくる血流に私は溺れた。 私の使い魔が何か叫んでいる。ああ、うるさい。 ここまで復讐に付き合ってくれたことは有り難いが、少々姦しい。 死ぬときは静かな方がいい。安らかに黄泉の世界へと逝きたいものだ。身体を襲う痛みで“安らか”とは程遠いが。 だがその痛みと苦しみも己の血が大量に、急速に失われてからは消えた。それとともに私の生命もまた消えてゆく。 消えてゆく、何もかも。 音も光も、何もかもが消えていく。 冷たい、暗黒の中に消えていってしまう。 「誰だって、殺したい奴はいるわ」 暗闇の底へと意識が沈んでいく中、最後に思い浮かべたのは父でも母でも、死んでしまった友人でもなく、 氷に覆われ凍てついた私の心を暴いたその言葉と、それを言い放ったあの『ゼロのルイズ』の顔だった。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ トリステイン魔法学院で春に行われる使い魔の召喚。 それに成功することが生徒たちの進級条件である。 始祖の代より続くその神聖な儀式でこの私、タバサことシャルロット・エレーヌ・オルレアンは風韻竜の幼生を召喚した。 絶滅したされる高い魔力と知性を持つそれを召喚できたのは、私のメイジとしてのレベルの高さを表しているのだろう。 自惚れているようだが、己の力量が確かなものであると認識できる目安にはなる………そして、復讐のための力にも。 私は無用な騒ぎが起こるのを防ぐため、周りにはその使い魔を韻竜ではなく、ただの風竜であるとした。 儀式は粛々と執り行われていき、同級生も次々と自らの属性とレベルに見合った使い魔を召喚していく。 私が唯一、わずかであるものの心を許せる友人であり、名目上自分と同じ外国からの留学生であるゲルマニア貴族、 ツェルプストー家のキュルケは火竜山脈のサラマンダーを召喚した。 火のトライアングルである彼女らしい使い魔だ。 そして最後にトリステインの名門貴族、ヴァリエール家のルイズが召喚の儀式に当たった。 その二つ名は『ゼロ』。 優れたメイジを多く輩出している、王家にも連なる家の出身であるにも関わらず、彼女は魔法を一切使えなかった。 いや、使えないわけではない。ただ、ルーンだろうがコモンだろうが呪文を唱えると爆発が生じ、失敗してしまうのだ。 故に『ゼロのルイズ』。メイジとしては不名誉極まりない呼称だ。家柄の良さに対する嫉妬もあり、彼女そう呼んで揶揄し、 侮り馬鹿にする生徒は少なくない。 ヴァリエールのルイズは入学してから一年間、ずっとその嘲りを一身に浴びてきた。 私は彼女を哀れに思うが、救いの手を差し伸べるほど親しくもないし、むしろ私がそんな事をするのは傲慢といえる。 ヴァリエール家とは代々不仲のツェルプストー家であるキュルケも、ルイズをよく『ゼロ』と呼んでからかうことが多い。 だが、それは心底彼女を自分の下位に置いているのではなく、一種の親しみを込めているのだと私には感じ取れた。 もっとも、それがヴァリエールに伝わっているとは、とても考えられないが。 人は誰しも自身が思っている以上に他人を傷つけている。何気ない言葉でも、心を深く切りつけ抉ることは多い。 そして同時に人は自身が認識しているよりもずっと他人に恨まれ、憎悪の念を向けられていることに気付かない。 私はヴァリエールではないので彼女の哀しみも憎しみも解らない。だが蓄積されたそれは、いつか爆発するものだ。 ほんのちょっと、“何か”に後押しされるだけで。 …………ともかく、ヴァリエールも他の生徒に倣い召喚の儀式を行った。 が、予想通りに失敗続きであった。 「五つの力を司るペンタゴンッ、我の運命に従いし“使い魔”を召還せよ!」 何度目になるか分らない、サモン・サーヴァントの呪文を叫ぶように唱えるヴァリエール。しかし引き起こされるのは爆発。 衝撃で立ち上る土煙。それに咳きこみ、悪態を吐く同級生たち。今日幾度も繰り返された光景が、再び目の前に広がる。 「やっぱり無理なんだよ、ルイズには!」 「とっととヤメちまえっ!」 「もう一回、1年生からやり直すのがお似合いよ!」 浴びせかけられる侮蔑の言葉の数々。それに対し、ヴァリエールは発言者を睨みつけて叫んだ。 「うるさい うるさい! 召喚が終わったアンタたちは黙ってなさいよ!!」 そう言って彼女は再び杖を構え呪文を唱えようとするが、それをコルベール教諭が制す。 「ミス・ヴァリエール。今日はもうそれくらいにして、明日また取り組んだらいかがです?」 ミスタ・コルベールは優しく諭すが、ヴァリエールは「まだやめません!」と首を横に振るう。 その頑固な態度に対して、また悪辣な罵詈雑言が上がる。 「おい『ゼロのルイズ』ッ! いっそのこと、そこらにいる野良犬でも捕まえたらどうだ!」 「『ゼロ』には使い魔があろうがなかろうが同じでしょ!」 「いい加減にしろよ『ゼロ』っ! お前に付き合わされるコッチの身にもなってみろ!」 「そうだそうだ、『ゼロのルイズ』め!」 その瞬間、ヴァリエールの表情が変わった。 さあっと青ざめた面相になる。しかし、あの顔は恐怖によるものではない。 あれは激しい憤怒の貌だ。人は真に怒り狂ったとき、炎のように赤く熱くはならない。氷のように透明で冷たくなるものだ。 だが、彼女は噴き出そうになる“それ”を抑え込み、極めて平静な顔でコルベール教諭に答えた。 「コルベール先生、もう一度だけやらせてください…………」 ヴァリエールが自制したのは悲しみによる涙でもなければ、怒りによる罵倒でもない。 彼女は人前では決して泣き顔を見せない。そして自身に投げかけられるような、酷い嘲りの言葉も他人に発したりしない。 それは唯一彼女に残された、『貴族』の誇りと矜持かもしれない。しかし発散されることのない負の念は澱のように溜まる。 『ゼロのルイズ』が抱え込んできて、たった今吐き出さんとして抑えたのはきっと単なる怒りに留まらない、もっとドス黒い………… 「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ。神聖で美しく、そして強力な使い魔よ………」 ヴァリエールがサモン・サーヴァントの呪文を唱え始めるが、それは本来のものとは違っていた。 召喚はコモン・マジックとはいえ、あれで効くのか疑問だ。周りの同級生も首をかしげている。 「なんだ? あの呪文」 「ヘンなの!」 「でも、まるでお祈りみたい……」 祈り? そうだ。確かにすがりつくような、切なる祈願の言葉。たとえデタラメであっても、彼女の必死さが伝わってくる言霊だ。 しぼり出すような声での、思いと願いを込めた呪文はなおも続く。それを詠唱する真摯な姿を嗤うことなど、誰にもできない。 ――――――――ああ、このときヴァリエールの想いに応えたのが、その通りに“神聖で美しい”使い魔であったならば。 「私は心より求め、訴えるわ………我が導きに応えなさい!」 詠唱が終わったのか杖を振るうヴァリエール。またも起きる爆発と土煙。だがそれが晴れると、そこに彼女の使い魔はいた。 「本……?」 そう、それは本だった。 古めかしいダークブラウンの革張り表紙で、施された装飾は遠目にも美しく映える、重厚な書物。 だが、ただの本である。幻獣や亜人ではない。生き物ですらない。 使い魔の定義は様々だろうが、少なくとも『自らの意思を持ち、主人の意のままに従い動くもの』というのが一般だと思う。 なるほど確かに主人に服従し、逆らいはしないだろう。ただの器物なのだから。自分から動きはしないし、自己意識も無い。 疑似意思を持つガーゴイルならば該当するかもしれないが、あれは人形ではない。『動物』の形を模してすらいないのだ。 あるいは、あの本はインテリジェンス系アイテムなのかもしれない。インテリジェンス・ブックなど聞いたことがないけれど。 いずれにせよ、何らかの魔法がかけられたマジックアイテムの可能性はある。 ヴァリエールは本を拾い上げ、開いてみている。 だがページを捲るにつれ、その顔は怪訝そうな表情となっていった。 ミスタ・コルベールもそばに行き、彼女と一緒になって本を覗き込む。すると彼は「これは……!」と、驚愕の声をあげた。 「ミス・ヴァリエール、これは凄いですよ! 記されている言語は判読できませんが、見てくださいその絵を!」 「はあ……」 「こんな緻密に人物を写実した絵は見たことがありません。素晴らしい技術だ! いったいどうやって……」 「あの、コルベール先生。これは何の本なのでしょうか。使い魔として役に立つものなのですか……?」 「ム……そうですね。何が記されている書物なのかは私にも解りませんが、とりあえずディテクト・マジックをしてみましょう」 ミスタ・コルベールは本に対し『探知』を行い、それに魔法がかかっているか調べてみる。 「ううん、ミス・ヴァリエール。少なくともこれに“系統魔法は”かけられていませんね」 「え……?」 「ですが、もしかしたら先住魔法が――――」 別の可能性もあげるミスタ・コルベール。しかし、もはやヴァリエールにその言葉は伝わっていなかった。 彼女は自分が召喚したそれが何の魔力もこもっていない、単なる古ぼけた書物だと知って目に見える程に落胆している。 ヴァリエールが召喚に成功したこと、そして現れたのが『本』であったことに驚き、飲まれていた同級生たちは我に返った。 そして何の役にも立たない使い魔を召喚したヴァリエールをいつも通りに煽り始める。それが『当然であること』のように。 「ただの汚らしい古本を召喚するなんて、『ゼロのルイズ』らしいな!」 「みすぼらしいソレ、『ゼロ』のあんたにはぴったりよ」 「おい! ひょっとしたら『ゼロ』の奴、あそこに初めからあの本を埋めといたんじゃないか?」 「そりゃ、ありえるな! なんたってアイツは『ゼロのルイズ』なんだから――――」 『ゼロ』、『ゼロ』、『ゼロ』、『ゼロ』! 『ゼロのルイズ』! ヴァリエールを貶める、言葉の刃が容赦なく彼女を切りつける。 彼らは自身の口舌をもって振るうそれが、如何にヴァリエールの精神を傷つけるか解っているのだろうか。 きっと解ってはいても、感じることができないのだろう。彼女の苦しみを。 だから平気であんなことを言える。 そして同じように彼女の怒りも感じ取れないのだ。自分たちがどれだけ恨まれているかを解っていないのだ。 「お黙りなさい、みなさん! さあ、ミス・ヴァリエール。この使い魔とはやく契約を結ぶのです」 ミスタ・コルベールも流石にまずいと思ったのだろう。少々声を荒げて注意すると、ヴァリエールに使い魔の契約を促す。 心を酷く打ちすえられた彼女は蔑みに反論することも召喚のやり直しを要求することもなく、ただ弱々しく頷いて従った。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 ヴァリエールの接吻を受けて、その本は正式に彼女の使い魔となった。 題名の記されていない背表紙にルーンが刻まれる。主人の想いに応えぬ本は、何も答えないかと思われたが………… ギッ、ギギィ…… 巨大な門のように軋みをあげ、本が独りでに開く。使い魔はすでに主人の手を放れ、何らかの力で空中に浮かんでいた。 ごうごう、と暗い洞窟の奥より吹く風のような、断末魔の叫びか哀惜の慟哭のような………あるいは亡者の呻き声のような、 聞けば誰もが恐れを抱き、不安に駆られる奇妙な怪音と共に、ページの隙間から 『白い靄』が濁流のごとく溢れ出てくる。 白い靄はヴァリエールの頭を包み込んだかと思うと、急速に消失していったかのようにみえたが、それは間違いであった。 消えたのではない。入っていったのだ、ヴァリエールに。彼女の目、鼻、口、耳からその内部へと。彼女の深いところへと。 私はその光景に総毛立つ。 ただ言葉だけでこれを説明すれば、ある種滑稽にも感じられるかもしれない。 だがそう思うにはあまりにもおぞましい光景で、私はそのとき感じた怖気をいつまでも忘れられなかった。 「…………!! ヴァリエール! ミス・ヴァリエール! 大丈夫ですか!?」 たったいま起きたことに再び茫然自失となっていた周囲の中、いち早く我を取り戻したのはミスタ・コルベールだった。 ヴァリエールに呼びかけるが、白い靄のカタチをした“何か”に入り込まれた彼女は虚ろな顔のまま、何の反応もしない。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!! 眼を覚ましなさい!!!」 肩を掴まれ揺さぶられ、絶叫に近いミスタ・コルベールの大音声で名前を呼ばれることにより、ヴァリエールはやっと 正気に戻ったようだったが、その顔は何の感情も見いだすことができない。まるでガーゴイルのような無表情である。 「……大丈夫です、ミスタ・コルベール」 静かに、だがはっきりとした声で答えるヴァリエール。言葉は礼儀正しいが、信じられないほどに冷たく感じる声だ。 食い入るように己の使い魔を見ており、視線はただひたすらそれのみに注がれ、傍らの教師には一切向けられない。 「本当に大丈夫ですか? 身体は何ともありませんか」 「ええ、何も問題ありません」 「そうですか? ………ルーンも無事刻まれたようですね。これでこの本は確かにあなたの使い魔となりました」 「はい」 「………それと、何か身体に少しでも異常を感じたら、私か保健室に相談しなさい」 “アレ”で、何ともない? “アレ”を目の当たりにしながら、この問答だけで済ませる? 私はミスタ・コルベールの事勿れ主義に呆れそうになったが、考えてみれば今この場で出来る対応はそれぐらいだろう。 すべての召喚の儀式が終わったことで、彼は生徒たちに授業の終わりを告げる。同級生たちはみんな寮へと向かった。 使い魔が私室に入りそうな者はそれらを伴い、無理な者は学院のどこを住処にするべきか使い魔へと話しかけていた。 私の場合、部屋はもちろん備付けの小屋にも入りそうにない。今夜はとりあえずヴェストリの広場あたりで寝てもらおう。 キュルケのサラマンダーは虎ほどもあるが、部屋には入れるので一緒に寝泊まりするのだろうか。 賑やかな友人がどうするのか気になって、その姿を探す。すると彼女はヴァリエールの方へと向かっていくところだった。 思わず私は声をあげそうになる。あんなことがあった後に平然と近づこうとするなど、キュルケの神経を疑った。 散々ヴァリエールを侮罵していた連中もあの異様な光景を見て不気味に思い、何も言わずに去って行ったというのに。 キュルケはヴァリエールの目の前に立ち、彼女とその使い魔をしげしげと眺めた。そしておもむろに口を開き話しかける。 「ちゃんと召喚できて良かったじゃない、ルイズ」 「そうね」 「その使い魔、何なのかしら? ひょっとして古代のルーンで書かれた呪文集とか、魔道書だったりして」 「そうかもね」 どうやらキュルケなりに祝辞を述べ、かつヴァリエールの様子を窺おうと思ったようだ。 しかし彼女はすぐそばに仇敵のツェルプストーが立っているのにも関わらず、いまだに己の使い魔をじっと見つめていた。 自分がまるで眼中にないその態度と、あまりにそっけない返事にキュルケは流石にムッとしたようで、軽口を叩きはじめる。 「ま、『ゼロ』のあんたにしちゃあ頑張ったじゃない? でも私の使い魔に比べたらねえ………」 今日初めてキュルケがヴァリエールを『ゼロ』と呼んだ。それに対してやっと使い魔の表紙から眼を放す『ゼロのルイズ』。 だが、自分を卑しめた家がらみの仇敵とその使い魔を一瞥するだけで、相変わらず無表情のまますぐに視線を戻した。 「…………まあ、ただの古本でも使い魔を召喚できたんだから、あんたはもう『ゼロ』じゃないわね」 ひとしきり自分の使い魔を自慢した後、しっかりフォローをいれるキュルケ。彼女は配慮というものを忘れない。 思えば彼女はヴァリエールが先ほど同級生に誹謗中傷されていたとき、それらに混じって侮辱しはしなかった。 その行いから考えるに、やはり心の底では周りが思っているほどヴァリエールを悪しくは思っていないのだろう。 キュルケの言動はいつだって相手の心を深く抉り、酷く傷つけるものではない。 もっともそれは、いつも彼女の近くにいる親友の私だからこそ理解できるものだということを考慮すべきだが。 「それじゃあねルイズ」と、別れを告げその場から離れるキュルケ。すると今度は私の方に来て讃辞を述べる。 私が他の同級生と比較して、あきらかに一歩抜きんでた使い魔を召喚したと褒めてくれた。正直いって、嬉しい。 どんなに心が凍てついていようが親友は持つべきだ。その何気ない言葉は私の心に沁みわたり、暖めてくれる。 彼女がいなければ私はこの学園でいつまでも独りだったろう。縁者も知人もいない、故郷から遠く離れたここで。 ひょっとしたら、ヴァリエールの立場になっていたのは私かもしれないのだ。魔法の才能が有る無しは関係ない。 自分から他人へと進んで関わろうとしない私に、好き好んで親しくなろうという人間はいないだろう。 心はもう氷に覆われたつもりだが、それでも同年代の者がみな希望を持って集うこの学園は、あまりにも眩しい。 その雰囲気に押し潰されていたかもしれない私を助けてくれたのはキュルケだ。それだけは確かだと言える。 「じゃ、そろそろいきましょう、タバサ」 キュルケは自分の使い魔を連れて寮へと向かっていく。私も後を追おうとしたところ、やっと“それ”に気付いた。 何年もの『あの生活』で培われた感覚により察知したのは視線と気配。それも強烈な敵意を孕んだ毒々しいもの。 私はすぐさまその方向へと顔を向け、臨戦態勢になる。何者か。今までに恨みを買ったものか、ガリアの刺客か。 振り向いたそこにいたのは敵などではなく、一人でぽつんと広場に残っていたヴァリエールだった。 「ひっ」 それをみた瞬間、私は零れる悲鳴を抑えることができなかった。 ヴァリエールの顔が“歪んで”いる。 それが錯覚であると、あまりにも激しく強い感情を表しているためそうなったのだと気付いても、その衝撃は消えなかった。 ヴァリエールは目が縦に付いているかのように吊りあがり、砕けんばかりに食い縛った歯の隙間から血泡を吹いている。 額は血管が怒張して浮かび、頬は引きつっている。 そしてその眼差し。そこには凄まじい憎悪と怨恨が込められていた。 まるで骨相そのものが歪んでしまったかのような変“貌”。 人はこれほどまでに人を憎み、恨むことができるのか。 だが、その激しい憎しみを込めた視線は私に向いているのではなかった。怨念のすべてはキュルケへと放射されていた。 それがあまりにドス黒く強烈なため、私の感覚に引っかかったのだ。キュルケ自身はそれを感じることなく前を歩いている。 悲鳴で私の存在にヴァリエールが気付いた。 瞬時にその顔から負の念が払拭されるが、そこに浮かんだのは先ほどまでの無表情ではなく、笑顔。 見る者すべての心臓を鷲掴みにする『毒笑』というのがぴったりの、凶悪で邪悪な笑みがそこにあった。 そんな笑顔を向けられ凍り付いている私を尻目に、ヴァリエールは悠然と寮へと向かう。 今までの彼女からは考えられない堂々とした足取りと自信に満ちた態度で。初めて己の魔法が成功した証を手に持って。 成功の証。 あの使い魔。 あの本 ―――――――― あれは何なのだ? 契約のときに起きた、あの怪異は何なのだ? まるで巨大な門のように軋みをあげ、独りでに開いたあの本。 そこから遠く響いてきた、亡者の呻き声のようなあの音。 そして溢れ出てきた、あの幽かな“もの”……… まさしくそれは 『地獄の門』 が開いたのだということに、私は気付けなかった。悔やんでも悔やみきれない…… もしそのとき気付いていれば。あの異常をもっと気にかけていれば。ヴァリエールの変化に気を付けていれば。 あんなにたくさんの死がまき散らされることも無かったのに。 かけがえのない親友を失うことも無かったのに。 『 誰 だ っ て 殺 し た い 奴 は い る 』 キュルケが殺されたのは、その晩だった。 前ページ虚無の紳士録
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前ページ次ページラスボスだった使い魔 ユーゼスとエレオノールがそんな会話をしている壁一枚向こう側。 「……………」 朝だと言うのにカーテンを閉め切ってどんよりと暗い部屋の中で、ルイズはベッドの中に潜り込んだまま落ち込んでいた。 『――、―――?』 『――――――、――――――――――』 「…………ぅぅ」 布団を被って耳を塞いでも、ほんのわずかに隣の部屋の声が聞こえてくる。 何を話しているのかまでは聞き取れない……と言うか聞き取りたくもないが、何だか親しげというか、楽しげというか。 難しい言い回しをすれば『喋々喃々(チョウチョウナンナン)』というヤツだ。 「ぅぅううぅぅううぅ…………」 自分の使い魔と長姉がどんな顔で、どんなことを話して、どんなことをしているのかを考えてしまって、色々とグチャグチャになってくる。 中途半端に豊かな自分の想像力が、ここまで鬱陶しくなったのは初めてである。 「……はぁ……」 ここ三日で、ずいぶんと涙を流した。 隣に聞こえないように枕に顔を押し付けながら、叫び声も上げた。 なんかもう頭の中がワケ分かんなくなって、軽く暴れたりもした。 溜息だって、どのくらいついたのか分からない。 もう幸せだって逃げ放題。 そもそも幸せって何かしら。 そんな哲学っぽいことまで考えてしまう体たらくだった。 「って、言うか……」 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、只今絶賛失恋中なのだ。 傷心なのだ。 心が苦しいのだ。 ブロークンハートなのだ。 そんな自分に対して、隣の部屋のあの二人はせめて話し声を控えめにするとか、もうちょっと配慮してくれたっていいじゃないか。 ……いや、まあ、ユーゼスもエレオノールも自分が失恋したことなんて、気付いてないだろうけれども。 配慮されたらされたで、多分もっと傷付きそうな気はするんだけれども。 「…………これから、どうしよう」 さすがにいつまでもこのまま、というわけにはいかない。 いや、部屋から外に出るのはいい。 授業だって出よう。 この際、戦争しにアルビオンに行けと言われたら行ってもいいくらいの心境だ。 しかし、そうすると必然的に使い魔であるユーゼスも付いて来ることになってしまう。 メイジと使い魔は一心同体。 切っても切り離せない関係。 その厳然たる事実が、ルイズを打ちのめす。 「ユーゼスと、顔……合わせたくない」 別に顔も見たくないとか大嫌いとか、そういうわけではないのだが、とにかく今は顔を合わせたくない。 そりゃあ、いつかはこの心の傷も癒えてユーゼスとまた普通に話せるようになるのかも知れない。 だが、その『いつか』ってどのくらい先だろう。 少なくとも今はキツい。 ……いや、今の時点では一生治らないような気がする。 「…………どうしてこうなっちゃったのかしら」 思い返そうとして、すぐにやめる。 そんなことをしたところで、何の意味もない。 原因が分かって、『あの時ああすれば良かったんじゃないか』と考えて、上手く行ったときのことを空想して、それが何になるというのだろう。 過去には戻れないし、現実も事実も真実も変わりはしない。 ユーゼスの心は、自分に向いてはいないのだから。 「はぁ……」 また溜息をつく。 ……何だかもう、考えるのも面倒になってきた。 パッと気持ちを切り替えることが出来たらいいのだけれど、そんな服を着替えるように気分を変えられたら誰も苦労なんてしない。 いっそのこと何も考えないようになれたら、どんなに楽か。 「……………」 なんてことを考えれば考えるほど、気分はどんどん沈んでくる。 むしろ考えまいとすればするほどアレコレと色々なことを考えてしまう。 特殊な水の秘薬を使えば、もう本当に『何も考えられない』ようになるらしいが、さすがにそれは嫌だ。 そしてふと気付くと、自分の心の大部分がある感情で埋められていることに気付いた。 「…………むなしい」 一体わたしは何をしているんだろう。 いや、何もしていない。 何をすればいいのか分からない。 何かをしようという気すら起きない。 って言うか、何もしたくない。 このままじゃいけない、何かしなくちゃいけないと心のどこかでは分かっているのだが、それを押し潰すくらいの虚しさがそんな焦燥感すらも押し潰していた。 (……いくら虚無の担い手だからって、心の中まで虚無じゃなくてもいいじゃないの) そんな笑い話にもならないようなことを思ったところで、ルイズの部屋に軽いノックの音が響く。 コン、コン 「ん……?」 誰だろう。 まだおぼろげに隣の部屋から会話が聞こえてくることからして、ユーゼスやエレオノールでないことは確かなようだが……。 とにかく、来客には対応するべきだろう。 いくら落ち込んでいるからと言って、無碍に追い返すような真似をしてはいけない。 最低限の『礼』は守るべきなのだ。 ……そう言えばほとんどずっと部屋に閉じこもりっぱなしなので服装が寝巻きのまま、髪はボサボサ、目は泣き腫らしたせいで充血、ついでに部屋は散らかりまくっているが、まあ、色々と整えるのも面倒なのでこのままでいいだろう。 ルイズはどこかズレた思考のままドアまで歩き、その来客を迎えるべくドアを開ける。 そして現れたのは、 「タバサ?」 「……………」 青いショートカットの髪にメガネをかけた、小柄な少女だった。 「ど……どうしたのよ、いきなり」 「落ち込んでるみたいだから」 「……む」 確かに落ち込んではいるけど、そんなわざわざ来てもらうほどじゃないのに。 でも何だか嬉しいような気もする。 ルイズは何だか申し訳ないような、むず痒いような気分になりながら、しかし生来の気質からタバサに対してつっけんどんな態度を取ってしまう。 「……お、落ち込んでるって言うんなら、キュルケだってそうでしょ? あの火メイジにこっぴどくやられて、何だか沈んでるそうじゃないの」 「……………」 キュルケの受けたショックは、ルイズのそれとは全く種類が異なっている。 情熱と破壊こそが『火』の本領。 よくキュルケが語っており、もはや座右の銘と言ってもいいほどの言葉だ。 しかし、あの夜、あの男が繰り出した炎は……『破壊』はともかく『情熱』とは程遠いものだった。 実際に対峙した自分たちだからこそ分かる。 冷酷さ、狂気、憎悪、そして歓喜などがごちゃ混ぜになった凶悪な炎。 少なくとも自分の知る『火』のメイジに、あんな男はいない。 ユーゼスはよくあんなのと真っ正面から戦えたものだ。 「ぅ……」 そこまで考えたところで『ユーゼスが戦った理由』に連想方式で行き当たってしまい、軽くダメージを受けるルイズ。 落ち着きなさい。 思い浮かべてしまったことは仕方ないとして、これ以上考えちゃダメ。 今は……そう、取りあえずキュルケのことよ。 (とにかく……) そんなメンヌヴィルの存在は、『情熱』を信条とするキュルケにとって人生観を根底からひっくり返してしまうほどの衝撃だったのだろう。 自分には想像することしか出来ないが、ダメージの度合で言うなら自分以上かも知れない。 そんな状態なんだから、きっと支えが必要なはず。 ……いや、本音を言えば自分だって支えは欲しいけど。 「わ、わたしは別にどうってことないわ。……ただ、面倒だから閉じこもってただけで、もうそろそろ部屋から出てパーッとトリスタニアにでも出かけようかと思ってたくらいだし。だから、あなたは落ち込んでるキュルケをせいぜい励ますなりしてれば……」 出かけるつもりなんか実は全くないのだが、口から出まかせで強がりを口にするルイズ。 するとタバサがポツリと、しかしどこか力強さを感じさせる口調で呟いた。 「キュルケはもちろん心配だけど、あなたのことも心配」 「タバサ……」 不覚にも胸が熱くなってしまう。 普段は無口で、無表情で、無愛想で、何を考えてるのかサッパリ分からないし、たまにフラッとどこかにいなくなったりもするけれど、けっこう友達思いのいい娘じゃないか。 ルイズがそんな感じにちょっと感動していると、タバサはルイズの横をするりと抜けて部屋の中に入ってきた。 ……意外に押しの強い一面もあるようだ。 「まあ……いいか」 ルイズも観念したのか、タバサを追い返すようなことはせずに椅子を差し出した。 そうしてタバサはその椅子に、対するルイズはベッドに腰掛けて話を始める。 「……それで、何をするのよ?」 「取りあえず、あなたの悩みの聞き役にはなれる」 相変わらずの平坦な口調でそう言うと、眼鏡越しにルイズをじっと見つめるタバサ。 一方、ルイズは多少動揺しつつ言葉を返す。 「……でも、いくら聞いてもらったところで解決する問題じゃ……」 「話すだけでも楽になる、らしい」 「…………そうなの?」 「みんな、色々あるから」 「色々?」 「そう。あなたにも色々あるし、わたしにも色々ある。もちろんキュルケにも、あなたの使い魔にも、あなたのお姉さんにも、みんな。……だから、それを実際に言葉にして吐き出すだけでも少しは意味がある」 何だか、妙に実感のこもった言葉である。 この青髪の少女がそんなに大きな悩みを抱えているようには見えないが、何かあったのだろうか。 あるいは、人生相談や告解でも受け付けていたとか。 (って、そんなわけないか) いくら何でもこんな十代半ばの女の子が人生相談など受け付けているわけがない。 ロマリアや祖国の寺院あたりから神官の位でも貰っていれば話は別だが、しかしタバサが告解を聞くようなタイプには見えないし。 ともあれ、自分の話を聞いてもらいたい気持ちはある。 色々と吐き出したいことは、ある。 「……いいの? 話しても」 「いい。わたしは聞くだけだから」 わざわざそう言うくらいなのだから、本当に『聞くだけ』なのだろう。 でも、何もしてくれなくても……誰かに聞いてもらえるというだけで、取りあえず今よりはマシになるような気がする。 …………ああ、そうか。 悩みや罪を告解する人間って、こんな気持ちなのかも知れない。 「そ、それじゃあ……」 そしてルイズは、ためらいがちにタバサに語った。 ユーゼスのこと。 自分のこと。 エレオノールのこと。 それぞれの関係。 二人に対する色んな不満。 自己嫌悪や自責。 どうしてこうなっちゃったのかしら。 そもそもエレオノール姉さまのどこがいいのよ。 わたしより胸ないじゃないの。 って言うか、わたしの方が若くて可愛いじゃないの。 そりゃあ、結果的に姉さまの方がユーゼスと気が合ったんだろうけど。 だけど……。 ―――怒りながら、落ち込みながら、泣きながら、延々とタバサに向かって吐き出す。 ルイズのその独白は、もうすっかり日も落ちた頃、タバサの実家の使いらしい伝書フクロウがクチバシで窓を叩くまで続けられたのだった。 「それでは魔法学院は当面、閉鎖するということで」 「……まあ、しょうがなかろうなぁ」 オールド・オスマンは渋々といった様子で書簡にサインを書き、判を押す。 賊に襲撃され、教師に死者まで出てしまったとあっては、いくら何でも通常通りに授業を続けることなど出来ないのだった。 「……………」 オスマンは目を細め、その『死者』を作り出した張本人の一人を見つめる。 一方、見つめられた張本人ことアニエス・シュヴァリエ・ド・ミランは、どことなく気の抜けた表情でオスマンに問いかけた。 「……何か、ないのですか」 「は? ……何かって、何かね?」 「私がミスタ・コルベールを殺したことについてです」 「ふむ」 引き出しから水ギセルを取り出し、口にくわえるオスマン。 部屋の端の机であれこれと書き物をしているミス・ロングビルからキツめの視線を向けられるが、そこは長年の貫禄で受け流す。 「正直、言いたいことは色々ある」 「ならば……」 「だが、言ってどうなるね?」 「っ……」 「私は仇討ちを決して肯定はせんが、だからと言って安易に否定もせん。……故郷の村を滅ぼされたんなら、やった相手を恨まん方がおかしいわい」 「……………」 「それに彼は君に対して攻撃らしい攻撃を全くしなかったし、恨み言の一つも言わんかったしの。ならば、君に殺されることは―――少なくともミスタ・コルベール本人は納得していたことだったんじゃろう」 遠くを見つめるような目をしながら、オスマンは目の前のアニエスに言い聞かせるようにして語る。 「加えて言うなら、じゃ。曲がりなりにも君は『女王陛下直属の銃士隊』の隊長じゃろう? そんな相手に対して揉め事を起こしたら、ただでさえ切羽詰まった今のトリステインに余計な火種が生まれかねん」 王宮を向こうに回せるほど若くもないしな、とオスマンは煙とともに溜息を吐く。 確かに、今のトリステインは切羽詰まっている。 国の財政はアルビオンとの戦争費用で火の車、王宮はアンリエッタ女王の独断専行が目に付き、国の各地でその王宮に対する不満が出ていると言うのが現状だった。 こんな状態で『女王陛下お抱えの近衛騎士が問題を起こした』などと国中の貴族に知れた日には、内憂外患どころの話ではなくなってしまう。 それだけでトリステインが潰れるとは思えないが、だからと言って軽視も出来まい。 この国に余計な混乱を招いてしまうことは、オスマンとしても本意ではないのだ。 「ふぅ……」 キセルをふかしつつ、オスマンはなおも話を続けた。 「とは言え、あらかじめ君の素性を知っていれば色々と対策の立てようもあったんじゃがな。平民からのし上がってきたシュヴァリエがいるとは聞き知っていたが、さすがに君がダングルテールの出身だとは思わなんだ」 「……傭兵あがりの女兵士の過去を、いちいち詮索する者はいませんでしたから」 「それにいちいち『自分はダングルテール出身です』と吹聴するわけにもいかんかったじゃろうしの。あの一件の関係者ならば、君の出身を聞いただけで警戒心を抱いてもおかしくない」 「…………そういうことです」 全ては復讐を果たすために。 だから剣を取り、傭兵になり、今の地位にまで登りつめた。 だが。 「それで……これからどうするのかね?」 「……これから?」 「そうじゃ。当面の目的である復讐を果たして、君はこれからどうする? 銃士隊を続けるのかの?」 「……………」 困惑、呆然、放心。 アニエスはそれらの感情表現がごちゃ混ぜになったような顔をすると、ほんのわずかに震える声でオスマンの質問に答えた。 「それは……。これから、考えます」 「ふむ」 眉をひそめ、アニエスを測るような視線を向けた後、オスマンはまた煙を吐き出す。 「それじゃ、辛気臭い話をするのはここまでにしておくか。……数日中には学院を閉鎖させておくから、王宮にもその旨を伝えてくれたまえよ」 「……了解しました。それでは、私はこれで」 「うむ」 アニエスは若干頼りなげな足取りで学院長室を後にする。 そんな彼女の後ろ姿を見送りながら、オスマンは一人ごちた。 「―――叶ってしまった夢は、もう夢じゃないってことかのう」 魔法学院に来たばかりの彼女は、抜き身の剣がそのまま歩いているような殺伐とした空気を振りまいていたが、今ではその剣が根元からポッキリと折れてしまったような印象を受けた。 無理もない、とは思う。 何せ人生最大の目標が驚くほど呆気なく、しかも一気に達成出来てしまったのだから。 『20年来の復讐』と一口に言ってしまうのは簡単だが、その20年の間にどれだけのことがあって、どれだけの思いをしてきたのか余人には知るすべがない。 陳腐な言い回しになるが、辛い時、苦しい時、逃げ出したくなる時だってあっただろう。 しかし、アニエスは『復讐』を心の支えにしてそんな時を乗り越えてきたはずだ。 ……その心の支えが、無くなってしまったら。 人生最大の目標を達成し、心の支えとしてきたものを消失してしまった人間は、これからどうするのだろうか。 「憎んでしかるべき相手ではあるが……フッ、教師という職業のクセじゃな。悩みや迷いの中にある若者を見ると、要らぬ世話を焼きたくなってくる」 自重気味にそう呟くオスマン。 と、そこに。 「『……フッ』じゃありません。煙草はおやめくださいと、もう数えるのも馬鹿らしくなるほど言っていたはずですが?」 今まで秘書用の席で黙々と書類仕事をしていたミス・ロングビルこと本名マチルダ・オブ・サウスゴータが羽ペンを振り、『念力』でオスマンの水ギセルを取り上げた。 「…………人がせっかくカッコよく決めようとしとるのに、茶々を入れんでくれんかのぅ」 「カッコよく決めている暇がありましたら書類の一つでも片付けてくださいな、オールド・オスマン」 空気を読んでいたのかアニエスとの会話には割り込んでこなかったが、そのアニエスがいなくなったので言葉に遠慮がない。 いや、元々彼女はオスマンに対して遠慮など(特に最近は)ほとんどしていなかったのだが。 「はぁ……。まったく、出会った頃に比べて随分とつまらん女になったなぁ、君は。去年の今あたりは私に尻を触られてもニコニコしとったのに、今じゃ肩にすら触れられん」 「居酒屋の雇われ給仕が上客に対して取る態度と、学院長秘書が学院長に対して取る態度を同列に扱わないでください。……それに、ある程度の事例をこなせばあしらい方も分かってきますわ」 「いや、君の場合はあしらい方って言うか、純粋に隙や容赦がなくなったような気が……」 「だって人は変わっていくものですもの。良くも悪くも」 「……元々の地が出て来ただけな気もするがの」 ふへぇ、と情けない溜息をつきつつオスマンは物思いにふける。 おそらくコルベール死亡の件は、事件の際の死傷者として『アルビオンの賊がやった』ことになるだろう。 先ほども考えたことだが、『女王陛下直属の銃士隊隊長がやった』というのは体裁が悪すぎる。 アニエスによるコルベール殺害の場面を見ていたのは、自分を除けばあの場面において戦闘に参加していた者のみ。 他の教師や生徒たちは、解放されると同時に散り散りに食堂から逃げ出したのでその場面を目撃してはいない。 戦闘に参加していたキュルケとタバサとユーゼスは……まあ、特にコルベールに対して思い入れなどもなかったようだし、自分から進んで言いふらすような真似はするまい。 仇討ちだということも彼らにはバレているようだし、タバサなどは彼女の素性を考えればむしろ正当性を認めそうだ。 ユーゼスもコルベールの研究内容になぜか難色を示していたし、キュルケに至っては同じ火メイジでありながら戦争に参加しなかったコルベールを軽蔑すらしていたと聞いている。 ともあれ、コルベールに好感情を抱いてはいるまい。 つまり彼女たちが『銃士隊の隊長がコルベールを殺した』などと騒ぎ立てる心配はあまりないわけだ。ゼロではないが。 (銃士隊の隊員については……さすがにミス・ミランが事情の説明くらいはしておるかの) 同じ平民同士であるし、全く分かってもらえないということはあるまい。 何より『故郷を焼いた火メイジへの復讐』という、同情を引く大義名分がある。 下手をすれば祝福すらされるかも知れない。 よって、こっちの方面から騒がれる心配もそれほどない。 ……真面目な隊員だったら上に報告くらいはするだろうが、どこかの段階でもみ消される可能性が高いだろう。 あとは自分が黙っていれば、この件が王宮に与える影響は多少抑えられる。 (あくまで多少、じゃがな……) 決定してしまった学院の閉鎖も一応『この戦争が終わるまで』という名目になってはいるが、今の状況ではいつ戦争が終わるのか分かったものではない。 実家に戻った女子生徒たちのもとへ、召集令状が届かない保証はどこにもないのだ。 自分と魔法学院はその時のための防波堤になろうとしていたが、さすがに閉鎖されてしまっては手の出しようがない。 もちろんその召集を突っぱねる貴族もいるだろうが、だったら王宮だって強制的に徴兵するだろう。 …………いや、今のトリステイン王宮にそこまでの力が残されているだろうか? かえって国中の貴族から反感をかってしまうだけでは? そもそも、あんな付け焼き刃以下の『軍事教練』しか知らない子供を投入したとして、勝つ見込みはあるのか? いや、それ以前に今の戦況はどうなっている? (―――進退きわまってきたか) 考えれば考えるほど、不安材料しか出てこない。 かと言って、そんな様々な不安材料を自分がどうにかすることも出来ない。 事態は魔法学院の学院長の裁量や機転でどうにかなる領域を、かなり初期の段階で超えてしまっているのだ。 この期に及んでオスマンに可能なのは……せいぜい王宮に一石を投じるか、もしくは誰かが投じた一石が王宮に届くのを防ごうとするくらいか。 ……『防ぐ』と断言出来ないのが何だかなぁ、という感じである。 ぶっちゃけ、オスマンに政治的な発言力はそんなにない。 この国を実質的に動かしているのは宰相兼枢機卿のマザリーニ、そして爵位持ちや将軍などの有力貴族であって、国の教育機関の長ではポジション的に弱いのだ。 (ま、国に関するあれやこれやに今更関わる気もないし、物事ってのはなるようにしかならんが) ともあれ、ここで考えていても事態は何も変わらない。 差し当たって目の前の書類仕事でも片付けるかな……などと思いながら、オスマンがのそのそと手を動かそうとすると、 「失礼します」 「ん?」 ドアが開いて学院教師のミセス・シュヴルーズが姿を現した。 「ミセス・シュヴルーズ。学院長に何か?」 「いえ、ミス・ロングビルにお客様が見えましたので、その呼び出しに」 いかにも人が良さそうなふくよかな体型の女性教師は、微笑みを浮かべて応対してきたミス・ロングビルにそう告げる。 「客?」 「ええ。ミスタ・シラカワという方が『ミス・ロングビルにご用がある』という旨でお見えになっていますが……」 「シラカワ? ……シュウが?」 「はい」 やぶから棒に『実家の居候』の名前が出てきたので、思わず質問を質問で返してしまうミス・ロングビル。 ちなみにシュウ・シラカワは非常に丁寧な物腰やどことなく漂ってくる気品、そして何より形容しがたいプレッシャーのようなもののせいで、ハルケギニアの人間からは初対面で貴族扱いされることが多い。 実際、エレオノールやルイズなどもシュウを呼ぶ時には『ミスタ』をつけていた。 「外で待たせておくのも何ですので、すでに学院長室の近くまでお通ししていますが……」 「……ああ、はい。ありがとうございます、ミセス・シュヴルーズ」 そうしてミセス・シュヴルーズは姿を消した。 これでこの場における自分の役割は終わった、と判断したのだろう。 「それでは学院長。少々席を外しますが、仕事の手は止めないで下さいね」 「分かっとるって。……あーあ、ミス・ロングビルはいいのう。都合よく仕事をサボる口実が出来て」 「そういうセリフは、日頃からきちんと仕事をしてから言ってください」 席を立ち、学院長室から出て行くミス・ロングビル。 「ったく、いきなり何の用だってんだい、あの男は……」 唐突に現れた紫髪の男に対して誰にも聞こえないほどの小声で悪態をつきつつ、彼女はミス・ロングビルからマチルダ・オブ・サウスゴータへと切り替えを行う。 そしてマチルダは学院長室前の廊下に立っていたシュウ・シラカワへと、いかにも不機嫌そうな顔で近付いていくのだった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
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前ページ次ページ残り滓の使い魔 粗末な食事を終え、悠二はルイズとともに教室に来ていた。 大学の講義室のような教室には、既に何人もの生徒とそれぞれの使い魔がいた。 昨日召喚されたときに大半の使い魔は見ていたが、それでもゲームなどでしか見たことのない架空の生き物たちは、悠二を魅了した。 ルイズが席に着き、その隣に悠二も腰掛けようとしたが、ルイズが非難するような目で自分を見ていたのに気づき、床に座りなおした。 しばらくして、先生と思われる中年のふくよかな女性が教室に入ってきた。女性は教室中を見回しながら言った。 「春の使い魔召喚の儀式は大成功のようですね。このシュブルーズ、毎年さまざまな使い魔を見るのが楽しみなのです」 「おやおや。変わった使い魔を召喚したのですね、ミス・ヴァリエール」 シュブルーズの目が悠二で留まり、隣のルイズを見て言った。 そう言うと教室中が笑いに包まれた。 「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 そう誰かが言い出したのを発端に、しばらくの間、 「かぜっぴき!」 だの、 「ゼロのくせに!」 などといった、小太りのマリコルヌという生徒とルイズの小学生レベルの口げんかが続いた。 その後、シュブルーズがマリコルヌ他数名の生徒の口に赤土を押し付けることで教室に静寂が戻った。 授業が開始され、はじめに魔法について基本的な説明があった後に錬金の実演となった。 (魔法を自在法に応用できるのかな?) 多少の期待を胸に秘めつつ授業を聞いていたが、どう聞いても先生は自分の属性である『土』系統の魔法びいきであった。 しかし、シュブルーズが錬金の魔法を使ったときには“存在の力”の流れに微妙な変化があったので、授業を聞いたこと自体無意味ではなかった。 「ルイズ、スクウェアとかトライアングルって何なの?」 「簡単言うとメイジのレベルね。ドット、ライン、トライアングル、スクウェアがあって後者ほどレベルが高いってこと」 「ふーん。で、ルイズは何なの?」 こう聞くとルイズは下を向き黙ってしまったが、シュブルーズにこのやり取りを見咎められ、ルイズが錬金の実演をすることになった。 「先生、危険です」 なぜかキュルケがシュブルーズにやめさせることを提言していたが、先の錬金を見た悠二には、どこに危険な要素があるのか皆目見当がつかなかった。 教室の前にルイズが立ったとき、生徒たちは机の下に隠れていた。悠二は、なぜみんなが机の下に隠れているのかわからなかったが、とりあえず警戒だけはしておくことに決めた。 そして、ルイズが呪文を唱え、杖を振ると、大きな爆発が起こった。 現在、教室にはルイズと悠二しかいなかった。あの爆発の後、シュブルーズは気絶してしまい自習となった。 しかし、爆発を起こした罰として教室の掃除をすることになったのだ。もちろん魔法は使用せずに掃除することになる。 ルイズは不貞腐れているのか全く手が動いていなかった。それに反して、悠二はしっかりと掃除していた。ルイズがゼロといわれている理由も、爆発の後に生徒の誰かがルイズを馬鹿にしているのを聞いてわかった。しかし、悠二はルイズに何も声をかけず黙々と掃除をしていた。 ふと、ルイズが口を開いた。 「どうせあんたも心の中で私を馬鹿にしてるんでしょ! 魔法も使えないくせに威張ってるとか思って! そうなんでしょ! 何とか言いなさいよ!」 ルイズが怒鳴るように喚きたてると、悠二が静かに口を開いた。 「初めから全てができる人はいないよ。努力し続けて、ようやくできるようになるんだ」 悠二は自分の経験を元にルイズに言っていた。 悠二はここに来る前、身体能力向上のためにシャナと早朝鍛錬をしていた。 『振り回す枝を、目を開けて見続ける』 『前もって声を掛けた一撃を避ける』 『十九回の空振りの後に繰り出す、二十回目の本命の一撃を避ける』 『二十回の中に混ぜた本気の一撃をよけて、隙を見出したときは反撃に転じる』 このように段階を経て鍛錬を続けていた。はじめはシャナの振り回す枝を、目を開けて見ていることもできなかったが、努力し続けることでこの段階まで至っていた。 それに、他人がなんて言っても、自分で考えてどうするか決めないとダメだし」 そして、友人である佐藤啓作が悠二を羨望の眼差しで見ていたことを思う。 悠二が“徒”から“存在の力”を吸収し、フレイムヘイズと対等とまではいかないが、劣らぬ力を発揮して戦う姿を。 それを憧れとも嫉妬とも取れる目で見ていたが、彼は自分に出来ることをする、と外界宿に行くことを決断する。 ここに至るまでは、さまざまな葛藤があったようだが、彼なりの結論を出し、慕っているフレイムヘイズ、マージョリー・ドーを助けるという目的のために、羨望などを捨て前向きに進んでいた。 (それに、) 悠二は最初に会ったころのシャナを思う。 (最初は自在法が苦手だったシャナも、いきなり紅蓮の双翼を出せるようになったし) かつて、敵として『弔詞の詠み手』と戦ったときを思い出す。あの戦いを境に、シャナは突如として自在法を使えるようになっていた。 そう考えると、ルイズが魔法を使えない理由は、悠二には契機がまだだとしか思えなかった。 「ルイズも魔法を使えるようになるよ。僕はそう信じてるし、応援もする。使い魔でいる間は守るっても言ったしね」 「うるさいうるさいうるさい! いいから黙って掃除しなさい! それと、ご主人様に生意気な口を利いたからご飯抜き!」 他人にはバカにされてばかりであったが、悠二の邪気のない「信じている」という言葉にルイズは面食らった。 悠二は不意に怒鳴られ驚いたが、そっぽを向いたルイズの横顔が赤くなっているのに気づき、声は掛けず掃除に戻った。 このあと二人は一言も話すことなく掃除を続けた。 二人は掃除を終え食堂に行ったが、悠二は食事抜きだったことを思い出し、コルベールの所へ行こうとした。 (先生のいる場所の名前は聞いたけど、そこがどこにあるのかはわからないんだった) ルイズに聞こうにも聞きにくい雰囲気だしな、と食堂の前で途方にくれていた。肩を落としている悠二の前に、シエスタが現れた。 「あの、ユージさんどうしたんですか?」 「コルベール先生のところに行きたいんだけど、場所がわからなくて困ってたんだ」 「ミスタ・コルベールなら図書館にいると聞きましたよ。……ところで、図書館の場所はわかりますか?」 「……よければ教えてくれないかな?」 悠二はシエスタに図書館の位置を教えてもらいコルベールに会いに向かった。 図書館近くの廊下で偶然にも悠二とコルベールは鉢合わせた。 「コルベール先生、少しいいですか?」 「君は、昨日ミス・ヴァリエールの使い魔の……」 「坂井悠二です。あの、このルーンについて聞きたいことがあるんですが?」 悠二がそう言い左手に刻まれたルーンを見せると、コルベールはわずかに眉をしかめた。 「聞きたいことは何かね? 私にわかる範囲でなら説明できるが」 「ルイズに、ルーンは付与効果があるって聞いたんですけど、このルーンの効果って何ですか?」 「もう一度ルーンを見せてくれないかね? ふむ、しかし効果まではわかりかねますな」 そうコルベールは言って、無意識のうちに、持っている本を強く抱えなおした。その仕種を見た悠二は、違和感を覚えていた。 (見間違えかもしれないけど、なんで本を僕から隠すようにしたんだ? 本に、僕には知られたくないようなことが書いてあるのか? そうでもないと、隠すような行動をした意味がわからない) 悠二のルーンから手を離し、若干焦りを感じるような声色でコルベールは言った。 「力になれなくてすまないね。他にも何か困ったことがあったら相談してくれたまえ。私はこれから、学院長のところに行かなければならないので失礼するよ」 そういい残し、早足で去っていってしまった。 (コルベール先生の部屋は外にあるはず。それなのに、違う方向に向かった) 悠二は、戦闘時ばりに考えをめぐらせた。 (このまま学院長に会いに行くってことは、あの本も持っていくということだ。急いでいたということを考えると、早く伝えなければならないような重要な内容) 先ほどのコルベールの行動から推測を続ける。 (それに、さっきルーンの話で明らかにあの本を意識した。ということは、このルーンのことで学院長に急いで報告しなきゃいけないような大事な話か) 悠二は音を立てず、コルベールが行ってしまったほうへ走り出した。 悠二がコルベールを追って学院長室に向かっているころ、ルイズは自室のベッドの上でじたばたと暴れていた。 「わかわかわかわか! なんなのあいふは! そえい、ふふへはっへ! ん~~~~~!」 枕に顔を押し付けながら叫んでいたので、何を言っているのか全くわからないが、この場面を見れば、明らかに怒っているとわかる光景だった。 ルイズがこうなった原因は、昼食を食べている時にあった。 「あら、ルイズ。もう掃除は終わったの? 意外と早かったわね」 ルイズが食べようとすると、キュルケが不適に笑いながら話しかけてきた。 「ええ、おかげさまでもう終わったわ」 ルイズは、これでもうこの話はおしまい、とでも言うように言い放ったが、それに構わずキュルケは続けた。 「ところで、あなたの使い魔はどうしたの? ここにはいないみたいだけど」 「あいつなら、ご主人様に生意気なこと言ったから食事なし」 それを聞いたキュルケは、意地悪な笑みを浮かべた。 「あの使い魔が何を言ったか知らないけど、満足に食事もできないんなら、そのうち逃げちゃうんじゃないかしら? もしかして、こうしてる今にも逃げてるかもしれないけど」 「そんなわけないじゃない! まったく、失礼しちゃうわ!」 そう言って顔を赤くしながら食事をするルイズを見て、キュルケは満足げな笑みをたたえた。 「いじわる」 キュルケの隣に座る青髪の少女、タバサが呟いた。 「あの子をからかうのって、おもしろいのよね~」 そう言ってから食事に戻った。 (そうよね、あんまり厳しすぎてもダメよね。そうよ! 飴と鞭の要領よ!) キュルケにからかわれた後、ルイズはそう考え、食堂の前で待っているだろう使い魔のためにパンを持っていくことにした。 (お腹を空かしているだろう使い魔のためにパンを持っていく優しいご主人様、さらに従順になるでしょうね) 自分が食事を抜きにしたことを思考の脇に置き、ずる賢く笑い、食事を終え食堂を出たが、そこに使い魔の姿はなかった。 (どこ行ってんのよ、あいつったら) まあ、どうせ部屋に戻って空腹に悶えているのよね、と思い、またしても黒い笑みを浮かべ自室に戻った。 そして今である。意気揚々とした足取りで自室に戻ったが、空腹に泣いているであろう使い魔がいなかった。 (ごごご、ご主人様がせっかく食事を持ってきてあげたっていうのに、あのバカったらどうしていないのよ!) 声にならない怒声を上げ、ルイズはベッドにダイブしたのだった。 しばらく、うつ伏せで枕を抱きしめ、足をバタバタさせ、今いない悠二、パンを持ってくる原因とも言えるキュルケに対し、怒りをぶちまけていた。 ある程度冷静になると、急に不安に襲われた。 (本当に使い魔逃げちゃったのかしら? せっかく召喚したのに。初めて成功した魔法だったのに) 考え始めると、ネガティブな思考が頭の中を埋め尽くし、再度ルイズは枕を強く抱きしめた。 前ページ次ページ残り滓の使い魔
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前ページ次ページラスボスだった使い魔 ブルドンネ街から少し外れた、不衛生と言うにも少々生ぬるい路地裏。 そこにある武器屋の中で、ルイズとユーゼスは剣の見定めを行っていた。 「アンタ、この剣を使える?」 「無理だな」 『店主のお勧め』である、1.5メイルほどの大きさの頑丈そうな大剣を見て、ユーゼスは即座にそう判断する。 「ま、そうでしょうね。重そうだし」 「ふむ、これで『私にちょうど良い剣だ』などと言われたら、お前に対する評価を改めなければならないところだったぞ、御主人様」 「……それはどうも」 どのように改められるかは、今更考えるまでもない。 「やっぱり、こっちのレイピアの方が良いんじゃない?」 ルイズが片手で、細身の剣を差し出す。 それを見たユーゼスはアゴに手を当てて考えた後、否定の言葉を口にした。 「悪くはないが、細すぎる。攻撃方法が突きに限定されるし、つばぜり合いにでもなったら確実に折れるぞ」 「う~ん……」 そう言われると、確かにその通りのような気がしてくる。 (それ以前に、つばぜり合いになったら、まず負けちゃうんじゃ……) ユーゼスの腕力から判断した、ほとんど確信に近い予想ではあったが、あえて口には出さないことにした。 ……仮にも自分から『剣を買ってあげる』などと言い出した手前、今更『やめましょう』とは言えないのだ。 では何を買えば良いのだろう、と二人で首をひねっていると、 「開いているか?」 凛とした女性の声が、狭い店内に響く。 ルイズとユーゼスがそれにつられて入り口の方を見ると、そこには毅然とした態度の年若い女性が立っていた。 杖もマントもないことから、少なくとも貴族ではないことがうかがえる。 年は大体だが20歳を過ぎたあたり、短めの金髪、先程会ったエレオノールとは違った意味で気の強そうな青い瞳。 下手をすると男にも見えてしまいかねないような顔だが、女性独特の線の柔らかさは確かに確認が出来る。 また、その歩き方には『油断のなさ』がにじみ出ていた。 (……軍人か?) あのタイプの人間に遭遇したことがあっただろうか、とユーゼスは脳内で検索をかけてみる。 ……確か、トレーズ・クシュリナーダの側近に女性がいたような気がするが、雰囲気としてはアレが一番近いだろうか。 「何だ、アニエスか」 「『何だ』とは失礼だな、客に向かって」 「……今、ちょうど貴族のお嬢様が、従者に使わせる剣を選んでらっしゃるんだよ。何を買うつもりかは分かんねぇが、邪魔だけはするんじゃねぇぞ」 「分かった、分かった」 店主とのやりとりの後、金髪の女性は店の隅へと歩いていく。 そしてそこにある乱雑に剣が押し込まれているタルの前に立ち、ガチャガチャと剣の束の中をかき回し始めた。 「……何やってんのかしら、あの平民」 「あの中から『それなりに良い剣』を選んでいるのではないか?」 そもそも『剣を購入する』という行為自体が初めてなので、ルイズとユーゼスは『手本』とするべく、しばらく金髪の女性の様子を見ることにした。 ……当然ながら、店主は良い顔をしていないが。 そうして観察すること、しばし。 「これを貰おう」 『お勧め』として出された剣ほど太くもないが、余計な装飾も、作った人間の遊び心も見当たらない『質実剛健』を体現したような剣を手に取る金髪の女性。 『ふむ、あのような物が良いのか』というユーゼスの呟きを耳にして、店主は顔をしかめた。 「……また、味も素っ気もねぇ剣を選びやがるな、お前は」 「何か問題でもあるのか?」 「ねぇよ。……ったく、せっかくのカモが……」 ぶつくさ言いながらも、店主は金髪の女性が差し出した剣を鞘に入れる。 「それと、例のモノを」 「あいよ。お前も変わってるよな、わざわざ銃を改造して欲しいなんざ……」 「実用性と扱いやすさを重視しているだけだ」 店主はげんなりした様子で店の奥に引っ込み、1分もしない内に布に包まれた棒状の物を持って来た。 「ふむ……」 金髪の女性が布を解くと、中から木と鉄が組み合わさって出来た50サントほどの長さの銃が現れる。 (……アレがこの世界の『兵器』のレベルか) ユーゼスにしてみれば、『クラシカル』や『骨董品』を通り越して、『貴重な文化財』のレベルである。 見たところ、火薬を使った単発式のようだが……。 (剣も『錬金』で鍛えて、魔法もかけたと言っていたな。魔法で大抵のことが出来てしまうから、工業技術が発達しにくいのだろうな) 仮に、人間が本当にその身一つで出来る範囲を、1~10と定義する(扱う事象自体は何でも良い)。 魔法を使えば、その範囲が1~100にまで広がるとする。 ……察するにハルケギニアの人間たちは、その『100』までで満足してしまっているのだろう。 実際、科学技術で再現するにはかなり困難な事象も、割合あっさりと魔法でこなしてしまう。 仮に範囲を超える事態が起きたとしても、『120』や『200』程度の範囲であれば、使い方を工夫するなり、人員を増やすなりすれば解決が出来る。 しかし、どう工夫を凝らそうが、完全に魔法の範囲を超えてしまう事態には、全く対応が出来ずに終わるだろう。 例えば『1000』や『10000』の規模であったとしても、まず間違いなく最初に魔法を使った解決策を模索するはずだ。 ハルケギニアでは前提と言うか、根底に『魔法』があるため、魔法以外の解決方法が極めて見つかりにくい。 そもそも、『魔法』が発達しすぎているせいで、その解決方法になりえる『魔法以外の解決方法』の手段が発達しないのである。 ……部屋が暗かったとして、ランプでは心もとない。 地球人は、これをどうすれば解決出来るのだろうと考え、試行錯誤の末に電球や蛍光灯が発明された。 しかし、このハルケギニアでは『魔法なりマジックアイテムなりを使えば良い』で解決してしまう。 魔法技術もそれなりに発達の余地はあるのだろうが、国が出来てから6000年も経過しているのに、今だ文明が中世レベルであることを考えると、どうも魔法にはエネルギー的にも応用範囲的にも『限界』があるようだ。 (……とは言え、無節操な産業の発達は私も好まないがな) 産業が発達すれば、必然的に自然が汚染される。 科学技術がほとんどないということは、このハルケギニアは美しい自然を美しいまま保っていられるということでもある。 この世界は、下手に加速させるよりも、このままでいるのが一番良いのかもしれないな―――などと、ユーゼスは珍しく感傷的に思うのだった。 「ねえ、銃はどうなの?」 「……? どう、とは何だ?」 「アンタが銃を使えるのか、ってことよ」 しんみりしていると、横にいたルイズから声をかけられる。 ユーゼスは主人の問いについて、ふむ、と軽く考えると、 「難しいな」 と答えた。 「……もうちょっと詳しく答えなさい」 「あのような『扱う者の技量が反映されすぎる』武器は、私に向いていない。 ただ『使うだけ』ならともかく『動き回りながら撃つ』となると、かなりの技量と習熟と実戦経験が必要になるだろうな」 「ふーん」 使うのならば、やはり剣のような単純な武器だろう。 何しろ『斬る』と『突く』くらいしか攻撃方法がないので、扱いが単純なのである。それこそ『使い方』だけを感覚として得て、多少の身体能力の向上を得たユーゼスでも使えるほどに。 「じゃあ、取りあえず剣を選びましょうか。レイピア以上で、あの『お勧め』以下のサイズのを」 「そうだな」 結局ルイズとユーゼスも、金髪の女性にならってタルに押し込まれている剣の中から選ぶことにした。 「う~んと、コレなんてどうかしら?」 「形状が独特すぎるな。斬る時に引っかかる。……これはどうだ?」 「細工の趣味が悪すぎ! アンタは仮にもわたしの使い魔なんだから、そんなの持ってたらわたしの品格まで疑われちゃうでしょ!」 「そんなものか」 「そんなものよ! ……じゃあ、コレ!」 「短すぎる。それでは対人戦闘で動脈をかき切るか、刺すことくらいにしか使えないぞ」 「……それじゃ『貴族の従者』ってよりは『暗殺者』ね……」 アレでもないコレでもないソレでもない、と次々に刃物を手に取りながら言い合う主人と使い魔。 (……どうでもいいのだが、いちいち武器を手に取るたびに『使い方』が頭に流れ込んでくるのは、何とかならないのだろうか……) 『頭に浮かぶ』だけならまだ良いのだが、身体の方が勝手に『その武器に最適な身体の動かし方』を実行しようとするのだ。しかも無意識レベルで。 握り方、構え方、重心の取り方、体重移動のやり方、振るい方、身体のねじり方、刃の角度の付け方、果ては持ち運び方や歩き方まで、である。 ……一つや二つ程度ならば許容も出来るのだが、こう取っ替え引っ替えしていては、ハッキリ言って疲れる。 ルーンの機能のオン・オフが自在に出来ればいいのだが、そんな便利な機能はないし、構造をいじるには『精神制御』の部分と同じく、固着する前に操作する必要がある。 (……諦めるしかないか) これほどの剣に触れる機会など、そうそうあるものでもないだろう。 これも貴重な体験、と割り切って、ユーゼスは剣の物色を再会した。 そして、手違いで錆びだらけの剣を掴み上げてしまう。 「コレは―――駄目だな」 「ダメね」 さすがにこれは意見が一致した。 さっさと戻そう、とタルの中に錆びた剣を押し込もうとすると、 「おうおう! 手に取って見るなり『駄目だ』とは、言ってくれるじゃねえか!」 いきなり剣が大声で抗議を始めたのだった。 「剣が喋っただと?」 この魔法の世界では、このようなこともあるのだろうか。 ユーゼスが物珍しそうに錆びた剣を見ていると、店の主人から怒鳴り声が上がる。 「やい、デル公! お客様に失礼なことを言うんじゃねえ!」 「デルコー?」 改めて、その剣を観察してみる。 『店主のお勧め』と比べて、長さ自体はそれほど変わらない。違うのは刀身が折れなさそうな程度には細いことだ。 ―――錆びさえ浮いていなければ、そこそこに良い剣だったと言えるだろう。 「『お客様』ぁ? こんな剣もマトモに振れねえようなヒョロヒョロした兄ちゃんが『お客様』だぁ? ふざけんじゃねえよ! 耳をちょんぎってやらあ! 顔を出せ!」 「……それって、インテリジェンスソード?」 戸惑いながら、ルイズが店主に問う。 「そうでさ、若奥さま。意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。いったい、どこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるなんて……」 『おめえは黙ってろ』だの『溶かすぞ』だの『やってもらおうじゃねえか』だの、口汚い口論を始める店主とインテリジェンスソード。 店主のかたわらでは、自分たちの事の成り行きを見物していたのか、まだカウンター近くにいた金髪の女性が『ほう、あんなものもあったのか』などと言っている。 ユーゼスは試しに錆びたインテリジェンスソードを二、三度振ってみた。 (……重さ自体は少し重い程度か。この『喋る剣』も興味深いのだが) やはり、錆びているのが致命的だ。 そのままじっと錆びたインテリジェンスソードを眺めていると、その剣が何かに気付いたように声を上げる。 「……おでれーた。見損なってた。てめ、『使い手』か」 「『使い手』?」 言い得て妙な表現である。 確かに、自分のルーンの能力ならば武器をある程度は『使う』ことが出来る。 ……自在かつ巧みに『操る』、武器を手にして『戦う』のは、自分の領分ではないが。 「ふん、自分の実力も知らんのか。まあいい。てめ、俺を買え」 「……ふむ」 数秒ほど考え、ユーゼスは店主に気になることを尋ねてみる。 「……これと同じインテリジェンスソードで、もう少し理知的で、物静かで、主人に忠実そうなものはないか?」 「おい、そりゃどういう意味だ!?」 錆びたインテリジェンスソードの抗議を無視して、店主はユーゼスの質問に答える。 「はあ、すんません。あいにくウチにあるインテリジェンスソードは、そのデル公の一本だけでして……」 「他の店に行けばあるのか?」 「いや、インテリジェンスソードを扱ってる店ってのは、なかなか見当たらないと思いますぜ」 「……………」 「あ、あの、ちょっと、兄ちゃん―――いや、お兄さん? お兄さんの実力を見抜けるインテリジェンスソードなんて、ハルケギニア広しと言えど、このデルフリンガー様くらいのもんで……」 「……そうだな、買おう」 「お、おお! 買ってくれるか、兄ちゃん! そう来なくっちゃな!」 ユーゼスが下した決断に、デルフリンガーという名前の剣は鍔をガチャガチャと鳴らしながら喜んだ。 ルイズはそれを聞いて、露骨に不満そうな声を上げる。 「え~? そんなのにするの? もっと綺麗で、喋らないのにしなさいよ」 「……誰がこんな錆びた剣を『実際に使う』などと言った?」 「……………え?」 困惑の声を上げたのは、デルフリンガーである。 「インテリジェンスソード……なかなか面白い研究材料だ。持って帰って色々と調査をしてみる。 さて、改めて『実際に使う』ための剣を選ぶぞ、御主人様」 「え、ええええええええええ!!?」 絶叫が、武器屋の中に響き渡った。 「な、なあ、嘘だよな? もう、兄ちゃんったら、冗談なんか言わなさそうな顔してサラッとキツいジョークを言ったりするんだから。……ねぇ?」 そんなデルフリンガーの呼びかけを無視して、二人は相変わらず剣を選ぶ。 「う~~~ん……。……なんか、こう、『コレだ!』ってのが無いわね」 「そうだな、細すぎず太すぎず、長すぎず短すぎず、形や装飾も華美すぎず……」 首をひねるルイズとユーゼス。 もう、こうなったら本格的に別の店に行った方が良いか、と思い始めていると。 「……はあ、見ていられんな」 呆れた様子で、金髪の女性がカウンター脇からこちらへと歩いてきた。 「な、何よ、アンタ?」 「……貴族のお嬢様、今あなたの手元にある予算は?」 「え? ……えっと、1000エキュー持ってきて、ユーゼスの白衣とか水の秘薬とかで使ったから……820エキューくらい?」 唐突に質問されたので、思わず素直に答えてしまうルイズ。 「この錆びた剣の値段は?」 金髪の女性は、次に店主へと質問する。 「あー、それなら100でいい」 「安いな。……では、残りは720エキューほどか……」 ふぅむ、と呟いた後、剣が押し込まれたタルから視線を外す。 そして壁にかけてある剣を検分し始めた。 「あれ、このタルの中から選ぶんじゃないの?」 「その中にあるのは、全て500エキュー以下の投げ売り品だ。……あいにく私は金のない平民だからな、その中から比較的良い品を選ばせてもらったのだが」 数秒ほど壁に並べられた剣を眺めた後、金髪の女性は一本の剣を手に取った。 「これなどはどうだ?」 女性から剣を手渡される。 長さは若干短め、太さはデルフリンガーと同程度、装飾もほとんどない。 端的に言うと、特徴らしい特徴のない剣である。 「ふむ、悪くないな」 「……少なくとも、このボロ剣よりはマシね。値段はいくらになるのかしら?」 「…………650エキューになりまさ」 いかにも不服そうに言う店主だったが、金髪の女性は構わずに決断を促した。 「では、これで決まりだな」 「ああ」 「ま、良いか」 「い、いやいや、そんなどこにでもあるような剣じゃなくて、この長い年月を経て幾多の経験を蓄積した……」 そんな購入者の様子を見て、何とか自分の『剣』としてのポジションをキープしたいデルフリンガーだったが、 「あ、どうしても煩(ウルサ)いと思ったら、こうやって鞘に入れれば大人しくなりまさあ」 「ちょ、ちょっと待っ」 ガシャン、と鞘に収められて沈黙してしまった。 「じゃあ、二つで750エキューで良いわね?」 「へい、毎度」 やはり不満そうな様子ではあったが、客は客なので淡々と仕事をこなす店主。 そして、剣2本がユーゼスに渡されたのだが、 「……重い」 軽々と振り回されるイメージがあるが、剣はなかなか重量がある。それが2本なのだから、鍛えてある人間であってもそこそこの負担になってしまう。 加えて、エレオノールから受け取った分厚い魔法の本が3冊。 ……剣は、鞘から抜かないとルーンの効力は発揮されないので、身体能力の向上は望めない。 要約すると、荷物だらけで凄く重い。 ぬぅ、と声を上げながら剣2本を背負い、肩の鞄に入れてある本の重さを実感するユーゼスだった。 「そう言やお前、城勤めになったんだって?」 「まあな、ここに来るのもこれが最後かも知れん。何しろ支給品があるようだからな」 「……既製品でお前が満足するとは思えねえけどな」 そんな店主と金髪の女性の雑談を聞きつつ、武器屋を後にする。 そして魔法学院への帰り道にて。 「くっ、剣と本の重さで、バランス、がっ……! ぐあっ!?」 「また落馬!? ……ああもう、こんなヤツを屈服させようって決意したわたしって、間違ってるのかしら……」 なお、帰りには5時間ほどかかったことを追記しておく。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
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ガラの悪い男とルイズはテーブルを挟んだ椅子に腰掛け何やら話しこんでいる。 「で、俺がお前の使い魔ってのはさ、分かったんだけどさ、具体的に使い魔っつーのは何すりゃいいのよ?」 ルイズの部屋で目を覚ました後に、ルイズと一通りの問答(もちろんゲロを吐いたことについても何度も謝った)を終え、ガラの悪い男はけだるそうに言った。 「あら?意外と素直なのね。」 ルイズは意外そうな顔をした。このガラが悪く軽い感じのする平民に自分を主人と認めさせるには、もう一悶着か二悶着はあるかと思っていたが、アッサリと男はルイズの使い魔であるということに納得したように見えたからだ。 どこから来た、という質問に対して、『たぶんここじゃない星か世界かなぁ』とか、『俺のいた場所には月は一つしかなかった』等とおかしなことを言っていたため(この平民の頭は大丈夫なのだろうか?)と多少心配になった。 だが『帰れるの?俺』という質問に、『無理』と答えたら、『・・ふぅん、そうなんだ』と言った。 どこか遠い目をしていたがその言葉で少し安心した。 てっきり『俺を帰せ!帰してくれ!』等と喚きながら暴れると思っていたので内心少しだけドキドキしたが、そんな素振りをこの男は全く見せなかったからである。 (見た目に反して意外と素直でいい奴なのかしら?『コントラクト・サーヴァント』の直後にいきなり吐いたり、頭のほうはちょっとアレだけど・・) 「じゃあひねくれてた方がいいの?」 ルイズがそんなことを考えていると、男が真顔でそう言った。 「そんなわけないじゃない!ちょっと意外だったから言ってみただけよ!」 ルイズが両手をビタンとテーブルに叩きつけ、その振動が頬杖をついた男に伝わる。 (ま、コイツがいい奴でも所詮は平民なのよね・・ハァ) 「オイオイ意外とは心外じゃない・・素直でいい奴だよ?俺。それに・・」 「何よ?」 男は今まで見せたことのない微笑みをルイズに向けた。 「お前に・・・感謝してるから・・だからさ、ちょっとだけ付き合ってやるよ」 ルイズは、『ちょっとだけ』という言葉が少し引っ掛かったが、男の初めて見せた今までと違う表情に戸惑いすぐに忘れてしまった。 (そうだわ!わたしと交わした契約のキスのことに違いないわ!平民が貴族の・・それもこんなにかわいい女の子からキスされたのだから、感謝しないわけがないものね) ルイズはうんうんと頷いている。 実際には、男はキスのことなど特に何とも思っていなかっのだが・・ ルイズはふとこの使い魔の男の名前を未だに聞いていないことに気付いた。 「そういえばまだあんたの名前を聞いていなかったわね。」 「そういやまだ言ってなかったっけ?」 男は椅子を引き立ち上がった。 「俺の名前はウルムナフ・ボルテ・ヒュウガ。ウルって呼んでくれていいよ。まぁ、これからよろしくね」 そう言って男は右手をルイズへと差し延べる。 (握手を求めてるのかしら?)とルイズは思ったが、まるで友人の様に接してくるウルと名乗るこの平民に、主人と使い魔の主従関係を徹底的に叩き込まねばと考えていたため、その手を握らなかった。 「ふーん・・変わった名前ね。ところでこの手は何かしら?」 ウルの右手を指さす。 「え?握手だよ握手」 「駄目」 「え?」 「握手とか駄・目。いい?アンタは平民でわたしは貴族、アンタは使い魔で主人はわたし」 「え?え?」 いきなり高圧的な態度になったルイズを見て、困惑したウルの顔にはクエスチョンマークが張り付いている。 「いいこと?よく聞きなさい!」 ルイズも椅子を引き立ち上がると、ウルに近付き言った。 「わたしが『上』であんたが『下』よッ!あんたもそれらしく振る舞いなさい!理解した!?」 ウルは露骨に嫌そうな表情をしていた。 「理解したのかと聞いているのよ!」 身長の関係で、下からウルを見上げながらそんなことを言うルイズに対して内心では笑っていた。 というか顔に出して笑っていた。 「ははっ、分かった!分かったからさ、ね?そんな怖い顔しないでくんない?」 この男、分かったと口では言っているが何も分かってないのは言うまでもない。 「はおっ!」 突然ルイズに股間を蹴り上げられたウルは声にならない叫びをあげた。 あまりにも突然だったため全く反応できなかったウルは、苦悶の表情を浮かべながらその場にうずくまり股間を押さえて何やら呟いている。 「は・・ハッツ・・ハッツ・・!」 そんなウルを見下し、冷たい口調でルイズは言った。 「口の利き方がなってないわ。いい?あんたが今みたいな口を利く限り、わたしはこの丸太のような足であんたのソレを蹴り続けるわ」 最後の方で妙なことを口走っているが、そんなことを指摘する余裕などウルには無かった。 「わ・・分かった!いや分かりました!」 「分かればいいのよ・・分かれば、ね?」 ジンジンと痛む股間を摩りながらゆっくりと立ちあがったウルは泣きそうな顔で言った。 「うぅっ・・!死ぬかと思ったぜ・・そういや話しがそれちゃったんだけどさ、使い魔ってのは結局なにをはおっ!?」 再び股間を蹴られた。 既にグロッキー状態のウルには防ぐことはできずまたもやクリーンヒットしてしまった。 それにしてもこのルイズ、なかなかバイオレンスである。 「・・・」 ルイズが無言の圧力を放っているのがまた怖い。 「あ・・あ~す・・あ~す」 悶絶するウルはなにやら訳の分からないことを呻いている。 それからどれだけ経ったのだろうか? 何度股間を蹴っても決してその馴れ馴れしい口の利き方を直さず何度でも、何度でも、 な ん ど で も 立ち上がるウルの姿に、遂にルイズが折れた。 「もういいわよ」 「へ?」 「そのままの言葉使いでいいわよ。もう疲れたわ・・」 「あ・・・あぁそう?ありがとね。・・俺のパンツの中が大変なことになっちまったなぁ・・で、使い魔ってのは何すりゃいーの?」 もこりとふくれあがった股間を摩りながら、ずいぶん前にした質問を再び口にした。 ややへっぴり腰になってしまっているウルのその姿はなんとも痛々しい。 「まず使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」 「・・どゆこと?」 「使い魔が見たものは、主人も見ることができるのよ」 「それは・・ちょっと困るな・・」 その能力で何だかパンツの中まで見られるような気がしてドキッとしたが、次の言葉を聞いて安心した。 「でも、あんたじゃ無理みたいね。わたし、何にも見えないもん!」 「そりゃよかった」 そんな能力を付けられたら迂闊に便所にも行けたものではない。 そう思ってホッ息を漏らしていたらなんだか睨まれたような気がした。 「それから使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね」 「秘薬?」 そう言うとウルは腰のポーチを、ごそごそと漁り始めた。 「こういうののこと?」 ポーチから取り出し、テーブルの上に置かれた重厚な装飾が施された小さな香炉のように見えるそれは、窓から差し込む月の光を受けると、赤い光を放った。 「綺麗・・って何よこれ?」 一見香炉のように見えるそれが放つ光に心を奪われたルイズであったが、すぐに我に返りウルに聞く。 「だから秘薬だって」 「え?」 秘薬?嘘でしょ?なんでこんな平民がこんなの持ってるの?当然期待などしていなかったルイズにとっては想定外のことであった。 しかし目の前にあるウルが秘薬と呼ぶ赤い光を放つそれは、今まで目にしたこともない・・・言うなればそう、珍品だ。 もしかしたら本当に秘薬なのかもしれない。 微かだが期待に胸が膨らんだルイズはその秘薬の詳細について尋ねた。 「どんな秘薬なの?」 「聖者の秘薬って呼ばれてるもんでさ、何でも聖者『いぐなしお』って人が調合した体力と霊力を同時に回復させるっつーすごい秘薬らしいよ。」 「聖者イグナシオ?聞いたことのない名前ね。・・・ところで霊力って何?」 「お前等で言う魔力みたいなもんじゃない?たぶん。」 微妙に曖昧な答え、そして全く知らぬ聖者の名前を聞かされても正直半信半疑ではあるが、やはりこの『聖者の秘薬』と呼ばれる物の放つ光に心惹かれたルイズは、自分の使い魔の言うことを信じてみることにした。 「まぁ秘薬の話はこんなとこにしといて、他には何かある?」 ポーチに秘薬をしまいながら、ウルが言う。 「そうね・・これが一番重要なんだけど・・・使い魔は、主人を守る存在でもあるのよ!その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目!でも、あんたじゃ無理ね・・・」 「弱くはなさそうだけど・・・所詮人間だもん・・」 (あれも無理、これも無理・・、ね。言いたい放題言ってくれるぜ・・そんなに俺って役立たずそうに見えるか?秘薬に関しては、ちゃんとお望みの物を出してやったじゃねぇか・・) ルイズの言葉に不満を募らせながら、ウルはつまらなさそうに言った。 「ふぅん。人間・・人間ねぇ・・・そういやさ、ずっと気になってたんだけど人間が使い魔になることって普通はないの?いや、なんかみんな俺のことを珍妙な眼差しで見てたからさ。」 「当たり前でしょ!『サモン・サーヴァント』であんたみたいな人間が召喚されるなんて、前代未聞よ!」 「ふーん」 怒鳴り散らすルイズをよそ目に、ウルは目を細め、顎を摩りながらなにやら考え込んでいる。 「あのさ」 「何よ?」 「俺みたいなの召喚してさ、恥ずかしい?」 「当然よ!このヴァリエール家の三女が・・・。由緒正しい旧い家柄を誇る家柄を誇る貴族のわたしが、あんたみたいな人間・・、それも何の取り柄もなさそうな、ガラの悪い平民を召喚したのよ?これじゃあいい笑い者だわ!」 「・・おまけに契約のキスの直後に・・、その・・・、ゲロを・・、コホン。ぶちまけてくれたしね!」 肩を小刻みに震わせながらそんなことを言うルイズを見て、適当に下手に出ておくことにした。 また話が逸れてしまっては、たまったものではない。 「おいおいそのことはもう散々謝ったじゃない?ごめんって!ほんとに!ね?」 手を合わせながらへこへこと頭を下げ、チラリとルイズを横目で見たら、不機嫌そうに顔をぷくりと膨らませていた。 フグが膨らんだみたいな顔が可笑しく、ウルは思わず笑みをこぼす。 「何笑ってんのよ?」 「何でもないって。話の続きだけどさ、俺みたいなの召喚しちゃって恥ずかしいっつったよね?発想を逆転させてみたらどうよ?」 ルイズが「はぁ?」、とでも言いたげな顔をしているが、気にせず話を続ける。 「前代未聞とも言ったよね?それって凄いことなんじゃないの?だってこの世界の歴史上で、こんなことやらかしたのは誰もいなかったわけでしょ?あ、やらかしたっていい意味でね。」 「そうよね、歴史上初ね・・」 クルリと後ろを向いてしまったルイズのその言葉には、なんの感情も込もっていないように感じられ嫌な予感がしたが、ウルの口上は止まらない。 「世界初!『さもん・さーう゛ぁんと』で平民を呼び出した少女!ハッハッハ!どうこの『世界初』って響き?かっこよくね?それにさ・・・」 「それに?」 背を向けたルイズの体がカタカタとバイブしているが、ウルはまだまだ止まらない。 「俺、凄いよ?いろいろとね。」 その言葉を聞いた途端に、スイッチが切れたようにルイズのバイブが止まった。 「呆れた・・。あんたみたいな自意識過剰な平民初めて見たわよ!そりゃあ、さっきの『聖者の秘薬』?・・確かにあれは凄いと思うけど・・・、ハァ・・」 大きなため息が出た。 ウルの口上で苛々が頂点に達していたルイズであったが、最後の言葉でいちいち怒るのも馬鹿馬鹿しくなったようである。 「あんたと喋ってたら、疲れちゃったわ。今日はもう寝るわよ。」 ルイズはあくびをした。 「まぁ、結構長いこと話してたからね。俺ってここで寝ればいいの?」 ルイズは、床を指差した。 「床?俺床なの?酷くない?ねぇ?」 「しかたないでしょ。ベッドは一つしかないんだから。」 ルイズは毛布を一枚投げてよこした。 それから、ブラウスのボタンに手をかけ、一個ずつ、ボタンを外していく。 「・・お前、何やってんの?」 ルイズが投げた毛布を枕代わりにして、床に寝転るウルが怪訝そうに言った。 「寝るから、着替えるのよ」 きょとんとした声で、ルイズが言った言葉を聞き、ウルもきょとんとした。 「もしかしてさ、見せたいの?俺に?・・・痴女?」 「だ、だだ誰が痴女よ!」 「だって、普通男に見られてたら、アレじゃない?」 「男? 誰が? 使い魔に見られたって、なんとも思わないわ」 「あ、そ。ふーん・・・・、じゃあやらしい目でじろじろ見てるわ。」 刺すような・・それでいて湿った鋭い視線をルイズは背中で感じ、流石にこのまま着替えるのを少し戸惑ったが、(あれは使い魔、あれは使い魔、あれは使い魔!)と考えることで何とか乗り切った。 ランプの光に照らされたスラリとしたルイズの肢体は美しく、思わずウルも息を呑んだ。が、この男、特にロリ好きでもないために性的な反応はしなかった。 突然ぱさっ、と飛んできたものにより、視界が塞がれた。 何だ一体、と思いそれをつまみ上げてみた。 白いパンティだ。 更に、頭の上にはキャミソールが落ちている。 「何これ?くれるの?全然有り難くないよ?」 「あげるわけないでしょ!そういえば、まだ言ってなかったかしら?」 「何を?」 「あんたの仕事。」 そういえば、実際やるべき仕事をまだ何も聞いていなかったな、と今になって気付く。 「あんたにできそうなことをやらせてあげる。洗濯。掃除。その他雑用」 「えぇ~めんどくせぇなぁ。・・いや、やるけどさ」 ウルは露骨に嫌な顔をしたが、素直に従うことにしておいた。 「とりあえず、それ、明日になったら洗濯しといて。」 ネグリジェに着替えたルイズは、先程投げてよこした下着を指差すと、ベッドに潜りこんでしまった。 寝転んだまま、つまんだパンティを振り回していると、パチンと指を弾いたような音が聞こえると同時に、ランプの明かりが消える。 「へっ、魔法がこうも浸透している世界ね・・。」 振り回していたパンティを、どこかに放り投げる。 「ま、悪くはねぇかな・・」 窓から見える二つの巨大な月に目を移し、ポツリと呟く。 そして、ウルは目を閉じた。 ――どこだっけ・・?ここ。 俺は――暗い・・そう、暗く長い道を一人歩いていた。 俺はここを知っている。 俺の心の中に眠る怪物達の墓場・・『グレイヴヤード』だ。 今まで何匹の怪物や人間達を殺してきただろう? 何百?何千?いや・・何万か? ハハッ、もう覚えてねぇや。 俺は自嘲気味な笑みを口元に浮かべ歩いた。歩きまくった。 それからどれだけ経ったのだろう? 突然前方に光が見えた。 扉だ。扉の隙間から光が漏れている。 俺は吸い込まれるようにその扉へと歩を進め、その扉を開いた。そして光に飲まれた先には―― 「あ・・!」 一本の巨木が根を張る広大な草原には、幼き頃に見た夕日がかかっている。 夕日を見つめるウルの目から、一筋の光が流れた。 「俺の・・記憶?」 ウルの記憶の映像が、周囲に大小の写真のように具現化され浮かび上がる。 その写真の量に翻弄されるも、やがて一枚の写真に目がとまった。 そこにはブロンドがかったピンクの髪の小生意気そうな娘―ルイズが写っている。 「そうだ・・、このクソ生意気な女・・、ルイズのおかげで俺は、心を失わずに済んだんだ・・」 ルイズの写真から、顎の突き出た厳つい男の写真へと視点をずらす。 「加藤との決戦の後、みんなは自分の望む場所へと旅立った。そして・・俺は・・」 そう、俺は忌ま忌ましい呪いによりこの心を破壊されるはずだった。 それでも・・心を破壊されても・・・穏やかに過ごしてゆけるのならば・・・それは、幸せなことなのかもしれない。 確かにそう思った。 そして、俺が帰るべき場所を・・・強く願ったんだ! 再び視線をルイズの写真へ戻す。 「だけど、俺を迎え入れた世界は俺のまったく知らない・・異世界だった。」 最初は戸惑った。自分に何が起こったのか理解できなかった。 だけど最初から、一つだけ分かることがあったんだ。 それは、俺の心を蝕む呪いが消えたこと・・・ 俺は頭が悪い。だから呪いが消えた理由についてなんて分かるはずもない。 だけど、目の前の写真に写る俺を『召喚』した女・・・ルイズが関わっているのは間違いない。 こいつにとってはきっと、俺を召喚したのは偶然みたいなもんなんだろう。 俺はこの女に感謝している。 きっと俺がこれから暮らしていくことになろうこの未知の世界に不安がないわけじゃない。 だけど・・この心に宿る記憶・・・これがあるだけで俺は、幸せを感じることができる。 大丈夫、俺ならやれるさ。 ルイズの写真から別の写真へ視点を移す。 「とりあえず暫くは、俺を決して逃れられないはずだった呪いから救ってくれた、この女に付き合ってみることにするよ。・・・前途多難っぽいけどさ・・・いいよな?」 ウルが見つめる先には、陽光に照らされ眠る、銀髪の女性の写真があった。 「アリス・・・」 そして、彼の使い魔としての生活が始まった。
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「生徒の一人に邪教の信者がいるかもしれないじゃと?」 突如、ドアを豪快に開けて飛び込んできた教師、コルベールは息を荒くつきながら、学園長 オールド・オスマンに口泡を飛ばして陳情した。 「これをご覧ください。オールド・オスマン!」 コルベールが今朝方届いた巻物と自分のスケッチを見せる。 巻物には黄金の円で縁取りされ、中心に目玉を彫られた三角錐があった。 もう一方のスケッチにはルイズの召喚した円と長方形の物体、そして黄金錘が写されている。 「先にゲルマニアで起こった新興宗教『闇の救い』のシンボルです。先日、ミス・ヴァリエールが召喚した黄金の三角錐と非常によく似ています」 「確かにのう。教団自体は盗賊の襲撃に遭い、壊滅したと聞いておったが……」 「もし、本当に邪神や悪魔の宿った器ならゲートを通り、この地に現れたとしても……」 「……不思議ではない、と? 落ち着きたまえ。ミスタ・コルベール」 学園長はパイプを口に含んだ。 慣れた手つきでコルベールが「どうぞ」と言いながら杖を振る。 「うむ」とオスマン学園長は目を細めてうまそうに一服つくと紫煙と言葉を同時に吐き出した。 「ミス・ヴァリエールは今日、君の立会いの元、使い魔の召喚を行い直す予定じゃったな?」 「その通りです。私が空いている時間の都合上、本日最後の授業が終わってからになってしまいますが」 「とりあえず、その召喚のやり直しで、ミス・ヴァリエールが普通の使い魔を召喚するならよし。召喚に失敗した場合は……」 「ミス・ヴァリエールにあの物体を破棄させます。その後、学院の宝物庫に厳重に封印する形で」 「それが妥当じゃろうな」 話が一段落した二人は大きく息をした。 やれやれである。 だが、事態はこれで終わったわけではなかった。 むしろこれが事の始まりだったのである。 同刻 ルイズの自室 ルイズは自分の部屋にて一人、シエスタから貸してもらった手鏡にルイズ自身の顔を映す。 「……いるんでしょう? 三角錐に眠る、私の使い魔」 (――本来、俺はお前のピンチにしか出てこれないんだがな……何の用だ? 相棒) 慣れ親しんだ自分の顔が、鏡の中で男らしい表情へと変わる。 そのことに特に驚きもせず、ルイズは鏡の中のもう一人の自分へと語りかけた。 「この札に封じられた魔物たちの扱い方を教えて」 (何のためにだ?) 「ギーシュとの決闘は私が行くからよ」 (な………) 「イヤとは言わせないわよ。ご主人様の命令には従ってもらうわ」 (いくら相棒といえど、そいつは譲れないぜ。こいつらは俺の魂を分けた仲間なんだ) ルイズは息も荒く、鏡に向かって抗議する。 「私と貴方は召喚したときから一心同体なのよ。言葉のあやなんかじゃなくてね! だから、その札の中に居るのが貴方の盟友というなら、私にとっても同胞であることに変わりは無いわ!」 (……相棒) 「貴方、夢の中で、私に「戦え」って言ったわよね? その私が戦ってあげるっていってるの! 黙ってあの札の使い方を教えなさい!」 (戦えっていったのは、あのキザ野郎のことじゃない。あれは……) 「何よ?」 (………分かった。そこまで言うなら、カードの使い方を教えよう。その代わり、約束してくれ) 「何を?」 (……決してこのデッキを見限ったり、勝負を諦めたりしないこと。いいな?) 「言われるまでも無いわ。こっちにも譲れないものがある。見栄や暇つぶしで決闘するわけじゃないもの」 (いい返事だ。じゃあ、俺のデッキの使い方を教えよう) かくて役者は舞台に集う ヴェストリの広場。 西側にある、普段は人気のない広場も、今日だけは違った。 下級生から平民の使用人達まで。 数多の人々がその広場に詰め掛けて、2人の人物を見ている。 決闘者 ギーシュ・ド・グラモン 決闘者 ルイズ・フランソワーズ・ヴァリエール ギーシュは薔薇で出来た造花を口に加えてポーズを決めていた。 一方のルイズは胸には金の三角錐。左腕にはその宝札を封じた決闘者の円盤。そして、その右手は40枚の札にかかっている。 「まさか本当に広場まで来るとはね。一応、忠告しておくよ。そのガラクタと薄っぺらい札を置いて下がりたまえ。さもないと君の両腕が粉々になってしまうよ」 「心配はいらないわ。アンタこそ、腕が折れても文句は言わないでちょうだいね。この決闘はアンタが起こしたんだから」 両者は構える。 いざ、 「「決闘(デュエル!!)」」
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前ページ次ページ三重の異界の使い魔たち ~第8話 ゼロと雪風の邂逅~ 教室の窓から首を差し込んだシルフィードは、主の背中を眺めていた。未だ自身の魔法で ボロボロなままのルイズは、無言のまま机を拭いている。 あの爆発の後、ルイズは意識を取り戻したシュヴルーズに、教室の後片付けを命じられたのだ。 災害の再発防止なのか、魔法の使用禁止という措置付きで。既にあの妖しい仮面の妙な力によって 教室のほとんどは修復されていたが、それでもまだ破壊の跡は点々と残っている。 ちなみに、授業自体は別の教室で続けられることになっていた。 それにしても、あの仮面はやはり怪しい。あの力は、明らかに人間の魔法とも、そして精霊の 力とも違う。あんな奇怪な力を使うとは、ますますもって危険な仮面だ。 ――大体、見た目からして趣味悪すぎだもの。例えシルフィが許しても大いなる意思があの 不気味っぷりを許さないのね。あのヘンテコな色だってどういうはしゃぎかたなのよ、 ジャイアントモールにでも食べられればいいのだわ、きゅい! そこまで考えると、何故か思考があの気味悪仮面への非難に変わっていたことに気が付き、 軌道修正する。 とにかく、教室の傷跡を、自身の魔法の成果を処理している間、ルイズはずっと無言だった。 何も言わず、ただ手を動かし続けている。 ずっと、肩を落とし、俯いたままで。 そんなルイズの姿に、シルフィードの胸はかき乱される。 正直にいって、ルイズの失敗には失望していた。物質を別の何かに変換させる魔法、しかし、 その結果は本来のそれとは全く関係のない、爆発というもの。しかも、他の生徒の反応を見るに、 それは今回に限った事ではないようだった。偉大な古代の眷族である自分を呼び出した以上、 彼女はすごい才能を持っているものとばかり思っていたが、実際はその反対だったのだ。それを まざまざと見せつけられた時、シルフィードは心底がっかりしてしまった。 しかし、ルイズの今の姿を見ていると、呆れの感情はなりをひそめてしまう。もの一つ言わず、 顔を上げようともせず、ただ爆発で煤けた机を拭く動作を続けるルイズ。彼女の落胆がシルフィードの 比ではないことは、その姿から明らかだった。今は、ルイズはシルフィードに背を向けているため 表情は判らないが、きっとその顔は苦渋に歪んでいることだろう。それを思うと、シルフィードの 胸がいやに痛んだ。 ――ルイズ様、落ち込んでるのね…… その考えが、心を苛む。 確かに、ルイズは当初思っていたような、立派な魔法使いではなかった。自分が召喚される 時に期待していた、一族への土産話になるような知識の吸収は、きっと望めないだろう。 しかし、シルフィードはそのことでルイズを貶す気にはなれなかった。ルイズは、自分が 召喚に応えたことを、とても喜んでくれたから。召喚された自分に、とても優しくしてくれた から。 だから、ルイズの辛そうな後ろ姿を眺めていることは、ひどく胸を苛ませた。 ――慰めてあげたいのね、でも、どうすればいいのか判んないのね…… 何をしてあげるべきか、なんと声を掛けるべきか、見当がつかず、やきもきする。歯がゆさ ばかりが募る中、小さな呟きが聞こえてきた。 「笑っちゃうわよね……」 自嘲じみた響きの声に、シルフィードはルイズの姿を見直す。 「貴方は、伝説の幻獣、風韻竜……」 言いながら、ルイズが首だけを振り向かせた。俯き気味のその顔は、前髪に隠れてよく見えない。 「けど、私は魔法一つ満足に使えない、ゼロ……」 “ゼロ”の単語を口にする声が震えている。 「笑っちゃうわよね……、使い魔に全然釣り合ってない主人だなんて……」 言葉づかいは軽く、けれど、その声音はとても重たい。 「莫迦みたいね、私……、貴方を呼んだからって、それで私が失敗しなくなる保証なんか なかったのに」 言われ、シルフィードは昨日のルイズの言葉を思い出した。 “よかった……ちゃんと、来てくれた……成功、できた……” 今になって、理解する。何故ルイズが自分を、風竜を召喚したことであんなに喜んでいたのかを。 “そうね、そうよね! とうとう努力が実ったんだわ! 私だってヴァリエール公爵家の娘 なんですもの、いつか大成するって信じてたわ!” “見てなさいよ、あいつら! なんたって風韻竜を使い魔にしたんだから! これでもうゼロ だなんて呼ばせないわ!” 今になって、思い知る。何故自分が風韻竜だと知った時、あれほど笑顔を輝かせていたのかを。 それは、単に高等な存在を使い魔に出来たからではなかった。それまで失敗ばかりだった 自分と、決別することができたと思えたからだったのだ。 しかし、現実は残酷だった。高位の幻獣種である自分を召喚したにもかかわらず、それは ルイズの成長を意味してはいなかったのだから。 それが判ったその時、ルイズがどれほど愕然としたことか。彼女の心が、どれほど打ちのめ されていることか。想像しただけで、胸が張り裂けそうになる。 「本当……莫迦だわ、私……」 口許に哀しい笑みを浮かべながら、ルイズの自嘲が続く。刹那、その横顔に一筋の光が流れた。 前髪に隠された、瞳の辺りから。 それを見た瞬間、シルフィードの中で何かが弾けた。 「ルイズ様!」 自分でも、驚くほど大きな声。その呼び掛けに、ルイズはびくりと、涙にぬれた顔を向けて きた。 「な、なによ、喋ったらいけないって約束だったでしょ!」 顔を服の袖で拭いつつ、ルイズが叱りの言葉を投げてくる。それに怯まず、シルフィードは 再び口を開いた。 「ルイズ様は、ゼロなんかじゃないのね!」 毅然と、その言葉を言い放つ。瞳を真っ直ぐに見つめての訴えに、ルイズは驚いた様な表情を 浮かべた。 「ど、どうしてよ……?」 使い魔の言葉に戸惑っているのか、ルイズが視線を泳がせ気味に聞き返してくる。 「どうして、そんなこと言うのよ?」 ただでさえ力無げなその声は、語尾の方では消え入りそうだ。それを口にする表情も、まるで 萎れた花の様に弱々しい。 それを見てとり、シルフィードはまた力いっぱい想いを言葉に変える。 「ルイズ様が本当にゼロなら、私は今ここにいないわ! 今頃、巣の中で長老様たちのお説教 聞いているか、家族と一緒にお祈りしているかなのね! きゅい!」 顔を引き締めて力説するが、ルイズはそれに寂し気な苦笑で返してくる。 「でも、それだってほんのまぐれかもしれないじゃない」 弱気なことを言う主に、シルフィードはぶんぶんと頭を振る。 「まぐれでもなんでも、ルイズ様はシルフィを召喚しました! これは間違いないわ! そして、 シルフィは偉大な韻竜なのね! そんな私を召喚したのだから、きっとルイズ様も偉大な魔法使いに なるはずだわ!」 言いながら、シルフィードは思考がごちゃごちゃとしていくのを感じた。言葉を続ける度に、 頭の奥が熱くなってくる。 「それに、ルイズ様は私に優しくしてくれたもの。私が困ったことにならないようにって、色々と 考えてくれたもの」 言葉が止まらない。なのに、言いたいことがまとまらず、余計に心が乱れていく。 「それに、シルフィードって新しい名前もくだすったわ。素敵な名前で、すごく嬉しかったのね」 「シルフィード?」 声が何故かくぐもっていた。感情が昂り、わけが判らなくなる。それでも、慰めの言葉を 掛けるのをやめようとはしない 「それに、それに……」 しかし、上手く言葉が出てこなかった。頭が熱くて、何を言ったらいいのか判らない。どうにも ならずに声を詰まらせていると、柔らかな感触が頬に触れた。見れば、いつの間に傍まで来て いたのか、ルイズがシルフィードを撫でてくれている。 「もう、なんであんたが泣いているのよ?」 言われてみて、気付く。いつの間にか、自分の方が涙を流していたことを。軽く頬を舐めて みれば、塩の味が舌を刺した。 そんなシルフィードの頭を撫でながら、ルイズはふっと笑ってみせる。 「判った」 「きゅい?」 「判ったっていったの」 言うなり、ルイズはそっぽを向いた。その横顔には、微かな赤みが差している。 「まったく、使い魔のくせにご主人様を慰めようだなんて、ホントに不敬なんだから……」 次いで、ルイズの口から出てきたのは、そんな言葉だった。額面通りに捉えればきついものが あるが、もちろん賢明な韻竜であるシルフィードは主の真意をちゃんと判っている。何故なら、 そういうルイズの口許には、柔らかな笑みが浮かんでいたのだから。 「でも、ご主人様を助けようっていう忠誠心には、報いないといけないわよね」 言うなり、ルイズはシルフィードに目を合わせてきた。 「だから、ありがとう、シルフィード」 そう言ったルイズの表情は、とても華やかな笑顔だった。先程までの、自嘲と自虐に満ちた 顔とはまるで違う。明るく、優しい光を灯した、綺麗な笑み。ボロボロの姿にあってさえ、その 姿は輝いて見えた。その微笑に、シルフィードは一瞬見惚れてしまう。 さっきの萎れた花じゃない、艶やかに咲き誇る、大輪の花。その眩い様な微笑みが、美しいと 素直に感じさせた。 そんな笑顔を見せてくれたことに、そして自分に礼を言ってくれたことに、シルフィードの 心は感極まる。 「きゅい! よかった、ルイズ様、元気になってくれたわ! きゅいきゅい!」 「わっ、ちょっと、シルフィード!?」 感動のまま、シルフィードはルイズの顔をぺろぺろと舐め始めた。流石にルイズは困惑した 顔を浮かべるが、喜びに沸くシルフィードは止まらない。 ルイズが元気を取り戻してくれたことが嬉しかった。もう泣いていないことが嬉しかった。 そして、自分に笑顔を見せてくれたことが嬉しかった。そんな歓喜の想いを舌に乗せ、何度も 何度も舐め続ける。 「でも」 やがて、気持ちが落ち着いて舌を止めると、ルイズがシルフィードを見据えて口を開いた。 よだれでべとべとになった顔や髪を、ハンカチで拭いながら。 「人目がないからって、こんなところで言葉を話したのは事実だからね。次に喋ったら、 ご飯抜き」 「きゅい!?」 思いもよらない発言に、シルフィードは目を見開く。 「ひどいのね! 横暴なのね! 断固然るべき抗議を訴えるのね!」 「駄目よ。それが嫌なら、ちゃんと約束守りなさい」 「きゅいー……」 自分の抗議をまるで取り合わず、厳しい眼をむけるルイズに、シルフィードは情けない声を 漏らした。どうやらこの小さなご主人様は、意外とおっかない性格だったらしい。 でも、とシルフィードは思う。少なくとも、さっきの哀しい表情、あんな顔をされるくらい なら、今のちょっと怒った様な顔の方がよっぽどましだ。 恐らく、魔法の得意でないらしいルイズは、これからも失敗することは多いだろう。そして、 きっとその度に劣等感に苦しむだろう。 なら、その時は自分が彼女の支えになろう。彼女が挫けそうな時は、自分が彼女の背を押そう。 彼女の使い魔として。 シルフィードが新たな決意を誓っている一方で、ルイズは何かに気付いた表情を見せる。 「そういえば、あの子にもお礼言わなきゃね」 あれから、ルイズは急いで片付けを終わらせた。シルフィードの励ましで沈んだ気持ちが 浮き上がり、効率が上昇したのが大きい。とはいっても、結局終わった頃には2時限目の授業も 終わる時間になってしまったが。 そして、一仕事を終えたルイズは、ボロボロになった服の着替えもそこそこに、今はある 人物を探している。といっても、相手の居場所は簡単に見当がつくのだが。 自分のクラスの、次の授業があるはずの教室へ向かうと途中で目当ての人物を発見する。人一倍 小柄な背丈に、青い髪、身長より長い杖に、付き従う奇妙な3体の使い魔たち。恐らく次の 教室へ向かっているのだろう、静かに歩くタバサの背中を見つけることができた。それを見て 取ると、ルイズは彼女に近づきながら声を掛ける。 「ええと、ミス・タバサ?」 背中へ向けて呼び掛けると、彼女は足を止めて振り返った。続いて、彼女の使い魔たちも こちらを向いてくる。ルイズは行儀の悪くならない程度に早足で追いつくと、彼女に礼を述べた。 「さっきのこと、お礼を言うわ。ありがとう」 「?」 一方、述べられた方は意味が判らないとばかりに首を傾げる。 「ほら、教室のことよ。私の、その、ほら、し、失敗の片づけをしてくれたじゃない」 説明とはいえ、自分の失敗を口にするのはあまりいい気がしない。恐らく自分の頬は引きつって いたことだろう。そして、それを聞いたタバサは無表情ながら、合点がいったとばかりに頷いた。 教室の片づけをしている間、ルイズはそのことが気になっていたのだ。失敗による落胆は シルフィードの拙いながら一生懸命な言葉で払拭されたが、代わりに自分の失敗の後始末を してくれた相手への感謝が心を占めていた。もし彼女が教室の修復を大部分終わらせておいて くれなければ、ルイズの片付けはさらに時間がかかっていたことだろう。 「私じゃない」 「え?」 しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。次いで、彼女は杖の先で傍らの少年と宙に浮く 仮面――サイズは教室で見たより縮んでいた――を指し示す。 「使い魔たちがやったこと。お礼は彼らに言うべき」 そう言われ、ルイズは戸惑った。基本的にトリステインの貴族は気位が高く、ルイズもその 例に漏れていないことは自覚している。そのため、ルイズは他人に頭を下げるのが苦手なのだ。 先程はシルフィード、今はタバサに礼を言ったものの、前者は自分のために涙を流す彼女を あやす様な意味もあったし、後者は同じ貴族だ。 しかし、他人の使い魔、それも平民とマジック・アイテムに礼を言うとなると、どうしても 二の足を踏んでしまう。 とはいえ、ルイズは貴族だ。受けた恩義を無視するということは、彼女の理想とする貴族の 道に反する気がする。なので、意を決して礼を口にしようとすれば、黒髪の少年がそれを遮った。 「いや、お礼はムジュラ、このお面だけでいいよ。俺はこいつに言われなきゃ、特に何かする つもりはなかったんだ」 「だから、仮面といえ」 憮然という仮面を前に、ルイズはますます迷う。平民の少年も一緒というなら、まだ謝礼に 踏み切ることができた。大抵は単なる労いだろうが、平民に礼を言う貴族はいないではない からだ。しかし、この気味の悪いマジック・アイテム単体に頭を下げるというのは、流石に どうだろうか。その上、この仮面は自分の使い魔がひどく警戒している。そして、実際に間近で 対面してみれば、その懸念が正しく思えてきた。なんだか判らないが、妙な妖しさを感じさせる。 そんな相手に頭を下げるのは、どうにもためらわれた。 どうしたものかと悩んでいると、今度は仮面の方が声を発する。 「オレとて、礼といわれてもな。単に親近感で気まぐれを起こしただけだからな」 面倒くさそうなその言葉に、ルイズは助かったと思うよりもむっとする。 ――か、仮面のくせに、この私の感謝が必要ないっていうの!? 仮面のくせに! 不気味なくせに! 色遣いもヘンテコなくせに! ジャイアントモールにでも食べられればいい様な見た目のくせに! 怒りのままにそこまで思うと、何故か“似た者主従”という単語が頭をよぎった。それに首を 傾げる間もなく、黒髪の少年が怪訝とした声を上げる。 「親近感って、お前がこの娘(こ)にどんな親近感わくんだ? 似ても似つかないじゃん」 先程から自分を貴族と思ってもいない様な無礼な物言いに眉尻が上がるが、彼の言う通りだ。 親近感とこの仮面はいうが、こんな悪趣味な仮面と自分に共通するものがあるなどとは思えない。 むしろ、あって欲しくない。 しかし、謎の仮面が次に発した言葉は、想像すらできないことだった。 「自分でいうのもなんだが、オレも強大な力を弱めている身だからな。本来強い力を持って いるはずなのに上手く扱えんでいるこの娘が、他人事に思えなかったんだよ」 初めは、何を言われたのか判らなかった。次第にその言葉の意味を理解していくと、胸の 鼓動がはやりだす。 ――私が、強い力を持っている……? そのことを問い質そうと口を開こうとすれば、既に仮面の主であるタバサが問い掛けていた。 「どういう意味? ルイズの力とは?」 「言葉通りだ。結果は失敗とはいえ、たかだか物質変化程度に使う魔力で教室を半壊させる 威力を産むんだ。今はつぼみにもなっていないような才能らしいが、開花すれば相当な大輪に なるだろうな」 その言葉に、ルイズの胸が激しく揺れる。その動揺は、我知れず言葉として飛び出した。 「で、でも! 私はずっと失敗ばっかりだったのよ!? どんな魔法使っても、どんなに練習しても、 いっつも失敗して、爆発してばっかりで……」 言いながら、切なくなってきてそこで言葉を切るが、何故か少年が変な顔をする。 「爆発ばっかりって、失敗っていう割にはやけに結果が安定してるな?」 訝しげに言う少年に、ルイズは眉をひそめた。 「どういう意味、それ?」 険のある声で聞き返せば、少年はたじろいだ風に言葉を重ねる。 「いや、ほら、魔法のことは俺はよく判らないけど、失敗ってさ、もっといろんなもんになるんじゃ ないの? 普通さ、失敗ってどうなるか予測できないもんじゃないか」 言われて、ルイズははっとする。思えば、ルイズの失敗は爆発だけだった。火、水、土、風、 そしてコモンマジック、それぞれ性質の異なる魔法にも関わらず、爆発以外の失敗はしたことがなかった。 考えてみれば、おかしな話だ。普通、魔法を失敗しても爆発はしない。通常の魔法の失敗は、 何も起こらないこと。呪文の効果が表れないことを指す。だから、爆発という異常な失敗に 屈辱を感じてきたのだが、何故“爆発以外の失敗をしないのか”ということなど考えたことも なかった。確かに、性質が違う魔法でも失敗の結果、現れる効果が常に同一というのは、奇妙に 思える。 その考えに取り付かれ、沈黙していると、それまで黙っていた羽の生えた光が声を掛けてくる。 「失礼、よろしいですか?」 「え、ええ。何?」 「結果が同じということは、個々の失敗における原因が同じだからじゃないかと思うんですが、 失敗の原因はなんなんです?」 言われ、ルイズは困ってしまう。 「知らないわよ、家族も、先生たちも、誰も爆発の理由を言えなかったんだもの」 口調が、少し拗ねたものになってしまった。周囲の誰もが、自分の爆発を笑うだけで、その 意味を深く考えようとはしなかった。だから、ルイズはがむしゃらな努力を続けるしかなかったのだ。 それを聞き、仮面と少年がまた言葉を発する。 「やれやれ。ということは、あの連中、相手の失敗の原因を言い当てることさえできんくせに、 相手を侮辱してたわけか。程度の低いことだな」 「でもよ、誰も原因が判らないなら、もしかして原因がないんじゃねーの?」 「原因のない失敗を、失敗とは呼びはしない」 「それもそうか」 そんな会話をする両者に、ルイズは戸惑う。既に、相手の無礼に対する怒りはない。むしろ、 こんな風に自分の魔法のことを考えてくれることへの、困惑の方が大きかった。 それを使っている、当のルイズでさえ、冷静に自分の爆発する魔法を考察することが、できて いなかったのだから。 そこで、また羽付きの光の声が耳に届く。 「ルイズ様でしたよね? ワタシの相棒のことを、聞いていただけますか?」 「あんたの相棒? 別にいいけど」 では、と前置きして、光は話しはじめた。 「ワタシの相棒は、コキリ族という種族でした。コキリ族は、皆私のような存在を自分だけの 相棒として持っているんです」 「メイジと使い魔みたいね」 光は、頷くように一度身体を傾ける。 「でも、ワタシの相棒は、ワタシが彼の許へ行くまで、相棒がいなかったんです。そのことで、 彼はずっと半人前と呼ばれ、莫迦にされていました」 ルイズは息を飲んだ。周囲が持っているはずのものを、1人だけ持っていない。自分の境遇と 酷似している。 「でも、後になって彼に相棒がいなかった理由が判ったんです」 「なんだったの?」 思ったより大きな声で聞いていた。会ったこともないその相棒とやらに、感情移入してしまった からだろうか。 「その、改めて考えるとお粗末な話なんですけど……」 何故か言い難そうにしながら、羽のある光は答えた。 「彼はコキリ族でなく、人間だったんです」 一瞬、沈黙が訪れる。 「つまり、コキリって種族じゃなかったから、相棒がいない方が普通だったってこと……?」 「はい」 その話に、ルイズは呆れてしまった。聞き終えてみれば、確かにお粗末な話だ。しかし、次に 聞いた言葉こそ問題だった。 「それで、ルイズ様も同じじゃないかと思うんです」 刹那、ルイズは光を睨みつけるが、光は慌てて続けた。 「いえ、ルイズ様がメイジじゃないといっているんじゃないですよ!?」 だけど、と光は続ける。 「あの失敗、誰もが原因が判らない様な特異な代物なら、失敗の一言で済ませていいものでは ないと思うんです。もっと大きな視野で見ないと、正しい答えに辿り着けないんじゃないかって 思うんです」 ワタシの相棒みたいに、と締めくくり、光は一礼した。 「そうかもしれない」 そこで、タバサが声を発すると、ルイズのすぐ前までやってくる。無表情な彼女に間近で 見上げられ、少したじろいだ。 「な、なに?」 「私も、貴方の爆発を、ただの失敗としか見ていなかった」 怒りが胸の内で熱を持つ。判っていたことではあるが、面と向かって言われてはやはり悔しい。 「悔しい」 「……は?」 しかし、次の一言に、間の抜けた声が出た。 「貴方の爆発の特異性に、何も気付けなかったことが悔しい」 「そ、そう……」 続いた言葉に納得いくが、どうにも調子の狂う少女だ。無表情で、何を考えているのか掴めない。 「これだけはいえる」 「?」 「不本意かもしれないけど、貴方は爆発という特異な性質を操れる。少なくとも、ゼロじゃない」 顔が熱くなるのを感じた。真顔でそんなことを言われるとは、思ってもみなかったのだ。 ――ゼロじゃない…… 先程シルフィードに言われた以上に説得力があるその言葉に、ルイズの鼓動は激しく踊る。 「あ、ありがとう、タバサ……」 「思ったことを言っただけ」 礼はいらないと言いたいのだろうか。口数の少ない級友に、くすりと笑いが漏れる。 「なら、私もいいたいことを言っただけよ」 次いで、ルイズはタバサの使い魔たちの方へ振り返った。 「貴方たちにも、一応言っておくわ」 もう躊躇いはない。自分の魔法のことを考えてくれ、自分の魔法とどう向き合うべきか、道を 示してくれた者たちだ。これで恩を感じなければ、ヴァリエールの名が廃る。 「貴方たちの言葉、参考になったわ。ありがとう」 言いながら、スカートの端をつまんで、一礼する。すると、使い魔3体は呆けたように沈黙した。 どういうわけか、動きもせずにこちらを見返してくる。 それがなんだか恥ずかしくなってきて、ルイズは慌てて言い放つ。 「つ、使い魔に対して貴族が礼を言うなんて、普通はありえないんだからね! 感謝しなさい!」 「感謝に対して感謝というのは変」 それに対し、涼しい声でタバサがつっこみ、ルイズは顔を真っ赤にした。 「も、もうすぐ次の授業が始まるわね! 急ぎましょう!」 誤魔化すように叫ぶと、ルイズは逃げる様にその場を後にする。正に、脱兎の勢いで。 そして、次の教室へと急ぐ中、ルイズはタバサのことを考えていた。 タバサ。青い髪をした、小柄な自分よりさらに小柄なクラスメイト。奇妙な名前で、家名すら 知らない同級生。いつも無表情で、無口で、大抵本を読んでばかりいる、不思議な少女。 そして、自分と関わろうとはしなかったが、莫迦にすることもなかった、ほとんど唯一の 生徒。自分を、ゼロじゃないと言ってくれた、初めての級友。 「タバサ、か……今度、また話してみようかな……」 ルイズとタバサが、互いを意識した瞬間だった。 ~続く~ 前ページ次ページ三重の異界の使い魔たち
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前ページ次ページMaximusな使い魔 「どこもおかしくないみたいね」 服を着終えたルイズが、鏡の前でクルッと回る。 マキシマが人の着替えを手伝うのは初めてだと言っていたが、特に問題ないようだ。 朝食をとりに向かうためにドアを開ける。 すると、褐色肌に赤髪のグラマラスな少女が、同じタイミングでドアから出てきた。 「……おはようツェルプストー」 「あら、おはようヴァリエール。あなたの方から挨拶してくるなんて珍しいじゃない。悪いものでも食べたの?」 鉢合せになった赤髪の少女に挨拶をするルイズと、からかうように返す少女。 「…たまにこっちから挨拶してみれば何で憎まれ口を叩くのよ!ハァ…。面倒だから挨拶だけしてさっさと通り過ぎようと 思ったのに…」 「サラリと酷いこというわねあなた…」 どうやらこの少女はルイズのケンカ友達のようなものみたいだ。 二人にそう言ったら全力で否定しそうだが…。 予想外に反応が薄いルイズに対して(次はどの角度で攻めようかしら)と少女が企んでいると、ルイズの後に 続けて出てきた大男に気が付く。 「あなた確かヴァリエールが召喚した…」 悪戯っぽい笑みを浮かべて、マキシマをジロジロと見ながら「ふ~ん」とか「へぇ~」と呟きながら観察する。 そしてアハハハと笑い出した。 「ほんとに人間なのね。凄いじゃない!平民の使い魔なんて聞いたことないわ!」 「うるさいわね!関係ないでしょ!」 食いついた食いついた!と、内心ほくそ笑む少女。 「ごきげんよう。私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。二つ名は「微熱」 よ。気軽にキュルケって呼んで頂戴。あなたお名前は?」 「マキシマだ」 キュルケの自己紹介に短く返すマキシマ。 どうやらキュルケは、昨日の生徒たちとは違いルイズを馬鹿にしているのではなく、少しからかってその 反応を見て楽しんでいるようだ。 それにしても と、キュルケがマキシマにしなだれかかる。 「すごく大きいわね。私、たくましい男の人は嫌いじゃないわ」 「そいつはどうも。俺もアンタの事はきらいじゃあないぜ」 キュルケの艶やかな言葉に平然と返すマキシマ。 その様子を見ていたルイズが、ぷーっと頬を膨らませる。 「ちょっとツェルプストー!何私の使い魔に手を出してるのよ!」 マキシマとキュルケの間に入り二人を引き離すルイズ。 「あんたも!何鼻の下伸ばしてるのよ!」 「別にそんなつもりはないんだが…」 「言い訳しない!」 どうやらルイズには、マキシマがキュルケにデレデレしているように見えたらしい。 無論そんな事は無いのだが、今のルイズには何を言っても無駄だろう。 そんな二人を見て、クスクスと笑っていたキュルケが、今度はルイズに絡み始める。 「ウフフ…。確かに頼もしそうな平民だけど、使い魔ってのはやっぱりこうでなくちゃね」 おいで とキュルケが手招きすると、彼女の部屋からのそのそと大きなトカゲが出てきた。 体が赤く、尻尾に炎を灯したそれは、頭を彼女に撫でられると、気持ちよさそうに目を細めた。 「この子はフレイム。私の使い魔よ」 そう言いながら燃えるような赤い髪をかき上げる姿は、結構サマになっていた。 「それって…サラマンダー?」 「えぇ。それにみて?この尻尾の炎!。これだけ綺麗な色をした炎だと、きっと火竜山脈に棲むサラマンダーね」 自慢げに答えるキュルケに、悔しそうに唸るルイズ。 その様子を見て、満足そうな顔をしたキュルケが、誘うようにマキシマに話しかける。 「ヴァリエールの所が嫌になったら、私の所に来てもいいわよ?特別に使用人として雇ってあげる」 その言葉に ふむ と顎に手を当てたマキシマだったが 「せっかくだが、遠慮させてもらう。嬢ちゃんの世話をする奴が居なくなっちまうからな」 後ろ半分をルイズに聞こえないように小声で言うマキシマに、キュルケは一瞬だけ、とても優しそうな顔を 見せた。 「そ。残念ね。それじゃあ私はもう行くわ。あなたも急いだら?ヴァリエール。朝食に間に合わなくっちゃうわよ? ただでさえない胸が、もっと痩せちゃったらどうするの?」 「あんたは一言も二言も余計なのよ!この牛!!」 ルイズをからかい、分かれ際に彼女が残した言葉を、マキシマはそっと胸にしまった。 『あの子はそんなに強くないから、守ってあげてね。頼もしい使い魔さん』 ――――――――――――――――――― 「こいつは凄いな…」 マキシマが感嘆の声をあげる。 「どう?ここがトリステイン魔法学院の誇る大食堂『アルヴィーズの食堂』よ」 そう言いながら、なぜか偉そうに胸を張るルイズ。 二人はキュルケと分かれた後、当初の目的を果たす為、ここ『アルヴィーズの食堂』に来ていた。 「『アルヴィーズ』てのは何のことなんだ?」 「まわりにある小人の像たちのことよ。魔法がかかっていて、夜中になると踊ったりするらしいわよ?私は見た事ないけど…」 大体夜中に食堂になんていかないわよね と続けるルイズに、そりゃそうだ と言いながら椅子を引いてやるマキシマ。 「気が利くじゃない。まずは合格ね」 一体何に合格したというのだろうか。 「ところで俺は何処に座ったらいいんだ?この椅子じゃあ、少し小さすぎるんだが…」 しっかりとした作りの椅子だが、マキシマの大きな尻を乗せるのには若干不安がある。 体の大きなマキシマを、床に座らせるわけにもいかない。 そんな事をすれば誰もその道を通れなくなってしまう。 「そうね…。じゃあ厨房に行って何か食べさせてもらってきて?私が話を通しておくから。食事が終わったら、入り口で落ち合いましょう」 ルイズに言われた通り、厨房へと向う。 「あ!マキシマさん!」 後ろから、今朝聞いた覚えのある声で話しかけられた。 「ミス・ヴァリエールから話を聞いてきました。賄いでよかったら、食べていってください!」 元気良く微笑みかけてくる少女の正体は、シエスタだった。 言われるままに厨房の中へ入っていくマキシマを驚いた顔で見る使用人達だったが、マキシマが笑顔で挨拶をすると皆気のいい返事を返した。 そうしてテーブルに座ると、シチューのようなスープが運ばれてきた。 「悪いな。いきなり来て飯を食わせてもらっちまって」 「いいんですよ。今朝のお礼です!」 スープを口に運んだマキシマは、「ほう…」っと、感心する。 薄すぎず濃すぎない味に、適度な柔らかさの野菜。 結構手の込んだものだろう。 「こいつは美味い。特別な調味料を使ってるわけでもなさそうだが…。ここのコックはかなり料理の腕がいいみたいだな」 それを聞いたここのコック長らしきおやじが、マキシマの元へとやってくる。 「ガッハッハッハ!!お前さんなかなか分かってるじゃねぇか!そんなにデカイ体なら食う量も多いだろう?たっぷりあるからいくらでも食ってきな!!」 マキシマの広い背中をバンバンと叩き、豪快に笑いながらそういうと、もう一つ大きな皿を持ってくる。 見た目通りの、豪快な性格らしい。 「俺はここの料理長のマルトーってんだ。まぁ同じ平民のよしみだ!遠慮なんて堅苦しいもんは無しにして、どんどん食え!」 しばらく厨房は、歓迎ムード一色だった。 朝食を済ませ、シエスタたちと別れた後、ルイズに言われた通り食堂の入り口で待機するマキシマ。 なんとなく周りを見回すと、こちらの方を見てヒソヒソと何かを話す者や、睨み付けてくる生徒たちが見受けられる。 恐らく食堂の前で堂々と腕を組んで、壁に寄りかかっている平民らしからぬ態度に苛立っているのだろう。 しかし、文句を言ってくるような者は一人もいなかった。 全員、マキシマのことが怖いのだ。 平民でありながら、何処か気品漂う風格。 歴戦の戦士のような体つきに厳つい髪型。 そんな彼に、大半の生徒達は萎縮していた。 「あら?先に来てたのね」 食事を済ませたらしいルイズが食堂を出てきた。 すると、それまでヒソヒソ話をしていた者や彼を睨み付けていた者は、散り散りになって去っていく。 「…何かあったの?」 「いや…特に何も無かったが…。それより次は何かすることがあるのか?」 「普通に授業ね。アンタも来るのよ?使い魔は常に主人について行かなきゃだめなの。肝心なときにいないなんていったら、召喚した意味が無いもの」 「はいよ」 何も文句を言わないマキシマに、彼女は気を良くする。 少し機嫌がよくなったルイズと、その少し後ろを歩くマキシマは、授業がある教室へと向うのであった。 前ページ次ページMaximusな使い魔
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん ゛始まり゛には必然的に゛終わり゛がある。 それは世の理であり、容易に変えることはできない。 トリステイン魔法学院の生徒たちにとって楽しい休日である虚無の曜日は、ゆっくりと沈んでいく夕日とともに終わりを告げる。 朝方と昼はあんなに暑かったのだが、日が落ちていくにつれて段々と気温が下がり今では誰もが肌寒いと感じていた。 学院から離れた首都へ遊びに行っていた生徒たちも、この時間帯になるとバラバラではあるが校門をくぐってみずからの学び舎へと戻ってくる。 大抵の生徒は学院のレンタルか自費で購入した馬に乗って帰ってくるが、空を飛べる大型の幻獣を使い魔にしている者たちはその背に乗って戻ってきた。 あと一時間もすれば夕食の時間であり、それまで自室に帰って休む生徒もいれば広場に設置されたベンチに腰かけて友人たちと談笑をしている生徒たちもいた。 談笑する生徒のほとんどは男子であり、話の内容も年頃の少年にふさわしい自慢話の類が多かった。 ある者は街で傭兵に喧嘩を売られたが難なく返り討ちにしてやったという話や、名のある貴族の娘と話をしたという…嘘8割の談笑会をしている。 日が落ちればトリスタニアの繁華街が賑やかになっていくが、それは学院も同じであった。 人が集まるということは即ち、賑やかになるという事と同義でもある。 そんな賑やかな地上の様子を、霊夢はルイズの部屋から見下ろしていた。 いや、正確には項垂れた彼女の視線の先に偶然、広場で騒ぐ生徒たちがいた…と言った方が正しいのだろうか。 全開にした窓から両腕と頭を上半身ごと乗り出している彼女の顔は、まさに「ぐったりしている」という言葉が似合うほど辛そうな表情を浮かべていた。 顔色も若干青く、開きっぱなしの口からはう~う~と苦しそうなうめき声が漏れている。 この姿だけを見れば彼女がとある異世界の中核であり、異変解決と妖怪退治を得意とした博麗の巫女だと誰が信じようか。 それは霊夢自身も把握しており、今いる場所が幻想郷ではないことに安堵していた。 でなければ今頃…風のうわさで聞きつけた射命丸か紫辺りがニヤニヤと、一見暖かそうで実はそうでない笑みを浮かべて彼女を見下ろしていたに違いない。 「ホント…あの味には驚かされたわ」 「あぁ、あんなの初めて飲んだぜ…ていうかアレは飲み物なのか?」 ぐったりとした霊夢に続いて、同じような気分でベッドに横たわっている魔理沙もつぶやく。 その時、羽ペンを右手に持ったルイズが鳶色の瞳をキッと細めて二人のほうへ顔を向けた。 「ま…知らなかったのなら仕方ないけど、いくらなんでもコレを普通のお茶として淹れて飲んだのには驚いたわよ」 呆れたと言いたげにルイズは首を横に振ってため息をつくと、テーブルの上に置かれた小さな土瓶へと視線を移す。 その中には茶葉が入っている。そう…魔理沙だけではなくあの霊夢さえ苦しめた茶葉が。 「ホントビックリしたわ。なんせ街から帰ってきたら、アンタたちが部屋の中で倒れてたんだから」 そう言ってルイズはあの時の事を思い出した。 ☆ タバサが霊夢達に瓶を渡して部屋を出て行ってから一時間ほどした後、ルイズは学院に戻ってきた。 ちょっとした用事と買い物で部屋を霊夢に任せていた彼女は「ただいま」と言ってドアを開けた直後、それを目にしたのである。 部屋に漂うミントのそれと似たような鼻を突くツンとした臭いに、二人仲良くテーブルに突っ伏してうめき声をあげている霊夢と魔理沙の姿…そして。 『オォ帰ってきたか娘っ子!見てみろよコレ?ひでぇもんだろ!?ヒャッハハハハ!』 何故かバカみたいに笑っているデルフが、彼女の部屋の空気を異様なものに変えていた。 最初は何があったのかわからず困惑していたが、事の全てを見届けていたデルフのおかげで事情を把握することはできた。 そして全てを知った後、なんてものを渡してくれたのだとタバサを恨みつつ味覚以外が無事な霊夢達に後片付けをさせた。 ちなみに、緑の液体が入っていたティーポットは泣く泣く捨てることとなった。 霊夢達の飲んでいたあの液体がなんなのかわかった以上、捨てるということはとても懸命な判断だとルイズは思うことにした。 ★ 「噂では聞いてたけど…ハシバミ草のお茶が本当にあったなんてね…」 回想を終えたルイズは羽ペンをテーブルに置くと、土瓶を手に取ってそう言った。 この土瓶に入っている茶葉の原料は「ハシバミ草」というハーブの一種だ。 ほぼハルケギニアの全域で自生しており、地方の料理ではメインディッシュの添え野菜やサラダにしたものを前菜で出すことがある。 鎮静作用があり、細かくすりおろしてスープに入れたり煎じたものを飲めば風邪薬の代わりにもなるらしい。 その一方で独特の苦みもあり、自生してる場所によってはその苦味が味覚と臭覚を麻痺させる神経毒になることもあるのだという。 その為か、ここハルケギニアにおいては野生のハシバミ草は危険な代物というイメージが若干纏わりついている。 しかし何故かこれを愛食する者たちがいて、タバサもその一人であるという事はルイズを含め学院にいる多くの人間が知っていた。 「良薬口に苦し」という言葉があるが、「ハシバミ草」は正にその言葉を体現したかのような存在だ。 そして今、ルイズが手にしている土瓶の中に入っているのはそのハシバミ草を蒸し、乾燥させて作った茶葉である。 最も、それを普通のお茶のようにして飲めば濃縮された強烈な苦味が口内を蹂躙し、今の霊夢や魔理沙と同じように一時的な味覚障害に陥ってしまう。 「あのチビメガネ…次あったらどうしてくれようかしら」 「何物騒な事言ってるのよ。…やり方は間違ってたけど体には良いらしいわよコレ」 赤みがかった黒い目を鋭くしてチビメガネ=タバサに怒りを覚えている霊夢を宥めつつ、ルイズははしばみ茶の説明を始めた。 「これはね、瓶の中から一つまみ分だけをお茶が入ったポットの中に入れるのよ」 そうしたらはしばみ草の苦味が丁度いいくらいに効いて気分が和らぐらしいわ…とルイズは説明するのだが、二人は半ばそれを聞き流している。 今の霊夢達にとって、午前中から口内に居座るジワジワとくる苦味をどうすればいいのか頭を悩ましていた。 この苦味のせいで昼食の時には食欲が湧かず、紅茶や緑茶も口に入れればあの強烈な苦味に変わってしまう。 夕方になってからはだいぶマシになったが、それを見計らったかのように飢餓感が現在進行中で襲ってきている。 今の二人は、正に空腹状態の虎と言っても良いほど腹を空かしていた。 「夕食まであと一時間…ふぅ、長いわね」 「あぁ、全くだぜぇ…」 グゥグゥと腹を鳴らしながらボーっと窓の外から夕日を眺める異界の住人達を見て、ルイズは顔をしかめた。 理由はふたつ。二人が自分の話を聞いていないという事と、お腹のほうからだらしない音が出ているという事。 森の中でキメラと遭遇して以来ある程度のことは許容できるようになったが、それでもこういう細かな事は中々許せなかった。 「もう、人の前でお腹を鳴らすなんて…私以外の誰かに聞かれたらどうするのよ」 ルイズが二人に聞こえない程度の声量で呟くと、背後に置いてあるデルフが話しかけてきた。 『問題ねぇだろ。腹の音なんて腹が減りゃあ誰でも出るんだしよ』 「そういう問題じゃないのよ。…っていうか腹の減る心配が無いアンタが言っても説得力無いんだけど?」 デルフ突っ込みを入れるとルイズは再び頭をテーブルの方へ向けて作業を再開した。 羽ペンを再び手に持つと、テーブルの上に置かれた古びた本へとそのペン先を向ける。 開かれたページには何も記されておらず、色褪せた白紙をどうだと言わんばかりに見せつけている。 ルイズはその白紙を凝視して文章をイメージしているのか、ゆっくりと羽ペンの先端を上下左右に動かした。 しかしいい文章が思いつかないのか、クルリとペン先を回してから本の横に置き、腕を組んで目をつぶる。 脳内で考えているのだろうか、時折ウーウーと唸るような声が聞こえてくる。 その様子を後ろから見つめていたデルフは気になったのか、遠慮なくルイズに質問してみることにした。 『そういやぁさっきから気になってたんだけどよ…その本は何なんだ?全部のページが白紙の様なその気がするんだけどよ』 突然の質問にルイズの体がビクッと震えたものの、すぐに頭だけを後ろに向けて素っ気なく答える。 「アンタみたいなのは知らないと思うけど…これは始祖の祈祷書っていう王家に古くから伝わるとても大事な本なのよ」 その言葉をはじまりにして、彼女はこの本が手元にある経緯をデルフに話し始めた。 それはかつて、ルイズが霊夢と魔理沙を連れて王宮へ参内した時の話である。 ◆ 「ご多忙の中、わざわざ来てくれてありがとうルイズ・フランソワーズ、それにハクレイレイム」 白い純白のドレスに身を包んだ若き王女アンリエッタ・ド・トリステインは訪れた客人に感謝の意を述べた。 幼馴染であり、敬愛の対象であるアンリエッタにそのような言葉を言われ、ルイズはついつい緊張してしまう。 「いえ、姫殿下の命令とあらばこのヴァリエール。何処へでも馳せ参じます」 ルイズの言葉を聞いたアンリエッタは少しだけ表情を曇らせると彼女の傍へと近づき、その右手を手に取った。 日々手入れを欠かさない美しく繊細で白い指に自分の手を触られたルイズは、ギョッと目を丸くする。 「ルイズ。ここは私の寝室なのよ?マザリーニもいないしお付きの侍女もいない。子供のころのように、私に接して頂戴」 そう言ってアンリエッタはルイズに自身の笑顔――どこか懐かしい雰囲気が漂う笑みを見せた。 きっと思い出しているのだろう。身分も家柄も関係なく、毎日が楽しかった子供の頃の思い出を。 永遠に続くように見えて、余りにも短く儚すぎる時代の一ページを… 「姫さま…」 ルイズはそう呟き、その顔に浮かべた暖かい微笑みをアンリエッタへ見せた。 気づけば、生まれついての宿命から唯一逃げることのできた幼女時代へと戻ったかのように…二人は微笑んでいた。 「さすが、お姫さまというだけあって中々良いヤツじゃないか?」 「そうかしらねぇ?」 一方、そんな二人の外にいた霊夢と魔理沙はアンリエッタについて色々と話していた。 これで会うのが三度目となった霊夢は、アンリエッタに対して「王家らしくない王家の人間」という評価を下していた。 この国の頂点に君臨している人間らしいのだがどうも雰囲気的にはそんな風には見えず、かといって普通の少女にも見えない。 まるで高原に咲く一輪の白百合のように気高く綺麗なその容姿は、名家の貴族令嬢…というレベルでは例えられない高貴さがある。 しかし先程も述べた通り、王族であるにも関わらず千万の民と文武百官を束ねられるような威厳がちっとも感じられないのだ。 (きっと国の事とかもそこらへんに詳しい大臣たちがうまくやってくれてるんでしょうね) 霊夢はアンリエッタと今のトリステインのことなど全く知らなかったが、見事にその言葉は的中していた。 それが答えだと誰かが彼女に教えたら、頭を抱えつつ驚いていたに違いない。 (まぁでも、あの年頃で下手に威厳張ってたら馬鹿みたいに見えるしね) 手を取り合って二人仲良く笑いあうルイズとアンリエッタの姿を見て、心の中で呟いた。 きっとは二人はわずかな時間を使って思い出しているのだろう、純粋なる幼少期の頃を…。 その後、ルイズはアンリエッタに魔理沙の事を紹介した。 彼女と霊夢がハルケギニアとは違う幻想郷という異世界から来た事と、この話を他人に漏らさないで欲しい事もしっかりと告げた。 以前アルビオンへ赴いた際に、霊夢がこの世界には無い文字で書かれた本を読んだ所を学院長たちと一緒に見ていた所為か、彼女は幼馴染の話をすんなりと信じてしまった。 まさかこんなにも簡単に信じてくれるとは思わなかったルイズは何故信じてくれるのかとアンリエッタに思わず聞いてみると、彼女はこう答えてくれた。 「以前の本の事もありますけど、何より貴女達からは私の周りにいる人々とは全く違う雰囲気を感じますから」 その言葉に、ルイズは思わず同意してしまった。 一方、姫殿下の言葉に魔理沙はキョトンとしつつも笑みを浮かべたのだが、対照的に霊夢は胡散臭いものを見るような表情をアンリエッタに見せた。 アンリエッタは霊夢の表情を見ても不満気に顔を曇らせることなく、改めて魔理沙に挨拶をした。 「遠い所から遥々このトリステイン王国へようこそ。ささやかではありますが、歓迎いたしますわ」 アンリエッタがそう言って右手で魔理沙の左手をつかみ、握手をした。 「霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ。今後ともよろしくな、お姫様!」 「え?…キャッ!」 王女からの挨拶に魔理沙は勢いよく返事をすると、握手をしている左手をブンブンと軽く振った。 本人は軽いスキンシップのつもりであったが、突然のことにアンリエッタは小さな悲鳴を上げてしまう。 無論そんな無礼を見逃すルイズではなく、すぐさま魔理沙に掴みかかった。 「こら!何してんのよアンタは!?」 「えっ、ちょ…おいおい、そんなに怒る事じゃないだろ?」 「あ…二人ともよしてください!私は大丈夫ですから」 鬼のような表情を浮かべて魔理沙に掴みかかるルイズ、突然の事に慌てる魔理沙。 そしてそれを止めようとするアンリエッタを含む三人の様子を外野から眺めつつ、霊夢は一人ため息をついた。 ※ そんなやりとりの後、アンリエッタは侍女に紅茶と茶菓子などを用意させ、ルイズと話し合いを始めることとなった。 お茶が出ると聞いた霊夢は「まぁお茶が出るなら」と言ってとりあえずはルイズと一緒にいることにした。 魔理沙はというと「どんな話を聞けるのか少し興味がある」という理由で部屋に残っている。 色々と嫌な予想をしていたルイズは安堵しつつ、先程侍女が淹れてくれた紅茶をゆっくりと飲んでいく。 流石に王族の飲むお茶というものか、カップやポットはともかくとして使っている茶葉は高級品である。 霊夢と魔理沙のカップにも侍女が紅茶を淹れたが、アンリエッタは自分の手で紅茶を淹れていた。 「最近自分の手で淹れるのが楽しみになってきたのよ。好きな量を自分で調節できるしね」 (ポットの中に入った紅茶をカップに入れるだけじゃない…) 嬉しそうに喋りながらポットの中に入っている紅茶をカップに注ぐアンリエッタを見て、霊夢は心の中でそんな事を思った。 全員のカップに紅茶が淹れられ、アンリエッタは侍女を退室させると一呼吸置いて喋り始めた。 「ルイズ…戦火渦巻くアルビオンへと赴き、手紙を持って帰ってきた事は、改めて礼を言いますわ。 貴女の活躍のお陰でゲルマニアとの同盟も無事締結される事でしょう」 「そのお言葉、この私めには恐縮過ぎるものですわ」 アンリエッタの口から出た感謝の言葉に、ルイズは席を立つと膝をつき、深々と礼をした。 トリステイン王国の貴族達にとって、王女直々に感謝されるということはこの上ない名誉なのである。 しかしそんなルイズを見てアンリエッタは何故か悲しそうな表情になり、首を横に振った。 「頭を上げて頂戴ルイズ・フランソワーズ?貴女と私の仲は単なる主君と従者じゃないのよ」 アンリエッタの言葉にルイズは顔を上げると彼女もまた悲しそうな表情をその顔に浮かべる。 「………わかりました。姫さま」 素直に聞き入れたルイズがスクッと立ち上がり再び席についたのを見て、アンリエッタの顔に笑みが浮かぶ。 ただその笑顔には陰がさしており、見るものを悲しくさせる笑顔であった。 「貴女は…後数ヶ月もすればこの国を離れることになる私にとって無二の友人なのよ」 もの悲しそうに言うアンリエッタを見て、もうすぐ彼女がゲルマニアへ嫁ぐ事になるのをルイズは思い出した。 ゲルマニアへ行ってしまえばこの先数年、下手すれば数十年間は会えなくなってしまう。 「…ゲルマニア皇帝との御婚約の決定、おめでとうございます」 それを想像したルイズもまた悲しい笑みを浮かべつつ、アンリエッタに祝いの言葉を述べた。 幼馴染みの彼女は、政治の道具として好きでもない皇帝と結婚するのだ。 同盟のためには仕方がないとはいえ。彼女の悲しそうな顔を見るのは耐えられなかった。 一方、黙々と紅茶と茶菓子を堪能していた魔理沙はルイズの口から出た゛結婚゛という言葉を耳にして目を丸くした。 魔理沙にとって゛結婚゛というのは、愛する大人の男女が挙げる儀式だと大人たちから教えられていたのだから。 そして二人の話からして゛結婚゛するであろうアンリエッタは、魔理沙の目から見ても成人には見えなかった。 「結婚て…あの年でか?」 嘘だろ?と言いたげな表情を浮かべつつ魔理沙は隣にいる霊夢に聞いてみた。 霊夢は肩をすくめつつも興味が無いという感じでその質問に答える。 「そうなんじゃないかしら?まぁ色々理由でもあるんでしょう…っと――――ムグムグ…」 そこまで言うと皿に並べられた小さめのチョコチップクッキーを一つ手に取り、口の中に放り込んだ。 チョコチップの程よい甘さとバターの風味が口の中に広がり、このクッキーを作ったパティシエの腕の良さを教えてくれる。 ある程度咀嚼した後飲み込み、紅茶を一口飲んだ後霊夢はポツリと感想を述べた。 「クッキーと紅茶も良いけど、やっぱり私は煎餅とお茶の方が良いわ」 「わざわざ食べといてそんな事を言うか…」 「食べれるものを出されて食べなかったら勿体ないじゃないの」 さてそんな二人のやりとりを余所に、アンリエッタとルイズもまた話し合っていた。 「今日のトリステインがあるのも、今や貴女のおかげ… だからこそルイズ…貴女には私の人生の門出を、特別な席で見ていて欲しいのよ」 アンリエッタは寂しそうに言いながら手元にあった鈴を手に取って軽く振った。 透き通った綺麗な音色が広大な寝室の中に響き渡り、その音は部屋の外にも広がっていった。 鈴を鳴らして数十秒後、一人の侍女が古めかしい本を携えて部屋に入ってきた。 侍女は持っていた本をアンリエッタの手元に置くと一礼し、退室した。 一体何の本かと視線を向けた魔理沙はそれを見て、薄い苦笑いを顔に浮かべた。 「なんというか…随分と酷い所に保管されてたっぽいな」 蒐集家である魔理沙がそう言うのも仕方ない程、その本は酷く汚れていた。 古びた革の装丁がなされた表紙はボロボロで、触っただけでも破れてしまいそうである。 色褪せた羊皮紙のページも色褪せて茶色くくすんでおり、かなり酷い状態であった。 どんな方法で保管をしたらこんなにボロボロになってしまうのか。それがこの本を見て魔理沙がまず最初に思ったことだ。 少なくとも紅魔館の図書館に置いてあるかなり古い年代の本でも、これ程酷くはないはずだ。 一方のルイズもまた侍女が持ってきた本へと視線を移して、目を丸くしてしまう。 「い、一体何なんですかこの本は…見た感じ大分ボロボロなのですが」 信愛する姫殿下の手元に置かれたソレを指さしつつ、ルイズは恐る恐る聞いてみた。 アンリエッタは全然大丈夫といわんばかりにその本を手に取りつつも、口を開く。 「これはトリステイン王家に代々伝わる゛始祖の祈祷書゛というものです」 その言葉を聞き、ルイズと魔理沙は同時にキョトンとした表情を浮かべた。 「これが、かの有名な王家の秘宝…」 「祈祷書…というより魔道書の類だな。この形だと」 二人がそれぞれ別の事を言い、それを耳に入れながらもアンリエッタは話を続けていく。 「実は王室の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意するのです。 そして選ばれた巫女は、この『始祖の祈祷書』を手に詔を詠みあげる習わしがあります」 アンリエッタの説明に、ルイズは「は、はぁ」と気のない返事をする。 それを知っている程宮中の作法に詳しくない彼女にとっては、聞くことすべてが初耳であった。 魔理沙は若干興味があるのか興味津々と言わんばかりの表情を浮かべており、霊夢は紅茶を啜っている。 アンリエッタは手に持っていた祈祷書をテーブルに置いて一息つくと、ルイズに向けてこう言った。 「そして此度の婚約の儀で…ルイズ・フランソワーズ、あなたを巫女として指名いたします」 「――――――――え?」 アンリエッタの口から出たその言葉を聞いて、ルイズは目を丸くしてしまった。 まるで勝率ゼロの賭けに大勝してしまった時のように、信じられないと言いたげな雰囲気が伺える。 そしてルイズの傍にいる霊夢と魔理沙も、少し驚いた様な表情を浮かべた顔を、ルイズの方へと向けた。 「え…あの?私がですか…?」 「何かそうみたいね。あんまり話は聞いてなかったけど」 目を丸くしたルイズの言葉に、興味なさげな霊夢がさりげなく相槌をうった。 そしてアンリエッタもそれに続いて軽くうなずくと、テーブルの上で緊張して硬くなったルイズの右手を優しく掴んだ。 「先程も言ったように、あなたには私の門出を特別なところで見ていて欲しいのよ…ルイズ」 ルイズに向けてそんな言葉を告げた彼女の瞳には、幼馴染への期待と渇望の色が滲み出ている。 それは、友のいる故郷を離れる彼女の切実な願いなのだろう。 ルイズにとってその願いは叶えさせたいものであるが、自分では無理なのではと半ば諦めていた。 そう、詠みあげる詔を考える前から半ば諦めていた。 「わかりました…では、謹んで拝命いたします!」 しかし悲しきかな、ルイズはあまりにも実直すぎた。 幼馴染であり敬愛する姫殿下の瞳を見て断り切れず、結局は請け負ってしまった。 眩しすぎるほど目を輝かせ、自信に満ちあふれた表情を浮かべて… ◆ 「…で、近々行われるアンリエッタ姫殿下とゲルマニア皇帝の婚姻の儀で私が読み上げる事になってる詔を考えてるんだけどね…」 表情を曇らせて話し終えたルイズに、デルフは『へぇ~、こりゃまたタイヘンなことで…』と返して言葉を続ける。 『でも結婚式の詔だろ?そんなもん精々お二人の結婚おめでとうございます。末永くお幸せに…みたいなこと書いとけば良いんじゃねぇの?』 適当すぎるデルフのアドバイスに「バカ、そういうカンタンなモノなら苦労しないわよ」と言って説明を始めた。 「良い?畏れ多くも先王の子でありうら若きトリステイン王国の王女である姫様の一生一度の晴れ舞台なのよ。 それはほかの結婚式よりも神聖でなくてはいけないの…普遍的な詔ではその式を盛り上げる事なんてできないじゃない! だからこそ…誰も書いたことのないような素晴らしく、姫様の門出を盛大に祝える詔を考える必要があるの!わかる!?」 最後辺りで熱が入ったルイズの説明に、デルフは何も言わずプルプルと刀身を震わせた。 おそらく笑っているのだろうが、それは嘲笑ではなくきっと感心して思わず笑ってしまったのだろうと、ルイズは思うことにした。 『まぁそれ程熱が入るんならすぐに書けるだろ。一応カタチだけの応援はしておくぜ』 「えぇ見てなさい、今に素晴らしい文章を書いて見せるわ」 笑い声の混じったデルフの言葉にルイズは元気を取り戻したのか、勢いよく羽ペンを手に取った。 ルイズは知らないだろう。詔を考えているのが彼女だけではないことに。 今頃宮中で、多くの文官たちが結婚式で読みあげる詔の草案を考えているだろう。 彼女はただ、用意された詔を一字一句正確に詠みあげる巫女としてアンリエッタ直々に指名されただけである。 それを言い忘れたアンリエッタに原因があるかもしれないが、言っていたとしてもルイズは詔を考えていただろう。 「さぁ書いてみせるわ!姫様の結婚を祝う最高の詔を!」 ヴァリエール家の末女は気合を入れた。 家族に、敬愛する王女に…そして、部屋にいる一本と本物の巫女と普通の魔法使いに気づかれることなく、ただ一人。 「何一人で叫んでるのか知らないけど、腹が減りすぎて言葉を掛けるのもめんどうだわ…」 「今日はちゃんとした味のする食べ物を口に入れるまで…なにもやる気がおこらないぜ…」 『青春ムード全開のピンク少女とブルーな異世界少女たち…ハッハッハッ!見てるだけでおもしれぇなコリャ!!』 窓を通して外へと散らばる三人と一本の声は、闇夜が広がっていく空へ向けて羽ばたいていった。 ※ 一方、場所は変わって首都トリスタニアのブルドンネ街。 昼はとても賑やかであったここも、夜になれば殆どの店が閉まり活気が無くなっていく。 貴族用のホテルなど一部の公共施設はまだ開いてはいるがこの前起こった殺人事件の所為か営業している所は少ない。 それとは逆に、繁華街のあるチクトンネ街の安い宿の方が活気づいていた。 ここでは夜間営業の酒場や定食屋が仕事帰りの客たちを迎えようと、開店を知らせる看板を店の前にこれでもかと出し始める。 一日の労働を終えた人々はそんな店を求めて繁華街へとなだれ込み、ますます賑やかさを増してゆく。 日が沈み、再び上る時間までこの賑やかな雰囲気は続くのである。 そんな街の雰囲気と空気を、とある食堂に設けられた屋上席から見下ろす一人の少年がいた。 眼下の灯りで輝く金髪にすらりと伸びた体を一目見ただけでは、男か女かわからない。 細長く色気を含んだ唇。睫毛は長く、ピンとたって瞼に影を落としている。 そして何より特徴的なのは、彼の両目の色であった。 右眼の色は透き通るような碧眼なのだが、左眼の色は鳶色。つまり、左右の眼の色が違うのだ。 虹彩の異常。他人に尋ねられた時、少年はそんな風に答えている。 「ふぅん、偶の旅行ってのはやっぱり体に良いものだね」 自分以外誰もいない屋上席でひとり透き通るような声で呟き、テーブルに置かれた飲み物の入ったグラスをに手を伸ばす。 小鹿の革の白い手袋に包まれた細い指でそれを手に取ると、ゆっくりと飲み始める。 ヒンヤリとしたグラスの中に入ったアップルサワーのすっきりした甘さと酸味を口内と舌で堪能し、一口分ほど飲んだところでそっとテーブルに置いた。 「……うん、やっぱりお酒は故郷のモノに限るね。どうも味がしつこい気がする」 少年はわずかな笑みを顔に浮かべて、胃の中に入ったアップルサワーの感想を誰に言うとでもなく述べた。 そんな時、「ここにいましたか」という声が耳に入り、少年はそちらの方へ顔を向ける。 振り向いた先にいたのは、屋上席の出入り口からこちらへ歩いてくる金髪の女性であった。 立派な麦のように光り輝く金髪をポニーテールにしており、歩くたびにシャランシャランと左右に軽く揺れる。 若草色のブラウスに薄黄色のロングスカートといったいかにも平民の女性…というよりも少女らしい服装で、足には立派な革靴を履いていた。 トリステイン魔法学院で働く給士たちに支給されるこの靴は大事にされているのか、近くから見ても傷ひとつついていない。 そして首にはネックレスのようにぶら下げた聖具が、街の灯りを浴びてキラキラと光り輝いていた。 少年は微笑みを浮かべ、こちらへ近づいてくる女性に声をかけた。 彼にとって彼女と出会うのは久しぶりで、彼女にとっても彼と出会うのは久々である。 「久しぶりだね。君と以前会ったのはシェル……シェ…何て名前だったけ?」 以前顔を合わせた町の名前を言おうとして言葉が詰まってしまった少年を見て、女性はクスリと笑って「シュルピスですよ」と優しく呟いた。 彼女の言葉で思い出しのか、少年はうれしそうな表情を浮かべた。 「そうそうそれだ!この国へ来てからもう二ヶ月近くたつけど、地名が中々難しくて苦労するんだよね」 「まぁ、良くそれで゛お仕事゛ができますわね。わたし驚きました」 自分より一つか二つ年上の人にそんな言葉を投げかけられ、少年は面目ないと言わんばかりに頭を掻いた。 笑いあう少年と少女にも見える女性。場所が場所なら青春の一ページとして心の中のアルバムに納まっていただろう。 ひとしきり笑いあった後、気を取り直すかのように女性が口を開く。 「相変わらず自分のペースを崩さないのですね。ジュリオ様は」 「いかなる時にも自分のペースを乱さなければ、どんな事も冷静に対処できるんだよ」 ジュリオ――女性にそう呼ばれた少年はそんな事を言いながら「さ、立ち話も何だし君も座ったらどうだい?」と女性に着席を促す。 彼の指差した先はテーブルの向かい側に置かれた椅子ではなく、自身が座っている椅子の方であった。 「え?…あ、あなたの隣…ですか?」 それを予想していなかったのか、ジュリオの言葉に目を丸くしてしまう。 「そうだよ。こういう時こそただのデートっていう感じにしないと後で怪しまれるだろう」 「は、はぁ…では、お言葉に甘えて」 ジュリオの言葉に彼女は困惑しつつも、彼の隣に腰を下ろした。 その瞬間、二人が座っている椅子から「ギシギシ…ギシギシ」という軋む音が聞こえてくる。 安い木材で作られたであろう長方形の長椅子が、未成年二人分の体重を受け止めて悲鳴を上げているのであろう。 その音を聞いた二人は顔を見合わせ、微妙な沈黙に耐え切れなかったジュリオが笑顔を浮かべて喋った。 「ははは!ヤバいよこの椅子。話しの途中で壊れたら良いムードが台無しになっちゃうな」 「そ、そうですね…」 相変わらずテンションの高いジュリオにどう接したら良いかわからず、彼女は無難な返事をする。 ジュリオはイマイチな女性の反応を見て笑うのをやめると一息ついた後、再度口を開いた。 「はは、じゃあ椅子が壊れる前に…゛質問゛に入るとするかな?」 「…!は、はい!」 人気のない屋上席に漂っていた女性とジュリオの間にある空気は、一瞬にして変わった。 ジュリオは笑顔を浮かべているままだが、女性の顔はキッと緊張感のあるものになる。 まるで裁判台に立たされ判決を言い渡されようとしている被告人のごとく、その表情は引き締まっていく。 「じゃあ最初の質問。゛トリステインの担い手゛と゛盾゛が消えた後に…何か変化は?」 「黒いトンガリ帽子を被った黒白服の金髪の少女とインテリジェンスソードが一本゛担い手゛の部屋に居つきました」 「トンガリ帽子の少女…?」 「はい、一見メイジのようにも見えますが杖は所持しておらず、自らを「普通の魔法使い」と自称しています」 「魔法使い…メイジじゃなくて…?あ、名前は…」 そんなことを聞かれた彼女は一呼吸おいて、質問の答えを告げた。 「マリサ。キリサメマリサです」 「キリサメ、マリサ…変わった名前だな」 ジュリオはひとり呟くと「ふふふ」と笑ってその顔に薄い笑みを浮かべた。 「もしかすると…彼女も゛盾゛と同じ場所から来たのかもね」 「常日頃゛盾゛と良く絡んでいたりするのでその可能性は高いと思われます」 「良し、゛トンガリ帽子゛という名前で彼女も調べてくれ。くれぐれも気取られないように」 「わかりました、ジュリオ様」 自分が信頼されているという思いを感じつつ、女性は頷いた。 「それと話は変わるが…ここ最近のトリステインはどうなっているんだい?」 今度は謎の会話から一転し、この国の方へと話が移った。 「ブルドンネ街ホテルでレコン・キスタの内通者が変死。事件の詳細を揉み消す動きがあったので恐らく国内の有力者が下手人でしょう。 まだ有力な情報は掴めていませんが、水面下でガリアとトリステインの一部の貴族の間で何かしらの取引があったようです」 彼女の゛報告゛を聞き、ジュリオはやれやれと言いたげに肩をすくめた。 「何処の国も同じだねぇ、年寄り連中が若い連中の足を引っ張るってことは」 年寄りにはうんざりだよ。と最後に呟き何を思ったのか、ふと空を見上げた。 すでに日が沈んでから一時間、見上げた先は深い深い闇を映す夜空が世界を覆っていた。 街の灯りに多少埋もれてはいるが、夜空に浮かぶ無数の星たちが光り輝いている。 一生懸命に自分たちを主張する自然の光は、人口の光が支配する街の中で暮らす人々の目には映らない。 「年寄りたちは上空の光を…未来へと続く道を歩こうとせずかつての栄光にしがみつく―」 先程とは違い真剣な表情を浮かべたジュリオはそんな事を呟き、言葉を続けていく。 「過去の栄光は所詮過去に過ぎないというのにそれすら理解できず、逆に未来へと歩もうとする若者たちを道連れにする。 どんなにすがったって意味がないと言えば、老いと死の恐怖に耐え切れず余計過去にすがる。 僕たちは、それを突き飛ばしてでも歩まなくてはいけない―未来へ…無限の可能性と進化、そしてそこからくる未知の恐怖が待っている未来へと」 ジュリオは座っていた席から立ち上がると、ピッ!と左手の人差指で夜空を指差した。 手袋に包まれた指の先には、一際強く輝く星が浮かんでいる。 まるで希望を胸に生きる若者たちを象徴するかのごとく、それは激しくも神々しく輝いている。 「僕たちのような若い世代の人間は、手を取り合って未来を切り開かなくてはいけない。 その為には四つの゛虚無゛の力と…誰にも縛られることのない゛博麗の巫女゛が必要なんだ」 ―――そう、人々がまた…゛旅立つ゛為にも その言葉を最後に、ジュリオは口を閉じた。 瞬間―――キラリ!と輝く流れ星が夜空を切って飛んで行く。 まるで、未来へ向かって一直線に飛んでいく隼のように、その流れ星はすぐに見えなくなった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん