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春の麗らかな風景に爆発音が響いていた。 爆発音の発信源はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 彼女は他のクラスメート達や教師が見守る中、サモン・サーヴァントの儀式を行っていたが、爆発ばかり繰り返していた。 その数も既に20を裕に越えており、始めは冷やかしていたクラスメート達も、流石に飽き飽きしていた。 いつまでたっても成功しないのを見て、U字禿の教師コルベールは「次で成功しなかったら良くて留年、最悪の場合退学になりますぞ」とルイズに脅すように言った。 「五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし使い魔を召喚せよ。」 ルイズはありったけの魔力をこめ、いつになく真剣な面持ちで唱えた。 しかし、ルイズの思いも虚しくまた杖を向けた先で爆発が起こった。 それを見た全員がまた失敗かと思った。が、もくもくと土煙が立ち込める中に爆発する前には無かったはずの『何か』があった。 ルイズはそれに気が付くとゆっくりと警戒しながらその何かに近づいていき、それを手にとってみた。 「これは…『矢』?」 爆発の跡にあったのは一本の古びた矢だった。鏃は金属でなく石で作られ刃の部分は鋭く出来ていたが、その装飾からして実戦で使うものではないようだ。 だが、彼女にとって生物でない物に用はない。サモン・サーヴァントは使い魔となる生物を呼び出す儀式。明らかに無機質な矢などお呼びでないのだ。 ルイズは溜め息をついた。爆発ばかり繰り返し、簡単なコモンマジックどころかまともに使い魔すら召喚出来ない『ゼロ』…自分の将来を憂え今すぐ泣き出したくなったその時、 サクサクと草原を誰かが歩く音がした。 クラスメートの誰かが自分を慰めに来たのか、それともコルベールが退学を宣告しに来たのか。ルイズはいずれにせよ振り向く気になれなかった。 だが、その音の正体がどちらとも違う事がクラスメートが次々にしゃべった事で明らかになった。 「おい、何か黒いのがいるぞ!」 「遂に成功したの!?やったじゃないルイズ!」 えっ!?と驚きルイズが振り向くと黒い人らしき「物」がこちらに背を向け歩いていた。 カウボーイハットの様な帽子を被り、肩にはドーナッツ形の飾りを幾つも付けている。 腰にはゆるゆるとしたベルト、更に乗馬用のブーツみたいな靴を履いている。 だがその姿はどこまでも漆黒であり、生物と非生物の間のような存在感を出していた。 ルイズは成功してこれを呼び出したのにこれに対し何とも言えない不気味さを感じた。 こいつは何かヤバイ気がする…契約をすべきなんだろうか… そう思った時、既に異変は始まっていた。 いきなり周りにいたクラスメート達が何の前触れも無くその場で倒れると眠りだしたのだ。彼らの使い魔達も、である。 その異常な光景にルイズは呆然としたが、ふと気付いた。自分の手からいつの間にか矢が地面に落ちていたのだ。 そして矢は斜面でもないのにその漆黒の『何か』の元まで転がって行った。漆黒の『何か』は立ち止まり矢を拾いあげると再び歩き出した。 「ちょ、ちょっと!これはあんたの…」 そこまで言うといきなり足に力が入らなくなり、ストンと地面に腰を落としてしまった。 「な…た…立てな……」 そして意識が朦朧とし、他のクラスメートやコルベール同様地面に横たわり、眠ってしまった。 それでも漆黒の『何か』…前の世界で『鎮魂歌』と呼ばれたそれは城の方へとゆっくり歩いて行った… シトシト… 気付いたら夕方になり小雨が降り出していた。 ルイズはいつの間にか自分が寝てしまった事を思い出し、起き上がろうとした。 しかし、地面に手を付けた瞬間グラリとした。なにかおかしい…身体が『重い』…いやサイズに『合わない』感じがする。 「何が起きたの」 自分の周りを取り囲んでいた中にいたはずのキュルケがいつの間にか近くにいた。 「分からない…いつの間にか寝ちゃって…」 ルイズが答える。視覚がまだぼんやりしていた。 「ルイズの使い魔のせい?」 キュルケが淡々とした感情の起伏の無いしゃべり方をしているのにルイズは違和感を覚えた。キュルケの普段のしゃべり方はこんなのじゃない… 「し、しし知らないわよ!私だって何がなんだか…」 「私?」 キュルケが首を傾げた。ルイズはますます違和感を覚え、尋ねてみた。 「あんた…本当にキュルケ?」 その問いにキュルケは首を横に振ることで答えた。 「冗談はよしてよ!あなた、どう見たって…」 そこではっとした。自分の背が明らかに延びていたのだ。手もよく見てみたら成人男性のような… もしかして!と思い、頭に手をやるとそこには無かった。自分のトレードマークとも言えるものが! 「無い!あたしの髪が無い!」 「元々」 キュルケが突っ込んだ時、「うぅ…」 また近くでうめき声が上がった。キュルケの隣で寝ていたタバサだった。 「何なのよ…いきなり眠くなって…」 タバサが起き上がってキュルケを見た。キュルケも起きたタバサを見た。 「「………」」 二人は五秒ほど沈黙した後、 「きゃああああああああ!」 タバサ、いやタバサの中のキュルケが絶叫した。キュルケの中のタバサも驚いて目を丸くしている。 だが、彼女達よりショックを受けた人達がいた。 ルイズは頭に髪が無いので気付いた。辺りを見渡すとすぐに見つけた。今にも起き上がろうとしている自分の身体を! その自分の身体も自分を見た。 「いやぁぁぁぁぁぁ!」 「うぉぉぉぉ何事ぉぉぉ!?」 両者共にキュルケより遥かに大きな声で絶叫した。 しばらくして心と状況の整理が出来た。 まず、どういう訳か分からないが、魂が入れ代わったということ。 しかもほとんどが使い魔と入れ代わったらしく、話しかけても全然通じなかった。例外は四人の他、ギーシュとマリコルヌだけであった。 次に、これは仮説だが、この現象はルイズが呼び出した使い魔が引き起こした物だということ。 そして最後に、得意魔法等は魂と一緒についてきた。 ということである。 「困りましたぞぉぉ」 ルイズの中のコルベールが頭を抱える。頭の上が豊かなことや若返ったのは嬉しいらしいが、そんなことを言っている場合では無い。 これがもしハルキゲニア中に広まったら大変な事になる。 しかしその元凶がどこに行ったのかも、どうやれば元に戻るかも分からなかった。 焦ってばかりで役に立たない教師を尻目にキュルケとタバサはいち早く動き出した。 「黒い人のようなのよ。捜して来て!」 キュルケはシルフィードと入れ代わったフレイムに命令した。 「きゅるきゅる」 フレイムは慣れない様子で飛び上がり、辺りを旋回しだした。 「森の中。」 タバサもシルフィードに探索するよう命じた。 「きゅい!」 シルフィードは森の中に入って行った。 10分ぐらいしてフレイムが本塔の近くでレクイエムを発見した。 キュルケはフレイムに足止めを頼みつつ、六人はレクイエムの元へと急いだ。(当然だが、マリコルヌと入れ代わったギーシュはおいてけぼりだった。) To Be Continued...
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「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」 その教師はそう自己紹介をした。 教室中が静かになる。どうにも慕われているというより、嫌われているので目を付けられたくないかららしい。 だがおれにはそんな事関係ない。 おれが考えているのはただ一つ。あの教師の長い黒髪を思いっきりむしりたい。コレだけだ。 前にやったときは頭に飛びついた時点で反撃を受けたからな。 今度は慎重にやる必要がある。我慢だ、おれ。 そんな風に自分を抑えていると、キュルケが立ち上がってギトーに向かって炎の玉を作り出し、打ち込んだ。 俺の獲物に手を出すな! と言いそうになったがその前にギトーが風を起こし、炎の玉を掻き消し、キュルケを吹っ飛ばした。 おいおい大丈夫か?キュルケのヤツ。 それはそうとヤツの武器は風らしい、 風はすべてを吹き飛ばすとか言ってるがそんなのは相性によっていくらでも覆される。 だがおれのザ・フールでは相性が悪いだろう。 この前気づいた事だがスタンドと魔法は相互干渉するらしい、 だから風で吹き飛ばされれば固めてる状態ならともかく砂の状態で操れなくなってしまうだろう。 やはり死角から飛びついて杖をなんとかしてからだろうか。 「もう一つ、風が最強たる所以は…」 お、また一つ手の内を明かしてくれるらしい。風が強くてもコイツはバカだな。 ギトーが詠唱を始め、呪文を唱える。 そしてギトーは分身した。 「うわ、スゲー何アレ?」 おれがつい声をあげると、ルイズに睨まれた。黙ってろって?分かったよ。 ギトーが分身の説明をしようとするが出来なかった。 変な格好の教師が入ってきたからだ。 頭にある金髪ロールの髪、それを見ておれは理性を失った。 「うおりゃああぁぁぁ!」 飛びついてむしる。だが失敗した。頭に飛びついた瞬間その髪がズレたのだ。 新手のスタンド使いか!? そう思ったが違うらしい。ただのカツラだ。 「チクショーーーーー!」 騙された恨みを晴らすべくそのカツラをズタズタに引き裂く。 「あぁ~それ高かったのに~」 情けない中年の声なんか気にしない。 みんなは真似しちゃDANEDAZE♪ ってあれ?教室中が静かだぞ?何で? おれはこの重い沈黙を破る方法を探した。だがおれにはどうしようもない。誰かなんとかしてくれ。 そして動いたのはタバサだった。そのカツラ野郎の頭を指差して 「滑りやすい」 途端に大爆笑が起きる。ナイスフォローだタバサ。 よく見るとカツラ野郎はコルベールだった。髪だけ見てたから気づかなかったが服も変な物を着ている。 具体的に言うとレースの飾りやら刺繍とか、絶対変だ。 「いいセンスだ…」 おいギーシュ、本気で言ってるのか? 「それで?何の用ですかな?ミスタ・コルベール」 「ああ、そうだった。今日の授業はすべて中止です」 歓声があがった。どこの学校でも授業というのは潰れて欲しいものらしい。 「中止の理由は何ですかな?」 ギトーが不機嫌そうに尋ねる。自分の見せ場を潰されたんだし当然だろう。 「本日がトリステイン魔法学院にとって良い日になるからです。何と…」 そこでもったいぶって言葉を切る。 なかなか続きを言わないので煽ってみる。 「早く言えよハゲー」 あ、ヤベ、睨まれた。 「恐れ多くも、アンリエッタ姫殿下がこの魔法学院に行幸なされるのです」 その言葉で教室がざわつく。それに負けないような声でハゲ…じゃなかったコルベールは続ける。 「したがって、粗相があってはいけません。今から歓迎式典の準備を行うので今日の授業は中止」 なるほど、そういうことか。 「生徒諸君は正装し、門に整列する事」 そう言い残してハゲベールは出て行った。 アレ?名前これでいいんだっけ? ルイズにこれから来る姫殿下の事を聞いてみた。必要な事をまとめるとこんな感じだ。 まず名前はアンリエッタと言い、他に兄弟はいないらしい。以上。 名前と他の兄弟の事。大事なのはこれだけだ。 何故かというと他に兄弟がいない、 それはつまりいつかは『王』になると言う事だ。 ここがおれとアンリエッタの共通点。 コイツをどう叩きのめすかが問題になってくる。 そんなワケで敵情視察だ、とは言っても正門にルイズと一緒に並んでみるだけなんだが。 お、馬車から降りてきた。 外見はかなり美人。よし、あれも部下にしよう。 馬車を引いてるのはユニコーンだな。あいつらから聞き込みが出来ないだろうか。 周りの警備は…四方を囲んでいる奴らがいる。けっこう強そうだがおれの敵じゃあないな。 よし、情報集めはこれでいいだろう。 戦闘面ならともかく、今回のような事ではは見るだけで得られる情報は少ないからな。 そう思ったおれは周りの連中の反応を見ることにした。 「あれが王女?ふん、勝ったわね」 胸の事か?おれもそう思うぞキュルケ。 「……」 お前はいつも通りだな、タバサ。 ルイズは…驚いてる?何を見てるんだ? おれはルイズの見ている方向を見る。 おっさんがいた。あいつは誰だろう? その夜。おれがどうやってアイツを蹴落とし、地位を手に入れるかを考えているとドアがノックされた。 初めに長く二回、それから短く三回。 それを聞いたルイズは 「このノックは!?」 ノックだよ。聞けば分かるだろ? 「合言葉を言わなくちゃ」 合言葉?ああそういう合図なのか。 「ノックされてもしも~し」 「ハッピー、うれピー、よろピくねー」 よく分からない合言葉の後、ルイズがドアを開けた。 入ってきたのはアンリエッタだった。 こんな所に王女が来るのは不思議だったが どうにもルイズとアンリエッタは昔馴染みらしい。 さっきから抱き合ったりしている。 そしてふと悲しそうな顔になったが、少しルイズと会話して何かを決意したらしく、何かを話し始めた。 「わたくしは同盟を結ぶためにゲルマニアの皇帝に嫁ぐ事になったのですが…… 礼儀知らずのアルビオンの貴族たちはこの同盟を望んではいません。 二本の矢も束ねずに一本ずつなら楽に折れますからね。 したがって、わたくしの婚姻を妨げるための材料を血眼になって探しています。 もし、そのような物が見つかったら…」 「姫様、あるのですか?」 「……はい、わたくしが以前したためた一通の手紙なのです。それがアルビオンの貴族達の手に渡ったら… 彼らはすぐにゲルマニアの皇帝にそれを届けるでしょう」 「どんな内容の手紙なんですか?」 「それは言えません。でも、それを読んだら、ゲルマニアの皇帝はこのわたくしを許さないでしょう。 婚姻はつぶれ、トリステインとの同盟は反故。となると、トリステインは一国にてあの強力なアルビオンに立ち向かわ ねばならないでしょうね」 「その手紙はどこにあるのですか?」 「手元にはないのです。実はアルビオンに…」 「アルビオンですって!ではすでに敵の手中に?」 「反乱勢ではなく反乱勢と戦っている、王家のウェールズ皇太子が…」 「ウェールズ皇太子が?ではわたしに頼みたい事とは…」 「無理よルイズ。アルビオンに赴くなんて危険な事、出来るわけないでしょう」 「姫様の御為とあらば、何処へでも向かいますわ!このルイズ、姫様の危機を見過ごすわけにはまいりません!」 ルイズがこっちを向いた。 「行くわよ!イギー!」 「え?どこへ?」 つい反射的に答えてしまう。 「話聞いてた?」 「翠星石は俺の嫁、までなら」 ルイズに蹴られそうになったが、そうはならなかった。 ドアから新たな人間が入って来たからだ。 「姫殿下の話を聞かないとは何事かー!」 ギーシュだ。 おれはすぐにデルフリンガーを抜く、するとルーンが光り体中に力がみなぎる。これがガンダールヴの力らしい。 ギーシュから三メイルほどの所で地面を蹴って飛び上がり、頬を蹴り込む。 「必殺!デルフリンガーキック!」 「おれ関係ねー!」 デルフの残念そうな声を聞きながらギーシュが倒れるのを見届ける。 だがギーシュは立ち上がってきた。もいっぱつ蹴ろうかと思ったがルイズの声が先だった。 「ギーシュ!今の話を立ち聞きしてたの?」 ギーシュはそれを無視してアンリエッタに話しかける。 「バラの様に見目麗しい姫様のあとをつけてみたらこんな所へ…そして様子を伺えば何やら大変な事になっているよう で…」 そういって薔薇を振り、ポーズをとりながら次の言葉を言った。 「その任務!このギーシュ・ド・グラモンに仰せつけますよう」 図々しいヤツだ。 「グラモン?あの、グラモン元帥の?」 「息子でございます。姫殿下」 「あなたも、わたくしの力になってくれるというの?」 「任務の一員に加えてくれるのならこれはもう望外の幸せにございます」 どうやらギーシュも参加するらしい。 おれも乗り気になっていた。 その手紙をおれが回収すれば何らかの切り札になるかもしれないしな。 To Be Continued…
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反省する使い魔! 第九話「噂の奏で△微熱の乙女」 学院長室が配置されてあるのは トリスティン魔法学院にいくつもそびえ立つ塔の一角だ。 当然、移動には内部の螺旋階段を使用する。 そして今その螺旋階段では、ルイズの後に続くように 音石が階段を下りていた。 すると音石に背を向け階段を下りながら ルイズが話しかけてきた。 「ねえオトイシ、あんたなんで スタンドのことを黙ってたの?」 「そこんとこは悪かったと思ってるぜルイズ、 だが勘違いはしないでくれよ。別に隠してたわけじゃねェ、 ただ単純に『話す機会』がなかった…。それだけだぜ。 …クックック、そう考えるとあのギーシュって小僧との決闘が ある意味、お前にオレのことを知ってもらう 『いい機会』だったって事かもしれねーな」 音石が得意げに鼻で笑った。 それにつられてルイズも「もう、ばかねぇ」と 薄ら笑いを浮かべた。 「まっ、こうして話してくれたわけだし 今回は特別に許してあげるわ。その代わり!」 突然ルイズが振り返りビシッと音石を指差した。 「あんたさっき学院長室で言ってたわよね? 『オレの世界についてはまた今度じっくり話してやる』って その約束、しっかり守ってもらうわよ!」 このルイズの命令には音石も意外そうな顔をした。 「なんだよルイズ、地球に興味があんのかよ?」 「そりゃね、私これでもハルケギニアについては 結構いろいろと知っているほうなのよ? だからとても興味があるわ、魔法が存在しない世界だなんて、 とても想像できないもの」 「へぇ~…、人は見かけによらねーってのはこの事だな」 「なんか言った?」 「幻聴だろ」 そんなやり取りをしているうちに いつの間にか二人は階段を降りきっていた。 そして二人は自室……つまりルイズの部屋に戻るべく、 学院なだけあって無駄に広い中庭の道を通っていった。 そんなときだ、向こう側から数人の男女生徒が歩いてきた。 ルイズは彼らを見た瞬間、若干動きが躊躇った。 そんなルイズの反応に気付いた音石も向かってくる 生徒たちの顔を見る。……そして気付いた。 向かってくる生徒の何人かが今日の授業で見た顔……、 つまりルイズのクラスメイトだったのだ。 彼らは全員が楽しそうに会話を繰り広げ、 廊下の真ん中を堂々と歩いていた。 しかし、一人の生徒がルイズたちに気付いたのか、 顔をはっ!とさせ、一緒にいる仲間たちに なにかをささやき始めた。 ルイズたちからは距離があったため なにをささやいているのか聞こえなかったが、 次の瞬間、彼らが一斉にふたつに分かれ ルイズたちが余裕で通れる道を作ったため なにをささやいていたのか余裕で予想が付いた。 ルイズと音石が彼らを通り過ぎると 彼らは逃げるようにその場を走り去っていった。 ルイズは何か複雑な気分だったが 音石は心の中で嘲笑っていた。 (フッフッフッフッ、あの決闘自体がルイズに スタンドを教える『いい機会』だとすれば…、 あの決闘での勝利は貴族の肩書きなんかで図に乗っている ガキ共に喝を入れる『ちょうどいい機会』ってわけか……) その後、音石はルイズの部屋で 自分の故郷、地球についての説明をした。 地球の歴史、科学技術の発達、自分は地球の 日本という国の人間で国によって言語が違うなど。 ありとあらゆる説明をしていくにつれ ルイズは未知な知識が次から次へと 頭の中に入っていく新鮮な感覚に興奮と驚きを 隠せないでいた。 音石自身も自分の世界では誰でも知っていて当然の常識を こうもいちいち驚きまくるルイズの反応は 見ていておもしろかったため特に不満も めんどくささも感じないまま説明を続けた。 当然、説明すればするほどルイズからの質問が増えていく。 車とはどういうものなのか? 鉄の塊がどうやって空を飛ぶのか? 音石はサムライなのか? など、説明するにつれ質問にも答えなければならないため 当然、喉がスッカラカンに渇ききってしまい ルイズの部屋に置いてあった水を必要以上に摂取した。 喉を渇かすこと自体は音石にとってよくあることだが、 その渇きを癒すために摂取した水の量が半端じゃなかったため、 音石はこの日、ひどくトイレに悩まされる羽目になった。 そんなこんなで会話を繰り広げていると いつの間にか、外が暗くなっていた。 どうやらお互い会話に夢中になっていたのか 時間が過ぎているのに気付かなかったらしい、 音石にとってはこの世界で二度目に迎える夜だったため どこか奇妙な感覚を味わっていた。 先に外が暗くなっていることに気付いたのは音石だが ベットに座っていたルイズも音石が気付いたすぐ後に 外が暗くなっているのに気付き、何かを思い出したのか 勢いよく立ち上がった。 「あ、いっけない!オトイシ、行くわよ!」 「行く?…ああ、夕食か?」 「そうよ、早くしないと神聖なる 食事前の祈りに遅れちゃうわ!」 「祈り?そんなんがあんのか?」 「はぁ?あんた何言って…… あ、そっか…。あんた朝食のとき すぐに出てったから知らないのも当然ね…… いい?私たちの祈りってのは始祖………」 「なあルイズ、説明してくれんのは嬉しいんだが 急いでんならせめて行きながらにしねーか?」 「………それもそうね、ついてきなさい」 部屋に出た二人は食堂に向かうために 廊下の奥にある階段を目指した。 音石は食事前の祈りについての説明をしている ルイズの後に続いて歩いていたが、 音石は食堂に行ったらまたシエスタの世話になるか と考え事をしていた為、 最終的には祈りというのは かつて存在した始祖とかいうお偉いさんに 感謝の言葉を送るというアバウトな感じにしか 覚えていなかった。 ルイズの後に階段を下りようとしたその時、 音石は咄嗟に後ろを向いた。視線を感じたからだ。 刑務所に入っていると、その気がなくても 嫌でも看守の目を気にするときがある。 そのため音石は妙に視線や気配に人一倍に敏感になっているのだ。 かつて牢屋に入っていたアンジェロが 虹村形兆の気配にいち早く感付いたのがいい例である。 しかし音石の視線の先には女子寮の生徒たちの 部屋の扉が連なっているだけで、 特にドアの隙間や廊下の一番奥にある窓ガラスには こちらを伺うような人影もなかった。 (………気のせいか?) 「ちょっとオトイシ!なにしてんのよ、早く来なさい!!」 「あ、ああ………今行く……」 音石は疑問を感じながらも これ以上、ルイズを待たせたら大目玉を くらいそうだったため、慌てて階段を下りていった。 足音が遠のいていくと、ルイズのひとつ奥の部屋…… キュルケの部屋の扉がキイィィィィ…っと音を鳴らした。 わずかに開いた扉の隙間からはキュルケの使い魔、 フレイムが顔を覗かせていた。 ルイズと音石が食堂に辿り着くと 相変わらず大勢の生徒がにぎやかに談笑の声を上げていた。 しかし、生徒が少しずつ音石の存在に気付くと にぎやかな談笑も少しずつざわめきに変わっていった。 「お、おい、あいつだぜ」 「ば、馬鹿!目を合わせるな!ギーシュの二の舞になるぞ!!」 「なんであんな野蛮人を先生たちは放っとくのよ……」 「ちょ、ちょっと…声が大きいって!聞こえたら殺されるわよ!」 「平民のくせに…………」 「あんな強力な亜人を操れる奴が平民なわけないでしょうッ!? きっとエルフが魔法を使って化けてるのよ!」 「なんであんなのがルイズの使い魔なんだよ…………」 そんな陰口が食堂に充満していく有様だが、 席に向かうルイズの後に音石が続いて歩くと 机と机の間に立っていたり、椅子に座っていたり している生徒たちは音石が近づいてくると 立っている生徒は怯えながら机に張り付くように道を譲り 座っている生徒は椅子に身を伏せていた。 なかには震えている生徒までいる始末だ。 学院長室から部屋に向かう途中の事といい、 この食堂での今といい、どうやら音石は かなり生徒たちから恐れられているらしい。 どうやら『レッド・ホット・チリ・ペッパー』だけでなく ギーシュを半殺しにしたことがよほど効果的だったらしい、 しかし元よりそのつもりでギーシュを必要以上に痛めつけたのだ。 音石としてはどこか奇妙な達成感を感じていた。 対してルイズは自分の使い魔が噂されるほど 優れている事に胸を張ればいいのか、 まるで自分が音石に相応しくないような 物言いをしている生徒に怒ればいいのか どこか複雑でどこか悲しい気分のまま席に座ったが、 ポンッと肩を叩かれ、振り返り見上げてみると 音石が自分の心情を察してくれたのか 「言いたい奴には言わせておきゃあいい… まっ、気に入らねー奴がいたら教えな 変わりにブッ飛ばしてやっからよぉ~~…」 と悪ガキのように笑いながら言った。 そんな音石の笑顔を見ていると ルイズも陰口でブツブツ言っているだけしかできないような 奴らにいちいち反応している自分が馬鹿らしく感じた。 (そうよ!今は無理でもそのうち何も言えないぐらいに 成長してやるんだから!実際わたしはこいつを召喚したじゃない! へこたれても仕方がないわッ!!) そしてルイズは一言笑顔で「ありがとう」と音石に返した。 その目にはその目には音石とはまた違う 輝きと強い勇気と希望に満ち溢れていた。 すると給仕たちが厨房から 美味そうな食事を机に運び始めた。 そこでルイズはふとあることに気付いた。 音石の食事のことである。 ルイズは今朝、ここの給仕にみずぼらしい料理を 自分の使い魔に出すようにと命令しそのままである。 しかし音石は異世界の住人でありながらも なにかといろいろ自分のことを気に掛けてくれている。 性格は多少野蛮で大雑把なところはあるが ソレさえ除けば基本いい奴である。 さすがに今朝のようなみずぼらしい食事を 出すのはルイズの人間としての良心が痛んだ。 だが料理はもうすぐそこまで運ばれている。 ルイズはどうしようかと焦ったが いつの間にか音石がその場に居ないことにも気付いた。 「あ、あれ?あいつどこ行ったのよ?」 周りを見渡しもどこにも音石の姿はない。 するといつの間にか隣にモンモランシーが 座っているのにも気付き、彼女に聞いてみることにした。 「ねえ、モンモランシー。私の使い魔どこ行ったか知らない?」 「ん?彼ならさっき厨房に向かっていくのを見たわよ? たぶん、厨房の給仕たちに食事をもらうつもりじゃないかしら?」 「そうなんだ……、わかったわ、ありがとう」 自分の使い魔が給仕に食事を恵まれるというのも気に引けるが それならそれでいいかと納得し、 ルイズは自分の前に食事が置かれるのを確認した。 相変わらず、おいしそうな香ばしい匂いが食欲をそそった。 「ねえ、ルイズ」 すると急に先ほどのモンモランシーが話しかけてきた。 「ん、なによ?」 「あの使い魔、なんて名前だったっけ?」 「え?オトイシ・アキラだけど………」 「そう……オトイシさんって言うんだ……」 モンモランシーのありえない呼び方に ルイズは自分の耳を疑った。 「『さん』ッ!?え、ちょっとモンモランシー!? あ、あんたまさかッ!?」 「えっ!?あ!?ち、ちがうわよルイズッ!! 誤解しないでッ!誰があんな平民なんかをっ!! しかもアイツはギーシュをあんなひどい目にあわせたのよッ!? なんで私がそんな奴のことなんか………」 そう言うとモンモランシーは腕を組みながら、 プイッと顔を逸らした。 しかし顔を逸らした先には厨房があり、 モンモランシーは厨房を眺めたまま、 完熟したトマトのように顔を赤くしながら 徐々に意識が上の空になっていった。 「よお、シエスタ」 「あ、オトイシさん!!」 厨房に現れた音石の名をシエスタが叫ぶと 厨房中の料理人、メイドたちが仕事の手を止め、一斉に音石を見た。 そんな視線に音石は多少気まずいモノを感じたが よくよく見ると、彼らの視線は先ほどの生徒たちのような 不安と疑惑が篭った目ではなく、逆に尊敬と憧れを その目に篭らせていた。 すると厨房の奥から大柄で筋肉モリモリマッチョマンの 料理長マルトーが現れた。 「おお、来たか!『我らが狂奏』!!」 「はぁ?」 突然現れたマッチョマンにわけのわからない 呼び方をされ、音石の頭の上に?マークが浮かび上がった。 「あ、オトイシさん。紹介しますね! この人は料理長のマルトーさんです マルトーさん、この人がさっき言った オトイシさんです!」 「わざわざ言わなくてもわかるさシエスタ! 顔に大きな傷痕があり、見たことのない楽器をぶら下げた男! そしてこの只者ならぬオーラ!一目でわかったぜ! こいつがシエスタを助け、貴族を倒した『我らが狂奏』だってな!! がっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」 マルトーが豪快に笑いながら、 音石を半ば力ずくで椅子に座らせ、 昼間のシチューとは比べ物にならないくらいの 豪勢な食事が机に置かれた。 「おいおい、いいのかぁ?この料理、 下手したら食堂の貴族どもより豪華だぞ?」 「なぁ~に、別に気にするこたぁねぇよ お前さんはシエスタを助けてくれたんだ! だからこの料理は俺たちからのささやかなお礼だ!」 そういうことなら……、と音石はフォークを手に取り、 美味そうな匂いを漂わせているチキンを取ろうとしたが 突然マルトーが料理の皿を横にずらし、 音石はむなしく机を刺してしまい、手が止まった。 なんのつもりだと言いた気に音石はマルトーを 見上げたが、その時のマルトーの顔は先ほどの 豪快な笑顔から真剣そのものの顔で音石を睨んでいた。 「ただ………最後に確認しておきたいんだが…… まさかお前さん、実は貴族……なんてことはないよな?」 「…………………なにィ?」 「シエスタから聞いたんだが…… お前さん、なんでも手で直接触れることなく ゴーレムを破壊したそーじゃねーか… そこら辺をはっきりさせておきてーんだ」 マルトーの言葉に音石は理解した。 そういうことか…、この世界じゃあ平民は魔法をつかえねぇ……、 つまりそれは魔法を扱うための精神力が扱えねーって事だ。 てことは当然こいつら平民は貴族とは違って スタンドを見ることが出来ねーってわけか……。 音石は手に持つフォークを机に置き、 マルトーの顔を睨み返した。 「くっく、おいオッサン。勘違いしてんじゃねーよ 確かにオレには普通の人間にはない 特殊な『チカラ』を持っちゃいるがよ~~~~……、 コレだけははっきり言ってやる………。 オレをあんな口だけ野郎どもと一緒にすんじゃねーよ」 シエスタや周りの料理人たちやメイドたちが冷や汗をかいた。 マルトーは学院中の平民の間ではメイジ嫌いで有名である。 沈黙という重い空気が流れた。 ―――――――――しかし………、 「………グ……、グゥアッハッハッハッハッハッハッ!! コイツは驚いた!俺に睨まれてそんな口を利いた奴は お前が初めてだよ!!いやはや、まったく恐れ入ったぞ!!」 「ギャッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!! オッサン!あんたも人が悪いぜェ!! せっかくの飯だってのにこんな邪険なムードにされちゃあ うまい飯もまずくなるってもんだぜ!?」 「ガッハッハッ!!違いない!!」 「ギャッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」 「ガッハッハッハッハッハッハッハッハッッハッ!!」 そんな二人の豪快なやり取りにシエスタたちは 安堵と喜びに満ち溢れていた。 どうやらシエスタたちは下手したら 殴り合いになるんじゃないかと心配していたようだ。 音石はマルトーと気が合ったようで あっという間に打ち解けることが出来た。 音石が食事をしているとあらゆる質問が 料理人やメイドたちからぶつけられてきた。 主に年齢や出身、決闘についてである。 出身は適当に誤魔化したが 決闘に対しての質問は特殊な『チカラ』を 持っているとだけ教え、『スタンド』のことは 黙っていることにした。 しかし、どういうわけか。 マルトー含む、ほとんどの者は音石が持っている ギターがマジックアイテムと勘違いしている者もいる。 特殊な『チカラ』=マジックアイテム 彼らはそう解釈したのだ。 だが音石からしても、マジックアイテムというのが どういうものかは知らないが、そう解釈してもらえるなら そっちのほうが都合がいいと判断し、そういう事にした。 そんな音石に付けられた称号が『我らが狂奏』である。 どうやら決闘の最中にギターを弾いていた音石の姿が その称号を生んだらしい……、なんともえげつない呼び名である。 「また来いよ『我らが狂奏』!! 俺たちゃあいつでもお前を歓迎するぞ!!」 「ああ、また世話になるぜオッサン。 じゃあなシエスタ」 「はい!是非またいらしてくださいね!!」 食事を終えた音石は厨房を後にし、ルイズの元に向かおうとしたが 戻ってみると、ルイズが座っていた席にはルイズは居なかった。 「ルイズなら先に帰ったわよ」 「ああン?」 突然声をかけてきた相手はモンモランシーだった。 「頼まれたのよ、あいつが戻ってきたら 先に部屋に戻ってるって伝えてってね」 「そいつはご苦労さん…………じゃあな」 「え?あ!?ちょ、ちょっと待ちなさい!!」 正直この時、音石はこのまま無視して部屋に戻りたい気分だった。 呼び止められた理由がだいたい予想が付くからだ。 せっかく貴族がわざわざ伝えてあげたのよ!? 感謝の言葉を送るなりするのが礼儀でしょ!? どうせこんな風なことを言われるに決まってる。 そう思った音石だが………興味があった。 昼間のギーシュの物言いから推測すると、 このモンモランシーはおそらくギーシュの恋仲かなんかだろう、 だからこそ興味があった。 そんな彼女が恋人であるギーシュを半殺しにした自分に 一体どんな口を利いてくるのか非常に興味があったのだ。 だから音石は部屋に戻ろうとした足を止め、 モンモランシーのほうへ振り向いた。 その時の彼女の顔は熱でもあるのか妙に赤かった。 「あ……あの!じゅ………授業の時……… そ、その………た、助けてくれて……あ、ありがとう」 音石は自分の耳にクソでも入ったんじゃないかと疑った。 まさか逆にお礼を言われるとは思っても見なかった。 この世界に来て音石は、貴族に対してはっきりいって ロクな印象がない。 この世界の貴族はどいつもこいつもその肩書きを 馬鹿みたいに威張り散らすことしか知らないカス。 どちらかというと音石のなかにはこういう印象が 定着しきっていた。 だからもしも自分を見下すような物言いをしたら 適当に馬鹿にして嘲笑ってやろうと考えていたが、 逆にこう言うことを言われるとどう対処すれば いいのか非常に困ってしまう。 「………ああ、まあ……あれだ………えっと……」 音石はぎこちない感じで、 どう言葉を返したらいいか考えていた。 元々音石は敵を作りやすい人柄のせいか 他人に感謝されること自体が極端に少ない。 ましてや女性に礼を言われたことなど 音石が記憶してる限りではほとんど経験がない。 まあ単に音石が覚えてないだけかもしれないが……。 音石は照れているのか頭をかきながら視線を逸らし、 「オレが勝手にやったことだし気にすんな」 と簡潔に言った。 モンモランシーは何かを言おうと 口を開こうとしたが、音石は逃げるように 早歩きで食堂を後にした。 らしくねぇ………、 音石はルイズの部屋がある女子寮の 階段を昇りながらそう思った。 さっきの食堂でのモンモランシーの感謝の言葉には 音石は正直今思えば感心している。 しかしそれでもいきなりあんなこと言われたら どう言葉を返せばいいのか迷うのを通り越して 気恥ずかしくなってしまう。 (まったく、らくしねぇな音石明 承太郎の野郎みてぇにクールにいかねぇもんか………) いろいろ考えているうちに かえってむなしくなってしまい 音石は深いため息をついた。 今から外に出てギターを激しく演奏して 気分でも晴らそうかとさえ思ってしまう。 そんなことを考えているうちにいつの間にか ルイズの部屋がある階にたどり着き 今日はさっさと寝てスッキリしようと思い ルイズの部屋に近づいていったが 廊下の奥の暗闇からひとつの炎が宙に浮いているのが 目に入り、音石は咄嗟に足を止めた。 警戒していたが徐々に暗闇からソレが姿を現し、 その炎の正体がキュルケの使い魔、 サラマンダーのフレイムの尻尾だと気付いた。 「はぁ~~、なんだ脅かすなよ てっきり人魂かと思ったじゃねぇか、 あ~~~、心臓にわりィ……」 音石は服の上から自分の左胸に手を押さえ 心臓の鼓動が早くなっているのを確かめると、 突然フレイムが音石のもうひとつの手の 服の袖を咥えてきた。 「ん?なんだよ、人懐っこいやつだな 遊んでほしいのか?」 「きゅるきゅる」 「うおッ!?お、おい。いきなり引っ張んなよ! この上着、結構高いんだぞ!?」 突然、力強くフレイムに引っ張られた音石であったが 下手に引き剥がそうとすると、お気に入りの上 値段も張った大切な上着が破けてしまう恐れがあったため、 引き剥がそうにも引き剥がすことができなかった。 されるがままにフレイムに引っ張られていくと どうやら自分の主人であるキュルケの部屋に連れてこようと しているようだ。 部屋のドアは半開きなっており、フレイムがその間に体を入り込ませ、 音石もその後を無理やり入り込まされた。 部屋の中はなぜか真っ暗で、いつの間に服を咥えている 口を離していたフレイムの尻尾の炎があっても 1メートル先も見渡せない空間となっていた。 ついでにこちらの世界ハルケギニアでは 『メートル』は『メイル』で表されているらしい。 「扉を閉めて」 すると暗闇の部屋の奥から声がした、当然キュルケである。 先に述べたように、部屋の中は1メートル先も見渡せない状況だ。 当然、そんな暗闇の中ではキュルケの姿を目視することは不可能である。 しかしなんと音石はこの暗闇の中、はっきりとベビードールだけを着た セクシーな格好をしたキュルケの姿を認識していた。 なぜそんな暗闇の中を音石が目視できたかというと 音石はこの時、『レッド・ホット・チリ・ペッパー』の 『眼』だけを発現し、それを自分の眼球の上に コンタクトレンズのように重ね被せたのだ! チリ・ペッパーは電気のスタンド! その発光体質を利用した音石独自の暗視スコープなのである!! (おいおい……、一体なんのつもりだこの女?) 音石はそんなキュルケのベビードール姿に若干戸惑いながらも、 同時に興味があったので言われた通りに扉を閉めることにした。 すると部屋に置いてあった数本のロウソクが一斉に炎を灯らせた。 キュルケがなにか魔法をつかったのだろう、 音石は彼女の手に杖があることを確認した。 「そんな所に突っ立っていないでこっちに来てくださらない?」 音石はゆっくりとベットに座り込んでるキュルケの傍に歩み寄った。 「オレとルイズが食堂に行くとき、妙な視線を感じたが…… あれはお前の使い魔だったのか?」 「あら、気付いていたの? さすがね………。ええ、その通りよ」 「なんでおれとルイズを監視してやがったんだ? なんでもお前の実家とルイズの実家は昔っからの 因縁らしーじゃねーか?まさかそれに関係してんのか?」 「誤解しないで、別にヴァリエールなんか監視しないわ あの娘、なにかとそのことにこだわっているけど 私は別に興味ないもの、ご先祖様たちの問題なんて…… それよりも………!」 「うぉわッ!!?」 すると突然キュルケが音石の手を引っ張り 自分の体の上に音石を無理やり押し倒させる体勢を作り出した。 音石は嫌の予感がしながら自分の額から首筋に 冷や汗が流れるのを実感した。 音石は咄嗟に手を伸ばし、キュルケから離れようと 体を起こし立ち上がろうとしたが、 いつの間にか自分の首に手を回しているキュルケによって それもできなくなっていた。 「私が興味あるのは………… ミスタ・オトイシ、あなたなのよ」 「…………ああ、なるほど、そういうことか?」 「ええ、わたし、貴方に恋してるのよ」 二人の顔の間隔は鉛筆縦一本分くらいで 互いの吐いた息が肌で感じ取れるほどのものだった。 しかし、ここで焦ってはと相手の思うつぼだ。 音石はここぞという時こそクールに対処するのが 最善の策だと結論付けた。 だから音石は無理にキュルケから離れようとせず あえてこの距離のまま彼女に話しかけた。 「なぁキュルケ……、君の気持ちはうれしぃんだがよ~~~。 昨日今日知り合った相手にいきなり惚れるってのは オレからしてみれば普通にどうかと思うぜ?」 「そんなことはないわ、現にあなたは学院中の人気者じゃない」 「嫌な意味でだろ?そんなんで君に惚れられる道理はないぜ?」 「フフッ、意外と謙虚なのね。聞いたわよ? あなたがギーシュと決闘したのは一人の女の子を 助けるためだったって………」 「…………………………………………」 「あなたの決闘での戦い様、カッコよかったわ まるで伝説のイヴァールディの勇者みたいだったわ! あんなすごい亜人、見たことないわ! 青銅を一発で粉砕するほどのパワー! 戦いながら楽器を奏で続ける不敵な物腰! あれを見た瞬間、わたしの心に火がついたのよ! 情熱!そう、『恋』と言う名の情熱よ!! 昨日知り合ったばっかりだからだなんて些細なことよ!」 『言ってもムダ!』 キュルケの話を聞いていると、 音石は嫌でも広瀬康一が山岸由花子に対して言った あの言葉を思い出してしまった。 音石はあの時、康一と由花子の戦いの一部始終を監視していたが 由花子はなにかを好きになると周りが見えなくなる異常な女だ。 この女、キュルケもまさにそれだ。 由花子のような凶暴性がないとはいえ、一度何かに夢中に なると周りが見えなくなっているんだ。 しかもこの女は貴族という身分のせいか 『自分が好きになった男は自分が手に入れて当たり前』 と思っている。 由花子とはまた違った異常さが彼女に潜んでいた。 少なくとも音石にはそう思えて仕方なかった。 (これ以上この部屋にいるのは絶対にやばい! だが力尽くじゃだめだ! この女が何をするかわかったもんじゃねぇ…… 下手に断ったらこの状況の濡れ衣をオレに着せる可能性がある。 『いきなり部屋に上がりこんできて襲ってきた』ってな! そんなことになったら今度こそ大問題だ。 ギーシュとの決闘のときとはわけ違う。 学院長のじぃさんでも庇いきれるかどうか…………… なんとかこの女が納得する方法でここを 抜け出さねぇとこれから先、ここでの生活がどうなるか わかったもんじゃねぇぞ!!) 音石はどうするか考えていた。 しかし周りが見えない女をうまいこと説得する方法など はっきり言って容易なことではない。 「フレイムで監視していたのはごめんなさい。 あなたが気になって仕方がなかったの」 「………キュルケ、ひとついいことを教えてやるぜ。 人間、『仕方がなかった』でいくらでも誤魔化せるんだぜ?」 これはつい昨日まで刑務所にいた音石だからこそ言えるセリフだろう。 『仕方がなかった』、どんな奴でも自分の間違いを否定するとき 必ずこの言葉を口にする。間違いの罪が深ければ深いほど この言葉を口にする。刑務所にいた音石はそんな言葉を 口にする人間を人一倍見てきた。 だからこそ音石は、この『仕方がなかった』という魔性の言葉が どれほど恐ろしいかよく知っていた。 「……そうね、貴方の言うとおりだわ。 本当にごめんなさい。でもわかって頂戴……、 どうしようもないのよ。恋は突然だし、 『微熱』の二つ名を持つ私のプライドが許せなかったのよ!」 (………これで『微熱』ねぇ~~) 音石は完璧に呆れかえっていた。 こんな自分を好きになってくれるのは正直うれしい。 しかし先程も音石が言ったように、昨日今日会ったばかりの相手と 恋人関係になるような観点など音石は持ち合わせていない。 ……………………………その時だ。 突然、部屋の外窓を叩く音がした。 音石とキュルケが窓を叩く音に反応し、咄嗟に窓のほうを見る。 すると窓を見ると同時に勢いよく窓が開いた。 開いた窓の外には一人の少年の姿があった。 「キュ、キュルケ……、待ち合わせの時間に来ないから 来てみれば……。な、な、なぜよりによってその男と………」 「ペリッソン!ええと、申し訳ないけど二時間後に…………」 「い、いや……。きょ、今日の約束はなかったことでいいから…… は、はは……そ、それじゃあごゆっくり!」 「え、あ、ちょ、ちょっとペリッソン!?」 (……ここ、たしか3階だよな?……でもまあ、 メイジ相手に今更って感じもするな) 「ふふっ。彼、確実にあなたに怯えてたわね」 「……なあキュルケ、俺が思うに先約があったんじゃないのか?」 「彼の勝手な勘違いよ。私が一番愛してるのはあなたよオトイシ それにもう過ぎたことじゃない?彼は約束はなかった事でいいって 言ってたんだから………」 (マジでおっかねー女だぜ、こいつの恋愛感情は子供のオモチャと一緒だ。 なにかを気に入ったオモチャを見つけるととことん遊び尽くすが、 また別の気に入ったオモチャを見つけると今まで遊んできた オモチャは何の迷いもなしに捨てやがる。 ひとつの事に夢中になるが、それ以外のものは すべてどうでもいいと認識しちまっているんだ。 ………ああ、だから『微熱』なんて中途半端な二つ名なわけだ) 音石のなかでなにかがしっくりきた。 するとまた別の少年が窓の外から顔を覗かせてきた。 置いてあるロウソクの光具合の影響か、知らないだけか、 今度の少年は音石を見ても怯えた様子はなかった。 「キュルケ!その男は誰だ!? 今夜は僕と過ごすと約束したじゃないか!」 「ああ、ごめんなさいスティックス 今夜の約束はなしってことで♪」 するとキュルケが胸の谷間か杖を取り出し、 杖を振った。するとロウソクの炎が蛇の形を模り、 窓の外にいる少年を突き飛ばした。 「呆れたを通り越して逆に感心するよ よくまあ一晩にこう何人も…………」 「あなたは彼らと違うわ!『特別』よ!」 「『特別』ねぇ~………、おっとキュルケ! どうやらまだ予約が残ってるみたいだぞ?」 「えッ!?」 音石が窓を指差し、キュルケが驚きの声を上げ振り返る。 そこには三人の少年がぎゅうぎゅう詰めになって窓の外にいた。 「「「キュルケ!そいつは誰だ!!恋人はいないって言ったじゃないか!」」」 「ああもう、うるさい!フレイム!!」 キュルケが苛立ちを隠せない口調でフレイムに命令した。 きゅるきゅるっと鳴いたフレイムは、そのまま三人に向かって 死なない程度には手加減してるであろう炎を吐いて 三人を窓から焼き落とした。 キュルケがその様子を見て安堵の息を吐いた。 ところが前を向きなおすと音石はベットから立ち上がり 自分に背を向け、扉のほうへ帰っていこうとしていた。 「待って!誤解よ!別に彼らとはなんともないわ! 単なるお遊びよ!ねえ、お願い待って!!」 キュルケもすぐさまベットから立ち上がり、 音石の後を追い、彼の背中に抱きつこうとした。 しかしそれは、抱きつこうとした瞬間、 音石が向き直った事によって中断された。 「よかった、考え直してくれた……の……ね………」 キュルケは振り向き直った音石の顔を見て息を呑んだ。 とても冷たい目をしていたからだ。 貴族である自分にむかって……………… いや、それどころか彼の目は人間に向けるべき目ではなかった。 養豚場の豚でもみるかのように冷たい目……………、 とても…………………、とても残酷な目だった。 キュルケはそれを理解すると同時に、 自分の背中が冷えかえるような感覚に襲われた。 「………キュルケ、これだけは教えといてやる お前には言っても無駄だろうが……………… 男はな………、お前の退屈しのぎの道具じゃないんだよ」 「道具って…………。ち、違うわ! わたし別にあなたや彼らをそんなふうにみてわけじゃ………」 「もうお前は喋るな」 「……………………………………え?」 「もうてめーにはなにもいうことはねえ……… とてもアワれすぎて……………………何も言えねぇ」 キュルケのなかでなにかが崩れ落ち音がした。 水晶玉が叩きつけられるような………… すがすがしいくらいに残酷な音だった。 バタンっと音石が扉の音を鳴らし部屋を後にし、 膝を突き、その場に立ち尽くしたキュルケに フレイムが心配そうに近寄った。 するとキュルケはフレイムに寄りすがり……………泣いた。 音石がキュルケの部屋を出ると、 見計らったかのようなタイミングでルイズの部屋のドアが開いた。 案の定、出てきたのはルイズだった。 そしてルイズも音石の存在に気付き、それどころか音石が キュルケの部屋から出てきたことにも気付いた。 「オ、オトイシ!?あ、あんたキュルケの部屋で何してたのよ!?」 「…………………………………………」 「な、なんとか言いなさいよ!! こ、こ、こ、この………エロ犬【ドォンッ!】ひゃあっ!?」 ルイズはたまたまそばに置いてあった鞭を手のとり 音石に向かって振り上げようとしたが、 音石は顔を伏せたまま、キュルケの部屋の壁に向かって 力一杯、拳で殴りつけたのだ! そんな突然の行動にルイズの体は硬直した。 すると顔を伏せていた音石はゆっくりと顔を上げた。 ルイズに向かってフッと小さな笑みを浮かべた。 「なんでもねえよルイズ、実は今日 キュルケの使い魔が俺たちを監視していたから その理由を問い正してただけだよ」 「………え?そ、そう……なの?」 「ああ、何でもオレに興味があったそうだ」 「え………はぁッ!?もう!キュルケの奴、一体何考えてんのよ!!」 ルイズがキュルケの部屋に乗り込もうとしたが 音石が手を壁にし、それを静止した。 「よせルイズ、ほっとけ」 「でも使い魔に色目使われて黙っていられないわ!!」 「必要ねぇよ……、」 音石の言葉にルイズは何かを察したのか、 仕方ないわねと言って、音石と一緒に部屋に戻ることにした。 部屋の中ではルイズはキュルケに対しての愚痴を 散々音石に浴びせた後、二人とも眠りに付いたが ルイズはベットの中で、音石の先程の行動を思い返すと 怖くて仕方がなく、自分は本当に彼を使い魔として…… パートナーとしてやっていけるのか不安になってしまった。
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しかし意外だな。ルイズの家は王女と交流があったのか。 ということは王族と交流があるってことだな。貴族の中でも地位は高いんじゃないか? そんな家柄で魔法が使えないのは結構やばくないか?家族でも厄介者扱いされてたりしてな。貴族ってプライドは無駄に高いからありえるな。 だから貴族に拘ってるのかもしれないな。私には関係ないがな。 「結婚するのよ。わたくし」 色々考えているとそんな言葉が聞こえ現実に戻ってくる。へぇ、王女は結婚するのか。 「……おめでとうございます」 先程までの楽しそうな雰囲気は霧散しルイズは沈んだ口調で言った。何故だ?王女が結婚するんだったら普通喜ぶものだろう? つまり何か事情があるってことか。なるほどね。 突然王女が今気づいたという風にこちらを見る。気づいてなかったのか? 「あら、ごめんなさい。もしかして、お邪魔だったかしら」 「お邪魔?どうして?」 「だって、そこの彼、あなたの恋人なのでしょう?いやだわ。わたくしったら、つい懐かしさにかまけて、とんだ粗相をいたしてしまったみたいね」 「はい?恋人?あの生き物が?」 酷い言い草だな。しかし王女がそう思うのも無理はないかもしれない。普通人間を使い魔にするなんて思うわけないだろうしな。 「姫さま!あれはただの使い魔です!恋人だなんて冗談じゃないわ!」 ルイズが首を激しく振りながら否定する。 「使い魔?」 王女が疑問に満ちた面持ちで私を見つめてくる。 「人にしか見えませんが……」 人は人でもガンダールヴとかいう伝説の使い魔だけどな。 「そうよね。はぁ、ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね」 「好きであれを使い魔にしたわけじゃありません」 ルイズは憮然として言い返す。私も好きでされたわけじゃないぞ。 王女が突然ため息ををついた。何だか胡散臭いため息だな。 「姫さま、どうなさったんですか?」 「いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね……」 嘘だな。これ見よがしに私困ってますって感じを見せ付けてるじゃないか。 「いやだわ、自分が恥ずかしいわ。あなたに話せるようなことじゃないのに……、わたくしってば……」 「おしゃってください。あんなに明るかった姫様が、そんな風にため息をつくってことは、なにかとんでもないお悩みがおありなのでしょう?」 「……いえ、話せません。悩みがあると言ったことは忘れてちょうだい。ルイズ」 じゃあお前何しに来たんだよ。 「いけません!昔はなんでも話し合ったじゃございませんか!わたしをおともだちと呼んでくださったのは姫さまです。そのおともだちに、悩みを話せないのですか?」 ルイズの言葉を聞き王女はなんとも嬉しそうに微笑む。 「わたくしをおともだちと呼んでくれるのね、ルイズ・フランソワーズ。とても嬉しいわ」 王女が頷く。 「今から話すことは、誰にも話してはいけません」 付き合いきれないな。部屋から出るとしよう。これ以上は私を巻き込まずにやってくれ。 そう思いドアに向かって歩き出す。 「何処行くのよ、ヨシカゲ」 ルイズが私を呼び止める。 「なにやら重大な話のようだから席でも外そうと思ってな」 「いや、メイジにとって使い魔は一心同体。席を外す理由がありません」 王女が首を振りながら言う。じゃあ今の私の心はルイズが思っているのと同じなんだな。 今私はこう思っている。巻き込むな!
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シエスタ@ゼロの使い魔 トリステイン魔法学院で働く平民の17歳のメイド。 ゼロの使い魔に出てくるメインキャラの女子では珍しく貴族以外のキャラである。 曽祖父が日本人であるため、1/8だけ日本の血が流れている。
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前ページ次ページ鋼の使い魔 帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世とトリステイン王国王女アンリエッタ殿下の婚礼の儀式はトリスタニアの夕方から始まり、 ウィンドボナの朝日で以って終幕を迎える事となっている。 勿論たった一日の行程ではない。有力貴族を引き連れた遠大なる『結婚旅行』として企画され、総行程は6日、予備日2日を抑えたスケジュールが組まれている。 宮廷側ではその行程に管理される人間の便覧が用意され、その中にトリステイン側から選出された『祝いの巫女』役として、ルイズの名前も入っているのであった。 トリステイン魔法学院の早朝未明、まだ誰もいない学院の敷地で一人ギュスターヴがデルフを構えて立っていた。 彼は紫色にたなびく空が匂う中で中段に構えたまま、瞠目し静かに気を凝らしている…。 剋目、流れるような剣舞を放つ。飛び込み、或いは素早く身体を引く動作を繰り返す。 朝露の光る中で、ギュスターヴはかれこれ二時間はこうして剣を振っていた。鋼の王と呼ばれ、剣戟が達人の域になって久しいギュスターヴだったが、 こうして肉体の鍛錬を欠かしたことは無い。 何しろ、若々しい態度と余り老け込まない容貌で忘れられがちだが、齢49の肉体は怠けるとすぐに衰えてしまうのだ。ガンダールヴの刻印が肉体を強化すると言っても、 安心はしない。 最後、ぐっと踏み込んで一刀を振り込んでしなやかにデルフを納めた。 「…ふぅ……」 熱を持つ身体をゆっくり冷やすように静かに息を吐く。 「ご苦労さん相棒。そうやって剣として大事に使われると俺様なんでか涙が出そうだぜ。目、無いんだけど」 「何わけの分からない事を…。さて、そろそろルイズを起こしに行くか…」 学院の遥か遠くの山際に、朝日が昇り始めていた。 さて、そうして起こされるはずのルイズは、実はとっくに起きて――尤も、寝間着のままだったが――机に向かっていた。 机には開かれたままの本が数冊。ペンとインク壷、まっさらな便箋に加えて、丁寧に書き綴られた一枚の便箋が乗っている。 ルイズは本と書き取った便箋を読み比べて小さく呻っては、まっさらな便箋にちろちろと文を何度か書き、また呻ってを繰り返す。何度か繰り返してから、 書き綴った便箋に文章を加えていった。 「~~~………~~……~…で、できたわ…っ!」 ペンを置いて書き終わったばかりの便箋を取り上げる。便箋には美麗な語句をちりばめた音韻鮮やかな詩句が並んでいた。 恐る恐ると便箋を机の上に置いて、肩を揺らして大きく息をついた。 「やっと…やっと出来たわ~……」 椅子から降りて身体を解しながら、ルイズはカーテンの隙間から漏れる蒼い朝日に目を細めた。 ルイズはこの半月の間、ギュスターヴを助手に図書館に潜りこんでは文法書や詩集を引っ張り出し、必死に祝詞の製作に励んでいた。 加えてオスマンの添削を受けての作業だった。オスマンは国一の頭脳らしく丁寧な指摘をルイズに与えてくれたが、 ルイズは中々規定の字数まで文を作ることが出来なかった。 そして今日の添削を以って締め切りと宣告と言われた中、早朝になってようやく完成したのだった。 ふらふらとベッドに倒れこんたルイズは、布団の柔かな感触に頭を埋める。 「後は…これをオールド・オスマンに見てもらえばいいわね」 ベッドの上にはまだ自分の温もりが残っていて気持ちいい。 「朝食の時間まで、まだ少し時間があるから…ほんのちょっとだけ……」 根つめすぎていたのか、ルイズはそのままベッドの上でとろとろと眠りはじめた。 机に置かれた『始祖の祈祷書』が開かれたまま、ぱらぱらと風ない中で繰られている…。 『大きな一歩、躓いて…?』 その日の午前中、最初の講義はコルベールによる各種秘薬の取り扱い方について…のはずであったが、教室には生徒がかなり疎らに入っていて、 はっきり言ってスカスカだった。 実はここ暫くの間、コルベールは講義を殆ど休講にして自分の研究に時間を充てているのだ。 だから今教室にいるのは友人と談笑しに来ているような生徒くらいで、他の生徒は好きな場所に行っているのである。 そんな教室にルイズがやってくる。その姿は普段より服がよれ気味で、豊かなチェリーブロンドも少しぼさぼさしている。 …二度寝した結果朝食を食べ逃し、急いで仕度して部屋を出たのであった。お陰で今日もコルベールの講義が無いことをすっかり忘れていた。 「……もう、最悪。それもこれもギュスターヴがちゃんと起こしてくれなかったせいよ!まったくあの中年使い魔ったらどこに行ってるのかしら!」 ルイズの記憶では定時にギュスターヴが自分を揺り起こすところを覚えているが、その後がなんとも曖昧になっている。 もしかして起き切らない自分を放っておいて一人で朝食に行ったのかもしれない。 きゅうぅ、と下腹部が締め付けられる。空腹で苛々もしていた。 「…うぅ。お腹すいちゃったけど、どうしよう……」 途方にくれていると廊下からゆらゆらとした悪趣味のシャツがやってくる。 「…やぁルイズ。どうしたんだい、こんなところで」 色素の薄さが定着しつつあるギーシュは目の下のクマを濃くして壁に寄りかかった。 「なんでもないわよ…。ハァ、休講だし、食堂で何か作ってもらうかしら…」 ギーシュを袖にしてルイズは自分のお財布に今幾らお金が残っていたかを考えていた。因みに学院の食堂は三食以外について、 生徒教員が厨房に直接お金を払って料理をしてもらうようになっている。 ギーシュはゆらりと教室に入ると日誌らしきものを手に教室から出てきた。 「ははははは。…さぁ、僕も用事は済んだからコルベール師のところに行ってくるよ…」 日誌を片手に悪趣味なシャツはゆらゆらと去っていった。 再び下腹部が締め付けられる。 「…お腹すいた」 とぼとぼとルイズの足も教室から食堂へ向かっていく。 「そういえばミスタ・コルベールの実験ってどうなってるのかしら?飛翔【フライ】や浮遊【レビテイション】を使わないで空を飛ぶって行ってたけど…」 コルベール研究塔前は、天幕を中心として随分と様変わりしていた。 天幕の傍ではコルベールとギュスターヴの手で不可思議な物体が製作されていた。 それは木板を箍で半円錐状に締めた物体に、鉄棒で作った骨組みを乗せ、そこに布を張って翼のような形をとっている。 翼は大きく左右に張り出し、さらに円錐の先端に合うように後部にも二つの小さな翼がついている。すべての翼の後半分は可動できるように作られていて、 さらに各々にはワイヤーが繋がっている。ワイヤーはすべて、円錐の広がりの上部に張り出している二本のバーへ集まっているように見えた。 その部分だけを見ると、蝸牛の角のようでもある。 円錐の先端を挟み込む形で、16本の筒が付いている。『飛び立つ蛇君』改型噴射推進装置であった。 「右のレバーを引けば右方向へ、左のレバーで左方向に曲がれるはずです」 製作及び設計者コルベールは少々疲れた顔をしていながら、目に光が灯って溌剌としている。 円錐部には人が入り込めるだけのスペースがあり、そこにはいくつかのレバーが付けられていた。 今そこにはギュスターヴが収まっている。架台に置かれた巨大な乗り物の初の乗り手として、コルベールがギュスターヴに依頼したのである。 「コルベール師。この乗り物が風を掴んで浮き、空飛ぶ蛇とやらを動力に進むのは理解しましたが…これだけの物が本当にそれだけで飛ぶのでしょうか?」 動作を確認するように何度かレバーを引く。するとレバーに合せて、羽根と尾羽の末端が上下左右に動いた。 乗り物は最前端から後部まで3メイル、翼の端から端まで5メイル強、正面から見た厚みが1メイル弱とかなり大きい。恐らくちょっとした馬車並の重さがあることだろう。 問われたコルベールは羽根の可動部に油を注して答えた。 「うむ。残念ながら現在の『飛び立つ蛇君』型噴射推進装置の力だけでは離陸する事ができない。そこで」 と、コルベールが取り出したのは両端が板で閉じられた短い鉄の筒。 「機体の下部に4リーブルの風石消費器を設置します。離陸前に操縦部の脇にあるリールを回せば、消費器の中の風石に圧力が加わって約500リーブルの機体重量を 4分の一以下に減衰することができます。約125リーブル以下の重量であれば、16機搭載する『飛び立つ蛇君』型噴射推進装置を2機ずつ発動することで理論上は 離陸が可能なのです。離陸時は噴射推進装置によって機体は地面を滑走しますので、頃合を見て上昇下降レバーを引けば翼が風を掴んで空に上がる事が できるはずなのです」 「仮定や推論が多い話ですな」 スルッとギュスターヴは円錐部から抜け出る。いつもの服の上から革のベルトを肩掛けになるように身体に巻いている。 操縦部で身体を固定するためのベルトだった。 「仕方がありません。古今、このような方法で空に上がろうとするのは我々が初めてですから」 大人二人が夢か無謀か、挑戦に向けて準備をしているのを尻目にギーシュは一人作業に没頭していた。 溶鉱炉に隣接するように、ふた周りほど小さなドームを作っているのである。 ギーシュの技量では一発で作れないので作る場所にはじめ土を盛り、そこから魔法で徐々に形作っていた。 「ふぅ…ギュスターヴ。これでいいかい?」 呼ばれたギュスターヴはギーシュの作ったドームを確認した。隣の溶鉱炉よりも小さく、すこし歪だが、要望どおりの出来だった。 「ふむ…あとは溶鉱炉の方から排煙を出してもらって、吸気を一緒にもらえるように管を繋げられればいい」 「鍛冶打ち用の炉が欲しいなんて、君は鍛冶師か何かなのかい?」 問われたギュスターヴは頭をかいた。 「まぁ、鍛冶打ちもできる…って言った方がいいのかな」 らしくなく煮え切らない返事にギーシュは首を傾げるのだった。 昼食時となって、一旦解散したギュスターヴが貴族用食堂を覗くといつもの席でルイズが食事を取っていた。 「ちゃんと起きれたみたいだな」 声をかけられたルイズは振り返ってギュスターヴを確認すると、顔を背けた。 「…なんだ、起こさなかったと怒ってるのか?」 「当たり前でしょ…どうして朝起こしてくれなかったのよ」 「起こしたさ。起こしてやったのに二度寝して寝過ごしたのはルイズ自身だろう?」 普段どおりのふてぶてしい態度のギュスターヴに、ルイズは段々ムカムカしてくる。自分が根すり減らして貴族らしき義務を全うしようと苦心しているというのに、 自分の使い魔はそんなことをまるで気に掛けない、と。 「人が…誰にも任せられない重要な仕事で大変な苦労をしているって言うのに、なんなのよあんたは!」 無意識に手に持っているフォークが飛んだ。フォークの先はギュスターヴの頬を掠めて床に音を立てて落ちる。 その雰囲気に食堂を一瞬ただならぬ空気が包んだ。ギュスターヴの目は厳しいものだったが、次にはふっ、と笑った。 「それだけ元気なら大丈夫そうだな。しっかりやれよ」 そう言ってギュスターヴは厨房へ行き、視界から居なくなった。 「……ばか」 一人癇癪を起こしたのが情けなくて、ルイズはそのまま食事をやめて部屋に戻っていった。 「…で、頬に傷をもらってきたってのかい」 テーブルで静かに昼食を頂く脇で手の空いたマルトーが聞く。ギュスターヴの左頬には横一線に赤い晴れがうっすらと浮かんでいた。 「ま、人の手前説教するわけにもいかんだろう。あれでも主人だしな」 「でもよぉ。そのお嬢ちゃん、どう聞いてもギュスの主人にしておくにはもったいねぇな」 昼食に出した塩肉の余りを食べながらマルトーが続ける。 「…ギュスよ。俺の知り合いに侯爵家の料理番を代々やってる奴がいるんだ。そいつの主人は料理番風情の友人を家族みたいに優しく扱ってくれるんだとさ。 お前さんも剣の腕があるんならもっとマシな扱いをしてくれるところを探したほうがいいんじゃねぇか」 静かに食事をしていたギュスターヴはシチューのさじを置いた。 「ご馳走様。今日も美味かったよ、マルトー。…生憎と俺は暫く、主人を変える気はないよ。ルイズには色々と恩があるのは確かだし…それに……」 「それに?」 「……少しばかり気になるからな。色々と」 そういうギュスターヴの目は鋭さを佩びていた。 「…ま、ギュスがそういうなら俺は別にいいけどよ」 「気を効かせて悪いな。…じゃあ、俺は戻るから。美味い夕飯、期待してるぞ」 「へ!言われるまでもねぇな」 さくさくとギュスターヴは歩み、地下厨房を出て行く。 残された皿を洗おうと集めるマルトーは、ギュスターヴの出て行った先を振り返る。 「…堂々としたもんだよなぁ、ほんとに平民か疑っちまうね」 埒もないことをぼやいて、マルトーは頭をかいた。 食後しばらくして、ルイズは緊張した面持ちで学院長執務室へやってきた。手には今朝方完成した祝詞の原稿を手に持っている。 「失礼します…」 ルイズが部屋に入ると、既に執務室ではオスマンが待っていた。オスマンはいつもの調子で煙草を蒸している。 「祝詞の出来を見ようかの」 「は、はい。お願いします」 オスマンに渡す手が震える。渡されたオスマンはためつすがめつ原稿の文字列を読んでいるようだった。 直立して待つルイズは一秒一秒が非常に長く感じられた。皿に置かれた煙管の煙が揺れている。 「ふむ…」 「ど、どうでしょうか…」 普段は穏やかなオスマンの眼光が、今日はナイフのように鋭く見える。 「ミス・ヴァリエールや。短い期間でよくこれだけのものを書けたのぅ。これを持って儀礼上で殿下を寿ぐとよいじゃろう」 オスマンが暖かい語調でそう言うと、ルイズの足から力が抜けてフラリとした。 「あ…ありがとうございます」 脱力して腰を笑わせている生徒を細めで見ながら、オスマンはふと、彼女の傍に立つ意丈夫の使い魔を思い出した。 「ところでミス・ヴァリエール。君の使い魔君は最近どうしておるかの?」 「ギュスターヴですか?え、えぇ、とても元気にしてますわ」 何か空々しい風情でルイズは答えた。 「コルベール君とよくつるんどるようで、君としては複雑じゃろうな」 「は、はぁ…」 ルイズとしては答え辛かった。使い魔が構ってくれないなんてメイジとして情けなかろうという気持ちがある。 「ま、彼は君の使い魔じゃが一個の人間じゃ。扱いづらいところもあるじゃろうて」 「えぇ、そ、そりゃあもぅ……?」 話しかけたルイズが止まった。何やら外から轟音と微振動が伝わってくる。 「な、なんじゃ…?」 やおら窓に駆け寄る。ルイズの目下にはコルベール塔の脇を炎の尾を上げて蛇行する謎の物体が見えた。 「ああぁ~~~!誰か、た、助けてくれぇ~!」 がたがたと揺れながら走る物体から間抜けな叫び声が上がっていた。 コルベールの発明した空駆ける機(はたらき)、名づけて『飛翔機』に乗っていたのはコルベールでもギュスターヴでもなく、 悪趣味なシャツをはためかせるギーシュだった。 ギーシュは食事に出かけたコルベールとギュスターヴより先に戻って鍛冶用の炉を作っていたのだが、後は飛ぶだけと準備されていた飛翔機に 興味本位から乗り込んで色々と弄繰り回している内に推進器を発動させてしまったのだ。 「と、止まらない!だれか助けてくれぇ~」 がちゃがちゃとレバーを引くギーシュに合せて蛇行して走る飛翔機。そこに偶々居合わせたのは以前渡した秘薬の残りを譲ろうと研究塔にやってきたタバサと、 それにくっついてギュスターヴに会いに来たキュルケだった。 「な、何あれ~?!」 驚くキュルケに対しタバサはいつもどおりの無表情だったが、その目はぐっと凝らされ暴走する飛翔機を追いかけている。 「キュ、キュルケ!タバサ~!た、助けてくれ~」 ゴーゴーと火を噴きながら地面を走る物体からギーシュの声が漏れ聞こえる。 「ギーシュ!?何でそんなところに、っていうか、助けてって言われても…」 「私が止める」 困惑するキュルケを背にタバサが一歩踏み出て杖を構えた。ルーンを唱えると、飛翔機の軌道上の道に水が染み出してぬかるんでいく。 「わ!わ!ゆれ!ゆれる!あでぃ!し、舌、噛む、ぐへ!」 ぬかるみをガタンガタンと揺れながら、なおも走る飛翔機。タバサは次に別のルーンを唱えた。 するとぬかるんだ地面が段々と凍りつき、地面を走る飛翔機の車輪も一緒に凍り付いていく。 凍りついた車輪がギリギリ鳴りながら、徐々に飛翔機はスピードを落としていった。 偶然にも、火を噴いていた推進装置も徐々にその勢いを弱めつつあった。 「はぁ、はぁ、た、助かった…」 減速する飛翔機の中でギーシュが安堵の息をつく。…しかし今度は凍りついた車輪を軸に、飛翔機の後部が徐々に持ち上がっていく。 「あ…え…えぇ?」 抜けた声を出すギーシュを抱えつんのめっていく飛翔機は、ぬかるんでいた地面に頭から突っ込んだ。 「あ…」 キュルケのつぶやきも虚しく、飛翔機は泥の中に頭を突っ込んだまま推進器の力で地面にぐりぐりと押し付けられ、頭の部分がどんどんひしゃげていく…。 推進装置が完全に止まった時、ぬかるみの中で逆立ちし、まっさらな布張りを泥だらけにした飛翔機と、ベルトで固定されていなかったギーシュが円錐部から飛び出て、 頭をぬかるみの中にずっぽりと埋めている姿が出来上がった。 前ページ次ページ鋼の使い魔
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前ページ次ページお前の使い魔 「え……エルフ!? あああああんた誰っ!?」 「える……ふ? 何ですかそれ? それよりもお前こそ誰ですか!! ここはどこですか!!」 それがわたしの呼び出した使い魔との最初の会話だった。 ここはハルケギニアのトリステイン魔法学院。 そこで行われていた、春の使い魔召喚の儀式で、わたしことルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、奇妙な亜人の女を召喚してしまった。 エメラルドグリーンの髪の上には、小さな角が二本あり、瞳の色はワインレッド。 服装はお世辞にもお洒落と言える物ではなく、動物の皮か何かをなめしているような藍色の上下に、赤い紐やリボンのようなものでお情け程度にアクセントを付け、首に鐘のような物を下げているている。 何よりも目を引いたのは、エルフの証拠と言われている長い耳。その長い耳には金色の板の付いたピアスをしており、日の光を反射してキラキラと綺麗だ。 その長い耳ですっかり腰が引けてしまっていたのだが、彼女の最初の返答と、目線を下げたことで解消した。 何故なら、彼女の足は柔らかそうな毛が生えており、足の先は動物のような蹄だったからだ。 「亜人……?」 わたしがそう言うと、その亜人の女は少し頬を膨らませ、髪の色と同じエメラルドグリーンの輝きを持つ短刀をこちらに向け言った。 「セプー族ぐらい珍しくないでしょう! それよりも、ここはどこかと聞いているんです! そしてお前は誰ですか! 私をさらって何を企んでいるのです!」 そう言って、今にも飛びかかりそうな剣幕で怒り出す。 そんなわたし達を見て、教師であるミスタ・コルベールが割って入ろうとしたのだが、わたしが向けられた短刀を見て怯えた表情をすると、亜人の女は少し驚いた顔をし、短刀を向けるのをやめ、先ほどより落ち着いた声でわたしに話しかけた。 「お前からは嫌な感じがしません。だから答えてください。ここはどこで、お前は誰で、私は何でこんなとこにいるんですか?」 そんな様子を見てわたしは少し落ち着き、彼女の質問に答えた。 「ここはトリステイン魔法学院で、わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。そしてあなたはわたしが召喚したの」 「とり……巣? るい……るい……ルイなんとか!!」 「だ……誰がルイナントカよ!! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ!!」 あまりにも失礼な名前の覚え方に、わたしが声を荒げるも、亜人の女は全く聞いている様子も無く、少し警戒の色を濃ゆくした瞳を向けながら強い口調で言葉を続けた。 「そんな事はどうでもいいのです! お前!! 今、私を召喚したと言いましたか!?」 「そ……そうよ。あんたはわたしがサモン・サーヴァントで召喚したの。使い魔としてね。」 そのあまりの剣幕に、少したじろぎながら答えると、亜人の女はぐわしとわたしの肩を掴み、揺さぶりながら怒鳴り散らしだした。 「私をまた支配したのですかお前の中のお前っ!! ええい、黙っていてはわかりませんよ!! 説明しなさい!! それとも首根っこへし折って欲しいんですか!?」 凄まじい勢いで、がっくんがっくん揺さぶられるわたし。 「ちょ、おちちちち、つつつつつい、てててててて」 「ええい!! 何を言ってるかわかりません!! ほら!! 説明はまだですか!!」 あ、何か川の向こう側で誰か手を振ってる気がする。あれ? あそこにいるのは肖像画で見たことのあるご先祖様? わたしがそんな危険な逃避行をしだした時、慌てた様子でミスタ・コルベールが横から入り、亜人の女を引き剥がしてくれた。危ない、もう少しで名前の後ろに(故)とかつくところだったわ。 「落ち着いて下さいミス! 落ち着いて!」 そう言って、どうにか押さえつけたミスタ・コルベールに、怒りの表情でまくしたてる亜人の女。 「何ですかこのハゲたおっさんは!! どきなさい!!」 あ、時が止まった。 おお、ミスタ・コルベールが肩を震わせながらも耐えている。流石は教師。 「説明します!! 説明しますからどうか落ち着いて!!」 そんな、ミスタ・コルベールの必死の説得により、どうにか落ち着いた亜人の女は、ぜえぜえと肩で息をしながらようやく話を聞く態度になった。 ちなみに、落ち着かせ間にも「ハゲ」や「おっさん」といったミスタ・コルベールの心をえぐる単語が何度も飛び出し、最後は少し涙目だったのだが、優しいわたしは心の奥に仕舞っておく事にした。 「つまり、あんたは別の大陸で、崩壊する世界を救うために『世界を喰らう者』とか、それを裏で操ってた奴を倒して、ようやく平和になった世界で暮らしていたところを呼び出されたと……そういう訳?」 「そうです。私達が首根っこへし折ってやったんです。そのお陰で今の世界は平和なのです。感謝しなさい。」 「へー、そうなんだー。すっごーい」 「そうです。凄いのです。わかったらホタポタをお腹一杯食べさせた後、私を元の場所に戻すのです。それで勘弁してやります。」 「そうねー、それが本当なら、わたしとんでもない方を召喚しちゃったってことだもんねー。わー、たいへーん。トリステインの一大事だわー」 「そうです! 一大事なのです! その……トリ……なんとか?も大変なのです!」 「…って、信じられる訳がないでしょうがあああああっ!!!!!」 あれからこのセプー族とかいう種族の亜人(わたし達が亜人というと「セプー族です!」と何度も言いかえを強要する)の『ダネット』という女に、どうにかこちらの現状を説明し(何よりも、わたしが魔法で召喚したという点を説明するのに時間がかかった。支配って何?わたしの中のわたし?馬鹿だこいつ)、使い魔の契約を結ぶよう言ったところ、世界を救った私を家畜扱いかと騒ぎ出したので、話を聞いてみたところがコレである。 世界の命運をかけた戦い? 世界を喰らう者とかいう巨大な三体の巨人? ホタポタ? もう訳がわからないを飛び越えて、どう見たって聞いたって頭がアレな奴である。 周りで聞いていた生徒も「目を合わせるな」といった雰囲気が出来上がり、最早失笑すら聞こえない。 最初は「ふぅむ」などと言いながら聞いていたミスタ・コルベールでさえ、遠い空を見ながら「空が青いなあ」などとのたまっている。 そんな中、わたしの魂の叫びを聞いたダネットは、額に青筋を立てながら反論してきた。 「お前はあの世界を喰らう者達を忘れたというのですか!? あの長く続いた地震を覚えてないとでもいうのですか!? 世界の悲鳴を聞かなかったのですか!?」 そんな事を言われても、知らないものは知らないし、地震(地面が揺れる災害らしい)なんて生まれてこのかた聞いたことがない。 なので、呆れた顔でわたしが「知らないわよそんなもの」と答えると、今まで勢いよく喋り続けていたダネットは俯いた。 ようやく諦めたのだと思い、わたしはこの茶番を早く終わらせたい一心でダネットに話しかける。 「ホラ話は終わり? 諦めたのなら使い魔の契約をさせなさい。もうこれ以上話してても無駄だろうし、わたしも疲れたからさっさと終わらせたいの」 すると、俯いたダネットがポツリと何かを呟いた。 「……じゃ……です……」 「え?何ですって?聞こえないわよ」 少し苛立ちながらわたしがそう返すと、ダネットは俯いていた顔をバッと上げた。 赤い瞳に涙をいっぱいに溜めて。 「ホラじゃ……ないのです!!」 その余りの剣幕と瞳に、わたしは思わず少し後ずさったが、あんな話を信じろという方が無理である。 「ほ……ホラじゃないなら妄想よ!! ありもしない戦いやら、ありもしない敵!? バッカじゃないの!? そんな……ありもしない妄想、誰が信じるもんですか!!」 わたしのその言葉が引き金となり、ダネットは怒りの表情で何かを叫びながらわたしに飛びかかってきた。 ミスタ・コルベールの「危ない! ミス・ヴァリエール!!」という声が聞こえる。 しかし、身体は硬直し、まともに動けないわたしは、小さく悲鳴をあげ、身体を竦まることしかできなかった。 「ひっ!!」 もうだめだ。そんな言葉が脳裏をよぎる。だが、ダネット身体はわたしに触れる寸前で、横へと吹き飛び、小さな悲鳴をあげて動かなくなった。どうやら気絶したようだ。 ダネットが吹き飛んだ反対側を見てみると、同級生の青髪の少女『タバサ』が、長い杖を構えていた。 どうやら、ダネットが飛びかかるのを予測してウインド・ブレイクの呪文を詠唱していたらしい。 正直、助かった。 ダネットは刃物を持っていたし、あのまま飛びかかられていては、今頃、無事だったかどうかわからない。 そんな事を考え、わたしが肩をブルっと震わせると、タバサの隣で様子を見ていた赤髪の同級生のツェルプストーがこちらへ近づいてきた。 「……何よ?」 頬を膨らませてそう言ったわたしに、ツェルプストーはいつものように憎たらしい笑みをニヤリと浮かべると「怪我は無いみたいね。タバサに感謝しときなさいよ。ゼロのルイズ。」と言って、気絶したダネットの元に歩いていった。 言われなくとも判っている。誇り高きヴァリエールは、卑しいツェルプストーとは違って、感謝すべき所は感謝する。 そう考えたわたしは、タバサの方を見て、一言「一応、感謝しておくわ」とだけ言い、顔を背けた。 後ろでタバサの「別にいい」という声が聞こえた気もするが、そんなのはどうでもいい。 わたしは、気絶したダネットを念のために警戒し、近くで杖を構えるミスタ・コルベールと、その横で同じく杖を構えのるツェルプストーを押しのけると、気絶したままのダネットへ近づいた。 ミスタ・コルベールの「危険です!」という声が聞こえたが、無視したまま詠唱を始める。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 呪文を唱え終わった後、ゆっくりとダネットの唇に自分の唇を合わせる。 それを見たミスタ・コルベールが、慌てた様子でわたしに言う。 「ミス・ヴァリエール! その亜人は危険です! それを使い魔になど……」 しかし、わたしは冷静に言葉を返す。 「ですが、使い魔と契約しなければ、わたしは進級できないのではないでしょうか? ミスタ・コルベール」 それを聞いたミスタ・コルベールはぐっと唇を噛み「それは……そうなのですが……」と呟く。 「それに……もし、わたしが契約しなければ、ダネットはどうなります? 貴族を襲った危険な亜人として、良くて監禁。悪ければ……処分。違いますか?」 それを聞いたミスタ・コルベールは、無言という肯定の意思を示す。 そんなわたしの様子を見ていたツェルプストーが、わたしに言った。 「でも、何で急にその亜人の事を庇うような真似をするの? 貴女、その亜人に襲われそうになったばかりなのよ?」 言われなくてもわかってる。今も膝が少しカクカクしていて、心臓はバクバク音を立てている。 だが、それでもわたしはダネットを守らなくてはいけない。なぜなら―― 「でもね、ツェルプストー。それでもダネットはわたしが呼び出した使い魔なの。だから守る。わたしが言ってること、間違ってる?」 わたしがそう言うと、ツェルプストーは「へぇ……」と少し感心したように言い、憎たらしい笑みを浮かべて「まあ頑張んなさい」と言ってくるりと後ろを向き、タバサの方へ歩いていった。 そう、呼び出した者として、わたしはダネットを守らなくてはいけない。 そして何より、ダネットが見せたあの涙を浮かべた瞳。あれは、嘘を言っている眼じゃなかった。 でも……だとしたら、あのホラ話が嘘じゃないとしたら……わたしは、世界を破滅させるような巨人を倒した英雄の一人を召喚したという事になる。 しかし、わたしはそんな考えを頭を振って打ち消す。 そして、今だ気絶したままのダネットを見ると、その左手が薄っすらと輝き、使い魔のルーンが刻まれようとしていた。 それが痛みを伴うのか、ダネットは少し身をよじると、閉じたままの瞳から一筋涙をこぼし「お父さん……お母さん……」と呟いたのだった。 前ページ次ページお前の使い魔
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前ページ次ページ蒼炎の使い魔 虚無の曜日 ルイズの部屋 今日はいわゆる日曜日。 藁付きの床で横になって寝ていたカイトが目を覚ます。 やはりルイズは先に起きていた。 よく見ると彼女は何処かへ出かける準備をしているようだ。 いつもと違う格好をしたルイズは起きたカイトに特に怒るわけでもなく挨拶をした。 実は昨晩、ルイズの勉強が終わるまで、ずっと起きていたのだ。 先に寝たら悪いとでも思ったのだろう。 すでに時刻はこちらは深夜2時にあたる時間を過ぎていた。 夜更かしに慣れているルイズは平気だがカイトのほうはそうもいかない。 今日は休日なので今回だけ彼女は大目に見たのだ。 「おはようカイト。今日は街に行くわよ」 「…?」 首をかしげるカイト。そんなことを言われても何のことだか分からない。 まあ、彼の場合しっかり意識が覚醒していても同じリアクションを取るだろうが。 「よ、喜びなさい。この私があんたになにか買ってあげるっていってるの」 「その…突然呼び出しちゃったあんたに色々迷惑かけちゃったから、えと… と、とにかくこのご主人様が使い魔になにか与えようって思ってるの!わかった!?」 つまりこういうことだ。 ギーシュとの決闘も含めて色々なことをしてくれた カイトに負い目を感じていたルイズがお礼を送りたいのだそうだ。 「…アリ@トウ」 「わ、分かったなら、早く行くわよ!!」 顔を赤くしながらルイズはカイトの手を引っ張って部屋を出る。 半分以上寝起きのカイトはなされるがままだ。 校門前 ルイズがカイトになにか教えながら校門前まで来る。 どうやら馬の乗り方と馬を使うための許可の取り方を教えているようだ。 説明をしている彼女の話をカイトは熱心に聞いていた。 「それじゃ行くわよ」 彼女には後ろにカイトを乗せ馬を走らせる。 本来なら馬を2頭使って行こうと思ったのだが、カイトがそれを見て首を横に(結構早めに)振ったのだ。 ぶっちゃけ震えている。 怯えているのだろうか。仕方なく1頭で出かけることになった。 カイトは馬が初めてだったので強くルイズの腰の辺りに手を回し必死に落ちないように頑張っていた。 彼女が顔を真っ赤にしながら、 「ちょ、ちょっと強くつかみすぎ!少し緩めて!」 と大声でカイトに話す。 嫌だ。 聞く耳を持たないかのようにそれを無視して必死にルイズにしがみついていた。 …もし、これが逆だったらかなり良い画になっただろうに。 3時間後 トリステインの城下町 メイジとその使い魔がすっかりへとへとになって町を歩いていた。 ルイズは、必死に抱きしめてくるカイトからの物理的圧迫感から。 カイトは、馬の上下運動により落とされるんじゃないかという精神的圧迫感から。 これから本番なのに大丈夫だろうか。 狭い道を通る。 カイトが興味深そうにあちこちを見ながらルイズの隣を歩く。 「いつも宙を浮いているのはやめろ」と言われてしまったのでよたつきながらも歩いている。 雰囲気がタウン『マク・アヌ』に似ているかもしれない。 「ちょっとあちこち見ないでよ。スリに狙われるわよ」 「…」 子供のように辺りを見るカイトに注意する。 財布などの荷物は基本的に使い魔が持つ。 だがカイトはアイテムや装備品は以前食堂でルイズの衣類を出したのと同じ原理で持っているため、 スリに盗まれることはない。 それに持っていかれたとしても一瞬で組み伏せることもカイトは出来る。 それでも一応ルイズの言うことを聞いたのだろう。 うずうずしながらも前を向いた。 ルイズは何も知らないカイトにいろいろと説明をする。 ここは大通りだとか。 城下町といえど魔法でスリを働くやつらも居るとか。 あれは酒場。あれは城。 そんなことを話しながら裏道に入る。 カイトはその間何も話さず熱心に話を聴いていた。 少し進むと少し古めの建物が見えた。 どうやら目的地についたらしい。 ルイズが薄暗い店の中に入るとそこには武器屋の主人が胡散臭げな顔をしながらこちらを見ていた。 しばらくやり取りが交わされる。 どうやら使い魔が使う武器がほしいらしい。 剣を扱うのが目の前の貴族ではなく使い魔の方だと言うのだからこれはしめたと親父はほくそえむ。 続けて入ってきたカイトのほうも武器のことなど知らなさそうに見える。 カモが来た。えらい高値で売ってやる。 武器のことなんか知らないだろう。 「…ハアアアアア」 知らないはず… 「…ハアアアアア」 知らない…よね? 「…ハアアアアア」 主人はすでに顔色が悪い。 唸り声を上げるカイトの前髪に隠されていた目があってしまったのだ。 お前の考えていることはお見通しだ。 そう視線が語っている。 もちろんカイトにそんなつもりはないが。 主人が勝手に勘違いしているだけだ。 そそくさと目標をルイズに向ける。 そのルイズは子供のように辺りを見回している。 先ほどのカイトと同じ行動をとっているが、だれも突っ込むものは居ない。 主人は、このまま適当に綺麗な剣でも高く売ってやれと思い、 カイトは、別にルイズに意見を言うつもりはないからだ。 主人とルイズがなにやら話し合うが、値段のことで揉めているようだ。 しばらく膠着状態が続いていたが突然何者かが声を上げる。 「けっ、そんなひょろひょろの坊主に振れる剣なんてあるわけねえだろ。 とっとと家に帰りな!」 「な、なに!?今の声…」 「おいデル公!!」 驚くルイズを余所に主人が声を上げる。ルイズたちに声を張り上げたのは1本の剣だった。 それはインテリジェンスソード。意思を持つ魔剣。 刀身は長く細身の剣。だがよく見ると所々さび付いている。 ボロボロの上に使い手を剣が決める。それだけで買わない客も大勢いただろう。 武器屋の主人としてはこのおしゃべりな剣をすぐにでも厄介払いしたかったところだ。 カイトは興味深そうにその剣を取る。 最初は文句を言っていたデル公、デルフリンガーだったが、 カイトが剣を握った瞬間に静かになる。 やがて、 「ほう…お前『使い手』か。よし、お前俺を買え」 いきなり自分をアピールし始めた。 昔の記憶などほとんど忘れてしまったが、 何となくこいつは自分を使いこなせると彼は思っていた。 だが、 「…ハアアアアア」 「え?いやいやいやちょっと待って。使えないってなに?」 カイトが唸るとデルフは焦った声を出した。 「…ハアアアアア」 「はあ!?「自分は剣が使えない」だって!?」 カイトは双剣士といわれるジョブについている。 彼は「The World」では1種類の武器しか使えない。 ハセヲのようなマルチウェポンなら話は別だが。 デルフリンガーのような武器は緑とか天狗とか薔薇とかズタズタ向けの武器だろう。 …あと裸と羽もいるか。 ルイズは目の前の光景に驚いていた。 ただの唸り声を口の悪い魔剣が理解したのだ。 「あ、あんた、こいつの言うことが分かるの?」 「え、ああ…。何となくだがそいつの言いたいことが分かるみてーだ」 「何となくって何よ」 「わかんねえよ。理解できるつったってカタコトだけどな」 あの唸り声にはちゃんと意味があったんだ。 「これは使えるわね…」 彼女は呟く。 「その剣を買うわ。いくら?」 ルイズはこの通訳、もとい剣をカイトに与えることにした。 買ったデルフをカイトに渡す。 「何か言いたいことがあればこいつを使って話しなさい。いいわね?」 「うわっ、ひでえ。俺は通訳かよ」 「そうよ。それに『使い手』だとかよくわかんないけど、 このまま錆びるよりはいいでしょ」 文句を言うデルフにルイズが説得する。 やがて彼も折れたのだろう。 「ちっ、仕方ねえな。おい、お前名前なんていうんだ」 「…ハアアアアア」 「『カイト』だな?よし、カイト、お前は絶対にいつか俺を使える。 それまで待っててやるよ」 「…ハアアアアア」 「…ああ、よろしくな」 渋々だが、本当に渋々だが一応了承したようだ。 ルイズはカイトの言うことがこれからは理解できると喜んでいる。 カイトは、ルイズがくれたモノに素直に喜んでいる。 武器屋の主人は、厄介払いが出来て喜んでいる。少しさびしげだが。 「でも、納得いかねえな…」 自分は武器なのに…。 デルフは一人愚痴っていた。 主人が思い出したかのように言う。 「あ、そうそう。鞘に入れとけば喋らなくなりますぜ」 「…」 そんな事をしなくても良い。 カイトは背中に剣を持っていき、一瞬光ったかと思うとその剣は消えていた。 簡単に言えばしまっただけなのだが。 「なっ!?」 「やっぱり便利ね、それ」 事情を知らない親父が驚いているのを余所にルイズが羨ましそうに見る。 質問してくる主人への対応がめんどくさくなったのか、 「あれ、私の魔法だから」 そう言って店を出た。 納得したのだろう、「うおおお!すげえー!」と店の中から聞こえてくる。 こうして別の意味で使える剣を手に入れたルイズとカイトは上機嫌で買い物を終わらせたのであった。 …余談だが、帰りはかなりゆっくりと馬を走らせたそうだ。 前ページ次ページ蒼炎の使い魔
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迫る七万の大軍勢を目前にしながら、ルイズは考えていた。 どんなピンチにもいかなる強大な敵にも打ち勝つ、絶対無敵の英雄。 それはおとぎ話や空想の世界には実にありがちな存在だ。 男の子はそんな存在に憧れて英雄ごっこをし、女の子はそんな英雄に助けられるヒロインになれたらと夢想する。 しかし、そう長くはない時間の中で、子供はそれがあくまで空想の中の存在であることを知る。 英雄と呼ばれている人間も、その実は傷つけば血を流し、命を落とせばそのまま土に還る。 そんな当たり前の人間でしかないことに気づく。 それでも、そんな英雄の伝説や神話が語り継がれるのは、はかない現世でのせめてもの慰みなのかもしれない。 (そんな風に思っていた時期が、私にもありました) ルイズはため息をつく。 こんなことがあればいいな、こんな英雄がいてくれたら。 人は誰でもそんなことを思う時がある。 でも? もしも、そんな空想だけの存在が実在するとすれば、人は果たして素直に喜べるのだろうか? やったあ、ラッキー!! で、すむものだろうか? 否。断じて否。と、今のルイズなら断言できる。 不気味な怪物のように迫ってくる敵軍を見ながら、ルイズは初めてあいつに出会った時のこと、サモン・サーヴァントの儀式を思い出す。 最初は絶望した。 何故なら、そいつはどう見ても死体だったからだ。 何らかの処置がされているのか、ボロボロに腐っているということはなかったが、顔はもはや生前の様子すらわからない骸骨となっていた。 その格好や全身に施されている黄金の装飾からして、どうも生前はメイジのように思われた。 もしかすると王族かもしれぬ。 だが、死体ではどうしようもない。 それでも、規則は規則ということで、ルイズは泣く泣く死体に契約のキスをした。 胸に使い魔のルーンが刻まれると同時に、死体だと思っていたそれはむくりと起き上がった。 「お化け?」 「幽霊?」 そんな声がこだましたのをおぼえている。 驚く中、そいつはマントをなびかせ、高笑いと共に空高く飛び去っていき、そのままどこかへ消えてしまった。 あのおかしな骸骨を使い魔にしなくてラッキーだったのか、使い魔に逃げられたのを悲しむべきなのか、正直微妙だった。 多分、二度と会うことはないと思っていたのだが、そいつは思わぬ時に戻ってきた。 土くれのフーケが、学院を襲った時である。 使い魔召喚にすら失敗した今、ここで名誉を挽回するしかないと、ルイズは無謀にも巨大なゴーレムに立ち向かっていった。 あわやつぶされそうなになった時、あの使い魔が高笑いと共にやってきたのだ。 使い魔は縦横無尽に空を飛び回り、手にした銀色の杖でゴーレムを破壊した上、フーケを捕らえた。 フーケの正体ことミス・ロングビルはよほどショックだったのか、すっかりダメな人になってしまったそうだ。 その代わり、寛大な措置とかで、死刑だけは免れたらしい。 その後も、アルビオン、タルブの村、とルイズがピンチになった時には、使い魔はどこからともなく飛んできて、悪を蹴散らしていった。 まさにおとぎ話の英雄が実在化したようだ。 顔が骸骨というのはどうにもいただけないが。 そこでルイズは思考を迫る軍勢に戻した。 このままでは、確実にやられるどころか勝負にすらなるまい。 しかし。 「いつものやつね」 いつの間にか自分の周辺を飛び回っている金色に輝くコウモリに、ルイズはため息をつく。 あの使い魔の現れる前兆。 そして、当然のように使い魔は高笑いと共にやってきた。 銀の杖を手に、黒いマントをなびかせて。 そして、やっぱり当然のように敵軍に向かっていくが、ルイズは心配などしない。 あいつはフーケのゴーレムに踏み潰されようが、ワルドの魔法を食らおうが、戦艦の砲撃が直撃しようが、何事もなく復活し、恐怖する敵をなぎ倒したのだから。 今も、敵兵たちは阿鼻叫喚の騒ぎになっている。 何をやっても通じず、僅かな疲れさえ見せない使い魔に、それはもうボコボコにされていくのが遠目にもよく見える。 あ、大砲の弾を受けて墜落した。 一瞬敵は沸いたようだが、歓声はすぐにそれ以上の悲鳴となる。 使い魔は何事もなかったように復活し、また敵に向かっていったのだから。 もはやルイズにさえトラウマになりつつある、おなじみの台詞を叫んで。 「黄金バットは無敵だ!!」 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。 神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。 神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。 そして最後にもう一人……。 それは記すことさえはばかれる神の心臓。何者にも敗れぬ神の杖。不死の体と無敵の力、いかなる時にもいかなる場所にも、我を救いに現れる。
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唇が離れる。 「終わりました」 顔を赤くしながらそう言った。照れているようだが照れるならしなければいいのに…… さっきの言葉を総合すると今のが私を使い魔とやらにするという宣言なのだろう。多分キスはそれの一旦だろう。 なにやら五月蠅くなったと思うとルイズと巻き髪の少女が言い合いをしている。それを先程の男性が宥めはじめた。 どうやら考え込んでいて周りへの注意が疎かになっているようだ。しかし考えが尽きないのだから困ったものだ。 そう考えている感じたことない感覚が身体を駆け抜ける! 「うぐああああああああああああああああああああああああ!」 体を抱きしめる!そうだ!これは熱さだ! 前はこんな感覚は感じなかった!しかし生きていた時の感覚として残っている!間違いない! しかし私にとっては初めてと同じだ!耐えられるわけがない! だが熱はすぐに治まった。どうやらほんの少しの間だったようだ。助かった。 何故こんな思いをしなければならないんだ!本当はターゲットがここに来るんじゃなかったのか!? どうして私なんだ!幸福になりたいだけなのに! 「なにをした!」 「うるさいわね。『使い魔のルーン』を刻んだだけよ」 刻む!?一体何を刻んだというんだ! 「お前に何の権限があっ「あのね?」?」 いきなり話しかけられ勢いが削がれる。 「平民が、貴族にそんな口利いていいと思ってるの?」 「貴族?」 この娘が貴族だというのか?つまりここは外国か?今世襲貴族を認めているのはイギリスやヨーロッパ諸国だ。 ではなぜ会話が成立している?私は日本語で喋っているんだぞ? くそっ!頭が爆発しそうだ! 「さてと、じゃあ皆教室に戻るぞ」 中年の男性が踵を返す。そして……宙に浮かぶ。 他の連中も一斉に宙に浮かぶ。そして浮かんだ連中は城に向かって飛んでいく。 「……ハハハ」 笑うしかないというのはこういうことなのだろう。帽子がずれ落ちる。 もう私は理解しようとする意思はなかった。 ここにいるのは私とルイズの二人だけだった。 ルイズはため息をつくと私のほうを向いてくる。 「あんた、なんなよ!」 いきなり怒鳴ってくる。五月蠅いことだ。今の私はもはや混乱はない。とても冷静だ。 さっきのでもう色々吹っ切れたようだ。 「言ったと思うがね。私は吉良吉影。分かったら色々教えてくれないか?いきなり連れてこられて訳がわからないんだよ。」 「ったく!何処の田舎から来たか知らないけど、説明してあげる」 ありがたい。 その本当に色々聴いた。ルイズは本当に何処の田舎ものだという風に私を見ていたが気にしない。 総合するとここはファンタジーだ。ドラゴン、魔法使い、魔法学院、使い魔、召還、契約…… なんてものに巻き込まれてしまったんだ。 それに私は元の場所に戻れないんだそうだ。別の世界と繋ぐ魔法はないらしい。召還したというのにまったく無責任な話しだ。 足に何か当たったので足元を見ると弾丸が入った箱が落ちていた。 慌てて懐に手を当てる。銃の存在を確認できた。よかった。なくなっていないようだ。弾丸が入った箱を手に取る。 辺りは暗くなりかけていた。 その後ルイズに連れられ十二畳ほどの部屋連れてこられた。ルイズの部屋らしい。 ルイズは夜食のパンを食べている。 窓から空を見るととても大きい月が二つあった。まぁ眺めはいいかもしれない。 「このヴァリエール家の三女が、由緒正しい旧い家柄を誇る貴族のわたしが、なんであんたみたいな辺鄙な田舎の平民を使い魔にしなくちゃ いけないの……」 突然口を開いたかと思えば愚痴だ。やれやれ、自分が召還したというのに。器の程度が知れてるな。 私の仕事は洗濯、掃除その他雑用だそうだ。 本来の使い魔の仕事は私では出来ないからな。 このままルイズのそばで与えられた仕事をこなしていけばさらに色々知ることができるだろう。 逃げるのその後だ。危険は少ないほうがいいに決まっている。 「さてと、色々あったから眠くなってきちゃったわ」 そう言うとルイズがあくびをしながら着替え始めた。そのまま下着になる。羞恥心が無いのか? 「じゃあ、これ、明日になったら洗濯しといて」 そういうとキャミソールにパンティを投げてくる。 そして大き目のネグリジェを頭からかぶる。 ルイズが指を弾くとランプの明かりが消える。 ルイズが布団にもぐりこむと暫らくして寝息が聞こえ始めた。 窓から月を見つつ手袋をはずし左の手の甲を見る。ミミズがのたくった様な模様が刻まれている。 これが『使い魔のルーン』というやつだろう。 手袋を嵌めまた月を見ながら思う。左手が戻ってきった。他人に見えるようになった。 生きているのと同じ感覚が味わえる。生命に触られても何の問題も無い。 結論から言うと吉良吉影は生き返った。 これからはどうやったら『幸福』になれるか考えていこう。 吉良吉影の使い魔としての生活が始まった 4へ