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まず「国民主権」および「憲法制定権力」という用語の辞書的定義を確認する。 こくみんしゅけん【国民主権】popular sovereignty 日本語版ブリタニカ 主権は国民にある、とする憲法原理。国家の統治のあり方を究極的に決定する、①権威、ないし、②力、が国民にあるとし、国民主権と全く同じ意味で、人民主権ということもあるが、後者には限定された特殊な用法もある。君主主権に相対する。日本国憲法前文1段および1条は、国民主権に立脚することを明らかにしている。 もっとも、国民主権の具体的意味の理解については一様ではなく、大別して、 (1) 国民主権とは、国家の意志力を構成する最高の機関意思が国民にあることを意味し、それは憲法によって定まる、と解する説(※注:最高機関意思説)と、 (2) 国民が憲法の制定者であることを意味する、とする説(憲法制定権力説)とに分れる。基本的には、(2)後者の立場に立つ場合であっても、さらに、 (2)-a 主権者たる国民は、観念的統一体としての国民で、主権がそのような国民にある、ということを意味する、というように解する説(※注:ナシオン主権説)と、 (2)-b 主権の権力的契機を重視し、主権は個々の人民が分有し、人民自らがそれを行使するところに本質がある、とする人民主権説(※注:プープル主権説)とに分れる。 けんぽうせいていけんりょく【憲法制定権力】pouvoir constituant;Die verfassungsgebende(※注:constituent power) 日本語版ブリタニカ 憲法を創出する権力であって、憲法はもちろん、如何なる実定法によっても拘束されない超法規的・実体的な根源的権力。既存の憲法を前提とし、それによって設けられるもの、とは区別される。 しかし、憲法制定の手続が実定法に拘束されるかどうかは、意見の分かれるところである。国民主権を建前とする近代国家における憲法制定権力は、国民自身である。この発想は、シェイエスの『第三身分とは何か』にみえ、国民を憲法制定権力の主体とする革命憲法制定の理論的主柱として、絶大な影響を及ぼした。20世紀になり、C. シュミットは、この観念を用い、①憲法改正手続のもつ合法性に、②国家形態を変更する主権者の正当性を対置した。 ※「主権」に関するその他の多様な用語については下記参照 関連用語集 【用語集】主権論・国民主権等 前述のとおり、芦部信喜説(左翼=通説)及び、佐藤幸治説(中間派=有力説)は、「国民主権」を「憲法制定権力」と解釈している。 ここで留意すべきは、その「憲法制定権力」にいう「憲法」が、①実質憲法(国制)を指すのか、それとも、②形式憲法(憲法典)を指すのか、である。 けんぽう【憲法】 constitution 日本語版ブリタニカ 憲法の語には、(1)およそ法ないし掟の意味と、(2)国の根本秩序に関する法規範の意味、の2義があり、聖徳太子の「十七条憲法」は(1)前者の例であるが、今日一般には(2)後者の意味で用いられる。 (2)後者の意味での憲法は、凡そ国家のあるところに存在するが(実質憲法)、近代国家の登場とともにかかる法規範を1つの法典(憲法典)として制定することが一般的となり(形式憲法)、しかもフランス人権宣言16条に謳われているように、①国民の権利を保障し、②権力分立制を定める憲法のみを憲法と観念する傾向が生まれた(近代的意味の憲法)。 1 17世紀以降この近代的憲法原理の確立過程は政治闘争の歴史であった。憲法の制定・変革という重大な憲法現象が政治そのものである。比較的安定した憲法体制にあっても、①社会的諸勢力の利害や、②階級の対立は、[1]重大な憲法解釈の対立とともに、[2]政治的・イデオロギー的対立を必然的に伴っている。 従って、 (a) 憲法は政治の基本的ルールを定めるものであるとともに、 (b) 社会的諸勢力の経済的・政治的・イデオロギー的闘争によって維持・発展・変革されていく、・・・という二重の構造を持っている。 2 憲法の改正が、通常の立法手続でできるか否かにより、軟性憲法と硬性憲法との区別が生まれるが、今日ではほとんどが硬性憲法である。 近代的意味での成文の硬性憲法は、 ① 国の法規範創設の最終的源である(授権規範性)とともに、 ② 法規範創設を内容的に枠づける(制限規範性)という特性を持ち、かつ ③ 一国の法規範秩序の中で最高の形式的効力を持つ(最高法規性)。 日本国憲法98条1項は、憲法の③最高法規性を明記するが、日本国憲法が硬性憲法である(96条参照)以上当然の帰結である。今日、③最高法規性を確保するため、何らかの形で違憲審査制を導入する国が増えてきている。 なお、憲法は、①制定の権威の所在如何により、欽定・民定・協約・条約(国約)憲法の区別が、②歴史的内容により、ブルジョア憲法と社会主義憲法、あるいは、近代憲法(自由権中心の憲法)と現代憲法(社会権を導入するに至った憲法)といった区別がなされる。 なお、下位規範による憲法規範の簒奪を防止し、憲法の最高法規性を確保することを、憲法の保障という。 (⇒憲法の変動、⇒成文憲法、⇒不文憲法) 実は、芦部『憲法(第五版)』や佐藤『憲法(第三版)』は、 憲法論の最初(憲法概念論)で、 「憲法(constitution)」という概念には、①実質的意味の憲法(国制)と、②形式的意味の憲法(憲法典)の区別があり、両者を混同してはいけないことを明記しておきながら、 肝心の国民主権論の段では、 「国民主権」=「憲法制定権力(制憲権)」の指す「憲法」が①なのか②なのか、が曖昧にしか説明されていない。(しかし、文脈から見て芦部・佐藤両説とも、憲法制定権力の「憲法」として、①実質憲法(国制)を想定していることが読み取れる) ここで、常識的な国民の政治への関わり方を考察すると 1 我々の世代の国民が、選挙などを通じて決定しているのは、あくまで「国政(national policy)」であって、その中の最も大きな決定事項として、「憲法典(constitutional code=②形式憲法)」の制定・改廃も含まれるが、 2 その一方で、「国制(constitutional law=①実質憲法)」すなわち、国家の継続的なあり方に関しては、我々の世代だけの「決定事項」とするのは、おそらく僭越に過ぎると思われる。 こうした政治感覚からすれば、 日本国憲法に「国民主権」という規定があり、それが具体的には、国民の「憲法制定権力(制憲権)」を指すとしても、その「憲法」とは、芦部説や佐藤説が暗示するような、①実質憲法(国制)ではなくて、あくまで②形式憲法(憲法典)に留まる、 すなわち、特定の世代の国民が決定できるのは、②形式憲法(憲法典)迄であって、①実質憲法(国制)自体は、幾世代にも渡って次第次第に形成されてきたもので一時の政治的決定によって任意に改廃できる類のものではない と結論づけるのが妥当である。 (=このように、①実質憲法(国制)を、特定世代の意思によって「制定・改廃」可能なものとしてではなく、あくまで幾世代にも渡る人々の営為の中から「自生(自然に成長)」するものと見る立場を、法の支配という) 芦部信喜説のように、「国民主権」=「憲法制定権力(制憲権)」とし、かつ、その対象たる「憲法」は、①実質憲法(国制)を指す、とする憲法理論とは、要するに「国民主権」の貫徹=「天皇制打倒」という《革命の成就》(彼らのいう「八月革命」の完遂)を密かなアジェンダに掲げた宮沢俊義以来の戦後憲法学(及び丸山政治学)の悪しき遺物なのである。(※なお、佐藤幸治説(京大系憲法学)は八月革命説を肯定しているわけではないが、結論から見れば芦部説と同様である)
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阪本昌成『憲法理論Ⅰ 第三版』(1999年刊) 第一部 国家と憲法の基礎理論 第七章 国民主権と憲法制定権力 p.99以下 <目次> ■第一節 国民主権にいう「国民」の意味[107] (一)視点によって「国民」もさまざまな意味をもつ [108] (ニ)「国民」は実在する統一体であるかどうか論争され続けている [109] (三)二つの主権論はフランス独特の論争である ■第ニ節 わが国における国民主権論争[110] (一)国家法人説のもとで主権的機関は選挙人団とされる [111] (ニ)ノモス主権説はそれ特有の主権概念を前提としていた [112] (三)国民主権のイデオロギー性が次第に気づかれてくる [113] (四)ナシオン主権・プープル主権をめぐって主権論争はピークに達した [114] (五)主権の見方によって代表制のあり方も変化する [115] (六)主権の見方は日本国憲法の解釈にも影響するといわれる [116] (七)主権論争は「主権」の法的性質の理解の違いを反映している [117] (八)フランス流主権論争は個別的結論を決定しない ■第三節 憲法制定権力の意義[118] (一)憲法制定権力は意思主義的発想を基礎とする [119] (ニ)政治的意思としての制憲権の発動は国制の正当性まで根拠づけない ■第四節 制憲権の理論化とその展開[120] (一)シェイエスは第三階級の圧倒的有利を説きたかった [121] (ニ)シェイエスは事実上の力としての制憲権を考えていた [122] (三)シェイエス以降、制憲権と改正権との本質的差異が強調されてくる [123] (四)シュミットはさらに精密な制憲権論を作り上げた ■第五節 制憲権の法的性質[124] (一)制憲権は実力であるか [125] (二)制憲権は規範的力であるか [126] (三)制憲権は受動的な監視権限であるか [127] (四)制憲権は実定憲法の正当性原理であるか [128] (五)制憲権論は有害無益であるか ■第六節 国民主権と憲法典との関係[129] (一)制憲権の主体は歴史的に変転してきた [130] (ニ)制憲権論は憲法典の構造まで指示しているか [131] (三)制憲権が意思の発現であるとすれば、その本質は実力と理解せざるを得ない [132] (四)制憲権は意思の力であるとする理論は、合理的人間像に基づく近代哲学の嫡流に属する ■用語集、関連ページ ■ご意見、情報提供 ■第一節 国民主権にいう「国民」の意味 [107] (一)視点によって「国民」もさまざまな意味をもつ 国民には、国家権力の主体としてのそれ(主体としての国民)と、国家行為の対象としてのそれ(客体としての国民)とがある、と先に指摘した([14]参照)。 その区分が、能動的な国家構成員であるところの市民(シトワイアン、シティズン)と、支配に服する臣民(シュジェ、サブジェクト)とに対応する。 そのほかの分類法としては、(ア)憲法典の基本権主体としての国民、(イ)国家機関としての国民(選挙その他憲法典上の規定によって機関権限が認められた場合のそれ)、がある。 本章では、国家権力のあり方を最終的に決定する主体としての国民の意義を問う。 [108] (ニ)「国民」は実在する統一体であるかどうか論争され続けている 「国民」の意義は、全体としての国民を、実在する一つの統一体としてみるか、それとも、観念的な統一体とみるかによって、変わる。 この点はフランス憲法学上これまで盛んに論議されてきた。 そこでの論争はこうである。 A説は、個々のシトワイアンが国家内で集結すれば、個々の構成員に分解できない一つの意思のもとで一つの集合体を実在させるに至る、とみる(この把握の仕方は、いうまでもなく、方法論的集団主義のそれである)。その実在する集合体を「人民(プープル)」といい、その意思を「一般意思」または「共同意思」という。)人民は、実在する統一体であるから、意思・活動能力をもち、統治のあり方を決定する意思の主体となる、とみられる。実在する人民が、国家の最終的な統治のあり方を決定する場合をもって「人民(プープル)主権」という。 これに対してB説は、全体としての国民は、観念的にのみ存在するのであって、君主のような社会的実在ではないとみる。それを「国民(ナシオン)」という。抽象的観念的存在である国民は、意思・活動能力ももたず、具体的政治的権限を行使する主体とはなりえない、とみられる。観念的存在たる国民が、国家の最終的な統治のあり方を決定するものと想定される場合をもって、「国民(ナシオン)主権」という。ナシオン主権理論は、ドイツで説かれた国家法人説のフランス版である。フランスにおいても「国家は一国民の法的人格である」(エスマン)と説かれたように、国民を抽象的に捉えれば、全国民は観念のなかで人格化されて、その人格がもう一つの人格たる国家と同一視されるに至るのである。 [109] (三)二つの主権論はフランス独特の論争である こうした論争は、フランス憲法史に顕著な形で現れた。 まず、フランス革命の人権宣言3条は、「あらゆる主権の淵源は人民(プープル)に存する。いかなる団体も個人も人民により明示的に発しない権力を行使するを得ず」と謳って、人民が政治的最高決定権、つまり、憲法制定権力をもつことを明らかにした。 ところが、1791年憲法では、革命の進行を抑制しようとする市民層(ブルジョアジイ)の思想を反映して、3篇2条において「主権は国民(ナシオン)に属する。人民のいかなる部分もいかなる個人も主権の行使を簒奪することはできない」と謳われた(樋口陽一『近代立憲主義と現代国家』第Ⅱ部参照)。 こうした論争は、フランス特有の社会的勢力間の権力闘争を巡る歴史的背景と抽象理論を好むフランス人特有の思考法をもっているのであって、我が国に直輸入される必要はない。 ■第ニ節 わが国における国民主権論争 [110] (一)国家法人説のもとで主権的機関は選挙人団とされる 国家法人説が支配的であった日本国憲法制定当時には、国家の諸機関のうち、優越的な政治的決定権を有している機関が主権者であると考えられていた。 この把握の仕方は、最高機関意思説と呼ばれる([15]参照)。 この立場からすれば、主権者とは、「機関としての国民(選挙人団)」となる。 しかし、この説には、次のような難点が残されている。 ① 国民が選挙人団という国家機関とされるのは、憲法典または有権者の範囲を決定している公選法の定めの帰結であって、憲法典や法律から憲法(国制)を理解するという本末転倒の論理であること、 ② わが国の場合、憲法41条が「国会は、国権の最高機関」としていることと抵触する可能性のあること、 ③ 主権概念を具体的な諸政治機関の内部に求めていること(主権とは、国家支配の源泉という意味であったはずである)、 ④ 国家を法人と捉えるのは、国家への権利義務の帰属を法技術的に説明するための道具であって、それ以外の局面で、国家を法人と捉える必要はないこと、 ⑤ 国民の中に、主権者と、そうでない者とが存在する、と考えることは、国民国家として成立した近代国家における国民概念と整合的でないこと。 [111] (ニ)ノモス主権説はそれ特有の主権概念を前提としていた 国家法人説的思考から脱却しようとした憲法制定時直後の学説においては、ノモス主権か国民主権かという論争がみられた(尾高-宮沢論争)。 前者(※注釈:A説)は、政治を最終的に決定し指導するものが、事実や実力ではなく、正義に適うルール、つまり、古代ギリシャ人たちがノモスと呼んだもの(ローマ人のいうイウス ius)でなければならないという観点から、日本国憲法のもとにおいても、主権はノモスにあるとみる説である。 これに対して、後者(※注釈:B説)は、主権論の論点は政治の最終的決定権が誰に帰属するかを問うものである以上、如何なる自然人(またはその集団)が主権の主体となるかを明らかにするものでなければならず、実体のないノモスにその淵源を求めてはならない、と説いた。 この論争は、あるべき妥当性を政治の究極に探求する法哲学と、政治的決定権の具体的な帰属先を探求する憲法学とのアプローチの差を反映していた。 憲法学的にみると、後者の優勢のうちに論争は終結せざるを得なかった。 ノモスが sovereign とする思考は、本来、法の支配にいう「法」の内容に求めるべきものであって、国民主権論の土俵で論ずることに無理があったのである。 J. S. ミルが指摘したように、権力を行使する「民衆」は、権力を行使される「民衆」と必ずしも同一ではない以上、B説(※注釈:宮沢の国民主権説)が正当である。 [112] (三)国民主権のイデオロギー性が次第に気づかれてくる 1960年代になると、論者は、国民主権論が現実の統治権力を制限するよりも正当化する理論に堕してはいないか、との疑念を抱き始めた。 なぜなら、現実には、代表制のもとで、代表が国民から法上独立して統治をしているにも拘らず、徒(いたずら)に国民主権を強調することは、代表の統治権力を国民の名で正当化することになるからである(代表制については、後の[155]~[164]でふれる)。 そこで、当時の論者は、主権を実質化するためには、如何なる代表制であればよいか、自問することになる。 そのために主張されてくるのが、すぐ後にふれる半代表制の理論である(なお、本書の半代表に対する否定的見方については、[166]をみよ)。 [113] (四)ナシオン主権・プープル主権をめぐって主権論争はピークに達した 1970年代になると、フランス憲法学の成果を引証しながら、論者は、我が憲法典の採用する主権原理が、ナシオン主権、プープル主権のいずれに定礎しているかにつき論争を始めた(杉原-樋口論争)。 こうした論者は、プープル主権、ナシオン主権でいう「プープル」「ナシオン」の意義については見方を共通にしつつも、それが如何なる統治構造や代表制を伴うか、という点で見解を異にした(もっとも、有権者団をプープル、国民全体をナシオンとみる立場もある)。 [114] (五)主権の見方によって代表制のあり方も変化する ナシオン主権のもとでは、フランスの1791年憲法が謳ったように、「権力の唯一の淵源である国民は、委任によってのみその権力を行使しうる」とされ、間接民主制のもとでの代表制が採用される。この代表制を「純(粋)代表」という(詳しくは、後の[159]参照)(この91年憲法は、王の身体から国家を分離することを目的として制定された。そこに持ち出されたのが、国家の真の構成要素である「国民」であった。国家は「国民」に要約される法人とみられ、ここに国家と国民とが同一化されたのである。ナシオン主権論は、先の[108]でふれるように、フランス流の国家法人説と理解してよい)。 これに対して、プープル主権のもとでは、統一体としての意思をもつ実在としての人民が、政治的決定に自ら参与することが統治構造上の原則となる。すなわち、直接民主制が憲法典上の原則とされなければならない。もっとも、プープル主権のもとであっても、統治の分業が不可避である場合、代表の存在は不可欠となる。直接民主制と妥協しうる代表のあり方としては、半代表制、つまり、代表者意思と人民意思との事実上の同一性を確保する代表制が考えられる。プープル主権原理が、果たして、半代表制を許容するものか否かにつき、我が国のフランス憲法研究者の中でも見解の一致をみない。 [115] (六)主権の見方は日本国憲法の解釈にも影響するといわれる また、右の論争は、基本的には、日本国憲法がプープル主権原理に基づいているとの共通点をみせながらも、如何なる代表観に立っているかにつき、次のような差異をみせる。 A説は、現行憲法典がナシオンからプープル主権への移行期にあって、両者の原理を合わせもっているものの、後者への方向をより強く示しているものとの前提に立って、プープル主権のもとで採用される命令的委任(後述の[159]参照)やリコール制の導入を図ることも現行制度上可能である、とする(杉原泰雄『国民主権と国民代表制』374~9頁)。A説はその論拠として、第一に、歴史法則がナシオンからプープルへの展開を示していること、第二に、主権論の民主化がなければ多数者の人権保障もありえないこと、を挙げる。ところが、人間社会に歴史法則などありようもなく(個々の人間の行為の集積に法則性などなく)、また、主権の民主化が基本権保障にとっての条件であるとすることも、誤った想定である(民主主義は自由の条件ではない)。 B説は、プープルが主権を有するとの命題を立てたとしても、それが統治のあり方を決定するものではない、と考える(樋口陽一『近代立憲主義と現代国家』290頁以下)。統治者(または統治)と、被統治者(またはその基本権)との間には、埋め尽くし難いギャップが存在するのであって、主権の民主化または主権の権力性を強調するよりも、一方で、主権を実定憲法典の正当性原理として理解するにとどめ、他方で、人権論をもって統治権力に対抗していく方向を重視すべきであると、このB説は説くのである。 [116] (七)主権論争は「主権」の法的性質の理解の違いを反映している さらに、この見解の対立は、主権をどう定義するかとも関連している。 A説は、主権とは国家における包括的統一的支配権(国権)をいい、主権論とは、それが誰に帰属するかという帰属原理を問うものでなければならない、という(国権帰属説)。確かに、この説がいうように、帰属原理如何を問うことが正しい思考であるとしても、それが発動の方向を明確に指示しているわけではなく、人民意思の発動を限界づけるものを問わないまま主権を「包括的統一的支配権」ないし「国権」と構成しても、主権の本質を明確にしたことにはならない(もともと「国権」とは、国家法人説における国家という団体の権利を指していた)。 これに対してB説は、主権とは憲法制定権力、つまり、「国家の最終的な政治的あり方を決定する力または権威」をいうとする(制憲権説)。それは、誰が、どのように憲法制定権力を発動するかを問うのである(その理論は次節でふれる)。 [117] (八)フランス流主権論争は個別的結論を決定しない いずれにせよ、ナシオン主権か、プープル主権かという論争は、「国民」概念の多義性を我々に気づかせるものの、特殊フランス的論争であって、我が国の憲法(国制)解釈に直接の関連をもたない([108]参照)。 憲法解釈に関連性はないものの、一つだけ確実にいえることは、プープル主権論こそ自由な国家にとって最も危険な理論であることである。 その危険性は、主権の万能性と、服従契約としての社会契約を説くルソーの次の理論に現れている(巻末の人名解説をみよ)。 「主権者が自分で侵すことのできぬような法律を自らに課すことは、政治体の本性に反するものである・・・・・・。いかなる種類の根本法[憲法]も、社会契約でさえも、全人民という団体に義務を負わすことはなく、また負わすことはできないことは明らかである。」「社会契約を空虚な法規としないために、この契約は、何人にせよ一般意思への服従を拒む者は、団体全体によってそれに服従するように強制されているという約束を、暗黙のうちに含んでいる。そして、その約束だけが他の約束に効力を与え得るものである。このことは、市民が自由であるように強制される、ということ以外の如何なることをも意味しない」(ルソー『社会契約論』第一編第七章)。 歴史上、この理論は、デュギーや O. ギールケが正当にも指摘した如く、最も血腥い暴政者によって援用され、立憲主義によっていささかも重要な役割を演じなかった。 だからこそ、近代立憲主義は、プープル主権からの「補助的予防装置」(J. マディスン)を講ずる必要性を絶えず説いてきたのである。 ■第三節 憲法制定権力の意義 [118] (一)憲法制定権力は意思主義的発想を基礎とする 憲法制定権力(制憲権)とは、憲法(国制)そのものを基礎づけ、憲法典上の諸機関に権限を付与する権力または権威をいう、とされる。 その権力または権威の淵源は、通常、人(特に、国民)の意思に求められている(芦部『憲法制定権力』3頁は、制憲権を「国家の政治的実存の様式及び形態に関する具体的な全体的決断をなす政治的意思」としている)。 国民の意思に淵源をもつとする制憲権理論を、社会契約と誤って結びつけながら、最初に実定憲法で高々と謳ったのは、マサチューセッツの憲法であった。 その前文に曰く、 「政治的統一は、個人の自由意思による結合によって成立し、それは社会契約の結果であり、この契約により一定の法律に従い一般的利益に合致して統治が為される目的のもとに、人民の全体が各市民と、各市民が市民全体と契約を結ぶのである。」 ところが、その起草者J. アダムスの考えたほどには制憲権理論は単純ではなかった。 [119] (ニ)政治的意思としての制憲権の発動は国制の正当性まで根拠づけない 制憲権を議論するに当たっての論点は、次の如くである。 ① 制憲権の本質は、「権力」すなわち「実力」であるか。 ② 権力または実力の淵源が、統一目的のもとに結集する人々の「政治的意思」にあると考えてよいか。 ③ 制憲権によって創り出された憲法(国制)は、事実状態または権力関係であるか、それとも、規範的秩序であるか(この点については第二章の[32]~[33]をみよ。少なくとも、憲法制定権力にいう憲法とは、我々が日常的に使う「憲法典」を意味しない。制憲権とは、「国制を決定する権力」を指す)。 ④ 制憲権は改正権と同質であるか。 ⑤ 制憲権の主体は、国民であるか、それとも、それ以外でありうるか。国民であるとした場合、その捉え方如何。 意思から権力や正当性が生まれるとする思考は、先に指摘したように([34]参照)、法実証主義のそれである。 ところが、「政治的意思」から権力が生まれ、同時にそれが正当であることを論証することは困難である。 国民の政治的意思といったところで、現実の統治は、少数者による統治である。 国民の政治的意思から国制が基礎づけられるというのは、社会契約論と同様に、合理的な国家はどうあるべきか、という仮設にとどまる。 また、「政治的意思」という「政治」の意義は、政治学においても論争を呼ぶ概念である。 かように、制憲権の本質等を理解するに当たって、我々は様々な難問に遭遇する。 制憲権論の基本的狙いは、那辺(※注釈:なへん、どのあたり)にあったのか。 同理論が体系化されるまでの展開を以下で概観した後、制憲権の本質をみることにしよう。 ■第四節 制憲権の理論化とその展開 [120] (一)シェイエスは第三階級の圧倒的有利を説きたかった 制憲権を最初に体系的に論じたのは、A. シェイエス(1748~1836)である。 彼は、政治社会における個々の市民(シトワイアン)が共通の目的をもって憲法契約に参加するば、プープルという一つの集合体とその共同意思を成立させるとみたうえで、この共同意思のもつ力が主権である、と考えた(シェイエス『第三階級とは何か』)。 この契約によって生じた統一体としてのプープルは、共同意思を発動して憲法(国制)を創設するに当たって(すなわち、制憲権を発動するに当たって)、代表者の意思を常に統制すべく、その共同意思を憲法典という法規範の中に集約して、委任の条件と範囲を代表者に対して示すのである。 制憲権そのものは、超実定憲法上の意思力であり、憲法典は、制憲者意思によって作り出された人為的ルール(設計的意思の所産)なのである。 シェイエスの制憲権理論は、政治的統一体創設のための社会契約と、政治的統一体の憲法契約とを時間的にも、理論的にも区別した点で出色であった(シェイエス著、大岩誠訳『第三階級とは何か』82頁参照)。 彼の理論の目的は、第一に、「国民の共同意思の力=制憲権=主権」という定式を確立することによって、当時圧倒的多数を占めていた第三階級に主権が帰属すべきこと、第二に、憲法によって作り出された権力(特に立法権)は、決して委任の条件と範囲を変えることはできないこと(制憲権と立法権の守備範囲の差)を明らかにすることにあった。 ただし、制憲権と改正権の区別は明確に意識されていない。 [121] (ニ)シェイエスは事実上の力としての制憲権を考えていた シェイエスにおいては、制憲権は、人権保障の領域にあっては、「人権宣言」によって統制されるものの、統治機構の領域では、実体的にも手続的にも法的制約に服さず(この側面は、「実定法超越的」と表現される)、至上最高のものであり、いつでも発動して実定憲法をいかようにも変えることができるもの(その側面は、「実定憲法破壊的」と表現される)、と考えられている(彼は『第三階級とは何か』84頁において、こういう。「国民は全てに優先して存在し、あらゆるものの源泉である。その意思は常に合法であり、その意思こそ法そのものである。それに先立ち、その上にあるものとしては、唯ひとつ、自然法があるに過ぎぬ」)。 彼の理論は、絶対的多数者たる第三階級の意思を一般意思(共同意思)とする、革命のための政治的目論見をもっていた。 その狙いは市民革命によって達成されたものの、共同の敵を失った後にあっては、人民の意思が統一的な公的利益に収斂するとの命題に対して理論上も実践上も疑念が持たれるに至る。 その疑念があるとはいえ、彼の思想は、「誰もが一人として数えられる」という市民的平等のみならず、政治的自由を近代国家のルールとしてもたらし、普通選挙制の到来を準備したのである。 [122] (三)シェイエス以降、制憲権と改正権との本質的差異が強調されてくる 彼の理論が現実政治のなかで実現された後は、右の疑念を反映して、制憲権から超実定憲法的性格を如何に払拭するか、という課題が中心的論争対象となる。 それを解決すべく、制憲権は実定憲法典制定と同時にその権力的性格を自ら凍結し、実定憲法典の正当性を支える原理に変質した、とする理論が登場する。 この段階で制憲権論は、立法権と制憲権の区別を論拠づけるものから、改正権との区別を根拠づけるものへと焦点を移していくことになる。 すなわち、改正権は「憲法によって作り出された権限」であって、「憲法を創り出す権力」とは異なる、と意識されるに至ったのである。 実際、フランス1791年憲法は、制憲権を実定憲法典の正当性原理として凍結させたばかりでなく、改正権から峻別し、さらには、改正権の発動についても厳格な手続を踏むこと、および、改正内容にも限界があることを明示した。 [123] (四)シュミットはさらに精密な制憲権論を作り上げた 目をドイツに転じてみよう。 C. シュミット以前のドイツの理論状況は、国家法人説、概念法学が主流であったため、自然人の意思が権力を生み出すとか、国制のなかに権力的階梯構造が存在する、とかいった理論の成立する余地を残さなかった。 この伝統に決別を告げたのがシュミットであった(巻末の人名解説をみよ)。 彼は、制憲権とは、国家全体のあり方を決定する実力(または権威)をもった政治的意思であるとして、次のような理論を構築した。 まず、この意思の所産を Verfassung (憲法)と呼び、それと個別条規の統一体たる「憲法律」(Verfassungsgesetz)とを区別し、さらに憲法律と、それによって付与された権能とを区別する。 つまり、彼の理論は、「政治的意思たる制憲権→憲法→憲法律→憲法律によって付与された権能(その一つが改正権)」という公式のもとで、政治的意思が階梯的な規範を作り上げていくことを説いたのである。 ■第五節 制憲権の法的性質 【表10】 我が国の制憲権論 ① 実力説(※注釈:A説) 制憲権は、意思(なかでも国民の意思)の発動であり、事実上の力である。(※注釈:佐藤幸治) ② 権限説(※注釈:B説) 制憲権は、一定の規範の授権によって発動される権限である。(※注釈:清宮四郎、芦部信喜) ③ 監督権限説(※注釈:C説) 制憲権は、代表を監督するために発動される権限である。 ④ 正当性原理説(※注釈:権威説、D説) 制憲権は、実定憲法制定とともに、憲法典を支える正当性の源となる。 ⑤ 有害無益説(※注釈:E説) 制憲権を実力と捉えれば実定憲法にとって有害であり、正当性原理であるとすれば無益である。 [124] (一)制憲権は実力であるか 我が国の制憲権への見方も、歴史的にみられた諸説を反映して、さまざまである。 まずA説は、制憲権をもって、法外的な政治的事実の問題とみる(実力説)。 もっとも、その中でも、A 説は、制憲権そのものは政治的事実または意思による決断であっても、その政治的決断に当たって、国民が憲法典を創り上げる際に何を選択する(した)か、という視点を重視する。 同論者は、我が国の制憲権者たる国民が、「よき社会」の形成発展のために自然権保障型を中心部分とする立憲主義的憲法典を選択し、「自己拘束」した、と考えるのである(佐藤・99頁)。 右のA説に対しては、近代立憲主義思想は、制憲権を実力とみないで、ある種の規範によって統制された(またはされるべき)もの、との前提に立って、その規範内容を模索してきたのではなかったか、換言すれば、意思の降り立つ先を事前に示すもの、または、意思自体を拘束するものは何であるかを看過したままでよいか、との疑問が残される。 同様に、A 説についても、政治的決断を事前に限定する何らかの力を問わないままでよいか、との疑問が残される。 「国民の自己拘束」に言及するだけの理論では不十分である。 歴史上の思想家たちは、国民の意思を制約する精神的能力として、例えば、①実践理性(I. カント)、②判断力(A. アレント)、③合理的コミュニケーション能力(J. ハーバーマス)を構想してきたのではなかったか。 [125] (二)制憲権は規範的力であるか B説は、制憲権が根本規範による授権によって根拠づけられた法的な力であるとする(権限説)。 もっとも、その根本規範の捉え方に関して、ケルゼンの如く、仮設的・形式的に実定法の前提として措定するB1説、実定的に定立された実体的法規範と捉えるB2説がある(清宮Ⅰ・33頁)。 ところが、B1説、B2説ともに、根本規範の実体につき、客観性を欠くうらみがある。 なかでも、実定法体系を規範化するルールを、同一の実定法体系に求めるB2説は、根本的な誤りを犯している([94]参照)。 また、制憲権が、個人の尊厳または人格価値不可侵の原則によって規範的拘束を受けているとするB3説もある(芦部・前掲書)。 この説は、制憲権が自然法によって授権されるという「権限説」と、正当性の根拠ともみる(すぐ後の[127]でふれる)「正当性原理説」との折衷説のようである。 権力的モメント(※注釈:moment 契機、物事の変化や発展を引き起こす動的要因となるもの)を示す場合の制憲権の主体は選挙人団、正当性のモメントを示す場合の制憲権の主体は全国民である、と、その担い手によって制憲権の属性に変化をもたせるのが、このB3説の特徴である。 このB3説に関しても、 第一に、 選挙人団は、国家創設後に国法上に登場する概念であって、国制創設の前段階で議論する制憲権の主体とはなり得ないはずではないか、という疑問が残される。選挙人団概念を制憲権論に持ち込むことは、最高国家機関をもって主権者とする説と、国民主権の議論とを混同させるであろう。 第二に、 個人の尊厳または人格不可侵の原則の内容が、制憲権を枠づけるほどの具体的内容をもっているかどうか、疑問とせざるを得ない。さらに、 第三に、 これらの原則が制憲権を拘束するとの命題は結論の提示であって、なぜに、これらの拘束力が付与されるのか(人間の実践理性の故か、自然法の要請なのか)、当該法体系の外にある論拠が示されない限り、それは空論である([94]参照)。 [126] (三)制憲権は受動的な監視権限であるか C説は、制憲権をもって、代表に対して同意を与えまたは与えないことを通して受動的に権力を監督する、現に存在している国民全体の一般意思をいう、とする(監督権力説)。 しかしながら、制憲権は、受動的性格をもつものではなく、代表の権力統制を超えて、権力または権威を積極的に創出するものではなかったか。 代表権力に対する監督は、選挙権や責任政治のレヴェルで志向されるべき問題領域である。 さらには、今日のような多元的社会にあって、一般意思に言及すること自体、もはや不可能といわざるを得ない(ここにいう「多元的」とは、個々人が階層的に秩序づけられておらず、各人の目的が多種多様であることをいう)。 [127] (四)制憲権は実定憲法の正当性原理であるか D説は、制憲権をもって、実定憲法典の正当性を支える最終的権威であると捉える(正当性原理説または権威説)。 この説によれば、本質的には権力(意思力)であり、超実定的な性質をもった制憲権が、実定憲法制定と同時に実定憲法の中に凍結され、正当性の原理となるのである(この説にいう「正当性」の意義、根拠は明確ではないが、おそらく、「正当性」とは、始源的権力保持者が憲法制定に同意したがゆえに拘束力をもつ、ということなのであろう。ここにも合理的意思の神話がみられる)。 もっとも、この見解は、実定憲法を制定すべく発動された制憲権を、実定憲法から事後的に説明するものであって、時間的な観点が、前ニ説とは異なっており、これらの説を同一次元で論議し評価することは避けたほうがよい。 制憲権論は、時間的にも論理的にも実定憲法に先立つ段階を考察対象とする論議である。 権力創出の時点での制憲権の性質をどうみるかという論点と、創出後のそれをどうみるかという論点とを、混同してはならない。 右のD説のように、権力創出時点での制憲権を超実定的かつ実定憲法破壊的と考えることは、創出される権力の正当性やその限界、さらには権力の維持・行使の条件を厳しく問わないことになろう。 [128] (五)制憲権論は有害無益であるか E説は、国民主権にいう主権を制憲権と捉えること自体が有害無益である、とする。 というのは、制憲権に超実定法的性格づけをするとすれば、実定憲法破壊的な危険性を認めることになり、他方、制憲権を単なる正当性の問題に押し込めるとなると、主権を理念的な空虚なものにしてしまうからである。 この点を考慮したうえでE説は、主権を国家における統一的包括的支配権(国権)をいうものと構成して、主権理論はそれが誰に帰属するかを問う議論でなければならない、と主張する。 そのうえで、統一的包括的支配権がプープルに帰属する、とE説は結論するのである。 ところが、この説については、 ① 主権が統一的包括的支配権(国権)であるとしても、その実体は何なのか([116]参照)、 ② その帰属先を分析するだけでは、主権の本質とその限界につき正答を得るに至らないのではないか、 との疑問が残る。 このE説が、制憲権としての主権理論を有害無益であると断罪するのであれば、それをさらに、デュギーほどに徹底して、神秘的な、人民の一体意思を基礎とする国民主権の観念自体を有害無益であるとする道筋をも模索すべきではなかったか。 国民の構成員一人ひとりの選好を総計して生ずる集団的決定は、実は、個人を守らないばかりか、多数派自身をも守らないことが多いのである。 この点に気づいてか、デュギーはいう、「国民主権の神秘的性質は、事実に反して、神秘的性質なしに有り得たよりも遥かに長い間活動期間を国民主権の観念に与えた。しかし国民主権の観念が創造力を失う時が来た。・・・・・・国民主権の観念は最も確実なる事実と明らかに矛盾する」と(デュギー『公法変遷論』20頁)。 本書における制憲権の捉え方は、[132]でふれる。 ■第六節 国民主権と憲法典との関係 [129] (一)制憲権の主体は歴史的に変転してきた 制憲権の主体は、必ずしも国民であるとは限らない。 歴史的には、その主体は君主であることが多かった。 しかし、これまでの憲法理論史をみると、特に啓蒙思想期以降、制憲権は社会契約によって成立した政治的統一体としての国民が発動する権力または権威であると論じられてきており、その主体を国民に求めるのが主流である。 国民が制憲権の主体となる場合をもって「国民主権」という。 国民を主体とする制憲権論、すなわち国民主権論は、統治権力の正当な源泉が国民の意思にあることを説くための理論である(権力創出のための理論)。 その理論は、さらに、社会契約理論と結びついて、国家が社会構成員の合意を通して統治権力を獲得することまで説いた(統治権力獲得のための理論)。 すなわち、国民主権または制憲権の理論は、統治権力の創出および獲得の正当性までを問うものであった。 [130] (ニ)制憲権論は憲法典の構造まで指示しているか 現実の政治過程は、権力の創出、獲得、維持および行使というプロセスからなる。 今後の議論は、今日の統治が「基礎をもたないシステム」となりつつあることを考慮した場合([22]参照)、実定憲法典のもとで維持・行使される統治権の正当性を問うものでなければならない。 換言すれば、権力と権限の行使が、究極的には、人々の公共的な議論を通しての合意に基づく法規範や政治制度に定位しているか否か、不断に検証されなければならない。 権力の創出および獲得の正当性までを問うてきた制憲権論が、権力の維持・行使の正当性まで問いうるものか、疑問となる。 もしも制憲権論が、憲法典の構造の正当性まで指示するものであれば、この疑問も解決されるのであるが。 果たして制憲権論は、最終的な政治的決定権限が誰に帰属するかという論点ばかりでなく、実定憲法の正当性やそのもとでの統治権の行使の正当性を担保するだけの構成(組織)原理を指し示しているであろうか。 この点に関しX説は、日本国民が制憲権を発動するに当たって、立憲主義的内容を選択し、自己拘束して、(イ)統治制度の民主化、(ロ)公開討論の場の確保、という「実定憲法上の構成原理」を日本国憲法に組み込んだとの理解を示して、この疑問を解決しようとする(佐藤・100~101頁)。 その構成原理の具体的要素は、 ① 民意をできる限り反映する「民主的」統治メカニズムを備えること、すなわち、選挙人となりうる人物が最大であること、 ② 選挙人の意思が反映されるよう統治制度が整備されること、 ③ 選挙人の意思が自由に反映できるために、統治者批判が自由であること、 といった要素が挙げられる。 ところが、右の①~③は、「国民主権」によって必然的に要請されるものではない。 先にふれたように([56]参照)、①~③は、統治される国民が統治者に対して有効なコントロールを及ぼすための装置である(「統治される民主主義」)。 国民主権論を右要素と結び付けようとする試みは、実現されるべくもない「治者と被治者との自同性」を夢想する姿に近い。 X説と同様に、X 説は、国民主権とは、選挙人団としての国民がその権力を行使する際の様々なチャネルの整備をも含意している、と解する(芦部『憲法講義ノートⅠ』121頁)。 この見解は、制憲権が正当性原理にとどまらず、権力的色彩を持っていること、その権力主体が国民(選挙人団)であること、を前提にしている。 この立場を推し進めれば、憲法典は有権者意思を反映するような道筋、たとえば、民選議会、参政権、表現の自由等を備えておかなければならない、というX説と同一の見解に帰着することになる。 ところが、この説には、主権概念の混同がみられる。 すなわち、既に [15] においてふれたように、主権とは、あるときには、具体的に存在する国家機関のうちの優越的権限を有している機関をいう場合(「国家最高機関としての主権」)、またときには、最終的支配意思の源をいう場合(「憲法制定権力としての主権」)等があるが、右のX 説は、両者を制憲権概念のなかで説こうとしている点に無理がある。 憲法典上要請される構成原理または統治構造は、あくまで、出来上がった憲法典から理解すべきものである。 その理解に当たって、統治過程の民主化の要請と、国民主権論とを結びつけない道筋も真剣に検討されなければならない。 となると、Y説のように、国民主権の概念と民主的選挙制度等との直接的関連性なし、と考えるべきであろう。 この説によれば、「すべての権力は国民に由来するという [国民主権の] 公式は、代議士の選挙が定期的に繰り返されることに関してよりも、むしろ憲法を制定する集団として組織された国民が、代議制立法府の権力を定める排他的権利を持つことに関連して言われた」のである(ハイエク『自由の条件Ⅱ』66頁)。 この立場を徹底させれば、国民主権はあくまで憲法制定権力と同義であって、主権者が実定憲法の構成原理として何を選択するかは、事前に示されることは決してなく、主権者の選択に委ねられることになるばかりか、国民主権にいう国民が観念的統一体に過ぎないものである以上、主権は正当性原理に過ぎない、と捉えられることになろう。 正当性原理としての国民主権は、独裁制をも許容するものであって、具体的政治組織のあり方については何も指示せず、ただ、すべての国家機関が国民の権威づけのもとに権能を行使することを理念的に示すにとどまる、との理解も十分成立しうる(小嶋・105頁。もっとも、この論者といえども、空虚な主権論とならないために、全体の奉仕者としての公務員観(15条)が要求されると説く)。 [131] (三)制憲権が意思の発現であるとすれば、その本質は実力と理解せざるを得ない 制憲権が人民の意思から発せられる力であると想定するのであれば、その本質は事実上の力であると理解せざるを得ない。 それは、他の力からの授権を要しない実力である。 実力と考えざるを得ないからこそ、近代立憲主義は、それと対立し、それを制約する別の力を追い求めてきたのである。 その別の力とは、自由の概念であった。 もっとも、自由の概念も不動不変ではありえない。 後世は、後世にとっての自由が保障されなければならない。 そのために、憲法典は、後世に対して開かれた部分を用意するのが通例である。 その部分が憲法改正規定である。 改正規定によって後世に開かれた部分を残していることが、現行憲法典の拘束力保持理由の一つである。 従来の制憲権論は、制憲権を野放しにしないために、何らかの権威に由来するものと想定して、根本規範を設定したりして、その権威の淵源(正当性)を追い求めてきた(権威と制憲権との垂直的布置の理論)。 今日までの諸理論は、その追究に成功していない。 この点は次のように考えるべきであろう。 意思の力を淵源とする制憲権は、権威に由来するものではなく、制憲権とは独立に存在する「法」によって横からの制約を受けている(法と制憲権との水平的布置の理論。「法の支配」は、まさにこれを狙ったのである)。 この「法」は、各人の自由な領域を保護する普遍妥当な抽象的ルールである。 このルールを、ハイエクに倣って「自由の法」と呼んでもよい(巻末の人名解説をみよ)。 「自由の法」は、超越論的な思弁の中にあるのではなく、人間社会が事実上存在するその瞬間から生まれ、人間が経験によって学び得た準則である(自由の本質については『憲法理論Ⅱ』で論ずる)。 「自由の法」に代えて、「個人の尊厳」、「人格価値不可侵」といった茫漠とした用語に拠るとすれば、制憲権を制約する内実をその中に発見することは期待できないであろう。 [132] (四)制憲権は意思の力であるとする理論は、合理的人間像に基づく近代哲学の嫡流に属する では、意思から力が発生するという保証はなく、政治的統一意思は今日のような多元的社会にありようもない、とする本書のような醒めた目からすれば、制憲権理論はどう再構成されればよいか。 制憲権の理論は、人民の意思が全ての権力の源であるとする社会契約理論と結びついたフィクションである。 社会契約の理論そのものが、《そうあって欲しいものを合理的に理論化しようとした擬制である》以上、その上に構築された制憲権理論も、擬制に過ぎない。 歴史上、その思想の力が、現実の政治世界に影響を与え、実力としての市民革命という形態をとることもあったし、摩擦なく円滑に実定憲法典の基本理念として採用されることもあった。 制憲権の本質は、実力でもなければ、権限でもない。 それは、合理的国家のあるべき姿を説くための仮設である。 その仮設は、ある国では、それを拒否し続けた専制君主を打倒する革命の理論として実際に採用された。 その現実は「制憲権=実力」と後世に映ることになった。 またある国では、社会契約理論をモデルとした実定憲法典を制定した。 そこでは、制憲権は、実定憲法典を支える「正当性原理」として後世に映ることになるのである。 もともと、制憲権論は、君主という一人の意思の絶対的力に代えて、人民の意思を統治の根底に置く革命の理論であった。 その理論は、君主を排除するところまでは指示するものの、統治の最終的なあるべき姿を指示することはできない。 統治の最終的あるべき姿は、人民の意思や制憲権の理論を統制するものに求めなければならない(もっとも、ある理論が政治的決定に最強の影響を与えることはある)。 だからこそ、我々は「法」、「自由」に言及してこれを統制しようとするのである。 このように考えれば、「国民が制憲権をもつ」とする命題こそ擬制中の擬制である。 一方で、制憲権の主体は観念上の抽象的存在たる「国民」であるとし、他方で、制憲権の本質は実力であると主張することは、自己矛盾である。 というのは、制憲権が実力であれば、具体的に存在する自然人によって行使されるはずのものであって、抽象的存在たる国民が主体となることは不可能だからである(制憲権が抽象的存在たる国民に「帰属する」との表現を用いても解決とならない)。 有効な権力概念であろうとすれば、その保有者が一定の事柄を為し得るか否かを基礎づけなければならず、これに失敗する理論は空論である。 ■用語集、関連ページ 阪本昌成『憲法1 国制クラシック 全訂第三版』(2011年刊) 第一部 第8章 国民主権あるいは憲法制定権力 LEC・芦部信喜・佐藤幸治・阪本昌成・中川八洋の「国民主権論」比較 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 関連用語集 【用語集】主権論・国民主権等 「法の支配」と国民主権 「法の支配(rule of law)」とは何か ■ご意見、情報提供 ※全体目次は阪本昌成『憲法理論Ⅰ 第三版』(1999年刊)へ。 名前 コメント
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阪本昌成『憲法理論Ⅰ 第三版』(1999年刊) 第一部 国家と憲法の基礎理論 第七章 国民主権と憲法制定権力 p.99以下 <目次> ■第一節 国民主権にいう「国民」の意味[107] (一)視点によって「国民」もさまざまな意味をもつ [108] (ニ)「国民」は実在する統一体であるかどうか論争され続けている [109] (三)二つの主権論はフランス独特の論争である ■第ニ節 わが国における国民主権論争[110] (一)国家法人説のもとで主権的機関は選挙人団とされる [111] (ニ)ノモス主権説はそれ特有の主権概念を前提としていた [112] (三)国民主権のイデオロギー性が次第に気づかれてくる [113] (四)ナシオン主権・プープル主権をめぐって主権論争はピークに達した [114] (五)主権の見方によって代表制のあり方も変化する [115] (六)主権の見方は日本国憲法の解釈にも影響するといわれる [116] (七)主権論争は「主権」の法的性質の理解の違いを反映している [117] (八)フランス流主権論争は個別的結論を決定しない ■第三節 憲法制定権力の意義[118] (一)憲法制定権力は意思主義的発想を基礎とする [119] (ニ)政治的意思としての制憲権の発動は国制の正当性まで根拠づけない ■第四節 制憲権の理論化とその展開[120] (一)シェイエスは第三階級の圧倒的有利を説きたかった [121] (ニ)シェイエスは事実上の力としての制憲権を考えていた [122] (三)シェイエス以降、制憲権と改正権との本質的差異が強調されてくる [123] (四)シュミットはさらに精密な制憲権論を作り上げた ■第五節 制憲権の法的性質[124] (一)制憲権は実力であるか [125] (二)制憲権は規範的力であるか [126] (三)制憲権は受動的な監視権限であるか [127] (四)制憲権は実定憲法の正当性原理であるか [128] (五)制憲権論は有害無益であるか ■第六節 国民主権と憲法典との関係[129] (一)制憲権の主体は歴史的に変転してきた [130] (ニ)制憲権論は憲法典の構造まで指示しているか [131] (三)制憲権が意思の発現であるとすれば、その本質は実力と理解せざるを得ない [132] (四)制憲権は意思の力であるとする理論は、合理的人間像に基づく近代哲学の嫡流に属する ■用語集、関連ページ ■ご意見、情報提供 ■第一節 国民主権にいう「国民」の意味 [107] (一)視点によって「国民」もさまざまな意味をもつ 国民には、国家権力の主体としてのそれ(主体としての国民)と、国家行為の対象としてのそれ(客体としての国民)とがある、と先に指摘した([14]参照)。 その区分が、能動的な国家構成員であるところの市民(シトワイアン、シティズン)と、支配に服する臣民(シュジェ、サブジェクト)とに対応する。 そのほかの分類法としては、(ア)憲法典の基本権主体としての国民、(イ)国家機関としての国民(選挙その他憲法典上の規定によって機関権限が認められた場合のそれ)、がある。 本章では、国家権力のあり方を最終的に決定する主体としての国民の意義を問う。 [108] (ニ)「国民」は実在する統一体であるかどうか論争され続けている 「国民」の意義は、全体としての国民を、実在する一つの統一体としてみるか、それとも、観念的な統一体とみるかによって、変わる。 この点はフランス憲法学上これまで盛んに論議されてきた。 そこでの論争はこうである。 A説は、個々のシトワイアンが国家内で集結すれば、個々の構成員に分解できない一つの意思のもとで一つの集合体を実在させるに至る、とみる(この把握の仕方は、いうまでもなく、方法論的集団主義のそれである)。その実在する集合体を「人民(プープル)」といい、その意思を「一般意思」または「共同意思」という。)人民は、実在する統一体であるから、意思・活動能力をもち、統治のあり方を決定する意思の主体となる、とみられる。実在する人民が、国家の最終的な統治のあり方を決定する場合をもって「人民(プープル)主権」という。 これに対してB説は、全体としての国民は、観念的にのみ存在するのであって、君主のような社会的実在ではないとみる。それを「国民(ナシオン)」という。抽象的観念的存在である国民は、意思・活動能力ももたず、具体的政治的権限を行使する主体とはなりえない、とみられる。観念的存在たる国民が、国家の最終的な統治のあり方を決定するものと想定される場合をもって、「国民(ナシオン)主権」という。ナシオン主権理論は、ドイツで説かれた国家法人説のフランス版である。フランスにおいても「国家は一国民の法的人格である」(エスマン)と説かれたように、国民を抽象的に捉えれば、全国民は観念のなかで人格化されて、その人格がもう一つの人格たる国家と同一視されるに至るのである。 [109] (三)二つの主権論はフランス独特の論争である こうした論争は、フランス憲法史に顕著な形で現れた。 まず、フランス革命の人権宣言3条は、「あらゆる主権の淵源は人民(プープル)に存する。いかなる団体も個人も人民により明示的に発しない権力を行使するを得ず」と謳って、人民が政治的最高決定権、つまり、憲法制定権力をもつことを明らかにした。 ところが、1791年憲法では、革命の進行を抑制しようとする市民層(ブルジョアジイ)の思想を反映して、3篇2条において「主権は国民(ナシオン)に属する。人民のいかなる部分もいかなる個人も主権の行使を簒奪することはできない」と謳われた(樋口陽一『近代立憲主義と現代国家』第Ⅱ部参照)。 こうした論争は、フランス特有の社会的勢力間の権力闘争を巡る歴史的背景と抽象理論を好むフランス人特有の思考法をもっているのであって、我が国に直輸入される必要はない。 ■第ニ節 わが国における国民主権論争 [110] (一)国家法人説のもとで主権的機関は選挙人団とされる 国家法人説が支配的であった日本国憲法制定当時には、国家の諸機関のうち、優越的な政治的決定権を有している機関が主権者であると考えられていた。 この把握の仕方は、最高機関意思説と呼ばれる([15]参照)。 この立場からすれば、主権者とは、「機関としての国民(選挙人団)」となる。 しかし、この説には、次のような難点が残されている。 ① 国民が選挙人団という国家機関とされるのは、憲法典または有権者の範囲を決定している公選法の定めの帰結であって、憲法典や法律から憲法(国制)を理解するという本末転倒の論理であること、 ② わが国の場合、憲法41条が「国会は、国権の最高機関」としていることと抵触する可能性のあること、 ③ 主権概念を具体的な諸政治機関の内部に求めていること(主権とは、国家支配の源泉という意味であったはずである)、 ④ 国家を法人と捉えるのは、国家への権利義務の帰属を法技術的に説明するための道具であって、それ以外の局面で、国家を法人と捉える必要はないこと、 ⑤ 国民の中に、主権者と、そうでない者とが存在する、と考えることは、国民国家として成立した近代国家における国民概念と整合的でないこと。 [111] (ニ)ノモス主権説はそれ特有の主権概念を前提としていた 国家法人説的思考から脱却しようとした憲法制定時直後の学説においては、ノモス主権か国民主権かという論争がみられた(尾高-宮沢論争)。 前者(※注釈:A説)は、政治を最終的に決定し指導するものが、事実や実力ではなく、正義に適うルール、つまり、古代ギリシャ人たちがノモスと呼んだもの(ローマ人のいうイウス ius)でなければならないという観点から、日本国憲法のもとにおいても、主権はノモスにあるとみる説である。 これに対して、後者(※注釈:B説)は、主権論の論点は政治の最終的決定権が誰に帰属するかを問うものである以上、如何なる自然人(またはその集団)が主権の主体となるかを明らかにするものでなければならず、実体のないノモスにその淵源を求めてはならない、と説いた。 この論争は、あるべき妥当性を政治の究極に探求する法哲学と、政治的決定権の具体的な帰属先を探求する憲法学とのアプローチの差を反映していた。 憲法学的にみると、後者の優勢のうちに論争は終結せざるを得なかった。 ノモスが sovereign とする思考は、本来、法の支配にいう「法」の内容に求めるべきものであって、国民主権論の土俵で論ずることに無理があったのである。 J. S. ミルが指摘したように、権力を行使する「民衆」は、権力を行使される「民衆」と必ずしも同一ではない以上、B説(※注釈:宮沢の国民主権説)が正当である。 [112] (三)国民主権のイデオロギー性が次第に気づかれてくる 1960年代になると、論者は、国民主権論が現実の統治権力を制限するよりも正当化する理論に堕してはいないか、との疑念を抱き始めた。 なぜなら、現実には、代表制のもとで、代表が国民から法上独立して統治をしているにも拘らず、徒(いたずら)に国民主権を強調することは、代表の統治権力を国民の名で正当化することになるからである(代表制については、後の[155]~[164]でふれる)。 そこで、当時の論者は、主権を実質化するためには、如何なる代表制であればよいか、自問することになる。 そのために主張されてくるのが、すぐ後にふれる半代表制の理論である(なお、本書の半代表に対する否定的見方については、[166]をみよ)。 [113] (四)ナシオン主権・プープル主権をめぐって主権論争はピークに達した 1970年代になると、フランス憲法学の成果を引証しながら、論者は、我が憲法典の採用する主権原理が、ナシオン主権、プープル主権のいずれに定礎しているかにつき論争を始めた(杉原-樋口論争)。 こうした論者は、プープル主権、ナシオン主権でいう「プープル」「ナシオン」の意義については見方を共通にしつつも、それが如何なる統治構造や代表制を伴うか、という点で見解を異にした(もっとも、有権者団をプープル、国民全体をナシオンとみる立場もある)。 [114] (五)主権の見方によって代表制のあり方も変化する ナシオン主権のもとでは、フランスの1791年憲法が謳ったように、「権力の唯一の淵源である国民は、委任によってのみその権力を行使しうる」とされ、間接民主制のもとでの代表制が採用される。この代表制を「純(粋)代表」という(詳しくは、後の[159]参照)(この91年憲法は、王の身体から国家を分離することを目的として制定された。そこに持ち出されたのが、国家の真の構成要素である「国民」であった。国家は「国民」に要約される法人とみられ、ここに国家と国民とが同一化されたのである。ナシオン主権論は、先の[108]でふれるように、フランス流の国家法人説と理解してよい)。 これに対して、プープル主権のもとでは、統一体としての意思をもつ実在としての人民が、政治的決定に自ら参与することが統治構造上の原則となる。すなわち、直接民主制が憲法典上の原則とされなければならない。もっとも、プープル主権のもとであっても、統治の分業が不可避である場合、代表の存在は不可欠となる。直接民主制と妥協しうる代表のあり方としては、半代表制、つまり、代表者意思と人民意思との事実上の同一性を確保する代表制が考えられる。プープル主権原理が、果たして、半代表制を許容するものか否かにつき、我が国のフランス憲法研究者の中でも見解の一致をみない。 [115] (六)主権の見方は日本国憲法の解釈にも影響するといわれる また、右の論争は、基本的には、日本国憲法がプープル主権原理に基づいているとの共通点をみせながらも、如何なる代表観に立っているかにつき、次のような差異をみせる。 A説は、現行憲法典がナシオンからプープル主権への移行期にあって、両者の原理を合わせもっているものの、後者への方向をより強く示しているものとの前提に立って、プープル主権のもとで採用される命令的委任(後述の[159]参照)やリコール制の導入を図ることも現行制度上可能である、とする(杉原泰雄『国民主権と国民代表制』374~9頁)。A説はその論拠として、第一に、歴史法則がナシオンからプープルへの展開を示していること、第二に、主権論の民主化がなければ多数者の人権保障もありえないこと、を挙げる。ところが、人間社会に歴史法則などありようもなく(個々の人間の行為の集積に法則性などなく)、また、主権の民主化が基本権保障にとっての条件であるとすることも、誤った想定である(民主主義は自由の条件ではない)。 B説は、プープルが主権を有するとの命題を立てたとしても、それが統治のあり方を決定するものではない、と考える(樋口陽一『近代立憲主義と現代国家』290頁以下)。統治者(または統治)と、被統治者(またはその基本権)との間には、埋め尽くし難いギャップが存在するのであって、主権の民主化または主権の権力性を強調するよりも、一方で、主権を実定憲法典の正当性原理として理解するにとどめ、他方で、人権論をもって統治権力に対抗していく方向を重視すべきであると、このB説は説くのである。 [116] (七)主権論争は「主権」の法的性質の理解の違いを反映している さらに、この見解の対立は、主権をどう定義するかとも関連している。 A説は、主権とは国家における包括的統一的支配権(国権)をいい、主権論とは、それが誰に帰属するかという帰属原理を問うものでなければならない、という(国権帰属説)。確かに、この説がいうように、帰属原理如何を問うことが正しい思考であるとしても、それが発動の方向を明確に指示しているわけではなく、人民意思の発動を限界づけるものを問わないまま主権を「包括的統一的支配権」ないし「国権」と構成しても、主権の本質を明確にしたことにはならない(もともと「国権」とは、国家法人説における国家という団体の権利を指していた)。 これに対してB説は、主権とは憲法制定権力、つまり、「国家の最終的な政治的あり方を決定する力または権威」をいうとする(制憲権説)。それは、誰が、どのように憲法制定権力を発動するかを問うのである(その理論は次節でふれる)。 [117] (八)フランス流主権論争は個別的結論を決定しない いずれにせよ、ナシオン主権か、プープル主権かという論争は、「国民」概念の多義性を我々に気づかせるものの、特殊フランス的論争であって、我が国の憲法(国制)解釈に直接の関連をもたない([108]参照)。 憲法解釈に関連性はないものの、一つだけ確実にいえることは、プープル主権論こそ自由な国家にとって最も危険な理論であることである。 その危険性は、主権の万能性と、服従契約としての社会契約を説くルソーの次の理論に現れている(巻末の人名解説をみよ)。 「主権者が自分で侵すことのできぬような法律を自らに課すことは、政治体の本性に反するものである・・・・・・。いかなる種類の根本法[憲法]も、社会契約でさえも、全人民という団体に義務を負わすことはなく、また負わすことはできないことは明らかである。」「社会契約を空虚な法規としないために、この契約は、何人にせよ一般意思への服従を拒む者は、団体全体によってそれに服従するように強制されているという約束を、暗黙のうちに含んでいる。そして、その約束だけが他の約束に効力を与え得るものである。このことは、市民が自由であるように強制される、ということ以外の如何なることをも意味しない」(ルソー『社会契約論』第一編第七章)。 歴史上、この理論は、デュギーや O. ギールケが正当にも指摘した如く、最も血腥い暴政者によって援用され、立憲主義によっていささかも重要な役割を演じなかった。 だからこそ、近代立憲主義は、プープル主権からの「補助的予防装置」(J. マディスン)を講ずる必要性を絶えず説いてきたのである。 ■第三節 憲法制定権力の意義 [118] (一)憲法制定権力は意思主義的発想を基礎とする 憲法制定権力(制憲権)とは、憲法(国制)そのものを基礎づけ、憲法典上の諸機関に権限を付与する権力または権威をいう、とされる。 その権力または権威の淵源は、通常、人(特に、国民)の意思に求められている(芦部『憲法制定権力』3頁は、制憲権を「国家の政治的実存の様式及び形態に関する具体的な全体的決断をなす政治的意思」としている)。 国民の意思に淵源をもつとする制憲権理論を、社会契約と誤って結びつけながら、最初に実定憲法で高々と謳ったのは、マサチューセッツの憲法であった。 その前文に曰く、 「政治的統一は、個人の自由意思による結合によって成立し、それは社会契約の結果であり、この契約により一定の法律に従い一般的利益に合致して統治が為される目的のもとに、人民の全体が各市民と、各市民が市民全体と契約を結ぶのである。」 ところが、その起草者J. アダムスの考えたほどには制憲権理論は単純ではなかった。 [119] (ニ)政治的意思としての制憲権の発動は国制の正当性まで根拠づけない 制憲権を議論するに当たっての論点は、次の如くである。 ① 制憲権の本質は、「権力」すなわち「実力」であるか。 ② 権力または実力の淵源が、統一目的のもとに結集する人々の「政治的意思」にあると考えてよいか。 ③ 制憲権によって創り出された憲法(国制)は、事実状態または権力関係であるか、それとも、規範的秩序であるか(この点については第二章の[32]~[33]をみよ。少なくとも、憲法制定権力にいう憲法とは、我々が日常的に使う「憲法典」を意味しない。制憲権とは、「国制を決定する権力」を指す)。 ④ 制憲権は改正権と同質であるか。 ⑤ 制憲権の主体は、国民であるか、それとも、それ以外でありうるか。国民であるとした場合、その捉え方如何。 意思から権力や正当性が生まれるとする思考は、先に指摘したように([34]参照)、法実証主義のそれである。 ところが、「政治的意思」から権力が生まれ、同時にそれが正当であることを論証することは困難である。 国民の政治的意思といったところで、現実の統治は、少数者による統治である。 国民の政治的意思から国制が基礎づけられるというのは、社会契約論と同様に、合理的な国家はどうあるべきか、という仮設にとどまる。 また、「政治的意思」という「政治」の意義は、政治学においても論争を呼ぶ概念である。 かように、制憲権の本質等を理解するに当たって、我々は様々な難問に遭遇する。 制憲権論の基本的狙いは、那辺(※注釈:なへん、どのあたり)にあったのか。 同理論が体系化されるまでの展開を以下で概観した後、制憲権の本質をみることにしよう。 ■第四節 制憲権の理論化とその展開 [120] (一)シェイエスは第三階級の圧倒的有利を説きたかった 制憲権を最初に体系的に論じたのは、A. シェイエス(1748~1836)である。 彼は、政治社会における個々の市民(シトワイアン)が共通の目的をもって憲法契約に参加するば、プープルという一つの集合体とその共同意思を成立させるとみたうえで、この共同意思のもつ力が主権である、と考えた(シェイエス『第三階級とは何か』)。 この契約によって生じた統一体としてのプープルは、共同意思を発動して憲法(国制)を創設するに当たって(すなわち、制憲権を発動するに当たって)、代表者の意思を常に統制すべく、その共同意思を憲法典という法規範の中に集約して、委任の条件と範囲を代表者に対して示すのである。 制憲権そのものは、超実定憲法上の意思力であり、憲法典は、制憲者意思によって作り出された人為的ルール(設計的意思の所産)なのである。 シェイエスの制憲権理論は、政治的統一体創設のための社会契約と、政治的統一体の憲法契約とを時間的にも、理論的にも区別した点で出色であった(シェイエス著、大岩誠訳『第三階級とは何か』82頁参照)。 彼の理論の目的は、第一に、「国民の共同意思の力=制憲権=主権」という定式を確立することによって、当時圧倒的多数を占めていた第三階級に主権が帰属すべきこと、第二に、憲法によって作り出された権力(特に立法権)は、決して委任の条件と範囲を変えることはできないこと(制憲権と立法権の守備範囲の差)を明らかにすることにあった。 ただし、制憲権と改正権の区別は明確に意識されていない。 [121] (ニ)シェイエスは事実上の力としての制憲権を考えていた シェイエスにおいては、制憲権は、人権保障の領域にあっては、「人権宣言」によって統制されるものの、統治機構の領域では、実体的にも手続的にも法的制約に服さず(この側面は、「実定法超越的」と表現される)、至上最高のものであり、いつでも発動して実定憲法をいかようにも変えることができるもの(その側面は、「実定憲法破壊的」と表現される)、と考えられている(彼は『第三階級とは何か』84頁において、こういう。「国民は全てに優先して存在し、あらゆるものの源泉である。その意思は常に合法であり、その意思こそ法そのものである。それに先立ち、その上にあるものとしては、唯ひとつ、自然法があるに過ぎぬ」)。 彼の理論は、絶対的多数者たる第三階級の意思を一般意思(共同意思)とする、革命のための政治的目論見をもっていた。 その狙いは市民革命によって達成されたものの、共同の敵を失った後にあっては、人民の意思が統一的な公的利益に収斂するとの命題に対して理論上も実践上も疑念が持たれるに至る。 その疑念があるとはいえ、彼の思想は、「誰もが一人として数えられる」という市民的平等のみならず、政治的自由を近代国家のルールとしてもたらし、普通選挙制の到来を準備したのである。 [122] (三)シェイエス以降、制憲権と改正権との本質的差異が強調されてくる 彼の理論が現実政治のなかで実現された後は、右の疑念を反映して、制憲権から超実定憲法的性格を如何に払拭するか、という課題が中心的論争対象となる。 それを解決すべく、制憲権は実定憲法典制定と同時にその権力的性格を自ら凍結し、実定憲法典の正当性を支える原理に変質した、とする理論が登場する。 この段階で制憲権論は、立法権と制憲権の区別を論拠づけるものから、改正権との区別を根拠づけるものへと焦点を移していくことになる。 すなわち、改正権は「憲法によって作り出された権限」であって、「憲法を創り出す権力」とは異なる、と意識されるに至ったのである。 実際、フランス1791年憲法は、制憲権を実定憲法典の正当性原理として凍結させたばかりでなく、改正権から峻別し、さらには、改正権の発動についても厳格な手続を踏むこと、および、改正内容にも限界があることを明示した。 [123] (四)シュミットはさらに精密な制憲権論を作り上げた 目をドイツに転じてみよう。 C. シュミット以前のドイツの理論状況は、国家法人説、概念法学が主流であったため、自然人の意思が権力を生み出すとか、国制のなかに権力的階梯構造が存在する、とかいった理論の成立する余地を残さなかった。 この伝統に決別を告げたのがシュミットであった(巻末の人名解説をみよ)。 彼は、制憲権とは、国家全体のあり方を決定する実力(または権威)をもった政治的意思であるとして、次のような理論を構築した。 まず、この意思の所産を Verfassung (憲法)と呼び、それと個別条規の統一体たる「憲法律」(Verfassungsgesetz)とを区別し、さらに憲法律と、それによって付与された権能とを区別する。 つまり、彼の理論は、「政治的意思たる制憲権→憲法→憲法律→憲法律によって付与された権能(その一つが改正権)」という公式のもとで、政治的意思が階梯的な規範を作り上げていくことを説いたのである。 ■第五節 制憲権の法的性質 【表10】 我が国の制憲権論 ① 実力説(※注釈:A説) 制憲権は、意思(なかでも国民の意思)の発動であり、事実上の力である。(※注釈:佐藤幸治) ② 権限説(※注釈:B説) 制憲権は、一定の規範の授権によって発動される権限である。(※注釈:清宮四郎、芦部信喜) ③ 監督権限説(※注釈:C説) 制憲権は、代表を監督するために発動される権限である。 ④ 正当性原理説(※注釈:権威説、D説) 制憲権は、実定憲法制定とともに、憲法典を支える正当性の源となる。 ⑤ 有害無益説(※注釈:E説) 制憲権を実力と捉えれば実定憲法にとって有害であり、正当性原理であるとすれば無益である。 [124] (一)制憲権は実力であるか 我が国の制憲権への見方も、歴史的にみられた諸説を反映して、さまざまである。 まずA説は、制憲権をもって、法外的な政治的事実の問題とみる(実力説)。 もっとも、その中でも、A 説は、制憲権そのものは政治的事実または意思による決断であっても、その政治的決断に当たって、国民が憲法典を創り上げる際に何を選択する(した)か、という視点を重視する。 同論者は、我が国の制憲権者たる国民が、「よき社会」の形成発展のために自然権保障型を中心部分とする立憲主義的憲法典を選択し、「自己拘束」した、と考えるのである(佐藤・99頁)。 右のA説に対しては、近代立憲主義思想は、制憲権を実力とみないで、ある種の規範によって統制された(またはされるべき)もの、との前提に立って、その規範内容を模索してきたのではなかったか、換言すれば、意思の降り立つ先を事前に示すもの、または、意思自体を拘束するものは何であるかを看過したままでよいか、との疑問が残される。 同様に、A 説についても、政治的決断を事前に限定する何らかの力を問わないままでよいか、との疑問が残される。 「国民の自己拘束」に言及するだけの理論では不十分である。 歴史上の思想家たちは、国民の意思を制約する精神的能力として、例えば、①実践理性(I. カント)、②判断力(A. アレント)、③合理的コミュニケーション能力(J. ハーバーマス)を構想してきたのではなかったか。 [125] (二)制憲権は規範的力であるか B説は、制憲権が根本規範による授権によって根拠づけられた法的な力であるとする(権限説)。 もっとも、その根本規範の捉え方に関して、ケルゼンの如く、仮設的・形式的に実定法の前提として措定するB1説、実定的に定立された実体的法規範と捉えるB2説がある(清宮Ⅰ・33頁)。 ところが、B1説、B2説ともに、根本規範の実体につき、客観性を欠くうらみがある。 なかでも、実定法体系を規範化するルールを、同一の実定法体系に求めるB2説は、根本的な誤りを犯している([94]参照)。 また、制憲権が、個人の尊厳または人格価値不可侵の原則によって規範的拘束を受けているとするB3説もある(芦部・前掲書)。 この説は、制憲権が自然法によって授権されるという「権限説」と、正当性の根拠ともみる(すぐ後の[127]でふれる)「正当性原理説」との折衷説のようである。 権力的モメント(※注釈:moment 契機、物事の変化や発展を引き起こす動的要因となるもの)を示す場合の制憲権の主体は選挙人団、正当性のモメントを示す場合の制憲権の主体は全国民である、と、その担い手によって制憲権の属性に変化をもたせるのが、このB3説の特徴である。 このB3説に関しても、 第一に、 選挙人団は、国家創設後に国法上に登場する概念であって、国制創設の前段階で議論する制憲権の主体とはなり得ないはずではないか、という疑問が残される。選挙人団概念を制憲権論に持ち込むことは、最高国家機関をもって主権者とする説と、国民主権の議論とを混同させるであろう。 第二に、 個人の尊厳または人格不可侵の原則の内容が、制憲権を枠づけるほどの具体的内容をもっているかどうか、疑問とせざるを得ない。さらに、 第三に、 これらの原則が制憲権を拘束するとの命題は結論の提示であって、なぜに、これらの拘束力が付与されるのか(人間の実践理性の故か、自然法の要請なのか)、当該法体系の外にある論拠が示されない限り、それは空論である([94]参照)。 [126] (三)制憲権は受動的な監視権限であるか C説は、制憲権をもって、代表に対して同意を与えまたは与えないことを通して受動的に権力を監督する、現に存在している国民全体の一般意思をいう、とする(監督権力説)。 しかしながら、制憲権は、受動的性格をもつものではなく、代表の権力統制を超えて、権力または権威を積極的に創出するものではなかったか。 代表権力に対する監督は、選挙権や責任政治のレヴェルで志向されるべき問題領域である。 さらには、今日のような多元的社会にあって、一般意思に言及すること自体、もはや不可能といわざるを得ない(ここにいう「多元的」とは、個々人が階層的に秩序づけられておらず、各人の目的が多種多様であることをいう)。 [127] (四)制憲権は実定憲法の正当性原理であるか D説は、制憲権をもって、実定憲法典の正当性を支える最終的権威であると捉える(正当性原理説または権威説)。 この説によれば、本質的には権力(意思力)であり、超実定的な性質をもった制憲権が、実定憲法制定と同時に実定憲法の中に凍結され、正当性の原理となるのである(この説にいう「正当性」の意義、根拠は明確ではないが、おそらく、「正当性」とは、始源的権力保持者が憲法制定に同意したがゆえに拘束力をもつ、ということなのであろう。ここにも合理的意思の神話がみられる)。 もっとも、この見解は、実定憲法を制定すべく発動された制憲権を、実定憲法から事後的に説明するものであって、時間的な観点が、前ニ説とは異なっており、これらの説を同一次元で論議し評価することは避けたほうがよい。 制憲権論は、時間的にも論理的にも実定憲法に先立つ段階を考察対象とする論議である。 権力創出の時点での制憲権の性質をどうみるかという論点と、創出後のそれをどうみるかという論点とを、混同してはならない。 右のD説のように、権力創出時点での制憲権を超実定的かつ実定憲法破壊的と考えることは、創出される権力の正当性やその限界、さらには権力の維持・行使の条件を厳しく問わないことになろう。 [128] (五)制憲権論は有害無益であるか E説は、国民主権にいう主権を制憲権と捉えること自体が有害無益である、とする。 というのは、制憲権に超実定法的性格づけをするとすれば、実定憲法破壊的な危険性を認めることになり、他方、制憲権を単なる正当性の問題に押し込めるとなると、主権を理念的な空虚なものにしてしまうからである。 この点を考慮したうえでE説は、主権を国家における統一的包括的支配権(国権)をいうものと構成して、主権理論はそれが誰に帰属するかを問う議論でなければならない、と主張する。 そのうえで、統一的包括的支配権がプープルに帰属する、とE説は結論するのである。 ところが、この説については、 ① 主権が統一的包括的支配権(国権)であるとしても、その実体は何なのか([116]参照)、 ② その帰属先を分析するだけでは、主権の本質とその限界につき正答を得るに至らないのではないか、 との疑問が残る。 このE説が、制憲権としての主権理論を有害無益であると断罪するのであれば、それをさらに、デュギーほどに徹底して、神秘的な、人民の一体意思を基礎とする国民主権の観念自体を有害無益であるとする道筋をも模索すべきではなかったか。 国民の構成員一人ひとりの選好を総計して生ずる集団的決定は、実は、個人を守らないばかりか、多数派自身をも守らないことが多いのである。 この点に気づいてか、デュギーはいう、「国民主権の神秘的性質は、事実に反して、神秘的性質なしに有り得たよりも遥かに長い間活動期間を国民主権の観念に与えた。しかし国民主権の観念が創造力を失う時が来た。・・・・・・国民主権の観念は最も確実なる事実と明らかに矛盾する」と(デュギー『公法変遷論』20頁)。 本書における制憲権の捉え方は、[132]でふれる。 ■第六節 国民主権と憲法典との関係 [129] (一)制憲権の主体は歴史的に変転してきた 制憲権の主体は、必ずしも国民であるとは限らない。 歴史的には、その主体は君主であることが多かった。 しかし、これまでの憲法理論史をみると、特に啓蒙思想期以降、制憲権は社会契約によって成立した政治的統一体としての国民が発動する権力または権威であると論じられてきており、その主体を国民に求めるのが主流である。 国民が制憲権の主体となる場合をもって「国民主権」という。 国民を主体とする制憲権論、すなわち国民主権論は、統治権力の正当な源泉が国民の意思にあることを説くための理論である(権力創出のための理論)。 その理論は、さらに、社会契約理論と結びついて、国家が社会構成員の合意を通して統治権力を獲得することまで説いた(統治権力獲得のための理論)。 すなわち、国民主権または制憲権の理論は、統治権力の創出および獲得の正当性までを問うものであった。 [130] (ニ)制憲権論は憲法典の構造まで指示しているか 現実の政治過程は、権力の創出、獲得、維持および行使というプロセスからなる。 今後の議論は、今日の統治が「基礎をもたないシステム」となりつつあることを考慮した場合([22]参照)、実定憲法典のもとで維持・行使される統治権の正当性を問うものでなければならない。 換言すれば、権力と権限の行使が、究極的には、人々の公共的な議論を通しての合意に基づく法規範や政治制度に定位しているか否か、不断に検証されなければならない。 権力の創出および獲得の正当性までを問うてきた制憲権論が、権力の維持・行使の正当性まで問いうるものか、疑問となる。 もしも制憲権論が、憲法典の構造の正当性まで指示するものであれば、この疑問も解決されるのであるが。 果たして制憲権論は、最終的な政治的決定権限が誰に帰属するかという論点ばかりでなく、実定憲法の正当性やそのもとでの統治権の行使の正当性を担保するだけの構成(組織)原理を指し示しているであろうか。 この点に関しX説は、日本国民が制憲権を発動するに当たって、立憲主義的内容を選択し、自己拘束して、(イ)統治制度の民主化、(ロ)公開討論の場の確保、という「実定憲法上の構成原理」を日本国憲法に組み込んだとの理解を示して、この疑問を解決しようとする(佐藤・100~101頁)。 その構成原理の具体的要素は、 ① 民意をできる限り反映する「民主的」統治メカニズムを備えること、すなわち、選挙人となりうる人物が最大であること、 ② 選挙人の意思が反映されるよう統治制度が整備されること、 ③ 選挙人の意思が自由に反映できるために、統治者批判が自由であること、 といった要素が挙げられる。 ところが、右の①~③は、「国民主権」によって必然的に要請されるものではない。 先にふれたように([56]参照)、①~③は、統治される国民が統治者に対して有効なコントロールを及ぼすための装置である(「統治される民主主義」)。 国民主権論を右要素と結び付けようとする試みは、実現されるべくもない「治者と被治者との自同性」を夢想する姿に近い。 X説と同様に、X 説は、国民主権とは、選挙人団としての国民がその権力を行使する際の様々なチャネルの整備をも含意している、と解する(芦部『憲法講義ノートⅠ』121頁)。 この見解は、制憲権が正当性原理にとどまらず、権力的色彩を持っていること、その権力主体が国民(選挙人団)であること、を前提にしている。 この立場を推し進めれば、憲法典は有権者意思を反映するような道筋、たとえば、民選議会、参政権、表現の自由等を備えておかなければならない、というX説と同一の見解に帰着することになる。 ところが、この説には、主権概念の混同がみられる。 すなわち、既に [15] においてふれたように、主権とは、あるときには、具体的に存在する国家機関のうちの優越的権限を有している機関をいう場合(「国家最高機関としての主権」)、またときには、最終的支配意思の源をいう場合(「憲法制定権力としての主権」)等があるが、右のX 説は、両者を制憲権概念のなかで説こうとしている点に無理がある。 憲法典上要請される構成原理または統治構造は、あくまで、出来上がった憲法典から理解すべきものである。 その理解に当たって、統治過程の民主化の要請と、国民主権論とを結びつけない道筋も真剣に検討されなければならない。 となると、Y説のように、国民主権の概念と民主的選挙制度等との直接的関連性なし、と考えるべきであろう。 この説によれば、「すべての権力は国民に由来するという [国民主権の] 公式は、代議士の選挙が定期的に繰り返されることに関してよりも、むしろ憲法を制定する集団として組織された国民が、代議制立法府の権力を定める排他的権利を持つことに関連して言われた」のである(ハイエク『自由の条件Ⅱ』66頁)。 この立場を徹底させれば、国民主権はあくまで憲法制定権力と同義であって、主権者が実定憲法の構成原理として何を選択するかは、事前に示されることは決してなく、主権者の選択に委ねられることになるばかりか、国民主権にいう国民が観念的統一体に過ぎないものである以上、主権は正当性原理に過ぎない、と捉えられることになろう。 正当性原理としての国民主権は、独裁制をも許容するものであって、具体的政治組織のあり方については何も指示せず、ただ、すべての国家機関が国民の権威づけのもとに権能を行使することを理念的に示すにとどまる、との理解も十分成立しうる(小嶋・105頁。もっとも、この論者といえども、空虚な主権論とならないために、全体の奉仕者としての公務員観(15条)が要求されると説く)。 [131] (三)制憲権が意思の発現であるとすれば、その本質は実力と理解せざるを得ない 制憲権が人民の意思から発せられる力であると想定するのであれば、その本質は事実上の力であると理解せざるを得ない。 それは、他の力からの授権を要しない実力である。 実力と考えざるを得ないからこそ、近代立憲主義は、それと対立し、それを制約する別の力を追い求めてきたのである。 その別の力とは、自由の概念であった。 もっとも、自由の概念も不動不変ではありえない。 後世は、後世にとっての自由が保障されなければならない。 そのために、憲法典は、後世に対して開かれた部分を用意するのが通例である。 その部分が憲法改正規定である。 改正規定によって後世に開かれた部分を残していることが、現行憲法典の拘束力保持理由の一つである。 従来の制憲権論は、制憲権を野放しにしないために、何らかの権威に由来するものと想定して、根本規範を設定したりして、その権威の淵源(正当性)を追い求めてきた(権威と制憲権との垂直的布置の理論)。 今日までの諸理論は、その追究に成功していない。 この点は次のように考えるべきであろう。 意思の力を淵源とする制憲権は、権威に由来するものではなく、制憲権とは独立に存在する「法」によって横からの制約を受けている(法と制憲権との水平的布置の理論。「法の支配」は、まさにこれを狙ったのである)。 この「法」は、各人の自由な領域を保護する普遍妥当な抽象的ルールである。 このルールを、ハイエクに倣って「自由の法」と呼んでもよい(巻末の人名解説をみよ)。 「自由の法」は、超越論的な思弁の中にあるのではなく、人間社会が事実上存在するその瞬間から生まれ、人間が経験によって学び得た準則である(自由の本質については『憲法理論Ⅱ』で論ずる)。 「自由の法」に代えて、「個人の尊厳」、「人格価値不可侵」といった茫漠とした用語に拠るとすれば、制憲権を制約する内実をその中に発見することは期待できないであろう。 [132] (四)制憲権は意思の力であるとする理論は、合理的人間像に基づく近代哲学の嫡流に属する では、意思から力が発生するという保証はなく、政治的統一意思は今日のような多元的社会にありようもない、とする本書のような醒めた目からすれば、制憲権理論はどう再構成されればよいか。 制憲権の理論は、人民の意思が全ての権力の源であるとする社会契約理論と結びついたフィクションである。 社会契約の理論そのものが、《そうあって欲しいものを合理的に理論化しようとした擬制である》以上、その上に構築された制憲権理論も、擬制に過ぎない。 歴史上、その思想の力が、現実の政治世界に影響を与え、実力としての市民革命という形態をとることもあったし、摩擦なく円滑に実定憲法典の基本理念として採用されることもあった。 制憲権の本質は、実力でもなければ、権限でもない。 それは、合理的国家のあるべき姿を説くための仮設である。 その仮設は、ある国では、それを拒否し続けた専制君主を打倒する革命の理論として実際に採用された。 その現実は「制憲権=実力」と後世に映ることになった。 またある国では、社会契約理論をモデルとした実定憲法典を制定した。 そこでは、制憲権は、実定憲法典を支える「正当性原理」として後世に映ることになるのである。 もともと、制憲権論は、君主という一人の意思の絶対的力に代えて、人民の意思を統治の根底に置く革命の理論であった。 その理論は、君主を排除するところまでは指示するものの、統治の最終的なあるべき姿を指示することはできない。 統治の最終的あるべき姿は、人民の意思や制憲権の理論を統制するものに求めなければならない(もっとも、ある理論が政治的決定に最強の影響を与えることはある)。 だからこそ、我々は「法」、「自由」に言及してこれを統制しようとするのである。 このように考えれば、「国民が制憲権をもつ」とする命題こそ擬制中の擬制である。 一方で、制憲権の主体は観念上の抽象的存在たる「国民」であるとし、他方で、制憲権の本質は実力であると主張することは、自己矛盾である。 というのは、制憲権が実力であれば、具体的に存在する自然人によって行使されるはずのものであって、抽象的存在たる国民が主体となることは不可能だからである(制憲権が抽象的存在たる国民に「帰属する」との表現を用いても解決とならない)。 有効な権力概念であろうとすれば、その保有者が一定の事柄を為し得るか否かを基礎づけなければならず、これに失敗する理論は空論である。 ■用語集、関連ページ 阪本昌成『憲法1 国制クラシック 全訂第三版』(2011年刊) 第一部 第8章 国民主権あるいは憲法制定権力 LEC・芦部信喜・佐藤幸治・阪本昌成・中川八洋の「国民主権論」比較 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 関連用語集 【用語集】主権論・国民主権等 「法の支配」と国民主権 「法の支配(rule of law)」とは何か ■ご意見、情報提供 ※全体目次は阪本昌成『憲法理論Ⅰ 第三版』(1999年刊)へ。 名前 コメント
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阪本昌成『憲法理論Ⅰ 第三版』(1999年刊) 第一部 国家と憲法の基礎理論 第七章 国民主権と憲法制定権力 p.99以下 <目次> ■第一節 国民主権にいう「国民」の意味[107] (一)視点によって「国民」もさまざまな意味をもつ [108] (ニ)「国民」は実在する統一体であるかどうか論争され続けている [109] (三)二つの主権論はフランス独特の論争である ■第ニ節 わが国における国民主権論争[110] (一)国家法人説のもとで主権的機関は選挙人団とされる [111] (ニ)ノモス主権説はそれ特有の主権概念を前提としていた [112] (三)国民主権のイデオロギー性が次第に気づかれてくる [113] (四)ナシオン主権・プープル主権をめぐって主権論争はピークに達した [114] (五)主権の見方によって代表制のあり方も変化する [115] (六)主権の見方は日本国憲法の解釈にも影響するといわれる [116] (七)主権論争は「主権」の法的性質の理解の違いを反映している [117] (八)フランス流主権論争は個別的結論を決定しない ■第三節 憲法制定権力の意義[118] (一)憲法制定権力は意思主義的発想を基礎とする [119] (ニ)政治的意思としての制憲権の発動は国制の正当性まで根拠づけない ■第四節 制憲権の理論化とその展開[120] (一)シェイエスは第三階級の圧倒的有利を説きたかった [121] (ニ)シェイエスは事実上の力としての制憲権を考えていた [122] (三)シェイエス以降、制憲権と改正権との本質的差異が強調されてくる [123] (四)シュミットはさらに精密な制憲権論を作り上げた ■第五節 制憲権の法的性質[124] (一)制憲権は実力であるか [125] (二)制憲権は規範的力であるか [126] (三)制憲権は受動的な監視権限であるか [127] (四)制憲権は実定憲法の正当性原理であるか [128] (五)制憲権論は有害無益であるか ■第六節 国民主権と憲法典との関係[129] (一)制憲権の主体は歴史的に変転してきた [130] (ニ)制憲権論は憲法典の構造まで指示しているか [131] (三)制憲権が意思の発現であるとすれば、その本質は実力と理解せざるを得ない [132] (四)制憲権は意思の力であるとする理論は、合理的人間像に基づく近代哲学の嫡流に属する ■用語集、関連ページ ■ご意見、情報提供 ■第一節 国民主権にいう「国民」の意味 [107] (一)視点によって「国民」もさまざまな意味をもつ 国民には、国家権力の主体としてのそれ(主体としての国民)と、国家行為の対象としてのそれ(客体としての国民)とがある、と先に指摘した([14]参照)。 その区分が、能動的な国家構成員であるところの市民(シトワイアン、シティズン)と、支配に服する臣民(シュジェ、サブジェクト)とに対応する。 そのほかの分類法としては、(ア)憲法典の基本権主体としての国民、(イ)国家機関としての国民(選挙その他憲法典上の規定によって機関権限が認められた場合のそれ)、がある。 本章では、国家権力のあり方を最終的に決定する主体としての国民の意義を問う。 [108] (ニ)「国民」は実在する統一体であるかどうか論争され続けている 「国民」の意義は、全体としての国民を、実在する一つの統一体としてみるか、それとも、観念的な統一体とみるかによって、変わる。 この点はフランス憲法学上これまで盛んに論議されてきた。 そこでの論争はこうである。 A説は、個々のシトワイアンが国家内で集結すれば、個々の構成員に分解できない一つの意思のもとで一つの集合体を実在させるに至る、とみる(この把握の仕方は、いうまでもなく、方法論的集団主義のそれである)。その実在する集合体を「人民(プープル)」といい、その意思を「一般意思」または「共同意思」という。)人民は、実在する統一体であるから、意思・活動能力をもち、統治のあり方を決定する意思の主体となる、とみられる。実在する人民が、国家の最終的な統治のあり方を決定する場合をもって「人民(プープル)主権」という。 これに対してB説は、全体としての国民は、観念的にのみ存在するのであって、君主のような社会的実在ではないとみる。それを「国民(ナシオン)」という。抽象的観念的存在である国民は、意思・活動能力ももたず、具体的政治的権限を行使する主体とはなりえない、とみられる。観念的存在たる国民が、国家の最終的な統治のあり方を決定するものと想定される場合をもって、「国民(ナシオン)主権」という。ナシオン主権理論は、ドイツで説かれた国家法人説のフランス版である。フランスにおいても「国家は一国民の法的人格である」(エスマン)と説かれたように、国民を抽象的に捉えれば、全国民は観念のなかで人格化されて、その人格がもう一つの人格たる国家と同一視されるに至るのである。 [109] (三)二つの主権論はフランス独特の論争である こうした論争は、フランス憲法史に顕著な形で現れた。 まず、フランス革命の人権宣言3条は、「あらゆる主権の淵源は人民(プープル)に存する。いかなる団体も個人も人民により明示的に発しない権力を行使するを得ず」と謳って、人民が政治的最高決定権、つまり、憲法制定権力をもつことを明らかにした。 ところが、1791年憲法では、革命の進行を抑制しようとする市民層(ブルジョアジイ)の思想を反映して、3篇2条において「主権は国民(ナシオン)に属する。人民のいかなる部分もいかなる個人も主権の行使を簒奪することはできない」と謳われた(樋口陽一『近代立憲主義と現代国家』第Ⅱ部参照)。 こうした論争は、フランス特有の社会的勢力間の権力闘争を巡る歴史的背景と抽象理論を好むフランス人特有の思考法をもっているのであって、我が国に直輸入される必要はない。 ■第ニ節 わが国における国民主権論争 [110] (一)国家法人説のもとで主権的機関は選挙人団とされる 国家法人説が支配的であった日本国憲法制定当時には、国家の諸機関のうち、優越的な政治的決定権を有している機関が主権者であると考えられていた。 この把握の仕方は、最高機関意思説と呼ばれる([15]参照)。 この立場からすれば、主権者とは、「機関としての国民(選挙人団)」となる。 しかし、この説には、次のような難点が残されている。 ① 国民が選挙人団という国家機関とされるのは、憲法典または有権者の範囲を決定している公選法の定めの帰結であって、憲法典や法律から憲法(国制)を理解するという本末転倒の論理であること、 ② わが国の場合、憲法41条が「国会は、国権の最高機関」としていることと抵触する可能性のあること、 ③ 主権概念を具体的な諸政治機関の内部に求めていること(主権とは、国家支配の源泉という意味であったはずである)、 ④ 国家を法人と捉えるのは、国家への権利義務の帰属を法技術的に説明するための道具であって、それ以外の局面で、国家を法人と捉える必要はないこと、 ⑤ 国民の中に、主権者と、そうでない者とが存在する、と考えることは、国民国家として成立した近代国家における国民概念と整合的でないこと。 [111] (ニ)ノモス主権説はそれ特有の主権概念を前提としていた 国家法人説的思考から脱却しようとした憲法制定時直後の学説においては、ノモス主権か国民主権かという論争がみられた(尾高-宮沢論争)。 前者(※注釈:A説)は、政治を最終的に決定し指導するものが、事実や実力ではなく、正義に適うルール、つまり、古代ギリシャ人たちがノモスと呼んだもの(ローマ人のいうイウス ius)でなければならないという観点から、日本国憲法のもとにおいても、主権はノモスにあるとみる説である。 これに対して、後者(※注釈:B説)は、主権論の論点は政治の最終的決定権が誰に帰属するかを問うものである以上、如何なる自然人(またはその集団)が主権の主体となるかを明らかにするものでなければならず、実体のないノモスにその淵源を求めてはならない、と説いた。 この論争は、あるべき妥当性を政治の究極に探求する法哲学と、政治的決定権の具体的な帰属先を探求する憲法学とのアプローチの差を反映していた。 憲法学的にみると、後者の優勢のうちに論争は終結せざるを得なかった。 ノモスが sovereign とする思考は、本来、法の支配にいう「法」の内容に求めるべきものであって、国民主権論の土俵で論ずることに無理があったのである。 J. S. ミルが指摘したように、権力を行使する「民衆」は、権力を行使される「民衆」と必ずしも同一ではない以上、B説(※注釈:宮沢の国民主権説)が正当である。 [112] (三)国民主権のイデオロギー性が次第に気づかれてくる 1960年代になると、論者は、国民主権論が現実の統治権力を制限するよりも正当化する理論に堕してはいないか、との疑念を抱き始めた。 なぜなら、現実には、代表制のもとで、代表が国民から法上独立して統治をしているにも拘らず、徒(いたずら)に国民主権を強調することは、代表の統治権力を国民の名で正当化することになるからである(代表制については、後の[155]~[164]でふれる)。 そこで、当時の論者は、主権を実質化するためには、如何なる代表制であればよいか、自問することになる。 そのために主張されてくるのが、すぐ後にふれる半代表制の理論である(なお、本書の半代表に対する否定的見方については、[166]をみよ)。 [113] (四)ナシオン主権・プープル主権をめぐって主権論争はピークに達した 1970年代になると、フランス憲法学の成果を引証しながら、論者は、我が憲法典の採用する主権原理が、ナシオン主権、プープル主権のいずれに定礎しているかにつき論争を始めた(杉原-樋口論争)。 こうした論者は、プープル主権、ナシオン主権でいう「プープル」「ナシオン」の意義については見方を共通にしつつも、それが如何なる統治構造や代表制を伴うか、という点で見解を異にした(もっとも、有権者団をプープル、国民全体をナシオンとみる立場もある)。 [114] (五)主権の見方によって代表制のあり方も変化する ナシオン主権のもとでは、フランスの1791年憲法が謳ったように、「権力の唯一の淵源である国民は、委任によってのみその権力を行使しうる」とされ、間接民主制のもとでの代表制が採用される。この代表制を「純(粋)代表」という(詳しくは、後の[159]参照)(この91年憲法は、王の身体から国家を分離することを目的として制定された。そこに持ち出されたのが、国家の真の構成要素である「国民」であった。国家は「国民」に要約される法人とみられ、ここに国家と国民とが同一化されたのである。ナシオン主権論は、先の[108]でふれるように、フランス流の国家法人説と理解してよい)。 これに対して、プープル主権のもとでは、統一体としての意思をもつ実在としての人民が、政治的決定に自ら参与することが統治構造上の原則となる。すなわち、直接民主制が憲法典上の原則とされなければならない。もっとも、プープル主権のもとであっても、統治の分業が不可避である場合、代表の存在は不可欠となる。直接民主制と妥協しうる代表のあり方としては、半代表制、つまり、代表者意思と人民意思との事実上の同一性を確保する代表制が考えられる。プープル主権原理が、果たして、半代表制を許容するものか否かにつき、我が国のフランス憲法研究者の中でも見解の一致をみない。 [115] (六)主権の見方は日本国憲法の解釈にも影響するといわれる また、右の論争は、基本的には、日本国憲法がプープル主権原理に基づいているとの共通点をみせながらも、如何なる代表観に立っているかにつき、次のような差異をみせる。 A説は、現行憲法典がナシオンからプープル主権への移行期にあって、両者の原理を合わせもっているものの、後者への方向をより強く示しているものとの前提に立って、プープル主権のもとで採用される命令的委任(後述の[159]参照)やリコール制の導入を図ることも現行制度上可能である、とする(杉原泰雄『国民主権と国民代表制』374~9頁)。A説はその論拠として、第一に、歴史法則がナシオンからプープルへの展開を示していること、第二に、主権論の民主化がなければ多数者の人権保障もありえないこと、を挙げる。ところが、人間社会に歴史法則などありようもなく(個々の人間の行為の集積に法則性などなく)、また、主権の民主化が基本権保障にとっての条件であるとすることも、誤った想定である(民主主義は自由の条件ではない)。 B説は、プープルが主権を有するとの命題を立てたとしても、それが統治のあり方を決定するものではない、と考える(樋口陽一『近代立憲主義と現代国家』290頁以下)。統治者(または統治)と、被統治者(またはその基本権)との間には、埋め尽くし難いギャップが存在するのであって、主権の民主化または主権の権力性を強調するよりも、一方で、主権を実定憲法典の正当性原理として理解するにとどめ、他方で、人権論をもって統治権力に対抗していく方向を重視すべきであると、このB説は説くのである。 [116] (七)主権論争は「主権」の法的性質の理解の違いを反映している さらに、この見解の対立は、主権をどう定義するかとも関連している。 A説は、主権とは国家における包括的統一的支配権(国権)をいい、主権論とは、それが誰に帰属するかという帰属原理を問うものでなければならない、という(国権帰属説)。確かに、この説がいうように、帰属原理如何を問うことが正しい思考であるとしても、それが発動の方向を明確に指示しているわけではなく、人民意思の発動を限界づけるものを問わないまま主権を「包括的統一的支配権」ないし「国権」と構成しても、主権の本質を明確にしたことにはならない(もともと「国権」とは、国家法人説における国家という団体の権利を指していた)。 これに対してB説は、主権とは憲法制定権力、つまり、「国家の最終的な政治的あり方を決定する力または権威」をいうとする(制憲権説)。それは、誰が、どのように憲法制定権力を発動するかを問うのである(その理論は次節でふれる)。 [117] (八)フランス流主権論争は個別的結論を決定しない いずれにせよ、ナシオン主権か、プープル主権かという論争は、「国民」概念の多義性を我々に気づかせるものの、特殊フランス的論争であって、我が国の憲法(国制)解釈に直接の関連をもたない([108]参照)。 憲法解釈に関連性はないものの、一つだけ確実にいえることは、プープル主権論こそ自由な国家にとって最も危険な理論であることである。 その危険性は、主権の万能性と、服従契約としての社会契約を説くルソーの次の理論に現れている(巻末の人名解説をみよ)。 「主権者が自分で侵すことのできぬような法律を自らに課すことは、政治体の本性に反するものである・・・・・・。いかなる種類の根本法[憲法]も、社会契約でさえも、全人民という団体に義務を負わすことはなく、また負わすことはできないことは明らかである。」「社会契約を空虚な法規としないために、この契約は、何人にせよ一般意思への服従を拒む者は、団体全体によってそれに服従するように強制されているという約束を、暗黙のうちに含んでいる。そして、その約束だけが他の約束に効力を与え得るものである。このことは、市民が自由であるように強制される、ということ以外の如何なることをも意味しない」(ルソー『社会契約論』第一編第七章)。 歴史上、この理論は、デュギーや O. ギールケが正当にも指摘した如く、最も血腥い暴政者によって援用され、立憲主義によっていささかも重要な役割を演じなかった。 だからこそ、近代立憲主義は、プープル主権からの「補助的予防装置」(J. マディスン)を講ずる必要性を絶えず説いてきたのである。 ■第三節 憲法制定権力の意義 [118] (一)憲法制定権力は意思主義的発想を基礎とする 憲法制定権力(制憲権)とは、憲法(国制)そのものを基礎づけ、憲法典上の諸機関に権限を付与する権力または権威をいう、とされる。 その権力または権威の淵源は、通常、人(特に、国民)の意思に求められている(芦部『憲法制定権力』3頁は、制憲権を「国家の政治的実存の様式及び形態に関する具体的な全体的決断をなす政治的意思」としている)。 国民の意思に淵源をもつとする制憲権理論を、社会契約と誤って結びつけながら、最初に実定憲法で高々と謳ったのは、マサチューセッツの憲法であった。 その前文に曰く、 「政治的統一は、個人の自由意思による結合によって成立し、それは社会契約の結果であり、この契約により一定の法律に従い一般的利益に合致して統治が為される目的のもとに、人民の全体が各市民と、各市民が市民全体と契約を結ぶのである。」 ところが、その起草者J. アダムスの考えたほどには制憲権理論は単純ではなかった。 [119] (ニ)政治的意思としての制憲権の発動は国制の正当性まで根拠づけない 制憲権を議論するに当たっての論点は、次の如くである。 ① 制憲権の本質は、「権力」すなわち「実力」であるか。 ② 権力または実力の淵源が、統一目的のもとに結集する人々の「政治的意思」にあると考えてよいか。 ③ 制憲権によって創り出された憲法(国制)は、事実状態または権力関係であるか、それとも、規範的秩序であるか(この点については第二章の[32]~[33]をみよ。少なくとも、憲法制定権力にいう憲法とは、我々が日常的に使う「憲法典」を意味しない。制憲権とは、「国制を決定する権力」を指す)。 ④ 制憲権は改正権と同質であるか。 ⑤ 制憲権の主体は、国民であるか、それとも、それ以外でありうるか。国民であるとした場合、その捉え方如何。 意思から権力や正当性が生まれるとする思考は、先に指摘したように([34]参照)、法実証主義のそれである。 ところが、「政治的意思」から権力が生まれ、同時にそれが正当であることを論証することは困難である。 国民の政治的意思といったところで、現実の統治は、少数者による統治である。 国民の政治的意思から国制が基礎づけられるというのは、社会契約論と同様に、合理的な国家はどうあるべきか、という仮設にとどまる。 また、「政治的意思」という「政治」の意義は、政治学においても論争を呼ぶ概念である。 かように、制憲権の本質等を理解するに当たって、我々は様々な難問に遭遇する。 制憲権論の基本的狙いは、那辺(※注釈:なへん、どのあたり)にあったのか。 同理論が体系化されるまでの展開を以下で概観した後、制憲権の本質をみることにしよう。 ■第四節 制憲権の理論化とその展開 [120] (一)シェイエスは第三階級の圧倒的有利を説きたかった 制憲権を最初に体系的に論じたのは、A. シェイエス(1748~1836)である。 彼は、政治社会における個々の市民(シトワイアン)が共通の目的をもって憲法契約に参加するば、プープルという一つの集合体とその共同意思を成立させるとみたうえで、この共同意思のもつ力が主権である、と考えた(シェイエス『第三階級とは何か』)。 この契約によって生じた統一体としてのプープルは、共同意思を発動して憲法(国制)を創設するに当たって(すなわち、制憲権を発動するに当たって)、代表者の意思を常に統制すべく、その共同意思を憲法典という法規範の中に集約して、委任の条件と範囲を代表者に対して示すのである。 制憲権そのものは、超実定憲法上の意思力であり、憲法典は、制憲者意思によって作り出された人為的ルール(設計的意思の所産)なのである。 シェイエスの制憲権理論は、政治的統一体創設のための社会契約と、政治的統一体の憲法契約とを時間的にも、理論的にも区別した点で出色であった(シェイエス著、大岩誠訳『第三階級とは何か』82頁参照)。 彼の理論の目的は、第一に、「国民の共同意思の力=制憲権=主権」という定式を確立することによって、当時圧倒的多数を占めていた第三階級に主権が帰属すべきこと、第二に、憲法によって作り出された権力(特に立法権)は、決して委任の条件と範囲を変えることはできないこと(制憲権と立法権の守備範囲の差)を明らかにすることにあった。 ただし、制憲権と改正権の区別は明確に意識されていない。 [121] (ニ)シェイエスは事実上の力としての制憲権を考えていた シェイエスにおいては、制憲権は、人権保障の領域にあっては、「人権宣言」によって統制されるものの、統治機構の領域では、実体的にも手続的にも法的制約に服さず(この側面は、「実定法超越的」と表現される)、至上最高のものであり、いつでも発動して実定憲法をいかようにも変えることができるもの(その側面は、「実定憲法破壊的」と表現される)、と考えられている(彼は『第三階級とは何か』84頁において、こういう。「国民は全てに優先して存在し、あらゆるものの源泉である。その意思は常に合法であり、その意思こそ法そのものである。それに先立ち、その上にあるものとしては、唯ひとつ、自然法があるに過ぎぬ」)。 彼の理論は、絶対的多数者たる第三階級の意思を一般意思(共同意思)とする、革命のための政治的目論見をもっていた。 その狙いは市民革命によって達成されたものの、共同の敵を失った後にあっては、人民の意思が統一的な公的利益に収斂するとの命題に対して理論上も実践上も疑念が持たれるに至る。 その疑念があるとはいえ、彼の思想は、「誰もが一人として数えられる」という市民的平等のみならず、政治的自由を近代国家のルールとしてもたらし、普通選挙制の到来を準備したのである。 [122] (三)シェイエス以降、制憲権と改正権との本質的差異が強調されてくる 彼の理論が現実政治のなかで実現された後は、右の疑念を反映して、制憲権から超実定憲法的性格を如何に払拭するか、という課題が中心的論争対象となる。 それを解決すべく、制憲権は実定憲法典制定と同時にその権力的性格を自ら凍結し、実定憲法典の正当性を支える原理に変質した、とする理論が登場する。 この段階で制憲権論は、立法権と制憲権の区別を論拠づけるものから、改正権との区別を根拠づけるものへと焦点を移していくことになる。 すなわち、改正権は「憲法によって作り出された権限」であって、「憲法を創り出す権力」とは異なる、と意識されるに至ったのである。 実際、フランス1791年憲法は、制憲権を実定憲法典の正当性原理として凍結させたばかりでなく、改正権から峻別し、さらには、改正権の発動についても厳格な手続を踏むこと、および、改正内容にも限界があることを明示した。 [123] (四)シュミットはさらに精密な制憲権論を作り上げた 目をドイツに転じてみよう。 C. シュミット以前のドイツの理論状況は、国家法人説、概念法学が主流であったため、自然人の意思が権力を生み出すとか、国制のなかに権力的階梯構造が存在する、とかいった理論の成立する余地を残さなかった。 この伝統に決別を告げたのがシュミットであった(巻末の人名解説をみよ)。 彼は、制憲権とは、国家全体のあり方を決定する実力(または権威)をもった政治的意思であるとして、次のような理論を構築した。 まず、この意思の所産を Verfassung (憲法)と呼び、それと個別条規の統一体たる「憲法律」(Verfassungsgesetz)とを区別し、さらに憲法律と、それによって付与された権能とを区別する。 つまり、彼の理論は、「政治的意思たる制憲権→憲法→憲法律→憲法律によって付与された権能(その一つが改正権)」という公式のもとで、政治的意思が階梯的な規範を作り上げていくことを説いたのである。 ■第五節 制憲権の法的性質 【表10】 我が国の制憲権論 ① 実力説(※注釈:A説) 制憲権は、意思(なかでも国民の意思)の発動であり、事実上の力である。(※注釈:佐藤幸治) ② 権限説(※注釈:B説) 制憲権は、一定の規範の授権によって発動される権限である。(※注釈:清宮四郎、芦部信喜) ③ 監督権限説(※注釈:C説) 制憲権は、代表を監督するために発動される権限である。 ④ 正当性原理説(※注釈:権威説、D説) 制憲権は、実定憲法制定とともに、憲法典を支える正当性の源となる。 ⑤ 有害無益説(※注釈:E説) 制憲権を実力と捉えれば実定憲法にとって有害であり、正当性原理であるとすれば無益である。 [124] (一)制憲権は実力であるか 我が国の制憲権への見方も、歴史的にみられた諸説を反映して、さまざまである。 まずA説は、制憲権をもって、法外的な政治的事実の問題とみる(実力説)。 もっとも、その中でも、A 説は、制憲権そのものは政治的事実または意思による決断であっても、その政治的決断に当たって、国民が憲法典を創り上げる際に何を選択する(した)か、という視点を重視する。 同論者は、我が国の制憲権者たる国民が、「よき社会」の形成発展のために自然権保障型を中心部分とする立憲主義的憲法典を選択し、「自己拘束」した、と考えるのである(佐藤・99頁)。 右のA説に対しては、近代立憲主義思想は、制憲権を実力とみないで、ある種の規範によって統制された(またはされるべき)もの、との前提に立って、その規範内容を模索してきたのではなかったか、換言すれば、意思の降り立つ先を事前に示すもの、または、意思自体を拘束するものは何であるかを看過したままでよいか、との疑問が残される。 同様に、A 説についても、政治的決断を事前に限定する何らかの力を問わないままでよいか、との疑問が残される。 「国民の自己拘束」に言及するだけの理論では不十分である。 歴史上の思想家たちは、国民の意思を制約する精神的能力として、例えば、①実践理性(I. カント)、②判断力(A. アレント)、③合理的コミュニケーション能力(J. ハーバーマス)を構想してきたのではなかったか。 [125] (二)制憲権は規範的力であるか B説は、制憲権が根本規範による授権によって根拠づけられた法的な力であるとする(権限説)。 もっとも、その根本規範の捉え方に関して、ケルゼンの如く、仮設的・形式的に実定法の前提として措定するB1説、実定的に定立された実体的法規範と捉えるB2説がある(清宮Ⅰ・33頁)。 ところが、B1説、B2説ともに、根本規範の実体につき、客観性を欠くうらみがある。 なかでも、実定法体系を規範化するルールを、同一の実定法体系に求めるB2説は、根本的な誤りを犯している([94]参照)。 また、制憲権が、個人の尊厳または人格価値不可侵の原則によって規範的拘束を受けているとするB3説もある(芦部・前掲書)。 この説は、制憲権が自然法によって授権されるという「権限説」と、正当性の根拠ともみる(すぐ後の[127]でふれる)「正当性原理説」との折衷説のようである。 権力的モメント(※注釈:moment 契機、物事の変化や発展を引き起こす動的要因となるもの)を示す場合の制憲権の主体は選挙人団、正当性のモメントを示す場合の制憲権の主体は全国民である、と、その担い手によって制憲権の属性に変化をもたせるのが、このB3説の特徴である。 このB3説に関しても、 第一に、 選挙人団は、国家創設後に国法上に登場する概念であって、国制創設の前段階で議論する制憲権の主体とはなり得ないはずではないか、という疑問が残される。選挙人団概念を制憲権論に持ち込むことは、最高国家機関をもって主権者とする説と、国民主権の議論とを混同させるであろう。 第二に、 個人の尊厳または人格不可侵の原則の内容が、制憲権を枠づけるほどの具体的内容をもっているかどうか、疑問とせざるを得ない。さらに、 第三に、 これらの原則が制憲権を拘束するとの命題は結論の提示であって、なぜに、これらの拘束力が付与されるのか(人間の実践理性の故か、自然法の要請なのか)、当該法体系の外にある論拠が示されない限り、それは空論である([94]参照)。 [126] (三)制憲権は受動的な監視権限であるか C説は、制憲権をもって、代表に対して同意を与えまたは与えないことを通して受動的に権力を監督する、現に存在している国民全体の一般意思をいう、とする(監督権力説)。 しかしながら、制憲権は、受動的性格をもつものではなく、代表の権力統制を超えて、権力または権威を積極的に創出するものではなかったか。 代表権力に対する監督は、選挙権や責任政治のレヴェルで志向されるべき問題領域である。 さらには、今日のような多元的社会にあって、一般意思に言及すること自体、もはや不可能といわざるを得ない(ここにいう「多元的」とは、個々人が階層的に秩序づけられておらず、各人の目的が多種多様であることをいう)。 [127] (四)制憲権は実定憲法の正当性原理であるか D説は、制憲権をもって、実定憲法典の正当性を支える最終的権威であると捉える(正当性原理説または権威説)。 この説によれば、本質的には権力(意思力)であり、超実定的な性質をもった制憲権が、実定憲法制定と同時に実定憲法の中に凍結され、正当性の原理となるのである(この説にいう「正当性」の意義、根拠は明確ではないが、おそらく、「正当性」とは、始源的権力保持者が憲法制定に同意したがゆえに拘束力をもつ、ということなのであろう。ここにも合理的意思の神話がみられる)。 もっとも、この見解は、実定憲法を制定すべく発動された制憲権を、実定憲法から事後的に説明するものであって、時間的な観点が、前ニ説とは異なっており、これらの説を同一次元で論議し評価することは避けたほうがよい。 制憲権論は、時間的にも論理的にも実定憲法に先立つ段階を考察対象とする論議である。 権力創出の時点での制憲権の性質をどうみるかという論点と、創出後のそれをどうみるかという論点とを、混同してはならない。 右のD説のように、権力創出時点での制憲権を超実定的かつ実定憲法破壊的と考えることは、創出される権力の正当性やその限界、さらには権力の維持・行使の条件を厳しく問わないことになろう。 [128] (五)制憲権論は有害無益であるか E説は、国民主権にいう主権を制憲権と捉えること自体が有害無益である、とする。 というのは、制憲権に超実定法的性格づけをするとすれば、実定憲法破壊的な危険性を認めることになり、他方、制憲権を単なる正当性の問題に押し込めるとなると、主権を理念的な空虚なものにしてしまうからである。 この点を考慮したうえでE説は、主権を国家における統一的包括的支配権(国権)をいうものと構成して、主権理論はそれが誰に帰属するかを問う議論でなければならない、と主張する。 そのうえで、統一的包括的支配権がプープルに帰属する、とE説は結論するのである。 ところが、この説については、 ① 主権が統一的包括的支配権(国権)であるとしても、その実体は何なのか([116]参照)、 ② その帰属先を分析するだけでは、主権の本質とその限界につき正答を得るに至らないのではないか、 との疑問が残る。 このE説が、制憲権としての主権理論を有害無益であると断罪するのであれば、それをさらに、デュギーほどに徹底して、神秘的な、人民の一体意思を基礎とする国民主権の観念自体を有害無益であるとする道筋をも模索すべきではなかったか。 国民の構成員一人ひとりの選好を総計して生ずる集団的決定は、実は、個人を守らないばかりか、多数派自身をも守らないことが多いのである。 この点に気づいてか、デュギーはいう、「国民主権の神秘的性質は、事実に反して、神秘的性質なしに有り得たよりも遥かに長い間活動期間を国民主権の観念に与えた。しかし国民主権の観念が創造力を失う時が来た。・・・・・・国民主権の観念は最も確実なる事実と明らかに矛盾する」と(デュギー『公法変遷論』20頁)。 本書における制憲権の捉え方は、[132]でふれる。 ■第六節 国民主権と憲法典との関係 [129] (一)制憲権の主体は歴史的に変転してきた 制憲権の主体は、必ずしも国民であるとは限らない。 歴史的には、その主体は君主であることが多かった。 しかし、これまでの憲法理論史をみると、特に啓蒙思想期以降、制憲権は社会契約によって成立した政治的統一体としての国民が発動する権力または権威であると論じられてきており、その主体を国民に求めるのが主流である。 国民が制憲権の主体となる場合をもって「国民主権」という。 国民を主体とする制憲権論、すなわち国民主権論は、統治権力の正当な源泉が国民の意思にあることを説くための理論である(権力創出のための理論)。 その理論は、さらに、社会契約理論と結びついて、国家が社会構成員の合意を通して統治権力を獲得することまで説いた(統治権力獲得のための理論)。 すなわち、国民主権または制憲権の理論は、統治権力の創出および獲得の正当性までを問うものであった。 [130] (ニ)制憲権論は憲法典の構造まで指示しているか 現実の政治過程は、権力の創出、獲得、維持および行使というプロセスからなる。 今後の議論は、今日の統治が「基礎をもたないシステム」となりつつあることを考慮した場合([22]参照)、実定憲法典のもとで維持・行使される統治権の正当性を問うものでなければならない。 換言すれば、権力と権限の行使が、究極的には、人々の公共的な議論を通しての合意に基づく法規範や政治制度に定位しているか否か、不断に検証されなければならない。 権力の創出および獲得の正当性までを問うてきた制憲権論が、権力の維持・行使の正当性まで問いうるものか、疑問となる。 もしも制憲権論が、憲法典の構造の正当性まで指示するものであれば、この疑問も解決されるのであるが。 果たして制憲権論は、最終的な政治的決定権限が誰に帰属するかという論点ばかりでなく、実定憲法の正当性やそのもとでの統治権の行使の正当性を担保するだけの構成(組織)原理を指し示しているであろうか。 この点に関しX説は、日本国民が制憲権を発動するに当たって、立憲主義的内容を選択し、自己拘束して、(イ)統治制度の民主化、(ロ)公開討論の場の確保、という「実定憲法上の構成原理」を日本国憲法に組み込んだとの理解を示して、この疑問を解決しようとする(佐藤・100~101頁)。 その構成原理の具体的要素は、 ① 民意をできる限り反映する「民主的」統治メカニズムを備えること、すなわち、選挙人となりうる人物が最大であること、 ② 選挙人の意思が反映されるよう統治制度が整備されること、 ③ 選挙人の意思が自由に反映できるために、統治者批判が自由であること、 といった要素が挙げられる。 ところが、右の①~③は、「国民主権」によって必然的に要請されるものではない。 先にふれたように([56]参照)、①~③は、統治される国民が統治者に対して有効なコントロールを及ぼすための装置である(「統治される民主主義」)。 国民主権論を右要素と結び付けようとする試みは、実現されるべくもない「治者と被治者との自同性」を夢想する姿に近い。 X説と同様に、X 説は、国民主権とは、選挙人団としての国民がその権力を行使する際の様々なチャネルの整備をも含意している、と解する(芦部『憲法講義ノートⅠ』121頁)。 この見解は、制憲権が正当性原理にとどまらず、権力的色彩を持っていること、その権力主体が国民(選挙人団)であること、を前提にしている。 この立場を推し進めれば、憲法典は有権者意思を反映するような道筋、たとえば、民選議会、参政権、表現の自由等を備えておかなければならない、というX説と同一の見解に帰着することになる。 ところが、この説には、主権概念の混同がみられる。 すなわち、既に [15] においてふれたように、主権とは、あるときには、具体的に存在する国家機関のうちの優越的権限を有している機関をいう場合(「国家最高機関としての主権」)、またときには、最終的支配意思の源をいう場合(「憲法制定権力としての主権」)等があるが、右のX 説は、両者を制憲権概念のなかで説こうとしている点に無理がある。 憲法典上要請される構成原理または統治構造は、あくまで、出来上がった憲法典から理解すべきものである。 その理解に当たって、統治過程の民主化の要請と、国民主権論とを結びつけない道筋も真剣に検討されなければならない。 となると、Y説のように、国民主権の概念と民主的選挙制度等との直接的関連性なし、と考えるべきであろう。 この説によれば、「すべての権力は国民に由来するという [国民主権の] 公式は、代議士の選挙が定期的に繰り返されることに関してよりも、むしろ憲法を制定する集団として組織された国民が、代議制立法府の権力を定める排他的権利を持つことに関連して言われた」のである(ハイエク『自由の条件Ⅱ』66頁)。 この立場を徹底させれば、国民主権はあくまで憲法制定権力と同義であって、主権者が実定憲法の構成原理として何を選択するかは、事前に示されることは決してなく、主権者の選択に委ねられることになるばかりか、国民主権にいう国民が観念的統一体に過ぎないものである以上、主権は正当性原理に過ぎない、と捉えられることになろう。 正当性原理としての国民主権は、独裁制をも許容するものであって、具体的政治組織のあり方については何も指示せず、ただ、すべての国家機関が国民の権威づけのもとに権能を行使することを理念的に示すにとどまる、との理解も十分成立しうる(小嶋・105頁。もっとも、この論者といえども、空虚な主権論とならないために、全体の奉仕者としての公務員観(15条)が要求されると説く)。 [131] (三)制憲権が意思の発現であるとすれば、その本質は実力と理解せざるを得ない 制憲権が人民の意思から発せられる力であると想定するのであれば、その本質は事実上の力であると理解せざるを得ない。 それは、他の力からの授権を要しない実力である。 実力と考えざるを得ないからこそ、近代立憲主義は、それと対立し、それを制約する別の力を追い求めてきたのである。 その別の力とは、自由の概念であった。 もっとも、自由の概念も不動不変ではありえない。 後世は、後世にとっての自由が保障されなければならない。 そのために、憲法典は、後世に対して開かれた部分を用意するのが通例である。 その部分が憲法改正規定である。 改正規定によって後世に開かれた部分を残していることが、現行憲法典の拘束力保持理由の一つである。 従来の制憲権論は、制憲権を野放しにしないために、何らかの権威に由来するものと想定して、根本規範を設定したりして、その権威の淵源(正当性)を追い求めてきた(権威と制憲権との垂直的布置の理論)。 今日までの諸理論は、その追究に成功していない。 この点は次のように考えるべきであろう。 意思の力を淵源とする制憲権は、権威に由来するものではなく、制憲権とは独立に存在する「法」によって横からの制約を受けている(法と制憲権との水平的布置の理論。「法の支配」は、まさにこれを狙ったのである)。 この「法」は、各人の自由な領域を保護する普遍妥当な抽象的ルールである。 このルールを、ハイエクに倣って「自由の法」と呼んでもよい(巻末の人名解説をみよ)。 「自由の法」は、超越論的な思弁の中にあるのではなく、人間社会が事実上存在するその瞬間から生まれ、人間が経験によって学び得た準則である(自由の本質については『憲法理論Ⅱ』で論ずる)。 「自由の法」に代えて、「個人の尊厳」、「人格価値不可侵」といった茫漠とした用語に拠るとすれば、制憲権を制約する内実をその中に発見することは期待できないであろう。 [132] (四)制憲権は意思の力であるとする理論は、合理的人間像に基づく近代哲学の嫡流に属する では、意思から力が発生するという保証はなく、政治的統一意思は今日のような多元的社会にありようもない、とする本書のような醒めた目からすれば、制憲権理論はどう再構成されればよいか。 制憲権の理論は、人民の意思が全ての権力の源であるとする社会契約理論と結びついたフィクションである。 社会契約の理論そのものが、《そうあって欲しいものを合理的に理論化しようとした擬制である》以上、その上に構築された制憲権理論も、擬制に過ぎない。 歴史上、その思想の力が、現実の政治世界に影響を与え、実力としての市民革命という形態をとることもあったし、摩擦なく円滑に実定憲法典の基本理念として採用されることもあった。 制憲権の本質は、実力でもなければ、権限でもない。 それは、合理的国家のあるべき姿を説くための仮設である。 その仮設は、ある国では、それを拒否し続けた専制君主を打倒する革命の理論として実際に採用された。 その現実は「制憲権=実力」と後世に映ることになった。 またある国では、社会契約理論をモデルとした実定憲法典を制定した。 そこでは、制憲権は、実定憲法典を支える「正当性原理」として後世に映ることになるのである。 もともと、制憲権論は、君主という一人の意思の絶対的力に代えて、人民の意思を統治の根底に置く革命の理論であった。 その理論は、君主を排除するところまでは指示するものの、統治の最終的なあるべき姿を指示することはできない。 統治の最終的あるべき姿は、人民の意思や制憲権の理論を統制するものに求めなければならない(もっとも、ある理論が政治的決定に最強の影響を与えることはある)。 だからこそ、我々は「法」、「自由」に言及してこれを統制しようとするのである。 このように考えれば、「国民が制憲権をもつ」とする命題こそ擬制中の擬制である。 一方で、制憲権の主体は観念上の抽象的存在たる「国民」であるとし、他方で、制憲権の本質は実力であると主張することは、自己矛盾である。 というのは、制憲権が実力であれば、具体的に存在する自然人によって行使されるはずのものであって、抽象的存在たる国民が主体となることは不可能だからである(制憲権が抽象的存在たる国民に「帰属する」との表現を用いても解決とならない)。 有効な権力概念であろうとすれば、その保有者が一定の事柄を為し得るか否かを基礎づけなければならず、これに失敗する理論は空論である。 ■用語集、関連ページ 阪本昌成『憲法1 国制クラシック 全訂第三版』(2011年刊) 第一部 第8章 国民主権あるいは憲法制定権力 LEC・芦部信喜・佐藤幸治・阪本昌成・中川八洋の「国民主権論」比較 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 関連用語集 【用語集】主権論・国民主権等 「法の支配」と国民主権 「法の支配(rule of law)」とは何か ■ご意見、情報提供 ※全体目次は阪本昌成『憲法理論Ⅰ 第三版』(1999年刊)へ。 名前 コメント
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「政策を立案するのは少数の者のみであるが、それを判断することは我々全てが出来るのである」 ~ ペリクレスによる戦士葬送演説(トゥキディディス『戦史』より) リベラル・デモクラシー(“自由”に価値を置く“民主制”)を如何に守るか <目次> ■1.初めに ■2.政治的スタンスと政治体制 ■3.政治体制の説明◆1.リベラル・デモクラシー(自由民主制、自由民主政体、自由民主政治) ◆2.全体主義体制(totalitarian regime) ◆3.権威主義体制(authoritarian regime) ■4.日本の政治体制◆1.現行憲法:前文第一段の内容(基本理念) ◆2.現行憲法の問題点 ◆3.前文第一段の評価と展望 ■5.「国民主権」から「法の支配」へ◆1.「国民主権」では「自由」を保障できない ◆2.「法の支配」が「自由」を守る ◆3.法と権利の本質に関する2つの考え方 ◆4.大陸法の「国民主権」原理ではなく英米法の「法の支配」理念の正確な把握が必要である ■6.用語集、関連ページ ■7.ご意見、情報提供 ■1.初めに 「自由」を最優先に守るべき価値とする「民主政体」を「リベラル・デモクラシー(liberal democracy 自由民主制、自由民主政体)」という。 日本・アメリカ合衆国・英国・ドイツなど現在の先進諸国の政体(政治体制)は、いずれもリベラル・デモクラシーである。 しかし世界には、リベラル・デモクラシー(自由民主制)以外の国も多くあり、またリベラル・デモクラシーから全体主義体制や権威主義体制に転落していった過去を持つ国々も幾つもある(戦前の我が国も決して例外ではない)。 このページでは、様々な政治体制の分類を手始めに、私達が常識だと思っている「国民主権」原理の内実、そして「法の支配」理念の正確な意味を考えいく。 ■2.政治的スタンスと政治体制 ※サイズが合わない場合はこちらをクリック ※詳しくは 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 参照。 ■3.政治体制の説明 ◆1.リベラル・デモクラシー(自由民主制、自由民主政体、自由民主政治) (1) 英語版 wikipedia(liberal democracy wikiの項)より定義部分のみ翻訳 ※ブリタニカ百科事典には項目なしのためwikipediaで代用 自由民主制(liberal democracy)は(ブルジョア民主制(bourgeois democracy)あるいは立憲民主制(constitutional democracy))は代議制民主制(代表制デモクラシー representative democracy)の一般的な形態である。 自由民主制の原則によれば、①選挙は自由で公平であるべきであり、②政治的プロセスは競争的であるべきである。政治的多元性(政治的複数性 political pluralism)は通常、複数の明瞭に区別された諸政党の存在によって同定される。 自由民主制は様々な憲法形態をとることが可能である。それはアメリカ・ブラジル・インド・ドイツのような①連邦共和国(federal republic)が可能であり、また英国・日本・カナダ・スペインのような②立憲君主国(constitutional monarchy)が可能である。 それ(自由民主制)はまた、①大統領制(predidential system アメリカ・ブラジル)、②議会制(paliamentary system = Westminster system 英国と共同体諸国 UK and commonwealth countries)、あるいは③混成・半大統領制(hybrid, semi-presidential system フランス・ロシア)が可能である。 ※オックスフォード英語辞典・コリンズ-コウビルド英語辞典にも liberal democracy の項目なし。 「自由」を最優先に守るべき価値とする「民主政体」を「リベラル・デモクラシー(liberal democracy 自由民主制、自由民主政体)」という。 日本・英国などは「政体」という意味では、厳密には「立憲君主政体(constitutional monarcy 立憲君主制)」であるが、その政治権力の所在・運用の実質に照らして「デモクラシー(民主政治)」が行われている、と言ってよい。 なお、スウェーデン・ノルウェー・デンマークの北欧3ヶ国は、立憲君主制に加えて、「リベラル(自由主義的)」ではなく「ソーシャル(社会主義的)」な価値をより重視して長年国家を運営しており、共和制で同様な国家運営をしているフィンランド・アイスランドを加えたこの北欧5ヶ国は「ソーシャル・デモクラシー(社会民主制、社会主義的民主政体)」と表現する方が適切、とする見解もある(但し social democracy は政体よりも政治的イデオロギーを現す言葉として用いられるのが常なので、代わりにこれら北欧諸国の政治体制を表す言葉として Scandinavian wealfare model あるいは Nordic model が用いられるようである)。 ※これに対して、「自由」に価値を置かず、「民主政体(民主制)」でもない政治体制の国も世界には沢山ある。 ◆2.全体主義体制(totalitarian regime) (1) ブリタニカ・コンサイス百科事典(totalitarianismの項)より全文翻訳 市民生活の全領域を国家の権威の下に置く政府の形態(Form of government)であって、唯一のカリスマ的な指導者を究極的な権威とするもの。 この言葉は1920年代初期にベニト・ムッソリーニによって鋳造されたが、全体主義は全歴史・全世界を通して存在してきた(例えば支那の秦王朝)。 全体主義は既成の全ての政治機構や全ての古い法的・社会的伝統を、通常高度に重点的な国家の必要に合致する新しいものに取り替える点で、独裁制(dictatorship)や権威主義(authoritarianism)と区別される。 大規模で組織的な暴力が合法化され得る。警察は法や規則の制約なしに活動する。国家目標の追求はこの様な政府の唯一の思想的基礎である一方で、そうした目標の追行過程は決して一般に知らされない。ハンナ・アーレント『全体主義の起源』(1951)はこの主題の標準的著作である。 (2) オックスフォード英語事典(totaritarianの項)より抜粋翻訳 1 中央集権的で独裁的であり、国家に対する完全な服従を要求する政治システムに関するもの。 2 全体主義的な政治システムを唱導する人物 (3) コウビルド英語事典(totalitarianの項)より全文翻訳 1 全体主義的政治システムとは、唯一の政党が全てをコントロールし一切の反対党を許さないものである。 2 全体主義者とは、全体主義的政治理念あるいはシステムを支持する人物である。 共産党・労働党などが一党独裁する中国・北朝鮮・キューバなど共産主義国がその一つの典型であり、これを「全体主義的独裁政体(totalitarian tyranny)」と呼ぶ。 これらの国は「人民民主主義(people s democracy)」という偽物のデモクラシーを称する場合がある(totalitalian democracy とも言う)。 ◆3.権威主義体制(authoritarian regime) (1) ブリタニカ・コンサイス百科事典(authoritarianismの項)より全文翻訳 権威への無制限の服従の原理であって、個人の思想や行動の自由に反するもの。 政治的システムとしての権威主義は反民主的(anti-democratic)であり、政治的権力は被統治者に対して何ら憲法上の責務を負わない単一の指導者または少数エリートに集中される。 権威主義的政府は通常、①指針となるイデオロギーを欠くこと、②社会的機構に幾らかの複数性を許容すること、③国民的な目標の追求に全人口を投入する権力を欠いていること、④相対的に予測可能な制限の範囲で権力を行使すること、から全体主義とは区別される。 絶対主義(Absolutism)、独裁制(Dictatorship)を参照せよ。 (2) オックスフォード英語事典(authoritarianの項)より抜粋翻訳 1 個人の自由を犠牲にして、権威に対する厳格な服従を志向し強制すること 2 他人の意思や意見への関心が欠けていることを示すこと。独断的な。 3 権威主義的な人物 (3) コウビルド英語事典(authoritarianの項)より全文翻訳 1 貴方が、ある人物や組織が権威主義であると描写する場合、貴方は、彼らが人々が自身で物事を決定することを許容せず全てのことをコンロトールすることに批判的であることを意味する。 2 オーソリタリアンとは権威主義的な人物である。 ロシアやエジプト、シンガポールのようにデモクラシーの外観は備えているが、事実上一つの党派や個人が独裁的な権力を握っている「権威主義的体制(authoritarian regime)」を取る国々は、いわゆる第三世界(アジア・アフリカ・ラテンアメリカなど)の国々に非常に多く、シンガポールのように経済的には先進国と対等な地位を築いた国にもそうした実例は多い。 ※次に、日本の政治体制を憲法の規定から確認する。 ■4.日本の政治体制 ◆1.現行憲法:前文第一段の内容(基本理念) 現行憲法の前文第一段は、「自由」に価値を置き、「代表制デモクラシー」を採用することを宣言している。 前文第一段 内容 関連ページ 日本国民は、 正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、 代表制デモクラシー デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る われらとわれらの子孫のために、 諸国民との協和による成果と、 国際協調主義 わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、 自由主義 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 政府の行為によって 自虐史観 戦後レジームの正体 再び戦争の惨禍が起ることのないやうに決意し、 非戦主義 ここに主権が国民に存することを宣言し、 国民主権 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 この憲法を確定する。 立憲主義 「法の支配(rule of law)」とは何か 立憲主義とは何か ※なお、憲法問題の全般的な解説ページ⇒日本国憲法改正問題(上級編)も参照 ◆2.現行憲法の問題点 ここで予め現行憲法の問題点を指摘すると、 (1) 現行憲法は昭和天皇の裁可によって辛うじて正統性を付与されているものの、その制定過程に重大な瑕疵があったことは否めない。 (2) 内容面でも、現行憲法は、日本の歴史・伝統を無視あるいは蔑視し、事実に反する一方的な贖罪意識を日本人に刷り込みかねない誤った文理解釈を招く文章を幾つも含むばかりか、文言のうえで明らかに日本国民の基本的な自存自衛の権利を蔑ろにし、国家共同体を解体に導きかねない憲法解釈(左翼的憲法解釈)の横行を長年に渡って助長し続けている。 (3) 従って現行憲法は、 1 現行憲法第96条の改正手続きによるか、 2 破棄宣言し明治憲法下の体制に形式上一旦戻した上で明治憲法の改正手続きによって改正するか、といった手続き面に関わらず、内容的には、特に原理・原則面に踏み込んだ抜本的な変更を行う必要がある(ただし統治機構や権利章典の個別の条項については現行憲法典のものをそのまま維持することが妥当なものも多い)。 (4) なお、現在の緊張した東アジアの国際状況下では、特に憲法九条限定の部分改正について他の条項に先駆けての緊急対応を要すると思われる。 以上を踏まえた上で、前文第一段に示された現行憲法の基本理念について、その当否を論じる。 ◆3.前文第一段の評価と展望 (1) 「自由」を最高の価値とし「代表制デモクラシー」を採用すること、つまり「リベラル・デモクラシー(自由民主制)」を維持することに全く異存はない。但し現行憲法では文言上曖昧となっている「立憲主義」について、日本の歴史・伝統に照らして「立憲君主政体(立憲君主制)」であることを明確に規定すべきである。 (2) 「自虐史観」に基づく「非戦主義」の規定は、所謂「奴隷の平和(主義)」であり、日本国民の正当な自存自衛の権利に違反するため、全面的に排除する必要がある。 (3) 「国際協調主義」は日本国の正当な権利が保証される限りにおいて意味を持つのであり、事実に基づかない贖罪意識により日本国が一方的に譲歩させられること(所謂「土下座外交」)を誘発するような規定は排除されるべきである。 (4) 現行憲法では無制限的な「国民主権」を強調する解釈が横行しているが、既に「デモクラシー(民衆による政治)」が過剰に行き渡った現在の状況で安易な「国民主権」の強調は、デモクラシーのモボクラシー(衆愚政治)化を助長するだけである(⇒ デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る 参照)。更に「国民主権」は「自由」という最高の価値とも実は両立し難い要注意語であって、「リベラル・デモクラシー(自由民主制)」を正しく保証すぺく「国民主権」の語自体もその具体的意味を確定しつつ慎重に排除していく必要がある。(⇒政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価参照) ■5.「国民主権」から「法の支配」へ ◆1.「国民主権」では「自由」を保障できない 「国民主権」あるいは「人民主権」(以降併せて「主権在民」論と呼ぶ)の概念は、欧州大陸の絶対君主の唱えた「君主主権」に対抗して登場した。 (1) 「君主主権」では、 君主の恣意的な命令が「法」となり、臣民の「自由」は理屈の上では無制限に奪われる。 (2) 「主権在民」論では、 君主の恣意的な命令こそ排除されるものの、“主権者”である全ての国民(ないし人民)の意思が一致するわけではないので、結局、比較的多数派の意思が「法」となって、比較的少数派の意思を圧殺することになる。つまりこの場合でも比較的少数派の「自由」は理屈の上ではやはり無制限に奪われる。 これを防ぐ一つの有力な方法は、何人も奪われぬ「自由」の領域、即ち「多数派であっても変更不可能な自由の領域」を予め憲法典に明記して置くこと、であり、日本国憲法もこの方法に従って多数の基本権が列挙されている(基本権カタログ)。 しかしながら、この方法は「法=主権者の意志・命令」という構造である以上、主権者がたとえ君主から国民(ないし人民)に代わろうと、そうした「主権者」が自らの意思を押し通す誘惑・危険から逃れられない。即ち、 「法=主権者の意思・命令」 であれば、 憲法典自体が主権者の恣意的な構築物であるのだから、 主権者は、 ①不都合な条文を勝手に改変したり、②憲法典そのものを停止宣言することによって、 幾らでも少数派の憲法上保障された権利・自由を奪えることになってしまうのである。 以上述べた「法=主権者の意思・命令」説は、デカルト以来主にフランス・ドイツなど欧州大陸で発展した所謂「大陸合理論」と東ローマ帝国のユスティニアヌス法典に起源を持つ「大陸法」の伝統からの帰結である。 ⇒ 大陸合理論・イギリス経験論については 国家解体思想の正体 参照 ◆2.「法の支配」が「自由」を守る これに対して英国では、中世期のマグナ・カルタに代表されるゲルマン祖法から自生的に発展した慣習法こそ真の法である、とする伝統、すなわち「法=歴史的に形成された自生的秩序」であり、意図せざる人為の産物(=ノモス)である、とする観念が育った。 この所謂「イギリス経験論」あるいは「英米法」の考え方によれば、 “法”を定める“主権者”なる者は存在せず、 “法”は気の遠くなるほど長い年月をかけて無数の先人達の叡智と経験の積み重ねの中から徐々に“発見”されてきたものであり、 それゆえに確実な権威を持つものであって、 何人であろうと(君主であろうと議会の多数派であろうと)勝手に改変することは許されない、とされた。 このような「国王といえども神と法の下にある」状態を「法の支配」(rule of law)と呼ぶ。(★注1) すなわち英米法の伝統では、恣意的に法を改変できる“主権者”なるものは存在せず、強いて言えば「“法”が王様」即ち「“法”主権」である。(★注2) ※この場合の“法(law)”とは、君主の定める「勅令(imperial(royal) ordinance)」や、議会の定める「法律(legislation)」とは区別される、世代を重ねて歴史的に形成された不文の慣習法を指し、一方制定法は、こうした慣習法を明確化するための補完的存在となる。 「自由」を保障するのは、こうした全ての人に差別なく適用され、世代を超えて遵守される、自生的な慣習法に起源を持つ一般ルールである。 (★注1)なお、現代の英米法理論では「法の支配」を「正義の一般ルール」と限定して捉える見解が主流となっているため、「王といえども神と法の下にある」とする伝統的な意味での「法の支配」を「広義の法の支配」ないし「ノモスの支配(ノモクラシー)」と呼ぶのが妥当である。(⇒「法の支配(rule of law)」とは何か参照) (★注2)ちなみに「国民主権」ないし「主権在民」の英訳とされる popular sovereignty をブリタニカ百科事典で引くと popular sovereignty (南北戦争以前に)アメリカの連邦保有地の入植者達に、自由州または奴隷州としてユニオンに加盟する決定を下すことを許容した政策(以下省略) とだけ記載されており、「国民主権」「主権在民」という意味は一切見当たらない。 またオックスフォード英語辞典やコリンズ-コウビルド英語辞典には popular sovereignty という言葉がそもそも登録されていない。 すなわち、英米圏では、かってフランス・ドイツなど欧州大陸諸国で強調され、日本の憲法学で現在でも過剰に強調されている popular sovereignty(国民主権)なる概念自体が、存在していないのである(※詳しくは⇒中川八洋『国民の憲法改正』抜粋参照) ※ここで英米法と大陸法の、法と権利に関する考え方の違いを対比し整理しておく。 ◆3.法と権利の本質に関する2つの考え方 歴史主義・伝統主義 (英米法) 反歴史主義・リセット主義 (大陸法) 権利の本質 人間は長い歴史を通じて、社会の中で試行錯誤を繰り返しながら、社会的叡智の結晶として歴史的権利を「慣習」という形で個別に見出してきた、とする立場 人間は自然状態において、生来的に自然権(natural right)を有していたが、社会契約(social contract)を結んで自然権を一部または全部放棄し、人定法(実定法:positive law)を定めた、とする立場 法の本質 法は特定の共同体の中で人々の社会的ルールとして自生した(特定の人物の意思によらずに時間をかけて次第に生成されてきた)(法=社会的ルール説)(★注3)⇒この立場は、真の法=ノモス(個別の共同体毎に自生的に発展してきた人為的ではあるが特定の意思によらざる法)とする見解と親和的である。 法はそれを作成した主権者の意思であり命令である(法=主権者意思[命令]説)(★注1、★注2)⇒この立場には、①真の法=理性から演繹された自然法(フュシス)とする近代的自然法論、および、②真の法など存在せず主権者の意思・命令としての人為法があるのみとする純然たる法実証主義、の2通りの見解がある。 誰が法を作るのか 法は幾世代にも渡る無数の人々の叡智が積み重ねられて自生的に発展したもの(経験主義、批判的合理主義)⇒「法は“発見”するもの」⇒制憲権(憲法制定権力)を否認(特定時点の世代の人々が制定できるのは原則として「憲法典(形式憲法)」迄であって、「国制(実質憲法)」は世代を重ねて徐々に確立されていくものに過ぎない) 法は主権者の委任を受けた立法者(エリート)が合理的に設計するもの(設計主義的合理主義)⇒「法は“主権者”が作るもの」⇒制憲権(憲法制定権力)を肯定(特定時点の世代の人々は「憲法典(形式憲法)」のみならず「国制(実質憲法)」をも意図的に確立することが可能である) 補足 共同体毎に個別的→共同体に固有の「国民の権利」と「一般的自由」の二元論と親和的価値多元的・相対主義的、帰納的、保守主義・自由主義・非形而上学的な分析哲学と親和的法の支配ないし立憲主義と順接 全人類に普遍的→共同体や歴史的経緯を超える普遍的な人権イデオロギーと親和的絶対主義的(但し価値一元的な傾向と価値相対主義的な傾向との両面がある)演繹的、急進主義・全体主義・形而上学的な観念論哲学と親和的国民主権や法治主義と順接 実例 英国の不文憲法が典型例。またアメリカ憲法は意外にも独立宣言にあった社会契約説的な色彩を極力消した形で制定され歴史主義の立場に基づいて運用されてきた。大日本帝国憲法(明治憲法)も日本の歴史的伝統を重んじる形で当時としては最大限に熟慮を重ねて制定された フランスの数々の憲法、ドイツのワイマール憲法が典型例。日本国憲法は前文で「国政は、国民の厳粛な信託によるもの」とロックの社会契約説的な制定理由を明記しており、残念ながら形式上この範疇に入る(GHQ草案翻訳憲法)※但し“解釈”により日本の歴史・伝統を過剰に毀損しない慎重な運用が為されてきた 主な提唱者 コーク、ブラックストーン、バーク、ハミルトンなお第二次大戦後の代表的論者は、ハイエク、ハート ホッブズ、ロック、ルソーなお第二次大戦後の代表的論者は、ロールズ、ノージック (★注1)「法=主権者意思[命令]説」は、主権者を誰と見なすかによって以下に分類される。 ① 君主主権 君主一人が主権者。(1)社会契約説以前の王権神授説や、(2)ホッブズの社会契約説が代表例。 ② 人民主権 君主以外の人民 people が主権者であり人民は各々主権を分有し人民自らがそれを行使する(=プープル主権説)。ルソーの社会契約説が代表例。 ③ 国民主権 君主を含めて国民全員が主権者(但し左翼の多い日本の憲法学者には「君主は国民に含めない」として、実質的に人民主権と同一とする者が多い)。なお国民主権の具体的意味については、(1)最高機関意思説と、(2)制憲権(憲法制定権力)説が対立しており、さらに(2)は、 1 ナシオン主権説と 2 プープル主権説に分かれる(プープル主権説は実質的に②人民主権説)。一般的に国民主権という場合は、 1 ナシオン主権説(観念的統一体としての国民が制憲権を保有するとする説)を指す。 ④ 議会主権 英国の憲法学者A.V.ダイシーの用語で、正確には「議会における国王/女王(the king/queen in parliament)」を主権者とする。君主主権や国民主権の語を避けるために考え出された理論 ⑤ 国家主権 帝政時代のドイツで、君主を含む「国家」が主権者であるとして君主主権や国民主権の語を避けた理論。戦前の日本の美濃部達吉(憲法学者)の天皇機関説もこの説の一種である ⇒教科書は、戦後の日本は「国民主権」だが、戦前の日本は「君主主権」の絶対主義国家だった、とする刷り込みを行っている。しかし実の所は、大日本帝国憲法(明治憲法)は制定時において明確に歴史主義の立場を取っており、そもそも「xx主権」という立場(法=主権者命令説)ではなかった。強いて言えば ⑥ “法”主権 つまり「法の支配」・・・歴史的に形成された統治に関する慣習法(=国体法 constitutional law)及びそれを可能な範囲で実定化した憲法典(constitutional code)が天皇をも含めた国家の全構成員を拘束するという立場だった。 ⇒なお、大正デモクラシー期には、ドイツ法学の「⑤国家主権説」を直輸入した美濃部達吉の「天皇機関説」が通説となり、それがさらに天皇機関説事件によっていわゆる①君主主権説に転換したのは昭和10年(1935年)以降の僅か10年間である。 (★注2)「法=主権者意思[命令]説」は、法を特定の立法者/思想家の価値観(例:カントやヘーゲルのドイツ観念論的法思想や自然法論・人権論)あるいは政治イデオロギー(例:マルクス主義やナチス期ドイツ思想)に還元してしまう危険が高く、全体主義への接近を許してしまう。 ※以下、「法=主権者意思[命令]説」の法体系モデル。 ※図が見づらい場合⇒こちらを参照 ※①宮澤俊義(ケルゼン主義者)・②芦部信喜(修正自然法論者)に代表される戦後日本の左翼的憲法学は「実定法を根拠づける“根本規範”あるいは“自然法”」を仮設ないし想定するところからその理論の総てが始まるが、そのようなア・プリオリ(先験的)な前提から始まる論説は、20世紀後半以降に英米圏で主流となった分析哲学(形而上学的な特定観念の刷り込みに終始するのではなく緻密な概念分析を重視する哲学潮流)を反映した法理学/法哲学(基礎法学)分野では、とっくの昔に排撃されており、日本でも“自然法”を想定する法理学者/法哲学者は最早、笹倉秀夫(丸山眞男門下)など一部の化石化した確信犯的な左翼しか残っていない。このように基礎法学(理論法学)分野でほぼ一掃された論説を、応用法学(実定法学)分野である憲法学で未だに前提として理論を展開し続けるのはナンセンスであるばかりか知的誠実さを疑われても仕方がない行いであり、日本の憲法学の早急な正常化が待たれる。(※なお、近年の左翼憲法論をリードし「護憲派最終防御ライン」と呼ばれている長谷部恭男は、芦部門下であるが、ハートの法概念論を正当と認めて、芦部説にある自然法・根本規範・制憲権といった超越的概念を明確に否定するに至っている。) (★注3)「法=社会的ルール説」は20世紀初頭に英米圏で発展した分析哲学の成果を受けて、1960年以降にイギリスの法理学者H. L. A. ハートによって提唱され、現在では英米圏の法理論の圧倒的なパラダイムとなっている法の捉え方である。 ※以下、「法=社会的ルール説」の法体系モデル。また阪本昌成『憲法理論Ⅰ』第二章 国制と法の理論も参照。 ※サイズが画面に合わない場合はこちら及びこちらをクリック願います。 ※上記のように、ハートの法=社会的ルール説は、現実の法現象について詳細で明晰な分析モデルを提供しており、特定の価値観・政治的イデオロギーに基づく概念ピラミッドに過ぎない法=主権者意思[命令]説の法体系モデルを、その説得力において大幅に凌駕している。 ※なお、自由を巡る西洋思想の二つの潮流について詳しくは ⇒ 国家解体思想の正体 参照 ※(補足説明)ハートの法=社会的ルール説のいう「ルール(rule)」という用語は、図にあるように、①事実(外的視点からの捉え方)と②規範(内的視点からの捉え方)の二重構造(=観測者から見れば①事実(社会的事実)だが、法共同体の構成員から見れば②規範だ、という③第3のカテゴリー)になっている、という独特の意味で使用されており、①事実と②規範を峻別する方法二元論(ケルゼンら新カント学派の方法論)と大きく異なっている点に注意(→こうした①事実でもあり②規範でもある③第3のカテゴリーの導入によって、ハート理論は「単なる①事実(=認識)から、なぜ②規範(=価値判断)が生まれるのか」という難問のクリアを図っている)。 ◆4.大陸法の「国民主権」原理ではなく英米法の「法の支配」理念の正確な把握が必要である (1) かってフランスがルソーの革命思想に燃えるジャコバン党の恐怖政治に覆われたとき、強烈な反撃の狼煙を上げたのは英国だった。 (2) ナチス・ドイツが欧州大陸を席巻したとき、ただ一国で踏みとどまってヒトラーの自滅を誘ったのも英国であり、最終的にこれを壊滅させたのは米国だった。 (3) ソ連との持久戦に耐えて遂にこれを崩壊に導いたのは、サッチャー&レーガンの英・米同盟だった。 これまでに世界を襲った恐怖政治と全体主義の脅威から、三度までも「自由」と「デモクラシー」を守ったのは、結局のところイギリスであり、(日本人にとっては些か不本意ではあるが)アメリカであったのは、おそらく偶然ではないはずである。 結局、「リベラル・デモクラシー」は英米法の伝統の中で発展してきた政治体制であり、 フランス・ドイツで発展した大陸法の「国民主権」あるいは「人民主権」といった「法=主権者意思・命令」説、理性からの演繹による自然法論あるいはその裏返しとしてのケルゼン流の純然たる法実証主義(人定法一元論)では、これを安定的に維持するのは難しい、というのが歴史の教訓である。 従って我々としては、明治以来継授してきた大陸法の主権在民論/制憲権論の弊害をまず正確に認識した上で、英米法の「法の支配」理念の正しい理解に努め、それを日本に固有の法体系に無理なく接合していく必要がある。 にも関わらず、中川八洋氏(筑波大学名誉教授)によれば、英米法の「法の支配」理念を正しく理解している憲法学者は、ほぼ皆無(既に高齢の英米法学者・伊藤正巳氏くらい)との事である。 確かに戦後日本の憲法学の通説となっている故・芦部信喜(宮沢俊義の弟子であり東大憲法学の代表学者=左翼)の『憲法 第5版』からは、芦部氏がルソーの人民主権論にシンパシーを寄せ、英米法の「法の支配」の原理を「人権の観念と固く結びつくもの」と(おそらく意図的に)曲解している様子しか伺えない。 ※参考ページ⇒よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) また芦部説に次ぐ有力説である佐藤幸治(大石義雄の弟子であり京大憲法学の代表学者=中間派)の『憲法 第三版』は、「法の支配」に関連してハイエクの「ノモスとテシス論」や「ノモスの主権論」を一通り説明するなどルソー主義の芦部氏よりも幾分マトモではあるものの、ベースになる思想がロックの社会契約論(つまり「国民主権」論)であるために、結局は、英米法の本流である「法の支配」(国民主権=制憲権=社会契約論の否定)とは相容れない立場にしか立っていない。 この点に関して、保守主義(伝統保守・旧保守)ではなくリベラル右派(新保守)のスタンスではあるが阪本昌成氏(憲法学者)の「国民主権・法の支配」論が非常に参考になるので、当ページからさらに深く理解したい方は、後述の■6.用語集・関連ページ欄に進まれることを願う。 ■6.用語集、関連ページ 憲法問題の全般的な解説ページ 日本国憲法改正問題(上級編) 関連用語集 【用語集】主権論・国民主権等 憲法論のガイドライン 憲法論の二段構造:①実質憲法(=法価値論)と、②形式憲法(=法解釈論) 「法の支配」と国民主権 「法の支配(rule of law)」とは何か 阪本昌成『憲法1 国制クラシック 全訂第三版』(2011年刊) 第一部 第8章 国民主権あるいは憲法制定権力 阪本昌成『憲法理論Ⅰ 第三版』(1999年刊) 第一部 第七章 国民主権と憲法制定権力 芦部信喜・佐藤幸治・阪本昌成・中川八洋etc.の「国民主権論」比較・評価 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 ■7.ご意見、情報提供 ページ内容向上のためのご意見・情報提供を歓迎します。 ↓これまでの全コメントを表示する場合はここをクリック +... 『国民主権』は『ルソー主義』であり『共産主義』であり全面否定しなければならない -- 名無しさん (2011-01-12 10 54 28) 『国民主権』論には『ナシオン主権論』と『プープル主権論』の2つがありルソーが唱えたのは『プープル主権論』である -- 名無しさん (2011-01-17 14 22 17) http //www.47news.jp/CN/201012/CN2010122901000218.html -- 名無しさん (2011-01-28 15 15 58) 阪本昌成教授の著書「法の支配~オーストリア学派の自由論と国家論~」がよいと思います -- 名無しさん (2011-12-16 01 45 25) 私はデモクラシーとは一種の精神安定剤だと思っています。デモクラシーを平和的な(血を見ない)政権交代の手段として評価し守っていくべきではありますが、それ自体を目的としてとらえ、人民主権論に走れば、必然的に全体主義を招来することを我々は歴史から学ぶことができます。適量の服用は気持ちを落ち着かせても、飲みすぎれば発狂する向精神薬と非常に似ていると思うのは私だけでしょうか。 -- 政治家志望の一高校生 (2012-01-09 04 48 15) ◆4についてなんだけど、ヒトラー失脚はソ連と米に喧嘩売ったせいだと思う 不利になった英は何としてでも米を戦争に引き込もうと躍起になっていたし、結果論だが英がヒトラーに譲歩したことが原因ともいわれる。共産主義の悪しきところは蛮行、危険思想だからと決めつけるのは良くない、自由を捨てることが堕落だとしても、自由を追求した結果も堕落、貧富の差が激しく不道徳な結果が起こっているのにそれに何も感じないなんて社会おかしい 英米的法の支配に対する批判も少し欲しい。基礎としてそちらを主軸とするべきという主張はいいと思うけど、良い面だけを教えられると信用していいのかと不安になる。 自分で様々な立場の本読むのが一番いいかもなんですが - 名無しさん 2015-11-14 01 28 18 上の高校生?のコメントを参照してみてください。その為の情報収集だと思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 16 38 続きです。恐らく記事作成主の言いたいことは、英米法で主流とされる「法の支配」の理解がどうなのかという点であって、自由の追求云々は言及しないに尽きたのではないかと思われます。法の支配を「英米法のまま」で導入すれば、それこそ日本の國体法に沿うわけがありませんから、日本法体系式の「法の支配」が必要不可欠となるわけです。その例が大日本帝国憲法であり、児嶋惟謙に始まる司法権の独立に沿う形が歴史上見られたものではないかと個人的には思いますね。つまり、法の支配は「良き慣習と伝統」が前提条件にありますから、慣習法が国民生活に沿わなければ、法の支配が機能しにくいことになるのではないでしょうか。批判は書籍等を見ると案外多いものですが、日本式にはどうか?を何度も自問自答して考えるようにすれば、記事作成主の言いたいこともわからなくないと思います(あくまで私見ですが)。 - 名無しさん 2016-02-17 21 28 57 ふと思い出したので、何度も失礼いたしますが付け足します。共産主義の悪しき~の件で、キリスト教が悪しき~という話を誰かがしていた覚えがあります。沿う考えますと、名無しさんの考えも一理あると思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 32 35 以下は最新コメント表示 『国民主権』は『ルソー主義』であり『共産主義』であり全面否定しなければならない -- 名無しさん (2011-01-12 10 54 28) 『国民主権』論には『ナシオン主権論』と『プープル主権論』の2つがありルソーが唱えたのは『プープル主権論』である -- 名無しさん (2011-01-17 14 22 17) http //www.47news.jp/CN/201012/CN2010122901000218.html -- 名無しさん (2011-01-28 15 15 58) 阪本昌成教授の著書「法の支配~オーストリア学派の自由論と国家論~」がよいと思います -- 名無しさん (2011-12-16 01 45 25) 私はデモクラシーとは一種の精神安定剤だと思っています。デモクラシーを平和的な(血を見ない)政権交代の手段として評価し守っていくべきではありますが、それ自体を目的としてとらえ、人民主権論に走れば、必然的に全体主義を招来することを我々は歴史から学ぶことができます。適量の服用は気持ちを落ち着かせても、飲みすぎれば発狂する向精神薬と非常に似ていると思うのは私だけでしょうか。 -- 政治家志望の一高校生 (2012-01-09 04 48 15) ◆4についてなんだけど、ヒトラー失脚はソ連と米に喧嘩売ったせいだと思う 不利になった英は何としてでも米を戦争に引き込もうと躍起になっていたし、結果論だが英がヒトラーに譲歩したことが原因ともいわれる。共産主義の悪しきところは蛮行、危険思想だからと決めつけるのは良くない、自由を捨てることが堕落だとしても、自由を追求した結果も堕落、貧富の差が激しく不道徳な結果が起こっているのにそれに何も感じないなんて社会おかしい 英米的法の支配に対する批判も少し欲しい。基礎としてそちらを主軸とするべきという主張はいいと思うけど、良い面だけを教えられると信用していいのかと不安になる。 自分で様々な立場の本読むのが一番いいかもなんですが - 名無しさん 2015-11-14 01 28 18 上の高校生?のコメントを参照してみてください。その為の情報収集だと思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 16 38 続きです。恐らく記事作成主の言いたいことは、英米法で主流とされる「法の支配」の理解がどうなのかという点であって、自由の追求云々は言及しないに尽きたのではないかと思われます。法の支配を「英米法のまま」で導入すれば、それこそ日本の國体法に沿うわけがありませんから、日本法体系式の「法の支配」が必要不可欠となるわけです。その例が大日本帝国憲法であり、児嶋惟謙に始まる司法権の独立に沿う形が歴史上見られたものではないかと個人的には思いますね。つまり、法の支配は「良き慣習と伝統」が前提条件にありますから、慣習法が国民生活に沿わなければ、法の支配が機能しにくいことになるのではないでしょうか。批判は書籍等を見ると案外多いものですが、日本式にはどうか?を何度も自問自答して考えるようにすれば、記事作成主の言いたいこともわからなくないと思います(あくまで私見ですが)。 - 名無しさん 2016-02-17 21 28 57 ふと思い出したので、何度も失礼いたしますが付け足します。共産主義の悪しき~の件で、キリスト教が悪しき~という話を誰かがしていた覚えがあります。沿う考えますと、名無しさんの考えも一理あると思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 32 35 名前 ラジオボタン(各コメントの前についている○)をクリックすることで、そのコメントにレスできます。 ■左翼や売国奴を論破する!セットで読む政治理論・解説ページ 政治の基礎知識 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 政治思想(用語集) リベラル・デモクラシー、国民主権、法の支配 デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る ※別題「デモクラシーの真実」 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 ※別題「リベラリズムの真実」 保守主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ ナショナリズムとは何か ケインズvs.ハイエクから考える経済政策 国家解体思想(世界政府・地球市民)の正体 左派・左翼とは何か 右派・右翼とは何か 中間派に何を含めるか 「個人主義」と「集産主義」 ~ ハイエク『隷従への道』読解の手引き 最速!理論派保守☆養成プログラム 「皇国史観」と国体論~日本の保守思想を考える 日本主義とは何か ~ 日本型保守主義とナショナリズムの関係を考える 右翼・左翼の歴史 靖國神社と英霊の御心 マルクス主義と天皇制ファシズム論 丸山眞男「天皇制ファシズム論」、村上重良「国家神道論」の検証 国体とは何か① ~ 『国体の本義』と『臣民の道』(2つの公定「国体」解説書) 国体とは何か② ~ その他の論点 国体法(不文憲法)と憲法典(成文憲法) 歴史問題の基礎知識 戦後レジームの正体 「法の支配(rule of law)」とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 立憲主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 「正義」とは何か ~ 法価値論まとめ+「法の支配」との関係 正統性とは何か ~ legitimacy ・ orthodoxy の区別と、憲法の正統性問題 自然法と人権思想の関係、国体法との区別 「国民の権利・自由」と「人権」の区別 ~ 人権イデオロギー打破のために 日本国憲法改正問題(上級編) ※別題「憲法問題の基礎知識」 学者別《憲法理論-比較表》 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) よくわかる現代左翼の憲法論Ⅱ(長谷部恭男・追討編) ブログランキング応援クリックをお願いいたします(一日一回有効)。 人気ブログランキングへ
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改行ズレ/画像ヌケ等で読み辛い場合は、ミラーWIKI または図解WIKI をご利用ください 「政策を立案するのは少数の者のみであるが、それを判断することは我々全てが出来るのである」 ~ ペリクレスによる戦士葬送演説(トゥキディディス『戦史』より) リベラル・デモクラシー(“自由”に価値を置く“民主制”)を如何に守るか <目次> ■1.初めに ■2.政治的スタンスと政治体制 ■3.政治体制の説明◆1.リベラル・デモクラシー(自由民主制、自由民主政体、自由民主政治) ◆2.全体主義体制(totalitarian regime) ◆3.権威主義体制(authoritarian regime) ■4.日本の政治体制◆1.現行憲法:前文第一段の内容(基本理念) ◆2.現行憲法の問題点 ◆3.前文第一段の評価と展望 ■5.「国民主権」から「法の支配」へ◆1.「国民主権」では「自由」を保障できない ◆2.「法の支配」が「自由」を守る ◆3.法と権利の本質に関する2つの考え方 ◆4.大陸法の「国民主権」原理ではなく英米法の「法の支配」理念の正確な把握が必要である ■6.用語集、関連ページ ■7.ご意見、情報提供 ■1.初めに 「自由」を最優先に守るべき価値とする「民主政体」を「リベラル・デモクラシー(liberal democracy 自由民主制、自由民主政体)」という。 日本・アメリカ合衆国・英国・ドイツなど現在の先進諸国の政体(政治体制)は、いずれもリベラル・デモクラシーである。 しかし世界には、リベラル・デモクラシー(自由民主制)以外の国も多くあり、またリベラル・デモクラシーから全体主義体制や権威主義体制に転落していった過去を持つ国々も幾つもある(戦前の我が国も決して例外ではない)。 このページでは、様々な政治体制の分類を手始めに、私達が常識だと思っている「国民主権」原理の内実、そして「法の支配」理念の正確な意味を考えいく。 ■2.政治的スタンスと政治体制 -... ※サイズが合わない場合はこちら をクリック ※詳しくは 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 参照。 ■3.政治体制の説明 ◆1.リベラル・デモクラシー(自由民主制、自由民主政体、自由民主政治) (1) 英語版 wikipedia(liberal democracy wiki の項)より定義部分のみ翻訳 ※ブリタニカ百科事典には項目なしのためwikipediaで代用 自由民主制(liberal democracy)は(ブルジョア民主制(bourgeois democracy)あるいは立憲民主制(constitutional democracy))は代議制民主制(代表制デモクラシー representative democracy)の一般的な形態である。 自由民主制の原則によれば、①選挙は自由で公平であるべきであり、②政治的プロセスは競争的であるべきである。政治的多元性(政治的複数性 political pluralism)は通常、複数の明瞭に区別された諸政党の存在によって同定される。 自由民主制は様々な憲法形態をとることが可能である。それはアメリカ・ブラジル・インド・ドイツのような①連邦共和国(federal republic)が可能であり、また英国・日本・カナダ・スペインのような②立憲君主国(constitutional monarchy)が可能である。 それ(自由民主制)はまた、①大統領制(predidential system アメリカ・ブラジル)、②議会制(paliamentary system = Westminster system 英国と共同体諸国 UK and commonwealth countries)、あるいは③混成・半大統領制(hybrid, semi-presidential system フランス・ロシア)が可能である。 ※オックスフォード英語辞典・コリンズ-コウビルド英語辞典にも liberal democracy の項目なし。 「自由」を最優先に守るべき価値とする「民主政体」を「リベラル・デモクラシー(liberal democracy 自由民主制、自由民主政体)」という。 日本・英国などは「政体」という意味では、厳密には「立憲君主政体(constitutional monarcy 立憲君主制)」であるが、その政治権力の所在・運用の実質に照らして「デモクラシー(民主政治)」が行われている、と言ってよい。 なお、スウェーデン・ノルウェー・デンマークの北欧3ヶ国は、立憲君主制に加えて、「リベラル(自由主義的)」ではなく「ソーシャル(社会主義的)」な価値をより重視して長年国家を運営しており、共和制で同様な国家運営をしているフィンランド・アイスランドを加えたこの北欧5ヶ国は「ソーシャル・デモクラシー(社会民主制、社会主義的民主政体)」と表現する方が適切、とする見解もある(但し social democracy は政体よりも政治的イデオロギーを現す言葉として用いられるのが常なので、代わりにこれら北欧諸国の政治体制を表す言葉として Scandinavian wealfare model あるいは Nordic model が用いられるようである)。 ※これに対して、「自由」に価値を置かず、「民主政体(民主制)」でもない政治体制の国も世界には沢山ある。 ◆2.全体主義体制(totalitarian regime) (1) ブリタニカ・コンサイス百科事典(totalitarianismの項)より全文翻訳 市民生活の全領域を国家の権威の下に置く政府の形態(Form of government)であって、唯一のカリスマ的な指導者を究極的な権威とするもの。 この言葉は1920年代初期にベニト・ムッソリーニによって鋳造されたが、全体主義は全歴史・全世界を通して存在してきた(例えば支那の秦王朝)。 全体主義は既成の全ての政治機構や全ての古い法的・社会的伝統を、通常高度に重点的な国家の必要に合致する新しいものに取り替える点で、独裁制(dictatorship)や権威主義(authoritarianism)と区別される。 大規模で組織的な暴力が合法化され得る。警察は法や規則の制約なしに活動する。国家目標の追求はこの様な政府の唯一の思想的基礎である一方で、そうした目標の追行過程は決して一般に知らされない。ハンナ・アーレント『全体主義の起源』(1951)はこの主題の標準的著作である。 (2) オックスフォード英語事典(totaritarianの項)より抜粋翻訳 1 中央集権的で独裁的であり、国家に対する完全な服従を要求する政治システムに関するもの。 2 全体主義的な政治システムを唱導する人物 (3) コウビルド英語事典(totalitarianの項)より全文翻訳 1 全体主義的政治システムとは、唯一の政党が全てをコントロールし一切の反対党を許さないものである。 2 全体主義者とは、全体主義的政治理念あるいはシステムを支持する人物である。 共産党・労働党などが一党独裁する中国・北朝鮮・キューバなど共産主義国がその一つの典型であり、これを「全体主義的独裁政体(totalitarian tyranny)」と呼ぶ。 これらの国は「人民民主主義(people s democracy)」という偽物のデモクラシーを称する場合がある(totalitalian democracy とも言う)。 ◆3.権威主義体制(authoritarian regime) (1) ブリタニカ・コンサイス百科事典(authoritarianismの項)より全文翻訳 権威への無制限の服従の原理であって、個人の思想や行動の自由に反するもの。 政治的システムとしての権威主義は反民主的(anti-democratic)であり、政治的権力は被統治者に対して何ら憲法上の責務を負わない単一の指導者または少数エリートに集中される。 権威主義的政府は通常、①指針となるイデオロギーを欠くこと、②社会的機構に幾らかの複数性を許容すること、③国民的な目標の追求に全人口を投入する権力を欠いていること、④相対的に予測可能な制限の範囲で権力を行使すること、から全体主義とは区別される。 絶対主義(Absolutism)、独裁制(Dictatorship)を参照せよ。 (2) オックスフォード英語事典(authoritarianの項)より抜粋翻訳 1 個人の自由を犠牲にして、権威に対する厳格な服従を志向し強制すること 2 他人の意思や意見への関心が欠けていることを示すこと。独断的な。 3 権威主義的な人物 (3) コウビルド英語事典(authoritarianの項)より全文翻訳 1 貴方が、ある人物や組織が権威主義であると描写する場合、貴方は、彼らが人々が自身で物事を決定することを許容せず全てのことをコンロトールすることに批判的であることを意味する。 2 オーソリタリアンとは権威主義的な人物である。 ロシアやエジプト、シンガポールのようにデモクラシーの外観は備えているが、事実上一つの党派や個人が独裁的な権力を握っている「権威主義的体制(authoritarian regime)」を取る国々は、いわゆる第三世界(アジア・アフリカ・ラテンアメリカなど)の国々に非常に多く、シンガポールのように経済的には先進国と対等な地位を築いた国にもそうした実例は多い。 ※次に、日本の政治体制を憲法の規定から確認する。 ■4.日本の政治体制 ◆1.現行憲法:前文第一段の内容(基本理念) 現行憲法の前文第一段は、「自由」に価値を置き、「代表制デモクラシー」を採用することを宣言している。 前文第一段 内容 関連ページ 日本国民は、 正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、 代表制デモクラシー デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る われらとわれらの子孫のために、 諸国民との協和による成果と、 国際協調主義 わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、 自由主義 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 政府の行為によって 自虐史観 戦後レジームの正体 再び戦争の惨禍が起ることのないやうに決意し、 非戦主義 ここに主権が国民に存することを宣言し、 国民主権 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 この憲法を確定する。 立憲主義 「法の支配(rule of law)」とは何か 立憲主義とは何か ※なお、憲法問題の全般的な解説ページ⇒日本国憲法改正問題(上級編)も参照 ◆2.現行憲法の問題点 ここで予め現行憲法の問題点を指摘すると、 (1) 現行憲法は昭和天皇の裁可によって辛うじて正統性を付与されているものの、その制定過程に重大な瑕疵があったことは否めない。 (2) 内容面でも、現行憲法は、日本の歴史・伝統を無視あるいは蔑視し、事実に反する一方的な贖罪意識を日本人に刷り込みかねない誤った文理解釈を招く文章を幾つも含むばかりか、文言のうえで明らかに日本国民の基本的な自存自衛の権利を蔑ろにし、国家共同体を解体に導きかねない憲法解釈(左翼的憲法解釈)の横行を長年に渡って助長し続けている。 (3) 従って現行憲法は、 1 現行憲法第96条の改正手続きによるか、 2 破棄宣言し明治憲法下の体制に形式上一旦戻した上で明治憲法の改正手続きによって改正するか、といった手続き面に関わらず、内容的には、特に原理・原則面に踏み込んだ抜本的な変更を行う必要がある(ただし統治機構や権利章典の個別の条項については現行憲法典のものをそのまま維持することが妥当なものも多い)。 (4) なお、現在の緊張した東アジアの国際状況下では、特に憲法九条限定の部分改正について他の条項に先駆けての緊急対応を要すると思われる。 以上を踏まえた上で、前文第一段に示された現行憲法の基本理念について、その当否を論じる。 ◆3.前文第一段の評価と展望 (1) 「自由」を最高の価値とし「代表制デモクラシー」を採用すること、つまり「リベラル・デモクラシー(自由民主制)」を維持することに全く異存はない。但し現行憲法では文言上曖昧となっている「立憲主義」について、日本の歴史・伝統に照らして「立憲君主政体(立憲君主制)」であることを明確に規定すべきである。 (2) 「自虐史観」に基づく「非戦主義」の規定は、所謂「奴隷の平和(主義)」であり、日本国民の正当な自存自衛の権利に違反するため、全面的に排除する必要がある。 (3) 「国際協調主義」は日本国の正当な権利が保証される限りにおいて意味を持つのであり、事実に基づかない贖罪意識により日本国が一方的に譲歩させられること(所謂「土下座外交」)を誘発するような規定は排除されるべきである。 (4) 現行憲法では無制限的な「国民主権」を強調する解釈が横行しているが、既に「デモクラシー(民衆による政治)」が過剰に行き渡った現在の状況で安易な「国民主権」の強調は、デモクラシーのモボクラシー(衆愚政治)化を助長するだけである(⇒ デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る 参照)。更に「国民主権」は「自由」という最高の価値とも実は両立し難い要注意語であって、「リベラル・デモクラシー(自由民主制)」を正しく保証すぺく「国民主権」の語自体もその具体的意味を確定しつつ慎重に排除していく必要がある。(⇒政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価参照) ■5.「国民主権」から「法の支配」へ ◆1.「国民主権」では「自由」を保障できない 「国民主権」あるいは「人民主権」(以降併せて「主権在民」論と呼ぶ)の概念は、欧州大陸の絶対君主の唱えた「君主主権」に対抗して登場した。 (1) 「君主主権」では、 君主の恣意的な命令が「法」となり、臣民の「自由」は理屈の上では無制限に奪われる。 (2) 「主権在民」論では、 君主の恣意的な命令こそ排除されるものの、“主権者”である全ての国民(ないし人民)の意思が一致するわけではないので、結局、比較的多数派の意思が「法」となって、比較的少数派の意思を圧殺することになる。つまりこの場合でも比較的少数派の「自由」は理屈の上ではやはり無制限に奪われる。 これを防ぐ一つの有力な方法は、何人も奪われぬ「自由」の領域、即ち「多数派であっても変更不可能な自由の領域」を予め憲法典に明記して置くこと、であり、日本国憲法もこの方法に従って多数の基本権が列挙されている(基本権カタログ)。 しかしながら、この方法は「法=主権者の意志・命令」という構造である以上、主権者がたとえ君主から国民(ないし人民)に代わろうと、そうした「主権者」が自らの意思を押し通す誘惑・危険から逃れられない。即ち、 「法=主権者の意思・命令」 であれば、 憲法典自体が主権者の恣意的な構築物であるのだから、 主権者は、 ①不都合な条文を勝手に改変したり、②憲法典そのものを停止宣言することによって、 幾らでも少数派の憲法上保障された権利・自由を奪えることになってしまうのである。 以上述べた「法=主権者の意思・命令」説は、デカルト以来主にフランス・ドイツなど欧州大陸で発展した所謂「大陸合理論」と東ローマ帝国のユスティニアヌス法典に起源を持つ「大陸法」の伝統からの帰結である。 ⇒ 大陸合理論・イギリス経験論については 国家解体思想の正体 参照 ◆2.「法の支配」が「自由」を守る これに対して英国では、中世期のマグナ・カルタに代表されるゲルマン祖法から自生的に発展した慣習法こそ真の法である、とする伝統、すなわち「法=歴史的に形成された自生的秩序」であり、意図せざる人為の産物(=ノモス)である、とする観念が育った。 この所謂「イギリス経験論」あるいは「英米法」の考え方によれば、 “法”を定める“主権者”なる者は存在せず、 “法”は気の遠くなるほど長い年月をかけて無数の先人達の叡智と経験の積み重ねの中から徐々に“発見”されてきたものであり、 それゆえに確実な権威を持つものであって、 何人であろうと(君主であろうと議会の多数派であろうと)勝手に改変することは許されない、とされた。 このような「国王といえども神と法の下にある」状態を「法の支配」(rule of law)と呼ぶ。(★注1) すなわち英米法の伝統では、恣意的に法を改変できる“主権者”なるものは存在せず、強いて言えば「“法”が王様」即ち「“法”主権」である。(★注2) ※この場合の“法(law)”とは、君主の定める「勅令(imperial(royal) ordinance)」や、議会の定める「法律(legislation)」とは区別される、世代を重ねて歴史的に形成された不文の慣習法を指し、一方制定法は、こうした慣習法を明確化するための補完的存在となる。 「自由」を保障するのは、こうした全ての人に差別なく適用され、世代を超えて遵守される、自生的な慣習法に起源を持つ一般ルールである。 (★注1)なお、現代の英米法理論では「法の支配」を「正義の一般ルール」と限定して捉える見解が主流となっているため、「王といえども神と法の下にある」とする伝統的な意味での「法の支配」を「広義の法の支配」ないし「ノモスの支配(ノモクラシー)」と呼ぶのが妥当である。(⇒「法の支配(rule of law)」とは何か参照) (★注2)ちなみに「国民主権」ないし「主権在民」の英訳とされる popular sovereignty をブリタニカ百科事典で引くと popular sovereignty (南北戦争以前に)アメリカの連邦保有地の入植者達に、自由州または奴隷州としてユニオンに加盟する決定を下すことを許容した政策(以下省略) とだけ記載されており、「国民主権」「主権在民」という意味は一切見当たらない。 またオックスフォード英語辞典やコリンズ-コウビルド英語辞典には popular sovereignty という言葉がそもそも登録されていない。 すなわち、英米圏では、かってフランス・ドイツなど欧州大陸諸国で強調され、日本の憲法学で現在でも過剰に強調されている popular sovereignty(国民主権)なる概念自体が、存在していないのである(※詳しくは⇒中川八洋『国民の憲法改正』抜粋参照) ※ここで英米法と大陸法の、法と権利に関する考え方の違いを対比し整理しておく。 ◆3.法と権利の本質に関する2つの考え方 歴史主義・伝統主義 (英米法) 反歴史主義・リセット主義 (大陸法) 権利の本質 人間は長い歴史を通じて、社会の中で試行錯誤を繰り返しながら、社会的叡智の結晶として歴史的権利を「慣習」という形で個別に見出してきた、とする立場 人間は自然状態において、生来的に自然権(natural right)を有していたが、社会契約(social contract)を結んで自然権を一部または全部放棄し、人定法(実定法:positive law)を定めた、とする立場 法の本質 法は特定の共同体の中で人々の社会的ルールとして自生した(特定の人物の意思によらずに時間をかけて次第に生成されてきた)(法=社会的ルール説)(★注3)⇒この立場は、真の法=ノモス(個別の共同体毎に自生的に発展してきた人為的ではあるが特定の意思によらざる法)とする見解と親和的である。 法はそれを作成した主権者の意思であり命令である(法=主権者意思[命令]説)(★注1、★注2)⇒この立場には、①真の法=理性から演繹された自然法(フュシス)とする近代的自然法論、および、②真の法など存在せず主権者の意思・命令としての人為法があるのみとする純然たる法実証主義、の2通りの見解がある。 誰が法を作るのか 法は幾世代にも渡る無数の人々の叡智が積み重ねられて自生的に発展したもの(経験主義、批判的合理主義)⇒「法は“発見”するもの」⇒制憲権(憲法制定権力)を否認(特定時点の世代の人々が制定できるのは原則として「憲法典(形式憲法)」迄であって、「国制(実質憲法)」は世代を重ねて徐々に確立されていくものに過ぎない) 法は主権者の委任を受けた立法者(エリート)が合理的に設計するもの(設計主義的合理主義)⇒「法は“主権者”が作るもの」⇒制憲権(憲法制定権力)を肯定(特定時点の世代の人々は「憲法典(形式憲法)」のみならず「国制(実質憲法)」をも意図的に確立することが可能である) 補足 共同体毎に個別的→共同体に固有の「国民の権利」と「一般的自由」の二元論と親和的価値多元的・相対主義的、帰納的、保守主義・自由主義・非形而上学的な分析哲学と親和的法の支配ないし立憲主義と順接 全人類に普遍的→共同体や歴史的経緯を超える普遍的な人権イデオロギーと親和的絶対主義的(但し価値一元的な傾向と価値相対主義的な傾向との両面がある)演繹的、急進主義・全体主義・形而上学的な観念論哲学と親和的国民主権や法治主義と順接 実例 英国の不文憲法が典型例。またアメリカ憲法は意外にも独立宣言にあった社会契約説的な色彩を極力消した形で制定され歴史主義の立場に基づいて運用されてきた。大日本帝国憲法(明治憲法)も日本の歴史的伝統を重んじる形で当時としては最大限に熟慮を重ねて制定された フランスの数々の憲法、ドイツのワイマール憲法が典型例。日本国憲法は前文で「国政は、国民の厳粛な信託によるもの」とロックの社会契約説的な制定理由を明記しており、残念ながら形式上この範疇に入る(GHQ草案翻訳憲法)※但し“解釈”により日本の歴史・伝統を過剰に毀損しない慎重な運用が為されてきた 主な提唱者 コーク、ブラックストーン、バーク、ハミルトンなお第二次大戦後の代表的論者は、ハイエク、ハート ホッブズ、ロック、ルソーなお第二次大戦後の代表的論者は、ロールズ、ノージック (★注1)「法=主権者意思[命令]説」は、主権者を誰と見なすかによって以下に分類される。 ① 君主主権 君主一人が主権者。(1)社会契約説以前の王権神授説や、(2)ホッブズの社会契約説が代表例。 ② 人民主権 君主以外の人民 people が主権者であり人民は各々主権を分有し人民自らがそれを行使する(=プープル主権説)。ルソーの社会契約説が代表例。 ③ 国民主権 君主を含めて国民全員が主権者(但し左翼の多い日本の憲法学者には「君主は国民に含めない」として、実質的に人民主権と同一とする者が多い)。なお国民主権の具体的意味については、(1)最高機関意思説と、(2)制憲権(憲法制定権力)説が対立しており、さらに(2)は、 1 ナシオン主権説と 2 プープル主権説に分かれる(プープル主権説は実質的に②人民主権説)。一般的に国民主権という場合は、 1 ナシオン主権説(観念的統一体としての国民が制憲権を保有するとする説)を指す。 ④ 議会主権 英国の憲法学者A.V.ダイシーの用語で、正確には「議会における国王/女王(the king/queen in parliament)」を主権者とする。君主主権や国民主権の語を避けるために考え出された理論 ⑤ 国家主権 帝政時代のドイツで、君主を含む「国家」が主権者であるとして君主主権や国民主権の語を避けた理論。戦前の日本の美濃部達吉(憲法学者)の天皇機関説もこの説の一種である ⇒教科書は、戦後の日本は「国民主権」だが、戦前の日本は「君主主権」の絶対主義国家だった、とする刷り込みを行っている。しかし実の所は、大日本帝国憲法(明治憲法)は制定時において明確に歴史主義の立場を取っており、そもそも「xx主権」という立場(法=主権者命令説)ではなかった。強いて言えば ⑥ “法”主権 つまり「法の支配」・・・歴史的に形成された統治に関する慣習法(=国体法 constitutional law)及びそれを可能な範囲で実定化した憲法典(constitutional code)が天皇をも含めた国家の全構成員を拘束するという立場だった。 ⇒なお、大正デモクラシー期には、ドイツ法学の「⑤国家主権説」を直輸入した美濃部達吉の「天皇機関説」が通説となり、それがさらに天皇機関説事件によっていわゆる①君主主権説に転換したのは昭和10年(1935年)以降の僅か10年間である。 (★注2)「法=主権者意思[命令]説」は、法を特定の立法者/思想家の価値観(例:カントやヘーゲルのドイツ観念論的法思想や自然法論・人権論)あるいは政治イデオロギー(例:マルクス主義やナチス期ドイツ思想)に還元してしまう危険が高く、全体主義への接近を許してしまう。 ※以下、「法=主権者意思[命令]説」の法体系モデル。 ※図が見づらい場合⇒こちら を参照 ※①宮澤俊義(ケルゼン主義者)・②芦部信喜(修正自然法論者)に代表される戦後日本の左翼的憲法学は「実定法を根拠づける“根本規範”あるいは“自然法”」を仮設ないし想定するところからその理論の総てが始まるが、そのようなア・プリオリ(先験的)な前提から始まる論説は、20世紀後半以降に英米圏で主流となった分析哲学(形而上学的な特定観念の刷り込みに終始するのではなく緻密な概念分析を重視する哲学潮流)を反映した法理学/法哲学(基礎法学)分野では、とっくの昔に排撃されており、日本でも“自然法”を想定する法理学者/法哲学者は最早、笹倉秀夫(丸山眞男門下)など一部の化石化した確信犯的な左翼しか残っていない。このように基礎法学(理論法学)分野でほぼ一掃された論説を、応用法学(実定法学)分野である憲法学で未だに前提として理論を展開し続けるのはナンセンスであるばかりか知的誠実さを疑われても仕方がない行いであり、日本の憲法学の早急な正常化が待たれる。(※なお、近年の左翼憲法論をリードし「護憲派最終防御ライン」と呼ばれている長谷部恭男は、芦部門下であるが、ハートの法概念論を正当と認めて、芦部説にある自然法・根本規範・制憲権といった超越的概念を明確に否定するに至っている。) (★注3)「法=社会的ルール説」は20世紀初頭に英米圏で発展した分析哲学の成果を受けて、1960年以降にイギリスの法理学者H. L. A. ハートによって提唱され、現在では英米圏の法理論の圧倒的なパラダイムとなっている法の捉え方である。 ※以下、「法=社会的ルール説」の法体系モデル。また阪本昌成『憲法理論Ⅰ』第二章 国制と法の理論も参照。 ※サイズが画面に合わない場合はこちら 及びこちら をクリック願います。 ※上記のように、ハートの法=社会的ルール説は、現実の法現象について詳細で明晰な分析モデルを提供しており、特定の価値観・政治的イデオロギーに基づく概念ピラミッドに過ぎない法=主権者意思[命令]説の法体系モデルを、その説得力において大幅に凌駕している。 ※なお、自由を巡る西洋思想の二つの潮流について詳しくは ⇒ 国家解体思想の正体 参照 ※(補足説明)ハートの法=社会的ルール説のいう「ルール(rule)」という用語は、図にあるように、①事実(外的視点からの捉え方)と②規範(内的視点からの捉え方)の二重構造(=観測者から見れば①事実(社会的事実)だが、法共同体の構成員から見れば②規範だ、という③第3のカテゴリー)になっている、という独特の意味で使用されており、①事実と②規範を峻別する方法二元論(ケルゼンら新カント学派の方法論)と大きく異なっている点に注意(→こうした①事実でもあり②規範でもある③第3のカテゴリーの導入によって、ハート理論は「単なる①事実(=認識)から、なぜ②規範(=価値判断)が生まれるのか」という難問のクリアを図っている)。 ◆4.大陸法の「国民主権」原理ではなく英米法の「法の支配」理念の正確な把握が必要である (1) かってフランスがルソーの革命思想に燃えるジャコバン党の恐怖政治に覆われたとき、強烈な反撃の狼煙を上げたのは英国だった。 (2) ナチス・ドイツが欧州大陸を席巻したとき、ただ一国で踏みとどまってヒトラーの自滅を誘ったのも英国であり、最終的にこれを壊滅させたのは米国だった。 (3) ソ連との持久戦に耐えて遂にこれを崩壊に導いたのは、サッチャー&レーガンの英・米同盟だった。 これまでに世界を襲った恐怖政治と全体主義の脅威から、三度までも「自由」と「デモクラシー」を守ったのは、結局のところイギリスであり、(日本人にとっては些か不本意ではあるが)アメリカであったのは、おそらく偶然ではないはずである。 結局、「リベラル・デモクラシー」は英米法の伝統の中で発展してきた政治体制であり、 フランス・ドイツで発展した大陸法の「国民主権」あるいは「人民主権」といった「法=主権者意思・命令」説、理性からの演繹による自然法論あるいはその裏返しとしてのケルゼン流の純然たる法実証主義(人定法一元論)では、これを安定的に維持するのは難しい、というのが歴史の教訓である。 従って我々としては、明治以来継授してきた大陸法の主権在民論/制憲権論の弊害をまず正確に認識した上で、英米法の「法の支配」理念の正しい理解に努め、それを日本に固有の法体系に無理なく接合していく必要がある。 にも関わらず、中川八洋氏(筑波大学名誉教授)によれば、英米法の「法の支配」理念を正しく理解している憲法学者は、ほぼ皆無(既に高齢の英米法学者・伊藤正巳氏くらい)との事である。 確かに戦後日本の憲法学の通説となっている故・芦部信喜(宮沢俊義の弟子であり東大憲法学の代表学者=左翼)の『憲法 第5版』からは、芦部氏がルソーの人民主権論にシンパシーを寄せ、英米法の「法の支配」の原理を「人権の観念と固く結びつくもの」と(おそらく意図的に)曲解している様子しか伺えない。 ※参考ページ⇒よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) また芦部説に次ぐ有力説である佐藤幸治(大石義雄の弟子であり京大憲法学の代表学者=中間派)の『憲法 第三版』は、「法の支配」に関連してハイエクの「ノモスとテシス論」や「ノモスの主権論」を一通り説明するなどルソー主義の芦部氏よりも幾分マトモではあるものの、ベースになる思想がロックの社会契約論(つまり「国民主権」論)であるために、結局は、英米法の本流である「法の支配」(国民主権=制憲権=社会契約論の否定)とは相容れない立場にしか立っていない。 この点に関して、保守主義(伝統保守・旧保守)ではなくリベラル右派(新保守)のスタンスではあるが阪本昌成氏(憲法学者)の「国民主権・法の支配」論が非常に参考になるので、当ページからさらに深く理解したい方は、後述の■6.用語集・関連ページ欄に進まれることを願う。 ■6.用語集、関連ページ 憲法問題の全般的な解説ページ 日本国憲法改正問題(上級編) 関連用語集 【用語集】主権論・国民主権等 憲法論のガイドライン 憲法論の二段構造:①実質憲法(=法価値論)と、②形式憲法(=法解釈論) 「法の支配」と国民主権 「法の支配(rule of law)」とは何か 阪本昌成『憲法1 国制クラシック 全訂第三版』(2011年刊) 第一部 第8章 国民主権あるいは憲法制定権力 阪本昌成『憲法理論Ⅰ 第三版』(1999年刊) 第一部 第七章 国民主権と憲法制定権力 芦部信喜・佐藤幸治・阪本昌成・中川八洋etc.の「国民主権論」比較・評価 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 ■7.ご意見、情報提供 ページ内容向上のためのご意見・情報提供を歓迎します。 ↓これまでの全コメントを表示する場合はここをクリック +... 『国民主権』は『ルソー主義』であり『共産主義』であり全面否定しなければならない -- 名無しさん (2011-01-12 10 54 28) 『国民主権』論には『ナシオン主権論』と『プープル主権論』の2つがありルソーが唱えたのは『プープル主権論』である -- 名無しさん (2011-01-17 14 22 17) http //www.47news.jp/CN/201012/CN2010122901000218.html -- 名無しさん (2011-01-28 15 15 58) 阪本昌成教授の著書「法の支配~オーストリア学派の自由論と国家論~」がよいと思います -- 名無しさん (2011-12-16 01 45 25) 私はデモクラシーとは一種の精神安定剤だと思っています。デモクラシーを平和的な(血を見ない)政権交代の手段として評価し守っていくべきではありますが、それ自体を目的としてとらえ、人民主権論に走れば、必然的に全体主義を招来することを我々は歴史から学ぶことができます。適量の服用は気持ちを落ち着かせても、飲みすぎれば発狂する向精神薬と非常に似ていると思うのは私だけでしょうか。 -- 政治家志望の一高校生 (2012-01-09 04 48 15) ◆4についてなんだけど、ヒトラー失脚はソ連と米に喧嘩売ったせいだと思う 不利になった英は何としてでも米を戦争に引き込もうと躍起になっていたし、結果論だが英がヒトラーに譲歩したことが原因ともいわれる。共産主義の悪しきところは蛮行、危険思想だからと決めつけるのは良くない、自由を捨てることが堕落だとしても、自由を追求した結果も堕落、貧富の差が激しく不道徳な結果が起こっているのにそれに何も感じないなんて社会おかしい 英米的法の支配に対する批判も少し欲しい。基礎としてそちらを主軸とするべきという主張はいいと思うけど、良い面だけを教えられると信用していいのかと不安になる。 自分で様々な立場の本読むのが一番いいかもなんですが - 名無しさん 2015-11-14 01 28 18 上の高校生?のコメントを参照してみてください。その為の情報収集だと思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 16 38 続きです。恐らく記事作成主の言いたいことは、英米法で主流とされる「法の支配」の理解がどうなのかという点であって、自由の追求云々は言及しないに尽きたのではないかと思われます。法の支配を「英米法のまま」で導入すれば、それこそ日本の國体法に沿うわけがありませんから、日本法体系式の「法の支配」が必要不可欠となるわけです。その例が大日本帝国憲法であり、児嶋惟謙に始まる司法権の独立に沿う形が歴史上見られたものではないかと個人的には思いますね。つまり、法の支配は「良き慣習と伝統」が前提条件にありますから、慣習法が国民生活に沿わなければ、法の支配が機能しにくいことになるのではないでしょうか。批判は書籍等を見ると案外多いものですが、日本式にはどうか?を何度も自問自答して考えるようにすれば、記事作成主の言いたいこともわからなくないと思います(あくまで私見ですが)。 - 名無しさん 2016-02-17 21 28 57 ふと思い出したので、何度も失礼いたしますが付け足します。共産主義の悪しき~の件で、キリスト教が悪しき~という話を誰かがしていた覚えがあります。沿う考えますと、名無しさんの考えも一理あると思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 32 35 以下は最新コメント表示 『国民主権』は『ルソー主義』であり『共産主義』であり全面否定しなければならない -- 名無しさん (2011-01-12 10 54 28) 『国民主権』論には『ナシオン主権論』と『プープル主権論』の2つがありルソーが唱えたのは『プープル主権論』である -- 名無しさん (2011-01-17 14 22 17) http //www.47news.jp/CN/201012/CN2010122901000218.html -- 名無しさん (2011-01-28 15 15 58) 阪本昌成教授の著書「法の支配~オーストリア学派の自由論と国家論~」がよいと思います -- 名無しさん (2011-12-16 01 45 25) 私はデモクラシーとは一種の精神安定剤だと思っています。デモクラシーを平和的な(血を見ない)政権交代の手段として評価し守っていくべきではありますが、それ自体を目的としてとらえ、人民主権論に走れば、必然的に全体主義を招来することを我々は歴史から学ぶことができます。適量の服用は気持ちを落ち着かせても、飲みすぎれば発狂する向精神薬と非常に似ていると思うのは私だけでしょうか。 -- 政治家志望の一高校生 (2012-01-09 04 48 15) ◆4についてなんだけど、ヒトラー失脚はソ連と米に喧嘩売ったせいだと思う 不利になった英は何としてでも米を戦争に引き込もうと躍起になっていたし、結果論だが英がヒトラーに譲歩したことが原因ともいわれる。共産主義の悪しきところは蛮行、危険思想だからと決めつけるのは良くない、自由を捨てることが堕落だとしても、自由を追求した結果も堕落、貧富の差が激しく不道徳な結果が起こっているのにそれに何も感じないなんて社会おかしい 英米的法の支配に対する批判も少し欲しい。基礎としてそちらを主軸とするべきという主張はいいと思うけど、良い面だけを教えられると信用していいのかと不安になる。 自分で様々な立場の本読むのが一番いいかもなんですが - 名無しさん 2015-11-14 01 28 18 上の高校生?のコメントを参照してみてください。その為の情報収集だと思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 16 38 続きです。恐らく記事作成主の言いたいことは、英米法で主流とされる「法の支配」の理解がどうなのかという点であって、自由の追求云々は言及しないに尽きたのではないかと思われます。法の支配を「英米法のまま」で導入すれば、それこそ日本の國体法に沿うわけがありませんから、日本法体系式の「法の支配」が必要不可欠となるわけです。その例が大日本帝国憲法であり、児嶋惟謙に始まる司法権の独立に沿う形が歴史上見られたものではないかと個人的には思いますね。つまり、法の支配は「良き慣習と伝統」が前提条件にありますから、慣習法が国民生活に沿わなければ、法の支配が機能しにくいことになるのではないでしょうか。批判は書籍等を見ると案外多いものですが、日本式にはどうか?を何度も自問自答して考えるようにすれば、記事作成主の言いたいこともわからなくないと思います(あくまで私見ですが)。 - 名無しさん 2016-02-17 21 28 57 ふと思い出したので、何度も失礼いたしますが付け足します。共産主義の悪しき~の件で、キリスト教が悪しき~という話を誰かがしていた覚えがあります。沿う考えますと、名無しさんの考えも一理あると思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 32 35 名前 ラジオボタン(各コメントの前についている○)をクリックすることで、そのコメントにレスできます。 ■左翼や売国奴を論破する!セットで読む政治理論・解説ページ 政治の基礎知識 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 政治思想(用語集) リベラル・デモクラシー、国民主権、法の支配 デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る ※別題「デモクラシーの真実」 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 ※別題「リベラリズムの真実」 保守主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ ナショナリズムとは何か ケインズvs.ハイエクから考える経済政策 国家解体思想(世界政府・地球市民)の正体 左派・左翼とは何か 右派・右翼とは何か 中間派に何を含めるか 「個人主義」と「集産主義」 ~ ハイエク『隷従への道』読解の手引き 最速!理論派保守☆養成プログラム 「皇国史観」と国体論~日本の保守思想を考える 日本主義とは何か ~ 日本型保守主義とナショナリズムの関係を考える 右翼・左翼の歴史 靖國神社と英霊の御心 マルクス主義と天皇制ファシズム論 丸山眞男「天皇制ファシズム論」、村上重良「国家神道論」の検証 国体とは何か① ~ 『国体の本義』と『臣民の道』(2つの公定「国体」解説書) 国体とは何か② ~ その他の論点 国体法(不文憲法)と憲法典(成文憲法) 歴史問題の基礎知識 戦後レジームの正体 「法の支配(rule of law)」とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 立憲主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 「正義」とは何か ~ 法価値論まとめ+「法の支配」との関係 正統性とは何か ~ legitimacy ・ orthodoxy の区別と、憲法の正統性問題 自然法と人権思想の関係、国体法との区別 「国民の権利・自由」と「人権」の区別 ~ 人権イデオロギー打破のために 日本国憲法改正問題(上級編) ※別題「憲法問題の基礎知識」 学者別《憲法理論-比較表》 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) よくわかる現代左翼の憲法論Ⅱ(長谷部恭男・追討編) ブログランキング応援クリックをお願いいたします(一日一回有効)。 人気ブログランキングへ
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「政策を立案するのは少数の者のみであるが、それを判断することは我々全てが出来るのである」 ~ ペリクレスによる戦士葬送演説(トゥキディディス『戦史』より) リベラル・デモクラシー(“自由”に価値を置く“民主制”)を如何に守るか <目次> ■1.初めに ■2.政治的スタンスと政治体制 ■3.政治体制の説明◆1.リベラル・デモクラシー(自由民主制、自由民主政体、自由民主政治) ◆2.全体主義体制(totalitarian regime) ◆3.権威主義体制(authoritarian regime) ■4.日本の政治体制◆1.現行憲法:前文第一段の内容(基本理念) ◆2.現行憲法の問題点 ◆3.前文第一段の評価と展望 ■5.「国民主権」から「法の支配」へ◆1.「国民主権」では「自由」を保障できない ◆2.「法の支配」が「自由」を守る ◆3.法と権利の本質に関する2つの考え方 ◆4.大陸法の「国民主権」原理ではなく英米法の「法の支配」理念の正確な把握が必要である ■6.用語集、関連ページ ■7.ご意見、情報提供 ■1.初めに 「自由」を最優先に守るべき価値とする「民主政体」を「リベラル・デモクラシー(liberal democracy 自由民主制、自由民主政体)」という。 日本・アメリカ合衆国・英国・ドイツなど現在の先進諸国の政体(政治体制)は、いずれもリベラル・デモクラシーである。 しかし世界には、リベラル・デモクラシー(自由民主制)以外の国も多くあり、またリベラル・デモクラシーから全体主義体制や権威主義体制に転落していった過去を持つ国々も幾つもある(戦前の我が国も決して例外ではない)。 このページでは、様々な政治体制の分類を手始めに、私達が常識だと思っている「国民主権」原理の内実、そして「法の支配」理念の正確な意味を考えいく。 ■2.政治的スタンスと政治体制 -... ※サイズが合わない場合は こちら をクリック ※詳しくは 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 参照。 ■3.政治体制の説明 ◆1.リベラル・デモクラシー(自由民主制、自由民主政体、自由民主政治) (1) 英語版 wikipedia(liberal democracy wiki の項)より定義部分のみ翻訳 ※ブリタニカ百科事典には項目なしのためwikipediaで代用 自由民主制(liberal democracy)は(ブルジョア民主制(bourgeois democracy)あるいは立憲民主制(constitutional democracy))は代議制民主制(代表制デモクラシー representative democracy)の一般的な形態である。 自由民主制の原則によれば、①選挙は自由で公平であるべきであり、②政治的プロセスは競争的であるべきである。政治的多元性(政治的複数性 political pluralism)は通常、複数の明瞭に区別された諸政党の存在によって同定される。 自由民主制は様々な憲法形態をとることが可能である。それはアメリカ・ブラジル・インド・ドイツのような①連邦共和国(federal republic)が可能であり、また英国・日本・カナダ・スペインのような②立憲君主国(constitutional monarchy)が可能である。 それ(自由民主制)はまた、①大統領制(predidential system アメリカ・ブラジル)、②議会制(paliamentary system = Westminster system 英国と共同体諸国 UK and commonwealth countries)、あるいは③混成・半大統領制(hybrid, semi-presidential system フランス・ロシア)が可能である。 ※オックスフォード英語辞典・コリンズ-コウビルド英語辞典にも liberal democracy の項目なし。 「自由」を最優先に守るべき価値とする「民主政体」を「リベラル・デモクラシー(liberal democracy 自由民主制、自由民主政体)」という。 日本・英国などは「政体」という意味では、厳密には「立憲君主政体(constitutional monarcy 立憲君主制)」であるが、その政治権力の所在・運用の実質に照らして「デモクラシー(民主政治)」が行われている、と言ってよい。 なお、スウェーデン・ノルウェー・デンマークの北欧3ヶ国は、立憲君主制に加えて、「リベラル(自由主義的)」ではなく「ソーシャル(社会主義的)」な価値をより重視して長年国家を運営しており、共和制で同様な国家運営をしているフィンランド・アイスランドを加えたこの北欧5ヶ国は「ソーシャル・デモクラシー(社会民主制、社会主義的民主政体)」と表現する方が適切、とする見解もある(但し social democracy は政体よりも政治的イデオロギーを現す言葉として用いられるのが常なので、代わりにこれら北欧諸国の政治体制を表す言葉として Scandinavian wealfare model あるいは Nordic model が用いられるようである)。 ※これに対して、「自由」に価値を置かず、「民主政体(民主制)」でもない政治体制の国も世界には沢山ある。 ◆2.全体主義体制(totalitarian regime) (1) ブリタニカ・コンサイス百科事典(totalitarianismの項)より全文翻訳 市民生活の全領域を国家の権威の下に置く政府の形態(Form of government)であって、唯一のカリスマ的な指導者を究極的な権威とするもの。 この言葉は1920年代初期にベニト・ムッソリーニによって鋳造されたが、全体主義は全歴史・全世界を通して存在してきた(例えば支那の秦王朝)。 全体主義は既成の全ての政治機構や全ての古い法的・社会的伝統を、通常高度に重点的な国家の必要に合致する新しいものに取り替える点で、独裁制(dictatorship)や権威主義(authoritarianism)と区別される。 大規模で組織的な暴力が合法化され得る。警察は法や規則の制約なしに活動する。国家目標の追求はこの様な政府の唯一の思想的基礎である一方で、そうした目標の追行過程は決して一般に知らされない。ハンナ・アーレント『全体主義の起源』(1951)はこの主題の標準的著作である。 (2) オックスフォード英語事典(totaritarianの項)より抜粋翻訳 1 中央集権的で独裁的であり、国家に対する完全な服従を要求する政治システムに関するもの。 2 全体主義的な政治システムを唱導する人物 (3) コウビルド英語事典(totalitarianの項)より全文翻訳 1 全体主義的政治システムとは、唯一の政党が全てをコントロールし一切の反対党を許さないものである。 2 全体主義者とは、全体主義的政治理念あるいはシステムを支持する人物である。 共産党・労働党などが一党独裁する中国・北朝鮮・キューバなど共産主義国がその一つの典型であり、これを「全体主義的独裁政体(totalitarian tyranny)」と呼ぶ。 これらの国は「人民民主主義(people s democracy)」という偽物のデモクラシーを称する場合がある(totalitalian democracy とも言う)。 ◆3.権威主義体制(authoritarian regime) (1) ブリタニカ・コンサイス百科事典(authoritarianismの項)より全文翻訳 権威への無制限の服従の原理であって、個人の思想や行動の自由に反するもの。 政治的システムとしての権威主義は反民主的(anti-democratic)であり、政治的権力は被統治者に対して何ら憲法上の責務を負わない単一の指導者または少数エリートに集中される。 権威主義的政府は通常、①指針となるイデオロギーを欠くこと、②社会的機構に幾らかの複数性を許容すること、③国民的な目標の追求に全人口を投入する権力を欠いていること、④相対的に予測可能な制限の範囲で権力を行使すること、から全体主義とは区別される。 絶対主義(Absolutism)、独裁制(Dictatorship)を参照せよ。 (2) オックスフォード英語事典(authoritarianの項)より抜粋翻訳 1 個人の自由を犠牲にして、権威に対する厳格な服従を志向し強制すること 2 他人の意思や意見への関心が欠けていることを示すこと。独断的な。 3 権威主義的な人物 (3) コウビルド英語事典(authoritarianの項)より全文翻訳 1 貴方が、ある人物や組織が権威主義であると描写する場合、貴方は、彼らが人々が自身で物事を決定することを許容せず全てのことをコンロトールすることに批判的であることを意味する。 2 オーソリタリアンとは権威主義的な人物である。 ロシアやエジプト、シンガポールのようにデモクラシーの外観は備えているが、事実上一つの党派や個人が独裁的な権力を握っている「権威主義的体制(authoritarian regime)」を取る国々は、いわゆる第三世界(アジア・アフリカ・ラテンアメリカなど)の国々に非常に多く、シンガポールのように経済的には先進国と対等な地位を築いた国にもそうした実例は多い。 ※次に、日本の政治体制を憲法の規定から確認する。 ■4.日本の政治体制 ◆1.現行憲法:前文第一段の内容(基本理念) 現行憲法の前文第一段は、「自由」に価値を置き、「代表制デモクラシー」を採用することを宣言している。 前文第一段 内容 関連ページ 日本国民は、 正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、 代表制デモクラシー デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る われらとわれらの子孫のために、 諸国民との協和による成果と、 国際協調主義 わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、 自由主義 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 政府の行為によって 自虐史観 戦後レジームの正体 再び戦争の惨禍が起ることのないやうに決意し、 非戦主義 ここに主権が国民に存することを宣言し、 国民主権 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 この憲法を確定する。 立憲主義 「法の支配(rule of law)」とは何か 立憲主義とは何か ※なお、憲法問題の全般的な解説ページ⇒日本国憲法改正問題(上級編)も参照 ◆2.現行憲法の問題点 ここで予め現行憲法の問題点を指摘すると、 (1) 現行憲法は昭和天皇の裁可によって辛うじて正統性を付与されているものの、その制定過程に重大な瑕疵があったことは否めない。 (2) 内容面でも、現行憲法は、日本の歴史・伝統を無視あるいは蔑視し、事実に反する一方的な贖罪意識を日本人に刷り込みかねない誤った文理解釈を招く文章を幾つも含むばかりか、文言のうえで明らかに日本国民の基本的な自存自衛の権利を蔑ろにし、国家共同体を解体に導きかねない憲法解釈(左翼的憲法解釈)の横行を長年に渡って助長し続けている。 (3) 従って現行憲法は、 1 現行憲法第96条の改正手続きによるか、 2 破棄宣言し明治憲法下の体制に形式上一旦戻した上で明治憲法の改正手続きによって改正するか、といった手続き面に関わらず、内容的には、特に原理・原則面に踏み込んだ抜本的な変更を行う必要がある(ただし統治機構や権利章典の個別の条項については現行憲法典のものをそのまま維持することが妥当なものも多い)。 (4) なお、現在の緊張した東アジアの国際状況下では、特に憲法九条限定の部分改正について他の条項に先駆けての緊急対応を要すると思われる。 以上を踏まえた上で、前文第一段に示された現行憲法の基本理念について、その当否を論じる。 ◆3.前文第一段の評価と展望 (1) 「自由」を最高の価値とし「代表制デモクラシー」を採用すること、つまり「リベラル・デモクラシー(自由民主制)」を維持することに全く異存はない。但し現行憲法では文言上曖昧となっている「立憲主義」について、日本の歴史・伝統に照らして「立憲君主政体(立憲君主制)」であることを明確に規定すべきである。 (2) 「自虐史観」に基づく「非戦主義」の規定は、所謂「奴隷の平和(主義)」であり、日本国民の正当な自存自衛の権利に違反するため、全面的に排除する必要がある。 (3) 「国際協調主義」は日本国の正当な権利が保証される限りにおいて意味を持つのであり、事実に基づかない贖罪意識により日本国が一方的に譲歩させられること(所謂「土下座外交」)を誘発するような規定は排除されるべきである。 (4) 現行憲法では無制限的な「国民主権」を強調する解釈が横行しているが、既に「デモクラシー(民衆による政治)」が過剰に行き渡った現在の状況で安易な「国民主権」の強調は、デモクラシーのモボクラシー(衆愚政治)化を助長するだけである(⇒ デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る 参照)。更に「国民主権」は「自由」という最高の価値とも実は両立し難い要注意語であって、「リベラル・デモクラシー(自由民主制)」を正しく保証すぺく「国民主権」の語自体もその具体的意味を確定しつつ慎重に排除していく必要がある。(⇒政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価参照) ■5.「国民主権」から「法の支配」へ ◆1.「国民主権」では「自由」を保障できない 「国民主権」あるいは「人民主権」(以降併せて「主権在民」論と呼ぶ)の概念は、欧州大陸の絶対君主の唱えた「君主主権」に対抗して登場した。 (1) 「君主主権」では、 君主の恣意的な命令が「法」となり、臣民の「自由」は理屈の上では無制限に奪われる。 (2) 「主権在民」論では、 君主の恣意的な命令こそ排除されるものの、“主権者”である全ての国民(ないし人民)の意思が一致するわけではないので、結局、比較的多数派の意思が「法」となって、比較的少数派の意思を圧殺することになる。つまりこの場合でも比較的少数派の「自由」は理屈の上ではやはり無制限に奪われる。 これを防ぐ一つの有力な方法は、何人も奪われぬ「自由」の領域、即ち「多数派であっても変更不可能な自由の領域」を予め憲法典に明記して置くこと、であり、日本国憲法もこの方法に従って多数の基本権が列挙されている(基本権カタログ)。 しかしながら、この方法は「法=主権者の意志・命令」という構造である以上、主権者がたとえ君主から国民(ないし人民)に代わろうと、そうした「主権者」が自らの意思を押し通す誘惑・危険から逃れられない。即ち、 「法=主権者の意思・命令」 であれば、 憲法典自体が主権者の恣意的な構築物であるのだから、 主権者は、 ①不都合な条文を勝手に改変したり、②憲法典そのものを停止宣言することによって、 幾らでも少数派の憲法上保障された権利・自由を奪えることになってしまうのである。 以上述べた「法=主権者の意思・命令」説は、デカルト以来主にフランス・ドイツなど欧州大陸で発展した所謂「大陸合理論」と東ローマ帝国のユスティニアヌス法典に起源を持つ「大陸法」の伝統からの帰結である。 ⇒ 大陸合理論・イギリス経験論については 国家解体思想の正体 参照 ◆2.「法の支配」が「自由」を守る これに対して英国では、中世期のマグナ・カルタに代表されるゲルマン祖法から自生的に発展した慣習法こそ真の法である、とする伝統、すなわち「法=歴史的に形成された自生的秩序」であり、意図せざる人為の産物(=ノモス)である、とする観念が育った。 この所謂「イギリス経験論」あるいは「英米法」の考え方によれば、 “法”を定める“主権者”なる者は存在せず、 “法”は気の遠くなるほど長い年月をかけて無数の先人達の叡智と経験の積み重ねの中から徐々に“発見”されてきたものであり、 それゆえに確実な権威を持つものであって、 何人であろうと(君主であろうと議会の多数派であろうと)勝手に改変することは許されない、とされた。 このような「国王といえども神と法の下にある」状態を「法の支配」(rule of law)と呼ぶ。(★注1) すなわち英米法の伝統では、恣意的に法を改変できる“主権者”なるものは存在せず、強いて言えば「“法”が王様」即ち「“法”主権」である。(★注2) ※この場合の“法(law)”とは、君主の定める「勅令(imperial(royal) ordinance)」や、議会の定める「法律(legislation)」とは区別される、世代を重ねて歴史的に形成された不文の慣習法を指し、一方制定法は、こうした慣習法を明確化するための補完的存在となる。 「自由」を保障するのは、こうした全ての人に差別なく適用され、世代を超えて遵守される、自生的な慣習法に起源を持つ一般ルールである。 (★注1)なお、現代の英米法理論では「法の支配」を「正義の一般ルール」と限定して捉える見解が主流となっているため、「王といえども神と法の下にある」とする伝統的な意味での「法の支配」を「広義の法の支配」ないし「ノモスの支配(ノモクラシー)」と呼ぶのが妥当である。(⇒「法の支配(rule of law)」とは何か参照) (★注2)ちなみに「国民主権」ないし「主権在民」の英訳とされる popular sovereignty をブリタニカ百科事典で引くと popular sovereignty (南北戦争以前に)アメリカの連邦保有地の入植者達に、自由州または奴隷州としてユニオンに加盟する決定を下すことを許容した政策(以下省略) とだけ記載されており、「国民主権」「主権在民」という意味は一切見当たらない。 またオックスフォード英語辞典やコリンズ-コウビルド英語辞典には popular sovereignty という言葉がそもそも登録されていない。 すなわち、英米圏では、かってフランス・ドイツなど欧州大陸諸国で強調され、日本の憲法学で現在でも過剰に強調されている popular sovereignty(国民主権)なる概念自体が、存在していないのである(※詳しくは⇒中川八洋『国民の憲法改正』抜粋参照) ※ここで英米法と大陸法の、法と権利に関する考え方の違いを対比し整理しておく。 ◆3.法と権利の本質に関する2つの考え方 歴史主義・伝統主義 (英米法) 反歴史主義・リセット主義 (大陸法) 権利の本質 人間は長い歴史を通じて、社会の中で試行錯誤を繰り返しながら、社会的叡智の結晶として歴史的権利を「慣習」という形で個別に見出してきた、とする立場 人間は自然状態において、生来的に自然権(natural right)を有していたが、社会契約(social contract)を結んで自然権を一部または全部放棄し、人定法(実定法:positive law)を定めた、とする立場 法の本質 法は特定の共同体の中で人々の社会的ルールとして自生した(特定の人物の意思によらずに時間をかけて次第に生成されてきた)(法=社会的ルール説)(★注3)⇒この立場は、真の法=ノモス(個別の共同体毎に自生的に発展してきた人為的ではあるが特定の意思によらざる法)とする見解と親和的である。 法はそれを作成した主権者の意思であり命令である(法=主権者意思[命令]説)(★注1、★注2)⇒この立場には、①真の法=理性から演繹された自然法(フュシス)とする近代的自然法論、および、②真の法など存在せず主権者の意思・命令としての人為法があるのみとする純然たる法実証主義、の2通りの見解がある。 誰が法を作るのか 法は幾世代にも渡る無数の人々の叡智が積み重ねられて自生的に発展したもの(経験主義、批判的合理主義)⇒「法は“発見”するもの」⇒制憲権(憲法制定権力)を否認(特定時点の世代の人々が制定できるのは原則として「憲法典(形式憲法)」迄であって、「国制(実質憲法)」は世代を重ねて徐々に確立されていくものに過ぎない) 法は主権者の委任を受けた立法者(エリート)が合理的に設計するもの(設計主義的合理主義)⇒「法は“主権者”が作るもの」⇒制憲権(憲法制定権力)を肯定(特定時点の世代の人々は「憲法典(形式憲法)」のみならず「国制(実質憲法)」をも意図的に確立することが可能である) 補足 共同体毎に個別的→共同体に固有の「国民の権利」と「一般的自由」の二元論と親和的価値多元的・相対主義的、帰納的、保守主義・自由主義・非形而上学的な分析哲学と親和的法の支配ないし立憲主義と順接 全人類に普遍的→共同体や歴史的経緯を超える普遍的な人権イデオロギーと親和的絶対主義的(但し価値一元的な傾向と価値相対主義的な傾向との両面がある)演繹的、急進主義・全体主義・形而上学的な観念論哲学と親和的国民主権や法治主義と順接 実例 英国の不文憲法が典型例。またアメリカ憲法は意外にも独立宣言にあった社会契約説的な色彩を極力消した形で制定され歴史主義の立場に基づいて運用されてきた。大日本帝国憲法(明治憲法)も日本の歴史的伝統を重んじる形で当時としては最大限に熟慮を重ねて制定された フランスの数々の憲法、ドイツのワイマール憲法が典型例。日本国憲法は前文で「国政は、国民の厳粛な信託によるもの」とロックの社会契約説的な制定理由を明記しており、残念ながら形式上この範疇に入る(GHQ草案翻訳憲法)※但し“解釈”により日本の歴史・伝統を過剰に毀損しない慎重な運用が為されてきた 主な提唱者 コーク、ブラックストーン、バーク、ハミルトンなお第二次大戦後の代表的論者は、ハイエク、ハート ホッブズ、ロック、ルソーなお第二次大戦後の代表的論者は、ロールズ、ノージック (★注1)「法=主権者意思[命令]説」は、主権者を誰と見なすかによって以下に分類される。 ① 君主主権 君主一人が主権者。(1)社会契約説以前の王権神授説や、(2)ホッブズの社会契約説が代表例。 ② 人民主権 君主以外の人民 people が主権者であり人民は各々主権を分有し人民自らがそれを行使する(=プープル主権説)。ルソーの社会契約説が代表例。 ③ 国民主権 君主を含めて国民全員が主権者(但し左翼の多い日本の憲法学者には「君主は国民に含めない」として、実質的に人民主権と同一とする者が多い)。なお国民主権の具体的意味については、(1)最高機関意思説と、(2)制憲権(憲法制定権力)説が対立しており、さらに(2)は、 1 ナシオン主権説と 2 プープル主権説に分かれる(プープル主権説は実質的に②人民主権説)。一般的に国民主権という場合は、 1 ナシオン主権説(観念的統一体としての国民が制憲権を保有するとする説)を指す。 ④ 議会主権 英国の憲法学者A.V.ダイシーの用語で、正確には「議会における国王/女王(the king/queen in parliament)」を主権者とする。君主主権や国民主権の語を避けるために考え出された理論 ⑤ 国家主権 帝政時代のドイツで、君主を含む「国家」が主権者であるとして君主主権や国民主権の語を避けた理論。戦前の日本の美濃部達吉(憲法学者)の天皇機関説もこの説の一種である ⇒教科書は、戦後の日本は「国民主権」だが、戦前の日本は「君主主権」の絶対主義国家だった、とする刷り込みを行っている。しかし実の所は、大日本帝国憲法(明治憲法)は制定時において明確に歴史主義の立場を取っており、そもそも「xx主権」という立場(法=主権者命令説)ではなかった。強いて言えば ⑥ “法”主権 つまり「法の支配」・・・歴史的に形成された統治に関する慣習法(=国体法 constitutional law)及びそれを可能な範囲で実定化した憲法典(constitutional code)が天皇をも含めた国家の全構成員を拘束するという立場だった。 ⇒なお、大正デモクラシー期には、ドイツ法学の「⑤国家主権説」を直輸入した美濃部達吉の「天皇機関説」が通説となり、それがさらに天皇機関説事件によっていわゆる①君主主権説に転換したのは昭和10年(1935年)以降の僅か10年間である。 (★注2)「法=主権者意思[命令]説」は、法を特定の立法者/思想家の価値観(例:カントやヘーゲルのドイツ観念論的法思想や自然法論・人権論)あるいは政治イデオロギー(例:マルクス主義やナチス期ドイツ思想)に還元してしまう危険が高く、全体主義への接近を許してしまう。 ※以下、「法=主権者意思[命令]説」の法体系モデル。 ※図が見づらい場合⇒ こちら を参照 ※①宮澤俊義(ケルゼン主義者)・②芦部信喜(修正自然法論者)に代表される戦後日本の左翼的憲法学は「実定法を根拠づける“根本規範”あるいは“自然法”」を仮設ないし想定するところからその理論の総てが始まるが、そのようなア・プリオリ(先験的)な前提から始まる論説は、20世紀後半以降に英米圏で主流となった分析哲学(形而上学的な特定観念の刷り込みに終始するのではなく緻密な概念分析を重視する哲学潮流)を反映した法理学/法哲学(基礎法学)分野では、とっくの昔に排撃されており、日本でも“自然法”を想定する法理学者/法哲学者は最早、笹倉秀夫(丸山眞男門下)など一部の化石化した確信犯的な左翼しか残っていない。このように基礎法学(理論法学)分野でほぼ一掃された論説を、応用法学(実定法学)分野である憲法学で未だに前提として理論を展開し続けるのはナンセンスであるばかりか知的誠実さを疑われても仕方がない行いであり、日本の憲法学の早急な正常化が待たれる。(※なお、近年の左翼憲法論をリードし「護憲派最終防御ライン」と呼ばれている長谷部恭男は、芦部門下であるが、ハートの法概念論を正当と認めて、芦部説にある自然法・根本規範・制憲権といった超越的概念を明確に否定するに至っている。) (★注3)「法=社会的ルール説」は20世紀初頭に英米圏で発展した分析哲学の成果を受けて、1960年以降にイギリスの法理学者H. L. A. ハートによって提唱され、現在では英米圏の法理論の圧倒的なパラダイムとなっている法の捉え方である。 ※以下、「法=社会的ルール説」の法体系モデル。また阪本昌成『憲法理論Ⅰ』第二章 国制と法の理論も参照。 ※サイズが画面に合わない場合は こちら 及び こちら をクリック願います。 ※上記のように、ハートの法=社会的ルール説は、現実の法現象について詳細で明晰な分析モデルを提供しており、特定の価値観・政治的イデオロギーに基づく概念ピラミッドに過ぎない法=主権者意思[命令]説の法体系モデルを、その説得力において大幅に凌駕している。 ※なお、自由を巡る西洋思想の二つの潮流について詳しくは ⇒ 国家解体思想の正体 参照 ※(補足説明)ハートの法=社会的ルール説のいう「ルール(rule)」という用語は、図にあるように、①事実(外的視点からの捉え方)と②規範(内的視点からの捉え方)の二重構造(=観測者から見れば①事実(社会的事実)だが、法共同体の構成員から見れば②規範だ、という③第3のカテゴリー)になっている、という独特の意味で使用されており、①事実と②規範を峻別する方法二元論(ケルゼンら新カント学派の方法論)と大きく異なっている点に注意(→こうした①事実でもあり②規範でもある③第3のカテゴリーの導入によって、ハート理論は「単なる①事実(=認識)から、なぜ②規範(=価値判断)が生まれるのか」という難問のクリアを図っている)。 ◆4.大陸法の「国民主権」原理ではなく英米法の「法の支配」理念の正確な把握が必要である (1) かってフランスがルソーの革命思想に燃えるジャコバン党の恐怖政治に覆われたとき、強烈な反撃の狼煙を上げたのは英国だった。 (2) ナチス・ドイツが欧州大陸を席巻したとき、ただ一国で踏みとどまってヒトラーの自滅を誘ったのも英国であり、最終的にこれを壊滅させたのは米国だった。 (3) ソ連との持久戦に耐えて遂にこれを崩壊に導いたのは、サッチャー&レーガンの英・米同盟だった。 これまでに世界を襲った恐怖政治と全体主義の脅威から、三度までも「自由」と「デモクラシー」を守ったのは、結局のところイギリスであり、(日本人にとっては些か不本意ではあるが)アメリカであったのは、おそらく偶然ではないはずである。 結局、「リベラル・デモクラシー」は英米法の伝統の中で発展してきた政治体制であり、 フランス・ドイツで発展した大陸法の「国民主権」あるいは「人民主権」といった「法=主権者意思・命令」説、理性からの演繹による自然法論あるいはその裏返しとしてのケルゼン流の純然たる法実証主義(人定法一元論)では、これを安定的に維持するのは難しい、というのが歴史の教訓である。 従って我々としては、明治以来継授してきた大陸法の主権在民論/制憲権論の弊害をまず正確に認識した上で、英米法の「法の支配」理念の正しい理解に努め、それを日本に固有の法体系に無理なく接合していく必要がある。 にも関わらず、中川八洋氏(筑波大学名誉教授)によれば、英米法の「法の支配」理念を正しく理解している憲法学者は、ほぼ皆無(既に高齢の英米法学者・伊藤正巳氏くらい)との事である。 確かに戦後日本の憲法学の通説となっている故・芦部信喜(宮沢俊義の弟子であり東大憲法学の代表学者=左翼)の『憲法 第5版』からは、芦部氏がルソーの人民主権論にシンパシーを寄せ、英米法の「法の支配」の原理を「人権の観念と固く結びつくもの」と(おそらく意図的に)曲解している様子しか伺えない。 ※参考ページ⇒よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) また芦部説に次ぐ有力説である佐藤幸治(大石義雄の弟子であり京大憲法学の代表学者=中間派)の『憲法 第三版』は、「法の支配」に関連してハイエクの「ノモスとテシス論」や「ノモスの主権論」を一通り説明するなどルソー主義の芦部氏よりも幾分マトモではあるものの、ベースになる思想がロックの社会契約論(つまり「国民主権」論)であるために、結局は、英米法の本流である「法の支配」(国民主権=制憲権=社会契約論の否定)とは相容れない立場にしか立っていない。 この点に関して、保守主義(伝統保守・旧保守)ではなくリベラル右派(新保守)のスタンスではあるが阪本昌成氏(憲法学者)の「国民主権・法の支配」論が非常に参考になるので、当ページからさらに深く理解したい方は、後述の■6.用語集・関連ページ欄に進まれることを願う。 ■6.用語集、関連ページ 憲法問題の全般的な解説ページ 日本国憲法改正問題(上級編) 関連用語集 【用語集】主権論・国民主権等 憲法論のガイドライン 憲法論の二段構造:①実質憲法(=法価値論)と、②形式憲法(=法解釈論) 「法の支配」と国民主権 「法の支配(rule of law)」とは何か 阪本昌成『憲法1 国制クラシック 全訂第三版』(2011年刊) 第一部 第8章 国民主権あるいは憲法制定権力 阪本昌成『憲法理論Ⅰ 第三版』(1999年刊) 第一部 第七章 国民主権と憲法制定権力 芦部信喜・佐藤幸治・阪本昌成・中川八洋etc.の「国民主権論」比較・評価 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 ■7.ご意見、情報提供 ページ内容向上のためのご意見・情報提供を歓迎します。 ↓これまでの全コメントを表示する場合はここをクリック +... 『国民主権』は『ルソー主義』であり『共産主義』であり全面否定しなければならない -- 名無しさん (2011-01-12 10 54 28) 『国民主権』論には『ナシオン主権論』と『プープル主権論』の2つがありルソーが唱えたのは『プープル主権論』である -- 名無しさん (2011-01-17 14 22 17) http //www.47news.jp/CN/201012/CN2010122901000218.html -- 名無しさん (2011-01-28 15 15 58) 阪本昌成教授の著書「法の支配~オーストリア学派の自由論と国家論~」がよいと思います -- 名無しさん (2011-12-16 01 45 25) 私はデモクラシーとは一種の精神安定剤だと思っています。デモクラシーを平和的な(血を見ない)政権交代の手段として評価し守っていくべきではありますが、それ自体を目的としてとらえ、人民主権論に走れば、必然的に全体主義を招来することを我々は歴史から学ぶことができます。適量の服用は気持ちを落ち着かせても、飲みすぎれば発狂する向精神薬と非常に似ていると思うのは私だけでしょうか。 -- 政治家志望の一高校生 (2012-01-09 04 48 15) ◆4についてなんだけど、ヒトラー失脚はソ連と米に喧嘩売ったせいだと思う 不利になった英は何としてでも米を戦争に引き込もうと躍起になっていたし、結果論だが英がヒトラーに譲歩したことが原因ともいわれる。共産主義の悪しきところは蛮行、危険思想だからと決めつけるのは良くない、自由を捨てることが堕落だとしても、自由を追求した結果も堕落、貧富の差が激しく不道徳な結果が起こっているのにそれに何も感じないなんて社会おかしい 英米的法の支配に対する批判も少し欲しい。基礎としてそちらを主軸とするべきという主張はいいと思うけど、良い面だけを教えられると信用していいのかと不安になる。 自分で様々な立場の本読むのが一番いいかもなんですが - 名無しさん 2015-11-14 01 28 18 上の高校生?のコメントを参照してみてください。その為の情報収集だと思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 16 38 続きです。恐らく記事作成主の言いたいことは、英米法で主流とされる「法の支配」の理解がどうなのかという点であって、自由の追求云々は言及しないに尽きたのではないかと思われます。法の支配を「英米法のまま」で導入すれば、それこそ日本の國体法に沿うわけがありませんから、日本法体系式の「法の支配」が必要不可欠となるわけです。その例が大日本帝国憲法であり、児嶋惟謙に始まる司法権の独立に沿う形が歴史上見られたものではないかと個人的には思いますね。つまり、法の支配は「良き慣習と伝統」が前提条件にありますから、慣習法が国民生活に沿わなければ、法の支配が機能しにくいことになるのではないでしょうか。批判は書籍等を見ると案外多いものですが、日本式にはどうか?を何度も自問自答して考えるようにすれば、記事作成主の言いたいこともわからなくないと思います(あくまで私見ですが)。 - 名無しさん 2016-02-17 21 28 57 ふと思い出したので、何度も失礼いたしますが付け足します。共産主義の悪しき~の件で、キリスト教が悪しき~という話を誰かがしていた覚えがあります。沿う考えますと、名無しさんの考えも一理あると思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 32 35 以下は最新コメント表示 『国民主権』は『ルソー主義』であり『共産主義』であり全面否定しなければならない -- 名無しさん (2011-01-12 10 54 28) 『国民主権』論には『ナシオン主権論』と『プープル主権論』の2つがありルソーが唱えたのは『プープル主権論』である -- 名無しさん (2011-01-17 14 22 17) http //www.47news.jp/CN/201012/CN2010122901000218.html -- 名無しさん (2011-01-28 15 15 58) 阪本昌成教授の著書「法の支配~オーストリア学派の自由論と国家論~」がよいと思います -- 名無しさん (2011-12-16 01 45 25) 私はデモクラシーとは一種の精神安定剤だと思っています。デモクラシーを平和的な(血を見ない)政権交代の手段として評価し守っていくべきではありますが、それ自体を目的としてとらえ、人民主権論に走れば、必然的に全体主義を招来することを我々は歴史から学ぶことができます。適量の服用は気持ちを落ち着かせても、飲みすぎれば発狂する向精神薬と非常に似ていると思うのは私だけでしょうか。 -- 政治家志望の一高校生 (2012-01-09 04 48 15) ◆4についてなんだけど、ヒトラー失脚はソ連と米に喧嘩売ったせいだと思う 不利になった英は何としてでも米を戦争に引き込もうと躍起になっていたし、結果論だが英がヒトラーに譲歩したことが原因ともいわれる。共産主義の悪しきところは蛮行、危険思想だからと決めつけるのは良くない、自由を捨てることが堕落だとしても、自由を追求した結果も堕落、貧富の差が激しく不道徳な結果が起こっているのにそれに何も感じないなんて社会おかしい 英米的法の支配に対する批判も少し欲しい。基礎としてそちらを主軸とするべきという主張はいいと思うけど、良い面だけを教えられると信用していいのかと不安になる。 自分で様々な立場の本読むのが一番いいかもなんですが - 名無しさん 2015-11-14 01 28 18 上の高校生?のコメントを参照してみてください。その為の情報収集だと思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 16 38 続きです。恐らく記事作成主の言いたいことは、英米法で主流とされる「法の支配」の理解がどうなのかという点であって、自由の追求云々は言及しないに尽きたのではないかと思われます。法の支配を「英米法のまま」で導入すれば、それこそ日本の國体法に沿うわけがありませんから、日本法体系式の「法の支配」が必要不可欠となるわけです。その例が大日本帝国憲法であり、児嶋惟謙に始まる司法権の独立に沿う形が歴史上見られたものではないかと個人的には思いますね。つまり、法の支配は「良き慣習と伝統」が前提条件にありますから、慣習法が国民生活に沿わなければ、法の支配が機能しにくいことになるのではないでしょうか。批判は書籍等を見ると案外多いものですが、日本式にはどうか?を何度も自問自答して考えるようにすれば、記事作成主の言いたいこともわからなくないと思います(あくまで私見ですが)。 - 名無しさん 2016-02-17 21 28 57 ふと思い出したので、何度も失礼いたしますが付け足します。共産主義の悪しき~の件で、キリスト教が悪しき~という話を誰かがしていた覚えがあります。沿う考えますと、名無しさんの考えも一理あると思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 32 35 名前 ラジオボタン(各コメントの前についている○)をクリックすることで、そのコメントにレスできます。 ■左翼や売国奴を論破する!セットで読む政治理論・解説ページ 政治の基礎知識 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 政治思想(用語集) リベラル・デモクラシー、国民主権、法の支配 デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る ※別題「デモクラシーの真実」 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 ※別題「リベラリズムの真実」 保守主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ ナショナリズムとは何か ケインズvs.ハイエクから考える経済政策 国家解体思想(世界政府・地球市民)の正体 左派・左翼とは何か 右派・右翼とは何か 中間派に何を含めるか 「個人主義」と「集産主義」 ~ ハイエク『隷従への道』読解の手引き 最速!理論派保守☆養成プログラム 「皇国史観」と国体論~日本の保守思想を考える 日本主義とは何か ~ 日本型保守主義とナショナリズムの関係を考える 右翼・左翼の歴史 靖國神社と英霊の御心 マルクス主義と天皇制ファシズム論 丸山眞男「天皇制ファシズム論」、村上重良「国家神道論」の検証 国体とは何か① ~ 『国体の本義』と『臣民の道』(2つの公定「国体」解説書) 国体とは何か② ~ その他の論点 国体法(不文憲法)と憲法典(成文憲法) 歴史問題の基礎知識 戦後レジームの正体 「法の支配(rule of law)」とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 立憲主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 「正義」とは何か ~ 法価値論まとめ+「法の支配」との関係 正統性とは何か ~ legitimacy ・ orthodoxy の区別と、憲法の正統性問題 自然法と人権思想の関係、国体法との区別 「国民の権利・自由」と「人権」の区別 ~ 人権イデオロギー打破のために 日本国憲法改正問題(上級編) ※別題「憲法問題の基礎知識」 学者別《憲法理論-比較表》 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) よくわかる現代左翼の憲法論Ⅱ(長谷部恭男・追討編) ブログランキング応援クリックをお願いいたします(一日一回有効)。 人気ブログランキングへ
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改行ズレ/画像ヌケ等で読み辛い場合は、ミラーWIKI または図解WIKI をご利用ください 「政策を立案するのは少数の者のみであるが、それを判断することは我々全てが出来るのである」 ~ ペリクレスによる戦士葬送演説(トゥキディディス『戦史』より) リベラル・デモクラシー(“自由”に価値を置く“民主制”)を如何に守るか <目次> ■1.初めに ■2.政治的スタンスと政治体制 ■3.政治体制の説明◆1.リベラル・デモクラシー(自由民主制、自由民主政体、自由民主政治) ◆2.全体主義体制(totalitarian regime) ◆3.権威主義体制(authoritarian regime) ■4.日本の政治体制◆1.現行憲法:前文第一段の内容(基本理念) ◆2.現行憲法の問題点 ◆3.前文第一段の評価と展望 ■5.「国民主権」から「法の支配」へ◆1.「国民主権」では「自由」を保障できない ◆2.「法の支配」が「自由」を守る ◆3.法と権利の本質に関する2つの考え方 ◆4.大陸法の「国民主権」原理ではなく英米法の「法の支配」理念の正確な把握が必要である ■6.用語集、関連ページ ■7.ご意見、情報提供 ■1.初めに 「自由」を最優先に守るべき価値とする「民主政体」を「リベラル・デモクラシー(liberal democracy 自由民主制、自由民主政体)」という。 日本・アメリカ合衆国・英国・ドイツなど現在の先進諸国の政体(政治体制)は、いずれもリベラル・デモクラシーである。 しかし世界には、リベラル・デモクラシー(自由民主制)以外の国も多くあり、またリベラル・デモクラシーから全体主義体制や権威主義体制に転落していった過去を持つ国々も幾つもある(戦前の我が国も決して例外ではない)。 このページでは、様々な政治体制の分類を手始めに、私達が常識だと思っている「国民主権」原理の内実、そして「法の支配」理念の正確な意味を考えいく。 ■2.政治的スタンスと政治体制 -... ※サイズが合わない場合はこちら をクリック ※詳しくは 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 参照。 ■3.政治体制の説明 ◆1.リベラル・デモクラシー(自由民主制、自由民主政体、自由民主政治) (1) 英語版 wikipedia(liberal democracy wiki の項)より定義部分のみ翻訳 ※ブリタニカ百科事典には項目なしのためwikipediaで代用 自由民主制(liberal democracy)は(ブルジョア民主制(bourgeois democracy)あるいは立憲民主制(constitutional democracy))は代議制民主制(代表制デモクラシー representative democracy)の一般的な形態である。 自由民主制の原則によれば、①選挙は自由で公平であるべきであり、②政治的プロセスは競争的であるべきである。政治的多元性(政治的複数性 political pluralism)は通常、複数の明瞭に区別された諸政党の存在によって同定される。 自由民主制は様々な憲法形態をとることが可能である。それはアメリカ・ブラジル・インド・ドイツのような①連邦共和国(federal republic)が可能であり、また英国・日本・カナダ・スペインのような②立憲君主国(constitutional monarchy)が可能である。 それ(自由民主制)はまた、①大統領制(predidential system アメリカ・ブラジル)、②議会制(paliamentary system = Westminster system 英国と共同体諸国 UK and commonwealth countries)、あるいは③混成・半大統領制(hybrid, semi-presidential system フランス・ロシア)が可能である。 ※オックスフォード英語辞典・コリンズ-コウビルド英語辞典にも liberal democracy の項目なし。 「自由」を最優先に守るべき価値とする「民主政体」を「リベラル・デモクラシー(liberal democracy 自由民主制、自由民主政体)」という。 日本・英国などは「政体」という意味では、厳密には「立憲君主政体(constitutional monarcy 立憲君主制)」であるが、その政治権力の所在・運用の実質に照らして「デモクラシー(民主政治)」が行われている、と言ってよい。 なお、スウェーデン・ノルウェー・デンマークの北欧3ヶ国は、立憲君主制に加えて、「リベラル(自由主義的)」ではなく「ソーシャル(社会主義的)」な価値をより重視して長年国家を運営しており、共和制で同様な国家運営をしているフィンランド・アイスランドを加えたこの北欧5ヶ国は「ソーシャル・デモクラシー(社会民主制、社会主義的民主政体)」と表現する方が適切、とする見解もある(但し social democracy は政体よりも政治的イデオロギーを現す言葉として用いられるのが常なので、代わりにこれら北欧諸国の政治体制を表す言葉として Scandinavian wealfare model あるいは Nordic model が用いられるようである)。 ※これに対して、「自由」に価値を置かず、「民主政体(民主制)」でもない政治体制の国も世界には沢山ある。 ◆2.全体主義体制(totalitarian regime) (1) ブリタニカ・コンサイス百科事典(totalitarianismの項)より全文翻訳 市民生活の全領域を国家の権威の下に置く政府の形態(Form of government)であって、唯一のカリスマ的な指導者を究極的な権威とするもの。 この言葉は1920年代初期にベニト・ムッソリーニによって鋳造されたが、全体主義は全歴史・全世界を通して存在してきた(例えば支那の秦王朝)。 全体主義は既成の全ての政治機構や全ての古い法的・社会的伝統を、通常高度に重点的な国家の必要に合致する新しいものに取り替える点で、独裁制(dictatorship)や権威主義(authoritarianism)と区別される。 大規模で組織的な暴力が合法化され得る。警察は法や規則の制約なしに活動する。国家目標の追求はこの様な政府の唯一の思想的基礎である一方で、そうした目標の追行過程は決して一般に知らされない。ハンナ・アーレント『全体主義の起源』(1951)はこの主題の標準的著作である。 (2) オックスフォード英語事典(totaritarianの項)より抜粋翻訳 1 中央集権的で独裁的であり、国家に対する完全な服従を要求する政治システムに関するもの。 2 全体主義的な政治システムを唱導する人物 (3) コウビルド英語事典(totalitarianの項)より全文翻訳 1 全体主義的政治システムとは、唯一の政党が全てをコントロールし一切の反対党を許さないものである。 2 全体主義者とは、全体主義的政治理念あるいはシステムを支持する人物である。 共産党・労働党などが一党独裁する中国・北朝鮮・キューバなど共産主義国がその一つの典型であり、これを「全体主義的独裁政体(totalitarian tyranny)」と呼ぶ。 これらの国は「人民民主主義(people s democracy)」という偽物のデモクラシーを称する場合がある(totalitalian democracy とも言う)。 ◆3.権威主義体制(authoritarian regime) (1) ブリタニカ・コンサイス百科事典(authoritarianismの項)より全文翻訳 権威への無制限の服従の原理であって、個人の思想や行動の自由に反するもの。 政治的システムとしての権威主義は反民主的(anti-democratic)であり、政治的権力は被統治者に対して何ら憲法上の責務を負わない単一の指導者または少数エリートに集中される。 権威主義的政府は通常、①指針となるイデオロギーを欠くこと、②社会的機構に幾らかの複数性を許容すること、③国民的な目標の追求に全人口を投入する権力を欠いていること、④相対的に予測可能な制限の範囲で権力を行使すること、から全体主義とは区別される。 絶対主義(Absolutism)、独裁制(Dictatorship)を参照せよ。 (2) オックスフォード英語事典(authoritarianの項)より抜粋翻訳 1 個人の自由を犠牲にして、権威に対する厳格な服従を志向し強制すること 2 他人の意思や意見への関心が欠けていることを示すこと。独断的な。 3 権威主義的な人物 (3) コウビルド英語事典(authoritarianの項)より全文翻訳 1 貴方が、ある人物や組織が権威主義であると描写する場合、貴方は、彼らが人々が自身で物事を決定することを許容せず全てのことをコンロトールすることに批判的であることを意味する。 2 オーソリタリアンとは権威主義的な人物である。 ロシアやエジプト、シンガポールのようにデモクラシーの外観は備えているが、事実上一つの党派や個人が独裁的な権力を握っている「権威主義的体制(authoritarian regime)」を取る国々は、いわゆる第三世界(アジア・アフリカ・ラテンアメリカなど)の国々に非常に多く、シンガポールのように経済的には先進国と対等な地位を築いた国にもそうした実例は多い。 ※次に、日本の政治体制を憲法の規定から確認する。 ■4.日本の政治体制 ◆1.現行憲法:前文第一段の内容(基本理念) 現行憲法の前文第一段は、「自由」に価値を置き、「代表制デモクラシー」を採用することを宣言している。 前文第一段 内容 関連ページ 日本国民は、 正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、 代表制デモクラシー デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る われらとわれらの子孫のために、 諸国民との協和による成果と、 国際協調主義 わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、 自由主義 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 政府の行為によって 自虐史観 戦後レジームの正体 再び戦争の惨禍が起ることのないやうに決意し、 非戦主義 ここに主権が国民に存することを宣言し、 国民主権 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 この憲法を確定する。 立憲主義 「法の支配(rule of law)」とは何か 立憲主義とは何か ※なお、憲法問題の全般的な解説ページ⇒日本国憲法改正問題(上級編)も参照 ◆2.現行憲法の問題点 ここで予め現行憲法の問題点を指摘すると、 (1) 現行憲法は昭和天皇の裁可によって辛うじて正統性を付与されているものの、その制定過程に重大な瑕疵があったことは否めない。 (2) 内容面でも、現行憲法は、日本の歴史・伝統を無視あるいは蔑視し、事実に反する一方的な贖罪意識を日本人に刷り込みかねない誤った文理解釈を招く文章を幾つも含むばかりか、文言のうえで明らかに日本国民の基本的な自存自衛の権利を蔑ろにし、国家共同体を解体に導きかねない憲法解釈(左翼的憲法解釈)の横行を長年に渡って助長し続けている。 (3) 従って現行憲法は、 1 現行憲法第96条の改正手続きによるか、 2 破棄宣言し明治憲法下の体制に形式上一旦戻した上で明治憲法の改正手続きによって改正するか、といった手続き面に関わらず、内容的には、特に原理・原則面に踏み込んだ抜本的な変更を行う必要がある(ただし統治機構や権利章典の個別の条項については現行憲法典のものをそのまま維持することが妥当なものも多い)。 (4) なお、現在の緊張した東アジアの国際状況下では、特に憲法九条限定の部分改正について他の条項に先駆けての緊急対応を要すると思われる。 以上を踏まえた上で、前文第一段に示された現行憲法の基本理念について、その当否を論じる。 ◆3.前文第一段の評価と展望 (1) 「自由」を最高の価値とし「代表制デモクラシー」を採用すること、つまり「リベラル・デモクラシー(自由民主制)」を維持することに全く異存はない。但し現行憲法では文言上曖昧となっている「立憲主義」について、日本の歴史・伝統に照らして「立憲君主政体(立憲君主制)」であることを明確に規定すべきである。 (2) 「自虐史観」に基づく「非戦主義」の規定は、所謂「奴隷の平和(主義)」であり、日本国民の正当な自存自衛の権利に違反するため、全面的に排除する必要がある。 (3) 「国際協調主義」は日本国の正当な権利が保証される限りにおいて意味を持つのであり、事実に基づかない贖罪意識により日本国が一方的に譲歩させられること(所謂「土下座外交」)を誘発するような規定は排除されるべきである。 (4) 現行憲法では無制限的な「国民主権」を強調する解釈が横行しているが、既に「デモクラシー(民衆による政治)」が過剰に行き渡った現在の状況で安易な「国民主権」の強調は、デモクラシーのモボクラシー(衆愚政治)化を助長するだけである(⇒ デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る 参照)。更に「国民主権」は「自由」という最高の価値とも実は両立し難い要注意語であって、「リベラル・デモクラシー(自由民主制)」を正しく保証すぺく「国民主権」の語自体もその具体的意味を確定しつつ慎重に排除していく必要がある。(⇒政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価参照) ■5.「国民主権」から「法の支配」へ ◆1.「国民主権」では「自由」を保障できない 「国民主権」あるいは「人民主権」(以降併せて「主権在民」論と呼ぶ)の概念は、欧州大陸の絶対君主の唱えた「君主主権」に対抗して登場した。 (1) 「君主主権」では、 君主の恣意的な命令が「法」となり、臣民の「自由」は理屈の上では無制限に奪われる。 (2) 「主権在民」論では、 君主の恣意的な命令こそ排除されるものの、“主権者”である全ての国民(ないし人民)の意思が一致するわけではないので、結局、比較的多数派の意思が「法」となって、比較的少数派の意思を圧殺することになる。つまりこの場合でも比較的少数派の「自由」は理屈の上ではやはり無制限に奪われる。 これを防ぐ一つの有力な方法は、何人も奪われぬ「自由」の領域、即ち「多数派であっても変更不可能な自由の領域」を予め憲法典に明記して置くこと、であり、日本国憲法もこの方法に従って多数の基本権が列挙されている(基本権カタログ)。 しかしながら、この方法は「法=主権者の意志・命令」という構造である以上、主権者がたとえ君主から国民(ないし人民)に代わろうと、そうした「主権者」が自らの意思を押し通す誘惑・危険から逃れられない。即ち、 「法=主権者の意思・命令」 であれば、 憲法典自体が主権者の恣意的な構築物であるのだから、 主権者は、 ①不都合な条文を勝手に改変したり、②憲法典そのものを停止宣言することによって、 幾らでも少数派の憲法上保障された権利・自由を奪えることになってしまうのである。 以上述べた「法=主権者の意思・命令」説は、デカルト以来主にフランス・ドイツなど欧州大陸で発展した所謂「大陸合理論」と東ローマ帝国のユスティニアヌス法典に起源を持つ「大陸法」の伝統からの帰結である。 ⇒ 大陸合理論・イギリス経験論については 国家解体思想の正体 参照 ◆2.「法の支配」が「自由」を守る これに対して英国では、中世期のマグナ・カルタに代表されるゲルマン祖法から自生的に発展した慣習法こそ真の法である、とする伝統、すなわち「法=歴史的に形成された自生的秩序」であり、意図せざる人為の産物(=ノモス)である、とする観念が育った。 この所謂「イギリス経験論」あるいは「英米法」の考え方によれば、 “法”を定める“主権者”なる者は存在せず、 “法”は気の遠くなるほど長い年月をかけて無数の先人達の叡智と経験の積み重ねの中から徐々に“発見”されてきたものであり、 それゆえに確実な権威を持つものであって、 何人であろうと(君主であろうと議会の多数派であろうと)勝手に改変することは許されない、とされた。 このような「国王といえども神と法の下にある」状態を「法の支配」(rule of law)と呼ぶ。(★注1) すなわち英米法の伝統では、恣意的に法を改変できる“主権者”なるものは存在せず、強いて言えば「“法”が王様」即ち「“法”主権」である。(★注2) ※この場合の“法(law)”とは、君主の定める「勅令(imperial(royal) ordinance)」や、議会の定める「法律(legislation)」とは区別される、世代を重ねて歴史的に形成された不文の慣習法を指し、一方制定法は、こうした慣習法を明確化するための補完的存在となる。 「自由」を保障するのは、こうした全ての人に差別なく適用され、世代を超えて遵守される、自生的な慣習法に起源を持つ一般ルールである。 (★注1)なお、現代の英米法理論では「法の支配」を「正義の一般ルール」と限定して捉える見解が主流となっているため、「王といえども神と法の下にある」とする伝統的な意味での「法の支配」を「広義の法の支配」ないし「ノモスの支配(ノモクラシー)」と呼ぶのが妥当である。(⇒「法の支配(rule of law)」とは何か参照) (★注2)ちなみに「国民主権」ないし「主権在民」の英訳とされる popular sovereignty をブリタニカ百科事典で引くと popular sovereignty (南北戦争以前に)アメリカの連邦保有地の入植者達に、自由州または奴隷州としてユニオンに加盟する決定を下すことを許容した政策(以下省略) とだけ記載されており、「国民主権」「主権在民」という意味は一切見当たらない。 またオックスフォード英語辞典やコリンズ-コウビルド英語辞典には popular sovereignty という言葉がそもそも登録されていない。 すなわち、英米圏では、かってフランス・ドイツなど欧州大陸諸国で強調され、日本の憲法学で現在でも過剰に強調されている popular sovereignty(国民主権)なる概念自体が、存在していないのである(※詳しくは⇒中川八洋『国民の憲法改正』抜粋参照) ※ここで英米法と大陸法の、法と権利に関する考え方の違いを対比し整理しておく。 ◆3.法と権利の本質に関する2つの考え方 歴史主義・伝統主義 (英米法) 反歴史主義・リセット主義 (大陸法) 権利の本質 人間は長い歴史を通じて、社会の中で試行錯誤を繰り返しながら、社会的叡智の結晶として歴史的権利を「慣習」という形で個別に見出してきた、とする立場 人間は自然状態において、生来的に自然権(natural right)を有していたが、社会契約(social contract)を結んで自然権を一部または全部放棄し、人定法(実定法:positive law)を定めた、とする立場 法の本質 法は特定の共同体の中で人々の社会的ルールとして自生した(特定の人物の意思によらずに時間をかけて次第に生成されてきた)(法=社会的ルール説)(★注3)⇒この立場は、真の法=ノモス(個別の共同体毎に自生的に発展してきた人為的ではあるが特定の意思によらざる法)とする見解と親和的である。 法はそれを作成した主権者の意思であり命令である(法=主権者意思[命令]説)(★注1、★注2)⇒この立場には、①真の法=理性から演繹された自然法(フュシス)とする近代的自然法論、および、②真の法など存在せず主権者の意思・命令としての人為法があるのみとする純然たる法実証主義、の2通りの見解がある。 誰が法を作るのか 法は幾世代にも渡る無数の人々の叡智が積み重ねられて自生的に発展したもの(経験主義、批判的合理主義)⇒「法は“発見”するもの」⇒制憲権(憲法制定権力)を否認(特定時点の世代の人々が制定できるのは原則として「憲法典(形式憲法)」迄であって、「国制(実質憲法)」は世代を重ねて徐々に確立されていくものに過ぎない) 法は主権者の委任を受けた立法者(エリート)が合理的に設計するもの(設計主義的合理主義)⇒「法は“主権者”が作るもの」⇒制憲権(憲法制定権力)を肯定(特定時点の世代の人々は「憲法典(形式憲法)」のみならず「国制(実質憲法)」をも意図的に確立することが可能である) 補足 共同体毎に個別的→共同体に固有の「国民の権利」と「一般的自由」の二元論と親和的価値多元的・相対主義的、帰納的、保守主義・自由主義・非形而上学的な分析哲学と親和的法の支配ないし立憲主義と順接 全人類に普遍的→共同体や歴史的経緯を超える普遍的な人権イデオロギーと親和的絶対主義的(但し価値一元的な傾向と価値相対主義的な傾向との両面がある)演繹的、急進主義・全体主義・形而上学的な観念論哲学と親和的国民主権や法治主義と順接 実例 英国の不文憲法が典型例。またアメリカ憲法は意外にも独立宣言にあった社会契約説的な色彩を極力消した形で制定され歴史主義の立場に基づいて運用されてきた。大日本帝国憲法(明治憲法)も日本の歴史的伝統を重んじる形で当時としては最大限に熟慮を重ねて制定された フランスの数々の憲法、ドイツのワイマール憲法が典型例。日本国憲法は前文で「国政は、国民の厳粛な信託によるもの」とロックの社会契約説的な制定理由を明記しており、残念ながら形式上この範疇に入る(GHQ草案翻訳憲法)※但し“解釈”により日本の歴史・伝統を過剰に毀損しない慎重な運用が為されてきた 主な提唱者 コーク、ブラックストーン、バーク、ハミルトンなお第二次大戦後の代表的論者は、ハイエク、ハート ホッブズ、ロック、ルソーなお第二次大戦後の代表的論者は、ロールズ、ノージック (★注1)「法=主権者意思[命令]説」は、主権者を誰と見なすかによって以下に分類される。 ① 君主主権 君主一人が主権者。(1)社会契約説以前の王権神授説や、(2)ホッブズの社会契約説が代表例。 ② 人民主権 君主以外の人民 people が主権者であり人民は各々主権を分有し人民自らがそれを行使する(=プープル主権説)。ルソーの社会契約説が代表例。 ③ 国民主権 君主を含めて国民全員が主権者(但し左翼の多い日本の憲法学者には「君主は国民に含めない」として、実質的に人民主権と同一とする者が多い)。なお国民主権の具体的意味については、(1)最高機関意思説と、(2)制憲権(憲法制定権力)説が対立しており、さらに(2)は、 1 ナシオン主権説と 2 プープル主権説に分かれる(プープル主権説は実質的に②人民主権説)。一般的に国民主権という場合は、 1 ナシオン主権説(観念的統一体としての国民が制憲権を保有するとする説)を指す。 ④ 議会主権 英国の憲法学者A.V.ダイシーの用語で、正確には「議会における国王/女王(the king/queen in parliament)」を主権者とする。君主主権や国民主権の語を避けるために考え出された理論 ⑤ 国家主権 帝政時代のドイツで、君主を含む「国家」が主権者であるとして君主主権や国民主権の語を避けた理論。戦前の日本の美濃部達吉(憲法学者)の天皇機関説もこの説の一種である ⇒教科書は、戦後の日本は「国民主権」だが、戦前の日本は「君主主権」の絶対主義国家だった、とする刷り込みを行っている。しかし実の所は、大日本帝国憲法(明治憲法)は制定時において明確に歴史主義の立場を取っており、そもそも「xx主権」という立場(法=主権者命令説)ではなかった。強いて言えば ⑥ “法”主権 つまり「法の支配」・・・歴史的に形成された統治に関する慣習法(=国体法 constitutional law)及びそれを可能な範囲で実定化した憲法典(constitutional code)が天皇をも含めた国家の全構成員を拘束するという立場だった。 ⇒なお、大正デモクラシー期には、ドイツ法学の「⑤国家主権説」を直輸入した美濃部達吉の「天皇機関説」が通説となり、それがさらに天皇機関説事件によっていわゆる①君主主権説に転換したのは昭和10年(1935年)以降の僅か10年間である。 (★注2)「法=主権者意思[命令]説」は、法を特定の立法者/思想家の価値観(例:カントやヘーゲルのドイツ観念論的法思想や自然法論・人権論)あるいは政治イデオロギー(例:マルクス主義やナチス期ドイツ思想)に還元してしまう危険が高く、全体主義への接近を許してしまう。 ※以下、「法=主権者意思[命令]説」の法体系モデル。 ※図が見づらい場合⇒こちら を参照 ※①宮澤俊義(ケルゼン主義者)・②芦部信喜(修正自然法論者)に代表される戦後日本の左翼的憲法学は「実定法を根拠づける“根本規範”あるいは“自然法”」を仮設ないし想定するところからその理論の総てが始まるが、そのようなア・プリオリ(先験的)な前提から始まる論説は、20世紀後半以降に英米圏で主流となった分析哲学(形而上学的な特定観念の刷り込みに終始するのではなく緻密な概念分析を重視する哲学潮流)を反映した法理学/法哲学(基礎法学)分野では、とっくの昔に排撃されており、日本でも“自然法”を想定する法理学者/法哲学者は最早、笹倉秀夫(丸山眞男門下)など一部の化石化した確信犯的な左翼しか残っていない。このように基礎法学(理論法学)分野でほぼ一掃された論説を、応用法学(実定法学)分野である憲法学で未だに前提として理論を展開し続けるのはナンセンスであるばかりか知的誠実さを疑われても仕方がない行いであり、日本の憲法学の早急な正常化が待たれる。(※なお、近年の左翼憲法論をリードし「護憲派最終防御ライン」と呼ばれている長谷部恭男は、芦部門下であるが、ハートの法概念論を正当と認めて、芦部説にある自然法・根本規範・制憲権といった超越的概念を明確に否定するに至っている。) (★注3)「法=社会的ルール説」は20世紀初頭に英米圏で発展した分析哲学の成果を受けて、1960年以降にイギリスの法理学者H. L. A. ハートによって提唱され、現在では英米圏の法理論の圧倒的なパラダイムとなっている法の捉え方である。 ※以下、「法=社会的ルール説」の法体系モデル。また阪本昌成『憲法理論Ⅰ』第二章 国制と法の理論も参照。 ※サイズが画面に合わない場合はこちら 及びこちら をクリック願います。 ※上記のように、ハートの法=社会的ルール説は、現実の法現象について詳細で明晰な分析モデルを提供しており、特定の価値観・政治的イデオロギーに基づく概念ピラミッドに過ぎない法=主権者意思[命令]説の法体系モデルを、その説得力において大幅に凌駕している。 ※なお、自由を巡る西洋思想の二つの潮流について詳しくは ⇒ 国家解体思想の正体 参照 ※(補足説明)ハートの法=社会的ルール説のいう「ルール(rule)」という用語は、図にあるように、①事実(外的視点からの捉え方)と②規範(内的視点からの捉え方)の二重構造(=観測者から見れば①事実(社会的事実)だが、法共同体の構成員から見れば②規範だ、という③第3のカテゴリー)になっている、という独特の意味で使用されており、①事実と②規範を峻別する方法二元論(ケルゼンら新カント学派の方法論)と大きく異なっている点に注意(→こうした①事実でもあり②規範でもある③第3のカテゴリーの導入によって、ハート理論は「単なる①事実(=認識)から、なぜ②規範(=価値判断)が生まれるのか」という難問のクリアを図っている)。 ◆4.大陸法の「国民主権」原理ではなく英米法の「法の支配」理念の正確な把握が必要である (1) かってフランスがルソーの革命思想に燃えるジャコバン党の恐怖政治に覆われたとき、強烈な反撃の狼煙を上げたのは英国だった。 (2) ナチス・ドイツが欧州大陸を席巻したとき、ただ一国で踏みとどまってヒトラーの自滅を誘ったのも英国であり、最終的にこれを壊滅させたのは米国だった。 (3) ソ連との持久戦に耐えて遂にこれを崩壊に導いたのは、サッチャー&レーガンの英・米同盟だった。 これまでに世界を襲った恐怖政治と全体主義の脅威から、三度までも「自由」と「デモクラシー」を守ったのは、結局のところイギリスであり、(日本人にとっては些か不本意ではあるが)アメリカであったのは、おそらく偶然ではないはずである。 結局、「リベラル・デモクラシー」は英米法の伝統の中で発展してきた政治体制であり、 フランス・ドイツで発展した大陸法の「国民主権」あるいは「人民主権」といった「法=主権者意思・命令」説、理性からの演繹による自然法論あるいはその裏返しとしてのケルゼン流の純然たる法実証主義(人定法一元論)では、これを安定的に維持するのは難しい、というのが歴史の教訓である。 従って我々としては、明治以来継授してきた大陸法の主権在民論/制憲権論の弊害をまず正確に認識した上で、英米法の「法の支配」理念の正しい理解に努め、それを日本に固有の法体系に無理なく接合していく必要がある。 にも関わらず、中川八洋氏(筑波大学名誉教授)によれば、英米法の「法の支配」理念を正しく理解している憲法学者は、ほぼ皆無(既に高齢の英米法学者・伊藤正巳氏くらい)との事である。 確かに戦後日本の憲法学の通説となっている故・芦部信喜(宮沢俊義の弟子であり東大憲法学の代表学者=左翼)の『憲法 第5版』からは、芦部氏がルソーの人民主権論にシンパシーを寄せ、英米法の「法の支配」の原理を「人権の観念と固く結びつくもの」と(おそらく意図的に)曲解している様子しか伺えない。 ※参考ページ⇒よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) また芦部説に次ぐ有力説である佐藤幸治(大石義雄の弟子であり京大憲法学の代表学者=中間派)の『憲法 第三版』は、「法の支配」に関連してハイエクの「ノモスとテシス論」や「ノモスの主権論」を一通り説明するなどルソー主義の芦部氏よりも幾分マトモではあるものの、ベースになる思想がロックの社会契約論(つまり「国民主権」論)であるために、結局は、英米法の本流である「法の支配」(国民主権=制憲権=社会契約論の否定)とは相容れない立場にしか立っていない。 この点に関して、保守主義(伝統保守・旧保守)ではなくリベラル右派(新保守)のスタンスではあるが阪本昌成氏(憲法学者)の「国民主権・法の支配」論が非常に参考になるので、当ページからさらに深く理解したい方は、後述の■6.用語集・関連ページ欄に進まれることを願う。 ■6.用語集、関連ページ 憲法問題の全般的な解説ページ 日本国憲法改正問題(上級編) 関連用語集 【用語集】主権論・国民主権等 憲法論のガイドライン 憲法論の二段構造:①実質憲法(=法価値論)と、②形式憲法(=法解釈論) 「法の支配」と国民主権 「法の支配(rule of law)」とは何か 阪本昌成『憲法1 国制クラシック 全訂第三版』(2011年刊) 第一部 第8章 国民主権あるいは憲法制定権力 阪本昌成『憲法理論Ⅰ 第三版』(1999年刊) 第一部 第七章 国民主権と憲法制定権力 芦部信喜・佐藤幸治・阪本昌成・中川八洋etc.の「国民主権論」比較・評価 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 ■7.ご意見、情報提供 ページ内容向上のためのご意見・情報提供を歓迎します。 ↓これまでの全コメントを表示する場合はここをクリック +... 『国民主権』は『ルソー主義』であり『共産主義』であり全面否定しなければならない -- 名無しさん (2011-01-12 10 54 28) 『国民主権』論には『ナシオン主権論』と『プープル主権論』の2つがありルソーが唱えたのは『プープル主権論』である -- 名無しさん (2011-01-17 14 22 17) http //www.47news.jp/CN/201012/CN2010122901000218.html -- 名無しさん (2011-01-28 15 15 58) 阪本昌成教授の著書「法の支配~オーストリア学派の自由論と国家論~」がよいと思います -- 名無しさん (2011-12-16 01 45 25) 私はデモクラシーとは一種の精神安定剤だと思っています。デモクラシーを平和的な(血を見ない)政権交代の手段として評価し守っていくべきではありますが、それ自体を目的としてとらえ、人民主権論に走れば、必然的に全体主義を招来することを我々は歴史から学ぶことができます。適量の服用は気持ちを落ち着かせても、飲みすぎれば発狂する向精神薬と非常に似ていると思うのは私だけでしょうか。 -- 政治家志望の一高校生 (2012-01-09 04 48 15) ◆4についてなんだけど、ヒトラー失脚はソ連と米に喧嘩売ったせいだと思う 不利になった英は何としてでも米を戦争に引き込もうと躍起になっていたし、結果論だが英がヒトラーに譲歩したことが原因ともいわれる。共産主義の悪しきところは蛮行、危険思想だからと決めつけるのは良くない、自由を捨てることが堕落だとしても、自由を追求した結果も堕落、貧富の差が激しく不道徳な結果が起こっているのにそれに何も感じないなんて社会おかしい 英米的法の支配に対する批判も少し欲しい。基礎としてそちらを主軸とするべきという主張はいいと思うけど、良い面だけを教えられると信用していいのかと不安になる。 自分で様々な立場の本読むのが一番いいかもなんですが - 名無しさん 2015-11-14 01 28 18 上の高校生?のコメントを参照してみてください。その為の情報収集だと思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 16 38 続きです。恐らく記事作成主の言いたいことは、英米法で主流とされる「法の支配」の理解がどうなのかという点であって、自由の追求云々は言及しないに尽きたのではないかと思われます。法の支配を「英米法のまま」で導入すれば、それこそ日本の國体法に沿うわけがありませんから、日本法体系式の「法の支配」が必要不可欠となるわけです。その例が大日本帝国憲法であり、児嶋惟謙に始まる司法権の独立に沿う形が歴史上見られたものではないかと個人的には思いますね。つまり、法の支配は「良き慣習と伝統」が前提条件にありますから、慣習法が国民生活に沿わなければ、法の支配が機能しにくいことになるのではないでしょうか。批判は書籍等を見ると案外多いものですが、日本式にはどうか?を何度も自問自答して考えるようにすれば、記事作成主の言いたいこともわからなくないと思います(あくまで私見ですが)。 - 名無しさん 2016-02-17 21 28 57 ふと思い出したので、何度も失礼いたしますが付け足します。共産主義の悪しき~の件で、キリスト教が悪しき~という話を誰かがしていた覚えがあります。沿う考えますと、名無しさんの考えも一理あると思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 32 35 以下は最新コメント表示 『国民主権』は『ルソー主義』であり『共産主義』であり全面否定しなければならない -- 名無しさん (2011-01-12 10 54 28) 『国民主権』論には『ナシオン主権論』と『プープル主権論』の2つがありルソーが唱えたのは『プープル主権論』である -- 名無しさん (2011-01-17 14 22 17) http //www.47news.jp/CN/201012/CN2010122901000218.html -- 名無しさん (2011-01-28 15 15 58) 阪本昌成教授の著書「法の支配~オーストリア学派の自由論と国家論~」がよいと思います -- 名無しさん (2011-12-16 01 45 25) 私はデモクラシーとは一種の精神安定剤だと思っています。デモクラシーを平和的な(血を見ない)政権交代の手段として評価し守っていくべきではありますが、それ自体を目的としてとらえ、人民主権論に走れば、必然的に全体主義を招来することを我々は歴史から学ぶことができます。適量の服用は気持ちを落ち着かせても、飲みすぎれば発狂する向精神薬と非常に似ていると思うのは私だけでしょうか。 -- 政治家志望の一高校生 (2012-01-09 04 48 15) ◆4についてなんだけど、ヒトラー失脚はソ連と米に喧嘩売ったせいだと思う 不利になった英は何としてでも米を戦争に引き込もうと躍起になっていたし、結果論だが英がヒトラーに譲歩したことが原因ともいわれる。共産主義の悪しきところは蛮行、危険思想だからと決めつけるのは良くない、自由を捨てることが堕落だとしても、自由を追求した結果も堕落、貧富の差が激しく不道徳な結果が起こっているのにそれに何も感じないなんて社会おかしい 英米的法の支配に対する批判も少し欲しい。基礎としてそちらを主軸とするべきという主張はいいと思うけど、良い面だけを教えられると信用していいのかと不安になる。 自分で様々な立場の本読むのが一番いいかもなんですが - 名無しさん 2015-11-14 01 28 18 上の高校生?のコメントを参照してみてください。その為の情報収集だと思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 16 38 続きです。恐らく記事作成主の言いたいことは、英米法で主流とされる「法の支配」の理解がどうなのかという点であって、自由の追求云々は言及しないに尽きたのではないかと思われます。法の支配を「英米法のまま」で導入すれば、それこそ日本の國体法に沿うわけがありませんから、日本法体系式の「法の支配」が必要不可欠となるわけです。その例が大日本帝国憲法であり、児嶋惟謙に始まる司法権の独立に沿う形が歴史上見られたものではないかと個人的には思いますね。つまり、法の支配は「良き慣習と伝統」が前提条件にありますから、慣習法が国民生活に沿わなければ、法の支配が機能しにくいことになるのではないでしょうか。批判は書籍等を見ると案外多いものですが、日本式にはどうか?を何度も自問自答して考えるようにすれば、記事作成主の言いたいこともわからなくないと思います(あくまで私見ですが)。 - 名無しさん 2016-02-17 21 28 57 ふと思い出したので、何度も失礼いたしますが付け足します。共産主義の悪しき~の件で、キリスト教が悪しき~という話を誰かがしていた覚えがあります。沿う考えますと、名無しさんの考えも一理あると思います。 - 名無しさん 2016-02-17 21 32 35 名前 ラジオボタン(各コメントの前についている○)をクリックすることで、そのコメントにレスできます。 ■左翼や売国奴を論破する!セットで読む政治理論・解説ページ 政治の基礎知識 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 政治思想(用語集) リベラル・デモクラシー、国民主権、法の支配 デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る ※別題「デモクラシーの真実」 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 ※別題「リベラリズムの真実」 保守主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ ナショナリズムとは何か ケインズvs.ハイエクから考える経済政策 国家解体思想(世界政府・地球市民)の正体 左派・左翼とは何か 右派・右翼とは何か 中間派に何を含めるか 「個人主義」と「集産主義」 ~ ハイエク『隷従への道』読解の手引き 最速!理論派保守☆養成プログラム 「皇国史観」と国体論~日本の保守思想を考える 日本主義とは何か ~ 日本型保守主義とナショナリズムの関係を考える 右翼・左翼の歴史 靖國神社と英霊の御心 マルクス主義と天皇制ファシズム論 丸山眞男「天皇制ファシズム論」、村上重良「国家神道論」の検証 国体とは何か① ~ 『国体の本義』と『臣民の道』(2つの公定「国体」解説書) 国体とは何か② ~ その他の論点 国体法(不文憲法)と憲法典(成文憲法) 歴史問題の基礎知識 戦後レジームの正体 「法の支配(rule of law)」とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 立憲主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 「正義」とは何か ~ 法価値論まとめ+「法の支配」との関係 正統性とは何か ~ legitimacy ・ orthodoxy の区別と、憲法の正統性問題 自然法と人権思想の関係、国体法との区別 「国民の権利・自由」と「人権」の区別 ~ 人権イデオロギー打破のために 日本国憲法改正問題(上級編) ※別題「憲法問題の基礎知識」 学者別《憲法理論-比較表》 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) よくわかる現代左翼の憲法論Ⅱ(長谷部恭男・追討編) ブログランキング応援クリックをお願いいたします(一日一回有効)。 人気ブログランキングへ
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芦部信喜『憲法 第五版』(2011年刊) 第三章 国民主権の原理 p.35以下 <目次> 一 日本国憲法の基本原理◆1.前文の内容 ◆2.基本原理相互の関係(一)人権と主権 (二)国内の民主と国際の平和 ◆3.前文の法的性質 ニ 国民主権◆1.主権の意味 ◆2.国民主権の意味(一)主体について (ニ)権力性と正当性の両契機 一 日本国憲法の基本原理 日本国憲法は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三つを基本原理とする。 これらの原意がとりわけ明確に宣言されているのが憲法前文である。 ◆1.前文の内容 前文とは、法律の最初に付され、その法律の目的や精神を述べる文書であり、憲法前文の場合には、憲法制定の由来、目的ないし憲法制定者の決意などが表明される例が多い。 もっとも、その内容はそれぞれの国の憲法によって異なる。 日本国憲法前文は、国民が憲法制定権力の保持者であることを宣言しており、また、近代憲法に内在する価値・原理を確認している点で、きわめて重要な意義を有する。 前文は四つの部分から成っている。 ① 一項の前段は、 「主権が国民に存すること」、および日本国民が「この憲法を確定する」ものであること、つまり国民主権の原理および国民の憲法制定の意思(民定憲法性)を表明している。ついで、それと関連させながら、「自由のもたらす恵沢」の確保と「戦争の惨禍」からの解放という、人権と平和の二原理を謳い、そこに日本国憲法制定の目的があることを示している。 それを受けて、一項後段は、 「国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」と言い、国民主権とそれに基づく代表民主制の原理を宣言し、最後に、以上の諸原理を「人類普遍の原理」であると説き、「われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」として、それらの原理が憲法改正によっても否定することができない旨を明らかにしている。 ② 二項は、 「日本国民は、恒久の平和を念願」するとして、平和主義への希求を述べ、そのための態度として、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信て、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と宣言する。 ③ 三項は、 国家の独善性の否定を「政治道徳の法則」として確認し、 ④ 四項は、 日本国憲法の「崇高な理想と目的を達成すること」を誓約している。 ◆2.基本原理相互の関係 前文に盛られた国民主権原理、人権尊重主義、平和主義の原理は、次のように相互に不可分に関連している。 (一)人権と主権 第一に、基本的人権の保障は、国民主権の原理と結びついている。 専制政治の下では、基本的人権の保障が完全なものと成り得ないことは当然であり、民主主義政治の下で初めて人権保障が成立する。 先に指摘した前文一項の文書は、明らかに、国民主権およびそれに基づく代表民主制の原理(狭義の民主主義)が基本的人権の尊重と確立を目的とし、それを達成するための手段として、不可分の関係にあることを示している。 自由(人権)は「人間の尊厳」の原理なしには認められないが、国民主権、すなわち国民が国の政治体制を決定する最終かつ最高の権威を有するという原理も、国民がすべて平等に人間として尊重されて初めて成立する。 このように、国民主権(民主の原理)も基本的人権(自由の原理)も、ともに「人間の尊厳」という最も基本的な原理に由来し、その二つが合して広義の民主主義を構成し、それが、「人類普遍の原理」とされているのである(第18章三3図表参照) (二)国内の民主と国際の平和 第二に、人間の自由と生存は平和なくして確保されないという意味で、平和主義の原理もまた、人権および国民主権の原理と密接に結びついている。 国内の民主主義と国際的平和の不可分性は、近代憲法の進化を推進してきた原理だと言ってもよい。 ◆3.前文の法的性質 以上のような基本原理を明らかにしている日本国憲法の前文は、憲法の一部をなし、本文と同じ法的性質をもつと解される。 従って、たとえば前文一項の、「人類普遍の原理・・・・・・に反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」という規定は、憲法改正に対して法的限界を画し、憲法改正権を法的に拘束する規範であると解される(憲法改正権の限界については、第18章三3参照)。 しかしながら、これは前文に裁判規範としての性格まで認められることを意味しない。 裁判規範とは、広い意味では裁判所が具体的な訴訟を裁判する際に判断基準として用いることのできる法規範のことを言うが、狭い意味では、当該規範を直接根拠として裁判所に救済を求めることのできる法規範、すなわち裁判所の判決によって執行することのできる法規範のことを言う。 前文の規定は抽象的な原理の宣言にとどまるので、少なくとも狭い意味での裁判規範としての性格はもたず、裁判所に対して前文の執行を求めることまではできない、と一般に解されている。 この点に関して問題となるのが、前文二項の、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」という文章に示されている「平和的生存権(*)」である。 学説では、右規定の(狭い意味での)裁判規範性を認めることは出来るとし、平和的生存権を新しい人権の一つとして認めるべきであるという見解も有力である。 しかし、平和的生存権は、その主体・内容・性質などの点でなお不明確であり、人権の基礎にあってそれを支える理念的権利ということは出来るが、裁判で争うことの出来る法的権利性を認めることは難しい、と一般に考えられている。 (*) 平和的生存権 平和的生存権という考えは、自衛隊違憲訴訟において、1960年代から主張されたものである。平和的生存権は、「平和を享受する権利」を意味し、憲法9条の戦争の放棄の原則との関連で、平和を人権として捉えるという意図に基づくものである。具体的には、基地付近の住民が基地の撤廃を裁判所に求める場合の「訴えの利益」を基礎づけるために主張された。しかし、判例においては、長沼事件(第四章三3*参照)一審判決は、平和的生存権を訴えの利益の一つの根拠として認めたが、二審判決はこれを否定し、最高裁判所でも前文二項の裁判規範性は実質的に認められなかった。 ニ 国民主権 国民主権の原理は、絶対主義時代の君主の専制的支配に対抗して、国民こそが政治の主役であると主張する場合に、その理論的支柱とされた観念で、近代市民革命の成立以後、国家統治の根本原理として近代立憲主義憲法において広く採用されている。 もっとも、その原理の内容を具体的にどのように理解するかについては様々な見方が示されてきており、現在もなお活発な議論が展開されている。 ◆1.主権の意味 主権の概念は多義的であるが、一般に、 ① 国家権力そのもの(国家の統治権)、 ② 国家権力の属性としての最高独立性(内にあっては最高、外に対しては独立ということ)、 ③ 国政についての最高の決定権、 という3つの異なる意味に用いられる。 これは歴史的な理由に基づく。 すなわち、主権という概念は、絶対主義君主が中央集権国家をつくりあげていく過程において、君主の権力が、封建領主に対しては最高であること、ローマ皇帝に対しては独立であることを基礎づける政治理論として主張された概念であった。 ところが、「朕は国家なり」の思想が支配していた専制君主制国家では、3つの主権概念は「君主の権力」という形で統一的に理解されていたが、その後、君主制の立憲主義化にともなって国家の概念も変化し、君主の権力と国家権力とは区別して考えられるようになり、主権の概念が3つに分解したのである。 (一) 統治権 ①の国家権力そのものを意味する主権とは、国家が有する支配権を包括的に示す言葉である。立法権・行政権・司法権を総称する統治権(Herrschaftsrechte, governmental power)とほぼ同じ意味で、日本国憲法(41条)に言う「国権」がそれにあたる。統治権という意味の主権の用例は、ポツダム宣言8項「日本国ノ主権ハ、本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限サラルベシ」という規定にみられる。 (ニ) 最高独立性 ②の国家権力の最高独立性(国家権力の主権性とも言われる)を意味する主権は、主権概念の生成過程から言えば、本来の意味の主権の概念である。憲法前文3項で、「自国の主権を維持し」という場合の主権がその例であるが、そこでは国家の独立性に重点が置かれている。 (三) 最高決定権 ③の国政の最高の決定権としての主権とは、国の政治のあり方を最終的に決定する力または権威という意味であり、その力または権威が君主に存する場合が君主主権、国民に存する場合が国民主権と呼ばれる。憲法前文1項で「ここに主権が国民に存することを宣言し」という場合の主権、および1条で「主権の存する日本国民の総意」という場合の主権がこれにあたる。 ◆2.国民主権の意味 「国民主権」がいかなる意味・内容を有するかについては、さまざまの議論があるが、ここでは、次の2点を注意しておきたい。 (一)主体について 第一は、国民主権の観念は、本来、君主主権との対抗関係の下で生成し、主張されてきたもので、君主主権であることは国民主権ではなく、国民主権であることは君主主権ではない、という相反する関係にあることである。 従って、主権は君主にあるのでも国民にあるのでもなく、国家にあるとか、主権は天皇を含む国民全体にあるとか、という趣旨の説明は、戦後よく主張されたが、政治的な配慮に基づく考え方で、理論的には正当とは言い難い。 戦前のドイツで支配的な学説であった国家法人説は、先に触れたように(第二章一2*参照)、国家は法的に考えると法人、すなわち権利(統治権)主体であり、君主はその最高機関であると説き、君主主権か国民主権かは、国家の最高意思を決定する最高機関の地位に君主が就くか国民が就くかの違いにすぎない、と主張した。 そして、「主権」という概念は国家権力の最高独立性を示す本来の概念としてのみ用いるべきであるとし、君主主権か国民主権かという近代憲法が直面した本質的問題を回避しようとした。 それは、急激な民主化を好まない19世紀ドイツの立憲君主制に見合った理論であった。 この国家法人説は、明治憲法の下では天皇機関説に具体化され、憲法の神権主義的性格を緩和する役割を果たした。 しかし、国民主権の確立した日本国憲法の下では、もはやその理論的有用性をもたない。 (ニ)権力性と正当性の両契機 第二に注意を要するのは、国民主権の原理には、2つの要素が含まれていることである。 一つは、 国の政治のあり方を最終的に決定する権力を国民自身が行使するという権力的契機であり、 他の一つは、 国家の権力行使を正当づける究極的な権威は国民に存するという正当性の契機である。 もともと国民主権の原理は、国民の憲法制定権力(制憲権)の思想に由来する(第一章四2参照)。 国民の制憲権は、国民が直接に権力を行使する(具体的には、憲法を制定し国の統治のあり方を決定する)、という点にその本質的な特徴がある。 ところが、この制憲権は、近代立憲主義憲法が制定されたとき、合法性の原理に従って、自らを憲法典の中に制度化し、 ① 国家権力の正当性の究極の根拠は国民に存するという建前ないし理念としての性格をもつ国民主権の原理、および、 ② 法的拘束に服しつつ憲法(国の統治のあり方)を改める憲法改正権 に転化したのである(そのため改正権は、「制度化された制憲権」とも呼ばれる。この点につき、なお、第八章三3参照)。 以上のような国民主権の原理に含まれる2つの要素のうち、主権の権力性の側面においては、国民が自ら国の統治のあり方を最終的に決定するという要素が重視されるので、そこでの主権の主体としての「国民」は、実際に政治的意思表示を行うことのできる有権者(選挙人団とも言う)を意味する。また、それは、国民自身が直接に政治的意思を表明する制度である直接民主制と密接に結びつくことになる。もっとも、国民主権の概念に権力的契機が含まれていると言っても、憲法の明文上の根拠もなく、国の重要な施策についての決定を国民投票に付する法律がただちに是認されるという意味ではない(憲法上認められるのは、国民投票の結果がただちに国会を法的に拘束するものではない諮問的・助言的なものに限られよう)。主権の権力性とは、具体的には、憲法改正を決定する(これこそ国の政治のあり方を最終的に決定することである)権能を言う。 これに対して、主権の正当性の側面においては、国家権力を正当化し権威づける根拠は究極において国民であるという要素が重視されるので、そこでの主権の保持者としての「国民」は、有権者に限定されるべきではなく、全国民であるとされる。また、そのような国民主権の原理は代表民主制、とくに議会制と結びつくことになる。 日本国憲法における国民主権の観念には、このような2つの側面が並存しているのである。(*) 従って、国家権力の正当性の淵源としての国民は「全国民」であり、すべての「国家権力は国民から発する」、ということになる。 しかし同時に、国民(有権者)が国の政治のあり方を最終的に決定するという権力性の側面も看過してはならない。 そのように考えるならば、憲法96条において憲法改正の是非を最終的に決定する制度として定められている国民投票制(第十八章三2(ニ)参照)は、国民主権の原理と不可分に結合するものと解されよう。 (*) ナシオン主権とプープル主権 フランスでは、市民革命期に君主主権を否定して制定された新しい立憲主義憲法の主権原理として、ナシオン(nation)主権をとるかプープル(peuple)主権をとるか争われ、この2つの対立が第二次大戦後の憲法にまで及んでおり、日本でも「国民主権」をその概念を用いて説明する学説が少なくない。しかし、もしナシオンの意味を「国籍保持者の総体としての国民(全国民)」、プープルの意味を「社会契約参加者(普通選挙権者)の総体としての国民(人民)」と解すれば、2つの主権原理は、本文に説いた主権主体としての「全国民」と「有権者団」の区別に対応するが、ナシオンは、具体的に実存する国民とは別個の、観念的・抽象的な団体人格としての国民の意だと一般に解されており、またプープルも、「今日では性別・年齢別の差なく文字どおりの『みんな』」だと解する説が有力であることに、注意すべきである。しかも、同じプープル主権を説く場合でも、「主権」の意味について、「統治権」と解する説もあれば権力の正当性の究極的根拠と解する説もあるなど、見解に大きな相違がみられる。 (*) 憲法制定権力 憲法をつくり、憲法上の諸機関に権限を付与する権力([英] constituent power, [仏] pouvoir constituant, [独] verfassungsgebende Gewalt)。制憲権とも言われる。国民に憲法をつくる力があるという考え方は、十八世紀末の近代市民革命時、とくにアメリカ、フランスにおいて、国民主権を基礎づけ、近代立憲主義憲法を制定する推進力として大きな役割を演じた。フランスのシェイエス(Emmanuel J. Sieyes, 1748-1836)が『第三階級とは何か』(1789年)を中心に展開した見解がその代表である。制憲権と国民主権との関係につき、第三章二2(ニ)参照。
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芦部信喜『憲法 第五版』(2011年刊) 第三章 国民主権の原理 p.35以下 <目次> 一 日本国憲法の基本原理◆1.前文の内容 ◆2.基本原理相互の関係(一)人権と主権 (二)国内の民主と国際の平和 ◆3.前文の法的性質 ニ 国民主権◆1.主権の意味 ◆2.国民主権の意味(一)主体について (ニ)権力性と正当性の両契機 一 日本国憲法の基本原理 日本国憲法は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三つを基本原理とする。 これらの原意がとりわけ明確に宣言されているのが憲法前文である。 ◆1.前文の内容 前文とは、法律の最初に付され、その法律の目的や精神を述べる文書であり、憲法前文の場合には、憲法制定の由来、目的ないし憲法制定者の決意などが表明される例が多い。 もっとも、その内容はそれぞれの国の憲法によって異なる。 日本国憲法前文は、国民が憲法制定権力の保持者であることを宣言しており、また、近代憲法に内在する価値・原理を確認している点で、きわめて重要な意義を有する。 前文は四つの部分から成っている。 ① 一項の前段は、 「主権が国民に存すること」、および日本国民が「この憲法を確定する」ものであること、つまり国民主権の原理および国民の憲法制定の意思(民定憲法性)を表明している。ついで、それと関連させながら、「自由のもたらす恵沢」の確保と「戦争の惨禍」からの解放という、人権と平和の二原理を謳い、そこに日本国憲法制定の目的があることを示している。 それを受けて、一項後段は、 「国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」と言い、国民主権とそれに基づく代表民主制の原理を宣言し、最後に、以上の諸原理を「人類普遍の原理」であると説き、「われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」として、それらの原理が憲法改正によっても否定することができない旨を明らかにしている。 ② 二項は、 「日本国民は、恒久の平和を念願」するとして、平和主義への希求を述べ、そのための態度として、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信て、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と宣言する。 ③ 三項は、 国家の独善性の否定を「政治道徳の法則」として確認し、 ④ 四項は、 日本国憲法の「崇高な理想と目的を達成すること」を誓約している。 ◆2.基本原理相互の関係 前文に盛られた国民主権原理、人権尊重主義、平和主義の原理は、次のように相互に不可分に関連している。 (一)人権と主権 第一に、基本的人権の保障は、国民主権の原理と結びついている。 専制政治の下では、基本的人権の保障が完全なものと成り得ないことは当然であり、民主主義政治の下で初めて人権保障が成立する。 先に指摘した前文一項の文書は、明らかに、国民主権およびそれに基づく代表民主制の原理(狭義の民主主義)が基本的人権の尊重と確立を目的とし、それを達成するための手段として、不可分の関係にあることを示している。 自由(人権)は「人間の尊厳」の原理なしには認められないが、国民主権、すなわち国民が国の政治体制を決定する最終かつ最高の権威を有するという原理も、国民がすべて平等に人間として尊重されて初めて成立する。 このように、国民主権(民主の原理)も基本的人権(自由の原理)も、ともに「人間の尊厳」という最も基本的な原理に由来し、その二つが合して広義の民主主義を構成し、それが、「人類普遍の原理」とされているのである(第18章三3図表参照) (二)国内の民主と国際の平和 第二に、人間の自由と生存は平和なくして確保されないという意味で、平和主義の原理もまた、人権および国民主権の原理と密接に結びついている。 国内の民主主義と国際的平和の不可分性は、近代憲法の進化を推進してきた原理だと言ってもよい。 ◆3.前文の法的性質 以上のような基本原理を明らかにしている日本国憲法の前文は、憲法の一部をなし、本文と同じ法的性質をもつと解される。 従って、たとえば前文一項の、「人類普遍の原理・・・・・・に反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」という規定は、憲法改正に対して法的限界を画し、憲法改正権を法的に拘束する規範であると解される(憲法改正権の限界については、第18章三3参照)。 しかしながら、これは前文に裁判規範としての性格まで認められることを意味しない。 裁判規範とは、広い意味では裁判所が具体的な訴訟を裁判する際に判断基準として用いることのできる法規範のことを言うが、狭い意味では、当該規範を直接根拠として裁判所に救済を求めることのできる法規範、すなわち裁判所の判決によって執行することのできる法規範のことを言う。 前文の規定は抽象的な原理の宣言にとどまるので、少なくとも狭い意味での裁判規範としての性格はもたず、裁判所に対して前文の執行を求めることまではできない、と一般に解されている。 この点に関して問題となるのが、前文二項の、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」という文章に示されている「平和的生存権(*)」である。 学説では、右規定の(狭い意味での)裁判規範性を認めることは出来るとし、平和的生存権を新しい人権の一つとして認めるべきであるという見解も有力である。 しかし、平和的生存権は、その主体・内容・性質などの点でなお不明確であり、人権の基礎にあってそれを支える理念的権利ということは出来るが、裁判で争うことの出来る法的権利性を認めることは難しい、と一般に考えられている。 (*) 平和的生存権 平和的生存権という考えは、自衛隊違憲訴訟において、1960年代から主張されたものである。平和的生存権は、「平和を享受する権利」を意味し、憲法9条の戦争の放棄の原則との関連で、平和を人権として捉えるという意図に基づくものである。具体的には、基地付近の住民が基地の撤廃を裁判所に求める場合の「訴えの利益」を基礎づけるために主張された。しかし、判例においては、長沼事件(第四章三3*参照)一審判決は、平和的生存権を訴えの利益の一つの根拠として認めたが、二審判決はこれを否定し、最高裁判所でも前文二項の裁判規範性は実質的に認められなかった。 ニ 国民主権 国民主権の原理は、絶対主義時代の君主の専制的支配に対抗して、国民こそが政治の主役であると主張する場合に、その理論的支柱とされた観念で、近代市民革命の成立以後、国家統治の根本原理として近代立憲主義憲法において広く採用されている。 もっとも、その原理の内容を具体的にどのように理解するかについては様々な見方が示されてきており、現在もなお活発な議論が展開されている。 ◆1.主権の意味 主権の概念は多義的であるが、一般に、 ① 国家権力そのもの(国家の統治権)、 ② 国家権力の属性としての最高独立性(内にあっては最高、外に対しては独立ということ)、 ③ 国政についての最高の決定権、 という3つの異なる意味に用いられる。 これは歴史的な理由に基づく。 すなわち、主権という概念は、絶対主義君主が中央集権国家をつくりあげていく過程において、君主の権力が、封建領主に対しては最高であること、ローマ皇帝に対しては独立であることを基礎づける政治理論として主張された概念であった。 ところが、「朕は国家なり」の思想が支配していた専制君主制国家では、3つの主権概念は「君主の権力」という形で統一的に理解されていたが、その後、君主制の立憲主義化にともなって国家の概念も変化し、君主の権力と国家権力とは区別して考えられるようになり、主権の概念が3つに分解したのである。 (一) 統治権 ①の国家権力そのものを意味する主権とは、国家が有する支配権を包括的に示す言葉である。立法権・行政権・司法権を総称する統治権(Herrschaftsrechte, governmental power)とほぼ同じ意味で、日本国憲法(41条)に言う「国権」がそれにあたる。統治権という意味の主権の用例は、ポツダム宣言8項「日本国ノ主権ハ、本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限サラルベシ」という規定にみられる。 (ニ) 最高独立性 ②の国家権力の最高独立性(国家権力の主権性とも言われる)を意味する主権は、主権概念の生成過程から言えば、本来の意味の主権の概念である。憲法前文3項で、「自国の主権を維持し」という場合の主権がその例であるが、そこでは国家の独立性に重点が置かれている。 (三) 最高決定権 ③の国政の最高の決定権としての主権とは、国の政治のあり方を最終的に決定する力または権威という意味であり、その力または権威が君主に存する場合が君主主権、国民に存する場合が国民主権と呼ばれる。憲法前文1項で「ここに主権が国民に存することを宣言し」という場合の主権、および1条で「主権の存する日本国民の総意」という場合の主権がこれにあたる。 ◆2.国民主権の意味 「国民主権」がいかなる意味・内容を有するかについては、さまざまの議論があるが、ここでは、次の2点を注意しておきたい。 (一)主体について 第一は、国民主権の観念は、本来、君主主権との対抗関係の下で生成し、主張されてきたもので、君主主権であることは国民主権ではなく、国民主権であることは君主主権ではない、という相反する関係にあることである。 従って、主権は君主にあるのでも国民にあるのでもなく、国家にあるとか、主権は天皇を含む国民全体にあるとか、という趣旨の説明は、戦後よく主張されたが、政治的な配慮に基づく考え方で、理論的には正当とは言い難い。 戦前のドイツで支配的な学説であった国家法人説は、先に触れたように(第二章一2*参照)、国家は法的に考えると法人、すなわち権利(統治権)主体であり、君主はその最高機関であると説き、君主主権か国民主権かは、国家の最高意思を決定する最高機関の地位に君主が就くか国民が就くかの違いにすぎない、と主張した。 そして、「主権」という概念は国家権力の最高独立性を示す本来の概念としてのみ用いるべきであるとし、君主主権か国民主権かという近代憲法が直面した本質的問題を回避しようとした。 それは、急激な民主化を好まない19世紀ドイツの立憲君主制に見合った理論であった。 この国家法人説は、明治憲法の下では天皇機関説に具体化され、憲法の神権主義的性格を緩和する役割を果たした。 しかし、国民主権の確立した日本国憲法の下では、もはやその理論的有用性をもたない。 (ニ)権力性と正当性の両契機 第二に注意を要するのは、国民主権の原理には、2つの要素が含まれていることである。 一つは、 国の政治のあり方を最終的に決定する権力を国民自身が行使するという権力的契機であり、 他の一つは、 国家の権力行使を正当づける究極的な権威は国民に存するという正当性の契機である。 もともと国民主権の原理は、国民の憲法制定権力(制憲権)の思想に由来する(第一章四2参照)。 国民の制憲権は、国民が直接に権力を行使する(具体的には、憲法を制定し国の統治のあり方を決定する)、という点にその本質的な特徴がある。 ところが、この制憲権は、近代立憲主義憲法が制定されたとき、合法性の原理に従って、自らを憲法典の中に制度化し、 ① 国家権力の正当性の究極の根拠は国民に存するという建前ないし理念としての性格をもつ国民主権の原理、および、 ② 法的拘束に服しつつ憲法(国の統治のあり方)を改める憲法改正権 に転化したのである(そのため改正権は、「制度化された制憲権」とも呼ばれる。この点につき、なお、第八章三3参照)。 以上のような国民主権の原理に含まれる2つの要素のうち、主権の権力性の側面においては、国民が自ら国の統治のあり方を最終的に決定するという要素が重視されるので、そこでの主権の主体としての「国民」は、実際に政治的意思表示を行うことのできる有権者(選挙人団とも言う)を意味する。また、それは、国民自身が直接に政治的意思を表明する制度である直接民主制と密接に結びつくことになる。もっとも、国民主権の概念に権力的契機が含まれていると言っても、憲法の明文上の根拠もなく、国の重要な施策についての決定を国民投票に付する法律がただちに是認されるという意味ではない(憲法上認められるのは、国民投票の結果がただちに国会を法的に拘束するものではない諮問的・助言的なものに限られよう)。主権の権力性とは、具体的には、憲法改正を決定する(これこそ国の政治のあり方を最終的に決定することである)権能を言う。 これに対して、主権の正当性の側面においては、国家権力を正当化し権威づける根拠は究極において国民であるという要素が重視されるので、そこでの主権の保持者としての「国民」は、有権者に限定されるべきではなく、全国民であるとされる。また、そのような国民主権の原理は代表民主制、とくに議会制と結びつくことになる。 日本国憲法における国民主権の観念には、このような2つの側面が並存しているのである。(*) 従って、国家権力の正当性の淵源としての国民は「全国民」であり、すべての「国家権力は国民から発する」、ということになる。 しかし同時に、国民(有権者)が国の政治のあり方を最終的に決定するという権力性の側面も看過してはならない。 そのように考えるならば、憲法96条において憲法改正の是非を最終的に決定する制度として定められている国民投票制(第十八章三2(ニ)参照)は、国民主権の原理と不可分に結合するものと解されよう。 (*) ナシオン主権とプープル主権 フランスでは、市民革命期に君主主権を否定して制定された新しい立憲主義憲法の主権原理として、ナシオン(nation)主権をとるかプープル(peuple)主権をとるか争われ、この2つの対立が第二次大戦後の憲法にまで及んでおり、日本でも「国民主権」をその概念を用いて説明する学説が少なくない。しかし、もしナシオンの意味を「国籍保持者の総体としての国民(全国民)」、プープルの意味を「社会契約参加者(普通選挙権者)の総体としての国民(人民)」と解すれば、2つの主権原理は、本文に説いた主権主体としての「全国民」と「有権者団」の区別に対応するが、ナシオンは、具体的に実存する国民とは別個の、観念的・抽象的な団体人格としての国民の意だと一般に解されており、またプープルも、「今日では性別・年齢別の差なく文字どおりの『みんな』」だと解する説が有力であることに、注意すべきである。しかも、同じプープル主権を説く場合でも、「主権」の意味について、「統治権」と解する説もあれば権力の正当性の究極的根拠と解する説もあるなど、見解に大きな相違がみられる。 (*) 憲法制定権力 憲法をつくり、憲法上の諸機関に権限を付与する権力([英] constituent power, [仏] pouvoir constituant, [独] verfassungsgebende Gewalt)。制憲権とも言われる。国民に憲法をつくる力があるという考え方は、十八世紀末の近代市民革命時、とくにアメリカ、フランスにおいて、国民主権を基礎づけ、近代立憲主義憲法を制定する推進力として大きな役割を演じた。フランスのシェイエス(Emmanuel J. Sieyes, 1748-1836)が『第三階級とは何か』(1789年)を中心に展開した見解がその代表である。制憲権と国民主権との関係につき、第三章二2(ニ)参照。