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前ページ次ページゼロのエルクゥ ニューカッスル城の港は、大陸の真下に存在した。 雲と大陸そのものに覆われて真っ暗な中を空飛ぶ船が進むのは、さすがの耕一もいささか肝を冷やした。 「なに、我が王立空軍の航海士には造作もないことさ。真に空を知る者は、奴らのような恥知らずどもに与したりはせぬよ」 ウェールズは耕一の正直な感想を、そう笑い飛ばした。 二隻の船は、大陸の真下にぽっかりと開いた鍾乳洞のような洞窟に、するすると滑り込んでいく。 ヒカリゴケで十分に明るいそこには多くの兵士達が待機していて、イーグル号に続いてマリー・ガラント号が港に入ってくると、割れるような歓声を叫び出した。 網の目のようなたくさんのロープに繋がれ、並んだ丸太の上にどすんと腰を下ろした船に、まるで飛行機から偉い人が降りてくる時のような木製のタラップが取り付けられ、ウェールズがそれを降っていく。 「ほほ、これはまた、大した戦果ですな、殿下」 「喜べパリー。積荷は硫黄だ! 硫黄!」 「ほほう、硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! これで我々の名誉も守られると言うものですな!」 近寄ってきた老人と、手を叩いて喜び合うウェールズ。 老人は戦果であるマリー・ガラント号を見て、おいおいと泣き始めてしまった。 「先の陛下よりお仕えして六十年……こんなに嬉しい日はありませんぞ、殿下。反乱が起こってからというもの、苦汁を舐めっぱなしでございましたが……なに、これだけの硫黄があれば」 泣くのをやめた老人とウェールズが、朗らかに笑った。 「王家の誇りと名誉を、余すところなく叛徒どもに示す事が出来るだろう。始祖にも胸を張って拝謁賜る事が出来るというものだ」 「くく、この老骨、武者震いが致しますぞ」 洞窟を歩きながらひとしきり笑いあう。 始祖に会う―――つまりは、死後の世界へ行くというハルケギニアの言い回しに、ルイズと、なぜかそれを理解できてしまった耕一の顔が強張った。 「状況は?」 「きゃつらは数に任せて包囲を敷きながら、未だに沈黙を保っておりまする。総攻撃は近いと思われますが……」 「布告もなく仕掛けてくるほど恥知らずではないと思いたいものだな」 「全くです。ところで、後ろの方々は?」 皮肉げに一つ笑みを浮かべた後、老人がウェールズの後ろについていたルイズ達を、興味深げな視線で見つめた。 「トリステインからの大使殿一行だ。重要な用件で、我が王国に参られたのだ」 老人は、一瞬だけ、ぱちくりとまばたきをすると、次の瞬間には柔らかい仕草で敬礼をしていた。 「これはこれは大使殿。遠路はるばるようこそいらっしゃいました。わたくし、殿下の侍従を務めさせてもらっております、パリー・ベアと申しまする。大したもてなしは出来ませぬが、どうぞゆるりとなさっていかれませ」 「パリー・ベア? その名、どこかで聞いた事が……」 侍従だと言うその老メイジに、ワルドの瞳がキラリと光った。 「防衛戦を特に得意とし、『鉄壁』のパリーと呼ばれた名将軍だ。じいやがいなければ、とっくの昔に王党派は蹴散らされていただろうな!」 「ほう! 『鉄壁』と言えば、アルビオンのイージスとまで謳われた、あのベア元帥ですか! ご高名はかねがね」 「かっかっかっ。誉めすぎですぞ殿下に大使殿。昔取った杵柄というやつですわい」 「敵の策にはまって本陣が奇襲を受けた際、前王ジェラール一世の盾となり、襲いくる剣戟や魔法を全て剣一本で捌ききったという逸話は、士官学校では必ず話題に昇りますからな。いや光栄です」 ワルドも混ざった軍人連中が話に花を咲かせながら連れ立っていくのに、ルイズと耕一は所在なげに付いていくのだった。 § ウェールズの居室は、まがりなりにも城の天守に存在する部屋にしては、質素そのものと言っていい部屋だった。 粗末なベッドに椅子とテーブルが一組。飾りらしきものは、壁にかけられた戦の様子を描いたタペストリーのみ。よっぽど、魔法学院の寮の方が豪奢と言える。 ウェールズは椅子に腰を下ろし、引出しを開いた。中には、宝石をあしらった、小さな小箱が一つ。 それを、またあの―――清冽な諦めの目で見据えると、身につけていたネックレスについていた小さな鍵で、その箱を開けた。 中には、端々が擦り切れた手紙が一通入っていた。蓋の裏には、この前見た本人よりは少し幼い面影を持つアンリエッタの肖像が描かれている。 「……宝箱でね」 3人の視線が箱に集まっている事に気付いたウェールズは、はにかむように言った。 手紙を取り出し、愛おしそうな、それでいて―――やはり、届かぬものを見やるような目でそれに口付け、手紙を開いて読み始めた。 端がぼろぼろなのは、何度もそうやって読み返されたからなのだろう。 何度目かもわからない、まるで一つの儀式のようでもあったそれを終えると、ウェールズは丁寧に手紙をたたみ、封筒に戻した。 「これが件の手紙だ。このとおり、確かに返却したぞ」 「……ありがとうございます」 ルイズは深々と頭を下げ、手紙を受け取った。 「貴族派からの攻撃予告があり次第、例の隠し港から、非戦闘員である女子供を乗せてイーグル号とマリー・ガラント号が出港する手はずになっている。おそらくは今日明日中になるだろう。それに乗って帰るといい」 「はい……」 「部屋を用意させよう。大使の任、ご苦労だった。今日はゆっくり休んでくれ」 「…………」 「どうか、したのかね?」 ルイズは、しばらくの間、手紙を見つめるようにじっと俯いていたが、やがて顔を上げ、潤んだ目をウェールズに向けた。 「殿下。失礼ですが、少し聞かせていただいてもよろしいですか? 「なんなりと答えよう。明日にも滅ぶ王国に、何も隠し事などないからね」 ルイズの顔が歪む。そのウェールズの言葉が、ルイズの聞きたい答えであるらしかった。 「……やはり、勝ち目はないのですか」 「ないよ。我が軍は三百。対して反乱軍は五万を下らぬ。どれほどの奇跡が起これば勝てるのか、見当もつかないな」 「死ぬ、おつもりなのですか」 「ははは。負け戦こそ武人の華。死ぬつもりも負けるつもりも毛頭無いが、いつでも覚悟はしているさ」 「……殿下」 先程の侍従の老人とのやりとりといい、この戦いで真っ先に散るつもりなのだ、というのは、ルイズにもわかった。 「……恋人を置いて、ですか?」 「こ、コーイチ?」 何も言えなかったルイズの次を、耕一が続けた。 「…………アンリエッタから聞いたのかい?」 「いいえ。……同じような境遇の人を、見知っているので。お姫さまも、あなたも……その人達に、よく似た表情をしていました」 「そうか。まあ、珍しくもない話だからね」 ウェールズは、特に感情もなく微笑んだ。 「姫さまの、お手紙をしたためる時の切なげな表情と……殿下の、お手紙を読まれる時の物憂げな表情は、そういう事だったのですね」 ルイズは、どこか納得したように頷いている。 「では、この姫さまから贈られた手紙というのは……」 「……想像の通り、恋文だよ。始祖の名の元に愛を誓っている、ね」 「始祖ブリミルへの誓いは、婚姻の際に行われる永遠のもの……なるほど、確かに、政略結婚とはいえこれから結婚する相手が別の男にそんなものを贈っていたとなれば、ご破談になる可能性は少なくないでしょうな」 ワルドが捕捉すると、ウェールズは重く頷いた。 「殿下と姫さまが恋仲であったというのなら……なぜ、なぜ死のうとなさるのですか?」 「もう昔の話さ」 「嘘です! 姫さまも殿下も、昔の事だなんていう表情ではありませんでした!」 ルイズは、熱っぽく声を荒げた。 「殿下! トリステインに亡命なされませ! 殿下さえご健在なら、きっとアルビオンを再興する事も……!」 「ルイズ」 ワルドがその肩を掴む。しかし、ルイズは止まらない。 「お願いです。姫さまは、愛する人が死ぬとわかっていて見捨てるような方ではありませぬ。きっと、先程の封書にも、亡命を勧める一文があるはずでございます……あの時の、あの時の姫さまが、お苦しそうに最後に書き付けたのは、それのはずでございます!」 搾り出すようなルイズの言葉は、正鵠を射ていた。密書の最後に、付け足されたように掛かれた一文は、彼に生き延びて欲しいと言う嘆願であった。 「私の知っているアンリエッタは……自分の情のために、民を危険に晒すような人ではないよ。ミス・ヴァリエール」 「で、殿下?」 「反乱軍……『レコン・キスタ』の大義は三つ。我らテューダー王家は統治者として相応しくないという事。ハルケギニアは一つに統一されるべきであるという事。そして……『聖地』を奪還するという事だ」 ウェールズの真剣な顔に、ルイズは言葉を呑む。 「王家に対する反乱である以上……その一員である私が亡命するという事は、亡命先の国は、統治者に相応しくない王家をかくまった国であるという事になる。戦争を仕掛ける口実としては、十分だ」 「そんな……あんな恥知らずどもの言う事なんて……っ!」 ウェールズがトリステインに亡命すれば、間断無くトリステインまでもが戦渦に巻き込まれる。言葉では反論するが、ルイズの目はウェールズの言葉の正しさを悟っていた。 「ハルケギニア統一を謳っている以上、時間の問題ではあるかもしれんが……少なくとも私の亡命は、その何よりも大切な時間を限りなくゼロにする効果しかない。私も、アンリエッタも、王家に産まれた者として、守るべきものがある。わかるかい、大使殿?」 「…………殿、下」 そこまで言われて、ようやくルイズにも気が付いた。彼は、アンリエッタを庇っているのだと。ここで果てるつもりなのは、アンリエッタを想う故でもあるのだと。 「我ら王家は、内憂を払う事叶わなかった。今ここでこうしている事そのものが、我らが統治者として相応しくないという貴族派の主張が正しい事の裏付けなのだよ。ならば、王が守るべきもの―――国の民達の為、戦いなど一刻も早く終わらせるべきなのだ」 「殿下……」 ウェールズの語る覚悟の深さに、ルイズとワルドが神妙に頭を下げる。 どうしようもなく正しい言葉だった。ハルケギニアの人間ならば、誰にも二の句が告げないような。 ―――しかし。彼は、柏木耕一は、ハルケギニアの人間ではなく。 その正しい選択がもたらす悲劇を、知り抜いていた。 「少し、昔話をしたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」 目を閉じ、酷く静かな―――どこか、怒っているような、それとも泣いているような―――平坦な口調で、耕一はそう切り出した。 「……コーイチ?」 ルイズは、これまでどこかのんびりとした態度を崩さなかった自らの使い魔が初めて見せる雰囲気に、目をパチパチと瞬かせた。 「ふむ。そう長くならないのなら、聞かせてもらおう。どんな話なのかね?」 ウェールズは、微笑みで答えた。 「そうですね。題は―――『雨月山物語』」 耕一は目を閉じたまま……何かを思い出すように、口を動かし始めた。 「"それは、遠い遠い昔の事。遥か東の地にある雨月という山に、何処ともなく現れた悪い鬼の一族が住み着きました―――"」 § 鬼は、人を狩る事が生き甲斐の化け物でした。 人が死ぬ間際に、蝋燭の炎のように一瞬燃え上がる生命の炎を何よりも好み、その為だけに人々を殺して回りました。 大木を次々と薙ぎ倒して山中を進み、妖しき数多の術を用いて村々を焼き放ち、強靭なる体躯を以って人々を引き裂き、その地に住んでいた人々を震え上がらせました。 時の領主は討伐隊を派遣しますが、二度組織された討伐隊は、二度とも散々に討ち滅ぼされてしまいました。 それは、二度目の戦いの事でした。 次郎衛門は、第二次討伐隊に参加していた剣士でした。 戦いの前夜。彼は近くの河原で、一人の少女と出会います。 言葉が通じない、異国の出で立ちをした少女。不器用な身振り手振りだけの、しかし心温まるやりとりは、これから戦に向かう次郎衛門の心を明るくさせてくれました。 しかし、鬼達の妖術によって炎を浴びせかけられ、炎の中を押し寄せた鬼の群れに襲われ、討伐隊は全滅を喫します。辛くも生き延びた次郎衛門も、辿り着いた河原に倒れ、生死の境を彷徨います。 その時、炎の中から現れたのが、その少女でした。 少女は、鬼達のお姫さまであったのです。 鬼の姫は、河原で倒れている次郎衛門に、自らの血を飲ませました。 すると、今にも死ぬ寸前であった次郎衛門の体が、みるみると回復していきました。 鬼の血を飲んだ次郎衛門の身は鬼と化し、鬼の強靭な肉体を手に入れたのです。 鬼の姫の名前は、エディフェル。鬼と変えられた事で、言葉が通じるようになっていました。 近くの小屋で目を覚ました次郎衛門は、しかし、呪わしい鬼へと体を変えられてしまった怒りを、ずっとそばで看病してくれていたエディフェルにぶつけました。 怒りと恨みにむせび泣く次郎衛門を、エディフェルは優しく抱きしめ続けました。 エディフェルは、次郎衛門との触れ合いで、彼を愛してしまっていました。 次郎衛門も、自分の怒りを優しく抱きとめ続けられるうちに、一時会っただけのこの少女に一目惚れしていた事に気付きました。 二人は愛し合い、夫婦となります。 人里離れたところでひっそりと暮らすしかありませんでしたが、二人は互いさえ居ればそれだけで幸せでした。 しかし、幸せは長くは続きませんでした。 人間を助け、人間と夫婦になったエディフェルは、人を狩る事が生き甲斐の鬼からすれば、許されない裏切り者だったのです。 彼女の姉である一番上の鬼の姫、リズエルの手によって、エディフェルは殺されてしまいます。鬼の掟では、裏切り者は身内の手によって罰せられなくてはなりませんでした。 今際の際、エディフェルは、姉を恨まないでと言い残しました。全てわかっていた事だからと。 次郎衛門は、いつまでも泣き続けました。そして涙が枯れ果てた頃、その心にあったのは、愛する者を奪った鬼に対する、激しい怒りでした。 そんな次郎衛門の元に、一人の少女が訪れます。 彼女の名前はリネット。エディフェルの妹でした。 末娘である彼女と、妹であるエディフェルをその手にかけた長女のリズエル、次郎衛門達とは別に、一人の人間の少女と交流を持った次女、アズエル。 三女であるエディフェルを亡くした鬼の皇女の四姉妹達は、それぞれの理由で、人を狩るだけという鬼の在り方に疑問を持ち、復讐に燃える次郎衛門に力を貸しました。 彼女達の助力もあり、次郎衛門がリーダーとなって組織された3回目の討伐隊によって、鬼達は見事退治されました。 しかしその中で、リズエルは敵の大将に殺され、アズエルはその人間の少女を庇って死んでしまいました。 リネットは生き残り、次郎衛門の妻となりました。彼女が力を貸したのは、次郎衛門を愛しているからだったのです。 しかし、共に暮らす次郎衛門の心からエディフェルの事が忘れられる事は、生涯なかったのでした……。 § 「―――めでたし、めでたし」 「…………」 「…………」 「…………」 3人は、耕一の話をじっと聞いていた。それぞれに思うところがあるのか、退屈そうな顔は誰もしていなかった。 ふうっ、と、緊張をほぐすように、ウェールズが小さく息を吐く。 「……なかなか興味深いお話だったよ。でも、それをなぜ私に?」 「いえ。ただ、参考になればと思っただけです……残される者の想いと物言わぬ優しさが、さらなる悲劇に繋がる事もあると」 「……そうか」 ウェールズはさっと目を伏せ、すぐに顔を上げた。窓から、とっぷりと日が暮れた外を見やる。 「少し話が長くなったようだね。今日はもう休みたまえ」 § 「…………」 窓から覗くアルビオンの空は、どことなくトリステインのそれよりも高い気がした。実際高いのだから当たり前だが、目に見えて違うわけでもないなあ、とかそんなどうでもいい事を考えながら、ワイングラスを少しだけ傾けた。 以前に家族と旅行で来た時は、そんな事を思った記憶もない。空なんて気にもならなかった。 「窓辺で物思いに耽る姿もなかなか様になっているね、ルイズ」 「からかわないで、ワルド」 「……本気のつもりなんだがね」 向かいの椅子に座るワルドが、同じくグラスを傾けながら苦笑している。 「…………ジローエモン、エディフェル」 聞き覚えのあるその名前を、小さく呟く。 確かに覚えている。その名前を。燃え盛る炎の中、再会を誓って死出の口付けを交わした男女の夢を。 ―――あの夢は……一体、何? コーイチ自身の過去なのだろうか? ……いや、あの時の男の声は、コーイチのものとは違っていた。夢の中では男そのものになっていたのだから、間違えるはずはない。 自分の声は、自分で聞くものと他人に聞こえたものとでは違う、という話は知っていたが、それでも違いは明らかだ。夢の中のそれは、野太く逞しく、熟しきった男の声だった。コーイチの声も太い方ではあるが、どこか清潔感というか、少年っぽいところが残っている。 では、本当に、ただのおとぎ話? いや、そんなはずはない。だって―――。 ぞくり、と背筋が震えた。あの、真っ赤に溶けるような激情を思い出す。 話をしていたコーイチからは……だいぶ穏やかになってはいたものの、同じ色のシグナルが感じられたからだ。 それは、ルイズと意識を通じあわせようとしていたわけではなく……溢れる感情を自分でも抑えきれずに周りに放出していたとか、そんな感じのものだった。 でも、じゃあ、何なのだろう。 あの夢は。あの昔話は。コーイチ自身は。エルクゥとは。そしてあの……想いは。 「……考えてわかる事じゃないわよね」 ルイズは頭を振り、そこで考えを打ち切った。夢は夢だ。あの光景が、耕一の語った昔話の実話だという証拠は何にもないのだし。 それでも……知りたいと思った。事実を知りたいと。 「考え事は済んだのかい?」 「ひゃっ!」 「おっ?」 ワルドがタイミングを見計らったかのように声をかけると、ルイズはびくっと椅子を引きつらせて驚いた。 「ず、ずっと見てたの? 趣味が悪いわ」 「はは。なに、話があったのだがね。物思いに沈む君も、存外に魅力的だったよ。驚く顔もね」 「……もう」 ルイズは唇を尖らせた。 ワルド子爵。この旅が始まってから、常に好意的に接してくれている貴族の青年。 本人は婚約者だからというけれど……その態度にはどこか違和感が付きまとい、素直に受け止められないでいた。 まだ子供扱いされているのだ、とルイズは考えている。事実、彼の振る舞いは、恋人にというより、甥や姪、友人の子供に対する親愛の態度のように思えた。自分自身より、自分に付随する親への親愛が先にあって、自分へのそれは二次的なもの。そんな感じだ。 それが不満か、と言われると、曖昧だ。 恋人に半人前扱いされたら普通は悔しくなるものだと思うが、特にそんな事は感じなかった。 歳と実力の差が開き過ぎていて、悔しいと感じるのも通り過ぎているのかもしれない。 物心ついた頃には憧れていた子爵様。長らく会う事もなかった彼がいきなり積極的になるなんて、まるで夢のようで、実感がないのかもしれない。 「ルイズ」 「なあに?」 「トリステインに帰ったら、僕と結婚しよう」 「ー――へっ?」 思わずワイングラスを取り落としそうになり、慌てて受け止めた。幸い、中身が零れる事はなかった。 「い、いきなり何を言い出すのよっ!?」 「いきなりじゃないさ。僕達は婚約者だろう?」 「そ、そうだけど……」 それでも、いきなりだ。ルイズはそう口を開きかけたが、なぜか言えなかった。 全て言葉の先を越されて言おうとした事を封じられる。そんな気がした。 「僕の事は嫌いかい?」 「そんな……嫌いなわけないじゃない」 「好きでは、ないのかい?」 「それは……」 ワルドの問いに、ルイズは答えられなかった。 嫌いではない。それは間違いない。 けれど、好きかと聞かれると、わからない。恋人として、夫として愛する、という事に、全く現実感が湧かなかった。 ルイズの成長は、いつも魔法の事と隣り合わせだった。『ゼロ』の二つ名を払拭する為の不断の努力。それが、ルイズを育んできた原動力だ。 周囲の女のように恋とか愛とかに現を抜かしている暇はなかったし、周囲の男なんて自分を侮蔑して罵倒するか侮り混じりに同情するかの二択だ。恋心なんて経験出来るはずもなかった。 「……恋とか、したことないの。だから、ごめんなさい。わからないわ」 「そうか……婚約者として、喜べばいいのか悲しめばいいのか、微妙なところだね」 言いながらも、ワルドの表情は、まるで貼り付けたかのように、優しい貴族のもののままだった。 「いや、これまで放っておいたのは僕だから、どちらもその資格はないかな。でも、僕は本気だ。僕には君が必要なんだ。それだけはわかってほしい」 「……『ゼロ』の私が、必要なの?」 なぜワルドはこんなに自分に固執するのだろう、と浮かんでいた疑問を、そのまま言葉にした。 わざわざゼロでちんちくりんで可愛げのない自分じゃなくても、魔法衛士隊の隊長のスクウェア・メイジともなれば、女の子には苦労しないだろうに。 「君は『ゼロ』なんかじゃない。僕にはわかっていた。あの、魔法を失敗ばかりして池の小舟の中で泣いていた君の姿に、僕は確かな才能を見つけていたんだ」 「才能……?」 自分からは一番遠い言葉だ。そんなもの、あるわけがない。 「そうさ。君はいつか偉大なメイジになる。始祖にも肩を並べるほどのね」 「……冗談はよして」 お世辞にしてもあまりにあまりだ。逆に気分が悪くなりそうだった。 「冗談なんかじゃない。普通のメイジには、亜人なんて使い魔に出来ないだろう。それも、あんな強力な亜人を、だ」 「それは……」 「彼はガンダールヴさ」 「ガンダールヴって……始祖ブリミルの」 聞き覚えのある単語だった。デルフリンガーが口走ったそれは……。 「そう。始祖が率いたという伝説の使い魔だ。彼に刻まれているルーンは、ガンダールヴのルーンなんだよ」 「そ、そんなの……」 聞くなり、荒唐無稽と斬り捨てた話。 あのボロ剣の言っていたそれが、本当だったとでもいうのだろうか? 「私は……」 ワルドの事。耕一の事。自分の事。世界の事。 何が嘘で何が本当か、お世辞なのか冗談なのか本気なのか事実なのか。ルイズはまるっきりわからなくなってしまった。 情報が足りない。推測する経験が足りない。あれだけ勉強したのに、頭の中に渦巻く言葉をまとめることも出来ない。どこに歩いていけばいいのか、わからない。 しかし、その混乱の中で……ただ一つ、わかった事があった。 「……時間をちょうだい、ワルド」 「時間?」 「帰ったらなんて、やっぱり急過ぎるわ。せめて、学院を卒業するぐらいまで……考えさせてほしいの」 答えを知りたい、とルイズは思った。 私は本当に『ゼロ』なのか。それとも、ワルドの言う通り、コーイチを真に使役できるような才能が眠っているのか。 これまで、『ゼロ』なんて嫌だと、目を閉じ耳を塞いでひたすらに走り続けてきた。『ゼロ』なんて認めない。ヴァリエール公爵家の娘がそんな事なんてありえない。必ず使えるようになってやると。使えるはずだと。 今、がむしゃらにでも進んでいた方向が、全くわからなくなった事で……ルイズは初めて、真実を知りたいと、強くそう思った。『ゼロ』である事が確定してしまうかもしれない恐怖より、事実ありのまま、本当の事を知りたいという欲求が勝ったのだ。 そうしてこそ、初めて前に歩き出せると。 それは奇しくも―――目の前の狂える求道者と、同じ結論であった。 「……そうだね。すまない、僕が急ぎ過ぎていたようだ。待っているよルイズ。君が君の答えに辿り着くのをね」 神妙な声でルイズから窓の外へと向けられたワルドの瞳は、しかし何者をも映していなかった。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
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前ページ次ページゼロの花嫁 ゼロの花嫁7話「アニエスとロングビル」 事の発端はいつもの酒場でのちょっとした会話であった。 ロングビルとアニエスの二人は、何時ものようにお互いの近況などを話しながら楽しい時を過ごす。 そこで、アニエスの仕事の話題が出た。 ここ最近になって街に入る麻薬の量が格段に増えたと。 先だっての暴動、ルイズも巻き込まれたあの騒ぎも、それが原因の一つと考えられている。 当局も必死に摘発に当たっているが、急激な増加である為、検挙の人手が足りていないという話らしい。 おかげで半ば黙認に近い形が成立してしまっている。 新しい犯罪組織が出張ってきた。そう考えるべきなのだろうが、その影も形も捉えられずでは打つ手が無い。 これには強気のアニエスも流石に参っていた。 ロングビルはグラスを傾けながら、何の気無しに呟く。 「何処かで派手な値崩れでも起こしたのかしらね?」 ロングビルの言葉の意味がわからず問い返すアニエスに、意外そうにロングビルは答える。 「麻薬なんて元々貴族連中でもなきゃ手が届かないぐらい値が張るじゃない。 その値段が落ちたから平民達も手に出来るようになったんじゃない?」 違法な植物である麻薬は、当局の摘発を逃れる為、細々と隠れるように栽培されているのが常だ。 生産量も当然少なく、値段も張るというわけで。 「大きな産地でも出来たのかしら」 まるで商人のような事を言うロングビルを、アニエスは目を丸くしながら見ていた。 「そういう発想は無かった……凄いなロングビル。お前は賢い。そうだ、その通りだ。 何処かで大量に作っている場所があるからあれだけの量が入り込んで来る」 宝石類並みの希少価値であった麻薬に対し、そこまで考える人間は今まで居なかったようだ。 周囲の目もあり、大規模な麻薬栽培は現実的ではないと考えられていた。 そもそも麻薬の市場というものが統治側である貴族に限られていた今までとは、明らかに状況が違うのだ。 新しい犯罪のあり方を今アニエスは目にしているのかもしれないと思うと、背筋が薄ら寒くなってくる。 「そうだ、あれだけの量を栽培しているとなれば産地は限られてくるはず。国中に人をやって調査すれば必ず……」 「産地がトリステインとは限らないんじゃない? いえ、むしろトリステインだったら既存の組織が関わってないはずないし、それなら貴方達の耳にも入るんじゃないかしら」 ロングビルの指摘で言葉に詰まるアニエス。 殊更に陽気に言うロングビル。 「私だったら……そうね、国境に網を張って怪しそうな連中片っ端から当たるわ。 運んでる人間押さえれば、幾らなんでも何の情報も得られないって事はないでしょ」 尊敬に満ちた視線でロングビルを見るアニエス。 「こんな身近に賢者が居たとは、もしよければもう少しお前の考えを聞かせてはもらえないか」 快く承諾すると、ロングビルは考えを整理する時間をもらい、一つ一つ確かめるようにしながら発言する。 「どの国が臭いかって話だけど、まずアルビオンは却下。あそこから物運ぶのは目立ちすぎるわ。 それにあの国に居たら今は麻薬で遊んでる暇無いでしょ」 真剣な表情でロングビルの発言に一々頷くアニエス。 「後はゲルマニアかガリアかだけど、これは根拠が薄いけど勘弁してね。私の読みだとガリアよ」 「何故だ? ゲルマニアの方がよほどらしい気がするが」 ロングビルはトリステインと国境を接する領地を治めるゲルマニアの貴族、ツェルプストー家の反応がそれっぽくないと理由を述べる。 先日、学園で騒ぎを起こしたキュルケが実家に家族呼び出しの連絡を送られたのだが、ツェルプストー家からは冷淡と言っても過言でない程おざなりな使者が来ただけであった。 ロングビルもオールドオスマンに従い使者の話す様を見ていたが、目の肥えたロングビルの目から見ても、いかにも重要度の低い使者が頭を下げに来たのみ。 それも早々に引き上げていってしまった。 自国内で大規模な麻薬栽培の気配があったとして、国境を治める領主がそれを知らぬはずがない。 そこに来て理由を付けての呼び出し、もしトリステイン側にゲルマニアが疑われていると考えていれば、もっと気の効いた人物をよこしてこちらの状況を探るはず。 もちろんツェルプストー家当主がボンクラの可能性も否めないが、実力主義のゲルマニアにおいて代々国境を任されるているかの一族を、ロングビルは過小評価してはいなかった。 そんな気配すら感じぬツェルプストー家の対応は、必然的に残るガリアへの疑惑となっていく訳だ。 大きく頷くアニエス。 「ありがとうロングビル、早速私も対応しよう! 皆この件をどうにかしたいと悩んでいた所だ、きっとすぐに動いてくれる! 犯罪者共に目に物見せてくれる!」 「少しでも力になれたんなら嬉しいわ。頑張ってね」 随分長い事犯罪者やってきたが、治安組織にその知識をもって協力したのはこれが始めてだ。 人生何がどう役に立つかわからないものね、と暢気な事を考えながらも、友人からの敬意の眼差しがこんなにも気持ちの良い物とは思いもよらなかったロングビルは、上機嫌でグラスを傾けるのだった。 アニエス率いる調査隊が国境付近に着いたのは、夜も更けた頃だった。 十人程の兵は全員徒歩で移動しており、指揮官であるアニエスと、協力者でありメイジであるロングビルのみが騎乗していた。 「すまないロングビル、貴女にまで手間をかけさせてしまった」 これで六度目であろうか、そんな謝罪の言葉を口にするアニエス。 ロングビルは内心苦笑しながらも、アニエスへの配慮を失わぬ朗らかな笑みで答えた。 「元々これは私が考えた策よ、だから最後まで面倒みさせてちょうだい」 アニエス自身が国境付近に出張って密輸の調査に当たると上司に上申した所、国境警備の者に任せれば良いという上司と意見が対立してしまった。 アニエスは渋る上司を半ば脅すようにして兵を出させたのだが、メイジを手配する事も出来ず、数もたったの十人のみ。 その話を聞いたロングビルはオールドオスマンに話をつけ、こうして協力出来るよう手配を頼んだのだ。 ロングビルはもしアニエスが当たりを引いた場合、間違いなくメイジが護衛に付いていると踏んでいた。 事と次第によってはそれ以上に厳しい護衛に囲まれているという事も在り得る。 そして運んでいる物が物なだけに、密輸犯は強行突破も辞さぬであろう。 そんな場所にアニエスと僅かな手勢のみで乗り込むと聞いて、ロングビルは居ても立ってもいられなかったのだ。 ロングビルが地図から引き出した密輸犯の予測移動ルート。 幾つかあるルートの内、それらが一番多く交差するポイントにテントを張り、通る行商人達を片っ端から調査する。 輸送のタイミングがわかるわけでもなく、確証を得ての行動でもない。 持久戦の覚悟で必要な物を全て揃えていた一行は、途中見かけた行商人にも都度調査を行っていた。 アニエスの叱咤とロングビルの助言を繰り返す事で、兵達は次第に調査のコツを覚え始め、 ポイントに辿り着く頃には、二人が何を言わずとも手際よく確認を済ませられる程になっていた。 「思ったよりしっかりした兵達みたいね」 ロングビルの賞賛に、しかしアニエスは渋い顔である。 「まともに動ける奴を選んだからな。……が、まだまだ甘い。先に出会った商人達が密輸犯であったなら、何と思う間も無く斬り臥せられていただろう。全く、警戒心が無さ過ぎる」 本当、らしいわね。そう思いながらも兵達に疲労を溜めぬためにも一言言っておくべきと感じたロングビルは苦言を呈する。 「貴女の基準が高すぎるのよ。彼等が一生懸命な所は認めてあげなさい。 訓練じゃない実戦だからこそ、疲労を溜めるようなやり方は感心出来ないわよ」 兵達の前では決して見せない、口をへの字に曲げたアニエスの顔。 「……お前がそう言うのなら、少し手加減するとしよう」 「よろしいっ」 鉄面皮の裏側に隠されたこんな表情を知っているのは自分だけ。 密かな優越感と、妙に可愛らしいアニエスの様子に、ロングビルは満足気に頷くのだった。 街道からは見えない場所にテントを張り終え、物陰に隠れるようにして通行する商人達を待ち構える。 まるで野盗のようだが、相手に対応する隙を与えぬ為の処置だ。 こちらの身分は鎧に描かれている紋章で明示出来るし、その上で逆らうようなら強硬するまで。 実際の所そこまで大事にはならず、荷物に被害を与えるような真似さえしなければ、商人達は従ってくれる。 もちろん彼等を信用している訳ではない。 一箇所に留まり続ければ商人達のネットワークにより、すぐに意味の無い検問となってしまう為、数日滞在したらすぐに別の場所へと移動する予定である。 だが、どうやら幸運の女神はアニエスとロングビルに微笑んだようだ。 最有力ルートを押さえていたせいもあろうが、夜中に到着しテントを張って明け方を迎える頃に、奇妙な一行を捕捉した。 積荷の量に比して明らかに護衛の数が多すぎる。荷馬車一台のみにも関わらず護衛の人間が十人以上は居る。 積んでいる物がそれこそ黄金だとでも言わんばかりの護衛体制。 街道側に隠れながらロングビルがアニエスに囁く。 「……アニエス、護衛の人間達見れば多分私なら雰囲気でわかる。後は手はず通りに」 「了解した。頼むぞロングビル」 アニエスの合図と共に街道から兵士達が飛び出す。 「止まれ!トリステイン警備隊による検問だ!」 荷馬車の一行は人影が飛び出してきた事に反応し、緊張した面持ちで荷馬車を守るような位置取りを計る。 一行のリーダーらしき男が2メイル程の杖を片手に前へ進み出る。 「これは……警備隊が一体何事ですかな」 年の頃は三十台半ばだろう、杖を持っている所からメイジであると思われるが、簡素な衣服では到底隠し切れぬ鍛えぬいた体をしている。 ロングビルからの合図は未だ無し。アニエスは通常通りの段取りに乗っ取って男を詰問する。 「禁制品の密輸が行われているとの通報があった。荷物を改めさせてもらう」 男は懐から一枚の紙を取り出し、アニエスに向け広げて見せる。 「こちらはトリステイン国通商認可証です。ガリア側の物もお見せしましょうか?」 通商認可証は通常、商取引に携わる貴族の後ろ盾が無くば入手出来ない。 つまりはこれを持つ者の身分は、認可証を発行した国に保障されているという事だ。 彼等を相手にゴリ押しなどしては後々確実に面倒な事になる。 しかしアニエスは引かない。 「了解した。だが積荷の確認は全ての商人に行っている、すぐに護衛を下がらせろ」 「貴女様のお名前をお伺いしても? 私共も遊びでこれを手に入れた訳ではございませぬ故、行使出来る力は当然利用させていただきますが」 「アニエス・ミラン。トリスタニアで警備隊副長をやっている」 「その地位も我々がトリスタニアに着くまででしょうな」 男は脅すでもなく、強がるでもなく淡々と述べる。 幾多の修羅場を越えた事のあるアニエスをして底冷えのするような寒々しさを覚える程、男の慇懃無礼な態度は薄気味の悪いものであった。 「私めがお与え出来る機会は一度きりです。我が主は見くびられるような真似を何より嫌います故」 丁寧な口調は当人交渉のつもりなのであろう。 しかし、アニエスは表情一つ変えず言った。 「積荷から離れろ。三度は言わんぞ」 男はアニエスをじっと見つめ、そこに冷静さと尊大さが同居していると認める。 覚悟あっての事ならば是非も無しと言う事であろう。すっと一歩引いて見せる。 「……いいでしょう。部下達を下がらせます」 男の合図で荷馬車から護衛達が離れると、アニエスは迷う事無く指示を下す。 「良し、何時もどおりだ。取り掛かれ」 アニエスの号令に従い、配下はただちに荷物の検査に入った。 幾らアニエスとて貴族相手に勝算も無しにケンカを売るような真似はしない。 ロングビルから合図が無ければゴリ押したりはしなかっただろう。 部下達とは予め打ち合わせをしてある。 アニエスが「何時もどおり」という言葉を用いて検査を行うよう指示した場合、「多少積荷を傷つけてでも、全てを確認して決して麻薬が存在せぬと確証が得られるまで調べろ」という意味だ。 アニエスと男のやりとりは部下達にも聞こえていたが、その程度で怯むようなシゴキ方をアニエスは部下に施していなかった。 部下達は二人一組となって、遠慮呵責の無い積荷検査を行う。 積荷の中身は、何と黄金であった。 山と積まれたそれを見れば、これほどの警備も納得出来よう。 検査は部下に任せ、アニエスは男の前に立ったまま報告を待つ。 男の僅かな表情の変化も見落とさぬ、そんなアニエスの視線を男は飄々と受け流す。 ロングビルは内心この男の腹の座りっぷりに舌を巻いてした。 『こいつらはおかしい、それは間違い無いわ。これだけのトラブルにも関わらず、まるで動じる様子の無い護衛達といい、異常に統制の取れた動きといい。そしてこの男。アニエスのプレッシャーを受けてるのに、まるで怯えの影が見られない。信じられない。犯罪者だっていうのなら、兵士の姿を見ただけで何かしらの反応を示してしまうものなのに』 この荷馬車は怪しい。それはロングビルにとって確定事項である。 この道を通る時間帯、規模、そして何より護衛達のレベルの高さだ。 長年犯罪に携わってきたロングビルの勘が、これらの要素から犯罪臭を嗅ぎ取っていたのだ。 だからこそギリギリのタイミングでアニエスに合図も送ったのだ。 しかし解せない部分もある。 この護衛達からは裏街道を生きてきた者特有の腐臭が感じられない。 先のアニエスにすら通じる通商認可証といい、積荷の黄金といい、どこかロングビルの考えと咬み合わない部分がある。 今まであった情報を元に、様々な可能性を考えるロングビルの脳裏に、突如閃光が走る。 『まさかっ!? そうよ! そう考えれば全ての辻褄が合う!』 ある発想に思い至った時、荷馬車の中からアニエスの部下の叫び声が聞こえてきた。 「ありました! 黄金の下に山と隠されています!」 男は微動だにせず。 しかし、代わりに別所に居た痩せぎすの男が号令を出した。 「殺せ!」 その男を見たロングビルが眼を剥く。 何という事か、その男も又杖を翳すメイジであったのだ。 『メイジが二人ですって!? こいつらどれだけ用心深いのよ!?』 痩せ男は号令と共に呪文を唱えだす。 兵の数は五分だ。ならば、このメイジはロングビルが何とかしなければならない。 もう一人のメイジも居るのだ、メイジでないアニエスには荷が重かろう。 その事も考えるに、速攻でこの痩せ男を倒す必要がある。 ロングビルもすぐに魔法を唱え、眼前に土壁を作り上げ盾とする。 思ってた以上の音が土壁から轟く。 土壁は痩せ男の放った魔法の一撃で崩れ去るが、ロングビルは既に次の呪文を唱え終わっている。 十体の人間大土ゴーレムがロングビルの周囲を取り囲むように現れる。 普段作っているものより軽量にする事で、コントロール精度もスピードも格段に上がっているタイプだ。 痩せ男を取り囲むように移動させ、袋叩きを狙う。 剣撃と怒号が支配する空間で、アニエスは男と対峙していた。 どちらも動けない。 アニエスは先制ではなく、後の先を取るべく様々な思考を巡らせていた。 ここで自分が倒れると残された者達が大きく不利になる為、確実に、慎重に、動く必要がある。 しかしそれは相手も同様で、やはりアニエスを凝視したままピクリとも動かない。 二人共、お互いの動きを見逃さぬよう対峙しておきながら、当然自身の周囲にも気を配っている。 『くっ、動けん。これでは部下達次第だが……』 相手がただのメイジならば、間違いなく踏み込んでいただろう。 増長したメイジならば付け入るべき隙は幾らでもある。 しかしこの男は違う。 僅かに前傾した姿勢、杖を両手に持って前へと突き出しているのは、おそらくそれを魔法以外にも利用するつもりだからだろう。 アニエスをして隙の見出せない程のこの男は、魔法だけではなく、体術にも優れていると思われた。 一手打ち間違えば、即、死に繋がる。 アニエスの額を冷汗が伝った。 ロングビルは戦場の全てを観察しながら痩せ男と戦っていた。 どうやらアニエスは身動きが取れぬ模様、ならば自分が指揮を執るしかない。 だがそれもこのような混戦となってしまっては難しい。 既にこちら側の兵士は三人斬り倒されている。 複数のゴーレムはそれをカバーするつもりもあったのだが、痩せ男はロングビルにそんな余裕を与えてくれなかった。 せめても兵士達と連携が取れれば、最大サイズのゴーレムで一気に戦況を変えてやったものを。 詠唱の時間と、ゴーレム使い最大の弱点であるメイジ本人への直接攻撃を防ぐには、この状況では命を賭した兵士が数人必要だ。 直接の上司でもないロングビル相手にそれをしろというのは、兵士達には酷な命令であろう。 四人目の兵士が斬り倒された所で、完全に戦況は商隊側へと傾いた。 兵の練度がまるで違う。これはロングビルの推理を裏付ける証拠となるが、だからといって嬉しくも何ともない。 「アニエス! 一度引きなさい!」 退却の援護をすべく他の護衛達にも数体のゴーレムを差し向ける。 前ページ次ページゼロの花嫁
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前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 十四話 トリステイン魔法学院の中心にある本塔、その西側に位置するヴェストリの広場は昼間でもあまり日が差さない。 必然的に植物の生育などは遅れがちになり、草地の合間を縫うように土が見えている。 そのヴェストリの広場で、決闘が行われていた。 暇をもてあまし、物見高いはずの魔法学院の生徒たちの姿はほとんどない。 その場にいるのは決闘をしている二人。 立会人たる年かさのいった男が二人と少女が三人。 そして裁定人たる銀髪の女だけ。 そのブラムドの視線の先で、決闘者の一人、ギーシュ・ド・グラモンが呆然と立ちつくしていた。 ギーシュは驚愕していた。 目の前の惨状に。 広場の土に掘り返された跡はない。 学院を構成する本塔も支塔も、何一つ変わりなくそびえ立っている。 さらにギーシュ自身も、決闘の相手も、ブラムドにも立会人にも傷一つない。 今この場で行われているのが決闘だと理解していても、当事者以外はその最中だと思わないだろう。 だがたとえそれがギーシュの主観でしかないとしても、彼の目の前に広がる光景は紛れもなく惨状だった。 その何も起こっておらず、誰一人傷ついていないという惨状を見ながら、ギーシュは心の中で誰へともなく問いかけた。 ……なぜ、こんなことになったのだろう……? と。 人間に限らず、ある程度高等な頭脳を持つ生物は、思考と反射を繰り返している。 だが想像もつかない状況に陥ったとき、思考も反射も瞬間的に止まってしまう。 恐怖によって体を縛り付けられるのではなく、怒りや喜びや悲しみに心の全てを支配されるのでもなく、思考と反射の間に隙間が生じてしまう。 似たような状況に置かれることで学ぶことは出来るが、それが初めての体験であれば経験など存在しない。 自室の扉を開いた瞬間、慣れ親しんだ部屋の中に猛り狂うマンティコアやワイバーンがいたとしたら。 朝目覚めた瞬間、カッタートルネードやファイヤーボールの餌食になりかけていたら。 第三者が安全な場所で見ていたとすれば、喜劇となりえるかもしれない。 当事者に生命の危険がなければ、その可能性はより高まるだろう。 しかし、そんな不条理さに直面した人間にとってはどうか。 ギーシュにとって目の前の状況は、正にそんな理不尽さに満ち溢れていた。 十数年間生きていれば、様々な状況は体験している。 関わり合うのが両親だけであれば、理不尽さは成長する一時期に限られるだろう。 自身の成長に従い、両親の正しさが理解できるようになる。 だが兄弟姉妹がいれば、大きく話は変わってくる。 幼きものが組み上げた独自の規則は、往々にして余人が理解できるものではない。 とはいえ幼き日に受けた苦痛など、今ギーシュが直面している事態とは比較の対象としてすら不足している。 太陽とランプの明かりを比べる人間がいないように。 メイジにとってはその存在の全てともいえる魔法の力が、初めからなかったかのように消えてなくなる。 それを理不尽や不条理以外の何といえばよいだろう。 傍らに立つ数人のメイジも、驚愕の表情を顔に貼り付ける以外にできることはない。 ギーシュを教導する立場のコルベールや、その上に立つオスマンも含めても、対処を思いつくものは存在しなかった。 そんな、あまりにも超越した事態に呆然と立ち尽くすギーシュの前に、決闘の相手である一人の少女が立っていた。 長い棒を持った、髪の短い少女が。 怒声を発したキュルケの前で、シエスタとギーシュを取り囲む人垣の一部が割れる。 必然的に、ルイズを抱きかかえるキュルケへ視線が集中していた。 普段華やかな表情や態度を崩すことがないキュルケが、こうまで怒気をあらわにする理由がなんなのか、気付くものは非常に少ない。 それはつまりギーシュの本質を見抜いているものが、その程度しかいない証でもある。 「やぁ、ミス・ツェルプストー」 ギーシュが声をかけ、挨拶を口にしようとした瞬間、キュルケのゆるんだ手から解放されたルイズが膝をつく。 「ヴァリエール様!?」 ギーシュの口と喉の境目まで、その声が出かかっていた。 口を半開きにしたギーシュは不機嫌さを隠そうともせず、ルイズの元へ駆け寄るシエスタの背中をにらみつける。 ……どうしたというのだろう。 と、キュルケは疑問を浮かべた。 普段のギーシュであれば、そういった表情は極力隠そうとする。 おそらく教育のたまものだろうが、女性に嫌われる要素は廃すように行動していたはずだ。 「大丈夫よ、ちょっと疲れただけだから」 ルイズの言葉に、シエスタは胸をなで下ろす。 会話の隙間を確かめながら、ギーシュはキュルケへの挨拶を続けようとする。 「そんなに不機嫌な顔をするなんて……」 「シエスタ!! その膝はどうしたの!?」 再びギーシュの言葉を遮ったのは、ルイズの言葉だった。 高い声の方がよく通ることは自明だが、ギーシュとしては面白いはずもない。 キュルケと視線を合わせていたため、辛うじて表情に出すのは抑えていたが、口の端が引きつるのは止められなかった。 当然、キュルケがそれを見逃すはずもない。 「少し打っただけで大したことはありません」 遠慮がちなシエスタの言葉に、ルイズは心配そうな表情を浮かべるが、自身ではどうすることもできない。 ふとした沈黙が落ちたことを見やりながら、ギーシュは三たび話し始める。 「ミス・ツェルプストー、君らしくも……」 「タバサ!?」 表情が変化しようとしている最中というものは、基本的に間抜けなものだ。 無表情から笑みを浮かべようとし、しかも話しながらであったために口を半開きにしたギーシュの表情は、お世辞にも麗しいとはいえなかっただろう。 ただし、それだけで笑い声を上げるのは貴族としての気品にかけると言っていい。 我慢できずに口元を抑えた人間が人垣の中に何人かいたとしても、愛嬌というものだ。 だが笑顔を向けられるのではなく笑われかけている状況に、ギーシュの機嫌が良くなる道理はない。 ルイズの顔の横から長い杖を差し出し、タバサがシエスタの膝へ治癒の魔法をかける。 その様子を見ながら、表情を殺したギーシュのこめかみがわずかに痙攣していた。 そんなギーシュの様子に気付かないまま、礼の言葉や紹介の言葉を交わす三人の少女に、キュルケは心の中で呆れる。 ……人がせっかく適当に納めようとしてるっていうのに……。 三人の少女が、その中の一人の無表情さを除いて和気藹々としている。 ギーシュは自分をないがしろにする少女たちを眺め、制裁を加える方法を考えていた。 不意に、天啓がギーシュへと舞い降りる。 事実は悪魔のささやきに過ぎないが、今のギーシュに気付くことはできない。 気付かぬ故に、踏みとどまることもできなかった。 「メイド君」 つぶやくようなギーシュの言葉に、シエスタがはっと振り向く。 「あ、も、申し訳ありません」 「君が僕の言葉を取り下げるチャンスを与えよう」 ギーシュの顔に、歪んだ笑みが浮かんでいた。 「どうすれば、よろしいのでしょう?」 表情の裏側にある悪意を透かし見ていながら、シエスタは友のために問いかける。 かつて友が流した涙を、自らの手で受け止めるために。 「僕と決闘してもらおう」 貴族と平民との決闘。 二者の能力が決定的に違う以上、貴族にとっては一時の暇つぶしに過ぎない。 だが平民にとっては無理や無茶といった度合いではなく、死刑宣告にも等しい。 一瞬の沈黙が場を支配した直後、声を上げたのはルイズだった。 「ば、馬鹿なことをいうのはよしなさい!!」 「何が馬鹿なことなのかな? ミス・ヴァリエール」 慌てるルイズと、それを嘲笑うかのようなギーシュの温度差は対称的だ。 「学院内での決闘は禁止されているはずよ!!」 「確かに、貴族同士の決闘であればね。しかし、彼女は貴族ではない」 貴族同士の決闘は、殺し合いになりかねない。 近隣諸国に名の知れたトリステイン魔法学院は、他国からの留学生も多数抱えている。 メイジとしての能力故に、殺し合いにもなりかねない貴族同士の決闘が禁止されるのは、至極当然だろう。 一方でギーシュのいうように、明確に禁止されているのは貴族同士の決闘でしかない。 ルイズの心情はともかく、貴族と平民の決闘が禁止されていない以上、彼女にはそれが間違っているとはいえなかった。 「そして僕のためにモンモランシーが作ってくれた香水を、その足で踏み砕いてくれた彼女には、それなりの罰が必要じゃないかな?」 香水の調合には、手間と技術が必要となる。 多くの貴族にとっても、決して安いものではない。 さらに個人用に調合されたものとなれば、値段だけの問題ではなくなるだろう。 だが、それでもルイズに友を見捨てることなど出来はしない。 ギーシュを翻意させるためになんといえばいいのか、ルイズは必死で頭を巡らせる。 「平民の失敗を許すのは、貴族の度量を示すことではないかしら?」 ルイズは非常に真面目な人間だ。 だからこそ、それを知っている人間は予想しやすい。 その言葉は、ギーシュの予想の範囲内でしかなかった。 「あの粉々に踏み砕かれた香水瓶と、僕のこの有様を見て、なおも罰は必要ないと?」 言葉通り、頭から大量のケーキをかぶったギーシュの姿は、酷いとしかいいようがない。 見かねたキュルケが声をかける。 「その服を洗うのもメイドの役目じゃない? 今すぐ彼女にやらせればいいでしょう」 この一時、ギーシュの普段のそこはかとない頭の悪さはなりをひそめていた。 神がかっている、もしくは悪魔が乗り移ったかのように。 「ゲルマニアではそうかもしれないが、ここはトリステインなんだよ」 国を盾にされ、キュルケは思考の転換を図るのにわずかな時間を必要とした。 その間隙を、ギーシュが突く。 「それともミス・ヴァリエール。トリステインの名だたる名家であるヴァリエール家の息女が、グラモン家の僕に命じるかな?」 家名でもって言葉を封じる。 仮にその魔力が弱かったとしても、ルイズがまともなメイジであればそうすることが出来たかもしれない。 しかし少なくとも今、ルイズはメイジの名に値する力を持っていなかった。 その自身が、どうして貴族として、メイジとして名高い自身の家名を使うことが出来よう。 ルイズの足には楔が打ち込まれ、踏み出すことなど望めない。 シエスタはルイズの青ざめた表情を見やり、自らの本心を知る。 自分で思っていた以上に、ルイズを大切な友と考えていたことを。 殺されないまでも、手足が不自由になれば仕事を失うことになる。 実家への仕送りが途絶えてしまえば、家族を飢えさせる結果にもなりかねない。 そしてもちろん、シエスタ自身が死ぬ可能性もある。 一歩を踏み出してしまえば、後戻りは出来ない。 「決闘を、お受けします」 若さが、そうさせた。 愚かさが、そうさせた。 その両方が、シエスタの口を動かした。 友への気持ちが、シエスタの心を動かした。 嘲笑うものもいるだろう。 だがその行動に感じ入るものも、少なからず存在した。 「その決闘、我が預かる!!」 声の持ち主を、無数の視線がさがす。 やがて一つの視線が定まり、他の視線もそれに追随する。 次の瞬間、再びコルベールに杖を借りたブラムドの姿が、その視線の先から掻き消える。 『転移』によって目前に現れた使い魔の姿に、ルイズがつぶやく。 「ブラムド?」 その言葉に、幾多の目線が再び移動させられる。 不安げな主の頭をなぜながら、背後のオスマンに声をかける。 「構わぬかな? オスマン」 視線が、オスマンへと突き刺さる。 「よろしいでしょう。ただし、わしも見届けさせてもらいます」 厳格そうなその声と違い、オスマンの瞳には面白がるような光が浮かんでいた。 「当然だな。コルベール、お前はどうする?」 「は? や、む、無論私もいかせていただきます!」 是とも非ともいわず、ブラムドは自らの主へと顔を向ける。 「ルイズ、キュルケ、タバサ、お前たちは?」 「いくわ」 ルイズは、一瞬の躊躇すら見せない。 「こんな面白そうなこと、見逃せるわけがありませんわ」 キュルケが、彼女らしい返事をする。 「いく」 タバサも、彼女らしく短く答えた。 「グラモン、立会人の当てはおるのか?」 ブラムドの言葉に、ギーシュが眉根に筋を刻む。 ギーシュはブラムドがことさらに聞くことで、自分に恥をかかせたいのだと邪推する。 ギーシュに心を寄せていたケティとモンモランシーがこの場から立ち去った今、それを期待できる相手はほとんどいないからだ。 それを裏付けるように、ギーシュが周囲を見渡してみても、顔を背けるか下卑た笑いを浮かべるような輩しか存在しない。 失望が、ギーシュをいらだたせる。 「無用です!」 不機嫌さを隠そうともせず、ギーシュが答えを返した。 無論、ギーシュの邪推は的外れなものに過ぎない。 ブラムドは単に釣り合いを考えただけだ。 シエスタ側だけ立会人がおり、ギーシュ側にいないのでは決闘の公平さが保てなくなる。 「ではオスマンとコルベールはグラモンの立会人としてもらおう」 ブラムドの視線の先で、二人の教師が頷いた。 上位者である二人の様子を見て、ギーシュは拒絶を断念する。 うなだれるように頷いた少年を見やり、ブラムドは周囲に向かって宣言した。 「では双方の立会人は決まった。他のものの立会いは許さぬ」 小さな、さざ波のような不平の声を、ブラムドに耳がとらえる。 よく言えば好奇心、悪くいえば野次馬根性といわれるそれを、完全に抑えられる自制心を持つ貴族は数少ない。 まして精気に溢れた若者たちが集まっていれば、稀少というにふさわしいだろう。 とはいえブラムドの思惑通りに事を運ぶためには、人払いをする必要がある。 ……幼子を脅かすのは性に合わんな。 困ったようなブラムドの様子に、一人だけ気付いたオスマンが助け船を出す。 「諸君、客人の言われたことへの返事をせぬのか?」 声に滲む威圧感を背中に受けた生徒の一人が、慌てて杖を掲げる。 決闘者と立会人、そして裁定者となったブラムド以外の貴族が持つ杖が、天井へ向けて掲げられた。 「杖にかけて!!」 唱和する声が凪いだあと、ブラムドがギーシュに声をかけた。 「その姿で決闘もあるまい。身を清めるが良かろう」 ブラムドの言葉に、ギーシュは改めてその有様を自覚する。 「では、申し訳ありませんがしばし失礼いたします」 そういいながら、ギーシュは食堂に背を向けた。 食堂を出たギーシュは、ひとまず自室へと向かう。 道すがら、その有様に顔をゆるめかける人間もいたが、ギーシュの怒りに歪む表情を見てあわててその顔を引き締めた。 恥をさらされていることに、ギーシュの怒りはさらに増すこととなる。 自室に入ったギーシュはひとまず鏡で確認し、はり付いていたフルーツを落とし、クリームをタオルで拭う。 油で撫でつけられたように潰れた髪を見て、着替えを掴んで大浴場へと足を向ける。 脱衣所に着いたギーシュはマントを外し、服を脱ぎ、それらを腹立ち紛れに籠へと力一杯投げ込む。 怒気を吐き出すようなため息を一つして、浴場の扉を開いた。 昼を少々過ぎた程度のこの時間、当然大浴場の火は落とされている。 昨晩湯を沸かすのに使われた火石の残滓はあるが、暖かいとはとてもいえない。 ギーシュはぬるま湯というにも足りないそれを、頭からかぶる。 拭うだけでは取り切れなかったクリームを、石鹸を使って丁寧に落とす。 泡を流すために、再び冷たくはない水をかぶる。 体から熱が奪われると同時に、茹だっていた頭も冷まされていく。 怒りによって短絡化していた思考が、にわかに覚醒し始める。 再び香水瓶を踏み砕かれたことに怒りを覚え、ケティとモンモランシーの態度に困惑し、決闘のことを思い出したギーシュは、ため息をつくようにつぶやく。 「……僕は何をしてるんだ?」 一度覚めてしまった頭は、先刻ほどの怒りを再現することは出来ない。 元々ギーシュに、平民に対しての差別意識はほとんどなかった。 それがなぜ露骨に見下すようなことをいったのか、本人にとっても疑問になる。 ケティやモンモランシーと親しく、友人たちと楽しく過ごしていたはずの自分に、これほど鬱屈した感情が眠っていたとは。 そのことを、ギーシュ自身が強く驚いていた。 後悔という名の長いため息が、大浴場に響く。 しかし貴族が一度口にしたことを、しかも大勢の前でいったことを覆すのは簡単ではない。 平民を下に見ることはなくとも、貴族としての誇りはギーシュの身に宿っている。 唯一の救いは、決闘を見届ける人間が少ないことだろう。 その考えがブラムドの思惑通りであることに、ギーシュは気付けなかった。 気付く必要のないことでもあったが。 とはいえ、見届け人が少ないことを突破口にするにもどうしたらよいのか。 先刻までルイズやキュルケを翻弄した頭の冴えが、泡沫のように消え去っていた。 無論怒りに身を任せるような人間が、それほど犀利なはずもない。 怒りに赤く染まっていたはずのその顔が、今度は見る間に青ざめていく。 当然、ぬるま湯に体を冷やされたことが原因ではない。 急転直下というに相応しく、ギーシュの頭は混乱を極める。 決闘となれば、魔法を使わないわけにはいかない。 だがギーシュが得意とするゴーレムで、怪我を負わせずにどうやって納めればよいのか。 戦いのために技術を磨いてきたギーシュには、残念ながら数をもって穏便に取り押さえるという発想がない。 頭を抱えながら大浴場を歩き回るギーシュに、光り輝く救世主が現れる。 「ミスタ・グラモン」 決闘の場所を伝えるため、大浴場の扉を開いたコルベールだ。 教師である彼は、大浴場の中で青ざめ、頭を抱えるギーシュの姿を目の当たりにする。 「や、ど、どうしたのですか?」 心配そうなコルベールに、ギーシュは青ざめた顔で助けを求める。 「ぼ、僕はどうやって彼女を傷つけずに決闘を収めれば良いでしょう?」 今にも泣き出しそうなギーシュの言葉に、コルベールは教師としての喜びを噛みしめる。 同僚の教師のみならず、生徒からも研究馬鹿と見られているコルベールは、生徒から質問をされたり助言を求められることがほとんどない。 それがこうまで面と向かって助けを求められれば、その喜びもひとしおだろう。 ゆるみそうになる口元を無理矢理引き締め、対応策を講じ始める。 「そうですね……」 と考えるコルベールは、ギーシュにとっての救世主に相応しい輝きを見せる。 「これで、どうでしょう……」 前ページ次ページゼロの氷竜
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ヴェストリの広場は、噂を聞きつけた生徒たちによって活気に満ちていた。 ギーシュが決闘をするということが学院中に広まってしまったのだ。 決闘を楽しみたい者、賭けを始める者、決闘相手の月の精霊を見たいがために足を運んできた者とかなり多くの人間が集まっている。 しかし、観客たちがここに集まった理由はただ一つ。 みんなヒマなのだ。 ただでさえ娯楽の少ない学院なのだから、滅多に無い『イベント』でヒマを潰そうと考える生徒も少ないない。 さて、こうなってしまうともう後には引けない人物が一人いる。ギーシュだ。 頭に上った血が下がると共に、自分のやらかしてしまった事態を-非常に運が悪いことに-理解してしまったのだ。 自分のやらかした不始末を二人の女性のせいにして八つ当たりしたどころか、月の精霊に決闘を挑んでしまった。 しかもこんなに人が集まってしまっては「全部僕が悪かったです。ごめんなさい」なんて言い出せっこない。 (あぁ、お願いだからここへ来ないでくれ・・・) ギーシュは強くそのことを願うが、広場に近づいてきた人影によってその願いが砕かれる。 「挑戦者が来たぞー!!」 その一言で、広場に集まった人間の視線が一人の少女-シャオ-に向けられる。 「よ、よく来たじゃないか。別に来なくてもよかったし、今から帰ってもらってもかまわないんだよ?」 引きつった顔でギーシュは本音を漏らすが、この場でその発言は挑発にしかならない。 現に月の精霊を相手に挑発する姿を褒め称えているヤツもいる。 「諸君、決闘だ!」 このセリフにギーシュはぎょっとなる。 「決闘をするのは『青銅』のギーシュと、ゼロのルイズが召喚した月の精霊だ!!」 声がした方を見てみると、なんとマリコルヌが高らかに宣言しているではないか。 「マ、マリコルヌ。君は一体なにをやってるんだ!?」 ギーシュは青ざめた表情でマリコルヌに詰め寄る。 「なにって司会進行に決まってるじゃないか。決闘、がんばれよ」 マリコルヌは当然だと言わんばかりの表情で言いのける。 「では、決闘のルールの説明だ。勝利条件はいたって簡単。相手が戦闘不能になるか降参を宣言した時点で終了だ」 この宣言により、広場は更にヒートアップする。 「二人とも、準備はいいか?」 マリコルヌが最終確認をすると、シャオは黙って頷いた。 「あぁ、もうやけだ!来い、ワルキューレ!!」 完全にやけくそ状態でギーシュは自身の二つ名『青銅』の名にふさわしい青銅のゴーレム『ワルキューレ』を魔法で作り出しシャオに突っ込ませる。 ワルキューレは動きこそは単調だが、金属で出来ているという特性からか並の攻撃にはビクともしない。 その上、たとえジャブであっても生身の人間を相手にするにはそれだけで必殺の一撃ともなり得るのだ。 シャオは見た目だけなら普通の女の子と大差ない。 女性を傷つけるのは忍びないが、きっと一発でも当てることが出来ればそれで終わるはずだ。 ギーシュはそう信じてワルキューレに襲わせる。 あぁ、なんでこんなことになっているんだろうか。 本当はわたしが受けるはずだった決闘を、今こうしてシャオが引き受け、彼女が危険な目に遭ってしまっている。 今のところ、シャオはワルキューレの猛攻を全て受け流しているがきっとそれも時間の問題だろう。 単純な話、ゴーレムはいくら動こうと疲れを感じることはないが、生身のシャオはそうではないのだ。 今は凌ぎ切っているが、いつかは疲労でそれも出来なくなってしまう。 そうなってしまったら傷つくのはシャオだ。 自分ならまだいい。痛いのはイヤだけど・・・。 だが、自分のためにシャオが傷つく姿を見たくない。 そんな葛藤を繰り広げていたルイズは意を決し、この決闘をやめさせるために人垣を分け入っていった。 少し話が逸れるが、そこは勘弁していただきたい。 不幸というヤツはつねに団体行動をしている。 例に挙げてみると、浮気がばれてしまい二人の少女から手痛い仕打ちを受けた挙句、シャオと決闘をするハメになっているギーシュがまさにそうだ。 まぁ彼の不幸はもう少し続くのだが、その辺りは今は置いておこう。 そして、今度の団体行動をしている不幸たちの次のターゲットは、どうもルイズのようだ。 「えぇい、ちょこまかと!これでも喰らえ!!」 ギーシュはそう叫ぶとワルキューレは大きく溜めを作り、一気にシャオに向かって突進する。 だが、この攻撃もシャオは軽く回避したのだが、その先を見て騒然となる。 「ご主人様、危ない!!」 元々ギーシュは人間の身体の作りについて詳しいわけではない。 それゆえにワルキューレは動きが単調になり受身も取ることができない。 だからなのだろう。 勢いの乗ったワルキューレが石に躓き、前方にすっ飛んでしまったのは。 そして不運にもその直線状には、その場の空気に支配された観客によって押し出されてしまったルイズがいたのだ。 「え?」 ルイズは自身の身に起こる未来を理解できずにその場で立ち尽くしてしまい、自分に向かってすっ飛んできたワルキューレを避けることができなかった。 「ぐぼぁ!!」 すっ飛んできたワルキューレの頭突き-俗に言うフライング・ヘッドバット-を喰らったルイズは、くぐもった悲鳴を上げた。 「ご、ご主人様!!」 シャオは慌ててルイズに駆け寄る。 「しっかりしてください、ご主人様!」 シャオは目に涙を浮かべながらも、ルイズの状態を確認すると治療専門の星神『長沙』を呼び出す。 「長沙、ご主人様をお願い」 シャオはそう言いつけると、再びギーシュに向かい合う。 今のシャオにはそれまであった甘さは一切無く、あるのはただ一つ『怒り』の感情のみ。 「ぼ、僕は悪くない。僕は悪くないぞ。ルイズが勝手に突っ込んできただけだからな!」 その雰囲気に怯えたギーシュは慌てて弁解をする。 だがな、ギーシュよ。そのセリフは更に相手を怒らせるためにあるんだぞ? 「たとえどんな理由があろうとも、ご主人様を傷つけましたね」 静かに言い放たれるその言葉には、怒りの色が強く滲んでいた。 「許しません」 シャオは支天輪をヴィンダールヴのルーンの輝く右手でかざし、高らかに謳い始める。 「天明らかにして星来たれ」 ルーンの輝きに合わせるかのように支天輪が輝き始める。 「鉤陳(こうちん)の星は召臨を厭わず 月天は心を帰せたり」 彼女は呼び掛ける。自身に仕える星神に。 「来々 北斗七星!!」 シャオが詠唱を謳い終わると同時に、貧狼、巨門、禄存、文曲、簾貞、武曲、破軍の7人からなる最強の『攻撃用』星神が現れる。 「ひっ!ワ、ワルキューレ!そいつらをなんとかしろ!!」 ギーシュはそう叫ぶと、さらに6体のワルキューレを作り出す。 数で言えば7対7で互角。それにドットとは言えメイジの作り出したのは金属性のゴーレム。 もしかしたら相殺しきれるかもしれない。その未来に一縷の希望を託した命令をギーシュは下す。 だが、その希望はワルキューレごと無残にも砕かれる。 一瞬にして全てのワルキューレが破壊されてしまったのだ。 北斗七星は、対抗するためには学校クラスの巨大な建物をゴーレムにしなければならない程強力な星神。 更に、今の彼らはヴィンダールヴの効果により普段の倍以上の力を発揮できる。 そんな連中に囲まれてしまってギーシュにできることは一つしかない。 「ま、まいっ「私はご主人様を傷つけたあなたを許すわけにはいきません」」 腰を抜かしたギーシュは降参しようとするが、無常にもシャオはその言葉を遮り、北斗七星が攻撃態勢をとる。 「ひっ!!」 ギーシュは次の瞬間に来る現実に耐え切れず目を強く瞑った。 「待って!!」 治療の終えたルイズがシャオのやろうとしたことを止めるために、彼女の前に立ちはだかる。 「ご、ご主人様?」 ルイズの行動に、流石にシャオも困惑としている。 「待って、シャオ。これ以上のことはもういいわ。わたしはもう大丈夫だから。ね?」 少しの沈黙のあと、北斗七星は攻撃態勢を解き姿を消した。 「わかりました。ご主人様がそうおっしゃるんであればそうします」 そういうとシャオは支天輪をしまう。 「そうそう、ギーシュにお礼をするのを忘れてたわ」 ルイズはそう言うとまだ腰を抜かしているギーシュに近寄る。 なんの好意もない笑顔が怖い。 「な、なにを言ってるんだ、ルイズ。お礼を言うのはむしろ僕のほっ!?!?!?!?!?!!!!!!」 キーン!!という擬音と共にギーシュが倒れる。集まった生徒たちのうち男の生徒だけが悲痛な表情で股間を押さえている。 「さ、行きましょうか、シャオ」 そう言うと、ルイズたちは広場を後にした。 『遠見の鏡』を通してこの出来事を見ていたオスマンとコルベールは脂汗を流し、股間を押さえながらシャオのことを王宮に報告することを禁止し、閉口令を下すのであった。
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前ページ次ページゼロの夢幻竜 ゼロの夢幻竜 第十四話「紅の誘い」 キュルケはタバサの使い魔が懸命に急いでいる事は分かっていた。 タバサはそれに加えて、その理由がルイズの使い魔ことラティアスに対しての、並々ならぬ対抗心からである事も見抜いていた。 それ故に自分達があと少しで街に着きそうだといったその時に、ルイズを乗せたラティアスとすれ違った時は言葉も無かった。 その次の瞬間、タバサの使い魔は背中に人を二人乗せているのも忘れたかのように、急転進して後を追い始める。 「こいつぁおでれーた!娘っ子が変身できるのもおでれーたが、こんな速さで飛べるのもおでれーたぜ!」 ルイズに抱かれているデルフは素直にラティアスの持つ力に驚嘆した。 風竜と競争するなら、例え数百リーグ差をつけていたってあっという間に追い抜いてしまうだろう。 いや、それ以前に比べる事さえもおこがましい。 途中何かとすれ違ったが、相手も相当な速度を出していた為か視認は不可能だった。 萌黄色の草原を一陣の風の如く疾走するラティアス。 その視界には早くも魔法学院の立派な校舎が入ってきた。 翼の角度を変えて徐々にスピードを落としていき、ゆっくりとアウストリの広場に着陸する。 その時ラティアスはふっと時間の事が気になった。 まだそんなに時間は経っていない筈―恐らくはまだ午前中―だから、ご主人様ことルイズに許可を貰い、シエスタを背中に乗せてまた街へ行くのも良いかもしれない。 彼女は自分がどれくらいの速度で飛ぶのか知らないだろうから、かなり加減しなければならないだろうが。 そう思いつつラティアスはルイズに向かって訊ねた。 「ご主人様。あの……シエスタさんと一緒に出かけたいんですけど良いでしょうか?」 「シエスタ?……ああ、あのメイドね。えーと、そうねぇ……良いわよ、行っても。 但し、帰ってきたら使い魔としての仕事をちゃんとするのよ?それとあんまり遅くなっちゃ駄目。街中って結構日も暮れる頃になったら物騒だから。それも忘れちゃ駄目よ。」 「はいっ!有り難う御座います!ご主人様!」 ルイズは忠告しつつ答える。 もし行き先がブルドンネ街なら、大通りにある多種多様な店等については先程口が疲れてしまうほど説明をしたから分からないという事は無いだろう。 ラティアスはかなり物覚えが良い方でもある。 そもそも元々この地に住んでいて、尚且つ何回かそこへ足を運んだ事のあるであろうメイドがいるのならあまり心配する事は無いと思えた。 ラティアスは一礼をすると、喜び勇んでシエスタのいるであろう使用人宿舎へと向かおうとした。 その時である。強烈な風を吹かせながら一匹の竜が殆ど同じ場所に降り立った。 ルイズはその姿を一目見て、自分と同じ学年の子が召喚した竜だと気づいた。 確かその名前は……思い出そうとして失敗する。 何分影の薄い生徒だった事と、使い魔の印象の方が大き過ぎたからかもしれない。 その竜ことシルフィードは相当参ったらしく、地に足を付けると同時にその場に崩折れてしまった。 そしてその背中から召喚した本人ともう一人、ルイズにとっては何時だろうとあまり顔を合わせたくない人物が現れた。 「キュルケ!何であんたがここに?!」 「あなたを追ってたのよ。正直に言うとラティアスをね。でも……信じられないわ。 この子の風竜も目一杯頑張ったんだけど、まさか街まで半分も行かない内に行って帰って来るなんて。」 それを聞いたルイズは少し得意げな声になって胸を張って言う。 「そ、そうよ!凄いでしょ?!やっぱり私に相応しい使い魔なのよ!風竜なんかと比べたらこの子が可哀相だわ!」 「おめでたい人ねえ~。使い魔とその主の魔法的な才能と力は平均される物なのよ。 ラティアスは爆発ばかりで何の魔法も出来ない『ゼロ』なあなたの大きな穴埋めと同じなの。 肝心の実力、ついてきてると本気で思ってるの?素敵なご本を読む事だけが魔法じゃないのよ?」 が、キュルケは呆れた調子できりかえした 傍で聞いていたラティアスは黙ってその様子を見ていたが、僅かに腹を立ててしまう。 そりゃあご主人様であるルイズは、通常の授業において魔法の実技をやろうとすれば爆発ばかりで上手くいった試しは無い。 だが先生からの質問には満足に答えられているし、毎日夜遅くまで勉学に励んでいるのを彼女は知っていた。 握っているデルフそっちのけでルイズの言葉の応酬は続く。 「な、何よ!そう言うあんたの使い魔は只のサラマンダーじゃない!只の!」 「只のって言うのは違うんじゃない?火竜山脈のサラマンダーよ。尻尾の火なんて好事家に見させたら値段の付きようもないわね。 それに使い魔としての条件もちゃんと全部満たしてるし。それに……」 「それに何?色ボケしたあんたにこっちの国でのお相手ホイホイつれて来るって言うの?」 冷ややかな笑みを浮かべて挑発するルイズ。 流石にその台詞にはキュルケもかちんと来たのか震えた声で答えた。 「言ってくれるわね、ヴァリエール……」 「何よ。本当の事でしょう?」 正に一触即発の状況。触れれば直ぐにでも火花が飛びそうだった。 暫く睨み合った後、最初に動いたのはルイズの方だ。 「あたしはねあんたの事が大っ嫌いなのよ。いい加減決着つけない?」 「あら、凄く奇遇ね。私もあなたと同じ意見よ。」 「それじゃ……」 「それなら……」 「「魔法で決闘よ!」」 怒りが剥き出しになった二人は遂に互いに怒鳴る事となった。 しかし、この世界の現行法ではメイジ、ひいては貴族同士が互いに決闘を行う事は出来ない。 それを思い出したキュルケの前に険しい表情をしたラティアスが現れる。 「事情は分かりました。あの、私がご主人様の代わりにお相手しても宜しいですか?」 「ちょっと!ラティアス?!」 突然割って入るラティアスにルイズは驚いた。 その様子を見てちぐはぐな間だと思いつつキュルケは言う。 「あらあら。私はルイズと決闘をするのよ。それも魔法を使ってね。まあ、この国の法律じゃ貴族同士の決闘は禁じられているけど。」 「だったら尚更です。誰も知らないからといって決まり事を破ったらいけません。あと、ご主人様とあなたが戦ったら圧倒的にご主人様には分が悪いです。使い魔の私でなら問題は無いでしょう。」 その言葉を聞いてキュルケは小さく吹き出した。 使い魔にまでそう思われているのでは可哀相どころの話ではないと思ったからだ。 だがラティアスは眉一つ動かさずに続ける。 「それとこの間の私の言葉覚えていますよね?」 「え?ああ、覚えているわよ。この間あなたが見当をつけた通り、私も相当な使い手だから覚悟しておきなさいね。今更謝ったって許さないわよ。」 キュルケは意地悪そうに笑ってみせる。 ラティアスはそれに対して、特に意に介した素振りを見せるわけでも無く続けた。 「許して頂かなくて結構です。時間は……今すぐですか?」 「今から?まさか。今日は虚無の曜日よ。私だって色々とやりたい事があるの。そうねえ、今夜にしましょう。それなら良いでしょ?」 「私もやりたい事があるんで……その条件のみました。」 「結構。場所は中庭。異論は認めないわ。」 「どこがその場所でも構いません。」 「大変結構。それじゃ私一旦部屋に戻るわ。せいぜい良い作戦たてておきなさい。」 そう言ってキュルケは、離れて顛末を見ていたタバサと共に寮塔の方へ向かっていった。 その姿をじっと見ていたラティアスにルイズは少々厳しい口調で話しかける。 「私が決闘の相手なのよ。どうして代わったの?」 「決まりは決まりです。誰も見ていなかったとしても守らなきゃいつか必ず罰が当たりますよ。」 「罰って……あんたねぇ……それと、キュルケはギーシュなんかとは力の差があり過ぎるのよ。幾らあんたが凄い力持っていても勝てるかどうか……」 「ご主人様は私があの時全力全開で戦ったと思ってらっしゃるんですね……」 その言葉にルイズは眉を顰める。 と、同時に心の中では大きな好奇心が沸いていた。 そうでなかったとしたら、彼女はまだ本領を発揮していない事になる。 それも踏まえて彼女は恐る恐るその理由を訊いてみた。 「どういう事なの?」 「私にはまだ隠しているちょっと面白い力があるって事です。」 ラティアスは返事と共にふっと不敵な笑みを浮かべた。 残っている隠し玉は一つや二つではないのだ…… その日の夜、本塔に程近い中庭には4人の人影があった。 元の姿のラティアス、それと対峙するキュルケ。 面白い物見たさで連れて行けと駄々をこねたデルフを抱えるルイズ。 そして相も変わらず本を読み続けているものの、キュルケの事が気になったタバサ。 双月の光は彼女達を包み込む様に照らし続けている。 ラティアスはあの後シエスタを連れて街に出ようかとしたが、大事を前に遊んでいたら負けてしまうと思い取りやめることにした。 というよりもシエスタはラティアスがルイズと出かける前から『一緒に出かけるのはまた今度』という事で納得していた訳なのでどう動いても大きな変更点は無かった訳だが。 かなり冷めた視線で見つめるラティアスにキュルケは杖を構えつつ話す。 「勝敗の決め方は?私は杖を奪われたらそこまでだけど……あなたはどうするの?」 「そうですね。飛べなくなったら……という事にしましょうか。」 「分かったわ。」 ラティアスは臆す事も無い。 その様子にキュルケの胸は鼓動を速くし始める。 ギーシュの時も大立ち回りをやってのけた彼女は、果たして自分に対してどんな責め方をしてくるのか。 「そっちからどうぞ。」 「それじゃ、いくわよ!」 その言葉を合図に遂に両者の衝突が始まった。 キュルケは先ず得意な『ファイヤーボール』で様子見を行ってみる。 素早い呪文の詠唱はメロン程の大きさもある大きな火球を幾つも作り出し、ラティアスに対してそれらを撃ち放つ。 ラティアスはそれらを素早く避けてキュルケに接近しようとする。 しかし、キュルケは炎の壁を自分に近い四方に展開させ、ラティアスの侵入を防いだ。 暑さもかなりのものがあるためラティアスは一旦後退って距離を取った。 それを見計らったかのように炎の壁は一瞬の内に解かれ、 中から現れたキュルケが自分の周りに予め作って滞空させておいた『ファイヤーボール』を、弾道を変えながら再び幾つも間断無く放ってきた。 その瞬間的な速さは目を見張る物で、やっと相手との間を詰められるような距離になっても避けるだけで精一杯である。 次にその距離になって攻撃しようとすれば、あっという間に炎の壁を展開され近づけなくされてしまう。 後はその繰り返しである。 ラティアスもギーシュに対して繰り出した物と同じ技を用いて対抗する。 確かにそれは一時的にせよ効果を齎した。 しかし、キュルケが編み出す炎の勢いの方が些か勝っているのだろうか、防壁とも呼ぶべき炎という名の牙城を崩すに至っていない。 一進一退の攻撃は尚も続く。 悟られぬようにしてキュルケに近づくしかないと考えたラティアスは、精神を集中させて全身の羽毛を震わせた。 これこそがラティアスがルイズに話した隠し玉の一つであった。 そしてそれと同時に炎の壁を消したキュルケ、事の成り行きを見守っていたルイズとタバサは自分の目がおかしくなったのかと思う一瞬を見た。 目の前で一瞬にしてラティアスがその姿を消したからである! 何が起きたのか把握するのに一瞬戸惑ったキュルケは慌てて炎の壁を展開する。 そして自分が暑さを苦痛に思わない範囲にまで壁の幅を狭めた。 その中で彼女は今自分の目の前で起こった出来事について必死で考える。 光の粒子が彼女の周囲に取り巻き、一際強く輝いたかと思ったら消えたのだ。 ラティアスは確かに素早い動きを繰り返していたが、それは見えなくなるほどの物ではなかった。 ならば光を利用したのだろうか? 双月の光と自身が繰り出した『ファイヤーボール』の光を使って? しかしその答えが出る前に勝敗は決した。 キュルケの背中を、いきなり強力な風と猛烈に濃い霧が襲ったからである。 バランスと集中力を崩した彼女は前につんのめる形で地面に転ぶ。 それと同時に彼女の周囲にあった炎の壁も、滞空状態にあった『ファイヤーボール』も一偏に消えた。 キュルケは一体何が起きたのか把握しようとすると大変な事に気づく。 自分の右手に杖が無いのだ。 探そうとして身を起こそうとすると、自分の眼前に探そうとしている杖がその先を向けられた。 それを持っているのは、人間形態に変形したラティアス。 彼女は息一つ荒げる事無く、すっぱりと言い切った。 「あなたの、負けです……!!」 前ページ次ページゼロの夢幻竜
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前ページ次ページゼロの最初の人 「オールド・オスマン。王軍から、現時点での今年度卒業見込生徒の総数と、ランク、系統ごとの人数を書類にまとめ、今月のティワズの週ラーグの曜日までに報告するようにとのことです」 「ご苦労。明後日までには早馬を手配して王宮に届けさせるようにしよう。4、5日中には届くであろうから、安心してくれ」 魔法でペンをいくつも扱い、浮かんだ書類をどんどんと処理していきながらオスマンは答える。 目で書類を追わず、視線はしっかりとロングビルに合わせていた。 かつてロングビルが秘書の職に就いたころ。初めてこの異常な光景を目の当たりに彼女は、どうすればこのようなことが出来るか聞いたことがある。 彼いわく、レビューションと遠見の魔法の応用であり、練習すれば誰にでも出来る事。らしい。 それを聞いたロングビルは、使えれば何処かで役に立つかもしれないと、こっそり練習した。 しかしながら「複数のペンと複数の書類を浮かし、複数の視界を展開、なおかつそこから得る情報を同時に処理しながら、複数のペンを別々に動かし正確に文字を書く」など、常人にできるはずはない。 ロングビルは浮かんだペンを複数同時に動かすことはなんとかできたが、正確に、しかも同時に文字を書くなんてことは出来ず、すぐに諦めた。 そんな昔のことを思い出し、この人はやはりすごい人だ。と、微笑みながらロングビルがさらに言った。 「心配なぞしておりませんよ。もしどうしてもしなければいけないのならば、その相手は貴方ではなく早馬でしょうね」 「ほっほ。仕事は正確でしかも速い。おまけに舌まで達者とは、ワシはいい秘書を雇ったもんじゃのう。」 そんな談笑をしている間に、オスマンが動かすペンの動きが止まり、書類が束にまとめられ、ポンと机に置かれた。 「さて……もう今日やらねばならんことは終わってしまったの。 むぅ、まだこんな時間か…………そうじゃのう、ちとばかり早いが仕事は終わりじゃ。自室へ戻っても構わんぞ」 「それでは、お疲れ様でした。お先に失礼させていただきます」 「ああ、ご苦労じゃった」 オスマンはそう言って、ロングビルを見送った後、窓の方向に向き直り物憂げに空を見つめる。 ここはトリステイン魔法学校学院長室。そこには数々の並行世界で不埒な行為 ―俗にいうセクハラ― を行っていた変態爺とは全く違う「大賢者オールド・オスマン」の姿があった。 彼が成し遂げた偉業は数知れない。そして偉業は人々に伝わって伝説となる。 人が、国が、彼に救うたび伝説は増えていく。 さらに伝説は人に伝わると尾ひれを付け泳ぎだす。そうしてその総数は両手両足ではまったく足りないほどになった。 曰く、四大系統を全て修めた。 曰く、300年以上の時を生きている。 曰く、彼の出陣は、終戦の号砲である。 彼の伝説の中には虚実のものもある。しかしそれこそ「彼ならこれでも出来る」という周りの評価の高さを表しているだろう。 彼は、自身のもつその強大な力で祖国トリステインの危機を幾度も救った。 当然王宮の貴族らは彼に褒美を取らせようと考えたが、彼の素性に関しては謎な部分が多かったため、連絡がつかず、その功績に対し見合った報酬を与えることができずにいた。 しかし、彼の齢が200を超えしばらく経ったころ、ある日、彼自ら王宮に姿を現し当時の国王フィリップ3世にこう言った。 「これから、この杖は未来を担う若人を導くために振るいたい。このわしをトリステイン魔法学院の学院長にしてくだされ」 突然のことだったが、メリットはあれどデメリットの見つからないその提案に、フィリップ3世は一も二もなく首肯する。 そうして、彼はトリステイン魔法学校の学院長に就任することが決定し、その知らせはすぐ学院にも届いた。 ハルケギニア一の実力を持つとも言われるメイジが、学院長に就任することに対して、反対するような教員、生徒がいるはずもなく、学院の貴族たちは一様にオスマンを歓迎した。 学院の平民たちは、最初こそ萎縮したものの、平民だからといって差別せず、気さくに話しかけてくるオスマンに対し好感を抱いた。そして彼が学院長になることを歓迎した。 そして、一般的な学院長職の寿命としては長すぎるほどの間、オスマンは学院長であり続け、今現在も学院長職を努めている。 人望も厚く、学院に関する細々とした事務処理にも手を抜かず、ミスを犯すこともない。 そんなオスマンをわざわざ学院長のポストから下ろす道理もなかったため、オスマンは何十代もの生徒が卒業するのを今も見届けている。 しかしながら、元来オスマンの性格は、お調子者で助平。そんな彼が、どうしてこのような偉大な人物となったのか。 トマトが何故赤くなったかを、気にするものが稀有なように。その理由を気にするもの ―少なくとも今のハルケギニアには― はおらず。 必然的に、その理由を知る者はいない。 所変わって同時刻。ヴェストリの広場、ここでは春の使い魔召喚の儀式が行われていた。 ほとんどの生徒が使い魔を召喚し終え、召喚した使い魔との交流を深めていた中。未だに召喚が成功していない生徒が一人。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。トリステイン王国有数の大貴族であるヴァリエール家の第三女である。 少女は集中する。自分の魔力を、そして自分の意識を、杖に集め呪文を唱える。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……五つの力を司るペンタゴンよ。我の運命に従いし、使い魔を召還せよ!」 魔力のこめられた詠唱は、爆発を生み出し地面に大きなクレーターを作った。副産物は他生徒からの中傷の言葉。 「おいおい!ゼロのルイズはサモン・サーヴァントでも爆発させるのかよ!」 「万一、いや億一に成功してもあの爆発じゃ使い魔死んでんじゃねーか?」 「ハハハ!!違いないな!!」 無慈悲な言葉の矢がルイズに浴びせかけられる。ルイズは奥歯を噛み締め、悔しさを飲み込んだ。 絶対に、絶対に絶対に見返してやる。神聖で強力で、そして美しい私だけの使い魔を召喚してみせる。私をバカにしたやつらを見返してやる。 ルイズが呪文を唱えようと今一度杖を振り上げた。そのとき、監督教師のコルベールがそれを制止した。 「ミス・ヴァリエール、待ってください!」 ルイズが苛立ちを隠そうともせず答える。 「なんですか?!まだ授業の時間はあるでしょう?!」 「違います!そこを見てください!」 言うと同時にコルベールは指を指す。その先は先ほどルイズが"サモン・サーヴァント"で作ったクレーターがちょうどあるあたり。そこは爆発で巻き上げられた土煙に覆われていたが、かすかに中の様子が垣間見れた。そこには確かに黒い影があった。 「成功です!あなたの!ミス・ヴァリエールの使い魔が召喚されたのです!」 目の前の少女の苦労を少なからず知る教師が興奮しながら言う。 しかしながら、先ほどまで負の方向へ大きく傾いていた少女の精神に対して、正の方向へ強く心を揺るその情報はあまりに強烈過ぎたらしく、 念願の使い魔召喚、魔法の成功だというのにただただ、口をパクパクとするのみで少女の思考は停止した。 只、ルイズほどの衝撃を受けないにしろ他の少年少女たちにも目の前の状況は大きなショックであったらしく、誰も口を開けない。そんな中、青い風龍を召喚した青髪の少女が小さく何かを呟いた。 「ウィンド・ブレイク」その風の呪文で、クレーター近辺を覆っていた土煙が吹き飛ぶ。 ルイズはその少女に小さく、でもありがとうの思いをしっかりこめて一礼。そしてすぐに影 ―煙は晴れていたが外皮が黒い生物なのか正確な形が判断できない― に向かって駆ける。 駆けながらルイズは考える。 よく姿がわからないけど、人間と同程度には大きいわ!きっと幻獣よね、しかもあんなに大きいんだもの!あの青髪の子が召喚した風龍には劣るだろうけど、ツェルプストーのサラマンダー同等程度には強力に違いないわ! これでみんなを見返せる!これで姉さまに、お父さまに、お母さまに褒めてもらえる! きっと、ルイズはこのとき興奮で盲目になっていたのだろう。そうでなければ駆け寄る途中に自身の召喚したモノの正体に気付いたはずだ。 そしてルイズはソレにあと5メートルというとき、やっと気付いた。興奮していた精神が急激に冷やされる。あまりのことに再び声を失った。 何秒か、何分か、時間が過ぎた時やっとのことでルイズは一声もらす。 「…………人間?」 ルイズは近づいて観察する。年は17、18才といった所だろう。造形が整っており知性を感じさせる顔つきだ。 しかし、その青年は、サモン・サーヴァントで召喚された、ということを差し引いたとしても、明らかに異質に感じられた。 その原因の全ては青年の着ていた衣服である。貴族のものとは明らかに違う作りのローブのような妙ちくりんな黒いものを羽織り、その中に橙色の如何とも形容しがたい服を着ていた。靴は大きな黒いもので、髪の色もまた―このあたりでは珍しく―黒だった。 両手には中の服と同じ橙の手袋がはめられて、その左手には……"杖のようなもの"が握られていた。 また男は、ルイズ達生徒やコルベールの居る方向に対し背を向けた状態で、膝を軽く抱えたようにして寝ていた。 つまり、黒い面しか彼女らには見えておらず、見慣れぬ服装のこともあったため、黒い大きな幻獣と勘違いしたわけだ。 そんなとき男がゴロンと寝がえりをうった。顔や首、袖口に見える手首。そんな"人"の部分が生徒の方向を向く。 数人の生徒が目の前の事実を理解した。ヒソヒソとした話し声。その声は次第に大きなものになり、ルイズに向けられる罵言へと姿を変える。 「なんだあれ!ヒトじゃねぇか!」 「ゼロのルイズの使い魔は人間!こりゃ傑作だ!!」 それに混じってスースー、グーグーと規則正しい呼吸音が聞こえる。 それがルイズの精神を逆なでした。 「こ、こここ、この!!起きなさいよ!!!!」 杖を空に向け怒りを乗せた呪文を唱える。上空に巨大な爆発が生まれた。その衝撃で周りの生徒の使い魔たちの数匹が暴れだす。 誰かの蛇が、誰かカラスを飲み込む寸前で、空気の槌に吹き飛ばされる。 巨大モグラがやたらに穴を掘り、その中に使い魔と人間が何人か落ちてしまう。 寝ているところを起こされてしまい不機嫌なサラマンダーがめちゃくちゃに炎を吐く。 そんな阿鼻叫喚の騒ぎをなんとか収めた生徒たちが、ルイズをにらんで怒鳴るように声をあげた。 しかしルイズは振り向かない。肩で息をしながら使い魔をじっと見ていた。 なぜなら、そこでようやく召喚した彼が目を覚まし、起きあがったからだ。 目を覚ました彼は「くぁあ」と大きな欠伸をしながら伸びたあと、目をこすりながらゆっくりとあたりを見渡す。 その動きをコルベールは警戒しながら見つめる。使い魔はコントラスト・サーヴァントで契約するまでは、主に危害を加える恐れがある。召喚されたのがヒトであったとしてもそれは変わらない。 ルイズはというと、そんな緩慢な動きに内心イライラしていたが、何も言うことがなかった。 いや、正確には先ほどの怒り感情に身を任せ荒々しく唱えた呪文のせいで、いまだに息が荒れていた為、言えなかった。という方が正しいだろう。 その青年にそんなルイズの心象を知る由もなく、しばらく彼はそうしていたが、やがてルイズに目線を合わせ溜息をつき、こう言った。 「そこのおぬし。何故わしはここにおるのかのぅ?」 前ページ次ページゼロの最初の人
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フーケ連行後、ようやくひと心地ついた四人だったが、休む間もなく学院長室へと出頭した。 そこで待っていたオールド・オスマンが、事情を把握したように告げた。 「破壊の杖について、話は聞かせて貰った! 人類は滅亡する!」 『ええっ!?』 「嘘じゃ。破壊の杖に関しては心配いらん。あれは偽者での。 実はただの剣じゃ。本物は、既にこの世には無い。 ……だから、その殺意を持った目はやめてくれんか、年寄りのかわいい冗談じゃ」 コホン、と咳払いし、若者には辛い、老人の長い思い出話が始まった。 要約すると、こうだ。 オスマンが昔、森を散策していた時に、突然見た事がない魔獣の群れに襲われた。 多数に無勢となった時に、『杖』を持った少年が現れ、人ならぬ素早さと力で切り伏せていった。 少年の持っていた杖は、剣の形をしていたが、あるときはガントレット、また槍や斧などに姿を一瞬で変えた。 その武器は、何十メイルもある巨人ですらも一撃で粉砕するほどの破壊力を持っていた。 その少年はオスマンを助けた後、『この世界』に手出しし始めた『神』とか言うものを追い出しに行くと言い、去って行ったという。 オスマンは、いつか『神』なるモノ、もしくはそれに類する脅威が現れたときの為に、いまだかつて見たことのない不思議な剣を覚えておく目的で『破壊の杖』(杖は剣が魔法のように変わったところから名づけた)のレプリカを作り、この学院で生徒育成をする事にしたという。 「それで、その『神』はどうなったんですか?」 「幸いな事に、姿も形も見えん。その未知の魔物も、それっきり報告も聞かん。 まあ、平和であるにこした事はないのう」 話を一区切りして、もう一度咳払いする。 「さて、よくフーケを捕まえてくれた。後日、二人にはシュヴァリエの爵位、ならびにミス・タバサに精霊勲章授与の沙汰が宮廷からあるじゃろう」 「ええと……レンには何も無いんでしょうか」 「残念ながら、彼女は貴族ではないからの」 ルイズは憐の様子を横目で覗いたが、彼女は何も分かっていないのか、特に気にした様子も無さそうだった。 「あ、あの……オスマンおじいさん?」 「何かね? ヴァリエールの使い魔」 孫娘のような可愛らしい声に、オスマンは思わず相貌を崩して答えた。 「後で、お話があるんですけど、いいですか?」 「うむ。だが、今日は舞踏会じゃ。色々トラブルがあったが、予定通り執り行えるじゃろう。 今日の主役は君たちじゃ。楽しんできたまえ。ヴァリエールの使い魔よ、話はその後にしよう」 今回の活躍者たちが部屋を去った後、オールド・オスマンとコルベールは再び怪しい悪の幹部の雰囲気で秘密を話し合った。 「あの白いゴーレムについて、分かった事は本当に『それ』なんじゃな?」 「はい、残骸の皮膚らしき金属に、『BS-OSA』との文字がありました」 勿論、『この文字』はコルベールには読めないので、そのままをスケッチしたメモをオスマンに渡す。 うむぅ、と唸るオスマン。 「まさか……伝説が本当にあったとは」 「伝説とは?」 「かつて我々人間が魔法が使えない頃、そしてエルフや使い魔が存在しなかった頃、人に代わって人を統治する『神のほこら』が五つあったそうじゃ。 そして、その頃の人はトライアングルクラスの大きさのゴーレムを何匹も使役し、ゴーレムもスクエアクラスの攻撃が可能だったそうじゃ。 しかし、人が争い過ぎるようになって、やがて文明や人は滅びたが、神のほこら自体は残っていると言うが……」 「もしや……」 「うむ。かねてより予測されていた、神との戦いが始まってしまうかもしれん。 ミスタ・コルベール、これは未だ推測。無闇な不安を煽る訳にはいかん。他言無用に願うぞ」 *************** 舞踏会はつつがなく終了し、ルイズは少し飲みすぎで火照る身体を、ベッドで寝転がる事で冷やしていた。 服をだらしなく着崩し、うつらうつらと眠りの世界に呼ばれていた。それを引き戻したのは、扉を遠慮がちに叩くノックの音だった。 「お姉ちゃん、いる?」 「う、ん……」 「入るね」 足音も控えめに気配がベッドに忍び寄ってくる。その頃にはルイズも客の存在を正しく認識し、起き上がる。 「ん……レン、何?」 「あのね……お別れを言いに来たの」 言われる事が重要な事だとは、何となく予想されていた事だった。フーケ戦の後辺りから憐の様子が何となくおかしいのは感じていたが、まさかの別れ話に、起き上がらざるを得なかった。 こんなときに、眠りかけでぼおっとしている自分の頭が恨めしい。とぼけた質問しか出来ない。 「お別れって……?」 「思い出したから。私の、やらなきゃいけない事を」 その瞳に映るのは、わたしより幼くて、だけど今までの能天気で天然で無垢な物じゃなくて、何かやるべき事を見つけた真っ直ぐな目。 本当なら主は使い魔を従えるものとして、許すべきではなく、断固引き止める、いや拘束するべきなのだろう。だが、わたしはそんな事をする気にはならなかった。 多分、わたしは実は甘すぎるのだろう。案外、子供なんか生まれたらだだ甘になるのかな? ちいねえさまに似ているのかなと思うと、安心するけど。 そんな長ったらしい言い訳ごとを考えている間に、やっと頭がすっきりしてきた。すっきりしたはずなのに、今度は何を言えばいいのか考えすぎて言葉にうまく出来ない。 だから、短くまとめた。 「……うん、頑張ってきなさい。ちゃんと、決着つけてきなさいよね」 「ありがとう、お姉ちゃん。 あ、おひげのおじいさんに許可貰ったよ」 「オールド・オスマンの事?」 「帰る前に挨拶しに行ったら、進級は認めるから次の使い魔を召喚していい、って伝えてくれって」 確認のために手を取る。確かに、ルーンは跡形も無く消えていた。 「ツェルプストーやタバサにも挨拶したの?」 「うん、ちゃんとしました」 「いいわ。いつ、行くの?」 「この挨拶が終わったら、すぐに行くつもり」 「そう。 ……さよならは、言わないわ。元気でね。また、会いましょ」 「またね……お姉ちゃん」 レンの姿が、窓の外から差し込む月の光に溶けるように、ゆっくりと消えて行った。余りにもあっさりしすぎていて、夢を見ているようだった。 誰も、何もいない。思わず手を差し伸べても、何も触る事ができない。 頬が冷たかった。泣いている? そんな事にも、気づかなかったなんて。 どこか心の一部を持っていかれたように寂しい事に気づいた。心の働きが遅い。未だに現実かどうか、理解できなかった。どうして、泣くならもっと早く、引き止めて泣く事ができなかったのだろう? 自分が甘いだの何だのと理由をつけていた癖に、結局は一緒にいて欲しかったのだ。 『ゼロのルイズ』と呼ばれていた私に、素直に付き合っていてくれたから。 レンがいたから、私は私でいられたのに。 当たり障りの無い事を言って別れたのを後悔したままベッドに潜り込む。 自分の感情が何なのか、どうすればいいかよく解らないまま、心のつかえを流しつくすように泣き、そして眠りについた。 ********************** 数日が経った。 ルイズの二人目の使い魔召喚は一回で成功したが、出てきたのは平民の少年だった。 サイト、と言う少年をルイズが事あるごとに、 「この犬!」 と大声で追い回す様子は、その数日で名物になった。 キュルケと話をする→この犬!→爆破、シエスタを見てデレデレしている→この犬!→爆破、誤ってタバサを押し倒す→この犬!→爆破、と追い回すその様子に、「あれって焼餅じゃね?」と噂する生徒もいるが、表には出さない。 ゼロのルイズ相手といえど、あの結構痛い爆破を食らいたくは無いのであった。 キュルケは堂々と正面から言う剛の者であったが。 中庭で柔らかな風に吹かれながら、ルイズは寝転んでいた。少々追い掛け回しすぎで疲れたのだ。 あの犬、女の子見れば右に左にふらふらふらふらと。次に見つけたらもっと厳しく躾けてやるわ。 決して焼餅じゃないの。ご主人様として、ちゃんと下僕が周りに迷惑をかけないようにしてるだけなんだから。そんな思考こそが焼餅と言われている理由だという事に気づいていない。 「さて……行きましょうか」 服についた草を払い、立ち上がる。 そういえば、いつかあの子とこうして寝転んだ事もあったっけ。ほんの少し前のはずなのに、ずっと過去の想い出のような気がした。 少しだけ強い風が吹いた。誰かに呼ばれたような、声が聞こえる風。 (お姉ちゃん……) 「レン?」 ふと、中庭の向こうに影を見た気がした。 小さくて、スカートが風になびいていて、大きなリボンが揺れていて…… 「あれ……?」 夢か、現か。 どちらでもいい。未だ寂しさを忘れられない私を心配して、幻を見せに来てくれたのかも。 だから、私は何も言わず背を向ける。そして、歩き出した。 *************** 「どうして無視するの!?」 「って、ええええええっ!?」 幻は質量を持って、私の背中に張り付いてきた。幽霊なのに触れる事に慣れてるのは最早どうかと思うが。 「え、ちょっと、戻ってきたの?」 「……ダメ?」 「ダメじゃないけど……それで、決着はつけてきたの?」 うん、と憐は大きく頷いた。 「『向こうで』死んじゃったけど……何故かこっちに来れたから。 ちゃんと死ぬ前にお別れを言って、こっちには今日来ました」 「そう……」 ダメだ、戻ってきたって聞いて、言葉にならない。泣きたいけれど、泣かない。やっぱり、大事な存在なんだと気づく。 もう、嫌だって言っても離さないから! 「これからは、ずっと一緒よ!」 「うん! お姉ちゃん!」
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《ゼロの革命 ドギラゴンΩ》(レアリティ)LEG(文明)無色(コスト)8 クリーチャー:(種族)メガ・コマンド・ドラゴン/サバイバー(パワー)13000 ■革命チェンジ コスト5以上のドラゴンまたはサバイバー ▲スピードアタッカー ▲ブロックされない ■サバイバー(自分の他のサバイバーすべてに上の▲能力を与える) ■ファイナル革命 このクリーチャーが「革命チェンジ」によってバトルゾーンに出た時、そのターン中に他の「ファイナル革命」をまだ使っていなければ、自分の山札の上から5枚を表向きにする。その中からサバイバーを好きな数バトルゾーンに出す。 作者:カキ
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前ページ次ページゼロのエルクゥ 「ヴェストリの広場で待つ! トリステインが武門、グラモン伯爵家が四男、このギーシュ・ド・グラモンに向かってあれだけの言葉を放ったのだ。逃げるなよ平民!」 ギーシュは言い放つと返事も聞かずにばさぁっとマントを翻し、大股で食堂を出ていった。 なんだなんだ、決闘、決闘だって? と周囲にざわめきが広がっていき、さっきまで耕一と同じようにぽかんと口を開けていた彼の友人連中は、一転わくわくした顔でギーシュについていく。 「……やれやれ。やりすぎたかな」 子供と大人の境目。人との関わりに興味はあるがまだ人を思いやれない年頃。遊ばせすぎても締めつけすぎても歪んでしまう時期。 大学では一応教職課程を取っているが、教師なんて絶対無理そうだ、と耕一は嘆息して、帰ったら取るのやめようと決心した。 「決闘、ねぇ……」 何をやるのかはわからないが、ま、たぶん子供のケンカと変わるまい。 さて面倒な事になった。 挑発した(つもりはないが、目下の者からの諌言など素直に受け入れない性質だとわかっていた上で淡々と事実を指摘するだけでも、その言葉は挑発として十分な効果を発揮するだろう)のは耕一自身だから、悔やんでもしょうがないのだが。 傍らでは、ギーシュの友人の一人が自分を見ている。どうやら逃げないように見張っているらしい。 「ちょ、ちょっとコーイチ! あんた、何やってんのよ!?」 面倒だしこのまま逃げてもいいけど……ともう一度ため息をついたところで、聞き覚えのある怒鳴り声。 見ると、ルイズが席を立ち、肩を震わせながらこっちに歩いてくるところだった。 「何、と言われてもね……ちょっと教育的指導をしたらケンカ売られた、としか」 「……まあ、見てたから知ってるし、私もあの二股は酷いと思うけど、そうじゃなくて!」 とぼけたような耕一の声に、ルイズが頭を抱える。 「どうすんのよ。勝てるの?」 「ま、子供相手に負ける気はないけどね」 「はぁ……ならいいけど。ご主人様に恥だけはかかせないでよね」 「努力するよ」 「……なんだか、大した自信ね」 ルイズと耕一のどこか余裕の態度に、ルイズの後ろについてきていたキュルケが、パチパチと瞳を瞬かせた。 「ギーシュはドットとは言えメイジ。戦争ならともかく、1対1だと平民じゃ逆立ちしても勝てないわよ? ルイズだって知ってるでしょう?」 「……そりゃ、知ってるわよ」 魔法が使えないルイズだからこそ、それは誰よりもわかっている。貴族を絶対上位たらしめている魔法というものの便利さと、恐ろしさを。 しかし彼は、エルクゥは、そんな世界の枠外も枠外の存在であった。 キュルケは、ルイズの態度に何かを感じとったのか、すぐに肩をすくめた。 「ま、あなたがいいならこれ以上は何も言わないけど」 「いいのよ。あの色ボケにもいい薬でしょう」 そう言うルイズも内心、耕一の妙な自信には半信半疑であったが、これで確かめてみればいい、と考えていた。 ―――口ほどにもなく弱かったら……覚悟しなさいよ。 「さて、じゃあ、ヴェストリの広場に行きますか」 ルイズのおっかないシグナルを背に受けて、耕一達は食堂を出た。 ヴェストリの広場は、人でごった返していた。 中央にギーシュが立っており、その周囲を囲むように野次馬が盛り上がっている。 「諸君! 決闘だ!」 耕一の姿を見つけると、ギーシュが手に持っていた薔薇の花を、ばっ、と天にかざした。 次いで、周囲の野次馬から歓声が飛ぶ。 「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの使い魔の平民だ!」 言っている間にも、野次馬の生徒はどんどん増えていく。 アイドルのコンサートよろしくギーシュは手を振り、歓声に答えていた。 そして、ようやく存在を認めた、とでも言うように耕一に向き直る。 「とりあえず、逃げずにきた事は誉めてやろうじゃないか」 「……一つ、確認しておきたいんだが」 「なんだね、言ってみたまえ。謝罪なら受け付けないぞ」 勝ち誇ったように、ギーシュは薔薇を口元に当てる。 「勝っても負けてもお前に得はないんだが、わかってるのか?」 「貴族の名誉を土足で踏みにじった平民に対する罰だ。十分に意味はあるさ」 ……冗談とか強がりじゃなくて、本気で言っているんだろうか、と耕一はちょっと心配になった。 現代日本の高校生が相手なら、耕一の感性も正しかったのかもしれない。しかし、彼は日本の高校生ではなく……名誉と誇りと形式と伝統を重んじる、トリステイン貴族の子だった。 「だからお前、もし勝ったら『二股がバレて弱い平民に八つ当たりした奴』になって、もし負けたら『そんな弱い平民にも負けた奴』になるんだぞ。どっちにしてもお前は女の子からモテなくなる。わかってるか? さっきの騒動、女の子達の視線はかなり冷たかったぞ」 つまりは、『平民にバカにされた』という形式的な名誉に気を取られて、本質の部分を忘れているのであった。 まあ、ただ単に頭に血が昇っただけとも言う。 「うぐっ!?」 耕一の言葉を聞いて、びしぃ! とギーシュが固まった。 そう、よく見れば、周囲を囲んでいる野次馬、大多数が血の気の多そうな男だった。 「俺を痛めつけた後に、さっきの二人に『君の名誉を汚した平民は僕が罰を与えておきました!』とか言って許してもらえると思ってるのか? 本気で思ってるなら、女心の前に人の心を勉強してこい。彼女達が何に怒ったのかもわからないんならな」 「う、うぐぐ」 「まあ、弱い奴を痛めつけただけでキャーキャー言ってくれるような尻の軽い女が好みというなら止めないが」 「だ、黙れ! それ以上喋るなっ!」 ギーシュは弾かれたように薔薇を振る。 その花弁がふわりと花を離れ、地面に舞い落ちると―――ぴかっと光を放ち、地面が軽く抉れると共に、忽然と人影が現れた。 女性のシルエットを模した、青緑色をした鎧騎士。 「行け、ワルキューレ! 奴にこれ以上囀らせるなっ!」 ギーシュが叫ぶと、鎧騎士―――ワルキューレは、猛然と耕一に向かって突進した。 人の肉体と違い、壊れる事をいとわないその動きは十分に速く、あっという間に距離を詰め、耕一の顔めがけて拳を振りかぶり、そのまま右ストレートを放ち―――耕一は、微動だにしないまま、それを顔にくらった。 ひっ、とどこからか息を呑む音がして―――ぐわぁぁん、という金属の打ちつけられた音と、ぐしゃあ、という金属の潰れた音が同時に響いた。 「―――へ」 ギーシュが、息の抜けるような間の抜けた声を上げた。 「こりゃ、金属の人形か。さすがに響くなあ」 その場に立ったままの耕一が、本当の本当に『目の前』でひしゃげた人形の腕を、手で払うようにどけた。 片腕を失ったワルキューレは、払われただけの手に突き飛ばされるようにして横に飛ぶ。 「ば、バカな。僕のワルキューレが!? 青銅のゴーレムの腕が!?」 「なるほど。青銅なのかこれ。よく出来てるなあ」 耕一の声はどこまでも平常で、ギーシュのみならず、目を伏せずに見ていた野次馬の大半が、言葉を失っていた。 昼下がりの学院長室。 秘書であるロングビルは席を外しており、その部屋ではオスマンだけがキセルをくゆらせていた。 「うむ。どれ」 オスマンが何かに頷いて、背の丈ほどある杖を振ると、机の上に置かれていた小さな手鏡が光り出した。 光が収まると、そこには……妙な場所が映し出されていた。 何かの陰なのか薄暗く、木目のある物体が見える。それは、どこか机の下から椅子を見上げている図だった。椅子の上に誰かが座ったら、その股間部がよく見えるに違いない。 「うむ、ベストポジションじゃモートソグニル。ようやった! ようやったぞ!」 オスマンが喜色満面に頷くと、無人の秘書机の下から、小さなハツカネズミが飛び出してくる。 得意げに胸を張るネズミにナッツを頬張らせてやるオスマン。 コンコン。 そんな平和な学院長室の日常は、ノック音により中断された。 「失礼します、オールド・オスマン」 「なんじゃ、ミス・ロングビルか。かしこまってどうしたんじゃ。ささ、早く机に座って仕事に戻りなさい」 「いえ、少しご報告が」 「ふむ。ま、いいから座りなさいミス・ロングビル」 「いいえ、まだ仕事は終わっていませんので……それでご報告ですが、ヴェストリの広場で決闘をしている生徒がいるようで、大きな騒ぎになっています。止めに入った教師もいましたが、集まった生徒の数が多すぎて止められないと」 オスマンは呆れたように肩をすくめた。 「まったく、ヒマを持て余した貴族ほど性質の悪い生き物はおらんな。まぁ座って話せばよかろう、ミス・ロングビル。それで、決闘なんぞしておるのはどこのどいつじゃ」 「いえ、すぐに出かけますので。一人は、ギーシュ・ド・グラモン。そして、もう一人が……生徒ではなく、ミス・ヴァリエールの使い魔の青年のようです」 ロングビルの言葉を聞いた瞬間、オスマンの表情が一転、引き締められた。 「教師達は、騒ぎを止めるため、『眠りの鐘』の使用許可を求めております」 オスマンは目を閉じ、暫しの間沈思黙考した後、さっと杖を掲げた。 壁に掛かっていた大きな姿見がぱあっと光り、そこにはヴェストリの広場―――ではなく、何かの物陰が映っていた。部屋の中なのか、壁と椅子のようなものが見える。椅子に誰かが座っていたら、その股間部がよく見えそうだった。 「おっと。間違えた」 再び杖を振ると、今度は人の集まる広場の風景が映し出される。 ちょうど、戦乙女を模したゴーレムが件の青年に殴りかかり……その腕が、自らの力によってひしゃげるところだった。 「…………」 「…………」 平然として立ったままの青年を見て、二人の顔が複雑な表情を描いた。 『呆気に取られる』と『戦慄を覚える』を同時に混ぜ合わせたような、そんな顔だ。 「ミス・ロングビル。『眠りの鐘』の使用を許可する。どちらかが血を流した瞬間に鐘を鳴らすよう言っておいてくれたまえ」 「そのように伝えておきます」 「うむ」 「ところでオールド・オスマン」 「なんじゃね? ミス・ロングビル」 「私の机の下に仕掛けた遠見の鏡、次までに撤去しておかなければ叩き割りますね。修理費は学院長のポケットマネーから出しておきますので」 「カーッ!」 学院長室は、今日も平和だった。 「―――で、これで終わりかい? こっちが話をしている時にいきなり襲うなんて、貴族の名誉ってのは随分と軽いんだな」 「くっ! それ以上の侮辱は許さんっ!」 ぶん、ぶん、とギーシュが薔薇を振り乱すと、次々と光が生まれ、ゴーレムが生み出されていく。 「もう手加減はしない! 『青銅』のギーシュが奥義、七体のゴーレムによる同時攻撃を受けるがいい!」 素手だった最初の人形とは違い、剣や槍をそれぞれに持ったワルキューレ達が、ざっ、とギーシュの前に整列し、その武器を耕一に向けた。 耕一は、慌てる事もなく、ゆっくりと左手をあげ……覆うように、顔を隠した。 「力で他に言う事を聞かせる。それは自然の摂理なんだろうな」 だからエルクゥは生まれた。復讐の力の為に。 「い、今更命乞いかっ!?」 「だが、全てを力で解決するのならば、それは人である必要がない。事に当たり、知恵を、情を、言葉を尽くす者を人と呼び、人こそが鬼を従える」 だから、人でしか、鬼は飼えない。 「な、何を言っている!」 「お前は餓鬼だ。どうしようもない餓鬼。そして、餓鬼ならば鬼だ。ちっちゃな糞餓鬼とはいえ鬼ならば、力を振るう事に容赦はしない」 ぴぃん、と空気が張り詰め―――耕一の左手の甲に描かれた使い魔のルーンが淡く光を放ち始めたのを見る事が出来たのは、正面からそれを見つめていたギーシュと、最前列でじっと彼を見つめていたルイズだけだった。 「見せてやろう。我は鬼。人を狩る鬼。宵闇の狩猟者―――エルクゥ」 ギーシュには、手で顔を覆った耕一の眼が、赤く、鮮血のように赤く光ったように見えた。 「行くぞ。糞餓鬼」 微かに彼の足がブレた次の瞬間、耕一の姿は、整列するワルキューレの目の前にあった。 「ひぃっ!?」 「っ!?」 ギーシュだけでなく、耕一にも驚きの表情が走った。 ―――体が軽すぎる。 だが、鈍いよりは問題ではなかった。思考を切り替え、そのまま右腕を真一文字に一閃させる。 しゅりぃぃん、と耳障りな金属音がして、7体の青銅人形は、例外なく真っ二つに切り裂かれた。 腰から上下に別たれた人形達が崩れ落ち、文字通り土に還っていき……腕を振り抜いた風圧で、真後ろにいたギーシュが弾き飛ばされるように吹き飛んだ。 「がふっ!」 したたかに背中を打ち付け、息が漏れる。その飾りシャツの胸元が、風圧によるものか、ぱっくりと真横に切り裂かれていた。 次の瞬間、どんっ、と鈍い音と共に、目の前に耕一の顔があった。 滲む目で彼の右腕を見ると、自らの顔の横の地面にそれが突き刺さっている。ありえない、とギーシュは身体中が震えるのを感じた。 「続けるかい」 ギーシュは言葉もなく、ぶるぶる、と首を横に振った。 耕一が地面から腕を抜き、立ち上がっても……ヴェストリの広場は、静寂に包まれたままだった。 「……『眠りの鐘』は、必要ありませんでしたわね」 「そうじゃな」 ロングビルが許可の旨を報告に出て行こうとした時には、既に決着はついてしまっていた。 「神の左手『ガンダールヴ』……あらゆる武器を使いこなす、との事でしたが」 「武器なぞ使わんかったな」 「さすが伝説、と言えばよろしいのでしょうか。それとも、伝説と違う、と言えばよろしいのでしょうか」 「今の時点でわかる人間がいたら、そいつは始祖の生まれ変わりじゃろうて」 オスマンは、どうでもいい、というように髭をしゃくった。 「『眠りの鐘』についてはもういいじゃろう。ミス・ロングビル、ミスタ・コルベールをここに呼んでくれたまえ」 「かしこまりました」 ロングビルは一礼して、学院長室を出て行った。 「さて、どうするかのう……」 オスマンは、思い詰めたようにため息をついた。 「……名残惜しいが、さすがにマジックアイテムを弁償するのは勘弁じゃしのう。はーあ」 そっちかよ! と肩の上にいたモートソグニルはツッコミを入れざるを得ず、少しだけ知能が上がったのだった。 前ページ次ページゼロのエルクゥ