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前へ / トップへ / 次へ 目を開いたウェールズの目に飛び込んできたのは、神の奇跡を目の当たりにした僧侶のような顔で驚愕する父ジェームズの姿で あった。目からは涙がこぼれているし、祈るように指まで組んでいる。 なぜ父は泣いているのだろう。なぜ父は祈っているのだろう。 父だけではない。その場にいた人間全てが泣いていた。祈っていた。 そして、口々にある少年の名を叫ぶ 「バンザイ、ビッグ・ファイアバンザイ!」 父が少年に抱きつき、離れて地に伏せ祈りを捧げる。始祖ブリミルへの感謝をこめた祝詞だ。神聖な言葉の羅列による詩だ。 一国の王が使い魔に与える歌ではない。国の祭典や戦争の勝利など、国家的な祝いの場において、唄われる祝詞であった。 「おお……トリステインの若きメイジ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔よ。貴方は一体何者であるか。 アルビオンの王ジェームズ・テューダーが始祖ブリミルの名において問う。汝は何者也や。」 ひれ伏し、大地を舐めるように這いつくばるジェームズ国王。それは御使いに会った聖職者のような姿であった。 「やめてください。」 あわてて少年が父、ジェームズを抱き起こす。 「ぼくは何かに導かれるようにしてこの世界にやってきましたが、ただの人間にすぎません。ただ不思議な力があるというだけで、 あなたほどのかたが頭をさげるような人間ではない。」 「しかし、あなたはわが子ウェールズを蘇らせた。そのような魔法、聞いたことがない。」 蘇らせた?何を言っているのだ。僕はここにいるじゃないか。幽霊じゃないぞ。というか、なぜこんなに周りに人がいるんだろう。 しかもどうやらここは医務室らしい。怪我でもして運ばれたのか? 胸を触る。そこに、大きな穴が開いていた。開いて、血が滴っていた。 「げえ!」 そうだ、思い出した。私はあのとき内通者であるワルドという男に刺され、死んだのだ。いや、いまここにこうしているじゃないか、 どういうことだ? そのときウェールズはおかしいことに気がついた。まだ大きな穴が開いて血があふれているじゃないか。普通これはまだ死んだ 状態じゃないのか?だが、その傷口も塞がっていく。一体どうなったんだ、私の身体は。 「ねんのため、もう少し打っておきましょう。」 おお、とどよめく人々。針を交換して少年が妙な器具を身体に突き刺して、血を採った。 それを私の身体に注射する。すると再生速度が増し、あっという間にもとの肉体に戻った。もう痛みすらない。 「ウェールズよ」 と、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった父が話しかけてきた。 なんでも私に、あの使い魔の少年が「特効薬です」と言い自分の血をわけたところ、脈が止まった私が蘇ったのだという。 そんな馬鹿な! 「死者が蘇るというのですか…。そんな、馬鹿な。」 「だがあの少年と、伝説の使い魔として伝わっていたコウメイ様は、深い縁がある模様。もしやすれば、虚無の魔法とは人間の生命を 操る魔法なのかもしれない。現におまえは蘇った。目の当たりにすると、信じざるをえぬではないか。」 「そ、それでは……ラ・ヴァリエール嬢は虚無のメイジということになるのでは?」 うむ、と父王は頷いた。 「これはいまは公にしてはいかんだろう。なにより、お前の愛するトリステインの姫様に迷惑になるではないかな?」 ぎょっ、と息を呑むウェールズ。 「ご、ご存知だったのですか??」 「父を舐めるなよ。ラグドリアンの逢引から、知っておるワイ」 かっかっかっと笑うジェームズ王。それは国王の顔ではなく、父の顔であった。 「そ、そういえばコウメイ様から袋を預かっています。何かあればこれを開けてみよ、と。一体何が…」 あわてて話を変えようとするウェールズ。ニヤニヤしながら見ているジェームズ。いい親父だ。 そして、そこにはただ一言「生存を隠す事」と書かれた紙が入っていた。 竜を打ちのめし、怪鳥に乗ったバビル2世が降りてくる。 怪鳥が着地した。バビル2世が飛び降りた。自由落下ではなく、レビテーションのようにゆっくりと地上に舞い降りた。 バビル2世の超能力の一つ、浮遊能力である。 あっというまにアルビオンの人々がバビル2世を取り囲む。 ウェールズ王子復活の場に居合わせた人々は仏像のようにバビル2世を拝む。事情を知らない多くのメイジは、めずらしい使い魔で あろうと思い込み、ロプロスについて熱心に尋ねてくる。途中炎を身に纏い、さきほどゆっくり落下したバビル2世の姿を見ていたものが 何人もいて、バビル2世はメイジか、先住魔法を使う少数亜人なのだろうと語りかけてくる。 ウェールズ王子は、その光景を遠巻きに見ていた。 感動していたのだ。 伝説の使い魔「コウメイ」を従え、巨大な怪鳥を自由に操り、強大な敵と戦う少年。 ウェールズは子供のころ、多少の空想癖があった。一国の大権を握る身にふさわしく育てようと、父ジェームズは息子ウェールズを 軍隊式で徹底的、いやこういうときはテッテ的というべきだ、テッテ的に厳しく育てた。自由なるものは産まれたときから存在して いなかったと断言してもよい。 そんな彼にとって唯一自由となるものが空想であった。 英雄の冒険譚に興奮し、悲劇に涙した。長じては精霊や妖精、妖怪や怪物の話に興味を持ち、公務の合間を縫ってはゆかりの地を お忍びで探索し、研究をした。そういえば、アンエリッタと出会ったのも妖精がいるという話を聞いて、湖を散策していたときだ。 そんなウェールズの目の前には、少年時代に憧れた冒険小説の主人公のような少年が立っているのだ。 「いやあ、すごいなぁ。コーイチくんは。鉄人でも危ないかもしれないな。」 ぬっ、とウェールズの隣に老人が歩を進めてきた。黒い髪に白いものが混じっているが、矍鑠とした老人だ。 ショウタロウである。 ウェールズが、さきほど船を救ってくれた老人だと気づき急いで挨拶をする。 「気にすることはない。こういうときはお互い様だよ。」 まだこのときはコウメイに説き伏せられてはいなかったショウタロウだが、風の噂でアルビオンの王家が革命の嵐の中にあり、 不利な状況にあるということは聞いていた。おそらくアルビオンから逃げてきた一団であり、ウェールズ王子が杖を持っていなかった こともあり、平民だろうと親しげに話しかけてくる。 「なに。わしが昔住んでいた国も戦争に負けたことがあってね。だが、そのあと生き残った人々が力を合わせ、国を復興したらしい。」 ショウタロウはバビル2世に聞いた祖国日本を思い浮かべる。想像の中の姿は、あくまで美しい。 「きみたちもこれからが大変だろう。だが、いつか国が立ち直るときがある。それまでは耐えがたきを耐え、忍び難きを忍ぶしかない。 今の君たちは例えるならば白昼の残月なのだから。」 「白昼の残月?」 ウェールズが思わず聞き返した。ショウタロウが頷く。 「そうだ。白昼の残月は、うすぼんやりとして心もとなく見える。月が今にも消えてしまいそうだ。だが、やがてその月は夜を迎え、 ふたたび強く自身を主張し始める。月は満天の星を従え、誰もその存在を無視できなくなる。国を失ったきみたちは、今は日陰の 存在かもしれない。だが、いつか月は輝きだすはずだ。」 かつて白昼の残月と呼ばれていた男が力強く言う。それは、長い間にたどり着いた思いであった。詳しくはネタバレになるので 言えないが、かつてショウタロウと呼ばれた青年は、自らのあだ名「白昼の残月」に回答を見出していた。 ウェールズが力強く頷いた。 「そうだ。白昼の残月。……かっこいいなぁ。」 バビル2世の血で妙な趣味の部分も増幅されたのか、ウェールズ王子は『白昼の残月』なる言葉を大いに気に入ってしまった。 だからなのか、上半分だけの黒い覆面をかぶり続けているのだろう。 「ビッグ・ファイア様。私は伊達や酔狂で言っているのではありません。私はレコン・キスタどもの影に、なにか巨大な悪の存在を 感じているのです。」 バビル2世が真顔になった。ウェールズ王子は知らないだろうが、バビル2世はその悪の正体を知っていた。 ヨミである。 「おそらく我々の力だけではその悪に立ち向かうのは困難でしょう。なにとぞ、お力をお貸しください。」 深々と頭を下げるウェールズに困惑するバビル2世。困ったように孔明を見ると、孔明は笑みを返してきた。 「お受けなさい、バビル2世様。」 「孔明!?おまえまでそんなことを言うのか?」 「よくお考えください。この世界にはバビルの塔はございませぬ。私が提供できるのはバビルの塔の分析力と、アドバイスだけ。 圧倒的な組織力で戦いを挑んでくるであろうヨミ相手には、残念ながら3つのしもべを合わせて考えても不十分でしょう。ここで 取れる手段はただ一つ。そう、すなわちヨミに対抗できるだけの組織を後ろ盾にするしかありますまい。」 「むむむ」とバビル2世が唸った。 「その点では亡国の王子は非常に役立つことでしょう。その御旗の元に新政権に満足できない人間を集めやすく、再度国を ひっくり返せば一国の支援を受けることになります。これ以上ない存在だといえるでしょう。」 しばらく考えていたバビル2世が、「わかった。」と頷いた。 「たしかに孔明の言うとおりだ。ヨミの野望をこのまま放置しておくわけにはいかん。」 「では。」 「ああ、ウェールズ王子。あなたの申し出を引き受けよう。」 ぱああ、とウェールズ王子の顔が明るくなった。いや、覆面だけど。 「ならばこのウェールズ。今後白昼の残月として忠誠を尽くします。」 孔明がウェールズ改め残月の傍に寄った。 「よくぞ申された。ならばあなたのその思いに応えましょう。ロデム様、服を。」 いつの間にかいたロデムが、女官の姿になって、何かを持って静々と進み出た。 それはスーツと、学帽のような角帽であった。 「こ、これは!?」 「私やバビル2世様の着ている服と、同じ種類のものです。スーツと言いましてな。さあ、召し上がれ。」 ははっ!と服を受け取って、あっという間の早業で着替えた残月。さらに見るからに怪しくなった。 まあ、本人が嬉しそうだし、いいか。 「だが、問題なのはレコン・キスタの出方だ。」 すでに霧もはるか遠い白の国のあるだろう方向を見るバビル2世。 「トリステインに亡命したのはすぐに知られるだろう。なにか策はあるのか?」 「はい」と笑みも爽やかに答える孔明。 「おそらく、レコン・キスタは此度の敗戦を、「生き残った王党派200の奮戦により甚大な被害が出た」と公式発表するでしょう。 おそらく我々は全滅したということにするのは目に見えております。」 間違いありません、と残月が相槌を撃つ。 「そこで亡命政権誕生、の報を聞けば連中は行動を起こすことはできなくなるはず。連中の言い分では全滅した人間が生きている ということになる。攻撃を行えば自分たちの嘘を白状するようなもの。おそらく無視をするでしょう。しかしそのとき国王や皇太子が 表に姿を出していれば、連中は無視できなくなり、暗殺なりトリステインに戦争を仕掛けるなりしてくる可能性は高いでしょう。ここは ひとつ、重臣の一人を長として亡命政権を打ち立ててはいかがかと。」 「なるほど。連中に無視をする口実を与え、実際は国王の名の元に謀反や裏切り工作をしかけるのか。」 「それはよいかもしれません。父はすでに老齢。反逆者どもから国を取り返す運動を、表に立ってやるわけにはいけません。」 「だがきみはどうする、残月。」 「わたしはすでに死人の身。表ではなく、裏から亡命政権を支えようと思います。」 「ですが、この国の上層部には以上のことは伝えておく必要があるでしょう。でなければ、亡命政権を口実に戦争を仕掛けられると パニックになって皆様を敵に差し出しかねませぬ。」 「ならルイズがいいだろう。姫様とは仲が良いようだし、直接伝えにいくには適役だ。さあ、いくぞ残月。」 残月を誘い、ルイズたちのいる部屋に向かおうとするバビル2世。ルイズたちはシエスタの部屋に3人まとめて放り込まれている はずだ。ギーシュとバビル2世はアルビオンの兵隊5名とショウタロウ老人の家の一室に詰め込まれている。 ギーシュにはロプロスのことをやかましく聞かれたので、また聞かれるのも面倒だ。ほっておこう。孔明がなんとかするはずだ。 「いえ、バビル2世様。私はアンリエッタの元へいくわけにはいけませぬ。」 疑問符を浮かべて立ち止まるバビル2世。残月は続けた。 「今の私は死人。そして亡国の王族。このような人間と結婚しても、アンリエッタが不幸になるだけです。会うわけにはいけませぬ。」 そうか、やはりルイズの持ち帰ろうとしている手紙は恋文だったのか。 「従姉妹には、ウェールズは死んだ、とお伝えください。」 だが、その目は恋の病に冒された患者のそれであった。なぜか久留間慎一な状態のシエスタを気に入ってしまっていたのである。 というか巨乳の半ズボンにやられた。セーラー服状態を見せたらえらいことになっていた可能性もある。 バビル2世の血の影響で、じつは浮気性だったのが増幅されたのだろうか? 「うわあああああ!」 ペドは叫び声をあげて飛び起きた。視界の白い天井と壁と床がぐるっと回転し、天地が正しくなる。 「ゆ、夢か……。」 ペドは自分の身体を擦った。ここはヨミがアルビオンに作った改造人間研究所の一室である。もっとも今はニューカッスルの戦いで 出た負傷者のための救急病院と化していた。ペドは、比較的早く出たけが人であったため、水のメイジによる治癒魔法の集中と、 サイボーグ手術でなんとか命をとりとめたのであった。後から来た人間は、ペド級の負傷者だと助からないと見捨てられているの だから、ペドは幸運だと言ってよい。 「まったく。やかましいわね。はいはい、お加減はいかが?」 呆れたような声を出して入って来たのは、白衣の天使の姿をした……なんとフーケであった。 ペドの顔の血がスッと失われた。 「貴様か……。」 「貴様か、じゃないわよ。こっちは何の因果か人手が足りないって、こんな格好で衛生兵の真似事をさせられてるのよ?あんな役立 たずをよこしてくれたあんたの面倒なんて、なんて見なくちゃならないのよ。」 ぶつぶつ言いながら、部屋に入ってくるフーケ。服の効果もあってなんだか可愛いぞ。 「あんたにお客だよ。せっかく案内してきたんだから、すこしは感謝して欲しいわね。」 快活な、澄んだ声が部屋に入ってきた。 「子爵!ワルド君!やあ、大丈夫かい?手紙は手に入らなかったそうだが、ウェールズは討ち取ったらしいじゃないか。勲一等もの だよ。もっと嬉しそうな顔をしたまえ。もう痛みだとかはないんだろう?」 年のころ30代半ば。一見すると聖職者のような格好をしているが、物腰の軽さから軍人のようにさえ思える。高い鷲鼻に、理知的な 光をたたえた碧眼。カールした金髪の上に球帽をかぶっている 「クロムウェル睨下。しかし、任務のうち1つしか成功いたしていません。私のミスは大きいかと……」 「気にするな。確実にウェールズをしとめたことはあらゆる功績においてもっとも大である。理想は着実に、一歩ずつ進むことで達成 される。」 クロムウェルと呼ばれた男はフーケのほうを見る。 「どうだい、彼女は。以前と変わったところはあるかね?」 「いえ、何も……」 慇懃に頭を下げるペド。しかし、額には脂汗が浮いている。 ペドはこの男が蘇らせたという「土くれのフーケ」を横目で睨んだ。恐ろしいことに、以前と全く変わっていないようである。しかも、 死んだときの記憶まで有しているようだ。 虚無は生命を操る系統。そう言って、クロムウェルはフーケの死体を盗ませて、復活させたのだという。それは、全ての人間は 『虚無』の系統で動くなにかではないか。そう思い、脂汗が耐えなかった。 「ならよい。明日にはヨミ様がご到着なさる。やはりバビル2世の敵はヨミ様でなくてはしまりが悪い。そもそも思うに超能力少年、戦い 挑むは野望の男。宿命運命表裏一体不可避激突、其れもまた良し。」 おっと、と口を押さえるクロムウェル。 「おっと、つい虚無の魔法の副作用が出てしまった。私はこれで失礼するが希望の歩み也。……また会おう、子爵。」 部屋を出て行くクロムウェルの影は、なぜかクロムウェル自身よりも小太りであった。 チリン、と鐘の鳴ったような音がした。 前へ / トップへ / 次へ
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10話 女王アンリエッタが突如王宮から姿を消した。 警護をしていた衛兵を蹴散らし馬で駆け去ったのだ。ただちに王宮内にはかん口令がしかれ、出入りの業者から陳情に来ていた 地方貴族に至るまですべて留め置かれた。進入した形跡が皆無なことから、内部に協力者がいることは確実であったからだ。 結果、高等法院のリッシュモン長官が逮捕された。女王が消えてからわずか5分後の、超スピード逮捕だった。 「なにこれ?待ち構えてたよね?」 女王誘拐の報が入るとほぼ同時に突入してきた憲兵隊に組み伏せられながら、リッシュモンが叫んだ言葉である。実際憲兵隊は ドアの外から窓の外、たんすや机の下、ベッドの脇にまで隠れていた。これは気づかなかったリッシュモンの落ち度であろう。 その後、あっという間に腕を切り落とされたリッシュモンはピーピー泣きながら今回の事件について告白をした。だが、憲兵隊が聞き たかったのはトリステイン内部にいるアルビオンへの協力者、内通者であったため右目まで失うはめになった。酷い。 リッシュモンの供述に基づき、ただちに強襲したのは新設された銃士隊であった。逃げる暇など当然存在せず、スパイ網は一夜に して壊滅した。 それらの報告を聞きながら生きたここちがしていなかったのはマザリーニ枢機卿である。孔明の、 「女王は本日、お忍びで外出されます。これを機会に敵間諜を一網打尽にしようではないですか。」 という進言を聞き入れた結果がこの逮捕劇である。最終的には貴族28名を含む107名が獄に繋がれるという語り継がれる事件となっ た。 最初はアンリエッタの外出とは何事だろうと思っていた。やがて誘拐騒ぎが起きた。孔明の手による狂言だと思っていたが、入って くる情報はアンリエッタ女王は本当に誘拐されたらしい、ということばかり。 なぜ孔明はこの事件が起こることを知っていたのだ。女王様を囮に使うとはなにごとか、と憤ると同時にそれ以上に恐怖を感じてい た。なぜならば、知っていたということは防ごうと思えば防げたわけである。ところがそれを行わぬばかりか、あえて囮に使った。これ はすなわち、孔明にとってアンリエッタ王女はその程度の価値しかない人間である、ということを意味する。 ひょっとすると孔明は神聖アルビオン以外の国の回し者では?それならば神聖アルビオンのスパイ網をバラバラにした理由もわか る。現実に孔明はアンリエッタ王女誘拐犯の追撃を出すこと、一切まかり通らぬときつく厳命している。疑わぬ理由はない。 だがその孔明は今宮殿にはいない。今日は出仕する日ではないからだ。 念のためリッシュモンに孔明との関係を詰問する。首を振って何もないと泣くリッシュモン。見るも哀れな姿に、正視に堪えずすぐに 牢獄から逃げ出すようにマザリーニは立ち去る。 よく考えれば孔明ほどの人材をわざわざ他国にやる国はない気がする。これほどの人物、自国で使ったほうがよいに決まっている。 考えれば考えるほど、孔明の正体がわからなくなるマザリーニであった。 「ようこそお越しくださいました。」 誘拐されたアンリエッタを乗せた馬が走ること2時間あまり。たどり着いた先で彼女を出迎えたのは、年のころ30代半ばの聖職者の 格好をした男であった。快活な、澄んだ声をした男だ。 「…っ!あ、あなたは!?」 そう、出迎えたのは紛れも泣く神聖アルビオン国皇帝、オリヴァー・クロムウェルその人であった。周囲には警護らしい大男と、数名 の護衛兵がいる。 「ウェールズさま、これは……いったい……」 自分を抱きかかえた誘拐犯へ、何が起こっているのか信じられないといった視線を向けるアンリエッタ。そう、アンリエッタを誘拐した 犯人は、紛れもなくアルビオン国皇太子ウェールズ王子であった。 「昨晩言ったじゃないか。国内にいるぼくの協力者だよ。」 にこにことアンリエッタに蕩けるような笑顔を向けるウェールズ。ついその笑顔に見とれてしまうアンリエッタ。 「ぼくはあの戦いで気づいたんだ。彼らレコン・キスタの思想こそ、われわれにふさわしいものだって。だからぼくと彼は友人になったん だ。」 「でも……、でも、こんな……」 横からクロムウェルが口を挟む 「驚き驚愕致し方ない汝姫君。私と彼は、あの戦いであらゆる垣根を超越千万、友人となったのです。皇太子は、私にハルケギニア 統一の手助けをしてくれると約束してくれました。」 クロムウェルの言葉を受けてウェールズが頷く。 「その通りなんだ。だから、ぜひアンリエッタにも協力して欲しいんだ。」 「わたし、わからないわ。何がなんだか…。なにをしようとしているのか。」 どこまでも優しい言葉でウェールズは告げた。 「わからなくていいよ。ただ、きみはあの誓いの言葉通り、行動すればいいんだ。覚えているだろう?水の精霊の前で、きみが口にし た誓約の言葉を。」 「我はそのような誓約など知らぬぞ。」 突然2人の間に割り込む冷たい声。何事か、と全員がそちらの方向へと振り向いた。 声のした方向の木々がなぎ倒され、巨大な鉄のゴーレムが姿を現した。 身の丈数十メイル。丸太のような太い腕、ドラム缶のような胴体。そして空に浮かぶ三日月のような頭部。 そう、3つのしもべのひとつ、ポセイドンだ。 右手に巨大なビンを持っている。声はそこからしたらしい。 「我はそのようなまがい物との誓約など聞き覚えはないぞ。なあ、命の鐘よ。」 巨大なビンの中に人影が現れた。輝く宝石のような姿。すなわち水の精霊だ。ついてきたのかよ。 「否!?否否否否否否否ぁっ!?」 命の鐘と呼ばれ、クロムウェルが激しく動揺する。目がぐるぐると動き回り、赤みを帯びている。 「あれが、命の鐘とやらを使いすぎた後遺症か。」 ポセイドンの肩の上にバビル2世が現れた。風を受けて学生服と髪がたなびく。 「左様じゃ。あれはあらゆる生命を操る代わりに、使用者の魂を食らっていく魔性の鐘。やがてあの単なるものは心と身体を鐘に食い 尽くされ、その一部になる。命の鐘を扱えるは、同じく命の概念を持たぬ精霊か、あるいは命の鐘自身のみ。」 「曰く水精霊如何に参上!?貴様が如きは明鏡止水東方烈火!?思えば不戦は墨子が大儀!」 すでに言語になっていない雄叫びを上げるクロムウェル。その顔はすでにクロムウェル自身のものから、別人へと変貌しつつある。 「もはやあの単なるものは限界。あとは命の鐘に食われるのを待つのみ。だが、あちらの単なるものの蘇生体は、命の鐘ある限り 存在し続ける。単なるものが食らい尽くされようとも、意思をもって動き続けるだろう。」 「つまり、あの偽者は、クロムウェルが死のうと消えぬということですか?」 バビル2世の背後から、キセルを咥えた覆面男、白昼の残月が現れた。 水の精霊が肯定の意を示す。 「どのようにすれば、消える?」 「単純だ、乳房を好む単なるものよ。ふたたび命を奪えばよい。」 「なにかいま余計な修飾語がついていたような気がしますが、了承しました!」 残月が針を雨霰と放った。何百本もの針が、ウェールズを貫く。だが、ウェールズは倒れない。それどころか傷痕があっという間に 塞がっていくではないか。 「なにっ!?」 「無駄だよ。きみたちの攻撃では、ぼくを傷つけることはできない。」 その攻撃を見て、アンリエッタの表情が変わった。 「見たでしょう!それは王子ではないわ!別の何かなのよ、姫様さま」 ルイズたちがバビル2世とは逆の肩の上に現れた。 「お願いよ、ルイズ。杖を収めてちょうだい。わたしたちを行かせてちょうだい。」 「姫様!?」 アンリエッタはにっこりと笑った。 「そんなことは知ってるわ。でも、それでもかまわない。わたしにとってウェールズさまは最愛の人。全てなの。たとえ人でなくなろう とも、そんなことは関係ないわ。愛しているのよ!だから行かせてルイズ。」 ぐはぁ、と残月が大きく仰け反った。 「ぅう……まるで胸を剣で突き刺されたような痛み。おそるべき魔法!」 「魔法じゃないだろう。」 バビル2世が呆れたような声で言う。どう考えても引け目や懺悔の気持ちです。少しは悔い改めなさい。 「しかし、アンリエッタも胸が大きくなりましたな。うーむ……早まったでしょうか。」 ブツブツと査定をおこなう残月に、もはや突っ込む気力すらないバビル2世。 「ところで、アンリエッタが愛しているのがあちらのウェールズならば、ここでそれを眺めている私は、一体全体何者なのでしょうか?」 「乳房好きの単なるものよ。誰が粗忽長屋をしろと言ったのだ。」 さすがに水の精霊があきれ果てて言う。 「あの蘇生した単なるものは、命の鐘を扱っている単なるものが食われるか、死ぬまでは存在するはずだ。」 水の精霊の言葉を受けて、バビル2世はクロムウェルと偽ウェールズを交互に見やる。 「なるほど。では優先すべきは命の鐘、ということだな。残月、本物の皇太子なら、偽者から姫を救い出してやっちゃあどうだい?」 「心得ました!たしかにあの乳は魅力!私に奪還はお任せください!」 バビル2世と残月がポセイドンから飛び降りた。そのとき―― 「うわあ!」 突如襲い掛かってきた赤い突風をまともに食らって、バビル2世がポセイドンに叩きつけられた。ポセイドンも身体をよろめかせる。 「何者だ!?」 突風のやってきた方向を見る残月。その目に飛び込んできたのは… 「ふん。アンリエッタを見張っていた甲斐があったというものだ。」 ハートマークの髪形をした、モノクルの男だ。 「アンリエッタが何者かに連れられて出て行くので、もしやと思い後をつけたかいがあったな。」 恰幅のいい老人が後ろから続いて現れる。 バビル2世がくるくると回転しながら地面に降りたった。 「むう。あやつらは…」 残月がうなり声をあげる。 「知っているのか、残月。」 バビル2世の言葉に残月が頷いた。 「タルブの村の戦いにいた、アルビオン側の傭兵です。お気をつけください。あのモノクルの男、奇妙な魔法を使いますぞ!」 「ではアルビオンの味方か?」 バビル2世の問いに、モノクルの男が首を横に振って答えた。 「否。断じて、否。我々はバビル2世、貴様に用があって来たのだ。」 「左様。我々の中に生じたエラーの原因を知るためにな。」 「バビル2世だと?」 むっと、バビル2世が二人を睨みつける。 「ではヨミの部下か?」 モノクル男が咥えていたなにかを地面にはき捨てた。 「それも違うな。」 「我らは地球監視者」 「「危険な人類を宇宙から抹消するために送り込まれたものだ!」」 1人は大地を蹴り、1人は大きく飛び上がり、バビル2世に襲い掛かった。 「ビッグ・ファイアさま!」 残月が叫び声をあげ、救援に向かおうとした。 「待て、残月!」 同時に襲い掛かってきた地球監視者の攻撃を何とか避けて叫ぶバビル2世。 「いまはクロムウェル優先だ!ぼくがこの2人を抑えている間に、はやくクロムウェルを倒すんだ。」 急ブレーキをかける残月。バビル2世とクロムウェルを何度か交互に見返し、覚悟を決めてクロムウェルに襲い掛かった。 「クロムウェルはすぐに始末します!それまで持ちこたえてください、ビッグ・ファイア様!」 だが、水の壁が行く手を阻む。慌てて水を駆け上がり着地する残月。 「あの男が死ねば、ウェールズ様も死ぬというのならば……指一本触れさせません。」 杖を握ったアンリエッタが、震えながら立ちすくんでいた。 自業自得、という言葉が残月の脳裏をよぎった。 「ぐわあ!」 モノクルの男、No.3と呼ばれている男の腕から放たれた赤い旋風・衝撃波をまともに食らって地面に転がるバビル2世。 転がった先の地面が地割れを起こし、バビル2世を飲み込もうとする。 腕の力で跳ね起き、それをかわすバビル2世。だがかわした先に即座に衝撃波が飛んでくる。 「なんて威力だ。吸収しきれない。」 衝撃波を2つ3つまともに食らいながら、なんとか木の上に飛び乗ったバビル2世が呟く。その言葉を聞いてNo.3が不敵に笑う。 「どうした。それでも最強の超能力者か。」 「わしの念動力と、No.3の衝撃波能力。ともに貴様をはるかに凌駕しておる。」 No.1が腕組みをして、バビル2世の横の木に飛び乗る。 「「そして2対1。今の貴様に勝ち目はないぞ!」」 高らかにハモる二人の地球監視者。そしてNo.3が両腕を突き出した。 「最大パワーの衝撃波で、この世界から完全に消えうせろ、エラー原因よ!」 「――だが、それは少し卑怯じゃないかね?」 No.3の耳元で何者かが囁く。穏やかで、優しい声だ。 「なにやつ!?」 振り返らんとするNo.3の腕をマントが包みこむ。狙いを外された衝撃波が、空の彼方へと消え去った。 「この幻惑のセルバンテス、ビッグ・ファイア様に助太刀しようではないか。」 セルバンテスは、マントを引き裂き飛び退いたNo.3へと、優雅に会釈をして言った。 「変態仮面さん。そっちをひきつけておいてね」 タバサとキュルケが呪文を詠唱しながらアルビオン側の裏手から飛び出した。 アンリエッタが残月に気をとられた間隙をついたのだ。目的はもちろんクロムウェルだ。 「あれを倒せばいいんだから、楽なものよね」 そんなキュルケを横目に、残月は 「あの乳も捨てがたい。が、やはり清純に反比例する魅力の固まり、というものがベストだな!」 などというあほなことを一瞬考えた。 「ワルキューレ!」 ギーシュがワルキューレを召喚した。ワルドを葬った灼熱のワルキューレだ。 たとえ水の壁がきても、これを盾に強行突破する腹積もりだ。上手く行けばクロムウェルに飛び掛ることもできるだろう。 「しまった!」 ウェールズが叫び、杖を振り上げた。だがもう間に合わない。この距離では飛び掛るほうが先だ。 そう、誰も判断したとき、クロムウェルに異変が起きた。 目が完全に真っ赤になり、全身が膨れ上がった。そして鐘を取り出し、意味不明の呪文を唱える。 その途端、ワルキューレが光の粒子となってボロボロと崩れ落ちていくではないか。あっというまに全てのワルキューレは、虚空へ と消えてしまう。 「命の鐘を英雄本職!玩具で遊ぶは笑止千万! 我に楯突く向かうが者共!所業を背負えば現世に還る!聞けぃ!盛者必衰!! 命の鐘の響きあり!!」 巨人が、現れたのだった。
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前へ / トップへ / 次へ その日、バビル2世たちはシエスタの実家に泊まることになった。村でも有数の長老であるショウタロウの一声で、一族郎党が 集結した上、貴族の客をお泊めするというので村長までが挨拶に来る騒ぎになった。 バビルたちはシエスタの家族に紹介された。ショウタロウはビッグ・ファイアなる名前を聞いて怪訝そうな顔をしたが、 「魔法使いのいる世界なので本名は隠してるんです」 と事情を説明し、山野浩一と名乗ると納得してくれた。 ショウタロウは上機嫌そのものであった。なにしろ数十年ぶりにあった同胞―――もはや二度と会うことはないだろうと思っていた 人間がついに目の前に現れたからだ。 戦後の政治から、風俗、外交、軍事と話題は枚挙に暇がなかった。もしバビル2世がバベルの塔でコンピューターに教えを受けて いなければ、半分も答えることはできなかったろう。 「ほう、今は平成と元号が変わっているのか。」 そしてしみじみと、 「陛下はお隠れになったのだなぁ」 と呟いた。そして無理もない、あれから60年近くたっているのだから、と呟いた。 「ふむ。それではソビエトはけっきょく倒れたのかね?」 「弟の金田正太郎について何か知っていないかい?ふーむ、あの後無事だったのは知っているが、それからどうなったかは知らない、 か。」 「力道山が死んだ?刺されて?」 「GDP?国民総生産が世界1位、2位か。なるほど。」 「そうか、国民党が負けたか。」 「たなかかくえい?ふーむ。若手議員のリーダーとして、新聞に名前が載っていたような記憶はあるよ。」 「ほう、アジアはようやく独立したのか。ぼくの友人には馬賊の頭目になったのがいてね…」 「ベトナムとアメリカが戦争を?アメリカが負けた。ふーむ、やはりゲリラ戦しか方法はないのか。」 「廃墟弾事件か。そんな風に名前が残っているんだね。」 「日本人が大リーグに?職業野球が再開されていたが、見に行く機会はなかったからなぁ。」 「エネルギー危機、資源枯渇か…。錬金ができるこの世界を日本が知っていれば、あの戦争は起こるまいと思っていたが……。 未だに必要らしいね。」 延々とバビル2世からもとの世界の情報を仕入れようとするショウタロウ。まるで60年の空白を埋めるように。 その途中、ふと気づいたかのように「それで、今は皇紀…いや西暦何年だい?」と尋ねてきた。 答えると。「ふむ、それはおかしいな。数え間違いかな?」と首を捻っていた。 出された料理、ヨシェナベにもほとんどバビル2世は箸をつける暇がなかった。 「ヨシェナベなどと言ってるが、つまりは寄せ鍋さ。」 と言ってショウタロウは笑った。 「本当はすき焼きを作りたかったんだが、醤油と砂糖がね。」 砂糖は高価だし、現物があれば錬金もできるんだろうが大豆と麹菌が手に入らなくてね、とぼやいた。 「ねえ、ビッグ・ファイア。スキヤキってなに?」 とルイズが聞いてきた。 「牛や豚の肉を、野菜なんかといっしょに料理する、あまじょっぱい味のヨシェナベさ」 と説明すると、シエスタの家族は「ああ、どおりで大豆はないか大豆はないかって探していたのか。」と納得していた。 「大豆って何?」 と聞いてくるルイズたちに、豆の形状を説明するとキュルケが、 「あら、それならひょっとしたら手に入るかもしれないわ」 と言い出し、ショウタロウは飛びついた。この老人は、この年齢になって醤油の鋳造を始める気満々だ。 「スキヤキができたら、ぜひご馳走しよう。」 と嬉しそうに笑う姿が印象的であった。 翌日昼まで宴会は続いた。 夕方、もう出発しなければいけないという5人に、ショウタロウは奇妙な箱を見せてくれた。 大事に桐の箱に入れられ、固定化の魔法をかけらたそれは、鉄でできて金属の棒が2本延びている。 「これは…」 「リモコンだよ。鉄人28号の。」 ショウタロウはこのリモコンを、バビル2世に渡す腹積もりであった。 どうせ老い先短い命なら、同胞に鉄人を役立てて欲しい、と。 もともと飛行機は不時着し、懸命に直したもののガソリンはなくなって飛びたてなくなった。鉄人こそ無事だが、帰り道を見つける保証 はない。ならばここに来たのも天命と、諦めていた。だが、同胞がいるならば――― 「元の世界に帰るのに、是非役立てて欲しいんだ。」 草原が日の光できらきらと輝きながら、風で波打っている。まるで緑の大海原である。 老人は草原を手で示した。 「それに、わしはここに家族がいれば、畑仕事もある。それに帰ってももう母も父もいない。正太郎に会えない事だけが、唯一の気が かりだが、もうお互い寿命だ。しかたがない。だが、もし生きて君が帰ることができたなら―――」 と手紙を渡された。 「これを正太郎か、家族に渡して欲しいんだ。」 そして空を見上げた。空には、薄ぼんやりと二つの月が浮かんでいる。白昼の残月であった。 かつて廃墟弾の爆発で、乗っていたゼロ戦と操っていた鉄人もろともこの世界に飛ばされた男は、その空の残月を指差した。 「もはやわしは元の世界ではあの残月のように薄ぼんやりとして、掻き消えそうな存在となっているだろう。ならばいっそのこと、 本当にわしのかつての二つ名、白昼の残月となるのも一興ではないか。そう思うんだ。」 そして改めて、リモコンを渡そうとする。 「どうだ、受け取ってくれ。」 バビル2世が、さすがに受け取りづらくどうしたものかと思案していると、 「待って、ひいおじいちゃん!」 とそれを制した声があった。 シエスタであった。 「ひいおじいちゃん、わたしに、鉄の巨人の使い方を教えて!」 いったい何を言い出すんだ、この女と皆がギョッとしていると。 「おじいちゃんが本当に空を飛んできたなんて、わたし信じてなかった。でも、ファイアさんも同じ国から来たって言うし、本当だった んだって思った。信じてない自分が恥ずかしかった。血のつながった、ひ孫なのに……。」 拳をぎゅっと握り締めるシエスタ。 「わたしはひいおじいちゃんと同じ国から来たファイアさんと会ったのも、なにかの運命だと思う。なら、ファイアさんが国に帰るときに、 お手伝いをしてあげたい。鉄の巨人で、帰る手伝いをしたい!」 心の奥にどす黒いものが潜んでいそうなので、バビル2世は心を読むのをやめた。なんだか怖かったのだ。 だが、シエスタの一族は皆うんうんと頷いている。涙まで浮かべている。 「シエスタ、わかった。わかったよ、シエスタ。」 ショウタロウがシエスタを抱きしめる。 「浩一君。いや、ビッグ・ファイア君。すまないが、リモコンはこの子にあげることになった。前言を翻して済まない。」 代わりに、と言っては何だがとゼロ戦と鉄人の修理に使っていたものだと包みを渡された。中を見た。……まあ、なにかの役に立つ かもしれない。リモコンを返す。シエスタの目が怪しく輝いた。 バビル2世は予知能力が「危険だ」と告げたのを感じていた。 だから、というわけではないが急いでシルフィードに乗り、ワルドと落ち合う場所を目指すことにした。 場所はラ・ロシェール一の宿屋、『女神の杵』亭。 「やあ、待っていたよ。」 宿に着くと一階の酒場でワルドが出迎えた。部屋を取っておいたから、休んでくればいい。と鍵を渡してくる。 キュルケとタバサが同部屋。バビル2世とギーシュが相部屋。そして、ワルドとルイズが同部屋であった。 「……ロリコン」 タバサがぼそっと呟く。トリステインでも有数強さを誇る貴族が激しいダメージを受けていた。 「ろ、ろり…ロリコ……」 床に倒れこんだワルドが、なんとか立ち上がる。 「そうじゃない、ルイズは婚約者だ。別におかしくないだろう!?」 真っ赤になって否定するワルド。逆に怪しく見えるから不思議だ。 「それに、ルイズに大事な話が…」 「ロリコンを受け入れてくれるかという告白かしら?」 「やめておいたほうがいいと思うよ。」 「……このロリコンどもめ」 ベアード様!ベアード様じゃないですか! 息も絶え絶えに、ロリコンが立ち上がった。先ほどまでの威厳はすっかりさっぱり消え去っている。 「こ、こうなったら……ビッグ・ファイア君、決闘だ!」 「……。」 「ワルド子爵、強引過ぎます」 さすがにギーシュまでがあきれ果てていた。 「いや、強引じゃない。つまり、だ、ここで部屋を賭けて2人で決闘しようと言っているのだ。使い魔のきみなら一緒の部屋で寝ても 構わない。わたしは別にルイズと一緒に寝ることにこだわっていないという証拠になる。違うか!?」 「……両刀」 タバサの追撃に腰から砕け落ちたワルド。もはや立ち上がる気力もなさそうだ。 ギーシュが怯えたように尻を押さえている。ルイズは……なぜか頬を染めていた。 「ち、違う。うぐ、ひっく、ひっく……」 とうとう泣き出してしまった。 「わかりました。決闘を引き受けましょう。」 さすがに同情したバビル2世が決闘をひきうけた。すると、あっというまに機嫌をワルドは取り戻し、 「ひきうけてくれるのか。ありがとう!感謝するよ。別に僕は両刀じゃない。だからそれも晴らしたい。」 しかしギーシュは怯えたままであった。 ぞろぞろとロリコンの後をついていくと、案内されたのはかつての閲兵場後だ。 当時の名残を示すものはほとんど残らず、ほぼ物置同然になっている。 バビル2世はデルフリンガーを無理矢理たたき起こして引き抜き、構えている。 ロリコンは杖を構えている。 「わ、ワルド子爵。くれぐれも手加減をしてください。」 ギーシュが慌てて言う。いくらビッグ・ファイアが強くても、さすがに魔法衛士に叶うはずがない。 まあでも、さすがに本気は出さないだろうとは思っているが。 ロリコンの杖はフェンシングの剣のように細身である。 ひゅっ、と風を切り裂き杖を振るってくる。 受け止め、流す。 飛び退き間合いを取る。 速い。剣の腕はジャキ並み。速度はそれ以上だ。 もっともジャキは不死身の肉体を前提とした相打ち戦法を得意としていたため、速度を必要としていなかったのだろうが、それでも 速い! 「魔法衛士隊のメイジは、ただ魔法を唱える訳じゃあない! 詠唱さえ戦いに特化されている。杖を構える仕草、突き出す動作。 杖を剣のように扱いつつ詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本さ」 「つまりこの動きのまま魔法を使ってくるということか。」 ああ、と頷くロリコン。どうしたこのまま防戦一方かい、と連続攻撃を仕掛けてくる。 「ふむ。ならば。」 と、置かれた荷物のほうに跳びこんだ。 そしてデルフリンガーを、一番下においてある樽につきたて、破壊した。 「なに!?」 走りながら一番下のみを連続で破壊していく。バランスを崩した荷物が、ロリコンめがけて倒れこんでくる。 しかし、すばやくロリコンは詠唱を行った。 「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……」 「相棒!いけねえ!魔法が来るぜ!」 バビル2世の前方の空気が歪んだ。 ボンッ!と空気が撥ね、巨大な空気のハンマーが樽ごとバビル2世を吹き飛ばす。 くるくるとネコのように回転しながら着地するバビル2世。 「ふむ。」とバラバラになった樽を見渡す。 「どうやら、ぼくの負けらしいな。」 「いや、引き分けだ。」ロリコンが答える。 「今、君が投げたこの金属製の…リベットかい?これは見事に僕の顔横10cmを通過していた。おそらく当てることができたのを、 わざと当てなかったんだろう。」 後ろの壁を杖で指す。壁に、リベットがめり込んでいた。 「さて、これでは部屋割りが決まらないな。」とロリコン。 「なら、最初の通り、ぼくとギーシュが同部屋、ルイズとロリコンが部屋割りでいいんじゃないかな?」とバビル2世。 「ええ、ロリコン子爵ならよもやヴァリエールと間違いはしないでしょう」とギーシュ。 「よかったわね、ルイズ。あなたがストライクゾーンの許婚で。」とキュルケ。 「わ、ワルド様……」なんというかうれしいのかそうでないのか微妙な表情のルイズ。 「犯罪…」とタバサ。 「きゅるきゅるー」いつの間にかシルフィード。 「がおおーん」グリフォン。 「……結局ロリコンで固定か。」 使い魔にまでロリコン認定されてへこむのだった。 前へ / トップへ / 次へ
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4話 「ウッ!あいつハマサカ、『幻惑』ノ『セルバンテス』!!?」 ガーゴイルが大きく身体を仰け反らせる。 小型とはいえ、ガーゴイルは普通の人間では出せない力を持つはずだ。それをここまで怯えさせるとは一体何者なのか。 「迎えに来たよ。シャルロット君!!」 雲の上。ガーゴイルに運ばれる馬車を受け止めようとするかのように、男が立ちはだかる。 「ウワアッ!」 馬車を掴んだガーゴイルが、馬車の向きを変えようと慌てて身体を傾ける。 だが間に合わず、まさに衝突するという刹那、セルバンテスの姿が煙のように消えうせる。 「何ッ!?」 外を警戒するガーゴイルが瞬きをせぬうちに、キュルケとガーゴイルの間にバンテスは立っていた。 「シャルロット君……」 ゴーグルを指で持ち上げ、タバサに視線を向けるセルバンテス。頼もしくも力強い笑みがそこにあった。 「遅れて、スマなかったね。」 「……平気。」 タバサの頬にうっすらと朱が差す。それなりに付き合いの長いキュルケは気がつく。タバサが笑っているということに。 セルバンテスが指でキュルケに向けられていた爪を弾くと、ガーゴイルが砂細工のように崩れ落ちる。 「オノレッ…!」 慌てて両扉から外に飛び出ていたガーゴイルが戻ってくる。3人を両側から串刺しにせんと爪を呻らせる。 セルバンテスが雲の上に足を降ろすとほぼ同時に、馬車が大爆発を起こした。ほんのコンマ1秒前まで馬車の中にいたはずの セルバンテスが、タバサとキュルケを抱えて、いつの間にか100mも離れた雲の上に立っているではないか。 そっと腰をかがめて2人を雲の上におろし、セルバンテスがもう安心だというように頷く。 「もしかして……『四本杖』、幻惑のセルバンテス……?」 キュルケが目を瞬かせ、口を大きく開ける。間違いない。何度もゲルマニアのパーティで見た顔だ。 「フッフフ。私が来たからにはもう大丈夫だよ、シャルロット君。そしてキミは……たしかツェルプストー卿のご息女だったね。 たしか、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー君、だと記憶しているが?」 同じ会場にいたとはいえほとんど面識がないに等しい人間の口から自分のフルネームを一言一句違わずに聞かされてキュルケが 絶句する。 たしかにパーティ会場で自己紹介をしたことはあったはずだ。だが、それだけのことである。ほかに接点はない。 今までに会ったことのある人間の名前を全て記憶しているというのはどうやら事実らしい。キュルケは唾を飲み込む。 ドォォォォォォン!! 燃え盛りながら山の斜面を転がっていく馬車から、何かが飛び出してきた。 ガーゴイルだ。 火の玉になりながら、生き残ったガーゴイルが山の斜面を駆け上がってくる。 「サスガハ『四本杖』ト称サレル、幻惑ノセルバンテス!」 駆け上がりながら陣形を組むガーゴイル。炎によって、皮膚がボロボロと次々落ちていくではないか。 「ナラバ同時ニカカル!」 「相打チデモヨイ!セメテ北花壇ニ一矢報イルコトガデキレバソレデイイ!!」 「マッシュ!オルテガ!最後ノ切リ札ダ!」 3体が一直線に並び襲い掛かろうとしたその瞬間――― 「バカめ!」 セルバンテスが矢となって3体と交錯した。 ピシン、と空気が凍ったような音。一瞬の静寂の後、ガーゴイルの足元の地面が底なし沼のごとく身体を飲みこみ始めた。 「ウワアアアアアアアアアアア!」 「ヒヤアアアアアアア!」 断末魔をも飲み込みながら、ズブズブと土の中に埋まっていくガーゴイルたち。もがいても、もがいても、土は指に一切の抵抗を 与えず体を飲み込んでいく。 「フッフッフッ。それじゃあ行くよ、2人とも。こいつに……」 身にまとう純白のマントを、バサッと翻すセルバンテス。 マントの中の空間がぐにゃりと歪み、渦となって穴が開く。 開いた穴から、シルフィードなみの巨大な猛禽類が現れた。 「乗ってね!」 3人を乗せ、巨大な鷲鷹が大空へ舞い上がった。 呪文の詠唱が終わらぬうちに、耐え切れなくなったように杖が振り下ろされた。 日本刀の試斬りに使うような形にまとめられた藁束が四散五裂し、塵芥となって床にはらはらと散らばる。だが杖を振ったルイズも 同じく、地面に崩れ落ちるではないか。 バビル2世が駆け寄り、頭を打ちつける前に身体を支えた。 部屋に戻ってくるや否や、ルイズが「虚無の実験につきあって欲しい」といわれて協力していたバビル2世は一体なにごとかと慌て て介抱を行う。そのかいあってか、ほどなくルイズが蘇生する。 「大丈夫よ。ちょっと気絶しただけだから。」 ちょっとだろうがなんだろうが、気絶はただごとではない。問いただすと、ルイズはこの世界の魔法の仕組みを説明し始めた。 「なるほど。つまり魔法は精神力を使って唱え、使用回数はメイジとしての能力に比例するというわけか。」 説明を聞いてふむふむと納得するバビル2世。なにかに合点が行ったという顔に気づいたルイズが理由を問うと、 「以前、魔法の雷で攻撃されたときに、それを吸収できたんだが、その理由が今わかったんでね。」 バビル2世も、自分の超能力について説明を始める。同じように精神力を利用していること。ただし精神力の使い方は異なっている ようだということを。 「水に例えるならば、きみたちが毎朝配られる水桶だとすると、ぼくの場合は水を満々と湛えた深井戸だ。」 水桶であるため、1日に使える量が決まっている。だが、翌日になれば同じだけの量が自動的に配られている。 一方、深井戸は1日に使える量に決まりはなく、大量に水を消費することができる。しかし一気にくみ上げすぎると井戸は枯れ、 取り返しのつかないことになる。 「取り返しのつかないこと?」 ルイズがなんの気なしに聞く。あくま素直な疑問から出た言葉であった。が、途端にバビル2世の顔が曇った。 「……死ぬことになる。」 重く、苦しそうに呟く。 「ぼくは以前、超能力を使いすぎた結果、ヨミが10秒足らずの間に老いて100歳近い白髪の老人となったのを見たことがある。 ぼくとヨミはおなじ遺伝子を持った人間だ。おそらく、ぼくも超能力を使いすぎれば、あのときのヨミのようになるんだろう。」 「で、でもっ!」 ルイズがなんとか空気を換えようと口を開く。 「使ってなければ精神力が回復したり、溜まっていくんじゃないの?」 わたしたちメイジがそうだもの…と言いかけてルイズがハッとする。 「そうよ、溜まってたんだわ!わたしも!だからあんなに大きな光を出すことができたんだわ!」 「どういうことだい?」 「えっと、錬金があるのにこの世界でインフレが起こらない理由よ。黄金を錬金するような魔法を使うには、スクウェアクラスでも かなりの精神力を必要とするの。だから1週間に一度とか、1ヶ月に一度とかしかしか錬金を使えない。しかも、それで作ったとしても ほんのちょっとの金しか得ることができないのよ。」 「なるほど。強力な呪文を使うには、精神力を溜めないといけないってわけか。」 「そう。とすると、わたしが次に最後まで詠唱できるのがいつになるか、ぜんぜんわからないってわけ。」 「ふむ。」 黙りこくって考えるバビル2世。つまり、ルイズは未知ゆえに味方としてもどう扱えばいいのかまったくわからない代物ということだ。 こちらの計算が立たないということは実にやりにくいもの。ぶっちゃけた話、どの程度の効果があるかわかっているぶん、ギーシュの ほうが役に立つだろう。 「あの本に書いてあるんじゃないのかい、そういうことが。」 あの本…つまり始祖の祈祷書だ。 「そういえば思い出した。孔明が、王室に言えば始祖の祈祷書をもらえる、って言うのよ。どうしよう……。」 「どうしよう……っていわれても。話が見えないんだが。」 「わたしもよくわかんないのよ。魚釣りとかきこりとか北島三郎とか……。でもなぜか納得してるのよね……。」 ますます混乱に拍車がかかる説明。しかしバビル2世一切動じず、 「……孔明がいうならなにかの策があるんだろう。アンリエッタ女王様に聞いてみたらどうなんだい?」 「聞けないわよ!じょ、女王よ!女王になられたのよ!いくらなんでも気軽に聞けるわけないわよ!」 なにをいきなり言い出すのだとあきれ果てるルイズ。やはり異世界人なのだと、妙なところで感心してしまう。 「いや、ぼくが言いたいのは……」 女王となる今だからこそなんでも話せる友達が傍にいてほしいのではないか。だから、ルイズはアンリエッタの元へ理由をつけて でも、むしろ行くべきじゃないだろうか。そう思ったが、あえて口には出さなかった。 ルイズには同情ではなく、純粋に友達としてアンリエッタの元を訪れて欲しかったからだ。 「怖い目にあわせてしまったかな?」 タバサが小さく首を横に振る。 「平気。」 「ほう!これは強い子に育ったものだ。おじさんは嬉しいぞ!」 ハッハッハッと朗らかに笑うセルバンテス。タバサは珍しく本を閉じている。目が潤んで、わずかに吐息が甘い。 ここは未だに空の上。ラグドリアン湖が眼下に広がるそのさまは、まさに天にいるのだと実感させられる。 「安心したまえ。母上はお元気だ。ステンガーもよくしているよ。私がいる限り、ジョゼフに手出しはさせないさ。」 安心したように微笑むタバサ。セルバンテスの袖を握り締め、じっと顔を見上げている。 「それに、子供のいない私は君が大好きなんだ……。だからまたいつか家に戻り、母上たちと一緒に楽しく暮らそうじゃないか……」 「うぉい!」 たまりかねてついにキュルケが大声を上げた。 「さっきから、どー見ても犯罪よ、タバサ!」 たしかに。近くにおまわりさんがいればあっという間にセルバンテスは檻の中だろう。 「犯罪じゃない。」 タバサがいつになく強い口調で抗議する。目が真剣で怖い。 「子供好きなおじさんと、知り合いの子供。おかしくない。」 「変よ、充分!」 キリッと顔をセルバンテスに向け、睨みつけるキュルケ。 「失礼しますが、本当に「四本杖」、幻惑のセルバンテスさまでいらっしゃいますか?」 幻惑のセルバンテス。本名をセルバンテス・ジーガ・サランガ・チン・シェル・ド・スバラといい、ガリアの名門貴族の当主である 突然の父の急死により、16歳で家を継いだ彼は名ばかりとなり傾いていたスバラ家の建て直しに奔走するはめとなる。 建て直しに当たって、まずセルバンテスが始めたのは貴族相手の金融業であった。 貴族は表向きは優雅な生活をしているが、その多くは見栄や名誉あるいは事業の失敗で窮々としている。貴族出身であったため そのことをよく知っていたセルバンテスは、「自分も貴族である」という武器を手に低金利で金を貸し始める。商人からの借り入れに ぜえぜえと言っていた国中の貴族はこれに飛びつき、あっというまにガリアでセルバンテスから金を借りていないメイジはいない、 とさえいわれるほどになった。 当然反動は来る。顧客を奪われた商人たちが、ときの王に訴えたのである。 だが、恐るべきはセルバンテス。すでに根回しを完了しており商人たちがセルバンテス追い落としに夢中になっている隙に、彼ら の店を乗っ取ってしまったのである。 さらに事業は拡大し、国境を越えて展開していくセルバンテス。融資対象はメイジのみならず、商人や発明家など有益な情報を もたらす平民にまで及ぶようになり、現在はガリアのみならず各国に強い影響力を持つようになったのであった。 中でも、ロマリア、ゲルマニア、アルビオンへは各国政府へ寄付という形で融資をおこなっており、その見返りとしてシュヴァリエと はいえ爵位を授与されたのである。 前代未聞、ガリア、ロマリア、ゲルマニア、アルビオンの4つの国で爵位を有した彼を4本の杖が集まったことに由来し、誰ともなく 『レクァトゥルケィン』、すなわち四本杖と呼ぶようになったのであった。 「すまないね。久しぶりにシャルロット君に会えたおかげですこしはしゃぎすぎたようだ。」 グッと襟元を引き締めるセルバンテス。その顔は自信に満ち溢れ、ダンディズムが漂っている。おもわずキュルケがグッときてしまう。 さきほど、タバサに 「せっかく帰るんだからもうすこしはしゃぎなさいよ」 と言ったことをキュルケが思い出す。タバサもはしゃいでいたのだろうか。はしゃぐならもうちょっと普通の子らしくはしゃいでもらいたい。 「……ラグドリアン湖」 キュルケに邪魔されてそっぽを向いていたタバサが湖の異変に気づく。上空から見るとなるほど、たしかに水位が上がって湖が 拡大しているではないか。 「そうなんだ。最近、急に水位が上がりだしてねぇ。おそらくだが、シャルロット君が呼び出されたのはその件についてじゃないかと 思うんだ。さ、2人とも、よく捕まっていなさい。」 フフ、と顎を撫でながらいうセルバンテス。猛禽を操作し、一気に急降下を始める。 「ところでタバサの実家はまだ先?この辺りってたしか…」 「あれ」 ガリア王家の直轄地だったわよね、と聞こうとするキュルケにたいして、タバサが湖の傍に立つ大きな建物を指した。 「あれって……じゃあ、タバサ。あなたの実家って…?」 鳥は大きな×印を加えられた、交差した2本の杖を意匠にした紋章を持つ門をかすめて、屋敷へと向かって行った。
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前へ / トップへ / 次へ 午後の授業は全て中止され、歓迎式典の準備に当てられた。 準備が終わると生徒は全員正装し、正門で整列をさせられた。 街道を4頭立ての馬車が粛々と進んでいる。金の冠を御者台横につけ、ところどころに金銀白金でできたレリーフ。 そして、つけられたユニコーンのマークが国際警察機構ユニコーン……じゃなくて王女の馬車であることをしめしていた。 よく見れば馬は紋章と同じ、ユニコーンが勤めている。無垢なる処女しかその背に乗せぬユニコーンは、なるほど王女の馬車に ふさわしい。 その後ろにマザリーニ枢機卿、さらに2台の周りを王室直属の近衛部隊魔法衛士隊が固めている。男の貴族は皆その任に就く ことを望み、女の貴族は皆その妻となることを望むという。トリステインの華やかさの象徴であった。 だが、その華やかさの裏で、馬車の中は苦悩に満ちていた。 アンエリッタ王女も、さきほど乗り込んで来たマザリーニ卿も、ある一つの苦悩を共有していた。 『アルビオンにおける動乱』 革命なるものを行い、アルビオン王家を打ち倒そうとする運動があの浮遊大陸で起こっているという。その勢いたるや尋常のもの でなく、今にも国王を縛り首にしそうな勢いだという。おまけに、革命の勢いに乗ってハルケギニアを征服、一気に聖地を奪還 しようとすらかんがえているという噂もある。 そもそも、王女とゲルマニア皇帝との婚姻も、この外患に対抗する手段として行われるものであった。 そしてもう一つ。 王女は誰にも打ち明けていないが、もう一つの憂慮があった。 ただ、その憂慮は何とかなるかもしれない。そう考えてもいた。 ちらっと窓の外を見る。外からは見えないが中からは見えるようにレースのカーテンが引かれている。そこから外にいるだろう目的の 人物を探す。腕には先ほど授与条件が変わったといわれたシュヴァリエ授与者名簿が乗っている。 だが、グリフォンにのった、『閃光』なる二つ名のグリフォン隊隊長しか見えず、外を覗くのをやめる。たしか、マザリーニ卿の腹心と いっていた人物だ。 王女は何かをジッと思案しているようであった。 その後の式典は実に華やかなものであった。 唯一の気がかりであったオスマンは曖昧に戻らず無事に任を終え、王女は学院へと入って行った。 その周囲を固める警備の物々しさは、フーケのことがあり万一あるを考えた布陣であった。 その中に、特に異彩を放つ1人の男の姿。 背の高い、髭を生やした男であった。 見事な羽帽子をかぶった、精悍な顔立ちの若い貴族。グリフォンにまたがり、胸に同じ刺繍を施された黒いマントを羽織っている。 ルイズもキュルケも、その男をボーっと見ている。タバサだけが黙々と「サルでもかける漫画教室」なる本を読んでいる。 『なるほど、ああいう男が好みなのか。』と、バビル2世は思った。 優雅で華やかな式典は終わった。 バビル2世はなぜかぼーっとしたままのルイズやロデムたちと部屋にいた。 「こいつはあれだな。お医者様でも草津の湯でも、お釈迦様でも治せない、ってやつだ。」と、デルフ。 「どこでそんな言葉を知ったんだ。恋の病であることは間違いないだろうな。」と、バビル。 『ご主人様、すこしはショックを受けてもよいのでは?_』と考えているロデム。 と、そこへノックの音。 「誰だ?」 透視をすると、真っ黒な頭巾をすっぽりかぶった……アンエリッタ王女だ。 間違いない、昼に見た王女だ。偽者でないことは、高貴さというか伝わってくるオーラでわかる。 「ルイズ、王女様がきたようだよ。」 慌てて言うバビル。が、まあ、この程度では全く動じないので、慌てても普段とあまり変わらない調子で言う。 ようやくその一言でルイズが気づき、 「は?あんた何を馬鹿な…」 ドアがノックされた。規則正しく。はじめに長く2回。それから3回。 ざっと気をつけをし、急ぎドアの前まで行く。 バビル2世は、まあ使い魔の仕事だろうと、恭しくドアを開いた。 入ってきた王女は杖を振り、ディティクトマジックを使う。盗聴防止魔法だ。 「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね。」 王女が頭巾を取る。ルイズが慌てて膝をつく。 バビル2世は、警護は立っておかないとまずいだろうと考え、ドアを閉めて窓際へ移動した。ロデムはデルフを咥えていつの間にか ベッドの下へ潜り込んでいる。 アンリエッタは涼しげな、心地よい声で言った。 「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ。」 翌朝、食事を取っていると、バビル2世はシエスタに声をかけられた。 「ファイアさん、なんだかおつかれですね?」と。 疲れもするだろう。なにしろあのあとルイズの部屋で、王女がアルビオン大陸という空中国家の王子、ウェールズ王子に渡した 一通の手紙(おそらく恋文かなにかだろう、とバビル2世は思っている。)を取り戻してくれ、ということだけを伝えるのにえらいことに なったのだ。というのもギーシュが覗き見していたせいで、察知したロデムが飛び出てきてギーシュの首筋に噛み付く、黒豹を見て 驚いた姫は気絶しそうになる、ギーシュは泣き叫ぶ、デルフの刃が欠ける、オスマンが徘徊し始めて極秘に回収される、と一番 寝ただけで回復していた今までには珍しいほど疲労していた。 結局、ルイズとバビル2世、それにおまけでギーシュがついてくることになった。話によるともう1人、頼れる人間が加わる、との ことである。この件はなにぶん極秘に、ということで、ウェールズ王子宛の手紙と、旅費用に水のルビーをいただいた。 「場所は?」とルイズに聞くと、「ロプロスでいけばあっという間よ!」とのお答え。 「でも、ギーシュもいるんだが。あと、もう1人加勢が来るらしいじゃないか。」 「あ、忘れてたわ。そうね、ならラ・ロシェールまで行って、船に乗るしかないわね」 とのこと。なんでも空飛ぶ船があるらしい。さすが魔法の国。 「で、場所は?」と改めて聞くと、「あのヨミの基地があったとこからすぐよ。」 というじつにファジーなお答え。まあ、そう遠くなさそうだしいいか。 「まあ、いろいろあってね。」 シエスタに曖昧に答えると、そうですかと深くは追求してこない。できた娘だ。 「あ、そうだ!」 となにか思いついたらしく、シエスタがえへへと柔らかな笑みを浮かべ、胸の前で手を合わせ叫んだ。バビル2世はひっくり返りそう になった。 「な、なんだい、いきなり?」 「ファイアさん、わたしの村に来ませんか?」 一気にしゃべる暇を与えずまくしたてるシエスタ。 「あのね、今度お姫様が結婚なさるでしょ?それで特別にわたしたちにもお休みが出ることになったんです。でもって、久しぶりに 帰郷するんですけど、よかったら遊びに来ません?いい気分転換と療養になりますよ。ファイアさんに見せたいんです。あの草原、 とっても綺麗な草原。」 「い、いや…」姫様からの極秘任務があるのをいうことはできない。この好意に対し、どうやったら傷つけずに断れるか思案する。 「ラ・ロシェールって町のすぐ近くにあるんです。タルブっていうんですけどね、村の名前。」 「ラ・ロシェールだって?」 ラ・ロシェールの近くなら、むしろシエスタの故郷に遊びに行くという名目で出発するのがいいかもしれない。それならいっそアルビオン まで足を伸ばして、というふうにアルビオンへ行く名目ができ怪しまれないだろう。 「わかった、考えておくよ。」 何はともあれルイズに一応相談しないと、へそ曲がりだからふてくされて「そんなの駄目に決まってるでしょ!」と言い出しかねない。 だが、シエスタは 「本当ですね!?約束ですよ!絶対、絶対、行きましょうね!」 バビル2世が行くと返事してくれたと思ってしまったようだ。さて困った、うまい具合に切り出さないと。 場合によっては催眠術を行使してでも納得させるしかないだろうな、と思うバビル2世であった。 なお、ルイズは渋りかけたので催眠術を使う嵌めになった。まあ内心いい方法だと考えていてくれたのだろう。 ギーシュにも一応連絡したが、こちらは素直に認めた。可愛い女の子がいるかも、とでも思ったのだろうか。 前へ / トップへ / 次へ
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前へ / トップへ / 次へ 「へ、陛下!」 呆けていた側近たちが我にかえり、慌ててジェームズ王に詰め寄った。 「陛下、お立ちください!平民風情になぜそのような態度を!?」 「それに、いかに追い詰められているとはいえ兵権を渡すとはいったいどういうことですか!?」 「陛下!」 ジェームズは侍従を呼び、支えられて立ち上がった。そして周囲の側近たちを見やり 「諸君は知らぬだろうが、このお方は我がアルビオンに大変縁の深いお方なのだ。わしにとっても、ウェールズにとっても、恩人と 言うべきお方。そのお方が此度の窮地を救い、叛徒どもを蹴散らすすべがあるというのだ。ならば迷うことはあるまい。」 そして厳かに締めくくった。 「よいか、これは国王命令じゃ。アルビオン国軍の指揮権は只今を以ってコウメイ様に移動する。諸君はコウメイ様の命令をわしの 命令と思い奉公をして貰いたい。この通りじゃ。」 最後には頭を下げるジェームズ王。その態度に皆もはや何も言えなくなってしまった。 そこへ歩を進める孔明。 「これでもはや何も言うことはあるまい。そう、これ即ち、始祖ブリミルの意思である!」 その言葉に、ははー、と礼をするジェームズ王。王の態度に渋々ながらも、重臣側近含めメイジたちは従い礼をとる。 「では、私の指示に皆さん従っていただきましょう。敵にばれぬよう、魔法の使用は禁止させていただきます。」 孔明の指示でまず火薬が準備された。続いてそれを袋につめるように指示する。 「これを岬の、ここと、ここと、ここに仕掛けるのです。」 地図を見て、工作の指示をとるよう王に命令された将軍に命じる孔明。 『火薬で吹き飛ばす気か。王が頼りにしたわりには案外平凡な策だな。』 そう心で思うが黙って従う将軍。その場にいた人々は全員が動員され、忙しく火薬を袋につめていく。 やがて袋詰めされた火薬が用意され、あとは支持のあった場所に埋めるだけとなった。 「さて、皆様方、ご苦労様でした。それでは、袋を置いて、礼拝堂にまで移動していただきたい。」 は?とわけのわからぬ表情で孔明の顔を皆が一斉に見た。視線を受けて、孔明は高らかに笑った。 「いえいえ――ネズミが一匹、そろそろかかったころでしょう。今はまず、かかったネズミを水にしとめることが先決。違いますかな?」 孔明の言葉を聞いて、将軍の顔色が一瞬で変わり、杖を掴むと部下について来いと命じて駆け出した。 まさか、この城に敵の間者が紛れ込んでいたというのか?今の行動はその男を炙り出すための手段だったのか。 将軍は後ろを一瞬振り返った。何もかも見通しているのですよ、といわんばかりの涼しげな表情で、孔明がこちらを見ていた。 将軍の背中につめたいものが走った。 時は少し遡り、3つの場面へ移動する。 まず最初は、孔明に耳打ちをされたウェールズ皇太子である。 彼は首を捻っていた。 「礼拝堂の鍵が必要となるでしょうから、とってきて頂きたい。そして、それを使いたい、という人物が現れるでしょうから、あと1時間 のちならよい、と許可を出していただきたい。」 そう言われたのである。どういうことだろう。 また、ルイズたち5人を呼んで孔明からの伝言を伝えた。 「ラ・ヴァリエール嬢はキミの使い魔と一緒に自室にいて貰いたい。そして30分後に、使い魔君はこの先の廊下をホールに向けて 適当に歩いていて欲しい、とのことだ。ラ・ヴァリエール嬢はその後、部屋に入ってきた人物にたいしては「はい」とだけ答えていただ きたいと……」 ギーシュたち3人へは、 「君たちは、今から1時間ほど経ったら礼拝堂に入って、中から鍵を閉め扉近くに身を隠して置くように、と。その際、最初に扉付近へ 来た人間を……ふいご?といわれたのだが、それの原理で倒すように、と。3人でよく考えるように、と…。」 そして孔明に耳打ちされたときに渡された袋を、改めて渡した。 「なにかあればこの袋の中の指示に従え…ともおっしゃっていた。」 ふいご、といわれてギーシュがどきっとする。そしてついバビル2世に話しかける。 「い、いったいあのコウメイってな何者なんだい?アルビオンの国王や皇太子に命令をして、二人とも下僕のように従っている…。 なんだかキミの知り合いみたいじゃないか!いったい全体何者なんだ、彼は!?」 「孔明。」 タバサがぼそっと呟く。 「孔明じゃ仕方ないわね…」 「孔明ですものね。」 「孔明か……しかたがない。って違うだろ!何でみんな納得してるんだい!?おかしいよ!?」 いまだ腑に落ちないギーシュであったが、一国の王子を通しての命令である。断れるはずもなく渋々従うことにする。 3人と別れて自室へ向かうルイズとバビル2世。 指示通りに30分後、部屋を出て廊下を歩いていると、バビル2世の肩を誰かが叩いた。 ワルドであった。 次の場面は打って変わって城の外。叛乱軍、いや彼ら自信は自分たちは叛乱ではなく正しい世を導くもの、正統な軍であると自称 していた。すなわちアルビオン王国貴族派「レコン・キスタ」だ。舞台はその幕舎である。 レコン・キスタのニューカッスル攻略軍5万を率いる将軍は名をサー・ジョンストンといい、元は政治家であって軍人ではない。彼は 自分に箔をつけるための道具として今回の従軍を願い出、許可されただけの男であり実際の指揮は別人が取ることになっている。 指揮を執るのは老人であった。 メイジにとっての杖のように常に釣竿をかつぎ、暇を見ては魚釣りに興じている。ただし、釣り針はかえしがなくまっすぐで、兵隊に 「それで魚が釣れれば、漁師は明日にでも首を吊らなきゃいけねぇな」 と笑われていた。それを気にすることなく、老人は釣りをやめようとしない。 老人は、名を太公望呂尚という。 ロイヤル・ソヴリン号の叛乱を実質的に指揮し、レコンキスタにレキシントンの戦いでも勝利をもたらせたという、貴族派の指導者・ クロムウェルの懐刀であった。いつのまにクロムウェルの元に来たのか誰も知らなかったが、気づいたときには側近となっており、 実質クロムウェルに代わりここまで戦争の指揮を執っていた。 釣竿はおそらく杖を偽装したものであり、メイジに違いないとレコンキスタ内では囁かれていた。ときおり、杖をそのように加工して 持ち歩いている貴族がいるので、珍しいことではない。 この老人は、昨日クロムウェルの命令書を携えてここにやってきたばかりである。そしてジョンストンに 「軍師となり貴公を補佐して、完膚なきまでに王党派を殲滅せよ、との命令をいただきはせ参じました。」 と告げ、実質5万の兵の指揮官となったのである。ジョンストンはレコンキスタですでに重要な位置にいるこの老人とつながりを持って おいて損はなく、指揮に不安のある自分の代わりにうってつけだろうと二言も言わず了承した。 そして改めてクロムウェルの王党派への執念に戦慄し、身震いした。 そのジョンストンが、釣りをしている呂尚の傍へ寄って明日の作戦について聞こうと思案していると、暗闇から1人の男が現れた。 白い仮面をかぶって黒いマントをつけた、長身の男であった。 「ほ、中の様子はどうであった?」 白仮面に目だけを向ける呂尚。一瞬身構え兵を呼ぼうとしたジョンストンであったが、白仮面は呂尚が送り込んだスパイと知り、 胸をなでおろした。 白仮面はコウメイなる男が現れたこと、その男の演説で玉砕覚悟の城が脱出に転じたこと、火薬を袋につめて準備させていること だけを手短に伝えた。 「か、火薬ですと!?連中め火薬でなにを!?」ジョンストンがわめく。 「おそらくは火薬を要所要所に備え、我が軍を攻撃するつもりでしょう。その混乱にまぎれ、船を駆って城を逃げ出す算段に相違あり ませぬ。」呂尚は釣りをやめず、言う。 「で、そのコウメイなるはいかな男か?」 「ひょろりとして口ひげを生やし、妙ないでたちをした男です。なぜか知りませぬが、王と皇太子に格段の信頼を寄せられている ようでして……王党派の指揮権はそのコウメイが握りました。」 「な、なんですと!?」ジョンストンが素っ頓狂な声を上げた。 「いったい何者……」 「何者かわかりませぬが、どうやら用兵によほどの自信を持っているようですな。」 呂尚が竿をしまい、立ち上がった。 「面白い。この太公望呂尚の相手になる男か、コウメイとやらを試してくれよう。」 そしてジョンストンに対して、 「敵が逃げ出す算段を始めたということは、攻撃を急いだほうがよろしいでしょう。5万のうち、1万を先発隊とします。さらに2000を 物見として城周辺に張らせておくのです。通常城攻めには守備側の5倍の兵力であたるべしと言います。2000ならばよもや打って 出られても容易には逃さぬでしょう。この物見は今すぐにでも出発させるべきでしょうな。そして1万の兵は、王党派に心情的に味方 しているものたちを当てればよろしい。火薬で爆死させられても惜しくはなく、裏切ろうにも背後には味方の杖。まさにうってつけと いうべきでしょう。」 ジョンストンはうむうむと頷き、傍に控えていたものに「急げよ」と命令を下した。 「さて、閃光の。お主は予定通り、3つの目的を果たすのじゃ。武吉を上手く活用するのじゃぞ。」 そして「おい、武吉」と呼ぶと釣りをしていた池の中から、背の高い男が飛び出してきた。 「予定通りじゃ。閃光のと協力し、目的を果たせよ。」 「はい、お師匠様。」 そう言って頭を下げると、白い仮面をつけ黒マントを嵌め、金髪のカツラをかぶり、見る間に「閃光の」と呼ばれた男に姿を変えた。 2人は、ニューカッスルに向かい姿を消した。 最後の場面は、少し時間が経ってである。 始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で、ウェールズ皇太子は新郎と新婦の登場を待っていた。他には誰もいない。皆、コウメイの 命令どおり火薬の袋詰めをしているのだ。そんな中、新郎ワルド、新婦ルイズの結婚式が行われようとしていた。 ウェールズは皇太子の礼装をしている。 そして当然だが、こっそりとギーシュやキュルケ、タバサは身を隠して中にいた。 全ての経緯を話すと、ウェールズの元へ「礼拝堂を借りたい」とやって来たのはワルドであった。ラ・ヴァリエール嬢と結婚式を あげたいのだという。 コウメイの言葉通りになったことに驚きつつ、許可をすると「ぜひ神父役をしていただきたい」とのこと。おそらく、この結婚式に、 賊が乱入してくるのか?あるいは…。そう思い引き受ける。万一賊が現れたとき、対処できるのはおそらく自分だけだろう。 そう思って……。 ウェールズはふと、そういえばコウメイ様とあの使い魔の少年との関係を聞くのを忘れていたな、と思った。 式が終わった後ででも聞いてみるか。そんなことを考えていた。 そしてふと、パインサラダとステーキが食べたくなり、炊事場へ向かってしまった。そこで脱出した後の夢を、コックに語ってしまった。 ルイズは訪れたのがロリコンでひどく驚いた。襲われるかと思った。おまけに結婚したいのだという。 合法的にするのか。と思いつつ、コウメイの言うとおりYESを連呼した。別にNOという理由はなかったからだ。 だが、やっぱりロリコンは嫌だな、と思っていた。 バビル2世は廊下でワルドに「ルイズと結婚する!」と告げられ、なんともいえない気持ちになった。 やるせない気持ちになった。 でもまあ、そういう趣味を沈める人身御供は必要かもしれないな。とか思った。 祝福は、あまりしたくなかったがしてやった。娘ができたら大変だな、とルイズにすごく同情した。 「では、式を始める。」 というわけで説明が終わったので結婚式へ戻る。王子の声が高らかになり、神聖な儀式の始まりを告げた。 バビル2世はこの場にはいない。どこに行ったのか、とルイズは訝しむ。 「新郎 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名においてこのものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」 「誓います」ワルドは重々しく頷いて、杖を握った左手を胸の前に置いた。 「新婦 ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール…汝もまた、この者を夫として敬い、愛する ことを誓いますか?」 「誓い……」とまで声が出て、止まった。 「どうしたね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」 「そうじゃないの…なんだか、本能が危険だって語りかけてるの……」 ぐはっと崩れ落ちかけるワルド。 「そ、それはどういう意味かな?ぼくはロリコンじゃないって言ってるじゃないか!」 「子爵、キミはそういう趣味だったのか…」 「ち、違います!信じないでください!ラ・ヴァリエール嬢はからかってるんですよ。そうだね、ルイズ?」 「しかし明らかに新婦は……避けているようにように見えるんだが。」 そう、ルイズは無意識のうちに距離を開けていた。 「ガビーン!なにこの空間?なんか2人の距離広くない?」 「……。」ウェールズ皇太子も少し下がった。 「こ、皇太子!?なぜ貴方まで!?」 「い、いや…なんとなく……ワルド菌がうつりそうで。」 「ワルド菌!?なにそれ!?初耳だよ、その菌。うつると小さな女の子じゃないと性的興奮しないようになるっていうんですか!?」 「……だが、新婦はこの結婚を…やっぱりロリコンは嫌、といわんばかり。望んでないように見える…」 「そのとおりでございます。おふた方には大変失礼をいたすことになりますが、わたくしはこの結婚を望みません。」 ワルドの顔にさっと朱が差した。ウェールズは困ったように、首をかしげ、残念そうにワルドに告げた。 「子爵、誠にお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにはいかぬ。」 ルイズの手をとろうとするが避けられるワルド。 「……緊張しているんだ。そうだろ、ルイズ。ロリコンじゃないって。」 「ロリコンじゃなくても、ショタの気まであるんでしょう?」 「子爵!?」 「な、何を言うんだ!両刀でもないと言ったじゃないか!信じてくれ、ルイズ!」 「ロリコンじゃなくても、ショタでなくても、あなたと結婚をしたくはないな。」 声が、バビル2世のものに変わった。 服を脱ぎ捨てるルイズ。その下には学生服が着込まれていた。顔や背丈、体格が見る間にバビル2世に変化していく。 「な、何事だ!?」 「皇太子、こちらへ。」 驚くウェールズの袖を引っ張るのは、ルイズであった。始祖ブリミルの像の後ろから出てきたルイズが、慌てながらウェールズを ワルドたちから引き離す。 「残念ですが子爵。あなたの謀は、全てばれているのですよ。」 高笑いと共に、ルイズと逆方向から現れたのは… 「げぇっ!コウメイ!?」 そう、白スーツの怪人、策士・孔明であった。 「な、なにがばれたというんだ。ルイズ、騙されちゃいけない!僕は世界を手に入れる!そのためにきみが必要なんだ!いつか 言ったことを覚えているか!?きみは始祖ブリミルに劣らぬ、優秀なメイジに成長するだろう!きみの力が!必要なんだ!」 ルイズのほうへ近寄ろうとするロリコン。だが、 「うふははは。振られた男がみっともない。残念ですが、あなたがレコンキスタであるという証拠はすでに私が握っているのですよ。」 優雅に宣告するコウメイに、ワルドの顔が青ざめた。 「証拠だと…馬鹿な。レコンキスタに繋がるものは全て排除してここに来たはず……」 え?とルイズが驚く。 「ど、どういうことです、ワルド様!?わたしはコウメイにはワルド様がロリコンであるという証拠をお見せしよう、と言われて…」 「――!?」 その瞬間、その場にいた人間全てが悟った。ワルドは見事に釣られたのだ、と。 「おやおや。賢い人ほど単純な手に引っかかりやすいものですなぁ。」 にやにやと孔明が嗤った。 「観念するんだな、ペド。」 「ペド!?さらに悪化した!?」 「桟橋のとき、仮面の男がおまえに似ていることに気づいた。だが、船の上にもおまえがいたため、気のせいかと思ったんだ。 しかし聞けば風の魔法には遍在という分身魔法があるというじゃないか。」 「左様。」と孔明が頷く。 「風はあらゆる場所に存在する、ゆえに遍在。ですが…」 こうなってはしかたがないとでもいうように、ペドは懐から白い仮面を取り出して嵌めた。 「やはりな。」 「貴族派!あなた、アルビオンの貴族派だったのね!?」 ルイズはわななきながら、怒鳴った。ペドは裏切り者だったのだ。 「そうとも。いかにも僕は「レコン・キスタ」の一員さ。レコン・キスタはハルケギニアの将来を憂いた貴族たちによる超国連盟。我々に 国境はない。ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの降臨せし「聖地」を取り戻すのだ!」 「昔は、そんな風じゃなかったわ。何があなたを変えたの?ワルド……」 「ヨミだ。」 バビル2世が断言した。 「今心を読んだんだが、こんな人間と以前出会ったことがある。かつてヨミは各国の重要人物を誘拐し、手術を行って改造人間を つくりだしていた。そうして自分たちの意のままに動く人間を政府の中枢におき、目的の国を支配していた。」 呆然としていたウェールズが口を開いた。 「どういう意味なんだ?改造人間というのは何だ?ヨミとは何者だ?」 ウェールズの足元へペドが水の入ったビンを投げつけた。ガラスが割れ、水が飛び散った。 「お前たちが知る必要はない!ふふふ、バビル2世、見事な推理だ。その通り、今の私は改造人間だ。だが……」 ペドが呪文を唱える「ユビキタス・デル・ウィンデ……」呪文が完成するとワルドの身体は5つに分身した。 「やはり分身ができたのか。」 「その通り。だがただの分身ではない。一つ一つが意思を持つ分身。風は遍在する!」 5人のペドが鶴翼の陣を敷くように広がる。 「この旅における僕の目的は3つあった。1つはルイズを手に入れること……性的な意味ではないぞ。2つ目はルイズ、きみのポケット に入っているアンエリッタの手紙……そして」 ウェールズの足元にぶちまけられた水が、ごぽっと音を立てた。 「3つ目……貴様の命だ、ウェールズ!」 水から手が生えた。手はウェールズの足首を掴む。水から背の高い、ペドと同じ仮面をつけた男が現れ、ウェールズを持ち上げた。 「うおおおお!」 そしてペドめがけ、ウェールズを投げ飛ばした。ペドは風のように身を翻らせ、投げつけられたウェールズの身体を青白く輝くその杖で 貫いた。ウェールズの口からどっと血が溢れ出た。ルイズが悲鳴を上げて、気絶した。 「ウェールズ王子!」 バビル2世は分身が全てだと思い込み、突如現れた男に対応が遅れてしまったのだ。 水から現れた男は、さっとペドの横に並び、変装をといた。 「まさか分身と、変装した男の2段構えとは、さすがのバビル2世といえども思い浮かばなかったようだな。」 ペドがふふふ、と嗤う。 「バビル2世様!」孔明が外を扇で指した。 「医務室へ!」叫んで、不思議な手の動きのジェスチャーをした。 「間に合うものか!あの手ごたえ……確実に仕留めた!」 穴の開いた胸から、赤い血がごぽごぽと溢れていた。 そこにようやく兵隊が入ってきた。 「皇太子!」 そして鮮血を吐き、胸元を赤く染めた皇太子を見て、何があったか悟った。 「おのれ、貴様らが犯人か!」 一斉にワルドたちに襲い掛かった。 「うおおおおお!どけどけー!おいらに勝てるか!?」 水から現れた男は、手斧を取り出すとそれをぶんぶん振り回し、兵隊をなぎ倒す。 「閃光の!今のうちに逃げるんだ!お師匠様に王子を倒したと報告するんだ!」 ワルドたちが兵隊の囲みへ突入した。そしてできた空間を、本体らしきワルドが駆け抜けた。 「ですが。」 孔明の呟きに呼応するように、ワルドの前に躍り出た人影が3つ。 「ど、どーすんだい!?僕たちでグリフォン隊の隊長を倒すのかい!?」 「仕方ないでしょ!?あのコーメーって親父の予想通りになってるんだから!本当に1人で扉まで来たし!」 「指示書通り、戦えば、勝てる。」 タバサの手から、先に渡した袋が覗いていた。 ウェールズの身体をかついで、壁を破壊してバビル2世が姿を消したのと、3人がワルドと激突したのはほぼ同時であった。 「ここまでは、全て私の思いのまま…」 前へ / トップへ / 次へ
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8話 日もとっぷり暮れて、翌日に近いヨルー! なぜか谷岡ヤスジっぽく夜がやってきた。緊迫感が欠片もないのはどういうことだろう。 理由は簡単。昼間の幽霊騒動のせいで、女衆は襲撃者よりも幽霊のほうに怯えているからだ。モンモンなぞギーシュの腕にすがり つき、ガタガタと震えている。「大丈夫。僕がついてるじゃないか。」と慰めるのはギーシュ。増水した湖さえ干上がりそうだ。 一方ルイズはというと、 「ゆ、幽霊なんて、こ、こ、怖いわけないじゃないの。モ、モンモンモンモランモンシーも、た、たいしたことないわねっ!」 と精一杯虚勢を張っていた。誰だ、そいつは。 「ひ、昼に見張りましょうよ!昼に!」 こんな意見も出たのだが、当然却下された。襲撃者は夜来るというのに昼見張ってどうするのだ。そういうと、 「おっちょこちょいな襲撃者がいて、間違えて昼に来るかもしれないじゃない!」 断言する。そんな襲撃者はいない。このカシオミニを賭けてもいい。 見張り始めて1時間経ったころだろうか。岸辺に2つ、人影が現れた。漆黒のローブを身に纏い、深くフードをかぶっているので男か女かもわからない。アボット&コステロを思い出させる凸凹コンビだ。つまりノッポとチビである。 でっきるっかな、でっきるっかな、と凸凹コンビが杖を掲げ、呪文を唱え始めた。間違いなく、襲撃者だ。 「……どう、ビッグ・ファイア?」 襲撃者の心を読んでいたバビル2世にルイズが訊ねる。訊かれたバビル2世は当惑した表情を浮かべていた。 「いや、なんであの2人が?」 その言葉に疑問符を浮かべるルイズ。バビル2世がスックと立ち上がった。 「あっ!こら!」 無防備に姿をさらすバビル2世を諌めるルイズ。ギーシュとモンモンのあわてている姿も見える。 「いや、大丈夫だよ。なぜならあの2人は―――」 バビル2世に凸凹コンビが気づいた。慌てて杖を掲げて構える。が、すぐに構えを解いて、首を捻りながらフードを取り払った。 「あなたたち、どうしてこんなところにいるの?」 ノッポのほうの、フードの下から現れたのはキュルケの顔であった。 真実とは、問いかけることにこそその意味もあれば価値もある。 托塔天王晁蓋こと、ガリア王ジョゼフにとって、それは魂の叫びであった。 『この世界には、なぜ真実を知ろうとしない人間がこれほど多いのだ。』 ジョゼフの半生は、みじめの一言に尽きた。 ブリミル直系の4王家の嫡子として生まれながら魔法が使えない。すぐ下には天才と呼ばれる弟。性格が歪んでいくには、これ以上ない環境といえた。このような設定を与えられて、まっすぐに育つ人間がいるものか。ブスはブスと罵られるため、性格もブスになるというが、ジョゼフはまっすぐに育つ機会を得ることなく長じたのである。 そんな彼が熱中したのは、魔法を必要としない詰めチェスや、ボードゲームなどの1人遊戯であり、あるいは世の中を呪うことであった。 『この世界にはなぜ真実を知ろうとしないのだ』 という思いはそんな彼の青春時代に培ったものである。魔法が使えないゆえに、彼は逆に「なぜこの世界に魔法などが存在するのだろう」ということを考えた。ガリア王家に伝わる古文書を読み漁り、あらゆる学者に問い、メイジたちを観察した。 だが、何一つその理由はわからない。当然だ。メイジにとって魔法ははじめからあるべくしてあるものであり、なぜ使えるのかなどということを今までに考えたものはいないからだ。あえていうならば、メイジであるからだという観念論的な答えに終始するだろう。 いや。ただ唯一、そのことを考えていた人間たちがいた。 職人である。 ご存知のようにいくら錬金という魔法技術があるといっても、精密な細工や精巧な仕掛けに限っていえば、魔法は職人の持つ技術に勝ち目はない。メイジがいくら努力をしようとも作れぬ芸術作品を作ることのできる人種。それが職人である。 そのため職人の中にはメイジなにするものぞという気風があった。職人にとってメイジは「偶然妙なことができる家に生まれた人間」であり、魔法というものは「便利な技術」に過ぎない。なぜ使えるのかと問われれば、彼らはこういうだろう。 「ノミの尻をハンマーで叩けば、刃先が木に潜り込む。魔法というのは目に見えないノミの尻を、呪文で叩いてるだけでしょう。」 人間不信に陥りかけていたジョゼフにとって、この答えは天啓であった。なんという理論的な答えだ。使えるから使えるのだ、というだけの国有数の学者だというメイジよりも、市井に住む職人のほうが賢いではないか。 そう考えるならば自分が魔法を使えない理由もおぼろげにわかる。自分は単に目に見えないノミを叩く技術を身につけていないだけなのだ。あるいは自分のノミは他のメイジが使っているノミとは別種のものなのかもしれない。 以降、ジョゼフは職人の持つ技術理論にのめりこんでいくこことなる。 職人の技術は嘘をつかない。職人の技術にはごまかしがない。職人の技術は理論的だ。 また、こうも考えた。メイジの中には、職人が天職と言ってよいほど手先が器用なものがいる。そんな連中の中には、こっそり職人の真似事をしたり、偽名を使って金銀細工を作っているものすらいるという。ならば逆に、平民の中にメイジが天職と言ってよいほど魔法技術に秀でたものがいてもおかしくないではないか。今、メイジになるものがメイジの血筋なのは、そういった連中を見つける努力を放棄しているからではないのか。 そんなとき、彼は王に出会った。 王を呼び出したのだ。 王はメイジではなかった。だが不思議な力を持っていた。なにより、人を区別しなかった。差別しなかった。あらゆる人間を平等に扱い、愛していた。 それはすさまじいカルチャーショックであった。頭の中では平民にもメイジになる可能性のあるものがいると思っていても、身体が拒絶していた。王族に生まれたというプライドが、平民と貴族を分けて考えさせていた。 なにより、王の部下は自分の理論を実証するように平民でありながら不思議な力を持っていた。生まれながらの力ではなく、懸命な努力とたしかな技術体系によって身につけた能力。天才ではなく、努力の人々。 王は、王を統べる王を見つけたのだった。 王という字を分解するとヨミとなる。ジョゼフが見つけた王を統べるもの、その名をヨミと言った。 ジョゼフは充実したときを過ごしていた。 彼はうまれてはじめて友を得ていた。傍にいるのはメイジではない。かといって平民でもない。不思議な力を努力で手に入れ、実力を身につけた英傑・好漢である。偶然力を行使できる立場におかれて生まれただけで、使えない人間を虫けらのように扱うような野蛮きわまりない生き物ではない。確立された技術体系を持ち、メイジをはるかに凌駕する力を持つ男たちである。 ジョゼフは夢を見ていた。それはハルケギニアにおいて、図法もない夢である。 メイジであるとか、平民であるとか、亜人であるとかそういったすべての垣根をなくして、平等とする国をこのハルケギニアに建国するという夢である。すなわち、あらゆる身分差を消失させて、あらゆる人間を平等とし、それぞれの持つ人格や技術によってのみ評価を行う国を打ち立てるという夢だ。 梁山泊を建立したのはその伏線であった。ここにあらゆる技術に秀でた英傑好漢をエキスパートとして集結させ、全ハルケギニアを統一するという大計画を打ち立てたのであった。そして別の世界をも侵略し、ヨミの名の下にあらゆる差別や垣根を取り払うという夢を抱いたのだった。 だが、それを邪魔しかねない懸念がバビル2世以外に一つあった。 実弟、オルレアン公シャルルである。 一般的に世間では天才魔法使いの名で通っている。事実、わずか12歳でスクウェアクラスに到達したほどであった。頭脳明晰で人望厚く、善良にして高潔。周囲からはジョゼフを廃してむしろオルレアン公こそが王位を継ぐべきと囁かれた人物であった。 が、それはあくまで現支配階級であるメイジの目から見ての話である。幼少期からの体験でメイジと平民という身分差について疑問をもち、ヨミとの出会いで近代的人権の思想に出会ったジョゼフにとっては、メイジと平民という階級差別に何の疑問も持たず、与えられた力を振りかざすだけのオルレアン公は守旧的な抵抗勢力でしかなかった。 ジョゼフは兄としての直感で、もし自分がメイジ制度を廃してガリア国に平等という概念を持ち込もうとすれば、オルレアン公こそが率先して杖を自分へ向けてくるだろうことを確信していた。守旧派に担ぎ上げられて自分には歯向かう急先鋒となるだろうことを予想していた。 それを取り除くには一つの方法しかなかった。 そのことは充実したときをすごす托塔天王晁蓋の心に突き刺さったトゲとなっていた。 だがやるしかなかった。それ以外に夢を現実とし、理想を形とする手段はなかった。 家族をも皆殺しにしようとした。それは今後の改革で、守旧派がオルレアン公の血筋のものを担ぎ上げぬようにするためであった。 この国には自分のシンパよりもよほど公派の人間のほうが多いのだ。苦渋の選択であった。 だが、失敗した。 確実に姪を始末するつもりであったが、公妃の命をかけた嘆願によりそれを中止せざるを得なかった。 それだけではない。自分へも多額の援助を行っている、大口スポンサー『幻惑のセルバンテス』が、姪を始末せんと開いた会食場に突如として現れ、公妃の嘆願の見届け人となったのだ。ガリアだけでなく、いくつもの国に強い影響力を持つセルバンテスが見届け人となっては、約束をたがえるわけにはいけない。 あとで知ったことだが、セルバンテスが駆けつけたのは公妃最後の策略であった。自分が死ぬ、もしくは死んだも同然となった後、娘を守る盾がいる。そこで烈々たる庇護を願った文章を手紙として送ったのである。セルバンテスはそれに応え、オルレアン公の娘シャルロットの庇護者にして保護者となったのであった。 キュルケが昨晩セルバンテスから説明を受けたのはあくまで『王弟を憎んでいた現国王ジョゼフが卑劣にもオルレアン公を闇討ちにし娘シャルロットの命までも奪おうとした。しかしそのことを察知した公妃によってセルバンテスが呼ばれ、暗殺は防がれた。だが、娘の身代わりとなった公妃は正気を失い、この屋敷に閉じ込められた』ということである。 また同時に、なぜタバサなどという猫にでもつけるようなものを名乗っているのかということ。ときどき学院を抜け出し、帰国していたのかということを知った。 「ジョゼフ王は、なんとしてでもシャルロット君を抹殺する腹積もりなのだ。そのために、幾度となく生還困難な任務を与えたのだ。もし任務を果たせず殉職するのならば、『シャルロット君には以降絶対に手出しをしない』という私が見届けた誓約を破ることなく、目的を果たすことができるからねぇ……。」 悔しげに言うセルバンテスの姿が強く印象に残っている。聞けばこの屋敷の維持費、唯一残る使用人、正気を失った公妃の治療費や生活費などはすべてセルバンテスが用立てているのだという。ジョゼフは目的を達成するために屋敷を完全に閉ざし、収入を一切消滅させ、不名誉紋まで刻んだのだという。 『そういえば、門に×印が刻んであったわね…』 この屋敷へやって来たときのことを思い出すキュルケ。王族の証である杖を交差させた紋章に刻まれた、紛れもない傷痕を。 「わたしはあくまで庇護者でしかない。王がシャルロット君へ危害を加えないようにするための防波堤だ。だが、防波堤はあくまで波を防ぐための堤に過ぎない。シャルロット君には、波をものともせぬための支えが必要なのだ。キュルケ君。君という友達があの子にいてくれてよかった。シャルロット君のあんなに嬉しそうな顔を見たのは公が死んで以来だ。」 強くキュルケの手を握り締めるバンテス。 「きみが信用できる人物だと思ったからこそ、全てを隠さず話した。あの子を……シャルロット君をよろしく頼む。」 バンテスのゴーグルが、白く曇ったようであった。 そのタバサは今、キュルケの横にちょこんと座っている。相変わらず無表情だ。 「なんであなたたちは水の精霊を守っているの?」 場面は変わって深夜。湖のほとり。つまり襲撃者の正体がキュルケとタバサと判明した後である。 「説明すると長くなるんだが。」 かくかくしかじかと説明する4人。 「ふーん、惚れ薬ね。ま、アタシには無縁よね。」 胸を強調した、色っぽいポーズをとるキュルケ。思わず愚息がご立派になりそうだ。 「でも世界には特殊な趣味の人がいるし。わからないんじゃないかな?」 あー、そうね。と思わず納得するキュルケ。脳裏にゴーグルをつけ、ドジョウ髭を生やした男の姿が浮かぶ。 「誰を想像しているのだね、キュルケ君。」 「きゃー!」 ずざざざざ、とフナ虫が真っ青になるような速度で後ずさるキュルケ。いつの間にかセルバンテスが横に立っていたのだ。ふっふっふ と笑みを浮かべるセルバンテス。 「バンテスおじさん。」 4人が尋ねる前に、タバサが紹介した。紹介しなければあっというまに警察を呼ばれるような怪しい風貌だ。 ギーシュとモンモンはセルバンテスと知ると、目を輝かせた。 「え、あの幻惑の?」 「フッフッフッ。その通り。君はたしか、グラモン卿の四男で、名前はギーシュ・ド・グラモン君だったね。そちらのレディはモンモランシ家 の、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ君。あちらのピンクブロンドの女性はヴァリエール家のルイズ・フランソワ ーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール君……。」 いずれもパーティで大昔に1度紹介されたかされていないかという人間だろう。それをすべて完璧に記憶している。これほどの人間でなければ、一代で財産を築けぬということなのだろうか。 グラモン家、モンモランシ家ともにセルバンテスから多額の借金がある。ヴァリエール家は借金こそないものの、いくつかの事業を共同で行っている。たしかに知っていてもおかしくはないが、異常な記憶力と言ってよいだろう。 「ふむ。そちらの少年は?」 バビル2世について訊ねるセルバンテス。ルイズがかしこまって 「わたくしめの使い魔、ビッグ・ファイアでございます。」 と答える。使い魔にまで丁寧にお辞儀をするセルバンテス。 「今までの話を失礼とは思ったがすべて聞かせてもらったよ。人類は滅亡する!ではなくて、だ。水の精霊は襲撃者がいなくなれば満足するというのだろう?」 「ええ、そうですね。」 と言ってももう一つのほうが精霊にとっては大切そうなのだが。 「ならばこれで解決だ。私が責任を持って、密売ルートと話をつけておこう。これで襲撃者は現れぬはずだ。明朝にでも精霊を呼び出して、襲撃者はいなくなったと言えばよい。」 「昼じゃないと納得しない気がするわね。」 「ああ。」 ルイズの言葉に頷く残る3人。よくわかっていないキュルケたちは疑問符を浮かべる。 「ふむ。なにか理由があるようだねぇ。昼に呼び出すほうがよいというのならばそうすればよいだろう。今日はもう遅いし、屋敷にでも泊めてあげたらどうだい、シャ……タバサ君。」 セルバンテスの言葉にシャルロットが頷いた。この男、タバサにこんなに多くの友達がいると知ってほっとしたらしい。内気な子供を 持つ母親のようだ。 「フッフフ。それじゃあ行こうじゃないか、諸君。」 マントを翻し歩き出すセルバンテス。その後を全員がついていく。 深夜。 ラグドリアン湖を望む、オルレアン公の屋敷のバルコニー。 二つの月に照らされる、1人の男の姿あり。 ワイングラス片手に、遠い世界を見つめてる。 「いくつもの並行世界を渡り歩き、ようやく辿り着いたこの世界。ついに、望みを見つけた。バビル2世様を、見つけたのだ。」 セルバンテスは双月めがけ高々と右手を掲げた。 「 すべては 我らがビッグ・ファイアのために! 」
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前へ / トップへ / 次へ まだ日の昇らぬうちにアルビオン王党派の諸氏は散って行った。 全員が孔明の指示に従ってのことである。彼らのなすべきことは3つ。 1つ。アルビオンに、情報収集を主目的とした工作機関を作り上げること。 1つ。各国の王族や貴族に支援を働きかけること。 1つ。レコン・キスタの分断工作。 新政権となったレコン・キスタは歴史の例に倣い、粛清により多くの血が流れるだろう、というのが孔明の見方であった。いや、すで に血は流されている可能性がある。その血をより多く流させる必要が、敗者であるアルビオン王家にはあった。 「いくら必要とはいえ、忠臣の血が流れるのを見るのは忍びない。」 と、国王は嘆いたが、ことここに至ってはもはや他に方法もない。 第1のグループはさっそくラ・ロシェールに出発した。目的はすでに述べたようにスパイ機関である。 コンピューターである孔明にとって、情報は非常に重要なファクターを占める。得た情報を分析することによって、バビル2世に的確な アドバイスを送ることができるのだ。ゆえに、これは事実上アルビオンの命運を握るグループと言ってよい。 第2のグループはゲルマニア、ガリア、そして当然トリステインに行き、政治工作を行うことである。仮にも王政を敷く国である以上、 反王制を唄う連中は、裏ではどうかともかく、敵である。反レコン・キスタを主張する人間がやって来たのを粗末に扱うことなど表立って はできるはずもない。表立って圧力をかけられないのだから、裏からかけるしかない。その前に、かつての人脈を駆使して政治活動を 行い、支援を取り付け、世論を誘導するという役割がある。このグループは王の側近、大臣などが当たることになった。 第3のグループは、手紙である。つまりレコン・キスタを混乱させるための偽書(偽手紙)作戦である。いかにも内通しているような 手紙を、発見されやすいように送る。あるいはそういった手紙を屋敷に忍び込み、隠し、その上で「あそこの屋敷の誰某様は王党派で 今でもこっそり連絡をとっている」などと密告する。ターゲットは純粋にレコン・キスタを支援している貴族、実力者、優秀な人材である。 知らせを受けて駆けつけたレコン・キスタの巡邏により捕らえられたターゲットは、実際にやっていないのに自白を強制され、その挙句 処刑される憂き目となった。 魔法を使えば真偽はすぐにわかるのではないか、と思うかもしれない。しかし、これから出世する可能性の高い人間を妬む連中も 多く、無理矢理に処刑してしまう例も少なくなかった。疑いが晴れ拘束を解かれても、レコン・キスタに不信感を抱くようになった者も 増えていき、この作戦で徐々にレコン・キスタは力を失っていくこととなる。だがそれは後の話である。今はまだそのことを予知している ものは孔明以外にいない。 国王はトリステインの首都、トリスタニアに移ることになった。正確にはトリステインに縁戚のある貴族の親戚の持つ、トリスタニア 郊外の屋敷に移ることになった。ここで療養をしながら、裏からアルビオン王国解放組織を指示するのである。もっとも、実際の指揮は 側近の大臣と、息子であるウェールズ、今は白昼の残月がとることになるであろう。 が、その残月は、国王と別れタルブの村に残ることとなった。 「裏方として働く私ですが、今は国王以下アルビオンの民を助けてくださったショウタロウ老人に、ぜひお礼をしたいのです。」 と、農作業を手伝いつつ組織を裏から指示することになった。まあ、それは表向きの理由なのは言うまでもない。。 もっとも残月の意中の相手は、 「妙なファッションセンス……。それに、もうじきお休みも終わるし学院に帰らないと。」 と、アウトオブ眼中であった。 さて、残月が率いるアルビオン解放組織の裏の部隊であるが、 「ぜひ、ビッグ・ファイア団と名づけさせてもらいたい!」 「却下だ。」 なぜかバビル2世の偽名をつけたがる残月と、嫌がるバビル2世というわけのわからぬ争いの原因になっていた。 「でしたら、しばらくの間、仮の名として「BF団」と名づけてはいかがかな?」 そう提案したのは策士・孔明。バビル2世は渋々許可をしたが、はしばみ草を薦められる承太郎みたいな顔になっていた。 バビル2世たちは一足先にトリスタニアの王宮へと、事の次第をアンリエッタに報告に向かった。 乗っているのはタバサの使い魔だ。ロプロスで行くという提案もあったが、 「どこに着陸させるのか?」 という話になり、シルフィードで行くことに決定した。おそらくアルビオンが落ちたことはすでにトリスタニアの王宮に伝わっているはずで ある。王宮は戒厳体制を敷いているだろう。そんな場所にロプロスで行けば、パニックでどうなるかわかったものではない。 事実、風竜でしかないシルフィードさえ、到着後に警備兵にあっという間に包囲された。 一騒動ありそうなところ、現れたアンリエッタ王女に、ことの仔細を報告する。 「わたくしがウェールズさまのお命を奪ったようなものだわ。裏切り者を、使者に選ぶなんて、わたくしはなんということを……」 ルイズとバビル2世だけを私室に通し、話を聞いたアンリエッタは取り乱した。涙ぐんで「姫様、しっかりしてください。」と介抱する ルイズ。ルイズたちにはウェールズが生きていることを教えていない。なんというか、二重の意味でいたたまれず、見ていられない。 「ハクション!」 「お、兄ちゃん、地上に来て風邪でも引いたか?」 ショウタロウ老人の手伝いをしている三男が、くしゃみをした残月へ振り向く。 「そうかもしれません。やはり上とは風が違いますね。そういえば、シエスタさんは?」 「ん?いまごろ荷造りでもしてるんじゃねえか?明日で休みは終わりのはずだからな。」 「な、なんだってー!?」 驚愕する残月。三男に猛烈な勢いで攫みかかった。 「ど、どこです!?どこのお店に勤めてるんですか!?」 「み、店!?ち、ちがう!その、苦しい…。いや、店じゃなくて……学校の食堂に勤めてるんだよ。兄ちゃんと一緒に降りてきた貴族の お嬢さんたちがいたろ?あれが通ってる学校だとよ。」 「なんですと!?ふむ。ですが、これは好都合というもの。一度で二つの目的が達成できるとは!して、学校はどこに??」 「ええ、死んで欲しくなかったんだもの。愛していたのよ、わたくし。」 ……辛い。 見ていてこれほど辛いことがあるだろうか。死んだ(と思っている)ウェールズへの変わらぬ愛を主張するアンリエッタ。だが、ウェー ルズは変な仮面をかぶって、新たな恋に生きようとしている。見ていて、辛い。 こう、いっきにばらしてやりたい気がするね。原先輩のように後ろから刺しそうだね、アンリエッタ。 「おやおや。一国の王女ともあろうかたが大人気ない。これでは士気にかかわりますぞ。」 いつの間に部屋に侵入していたのか、孔明が口元に涼しげな笑みを浮かべて立っていた。 「ど、どちら様でしょうか……?」 あまりの胡散臭さに思わず警備兵を呼ぶことも忘れてしまうアンリエッタ。 「策士・孔明と申し上げます。国王の下、アルビオンの総指揮権を任されていたものです。ウェールズ皇太子に王女の補佐をして欲し いと頼まれ、この者たちとともに参上いたしました。」 「ウェールズ様が……」 ウェールズに頼まれた、という言葉を聞いておもわず身を乗り出す。 「はい。ぜひきみの力を愛する従姉妹に貸してほしい、と請われましたゆえ。死に行くものの頼みを断れず……」 「そうですか……ウェールズさまが……」 王女のまぶたの裏に、愛するウェールズ王子の姿が浮かび上がる。しかし、すぐにあることに気づき、意識を取り戻す。 「しょ、証拠は。証拠はあるのですか??」 あやうく素直に信じてしまいそうだったことを恥じつつ、疑問を口に出す。そうだ、ウェールズさまがこの者を推挙したなどという証拠 などない。どこかでウェールズさまの死を聞きつけた不埒者が、自分を騙そうとしているのか。 「証拠ですか。この孔明、その点抜かりはございませぬぞ。」 孔明は何かを投げるような動作をし、 「風吹く夜に」 と呟いて、ウッフフと嗤った。その言葉を聞いた途端、アンリエッタの目に涙が滲み、あふれ出す。わななき崩れ、顔を手で覆って 「ウェールズさま。」 と何度も叫ぶ。 「これでもはや何も問うことはありますまい。」 「ええ。その言葉を伝えたということは、あなたはよほどウェールズさまに信頼をされていた方なのでしょう。ウェールズさまが信じた お方なら、わたしも信じることができます。」 「わたくしは、現在そこのラ・ヴァリエール嬢の客分となっております。さ、ルイズ様。」 ルイズはあまりの急展開に呆けたようになっていたが、その一言でようやく我にかえった。孔明が指から何かを引き抜くような仕草 を見せる。 「姫さま、これ、返します。」 ルイズがポケットからアンリエッタから貰った水のルビーを取り出した。 「それはあなたが持っていなさいな。せめてものお礼です。」首を振るアンリエッタ。 「ですが、こんな高価なものを……」 「忠誠には報いるところがなければなりません。いいから、とっておきなさいな。」 バビル2世が風のルビーを胸ポケットから取り出し、渡す。 「姫様、これはウェールズ皇太子から預かったものです。」 アンリエッタはその指輪を受け取ると、目を見開いた。 「これは、風のルビーではございませんか。これもウェールズ皇太子から預かって来たのですか?」 バビル2世は頷いた。本当は出掛けに「ウェールズは死んだ」と言って押し付けられたのだが、言えるわけもない。 「ありがとうございます、優しい使い魔さん。あの人は、勇敢に死んで言ったと、そう言われましたね。」 死んでないけどな。おまけにすでに浮気している。 「ならば、わたくしは…………勇敢に生きてみようと思います。」 「やはり死体らしきものは見つかりません……」 報告の兵が入れ替わり立ち代りやってくるが、どれも報告は判で押したように同じだった。 無理もない。かつては名城と呼ばれたニューカッスルの城は、火薬でふっとんで跡形もない。かろうじて残る土台と瓦礫が、ここに 少し前まで城が残っていたことを告げている。それ以外は、人間のモノとおぼしき黒焦げのなにかだけが転がっている。 「仕方あるまい。このぶんでは、死体は火薬で吹っ飛んだのだろう。」 車椅子姿ではあるが、ワルドが答える。車椅子を押しているのはフーケだ。 「閣下、やはり死体は見つからぬようです。」 恭しく頭を下げた先には、僧形の軍人、クロムウェルがいる。 「よいよい。別に死体はなくともよいのだ。ウェールズの思い出の品や、愛着あるものでも良いのだ。」 そこへ、兵隊が1人駆け込んでくる。そしてワルドに抱えていたものを渡し、頭を下げて立ち去った。 「これではどうでしょう?いま、兵士が見つけた……ウェールズが空賊に化けていたときに使っていた変装道具のようですな。 何の因果か、これだけ燃え残ったようです。」 縮れ毛のカツラや、付け髭、いかにもな服を手渡すワルド。 「いやいや、これでよい。これで充分だ。我思うこれ満るなり我が望み、叶えば叫喚するも仕方なし。」 「は、はあ?」 「おっほん。では、お見せしよう。アルビオンの神聖皇帝となった、このオリヴァー・クロムウェルの力、虚無の魔法を!」 懐からベルを取り出し、詠唱しながら杖と共にリズミカルにそれを振るクロムウェル。聞いた事もない呪文だ。 すると、見よ!カツラは淡い光に包まれて浮き、くるくると回転し始めたではないか。 そして目もくらむまばゆい光に包まれた。 光が消え、目が慣れると……そこにはたしかにウェールズ王子以外の何者でもない男がいるではない。 「ワルドくん。ウェールズ皇太子を、余の友人に加えることにした。異存はあるかね?」 後ろのフーケを気にしながら、ワルドは、 「閣下の決定に異論が挟めようはずもございません。」 そう答えるしかなかった。答えながら、心を落ち着けるように胸のペンダントをぎゅっと握り締めていた。 神聖アルビオン帝国が樹立し、トリステインとゲルマニアの軍事同盟締結と、皇帝と王女の婚姻が発表された。アルビオンは政府 樹立後すぐに特使を送り、不可侵条約の締結を打診。トリステインはこれを受け入れ、表面上は平和が戻った。 もっとも平和なのは国民だけで、政治家たちにとっては夜も眠れぬ日々は続いていた。が、まあ一般的には平和が続いていた。 そしてそれはトリステインの魔法学院でも例外ではなかった。 「むさい……むさいわ……」 どよんと沈んだような表情で呟くルイズ。その背後には、 「バビル2世様。どうやら重要人物がアルビオンに入国したらしいとの情報が。」 「ふむ。気になるな。嫌な予感がする」 「どうやら大豆が手に入る算段がついたとのことで。翁は最近上機嫌で醤油づくりをはじめられています。」 「それはよかった。そのうち顔を出すとしよう。」 「その筋で有名な傭兵が3人、アルビオンに雇われたという情報もあります。」 「ところでシエスタ嬢は?」 「おでれーた/なんだこの人口密度は!/」 「グルルルル…」 「きゅるきゅる?」 「モグモグモグ」 「あんたたち!」 ルイズがガバッと立ち上がり、背後をむいて仁王立ちした。 「なんで全員で私の部屋に入ってくるのよ!」 そう。そこには本来の使い魔、バビル2世。その忠実なるしもべのひとつ、黒豹ロデム。バビルの塔の端末、策士・孔明。ウェールズ 皇太子こと変態仮面、白昼の残月。しゃべる剣、デルフリンガー。サラマンダーのフレイム。モグラのヴェルダンデがいた。広い部屋と はいえ、かなりいっぱいいっぱいだ。 「その質問には私がお答えしましょう。」 すっと孔明が立ち上がった。あの日以来、バビル2世やロデムと一緒に部屋に住み着いてしまった。ときおり町まで出かけて、 なにやら悪さをしているらしい。何を調べているのか…。 「やかましい!」 なにも答えないうちに孔明にドロップキックを放つルイズ。しゃべらせると、舌先三寸で丸め込まれるとすっかり学習してしまったの だ。何かしゃべる前に先制攻撃。これが学習の結果だ。 「ああ、コウメイ様!」 あわてて駆け寄る残月に、踵落しが炸裂した。 「あんたも3日も空けずに来るんじゃないわよ!」 お前も胸か!胸がいいのか!と憎しみをこめて放つ。あの日から身体能力が異常に上がったため、走って30分ほどで学院まで 来るようになってしまった。そして毎日のようにバビル2世を尋ねてきて、シエスタを「家族の人に頼まれた」と言って訪問する。 この平民め!平民はみんな胸か!胸なのか!とルイズは残月の中身を知らずに蹴りまくる。いや、そいつはメイジで王子だ。 「しかし、みんないく場所がないんだろう。すこしはやさしくしてやってもいいんじゃないかな?」 バビル2世がそういうと、しぶしぶながらルイズは矛をさめた。最近は、毎日こんな感じだ。 「いやはや、バビル2世様、助かりました。」 「左様。ダメージ自体はさほどありませんが……怖いですな。」 「2人も少しは自重すべきだと思うんだが。」 呆れるバビル2世。しかし、孔明は真顔で、続ける。 「いえいえ、続けるわけにはいかないのです。なぜなら、そろそろ戦争が始まるのですから。」 「なに?」 「コウメイ様!?それは、本当ですか!?」 「間違いありません。最近、食料品や、武具、金属の値上がりが激しい。これは買占めの起こっている証拠に他なりませぬ。しかも、 値上がり具合から見て、トリスタニア一国だけのものではございません。間違いなく、アルビオンが国家的に行っている兵糧や戦争 必需品の影響でしょう。極秘にやっているようですが、影響が出てしまっているようですな。」 うふふ、と嗤う孔明。 「この孔明、わざわざ毎日市場で遊んでいるわけではありませぬ。残月ともども、日夜アルビオンと戦っているのですぞ。」 「左様。我々二人を信じていただきたい。」 だが、そう堂々と言う二人の外見は、どう考えても信用できるものではなかった。 「……不吉な予感がするな。」 バビル2世は、思わず呟いた。 孔明の予想は的中していた。 アルビオンは不可侵条約などはじめから守る気はなく、つぎつぎとトリスタニア攻略用の兵器の生産を行い、軍船の改装、兵力の 増加に余念がなかった。傭兵も各国から選りすぐりという腕利きを、極秘裏に高額でスカウトし、ニュー・カッスルの戦いで失った 兵力は充分補充済み、むしろ以前より強力になっていた。 アルビオンの兵力増強は諸国でも問題となっていたが、不可侵条約を結んだ上、平和外交をおこなっている国に下手に口出しすれ ば内政干渉と怒りを誘発し、かえって国際問題になりかねない。みな、だんまりを決め込んでいた。 そして今日もまた、傭兵たちを乗せた船が、アルビオンの港へ向かっていた。 その中に、異形の2人組みがいた。 老人と、中年の男である。見たこともないような服に身を包み、ひとりは妙なものを使い常に煙をふかしている。煙をふかす男は、 ハートマークのような髪形をしていて、モノクルをつけている。老人はひげを生やし、すこしメタボぎみだ。 名無し、の名で知られる、名高い傭兵コンビであった。 名無し、の2人は船室でつまらなそうに外の景色を眺めている。 「アルビオンか……。この世界でも、人類は戦争しかないようじゃな。」老人が言う。 「この世界もいずれほろぶことになる。好戦的で、残虐な生命体を放っておくわけにはいかぬからな。」中年が応える。 「じゃが、皮肉なものじゃな。どこかがおかしくなってしまったあやつのおかげで、我々はこの世界に飛ばされ、そこでも同じように 好戦的な生き物を発見してしまったのじゃから。そしてその中に混ざって傭兵をするしかないとはな。」 「仕方があるまい。」 中年が、煙の出るなにかを、壁にこすり付けた。火が消えて、煙が止む。 「アメリカ大陸を1人で破壊できるだけの力を持つ我々にとっては、この力を使うことが唯一の生き残る道だ。生き残り、なんとしてでも 元の世界へ戻って、地球を破壊せねばならぬのだからな。」 前へ / トップへ / 次へ
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7 ここは梁山泊の最深部。忠義堂。晁蓋ことガリア王ジョゼフは腕組みをしてブレランドの報告を聞いていた。 「では予定通り、クロムウェルは。」 「はい。今回のドミノ作戦、クロムウェルに渡した命の鐘が鍵になります。それゆえ本人が陣頭指揮を執ることに決定しました。」 すでにクロムウェル自身は作戦のため地上に降りております、とブレランド。目を閉じてそれを聞く晁蓋。 「だがクロムウェルは……」 「はい。すでに限界が近いと……」 ブレランドが汗を拭きながら答える。 「あまりあれを長く使うのは危険だと説明しておいたのですが。今回の作戦、バビル2世を相手にする必要がある以上、確実に成功 させる必要がありますゆえ。」 「本人が強く希望したのか。」 頷くブレランド。 「クロムウェルはここでバビル2世をしとめるつもりのようです。」 ふーむ、と考え込む晁蓋。ブレランドはあいかわらず汗を拭っている。 「今回アンリエッタにしかける上屋抽梯の計、誘拐に成功しようが成功しまいがさほど影響はない。アンリエッタがクロムウェルに憎 しみを抱くかどうかが重要なのだ。そういう意味では、直に姿を見せ、怒りをあおるのは効果的かもしれない。」 「ですが、そのアンリエッタの前でバビル2世にクロムウェルが倒されれば、ドミノ作戦全体に影響があるやも知れませぬ。」 「その通りだ。」 晁蓋が立ち上がり、人を呼んだ。 「これ、張飛殿をお呼びしろ。」 「はっ」と声がして、人の走り去る気配。やがて張飛が姿をあらわす。 「お呼びですか、晁蓋様。」 山賊か夜盗かという大男が跪く。紛れもなく張飛であった。 「張飛殿。九大天王であるあなたを見込んで頼みがある。」 晁蓋が、張飛の耳元に口を寄せた。 というわけで(どういうわけだ)まずは水の精霊を襲う不埒ものを退治しようということになった。 「上手い具合に犯人が現れてくれればいいんだけど…」 ルイズの危惧はもっともである。そんなに都合よく今日現れるとは思えない。 「長期戦を覚悟しなければいけないかもしれないな。」 水の精霊に教えられた、襲撃者が水に入ってくるというガリア側の岸辺周辺に陣取る4名。ロプロスは湖の中に隠れさせた。これで 襲撃者が逃げようとしても即座に追いかけることができる。というか腰を抜かす可能性が高い気もする。 襲撃者が来るのは深夜であるらしい。それまで少し時間がある。ここをうろうろしていて襲撃者に怪しまれれば元も子もない。仮眠 をして夜に備えよう、ということになった。 仮眠をできる場所を探していると、まずルイズが 「ちょっとお花を摘みに…」 と森の奥へと姿を消した。よく考えたら朝、学院を出発してから一度もしてないことになる。ルイズの様子を見て、モンモンも催したの だろう。 「わたしは珍しい薬草を見つけたから…」 とルイズとは別方向へ姿を消した。こういうとき女は不便である。なにしろ男はホースがついているのだ。 しばらくして、モンモンが帰ってきた。なぜか顔が青く、震えている。 「で、で、で、でたでたでたでた……」 ガチガチと歯の根が合わない。声も震えている。出たのは喜ばしいことではないだろうか、などと考えていると容赦なく平手打ちを 食らわせられた。いつの間に読心術を身につけたのだろうか。 「出たって、違うわよ!お化けよ、お化け!」 「お化け?」 「そう、真っ赤なお化けよ!」 モンモンの話によるとこうだ。座って花を摘んでいると、突然真っ赤な幽霊が現れて、森の奥へと消えて行った。なぜ幽霊と判断した のかというと、とつぜん足元からスーッと消えてしまったからだという。 「消えた?」 「そう、消えたのよ!おまけに鎧姿だったし!きっと大昔にこの辺りで死んだ騎士の幽霊よ!真っ赤なのは血まみれってことよ!」 力説をするモンモン。ギーシュとバビル2世は困ったように顔を見合わせ。 「モンモランシー。水の精霊との交渉で疲れているんじゃないか。それで幻覚を見たんだよ…」 「そうだな。座り込んだ瞬間、つい寝てしまったのかもしれない。」 2人とも内心「漏らしたのを誤魔化しているんだな」と考えていたが、触れないでおいてあげた。それが優しさというものだ。 「そ、そうかしら……」モンモンは未だに納得いかなそうな顔をしている。 「そうだよ。だから気にすることはないよ。」 ギーシュの余計な一言はモンモンの拳を貰うに充分であった。 「何を気にすることがないですって?」 ギーシュは吹っ飛んだままピクリと動かない。どうやら漏らしたのは間違いないらしい。 そこへ、同じようにルイズが青い顔をして現れた。 「で、出た……。お、お化け……。」 モンモンが硬直をする。バビル2世が目を瞬かせる。ギーシュが上半身を起こす。 「……まさか、赤いお化けかい?」 まさかと思い訊くバビル2世。ルイズはかぶりを激しく横に振った。 「違うわよ!ウェールズ王子よ!ウェールズ皇太子の幽霊よ!」 ガタガタと震えながら、ルイズは言った。 「うぇーるずおうじの幽霊?」 バビル2世が思わず聞き返す。何を言ってるんだ。ウェールズ王子は生きているし、そもそも今タルブの村にいるはずだ。 先日の闘いで鉄人28号を目撃した人間が数多くいた。王宮は直ちに調査団を派遣し、ショウタロウ一家はえらい騒ぎになっている という。戦功があったとはいえショウタロウ老人は平民である。軍属ではない人間が戦闘に参加したことについて、扱いをどうすべき かでもめているのだ。それに一部には、アルビオンの竜騎士を鉄人が無残な方法で殺したため、「ちょっとやりすぎじゃないか」との 声もある。名誉を重んじるメイジにとって、いくら戦場でも残忍な方法で殺すということは、場合によっては不名誉罪にあたるという。 殺したのはシエスタなのだが、ショウタロウ老人は罪をかぶるつもりでいるのだ。 というわけで残月はショウタロウ老人を守るために奔走しているのだ。トリステイン王宮に、亡命政府から働きかけるように要請し、 自分が率いる裏の機関を使って工作活動を行う。そのかいあって全体的にはお咎めなしの方向に話は傾きつつある。 そんなこんなで忙しい残月がここにいるわけはない。これこそ何かの見間違いに違いない。 「見間違いじゃないわ!あれだけ近くでご尊顔を拝見したのよ?見間違えるわけないでしょ!」 青筋を立てて怒るルイズ。正直なところ幽霊よりもよっぽど怖い。 「ふむ。」 ひょっとすると孔明の指示とやらでここまでやって来たのだろうか。だがそれならばなぜ覆面を外しているのかという疑問が浮かぶ。 でもまあ、孔明の策で外しているのかもしれない。 「わかった。それはルイズの言うとおりウェールズ王子の幽霊だろう。そういうことにしておこう。」 「……なんだか気に食わない言い方だけど、仕方ないわね。」 ここは放置しておくに限る。いずれ残月に会うだろう。そのときに覆面を外していた理由を聞けばよいのだ。 「じゃあ、モンモンが見た幽霊はなんだったんだ?」 やっぱり漏らしちゃったんだろうか? 「たぶん、アルビオンの亡霊がこのあたりをうろついているのよ!間違いないわ!」 ルイズの証言で自信をつけたモンモンが、なぜか誇らしげに言う。別に自慢することではないと思うのだが。 「なぜこんなところをうろついているんだろうね?」 もっともな疑問だ、ギーシュ。 「なにか思い出があるとかかしら……」とモンモン。 「すくなくとも幽霊がうろついていたんだから、何か理由があるはずだよ。」とギーシュ。 「………。」じっと遠い記憶を探るように黙りこくっているルイズ。 結局、幽霊騒動で仮眠の件はうやむやになってしまったのだった。 アルビオン湖湖畔の森の中を、1人の男が歩いている。 たぶん、男であろう。全身を鎧で覆っているためよくわからない。 人間ではなく生きた鎧だとか、ガーゴイル、ゴーレムといわれても納得するだろう。 メイジなのかも知れない。なぜならマントを纏っているからだ。真っ赤な、血のように真っ赤なマントを。 赤いのはマントだけではない。全身が赤一色であった。鎧が赤い。カブトが赤い。顔全体を覆うマスクも赤い。 赤の中に、大きな目が瞬き一つせず浮いている。マスクに目玉を貼り付けたようであった。 そう、モンモンの目撃した幽霊である。 幽霊でないのは足音と、地面に映る影で明白。おまけに森の木をかきわけて進んでいるのだ。 しかし、ならばなぜ消えたと証言したのだろうか。 その男は地面を掘っていた。 森の中、何のへんてつもない地面である。目印があるとか、特別な種類の土であるとか、そういうことはない。ただの土だ。 変わったことがあるとすれば石や岩の多さである。ほんの少し掘っただけで、岩がゴロゴロ出てくるではないか。まるで掘るのを 妨げているかのようだ。いや、実際に妨げている。石が規則正しく、石垣のように整列しているのだ。つまり誰かがこの奥に何かを 埋めて、その上を石垣で覆っているということである。 おまけにその石にはことごとく固定化の魔法がかけられている。いつごろにかけられた固定化なのかは不明だが、かなり古いこと だけは間違いない。おかげで石の内側は魔法がかけられた当時のままを保っている。 その石垣を平気で避けていくこの男は何者なのだろうか。 石垣を避けると、今度は大きな平たい石が現れた。表面を鏡のように磨き上げた、宮殿にあってもおかしくないような大理石だ。 男が腰から鞭を二本引き抜いた。そしてそれを大きく振りかぶり、岩めがけて叩きつけた。 X字状に、何度も鞭を叩きつける。するとついには岩にひびが入り、音を立てて砕け散ったではないか。 砕けた岩の破片を、男が避ける。避けたその下に、大きな棺のようなものが見えるではないか。 棺を地上に運び出して、男が慎重に蓋を開ける。 中には男が入っていた。 奇妙な服装の男だ。バビル2世と1部で戦った阿魔野邪鬼が着ていたような服を着ている。肩まで伸ばしたザンバラ髪の長髪、腕 にはガントレットに似たものを嵌めている。死んでいるのか、ピクリとも動かない。だが死んでいるにしては妙に生々しい。蝋人形の ようだ。 男を掘り出した、鎧姿の男がどこからか剣を取り出した。それは人の背丈ほどもある、長大な剣であった。錆だらけで使い物になり そうにない。どこかで、見たような剣だ。鎧姿の男はその剣を鞘から抜いて、棺の中の男に握らせた。 握った瞬間、男に異常が起こった。 左手の甲が眩いばかりに輝いたのだ。そしてルーンらしき文字が浮かび上がった。 光に呼応するように、男の顔に生気が戻る。脈がなり始め、わずかではあるが呼気を始める。 そして剣を握らせて10分後、棺の男がゆっくりと目を開けた。 隻眼であった。 左目だけが大きく見開かれた。 「おう、おう/」 と誰かが喚起の声を上げた。 「本当に、本当に蘇りやがった/オデレータ!/」 剣だ。剣がしゃべっている。つまりこの剣はインテリジェンスソードだ。 「おい、前の相棒!/」 剣が嬉しそうに、蘇った男に話しかける。 「なんでも、お前たちの力が必要なんだってよ/新しいブリミルの子孫に、必要なんだってよ!/」 男の右手には、槍のような長い棍が握られていた。七節棍と呼ばれる武器であった。
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前へ / トップへ / 次へ 桟橋が見えた。 背後で燃え盛る町が、煌々と桟橋を照らし出している。 さらには月のおかげもあって、隅々まで夜目が必要がないほどくっきり見えている。 桟橋は山ほどもある巨大な樹であった。枝には確かに船がイカリをおろすようにぶら下がっている。 その中の一艘が、今まさに出撃するのだといわんばかりに帆を張り始めている。 急いで樹に開いた穴に入る。中がうろのようになっていて、階段がついている。 「む?」 異常な殺気が、バビル2世を捕らえた。 ケツの穴にツララをぶっこまれたような殺気だ。 何かがバビル2世めがけて吹っ飛んできた。精神集中も間に合わず、樹の外へ吹っ飛ばされた。 くるくると回転してネコのように着地する。しかし、間髪いれず何かが呪文を唱えた。 「おまえはあのときの!」 奇襲を仕掛けて来たのはあの白仮面であった。だが、次の瞬間バビル2世でさえ避けようもない速さで、雷が放たれていた。 電撃がバビル2世を捕らえた。 バチバチッとバビル2世の身体に火花が走った。が、それだけであった。 効かなかったことを確認した白仮面が慌てて身を翻す。 「どうやらこの世界の魔法も電撃ならば吸収できるらしいな。」 それを聞いたのかどうか、白仮面はすでに逃げ出していた。一瞬追いかけようと考えたバビル2世だったが、船は枝につないだ もやい綱を解いているところであるらしい。 「ずいぶん焦っているな。」 いったい何が起こったのかと訝しくも思ったが、早く乗らなければ船が出てしまう。あとでロプロスで追いかけてもよいが、目指す アルビオンとやらの広さがどの程度かわかっていない以上、バラバラになってしまえば落ち合うのも一苦労だろう。せめて落ち合う 場所を決めておけばよかったのだが、今更な話である。それにバラバラに行動するなどという話はなかったのだから。 白仮面はその間に姿を消している。しょうがない、今は船に乗るのを先決すべきだろう。 リスのように超巨大樹を駆け上る。あっというまに目的の枝まで移動して、出発直前の船に飛び乗った。 「ひゃあ!」 甲板に着地したバビル2世を見て船長らしき酒臭い男が尻餅をついた。酒臭いにもかかわらず妙に顔が青い。 「やあ、すまない。」 「な、なんだ、てめえは。」 どやどやとルイズたちが甲板に現れた。 「ビッグ・ファイア!」 バビル2世の顔を見て、ルイズたちが叫んだ。 「よかった。なんとか間に合ったようだね。」と、ロリコンがほっとしたように言う。 「子爵様、お知り合いで?」 その様子を見て船長が尋ねる。ああ、と頷き事情を説明しているロリコン。 ったく今日は何て日だ、町には化け物が出るし、博打では負けるし、船に飛び乗ってくる野郎がいるし、とブツブツ呟く船長。 船はその間に空中に一瞬沈み、すぐに風石が発動して宙に浮かんだ。帆と羽が風を受け膨れ上がり、船が動き出した。 「ところで、アルビオンとやらにはいつごろつくんだい?」 ロリコンに尋ねると、「明日の昼頃らしい」との答えが帰ってきた。 「ところで、あなたはこの船にずっといましたか?」 「ああ、いたよ。船長に船を早く出すなら乗せてくれないかと交渉していたが?」 「ふむ。」 何が気になっているのか問うバビル。それを見ていたルイズが横から口を挟んだ。 「なにが気になっているのかしらないけど、ワルド様はずっとわたしたちと一緒にいたわよ?」 「そうか。なに、ちょっと似た人間をさっき見たんでね。」 ごめんごめん、と疑った人間の婚約者をなだめる。だがどうも腑に落ちない。なにしろ魔法の世界だ。なんでもありでもおかしくはない。 ならばここは心を無理矢理読んで…、と精神集中を始めるが、 「ちょっと!ビッグ・ファイア、なにやってるのよ!」 ルイズにすぐに気づかれてしまい、お叱りを受けて止めさせられた。おまけに説教が長く続きそうであった。 しょうがない、ここは話題を変えようと、 「ところで、今回の目的であるところの、ウェールズ王子の行方は?」 「わからん。生きてはいるようだが……」ロリコン首を振る。 「まあ、ここで答えの出ぬ問いを言っていても仕方があるまい。ここはアルビオンに着き、直接無事を確かめる以外に方法はない だろう。だが、王子のいるニューカッスルは包囲され落城寸前だとも言う。はたして、間に合うかどうか…」 そして、翌日昼――― 「アルビオンが見えたぞー!」 という見張り船員の声に外へ出るバビル2世たち。目の前に白い雲が広がり、その上に黒々と大陸が覗いていた。大陸ははるか 視界の続く限り伸びている。地表には山が聳え、川が流れている。川が空中で霧となり、雲となって消えていた。 「すごいな。」 思わず呟くバビル2世に、「驚いた?」と自分の功績でもないのにかわいらしい胸を張るルイズ。 「浮遊大陸アルビオン。ああやって、空中を浮遊して、主に大海の上をさまよっているわ。でも月に何度かハルケギニアの上に やってくる。大きさはトリステインの国土ほどもあるわ。通称、白の国。」 「ふむ。」感心して頷くバビル2世。 「それで、この大陸が通るルートはいつも同じなのかい?」 「ええ、同じみたいよ。詳しいことは知らないけど……」 「ひょっとすると、空中にこの大陸を浮かばせているレールのようなものがあって、その上を滑っているのかもしれないな。」 「なによ、レールって。ビッグ・ファイアの世界にあった道具?」 道具というか、道みたいなものだよというと納得するルイズ。もう一度大陸を見ると、霧は雲となり、大陸の後ろをたなびいている。 あれが雨雲になって、ハルケギニアに大雨を降らすのだ、とルイズが説明してくれた。 ふと横を見るとギーシュが風呂敷の中身を広げて弄っていた。 「やあ、ギーシュ。」 「ああ、ビッグ・ファイアか。」 ようやく原理がわかったよ、ここを押すと風が吹き込んで火のついた炭を燃え上がらせるんだね、とふいごを弄って説明するギーシュ。 「でも、これをどうしろって言うんだい?」 「それは、きみの二つに名について考えるべきだ。」 「二つ名?青銅かい?」 「ああ。よく、青銅の特性について勉強すべきだ。それがわかれば…」 だが、突然の見張りの声に、バビル2世の声はかき消された。 「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」 バビル2世がその方向を見たときにはもう遅かった。雲を利用してすでに大砲の射程距離にこちらを捕らえた空賊が、手を伸ばせば 届くような距離にまで近寄って来ているところであったのだ。 「……なんか臭い…」 「いやねぇ、髪に匂いが移っちゃうわ」 ルイズが呟く。メイジとわかると身代金を取れると踏んだ空賊は最上級の扱いで超上等の迎賓室へルイズたちを案内してくれた。 つまり杖を取り上げられ、倉庫兼弾薬庫に蹴るようにして押し込められ、完全に閉じ込められたのである。もうこうなっては手も足も でない。達磨と一緒だ。 鍵はもちろんこちら側にはついていないので、扉を強引に開ければ即座に空賊たちが丁寧に出迎えてくれるだろう。バビル2世は ともかく他の5名はあっというまにこの倉庫へ逆戻りに違いない。 「まあ、逃げ出すのは陸についてからでもできるだろう。今は停戦するのを待ったほうが懸命じゃないかな?」 「ああ、たしかに。風石はいずれ尽きるだろうから、港に戻らざるを得まい。僕は風魔法を使えるし、油断を見計らって船を奪い、 切れた風石を補充すればすぐにでも逃げ出せるはずだ。」 タバサも風系統のメイジだったはずだが、うんともすんとも言わず本を読んでいる。「ハッピー三国志」なる本だ。ものすごく内容が気に なる。 「ところで…」 とロリコンが口を開く。「僕とみんなの距離が微妙に開いているのはなぜかな?」 言わなくてもわかるだろう、と視線が突き刺さる。 「へ、閉鎖空間だからっていたずらなんかしないよ!」 「どうだか。」 「わたしは、まあ、ストライクゾーン外でしょうけど、あんまり近寄りたくないし。」 「……同じ空気を吸うだけで、妊娠。」 「ぐはあ!」 ロリコンがまたもや激しくダメージを受けている。 「そうだね、「どうせ死ぬんだ!」とか言いながら襲われるかもしれないしねえ」 「ルイズはいいでしょうけど、タバサは縁もゆかりもない人にされるのはねぇ」 「犬猫以下…見境なし…」 「あまり言ってやらないほうがいいんじゃないかな?仮にもぼくの主人の未来の夫だろう?」 「きみたちはほっとくと無茶苦茶いいよるな」なぜか関西弁交じりになるロリコン。 「……お前ら、捕虜の自覚はあるのか?」 気づくと呆れたように、痩せぎすの空賊が扉を開けていた。 「おかしらがお呼びだ、来い」 「王党派?」 何をいってるんだこの女は、と言いたげに問い返してくる。例えるならば東京都庁前で「これが東京タワーですか?」と聞いてきた 頭の軽そうな女を見るような、そんな感じだ。 「ええ、そうよ。」 「もう一度聞くが、本当に王党派なのか?トリステイン貴族が、いまどきのアルビオンにきて、王党派の援軍だって言うのか?」 空賊たちがこりゃあおもしろいものを見たとばかりにどっと笑った。 「そんな、明日にでも消えちまうようなところに加勢に行ってどうするんだ?葬儀屋が儲けるだけだぞ?悪いことはいわねぇよ、貴族派 につくんだな。あいつらは今、メイジが喉から手が出るほど欲しいんだ。たんまり礼金がもらえるぞ。」 「死んでも嫌よ!」 「絶対に?」 「絶対にノゥ!!!わたしはメイジ。ノゥとしか言わないのが貴族よ!」 「ならばきみの心変わりを誘発しよう。」 おかしらが指を鳴らして合図をすると、周りの連中が一斉に剣を抜いた。 「完全武装空賊!この命知らずたちにキミは勝てるというかね?」 「イエスッ!」 「ノーとしか言わないはず!?」 「もういいから話を進めましょう、ウェールズ王子。」 ザッと空賊たちの顔色が一瞬で変わり、真顔になってバビル2世を見た。 「な、なに言ってやがる!」 「だ、だれがウェールズのアホボンだ!」 「そうだ、あの変態王子なんかとうちのおかしらをいっしょにするな!」 「あんなアンポンタンと間違えやがって!」 「お前ら、とりあえず減給!」口々にウェールズを罵る部下たちに冷たく言い放つおかしら。 おかしらが閻魔帳に採点しながら立ち上がった。ルイズたちは話の急展開振りに戸惑い、顔を見合わせた。 「驚いたな。まさかばれるとは思っていなかったんでね。失礼した、貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはね。」 周りにいた空賊が、減給…とぼやいていた連中も含め、一斉に直立した。 縮れた黒髪をはぎ、眼帯を取り外し、髭を剥がす。現れたのはりりしい金髪の若者であった。 「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官…といってもすでにこのイーグル号しか残っていないがね。」 若者は居住まいを正し、威風堂々と名乗った。 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。アルビオン王国へようこそ、大使殿。」 「つまりぼくたちは試されていた、ということですね、王子。」 「その通りだ。吉良邸に討ち入る同志を何度も試した大石内蔵助ではないが、とてもではないが外国に我々の味方の貴族がいる とは思わなかったものでね。きみたちを試すような真似をしてすまない。」 ここまで来ても状況のつかめていないルイズの代わりに、ロリコンが優雅に頭を下げて言った。 「姫殿下より、密書を言付かってまいりました。」 「ふむ、姫殿下とな。きみは?」 「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵。 」 それからロリコンはルイズたちを次々紹介していく。 「そしてこちらが姫殿下より大使の大任をおおせつかったラ・ヴァリエール嬢とその使い魔の少年でございます、殿下。」 「使い魔?ふむ。私の変装を見破ったのが使い魔か。これは君たちにばれたのは不幸中の幸いだったというべきだろうかな?」 と、何かに気づいたようにバビル2世の格好を見るウェールズ。ルイズが慌てて手紙を取り出そうとして、躊躇し王子を見る。 「あ、あの……その、失礼ですが、本当に皇太子様?」 ウェールズは笑った。 「まあ、さっきまでのこともある。無理もない。僕は正真正銘のウェールズだよ。なんなら証拠をお見せしよう。」 ウェールズはルイズに、自分の薬指に光る指輪を外して渡した。ルイズの指に嵌っていた水のルビーが共鳴しあい、虹色に輝いた。 「この指輪の石は王家に伝わる風のルビー。そしてキミの指についているのはアンエリッタの嵌めていた水のルビーだ。そうだね? 水と風は虹を作る。王家の間にかかる虹さ。」 「大変、失礼をばいたしました。」 ルイズは一礼をして手紙をウェールズに渡す。ウェールズは愛おしそうに手紙を見つめ、花押に接吻した。が、中を読み始めると、 表情に曇りが出た。そして顔を上げ、真剣な顔で 「姫は結婚するのか?あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……従姉妹は……」 ワルドは無言で頭を下げる。ウェールズは再び視線を手紙に戻す。そして最後の一行まで読むと微笑んだ。 「了解した。姫の願いに答えよう。何より大切な姫から貰ったものだが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう。だが、手紙は 今手元になくニューカッスルの城にあるんだ。姫の手紙を空賊船につれてくるわけには行かないのでね。それに……」 ウェールズは笑っているような、泣いているような、耐えているような顔のまま言った。 「それに、僕のほうからも君たちに頼みがあるんだ。始祖から伝えられたという王家の秘宝を賊に渡すわけにはいかない。きみたちに、 ぜひ持ち帰ってもらいたいんだ。多少、面倒だがニューカッスルまでご足労願いたい。」 雲中を通り、大陸の下に出てニューカッスルの秘密軍港に到着した。 途中、巨大戦艦「レキシントン」なる反乱軍の旗艦の目をやり過ごし、慎重に隠密潜行を行った末の到着であった。 それはまさに「空賊」であった。 無事城に到着した一行は杖と武器を返され二手に分かれた。いつの間にかデルフリンガーまで回収されていたらしい。ロリコンたちは こちらのメイジたちと王女の代理として歓談、一方ルイズとバビル2世はウェールズに案内され粗末な彼の居室へと迎えられた。何を 話したのか、ルイズだけが中に迎え入れられたため詳細はわからない。魔法をかけているのだろう。超感覚をもってしても中の様子は 細々としか聞こえてこない。やがて扉が開き、ルイズが手招きをしてバビル2世を呼んだ。その表情で、なんとなく中でどんなやり取り が行われていたか察せられた。 「仕事よ、ビッグ・ファイア。」 先ほどの通り、王家の秘宝を処分したいのだという。できれば持って帰って欲しいが、無理ならば完全に破壊して欲しい。とのことで、 極秘に行う必要があるため、ウェールズとルイズ、そして使い魔であるバビル2世のみがその任に当たることになったのだ。 粗末なベッドを移動させ、椅子を代わりに足の部分に当てて置く。するとタペストリーのかかった壁が割れ、入り口が開いた。 中は天然の洞窟を利用した通路になっており、長い階段が備えられている。 そこを降りながら、ルイズはつい気になったことを聞いてみた。 「それで、アルビオン王家の秘宝とはいったい何なのでしょうか?」 ルイズはいくつか噂に聞いたことがあった。始祖から伝わった宝が、それぞれの王家に伝わっている、と。たとえばトリステインには 始祖の祈祷書なる書物があるという。アルビオンについて聞くのは… 「まさか、始祖のオルゴール…でしょうか?」 「半分、正解だ。」 ウェールズは笑って答えた。屈託のない、いい笑顔であった。育ちのよさがその笑みからにじみ出ているようであった。 「秘宝は二つあるんだ。一つはオルゴール…だがそれは先の戦いで行方知れずとなった。」 50mほど降りてホールに出る。竜が臥せたような意匠が施された門と子供をかたどったらしい石像がそこにあった。 ウェールズはその石像に深く一礼をした。 「さあ、まず入り口まで戻りましょう」 「え?戻るんですか?」 往復し今度は門を指でなにやら字を書くようになぞった。 「私もこの字の意味は知らないんだ。ただ、次期王位相続者にのみ門の開け方が代々教えられ伝わってきたんだ。」 再往復する3人。ルイズは半分嫌気が差していた。が、表に出すわけにもいかず粛々と従っていた。 ふとルイズはバビル2世がどこかで見た何かを思い出そうとしているような顔をしていることに気づいた。 『ちょっと!そんな顔するんじゃないわよ!』 『い、いや、そうじゃなくてどこかでこれと似たような話を…』 『シッ!静かに。ここであとは門が開くまで待たないといけないんだ。場合によっては半日でも、1日でも…』 が、そのときはやけにあっさりと開いた。 「やはり…」 なにがやはりなんだろうか?そう思うルイズ。ウェールズ王子は奥へと2人を手招きする。 「やはりそうだったのか。この服、ラ・ヴァリエール嬢の使い魔のものとよく似ていると思わないかい?」 「こ…これは、人?でしょうか…?」 「いや、これはどうも超精密なゴーレムやガーゴイル、らしい。実際のところよくわからないんだ。」 ブルルルル、とバビル2世の背中でデルフリンガーが震えた。何事かと鞘から抜こうとするがでてこない。 無理矢理ひきぬくと、いつもの調子はどうしたのか異常に怯えた様子で 「あれはやばい/あれは起こしちゃダメだ/よく覚えてないけどやばいんだ/起こしちゃいけない!/」 「インテリジェンスソードか。珍しいな」ウェールズ王子が気づいてこちらを見る。 「そこの剣、きみはなにかこれについて知っているのかい?王家では始祖の使い魔と言われているんだが。私も胸にルーンが刻ま れているのを確認したよ。」 「伝説の始祖の使い魔ですか!?」 「そ、そうなんだよ/だからやばいんだ!/そいつは起こしちゃいけねえ!/」 その時、ルイズは気づいた。始祖の使い魔が震えていることに。 「う、動いている!?」 「目覚めやがったのかよ!/おしまいだ、畜生め!/」 それの目が開く。 ゆっくり立ち上がり、手に持った羽扇子をふわっと舞わせる。白いスーツを着、口髭を生やした細身の男のようなゴーレムが目覚めた。 「おお、コウメイ様が…!」「げぇっ!コウメイ!/」 「お久しぶりです、バビル2世様。」 コウメイ、と呼ばれたそれは優雅にバビル2世に向かい、会釈したのであった。 前へ / トップへ / 次へ