約 707,344 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/88.html
前へ / トップへ / 次へ ようやく掃除が終わり、2人は食堂へ向かう。 ようやく、と言っても速度的には驚異的に早い。普通なら大の大人が数人で半日はかかるだろう。 罰を言いつけた教師たちも、ころあいを見はかり終わらせるつもりであったため、少し困惑していた。 そんな教師たちの態度に少し気を良くしたらしいルイズは、役立つ使い魔に褒美のつもりで昼食抜きを取り消そうか、 などと考えていた。 が、その考えは徒労に終わることとなる。 なぜならば食堂前まで来たルイズが、 「ビッグ・ファイア。掃除で役立ったから、特別に昼食をとることを許可してあげるわ。」 と振り返って言おうとしたところ、すでにそこには誰もいなかったからである。 しばらくの間固まっていたルイズが、逆に『夕食も抜き!』という決意を固めたことは言うまでもない。 さて、いなくなったバビル2世がどこにいたのかというと、 「これは美味い。」 と、出来立ての料理に舌鼓を打っているところであった。 「なーに、まかないだからたいしたものじゃないが、たっぷり食ってくれ。」 中年の男、どうやらコックらしい、が答える。 「まかないとはいえ、あまりものからこれだけの料理が作れるのは、マルトーさんの腕が一流だという証でしょう。」 「お、嬉しいこと言ってくれるねぇ。オレの酒のつまみにとっておいたこいつも食うかい?」 鶏の肋骨周りの肉をたれに一晩つけた後、骨ごと揚げた料理を出す。いうなればフライドチキンであろう。 「こいつを鶏肋、鶏肋って言いながら骨までしゃぶるのが好きでな。」 がはは、と豪快に笑う。 「いいんですか?」 「なーに、あんちゃんのおかげでえらく助かったからな。感謝の気持ちはこれでも足りないぐらいだぜ。」 グッと親指で外の破損した馬車を指す。車軸が折れ、車輪まで割れて泥で汚れてしまっている。 経緯を説明するとこうである。 トリステイン魔法学院は大所帯である。食材は日に大量に消費することとなる。 水の魔法である程度保存が効くといっても限度がある。それに万が一のことを考え、備蓄食料を用意してあるため、日々の食料にまで 固定化の魔法が回らないという現状がある。 そこで、毎日のように業者に食材を届けてもらっている。だがそれはまさに山のようであり、馬車は列を連ねてやってくることとなる。 毎日のように酷使される馬車は、ついに限界を超えた。この日肉を乗せた馬車が学園に入った途端、突然車輪が滑り、車軸がへし 折れたのだ。 そのまま車輪は溝に嵌り、車体は横転して道を塞ぐ。巻き込まれて横転した馬と馬車に御者がのしかかられる。 後続の馬車1台が止まりきれず横転した馬車に突っ込む。 御者と馬は救助されたものの、あっというまに補給路は停滞し、二進も三進もいかなくなってしまった。 救助されたのは、ちょうどルイズが破壊した教室の掃除が終わってころである。 ルイズも気づいていたが裏門で起こった事故であり、なにより空腹だったことが大きかったため興味はわかず、何か騒いでいるわね、 ぐらいの認識しかなかった。 だがバビル2世は見ていた。 妙に不自然に滑った馬車から、後続車がお釜を掘るまでを。 不自然に見えたのは、おそらくあのあたりが斜めにでもなっているのだろう。あまり考えすぎても仕方が無い。 教室から飛び降り、あっという間に現場に着くと、あたふたする職員一同を尻目に馬車を持ち上げて端に寄せる。 追突した馬車に、散乱した肉を包んだ袋を乗せ持ち上げて、 「これはどこに運べばいいのかな?」 ぽかーんと口をあけて見ているマルトーを促し、調理場へと食材満載の馬車を運ぶ。 残りの食材もてきぱきと動いて運び入れ、結果普段よりも早く納入は終わったのであった。 そして狂喜するマルトーがバビル2世を引きずり込み、お礼だと料理を振舞いだしたのが冒頭である。 「なに、たいしたことじゃありませんよ。マルトーさんが料理を作る能力に優れていて、それを生かしているように、ぼくが力持ちで、 それを生かしたまでですから。」 「だとするなら、オレはアンちゃんに料理の腕でお返しをするのが当然ってもんだろう?さ、食った食った!」 口に放り込むと、肉が骨からぺろんとはがれる。 肉の量は少ないが、えもいえぬ深い味を持ち、しかもそれがタレによって旨味を増している。 骨はしゃぶればしゃぶるほど濃厚な味が染み出てくるようで、 「うまい――」 特に骨にこびりついた肉の味が絶品である。 「なるほど。評判になるだけのことはあるな、忠吾」 と思わず呟きたくなる。 「これは食堂に出してもいいぐらいですね。メニューになるで。」 「へっ。あんな連中にはもったいないぜ。ほら、もっと食いな。」 言いながら自分もつまむマルトー。 「鶏肋、というのがこの料理の名前ですか?」 「いや、なに、別に名前なんてないけどよ。つい口に出ちまうんだ。」 でもまあ捨てるにはもったいない部分の料理、って意味ならぴったりだろ?と骨をしゃぶるマルトー。 対面を気にする貴族はプライドが邪魔をして食うに食えない、という意味でもピッタリだ。 夢中になって食べていたが、ふと外が騒がしくなる。 騒ぎの方向を見ると給仕らしい黒髪の少女が、みょうちきりんな格好をして薔薇を加えた男になにやら叱責されているのが見えた。 『たしかあの少女は、さっきぼくに料理を運んでくれた娘だな。』 シエスタ、と名乗った少女を思い出す。名前を聞かれて思わずバビル2世と答えそうになったほど、できた娘であった。 「シエスタのやつ……何しでかしたんだ?」 シエスタに限って粗相をするわけはないんだが、と怪訝そうに立ち上がり食堂に出るマルトー。後を追って外に出るバビル。 『どうせ貴族のバカヤロウがいちゃもんつけてきやがったんだろうがな。』 心を読むバビル。どうやらよほどマルトーは貴族が嫌いらしく、嫌悪感や罵倒語が頭の中に渦巻いている。 「ビッグ・ファイア!どこ行ってたのよ!」 袖を引っ張られ、横から声をかけられる。ルイズが椅子に座って食事をしながらバビル2世の服を掴まえていた。 「食堂の手伝いをね。ところで何事だい?」 「手伝いね。あなたは私の使い魔なんだから、私以外の命令を聞く必要はないのよ?まあ、いいわ。今回だけ見逃してあげる。」 騒ぎ立てている妙な格好の男と、ひたすら陳謝する少女を横目に見て、 「どうってことないわ。あほギーシュの二股がばれて、平民に責任転嫁してるのよ。見苦しいったらありゃしないわ。」 話題にするのもくだらない、といった雰囲気で説明するルイズ。 そういえばあの男はぼくが朝パンを失敬した男だ。ギーシュというのか。 心を読むとルイズの説明でほぼ間違いなさそうだ。 ただ、人間とは妙なもので無理を押せば道理が引っ込むというのか、明らかな責任転嫁や嘘でも、言い続けているうちにそれを 本当のことだと思うようになるらしい。現に、徐々にではあるがギーシュの心の中は自業自得の占める割合が減り、シエスタの せいでこうなったんだ、という思いが増えて行きつつある。 このままでは、おそらく素直には自分が悪いと認めないだろう。 視界にギーシュに抗議をするマルトーが映る。普段の鬱憤や不満もあってかかなり強い調子だ。この国の貴族がどの程度の力を 持っているか知らないが、今のギーシュの心理状態では下手をすればマルトーの身分が危うくなるだろう。 そうなれば鶏肋はもう二度と味わえなくなるのではないか。 あの味を失うのは偲びがたい。それに、一宿一飯の恩、というじゃないか。そう考えたバビル2世は、 「待て」 シエスタとマルトーの間に割って入った。 「む?なんだ、ゼロのルイズの使い魔くんじゃないか。……エルフとは言え使い魔の分際で貴族に対してずいぶん乱暴な口を 聞くんだね。」 「残念だがぼくは他人を理不尽な目にあわせるようなやからがあまり好きじゃなくてね。」 というよりも、むしろ容赦なくぬっ殺してきた。 つい改造人間を作っているようなヨミの部下を思い出してしまう。 「な、ななな。」 修羅場を潜り抜けてきたがゆえに身につけた殺気を浴び、つい後ずさりしてしまうギーシュ。膀胱から尿管に急速に尿が送られて いきそうだ。 「ど、どどど、どうやらきみは貴族に対する礼儀がなっていないようだね。」 どもりながら懸命に体面を取り繕う。だが本能的感じる恐怖が微妙に身体をちぢこませている。。 「け、決闘だ!決闘!」 ギーシュはくるりと背を向け、キザったらしく言った。つもりである。 傍目にはギクシャクした動きで、逆に同情を誘う動きであった。 あちこちから「やめろよ、勝ち目ないぞ」「というかもう負けてないか?」「あの使い魔、なんか怖くない?」「うぉオン、あの使い魔は まるで人間発電所だ」などという声が上がる。 ギーシュ本人も言ったことを後悔していた。元はといえば二股をかけた自分が悪いのだ。近くにいたメイドに鬱憤をぶつけてしまった ために、全ての因果が自分に返ってきてしまった。後悔先に立たずとはこのことか。素直に謝っておけばよかった。だが素直に 謝るようなことができれば最初からこんな事態にはなっていないだろう。だいたいもう退くに退けない。全て自分から出た身の錆 である。こうなっては道は一つ、己の矜持を貫き通すしかない。もっともその矜持のせいでこんな目になってしまったのだから、 反省だけはしておこう。それに相手はあのルイズ、ゼロのルイズの使い魔だ。大丈夫に決まっているさ。 「きみに貴族への礼儀を教えてやる!ヴェストリ広場で待っている。逃げるなよ。」 最後はポジティヴな思考に切り替え、ヒステリックながらも通告し、友人連中を引き連れて去るギーシュ。 だが友人連中は皆『いや、逃げるとしたらギーシュじゃないか?』などと思っていた。それぐらい先ほどのバビル2世には迫力があった。 「び、ビッグ・ファイアさん……」 シエスタがぶるぶる震えながら、やっとのことで声を絞り出す。 「お、おい……」 マルトーも顔を青くしながら声をかけてくる。 「貴族相手によ、シエスタを助けてくれた上、ガツンと言ってくれてありがたいがよ、よけいなことはしなくてよかったんだぜ」 ぐすっと鼻を啜るマルトー。涙目になっている。 「あ、あの……私っ、私っ!」顔を両手で押さえ、涙ながらに文章にならぬことを言うシエスタ。 「いざとなればオレがやめればよかったんだぜ。こんなところに未練はないしな。チクショウ、余計なことしやがって。」 貴族相手である。例え勝っても後のことはどうなるかわからない。それを知っている二人は死刑囚となった恩人を見送る気持ちに 等しいものを抱いていた。 「大丈夫ですよ。」 しかし、バビル2世の答えは二人にとって意外なものだった。 「な、何が大丈夫なんだ?」 「大丈夫じゃないですよ」 「いえ、よく考えてください。ぼくはあくまで使い魔なんです。使い魔と貴族との決闘ということは、つまり使い魔の主人である貴族と 貴族との決闘であるということです。」 「あっ!」と声を上げる二人。なるほど、貴族同士の決闘ならば事後の面倒なごたごたはパワーバランスもあり、死人が出たり しないかぎりは穏便に済まされるはずだ。だが、それにはまだ1つ懸案がある。 「で、でもよ・・・それは」 「ビッグ・ファイアさんの主人である貴族様が承認していなければ…」 そう、主人である貴族が自分の代理として決闘させていると認めていなければ、使い魔は見殺しにされるだけだろう。 「それも大丈夫でしょう。なぜなら…」 「ちょっと!何考えてるのよ!よけいなことをしなくていいのよ!」 ルイズが割って入ってくる。ナイスタイミングだ! 「余計なこと?」 「そうよ!あなたは私の使い魔として働くのが仕事なのよ!わざわざ諍いに首を突っ込むなんて何を考えているんだか」 「ぼくはそうは思わないな。」 バビル2世の目が妖しく輝く。超能力の一つ、催眠術だ。もっともそう強い催眠術ではない。あくまで納得を促すことを目的とした、 ごく軽いものだ。 「ルイズは貴族だろう?理不尽な目にあっている平民がいれば、それを守ってこそ貴族じゃないのか?」 「そ、それは…」 たじろぐルイズ。バビル2世の言葉が素直に心に染み渡っていく。 そうよね、平民を守るのは貴族の仕事。貴族とは誇り高いもの。貴族の誇りを汚すものは許されない。 「ぼくはルイズが貴族としてきっとあのシエスタという子を守るために行動するだろうと思い、使い魔として代行したまでだ。 何か問題があるかい?」 「…な、ないわよ。そうね、よくやってくれたわ!こうなったらガツンとやっちゃいなさい、ビッグファイア!これは主人から、 使い魔への命令よ!貴族の横暴から、平民を守りなさい!」 改めてシエスタとマルトーを見るバビル2世。 「というわけで、主人からの許可も出ました。」 「ヴァストリ広場」はどこだい?と残っていた生徒に聞くと、すたすたと歩いていくバビル2世。 その後を突いていくルイズ、シエスタ、マルトー。それはまるでDQのパーティのようであった。 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/90.html
前へ / トップへ / 次へ アメリカ、国防省ペンタゴン。 その中枢にある情報分析室。 エシュロン、軍事衛星、スパイ活動… あらゆる手段を用いて集められた玉石混合の情報が、優れた科学者とコンピューターにより分析解析される、現代世界最高の 頭脳機関である。 「主任。やはり解析不能です。」 その中枢で諦めにも似た声が起こる。諦めにも似た、ではなく現に諦めかけていた。 「またか。あいかわらず、この地域の分析だけは不可能なままか。」 ホログラフィックで空中に表示された地球儀。その中の解析不能地域を示す光点を憎憎しげに見つめる、主任と呼ばれた男。 「アメリカの誇るあらゆる軍事衛星も、あらゆる工作員も、何一つ情報を持ち帰れない魔のポイントX地点。」 その光点は周辺国の国境が接する地点で輝き、しかも地形の関係からここを避けて軍事行動が不能な砂漠の真ん中にあった。 「この地域が中東情勢における重要軍事地点であるのはわかりきったことだ。だが、イラクも、イランも、イスラエルも、ロシア、 イギリス、フランス、ドイツ、日本、中国、そして我がアメリカのいずれでさえ、この地点には手を出すことはおろか見ることもできない 魔の地点。」 「その通りです。」 「我がアメリカは、半世紀以上もこの地点の情報収集に努めていますが、砂漠であるということ以外なにひとつわかっていません。」 「だが、それだけに情報を手に入れる価値がある。たとえ風車に挑むドン・キホーテのようだと揶揄されようとな。」 主任は光点を睨み付ける。 「このバベルの塔の情報を少しでも手に入れるということは、世界最高の科学技術を有しているという証明に他ならない。 だからこそ我々はあえて風車に挑み続けるのだ。」 偵察衛星が上空を通過しようとすれば、たちどころに砂嵐が巻き起こった。 そして次の瞬間、衛星のコンピューターに異常が発生し、永遠に沈黙する。 いったい何が起こったのか?科学者たちは首を捻るが一切原因はわからない。 現代科学をはるかに超越したバビルの塔の科学力が、おそらくコンピューターを抹殺しているのだろうとしか考えられなかった。 その現代科学でも足元にも及ばぬような科学力を誇るバビルの塔のコンピューターが、メインからサブにいたるまでフル稼働 し続けていた。 『バビル2世ノ消滅カラ2ヶ月。以前トシテ消息不明。』 『3つのしもべモ同様。発信音不通』 『アメリカ合衆国、バビル2世痕跡ナシ』 『日本、同ジクナシ』 『中国モ存在セズ』 『消滅地点、北極海周辺、痕跡ナシ』 『地球周辺、人工衛星オヨビ月面ニモ痕跡ナシ』 『消滅時ノ天候チェック』 『消滅時ノ地形チェック』 『消滅時ノ各国動向チェック』 『消滅時ノ時空振動確認』 『時空振動+TG10976/grBBL2確認』 『以上カラ』 『バビル2世オヨビ3つのしもべハ時空ヲ移動シタ可能性82.1939%』 『救助ノ必要アリ』 『救助ノ必要アリ』 『救助ノ必要アリ』 『分析終了。タダイマカラバビル2世救出作戦ヲ決行スル』 『時空振動+TG10976/grBBL2ノ発生予想ポイント表示」 『1、日本。京都。Lr32TTg9。2098年3月21日18時33分52秒発生。確率43.21222%』 『2、タイ。クアラルンプール。dG77qnJg。2018年9月03日03時10分37秒発生。確率14.85003%』 『3、大西洋。バミューダ諸島周辺・サルガッソー。2Qs684pB。2007年7月08日13時00分41秒発生。確率20.19%』 『4、エチオピア。アジスアベバ。81kQ3nI6。2508年08月31日07時59分07秒発生。確率75.108%』 『以上4候補ヲ確認。救出用特殊端末ロボットタイプK0発進ヲ許可スル。』 バベルの塔のコンピューターがロボット生産システムに指令を行なう。 K0シリーズは人間タイプ、男性である。人間に紛れ込み、目的地へ騒がれないように到着することを目的としたものだ。 最初にバビル2世をバベルの塔で迎えた女性型ロボットはN8というタイプで、ナビゲータータイプであった。 『K0ハMe 1ニ換装。K0-Me 1ノ出動確認』 Meはあらゆる状況でロボットの見聞きした情報をバベルの塔に送り込むシステムである。ロボットの得た情報は例え異次元であろうが 時空の壁を越えてバベルの塔へ到達しする。塔のコンピューターはその情報を瞬時に分析し、ロボットへ転送しなおす。ロボットは 戻ってきた情報をバビル2世に伝えることにより、例え異世界であろうがバビルの塔は情報分析・指南を行なうことができるのである。 すなわちK0-Me 1とはバビル2世が元の世界に戻ってくるために必要な情報を与え、生存せしめる重要な役割をもっているのだ。 なんという恐ろしい塔なのだろう。 ヨミではないが「化け物め」と評したくなるではないか。 『K0-Me 1、バベルの塔メインコンピュータートノリンクヲ実行。K0-Me 1カラノ情報送信確認。メインコンピューターカラノ情報ノ送信ヲ 実行。オールグリーン。』 バベルの塔は動き始めた。己の主人を救出するために。K0-Me 1という姿を借りて。 ロボットの姿は白スーツ姿で口ひげを生やした細身で中年の男であった。手にはなぜかジュリアナの扇のようなものを持っている。 大丈夫なのか、バベルの塔。何百年後でも救出は可能なのか!? いや、そもそも怪しすぎないか、このロボット。途中で職務質問受けそうだぞ。 ヴェストリ広場。 普段人気のないこの場所は噂を聞きつけた生徒やらバビル2世やギーシュについてきた連中、暇人やらで溢れかえっていた。 わざわざ教師が立会人という名目でやってきている。 変化のない寮生活学園生活である。よほど暇なのだろうか。 あるいはギーシュがよほど嫌われているのか、どういう負けっぷりを見せてくれるのか楽しみなのか。 あるいはルイズの使い魔の強さに興味があるのか。 「なんで僕の敗北が前提なんだ…」 呟くギーシュ。それは君がギーシュだからだ。 「でも僕だって承太郎やとらやサイトなんかと戦って成長しているんだ。たまには勝てる世界もあるかもしれないじゃないか!」 だが問題は相手が「敵に回したくないキャラ」で1・2を争うバビル2世である。正直、戦いになると冷酷・残酷・残虐と悪魔超人も 裸足で逃げ出すようなキャラクターである。 「それでも闘わなければいけないときがあるんだ!諸君!決闘だ!」 ギーシュが黒マントを翻し薔薇の造花を高々と掲げる。 うわっと歓声が起こる。 バビル2世がゆっくりと広場へ歩を進める。 『なんだ、ここは今朝の広場じゃないか。』 朝、念動力を試した木の生えていた広場だ。ヴェストリ広場というのか。 「よく逃げずに来たな。それは褒めておこうじゃないか。」 口上を聞いてあのとき食堂にいた全員が『おまえがな』と突っ込みを入れる。 だがさすがに軍人の血筋というものだろうか。先ほどの狼狽振りが嘘のように落ち着き威厳に満ちている。 威厳と呼んでいいか迷うが、とにかくいつもの調子に戻っている。 「さて、決闘だが、僕はメイジだ。ゆえに魔法で闘う。」 造花を優雅に振るう。花弁が1枚はらはらと宙を舞い、甲冑を着た金属製の女戦士に化身する。 「僕の二つ名は青銅だ。青銅のギーシュ。したがって青銅のゴーレム「ワルキューレ」に君の相手をしてもらうよ。」 人間大のそれは鈍い橙金色に輝いている。新しい10円玉の色だ。なるほど、確かに青銅製であるらしい。 透視を行うが中には何も入っていない。どうやって動いているのか。魔法で作ったゴーレムは伊達ではないということか。 ワルキューレがファイティングポーズを取り、小刻みにステップを繰り返す。 シャドウボクシングを行い、宙めがけてワンツーを繰り返す。 その光景をジッと見ているバビル2世。 「用意はいいか、使い魔君?」 「ああ」 立会人の教師の腕が天頂へと伸ばされる。 「貴族の精神に基づき、これより決闘を行う。」 腕が振り下ろされる。ワルキューレの身体が砲弾のように突進した。 拳。 拳。 肘。 拳。 足。 拳。 肘。 夢枕獏の文章のように、ワルキューレは攻撃を繰り出す。 だがその全てはバビル2世には当たらない。特にすばやく動いているわけでもないのに、だ。 「くそっ!何故当たらない!」 ギーシュがうめき声を上げる。 当たらない理由は簡単。バビル2世はワルキューレではなく、ギーシュを見ていたからである。 たしかにワルキューレの動きは早い。バビル2世が本気を出したほどではないが、普通の人間ならあっという間に大型バイクに 激突したような負傷を負わせることができるだろう。 だがあくまでワルキューレは操られていることを忘れてはならない。 攻撃をする前に、ギーシュはどこに動かすか、どこを狙うか思案し、そこを目で見る。 あるいは目で見るために見やすい位置へ動こうとする。指示をする。 そこに隙ができる。 例えば腹を見てくれば腹へ攻撃が跳んでくるのだから届かぬ位置へ身をかわしておけばよい 腹への攻撃が拳であろうと、蹴りであろうとそういうことは関係ない。 攻撃がくる位置さえわかっていれば、その種類が何であろうが当たらぬのだから意味を成さない。 場所を目で見れば、移動しようとしているのがわかる。 と、なれば次にこちらを見たときに行おうとする攻撃は位置が限定される。ますます避けるのがたやすくなる。 死角へ回り込めばその間ワルキューレの攻撃や移動は鈍る。 その間にワルキューレが移動しなければ攻撃できない位置へ移動しておけば、何もできずにただうろうろするしかできない。 この程度では圧倒的に戦闘経験のあるバビル2世に触れるなど夢のまた夢である。 おそらくメイジの実力が上がればこのような弱点も克服できるのだろうが、ないものねだりをしても意味はない。 とうとうギーシュのほうが一発も当てられぬうちにばててしまった。 「どうした。もう終わりか?」 息も切らせず悠然と言い放つバビル。当然といえば当然で、体力がずば抜けている上バビル2世はギーシュの半分も動いては いない。 しかもギーシュがひたすらダッシュを繰り返したのに対して、ほとんど歩くのみであった。 ぜえぜえと肩で息をしながら膝に手を置き、上目遣いにバビル2世を見るギーシュ。 「く………そぅ…………ぜぇ…ぜぇ……なんで………ぜえぜえ………あたらないんだ……」 「当たるように動いてないからだ。」 容赦ないバビル。ある意味言葉のダメージのほうが強力である。 そもそも、おそらく禄に作戦も立てずにゴーレムを召喚したのだろう。あったとしてもゴーレムを見せれば、使い魔程度ならビビッて、 すぐにギブアップするだろう、程度の考えしかなかったに違いない。 それに対してバビル2世は、デモンストレーションでシャドウボクシングを行った瞬間に、ゴーレムがギーシュの指示で動いていること。 指示するにはまず目で見て確認していること。つまり目の動きから、ゴーレムワルキューレの動きが予測できることに気づいていた。 そこでギーシュが動き続けなければいけない状況に追い込めば、力を隠したまま勝利することができるだろうと考えたのだ。 現にギーシュはバビル2世の作戦にもろに引っかかり、当たらぬ攻撃を出す指示をするために走り回らされた挙句、ばてて膝に 手を突き体全体で息をする羽目になった。 立会人の教師はさすがにそのあたりはわかっているらしく、「まあまだドットだししょうがないね」というような顔をしている。 そしてバビル2世には「例えドット相手とは言え、たいしたものだよ」とこっそり耳打ちをしてきた。禿げのくせにバビル2世と闘える 自信はあるらしい。たしか召喚されたときにいた教師である。名前を確かハゲ田ハゲ蔵。 「コルベールです!だれがつるピカハゲ丸ですか!」 つるセコ~、と擬音を出して抗議するコルベールであった。 「どうする、終わるのか?」 「い、いや……まだ………続ける………」 ひょろっと薔薇を振るギーシュ。優雅さはかけらもない。 花弁はワルキューレへ変化し、計7体が降臨する。おお、いつもより1体多い。 ぜえぜえ言いながら、1体を防御のために傍に残し、残る6体をバビル2世を囲むように配置する。 「ふむ。7体を同時に動かせるのか。」 これは少し警戒が必要だな、とバビル2世は思う。仮に、7体以上動かせるのを隠しているのだとすれば、8体目・9体目を意外なところ で使ってくる可能性がある。7体で全部だとしても一方から集中的に攻撃を行い、そちらに気をとられている隙に別方向から攻撃、 など単体よりも非常に厄介なのは間違いない。 場合によっては超能力を使わざるを得ないかもしれない。 『だが、中身のないゴーレムに効きそうな超能力といえば』 衝撃波はどうだろうか。せいぜいサイコキネシスと火炎ぐらいのものだろうか。 ワルキューレに効き目があったとしても、もし他のゴーレムと闘うはめになったとき同じ超能力が効くと断言できないではないか。 魔法には失われた虚無を含めて5つの系統があるという。とするならば水のゴーレムや火のゴーレムがいるはずである。 水のゴーレムに衝撃波や火炎が効くだろうか?火のゴーレムに効くだろうか? 「こういうときの対処方法はただひとつ。」 バビル2世はじっとギーシュを見る。視線に気づくギーシュ。 そう、こういうときは操縦者を狙えばよい。 「な、なんだい?まさか僕を狙うつもりかい?」 ギーシュもバビル2世の意図にすぐ気がつく。 だが意図を飲み込めず、この作戦がバビル2世に有効だと勘違いしてしまったギーシュは 「そうはさせない。このまま押し切る!」 バビル2世を囲んだワルキューレが錬金の力で作り出したスピアを装備する。 さらに木を背後にし、前をワルキューレで固める。攻防ともに万全だ。 「いけえ!」 4体が四方から一斉に攻撃を行う。スピアを突き出し、バビル2世を串刺しにしようとする。 残る2体は下で構えている。 仮に4体の攻撃を避けることができても、逃げ場は上しかない。 契約後、ルイズと使い魔は歩いていた。つまりフライを使えないのだ。 フライが使えない以上、空中では方向転換はできないはず。 ならば着地したところを狙えばいい。 「やった!勝ったぞ!」 勝利を確信し、叫ぶギーシュ。苦節数年、ようやく創作系SSで勝利する日が来たのだ。 だが、それは地響きと共に消え去った。 ギーシュの上に突然木が落ちて来たのだ 「な、なにごとだぁ~!?」 尻餅をつき情けない声を上げるギーシュ。 バビル2世が朝、念動力で引っこ抜いた木を念動力で倒したのである。 ギーシュにとって不運だったのはよりによってその木を背にしてしまったことか。 護衛にしておいたワルキューレは倒れてきた木でへしゃげて身体が捻じ曲がっている。 まるで潰れたゴキブリのようだ。 気づくと、囲みの中からバビル2世が出てギーシュの傍に立っていた。 ギーシュが指示を出せなくなった隙を突いての行動であった。 おまけに木が倒れてきたときにうっかり落としてしまったのだろう。薔薇の造花が地面に転がっている。 杖がなくてはメイジは魔法を扱うことはできない。もはやワルキューレはただの金属の塊に過ぎない。 「なるほど。やはり操っている人間が操縦できなくなると、ゴーレムは動かなくなるようだな。」 この距離ではたとえワルキューレを呼び戻してもバビル2世の攻撃が当たるほうがはるかに早い。 「貴族が……平民に負けるなんて………」 敗北を悟ったギーシュががっくりとうなだれる。 「僕の負けだ……」 メイジの決闘は、杖が落ちた時点で敗北が決まる。もはや抗弁などできない、完全な敗北だ。 『なるほど。操縦者ではなく杖を狙っても動きをとめることはできそうだな。』 うん、とここになってバビル2世がはじめて自分の左手の異変に気がついた。 手の甲に刻まれた紋章が、いつの間にか白い光を放っていた。 「勝者、えーっと……ミス・ヴァリエールの使い魔!」 ハゲ、いや田コルベールがギーシュの敗北宣言を受け、高らかに宣告する。 腕を広げ宣告しながら、視線は紋章を捕らえて離そうとしていない。 「うん?」 視線に気づくバビル2世。慌てて外すコルベール。 「だ、大丈夫!?」 ルイズが慌てて走り寄ってきた。そのドサクサに離れていくコルベール。 その手は、誰かに知らせるように指で○印を作っていたのだった。 「ふーむ。やはりあの左手のルーン……伝説の使い魔ガンダールヴに刻まれていたものと同じであったか。」 長い白髪、長い白髭。 遠見の鏡、と呼ばれるアイテムを通してコルベールのサインを確かめた老人がそう呟く。 トリステイン魔法学院院長。 御年200歳とも、300歳とも呼ばれる伝説のスクウェアメイジ。 曰く、寿命を克服した男。曰く、超越者。曰く、不死身のオスマン。 わざわざ教師、コルベールが決闘の立会人となっていたのは彼の指示によるものであった。 時系列は少し遡る。 決闘の前、ちょうどバビル2世が食堂でまかないを振るまわれているころである。 「い、いくぅ…」 「お、おやめください!いくでは!いくではござりませぬ!」 身体をまさぐられる女性と、胸や尻をわしづかみにする老人。 この曖昧な老人こそ、トリステイン魔法学院を指揮下に置くスクウェアメイジ、オールド・オスマンその人物である。 まさぐられている人物こそ、オスマンの秘書を務めるミス・ロングビルであった。 書類を届けるために入室しただけでうける傍若無人なセクハラ。そのためオスマンの秘書を勤め上げるのはドラゴンの逆鱗を触って 生きて帰るよりも難しいと表現される。その困難な職務を果たしているのが、このミス・ロングビルである。 「た、種ぇ」 曖昧な状態が続くオスマン。演技なのかマジなのか疑わしいのが困ったところだ。 曖昧な状態は一説に「長寿を得た魔法との引き換え」であると言われているが定かではない。本人が詳しいことを誤魔化すため である。オスマンは曖昧と覚醒を繰り返して、200年という歳月を過ごしているのだという。 通常、覚醒時間は長くて1時間。時期は冬場が多い。 そのわずかな時間のうちに、トリステイン魔法学院の全ての方針を決定するのだ。 「失礼します。」 ノックの音。好機とばかりに慌てて離れるロングビル。チッと舌打ちするオスマン。おいおい、曖昧とか嘘だろう。 入ってきたのはコルベールであった。入れ違いにそそくさと出て行くロングビル。 「先日報告した、ミス・ヴァリエールが召喚した平民の使い魔についてですが……」 「うむ、聞いておる。変わったルーンを持っていたというあれであろう?」 普通に反応するオスマン。曖昧は絶対に嘘だ! 「はい。平民ではなくエルフである、という情報もありますが。その使い魔が決闘をするらしく……」 「決闘?」 「はい。ですが、問題はそんなことよりも……」 「わかっておるよ。直接確認したいのであろう?あのガンダールヴのルーンかどうか。」 こくり、とコルベールが頷く。 「はい、今朝の報告の通りかどうか、直接この眼で見て確かめたいのです。。」 今朝、ルイズの呼び出した使い魔のルーンが気になっていたコルベールは、他の用事で調べ物をしていたときに偶然開いた 「始祖ブリミルの使い魔たち」に載っていた伝説の使い魔「ガンダールヴ」に刻まれていたというルーンを読み、度肝を抜かれた。 『これはあの使い魔に刻まれていたものと同一ではないか!?』 だがあの時はさほど注意を払っていなかったこともあり、「確かに同一である」と断言はできない。 オスマンに報告するといつになく深刻に対応されたものの、「確証がないんじゃどうしようもないのぅ」ということで終わってしまった。 「またとない機会です。直接、この目で確かめたいと考えまして…」 「ふむ。たしかに、もしあのガンダールヴと同一であるとすれば、決闘でその片鱗を見せるやも知れんな」 眼光が鋭さを増す。まるで虎のようである。 なるほど、この老人只者ではなさそうである。 以上の経緯を経て、コルベールは立会人として、オスマンは遠見の鏡を用いて、決闘を観戦することとなったのである。 コルベールの確認の合図を受け、思案するオスマン。 「ガンダールヴ、か。なにやら不吉な予感がするわい。」 このときこの老練な魔術師は、世界に迫る陰謀と恐怖の影を感じていたのだろう。 だが、ロングビルがやってくればおそらくすぐに曖昧に戻るに違いない。大丈夫なのか、魔法学院。 「なんて奴なの…」 ロングビルが呆れたように呟いた。 ロングビル、またの名を土くれのフーケ。 彼女は仮面の男の依頼を受け、バビル2世の観察を行っていた。 「馬車は持ち上げるし、闘いなれしてるみたいだし……まともにかかったらただじゃ済みそうにないわね。」 そう、昼のあの事故もフーケの仕業であった。 あえて正体がばれるかもしれない危険を冒してまであの事故を引き起こしたのは、観察というアルバイトのこともあったがそれ以上に バビル2世に興味があったからである。 なにしろここで仕事を行おうというのだ。不安材料は限りなく0にしておく必要がある。 少なくとも、障害になりうる存在の能力は把握しておく必要があった。 「できるだけ、敵に回さないようにしたほうが懸命そうね……ひい!?」 グリフィスににらまれた大臣のような反応をして後ずさるフーケ。 なぜならば、気づくとバビル2世がジッとフーケを見ていたからである。 慌てて柱の影に姿を隠し、懐から仮面の男に渡された紙片を取り出す。鮮明な絵が描かれた紙だ。 「まさか、気づかれたというの!?それとも偶然!?いったい何者なのよこいつ……」 その紙片を我々はよく知っている。なぜならばそれを我々は写真と呼ぶのだから。 『いったい何者だろうか。ぼくを観察しているのか?』 たしかにこれだけ目立ってしまえば興味を抱く人間がいても不思議ではない。むしろ自然であろう。 たとえば立会人のコルベールという教師もそうであった。 『ガンダールヴという使い魔に刻まれていた紋章か。』 自分の手を見る。光は消えたが、くっきりと紋章が刻まれている。だが先ほどの視線はこのガンダールヴを観察するものとは 少し違っていた。 『たとえるならばぼく自身の力を測っているようなかんじだったな。』 なにかこの学院で陰謀が渦巻いているのではないか。そう直感するバビルであった。 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/136.html
前へ / トップへ / 次へ 「それで、ぼくたちをつけて何が目的だい?」 思わずたじろぐキュルケとタバサ。 キュルケは曲がりなりにも軍人の家系である。 タバサはすでに実戦の経験が人並み以上にある。 それが思わず後ずさるような迫力があった。 「な、なにって……」 別にやましいことがあるわけでもないのに口ごもるキュルケ。 「ダーリンがヴァリエールなんかと出かけるから、つい後をつけちゃったのよ。やましいことなんてこれっぽっちもないわ。」 ほらこれダーリンのために買ってあげたのよ、と剣を渡してくるキュルケ。残念だがなまくらである。 どうやら金貨500で購入したらしいが、それでもけっこうぼられていたりする。 「なら、ありがたくいただくことにしよう。」 遠慮ぐらいしろ、と言いたくなるぐらいあっさり受け取るバビル2世。すでに買ってあった剣と2本まとめて腰に挿す。 「気に入っていただけて?ヴァリエールなんかが買った剣よりよっぽどいいと思わない?」 正直どっちもどっちである。が、さすがにそれを言わない程度には常識がある。 それに、なにかの役には立つだろう。 「へえ、いいものもらったじゃない…」 地の底からわきあがるような殺意に満ちた声。 いつの間にか3人の横にルイズが立っていた。 「げえっ!ルイズ!」 「よかったわね、モテモテで。剣までもらえてさ。」 全く祝福していない調子で言う。ずかずかバビルとキュルケの間に入ると、出エジプト記のように二人が後退する。 「こ、好意でくれたものなんだから、そんな風に言わなくてもいいんじゃ…」 「好意ですって?」 ギロッとルイズがバビル2世をにらみつける。正直、ヨミの3倍は怖い。 「ビッグ・ファイア、アンタ心が読めるくせにこんなこともわからないなんてヴァーッカなんじゃないの!?この淫乱乳牛ゲルマニア女は、 アクセサリーと同じ感覚でアンタを手に入れたいだけなのよ!そのための餌を「好意でくれたものなんだから」ですって?読心魔法 なんて、ビッグ・ファイアにとっては船の車輪、野原の柱みたいな無用の長物もいいところのものなのかしら!?」 「なんですって!?」 目が座るキュルケ。なに舐めた口聞いてるんだこの洗濯板、と言いたげに上から見下ろしながら反論する。 「特殊な趣味の人間にしか相手にされないような、真鍮の柱よりも凹凸のない貧弱ボディの癖によくもそんな口が叩けたわね? 処女膜に蜘蛛が巣をはりそうな境遇で脳がいかれちゃったかしら?仮にも亜人を、人扱いしないような下劣な思想のヴァリエールは 他の人間も異性を道具扱いしてるって考えてしまうのでしょうから仕方がないでしょうけど、普通の人間にとっては愛する人に 尽くしたいという思いは当然のことなのよ?それをわかっているからダーリンは快くアタシの贈り物を受け取ってくれたんじゃないの。 そんな風に自分以外の人間を道具扱いするから、代々ヴァリエール家の人間はへっぽこなのよ。この凹面胸女!」 どさっと本を落とし、拾いもせず固まるタバサ。ルイズ以外にもダメージを受ける人間がここにいた。 「……ごめん、今のなし」 「……こっちこそ、ごめんなさい。」 ダメージを受けたタバサを見てお互い頭を下げあう。 「……よく考えたら、無節操に二人から剣を受け取るビッグ・ファイアがダメなのよね!」とルイズ。 「……そうね。相手が他の女ならともかく、よりによってヴァリエールの剣とってのが気に食わないわね」とキュルケ。 一方そのころタバサは?胸が大きくなるという体操をしていた。 「じゃあここはビッグファイアに決めてもらいましょうか!」 「むむ?」 「そうよ、アンタの剣でもめてるんだから!」 ずんずんずんと左右迫るルイズとキュルケ。確信した、この二人は間違いなく仲がいい! タバサは黙々と体操を続けている。 剣はどっちもどっちだし、決め手にかけている。それにどうもこれは単純にいい剣を選べばいい、という話ではなさそうだ。 「さあ、これで決定権はビッグ・ファイアに移った!」 「アタシとヴァリエール、どちらを選ぶ!」 「答えてもらおう!」 「いざいざいざ!」 「「さあ、幻夜よ!返答やいかに!?」」 「そ、それは……」 「おい、うるせーぞ!/バカ女ども!/」 「あん?」「ぁあ?」 ヤクザが泣いて逃げ出すような形相でバビル2世は睨まれる。 「バカ…?」「女ども……?」 「ち、ちがう!ぼくじゃない!」頭の中でジャーンジャーンジャーンとドラの音が響き渡る。絶体絶命のピンチである。 「……剣。」 胸の前で拝むように掌を合わせて、押して戻してを続けていたタバサが指摘する。つーかこの状況でまだやっていたのか。 「人が寝てるところを起こしやがって……/」 「げぇっ!剣がしゃべった!?」驚愕するバビル2世。ディズニーのアニメか、この世界は。 「おでれーた!/何者だ、おめー!?/今までの使い手連中がかわいく見えるぞ!?/なんてぇ化け物だ!/ どーりで目も覚めるわけだ/」 使い手?使い手とは何だ?いや、それよりも、この剣はぼくの力を見抜いたというのか? 「それって、インテリジェンスソードじゃない?」 知性を持つ剣、インテリジェンスソード。珍しいことは珍しいが、この世界ではそれなりにありふれた存在だという。 「またあなたも変なもの買ってきたわね。」 「知らなかったのよ。こんな気色の悪いもの、すぐに返品するわ。」 どうやら人間並みの思考力をもっているらしい。となると、テレパシーは通用するのだろうか。 試しに、『おい、使い手というのはなんだ?』と送ってみる。『おでれーた!/』とすぐに返事が返ってくる。 『お前本気でなにもんだ?/今までの使い手でこんなことができたやつはいねーぞ!?/』 『いいから質問に答えろ。』 『それはまだ言えねーな。/オレが認めたら、教えてやってもいいけどよ/』 『そうか。別に黙っていてもいい。無理矢理心の中を読んでやるだけだ。』 『ちょ、ちょっと待った!/』 慌てて読心を静止してくる。 『そんなことまでできるのか、おめー!?/わかった、わかったよ!/説明してやるから耳かっぽじって聞きな/』 『隠しているようなら、へし折って塩水に漬けるぞ』 『……説明させてください/』 剣の説明によると…。 名をデルフリンガーと言い、6000年前に作られた由緒正しい剣である。 かつてガンダールヴと呼ばれた虚無の使い魔が使っていた伝説の剣であるらしい。 もっとも6000年間のことはほとんど忘れてしまっているとのことで、 『塩水に漬けるぞ』 と脅されても、『いや、マジで覚えてないんだって!/ちょ、信じて!/』と繰り返すのみであった。 まあ、知りたいことには答えたのでよしとしよう。 『つまり、ぼくはガンダールヴで、ガンダールヴを呼び出した魔法使いは』 『ああ、虚無の魔法使いだってことだ。/あのお嬢ちゃんがそうだってのかい?/おでれーた!/』 『で、ガンダールヴというのは』 『異世界から召喚されてるのは間違いないな。/おれっちもよくわかんねーけどよ。/で、そのルーンの力で、あらゆる武器を使いこなすこ とができるってわけだ。/別名神の左手、あるいは盾。/』 『虚無の魔法というのはどうやれば身につくんだ?』 いままでルイズは爆発こそ起こすことができるが、それ以外は全く駄目である。 考えるに、虚無の魔法を取得するにはなにか特別な方法が必要なのではないだろうか? それはサッカー選手になるのにいくらバットを振っても無理なように、他の4系統と異なり特別な手段を要するのではないだろうか? 『爆発は初期の虚無の魔法だな。/独学で爆発させてるのかい?/おでれーた!/』 なんでも虚無の魔法は、たとえば爆発、幻影、記憶の消失などの効果を持つらしい。もっともこれはごく初段階の魔法であるらしい。 呪文詠唱の長さで威力が決まるが、途中でやめても比例してそれなりの威力は出る。 全て詠唱するにはかなり時間がかかるらしい。 『他の4系統とペンタゴンを組むといえば組むし、こいつ一つで対になっている、とも言えるな。/』 『どうしても覚えたきゃ始祖の祈祷書でも読むんだな』と言うとデルフリンガーは『もう休むぜ、相棒』と眠ってしまった。 剣でも眠るのか、と妙な感心をしていると、 「どうしたのよ?ぼーっとして」とルイズが聞いてきた。 「いや、剣を決めたんだ。」 と言ってデルフリンガーを出すと、ルイズの目が輝き、キュルケはなんともいえない表情をした。 「どうせならしゃべる剣のほうがおもしろいからね。」 今後、この世界や虚無について聞き出すのもそうだが、いつの間にか相棒にされていたからにはしかたがない。 なによりこの世界で3つのしもべのような存在を手に入れたことが大きかった。 『3つのしもべか……』 ロデム、ロプロス、そしてポセイドン。 いったいどこにいるのだろうか?この世界にいるのか、元の世界にいるのか、それすらもわかっていない。 『とにかくここが異世界だということがこれではっきりした。そして虚無の魔法使いであるルイズが僕を呼び出した。』 ルイズを見つめると、なぜか顔を赤くして横を向いてしまった。そして、 「さ、帰るわよ!」袖を掴み、馬まで引きずられた。 『呼び出した以上、ルイズならばぼくを帰すことができるかもしれない。それにはまず始祖の祈祷書とやらを手に入れる必要がありそうだな。』 そのころ、ガリア王国ラグドリアン湖――― タバサことシャルロットの母親が幽閉される屋敷が傍立つ広大な湖。 その湖の様子が変わった。 魚が突然暴れだし、次々岸に乗り上げて、死んでいく。 まるでレミングスの集団自殺である。 湖の色が中心から茶色くにごりだし、たちまち全体に広がっていく。 泡がぼこぼこと湧き上がる。地震のように湖面が揺れだし、小波が徐々に大きくなって、普段では届かぬような岩を洗いだす。 突然、盛り上がる水面。 暗闇の中、巨大ななにかが湖面へ浮上したのだ。 目が妖しく輝く。なにかと連絡をとっているかのように明滅を繰り返す。 やがて北へ移動し浜へ上陸すると、その異形があらわになった。 20メイルを超す巨人。いや、30メイル近い。 全身に亀の手のような貝がびっしりこびりつき、あるいは藻が生えている。まるで海坊主だ。 それは行く手をさえぎる樹木を意に介せずなぎ倒し、やがて地平線の彼方へと消えた。 残念なことに、この光景を見ていたのは気を病んでいたタバサの母親だけであった。 だが、後に残る巨大な足跡と、なぎ倒された木は周辺住民の間にあっという間に伝わり、ラグドリアン湖の怪物―ラグッシーーとして 後の世で村おこしに使われたのは言うまでもない。 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/274.html
前へ / トップへ / 次へ ルイズは泣いていた。 悲しくて泣いていたのではない。悔しくて泣いていた。 フーケを捕まえるときに役に立たず、基地攻撃も破壊の杖に頼ったぐらいである。 メイジだ、貴族だ、主だといいながら、自分は何もしていない。 おまけに使い魔は自分たちを脱出させて残るというのだ。 ここに来たのもわざわざ自分で言い出したことなのに…… すこし時間を遡って、ルイズたちがロプロスの背中に乗ってしばらくたった時点。 ようやく落ち着いたルイズが、まだ顔は青いものの威厳を正してバビル2世を詰問していた。 「で、その、……ビッグ・ファイアは別の世界から来たっていうの?」 その通りだと頷くバビル2世。あの魔法ではない謎の力。そしてビッグ・ファイアの命令で自由自在に動く怪物たち。たしかに 同じ世界の人間だといわれるよりも、別の世界の人間だと言われたほうが納得はできる。 眼下にはすでにトリステイン魔法学院が見えている。馬車で4時間近くかかった道のりが、ものの30分足らずだ。 ルイズはあまりの高さに目がくらみそうになる。あの広い魔法学院がようやくそれとなんとかわかる程度の大きさにしか見えない。 「じゃ、じゃあ、ビッグ・ファイアは以前いた世界のメイジなの?」 こんな使い魔を、それも3匹も自由自在に操っているのだ。(もっとも一体はゴーレムに見えないこともないが。) 世界には階級が存在し、魔法が存在しているのが当然という常識の元に生きているルイズたちにとっては当然の質問であった。 「いや、ぼくはメイジじゃない。そもそもぼくたちの世界には魔法使いはいないし、貴族のいる国のほうが少ないぐらいだ。」 目を丸くして驚く3人。 「じゃあ、全員、ダーリンみたいにこの…ちょうのうりょく?ってのが使えるのかしら?」 「ほとんどの人間が使えないよ。使える人間もいることはいるけど、普段は隠して生きている。」 腑に落ちない顔をする2人。彼女たちにとって力を行使できるものがそれを隠しているということは理解できないのだろう。 だが、バビル2世が簡単に世界情勢、歴史、文化等を説明すると、元々頭のよい3人は素直に理解した。 「つまり平民しかいなくて、かがくっていうのが発展していて…」 「じゃあビッグ・ファイアが超能力を使えるのはなぜ?」 素直に疑問を口にするルイズ。バビル2世は語りだした、自分の境遇を。 ある日両親と別れ、バビルの塔に連れて行かれたこと。バビル1世の境遇。ヨミとの出会いから戦い。101と呼ばれた日々…… そしてヨミとの最後の決戦となった北極での戦い、といった全てのことを。 「じゃ、じゃあ、わたしに召喚されたときに私たちをメイジだって知っていたのは!?」 気になっていた質問をぶつけてみる。そうだ、ビッグ・ファイアははじめからこの世界の住人であるかのような振る舞いであった。 自分をメイジと呼んだあれはなんだったのか? 「まさか……」 「そうだ。前に説明したろう。ぼくは心を読むことができる、と。」 ぞっと背中を氷の舌で舐められたような気分になった。 目の前にいるこの少年は、突然全く違う世界に連れてこられながら、はじめからその世界の住人であるように振舞ったというのだ。 それをただの人間が言えば笑い飛ばされるか気が狂ったと思われるあろう。だが、怪物を操り、恐ろしい力を使う人間が言えば、 誰が笑い飛ばすことなどできようか。 だが、恐れる以上にルイズはこの少年に奇妙な親近感を抱いていた。 聞けば元いた世界でも、少年は孤独であったという。 異常な力を突然与えられ、ただ一人強大な敵と戦い続ける。ようやくその敵を倒したと思ったら、こんどは全く見知らぬ世界に飛ば された。少年には常に孤独という言葉が傍にあった。両親を捨て、友を捨て、ある意味で戦うということに逃避していた。 ルイズもベクトルは真逆ではあるが孤独であった。 皆が使えるはずの力、魔法を使うことができず、貴族の家に生まれた落ちこぼれとして生きてきた。家族に見捨てられ、友達と呼べる ものはおらず、増大し続ける「自分はメイジなのだ、貴族なのだ」というプライドへある意味で逃避していた。 そうだ、逃避だ。自分が魔法を使えないと言う現実から目を背け、貴族の家に生まれたのだからいつか使えるようになるはず、という 自分を一切客観視していない妄想へと逃避していた。 だがそれはしかたのないことでもあった。メイジの家に生まれた以上使えて当然という妄執に取り付かれ孤独に陥るのは当然なのだ。 ただしルイズには理解者がいた。逃げ場があった。 はたしてこの少年には逃げ場があったのだろうか、とルイズは思う。 前の世界ではどうかわからない。だが、少なくともこちらの世界では逃げ場などなかっただろう。 主であるというだけで理不尽に虐待を加える自分、全く生活環境や習慣の違う世界。どう考えても逃げ場などない。 いつの間にかルイズはこう考え出していた。この少年の孤独を和らげたい。契約を結んだ以上それがせめてもの償いではないか、と。 「ダーリン……どう言っていいのかわからないけど、この世界にはアタシがいるわ。だから決して孤独じゃないわ。」 ぎゅっとバビル2世を抱きしめるキュルケ。普通に先を越されるルイズであった。 ルイズがドカッとバビル2世に蹴りを入れる。 「なにデレデレしてんのよ!そんなことより、はやくミス・ロングビル……いやフーケを学院にまで運ばないと…」 チラッとフーケのほうを見る。落ちないようにロデムが拘束具のようになって固定している。 「いや、まだやらないといけないことがあるんだ。」 バビル2世が指示をすると、ロプロスが大地に舞い降りる。そして全員に降りるように促す。 「これから、ヨミの基地を叩きに行く。」 かっと目を見開いて、先ほど死闘を演じた小屋の方向を向き言い放つ。 「ヨミって、さっきビッグ・ファイアの話に出ていた男!?」 「でも、そのヨミって男は、ダーリンが倒したって…」 そうだ、北極とやらで最後の決戦を行い、氷の海の底に沈めたと確かに聞いた。 「いや、ヨミは生きているようだ。そしてどうやったのか知らないが、この世界に来ている。」 確信を持って言い放つバビル2世。その瞳はハルケギニアのどこかにいるヨミを捕らえているのか、燃えるように赤く輝いている。 「……あ。」 タバサが何かに気づいて小さく声を上げる。 「……ジャキ。」 「そうだ、ジャキだ。ぼくは布で包まれているときにあの男の心を読んで、たとえ殺しても火をかけて完全に燃やしでもしない限り、 再生し復活する不死身の肉体の持ち主であるということを。だからこそ放っておけばあの男は蘇る。どうやら再生に要する時間は 3時間あまり。今からいけばちょうど復活したころに間に合うだろう。そして後を尾行けていけば、基地まで案内をしてくれるはずだ。」 ぽかーんと口を開けてバビル2世を見るルイズ。あの短い間にそこまで考えていたのか。それでタバサの要求を断ったのにも 合点が行った。いったいどれだけの修羅場をビッグ・ファイアは潜り抜けて来たのだろう。 それにしても、なぜタバサはジャキという男のことを知っていたのか?それだけが気になった。 「万一のことを考えて、連れて行くのはロデムだけにする。ロデムはなぜかヨミに抵抗があるらしく、そう簡単には操られないからな。」 つまりビッグ・ファイアはただ一人敵の基地に乗り込んでいくつもりなのだ。 いつも、そうしてきたように。 このままこの世界でもビッグ・ファイアは孤独なままなのだろうか。いけない、そんなことはさせない。させはしない。 気づくと、ルイズは叫んでいた。 「わ、私も行くわ!」 ロデムが、何事かと、ビクッと顔を上げた。 「もう一度言うわよ!私も行くわ!」 どうだ聞こえたかと言わんばかりに胸を張るルイズ。一瞬何が起こったか理解できていなかったバビル2世がようやく正気を取り戻す。 「ルイズ!アンタなにかんがえてるのよ!」 キュルケが肩をつかんで強制的に自分のほうを向かせて怒鳴りつける。 「さっき、ダーリンがヨミってのはとんでもなく危険な一味だって説明してたじゃないの!だいたい、ダーリンにも行って欲しくないのよ」 そしてしなを作ってバビル2世のほうを向き、 「ねえ、ダーリン。そんな危ないことは王宮の兵隊に任せればいいじゃないの。トリステインの魔法衛士隊は強力だって言うし。 ね?」 「いや、たぶん無理だろう。」 目を瞑り、首を横に振る。 「いかに強力でも、ヨミのことだ。そういった部隊がいることは事前に調査しておいて、対策を練っているに違いない。下手をすると 返り討ちにあって全滅するかもしれない。ここはまだ迎撃準備が完全に整わないうちに進入して、自爆させるしか方法はない。」 その目の真剣さから、おそらく真実を言っているのだろうと判断したキュルケが引き下がる。バビル2世はルイズのほうへ向き直り、 「だから連れて行く事はできない。ルイズたちは安全な場所に避難してくれ。」 「嫌よ!」 あっさり拒絶された。 「他の2人と違って私はトリステインの人間よ!おまけにメイジ!つまりこの国にはひとかたならぬ恩を代々受けている身!侵略 しようと企む連中をそのまま放置しておくなんて、私にはできないわ!」 あくまで敵を倒すことが目的で、別にビッグ・ファイアが心配でついて行くんじゃないと強調し、 「せめて一太刀あびせてやらないと気がすまないの!私は貴族よ。魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃないわ!」 ビシッと効果音も決まって杖をバビルに突きつける。よく考えたら先ほどの決意と矛盾している台詞を吐いているが気にしない。 「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」 「ついてきたいならきてもいいが……」 困ったように思案していたバビル2世がようやく口を開いた。 「ぼくは万一のことを考えて、ロデムと一緒に走って行くって言ったと思うが、どうやってついてくる気なんだい?」 「………。」 「考えてなかったみたいだな。」 呆れ顔で言うバビル2世。たしかについていく手段がなければどうしようもない。 しばらく唸り声を上げていたルイズが、はっと気づいて 「なら私がロデムに掴まっていけばいいんじゃないの!」 よろしくね、ロデムと黒豹を撫でる。どうしたものかとロデムはされるがままにしている。甘えているようにも見える。 「ビッグ・ファイアは私の使い魔!使い魔のしもべってことは、私のしもべも同然よね!何か文句がある!?」 ふふん、と腕を組んで鼻息も荒く宣言するルイズ。勝った!どうだ、一部の隙もない理論だ! 「……わ、わかった。連れて行くよ。でも、こっちの指示に従ってもらうこと、わかったね?」 噛んで含めるように言う。不安だがしょうがない。紋章の強制力というのはたいしたものだ。 「というわけでルイズはぼくと行くことになったから二人は…」 「アタシも行くわ!」 「……。」 どーんと背後に東宝のオープニングのような波を背負って宣言するキュルケ。横で頷くタバサ。 「げえっ!」 「あんた一人じゃ、ダーリンが危険じゃないの。ねえ、ゼロのルイズ」 「どうしてよ?」 「いざ、あなたが一人でいるところを見つかったら魔法の使えないあなたは捕まるに決まってるでしょ?人質にされたら、ダーリンが 身動き取れなくなっちゃうじゃないの。しょうでしょう?」 「ふ、ふん。そうなったときはわたしの魔法でなんとかしてみせるわ!」 「だから使えないんでしょ!」 二人はこの期に及んで火花を散らし始めた。しかたがないのでものすごく軽くエネルギー衝撃波を食らわせる。 しばらくして立ち直った2人がいっせいにタバサに視線を向けた。 「で、どうしてタバサは行くつもりなの?」 「そういえば、あのジャキって変な男を知っていたわね。」 「……仇。」 「仇?」 「そう、仇。」 あいかわらずボーっとしているタバサ。だが目にはいつも以上に真剣な光が宿っている。 「何か良くわからないけど、因縁があるのね?まあよいわ。どうせあなたの風竜を借りなきゃついていけないんだし。」 まさか風竜まで警戒されてないわよね?とバビル2世に聞くキュルケ。それでも、万一を考えて基地の死角で待機させておくべき だろう。 「シンメトリカル・ドッキング…」 風竜、と連呼していてなぜかタバサがそう呟いた。だが誰も「それは風龍だ!」とは突っ込めなかった。知らなかったからだ。 緑の彼の笑顔が大空で決めていた。 「な、なによ……あれ……」 バビル2世は先行してジャキを追いかけた。やがて指令があったのだろう、ルイズを乗せてロデムが駆け出した。 そのあまりの速さに今晩の下着は自分で洗う覚悟を決めたルイズであったが、シルフィードが途中でばてたらしく、ロデムが全員を 乗せてくれることになり止まったので、その間に心配をなくしておいた。 わずか1時間足らずで目的地に着くと、目に飛び込んできたのは要塞と化した岩山であった。洞窟が規則的に開き、その中から 武器らしいものが顔を覗かせている。まるであれは破壊のつ… 「ちょっとみんなはここで待っていてくれ。」 バビル2世が移動したため、考えを中断する。見ると岩に取り付けられた妙なものに近づいていく。 それにどこで捕まえたのか、ネズミを解放した。ネズミは岩山のほうへ素直に進んでいく。 そしてある地点まで行くと一瞬で焼け焦げて消えた。 バッと光があちこちから集まってきて、投げつけたあたりを照らしだす。 そして妙な格好をした軍人らしい集団がやってきて、周囲を警戒し始めた。 「どうやらまたネズミかウサギが通ったらしいな。見ろ、足跡がついている。」 たしかに、ネズミの足跡が地面についていた。それを確認して、顎の辺りを弄った。そして 「こちら警備チームK。どうやら、また動物が罠にかかっただけのようだ。」と独り言を話し出す。まるで誰かと会話をしているようだ。 「こちらで死体を見つけました。」黒焦げになった死体を指差して、中の一人が言う。 「ああ、死体も見つかった。間違いないだろう。」 さあ帰るぞ、と促す先ほどの独り言男。だが、その足が止まる。 「げ、げぇっ!」 バビル2世が目の前に立っていた。 すぐさま妙なものを向ける軍人たち。だが、バビル2世の目が妖しく輝くと、痴呆のようになってそれを下に降ろしてしまった。 そしてようやくこっちに来てもいいと呼ぶバビル2世の指示に従い、ルイズたちは走った。 「な、なによ、これ?どうなってるの?なにをしたの?」 「催眠術だ。」さらっと答えるバビル2世。 「こいつらにぼくの念波で催眠術をかけて操っているんだ。さあ、異常はないと伝えろ。」 先ほどの独り言軍人が、指示に素直に従う。 「こちら、チームKリーダー…」 『どうした、なにか叫んでいたが?』 「足元をネズミが走ったので、おもわずびっくりしたんだ。これから戻る。」 よく聞くと、男の耳辺りから声が出ている。おそらく声を伝え会話するマジックアイテムのようなものなのだろう。 まるでゾンビのようになった軍人たちに囲まれて、バビルたちは歩き出す。 だが、入り口に来たところで別の門番らしい男たちに見つかった。 「おい、どうしたんだ。なにか様子が変だぞ。それに後ろの連中は誰だ?」 だが、あっという間にバビル2世の手にかかって、同じように操られて素直に門を開けてしまう。 「こうやってまさか正面から入ってくるとは想定していなかったみたいだな。」 それはまさに別世界であった。 内部は外とは違い、涼しく快適である。いったいどんな魔法を使っているのだ。 廊下は昼のように明るく、ランプなど一切ない。代わりにけいこうとうなるものが照らしている。 床も壁もピカピカで、王宮が安っぽく見えるようなつくりだ。 キュルケもタバサも感心したように辺りを見回している。 「じゃあ、ここでいったん別れよう。ロデムは3人を護衛してくれ。ルイズたちには頼みがあるんだが、おそらくこの基地には自爆装置が あるはずなんだ。そこをロデムと協力して見つけて、爆弾を仕掛けて欲しいんだ。爆弾はぼくが見つけてくる。」 それと、と言って、ロデムの身体の中から破壊の杖をとって渡してくるビッグ・ファイア。 「これの使い方はロデムが知っている。爆弾をセットしたら動力炉を見つけて、それにこれを使ってくれ。」 あとは地上に脱出してくれ、と言い残して駆け出すビッグ・ファイア。速い。目にも止まらぬとはこのことだ。メイジの魔法など何十発 はなっても、一発も当たらないだろう。そもそも当たる前に気絶させられる。 「と、とりあえずどうしよう……」 残された3人は途方にくれていた。 まあ、はじめからバビル2世は連れてくる気などなかったからしかたがないのだが、完全放置プレイだ。 なぜかキュルケは嬉しそうだった。新しい悦びでも見つけたのだろうか。タバサが微妙に間を空けている。 「とりあえず、ロデムについていくしかないんじゃないかしら?」 着いて来いと言いたげにこっちを向いているロデム。タバサはすたすた後を歩き出した。 「仕方がないわね。行きましょ。」 完全にお客さん状態の3人であった。ちなみにキュルケは「そうね、そっち系はまだ未経験ね」とかぶつぶつ言っていた。怖い。 ルイズは泣いていた。 悲しくて泣いていたのではない。悔しくて泣いていた。 結局最後まで自分たちはお荷物だった。 そりゃあ、たしかに破壊の杖は使った。どうりょくろ、なるものは一撃で吹っ飛んだ。 あとはこんぴゅーたーなるものを皆で破壊した。熱に弱いらしくキュルケが大活躍だったし、自分も失敗はしたが、偶然爆発のおかげで いろんなものが吹っ飛んだ。結果的にいいので、よしとしておこう。 だがその後がよくなかった。「脱出しろ」と言われていたのに、「ここまで来てボスの顔も見ずに帰るなんてできないわ!」と、後を 追いかけて降りてきたせいで捕まってしまったのだ。キュルケはおそらくそれ見たことかなどと思っているだろう。 あとは…説明不要だ。今の自分は脱出用なる小さな部屋に押し込められた。 身体が重くなったような妙な感覚。やがて入り口が開くと、そこは岩山近くの高台だった。 あの一瞬でこんなところへ移動していたのだ。 結局、自分は何もできなかった。孤独を癒すことも、戦うことも、魔法も。 ボタンが小部屋にはついていたが、それは一つしかない。脱出用なので、戻るものは不必要なのだろう。 外に出て、辺りを見回す。横には階段らしきものが見える穴が開いている。 「……わたし、戻る。」 同じようにうなだれているキュルケと、なんとなく気分が悪そうなタバサがこちらへ振り返る。 「ここに階段があるもの。ここからなら降りられる、そうでしょ?」 じっと穴を見る2人。中には螺旋階段が広がっている。中心部は空洞になっているらしい。 「そうね。ここからなら降りられるわ。」 ただ、問題があった。それは… 「でも歩いて降りたんじゃ、間に合わない…っ!」 今ほど魔法が使えないことを恨めしく思ったことはない。フライも、レビテーションも使えないことが、ここにきて足枷になるとは。 だが、次の瞬間肩をたたかれた。 「大丈夫。」 タバサだ。 「私たちが抱えていれば、使えなくても充分でしょ?」 そしてキュルケだ。ふふんと誇らしげに笑っている。 そう、役者は揃ったのだ。 投げつけられたのは手裏剣であった。 クナイである。 それを間一髪避けるバビル2世。だが構わず四方八方にジャキはクナイを投げ飛ばす。 「なんのつもりだ!?」 見るとクナイには何かが取り付けられている。それは… 「そうだ、ダイナマイトだ。」 「なに!?」 火はついていないが、何十本ものダイナマイトが部屋にばら撒かれたのだ。 「天井を見ろ。先ほどからの爆発で、すでに崩壊寸前だ。もし念動力でも使えばおぬしも生き埋めだ。」 天井から砂となってコンクリートが落ちてくる。地響きが唸りをあげて、建物全体が鳴動している。 「地下600mで生き埋めになれば、いかにおぬしといえども助かるまい。」 「くっ!」 たしかにその通りだ。1週間、2週間は持つだろうが、これを掘り返そうにもここまで掘るには2、3週間では間に合わない。 「そして、ダイナマイトで火炎放射は封じた。あとはエネルギー衝撃波だが……」 刀を振るうジャキ。近くのパイプが切れて、中から液体が噴出してくる。 「げぇっ!この臭いは!」 鼻奥を刺激臭が貫いた。 「そうだ、ガソリンだ。ガソリンは知っての通り気化しやすい。下手にエネルギー衝撃波を使えば、火花で引火し黒こげだ。おまけに ダイナマイトに火がつき、おぬしはわしもろとも地下600mに生き埋めだ。」 フフフ、と笑うジャキ。 「これでおぬしの武器はなくなった。あの飛び道具も金属製である以上、刀で受ければ火花が出るため使えまい。さあ、大人しく わしの刀の餌食となれ!」 ガソリンが床一面に広がっている。その中をまっすぐに進むジャキ。ジャキ得意の相打ち戦法だ。 追い詰められるバビル2世。もはやジャギの間合いに入るというところで、 「ふっふっふっ」 バビル2世は不適に笑った。 「ジャキ、素手のぼくになら勝てると思ったか?」 「なに!?」 「ぼくにはまだ、超人的な身体能力が残っていることを忘れたか!」 勢いをつけて、ジャキに突っ込むバビル2世。 拳がジャキの身体を貫いた! だが、 「うわぁ!」 ジャキの体が風船のように破裂した。中から糸のように細く長い布が何百何千と噴出した。 布はザーッと広がっていく。 「こ、これは!?」 布から逃げようとするバビル2世。だが一瞬早く布が足に絡まり、転げる。 「うっ、うわあ!」 布が全身に絡まる。布砦同様かと思うとさにあらじ、布は手の指をすり抜け、喉に食い込み、全身を締め付ける。 首は搾られ、関節は逆方向に捻られ、手足は曲がらぬ方向へ曲げられていく。 その様子を、刀を抜いた場所から一歩も動かず見ているジャキ。 「忍法、奥義蜘蛛乃巣城!」 びちゃびちゃとガソリンを踏みながら歩くジャキ。 「どうだ、精神集中をすることもできないだろう。」 糸目が片方見開かれる。懐に手を入れる。 「このまま、刀で刺し殺しても構わないのだが。それだけでは何が起こるかわからぬからな。」 懐から取り出したのはライターであった。 「わしもろとも、地下600mで焼け焦げて埋まってもらおう。火葬と埋葬の手間が省けてちょうどよいではないか。」 そして、ライターを開こうとした瞬間―― 「そこまでよ!」 勢いよく非常階段のドアを開けて、ルイズたちが入ってきた。そして何かを投げつけた。 「くらいやがれってんだベラボウメ!」 「ぐわあ!」 デルフリンガーだ。デルフリンガーはジャキの手を切り裂き、バビル2世に当たる。ジャキの指からライターがこぼれ、飛んでいって しまう。 「オデレータ!なんだこりゃ!?ぐるぐるまきじゃねーか、相棒。」 ぶちぶちぶち、と布の切れる音。そして布の中から腕が飛び出し、落下寸前のデルフリンガーを掴む。 「あいつらがオレをすっかり忘れてやがるからよ!もってけ、おまえらよりも戦闘経験多い分役に立つぜって言ってやったんだ。 フーケのときから馬車に乗っかってたのに、ようやく出番って酷くないか?」 饒舌にしゃべるデルフリンガー。ジャキはきょろきょろとライターを探している。 「あった!」 隅に転がっているのを見つけたジャキ。その背後から、 「動かないで!」 と制止する声。 「動けば、攻撃するわ!」 キュルケだ。だが、 「フッフフ、できるものならやってみろ。」 「よすんだ、キュルケ!」 「油…」 タバサが床を占める液体を示す。 「そうだ。その上、火を直接当てなくても引火する特殊な油だ。火を使えば、5人まとめてバーベキューだ。」 勝ち誇ったように嗤うジャキ。 「さあ、バビル2世。ヨミ様の約束を破るが、一度は見逃したものが帰ってきた以上覚悟してもらおう。地下で5人仲良く眠ろうでは ないか!」 ジャキの指が動く。 そのとき――― 「ぐわあ!?」 ジャキの手が爆発した。 「あ、当たった…」 ルイズが杖をジャキに向けている。魔法を使ったが、失敗したのだ。 バビル2世が、その瞬間には跳んでいた。ジャキの腹にデルフリンガーの柄を叩き込む。ジャキの身体が崩れ落ちた。 「な、何故だ!?何故、爆発したのに火がつかない!?」 息も絶え絶えに叫ぶジャキ。ライターを握っていた右手は吹っ飛んでいる。 「ちょっと!アンタ、聞いてなかったの!?油があるのよ!」 「で、でも引火しなかったじゃない!」 「油に当たらなかったからよ!ラッキーなだけよ!今頃本当ならみんな黒こげよ!」 「結果的によかったんだからいいじゃない!」 ぎゃあぎゃあと騒ぐ3人。さっきまでの雰囲気はどこへ行ったのか。まあ、怒って当然だが。 「なぜだ、なぜ引火しない…」 「おそらく。」 ルイズのほうをちらっと見るバビル2世。 「純粋な爆発だからだろう。火薬を触媒にするとかいうものではなく、純粋な爆発なんだろう。だから引火しなかったとしか考えられ ない。あるいは超高温の爆発でプラズマ状態になり、周囲の原子が分解されてガソリンじゃなくなったのかもしれないな。」 なぜ爆発しても引火しなかったのか。ひょっとするとこれが虚無の魔法なのだろうか? 理屈はわからないが、ガソリンの上で爆発させても引火しない魔法、というのがわかっただけでも充分だろう。 もっとも、本当に引火しないのかはわからない。ただの偶然かもしれない。 「仇。」 タバサがジャキの傍による。 「フフフ、ようやく思い出したぞ。たしかガリアという国にいた娘だな。あのとき他の連中が身体を張って守っていた娘か。あの連中の 仇討ちということか。」 ガリア北花壇警護騎士団。タバサが所属する公式には存在しない騎士団。かつて、王はメイジ殺しとしてガリアを荒らしまわっていた ジャキの討伐に、殺されることを目的として送り込んだことがある。そのとき、偶然にもオルレアン公を慕っていたものたちが察知し、 タバサをかばい全滅したことがあった。そのことを仇と呼んでいたのだ。 最優先すべき仇ではない。しかし、両親につき従う家臣を皆殺しにしたことは、タバサにとっては紛れもなく許しがたいことであった。 それ以来、ジャキのことを調べ、焼き尽くせばよいということを知っていたのである。 「もうこうなっては焼き殺されるだけだろうな。敵はバビル2世が取ったというわけだ。」 だが…とジャキが目を見開いた。 「おぬしらはわしの道連れだ!」 いつの間にか、落としたライターを無事な手で拾っていたのだ。 「しまった!」 「ヨミ様、あとは頼みます!」 バビル2世は一切ジャキのほうを見ず、タバサを脇に抱えて非常階段入り口へ走った。 途中、ん?とジャキの声で振り向いた2人を捕まえて、キュルケを脇に、ルイズを肩にかついで駆け抜けた。 ライターに火がつく。 ごうっと渦を描いて炎が広がり、あっという間にダイナマイトに引火して爆発する。 バビル2世は螺旋階段をジグザグと斜めに跳んで昇っていく。 爆発で階段が捻じ曲がり、業火が下から吹き上がってくる。 地下基地を焼きつくしながら、炎はバビル2世を追いかける。 そして魔手でバビル2世の足を掴もうとした瞬間――― 「ロデム!!」 バビル2世が叫んだ。 ロデムがロープのようになり垂れ下がってきていたのだ。 それを掴むと、ゴムのように一気にバビル2世の身体を引き上げた。 出口から飛び出て、遠く駆け逃げる。炎が出口から吹き上がった。 「きゅる?」 様子がただならぬためか、場所をここまで移動していたシルフィードに飛び乗る。シルフィードは待ってましたとばかりに飛び上がった。 そして、大地が沈むような轟音と共に、光の玉が岩山を砕いて、きのこ雲がわきあがった。 「対トリステイン攻略用基地『SBC』の爆発を確認!」 「基地で働いていた人間は7割が脱出。残りは不明!」 「不死身のジャキ、行方不明!基地司令官ゲイフは残る人間を救助に向かったまま連絡不能!」 「おそらく2人とも生きてはおるまい…」 ヨミが苦みばしった表情で立ち上がる。 「バビル2世の生存不明!」 「基地の爆発の影響で近隣に騒ぎが起こっています!」 「ヨミ様、爆発の影響で電磁波が発生し、国境付近基地のシールドをしていないコンピューターが壊れました!」 「ヨミ様!」 「恐れていた事態が現実となりましたな。」モニターの中の一人。白髪の老人が言う。 「あっという間に我らの基地に攻め入り、完全に破壊してしまうとは…想像以上です。」 ヨミの傍に、先ほど到着したばかりの白仮面が資料を携えて立っていた。 「その通りだ。これで諸君もバビル2世がいかに危険な存在であるか、理解していただけたと思う。」 ヨミにとっては経験済みだが、ここにいる大部分の人間はバビル2世を目の当たりにするのははじめてである。おそらくかなりのショック だったはずだ。だが、逆にこれにより組織の引き締めをヨミははかった。 「今までのように油断をしていてはやられる、ということだ。以降、我々はバビル2世の抹殺を作戦の機軸にする!よいか、バビル2世 さえ倒せば、この世界は我々のものだ!」 ウオー!と歓声が上がる。ヨミの演説により、恐怖心はあっという間に吹き飛んだ。 「呂尚!」 先ほどの老人を呼ぶ。 「呂尚はA作戦に参加し、バビル2世に備えよ!A作戦はバビル2世のおびき出しと抹殺を加え、人員を拡大する!全員、心せよ!」 ロプロスの上に、バビルたちは乗っていた。 軽い火傷こそ負ったものの、全員無事である。即座に飛んできたロプロスにシルフィードが捉まり、そのまま急上昇して事なきを 得たのだった。さすが主人公補正である。 誰一人として口を聞くものはいない。あまりにも激動の一日であった。 空には月が二つ。すでに時間は真夜中である。 「ルイズ。キュルケ。タバサ。」 とようやく初めてバビル2世が口を開けた。 「わかったと思うが、ぼくはああいう戦いを続けてきたし、これからも行っていかなければならない。それがヨミの野望を砕くための 唯一の方法だからだ。」 ルイズは顔を下に向け座ったまま何も言わない。ショックがよほど大きかったのだろう。 「だから、ぼくはこのままヨミを追って行こうと思う。使い魔としては失格だが、新しい使い魔を呼び出して、それと契約をして欲しい。」 頭を下げるバビル2世。はたしてそんなことができるのか知らない。だが、もはやそれしか方法はないだろう。これ以上ルイズたちを 戦いに巻き込むわけにはいかないのだから。 ルイズが、立ち上がった。 「だが、断る。」 スレを間違えたような返答であった。 「一度呼び出した使い魔は変更できないのよ!それに、使い魔の世話は主人の責任!きちんと呼び出した以上、きっちりとるわ! だいたい、世界征服されそうなのにほっとけるわけないでしょう!」 そして大きく息を吸い込んで、叫んだ。 「ご主人様の命令につべこべ言わない!罰として朝食抜き!」 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/83.html
前へ / トップへ / 次へ 敷地に入るときょろきょろしながら歩くルイズの姿を見つけた。 何故こんなところにいるのだろうかと思い、声をかけると、 「使い魔のくせに主人を置いてどこ言ってたのよ!」 と怒られた。どうもバビル2世を探してここまで来たようだ。 「罰として昼食は抜き!」 と自分の空腹をバビル2世にぶつけるルイズ。もっともバビル2世はあんな朝食を見た後なので、あまり罰には感じなかったのだが。 ルイズに連れられて教室へ向かう。 教室は石造りの、古いイギリスの大学のような階段教室である。石の一つ一つに歴史が刻まれているような風格ある部屋で、 なるほど魔法使いを教育するにふさわしい。 2人が中に入ると教室のあちこちから、 「おい、ゼロのルイズが召喚したのは平民じゃなかったらしいぜ」 「エルフらしいじゃないか」 「エルフっていうと臭作の?」 「というかエルフって金髪で耳がとがってるんじゃないのか?」 などという会話が始まった。あの二人が言いふらしたのか(タバサという少女は言いふらすような雰囲気はなかったが)誰かが 偶然話を聞いていたのか、バビル2世がエルフであるという誤解は教室中に広まっているようであった。 ゼロと呼ばれるルイズにはある意味心地よいのだろう。その中を颯爽と歩き、席に着く。隣にはキュルケとシャル……いやタバサが 座っている。 「さて、ぼくはどこに座るべきだろうか?」 朝の調子だと、普通に席に着けばまた一騒動起こりかねない。ここは素直に…。 童話やゲームの中に出てきそうな使い魔が並んでいるところへ移動する。ちょうどフレイムがいたのでその上に腰をかけさせてもらう。 このときキュルケはフレイムがバビルを素直に背中に乗せているのを見て感心していたのだが、バビル2世自身は周辺にいる 使い魔に気をとられ気づくことはなかった。 ざわめきが消え、教師らしき少し年配の女性が教室に姿を現す。 女性教師は赤土のシュヴルーズと名乗った。 「ふむ。二つ名というのは面白いな。」 タバサのときにも思ったのだが、この世界のメイジが持つ「二つ名」というのはなかなか面白い。 自分ならなんという二つ名をつけるだろう。衝撃の、幻惑の、激動たる、暮れなずむ……。 赤土は生徒の顔を見回し、満足そうに頷く。 「皆さんが無事に『春の使い魔召喚』を済ませたのを見て、私も誇りに思います。中には珍しい使い魔を召喚した方もいるようですが。」 教室中の視線がルイズとフレイムに乗ったバビル2世に集まる。 「ミス・ヴァリエール、私もエルフを使い魔にしたというメイジについては寡聞にして知りませんが……」 どうやら教師にもエルフという誤解が伝わっているようだ。いったい誰が広めているのだろうか? 「使い魔は術者の術の表れ。そして召喚した使い魔はメイジにとって己の半身に等しい存在なのです。ミス・ヴァリエールには エルフを召喚した意味を考えて今後の勉学に励んでいただきたいものです。他の生徒も、自分の使い魔を召喚した意味を よく考え、勉学に励んでいただきたいですね。」 いいことを言う。ヒステリックなタイプかと思ったが、案外教育熱心なタイプかもしれない。 「では授業を始めます。皆さんは私とこれから一年間『土』属性の魔法について学んでいきましょう。」 もっともバビル2世は心の奥が見えるようになって以来、立派なことをいう人物でも滅多なことでは信用しないようにしていたので 評価は保留しておいたのだが、少なくともルイズは多少なりとも好感を持ったようであった。 「では、まずは基礎のおさらいです。」 それにバビル2世にとっては人物評よりも、始まった魔法の系統に関する授業のほうがよほどおもしろかった。 風や火といった単語は頭に入ってきていたのだが、我々が普段空気について考えないのと同じで、それがどういうものか という知識はまだほとんど持っていなかった。魔法の四大系統と、失われた虚無。使い魔の役割と意味。 複数の系統魔術、ドット、ライン、トライアングル、スクウェア…… バビルの塔で得た知識とは全く異なる情報に、バビル2世の好奇心はぐいぐいひきつけられていった。 そして事件は起こった。 散々言い尽くされていることなので省略するが、つまり爆発したのである。 あらかじめルイズの魔法は爆発するということを知っていたバビル2世であったが、その爆発の程度に今更ながら驚いた。 赤土教師は爆発の影響で人語不肖に陥り、一部の使い魔は驚きパニックになって教室で暴れまわる。主であるメイジも基本は まだひよっこなので上手い具合に暴走する使い魔を抑えることができず、最終的には数名の教師の手伝いを借りてやっとの思いで 混乱は抑えられたのであった。 結局、午前中の授業はうやむやのうちに消滅し、生徒は三々五々散り散りに食事へと向かって行った。 ルイズが罰として命じられたのは、教室の後片付けであった。 後片付け、と言ってもあの風格ある建築はいずこへ行ったのかすでに廃墟と化しているので、掃除ではなく撤去を行なう必要がある だろう。 「壊すのは一瞬だが、積み重ねるのは難しいことだな」 感慨深げなバビル2世。うるさいわね、と箒をバビル2世に投げつけるルイズ。 「ほら!使い魔なんだからあんたが掃除しときなさいよ!」 念動力を使えばあっという間に終わるだろう。が、能力を使っていることを知られるようなことは極力さけるべきである。 「これはキミにあたえられた罰だろう?シュヴルーズ先生は何か考えがあってキミにこの罰を言いつけたのかもしれないのに、 使い魔にやらせたせいで一人前のメイジになる機会を逃すことになってもぼくは知らないよ。」 「う…わ、わかったわよ、わかってるわよ、そんなの!じゃあ手伝いなさい!」 掃除道具を投げつけてしまったために、あらためて道具入れに向かうルイズ。 「でも掃除がいったい魔法技術上達にいったいなんの関係があるのかしら」と訝しげだが、それなりに一生懸命掃除を行なっている。 バビル2世は簡単なことはルイズに任せ、瓦礫の撤去や整理など力仕事を担当する。念動力を使っていないとはいえ超人的身体 能力を有しているため、瓦礫はあっという間に片付いていく。 気づくと、ルイズがその様子をぽかんと見ている。 「どうしたんだい?」 しまった、と内心思うがしょうがない。ここは平然と対応することにしよう。 「アンタ、いま、あの大きな石を持ち上げてなかった!?」 「ええ。持ち上げていましたよ。」 「知らなかった…。エルフって力持ちなのね。」 あくまでエルフと思い込み続けるルイズ。エルフが力持ちというイメージはないが、いわゆるバイアスがかかっているのだろう。 てきぱきと片付けていくバビル2世。 強がってはいたものの内心ショックを受けていたルイズは、なんとなく気持ちが落ち着いていくのを感じていた。 エルフを召喚し契約したにもかかわらず、当然のように失敗する魔法。だが、召喚したエルフはやはり頼りになる。 おそらく魔法の教え方が悪いのだ。自分は大器晩成タイプなのだ。サカつくなら早熟よりも晩成型のほうが使いやすいじゃないか。 えらくポジティヴな考えである。ある意味現実逃避と言ってよい。 だがいくら失敗しても、ゼロと嘲笑されようと今まで修行を続けているのはこのポジティヴさがあればこそだろう。 掃除が終わるころには授業の失敗など忘れてしまったかのようであった。 一方で、バビル2世は違う見方をしていた。 全員の心を読むと、ルイズは今まで魔法が一度として―バビル2世を呼び出し契約したことは除くのだが―成功したことがない、 らしい。いつもいつも、どんな魔法を唱えても必ず爆発するのだという。 だがそれは逆に言えば「必ず爆発させることができる」ということではないだろうか。 赤土の教師は、失われた虚無の系統があると言っていた。 もしもルイズが虚無の系統ならば、あらゆるつじつまが合わないだろうか? 失敗したように見えるのは、その系統の魔法ではない魔法を使うからではないか。あるいは、どんな呪文を唱えても爆発するという 魔法なのではないだろうか。 もしも本当に魔法が使えないならば、自分がここにいるはずはない。自分はルイズによって確かに召喚されたのだから。 そして、ルイズの二つ名――ゼロは虚無に通じる。 はたしてこれは偶然なのだろうか? もしも、ルイズが虚無系統のメイジだとするならば、元の世界に帰る鍵は虚無の魔法に関わっているのではないだろうか? 『いずれにしても、もう少し様子を伺う必要がありそうだな。』 少し時系列を遡る。 爆発があり、授業が大混乱に陥っていた時刻。 どさくさにまぎれて、宝物庫周辺を伺っていた黒ずくめの女性がいた。 黒いローブを着た、緑髪の美しい女性である。 『どうやら、かなり強力な固定化の魔法がかかっているようね』 おそらくスクウェアクラスのメイジが数人がかりでしかけたのだろう。外壁を力任せに破壊するならともかく、個人が魔法を用いて 封印を解除するのは不可能に近いだろう。 力任せに破壊するにしても、自分のゴーレムで果たして可能かどうか。 この壁一枚を隔てて、破壊の杖をはじめとする財宝が鎮座せしめているのだ。もし盗み出すことができれば、国中がひっくり返るような 騒ぎになるだろう。 『それにしても……』 朝に見たあの少年はなにものだったのか。 話によると新2年生の呼び出した使い魔で、エルフであるらしい。だが、 『あんなエルフがいるはずがない。』 ということをフーケは知っていた。 元々、この身分に落ちたのはエルフがらみである。この学園ではエルフの知識については1,2を争って持っているはずだ。 そんな自分だからこそ断言できる。あれはエルフではない。 では、いったい何者だろうか? 宝物庫周辺にいるにもかかわらず、朝の光景が気になり、いまいち注意力が散漫になっているフーケだった。 「おい」 完全に油断していたフーケに、突如かけられた声。 『警備!?』 驚いて振り返り、あわてて仮の姿、ミス・ロングビルをとりつくろおうとする。 だがそこにいたのは警備ではなく、黒マントに白仮面という怪しい男であった。もっとも、仮面が顔全体を覆っているせいで男か どうかははっきりと断言できない。ただそのたたずまいが一流の武芸者や軍人を連想させるものであったため、男に違いないだろうと 判断したに過ぎない。 薄暗い宝物庫周辺では、まるで仮面だけが宙に浮かんでいるように見える。 マントからメイジの証である杖が飛び出していた。 「ど、どなたでしょうか?ここは部外者以外立ち入り禁止ですよ?」 異様な気迫に声が思わず上ずってしまう。大人の女性としては不本意だが、漏れてしまいそうだ。 「土くれ、だな?」 取り繕ったにもかかわらず、あっという間に正体を看過される。 声の調子は男である。よかった予想通りで、となぜか全く関係ないことを考えていた。人間、切迫した場面ではこういうものなの かもしれない。 「な、なんのことかしら?私の名前はロン…」 「本名、マチルダ・オブ・サウスゴータ。」 フーケの身体がピクッと反応する。目が座り、顔から表情が消え、能面のようになる。 「なぜ、その名を……?」 サウスゴータ、消えた名前。サウスゴータ、過去の名前。サウスゴータ、誇りある名前。 それを突きつけられ、フーケの雰囲気が一瞬で変わる。浮つきというものが一瞬で消え、触れれば切れる剃刀のようになった。 杖を軽く握り、一瞬で魔法を使い迎撃できるような態勢になる。並みのメイジならば先に魔法を唱えようとしてもカウンターで やられてしまうだろう動きであった。 「なるほど。さすがにただ一人で国中を荒らしまわる盗賊だけのことはある。」 感心したように白仮面が言う。そして杖を壁に立てかけた。 敵対するものではない、という意思表示である。 それをみてフーケもわずかに警戒を緩める。とはいっても、白仮面がどう行動しようと、いつでも攻撃できるだけの態勢は維持している。 フーケは、杖を持っていないこの白仮面が、この状態でも下手をすれば自分と同等の強さを誇ることを本能的に察知していた。 「なに、すこしアルバイトをしてもらいたくてね。報酬は出そうじゃないか。」 マントから袋を握った腕を突き出す。袋の紐を外すと、口からボタボタとエキュー金貨が零れ落ちる。 「まず、前金として20エキュー。仕事が終われば、あと200エキューだそうじゃないか。」 袋に残っていた金貨を取り出し、フーケに渡す仮面の男。フーケはそれを取り上げ、鑑定し、 「どうやら本物のようね。でも、こんなに報酬をよこすなんて、どんな仕事だというの?」 「なに、簡単な仕事だよ。汚れ仕事でもない。特殊な技能も必要ない。きみの目的の片手間にできる仕事さ。」 男は懐から小さな紙片を取り出し、そこに描かれている非常に鮮明な絵を見せる。 「きみも気になっているこの少年、バビル2世を、観察し報告してくれるだけでいいんだ。」 男は、嗤ったようであった。 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/114.html
前へ / トップへ / 次へ 午後の授業は無事終わった。 いや、授業とは無事終わるのが普通なんだが、普通のことが起こらないゆえにゼロの名を冠しているのだろう。 なんだか禅問答のようだがとにかく授業は終わり楽しい放課後である。 食事に関してはマルトーが今日のお礼だといって保障をしてくれた。これで食事抜きということはなくなったし、あのスープとパンという 19世紀の囚人のような扱いをされることはなくなった。 ルイズは「うちの使い魔を甘やかさないでください!」と不満そうだったが、マルトーの耳打ちで素直に方針を転換した。 バビル2世は聞いていた。「胸の大きくなる特別料理を毎食サービス」という甘言を。 男なら(不適切なため削除)が大きくなる料理をサービスする、と言われるようなものである。断る人間など居るはずがない! なにしろ(不適切な表現のため削除)は大事な息子である。 というわけで主従ともどもスペシャルな料理を振舞われることとなった。 バビル2世が一番気に入ったのは元の世界で言うカルパッチョと、たたきを混ぜたような料理であった。 スズキに似た味の魚を薄く切る。 それを遠火で軽く炙る。 上に、酸味のある果物を凍らせたものをたまねぎの千切りのように切って、かける。 そこに醤油によく似た調味料を元に作ったソースをかければ「トツァカッツォ」の完成である。 これの一晩かけて良く冷やしたものは、焼酎によくあい絶品なのだが、残念だがバビル2世は未成年であるし焼酎は存在していない。 「これは旨い!旨いですな!」 単純な料理であるため誤魔化しが効かず、ほんの少しでも身が厚すぎたり炙りすぎたりすれば味が変わってしまう。 「これは白いご飯にも合いそうだな。」 舌鼓を打つバビル2世。 ルイズはというと、先ほどから一種類の料理だけをおかわりしつづけている。非常にわかりやすい。 食後、 「あれだけ食べたんだから明日にでも効き目があるわよね!」 と言っていたが、ないんじゃなかろうか。 「ん?」 洗濯を終えて戻ってくると、部屋の前になにやら赤い物体がうずくまっていた。 バビル2世に気づくと顔を上げ、てててと近づいてくる。 「たしかこれはキュルケの使い魔の、フレイム……うわっ!」 とびかかってこられて、思わず精神動力で弾き返してしまう。 廊下に転がったフレイムが何が起こったのかと目をパチクリさせてこちらを向きなおす。 「あ、しまった。」 だが懲りずにまたすぐ寄ってきたところを見ると気にしていないようである。ただたんに何が起こったのか理解していないだけ かもしれないが。 ズボンを咥えて引っ張る動作をするフレイム。 「ついて来いと言っているのか?」 相手はサラマンダーである。心を読んでも何を言いたいのかわかるはずもないだろう。 使い魔同士の夜の懇談会でもあるのだろうか? 「ルイズの友人の使い魔だ。別に不審なことはないだろう。」 素直についていくことに決めた。 「うん?」 連れられて訪れた部屋は妙に暗かった。 床には火のついた蝋燭が幾本か燃え、壁にゆらゆらとバビル2世の影法師が映し出されている。 全体に甘い香りが漂う。どことなく女性の体臭も混じっている。 「いらっしゃい」 なまめかしい声。聞き覚えのある声だ。 闇になれた目に飛び込んできたのは扇情的な格好をした女性。 キュルケであった。 「げえっ、キュルケ!」 むむむ、と汗を流すバビル2世。 「そんな孔明を見た仲達みたいな反応をしないでよ、ダーリン。ようこそ、私たちのスイートルームへ、ビッグ・ファイア…………。 ギロチン大王だったかしら?」 どこをどうすればそんな間違いをするのだろうか。 「ギロチン大王は違うんじゃないかな?」 「あら、そうだったかしら?わかったわ、ビッグ・ファイア……」 髪をかきあげ、なまめかしい視線を送る。 「いけないことだとは思うわ。でもわたしの二つ名は『微熱』。たいまつみたいに燃え上がりやすいの。」 「ふむ」 つまり、ぼくは誘惑われているのだな。のんびりと確信するバビル2世。 戦闘の場数は踏んでいても恋愛の場数は踏んでいないのが弱点である。ヨミ様に教えたい。 「おわかりにならない?恋してるのよ、アタシ!貴方に!」 妙に芝居がかった仕草をするキュルケ。バビル2世によりかかり、首に手を回してしなだれかかる。 「貴方がギーシュを倒したときの姿……かっこよかったわ。あれを見て微熱のキュルケは情熱のキュルケになってしまったの……」 身体を密着させてくる。学生服のボタンを一つ一つ丁寧に外していく細い指。 吐息が耳にかかり、言葉が直接耳をくすぐる。 されるがままのバビル2世。ようやく、 「じゃ、じゃあ外の彼は誰だい?」 「……え?」 窓へ振り向くキュルケ。 それとほぼ同時に、 「キュルケ!」 と叫ぶ男の声。 ふわふわと宙に浮いて、窓の外に男がいた。 「待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば!………ってあれ?」 キュルケの奥にいるバビル2世に気づいたのだろう。「げぇっ!関羽!」と言い出さんばかりの表情で驚く。 「君は……昼に広場で決闘をしていた。」 ずかずかと乗り込んでくる男。 「いや、会えて光栄だよ。僕の名前はスティックス。以後お見知りおきを。」 腕を出し握手をねだる。バビル2世も握手を返す。 「いやあ、驚いたよ。ドットクラスが操っていたとはいえ、まさかゴーレムを触りもせずに手玉にとるなんて。」 熱っぽく語りだすスティックス。目がきらきら輝いている。 「君はエルフらしいが、よほど場数を踏んでいるんだろうね。僕も将来は魔法衛士隊を目指している身。ぜひとも教えを請いたいと 思っていたところなんだ。なに、そのうち模擬実戦を一手お手合わせ願いたいと思い……」 「キュルケ!」 別の声が窓の外からする。 「その男たちは誰だ!今日は僕と激しく燃え上がるはずだったのに複数にも興味が出てきたのか!混ぜるんだ!」 なぜか服を脱ぎながら入ってくる。何か大きく勘違いをしているようだ。 「「「キュルケ!」」」 今度は3人だ。 「「「恋人はいないって言ったじゃないか!」」」 一斉に強引に入ろうとするため窓で閊えている。なんとか部屋に入ってきたがすでにボロボロだ。 「キュルケ!どういうことな「いつが空いている?そういえば明後日は虚「僕はどこを使えばいいんだ?口でもい「なんなんだこいつらはいった いどういうこ「落ち着け、これは孔明の罠「君の主人には僕が許可をと「裏切ったな!父さんと一緒で僕を裏「実は後ろの穴にも興味が「キュ… 「フレイム!」 サラマンダーがキュルケの命令で炎を吐く。炎と一緒に外へ投げ出される5人。 「さあ、邪魔者はいなくなったわ……」 目をギラリと光らせて、獲物を狙う虎のように迫るキュルケ。 その迫力に、修羅場馴れしているバビル2世が思わず後ずさる。史上最強の敵に違いない。 ガルルルルルと唸り声を上げ、ついにバビル2世を壁際まで追い詰めた。 「愛してるわ……ビッグファイア……」 「ま、待つんだ。ぼくはまだ使い魔としての用事が。」 「ほっときなさいよ……ゼロのルイズなんかよりアタシのほうがよっぽどいいわよ……」 目と目の距離が近づく。唇と唇が今まさに交差しようとするそのとき――― 「キュルケ!」 バタン、とドアを開ける音でキュルケの野望は阻止された。 「あら?」 「る、ルイズ。」 姿を現した少女の背中に、後光が見えた。 「取り込み中よ、ヴァリエール。」 「ツェルプストー、誰の使い魔に手を出してるのよ。」 ずかずかと部屋に入ってくるルイズ。両者の空間がねじれ、歪む。 フレイムが怯えて部屋の隅で縮こまり、丸まっている。 ガルルルル、ギシャーと威嚇しあう二人。まるで犬とサル、ハブとマングース、ゴジラとデストロイヤーである。 この後のことをあえて記述する必要はないだろう。 爆発と炎が学院を揺らし、寝入りばなの教師生徒をたたき起こした。 オスマンは曖昧なまま徘徊しはじめ、使い魔はふたたび混乱して暴れまわった。 学院が落ち着きを取り戻したのはすでに日も高くなってからで、その惨状は寄宿舎がほぼ半壊、負傷者12名、壊れたアイテムが7個、 セクハラの被害者2名、マルトーの抜け毛13本という惨憺たるものであった。 むろん、その日の授業が取りやめになったことは言うまでもない。 また、キュルケの部屋が消滅したため、キュルケはタバサの部屋へ移動のうえ2ヶ月の異性交流禁止がかせられた。 ルイズとバビル2世は、バビル2世がガンダールヴかもしれないということで厳重警戒中につき、寄宿舎の瓦礫撤去で済んだ。 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/648.html
ゼロのしもべ 第3部 ドミノ作戦編~全てはビッグ・ファイアのために~ 異世界ハルケギニア 人類は魔法の力によって 栄光ある社会を築いていた。 だがその栄光の陰に 暗躍する1人の男がいた。 かつていくつもの組織を率い、世界を支配せんと目論んだ悪の指導者、ヨミ。 一方、3つのしもべを率いて、その野望に立ち向かいつづけた一人の少年の姿があった。 名をバビル2世。超能力少年、バビル2世。 第3部1話 ガリア王国は、ハルケギニア最大の人口を抱える大国だ。人口およそ1500万人。魔法先進国であるガリアは、メイジ……、 つまりは貴族の数も多い。やはりハルケギニア最大の人口を誇る首都リュティスのメイジの人数は、やはり他の追随を許さない。 リュティスの政治中枢は、街の真ん中流れるシレ川に位置する中州から、川の西岸…町外れへと移動していた。 全ての政治施設は町外れにあるヴェルサルテイル宮殿に移動し、そこで政ごとが行われているからだ。 ヴェルサルティル宮殿は、かつては複雑な形をした庭園といった趣であった。さまざまな趣向を凝らした建物が立ち並ぶ、建築物 美術館とでもいうべきしろものであった。 だが、今は違う。 今のヴェルサルティルは、国中から集めた岩を積み重ね、土系統のスクウェアメイジが数人がかりで土を持ち上げ、ベトンで固め、 固定化の呪文を用いて作った人工の岩山であった。そこにシレ川から引いた水を入れ、馬車などは出入りできないようにしている。 岩山は四方が断崖絶壁になっており、さらには周囲を幾重にも張り巡らされた迷路のような水路で囲っている。 その水路を正しく通り、断崖絶壁に備え付けられた道なき道を越え、何重にも仕掛けられた罠を乗り越えることで、ようやく元ヴェ ルサルテイル宮殿後に建築された、この国の中枢施設にたどり着くことができる。 この人工の岩山は、誰ともなくこう呼ぶようになっていた。 梁山泊。 誰もその意味を知らない。だが、誰ともなくその要害をそう呼び始めたのだ。 そんな梁山泊の最深部。どす黒い瘴気を放つ巨大な施設があった。 忠義堂。 ガリアはおろかハルケギニアではみたこともないような建築技術によって作られたそこに、ガリア王国1500万の頂点に位置する男が 暮らしている。 青みがかった髪とヒゲに彩られ、見るものをはっとさせるような美貌に溢れている。 均整の取れたがっしりとした長身が、そんな彫刻のような顔の下についている。 かつて、見るものを呪うような視線を発していた目は、穏やかな優しさと強い意志を秘めた光へと変わっている。青い髪を後ろでまと めてお団子にし、布で括っている。 男の名はガリア王ジョゼフ。またの名(コードネーム)を托塔天王晁蓋。 「では、これより会議をはじめたいと思う。」 ジョゼフの向かい合う画面の中で、ヨミが宣告する。その周囲に、9名の幹部の顔が映ったモニターが並んでいる。 すでに失った力を手厚い看護で取り戻したヨミであったが、なにか思うところがあるらしくアルビオンから一歩も動いてはいない。 「まず、先日の血笑烏作戦において突如発生した謎の光についてだが…」 「はっ。」 と糸目の男が声を上げた。 「現在調査中ですが、未だにその正体はつかめておりません。わかっていることは、この光に飲み込まれたために、V2号をはじめ、 レキシントン号などのあらゆるエネルギーが失われていたということです。それは電気、あるいは熱エネルギーに限らず、メイジが 体内に有していた魔力、ヨミさまの超能力といったものまでです。外部から力を取り入れることにより、なんとか脱出は可能でしたが、 あのままでは地上に落下していたでしょう。」 「そうなっていれば、身動きのとれぬわしはバビル2世にたおされていただろうな。」 糸目の男が頷く。 「そのため我々はバビル2世やしもべの力を考えました。しかしこの光は超能力というよりはむしろ魔法に近い波長を持っている ことがその後の分析の結果判明しました。そこで我々はこの少女に目をつけました。」 モニターに映像が映る。バビル2世の前に座ったルイズの姿だ。 「ごらんのようにこの少女はなにか本を読んでいます。この本がなんであるかですが映像分析班によると『始祖の祈祷書』ではない かということです。」 おお、とどよめきが起こる。 「始祖の祈祷書とは、GR計画にわしらが必要としている?」 丸々としたヒゲ中年が尋ねた。糸目の男が頷く。 「その通りです、署長。ただこれが本物であるかどうかは確認できていません。なにしろ贋作の多いことで知られる書物ですから。 ただ、映像分析班の解析によると、この少女は呪文を詠唱している可能性が高いということです。」 「呪文を?」 黒装束の男が声を上げた。 「はい。そして、その詠唱が終わったのち、映像は停止しました。光によってエネルギーを消失したため、録画が不能となったから です。」 「つまりその呪文により、光が発生した可能性が高いということか。」 ジャンパーを着た男が呟く。 「左様です。そしてこの少女は虚無の魔法使いである可能性が高い、と。」 「つまり、この光は虚無の魔法であるかもしれない、というのかい?」 学生服のようなものを着た、丸坊主の男が訊く。 「現時点では、その可能性が一番高いかと…」 酒を飲みながら聞いていた男の手が止まった。老人がぎろりと画面上の少女を睨む。 「我々は映像分析班主任の名を取って、このエネルギー停止現象をバシュタール現象。光をバシュタールの光と名づけました。 今後、我々はバシュタールの謎を解くべく、虚無の魔法使いの可能性が高いルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエ ールの観測と、虚無のメイジと確定した場合の捕獲を前提として作戦行動をおこないたい。そう、この少女はGR計画の鍵となる可能 性が高いからです。」 ドドーン、と背後に波が起こりそうな勢いで宣告する。 「ふむ。バビル2世とルイズとやらとの両者を追い詰めるというわけか。」 「左様で。」 「勝算はあるのだろうな。二兎を追うものはというぞ。」 ヨミの問いに微笑み答える糸目の男。 「もちろんです。この元帥を信用していただきたい。両者を連続して追い詰めるドミノ作戦の詳細は次回の会議で報告させていただき ます。」 ぺこりと頭を下げた。 「ふむ。」 と一息つき、ヨミが立ち上がった。 「よいか、我々はついにアルビオンを手に入れた。これがなにを意味するかわかるか。」 「GR計画に必要な、始祖のオルゴールを手に入れることができるということです。」 「その通りだ!」 ヨミが雄雄しく叫んだ。 「GR計画。すなわちGoReturn計画。地球への帰還計画。」 ヨミの背後に、青く美しい星、地球が映し出された。 「この世界と地球とをつなぐ道を開くGR1計画。地球の最先端科学兵器をガリアに輸入し、それを元にハルケギニアから聖地までを 支配するGR2計画。ハルケギニアの人間を奴隷にし作らせた兵器と、メイジの魔法で地球に攻め込み世界を征服するGR3計画。」 ヨミが高らかと手を上げた。 「GR計画が成功すれば、わしが世界に号令をかける日はすぐにやってくるのだ。」 「「「ワー ワー ワー」」」 全員が立ち上がり、歓声をあげた。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/38.html
前へ / トップへ / 次へ まずいことになろうとしていた。 なろうとしていた、というのはなるのはほぼ確定しているが未だになっていないという意味である。 つまりテレパシーでルイズの思考を読んだところ、とんでもない考えを持っていることがわかったのだ。 『下着を洗わせる』 「待ってくれ」 とバビル2世は思わず声を上げていた。「何を待てばいいのよ!?」と返された。当然だ、ルイズはこの能力を知らないのだ。 仮に知られれば今まで心を読んでいたことを含めとっちめられるだろう。 また、もっと恐ろしいのは知られるということ自体なのだ。 ここに来る間に、メイジにも階級があり、当然ながら上位ほどより強い力を持つということを知ることができた。 ということは、先ほどの空中移動速度や高度も実際はあてにならないことがわかる。 自分には超能力があるとは言え、相手の力量を見誤れば一気にピンチに陥る。それはヨミとの戦いで学習したことだ。 また、相手がこちらの能力を知らなければ勝率は格段に上がる。現にヨミはこちらのエネルギー吸収能力を知らなかったために 無残にも地に伏せたことがあったではないか。 逆に知られてからはこちらの体力を消耗させ、回復させないような作戦を取ってきた。 もし、万が一メイジともめることがあれば、こちらの能力を知られているだけで不利になることは否めない。 ゆえに能力はできるだけ秘匿する必要があった。 さすがはジョジョの元ネタの一つである。思考が似ている。 話を戻そう。何故下着を洗わせるのかといえば、単純に屈辱を与えて上位関係を思い知らせる、というものであるらしい。 平民を雇い入れるときは、まず最下層の仕事を与え、それから徐々に責任ある仕事に就けるのが一般的なやり方であるという。 『そのあたりは日本でも似たようなものだからいいが』 何故下着なのだろうか?そういう趣味なのか?下着洗いが最下層の仕事とは思えない。 むしろある種の人物にってはご褒美ではないだろうか? 悩んでいると、顔に毛布を投げつけられた。顔に絡みつき視界を塞ぐ。 毛布をとると、ルイズは服を脱ぎだしていた。 「待ってくれ!」 「な、なによ?」 きょとんとしてルイズがバビルを見る。ふざけてやっているという目ではない。当然という表情だ。 思考を読んでも『何を言ってるの、この平民は』という類のものしか読み取れない。 「そういえば日本でも、貴族は身の回りの世話を付き人にやらせるので、羞恥心が少なかった。と聞いたことがある。」 下着にしてもそういう意味では、使用人に洗わせて当たり前なのだろうか? いや、やっぱりおかしい。 「日本って何よ?身の回りの世話を使用人にさせるのは貴族にとって当たり前でしょ。さ、これも洗っておいて」 投げ渡されたのは、ついに恐れていたものであった。 「あわわ」 とお手玉のように下着を弄ぶ。 「遊んでないでさっさと洗っておきなさいよ!」 さっさとネグリジェに着替え、ベッドに潜り込むルイズ。 ルイズの下着を手に、途方にくれるバビル2世。 ヨミがこの光景を見れば「見ろ、バビル2世の弱点は女だ!」と部下に指示しただろう。 あるいは哀れに思い、見ないふりをするかもしれない。 バビル2世にとっては紛れもなく、下着の洗濯はヨミに匹敵する最大の敵となった。 「ロデムがいれば任せるんだが」 ロデムも嫌がりそうなものだが、たしかにポセイドンには無理である。ロプロスには手がない。ロデムを変身させて洗わせるのがもっともよいのは否定できない。 「どう洗えばいいんだろう」 洗濯機はない。あっても手洗いだがそれを知らない。 だがバビル2世はこの状態では力のセーブができないだろう。哀れ、下着は雑巾にもならぬ繊維屑と化すに違いない。 なまじっかし真面目なバビル2世は、下着を手にしたまま首を捻り、唸り、考え込んでいた。 「うるさーい!」 とうとう我慢ならず、ルイズが飛び起きた。 「さっきからなんで寝るのを邪魔するのよ!さっさと洗って寝ればいいでしょう?」 「いや、洗い方が良くわからないんだ」 素直に放すと、下着をひったくり、自分でジャブジャブと洗い出した。 「こうやって、やさしく洗うの!わかるでしょ?!」 「へー、上手いものだ。貴族というからこういうことはからっきしなのかと思ったよ。」 「バカにしないでよ!1年生のときは使い魔なんていないから、自分でするしかないでしょ!?」 妙に力強く迫るルイズ。 「あ、ああ、漏らしちゃったのか。」 つい読んでしまった心に答えてしまうバビル2世。しまった、と思ったときにはもう遅かった。 「な、な、な、な、な……」 顔が真っ青になり真っ赤になりプルプル震える、見世物に出せば銭が取れそうな光景。 「何で知ってるのqatよあqwせdrftgyふじこ!!!」 結局のところ、バビル2世はそのすさまじい剣幕の前に、相手の心が読める、ということを告白せざるを得なかった。 そして椅子で殴られた。 今まで全て心を読んでいたこともばれた。 文鎮で殴られた。 さらにいえば食事抜きを命じられた。 そのほかの能力は守り通したが、疑いはもたれているようだ。 ただ、 「ただの平民を呼び出したわけじゃなさそうだし、先住魔法が使えるなんて使い魔としてはかなりのものよね」 とご満悦だったのでそれ以上は何事もなかった。 「ひょっとしてエルフなの、ビッグ・ファイアは?」 と聞かれたので上手い具合に誤魔化しておいたが、 「エルフは赤髪に赤目なのかしら。ふーん……。」 と自己完結していた。エルフというと耳がとがったエルフだろうか。エルフがこの世界にはいるのかと思い、心を読もうとしたが、 それに気づいたルイズによって中断を余儀なくされた。このときこちらに気づいたのは女のカンのようだ。 どうやら、この左手に刻まれた紋章が、ルイズの命令に従う、というような暗示を行なっているらしい。それが契約(コントラクト・ サーヴァント)という魔法のようだ。 『つまり万一だが、ルイズがヨミのような男に懐柔されればぼくはその男の命令を間接的にだが聞かなければならないということか』 この夜、主従は結局満足に寝る時間はなかったという。 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/216.html
前へ / トップへ / 次へ 15話 4人はミス・ロングビルを案内役に早速出発した。 今行けば到着は深夜になるが、この際構っている場合ではない。それに夜ならばフーケ一味も油断しているかもしれない。 うまい具合にルイズたちは黒いマントである。それを頭からかぶっていくことにした。 移動手段は屋根なし馬車である。襲われたとき、すぐに外に飛び出せるほうがいいだろうということで、このような馬車になった。 ミス・ロングビルが御者を買って出、手綱を握っている。 フーケ一味の可能性のあるものを消去して選ばれた5名である。無駄に御者などつける余裕はない。 手綱は交替で握ろう、という話にまとまりかけたが、「場所を知っているのは自分である」というロングビルの申し出により、この様な形となった。 妙にやる気満々。むしろ血相を変えているロングビルであったが、誰もそのことは指摘しない。 むしろ「王族暗殺犯を必死で追うロングビルはなんと愛国的な女性だ。」と賞賛されていた。 別にそんな気は毛頭ないのだが言うわけにもいかず、しかたなくその演技を続けている。 車上では対フーケ戦の作戦会議となった。 「小屋ならばアタシの魔法で火をつけて、いぶりだしてやればいいわ」とキュルケ。 「風の魔法で火をあおれば立派な火計よね」と風系統のメイジであるタバサの肩を揉む。 とうのタバサは『虚無戦記』なる本を熟読している。どんな内容か気になったバビル2世が尋ねてみると、 「ドワオギャンああ。」 という短い声が返ってきた。実にダイナミック。 とにかく全員が一致していたのは「ゴーレムを使わせない」ということであった。 あの威力を見れば誰もがそういう反応になるだろう。バビル2世ですら勝てるかどうか危ういと思っていた。 というわけで決定した作戦は、 1、周囲を警戒しつつ小屋の中にフーケがいるか確認 2、もしいたら、小屋に魔法で火をつける。 3、風の魔法で火をあおり、火事を起こす。 4、全員で「火事だ!」と叫ぶ。びっくりしたフーケは思わず外に出てくるだろう。 5、そこを捕まえる。 というシンプルなものであった。「もし出てこなくても焼け死ぬわね!」と息巻いていたルイズが多少気になるところである。 そして、馬車に乗っている間中、バビル2世はなにか祈るようにただ座っていた。 「ここがあの盗賊のハウスね…」 かえしてー、杖を返してー、と続けそうなルイズの問いかけにロングビルはこくりと頷く。 月が2つ、森の中の広場を照らしている。 森の中の空き地、とでもいうべきぽっかりとあいた空間。広さはだいたい学院の中庭程度か。真ん中に確かに廃屋があった。 5人は気づかれないように森の茂みに身を隠したまま、廃屋を窺う。 「情報によると、あの中に入っていくのを見たと……」 うーん、と唸る一同。人が住んでいるような気配はない。 やはり情報は欺瞞だったのか? 「とりあえず、中を確認してみては?」 「ひょっとすると私たちに気づいて外に出たのかもしれないわ。炎の魔法を使う人間がいれば、逆に中に入った私たちが火攻めにあうかも。」 「なら周囲を警戒するチームと、中を確認するチームに分かれましょう。」 結果、中にいればそのまま火をつけれる、ということでキュルケとタバサ、そして捕まえるには力の強いほうがいいだろうと、バビル2世が選ばれた。 外の警戒はルイズとロングビルが任された。 ロングビルは3人が小屋に向かうと、「ちょっとお花を摘みに…」と、物陰へ消えた。 「見る必要はない。誰もいない。」 と言って、バビル2世は2人を連れて裏側へ回った。 「中に宝箱らしいものがある。その中に破壊の杖が入っているんだろう。」 「な、なんで――」中を覗かないでわかるのか。そう訊こうとしたキュルケだったが、突如頭に響いてきた声に驚き、口が止まる。 『なぜ中が見えるのに、わざわざこんな芝居を?』 『すこし、ある人物に教えてもらいたいことがあったからだ。ひょっとすると、破壊の杖の盗難よりも重大なことになるかもしれない。』 近くの森の茂みに3人が身を隠した瞬間――小屋が跡形もなく吹っ飛んだ。 ルイズの叫び声が森に響き渡る。 闇夜を切り裂いて現れた無数の岩の砲弾に吹っ飛ばされたのだ。 岩の砲弾は見る間に組み合わさり、まるで人のような姿になる。 「やはりな――。」 バビル2世が呟いて頷く。 「思ったとおりだ。あれとぼくは以前戦ったことがある。前の世界でだ。つまりあれは偶然ではないということだ。」 『前の世界?』『偶然ではないって何が?』疑問が思念波に乗ってやってくるが、バビル2世は答えようとしない。 バビル2世が祈るように眼を閉じる。キュルケとタバサが、天空を見上げた。大きな影が森を覆った。 完成した岩の巨人に土が巻きつき、さらに巨大な岩と土の怪物が誕生した。 その姿は、まるで巨大な仏像のようであった。 ルイズは少しいらいらしていた。 自分が小屋の偵察に選ばれなかったことに腹が立っていた。 もちろん、今回の作戦では、火と風の魔法を使うメイジであるあの二人が適切だろう。 周囲に万一隠れているかもしれないフーケを警戒するのも重要な仕事だ。 だが、なぜかむかむかする。 それはビッグ・ファイアだ。 作戦のためではあるが、本来は自分の使い魔である以上、あくまで主人のみを守ることを優先させるべきである。 にもかかわらず、ご主人様に一言も言わずにあちら側にまざるとはどういう了見だ。 せめて「申し訳ありませんが、作戦の都合上分かれてしまいます。どうぞご自愛を。」ぐらいにいたわりの言葉はあってもよいはずだ。 まあ、あの私を敬っているのかそうでないのかよくわからない使い魔では仕方ないか。 ふん、と杖を振って構える。 よく考えれば何も問題はない。自分が魔法でフーケを捕まえればいいのだ。そうすればあの使い魔の態度も変わるだろう。 何より級友のあの蔑んだ視線とおさらばできる。家族の冷たい視線を変えることができる。ちいねえちゃんの喜ぶ顔を見ることができる。そして―――ワ… 「あら?」 ルイズが眼を擦る。つい妄想に夢中になりすぎたのか、地面が揺れて歪んだように見えたのだ。あるいは緊張のせいだろうか。 いけない、今はフーケを捕まえることに集中しなくては。そう考えて小屋を見た刹那――― 「きゃぁああああああ!」 小屋が突然降ってきた岩に潰された。 ビッグ・ファイアが!キュルケが!タバサが! 岩は巨人となり、土の鎧に身を固め、あのときの土のゴーレムに変形した。 思わず、ルイズは杖を振ってルーンを呟いていた。みんなの敵だ!考えることなく行動していた。 ゴーレムの表面で何かが弾ける。爆発――ルイズの魔法だ!その魔法で気づいたのかゴーレムが振り向く。 周囲が暗くなる。どごごぉおおおおおん、と大地を揺るがす音。まるで地震のように森が揺れる。 なんて巨大な足音だ。こんなものに踏み潰されればとても生きてはいないだろう。 せめてもう一太刀、と思い杖を持ち上げようとするが、身体がすくんで動かない。 ゴーレムが踏み潰そうというのか、ルイズに向かって足を踏み出す。 ああ、ここで死ぬんだわ。そう覚悟を決めたルイズ。その目に飛び込んできたのは…… ゴーレムが突然伸び上がった地面に絡みつかれてもがいている。溶けたゴムに飛び込んだネズミのようだ。 ミス・ロングビルの魔法だろうか!?そう思うルイズの視界に飛び込んだのは、逃げろと手を振るビッグ・ファイアたち。 生きていたんだ!ほっとするも、ここでひるんでなるものかという思いが沸きあがる。だが、自分の攻撃は通用しそうにない。 別の地響き。背後だ。振り返るとそこには鉄のゴーレムがいた。 フーケはまだ隠し玉を持っていたのか。あるいは仲間のうちの一人のゴーレムなのだろうか。 さすがにこちらまでミス・ロングビルは手が回らないだろう。ルイズを一気に絶望が覆う。 鉄のゴーレムが拳を振りかぶる。背後で土のゴーレムの気配。 ああ、もう駄目だ。覚悟を決めてぎゅっと目を閉じる。 ズ ウ ン 拳が、土のゴーレムを貫いた。 空中に吹っ飛び、地面でバウンド。そのまま数十メートルも気をなぎ倒しながらすべる。 「ロプロォォォォォォス!」 バビル2世が大きく叫ぶ。 突風がへし折られた木を吹き飛ばしながら、ビッグ・ゴールドに迫る。 キ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ェ ン 巨大な翼が、耳をつんざく奇音を響かせながら、ビッグゴールドをその両爪で捉えた。 そのままビッグ・ゴールドを抱え揚げ、天高く舞い上がる。 高い。 そのまま2つの月に届いてしまうのではないだろうか。 「ロプロス!そいつを突き落としてしまえ!」 命令に従いロプロスはビッグ・ゴールドを突き放した。 なすすべなく自由落下し、地面に激突するビッグ・ゴールド。腕が吹っ飛び、足が砕け、全身が粉々になる。 「どうだ。これでもう動けまい。」 あとはフーケを捕らえるだけだ、とローブをかぶって変装したロングビルを睨みつけるバビル2世。 ロングビルはあっという間の出来事に、腰が抜けてへたり込んだ。 「な、なんなのよ……あれは……。」 「教えてやろう。」 天空を舞っていた巨大な鳥が、ビッグ・ゴールドの残骸の上に踏み潰しながら舞い降りた。 「空の覇者、怪鳥ロプロス。」 鉄のゴーレムが、キュルケとタバサを守るようにその眼前に歩を進める。 「海の支配者、ポセイドン。」 ルイズの足元が盛り上がって、大きな黒豹に変身する。 「そして黒豹ロデム。」 「とうとう出たな……」 その光景をわずかに離れたところから見る奇妙ないでたちの男が呟いた。 「3つのしもべ!」 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/645.html
前へ / トップへ / 次へ(第3)部 光の球が空を遊弋する艦隊を包んだ。 膨れ上がる光球が空を飲み込み、そして消えた。 光が消えた後に現れたのは、炎上しながら高度を下げていくレキシントンの姿であった。 なにかのジョークのように、空に浮いた小島のような戦艦はがくりと艦首を落とし、地面めがけて墜落していく。 「大変です、ヨミさま!いっさいのエネルギーが消滅しています!」 「風石も消滅!電力系統全てダウン!一切の制御が不能です!」 「メイジたちの魔力もゼロになっています!脱出しようにも、フライもレビテーションも使えません!」 「ドラゴン、サンダーともに墜落していきます!このままでは本艦も!」 呆然と、砂嵐もなく消えうせた画面を見ているヨミ。 勝利を確信し、余裕に満ちた表情でモニターを見ていたヨミの姿はそこにはなかった。 「なんだ、なにが起こった!?」 「一切不明です!あの光球に包まれ、気づくとあらゆるエネルギーが消滅していました!」 「ぬうう。魔力さえも消えうせたというのか。」 グッと拳を握り締め、自らの超能力も試すヨミ。 いつもの力強さはどこへ行ったのか。スプーン一つ持ち上がらぬではないか。 「信じられぬ。わしの超能力まで消えている。それにこの疲労感……まるで全力で超能力を使い続けたような。」 よろめき、倒れるヨミ。あわてて部下が駆け寄り、抱き起こす。 「よい。それよりも誰か、なにかマジックアイテムを持ってこい。」 「はっ!」 あわてて机の上で踊っていた小さな人形を掴み、渡す部下。 「かせっ!」 人形を受け取ったヨミの額がまばゆいばかりに光り始めた。 「ぬぅぅぅぅ……」 ヨミの瞳が怪しく輝き始める。途端に、墜落するレキシントンが空中に静止するではないか。 「高度が回復していきます。」 そう舵手が報告する。ワッと歓声が巻き起こる。 恐るべきはヨミのサイコキネシス。この巨大戦艦を持ち上げているではないか。 「早くしろ。」 ヨミが息も絶え絶えに叫ぶ。 「わしはそう長くもたぬ。その間に全員、脱出の準備をするのだ。」 「はっ!」 ヨミの部下があわててパラシュートを背負う。警報が鳴り響き、レキシントンのクルー各員があわててパラシュートを背負い、空中に 飛び出していく。 「ヨミさま、全員無事脱出しました。」 「あとは我々だけです。」 部下2人、ヨミが残る司令室に飛び込んできた。 手から人形を落とし、地面に崩れ落ちるヨミ。 「ああ!」 「ヨミさま!」 艦体を持ち上げていたレキシントンが、ぐらりと大きく傾く。 「うう……。」 「いかん。レキシントンを持ち上げるのに、超能力を使われすぎているのだ。」糸目の男が汗を流す。 「はやく安全な場所までお運びするのだ。」杖を握った老人がヨミの身体を担ぐ。 司令部を出て、緊急用の脱出艇にヨミを運び入れた2人。だが、この脱出艇のエネルギーも一切残されてはいない。 「……ぅ、うう…元帥、幻妖斎。」 蚊の鳴くような声で、ヨミが呟く。 「……皆に、皆に伝えよ………。降服しろ……と。無駄……死にを…するな、と……。」 それを言い終えると、再び崩れ落ちるヨミ。 あわてて糸目の男がかけより、脈を図る。 「安心しろ。気を失われただけだ。」 「だが急ぎ戻らねばなるまい。」 老人が指で印を組み、不気味な呪文を詠唱する。脱出艇が重力に逆らい、持ち上げられていく。 「樊ッ!」 すさまじい速度で、レキシントンから脱出艇が放たれた。 1人の男が、足を引きずりながら森を逃げている。 手にはメイジの証である杖を握り、軍服を着ている。しかも目も眩むような勲章があちこちからぶら下がっている。 「こ、ここまでくれば……」 後ろを振り返り、一息つくメイジ。木の根元に腰を降ろし、やれやれと呟く。 このメイジの名前はサー・ジョンストン。ヨミが直接陣頭指揮を執ったゆえの名目上とはいえ、アルビオン艦体の司令官だった男だ。 「まったく、しつこいやつらだ。裏切り者めが。」 彼が逃げていたのは敵からではない。味方から……降下部隊にいた傭兵たちの生き残りから逃げていたのだ。 昔から勝ち戦の後は兵が増えるというが、人間勝ち組につきたいのはいつの世も同じ。傭兵たちも例外ではない。だが、戦争は 勝った側と負けた側がはっきりしてしまうものである。そんなとき、負け側に所属していた傭兵たちはどうするか。 答え。勝った側につくために、自分たちの上司を狙うのである。わー、かしこい。 そのときの獲物は、身分が高ければ高いほど良い。 というわけでサー・ジョンストンは、レキシントンから脱出した瞬間から、味方であった傭兵たちの格好のターゲットになっていたのだ。 矢をかいくぐり、剣の下を抜け、槍を避けてサー・ジョンストンは逃げに逃げた。 「軍服を脱げばいいんじゃね?」 と思うかもしれないが、それはできない。なぜなら軍人は投降すれば身分が保障される。メイジも保障される。暗いが上の人間ほど、 降服後の扱いはよい。とりあえずトリステイン側に降服するまで、この軍服は脱げないのである。 なんとか追跡を振り切ったサー・ジョンストンは、喉がカラカラであった。 「思えばあの戦いがけちのつきはじめだったなぁ。」 ニュー・カッスルの大敗を思い出し、1人涙するジョンストン。あの一件以来、クロムウェルの信頼が揺らぎ、左遷はおろか粛清対象 にすらあがるほど落ちぶれていた。だが、必死の政治工作もあり、「今度こそ確実に勝利を取れる」戦いの司令官につくことができた のだ。が、結果はご存知の通りである。 「俺って勝ち運ないのかなぁ…。」 しくしくと泣き出すジョンストン。こんなことなら、欲張ってもうちょい上を目指そうだなどと思うのではなかった。あのまま素直にして いれば、今頃自分は政治家としてバリバリ上で働いていたはずだ。つい欲張り癖が出てしまったのが年貢の納め時か。後悔先に 立たず、覆水水盆に返らずというがジョンストンはそれを実感していた。 「あのバビル2世ってのが現れなきゃ勝ってたのになあ。」 ぶつぶつと負け戦を述懐し続けるジョンストン。見ていて物悲しい光景だ。なんというか、大人の威厳など欠片もない。 そんなジョンストンに、 「見つけたぞ」 と冷たい声が浴びせられた。 「ひぃ!」 飛び上がらんばかりに驚き、震えだすジョンストン。政治家としての才能はあったが、メイジとしての才能がほとんどない彼は、 実力的には未だにせいぜいドットクラス。よくてライン。傭兵集団に囲まれては、ひとたまりもない。 「お助けください、命までは!どうか、なにとぞ!死にたくありません!そうだ、一緒にトリステインに降服しません?そうすれば あなたたちは捕まえた恩賞がもらえますよ。ね?そうしましょうよ!」 手をすり、腰を折ってへこへこと見えない敵に機嫌をとるジョンストン。なんとなく出世した理由がわかる。 だが、現れたのはただ一人の男であった。 怪我でもしているのか、背中が血で汚れ真っ赤である。元々ピンク色の服が、赤く見えるほどの出血だ。 「なんだ……1人か。」 ほっと息をつくジョンストン。いくらドットでも、1人が相手ならば楽勝だ。圧倒的に優位と言ってよい。先ほどのおびえっぷりはどこへ やら、ジョンストンはにやにやしながら、杖をかざして立ち上がる。 「おいおい。まさかメイジに1人で勝てるとでも思っているのかね?実におばかな傭兵だ。せめてもう1人仲間を待てばいいものの。 おい、今日は特別にこのまま見逃してやってもいいぞ。ほら、あっちに行け。」 シッシッと犬の子でも追い払うように手を振るジョンストン。だが、男はジョンストンを睨んだまま、どんどん近寄ってくる。 「おいこら。それ以上近寄るな。近寄ると殺すぞ。」 そんな魔力はすでにないのでうったハッタリであるが、男の動きが止まる。 「ほう。やはり死ぬのは恐ろしいと見えるな。ほら、行け。わしはまだこれから逃げねばならんのだからな。」 「いや、貴様に用があるのだ。それを聞くまで、わしは立ち去るわけにいかんのでな。」 男――樊瑞がにやっと嗤った。 「わしの父と兄の仇のメイジ・クロムウェルについてと、ついでに、あの少年について教えても教えてもらおうか。」 『クロムウェルはメイジじゃねえよ!』とジョンストンが弁明する間もなく、樊瑞にひどいめにあわされたのだった。かわいそうに。 「ちょっと!大丈夫!?ねえ、起きて!」 必死にバビル2世をゆするルイズ。バビル2世は今にも倒れそうなほど衰弱している。全力で超能力を使い続けたときのように。 操縦かんを懸命に操作して、ガソリンの尽きたゼロ戦を軟着陸させようとするバビル2世。 そう、バビル2世も、ルイズも、ゼロ戦も、あの光球に飲み込まれていたのだ。 バビル2世は超能力と体力の全てを失い気絶寸前。ゼロ戦もすでにプロペラは止まり、ぐるぐると回りながら軟着陸のタイミングを 見計らっていた。 バビル2世の紋章が輝き続けている。そのおかげでバビル2世はすこしずつ楽になっているのだ。もし紋章がなければゼロ戦はとう の昔に地上で無残な姿をさらしているだろう。今はハングライダーのようにして、なんとか空を飛んでいるにすぎない。 『まるで、ぼくの力を補給しているようだ。』 声を出す気力もないバビル2世は止めるすべもなくゆすられ続けるバビル2世。せっかくヨミを追い払えたというのに飛行機事故で ゼロのしもべ 完 はないだろう。そう思い、体力を振り絞って機体を振り回し、着陸態勢に入る。 「だめだ……」 目が霞み、機体が左右に大きくぶれた。 次の瞬間。鉄の腕が、機体をがっちり掴んだ。機体を抱えて、頭の上に持ち上げる。 「がおおおおおん!」 鉄人だ。 鉄人が、ゼロ戦を抱えて草原に足から着地する。そしてそのまま草原を滑っていく。 そして鉄人の足に絡み付いて、速度を減速させていくスライムのような物体。 ロデムだ! 「ビッグ・ファイア様!」 「浩一くん!」 「ファイア様!ヴァリエール様!」 色とりどりの声がバビル2世の耳に飛び込んできた。よりによってむさい男の声が先行するのはどうなんだろう。 安心したのか、バビル2世は機体の上で眠るように気絶したのだった。 ゼロのしもべ 第2部 動く大陸編 完 …エピローグ… 「ほう。バビル2世だけでなく、このようなものまで見えるとは……」 ヒッピー男が満足げに微笑む。 「だが、唯一の心残りは樊瑞君と決着をつけられなかったこと。なにしろ……」 男がくるりと後ろを振り向く。 「これだけの人数。さすがに、見殺しにはできなかったのでねえ。」 視線の先には、いくつもの戦艦が転がっている。 男はバビル2世が現れるや否やこの事態を予測していた。そして撃墜された戦艦がある場合、身を呈してでも人命を助けるべく駆け 出した。なんと落ち来る戦艦を受け止めては降ろし、受け止めては降ろしを繰り返したのだ。 「だが、一度に数多くの人命を奪わざるをえない以上……むやみに命を奪うのは嫌いでねぇ。」 どこかの超能力少年に聞かせてやりたい台詞だ。 「性分というやつか。なぁ、呉先生。」 ヒッピー男の後ろで頷く男。 「さて、ヨミさまは無事との連絡も入ったことだし。そろそろ帰ろうじゃないか。」 「ええ。GR計画も準備が完了しました。あとはジョゼフ王を待つのみですからね。」 呉先生と呼ばれた優男が、扇をふわりと動かした。 男のつけた黒メガネのフレームが赤く光っている。はっはっはっ、と高らかに笑うと風が巻き起こり、砂埃が視界を隠す。 砂埃がおさまったとき、二人の姿は嘘のように消え去っていた。 異世界ハルケギニア 人類は魔法の力を用いて 秩序ある社会を築いていた。 だがその繁栄の陰に 暗躍する一つの影があった。 かつていくつもの組織を率い、世界を支配せんと目論んだ悪の指導者、ヨミ。 一方、3つのしもべを率いて、その野望に立ち向かいつづける一人の少年の姿があった。 名をバビル2世。超能力少年、バビル2世。 前へ / トップへ / 次へ(第3)部