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210 名前: 天使のような悪魔たち 第14話 ◆ UDPETPayJA 2010/12/04(土) 01 13 03 ID SKB/54JEO 冬が次第に近づき、寒さが厳しくなっていく。 就寝前に風呂に入って体を暖めてから、熱が冷めないうちに布団に潜るのが寒季の俺の日課だ。 もちろん、髪はドライヤーでしっかり乾かす。 でなければ翌朝寝癖で髪がえらい事になり、下手すれば風邪を引いてしまう。 目覚まし時計だけはしっかり三つセットする。三つも使うようになったのは、この家に俺一人だけになってからだ。 昔から俺は朝が弱い。特に冬は暖かい布団からなかなか出られずに二度寝を繰り返し、 時間ギリギリになって明日香に叩き起こされる、なんてのは日常茶飯事だった。 …迂闊。自分で言っておきながら、なんだか悲しくなってしまった。 明日香は気が狂うほどに実の兄である俺を愛し、幸せの絶頂で姉ちゃんの力で死んだ。 だけど俺はたまに思う。明日香は本当に幸せだったのか?と。 * * * * * 『………で、またここかよ。』 前回に引き続いて、真っ暗闇の空間。自分が立っているのか、はたまた浮いているのか、なんとも気持ち悪い。 だが前回の経験を生かし、俺は対策を練っていた。それは… どうせ真っ暗なんだから、いっそ寝転んで目を閉じてしまおう!と考え、さっさと実行に移した。 …うん、立っている時よりははるかにマシだ。気を抜けば凄まじく気持ち悪くなりそうだが、 俺は必死に自分に「俺は寝てるんだ」と言い聞かせて、ごまかした。 211 名前: 天使のような悪魔たち 第14話 ◆ UDPETPayJA 2010/12/04(土) 01 13 52 ID SKB/54JEO 『どうせいるんだろ?灰谷。さっさと来てくれよー。』 『僕ならもうそばにいるよ?』 『のわっ!?』 び、びっくりした…。いきなり耳元に話し掛けられたんだから。 脅かすなよバカ、と内心で悪態をつき、俺は目を開けた。 『三日ぶりだね、飛鳥。今日は君の疑問に答えにきたよ。ただし、僕の知ってる範囲でね。』 『! まじか。』 『うん。とは言っても、あまり時間はないけれど。』 言うと灰谷は自分の髪を手で掴み、即席ツインテールを作ってみせた。 『じゃあまず、前回の君の質問から答えようか。なぜ僕が亜朱架や明日香に似ているのか。 それはね…亜朱架は僕の子供だからだよ。』 『……は?』 本当に、言っている意味がわからなかった。だって俺の、俺たちの母親はこいつじゃない。 もう何年も会ってないが、その程度で母親の姿を忘れる、思い違うわけがない。 『ああ、彼女は…君が母親と思ってる人はね、代理母なんだよ。 亜朱架から聞いたと思うけど、亜朱架は普通の人間との間には子供を作れない。 それは染色体の数が異なるからなんだけど…僕も"そう"なんだ。 だから翔(かける)は、僕のコピーを二つこしらえ、片方には遺伝子操作を加えて、性別を改変した。 将来その二人がアダムとイヴになるために、ね。』 ---衝撃だ。灰谷の語っている事は、あまりに次元が違いすぎる。 そして灰谷が語った中にあった人物、"翔"とは…恐らく神坂 翔。俺達の父親にして、遺伝子学のプロフェッショナルにちがいないだろう。 何より、俺がずっと母親だと信じてた女性が…代理母だったなんて。 『翔の唯一の誤算は、生まれた子供たち"も"特異な能力を宿していたこと。 その能力を研究するためだけに、明日香は作られた。 そして明日香は亜朱架の…つまり、コピーのコピー。故に脆弱な身体に生まれついた。 ではなぜ、実験動物として生を受けた明日香が、君と一緒に暮らしていたと思う? その間、オリジナルの亜朱架は、何処で何をしていたと思うかい?』 『………まさか、そんなわけ』 ないよな、とは言えなかった。 そこまで言われてしまったら、答えは一つしか思い浮かばない。 『…姉ちゃんは、明日香の身代わりになってたんだな。』 213 名前: 天使のような悪魔たち 第14話 ◆ UDPETPayJA 2010/12/04(土) 01 14 51 ID RU+w7x9wO 『そのとおり。幸い、亜朱架は僕と同じ要素を持っていたから、いくら実験されようと、"身体は"無事だった。 ときに飛鳥、君には僕は何歳に見えるかな?』 灰谷は左目でウインクをして、可愛い娘ぶってみせた。 『正直…大学生くらいの歳にしか見えん。』 チチは姉ちゃんとは比べものにならないくらいデカいが。 『ありがとう。亜朱架も、あと5年歳をとれれば僕くらいの大きさになったんだけどね。』 『…もしかして、俺の思考が読めるの?』 『今頃気づいたのかい?ホント、結意ちゃんといい、君はでかチチが好きだねぇ。』 …頼むから、"だっちゅーの"のポーズはやめてくれ。 『まあ冗談はさておき。明日香には、僕や子供たちに備わっている、"不死"の要素が引き継がれなかった。 だから明日香は、力の使いすぎで身体がズタスタになって…亜朱架に介錯されたんだ。』 『ま、まてよ!さっきから姉ちゃんや明日香の事ばっかだけど、俺は!?』 『…知りたいかい?』 灰谷はふっ、と冷ややかな笑みを浮かべた。 ぞくり、と背筋に悪寒が走る。まるで蛇に睨まれたかのように。 『率直に言おう。君は僕の子ではない。』 『…なん、だって。』 『つまり飛鳥、君は亜朱架や明日香とは、血が繋がっていない。染色体の数も、普通の人間と同じ46本だ。 本当の僕の息子は、亜朱架と同じく49本の染色体を持ち、亜朱架と対極の力を持っていて、 かつ、歳をとらない。…ここまで言えば、わかるかな?』 『---馬鹿な。それじゃああいつが!?』 心当たりは一人しかいない。中学時代に出会い、苦楽を共にし、つい先日対立こそしたが、 かけがえのない俺の親友………斎木 隼。 『隼が、姉ちゃんの弟なのか?』 『正解。』 『じゃあ俺はなんだ…俺はなんなんだよ! なんで明日香は、兄貴を好きになった事を悩んで死んでいったんだ! こんなの…ありかよ…!』 『…君は、隼の替え玉なんだよ。 亜朱架たちの代理母の名前は、斎木 静香。そして、君の実の母だ。 皮肉だろうね…つい今しがた、実の母親ではないんだ、とショックを受けたのに、実際は真逆。 君は亜朱架の弟ではなく、代理母の実の息子。…可哀相に。』 『---俺を哀れむなッ!』 悔しい?悲しい?そんな言葉では今の俺の感情は語り尽くせない。 強いて言えば、信じていたもの全てが虚だった。ただそれだけだ。 『まあ悲しいことばかりではないはずさ。君にはちゃんと、実の姉が存在する。 名前は斎木 優衣。優しい衣、と書いてユイと読む。 ただ、最後に会ったのは彼女が小学校に上がったときだったから、今はどうしているかは知らない。』 『…結意の事は知っているのに、か。』 『隼は僕とは波長が合わないんだよ。僕は基本的に、亜朱架の夢を介して外の様子を見ている。 僕は今、自分の意志では指一本動かせない状態だからね。 そして飛鳥、君は亜朱架と明日香の力を受けすぎた。そのせいで、僕と波長が合うようになったのさ。 ただそれはやはり、弱いつながりでしかない。あと数回、夢の中で会えばつながりも消えてしまうだろう。』 214 名前: 天使のような悪魔たち 第14話 ◆ UDPETPayJA 2010/12/04(土) 01 15 44 ID 6PxfUAJkO 実の姉が存在する、なんて、なんの慰めにもならない。 見たことも会ったこともない姉など、俺が姉弟(兄妹)だと信じてきた二人に比べれば、 俺にとってはなんの価値も見いだせない。 『………! そろそろタイムリミットだ。』 『…そう、か。』 『またね、飛鳥。どうかくじけずに、普通の人間としての生を全うしてくれ給え。 それは僕や子供たちが、どんなに願っても得られない生き方なのだから。 それと、最後にひとつ。僕は今年で36歳になるんだよ。…身体は歳をとらないんだけどね。』 その言葉を最後に、灰谷は暗闇の中に吸い込まれるように消えた。 瞬間に襲い掛かる、奈落に吸い込まれそうな感覚も、今の俺にはなんの脅威ですらない。 どうか早く目覚めてくれ。そしてどうか、全てジョークだと言ってくれ。 でなければ、あまりに寝覚めが悪すぎるだろう? * * * * * 「…頭痛ぇ。」 215 名前: 天使のような悪魔たち 第14話 ◆ UDPETPayJA 2010/12/04(土) 01 17 09 ID 6PxfUAJkO 三つの目覚ましが鳴るよりもわずかに早く、俺は目を覚ました。 朝の日差し窓越しに浴び、ここが夢の世界ではないことを実感して、ひとまず安堵した。 独りになってから約十日経ち、朝の静寂さにも慣れた。 最初は漠然とテレビをつけ、空虚さをごまかしていたが、次第にそれすらしなくなった自分がいた。 誰もいない家に時間ぎりぎりまでいる必要性はない。 俺は台所に降り、トーストを仕込んで、その間にシンクで洗顔をすませた。 チン、とトーストが焼き上がった音がしたが俺はそれをスルーし、制服へと着替える事を優先した。 食事にありついたのは、7時半。トーストにマーガリンを塗っただけの、簡素を通り越して貧乏くさい食事だ。 口元のパン屑を払い、俺は玄関に向かう。手に持っているのは、筆箱しか入っていない、 およそ学生らしくない軽さの学生鞄だけ。 鍵を開けて外に出ると、家の前に誰かが立っていた。 いや、"誰か"と言っては随分なご挨拶だろう。家の前で待っていたのは、昨日退院したばかりの、結意だ。 「おはよ、飛鳥くん。」 「結意…」 「お弁当作ってきたよ。今日は飛鳥くんの大好きな---きゃっ!?」 俺は言葉を待たなかった。 結意の腕を掴み、強引に引き寄せ、力いっぱい抱きしめた。 「あ、飛鳥くん…どうしたの…?」 「…ごめん。しばらくこうさせてくれないか。」 「………何か、あったの?」 「…なんでもないよ。ただ---」 俺の信じていたものはすべて幻だった。そしてこの俺自身も。 俺は結意の胸元に顔をうずめ、さらに腕の力を込めた。 別にやましい気持ちからじゃない。…泣き顔を見られたくなかっただけだ。 それでも結意の体温は心地よくて、ずっとこうしていたい、と思ってしまう。 「独りが寂しくなっちまったんだ。父さんも母さんも、姉ちゃんも…明日香も、帰ってこない。 今、俺一人ぼっちなんだよ。」 「…私はずっと、飛鳥くんのそばにいるよ。」 結意は優しい手つきで、俺の頭を撫でてきた。 これじゃあ、こないだと丸っきり逆じゃないか。 216 名前: 天使のような悪魔たち 第14話 ◆ UDPETPayJA 2010/12/04(土) 01 18 34 ID SKB/54JEO * * * * * 俺こと佐橋歩は、チャイムぎりぎりに学校に着くのが当たり前の人間だ。 ろくに授業に出てないのだから遅刻してもいいんじゃないか?と思ったかもしれないが、甘い。 俺はこれでも、遅刻"は"してないんだ。 そんなわけで今日も、ぎりぎり間に合うくらいの時間に到着した。 「よう、佐橋歩!」 「---なぜ、あんたがいる。」 俺が"あんた"と呼んだのは、県内屈指のお騒がせ芸人、瀬野 遥だ。 瀬野の他に、瀬野と同じ制服を着た男が一人、見受けられる。 瀬野たちは、怪しげなキャリーバッグを四つ持っていた。 「誰が芸人だ!それより、手伝え!」 「何をだ。」 「こいつを運ぶのをだよ!さすがに20人分にもなると重くて仕方ねえ!」 「中身はなんだ。」 「メイド服だ。」 瀬野のその言葉を聞いて俺は、ひとつの決意をした。 ---よし、通報しよう。 「もしもし110番…」 「だー待て待て!神坂だ!神坂に頼まれたんだよ!文化祭で使うから、って!」 「どちらにせよ俺には関係ないな。俺のクラスはメイド服など使わん。」 「いいから手伝ってくれよ!そしたら、いいモン拝めるぞ!?」 「なんだよ、変態。」 「それはな………結意ちゃんのメイド服姿だ。」 ああ、そういやこいつら、織原のファンクラブがどうとか言ってたな。 変態もここまでくると、畏敬の対象にすらなるぜ。 「よしわかった。手を打とう。」 「そうか、助かるぜ!」 「ただし………光の分ももらってくぞ。」 「て、てめぇ!」 当然だ。世の中ギブアンドテイクなんだ。 それに…自分の彼女ながら、僕っ娘メイドが見れるなんて、朝からツイてるじゃないか。 そうして、初めての遅刻と引き換えに、俺はメイド服を入手(半ば略奪)したのだった。
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561 名前:天使のような悪魔たち 第19話 ◆UDPETPayJA [sage] 投稿日:2011/02/27(日) 10 44 05.79 ID somyW2xH [2/8] 目が覚めた…と言うには語弊がある。なぜならここは、現実ではない空間からだ。 もう何度目になるだろうか。ここを訪れるのは。 確か俺は斎木によって、致命傷を受けたはず。それでもここにいるという事は、俺はまだかろうじて、生きているのだろう。 「灰谷…いるのか?」 「僕はここにいるよ。」 いつの間にか、俺の真正面に灰谷がいた。 「なあ…教えてくれ。どうしたらあいつを止められるんだ? 俺はまた何もできないのか? 結意を…守れないのか…?」 すがりつくように、俺は灰谷に尋ねた。 「1つ、方法があるよ。彼女は一度死んだ身。彼女の存在は因果率に反しているんだ。 隼の力を最大限まで発揮すれば、彼女の存在を"修正"できる。 だけど…隼がそれをするかな? なぜなら隼は、彼女を深く愛していたんだから。」 「そんな…だけどあいつは!」 「君ならわかるはずだよ。 言ってみれば、明日香を死なせる要因の一つとなった結意ちゃんを、君が殺すようなものだ。」 俺が…結意を…? そんなこと…できるはずがない。 だって結意がいなきゃ俺は… 「できないだろう? こればかりは、僕や君の意志ではどうにもならない。 本来なら僕が出向いて、彼女を止めるべきなんだけど…僕の体は、今は僕の自由にならないんだ。」 「いつもそうだ…あんたは、助けには来てくれない。明日香の時も、姉ちゃんの時も! 知ってたんだろうあんたは! なのに何故、動けないんだ!?」 「優衣の体は、元々は僕のものだからだよ。」 「…どういうことだ。」 「………彼女の願いは、隼の子を宿せる体を得ること。なおかつ、永久に添い遂げる事。 遺伝子の違いを、後天的に治す事は不可能。 そこで僕は、優衣の精神を消去し、僕の中に再生したんだ。…隼に対する、罪滅ぼしのつもりでね。」 そんな事ができるのか、こいつは。…人間のレベルを超えてやがる。 「ところが反発がすさまじくて、僕は3年程寝たきりになっていた。 目を覚ましたのはついこの前。目を覚ましたら…すっから僕の体は優衣そのものに変わっていた。 僕は深層意識でしか存在できず…こういう形でしか、君と話ができない。」 …そうか。だから斎木は、あの力が使えたのか。 「最早僕の体を僕自身に取り戻すには、隼の力を借りるしかない。結末を…見届ける事しか僕にはできない。 …もう戻りなさい。君はまだ、死ぬべき人間じゃない。」 灰谷は最後にそう言い残し、消えた。 少しずつ、体に痛みが戻ってきた。意識が、現実に帰ろうとしているんだろう。 結末を見届ける事しかできない。それは俺だってそうだ。 どうして俺だけが無力なんだ…。 562 名前:天使のような悪魔たち 第19話 ◆UDPETPayJA [sage] 投稿日:2011/02/27(日) 10 45 20.93 ID somyW2xH [3/8] * * * * * 意識が覚醒すると同時に、鋭い痛みと、むせ返りそうな血の匂いを感じた。 ふらつく体を起こそうと、手を床につく。その箇所が生暖かく、ぬるぬるとした。 ぼやける視界が少しずつはっきりしていく。辺りを見回すと、信じがたい事態になっていた。 「な…んだよ、これ…」 まさに血の海。返り血は壁まで汚し、俺の周りには佐橋、姉ちゃん…そして、結意が倒れていた。 「結意…? おい、返事しろよ…。」 肩を揺さぶってみる。すると、かすかに吐息を感じた。 「ぶじ…だったんだぁ………よかったぁ…」 「馬鹿やろう、自分の心配をしろよ…。」 「えへへ…ごめんね…。わたし、かてなかった、よ…。」 「!」 まさか、結意は。斎木と闘おうとしたのか。 ばかな。相手はもはや人間じゃない。悪魔だ。勝てるはずなどないのに! 明日香の最期が、脳裏を再びよぎる。 『お兄ちゃん…大好きだよ。』 「飛鳥くん…大好き…」 その光景と、結意の姿がだぶついた。 「あら? まだ生きてたんだ、あなた。」 「…っ、斎木ぃ! てめぇ…」 斎木は血の海の中に立っていた。白い衣服は返り血を浴びて赤に染まっている。 佐橋の見た光景が、現実のものとなってしまったのだ。 「飛鳥…やめ、なさい…。」姉ちゃんの、か細い声がした。 「逃げて…彼女は…狂ってる…。」 「狂ってる、ですって?、貴女に言われたくないわね。」斎木が不快そうな表情を浮かべると同時に、俺の横で、姉ちゃんの体から血が吹き出した。 「っ…、あす…か…」 姉ちゃんの声は、そこで途切れた。 「これで邪魔者はいなくなったわ。私達だけの新しい生活が始まるのよ、隼?」 隼は、斎木の目の前でひざまずいていた。 「悲しむ事はないわ。これから続く長い人生に比べれば、ほんの一瞬でしかない。 百年も経てば、忘れるわよ。」 「優衣姉…っ、もう…やめてくれ…」 隼の声色が震えている。涙が混じっているんだろう。 563 名前:天使のような悪魔たち 第19話 ◆UDPETPayJA [sage] 投稿日:2011/02/27(日) 10 46 37.29 ID somyW2xH [4/8] 「だから、そこのお友達にもお別れしなきゃね。」 斎木は再び手刀を放つ。今度こそ、俺を殺すつもりだろう。 隼に斎木を止める事はできなかった。…俺達は、これでお終いなのか。 「………勝手に、お別れしないでくれるかなぁ?」 …今のは、誰の声だ? 手刀の衝撃が、来ない。隼が消したのか? いや、違う。 隼の力で消せるなら、こんな惨事にはなってない。 じゃあ、誰が…? 「久しぶりだね、兄貴。」 姉ちゃんが、それまで受けた傷、痛みなどまるで意に介さずに、立ち上がった。 兄貴、だと? そんな風に俺を呼ぶのは、一人しかいない。 「私ならあいつに勝てるよ。」 「明日香…なのか?」そんな馬鹿な、だってお前は…死んだはず…。」 「正確には違うかな…私の体はもうないから。まあ、あいつと同じって事だよ。」 姉ちゃんは、いや明日香は斎木を指差して、そう言った。 つまりは、明日香もまた姉ちゃんの中に"いた"のか。 「あら、いきなり強気になったわね。…そんなに死にたい?」 「そういう台詞は、今の状態を自覚してから言うのね。」 「…まあいいわ、また心臓を抜き取って---?」 斎木は、いきなり怪訝な表情をした。 「力が…使えない? どうして…隼なの? …違う。まさか、あなたが?」 「そうだよ。私もあんたと同じ。お母さんと同じ力を持ってる。 あんたの力は、全部封じ込めちゃったから。」 「なん、ですって…?」 「さぁ…今がチャンスよ。これ、返してあげるから。」 明日香がそう語りかけたのは、結意に対してだ。 その直後、空中から木刀が一差し、現れた。それはあの日の事件で、消えたと思われたものだろう。 「うん…わかってる。私が…あいつを…やればいいんでしょ…?」 結意はそれに応えるように、ふらふらとしながら立ち上がった。 木刀を拾い上げ、握りしめる。おぼつかない足取りながらも、斎木の近くまで歩み寄っていった。 「許さないよ…飛鳥くんを傷つける奴は。」 そう言った結意の声は、あの日と同じように、凍てついていた。 「わ、私を殺そうっていうの…無駄よ!? 私の体は、いくらでも再生するんだから!」 「へぇ…でも、足震えてるよ?」ついに結意は、木刀を一閃、振り抜いた。 ばき、という鈍い音と共に、斎木は倒れ込む。 564 名前:天使のような悪魔たち 第19話 ◆UDPETPayJA [sage] 投稿日:2011/02/27(日) 10 48 31.37 ID somyW2xH [5/8] 「死ぬとか死なないとかどうでもいいの。二度とこんな真似できないように…"壊してあげる"。」 結意はわざとらしく、さっきの斎木の口調を真似てそう言った。 「や…やめてよ…! 隼、助けて! こいつ頭おかしいわよ! 隼…きゃあっ…!」 結意は容赦なく、木刀による打撃を浴びせる。 頭を狙って殴り、腹を狙って突き、血にまみれようとも、やめる素振りはない。 「ごふっ…ぐぇ、あぁぁぁ!」 あまりに凄惨な叫び声が、耳に届く。隼は良くも悪くも、なぜ動かない? 「兄貴、どうしたい?」明日香が不意に、俺に尋ねた。 「あのままじゃあの娘、ずっと止まらないよ。 選んで、兄貴。結意さんを止めるか…あの女の心臓を消すか。」疑念など、浮かぶ余地はなかった。 「…頼む。もう終わりにしてくれ…」明日香がその言葉の意味をどう取ったかは、すぐにわかった。 「! し、隼…っ、たす…け…ごはっ…!」」間欠泉のように、斎木の口から血が吹き出す。心臓を、抜き取られたのだろう。 「優衣姉…ごめん。………さようなら。」 「しゅ…ん………………き……」 最期は、「好き」と言ったのか。それとも「嘘つき」と言ったのか。定かではないが。 だけどそれを最後に、斎木が口を開く事はなかった。 それでも結意は手を止めない。容赦なく、斎木の体を殴り続ける。 「結意…もう、やめろ…!」俺は震える足を踏ん張り、明日香の肩を借りて立った。 「もう死んでる。これ以上する必要はないだろ…?」 返事はない。俺の言葉が、聞こえてないのか。ならば。 少しずつ、すり足で結意に近づく。俺は後ろから、力いっぱい結意を抱きしめた。 「あ…飛鳥くん…?」 「もういいんだ。…終わったよ。」 「でも…っ、こいつ…ゆるせないよぉ…だって、飛鳥くんを…ぐすっ…」 「…泣くなよ。俺には…お前しか、いない、んだから…さ…」 結意の手から木刀が滑り落ち、乾いた音が響く。 それと同時に結意の体から力が抜けたのがわかった。 …気を失ったんだろう。 「ごめん…俺も、限界かも…」 悪いな、結意。無事な訳がないんだよ。 灰谷にも明日香にも隼にも、外傷を治す力はない。 体中を、寒気が襲う。こういうのはやばいって、何かの本で読んだな。 遠くからサイレンの音が聞こえた。きっと誰かが、警察かレスキューに電話してたんだろう。 その音を聞いて俺は、ようやく安心して意識を手放した。 565 名前:天使のような悪魔たち 第19話 ◆UDPETPayJA [sage] 投稿日:2011/02/27(日) 10 49 43.05 ID somyW2xH [6/8] * * * * * ---数日後。 あの惨劇は、世間を大きく騒がせた。 原因不明の切り傷、大量の"負傷者"。 テレビを見れば、好煙家のくせに経済を説くエセアナリストが、的外れな見解をしていた。 まあ誰も信じないだろうな。あんな事実は。 そうそう、あの事件では奇跡的に、"誰も死ななかった"んだ。 斎木の付けた傷は、ほぼ全てが致命傷には至らないものだったらしい。 あの女が手加減をするとは思えない。灰谷が、奴の意識下で力を弱めてたんだと思う。 それきり、灰谷は俺の夢には現れなかった。 姉ちゃんは斎木に襲われる以前の、欠けた記憶を全て取り戻していた。 その再生能力から病院のお世話にならず、斎木の遺体(仮死に近いものらしいが)を隠蔽しに行ってたらしい。 その際には隼も同行したと聞く。 明日香があの時現れたのは、やはり姉ちゃんが明日香の精神を取り込んだからだそうだ。 もともとは同じ一人なんだ。…姉ちゃんには復元能力はないけど、これも灰谷のお陰なのだろうか…? だけどそれはとても脆弱なもので、姉ちゃんが言うには、もう現れる事はないらしい。 …あいつ、最後の最後で、呼び方が"兄貴"に戻ってたな。 結意はついこの前まで入院してたんだけど、傷は俺より軽く、一足先に退院していった。 ところが俺の傷は酷く、あと一週間はベッドの住人だ。 酷い、といってももう普通に話せるし、用足しだって自分で行けるくらいには回復してる。 あとは傷が完全に塞がるのを待つだけなんだけど…暇で仕方ないんだ。 コンコン、とドアがノックされた。この病室には俺しかいない。誰なんだ? 「…来て、あげたわよ。」 ドアを開けて現れたのは、なんと穂坂だった。 しかし眼鏡はかけておらず、髪も文化祭の時みたいにツインテールにしていた。 「神坂くん一人だけ、傷がひどいらしいわね。」 「ああ。お陰で退屈してるんだよ。」 「…そう。私でよければ、暇つぶしの相手になってあげるわよ。」 「そりゃ助かる。」 566 名前:天使のような悪魔たち 第19話 ◆UDPETPayJA [sage] 投稿日:2011/02/27(日) 10 51 57.27 ID somyW2xH [7/8] 穂坂はベッドの横にある椅子に腰掛ける…と思いきや、なぜかベッドの上に上がってきた。 「お、おい穂坂…? 何の遊びだよ?」 「…私ね、今まで自分に嘘ついてた。けどこの前の事件、私はかすり傷だったけど、神坂くんは瀕死で運ばれていった。 その時、初めて思った。…神坂くんを、失いたくない、って。」 穂坂は俺の両手を押さえ付け、顔を近づけてきた。 「神坂くん…好き。」 唇と唇が、重なり合った。 頭が混乱してる。これは、どういう事だよ…? 「今は織原さんのものだとしても…絶対、奪い取ってみせるわ。」 そう言った穂坂は、今まで見たことがないくらいに昂揚、妖艶に微笑んでいた。 まだ、悪夢は終わらないのか。 俺はいつになったら、このタチの悪い夢から覚める事ができるんだ…?
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魔界戦記ディスガイア(ファミ通文庫基準)より、ラハールを召喚 ゼロと魔王-01 ゼロと魔王-02 ゼロと魔王-03 ゼロと魔王-04 ゼロと魔王-05 ゼロと魔王-06 ゼロと魔王-07 ゼロと魔王-08 ゼロと魔王-09 ゼロと魔王-10 ゼロと魔王-11 ゼロと魔王-12
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174 : 天使のような悪魔たち 第10話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22 27 20 ID ts6FS2cAO さて、ついに俺と結意ちゃんは伏魔殿---もとい、飛鳥ちゃんの自宅前までやって来た。 インターホンを鳴らしてみる。が、反応はない。試しにドアノブを静かに捻ってみたが、鍵もしっかりかけられている。 まあ当たり前だが。 どうやら飛鳥ちゃんはまだ帰ってきていない。 「うーん…どうすっかねぇ、結意ちゃん」と、さりげなく視線をちら、っ横にやった。 「その木刀で、ドア壊してみる?」 「だめ。ドアが頑丈すぎて、木刀が耐えられないよ。」 「じゃあ、ガラス割って忍び込んでみる?」 「…いいかもね。でも、あまり音は立てたくない。」 なんとまあ、俺の予想とは打って変わって、結意ちゃんはこの期に及んで冷静だった。 てっきり飛鳥ちゃんの事で熱がいっぱいだと思っていた俺は、少し感心してしまっていた。 「大丈夫。私に任せて。」 「ん? あ、ああ」 言うや結意ちゃんは制服のポケットから針金を三本ほど取り出した。それを鍵穴に差し込み、かちゃかちゃといじくりだした。 結意ちゃんはピッキングができるのか? と疑問を投げ掛けようとした瞬間、がちゃ、という音がした。 「開いたよ。」 随分と早いもんだ。結意ちゃんは針金を鍵穴から抜き、ポケットにしまうとドアノブに手をかけ、静かに扉を開いた。 侵入成功、か。ここから先は、俺は結意ちゃんの援護に徹するとしよう。 「…………待て!」 背後から、聞き慣れた男の声がした。その声の主は、俺の親友であり、結意ちゃんの想い人でもある。飛鳥ちゃんだ。 175 : 天使のような悪魔たち 第10話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22 29 14 ID 2YOmX9T2O * * * * 間一髪、俺たち三人は隼と結意が家に上がり込む前に辿り着けた。 走りまくって息も絶え絶えだが、とりあえず「待て!」と隼たちを牽制した。 「よう、飛鳥ちゃん。白馬の王子様はどっちの姫君に手を差し延べるのかな?」 「その前に、その木刀で何をするのかを教えてはくれないかな、結意?」 「何って…飛鳥くんを苦しめる悪い虫を退治するためだよ。」 「お前………そんな訳わからない理由で明日香を?」 「斎木くんが教えてくれたの。私に冷たくするのは、妹ちゃんに脅されてるからだ、って。 もうすぐ、飛鳥くんを自由にしてあげるからね?」 なんだと…隼が? そう言えば、何故今、隼は結意の傍にいる? 昼休みに結意の弁当箱を隼は持ってきた。よく考えれば、結意が弁当箱を自分から他人に預けるとは思えない。 そして、さっきの台詞だ。 『白馬の王子様はどっちの姫君に手を差し延べるのかな?』 「っ…隼、てめえが黒幕か!」 「黒幕、とは人聞きが悪いねぇ。どちらかと言えば、黒幕はお姉サマだぜ。」 「姉ちゃん? 姉ちゃんが何の関係があるってんだ!?」 「まだ全てを思い出すには早いよ、飛鳥ちゃん。飛鳥ちゃんには結意ちゃんと同等の痛みを味合わせて、それから思い出させてやるよ。 自分が今までどれだけ残酷な事をしてきたのかを、な。 さあ、行きなよ結意ちゃん。ここは俺に任せな。」 隼はいよいよ俺達を塞ぐように家の前に立ち、両腕を開いてみせた。 その隙に結意は、ついに家の中へと上がり込んだ。 「待て、結意! 隼てめぇ、そこを退けよ!」俺は道を塞ぐ隼に苛立ちを覚え、拳を握り打ち出した。 だが隼は俺の拳を受け流したかと思うと、そのまま腕を引き、足払いを決めてきた。 「ぐぁっ!」 「やめときなよ飛鳥ちゃん。喧嘩じゃ俺は負けないぜ? 俺は飛鳥ちゃんの何倍もの修羅場を潜り抜けてきてるんだからな。 安心しな、結意ちゃんが怒るからあまり痛くはしないさ。」 我ながら随分とあっさり倒されたもんだ。だが確かに隼は、追撃をして来なかった。 俺は咄嗟に跳ね起き、隼から距離を置いた。 ---隙がない。一見飄々として見えるのはいつもの事だが、その実あらゆる攻撃にも対処できる。そんな構えだ。 「神坂。」佐橋が俺の耳元に顔を近づけ、喋りかけてきた。 「あいつは只者じゃない。よくわからんが危険だ。」 「なんでそう思う?」 「…未来が読めないからだ。あいつの近くに来てから、一切の未来が読めない。お前の死も、な。 それによく考えろ。俺がついさっき見た未来は、あの結意とかいう女の死だ。つまり、返り討ちに遭う可能性が高い。」 「結意ちゃんに限ってそれはないよ。」 隼は、佐橋の話を聞き逃さなかったようだ。 176 : 天使のような悪魔たち 第10話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22 31 09 ID CkzHf342O 「亜朱架さんは今、力を使えないはずだからね。」 「…姉ちゃん? 力って、何の話だ?」 「…仕方ないねぇ。綺麗さっぱり忘れてるんだから、これくらい教えてやるよ。」 隼は両腕をさらに大袈裟に開き、まるで演説をするかのように語り出した。 「亜朱架さんの持つ力、それは…"存在を無に還元する"力さ。 念じるだけで物質を消去することができ、記憶を消すこともできる。 思い出してみるといいさ、飛鳥ちゃん。記憶の中に、抜け落ちた部分があるはずだからな!」 「存在…記憶……?」 隼の言葉に促され、俺は一瞬、最近の記憶を振り返ってみた。 今日の事は全て覚えている。朝から結意に追い回され、図書室に逃げ込み、佐橋と出会った。 昨日…突然姉ちゃんが帰ってきて…その前に明日香が何故か結意の家にいて…ん? 一昨日…俺は学校が終わったあと………どこにいた? 三日前…この日も朝から結意に付きまとわれ、それから…何があった? よく考えたら、思い出せないことだらけじゃないか。いくら人間が昨夜の晩飯の内容を忘れることがある生き物だからって、 こんなにも記憶に穴があるなんて、いくらなんでもおかしい。 隼の言っている事は本当なのか…? 「おい神坂! ぐだぐだ考えてる場合かよ!」突然、瀬野が大声で叫んだ。 「このままじゃ結意ちゃんが人殺しになっちまうだろ! それに、よくわからんが佐橋の言う通りなら、結意ちゃんが…! おい、シュンとか言ったな! テメェは結意ちゃんが人殺しになってもいいってのかよ!」 「…人殺し、ねぇ。大切な人の為なら、人殺しにだってなれる。それこそが人間ってもんだろう?」 「知るかよんな事!」 瀬野は木刀を振りかぶり、隼の元へと突進していった。 …だめだ。隼なら簡単にかわせる。 177 : 天使のような悪魔たち 第10話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22 32 10 ID CkzHf342O 「…神坂。」と佐橋が呼んだ。 「隙を作る。その間にお前だけでも行け。」 言い終わると佐橋も瀬野に続いて走り出した。 「うおぉぉぉぉぉ!」瀬野が木刀を横一閃に振り抜く。だが隼はそれを左手でいとも簡単に掴みやがった。 「遅いよ。」隼は木刀を逆に引っ張り、瀬野の体を引き寄せ、膝蹴りを腹に打ち込んだ。 「ぐ…はっ…」瀬野は嗚咽を漏らし、ふらついた。 瀬野がよろけたところに、今度は佐橋が握り拳を間髪入れずに打ち込んだ。 さすがに隼も二段構えの攻撃には驚いたようだ。だが隼は即座に片足を半歩引き、拳撃をやり過ごそうとした。 だが佐橋はパンチはしなかった。握り拳を下に振り下げたかと思うと右足で軽く跳ね、体を半回転させて左足で踵落としを仕掛けた。 半歩下がった程度ではかわしきれない。チャンスだ。 隼は両手を頭上でクロスして、踵落としを受け止めた。 「ちっ…あんたも、飛鳥ちゃん程度には強いみたいだねぇ」 「油断大敵って言葉、知ってるか?」 言うと佐橋は今度は残った右足を無理矢理跳ね上げ、空中でブロックされた左足で踏ん張り、蹴り上げに移行した。 …なんつー動きだ。 蹴り上げはようやく隼にダメージを与えるに至った。佐橋のつま先は、隼の顎をついに捉えたのだ。 「がっ…!」 隼は口元を押さえて顔をしかめた。その一瞬のうちに俺は全力ダッシュで隼の横をすり抜けた。 「あっ…待て、飛鳥ちゃん!」 慌てて隼は俺を追おうとするが、足は俺の方がわずかに速い。 「待っ…!? ぐあぁぁぁぁぁ!」 ---突然、隼が大声で苦しそうに呻いた。 あまりに苦しそうな声に、俺は無意識に振り返ってしまった。 「…馬鹿な。俺の力で抑えられない…? ゆ、結意ちゃん…!」 言っている意味はさっぱり理解できん。だが、あれは間違いなく演技ではない。 「神坂! 早く行け! あとは任せろ!」瀬野が大声で俺を促す。 確かに瀬野の言う通りだ。隼のことは二人に任せよう。 俺は三人を尻目に、ようやく自宅へと入ることができた。 178 : 天使のような悪魔たち 第10話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22 34 57 ID LAKqI2RQO * * * * 「さて、詳しい事を説明してもらうぞ。」 外に残された三人。俺は神坂に代わり、隼という男にそう尋ねた。 だが、わざわざ聞かなくても想像はついた。 隼の話が真実ならば、神坂の姉は異能力者(それも、俺とはベクトルがまるで異なる)であり、 神坂はその姉によって都合のいいように記憶を消された? そしてこの男は、不自然なくらいに詳しい。結意という女を、そんな能力を持った相手の元へ平気で向かわせるということは、 何らかの対策がある、という事になる。 異能力に対抗するには、異能力しかないだろう。つまり隼は… 「お前、神坂の姉の力を相殺できるんだろ?」 「…さすが、うちの高校で一番頭が良いだけはあるねぇ…くっ…」 「だが今のお前には負荷がかかっている。神坂の姉の力が強まってるのでは?」 「それは違うね…亜朱架さんは、ぁくっ…良くも悪くも、成長しない…たぶん…いもう、と、だ…」 「…なんだと!」 最悪だ。神坂の妹までもが同等の力を持っているとしたら、隼一人では力を相殺できないのでは!? 「おい瀬野!手伝え!」 「なんだ佐橋!」 「隼の肩を持て。…中に入る」 「いいのかよ!こいつは…」 「もう俺達の邪魔をする理由はこいつにはない!それより、こいつの力が必要なんだ!」 しかし、連れてったところでどうする? 止められないかもしれない。…だが、やらないよりはマシだろう。 「…佐橋歩、なんで君はそんなに必死なんだ? 君からしたら、他人事なのに。」この期に及んでまだ減らず口を叩く隼。 それに対し、俺はこう言ってやった。 「未来を…変えるためだ!」
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491 : ◆UDPETPayJA [sage] :2008/12/09(火) 18 16 18 ID P3hsFZwf 飛鳥くんに拒絶されて、何がなんだかわからなくなった私はただ、子供のように泣きじゃくっていた。 視界がぼやけ、床が生き物のようにぐにゃりと歪む。立つことすらままならない。怖くて寒気がとまらない。今の私はそんな状態だった。 「…だから言っただろう。もうよせって。」 男の人の声がした。この声はたしか…斎木くんだったかな? 「私…もうだめだよ。飛鳥くんに拒まれてまで生きていたくなんかない。」 実際その通りだった。もしこの場にカッターナイフがあれば手首を縦に切り裂き、縄があれば迷わず首をくくれる。…もう絶望しきっていた。 でも、斎木くんはこう言った。 「結意ちゃんは悪くないよ。飛鳥ちゃんはきっと騙されてるんだ。」 「…だまされてる?」 「そう、騙されてる。きっと妹ちゃんにでもそそのかされたんだろ。でなきゃ突然あんなこと言ったりしないさ。」 斎木くんの言葉は魔法のようだった。今の私はそれを疑う術も、余裕もない。むしろ、私にとってその言葉は救いだった。 「…そっか、そうだったんだ。まったく…しょうがないなぁ飛鳥くんってば。それなら早く言ってくれれば良かったのに。でももう大丈夫だよ。」 そう、もう大丈夫。どうすれば飛鳥くんを解放してあげられるか気付いたから。 そんな悪い娘、死んじゃえばいいんだよね。わかってるよ、言ったでしょ? 「私、飛鳥くんの為ならなんだってできるんだよ?」 492 :天使のような悪魔たち 第8話 ◆UDPETPayJA [sage] :2008/12/09(火) 18 17 06 ID P3hsFZwf * * * * * 結意ちゃんのほうはこれでよし、と。次は飛鳥ちゃんのほうだ。一応確認しとかなきゃいけないな。 おそらく…亜朱架さんがやったんだろう。あの人はそういう人だ。結意ちゃんもそうだけど亜朱架さんの愛情も、狂気じみたものがある。 わざわざ研究所を逃げ出してまでここに戻ってきたのは、たぶん結意ちゃんのせいだ。まったく…女のカン、ってのはつくづく厄介なものだよ。 「結意ちゃん。」俺はもう一度声をかける。「俺、これから飛鳥ちゃんのとこに行くけど、良かったらその弁当渡してきてあげるよ。」 「いいの?」 「ああ、たぶん結意ちゃんが行くと迷惑になっちゃうよ。帰ったらきっと妹ちゃんにお仕置きされちゃうんじゃないかなぁ?だから俺が行ってきてやるよ。」 これはもちろん嘘だ。妹ちゃんが飛鳥ちゃんに通常はあってはならない好意の抱き方をしていることは知っているが、実際にはまだそこまでは達してないはず。 亜朱架さんがいるから、まもなくそうなるかもしれないけどな。 「じゃあ、お願いするね。」結意ちゃんは弁当箱を預けてきた。俺はそれを受け取り、飛鳥ちゃんのもとへ向かった。 飛鳥ちゃんはやはり屋上に来ていた。この学校内で教師の目に付かない、サボりに適した場所といえばおのずと限られてくる。 今でちょうど三時限目のチャイムだ。どうせ渡すなら空腹がピークに達する昼時がいいだろう。 場所さえ確認できていれば、すこし寄り道しても問題あるまい。俺は屋上を離れ、人気のない旧校舎に足を向けた。 周りに人がいないことをよく確認し、俺は携帯を取り出した。電話帳から呼び出した番号は、飛鳥ちゃんの自宅だ。 「…もしもし、神坂ですが。」 やはり。この幼い少女のような…それでいてどこか知性が感じられる声。間違いない、亜朱架さんだ。 「お久しぶりですね、亜朱架さん。斎木です。」 「…あら、隼くん。どうしたの、今は授業中じゃあ?」ある意味当たり前の質問だ。 「亜朱架さんも人が悪いな。サボってるのわかってるくせに。」 「そうね。で、サボってまで電話してきて…なんの用件かしら?」 「では単刀直入に…飛鳥ちゃんの記憶をいじりましたね?」さて…亜朱架さんはどう答えるだろうか? 「ええ。飛鳥には悪いけど、あの結意っていう娘のことをちょっと忘れてもらったわ。」 「何のためにです?」 「あなたもわかっているんじゃなくて?妹のためよ。」電話口でひとつため息をついて、亜朱架さんはさらにこう続けた。 「妹の幸せが私の幸せなの。あの娘が飛鳥を愛していたことはずっと昔に知っていたわ。でもあの娘は飛鳥と2人でいられる幸せを壊したくないから言えずにいた。 飛鳥はあの娘のことを普通に妹としてだけ愛していたし、もし知ればあの娘を拒絶するのは目に見えているしね。だから隠していよう、と決めていたみたい。 でも、あの結意って娘のせいでぶち壊しになったのよ。あの小娘のせいで明日香は傷つけられた。だから、2人からその"傷"を消し去ってやったの。」 おおむね予測どおりの回答だ。亜朱架さんの気持ちはあのときから全く変わって…いや、より強固になったようだ。 「そうですか…でも、今回ばかりは俺も折れることはできませんよ。」 「…今でもあのことを忘れられないの?」 「当然でしょう。忘れられるわけがありませんよ、だからこそ同じことの繰り返しだけはしたくないんです。それでは。」 電源ボタンを押し、会話を強制終了する。今の俺の心境は最悪だ。 亜朱架さんは絶対に結意ちゃんを敵としてみなしているはず。俺にとっても今の亜朱架さんは敵だ。 だけどもう絶対に繰り返さない。でなきゃあ俺はまた失うことになる。俺が唯一愛した、あの人のように。それだけはさせない。 494 :天使のような悪魔たち 第8話 ◆UDPETPayJA [sage] :2008/12/09(火) 18 17 54 ID P3hsFZwf * * * * * ツー、ツー、と空しい電子音を鳴らす受話器を置き、もういちど今の会話を考察してみる。 まさか隼くんが結意さんについていたなんて……たしかに結意さんはどこか彼女に似ているけど、所詮代わりでしかない。 そんなもの求めたところで何の意味もない。彼もいいかげんそれに気づくべきなんだわ。 でも、私の…私たちの邪魔をするというなら無視するわけにはいかない。最悪、2人とも死んでもらわなきゃいけないわ。 そこまで思案したところで電子レンジのピー、ピーという音が鳴り響く。いけない、まだ昼食の準備をしているところだった。 明日香はテスト期間で今週は帰りが早く、そろそろ戻ってくるはず。さっさと作ってしまいましょう。 まったく…つくづく彼って私の邪魔でしかないわね。 * * * * * 「…ああそういえば、今日は不思議な奴に会ったよ。」 ここは図書室。俺こと佐橋歩は数ある椅子の一つに腰掛け、目前の少女と会話をしていた。話題は、俺が朝がた見張りをしていたときにここを訪れた男についてだ。 「不思議な?それって男?それとも…」 「男だ、心配するな。」 その少女…光は怪訝な表情で性別を尋ねてきた。まったく…こいつは俺が女子と軽く一言二言交わしただけですぐ嫉妬するんだ。 だからまず最初にこれを訊かれるのはもはや毎度恒例と化した。もし女子と話したなんてことになったら、なだめるのが大変なんだ。 「そ、ならいいや。それで、その子は何がどう不思議だったんだい?」と、光が言ってきた。それに対し俺は、 「…視えたんだよ。」とだけ応えた。光にはそれだけで通じるはずだ。誰よりも俺のことを知っている女だからな。 俺は"あの件"以来、自分だけでなく他人の未来も視えるようになった。ただ、それはかなり限定…いや、唯一の最悪な未来だけ。それは、すなわち『死』だ。 朝の彼で7人目になるが、今までの6人は死んでいる。みんな俺の知り合いだ。 たとえば、突然行方不明になった級友の男がいた。そいつの未来は、姿をくらませる前日、学校での別れ際に視えた。 そいつは一週間後に死体で発見された。傍には女の死体がひとつ、寄り添うように在ったそうだ。 他にも、視えた直後に事故にあった奴や……自殺した奴までいた。 この間は、クラスメートの女が後ろから別の女に首を掻っ切られるのが視えた。…そしてどうやらその通りになったようだ。 だから俺は以前より人を避けるようになった。授業をさぼれるだけさぼり、その間は図書室にこもりっきりだ。 ノートは光のを写せばすむし…幸い、俺の見た目は不良そのもの。誰も何も言わない。そうやって、なるべく人と関わらないように。 こんな未来、視たいわけがない。止められない、変えられないのに…それでも、今日また視てしまった。 奴は…神坂 飛鳥といったか。あいつもまた、死ぬ運命にあるようだ。できれば外れてほしいが、恐らく叶わないだろう。 何故なら…俺の予知は"今まで一度も外れたことがない"んだ。ほんと、無駄な能力だよな。 495 :天使のような悪魔たち 第8話 ◆UDPETPayJA [sage] :2008/12/09(火) 18 18 46 ID P3hsFZwf * * * * * 俺はあのあと屋上に来ていた。さすがにこの季節はだいぶ肌寒いが、今更教室に戻る気もしなかった。 そのまま惰性でここに居続け、気付けば四限目の終わりを告げるチャイムが鳴っていた。と同時に俺の腹も鳴る。 「あー…弁当ねえんだったー…、どうしよ。」 明日香のつくった弁当は先ほど結意が持っていた。今から奪い返しに行くのもなんだかあほらしいな。…仕方ない。隼に何か買ってきてもらおう。 俺はメールを打つべく、ポケットを探る。が…携帯はなかった。それもそのはず、携帯は先日壊れたんだった。ちくしょう、なんてこった。 心のなかで悪態をつき、ため息をひとつ。そこでひとつの疑問符が浮かんだ。…そういや、なんで壊れたんだっけ? 「よお飛鳥ちゃん!やっぱここにいたか。」 聞き慣れた声がする。…隼か。 「ああ。腹減った、なんかないか?」期待はしてないが、訊いてみる。 「奇遇だなあ…実はこんなの持ってるんだ。」 隼は後ろ手に持っていた物体を差し出してきた。それは、先ほど結意が持っていた弁当箱のひとつ…怪しい方だ。 「なんでお前がそれを持ってるんだ?」俺は当然尋ねる。こいつがこれを持つ理由なんて思い当たらないからな。すると隼は、 「それは俺が訊きたいねえ?結意ちゃん、泣いてたぜ。何したんだ飛鳥ちゃん?」と返した。やつにしては珍しく真面目な表情だ。 何をしたか…分かりきったことをききやがって。 「簡単な話だ。ああいうのははっきり言ってやった方がいいんだよ。だからそうした、それだけだ。」と、簡潔に答えてやった。 だが何故だ?今の俺自身の言葉はどこか自分を正当化してる気がしてならない。…いや、俺は当然のことを言ったまでだ。悩むことは無い。 その言葉を聞いた隼は、なにやら黙りこくってしまった。……数秒おいて再び唇が開かれる。 「飛鳥ちゃん…結意ちゃんとデキたんじゃなかったのか?」 ―――――はぁ?結意に続いて隼まで…今日は厄日か?俺と結意が…ないない。あんな変態願い下げだ。もし本当にそうだったら何されるんだか…ああ考えたくない。 俺はその思いを隼に伝えた。 「………そっか、そりゃそうだよな。もし俺が好かれたとしても悪い気はしないけど…結意ちゃんは残念としか言いようがないしな!」 わかってくれたか。なら隼、もう結意の名前を出さないでくれ。 あの結意のすがるような姿を思い出すと無性にイライラするんだ。 くそっ…あんなやつ、どうなろうが知ったこっちゃねえはずなのに。 「ところで、これどうする。腹が減ったんじゃあ?」 「あほなことを訊くな。そんな何入ってるかわからんもの食えるか。どうしてもっていうんならお前が食え。」 「…いや、やめとくよ。」そういって隼はブレザーのポケットからパンを数個取り出した。…なんだ、最初からわかってたんじゃないか。 俺は財布から小銭を出して隼に渡し、パンをふたつほどいただいた。 496 :天使のような悪魔たち 第8話 ◆UDPETPayJA [sage] :2008/12/09(火) 18 19 31 ID P3hsFZwf それから2人で他愛のないいつも通りのくだらない話をし続け…気づけば放課後のチャイムが鳴った。 空はオレンジいろに染まり、校門からはぞろぞろと生徒たちがあぶれていく。 「…俺たちも帰るか。」隼が切り出した。俺はああ、と返事をして2人で教室に向かった。 ドアをスライドさせ、教室に入る。誰もいない…と思ったら誰かがひとりいた。 あれは…うちのクラスの生徒会委員、穂坂 吉良の姿だ。 目が合った。穂坂は俺たちのほうへ向かって歩いてくる。 「またサボったんですか?だめですよ、ちゃんと授業に出なきゃ。はい、これ。」 穂坂が差し出したのは今日の授業のノートだ。ちなみに穂坂は俺たちがサボるたびにノートを見せてくれる。 とても字が綺麗なので見てて飽きることはないんだが…毎回毎回、どうしてノートを貸してくれるんだろうか。 以前その理由を聞いてみたら、「うちのクラスから落第点をだすわけにはいきませんから。」と言われた覚えがある。 事実、俺が赤点ぎりぎりの点数を取ったときにはめちゃめちゃ怒られて、強制的に残らされて勉強させられたのは記憶に新しい。 「神坂くんがこんな点数を取ったのは私の責任です!」とかいきなり涙目で言い出したんだ。 ここで断ったら周りの奴らから白い目で見られるだろう。なら、残るしかないじゃないかっ!というわけだ。 そういや穂坂は結意を嫌ってたみたいだが…まあ所詮ストーカー。生徒会委員からしたらきっと汚名でしかないんだろう。そういった意味では落第点も、か? 「ありがとう、参考にさせてもらうよ。」と、とりあえずノートを受け取る。 ちゃんと写さなきゃ、次の日チェックされるからな、こいつに。生徒会委員って、ほんと大変だよなぁ。 「あ、そうだこれ、神坂君にあげます。」すると穂坂は鞄から包みをとり出した。なんだそれは、と訊いてみる。 「私の手作りクッキーです。あ、斎木君のはこっちです。」穂坂は鞄から再度包みを出す。俺のと比較すると、若干地味な包みだが…きっとたまたまだろう。 ちょうど小腹がすいたころだ。さっそくクッキ-をいただくことにした。 サクッ、と小気味いい音を立てつつ咀嚼する。…旨いなコレ。ただ甘いだけじゃなく、なにか不思議な味がする。なんだろう…とにかくウマい。 「うまいよ穂坂。ありがとう。」「ありがとうな、穂坂さん!」俺たちは2人そろって礼を言う。穂坂は照れながら「いえいえ、どういたしまして。」と答える。 さて…ノートも写さなきゃだし、隼と一緒にマックでも行くとしよう。 「じゃ、ノート借りてくな。」 「ちゃんと写してくるんですよ?明日は数学提出ですからね。」 「ああ、さんきゅ。」 497 :天使のような悪魔たち 第8話 ◆UDPETPayJA [sage] :2008/12/09(火) 18 20 23 ID P3hsFZwf * * * * * お兄ちゃん、今日も帰りが遅い。また例のストーカーに追われてるのかなぁ? あの雌猫め…私とお兄ちゃんの邪魔ばっかりして、ほんと許せないよ。 でも一番許せないのは、お兄ちゃん。 呼び方もお兄ちゃんの前では「兄貴」に変えて、私はもうこの気持ちがバレないように必死なのに… お兄ちゃんは変わらず私に優しくしてくれる。もう何度打ち明けようと思ったことか。でもお兄ちゃんはきっと私を選んではくれない。 わかってる。お兄ちゃんの「スキ」はあくまで兄としての「スキ」。私とは違う。 だからせめて、このくらいはいいよね…?お兄ちゃん。 私はお兄ちゃんのベッドに顔をうずめ、深呼吸をする。 すーはーすーはー…ああやっぱりお兄ちゃんの匂いすごくいい………。嗅いでるだけでもうぐっしょりだよぉ…。 もう…止められない。あとは頭をベッドでうずめながら一心不乱にあそこを弄くるだけ。 あはぁ!お兄ちゃん、きてぇ!もっと明日香の恥ずかしいとこ見てぇ!いく、いっちゃうよおぉぉ!ふぁぁぁぁん! …自己嫌悪。またやっちゃった。 シーツはまるでおねしょしたみたいに私のおつゆでびしょびしょ。こんなの兄貴に見られたら…嫌われちゃうよ。 そこで扉が開かれ、誰かが―――まさか、お兄ちゃん!?いや、見ないで!! でも、現れたのは私そっくりのシルエット。…お姉ちゃんだった。 「あーちゃんはホントに飛鳥のことが好きなのねぇ?」 そう言ったお姉ちゃんの表情は、けっして侮蔑や嘲笑などではなく…まるでお母さんみたいにほほえましい笑顔だった。 「うん…自分でもどうかしてるのはわかってる。でも、兄貴じゃなきゃだめなの!…好きなの。」 私はお姉ちゃんに、今まで心の奥にしまっていた思いを吐き出した。なんでだろう…わからないけど、お姉ちゃんになら打ち明けても大丈夫、そんな気がしたから。 「…そう。わかったわ、お姉ちゃんがいいこと教えてあげる。」 「…え?」 「見ててなさい。」 そう言うとお姉ちゃんは兄貴のベッドの下から雑誌を数冊とりだした。それは私が一番嫌いな、下衆で卑猥な類だ。 兄貴ったら…こんなもので処理してたんだ。そう思うと無性に目前の雑誌の表紙を飾る雌豚が腹立たしくて、切り刻んで…いや、殺してやりたくなった。 これが「いいこと」だっていうの?お姉ちゃん。わかんないよ。 そのとき、視界のなかでなにかが瞬き…雑誌は失せていた。これは…お姉ちゃん何をしたの? 「さあ、やってごらんなさい。」 「え?い、いまの?」 「簡単よ。これに向かって"消えろ"って強く念じればいいのよ。さあ…」 * * * * * ノートを写し終え、隼と別れた俺は独り家路についていた。時刻は夜8時。空はとっくに紫いろだ。星も見えている。 ロマンチストならこんな夜空を見て詩を詠んだり出来そうだが…あいにく俺にはそんな才能も属性もない。 もういちど後ろを見やり、人がいないのを確認して俺は一安心した。今度こそ本当に解放されたようだ。やっぱりはっきり言ってやってよかったんだな。 俺は鼻歌をうたいながら、歩を速めた。今日はいろいろなこともあったが、これからはやっと平凡な日々が帰ってくるんだ。 そう思うと足取りも軽くなる。こんなにも明日が待ち遠しいのは某神の集団のニューシングルの発売前日以来だ。 しばらく歩き、家が近づいてくると後ろに人の気配を感じた。…まさか、結意か?俺は確認も兼ね、気配のするほうへと振り向いてみた。 が、それよりも早く、後続者から声が発せられた。それは、よく聞き慣れた声色だった。
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398 名前:天使のような悪魔たち 第18話 ◆UDPETPayJA [sage] 投稿日:2011/02/26(土) 11 37 54.82 ID TKhh3aG8 [2/7] 意外と時間がないかもしれない。 というのは、以前三神から聞かされた話では、佐橋の能力は元々は自らの身の危険を数分前に感知するものだったらしいからである。 今ではその能力は範囲、時間の感覚ともに一定ではなくなっているが、近い未来ではある。 とりわけ、白陽祭は今日と明日の二日間。最速ではたった今それが起きる可能性すらあるのだ。 そこまで考えて、俺はすっかり佐橋の能力を信じきっている事に気付いた。 というよりは、俺の周りで、あまりに非現実すぎる事が起こり過ぎた。 だから、そういった特殊な事象に対して、耐性がついたのかもしれない。 俺と佐橋は並んで歩きながら新校舎の、もといた階に戻ってきた。 しかしやはり、ピアスを8個あけたメイドさんは、悪目立ちするのを避けられないようだ。 本人曰く、佐橋は友達が少ないらしい。 故に、佐橋がメイドに紛していても、それを佐橋だと看破できるのは、クラスメイトくらいだろう。 たださっきも言ったが、ピアスを8つも空けている生徒は佐橋くらいしかいないので、耳を見れば佐橋だとわかるかもしれない。 そもそも佐橋を一度も見たことがない、という生徒にはやはりわからないだろうが。 にも関わらず、何故か周囲の人達の視線が刺さる。恐らくその内の7割は、佐橋を見ているのだろう。 「ずいぶん人気じゃねーか、佐橋。」 「こんな格好の時に人気上がっても嬉しくない。」 まあそうだろう。それはある意味普通な事だ。 視線の集中砲火を背中に受けながら、俺は自分のクラスへ戻ってきた。 「お帰りなさいませ、ご主人さまぁ~♪」 うちのクラスの女子達も、すっかり猫なで声の出し方に慣れたようだ。 「おや…そちらのメイドさんは…」 隼は電卓を叩きながらこっちを見て、 「---ぷぷっ、これは傑作だねぇ、歩"ちゃん"?」と、吹き出しながら言った。 「~~~~っ! わ、笑うな! くそっ…」 「隼。…ちょっといいか?」俺は眉間にしわを寄せる佐橋を傍目に、小声で言った。 「"刺客"について新しい事がわかった。」 「…! なるほど、それで佐橋が一緒にいるわけか。 わり、ちょっとトイレ行ってくるぜぇ。」 隼はレジの隣のメイドさんに一声かけ、俺達についてきた。 俺達は一旦店を出て、人目につきにくい場所を探しながら、歩き出した。 その途中、佐橋は隼に、自分が見た未来を簡単に話した。 「へぇ…そんな事になるのか。それは何としても避けなきゃねぇ…。 ところで佐橋は…"灰谷"って名前に聞き覚えはないかい?」 「灰谷? いや、知らないな。」 「そうか…。その未来を見る能力、彼女のものと似てるんだけどねぇ。」 「…!」 俺はまだ灰谷の話を隼にはしていない。だが隼は、灰谷の存在を以前より知っていたようだ。 399 名前:天使のような悪魔たち 第18話 ◆UDPETPayJA [sage] 投稿日:2011/02/26(土) 11 39 47.96 ID TKhh3aG8 [3/7] …それもそうか。隼はいつだって最初から何でも知っていた。そう思い返せば、不思議は不思議ではなくなった。 それよりも、今の口ぶりでは灰谷にも未来予知の能力が備わっているようだった。 それで、夢を通して俺に警鐘を聴かせに来たのか。 隼はさらに続ける。 「………どうやら、来たみたいだぜぇ。」 「何!? どこだ!?」 「いや、まだここじゃない。でも…気配がする。 思い出してみなよ飛鳥ちゃん。俺の力は亜朱架さんの力を相殺できる。 そしてもう一つ。その力を持つ人間の気配…ってのとはまた違うけど、それがわかる。 どうやらそいつは、学校内に入ってきたみたいだぜぇ。」 「…勝てる、のか?」 「………難しいね。亜朱架さんをあそこまでボロボロにしたんだ。力は亜朱架さんより上だ。 それだけは覚悟しといてくれ。」 隼は不意に、今まで歩いていた方向とは反れた方向に足を向けた。 「この先にいる。…やばくなったら、逃げなよ。二人とも。」 「誰が逃げるかよ。」 隼が足を向けた方角には、旧校舎へ行く為の、渡り廊下へ続く扉があった。 隼は扉を静かに開け、未だ雪の降り続く渡り廊下へ踏み入れた。 * * * * * 渡り廊下には先客が二人いた。その二人は策に手を置き、校庭を見下ろしながら、何か喋っているようだ。 一人はメイド服を来た、よく見慣れた女子。もう一人は茶髪の小柄な女の子。こっちもよく知っている。 姉ちゃんと、結意だ。 「おや、来てたんですか亜朱架さん。」 隼の声に、まず姉ちゃんから振り向いた。 「その口調…隼くん? 大きくなったのね。」 「ええ、お久しぶりです。」 なんだ。隼が感じた気配というのは、姉ちゃんの事だったのか。 わずかに、俺の中の緊張がほぐれた。 「飛鳥くん!」今度は結意が、俺に声をかけてきた。 「これ…どうかな? 似合う?」 結意は少し照れ臭そうに、俺にそう尋ねた。 「すげ…………可愛いよ。」 想像以上だ。恐らく言ってるそばから、俺は顔が赤くなっているだろう。 「…飛鳥ちゃん。悪いけど、俺が感じた気配は亜朱架さんじゃないんだ。」 「! じゃあ…」 「ああ。もう、かなり近いぜ。」 俺はしかし、隼の言葉を聞いて、すぐに緊張の糸をぴんと張った。 400 名前:天使のような悪魔たち 第18話 ◆UDPETPayJA [sage] 投稿日:2011/02/26(土) 11 43 13.55 ID TKhh3aG8 [4/7] 俺達が来た方向とは反対側、つまり旧校舎側の扉が、ギィ…と耳障りな音を立てて開かれた。 あれがそうか。目的もわからずじまいだが、姉ちゃんを傷つけ、佐橋が、俺を殺すだろうと予知した人間。 俺はそいつの姿を、目に焼き付けるように見据えた。 「やっと、見つけたわ。」 * * * * * 「そん…な…なぜ…」 隼は、明らかに驚愕した表情で、そう呟く。 「久しぶりね………隼。しばらく見ない内に、ずいぶんメス猫を侍らせるようになったじゃない。」 それに対し、刺客は理解に苦しむ返答をしながら、近づいて来る。 俺達の3メートル手前で、刺客は足を止めた。 その黒髪は、顔つきは、スタイルは、俺の隣にいる少女を彷彿とさせる。 カーディガンとスカート、そして肌は、雪と同化しそうな白で統一されている。 無機質な笑みからは温かみなど微塵も感じ取れず、黒くくすんだ瞳は何も写さないように見える。 その少女は、結意と似ていたのだ。 「しかも一人は、亜朱架さん…貴女、まだ生きてたんだ? せっかく殺してあげたのに。」 「! お、お前が姉ちゃんを!?」 「"姉ちゃん"…? ああ、君は亜朱架さんの弟くんね。調度いいわ、自己紹介くらいしてあげる。 私の名は斎木 優衣。隼の姉よ。」 …そんな、馬鹿な。こんな形で、灰谷の言っていた人物に出逢うなんて。 「斎木優衣という、実の姉が存在する。」という、灰谷の言葉を忘れてはいない。 つまりあれは…俺と血が繋がった姉なのか。 …はは、所詮そんなもんだよな。灰谷の話を聞いた時点で、最初からわかっていたんだ。 俺には肉親などいない。いるのは、記憶を無くし、純粋さを取り戻した姉ちゃん。 そして誰よりも大切な存在…結意だけだ。 「全てを悟ったような顔をするのね。あらかた、あの女から聞かされていたんでしょうけど、無意味よ。 私の弟は隼だけ。他には何もいらないわ!」 言い終わると斎木は、左手で手刀を作り、右から左へ一薙ぎした。 それに合わせるように、隼は手の平を斎木に向けてかざした。 瞬間、何かが弾けたように二人の間で光がまたたいた。 「…どうしてだよ、優衣姉! なんで優衣姉がこの力を持ってるんだよ!? それにあなたは、死んだはずだ! 冷たくなった優衣姉の体の感触を、俺はまだ覚えてる! なのにどうして!?」 「それはね…隼に逢いたかったからよ。もうそんなそっくりさんに、私を重ねる必要はないのよ?」 斎木は俺の横にいる、結意を指差してそう言った。 「でももう、みんな用済み。今の私なら、隼とずっと一緒にいられるわ。その為にも、泥棒猫は駆逐しなきゃあね。」 401 名前:天使のような悪魔たち 第18話 ◆UDPETPayJA [sage] 投稿日:2011/02/26(土) 11 44 33.63 ID TKhh3aG8 [5/7] 「優衣姉っ! ちっ…飛鳥ちゃん! 今すぐ全員で逃げろ!」 隼はこちらを向かずに、大声で促した。結意、佐橋、俺はこの状況を理解できている。 だが一人だけ、理解できていない人間がいる。姉ちゃんだ。 「どういう事なの、優衣ちゃん…?」 「姉ちゃん! 話の通じる相手じゃない!」 俺は姉ちゃんの手を掴み、無理矢理引き寄せた。 そのまま、佐橋が誘導する形で結意から順に校舎内へと逃げ込んだ。 「うふふ…逃がさないわ。隼、少ぉしだけ待っててね?」 俺達はとにかく走り続け、渡り廊下から距離を置こうとした。 姉ちゃん以外はわかっているのだ。あの力の恐ろしさを。 隼の持つ力以外では対抗できず、一瞬で殺られる、という事を。 「! 神坂、止まれ!」いきなり、佐橋が叫んだ。 その声に、周りにいた生徒たちの視線が集まる。俺は立ち止まり、佐橋に"何が見えたのか"を訊こうとした。 その時、俺は信じられないものを見た。 カメラのフラッシュのようなまばゆい光が弾けたと思うと、目の前に斎木がいたのだ。 「あの女の力は便利ねぇ…自らを消去すると同時に、行きたい場所に自分を"復元"する。 たぶん、貴女にはできないでしょうね。亜朱架さん?」 「…一体、何を言ってるのよ! 訳がわからないわ! これは何の真似なの!?」 痺れを切らしたのか、姉ちゃんが斎木の言葉に、強く返した。 「? 記憶がないのかしら。まあいいわ。私が始末したいのは三つ。 消去の光を持ち、私と隼の妨げになるであろう、貴女。隼に擦り寄るドブネズミ達。」 斎木優衣は、無機質な笑みを崩さずに、結意を指差した。 「そしてその中でも、何の嫌がらせか私に似た姿で、隼の心を惑わす存在。つまり、貴女よ。 まあ考える必要はないわ。あなたたち全員、ここで死ぬんだから。」 斎木はさっきと同じように手刀を作り、横一線に薙いだ。 次の瞬間、"体中に"切り刻まれたような痛みが走った。 「なっ…なんだよこれ!?」 それは俺だけではないようで、佐橋たち3人も、苦悶の表情を浮かべている。 衣服に、鋭利な刃物で切り裂かれたような傷ができている。その一部からは、切り裂かれた事による出血も見て取れた。 「こういう使い方もできるのよ。真空状態を作り、かまいたちを起こす。 その傷は隼の力では消せない、物理的なもの。 消すだけしか能がない亜朱架さんとは違うのよ。」 だがそれらの傷は致命傷とは程遠い。弄ばれている。俺はそう思った。 「優衣姉! もうやめろ!」 402 名前:天使のような悪魔たち 第18話 ◆UDPETPayJA [sage] 投稿日:2011/02/26(土) 11 48 31.80 ID TKhh3aG8 [6/7] 隼が、渡り廊下から走ってここまで追いついたようだ。 隼は俺達を庇うように前に立ち、斎木と正対した。 「…どうして庇うの? 隼、貴方には私がいれば十分じゃない。」 「どうしてだって!? こいつらはみんな、俺の大切な友達なんだ! こいつらを傷つける事は、たとえ優衣姉でも許さない!」 「…そう。隼もずいぶんと毒されたのね。残念だわ。」 斎木は深くため息をつき、肩を落とした。そして… 『うあぁぁぁぁぁぁ!』 『きゃあぁぁぁぁ!』 周りから、叫び声がいくつもこだました。 「そんな…っ 力が、無力化できてない…?」隼の顔が、見る間に青ざめていく。 斎木は生徒達にまで見境なくかまいたちを放ったのだ。 突然の痛みと裂傷に、生徒達はたちまちパニックを誘発した。 「全て、壊してあげる。」 そう呟いた斎木の表情はどこまでも冷徹で、傷つける事に何の躊躇も、良心の呵責もないのだ、と見てわかる。 「うふふふ…あはははははは! みんな、壊れちゃえ!」 さながら悪魔のように、斎木は笑い声をあげた。 どうすればいいんだ。隼の力は、一切の"攻撃手段"を持たない。 このままでは俺達だけでなく、この学校の人間全てが殺されるかもしれない。 最強にして、最悪。唯一の希望であろう姉ちゃんの力も、使えないようだ。 というより、記憶を無くしたせいか、力そのものの自覚がないんだろう。 使えるのなら、迷わず何らかの手は打つ。それをしないということは、力が使えないという事だ。 かまいたちによって出来た傷の痛みが、全身を蝕む。 俺は無力だ。大切な人一人すら守れない。 「じゃあね。」斎木はそう呟くと、手刀を縦に振り抜いた。 それを見たとき、俺の体は勝手に動き、結意を抱きしめた。 わずかな間を置いて、俺の体に今までとは比較にならない痛みが走った。 「え…飛鳥…くん?」 「大丈夫か? 結意。」 「うん…私は…大丈夫だよ…」 「そう、か。よかっ…た……」 力が抜け、どさり、と床に倒れこんだ。 ゆっくりと、意識が遠退いていく。どうやら俺は、ここまでのようだ。 結意が何か言っているようだ。だがそれすら、最早聞き取る事ができない。 俺の意識は、そのままフェードアウトしていった。 「飛鳥…くん…? 嘘でしょ…? ねえ、起きて! 起きてよぉ! イヤ…嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
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203 : 天使のような悪魔たち 第13話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/27(土) 00 51 34 ID 8HvnfPjAO 「メイド服が欲しいだぁ?何言ってやがる。」 と、語尾を荒げながら言ったのは瀬野だ。 「ちょっと神坂くん、いくらうちの兄さんが変態のバカでも、メイド服はさすがに持ってないでしょ。」 「まあ、な。いくら瀬野が変態でバカでストーカーで露出狂でも、持ってないだろうな。」 「おい、好き勝手言ってくれるなおまえら!」 露出狂とはずいぶんとかけ離れているのに、露出狂と言うのは単なるボケ、 という事を瀬野は察してくれなかったようだ。 だが俺は瀬野を無視して話を続ける。 「瀬野は持ってなくても、ファンクラブの連中なら誰かツテがあるかもしれない。 おい瀬野、ちょっと探してくれないか?」 「命令すんな!第一、文化祭は俺らには関係ないだろうが!」 「まあ待て瀬野。もちろんタダとは言わないさ。」 この交渉なら、瀬野はもちろんファンクラブの連中もノってくるはず。 むしろ、持ってなくてもメイド服を調達してくるだろう、という自信が俺にはあった。 「………一週間以内にメイド服をうちのクラスの女子の分用意してくれたら、 結意にもメイド服を着させてやる。」 「よし、乗った!」 こいつ、やはりバカだ。 速攻で携帯を出し、仲間内に連絡網を回しているらしい瀬野。 それを尻目に、俺と穂坂は小声で会話をした。 (ちょっと、神坂くん。大丈夫なの?) (大丈夫だ。こいつは結意のためなら何でもするからな。) (まあ…確かに、ね。というか神坂くんは、織原さんの事避けてたと記憶してるけど?) (うーん、いろいろあって、ね。俺達付き合うことになったの。) (……………………そう。) 詳しい説明をするのはやめておいた。 穂坂のような一般人には、あの事件の顛末を話したって、信じないだろうから。 だが、「そう」と呟いた穂坂の声色が、いやに冷たいような気がした。 「………私、そろそろ帰るわね。メイド服の心配はいらないみたいだし。」 かと思うと、穂坂は急に帰る、などと言い出した。 …気分を害しているのは、見てすぐわかった。 やはり、穂坂は結意を毛嫌いしていたようだ。 まあ色んな意味で問題児だからな、結意は。 「お、送ってくぞ吉良。」 「あなたみたいな変態の手を借りなくても帰れますッ!」 「な…なんか機嫌悪くね?」 そう言って穂坂はさっさと歩を早めていってしまった。 「わりぃ、なんか心配だから後追ってくわ。…メイド服の件は、任せとけ。」 「頼んだぜ、瀬野。」 瀬野も慌てて穂坂のあとをついていった。 結局、俺一人だけがぽつりと街中に残されてしまったのだ。…ちくしょー! 仕方ない…今からでも結意の見舞いに行くとしよう。 もともと俺は、携帯を買ったらその足で見舞いに行くつもりだったのだ。 余計な用事がなくなった分、好都合というものだ。 204 : 天使のような悪魔たち 第13話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/27(土) 00 54 37 ID 5raIXZYwO * * * * 市内病院----- 結意が運び込まれたのは、佐橋の友人の知り合いが勤めている病院だったらしい。 かつて佐橋も、ここでお世話になったのだと、以前聞かされた。 その知人とやらのお陰なのか、腹部を刃物で刺されるという、 明らかに事件性を匂わせる傷だったのに大騒ぎにはならなかった。 その結意は、二階の病室で入院している。病室には他に誰もおらず、とても静かなもんだった。 俺は病室のドアを軽く二回ノックしてから、中に入った。 「…すぅ……くぅ………むにぁ……」 なんとも可愛らしい寝息がかすかに聞こえてきた。 ベッドに近づいてみると、布団がややはだけ、結意は赤ん坊のように丸まって眠っている。 「ちくしょー………悔しいけど、やっぱ可愛いなこいつ。」 そう、喋れば変態だが、こうして眠ってれば美少女なんだ。それも、かなりハイレベルの。 俺は何となく、無防備に眠る結意のほっぺたをつねってみた。 「んっ……ひゅぅ……」 ぴくりともしない。どんだけ深く眠ってるんだこいつは。…つか、やわらけぇ。 「んにゃ……あひゅはふん……らめらよぉ……」 「!?」 今、俺の名前呼んだ!? いや…結意は眠ったままだ。…すると、寝言か。…どんな夢見てんだか。 しかし、悪い気はしない。夢の中でさえ想われてるなんて、意外と嬉しいもんだ。 「もぉ………あひゅはくんのえっひ……♪」 …前言撤回。夢の中でさえナニされてんだかわかったもんじゃねえ。 とは言え、外は大分薄暗い。俺まで少し眠たくなってきた。 …どうせ家には誰もいないんだ。少しだけ、ここで寝かせてもらおう。 俺はそばにあった椅子に腰掛け、ベッドに突っ伏して、目を閉じた。 205 : 天使のような悪魔たち 第13話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/27(土) 00 56 48 ID VEHMP8H2O * * * * 薄暗い。いや、漆黒の空間が視界に広がる。 夜の星さえ見えず、足を付けている地面すら、黒。 まるで暗闇に放り出され、さ迷っているような錯覚を覚えた。 もちろん、こんな空間は現実では有り得ないだろう。俺はこれが夢である、ということを自覚した。 それにしても、ここはなんて異質な場所なんだ。一歩踏み出そうにも、足が地面に飲み込まれるような錯覚がして、まともに動けない。 一切の光が射さない空間。それがこんなにも不気味だなんて。 『くくく………悪いね、こんな場所まで呼んで。』 女性の声がした。だけど、どっちから聞こえたのか、その判別がつかない。 『ああ、無理に探さなくていいよ。見つけるのは無理だろうからね。僕が君の傍に行くよ。 この場所はもう慣れたからね。』 言うと、女性は確かに俺の真正面に現れた。何故か、自分の体すら目視できないのに、 その女性の姿だけははっきりと映った。 『初めまして。僕は灰谷 瞳と言います。 今日は君にひとつ、教えておかなければいけない事があるんだ。』 『あんた……なぜ』 何故、灰谷と名乗った女性は、姉ちゃんや明日香にそっくりなんだ。 唯一違う点と言えば、二人よりは幾分か成長していて、ある程度成熟した女性の姿だという部分だけだ。 『…その理由は、今は教えられないね。残念ながら時間が限られているんだよ。 今回は、僕の話を聞いてほしい。大丈夫、いずれ話すからね。』 『あ…ああ。』 ん?俺今、喋ったか? 『言わなくてもわかるさ。君の言いたい事はね。さて、本題に入ろうか。 亜朱架のいた研究所から、刺客が送り込まれた。 近いうち、君達のもとへ現れるだろう。用心することだ。』 『だ、誰だよ刺客って!』 『僕にはわからない。ただ、亜朱架はこの事を知っている。"後始末をつける"と言っていただろう?』 『…どこまで、知ってるんだ。』 『知ってるのはそれだけだよ。…では、またの機会に。そろそろ眠り姫がお目ざめだよ?』 灰谷と名乗った女性は、言いたいことだけ言うと、再び宵闇に消えていった。 同時に、俺の平衡感覚が失われる。灰谷という"目印"をなくした事で、一気に感覚が狂ったようだ。 『う…うあぁぁぁぁぁぁ!』 落とし穴に吸い込まれる様な錯覚は、俺の(夢の中での)意識を奪い去った。 206 : 天使のような悪魔たち 第13話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/27(土) 01 00 06 ID VEHMP8H2O * * * * 「………かくn……飛鳥くん!大丈夫!?」 ぐらぐらと体を揺さぶられて、俺は目を覚ました。 「あれ……結意?ここは…」 「もぉ……心配したよぉ…すごくうなされてたんだよ…?」 結意はベッドの上にちょこん、と正座して、俺を涙目で見ていた。 「はは…何泣いてんだよ。大丈夫、俺はちゃんと、ここにいっからよ。」 少し気だるい体に鞭打ち、俺もベッドの上に腰掛け、結意と並んだ。 強がってはみたものの、頭がふらふらする。夢を見てこんなに疲れたのは、生まれて初めてだ。 「結意。わりぃ、ちょっと肩貸して…」俺は隣に座る結意の肩に、頭をもたげた。 「ひゃっ!?」 「変な声出すな。…ったく、ほんと………やわらけー。」 あ…ひとつ発見。こうしていると、恐ろしく幸せな気分になる。 「………ばか。」 「ん…? 「私だって………ずっと寂しかったんだよ?でも、また嫌われるのが怖くて… 頭では「そんなことない」ってわかってても、心のどこかで、怖がってるの…! だからずっと我慢してたのに…こんなに近くにいたら我慢できないよぉ………ぐすっ」 「結意…」 「ごめんね……嫌いにならないでね……。」 結意は俺を半ば突き飛ばすようにベッドに押し倒した。 そのまま、覆いかぶさるように、マウントポジションをとった。 「飛鳥くんは動かなくていいからね。」 「馬鹿。傷口開くかもしんねーぞ。」 「それでもいいよ。……もう、自分でも止めらんない。」 口調が、雰囲気が少し、以前とは変わったような気がする。…いや、これが結意の本質なのか? 俺に見放される事をひどく怖がり、今もこうして、俺を無理矢理犯そうとしている。 別に、振りほどこうと思えばできるのだが。 俺の意思を聞かずに一方的に押し倒すのは、ぱっと見て勇気あるように思える。 だけどその実、勇気がないからこうせざるを得ないのかもしれない。 結意は壊れ物を扱うようにそっと、俺の頬に手を触れ、そっと唇を重ねてきた。 牛乳を舐め取らんとする仔犬さながらに、必死に舌を絡めてくる。 「んっ…っは、ぴちゃ……じゅる……」 咥内をなぶられる度に、背筋がぞくり、とざわつき、身体の芯から熱を持つ感覚を覚える。 何もするな、という方が無理だ。媚薬並にタチが悪い。 「ぷは……飛鳥くんも、元気になったね。」 結意は舌を出しながら、妖艶な笑みを浮かべた。 その舌先からは唾液が糸を引き、いやらしさをより一層引き立てる。 「そう言えば以前、"男の子が好き"とか言ってたよね。…お尻、試してみる?」 「バカ、あれは嘘に決まってんだろ……。ヤローなんかより、結意の方が1000倍いいさ。」 「あはっ…冗談だよ。でも、シタくなったら言ってね。ちゃんと準備しとくから。」 結意は冗談を交えながらも、パジャマのズボンを下ろした。 …既に純白の下着は、水分でひたひたになっているのが見てわかる。 結意は股下の部分をずらし、俺の手をとり、その指を一本、自らのナカへ導いた。 207 : 天使のような悪魔たち 第13話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/27(土) 01 05 47 ID ndQabWYgO 「すげ………熱い。」 「あん…飛鳥くんの…ゆ…びぃ…♪」 俺の指を使って秘裂を弄りながら、器用にも片手で俺のズボンのベルトを外し、チャックを下げた。 指先で下着の窓を開き、俺の愚弟を外気にさらけ出す。…ホントに器用だな。 「えへへ…前よりおっきいね。」 「…なんだかんだ、十日ぐらい溜まってるからな。」 「じゃあ…いっぱい濃いのちょうだい?」 結意は俺の指を抜くと、俺のモノをしっかり掴んだまま跨がった。 先端が、入口に擦りつけられる。その刺激だけで、限界を迎えてしまいそうだ。 「いくよ………うっ、あ、ぁっ」 結意は入口で固定し、一気にすとん、と腰を落とした。 じゅぷり、と粘着質の音を立て、俺のモノは根元まであっさり飲み込まれた。 「ふぁぁ、あっ、にゃあぁぁぁぁん!」 「くっ………声、抑えろよ…」 にゃあん…って、猫かよ。などという余裕も俺にはなかった。 結意はすぐに激しく腰を振り始めた。肉と肉がぶつかり合う音は、水音を若干含む。 肉壷の奥の奥、子宮口にがつがつ当たる感覚がした。 「だ、だって、これ、すごくいいよぉ………ひぁ、あん、あんっ!」 歯をがちがち震わせ、すっかり蕩けきった顔をして結意は、さらにペースを上げた。 結意の自慢の巨峰が、ぶるんぶるん震える。 …本気で、傷口開くんじゃねえかと心配になってきたが。 それよりも、俺もいつ限界を迎えてもおかしくなかった。むしろ、必死で堪えている状態だ。 気を抜けば、二秒と保たない。 だって仕方ないだろう?結意とセックスするのは、十日ぶりなんだから。 セックスはおろか、自己処理すらしてなかったんだから。 「らめぇ…こし…とまんないよぉ……ま、もう…わらひ……」 つうか、無理だ。気持ち良すぎる。 「ごめん…結意、俺もう…保たない…っ!」 「うんっ!いいよっ、一緒にぃっ…ふぁ、イこっ!?」 「結意…ゆいぃ……うぁっ…!」 「ひっ---!?」 どくん、どくん、と俺の相棒が脈打つ。それは、結意のナカに、溜め込まれた欲情が一気に放たれた事を意味していた。 「…ごめ、ん…俺、早っ……」 俺は前回よりもはるかに早く限界を迎えてしまったことを詫びようとした。 だが結意は、 「んにゃ、あぁぁぁぁぁん!」 ここが病院であることを忘れたかのように、絶頂しながら喘ぎ叫んだ。 「バカ…声…」と俺は促してみるが、結意はベッドに手をつき、肩で息をしながら余韻に浸っている。 時折、身体をぶるっ、と震わせているのは、小刻みに絶頂が続いているからだろう。 実際、結意の膣壁は俺をこれでもか、と締め付け、最後の一滴まで搾り取らんと蠢いている。 「あひゅか…くん……もう…はなさない…から…ね…」 虚ろな瞳で俺を見据えて一言いうと、結意の両手から力が抜け、重力に従って俺の胸板にダイブしてきた。 「…こし…ちから、はいんなぃ…」 「前も同じ事言ってたよな…。」 二人揃って、ぐったりしていた。これから後始末をしなきゃいけないし、 ベッドシーツを交換してもらって、気まずい雰囲気になるのが目に見えているのに。 …もうどうでもいい。今はこの幸せな時間を満喫していたい。 「俺だって……離したくねえよ…。」 俺はもう、この天使から離れられないんだろう。
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7 :天使のような悪魔たち 第25話 ◆UDPETPayJA:2012/10/07(日) 23 00 03 ID jwJtygsU[2/5] 激しく降り注ぐ雨の中では、折角乗ってきた自転車も役に立たない。 病院から学校に戻るとしても、交通機関を使わなければ、風邪を引くどころでは済まないかもしれない。 …無論、俺は自分の心配をしている訳ではない。…当の彼女は「心配なんてしなくていい」と言い張っているんだけどな。 病院の前には屋根付きのバス停がある。ベンチはびしょ濡れでとても座れたものではないので、立ってバスを待つ事にした。 「…次のバスまで、あと6分。大して待たなくても良さそうだねぇ。」 なんとなく、軽く結意ちゃんに会話を振ってみる。だけど、リアクションはいただく事はできなかった。 彼女はじっ、と暗い空を見ながら微動だにしない…と思ったのだが、かすかに肩が震えているのを、俺は見逃さなかった。 寒いのだろう。結意ちゃんはちゃんと″死ぬ事のできる″人間だ。 寒い暑いなど瑣末な問題でしかない俺とは違って、彼女は今を″生きて″いるんだ。 俺のような死に損ないとは、違うんだ。 俺は軽く息を整えて、「少し、待っててくれるか結意ちゃん。」と声をかけた。 「……どうしたの。」 「あったかいモンでも買ってきてやるよ。すぐ帰って来るから、1人でどっか行くなよ?」 外気に触れて、少しは頭も冷えているだろう。今のこの状況、単独で闇雲に探していてもまず見つかるまい。 元々、冷静な判断ができる彼女なのだから、そのことに気付いているはずだ。 けれど俺は、あえて念を押すようにそう告げた。 返事はなかったが、俺はそれを肯定と見なしてすぐ近くの病院エントランスへ戻った。 真っ直ぐに購買を目指す。そこには4つの自販機が設置されていて、種類も豊富に揃っていた。 だが、悠長に選んでいる時間はない。バスはあと数分で来るのだ。 俺はまず、結意ちゃんの分から買う事に決め、1番左端の自販機に500円玉を投入する。 1番下の列の、真ん中あたりの飲料に目をつけ、ボタンに指を伸ばした。 その瞬間、ふと1つの事を思い出してしまった。 『優衣姉、ほんとコレ好きだよねえ。』 『ふふ、だってコレおいしいじゃない。』 『うぇー…俺はそんなに…って感じだよ…だってそれ…』 それは、かつて有った幸せな記憶の断片。 成る程。俺が今指をかけているのは、ある意味思い出の品だったんだな。 …ついでだ、試してみようか。俺はそのまま、″ミルクセーキ″のボタンを押した。 ボタンを押すと商品が出てきたが、どうやらこの自販機、返却レバーを回すまで釣りが出てこないタイプのようだった。 時間もない事だし、俺はこのままここから自分の分の飲み物を買う事にした。 と言っても、ある意味ではそれは正しくはない表現なんだがね。 それを買って釣り銭を回収すると、俺は小走りでバス停まで戻った。 8 :天使のような悪魔たち 第25話 ◆UDPETPayJA:2012/10/07(日) 23 00 46 ID jwJtygsU ★[3/5] * * * * * バス停に着くと、結意ちゃんはちゃんと待っていてくれた。 納得してくれた、ということだろうか。少なくとも、雨の中探し回る事はしないように決めたようだった。 そんな彼女に俺はいつも通りおどけたキャラを作って、飲み物を差し出した。 「待たせたな、結意ちゃん。コレやるよ。」 結意ちゃんは振り向いて俺の両手をを見る。俺の右手にはミルクセーキ。左手にはコーヒーの缶が握られている。 結意ちゃんは何も迷う事なく、コーヒー缶の方に手を伸ばした。 それを受け取ると結意ちゃんは訝しげに、「よく私の好きなのがわかったね。」と言ってきた。 「まあ、ね。優衣姉が好きだったんだよ、これ。」と俺は軽く答えてみせる。 「…そう、そうなんだ。」 結意ちゃんはそれ以上の関心を持とうとはしなかった。俺のついた嘘にも気付かずに、缶の蓋を開けて飲み始めた。 これで少しでも身体が暖まってくれればいいんだけどな。 …実はあの思い出には続きがあるんだ。 『隼、あんたこそよくそんなもの飲めるわね?』 『なんで? 美味いじゃんかこれ。』 『そう? …わざわざそんな苦いの、お金出してまで飲む?』 『ミルクセーキだって、ごってり甘いじゃん。よく飲めるぜ。』 『これはいいのよ、乳製品だから。』 …そう、優衣姉は苦いコーヒーが苦手で、ミルクセーキが好物だったんだ。対して俺はその逆。 ミルクセーキなんて甘ったるい飲み物、匂いを嗅いだだけで頭が痛くなってくる。 けれど、試した甲斐はあった。ミルクセーキが嫌いかは知らないけれど、少なくとも結意ちゃんにとっては意外にもコーヒーの方が好みだったようだ。 …やはり、姿はよく似ていても、優衣姉と結意ちゃんは違うんだなぁ。 こんな下らない自己満足な行為で、俺はようやく踏ん切りをつけられた。 俺が結意ちゃんを助けるのは優衣姉と重ねる為じゃない。 俺の親友の為に。そして結意ちゃんの幸せの為に尽力する。 迷いなど初めからなかったが、きっと結意ちゃんとももっと真っ直ぐ向かい合えるだろう。 俺は自身への戒めも兼ねて、ミルクセーキの封を切り、喉にかっ込んだ。 …どうして優衣姉はこんなモンを愛飲していたんだろうか。 9 :天使のような悪魔たち 第25話 ◆UDPETPayJA:2012/10/07(日) 23 01 40 ID jwJtygsU[4/5] * * * * * およそ30分かけて白陽高校へと戻ってきた俺と結意ちゃんは、昇降口で傘の水を払いながら考えていた。 穂坂の住所を知るためには、誰に聞くのが手っ取り早いかを。 …けれど、時計の針は既に4時を指そうとしているところだ。 体育館の方から靴底の擦れる小気味良い音と、ボールの弾む音がする以外は実に静かなものだ。 部活動のない生徒たちはほとんど帰ってしまったんだろう。 とりあえずは、クラスに戻って様子を見てみようか。もしかしたら…だが、誰かしら残っている可能性もある。 靴を脱いで上履きに履き替える、そんな些細な動作だったが、雨でぐしょ濡れの靴下を晒すのにはなかなか抵抗感があった。 特に、隣のお姫サマも同様だったようで、微かに苦い顔をしていた。 …まあ、結意ちゃんのソレならば一部のマニアには垂涎モンだろうけれど。例えば…そう、あの飛鳥ちゃんをも上回る直情型の熱血バカとかには、などと内心で冗談めいてみた。 ───そのせいなのかどうかは図りかねるが…なにやらバイクの走るような音が段々と近づいてきた。 おいおい、こんな雨の中をバイクで飛ばす阿呆がいるのかよ。どんな物好きだ。 まさか俺のような″死に損ない″じゃあないだろうな…と考えているうちに音はどんどん近づき…ついに校門前にバイクが乗り付けやがった。 俺たちが靴を脱いでからここまでおよそ15秒。 ヘルメットを素早く脱いでソイツは昇降口へと走って来る。途中、俺と目が合ってしまった。 するとソイツは面食らった様なポーズをとり、さらに加速してこっちに向かい…対面した。 瀬野 遥。結意ちゃんファンクラブとかいう薄気味悪い…もとい、得体の知れない集団を構成する男。 存在自体がネタのようなこの男がこんなにも切羽詰まった表情をするのはどうも違和感があった。 肩で息をし、髪から雫が垂れるのにも構わず、瀬野は口を開いた。 「佐橋から聞いた。神坂が、病院から消えたってな。」 「まあ、ね。そうか、佐橋からねぇ…」 あいつの根回し力の高さは、本当に尊敬に値するぜ。 自分の予知だけでは状況を打開できないと踏んだ佐橋が、こいつを呼んだんだろう。 恐らく、こいつ″ら″の持つネットワークは即戦力になる。 …実際は、どの程度のネットワークなのかは全く知らないのだけれど、それでも頭数が増えるだけでも有難い。 そう期待を寄せたんだが… 「すまねぇっ!」 瀬野はいきなりその場で土下座をした。その突拍子もない行動に俺たちは驚く。 「吉良は………穂坂 吉良は俺の妹なんだ。俺がしっかりしていれば…吉良のことを見ててやれば… こんな事にはならなかったのに…! 本当に、すまねぇ!」 ───衝撃は、2段階で喰らわせられた。 まさか、穂坂と瀬野が兄妹だったなんて。だって…どう見ても似ていない。 「それは…事実なのか?」俺は慎重に、瀬野に尋ねてみる。 「本当だ。俺たちの両親は3年前に離婚してな…俺はお袋に、吉良は親父に引き取られたんだ。」 …なんてことだ。状況は、意外な形で好転したようだ。 こいつならまず確実に、穂坂の住まいを知っているだろう。佐橋の判断は、まさに英断だったわけだ。 …けれどもその前に、結意ちゃんが何かを言いたそうに、唇を噛み締めている。 なにを言うつもりなんだろう、と軽く様子を伺うが…次にお姫サマがとった行動は予想だにしないものだった。 10 :天使のような悪魔たち 第25話 ◆UDPETPayJA:2012/10/07(日) 23 03 02 ID jwJtygsU[5/5] 「───舐めてんの…!?」 一閃。左足を横に降り抜く。瀬野の顔面を刺すように蹴り飛ばしたのだ。 「がは、っ!」 瀬野は身体ごと右に吹っ飛び、下駄箱に身体を打ち付けられた。 ガシャン! と激しい音がする。金属製の下駄箱から放たれた音だ。 瀬野は痛みに右頬を手で押さえ、のたまう。そこにさらに結意ちゃんは歩み寄り、瀬野の背中を思い切り───打撃を加えるべく踏み付けた。 「ご、は…っ、ゆ…結意…ちゃん…?」 「…誰が、″名前で呼んでいいって言ったの″?」 瀬野はどうやら、結意ちゃんの逆鱗に触れてしまったようだ。 しかし、名前で呼ぶことすら許さない今の発言からして…俺はどうやら一応の信頼は得ているようだった。 ただし瀬野、てめえはダメ…だったようだ。 「…飛鳥くんに何かあったら、兄妹そろって殺すよ。 わかってるのかな? 私、すごく怒ってるの。余計なおしゃべりは許さないよ。…黙って、あの女のところに案内しなさい。」 何より戦慄すべきは、結意ちゃんはここまでの仕打ちを瀬野にしておいて、一貫して無表情でいる、ということだ。それが逆に恐ろしい。 穂坂に対して怒っているとはいえ…結意ちゃんがここまで残虐さを露わにするとは思わなかった。 「───とっとと起きなさいよ!!!」 結意ちゃんはとどめとばかりに、踏んでいた足で再度踏み付け、打撃を与えた。 「~~~~ッ!!」瀬野は最早声にならない声を上げる。…見てられないぜ。 「やめてやれよ、結意ちゃん。」俺は瀬野に助け舟を出してやる事にした。 「今瀬野を蹴っても、事態は変わらないだろ?穂坂の場所がわかるなら、早く向かおうぜ。」 これで怒りを収めるお姫サマではないだろうが、目的は別にあるんだから。 少しは冷静さを取り戻してくれよ、と願う。 「…わかってるよ、そんな事……自分で、自分を抑えなきゃいけないことも。 でも………私達を引き裂こうとする奴は、絶対に赦せない。」 少し弱めの声で結意ちゃんは語り、足を瀬野から退ける。そのまま黙々と靴へと再び履き替え、外へと歩いて行ってしまった。 俺は瀬野に手を差し伸べ、起こしてやる。 その右頬は赤く腫れかかっている。あの蹴りは中々の威力があったようだ。 「瀬野、お前が悪いわけじゃないと俺は思ってる。でも、ここは堪えてやってくれないか? …知っての通り、結意ちゃんには飛鳥ちゃんがいないとダメなんだよ。 …ご覧の通り、不安定になる。」 「わかってる、んなコトは。だからこうして、頭下げに来てんだからよ… 殴られる覚悟も、とっくにできてる。…手じゃなくて、足が飛んできたけどよ。」 へえ…こいつ、こんな穏やかな表情ができたのか。 顔を蹴られた事に対しても腹を立てないばかりか、こいつから″覚悟″という言葉が聞けるとは思っていなかった。 「吉良の家に案内するよ…兄貴として、あいつを止めてやらなきゃな。」 「…オーケー、頼んだぜ。」 俺からの信頼の証として、その言葉を瀬野に送る。 今は、こいつの覚悟とやらを見せてもらうとしよう。
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421 :天使のような悪魔たち 第9話 織原 結意 ◆UDPETPayJA [sage] :2009/01/29(木) 16 21 10 ID KYhmRPCi 「ふふっ…飛鳥くん、こんばんわ。」 声の主は、やはりというかなんというか……いつものストーカー少女、結意だった。 ……後ろ手に何かを隠し持ってるみたいだな、なんだろう? 暗くてよく見えない。 「顔も見たくない、って言ったの忘れたのか?」 「ううん、覚えてるよ。飛鳥くんは優しいから……」 「………は? おれが優しいから、何だってんだ。」 「そう、優しいから、仕方なく言わされたんだよね?」 ………相変わらずこいつの言動は支離滅裂つうか……全くもって意味のわからないものばっかりだ。 そういや、今まで結意とまともに会話が成立したことって、一回もなかったような気がするな……。 それにしても、こいつの適応力というか、自分に都合いいように事実を曲解するスキルはもはや尊敬に値するな。 ―――だが、俺のそんな余裕も長くはもたなかった。 「でももう大丈夫だよ。飛鳥くんを縛り付けてた邪魔者はもういないから。」 「邪魔者? なんだそりゃ………え?」 隠れていた月が雲の谷間から顔を出し、暗い路地に一筋の光が落ちる。月明かりに照らされた結意は……真っ黒な血で汚れていた。 後ろにまわされていた手が前に出される。握られていたのは、同じく血で染まった木刀だった。 「お前……一体何したんだ!? 邪魔者ってなんだ!? ―――まさか、明日香に何かしたのか!?」 「あすか……ああ、あの雌猫のこと? 紛らわしい名前だね。安心してよ、そいつならもう殺しちゃったから。」 「……おい、嘘だろ!? 嘘だって言えよ!」 「あははっ……ほんと、飛鳥くんってば優しいんだね。あんな雌猫の心配なんかしちゃって。でも、ダメだよ。飛鳥君には私がいればいいじゃない。 これからはずっと、ずーっと一緒だよ? もう離さないから………ね? うふふふ……あはっ……」 けらけらと不気味な笑みを浮かべながらそう言った結意の目は、暗くよどんでいた。 俺に拒絶されて、ここまで歪んでしまったのだろうか……だが今の俺には、結意の心配なんぞしている暇はなかった。 頭の中にあったのは明日香の安否、それだけ。俺は自宅へと向けて足を動かした。 「おっと……行かせるわけにはいかないぜぇ。」 俺の行く先には、ついさっき別れたばっかりの隼がいた。いつものひょうひょうとした態度で通せん坊をしている。 「………隼? なんでお前がここにいるんだ?」 「言わなかったっけ? 俺は結意ちゃんの協力者だって―――ああそうか、亜朱架さんのせいで忘れてるんだったっけ。」 「忘れて……何の話だ!? お前ら、よってたかって何なんだよ! わけわかんねぇよ!」 「大丈夫、すぐに思い出させてやるよ。」 言い終わると隼は、俺の額に手をかざしてきた。奴の手のひらが触れた瞬間、光が瞬いた………様な気がした。 刹那、頭の中がごちゃごちゃと掻き混ぜられる感覚に苛まれ、そのまま俺は意識を手放した。 422 :天使のような悪魔たち 第9話 織原 結意 ◆UDPETPayJA [sage] :2009/01/29(木) 16 22 36 ID KYhmRPCi * * * * * 「これでもう大丈夫だよ、結意ちゃん。」 斎木君は、気を失った飛鳥くんを抱えて私にそう言った。 「……本当に? もう飛鳥くんいなくなったりしないんだよね!?」 思い出すだけでも体が震える。大好きなひとに完膚なきまでに拒絶されたときの恐怖で。……本当に、大丈夫なんだよね? 「―――ああ…やっぱり、結意ちゃんって俺の姉さんによく似てるよ。」 「…え、斎木君のお姉さん………?」 「そう…そうやって大好きな人に依存しきってるとこなんて、まるっきりそっくりだ。おまけに姿も……写真があれは見せてやりたいくらいだよ。」 依存。斎木君の言ったその一言が気になった。 たしかに私は、飛鳥くんに依存している。それは自分でもよくわかる。じゃあ、斎木君のお姉さんは誰に依存してたのかな? 私はそれを訊いてみた。 「いいぜ、結意ちゃんになら話しても。……同じ過ちを繰り返させないためにも、ね。」 「うん、お願い。」 私たちは、歩き始めた。行く先は斎木君に任せてる。彼曰く「誰も2人の邪魔をできないところ」だとか。 道中、彼の口から昔話を聞かされた。 彼のお姉さん……といっても義理の。斎木君は養子で、そのお義姉さんは、「優衣」って名前なんだって。―――私と同じ名前だね。 優衣さんは斎木君に依存してて、斎木君もまた優衣さんを一人の女性として愛していた。 そして、なるべくしてというか……いつしか二人は心身共に結ばれた。それから二人は毎晩のように互いの愛を確かめ合っていた。 優衣さんは斎木君の子供をひどく欲しがっていた。愛の結晶だと言って。それに応えて、お互いに避妊もしなかった。ちなみに当時の優衣さんは高校3年で、斎木君は中学生だとか。 でも、二人が結ばれて半年がたっても子供はできなかった。優衣さんは自分を責めた。子供ができないのは自分の体のせいだと。 斎木君はそんな優衣さんを見て、2人で検査を受けることにした。研究者であり、飛鳥くんのお父様の同僚でもある父親の手引きによって、内密に。 血がつながってはいないとはいえ、姉弟で愛し合っていたことに対しては、世間の目は冷たいからね。 そこで分かったのは、原因は優衣さんではなく…斎木君にあったということ。 斎木君の遺伝子構造は普通の人間とは異なっていて、優衣さんはおろか他のどんな異性とつながったとしても子孫を残せないという事実が知らされた。 3日後、優衣さんは死んだ。そのとき斎木君は初めて飛鳥くんのお姉さま……亜朱架さんと出会った。 彼女はこう言ったらしい。「優衣さんは自分を責めていた。死んで、今度こそ隼くんの子供を産める体になって生まれ変わりたいと言った。だから望むとおりにしてあげた」と。 423 :天使のような悪魔たち 第9話 織原 結意 ◆UDPETPayJA [sage] :2009/01/29(木) 16 23 27 ID KYhmRPCi そのとき、斎木君は亜朱架さんを恨んだだろうか……さっきも、私の手伝いをしてくれたし。 実際、斎木君が亜朱架さんの力を相殺してくれなければ私は逆に殺されていたと思う。 「さて…昔話はここまでだ。着いたぜ、結意ちゃん。」 私たちが足を止めたのは、暗い森の中にある大きな建物の前だった。もう何年も使われていないみたい。建物中に走っているつたを見るだけでそれが分かる。 「それと飛鳥ちゃん、寝たふりをしてるのはとっくにバレバレだぜ?」 「まったくもう…飛鳥くんもひとが悪いなぁ。斎木君しんどそうにしてたよ?」 「……悪りいな、まだ体に力が入らないんだ。でも、全部思い出したから。」 飛鳥くんはよろめきながら斎木君の背中から降り、地面に立った。私はとっさに肩を貸してあげる。 飛鳥くんの体温がすぐそばに感じられる。それだけのことなのに私は、嬉しくて……嬉しくて…… 「ごめんな結意、今まで忘れてて。俺は今も、お前をちゃんと愛してるから。」 「……ぐす……ばか…ばかぁ……あぁぁぁぁあぁぁぁ……」 もう声にならない。涙が止まらない。やっと、やっと帰ってきてくれた。私の最愛のひと。 泣きじゃくる私を、飛鳥くんはただ黙って抱きしめてくれた。そこには、私が今までずっと待ち望んでいた温かさがあった。 もう絶対離さない。ずっと一緒だよ、飛鳥くん。 424 :天使のような悪魔たち 第9話 織原 結意 ◆UDPETPayJA [sage] :2009/01/29(木) 16 24 13 ID KYhmRPCi ―エピローグ― 『次のニュースです。二ヶ月前より行方不明になっていた男女二人が、昨日○○市○○区の山中で死亡しているのが発見されました。 警察の発表によりますと、遺体の状態がひどく、所持品と思しきものからようやく身元を割り出すに至ったとのことです。 死亡していた男性は神坂 飛鳥さん、女性は織原 結意さん。神坂 飛鳥さんは二ヶ月前にあった女子中学生殺人事件の被害女性の家族とみなされています。 どちらも私立白曜学園高等部の制服を着用しており、織原 結意さんの制服からはさらに他の人物の血痕が検出されたそうです。 警察の見解では心中事件としており、女子中学生殺人事件との関連性を裏付ける方針で捜査を続ける模様です。 では次のニュースです。 今日未明、人気ロックバンド"フォース"のボーカル、柏木 冬真さんとマネージャーの赤城 羅刹さんが都内のマンションの一室で死亡しているのが発見され………』 俺こと斎木隼は、亜朱架さんとカフェテリアで落ち合っていた。天井に備え付けられたテレビからは、ちょうど今回の件の報道が流れている。 あれからもう二ヶ月になるのか……時が過ぎるのは本当に早いな。クリスマスがついこないだのように思える。今はもう、節分を通り越してチョコレートの季節だというのに。 といっても、13日の金曜日の次の日が某クローン羊の命日、などと言えばきっとそんな熱も冷めちまうだろう。 特に亜朱架さんは二ヶ月前に自分の分身を殺されたばかりだし、単なる皮肉とは聞こえないだろうけど。 「お客様、お待たせいたしました。」 ウェイトレスが注文の品を運んできた。俺は紅茶のホット、亜朱架さんはコーンスープだ。それぞれ口に運び、一息ついたところで亜朱架さんの方から口を開いた。 「これで満足なのかしら、あなたは?」 「ええ…欲を言えば、あなたにも消えていただきたかったんですけどね。」 「無理言わないで。私が死ねない身体だってこと、わかってて言ってるんでしょう? まあ、全身を木刀で殴られ続けたときはさすがに死ぬかと思ったけど。」 「俺もさすがに死んだと思いましたよ、あの時は。どうです? 二人で溶鉱炉にでも飛び込みますか?」 「素敵な提案だけど…辞退させていただくわ。これでも人並みの感情はあるの。きっと、直前で足がすくんでしまうわ。それに、弟と心中なんてあまり美しくないしね。」 「よく言いますよ。あれだけのことしておきながら……悪魔みたいなひとですね、姉さん。」 「悪魔のような…ね。知ってた? 悪魔って、元々は天使が堕天したものが始まりだって。」 「知ってますよ。神話において初の悪魔…堕天使ルシファーは少女漫画の世界では有名ですよ。無駄にビジュアル化されてはいますがね。まさか…かつて自分も"天使"だった、なんて言いたいんですか?」 「ふふ…違うってことは自分でも良く分かっているつもりよ?」 「そうですか……それじゃ、俺はこの辺で。」 財布の中から紅茶代の180円を取り出し、テーブルの上に置く。 亜朱架さんは「それくらい奢るわよ」と言ったが、俺はたとえどんな形でもこの人に借りを作りたくなかったので、やんわりと断って、カフェを後にした。 外は雪が降っていた。今年に入って初めての雪だ。カフェの前に飾られた季節はずれのクリスマスツリーが妙にしっくりくる。 ああ……そういえば今日は2月9日、飛鳥ちゃんの誕生日だった。花でも……いや、飛鳥ちゃんなら新発売のCDを供えた方が喜ぶだろう。 少し歩いた先に、飛鳥ちゃん行きつけのCDショップがあったはず……そこで買っていこう。 なあ、飛鳥ちゃんに結意ちゃん。向こうでも仲良くして…………愚問か。 ―True end―
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438 名前:天使のような悪魔たち 第16話 ◆UDPETPayJA :2011/01/22(土) 23 31 48 ID Lsqg9iqG およそ20分経って、隼は自転車に乗ってようやくやってきた。 廃ビルと言えば近辺にはここしか該当する箇所はないから、廃ビルを限定する必要はほぼないはずだが、 恐らく俺が要した時間よりも早い。 自転車を飛ばして来てくれたんだろう。 「待たせたな、飛鳥ちゃん………なんて有様だ。」 隼が血まみれの姉ちゃんを見て、息を飲んだのがわかった。 「大丈夫だよ、飛鳥ちゃん。俺なら亜朱架さんを治せる。」 隼は静かに、しかし自信ありげにそう言った。 「以前もあったんだよ、亜朱架さんの治癒力で治せない傷、ってのがね。 基本的に俺達は頭を銃で撃ち抜かれても死なないし、傷も治る。 だけど、"消滅した部位"の補完まではできないんだ。 もし亜朱架さんの致命傷が、あの力によるものだとしたら…というか、他に原因が思い当たらないんだけどね。 普通の人間なら死んだままだけど、亜朱架さんなら蘇生できる。」 灰谷も同じ事を言っていた。隼の力なら、本当に姉ちゃんを治せるのか。 隼は深呼吸をして、両腕を大の字に広げた。このポーズは以前見たことがある。 隼が力を発動する時の、ポーズだ。 その時、俺の腕の中でぴくん、と姉ちゃんの体が跳ねた。 「ごほっ………~~~っ!」 姉ちゃんは痛みに悶絶したようなか細い声を搾り出した。 意識が戻った。姉ちゃんの体には瞬く間に温かさが戻ってきた。 同時に、姉ちゃんの体を一瞬、黒い光が包んだかと思うと、腹部の鉄片が綺麗に消え失せた。 「…こ、こは………飛鳥、なの…?」 「そうだよ、姉ちゃん。」 「あっ……飛鳥ぁ………!」 姉ちゃんはぼろぼろと涙を流し、体を震わせながら、力の入っていない右腕で俺に抱き着いた。 「わたし…死ぬのがあんなに怖かったなんて……死にたく、ない、死にたくないよぉ…!」 「落ち着け、姉ちゃん!」 「うぅ…あっ、あぁぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁぁん!うわぁぁぁぁぁ!」 姉ちゃんは突然、気が狂ったように叫びだした。 …一体、何があったというんだ。 あの姉ちゃんがここまで怯えるなんて、明らかに異常だ。 439 名前:天使のような悪魔たち 第16話 ◆UDPETPayJA :2011/01/22(土) 23 33 40 ID Lsqg9iqG 「これは………亜朱架さんがこんなに取り乱すなんてねぇ…ただ事じゃあないぜ。」 「分析してる場合か!?」 「いや、大真面目に…亜朱架さんをここまで心身ともにズタズタにできるやつはいない。 しかも亜朱架さん…心臓がなかったんだぜ。」 なんで、なんで隼はそんなに冷静なんだ。 俺は泣き叫ぶ姉ちゃんを前に、ただ手をこまねく事しかできないのに。 「大丈夫だよ。身体機能が復活したから、後は勝手に治る。…メンタル面は、時間がかかりそうだけどね。 …さあ、今日はもう帰ろう、飛鳥ちゃん。」「…なあ隼、俺はまた、何もできないのか…!?」 「そんな事ないさ。現に今、亜朱架さんは飛鳥ちゃんにすがりついてる。 実の弟である俺ではなく、ね。 …飛鳥ちゃんも薄々感づいてたんだろう?」 そう言った隼の表情は、かすかだが哀しそうに見えた。 やはり、灰谷の言っていた事は事実だったのか。 夜はまだ明けない。この寒さも暗闇も、終わりはまだ来ない。 だけど、姉ちゃんの体温を感じることで、俺はようやく安堵を得ることができた。 * * * * 隼が携帯電話で手配したタクシーに乗り、俺と姉ちゃんは自宅へと到着した。 自転車はひとまず廃ビルの中に隠し、後日取りに行くことにしたのだ。 俺達がタクシーから降りると、隼はそのままタクシーで自分の家へと向かってしまった。 料金は恐らく隼が持ってくれるのだろう。…今度、飯でも奢ろうかな。 姉ちゃんはタクシーの中で、俺に抱き着いたまま眠ってしまった。 タクシーを降りてからはおんぶして運んでいる。 俺は自宅の鍵をジーパンのポケットから取り出し、鍵穴を回した。 ………? 抵抗がない。まさか、慌てすぎて鍵を開けっ放しで来たか? 俺は鍵を抜き、扉を開いて中へと入った。 すると玄関には………結意が待っていた。 「………どこに、行ってたの…!?」 「結意…お前、起きてたのか。」 「答えて!どこに行ってたの!?」 そう叫んだ結意の表情は、涙で歪んでいた。 「…私、また飛鳥くんに…ぐすっ…捨てられたのか、って…」 「結意…違う!俺は姉ちゃんを迎えに---」 「…お姉さん、を…?」 「そうだ。それに、俺がお前を捨てるわけねーだろ?だって…俺にはもう、姉ちゃんと結意しかいないんだから。 大事な家族を、見捨てるわけねーだろ?」 「か…ぞく…わたしも、なの…?」 440 名前:天使のような悪魔たち 第16話 ◆UDPETPayJA :2011/01/22(土) 23 35 03 ID Lsqg9iqG 少しずつ、結意の表情がやわらかくなってきた。 「ああ。だって、お前は俺の嫁さんだろ?」 「嫁…うん、そうだよ。私、飛鳥くんのお嫁さんだよ…?」 結意はようやく笑顔を浮かべ、俺に抱き着いてきた。 だけど、俺は後ろ手で姉ちゃんをおぶっているから、抱き返せない。 「お願い…私の側からいなくならないでね…? 私、飛鳥くんがいなきゃ…生きていけないよ…」 …俺を必要としてくれる奴がいる。 求められているこの瞬間だけ、俺の心は孤独から逃れられる。 俺は俺だ。灰谷とか実の姉だとか、関係ない。 俺はここにいていいんだ、とやっと思えるようになれた。 * * * * それから一度寝直し、俺と結意は学校に行ったものの、特筆すべき事象は特になく、何事もなく帰路についた。 強いて言えば、今日も結意を俺ん家に呼んだ。それくらいだ。 姉ちゃんは朝方、明日香の部屋でぐっすり眠っているのを確認してきたが… がちゃ。 自宅の鍵を開け、扉を開く。と同時に、足音がとたとた聞こえてきた。 「お帰りなさい、飛鳥!」 「ね、姉ちゃん?もう平気なのか?」 「…平気?なにが?」 「えっ…?」 「あら、そちらは…飛鳥の彼女さんかな?初めまして、私は神坂 亜朱架っていいます。 下の二人に比べると、漢字が書きづらい名前なのよね。」 ---おかしい。 ここにいるのは、誰だ? 少なくとも、つい最近までの姉ちゃんとは別人だ。 口調が違う。結意に対して、今まで会ったこともないような発言。何より…ついこの前よりも、かすかに子供っぽい? 「…それにしても、つい前までちびっ子だったのに、いっちょ前に彼女連れてくるなんて…成長したのねぇ。」 だがそのかすかな差は、姉ちゃんが姉ちゃんでない、という事を気づかせるのに十分過ぎた。 「…わりぃ、姉ちゃん。しばらく二人っきりにさせて欲しい。…行こう、結意。」 俺は姉ちゃんの返事を待たず、結意の手を引いて2階へと駆け上がった。 自室に入り、電気ストーブのスイッチを入れてひとまず落ち着く。 頭の中で状況を整理したら、俺の手は自然と携帯電話の通話ボタンを押していた。 通話先は、隼の携帯だ。 「なあ隼、聞きたい事があんだけど……」 「どうした?」 「姉ちゃん、まさか記憶が消されてたりとかしなかったか?」 俺が思い当たる節と言えば、未だ正体の分からぬままの刺客とやらに記憶が消された、ぐらいだ。 だがそれなら、隼の力で心臓と共に復活してるはずだ。 441 名前:天使のような悪魔たち 第16話 ◆UDPETPayJA :2011/01/22(土) 23 36 13 ID Lsqg9iqG 「………いや、記憶は消されてはなかったぜ。まさか、亜朱架さん記憶喪失なのか?」 「たぶんな。…結意の事、初めて見知ったような口ぶりだった。有り得ないだろ?」 「ははぁ…そりゃ、有り得ないねぇ。 …恐らく、あの力とは関係無しに、精神的ショックが原因だろうね。」 「一体、姉ちゃんに何があったってんだ。刺客って、誰だよ…?」 「刺客?」 「あ………」 そうだ。まだ隼には灰谷の話はしていなかったんだ。 「…明日話すよ。長引くから、電話じゃちょっと…な。」 「了解。それじゃあ…また何かあったらいつでも。」 通話を終え、携帯を閉じて机に置く。 結意はベッドに腰掛け、俺の顔色を窺っているようだ。 「…悪いな、結意。」 「ううん…私は大丈夫。それより、お姉さんは…」 「姉ちゃんなら大丈夫だよ。 それに…世の中には忘れた方が幸せな事もあるんだ。 結意には悪いけど、姉ちゃんにとっては、その方がいいのかもしんねぇ。」 「…そう、かもね。」 だが、一番の問題は解決していない。 灰谷の話していた刺客の存在だ またいつ姉ちゃんが狙われるとも限らない。でも…俺に何ができるだろうか。 * * * * 「………じゃあ、今日は帰るね。お姉さんによろしく言っといてね。」 「ああ。また明日な。」 今日は結意は夕方には引き上げていった。 姉ちゃんに気を遣ったのだろうか。ここ最近はもっと遅くまでいたんだが。 俺は結意の後ろ姿が見えなくなるまで見送り、家の中へ戻った。 「ふぅ………やっぱり部屋の中は暖かいな。」 ベッドに身を投げると、室内の暖かさが染みてくる。 おまけに、さっきまで結意が座っていたから、まだ少しベッドが暖かい。 そのせいか、少し眠たくなってきてしまった。 だがそんな眠気は、俺の部屋のドアをノックする音によって打ち消された。 「入るわよ、飛鳥。」と言って、姉ちゃんが俺の部屋に来た。 「どーした、姉ちゃん。」 「ううん…飛鳥の顔が見たかっただけよ。」 「なんだよ、そりゃ。」 「いいじゃない。…気がついたら、すっかり一人前の男の子の顔つきになってるし。」 「…気がついたら?」 「…私ね、記憶なくしたみたい。」 自覚があったのか、と俺は内心で呟いた。 姉ちゃんは俺の横たわるベッドに腰掛け、肩越しに俺を見た。 442 名前:天使のような悪魔たち 第16話 ◆UDPETPayJA :2011/01/22(土) 23 38 43 ID Lsqg9iqG 「たぶん、ここ5、6年の記憶がないの。何があったかさっぱり思い出せない。 私の中では、飛鳥はまだ小6なのに、背丈なんか軽く越されてるし。」 「ははっ…そりゃそうだ。俺だってもう16だぜ。」 それは姉ちゃんの時間が6年前から進んでいないからだ、とは口に出さなかった。 「ねえ、飛鳥。この間にどんな事があったのかな。」 「………一言だけいえるとしたら、思い出さない方がいい事があったよ。」 「あはは…何よそれ。…そう言えば、明日香は?」 「…!」 避けられないとはわかっていた。こればかりは、どうしようもない。 「姉ちゃん………明日香は、この前死んだよ。」 「えっ…嘘、でしょ…。」俺の言葉を聞いて、姉ちゃんの顔が一気に青ざめた。 「本当だよ。…明日香は、助からない病気だったんだ。」 「そんな………明日香が…死んだ…? それも、思い出さない方がいい事なの?」 「………。」 何も言えなかった。明日香は確かに、"助からない"命だった。 だから苦しまないように、姉ちゃんが介錯をした、なんて言えるわけがない。 だって俺は、姉ちゃんが明日香をどれだけ愛していたか知っているから。 「姉ちゃん。」 俺は上半身を起こし、姉ちゃんを抱き寄せた。 「あ…飛鳥?」 「俺、姉ちゃんの事守るから。…もうこれ以上、失いたくないんだ。」 声の震えは、恐らく姉ちゃんにわかってしまうだろう。 だけど、それも含めて本心なんだから、ごまかしたって仕方がない。 「………大きくなったね、飛鳥。頼りにしてるからね。」 そう言った姉ちゃんの声も、かすかに震えていた。 * * * * 文化祭当日の朝--- 俺はいつも(というよりは、ここ最近)のように目覚まし時計が鳴る前に起床した。 一階に降り、洗面台で顔を洗ってからリビングに向かうと、すでにテーブルには和食セットが配膳されている。 「おはよう、姉ちゃん。」 「おはよう、飛鳥。私、知らない間に料理の腕が上がったみたいよ♪」 エプロン姿におたまを持ってそう言った姉ちゃんは、"14歳らしい"あどけない笑顔を見せた。 「そりゃ楽しみだ。やっぱ朝は和食に限るよなぁ。」 「ふふ…その台詞、小学生の頃から変わらないわね。」 「そうか? ずいぶんとマセた小学生だな。」 「自分の事でしょー?」 「ははっ…なあ姉ちゃん。どうして俺が、今朝は和食なのか、知ってるか?」 二人同時に席に座り、姉ちゃんは白米の入った茶碗を、俺は味噌汁の入ったお椀を手にとった。 「姉ちゃんの味噌汁が昔から好きなんだよ、俺。」 失ったものは沢山ある。だけどようやく、平和な日常が帰ってこようとしている。 このときの俺はそう信じて疑わなかった。 だがそれが、数時間後には見事粉々に打ち砕かれるなんて、露ほども考えていなかったんだ。