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天守の一角、ウェールズの居室。その窓の外にワルドは立っていた。玉砕戦の前夜と言う事もあり、平素ならいるような警備のメイジもいない。明日に備えて休養を取っているようだが、甘い考えだと嘲笑する。 そのような考えだからアルビオン王国はレコン・キスタに敗北してしまったのだ。決戦前夜だからとて、暗殺者が入り込むかもと言う考えに至らない時点で、程度が知れるというもの。 残酷で嗜虐的な笑みをもはや隠すこともせず、フライの魔法を解いて屋根に降りる。 下を見れば誰の姿も無い。あの使い魔はまんまと逃げおおせはしたが、王子の暗殺を止められはしない。 まずウェールズを暗殺した後、ルイズを殺し手紙を手に入れればいい。 ワルドは口の端を吊り上げ、呪文を詠唱する。 ウインドブレイクの魔法で容易く窓を吹き飛ばし、居室に素早く踏み込みながら次の呪文を既に完成させていた。 『エア・ニードル』。杖を中心として風を渦巻かせ、杖自体を鋭い刃と変化させる魔法である。 二つの月の光を背に浴び、ベッドで何も知らず寝ている王子目掛け、二つ名の『閃光』の名の通り稲妻の如き不可避の突きを繰り出し―― ワルドは、大量の金属球が混ざった爆風をその身で浴びることとなった。 ちょうど同じ時、ジョセフは天守を見上げ、窓から弾き飛ばされるワルドを悠々と見上げていた。 「やッチッたァーーッッッ!!」 静かな月夜をつんざく爆音と、年甲斐も無く歓声をあげる老人。 ジョセフはとっくの昔に手を打っていた。 ワルドのおおよその策略を看破したジョセフは、パーティから戻る途中のギーシュ達に頼み、ビー玉程度の大きさの金属球を1kgほど錬金してもらったのだ。 それから三人に、ウェールズへと伝言を頼む。 『アンリエッタ王女からもう一つ渡さなければならないものを預かっている、人目に付くと良くないのでこの時間に礼拝堂に来てもらえないか』と言う体裁で、ウェールズを密かに呼び出していたのだ。 正にこの時、ウェールズ皇太子は三人の少年少女と共に礼拝堂にいる頃である。約束の時間からはやや遅れ、王子を待ちぼうけさせている不敬の真っ最中ではあるが、命を救う行為であるため、お目こぼしを期待したいところである。 ウェールズが嘘の伝言で礼拝堂に向かった直後、無人の部屋に忍び込む人物がいた。言わずと知れたジョセフ・ジョースターである。 ジョセフは密かにベッドにトラップを仕掛けた。 まずベッドの上の毛布を一枚取り、これに厨房から失敬してきた油を塗り込んで波紋を流す。 続いて先ほど錬金してもらった金属球、これにも油を満遍なく混ぜこぜ、こちらには反発する波紋をたっぷり流す。 波紋を流した金属球をしっかり波紋毛布で包み込むことにより、言わば電子レンジで加熱したゆで卵のような代物が出来上がる。こちらは破裂すれば卵の代わりに金属球がはじけ飛ぶ物騒な爆弾であるが。 これに多少強い衝撃を与えれば、ボンと爆発し――今しがたワルドが吹き飛ばされたような惨状を引き起こすこととなる。 続いて掛け布団で波紋ゆで卵を包み、人が寝ているように形を整える。月明かりだけではそうはバレない珠玉の造詣は、ジョセフ会心の出来だった。 最後に窓を閉めて何食わぬ顔で部屋に戻ると、ルイズにハーミットパープルで波紋をちょっと流して起こし、ワルドに結婚を断らせに行く事で裏切り者の本性を暴き出す。自分達はまんまと逃げおおせることで残った一つの目的、ウェールズの暗殺に向かわせたのである。 (王は暗殺してもしなくても大勢に関係が無いというのは、パーティのスピーチからして明白である。となるとワルドがターゲットにするのはウェールズ一人、という解答に辿り着くのは簡単なことだった) 果たしてワルドは見事ジョセフの術中に落ち、金属球の洗礼を浴びることとなった。 天守から叩き落されながらも、さすがは魔法衛士隊隊長と言うべきか、空中でフライの魔法を辛うじて唱え、地面に叩きつけられる事態にまでは至らなかった。 だがしかし、静かな夜に轟いた爆音である。 精鋭とも呼べるニューカッスル三百の貴族達がおっとり刀(この場合はおっとり杖と称するべきか)で駆け付けて来るのは想像に難くない。 ワルドは怒りのみで象られた視線でジョセフを見下し、睨み付けた。 「……やったな、やってくれたな、ガンダールヴ!!」 「てめェのやっすい陰謀なぞとうの昔にお見通しじゃわい、我が友イギーの技を参考にした、名付けて『愚者に対する波紋疾走(フールトゥオーバードライブ)』の味はいかがだったかなッ。随分と堪能してくれたようじゃないか、ワ・ル・ド・し・し・ゃ・く・ど・の?」 クックック、と人を大馬鹿にした笑いでワルドを見上げる。 自慢の羽帽子もマントも言うに及ばず、ワルド本人も金属球の嵐に巻き込まれかなりの手傷を負っている。 火薬での爆発には及ばないものの、波紋の爆発で放たれた金属球は人一人に対して十分過ぎるほどの殺傷力を持っている。 ジョセフとしては、金属球のトラップで仕留める腹積もりであった。 だが悪運強く生き残られた場合の手段も、既に用意してきている。 ジョセフは、マヌケな獲物をからかう笑みを崩さぬまま言葉を続ける。 「さァて、と。もーそろそろこの騒ぎを聞きつけたメイジ達がアワ食って押しかけてくる時間じゃな。まさかグリフォン隊元隊長でスクウェアメイジのワルド子爵が、たかが使い魔にコテンパンにのされて尻尾巻いて逃げ帰るとか、そォんなミジメ~ェな結果で帰れるんかなァ!?」 ジョセフにとって、ここでワルドと対峙したままメイジ達に駆け付けられるのが尤も避けたい事態だった。 ここでワルドが「この平民が王子の部屋を爆破した」とたった一言言えば、一斉にメイジ達の杖がジョセフに向くことは火を見るより明らかである。貴族と平民の言を貴族がどう判断するか、ジョセフでなくとも想像するのは簡単である。 だからこその、普段より毒を増した舌鋒であった。 平素のワルドならばこのような安い挑発に乗りはしなかっただろう。 だが、散々忌まわしい平民に自分の策略を打ち破られた今、挑発に乗らずにはいられなかった。 「――いいだろう、ガンダールヴ!!」 ジョセフは、く、と口の端を吊り上げた。 ワルドは地面に降り立ち、フライの魔法を解いた。 これまでの様に余裕めかした表情など、ワルドには存在しない。 ジョセフもまた、同じだった。 相対した互いの表情を占めるのは、種類は違うものの、純粋な怒りのみ。 腰に下げていたデルフリンガーを抜刀すれば、右手に錆び付いた大剣、左手に毛布と言ういささか珍妙な様相で構えるジョセフ。 デルフリンガーはおおよそ無駄だとは判り切っていたものの、とりあえず金具を鳴らして喋った。 「なーあ、そこのボウズよ。今なら、多分まーだ間に合うんじゃねーかなぁ。ここで謝って土下座の一つでもすりゃー、許してもらえるかもしんねーぜー?」 たかがインテリジェンスソードごときの戯言を聞き入れる必要など、ワルドには存在しない。せめてもの忠告を文字通り黙殺されたデルフは、あーあ、と溜息をついた。 (知ーらね。相棒は自分の右腕が焦がされたことより、貴族の娘っ子が侮辱されたことに怒るタイプなんだよなぁ) 他人事めいたモノローグはさて置いて、デルフはジョセフからひしひしと伝わり過ぎる心の震えに、ふと思い出した。 「おー、そうだ。思い出したぜ相棒!」 「なんじゃデルフ、こんな時に」 声そのものは普段と変わらない。だが今もジョセフの心には凄まじい怒りが渦巻いていた。 「そー言や相棒はガンダールヴだったよなぁ」 軽口を叩きあう一人と一振りをよそに、ワルドは既に呪文を完成させていた。 「そうは言われてるが、どうしたッ?」 「いやぁ、俺は昔、お前に握られてたぜガンダールヴ。だーが忘れてた、六千年も昔のことだったからな!」 ジョセフが返事する前にワルドのウインドブレイクが襲い来るが、ジョセフは慌てるでもなく左手に構えた毛布を、闘牛に対するマタドールのような鮮やかな動きで振るった。 本物のマタドールなら向かってくる牛の角を避けるものだが、毛布を振るったガンダールヴは一歩たりとも動いていなかった。 波紋を流された毛布は、風のハンマーに対抗しうるだけの強度を手に入れており、ウインドブレイクは毛布の一撃に消し飛ばされていた。 「我が師にして我が母、エリザベス・ジョースターの技! 闘牛毛布(マタドールブランケット)ッ!!」 「ひゅー、さすがだな相棒! お前もうちょっと真面目に修行すりゃもっとすげえ戦士になれんだろーに!」 「わしゃ努力が一番嫌いな言葉でその次にガンバルって言葉が嫌いなんじゃよ!」 「いやそれにしたって懐かしいな、泣けるぜ! そうか、なんか前々から懐かしい気がしてたが、相棒がガンダールヴだったか!」 「そうか! 伊達にボロボロに錆びてる訳じゃあないなッ!」 ジョセフとデルフがなおも軽口のラリーを続けている間、ワルドは間髪入れず次の呪文の詠唱にかかっていた。 聞き覚えのある『ライトニング・クラウド』の魔法に、ジョセフは内心(アレかッ! さあどうやって避けるッ!)と灰色の脳細胞をフル活動させていた。 「嬉しいじゃねえか! お前ガンダールヴか、うん! そうかそうか、そうだったら話が違う、俺がこんな格好してる場合じゃあないな!」 叫びを上げた瞬間、デルフリンガーの刀身が輝き出す! 「次は俺の番だぁな! 構えな、相棒!」 ワルドの『ライトニング・クラウド』が完成した瞬間、ジョセフはデルフの声に反応し、無意識に剣を雷撃にかざしていた。 「無駄だ! 電撃を剣で避けられると思っているのか!」 だがワルドの叫びもむなしく、電撃はデルフリンガーの刀身に吸い込まれる! 全ての電撃がデルフリンガーを吸収してしまった時、ジョセフが握っている大剣は錆び付いた古めかしいものではなく、今正に磨ぎ上げられたばかりの様な眩い輝きを放っていた。 「ほうッ! デルフ、なかなかいいカッコじゃないかッ!」 「これが本当の俺の姿さ、相棒! てんで忘れてたが、伝説のガンダールヴにゃ伝説のデルフリンガー様がなくちゃしまらねぇ! 剣が使い魔を! 使い魔が剣を引き立てるッ! 『ハーモニー』っつーんですかあーっ『力の調和』っつーんですかあーっ、たとえるならサイモンとガーファンクルのデュエット! モンティパイソンの演じるスペイン宗教裁判! 武論尊の原作に対する原哲夫の『北斗の拳』! …つうーっ感じっ、だな!」 「お前よくそんな単語ばっか知っとるな」 「多分な、俺はハルケギニアで有名な組み合わせを言ってるはずなんだわ。相棒の脳みそが相棒のよく知ってる組み合わせに翻訳してるんじゃね?」 「なるほど」 「あれよ。さすがに長いこと生きてて飽き飽きしてたんで、ちょいくらテメエの身体変えたんだよ! 面白いこたーなーんもありゃしねーし、俺に近付く連中はつまらん連中ばっかりだったからな!」 「そこでわしがあの武器屋に寄ったッつーワケか!」 「運命ってのは引力めいたモンでな、まさか使い手に再び握られるとは思ってなかったぜ! こうなってくりゃー話が変わる、ちゃちな魔法は全部この俺が吸い込んでやる! この『ガンダールヴ』の左腕、デルフリンガー様がな!」 必殺の呪文を吸収した剣に、ワルドは思わず舌打ちを漏らした。 「やはりただの剣ではなかったか……だが攻撃魔法を破っただけでいい気になるな! 何故、風の魔法が最強と呼ばれるのか、その所以を見せてやろう!!」 ジョセフは片手で剣を構え飛び掛るが、ワルドは素早い身のこなしで剣戟をかわしながら呪文を唱えていく。 「ユビキタス・デル・ウィンデ……」 呪文が完成すると、ワルドの身体が突然分身していく。 一、二、三、四体、本体と合わせて五体のワルドがジョセフを取り囲んだ。 「ほう、今更タネの割れた手品を御開帳とはな。もう少し新ネタを用意してもらいたかったモンじゃがな! 『流星の波紋疾走』を初見で避けた時点で、自分の正体バラしとるようなモンじゃないかッ!」 五体のワルドに取り囲まれながらも、ジョセフの顔には意外さも怒りも全く無い。筋書きも落ちも判っている舞台を自信満々に見せられる時と同じ、呆れた笑みが浮かんでいた。 「ふん、酒場では不意を突かれたが、たかが一体の遍在に貴様は苦戦しただろう? しかもただの分身ではない。風のユビキタス、遍在する風。風の吹くところ、何処と無く彷徨い現れ、その距離は意志の力に比例する!」 「ケッ! 笑わせるなワルドッ! このジョセフ・ジョースターに同じ手を二度も使うこと自体が凡策だという事を身を以って教えてやるッ!」 左手に靡く毛布を振りかぶり、左足を軸足として回転することで正面に立つワルド達に向かって先制の一撃を放つジョセフ。 「ぬかせっ!!」 五体のワルドがジョセフの剣と毛布を避け、踊りかかる。更にワルドは一斉に呪文を唱え、杖を青白く光らせる。先程ウェールズ暗殺に用いられるはずだった『エア・ニードル』である。 「杖自体が魔法の渦の中心だ。その剣で吸い込むことは出来ぬ!」 細かく振動する五本の杖を剣と毛布で受け、流す。しかし相手は五体。ジョセフは一人。 攻撃する間もなくひたすら防御に徹さざるを得ず、デルフはともかく毛布は度重なる風の渦の衝撃に耐え切れずに端から切り刻まれ、少しずつその大きさを減じていく。 毛布の切れ端は大きなものは地に落ち、小さなものはワルド達の巻き起こす風に吹かれて巻き上がっていた。 「平民にしてはやるではないか。さすがは伝説の使い魔といったところか! だがやはりただの錆び付いた骨董品であるようだな、風の遍在に手も足も出ないようではな!」 勝ち誇るワルドに、ジョセフは平然と言った。 「あー、ワルドよ。やっぱオマエ、戦い下手じゃわ」 そう呟いた瞬間、毛布を掴んでいた手の中に隠していたセッケン水の球を、ひょい、と宙に投げた瞬間、ジョセフのコントロールを離れた波紋はセッケン水の球を爆発させた。 しかし自分の至近距離で炸裂させるモノに殺傷力を持たせるわけには行かない。ただのかんしゃく玉程度の代物でしかなかったのだが。 「むっ!?」 突如炸裂したセッケン水の爆弾にワルド達が怯んだ瞬間、ジョセフは素早いフットワークで『ワルド達の輪の中央』に入り込んだ。 「目くらましごときでどうにかできると思ったのかガンダールヴ!」 数瞬の不意を突かれたとは言え、ワルド達にとって致命的な不利を生み出す訳ではなかったどころか、ジョセフは貴重な数瞬を死地に潜り込むに用いただけだった。 五人は一様に勝ちを確信した邪悪な笑みを浮かべ、一斉に切っ先をジョセフに向けて口走った。 「死ねい、ガンダールヴ!!」 最もジョセフに近いワルドが、ジョセフを必殺の間合いに捕らえたその時―― (わしだって自分のスタンドが戦闘向きじゃあないことは重々承知しておるッ! ハーミットパープルを放っても必ず相手を捕まえられるわけじゃあないッ……だから逆に考える。避けられないほど隙間無くハーミットパープルを放てばいいんだとな!) 「全開! ハーミットウェブ!!」 ジョセフの両腕から迸る無数のハーミットパープルが、今正にジョセフに躍りかかろうとした一体のワルドを滅多刺しにし、消し飛ばした! 「何!?」 驚きの声を上げる間もあらば、茨達はジョセフの周囲を縦横無尽に駆け巡り、ワルド達を捕らえ絡め取る! 「我が友、花京院典明の技ッ! 半径20m隠者の結界ッ!!」 ジョセフはただ無闇に防戦に回っていた訳ではなく、ましてや何の考えもなくワルド達の輪に入り込んだ訳ではない。隠者の結界を張るための準備を着々と整えていたのである。 ジョセフが用意した毛布、これはワルドの攻撃を防ぐ為のものではなく、『ワルドに切り刻ませる為』に用意していたッ! 大樹の踊り場で『流星の波紋疾走』を仮面の男が避けた時から、既にジョセフは『ワルドは何らかの手段を用いて分身している可能性』に辿り着いていた。 魔法衛士隊隊長が初見で回避すら出来なかった攻撃を避ける為には、あの攻撃を目撃するかもしくは知るかしていなければ避けることは出来ないはず。よってこの状況になれば、ワルドが分身を用いないはずはない、と考えるのは当然のことだった。 風のメイジであるワルドが風を攻撃に用いる場合、考えられる手段として女神の杵亭で見せたウインド・ブレイクに、分身が使ったライトニング・クラウドの他、カマイタチのような斬撃があるという予測に辿り着くのは簡単。 もしカマイタチがなくとも、ライトニングクラウドに焼かせればよい、という算段もあった。 しかしてジョセフの読みは完全に当たり、ワルドはジョセフの求めに応じて毛布を切り刻んだ。 激しい風の巻き起こる空間で毛布の切れ端は風に浮かんで飛び散る。 後は『毛布の切れ端』に対し、『手の中に残った毛布の残骸』を媒介としてスタンドパワーと波紋を全開にしてハーミットパープルの追跡を行うことにより、半径20mに波紋ハーミットパープルの結界を張ることに成功したのだ。 ワルドに直接放つより、空間全てにハーミットパープルを敷き詰めればよりワルド達を捕らえられる可能性は高まる。しかも平民に対する貴族の慢心、油断に加えて、一度も見せていないハーミットパープルを満を持して放つ! 結果。 一体のワルドが波紋で吹き飛ばされ、本体含めた四体のワルドはハーミットパープルに捕らえられて身動きの一つすら取れはしない。 「く……っ! 貴様、ガンダールヴ! やはり、先住魔法を使うというのか……!」 懸命に茨から脱出しようともがくワルド達だが、その度に微弱な波紋が走り抵抗を妨害していた。 「フン、先住魔法? 笑わせるな坊主ッ! これはスタンド……魂を具現化した力ッ! オマエのようにバカヅラ晒して得意満面に自分の手の内何もかもバラすドアホウにこのわしが負けるはずァなかろうがッ!」 ビシ、と指を突きつけたジョセフは、続いて鼠を嬲る猫のような笑みを見せた。 「さぁーて、どいつが本物か確かめんとなァー? 斬って捨てたら判るよなァ~~~~?」 ゆらり、と剣を振り上げ―― 「これで仕舞いじゃぞワルドッ!!」 「相棒! 右だっ!」 ワルドへ振り下ろされかけた切っ先が、右から放たれた炎の弾丸へ向きを変え、切り払う! 見ればニューカッスル城に詰めるメイジ達が駆けつけて来る姿。 (うッわ~~~ァ、もう来たのかッ、せめて後一太刀か二太刀くらい遅れんかッ!!) ジョセフの危惧していた事態が、極めて間の悪いタイミングで起こった。 天守から不穏な爆発が起こり、駆け付けて来れば怪しげな平民とメイジが対峙しているのだ。 一般的なメイジの思考としては、パーティでも多少紹介を受けたトリステイン魔法衛士隊の隊長に加勢するのは当然過ぎる話である。 ワルドもまた、この好機を指を咥えて見逃すような愚鈍ではない。 「こいつだっ! ウェールズ皇太子の暗殺を謀って居室を爆破したのはこいつだっ!」 ウェールズ皇太子暗殺未遂犯の言葉に、アルビオン王国生き残りのメイジ達の杖が、ジョセフに向けられた――! 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ギリ、と歯噛みをしながらも、ジョセフは自分に襲い来る無数の魔法を見……ハーミットパープルに絡め取ったワルド達に波紋を流すことさえ出来ず、掴んだ勝利をむざむざ手放す他無かった。 自分に飛来する魔法を吸収する事は出来る。だが、無数に飛んでくる魔法を吸収しつつ、ハーミットパープルでワルドの捕獲を継続するのは随分と難しい。 ハーミットパープルを解除し、デルフリンガーを構えたまま素早く魔法の嵐から身をかわし、飛びずさる。そのせいでワルドからかなり距離を離す事となってしまった。 「いい判断だ相棒! 俺っちもあんだけの数を全部吸い込めたかどうかはイマイチ記憶が無いんでな!」 「せっかく勝ったっつーのにッ……あんまり有能なのも考えモンじゃなッ!」 ニューカッスルのメイジ達に憎まれ口を叩きながらも、絶対的有利が圧倒的不利に変わったのは何ともし難い。 これが隠者の結界から解放された四体のワルド達だけでも厳しいのに、周囲から集まってくる三百のメイジ達を向こうに回して勝てるとは思えない。 幾らジョセフと言えども、目は前にしかついていない。横も後ろもカバーし切れない。 しかもワルドは、これで自分が直々に手を下さずとも、ニューカッスルのメイジ達に後始末を任せればよくなったのだ。例えジョセフかメイジ達のどちらが勝とうとも、レコン・キスタに利する結果になるのだから。 魔法に巻き込まれないように素早く距離をとるワルド達には、窮地を見事脱した会心の笑みが浮かんでいた。 対するジョセフは、この場での戦いを既に諦め、目は素早く逃走経路を探し―― 不意に、主人の姿を見つけた。 「騙されないでっ! そこの男……そのワルドこそが本当の裏切り者っ! レコン・キスタの暗殺者よッ!!」 「ルイズ!?」 「ルイズ……!」 驚きで名を呼んだジョセフと、忌々しげに名を呼んだワルドの声が重なった。 ルイズは「部屋で待っていろ」と言うジョセフの後を追いかけたくなる衝動にかられ、危険だと判っていても爆発音のした天守へと向かってしまった。 しかし今はそれが功を奏した。 矢継ぎ早に呪文を唱えていたメイジ達が突然現れた第三者の少女の言葉に詠唱を止めたのを見て、ルイズは必死に走り出し、両腕を大きく広げてメイジ達の前に立ちはだかった。 「私はトリステイン王国ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール! あの老人は私の使い魔、ジョセフ・ジョースター! あのワルドこそがウェールズ皇太子の暗殺を謀った張本人! 賊の奸計に乗せられないで!」 息せき切って言い放つルイズの言葉が、メイジ達に戸惑いを走らせた。 「ど、どういう事だ?」 「ヴァリエール……あのヴァリエール公爵家か!?」 「私に聞かれても……!」 ルイズの言葉は効果覿面、メイジ達に動揺が巡る。 平民の言葉など斟酌する必要もないが、それがアルビオンでも知られたヴァリエール家令嬢の言葉となれば話が違う。 しかも彼女が言うには、信じ難いがあの老人が使い魔だと言う。駆けつけた中にはイーグル号に乗っていた船員もいる為、老人が使い魔だという事は真実と受け止める者も少なからずいる。 俄かに信じられる話でもないが、少女の言い分が正しいとすれば、メイジとして軽々とあの老人に手をかける訳には行かなくなった。 まして二人の貴族の言い分が真っ向から対立している今、どちらに味方すればいいか、と言う難題にすぐさま答えを出せる者がそうそういる訳でもない。「とりあえず両方殴ってそこから話を進めよう」などと思い切った大胆な思考が出るのも期待出来ない。 結果、メイジ達は如何様に動いていいか判らず、周囲の仲間達と顔を見合わせてどうするのか相談せざるを得なくなった。 ひとまずジョセフから危険が去ったのを見計らい、続けてルイズは自分に出せる精一杯の大声で叫んだ。 「ジョセフっ!! 今よ、ワルドをやっつけて!!」 言われずとも、ジョセフは既に動いていた。 同時に、ワルド達も。 だがジョセフの両眼と切っ先がワルドに向いていたのに対し、ワルドの杖は全てがジョセフに向いていなかった。一人の杖が向くその先には――ルイズ! その意味が判らないジョセフではない。 「貴様――ッ!」 ワルドの魔法を止めるには、デルフリンガーは無論、ハーミットパープルですら遠い。先ほど飛び退いたせいで、彼我の距離が10メイル弱離れていたからだ。 完成したウインドブレイクがルイズに放たれれば、ただの少女でしかないルイズは避けることすら許されず、まるで羽毛のように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、転がった。 「ルイズゥゥゥーーーーーーーーーッッッ」 轟く、としか形容できないジョセフの雄叫び。 義手に刻まれたルーンが太陽にも劣らない光を放ち、デルフリンガーもルーンに負けぬほどの眩い光を放った。 (き……切れた、相棒の中でなにかが切れた……決定的ななにかが……) デルフリンガーでさえ戦慄を覚えるほどの心の高まり。 目の前で主人を傷付けられたジョセフの怒りは、並大抵のものではなかった。 ぞくり、とデルフリンガーに嫌な予感が走る。 「おい、ちょ、待て相棒! 俺は波紋やスタンドにゃ対応してな――」 それ以上デルフリンガーは言葉を続けられなかった。 一瞬でデルフリンガーを覆いつくしたハーミットパープルが、炎を吹き上げたからだ! 「うあっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」 「我が友モハメド・アヴドゥルの技ッ!!」 剣が炎を吹き上げたのを目の当たりにし、四人のワルドが身構えようとし。臨戦態勢を整えられたのは、三人だけだった。 10メイルあるはずの距離から、ワルドの目を以ってしても反応できないほどの速度で伸ばされた炎の茨が、一人のワルドを燃やし尽くしていたからだ。 「何?」 予想だに出来ない事態に、ワルド達の口からは呆けたような声しか出なかった。 「魔術赤色の波紋疾走(マジシャンズレッド・オーバードライブ)!!」 燃え上がるワルドを一顧だにせず、デルフリンガーからハーミットパープルを切り離したジョセフは――ワルド達の視界から、消えた。 一瞬の間を置いて現れたジョセフは、一体のワルドの腹に深々と剣を突き刺していた。 だが、真に驚くべきことは別にあった。 腹を突き貫かれているはずなのに、その遍在は『既に全身を突き貫かれていた』のだ。 残りのワルド達は、ジョセフの煮えたぎる溶岩のような視線でねめつけられた。 「次にお前は『馬鹿な、一体いつの間にそれだけの攻撃をした』と言う」 「馬鹿な!? 一体いつの間にそれだけの攻撃をし……はっ!?」 「我が友、ジャン=ピエール・ポルナレフの技! 針串刺しの刑ッ!!」 剣を勢いよく振り上げた風圧が、遍在の名残を掻き散らす。 ここに至ってワルドは、目の前の男が怪物以外の何物でもない事をやっと悟った。 並の手段では到底勝つどころか、自分の命さえ拾うことが出来ない――! 「こ……この、バケモノがぁーーーーーーーーーーーーっっ!!」 それでも恐慌に陥らずなおも戦闘を続行しようとしたのは、ワルドにたった一片残された貴族の矜持であったかもしれない。 それでいて勝利の為に手段を選ぶなどという悠長な考えを打ち捨てる。 残り一体だけとなった遍在のワルドは、決死の覚悟で低い体勢でジョセフに急接近すると、杖での渾身の刺突をジョセフではなく、デルフリンガーへと向けた! 真の能力を開放しているデルフリンガーはエア・ニードルの風の渦さえ吸収するが、それに構わず打ち合わせた杖を内側から外側へ、絡め取るように押し上げる形で円を描き――ジョセフの手から力ずくで剣を弾き飛ばした! 「いくら人間離れしていようが肉体は人間のそれだな、ガンダールヴ!!」 人体の構造上、関節の稼動範囲には限界がある。右手首を掌を上向けるように回し、更に外側へ向かって捻ってしまえば自然と柄を握る指の力が緩み、そこにもう一押しすれば剣を弾き飛ばすのも容易い。 だがワルドはなおも次なる手を用意していた。 剣を弾き飛ばしたワルドは、渾身の突きで崩れた体勢を立て直して杖での必殺の一撃を加える為の僅かな隙さえ、ジョセフに渡すつもりはなかった。 この抜け目の無い使い魔は、一呼吸の間を与えればそこから勝利をもぎ取る男……故に、ワルドは手段を選ばなかった。選べなかった! ワルドはそのままジョセフの腰へタックルを掛け、自らの身体そのものでジョセフの動きを封じにかかる! 「ぬうッ!?」 それを避けようとするジョセフを、ほんの、ほんの僅かな差で捕らえ……しがみ付く! 「私の勝ちだっ、ガンダールヴ!!」 後ろに飛びずさった本体のワルドは、既に魔法の詠唱を完成させようとしていた。 その魔法は、これまでのたびでジョセフに唯一にして多大なダメージを与えた、『ライトニング・クラウド』! 魔法を吸収するデルフリンガーを弾き飛ばし、再びジョセフが剣を手にするよりも早く必殺の魔法を叩き込む――ワルドがジョセフを倒す手段は、それしか存在しなかった。 その為に貴族として、スクウェアメイジとして恥ずべき泥臭い手段を用いなければならない所まで追い詰められた。 だがそれを悔い、躊躇える余裕など存在しない。 たった一体残った遍在を捨て石とし、見苦しく使い魔にしがみつく己の背も、今の彼には屈辱の具とすら成り得ない。 今のワルドにあるのは、圧倒的な怪物に全身全霊を懸けて立ち向かわねばならぬ、勝って生き延びろと生存本能に追い立てられる焦燥感、ただそれだけであった。 (――まだか! まだ完成しないのか!?) 唱え慣れたはずの魔法が、余りにも長く感じられる。 あと五節、四節、三節――! 焦りながらも、詠唱を間違える失態など犯さない。 腐り果てようとも、魔法衛士隊の隊長を務めた実力は健在だった。 使い魔は死力を尽くしてしがみ付く遍在を振り払うことも出来ず、一歩も動けないまま―― (勝った! 勝ったぞ、ガンダールヴ!!) 残り、二節! 「ライトニング――」 残り、一節! その瞬間、ジョセフを押さえ付けている遍在が消し飛んだ。 だが、あの距離では踏み込もうとする速さより、瞬きすら出来ぬほんの僅かな差で、完成した電撃がジョセフを焼き尽くす! 「クラウ――」 ジョセフは、一歩も動かなかった。動けなかった。 ワルドは……魔法を完成させることが、出来なかった。 勝負が決したその時、向かい合う二人の男からは、奇しくも左腕部が失われていた。 だが、失った理由は大きく異なる。 ワルドは、ジョセフの手によって、左腕を肘の下から吹き飛ばされた。 ジョセフは。ガンダールヴの能力で非常に強化された波紋で、自らの義手をワルドへ向けて撃ったのだ。 貫手と呼ばれる手刀の形で放たれた義手には大量の波紋が流されており、音さえ超える速度で放たれた義手がワルドの腕を切り飛ばした瞬間、その傷口から奔った波紋が彼の詠唱を止めたのだった。 それに加えて必中を期する為に義手にはハーミットパープルが絡み付き、その片端はジョセフの腕と繋がっていた。 ワルドの遍在の名残を媒介としたそれは狙いなど付ける間もないあの刹那、標的を狙い違わず打ち抜くホーミングの役割を果たすと同時に、目的を果たした義手がはるかかなたに飛んで破壊してしまうことの無い様に留める命綱の役目も果たしていた。 空中で発射の速度を殺しながら、再び義手はハーミットパープルに導かれてジョセフの左腕へ戻っていく。 思い出したように、ワルドの傷口から血が垂れ、噴出す頃、ワルドの口から奔ったのは呪文などでは、ない。 「うおぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!?」 野獣めいた、咆哮。 「腕が、腕が!? 私の、腕がああああぁぁぁぁああああ!!?」 この光景が現実でないことを確かめようと、血の迸る傷口を、左腕があるはずの場所を抑える。 しかし生まれてから共にあった左腕は、既に其処にない。 少し横を見れば、『かつて左腕であった肉体』が転がっている。 「ばっ……馬鹿な、馬鹿なあああああああ!!!!」 義手を戻し、五指が動くのを確かめたジョセフは、叫びを上げて蹲るワルドを見つつ、今頃になって額から噴出した冷や汗を右の袖で拭った。 「今のはマジで危なかったわいッ……タックルかけたのが遍在じゃなかったら、わしも死んどったぞ」 今一体何が起こったのか、改めて説明することにしよう。 剣を弾き飛ばされ、ワルドにタックルを掛けられたジョセフは、辛うじて足の裏に吸着する波紋を流し地面に足を吸い付けて転倒させられるのはこらえた。 だがもう一体のワルドが呪文を唱えているのが見え、ジョセフは息を呑んだ。忘れるはずが無い、あれこそ自分の右腕を焼いた『ライトニング・クラウド』。 今、ただデルフリンガーを自分の手から離す為だけに放たれた乾坤一擲の攻撃、形振り構わぬタックル。 その全てが、如何なる手を用いてでもジョセフを殺害する決意の表れだった。 自分にしがみ付くワルドと、飛び退いた場所から魔法を詠唱するワルド。 剣を弾き飛ばした理由を斟酌するまでも無い。攻撃手段を奪う為ではなく、防御手段を奪う為。 この状態を打破するには、手段はただ一つ。ワルドの魔法が完成する前に詠唱を妨害するしかない。 この状況で使える武器は、左右の腕に一つずつ。これだけあれば、どうにか出来る。 まずジョセフは両腕に波紋を流す。一つ目の武器、左腕の義手。これを波紋で射出してワルドに波紋を流せば魔法は止められる。狙いを付ける余裕が無いのは、ハーミットパープルで誘導をかければなんとでもなる。 そして、『右腕の武器』に波紋を流す。 右腕の武器とは……意外! それは包帯ッ! (こっちが本当の我が師にして我が母エリザベス・ジョースターの技ッ! 蛇首包帯ッ(スネークバンテージ)!!) ワルドに焼かれた右腕に巻かれた包帯、それは立派に波紋を流す武器となる。波紋で硬質化した包帯を操り、自分にしがみ付くワルドを突き刺して流した波紋で一気に遍在を吹き飛ばす! そして自由になった左腕をワルドに向け――撃ち放つ。 シュトロハイムと共に漁船に救出されて館で療養していた時、シュトロハイムが用意した数々の義手の一つにあった機能を、まさか今になって波紋で代用する破目になるとは思わなかったが。 「……我が友、ルドル・フォン・シュトロハイムの技ッ。有線式波紋ロケットパンチッ! ナチスの技術は確かに世界一だったかもしれんなッ!」 あの時は超高速で義手を発射出来る能力などいらなかったので、とりあえず丁重に辞退(ただ何故かシュトロハイムと大喧嘩する切っ掛けになった)したが、そのアイディアがジョセフの命を救ったことのは確かな事実だった。 しかもほんのコンマ数秒でもワルドに到達するのが早まるよう、指先を伸ばすことにより、長さを伸ばすと共に空気抵抗を減らした事が功を奏した。 それと同時にワルドが一つ、致命的なミスを犯していたのも幸運だった。 もし剣を弾き飛ばし、タックルを仕掛けるのが遍在でなく本体であったなら、ワルドとジョセフは今頃ライトニングクラウドで焼かれて良くて瀕死、運が悪ければ即死の憂き目にあっていたことだろう。 しかしワルドは最後の最後で、自分の命を惜しんだ。戦いの場において自らの命を惜しむ行為に走って勝てるほど、戦闘の潮流は甘くは無かったという事だ。 もし肉体を持つワルドがしがみ付いていれば、蛇頭包帯でワルドを倒したとしても、左腕を自由にし切ることが出来ず、波紋ロケットパンチはワルドの魔法を妨害できなかっただろう。 風の遍在であり、波紋で吹き飛ぶ肉体しか持っていないワルドがしがみ付いたことにより、波紋で止めを刺した瞬間にジョセフの自由が取り戻されたのだから。 様々な要因と強運、そして戦いの年季の差で勝利をもぎ取ったジョセフは一歩、また一歩、とワルドへゆっくりと近付いていく。 ルイズが吹き飛ばされてから、客観的に見れば余りに短い時間。月は僅かにもその位置から動いておらず、この戦いを見守ったメイジ達にとっては、どのような攻防があったのかさえ理解している者はいない。 もはや意味を成さない呻きしか上げられないワルドを、なおも怒りの収まらない目で見下ろす位置に立ったジョセフは、静かに言葉を紡いだ。 「今のがルイズを侮辱されたわしの分だ、ワルド」 そしてワルドの長い髪を引き千切らんばかりに無理矢理引っつかんで立ち上がらせると、空いている右腕でワルドの左頬に鉄拳を叩き込んだ。 「うげぇえええええっ」 鼻血さえ噴き出すが、いつの間にかワルドの首に絡み付いていたハーミットパープルが、倒れることさえ許さない。 「これは貴様が裏切ったわしの友人、アンリエッタ王女殿下の分!」 続いて左腕が、ワルドの顔面を歪ませた。 「これが貴様が暗殺しようとしたウェールズ皇太子の分!」 「や、やめ――」 左腕を吹き飛ばされ、二発の鉄拳を叩き込まれたワルドは既に戦意さえ喪失しているのは明白だった。 「そして今からのは全部ッ!」 そんな些細な事には構いもせず、ジョセフは両手を固く握り締め―― 「貴様に裏切られたルイズの分じゃあーーーーーーーッッッ」 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」 ジョセフの拳が目にも留まらぬ速さで連打され、その全てがワルドの身体に減り込む。 倒れることも許されない拳の嵐の中、朦朧とする事さえも許されぬ激痛の中、ワルドはガンダールヴだけではない人の姿を見た。 金髪を立てた、ゴーレムめいた容貌の軍服の男が。 奇抜なデザインの帽子を被った優男が。 艶やかな黒髪を靡かせる若い女が。 ガンダールヴに似た、黒髪黒目の青年が。 年老いたガンダールヴと共に拳を繰り出し、自分を叩きのめしているのが見えた。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」 見知らぬ人間の姿は更に増えていく。 褐色の肌をした亜人めいた風貌の奇妙な服装の男が。 見慣れぬコートらしき服を着た神経質そうな細身の青年が。 銀髪を立てた奇妙な髪型をした男が。 ――生意気そうな子犬までもが。 コートにも似た奇妙な服を着、奇妙な飾りのついた帽子を被った男が。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――ッッッ」 幾人もの人間もの拳を受け、断ち切れる寸前の意識が最後に見たのは、やはり。 忌々しい使い魔の姿だけだった。 「オラーーーーーーッッッ」 ハーミットパープルの呪縛から解き放たれた瞬間、ワルドの顔に減り込んだ拳は、決して軽くは無いワルドを容易く吹き飛ばし――固定化の魔法が厳重に掛けられた城の壁に激突したワルドの体が、壁に小さくは無い亀裂を入れた。 ボロ雑巾、という形容が可愛らしく思えるほどの惨状を晒すワルドを静かに見下ろし、ジョセフはゆっくりと指差した。 「貴様の敗因はたった一つ」 帽子を被り直し、言った。 「貴様はわしを怒らせた。ただそれだけだ」 ドーーーーーz_____ン To Be Contined →
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【ライダー名】 仮面ライダーゼロスリー 【読み方】 かめんらいだーぜろすりー 【変身者】 不明 【スペック】 パンチ力:不明キック力:不明ジャンプ力:不明走力:不明 【声/俳優】 不明 【スーツ】 不明 【登場作品】 仮面ライダーアウトサイダーズ(2024年) 【詳細】 ゼロスリープログライズキーと飛電ゼロスリードライバーを使い変身したゼロワンシリーズをベースとした仮面ライダー。 ゼロツーがアークを融合することで誕生する。 これまでのゼロワン、ゼロツーのノウハウを施行した結果、両方に似たデザインとなっている。 ライダー自体は新たなシンギュラリティに到達している。 変身アイテムは「ゼア」と「アーク」が共同で開発したもの。 仮面ライダーゼインに対抗するため変身を行う。 戦闘では「ザイアスラッシュライザー」、「サウザンドジャッカー」、「アタッシュカリバー」、「アタッシュアロー」、「プログライズホッパーブレード」を使用。 必殺技は不明。 【余談】 スーツは上半身の部分が仮面ライダーエデンあるいは仮面ライダールシファーの全身アーマーの改造となっている。
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「……この樹が……私の墓標です……」 言って、彼は大きく息を吐く。 オリジナルを越えようとしたコピーが、この世界で最後に見た物は、 彼の中の悪意を吸出し、青々と茂る『神聖樹』だった。 「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ!神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!!!」 それとは異なる世界ハルケギニア 声が響き渡った場所は、貴族の子供たちが集い、魔法を習得するための学び舎。 その名をトリステイン魔法学院と言い、今は使い魔召喚の儀式の真っ最中である。 1人の少女の目の前、其処で“本来”起こる筈の無い爆発。 「……また……駄目だったの?」 この少女は、生徒たちの中で未だに召喚の成功しない、唯一の生徒であった。 「諦めろよルイズwww」 「ゼロは、何回やってもゼロww」 生徒うちの何人かが、冷やかし始める。 ルイズの顔が見る見る赤くなる、穴があったら入りたかった。 その内に先ほどの、爆発で起きた土煙が晴れ始める。 其処には、赤い闇がわだかまっていた。 「エリ……シエル……?」 (……私は……何故……オリジナルを越えようとしたのか?) 『レゾ』は急にそんな事を疑問に思い始めた、 そして、考えているうちに“余にも”死んでしまうのが遅いことに気が付いた。 「私は、生きているのですか?」 気が付いたら声を上げていた。 もう誰も居るはずは無いのに…… また妙なことに気が付く。 彼の手には、壊れたはずの錫杖が握られており、「しゃん」と、涼しげな音を響かせていた。 消えたと思った、魔族の成分も感じられる。 「一体…何が?」 眼を開いてみる。 徐々に晴れていく土煙の中、桃色の髪の少女が此方を見ている。 「エリ……シエル……?」 この二人の出会いは、後に世界を揺るがす出来事となる。
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幕間 ルイズの部屋に戻ったホワイトスネイクが最初に見たのは、ドアのすぐ前に脱ぎ捨てられた下着だった。 どう考えてもルイズのものである。 そしてその上には何か書き置きのようなものがぽんと置いてあった。 だが―― 「…読メナイ」 ホワイトスネイクにはそれが読めなかった。 (妙ナ話ダ…言葉ガ通ジテ文字ガ通ジナイ、ダト? 一体ドウイウワケデソンナコトニナッテシマッテイルンダローナ…マア、今ハ置イテオクカ) 状況から考えるに、多分「洗濯しておけ」とか書いてあるのだろうが……年頃の小娘がそんな事を書くだろうか? ホワイトスネイクはルイズの方を見るが、既に寝てしまっているので内容を聞くことは出来ない。 ホワイトスネイクは少し考えた後、 「記憶ヲ見レバ済ム話ダナ」 ルイズの記憶を見ることにした。 そう決めたホワイトスネイクはふわり、と宙に浮き上がると、 ルイズのベッドの上の空中で音も無く静止する。 そして慣れた手つきでルイズの額に指先を当てて―― ズギュン! 奇妙な音とともに、ホワイトスネイクの指がルイズの額に突き刺さったッ! だが不思議なことに流血は一切無い。 まるで水面に指を突っ込んだかのように、ごく自然にホワイトスネイクの指はルイズの額にめり込んでいる。 そして数秒後、ホワイトスネイクは、円盤状のものをズルリとルイズの額から抜き出した。 これが「DISC」である。 ルイズの記憶がホワイトスネイクの能力によって、形となって取り出されたのだ。 そしてこれまた慣れた手つきで、ホワイトスネイクはそのDISCを自分の額に突き刺した。 直後、DISCに映像が映り始める。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「まったく、あの使い魔ときたら! ご主人様のパンツ覗くなんて信じられないわ! 召喚できたときは「やったッ!」って思ったのに…付き合ってみないと分かんないものね」 DISCにはルイズの部屋が映りこみ、そしてプンスカ怒っているルイズの声が流れてきた。 「とにかく! これからはあたしが使い魔としての何たるかをビシッ! と教え込まなきゃいけないわ! まずその第一歩は…洗濯ね!」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 本当に洗濯させるつもりだったのか、とホワイトスネイクは呆れた。 しかし自分で締め出した相手に書き置きを残すとは一体どういうことだろう。 自分でそう決めたことを忘れないためか? などと考えたホワイトスネイクだが、とにかくこれであの書き置きの内容は大方確認できた。 ならばもうこのDISCに用はない、ということでさっさと自分の頭からDISCを抜き取ってルイズに戻す。 戻したのは、そうしないと大変なことになるからだ。 場面はちょうどルイズが服を脱ぎ始めるところだったが、 真性ホモ(ホワイトスネイク談)だったプッチ神父の影響のため、 性欲を持たないホワイトスネイクには別に興味の無い映像である。 さて、ルイズに記憶のDISCを戻したホワイトスネイク。 はっきり言って洗濯なんかのためにコキ使われるのは不本意だったが、本体――厳密には本体ではないが、その命令とあっては仕方がない。 渋々ながら下着を引っ掴み、鍵を開けてドアを開く。 さっきみたいにすり抜けなかったのは、言うまでも無く下着がドアをすり抜けられないからだ。 そしてルイズの部屋を出たホワイトスネイクは考える。 この建物の内装やルイズの部屋を見る限り、この世界の科学技術は相当に遅れている。 早い話、洗濯機なんて文明的なものがあることは期待できない。 水道さえも無いだろう。 多分「魔法」とやらで色々解決してしまえるからそうなっていったんだろうが…と思ったところでふとある疑問が生まれた。 洗濯機が無い、ということは、それを何かで補っているということ。 地球の中世ヨーロッパならメイドあたりにやらせていたんだろうが、この世界には魔法がある。 魔法でどれだけのことが可能かは明確には分からないが、 文明の発達さえ遅らせてしまうのだから相当に幅広い応用が利くのだろう。 つまり魔法で洗濯をやるぐらいはできるハズである。 なのに―― 「何故アノ小娘ハ私ニ洗濯ヲヤラセルンダ?」 魔法が使えるなら自分で洗濯ぐらいやるはずである。 それに自分がここに来たばかりのとき、他の生徒が魔法で空中を飛んでいたのに対してルイズは自分の足で歩いていた。 ということは… 「アノ小娘ハ魔法ガ使エナイノカ」 という結論に至ったホワイトスネイク。 周りは皆使えるのに不憫な話だな、と少しばかりルイズに同情した。 魔法が使える使えないはスタンドであるホワイトスネイクには、 スタンド本体がプラスαの何かを持っているかどうかという程度の話なので別にルイズに幻滅したりすることは無い。 とここまで考えたところで大分発想が脱線していたことにホワイトスネイクは気づいた。 自分は洗濯をしなければならないのである。 どういうわけか魔法を使えない、あの小娘の代わりに。 まずこの世界に洗濯機は無い。 そして水道も無い。 要するに「井戸を探してそこで水を汲んで洗濯」しなきゃあならないってことなのだ。 改めて、こんな使われ方は不本意だとホワイトスネイクは思った。 とにかく井戸を探さなくてはならない。 こんな夜中には誰も起きていないだろうから探すのは自分だ。 となると、そこで問題が起きる。 「私ノ射程ハ20メートルシカ無イカラナ…」 井戸がルイズより20メートル以上離れた場所にあれば、ホワイトスネイクは井戸までたどり着くことが出来ない。 つまり洗濯が出来ないのだ。 いや、この部屋に来るまでの道筋から推測する限り、確実にルイズから20メートル以内に井戸は無い。 ホワイトスネイクにとっては別に進んでやりたい仕事でもないが、 かと言って「出来ませんでした」で終わらせるようでは、 プッチ神父のスタンドとして完璧に近い仕事をし続けたホワイトスネイクのコケンに関わる。 そこで数秒考えてホワイトスネイクが出した結論は―― 「誰カ他ノヤツニヤラセルカ」 思いっきり他力本願であった。 だがホワイトスネイクとしては「結果的に下着の洗濯が出来ればそれでいい」ので、そこには大してこだわらない。 しかし…だ。 ついさっきこの世界に現れた身長2メートルの亜人に 「洗濯してくれない?」と頼まれて快諾する者など間違いなく一人もいないのは分かりきった事。 無論、ホワイトスネイクだって真正面から頼むわけじゃあない。 では、どうするのか? その答えが、ホワイトスネイクの以後の行動にある。 ホワイトスネイクはまずルイズの下着を彼女の部屋の前の廊下にぽんと置くと、 その隣の部屋のドアをすりぬけ、堂々とそこに侵入した。 果たしてそこには、赤毛の女がぐっすりと眠りこけていた。 薄い下着を押し上げる豊かな胸や肉付きの良い肢体が実にセクシーだが、 性欲を持たないホワイトスネイクにとってはやはりどうでもいいことだった。 そして部屋を見渡すと、暖炉の下にはなにやら真っ赤で馬鹿でかいトカゲ……とでも形容すべき生物がすやすや眠っている。 (何ダコイツハ…? スタンドノヴィジョンカ? ヨク分カランガ、起キラレルト厄介ニナリソーダナ) そんな事を考えながらホワイトスネイクはトカゲに近づき―― ドシュン! 「『コレカラ一時間、グッスリ眠リコケロ』。オ前ニ命令スル」 体から抜き取ったDISCをトカゲの頭に突き刺し、ホワイトスネイクはそう言った。 これもまたホワイトスネイクの能力の一つ。 命令を受けた生物は、例えその内容が 「人が来たら頭を撃ち抜いて射殺した後にDISCを回収しろ」という複雑なものであっても、 「破裂しろ」などという理不尽極まりない命令でも必ず遂行するのだ。 さて、これであと1時間きっかりはこのトカゲの五感は無効化している。 たとえ自分の主人が突然起き上がって部屋を出て行ったとしても、それに気づくことは無いだろう。 そして下準備を終えたホワイトスネイクは赤毛の女に近づき―― ドシュン! 「『部屋ヲ出テ廊下ニ転ガッテイル下着ヲ洗濯シロ』。オ前ニ命令スル」 トカゲにやったのと同様に、ホワイトスネイクは赤毛の女にそう命じた。 すると女は唐突にむくりと起き上がると、着の身着のままの格好でふらふらと部屋から出て行った。 ふわりと空中に浮かびながら、その後を追うホワイトスネイク。 そして女は廊下に転がっているルイズの下着を見つけると、 胸の谷間から棒切れのようなものを抜き出して何かをごにょごにょと唱えた。 するとルイズの下着がふわりと浮かび上がり、さらに女の杖の先から水流が飛び出した。 杖から放たれた水は空中で下着を丁寧に揉み洗いしている。 便利なものだな、とホワイトスネイクはその光景を眺めながら思った。 そして数分間揉み洗いが続いた後、女は再び何かごにょごにょ唱え始める。 すると今度は杖の先から小さな火の玉のようなものが現れた。 その火の玉は先ほど放たれた水に包まれた下着の周りをぐるぐると回り始める。 火の玉の熱は下着を包む水を徐々に蒸発させていき、やがて下着を完全に乾燥させた。 便利なものだな、とホワイトスネイクは(以下略。 そして洗濯の終わった下着はぽとりと廊下に落ち、 女は手に杖を持ったまま、またふらふらと自分の部屋に戻っていく。 「ゴ苦労ダッタ」 ホワイトスネイクはその背中にそう言うと、下着を拾い上げてルイズの部屋に続くドアを開けた。 部屋に入ったホワイトスネイクは、窓から外を見る。 空は暗く、月の位置もまだ高い。 夜明けまではまだ時間がありそうだ。 そんな事を考えながら、ホワイトスネイクは自分自身を解除した。 To Be Continued...
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ルイズ達より遅れてラ・ロシェールに到着した三人は、ハーミットパープルを使って街の地図を念写し、ジョセフを媒介に主人であるルイズの居場所を探し出した。 今夜の宿はラ・ロシェールで一番上等な『女神の杵』亭だった。一階が酒場で二回が宿屋になっている、ハルケギニアではオーソドックスな作りの宿屋である。 街で一番上等であるということは貴族相手の商売をしているということと同義語であり、それに見合った豪華な作りをしていた。 テーブルからして床と同じ一枚岩を削り出したもので、顔が映り込むほどピカピカに磨き上げられおり、着席するだけでも相当な金額がかかると判る代物だった。 幾つもあるテーブルの中で一番入り口に近いテーブルには、ルイズとワルドとギーシュが数本のワインボトルと上等な食事の皿を並べて適当に食事を始めていた。 「おうすまんの、何とか腰は直したから後はどーでもなる。心配かけちまったの」 いけしゃあしゃあと言い切りつつ、ジョセフは遠慮なく空いた椅子に座り手ずからボトルを取り、ワインをグラスに注いでいく。 「一つ残念な知らせがある」 ナイフとフォークでローストチキンを切り分けながら、ワルドが困り顔を隠さずに言う。 「アルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないそうだ」 「急ぎの任務なのに……」 ルイズは不機嫌を隠さずに眉根を寄せた。 疲労で食欲も減退している他の面々をさておいて、ジョセフとタバサは構わずワインで食事を流し込んでいく健啖家っぷりを披露する。 その中で聞いたことは、アルビオンがラ・ロシェールに近付く月の重なる夜、『スヴェル』の月夜が明後日の為、船を出すには明後日でないといけない、ということだった。 だがジョセフは(それならしょうがないよなァ。明日はゆっくり骨休みするか)と他人事のように気楽に考えていた。 程無くして皿から食事が(主にジョセフとタバサの)胃袋に移動しきった頃、ワルドが鍵束を机の上に置いた。 「それぞれ相部屋を取った。組み合わせはキュルケとタバサ、ジョセフとギーシュ」 機嫌よく食事を終えたジョセフの顔が、先程の食事で出てきたはしばみ草のサラダを食べた時の様な微妙な表情に変化した。ジョセフは次の言葉が読めたが、死んでもその言葉を口に出したくはなかった。 「僕とルイズは同室だ」 だが予想していた通りの言葉がワルドの口から聞こえた。 その言葉に、ルイズが驚きに見開いた目でワルドを見た。 「そんな、ダメよ! 幾ら婚約してるからって、まだ私達は結婚してるわけじゃないのよ!」 「そりゃそうじゃろ。主人と使い魔が同室のほうが角が立たんのじゃないのか?」 常識的で良識的な意見を二人からぶつけられるが、ワルドは首を振ってルイズを見た。 「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」 「だからって同じ部屋で寝起きする必要がどこにあるっつーんじゃ。二人きりで話すのと一緒の部屋で寝るのには何の関係もないじゃろ。婚前交渉は貴族の文化と言うわけじゃないわな」 ジョセフにワルドの意見を聞き入れなければならない理由はない。むしろ疑念がほぼ確信に近い現状では積極的に何でも反対したいとすら思っているが、それをさておいても、(こいつはホント何言っとるんじゃ)というワルドの発言である。 「話する間は二人きりで話しゃいい。寝る時はルイズとわし、アンタとギーシュの組み合わせで泊まればいいだろう。な?」 と、ルイズに同意を求める。 「あ……うん、そうね。私も、その方が……」 余りの事で困惑していたルイズが、ジョセフの出した助け舟にあっさりと乗り込んだ。 ギーシュも憧れのグリフォン隊隊長と同室することに不満もない様子だし、キュルケとタバサも口を端挟もうともせずワインを味わっていた。 「……ではそうしよう。ルイズ、すまないが部屋に来てくれ」 多数決に敗れたワルドは、それ以上反論も出来ずジョセフの提案を呑まざるを得なかった。鍵束から一つの鍵を抜き取ると、ルイズに目配せをする。 「ええ、じゃあ」 二人で話をするだけ、ということならばルイズに反対する理由はない。ルイズはワルドの後ろに付いて歩いていく。二人が階段を上がっていくのを見届けると、ジョセフは大きく欠伸をした。 「かァーッ、一日中馬に乗りつめじゃったから眠くてしょうがないわいッ。ギーシュ、とっとと部屋に行くぞッ」 「ぁー、僕は後で行くよ。もうちょっと飲んでから行くから部屋番号だけ見ておく」 どうにもわざとらしい、とジョセフをよく知る三人は思った。ジョセフはルイズを目に入れても痛くないほど可愛がっているのは最早説明するまでもない。悪い虫が付いたのだからそれは機嫌が悪いだろうとはさほど考えなくても判る。それは判るのだが。 (いい年して子供っぽい)と少年少女達に思われてるのにも気付かず、ジョセフは鍵束から鍵を取って足音も荒く階段を上がっていく。 ジョセフの後姿を見送った三人は、とりあえずワインボトルをもう一本注文した。 部屋に入ったジョセフに、デルフリンガーが声を掛ける。 「くっくっく、おじいちゃんはご機嫌ナナメってーやつだぁな」 「うるさいわいッ」 「で? どうすんだい? 俺っちの相棒サマは色んな方法で二人の話を盗み聞き出来るよなァ。波紋使って壁に張り付いて窓から盗み聞きだって出来るし、ハーミットパープル使えば自分の身体を媒介に娘っ子の心を読んだりも出来るわーな?」 「やかましいわいッ!」 デルフリンガーの言葉に、ジョセフは力を込めて剣を鞘に収めると乱暴に投げ捨てた。 やろうと思えばデルフリンガーの言った通りの方法で幾らでも盗み聞きは出来る。だがそんな情けない真似をジョセフ・ジョースターがやれると言うのか。例え相手が信用ならないどころか疑わしさ丸出しな男だとしても、それとこれとは話が違う。 それなりに上等なベッドに寝転がり、久方ぶりの柔らかい寝床にやや慣れないと感じてしまった感覚に苦笑することもなく、ただ不機嫌な顔を隠さず横になっているだけだった。 ワルドとの二人きりの話を終えたルイズは何となく一人になりたくなり、宿の中庭で所在無さげに壁に凭れ掛かって月を見上げていた。 今回の任務のこと。ジョセフが伝説の使い魔『ガンダールヴ』だということ。ガンダールヴを召喚した自分は偉大なメイジになれると断言されたこと。 ――ワルドからのプロポーズ。 一昨日には考える由もなかった事柄達がルイズの胸を締め付けてきた。 アンリエッタの友人であるルイズは、肌身離さず持っている密書の最後に何かを書き加えた時の彼女の表情がどんな類のものなのかは、判りすぎるほどに判る。しかもその相手は戦争の只中にいる。 ジョセフが始祖ブリミルの用いた伝説の使い魔『ガンダールヴ』だという話をワルドから聞かされたのもそうだ。そんな伝説の使い魔がどうしておちこぼれの自分に召喚出来たと言うのだろう。 そもそもガンダールヴでないとしても、ジョセフが自分の使い魔だという時点で満足している節がルイズにはあった。ちょっと調子に乗りやすいしスケベだけれど、嫌いだとは思っていない。むしろ好感を抱いていると言って差し支えない。 そんなジョセフを使い魔にしたまま、果たして自分はワルドのプロポーズを受け入れることが出来るのだろうか――と考えて、それは出来ない、と思うしかなかった。 ジョセフは孫までいる妻帯者で、自分より50歳も年上の老人だということは重々承知している。周りは囃し立てるが、主従揃って『それはない』と声を合わせたものだ。 でも、ジョセフを側に置いたまま、ワルドと共に始祖ブリミルに永遠の愛は誓えない。恋慕や愛ではないはずなのに、どうして憧れの人だったワルドの求婚を受け入れることが出来ないのか。そこに至る計算式が判らないのに、答えだけが最初から記されていたようなものだ。 もしジョセフに暇を出せば、彼はどこでも上手にやっていくだろう。平民として召喚された異世界の学院でも、とんでもない適応力で居場所を築けたジョセフだ。下町だろうと、王城だろうと、どこでも、誰とでも、上手くやっていけるだろう。 そんなのやだ、とルイズは思った。自分の知らない場所で自分の知らない誰かと仲良く楽しく暮らしているジョセフを考えると、何かもやもやした感情がルイズの中を満たしてしまう。 でも、とルイズは思った。もしかしなくても、ジョセフはこんなおちこぼれメイジの使い魔なんかやっているよりも、もっと別の事をやらせた方がいいのかもしれない。でも、『それはやだ』と、心が叫ぶ。 ワルドは10年前のように、あの頃のように、優しくて凛々しくて。憧れの人なのに。そんなワルドに結婚してくれと言われて、嬉しくないはずがないのに。……でも。 中庭で思い浮かべたのはワルドよりもジョセフの方が時間が長い、ということに、まだルイズは気付いていなかった。 To Be Contined → 29 戻る
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波紋ワインを飲んだアルビオン王軍を集めたホールにてジョセフが立案した手法は、ニューカッスル城の爆破解体及びそれに伴う岬の崩落であった。 NYで不動産王となったジョセフにとって、爆破解体は至極有り触れた手段であり、専門ではないにせよ城一つを解体するくらいはお手の物だ。 しかし爆破解体と言う技術が開発されたのは地球でも二十世紀に入ってから。 魔法を除いた技術レベルは中世のものでしかないハルケギニアの住人が理解しきれないのは当然のことだった。 しかしその程度の反応を恐れるジョセフではない。 不敵な笑みを一切崩すことのないまま、ニューカッスル付近の大地図とハルケギニアの大地図を前に滔々と語り続ける。杖を粗末にするとルイズが怒るのは目に見えているので、折り曲げた指の背でコンコンと地図を叩いて示す。 「しかし考えてみるといい、このニューカッスル城の立てこもるメイジの数は三百。この城の地理条件と敵の殆どがメイジじゃあないとして多勢に無勢は否めやせんッ。どれだけガンバったとしても向こうの被害は二千か三千、それでも大したモンじゃがなッ。 そこで逆に考える。敵に秘密港つきの風光明媚な城をわざわざくれてやるところを、城ごとブッ潰して向こうの度肝を抜いてやりゃあいいとな!」 ジョセフはニヤリと笑い、更に具体的な戦術に続ける。 「こん時ゃトーゼン巻き込む敵の数が多いに越したこたァ言うまでもない。じゃがあからさまに門を開け放してちゃー向こうも警戒しちまうわなァ。そこで向こうが攻めてきたところをナンボか抵抗して、キリのいいトコロで門を破らせる。 で、本丸に到着するまでに罠をがっつり仕掛けて足止めさせる。前の連中は罠に掛かるが、後ろの連中は城に入って戦功を上げたいからどんどん突入してくる。こーゆー時ゃ敵に勝利を確信させるのがコツ! 『相手が勝ち誇った時そいつの敗北は決定している』ッつーこッた! で、レコンキスタの連中が前のめりになったところで、ウェールズ殿下の演説を風の魔法で増幅させて、終わったところでタイミング合わせてドカーン」 握った手をニューカッスルの地図からハルケギニアの地図に移し、計画実行前後にニューカッスル岬が落下するであろう地点……ガリア王国の山脈を叩き、ふてぶてしく笑う。 「メイジは飛んで逃げられるが、どーせ城攻めに使うのは平民ばかりじゃろうから哀れ地面に大激突ーってワケじゃな。これなら魔法と大砲でブッちめる分と合わせて、少なくとも五千……臆病風に吹かれて逃げ出すのも随分と出てくる。 レコン・キスタに与えるダメージは決して少なくはないッ!」 手段もそうだが、ジョセフの発想のスケールの大きさもまたメイジ達を驚かせるものだった。それ故にジョセフの言葉を信じ切れないのは止むを得ないことである。 が、ジェームス一世とウェールズはジョセフの策を採ると決めている以上、粛々と従う姿勢を取るのは呼吸するより当然のこと。 さてニューカッスル城爆破解体に取り掛かるジョセフが最初にやらせたことは、錬金によるゴーレムの作成だった。三百のメイジはその殆どが最低でもライン、多くはトライアングル、中にはスクウェアも数名いる。 土系統が専門ではなくても錬金でゴーレムを作ることくらいは朝飯前である。 それに加え、ゴーレムを錬金する媒介にジョセフが指定したのは門から城に続く地面。 城を中心として堀を掘らせるようにゴーレムを錬金したのである。 土から起き上がったゴーレムはスコップ、もう半数はハンマーと杭を持っている。 「よしよし、んじゃ次にデッカイ穴を幾つか掘るとするかッ」 そう言うとジョセフはデルフリンガーを抜き、デルフリンガーにハーミットパープルを伝わせる形で発現させた。 「いやァこの剣はイロイロ出来るマジックアイテムでしてなァー」 「よく言うぜ相棒よォー」 ワルド戦にて魔術赤色の波紋疾走で燃やされた恨みたっぷりの声を、ジョセフは全力で聞き流した。 デルフリンガーを地面に突き刺し、茨を地下へと伸ばしていく。今回探知するのは地表から空中までの距離である。少々の時間が経ち、おおよその距離を把握した。 「ふむ、こんなモンか。えーと、大体こんなモンで」 ひょい、と地面の上に伸ばした茨は、空中に届くまでの長さ。それを参考にロープを切り、次にロープの片端をこの城にも数頭いたジャイアントモールやモール達に結わえ付ける。ギーシュのヴェルダンデも当然頭数に入っている。 そしてもう片端をゴーレム達がしっかり掴んで、モグラ達は下へ向かって穴を掘り進んでいく。こうしておけばもし掘り過ぎた場合でもゴーレムが引き上げられるという按配だ。 しばらくしてロープがピンと張られる。目的の深さまで掘り進んだところでゴーレムがロープを引っ張り、モグラ達を地面へ引き上げる。 続いて火のメイジが黒色火薬を固めて作った即席の爆弾を深い穴へ投げ入れ、底に落ちた爆弾が爆発する。すると辛うじて残っていた穴の底は爆発により吹き飛ばされ、空に向かって開いた穴からモグラ達に掘られて柔らかくなっていた土が一気に落下していく。 幾つも土を掘り進める作業が続く中、ハンマーと杭を持ったゴーレムを引き連れたジョセフは城の見取り図を手にハーミットパープルで念視を行う。 爆破解体で必須となるのは、「いかに建築物の重量を支えている箇所を効率的に破壊するか」という点。 ジョセフの目視でもおおよその爆破ポイントは目星がつけられるが、固定化の魔法がかかっているハルケギニアの建築を前にしては、念を入れなければならないのである。 だが幸運なことに、ニューカッスル城は城全体にはそれほど強固な固定化は掛けられていなかった。風化による劣化に耐えられる程度の固定化であり、建築技術により城塞に求められる強固さを得た、ハルケギニアには珍しいタイプの城だった。 ハーミットパープルが導き出した爆破ポイントに辿り着くと、チョークで書いた円の前にゴーレムを配置し、一斉に杭とハンマーで穴を穿たせていく。 城中を回りながら作り上げた穴に爆弾を詰め、なおかつメイジ達の攻撃魔法を放つことにより爆破ポイントを一斉に破壊し、城を解体する手筈である。 地球ならば遠隔操作による着火で済む話だが、ハルケギニアにそのような便利な技術は存在しない。まして中世レベルの黒色火薬で作られた爆弾で求められるだけの爆発力を得られるかも怪しい……ジョセフが良心の呵責に駆られないはずがない。 しかし三百のメイジ達は次の夜を迎えるつもりもない。この爆破解体を成功させるためには避けて通れない代償だということは重々理解している。 例え死ぬ経緯が違うとは言えども、メイジ達を死に追い遣るのはジョセフの計画によるものである。 (決して失敗などせんッ、失敗しちまやァそれこそ犬死にじゃからなッ!) 何度も繰り返した決意、それを再び心に刻みながら、次の作業場所に移る。 宝物庫の中では何人もの使用人が空のワイン樽に金貨や宝石など、目ぼしい宝物を忙しく詰め込んでいた。 「どーせ残しといても地面に落ちちまうんじゃし、どうせならトリステインが使えるようにしときゃイイ」というジョセフの進言により、城の宝物庫に残っていた財宝を持ち出すための作業が続けられていた。 イーグル号もマリーガラント号も避難民を全員乗せなければならないので宝物を入れる余裕はない。別の運搬手段に関しても、ジョセフのアイディアが解決した。 樽にパラシュートをつけ、それをトリステインとガリアの国境にあるラグドリアン湖に落下させるという方法である。その為に城中のロープや布が集められ、ジョセフが紙に書いたデザインに添ってメイジ達の錬金でパラシュートが作られていた。 それから再び庭に出ると、今度は岬の地図を手にハーミットパープルでの念視を行う。 爆破解体した城の重量で岬を崩落させる大仕事を果たすために、立っている岬を媒介として岬の『地脈』を念視する。地中に伸びた数本の茨の動きが止まったのを確認すると、穴を掘り終えてどばどばミミズをたっぷり食べているモール達の頭を撫でてやる。 掌から流れる波紋に気持ちよさそうにもぐもぐと喉を鳴らすモールは、やがて茨を追って地面の中へ穴を掘っていく。 早ければ馬が走るほどの速度で地面を掘り進めるモールの姿があっという間に見えなくなったのを見送ると、周囲に人の目がないのを確かめてからジョセフはドサリと地面に倒れ伏した。 「いかんッ……ちぃと働きすぎたッ。体がなんかギシギシ言いやがるぞッ」 人前では言えないジョセフの愚痴に、デルフリンガーが鞘から顔を覗かせた。 「そりゃあ相棒は年寄りだからなぁ。それにしたって筋肉痛がもう出てるんだから若いって言えば若くね?」 「それにしたってキツいじゃないかッ。わし前に寝たんは何時の事じゃったかなー……ここに来るフネじゃなかったか? そっから波紋とかスタンドとかガンダールヴとか使いまくりじゃぞ? ジャパニーズビジネスマンじゃあるまいし、NYでこんなに働いたこたーない」 筋骨隆々でノリも軽いので忘れられがちだが、ジョセフは68歳で立派なジジイである。 超能力使ったりチャンバラしたり友人達の技パクったり爆破解体に走り回ったりと、非常に疲れる一日であった。しかもまだ途中だというのがジョセフの疲労を重くする。 「いいじゃねぇか、たまにゃー働いたってバチ当たんないぜ? 特に今日のコイツは大仕事だ。俺っちも随分と長いコト生きてきたが、こんなムチャなコト考えてやろうとかする大馬鹿野郎はたった一人しか知らねぇ」 「ほう、他にいるんか。そいつぁーよっぽどのハンサム顔か性格の悪いヤツに違いないな」 けらけら笑うジョセフの腰元で、デルフも金具をカチカチ鳴らして笑った。 「全くだ、性格の悪さはどっちもどっちだがハンサムっぷりで言ったら相棒は惨敗だな」 「後でルイズの爆発を吸い込めるかどうか実験してみるかなァー」 「OK落ち着け相棒」 軽口を叩きあう老人と剣。 それからしばらく休憩がてら寝転がって夜空を見上げるが、ハーミットパープルを伸ばし続ける為のスタンドパワーの消耗はさしたる休息を取らせてくれない。 「それにしてもアレじゃなー……」 「どうしたよ相棒」 「柱の男やDIO倒しに行った時と同じくらい頑張っちゃおるがなァ。なんでこんなに頑張ってるのか自分でもよく判らん」 輝く月が明るいせいで、満天に輝く星の光はいまいちハルケギニアに届かない。 月ばかりが目立つ空を見上げ、ジョセフは一つ欠伸をした。 「別に見返りとかあるワケでもないしな」 「見返りがほしくて使い魔やっとるワケじゃないぞ? それにエジプトに行く時も波紋は必要最低限にしちゃおったんじゃが、こっちに来てからどうにも波紋ばっか多用しとる。 いかんいかん、これじゃ帰った時にスージーにどやされる。なんで自分だけ年取ってないんだってな。アレ天然のクセして怒ると怖いんよなァー」 「そー言や相棒は孫もいるんだったよな。元の世界に帰りたいかい、相棒」 「帰るに決まっとる」 即断する言葉に、デルフリンガーは次いで問いかけた。 「貴族の嬢ちゃんを残してかい?」 「痛い所を突くのォ剣のクセに」 「剣の仕事は痛い所を突く事だぜ、相棒?」 「上手い事言うのは剣の仕事じゃないじゃろうよ」 「六千年も生きてる伝説の仕事は上手い事言う事だぜ」 「もっともじゃな」 ふむ、と顎ひげを摩り、デルフリンガーにちらりと視線をやった。 「そりゃ帰らなくちゃならん。わしには待ってる家族がいる。先約は向こうじゃからな。だがルイズもほったらかしにしたいワケじゃあない。だから、いつ帰ってもいいようにルイズにはわしの持ってる技術や知識を伝えたい。 今回の爆破解体だってルイズやギーシュ達にわしの知識を伝授するいい機会だしな。このわしがルイズに召喚されたのはその為だと。わしはそう思っとる」 迷いのない声。確固たる意思で固められた言葉に、剣は呟いた。 「なるほど。だから、隠者の紫か」 納得したような声を、ジョセフが聞き逃す訳もない。 「ハーミットパープルがどうかしたのか?」 「いや、なんでもねえ。個人的に納得したっつーだけの話さ」 「なんじゃ、お前にしちゃ歯切れが悪いな」 「つい最近まで錆だらけだったからな、切れ味鈍ってたぜ」 誰が上手い事言えと、とツッコミもしないジョセフにデルフリンガーもそれ以上何も言わず無言で地面に横たわっていた。 今回の計画はジョセフが八面六臂の活躍をしているが、ルイズ達魔法学院の生徒も、作業のシフトにしっかり組み込まれている。 ルイズは爆発魔法で強固な固定化の掛けられた箇所を爆破して回っているし、ギーシュもワルキューレを指揮して堀を掘っている。キュルケもゴーレムを錬金して城の爆破ポイントを回っているところである。 そしてタバサはと言うと。 「ジョセフ」 寝転がっているジョセフに彼女が声を掛けた。 「おお、準備が出来たか」 主人が見れば「何をサボってるのか」と詰問するような場面でも、タバサは普段通りに佇んでいるだけだった。 タバサとシルフィードは、ラグドリアン湖に宝物を満載にした樽達を落としに行く為の人員としての役割を負っていた。アルビオンがラグドリアン湖に再接近する頃合に、パラシュートを付けた樽を牽引して運搬し上空で落とさなくてはならない。 そこで風竜が使い魔である風のトライアングルであるタバサが、この作業に従事するという訳である。 ぱんぱんと服を叩きながら立ち上がるジョセフに、タバサは淡々と語りかける。 「準備は出来たけれど、思っていたより数が多い。何度か往復しなければならない」 「フーム、滅びる前でも流石は王国じゃな。他に人手は?」 「満足に使える幻獣がいない」 「んーまァ、いるなら篭城戦にゃならんわなー」 視線を軽く宙に彷徨わせ、しゃあネェか、と口にした。 「ワルドのグリフォンがいる。アレ使おう。あんまりシルフィードを疲れさせるワケにゃいかんからな」 「無理。騎乗用に調教された幻獣は主人以外が手綱を握ることを許さない」 事実のみを告げるタバサにちっちっち、と指を振ってみせる。 「わしはただの人間じゃないんじゃぞ? まァいいモン見せてやろう」 僅かに首を傾げたタバサをよそに、穴からモール達が出てくる。 「よし、んじゃお前達は庭掘りに行って来い。わしらもこれからまだ仕事があるからな」 頭を撫でられたモール達は嬉しそうにしながらもぐもぐもぐと庭へと進んでいった。 その後姿を見送ってからジョセフ達も厩舎へ向かう。 途中、ワルドと戦った場所の近くを通りかかれば、地面に飛び散った血の痕のそばに切り落とされたワルドの左腕が落ちているのにジョセフは気付いた。 無視するべきかどうするか少々考えてから、ジョセフはずかずかと歩いていって左腕を掴むと、わざわざ屋根つきのゴミ捨て場まで回り道して「燃えるゴミは月・水・金」と書かれたゴミ箱の中へ叩きつけるように投げ捨てた。 多少の回り道してから辿り着いた広い厩舎にいるのは数頭の馬とグリフォンのみ。主人以外の何者かが近付いてくるのに気付くと、鷲頭の幻獣は唸り声を上げて威嚇を始める。 しかしジョセフは何も気にすることなく右手に発現させたハーミットパープルをグリフォンに伸ばし、頭に絡みつかせて波紋を流す。 見る見る間にグリフォンは唸り声を上げるのをやめ、いつでもどうぞと言う様に身体を低く伏せた。 「……驚いた。まるで先住魔法のよう」 学院の人間が見たこともないような驚きの表情でジョセフを見上げるタバサに、ジョセフはしてやったりと笑って見せた。 「こんなモン、チャチな超能力じゃよ。さ、ちゃちゃっと仕事終わらせんとな。突貫工事もいいトコなんじゃぞ、このくらいの規模の工事じゃと調査とか入れて何ヶ月もかける仕事なのを一晩でやろうって言うんじゃからなッ」 グリフォンに馬具を付けて行くジョセフの後姿を、強い視線で見つめるタバサ。 何事か声を掛けようとしたが、緩く首を振って無言でシルフィードの元へと向かう。 ロープでそれぞれを結わえ付けた宝物満載の樽達を引っ張るのは、シルフィードとタバサ、そこに加わったグリフォンだけでは難しい。 数人のメイジがシルフィードとグリフォンに分乗し、複数のレビテーションで浮かせた樽を繋げたロープの端をシルフィードとグリフォンがそれぞれ咥えて運んでいく。 アルビオンのメイジ達は風の流れを巧みに読み、遥か眼下のラグドリアン湖に見事落下する箇所でロープを切り離し、樽をそれぞれ落としていく。 月明かりの中、樽に結ばれたパラシュートが無事に開いて空に花を咲かせたのを見届けると、シルフィードとグリフォンはアルビオン大陸へとトンボ返りした。 グリフォンを厩舎に戻したジョセフは、それからも忙しなくニューカッスル城を駆け巡る。メイジ達の指揮を執るウェールズの元へ行き爆破のタイミングを取る為の演説の内容を打ち合わせしたり、爆破ポイントに不備はないかチェックしたり。 この夜、ニューカッスル城にいる者は例外なく眠りに付けた者はいない。 しかし今から行われる作戦がどれだけの効果を上げるのか知っている者は、ジョセフただ一人。 成果の判らない作業に従事する夜が明け、朝が来る。 鍾乳洞に作られた港から、ニューカッスルから疎開する人々を満載したイーグル号とマリー・ガラント号が出航する。 計画立案を担当したジョセフ達は、アンリエッタから請け負った任務を遂行する為にフネに乗ってトリステインへと帰っていく。 しかし今から玉砕戦に挑むウェールズ達は戦の最終準備に忙しく、ルイズ達を見送る事は出来なかった。 マリー・ガラント号に乗ったルイズは、遠ざかっていくアルビオン大陸を艦尾からじっと見つめていた。 * 「――よってここにアルビオン王家は敗北を宣言する。しかし君達に杖の一本銅貨の一枚たりともくれてやる訳にはいかない! アルビオン王家第一王位継承者、ウェールズ・テューダーがアルビオン王家に伝わる秘められし風の魔法を披露しよう!」 ウェールズは自らの役目を終えた。 風の通りやすい天守から風の魔法で増幅させた声は、間違いなくニューカッスルの岬中に響いたことだろう。 数瞬後に始まるであろう爆発を待ち、城と運命を共にするのを待てばいい。 父王ジェームス一世は自ら志願して最前線へと出向いた。 戦に出向くに何の支障もなくなった肉体で、戦に立ち向かえる父の晴れ晴れとした笑顔は、せめてもの救いであった。 多少心残りがあるとすれば、アンリエッタだけだ。 果たしてあの可愛らしい従妹は、無事に生きていけるだろうか。 「――アンリエッタ……」 最後に渡された手紙を胸に、訪れるべき最後の瞬間に知らず唾を飲み込んだその時―― 「次の殿下のセリフは『どうか僕のことは忘れて他の誰かを愛してくれ』という!」 「どうか僕のことは忘れて他の誰かを愛してくれ……はっ!?」 背後から掛けられた声に振り向いたウェールズは、信じられないものを目にした。 フネに乗って帰ったはずのジョセフが、自らに向かって紫の茨を伸ばしている! 余りの事に杖を取り出す事も出来ないウェールズの身体に茨が巻き付き、茨を辿って流された波紋は、容易くウェールズの意識をホワイトアウトさせた。 「またまたやらせていただきましたァん!」 爆発が巻き起こる天守から、気絶したウェールズを肩に担いで飛び降りるジョセフ! フネに乗って帰ったと見せかけ、ジョセフとタバサはこっそりとニューカッスル城に舞い戻り、礼拝堂で息を潜めていたのである。 全ては、ウェールズをトリステインに連れて帰るため。 ニューカッスル城の爆破解体の真の目的は、レコン・キスタに大被害を与える事などではない。それは目的の一つだが、あくまでも真の目的に至るための過程でしかない。 ウェールズ本人の演説の後発生する、城の解体、岬の崩落という一大スペクタクル。 これだけの大仕掛けをやった後、王子一人がむざむざ生き残るような不名誉な所業を選ぶはずがない。その心理の落とし穴に人々を陥れる為、これだけの大掛かりな手をジョセフは選択したのである。 ワルドが今回の旅で嬉しそうに述べた目的は三つある。 一つはルイズ本人。二つ目はアンリエッタの手紙。そして三つ目は、ウェールズの命。 三つ全てをトリステインに持ち帰るのは、まともな手段では為し得ない。 巨大なペテンの中に混ぜこぜた、あまりに小さな真の目的を看破できる者はほぼいない。 ルイズ達でさえ、ジョセフの真の目的を説明されたのは帰りのフネに乗り込む直前。 タバサを連れて行ったのは、無事にアルビオンからの脱出を成功させる為。 シルフィードと意識を共有するタバサがいれば、空中でシルフィードと合流してトリステインに帰る事が出来る。シルフィードは今、雲の中に隠れてタバサの合図を待っていた。 「説得するのがムリならムリヤリトリステインに連れ帰っちまやイイってこった! ざまァ見やがれレコン・キスターッ!」 計画を大成功させたジョセフが天守から降りてくるのを礼拝堂の屋根の上で確認したタバサは、フライの魔法を唱えてニューカッスル城からの脱出に移ろうとする。 だが。 タバサが唱えようとしたフライの魔法は完成することはなかった。 彼女が紡ぐ詠唱はすぐさま攻撃魔法に代わり――グリフォンに乗った男へ、氷の矢を放った。 しかし氷の矢は巻き起こる旋風に吹き飛ばされ、空中で砕かれ氷の欠片を撒き散らしたに過ぎなかった。 「おっと。そう易々と貴様の手を成功させる訳にはいかないだろう、ガンダールヴ?」 聞き覚えのある声。 ジョセフでさえ、ほんの一瞬だけ何が起こっているのか理解し切れなかった。 しかし、目の前の男が何者かは判る。忘れられるはずがない。 何故ならその男は、前の晩にジョセフに完膚なきまでの敗北を喫し。瀕死の重傷を負っていた筈なのに。 愛馬であるグリフォンに跨るその男は…… 「――ワルドッ!? 何故貴様がここにいるッ!」 腰に下げたデルフリンガーを抜いたジョセフに、ワルドは禍々しく唇の端を吊り上げた。 To Be Contined →
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ルイズの爆発魔法でワルドの首が霧散したのを確認することもせず、シルフィードは急速降下に入った。 まだ終わりではない。ワルドは確かに倒したが、ジョセフを救わなければならない。このまま放って置けばニューカッスルの岬ごとジョセフは大地に叩き付けられる。いくらジョセフと言えども、そんな事になれば生きていられるとは到底思えない。 しかもワルドを撃破したと同時に、大木のように茂っていたハーミットパープルはまるで枯れて朽ちていくように消え失せた。 メイジは精神力を使い果たしてもせいぜい気絶する程度で済む。スタンド使いが精神力を使い果たしたらどうなるのかは知らない。 かつて武器屋探しのついでにハーミットパープルを初めて見た時、ジョセフはスタンドを『魂の具現化したもの』と言った。魂を具現化させたものが枯れていくということがどういうことか――考えなくても判る。 タバサが先程張った風のドームがシルフィードの背に乗ったメイジ達をしっかりと捕らえ、空に振り落としてしまうようなことは無い。 だが、空を風竜の出せる限りの速度で『落ちる』恐怖。 「うわああああああああっっっっっ!!?」 二十世紀の地球でも、時速三百kmを超えるジェットコースターは存在しない。 噛み締めようとしても抑え切れない、腹の底から沸き起こる恐怖に耐え切れず叫んでしまうことで、ギーシュを臆病者呼ばわりすることは出来ない。 キュルケはこの高速落下の恐怖を味わう前に、精神力を使い果たしていた所にワルドを倒したのを見届けた安堵で気が緩んだことで、幸運にも気絶していた。 故に悲鳴を上げたのは、ギーシュ一人だけだった。そのギーシュも数秒も持たない内に恐怖が思考を塗り潰し、意識を手放したのだが。 ウェールズは波紋で気を失ったままで、タバサはこの程度の速度は慣れたものとばかりに力強く手綱を握り締めている。 ルイズは、叫ばなかった。それどころか、瞬き一つもしまいと見開かれた両眼で落ちていく先を見据えていた。 (――ジョセフ!) 雲の隙間を縫うように空を降り、岬から切り離された瓦礫を恐ろしいスピードで追い抜いていくのにも構わずほんの僅か前まで茨が伸びてきた元を見つめていた。 これだけの猛スピードで追いかけても、岬が落ちてからスタートを切るまでに絶望的な時間が経過しているのは理解できている。 アルビオンが何故空に浮くかは誰も知らない。ニューカッスルの岬も大陸から切り離されれば遥か下の大地目掛けて落ちていった。 しかし、城が先端に建つほどの質量と面積を持った岬は、空気抵抗を大きく受ける。それに加えて元より空に浮いていた大陸の一部だった岬は、気休め程度ながらも重力に逆らうかのように落下速度に幾らかのブレーキがかかっている。 だからこそタバサは逡巡すら惜しんでシルフィードを降下させた。 ルイズとタバサ、二人の目には光度は違えど同じ輝きが灯っていた。 その輝きは、『何としてもジョセフを救う』という意思の輝き。 今もなお左目を占めるジョセフの視界を睨みながら、ルイズは唇を噛んだ。 待っていなさいよ、ジョセフ――アンタは私の使い魔なんだからっ。 私の手の届かない場所になんか、行かせないんだから! * ワルドを撃破したジョセフの左目は、ジョセフ本人の視界に戻った。 ルイズから差し当たっての危機が去った事を把握したジョセフには、既に波紋を練れる呼吸もスタンドパワーも、何も残っていない。 ハーミットパープルを維持する事すら出来なくなったジョセフは、落下し続ける地面に力なく倒れた。 「……もうタネも仕掛けも何も無い……今度こそ本当にな……」 落ちていく岬の上に伏せるというのも奇妙な話だが、下から吹き上がる大気の奔流は巨大な岬が受け止めていた。奔流は岬の下を潜り、側面から上へと抜けている。 その為、地面に倒れたジョセフは大気の渦に捕われる事は無かったのだった。 「相棒」 まだ左手に握られたままのデルフリンガーの声に、ジョセフは掠れた声で答えた。 「……おうデルフよ……。せっかく六千年ぶりに会ったのにここでおさらばっぽいなァ……お前はもしかしたら地面に落ちても耐えられるかもしらんが、わしはちょっち自信ねェもんでな……」 こんな時でも軽口を忘れないジョセフに、デルフはからからと笑った。 「なーに、気にすんな相棒。六千年は確かに長かったが、また会えたのは確かだからよ。もうしばらくつまんねえ時間を過ごせばそのうちまた会えるってモンだろ」 「そう言って貰えりゃ気も楽ってモンじゃ……」 ごろり、と大の字に寝そべったジョセフは、無言で空を見上げた。 「あー……心残りがけっこーあるんじゃよ……わしを見取るのが喋る剣一振りっつーんがなァ……」 「なんだい俺っちだけじゃ不服なのかよ」 「そりゃーあよォ……せっかく頑張って五十年連れ添った妻とか可愛い娘とか口が悪い孫とか生意気な孫に恵まれたのに、誰にもわしが死んだって伝えられんのはなァ……」 ハルケギニアに来る前。承太郎に、帰らなければスージーには死んだと伝えろと言ってこちらに来た。あの時こそは死を覚悟していたが、魔法が実在する奇妙な世界に居着いた今では心残りも多々ある。 可愛い主人や友人達を守り切れた、その事実には満足できる。 だが、それでも。 「せめてな……わしの好きな連中にゃ、笑っててほしいんじゃ……。わしの好きな連中を悲しませる理由が、わしがいなくなったからと言うんはなァ……それは、とても――寂しいことじゃろう……」 ジョセフは、寂しげに笑う。 そんなジョセフに、デルフリンガーは聞いてみた。 「――なぁ、相棒よ。相棒は自分が死ぬのは怖くないのかい?」 力尽きたジョセフの口から漏れるのは、恐怖の叫びでも後悔の言葉でもなく。ただ、自分が遺す事になる人々を心配する言葉ばかり。 剣として、無数の戦場で無数の命の終焉を見届けてきたデルフリンガーは、ジョセフのような潔い最期を迎えようとする人間を見たことは何度かはある。 だが、その何度かの例外の他、何千倍もの末期の言葉は、死への恐怖や後悔の言葉。 圧倒的に数少ない例外の中でも、ジョセフはあまりに落ち着いていた。 これからどれだけの長い間、つまらない時間を過ごすのかは判らないが、せめて何百年かの慰みに。この誇り高くしみったれた老人の言葉を聞いてみたくなったのだった。 「そりゃ怖ェに決まっとるじゃろ」 即座に返ってきた答えに、デルフリンガーは質問したことをちょっと後悔した。 「でも今更何が出来るよ。わしゃやるだけのことはやったし……ルイズ達を救うことも出来た。やるべきことも出来なくて、ルイズ達を助けられなかったんじゃあない……そんだけ出来たらまァ、上出来ってモンじゃろうよ……」 「そうか」 しかし続けられたジョセフの言葉に、デルフリンガーは鞘口を鳴らして頷いた。 ジョセフは、一瞬だけ沈黙し。か細い声で言った。 「……わりィ、もうそろそろわし眠いんじゃ……ちょっと、ちょっと寝かせてくれ……」 「ああ、悪かったな。じゃあゆっくり、寝てくれよ」 デルフリンガーの軽口に、返事は、無い。 ――竜が、そこに辿り着いたのはそれから僅か数秒後の事だった。 * ハーミットパープルが伸びてきた先を辿るのは、難しいことではなかった。 ほんの数秒前まで雄雄しく伸びていた茨は消え去っていたものの、どこから伸びてきたかは頭に入っている。 ハルケギニアの大地さえも視界に入る中、シルフィードは岬に追い付いた。 岬の上に見えたのは、力無く地面に横たわるジョセフの姿。 シルフィードは落ち行く岬に追い付き、翼を目一杯広げてスピードを急激に殺し、地面に着陸する。 例え既に事切れているにせよ、ジョセフをこのまま岬に叩き付けさせる訳には行かない。 置いていこうとしても、ルイズが自ら駆け寄って引き摺ってでもジョセフを連れてこようとするだろう。 だからタバサは、迅速にジョセフを回収する為に魔法を唱えた。 ジョセフは随分と大柄ではあるが、トライアングルメイジのタバサが操る風を用いればさしたる苦労も無く体を持ち上げられる。 「く……」 だがたったそれだけの魔法を完成させただけで、タバサの意識は揺らぎ、僅かながらも彼女の表情を歪ませる。 しかしジョセフを無事に引き寄せることは出来た。 「ジョセフっっ!!」 自分の前にジョセフを運ばれたルイズが名を呼んでも、ジョセフは身動ぎの一つもしない。シルフィードの背に横たわったまま―― 「ジョセフ!! ジョセフ、ジョセフ!?」 何の反応も無いジョセフへ抱き付くように縋り付いたルイズが必死に名を呼んで身体を揺さぶるが、ジョセフは主人の呼び掛けに何の答えも返すことは無い。 風のロープで掴んだジョセフをルイズの元へ届けるが早いか、魔法を解いて額の汗を拭った。 「……飛んで。全速力で」 すぐさま言い放つタバサの命令に、シルフィードはきゅいきゅいきゅいとけたたましく鳴いて不満を表明する。 いくら風竜と言えども、徹夜でこき使われた挙句空中戦を繰り広げたり落ちる岬に追い付く為に無理矢理な加速をさせられたりしていれば、身体にガタも来る。 竜使いの荒い主人に使い魔が懸命に抗議するが、当の主人はにべも無く答えた。 「貴方が飛ばないと私達が死ぬ」 端的に現状を突き付ける涼やかな声に、諦める寸前の慰みにきゅいー!と声も限りに叫んで、大きく広げた翼に風を受けた。 そして、シルフィードが力の限り岬から離脱した十数秒後。 ニューカッスル岬は、ハルケギニアに激突し、大陸を大きく揺らした。 高く聳える山脈を打ち砕く爆音と、空まで巻き上がる土煙が背後に発生する一大スペクタクルにも、竜に乗った若いメイジ達が頓着することはほぼ無かった。 ウェールズとキュルケとギーシュは今だ気を失ったままだし、ルイズはそんな些事に気を取られている余裕などない。 唯一の例外が、意外にもタバサだった。 ガリアの山脈が大きく形を変えた瞬間を目撃したタバサは、雪風の二つ名を受ける平静な表情を保つ事さえ忘れて、首ばかりか身体も後ろへ捩って大きく目を見開いていた。 タバサは若いながらもこれまでに様々な経験を積んできたが、これほどまでの劇的な情景を目の当たりにしたのは初めての事だった。 (……もし、彼の力があれば……) 自分が渇望する結果に辿り着くのも、ジョセフの知謀が加われば今すぐにも成就できるかもしれない。 だが、その肝心のジョセフは主人の声に応えることもない。 普段の高慢さをかなぐり捨てて懸命にジョセフの名を呼ぶルイズの姿もまた、彼女を良く知る者達が見ればその目を疑うことだろう。 ピンクの髪を振り乱し、鳶色の両眼を見開いて、小さな手で大きな身体を揺さ振り、喉も枯れよとばかりに声を張り上げる。 「ねえっ、起きなさいよ! アンタ、私の使い魔なんでしょ!? アンタご主人様の言う事が聞けないの!?」 だがジョセフは何の反応も見せない。 ただ力なく竜の背に倒れているだけだった。 「アンタっ……バカじゃない!? 元の世界に帰らなくちゃいけないんでしょ!? 自分の家族に会わなくちゃいけないんでしょ!? こんな……こんなこと、で……!」 大きな目に、涙が溜まっていく。 「私……! ただアンタに迷惑掛けただけじゃない! たくさん助けてもらったのにっ……私は何も出来ないままで……こんな、こんなのって、ないわ!」 自分が使い魔の召喚に成功しなければこんなことにならなかった。 自分がやったことは、戦いを終えて故郷に帰るはずだった老人を無理矢理異世界に連れてきて、こき使って、殺したというだけのこと。 ルイズの頬を伝う涙は、ぽたぽたとジョセフの頬に落ちていく。 「ジョセフ……! ジョセフ、ジョセフぅっ!!」 悲しみ、怒り、憤り、不甲斐なさ。 ネガティブな感情を大量に混ぜ合わせた衝動に突き動かされ、ルイズは物言わぬジョセフの身体に縋り付いて声も限りに泣き叫んだ。 「えーと」 しばらくルイズが泣いていた所、今まで黙ったままのデルフリンガーが、かちりと鞘口を鳴らした。 「盛り上がってるトコ悪いんだけどよぉー」 普段軽口ばかり叩いてるデルフリンガーにしては珍しく、多少決まり悪げな物言い。 「相棒、生きてるぜ」 ぴたり、とルイズの泣き声が止んだ。 「マジマジ。ピンピンしてる」 ルイズはとりあえずジョセフの鼻を摘んでみた。 ふが、と眉を顰めたジョセフは顔を振って鼻から手を放させた。 「そりゃーアレだろ、立ち回りはするわ徹夜で働くわ波紋は練れないわスタンドパワーは使い果たすわで疲れて眠らない方がおかしいって話だろーよ」 首を横向けたジョセフは、気道の位置が変わったせいか小さくいびきをかき始めた。 「それにしてもアレだな。死んだように眠るってのは正にこのことだーな。確かに勘違いしちまうのはしょーがないかもしれねーが、それでもあれはないわ」 ルイズは何も言わず、ジョセフの腰に下がったままの鞘を手に取るとデルフリンガーを収めて黙らせた。 袖で涙を拭いてから、じっと自分達の様子を伺っていたタバサを見やった。 「……ユニーク」 まるで何事も無かったように呟くタバサに、ルイズの耳は真っ赤になった。 「み、みみみみみみみみみ見たの?」 「見てしまった。けれど他言する必要性はない」 普段通りに感情の見えない淡々とした口調の中に、ルイズは微かな笑みが見えたような気がした。 だがそれは自分の気のせいだ、と無理矢理自分の中で結論付けて、大きく息を吸った。 「ま、まあこれくらいで死んじゃうような使い魔じゃないとは思ってたわよ! だって私の使い魔なんですもの!」 「そう」 懸命に言い繕うルイズへ興味なさげな返事をしたタバサは、続いてウェールズに視線をやった。 「ジョセフ・ジョースターと打ち合わせていた事がある。このまま皇太子を王宮に連れて行くわけには行かない」 タバサの言葉に、ルイズは声を張り上げた。 「なんでよ! 姫様に皇太子殿下をお会いさせなきゃならないじゃない!」 「魔法衛士隊の隊長が裏切り者だった今、下手に王宮に連れて行くのは利敵行為。他に内通者がいるのは火を見るより明らか。それこそ戦争の口実を向こうに与えることになる」 至極もっともな言葉に、ぐ、と言葉に詰まるルイズをよそに、タバサは淡々と言葉を続ける。 「だから今から学院に向かう。ミスタ・オスマンに頼んで皇太子を匿ってもらう、というのが彼の考え。学院なら人目に付くこともないし警備も整っている」 そこまで言ってから、タバサは手綱を握り直して前を向く。 必要最低限の事柄を伝達すれば後は何も言わない素っ気無さに、何よ、と小さく口を尖らせるが、それ以上は何も言わない。 強い風が頬を撫でる中、ふぅ、と小さく息を吐く。 竜に乗っている六人のうち四人が意識を失っており、意識がある一人のタバサはシルフィードの手綱を握って前を見ている。 残る一人のルイズは、気持ちよさそうに熟睡しているジョセフの頬を撫でた。 「……ばっかみたい。よくよく見たら普通に寝てただけじゃない」 心配かけて、と使い魔の額を指で弾くと、ジョセフはまた少し眉を顰めて小さく首を動かした。また気道の位置が変わったせいか、いびきは止んで静かな寝息に変わる。 こんな無防備な寝顔を見ていると、とても王様を騙してメイジ達をこき使って岬を落とし、挙句の果てに皇太子殿下まで騙して無理矢理連れてきている張本人とは思えない。 思えば姫様の命を受けてからたった数日の間に色んな事があった。 アルビオンを滅ぼした裏切り者達、初恋の人の変貌と裏切りと……かつてワルドだった人間を、自分の手で倒した事。 色々姫様に伝えなければならないこともある。 それでも、今は清々しい気持ちが胸を満たしていた。 空は抜けるように青く、髪を後ろへ流す髪は心地よく涼しい。 ふと、ジョセフを見下ろす。 召喚した時からずっと被っていた帽子はなくなって、白髪が露になっている。あの薄汚れた帽子は空を落ちる中で飛ばされてしまったらしい。 「……御褒美に、新しい帽子を買ってあげなくちゃ……」 たおやかな手でジョセフの頭を撫で。とくん、と胸の中が強い鼓動を打つ。 吐息が、熱い。 唇がそう感じたと思った。 その時、ルイズは自分が何を思っているのか、自分でも理解できていなかった。 だからかもしれない。 静かに目を閉じて身を屈めたルイズの唇が、ジョセフの唇を掠めるように触れた。 時間にすれば、一秒少しのこと。 ルイズがうっすらと目を開けたその時、ジョセフの顔が占める視界に、バネでも仕込まれていたかのような勢いで身を起こし、慌てて周囲を見た。 だが今もまだ友人達は気を失ったままで、タバサは前だけを見ていた。 今の衝動的なキスを見た人間は誰もいない。 ジョセフも、やはり変わりなく規則的な寝息を立てている。 (……何) ルイズは、火が燃えているかのように思える自分の顔を両手で覆う。 (私、今、何をしたの) その中でも、唇が一番熱いように思える。 ジョセフと微かに触れたそこだけが、とても、熱く。 (何を、考えてるの) ふるふるふる、と首を振る。 (ジョセフは使い魔で……平民で……孫がいて……お父様より、年上なのよ) 最初は、契約の為のキスだった。 二回目は、錯乱した自分を落ち着かせる為の強引なキスだった。 三回目は。謎の衝動に突き動かされた、キスだった。 (そんな。そんなの、ダメよ) 否定したい。否定しなければならない。でも、否定、出来ない。 (何、何よ……どうして、こんなにドキドキするの……) 今まで生きてきた中で、これほど心臓が激しく動いたことなどない。 息苦しくて、胸が痛くなるほどの鼓動の中、ルイズは懸命に自分の中に芽生えた感情を拒否しようとする。けれど、ルイズは既に理解していた。 (――私は……ジョセフのことが―― ) 信じられないし、信じたくもない。 この気持ちが果たして本物なのか、そもそも貴族の娘である自分が抱いていいものなのかすら。今のルイズには判断し辛いものだった。 だが、それでも。 彼女を中から打ち破りそうな胸の鼓動は、確かにあって。 ジョセフ・ジョースターの体温を感じて安心している自分がいて。 ジョセフが死んだと思った時、人目も憚らず泣いた自分が、いたのだ。 小さい頃にワルドに抱き抱えられた時も、ワルドが変わってしまったのを思い知らされた時も、人ではなくなったワルドに引導を渡した時も、こんな風にはならなかった。 理性も感情も、とっくに答えを出している。 けれども、それを認めてしまうのは……使い魔だとか平民だとか老人だとか、そんなのを抜きにしても。 (――私は……ジョセフのことが――好き) ああ、と声を漏らし、両手で自分を抱いて俯いたルイズの表情は誰にも窺い知る事が出来なかった。 第二部 -風のアルビオン- 完
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深夜の追撃を決めた四人の動きは早かった。 タバサはこれから強行軍を強いるシルフィードに「今夜は特別」と夜食を許し、大量の水を飲ませていた。 キュルケは出るまでに化粧を直して着替えも済ませ、ついでに今夜の逢瀬を約束した全員に宛てた手紙をドアの前に置いておくのに忙しかった。 ルイズはジョセフと共に部屋に戻り、デルフリンガーを持ってきてから厨房に向かい、明日の仕込みに入っていたコック達に頼んで二日分の食料と飲み水を用意させていた。 厨房に顔の効くジョセフの頼みとあっては、もう寝ようかとしていたマルトーもわざわざ部屋から出てきて手ずからサンドイッチを手際よく作ってくれる。 シエスタは夜食を作りに来たと言うより、宝物庫での騒ぎにジョセフが巻き込まれなかったか心配になって探しに来て、厨房で二人を見つけたという状態だった。怪我はなかったか大丈夫か、と心配を隠さないシエスタに、ジョセフはニカリと笑って頭をなでた。 「おうそうじゃシエスタ。なんか新鮮な果物をバスケット一杯用意してもらえんか。出来ればもいでから時間が経っとらんヤツがええのう」 「はい、それなら明日の朝に出そうと思っていたイチゴがあります。ちょっと待っててくださいね」 と、四人分のおやつには十分な量の小さなバスケットにイチゴを盛ってきたシエスタ。が、ジョセフは「もっと大きいバスケットに一杯頼む」と、シエスタの細腕で持つには少し重い、バスケット一杯のイチゴを用意させた。 二日分の保存食とワインボトル五本の飲み水が入ったバスケットに、もう片方の手にはイチゴで一杯のバスケット。 それを両手で持ちつつ背中にはデルフリンガーを背負うジョセフの前を歩くルイズからは、どうにも不機嫌なオーラが出でいるのがジョセフには丸判りだった。 「どうしたんじゃルイズ。どうにも機嫌が悪そうじゃの」 「悪くなんか無いわ!」 怒鳴りつける声が明らかに機嫌が悪い。 「えーと……わし、なんかしたかの?」 「うるっさいわね! 私は何も機嫌が悪いわけじゃないしジョセフもなんかしたわけじゃないの!」 これ以上つつくと脛を蹴られると直感したジョセフは、大人しく黙ることにした。 しかし黙られたら黙られたでまた機嫌を悪くしたらしいルイズは、首だけ振り返ってジョセフを睨んでから、足音荒く足早にシルフィードの待つ厩舎前へと向かってしまった。 重い荷物を両手に持っているジョセフを置いて先に行ってしまったルイズの姿が曲がり角の向こうに消えてから、ジョセフは首を傾げた。 「なーにヘソを曲げとるんじゃルイズは」 ジョセフの呟きに、鞘から少し鞘口を覗かせたデルフリンガーが楽しげに喋りかける。 「そりゃ拗ねるだろうさ。相棒、あんまりご主人様の前で他の女に優しくすんなよ?」 「あん? 何言うとるんじゃデル公や。わしは特になんかしたわけじゃないぞ?」 「そりゃ相棒にとっちゃ何でもないことだろうけどよ。今夜だけで、ご主人様だけにしかしてないコトを目の前で他の女にしちまってんだよ。だからお嬢ちゃんはスネてんだ」 「……なんじゃよ。特にわしがルイズに悪いコトをした覚えなんかないわい」 本気で心当たりなどないと言い張るジョセフに、肩があったら間違いなく竦めていただろうデルフリンガー。 「かーっ、若い娘の気持ちをろくすっぽ理解してねえなあ。いいか相棒。さっき触られた時に何があったかは大体把握しちまったが、俺っちから見りゃ地雷踏み放題じゃねえか。 ちっこいお嬢ちゃんにハーミットパープル見せたり、メイドのお嬢ちゃんの頭撫でてやったりよ。メイドのお嬢ちゃん撫でてた時なんか、ご主人様ブチギレ五秒前って顔だったぜ?」 デルフリンガーの言葉に、ジョセフは思わず目を丸くした。 「……マジかい」 「マジも大マジよ! てゆーか、部屋に帰ってきた時からお嬢ちゃんの機嫌が悪いってーのに、相棒と来たら普段通りな顔してるモンだから俺っちの方がビクビクしっぱなしよ!」 心から楽しんでますよと激しく主張している声で剣が笑った。 「いいか相棒、相棒のご主人様はなんのかの言ってお前を信頼してんだよ。声に出しちゃ言わんし、真正面から聞いても信頼してますだなんて死んでも言わねェだろうがな! あれは生粋の意地っ張りだろうからなァ!」 「まあ意地っ張りだってのは判るんじゃが。……信頼しとんのか?」 「モット伯ん時のことを思い出してみろよ。ありゃお嬢ちゃんの中じゃ妄想じゃねェ。ジョセフならきっとそれくらいはやってのける、って信じてるんだ。俺っちの相棒はやろうと思えば出来るだろうよ。一つ違うのは進んで殺しなんかしねェってことくらいだ」 的を射たデルフの言葉に、ジョセフはううむと唸った。 「……わしの前じゃそんな素振りなんかチットも見せんが」 (コイツは目端が利くくせに意外と肝心なトコ見えてねエんだよなぁ) デルフリンガーはしみじみと相棒のヌケサクっぷりを感じた。 「でもよー、ご主人様の前じゃそういうコトは言っちゃなんねえぜ。あの意地っ張りっぷりからすると、『追いかけられたら逃げるが振り向かなかったら機嫌が悪い』ってータイプだぁな。意外と相棒はデリカシーねえからそこが心配だぜ」 ケッケッケ、といやらしい笑い声を立てるデルフを、ジョセフは黙って鞘に収めた。 「うるさいわい。わしだってもうそろそろ生誕七十年に突入するわい」 デルフリンガーが誕生して六千年と言う事をジョセフが知るのは、もう少し後のことだ。 そしてジョセフは意外と、自分のことが見えていない男だった。 中庭に着いたジョセフを出迎えたのは、主人の一喝だった。 「遅い! 何してんのよ、もうみんな出発の準備終わってるわよ!?」 今回の追撃メンバーはルイズ、キュルケ、タバサ、シルフィードにジョセフ。 全身に火を纏っているフレイムは、夜の追撃戦には不向きだしシルフィードの背中に乗せるのも危険、ということで、キュルケの部屋の暖炉で留守番である。 「んなコト言われたってけっこう荷物が多いんじゃぞ? 相手がどこまで行くかわからんし」 無駄と判っててもとりあえず言い訳をするジョセフに、ルイズは厳しかった。 「言い訳なんていらないわ! そもそもレディ三人を待たせるって時点で色々失格よ!」 それから説教タイムに突入しようとしたところで、タバサがぽそりと呟いた。 「そこから後は出発してから」 有無を言わさない静かな囁きに、ぐ、と押し黙るルイズ。 「そうそう。あんまりきゃんきゃん怒鳴ってると胸は大きくならないのに小じわ出来ちゃうわよ?」 さも楽しそうに火に油を注ぐキュルケとあっさり大炎上するルイズに苦笑しながら、荷物をシルフィードの背中に積み込むジョセフ。それを手伝うタバサ。それを見て更に炎上するルイズと、これから重要任務に出撃するとは到底信じられない騒がしさだった。 やがて四人と荷物を全て積み終えて、予定より少々遅れてからシルフィードは夜の空へと飛び立った。 シルフィードを操るタバサは一番前に陣取り、残りの三人はジョセフを中央にして右にルイズ、左にキュルケが座っているという陣形。言うまでも無くキュルケはルイズに見せ付けるようにジョセフにベッタリするものだから、ルイズは釣られ放題という始末だった。 まあまあ落ち着け私は落ち着いてるわよああんダーリンぺったんなんか相手にしないで人の使い魔に色目使うとかいい加減にしろこの色情魔など微笑ましいやり取りも終わった頃。 「……うー……」 普段はとっくに寝ている時間の良い子なルイズは、こっくりこっくりと舟を漕いでいた。 フーケの襲撃があった時間からして、消灯時間も近い頃だった。そこから図書室で念視を行い、追跡の準備を整える時間を考えれば、十分に夜更かしと言っていい時間だった。 「おうルイズ、着いたら起こしてやるから今のうちに寝とけ」 「う~ん……わかった……」 夢の住人になりかけていたルイズは、そのままことりと夢の世界に移住した。そのままジョセフの膝の上へくたりと倒れたのは、きっと故意ではない。 「あら寝ちゃったわねルイズ。まあこのまま起き続けてられても厄介だけど」 そう言いつつ、ジョセフの左腕にはしがみ付いているキュルケ。 「本当ならこの時間にゃおねむじゃからのう。二人は大丈夫なんかの?」 タバサとキュルケに問いかけるジョセフに、それぞれの返答があった。 「私は慣れてる」 「むしろ私の時間はこれからだもの、ダーリンも知ってるくせに」 徹夜の追跡を苦にもしない返答に、ジョセフはふむと頷いた。 「それならよしじゃ。それにしてもシルフィードは随分と早いのう。これなら日が出るまでにはフーケに追いつきそうじゃな」 地図の上に置かれた二つの小石と、自分達の居場所を示す金貨は着実に距離を縮めていた。 三人でイチゴを摘みながらの追跡行は、予想以上に暢気な旅だった。 ふと、ジョセフの眉がぴくりと動いた。 「……む? ここで止まりよった」 二つの小石は進行を止め、ある一点で留まった。それはほとんど人も来ないような森の中で、人目を避けるという一点においては絶好のロケーションだった。 「ここがアジトって言うわけかしら」 「かもしらんな。ここからじゃとどのくらいかかるじゃろか」 と、タバサに地図を見せて距離を伺う。 「この速度だと三十分で到達する。それにしても不自然」 「じゃな。アジトにしちゃ不便すぎる……水場から遠すぎる」 三人が地図と睨めっこしていれば、更に不可解な動きが見えた。 宝物庫の壁の欠片……つまり破壊の杖をそこに残し、フーケを示す小石が、再び動き始めたのだ。 石の動きを見守る三人の考えを更に混乱させるように、フーケは来た道を再び戻ってきたのだ! 「……ぁー? こりゃ一体何をしようとしとるんじゃ? よほどすごい隠蔽工作かけられとるんか?」 「私にもちっともわかんないわ……」 「様々な可能性が考えられる。けれど破壊の杖を置いて行ったというのは確実」 「……ふむ。ということはアジトに誰かおるんかもしらんな。しかし今からなら、フーケと杖が別々じゃから杖の奪還には打ってつけじゃッつーこッた!」 三人は顔を見合わせて頷くと、フーケではなく破壊の杖目掛けて進路を変えた。 To Be Contined →
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前ページ次ページゼロの使い魔(サーヴァント) 「あなたは……誰?」 いつの間にか真っ青な空の下で、自分を見上げならそう訪ねられ、セイバーは目を細めた。 目の前で腰を抜かしたようにしゃがみ込んでいる女の子がいる。桃色がかった金髪の、鳶色の眼をしていた。 年のころは13歳か14歳か。あるいはもっと年下なのか年上のか。セイバーにもすぐには分別がつかない。多分、そう外れてはいないと思うのだけれど。 (あなたこそ誰なんです?) 逆に問い返したくなったのだが、もう少し観察してみることにする。 女の子は黒いマントの下に白いブラウス、グレーのプリーツスカートを着ていた。 なかなか、よく似合っている。手に持っている棒のようなものは、多分、武器ではない。 何かの指揮棒に似ていたが、そうでもないような気がする。 (黄色人種ではない、か) 見ている範囲で確実に解るのはその程度だ。 セイバーは少女からは目を離さず――周辺の情報を集めるために耳をすませ、静かに息を吸い、吐く。 ざわついている。 「おい……ゼロのルイズが成功させたぞ……」 「成功なのか? 成功っていうのかアレ?」 「どう見ても身分のありそうな騎士だぞ」 「いや、まだ通りがかりの騎士が落下してきたという可能性も……」 総じて、声は若い。 多分、目の前の少女とそんなに変わらない年頃の少年少女たちだと感じた。それ以外にも獣の唸り声のようなものも複数聞こえたが、警戒しているという以上のことは解らない。 セイバーは呼吸を静かに整えながら、情報を分析する。 (どうもここは、冬木からは遠く離れた場所のようですね……) 落胆も失望も、なかったといえば嘘になるが。 なんとなく、こんなことになるような気はしていたのだ。 セイバーはサーヴァントである。 サーヴァントとは書いてそのまま下僕とかであるといえばそうなのだが、正しくは彼女は人間ではない。 英霊、という存在だ。 英霊とは人類の歴史上に存在したとされる英雄たちのことである。死後、信仰の対象にまでいたったような彼らは英霊となる。 その英霊を召喚魔術で呼び出して使役するという無茶な儀式魔術が冬木の聖杯戦争で、呼び出された英霊はサーヴァントと呼ばれる。 これはセイバー、アーチャー、ランサー、キャスター、アサシン、バーサーカー、ライダーなどのクラスに縛りつけられた存在なので、厳密には英霊当人とは違うものである。 とはいえ、人格はバーサーカーにでもならない限りは変容することもないし、能力制限はあるが、生前とそんなに違和感はセイバーも感じたことはない。 彼女は聖杯戦争に参加していたのだが、ある事情で五次聖杯戦争の後も現世にとどまり続けた。 そして第六次聖杯戦争……は起こらなかったが、ある魔術師の野望を阻むために大聖杯を破壊したばかりだった。 それが、彼女の認識ではつい数分前の出来事だ。 破壊した直後に魔術が姿を変じた蜘蛛を、宝具を投げ飛ばして殺したのだ。 そしてさらにその後に突然現れたのが、あの鏡(のようなもの)だ。 一瞥ではさすがにそれが何なのかというのは彼女にも解らなかったが、元より、あの場所、あのタイミングで現れたものが何かの罠でないはずがない。そう思ったのは無理もない話である。 それゆえに彼女はそれに突っ込んだ。 無謀であるといえばそうだが、剣はその時に手放したばかりで、すぐさまできる手というのがそれしか思い浮かばなかった。 もっといえば、何かを考えている暇もあまりなかった。自身の対魔力を過信していたといえばそうであるし、万が一ここで命を失っても構わないとも思っていた。 で、だ。 突っ込んだ瞬間に、痺れにも似た感覚が全身に広がった。 (この感覚には覚えがある) 過去に二度。 現世に召喚された時に、似ている。 (ああ、そうか) 彼女は理解した。 これは――召喚の魔術だ。 彼女は自分の身に何が起きたのか理解した。 おそらくはあの鏡(らしきもの)をくぐったモノは召喚のゲートなのだろう。あるいは、空間転移のための魔術か。 いずれにせよそれは空間を繋げて別の場所に呼び出すというのだから魔法の域だ。行った魔術師は相当な人間に違いない。もっといえば人間ですらないのかも知れない。 だが。 理解はしたが、納得がいった訳ではない。 なんで自分なのだ? 自分だけがここにいるのだ? セイバーは、自身とマスターを繋げているレイラインが絶たれていることに気づいていた。 あのゲートが空間移動用のものであるにしても、一人の通過しかもたないような不安定なものだったのか、最初から一人のためのものなのか、それは解らないが、どっちにしてもここには士郎も凛もいないのは確かなようだった。 (いや、私の後を追ってシロウとリンがきていないのなら、それはそれでいい) こんな、得体の知れない状況にマスターをおいやるようでは、それこそサーヴァント失格だ。 だが、魔力の補給のない状態での現界はそういつまでもできないだろう。 そして、それもいいかとセイバーは思った。 二度とあの二人に会えないというのは寂しい限りのことだったが、覚悟はしていたことだ。 何処か心地よい諦観が彼女の胸に溢れ―― 唐突に気づいた。 魔力の補給はないのに、まったくなんの脱力も感じない。呼吸しているだけで体内で生成されている魔力が溢れてくるようであった。 (これは……大気の魔力が桁外れなのか) かつて生きた古代の時代ですらもこんなものではなかった。ギルガメッシュが生きていたような神世の時代でならあるいはともかく、現代の地球上でこんな場所があるだなどとは信じがたい。 というより、どんな細工をすれば空間を転移させただけでマスターとサーヴァントの繋がりを絶てるのだ? そこまでに思い至り、改めて目の前の少女を注視する。 後ろの方からざわつきながら聞こえる声からして、彼女が多分、ルイズという娘なのだろう。そして、おそらく彼女が自分をここへと呼び寄せたあのゲートを作った魔術師だ。 鳶色の目は、脅えたような、それでも精一杯の勇気がこめられてセイバーへと向けられている。 (邪悪な感じはしない……) いかなる意図があってあんな魔術を使ったのか、それを問いたかった。 なのに、どうしてか彼女の口はかつてと同じ、似たような構図で自分が出した言葉を紡ぎだしていた。 「問おう」 もっと別のことを言った方がいいのだろうか。 いや。 状況に納得はしてない。 納得はしていないが、この場でもっとも相応しい言葉がある。 ならばそういうべきなのだろう。 契約を結ぶかどうかは、その時に決めればいいことだ。 「貴方が私のマスターか?」 ◆ ◆ ◆ ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは貴族である。 貴族ではあるがメイジではない。 近頃は金だのを積み重ねることによって所領を賜り、それで爵位を得ているような平民出の貴族も増えてはいるようだが、彼女のケースはそうではない。彼女の父と母は立派なメイジで貴族で、そして姉たちもまたメイジであった。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、メイジの子でありながらも魔法が使えない貴族だった。 厳密に言えば魔法がまったく使えない訳ではない。何をやっても爆発させてしまうという失敗をしてしまうというだけのことである。 平民のように魔法の素養がまったくないというわけではないのだ。 だから、なのだろう。 彼女を見るたいがいのメイジの目は、そこらの平民を見るよりも冷ややかで、かつ嘲笑に満ちていた。彼女の実家が公爵家という身分の高い家柄であることも余計にそれを助長させているようであった。 それでも、あるいはそれだからこそ彼女は誇り高く振舞っている。 魔法のひとつも満足に使えない身だけれど、いつか使えるときがくると、ただいまの自分は努力が足りないだけなのだと。 彼女はメイジではないが貴族であった。 しかし、どっちにしてもメイジとしての勉強のために魔法学院にきているわけで。 使い魔召喚の儀式というのは伝統のあるもので、この儀式で使い魔を召喚することによって、メイジはやっと一人前の入り口にたつ。 使い魔は、その主人と一心同体の存在であり、その主人は使い魔を見ることによって己の属性を確定する。 ルイズはこの日こそは失敗すまいと心に決めていた。 いつだって失敗したくないとおもっいていたが、この火のこの儀式だけはとにかく失敗したくなかったのだ。 もしもこの儀式で、自分は使い魔も呼べなかったら―― それは、彼女の魔法使いとしての将来は本当に暗黒に閉ざされたものになるというのが確定してしまうからだ。 とにかくそういうわけで呪文を唱えて呼び出してみたのだが―― 「あなたは……誰?」 現れた女騎士に対し、ルイズはそれだけをいうのが精一杯だった。 「貴方が私のマスターか?」 質問に質問で返されたが、ルイズはそれに腹を立てる訳でもなく、改めて目の前の女騎士を見る。 今更だが、そう聞かれて、彼女はやっと目の前の女騎士が自分の使い魔召喚の儀式でやってきたのだと気づいた。 すぐに気付かなかったのは、使い魔として人間がやってくるだなんてことはありえない――そういう先入観があったからだ。 通常、召喚のゲートを通過してやってくるのはだいたいにおいて魔獣だの幻獣だのであり、そうでなければ梟とか蛙とか鼠とかだ。 そりゃ下半身が蛸のスキュラだの、亜人というべきモノもいないでもないが。 この人はどう見ても人間だ。そしてさらにいうのなら騎士だ。騎士ということはメイジであるということであり、貴族であるということである。 ハルケギニアでは、戦いは貴族の役目であった。勿論、平民出の兵士もいるし、メイジを相手にしてなお打倒できる〝メイジ殺し〟といわれる凄腕の戦士だって、いる。 そして彼女は、どう見てもそういう類の〝メイジ殺し〟とも違う。 なんというか、品格というか王気(オーラ)と言うか――そのようなものがあるのだ。 いずれ高貴な血筋に連なる人であるに違いない。 なのに。 (マスターか、と聞いた――それはつまり、私の使い魔になることを了承してゲートをくぐってきてくれたって訳?) まさか父か母の差し金ではないか、と一瞬疑ったが、それはないかと思い直す。 使い魔召喚のゲートがどういう基準で使い魔の前に現れるのかというメカニズムは、いまだ解明されていないのである。 解っているのは術者の属性に関係するということであり、メイジは使い魔を召喚することによって己の属性を確定する。 当然のことではあるが、使い魔を呼ぶまでもなく属性を知ることは可能ではある。しかし、いまだにまともに魔法を成功させたことのないルイズのそれは誰にも解らない。つまり、どういう使い魔がくるのかも解らないということだ。 いかに彼女の両親が凄腕のメイジで名門貴族であったとしても、それらの難関をくぐりぬけた上に、仮にもメイジ一人を娘の使い魔としてしまおうなどということができるはずがない。 そういうわけでその可能性を除外したルイズではあるが。 (どんな事情があってゲートをくぐったのかしら) 考えはしたが、結局、結論はでなかった。 でなかったのだが、「そうよ」と彼女は答えていた。 「私が、貴方のマスターである、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」 轟然と、そう名乗る。 ルイズは家名を出して相手を平伏させようと考える性根の持ち主ではない。だが、この時は目の前の女騎士に気圧されている反動で家名を出した。それとこの女騎士がどの程度の貴族であるのかを確かめようともしている。 少なくともハルケギニアに生きる貴族ならばヴァリエールの名を出せば平然とはしていられまい。その度合いでどの程度の家格の者かも解るというものである――とルイズは自分に言い訳するように考えた。自分の中の脅えには彼女だって気付いているのだ。 しかし、女騎士の反応は彼女のどんな予想とも違っていた。 「るいずふらんそわーず……」 と呟いたのが聞こえたが。 軽く溜め息のようなものを吐き出し、肩を落としたのである。 そして。 「ああ、やはり貴方がマスターでしたか、メイガス」 どこかぼやくようなものがその声には混じっていた。 ルイズは敏感にもそれを察した。 「何よ! 私があなたの主人であることになんの不満があるっていうのよ!」 叫ぶ。 叫びながらもルイズには解っていた。 この人は、自分のような生まれた家の他にはなんの取り柄もないような駄目なメイジの使い魔であるのは相応しくないのだと。どういう事情なのかは知らないけど、きっときっとゲートの先には立派で素晴らしい魔法使いが待っていると思っていたに違いないのだと。 そう思ったのだ。 怒りと劣等感が彼女の視野を狭めている。 そもそもこれほどの威容を持った女騎士を使い魔にしようなどということが普通のメイジの考えではありえないのである。学院の長であるオールド・オスマンにだって無理だ。もっといえば、ゲートを好き好んでくぐるメイジというのがあり得ない。 いきなりの癇癪に女騎士は微かに戸惑ったようであったが、「落ち着きなさい、メイガス」と静かに言う。 それで落ち着いたら世話はないのだが、凛としたその声にルイズはきょとんとして顔を上げた。 気付けば、自分よりほんの少しだけ背丈のある女騎士の目線がすぐ前にあった。 僅かに膝を曲げたのである。 「別に、貴方に不満があるとかそういうのではないのですよ」 「……じゃあ、何なの?」 「それは――」 言いかけて、女騎士は振り向く。 「お話の途中、失礼します」 つるっぱけの頭に眼鏡の中年――コルベールが跪きつつもそう言った。 左の膝を落として右手を前に、そして左手を腰の後に廻した前屈姿勢である。右手の前には杖が置かれている。 それは貴人に対する礼に見えたが、むしろ自分が敵意のないことを示すための所作であった。 なのに女騎士が目を細めたのは、その眼鏡の奥の眼差しに隠しようのない鋭さを見て取ったからであろう。 「……御身は?」 「私は当トリステイン魔法学院で教師を務めております『炎蛇』のコルベールと申します」 恭しくはあるがその声はいつもどおりのはずである。はずなのに、何処か重くのしかかるような気がルイズにはした。 女騎士は「はい」と答え、どうしてか右手を見てから少し戸惑ったような顔をしてみせ、コルベールと同様の姿勢をとってみせた。 「ご丁寧に名乗っていただき、ありがとうございます。私は――」 「いえ、お名乗りは結構です」 コルベールは右手をあげて女騎士の言葉を遮った。 言いながら、このメイジの教師の頭の中では、状況からあらゆる推論が積み重ねられ、かなり蓋然性の高いと思われるストーリーがくみ上げられつつあった。 (いずれ名のある名家に連なるお方とお見受けするが……使い魔の召喚ゲートをくぐられるというのは、相当なご事情があってのことだ) 女騎士の言葉と装束から、コルベールはついさっきまで彼女が何か危地に陥っていたのだと考えた。 戦闘に携わっていた者としての勘としかいいようがないが、この人はゲートをくぐる直線まで戦っていたのだと判断している。雰囲気というか、空気がそういうようなものなのだ。 そして現れてから「マスターか」と聞いた。 それはつまり、彼女はそれと承知でここにきた……ということであろうか。 (いや、それはありえない。こんな立派な身なりの騎士が、戦いの最中で召喚ゲートをくぐるなどという判断を下すというのはありえない) いやいや。 逆に考えるのだ。 (あるいは……そういう判断を下す他はない状況であったということか) 戦いのに敗北寸前であったとか。 逃げ延びようとしている途中であったとか。 それで追い詰められる中で現れたゲートに、一縷の望みをかけて飛び込んだ――ということなら、あるかもしれない。 いやいやいや。 それも何か違う。 違うと思った。 この女騎士は、この人は……。 (敗北が似合わない) そう感じたのだ。 どういう種類の根拠もなく、それは直観としか言いようがなかったが。 この女騎士は、敗残者とか逃亡者などという言葉はどうあっても当てはまらない存在だ。 勝利を約束された戦場の王。 勇気をもって突き進む英雄。 それはあるいは、ハルケギニアに平和を齎せた新しきイーヴァルディの勇者の如き……。 微かに首を振り、それも打ち消す。 (あるいは、ゲートと知らずにくぐったのかもしれない) 召喚ゲートを知らないメイジというのはありえないが、使い魔の前にどういう風に現れるのかということは知られてない。というか観測された事実がない。 もしかしたら、こちらとは違う形態で現れて、それでちょっと試しに手を突っ込むとかしてみたらここにいて。 そして状況から判断して自分が使い魔として呼ばれたのだと知った――ということはどうか。 (……いや、それこそありえないか) しかしまあ、だいたいそういう感じなのだろうと推測した。予断ではあるが。 どちらにしろ、彼女がもしも名のある騎士なり王族であるのなら、ここで皆の前で名乗られるのは拙い、とコルベールは判断したのである。 「ご事情については、詳しいことはいずれミス・ヴァリエールを同伴の上で、学院長様のところで」 ――自分では責任を取りきれませんから、という言葉は口にしなかった。 そして残る事案は、彼女がルイズと契約をするか否かということだけになった。 「構いません」 と女騎士はわりとあっさりと承諾した。 これには。 「いいの!?」 とルイズも驚いたし、コルベールも目を丸くした。 それは確かに、彼女に使い魔になって貰わなくてはルイズのメイジとしての将来が困ったことになるが――彼女に使い魔になってもらうということは、ルイズの人生に深刻な影響があるように思えてならなかった。 「確かに私も主を持つ者ですが」 そのつながりも途切れてしまった、というと、ルイズの顔が泣きそうに歪んだ。責任を感じているのだ。 女騎士は安心させるように微笑んで見せる。 「いつか主のもとに還ることがあるかも知れませんが、そのためにも存在し続けねばいけません」 「そうなの……」 その言葉をどう受け止めたのか、ルイズの表情は晴れないままだ。 女騎士は改めて跪き、ルイズに顔を寄せた。 「小さなメイガスよ。この召喚は確かに私にとっては不本意なものでしたが、ここに私がいることには意味があるはずです」 不本意、という言葉にびくりと身体を振るわせたルイズだが、女騎士は少し思案してから。 「もう一度いいます。私がここにいることには意味があるはずです」 「だけど……使い魔よ? 貴方みたいな立派な騎士さまがすることではないわよ! ご主人様がいるのなら、召喚なんかなかったことにして帰ればいいじゃないの!」 「そのつながりは絶たれてしまいましたので――」 「ミス・ヴァリエール」 見かねたのか、コルベールが横合いから口を挟んだ。 ちなみ生徒たちは先に帰らせている。 「使い魔召喚の儀式は神聖なものだ」 「え、ええ」 「本来ならば、人間が召喚されるという事態はまるで想定外のことだが」 「はい……」 「やはり、ルールは守らねばならない」 「――――」 このはげ、とんでもないこといいやがる、とでもいいたげな顔で教師を見上げたルイズは、「解りました」と投げやりにはき捨て。 跪いたままの女騎士の顔を両手で挟み込んだ。 「言っておくけど」 「はい」 「使い魔なんてやっぱりいやなんて言っても、契約した後では遅いんだから!」 「――もとより私はサーヴァントである身です」 「ふん! たいした覚悟じゃないの!」 なんだか微妙にかみ合ってない会話だなあとコルベールは傍目に思ったが、コントラクト・サーヴァントは大切な儀式だ。静かに見守ることにする。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ……」 そして唇を寄せる。 女騎士が目を見開いたのに、コルベールは僅かに眉を寄せた。 それも、その二つの唇が合わされた時までだ。 少女も騎士も美形といって申し分のない容姿である。その二人の口付けというのは独身者の身にはいささか以上の刺激であったらしい。 女騎士はルイズの顔が離れてもしばし戸惑っていたが、やがて訝しげな顔をして左手を見た。 「これは――令呪、ではないのか」 その呟きをどう受け取ったらいいものか解らず、コルベールは「ふむ」とその手に顔寄せる。 「コントラクト・サーヴァントは成功したようですな。篭手の下、左手にルーンも刻まれたようですし。あとで確認させていただきますので、よろしくお願いします」 それから一通りの指示をルイズにした教師は、それでは、と一礼して宙に舞う。 しばしそれを見送った女騎士は、改めてルイズに向き直り。 「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ馳せ参上した。 これより我が剣は貴方と共にあり、運命は貴方と共にある。 ―――ここに契約は完了した。」 それは宣言であり、誓約の言葉だ。 たがえることのない絶対の契約だと、主従であると。 この女騎士、いや、セイバーはそう言ったのだ。 ルイズは呆然とセイバーを見上げていたが、やがて「ふん」と顔を逸らし歩き出す。 「ついてきなさい」 セイバーは頷き、その後ろを従った。 やがてすぐに足を止めたのに気付き、ルイズは振り向く。 「どうしたの?」 「いえ」 セイバーを空を見上げていたのだ。 ルイズもつられてそこをみたが、あるのは何の変哲もない月が二つあるだけだ。そういえば、もうそんな時間になっていたのかと彼女はようやく気付いた。 そして。 「どうやら、本当に遠い場所にきたようです」 そんなことを彼女の使い魔が言った。 果たしてセイバーの言葉にどういう意味があるのかも解らず、彼女は首を傾げるのだった。 ゼロの使い魔(サーヴァント) 第一話 了 前ページ次ページゼロの使い魔(サーヴァント)