約 3,687,540 件
https://w.atwiki.jp/seadra-library/pages/158.html
低く垂れこめた雲が重い。 時折、黒灰色の雲間から閃光が走り雷鳴が轟く。 冬の嵐である。 嵐は何も空の上ばかりではない。地上からは断続的に銃声と爆発音が響いている。 戦争の音だ。 空を彩る雲も灰色なら、眼下の町並みも灰色。 鋼鉄の都、ルーナ帝國首都エンシェンドルム。 そして帝都の中央に位置する巨大な鋼鉄の城砦、帝城バーソロミュー。 その一室にこの帝都の防備を担った2人の将軍の姿があった。 帝國の誇る「六剣皇」の内の2人。 アイザック・ランドルフとロジャー・ローガンの2人だ。 「・・・また雪になりそうですねぇ」 糸目の長身の将軍、知将の誉れ高き六剣皇アイザックが空を仰ぎ見て言う。 「フン、連中もご苦労な事だ。この寒空の下をな。早々に撤退して暖炉のある部屋でウォッカでも飲っていればいいものを」 低い声で応えた口髭の将軍がローガン。通称「帝國の壁」 防衛戦を最も得意とし、自身も契約武装「アシェルの盾」で鉄壁の首尾を誇る武人だ。 ローガンの言う「連中」とは目下この帝都防衛部隊が交戦中の集団の事だ。 ・・・彼らはその名を「黙示録兵団」(アポカリプス)と呼ばれていた・・・。 黙示録兵団が初めてその名を歴史に現したのは三世紀以上も昔の事だ。 彼らは世間一般には終末思想に取り付かれたカルト集団と認識されており、事実ここ半世紀前まではその傾向が非常に強かった。 そう、半世紀前までは。 近年、黙示録兵団は強大かつ凶悪なテロリスト集団として生まれ変った。 その背景には、強力なパトロンがついたのだとか、さる国家に属する工作部隊がその名を持ち出しているだけなのだとか、様々な憶測が飛んだがどれも真実に至る確証を伴ったものではなかった。 そして今現実に、彼らはこの帝都を攻撃している。 世界の頂点に立つ4つの国家の内の一つ、ルーナ帝國の首都を、である。 初めは誰もが、そう世界中の誰もが兵団のその行為を気の違ったテロ集団の玉砕覚悟の特攻だろうと見なした。 しかし開戦より一週間が経過したあたりで、彼らはその認識が誤りである事に気付いた。 攻め手の攻撃は途切れる事が無く、まるで無尽蔵の様に兵を送り出してくる。 その補充が海より来る事を突き止めたまではよかったが、時既に遅し・・・兵団の軍艦によって帝都近海の制海権は奪われていた。 事ここに至って、帝都防衛の最高責任者であるローガン将軍は、地方都市へ派遣されていた同じく六剣皇の2人、ゼメキス将軍とダーウィン将軍の軍へ援軍要請を出した。 自身の「帝國の壁」の称号が傷つく事よりも、これ以上戦闘を長引かせて帝國の名前に傷がつくことの方を重く見たのだった。 「舐められたものよな」 苦々しげにローガンが口にする。 確かに帝國は現在斜陽だ。帝國の繁栄は魔道機関と共にあった。 しかしその魔道機関は現在動力である魔力石の枯渇が世界規模で深刻な問題となっている。 もう半世紀もしない内に全ての魔道機関は使用不能となるだろう。 かつてはその魔力石を求めて近隣に侵略戦争を繰り返した帝國であったが、現在は四王国会議に名を連ね、そう言った争いからは遠ざかっている。 しかしその状態にあって尚帝國は現在も強大な国家であり、他の三王国を覗いてその軍事力に比肩しうる国は存在しない。 ・・・しないはずであった。 六剣皇はもう7年も1人欠けた状態で5人しかおらず、その中で最強の将軍に贈られる称号「剣帝」に至っては20年近くも空位であった。 ローガンにもこの20年で何度も剣帝を拝受せよとの命が降ったが、彼はこれを頑なに固辞してきている。 「受ければよかったんじゃないですか? 『剣帝』 そうすれば兵の士気も上がりましょうに」 アイザックが言う。 「バカな・・・」 ローガンは苦笑する。 「私にも『恥』を知る心というものがある。あの御二方に続いて私如きがどうして剣帝を名乗れようか・・・。おこがましいにも程がある」 先々代ウィリアム・バーンハルト、先代エルンスト・ラゴール・・・共に歴代最強と言われた二者。 「そんな事ないと思うんですけどねぇ・・・」 やれやれ、と嘆息しつつアイザックがグラスを2つ取り出し、ウィスキーの瓶を手にとって琥珀色の液体を注ぐ。 そして一つをローガンに手渡す。 「・・・何にせよあと3日だ」 渡されたグラスをローガンがぐいっと呷った。 「3日守り切ればゼメキスの軍が到着しよう。4,5日すればダーウィンの軍も来る。そうなれば我らの勝ちよ。連中を我らが領土から叩き出してくれるわ」 「3日ですか・・・・」 アイザックもグラスを傾けた。 「・・・『そんなに時間をかけるわけにはいかないんですよね』」 ガシャン!! とグラスの落ちて割れる音がした。 ローガンの手から滑り落ちたグラスだった。 「・・・お・・・おお・・・」 胸を掻き毟るローガン。その口からごぼっと赤黒い血の塊が吐き出される。 「・・・アイザック・・・! ・・・貴様・・・!」 その瞳が憤怒の炎を宿してアイザックを映す。 アイザックの顔にはいつもの微笑があった。 そしてその表情のまま、静かに腰に下げた長剣を抜き放つ。 「信じてはもらえないでしょうが・・・これでも本当に貴方を尊敬して友情も感じていたんですよ」 ローガンが何かを言おうとしたが、その言葉は意味のある響きとなって喉を通る事は無かった。 アイザックの剣に貫かれ、彼は鎧を鳴らして床に倒れて動かなくなった。 「・・・マスター!!!」 壁に立てかけられていた魔法の盾が輝き、背中に白い翼を持つ天使の少年が実体化した。 ともすれば女の子と見紛うばかりの美貌の少年だ。 「・・・やあ、アシェル」 優しい声でアイザックが少年の名を呼ぶ。 アシェルは倒れたローガンに縋り付いた。 そして涙を一杯に浮かべた瞳を上げると、アイザックを睨みつける。 「何故です!? アイザック将軍!! ・・・どうしてマスターを!!!」 んー・・・、とアイザックが頭をかいた。 「いやぁ、君のマスターにももう少し先見の明ってものがあればね。僕もここまではしなくて済んだんだけどね」 そして視線を窓の外へ向けるアイザック。 「この国はね。もう終わりなんだよ。例えここで足掻いてみたって一時的な延命にしかならない。破滅の未来は食い止め様がないんだよ。この国がずっと頑なに守り続けてきたもの・・・・歴史と伝統、人間種族至上主義・・・そういったものが全て枷となって僕らは暗く冷たい冬の沼に沈んでいくしかない」 そしてアイザックは視線をアシェルへと戻した。 「悪いけど僕はそこまで付き合うつもりはないんだ。もう少し賢く生きて行く事にするよ」 剣を振り上げて薄く笑う。 「あっちへ行っても良くマスターにお仕えしてくれよ。将軍も2人なら寂しくないだろうからね」 そしてその2時間後、指揮系統の混乱を突かれ、遂に帝都防衛部隊は最終防衛戦の突破を許した。 建国より数百年・・・一度も外敵に足を踏み入れさせる事の無かった帝城は遂にその廊下に賊の靴音が鳴り響く事を許したのだった。 「おっせー・・・おそすぎるわ! どんだけ待たすんだよ人を。高々この程度の仕事でこの糸目!!!」 扉を蹴破るようにして入ってきた金髪の少女がいきなり悪態をつく。 「いやぁそうおっしゃられましても・・・。寝込み襲ったってそうそう討ち取れるようなお人じゃないんですから・・・。自然にグラスが手渡せるシチュエーションに持ち込むまでに僕がどれだけ苦労したか」 大げさに嘆くアイザック。 「はぁ・・・まあいいや舌先でお前とやりあうと疲れるわこの青狐。で、おーさまどこよ。皇帝陛下は」 アイザックが背後の豪奢な大扉を指す。元々彼は皇帝の私室の前で少女を待っていたのだ。 「・・・まいどー! たっきゅうびんでーす!!!!」 ガアン!!!!と乱暴に扉を蹴破る少女。 室内に入り少女がまず目にしたものは、天蓋つきの豪華なベッドと、その上で半身を起こして俯いている痩せた老人だった。 白いシーツには鮮血が散っている。 老人は喉を短刀で突いていた。既に息をしていない。 周りを、と見れば御付きのメイドや衛士たちも残らず自刃して果てている。 「・・・・死んじゃってんじゃんよ。うちの目が節穴で夕飯に食ったトマトピューレをゲロったってんじゃなきゃな」 「虜囚の身となるくらいならと、誇り高き死を選ばれたんでしょうねぇ。いやいや陛下らしい事です」 祈りのポーズを取るアイザック。 「どうすんのコレ。負けましたゴメンナサイ宣言してもらわなくちゃいけないってのによー」 「フレデリック殿下にそれはお願いする事にしましょう。帝國の第一帝位継承者です。この状況では彼がそうするのがよいかと」 すでに身柄は抑えてあります、と付け足すアイザック。 「あー、息子さんね。例の帝政反対主義者つー。まあ誰でもいいや、やってくれんなら。こっちゃもう次の仕事が差し迫ってんだ。こんなさみー国でいつまでものんびりしてらんねー」 そして思い出した様にアイザックを振り返る少女。 「そうだ。これ済んだらお前も一緒来いよ。どーせもうここにゃ居辛いだろ。このままうちは途中でちょっと『拾い物』してからシードラゴン島に向かうからよ」 その言葉を受けてアイザックが深々と頭を下げる。 「・・・ええ、どこまでもご一緒しますとも。我が主・・・この世の偉大なる支配者、ロードリアス様」 第12話 邂逅と再開と← →第13話 2
https://w.atwiki.jp/seadra-library/pages/38.html
火炎を自在に操る魔人、グライマーからこのシードラゴン島が世界を脅かす力を持った魔人達を封じ込める場所であると私は聞かされた。 彼らは千年に一度のチャンス・・・・封印された者の内、誰か一人だけがこの島から開放されるというその時へと向けて策動しているという。 彼らは果たして一体何をしようとしているのか・・・・。 そして、今この島が直面している脅威は、内部にいる魔人達ばかりではなかった。 その日、私はアンカーの町の代表、エンリケと話す機会があった。 そして彼は私に悩みを打ち明けてきた。 ここしばらくで、島の外からやってくる冒険者達の数が倍近くになっていると、増えているのは犯罪者崩れの危険な連中であると言う事。 「始めは彼らが起こす犯罪が問題だった。しかし、最近それは沈静化しつつあったのだ。その代わりに・・・・・」 彼らは徒党を組み、徐々に巨大な集団になりつつあるという。 「先生、私はこれは全て誰かが裏で糸を引いている気がするんだよ。危険な冒険者が大量に島に入ってきたのも、今現在集団になりつつあるのも・・・・」 初めから誰かに仕組まれた事のような気がする、とエンリケは深いため息をついた。 「こんな時、団長がいてくれたらと思ってしまうよ。私は元々率先して物事を決めて皆を引っ張っていくのは苦手でね」 エンリケが苦笑する。 「400人足らずから始まったこの町も今では人口10万に届こうかという大きな町になった。初めは団長を待とう、とそれだけで始めた事だが、今はもうそれだけではない。他に大事なものが沢山できてしまったよ・・・・」 静かで穏やかな口調だった。しかしその中には強い決意が感じられる。 「私は、この町を守りたいのだ」 「聞いたことがあるわ。『シャーク』の事でしょ?」 宿に戻り、資料を整理していた私を手伝っていたエリスが言う。 シャーク・・・・鮫・・・? 「うん、あいつら自分達の集団をそう呼んでるんですって。だから鮫の刺青したりマーク刻んだ物を身に付けてる奴が多いのよ」 ほう、それは初耳だった。町で鮫の印を見かけたら気をつけないとな。 するとそこにノックの音がした。 ドアを開けると宿の娘がメモを渡してきた。私に預かったと。 礼を言ってメモに目を通す。 ・・・・・!!・・・・・・ 一気に時間が数十年巻き戻ったような、そんな錯覚がする。 このメモ一つで人を呼び付けるやり方は今も変わらないんだな・・・・。 私はエリスに人と会ってくると告げると、コートを取って宿を出た。 メモに指定されたバーは、スフィーダの店のような大衆酒場ではなく、アンカーでも最高級に属する店だった。 大通りから1本入った道で営業している。 よく来たばかりでこんな店を探し当てるなぁ・・・・。 扉を開けて店内に入る。 彼女は、カウンター席にいた。 彼女はいつもその場所だった。 すました横顔も、当時と何も変わらない。 ただ刻まれた皺が私と彼女が最後に会ってからの時の流れを感じさせた。 「やあ、ウィル。久しぶりね」 彼女がグラスを上げてほんの微かに笑って見せた。 久しぶりだ、ノルン・クライフ准将。 「生憎と今は中将よ。誰かさんが身勝手に国を飛び出して行った時も確か中将だったかしら?」 そうか、あれから20年近く経つしな・・・・。 「大将にとも言われたのだけどそれは辞退したの。私もそろそろ家でゆっくりしたいわ」 一番上の孫はそろそろ士官学校を卒業するのだと彼女は言った。 「老けたわね、ウィル」 お互いにな、ノルン。 若い頃に散々つるんで無茶をした人間の老成した姿を見るのは何だか不思議で複雑な心境だった。 それで、どうして私がこの島にいると? 「おやおや、とぼけないでウィル。あなたがお宅に電信を打ったのでしょう」 ああ、その件か・・・・。 魔女ナイアールと遭遇した後、私は自宅へ電信を打っていた。旅に出る時に置いて出た愛用の神剣エターナルブルーをこの島に送って欲しい、と。 「あの神剣はあなた個人の所有物だけど、元老院の方々の中には帝国の財産だと思い込んでいる人が多いのよ。護衛も無しに国外に持ち出せるなんて思わないほうがいいわ」 呆れたようにノルンが嘆息した。 「・・・・まったくもう、あの電信一本で軍部は大騒ぎになったのよ。『あの剣帝バーンハルトが国外で神剣を必要とするような事態に巻き込まれている』って。危うく一個大隊に一級待機命令が出るところだったんだから」 う、なんという事だ、そんな大事になっていたとは・・・・。 国を離れて20年も経つ人間が自分の武器を送ってくれと家に連絡を入れただけだと言うのに。 「自分がどれくらい大事に思われているのかまるでわかっていないようね・・・・。今でもあなたの名前を出して召集をかければ軍部の3割の人間は無条件で駆けつけてくると思うわよ」 むう・・・・それで君がわざわざ来たのか。 「ええ、剣は追って信頼できる人間にこの島へ届けさせるわ。でもその前に話してみなさい。何があったのか、何をしようとしているのか」 私はこの島に来てからの出来事をかいつまんで彼女に説明した。 「・・・・しっかり世界がどうにかなりそうな話に巻き込まれてるじゃないの・・・・」 話を聞き終えた彼女がやれやれとでも言いたそうにこめかみをおさえた。 その時私の前にすっとグラスが差し出された。 マスターを見る。 「あちらの方からです」 初老のマスターは穏やかにカウンターの端の席を指した。 なんか濃い大男がこっちにウィンクして手を振っている。ヤバい。 グラスは青汁だった・・・・ヤバい。 名刺が添えられているので見てみる。 『ハードゲイ ホセ・バルディーノ』・・・・・・・ヤバい本気でヤバい。 てゆか名刺にハードゲイて書くなよ! 「・・・・相変わらずモテるのね」 ノルンの言葉が死刑宣告にしか聞こえない。 「話は大体わかったし、私はこれで失礼するわね。ごゆっくり・・・」 あああああ行っちゃった! 私も離脱しなくては!! でもホセが腰を低く落としたどう見てもタックルの構えでこちらを伺ってる!! あれは紛れもなく獲物を狙う猛禽類の目だ。 タックルの構えのまま、ホセがじりじりと距離を詰めてきた。こめかみを汗が伝う。凄まじい緊張感であった。 「・・・・シャァッ!!」 ホセが仕掛けてきた! 私はタックルを右に切る。 机と椅子を吹き飛ばしてホセが前のめりに倒れた。今しかない!! 私はホセに組み付いて後ろから羽交い絞めにした。 マスターッッ!!! 叫ぶ。上着を脱ぎ捨てたマスターがカウンターに飛び乗ってそのままドロップキックを仕掛ける。 上空から突き刺さるようなキックは綺麗にホセのアゴに入った。 客A!!! 私の叫びに応じて奥の席で静かに飲んでいた身なりの良い紳士が木製の椅子を振り上げてホセに殴りかかった。 頭部に炸裂した椅子がバラバラに壊れる。 ラーメン!!! 窓ガラスを突き破ってイブキが店内に転がり込んでくる。 そのまま高く跳躍した彼女はホセの延髄に鋭いハイキックを決めた。 ようやく白目をむいてホセが昏倒する。 ・・・・・かつてない強敵だった。ホセ・バルディーノ。安らかに眠るがいい・・・・。 私はマスター達と熱い握手を交わして宿へと引き上げていったのだった。 ~探検家ウィリアム・バーンハルトの手記より~ 第12話 人魚の浜← →第14話 一つの終わりと一つの始まり
https://w.atwiki.jp/seadra-library/pages/121.html
前を行く後姿になんとなく既視感を感じた。 あれは・・・えーと・・・。 ! ピンと来る。 ローレライ? と、思わず私は声をかけていた。 「こんにちは、DD」 彼女が振り返って挨拶する。 良く晴れた昼下がり。 あの工房前の死闘からは3日が過ぎていた。 鎧姿じゃないからすぐわからなかったよ。 ローレライは今日は武装じゃない普段着だった。 「はい。鎧は街中では無用に人目を引きますので」 淀みなく彼女が返事をする。 シグナルはいないんだ? 周りを見回す。彼女は1人だ。 「マスターは別行動です」 ローレライは単独の行動が可能なんだね。 「はい。私は完全に実体化していますので、単独での活動が可能です」 彼女は花束を手にしていた。 お見舞いね。カミュのかな。 ローレライが肯く。 カミュはあの戦いの後、すぐに病院に担ぎ込まれて治療を受けた。 回復力も桁外れみたいで、当日は全治半年以上とか診察されたみたいだけど、現在は数日中にも退院できるとかいう有様らしい。 シグナルの指示なの? 花束を見て私が言う。 「いいえ。私の判断です。マスターが心身ともに良好な状態である為に、職場での円滑な人間関係が必要であると判断しました」 そっか・・・・色々考えてるんだね。 「はい。マスターのお役に立つ事が私の全てです」 きっぱりと言い切る彼女の瞳はとても澄んでいた。 私はそれを素直に綺麗だと思った。 彼女の有り様を美しいと思った。 工房に着いて、作業を見学する。 船はフレームが完成し、そのシルエットを現しつつあった。 「流石の手際ね。ここに話を持ちかけて正解だったわ」 同じ様に作業を見つめるキリコも満足そうだ。 「・・・・フン、気に食わんね!!」 しかし同じく見学中のアレス大統領は不機嫌だった。 彼は拳を握って力説する。 「確かに! 技術や作業スピードには目を見張るものがある。・・・・だが!!! 何故!!! 今このご時世に最新機を魔道式エンジンで組むのだ!!!!」 うんうんと後ろのバニーガールの皆が相槌を打つ。 「魔道機関は何を消費して稼動している!? 言ってみたまえ!!」 ビシッ!!と指をさされる。 ・・・・え、えーと・・・マナクリスタル・・・・・。 「イエス!! その通りだ!! ではマナクリスタルの原料とは何だね!!?」 ・・・・魔力石。 「では魔力石の世界における現状を述べてみたまえ!!」 確か世界中で枯渇しかかってるんだよね。採掘され過ぎちゃって・・・・。 「ザッツライッ!!! つまりだ!! 極近い将来魔道式動力の時代は終わりを告げる! その後世界中で愛用されるようになるのが我らが蒸気式動力だよ!!」 きゃーっと歓声を上げたバニーさん達が拍手したりクラッカーを鳴らしたりしてる。 「私はこの事を20年も前から世界に訴え続け、大統領就任からは国を挙げて蒸気機関の研究開発に力を注いできた。大勢の愚かな連中は私の訴えに耳を貸そうとしなかったがね。ルーナ帝國などがその良い例さ!! 見たまえかの国を。国家のほとんどの動力が今だに魔道機関であり、愚かしい事この上無いのが今をもってまだ民よりの税を使ってその研究開発を続けている事だ!」 すぱーっと葉巻の煙を吹く大統領。 「いずれ世界は蒸気の時代を迎えるだろう!! その時世界のリーダーシップを取るのが我が共和国なのだよ!! ハーッ!ハッハッハッハッハッハ!!!」 と、大統領は胸を張って哄笑したのだった。 そっかー・・・。 まあ、でも正直私に動力に対してのそこまでの考えはない。 その時で一番手に入りやすい楽なものを使うんだろうなー。 なんて言ったら怒られそうだから黙ってたけど。 それにしても・・・・。 工房からの帰り道、私は頭を悩ませていた。 定員は5名。 私とえりりんとキリコと・・・・・さて後2人誰を連れて行く? シンラは留守のオフィスを頼んであるから連れて行けない。 後飛んだ後のノルコちゃんの事を誰かにお願いしておかなきゃ。 それはヒビキとスレイダーのおっさんがいいかな? なんて思ってたらどっからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「尋ね人です!! もう10日も行方不明なんです!! どんな些細な情報でも構いません!!!お願いします!!!!」 あ、鼻っちだ・・・・。 街角でカルタスがビラを撒いてる。 足元に落ちていたそれを1枚拾い上げる。 思ったとおりそこにはウィル達の写真が載ってた。 ・・・・って・・・・ジュウベイだけ下顎の半分しか写ってないじゃん・・・・。なんで同じ尺で載せるのこれじゃ誰かわかんないよ。 ・・・・・いや逆に誰かわかる? まあ彼を知ってる人が見ればね・・・・。 でも知ってたら写真はいらないワケで、どっちみち役に立たないね。 「お願いします!! 探してるんです!! 心配なんです・・・・ウヒヒヒヒヒヒヒ・・・・」 何で笑ってんの・・・・・とか思ったらむせび泣いてる。 ・・・・・しゃーないな、1人は決まりだね。 連れてってやるか・・・てゆか居場所わかったの伝えそびれてたよゴメンよ。 ホラ、と泣いてる鼻っちにティッシュを渡す。 「・・・あ、DDざん・・・・ありがどうございばず・・・・」 ビーッ!!とカルタスが鼻をかむ。 ついでにブアックシュ!!!と盛大にクシャミする。 突風は通りの向かいの「皆で知ろうシードラゴン島の遺物展」会場に搬入途中だった業者を直撃した。 リフトを使って搬入中だった何か大きな塊を覆っていたカバーがボワッっと飛んでいってしまう。 ・・・・何だありゃ・・・・アゴ長い石像だなぁ・・・・。 「どうしたんだい? 何か大きな音が聞こえたが・・・」 そこへ建物からエンリケが出てきた。 業者が、代表危ない!!と叫ぶ。 「・・・・・・しゃーんなろ!!!!!!!!!」 バゴス!!!!!!!!!! と石像にぶん殴られたエンリケは石畳を盛大に砕いて地面にめり込んだ。 「DD!! 勝負だ!!! 今日こそは僕が勝つ!!!!」 鼻っちを連れてオフィスへ戻る帰り道。 また、やかましいのが私に絡んできた。 例によってカイリだ。 忙しいんだってば、もう。しょうがないなぁ・・・・。 えーい、ただのキーック・・・・。 ドボッ!!!と私のつま先がカイリの鳩尾に突き刺さる。 ぎゃーっとお腹を押さえて悶絶したカイリが転げ回る。 ・・・・・・・・・・ん。 カイリ、立て。 「・・・・・・え? だって・・・・痛い・・・苦しい・・・・」 いいから立て。 しぶしぶカイリが立ち上がる。 まだ額に脂汗を浮かべて前傾姿勢だけど。 キミのその無駄な元気、私が買ってやる。 空の上に行ってもらうよ。 「・・・・え? ・・・・え??」 目を白黒させるカイリ。 私の後ろにいる鼻っちに「どういうこと?」と視線で問いかける。 その視線を受けて、カルタスがゼスチャーで「スルメイカ タベスギ ヨクナイ」とカイリに伝えた。 コミュニケーションが成立してない。 「え、どっか行けって、僕店の手伝いとかあって・・・・」 すっと目を細めた。 カイリの前髪が一房ビキッと凍りついた。 よく聞こえなかった。もう一度どうぞ。 「どこへでも行きます!!!!!!! ご一緒させてください!!!!!!!」 夕暮れのアンカーの町に、そうカイリが叫ぶ声が響き渡った。 第4話 7← →第5話 緑の大地にて
https://w.atwiki.jp/seadra-library/pages/99.html
空に・・・大地が空に浮かんでいる・・・!? ジュウベイと並んで絶句してしまう私。 古代魔法王国期にはそのような魔道の技も存在していたとは聞いている。 しかし現代もまだ空に陸地が浮かんでいる等とは聞いた事は無い。 後ろを振り返る。 陸地はどこまでも続いている。反対側の果てはちょっとここからではうかがい知る事はできない。 これだけの規模の陸地がシードラゴン島の上空にあれば、見上げれば見えるだろうし、島に影も落ちる。 誰も知らない気付かないという事はあり得ないはずだ・・・・。 「いやーぶったまげたわい・・・・。とりあえず何とかして戻る方法を探さなくてはのう」 ようやく落ち着きを取り戻したジュウベイが言う。 「なあに!来れたんだから戻れるだろう! 幸い全員ケガもないしな! がっはっはっは!!」 気を取り直せばジュウベイは楽天的だ。 まあ取り乱されるよりありがたい。 とりあえずはゲートだな。あれを調べてみる事にしよう。 我々があのゲートからここへ来たのは間違いないはずだ。 しかし、それから念入りにゲートを調べてみて得られた結論とは、どうやらこのゲートは朽ちてはいないが稼動もしていないらしい、という事であった。 少なくとも今はここから戻る事は無理そうだ。 丁度私がゲートを調べ終わるのと同時に、空からルクが戻ってきた。 上空から周囲を調べてくれていたのだ。 「草原はこの先で途切れています。柵の様な物がありました」 ふむ・・・・。このまま動かぬゲートの場所に留まってもしょうがない。 そこまで行ってみる事にしようか。 私たち三人は草原をしばらく歩いて柵の場所までやってきた。 なるほど、草原を長い柵が横断している。高さは私の胸のあたりまでの柵だ。 立て札もあるな。何々・・・・。 『ここより先「果て」 危険なので立ち入り禁止』 「果て」とは恐らく大地の境の事だろうな。 柵からしばらく歩くと草原は途切れ、土がむき出しの大地が続いていた。 「・・・お、道があるぞ!!」 前方を伺っていたジュウベイが言う。なるほど、どこからどこへと続いているのかはわからないが道があるな。 私たちが歩いてきた方角を背にしてちょうど左右へと伸びている。 どちらへ向かえばいいものかわからない我々は右へ進んで見る事にした。 それにしても、あの声は一体何だったのだろう・・・・。あの声の主が私たちをこの場所へ呼んだのだろうか・・・・。 「声?」 ルクが怪訝な顔をする。あの朽ちたゲートが発光した時に私を呼んだ女性の声。 どうやらあの声を耳にしたのは私だけだったらしい。まあ、私の名を呼んでいたしな・・・・。 「また女性ですか・・・・ウィリアム」 て、何でおっかない顔で私を睨んでいるのかな・・・・。 「がっはっはっは!! まぁルクよ、そうむくれるでない!! よいか、男にはなぁ、一たび外へ出れば七人の嫁がいると言われておってな・・・・」 間違ってる上にフォローになってねーよ!!!!!! むしろ逆効果だろうが!!!!!!!! 「七人!? ・・・・七人も!!! ・・・・・・不誠実です!!!!!」 ワナワナと震えたルクシオンさん、ジュウベイの顔面に思い切り拳を入れた。 「ヱビス!!!!」 顔面中央にクレーターを作ったジュウベイがぶっ倒れた。・・・・いらん事言うからだ。 ジュウベイを殴り倒したルクが今度はキッと私を見た。 いかんなこれは私も昏倒コースか・・・・と、思ったらルクは私の手をとった。 「・・・今は、これで許してあげます」 私の手を引いてずんずん歩いて行くルク。後ろから見てもわかるくらい耳まで真っ赤だ。 私はと言えば女性と手を繋いで歩いた経験など無いので気恥ずかしい事この上無い。 「微笑ましいのう。がっはっはっは」 起き上がったジュウベイがそんな私たちの後姿を見て小声で言った。 しばらく歩くと、麦畑が広がり風車が見えてくる。 どうやら村があるようだ。 余計な騒ぎにならないように、状況がはっきりするまでは下界から来た事は伏せるようにと二人に言う。 「旅の人がこの村を通るなんて珍しいね! あんたたちも神都へ向かってるのかい?」 話しかけたおばさんは愛想良く相手をしてくれた。 「神都」・・・・・? よくわからないが適当に話を合わせておく事にする。 その通りだ、と肯く私におばさんはやっぱりねえ、と笑う。 と、ふいにおばさんは真顔になった。 「けどね、あんたたち神都へ向かうならこのまま進むより、ちょっと遠回りになっちまうけど迂回してメイヘンストの都を通った方がいいよ。この先のラーの都は今は色々物騒らしいからねぇ・・・・」 ふむ・・・・。 この村には宿屋の様な施設は無かったが、我々はある農家の好意で一晩納屋を借りる事になった。 そこで各自断片的に得た情報を統合してみる。 どうやら神都と呼ばれる街がこの周辺を統治する国家の首都であるらしい。 この村からその神都へ向かうためには途中にラーの都と呼ばれる大都市を通らなくてはならないのだが、そのラーの都はここ数年太守が圧政を布いており、色々と大変な状況にあるらしい。 我々が下界へと戻る方法を探る為にも大都市で情報を収集したい所ではあるが・・・。 「そのラーの都とやらは避けたほうが得策のようですね」 ルクの言葉にジュウベイと二人でうなずく。 右も左もわからない場所で厄介ごとに巻き込まれるわけにはいかない。 『・・・・それじゃ困るのよ。ウィリアム・バーンハルト』 ふいに女性の声がした。 「!! 何者!!!」 ルクが叫ぶ。その手に瞬時に魔槍グングニールが現れる。ジュウベイも脇に置いてあった自分の槍を掴む。 『そう警戒しなくても貴方たちに危害を加える気はないわ。落ち着きなさい、ルクシオン・ヴェルデライヒ。後、顔のデカい中年』 「何故拙者だけ名前で呼ばれん!!??」 ・・・・この声は・・・・。 間違いない。ゲートで私を呼んだ声だ。 『私はここよ』 声のする場所・・・納屋の窓を見る。 窓から差し込む月光を背に、そこには首に赤いリボンを巻いた灰色の毛並みの一匹の猫がいた。 「・・・・ね、猫??」 ルクが目を丸くする。 猫はシュタッっと私たちの目の前に飛び降りた。 『こんな姿で失礼するわね、ウィリアム。直に顔を合わせてお話したいところだけど、私は今幽閉されているの。今貴方達の話題に出たラーの都でね』 むう、猫に乗り移るか何かしているのか・・・。 私をこの地に招いたのはあなたなのか? 『そうよ。強引な手段をとったことをまず謝罪しておくわ。・・・でも私にはもう手段を選んでいる余裕はなかったの』 幽閉されていると言ったな。では目的は・・・・。 『そうよ。私を解放して欲しいの。その為にあなたたちをこの浮遊大陸「プラネリューテ」へ招いたのよ』 浮遊大陸プラネリューテ・・・・。 あなたは・・・・一体何者だ? 『私の名前はベルナデット・・・ベルナデット・アトカーシア。後で騙したと思われたくないから最初に正直に言っておくけど、魔人よ。封印の八人の魔人の1人』 !!!?? 八人の魔人の1人だと!? 『ええ、二つ名は幽閉の身で皮肉だけど「解き放つもの」』 そう言って猫は私を見て、ニャーオと一つ鳴き声を上げたのだった。 第1話 1← →第1話 3
https://w.atwiki.jp/seadra-library/pages/55.html
その日、私は表の騒がしい声で目を覚ました。 う、もう朝か・・・・。 私は自室ではなくオフィスのソファで寝てしまっていた。 そうか、昨日は遅くまで文献を読み耽って、そのまま寝てしまったのだな・・・。 「ここだここだよ!間違いない看板出てる!!」 「わーん!! ウィリアム様ー!!」 寝ぼけ眼をこすっていると、騒がしい声はどたばたと階段を駆け上がる足音を伴って2階へ上がってきた。 そしてまたノックも無しにオフィスの扉がバーンと開け放たれた。 そして見知らぬ鎧姿の二人組の男が突っ込んで来る。 「申し訳ありませんウィリアム様!! 我々・・・・・・うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」 と思ったら私を見るなり叫んで表へ飛び出していった。 何だ何だ一体・・・・。 とか思ったら気がつけば私にDDが寄り添ってすーすーと寝息を立てている。 う、いつの間にもぐりこんだんだ・・・・。エリスに見つかったら私がぶっ飛ばされるんだからやめなさい。 「ダメだ今ダメだお楽しみ中だった!!」 「あ、後にしようか1時間くらいでいいのかな!!」 人聞きわりーな楽しんでねーよ!!!!!!! 私は思わずドアの外に向けて絶叫したのだった。 男たちをオフィスの中へ入れて話を聞く。 2人はノルンの指示で本国から私に神剣を届けに来た部隊の隊員であった。 ちなみに若返った事は予めノルンには電信で連絡してある。 「しかし」 「軍用船で来た為に」 「入港許可が」 「降りなかったのです」 男たちがしょげかえる。どうでもいいが鬱陶しいので一区切りごとに交互に喋るのやめれ。 当たり前だ軍用船なぞ入港したら町の住民が何事かと思って騒ぎになるだろうに。 だから郵送でいいと言ったんだ・・・。 「やむを得ず小船で我々が入港し神剣をお持ちする事になりました」 「ところが・・・・」 ・・・ぬ・・・・まさか・・・・ 「海上で突然、族に強襲を受けまして、神剣が持ち去られてしまいました!」 そこでまた男たちがすみません!と頭を下げた。 何という事だ本当に狙ってる奴がいるとは・・・・。しかし、沖合いから小船でってそんな遠くから出たわけでもないだろうに、途中に襲撃してきそうな怪しい船なりいれば警戒はしなかったのか。 「いえ、族は1人で空から乗り込んできたんです」 「物凄く強い女でまったく歯が立ちませんでした。あっという間に神剣を奪い取ると来た時と同じように空を飛んで逃げてしまって・・・・」 えらく強い女が一人で空を飛んで襲って来たのか・・・・そりゃ突拍子も無いな、不意を突かれてもしょうがない。 しかし困った事になった。取り返そうにも海上の話では逃げ去った方向等参考にならんだろうし、空を飛べる強い女ってだけではなぁ・・・。 ふぅーむ・・・・。 しかし起きてしまった事をあれこれ言ってもしょうがない。私は一先ず男たちを船へと帰した。 「困ったわね・・・おじさま。大切な剣なのでしょう?」 起きて来て話に加わっていたエリスがコーヒーを出してくれながら言う。 まあ20年も自宅に放置しておいて今更大事ですというのも虫のいい話ではあるが。 しかしあの剣は私と契約している。他の人間が使ってもただの剣なのだがな。 上位のマジックアイテムの大多数は使用者との契約がなされて初めて本来の力を発揮する。私の神剣エターナルブルーもそうである。 とはいえ、取り返さねばなるまい。 私個人の問題としては諦めてしまえばそれまでだが、この話がきっかけで祖国が本腰入れて乗り込んできたら厄介だ。 シードラゴン島は国際協定でいかなる国も不干渉とされている。ただ口実があれば乗り込んでこようとしている国は多いはずだ。 今でも充分に各国身分を秘した調査員を送り込んで来ている事だろう。 失せ物に強い知り合いか・・・・カルタスに匂いで探してもらうとか・・・・ダメだ何を考えているんだ私は・・・・。 私は頭を抱えた。するとまたバーン!と扉が勢い良く開け放たれる。最近ここ訪れる人は皆ノックの風習を忘れてしまっているようだな・・・・。 「困っておるのじゃろうウィリアムよ。そういう時に何故この全知全能のわらわを頼らぬ?そなたも遠慮深い男よの」 うあ上階のテトラプテラ女王が来た。しかし何故私が困っていると・・・・神託か・・・・凄いなぁ。 「今日はそなたが失せ物で苦しむとの神託があったのじゃ」 やっぱり神託か。物凄い精度だ神託。 「後そっちの包帯娘とよろしくやってロール娘に殴られるとも神託があった」 「このどすけべー!!!!!」 ドガッ!!!! ぐあ冤罪だ!!! 事実確認の前に既に手が出ている。ああもう鼻血が・・・ティッシュティッシュ・・・・。 「どれ他ならぬそなたの頼みよ。その失せ物わらわが見つけてやろうかの」 や、まだ頼んではいないのだが・・・・てゆか今から頼みますお願いします。 明るいと集中できぬ、と言って女王が侍女たちに窓に暗幕を張らせた。オフィスが真っ暗になる。 応接テーブルの上の2本のロウソクだけが光源だ。女王の雰囲気とも相俟ってなんとも場が神秘的な空気になった。 でもそれが感じられなかったらしいDDは真っ暗になるなり寝息を立て始めた。わかりやすい娘だった。 女王が取り出した水晶玉に両手をかざして目を閉じる。すると水晶玉が淡い輝きを放つ。 「・・・・失せ物は剣か・・・・これはまた良い剣じゃの・・・・」 女王がつぶやく。ビンゴだ、これは頼りにしてよさそうだ。 「場所は・・・・・海上じゃの・・・・ん? これは・・・・・」 海上・・・・となると族は船の上か? 女王が集中を解いた。もうよい、と合図し侍女たちが暗幕を取り外す。急に戻った明るさに目をしばたたせる。 女王はなんとも微妙な表情をしていた。 「ちと面倒な事になっておるぞウィリアムよ」 そういうと女王は侍女に目配せした。間もなくその侍女が鳥篭を持って戻ってきた。 鳥篭には白いフクロウが一羽入っている。 「これはわらわの4つの使い魔の内の一つじゃ、今より現地の様子を直接そなたに見せようぞ」 そう言うと女王は鳥篭を開けてフクロウを出し、窓から空へと放った。 「しばし待つが良いぞ。使い間が見聞きしたものはこの水晶を通じてこちらへ伝える事ができるのじゃ」 ほほう、それは凄い。話半分に聞いてたけど本当にこの人全知全能なんじゃないのか・・・・等と思ってしまう。 それから20分ほど時間が過ぎて、再び女王はオフィスを暗幕で真っ暗にした。 「そろそろよかろう。見るがよい」 女王が水晶に手をかざす。淡い光を放った水晶はやがてある情景を映し出した。 海だ・・・・まだ海上を飛んでいる。 間もなく前方に巨大な黒い船が見えてくる。 !!!!・・・・・・軍用艦じゃないか・・・・しかもでかい・・・・。 旗を揚げている。そこにはドラゴンと槍の紋章があった。 「・・・・・竜帝国ガルディアス・・・・」 エリスが緊張で掠れた声で呟いた。 ガルディアスは北方、「竜の峰」と呼ばれる山脈を背負った軍事国家である。国土は狭いが国民大半が軍属であり、軍が傭兵として他国の戦争に雇われて出張ってくる。 その精強さは世界中に知れ渡っており、戦において相手方に竜の旗が見えただけで兵は戦意を喪失するとまで言われている。 ガルディアスを無敵たらしめているものは2つ。 飛竜を駆る騎士たち、ドラゴンナイト。 そして自身竜の血が混じった身体で生身で強大な戦闘力を誇る竜闘士、ドラグーン。 やがて視点は甲板上へと到達した。 広い甲板には7匹のワイバーンが並んで大人しくしていた。 ・・・・・竜騎士が7人も来ているのか・・・・・戦争ができるぞ・・・・・。 鼓動が早くなる。気付かない内に握り締めた拳にじっとりと汗をかいていた。 やがて視点は甲板上の2人の男女を捉えた。青い髪の女性とまだ表情にあどけなさの残る青年。 2人ともガルディアス軍の黒い戦装束を纏っている。 「あーあ・・・・僕も行きたかったなぁ。剣取りに行くの」 そう言った青年が手にしているのは・・・・神剣エターナルブルーだった。 「いいえ、海里。ほとんど戦闘らしい戦闘はしていません。あなたが来てもする事はありませんでした」 無表情で女性が答える。 「それにあなたのシルバーウィンドは大きくて目立つ。奇襲には向きません」 「シルバーだって長い船旅で身体が鈍ってるよ」 カイリと呼ばれた青年がワイバーンの内の1匹を撫でる。その1匹だけ特に身体が大きく他の6匹と違い銀色をしている。 ワイバーンが嬉しそうに低い唸り声を出す。 「早く戦いたいなぁ。凄い強いんでしょ?そのバーンハルトって」 「シトリン達が到着するまでは本格的な交戦は避けるべきです、海里」 女性が静かに言った。青年が明るく笑う。 「姉さんが来るまでには終ってるよ僕とルクがいれば! ルクはガルディアス最強のドラグーンなんだから!」 「いいえ海里。私は皇帝陛下にはかないません」 女性が静かに首を横に振って言う。 「あー、陛下は怪獣だもん一緒に考えたらダメだよ。・・・・それにしてもこの剣何の力も感じないよ?本当に強い剣なの?」 「その剣は契約により力を発揮します。所有者であるウィリアム・バーンハルトとの契約が有効な限りは他者が使っても普通の武器と同じです」 ふーん、と青年が神剣をひゅんひゅんと振った。 「そっか、姉さんのレーヴァテインも確かそうだったよね。同じかぁ・・・。ルクのグングニールもそうなんでしょ?今回は持って来てるの?」 「はい。今回は使用許可が降りていますので携帯してきています」 と、そこでピクンと反応した彼女がこちらに視線を合わせてきた。 「あれ? なんで海にフクロウ・・・・」 青年もこちらを見てくる。 「ウィリアム・バーンハルトですね」 名を呼ばれた。 「私はガルディアス帝国のドラグーン・ルクシオン。そして彼は『竜撃隊』隊長の雨月海里。あなたの神剣はここにあります。取り戻したければ・・・・」 そこでルクシオンと名乗った女性が殺気を全身から発した。水晶越しでもビリビリとそれが伝わってくる。恐ろしいプレッシャーだ。 「力ずくで取り戻しに来て下さい」 第17話 砂漠の女王と熱砂の迷宮← →第18話 2
https://w.atwiki.jp/seadra-library/pages/234.html
西方海域、ダナン島。 その中央に聳え立つ巨大な遺跡バベルの塔。 円錐状に根元へ向かって広がるこのタワーは、外見は古代遺跡であるが内部は徹底的に改修が行われ超近代設備と化している。 そして、こここそが全世界に君臨する巨大組織ロードリアス財団の本拠地なのであった。 その中央会議室、通称「天蓋の間」と呼ばれる広い部屋に1人の男の姿があった。 総帥ギャラガーの下で財団全体を統括する5人の大幹部のリーダー、ピョートルである。 そのピョートルの前にはシードラゴン島の全景が立体映像で浮かび上がっていた。 「・・・ンッフッフッフッフ」 取り出した扇子をパッと開いて口元に当てるピョートル。 「財団・・・魔人・・・そしてウィリアム・バーンハルトと仲間達・・・3つの交わる『始まりの船』にて果たしてどの様な物語が紡がれるのでしょうなぁ」 薄暗い会議室の壁には、立体映像が放つ光を受けてピョートルの影が不気味に大きく映し出されている。 「新しい時代は目前ですよ。・・・さあ皆さん、このピョートルの掌の上で踊りなさい! ・・・ンフフフフ・・・フアッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」 巨大な会議室にピョートルの哄笑が残響して吸い込まれていった。 人生の大事というものは往々にして前触れも無く訪れるものだ。 その日の朝は、羊から始まった。 目を覚まして身支度を整えた私は、欠伸を噛み殺しながらオフィスの窓のブラインドを上げた。 すると目に入ったのは、見慣れたアンカーの町並みではなく視界一杯に広がった巨大な羊の顔であった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 シャッと上げたばかりのブラインドをまた下ろす。 ・・・疲れているようだ。昨日は遅くまでマジカルランドで遊んで来たからな・・・。 鼻の上を指で摘む様にして目をぎゅっと閉じる。 起きてから羊の幻を見るとはな・・・寝足りないんだろうか。 大体ここは2階だ。窓の外に羊が見えるのはおかしい。 深呼吸をしてからシャッとブラインドを再度上げる。 するとやっぱり窓の外には巨大な羊がいる。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ガラッと窓を開けて羊の顔に触れてみる。 ・・・触れる。暖かいし・・・。 幻じゃないなこれ・・・。 鼻の頭をぺたぺたと撫で回してみる。 というか鼻が私の上半身くらいあるよ。 すると羊、何だかむず痒がるようにフガフガとやり出した。 ・・・む・・・やばくないこれ??? ブアックシュッッッッッ!!!!!!!!!!!! 大音量のクシャミでフロアの窓ガラスは全て砕け散り、私は吹き飛んだ机やスチール棚にまみれて壁に叩き付けられた。 「おじさま・・・大丈夫?」 目を覚まして最初に目に入ったものは、心配そうに私を見つめるエリスの顔だった。 私は・・・どうやら応接用のソファに寝かされているようだ。 身を起こしかけて全身の痛みに顔をしかめる。 そうだ・・・私は机や棚ごと壁に叩きつけられて・・・。 オフィスは酷い有様だった。 ラゴール達が必死に後片付けをしている。 「ごめんね~ジャスミンのクシャミで怪我させちゃって。でも先生も悪いのよ? あんな風にジャスミンの鼻をいじくるから」 耳慣れない女性の声がした。 そちらを見る。 始めてみる女性が立っていた。 あの装束は・・・確か東洋の神職の女性の着る衣装ではなかったか・・・。 目が合うとその女性は「ハァイ」とウィンクして見せた。 その女性の隣にはセシルがいる。 「先生。冒険者協会会長、天河悠陽さまです」 そしてセシルは女性を私にそう言って紹介した。 この女性が・・・天河会長か・・・。 思わずまじまじと姿を見てしまう。 半ば伝説の人物である。いかなる女傑かと想像していたが実際の彼女は眼鏡の普通の女性だった。 しかしこの姿は少なくとも半世紀以上に渡って変わらずに維持されているものであり、それは恐らく彼女が「永劫存在」・・・エターナルなのではないかという推論に落ち着く。 「初めまして先生。お噂はかねがね」 天河会長が微笑む。 お噂の塊みたいな人物に言われてしまった。 私はどもりつつ恐縮ですと返事をするのがやっとだ。 そういえば、会長はジャスミンと呼んでいたか・・・あの巨大な羊は一体・・・。 窓の外を見れば相変わらず巨大な羊は悠然と通りに佇んでいた。 改めて見てみると羊にしては首がにょろりと長いな・・・後、背には翼がある。 下からは野次馬が集まっているのだろう・・・わいわいと声が聞こえてきていた。 「・・・会長!! いらっしゃいますね!!」 そこへ慌しくドアを開けてヨギが飛び込んできた。 「会長駄目ですよ! あんな目立つ所にジャスミンを置いて!! 騒ぎになっちゃってるじゃないですか!!!」 「あーも、うっさいなぁ。落ち着きなさいってばヨギ君」 スッと立ち上がった天河会長がどこから取り出したのか木製のバットを手にするとそれで力一杯ヨギの尻を殴打した。 「ンむ”ッッッッ!!!!!!!」 バシーン!!!!!と大きな音が響き渡り、ヨギは臀部を押さえてその場に蹲った。 「キミだってロバート連れて来てるでしょー?」 「・・・で、ですから・・・ロブは騒ぎにならないように港から離した海域で遊ばせてありますよ・・・」 尻を押さえながら足元でヨギが苦しい声を出す。 「あら、そーなんだ」 あっさり言う会長。 「ついでに紹介するわね。私のペット、羊竜(シープドラゴン)のジャスミンよ」 言われて窓の外のジャスミンがこちらを向いてメェエエエエと鳴き声を上げる。 羊竜・・・そう言った生き物がいるとは聞いた事があるが・・・。 まさか実際目にする機会があるとは思わなかったな。 オフィスの片付けも取りあえずは完了し、ジャスミンは会長の指示で町の外で待機させる事になり表の騒ぎも収まった頃には昼になっていた。 「・・・お待たせしました~。時間が無かったので簡単なもので~」 マチルダが大皿を持ってくる。 ・・・ほう、サンドイッチだ。 皆いただきまーすと声を出して思い思いにサンドイッチに手を伸ばす。 私はハムとレタスを挟んであるのに手を伸ばした。 「そっちは卵、そっちはハムで、それは白身のフライです・・・後それがキノコ」 ビシッ!!と突如立ち上がったシイタケマンが大皿を力強く指さした。 「キノコのを頂こうか」 あ、ついに開き直ったぞこいつ。 食べながら私は天河会長の方を見た。 ・・・それで、会長はどういった御用向きで? 「やーねもう、会長とか他人行儀な呼び方しないでよ。悠陽とか悠ちゃんとか呼んでね。・・・さんとか付けたらぶん殴る!!」 本当にぶん殴られそうだ。 それで・・・悠陽・・・はどうしてここに? 「ふぉれふぁんめー。ふぁいひあふようはふぇふぇ」 「飲んでから話してください」 ヨギが悠陽に言う。 むぐむぐと咀嚼してゴクンと飲み込むと、悠陽はジンジャエールを一息に呷った。 「それがねー、大事な用があるのよねー」 改めて悠陽が言う。 「けどその前にー・・・先生がどうして『神の門』を探してるのか改めて聞いてもいい?」 ・・・最近、その話をする機会が多いな。 私はノルコとの約束の話と、ベルを解放してやりたいのだと説明した。 「・・・そっか」 話を聞き終わった悠陽はそう言って何故か嬉しそうに笑った。 皆が食べ終わり、皿が片付けられてお茶が出てきたテーブルに、悠陽が一枚の紙を置いた。 ・・・? これは? 目を通す。何々、カシム・ファルージャ・・・個人のデータか。 資料には写真が付いている。白いヒゲの褐色の肌の老人だ。 待てよ・・・? この名前どこかで・・・。 思い出した。 先日ジュデッカが大怪我をしながら財団から奪取してきたメモリークリスタルに添えられていた資料、そこにあった署名だ。 「カシム・ファリージャ・・・財団研究開発部所属、次元技術研究室の室長よ」 悠陽が言う。 「・・・え? カシム?」 するとそれまでかなりどうでもよさげに話を聞いていたDDが突然椅子から立ち上がるとこちらへ来る。 「わぁ本当にカシム爺だ。なつかしーなぁ」 ・・・何? 知り合いなのか? 「知り合いも何も」 資料を取り上げたDDが指の背でぺんぺんと紙を叩く。 「うちの船団にいたのよ。この爺さん」 何だって・・・? それが何故今財団に? 「まー、こっちで調べた限りじゃその老人、自分の研究の事以外俗世の事にはまるっきり興味が無いみたいね。財団に所属しているのは単純に彼らの提供する研究の場と情報収集力が彼の研究欲を満たすに足りるものだからってことでしょうねー」 悠陽が言うとDDが肯く。 「あー、だろうね~。うちにいた時もそんな感じだったよ。いっつも本読んでてたまに口開いたかと思ったら誰もわかんないような難しい話ばっかしてた」 なるほど・・・利害の一致か。 先日出会った『ハイドラ』の1人クリストファー・緑を思い出す。 「でー・・・そのカシム博士が財団における『神の門』研究の総責任者なワケ。総責任者っていうか、まあ彼以外は誰も付いてこれないような話みたいね。なんたってお空の彼方の技術の話なんだから」 ふむ・・・。 異端の天才、か・・・。 「つまり、今財団じゃこのカシム博士以外、誰も『神の門』と『始まりの船』の事はわかんないって事。さて・・・ここからが本題よ」 悠陽が椅子に座り直してこちらに身を乗り出してくる。 「2,3日後にこのカシム博士が島へやってくるわ。これってつまりどういう事かわかる?」 悠陽が私を見る。 財団で唯一、神の門を扱える男を現場へ寄越して来るという事は・・・。 「間違いなくここで財団は門本体の奪取に動くわ。鍵とか諸々の事は後回しに取りあえず門自体を抑えてしまおうって事でしょうね」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 始まりの船は島の中央部分の地底に眠っている。 そこを強襲するつもりか・・・ロードリアス財団。 「黙ってやらせるつもりはないわ。私たちはそこを妨害して、このカシム博士を拉致する。そうすれば財団には門を手に入れても扱える人間がいなくなるから」 「ら、拉致ですか・・・。物騒ですねー・・・」 マチルダが思わず呟く。 「あら、『暗殺』って言わないだけ大分悠陽さん穏便なつもりだけど? 暗殺でいいなら話はもっとずっと早いんだけどねー」 肩をすくめてふうっと息を吐く悠陽。 「・・・彼らも当然その可能性は考えているでしょうねぇ」 のんびりとジュピターが言った。 「そうね。当然ハイドラとかその辺護衛に付くでしょ。だからそこが正念場・・・決戦よ」 オフィスを静かな緊張感が満たす。 一同言葉も無く悠陽を見る。 「ま、だーいじょうぶ! 私も行くから!! 大体の奴なら必殺のゆーひさんパンチで木っ端微塵よ!!」 「本当に原子の塵になりますからね・・・」 ははは、とヨギが乾いた笑いを浮かべた。 同時刻。 アンカー中央通沿い電話ボックス内。 「・・・あー、どーも漂水です」 鳴江漂水が受話器の向こうの相手に挨拶する。 「ええ、協会長は今日アンカー入りしましたよ。竜皇帝が先日到着してるのも確認済みですわ。お膳立てはこれで完璧ってとこですかねぇ」 受話器の向こうから笑い声が聞こえてくる。 相手は上機嫌らしい。 「・・・にしても・・・『テラー』ですか。いいんスかねぇ? あれが暴れれば財団側にも少なからず被害が出るんじゃ?」 やや漂水の声のトーンが落ちる。 「あいつの『能力』は無差別でしょうに・・・。近づく者の精神を汚染して理性を破壊しケダモノに変える『キング・オブ・ペイン』」 それについて受話器の向こうの相手が何事か返事をする。 「・・・はぁ、そーっスか。まあここまでくりゃ後は俺は眺めてるだけだ。アンタがそれでいいなら構わねーっスけどね」 挨拶し受話器をフックに戻した漂水がボックスを出た。 「お友達にお電話?」 「!!!」 急に背後から声をかけられて漂水が慌てて振り向く。 「・・・き、霧呼さん」 「お友達が多いのね、鳴江君」 霧呼は腕を組んでいつもの微笑を浮かべて漂水を見ていた。 「まあ・・・プライベートの事までどうこう言う気はないから安心なさいな。言った事さえきちんとやっていてくれればね」 そう言うと霧呼はひらひらと手を振って漂水に背を向けた。 コツコツとハイヒールを鳴らして去っていく霧呼の背を漂水が見送る。 「・・・ひー・・・やっぱあのヒトはおっかねぇなぁ・・・・」 顎に伝った冷や汗を手の甲で拭って漂水は苦笑したのだった。 第25話 終わらせる者、繋ぐ者← →第26話 2
https://w.atwiki.jp/seadra-library/pages/266.html
ごぼっと血を吐いたエリックがゆっくりとその場に倒れる。 糸が切れた操り人形の様に、その動作には命の気配が感じられなかった。 ルノーの意識が白く染まる。 時間も、心も、彼女の中で一瞬何もかもが停止した。 そして次の瞬間に彼女の内側を一気に満たしたものは、抑えの効かない強い怒りと憎悪だった。 「てめえらぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!!」 叫び声を上げる。 同時に吹き上がったオーラは先程までのものとは比べ物にならない強さだ。 「・・・ぬ」 そのオーラの強さにビスマルクが思わず唸る。 しかし、次の瞬間ビスマルクはその衝撃より数倍強いショックを受け表情を強張らせた。 テラーが前傾姿勢を取り、両手を広げルノーへ向けているのだ。 ポン、と軽い打楽器の音が聞こえる。 それは東洋の太鼓の音だ。 同時に笛の音も聞こえてくる。 一瞬にして全身に冷や汗をかいたビスマルクが自らの絶対世界「フレイムへブン」を解除する。 ビスマルクは万一絶対世界が破られた時の為に、結界の位置を戦闘中にずらしてある。 現実世界に立ち戻った時、そこは銃士隊本部からはやや離れた場所になっていた。 高速でビスマルクがその場を離脱し、その場を一望できる建物の屋上へ一息に跳躍する。 そこまで離れて、ようやくビスマルクは顎から滴る汗を拭い、ふーっと大きく息を吐いた。 「・・・テラーめ・・・あれをやるなら予めそう言っておかんか。『キング・オブ・ペイン』・・・危うく俺まで精神を破壊される所だったわ・・・」 苦々しげな呟きがその口から漏れた。 太鼓に笛の音はルノーの耳にも届いていた。 しかし怒りに我を失っている彼女はその能楽にも注意を奪われる事が無い。 ・・・そして、その事が彼女の不幸だった。 ようやく耳に届く異様な和楽と呪文の様なもの(それは能の口上だったが、彼女はそれを知らない)に意識が向いた時、既にその音量は頭蓋を震わすほどの大きさになっていた。 「・・・がッッ!!! うあああああああああああああああ!!!!!!!」 両耳を押さえてルノーが絶叫する。 その音量に、ではなく・・・その音が染み込んできて自身の内部にもたらしているものへの恐怖にである。 意識が・・・記憶が・・・壊れていくのがわかる。 自分の内側から「ルーシーであったもの」がボロボロと崩れ落ちていく。 抗えない。・・・その方法がわからない。 精神の奈落へ落ちていく。 「自分」の失われる激しい喪失感。 そしてルノーの瞳は光を失い、虚ろに半ば開いた口元から意味の無い呟きが漏れ、彼女はその場に倒れた。 それを見届け、テラーが彼女へ向けていた両手を下ろす。 周囲は静まり返る。夜の音だけが静かに辺りを満たす。 テラーの隣にザッとビスマルクが着地した。 「そこまでやるほどの相手だったか?」 その問いにテラーは黙して返答しない。 ビスマルクも初めから返答は期待していなかったのか、足音を鳴らして倒れているエリックへ歩み寄った。 しゃがんで呼吸を確認する。 ・・・停止している。 それはもう、かつて人であったもの・・・命の残骸だった。 しかしそれでも納得できないのか、ビスマルクは消音機の付いた拳銃を取り出し、エリックの頭部へ向けて2発放った。 パスッ!パスッ!と軽い音が2回して、2つ薬莢が地面に落ちて跳ねた。 「これでもう奇跡すらあるまい」 フッとエリックを見下ろしてビスマルクが笑う。 そして振り返った彼は、ルノーを肩に抱え上げるテラーを見た。 「何をする気だ・・・?」 訝しげな表情を浮かべるビスマルク。 「・・・まあいい、好きにしろ。間違ってもその女から俺の事が他へ漏れるような扱いはしてくれるなよ」 カクン、と肯いてテラーはルノーを抱えたまま、ズズズズと影の中に沈んでいった。 それを見送るとビスマルクはフン、と鼻を鳴らしてかき消すように消える。 ・・・そして周囲には静寂と、物言わぬ骸となったエリックだけが残された。 セイグリース王国ティナンシアの都。 ここは森と湖に囲まれた平和な永世中立国だ。 そしてつい先日まで、この都で世界最高の意思決定会議とも言える四王国会議が開催されていたのだが・・・。 王立中央会議室は酷い有様だった。 まるで嵐の過ぎ去った後だ。 会議テーブルは砕け、椅子は壁に刺さり、壁には大穴が並んでいる。 「ふぅーム・・・・」 その会議室の中央、床に直接どっかと胡坐を掻いている獅子頭の獣人こそがツェンレンの国王、獣王アレキサンダーである。 肉の城砦とも呼ばれる威容である。座り込んでいて尚、他の立っている人々よりも大きい。 恐らく立ち上がればその身長は3m前後はあろう。 広大な筈の会議室も、獣王1人いるだけで狭くなったように見える。 「困った事になったな」 唸るようにアレキサンダーが言う。 「そうですね。・・・というか、困った事をしたのは貴方も一緒ですけどね」 その隣で椅子に座っているジュピターがいつもの落ち着いた声で言う。 「見てください、セイグリース王泣いちゃってるじゃないですか」 ジュピターの視線の先では、このセイグリース王国のリッツカイン老王がおいおいと泣き崩れていた。 歴史ある大会議場の惨状にである。 「この程度はツェンレンでは日常茶飯事なんだがな」 「こんな静かな国で貴方のとこみたいな超々肉弾国家の基準で動かれても困りますね」 ふぬぅ、と唸ってアレキサンダーが立ち上がる。 「後で詫び状とジャガイモと肉を届けておくわい!! 肉は当然ビィフ!!!!」 ぐわっとアレキサンダーが大声を出す。それだけで周囲の椅子ががたがたと後ろに倒れる。 「だがそれにしても腑に落ちんのはジェイムズの奴よ!!! 奴は野心家ではあったが易々と戦争を許容するような男では無かった!!!!」 叫びながらアレキサンダーは自らの傍らにいたインパラの獣人の補佐官を掴み上げるとパワーボムで床に叩き付けた。 「だからそれをやめなさいと」 補佐官が白目を向いて昏倒し、担架で運ばれていく。 「ワシは勝負や戦いは好きだ!!! だが戦争や虐殺は絶対に許容できん!!! できんのだジェイムズよ!!!」 叫びながらアレキサンダーは自らの傍らにいた山羊の獣人の秘書を掴んで抱え上げた。 そしてアルゼンチンッテドコデスカバックブリーカーを激しく決める。 背骨のあたりからゴキャッと嫌な音を響かせた秘書は意識を失い担架で運ばれていった。 「ワシは悲しい!! 悲しいぞ、ジェイムズ・アレス!!!」 「・・・貴方に今ぶっ壊された貴方の国の方々も相当に悲しかったと思いますよ」 ふう、と嘆息してジュピターは手にしたコーヒーカップを口元へ運んだ。 ズズーン!!と建物を震わせて再びアレキサンダーが床に座り込む。 「にしても・・・シードラゴン島か!!」 ジュピターの目元がスッと細まった。 「ですね・・・」 「貴奴は、力ずくで『神の門』を手に入れるつもりなのか・・・!!!」 声を荒げる獣王。 「財団の『神の門』研究に関する最高責任者だったカシム博士の身柄を彼らが確保しているとの情報があります」 「しかし知識と手段を手に入れようと、島にはまだ魔人たちがいるだろう」 アレキサンダーが言うと、ジュピターが静かに肯く。 「それについては・・・陸軍が虎の子と言われていた数名の士官に招集をかけたとの情報が。いずれの士官もその実力はうちの四葉やお宅の七星にも劣らないものだと思いますよ」 しかも・・・、とジュピターは声のトーンを落として言葉を続ける。 「その内の1人は・・・永劫存在(エターナル)であるらしいとも・・・」 「・・・!!!!!」 ガッとアレキサンダーがジュピターの襟首を掴む。 「ばっ、バカなああ!!!!!!!」 「むっ!!! 走馬灯ビジョンオープン!!!!!」 ズガーンとパイルドライバーで床に叩き付けられるジュピター。 そして妖精王も会議場から担架で退場していった。 そんな会議場の様子を、少し離れた場所から伺っている者がいた。 体格のいい銀髪のエルフ女性が、やや興奮気味に拳を握り締めている。 「うおおーっ! いいなぁお前んトコの王様!!! かっけーぜ!!!」 男言葉で喜んでいるエルフ女性。 軍人らしく、エストニアの紋章が刻まれた銀色のライトプレートで身を固めている。 彼女の名は、ヴァネッサ・ライムグリーン。エストニア森林王国の誇る天馬騎士団の四将軍、フォー・リーヴズ・クローバーの1人であった。 その隣にいるのは、女性と見まごうばかりの美貌に美しいブロンドの長髪を持つ半獣人の青年。 頭部には半獣人の証たる2本の立派な水牛の角が生えている。 ローブに身を包み、銀のハープを手にしたその出で立ちは、軍人というよりもまるで女神の様だ。 彼の名はジュノー・シュトラウス。ツェンレン七星の1人「麗角将」である。 「よろしければ差し上げますよ。いいえ、是非にでもお持ち帰り下さい」 にこやかな笑顔で言うジュノー。 そして彼は会議場の喧騒がまるで別世界の事でもあるかのように、座って優雅にハープを奏で始めた。 その2人をやや離れた場所に西部大陸北部地域代表として今回の四王国会議に参加していたノルン・クライフ旧帝國軍中将が座っている。 彼女は2国の将軍のやり取りも耳に入らない様子で、周辺の関係者達と慌しく意見をやり取りしている。 ・・・当然だ。 西部大陸北部地域は、黙示録兵団により帝國が分裂させられ、今も内乱状態なのだ。 元凶である兵団の駆逐は完了しているものの、今だ旧帝國の実力者達が各地で帝國の後継者権を主張し、その数名に生き残っている六剣皇達がそれぞれ肩入れする形で小競り合いが続いている。 このまま行けばやがて大きな衝突となるのも時間の問題であった。 その最悪の事態を避けるべく参加した四王国会議で、事もあろうにファーレンクーンツ共和国が内乱に軍事介入してくると言って来たのだ。 火に油どころの騒ぎではない。ダイナマイトの束を投げつけられるようなものである。 自体は悪化の一途を辿っている。 ノルンは内心の焦燥を押し殺し、関係者に指示を出し続けた。 (ライングラント王ゼファー殿にも連絡を取り援軍のお願いをしなくてはいけないわね・・・) 西部大陸北部にあって、ウィンザルフ共和国とライングラント王国は共に帝國と並ぶ大国である。 近年まで帝國とは戦争状態にあったウィンザルフと違い、ライングラントとルーナ帝國とは比較的友好な関係を維持してきている。 それでも戦争に肩入れしてくれる程かと問われれば、とてもそこまでの間柄ではないが、ライングラント王も北部地域でのファーレンクーンツ共和国の跳梁を良しとはしないだろう。 そこに交渉の余地は残されている・・・と今はそう信じたい。 使者には誰を送るか・・・。 ノルンは僅かな間無言で思案を巡らせ、やがてお付の武官に1人の部下を連れてくる様に、とその名を告げた。 第2話 3← →第2話 5
https://w.atwiki.jp/seadra-library/pages/207.html
特に何をする訳でもなしに、ルノーは病院の屋上で毎日時間を潰していた。 体調はもう職務に復帰できる程度に回復しているのだが、中々その気になれないのだ。 本や雑誌に目を通してみてもすぐに飽きる。 こんな状態になってみて初めて、ルノーは自分に趣味と呼べるようなものがない事に気付いた。 (何となくここまで来ちまったもんな・・・) 今日もフェンスにもたれかかるようにしてアンカーの町を眺めながら、ルノーははふ、とため息をついた。 (そういや、私どうして銃士になったんだっけ・・・) そこへ背後から、コツコツと杖で地面を突く音が聞こえた。 「ここでしたか、ルノー」 エリックが近付いてくる。 彼はまだ傷が癒えておらず、片足を引きずるようにして病人用の杖を突いていた。 「大丈夫なのかよ、動いて・・・」 心配そうにルノーがエリックに歩み寄る。 「ええ、お陰様で。身体はまだ一部言う事を聞きませんが、気分はすこぶる上々ですよ」 そう言ってエリックは微笑んだ。 「リーダーはもうすっかり回復して今日から仕事に復帰しています。私も早く復調して仕事に戻らなければ」 カミュが回復した事はルノーは知らされていなかった。 退院するなら一言自分に言ってから行けばいいのに、と彼女が少し不満に思う。 「実はお願いがあって来たのです」 「お願い」? エリックの言葉にルノーが訝しげな顔をした。 「本当は私が行くつもりでしたが、まだ身体がこの状態ですからね。申し訳ありませんが、代わって行って欲しいんです、ルノー」 そう言ってエリックは1冊のファイルを取り出して見せた。 カンカンカン!!! トタンを打ち付ける音が晴れ渡った空に響き渡る。 私の今日の仕事は屋根の修繕だった。 ふう、と作業を一段落させて私は額の汗を拭った。 「お疲れ様です、ウィリアム。どうぞ」 ルクが紙コップを差し出してくる。 礼を言ってそれを受け取ると、私は冷えた麦茶を一気に喉に流し込んだ。 空を飛べるので脚立のいらないルクはアシスタントとして付いてきてもらっている。 とにかく、今の私は莫大な借金を抱える身だ。仕事のえり好みはしていられない。 事務所が移転した際の費用が借金だと聞かされた時、私は祖国の銀行に残してきた自分の財産の事を思い出した。 半ば捨ててきたつもりの金ではあったが、何とか使えないものかと問い合わせてみた所、自分が浮遊大陸にいる間に帝國が崩壊してしまったと聞いて愕然とした。 2度と戻るまいと思って飛び出した祖国ではあったが、滅亡したとなるとやはり心中穏やかでは無い。 少ない知己が無事であるといいのだが・・・。 そんな訳で帝國銀行も最早機能しておらず、私の財産も回収は不可能そうだ。 「・・・センセー! 冷や麦作ったよ! 下りて来て昼にしとくれ!!」 修理に来た家の夫人から呼びかけられる。 昼を出してくれるらしい。 ありがたいな。どれオフィスに一本電話を入れておくか。 そういえば先日は突然昼から鯛の活造りが出てきたな・・・あれが何だったのかいまだに意味がわからん。 屋根から下りようと脚立に足をかけたその時、下の通りを歩く1人の姿が目に入った。 ・・・あれは確か・・・・。 直接顔を合わせたことは無い。しかしオフィスで私が不在にしていた間の出来事を資料を交えて説明を受けた際にその名と姿が記憶されている。 共和国三銃士の1人、ルーシー・N・レンブラントか・・・。 共和国の勢力と我々とは、目下神の門を巡るライバル関係である。 その彼女が1人で歩いている。 ・・・あっちは、港の方角だな。 少し気にはなったものの、まさか後をつけるわけにもいかず、私は一先ずその事を頭の外へと追い出した。 『新人を1人、港へ迎えに行って欲しいんです』 エリックの言葉を思い出しながら、ルノーは港への道を歩いていた。 彼の話によると、本国から1人補充が来るらしい。 ルノーの足取りは重い。 財団が本腰入れて神の門獲得に動き始めた今、こちらの戦力の要である自分たち三銃士が惨敗したのだ。 本国が慌てて戦力を補強するという事は大いに有り得る。 それは取りも直さず自分たちの不甲斐無さの結果そのものであり、当然送られてくる補充員もその事は承知しているだろう。 その事実がルノーの足取りをより重いものにしている。 (・・・ちぇっ・・・カッコ悪い・・・) つまりはそういう事なのであった。 しかし他の派遣員は皆仕事で忙しく走り回っている。 エリックはまだ身体があの状態だし、彼が体調は戻っているのに職務に復帰していない自分に出迎えを任せるのは当然と言える。 足取りの重さはそのまま到着時刻に現れてしまったようで、ルノーが港に着いた時にはもう件の客船は港に着いていた。 (・・・っと・・・・。着いちまってる。どこだ・・・?) そう言えば写真は渡されていない。 銃士であれば自分たちと同じ出で立ちである筈だが、果たして今その格好で来ているのだろうか? まあ、自分は銃士のスーツだし、黙って突っ立っていれば向こうが見つけるだろう、とルノーがそう思った時、 「どぉも~っ!! センパぁイ!!」 突然背後から大声で呼ばれて肩をパーン!と叩かれた。 「うあっ!!? ・・・なっ・・・!」 驚いたルノーがバッと振り返る。 脱いだ上着を肩に担いだ背の高い女が立っていた。 男装していてもわかる。出る所は出て引っ込む所は引っ込む、グラマーな体型の女だ。 「どおもっ! 銃士ジェーン・マクドゥガルです! 本日よりシードラゴン島の任務に着任しまーっす!!」 そう元気良く名乗ってジェーンはにへらーっと笑った。 「ルノー先輩ですね。 ヨロシクしてやってください! 私ないすばでーの美人だけど寂しがりやなんで~」 「自分で言うかよ・・・。ってか、初対面の先輩を相手にいきなり愛称で呼ぶんじゃねえよ」 ややイラついた様にルノーがぶっきら棒に言った。 「あ、シツレーしました! ルーシーたんですか。 ってゆか私のことは気軽にジェーンさんって呼んで下さいね」 「てめーナメてんのか!! ってか自分はさん付け要求かよ!!!」 思わず声を荒げてしまってから、ルノーは頭を振って冷静になる。 (な、なんだコイツ・・・まともに取り合っちゃダメだ) そんなルノーの葛藤を他所に、ジェーンは周辺をキョロキョロと見回している。 「うっわ~なっつかしー・・・! 変わらないなぁ」 「・・・何だよ、アンカーは初めてじゃないのかよ」 ルノーの言葉にジェーンはコクコクと首を立てに振った。 「ハイ何年か前にちょっと。・・・・あ! このパンダイルカの看板・・・懐かしいなぁ」 港に面した小洒落たレストランの看板を見てジェーンが表情を綻ばせた。 ルノーもその看板を見てみる。 ・・・表示してあるオープンの日は今年の春先だった。 (・・・てっ、テキトー言いやがって・・・!!!) また声を出しかかってルノーはそれを思い止まった。 (コイツこっちを挑発してやがるんだ・・・。乗ってたまるかよ・・・!) 自分の分だけさっさとアイスコーヒーの缶を自販機で買って飲んでいるジェーンを見てルノーはそう思った。 まだ何だかんだと話しかけてくるジェーンの話を聞き流しつつ、スタスタとルノーは歩き出した。 「あン、待ってくださいよぅ」 慌ててその後をジェーンが付いてくる。 「・・・うるせーな。黙って付いて来・・・」 ルノーの言葉が止まった。その表情が凍り付いた。 「・・・ン? おのれは・・・」 ルノーとすれ違おうとしていた大男が足を止めて声を出した。 それはルノーが先日死闘を演じたばかりのハイドラ、大龍峰だった。 「・・・・・・・・・・・・・・」 何か言いかけたが、言葉にはならなかった。 震える四肢で大龍峰を見上げるルノー。 大龍峰はわずかな間、そんなルノーを見下ろしていたが、 「・・・・・フン」 とやがて鼻で笑うとルノーから視線を逸らして歩き出した。 その自分などまるで眼中に無い、という大龍峰の態度に怒るより先にルノーは安堵していた。 だが次の瞬間、心臓が止まるほどのショックをルノーは受ける事になる。 ・・・バシャッ!! すれ違って去り行く大龍峰の後ろ頭に、ジェーンが飲んでいた缶のコーヒーをいきなり浴びせたのだ。 「・・・なっ・・・! ・・・ぁ・・・」 コーヒーをかぶった大龍峰よりもルノーの方がずっと驚愕していた。 「・・・何のつもりじゃぁ・・・」 額に青筋を浮かべて憤怒の大龍峰が振り返る。 「えー? 旦那この前うちの先輩らボコってくれたでしょ? そのお返しっス」 白い歯を見せてジェーンがニヤリと笑った。 大龍峰がふーっと深くため息をついた。心底呆れたと言わんばかりに。 「おのれらなぁ・・・野良犬じゃて一度ドヤしつければ次から咆えん様になるぞ・・・」 ゆらりと大龍峰が1歩前に出た。 「おのれら犬以下かぁッッ!!!!!!!!」 エリックの動体視力と異能『ホークアイ』を持ってしても見切れず、一撃で戦闘不能にせしめた必殺の張り手『鬼鉄砲』がジェーンに襲い掛かる。 「・・・・・っ・・・・・・」 その致死の一撃を紙一重で回避するジェーン。 「・・・!!!!!!」 そしてその手首を掴んでグイッと大龍峰を引き寄せると「えいっ!」とその足を蹴り払った。 「のわあ!!!!!!!」 自らの張り手の勢いのまま、空中でぐるりと一回転した大龍峰が海へと投げ出される。 そしてザッパーン!!!!と盛大な水柱を上げた。 「・・・・・・・・・・・・・」 呆然とそれを見ていたルノーの手をぐいっとジェーンが引いた。 「何ボーっとしてるんスか。逃げますよセンパイ」 「・・・え?」 まだ現実に戻りきれていないルノーの手を引いたまま、ジェーンが駆け出した。 ザバッ!と港の縁に手をかけて大龍峰が這い上がってくる。 「油断したわいぃ・・・。やりよるのォ」 周囲を見回して、相手が既に逃げ去ったことを知る大龍峰。 悔しそうな表情を一転、大龍峰は豪快に笑い出した。 「いやいや・・・・人が悪いわい共和国!! 出し惜しみしおってからに、なんじゃぁちゃんと戦れる奴おるんじゃまぁか!」 一頻り大笑いすると、ずぶ濡れのまま上機嫌で大龍峰はホテルへの道を引き返したのだった。 第21話 1← →第21話 3
https://w.atwiki.jp/seadra-library/pages/32.html
巨大な炎を纏った拳が私を狙う。 あれはかわせない。ダメージ無くやり過ごすのは無理だろう。 そう思った瞬間、私は拳に向かっていった。ギリギリで拳を回避しつつその腕を掴む。 炎に焼かれる。熱さと痛みに気が遠くなる。だが怯まない。 「何!? 掴んだだと!!?」 そのまま背負い投げにする。受身を取れずにグライマーが岩肌に叩き付けられる。 「ぐはああっ!! まさか投げてくるとは! ・・・・しかぁし!!!」 瞬間、グライマーが爆ぜた。否、爆発的に炎を全身から噴き出した。 直撃する。吹き飛ばされ今度は私が岩肌に叩き付けられる。 何箇所か骨が折れたのがわかった。口の中に血の味が広がる。 「流石に終わりか! よくやったほうだが・・・・ヌ・・・・」 立ち上がる。立ち上がろうとする。既に自分が上を向いているのかどうかもよくわからない。 だが・・・・死ねない。私は帰らなくてはならない。 エリスの顔が思い浮かぶ。大事な預かりものの娘。彼女にはまだ教えてあげたい事が山ほどある。 町の皆の顔が思い浮かぶ。個性的で気のいい面々、彼らともまだまだ交流がしてみたい。 サイカワの顔が思い浮かぶ。キュウリ嫌いの優れた若き魔術師。彼の話からも学べる事は多いだろう。 カルタスの顔が思い浮かぶ。いや鼻しか思い浮かばなかった。あいつ鼻以外になんかあったっけ・・・・。 「いい戦士だなバーンハルト。心・技・体全て兼ね備え熱い魂を持っている!想像していた以上だったぞ。老いだけがただ残念だ!」 立ち上がろうとする私に、グライマーは攻撃してこなかった。 「センセー!」 ジンパチが駆けつけてきて私を支える。 「センセー・・・・・くそう・・・・」 ギリッ!とジンパチの奥歯が鳴った。 かつてない怒気をまとってジンパチがゆらりと立ち上がる。 「てめぇ・・・・・どうしてくれんだセンセーこんなにしちまいやがって・・・・俺がガキんちょに合わせる顔が無くなっちまったろうが!!!!」 裂帛の気合と共にジンパチがグライマーに突進した。 「・・・・そして、本物の仲間がいるようだな」 グライマーがふっと笑った。 その攻撃は今までで一番鋭く、そして速かった。・・・・しかし、真っ直ぐ過ぎた。 「向かってくる奴には手加減せんぞ!! それが礼儀だ!!!!」 紙一重で攻撃を回避されたジンパチを待ち受けていたのは、炎を纏った拳だった。 吹き飛ばされたジンパチが私の斜め後方に叩きつけられた。 「お前たちがシードラゴン島と呼んでいるこの島にはいくつもの『顔』がある。その内、俺様達にとってのこの島とは何なのかを聞かせてやろう」 満身創痍の我々を前にグライマーが語り始める。 「この島は『流刑地』だ、監獄なんだよ。俺様のように強すぎる力を持つあまり人を外れた魔人達を隔離して閉じ込めておくためのな」 過ぎ去った日々を思うかのようにグライマーの視線は遠くを見ていた。 「封印を受け、この島に飛ばされてきた時点で俺様達は呪いを受けている。ここ数百年でこの島に飛ばされてきた魔人は8人。いずれも産まれた場所も時代もバラバラの8人だ。その8人はそれぞれ島の中に陣地を与えられ、その中でしか本来の力を発揮できない。陣地から外へ出れば大幅に力を減じられる。・・・・そして、島から一定距離離れればその時点で塵になって消滅する」 グライマーがぎゅっと拳を握り締めた。その瞳には炎が揺らめいている。 「俺様は元々、南方ハルシャール王国の炎の神殿に仕える僧兵長だった。ある戦争があった時につい本気出しすぎちまってな。相手の国をそん時一緒にいた味方ごと完全に焼き払っちまったのよ。そんで聖地の連中に目つけられてここへ飛ばされちまった。大体300年くらい前の話だ。ローヴェラン・・・・キュウリの奴は元々ただのキュウリ農家だった。キュウリが世界一栄養の無い野菜だって言われて(※事実です)ブチキレやがってよ。それから半世紀かけて闇の魔術を極めて、ついには自らキュウリになって、魔物化させたキュウリを率いて世界を征服しようとした。そんでここへ送られてきた。今から150年くらい前にな」 何でキュウリに関わった魔術師は極端な生き方する奴が多いんだろう。 「間もなく祭りが始まる。・・・・・千年に一度の祭りだ。そこで俺様達の中で『ただ1人だけが』このクソッタレな呪われた島から開放されるんだ。ま、それは蛇足だったな。何も知らずに死んでいくのも心残りだろうし最後に語ってやったぜ。・・・・お前ら最高だったぞ。あばよ」 グライマーが頭上に浮かべた火球は今までで一番巨大な物だった。・・・・もう私にあれをかわすだけの体力はない。せめてジンパチの盾にならなくては。 そう思った時、周囲がグライマーの赤い炎ではない金色の炎に包まれた。 「何だと!! この炎は!!!」 グライマーが叫ぶ。金色に輝く炎に包まれたが熱さは感じない。 「フェニックス!! ・・・てめえ目覚めてたのか!!!」 『この者達はまだこの島にとって必要な者達だ。殺させはしない。・・・・・・フェニックスキック!!!』 バキッ!! 炎が眩しくて何が起こっているのか見えない。 「ぐはっ! てめえそれは頭突きだろうが!!!」『フェニックスパンチ!!!!』 ドガッ!! 「ぐあっ! それがキックだっつの!!!」『フェニックス賠償請求!!!』 ひょい。 「ああ!てめえ俺様のパンダさんストラップ!!! 返しやがれ!!!」 『・・・さらばだ!!』 金色の炎に包まれたまま、私とジンパチはふわりと宙に浮き上がった。と、そのまま高速で飛翔する。 眼下で何かグライマーが叫んでいたが、たちどころにその声は遠ざかりすぐに聞こえなくなった。 ・・・・・・・・・・・・・。 目を覚ます。ここはどこだ・・・・どこかの洞窟の様だ。 「目を覚ましたか。ウィリアムよ」 ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!! 突然眼前に奇怪な顔面が突き出されてきた。反射的にパンチしてしまう。 「ぐあ!何をする命の恩人もとい恩鳥に!!!」 うわあ目や鼻が取れて落ちてしまった! 無意識とはいえ何と酷い事を・・・・・。 「しかし私はフェニックス!! 何度でも炎の中より再生する生命力の象徴!!!」 言いながら自分で目鼻を拾ってぺたぺたと顔面に貼り付けている。 もう悪い夢のような光景です・・・・。 「さあ、すっかり元通りだ!!」 さっきと配置が微妙に違うぞ!!! その時、近くに寝かされていたジンパチが目を覚ました。 「おお、あっちの男も目を覚ましたようだな。ここならもう安心だ」 だから何故アップで迫るんだ。寝起きの人に。 「ぐああああああああああ妖怪!!!!!!」 バキ!!!! 「ああっ! 何をする!!」 またフェニックスの顔面はバラバラになった。 第11話 2← →第11話 4
https://w.atwiki.jp/seadra-library/pages/69.html
「このグラタン美味しいねー」 「そうですね、しかしグラタンに限った話ではありません。エリスの料理はどれも美味しい。ここで暮らすようになってから食事が楽しみになりました」 DDとルクが食事を取りながらメニューを褒めていた。 いつもの通りの賑やかな食卓だと思ったのだが・・・・。 「? えりりん?」 反応が無いエリスをDDが覗き込む。 エリスがそれに気付いてハッとした。 「あ、うん・・・ありがとう。私ほら、おじさまや二人みたいに強くないから・・・・家事するしかないし・・・」 そう言って力無く笑う。 ・・・・・・・・・・・・・。 エリスはそんな事を考えていたのか。 何か言うべきだな、と口を開きかけた所・・・。 「んもーっ! かっわいいなぁえりりんは!!」 いきなりがばーっとDDがエリスの肩を抱いて頭をわしわし撫で回す。 「ちょ、ちょっと・・・・!」 「いいんだよーえりりんはそんな何でもしようとしなくても!役割があるんだし皆それぞれ!!暴れるのは私やルクの役目だからそれでいーのいーの!」 「・・・いや、私も暴れるだけの人材で終わるつもりはないのだけど・・・」 ルクがぼそぼそと抗議する。 ・・・・・・・・・・・・・。 力が欲しい、か・・・・。 仮面の道化師の夢を思い出す。 今より強くなりたい、とそういう気持ちはもう随分昔に失ってしまった。その時の自分の力量でどうにかならないシーンが無かったからだ。 かつて皇帝レイガルドと引き分けた時は、いつか強くなって勝ちたいとも思ったが、その気持ちは今のエリスのものとはズレがある気がする。 現状の自分の力ではどうしようもなく、何とかしてもっと上に行きたい・・・・そんな焦がれるような思いではなかった。 老いてからはこの島で何度かそう言う状況にも陥ったが、それは老いから来る衰えのせいであり諦めもあった。 いずれにせよ焦るのは良くない。自分のペースで行けばいい。その事だけはいつか伝えたいと思ったが、果たして私の言葉で彼女にそれを納得させる事ができるだろうか・・・・。 そして私もいつか、そんな思いに囚われる日が来るのだろうか・・・・。 ちょっと食べられないから離れなさい!といつものようにエリスが爆発した所でオフィスの戸にノックがあった。 皆黙る。この時間の客は珍しいな。 どうぞ、と声をかけると男が一人オフィスへ入ってきた。 見覚えのある男だ。確かエンリケの所で働いている彼の部下だな。元DDの所のクルーか。 夜分にすいません、と挨拶してから彼が話した内容とは・・・・。 ・・・・エンリケが過労で倒れたというものだった。 「だいたいねー、あいつ昔から一人であれこれ背負い込み過ぎるんだよね。遊びらしい遊びもしないしさ、どっかで発散しなっていつも言ってたのに」 DDがぶーぶー言いながら廊下を行く。 翌日、我々はエンリケが担ぎこまれたと言う病院に彼を見舞いに来ていた。 色々言いながらも心配なのだろう。DDはいつもより早足だった。 病室は・・・・あそこだな。 と、思ったその時エンリケの病室から一人の男が出てきた。 お大事にしてください、と頭を下げて扉を閉めている。 そしてこちらへ向いた。 「・・・!」 ・・・・・・・・・・・・・・。 視線が交錯する。 しかしそれも一瞬の事で、すぐに男は愛想良く微笑みを浮かべると会釈した。 「これはウィリアム先生。お目にかかれて光栄です」 君は?と問う。 「これは失礼しました。私はヴァーミリオン、冒険者集団『シャーク』の代表を務めております」 この男が、ヴァーミリオン・・・・シャークの頭か・・・・。 ふと気付く、ヴァーミリオンの右手の袖がひらひらと揺れている。・・・中身が無い。 「ああ、右腕は昔事故で・・・・」 私の視線に気付いたヴァーミリオンが言う。 う、何であれじろじろ見るのは失礼だったな。謝罪して頭を下げる。 「いえいえ、構いませんよ。目が行くのも仕方の無い事だと思っていますから」 穏やかに応対するヴァーミリオン。 あなたもエンリケの見舞いか? ええ、とヴァーミリオンがうなずく。 「同じこの町の為に何かできないかと色々やっている者同士、友好的な関係を築いていけたら、と思っていましてね」 この町の・・・・。シャークを組織したことかな? 「そうです。先生もご存知でしょう。私たちが彼らを取り纏めるようになってから彼らが起こす騒ぎはほとんどなくなりました。日陰者には日陰者のルールを与えてあげればいいんですよ。わかりやすいルールの形として『力』の強い友人達に協力してもらっているんです」 3人の部隊長たちの事だろう。 そこへシャークのメンバーと思われる男が小走りに駆け寄って来た。 「ああ、ビャクエン翁は見つかりましたか?」 そ、それが・・・。と男が口篭もる。 「見つけたには見つけたのですが、その・・・・ロビーの長椅子で熟睡しておられまして・・・。そのままでは目立ちますので外へ運び出しておきました」 ふぅ、とため息をついたヴァーミリオンが首を横に振った。 「やれやれ、昼間からまた呑んでいたのですか。我らが第二部隊長殿にも困ったものですね。わかりました。すぐ私が行きます。あなたもそこで待機していなさい」 男を先に行かせてからヴァーミリオンがこちらを向き直った。 「慌しくて申し訳ありません、先生。仲間が待っていますのでこれにて」 丁寧に頭を下げて言う。 「また、お会いする機会もあるでしょう」 そうしてようやく我々はエンリケを見舞った。 やや顔色が悪い様に見えるエンリケは病床からわざわざすいませんと我々に頭を下げた。 ちょっとした過労から来る貧血なのですぐよくなりますよ、と言う。 「いいからもうしっかり休んでなよ。こんな機会でもなきゃお前休まないじゃん」 DDがむくれている。 私は気になっていたヴァーミリオンの事を聞いてみる事にした。 彼は病室で何か特別な事を言っていったのだろうか? ああ、とエンリケがやや複雑な顔をする。 「彼には、もうアンカーの町がこれだけの規模になってしまっては我々だけの自治は難しいのではないか、とそう言ってきたのですよ」 む、まさか運営組織にシャークを組み込めと? 「いやいやまさか。・・・・・彼は四王会議に相談してみてはどうかと言っていました」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 意外な話で一瞬思考が停止してしまう。 まさか、ヴァーミリオンの口から四王会議の名前が出てくるとは・・・・。 四王会議とは、その名の通り大国4国の首長達による議会の事である。 現在、世界における最も巨大で力のある意思決定機関であり、四王会議の意向を無視できる国家はごく一部の特別な国を除いては存在しないと言える。 現在のシードラゴン島の不可侵を決めたのも四王会議だ。 それによって他国は表立ってこの島に干渉する事ができなくなった。 現在の四王とは 西方大陸南部の大国、ファーレンクーンツ共和国の大統領アレス、 国民の7割が獣人か半獣人という中央大陸の王国ツェンレンの獣王アレキサンダー、 南方大陸、大森林地帯にあるエルフの聖地エストニアの妖精王ジュピター、 そして我が祖国、現在世界で最も高度な文明レベルを誇る西方大陸北部の軍事大国ルーナ帝國の皇帝シュルト三世。 四王会議の庇護下に入るという事は取りも直さずその勢力に属する事になる。 そうなればこの町独特の雑多で自由な気風も失われてしまいそうで怖いな。 ただ、そこは我々が口を挟める所ではない。実際に苦労しているのは彼らなのだ。 ・・・・しかし何故ヴァーミリオンは四王会議の名前等出してきたのだろう・・・・。 大国の統治が始まれば真っ先に取締りを受けるのは自分達ではないのだろうか。 わからない・・・・。 「ホラ、入院で暇だろ?これ持ってきたよ。読んで時間潰しな」 DDがそう言ってハードカバーの分厚い本をエンリケに手渡している。 何々・・・・? 『リングと私とボンデージ』 ボンデージ和馬・著 うおっ出たボンデージ和馬!!!! 帯には「空前のベストセラー」って書いてある!!! ・・・・・・?・・・・・よく見たらその下に小さな文字で「に、なるといいな」って書いてある!!!!! 我々は挨拶をして病室を出た。 とりあえず大事無いという事で一安心だ。 病院を出て敷地内を門まで向かう我々に声をかける者があった。 「ホッ! こーりゃまた噂通りの伊達男よのおウィリアムや! ヒャッヒャッヒャッ!」 む、何者だ! 声のした方を見る。 すると敷地内の大木の枝から尻尾だけで逆さまにぶら下がった獣人の老人がこちらを見ている。 白猿の獣人だ。 ・・・・・あなたは? 「ホホッ! こりゃ自己紹介が遅れてすまんの! わしゃあビャクエン、鮫の第二部隊長よ!」 そう言って老人は腰から下げたヒョウタン型の容器をぐいっとあおるとまたヒャッヒャッヒャッと笑い声を上げたのだった。 第20話 1← →第20話 3