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眠い。ただひたすらに眠い。 泉こなたは必死に睡魔と戦っていた。 今寝てしまえば、確実に黒井先生のゲンコツをもらうだろう。 何とか気を紛らわそうと周りを見ると、友人のつかさがウトウトと舟をこいでいるのが見えた。 そして、授業中の居眠りなど今まで見た事がない、もう一人の友人であるみゆきまでもが、眠そうに欠伸をしていた。 みゆきさんまで眠いなら仕方ないやと妙な言い訳を自分にして、こなたは睡魔に負けることにした。 僕を手に取って。 何か、声が聞こえた気がした。 僕の引き金の引けるのは、多分キミだけなんだ。 何を言ってるのか分からない。眠いんだから、大人しく寝かせて。 こなたはしっかりと目を瞑り、深い眠りに落ちていった。 - わいるど☆あーむずLS プロローグ - いつか、この砂の大地が緑に染まればいい。 いつか、誰もが笑顔でいられる世界になればいい。 それは、そんな無邪気な願いだったはず。 夢想することでここらが安らぐ、ささやかな幸せだったはず。 どこで、おかしくなったのだろう? 誰が、こんなことを願ったのだろう? 少女の目の前に広がるのは、緑の災禍。 聖女の目の前に広がるのは、力だけの世界。 こんなはずじゃない。 そう思っても、誰にも…自分にすら止めることは出来ない。 願うことは唯一つ。 どうか、この悪夢に終焉を…。
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時は戻って、かがみがこなたの部屋で墓穴を掘る少し前。 つかさは台所におりて、3人分の飲み物を準備しはじめていた。 つかさ「えっと、喉にも優しい飲み物がいいよね……ミルクティーにでもしようかなぁ」 鍋に水を入れて火にかけ、ティーカップを食器棚から取り出す。 冷蔵庫から牛乳を出し、いつも使っている茶葉の入った缶と共に手元に置く。 あとはお湯が沸くまですることがないので、椅子に座って待つ。 つかさ「あ、そうだ。せっかくだから、ゆきちゃんからもらった葉っぱにしてみようかな」 つかさは椅子から立ち上がり、戸棚の引き出しを順番に開けていく。 もらった紅茶の缶をどこに置いてしまったのか覚えていなかったからだ。 一通り探してみるが、目的の物は出てこない。 つかさ「あれ?おかしいなぁ、この辺りにしまったと思ってたんだけど……?」 ~さらば!怪傑かがみん! 其の弐~ おかしいなあ。こっちの引き出しにいれてたと思ったんだけどな。 えっと、もらったのがだいたい1ヶ月前で、その日の内に味見してみたんだよね。 でもその後、確かここにしまったハズなんだけどな。 あ、そうだ。そういえば、次の日にかがみお姉ちゃんにもご馳走してあげたんだったっけ。 それでその時、どんなのをもらったのか見せてほしいって言われて…… ああっ、思い出した!お姉ちゃんに見せるために、私の部屋に持って行ったんだ! 鍋の火を少し弱めてから自分の部屋へとむかう。 階段を登っている途中、2階の部屋の扉が何度か開け閉めされる音が聞こえてきた。 お姉ちゃんは寝てるはずだし、こなちゃんが何かしてるのかなぁ?何してるんだろ? あっ、今はそんなことよりもいそいで飲み物の用意をしなきゃ。 自分の部屋の前まで来たとき、今度はお姉ちゃんの部屋の方からこなちゃんの声が聞こえてきた。 風邪のお薬か何かの話かな?『ぶいすりん』とか何とか叫んでたみたいだけど。 そんな事を考えながら私は自分の部屋のドアを開け、そして中を見て、とてもびっくりした。 なぜって、そこにはさっきまでお姉ちゃんが着ていたパジャマが脱ぎ捨てられていたからだ。 つかさ「え、ええ~?これって、どういうこと?」 このパジャマは紛れも無くお姉ちゃんのものだ。 でも、お姉ちゃんは隣の部屋でこなちゃんと一緒に会話しているはずなのになんで……? よくわからない事態に直面して、私の頭は混乱しかける。 あっ、そうか。別に何も変じゃないや。普通に汗をかいちゃったから着替えたんだよね。 こなちゃんが来てるんだから、別の部屋、つまりは私の部屋で着替えるのは当然のことだよね。 なぁんだ、そういうことか。びっくりして損しちゃった。 すべての謎がとけて、私はほっとする。で、思い出した。 つかさ「あっ。私、お鍋を火にかけたままだ!」 ゆっくりしている暇はないので、急いで台所へと戻る。 階段を降りている途中、自分がゆきちゃんからもらった紅茶の缶を持っていない事に気がついた。 はうー。それを取るために自分の部屋まで行ったのに…… くるりと回れ右をして、再び自分の部屋へと足を向ける。 階段を登っている途中、また2階の部屋の扉が開け閉めされる音が聞こえた。 私が戻るのがあんまり遅いから、こなちゃんが様子を見に出てきたのかな? しかし予想に反して、階段を登りきった瞬間、私に見えたのはこなちゃんの姿ではなかった。 私に見えたのは、白いマントをまとった人物が私の部屋に入っていく、その後姿だった。 つかさ(あれは確か……怪傑かがみんさんだっけ。でも、どうして私の部屋に?) 私に何か用事でもあるのかなぁ、今は別に困ってないんだけどなぁ。 う~、どうしよう。自分の部屋なのにとっても入りづらいよ~。 でも、もし本当にあの人が私に用事があるんだったら入ってあげなきゃ、いつまでも待たせちゃうことになるなぁ…… あっ、とりあえず鍋の火を一度止めてきた方がいいよね。 登った階段をまた引き返す。 その時、また扉の音が聞こえたので振り向いて首を伸ばすと、お姉ちゃんが私の部屋から出て来るところが見えた。 さっき私の部屋にあったパジャマを着たお姉ちゃんが。 つかさ(え?あれ?……怪傑かがみんさんが入って、お姉ちゃんがでてきた?……どういうこと?もしかして、お姉ちゃんが……?) お姉ちゃんが自分の部屋に戻るのを確認してから、私はまたまた階段を引き返して部屋へと戻る。 案の定、さっきまで部屋にあったパジャマは無くなっていた。 つかさ(もし本当に、お姉ちゃんがそうなんだとしたら……) 数分後、私はベッドの下に押し込まれている白いマントと仮面を見つけてしまったのだった。 コメント・感想フォーム 名前 コメント
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かがみは、飛翔魔法の呪文を唱えると、上空50mほどに急上昇した。見下ろせば、凶悪なモンスターたちが群れをなしている。 現時点でマスターしている火炎系魔法の最強呪文を唱えた。あたり一面が、地獄の業火に包まれる。 モンスターを一掃して、かがみは再び地上に降り立った。周囲の空気には、まだ熱気が残っている。 「かがみん! 私もいっしょに燃やすなんてひどいよ!」 マンガやアニメのごとく髪の毛が燃えてボサボサになったこなたが、かがみに抗議した。 「あんたには、たいしたダメージじゃないでしょ」 ショック死防止のため、仮想空間(ヴァーチャルスペース)における苦痛の再現度には上限が設けられている。全身火達磨になったところで、たいして熱くはない。 ステータス的にも、これぐらいのダメージはたいしたことないはずだ。 かがみは、視覚をステータスアイモードに切り替えて、こなたのHPを確認したが、実際たいしたダメージは受けてなかった。冷熱系に対して防御力が高い防具を身につけているということもある。 かがみは、回復魔法の呪文を唱えた。こなたのHPが回復し、髪が元通りに戻っていく。 チャララ、ラッラッラー♪ 聞きなれたファンファーレが鳴り響き、二人の前に黒い半透明ボードが現れた。白い文字が流れていく。 "かがみんは、レベルが上がった。賢者レベル117。最大HPが3上がった。最大MPが6上がった。賢さが7上がった。力が2上がった。身の守りが1上がった。すばやさが5上がった" "こなこなは、レベルが上がった。勇者レベル124。最大HPが7上がった。最大MPが3上がった。賢さが4上がった。力が7上がった。身の守りが6上がった。すばやさが3上がった" 文字を流し終えると、ボードは自動的に消滅した。 ここは、VRMMORPG(Virtual Reality Massively Multiplayer Online Role Playing Game; 仮想現実多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム)の『ドラゴンク○ストVR』の仮想空間。 そして、こなたとかがみは、このゲームではレベルランキングトップ20に名を連ねる熟練プレイヤーであった。 「今回は、ステータスアップだけかぁ。そろそろ新しい特技でも覚えたいとこだよね」 「レベルも100を超えたら、新しい特技ってのもなかなか難しいわよ。ゲームバランスもあるんだし」 二人の前方に城壁に囲まれた町が見えてきた。 陽は地平線の下に没しようとしている。 「今日は、あの町で時間切れってとこね」 仮想現実規制法施行規則で、仮想空間の滞在時間には上限が定められている。仮想体験型ゲームの場合は、1日あたり6時間、1ヶ月あたり60時間が上限だ。 これは、仮想現実依存症や現実感覚失調症を防止するための規制であった。 ただし、仮想空間における体感時間は調整が可能である。これも規制があって仮想体験型ゲームの場合は2倍が上限。仮想空間で12時間をすごしても、現実空間(リアルスペース)では6時間しかたってないというわけだ。 つまり、体感時間的には、この仮想空間には1日あたり12時間滞在できるということになる。 「ここは、ゲレゲレ城下町だよ」 町に入って最初に話しかけた町人が、町名を教えてくれた。まあ、お約束というやつである。 町人たちの額には、薄く"NPC"と刻印されている。こうでもしないと、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)とプレイヤーのアバターとの区別がつかない。 「ゲレゲレって、明らかに狙ってる名前だよな」 「ここのプレイヤーはオールドファンも多いからね」 宿に入って料金を前払いしたあと、食堂で夕食をとる。二人がたのんだのは、『ブラックドラゴンもも肉の香草焼き』だ。 「レッドドラゴンよりクセがなくておいしいわね」 かがみは、そういいながらガツガツと食っていた。 「かがみん。そんなにがっつくと太るよ」 「リアルスペースの身体に影響はないわよ」 仮想空間でいくら食べようと、現実空間の自分にとっては脳内だけの体験であり、太ることはない。 「一応、ここでも、食えばアバターが太るんだけどね」 「魔法はカロリー消費するから問題なし」 かがみはそう言い切り、またモグモグと肉を咀嚼し始めた。 そこに、 「おお、おまえらも来とったか」 二人が視線を上げると、ななこが立っていた。彼女は、ここでは、戦士レベル136といったところだ。 「黒井先生、しばらくでしたね」 「そうやな。新大陸一番乗りは、うちらがもらったで」 「次は負けませんよ。ところで、ほかのパーティメンバーは?」 「ちょっとバラけて情報収集してるとこや」 「何かめぼしい情報はありました?」 「きな臭い話はちらほら聞こえてきとるな。大規模イベントがありそうやで」 「例によって、プレイヤーズカウントスイッチですかね。トップ20プレイヤーが集まるまで待ちってところで」 プレイヤーズカウントスイッチとは、ある場所に到達したプレイヤーが一定人数を超えないとイベントが発動しない仕組みを指す。 一番乗りのパーティがイベントを独占してしまわないようにするための仕組みだった。 「たぶんな。まあ、遅れてるやつもそのうち来るやろ」 「それまでは、小イベント探しで暇つぶしってとこですね」 かがみは、黙々と肉を食っていた。 「そうそう、先生。かがみんったらひどいんですよ。今日の戦闘なんか、私をモンスターごと焼き尽くそうとしたんですから」 「泉のレベルなら、大丈夫やろ」 「先生までそういいますか。もう、なんか嫁にDV受けてる気分ですよ」 「誰が嫁だ」 かがみのパンチが、こなたの顔面に入った。 こなたに1ポイントのダメージ。 「私のアバターは男だよ。ついてるものもついてるんだからね。ヤることはヤれるのだよ、かがみん」 「ヴァーチャルセックスは仮想現実規制法違反だ」 「それっておかしくない? 愛があれば、ヤっちゃったっていいじゃん」 「少なくても、私の方に愛(そんなもの)はない」 「ひどいなぁ。私はかがみんへの愛でいっぱいだというのに」 かがみは、背筋がぞわっとした。 こなたのその言葉の、どこまでが冗談でどこからが本気なのか。 リアルとヴァーチャルをすっぱり切り分けて考えられるこなただけに、リアルでは同姓趣味はないにしても、ヴァーチャルではどうだか分からない。 いや、ここ(ヴァーチャル)では、こなたは男なのだから、同姓ですらないわけで。 少なくても、ここに滞在している間は、自らの貞操を守ることについて常に気を配らねばなるまい。 「相変わらず仲ええな、おまえら。しかし、なんでいかんのやろな? ここに来れるのは大人だけなんやし、別にいいやろって気もするけどな」 未成年者は、仮想現実規制法によって、原則として仮想空間への潜入(ダイブイン)が禁止されている。例外は、総務省の認可を受けた教育目的仮想空間だけだ。 「政府は善良な性道徳の確保が目的だと表明してますけど、事情通の間では本当の目的は少子化対策だってもっぱらの噂ですね。どっちにしても、最高裁で合憲判決が出ちゃいましたから、法改正する以外にはどうしようもないですよ」 国を被告にしたその訴訟で最高裁まで原告弁護人を務めたのは、かがみにほかならないのだが。 「まあ、確かに、ここでいくらヤっても、リアルのガキはできんわな」 ななこも席につき、ビール片手に二人と近況を語り合った。 食堂の壁に取り付けられたテレビをふと見ると、ニュース番組が始まっていた。 ニュースキャスターNPC『DQローズ』(設定は女性)が、ニュースを読み上げ始める。 "ドラ○エワールド、夜のニュースをお送りします" "まずは、お祭り開催のニュースです。 毎年恒例となっているプレイヤー有志による『リア充爆発しろ クリスマス廃止大決起祭り』が、12月24日、アリエナイ大陸ホゲゲ村北東草原において行なわれます。 今年も、数多くの屋台が立ち並び、6時間にわたる花火の打ち上げや、カスタムNPCアイドル萌実ちゃんによるコンサートなど、数多くの催し物が行なわれる予定です。 当日は会場周辺のモンスターエンカウント率を0にするなど、運営も全面的に協力します。 なお、運営はこの祭りによるヴァーチャル経済効果を1億6270万ゴールドと発表しています" カスタムNPCとは、NPCをカスタムメイドできる有料オプションまたはそのオプションで作成されたNPCを指す。 リアルでの恋人や友人がいないプレイヤーが、ヴァーチャルでのそれを求めてカスタムメイドに手を出すという事例も結構多い。 一時期は、アニメキャラなどを模したカスタムNPCが大量に作られたため、著作権侵害で訴えられる事例が多発し、かがみも弁護士として大忙しだったことがある。 「ほほぉ。今年は、萌実ちゃんのコンサートがあるのか。これは是非とも行かないとね」 「私は行かんからな」 「かがみんも行こうよ。萌実ちゃんの歌はいいの多いよ」 "続いて、アカウント剥奪のニュースです。 プレイヤー名『RMMAN』は、常習的にリアルマネートレードを行なったため、運営によりアカウントを剥奪されました。 なお、運営は『RMMAN』をリアルスペース警察に告発しています。 リアルマネートレードは違法行為です。絶対にやめましょう" 「懲りんやっちゃなぁ。ゲーマーの風上にもおけへんで」 ななこは、ビールのツマミの『謎の豆類の塩茹で』を口に放り込んだ。 「需要があれば供給があるのが世の常ですからね」 仮想現実規制法によるリアルマネートレード規制の範囲は広い。 まず、ヴァーチャルアイテムをリアルマネーで買うという本来の意味での『リアルマネートレード』。 リアルな財貨・サービスを、ヴァーチャルマネーで買う『ヴァーチャルマネートレード』。 ヴァーチャルアイテムとリアルな財貨を交換する『リアル・ヴァーチャル間物々交換』。 リアルマネーとヴァーチャルマネーを取引する『リアル・ヴァーチャル間為替行為』。 これらはいずれも違法行為とされている。 仮想空間経済(ヴァーチャルエコノミー)を隔離して、現実空間経済(リアルエコノミー)に影響が出ないようにするための規制で、これも最高裁で合憲判決が出ていた。 この後、ななこのパーティメンバーが来たので、ななこは席をたっていった。 こなたとかがみも、それぞれ宿の部屋で眠りについた。 やがて、総務省仮想空間滞在監視プログラムが規制上限時間超過を検知し、二人を仮想空間から強制離脱させた。 ・ ・ ・ ・ ・ かがみは、目を開けた。 「柊かがみ、50歳」 そんなことをつぶやいてみる。リアルとヴァーチャルをきちんと意識して区別するための儀式のようなものだ。 仮想空間では18歳当時の自分の姿をアバターとして使っているだけに、この辺の意識をきっちりしておかないと、ギャップの激しさで感覚が狂うことがある。 電極がついた帽子のようなものを取り外し、仮想空間接続端末の電源を落とす。 時計を見ると18時。予定どおりの時間だ。 作りおきしておいた料理を冷蔵庫から取り出し、電子レンジで暖めて夕食とする。 明日は月曜日。最高裁大法廷での口頭弁論がある。 事案は、規約違反を理由としてアカウントを剥奪されたVRMMORPGプレイヤーが運営を被告として損害賠償を請求している訴訟で、かがみは原告弁護人を務めていた。 正直、勝ち目は薄い。 それでも、「仮想空間におけるアバターはプレイヤーの人格的権利の一部を構成するから、それを消去するアカウント剥奪措置は、正当な理由がなければ認められない」という主張が受け入れられて判決の中で言及されれば、今後の同種の訴訟に影響するところは大だ。 このほかにもヴァーチャルがらみで担当している事件はいくつかあった。 その中には、『ヴァーチャルスペースにおけるヴァーチャルな紛争に対して下されたヴァーチャル裁判所のヴァーチャル判決は、リアルな仲裁判断としての法的効力を有するか』といった頭を抱えそうな事案もある(現在、東京高裁で係争中)。 かがみは、夕食を食べ終わると、明日に備えて早めに眠りについた。 コメント・感想フォーム 名前 コメント
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黒歴史 もう書けなくなったので諦めます。ごめんなさい CLANNADなんか買うんじゃなかった・・・
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それは、ある日の学校帰りから始まるお話。 わたし、柊かがみが体験した、少し不思議なお話。 とはいえ、それほど長い話でもないし、小話といった程度なんだけど。 ― かがみ小話 ― 最初にわたしの双子の妹である柊つかさの異変…と言うほど大げさなものでもない、落ち込んだ表情に気がついたのは、友人の泉こなただった。 「つかさ、なんか暗いね。どうしたの?」 ストレート。それが彼女の持ち味。一見するとオタクでインドア派とはとても思えない、人懐こい表情をしてるせいで、その持ち味は強力な武器となる。 「もしかして、誰かと喧嘩した?…んーと、家族の誰かとか」 「う、うん…今朝、ちょっと…ね」 図星をつかれ、つかさはそう答えた。この勘のよさもこなたの武器だ。おかげで隠し事が苦手なつかさは、恥ずかしいことや悩み事やら、色々こなたにほじくり返されることが多い。もっとも、その件に関しては、わたしもつかさの事は言えないけれど。 「あの…わたし達で、何かお力になれることはあるでしょうか?」 遠慮がちにそう言ったのは、もう一人の友人である高良みゆき。フォローを入れたり、解決策を提示したりと、こなたがほじくり返す役ならば、彼女は優しく埋める役だ。 この二人と話すと、大抵の悩みはどうでもよくなったり、すっきりしたりする。こういう友人を持てたことは、ありがたいことだと思う。もっとも、こなたの場合は、彼女自身が悩みの種になったりして、素直に感謝できないのだけれど。 「ありがとう、ゆきちゃん。でも、大丈夫だよ。そんな大げさな話じゃないし、何が悪いか分かってるし、後はわたしが謝るだけだから」 「…そうですか」 つかさの言葉に、納得はしたけど心配だ。みゆきはそんな表情をしていた。 「喧嘩した家族って、まさかかがみじゃないよね?」 こなたがそうわたしに振ってきた。なんかニヤニヤしている。こういう時は大抵分かってて聞いてるのだ。 「違うわ、まつり姉さんよ。わたしはつかさと喧嘩なんて滅多にしないわよ」 「まーそうだろうね」 やはり、分かってて聞いてきたらしい。そうならいちいち聞かなくても良いだろうに。 「かがみとつかさじゃ喧嘩しないじゃなく、喧嘩にならないだろうからね」 「なにそれ?」 こなたの言ってることが分からず、わたしは首をかしげた。 「かがみが一方的につかさを…ってこと」 「なんだそりゃ?わたしがつかさにDVでもしてるってか?」 「ご明察ー」 とぼけた口調でそう言うこなたの脳天に、わたしは拳を打ち下ろした。 「…ほらー、そうやってすぐ暴力振るぅー」 頭を抑えながら、大げさに痛がるこなた。泣いてるようにも見えるが、当然嘘泣きだ。本気で殴ったわけじゃなく、軽く小突いた程度だから、痛いことあるわけがない。 「かがみさんも泉さんも、喧嘩をしては駄目ですよ」 みゆきが仲裁に入ってきたが、その顔は少し笑っている。彼女も分かっているのだ、本気で喧嘩などしてないことを。見るとつかさも少し遠慮がちに笑ってりる。良かった。少し気が楽になったみたい。 みゆきと別れ、こなたとも別れて、電車の中にはわたしとつかさだけになった。その途端に、つかさの表情が重く沈む。 こなたたちの手前、軽い喧嘩のようなことを言ってみたが、実は二人の喧嘩はかなり深刻だ。 滅多なことでは人に怒鳴ることのないつかさが、まつり姉さんに向かって大声を張り上げていた。 まつり姉さんも、姉としての意地があったのか一歩も引かず、結局わたしがつかさを引き剥がすような形で学校に連れてきたのだ。 何が原因かは聞いていない。でも、つかさは自分が悪いと思っているようだった。 今までの経験からすると、十中八九悪いのはまつり姉さんなんだろうけど、つかさは人のことを悪く思う前に、自分を悪く思ってしまう。つくづく損な性分だと思う。 「…家に帰りたくないな」 そう呟いた言葉は、つかさの心からの本音だったのだろう。 家の最寄の駅につき改札をくぐったところで、わたしはある用事を思い出した。 「ごめん、つかさ。ちょっと本屋に寄っていきたいんだけど…」 わたしが手を合わせながらそう言うと、つかさは少しうつむいて、考え込むようなしぐさをした。 「…じゃあ、わたし先に帰ってるね」 そして、顔を上げて言ったその言葉に、わたしは心底を驚いた。てっきり、一緒に本屋に来ると思っていたからだ。 「ごめんね、お姉ちゃん。変に気を使わせちゃって…でも、こういうこと後回しにするの、良くないと思うから」 どうやらつかさは、わたしが本屋に寄るといったのをそういう風に解釈したらしい。 そうじゃなく、本屋には本当に用事があったんだけど…今日でなくても良かったし、やっぱりそういう気持ちもわたしにあったのだろうか。つかさに少しでも気持ちに余裕を持たせる時間を与えたい、と。 「大丈夫だよ。お姉ちゃんが帰ってくるまでには、ちゃんと仲直りしてるから」 気が弱いところはあっても、芯の強いところもある。わたしはつかさのそういうところを、思い出していた。そして、わたしが必要以上に心配性だったということも。 「じゃあ、お姉ちゃん。また後でね」 手を振りながら、家に帰るつかさ。しかし、家とまったく違うほうに向かっている。わたしは、つかさにちゃんと聞こえるように、大きな声で注意した。 「つかさ!家はそっちじゃないわよ!」 つかさが見えなくなってから、呆れ半分でため息をつくと、わたしは本屋に向かい歩き出した。 「え、まだ帰ってないの?」 家に帰ったわたしは、つかさがまだ帰ってきていないことをお母さんから聞き、ひどく驚いた。目当ての本がなかなか見つからず、家に帰ってきた頃にはもう日が落ちかけていたのだ。いくらなんでも、つかさがわたしより遅いはずがない。 「そうなのよ…やっぱり、朝のことが…」 お母さんが心配そうに呟いた。わたしもそう思ったが、別れる前につかさが見せた決意を信じたくもあった。 「どこうろついてるか知らないけど、お腹が空いたら帰ってくるでしょ」 後ろから聞こえる能天気な声。見ると、まつり姉さんが階段を上っていくところが見えた。わたしはその物言いに少し腹が立ったが、わたしまで姉さんと喧嘩になんて事態は避けたかったので、我慢することにした。 「まつりには、わたしから言っておくわ」 そういうお母さんにわたしは頷くと、自分の部屋に戻るために、階段を上がった。 部屋に入ったわたしは、つかさに連絡を取ろうと携帯を開いた。電話にしようかメールにしようか少し迷い、とりあえずメールを送ってみることにした。 「…あれ?」 画面に出たのは送信失敗の文字。何度試しても送信できない。わたしは今度は電話をかけてみることにした。 『おかけになった電話番号は、現在使われておりません…』 無機質な女性の声がした。電波が届かない所にいるとか、電源が入っていないとかなら分かるけど、電話番号が使われてないって、一体どういうこと? 確か昨日はちゃんと電話できたはず。今日の内につかさが電話番号を変えてしまった?…ありえない。今日は一日つかさと一緒だった。 授業中に抜け出してなら可能かも知れないけど、そんなつかさらしくない行動はこなたかみゆきが話題にしそうだ。 駅で別れた後なら…と、わたしはそこで思い直した。わざわざ電話番号を変える必要なんてない。電話をかけられたくないなら、電源を切ってしまえばいいんだ。番号を変えてまでなんて、つかさらしくない。 「…ねえ、かがみ」 背後から聞こえてきた声にドキリとする。振り向いてみると、いのり姉さんが青褪めた顔で立っていた。 「な、なに?ノックもしないで入ってきて…」 「かがみ…つかさの携帯に電話してみた?」 さっきの女性の声が脳裏に蘇る。姉さんも心配になって、つかさに電話をかけてみたんだろう。わたしは姉さんに向かい、黙って頷いた。 「おかしいわよね。電話番号が使われていないって…これ、どういうことなの?」 「わたしにもわからない…わからないよ…」 なにかが起こってる。わたしはそんな気がした。 つかさを除く家族全員が難しい顔をして、居間のテーブルについている。テーブルの上に広げられているのは、それぞれの携帯。誰がかけても結果は同じだった。メールは届かず、電話はそんな番号など無いと言われる。 わたしは念のためこなたとみゆきに電話をかけてみたが、二人ともつかさのことは知らないようだった。わたしの様子からなにかを悟ったのか、二人とも何か協力できることはないかと言ってきたが、わたしはもしつかさが来たら連絡を入れておいて欲しいとだけ伝えた。 「…探しに行ったほうがいいんじゃない?…おかしいよこれ」 いのり姉さんがそう呟く。声音は落ち着いているが、手が少し震えているのが見えた。 「そうね…」 お母さんもそれに同意して頷く。まつり姉さんは、わたしの横でずっと黙ってテーブルに突っ伏して頭を抱えていた。多分、今回のことが一番こたえているのはまつり姉さんだろう。自分のせいでつかさが帰ってこない。そう思ってるに違いない。 「今日はもう遅いから、やめた方がいいと思う。明日探してみて、見つからなかったら、警察に捜索願だすしか…」 そう冷静に言ったのは…わたしだった。なぜだろう。つかさがこんな状況だというのに、わたしはひどく冷静だった。 「か、かがみ…つかさのこと心配じゃないの…?」 傍目にわたしがどう見えてるのか分からないけど、お母さんは少しおびえている風に見えた。 「心配よ。でも、今から探しに行っても見つかる可能性は低いと思うの…探しに出る方が危険だろうし」 そう言ったものの、わたしは言葉ほどつかさの事を心配はしていなかった。つかさを信頼している?いや、そんなもんじゃない。よく分からないけど、何か確信のようなものを感じていた。 「…かがみの言うとおりだな。探しに出るのは明日にしよう」 今まで一言も喋らなかったお父さんが、そう言って立ち上がった。 「お、お父さんまで…」 お母さんも立ち上がり、居間を出ようとしていたお父さんを止めた。お父さんはなぜかわたしの方をチラッと見た。 「大丈夫だよ。これは、心配するほどのことじゃない」 そして、お母さんにそう言って、尾間を出て行った。お母さんも何か言いながら、お父さんについていく。 「お父さん、何か知ってるのかしら…?」 わけが分からないといった風に首をかしげ、いのり姉さんも居間を出て行く。 「…姉さん。わたし達も部屋に戻ろ?」 未だに頭を抱えたままのまつり姉さんに、わたしは声をかけた。しかし、姉さんに動く気配はまったく無い。仕方なくわたしは、まつり姉さんをその場に残して居間を出ようとした。 「…土下座して謝るくらいするからさ…帰ってきてよ…」 後ろから、まつり姉さんの呟きが聞こえた。 その晩。わたしの携帯は何度も着信音を鳴らした。多分、こなたとみゆきからだろうが、わたしは何故か取る気がせず放置した。つかさが見つかったという連絡だとは、一度も思うことはなかった。 次の日。わたしは学校を休み家に待機していた。お父さんとお母さん、それにいのり姉さんがつかさを探しに出かけ、その間につかさが戻ってきたときのためにわたしが家にいてるというわけだ。まつり姉さんも家にいるのだが、へこみきって部屋に閉じこもってしまっている。 今のテーブルに置いた携帯をじっと見ながら、わたしは本当に何もせずに待っていた。この携帯をつかさが鳴らすことは無いだろうし、家につかさが自分で帰ってくることも無いだろう。わたしは何故かそう確信してる。そんな事いやなはずなのに、昨日からおかしい。本当に。 「ただいま」 真後ろで声がして、わたしは驚いて凄い勢いで振り返った。そこには、驚いた顔のお父さんがいた。 「お、お父さん…驚かさないでよ」 「いや、びっくりしたのはこっちだよ。急に振り返るから…何度か声をかけたんだけどね。気づかないようだったからね」 わたしはまだドキドキいってる心臓を落ち着かせようと、胸に手を当てて深呼吸をした。時計を見てみると丁度正午。お父さんはお昼を食べに戻ってきたのだろうか。 「…つかさは?」 わたしが念のためにそう聞くと、お父さんは黙って首を振った。まあ、そうだろう。見つかるはずがない。 「…まただ」 「ん、何がだい?」 「ううん、なんでもない」 またわたしは、つかさが見つからないと確信してる。本当にどうにかして欲しい。 「ところで、まつりはどうしてる?」 「部屋にいるわ。ずっとへこんでるみたい」 「そうか…」 お父さんはあごに手を当て、うつむいて少し考えると、わたしのほうを見た。少し表情が険しい。 「もう、まつりが喧嘩のことを蒸し返すようなことは無いと思うからね…かがみ、そろそろつかさを家に返してあげてもいいんじゃないか?」 お父さんは何を言ってるの。まるで、わたしがつかさをどこかに隠してるみたいな言い方だ。 「…お父さん、それどういうこと?」 「やっぱり、無自覚か…」 そう言って、お父さんはまたあごに手をあててうつむいた。 「かがみがつかさと分かれたのは、駅前だったね?」 そのまま、わたしに質問してくる。 「うん、そうだけど…」 お父さんが何を考えているか分からない。けど、なにか大切なことのような気がする。 「その駅前に、歪みの痕跡があったんだ。多分、つかさはそこからちょっとした歪みにはまったんだろう」 「な、何それ…?」 「歪みにはまったから、つかさからは家も家族も見えなくなって、僕たちからつかさが見えなくなったんだろうね」 言っている意味がさっぱり分からない。お父さんは、こんな変なことを言う人だっただろうか。 「かがみ、よく思い出して。駅前でつかさに何が…いや、何をしたんだい?」 そう聞かれて、わたしは考え込んでしまった。 「何って、何も…ただ、わたしが本屋に寄るって言ったら、つかさが先に帰るって…それで分かれて…」 何もおかしなことなんかないはず。 「…分かれて…あれ?…あの時、つかさは…」 無いはずなのに、何かが引っかかる。その引っかかりに意識を集中させると、強烈な違和感に行き当たった。 「お父さん…おかしいよ…あの時つかさは、道を間違えてた…」 そう、つかさは家に向かう道を間違えた。だからわたしは指摘した。だけど…。 「ほんとに…ほんとにつかさは道を間違えてたの?」 違和感。心底おかしいと思う。あの時は、たしかにつかさが道を間違えてたと思ったのに。 「かがみ。その時、つかさに何か言ったかい?」 「…そっちじゃないって…言った…家はそっちじゃないって…」 「なるほど…それがきっかけだったんだね」 「きっかけ?」 「ああ。そのかがみの言葉がきっかけで、つかさは家までの帰り道を間違ってると歪められたんだ」 わたしは、あの時意識すらしなかったことを思い出し始めた。わたしは、つかさとまつり姉さんを会わせたくなかったんだ。また喧嘩になるんじゃないかって怖かったんだ。だから、そっちじゃないと言ったんだ。つかさはちゃんと家に帰ろうとしてたのに。 「お、お父さん…わたし…どうして…」 寒気がする。これは恐怖だ。わたしがつかさを、歪みとやらにはめてしまったんだ。そして、わたしは無意識にそのことを知っていた。だからつかさが見つからないと思ったし、こなた達の所に行くことも無いと分かっていた。そんな自分自身が、たまらなく怖かった。 「大丈夫だよ、かがみ。それはつかさの事を、大事に思ってたということだからね」 「で、でも…わたし…わたし…」 「よく考えて。つかさは今どこにいる?かがみは何をつかさに伝えたらいい?」 恐怖で混乱しているわたしに、お父さんが優しく問いかけてくる。 その瞬間わたしの頭によぎったのは、小学生の頃の思い出。大きな遊園地で、つかさが迷子になったときの思い出。 あの時も、わたしが何かに見とれて、つかさに注意を払ってなかったから、つかさは迷子になった。わたしは必死になってつかさを探した。そして、遠くにつかさの姿を見かけて…そこまで思い出したところで、わたしは家を飛び出していた。 玄関を出て、左右を見回す。姿は見えないけど、きっとつかさは近くにいる。つかさは、遊園地の時と同じように、ただ迷ってるだけだ。迷わせたのはわたしだ。だからわたしは、あの時と同じように、つかさにちゃんと聴こえるように、大きな声で叫んだ。 「つかさ!こっちよ!」 目の前に、つかさがいた。疲れきったその顔が、わたしと後ろにある家を見て安堵の表情に変わる。 「…お姉ちゃん…そっか…やっと、帰ってこれたんだ…」 つかさがわたしの胸にもたれかかる。わたしはその体を、思わず抱きしめていた。 「ごめん、つかさ…ほんとにごめんなさい…」 「…うん?…どうして、お姉ちゃんあやまってるの?」 つかさの疑問には答えずに、わたしは何度もつかさに謝った。 お父さんが言うには、今回のことは偶然に偶然が重なった結果だそうだ。あの場所に歪みがあり、そこできっかけとなった言葉を口にした。そんな偶然など、ほんとにごく稀なことだという。 だから、気に病まなくていい。お父さんはそう言いたかったのだろうが、わたしのつかさに対する罪悪感は消えなかった。 あの時、つかさにきっかけの言葉を言った時、わたしは確かに歪んだものを見ていた。 無意識とはいえ、わたしは歪むことを知っていたんだ。知っていて、きっかけを作ってしまった。だから、そんなわたし自身をわたしは許せなかった。 翌日。わたしとつかさは登校するなり、昨日の欠席についてこなたとみゆきに詰め寄られた。 そのあまりの剣幕に、メールやらなにやらを全部無視してたことを思い出した。 わたしは二人に謝りながら、この二日間の出来事を話した。最初は適当なことを言おうかと思ったけど、結局ありのままを話すことにした。たぶん、こんな突拍子も無い話は信じてもらえないだろうけど。 「それは、なんとも不思議な話ですね」 「うん、事実は小説より奇なりを地で行ってるね。さすが、神社の娘だよ」 予想に反して、二人ともわたしの話をあっさりと信じていた。 「いや、家が神職だからとかは関係ないと思うぞ…っていうか、二人ともよくこんな話信じられるわね。話してるわたしが言うのもおかしいけど」 わたしが呆れ半分でそう言うと、こなたとみゆきは顔を見合わせて微笑んだ。 「な、なによその反応…」 「いえ、別に…わたしはかがみさんが、そのような嘘をつく人じゃないことを知っていますから」 「そ、そうなの…」 みゆきの言葉が、なんだか照れくさい。 「それに、かがみは嘘つくの下手だしねー。嘘ならすぐ分かるよ」 「…そうかよ」 「なぜ、わたしにはそんな反応なのかな」 こなたは、どういう反応を期待してたんだろうか。 「まあ、そういうわけだから、二人ともごめんね。だいぶ心配させちゃったみたいで…」 わたしがそう言うと、こなたは何故か首をかしげた。 「さっきから何回も謝ってるけど、もしかしてかがみ、全部自分のせいだって思ってない?」 こなたの言葉に、わたしは思わず身体を強張らせてしまった。こいつは、どうしてこうも何の前触れもなく確信をつくのよ。 「…図星?しょうがないなーかがみんは」 黙っているのを肯定と受け取ったのか、こなたはお手上げのジェスチャーをすると、つかさのほうを向いた。 「つかさはどう思ってるの?かがみのこと恨んでる?」 相変わらずのストレート。そんな聞きづらいことを、よくもこうさらっと聞けるものだ。 「…最初、ちょっとだけ」 つかさが言いづらそうに口にした言葉は、けっこう意外なものだった。 「で、でもね、少し考えたらそうなった大元の原因はわたしがまつりお姉ちゃんと喧嘩したことだし、最後にはかがみお姉ちゃんが助けてくれたわけだし…」 慌てて、わたしへの恨みを否定するつかさ。でも、なんでだろう。つかさが少しだけでもわたしを恨んでたって知ると、少し心が楽になった気がする。 「まあ、お互い様ってことだろうね。ちょっとくらいはお互いにやましいところがあったほうが、結構うまくいくもんだよ。たぶん」 なぜか得意そうに言うこなたに、お前はそんなことが言えるほど人間関係豊富なのかとつっこみたくなったが、こいつはこいつなりにわたしたちの事を気遣ってるのだろうと思い、余計なことは言わないことにした。こなたもいつもみたいな余計なことは言ってないし。 178 名前: かがみ小話 投稿日: 2009/10/11(日) 13 18 29 ID Na3RRnTG 「それにしても、つかささん。お体のほうは大丈夫なのですか?話からすると、丸一日歩き通しだったみたいですが…」 「うん。大丈夫。昨日、家に戻れてから、ご飯食べてしっかり寝たから」 みゆきの質問につかさは気丈に答えるが、本当は少し無理してる。多分、授業中に寝るだろうな。 「でも、ほんとに良かったねつかさ。ちゃんと戻って来れて」 今度はこなたがつかさにそう言った。 「歪み、だったっけ?それのこと分かってる人がいたから良かったけど、いなかったらつかさはずっと向こうに行ったままだったよね」 余計なこと言っちゃったよ。こなたの言葉を理解したつかさの顔が、みるみる青くなる。わたしは結局こうなるのかと、大きくため息をついた。 「みゆき、こなた押さえといて」 わたしはみゆきに指示を出すと、自分の鞄に手を突っ込んだ。 「ちょ、ちょっとみゆきさん?なに?」 みゆきに羽交い絞めにされたこなたが戸惑っている。っていうか、こういう指示に素直に従うみゆきもどうかと思う。 「さてこなた、ここにワンカップもずくがあるんだけど」 わたしは鞄から取り出したものを、こなたの鼻面に突きつけた。こなたはそれをみて露骨に顔をそらす。 「な、なんでそんなモノ持ってるんだよ…」 「今日のお昼に食べようと思ってたのよ…で、これを今からあんたの体のどこかの穴に突っ込むから、口以外から選びなさい」 「なにその地獄の選択肢!?」 「おすすめは目よ」 「それもずくじゃなくても嫌だよ!ってかそこ穴じゃない!」 「ふし穴でしょ?」 「ひどすぎる!」 「お、お姉ちゃん。こなちゃん本気で嫌がってるよ…」 わたしを止めようとしながらも、少し笑っていうつかさ。わたしにもずくを突きつけられて、涙目になってるこなた。困った顔をしながらも、こなたを離そうとしないみゆき。 それらを見てると、なんだか気落ちしてることが馬鹿らしくなってきた。 そして、今頃になってつかさが戻ってきたことを良かったと、心から思えた。 あ、結局もずくは、みゆきに食べ物を粗末にしないように言われたから、こなたの口に突っ込むことになったわ。どうでもいいことだと思うけど。 ― 終 ― コメント・感想フォーム 名前 コメント
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雲がちらほらと浮かぶ空の下で、洗濯物をせっせと干す影が一つ。 小さな体をフルに使って、物干し竿にハンガーを吊るしていく。 泉家に居候してもう半年経ち、それまで母親や姉に任せっきりだった家事の大変さが少しずつ解ってきた。 八月の暑さが、彼女の病弱な体を照らしつけた。 汗をハンカチでふき取り、彼女は作業を続ける。 ようやく洗濯物の始末がつき、彼女は冷房の効いた部屋へと戻った。 彼女の名は小早川ゆたか。本日泉家で起こる奇妙なイベントの、たった一人の参加者。 ☆ ☆ ☆ 「はぁ…。家に誰もないと、暇だなぁ…」 椅子に腰を掛けて、溜め息をつく。 今日は、彼の従姉であるこなたも、その父であるそうじろうも居なかった。 こなたは、友達であるかがみの家へ泊まりで遊びに行っている。 そうじろうは、小説のアイデア探し兼日々の疲れの回復と称して、一人出かけている。 そのため、現在泉家にはゆたか一人。 もともと広い泉家が、今日はいつも以上にがらんとしている気がした。 「何しようかな…」 真面目な性格であるゆたかは、学校の宿題を昨日の時点で終わらせていた。 休みの日に煩わしさを感じることはしたくないからだ。 無意識のうちに、テレビのリモコンに手が伸びる。 電源ボタンを押すと、見慣れたお笑い芸人が漫才を披露していた。 チャンネルを適当に回すと、ある番組が気になった。 心霊特集。この暑い時期にもってこいのプログラム。 怖いものが苦手な人間ほど、こういう特集には何故か見入ってしまうものだ。 恐怖に恐れおののきながらも、肝試しと同じように自分がどこまで恐怖に耐えられるかを確かめる。 もちろんゆたかも例外ではない。 ゆたかの場合は、あまりの恐怖に体が動かなくなるだけであったが。 不気味なナレーション、リアルな映像。そしてあまりにも現実味を帯びたストーリー。 ゆたかの体の震えは、時が経つにつれて徐々に大きくなっていった。 時折挟まれるCMが、彼女の救いだった。もしノーカット放送であれば、彼女は部屋に閉じこもってしまっていただろう。 ピンポーン。 玄関のチャイムの音がした。 一瞬ビクッと体を反応させたゆたかだったが、すぐに玄関に行き、戸をあけた。 そこには、彼女の実姉、ゆいが立っていた。 「おぉぅ、どしたのゆたか、そんな格好で」 ゆいの言葉に自分の格好を確かめるゆたか。 毛布に包まりっぱなしであった。 「あ…あはは、ちょっと心霊特集見てたら怖くなっちゃって」 「もー、本当に可愛いんだから、ゆたかは~」 ゆいが頭を撫でる。ゆたかは頬を少し膨らませた。子ども扱いを嫌うゆたかが時折見せるリアクションだ。 「あれ、今日こなたとおじさんは? 留守?」 「こなたお姉ちゃんはかがみ先輩の家にお泊りで、おじさんは一人で旅行に…」 「こんな可愛いゆたかを一人ぼっちにするなんて」 「また子ども扱いしてぇ~」 久しぶりに、姉妹水入らずで会話が弾む。 ゆいを家に上がらせて、ゆたかは冷蔵庫に飲み物を取りに行った。 「お姉ちゃん、麦茶でいい?」 いいよ~、という返事が返ってきた。ゆたかは棚からガラスのコップを二つ取り出し、麦茶を注いだ。 お盆に乗せて、リビングへ戻る。 「はい、お待たせ……あれ?」 そこに居る筈のゆいが、姿を消していた。 テレビは相変わらずつけっ放しである。 「お姉ちゃん…?」 ゆたかはありとあらゆる部屋を探した。しかし、ゆいは居なかった。 携帯電話に電話をするが、ゆいの携帯電話はテーブルの上に置いたままだった。 バイブレーションの音が空しく鳴り響いた。 「どうしたんだろ…忘れ物かな?」 しかし、1時間待ってもゆいは帰ってこなかった。 おかしい。絶対おかしい。 ゆたかの脳裏に、不安がよぎる。心臓の鼓動が速くなっていた。 「お姉ちゃん、ふざけてないで出てきてよ! いつまでも子ども扱いしないでってば!」 少し声を張り上げて、ゆいを呼んでみる。返事は依然として、ない。 ばしっ、ばしっ。 外から音が聞こえる。 そちらを振り向くと、さっきまで晴れていた空が曇っていた。さっきの音は、雨の音だったようだ。 窓ガラスに水滴が数え切れないほど付着していた。 「大変、洗濯物入れないと」 急いで庭へ飛び出し、慌てて洗濯物を入れる。 雨はみるみるうちに強くなり、やがて豪雨になった。 「天気予報、大外れだな…」 溜め息がまた出てしまう。今日は何だか嫌な日だな。ゆたかはそう思った。 ☆ ☆ ☆ 「ん……」 真っ暗なリビングで、ゆたかが目を覚ました。 いつの間にか眠ってしまっていたようだった。 まだ完全に開かない瞼をこすりながら、ゆたかは時計を見た。 時計の短針が、6の文字を指していた。 「もう6時…?」 今日は家には誰も帰ってこない。夕食の支度も、全て自分でするのだ。 でも、何故か今日はやる気がしない。ゆたかはテーブルに突っ伏して、目を閉じた。 ズガァァァァァァァン!! 「きゃあっ!?」 突然の轟音に、再びまどろみかけていたゆたかは飛び起きた。 外を見ると、もはや嵐と言っていいほどの雨が降り注いでいた。 さっきの轟音は、雷の鳴り響く音だったようだ。 しかも、かなり近い。 眠気は、すっかり吹き飛んでいた。 「お姉ちゃんたち、大丈夫かな…」 荒れに荒れる天候を気にしつつ、ゆたかは夕食の準備を始めた。 こなたに教わったスキルを使って、とびきりの料理を作る予定だった。 しかし――――― ズガァァァァァァァン!! 「きゃっ…」 落ちるのが解っているとはいえ、雷は怖い。ゆたかは夕食の準備などしていられず、少しでも気を紛らわす為にテレビをつけた。 好きなバラエティ番組だ。ゆたかは胸を撫で下ろした。 番組も終盤になり、ゆたかの気持ちが段々落ち着いてきた頃―――― ズッガァァァァァァーーン!! 本日3度目にして最大の雷鳴。ゆたかは恐怖で声も出なかった。 そして、こういう時に最大の恐怖をもたらす出来事が起きた。 停電である。 電気の力で明るくなっていたリビングが、一瞬で真っ暗になる。 ゆたかの心臓は一気に縮こまった。冷や汗が出てくる。 「か、懐中電灯、懐中電灯…」 キッチンの棚にある懐中電灯を、手探りで探す。 そこで、再び雷鳴。 「いやぁっ!」 ゆたかは体を縮め、震え上がった。 怖い。怖い。ただただ怖い。動きたくない。 ――――こういうときに、人間は自分を窮地に追い込んでしまうものだ。 今朝見た心霊特集。その内容が頭の中を巡り、恐怖がさらに増していく。 思い出したくないのに、何故か思い出してしまう。 それも、一番恐怖を感じた話を。 その話は、こんな内容だった。 ―――――嵐ノ夜ニナルト――――― 家のドアが乱暴に開く。 ―――――雨ノ日ニ交通事故ニ遭ッタ長髪ノ女性ノ霊ガ――――― ドタドタと、大きな足音がする。 ―――――未ダニ生キ続ケル女性ニ――――― リビングの扉が開く。 ―――――恨ミヲ晴ラスベク――――― 足音が更に近付いてくる。 ―――――“死”ヲ齎サント現レル――――― ゆたかは、さらに身を縮こまらせた。 「ゆーちゃん、ゆーちゃん! 大丈夫!?」 懐中電灯の光が、ゆたかを照らす。 ゆたかが涙でぐしゃぐしゃになった目を開けると、その先には彼女の従姉、こなたがいた。 「こんなところで何やってんの?」 「お、お姉ちゃぁーん…」 ゆたかは姉の胸に飛びついて、泣きじゃくった。 心底安心したのだろう。 「はいはい、大丈夫大丈夫。もう怖くない、怖くない」 こなたがゆたかの背を撫でながら、幼子を慰めるように言った。 子ども扱いが嫌いなゆたかだが、流石にこのときはそんなことを気にしていられなかった。 ☆ ☆ ☆ 「ホント可愛いねぇ、ゆーちゃんは」 「だって……ひっく、怖かったんだもん……」 いまだにしゃくりあげるゆたかの頭を、こなたはポンポンと軽く叩いた。 「大丈夫だって。お化けはいい子には悪さしないんだよ」 「子ども扱い……しないでってば……」 こなたは苦笑いをした。 「お姉ちゃん、かがみ先輩の家じゃなかったの?」 「それがさぁ、二人突然巫女さんの仕事入っちゃったらしくて。邪魔しちゃ悪いし帰ってきたんだよ」 こなたが頭を掻く。 「そういえば、ずっと一人だったの?」 「えっと……あっ」 そのとき、ゆたかはゆいの事を思い出した。 「ゆいお姉ちゃんが……突然居なくなって……」 「えっ? ゆい姉さん来てたの?」 「うん……上がってもらったんだけど、ちょっと目を離したら居なくなってて……携帯とかおきっぱなしで……」 「そんな、まさかねぇ……」 その時、突然大きな物音がした。 「ひぃっ!」 二人は、同時に声を上げた。 「……何だろね、今の音」 「……見に行ってみようよ」 音は、階段の方から聞こえた。 ゆたかはこなたの腕にしがみついて、ゆっくりと階段へ近付いていった。 階段を見ると――――― そこには、ひっくり返って動かなくなっているゆいがいた。 ☆ ☆ ☆ 「いやー、参った参ったぁ」 「ホント人騒がせだなぁ、姉さんは」 「怖かったんだからね! ホントに!」 「悪かった、悪かったよって」 ゆいを睨むゆたかと、少し呆れたような顔をするこなた。 ゆいは頭を氷嚢で冷やしながら、たはは、と照れ笑いした。 「今まで何してたの?」 「いや、ゆたかが心霊特集見て怖がってたからさぁ。ゆたかの部屋に隠れて、驚かそうと企んでたらいつの間にか睡魔が」 「私、部屋に探しに行ったけどゆいお姉ちゃんいなかったよ?」 「ベッドの下からこうヌーッと出てきたら怖いかなと思ったからベッドの下に居たのだー。最近夜勤続きでねぇ」 ゆたかが、ゆいをさらに鋭い眼差しで睨む。 ゆいは戸惑いながら、その場を取り繕おうと努めた。 「そ、そうだ。折角だから、今日は二人にゴハン奢っちゃうぞー」 「お、いいねぇ。ご飯まだだったんだ」 「でも、こんな天気じゃ…」 ゆたかは、カーテンを開けた。 外は、既に静かになっていた。嵐の後の静けさとは、まさにこの事を言うのかと思うほどだった。 「ホラ、お天道様も私たちにご飯食べてきなさいって言ってるんだよー」 「……そうだね。じゃあ、ご馳走になるね」 そうして、名字は全員違うものの姉妹同然の3人は、車で出かけたのであった。 車内でゆいが怖い話をして、ゆたかを再び怖がらせていたが。 小さな少女が体験した、ホラーのようでホラーではない物語である。 「そのネタ、いただきッ!」 翌日その話を聞いたひよりが大喜びしたのは、言うまでもなく。 Fin
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パンッ!と乾いた音が聞こえたのは、かがみが教室のドアを開けるのと同時だった。 「泉さん…あなたがそんな人だとは思いませんでした」 続いて聞こえたのはみゆきの声。対峙しているこなたに向けた、今までにかがみが聞いたことのない怒りを含んだ声。 「…その言葉、そっくり返すよみゆきさん」 頬を押さえたこなたが呟くのが聞こえた。さっきの音はみゆきがこなたの頬を叩いた音らしい。 状況が良くつかめてないかがみは、どうするべきか迷っていた。しかし、こなたが拳を握り締めるのを見て、二人の間に割って入った。 「止めなさい、こなた!」 こなたは格闘技の経験者だ。まともに喧嘩になれば危ないのはみゆきだ。そう判断し、かがみはこなたを止めることにした。 「どいてよ、かがみ」 「どくわけないでしょ!少し頭冷やしなさい!」 こなたはかがみを無視し、その横をすり抜けようとした。そのこなたをかがみが抱きしめるように制止する。 「…はなして」 「離さないわよ」 二人の様子を黙ってみていたみゆきは、短い溜息を一つついた。 「…もういいですよね?わたしは失礼します」 そう言って、自分の鞄を持ち教室を出て行こうとする。 「み、みゆき…ちょっと待って、事情を…」 「わたしは泉さんを叩いて、少し気が晴れました。後は好きにしてください」 振り返りもせずに教室を出て行くみゆき。 「逃げるなっ!戻れよっ!」 それを見たこなたが叫びながら暴れ始めた。 「ちょっ!こなた、暴れないで…!」 こなたを必死で押さえようとするかがみ。 「…今のゆきちゃん?…え?こなちゃん?お姉ちゃん?な、なにして…え?え?」 みゆきと入れ替わりにつかさが教室に入ってきた。そして目の前の状況がつかめず、困惑してしまった。 「つかさ!こなた押さえるの手伝って!」 「え?こなちゃんを?ど、どうして?」 「いいから早く!」 かがみに急かされ、つかさもこなたを押さえにかかる。 「離してよ二人とも!あいつぶん殴ってやるんだ!」 結局、他のクラスメートが担任を呼んでくるまでの間、こなたは暴れ続けた。 - 二人の喧嘩 - 「…あの…お姉ちゃん、こなちゃん達どうなったの?」 翌日の朝。朝食の席で、つかさがかがみに恐る恐るそう聞いた。 「とりあえず、停学とかは無いみたい。お説教と反省文の提出で済みそうよ」 答えながらかがみは、少しあざの残る自分の頬をさすった。暴れるこなたを押さえつけようとして、肘が軽く当たったのだ。 「…でも、こなちゃんとゆきちゃん…今日、来るのかなあ」 「さあ…個人的にはどっちかには休んで欲しいわね…昨日みたいなのは、もう勘弁して欲しいわ」 「そ、そんな…」 「冗談よ…にしても、なんであんな喧嘩になったのかしらね…」 「うん…こなちゃんもゆきちゃんも、あんなのおかしいよ」 「ちゃんと事情を話してくれたら、良いんだけどね」 かがみは今日これからのことを思い、大きく溜息をついた。 「ねえ、みゆき」 「いやです」 通学の最中にこなたと会うことなかったかがみとつかさは、既に教室に来ていたみゆきを見つけ、事情を聞こうと話しかけたが、返事は素っ気ないものだった。 「ま、まだ何も言ってないじゃないの…」 「どうせ泉さんと仲直りしろとか、そういうことでしょう?わたしは絶対に嫌です」 「いやそうじゃなくて、まず事情を聞かせてくれないとどうにも…」 「わたしから話す事は何もありません」 なんでこんなに邪険にされないといけないのか。かがみはなんだか腹が立ってきた。 「…なんだみゆきさん、来てたんだ」 かがみがみゆきに文句の一つも言おうとした時に、後ろからこなたの声が聞こえた。 「てっきり、わたしに殴り返されるのが怖くて、家でガクブルしてるのかと思ってたよ」 言いながら自分の席に座る。かがみ達の方には、一瞥すらしなかった。 「泉さんこそ、引き篭もらなくて大丈夫ですか?無理に外に出てると、壊れますよ?」 みゆきもこなたの方を見向きもせずに言い返す。そのあまりに冷たい空気に、教室の全員が見て見ぬ振りを決め込んだ。 「それじゃ、つかさ…グッドラック」 みゆきに文句を言おうとしてたかがみでさえ、そそくさと退散を決め込んだ。 「ええ!?お姉ちゃん待って…」 止めようとした時にはすでにかがみの姿は無く、つかさは仕方なく自分の席に戻った。こなたとみゆきに丁度挟まれる位置にあるつかさの席。かがみが再び来る昼休みまでの間、つかさはコキュートスがごとき生き地獄を味わうことになった。 「…つかさ、生きてる?」 昼休み。かがみが弁当を持って教室に入ると、つかさは机に突っ伏していた。 「なんとか…」 つかさが、よろよろと上体を起こす。よく見てみるとつかさだけでなく、こなたとみゆきの間のコキュートスゾーンにいる生徒は全員机に突っ伏していた。 「…ご飯食べにきたんなら、こっちきなよ」 かがみの後ろからこなたがそう声をかけた。 「あ…うん」 いつも通りに、こなたの席に他の椅子を引っ付けて弁当を広げる。みゆきの席の方を見てみるが、すでにみゆきはいないようだった。 「みゆきは?」 かがみはつかさに小声で聞いた。 「お昼休みが始まったら、すぐにお弁当持ってどこか行っちゃったみたい…」 つかさも小声で答える。その会話を聞いてか聞かずか、こなたは不機嫌そのものの表情でチョココロネを齧っていた。 「ねえ、こなた」 そのこなたに、かがみが恐る恐る声をかけた。 「なに?」 「昨日の話したら…怒る?」 「怒る」 バッサリと切り捨てられる。みゆきと同じくこなたも、仲直りどころか事情を話す気すらないようだ。 結局、そこからは何の話も切り出せず、昼休み中三人は黙ってご飯を食べていた。 放課後、かがみとつかさは二人だけで帰り道を歩いていた。こなたとみゆきはホームルームが終わると同時に教室を出て行き、かがみが教室に入った時には、唖然としているつかさだけが残っていた。 「このまま、ずるずる悪いほうに行かなきゃいいんだけど…」 「…うん」 二人がしばらく歩いていると、前の方に見知った小さな身体とアホ毛を見つけた。 「あ、お姉ちゃん。あれ、こなちゃんじゃない?」 「うん、そうみたいね」 「…なんか駅と違うほうに行くみたい」 「あの方向はたしか…つかさ、ちょっと後をつけてみましょう」 「うん」 こなたに気付かれないように、少し後の方を歩く二人。しばらくつけていると、こなたはとある建物の中に入った。 「やっぱりここか」 「ゲーセン?何しにきたんだろ?」 納得したようにうなずくかがみに、つかさがそう聞いた。 「うん、ここはこなたがたまによるみたいなんだけど…」 二人が見てる中、こなたは格ゲーの対戦台に座った。かなり不機嫌そうな憮然とした表情だ。 しばらくして一人の男性が乱入したが、一分も経たずに敗北していた。あまりの早さに、乱入した男性は信じられないといった感じでしばらくの間呆然としていた。 「…こなちゃん強っ…っていうか怖っ」 「うわ…八つ当たりプレイだ」 「八つ当たり?」 対戦相手と戦ってるあいだも、負かした後も、こなたの憮然とした表情は全く変わっていなかった。 「ああやって、完全本気モードで相手ぼてくりこかして憂さ晴らししてるみたい…アレ始めると長いのよね。負けないから」 かがみは溜息混じりにそう言ってから、何か思いついたように手を合わせた。 「そうだ。つかさ、こなたしばらく帰らないみたいだし、こなたの家に行こうか」 「え、こなちゃんち?どうして?」 「うん、ちょっとおじさんにこなたのことで話聞こうかと思って。こなたが家にいない今がチャンスよ…正直、一番頼りたくない人ではあるんだけど」 「お姉ちゃん、それはひどいよ…でも、うん分かった。行こう、お姉ちゃん」 二人はこなたに気付かれないように、そっと移動を始めた。出口付近でかがみがチラッとこなたの方を見ると、自分たちと同じ稜桜の制服を着た癖毛で少し色の黒い女子生徒がこなたの座る台に乱入しようとしていた。八つ当たりの犠牲になるであろうその生徒に心の中で手を合わせながら、かがみはゲーセンを後にした。 「はーい…っと、あれ?かがみちゃんとつかさちゃん?」 泉家の呼び鈴を鳴らすと、中からそうじろうが顔を出した。 「こなたならまだ帰ってないよ。用事があるなら、中で待つかい?」 そう言うそうじろうに、かがみは首を振って答えた。 「いえ、今日はこなたじゃなくておじさんに用があって…」 「俺に?…いやーそれはマズイ。流石に犯罪だと…」 「真面目な話をしに来たんで、余計な事言うと捻じ切りますよ」 「…すいませんでした…どうぞこちらに…」 一切の冗談を許さないようなかがみに迫力に、そうじろうは完全に畏縮して、そそくさと二人を中に招き入れた。 「…お姉ちゃん。何を捻じ切るつもりだったんだろ?」 玄関のドアをくぐりながら、つかさはそう呟いた。 「喧嘩?こなたがみゆきちゃんと?」 かがみから大体の事情を聞いたそうじろうは、信じられないといった顔でそう言った。 「こなたが喧嘩ねえ…うーん…」 「珍しいことなんですか?」 なにやら腕を組んで唸り始めたそうじろうに、かがみがそう聞いた。 「珍しいな。あいつは人とぶつかりそうになったら、身体ひねってかわすタイプだからな」 「…どんなタイプですか」 突っ込んではみたものの、かがみはその言葉に少し納得していた。かがみもこなたとはよく衝突しかかるが、その度に茶化されたり誤魔化されたりと、真正面からぶつかり合うことは無かった。 「まあでも、それで納得したよ。昨日帰ってきてからこなたの機嫌がやたら悪かったからなあ」 「家でもですか…」 「ゆーちゃんにまできつく当たってたから、少し心配だったんだが…ありゃ相当自分が許せないんだろうな」 「自分が、ですか…?」 喧嘩相手のみゆきがと言うならともかく、自分がと言うのはどういうことなのか。かがみは首を傾げた。 「多分、原因は些細なことだったんだと思うよ。そんな小さなことで友達と喧嘩してしまった自分が、本気で許せないんだろうな…話を聞いてると、みゆきちゃんもかなり怒ってるみたいだし、謝っても許してもらえないんじゃないかって、どハマリしてるんじゃないかな」 「…うーん…なんだが、こなたらしくないような…」 納得のいかないかがみは、先程のそうじろうと同じように腕を組んで唸り始めた。 「あいつは嘘つきなんだよ」 「…嘘つき?」 「いつも言いたいことを言いたい放題にしてるけど、肝心なところでは嘘をつくんだ」 「嘘…あ、そうか…だから必要以上に…」 何か思いついたのか、かがみは腕を組んだままうんうんとうなずいた。 「俺から言えるのはそれくらいかな…こなたのこと、頼んだよ」 「あ、はい…でも、どうして自分でどうかしようと思わないんです?」 「いやー…俺は意外とこなたに信用されてないからねぇ」 困った顔でポリポリと頬をかくそうじろう。たっぷりと間を置いてから、かがみはそうじろうに言った。 「いや、それは意外でもなんでもありません」 「で、どうするの、お姉ちゃん?」 泉家を出て、しばらく歩いたところでつかさがかがみにそう聞いた。 「そうねえ…おじさんの話聞く限りじゃ、正面からいくしかないわね」 「当たって砕けろ?」 「砕けるつもりも砕くつもりも無いわよ…それにしても」 かがみは泉家の方をチラッと振り向いた。 「…なんか悔しいわね」 なんだかんだ言っても、こなたの一番の理解者はあの人なんだ。かがみは嫉妬ににた感情を、少しだけ感じていた。 次の日の放課後、かがみとつかさはホームルームの後、すぐに帰ろうとしたこなたを捕まえて人気の無い廊下の隅に移動した。 「…何?帰りたいんだけど」 不機嫌そのものの表情でこなたが言う。それに対峙するかがみは、少し表情を和らげて言った。 「こなた、みゆきに謝りに行きましょう?」 いつもみたいに頭ごなしではなく、優しく諭すように。 「なんでわたしの方から行かなくちゃいけないんだよ」 こなたの顔がますます不機嫌になる。 「…もう、嘘はいいから」 「え?」 かがみのその言葉に、こなたは驚いたように目を見開き、落ち着き無く目線を彷徨わせた。 「な、なんだよ…嘘って…」 「もう、自分を必要以上に悪く見せなくていいのよ…ってか最初からそんなことする必要なかったのよ」 「どうしてそんなこと…」 「昨日の朝、みゆきに不必要に喧嘩売ってみたりとか…ゲーセンでわたし達がつけてるの知ってて、あからさまな八つ当たりをしたりとか…家でもゆたかちゃんにきつく当たってたそうじゃない」 「う…あ…そ、それは…」 「必要ないのよ…人にぶつかっちゃったら、ちゃんとあやまればそこ終わるから…ましてやみゆきは友達なんだから…ね?」 こなたがうつむく。かがみは急き立てる様な事はせずに、ただこなたの言葉を待った。長いような短いような時間の後、かがみはこなたの肩が震えてるのに気がついた。 「…こなた?」 「…う…く…ふ………ふぇぇぇぇぇん…やだぁぁぁぁ…」 かがみが思わず声をかけるのと同時に、こなたは泣き出した。 「え、えぇ!?ちょ!こなた、何!?どうして!?何が嫌なの!?」 予想外のこなたの反応に、かがみが動揺する。そのかがみの胸に、こなたがすがり付いてきた。 「謝りになんてやだぁ…だって、だって…みゆきさん怒ってるよぉ…わたし叩かれたんだよ…絶対…絶対許してなんかぁ…」 自分が間違っていた。かがみはそう思った。てっきりみゆきを悪く見せないように振舞っているのだと思っていたが…こなたは謝るのが怖くて強がっていただけだったのだ。 「だ、大丈夫…だ…って…」 なんとかこなたを落ち着かせようとして、かがみの動きが止まる。 潤んだ瞳で上目遣いに自分を見上げるこなた。それを見て、かがみの中になんともいえない感情が湧き上がっていた。 「…つかさ…なんかヤバイ…」 かがみは思わず傍にいたつかさにそう言った。 「う、うん…わたしもなんだか…」 つかさも今のこなたになにかを感じたのか、胸のあたりを押さえてなにやら苦しそうにしていた。 「こ、こなた、大丈夫だからね。みゆきだってきっとそんなに怒ってないから」 「…ホントに?…ホントにみゆきさん許してくれる?嘘じゃないよね?」 上目使いのまま必死にかがみにすがりつくこなた。 「…ダ、ダメ…なにこのこなた…」 かがみは飛びそうになる意識を必死に繋ぎとめていた。 「…これが…こなちゃんがいつも言ってる萌え…?」 傍にいるのが耐えられなくなったつかさは、壁に手をついてこちらも必死に呼吸を整えていた。 「わたし…もうどうしようって…このまま、みゆきさんと友達じゃなくなって…かがみ達にも嫌われたらって…怖くて…怖くて…」 もう辛抱たまらん。自分の胸にすがり付いて肩を震わせるこなたに、かがみは限界を感じていた。 このまま抱きしめて、床を転げまわろう。そう思ってこなたの背中に腕を回そうとした瞬間に、廊下に声が響いた。 「ごめんなさい!泉さぁぁぁぁぁん!」 何者かが叫びながら、アメフトのタックルのようにこなたの身体にぶつかり、そのまま廊下を転がって壁にぶつかった。 「…み、みゆき?」 抱きしめようとした瞬間にこなたをかっさらわれて、自分の身体を抱きしめた状態のまま、かがみは唖然と廊下の隅でこなたを抱きしめるみゆきを見つめた。 「…ゆきちゃん、いたんだ」 これまた呆気にとられたつかさがつぶやく。 「かがみさんとつかささんが、泉さんを連れて行くのを見かけまして…一昨日の話だと思って、気になって後をつけて…ごめんなさい!泉さん!わたしがあんな事を言ったばかりに!こんなに泉さんが苦しんでるなんてしらなくて!…本当に…本当にごめんなさい!」 「みゆきさん…わたしも…わたしも…ごめん…ごめんなさ…ふぇぇぇぇぇぇぇん…」 お互いの身体を抱きしめあいながら、謝り続けるこなたとみゆき。 「ゆきちゃん、もしかしてさっきのこなちゃん見て…?」 なんとか呼吸を整えなおしたつかさが、かかみにそう聞いた。 「うん、爆発しちゃったみたいね…みゆきも謝る機会を逃して、変に意固地になってたってところかしら…」 いまだに自分の身体を抱きしめた状態のまま、かがみが答える。 「…まあ、一件落着ってとこかしら…」 友人を押し倒すという痴態が回避された上、喧嘩が収まったのだから一石二鳥と言うものだろう。 「…でも…なんか、ゆきちゃんずるい」 そう呟くつかさ。それにはかがみも大いに同感だった。 「で、結局喧嘩の原因はなんだったの?」 二人が納まった後、かがみは改めて事情を聞くことにした。 「えっと…」 「そ、それは…」 こなたとみゆきが揃って言い難そうに眼を泳がせる。 「お、怒らない?」 「怒らないから、言ってみなさい」 「…えっと…ジャムコロネ…」 「…は?コロネ?」 こなたの言ってる事が分からずに、かがみは思わず聞き返した。 「う、うん…みゆきさんがね、そういうの見つけたから…」 「泉さんに勧めてみたんです…そうしたら、そんなの邪道だって怒られまして…」 「そこから売り言葉に買い言葉で喧嘩に…」 そこまで聞いたかがみは、盛大に溜息をついた。 「あ、やっぱ怒った…?」 「いや、怒らないわよ…ってか怒れん。呆れる以外ないわ」 「…ご、ごめん」 「…すいませんでした」 すっかり畏縮しきってる二人をみて、かがみはもう一度溜息をついた。 「まあ、申し訳なく思ってるんなら、今日はとことん付き合ってもらうわよ」 そう言うかがみに、こなたとみゆきの顔が明るくなる。 「あ、うん!喜んで!ねえ、みゆきさん!」 「勿論です!かがみさんの気が済むまで付き合いますよ!」 そんな二人を前に、かがみは満足そうにうなずいた。 「で、どこいくの?どこか買い物?ゲーセン?それともなにか食べに行く?」 「…いや、わたしの家」 「…へ?」 「…かがみさんの?」 「そ、わたしの家…気が済むまで付き合ってもらうわよ。ねえ、つかさ」 そう振られて、かがみの考えを理解したつかさは、嬉しそうにうなずいた。 「うん!楽しみだね!…あ、じゃあお姉ちゃんこなちゃんとアレを…」 「あーそうね…それならみゆきにアレの方も…」 なにかヒソヒソと話し始めた柊姉妹を見て、こなたとみゆきは言いようの無い不安を感じていた。 「ねえ、みゆきさん…わたしたち何されるの?」 「さ、さあ…わたしには分かりかねます…」 その後こなたとみゆきは、如何なることがあっても二度と喧嘩はしないでおこうと、心に堅く誓うこととなった。 - おしまい -
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766:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2008/06/01(日) 05 50 48.71 ID 50U7MkAO 753 キキーッ バコッ ズシャー / つかさ「ねえ、お姉ちゃん。あの煙は……」 かがみ「言わないで、わかってる」 つかさ(こなちゃんが焼かれてるんだよ?お姉ちゃん、お通夜の時もお葬式の時も泣いてない。……それも私のせいなんだ。こなちゃんを嫌ったから、こんな事になったんだ) かがみ「ねぇ、つかさ……、私、最後まで泉さんと謝れなかったよぉ」 つかさ「……」(ごめんなさい……) みゆき「……私のせいです……」 かがみ「え?なにか言った?」 みゆき「…………」 かがみ「?」 / 1ヶ月後 つかさ「おはよー」 かがみ「今日は早いのね、おはよう」 つかさ「あれ、テレビに映ってるのって……」 TV「今日、未明、東京都の高級住宅街にて火事が発生しました。この火災で家が一軒全焼し女子高生一人が死亡、その両親が重体という被害が……」 かがみ「なに、これって……みゆきの家じゃない!ね、ねぇつかさ!つかさ?」 つかさ「……ごめんなさい、ごめんなさい……」 かがみ「つ……、つかさ……?」 つかさ「やっぱり、怒ってるんた……、ごめんなさい、ごめんなさい……」 767 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2008/06/01(日) 06 02 17.59 ID 50U7MkAO 766 かがみ「ねぇ、なにを――」 つかさ「次は私なんだ、次は私なんだ!」ダッ かがみ「ちょっと!どこへ行くのよ待ちなさい!」 かがみ「ハァっ、ハァっ!全くどこへ……」 かがみ(みゆき……死んじゃったのよね……) かがみ「そうだ、みゆきの家に向かってるのかしら」 かがみ(泉さんも死んじゃって……) かがみ「駅に行けば、つかさいるかしら」 かがみ(みんないなくなっていく……) かがみ「あぁっ、改札口がじれったい。間に合え!」 かがみ(泉さんがいなくなってから、私の時間が動かないのよ) かがみ「いた!つかさ!」 かがみ(出来ることなら、時間を戻したい。もう一度、やり直したい) つかさ「こなちゃん、こなちゃん。許して……、許して……」 かがみ「つかさ!ちょっとつかさ……?とまりなさい!線路に落ちる!」ダッ かがみ(それで泉さん、もう一度、私をかがみって呼んでよ) つかさ「……あ、お姉ちゃん。え?」 かがみ「……くっ、捕まえた!」ギュルッ かがみ(それでね……) つかさ「ウワァ、あっお姉ちゃん!危ない!電車が!」 かがみ「あ……」 かがみ(私が泉さんをこなたって呼ぶの) / みゆき「何をしますか?」 かがみ「そうねえ、こなた。格ゲーやらない?」 こなた「お?なにかがみ~、前負けたのがそんなに悔しかったの~?」 かがみ「うるさいわね!違うわよ!」 こなた「ぷぷっ、ツンデレかがみ萌え~」 かがみ「いいから早くやるわよ」 みゆき「ふふ、仲がいいですね。でも急ぐ必要はありませんよ。時間なら飽きる程あるんですから」 770 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2008/06/01(日) 06 43 38.85 ID 92xaIsDO 767 ~墓地~ つかさ「こなちゃんも……ゆきちゃんも……お姉ちゃんも……みんな……みんな逝っちゃった……」 つかさ「あの後、峰岸さんも日下部さんも……ゆたかちゃんも、体調を崩して……みんな……」 つかさ「ねえ、みんな。みんなは、向こうで仲良くやってるのかな。ちゃんと……ちゃんと仲直りできたのかな……」 つかさ「私だけ生きてるって、とてもひどいことをしてるように思える。だけど……」 つかさ「だけど、私はまだ死ねないよ。私達が生きた過去を、誰が未来に繋いでいくのさ」 つかさ「……ふふ、そういえばこなちゃんのゲームで、こんな話あったっけ……」 つかさ「……じゃあ、ね……私、みんなの分まで、頑張るから……」 ~20年後~ つかさ「そういえば今日、研修生が六人もくるんだっけ」 つかさ(みんな……私ね、お医者さんになれちゃった。努力するって……素晴らしいことなんだね…… 私、もう一人でも大丈夫になったよ。だから……安心して眠って……) ???『失礼しま~す』 つかさ「はい、どうぞ……って、え!?」 研修生1「はははは、はじめまして!けけけ、研修生の日下部こなたです!」 研修生2「はあ……こなた、慌てすぎ。あ、同じく研修生の高良かがみです」 研修生3「峰岸みゆきです。しばらくお世話になります」 研修生4「小早川みさおです。よろしくー」 研修生5「みさちゃんてば、軽すぎよ?えと……私は柊あやのです。これからよろしくお願いします」 研修生6「はじめまして!泉ゆたかといいます。本日は、どうぞよろしくお願いします!」 つかさ(……ふふふ……みんな、帰ってきてたんだ……) つかさ「じゃあ、まずはついてきて。私の仕事を見せるから」 六人「はい!!」 …END…
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春休みの時期のある日。昼前の時間に目を覚ます。 リビングに出てみるとゆーちゃんがテーブルで一枚の書類を手にしていた。 おはよう、と挨拶をかわしあって。それからお互いに苦笑しあう。ぜんぜん早くない。家族がそろう朝ご飯の機会を潰したぐ~たらな大学生がここにひとり。 「お父さん、出かけたの?」 「うん、編集部のほうに用事があるからって出かけた」 「そっか。そのプリント、パトリシアさんの?」 「うん、今日だから、ちょっとドキドキする。あ、おじさんが帰ってくる時間聞いてない。遅くなるのかな」 「んー、朝のうちに用事を済ませに行ったとも言えるから、午後のうちには帰ってくると思うよ」 交換留学生のホストファミリーがうちの家に決まった。今日がそのひとが訪れる当日。到着は夕方ごろの予定と聞いている。 「迎える準備しなきゃね。せいいっぱい腕を振るうよ、期待してて」 ぐ~たらの失点を取り戻すべく意気込んでみる。 うなずいてゆーちゃんが微笑む。頼りにしてますというその素直な表情が心地よくもあり微妙なプレッシャーでもあった。ひとを迎えるための準備なんてじっさい私もほとんど経験がない。しかも相手は外国人。上手くもてなせるかけっこう不安だったりもするのだけれど。 「買い物行こう、すこし待ってて」 だけれど不安なのはゆーちゃんもきっと同じで。だから私は姉らしい見栄を張って平然を装う。部屋着を着替えて外出の用意をする。 近所のスーパーで食材巡り。 パトリシアさんの好みを探りつつ、家でふだん食べている食卓をいつもよりもめいいっぱいていねいに。私たちの現在のプランはそんなものだった。 「どっか日本の名物がある店に外食にいけば簡単なんだろうけどねえ」 「でも、外国のひとを迎えるのにぴったりなお店っていうのもあまり思いつかないなあ」 「値段の高い料亭とか」 「それ、ぜんぜん簡単じゃないよ」 てくてくとてきとうに歩きながらメニューを吟味。 「和食を受け入れられないなんてことは気にしすぎないほうがいいのかな」 「日本に来たいって思うくらいだから、そのへんはきっとだいじょうぶだよね」 「いざとなったらエビフライを醤油で食べてもらおう」 まだ会ったことのないひとへの想像をふくらませながら買い物を済ませてゆく。パトリシアさんに好みを聞かなきゃはじまらないのだし、いまはあれこれ考えすぎてもしょうがないのだと気を取りなおした。 「よ、っと」 作業がはじまるまえのまっさらな台所のうえにドサッと材料を乗せる。ゆーちゃんの携帯に着信音が鳴る。 「おじさんから。もうちょっとで帰るって。留学生のひとが来るまでには間に合うね」 「あ、そう? じゃあどっか和菓子屋でなんかお土産買ってきてって返事しといてくれる?」 とりあえずの下ごしらえが必要なだけを取りだしつつ、あとは冷蔵庫へ。メールの返事を済ませたゆーちゃんと視線を交わす。 「んじゃ、パトリシアさんが到着するまで待機、かな?」 ちょっと緊張してきた、とゆーちゃんは言った。私もだよ、自分が緊張していることを茶化す。 お父さんがちょっと高いお菓子を持って帰宅する。どうかなあ、パトリシアさんの口にあうかなあ、と三人でぐだぐだと雑談。 問題なく家に馴染んでくれたらいい。仲良くなれたらいい。そのためにできることを、私たちなりにこうしてやってみて。 不安とワクワクの両方が大きくなっていく胸のうち。それはきっと、お祭りそのものよりもお祭りの準備のほうが楽しいということに似ていた。ひとりでは持てあましてしまいそうなその気もちをこうしてみんなで共有することにどこか安らぎを感じる。 パトリシアさんは快活なひとだった。いろいろとダイナミックなところがアメリカっぽいと思う。 特定の日本文化を好むその趣味は今日の私たちにとって良いのか悪いのか。とりあえず食べ物の好みは心配しないでいいと彼女は言った。是非、この家の食事に合わせてくださいと。 ある意味、どんな希望よりも難易度の高い注文だ。これはちょっと気合いを入れねばと、いざ、腕まくりをして台所に立った。 手伝おうか? と後ろからお父さんが声をかけてくる。 「いや、いいよ。配膳のときだけ手を貸してくれればいいかな。ゆーちゃんがパトリシアさんの勢いに飲まれないようにフォローしててよ」 「あー……たしかに」 苦笑を浮かべる。手際よく手順を進める私に、良い娘を持ったなー、なんてつぶやきながらお父さんはその場を去ってゆく。 なにを言っているんだか、と肩をすくめながら、私は目の前の作業から目を離さない。 料理もお菓子も上々の評価をいただいて私は胸をなで下ろす。当初の私たちの心配なんてどこ吹く風で彼女は馴染みまくる。 この様子だとなにも問題なく、四月からゆーちゃんといっしょに通学していってもらえるだろうと思えた。 ゆーちゃんが自分の部屋へとパトリシアさんを案内していって、リビングでお父さんとふたりきり。どちらからともなく、ほっとした、と視線を交わす。 「じゃ、後片付けしてくるよ」 「うん」 急に静かになった空気。立ち上がる際の身体やけに軽くて、ちょっとだけ戸惑いを感じた。 食器洗いを終わらせて戻ると、ちょうどゆーちゃんたちも戻ってくる。そこで、パトリシアさんが真剣な表情でお父さんを見る。 「パパさん。この家のママさんにゴアイサツさせてくれませんカ」 ゆーちゃんの部屋で私の家の家族構成の話題になったらしく、そこでお母さんのことに触れたようだ。 べつに私たちとしてはそんなことを気にしてほしくはないわけで。そういうことを難しく考えなくてもいいよとお父さんは忠告する。 「イイエ。このファミリーのなかでオセワになるのですから、ちゃんと、この家のエライひとにお祈りをさせてほしいのでス」 自分なら、きっと気を遣ってそれには触れないようにするだろうけれど。そういう考え方もあるのかと思った。 これがアメリカと日本の違いなんだろうか。それともこの子が良い子だから、こうなんだろうか。パトリシアさんが到着してからここではじめて異文化交流というものを実感した。 父の私室。仏壇の前に私たちは集まる。正面のパトリシアさんの傍らで、ゆーちゃんが正座のしかた、手の合わせ方を教えている。 ゆーちゃんが、私のほうを振り向いた。私はうなずいた。 線香の煙の匂いがする。鈴の音が響く。静謐な、お祈りの静寂が訪れる。 私はパトリシアさんの背中に、口に出さずに胸の中で声をかける。 最初は、お父さんと、そこにいるお母さんの二人からはじまったこの家族。私が生まれて、ゆーちゃんがやってきて。 そして今日、こうして私たちのことも、お母さんのことも想ってくれるあなたが訪れました。 ようこそ、あたらしい家族。 パトリシアさんは今日はゆーちゃんの部屋でいっしょに寝ることになった。ベッドじゃなく床に敷く布団を体験することを楽しみにしていた。 彼女たちが就寝するころの時間に、夜更かしのぐ~たらが再発した私はリビングに出る。 そこではお父さんが、ちびちびとお酒をやっていた。 「珍しいじゃん、お酒なんて」 「いや、さっきのパトリシアさんについ感銘されちゃってなあ」 「うん、あれはすごかった。なんていうか、すごかった」 「……最初はさ、オレとかなたの二人だけだったんだ、この家は」 「うん」 「お前が生まれて、ゆーちゃんがきて、そしてパトリシアさんが来て」 「……増えたね、家族」 「うん」 最初は父と母の二人だった。泉の家の人数が増えた明日からは、またきっと楽しい。 コメント・感想フォーム 名前 コメント
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俺は陵桜学園に通う3年B組の男子生徒である。 名前はA(仮)ということにしておいてくれ。 俺はいつものように昼休みに友人のB(仮)と弁当を食べていた。 「また柊の姉ちゃん来てるな」 昼休みになるとほとんど必ずと言っていいほど柊つかさの姉がやってくる。 自分のクラスに居場所がないのか、思わずそう突っ込みたくなる。 「そうだな。でも別によくね?」 一緒に飯を食っていた俺の友人Bの反応は淡泊だった。 でも考えてみれば柊の姉が来ていようといまいと確かに俺らには関係ないことだ。 「最近お前あの4人組のこと気にするよな」 「そうか?別にそんなつもりはないけど…」 「好きなやつでもいるんじゃね?」 Bはさらっととんでもないことを言い出した。 そういうことを昼休みのクラスで言うな。 誰かに聞かれたらどうすんだ。 そんな俺の様子にはおかまいなく友人は続ける。 「高良だな」 は?いやいやそんなんじゃないですから。 高良さんとは委員会で会長と副会長ってだけでお前が期待してるようなことはないですから。 「そうか?その割にはいつも仲良さそうに話してるけど…」 だーかーらそれは、委員会とかの仕事の話だから。 ったく、友人が変なことを言うせいで昼飯は食った気がしなかった。 放課後になっても友人はその話題をしつこく引っ張ってきた。 「だいたいお前が副委員長なんかやってんのがおかしいんだよ」 そう言われると返す言葉がない。 自分でも、なぜ今自分が委員会などという面倒くさいものの権化のような組織に属し、あまつさえ副委員長にまでなっているのか分からなかった。 「だから高良さんがいるからだろ?」 「なになに?Aってみゆきさんのこと好きなの?」 げっ、泉…こんな時に目ざとく割り込んできやがった。 「ちげーよ。あれは確か…」 俺が委員会に立候補したときのことを思い出す。 確か3年の初めだったっけ。 ―――― 新しいクラスになって最初のHR。 「誰か副委員長をやってくださる方はいませんか?」 早く終わんないかなぁ、HR。 大体の生徒がそう思うように俺もこの退屈な時間が早く終わることを切望していた。 誰か立候補してくれないかな・・・ しかし、誰も好き好んで受験生になるこの年に面倒な役職につく気はさらさらないようだった。 なぜか、委員長に立候補して(いや押し付けられてか?)前に立っているみゆきさんがみんなのひんしゅくを買うという理不尽な事態になっている。 「ちょっとちょっと、A!」 この微妙な雰囲気の時に誰だ?と声のする方を見ると泉だった。 「こんな時にどうかとは思うけど前で困ってるみゆきさん萌えるよね!」 そうだ。こいつは重度のオタクだった。 1年の時に同じクラスになってオタク趣味を隠さずに喜々として語るこいつを初めて見た時は度肝を抜かれたものだ。 それにしてもこの状況で萌えている場合ではないだろう。 「A、副委員長やってあげなよ」 「は?なんで俺が?」 「みゆきさん、困ってるし助けてあげたくないの?1年の時から同じクラスじゃん」 それは…まあなんとか力になってやりたいとは思う。 前でおろおろしているみゆきさんを見て何も思わないほど俺は薄情なわけでもない。 だが…自慢じゃないが面倒なことは極力避けてきた自称キング・オブ・面倒くさがりの俺だ。 とても、『はい、ではやりましょう』なんて気分にはなれなかった。 やっぱ無理だな、そう思ってふと視線を上げた瞬間、俺とみゆきさんの目があった。 「…俺、やるよ」 神の見えざる手でも働いたのだろうか。 自分でもよく分からないが気がついたら右手をあげてそんなことを言っていた。 「「「おぉー」」」 予想外の展開にクラスメイトから拍手と歓声が沸き起こる。 それを聞きながら、なんで立候補したんだろうと自分の行動が信じられなかった。 そして内心で面倒くさいことになったな、と後悔していた。 ため息をついて顔をあげるとみゆきさんが目の前に立っていた。 「ありがとうございます!一緒に頑張りましょう」 そう言って笑うみゆきさんを見たらそんなことはどうでも良くなってしまった。 ―――― 「よく考えてみりゃ、半分くらい泉のせいじゃねえか。そのせいで余計な責任感じちまったんだよ」 「まあまあいいではないか。おかげでみゆきさんとお近づきになれたんだから」 確かにその通りだ。もし委員会にでも入ってなかったらみゆきさんにとって俺は単なるクラスメイトの一人のままだっただろう。 「そうだけど…」 「それにAってみゆきさんのこと好きなんでしょ?」 「なっ…!いや、別に好きってわけじゃ…」 「『好きってわけじゃないけど、なんだろう、この気持ち…』とかベタなギャルゲーの主人公みたいだね」 「人の心を勝手に読むな!…じゃなくてそんなこと考えてねーよ!」 実際に考えていたことを泉に的中させられたので正直あせった。 「でも周りから見てたら好きなように見えるよ」 いつの間にか柊も会話に参加してきてるた。 「素直になった方がいいと思うな」 泉が言うなら冗談として流せるが、柊に真剣な口調でそう言われると、俺は何も言い返せなかった。 それからというもの、俺は事あるごとにみゆきさんを意識するようになってしまった。 授業中も、休み時間も、委員会の仕事の時も… いつしか自分が面倒くさいと思っていたはずの委員会の仕事を待ち遠しくなっていることに気付いた。 自分の中でみゆきさんに対する何かが変わっていることは感じてはいた。 でもそのことからは無理に目をそらして考えないようにしていた。 泉やBが変なことを言い出したからだと思ってごまかしていた。 しかしそんな自分に対する言い訳が通用しなくなる出来事が起こった。 ある日、俺はみゆきさんと二人で教室に残って委員会の仕事をしていた。 別にそのこと自体はこれまでにも何回かあったし、珍しいことではない。 でも、この日はいつものように作業に集中できなかった。 小さなミスが重なって一向にはかどらない。 「まだ終わってないですか?」 自分の分を終わらせたらしいみゆきさんが話しかけてくる。 俺はまだ自分の分の作業の半分も終わってなかった。 残っている分量を見てみゆきさんは少し首をかしげた。 「お体の調子でも悪いんですか?」 「いや、そういうわけじゃ…」 「私も手伝いますね」 「そんな、悪いよ。みゆきさん先に帰りなよ。もう日も暮れてるし」 「二人でやれば早く終わりますよ」 一つの机をはさんでみゆきさんと向かい合って作業を進める。 夕日に映し出されるみゆきさんの顔から目が離せなかった。 ふと顔を上げたみゆきさんと目が合う。 そのときの笑顔はいまだに、はっきりと思い出せる。 可憐で、上品で、それでいて愛らしい笑顔。 その後の作業にも俺は上の空で全く集中できなかった。 結局、残っていた俺の分の作業もみゆきさんがほとんど片付けてしまった。 帰り道、俺は一つの想いを確信していた。 俺はみゆきさんのことが好きなんだ… しかし、受験のこのくそ忙しい時期に気づいてもそれを伝える機会はなく、月日は経っていった。 「えっ?お前大学全滅だったの?」 受験の結果もほとんど出終わったころ、俺とBはお互いの結果を報告しあった。 さすがに本気になった期間が短すぎたか、俺は願書を出した大学すべてに落ちるという不名誉なパーフェクトを達成してしまった。 Bはなんとか滑り止めの大学に受かったようだった。 「どうすんだよ、お前。働くのか?」 「まさか。浪人だよ」 「そっかー、また勉強漬けの日々になるんだな。ご愁傷様」 「ああ、滑り止めとはいえ大学に受かったお前がうらやましいよ」 「言ってる割には、そんなに落ち込んでもなさそうだな」 Bの言うとおり、俺はそこまで落ち込んではいなかった。 もちろん、勉強漬けの日々はつらいし、親に対して申し訳ないという気持ちもあった。 でもそれ以上に、本気で勉強を頑張ってみたいという欲求がある出来事を境に湧き出していた。 それは受験期に放課後教室に残って勉強している時のことだった。 「あっ、Aさん。お疲れ様です」 急に話しかけられて後ろを振り返るとみゆきさんが立っていた。 「あ、みゆきさん。お疲れー」 「いつもここで残って勉強してらっしゃるんですか?」 「大体そうだね。みゆきさんも勉強?」 「はい。私はいつも自習室で勉強しているんです。今日はたまたま席の空きがなかったもので…」 「そっか」 そこからはお互い集中して勉強を始めた。 放課後の教室に二人きり… シャーペンが机をたたく音だけ響いていた。 やべ、ここわかんねーな… みゆきさんなら知ってるかな… でも聞いたら迷惑かも。 「Aさん、どうかしたんですか?」 参考書を片手に迷っている俺は、周りから見たら挙動不審に見えただろう。 もういいや、聞いてしまえ。 「あの、みゆきさん。ここ聞きたいんだけどいいかな?」 みゆきさんの説明は丁寧で明快で分かりやすかった。 「すげー、そういうことだったんだ。ありがとう!」 「いえ、お役にたてたならうれしいです」 そう言って恥ずかしそうに俯く。 やば、めっちゃかわいい… 胸が高鳴るのを感じる。顔が紅潮しているのが自分でも分かった。 それをごまかすように慌てて次の言葉をつないだ。 「あの、みゆきさんってさ。ほんと勉強できるしいろんなこと知っててすごいよね」 「そうですか?でも勉強するのは苦痛ではないですし、本を読んだりするのも好きなので、それで少しは知識を得ているのかもしれませんね」 「勉強が苦痛じゃない、かぁ。俺にはとても言えないわ」 思わず苦笑してしまう。 「そうですか?いろいろなことを知るのは面白いですよ」 「でもさぁ、なんかこういうの勉強しても結局なんの役にも立たない気がしてさ」 「そんなことはないと思いますよ」 思ったよりはっきりとした否定意見に俺は少し驚いた。 「たとえば世界史を学ぶと、今起こっている世界の問題とか、映画を見ているときでもその時代の背景がわかってより楽しめたりするんですよ。今挙げたのはほんの一例でもっともっと多くの場面で役に立つこともありますが」 勉強をそんな風に考えたことのない俺にとっては軽いカルチャーショックだった。 授業はただ無為に耐える退屈なもの以外の何物でもなかった。 だが、それ以来というもの勉強に対する見方が変わった。 みゆきさんのように勉強が楽しい、と言いきれるほどではないが、少しだけその面白さがわかってきた。 そうして勉強しているうちに自分が何を学びたいかということについても分かった。 そして本気で学びたいと思えるようになったのだ。 だから浪人という結果も甘んじて受け入れられたし、それほど苦痛でもなかったのだ。 思ったよりあっけなく、あっという間に卒業式はやってきた。 卒業式自体はつまらなかったが一緒に過ごした友人と離れ離れになると思うと少し感傷的になった。 廊下を歩いていると向こう側から泉が歩いてきた。 今から帰るところのようだ。 「泉ー、次会う時にはでかくなってるといいな」 「うわっ、ひど!!またねーん」 「おう、じゃあな!」 「って、そのまま帰る気?いいの?」 「何がだよ?」 泉の言いたいことは分かっているけど一応聞いてみる。 「うーん、ま、Aがいいんならいいんだけどね。みゆきさんならまだ教室にいるよ」 気がついたら足が教室の方に向かっていた。 泉の言葉通りみゆきさんが一人教室に残っていた。 「みゆきさん。何してるの?」 「あ、Aさん。教室を去るのが名残惜しくて…」 そう言われて俺にも今までこの教室で過ごした思い出が蘇ってきた。 友達と馬鹿な話をして笑ったこと、眠くて退屈だった授業も今となってはいい思い出だ。 そしてなにより…今、目の前にいるこの人と出会えたこと。 「今までありがとう。みゆきさん」 言いながら右手を差し出す。 「私こそ、お世話になりました。ありがとうございました」 俺たちは固く握手を交わした。 言うなら今だ…頭の中からもう一人の自分がそう言うのが聞こえた。 『みゆきさんのこと好きなんでしょ?』 『素直になった方がいいよ』 泉と柊の言葉が頭をよぎる。 みゆきさんと手を離して、大きく息を吸い込み、意を決して口を開いた。 「みゆきさん…」 そう言った瞬間、自分の中で言いたかった言葉が何かに引っかかった。 そして頭の中で考えていた言葉はどこかに消えてしまっていた。 「じゃあね!」 それだけ言ってみゆきさんに背を向けた。 最後まで言えなかったな… これが去年までの話。 同窓会で一年ぶりの再会となった席で、気がつくと俺は泉と柊とBに全部を吐かされていた。 もちろんみゆきさんに聞こえないところでである。 「そうなんだ~、みんなが受験で忙しい時にそんなこと考えてたんだね」 うるさい、そう言いたかったがまかりなりにも大学に現役合格した泉には何も言えない。 「そんなんだから現役の時大学全滅するんだよ」 同じく滑り止めとはいえ現役合格しているBにも何も言い返せない。 くそっ、こいつらは… 「でも1年がんばってちゃんと第一志望に合格したんだからすごいよー」 ありがとう柊、分かってくれるのはお前だけだ。 この1年、必死でやれたのもみゆきさんのおかげだと思う。 高校でみゆきさんに会わなかったら、あの時みゆきさんと話さなかったら俺は流れに流されるまま適当な大学に進学していただろう。 だから伝えなきゃいけない。 感謝とそしてあのとき伝えられなかった1年越しのもう一つの想いを… 俺は意を決して立ち上がった。 卒業式の日、想いを伝えようとしたとき引っかかった何かが今でははっきりと分かる。 あのときの俺はまだ中途半端な存在だった。 中途半端な受験勉強しかできなくて浪人という状態ではみゆきさんに釣り合うわけがない。 いや、みゆきさんは優しいからそんな俺に対しても、真剣に向き合ってはくれただろう。 でもそれは、俺が、俺自身が許せなかった。 想いを伝えるのは同じ立場になってから。 無意識のうちにそう思っていたからこそあのときは何も言えなかったのだ。 「みゆきさん…」 柄にもなく声が緊張していた。 それでも一年前伝えられなかった想いを伝えられるという確信があった。 一年前に出された、俺一人では解けない問題。 その唯一の解答を知るその人の肩が少しだけ揺れた。 みゆきさんが振り返った。 今、その答えが出る。