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戦争の原因は常に些細なものである。 この戦争とて、始まりは一個の林檎だった。 その林檎が国を動かし、戦を巻き起こした。 戦士達はその理不尽を―――歓喜した。 槍と槍がぶつかり合い、剣戟が火花を散らす。矢は雨となり、騎馬がことごとく蹂躙する。 神々は戦場で人間に加護を与え、更に、更に、戦えと急き立てる。 ―――言われるまでも無い。 兵を斃し、城を陥とし、町々に攻め込み、物は奪い、家は焼き、女は犯す。子供は殺す。 民草の涙も怨嗟の声も、全てが心地良い。敵が流す涙は即ち味方の賞賛。打ち立てる武功を飾り立てるだろう。 ―――嗚呼、素晴らしい。 全てを壊し、燃やし、殺しながら、その地獄こそ“彼”は美しいと思った。 ……………………………………………………………………………………… ……………………………………………………………………………………… ……………………………………………………………………………………… ……………………………………………………………………………………… ……………………………………………………………………………………… ……………………………………………………………………………………… ……………………………………………………………………………………… ……………………………………………………………………………………… ……………………………………………………………………………………… ……………………………………………………………………………………… 最悪な夢で目が覚めた。あんな記憶は凛の中には無い。映画などの影響にしても、あれはリアルに過ぎる。と、すれば考えられるのは。 「あー……そうか」 凛は、聖杯戦争におけるマスターはサーヴァントの過去の記憶を夢という形で追体験することがあるという話を思い出した。 椅子に座ったままで、部屋の中央に視線を移す。うたた寝から目が覚めて間もない状態だが、魔力の供給をカットすることによって容易に霊体化させることを凛は可能としていた。 「もういいわよ。出てきなさいバーサーカー」 「……◆◆◆◆◆―――◆◆◆―――」 狂声を上げながら、バーサーカーが出現する。魔力が吸い出され、力が抜けかけるが、ぐっと我慢した。 「……つまり、あんたは戦争が好きだってことでいいのかしら」 凛はバーサーカーのそれを趣味が悪いとは思うが、非難しようとは思わない。 古代人の価値観を現代人の価値観で裁くなど不可能だ。大体バーサーカーに何を言ったところで理解できるとは思えない。聞くのは今のところ簡単な命令だけだ。 疲れが残る身体を動かし、机の上にあるメモ帳を見る。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― セイバー……シグルド ランサー……おそらくはシグルド由来の戦乙女。(二騎ともマスターはアインツベルン) アーチャー……不明 ライダー……不明 アサシン……不明 バーサーカー……自分のサーヴァント キャスター……不明(マスターは衛宮士郎) ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 思わず溜息が出る。 敵サーヴァントの半数以上が詳細不明だ。遭遇してすらいない。 しかもその内の最低一騎は無関係の一般人を鉄砲玉として使う外道ときた。 そして、アインツベルン。まさか一人のマスターが二騎のサーヴァントを使役するとは思わなかった。 弱点である背中やマスターを狙おうにも、最速の英霊であるランサーがいる以上それも難しい。 「ああ、もう。何て反則―――!?」 「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆―――◆◆◆◆◆◆―――◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!!!!」 結界の反応に凛が行動するより早く、バーサーカーは壁を破壊して外に飛び出していた。 「ったく。壁の修理代は聖杯で支払いなさいよね!」 足に魔力強化を施し、廊下を駆け抜け玄関の扉を開ける。既に庭にいたバーサーカーは唸り声を上げながら槍を振り回している。 「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!」 飛来した何かがバーサーカーの胸と頭に直撃するが、ダメージは皆無らしく、咆吼に衰えは無い。腕にも何かが当たる。バーサーカーが既に展開していた装甲に弾かれたそれは回転しながら凛の足下に落ちた。 「これって、矢?」 人間世界で最も古い武器。銃の発達と共に消えたそれを使う敵とくれば、答は明らかだ。 「アーチャー!」 凛の言葉に対する返礼は、矢の連撃だった。身体を蜂の巣にもできるその攻撃は、移動したバーサーカーが盾となることで防がれる。十の矢が力を失い、地面に落ち―――ない。 轟、と言う風鳴りが聞こえた瞬間、十の矢は勢いを取り戻し、凛に殺到した。 「バーサーカー!」 瞬間的にバーサーカーが盾になる事で攻撃は防いだ。しかし、矢を操っていた突風は今度は不可視の手となって主従を絡め取りにかかる。 「っ、Anfang(セット)!ぶっ飛ばせえ!!」 すかさず凛が宙に放り投げた宝石が一瞬の輝きを発すると、一陣の強風となって周囲を蹂躙する。強風をぶつけられた突風が一瞬弱まった隙を生かし、バーサーカーは跳躍した。 「―――――◆◆◆◆◆◆―――――!!!!!」 重力の鎖を引き千切り、矢の攻撃を全て身体で弾いたバーサーカーが着地した場所は遠坂邸の屋根だった。狂気に濁った目で眼前の矢を放つ獲物を見据える。 「……妖怪変化に見えるその異形。しかし」 瞬間、バーサーカーが突進した。アーチャーは冷静に攻撃を放つ。 矢はバーサーカーにかすり傷すら負わせることなく弾かれる。 バーサーカーは手に持つ槍を渾身の力で振り抜いた。 「◆◆◆◆◆◆―――――!!!」 咆吼の一閃は爆発のような勢いで遠坂邸の屋根を破壊していく。しかし、バーサーカーの槍が振り抜かれた時にはアーチャーは既にその身を別の場所へ移していた。続けざまに放った矢が次は眼を狙う。 がき。 鉄骨に小石を投げたような音が響き、それを意にも介さずバーサーカーは猛襲する。その時初めてアーチャーのサーヴァントである若武者が口を開いた。 「急所も鋼作りか。頭も心臓も覆っている以上、拙者には殺せぬか」 いっそ潔すぎる程に弱音を吐くアーチャーだが、冷静な表情は絶望とは無縁だ。ぽつ、と言葉を紡いだ。 「ならば、宝具を使うまで」 轟音が響く度に壁にヒビが入り、震動と共に家が大きく軋む。そんな屋敷の中を遠坂凛は魔術で脚力を強化して走り続けていた。 「あいつどんな戦いしてるのよ?もし家が壊れたら絶対修理代請求してやるんだから!」 敵のクラスをアーチャーだと断定した凛は、ひとまず家の中に戻ることに決めた。飛び道具主体のサーヴァントならば、ひらけた外よりも屋内の方が相手にしやすいだろうとの判断だ。 地震のような衝撃を家屋に与えながら戦いは推移しているらしい。階段を駆け上り、屋根の上に続く窓に手をかけて一気に屋根の上へと降り立った。 屋根には二騎の英霊が対峙していた。 全身に花弁状の鎧を装着し、唸り声を上げる自分のサーヴァント、バーサーカー。 古代日本の物らしい様式の鎧を身につけ、弓を構える敵のサーヴァント、おそらくはアーチャー。 「―――!!」 アーチャーの姿を視認した瞬間、凛の魔術師としての視覚が理解した。 濃密な魔力が荒れ狂うような流動。サーヴァントがこれ程の魔力を使う時など、凛には一つしか心当たりが無かった。 「真名、開放」 若武者は番えた弓を真っ直ぐにバーサーカーへと向けた。そして謡うように力ある言葉を口にする。 「『住吉双箭(すみよしそうせん)』」 矢が、放たれた。 ―――『彼女』に責任があったとすれば、それは周囲に流され過ぎたことだろう。 『彼女』は魔法使いと呼ばれた。 『彼女』は知恵者と呼ばれた。 『彼女』は、魔女と呼ばれた。 『彼女』を神と呼ぶ者さえいた。 『彼女』自身にも意向はあっただろう。 『彼女』は平凡な女でいたかったのかもしれない。妻でありたかったのかもしれない。母でありたかったのかもしれない。だが、『彼女』自身が選んだ道はそう呼ばれたように在り続けることだった。 幸いか、それとも不幸だったのか、『彼女』には知恵があり、力があった。 ある時は病を治して命を救い、ある時は復讐に手を貸して命を奪った。 いずれも顔色一つ変えずに淡々と行う『彼女』を誰もが恐れた。 ―――それはひょっとしたら、心の動揺を見せないように彼女の被った仮面だったかも知れないが、少なくとも周囲の人々がそれを見抜くことは無かった。 「森へ放逐せよ」 世界に遍く文明を広げることが人類の本能だとするならば、人間が手を出すことができない神代の森に追いやられるということは死と同意である。 「いずれ死ぬのであれば、恐れることは無い」 獣か虫か、病か孤独か―――いずれかでごく自然に『彼女』は落命するだろう。 それは自分達で手を下すことを恐れた人々の振り絞った―――浅知恵だった。 …………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………… 「……?」 寝ぼけた頭を横に振って眠気を覚ました。目の前にはいつもの庭がある。 色々あって疲れた身体は縁側で自然にうたた寝をしてしまったらしい。 意識が覚醒する寸前まで見ていたあの夢はなんだったのだろうか? その時表が大分薄暗くなっている事に気がついた。 「やばっ……」 眠っている間に夜の時間が早まっている。夜は聖杯戦争の時間だというのに。 「キャスター!」 「何か?」 「三人は?」 顕現したキャスターに三人のことについて尋ねる。 「今テレビとかいう道具がある部屋に居るわよ」 「シグルドとブリュンヒルドってのはともかく、関羽は伝説通りじゃ無いんだな」 楓は携帯電話をいじりながら、今まで見たサーヴァントに対して考察していた。 「ほう。何か気がついたことでもあるのか」 「青龍偃月刀みたいな大刀使ってただろ。それがおかしいんだよ」 そこで楓は腕を組んだ。その表情はどうやら本気で悩んでいるらしい。 「あの電撃放ってた薙刀みたいなのがどうしたの?」 「関羽は後漢時代の人物だ。だけど青龍偃月刀は宋代の武器だ。700年以上も開きがあるじゃねーか。どうなってんだよ。ほんとに……」 「別にそれで良いのよ。実在の有無にかかわらず、そういう武器を使っていたというイメージがあれば」 襖を開けて入ってきたキャスターは、特に面倒くさがる様子も無く、すらすらと説明した。 「英霊は人々の信仰で成り立つ存在、伝説の後付けで神の血を引いていたり、使ったことの無い武器を使っていたとしても何もおかしいことはないわ。人々の思い込みは姿や能力すらもねじ曲げる」 「むう、つまりそれは私達を襲った関羽は、本来の関羽とは違うということか?」 「別に違うというわけでも無いわ。本人のコピーには違いないもの。もっとも顕現する時代や場所によってやはり能力程度ならブレはあるでしょうね」 はーっ、と士郎を含む四人はキャスターの知識に感心した。 「色々知ってるんだなキャスター」 「キャスターの英霊ですもの」 そう言うと、キャスターは士郎に向き直った。 「それより士郎、彼女たちを家まで送っていくのであれば、バーサーカーのマスターと一緒に行った方がいいわ」 「遠坂とか?」 キャスターは頷いた。 「あのライダーは本物の英雄、襲われれば私では太刀打ちできないわ。バーサーカーが居れば、少なくとも牽制にはなる」 淡々と事実を言うだけあって、キャスターの言葉には重みがあった。 「……そうだな。遠坂に頼んでみよう」 「あ、遠坂の電話番号なら知ってるぞ?」 「そうか。ありがとう蒔寺、さっそく遠坂に電話するか」 「ん?おかしいな」 受話器を耳に当てた士郎は閉口一番、疑問を口にした。そのまま別のダイヤルを回す。 『……地方、今夜は晴天です』 「どうかしたの?」 士郎の呟きが聞こえたらしく、キャスターと三人も電話の周りに集まる形となった。 「ああ、遠坂の家と連絡が付かないんだ。話し中や留守ならそう分かるんだけどな。ウンともスンとも言わない」 瞬間、キャスターの眼差しが心なしか鋭くなった。 「―――その受話器を貸して」 急に重くなった雰囲気に、戸惑いながらも士郎は受話器をキャスターに渡す。キャスターはそれを右手で受け取ると、左手にいつの間にか持っていた手鏡を近づけた。 「―――***―――***―――」 古代の言葉らしい呪文を唱えたキャスターの持つ手鏡に、突如波紋のような模様が浮かび上がる。 『っ、Anfang(セット)!ぶっ飛ばせえ!!』 『―――――◆◆◆◆◆◆―――――!!!!!』 遠坂凛と、暴れ回っているバーサーカー。鏡に映し出されている二人の周囲には幾つもの矢が突き刺さっている。 その緊迫した様子から予想されることはただの一つしかない。 ―――襲撃。 「お、おい。遠坂がヤバイのか?」 楓の狼狽した風な声に反応する暇もなく、士郎は玄関へと向かった。 「待ちなさい」 キャスターの一言で体が止まる。比喩で無く、身体が凍り付いたように動かなくなった。何らかの魔術だろうか。 「キャスター、いそがないと!」 「相手はサーヴァントよ。あなた一人で行ってどうするの。大体走っていたら間に合わないわ」 「そ、そうか!令呪なら瞬間移動もできたな!」 鐘が宙にかざした掌を、キャスターはやんわりと押しとどめた。 「……それよりも、今見た場所の近くに林か森のようなものはあるかしら」 「あ、うん。あるよ。この間遠坂さんの家に行ったときに、家から少し離れたところに林があった」 由紀香の言葉に、キャスターは琥珀色の瞳を閉じた。 「……そう。これくらいなら、十分に転移はできるわね」 「転移って、空間転移か?魔術じゃできないって親父から聞いたぞ」 士郎の驚きに、キャスターは事も無げに返した。 「私は森に縁があるから、木が密集している場所にならなんとかいけるわ」 「じゃあ、早くいこうぜ!バーッとテレポートみたいにいけるんだろ?」 さあ早く、と楓がキャスターの手を取った。 「行くのは私だけ」 屋根に落ちる血痕は多量では無いが、それでも少ないとは決して言い切れない。 「◆◆◆◆◆―――!!」 流れる血を意に介さずにバーサーカーは突撃する。槍が空を裂き、風圧が渦巻く。 「……」 アーチャーは再び矢を放つ。バーサーカーはそれを迎撃―――できなかった。 アーチャーが弦を弾いた瞬間にその矢はバーサーカーの右膝に突き刺さっていた。大きく機動力を削がれた形になった自らのサーヴァントに凛はすぐに回復の魔術をかけようとするが、足下に突き刺さった一本の矢がその動きを止める。 「死にたければ来るが良い。死にたくなければ何もしないことだ」 事も無げに言葉を紡ぐ弓兵に、しかし暖かみというものは皆無だった。 凛は歯噛みしながら先程の宝具から推察される英霊の正体を考える。 ―――彼の英雄は住吉大明神のお告げ通りに二本の矢を鬼に放ち、一つは鬼の投げた巨石を、もう一つは鬼の片眼を射貫いたという。 「吉備津彦命……日本神話、鬼退治の大英雄」 「真名を知ったか」 弓矢の照準が蹲るバーサーカーでは無く、その後方、自分に向けられていることを凛は知った。 「許しは請わぬ。全ては我が願いのために……ここで終わるがいい」 弦が限界まで引き絞られる。宝石魔術もガンドもこのタイミングでは間に合わない。弓の英霊の矢をただの魔術師である凛が避けられる道理は無く、その落命は必定だろう。 「さらば」 無情にも矢が放たれた。 ―――明後日の方向へ。 「―――、――――――、―――」 おそらく古代のものであろう力ある言葉が周囲に響き、矢は中空で真っ二つになって地面に墜落した。 凛はアーチャーが矢を放った方角を遠視の魔術で目をこらして見つめた。 「トオサカ、リンだったわね。無事なら早くそこから離れてくれないかしら」 キャスターのサーヴァントは濃密な魔力を纏いながらそこに立っていた。 ―――夜はまだ終わらない。
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起きて最初に確認したのは、全身のけだるさと魔術回路の痛みだった。 目覚まし時計を見てみると、既に昼過ぎになっている。 「まあ、今日は学校休むように連絡したからいいけど」 やはり、身体の調子が悪い。原因は分かっていた。 「あんた、魔力食い過ぎなのよ。バカスカ、バカスカ、フードファイターじゃないんだから」 「◆◆―――◆◆◆◆―――◆◆◆―――」 光の粒子が集まり、昨日召喚した狂戦士が顕現した。 何に苛立っているのか、唸り声を上げて部屋の中を歩き回っている。 召喚した当初は大変だった。いきなり暴れ回り、工房を半壊させた後、敵を求めて彷徨い、危うく家の外に出るところだったこのサーヴァントを制御できたのは、やはり凛の素質によるたまものだった。 意思疎通は簡単な命令以外無理にしても、魔力供給の量を調節することによって、ある程度動きを抑制させることはできる。 「吸い取ってる分だけは働いて貰うわよ。霊体化しなさい」 命令した上で魔力供給を少なくすると、自然とバーサーカーの身体が薄れてくる。完全に姿が消えたのを見計らい、凛はコートを羽織った。 庭に出る。昼の日射しは消耗した身体に、僅かなりとも活力を与えてくれているような気がした。 外出の目的は、セカンドオーナーとして冬木市内の見回りと、参加者として各陣営の威力偵察。 「……柳洞寺に異常は無し。てっきりキャスター辺りが陣地にしているかと思ったけど」 冬木は表向き平穏を守っている。前回の戦争では酷い被害が出たことから、今回も同じようなことが起きるかと危惧していたが、杞憂に終わったらしい……今のところは、だが。 一日中街中を見回ったが、どのサーヴァントの姿も見られない。使い魔も放ったが、結果は変わらない。 「穴蔵決め込んでるのかしら?」 凛は西日を見た。もうじきに日が暮れる。聖杯戦争は人目につかないために、戦闘はあくまで夜に行われる。と、いうことになっている。 いつ戦闘が始まっても、闘う覚悟はできているが、正直に言えばバーサーカーの制御にもう少し時間が欲しいところだ。 最後の見回り場所に立ち寄って、結界のある遠坂の屋敷に戻った方がいいだろう。 凛は、当初から決めていた最後の見回り場所を見上げた。 穂群原学園。 校舎の屋上から、街を見渡す。家々の明かりが灯り、夜の世界にも人がいることを感じさせてくれる。 「だけど、ここからは魔術師の時間よ」 決意と共に夜景を見渡すが、校舎にも異常は無かった。そろそろ帰ってもいいだろうと思ったとき、夜の校庭から不審な音が聞こえることに気がつく。 はっとした凛は、遠見の魔術で状況を観察する。 明らかに異常な量の神秘を内包した男と女、その後ろに居る子供は銀髪と紅眼を持っている。 「……アインツベルンのホムンクルスと、サーヴァント」 向かい合った正面にもサーヴァントらしい女がいる。そして、その場にいる人物が判明した瞬間、驚愕で呼吸が止まった。 「衛宮君……?」 『あの娘』が一緒に笑いあっている相手。 「三枝さん、氷室さん、蒔寺さん」 知り合い。魔術師では無く、一人の人間としての遠坂凛の知り合い。 なぜ、彼等がいるのか。考える間もなく、剣を持った男が彼等の方に近づく。 反射的に凛はバーサーカーを顕現させ、叫ぶ。 「バーサーカー、ぶっ倒しなさい!」 「◆◆◆◆―――◆◆◆◆◆◆―――◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 咆吼して飛び降りたバーサーカーに数秒遅れて、凛もまた飛び降りる。 「こんばんは、かしら。衛宮君、三枝さん」 呆けた表情をしている知り合いに、努めていつもと変わらない『遠坂凛』としての顔を見せた。 「はじめまして、それともお久しぶりと言った方がいいかしら、アインツベルンさん?」 冬木のセカンドオーナーとしての貫禄を見せ、魔術師の少女は眼前の敵に僅かに微笑んだ。 「ええ、そしてさようならを始めましょう」 アインツベルンのマスター、二騎との契約という法外な技を見せる少女は、天真爛漫な笑顔を崩さない。 互いの従卒が前に出る。口火を切ったのはセイバーだった。 「宝具を使われる前に倒させて貰うぞ。狂戦士(ベルセルク)!!」 閃光のような斬撃が、バーサーカーの心臓を狙う。その速さにバーサーカーは反応できずに、魔剣がバーサーカーの心臓に吸い込まれていく。 「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!!」 だが、バーサーカーへの攻撃をしかけたセイバーは、即座に飛び退いた。今まで居た場所の地面を、バーサーカーの持つ槍が突き刺し、校庭に地割れを作る。 剣を構えたセイバーは、バーサーカーの前に立つ。その表情に軽い驚きが生まれた。 「……それがタネか」 バーサーカーの胸部が、変色している。今まで人肌の色をしていた皮膚は、土器のような質感と配色に変貌していた。 その変化は、ビキビキという不快な音と共に、瞬く間に全身を覆う、数秒も経たずにバーサーカーは両眼と口以外の全身が土色の皮膚に包まれた姿となった。口の部分が裂けたように大きく開く。 「◆◆◆◆◆◆―――◆◆◆―――◆◆◆―――!!!!!!!!!!」 両眼を狂気にギラつかせ、大口を開けて叫ぶバーサーカーは、その姿と相まって正に怪獣の外見となっていた。 「吠えるな、やかましい!」 セイバーの斬撃が連続してバーサーカーを襲う。 頭部、眼球、腹部、両腕、踵、胸部、首、背中……ありとあらゆる部位にかけられた総攻撃は、しかしバーサーカーにダメージを与えられていない。 勢いを全く落とさずにバーサーカーの攻撃がセイバーを襲う。 マシンガンのような斬撃を放つセイバーは間違いなく超越した存在だ。 だが、それならばそのセイバーの攻撃を正面から受け止めて平気でいるバーサーカーは何者なのか。 埒があかないと悟ったか、セイバーは片脚でバーサーカーの頭を蹴りつけて後退する。 「◆◆◆◆◆◆◆……◆◆◆◆◆……◆◆」 「イリヤ」 バーサーカーの視線から隠すようにイリヤの前に立つ剣士は、自分のマスターに話しかけた。 「まだ、戦争は始まったばかりだが、あのバーサーカーは手強い」 そこで、セイバーは言葉を句切った。 「宝具を使っていいか」 うーん、とイリヤは腕組みして、少しの間考える素振りをした。 「まあ、いいでしょう。弱点がばれたところで、ランサーがいるから心配は無いわ」 マスターの言葉に、セイバーは満足げな表情を見せる。そして、剣を構え直した。 「いくぞ。狂犬。身体の硬さが自慢らしいが、竜以上かどうか見てやる」 瞬間、セイバーが持つ剣の刀身が陽炎のように揺らめき、黄金の光を爆発するように放った。 宝具とは人間の幻想を骨子に作られた幻想。英霊が持つ物質化した奇跡であり、いずれも強力な兵装だと、士郎は最初にキャスターから聞いていた。 だが、聞くのと実際に見るのとでは迫力が違う。思わず後ずさりをする程その光景は凄まじい。 「あれが、セイバーの宝具」 呆然とするキャスターの視線の先には、恒星の輝きがあった。全てを焼き尽くす太陽。それが剣の形状をしている。離れているこっちにまで熱が伝わってくる。 セイバーは絶対の自信を表情に見せ、剣を振りかぶった。その圧力だけで突風が巻き起こる。 「運命られし―――」 必殺の一撃を前にしても、バーサーカーは退こうとしない。退く、という回路自体が無いのかも知れない。 「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!!!!!」 その姿にセイバーは敬意を覚えたか、それとも覚えたのは哀れみか、一切の躊躇無く、振り抜いた。 「―――破滅の剣(グラム)!」 太陽が、爆発した。 太陽剣グラム。 かつて神々の王オーディンが英雄シグムントに与え、その後その英雄の息子の手に渡った魔剣。 神によって与えられ、小人によって鍛え直され、そして邪竜を討ち果たした剣。 その担い手はシグルド。鳥の言葉を理解し、不死身の身体を持ち、無双の力を誇る大英雄である。 太陽剣の爆裂は、空を切り、周囲を爆炎に包み込んだ。 「……大丈夫か!」 「う、うん」 「生きているのが不思議だわ」 由紀香とキャスターの無事な声に、安堵する士郎は、視線を戦場に向ける。 かつて、体育祭や部活で賑わった校庭の面影は何処にも無かった。 地割れがあちこちで亀裂を造り、地殻変動を思わせる程の変化をもたらしている。 無事な地面は殆どが炎上し、あるいは高熱に晒され溶解していた。 振り返って校舎を見ると、全ての窓ガラスが割れ、外壁は黒く変色している。昔テレビで見た、火山の噴火で全焼した建物を彷彿とさせた。 文字通りの、超攻撃。戦略兵器に匹敵する攻撃は、しかし士郎達に軽傷すら与えていなかった。 攻撃を放ったセイバー自身も、驚愕の表情を形作っている。その視線は眼前のサーヴァントを捉えていた。 あれほどの攻撃を受けていながら、バーサーカーは立っていた。陶器にヒビが入るような音が響き、その異形の皮膚が剥がれ落ちていく。僅かな時間で狂気に囚われてはいるものの元の人間らしい姿に戻ったバーサーカーは、そのまま眼光をセイバーに向けた。 士郎は理解した。自分達も飲み込むはずだった攻撃は、全てバーサーカーが耐え抜いたのだ。 自分達の生命を死守したサーヴァントの隣に、マスターの少女が立つ。 「……『耐えろ』って命令、聞いてくれたみたいね」 魔力を相当量持って行かれたらしい、遠坂凛の額には汗が浮かんでいた。片手に刻まれた令呪の一画がかき消されたように消えている。セイバーは合点がいった。というように頷いた。 「令呪で、サーヴァントの力をブーストさせたか」 「涼しい顔しているけどいいの?私はあんたの真名が分かったのよ」 「分かったからどうした?名前が知れただけで死ぬわけじゃ無い」 セイバー―――北欧の大英雄、シグルドは、慌てること無く、魔剣を一閃した。 パリン。 硝子が割れたような軽い音と共に、刀身が砕け散る。柄だけになったそれを鞘に戻すと、セイバーは拳を握りしめた。 「刀身が元に戻るまで、素手で持ちこたえる自信はある」 「いや、今度は私が闘おう」 前に進み出たのは、長槍を手にした女戦士だ。ランサーは槍をバーサーカーに向ける。 「兜に装着してある白鳥の羽と、槍、シグルドってことは……懲りないわね。また自分の男を殺す気?」 茶化すような凛の言葉に対し、怒気が膨れ上がった。セイバーとランサーのものであることは言うまでも無い。 「俺の女を、侮辱しないで貰おうか」 「その舌を串刺しにしてやろうか?魔術師」 「バーサーカー、セイバーの背後をとって倒しなさい」 英霊二人の怒気に対し、凛は何処吹く風とバーサーカーに指示を出した。ランサーの怒気がますます膨れ上がる。 「私がさせると思うか?」 「ええ、思うわよ。だからキャスター、衛宮君」 話を振られた士郎は木刀を持ち、キャスターは自らの宝具である書物を取り出す。 「これで二対二。加えてそちらのセイバーは剣が使えない。それほど分の悪い勝負じゃ無いわ」 堂々と言い放つ凛に対し、ランサーは冷たい眼差しで槍を構えた。 「いいだろう。その誤った認識から焼き尽くしてくれる」 第二回戦が始まろうとしていた。 『運命られし破滅の剣(グラム)』の余波によって、校舎の屋上も鉄柵が折れ曲がり、床が剥がれるなどの被害に見舞われていたが、そのようなことを気にもせず、そこにいた存在は眼下の戦いを監視していた。 「何て威力、これがシグルドの宝具とは」 「ああ、恐ろしい力だ。俺なら余波だけで消滅するだろう」 スーツ姿の麗人と、白い防寒着を着込んだ男がそこに立っていた。 「でも、おかげでセイバーの真名が知れたわ。いや、マスターを仕留めれば全て終わる」 あれほどの大英雄ならば、維持にかかる魔力も膨大なものだ。ランサーも従えているとなれば、マスターが落命すれば、次のマスターを見つける暇も契約を結ぶ暇も無く消滅するだろう。 「今、攻撃するのか。バゼット」 これまで戦闘の推移を監視していた自分のサーヴァントに、バゼットと呼ばれた女性は指示を与える。 「ええ、アサシン。標的はアインツベルンのホムンクルスです。銀髪の少女を狙いなさい」 「了解」 アサシンと呼ばれたサーヴァントは肯定の意を返し、短めの小銃を構えた。 銃口はピクリとも動かず、正確に標的に狙いを付けている。 このサーヴァントが狙いをつける姿に、バゼット・フラガ・マクレミッツは常に緊張を覚える。 彼は戦いなどしない。ただ死を与えるだけだ。まさに死神。 ギリースーツを死神のマントに錯覚する程、彼は濃密な死の気配を漂わせていた。 命を刈り取る弾丸が放たれるまで、後数秒―――。 「凄い……」 剣士の青年。 槍を持った女性。 怪獣のような戦士。 魔法を使う女性。 人形のように可愛い少女。 いつも見る顔で、そしていつもとは決定的に違う姿を見せる二人。 全てが由紀香には理解できず、それがとにかく凄かった。 三枝由紀香はただの一般人だ。戦いなどテレビアニメの中でしか見たことが無かったし、そもそもこんな世界が現実にあるなどと少しも考えていなかった。 思わず、自分の頬をつねってみるが、頬が痛いだけで壊れた学校も目の前の戦いも依然としてそこにある。 つまり、これは夢でも何でも無くまぎれもない現実なのだ。 「いってぇ……あれ、あたし学校から家に帰って……」 「む、蒔の字か……由紀香までどうした?」 「蒔ちゃん、鐘ちゃん!気がついたんだね!」 地面に寝かせておいた二人の覚醒に、由紀香は喜びの声を上げる。同時に、頭の犬耳がピコピコと動いた。 「あれ、その耳どうしたの由紀っち。何かのパーティーグッズ……ん?」 「それにしてはリアルだな。まるで頭から直接生えているような……む?」 楓は鐘の背にある翼を、鐘は黄金色の獣毛が生えた楓の手足をそれぞれ凝視する。 「「……コスプレか」」 少しの間沈黙が流れ、お互いが自分の身体に起こっている異変に気づき、翼を引っ張ったり毛を抜こうとしたりする。そしてそれが紛れもない生身だと判り――― 「「なんじゃあ。こりゃあああああああああああああ!!!!!!??????」」 「そりゃあたしは黒豹だけどさ、だからって身体が動物になるか、オイ!改造人間か?サイボーグか?はっ、まさかこれは悪の組織の仕業か?許せん!!」 「親の因果が子に報い……何かのたたりか?それとも蒔の字の言うとおり、悪の秘密結社に改造された……だとすれば、これから孤独な戦いを強いられて……!」 黒豹少女蒔寺楓は思いっきり混乱し、普段は冷静な氷室鐘も、間違いなく混乱している。 「まっ、蒔ちゃん、鐘ちゃん、落ち着いて。とにかく今は……」 鐘と楓の混乱を宥めているとき、由紀香は、戦闘の続きを見る。 「いいわ。ランサー、セイバー。剣一つ無くなったぐらいで最優の称号は砕けないことを教えてやりなさい」 自身の危険など、考えもしていないのだろう。イリヤスフィールと自己紹介した少女は、余裕で武器を持った男女に命令した。 その姿をじっと見ていた由紀香は―――『何か』がやってくると気がついた。 それは、きっと良くないモノで、ここにいる誰かを傷つけようとするモノで、そして、今この場では自分以外誰もその良くないモノに気づいていない。 何故か視線が校舎の屋上に向いた。何故だか知らないが、あそこに誰かいると思ったのだ。 『誰か』がいる。そしてその『誰か』は、目の前で戦っている人達と同じ存在だと、感覚で理解した。 ……何かが起ころうとしている。 真っ白な人影は、細長い筒のようなものを構えている。夜で、しかもあそこまで遠い場所のことが正確に判ることに驚いたが、それよりも筒の正体を理解したとき、心臓が止まりそうになった。 ライフル。 アクション映画でしか見たことのない、人を殺せる凶器。 それを持つ誰かが、それを構えて誰かを狙っていることに気がついた。 反射的に、銃の先端を見て、誰を狙っているかを探る。普段の自分からは想像もできない程、機敏に身体と精神が動いた。 筒先にいるのは―――イリヤと呼ばれた少女。 反射的に駆けだした。運動音痴で走るのも得意じゃない筈なのに、まるで風のように走り抜けることができる。 たん。 小さな音に少し遅れて、殺意の塊が飛来した。 その場の全員が、銃声には気づいていた。 だが、音が発せられる前に動いたのはただ一人、茶色い髪の少女だけだった。 完全に不意を突かれた形になったセイバーとランサーは主の危機にすぐさま迅速な行動を取ろうとしたが、相対していた敵サーヴァントへの警戒に気を取られ、由紀香の疾走に比べてコンマ2秒ほど遅れた。 サーヴァントに匹敵する速度で走り抜けた少女は、イリヤスフィールに抱きつくようにして、それまで立っていた場所から移動させる。勢いのままに、二人で地面をゴロゴロと転がった。 瞬間、イリヤがそれまで立っていた地面に小さく砂埃が生まれた。 地面を叩いた物体は小さく、しかし人一人を殺めるには十分過ぎる威力を持っていることは明らかだった。 由紀香はイリヤを抱きしめたままで起き上がる。そしてイリヤが無事なことに安堵の表情を見せ、一言喋った。 「大丈夫?」 「…………」 イリヤは何も答えない。心なしか驚いているようにも見える。 そこに、彼女のサーヴァントである二騎がやってくる。 「イリヤ、怪我は無いか!」 「……え、ええ、大丈夫。彼女のおかげで怪我は無いわ」 セイバーの緊迫した声に、戸惑いながらも返事を返すイリヤ。ランサーはイリヤの無事を確認した後、周囲に注意を向けた。遠見のルーンを使って闇夜を索敵する。 「……何処から撃った?いや、何処にいる?」 それでも、闇に潜む別の敵を見つけることはできない。 「三枝ー!!」 士郎が我に返ったのは、何者かが狙っていることに誰もが気がついた少し後だった。 近くに敵サーヴァントがいるにも関わらず、地面に座り込んでいる三枝由紀香に向かって走る。 あんな女の子が頑張っているのに、それなのに、俺は!何もできていないじゃないか!! 自己嫌悪と心配がゴチャゴチャになったまま、必死に辿り着く。 「大丈夫か!」 「う、うん。私なら大丈夫」 無事な姿に安堵するが、その時敵のサーヴァントがいる事に漸く気づく。 「……」 息を呑む。剣士と槍兵の視線は鋭く士郎を射貫いている。 「もういいわ。セイバー、ランサー」 イリヤが二騎の従者に声をかける。そして士郎達に背を向けた。 「今日はもうおしまい。つまんないから」 「……そうだな。これをやったサーヴァントに警戒せねば」 「そう言うのなら、仕方が無いか」 イリヤはそのまま振り返ってにこりと笑う。その表情は無邪気な子供のものだった。 「じゃあね、お兄ちゃん。また遊びましょう」 破壊を振りまいた主従は校庭の闇に消えていく。完全に見えなくなった時、呆然としていた鐘が口を開いた。 「遠坂嬢、衛宮、説明して貰えないだろうか」 「……失敗しましたね」 「ああ」 アサシンは二発目を撃たなかった。撃てば今度こそ居場所を特定されかねないからだ。 もし接近戦に入ればアサシンは終わりだ。キャスターにさえ勝てるかどうか疑わしい。 幸運なことに、アインツベルンの主従も、遠坂の魔術師達もその場から去るだけでアサシンを探索しようとはしないらしい。このチャンスを逃す手は無い。すぐさま逃げの一手を打つことに決めた。 「スコアはゼロだが、判ったことも多かったな」 「ええ、セイバーの真名と宝具が判ったのは大きいですね」 「そしてもう一つ」 アサシンは霊体化して消える。後には声だけが残された。 『俺の攻撃を察知することができる人間がいる。それが分かった。今度は失敗しない』 決意と殺意を滲ませたその声は、夜の闇の中に消えた。 炎に見舞われた穂群原学園に駆けつけたのは、消防でも警察でも、聖杯戦争の隠蔽を行うスタッフでも無かった。 「うわっ、なんだよこれ。まるで空襲の跡みたいじゃないか」 文句を言いながら、特徴的な髪型をした少年は焼け跡を歩く。 『これが戦よ。なかなかの宝具と見える』 声が響いた瞬間、光の粒子が集まる。数秒後にはそこに美しい黒髭を持つ中華風の鎧を着た武人が立っていた。 「とにかく行くぞライダー。これだけの宝具を使ったのなら、使った奴の魔力はスッカラカンの筈だ。そこを狙う」 「うむ。よかろう。慎二は打ち合わせ通り隠れておれ」 ライダーと呼ばれたサーヴァントの言葉に、少年―――間桐慎二は不服そうに口を尖らせる。 「隠れるだけかよ……何かマスターを狙うとかは」 「儂がまとめて薙ぎ払えば何の問題もあるまい。楽に勝てることが悪いか?」 「……それもそうか」 「うむ」 ライダーは尊大に頷く。納得した様子の慎二も、自分が戦場に近づくにつれて緊張の表情を見せる。 建物の角を曲がれば校庭だ。ライダーは角のところで息を潜め、一気に躍り出た。 「我が名は関羽、字は雲長!此度の聖杯戦争においてライダーのクラスで現界した英霊よ。命のやり取りをしに参った!!この首取って名を上げんとする者はいるか!!」 三国志の大英雄の大音響に対し、返す声は無い。隠れていた慎二がおそるおそる校庭を見ると、そこには破壊の跡があちこちに残る無人の校庭が広がっていた。 「なっ……いないって……僕たち出遅れたのか?」 慎二の呆然とする声に対し、ライダー―――関羽雲長は、ふむ。と頷いた。 「天はこの儂がまだ戦うときでは無いと言っているようだのう」 「納得してんじゃねえよ!僕の緊張返せー!!」 慎二のツッコミも何処吹く風と、遠くからは消防車とパトカーの警報音が響いていた。 ―――かくして、静かな夜は終わり、これよりこの街の夜は恐怖を覆い隠す暗闇となる。
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【元ネタ】エギルのサガ 【CLASS】セイバー 【マスター】 【真名】エギル・スカラグリームスソン 【性別】男性 【身長・体重】198cm・125kg 【属性】混沌・悪 【ステータス】筋力A 耐久B 敏捷C 魔力A 幸運B 宝具B+ 【クラス別スキル】 対魔力:B+ 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。 ルーンを使用する事で一時的に対魔力のランクを引き上げる。 騎乗:C 騎乗の才能。大抵の乗り物、動物なら人並み以上に乗りこなせるが、 野獣ランクの獣は乗りこなせない。 【固有スキル】 ルーン呪術:B+ ルーン魔術とセイズ魔術、呪術などが混合された魔術系統。 北欧に於ける呪術は木にルーンを刻み、血を塗り、呪詩を唱えて行うものが基本である。 セイバーは特に呪詩を媒介とした魔術に優れた才を持つ。 また、間違った治癒のルーンにより苦しんでいた少女をエギルがルーンを彫り直すことによって救ったという逸話から治癒のルーンや、血で刻んだルーンによりグンヒルドが酒に持った毒を見破ったという逸話から毒探知のルーンも有する。 また、セイバーでの現界の為に本来よりもランクが低下している。 混血:A- 人間以外の血が混ざっている。 トロールのハルビョルンを祖先に持ち、魔性の血を濃く受け継いでいる。 ちなみにトロールは幅広い意味合いを持ち、古代北欧では邪悪な呪い師程度の意味とも、サガや民話によっては単に魔女や怪物への呼称としても使われるが、ここでは霊体への干渉や変身能力などの魔導に長けた、巨人とも幻想種ともつかぬ、人型の異種存在と定義する。 海賊の誉れ:A 海賊の独自の価値観から生じる特殊スキル。 低ランクの精神汚染、勇猛、戦闘続行などが複合されている。 生粋のヴァイキングとしての価値観とセイバーの武勇が合わさり勇猛・戦闘続行は高ランクを誇る。 【宝具】 『喰裂く蒼蟒(ナズ)』 ランク:C+ 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大捕捉:10人 "蝮"の銘を持つ青い宝剣。 その銘が示す通り、セグメント化された刀身をワイヤーで連結させた所謂"蛇腹剣"。 所有者の技巧により自在に形態変化を行うほか、連結部分から分泌される毒液により斬りつけた対象にスリップダメージを与える。 生前はセイバーの剛力故に毒刃の活躍が描かれることは無かったが、極めて扱いが難しいこの一振りに慣れ親しんだ事が宝剣『龍咆の頌歌』を使い熟す下地となった。 『龍咆の頌歌(ドラグヴァンディル)』 ランク:B+ 種別:対軍宝具 レンジ:2~30 最大捕捉:50人 数々のヴァイキングが手にした名剣。 柄の鞭、盾の火とサガでは歌われ、『喰裂く蒼蟒』と同じく幾つもの刃をワイヤー連結させた蛇腹剣。 所有者の意思で連動しており、意のままに操る事で鞭の様に柔軟動かす事が可能であり、敵対象を刃で刺し貫き、身体を針で縫う様に拘束する事が可能であり、ワイヤーを連動させ自身の元を引き寄せたり、セイバーの剛腕で拘束された状態の敵対象をヌンチャクの様に軽々しく振り回し、最後には大地へと叩きつけたりなどと様々な用途で使用する事が出来る。 しかし、この宝具の本質はアイスランド最大のスカルド詩人であるセイバーの歌を戦火によって彩る楽器である。 セイバーの紡ぐ詩歌と刻印されるルーンに呼応して魔的な効力を飛躍的に増幅させ、剣戟による"演奏"を以て新たなサガを創造する、まさに英雄のみが振るうことを許される一種の選定の剣。 刀身をルーンで刻み尽くし、全ての呪詩を歌い切った末に放たれる真名解放の一撃は、途絶えて久しい古き神々の物語を想起させる凄絶にして荘厳なもの。 【解説】 『エギルのサガ』において主人公を務める中世アイスランドで名を馳せたヴァイキングの一人。 美髪王ハーラルの宿敵スカラグリームの息子として生まれる。 父祖より受け継がれたトロルの血ゆえか容貌は醜かったものの僅か三歳で詩作を行う、処刑される所を一晩で作り上げた詩で王を感嘆させ助命を勝ち取るなど優れたスカルド詩人でもあり、一流のルーン魔術師としても伝わる文武両道の傑物。 しかし、それと同時に七歳で自分を騙した少年たちを報復のために殺したことを皮切りに、数々の流血沙汰を起こし時には王族さえ殺めるなどヴァイキングの中においてすら極めて苛烈で反骨心の強い人物でもあった。 その凶暴性ゆえ、遂には血斧王エイリークが即位した際に追放刑をくらい、その報復に掛けた呪いに激怒したグンヒルドから放浪の呪いをかけられるが、まるで意に介さなかった。 このように暴力的な振る舞いが目立つが、歓待の礼として誤ったルーンにより苦しむ農夫の娘を適切なルーンを刻み治療するなど英雄らしい義理堅さを見せる場面も存在する。 父祖からの宿敵であるノルウェー王家を殊更に敵視し、アゼルスタン王の傭兵として、幾度も戦火を交えるも遂に滅ぼすことは叶わなかった。 晩年は本拠地アイスランドの農場へ引退し、視力の喪失をはじめとする衰えを実感するものの、「集会で財産をばら撒き、集まった連中の間に諍いを起こさせる」と愉快そうに嘯く、死ぬ直前に財産を埋蔵した先で召使いを殺して立ち去るなどその太々しさ、残酷さは健在であった。
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澪標の魂:EX (ヴァン・ゴッホ) その二律背反の魂が、「身を尽くす狂気」により共鳴し転じたスキル。 澪標の魂:A (カリロエー) 半ば『融合』した怪物と妖精の夫婦の魂が、『我が子への愛』により共鳴し転じたスキル。 愛する子と共に戦う時、自身の性能を向上させる。
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アチャ 「お前はおれだ!!」 「お 前 は お れ だ !!」 「おれもこの通りだった!! 俺もこの通りの様だったんだ!!」 ドンキ「カッ カハ… カハッ… カハ…ッ カハハ…ッ カハッ」 「正義の味方が泣くなよ 悪人に敗れたか 」 「正義の味方が泣くな 誰にも泣いて欲しくないから正義の味方になったのだろう 」 「人は泣いて涙が枯れて果てるから 正義の味方になり英雄になり果て 成 っ て 果 て る のだ 」 「ならば笑え 傲岸に 不遜に 笑え 自分は正義だと 」 「私は覚める お前はいつまで夢見るのだ 哀れなお前はいつまで 夢 見 な け れ ば な ら ぬ ? 」 アチャ 「膨大な私の過去を 膨大な私の未来が粉砕するまでだ 」 「なぁに直ぐだ 宿敵よ いずれ地獄で 」 ニィ・・ ドンキ「声が 聞こえる ああ あれは 故郷の声なのか 」 「皆が 呼ぶ声が する 子・・・供・・・ら・・・が 行か・・・な・・・きゃ・・」 ボロッ ボザッ グシャッ 「みんな・・・が ま・・・っ・・・て サン・・・チョ・・・が 」 「サン・・・チョ・・・泣い・・・て・・・は な・・・ら・・・ぬ 騎士・・・の・・・従・・・者が・・・泣い・・・ては・・・」 ドンキホーテの槍がヴラドの心臓を貫く 「ああ…やはりバケモノを倒すのはいつだって人間なのだな英雄狂」。 しかし、勝利をおさめた英雄狂に喜びの色は無い 「串刺し公、あなたは吾輩のようなものに敗れてはいけないのだ。」 苦悩に満ちた表情でアロンソ・キハーナは呟く 「司祭様 世界にはあまたの愚かな英雄狂たちがいます 彼らを見ると私は思うんです 彼らは本当に英雄を信じて存在するのか 彼は冒険を望む 血みどろの活劇を それはもはや嗚咽や渇望に近いんです それは彼らが冒険物語を望むのではなく 物語の外に英雄がいない事を知る絶望なんです。 ドン・キホーテ・ラ・ラマンチャ 憂い顔の騎士 渋面の騎士 ライオンの騎士」。 あの男は幾つもの物語を夢見たんだろう 幾千幾万の英雄譚を読みふけったんだろう 最早彼の夢見たものは何処にもありません。 幻想も英雄も精霊も 吸血鬼も怪物も騎士道さえも 幻想から妄想へ 何から何まで人々の心から消えてなくなり 真っ平らになった世界に生まれてしまった騎士 「私はね 司祭様 あの道化のような人が あの愚かで 狂気の世界を生きる時代遅れの男が ひどく純粋な 己の信じた道を貫く求道の騎士に見えるんです」 少しずつ透明になっていく手を眺めて、老紳士は自嘲気味に笑った。 「少年、私の妄想物語に付き合ってくれて感謝する」 「・・・ライダー」 「もうよい。それは本来、私ごときに与えられるものではなく、あの勇敢なるアマディス・デ・ガウラのような、本物の英雄に与えられるものだ。ここにいるのは、ただの騎士道狂いの大馬鹿者にすぎん」 何を言っているのか。ただの大馬鹿者が、この聖杯戦争をあそこまでかき乱せるわけがないのに。 「幻想の世界など、ありはしない。いや、事実ありはしたが・・・、私のごとき凡骨が踏み込んではならないものであった」 「ライ・・・ドン・キホーテ」 老紳士は笑う。その名前も、自分には相応しくないと。それでも――― 「あなたは、確かに騎士だった。立派な騎士だった」 「・・・・・・ありがとう。死の間際、サンチョ君もそういってくれた」 あぁ、サンチョ・パンサは狂ってなんかいなかったのだ。ただ、気づいていただけだったのだ。 彼が、騎士であることに。 「さようなら。ドン・キホーテ」 「あぁ、さようなら。我が親愛なる魔術師の少年よ」 ヴラド「私は殺した。 殺して殺して殺して殺して殺し尽くした。 敵を殺した味方も殺した。正義の為と、民衆を護る為とことごとくを殺し尽くした。 その果てが、この様だ。 私の身体はいつしかヒトでは無くなってしまっていた。 衛宮士郎よ。正義を目指す若き求道者よ。 君がその道を進み続けるというのなら、その果てにあるモノがヒトでは超えられないモノであることを理解しろ。 ―――――君もいつか、私のようなただの殺戮者に成り果てる」 ドンキ「じゃが、それでもお主は護る者として殺し続けるのだろう お主は折れぬ。屈せぬ。何処までも己を信じ、何処までも駆け抜ける。 自らの信じるところを成す。例え、その先に待つのが破滅への運命だとしても。 結局、私は己を最後まで貫くことはできなんだ……。拙き物語でも、貫き通せば真実になれたかもしれぬのに。 なれど、お主は英雄の名に相応しい。 かつて私が夢見た、強く、猛々しく、信義に生きる、誉れ高き騎士の名に」
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マントラ:B 主にインドで独自発展を遂げた魔術体系。 サンスクリット語の聖言を用いて魔術を行使する。 ~はドローナの下での修行時に習得した。 【A+ランク】 【Aランク】ラーマ 【Bランク】カルナ アルジュナ アシュヴァッターマン 【Cランク】 【Dランク】 【Eランク】 マントラ:A (ラーマ) 主にインドで独自発展を遂げた魔術体系。 サンスクリット語の聖言を用いて魔術を行使する。 ラーマは聖仙ヴィシュヴァーミトラの下での修行時に、数多くの真言を習得した。
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-8. 水佐波市。 首都圏から離れた場所に位置する、沿岸都市だ。 山、森、海と日本の自然が全て揃った、静かな地方都市である。 近年になって海上に埋め立て島を作るなどして開発が進んでいるが、 その一方で昔ながらの漁村や住宅街も、しっかりとまだ残っている。 時代の流れに伴って、少しずつ変化している――何処にでもある街。 しかしそんな水佐波にあって尚、時の流れとは無縁の存在があった。 住宅街から離れて歩くこと暫し。 右に左に傾きながら、だらだらと何処までも続く坂道がある。 その坂の向こうが見えるほどまでに登れば、其処からは土塀と竹薮が左右に並んでおり、 まるで時の流れが止まったかのような印象を、見るものに与える風景が続く。 水佐波の海上都市における発展や、陸上都市の衰退からも忘れ去られた場所。 そんな山に程近い区画に、時代から取り残された、小さな古書店がある。 老人が目指しているのは、まさにその店であった。 そう、彼は老人だった。 少なくともその一点においては、雰囲気に合った存在と言える。 しかし着込んだ衣服が場違いだった。決定的なまでに場違いだった。 何せ派手な花柄の木綿シャツ――つまりはアロハシャツなのだから。 がらりと古びた戸を開けて店内に足を踏み入れると、店主の顔がすぐに見える。 勘定台で煙管を噴かしていた店主が、実に嫌そうな顔をしていた。 もっとも、この店の主はいつだって不機嫌そうなので、老人は特に気にしない。 「何しに来やがった」 「随分な言い草じゃな。折角本を買いに来てやったというに」 呵呵と笑う老人に対し、店主――蔵間鉄人は眉間に皺を寄せた。 甚平を着込み、煙管を噴かすこの男。 いつ何時訪れても、山と詰まれた古書に埋まった勘定台に座っており、 丸で店の一部とでも言うような佇まいをみせるが、外見は二十代半ば。 だというのに、ともすれば目前の老人よりも年寄りめいた雰囲気がある。 奇妙な人物である。ただ一言で表すならば、だが。 「とはいえ、そいつは建前でな。あんたに頼みたい事があるんじゃよ」 「勘弁してくれ。俺ァそういうのとは手を切った」 「あんたの事だ。どうせ調べて、少しは話を聞いておろう?」 「誰が好き好んで戦争なんぞに関わるか。あんなのは一度で十分だ」 「あんたの存在を見逃してやってたのも、こういった時の為なんだがのぅ……」 「勝手に恩を売った気になるんじゃねえ。俺ァ元からこの街の人間だ」 「しかし、事はわしだけに留まらんぞ。わしの息子。あんたの大事な娘子も――」 「くどいぜ"坊"。手前の尻は手前で拭え。こっちに押し付けるな」 「………そうか。なら邪魔をしたな」 そう言うと老人は、近場に詰まれた古書から一冊を手に取った。 革張りの表紙の、随分と古びた洋書である。ただし銘は無い。 いかにも曰くありげな本。 だが老人は躊躇せずにページを開き、流し見てから頷いた。 「こいつを貰っておこう。お幾らかな」 「1000円だ。とっとと出てけ」 老人が静かに戸を閉めて立ち去ると、鉄人は苦虫を噛み潰したような顔になる。 要するにますます不機嫌な顔になった、というだけの事だ。 彼の平素の顔を見て感情の度合いを汲み取れる者は、そう多くはいない。 苛立たしげに、かつりと煙管を煙草盆に叩き付ける。 ――それにしても厄介な事になった。 戦争だと? 糞ったれめ。 「………………やれやれ」 実に大儀そうな仕草で立ち上がると、彼は古書の山の中へと手を突っ込んだ。 しばらく紙束を引っ掻き回して手繰り寄せたのは、これまた時代がかった黒電話である。 滅多に此方から掛けることも無く、また掛かってくる事も無い代物だった。 何せ用のある相手は、好き勝手に店先へやって来るのだ。特に必要も無い。 ――が、今回は少々事情が違った。 あの娘の事だから今日の夕方にもまた来るかもしれないが"かも"では困る。 確実に呼び出して、しっかり釘を刺しておかねば。 ジーコロロと古臭い音を立ててダイヤルを回し、受話器の向こうで呼び出し音が鳴ること暫し。 「…………。ああ、夏海か? 俺だ」 『あ、兄さん? もー、あたしの携帯なんだから、あたし以外出るわけ無いじゃん』 「そうかい? どうにも俺ァ、そういうのが良くわからんのだがね」 『まあ、兄さん機械音痴なのは昔ッからだけどさ。で、どうしたの。電話するなんて珍しい』 「悪いが、後でちぃとウチの方に来てくれないか?」 『良いけど……何か用事?』 「んにゃ。別に手間は取らせん。すぐに済む事だが、話しておかなきゃならん事ができたんでね」 『わかった。それじゃあ夕方ぐらいに行くよ。今、みことと遊んでた所でさ』 「あいよ。気ィつけてな」 がしゃりと受話器を電話機に置く。 戦争なんてのは随分と前に終わった筈だってのに。 外から響くのは、蝉の鳴き声。 「半世紀経っても変わらないのは自然くらいだと思ったんだがねぇ……」 -7. 何年経っても自然というのは変わらないものだ。 初めてこの風景を見たのは、確か冬だったように思う。 荒れ狂う風。岩をも打ち砕かんと迫る強烈な波。 寒さ自体には慣れていた。慣れざるを得なかった。そういう環境に彼はいた。 吹き荒ぶ雪の痛みも、足を絡め取る泥の重さも知っていた。 それこそが冬なのだと、彼は思っていた。 だが――これはどうした事だろうか。 足を踏み入れる事など生涯想像しなかっただろう極東の冬。 その冬は、彼にとって想像もしない表情を見せてくれている。 だが驚くべきは、それだけではない。 人類の技術が作り出した船ですら、いとも簡単に破壊できるだろう波の中にあって、 それを物ともせずに泳ぎ続ける魚たちの存在ときたら! 船の甲板に立っていた彼は、呆然とその海を見つめていた。 全身を濡らす水飛沫を気にする余裕は無く、ただ只管に圧倒されたのを良く覚えている。 長い年月を生きてきたつもりであっても、未だに自然は彼の心を奮わせた。 自然、或いは地球という惑星は、それほどまでに雄大かつ強大なのだ。 人としての範疇を多少外れた道に入ったからこそ、それが良くわかる。 だが、あれから長い年月が過ぎた。 今は冬ではない。 ――夏。 かつて荒れ狂っていた海は、実に穏やかに凪いでいる。 美しく澄んだ海。燦々と光を降らせる太陽。遠くから聞えるウミネコの声。 波によって飛び散った水飛沫が、きらきらと煌き、彼は目を細めた。 目を細めれば海中を行く 季節は巡り、月日は過ぎ、星辰の順列も変化した。 汗ばんだ胸元に風を送り込むべく襟元を緩め、更にそれを実感する。 変わらないのは自然と、自分くらいのものだ。 かつてと同じ景色を甲板の上から眺め、彼は皮肉げに口元を歪めた。 人も時代も移ろい行く。 祖国は滅び、かつて友と呼んだ男達は皆逝き、傍らにいた女も消えた。 ――いや、消えてはいないのか。 「閣下、そろそろお時間ですが……」 不意に背後から聞えた声。凛とした鈴のように涼やかな、女性の声。 "閣下"と呼ばれた彼は、ゆっくりと頷いて其方へと振り返る。 其処には、声から想起されるのと寸分違わぬ雰囲気を纏った少女が立っていた。 肩まで伸ばされた、雪のような――彼にとって雪とは灰色だった――色合いの美髪。 年端もいかぬ娘でありながら、研ぎ澄まされたように鋭い紅色の瞳。 人為らざる者の美しさ。大昔の人間ならば魔女と形容するだろう美貌。 身に纏うのが黒衣であるという点もまた、そんな印象を強める一因だ。 「もしかしてお邪魔でしたでしょうか?」 「いや、時間を忘れていた。呼びにきてくれて助かったよ、ヒルダ」 少女の姿を一瞥すると、彼は小さく首を横に振って応えた。 ヒルダ――ヒルデガルト・フォン・ノイエスフィールは、それを聞いて安心したとばかりに笑みを浮かべる。 花の綻ぶような微笑。氷のような姿と裏腹に、何処か暖かみのある表情であった。 「船内に戻る前に、貴官も一度見ておくと良い。あそこが我々の"戦場"になる」 「――ミナサバですか。聞いていたよりも、美しい土地なのですね」 海上からも良く見える。 美しい海。見事に広がった森林。雄大な山。 漁村のように見える沿岸部に牧歌的な住宅街。 橋を渡れば近代的な海上都市と、浜辺にはリゾート区域。 夏という行楽シーズンであるにも関わらず、記録によれば其処まで旅行客がいるわけでもない。 こんな見事な自然に囲まれているのに、平凡な地方都市に過ぎないというのは信じがたかった。 「拠点設営が終わり次第、貴官には向こうに上陸して貰う事になる。 其処からは精一杯働いて貰うぞ。覚悟をしておくと良い」 「はッ」 カチリと踵を合わせての見事な敬礼。 少女の容貌には不釣合いな仕草であるが、実に様になっている。 その様子を見て、彼の巌のような顔にも僅かに笑みが浮かんだ。 「ではそろそろ戻るとしよう。到着までは間があるのだし、珈琲を飲むくらいの時間はある筈だ」 「宜しければ、私もご一緒して良いでしょうか?」 「構わんよ。ヒルダは珈琲でなく、ココアだったか」 「はい、よく練った物を好んでいます。それでしたら、先に行って準備しておきますね」 弾けるように駆け出したヒルダが船内に姿を消すと、彼の顔から笑みが消えた。 長い年月を経た岩。無骨な表情は、それ相応の苦労と思考を伴ったものだ。 彼は最後にもう一度、己の"戦場"となるだろう土地を睨み付ける。 「鷹は舞い降りた――、か」 海から降りるのでは締まらんな。冗談とも本気とも取れぬ呟き。 そしてナチスと呼ばれた組織の生き残り、亡国の残党が集った場所、 度し難い大馬鹿者達の集団、秘密結社――グラムヘイム、 その極東支部長ヴィーダー・ベレーブング大佐がハッチの中へと潜り込み、 かくてUボートXI型潜水艦は、深く静かに水底へと潜行する。 ――――――どこまでも、どこまでも。 -6. ――――――どこまでも、どこまでも。 慣れ親しんだ街並みの中にある、一直線に伸びる道。 時々、本当にどこまでも歩いて行けると思ってしまうから、困る。 高波夏海にとっては、水佐波の海こそが其れだった。 潮の匂いと、遮る物の無い紺碧。いつまでも潜っていられそうだ。 (まあ、無理なんだけどさ) 肺が空気を求めて騒ぎ出す感覚に、人間が陸上生物である事を思い知らされる。 どんなに海が大好きで、ずっと遊んでいたくても、海は自分を拒絶する。 ひょっとして自分は海に嫌われてるんだろうか、なんて。 子供ながらも真剣に悩んだものだった。 (結局、答えなんかでなくって。お婆ちゃんに聞いたんだよねー) 海には海の都合があるんだよ、と祖母は優しく教えてくれた。 だから人間の都合で無理なお願いをしちゃいけないんだ、と。 友達の嫌がる事をすれば喧嘩になるだろう? 喧嘩するのが嫌なら、海のお願いを聞かなきゃならない。 だって海は、みんなに魚をくれたり、普段から一杯頼みを聞いてくれるんだから。 (ありがとう。――またね) しなやかな脚で力強く水を蹴り、上へと昇る。 そう。それがお婆ちゃんから最初に教わったこと。 海の傍で暮らすなら、忘れちゃいけない考え方。 夏海にとって、この海は大事な友達で、故郷で。 だから水佐波が大好きなのだ。 しばらくすると水面越しに、太陽がきらきら輝いているのが見えた。 息を止めたまま一気に其処を目指し、そして――。 ――世界が切り替わった。 今まで青一色だった世界に、他の色が戻ってくる。 肺一杯に空気を吸い込んで、吐き出して。 「あぁもう気持ち良いなぁーっ」 「ほんと、夏海さんは海に入ると楽しそうですわねぇ」 「そりゃもう。水を得た魚って奴よ」 先に海面まで上がってきていた友人――志那都みことと笑いあう。 短い赤毛、健康的に日焼けした肌という夏海と対し、艶やかな黒髪と、雪のように白い肌。 加えて常々夏海がけしからんと思っている、女性的な丸みを帯びた体型もまた対照的だ。 どうしてあんな大きなものを二つもぶら下げているのに、泳ぎがこんなに速いのだろうか。 水泳部部長から『水佐波のクロマグロ』なる有難くない渾名を頂いた夏海に対し、 納得のいかない事に、彼女はそれに勝るとも劣らない速度を出せるのだ。 世の中って不公平だと夏海は思う。 「でも部長も来れば良かったのに。夏に海で泳がないなんてバチが当たるよ、ほんと」 「そりゃあ部長さんは海が苦手ですもの。それに夏海さんは季節なんて関係ないじゃない」 「まぁねー」 ざばざば水を掻き分けて――水中と水上とじゃ泳ぐ気分も大分違うもんだ――砂浜に上がる。 日光に晒されて熱を持った砂の感触が、海水で冷やされた足の裏に心地良い。 水佐波も一部の砂浜がリゾート開発されているとはいえ、この辺りはまだ昔ながらの漁村だ。 盗まれる心配もないと砂浜に放り出したスポーツバッグからタオルを取り出し、水滴を拭い取る。 「……あれ?」 と、夏海は自分の手の甲に奇妙な痣があるのに気がついた。 はて何処でぶつけたのだろうと考えても、思い当たる節が無い。 恐る恐る触ってみても痛みは無いし、怪我と言うほどの事もなさそうだが。 「まあ良いか。すぐに治るでしょ」 特に気にする必要もないと頷いて、彼女はそれを意識の外に押し出した。 さて今は何時だろうかと時間を確かめるべく携帯を取り出そうとして―― 「あ、っと、っとととと、ちょっと待ってね、と」 突然、携帯が震えだした。 マナーモードにしたままだったと、慌てて携帯を開いて受信する。 続いて聞えてきたのは実に馴染み深い、酷く落ち着いた男性の声だった。 『ああ、夏海か? 俺だ』 「あ、兄さん? もー、あたしの携帯なんだから、あたし以外出るわけ無いじゃん」 『そうかい? どうにも俺ァ、そういうのが良くわからんのだがね』 「まあ、兄さん機械音痴なのは昔ッからだけどさ。で、どうしたの。電話してくるなんて珍しい」 『悪いが、後でちぃとウチの方に来てくれないか?』 「良いけど……何か用事?』」 『んにゃ。別に手間は取らせん。すぐに済む事だが、話しておかなきゃならん事ができたんだ』 「わかった。それじゃあ今から行くね。ちょっと、みことと遊んでた所でさ」 『あいよ。気ィつけてな』 「……珍しいなぁ」 あの兄さんが電話してくるなんて滅多に無いんじゃなかろうか。 パタリと携帯を閉じてバッグに放り込み、水着の上からシャツを羽織る。 ――と、同じく水着の上から肩に服を引っ掛け、髪を拭いながらみことが声をかけてきた。 「どうかしたんですの?」 「あ、ごめんね、みこと。兄さんから着信が入っててさ」 「あらあら、殿方からの連絡だなんて。夏海さんも罪な女ですこと」 「別にそんなんじゃないってばー。普段めったに電話かけてこないんだもん、兄さんは。 それにみことの方こそ、男子から人気あるじゃない。罪作りなのはどっちよ」 「わたくしは彼一筋ですもの。他の殿方なんてアウトオブ眼中! 人の恋路を邪魔する野暮な方々はスポーツカーに撥ねられて死ぬべきなのですわー」 「はいはい、ごちそーさま」 くるくる回るみことに苦笑交じりに呟いた。まあいつもの事だ。 みことと彼は、自他共に認める街一番のバカップル。 そりゃあもう水佐波市全体を巻き込んだ大騒動の末の告白だったから、知らない者は誰もいない。 というか毎日のようにイチャイチャしたり惚気話を聞かされてれば知らなくても慣れる。 「それでお兄さん、何か御用だったんじゃなくて?」 「うん。あたし兄さんに呼ばれてるから、今日のお茶会は抜けるね」 「あら、小日向さんがレーヴェンスボルンに呼んで下さったのに」 「ごめんねー。部長達にも謝っておいて」 「それでしたら折角ですし、お兄さんも連れていらしたらどうかしら?」 「んー……兄さん、出不精だからさぁ」 頬を引っかいて苦笑い。もっと出歩けば良いのにとは常々言っているのだが。 ――と、不意に排気音が響き渡った。 視線を上げれば、浜に近い道路を疾走する車の姿が目に入る。 まさに先ほどの会話に出てきたスポーツカー然とした外観。 この道がリゾート地に向かう事を考えれば、乗っているのも相応の人物なのだろう。 「あら、素敵な車ですこと」 「凄いよねぇ……あんなのに乗ってたら気分良いだろうなぁ」 -5. 「ったく、学生どもめ。さぞかし良い気分なんだろうな」 光岡自動車製ファッションスーパーカー「大蛇」のハンドルを切りながら、管代優介は毒づいた。 浜辺で暢気に過ごしている女学生など、彼が今最も見たくない存在の五指に入る。 今自分が――そして街の住人が置かれている状況について、懇切丁寧に説明してやりたい。 まったく面倒な事になった。 いきなり親父が行方不明になって、自分が跡継ぎとなった段からしてキナ臭かったのだ。 有り余る金をつかって生涯働かずにのんびり過ごせると思っていたら――全く。 どうしてこう厄介事に巻き込まれなければならないのか。 地位だとか権力だとかなんかいらないから、のんびり生きていけるだけの金さえあれば良いのに。 そもそもこの大蛇にしたって別に金持ちの道楽で購入したわけではない。 居住性の高さ、静かなエンジン音、そして運転のし易さなどを考慮し、 単に一番「面倒くさくない」と思える車両を選んだだけに過ぎない。 街の有力者の息子が安っぽい車を運転していれば、色々と面倒な勘繰りをされるかもしれないし、 見栄えが良くて運転のしやすい車で、他の高級車と比べて安価な物と言えば、大蛇位のものだ。 加えて言えば、蛇と言うのは風水の上では金銭を象徴する生き物なのだし、悪くは無い。 悪くは無いんだが、糞。 「あーもう面倒臭ぇー……」 ハンドルを握り締める自分の手を見ると、ひどく苦々しい思いに囚われる。 右手の甲に浮かび上がった奇妙な印。 痣のようでもあるのだが、独特の文様は刺青のようにも見える。 これが意味する事を知っている優介にとってみれば、まさに具現化した疫病神だ。 ああ、糞。今の状況だって『人に言える部分』だけを抜粋すれば羨ましがる奴が増えるんだろうなぁ。 仕事の関係とはいえ、高級ホテルで外国人の女性と密会。しかも写真を見る限りかなりの美女ときてる。 勿論、あくまで表向きは、だが。 「僕ァのんびり過ごしたいだけなんだけどなぁ……」 ダメな親父を持つと苦労する。 極度の面倒臭がりである自分を棚にあげて、優介は呟いた。 変わって欲しいと思う奴がいるなら変わってやりたいよ。 牧歌的な港湾区を抜けて、彼の大蛇は海上都市を横目にリゾート区へと入った。 遠目に見ても巨大だった高層ホテルがぐんぐんと迫り、その大きさが嫌と言うほど良くわかる。 件の女性はこのパレス・ミナサバの最上階を貸しきっているというが、まったく。 「良い眺めなんだろうなあ、糞」 -4. 「本当、嫌になるほど良い眺め」 ファーティマ・アブド・アル・ムイードは眼下に広がる街を見下ろし、そう一人ごちた。 白衣を着た女性――と表現するには何処か幼さが残っている彼女。 正確に言うならば「大人びた少女」と形容すべきか。 大きな丸眼鏡が、更にその印象を強調する。理系の女学生といえば皆が信じるだろう。 その一方、仕草の端々が妙に艶っぽい。 漆黒の髪に褐色の肌、そして神秘的な碧眼と、オリエンタルな――神秘的とも呼ぶべき色気を彼女は纏っていた。 少女のような容貌。大人びた表情。不可思議な色気。アンバランスな要素。 古来から多くの西洋人がイメージしただろう『東洋の美女』そのものと言える。 「極東の辺境都市なんて退屈するに決まってると思ってたのに、綺麗な街なのね。 これだったら家具から何から持ってくる必要も無かったかも。 長期滞在するとなれば、慣れ親しんだ調度品があった方が落ち着くかと思ったのだけれど……。 此方で色々作っても良いかもしれないわね。きっとその方が楽しそうだし。 ねえ、父様、母様、兄様も、そう思わない?」 「ああ。そうだな、ファーティマ」 「ええ。私もそう思うわ、ファーティマ」 「そうだね。良い考えだよ、ファーティマ」 いつもの習慣なのだろう。ポケットから革表紙の手帳を取り出して走り書きながら、彼女は背後を振り返る。 其処に立っているのは穏やかな表情を浮かべた初老の男女と、三十台程の若者だった。 ファーティマの言葉に頷く彼らは、彼女の言葉通りであるならば家族となるのだろう。 だが―― 「母様、約束の時間まであとどれくらいかしら?」 「あと十五分程よ、ファーティマ」 「それなら準備をするべきね。どんな服が良いかしら、父様?」 「此方が招いたんだ。正装で迎えるべきだろうな、ファーティマ」 「ならもう着替えた方が良さそうだわ。兄様、手伝って」 「ああ、良いともファーティマ」 「母様と父様は、その間にお持て成しの準備をお願いね」 「わかったわ、ファーティマ」 「わかったよ、ファーティマ」 ――明らかに、奇異な点があった。 彼女が優雅な仕草で腕を伸ばすと、すぐさま兄が傅いてシャツのボタンを外しにかかる。 両親はファーティマの指示通り、客人の為のお茶と菓子とを用意するべく動き出している。 そう、全てはファーティマの為に。ファーティマの指示に従って。 末娘である筈の彼女が、まるで一家の主であるかのように振舞っているのだ。 だが、誰もそれを疑問には思ってはいない。それが当たり前なのだというように。 兄の手によって次々に衣服が取り払われ、瞬く間にファーティマは一糸纏わぬ姿となる。 傷一つない滑らかな黒蜜色の肌を、自信を持って眺めていた彼女は、 その視線がある一点に止まると共に、誇らしげな様子で微笑んだ。 左手に浮かんだ幾何学的な文様。ぼんやりと輝くそれを愛しげにみやる。 「本当、神に感謝しなくてはならないわね」 -3. 「これも御仏の導きよ。ありがたやありがたや」 一面を緑に囲まれた山中深く。 その僧侶は猪の額に手刀を打ち込むなり、高らかに言い放った。 袈裟を内側から押し上げる筋肉、顔中に生えた髭。 身に纏った装束を抜きにすれば、とても坊主とは思えぬ姿。 実に獣染みた容貌の男である。 否、その印象は姿形だけに留まらない。 この刹那。男の一撃を受けた猪は、どうと音を立てて地面に倒れこんでいた。 見ればその額が完全に割れ、砕けた骨と血と脳漿とか毀れている。 悲鳴を上げる暇もなく命を奪われた事は明らかである。 正しく人間離れした膂力であった。 筋力に留まらず、突進してきた獣の額に正確無比な攻撃を打ち込める辺り、 およそ武術とは縁遠い人物にも、事の異様さがわかる事だろう。 両手の血を拭うことなく腰から短刀を引き抜き、嬉々として獣を解体しているこの僧侶。 彼は、それを児戯であるかのように軽々とやってのけたのだ。 「しかし――拙僧も夢想だにせなんだ。このような土地に、このような試練があったとは」 手早く火をおこし、引き剥がした獣肉を炙りながら、坊主はしみじみと呟いた。 全く躊躇することなく命を奪い、肉を食らわんとするこの男、名前を無道と言う。 多くの僧侶が認めたがらないだろうが、これでも立派に俗世を捨てた身である。 無道は自らの心身を鍛えあげ、修行をする為に全国行脚をしている修行僧だ。 この水佐波を訪れたのも、風の向くまま気の向くまま、好き勝手に旅をした結果に過ぎない。 しかし、無道に言わせればそれこそが御仏の導きであったのだ。 右手甲に浮かびあがった不可解な文様こそが、その証左。 いわばこれは挑戦状のようなものだと、無道は知っていた。 ありとあらゆるモノの挑戦を、無道は受けた。 立ち塞がる障害、ありとあらゆる試練は、この身一つで乗り越える事ができる。 ――否、乗り越えてしまった。 如何なる人間であろうとも、試練を超えれば先へと進める。 だが、無道には如何なる障害であろうと、試練にはなり得なかったのだ。 高みに昇りたくても、そこへ至る手段が無い。 無道は常にその事実に打ちのめされ、半ば以上絶望していた。 どんなに肉体を鍛えても、どんなに精神を鍛えても、己は高みに昇れない。 この世界で、自分はただ生きていくだけのことしか許されないのか。 無道は悩み、苦しみ、そして絶望した。 だが――これはどうだ? 恐らく、どんな人間にも想像できない戦いが繰り広げられるだろう。 この障害を越えて勝利する為には、どれだけ鍛えても足りないだろう。 世界にこれ以上の試練があるわけがない。 「拙僧の過去は、今この時の為にあったのだ」 今、無道は確信を持ってそう言えた。 この聖杯戦争に参加する為に、今の今まで心身を鍛え上げてきた。 そう思えば、ただ無為に過ごしてきたと思った三十余年の人生が、急に価値を帯びる。 昂ぶる想いは身を震わせ、世界に絶望していた心に喜びが蘇る。 否、まだ足りない。まだ自分は満足していない。 用意されただけの試練を受けるのは、無道の流儀ではない。 試練は自ら選び、自ら背負うものだ。 であるならば、彼の選択はただ一つだった。 自らにより重荷を背負わせるべく、万全を期して夜を待つ。 その為には肉が足りない。酒が足りない。 今はただ只管に食らい、啜り、心身の状態を整えるのだ。 そう言い聞かせて尚、逸る気持ちを押さえ込む事など出来そうにも無い。 無道はその顔に鮫のような笑みを浮かべた。 「――――血が騒ぐわい」 -2. ――――血が騒いでいた。 地べたを這い回り、泥を飲み、木の根を齧って飢えを抑えて数日が過ぎた。 どうしても我慢できない時は小動物の血を啜った。それでも飢えは治まらない。 当然の話だ。 これは胃や臓腑を始めとする肉体とは無縁の飢えなのだから。 彼という存在自体が餓えており、その為に身体を突き動かそうとする。 だが、それはできない。 周囲には大量に食事が存在するというのに、我慢し続けるのは拷問以外の何者でもない。 だというのに、それだけは出来ないのだ。 人でありたいのならば、人間を襲う事だけはしてはならない。 そう、彼は人ではなく、人であろうとするだけの存在だ。 否、彼が認めていないだけで、その肉体も精神も既に人外へと変わっている。 彼はカール・ノイマンという名前の人間――だった。 かつて人であり、人でなくなった男。それが彼だ。 今の彼は、生きる為に人間の血液を欲する化け物――吸血鬼である。 だというのに彼は、血を啜ることを是としない。 自分は人間なのだ。断じて化け物ではないと。 故に我慢する。 人間を襲う事を必死になって我慢する。 だが、我慢するだけで飢えから逃れられるわけもない。 我慢が極限に至る度、彼は人間を襲った。 彼自身の判断で『吸血しても良い』人間を選んで。 殺さない程度に気をつけて、血を啜った。 だが、その時点で既に破綻していた事に、彼は気付いていなかった。 考えても見てほしい。 人間であるならば、生きる為に人間を襲う必要は無いのだ。 人が人を殺す理由とは、生存の為ではなく欲望の為。 少なくとも自分が人を襲う事を是としなければ、カールは人間足り得ない。 だが、彼はそれを否と言った。 最早自分が人間ではないと認めなければならないのに。 不毛な話である。 救いようのない存在である。 それがカール・ノイマンという名前の吸血鬼だ。 だが、彼にとって希望が無いわけではなかった。 希望は右手に浮かんだ刻印の形をしていた。 彼はこれが自分を救ってくれると信じていた。 だからこそカールは水佐波にいる。 こうして林の奥で小動物の血を貪り、自分は人間であると言い聞かせながら。 ――救いようの無い話である。 誰に助けを求めるわけでもなく。 誰かに縋ることもせず。 今、この異郷の地において。 カール・ノイマンは只管に孤独だった。 -1. 「というわけで、わたくしは孤独なのですわ!」 「つまりそれは恋、というわけか」 「脈絡が無いよ、みこと、冴子」 「………………」 「やーちゃん、クッキーにフォーク刺してどうかしたのー?」 女三人集まればかしましいとの事だったが、五人ともなれば別格だ。 喫茶店レーヴェンスボルンは、華やかかつ騒々しい雰囲気に包まれていた。 海上都市にある比較的安価かつお洒落な喫茶店と言えば、それはもうこの店以外には有り得ない。 女子高生を始めとして、OLから旅行客まで幅広く愛されている優良店だ。 中でも常連客として知られているのが、水佐波女子高校の水泳部女生徒陣だった。 水泳部のエースである夏海、みことを始めに、部長の姫宮冴子、新人の黒崎八重、 そしてレーヴェンスボルンの看板娘(アルバイト)でもある小日向葵。 これに冴子の幼馴染だからか常に一緒にいる二条忍を入れて以上六人。 彼女達は定位置である窓際の日当たりの良いテーブルに陣取って、毎日のようにお茶会をやっていた。 今日は一人足りないとはいえ、これだけ揃えば賑やかにも華やかにもなるというものだ。 「ええ、聞いてくれますか皆さん! あろう事か……あろう事か、彼が――……」 「彼がどうしたんだ、志那都。浮気でもしたのか?」 「とんでもありません! 彼が家族旅行に行くから、しばらく逢えなくなってしまうのです!」 ばん、とテーブルを叩いて力説するみこと。 呆気に取られたり納得したり大変だねえと言ったりする面々の中で、 真っ先に反応したのが、先ほどまでみことを睨んでいた黒崎八重だった。 「……志那都さん、それはちょっと贅沢すぎる悩みではなくて?」 「んー。でもやーちゃん、わたしは少しわかる気がするよー。 さえちゃんも、しーちゃんも、そうじゃないかなー?」 「まあ、わからなくもないな。 愛しい人と逢えず、火照った身体を毎夜のように慰めると体力が持たん」 「冴子、ちょっとそれは下品」 「む、そうは言うがな、二条。近頃は少女マンガだってその位は――」 「真夏の夜を涼しくする稲川先生の怪談百物語」 「――自重しよう、うむ」 まあ、大体がこんな感じだ。 脈絡も無いことを誰か(大概はみこと)が言い、それに夏海か八重が突っ込みを入れ、 葵が場を和ませつつ話を引き継いだところで、部長が茶々を入れ、忍が突っ込む。 メンバー内に多少の軋轢があるとはいえ、彼女達は比較的仲良しだといえた。 少なくとも悪くは無い。その事は確信を持って言える。 「とはいえ、志那都。今後も彼とは離れる機会があるだろう? その度にそうして暴れていては、それこそ身が持たんぞ」 今回だって右手に痣が出てるじゃないか、という冴子の指摘も何のその。 みことは更に大きく両手を振って――今度は喜びに満ち溢れた表情を浮かべる。 「だから今夜は彼とデートでーすーわぁーっ!」 「成程、みことは結局こう持っていきたかったわけか」 「つまり志那都の惚気か。今夜は暖めて貰うのか?」 「はしたないですわね、部長。婚前交渉なんて致しませんわ!」 「…………………………………………」 「やーちゃん、やーちゃん、クッキーが粉になってるよー?」 「八重には葵の『ほにゃあ』も通用しないな」 ぎりぎりと歯軋りをしながら恋敵を睨みつける八重を見て、忍は小さく溜息を吐いた。 この辺り、みことが八重の敵意に気付けばどうにかなるのだろうけれど、 天真爛漫というか唯我独尊というか評価のわかれる彼女は、一向にそれに気付かない。 それが良い事なのか悪いことなのかは、わからないが。 「……まあ、黒崎にとっては不快な話だろうなあ」 「恋と戦争はどんな手段も許されるとは言うけどね……」 0. それは戦争だった。 求めるのはたった一つの願望器。 集まるのは七人の魔術師。 競う手段は七騎の英霊。 人知を超えた戦い。常識以上の闘争。 魔道と神秘とが夜を翔け、神話の時代が再現される。 即ちそれは世界で最も小さい戦争。 名前を聖杯戦争という。 そして今。 海底深く、偽りの聖杯がごぼりと静かに蠢いた。 『Fake/first war』 第一次水佐波聖杯戦争、開幕。
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Fate/Another Servant HeavensFeel 2 第二十二話ミニ劇場 ~ファラオ様はとっても目立ちたい~ ラメセス「というわけで俺様フェアーを開催することにした。よってミニ劇場もこれとなった!(ヴァーーン!)」 ローゼン「既に劇中で十分に目立ってるというのにまだ目立ちたいんですか貴方は………」 遠坂 「ここまで来るともはや尊敬の領域だな……」 ローラン「汚いぞライダー! オレだって目立ちたいんだぞ!」 アインツ「貴方ももう十分に目立っているわ」 間桐 「あれだろ? カメラ向けられると気取ったポーズしないと気が済まないタイプなんだろ」 雨生 「ああ~いるいる確かにいる。そして俺もカメラが欲しいなぁ。西洋の最新式のやつでも手に入らないんだよなぁ」 ヘイドレ「持ってる奴から奪えば良いじゃねーかよ」 雨生 「流石だバーサーカーその発想はなかったよ! 勝てばそれは戦利品だもんなぁ!」 ヘイドレ「そういうこった、さあ行くぜそのカメラとやらを奪いにな!」 綾香 「本当に行っちゃったんだけど放っといていいの?」 牧師 「放っておけ。関わると碌な事にならん」 ラメセス「ええい黙らんか貴様等ー!! ファラオの言葉を黙って拝聴しろ!」 アン 「聞く価値のない王の言葉なぞなんの意味があるんじゃ」 ラメセス「黙れい!」 牧師 「ところでライダー、貴様宛てに手紙が来ているぞ」 ラメセス「なぬ!? もしやそれはファンレターとかいうやつか!? 苦しゅうない読んで聞かせよ牧師」 牧師 「わかった。ええなになに。 最近なぜか近所に突然10m位の馬鹿でかい石像がおっ立っています。そのせいで洗濯物の渇きが非常に悪いです。 これ倒しても良いのでしょうか? だそうだ。ファンレターではなくクレームだな」 ラメセス「うむ、この愚民には死刑を言い渡す。ファラオの像を倒そうとは不届き千万だ!」 ローラン「そうだそうだ反省しろライダー! 人様の迷惑を考えろよなー!」 ベーオ 「……いやそれを貴公が言うのはどうかと思うが……邸一軒丸々廃屋に変えておいて」 綾香 「……ごめんなさい」 間桐 「ん? なんの話をしてるんだお前ら?」 ローゼン「いえ大した事ではありませんよ。先送りに出来る問題はなるだけ先送りにした方がいい(とてもにこやかに)」 ラメセス「もっと他にないのか牧師ッ!?」 牧師 「ああ他にももう一通来ているな。なになに。 最近の話なんですが近所に風変わりな方々が引っ越して来ました。とにかく騒ぎが絶えない一家です」 遠坂 「相談の手紙か?」 ラメセス「構わぬ、下民の声を聞くのもファラオの務めだ」 牧師 「その家主らしき人物は自分を王などと呼び沢山の女性を連れ込み、家庭内暴力も日常茶飯事のようです。 外国人とも交流があるらしいこの 羅目瀬巣 弐世 さんは過激攘夷派か何かなのでしょうか? とても心配です。 ジーン! ミリル! 直ぐ様この連中の口を封じて来い! 今すぐっ! 情報が漏洩しているぞー!」 間桐 「ゲラゲラゲラ! またお前等のことかよ!」 ラメセス「うぬぬ! 牧師ーこの不届き者も処刑しろー!」 牧師 「元を正せば貴様が間抜けな表札なんぞ立てるからだろうが!」 ラメセス「黙れ! あれは俺様の王道の表われだぞ!」 ローラン「それどんな王道だ!」 アン 「表札で王道を語るじゃないわい!」 ベーオ 「流石に自己顕示欲による王道はいかがなものか?」 綾香 「ファイターが難色を示してるわ・・・」 ラメセス「ところで話は変わるが最近英雄王ギルガメッシュの存在を知った」 綾香 「え……今更…? っていうか手紙はもういいの?」 ベーオ 「超著名人ではないか、本当に己の事しか眼中にないのだな貴殿は」 ラメセス「そやつはなんと己の事を"我"と書いてオレと読ませているらしい! 信じられん行為だ、発想が素晴らしい!」 綾香 「あ、貶すんじゃなくて褒めるんだ?」 ラメセス「ファラオとして俺様も遅れを取るわけにはいかぬ、よって今から新しい呼び名を考えることにする!」 ソフィア「俺様呼ばわりの時点で既に偉そうで図々しいとは思わないのか」 忠勝 「際限なく目立ちたいんでござるな……」 ラメセス「OREサマとかどうだ!?」 ローゼン「響きは同じなんですね」 遠坂 「雨生辺りが、はいせんすだぜファラオー!、とか喜びそうなネーミングセンスだな……」 牧師 「おいライダーどうせだからスーパースターマンはどうだ? ゴージャスだぞ」 間桐 「確かにぴったりだがお前それ完璧に嫌がらせだろう。らっきょでも喰ってろ」 綾香 「はい! じゃあ練り歩く露出狂なんてのはどうかしら? 実際上半身裸だしフレーズも目立ってると思うわ」 アインツ「公僕が喜び勇んで群がってきそうな名前ね」 ラメセス「女ども侮辱罪で殺すぞ。誰が異名を考えろといった! しかも全然格好よくないではないか!」 牧師 「じゃあトーテムポールはどうだ? おまえ大柄だろう」 綾香 「モアイとかもいいんじゃないかな?」 ラメセス「ええいもういいわ! 下々に俺様の呼び名を考えさせたのがそもそもの間違いなのだ」 間桐 「なら最初っから付き合わせるな───ひでぶっ!?」 ラメセス「ううむ…………ハッ!思いついだぞ!」 ベーオ 「……想像以上に速かったな」 ラメセス「発表する! ファラオと王を掛け合わせたまさしく王の中の王を意味する言葉……」 ローラン「……ゴクリ」 ラメセス「ファラ王……略して"ラオウ"というのはどうだーッッ!」 忠勝 「────!!?」 遠坂 「!!?」 アインツ「──!?!」 ベーオ 「─────今やつからオーラが視えた!」 ローゼン「───な!!? 」 アン 「ら、ラオウ……ッ!!」 牧師 「………ッ!?(ラオウ……この響き、言葉に宿った力強さ、本当に王の中の王っぽい気がしてくる…バカな!)」 ローラン「うおおおおー! それすっげー強そうだぞライダー!! お前には勿体無いからオレが名乗る!」 ラメセス「ふふん、ならんわ。ラオウは今より俺様が名乗るのだー!」 間桐 「ピピピピピピ! おいおい……BOSS力がどんどん急上昇してるぞ!? どうなってん──ぐわっスカワター壊れた!」 綾香 「でもそれなんかどこぞの拳王みたいな名前よね」 ローラン「え?」 忠勝 「む?」 ローゼン「そう言われてみれば……?」 ラメセス「な……! す、既に存在したのか……我が目立ち道に一片しか悔いなし……(バタリ)」 牧師 「お前の伝承の一体どの辺りに悔いが残っているというんだ……」 アン 「さーてと馬鹿どもは放っておいて久々にワシがタイトルコールやっとくか。 ───時間の空白を埋めるピース(出来事)によって断裂していた現在が繋がり新たな戦いが始まる。 最強の攻撃力を誇る矛と最強の防御力を誇る盾。 その二つの矛盾が出遭う時、砕け散る事になるのは一体どちらなのか────! FateAS第二十二話、9日目『太陽王』その伍。長い長い一日にようやく終わる」
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【元ネタ】史実 【CLASS】キャスター 【マスター】 【真名】エレナ・ブラヴァツキー 【性別】女性 【身長・体重】145cm・38kg 【属性】混沌・善 【ステータス】筋力E 耐久E 敏捷D 魔力A 幸運A 宝具A 【クラス別スキル】 陣地作成:A 魔術師として自らに有利な陣地「工房」を作る能力。 Aランクでは「工房」を上回る「神殿」レベルの陣地が作成可能。 道具作成:B 魔力を帯びた器具を作成する。 現界したブラヴァツキーはかつて自分に仕えた片腕たる「オルコット大佐」に似せた小型の自動人形を必ず複数体作成し、小間使い代わりにあれこれ便利に使っている。ちなみに、あまり戦闘には向かない。 【固有スキル】 魔力同調:C 同調した他者と自己の魔力を、同時に、大幅に、賦活させる。 マハトマ:A 根源へと到達した先達を彼女は「マハトマ」と称し、高次の存在であると規定した。 マハトマ達からの力を借り受けることで強大な魔力を操る―――として、彼女は世界に刻みつけられた数多の魔術基盤を使用する。 事実として何かしらの高次の存在が彼女に力を与えているのか、それとも彼女自身の魔術回路が極めて特殊なのかは不明。 使用可能な魔術は、召喚術、黒魔術、錬金術、元素変換魔術、ルーン魔術、古代エジプト魔術、などなど多岐に渡る。 聖堂教会の洗礼詠唱を使用することも可能。 また、複数の魔術基盤を並列使用することで「奇跡的」にきわめて強力な魔術を操ることにも成功している。 「奇跡的」という枕詞の通り、並列使用は必ずしも成功するわけではなく、幸運と偶然に大きく依存している。 未知への探求:B 根源(真理)を目指すブラヴァツキー女史のダイレクトマーケティング。 かつて夢の中で遭遇した未知との繋がりをなんとかして他者とも分かち合いたい、という儚い夢でもある。 【宝具】 『金星神・火炎天主(サナト・クマラ)』 ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:150人 飛行物体と共に光り輝くエーテルをまとった巨人が姿を顕し、周囲を炎で灼き尽くす。 ビジュアルは「巨大な謎の飛行物体が飛んできて不可思議な機動をしながらビームを照射する」という凄まじいものであるが、飛行物体や巨人は実際には何であるのかは不明だとされている。 【元ネタ】史実 【CLASS】アーチャー 【マスター】 【真名】エレナ・ブラヴァツキー 【性別】女性 【身長・体重】145cm・38kg 【属性】混沌・善 【ステータス】筋力E 耐久D 敏捷B 魔力A 幸運A 宝具B+ 【クラス別スキル】 対魔力:C 単独行動:C 【固有スキル】 サマー・バケーション!:A+ 今年の夏は自分も遊んでしまおう、と心に決めたエレナが獲得したスキル。 本来(キャスター)のエレナが有するマハトマスキルが変化したもの。 アーチャーとして活動するエレナの中核となるものである。 ニャーフ!:B NYARFことエジソンの作と思しいスーパー水鉄砲を自在に操る。 本スキルの存在によって、エレナの霊基はアーチャーとして定められたと思しい。 彼女自身は、「クラスはライダーのつもりだったのよね……」と言っているとか。 大佐の夏休み:B オルコット人形たちはたとえ夏休みであろうとエレナのために尽くす。 むしろ普段よりも活動的になった彼女のため、如何にして彼女を楽しませようかと全力を尽くすのだ。 彼らにとっての夏休みの喜びは、エレナの満足、その一点に掛かっている。 【宝具】 『金星神・白銀円環(サナト・クマラ・ホイール)』 ランク:B+ 種別:対軍宝具 レンジ: 最大捕捉: クラス変更に当たってエレナが持ち出してきたネオ宝具。 白銀の円環。キャスター時に宝具を真名開放する際に出現する飛行物体と同じ材質で構成されており、地球上の如何なる物質とも異なる組成を有しているという。 真名解放時には無数の飛行物体が出現し、雨あられと周囲に光線を降り注がせる。激しい爆発が巻き起こるが、決してエレナ自身には直撃しない。 【解説】 【元ネタ】史実 【CLASS】ライダー 【マスター】 【真名】エレナ・ブラヴァツキー 【性別】女性 【身長・体重】145cm・38kg 【属性】混沌・善 【ステータス】筋力E 耐久D 敏捷B+ 魔力A 幸運A 宝具B 【クラス別スキル】 騎乗:A 対魔力:C 【固有スキル】 真冬のマハトマ:A 姿を変えても彼女の才能は健在である。 キャスター時と同じように数多の魔術基盤に接続し、自在に操ってみせるのだが……見るからに『冬』『雪』を想起させる魔術を行使する傾向にある模様。 スネグーラチカの扮装をしたことによって精神的な抑制が自動的に働いていると思われる。 エレナ自身も、うっすら気付いている模様。 雪上格闘:C+ 生前目にしたホームズ(シゲルソン)の動きを真似してみたもの。 言わば、見よう見まねバリツin雪上。 キャスター時にはまったくうまくいかなかったものの、霊基が変わったことが功を奏したのか、なんだか思うように体がすいすい動くようになったわとエレナ談。 使用魔術がキャスター時に比べてかなり限定された結果、格闘に回す魔力の余裕ができたのかもしれない。 サンタ・オルコット:A+ 霊基の変化に伴ってオルコット人形たちも変化した。 道具作成スキルによってリアルタイムに増産することこそできなくなったが、サンタモードとなったオルコット人形はなんと一定の戦闘能力を有している。 雪上格闘スキルの獲得と同じく、使用魔術がキャスター時に比べて限定された結果、オルコット人形に回す魔力の余裕ができたのかもしれない。 【宝具】 『聖夜に煌めく流れ星(ミチオール・スネグーラチカ)』 ランク:B 種別:飛行/対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:50人 常時発動型の宝具。エレナが「乗騎」として用いる樅の木(ヨールカ)。 本来は飛行機能を主体とした宝具であり、攻撃用のものではないが、真名解放と共に高速での吶喊攻撃が可能になる。 飛行円盤の上に巨大なクリスマスツリーを展開し、その上に立ったまま飛行して流星のように相手に突撃する。 【解説】
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────────────────────────────Another Servant 7日目 遙か遠き日の……────── ────まず結論から話そう。 この日は珍しく何も起きない平和な日だった。 突然周囲を吹き飛ばすような力による大破壊も無く。 天変地異や異常現象も起きず。 建造物や自然物などの倒壊や焦土に変わり果てた場所もない。 押し入り殺人が起こることもなく。 時代遅れの決闘をするような怪物たちも姿を現さない。 冬木の港町全体に立ち込める悪い空気に脅えながらも人々は何も起こらない夜を越える。 それが聖杯戦争が開幕して七日目の出来事だった───。 強いて不審な話題を上げるならどこかの貴族めいた婦人たちの死体が見つかったことくらいだ。 だがそれも遠坂家の人間が直接やってきたことによりその事件を知るのも極一部の人間のみとなった。 神秘は隠匿される。 隠匿されるがゆえ世間は何事もなし。 この日に語るべきことは何も無い。 再契約を果たした沙条綾香は相棒であった侍を惜しみ。 ようやく事態を把握したセイバーは己がマスターの死を嘆き、その怒りの孟を裏山の木々にぶつけた。 遠坂は冬木で起こった事件の数々を地道な隠蔽工作で隠匿しながらも自身の調べ物に従事。 ファイターもマスターと役割分担で消耗した魔力の回復後、町の偵察に赴くも成果は無し。 間桐は聖杯の器を入手した事でより慎重になり、今後の方針を決めるべく臓碩との知恵の出し合いにこの日は精を出した。 同様にアーチャーもこの日はマスター共々陣地に待機して一歩も外に出ず。 ライダーは仇敵ランサーを仕留めた事で勝手に祝杯を挙げたばかりか休暇を取り始める始末だ。 牧師はそんなライダーを捨て置き、独自に活動するも全く成果なしの徒労に終わった。 キャスターとソフィアリは今後キャスターの工房に篭城して活動することを本格的に決め込み。 理性のないバーサーカーは雨生がいなければ動くことさえままならず。 その当の雨生は魔剣使用によって心身共に半死半生になってしまったため絶対に休息が必要な状態だった。 よってこの日は語られていない英霊たちの過去を垣間見ることにしよう。 遠き遠き、とうに終わりを迎えた出来事を……。 ──────Berserker Side──── ………俺は好き好んでこんな忌々しい運命を背負ったわけじゃねえ────。 彼は生まれながらにして狂戦士の呪いに囚われていた。 ヘイドレクの一族は代々狂戦士の家系であり、悉く狂戦士の血の濃い者達を多く輩出した。 ヘイドレクもそんな中の一人……否、彼の場合なら最高傑作とまで言っていいだろう。 それ程に彼は一族の中でもズバ抜けた適性と力があったのだ。 俺は幼少より気性が他の人間と比べてかなり激しく、度々争い事を好んだ。 一方、兄貴は俺と違って狂戦士の血が薄かったらしく、親父と同様に理知的で穏やかな人物だった。 兄は気遣いの出来る人間だったおかげもあり、俺との兄弟仲はそれほど悪くはなかった。 しかし親父との折り合いだけは最悪だった。 親父は俺の気性の荒さが心底気に入らなかったのだろう。 事有るごとに俺と親父は衝突した。 家の中で俺だけが異端だった。 俺だけが例外だった。 狂戦士───。 主神オーディンにも仕えた歴戦の勇者達。 かつてそれは祝福の名だった。 戦乙女ワルキューレによって集められた勇者の魂がヴァルハラで神の祝福を受け一段階上に昇華した神々の戦士。 それが狂戦士だったのだ。 ……だが、それが忌み名として広がったのは一体いつのことだろうか? 俺が生まれたときには既に狂戦士は呪われた戦士としての意味しか持たず。 かつて存在した筈の神々しい栄誉や栄光など影も形も無かった。 さらに笑えてくるのがウチの家系が代々狂戦士の家系だったということだ。 始祖はオーディンの一族(血縁関係のある一族とは別物)として仕えていたスヴァフルラーメから始まる。 すべての元凶はこのアホ野郎であり、同時に俺が感謝してもいいのかもしれないと思う唯一の人物だ。 こいつは全ての呪いの原因を生み出し、また俺達一族が英雄にまでのし上がる原因も作った人間だからだ。 ある日を境に────俺の荒々しくも何事もない日々は唐突に幕を閉じた。 眼下には血溜り。 そして倒れ伏した兄貴の死体。 俺の右手には美しい剣が握られており。 その刃からは血がポツポツと滴り落ちていた。 状況証拠からも明らかな事実。 犯人は弟のヘイドレク以外にありえない。 だが真実は違う。 これは、事故だったのだ……。 ───魔剣ティルフィング。 この糞剣が俺の運命を変えた張本人であり。 同時に俺たち一族の運命すらも変えた張本人でもある。 事の始まりは俺の先祖であるスヴァフルラーメのアホ野郎が発端だ。 このアホは何を考えていやがったのか幻想種の亜人の一つに当たる小人族を二人ふん捕まえた。 小人族は鍛治に関して素晴らしい技術を有している。 彼らが作る剣は人間が作る剣とは比べ物にならない力があるのだ。 それを知っていたこのド阿呆はよりにもよって小人に脅迫をかけやがった。 しかも笑えるのがその脅しの内容だ。 ”石でも鉄でも何でも斬ることが出来て、手入れせずとも錆びず、 決して狙いを外さず、抜けば絶対に勝利出来るような剣を作れ。出来なければ殺す” などと馬鹿げた要求を剣で脅しながら口にしやがったのだ。 普通に考えたらそんなものが作れる訳がねえ。 しかし”運が悪いことに”スヴァフルラーメが脅した黒き小人のドゥリンたちは真性の天才だったのだ。 ヒトの技法とは大きく違う技法を用いてドゥリンたちは見事にスヴァフルラーメの要求を全てクリアする剣を作り上げた。 そうして出来上がったのが魔剣ティルフィング。 魔剣自身に意思を宿らせた最強にして最凶最悪の魔剣だ。 しかも魔剣には黒き小人の呪い付きという素敵なおまけまで憑いていた。 結局スヴァフルラーメのアホ野郎は呪いに殺されて滅び、後世にはそんな素敵過ぎる呪いのアイテムが残った。 ──それが今俺の右手の中にあるモノの正体だった。 俺が魔剣の美しさに魅入られたように意識が遠くなった時にはもう全部手遅れだった。 俺の意思とは無関係にティルフィング自身が兄貴の血肉を求めて兄だった人をただの肉塊に変えてしまった。 これは俺の意思で兄貴を殺したわけじゃない。 だから真相はあくまで事故なのだ。 しかし事実は俺が殺したも同然だった……。 そのことを俺がいくら説明しても親父は絶対に信じなかった。 そして俺はこの事件をきっかけに実家を出ることになった。 正しく言えば勘当と言った方がいいだろう。 親父にしてみれば出来の良い兄貴が死んでしまった以上、弟の俺は邪魔なだけだからだ。 兄貴と同じく知恵者であるはずの親父は旅立ちの際にも俺に助言をくれなかった。 理由は”俺に助言を与えても無駄だから”だそうだ。 聡明な兄貴とは違い俺に助言を与えたところで聞き入れないため意味が無いと言いたいんだろう。 しかし、親父と違いお袋だけは兄貴を殺してもなお俺の味方だった。 俺の事故だと言う説明を信じてくれたのもお袋だけだった。 元狂戦士でもあったお袋は完璧に俺と同族だったのだろう。 母親の俺に対する接し方を振り返れば納得のいく話だと改めて思う。 そうしてお袋は旅立ちの際に俺にティルフィングを授けてくれた。 これを手に俺は上り詰めることを胸に誓った───。 それからの日々は戦だけに終始する。 どこへ行っても俺には呪われし狂戦士という忌み名が付いた。 ティルフィングの威力は絶大であり、抜けば狂戦士としての呪いを受ける代わりに勝利を得た。 戦う度に強くなり、戦争を超える度に能力が上がる。 そして俺は次第にティルフィングとの意思疎通すら成立するまでの魔剣の使い手になっていた。 どうやら俺は血統的にこの忌々しい魔剣と相性が良過ぎたらしい。 このことがさらに俺の運命に拍車をかけた。 狂戦士としての適性が高過ぎるせいで俺は”輪”から外れやすくなっていたのだ。 おまけに俺のすぐ傍には常に悪魔の声が存在した。 こいつは戦の最中に何度も何度も俺に囁き掛けてくるのだ。 ”自分と契約を結べ”と”契約の暁には人智及ばぬ無敵の力を与えよう”と。 無敵の力は魅力的ではあったが俺はそんな悪魔の囁きを頑なに跳ね返した。 今にして思えば、狂戦士としてのヘイドレクではなく人間としてのヘイドレクに拘っていたのかもしれない。 しかし、それも無駄な足掻きだった。 勝利をもたらす血に餓えた戦闘狂。 狂犬なる狂戦士。 敵に破滅を呼ぶ呪われし狂戦士。 狂気の戦士。 月日が経つにつれて、戦場を越える数を増やすにつれて、俺はそんな蔑みを篭めた異名で呼ばれるようになっていた。 連中から言わせれば所詮狂戦士はどこまで行っても何をやっても狂戦士でしかないということなのだろう。 そうやって戦いを終えて積み上げてきた死体の数々を前にして想うことはただ一つ。 味方に蔑まれ脅えた眼で見られる度に胸に灯る怒りはただ一つ。 ───俺は、好き好んでこんな忌々しい運命を背負ったわけじゃねぇ……。 何度も何度も何度も何度も繰り返したそんな愚痴にも似た自問。 だがある時、とうとう悪魔の剣が狂気を滲ませた声で俺に囁いた。 ───ダッタラ、変エレバ良イヨ。血デ金銀ト民デ飾ッテ狂戦士ノ名ヲ、アナタガ変エレバ良イワ。ヘイドレク─── それは心臓が止まるほどに強烈で甘美な衝撃だった。 まさに発想の逆転だ。 狂戦士が忌み名ならば忌み名で無くせば良いのだ、と。 そう呪いの魔剣は俺に囁く。 確かに全くもってその通りだった。 全ての原因は現在『狂戦士』に纏わり付いている呪われた意であり、 もし『狂戦士』に栄光の意を纏わせる事が出来たならば狂戦士はその時点で忌み名では無くなるのだから。 かつて狂戦士たちにも確かに存在した”神々の戦士”という栄光。 それを再び取り戻すことが出来たならば───。 そうして、その瞬間から俺は生き方を大きく変更することになった。 と同時に長年連れ立った腰に吊るしたこの狂気の悪魔との契約を正式に結ぶことにした。 もはや狂戦士であることに躊躇する必要性が無くなったからだ。 ならばこの魔剣とは積極的に関係を結んだ方がいい。 現状の仮契約では引き出せなかった魔剣ティルフィングの本当の力を引き出せるのなら俺は文字通り無敵となれるのだから。 以後、俺は一介の戦士から王を目指すことに指針を変更した。 民を得るなら領地がいる。 金銀を得るなら支配階級になるのが一番早い。 そして、血肉を求めるのなら自分の国を持ち戦争するのが総合的に最良の手段だったからだ。 俺の親父は一つ大きな勘違いをしていた。 それは自分の次男の能力を大きく見誤っていたことだ。 俺は無能では断じてなく、自分で言うのもなんだがとんでもなく頭が切れた。 知恵者として人々から尊敬と信頼を集めた兄貴や親父ですら手が届かない領域の知恵。 もうここまでくると悪魔染みていたとも言い換えても良いレベルだった。 何故それを実家に居た頃に使わなかったというと理由は単純だ。 使う必要がなかった。 俺は親父や兄貴みたいに他者と馴れ合うつもりなど毛頭なかった。 そしてそれ以上に俺が知恵を使うのはいつも他者のためではなく己のためだったからだ。 その知恵と正式な契約を結んだティルフィングを使って俺はどんどんのし上がっていった。 ティルフィングはドルイドの持つ使い魔などと同じで本契約と仮契約では引き出せる能力が段違いだった。 俺と一騎打ちをして生き残れる者などこの地には存在せず。 俺と謀略で競い合って勝てる賢者もこの地には存在しなかった。 問題といえばそうだな、相棒のティルフィングがうんざりする程に気違い染みていたってこと位か……? だがそれもしばらくしてなんとか慣れた。 そんな気違い魔剣だが、その性格はどうも多重人格の気があり中には可愛げのある人格も存在した。 男の人格もいれば女の人格もいるし、餓鬼もいれば老人の人格もいた。 主人格はもうどうしようもない程にアレだが、俺ほど長く連れ立っているとそこそこには愛着も沸いてくるものだ。 そうこうしているうちにいつの間にか戦士や貴族たちの間で共通した俺の二つ名が決まっていた。 ───凶戦士─── ハッ!素敵な通り名だとは思わないか? 狂戦士ではなく凶戦士ときたもんだ。 まさに俺はその二つ名に篭められた意味の通りの戦士であった。 魔剣を抜いた俺は凶々しく、そして強く、戦場で居合わせた戦士達にとっては戦死を呼ぶ凶を象徴する狂戦士だったからだ。 凶戦士ヘイドレクと呼ばれるようになってからは昔と違い蔑みではなく畏怖に変わっていた。 ただの血に餓えた戦闘狂から戦場の不吉の象徴へとなったからだろう。 神々を恐れる人間が抱く畏怖にも似た念。 相手が自分たちよりも上の存在だという本能的な怖れ。 これこそがかつて確かに存在した我らが栄光の残滓。 この先に俺の求めているものが存在する────! そうやって何度かの戦争と裏切りと殲滅戦を繰り返して、ついに俺は王の座についた。 それからというものは狂戦士が輝くために、武勇を積み重ね。 栄光とを証明する為に金銀を集め回り、多くの民を支配し、他国を侵略し莫大な財宝と広大な領地を獲得した。 何度も繰り返した。 そうさ何度も繰り返した。 飽きるほど繰り返した。 しかしそれでもまだ輝きと栄光が足りないのか、狂戦士の忌み名はこの世から消えなかった……。 その積み重ねと繰り返しは俺がオーディンの送り込んだ暗殺者に殺されるまで続いた。 そうしてその繰り返しの戦いは今もまだこの現世で続いている。 座に昇ったことで普通の方法では駄目だと理解した。 ならば普通ではない方法を使えば良い。 そんなときに現れたのがあの魔術師からの呼び声だ。 ───万能の杯、あらゆる願いを成就する聖杯───。 これを使って俺は、証明してみせる。 狂戦士は断じて忌み名ではないということをな────!! ──────Fighter Side────── 巨人討伐以前に行なった海魔獣討伐によって、 英雄としての頭角を徐々に現し始めていたベーオウルフは、 巨人グレンデルとの戦いを潜り抜け、 その母である水魔とその眷属達との死闘を終えた段階で『英雄』として完全に覚醒していた。 人間から英雄への存在の昇華。 人の身には余る程の圧倒的な力。 それらをその身に宿したのが今のベーオウルフだった。 「な、なんとか勝った、か……」 勝利の余韻もそこそこに、ベーオウルフは肩で荒く息を吐きながら足元に眼を向けた。 彼の足元には真っ二つにされた水魔の亡骸が横たわっている。 そして、館内には水魔の眷属である怪物達の無数の死骸が力なく水に浮いており、 フロースガール王の館から逃走した巨人グレンデルの生首までもが転がっていた。 強大な力を有したこの二体の幻想種はもうピクリとも動かない。 完全に絶命している。 本当にギリギリの戦いだった。 ベーオウルフに圧倒的に不利な状況でそれでもなお諦めずに戦い、そして掴み取った勝利。 柄だけになってしまった巨剣の残骸を片手に、勇者はフロースガール王と人々の許へと帰還する。 もう怪物に脅える心配はしなくていいと伝えるために。 後に語り継がれる英雄の二度目の死闘はこうして終結した。 勇者と怪物の戦いの起結はこのようなものであった──。 グレンデルを素手で撃退をした後日。 今度は巨人の母親である水魔が館を襲撃してきた。 そして水魔はフロースガール王の家臣にして盟友である男を攫って行った。 その事を知ったフロースガール王は泣きながらベーオウルフに助力を求め、勇者はこれを快く引き受けたのだった。 だが時既に遅く水魔の棲み家に辿り着いた頃には王の友は無残な姿で討ち捨てられていた。 こうして救出作戦から討伐作戦へと目的が変更になったのだった──。 水魔のテリトリーである沼地にベーオウルフ達が踏み込んだ時には既に待ち構えていたかの様に大量の化物が存在していた。 化物たちの姿に腰を抜かしていたウンフェルスからフルンディングを受け取ったベーオウルフは勇敢にも単身で怪物達へと挑む。 触手を駆使してベーオウルフの身体に絡み付いてくる化物たちをフルンディングで斬り捨てながら奥へ奥へと進んで行く。 しかし、地の利がある化物たちにとうとう彼は体を絡め取られてしまい水底へと引きずり込まれてしまった。 そうして彼が連れてこられたのがこの”止水の館”だった。 その名の通りその館は水の流れが一切無い濁り淀んだ空間であり、同時に水魔の寝床でもあった。 館の中央にある玉座の間には水魔が座して勇敢にも来訪した一人の勇士を待ち構えていた。 眷属である化物たちの手で止水の館の玄関が塞がれベーオウルフは逃げ道までも奪われる。 一対多数の水中戦が始まった。 圧倒的に不利な水中での戦いと刻一刻と無くなっていく酸素。 そんな圧倒的不利な状況であるにも関わらずベーオウルフの強さは顕在だった。 出来るだけ酸素を消費しない為に自分からは一切動かず自分へ攻撃を仕掛けてくる化物だけを的確かつ丁寧に仕留めていく。 カウンターを取るように一体一体丁寧に潰す。 そうやってある程度眷属の数を減らすと親玉である水魔に狙いを定めて猛然と襲い掛かった。 重たい装備を纏っている割にはベーオウルフの泳ぎは大したものでかなり速い。 一気に間合いを詰めてフルンディングで水魔に斬りかかるがあまり効果的とは言えなかった。 耐性があるのか知らないがどういう訳かフルンディングでの攻撃効かないのだ。 そこで彼はフルンディングを残りの眷属へ向けて投擲し全滅させると、水魔には己の肉体のみで挑む英断を下す。 水に動きを阻まれ本調子とは言い難いが、それでも水魔の身体に砲弾のような拳が一発、二発とめり込んでいく。 あまりの威力に緑色をした血液らしき物を口から吐き出す水魔。 ベーオウルフの万力のようなアイアンクローと、水魔による象さえも絞め殺せる力を持った触手が激しく絡み合う。 互いに主導権を握ろうと必死に体と腕を動かすが突然水魔がベーオウルフの足を掴んだまま移動を開始した。 館の中央に存在する玉座の間からさらに奥の部屋に通じる扉へと向かっているらしい。 奥の部屋に入ると同時に水魔が触手を器用に使ってベーオウルフを組み伏せた。 そして短剣を取り出し徐に彼の胸に突き立てた。 水中内でくぐもった鋼の残響音がした。それと肉では有り得ぬ位の固い感触。 驚愕に目を見開く水魔。 ベーオウルフの胸元からは先祖伝来の胸当てが覗いていた。 刃物では駄目だと悟ると水魔は素早く触手をうねらせ勇士を壁へと激しく叩きつけた。 壁に叩きつけられた衝撃で呻き声と共に肺の中の酸素が搾り出されてしまった。 ベーオウルフは慌てて口を押さえるもふと奇妙な感触を覚える。 何故かこの室内は水で満たされていなかった。 まさかと思い立ちほんの僅かだけ呼吸を試みてみる。 問題なく吸える。 室内に満たされた気体は毒でもない、まぎれもない酸素だった。 水魔の誘導によって連れて来られた部屋はなんと酸素が存在していたのだ。 異様に広くそして天井も高い部屋には水がベーオウルフの胸までしかなく、残りは酸素で満たされている。 おまけに室内は段差があるらしく水に浸かっていない場所まであった。 好機とばかりにベーオウルフは何度も大きく酸素を肺と脳に取り入れる。 戦闘中に巡って来た一瞬の小休止。 ”だが何故この部屋にだけ酸素が……?” という疑問にベーオウルフがぶつかった瞬間。 それと同時にその解答が視界内に入った。 「貴様は───グレンデル!!!?」 驚く彼の視線の先には先日のベーオウルフとの死闘で片腕を失った巨人が存在していた。 どうやらこの部屋は水魔や化物達と違って酸素が必要なグレンデルのための部屋らしい。 だからこの室内は異常に広く天井が高い造りになっているのだろう。 全長5mは優にある巨人族のグレンデルにはこの位の部屋の大きさが無いと狭い筈だ。 そして、片腕の息子に寄り添うように水中から陸に這い上がる母親。 ギラついた殺気。復讐に燃える濁った瞳が憎き英雄に向けられる。 動き難い戦場。ついでに武器もない。 そしてなによりも最悪なのはよりにもよって『幻想種』が二体もこの場にいるという状況。 長期戦になるとベーオウルフの敗北は目に見えていた。 英雄は冷静に慎重に敵と周囲の様子を窺いながら、この窮地を脱する方法を必死に模索する。 すると、希望の光とも言える代物を巨人と水魔の背後に見つける事が出来た。 ───それは古来より伝わる巨人族が作りし巨大な大剣。 常人ではまず扱いきれそうにもない巨剣が怪物たちの背後に飾られていた。 ベーオウルフが今まで蓄積してきた鍛錬と経験の結晶が光速でその作戦の実行サインを送ってくる。 勇者はあの巨剣を使って幻想種たちを打倒する事を即断すると、ゆっくりと怪物たちとの間合いを詰めていった。 気取られてはいけない。あくまで慎重にやらねばならない。 自身に浴びせられる強烈極まりない二つの殺意。 二体の幻想種が放つ魔力がビリビリと室内を震わせる。 しかしそれに臆すること無く足を進める。 間合い内に入る地点までもう少し。 そこに到達した瞬間に巨剣の強奪目掛けて一気に動くつもりだ。 あと数歩。 だが、それよりも先にあろうことか水魔が先制攻撃を仕掛けてきた。 襲い掛かる茨の鞭のような触手の群れ。 予定を繰り上げてベーオウルフは一気にアクションを起こす。 それらに釣られるようにしてグレンデルまでもが攻撃行動を開始してしまった。 こちらの状態は全く万全ではない。 予定外の先制攻撃に、しかも間合い外。 まさに絶体絶命の危機。 ベーオウルフは怪物たちの咆哮に負けじと力の篭った咆哮を上げる。 破滅的な二つの暴力が勇士を襲う。 死に物狂いで二体の攻撃を捌きながら水中から這い上がり、全力で地面を転がる。 水魔と巨人の連携によってベーオウルフの身体は既に傷だらけのボロボロ状態であった。 始まって数秒も経っていないと言うのに怪物たちの暴力はこれでもかと勇者の身体を蝕んでいた。 しかし、勇者の方も大傷の代償に得た物が存在した。 ゴロゴロと勢い良く体を前転させながらも、ついに目的の場所に辿り着いたのだ。 勇士の背後には恐ろしい怪物達が止めを刺す為に直ぐそこまで迫っている。 台座に飾られていた巨人特製の大剣を両手でふん掴み。 そして、 全力で一刀両断した─────!! 勇者と怪物の戦いは終結した。 怪物は滅び、勇士は英雄と成り、この地には平穏が戻った。 ただそれだけが確かな結末だ。 英雄は刀身が溶けて消えた巨剣の柄を片手に携え無事帰還した。 王と人々は彼の偉業を讃え宴を開き、吟遊詩人は彼の唄を謳う。 全ての事件が解決した後、ベーオウルフは自らの国へと帰郷した。 圧倒的な怪力を誇る巨人との素手による格闘戦。 そして変則的な攻撃を繰り出す沼に棲む水魔たちとの水中戦。 これらに勝利しただけでも英雄として十分過ぎる位に偉業と呼べる戦果であり、 また英雄を名乗るにも十分な栄誉栄光であった。 だがしかし、ベーオウルフは自らを英雄と口外することは決してしなかった。 怪物を討ち倒すという栄誉を手にしても彼は物静かにして控えめで何よりも無欲だった。 それが味方から嘲りを生み、彼が仕える王から軽んじられる結果になっても変わることはなかった。 それから月日が経ち。 ベーオウルフは王位に付くことになった。 だが一国の王の地位についてからもその性格は変わることはなく、彼は民を守り臣下を導きそして敵を討ち続けた。 全てはかつて、”力に溺れた結果破滅を招いてしまう”と彼に語ったフロースガール王の訓戒を守るため。 ベーオウルフは決して己の力と権力に溺れることなく、いつまでも彼のままで在り続けた。 だがそんな控え目なベーオウルフ王の態度は王の様に名を売りたい部下からしてみれば不満の種であり、 ついには”実は王は怪物など退治したことは無いのでは?”などという馬鹿げた噂まで立つ始末だった。 しかしそれでも彼は黙々と民の為、人の為に常に先頭に立って戦い続けた。 ある時は巨人グレンデルの時のような怪物退治を。 ある時は町に住み着いてしまった魔女の難題を解決し。 ある時は村に悪戯をする小人を懲らしめ。 ある時は人間を相手に戦争をした。 ベーオウルフの治める国は彼の力によって平和であり続けた。 そうこうしてあの巨人退治から五十年の月日が流れ───。 ある決定的な事件が起こった。 この事件こそが彼を英雄として不滅のものにした戦いである。 ───そう、最強の幻想種たる『竜種』との戦いだ。 戦慄した表情のままウィーグラフが硬直している。 周囲には何かが焦げた異臭が充満していた。 「あ…あ!あ、あ………お、王!ベーオウルフ王!」 「……無事かウィーグラフよ?」 「お、王の、お陰です……有難う御座いました…」 喘息や過呼吸のような安定しない呼吸でウィーグラフが返事をした。 恐怖の余り呼吸がまともに出来ないのだろう。 まあ無理もない。今のにはそれだけの威力があったのだから。 しかし今のは本当に危なかった。 身を隠せる箇所の多いこの辺一帯の地形と対火竜用の大鉄盾が無ければどうなっていた事やら……。 後方の有り様を見つめながら流石のベーオウルフもホッと安堵した。 自分たちの居る場所から遙か後方まで”何も無い”のだ。 彼らの背後には確かに大きな岩があった。 そして洞窟の前には入り口を隠すかの如く聳え立った大木もあった。 洞窟の入り口の前方は草原と野花畑も確かにあった。 にも関わらずそれが今は無い。 ………つい先ほどまで存在していた物が何もかも無くなってしまったのだ。 二人が洞窟の最奥を目指している途中、突然洞窟内の気温が一気に上がったと二人が感じた瞬間にソレは起こった。 確かに肌で感じた集束し振動してゆく魔力の波。 吐き気を催す程に強烈に知覚出来る死の気配。 そして己の肉体が消滅していく不吉なイメージ。 その直後に襲い来る獄炎の津波はベーオウルフとウィーグラフ以外の何もかもを蒸発させながら遙か遠くまで通過して行った。 洞窟の奥に居る火竜が二人に対して灼熱の業火を噴いたのだ。 その圧倒的な火力は大地に深々と傷跡を残し、愚かな人間の矮小な精神に絶対的な恐怖心を植えつける。 それほどの絶対的な力の差。 たったの一撃で人間の精神を完膚なきまでに叩き折れる暴力。 それが幻想種の頂点に君臨するドラゴンと呼ばれるモンスターの力だった。 しかし。 「流石は最強の幻想種と誉れ高い竜種だ。 もしやつの攻撃をまともに受けたらその時点で私達の負けだな」 つい今起こった惨状を目の当たりにしながらも、その勇者の瞳は全く恐怖で曇ってはいなかった。 「べ、ベーオウルフ王……?今のを見ていなかったのですか!?」 余りに超然した王の様子に臣下は信じられないと困惑する。 情けない話だがどうも彼は腰が抜けたらしい。 なのにこの勇者は全く何とも無いのである。 普通の人間なら必ず自分の様に竦み上がる筈なのだ。 国中の勇士を集めて今のを見せたら絶対に悲鳴を上げて逃げ帰るに決まっている。 否、戦う前から逃げ出す。 だからこそいま現に、王は一人で戦う羽目になっているのだから。 なのに何故この方はこんなにも……。 「ウィーグラフよ。良くぞ此処まで私に付いて来てくれた」 王を見つめる己に突然王がそんな言葉を口にした。 「だがもう十分だウィーグラフ。貴公は此処で退きかえせ。今ならばまだ間に合うはずだ」 恐怖や葛藤で落ち着かないウィーグラフとは対照的にこの状況で似つかわしくない位の酷く落ち着いた声。 臣下に自分を残して退きかえせ、と王は再度言う。 「な、なにを……王…?おれは!」 ウィーグラフは王の言葉の意味が理解出来ずに呆けた顔で意味を持たない言葉を返していた。 そんな臣下の心中を察して王は首を横に振る。 「もう十分だと言ったのだ。敵は最強種と名高い魔獣の中の帝王。 本来竜種ではない魔獣でさえ竜の姿を模していれば最優の魔獣となるほどの幻想が竜なのだ。 その力は時に幻獣や神獣すらもを容易く凌駕して有り余る。 そなたも今のを見たであろう? これより奥は真性の死地。ヒトでは決して生きては還れぬ。 それにも関わらず貴公はただ一人逃げず、良く此処まで付いて来てくれた。 心から感謝するぞウィーグラフよ」 語り終えると最後に少しだけ微笑み、そうして王はウィーグラフに背を向けた。 臣下の呼び止める声を無視し、王はたった独りで洞窟の奥に待ち受ける死の悪獣に挑もうとしている。 ベーオウルフの名を叫ぶウィーグラフの声がいつまでも洞窟内に残響していた……。 ───事の始まりは、ある一人の逃亡者の手によって引き起こされた。 主君より罰を受け逃亡中だったその男は、主君と仲を取り持つ為に宝による買収を思いついたのだ。 そして、あろうことか財宝が眠ると云われる火竜の棲む洞窟へと侵入した。 様々な幸運が積み重なった結果。 奇跡的に火竜から財宝を盗み取ることに成功した逃亡者は意気揚々と街へと戻った。 しかしそれが悲劇の幕開けだった。 己が長年の間守ってきた財宝が盗まれたことに気付いた火竜は激怒し人間達への報復を開始した。 巨大な両翼を羽ばたかせて王都へ飛来した火竜は、その異形のみで民を恐怖のどん底へ叩き落し、 その凶悪な刃のような牙が並ぶ顎から吐き出される劫火は、 ただの一撃を以ってして荒くれ者である筈の国の戦士たちの心を楽々とへし折っていった。 天空から降り注ぐ竜種の火炎放射はレーザーカッターのように王都を南北に綺麗に真っ二つに線引きし、燃やした。 広大な王都が竜の火炎によって滅んでいく。 突然自分たちの身に降りかかった圧倒的な暴力による蹂躙。 悲鳴と混乱。子供の泣き声。逃れられぬ死。 焼け朽ちた人体はもはや焼死体というよりは炭というほどしか体積が残っておらず。 石で作られた民家などは蒸発して跡形も残らず。 燃え広がる火炎はついに王宮までもを焼き尽くした。 こうして阿鼻叫喚の地獄絵図を作り上げた火竜は一通り街を燃やし尽くすと、 報復に満足したのかその大きな翼を再び荒ぶらせ巣へと帰って行った。 火竜が撤退した後、ベーオウルフは至急行動を開始した。 最強の幻想種に対抗するために火竜の業火すらも防げる盾を造らせ、竜の棲む魔窟へと挑むことを決意した。 それから件の原因となった逃亡者を捕まえて火竜の洞窟までの道案内を命じる。 盾の完成と同時に多くの兵を率いてベーオウルフ王が進軍を開始する。 だが巣に近づくにつれて、一人また一人と、兵は減っていった。 火竜の絶対的な恐怖は兵士たちの精神を完全に破壊していたのだ。 そんな兵をベーオウルフは一度たりとも咎めなかった。 恐ろしさのあまり逃げ出すのは仕方が無い。 と諦めたような、寂しそうな言葉を発するだけで絶対に非難しなかった。 そしてとうとう辿り着いた地獄への入り口。 あれだけの大勢がいた王の軍隊も残ったのはたった一人のみだった。 「貴公は逃げぬのかウィーグラフよ?」 寂しそうな、だが確かに喜びを秘めた瞳で老王はただ一人残った勇士に声をかける。 「いえ!自分は逃げません!最期まで王に付いてゆく次第です!!」 若者は姿勢正しく、ハッキリとした声で力強く宣言した。 「そうか、礼をいうぞ勇敢なる勇士よ」 王の心からの感謝の気持ち。 常に独りで戦って来た勇者だからこそ解かる喜び。 「ハッ!勿体無き御言葉」 それに気付いた若者は何があっても逃げない事を決意した。 「ではゆくぞウィーグラフ。私が先行する、貴公は後を付いて来るのだ」 力強く頷く若者。 そうして彼らは魔窟へと踏み込んだのだった───。 ───ベーオウルフがウィーグラフを残し独りで奥へと向かってしまったあと。 ウィーグラフは悔しくて悔しくて何度も地面に頭突きをした。 握り拳を叩き付けた。 己の不甲斐無さに頭が来る。 そしてそれ以上に主君に腹が立つ。 「あの方はあまりにも孤高過ぎる……畜生、チクショウ!!」 あの人は何もかもを一人で背負おうとする。 たった独りで竜種を退治して、その上に一家臣の命を守ろうとまでする。 そんなのは王にあるまじき行為だとウィーグラフは切に思った。 歯噛みする彼の視線の先には一つの盾がそっと置いてあった。 そうだ。これは火竜を倒す為にベーオウルフが用意した切り札たる鉄盾だ。 なのにも関わらず王はその盾をこともあろうか置いていったのだ。 それが何を意味するのかどんな阿呆でも判る。 火竜の灼熱から己の身ではなく、ウィーグラフの身を護る為に、老王は己の切り札を手放した。 「……ベーオウルフ王……王…」 彼は強すぎた。だから誰も付いて行かないんだ。 いやそうじゃない………誰も付いて行けないんだ。 あの勇者には他の英雄譚に登場する勇者たちが当然のように持っているものを致命的なまでに持っていない。 共に肩を並べて戦える好敵手も親友も居ない。 彼の身を助けようとする多くの仲間もいない。 心休まる家族すらいない。 なのに戦う相手はいつも強大な力を誇る幻想種ばかりだ。 常に独りで我ら民の為に強大過ぎる敵と戦い続ける王。 しかし、ならばその先にあるものは避けようのない死に他ならない。 「冗談じゃない、冗談じゃない!!おれは、おれは最期まであの偉大なる勇者について行くと決めたんだぞ!!」 剣を杖代わりにして腰が抜けて力の入らない下半身に喝を入れる。 恐怖に侵食されつつ心にあの勇者の姿を思い浮かべてなけなしの勇気を奮い起こす。 「おれにだって…あの闘王と同じ勇者の血が流れているんだ! たかが竜種如きに脅えて逃げている様ではベーオウルフ王の名誉に傷が付くだろうが!!」 腹に力を籠めて右足で地面をダンっと踏み締める。 それから大盾を背中に担ぐと若者は王の後を追って全力で走り出した。 たった独りで最強の魔物に挑もうとしている王の許へ加勢に参上するために。 ベーオウルフはウィーグラフと別れてからさらに奥へと進んでいた。 「ウィーグラフは無事にこの魔窟から脱出できていると良いのだが……」 家臣であり同時に唯一の親族でもあるただ一人自分に付いて来てくれた勇士の身を案じながら一人ごちる。 そのためにウィーグラフの元へ盾を置いてきたのだ。 あの盾ならば竜の炎からも何とか身を護れる筈だ。 いやそうでなくては困る。何が何でも若者の身を護って貰わねば割に合わない。 胸に溜まったものを吐き出すように大きく息を吐く。 しかし今して想えばこんな危険な場所に独りではなかったというのが嘘のようだ。 それ位に自分はいつも一人で戦っていたのだなと、ベーオウルフは改めて痛感した。 不意にピクリと全身が発した危険信号を頼りに足を止めた。 気配を殺し壁に体を貼り付けて洞窟の奥の様子を伺う。 どうもこの先は通路よりもさらに広い空洞になってるようだ。 チラチラと目線をせわしなく動かして辺りの状態を探る。 すると、目的のモノがそこに居た────。 絶望を形にすればこういう形になる。 まるで言葉にせずにそう宣言しているかの如き威風堂々とした形骸。 身長2mはある巨体の持ち主であるベーオウルフよりもさらに大きい。 数mは優にあるであろう巨体。 左右に広げた両翼も含めれば、今よりもさらに大きくなることだろう。 細く縦長の瞳孔をした瞳が獲物を探してギョロついている。 剣山の入れ歯でもしているのかとぼやきたくなる強靭な牙の群は恐怖の具現であり。 大木のように太い尾はきっと巨大な岩石の塊も容易く粉砕するに決まっており。 その漆黒色の鉤爪は死神の大鎌よりも切れ味が良いのはまず間違いないだろう。 そして、どんな魔法の鎧よりも堅い真っ赤な鱗が火竜の全身を覆っている。 先程見せ付けられたお陰で奴の灼熱の威力は既に知っている。 確実に下手な宝具よりも威力が上だった。 ベーオウルフはそんな掛け値なしの真の魔物に今から挑まねばならないのだ。 「─────ふぅ」 深呼吸で呼吸の調子を整える。 若干の緊張で高鳴る鼓動を抑え、仕掛けるタイミングを慎重に計る。 今まで戦って来た幻想種とは文字通り桁違いの強さと魔力だ。 この火竜と比べれば、あの禍々しかった巨人グレンデルでさえ可愛らしく見えてくるほどだ。 ベーオウルフはフルンディングとネイリングを静かに鞘から抜いて精神を集中させた。 作戦は至ってシンプルに。 火竜の反撃を一切許さずに一撃必殺で決着をつける。 長期戦にはまずならない。 むしろ一瞬で勝負を決められなければこちらが負ける。 最後に一度だけ静かに、ゆっくりと息を吐いて。 「………よし───神々よ、勝利を我が手にッ!」 物陰から一気に躍り出た。 飛び出しながら右手の魔剣を竜へ目掛けて投擲する。 赤い猟犬が一直線に竜に向かって噛み付き掛かった。 そして英雄は魔獣の首を刎ね落とす為に怒涛の勢いで懐まで詰めていく。 魔剣の命中によって衝撃と共に爆風が生じた。 間違いなく竜に命中した。 ……好機! 「オオアアアアアアアアッ!!!」 竜種の持つ凶悪な威圧を跳ね除けんばかりの気合でベーオウルフは間合いを詰め終える。 だがその突進は突如横合いから出現した巨大な尾によって阻まれてしまった。 短い悲鳴を上げてベーオウルフの体が薙ぎ飛ばされる。 宙を舞い地面に墜落する。苦痛の声を吐き出して勇者は大地に倒れ込んだ。 赤い魔剣と火竜の衝突によって生じた砂埃が徐々に晴れていく。 ありえないことに土煙の中から五体無事な竜のシルエットが出現した。 そいつはまるで人間のようにブルブルンと頭を振り意識を覚ます動作をしたあとギッと勇者を睨めつけた。 血走ったギロリとした両の目玉が魔物の怒りを如実に表している。 「ば………バカ、な…ッ!?」 さしものベーオウルフも有り得ないと愕然とした表情をしていた。 火竜のあの様子ではフルンディングの攻撃が殆んど効いていないと判断するしかない。 魔剣の一撃で火竜の体力の半分位は削れると踏んでいたのに、その結果は殆ど効果無しでは笑うに笑えない。 おまけに奴の魔力が集束し高まっていた。 やばいさっきのアレがくる───!! ダメージでまだ起き上がれないままでいるベーオウルフの方向へ魔物はガパッと上下に剣山が並ぶ凶悪な顎を大きく開く。 竜の口の中に魔力が渦を巻く。 小さく灯る赤い光点。 それが段々と大きくなっていき。 火竜は長い首を一度だけ仰け反らせて……。 ────全てを焼き滅ぼす灼熱の劫火を吐き出した!!! 視界内と周囲が朱色に輝く。 必死に肩膝を立たせるまでなんとか体を起こしたベーオウルフ。 だがどうやっても回避が間に合わない。獄炎が彼の体を焼き尽くすだろう。 周囲の物を蒸発させながら地獄の大火炎が一直線に勇者に襲いかかる。 一瞬後の自分の死に思わず眼を瞑る老王。 しかしそれよりも早く黒い影が老王の前に躍り出た。 ウィーラーフ 「───大鉄盾の勇士───!!」 ベーオウルフの視界が真っ赤な灼熱から、唐突に見覚えのある背中に切り替わった。 その前方には鈍く輝く鉛色の光が展開されている。 「ウィーグラフ……?」 炎と王の間に割り込んだ若者は足を力強く踏ん張りそして、 狂ったような怒号を上げて竜種の暴力に振り絞った勇気で対抗する。 「うおわああああああああああ!! 我が名はウィーグラフ!!彼の偉大なる闘王ベーオウルフの血統の一人なり!! 火トカゲ風情に!火トカゲ風情が我が王を焼こうなど100年早いぞ分を弁えよ獣ッ!!!」 悪夢のような灼熱の暴力を前にウィーグラフは一歩も譲らなかった。 孤高なるこの王の力になる為、王を護るため、若者は何が相手だろうと一歩たりとも譲る気は無かった。 その決意を胸に抱き彼はこの地獄の底まで参上したのだ。 そんな覚悟を決めた勇士ならばこんな事で退くほど弱くは無い! 洞窟内を朱に染め上げた灼熱が消えていく。 肩で息をしながらウィーグラフは地面に膝を着いた。 若者の盾は竜種の火炎をなんとか凌ぎ切ることに成功したのだ。 盾の損耗具合を考えるとあと一度はなんとか耐えられるだろう。 ただし二度目はかなり際どい綱渡りになるだろうが。 「ウィーグラフ!貴公は何を考えているんだ!!」 とんでもない無茶をする臣下に老王が叱咤する。 だが臣下は王の叱咤など意にも介さずただ真っ直ぐな眼で王を見詰め、最敬礼をした。 「はぁはあ。ベーオウルフ王、ウィーグラフ加勢に参上致しました。御命令を!」 「貴公は……」 そんな若者の姿に王は思わず言葉を詰まらせた。 かつてこれほどまでの勇気を示してくれた者を見たことがあるだろうか? ……いや無い。断言してもいい。 最強の竜種を相手に一歩も退かずに立ち向かう勇気を持った勇士を己はウィーグラフ以外に知らない。 かつてない感動が老王の胸に湧き上がってくる。 しかし、そんな王の胸に沁み込む感動は竜の猛烈な咆哮音によって掻き消された。 咆哮に驚いたウィーグラフが盾を構えてベーオウルフの所までジリジリと後退してくる。 「王どう致しますか!?」 「ネイリングで奴の首を絶つ、鉄盾を私に!」 指示に従いウィーグラフはベーオウルフに鉄盾を渡すと自身も名剣と青銅製の盾を装備した。 「じ、自分も戦います!」 若者のその言葉に王は大きく頷くと、大鉄盾を前面に展開し再度突撃を開始した。 その後に続くウィーグラフ。 火竜もそれに合わせて今度は火炎放射ではなく、火球による攻撃を仕掛ける。 霰のような勢いで飛んでくる無数の火球弾。 展開した盾を命綱にして強引に歩を進めて竜との間合いを詰め寄っていく。 「ウィーグラフ私の盾を持て!」 合図に合わせ鉄盾をウィーグラフに持たせ、右手のネイリングを激しく回転させる。 威嚇する猟犬の回転音を掻き消すように光線のような灼熱がまたしても竜の口から発射された。 ベーオウルフは盾の影から飛び出し火炎放射をネイリングで斬り付ける。 するとベーオウルフの身体はまるで瞬間移動したかの如く消失し、火竜の頭上に出現した。 「セイヤァアァアアアア!!!!」 渾身の力を篭めて名剣を火竜の首に振り下ろす。 幾多もの戦いを乗り越えてきたイングの古宝と呼ばれる勇者の名剣。 これを持っている限り彼の戦いは安泰だとされて来た力の象徴ともいえる剣。 堅い紅鱗に覆われた火竜の長い首を刀身が喰い込む。 文句無しの会心の一撃。 完全に振り下ろしきられたベーオウルフの腕。 しかしその瞬間。 甲高い金属音を響かせて、尖輪の名剣は真っ二つになった。 「な──!!??」 「ベーオウルフ王ぉぉぉ!!お逃げください!!?」 「グガァッギャアアアアアアアアアア!!!!」 英雄の驚愕する声。 家臣の悲痛な叫び。 そして火竜の恐ろしい雄叫び。 三者三様の叫びが重なり合った。 火竜はベーオウルフの攻撃に耐えると瞬時に首を鞭のようにしなせる。 その竜の首の動きに反応してベーオウルフも身体を逸らし始める。 首につけられた勢いのままで断頭台の如き加速で閉じられる上下を向いたの牙。 目視できない程に速く、そして重い一咬み。 火竜の渾身の一撃は、ベーオウルフにとって痛恨の一撃となった。 「う───おあ”あ”あ”あ”あああああああああ”あ”あああ”あ───!!!!!??」 ベーオウルフの首筋から鮮血が噴出す。 避け切れなかった竜の一撃は英雄の首筋を掠め血管を傷付けていた。 「ベーオウルフ王ーーーーっ!!!!」 ウィーグラフの悲鳴が洞穴内に轟く。 その光景に若者は思わず地に膝をついてしまった。 英雄が今し方受けた傷は誰がどう見ても致命傷だ。 あれは助からない。王だってもう戦えない。 「王……」 絶望にがっくりとうな垂れるウィーグラフ。 「ぬ、おぉ、オオ!!」 しかし、彼が信頼し尊敬した主君はどんなになっても超人のままだった。 「え?」 馬鹿みたいな言葉が若者の口から零れた。 信じられなかった。 いま目の前で起きた、いや、起きている光景が信じられなかった。 「ハァアアッ!!シッ、ディアッ!!」 鈍くだが軽快な重音が響いている。 竜が。竜の首が跳ね上がっていた。 あまりに信じられない光景が彼の目の前で繰り広げられていた。 王は首から夥しい出血をしながら、それでもなお闘っていたのだ。 しかも────素手で。 さらに信じられないのがその攻撃で火竜の首が弾き飛んでいるのだからもう夢を見ているとしか思えない──! 剣の様な竜の歯牙をかわしてベーオウルフは拳を叩き込む。 ベキリと痛々しい音と共に竜の牙がへし折れた。 悲鳴のような猛り声が火竜の口から迸る。 苦痛に耐え切れず竜が滅茶苦茶に吐いた火炎が周囲に燃え広がる。 ベーオウルフは自分に降りかかる焔を一切気にせずに火竜頭部に飛び乗ると、鉄拳で右目を打ち抜いた。 豪快に弾け飛び散るゼラチン質。眼窩より噴出す鮮血。 ビリビリと洞窟を揺るがすドラゴンの悲鳴。 ヨロヨロと低下していく魔物の力。 その隙を最後の好機と踏むや否やベーオウルフは最後の力を振り絞り火竜の首に回るとその剛力で竜の長首を絞め始めた。 首を絞めている人間を振り落とそうとぶおんぶおんと首を激しく振る竜。 しかしそれでも勇者は首を絞める力を緩めない。絞め殺す腕を止めない。 ベーオウルフも必死なのだ。 もう勇者にも力は残っていない。 もしここでチャンスを逃せば絶対に勝ち目が無くなってしまう。 両者の死に物狂いの力比べと根競べが続く。 次第に火竜の動きが無くなっていき。 そして……火竜の頭がついに地面を舐めた。 ベーオウルフと火竜の戦いは燃え盛る焔の中でついに決着を迎えた。 フラフラと竜の首から手を離して同じ様に地面に横たわるベーオウルフ。 「王!御無事ですか!?」 「ウィーグラフよ……火竜に、止めを……」 「え?ハッ、ハイ!判りました!」 息も絶え絶えに王が忠臣に命を下すと、若者はそれ従い火竜に止めを刺した。 竜が完全に息絶えたのを確認するとウィーグラフは王の首の止血を試みた。 若者が施してくれている手当てをぼんやりとした意識で眺めながら、 たったいま最強の幻想種である竜種を見事仕留めた英雄は考える。 ”もう時間が無いな……。出血よりも体内に入った火竜の毒の方が問題だ” 「ウィーグラフよ、宝を、竜の宝を、確認するのだ……」 「宝、ですか?ハッ!直ぐに!」 王の言葉に慌ただしく返事をするとウィーグラフは此処よりもさらに奥へと足を踏み入れていった。 そしてソレらを発見した。 「これは……!?」 若者の驚きは無理もなかった。 金銀財宝。 まさにそういう言葉通りのものがそこには存在していた。 夥しいまでの宝の山。 無数の煌きを放つ宝が竜が吐いた焔の光に照らされてキラキラと輝いている。 ここまで来ると宝箱の中の宝物ではなく宝物庫の中の宝物と言っていいようなレベルの量なのだ。 「これならばきっと王も御喜びになられる筈だ!」 ウィーグラフは宝の一部を抱えて一目散にベーオウルフ王の許へと退き返しこの事実を報告した。 ウィーグラフが王の許へ戻った時には既にベーオウルフは瀕死の状態だった。 「左様かそれほどの財宝があったのか。それならば民も喜ぶことだろう」 瀕死の老王は家臣の報告を受け民が多くの宝を手に出来た事を心から喜んでいた。 「………これでもはや憂いる事はなにも無い」 「ベーオウルフ王!!?」 若者は目に涙を浮かべて王の名を呼ぶ。 「ウィーグラフよ、良く聞くのだ。私の亡骸は、火葬して岬に埋葬するのだ」 「……岬に、火葬ですか?」 若者は王の言葉を反芻する。その意図がいまいち掴めなかった。 「そうだ。そして、そこに小高い塚を、築くのだ」 つまり岬に大きな王の墓を岬に作れと言う事なのだろう。 なるほど確かにそれは良い。岬に佇む塚はきっとこの王の墓に相応しい筈だ。 ウィーグラフは内心喜んだ。 王の自分の為にささやかな願望を口にしてくれた事が若者には嬉しかった。 やはり無欲な王だと言えども墓は立派な物が良いに決まっている。 そうだそうに違いない。 「そうすれば航海する者達の目印になろう」 だが若者の思惑とは全く違った意図を王自身が口にした。 「……王……仰せの、通りに…!」 臣下は震える唇で、しかしハッキリと王の命に了解した。 彼の誇り高き主君はどこまでも真の勇者だったのだ。 自身が死ぬ間際でさえ王は弱者の味方であり、最後の最期まで人々の守護者であったのだ。 決して驕らず、臆病な部下を蔑まず、たった独りだったにも関わらずそれでもなお最後まで闘い抜いた孤高の闘王。 そんな気高き生き様にウィーグラフは涙するしか出来なかった。 「それと、ウィーグラフ……我が武具は…」 蚊の飛ぶような掠れた声で王が続ける。 「解かっております。王と共に埋葬致しますので御安心を」 若者は王が最後まで口にするのを待たずに先を言った。 しかし、王は弱々しいが確かに首を横に振り。 「いや是非貴公に使って貰いたい。此度の褒美である。貴公の勇気…真に見事であったぞ、ウィーグラフ」 最期にそう若者の勇気を讃えて、孤高の王は永き眠りについた。 そして現在、日本の冬木にて。 孤高なる闘王の戦いは今もまだ続いている。 しかし強敵揃いのこの最上位の戦場であっても、勇者は決して怖れる事は無い。 何故ならば。 あの時と同じく、闘王と共に肩を並べて闘う遠坂という名の心強い味方がいるのだから────。 ──────Riders Side────── 我が名はラメセス二世。 セティ一世の皇太子にして太陽神ラーの血をその身に宿す選ばれし者。 そしてエジプトの最大にして最強のファラオ也。 我こそが太陽神の人世具現者。 我こそがラーに変わり地上を治める神威の代行人。 我が身こそが光の子。 それは英霊の座に祀り上げられてからも変わることはない。 そして、今だからこそハッキリと言えよう。 認めることが出来る。 初めて我が眼前に姿を見せた君は。 誰よりも輝かしい筈のこの御身よりも、神々しくそして眩しく視えたのだ────。 あの時受けた衝動こそが、我が愛の始まりだった。 俺様には兄が一人居た。 しかし兄は神々の加護が薄かったため親よりも早くに没してしまった。 そうして亡くなった兄に代わって俺様は王家の長男として扱われ、 父であるセティ一世の側近として政治や戦争、建築事業などの手助けしながら健やかに逞しく成長していく。 そうやって王子として忙しい日々を過ごしながら時は流れ。 俺様にとってついに運命の日がやってきた。 「ファラオ、その婦人は?」 ファラオであるセティ一世の隣に口では伝えきれぬ程の美貌の主が佇んでいた。 「ああ紹介しよう。彼女はネフェルタリだ」 「はじめまして王子。ネフェルタリで御座います」 セティ一世が連れて来た女が俺様に対して優雅に礼を取り……そして優しく微笑んだ。 俺様はあの時の胸より湧き上がる衝動を決して忘れはしないだろう。 我が魂に深く刻まれた君の微笑。 何があろうとも消える事はない最初の一幕。 ───君と俺様はこうして出会った。 俺様が最初に君へ抱いた感情は、感嘆でもなく、喜びでもなく、哀しみでもなく、理不尽な怒りだった。 ネフェルタリの微笑を視た瞬間に体中から湧き上がったのは間違いなく怒りだ。 なぜ怒りなどが込み上げて来たのかその時の俺様には理解出来なかった。 無理もない。何もわかっていなかったのだ、ネフェルタリの事は勿論己自身のことさえも。 その神々しいまでの眩しさを認める事が出来ない。 そんな簡単なことにさえあの時の俺様は気付かなかったのだ……。 それからネフェルタリはセティ一世の薦めで王宮に逗留することになった。 ファラオの決定である以上は王子と言えど異を唱える訳にはいかない。 だがそのときの俺様は理解不能の激情のせいでネフェルタリの逗留には反対だったのだ。 セティ一世はそんな俺様の反対を押し切ってネフェルタリを逗留を正式に決定させた。 しかし今だから声高らかに叫ぼう! 父セティ一世よ、御身のその判断は後の歴史に末永く残る程のファインプレイであったと! 有り難う有り難う人間父よ!我はこの感謝は決して忘れぬぞ! よってその偉業を讃えるため豪勢な記念碑を建てておいた。 草葉の陰から記念碑の出来に満足してくれ人間父セティ一世よ! そうした結果、自然と俺様とネフェルタリの交流が始まることになった。 最初の邂逅に感じた謎の怒りの真相を確かめるべく、俺様は度々ネフェルタリの許へ足を運んだ。 初めの内は二人の関係はギスギスしたものだった。 主に上記の理由により俺様の方が敵対心や懐疑心を持ったまま接していたからだ。 しかし、ネフェルタリの方はいつも自分の許に訪れる俺様を歓迎しもてなしてくれた。 明らかに俺様が不機嫌であったり、敵対的であってもあの女はそんな自分を優しく歓迎した。 そんな不思議な包容力を持っていたネフェルタリの優しさに包まれる様に、 俺様は何度目か訪問を重ねるに連れて次第に己の中にあった謎の怒りの感情は薄らいでゆき、 次第にはネフェルタリの許へ行くのが楽しみにさえなっている自分がいた。 元々エジプト貴族の出であったネフェルタリは王家の人間にも劣らぬ優雅さと気品を具え持っていた。 その美しさと優雅さの資質は瞬く間に宮殿内に居た女の誰よりも貴人であると評判になった。 そういう俺様もネフェルタリと過ごす時間は他の女達では決して得られない充足した時を得ることが出来た。 敢えて言葉にするならば、混じり気の無い純粋な満足感。 そういった類の幸福感を実感したことは今までに一度も無かったのだ。 そのため俺様は公務(セティ一世の政務など助手)の合間に時間を作ってネフェルタリとの逢引を繰り返した。 しかし問題も多かった。 建築事業や外政の公務の時は良いのだが、戦争時は事情がガラリと変わってしまう。 何故なら他国との戦争の際には俺様が軍団の指揮を執らねばならないからだ。 そういった事情により永くネフェルタリと逢えない日々もあったりした。 戦時のフラストレーションと言ったらもう勢い余って軍の指揮を放り出してネフェルタリの待つ宮殿に蜻蛉返りしたり、 ネフェルタリと逢引したさに一ヶ月はかかる筈の戦況を七日で決着をつけてやったりした程に良くも悪くも俺様を情緒不安定にした。 そんな俺様とネフェルタリの逢引で一番愉しかったものは何と言っても建造物や遺跡の案内をしてやる事だった。 セティ一世の元で建築事業にも携わっていた俺様は建築に関しては類を見ない程の才能と知識そしてセンスがあったのだ。 自らが建てた建造物をネフェルタリに披露し解説してやるのは自分の作品を自慢する芸術家のような心境と言ってもよく、 毎度案内の度に男子の尊厳を賭けた緊張と興奮と悦びとが混ざりあった妙な高揚感があった。 ネフェルタリも俺様のそんな男心を察していたのか見学中はコロコロと表情を変え、驚き、上品に笑ってくれた。 それはこの上なく、本当に楽しい一時だった。 「凄いのねラメセス。貴方の建てた神殿や建造物はどれも素晴しかったわ! これらにはラーを始めとした神々を祀るに相応しい輝きがありましょう!」 ラメセスⅡの建てた数々の碑や神殿に興奮した様子でネフェルタリが喝采を贈っている。 「そ、そうか……?いや、そうかそうか!やはりネフェルタリもそう思うか!?」 「ええもちろんよ!」 「そうだろう!いやな!実は俺様もそうじゃないかとは思ってはいたのだ!フッハッハハハハハッ!」 そして心奪われている女性からのこの上ない喝采を受けて満更でもない様子で照れ笑っているラメセスⅡ。 「オホン!そ、そうだ。そのうち俺様の気が向いたらなのだがな……」 ラメセスⅡは照れ隠しの大笑いを止め、咳払いをして場を仕切り直すと再度別の言葉を紡ぎ始めた。 「え?なにラメセス?」 「お、お前にも何か神殿を建てて贈るのもよいかも……な。 ま、まぁ俺様の気が………向いたらではあるのだが…!」 「本当に!?」 ラメセスⅡの言葉に眼を輝かせて反応するネフェルタリ。 その美しい貌がラメセスⅡの顔のすぐ近くにある。 その瞳は明らかに期待の色が滲み出ていた。 「き、気が向いたら、だ!後のファラオであるオオオ俺様がッ! 女如きの為に神殿を一つ丸々建てるなど普通では絶対に有り得ぬ! なな何かの気まぐれでも起こらぬ限りそんなことは当分起こり得ぬわ!」 ラメセスⅡはプイっと顔を明後日の方角に逸らして一気に言い訳染みた台詞を捲くし立てた。 心臓が激しく高鳴っていた。 「ふふそうね。でも、その時が来るのをとても愉しみにしています」 少し残念そうにしてネフェルタリは笑った。 「……………………………待ってるがいい……」 ラメセスⅡはネフェルタリには決して聞こえない大きさで決意を込めて囁いた。 ファラオを褒めれば天を舞う。 ネフェルタリの言葉に気を良くした俺様はそれからさらに積極的に建築事業を行ないその才能を磨き上げた。 建築技術とそれに関わる様々な知識、それと建造物の美しさに関わる美的センス。 それらを現段階よりも数段跳ね上げるべく多くの建築に関わり練習と実験と研究を重ねた。 何のためにそんな真似をしたかなどいちいち聞かなくともわかるだろう。 全てはネフェルタリに贈るに値する、相応の美しさを揃えた神殿を作り上げるためだ。 この時点での俺様の建築技術ではネフェルタリに贈るに値する物は造れない。 故に贈るに値する物が生み出せる高みにまで上る必要性が生じたまでのこと。 後の世に語り継がれる建築王の二つ名を持つファラオはこうして生まれることとなったわけだ。 そんなネフェルタリとの幸福な日々を繰り返しながら月日は流れ。 まもなくして俺様はお前を妻に迎え入れた。 しかしそれは王家や貴族の間に有りがちな政略結婚などではない。 俺様は一人の女性としてネフェルタリを王家の──否、我がラメセス二世の妻として迎え入れたのだ それからは幸福の日々だった。 共に語り合った。 共に水浴びをした。 共に俺様が手掛けた建築物の見学をした。 共に弓の腕前を披露した。 共に笑った。 共に愛し合った。 そして、子を生した。 俺様が王に即位してからもその幸福は変わらなかった。 むしろ幸福は増したと言っても良いだろう。 ネフェルタリ。 我が最愛の妻ネフェルタリよ。 お前は美しいだけでなく聡明にして有能で完璧な妻だった───。 「ラメセス、明日は式典なのですけれど衣装の方はどうするのでしょう?」 「明日のは豊作を神々に祈願する為の式典。俺様はこれを纏おうかと考えているのだが……」 「アナタ、そちらよりはこちらの方がよろしいのではなくって?豊作を祈願する式典なのでしょう?」 「む?そうか、そうだなネフェルタリがそう進言するのならばそっちにしよう」 「それと地方から届いた連絡なのだけど、いつもの手筈に沿って片付けておきましたよ。 だからアナタ今夜はゆっくりと休んで明日の式典に備えて下さいな」 「なに?そうかそれはすまぬなネフェルタリ礼を言うぞ」 「いいのよわたしは貴方の妻なのだから。そうでしょう?」 「………予定変更だ、寝るのは後だ!さあ寝所へゆくぞ!夫婦の営みだ!」 「ら、ラメセス!駄目よ明日の式典に備えなけれ───」 「式典など知らぬ!ファラオの夫婦の営みを邪魔する輩は極刑だー!」 「きゃーあ、あなたー!」 君はファラオの政治を影から支え、王宮に数多く居た妾達を纏める上げる力を持っていた。 「貴女達、わらわ達の役割は解かっていて?」 「ネフェルタリ第一王妃様……」 「いいこと?わらわ達の役目はファラオを支える事。それに終始します。 ファラオであるラメセスⅡを支え、ラメセスを愛し、ラメセスを守り、ラメセスの子を産む。 それがわたしたち王宮に仕える女の役割なの。 貴女もラメセスの女であり、わたしもラメセスの女の一人」 「しかし……ネフェルタリ様はわたしたちとは───!」 「しかしではないわ。わらわたちに必要なのはラメセスに捧げる愛情のみ。 ましてやラメセスの寵愛の取り合いなど無意味なの。わたしも貴女達もそれは変わらないの」 「……はいわかりました」 「ええ結構。ではラメセスのところへ行きましょう。あの人がわたしたちをまだかまだかと待っているわ」 「「はい!」」 褥での営みも見事なもので女としての文句の付け所がなかった。 そういう幸福な時間がゆっくりとゆっくりと過ぎていった。 それを反映するかのように我が祖国エジプト王朝も繁栄を極めた。 それは完全に衰退した状態から過去最高の繁栄を見せたほどだった。 しかし国の繁栄は俺様の力だけではない。 きっとおまえが俺様の隣に居てくれたからこその繁栄だったのだろう。 そういえばお前には腰を抜かすほど驚かされたこともあったな。 俺様が永き生涯において最も驚いたのはあの時だよ。 お前がカデシュの戦いに同行すると言い出した時さ。 カデシュの戦いはムワタリ大王が率いるヒッタイトとの戦争の一つだ。 当時のヒッタイトは最新の騎馬術に戦車戦術や、世界で初めて鉄の生産・実用化に成功して鉄器武具を所有し、 既に民主主義的性格を有する法典まで作っていた当時世界最先端の多民族国家だった。 要するにこれ以上に無い程に危険で手強い敵との戦争によりにもよって君は同行すると言ったわけだ。 しかしただ何となくで同行すると言い出した訳じゃない。 戦争の厳しさ、恐ろしさ、そしてそれに伴うリスクを全て承知した上でおまえは俺様に同行すると言ったんだったな。 良く覚えているぞ。あの時のお前の言葉を。 「馬鹿を言う!それがどういう事か理解していないのか!」 「理解していますとも!」 叱り付ける様に言うファラオと凛とした態度で言い返す王妃の言い合いが続く。 「解しているのならば───!!」 「理解しているからこそネフェルタリは貴方に付いて行くのですラメセス!」 「もし万が一にでもヒッタイトとの戦に負ければネフェルタリ、君はムワタリに捕らわれる羽目になるのだぞ!? 君は美しい、どんな男も放っておく訳が無い!そんな美貌を持つ女が戦場にノコノコと現われてみろ! 連中はこぞって我が先だ我が先だと醜悪で野蛮な欲望に舌なめずりしながらお前に襲い掛かるに決まっておるだろう!!」 最愛の女の身に降り掛かる最悪の結果を想像し怒りで身を震わせるラメセスⅡ。 「ならばラメセス、答は一つです」 「……なに?」 「わたしを他の男に奪われたくないのなら……この戦必ず勝って下さいな。 そしてわたしは貴方に勝利させるため貴方と共に戦に赴くの。 この身には神々の加護が付いています。その加護がアナタに勝利を与えることでしょう」 「………………」 その言葉に思わず言葉を失うラメセスⅡ。 絶対的な信頼。 夫が必ず護ってくれると信じきった瞳。 故に怯える事など無いのだとネフェルタリの綺麗な瞳が雄弁に語っていた。 ラメセスはネフェルタリに背を向ける。 「…………いいだろう。ヒッタイトなど皆殺しにしてやる。君は誰にも渡さぬ。 お前の唇も、お前の肢体も、お前の愛も、すべて!全てファラオである俺様のものなのだ!」 「ええそうよ。わたしの全ては貴方のもの。だからラメセス、国を、そしてわたしを、守って……」 怯えをひた隠して気丈に振舞う君が居たからこそ苛烈なあの戦いに勝つ事が出来たのだ。 あの絶望的な戦況から巻き返すことが出来たのはまさに奇跡と言える所業だった。 エジプト軍はヒッタイト軍のスパイに偽情報を掴まされ、見事に敵の罠に陥った。 挟撃奇襲に遭いあっという間に壊滅するラー軍団。 四分の一の戦力を失いラメセスⅡ率いるアメン軍が敵の中に孤立してしまう。 だがしかし、そんな状況にも陥ってもラメセスⅡは脅えも怯みもしなかった。 兵の誰よりも勇猛果敢に太陽の戦車を駆って敵陣深くへと切り込み、騎乗槍を振るい、否定の強弓で敵を射抜いた。 全ては同行させた妻ネフェルタリを死守せぬがゆえ。 そんなファラオの神の如き闘争心に兵たちも王に続けと果敢に奮闘し、壊滅寸前の戦況に歯止めをかけた。 そうしてラメセスⅡとアメン軍の獅子奮迅の我慢比べがついに実を結び、後続の軍団がアメン軍の救援に駆けつけたのだ。 その援軍によってとうとう形勢が逆転し、ラメセスⅡは敗北必至の状態から見事巻き返すことに成功したのだった。 あの時の戦が恐らく生涯最高の死に物狂いの奮闘っぷりだったろうと思う。 怖かった。 ネフェルタリが他の男に奪われる事がとてつもなく恐ろしかった。 だからこそ戦えたのだ。 ネフェルタリを奪われる恐怖に比べれば最高品質を誇る大軍に一人で立ち向かう方が遙かにマシだと思えたほどに。 その甲斐もあってカデシュでの戦いはエジプトとヒッタイトの世界最初の正式な戦争録となり、 また同時に世界初の正式な和平交渉によって両国の戦争は終結を迎えた。 この人類最初の戦争録と讃えられる俺様の偉大な伝説の一つに、 ネフェルタリよ…君の名が俺様と共に刻まれていると思うと嬉しくて仕方が無い。 しかし出来ることならば今回のようなのはこれっきりにして貰いたいものだ。 なんと言っても俺様の寿命が縮んでしまうからな。 自身の身の危険を承知でなお夫に尽くし支えるその精神。 この一件でネフェルタリ。お前が心身ともに強く美しいという事が証明された。 俺様の君への愛もより一層深く大きな物へとなった。 「今回の神殿もまあまあの出来栄えだな」 小規模の建造物を見上げながらラメセスⅡはまずまずと言った表情で頷いた。 「そう?わたしはいつもよりも綺麗だと思うのですけど」 その隣には妻のネフェルタリが寄添って感想を述べている。 「俺様的には我が像の出来がいまひとつ納得がいかぬな」 「ふふでもラメセス?あのアナタの像、少し男前ね?」 不満気なラメセスⅡの顔を眺めながらネフェルタリは稚気の混ざった笑顔を彼に向けた。 「な何を言うか!本物もあんな顔だ!!」 「でもあの像少しばかりお鼻が高くなってて彫が深くなっていますよ?」 実際ネフェルタリが言うようにラメセスⅡ像は何割か”本物よりも美化されて”いた。 それをブンブンと首を振って否定するラメセスⅡ。 「そ…そんなことはないぞ! きっと若干奴隷たちや大工の手元が狂ったんであろう。た、他意などないぞ!」 「そうなの?」 楽し気に夫を突付いてくる妻に流石のラメセスⅡもたじたじのようである。 「あ、そうであった!ネフェルタリ!あの像!あの像はどう思う!?新しく建てたのだが!」 このままでは不利と悟ったラメセスⅡはわざとらしく声を張って少し離れた場所にある像を指す。 そんな可愛らしい夫の様子につい上品に笑う妻。 「な、なぜ笑うか?」 「だってあの石像って元の持ち主はアナタの父君のセティ一世の物だって前に言ってなかったかしら?」 「ナゼソレを!!?」 何故かタネを知っているネフェルタリに大げさに驚いてしまうファラオ。 「アナタがわたしに教えてくれたのですよ?この辺りに物見遊山に来たときに」 そういわれれば確かに言った覚えがある。 というかネフェルタリに良い所を見せたくていくつもの遺跡や建造物の来歴や解説を良くしてやった。 そのためネフェルタリの建造物に関する知識は中々の域であった。 「いや、よいかネフェルタリ? ファラオの物はファラオの物。と言う格言があるようにセティ一世の建てた物は即ち俺様の者でもあるわけだ」 などという超ファラオ様理論を展開して妻の丸め込みに入るファラオ・ラメセス二世。 しかし妻は夫よりも一枚上手だった。 「でもアナタと像の顔が全然違うのが一目で判ってしまいますよ?」 常識人でもあるネフェルタリのご尤もな意見によって丸め込みはあっさりと粉砕されてしまった。 「…………やはり判るか?」 数秒の沈黙。そして悪戯がバレた子供のような表情で確認を取るラメセス。 「ええ勿論」 夫の質問に優しくしんみりと頷く妻。 「うーむ、やはり名札の部分を”ラメセスⅡ”と書き変えただけでは駄目か……」 妻の解答を聞き腕を組んで唸り出すファラオ。 きっと彼の脳内では他人の物をどう偽装するかについて会議が開かれているのだろう。 「クスリ。イケナイ人ね」 まるで子供のような事をする夫に身体をもたれ掛けさせながらネフェルタリは幸福そうにそっと眼を閉じた。 ラメセスⅡもそんな妻へ何も言わずにそっとその細い肩を抱き寄せるのだった。 それからラメセスⅡは建築王の異名に相応しい働きをしていった。 ある建造物は己自身の手で建て。 ある建造物は補修と補強を施し。 ある建造物は既にある建造物にラメセスⅡがさらに手を加えて建て直した。 我が夢を君に。 我が愛を君に。 我が至宝ともいえる女性に捧げるに値する価値を持った神殿を君に贈りたい───。 世に名高いアブ・シンベル大神殿と小神殿はそんなラメセス二世の愛と夢の具現でもあった。 大神殿は太陽神ラーを、小神殿は美の神ハトホル女神を祭神にした神殿である。 それが何を意味するのかは語るより明白だ。 大神殿を己のために、そして小神殿を妻のために。 それは二つで一つの夫婦神殿とも呼べるラメセスⅡ渾身の最高傑作。 小神殿の入り口に飾られたネフェルタリの石像は二体。 同じく入り口の前にある計四体のラメセス像の間に挟まれている。 そうまるで夫に守られているかのように。 ラメセスとネフェルタリの六人の子供達の像も夫婦像の足元にそっと建てて置いた。 そして、それ以上に彼は妻の石像の大きさにも拘った。 通常では王妃などの石像というのは小さいものだ。 比率で言えば精々ファラオ像の半分程度。膝から下程度の高さしかない。 古来よりエジプトにおいては王であるファラオこそが至上であり王妃はファラオのおまけ程度の存在に過ぎぬためだ。 だがラメセスⅡは違った。 ファラオである己の像と変わらない大きさでネフェルタリの石像を建てたのだ。 そのことをラメセスⅡは微塵も後悔していない。 最愛の妻のために王家が代々積み重ねてきた歴史を踏み潰す。 彼は王家の積み重ねてきたものと比較してなお妻への愛情を選んだ。 アブ・シンベル小神殿に刻まれたネフェルタリの絵。 そこには死後に神となったネフェルタリの姿がある。 こうして彼女はラメセスⅡの愛によりエジプトの歴史上初めて神となった王妃になったのだ。 それがエジプト史上最高のファラオ・ラメセスⅡが愛したネフェルタリ。 世界の遺産として永遠の価値をもったラメセスⅡのネフェルタリへの深愛は永い年月を超えて世界に残り続ける事となるのだった。 我が父ラーの加護に感謝する。 病を患ったネフェルタリが死す前にこの神殿を贈ることが出来、我はこれ以上ない至福である。 ───あの時の涙を流して喜んでくれた彼女の姿は、我が永遠の至宝となったのだから───。 だから、もう少しだけ待っておくれネフェルタリ。 聖杯の力で必ず君のミイラは取り戻そう。 その後は君の待つ神の世界に還るのもいい。 あるいは現世に君を蘇えらせて、また二人の時を刻むのもいい。 それもすべては君の失われた亡骸を取り戻してからだ。 だから安心して待つがいい。 もう一度、アブ・シンベル神殿以上の贈物を君に捧げてやろう。 だから……。 君の夫の力を信ずるがいい。 ────我、英霊の最強を担いし一角。 陽の力を我が力とする、日なる世界を支配する『太陽王』なり。 我が切なる願いの邪魔立てする者には太陽神ラーの正義の鉄槌を。 戦争において我に敵う者無し。 この戦の勝利者はラメセス二世おいて他になし────!! ──────V&F Side────── 助けろ!ウェイバー教授!第十四回 槍「うおおおおおお!納得いかんでござるぅぅぅう!!!」 F「うわぁぁああ!!!いきなり武士様がご乱心なされたぞーーー!!!」 V「ええい!誰かその槍男を止めろー!教室内での凶器の持ち込みは禁止だとあれほど言っただろうが!」 槍「久しぶりの登場だというのに納得いかんで御座るよ! なんでござるかこのバーサーカーの葛藤と決意は!? なんでござるかこのファイターの熱い戦いは!? そしてなによりも一番腹が立つのは……! 何で拙者を倒した次の日にさり気なくライダーの惚気を聞かされなければならんでござるかー!!?」 V「レギュラー入り早々に幸先が良くないなヤリオ」 槍「やりおと言うなでござる!」 F「しかし進展なしの割には今回も長かったですね……」 V「三人分の過去話だからな、まあこんなものだろう。むしろこれでも短く纏まった方だ」 槍「ただ長文を書けばいいってもんじゃないでござるよ」 F「手厳しいですねヤリオさん!」 槍「だからやりおとry」 V「まあこれで今回の聖杯戦争に参加する大半の英霊の動機が判明したと思う。フラット纏めだ」 F「はい先生!ヘイドレクさんは忌み名である狂戦士の意味そのものを変える為に。 ベーオウルフさんは純粋に遠坂さんの力になる為に。 ラメセスⅡさんは何が何でも紛失した最愛の妻のミイラを取り戻す為に。 アン・ズオン・ウォンさんは守護者のつまらなさと過去の出来事から再度平和な国を築く為。 クリスチャン・ローゼンクロイツさんは自身の経験からこの世全ての病魔の根絶の為に。 そして既に敗退した本多忠勝さんは己の力を試す為に。ですね」 槍「ローラン殿だけがまだハッキリしてないでござるがそれもそのうち出てくるでござろう」 V「だな。身も蓋もない言い方をすればページの都合で今回カットになっただけだ!!」 F「物凄いぶっちゃけた!?」 V「しかし大変だなヘイドレクも。先祖のツケを支払わされる事になるとは」 槍「才能があったばかりの悲劇というやつでござるなぁ。 ヘイドレク殿が一族最高の適性力を持っていなければこんな事にはならなかった筈でござる」 F「それよりも驚きなのがティルフィングさんが実は多重人格だったと言う点ですよ! 小さい子好きの大きなお兄さん達に邪な夢を与えてどうするんです!?」 V「流石にあんな気ティちゃんでは読者が可哀想だろう?というかな誰得なんだあのティルフィングの性格は?」 槍「極一部のマニアック層には大受けでござるよ………きっと、いや多分?否、恐らく?」 V「そしてベーオウルフは今も昔も変わらなかったと言うのが証明されてしまったな」 F「英雄の鑑じゃないですか!最期の最後まで人のためなんて!」 槍「くぅ!あんな勇者とは是非もう一度刃を交えてみたかった……」 V「ただ確実にギルガメッシュタイプの王とイスカンダルタイプの王とは相性が悪いな」 F「もうそれは確実ですね。アルトリアさんがそれを証明しちゃってますし」 V「しかしそんな闘王だが実は化け物かやつは?強すぎるぞハッキリ言って尋常ではない…」 F「そんなにおかしいですかね先生?怪物退治の英雄って結構居るじゃないですか」 V「ああ確かに幻想種退治の英雄は多くいる。だがそれらには共通しているバックボーンがあるもんだ」 F「バックボーンですか?」 V「ああ。そういう事を成し遂げる英雄というのは基本的に神の血を引いていたり、混血だったりと箔のような理由が付く」 槍「確かにヘラクレス殿のようなギリシャ英雄やラーマ殿のようなインド英雄や北欧英雄にはそういう所があるでござるな」 V「しかしこのベーオウルフにはそういったバックボーンが一切無い。それどころか神の加護の有無すら残って無い状態だ」 F「つまり先生はそれらを考えるとこの人の強さは明らかにおかしい、と?」 V「そうだ。エミヤ並におかしい」 F「そこまでいいますか」 V「そしてベーオウルフの臣下ウィーグラフも中々の逸材だな。 もし彼の触媒があれば呼び出してみるといいぞ。そこそこ以上に使える筈だ」 F「盾のサーヴァントついにクルー?」 V「そして今からラメセスⅡについて語ることにするが、語ることは特に無いのであった」 F「ズコー(AAry」 V「ん?語りたいのなら遠慮せずに語っていいぞ?私はノーサンキューだが!さあ好きに語れフラット!」 F「俺だって嫌ですよ!!何が悲しくて他人のラブラブ日記に真面目に感想書くような真似しなくちゃいけないんですか!」 槍「だからライダーには空気を読めと言いたいでござる!昨日の今日でござるぞ拙者との魂を賭けた死闘は!?」 F「確かに忠勝さんがちょっとだけ可哀想ですね…ホロリ」 V「ちなみに話を変えるが、ラメセスⅡの奴は英霊界きっての愛妻家で有名だ。 その度を超した妻萌えっぷりは”○○は俺の嫁!の会” という怪しげな愛妻会を創設しその会長を務めているとかなんとか。あくまで噂に過ぎんが」 F「そんな如何わしい会に会員なんか居るんですか?」 槍「一説によればディルムッド殿とかローラン殿などが密かに在籍されておるとかなんとか」 F「ブハッ!?ディル兄さんとローランさん!?」 V「ローランの奴のオード萌えはともかくとして、ディルムッドの奴はグラニア萌えか!?」 F「流石は愛の逃避行で伝説を残した漢…密かに愛妻家だったんだ……」 V「そういえばFatezeroでも我が生涯に悔い無しと言ってたな、つまりアレはそういうことなのか?!」 F「ところでそのファンクラブって何をする会なんですか?」 V「だそうだがランサー。ファンクラブではなにをするか知っているか?」 槍「噂では延々と嫁自慢をするとかなんとか」 F「どんな会合なんですかそれ……2chの掲示板じゃないんですよ!」 槍「ちなみに基本的には自分の嫁自慢をしながら相手の嫁も誉める会らしいんでござるが 極稀に嫁の嗜好が食い違って嫁の尊厳をかけた夫同士の殺し合いになるとかなんとか」 V「尊厳を賭けたの部分だけ見ると大層な話だが、話全体を見るとなんてしょうもない殺し合いなんだ…」 F「で、そんな会の長をやっているのが今次ライダーであるラメセスⅡさんだと?」 V「まあ作中のあの様子を見ると満更嘘だと思えんのが困りものだな」 F「忠勝さんが言うようにあの人だけが過去話って言うより惚気話でしたからね」 V「さすがスーパーファラオというところなのか?」 槍「それでは此度はここまででござる!では諸君またの来訪をお待ち申し上げる!」 F「しかし何と言いますか、すっかり馴染んでしまいましたね忠勝さん」 V「それが良い事なのか悪い事なのかは知らんがな」