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【元ネタ】アーサー王伝説 【CLASS】ランサー 【マスター】 【真名】ベディヴィエール 【性別】男性 【身長・体重】180cm・62kg 【属性】秩序・善 【ステータス】筋力C 耐久D 敏捷A 魔力D 幸運C 宝具D 【クラス別スキル】 対魔力:C 第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。 大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。 【固有スキル】 矢よけの加護:A 飛び道具に対する防御。 視界外の狙撃手からの攻撃であっても投擲武装であれば、対処できる。 ただし超遠距離からの直接攻撃は該当せず、広範囲の全体攻撃にも該当しない。 仕切り直し:C 戦闘から離脱する能力。 また、不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。 戦闘続行:C 瀕死の傷でも戦闘を可能とし、死の間際まで戦うことを止めない。 【宝具】 『幻肢結界(ナインファントムリブ)』 ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:2~4 最大捕捉:9人 べディヴィエールが持つ魔腕。 光の屈折によって、周囲に左腕の虚像を九つ発生させる。 この際本体である左腕は不可視の状態となる。 真名解放により、一撃の間のみ、全ての虚像の腕に実体を持たせることが可能となる。 【Weapon】 『無銘・短槍』 片手で使うことを前提とした槍。 使い勝手よりも命中時の貫通力を重視している。 馬上徒歩のどちらでも十分に使うことが可能な武器である。 【解説】 円卓の騎士の一人で、王直属の側近である司厨長として騎士団の兵站を担当する。 『マビノギオン』では隻腕で駿足の騎士として描かれている。 兄のルーカンとともに草創期からアーサー王に仕え、聖ミッシェル山での巨人との戦いでケイと共にアーサー王を助けた。 使者として、ルーシャス帝やモードレッドに派遣され王の意思を伝達する大役を勤めた。 カムランの戦いでは数少ない生き残りとして、致命傷を負ったアーサー王が託したエクスカリバーを湖に返還する。 その後、カンタベリーの修道院でアーサー王の墓を発見し、その墓守として余生を過ごしたという。
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文化汚濁:EX (ガイセリック) ヴァンダリズムの語義と自身の伝承が融合して生じた、ライダーにも制御しえないパッシブスキル。 攻撃したもの、あるいはライダーが一度でも不要と判断したものに汚染のバッドステータスを付与する。 機能不全をもたらすこの汚染ステータスは一定量の魔力で除染することが可能だが、 文化破壊の体現者とされたライダー本人が除染することはかなわない。
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間章 闇が落ちる前に、もう一度 愛する由紀香へ。 いきなりこんな長文のメールを受け取って、困惑しているかもしれない。 でも、他に方法を思いつかなかったんだ。 君がいるのは市内の郊外、家に帰ってくるのはまだ先だし、手紙を出してもいつ届くか分からない。 電話をかけることも考えたんだが、教えてもらったはずの、君のケータイの電話番号を書いたメモが、どうしても見つからない。 いや、教えてもらわなかったのかな? 記憶があいまいだ。 君にだって経験があるだろう。 財布とか鍵とか、ちょっとした小物が、確かに置いておいたはずの場所に見つからなくて、意外なところから出てきたことが。 あるいは、初めて来た場所なのに、前にも来たことがあるように感じるとか。 昔観た映画に、確かにこれこれこういうシーンがあったと思ってたのに、ビデオで観直してみたらそんなシーンはなかったとか……。 そう、ちょっとした記憶の混乱ってやつだ。誰にでもあることだ。 だが、今の僕は、それがひどく怖い。怖くてたまらない。 由紀香、君がインターネットにアクセスして、できるかぎり早く、このメールを読んでくれることを望む。 そして、家財も何もかも放り出して、大急ぎでこの地から、僕の手の届かぬところへ逃げて欲しい。 君にとって、今回の真相究明が重大な意味を持つものだということは、十分に理解してる。 でも、僕がこれから行う事実に比べれば、そんなのはちっぽけなことにすぎない。 この街の異常事態の謎が知りたいって? そんなもの、僕が教えてやる。 時間はあまり残っていない。僕は今、君をこの腕で抱きしめたくてたまらない。君が実在することを確認したくてたまらない。 すべてが手後れになる前に。 僕は覚えている。二週間前、学食でいっしょに昼飯を食べていた時のことを。 君のメニューは思い出せないが、僕が食べていたのは確かハムと茹で卵のついたBランチだった。 君はよく僕に家族の話をしてくれたね。 僕にはあまり理解できなかったけど、やんちゃな弟たちとのエピソードが 君のかわいい口からすらすら出てくるのを聞くのは、とても楽しかった。 大好きな家族の話をする時、君は実に生き生きとしていた。 僕の方はというと、自分の話を、君にしたことがなかった。 たぶん君には退屈だろうし、血みどろの宗教戦争がどうの、大統一理論がどうのなんて話は、 女の子とするには不粋な話題だろうと思ったからだ。 僕は現界した頃から疑問に思っていた。 この宇宙はどうして生まれたのか。宇宙の果てはどうなっているのか。 生命はどうして誕生したのか。人間はなぜ生きているのか――自分はなぜここにいるのか。 その疑問を解き明かしたくて、迫る宿命までの僅かに空いた時間に積極的に外へと足を運んだ。 量子力学だの一般相対論だの小難しい分野から、家庭の豆知識やら恋愛必勝法など節操なく勉強した。 それはもう、いろんな法則や公式や理論を学んだ。 プランク定数や微細構造定数や量子化ホール抵抗なんかの数値を、小数点以下五桁までそらで言えるようになった。 そうそう、実は宇宙物理学の分野にも、恐竜の絶滅に負けず劣らずの大きな謎がいくつもあるんだ。 ガンマ線バースト問題とか、ダークマター問題とかだ。 しかし、何と言っても多くの物理学者を悩ませているのは、ハッブル定数問題だ。 この宇宙が膨張しているのは、君も知ってるね。 遠方の星雲やクエーサーがどれほどの速さで地球から離れていってるかを測定すれば、宇宙膨張の速度が分かる。 その速度を示す数字がハッブル定数だ。 宇宙の膨張する速さが分かれは、そこから逆算して、宇宙のすべての星が一点に集まっていた時刻 つまりビッグバンが起きた時刻が計算できる。ハッブル定数は宇宙の年齢を決定する重要なファクターなんだ。 一九八〇年代頃まで、ハッブル定数は小さめに見積もられていた。 宇宙の膨張スピードはゆっくりで、宇宙の年齢は二〇〇億年ぐらいだろうと思われてきたんだ。 球状星団の年齢は一五〇億年ぐらいと見積もられているから、これは当然のことだった。 星が宇宙よりも若いなんてことはありえないんだから。 ところが、九〇年代になって観測精度が向上して、ハッブル定数の見直しが行なわれた。 その結果、ハッブル定数はそれまで想定していたより二倍ぐらい大きいと分かった。 宇宙の膨張の速さは従来の倍だったんだ。 これは困ったことだ。 新しく決め直されたハッブル定数が正しいとすると、宇宙の年齢は八〇億年から一一〇億年ぐらいになってしまう。 宇宙が生まれる前から星があったという、おかしなことになってしまうんだ。 ハッブル定数の測定に間違いがあるんじゃないかと言われたりもしたが、いくら調べ直しても間違いは見当たらない。 かと言って、球状星団の年齢の推定の方にも大きな間違いはありそうにない。 それまでうまく行っていたように見えたビッグバン宇宙論は、いきなり重大な矛盾を抱えこんでしまったんだ。 この矛盾を説明しようと、多くの科学者がいろいろな説を発表してきた。 宇宙の膨張速度は一定じゃないんじゃないかとか、ビッグバン理論に誤りがあるんじゃないかとか 光速度や重力定数なんかの物理定数が変化するんじゃないかとか……どれももっともらしいんだけど 今のところ、ちゃんと証明されたモデルはひとつもない。 ……ああ、すまない話が脱線してしまったね。 僕の悪い癖だ。事あるごとに話をかき回して聞き手を不快な気持ちにしてしまうんだよ。 そして今、僕は自分の隠れアジトの一つに帰って、ノートパソコンに向かい、この文章を書いている。 由紀香、君は人間の不和の原因を知りたがっていたね? 教えてあげよう。 いいかい、始めは人間なんてものはいなかったんだ。だから仲違いも起こらなかった。 ■■版画展に展示されている醜い人々の歴史が描かれた作品 そして今、君たちが狂気の狭間に溺しているのは、たった10日前に、忽然(こつぜん)と出現した悪魔たちの仕業なんだ ――僕たちみんなや、僕たちの記憶、この地球上のすべての動植物や無生物、太陽や月や惑星といっしょに。 この狂った世界は10日前の日本時間午前三時に誕生したんだ。 理科系のこんなジョークがある。 サルをタイプライターの前に座らせ、めちゃくちゃにキーを叩かせる。 当然、出てくるのはデタラメな文章ばかりだ。 だが、十分に長い時間、おそらくこの宇宙の寿命よりはるかに長い時間、キーを叩き続ければ やがてシェークスピアの全作品を叩き出すだろう……。 シェークスピアにかぎったことじゃない。 もしこのサルに無限の寿命と根気強さがあるなら、地球上の過去・現在・未来のすべての文学作品 失われた作品や書かれなかった作品までも、すべて打ち出すに違いない。 無限のシャッフルを続ける極大エントロピーの海は、まさにこの根気強いサルなんだ。 僕たちの脳の中の記憶、紙に書かれた文章、ビデオやフィルムの映像 CDやDVDの記録、石に刻まれた古代の碑文……その他もろもろのデータはすべて、偶然に生み出されたものなんだ。 それ以前には何もなかった。 10日前の午前三時より前には、この狂気は存在していなかった。 ただ、いろいろな記録や、僕たちの記憶の中で、ずっと昔から存在していたかのようになっているだけなんだ。 人類の歴史はすべて虚構だった。シェークスピアなんていなかった。 図書館にあるシェークスピアの全戯曲は極大エントロピーの海が ――根気強いサルがタイプライターをめちゃくちゃに叩いて生み出したものだったんだ。 無論、データは完全というわけじゃない。 何しろ偶然に生み出されたものなんだから、あちこちに重大な矛盾があるのは当然だ。 恐竜の絶滅もそのひとつだ。ハッブル定数問題も。ガンマ線バースト問題や、ダークマター問題もだ。 いわゆる超常現象――UFOとか、スプーン曲げとか、幽霊といった、現代物理学で説明できない現象も、それで説明がつく。 本当はそんな現象はひとつも起きなかったんだ。 それらはみんな10日前より以前の出来事、狂気がまだ存在しなかった頃のことだからだ。 人間の記憶の中や、記録の中だけに存在する現象なんだ。 僕は断言するが、この10日間、地球上のどこでも、一本のスプーンも曲がっていないし、一人の幽霊も目撃されていないはずだ。 だって、この世界においては、そんなことは決して起こり得ないんだから。 間違いはシェークスピア作品の中にもある。 これは友達から聞いた話だが、『恋の骨折り損』の中には、まったく意味不明の単語がいくつも出てくるんだそうだ。 これこそ、シェークスピア作品が偶然に生み出されたという証拠じゃないだろうか? 僕たちの記憶の中にある微妙な間違い――小物が見つからないとか 初めて来た場所なのに前にも来たことがあるように思うとか 前に観たはずの映画であったはずのシーンがないとかいったことも、みんなそれで説明がつく。 記憶は完全じゃないんだ。それらはみんな偶然に形成されたものなんだから。 この狂気の世界はあとどれぐらい続くんだろう? もう夜だ。窓の外には星が見える。 終末はさりげなくやって来るだろう。 宇宙が誕生した瞬間と同じく、終わる瞬間も、誰にも気づかれないだろう。 閃光(せんこう)も爆発音もしない。一切の気配はない。僕たちは何も感じないだろう。 一秒の何兆分の一という短い時間の中で、押し寄せてくる極大エントロピーの海に、すみやかに還元されるだろう。 だから終末を恐れる必要はない。苦痛や恐怖を感じる暇さえないんだから。 僕が本当に恐れているのは、そんなことじゃない。 由紀香、君と最後に話したのはほんの僅かな前だ。 どうして一度も電話をよこさないんだと思う? どうして君の連絡先を書いたメモが見つからないんだ? 確かに僕の手帳や携帯には、君のマンションの電話番号や、君のEメールのアドレスが載っている。 だが、こんなものは何の意味も持たない。10日前に混沌といっしょに出現したものにすぎないんだから。 この世界に意味のあるものはひとつもない。 由紀香、僕は気が狂いそうだ。 君との出会い、よくいっしょに学食で昼飯を食べたこと、遊園地で遊んだこと、■■版画展に作品を観に行ったこと、 初めてのお泊り、君の家で他愛もないお喋りしたこと、それらすべてを僕は覚えている。 君のはつらつとした笑顔、よく響く明るい声、長い髪のさらさらした手触り、肌のぬくもり……どれもこれも克明に思い出せる。 ああ、でも、そのすべては混沌が存在した後の出来事――ありえなかった虚構の記憶なんだ! 由紀香、君は本当に存在するのか? それとも僕の記憶の中だけの存在なのか? お願いだ、君が本当に存在しているなら、すぐに逃げてくれ。 真相なんて何の意味もない。究明するだけ無駄というもんだ。調べたって何も分かりゃしないさ。 それは僕たちみんなと同様、偶然に生み出されたものにすぎないんだから。 厳密に言えば「帰る」という表現はおかしいかもしれない。 私は10日前にこの世界に生まれたばかりで、一度も愛を灯したことなどないんだから。 でも本当は、君には帰ってきて欲しい。 今晩しかないんだ。この虚構に満ちた宇宙のすべてが極大エントロピーの海に還元される前に、君の姿をもう一度見たい。 君をもう一度抱きしめたい。 もう一度? いや、そうじゃない。僕は君を抱いたことなんか一度もない。 この宇宙が誕生して以来、君と会ったことすらないんだから。 でも、それでも僕は言う。 闇が落ちる前に、もう一度、君を抱きしめたい。せめて君をこの腕に抱きながら、終末を迎えたい。 もし君が実在するのなら。
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昼は多くの生徒と教員で賑わっていた学校も、放課後になると人の数が少なくなる。 もっとも活動中の部活があり、完全に無人とは言えないが。 そんな中で、士郎は陸上部で使うハードルを修理していた。それももうすぐ終わる。 「よしっ、終わったぞ」 「ありがとう。衛宮君」 振り向いた先にいたのは、ほんわりとした雰囲気を持つ小柄な少女、陸上部のマネージャーをしている三枝由紀香だった。 「本当に修理できたんだ。凄いね。衛宮君」 嬉しそうに修理の終わったハードルを由紀香は見た。 衛宮士郎の別名は穂群のブラウニー。それが趣味かと思える程、各備品の修理や整備を得意としている。 「おー、上等上等。ありがとうなスパナ」 「世話になった人物にスパナというのはどういうものか、蒔の字」 由紀香の後ろから現れた活発な女子生徒―――蒔寺楓。 突っ込みを入れた眼鏡をかけている女子生徒―――氷室鐘。 二人とも、修理のできたハードルを満足そうに眺めている。 「何にせよ。修理してくれて感謝する。衛宮」 「別にいいさ。しかし、蒔寺のあの頼み方はなあ」 「『助けて、衛宮スパナ!』か?別にいいじゃん」 授業を終えて帰ろうとしていたところを、某二十二世紀の猫型ロボットのように陸上部の備品修理を楓から頼まれた士郎は、陸上部の倉庫で大概の備品の修理を完了した。 「まあ、このくらいなら俺にもできる。だけど、新しいのは買えなかったのか?」 士郎の疑問に、三人の顔が渋顔や苦笑に変わる。 「まあ、色々あってな」 「クッ、あの眼鏡坊主が予算をケチっているんだ……」 「陸上部の予算は大幅に削られちゃったし……それに、ちょっとした故障なら直して使わないと」 「あー、そういや一成が言ってたなあ、各部活の予算偏重を正すって」 『士郎』 雑談に興じる士郎の脳内で聞こえる声に、士郎もまた脳内で返事を返す。 『どうしたんだ?キャスター』 『気になることがあるから、後でこの建物の屋上に来て欲しいのだけれど。できるだけ急いで』 『分かった』 「……どうかした?衛宮君」 「いや、何でも無い。それじゃあ俺用があるから」 突然黙り込んだ士郎を、由紀香が気遣うように顔を覗きこむが、それを士郎は誤魔化して立ち上がった。 「何だよ。用があったんなら言えば良かったのに」 「悪い、今思い出したんだ」 そのまま、部室を離れて、校舎の階段を上った。 屋上へ向かう途中で、士郎はキャスターから聞いた聖杯戦争の概要を思い出していた。 聖杯戦争。 七騎の英霊を使役して殺し合い、聖杯を手に入れる魔術儀式。 剣の英霊、セイバー。 槍の英霊、ランサー。 弓の英霊、アーチャー。 騎馬の英霊、ライダー。 暗殺者の英霊、アサシン。 狂戦士の英霊、バーサーカー。 魔術師の英霊、キャスター。 この七騎のいずれかが聖杯を手に入れる。そのための戦争。 それが、キャスターから聞いた話だった。 ―――ふざけるな、と思う。 キャスターを見ただけで分かった。明らかに人間よりも上位に位置している存在、サーヴァント。 そのサーヴァントが行う戦争ならば、当然巻き込まれる人もいるのでは無いか、と聞く士郎に対し、キャスターは肯定で返した。 『普通の戦争でも、巻き込まれる人はいる以上、多かれ少なかれ確実に巻き込まれる人は出てくるでしょうね』 「……なら、俺が助ける」 救う。 一人でも多くの人を、一掬いでも多くの命を、理不尽に晒されて泣く人を見ないように。 それが、あの大火災の地獄から生還した衛宮士郎の生き方だ。 キャスターは選択肢を二つ示した。 一つは、キャスター自身を令呪と呼ばれる三画の絶対命令権で自決させ、この街から遠くへ逃げる。 自分の死という事柄を口にしても、キャスターの顔色に動揺の色は見えなかった。 もう一つは、キャスターと共に聖杯戦争の被害不拡大のために戦う。 ―――衛宮士郎がどちらを選ぶか、考えるまでも無い。 校舎の屋上、そこに、黒衣の女は佇んでいた。 「遅いわね」 「悪い……それで話ってなんだ?」 キャスターは視線を校庭に向ける。陸上部をはじめとする多くの生徒が部活にせいを出していた。 「この学校の近くに、サーヴァントがいるわ。数は約三体」 「なっ……」 士郎は身構え、周囲を見回す。 「こんな人のいる近くで戦闘を始める気か?何考えてるんだ」 「さあ、そこまでは、だけどいずれも強力な英霊だってことは確か。私よりも強いことは確実よ」 その言葉に、士郎は屋上の隅に隠していたモノを取り出す。 やっと成功した強化の魔術を付加した木刀。 サーヴァント相手には、戦車に竹槍で立ち向かうようなものだろうが、無いよりはマシだと思い込む事にした。 「これからはどうする?」 「……とりあえず、生徒が下校するまで待とう。巻き込まれる人がいないように」 「サーヴァントがいなくなった時には?」 「それならそれで、問題は無いさ。キャスターは戦闘得意じゃ無いんだろ?戦わずに済むんだ。素直に喜ぼう」 「……まあ、それもそうね」 サーヴァントの気配を絶つ程度の魔術はもう使っている。このままやり過ごすのも手だろう。 「学校の近くって事は俺以外にも学生でマスターになった奴がいるのかな」 「さあ、聖杯が誰をどう選ぶかは私にも分からないわ」 でも、とキャスターはいったん言葉を句切った。 「この世に意味が無い事なんて無い。正義も悪も、全ては意味があるから生まれた。士郎がマスターに選ばれたことにも何らかの意味があるはずよ」 初めて強い調子で喋るキャスターに、士郎は少し面食らった。 淡々と聖杯戦争のことに説明し、自分を自決させるという非情な策にも言及する程、キャスターは自分を主張しない。と、いうより、笹舟のように流されるだけの人といった方がいいだろうか。 流されることを良しとしているのか、それとも流されることに慣れているのか、何にせよ、いつかきちんと話をしたい。そう、士郎は思った。 冬の日暮れは早い。既に周囲は黒のペンキで塗りたくったように暗くなっている。 結局この時間まで、学校は冬の沈黙を守っていた。 士郎は廊下を歩きながらキャスターと会話を始めた。 「どうだ。キャスター、サーヴァントの気配は」 「……まずいわね。一騎増えているわ。ここで戦うかも知れない」 「どんなサーヴァンなのかはわからないのか?」 「そこまではね……でもまあ、放って置いてもいいんじゃないかしら」 キャスターの投げやりな台詞に、士郎は憤慨した様子で口を開く。 「なんでさ。ここで誰かが……あっ、そうか」 夜の学校。もう人は士郎ぐらいしか残っていないだろう。誰かが巻き込まれる心配は少ない。 「後は、隙を見て抜け出せば、どうにかなるわ」 キャスターの言葉に、僅かに安堵する。よく考えれば、急に戦いが起きるわけでもないのかもしれない。 心配のし過ぎも良くないだろう。とりあえずは、自宅に帰ることにしよう。 強化した木刀を竹刀袋に入れ、肩にかける。普通に帰っている限り、剣道の帰りに帰宅する学生に見えるだろう。 後は、別のサーヴァントに見つからずに抜け出すタイミングを考えていたとき、士郎は思い知った。 ―――甘かった、ということを。 「士郎!避けて!!」 キャスターの言葉で、反射的に身を捻る。瞬間、先程まで自分がいた場所の廊下に放射線状の亀裂が走っていた。 「なっ……」 亀裂の中心に立つ顔も見えない人影は、無言で拳を自分の方へ突き出す。 いや、突き出すなんて生やさしいものじゃない、まるで砲弾のような勢い。 無理矢理に回避したが、掠っただけで腹の肉が僅かに削がれたらしく、腹部に痺れるような感覚が生まれた。 「やめなさい!」 キャスターの右手が発光する。光源が周囲を照らした。 そして、襲撃者の顔があらわになる。 それは、見知った顔だった。 「三枝……?」 ―――■え。 ふわふわとした気分。なのにちっとも気分が良くない。 でも、何をすればいいのかは分かる。目の前に居る少年を■えばいい。 でも、なんでこの人を■うんだろう。ハードルを修理してくれた優しい人なのに。 「……三枝なのか」 さえぐさ? 三枝由紀香、私の名前。だけど、それだけじゃ無い気もする。 犬■■■飼健■。 別の名前を知っている。 ―――■え。 まあ、いいや。何か喋っている人をやっつけよう。お腹にキック。 「―――うわっ!」 避けられちゃった。残念。当たればやっつけられたのに。 ―――■え。 はい、わかりました。 私は口を思いっきり開けて、■■君の喉笛に―――。 「やめておきなさいな」 意識が、薄れる。 「……どうなってるんだ。なんなんだ」 突然襲いかかってきた三枝由紀香は、廊下に転がっている。キャスターの魔術によって眠りについたその表情は、いつもと変わりない三枝由紀香だった。 「魔術で、操られたんでしょうね。人を操るだけの魔術師がまだこの世界にいたとはね」 キャスターの言葉に、身体が硬直する。 操られた? あの当たれば確実に死ぬような攻撃は、操られていたためだったのか。 「……ふざけんな」 三枝由紀香は普通の女の子だ。 生活があって、家族があって、人生があって、夢がある尊い普通の人間だ。 それが、魔術師の気まぐれで、本人自身の手で壊されようとしていた。 「許せるか、そんなもん……」 「怒りを募らせるのはいいけど、冷静で無ければ救える者も救えないわよ」 キャスターの指摘に、熱くなりかけていた頭が冷える。 ともかくも、これからしなければならないことをすることにした。 ……変な夢を見た。 自分が自分で無くなって、誰かを追い回す夢。 『私』は意識が覚醒し――― 「気がついたか、三枝!」 ―――全てを思い出した。 「え、だって、なんで……」 頭の中は疑問と気持ち悪さと、夢であって欲しいと言う願望で埋め尽くされる。 しかし、夢で無い事は、床の亀裂と傷ついている少年の腹部で証明されていた。 「あ、ああ、ああぁぁぁー!!」 「お、落ち着け……クッ」 パニックになって叫んだ由紀香に対し、士郎は必死に落ち着かせようとするが、腹部の痛みで一瞬動きが止まる。 「衛宮君……」 パン、と小さく音が響いた。由紀香が、自分の両頬を叩いた音だった。 「お腹、出して」 「え?」 戸惑う暇も無く、シャツのボタンを外され、傷ついた腹部が露わになる。 「何を……」 次の瞬間、衛宮士郎の表情が固まった。 「ぺろ、ぺろぺろ、今治すからね。じっとしててね、ぺろぺろ」 三枝由紀香が、傷口をなめていた。 年頃の少女が、自分の傷口をなめている。その事態に士郎は止める間もなく硬直した。 士郎は硬直したまま動けず、キャスターは、由紀香を見るだけで止めようとはしない。 「それにしても、これってなにかしら……」 その言葉に、硬直が解けた士郎はキャスターの視線の先にある物体を見る。そして一言だけ呟いた。 「なんでさ」 ピコピコと動く物体、俗に言う犬耳が、三枝由紀香の毛髪から、飛び出ていた。 「……俺は大丈夫だからな?」 「本当?大丈夫なんだね?」 治療?を終え、上目遣いで自分を見上げる三枝由紀香の姿は、本当に子犬のようで―――そういえば、この犬耳は何だ。 「なあ、三枝、その頭上のそれなんだが……」 「へ?頭……あれ」 しばらく頭をいじっていた由紀香も『それ』に気づいたようで、廊下の隅にある鏡で確認したり、引っ張ったりしている。しばらくの沈黙が時間と共に流れ、唐突にそれは終わりを告げた。 「何、コレェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 絶叫が、学校中に響き渡った。 「ねえ、衛宮君。これって何?なんで犬耳が私に生えてるの?私、蒔ちゃんや鐘ちゃんや綾子ちゃんに良く子犬っぽいって言われるけど、それと関係あるの!?それとも何かの病気!?」 「落ち着け。それと雰囲気は関係ないと思うぞ」 先程とは別の理由でパニックになった由紀香を必死になだめる士郎は、助け船を求めるようにキャスターに向き直る。 「何かわからないか?キャスター」 「……魔術、或いは宝具。それくらいしか今の時点では分からないわね」 そう言うと、キャスターは由紀香の方に向き直る。 「三枝さん、だったわね」 「えっ、はい。そうです」 見慣れない美女に話しかけられた由紀香は、少し緊張した様子で会話に応じた。 「最近……多分、ここ数時間で何かあった筈よ……お願い、思い出して」 何かあった? キャスターと呼ばれた人の言葉に、由紀香は記憶の蓋をこじ開けた。 今日は、部活が終わった後、家に帰ろうとして通学路に居たことまでは覚えている。 そして、帰っているとき、道の真ん中に、『誰か』が立っていて。 何か良く分からない、だけどとても香りがよくて美味しい物を飲み込まされて……。 そして、後から来た誰かに『私達』は……。 『私達』!? 「衛宮君、蒔ちゃんと鐘ちゃんは何処!?」 瞬間、何か、鉄と鉄がぶつかり合うような音が校庭から聞こえた。 自分達に何が起こったのか? 「ふーん、明らかに一般人じゃないわね。でもサーヴァントでも無い」 銀髪の少女は僅かに興味を持ったように、眺める。 自分達のこの力は何なのか? 「気をつけろイリヤ、二人居る以上、どちらかがお前を狙う可能性がある」 金髪の西洋剣を持った青年は、油断無く気を張っている。 そもそも、何故自分達は眼前の人物を襲っているのか? 「あら、平気よ。貴男がいるんだもの」 何もかもわからない。まるで夢の中。 「……そうか、そうだな。だが、お前達。俺のマスターに手を出したら楽に死ねると思うな」 青年の殺意を持った眼光にも、何も感じることは無い。夢心地のままに身構え―――そして。 「蒔ちゃん、鐘ちゃん!!」 夢が、醒めようとしていた。 音を聞いて、校庭に出た由紀香の眼前にいるのは、確かに蒔寺楓と氷室鐘だった。 しかし、その姿は昼間と明らかに違う。 氷室鐘の背には、巨大な翼が存在していた。鳥のそれそのものである翼は、突風を巻き起こしている。 蒔寺楓の両手両脚は、金色の毛で覆われている。そして年代物らしい剣がその手に握られていた。 何より特徴的なのは、その自分の意思を感じさせない瞳だ。衛宮士郎はそれに見覚えがあった。 さっきまでの三枝由紀香の眼だ。 「蒔ちゃん、鐘ちゃん、私だよ。由紀香だよ。どうしたの。返事してよ」 必死に呼びかける由紀香に対し何の反応も見せず、二人はサーヴァントと、マスターらしい少女を威嚇している。 「三枝、少し下がっていろ。俺がどうにかする」 士郎が前に出て、キャスターもそれに続く。 「キャスター、頼む。戦えるか……いいや。逃げられるかどうか分からないけれど……」 「ええ、あれは間違いない」 キャスターの視線の先には剣を持った青年が佇んでいた。 「セイバーのサーヴァントよ」 「ああ、そうだ。この身はセイバーのサーヴァント。話を聞く限り、お前はキャスターのサーヴァントか?」 セイバーの問いに対して答えたのはキャスターでもマスターである士郎でも無く、高速で走りながら剣を振り上げた楓だった。 青年は、何もしない。剣を振り上げることすらしない。 楓が振り下ろした剣は、真っ直ぐに青年の頭を狙っている。 ガキィン。 分厚い装甲を鉄パイプで叩くような、何のダメージも感じさせない金属音。 それが、渾身の攻撃が青年に与えた全てだった。楓はそのまま空中で回転しながら後方に下がる。 「けえええええええええええ!!!!!!」 怪鳥のような声を発していたのは、氷室鐘だ。 翼を大きく広げ、跳躍する。蹴りの姿勢をそのまま保ったまま、マスターである少女の方へ肉薄する。 砲弾のような蹴りは、確実にイリヤと呼ばれた少女を絶命させるだろう。襲い来る死を前にして、銀髪の少女は、 「哀れね」 少しも慌てず、悠然と立ち続けていた。その前に、光の粒子が集まって人の形状を作り出す。 「ああ、そして愚かだ」 嘆息気味に、現れた銀髪の女―――女神のような美貌を持つ女が、持っていた槍で鐘をその勢いを殺さずに弾き返す。結果、鐘の身体は後方に下がっていた楓を巻き込み、吹っ飛ばされる。 「蒔ちゃん、鐘ちゃん!」 由紀香が悲鳴を上げて、二人に駆け寄る。 呻き声も上げないままに倒れ伏した二人と駆け寄った由紀香に、金髪の男―――セイバーがゆっくりと近づく。 この後やることなど、誰でも分かる。瞬間的に士郎は飛び出した。 立ち塞がった士郎に対し、セイバーのサーヴァントは軽い驚きと共に口を開く。 「マスターがサーヴァントも連れずに飛び出すとは……正気か?」 「ああ、正気だ」 キャスターもまた、セイバーの前に回り、同時に顕現した女性の方を見やった。 「驚いた……まさか、サーヴァントを二騎従えるとはね」 呆れたように言葉を発するキャスターの姿に、イリヤと呼ばれた少女はふふん、と鼻を鳴らす。 「流石はキャスターのサーヴァント。私達の二重契約を見破るとはね。そうよ。三騎士の二角、最優のセイバーと、最速のランサーを従えたアインツベルンに敗北は無いわ」 「アインツベルン?」 士郎の疑問に、いつか出会った少女はにっこりと笑ってお辞儀した。 「今代のアインツベルンのマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンですわ。衛宮の当主。どうぞお見知りおきを」 『早く呼ばないと、死んじゃうよ』 その言葉を士郎は思い出していた。 だが、記憶に浸っている場合でも無い。今はこの状況をどう切り抜けるかだ。 「イリヤスフィールだったか?聞いて欲しい」 「ん?」 きょとんとした顔になるイリヤスフィールに、士郎は楓と鐘を指し示した。 「この二人を攻撃するのはちょっと待ってくれ、事情があるんだ」 士郎は必死に言葉を紡ぐ。サーヴァントのマスターとなったからこそ分かる。 キャスターではこの英霊には勝てない。スペックが違いすぎる。 無論、勝負がステータスの比べ合いで終わる物ではないということは、士郎も分かっている。だが、F1マシンと普通の軽自動車がタイムトライアルをしても、戦いにすらならないに決まっている。 キャスターも同じだ。綿密な準備や作戦があれば勝つ可能性もあるが、何の準備もしていない今では、戦いはただの自殺行為に他ならない。 ならば、この場は相手の善性に期待して、退いてもらう以外に、生き残る方法は無い。 それが念話のよる脳内の会話でキャスターと決めた唯一この場から生還する方法だった。 気を失った二人の介抱をしていたキャスターも口を開く。 「この娘達は別のマスターに魔術で操られていた可能性があるわ。いえ、むしろそれで間違いない。誇りを尊ぶ英霊が、そんな娘を斬り殺せば、さぞや夢見が悪いのではないかしら?」 キャスターの言葉に、わずかにセイバーとランサーの顔が曇る。セイバーが口を開いた。 「一般人か。それなら、記憶を奪う程度で済ませてもいいかイリヤ?」 セイバーに続いて槍を持つランサーも口を開く。 「できれば、ヴァルハラに行く必要の無い者の血を流したくは無いのだ。我が主」 イリヤは、少し考え込むと、にこりと笑った。 「うん、いいよ。その子達は勘弁してあげる」 ようやく、空気が少し柔らかくなった。安堵のままに士郎はイリヤに礼を言おうとする。 「ありがとう。イリヤス「―――じゃあ、殺すのはお兄ちゃんとキャスターね」」 無邪気な笑顔を浮かべて、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは残酷な命令を発した。 由紀香は鐘と楓を介抱しながらも、事態の推移を見守っていた。自分達は助けるという言葉が出たときは安堵したが、その後の台詞に背筋が凍り付いた。衛宮士郎とキャスターと呼ばれた女性は、一歩退いて身構えている。 「お兄ちゃんは絶対に殺すって決めていたの。それにマスターなんだから助けるわけないでしょ?」 イリヤというらしい少女は、嬉々として残忍な台詞を平気で喋っている。台詞そのものよりも、そんなことを簡単にできる少女の方が怖かった。間違いない。イリヤは確実にあの少年と女性を殺すつもりだ。 「……一つ聞いておく、俺達がどのように行動しても、三枝達は助けるんだな」 ああ、あの少年はこんな時にでも人の心配をしている。怖いはずなのに、理不尽に降りかかる災厄に心折られることもなく、前を見据えている。だが、その姿には悲壮感しか感じられない。 「うん。その子達はどうでもいいけど、ちゃんと戦うのなら、助けてあげなくも無いわ」 その言葉に、少年と『キャスター』が、前に進み出る。 『セイバー』と『ランサー』も、イリヤの前に出て、少女を守るように武器を構えた。 「殺しなさい、セイバー、ランサー」 イリヤの声が戦闘の引き金となった。 キャスターは一気に術式を編むと、魔力で作られた呪いの弾丸を発射した。その数百以上。 一撃一撃が必殺の呪弾を前にして、しかしランサーとイリヤを庇うように前に出たセイバーは何もしなかった。 直撃。 呪弾の奔流は紛れもなく青年の命を奪うだろう―――普通ならば。 「なんて分厚い対魔力……反則ね」 「まあ、勝負にならないのは勘弁してくれ。お前が弱いわけじゃない」 セイバーに、呪弾は痛痒すら与えなかったらしく、平然と立っている。 キャスターの視線は、次にマスターである少女に向くが、ランサーに睨み返される。 「生半可な呪法でイリヤに害を与えようとは思わないことだ。魔術の攻撃ならば、私のルーンがこの子を護る」 「……ええ、害する前に貴女の槍が私を貫くでしょうね」 キャスターの声には、諦めの色が濃く滲んでいた。 士郎から見ても、状況は悪い以前に絶望的だった。 セイバーとランサーの布陣は鉄壁。なおかつセイバーにはキャスターの持ち味である魔術が効かない。 絶望的な状況と、何もできない自分に歯噛みする。 『士郎』 脳内に聞こえてくる声、キャスターの念話だ。教えてもらったとおりに返事を返す。 『キャスター、逃げることはできるか?』 『無理ね。相手にはサーヴァント中最速のランサーがいるわ。逃げようとしても追いつかれるに決まっている』 だから、とキャスターは提案を口にした―――衛宮士郎が受け入れられない提案を。 『令呪三画を用いて、私に足止めを命じなさい。その間に貴男は逃げなさい』 「なっ―――」 思わず、実際に口が開いた。 「できるわけ無いだろそんなこと!」 「私は死者で貴男は生者、どちらを優先させるかなんて決まっているでしょう」 何でも無いことのように言うキャスターに、思わず声を荒げるが、キャスターは涼しい顔でいる。 冗談じゃ無い。他者を犠牲にして生きるなど、『衛宮士郎』のやる事じゃない。 もし、誰かを切り捨てなければならないのであれば、それは俺自身(セイギノミカタ)だ―――!! 「話が終わったのなら、悪いがここで果ててもらう」 思考は、セイバーの声で強制的に断ち切られる。キャスターの提案で気が逸れていたが、ここは紛れもない戦場だ。今まで俺達を攻撃しなかったのは、作戦でも何でも無く、その必要が無いからだろう。 絶望と諦観が場を支配しようとしたとき。 「バーサーカー!ぶっ倒しなさい!」 唐突に、『それ』は出現した。 校舎の屋上から飛び降りた『それ』は地面に着地して土煙と轟音を上げると、魂を揺さぶるような咆吼を発する。 「◆◆◆◆―――◆◆◆◆◆◆―――◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 数秒遅れて、命令を発した人物が同じく飛び降りる。しかしそれは猫のように華麗に着地した。 士郎も、由紀香も、その人物を知ってはいたが一言も発することができなかった。あまりにも予想外な人物だ。 「こんばんは、かしら。衛宮君、三枝さん」 「……遠坂さん?」 「……まさか」 呆然と呟く由紀香と士郎に、遠坂凛はいつも通りの微笑を浮かべていた。
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【元ネタ】テイルズオブジアビス 【CLASS】ルーラー 【マスター】 【真名】ユリア・ジュエ 【性別】女性 【身長・体重】169cm・54kg 【属性】秩序・中庸 【ステータス】筋力E 耐久E 敏捷D 魔力A+ 幸運A 宝具EX 【クラス別スキル】 対魔力:A A以下の魔術は全てキャンセル。 事実上、現代の魔術師ではルーラーに傷をつけられない。 真名看破:B ルーラーとして召喚されると、直接遭遇した全てのサーヴァントの真名及びステータス情報が 自動的に明かされる。ただし、隠蔽能力を持つサーヴァントに対しては幸運判定が必要となる。 神明裁決:A ルーラーとしての最高特権。聖杯戦争に参加した全サーヴァントに対し、 二回令呪を行使できる。 【固有スキル】 カリスマ:A 大軍団を指揮する天性の才能。 Aランクはおおよそ人間として獲得しうる最高峰の人望といえる。 千里眼:A+ 視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。 透視、未来視、過去視さえも可能とする。 第七音譜術士:A 魔力とは違う音の属性を持つ元素を操る者。 極稀に先天的に得ることがある類稀なる才能と言われている。 Aランクはおおよそ人間として獲得しうる最高峰の才能。 扇動:A 数多くの大衆・市民を導く言葉を身振りの習得。 特に集団に対して使用した場合には、ある種の精神攻撃として働く。 【宝具】 『結集せし剣(シュヴェールト・ローレライ)』 ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大捕捉:5人 『拡散せし宝珠(ライクスアプフェル・ローレライ)』 ランク:EX 種別:結界宝具 最大捕捉:1人 【解説】 惑星オールドラントの誕生から終焉までの出来事を預言(スコア)として詠み、ローレライ教団の始祖となった女性。 第七音素(セブンスフォニム)から預言(スコア)を詠みとる能力を持つ、偉大な預言師(スコアラー)であった。 彼女の預言(スコア)は、2000年後の世界の行く末をも支配し続けている。 それを守るローレライ教団は、現在も人々の精神的な支えとなっている。 教団では始祖と呼ばれている。
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――――――EVENING―――――― 「よっこらせ・・・・・・っと。」 ちょっとおじさん臭い台詞かな、などと思いながらヴァージニア・オブライエンは荷物を地面に下ろした。 寝袋や着替えなどが入った本格的な探検用のリュックサックだった。 荷物に違わず、彼女自身も野外での活動に適した服装をしている。 カーキ色の作業服や手袋に日よけの帽子と、フィールドワークに来た研究者といった風情だろうか。 その印象は間違っていない。 事実、彼女は『大学』では教鞭をとる身である。 だが強いて違うというなら――――――彼女はフィールドワークに来たのではない。 彼女は戦いに来たのだ。 聖杯戦争を戦う、マスターとして。 「とりあえず、ちょっと休憩・・・・・・というか私としてはそろそろご飯にしたいのだけれど。」 ヴァージニアは岩の上に腰を下ろしきょろきょろ、と周囲を見渡した。 先行させておいた彼女の相棒はまだ近くにいないようだった。 彼が戻るまで待つべきかどうか逡巡し――――――結局、彼女は先に食べることにした。 どうせカロリーメイトである、合流するまでに食いきってしまえばいいだろう。 「どうせなら、楽しくお茶でもしながら情報交換としゃれこみたかったんだけどねー。」 リュックからブロック状の栄養食品を取り出しつつ、ヴァージニアは少し残念そうに言った。 帽子を外してリュックの上に乗せると、その下からウェーブのかかった金髪がこぼれ出る。 豪奢な金髪、背が高くメリハリの聞いたボディラインを持つ彼女はいわゆる『格好いい女性』というイメージを周囲に振りまいている。 特に今はジャングルの真ん中、前述のような服装も相まって彼女は一昔前の冒険映画から抜け出してきたかのようだった。 しばらく彼女がもぐもぐ、とカロリーメイトを食んでいると、彼女の魔術回路がパスを通して信号をキャッチした。 どうやら彼女のサーヴァントがこちらに向かっているらしい。 急いで水筒で口の中身を飲み下し、ゴミを片付けて背筋を伸ばす。 その様は彼女らしくもなく緊張しているようにも見えた。 やがて草木がゆれるガサッ、という音がしたかと思うとヴァージニアの目の前に一人の男が膝をついていた。 「サーヴァント・ランサー、合流致しました。」 「えぇ、ご苦労様。」 槍騎士のマスターとして恥じないように、毅然とした態度で頂礼を受ける。 彼女の性分としてはもうちょっと気さくに接しても構わない、もとい接して欲しかったりするのだが、それも彼の望みだと気を取り直した。 「マスター、御怪我はございませんな。」 「見ての通りね。じゃあ、合流したことだし――――――互いに報告といきましょうか。」 ヴァージニアがそう言うと、ランサ―は面を上げた。 彼の年齢を外見的に判断するなら、四十過ぎだろうか。 口元の髭には微かに白色が混じり始めている。 しかし、その力強い眼光から発せられる存在感はさながら年経た樹木のよう。 若さを失ったのではなく、年季を得たというべき老騎士だった。 「では、こちらから報告させて頂きましょう。」 「お願いするわ。」 ランサ―が厳かに口を開く。 ランサ―に任せていたのはこのジャングルの奥――――――すなわち遺跡への斥候である。 人間であるヴァージニアより霊体化できるサーヴァントの方が当然の如く移動が速い、ならば先行させて目的地の調査をさせるのは悪い判断ではないだろう。 まぁ、彼女は彼女でやるべきことがあったからこそ、あえて別行動を取ったのだが。 「結論から申しますと、既に遺跡にはマスターとサーヴァントが二組潜入している模様です。」 「二組・・・・・・ね。詳細はわかる?」 「おそらくは遺跡を守る森の部族のマスター。もう一組は――――――推測ですが、キャスターを有している組と見受けられます。」 「うーん・・・・・・先に地の利を取られちゃってるわね。これはちょっとまずいかしら・・・・・・。」 ヴァージニアは腕を組んで考えこんだ。 彼女は聖杯戦争を主催した『大学』の人間であり、また『大学』とともに聖杯戦争のシステムを再現した四つの魔術師の家系の一角でもある。 御子上家、アルベルティーニ家、オブライエン家、そして『聖杯』を用意したトゥーラ家。 彼女は自分自身も聖杯戦争のシステム作りに祖父とともに参加しているため、儀式場たる遺跡にも何度か足を運んでいる。 そのため遺跡の規模もよく知っている。 総面積23ヘクタール以上。 中心たる大ピラミッドは40メートルを超える威容。 細々とした史跡が点在する範囲を含めるならば230ヘクタールに及ぶと言われ、樹海に没したその全容はいまだに知れない。 現に、今彼女らが腰を下ろしている岩のすぐそばにも打ち捨てられ、苔生した石像が転がっている。 「遺跡を管理している部族の魔術師がいるのは仕方ないとして――――――キャスターがいるのは危険ね。ランサ―、あなた工房は確認したの?」 「はっ。」 遺跡群の中には隠れ家として利用できそうな建造物がいくつもある。 そこに魔術師の英霊に専門スキルである『陣地作成』で工房を建設されたらたまったものではない。 籠城戦において、最大のアドバンテージを誇るクラス――――――それがキャスターのサーヴァントなのだ。 しかし、ランサ―の報告は彼女の予想の斜め上を行っていた。 「工房と言うべきなのでしょうが――――――正確には工房の跡地、というべきでしょうか。」 「工房の――――――跡地?」 「はい。」 ランサ―の報告によると、こうである。 彼は調査中に魔力を感知し、家屋のようなサイズの遺跡に足を踏み入れた。 しかし、そこには既に人影はなくものけの空。 落ちていた紙煙草の吸殻から、森の魔術師の陣地ではない、と推測した。 彼は他にもそのような『工房の跡地』と呼ぶべき場所を幾つか発見。 残留魔力の推移から、ほぼ毎日拠点を変えているようだった。 「連日のように工房を移設し直す・・・・・・このような芸当が可能なのは魔術師の英霊に他なりますまい。」 「まったく・・・・・・セオリーを崩すようなやつがいるものね。先が思いやられるわ。」 ヴァージニアは嘆息した。 砦とは身を守るために建設し、防御のための機構を腰を据えて組みあげていくものだ。 そして固めれば固めるほど、動かすのは容易ではなくなる。 ならば、守りの為の陣地を何度も移すというのはどういう了見だろうか。 唯の馬鹿ではないというなら――――――そこには厳然たる意味があるのだろう。 おそらく、何度でも作り直せたり移動させることができるような、特別な工房――――――そういったものが作れる魔術師なら、なるほど、確かにキャスターのクラスにふさわしいだろう。 「別にトラップのようなものには引っかからなかったのよね?」 「はっ。しかし、警戒はされているでしょう。」 「きっとね。」 最悪、ネズミ捕りのように罠にかかってランサ―がやられていたという可能性もあったが、そうならなかったのは僥倖だ。 よしんばあったとしても、ランサ―自身も魔術師としてのスキルを持っているため、上手く回避できたということだ。 そのときは、また別のマスターがそこに引っかかるということで、ご愁傷さまである。 「では、マスターそちらの首尾は。」 「んー、上々と言ったところでしょう。」 老騎士に話を向けられ、ヴァージニアはおどけた調子で言った。 オブライエン家はアイルランド系の魔術、特にドルイド魔術に精通している。 そして、ドルイド魔術は森と木々を味方につける魔術。 従って、この密林は彼女の魔術を生かす絶好の舞台となる。 ヴァージニアが岩に立てかけてある、愛用の樫の杖をぽんぽんと叩く。 「人が通ってくるだろう道にいくつかトラップや感知系の魔術を仕掛けておいたわ。これで私たちのあとからやってくる参加者の情報が幾つか手に入ればいいのだけど。」 ヴァージニアとランサ―がこのジャングルに到着したのは昨日の晩の頃である。 昨夜は町にほど近い所でキャンプを張って午前の内に出発した。 通常のペースで歩いていれば、もう遺跡に到着していてもおかしくないのだが、そうなっていないのは彼女が魔術的な罠を幾つか道中に仕掛けていたからだ。 ここが密林とはいっても、現地の部族や『大学』の研究者が立ち入った際のけもの道が確かに存在している。 ならば必然的に初めてここに入る人間も、歩きやすいそういった道を歩くはずだ。 ドルイドの魔術師はそういった場所を確認しながらここまで来たのである。 「残りのマスターとサーヴァントは四組・・・・・・流石に罠だけでで仕留められる様な相手ではありますまい。」 「もちろん、それはわかってるわよ。罠にひっかかったり、罠が発動したりした場合は私に信号が届くようになってる。それを通して敵の情報が何か一つでも手に入ればいい――――――その程度よ。」 「あくまで、保険というわけですな。」 「そういうこと。」 樫の杖を手に取って立ち、ドルイドの魔術師は槍騎士に微笑みかけた。 「私にとっての本命は――――――もちろんあなたよ、ランサ―。」 「勿体なき御言葉。」 主から賜った信頼の言葉に、老騎士は深々と頭を垂れた。 「さ、そろそろ行きましょう。夜になる前には到着したいわ。」 「御意。」 木々の隙間からは日暮れ時の橙色の日差しが差している。 あと、一時間もすれば日が落ちるだろう。 ヴァージニアはリュックサックを背負い、杖を握り直し、改めて歩き始める準備をした。 ランサ―は賛成の意を表明すると、霊体化して姿を消した。 森を味方にしたような青緑色のマントが虚空に消える。 (・・・・・・礼儀正しい、というか忠義が厚いのはいいのだけど――――――あの堅苦しさはどうにかならないのかしら。) がっさがっさ、と草を踏みながら進みつつ、ヴァージニアはそんなことを考えた。 しかしそれもむべなるかな、とも思うのだが。 ランサ―のあの忠節を重んじる態度は、彼の生前の行い――――――それに伴う彼の願いに起因する。 彼は元々、アイルランドの伝説に名高い騎士団の団長だった。 数々の武勲を挙げ、伝説を残し――――――やがては王になった。 彼が今、ランサ―のサーヴァントとして現界しているその姿は王として即位する前後の頃のものらしい。 だが、王となって後の彼はある失敗を犯す。 救えるはずだった、彼の臣下である騎士を見殺しにしたのだ。 その騎士はかつて、彼の許嫁となった姫とともに駆け落ちしたという騎士だった。 彼とその騎士は多くの犠牲を出しながら、最終的に彼が折れる形で和解した。 だが、かつての恨みがよみがえったのか――――――騎士が重傷を負ったとき、彼はあえて見殺しにしたのだ。 彼の伝説を知る者は皆、こう言うだろう。 かの偉大な勇者も王となってからは落ちたものだ、と。 そして自分がいかに落ちぶれたのか――――――そのことは彼が一番よく知っている。 ヴァージニアと契約した時、彼はこう言った。 『聖杯などは欲しませぬ。私はただもう一度騎士としての誇りをこの手に、騎士としての誉れをこの身に取り戻したいだけのこと。』 晩年の彼は確かに自身の名誉をその手で汚した。 だからもしも、もう一度の機会があるのなら――――――そのときは己に恥じぬ戦いを。 そして、己に恥じぬ最後を。 それが、彼の望みだった。 (それはありがたいのだけど・・・・・・ね。) 彼の望みをヴァージニアは理解している。 裏があるとも、嘘をついているとも思ってはいない。 ただ、自分が果たして彼が仕えるに値するマスターたりえるのか。 それが、彼女の悩みだった。 (誰にも甘えられないっていうのは、ちょっとつらいかしら――――――――――――――――――っ!?) 「マスター!」 その瞬間、首筋の産毛が逆立つような感覚が彼女を襲った。 魔術回路が異常を感知したのだ。 足を止めたヴァージニアにランサ―が実体化して神妙な面持ちで声をかけてきた。 「どうなされた。」 「・・・・・・トラップが壊されたわ。」 ヴァージニアが苦い表情を浮かべる。 その感覚は彼女が張った魔術的な罠の一つが破壊されたという信号だった。 かかったのでもなく、まるで引きちぎるかのように強引に取り外されたのだ。 「距離は?」 「すぐ追いつかれる距離ではないわね。それより・・・・・・やってくれるわ。宣戦布告のつもりかしら。」 それなりの腕の魔術師なら、ここまで強引な方法でなくとも順当なやり方で解体することもできたはずだ。 だというのに敵はあえて正面から壊してきた。 これは見えざるマスターからの敵対表明といっていいだろう。 「問題はありますまい。」 緊張した面持ちを見せるヴァージニアの肩にランサ―が手を置いた。 老騎士の静かな声と、武骨な手の温かさが泉の水のように彼女に沁み込む。 「あくまでその罠は保険とおっしゃられたではありませんか。ならば、『本命』がいまだ健在である限り、マスターが動揺する必要もありますまい。」 「・・・・・・・・・えぇ、そうね。ありがとう、ランサ―。」 一旦、目を閉じ、息を継ぐ。 若きドルイドの魔術師はいつもの気軽そうな笑みを浮かべた。 「何も心配することはないのよね――――――あなたが、私を守ってくれるんだから。」 「無論のこと。」 当然の如く、槍騎士は確約した。 その身に纏った青緑の外套が翻る。 「フィアナ騎士団団長、フィン・マックール。この血統の青槍と騎士の誉れに懸けて、御身の敵を掃う風となり、御身を守る盾となりましょう。」 こうして主従は歩みを進める。 目指すは滅びし文明の太古の神殿。 彼らの歩みとともに、太陽もまた一歩西へと傾く。
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8. 突然の爆発音に驚いて飛び出してきたのは、喫茶店レーヴェンスボルンの人々に限らなかった。 花火の類では決してありえないその轟音。子供の悪戯である筈はなく、近隣で事故があったのかと思えばそうではない。 何事かと顔を見合わせ、ふと空を見やり――そして更に驚愕する。 完成すれば水佐波水上都市のシンボルとなったであろう高層ホテルの最上部が、跡形も無く消し飛んでいるのだから! 住民達の脳裏によぎるのは数年前に発生した、飛行機が乗客もろともビルに突っ込んだという、あの事件。 そう、事件だ。事故ではなく、事件。となれば、この後に何が起こるかわかったものではない。 我先にと逃げ始めた人々の判断は、はっきり言って正常だったろう。しかし、状況が異常であった。 「――――うん?」 最初に其れに気づいたのは、昼食を食べようと会社を出たばかりのサラリーマンだった。 ホテル最上階が爆発する、その瞬間を目撃していた彼は、取るものも取らず慌ててホテルとは正反対の方向に走り出していた。 不幸にして逃げ惑う人々の最前となってしまった故に、彼はその集団と出くわしてしまう事になる。 その集団は――どうしたわけか、冷凍倉庫の中から現れた。ぞろぞろと何十人も連なって。 最初は倉庫の従業員達かと思った。しかし、その衣服はといえば決して作業用のそれではない。 私服のものもいた。背広のものもいた。大人もいれば老人もいたし、子供も混ざっていた。男もいれば、女もいた。 そして、あろうことか、彼らはホテルの方へ向かおうとしていたのだ。 「お、おい、あんたら! あっちは危ないぞ!」 戸惑いながら、サラリーマンは彼らに注意を促す。 ひょっとしたら倉庫の中にいて、何が起きたのか知らないのかもしれない。 幾ら奇妙な集団だからと言っても、見捨てておける筈は無かった。 しかし、誰も止まらない。 中空を睨む虚ろな眼に、だらしなく開いた口元。しかし足並みは整然としており、軍隊さながらに乱れが無い。 ぶつぶつと何やら呟きながら、まるでサラリーマンの姿が眼に入っていないかのように、歩いていく。 ――こいつら、何かやべぇぞ……。まるで死人じゃねェか……。 直感的に判断し、それ以上声をかけずに走り出そうとした彼の判断は、やはり正常と言えただろう。 しかし、状況は異常なのだ。 背後――――つまりホテルの方向から迫り来る巨大な何かに気づいた時には、もう遅い。 それが何なのか理解する暇もなく、雪崩の如く迫り来る鼠の群れにサラリーマンは飲み込まれ、そして消えた。 他の市民達も、程なくして理解するだろう。 人を貪り喰らう鼠の群れ。 次々に数を増やしていく死者の軍勢。 その両者の戦いの最中に、自分達が放り出されたのだということに。 「ど、どーしよう、なんか凄いことになっちゃったよぅ……っ」 「慌てるな、小日向。テロにせよ事故にせよ、少なくとも避難するのが妥当だろう。 しかしテロだとして、水佐波を狙った目的はなんだ? ……まるで想像がつかないが」 「少なくとも私達が考える事じゃないよ、冴子」 そして一方、喫茶店レーヴェンスボルン。 瞬く間に人々がいなくなり、取り残されたのはごく少数の人員。つまり水佐波高校の女生徒たちと、夏海、優介、鉄人、そしてアーチャーであった。 通りで奇妙な集団――少なくとも一般市民である彼女達にはそれが死者だとはわからなかった――と、異常な数の鼠が争う光景を見ながら、 パニックにならずに留まっていられたのは、そして異常事態に慣れた人員が残っていたのは、幸運以外の何者でもなかろう。 ――と、優介は、喫茶店の窓際に一羽の鴉が止まっていることに気づき、それを店内へと招き入れる。 そしてその鴉が纏っている腐敗臭に顔を顰め――それが誰から送られたのかを理解し、ますます不機嫌そうな顔になった。 手を伸ばすと躊躇うことなく鴉の首を引っつかんで持ち上げ、その足首に巻かれた紙切れを外し、目を通すと、 やはり躊躇うことなく、その手紙をグシャグシャに握りつぶす。親の仇もかくやと言わんばかりの様子だ。 「どーかしたで御座るか、御館殿」 「…………あーもう、面倒臭ェ」 ため息を一つ。こうなったら、つい先ほどまで睨みあっていた男――蔵間鉄人との交渉所ではあるまい。 そしてそれは、鉄人も同様らしかった。二人して顔を見合わせ、それから揃ったように溜息を吐いた。 「おい、あんた……取り合えずここは手を組まないか?」 「ちょうど良い。坊主、俺も似たような事を考えてたぜ。 俺ァ、この街でのゴタゴタをさっさと片付けたい。坊主も似たようなもんだろ」 「ああ。さすがにこの状況は、あんたと殺し合ってる場合じゃないからな。まったく面倒臭ェ」 流れるように会話が続き、あっさりとここに同盟が結ばれる。 気に喰わないことだが、鉄人と優介はお互いに、相手と自分の求めているものが同じだという事を理解していた。 つまるところ、菅代優介は自分が平穏に生きたいが故に、蔵間鉄人は水佐波の街と住人の為に、この状況―― ――――ひいては、聖杯戦争などという馬鹿騒ぎも片付けてしまいたいのだ。 恐らくは聖杯に捧げる願いが無いのも同じだろうと、互いに考える。 それに何より、菅代の翁/あの爺と比較して――手を組むには申し分ない相手だった。 優介は鉄人が『何者』であるのかを知っているし、鉄人――というより夏海にとって――優介のような主催者側と協力できるのは大きい。 双方共に、生き残ることが至上の目的である以上、ここで争う必要が無い。 こう言った双方の事情を鑑み、渋々であったが手を組むことに鉄人が同意したのは、本人の過去の経験に拠るものが大きいのだが、 それがこうも簡単にまとまったのは、本人は無自覚であろうけれど、優介の持つ『能率』という起源に助けられたからだろう。 詰まる所は二人揃って「利害が一致すれば私情に関係なく手を組める」人間だった、という事だ。 ようは似たもの同士と言っても過言ではあるまい。――本当に、気に喰わない事だが。 「しかし、ありゃ何だ。やらかしてるのは九割九分九厘マスターどもだろうが、正体がわからん」 「ああ、あれは死体だ。……参った事に、誰が操ってるのかも知ってるから、それは任せて欲しい。 かわりにあんたは鼠の方を片付けてくれ。と言うかマスターなら、あれが何だかわかんだろ?」 「ああ、それなんだがな……」 さて、どう説明したもんかと鉄人は思考を巡らせる。 協力体制を組む以上は明かすべきなのだろうが、しかし彼女を必要以上に関わらせるのは本位ではない。 ――が。 ちょこちょこと何時の間にか此方に近づき、会話を盗み聞いていた夏海には、そんな心配は関係なかった。 「あ、それ違うよー」 「あん?」 「マスターなのは兄さんじゃなくて、あたし。サーヴァントはアサシンだっけ?」 「はァ!? 素人がマスター?! なんだよそれ、ふざけてんのか! 馬鹿なのか? 死ぬのか!」 「まぁ、そういう事も稀にあるで御座るよ。慌てない慌てない」 「お前は少し慌てろ、アーチャー! くそったれ、面倒臭ェ……!」 激昂する優介を他所に、鉄人は心底から頭を抱えたくなった。 「つまりあの鼠どもは、一匹一匹が全部サーヴァントだって事か」 「うん。でもさ、あたしは良く知らないけどサーヴァントとマスターって普通、二人で一組ずつなんじゃないの?」 「まあ、一人で複数のサーヴァントを従えてる例も無くは無いけどな。 主人を無くした奴と契約をしたり、最初から二体召還したり……本家本元、冬木の聖杯戦争で何度か確認されてる。 確かこの前の回でも一組か二組はいた筈だが……まったく、あの鼠は反則も良い所だ。面倒臭ェ」 余りにも圧倒的な戦闘力の差に、優介は心底から溜息を吐いた。 祖父の残した資料――過去に行われた聖杯戦争の記録と、つい最近開催された戦争の生存者からの報告書による限り、 英雄となった鼠の大群などという、こんな馬鹿げたサーヴァントが存在する筈も無いのである。 エーデルフェルトの双子などが、一人の英霊の正邪両面をそれぞれ召還したという特異な例も存在するが、 あれは一人一体というマスターとサーヴァントの原則を破っているわけでもなく、参考にすらならない。 かつて聖杯戦争に参加した時計塔の講師曰く、無数のサーヴァントを召還する宝具も存在するようなのだが、 しかしこうも長時間――更に広範囲に渡って――扱えるような物で無いことくらい、魔術を齧っていれば誰もが想像できる。 可能性として考えられるのは、その講師が参加した聖杯戦争の『分裂するアサシン』のようなタイプだろう。 アサシン程度ならば、それこそ他のサーヴァントで正面から戦う事ができれば問題にすらならないのだが、 ……………鼠の大群ともなると、正直な話、どう対応して良いのかまるでわからない。 「アーチャー、何か手はあるか?」 「……生憎、拙者は『一匹の怪物』を退治して祀り上げられてしまったのであって、戦場で暴れたわけでは御座らん。 というより、戦場で負けたから腹切って死んだので御座るからして、ぶっちゃけ無茶振りで御座る――が。 嫌ァなことに、正体は検討がついてるので御座るよー……多分あれ、頼豪殿で御座る」 「頼豪――頼豪阿闍梨か!?」 その通りと頷くアーチャーに対し、思わず鉄人は顔を顰めていた。 頼豪阿闍梨と言えば、時の天皇を恨み、絶食して果てた後、関東を襲った怨霊である。 とてもではないが、まともな英霊の類ではない。 であるならば、この鼠の大群こそがサーヴァントであるというのも頷ける話だ。 なぜならば頼豪は恨みを晴らす際、その体を八万四千匹の鉄鼠へと転じたというのだから。 どうにもこうにも打つ手が欲しいところだ。 死者の軍勢は現在、かろうじて鉄鼠の群を押さえ込んでいるが――それ以上ではない。 長期戦になるのは確実だし、それで果たして勝てるかどうかも不明だ。 加えて、もしも長期戦になどなれば水佐波がどうなるのか想像もつかない。 神秘は隠匿すべしという大原則から外れるのも良いところだ。 ――後のことを考えると、優介としては非常に頭が痛いのだが。 と、そこで何かを思い出したのか、夏海がぽんと手を叩いた。 「あ、でさ、兄さん達。相談中のところ悪いんだけど、ちょっと良い?」 「あん?どうした?」 「実はその、友達の彼氏が入院してるんだけど――……」 ちょいちょいと夏海の手招きに応じて、彼女の友人達が話し合いの場へと集まってくる。 全員が年頃の少女である以上仕方ないのだが、その顔には不安や怯えの色が濃い。 平静を保っていられるだけでも、褒めてやるべきだろう。 「……彼女の性格からして、梃子を使っても傍を離れんだろう。様子を見に行きたいんだが」 「私や冴子、葵も鍛えてはいるけれど、正直、徒歩で行けるとは思えなくて」 「病院――水佐波総合病院か。……おい、坊主。お前、アシはあるか?」 「一応は車がある。無理やり詰めれば全員は乗れなくもないだろう」 優介の言葉に頷き、鉄人は黙考する。 手はある。やろうと思えば、割合と楽だ。だが――やりたくはない。 そうも言ってられない状況なのは重々承知しているし、実行するつもりでもいるが。 ――糞ったれ。戦争なんていうのは半世紀以上も前に終わっただろうに。 「……よし、わァった。夏海、お前は俺と一緒に来い。お嬢さんがたは、坊主の車で病院まで送ってもらえ。 病院は病院で何か対応してっだろうし、たぶん大丈夫だろう。その後の担当は、さっき決めた通り。坊主、良いな?」 「構わないが――――あんた、何とかできるのか?」 「ああ。だから、そっちも早いところ何とかしてくれ」 ―――――ほど無くして。 「大蛇」は人員を満載して、レーヴェンスボルンから走り去った。 さすがに日本車、危なげない走りである。あの分なら、このどうしようもない状況の中であっても問題なく病院まで行けるだろう。 しかし夏海としては――不安以外の何者でもない。 あの夜、ランサーと血を啜るマスターに襲われた時から、たった一日だ。 戦いとは全くの無縁だったというのに、今から行くのは殺し合い。 ――いや、それはつい一時間前まで、この水上都市を闊歩していた多くの人たちもそうだろう。 その内の何人が助かり、何人が死に、そして――『視る』事になるのか。 一歩間違えば、自分もそうなるのだ。自分だけでなく、兄や、アサシンも。考えたくもない。 何もかも投げ出してしまいたいけれど、何とかできるのも自分――のサーヴァント、アサシンだけ。 別に主従だとかそんな事を考えてはいないが、彼女が戦う以上、自分が逃げるわけにもいかない。 そして何より、鉄人が戦いに行くのだ。自分が逃げるわけにはいかない。 だけど――どうしようもなく、怖かった。 「……………兄さん。大丈夫?」 「ああ、大丈夫だ。別に、大した事じゃ無ェさ」 「……本当?」 「本当だ」 「…………本当の本当?」 「本当の本当だ」 「……………本当の本当の本当?」 「本当の本当の本当だ。……つか、怖いならついて来なくても良いんだぞ?」 「う……。それは―――」 できない、と。 あまりにも魅力的な言葉だけれど、できないのだと。彼女は首を横に振って拒絶する。 それを見た鉄人が、困ったような顔をして笑い――不意に、わしゃわしゃと夏海の髪が引っ掻き回された。 あの晩と同じ、撫でているんだかなんだかわからない、不器用な手の動かし方。 「だったら、少しは信用しろ。 俺ァ大丈夫だし、お前も大丈夫。それに――」 「ええ、わらわもついておりますもの。夏海様、心配する必要はありんせん」 胸元から聞こえてくる軽やかな声。未だ首飾りの姿をしているアサシンが、穏やかな様子で囁いた。 ――そう、あの夜と同じなのだ。 アサシンがいて。鉄人もいて。 不意に、胸の中に広がる暖かいものに気がついた。不安が溶けていくように無くなった事に気がついた。 「…………うん。わかった、信用する」 だから行こう、と。 夏海は、混乱の渦と化した水上都市へと脚を踏み出した。 ****あとがき************ さて、皆さんあけましておめでとうございます。 今年もどうか宜しくお願いします……と、新年SS書初めでした。 いろいろと悩みながら試行錯誤を繰り返しておりますが、 どうにかこうにか、リハビリが終わってきたような感もあります。 とりあえず水佐波市を大パニックにというのは当初から考えておりまして(笑) 鉄鼠VSゾンビ軍団というB級映画もかくやな光景ではありますが、 それがメインなわけではないので、描写も浅くせざるをえんのが残念です、はい。 まあ、どうにかこうにか頑張って行きたいなぁ、と。 次回はライダーVSアーチャーの――予定!
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起きて最初に確認したのは、全身のけだるさと魔術回路の痛みだった。 目覚まし時計を見てみると、既に昼過ぎになっている。 「まあ、今日は学校休むように連絡したからいいけど」 やはり、身体の調子が悪い。原因は分かっていた。 「あんた、魔力食い過ぎなのよ。バカスカ、バカスカ、フードファイターじゃないんだから」 「◆◆―――◆◆◆◆―――◆◆◆―――」 光の粒子が集まり、昨日召喚した狂戦士が顕現した。 何に苛立っているのか、唸り声を上げて部屋の中を歩き回っている。 召喚した当初は大変だった。いきなり暴れ回り、工房を半壊させた後、敵を求めて彷徨い、危うく家の外に出るところだったこのサーヴァントを制御できたのは、やはり凛の素質によるたまものだった。 意思疎通は簡単な命令以外無理にしても、魔力供給の量を調節することによって、ある程度動きを抑制させることはできる。 「吸い取ってる分だけは働いて貰うわよ。霊体化しなさい」 命令した上で魔力供給を少なくすると、自然とバーサーカーの身体が薄れてくる。完全に姿が消えたのを見計らい、凛はコートを羽織った。 庭に出る。昼の日射しは消耗した身体に、僅かなりとも活力を与えてくれているような気がした。 外出の目的は、セカンドオーナーとして冬木市内の見回りと、参加者として各陣営の威力偵察。 「……柳洞寺に異常は無し。てっきりキャスター辺りが陣地にしているかと思ったけど」 冬木は表向き平穏を守っている。前回の戦争では酷い被害が出たことから、今回も同じようなことが起きるかと危惧していたが、杞憂に終わったらしい……今のところは、だが。 一日中街中を見回ったが、どのサーヴァントの姿も見られない。使い魔も放ったが、結果は変わらない。 「穴蔵決め込んでるのかしら?」 凛は西日を見た。もうじきに日が暮れる。聖杯戦争は人目につかないために、戦闘はあくまで夜に行われる。と、いうことになっている。 いつ戦闘が始まっても、闘う覚悟はできているが、正直に言えばバーサーカーの制御にもう少し時間が欲しいところだ。 最後の見回り場所に立ち寄って、結界のある遠坂の屋敷に戻った方がいいだろう。 凛は、当初から決めていた最後の見回り場所を見上げた。 穂群原学園。 校舎の屋上から、街を見渡す。家々の明かりが灯り、夜の世界にも人がいることを感じさせてくれる。 「だけど、ここからは魔術師の時間よ」 決意と共に夜景を見渡すが、校舎にも異常は無かった。そろそろ帰ってもいいだろうと思ったとき、夜の校庭から不審な音が聞こえることに気がつく。 はっとした凛は、遠見の魔術で状況を観察する。 明らかに異常な量の神秘を内包した男と女、その後ろに居る子供は銀髪と紅眼を持っている。 「……アインツベルンのホムンクルスと、サーヴァント」 向かい合った正面にもサーヴァントらしい女がいる。そして、その場にいる人物が判明した瞬間、驚愕で呼吸が止まった。 「衛宮君……?」 『あの娘』が一緒に笑いあっている相手。 「三枝さん、氷室さん、蒔寺さん」 知り合い。魔術師では無く、一人の人間としての遠坂凛の知り合い。 なぜ、彼等がいるのか。考える間もなく、剣を持った男が彼等の方に近づく。 反射的に凛はバーサーカーを顕現させ、叫ぶ。 「バーサーカー、ぶっ倒しなさい!」 「◆◆◆◆―――◆◆◆◆◆◆―――◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 咆吼して飛び降りたバーサーカーに数秒遅れて、凛もまた飛び降りる。 「こんばんは、かしら。衛宮君、三枝さん」 呆けた表情をしている知り合いに、努めていつもと変わらない『遠坂凛』としての顔を見せた。 「はじめまして、それともお久しぶりと言った方がいいかしら、アインツベルンさん?」 冬木のセカンドオーナーとしての貫禄を見せ、魔術師の少女は眼前の敵に僅かに微笑んだ。 「ええ、そしてさようならを始めましょう」 アインツベルンのマスター、二騎との契約という法外な技を見せる少女は、天真爛漫な笑顔を崩さない。 互いの従卒が前に出る。口火を切ったのはセイバーだった。 「宝具を使われる前に倒させて貰うぞ。狂戦士(ベルセルク)!!」 閃光のような斬撃が、バーサーカーの心臓を狙う。その速さにバーサーカーは反応できずに、魔剣がバーサーカーの心臓に吸い込まれていく。 「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!!」 だが、バーサーカーへの攻撃をしかけたセイバーは、即座に飛び退いた。今まで居た場所の地面を、バーサーカーの持つ槍が突き刺し、校庭に地割れを作る。 剣を構えたセイバーは、バーサーカーの前に立つ。その表情に軽い驚きが生まれた。 「……それがタネか」 バーサーカーの胸部が、変色している。今まで人肌の色をしていた皮膚は、土器のような質感と配色に変貌していた。 その変化は、ビキビキという不快な音と共に、瞬く間に全身を覆う、数秒も経たずにバーサーカーは両眼と口以外の全身が土色の皮膚に包まれた姿となった。口の部分が裂けたように大きく開く。 「◆◆◆◆◆◆―――◆◆◆―――◆◆◆―――!!!!!!!!!!」 両眼を狂気にギラつかせ、大口を開けて叫ぶバーサーカーは、その姿と相まって正に怪獣の外見となっていた。 「吠えるな、やかましい!」 セイバーの斬撃が連続してバーサーカーを襲う。 頭部、眼球、腹部、両腕、踵、胸部、首、背中……ありとあらゆる部位にかけられた総攻撃は、しかしバーサーカーにダメージを与えられていない。 勢いを全く落とさずにバーサーカーの攻撃がセイバーを襲う。 マシンガンのような斬撃を放つセイバーは間違いなく超越した存在だ。 だが、それならばそのセイバーの攻撃を正面から受け止めて平気でいるバーサーカーは何者なのか。 埒があかないと悟ったか、セイバーは片脚でバーサーカーの頭を蹴りつけて後退する。 「◆◆◆◆◆◆◆……◆◆◆◆◆……◆◆」 「イリヤ」 バーサーカーの視線から隠すようにイリヤの前に立つ剣士は、自分のマスターに話しかけた。 「まだ、戦争は始まったばかりだが、あのバーサーカーは手強い」 そこで、セイバーは言葉を句切った。 「宝具を使っていいか」 うーん、とイリヤは腕組みして、少しの間考える素振りをした。 「まあ、いいでしょう。弱点がばれたところで、ランサーがいるから心配は無いわ」 マスターの言葉に、セイバーは満足げな表情を見せる。そして、剣を構え直した。 「いくぞ。狂犬。身体の硬さが自慢らしいが、竜以上かどうか見てやる」 瞬間、セイバーが持つ剣の刀身が陽炎のように揺らめき、黄金の光を爆発するように放った。 宝具とは人間の幻想を骨子に作られた幻想。英霊が持つ物質化した奇跡であり、いずれも強力な兵装だと、士郎は最初にキャスターから聞いていた。 だが、聞くのと実際に見るのとでは迫力が違う。思わず後ずさりをする程その光景は凄まじい。 「あれが、セイバーの宝具」 呆然とするキャスターの視線の先には、恒星の輝きがあった。全てを焼き尽くす太陽。それが剣の形状をしている。離れているこっちにまで熱が伝わってくる。 セイバーは絶対の自信を表情に見せ、剣を振りかぶった。その圧力だけで突風が巻き起こる。 「運命られし―――」 必殺の一撃を前にしても、バーサーカーは退こうとしない。退く、という回路自体が無いのかも知れない。 「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!!!!!」 その姿にセイバーは敬意を覚えたか、それとも覚えたのは哀れみか、一切の躊躇無く、振り抜いた。 「―――破滅の剣(グラム)!」 太陽が、爆発した。 太陽剣グラム。 かつて神々の王オーディンが英雄シグムントに与え、その後その英雄の息子の手に渡った魔剣。 神によって与えられ、小人によって鍛え直され、そして邪竜を討ち果たした剣。 その担い手はシグルド。鳥の言葉を理解し、不死身の身体を持ち、無双の力を誇る大英雄である。 太陽剣の爆裂は、空を切り、周囲を爆炎に包み込んだ。 「……大丈夫か!」 「う、うん」 「生きているのが不思議だわ」 由紀香とキャスターの無事な声に、安堵する士郎は、視線を戦場に向ける。 かつて、体育祭や部活で賑わった校庭の面影は何処にも無かった。 地割れがあちこちで亀裂を造り、地殻変動を思わせる程の変化をもたらしている。 無事な地面は殆どが炎上し、あるいは高熱に晒され溶解していた。 振り返って校舎を見ると、全ての窓ガラスが割れ、外壁は黒く変色している。昔テレビで見た、火山の噴火で全焼した建物を彷彿とさせた。 文字通りの、超攻撃。戦略兵器に匹敵する攻撃は、しかし士郎達に軽傷すら与えていなかった。 攻撃を放ったセイバー自身も、驚愕の表情を形作っている。その視線は眼前のサーヴァントを捉えていた。 あれほどの攻撃を受けていながら、バーサーカーは立っていた。陶器にヒビが入るような音が響き、その異形の皮膚が剥がれ落ちていく。僅かな時間で狂気に囚われてはいるものの元の人間らしい姿に戻ったバーサーカーは、そのまま眼光をセイバーに向けた。 士郎は理解した。自分達も飲み込むはずだった攻撃は、全てバーサーカーが耐え抜いたのだ。 自分達の生命を死守したサーヴァントの隣に、マスターの少女が立つ。 「……『耐えろ』って命令、聞いてくれたみたいね」 魔力を相当量持って行かれたらしい、遠坂凛の額には汗が浮かんでいた。片手に刻まれた令呪の一画がかき消されたように消えている。セイバーは合点がいった。というように頷いた。 「令呪で、サーヴァントの力をブーストさせたか」 「涼しい顔しているけどいいの?私はあんたの真名が分かったのよ」 「分かったからどうした?名前が知れただけで死ぬわけじゃ無い」 セイバー―――北欧の大英雄、シグルドは、慌てること無く、魔剣を一閃した。 パリン。 硝子が割れたような軽い音と共に、刀身が砕け散る。柄だけになったそれを鞘に戻すと、セイバーは拳を握りしめた。 「刀身が元に戻るまで、素手で持ちこたえる自信はある」 「いや、今度は私が闘おう」 前に進み出たのは、長槍を手にした女戦士だ。ランサーは槍をバーサーカーに向ける。 「兜に装着してある白鳥の羽と、槍、シグルドってことは……懲りないわね。また自分の男を殺す気?」 茶化すような凛の言葉に対し、怒気が膨れ上がった。セイバーとランサーのものであることは言うまでも無い。 「俺の女を、侮辱しないで貰おうか」 「その舌を串刺しにしてやろうか?魔術師」 「バーサーカー、セイバーの背後をとって倒しなさい」 英霊二人の怒気に対し、凛は何処吹く風とバーサーカーに指示を出した。ランサーの怒気がますます膨れ上がる。 「私がさせると思うか?」 「ええ、思うわよ。だからキャスター、衛宮君」 話を振られた士郎は木刀を持ち、キャスターは自らの宝具である書物を取り出す。 「これで二対二。加えてそちらのセイバーは剣が使えない。それほど分の悪い勝負じゃ無いわ」 堂々と言い放つ凛に対し、ランサーは冷たい眼差しで槍を構えた。 「いいだろう。その誤った認識から焼き尽くしてくれる」 第二回戦が始まろうとしていた。 『運命られし破滅の剣(グラム)』の余波によって、校舎の屋上も鉄柵が折れ曲がり、床が剥がれるなどの被害に見舞われていたが、そのようなことを気にもせず、そこにいた存在は眼下の戦いを監視していた。 「何て威力、これがシグルドの宝具とは」 「ああ、恐ろしい力だ。俺なら余波だけで消滅するだろう」 スーツ姿の麗人と、白い防寒着を着込んだ男がそこに立っていた。 「でも、おかげでセイバーの真名が知れたわ。いや、マスターを仕留めれば全て終わる」 あれほどの大英雄ならば、維持にかかる魔力も膨大なものだ。ランサーも従えているとなれば、マスターが落命すれば、次のマスターを見つける暇も契約を結ぶ暇も無く消滅するだろう。 「今、攻撃するのか。バゼット」 これまで戦闘の推移を監視していた自分のサーヴァントに、バゼットと呼ばれた女性は指示を与える。 「ええ、アサシン。標的はアインツベルンのホムンクルスです。銀髪の少女を狙いなさい」 「了解」 アサシンと呼ばれたサーヴァントは肯定の意を返し、短めの小銃を構えた。 銃口はピクリとも動かず、正確に標的に狙いを付けている。 このサーヴァントが狙いをつける姿に、バゼット・フラガ・マクレミッツは常に緊張を覚える。 彼は戦いなどしない。ただ死を与えるだけだ。まさに死神。 ギリースーツを死神のマントに錯覚する程、彼は濃密な死の気配を漂わせていた。 命を刈り取る弾丸が放たれるまで、後数秒―――。 「凄い……」 剣士の青年。 槍を持った女性。 怪獣のような戦士。 魔法を使う女性。 人形のように可愛い少女。 いつも見る顔で、そしていつもとは決定的に違う姿を見せる二人。 全てが由紀香には理解できず、それがとにかく凄かった。 三枝由紀香はただの一般人だ。戦いなどテレビアニメの中でしか見たことが無かったし、そもそもこんな世界が現実にあるなどと少しも考えていなかった。 思わず、自分の頬をつねってみるが、頬が痛いだけで壊れた学校も目の前の戦いも依然としてそこにある。 つまり、これは夢でも何でも無くまぎれもない現実なのだ。 「いってぇ……あれ、あたし学校から家に帰って……」 「む、蒔の字か……由紀香までどうした?」 「蒔ちゃん、鐘ちゃん!気がついたんだね!」 地面に寝かせておいた二人の覚醒に、由紀香は喜びの声を上げる。同時に、頭の犬耳がピコピコと動いた。 「あれ、その耳どうしたの由紀っち。何かのパーティーグッズ……ん?」 「それにしてはリアルだな。まるで頭から直接生えているような……む?」 楓は鐘の背にある翼を、鐘は黄金色の獣毛が生えた楓の手足をそれぞれ凝視する。 「「……コスプレか」」 少しの間沈黙が流れ、お互いが自分の身体に起こっている異変に気づき、翼を引っ張ったり毛を抜こうとしたりする。そしてそれが紛れもない生身だと判り――― 「「なんじゃあ。こりゃあああああああああああああ!!!!!!??????」」 「そりゃあたしは黒豹だけどさ、だからって身体が動物になるか、オイ!改造人間か?サイボーグか?はっ、まさかこれは悪の組織の仕業か?許せん!!」 「親の因果が子に報い……何かのたたりか?それとも蒔の字の言うとおり、悪の秘密結社に改造された……だとすれば、これから孤独な戦いを強いられて……!」 黒豹少女蒔寺楓は思いっきり混乱し、普段は冷静な氷室鐘も、間違いなく混乱している。 「まっ、蒔ちゃん、鐘ちゃん、落ち着いて。とにかく今は……」 鐘と楓の混乱を宥めているとき、由紀香は、戦闘の続きを見る。 「いいわ。ランサー、セイバー。剣一つ無くなったぐらいで最優の称号は砕けないことを教えてやりなさい」 自身の危険など、考えもしていないのだろう。イリヤスフィールと自己紹介した少女は、余裕で武器を持った男女に命令した。 その姿をじっと見ていた由紀香は―――『何か』がやってくると気がついた。 それは、きっと良くないモノで、ここにいる誰かを傷つけようとするモノで、そして、今この場では自分以外誰もその良くないモノに気づいていない。 何故か視線が校舎の屋上に向いた。何故だか知らないが、あそこに誰かいると思ったのだ。 『誰か』がいる。そしてその『誰か』は、目の前で戦っている人達と同じ存在だと、感覚で理解した。 ……何かが起ころうとしている。 真っ白な人影は、細長い筒のようなものを構えている。夜で、しかもあそこまで遠い場所のことが正確に判ることに驚いたが、それよりも筒の正体を理解したとき、心臓が止まりそうになった。 ライフル。 アクション映画でしか見たことのない、人を殺せる凶器。 それを持つ誰かが、それを構えて誰かを狙っていることに気がついた。 反射的に、銃の先端を見て、誰を狙っているかを探る。普段の自分からは想像もできない程、機敏に身体と精神が動いた。 筒先にいるのは―――イリヤと呼ばれた少女。 反射的に駆けだした。運動音痴で走るのも得意じゃない筈なのに、まるで風のように走り抜けることができる。 たん。 小さな音に少し遅れて、殺意の塊が飛来した。 その場の全員が、銃声には気づいていた。 だが、音が発せられる前に動いたのはただ一人、茶色い髪の少女だけだった。 完全に不意を突かれた形になったセイバーとランサーは主の危機にすぐさま迅速な行動を取ろうとしたが、相対していた敵サーヴァントへの警戒に気を取られ、由紀香の疾走に比べてコンマ2秒ほど遅れた。 サーヴァントに匹敵する速度で走り抜けた少女は、イリヤスフィールに抱きつくようにして、それまで立っていた場所から移動させる。勢いのままに、二人で地面をゴロゴロと転がった。 瞬間、イリヤがそれまで立っていた地面に小さく砂埃が生まれた。 地面を叩いた物体は小さく、しかし人一人を殺めるには十分過ぎる威力を持っていることは明らかだった。 由紀香はイリヤを抱きしめたままで起き上がる。そしてイリヤが無事なことに安堵の表情を見せ、一言喋った。 「大丈夫?」 「…………」 イリヤは何も答えない。心なしか驚いているようにも見える。 そこに、彼女のサーヴァントである二騎がやってくる。 「イリヤ、怪我は無いか!」 「……え、ええ、大丈夫。彼女のおかげで怪我は無いわ」 セイバーの緊迫した声に、戸惑いながらも返事を返すイリヤ。ランサーはイリヤの無事を確認した後、周囲に注意を向けた。遠見のルーンを使って闇夜を索敵する。 「……何処から撃った?いや、何処にいる?」 それでも、闇に潜む別の敵を見つけることはできない。 「三枝ー!!」 士郎が我に返ったのは、何者かが狙っていることに誰もが気がついた少し後だった。 近くに敵サーヴァントがいるにも関わらず、地面に座り込んでいる三枝由紀香に向かって走る。 あんな女の子が頑張っているのに、それなのに、俺は!何もできていないじゃないか!! 自己嫌悪と心配がゴチャゴチャになったまま、必死に辿り着く。 「大丈夫か!」 「う、うん。私なら大丈夫」 無事な姿に安堵するが、その時敵のサーヴァントがいる事に漸く気づく。 「……」 息を呑む。剣士と槍兵の視線は鋭く士郎を射貫いている。 「もういいわ。セイバー、ランサー」 イリヤが二騎の従者に声をかける。そして士郎達に背を向けた。 「今日はもうおしまい。つまんないから」 「……そうだな。これをやったサーヴァントに警戒せねば」 「そう言うのなら、仕方が無いか」 イリヤはそのまま振り返ってにこりと笑う。その表情は無邪気な子供のものだった。 「じゃあね、お兄ちゃん。また遊びましょう」 破壊を振りまいた主従は校庭の闇に消えていく。完全に見えなくなった時、呆然としていた鐘が口を開いた。 「遠坂嬢、衛宮、説明して貰えないだろうか」 「……失敗しましたね」 「ああ」 アサシンは二発目を撃たなかった。撃てば今度こそ居場所を特定されかねないからだ。 もし接近戦に入ればアサシンは終わりだ。キャスターにさえ勝てるかどうか疑わしい。 幸運なことに、アインツベルンの主従も、遠坂の魔術師達もその場から去るだけでアサシンを探索しようとはしないらしい。このチャンスを逃す手は無い。すぐさま逃げの一手を打つことに決めた。 「スコアはゼロだが、判ったことも多かったな」 「ええ、セイバーの真名と宝具が判ったのは大きいですね」 「そしてもう一つ」 アサシンは霊体化して消える。後には声だけが残された。 『俺の攻撃を察知することができる人間がいる。それが分かった。今度は失敗しない』 決意と殺意を滲ませたその声は、夜の闇の中に消えた。 炎に見舞われた穂群原学園に駆けつけたのは、消防でも警察でも、聖杯戦争の隠蔽を行うスタッフでも無かった。 「うわっ、なんだよこれ。まるで空襲の跡みたいじゃないか」 文句を言いながら、特徴的な髪型をした少年は焼け跡を歩く。 『これが戦よ。なかなかの宝具と見える』 声が響いた瞬間、光の粒子が集まる。数秒後にはそこに美しい黒髭を持つ中華風の鎧を着た武人が立っていた。 「とにかく行くぞライダー。これだけの宝具を使ったのなら、使った奴の魔力はスッカラカンの筈だ。そこを狙う」 「うむ。よかろう。慎二は打ち合わせ通り隠れておれ」 ライダーと呼ばれたサーヴァントの言葉に、少年―――間桐慎二は不服そうに口を尖らせる。 「隠れるだけかよ……何かマスターを狙うとかは」 「儂がまとめて薙ぎ払えば何の問題もあるまい。楽に勝てることが悪いか?」 「……それもそうか」 「うむ」 ライダーは尊大に頷く。納得した様子の慎二も、自分が戦場に近づくにつれて緊張の表情を見せる。 建物の角を曲がれば校庭だ。ライダーは角のところで息を潜め、一気に躍り出た。 「我が名は関羽、字は雲長!此度の聖杯戦争においてライダーのクラスで現界した英霊よ。命のやり取りをしに参った!!この首取って名を上げんとする者はいるか!!」 三国志の大英雄の大音響に対し、返す声は無い。隠れていた慎二がおそるおそる校庭を見ると、そこには破壊の跡があちこちに残る無人の校庭が広がっていた。 「なっ……いないって……僕たち出遅れたのか?」 慎二の呆然とする声に対し、ライダー―――関羽雲長は、ふむ。と頷いた。 「天はこの儂がまだ戦うときでは無いと言っているようだのう」 「納得してんじゃねえよ!僕の緊張返せー!!」 慎二のツッコミも何処吹く風と、遠くからは消防車とパトカーの警報音が響いていた。 ―――かくして、静かな夜は終わり、これよりこの街の夜は恐怖を覆い隠す暗闇となる。
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カーステレオのラジオを付けると、車内を流れるのは気だるいジャズの音色。ジャズってあまり好きじゃないんだが……そんな風に思いながら姫宮冴子はブレーキを掛けた。 赤信号だ。停車した合間に空を見上げるが、一面に墨を流したような空に星は見えない。 「嫌な空だ……」 不意に、ぶるりと寒気が走る。 ここ最近、街中を嫌な空気が流れ始めた。まるで祭りが始まる前にも似た、何かの予感を孕んだ空気でありながら、どうしようもなく嫌な予感しか浮かばない。 最近はどうも嫌な事件ばかりが続く。頻発する停電。原因不明の気温の低下。幾人もの行方不明者。 そういえば、と思い出す。二十年前にも似たような空気が流れていた気がする。 少女だったあの頃の。 そして、親友二人がいなくなったあの頃の。 「みことに、夏海か……」 いなくなった親友たちの名前を呼ぶ。あの二人がいなくなった時には、大いに泣いた。そして、少しずつ立ち直ってきた。 二人の顔は、もうおぼろげにしか思い出せない。あの二人が、二十年前の連続失踪事件に関わっていたのは何となく分かっていた。 「だってのに……」 ……だというのに、何もできなかった。励ましてやる事も、話を聞いてやる事も、できなかった。こんな事では、親友を名乗る資格がない。 それでも、祈るに値するのが、あの二人しかいない。 「ったく、…………オカルトは嫌いだ」 舌打ちする。UFOだろうがプラズマだろうが、嫌いなものは嫌いだ。だけど、今だけは。幽霊でもいいから、あの二人に会いたいと思った。 不吉な予感を抱えて空を見上げる女性から少し離れ、物語は闇の中で密やかに紡がれる。 およそ、都市というものは人が集まるものであり、人が暮らすものである。故に無数の人間の目がそこには存在しているが、そうであるからこそ、自然に無数の死角が生まれてくる。 その場所も、そのような死角の一つであった。 積層型水上都市、水佐波市の中でも、ライフラインとなるのは東西に水佐波市の中央を通り、関西の中枢を首都と結ぶ鰐橋レイライン。 高速道路と国立鉄道のラインに、いくつかの私鉄を含めた、都市の大動脈といえる場所。そこから少しばかり離れた所に、バベルの塔を思わせる円筒状の施設が存在した。 水佐波原子力発電所、建設までに少しばかり住民の反発があった施設だが、結局、そんなものはあっさり押し切って建設された。 その高い塀に囲まれた敷地の周囲は、通用門や正門から少し離れてしまえば、発電所などに用がある人間など従業員くらいのもので、通りかかる人間もほとんどおらず、結果的に、水佐波環状線のガード下などは特に薄暗く、人の視線も通らない。 そのわがかまる闇に、ぐちゃぐちゃと、肉を咀嚼するような音が響いていた。無数の歯が肉を食む音。くちゃくちゃ、ぼりぼり、と蠢く無数の口が、人体を人体未満の肉片へと解体し、まるで闇そのものが肉を自らの腹の中に収めているかのようにも見える。 その腐肉食の闇の中に、一人の少女が佇んでいた。月光のように蒼黒い長髪と、薄っぺらい虚無を宿したガラス玉の瞳。間桐真夜。 その少女に、話し掛ける者があった。 「なるほど……蟲使いってのは、随分と気色悪いものだな。おい」 寿命で点滅する街灯の下にいて、尚も鋭く輝くのは魔術師の眼光。鍛え上げられた体躯に、礼装を収めたゴルフバッグ。エーベルト・フラガ・ヌァザレ・ソフィアリ。 その眼光に返礼するかのように、闇の中からどろり、と老人の声が響く。 『おおぅ……なるほどなるほど、こうも早くに聖杯戦争のマスターと会えるとは……喜べ真夜、最初の獲物じゃぞ』 声の性質は孫を可愛がる好々爺のそれ。それが聞く者にどうしようもなく違和感を与え、しかしその声に籠る陰性の悪意だけは、どうしようもなくその場に相応しい。少女はその声にこっくりと頷くと、前方に向かってゆっくりと手を差し伸べた。 「……アーチャー」 少女の、まるで怪物が潜む洞穴のように虚ろに澄んだ声が響く。 それに応えて、ずるうり、と蠢く肉質の闇の中から、異様なヒトガタが立ち上がった。 本来なら見る者に強い意志を感じさせたはずの整った彫りの深い顔立ちと、鉄壁のように頼もしくあったはずの逞しい体躯。 毒に冒された肉体は腐敗し、腐り落ちた肉の間から剥き出しの臓器や骨が覗く。落ち窪んだ瞳には陰火のような怨念を宿し、人形のような動作で武骨で巨大な石の弓を構える。 「爺ぃ……貴様、サーヴァント相手に何をしやがった……!!」 少女を無視して、エーベルトは闇の中に響く老人の声に向かって罵声を返す。 『おお、怖い怖い。こうも弱々しい老人に向かって、そのように吠えかかるものではないわい。なに、魂喰いを拒まれたのでな、令呪で、こう、属性を反転させてみたわけよ』 呵々と笑う老爺の声に、エーベルトは思わず顔をしかめた。 「嫌な爺だ……外道が」 『ほぅ……儂等魔術師にとって、悪とは魔術の存在を愚者どもに広める慮外者であろうに……。尻の青い餓鬼がいたものだのお。真夜、喰ってしまうが良い』 同時に、少女の傍に佇んでいたアーチャーが弓を深く引き絞る。 「っ……!」 かわし切れない。油断したと後悔する間もなく、闇の中に黒いロープのような影が伸び、アーチャーの矢はその影を撃ち抜き、コンクリートの壁に受け止めた。 「マスター、一人で出歩くのは危険。最初に言ったはず」 アーチャーの放った矢を受け止めたのは、闇の中から現れた少女。足元まで届く波打つ黒髪、澄んだ海色の瞳が不満気にエーベルトを睨む。 羽織った毛皮のローブの袖口から伸びているのはベージュの鱗に色褪せた黒い縞の入った毒蛇。ベルチャーウミヘビと呼ばれるその蛇は、頭部を縫い止められてだらりと力無く垂れ下がり、矢に特殊な力でもあったのか、内側から溶かされるようにして腐り落ちる。 「済まんなキャスター。少しばかり油断していたようだ」 「次からは自重して、マスター。あれはおそらく毒矢。陸棲のいかなる蛇よりも百倍強力な毒を持つあの水蛇が、ああも簡単に溶かされた」 それも、規格外の魔獣殺し。自分にとっては最悪の相手であると、キャスターはその属性を看破する。 「宝具なら、どうせそんなもんだろうよ……キャスター」 「分かった。しかし、本当に大丈夫?」 「なあに心配はいらん。母と最弱アヴェンジャーとのコンビは最強だったと、母も言っていた。それと同じポジションだ。問題は、無い!」 エーベルトは瞬発力に秀でたボクシングのフットワークで地を蹴った。そこを狙って放たれる矢は、中途で軌道を不規則に捻じ曲げ、周囲の地面やコンクリートの壁に突き立つ。そこに這うのは無数のフジツボ、魔獣の属性を持つ使い魔だ。 「それほどの魔獣殺しの弓をこの魔獣に満ちた空間で、マトモに当てられるわけがない、だろ?」 周囲に溢れるフジツボは言わばデコイ、相手の矢が魔獣殺しの属性を持つことを逆手に取って、キャスターはあえて使い魔を捨て駒にして攻撃を防ぐ。 その矢の下をかいくぐり、現実離れした速度で地を蹴ったエーベルトの拳が、アーチャーの腹を殴り付けた。 エーベルトの脚先がボクシングの高速のタップを刻み、降り注ぐ拳はアーチャーに致命傷こそ与えられないものの、魔獣使いであるキャスターにとって他者の肉体強化は得意中の得意、その援護を以て放たれる拳は英霊たるサーヴァントすら圧倒するのはむしろ自然。 『援護に特化したサーヴァントと、高い戦闘能力を持つマスターの組み合わせはこの上なく厄介――――覚えておくべきじゃったのお……』 一見余裕に満ちた老人の声は内心で舌打ちを一つ。目の前の男の拳技は確かに老人の知る神代の魔女のマスターに劣るにせよ、目前のキャスターは援護の魔術に関してだけなら、老人の知る神代の魔女すら上回る。 だが、老人にもまた切札が無いわけではない。カードを切るにはいささか性急に過ぎる局面とはいえ、相手はキャスターのサーヴァント、時間をおけばますます強大になる危険な存在だ。 『身の程知らずに出る杭は、ここで叩いておくに越した事はないかの。真夜』 その言葉に、少女はこっくりと頷くと、その足元に落ちていた影が濃さを増した。闇よりもなお濃く黒い影がぎちぎちと音を立てながら膨張する。 その影の中に、まるで水面のように波紋が走り、その中から無数の鎖で戒められた一振りの剣が浮かび上がってくる。剣の柄に紅い呪布に包まれた左手を伸ばし、少女の手には太過ぎる柄を握った瞬間――――初めて少女の口が開いた。 「■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!」 まるで歌のように奏でられる絶叫が、エーベルトとキャスターの耳を打つ。 咆哮というには細過ぎて、力も無く意志も無く、ただ狂気だけを孕んだ叫び。その絶叫に連動するかのように剣を縛る鎖が弾け飛び、強烈な神秘を孕んでいたのであろう鎖は剣が発するあまりにも禍々し過ぎる威圧に吹き飛んで、無数の散弾となって周囲に飛び散った。 「っ何の冗談だ!?」 とっさに障壁を張って鎖の散弾を防いだエーベルトは舌打ちして少女を睨む。あれは明らかにおかしい。少女を睨むエーベルトの脳裏に、無数の情報が走る。クラス:狂戦士/筋力:C/耐久:C/敏捷:C/魔力:E/幸運:D。 少女の身の丈を超える巨剣から放たれるどす黒い瘴気が少女の体を侵食し、肉食蟲を象った刺青のようになって固定する。 少女の全身を覆う装甲じみたトレンチコートはズタズタになって飛び散り、衣装が内側から弾け飛んで、代わりに少女が纏うのは花嫁衣装にも似た、華麗な毒華の如き漆黒のイブニングドレス。 その上を大地の亀裂から噴き出すマグマのように輝く赤い刻印が走って彩り、左腕を覆う聖骸布が解け、少女の白魚のような右腕とは対照的に、浅黒い肌を持った野太い男の腕が現れる。 「同時に二騎のサーヴァントを使役する――――いや、人間のサーヴァント化だと……!」 『っくく、我が間桐家の二百年における聖杯戦争の蓄積の副産物、英霊どもの置き土産よ。御陰で、見よ、儂の可愛い孫は、まさに最強の人間兵器となった』 嘲笑うように老人の声が響く。真夜の握る大剣の正体はかつての聖杯戦争で召喚された狂戦士の英霊が使用していた宝具、握った者の精神を支配し、狂戦士と化す『囁く凶刃(ティルフィング)』。 「初っ端からこれとは……最悪だ」 横一直線に振るわれた狂戦士の巨剣の下を転がるようにして攻撃を回避、間合いを詰めたエーベルトはまず真夜に向かって神速の拳を飛ばすが、真夜の足元の影が地面から剥がれるようにして盾になり、拳の一撃を受け止め、その隙に弓兵の矢が連射を開始。 デコイで狙いが甘く、同時にキャスターの魔術で強化されているからこそどうにかかわす事が出来るが、そうでなければただの魔術師に過ぎないエーベルトなど、とっくの昔のあの連射の餌食だ。 エーベルトは舌打ちしつつ、キャスターと共に狂戦士と弓兵の前から撤退する隙を窺う。だが、敵はロクな理性も残っていない目の前の二人だけでなく、闇の中、どこにいるかすら分からない老人の声の主もいるのだ。そうそう逃がしてくれるとも思えない。 思考を巡らせるエーベルトは、キャスターの隣まで後退し、狂戦士の追撃をかわす。剣を振り上げて追撃した真夜は、キャスターが召喚した大蛸の触手に殴打されて吹き飛び、空中で猫のように体を捻って姿勢を立て直して着地。 「キャスター、どっちか片方、速攻で叩いて逃げる。できるか?」 「任せてマスター」 エーベルトの提案に相棒は頷き一つ。それに頼もしさを感じて、エーベルトは再び地を蹴った。 『っくく、無駄だというに。大人しく――――ぬっ!?』 地を這うような低空姿勢で横殴りの斬撃をかわし、同時に周囲のフジツボがその口から潮混じりの蒸気を噴射、一瞬、潮臭いスチームに視界が閉ざされる。 『いかん、アーチャー、宝具の使用を――――!』 「遅ぇ」 真夜の懐まで潜り込んだエーベルトの拳が、キャスターが召喚した、内側の肉すら鉄の鱗に覆われた金属質の貝殻に覆われ、エーベルトは硬い甲殻を持つ魔獣をナックルのように握り、砲弾のような右拳を発射。 対する真夜は魔力を全開に魔術を行使。まるで咲き誇る闇色の花弁のような影の楯がエーベルトの拳を受け止め、その刹那――――。 「キャスター!」 エーベルトの合図と同時に、待機していたキャスターが足元の水溜まりに足を踏み出し、そこから広がった波紋が、巨大な波濤と化して一帯を薙ぎ払う。 『ぬぅ……!?』 老人の声が一瞬引きつり、真夜とアーチャーは防御の態勢を取り、誰もがその攻撃に目を奪われた一瞬。アスファルトの地面を砕き、エーベルトとキャスターは逃げ去っていた。 その様子を観察していた者達がいる。 闇に包まれ、灯り一つないビルの屋上に立つのは、銀の髪と紅の瞳を持つ少女たち。 身に纏うのは時代錯誤なナチスドイツの軍服、様々なメディアの「格好いい軍服」のモデルとなった代物だが、一方で現代に伝わるナチスのダークサイドは有名であり、 下手に装えばナチスに怨念を抱いている者は多く、また非難の標的にもなるため、たとえコスプレイヤーや、あるいはたまにいるネオナチにせよ、堂々と公衆の面前で装う者は少ない。 しかし、見る者が見れば、いくつかの不審な点に気付くはずだ。一つには、少女たちが人形のように美しい、しかし一様に同じ顔形をしている事。そしてもう一つ、少女たちがこの灯り一つない闇の中で、何の不自由もなく動いている事。 「目標の交戦結果を確認。アーチャー及びそのマスター、キャスター及びそのマスター、共に健在。キャスター陣営は地下水道を移動に利用している模様、本拠地の特定は不可能。ドライツェーンはゼクツェーン、ノインツェーンと合流しアーチャー陣営の監視を続行」 「了解。ツヴァンツィヒは大尉に連絡を」 ややあって、少女たちの一部が駆け出し、ビルの屋上の床面を蹴り、連なるビルの上を跳躍しながら、人間離れした動きで闇の中へと消えていく。 やがて、そこに残っている少女は一人だけになった。一人になった少女はようやく、萎縮している自分自身の存在に気がついた。袖口で冷汗を拭い、ふぅ、と溜息を洩らす。 「あれが、英霊同士の戦いか……それこそ、人間に踏み込めるものではないな。いや……」 それならば、と考える。それならば、魔剣を手にして狂戦士となった少女は一体何だったのか。あるいは、キャスターの援護があったとはいえ、拳一つを持ってそれに立ち向かった男は何だったのか。 「我々は、あの高処に至らなければならないのか……」 溜息を一つ。ツヴァンツィヒと呼ばれていた少女は、懐から通信機を取り出すと、連絡を行うべく、ダイヤルをいじり始めた。通信用の魔術もあるが、使わない。魔術師達に傍受されるわけにはいかないからだ。 「道は遠いか。だが……」 魔術師どもよりはましか。彼らの目標は、根源、などという、本人たちにもよく分かっていない代物だ。そんなわけの分からない連中でも、利用しなければならない。その事に溜息をついて、ツヴァンツィヒは通信が繋がった事を確認、報告を開始した。 一方、ビルの谷間の底でその様子を窺っている者たちも存在する。 最新の特殊機器を使用するファルデウス達にとって、魔術を使わない通信手段を盗聴するのはそれほど難しいことではない。 「まあ他の“ただの魔術師”相手ならいい方法だったのでしょうが……」 どうも、この手の、近代兵器を使うタイプの“魔術使い”達は、自分以外に同じ手段を駆使する相手がいることを想定しない傾向が強い。魔術しか使ってこない“魔術師”の相手に慣れ過ぎたが故の弊害だろう。 「相手が悪かったという事でしょうね……」 では、自分たちにとっての天敵とは何者だろう、と考えて、すぐに頭を振ってその思考を打ち消す。現在、自分は考える限りの用意をしてある。考えても深みに嵌まるだけで、どうせ意味が無い事だ。 ファルデウスは、路地の入口に視線を向ける。ちょうどそこに、人影が現れる。それは、異様な男だった。 くたびれた黒い牛革のコートを纏い、腰にはスピードローダーを並べたガンベルトを巻いた、まるで西部劇のガンマンのような姿だが、伸び放題に伸ばしてから乱暴に刈り込んだ蓬髪とろくに剃りもしない髭が、まるでホームレスのような雰囲気を醸し出す。 同時に、男自身が纏っている錆びた鋼のような気配が、男に異様なまでの凄味を与えている。 ファルデウスの横でツヴァンツィヒ達の報告を盗聴する兵員達がその姿に、不審そうな目を向けた。 「戻りましたか、ミスタ・ローウェル。いかがでしたか、久しぶりの化け物どもの戦いは?」 「相変わらずだ。……弾丸が届きそうにない所まで相変わらずだ」 ファルデウスの言葉に、ローウェルは表情一つ変えずに錆びた声で返し、そのまま石段に座り込んで、腰から外したガンベルトからよく使い込まれた得物を取り出し、分解して手入れを始める。 「一応、ニホンには銃刀法というものがあるのですから、その格好のままで出歩くのはどうかと思いますよ」 「何、俺でも一応、認識阻害の魔術くらいは使えるさ」 予想通りといえば予想通りの返事にファルデウスは溜息をつき、スーツのままでローウェルの隣に座る。 「こちらで用意させて頂いた得物は使わないのですか?」 「ソーコムに……ツェリザカか。ツェリザカの反動を除けば確かにいい得物だが……このピースメイカーは家族の形見でな」 「それは……悪い事を聞いてしまいましたね」 少しばかり後悔したファルデウスを気にした様子も無くローウェルは続けた。 「何、気にするな。ツェリザカの使い所があるかは知らんが、ソーコムはいい銃だ。そういう意味では感謝しているよ」 「それは何よりです」 ローウェルはコートのポケットから煙草を取り出し、火をつけた。ファルデウスはその臭いから、その煙草のニコチン分とメンソールが異様に強い事、そして、中に大麻が混じっている事に気付き、わずかに顔をしかめた。 この男の経歴は知っているが、おそらく、麻薬でもなければやっていられないような絶望的な戦いなのだろう。それがまるで自分の将来のような気がして、なおさら気分が悪くなった。 「何事もなく終わればいいのですが……」 「そんな事は有り得ないだろうな……」 聖杯戦争において何事もないという事、それ自体が異常だ。そんな事を考えて、ファルデウスとローウェルは、互いに顔を見合わせる事も無く溜息をついた。 ローウェルの咥えた煙草の先から漂う大麻混じりの煙が風に吹かれて消えるのが、ファルデウスにはまるで自分たちの未来のように思えてならなかった。 同じように戦いを見守っていたのは、ツヴァンツィヒやファルデウスだけではなかった。 「アーチャーとキャスターが交戦、か。しかし……どっちもタチの悪いコンビだな」 ビルの屋上の縁に腰掛け、足を中空に投げ出して、アルサランはひとりごちた。 まず、アーチャー組。サーヴァントが強力な場合、まずは脆弱なマスターから狙っていくのはアルサラン的には常道だが、アーチャーのマスターがあの様子では、とてもではないがマスター狙いなど不可能だろう。 確かに戦闘能力が全てのバーサーカーとしてはお寒い限りの能力値だが、アーチャーが敵サーヴァントを押さえている間にマスターが敵マスターをミンチにするか、また、逆も可能だ。 続いて、キャスター組。キャスターの感知能力はとてもではないが馬鹿に出来るものではない。加えて、キャスターの援護魔術を受けたあのマスターは、遠距離専門のアーチャーのクラスとはいえ、肉弾戦でサーヴァントを押していた。 加えて、召喚した魔獣による攻撃がメインのあのキャスターは、三騎士のクラスの最大のアドバンテージである対魔力が意味を為さない。 どちらにせよ、マスターとサーヴァントの組み合わせが最悪だ。どうにかしてマスターとサーヴァントの組み合わせを分断するか、さもなければ弱っているところを叩くか。さもなければ、手のつけようがない。 「こうなると、無理矢理にでも戦闘に介入するべきだったか?」 まあ、考えても意味のないことだ。それに、どうせ霊地の管理者である自分は、聖杯戦争に参加するのが当然の存在、あまり表に出ないのならば、アサシンクラスの存在を疑われて当然。 そうなると、アルサランが取るべき道は主に二つ。 一つには、直接戦闘能力が低いアサシンクラスの存在を匂わせておいて、正面から攻め込んでくる敵マスターに対して、バーサーカーの戦闘能力を得たアサシンで背後から殴り潰す。 そしてもう一つ、最初に敵マスターの首級を上げたのが自分であることを喧伝し、バーサーカーのサーヴァントを保有している事を表に出し、暗兵の存在が消えた事を疑わずに油断している敵を背後から叩くか、だ。 「……守りに入るのは趣味じゃないな」 『なら、何が趣味なのだ?』 「圧倒的な力で蹂躙する」 アルサランの背後に旋風が渦巻き、実体化したアサシンがしなやかな腕を首元に絡ませてくる。獣じみた凶悪な気配を纏ったアルサランはアサシンの艶やかな黒髪を撫で、アサシンはその手の感触にわずかに目を細めた。 「今までに出てきたのは、アサシン、バーサーカー、アーチャー、キャスター。残りはセイバー、ランサー、ライダー、か」 そして、どうせ生きているであろう先代セイバー。母が従えた先代ライダーですら仕留め切れなかった大物だ。 アルサランはアサシンの髪を撫でながら夜の街を見下ろす。先程まで、眼下ではアーチャーとキャスターが各々のマスターと共に戦いを繰り広げていた。 アルサランはそれを単独で監視し、アサシンには、アサシンに特有の気配遮断とバーサーカーから奪った妖術の機動力を生かして、周辺一帯の戦いを嗅ぎつけてくる勢力の存在を探し、報告するように命じていた。 バーサーカーの能力を得たアサシンは、この聖杯戦争の中では最高の索敵手だ。 見つかった勢力は二つ。ノイエスフィールのホムンクルス達と、そして、近代兵器で武装した、正体不明の組織。おそらくは、後者がこの聖杯戦争の戦況を崩す鍵になる。 アルサランの獣の瞳は戦場の全てを俯瞰して、まだ見えぬ新たな戦場を蹂躙すべく、軍略を展開していた。 ――――おさえて、破底魔先生! 破底魔:「さて今回も、まだ一回目ですが『おさえて、破底魔先生!』の楽しい授業時間がやって参りました。このコーナーは、バッドエンドを迎えた可哀そうな戦死者の人をダシに、楽しくイジり……ゲフンゲフン、楽しく読者からの疑問に答えていこうというコーナーです」 タダーノ:「ちょっと待てこのクソアマ、今、ダシにするとか何とか言いやがったか!?」 破底魔:「誰がクソアマですか? まったく、先生に対して口答えするなんて生徒としての心構えがなっていませんね」 タダーノ:「うるさいうるさいうるさい! せっかく出番がもらえると思って来たのに、何なんだこの展開は……首切断してホルマリン漬けにすんぞ!」 破底魔:「はあ、まったく、授業態度の悪い生徒ですね。で、首切断してホルマリン漬け……でしたっけ?」 タダーノ:「え!? ちょっ……待っ……!!」 破底魔:「問答無用です。お父様、お母様、お兄様、やっておしまいなさい」 タダーノ:「ぎゃあああああああああああああああ!!」 しばらくお待ちください。 破底魔:「切り取って粉砕した首の代わりに犬の頭を付けてみたのですが、あまりいい出来ではありませんね。ぶっちゃけキモいです」 犬只野:「ワンワン」 破底魔:「無視して授業を進めましょう。さて、前回のタダーノさんの死因ですが……弱点であるアサシンに対して無警戒過ぎた、といったところでしょうか」 犬只野:「ワンワン」 破底魔:「ただでさえステの割に消耗がキツイ茨木童子の魔力消費量を考慮に入れれば、早期決戦を考えるのは確かに悪い判断ではないのですが……迂闊過ぎます。雁夜さんを見習って地面に潜るなり何なり、対策を考えるべきでしたね」 犬只野:「キャンキャン」 破底魔:「次に、今回のアーチャー キャスターの戦闘でしたが……アーチャーサイドにかなり厳しい内容でしたね。 キャスターは後回しにすれば後で地獄を見ますから、決して悪い判断ではないのですが……アーチャーの宝具こそ使ってはいないものの、マスターがかなり物騒なアイテムを持っている事がバレましたし」 犬只野:「クゥーン」 破底魔:「犬の分際でベタベタと近寄らないでください鬱陶しい。 で、無視して話を続けてしまいますと、これはアーチャーの正体にこそ直結しないものの、肝心要のアーチャーの正体にしたところで、全身腐敗したゾンビ紛いのやたら特徴的な姿を見せてしまっているため、蟲爺の余裕に反して、実は結構まずい展開です」 犬只野:「キャインキャイン」 破底魔:「さて、次にキャスター陣営ですが……正面切っての戦闘が苦手なキャスタークラスの割に、アーチャーと狂戦士化したマスターの猛攻から、ほとんど無傷で逃げおおせてます。 実際、最悪なまでに綱渡りのような展開でしたが、結果だけ見るともはや見事としか言いようがありません。これから、キャスターは陣地に引きこもって、しばらく兵力の強化に努めるのでしょう」 犬只野:「キャイーン」 破底魔:「では、今回の授業はここまで。ライダー陣営も先代セイバー陣営も、読者にまで最悪と言われているアサシン陣営も、いろいろと暗躍しているようですし、次は新しい展開が見られるでしょうね。では、次回も『おさえて、破底魔先生!』をお楽しみに!」 犬只野:「ワンワン」
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──────Lancers & Fighters Side────── ついに闇が到来する。 それぞれのマスターの思惑が交錯する中、世界はいつも通りに冬木を夜に染め上げていく。 「よし。これで準備は全て完了っと」 綾香は出かける準備を済ませ、頬を叩いて気合を入れてみる。 バチン!とちょっと威勢が良すぎる音が炸裂する。 ……いたい……しまった、少々力を入れすぎたらしい。 今度は逆に叩いた頬を撫で擦る。 「はっはっは!主殿はお茶目でござるのぅ」 ランサーに今の恥かしい様をバッチリ見られていたらしい。 「ランサーうるさい」 「おっと、これは失敬した」 などど謝罪の言葉を口にしながらも、霊体化しているランサーの口元がニヤついているのは気配でわかる。 「ふんだ。準備も出来たんだし早く行くわよ」 ランサーを置いてズンズンと部屋を出る。 「ところで主殿。少し顔色が優れんようでござるが大丈夫か?」 先に行く綾香の背にランサーは少し心配そうに声をかけた。 「え?顔色悪いのわたし?」 「うむ、少し青い気がするゆえ問うてみたのでござる」 「う~ん。特に体調が悪いとも感じないから……恐らく、緊張のせいじゃないかしら?」 そう言いならが綾香は特に問題なさそうに笑った。 「まあ主殿がそう言うのであれば、それ以上は拙者は何も言わぬよ」 ランサーはそう言って綾香の背後に無言で忠犬のように寄り添う。 二人で山門を潜り、馬鹿長い階段を下る。 いよいよなのだ。 これが初陣。沙条綾香にとって自分の意思で戦う最初の戦。 「そうだ主殿!拙者訊き忘れていたことがござった!」 初陣という現実に少し緊張し始めた頃、唐突にランサーが大きな声を上げた。 「ひゃっ!!?ちょ、ちょっとランサー!びっくりさせないでよ!!」 「いや申し訳ござらん。だがどうしても訊きたい事があったんでござるよ!」 驚かされて少し怒る綾香にもランサーは侘びはすれど、それ以上に大事なんだと言わんばかりの真剣さ詰め掛けた。 「ん、で?何が訊きたかったの?」 あまりのランサーの真剣さに流石の綾香も何事かと耳を傾ける。 ランサーはすぅっと一呼吸だけ深呼吸をした。 「────徳川の天下は終わるのでござるか?」 「─────」 ランサーの口から飛び出したのは聖杯戦争とはなんら関係ない事柄。 だがそれはこの侍にとってはとても、とても大切な事柄だった。 「───ん。そうよ。残念だけど徳川の世は終わるわ」 だからこそ、彼には嘘偽り無い真実を告げてあげた。 「─────。そうか、徳川の天下もついに終わりを迎える時が来たのでござるなぁ」 だが思いのほかにランサーの返事は軽やかなものだった。 「あら、もっと残念がるのかと思ったんだけど?」 「いやそりゃ残念と言えば物凄く残念ではあるが……。 それでもこの戦乱続きだったこの国を何十年何百年と統治したのでござるから、我が主君の徳川家康もきっと満足してござろう」 そう締め括ったランサーの声はやはりさっぱりとしたこの侍らしいものであった。 だからふと大事なことを思い出した。 このもう何も願いなんて無い、なんて言わんばかりの未練も何も無いサッパリとした声で。 「そう言えばランサー。凄くバタバタしてたから訊きそびれちゃったんだけど……貴方何が望みで召喚に応じたの?」 サーヴァントも何らかの願いがあるからマスターの召喚に応じる。 彼女の祖父の説明では確かにそう言っていた。 だからマスターはサーヴァントの願いを知っておかないといけないとも。 「ん?拙者が召喚に応じた理由でござるか? いや単に英霊なんていうつわもの、もののふ、それに猛者といった連中と戦ってみたかったからでござるが?」 「─────は?」 「ん?────拙者、何か変なこと言ったか?」 などど小首を傾げる侍。 有り得ない。普通有り得ない。戦いたいから人間の下に付く神様が何処にいると言うんだろうか? 「真面目に応えて欲しいんだけど、ランサー?」 「主殿は意外と失礼でござるな。拙者をホラ吹きのような扱いにするとは!」 「だって普通に考えたらまず有り得ないわよ!」 「いやいやそれこそ早計でござるよ!なにせ拙者生前は己の好きな戦いなどしたこと無かったでござるからな?」 「………ちゃんと訊いてあげるから少し説明してくれない?」 「言葉通りの意味でござる。拙者が徳川家に仕えていたことは既に主殿も知っての通り。 そうして拙者は徳川に仕える武士として忠節に励み、戦いで得た勝利は全て徳川に捧げた。 それは手柄の褒美を貰っても拙者が出世しても変わらぬこと。 だが……こうも思ったことは確かにあったのだ。 とある合戦の際に果した一騎打ち。 ああいう戦いを徳川の武将本多忠勝としてではなく、武士本多忠勝として果し合ってみたいと。 しかしそれでも本多家は父祖代々徳川に仕えてきた。拙者も徳川に仕え徳川の為に死ぬのが自身の忠道と心得ておったからな。 彼の豊臣秀吉殿からの誘いもそれを理由に断った以上はそのような私情で戦をするなど言語道断」 そこでランサーは一旦言葉を切る。 「……だがしかし、死して今、こうしてたった一度の機会を与えられた。 徳川の武士本多忠勝ではなくランサーのサーヴァント本多忠勝に戦う機会が与えられたのでござる。 ───ならばこのたった一度の好機、逃がす手はあるまい?」 そう言ってニッと口元に笑みを浮かべるランサーの顔はとても生き生きとしていた。 それはとても嘘を言っているような顔には見えない。 「それに、だ。このような愛らしい女子が主人と言うのも真に貴重な経験でござるからな」 なんて茶化してランサーはこの話を締めた。 綾香とランサーは深山の中心地へ足を進める。 とりあえず敵の痕跡を探すならまず中心部から始めよう。 ◇ ◇ 「マスターらしき人間を見つけたぞファイター。こちらの網に気付かれた様子は無いな。どうやら大した腕ではないらしい」 民家の屋根の上に陣取った遠坂がファイターに声をかけた。 どうやら町の中に張っていた網に何者かが掛かったようだ。 夜が深くなるのを待った遠坂たちは他のマスターよりもいち早く町へと繰り出し網を張った。 そうしならが遠坂はらしくないと思いながらも敵を求めている自分に苦笑した。 ”まったく、本当にらしくないな今日の私は” どうも今朝から調子が悪い。 つまらない夢などに苛立ちを覚え、ましてやそれを引きずるなど本当にらしくない。 それから数時間ほど町に網を張って獲物が掛かるのを待ったがついに当たりが出たのだ。 「ならどうする遠坂殿?このまま即行で仕掛けるのか、それとも様子見をするのか?」 「勿論、即仕掛けるような愚は犯さんよ。暫らく様子を見る」 ファイターの問いに即答する。 そう、いくら今日の彼がいつもと違いらしくない行動をとったとしてもその根底は変わらない。 故にどんな敵かも見定める前から仕掛けるなんて愚行は絶対に犯さない。 遠坂は偵察に翡翠で出来た鳥を空へ放った。 使い魔は空高くに飛び上がるとそのまま標的の付近に一直線に飛んでいく。 「遠坂殿は敵は何のクラスだと思う?」 「………キャスターかアサシン以外だろうな」 暫らく黙考し、彼なりの推理をする。 「まず、あれがマスターだとすると当然サーヴァントも側に居る筈だ。キャスターとアサシンはその時点で矛盾が出る。 そのどちらかを引いた場合、普通はまずあんな風に堂々と外を出歩かない。 暗殺者と魔術師のクラスは根本的な戦略が他の戦士系クラスとは違うからな。 となると直接的な戦闘力に長けた三大騎士クラスかライダー、バーサーカーのような真っ向勝負のサーヴァントだが……さて」 ファイターのクラスがある時点で今回の聖杯戦争は基本の七クラスではない。 となると必ず除外されたクラスがあるのだがそれは果たして何のクラスか。 「昨日までに確認が取れたクラスはファイター、セイバー、それにキャスターらしきクラスか。 三騎士クラスの除外はまず有り得ないであろうから……残りはライダーかバーサーカーそれとアサシン。一応キャスターもか。 ……とりあえずそのどれかが除外だろうな」 昨日までに知りえた情報と予め自身が知っている情報を整理する。 「遠坂殿的には一番除外されて都合がいいのはアサシンか?」 「当然だ。私がというよりは全マスター的に、だな。私としてもアサシン対策の為にも早めに全クラスを確認しておきたいところだ」 マスター殺しのアサシンクラスが居なければ此度の彼の聖杯戦争の勝率はさらに上がる。 影からこちらの足元を掬おうとする輩が居なければ戦局は真っ向勝負の色が強くなる。 そうなれば戦闘力に優れるファイターの勝算は高い。 「確かに闇から忍び寄るアサシンが居なければ私の警戒の負担も軽くなるからな」 そう軽口を言いながらもファイターは周囲の気配に気を張り続ける。 「もしアサシンが現界していた場合は私ではまず気付けない。そうなった場合はファイター、お前の持つ超感覚が頼りだ」 「ああ、判っている。周辺は私が見張るから遠坂殿は敵マスターらしき人影の監視を」 その後両者は無言で各々の担当に力を注いだ。 ◇ ◇ 「………う~ん。なんとなく見られているよう~な、いないよう~な気がしないでもないでござるな」 深山の中心へ着いてからしばらくしてランサーはそんな不穏当な発言をしてきた。 「え!?ちょっと見られてるってまさかマスター!?」 「いや、霊体化している今の拙者ではマスターの視線を感じるのは無理だ。だからこれはもしやだが───」 「サーヴァント───?」 驚きと戦慄の入り混じった声を上げる綾香にランサーは、かもしれぬ。とだけ返した。 「もしかしてわたしたち……バレてる?」 「う~~~む。もしかすると敵マスターの妖術に引っ掛かったのやもしれぬな。そういう事も魔術師と言うのは出来るんでござろう?」 「え、ええ。確かにそういう感知したりする魔術はあるわ。でもわたしは……」 綾香はそれに気付かなかった。 しかし、現に彼女は遠坂が張った網に見事に引っ掛かっている。 「ううん。わたし以上の魔術師が居ればわたしじゃきっと気付けない。既に網に引っ掛かってる可能性は十分にある」 現状自分たちが置かれている可能性を素早く、決して驕らずに判断する。 あとしなければいけないのは───そうだ、頼りになる相棒の助言を訊くことだ。 「ランサー、こういう場合どう出るのがいいの?」 「………仮に敵に主殿が見つかっていたとしても、初めから敵を釣るつもりで我等は町に出てきた。 ならばいっそあからさまに気配を発して挑発するのも手でござるな。どっちみち拙者は真っ向勝負しか出来ぬのだし」 「なるほどね。ならそれでいきましょう」 「良いのか主殿?これだと雑魚が釣れるか鯨が釣れるのかまでは流石に判らぬでござるぞ?」 「いいの。町に出るって決めた時から戦うこともちゃんと計算に入ってた。 それに相手が雑魚だろうと鯨だろうと最後には戦わないといけないんなら同じことよ」 勝ち気に言ってのけてから移動を開始する。 アドバイス通りにランサーと一緒に自身もこれでもかっ!ってくらいに気配放ってやる。 それから出来るだけ広い場所も探す。 どうせやるのならランサーの足を活かせるこちらに有利なある程度広さを持つ戦場だ。 二人は足早に戦場とするべき場所を探しながら移動する。 彼女たちは気付かないが既に何人かは二人の思惑通りに餌に喰らいつきかけていた。 誰が釣れるのかはあとは綾香達の竿を引き上げるタイミング次第であった。 ◇ ◇ 「これはこれは、随分と思い切りの良いことだ」 そう呟く遠坂の顔は呆れているのか喜ばしいのか判断が付きにくい顔をしている。 「ん?何か動きがあったのか遠坂殿?」 そんな主の変化に気付いたファイターは遠坂に一声かけた。 「一応な。監視しているマスターらしき人影だがマスターと断定していい。 サーヴァント共々ああも気配を放たれてはマスターで無いと弁護する方が難しい」 なんて苦笑交じりにファイターへ事情を説明する。 「サーヴァント共々気配を放っている……?遠坂殿、ならそれは」 「ああ。明らかに私たちに対する挑発だな。 こういう戦術に出るのなら真っ向勝負を前提としたサーヴァントタイプで有る可能性が非常に高い。 マスターが違うからセイバーを除外すると、残るはランサーかライダーだな」 「バーサーカーの可能性は?」 ほぼ断言するような口調の遠坂にファイターが残っている可能性を示唆する。 「いや、恐らくバーサーカーである可能性は低い。 バーサーカーのクラスと言うのはクラススキルの狂化で生前よりも遥かにパワーアップさせられる。 しかしその恩恵の代わりにとりわけマスターに掛かる魔力負担が非常に大きいクラスでもある」 遠坂は淡々とファイターに説明を続ける。 「だから通常のマスターならあんな複数回戦闘するかもしれないような戦術はまず取れない。 私であってもバーサーカーで二連戦するかもしれないような状況に陥る戦術は取らないだろうからな」 「なるほど、となると確かにランサーかライダーの可能性が高そうだ。でマスターこの後の行動は?私ならいつでもいけるが」 ファイターが今後の行動を促して来る。 挑発に乗るか、観察だけ続けるか。 普段の遠坂ならば当然観察を選ぶところだが。 「挑発に乗ってやれファイター。私は戦場の近くで身を隠匿し援護する。何か指示があったらこちらから出そう」 マスターは戦場の近くで身を隠して戦況を見守り必要ななったら援護、または指示を出す。 これは後の聖杯戦争でも常道となる基本戦術の一つだった。 「了解した。────ああそうそう、大事なことを訊き忘れていた」 うっかりしていたといった風な口調でファイターが言う。 「ん?なにをだね?」 「私はどこまでやっていいのだマスター?」 主人のGOサインを待つ猟犬のように、ファイターは自信に満ちた声で訊いてきた。 「倒せるのなら倒してしまって構わない。だがそうだな、リスクが大きい魔剣は使うな。 だがお前が必要だと判断すれば『尖輪猟犬』の方の使用は許可しておく」 まあそれでも使わないで済むのならそれも出来るだけ使うな。と付け加えてファイターに指示を出した。 ◇ ◇ 二人がその男の気配に気付いたのはつい先程の事だった。 自分たちに有利な戦場を探し当て奇襲に備えて周囲を警戒しながら陣取ることおよそ10分強。 「主殿、お目当ての魚が釣れた様でござるぞ」 ランサーは綾香に素早く注意を促す。 「………意外と早かったわね」 「ここまで堂々と現れるとは───恐らくは拙者と同様に真っ向勝負を基本とするサーヴァントでござろうな」 敵の気配はゆっくりと此処に近づいてきている。 敵もランサーたちと同様に気配を全く隠そうともしない。 そしてついにその敵は槍兵たちの前に姿を現わした。 男の姿に合わせてランサーも実体化し主の前に立つ。 「───────────」 三者共に押し黙ったまま何も言葉を発しない。 緊迫した空気の中でお互いに相手の姿を観察する。 ランサーたちの前に現れた男は決して豪奢とは言えない外套を纏っていたが、それでも数多の戦場を潜り抜けてきたのが雰囲気だけで判る。 全体的にガチガチに固めた重武装では無く、動き易く頑丈そうな装束を中心に装備している。 だが男の服の上からでも判る鍛え抜かれた筋肉がこの男の強靭さを確かに主張していた。 腰から下げた鞘には少し変わった柄をした剣を収めている。 立派な顎鬚はこの男に良く似合っており、並々ならぬ風格を漂わし。 こちらを見つめる眼は穏やかでありながら激しい意志を湛え、ハッキリと今から戦うと告げていた。 ランサーの方は黒い鎖帷子のような、こちらも堅さよりも動き安さを重視した軽装で全身をピッタリと覆っていた。 あまり大きくは無い体格をしている。 故に、嫌でもその不釣合いな獲物が眼に入る。 一際目立つ肩に預けた槍は呪布か何かで包まれているが、体の割合に対して普通ならば有り得ない程の大きさでその存在をこちらに知らしめていた。 髪を後ろに流した短髪に顎から生えている無精髭。 退くことなぞ知らぬわと言わんばかりの力強い瞳がファイターの視線と交差する。 「─────」 一方の綾香は緊張から声が出せなかったがライダーに襲われた時に比べると思考を巡らせるだけの余裕があった。 ”マスターが居ない?” 敵のサーヴァントの姿はあるのに周囲を見回してもマスターの姿が何処にも見当たらない。 「我らが誘いに応えてくれるとは、中々に骨のある武人とお見受けするが───おぬし如何なサーヴァントか」 隙無く問いかけるランサーに男はファイターのサーヴァントと名乗る。 「なるほど。ところでファイターおぬしの主、姿は見えぬようだが何処でござるかな?」 と、ランサーも気付いていたらしく敵マスターの所在を主の変わりに問い詰めた。 だがファイターは目を瞑り、さてな。と言うだけでそれ以上は何も言わなかった。 詰問が無駄だと悟るとランサーは綾香にマスターが近くに潜んでいるかもしれない旨を伝えると数歩前に歩み出た。 ファイター達から数十m以上離れた木の上に遠坂の姿はあった。 ファイターの戦闘状況を随時把握でき、なおかつ自身の姿を魔術による迷彩で隠匿出来る場所がここだった。 既に彼によりここら一帯には人払い用の結界が敷かれており無関係の人間の立ち入りを禁じている。 「ほう、あの女が連れていたのはランサーか。それに見た感じ……侍か?」 となるとあのランサーは日本出身の英雄でしかも武将である可能性が高い。 そう判断すると素早く脳裏に槍兵になり得そうな人物を羅列していく。 その中には本多忠勝の名前も当然のように入っていた。 「あの槍に巻かれた呪布が少々邪魔だな……形状が正確に把握できない。なるほど実力は大した事は無くとも知恵は回るようだ」 あの撹乱用の幻惑魔術が施されている布は効果自体はそう高くは無いが、有るのと無いのでは天と地ほどに差がある。 ここに身を隠している以上、遠坂では手が出せない。 となれば───。 ”ファイター。ランサーの持っている槍の呪布を外させろ” ファイターへ向かって念話を飛ばす。すると即時ファイターからの返信があった。 ”───アレはまず間違いなく宝具だぞ?” ”構わん。宝具を使用をさせたいのではなく、宝具の全容を見たいのだ。あのランサーはこの国の英雄である可能性が非常に高い” ”なるほど。あれだけ特徴的な大槍だ、地元の遠坂殿ならもしかすると特定も可能という事か───了解した” 遠坂は短くファイターへ指示を飛ばし、今から始まる戦いを見守った。 ランサーの歩みに応じてファイターは鞘から剣を抜き、ゆったりと眼前へ構えた。 両者の激突は数秒後か、あるいは数分後か。 だが確実に起こる戦いに綾香は息を呑む。 二人から滲み出る殺気に息が止まりそうになる。 だが殺気だけで息を止められてる場合じゃない。 サーヴァントにはサーヴァントの役割があるように、マスターにもマスターの役割がある。 聖杯によりマスターに与えられた透視能力でサーヴァントの能力を正確に把握し自分のサーヴァントに適切な指示を与える事。 そうだ、その為にここに居るのだ。あくまで戦う為にこの場所に立っているんだから───。 「ランサー!そいつ攻撃力と防御力がとんでもなく優れてる!真正面から行っちゃ駄目、速さで勝負して!それと宝具の使用は貴方が判断しなさい!!」 「応よ───!」 綾香の叫びを皮切りに二人の戦が始まった。 ランサーは自慢の脚を使い一瞬にしてファイターとの距離を詰め寄る。 標的との間合いは3mと半分。 必殺の速度を以って大槍を突く。 だがそれに呼応して逆袈裟から切り上げられたファイターの尖剣が槍の到達を阻む。 ファイターはネイリングに魔力はまだ込めない。 マスターの指示に従いまずは敵の大槍を蔽った呪布を開帳させるように誘導する。 一方ランサーは敵から遠く離れた間合いの長さを存分に利用し攻撃を繰り出す。 しかしまだ脚は使わない。 いつでも使えるように準備はしているがまずは敵の技量を見極めるのが先決だ。 空気を切り裂く音と共に槍が飛んで来る。 ファイターも手にした名剣を存分に振るい迎撃するがランサーとの距離が詰めきれない。 打ち合う数が一打、一打と増えてゆく。 時間が一秒、一秒と刻まれてゆく。 いくら弾いても即座に次が襲い掛かってくる刃。 敵との距離が詰められない。敵との距離が離せない。 小手調べする両者は見事に膠着していた。 もう何度目になるのか敵が放つ槍の穂先を逸らす。 槍の速度も速いがそれ以上に敵までが遠い───! ランサーは通常では有り得ない程に遠い間合いから攻撃を放ってくる。 あの槍兵の振るう大槍は決して見掛け倒しではない! 心臓に真っ直ぐ飛んで来る穂先を剣で逸らし、その出来た隙を突いて一気に間合いを詰める。 だが、たちどころに真横から旋風が凪がれる。 「ふっ、ちぃ!」 素早く身を屈めてやり過ごすがその僅かな隙に大槍の刺突が散弾の様に降りかかり元の距離に押し戻される。 ランサーは穂先をファイターの体の中心に向けて構え直した。 一方のファイターも左の掌を前に突き出し、体を横向きに、右手に握った剣先をランサーの喉許へ真っ直ぐ向けて構える。 ファイターが獣のように大地を蹴り、猛然と槍兵に向かって襲い掛かった。 突風を纏い外套をはためかせながら獣は距離を詰める。 それに応戦する大槍はまるで獣を狩る猟師の技のように無駄なく迫る獣の命を狙う。 「ぬああああっ!!!」 雄叫びを上げ、渾身の力で薙がれた尖剣は命を取りにきた敵の刃を見事に弾きランサーにたたらを踏ませた。 「くお───!?」 大槍は手放さなかったがランサーの体は大きくバランスを崩し、絶対の隙をファイターの前に曝け出す。 そして、その隙をこの戦士が決して見逃す筈も無い───! 「ランサー!!」 綾香の叫び声をランサーの頭もろとも切り裂くような一刀が侍の頭上に打ち下ろされる。 が、ファイターのとどめとなる一撃は虚しく宙だけを斬っただけで、決してランサーには届いていなかった───。 頭上から振り下ろされた一刀をランサーはまるで見切っていたとばかりに舞うようにして身を回転させて避けると、一気に後方へと飛び退いて距離を開く。 一瞬の攻防。 ファイターが突進をかけて一秒も経過していないこれだけの攻防が繰り広げられたことを二人のマスターは理解できない。 「なるほど。主殿が申す通り相当の力自慢のようだ」 「そういう貴殿こそ、その自慢の大槍と脚は使わぬのか?」 「なんだ、使って欲しいのでござるかファイター」 互いに離れた距離を利用し一息つく。 戦況は端から見ると全くの互角だった。 しかし当事者達の認識は全く違った。 ”大槍を隠匿している呪布の開放まで後、もう一押しと言ったところか……。” ”あれが外海の英傑の力……ライダーも強かったでござるが奴は桁が違う───!” ファイターとランサーでは基本能力に差がある。 ここまで差がついてしまうとランサーはその長大な間合いを使いレンジに進入してくるファイターを迎撃するだけではとても抑え切れない。 ファイターも攻め切れなかったとはいえ現にランサーはファイターを追い散らすのが手一杯の状態だった。 おまけに両者の破壊力にこれだけ差が開くとランサーはまた先程の様な槍ごと弾き飛ばされるという自体に陥りかねない。 「いいだろうランサー。貴殿が出し惜しみすると言うのであれば……こちらが先に手の内を曝すだけだ」 そう呟き右手に持つ風変わりな剣を下ろした。 しかしよくよく見ればあの尖剣、変わっているどころの話では無い。 あれは一体……? ───瞬間。その尖剣は物凄い勢いで回転し始めた! ランサーにはそれが空気を引き千切りながら獰猛な牙を剥いている猟犬のように見えた。 ”なんと卦体な武器を……これが奴の言っていた手の内か!?” 敵はとんでもない武器を持っていた。 ───あれが奴の宝具なのか? ランサーのその一瞬の懸念が致命的な後手に繋がった。 ドウッ!っという地面を踏み砕く音と共に猟犬が槍兵の首を喰いちぎる為にその牙を剥く。 ───右前方に転がれ───! 「───!?」 咄嗟に頭によぎった直感に全生命を賭け金に出して、賽を振る。 賭けは見事に勝ち無様に転がりながらも回避はギリギリで成功。 敵の刃は敵ごと後方に滑り流れていく。 だが初撃はなんとかかわせただけに過ぎない。 ファイターならば即座に次弾を放ってくる。 迎撃を、迎撃しなければ死ぬ───!! ファイターは初撃を外すと素早く体を反転させ、再びランサーへ目掛けて突っ込んだ。 魔力を叩き込んで攻撃力を増強したネイリングの打突はさながらライフル弾の様に空気を切り裂きながら直進する。 狙いは敵の額。 避けられた場合は即座に薙ぎ払いに転換出来るような、首を狙う一撃を繰り出す。 体勢を立て直したランサーの大槍がファイターの肋骨を粉砕せんと迫る。 槍の穂先はとうに体の背後にある。柄の部分なぞ所詮はただの鉄の棒。 我が肉体ならば十分に耐えきれる。 ───粉砕できるものならば……粉砕してみるがいい、ランサー!! 大槍の柄が敵のあばらに喰らいつく。 しかしファイターは止まりもしなければ防御すらもしなかった。 人を何かで殴りつける様な鈍い音が鳴る。 「──っ」 槍の打撃を受けてもまったく止まらないファイター。 否、これは単純にまともに効いていないだけの話。 ファイターが迫る。ランサーの額を狙っている。 それはかわせる、だが間髪入れない二撃目必ずある。 無理だ、避けきれない。二撃目がどうやっても避けられない。 拙者の首が落とされて終わる。 迫る敵の姿を目に焼きつけ……一瞬の深呼吸をして精神を集中させる。 血流は魔力。 サーヴァントにとっての魔力は即ち、力そのものだ。 全身に滾る魔力を全て使えばこの桁違いの敵とも拮抗出来る。 ───良いだろうファイター。そんなに見たいのであらば、槍兵の武器であるこの速さ─── 「とくとご覧頂こうか───!!!」 「───!!?」 驚愕はファイターからのものだった。 敵の額に剣先を突き込み、間髪入れずに敵の首を跳ねに掛かった。 これは必殺の一撃。 ファイターはランサーの額への攻撃は敢えて避けやすいように放っていた。 当然敵は回避する。だが、だからこそ回避した頭を追うように二発目の牙を用意していたのだ。 ……なのに。 なのに……その跳ね飛ばす筈の敵の首が存在しなかった。 ファイターの前方15m先にランサーが着地する。 あの一瞬でその場での回避は無理と判断し体ごと飛び退くとは。 飛び退いたランサーへ追撃をかけようとするファイター。 だがそれは未遂で終わった。 大槍と尖剣が弾け合う音が響く。 「速い!?」 「遅い!!」 窮地から脱出した後のランサーはさっきまでとはまるで違った。 ファイターの突進を迎撃していただけの戦法から一転して、その脚を存分に利用して自身から攻撃を仕掛けてきた。 草原を駆けるチーターのような実に滑らかな疾走。 脚が生み出した突進力を不足している攻撃力に上乗せする。 咄嗟に防ぐファイターの隙を見逃さずに速攻で三連撃を打ち込む。 反撃するファイターの攻撃が空を切る。 ランサーはファイターとの距離を一瞬で0にし、攻撃が終わると一瞬で10に開く。 故にファイターの攻撃はランサーには当たらない。 いや、それは違った。 ランサーはファイターの攻撃が当たらないように攻撃していた。 「っ!またか!反撃に転じ難い箇所ばかりを───ランサーめ頭もキレるな!」 再びファイターの剣が空を切る。 ブルルルルゥゥルゥウウ!と回転するネイリングは獲物に食い付けなくて不満を漏らすような音を奏でる。 ファイターが突撃をかけても即座に左右後方に飛ばれて追いつけない。 今のランサーは広い戦場と槍の長大な間合い、そして脚の速さを存分に使っていた。 手強い───! 二人の脳裏を通り過ぎる同じ言葉。 それはランサーにとっても同じだった。 やはりあのファイターは恐ろしく強い。 いくら宝具を封印したままとはいえランサーは本気に近い状態でファイターを攻め立てている。 なのになかなかあの戦士には隙が出来ない。 あまつさえ攻め方が甘ければその隙を狙って反撃してくるのだ。 ファイターの単純な戦闘力は明らかにランサーよりも上だった。 ”────だが、そうでなければ意味が無い……” そうだ、意味が無い。 自分は不満だったのだ。武士として忠節を尽くし抜けた人生には何一つとして不満は無い。 全ては主の為の戦、主の為の勝利、主の為の栄光だった。 だがあの戦国の時代。 数多の駆け抜けた戦で討ち取った数々の敵の手応えの無さに……拙者は一抹の詰まらなさを感じていたのもまた事実。 だからこれでいい。 好敵手とはこうでなくてはならない。 このくらいは強くなくて貰わねば───現世まで召喚に応じた意味が無い!! 「おおおおおお!!」 気合を爆発させ敵へと突貫する。 走り抜けながら蜻蛉切を覆う呪布を解放した。 ──我が名は忠勝なり。 その名に掛けられた意味の如く、如何な敵を前にしても、ただ勝つのみ。 決して敵を前にして下がらぬ怯えぬ退かぬ、この身は我が相棒と同じく直進するのみよ───!!!! ランサーは気合と共に超突進を掛けてくる。 大槍に巻かれている呪布が開放され、その全容をハッキリと曝け出す。 それと同時に呪布の魔術によって阻害されていた名大槍の魔力も解放された。 ついにランサーがファイターへ本気で牙を剥いたのだ! ”これで遠坂殿の指示通りの結果は出せた─────しかしこれは!?” 真っ直ぐにこちらへ疾走してくるランサー。 だがランサーには真名を解放しその能力を発動させる気配がまるで無い。 マズイという予感がファイターの脳裏に浮かぶ。 宝具を使わせる前に速めに叩いておくべきだったかも知れない。 内心焦りの色が濃くなる。 焦りの理由は唯一つ失敗したかもしれないという疑念。 音速で打ち出された必殺の一撃。 これ以上に無い会心の一刺は、 「───がほっ!!!」 ファイターの流血を以ってその結果を出した───! 彼の嫌な予感は見事に的中。 困惑、激痛、焦燥感が脳裏を埋め尽くす。 「───シャッ!!」 一撃目と同等の速度を以って第二激が打ち出される。 頭の反応が一瞬遅れた。 だがファイターの肉体は思考よりも先に為すべき事を完遂していた。 ブルルルルルルルゥゥゥゥウウウウ!! ネイリングは一段と激しく回転しながら槍を払う。 「……かはっ!?」 今度は吐血。 肉体を鈍痛が蝕む。 打たれる前に打つ! ランサーが刺突の後に引いた大槍の穂先を払い除けて懐に入ろうとする。 「くぅ!!」 単純な攻撃力だけならファイターが圧倒的に有利だ。 パワーに物言わせて敵の武器を払い除ける程度造作も無い。 「が──?あ?」 謎の鋭利な痛みが体に走り抜ける。 槍の攻撃は受けていない。というよりこちらが逆に攻撃したのだ。 一体何故!? 混乱するファイターは一旦、飛び退いて距離を開く。 だが。そんな事を許す槍兵ではなかった。 大槍を持った旋風が突っ走ってくる。 「逃さぬでござるぞ!ファイターァァァ!!」 超広範囲の薙ぎをお見舞いする。 考える時間は与えない。 『前進する大幻槍』と共にひたすらに前進し前進し前進して奴を土俵から叩き落す。 だが焦りがあるのはランサーも同様だった。 なにせランサーとファイターでは地力で差が開いている。 この局面で宝具を使われた場合どうなるのか。 彼はこの場で一番理解していた。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」 槍の刺突と返しが残像のせいでスローで見えるほどの超高速の槍の雨。 散弾のような大槍の爆撃は瞬く間に防ぎに入る尖剣の持ち主を嬲りモノにしてゆく。 だが幻槍に嬲られながらもファイターの経験と戦闘理論がある一つの結論に辿り付いていた。 ───槍の穂先を払い除けただけでダメージを受けた先の奇怪な現象と今のこの状態を考えるとあの大槍の能力は……。 穂先に触れる者にダメージを与える大槍かなのか───!!? 「……ぶぐっふ、プッ!!」 槍の散弾を弾き落とす度に流血する。 槍の散弾を叩き落とす度に損傷を伴う。 あえてもう一度言うがランサー本人の地力はファイターと比べるべくも無い。 竜種すらも仕留めたファイターならば宝具など使用せずともランサーを倒せる。 だが、ランサーが宝具を手にして戦った場合話は別だ。 あの宝具を使用して戦うと、ランサーの戦力は倍加する───! ランサーの大槍に滅多打ちにされる。 肉体に一撃たりともまともに喰らっていなくともあの大槍を防いだ時点で既に手遅れだ。 ならば槍に触らなければいい話だが生憎ファイターの敏捷ではとてもじゃないが全弾全ては避け切れない。 いや、あの侍が速さを武器とするランサークラスで現界した段階で彼の槍はかわし切れるものではなかった。 よってファイターは回避可能な攻撃は出来るだけ避け、避け切れないものは打ち落としているのだが……… 傷を受けるに伴ない焦りがどんどん広がっていく。 このままではまずい……持久戦になったらこちらが先に力尽きるのは明白! ───がその時。 突然見る見るうちにファイターの傷が塞がっていった。 「「「───な!??」」」 驚きはファイター、ランサー、綾香の三者から。 そして咄嗟にその真相に気付いたのは他ならぬファイター自身であった。 ”この治療魔術───遠坂殿か!” 瞬く間にファイターの傷は全て塞がってしまった。 ”────これならば圧し通れる!” それを好機と判断したファイターはランサーの槍の弾幕に被弾する事も顧みず突破しようと前進する。 そう、彼らはすっかり失念していたが聖杯戦争とはサーヴァントとサーヴァントの潰し合いだけではない。 マスターとサーヴァントが入り乱れたバトルロワイヤルなのだ。 それは同時にタッグマッチの側面も持ち合わせている。 なら……相方の援護をするのは至極当然! 「あの傷の回復───小癪な、ファイターのマスターの援護でござるか!!?」 より一層苛烈に大槍をファイターに突き込んでいく。 耳障りなほどに唸りを上げて切り裂かれる風と鉄が奏でる爆音。 既にファイターとランサーの戦いで彼らの周囲はズダズダの有様だっだ。 より強く、より速くランサーは大槍を操る。 そう簡単に近づけさせるわけにはいかない。 敵は持ち前の防御力とマスターによる傷の回復を足掛かりに強引に間合いを詰めてくるという戦法に切り替えてきた。 奴は被弾を覚悟している。 ファイターのマスターの回復を信頼しているのかランサーの蜻蛉切のダメージを全く恐れていない。 ファイターはまるで重装甲の戦車のようにズンズンと槍の嵐の中を突き進んでいた。 おまけに奴は───ライダーとは違う!? 怒りを起爆剤にして立っていたライダーとは違い、明らかに戦闘続行スキルか何かを持っていると直感する。 あの闘志は奴の……ここまでの人生で築き上げてきたものでござろうか? ランサーは知らない。 常に独りで数々の怪物達と戦い勝利してきたファイターが得た不屈の闘志。 それがファイターに備わった戦闘続行スキルの根底だった。 「ふ、はっ!───ぐ、ジャ!かはっ……!ダァ!!どうした、ランサー?このままでは詰められるぞ!?」 「ふん、刻一刻と切り刻まれておる癖によく吼えるでござるなファイター!」 大槍を剣で弾き、逸らし、避け、被弾し、それでも前進するファイターと。 大槍で敵の前進を妨げ、押し返し、刺し、少し後退し、それでも間合いを詰めさせないランサー。 両者一進一退の攻防。 傾かない天秤、変動しない立場。 膠着状態の末、剣戟の隙を見つけたランサーによる後方跳躍で仕切り直された。 二人の決闘者の距離が再び開く。 「ふぅ……このままでは埒が明かぬでござるな」 「私的には別にあのままでも構わなかったが?」 「いやいや、あのままではあまり”すまーと”ではござらぬよ」 そう言ってランサーは軽く笑って見せる。 しかしその表情も直ぐに引き締まったものに変貌した。 「御主ほどの強者の首級が欲しいのであらば───拙者も、少し芸を凝らす事にしよう」 ───途端、ランサーの纏った空気が一変した。 ”拙者とて手の内は出来るだけ隠しておきたいところだったが……このままでは出さぬ前に負けるでござるからな” ランサーの眼光までもが変わる。 ここに来てランサーは目の前の敵を最強の敵と認識し、とうとう彼に『必殺の戦い』を覚悟させた。 「─────!」 ランサーの変化にファイターも緊迫感に包まれた。 あの男、ついに本気で殺しに来る。 彼の狙いは一目瞭然だった。 凍りついた空気、周囲に発散される殺気。全身に奔る魔力。 そして何よりランサーの瞳が”貴様を最強の敵と認め全力で殺しに行く”とはっきり語っていた。 ファイターは即座にさっきまでで得られた情報を分析する。 あのランサーの大槍が利器型の宝具である以上は真名の解放による一撃必殺の攻撃ではない筈だ。 おまけに彼は芸を凝らすと言った。 ならば奇策や奇襲か技か、もしくは先程とは違った戦法でこちらの首を落としに来る。 ランサーの通常攻撃力はそこまで強力なものではない。 サーヴァントいうカテゴリの中で言えば平均以上のものではあるがファイターとは比ぶるべくもない攻撃力だろう。 ということは当然力押しではなく、彼の自慢のスピードを最大限に利用してくるはずだ。 よって……ランサーが次に仕掛けてくる攻撃はスピードを利用した奇策の類になる筈───。 ファイターは今までで培ってきた経験と理論で敵が次に仕掛けてくるであろう技を予測する。 だが大まかな輪郭は分かっていても実際に受けてみないことにはどうなるかなんて全く判らない。 ”───否、小細工は無用だ。ランサーが必殺で来ると言うのであらば、こちらも宝具を使って応じるまで───!!” 瞬時に手の内を隠したまま応戦するという考えを切り捨てネイリングの使用を決断する。 偶然か、幸運か、マスターからネイリングの使用許可は最初から下りていた。 もう一度だけ両者の視線が絡み合い─── 「────ゆくぞ!ファイター!!!!」 二人の必殺の攻防が開始されようとしたその瞬間。 どさり。 と、あまりにも似つかわしくない音が割り込んできた。 「───え?」 咄嗟にファイターから視線を逸らすランサー。 その目線の先には倒れ伏した綾香の姿があった。 「あ……主殿!?しっかりするでござる!」 放っていた殺気も、全身に奔っていた魔力も、そして戦闘すらも放置してランサーは綾香の許へ駆け寄る。 「あ、───は、ふぅ……ふぅ」 「主殿!主殿───!!」 綾香を抱き起こしてユサユサと揺すってみるも全く効果が無い。 倒れた綾香は明らかに魔力不足による衰弱を起こしていた。 「───くぅぅ!拙者が付いていながら……付いていながら何たる、何たる不覚!!!」 ランサーは自身の不甲斐無さに歯をギリギリと鳴らす。 ところで、サーヴァントを召喚したマスターは暫らくまともに行動する事ができない。 突然サーヴァントという強力な使い魔と契約したマスターは、普段とは比べ物にならない位の負担が掛かるからだ。 なにせいくら聖杯が補助してくれるからといっても英霊などという破格の存在を、この世に留めるだけの魔力は魔術師にはない。 故にサーヴァントの召喚直後などは特にその影響を受けやすい。 サーヴァントを召喚した直後に気を失なった間桐や一日不調に陥ったソフィアリは割と当然の反応と言えた。 では綾香は……? ランサー召喚時のトラブルで緊張状態だった心身は契約により彼女に掛かっていた負担を誤魔化し続け、それは祖父との決別を終えて初陣という今までの間ずっと続いていた。 サーヴァントとの契約による魔力負担。 祖父の葬儀で大勢の人間に使用した暗示やガンドの魔力消費。 そしてたった今行なわれたサーヴァント戦の過剰な魔力供給。 それらの要因がついに心身の緊張状態程度では誤魔化し切れない程に綾香を追い込んでいた。 つまり肉体の方がとうとう限界を迎えてしまったのだった。 「主殿?主殿!せめて意識があるのかどうかを!返事をするでござるぞ主殿!」 「……………ん………らん、サー……?」 綾香は胡乱気な瞳でランサーを見上げる。 「良し意識はある。撤退するでござるぞ主殿。これ以上は無理だ!」 そう言いながらランサーは綾香を背負い、いままで傍観していたファイターへ振り返った。 「何故、仕掛けてこなかったファイター?」 「─────」 黙したままでいるファイターはずっと二人の様子を手を出さずに見守っていた。 「……いや、突然の事態で驚いてしまっただけだ」 ファイターは目を瞑ったままランサーの問いに静かに答える。 「御主はそんな細い胆ではござらんだろう」 だが、ランサーの方はとてもじゃないが納得できない。 「拙者に手心を加えたつもりでござるか?そんなもの頼んだ覚えは無いぞ」 ランサーの武士としての誇りが敵に情けを掛けられたという事実を不愉快そうに受け止めていた。 「いや、手心を加えたつもりは無い。 確かに背後から奇襲を掛けられはしたが───そうなると私も手の内を曝さなければならなくなっていただろうからな」 と、ファイターはそんな言葉を口にした。 あの状況で彼女達を襲えば間違いなくランサーは必死になっただろう。 先の段階で既に全力を覚悟していたのだ。 ならば己のマスターを守る為とあれば尚更手の内を隠すなんて真似はしないだろう。 そうなると当然ファイターも然るべきモノを見せなければならなくなる。 しかしそうなってしまうと、聖杯戦争の序盤では出来るだけ手の内を隠しておきたい、という遠坂の方針を守れなくなってしまう。 だからこそファイターはランサー達に手を出さなかったのだ。 ランサーのマスターが突然倒れた理由はファイターには依然不明のままだが、彼はあくまで遠坂の命令を優先した。 「なるほど。拙者程度ではいつでも獲れると、そういう腹積りか」 「いや、私は単にマスターの方針を守っただけだ。 マスターが手の内を曝してでも倒していいと言うのであれば今すぐにでも仕留める。 故に去るのならば早くすることだ。私はマスターの命令を優先するぞランサー?」 そう言ってファイターは剣を鞘に納め、目を瞑った。 あくまで今は。ではあるが戦闘の意思は無いと言うアピールなのだろう。 「ふん、そういう事にしておいてやるでござる。だがファイター次はその上等な首級、確かに頂戴するぞ?」 「───ああ。何時でも挑戦は受けようサムライ」 それだけの言葉を交わすとランサーは主を連れて撤退しようとする。 ───だが。それを見逃してくれるほど甘い敵ではなかった。 ”ファイター。手の内を見せても構わない、そのランサーは今後強敵となり得る。絶対に逃がすな” この戦場を監視していた遠坂がファイターに戦闘の続行サインを出してきた。 頭上から反響して響く声は魔術の効果なのだろう。声の出所が全く掴めない。 「────!!?ぐっ……。やはり普通はそうするでござろうなぁ……」 「……と言う訳だ。残念だがランサー、貴殿にはここで倒れてもらおう」 ファイターが再び剣を抜き放つ。 開かれたその瞳にあるのは同情でも憐憫でも無く、ただ強敵を倒すという確固とした意思だけだった。 遅いと思えるぐらいにファイターはゆっくりとランサーたちの方へ歩いていく。 「逃がしはしないが主殿を降ろす時間くらいはやろうとは……薄情なのか律儀なのか良く判らぬ漢でござるな御主」 「マスターを背負ったままではその娘は確実に巻き込まれよう。 最終的にどうなるかまでは保障出来んが背負って戦うよりは降ろして戦った方がまだ希望は有ると思うがランサー?」 軽く毒づくランサーにファイターは素っ気無くも綾香の身を案じる言葉を掛けた。 「あ~あ~。律儀な方でござったか」 ともかくこれでまず逃げられまい。 なにせ離脱する為に背中を見せたが最期、その瞬間に背負った綾香が真っ先に死ぬだろう。 だからファイターは綾香を降ろせと言ったのだ。 背負って自分相手にどうにかしようとするよりは、地面に降ろして彼女が目を覚ますのに賭けた方が良いと。 ファイターのマスターが倒れた綾香を放って置くとも思えなかったが、 それでもファイター相手に背負ったまま戦うよりはずっとマシだと判断するとランサーは覚悟を決めた。 ファイターと戦う為にランサーが地面に綾香を降ろそうするのと同時に。 ”─────ん!?待てファイター!何者かがこの場所に入ってきた!” 頭上から反響して響く遠坂の声と。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」 獣の咆哮とも発破の炸裂音とも取れるような爆音が戦場中に轟いた。 「「今度はなんなんだ────!!!?」」 ランサー、ファイターそれに監視していた遠坂の三人は爆音がした方向へ目を向ける。 二度目の外野からの介入の驚きよりもむしろ困惑が先にきた。 ソレはこの戦場となっている広い空き地の端の方に突然現れた。 だが『この場』に現れたという時点で彼らが何者かなぞもはや一々訊くまでもない。 「あれは………バーサーカーか?」 「どの角度で見ても狂戦士でござろうなあの様子じゃ……」 ファイターたち二人が呆れるほどに新しく乱入してきたサーヴァントは判りやすかった。 不必要なまでに撒き散らされた殺気。 理性の無い両眼は目の前のモノに襲いかかる為だけについており。 その両の腕は周囲のモノを破壊する為だけに存在し。 物言わぬ口は殺意に振るえガチガチと乱杭歯を鳴らしている。 そしてその右手には禍々しい妖気を放つ剣が鞘に収められたままの状態で握られていた。 ────バーサーカー。 聖杯が用意するクラスの中でも特殊なクラスであり、同時に最も注意が必要なクラスでもある。 彼らはクラススキルとして理性を剥奪される代償に生前の力をも上回る肉体強化を与えられる。 ヒトとしての機能を捨て去り、破壊する為だけの狂気の戦闘兵器に身を墜す役割。 そのためマスターに掛かる負担も他のクラスの比ではないまさに諸刃の剣のクラスと言える。 ……それがファイター、ランサーたちの前に新たに現れたサーヴァントだった。 「今の声は遠坂か?どこに隠れているのかは知らないけどどうよ俺のサーヴァント!めっちゃ強そうで凄くねえ?」 などど、バーサーカーの横に立つマスターらしき男が空に───いや遠坂に向かって話しかけた。 ”……………まさか君が参加するとはな。どういう風の吹き回しだ雨生?” 「あ、ひっでー。お前さ自分で呼んでおいて普通そういう事言う?俺傷付いちゃうぜ」 遠坂の反応に雨生はテンション高くケラケラと笑っている。 「マスター、バーサーカーのマスターと知り合いなのか?」 顔見知り風な二人の間にファイターが割って入る。 ”ああ、深い交流は無いが顔見知り程度のな。彼、雨生は一応私が呼んだ。 海外から魔術師を呼び寄せるよりも日本に居る雨生の方が何かと早かったため、一応のつもりで声をかけたのだが………正直、彼が来ることは期待していなかった” 「おいおいそのお呼びじゃないような言い方止めてくんねー?」 意外そうな声の遠坂とは別に雨生はあくまで楽しそうだった。 ”当然だろう私はむしろ君は来ないと思っていたからな。雨生は自身の研究にしか興味は無い。 だから私も無駄と承知で使い魔を送ったくらいだからな。再度訊くが、一体どういう風の吹き回しだ?” 遠坂の疑念に対し雨生の回答は実にシンプルだった。 「は、ははは!そりゃ望みがなんでも叶うからさ!!」 雨生は両手を広げてまるで今から大観衆の前で演説でもするかのようで実に楽しそうだ。 ”……本気か?君は今まで自分の研究以外でこういう他の魔術師が執り行う魔術儀式には見向きもしなかっただろう” 「いいや。これは自分の研究のためさ。なんでも望みが叶うのなら何人でも人を殺してもいい世界も手に入るとは思わない? 今のままじゃまるで研究のサンプルが足りないんだよねえ。でもあんまやり過ぎると協会が黙って無いだろ? 人間の腹の中には絶対に『神の座』に通じる臓物とか血とかがあるんだよ。 それを証明する為にも開く腹の数は多ければ多いほどいいに決まってるじゃん?」 そう言うと雨生はその光景を思い浮かべたのか本当に楽しそうに笑い出した。 ”なるほど、それが参加理由か。しかし君も参加するなら参加すると連絡してくれれば良かっただろうに。 我が家に訪れてくれればお茶のもてなしくらいはしてやったのだが?” 「あははははー!冗談。俺が聖杯戦争に参加する以上は遠坂お前は敵じゃん、わざわざ敵の本拠地に行く訳が無いだろ? ……それに俺、お前と違って紅茶派じゃなくて緑茶派なんだ」 ”ふ、それもそうだった。確かに……私と君は敵同士だったな” ケッと遠坂の口上に皮肉を返す雨生とその皮肉をさらりと流した遠坂。 だがその瞬間、二人の間の空気が決定的に変質した。 「そういうこと。ま、そういう訳だから───あんたら、いっちょ死んでみてくれない?」 雨生が一歩足を前に踏み出す。 「……やれやれ、連戦になりそうだな。しかしなるほど、私とランサーが消耗したところを狙い二人纏めて、か。随分と欲張りな男だな」 「───だがまあ、狂戦士の魔力負担を考えると、それなりに悪くはない作戦でござるな」 ファイターとランサーは面倒臭そうにぼやき合う。 バーサーカーは明らかに彼らを狙っている。 雨生の最低でも一人、上手くいけば纏めて二人、サーヴァントを脱落させようという魂胆は明らかだった。 「──────」 ランサーは無言のままバーサーカー、それにファイターとの距離を測る。 バーサーカーが自分とファイターのどちらを襲うかまだ判らない。 ”だが───ここで奴と戦う前に主殿を安全な所に連れて行くのが最優先だ!” ランサーは綾香を背中に背負ったままの体勢で素早く自身が取るべき行動を決定した。 バーサーカーから放たれるプレッシャーはファイターほどは感じない。 だがそれでもマスターのサーヴァント透視能力を持たないランサーは実際打ち合ってみるまでは相手の力量を正確には把握できない。 ならば主を危険に晒してまであの狂戦士と戦うのは愚行と言えた。 いやそんな理屈を抜きにして動けない主を連れたままの状態で自分はこの場所に居てはいけない─────! ランサーが一旦この場から離脱するために足に力を籠めたと同時に。 「イィィィヤッホウ!!!蹂躙しちまえ!バァァァアアアアサァアアアアアカァアアアッ!!!!!」 「■■■■■■■■■■■ーーー!!!!!!!!」 新たに現われた二人の刺客が吼え猛った。 闘牛のような躍動感と勢いでファイターとランサー目掛けて突っ込んでくるバーサーカー。 「ファイターすまぬで御座るな、主殿を非難させるために少々席を外させて貰うぞ?」 「───フッ。やれやれこれでは私はバーサーカーの相手が忙しくてランサーを追えないな」 ファイターは口元に微笑を湛えながらそんなことを言うと、ランサーの方にではなくあえてバーサーカーの方に向かって行った。 綾香を背負ってこの戦場から離脱するランサー。 「ファイター。武人としての心遣い、真に恩に着る!」 背を向けたままファイターへ向かって礼を言う。 綾香を抱えて走り去っていくランサーの背後からはズガン!という激突音が響いていた。 ──────V&F Side────── 助けろ!ウェイバー教授!!第五回 V「ヘイ!怒涛の第五話の筈じゃなかったのか?」 F「すいません、中途半端に長くなったため後半戦が分割になりましたorz」 V「まあ……そういうこともあるよな?な?」 F「そうですよ!」 綾「ごめんなさいは?」 V「ああ、すまんすまん(葉巻スパスパやりながら)」 F「ええ、すいませんすいません(タバコ型チョコをポリポリやりながら)」 綾「くっこいつら……」 V「さて今回はベーオウルフVS本多忠勝の戦いだったがどうだろうか?」 F「先生……俺凄い事を思いつきました!!」 V「なんだ?言ってみろ」 F「はい!俺思ったんですけど戦闘シーンにFateのBGMをかければなんと! なんかそこはかとなくですけどFate臭がしてくるようなこない気がしないようなするようなで駄文があっという間にパワーアップです!」 V「フラット頭良いなお前!BGMの力って恐ろしいなっ!」 F「ですよね!?エミヤとかかけまくったら最高ですよ!!」 V「この馬鹿たれが!!」 F「ぐあっ!!?久しぶりのこの感触!何をするんですか先生!」 V「エミヤはな、エミヤをかけていいのは1ルートに付き三回までだ!アレは最終戦とかで流れるからチビるんだろうが」 F「せ、先生……!す、すいませんでしたぁぁぁああ!!!やっぱそうですよね!?俺が間違ってました!!」 V「まあ判ればいい。フラットは『激突する魂』でもかけてなさい」 F「でもまあ正直な話、戦闘シーンだけはブッチきりで自信全然無いですからねえ。昼パートとかは割と簡単に書けますけど」 V「ラメセスやローランや安陽王がネタキャラ化し始めてるからな。まあギャグ要員は居てくれた方がありがたいからいいが」 F「失礼な!ラメセスとローランには元ネタからしてそういう要素があるんですって!」 V「ローランがバーサーカークラスではなくわざわざセイバークラスにしたのだってアレだからだしな」 F「もう皆だってわかってますよ。あの男はバーサーカークラスにしておくのはあまりに勿体無いって」 V「しかし戦闘シーン苦手だから戦闘総数を大幅にカットしていっても良いんだが…… そうすると途端に内容や密度が薄くなるからなぁ。基本的にASは聖杯戦争での闘争が中心テーマだから」 F「zeroやSN、HAとは違って解決する主要テーマが無いですもんね」 V「まあとりあえずコーナーの本来の主旨に戻すが、現在の状況はベーオウルフと本多忠勝が戦闘をした。 様子見の戦法にとったファイター陣営と宝具を使ってでも倒しに行ったランサー陣営との差が出たな」 F「あのベオさんがボコボコに、ポンダム恐るべし……流石は皆に地味チートとか呼ばれるだけはありますよ」 V「あと他の連中の動きも気になるところだな、ファイター組以外の連中も近くに居るかもしれん」 F「ご、ごくり……!」 V「しかし、ファイターはランサーを庇ってバーサーカーと二連戦する破目になるとは、中々甘い奴だな」 F「せめて男気があるっていいましょうよ先生!格好いいじゃないですか!」 V「あれはマスター視点で言わせて貰えば馬鹿げた行動以外のなにものでもないだろう。 ランサーをみすみす逃がしただけでなく、もしバーサーカーに負けでもしたらどうする? あの行動はリスクだけで利益は無いぞ」 F「ちゃんとベーオウルフさんは勝ちますよ!」 V「だがな───」 F「ベーオウルフさんの方が能力値もずっと強いんだから勝ちますよ!本多忠勝さんが戻って来て共闘してくれますよ!」 V「わかったわかった、では次回六話でまた会おうマスター候補の諸君!」 F「アデュー!」