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◆ ACT.19「それぞれの傷」後編 涼しげな波の音が聞こえる砂浜に、なのはとフェイトは居た。 無数のワームに囲まれながら、たった二人で立川を守り抜くために。 「ディバィィィン――……」 高町なのはが、群がるワームの大軍の中心に向かってレイジングハートを構える。 「バスタァァァアアアアアアアアアアアッ!!!」 『Divine Buster.Extension』 そして、レイジングハートの声と同時に、発射。凄まじい威力を誇る砲撃魔法は、ワームの大軍を焼いて行く。 命中したワームは残らず緑の炎に消えるが、それでも数は減らない。 倒しても、倒しても。いくら倒しても、ワームが湧いて来るのだ。 少し油断すれば、安全と思われていた背後からもワームが現れる始末だ。 「何でこんなに……フェイトちゃんっ!」 「うん……わかってる!」 なのはがその名を呼ぶと同時に、一瞬で立川の背後にフェイトが駆け付ける。 そして、手に持つ大剣をワームの群れに構える。 刹那、大剣――バルディッシュザンバーの刀身が巨大化し、稲妻が走る。 自分の身長を遥かに越える剣を大きく振りかぶったフェイトは、それを一気にワームの群れへとぶつけた。 電撃を纏った剣がワームの体を纏めて斬り裂き、後に残るのは緑の炎のみ。 二人が一度の攻撃で倒すワームの量は、通常の出撃時に倒す総数にほぼ等しい。 それ程の数のワームを倒しても倒しても、次から次へと湧いて出るのだ。 そんなワームの中に、二人の人間がいた。一人は黒いローブを身に纏い、眼鏡を掛けた長髪の男。 もう一人は、黒い喪服姿の女性……なのは達も知っているワームの幹部――間宮麗奈だ。 やがて男は、ゆっくりとなのは達の前に歩み出ると、まるで長髪するかのように喋り出した。 「ごきげんよう。魔導師の諸君」 「何……!?」 それに気付いたなのは達が、デバイスを構え、男に視線を飛ばす。 だが男は動じない。確かに彼女らは無数のワームを葬って来たが、男にとっては、デバイスなど恐れるに足りないのだろう。 そう。なのは達人間はただの“餌”でしか無いのだから。餌がいくら強がろうと、何の恐怖も感じないのだ。 「餌にしてはよくやった方だが……がっかりだよ」 言うと同時に男は跳躍し、上空にいたフェイトに並んだ。 「跳んだ……ッ!?」 「まずは君からだ」 刹那、男は凄まじい脚力で飛び上がり、それこそあり得ない程の速度で、力強いパンチを放った。 フェイトは咄嗟にバルディッシュを構え、そのパンチを受け止めるが―― 「嘘……!?」 威力を殺すことは出来ずに、フェイトの体は砂浜にたたき付けられた。 激突の瞬間にバルディッシュが落下の速度を落としてくれた事で、大したダメージにはならなかったが。 着地し、微笑む男。今度は、男を取り囲むように、輝く光弾が現れる。 なのはが放ったアクセルシューターが、男を全包囲から狙っているのだ。 やがてアクセルシューターは男に向かって加速するが―― 「……消えた!?」 それは叶う事無く、アクセルシューターの光弾同士が何も無い場所で激突し、地面に落下する。 そう。男が消えたのだ。なのは達の視界から、一瞬で。 「見えているのだよ。君達の攻撃は」 「……なッ!?」 次の瞬間、なのはの背後に現れた男は、なのはを軽く持ち上げ、投げ飛ばした。 だが、空を飛ぶ事が出来るなのはにとって、投げられる程度ではそれほどの恐怖は感じない。 先程のフェイト同様、落下の直前に足首に翼を展開し、上手く着地。 そのままフェイトと並び、男を睨んだ。 「貴方は……ワームなの!?」 「……フッ」 なのはが問い掛けるが、男は一切答え無い。 ただ微かな笑みを浮かべ、なのは達を見詰めるのみ。 男はなのはの質問に答えるつもりは毛頭無いらしく、逆になのは達を指差し、挑発的に言った。 「魔導師の諸君……君達の目的は、あの男を守る事では無いのかな?」 「何……!?」 「見たまえ」 男が親指で、自分の背後を指差す。そこにいるのは―― 「そ、そんな……!!」 「立川……さん!?」 立川の目の前にいるのは、緑とも麗奈とも違う、別のワーム。 以前、学校で一度倒した事がある、コキリアワームと同タイプのワームだ。 いや、今はそんなことはどうでもいい。重要なのは、コキリアワームの腕の位置。 それは、なのは達にとっては認めたく無い現実。 仲間の腹部に突き刺さる、ワームの腕。 なのは達が見る限り、コキリアワームの腕は見事に立川の体を貫通し、その命を奪ったように見えた。 否、見えただけでは無い。実際に突き刺さっているのだ。 コキリアワームがその腕を引き抜くと同時に、立川はその場に崩れ落ちた。 ただじっと、絶望的な表情で立川を見詰めることしか出来ないなのは達を尻目に、男は言った。 「フン……今回は、我々の勝ちだ。直にZECTの諸君も来るだろう。 ……また会おう、魔導師の諸君」 別れの言葉。それだけ言うと、男は直ぐにこの場所から姿を消した。 男が居なくなったせいか、先程までは無数にいたワームの数も一気に減り、この場に居るのは間宮麗奈と、いつも通りのワームのみとなった。 「残念だったな、高町なのは。フェイト・テスタロッサ」 「間宮……麗奈……ッ!」 嘲笑する麗奈を、フェイトが睨む。こうして相対するのは初めてだが、フェイト達にとっても、この女は許してはいけない存在だと言う事は解る。 やがて麗奈は、白い装甲をその身に纏い、シオマネキと呼ばれるカニ特有の巨大なハサミをなのは達に向けた。 なのははレイジングハートを、フェイトはバルディッシュを。再び構え直し、麗奈――ウカワームと相対する。 「カブトが来る前に、お前達を始末する」 「出来る物なら……!」 ウカワームの言葉に、フェイトが大剣を突き付け、対抗する。 その時だった。 「おっと、そうはいかねぇなぁッ!!」 響きやすい低い声が、なのは達の耳に入った。 なのは達には、この声に確かな聴き覚えがあった。 そう。なのは達の背後に現れたのは―― 「良太郎君っ!?」 最早お馴染み、イマジンに取り付かれた状態の、野上良太郎だ。 良太郎はゆっくりと歩を進め、立川のすぐ側に立ち、横たわった立川へと視線を落とす。 良太郎に取り付いた、名も無きイマジン。 性格こそ破天荒で無茶苦茶ではあるが、人の死を何とも思わないようなイマジンでは無い。 「でん……おう…………」 僅かに目を開け、その名を呼ぶ立川。最早喋る事もままならないらしい。 良太郎は、何処か淋しげな目線を立川に落とした後、静かに言った。 「……もう黙っとけ。これ以上喋るんじゃねぇ おっさんの仇は、あいつらワームは、俺が全部ブッ倒してやるからよぉ」 言うが早いか、良太郎の腰にはデンオウベルトが巻かれていた。リズムの良い電子音が流れる。 「やい、テメェら! もう俺の出番は終わりって言うけどなぁ……! こんなもん、黙って見てられる訳が無ぇに決まってんだろうが……!」 何処からか取り出したライダーパスを握りしめ、良太郎は勢い良くその手を振り上げた。 「だからよ……そこで見てろよ、おっさん。俺のカッコイイ――」 振り上げられた手は、さらに勢い良くベルトに翳された。 同時にベルトは赤く光り輝き、変身終了の合図を告げる。 「――変身をッ!!」 『Sword Form(ソードフォーム)』 「俺……参上ッ!!」 赤いオーラアーマーを纏った電王は、自分の顔に親指を突き立て、派手に手を広げると、高らかに叫んだ。 こちらへ向き直るウカワームを尻目に、電王は腰に装着されたデンガッシャーを組み上げ、ソードモードへと変形を完了させる。 デンガッシャーを構えた電王は、群がるワームへと一直線に走り出した。 ……が、電王が狙う相手はサリスでは無い。 狙うは明らかにボスらしき貫禄を見せているウカワームかコキリアワームのみ。 「行くぜ、カニ野郎ッ!」 電王は、一気にウカワームとの間合いを詰め、力強くデンガッシャーを振り下ろす。 ウカワームはそれを腕の巨大なハサミで受け止め、弾き返す。そして繰り出されるハサミでの一太刀。 電王はその一撃を胸に受けるが、その程度で終わる筈も無く。 「甘いんだよっ!」 ウカワームがハサミを振り抜いた瞬間に、デンガッシャーを頭上に振り下ろした。 「クッ……」 「行くぜ行くぜ行くぜぇっ!!」 油断したウカワームの頭に、ほんの一瞬の隙に何度も何度もデンガッシャーを振り下ろす。 命中する度に火花が散り、ウカワームの硬い殻にダメージを与えていく。だが、やはり致命傷には至らない。 ウカワームはすぐに腕のハサミでデンガッシャーを受け止めると、前蹴りで電王を突き放した。 「うわっ」などと言いながら、後方へと引き下がるする電王。だがバランスは崩さない。 再びデンガッシャーを構え直した電王は、ウカワームにデンガッシャーの刀身を突き付けた。 「やい、カニ野郎! さっきから地味な戦い方しやがって…… 俺に前フリはねぇ! 最初っから最後までクライマックスなんだよッ!!」 「クライマックス、か……そうだな。どうやらお仲間が駆け付けたようだぞ?」 「あん? 仲間だぁ?」 ウカワームの言葉に拍子抜けしながらも、電王もその視線の先を見遣る。 その先にあるものは、二人の男が、何かを叫びながら走って来る姿だった。 それがどうしたと言わんばかりに電王が視線を戻す。 すると、ウカワームの前に3匹のサリスが現れ―― 「あ……おいっ、待ちやがれっ!!」 3人の仮面ライダーと二人の魔導師が相手では流石に不利と感じたのだろう。 電王の叫び声も虚しく、ウカワームはこの場所から姿を消した。 ◆ 「立川ぁーーーーッ!!!」 天道の少し先を走る男……加賀美が、大きな声で名前を叫ぶ。ようやく見付けた立川に追い付く為に。 天道も加賀美の後ろを必死に走るが、暴走したことによる疲労と、ザビーから受けたライダースティングによるダメージは相当のもの。 どうしても本調子という訳には行かない。 それでも、立川という切り札をここで失ってしまう事は、天道にとって最も避けたい事態だ。 やがて先を加賀美の身体は、「変身」の掛け声と共に、銀色のマスクドアーマーに包まれる。 その姿は仮面ライダーガタック・マスクドフォームの物となり―― 両肩のガタックバルカンから発射されるイオンビーム光弾がなのは達に群がるワームを焼いて行く。 天道の視界に映るガタックは、すぐになのは達へと駆け寄って行った。 「なのはちゃん、フェイトちゃん! 大丈夫!?」 「私達は大丈夫……ちょっと魔力使いすぎちゃっただけだから……」 「それより立川さんが……!」 「何だって……?」 フェイトの視線の先を見るガタック。そこにいるのは、力無く横たわった立川その人。 仮面の下で、悔しげな表情を浮かべ、拳を握りしめるガタック。その態度を見るに、よっぽど悔しいのだろう。 だが、ようやく掴んだヒントを手放す天道の悔しさは、ガタックのそれを遥かに上回る。 フェイトの言葉を聞くや否や、直ぐに天道は立川に向かって、全力で走り出した。 「おい……! 立川ッ!! しっかりしろ!!」 直ぐに立川に寄り添った天道は、立川の身体を激しく揺さぶりながら、その名前を叫ぶ。 だが、既に立川の意識は朦朧としており、いくら呼びかけても返事は帰って来ない。 それでも、天道は立川の名前を叫び続けた。まだ立川には聞きたい事が山ほどあるのだ。 「立川! おい! おいッ!!」 強い口調で呼び続ける。 暫らく叫び続けていると、やがて立川の目はゆっくりと開かれた。 「立川……!?」 天道の手も止まり、何かを言おうとしている立川に意識を集中させる。 「皆既日食を……さが……せ…………」 「皆既日食……」 「ひよりさんは……そこ……に……居……」 最後の力を振り絞って、立川は手を差し出した。それを天道はしっかりと握りしめる。 ……が、立川がそれ以上口を聞く事は無かった。 完全に事切れた立川の手は、天道の手からずり落ち、砂浜に落下。 それを見届けた天道は、もう一度立川の肩を揺する。起きて欲しいと願いながら―― 死ぬなと願いながら。 「立川……おい……、立川……立川ッ!? おい! おぉぉぉおおおおおいッ!!」 さらに強く、声を張って叫ぶ。だが、今度こそ、いくら呼ぼうが返事は来ない。 立川が最期に天道に渡したのは、緑に輝く石。 立川の手がずり落ちる間際、立川から直接受け取ったのだ。 「…………」 流れる沈黙。天道はそれ以上何も言わなかった。ただ、黙って受け取った小さな石を眺めるのみ。 冷たい風が天道の頬を撫で、周囲の砂を飛ばしてゆく。 天道の前で横たわる遺体は、既に人間立川大悟では無い。 緑の異形……サリスワームだ。 立川の最期を看取った天道は、受け取った石を強く握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。 目の前で命を散らした立川に、黙祷を捧げて。 ◆ 「天道……さん?」 ただじっと、拳を強く握りしめて立ち尽くす天道に、言いようの無い違和感を感じたフェイトが、小さく呟く。 俯いた天道の背中は、いつもとは違う雰囲気を醸し出していた。 どこか淋しげな、それでいて、深い悲しみのような……そんな感情だ。 「(もしかして天道さん、怒って……る?)」 さほど天道と親しみを持たないフェイトにすら、天道の怒りと悲しみは伝わってきた。 だが、フェイトにはその気持ちが解らない筈が無かった。それは恐らく天道だけが感じている感情では無いのだから。 「なのは……」 「うん、解ってるよ。フェイトちゃん」 親友の名前を呼び、フェイトもゆっくりと立ち上がる。 同じようになのはも立ち上がり、レイジングハートを構え直した。 例え立川の正体がワームであったとしても、立川は紛れも無くなのは達の仲間だったのだ。 その仲間の死に、怒りや悲しみといった感情を抱くのは当然のこと。 なのはは、レイジングハートの切っ先をワームに向け、言った。 「私達も、戦うよ……!」 『マスター、もう戦えるのですか?』 「うん……大丈夫だよレイジングハート」 ◆ 立川の遺体の前で立ち尽くす天道の背後から、コキリアワームが接近する。 コキリアワームは天道のすぐ真後ろにまで迫るが、天道は微動だにしない。 「変身ッ!!」 ……いや、コキリアワームがさらに一歩踏み出した瞬間に、天道は鋭い後ろ回し蹴りを放った。 同時にカブトゼクターをベルトに押し込みながら。 電子音と共に、銀のアーマーに包まれながら。すぐにコキリアワームとの距離を縮め、再びキックを放つ。 コキリアワームはさらに後方へ飛び退き、それを回避。だがカブトの攻撃はまだ終わらない。 ベルトに装着されたカブトゼクターのゼクターホーンを倒し、そのアーマーを弾き飛ばす。 『Change Beetle(チェンジビートル)』 『Change Stag Beetle(チェンジスタッグビートル)』 それに合わせるかのように、ガタックも同様にアーマーをパージ。 二人のライダーは一瞬でライダーフォームへと変化した。 『One,Two,Three!』 直後、一際音階の高い電子音が響いた。最早聞き慣れた電子音――ガタックのライダーキックだ。 ガタックはそのままサリスワームの群れへと突っ込んで行く。そして――跳躍した。 「ライダーキックッ!!」 刹那、ガタックの声を復唱するかのように響いた『Rider Kick』の電子音。 ガタックの右足が青く光り輝き、その蹴りは数匹のワームを纏めて爆散させた。 「ディバィン……バスタァーーーーッ!!!!」 『Divene Buster,Extension』 なのはが叫ぶと同時に、地面をえぐるように発射された桜色の閃光がワームを纏めて消し去る。 その砲撃には多少の怒りも込められているのだろうか。 本日の撃墜数No.1は間違いなくなのはで決定だ。 しかし、なのはは完全に油断していた。 この状況でワーム意外からの襲撃を受ける等とは、夢にも思わなかったのだ。 電王が、ワームの群れに真っ直ぐに突っ込む。 擦れ違い様に、ワームの体をデンガッシャーで斬り付け、そのまま一気に走り抜けて行く。 そしてワームの群れを突破し、何処からか取り出したのは、ライダーパス。 “俺の必殺技”を使う為に重要なキーアイテムだ。 『Full Charge(Fullフルチャージ)』 電王は、ライダーパスをベルトのターミナルバックルにセタッチすると、高らかにその技の名を叫んだ。 「行くぜ! 俺の必殺技……パート2!!」 同時に、デンガッシャーから離れたオーラソードが、デンガッシャーの振り抜きに合わせて、空を駆ける。 飛び立った赤き剣は、今しがた自分がダメージを与えた全てのワームの同体を真っ二つに切り裂き、そのまま往復。 一度切り裂いたワームの体を、もう一度切り裂き、巨大な弧を描く。 ――しかし、それはミスだと言う事に、電王はすぐに気付いた。 一気に敵を倒せるのはいいが、動きが大きすぎるのだ。 電王の派手な動きも相俟って、飛び交うオーラソードは、すぐ近くにいたなのはへと、真っ直ぐに加速する。 なのはは完全に油断していた。 この状況で、ワーム意外の襲撃を受ける等とは夢にも思わなかったのだ。 レイジングハートのアラートに、気付いたなのはは、直ぐに右報告を振り向いた。 「ちょ……えぇっ!?」 奇声を上げるなのは。自分目掛けて飛んで来るのは、凄まじい速度で飛来する赤い刃。 「レ、レイジングハート!?」 『Protection,EX』 咄嗟に防御魔法を展開。オーラソードを弾くバリアが現れ、なのはの身を護る。 「きゃっ……!?」 だが、それでも電王のエクストリームスラッシュを完全に防ぎ切る事は出来ずに、なのはの体は地面へとたたき付けられた。 『ちょっと! 何やってるの!?』 電王の中で一部始終を見ていた良太郎が、電王の頭の中に怒鳴り声を響かせる。 まさか自分が味方である筈のなのはに攻撃する羽目になるなどと、誰が想像出来ただろうか。 「う、うるせぇなぁ! ありゃ、あんなところにいたアイツが悪いんだろうが……!?」 ……と、脳内討論が始まろうとした所で、電王は何者かに肩を押された。 「どけ」 「……んだと天道この野郎ッ!?」 そこにいたのは、紛れも無いカブトその人。元々カブトとも戦うつもりであった電王は、カブト相手にデンガッシャーを構える。 だが、電王とは対象的に、カブトには最初から電王と戦うつもり等無いのだ。 故にカブトは電王を無視。カブトゼクターの3つのボタン――フルスロットルを順番に押しながら前進して行く。 行く先にいるのは、最後に残った数匹のサリスワーム。 ワームにトドメを刺すべく、カブトは一撃必殺の必殺技を発動させた。 『Rider Kick(ライダーキック)!!』 ベルトから頭部へと走った電撃は、そのまま右足のライダーストンパーへと集束される。 眩ゆい輝きを放ちながら、カブトはその右足を大きく振り上げた。 狙うはワーム、この一発で纏めて倒す……! 「ライダーキック……!」 そして放たれた回し蹴りは、固まっていたサリスを巻き込み、見事に全て爆発。 カブトがライダーキックによって放った脚を戻し、着地しようとした……その時だった。 カブト、ガタック、電王の間を一陣の風が駆け、そのバランスを崩されてしまう。 そう。最早言うまでも無いだろう、ワームのクロックアップだ。 先程のコキリアワームが、クロックアップ空間の中でカブト、ガタック電王の3人に連続攻撃を仕掛けているのだ。 右から殴られ、左から殴られ、予測不能な攻撃の連続。それを受けたカブトは明らかに体力を消耗していく。 ただでさえ消耗していたというのに、これ以上、攻撃を受け続ける訳には行かないと考えたカブトは、コキリアワームのパンチをワザと受け、地面に転がった。 これこそカブトが狙ったチャンス。どこにでも現われるハイパーゼクターを転がり様にキャッチするのを阻止するなど、ほぼ不可能と言える芸当だからだ。 そうしえ、カブトは起き上がり様に、空間を裂いて現れたハイパーゼクターを掴み取った。 『Hyper Cast off(ハイパーキャストオフ)!!』 ハイパーゼクターをベルトの左側に装着。ハイパーゼクターから発せられた電撃が、カブトの装甲を駆け巡る。 同時にカブトの赤き装甲――ヒヒイロノカネは大型化され、巨大な銀色の装甲――ヒヒイロノオオガネとなる。 最後にカブトの頭部に輝くカブトホーンが、大型化。より巨大なカブトムシを摸した形へと変化することで、フォームチェンジは完了。 カブトがハイパーカブトへと進化した事を告げる電子音が、高らかに鳴り響いた。 『Charge Hyper Beetle(チェンジハイパービートル)!!』 ハイパーフォームへと進化したカブトにとって、最早クロックアップ等恐れるに足り無い。 何故なら、ハイパーカブトにはクロックアップをも凌駕した力が与えられているのだから。 故にハイパーカブトは、左腕でハイパーゼクターのゼクターホーンを押し込んだ。 「ハイパークロックアップ」 『Hyper Clock Up(ハイパークロックアップ)!!』 同時に、全身に装着されたカブテクターが解放され、背中からは眩ゆい光の翼が姿を表す。 それに伴い、クロックアップの数倍の速度を誇るハイパークロックアップによる空間が周囲に広がる。 周囲の全ての時が停止し、見えざる敵の姿が、限りなく静止画に近い速度にまで減速する。 この世界の何者も追い付く事を許さない、最速の力。 それは、言わばネクストレベルとも言うべき、進化したクロックアップ。 目の前で、クロックアップ空間からガタックと電王に攻撃を仕掛けていたコキリアワームに向き直る。 『Maximum Rider Power(マキシマムライダーパワー)』 再びハイパーゼクターのゼクターホーンを押し込み、ハイパーカブトの全ての力をカブトゼクターへと送り込む。 それからの動作は、いつもとなんら変わりはない。 いつも通り、フルスロットルを3回押しこみ、その力を発動させるのみ。 『One,Two,Three――』 「ハイパー―――キック……!!」 そしてハイパーカブトは、カブトゼクターのゼクターホーンを先程のライダーキックと同じように、力強く押し倒した。 『Rider Kick(ライダーキック)!!』 ハイパーキック。ライダーキックをも越えた、マキシマムライダーパワーによるハイパーカブトの必殺キックだ。 背中の翼を羽ばたかせ、ハイパーカブトは宙に舞う。 カブトゼクターとハイパーゼクターから送られたタキオン粒子が、ハイパーカブトの右足で渦巻く。 まるでサイクロンの如き旋風を巻き起こしながら、ハイパーカブトの蹴りは真っ直ぐにコキリアワームへと飛んでいく。 一度飛び立てば、例え雲の彼方へでも飛んで行けるであろうハイパーカブトの蹴り足が、凄まじい爆音と共にコキリアワームに減り込む。 時間が止まったままのコキリアワームの身体は、キックにより叩き込まれたタキオン粒子の衝撃に、跡形も無く爆散した。 『Hyper Clock Over(ハイパークロックオーバー)』 「はぁ……はぁ……」 やがて、全身のカブテクターが元の場所に戻り、光の翼も消失。 コキリアワームを倒したハイパーカブトは、力を使い切ったとばかりに地面に膝を付いた。 それでもゆっくりと立ち上がると、ガタックや電王、なのは達が自分に注目しているのが分かった。 「(……立川……)」 放置された立川の遺体に一瞬だけ目を向け、心の中でその名を呼ぶ。 仇は取ったと言いたいのか、それとも別の意味が込められているのか。それは天道自信にしか解りはしない。 だが、疲労とダメージの蓄積したハイパーカブトは……いや、天道は、これ以上自分の意識を保つ事が出来なかった。 これ以上何も考えることが出来なかった。気付けば、吸い寄せられるように地面に倒れ込んでいたからだ。 「天道ぉーーーーーーーーーーーーーッ!!?」 薄れて行く意識の中、友の声がかすかに聞こえた。 ◆ 次に天道が目を覚ました時、そこは見知らぬベッドの上だった。目覚めるや否や見知らぬ天井が広がり―― 「(いや……ここは)」 否。天道には、この場所に心辺りがある。 天井や、周囲の見慣れぬ機械の形状から察するに、ここはあのけったいな戦艦―― アースラの内部だ。 「あ……天道さん、目覚めたみたいやね」 「…………?」 横から聞こえる声に、顔を傾ける。 そこにいるのは、八神はやて。それと、赤い髪の毛を三つ編みに括った少女が一人と、もう一人は―――加賀美だ。 自分が寝てる間、こいつらが看病してくれたのか? と考えるが、天道はすぐにそれを否定した。 何故ならば、ハイパーカブトが意識を失ってからそれほどの時間が経っていないという事は、天道自身がよく分かっているからだ。 「もう……いきなり倒れたっていうから心配してんで?」 「ったく、心配かけさせやがって……目覚めの気分はどうだ? 天道」 横から聞こえる二人の声に、天道はため息混じりに天井へと視線を動かし―― 面倒だが答えてやるか……とばかりに、天道は口を開いた。 寝起きの第一声となる言葉を。 「……腹が減ったな」 「「…………」」 同時に、室内が一気に静まりかえる。 二人の少女はぽかーんと口をあけ、加賀美は安心したとでも言いたげな軽い笑みを浮かべている。 「何だよ、凄い大物って聞いてたから期待して来てみれば……なんか随分と小さそうな奴だなぁ」 「あはは……ヴィータ、そんなん言うたらあかんよ」 天道の第一声を聞いて、大きなため息を落とす少女――ヴィータに、はやてが苦笑気味に返す。 「(ヴィータ……そうか、成る程な)」 天道の中で、合点が行く。ヴィータという名前には聞き覚えがあるからだ。 確か……シグナム、シャマル、ヴィータの3人は、この八神はやてという少女の家族だと聞いた筈だ。 ……あと一人居たような気がするが、あまり話に出て来なかった為に忘れてしまった。 「(確か……ザフィなんとか……? ……まぁいいか)」 少し考えるように目を閉じたが、すぐに考える事を止めた。それほど興味が無いからだ。 ややあって、隣にいたヴィータがその口を開いた。 「何でもいいけどさ、あんま心配かけさせんなよ。はやてはただでさえ心配性なんだからさぁ」 「………………」 その言葉に、天道はヴィータのポジションを何となくにだが理解した。 要するにヴィータもはやてのことが心配なのだろうと。ヴィータ自身も十分に心配性じゃないか、と思いながら、天道は言葉を返す。 「……勘違いするな。心配してくれ等と頼んだ覚えは無い」 「……なっ!? んだとテメ……!?」 「だが――」 憤慨したヴィータの言葉を遮り、天道がゆっくりとヴィータに視線を送る。 「心配してくれたことには素直に感謝“してやる”」 「なっ……“してやる”じゃねーっ!?」 「ま、まぁまぁヴィータ、ちょぉ落ち着き」 ガタン! とイスを倒し立ち上がったヴィータを、宥めるようにはやてが制する。 天道は、微笑みながら一部始終を眺めている加賀美が少し気になったが、まぁ敢えて気にしない事にした。 気にするだけ無駄だと感じたのだ。どうせこのバカには何を言っても無駄だと。 天道は隣で騒ぐはやてやヴィータを、全く以て騒々しい連中だと思いながら、ぼんやりと天井を眺めていた。 すると、先程までヴィータを宥めていたはやてが、「あっ」と口を開いた。 「そうや、天道さん」 「なんだ」 「お腹空いたって言ってたやんな?」 「ああ、言ったな」 「じゃあ私が食堂借りて何か作って来よう思うねんけど……」 「ほう……?」 天道の視線が、再びはやてに向けられる。 この申し出には少しばかり興味がある。 そういえば料理が得意とか言っていたな……と、そんな噂を聞いた記憶があるからだ。 世界のありとあらゆる名店の味を覚えた天道にとって、はやての料理に多少なりとも興味が無いと言えば嘘になる。 ならば、返す言葉は一つだ。 「どうやろ……余計なお世話かな?」 「いや……是非作ってくれ。食べてみたい」 口元で小さな微笑みを作りながら、天道は答えた。久々の、天道の優しい笑顔。 一方のはやても、その言葉を聞いて表情が一気に明るくなる。 もちろん天道の返答が嬉しいのだが、それ以上によっぽどの自信があるのだろう。 「ほな、今から作ってくるから、待っててな。行こ、ヴィータ」 「おう! はやての料理はギガウメーからな!」 立ち上がったはやてに、ヴィータが付いて行く。 天道と加賀美を部屋に残し、二人はこの医務室を後にした。 暫しの間を置いて、先程まで微笑んでいた加賀美が口を開いた。 「珍しいじゃないか、天道。天道が素直に感謝してやるー、だなんて」 「……まぁな」 にやにやと笑う加賀美に、天道は目を反らしながら答える。 別にそれが羞恥等という訳では無いが、嬉しそうな加賀美を見ていると、いつもため息を尽きたくなるからだ。 「天道……お前は一体、どう思ってるんだ? はやてちゃんやなのはちゃん達のこと」 「………………」 加賀美が問うが、天道は何も答えない。何も言わずにただ天井を眺めている。 「俺はさ、いい子達だと思うぞ。あいつらのこと」 「………………」 尚も無言は続く。加賀美が一人で喋り続けるのを、天道は黙って聞くのみ。 どこか幸せそうに、微笑みながら喋る加賀美の声を聞いていると、こんなゆっくりとした時間はいつ以来だろうか……と思えてくる。 思えばひよりが消えてから、天道に心が休まる時など無いに等しかったからだ。 今もひよりが心配なのは変わらないが、管理局と関わるようになってからはさらに落ち着ける余裕など無かった。 そもそも天道にとって時空管理局絡みでいい思い出など何一つ無いのだから。 故に、その時から考えると、今が1番落ち着いている気がした。 「そりゃあ、たまに何するんだこいつら! って思った事だってあったけどさ。天道が捕まった時とか…… でもさ、俺思ったんだよ。ちゃんと話してみたら、何か変わるんじゃ無いかな?って。今のはやてちゃんとか見てたら特にさ」 天道の返答に関わらず、微笑みながら言葉を続ける加賀美。 「だから……まぁ俺にもなんて言ったら良いのかわかんないけどさ、とにかく、信じてみないか? なのはちゃん達のこと……」 「……わかってるさ。俺にだって……」 「え……?」 言葉を遮る天道に驚いた加賀美。 何の話をしているのだろうか? 何についてわかってると言いたいのか? 突然の天道の言葉にそんな疑問を抱きながら、少しだけ身を乗り出す。 「俺だって馬鹿じゃない。奴らが悪い奴じゃないって事くらい、わかってると言ったんだ」 「じゃ、じゃあ……!」 「加賀美」 「…………!?」 これは和解出来るかもしれない。そう考えた加賀美は嬉々とした表情でさらに身を乗り出すが、またしても天道に言葉を遮られる。 何かを言わんとする天道の言葉に、目を輝かせる加賀美。 ……だが、帰って来たのは加賀美が期待した言葉では無かった。 「……さっきは暴走した俺を、よく止めてくれたな。」 「え……? あ、あぁ……それはクロノに言ってくれよ……俺じゃない」 「ああ、そうだな」 言いながら、フッと軽く笑みを零す天道に、加賀美は何故か少しだけ不満を感じたが、まぁ気にしない事にした。 話を反らされたというか……ああは言ったが、一応自分も天道を止める為に戦ったのに……というか。 そんな加賀美の心を知ってか知らずか、天道は続ける。 「加賀美……俺と約束しろ」 「約束……?」 「そうだ。もしも再び暴走スイッチが働き、俺がひよりを殺そうとした時は…… その時は、お前が俺を倒せ」 「な、何言ってんだよ……! そんなこと……」 「ただし……!」 「……ッ!?」 「その逆の場合は、俺がお前を倒す。いいな……?」 ややあって、加賀美は天道の言葉に静かに頷いた。 もしも自分に……ガタックに仕込まれた暴走スイッチが働いた場合は、カブトがガタックを倒す。 そう言われると、反論が出来なかった。自分にだって暴走する可能性はあるのだから。 「それにしても……暴走スイッチか……本当にガタックにもそんなものが…… それに、結局ネイティブが何なのかも、わかんないままになっちゃったな……」 加賀美の言葉に、天道はゆっくりとベッドから立ち上がった。何か言いたい事でもあるのだろう。 立ち上がった天道の顔を見詰めたまま、加賀美が続ける。 「何なんだろうな、ネイティブって。ドレイクに変身したり、カブトゼクターを操ったり…… それに1番解らないのは、ZECTが立川を守れと指令を出したことだ」 「あぁ、俺にはもっとワームを倒せと言いに来た」 「一体何なんだ……ネイティブって」 天道が、ゆっくりと視線を加賀美に向け直すことで、加賀美と天道の視線が合う。 ややあって、天道は非常にゆったりとした口調で、過去の自分に起こった出来事を語り始めた。 「……俺は……以前にもあのタイプのワームを見た事がある」 「何ぃ……!?」 あのタイプのワーム……というのは、通常のサリスからツノを生やした―― つまり、立川が変身していた、通常とは異なるサリスワームの事。 それに対し、加賀美は相変わらず間抜けな表情で答える。 「18年前……俺の両親を殺して擬態したのも、あのタイプだ」 「な……!? ネイティブは人間を傷付けないんじゃないのかよ!?」 「そんなこと俺が知るか」 何処ぞのカブトムシライダーが言っていたような台詞を、天道が口にする。 「……だが、奴は自分の事をネイティブと呼んでいた。恐らく、俺達の知っているワームとは別の種類のワームなんだろう」 「ま、待てよ……! じゃあ、ネイティブは7年前の渋谷隕石どころか、18年前から……いや、もしかしたらもっと前から……!?」 推測する加賀美。確かに、ネイティブと呼ばれる連中が一体いつからこの地球上にいたのかなど、誰も知ることではない。 だが、それ故に現状ではこれ以上いくら考えたところで、所詮は推測にすぎないのだ。 天道はこれ以上、何も言う事は無かった。ただじっと、ポケットに手を入れたまま、天井付近を見上げていた。 ◆ 「ねぇ……なんでなのはちゃんを攻撃したの……?」 「うっせぇなぁ! 何度も言わせんなよ、あんなとこにいたアイツが悪いって何度も言ってんだろうがッ!!」 赤鬼の姿をしたイマジンに、良太郎が詰め寄る。 先程の戦いで、電王の放ったエクストリームスラッシュが、なのはに命中してしまった事についてだ。 幸い大事には至らなかったが、一歩間違えれば、なのはは命を落としていたかもしれないのだ。 それ故に良太郎は、静かにではあるが、激しい怒りを抱いていた。 本当にこのイマジンを信用していいのか? とさえ思えてくる程に、良太郎は怒りを感じていた。 もしもこのままこのイマジンが何の謝罪も無いというのなら―――良太郎にも考えがある。 足を組んだまま、まるで良太郎の言う事を聞こうとはしない赤いイマジン。 イマジンの犯したミスに、激しい憤りを覚えた良太郎。 どちらにせよ、今のままの関係では共に戦う事など、到底不可能な話だ。 ――どうやら二人の繋がりは、まだまだ浅いらしい。 次回予告 ようやく良太郎の体にも電王システムが馴染んで来たみたいだけど…… どうやらやっぱりまだまだみたい。戦う度に凄まじく消耗する良太郎に、電王は――モモタロスは…… ――それより、そろそろ天道総司の罪状が確定する時期!? ついに天道が、管理局から解放される!? そして、ついに現れた、未来からの侵略者。 電王が、カブトが――二人の赤いライダーがその力を解き放つ時、この時空は赤く染まる……! カブト編はいよいよクライマックスへ……! 『ごめんなさぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーいッ!!!』 次回、魔法少女リリカルなのはマスカレード ACT.20「FULL FORCE-ACTION」 に、ドライブ・イグニッション!! スーパーヒーロータイム 「NEXTSTAGE~プロローグ・Ⅳ~」 「ようやく見付けたぞ……プレシア・テスタロッサ……」 遠く離れた道を歩くプレシアを睨みながら、物影から一人の女が姿を現した。 先を歩くプレシアはこちらには気付いていない。だが、それなら好都合だ。 こちらに気付かれ無いうちに仕留める事が出来れば、それに越した事は無いからだ。 ややあって、女が目配せすると、背後に隠れていた緑の怪物が、一歩前へ出た。 今のプレシアを殺すのに、それほどの戦力は必要としないだろう。故に女は命令した。 一言だけ、「行け」と。 男は、とある命令を受けていた。 その命令の内容は、“プレシア・テスタロッサの命を守れ”。 故に男は、プレシアの危機を救うため、走り出した。 背後から迫る緑の怪物を倒す為に。 ベージュのロングコートを翻し、ポケットに忍ばせた箱――カードデッキを握りしめて。 緑の怪物がプレシアにたどり着く前に、男が怪物を蹴り飛ばす。 それに気づいたプレシアが、驚いた表情で自分を見詰める。 その視線に、男は何処か躊躇いを感じたが、迷っている場合では無い。 怪物が突き放された一瞬の隙を見て、近くのビルのガラスに翳したカードデッキ。 「変身ッ!!」 そして、叫んだ。 刹那、茶色い装甲がオーバーラップし、男の体を覆う。 そこにいるのは、さっきまでの男の姿では無い。 そう。それは、鏡の中のモンスターと契約を交わした一人の仮面ライダー―― その名を、仮面ライダーシザースと云った。 戻る 目次へ 次へ
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すると、 「クロ殿、あの、……宜しいですか」 シグナムが、彼女らしくなくおずおずとそう尋ねてきたのは、歩き出してすぐのこと。 少し離れた前方には、子供達にいじくられているヴィータが歩いていた。 「はい、何でしょうか」 特に表情を変えず、返事をするクロ。 しかし、シグナムはその時、己の心をすでに見透かされているような錯覚を、クロの瞳を見つめた瞬間に実感した。 シグナムは、取り敢えず咳払いをする。 「あー、……失礼ながら、クロ殿」「はい」 「もしかし、……いや、単刀直入にお伺いします」「はい」 あまりに自然体のクロを見て、シグナムは一瞬ためらう。が、意を決する。 「あなたは何故、その、『棺桶』を担いで、旅をなさっておられるのでしょうか」 「やはり、そのことでしたか」 クロは、微笑んだ。嫌みな感じは、受けなかった。何時も尋ねられているだろうに。 「……えっと、実は私も、思ってました」 「私も、実のところ……」 なのはとはやてが、おずおずと手を挙げる。 シャマルは、黙して挙手。 リインは、ただコクコクと頷いていた。 アギトは、雰囲気を察して、さっさと前に進む。「こう言うの苦手なんだよな」と呟いて。 「見たところ、その棺桶、ずいぶんと、その、くたびれている様子で……」 「そうですね。旅を初めて半年くらい過ぎた頃から、ずっと一緒に旅をしている棺桶ですから」 「そっ、そんなに長くッ!?」 なのはが、素っ頓狂な声を上げた。 「何で、また、あの、そのようなものを」 「うん、まあ、色々思うところがありまして」 困ったような顔で、クロはぽりぽりと後頭部を掻いた。 センは、我関せずと飛び続ける。 「成る程。しかし、その棺桶のために、色々と」 あごに手を当てたクロが、シグナムを遮って、 「そうですね。葬儀屋と言われるのが多いですか。 あと、死体を運んでるとか、死神とか、果ては吸血鬼、……まあ、色々言われますね」 悲観するでなく、おどけるでもなく、淡々と答え、周りをポカンとさせる。 シグナム、「そんな誤解を受けるなら」と咳払いをして、 「差し出がましいようですが、その棺桶、そろそろ処分……」 「するつもりは、申し訳ありませんが、今の私にはありません」 シグナムの申し出を、クロはきっぱりと断った。 「シグナムさん、他の皆さん、お心遣い、ありがとうございます」 頭を下げる。 「ですが、今の、……このままだと」 シグナムを、じっと見据える。 「私の旅が終わる何時かには」 そしてまた、優しく微笑んだ。 「きっとこの棺桶が必要になりますから」 この言葉に、セン以外は言葉を無くした。 どういう、事なの、か。 そんな、周囲の心を見透かすように、 「その理由を、何時かお話しできれば幸いかな、とは思っています」 クロはそう言った。 「まあ、そんな訳でさ、取り敢えず今は、それ以上は聞かないでやってくれよ。クロにも、色々思うところがあるんだ」 そして、センのこの言葉で、 「……了解した、セン殿」 シグナム以下全員、今は詮索終了とせざるを得なかった。 そんな後ろの様子に目もくれず、子供達はヴィータに夢中です。 「って、お前等、何してくれるんだよッ!」 「んー、いろわけたげてるのー」 「ヴィーちゃん、ぐっどだよー」 「わー、ふくたいちょー、格好いいよぉ♪」 白い双子の力で、ヴィータの両腕はカラフルに染まっていた、いつの間にか。 「……はぁ」 怒るに怒れず、ヴィータはため息をつくしか無く。 「子供の相手は疲れるぜ……」 しばし、海鳴の某老人会の面々を、懐かしく思い浮かべるのだった。 「おっ、ヴィータ、なかなかお洒落だな♪」 そう声をかけたのは、アギト。ニヤニヤが止まらないらしい。 「んっ、なぁんだ、アギちゃんか♪」 ヴィータ、さらりとおどけて反撃。 「なっ、だからそれは」 「おー、アギちゃだ」 「アギちゃん、アギちゃん♪」 双子は、無邪気にはしゃぎました。 「おい、だから」 「おい、アギちゃん、大人なところ見せてやろうぜ」 苦笑しつつも、両腕をまだら模様にされても、それなりに子供達に付き合っているヴィータにそう言われると、 「……はあ、解った」 アギトは渋々同意せざるを得なかった。 そんなアギトに構わないのが、白い双子です。 「ねえねえ、アギちゃ」 「あん、何だよ」 「おそら、とべるんだね」 ニジュクが尋ねます。興味津々と言った様子で。 「でも、はね、うごかないね」 サンジュが尋ねます。不思議そうに首をかしげて。 「ああ、大体、魔力使って飛んでるからな。あまり羽ばたかせない、かな」 「ふぅん」 「そーなんだー」 「ふくたいちょーも、飛べるんだよ」 ヴィヴィオが双子に話しかけました。 「そうなの、ヴィヴィちゃ?」 「ふくたいちょーも、おそら、とべるんだ」 「おーい、お前等はヴィーちゃんで良いって」 ヴィータ、苦笑い。 「じゃあ、ヴィーちゃも、とべるんだ」 「ああ。まあ、それなりにな」 「へぇ、とべるんだぁ」 「ふくたいちょーやアギトだけじゃないよ、なのはママもはやてお姉ちゃんも、みぃんな飛べるよ。……ヴィヴィオは、違うけど」 ヴィヴィオは少し、寂しそうです。 双子はうんうんと、眼をキラキラさせて頷きました。 「そっかあ、とべるんだぁ」 「あたしたちみたいに、とべるんだぁ」 双子は何気なく言いました。 「おう、お前等みた、い、……はい?」 「えっ、あっ、なあ、二人とも?」 「あの、お空、飛べるの?」 ヴィータ、アギト、そしてヴィヴィオは、目を見開いて聞き返します。 「うん、とべるよー」 「まりょくじゃなくて、はねだけど」 そう言うと、二人はいきなりエプロンドレスを脱ぎ始めました。人目をはばかりません。 「ちょっと、二人とも」 ヴィヴィオの制止も聞かず、下着姿になった、ニジュクとサンジュです。 「ヴィヴイちゃ、こうしないと」 「はね、じょうずにだせないの」 すると、不意に猫耳と尻尾が消えました。 「えっ?」「はッ?」「何だッ?」 そして、 「ふえっ?」「何だぁッ!」「うっそぉッ!」 三人が驚くのも無理もありません。 双子の背中に、いきなり羽がでたのですから。 ただし、ニジュクは右側に黒い羽、サンジュは左側に白い羽と、それぞれかたっぽずつなんですがね。 「あの、よ、二人とも」 「なにー、ヴィーちゃ?」 「かたっぽずつ、だな」 「そだよー、アギちゃん」 「飛べる、の?」 「「とべるよー、ヴィヴィちゃ(ちゃん)」」 二人はニコニコしています。 他の三人は、不思議そうな顔をしています。 「だいじょぶだよ」 「『かたっぽ』が『かたっぽ』に、なるから」 ますます、不思議そうな顔の三人。 だから、二人は、 「こうするのっ!」 「いっしょにとぶのっ!」 そう叫んだ、その時でした。 風が、強く吹きました。 「サンジュっ、いくよっ!」 「ニジュクっ、いいよっ!」 「「せぇのっっ!!」」 ばさばさばさばさ……。 「あっ、二人、とも……」 「まじかよ……」 「本当に、飛びやがった……」 空を見上げた三人の視線の先に、双子がいました。 さっきの風に、乗ったのもあるのでしょう。 高く高く、少なくとも近くの樹木よりも高く、舞い上がっています。 背中の羽を、その羽ばたきを、きちんと同調させて。 ばさっばさっ、ばさっばさっ、と。 そして、ポカンと自分達を見つめる三人に、 「いったでしょーーっっ♪」 「あたしたちもとべるよーーっっ♪」 ニコニコ笑いながら、双子は叫んだのでした。 少し後ろに離れたところで、なのは達はその光景を目の当たりにした。 「へっ?」「嘘や……」「いや、……主はやて、これは」「あは、あはは……」「信じられないです……」 「申し訳ありませんが、皆さん」 「ほっぺ、つねってみな。現実だから」 クロとセンは、見慣れた光景なので、全く平静であった。 「……やっぱり、ヤン提督は、正しかったんや」 「そうだね……」 ようやく、声を絞り出したはやてに、呆然としつつ相づちを、なのはは打った。 「まあ、珍しい。この世界で、翼の力だけで浮かぶなんて」 その婦人は、物珍しそうに、駅構内から双子を見つめていた。 「互いに協力し合って、空に浮かんでいるのね」 一見すると品が良く、穏和そうに見える顔立ちの女性の瞳は、しかし、興味深くものを凝視する、まるで幼子の瞳のようだった。 「互いの信頼がなければ、ああ上手くはいかない。まるで、そう、まるで」 「お待たせしました。お預かりしていた、お荷物で御座います」 背後から駅員が、その婦人に声をかけ、大きなスーツケースを押して差し出した。 「ありがとう」 婦人は、駅員に礼を言って受け取る。 そして、再び空舞う双子に目をやって、 「……残念、もう降りてしまっているわ」 肩を軽くすくめ、視線を下ろす。 「あら、あれって」 そこにいた一団。どうやら、見覚えがあるようだ。 腕時計を見る。 「まだ、時間は、ある」 時計から、目を離す。 その婦人の表情は、友人との再会に胸躍らせる、少女の顔、そのものであった。 「いや、本当にびっくりした」 「羽の力だけで、まさかあそこまで、なぁ……」 「間近に見とっただけ、そら、びっくりの度合いも大きいわなぁ」 ヴィータとアギトの言葉に、うんうんとはやては頷いた。 あれからすぐになのは達が合流。 クロとセン以外がまだ驚き目を見開いている中で、ニジュクとサンジュは、ふわりと降り立ちました。 「「ただいまー」」 元気よく、挨拶。 「お帰り二人とも」 「こっちの世界の空は、どうだった?」 クロとセンだけが、双子に声をかける。 「やっぱり、あおかった」「でも、ぽかぽかあったかかった」 「へえ、暖かだったのかい」 「うん、なんかね……」「うとね、クロちゃんみたいだったよ」 「ヘッ、私、みたい?」 流石に、クロも驚いた。何を言っているのか、理解できず。 「あっ、そっか、そんなだたかも」 「でしょ、ニジュク?」 「うんっ!」 相変わらずニコニコしている双子の言葉に、クロは戸惑った。 確かに、自分達の世界よりもここの世界は温暖なようであるが、しかし、それが何故、自分のような暖かさなのか、ということを。 「……」 未だ頭に疑問符が浮かびまくっているクロに、なのはがそっと耳打ちする。 「それだけ、クロさんがあの二人を大切にしてることの証明、じゃないんですか?」 クロ、現実感がとぼしいといった顔で、後頭部を掻いていた。「はあ」と呟くのが精一杯だった。 「あの、ところで、まだ他に何か有りますか、二人とも?」 リインが双子に尋ねた。 「リイちゃ、なにかって?」 「えと、つまり、こんな事ができる、とか、こんな事が起きる、とか」 「あっ、あるよ、リイちゃん」 サンジュが手を挙げて言いました。 「あたしたちの『かげ』、あたしちより」 「うん、ちょっとがまんのたりない『こ』」 「だから、かってにはなれるとき、あるよ」 時が、凍った。 「皆さん、あのー」 「事実なのでー、きちんと受け止めてやってねー」 「すごぉい、ニジュクとサンジュ、やっぱりすごぉいっ!」 クロとセンとはしゃぐヴィヴィオ以外は、全員、頭を抱えていた。「影が勝手に離れるって、何?」と。 当のニジュクとサンジュは、 「えへへ」 「すごいかな?」 ヴィヴィオの目の前で、ほっぺをほんのり赤くして、照れていました。 「にゃはは……」 「もう、なんちうか」 「言葉も、有りません」 「言葉がある方がおかしいって、絶対」 「はうう、ヤン提督にはどう報告すれば……」 「あは、あはは……」 「普通、影が離れるかっての……」 公園最寄りの駅はもう目前。 されど、一部の人間を除き、その足取りは、何故か重く。 呆然とする者、ブツブツと独り言を呟く者、現実から逃避しようとする者、頭を抱える者、様々である。 「ねぇ、クロちゃ?」 「みんな、どうしたの」 「ん、大丈夫だよ、気にしなくていい」 クロは二人の頭を優しく撫で回した。 「みんな、ちょっと戸惑ってるだけだから」 「とまど、う?」 「なんで、なの?」 「大きくなれば、解るよ」 「ふぅん」 でも、やっぱり不思議そう。 「ヴィヴィちゃん、どうなのかな?」 ヴィヴィオは双子よりもお姉さんだから、何となく解ります。だから、 「クロさんの、言うとおりだと思うよ」 二人に大きく頷きました。 「ふぅん……」 まだちょっと納得のいかない様子ですが、 「ヴィヴィちゃがそうゆうなら」 「それでいいや♪」 と言うことで、気にするのを止めて、歩きます。 と、そうする内に、ようやく駅前に到着。 まだまだ元気にはしゃぐ子供達。 その様子を微笑ましくクロが、些か気だるそうにセンが見つめる。 しかし、クロがふと振り向くと。 なのは以下、その他大勢は、心なしかぐったりした表情を見せていた。 その様子に、クロは思わず、 「あの、本日はどうも、突然この世界に現れた、しがない旅人の私達のために――」 「せやから、はい、変に恐縮するの、禁止ぃッ!」 びしいッ! とクロを指さして、はやてが叫んだ。 「気持ちは解らんでも無いですけど、私ら、好きでやらせてもらうて、さっきも言ったばかりですやん」 「はやてちゃんの言うとおり。それは、私も言ったはずですよ?」 なのはが、しょうがないなぁ、と言うニュアンスも込めて、苦笑い。 「困った時は、お互い様だから」 「それに、おかげで今夜は楽しいことになりそうやし」 「楽しい、こと?」 「そうです」とはやてが頷く。 「なのはちゃんも思うてること。ふふ、帰ったら、な?」 「もちろん、歓迎パーティ、やらなくちゃ、ね?」 先程のぐったりした様子から、気力を取り戻した様子で、なのはが宣言した。 クロ、一瞬、目が点になる。 「えッ、あの、私達、の?」 己を指さして、あたふたした様子だ。 なのは、「もちろん」と頷いて、 「それに、せっかく、はやてちゃん達と休日が一緒だったんだし」 「久しぶりに、六課の一部再集結を祝すのもかねて、……ええなぁ♪」 「要は俺達のこと、そのダシにする訳かい?」 センは不敵な笑みを浮かべた。 「嫌ですか?」 はやてが、やはり不敵な笑みを浮かべる。 「全然、嫌じゃない。むしろ宴会大歓迎ッ!よぉしっ、酒だッ! 酒もってこぉいッッ!! 浴びるほど飲むぞぉぉッッッ!!!」 コウモリ、はしゃぎまくる、飛び回りまくる。 「おいおい、セン。私達はいわば居候――」 「遠慮はいらないと思うぜ、クロさん?」 「せっかく、この世界にいらしたからには、少しでも、多くの良い思い出を作られた方が宜しくはありませんか?」 「ヴィータさん、シグナムさん」 「それに、私達も久しぶりに楽しいお酒、飲めそうですし」 「シャマルさんも」 「私達、クロさんのこと、本当に歓迎したいんですよ」 「リインさんまで……」 クロ、嬉しいと思うより、むしろ心配になってきた。 おいおい、私達はつい今し方突然あなた達の目の前に現れた、言わばこの世界の不法侵入者みたいな者ですよ? そんな人間をほいほい歓迎します、パーティしましょう、なんていともたやすく受け入れるってのは、些かやっぱり問題がありはしませんか? て言うか、仮にもし私達が実は凶悪犯且つ逃亡者で、人殺しも全く厭わないようなならず者の本性を平然とひた隠せるような演技者で、 寝首かくのも平然と実行できるような人間だったら云々カンぬん、かくかくしかじか、うまうましまうま、エトセラえとせら――。 軽く混乱気味なクロの肩を、ポン、と叩く、小さな手が一つ。 「あんたが何考えてるか、何となくだけど解るよ」 それはアギトのものだった。 「だけど、そりゃ心配無用な話だと思う」 少し呆け気味のクロに構わず、アギトは続ける。 「あたしも、色々あって、最近、こいつらと一緒に生活し始めたんだけど、……まあ、底抜けとまでは行かないけど、人が良いよ」 「……」 「でもさ」 そう言って、アギトはクロの肩に乗った。 「一緒になって解った。こいつらも、色々辛いこと乗り越えて、今、そんな風に振る舞えるんだって」 「そう、なんですか」 「だからさ」 やおら、アギトはクロの頬をつねった。端から見ると、引っ張っているようにしか見えないが。 「痛たた、な、何を」 「もうちょっと気楽に行こうぜ。肩肘張らずにさ」 「痛い、いたい」 「大丈夫。あたしの言葉、信じてみろって」 アギト、手を離す。 「しばらく前までこいつらの敵だった、あたしの言葉を」 「ヘッ、そう、なんです、か?」 つねられた頬をさすりつつ、クロは呆然としてつぶやいた。 その時だった。 「その通りよ、別世界から来た旅人さん」 品の良い、女性の声がした。 「その小さな烈火の剣精さんの言うとおり、なのはさんやはやてさん達は、あなたのことを心から受け入れてくれるはずだわ」 そして、声の主は駅舎から姿を現した。やはり品良く、しかし、聡明そうな婦人だった。 その婦人は、双子に目をやって、 「この可愛いおちびちゃん二人のことも、ね」 クロ以下その場の一同、一瞬言葉を失う。 「あら、思った以上にびっくりさせてしまったようね。こっそり影からあなた達のことを伺っていたのだけど、……いたずらが過ぎたかしら」 婦人は頬に手を当て、困った表情を浮かべる。何しろ、その場の様子と言えば。 クロやセンに双子は、突然のことで、ただ呆然。 なのはやはやて達は、まさかの出会いに拍子抜け、と言った顔をしていた。 アギトを除いて。 「おい、あんた、何であたしの二つ名を知っているんだ。ッ! まさか、あんた……」 「……ジャクスンさん、何でここに?」 「スパイ、……えッ、あの、はやて、このおばさんが、前に聞いた?」 「あの、皆さん、お知り合いの方ですか?」 「ええ」 クロの言葉に、なのはが頷いた。 「初めまして、アギトさん、それと旅人のクロさんにお連れの二人のおちびちゃん」 婦人は胸に手を当てて、 「私は、リン・ジャクスン。フリーのジャーナリストをやっています」 そう、自己紹介した。 「ジャーナリストって言うのは、新聞や雑誌の記事を書いたり提供したりする人のことですよ」 なのはの言葉に、クロとセンが頷いた。 双子もコクコクと頷きました。 「ああ、これはご丁寧に。私は、今更かも知れませんが、しがない旅人をしております、 クロと申します。こちらの二人は、双子の姉妹で、ニジュクとサンジュ」 クロ、いつも通りに慇懃に挨拶し、双子をそれぞれ紹介した。 「そして」と、センに目をやる。 「おまけのコウモリ、センです」 「……せめて、マスコット、って言ってくんない、クロさん?」 セン、もはや抗議する気力も起こらないようで、ただ涙目である。 「こちらこそ、ご丁寧にどうも」 リン・ジャクスンは手を差し出した。 それにクロが応じ、握手。 そしてアギトは、少し戸惑って、 「いや、あの、ジャクスンさん、あたしその、……さん付け、止めてくれねぇかな、いや、下さい。 あの、何か、……恥ずかしいってか、くすぐったい、って言うのか」 「そう? でも、失礼じゃないかしら?」 「いや、頼む、じゃなくて、お願いしま、す……」 「あー、アギちゃ、かおまっかー」 「ほんとだ、まっかっかー」 「うるせーッ! 笑うな、指さすな、ニジュク、サンジュッ!」 二人はアギトに怒鳴られて、でも「わーい♪」と笑って退散です。 そんな二人を「待ちやがれー」とアギトが追いかけ回し始めた。 「うふふ、元気いっぱい、って感じね」 ある種、微笑ましい光景に、リン・ジャクスンの顔がほころぶ。 「こんにちは、ジャクスンさん」 「ホンマ、お久しぶりです」 「本当、半年ぶりかしらね、なのはさん、はやてさん。それに、ヴォルケンリッターの皆さんも」 なのはとはやて、そしてはやての家族に、リン・ジャクスンは微笑み返した。 そんな彼女に、シグナムも声をかける。 「お久しぶりです、ジャクスンさん。あの、アギトの失礼は私が謝罪します。彼女は、まだ」 「大丈夫、解っているわ。彼女、人付き合いになれていないだけ」 そして、うん、と頷いて、 「でも、きっと、彼女なりの人付き合いの術を見つけられるでしょう。――あなた達と一緒に暮らしていれば」 「そうやったらええなって、私も思います」 「それ、さっきジャックさんにも言われてたな、あいつ」 「あら、この自然公園で?」 ヴィータの言葉に、リンは目を見張る。 「ええ。一時間ほど前、駐車場の方で」 シャマルが答えた。 「それは残念、ついさっきまで併設の植物園にいたのよ。最近のFAFの動向を少しでも伺うことのできるチャンスだったのに」 至極残念そうに、リン・ジャクスンは呟いた。 「その、ジャックさんを、追いかけていらっしゃるのですか?」 「ジャック、――ブッカー少佐を、と言うより、彼の属している組織と、それが対峙している存在を、と言うべきでしょうね」 リンは、クロにそう告げた。 「でも、今はそれだけではないわ」 「と、仰いますと、マダム?」 センが身を乗り出してくる。 「あら、マダムだなんて、このコウモリさんたら、うふふ。――そう、このなのはさんやはやてさん、 それにここにはいないフェイトさん達とその仲間、教え子さん達の動向を追いかけるのも今の仕事かしら」 「そうなんだよなー、この人、結構しつこく聞いてくるからなー」 ヴィータが不意にげんなりとした顔になった。 「うふふ、ごめんなさいね、それが私の仕事だから。でも、今回は残念ながらあなた達の取材予定はないの」 「アポイント、入ってませんしね」 と、なのは。 「でも、それなら、ここでもやれるんじゃないですか?」 そう尋ねたのは、リインだった。 「そうなのだけど、色々仕事が入ってて、今ここにいるのも、束の間の息抜きのため、ってところだから」 リン・ジャクスンは苦笑した。 「これから明日のインタビューに備えてクラナガンのホテルに帰るところなの。もうすぐ来る快速列車に乗ってね」 「私達、その後の各駅停車の電車に乗る予定やから、ホンマ、ちょっと残念ですわ」 「ええ、とっても残念だわ」 リンは、はやてに頷いた。 「でも、嬉しい出会いもあった」 そう言うと、「ごめんなさいね」と断って、走り疲れてハアハアと荒く息を、しかし、ニコニコしながらしている白い双子に、リンは近づいた。 「あっ」 「リンおばちゃん」 「あら、もう私の名前を? おばさん、嬉しいわ」 にこやかに微笑んで、リン・ジャクスンは二人の頭を優しく撫でる。 「ええっと、あなたが」 「ニジュクっ!」 「で、あなたが」 「サンジュっ!」 「そう、とっても不思議な響の名前ね」 撫でながら言った。 「でも、二人にお似合いの、とっても可愛らしい名前だわ」 「えへへぇー」 「なんか、てれるぅ」 「うふふ。それにしても、二人ともさっき空を飛んでいたでしょう?」 「おばちゃ、みてたの?」 「ええ。とても気持ちよさそうに飛んでいるのを、ね」 「おばちゃん、わかるの?」 「何となくだったけど、ね」 そう言って、またリンは微笑んだ。 「うん、そうだよ」 「きもち、とってもよかったよ」 「いつものかぜやきのにおいとは、ちょとちがうかおり、してたけど」 「でも、やっぱりものすごくいいかおりしてて、とってもきもちよかった」 「おひさまもぽかぽかだった」 「かぜがゆらゆら、ちょっとこそばしかったかな」 「そう、とても楽しかったのね」 「「うんっっ!!」」 二人はヒマワリのような笑顔をリンおばさんに投げかけました。 「うん、二人ともおばさんに話してくれてありがとう。これはね、そのお礼」 そう言って、リンは二人に白い包み紙にくるんだものを差し出す。 「これ、なに?」 「ミルクキャンディーよ。どうぞ召し上がれ」 「ほんとに、いいの?」 「ええ、どうぞ」 言われて二人は「ありがとう」と言うと、早速口に放り込みます。 そして、すぐにお耳と尻尾がピンッ、と立ちました。 「まあ、気に入ってもらえたみたいね」 双子はリンおばさんにコクコク頷きました。 「じゃあ、サービスしちゃおうかしら」 リン・ジャクスンはそう言うと、袋ごと二人に差し出した。 「仲良く、食べてちょうだいね」 双子のお顔が、更にぱぁっと明るくなります。 「「ありがとうっっ!!」」 元気よくお礼を言って、「クロちゃぁあっ」「おばちゃんからもらったぁっ」と、クロめがけて駆けていきました。 その様子を微笑ましく見つめつつ、リンは歩いてクロ達にまた合流した。 「良いなぁ、二人とも……」 ヴィヴィオは、はしゃぐ二人を見てしょぼんとしています。 そんなヴィヴィオに、「はい」とそっとリンが袋を差し出す。 「……チュッ◯チャッ◯スだぁっ♪」 曇ったお顔が、ぱあっと明るくなりました。 そう、チュッ◯チャッ◯スの袋詰めでした。 「この間、約束してたでしょう?」 「忘れてなかったんだね、ありがとう♪」 「いいえ、どういたしまして。――ねぇ、学校は、楽しい?」 「えっ? うん、楽しい、よ……」 微かに顔を、また曇らせたヴィヴィオに、 「……えっ?」 リンは何も言わず、そっと抱きしめた。 ヴィヴィオの耳元で囁く。 「何かあったら、なのはママでも、フェイトママでも良いわ、必ず、誰かに伝えるのよ」 ヴィヴィオは黙って聞いています。 「私に電話でも良い、必ず誰かに話しなさい。必ず、誰かがあなたの心強い味方になってくれるわ」 優しく髪を撫で、優しくリンは諭す。 「あなたは一人じゃないわ、ヴィヴィオ。それだけは、解って、ね」 「……うん、ありがとう、リンおばさん」 ヴィヴィオは、心の底から暖かくなっていく自分を、感じていました。 そして、いつの間にかまた、ニジュクとサンジュがリンおばさんによって来ました。 「どしたの、ヴィヴィちゃ?」 「おばちゃん、なにしてるの?」 「うん、ちょっと、ね」「ねー♪」 おばさんとヴィヴィオは、笑って顔を見合わせます。 「そうそう三人とも、今渡したものは、仲良く分けあうこと。独り占めしちゃ、ダメよ?」 「うん、もちろん!」「はーい!」「わかったのー!」 「うふふ、良いお返事だわ。――あら、もうこんな時間」 リンは残念そうに時計を見て、言った。 「じゃ、私はそろそろ行くわね」 「おばさん、またねー」「またねー」「きゃんでぃー、ありがとー」 子供達に手を振って、スーツケースを手にしたリン・ジャクスンに、 「あの、ジャクスンさん、お忙しい中でいつもヴィヴィオにお土産をありがとうございます」 なのはが声をかけ、礼を言った。 「良いのよ。好きでやっているのだから、気になさらないで」 リンははにかみながら、手を振って、 「あと、あの子のお話、もっと聞いてあげて。お仕事で疲れているかも知れないけど、 それが、家族というものだから。――もっとも、解ってらっしゃるでしょうけど」 「……はい、努力します」 なのははリン・ジャクスンを見つめて、頷く。 「ジャクスンさん、私の連れの双子にも、お菓子をありがとうございました」 なのはに続いて、クロが礼を言った。 「うふふ、本当に可愛らしいおちびちゃん達ね。あの二人は、ご家族、……ではないわね」 我ながら的はずれな質問だと思って、リンは苦笑した。外見から、解るではないか、と。 「ひょんなことから最近、共に旅をするようになりまして。色々、大変です」 クロも、微かに苦笑。 「でも、決して、嫌ではないのでしょう? あの子達の笑顔を見ていると、そう思えるのだけど」 「……たぶん、そうだと思います」 はにかみながら、クロは答えた。 リンは、「正直な人」と微笑む。 「本当、あなたにも会えて、ちょっと話もできて、良かったと思うわ。私こそ、ありがとう、クロさん」 「ジャクスンさん……」 「それにしても、この世界に来ると、いつでも新鮮な出会いが待ってる。特に人との出会いがね」 「そうなんですか」 「まるで、ターミナル駅みたいな世界だわ」 「ターミナル駅、みたい、な?」 「ええ、そうよ」リンはにっこりと微笑む。 「様々な世界から多くの人がやって来て、行き交って、また様々な世界に旅立っていくターミナル駅。 気付かなければ、ただすれ違うだけ。でも、ふと気付いて話してみれば、更に世界が広がっていく、 自分の世界が更に広く、――そんな出会いのある、ね。だから、この世界に来ることが、例え仕事でも楽しくて仕方ないの」 「はあ……」 「だから、あなたもこの世界を思い切り楽しんじゃいなさいな。そうすれば、世界の広がった自分に、出会えるわ、きっと」 そして、なのは達にそっと目をやって、クロに戻す。 「あなたと彼女達との出会いは、きっとそういうこと」 「……できるでしょうか、私に」 「それもまた、旅をすることなのではなくて?」 言われてクロは、はッ、となった。 「解りました、せっかくですし、私も楽しんでみましょう」 「それが良いわ」と、微笑んで 「じゃあ、本当に時間だから」 なのは達に手を振り、 「あの、ジャクスンさん、明日のインタビューの相手って、誰ですの」 はやての問いかけに、 「スカリエッティ容疑者よ。彼直々の指名なの」 肩を軽くすくめて、はにかみながらリンは言った。 驚く一同に、目もくれない様子で、 「それじゃあ、また会いましょう、皆さん。それと、棺を担いだ黒い旅人さんと、そのお連れの可愛いおちびちゃん達の旅が、 幸せに満ちたものであることを、お祈りしているわ」 そう言って、リン・ジャクスンは駅舎の奥に、スーツケースを手で押ししつつ、消えていった。 「何か、不思議なというか、面白いというか、そんな人だったな」 しみじみと、センが呟く。 「歩く好奇心の塊、みたいな人ですから」 「おい、シャマル、良いのかそんなこと言って」 「そう言うヴィータちゃんは、今どんな顔をしているのかしら、ふふ」 「ま、言わなくても解るだろ、へへ」 「何となく、シャマルさんの言われたことも解るような気がします」 「あと、世話好きなひとでもあるんよなぁ」 「だよねぇ」 「あと、おかしくれた」 「とってもやさしい、おばちゃん」 「だよね、ヴィヴィオのことも、優しくしてくれるし」 「でも、私もキャンディー、欲しかったですぅ」 「ヴィヴィオやチビ達から貰えばいいじゃん。相変わらず、いやしんぼだな」 「それにしても、あのスカリエッティ直々の、ですか」 「ホンマ、一流のジャーナリストって、すごいんやなぁ」 がやがやとその一画だけ、賑やかになる。 そして、クロはふと思った。 そう言えば、こんなに大人数で賑やかにおしゃべりするのって、どのくらいぶりだろうか。本当に久しぶりだ。そして、 「こんなにも楽しいもの、だったことなのに、……何で忘れてしまっていたのかな」 微かに、口に出していた。 「クロ」 センが声をかけた。 「あのマダムにも言われたろ。きっと、そう言うことなのさ」 そして、クロに顔を近づけて、 「楽しもうぜ、俺や、あの二匹みたいにな」 そして、 「もちろん、旅の目的を忘れない程度に、だけどな」 と付け加えて。 「……ああ、解ってる」 センにそう呟きつつ、 「だから、今はなのはさん達と、この世界を楽しんでみたい」 クロは、微笑んだ。 センは「もちろんだ」と言って、 「取り敢えずは、今晩、この世界の酒という酒を、浴びるほど飲んでやるぜぇ~~~ッッッ!!!」 「全く、センはいつもいつも」 クロは呆れ顔である。 「いつも二日酔いのコウモリを、介抱する身にも、なって貰いたいものだな」 「あっ、それは今回はシャマルすわぁ~ン♪にやって貰うから、無問題」 「ゑッ、決定事項なんですかッ!」 シャマル、あからさまに嫌そうである。 「ねえねえ、ヴィヴィちゃ」 「なに、ニジュク?」 「ぱーてぃ、って、たのしい?」 「楽しいよ」 「ねえねえ、ヴィヴィちゃん」 「なに、サンジュ?」 「ぱーてぃ、って、おもしろい?」 「もちろん、だって」 ヴィヴィオはにっこり微笑みました。 「ふくたいちょーやリインやアギトもいるしザフィーラもいるし、それに」 そして、がばっと二人を捕まえて、 「ニジュクとサンジュがいるもん、絶対、楽しいよ♪」 双子はそう言われて、「たのしみぃ♪」と、コロコロ笑ったのでした。 「さて、そろそろ電車が来る頃や、はよ切符買わんとな」 「そうですね、それでは私がみんなの分を、まとめて」 「シグナム、頼むわ」 一礼し、駅舎に入るシグナム。 「クロさん」 「はい、何でしょう、なのはさん」 「せっかくだし、この世界で欲しいものとか、食べたいものとかって、有りますか?」 「それは……」 特にありませんと言いかけて、止めた。そうだ、今はこの世界を楽しむと言ったばかりではないか。 「……ココア」「えっ?」 「この世界のココア、どんなものか、飲んでみたい、かな」 はにかむ、クロ。思わず、鍔で顔を隠す。 「ココア、ですか」 「ええ、割と、好きなもので。――あの、ここにはありますか?」 「ええ、もちろん。だって」 なのはが、言った。 「ここは、クロさんの世界に遠いようで、近いような世界ですから」 「……そう、でしたね」 そして、笑いあう。 「あーあ、何や、なのはちゃんは幼なじみを置いてけぼりにして。そのまんま、二人仲良うしてれば、いいんや」 「もしかして、はやてちゃん、妬いてるの?」 なのはがおどけた。 「んー……」 小さく唸って、突然、 「えッ?」「きゃッ!」 二人に抱きついた。 「私もクロさんと仲良うなりたいんやッ!」 そして「きゃっははッ」と笑った。 「もう、はやてちゃん」「あの、はやてさん」 「ええやろ? 絶対、楽しい筈やもん♪」 顔を見合わせる、三人。そして、 「にゃははは……」 「あっははは……」 「ふふ、全く、ふふふ……」 まるで幼い少女のように、笑いあったのだった。 陽は、更に傾きを増し、空は徐々に茜色に染まり始め、 「クロがあんな顔するの、何年ぶりだろうなあ」 センは、らしくない優しい笑みを、その顔に浮かべていた――。 旅を続けていると、誰でも必ず道に迷うもの。 そんな時は、素直に人に道を尋ねてみましょう。 強がって、恥ずかしがって、道を尋ね損ねて、道に迷うよりも。 「旅の恥はかき捨て」とは、つまりは、そう言うことなのでは、ないでしょうか。 『棺担ぎのクロ。リリカル旅話』 第三章・了 「おうっし、次はいよいよ酒が飲めるぞぉッ!芸のためなら、女房も泣かすんやッ! とにかく酒だぁッ! 酒だ酒、酒もってこぉ」 カッきぃぃぃぃーーーんんッッ!!「あーーーれぇぇぇ……」(キラン☆) 「……なぁ、本当に、良かったのか?」 おーけー、ぐっじょぶ、ヴィータ♪ 戻る 目次へ 次へ
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そうこうしている内に、田原が戻ってきた。彼の後ろでは、少女が無理やり手を引かれて嫌そうに身じろぎしている。 「待たせたな……」 「えらい早かったですね」 なにせ、あれからまだ十分と経っていない。事が事だけに、数十分は覚悟していた。 「娘さんですか? 八神はやて言います。教授にはお世話になってます」 「ああ、娘の舞だ……さあ、乗りなさい」 舞は特に何の変哲もない、黒髪で大きな瞳の少女。美人の部類に入るだろう。 もっと不良然とした少女を想像をしていただけに、はやてにはとても放火を起こすような娘には見えなかった。 「よろしく、田原……舞ちゃん?」 「柏木! 舞です」 苗字を強調すると、舞は運転席の後ろに乗り込んだ。田原も溜息を吐いて隣に続く。 「それじゃあよろしく頼む。最寄りの駅まででいい」 シグナムはナビで場所を確認すると車を発進させた。ここからなら、車で十分も掛からない。 はやては胸を撫で下ろした。この窮屈な空気が短時間で終わってくれるからだ。 移動中も田原親子は会話もなく、険悪な空気をこれでもかと放っている。 何故苗字が違うのかなどと、とても聞ける雰囲気ではない。 「いつからだ。今日が初めてじゃないだろう」 「だから何度も言ってるでしょ! あたしが気づいたら目の前で燃えてたって! 火なんか絶対に点けてないんだから!!」 「それはわかってる!! いつからだ? 意識なく行動するようになったのは」 はやてからすれば意味がわからない会話だったが、舞が嘘を吐いているようには見えなかった。 当の舞はもっとわからないらしく、一時戸惑っていたが、すぐに目つきは鋭いものに変わる。 「……珍しいですね、あなたがあたしの心配するなんて。……雪でも降りそう」 「以前にも同じことがあったのか?」 「……何か変なものでも食べたんですか?」 敬語は使っていても、そこに敬意は微塵も感じられない。他人同然か、それ以上に警戒しているのがありありと見て取れた。 これでわかった、舞は田原を父親として見ていないのだ。 「話を聞きなさい!!」 「っ……触んないでよ!!」 握り続けていた右腕を揺さぶる田原を、舞は力ずくで振り解く。その時覗いた舞の右手首には、白い包帯が巻かれていた。 「落ち着いて下さい! 舞ちゃんも!」 はやてが仲裁して、どうにか二人は落ち着いたらしい。と言っても、騒いでいたのはほぼ一方的に田原だったが。 互いにそっぽを向いて黙り込む舞と田原。それでも、窓を開けて外を眺める姿勢が同じなのはやはり親子である。 二人を乗せたことを、はやてはほんの少しだけ後悔し始めていた。 数分で終わるはずだった気まずい相乗りは渋滞に巻き込まれて、まだ暫く続きそうだった。 申し訳なくてシグナムの顔も少々見辛かったので、二人と同じく窓を開けて頬杖を突く。すると、 「あれー、舞!?」 「運転手付き? セレブじゃ~ん!」 舞と同じ制服の少女が二人、こちらに向けて手を振っている。一人はポニーテール、もう一人は眼鏡の少女。 舞ははやてが制止する間もなく、渋滞で一時停止していた車から飛び出すと、 車と車の間を縫って少女達に駆け寄った。 「いいの?」「全然平気」などと談笑しながら、共に歩き去っていく。 「いいんですか……?」 はやてが後部座席の田原を振り返ると、田原は渋い顔で一言、 「構わん……」 と言うと、腕を組んでまた黙ってしまう。 一人減っても雰囲気は変わらず、はやてはその後十五分あまりを無言で過ごした。 田原を駅で降ろしたはやては、ようやく肩の荷が下りた気分だった。 緊張が解れてシグナムと雑談に興じていたが、ふと大事な用件を思い出す。 「あ、シグナム。悪いんやけど、翠屋で降ろしてくれるか?」 「はやて、それなら今日は夕食は……」 「うん、多分食べてくると思う。私だけごめんな、ヴィータには言うてあるから」 「私も行きたいのはやまやまですが……」 「シャマルが今日は遅くなるもんな。ヴィータとザフィーラだけにするんも寂しがるやろうし、 シャマルが帰った時、誰もおらへんかったら可哀想やし……」 少々申し訳なく思っていた。二人は働き、ヴィータは家事をこなし、 ザフィーラも獣の姿で家を守ってくれている。そんな中で、はやてだけが旧交を温めに行くのだから。 それからは他愛のない会話が続く。大学、シグナムの仕事、休日に出かける相談――ヴィータの今後についても話した。 大人の二人とは違い、ヴィータは子供の姿である。学校に行く選択肢もあったが、相談した結果止めておいた。 過去に管理局に用意してもらった戸籍では、彼女は来月には十八である。色々と面倒もあるだろうし、 流石にあの容姿で高校生は無理がある。 となれば見た目を年相応に変えるしかないが、彼女ら魔法生命体は何か不測の事態が起こった時、 この世界では対処の仕様がない。この世界ではデバイスの整備がせいぜいなのだ。 基本的に不必要でもあった為、なるべく影響を起こさないよう、魔法の使用は控えるようになっていた。 杞憂かもしれないが、命に直結するとなれば用心に越したことはない。 加えて、学校に行くのをヴィータが渋ったというのもある。最近は遊んでいた老人達と会う回数も少なくなっていた。 魔法の件もあるので、"発育不良の十七歳"で押し通しているらしいが、露骨に怪しまれているらしい。 それに、十年もあれば目に見えて数も減っていく。それが辛くなってきたのだとか。 暇を持て余したヴィータは、率先して家事をこなすようになった。一端の主婦としてはまだまだ修行中ではあるが、 熱心にやってくれている。が、やはり知り合いがなのは達しかいなくなるのは可哀想だ。 何かそのままの姿のヴィータにできる仕事があれば一番いいのだが。拘らず、詮索せず、 幼女が十八歳だと名乗っても怪しまず雇ってくれる、そんな職場が。 しかし、そんなファンタジーな設定を受け入れてくれる職場は、相当怪しい仕事くらいだろう。 (別にきっちりした会社とかじゃなくてもええんやけどなぁ。危険やないならどこでも……) 最大の問題はあの容姿である。あれで十八歳と言って信じてくれる人間は現実にはいないだろう。 それで通るのはフィクションの世界だけだ。 ファンタジー、フィクション――漫画、アニメ、ゲーム、小説等々。 以前すずかの家に遊びに行った際に読んだ本が頭に浮かぶ。 『薔薇のなんとか』いうアニメ原作のサーカス漫画だったと思うが、 その作品では十代前半にしか見えない少年が二十歳と書かれていた。 そういえばベッドの下にあったゲームもそう、確か彼女が中座した時に漁ったものだ。 児童とも呼べる容姿の美少年が裸で絡み合っているパッケージだったが、なんと全員十八歳以上らしい。 意外な抜け道があるものだと思い、そっと元の位置にしまっておいた。 そこではやては唐突に閃いた。意外なところに発見はあるものだ。 それはまさしく意外な抜け道であり、閃いた瞬間はある意味目の覚める思いだった。 (そうや! マンガやアニメ、ゲームなんかにどっぷり嵌った人間が職場におったら或いは――!) 「…………ハッ」 拳を握って数秒、本当の意味で目が覚めたはやては、冷めた目で自嘲した。 馬鹿馬鹿しい。少し冷静に考えればそんな馬鹿げた職場があるはずないのだから。 なのはとフェイトの件、ヴィータの件、自分自身の件――はやての抱える悩みは多い。 それに比べて、田原と舞の確執などは自分が口出しすべきではない。わかっていても、何故か頭から離れなかった。 シグナムに手を振って別れたはやては、翠屋の扉の前で固まっていた。もうなのはもフェイトも来ている頃だろう。 談笑しているだろうか、はたまた気まずい雰囲気が流れているだろうか。 しかし立っていても仕方がない。まずは大きく深呼吸、はやては意を決して扉を開いた。 「こんにちはー……」 そっと覗き込んだつもりが、カランカランとベルが鳴り、カウンターにいた三人が振り向く。なのはとフェイト、そしてもう一人、 金髪を後ろで束ねた眼鏡の青年。はやてには、その青年が誰か一瞬わからなかった。 「……ユーノ君?」 「はやて、久し振りだね!」 ユーノは椅子から飛び上がりそうな勢いではやてに駆け寄り、右手を差し出した。はやても少し戸惑いがちに握手を交わす。 「はやては変わってないね」 「ユーノ君も……ごめん、一瞬誰かわからへんかった」 「ひどいなぁ」と言いつつも、ユーノは破顔している。 昔馴染みの気安い雰囲気がそこにはあった。特に最近はなのはやフェイトとギクシャクしていた為、喜びもひとしおである。 「だってユーノ君、三年前は眼鏡してへんかったし、髪も短かったし」 「うーん、仕事のし過ぎかな。髪はなかなか切りに行く暇がなくて」 「へぇ、大変なんやね」 立ったまま二、三言交わしていると、カウンターの士郎に席に促された。横では桃子が優しげに微笑んでいる。いつもの翠屋の光景。 なのは達はまだぎこちなさを感じさせるが、ユーノとの再会を喜んでいるのは同じらしい。一週間ぶりに笑顔を見せていた。 「李君、コーヒーお願い」 「はい、かしこまりました」 はやてが注文したのは、李舜生〔リ・シェンシュン〕。最近翠屋にアルバイトに入った留学生である。 日本語の発音や文法は、日本に来て間もないのに怖いくらい完璧。 人のいい純朴といった感じの好青年なので、今ではすっかり馴染んでいた。 「ユーノは今何処で働いてるの?」 「今年からは東京だよ。多分暫くはいられるんじゃないかな?」 「ほんと? じゃあ、これからはユーノ君と簡単に会えるね」 「できればそうしたいけど、なかなか時間が取れないかもしれないなぁ。なんせ今日まで休みが取れなかったくらいだし」 「やっぱり仕事が忙しいん? 確かゲート関係の施設としか聞いてへんけど……」 「お待たせしました」 李がはやてにコーヒーを差し出す。はやてが言い終えるのとほぼ同時だった。 それから李は、はやて達――厳密にはユーノの前でニコニコ笑いながら立っている。 「そういえばユーノ君……。ゲートとの関係……何かわかった……?」 次におずおずと話題を切り出したのは、なのはだった。不自然でないタイミングを計っていたのだろうが、 フェイトがピクリと反応したのを、はやては見逃さなかった。 ゲートとの関係――勿論、次元世界との隔絶の原因だろう。まさかこんなところで聞くとは、はやても想定していなかった。 チャンスはここしかないと判断したのか、それとも事情を知らない人間がいなくなるまで待てなかったのか。 ともかく、ユーノの答えは容易に予想できた。 「あー……ごめん、なのは。仕事についてはちょっと話せないんだ。守秘義務って言うか企業秘密って言うか……」 「あ……あはは、そうだよね。ごめんね、私ったら……今の忘れて?」 ユーノが困り顔で答えると、なのはは両手を胸の前でパタパタ振って誤魔化す。明らかに不自然な仕草は、落胆ぶりを隠せてはいない。 考えてみれば当然なのだが、それすら気付けなかった自分が余程恥ずかしかったのか、頬が僅かに赤らんでいた。 だが、これでこの話題は流れる。楽しくお喋りが続けられる。そう、はやては安心しかけた。がしかし、 「なのは、ユーノとは久し振りに会ったのに、いきなりそんなこと言うなんてちょっと酷いと思う。ユーノはなのはのスパイじゃないんだよ?」 フェイトの一言で場の空気が凍りついた。 「フェイトちゃん」 はやてが仲裁に入るが、フェイトは涼しい顔でジュースを啜っている。 「私がユーノ君をスパイだと思ってるって……フェイトちゃん、それどういうこと?」 なのはが立ち上がる。低く落とした声には静かな怒りが感じられ、それが逆に怖い。 ユーノには何が何だかわからなかったが、今にもなのはがデバイスを取り出しそうな雰囲気だけは感じていた。 「そのままの意味だけど」 フェイトが更になのはを煽り、それを見たはやては深く溜息を吐いた。 何故こうなるのだろう。ただでさえ今日は気分が悪いというのに。 付き合いきれなくなったはやては、早々に仲裁を放棄した。 「フェイトちゃ――」 「なのは」と、なのはが爆発する寸前でユーノは彼女の名前を呼んだ。 はやてが言わないなら、もう自分が言うしかないと思った。そもそも二人が険悪になっている理由はわからない。 だが、なのはの管理局と魔導師という立場に対する固執だけは、先の一言でわかった。未だ根強く残っているどころか、むしろ以前より強くなってさえいる。 フェイトの一言でここまで怒っているのも、図星を指されたからだ。 ユーノは予てからなのはに言おうと思っていた。もしも彼女が今も囚われたままなら、今日こそ言おうと考え続けていた。 (これを言ったら確実に嫌われるだろうなぁ……) そう思いながらも、ユーノは言わざるを得なかった。曖昧な言葉では、彼女を納得させるには至らない。どうにかここで踏み止まってもらいたかった。 「なのは、もういいんじゃないかな……」 「……どういうこと?」 「もう、いつまでも"あそこ"に拘らなくってもいいんじゃないかな……って」 "あそこ"とは、言うまでもなくミッドチルダ及び時空管理局である。 なのはの頬がみるみる紅潮する。それもそうだろう、これまでユーノはなのはの理解者を気取ってきた。 そのユーノの口から諦めろと言うのは、彼女にしてみれば裏切りと思うかもしれない。 そして案の定、なのはは感情を露わにした。だが、ユーノも退く訳にはいかなかった。正面からなのはの目を見据えて、視線を受け止める。 「なんで? なんでユーノ君までそんなこと言うの? このままじゃユーノ君の故郷にだって帰れないんだよ!?」 「ゲートに首を突っ込んで、危ない目に会ってほしくないんだ」 これには、現に首を突っ込んで奇妙な体験をしたはやてもこっそり俯いた。やはり、あれは人の手に負える代物ではないのかもしれない。 なのはの望みはユーノも知っている。ユーノなら、なのはが強く頼めば多少の情報漏洩は辞さないかもしれない。 それでも隠すならつまり、欠片でも触れるのが物騒な情報なのだ。 「僕はゲート関連の施設の職員で、ゲートに関する機密情報も握っている。だがそれをここで話せば、君やおじさんおばさん、 フェイトとはやてには何らかの措置が取られる可能性がある」 ユーノは流石に声量を落とし、なのはやフェイトだけに聞こえる声で話す。士郎も桃子も、ユーノからやや離れた所で作業中。 店がさほど広くないとはいえ会話は聞かれないだろう。 だがこの時、ユーノの正面、カウンターの下に屈んでいる李舜生にユーノは気付いていなかった。 ユーノは口に出す一言一言まで気を遣っていた。『ゲート関連の施設職員』だの、『何らかの措置』だの、中途半端にぼかした、 はっきりとしない物言い。ユーノが警戒しているのが、自分達だけではないのは明らか。 盗聴器の類か、それともこの中の誰かが――店内にまだ残っている数名の客を、なのはは見回した。誰も平凡なカップルや学生であり、 とてもユーノをつけているようには見えない。 フェイトはというと、表面上は神妙な顔でユーノの話に耳を傾けていたが、その実、心臓の動悸は激しくなる一方だった。 まさかユーノも、こんなところで重要な機密を話したりはしないだろう。それならなのはには危害は及ばない。しかしユーノは違う。 詳細を話さなくとも、情報を握っていると公言している。それだけでも、情報を欲する人間にはユーノを狙う動機になる。 本当なら匂わせただけでも――職員であると名乗ることすら危うい。情報を狙う輩はユーノを攫ってでも情報を吐かせるだろうし、 どんな残虐な方法も厭わない。リスクとリターン如何によっては、それを躊躇せず、顔色一つ変えずに実行する人種をフェイトは知っていた。 それを誰より知っていているユーノが、何故敢えてそんな馬鹿な行動に出たのか。 決まっている、なのはを納得させる為だ。フェイトはそこにユーノの覚悟を見た。 ユーノとしては、どんな手を使おうとも、自分からは絶対に情報が漏洩しない確信があるからこそ言えたのだが、フェイトには知る由もない。 「なのは、僕は……君をとても強く賢い娘だと思ってる。人助けがしたいなら、きっと何だってできる。 僕の知ってるなのはは勇気の塊みたいな娘だ。なのに、今の君は自分で可能性を閉ざしてるように思う」 伝わってほしい――フェイトは切に願った。リスクを背負ってでも伝えたいというユーノの想いが、どうかなのはに届くように。 なのはは大勢の視線を受けて俯きながらも、振り解くように声を絞り出した。 「そんな……そんなお説教聞きたくない!!」 「なのは……」 再度張り上げたなのはの叫びで店内はざわつき始める。士郎も桃子も、何事かとなのはを窺っている。 「ユーノ君にはわかんないよ!! 絶対にわからない!! "この世界の人"じゃないのに、ユーノ君は一人で自分の道を決めて進んでる。 凄いと思うよ……でも、でも私には"魔法"しかないから……!」 これまで伏せていたキーワードも、なのははあっさりと吐き出してしまった。いつの間にか近くにいた李や 周りの客達は、突然の騒ぎと『魔法』という単語に怪訝な様子で首を傾げている。 フェイトがギリッと歯を噛み鳴らす。自分はなのはが何も知らないことを望みながら、何も知らないことに激怒している。 酷い矛盾だと思うが、それでも許せなかった。 フェイトも間髪入れずに立ち上がり、負けじと大声でなのはに怒りをぶつける。 「なのはのバカ! ユーノがどれだけ大変だったか知ってるくせに! じゃあなのははユーノの気持ちをわかってるの!? ユーノが誰の為に――」 「フェイト!!」 またしてもユーノが言葉を遮った。フェイトには悪いと思ったが、それだけはなのはに知られたくなかった。 ――僕は君の為にゲートの研究機関に入った。その為に色んなものを犠牲にして、何度か危険にも飛び込んできた。 だから信じて待っていてほしい。 そう言えば彼女は思い直すかもしれない。だが、言えるはずがない。 不連続な時空間。ランダム且つ恣意的に捻じ曲げられた物理法則。およそこの世のものとは思えない、切り離されたある種の異世界。 十年間、世界中で選りすぐりの頭脳が研究に研究を重ねてなお正体にまで至らず、その尻尾すら掴めていない。ゲートとはそんな怪物なのだ。 その謎が解明できるのは何年後だ? 世界の壁を取り払う方法が見つかるのは? その時自分となのはは何歳になっている? 何の保証もなく、一生懸けてもわからないかもしれない。 知れれば確実に、なのはに重荷を背負わせる。自らの意思で決断しなければ、これからもなのはは苛まれ続けるだろう。 後悔する度にユーノを理由に納得し、そしてまた後悔、その繰り返しだ。それはユーノにとっても、おそらくなのはにとっても、死と同等の苦しみだと思った。 或いは、それでもなのはが考えを変えなければ――それは即ちユーノ・スクライアとは、 なのはにとってその程度の存在だという証明に他ならない。それが怖くもあった。 矛盾している。嫌われてもいいと覚悟して苦言を呈したつもりでも、そこだけは譲れなかった。 それが男のプライドと言うには、些か陳腐なものだと自覚していても。 「いいんだ……」 諦観の混じった呟きを最後に、ユーノもフェイトも、誰もが続く言葉を失った。 十数秒、沈黙が流れる。残っていた僅かな客は居心地の悪さを感じてか、一人また一人と席を立ち始めた。 「……なのは、お客様のご迷惑だ。出ていきなさい」 沈黙を割って入ったのは士郎。その声は静かではあったが、確かな怒気が含まれていた。桃子を見ると、清算をしながら帰る客一人一人に謝罪している。 なのはは、急に自分が恥ずかしくなった。こんな公衆の面前で大声で喚き散らして、店に迷惑を掛けて。 ユーノの心からの忠告にも素直になれず、むきになって。 「~~~~!」 カァッと耳までが一瞬で朱に染まる。居た堪れなくなったなのはは身を翻して出口へ走り、客の横をすり抜けて扉を開け放つ。 「なのは!」 ユーノとフェイトが同時に立ちあがった。しかし、ベルを大きく鳴らして出ていったなのはを追い掛ける寸前で、 「君達、ちょっと待ってくれないか?」 士郎に呼び止められた。士郎は、空になっていたユーノとフェイトのカップにコーヒーを注ぐ。 「君達が行っても今のあの娘は頑なになるだけだ。あの娘もあの状況でここには居辛いだろう」 「でも……」 厳しくも優しい声音。遠くを見つめる目線。士郎とて、父として心配していない訳ではない。 ユーノ達が僅かに抗議の意味を込めて呟くと、士郎は軽く苦笑して李に振り向いた。 「李君、今日はもう上がっていいよ」 「あ、はい……」 「それと、もしも帰る途中で娘を見つけたら話し相手になってやってほしい。君が良ければ、だけど。 多分、君くらいの距離がちょうどいいんだろう。急がなくていいからね」 「はい」と快く頷いた李は、最後にユーノの方を一瞥すると奥に引っ込んだ。 「さて……何から話そうか」一息吐くと、数秒間士郎は口に手を当てて思案する。カウンターの隣に最後の客を見送った桃子も入る。 「君達がなのはと出会ったのは、なのはが魔法を覚えてからだったね。知らないかもしれないが、昔のあの娘は明るいには明るいんだが、 時にどこか遠い目をする娘だった。今思えば寂しかったんだと思う。でも、ある日からそれは劇的に変わった」 そうして士郎は、魔法と出会う前のなのはを彼なりの視点で語った。 士郎の言う通り、フェイトもはやても、魔法と出会ってからのなのはしか知らない。魔法を教えたユーノも同様、 なのはは明るく活発な娘だとしか思っていなかった。それ故に士郎の話は意外であり、新鮮だった。 「あの娘にとって魔法とは、ただの夢じゃない。自己の確立なんだ。ほんの一年程度なのに、いつの間にか自信の源、 自身の根幹を成すものにまで成長していたんだろうな。"胸を張ってこれだと言えるもの"を見失って、どうすればいいのかわからないんだろう」 「明るく繕った顔で私達には気を使ってるけど……まるで十年ちょっと前に戻ったみたいね……。ここは最近は特に……」 そもそもは私達の責任なのだけど、と桃子は悲しそうにつけ加えた。 「代わるものを見つけられなければ、十年経とうが二十年経とうが変わらない。最近、何か思い出す出来事があったんだろうね」 「それで……おじさん達はどう考えてるんですか?」 「相談してくるまでは様子を見る。昔ならいざ知らず、今のあの娘は十九だからね。こっちでも注意して見ておくよ」 「ユーノ君やフェイトちゃんが、何か話せない秘密があるのはわかるわ。あの娘がそれに関係してるのも。 だから、あなた達にできるやり方で助けてあげてほしいの……お恥ずかしい話だけど」 すると、フェイトとユーノはようやく緊張した表情を綻ばせ、 「はい!」 力強く頷いた。共に力を合わせてなのはを守ろうと、言葉にしなくても互いにそれは伝わった。 そして、そんな二人を尻目に、はやてが席を立つ。 「すいません……お会計お願いします」 会計をしようとしたが、コーヒー一杯だけならお詫び代わりのサービスだと士郎に断られた。 「ごめんな……フェイトちゃん、ユーノ君。私ちょっと体調が悪いんで帰る……」 はやては二人を振り向かなかった。力ない足取りで、静かに扉を開けて去っていく。 その時、はやての胸の大半を占めていたもの――それは疎外感。なのはを想うあまり、ユーノもフェイトもそれに気付かない。 はやてには話せない共有の秘密。はやてを気遣っての行為だと理解していても、一抹の寂しさは拭えなかった。 どんな理由であっても、輪から外されたという点では同じ。 なのはの為に――その一心で通じ合った絆。はやては、そこに加えられないと言われたも同然だった。 見送る二人は、その寂しげな背中の意味を、隠されたはやての心中を察するまでには至らなかった。 外は薄暗く、街灯には既に光が灯っている。翠屋の付近に停まったタクシーから出てきたのは、黒のスーツに赤のネクタイと青のシャツ、 サングラスを掛けた黒髪の男。この街、この時間には似つかわしくない姿の男。 彼は料金を払うと、大きく深呼吸して街の空気を胸に取り込む。この街も、この店も変わっていない。 一人しみじみと、思い出を振り返って感慨に耽った。 ふと横をすり抜けた少女に視線が移る。髪型も昔と同じ、おそらくは見知った少女だろう。俯いた表情は窺えないが、心なしか泣きそうに見えた。 「はやて――」呼び止めようとした瞬間、胸元の携帯電話が震えた。 無視しようかとも思ったが、番号を見てそうもいかないと思い直す。 「はい、クロノです。ご無沙汰しております。今、実家の方に荷物を片付けてきました。お言葉に甘えて一日休みを頂き、明後日、改めてご挨拶に伺います」 「(遠路遥々ご苦労だった、クロノ・ハラオウン。久々の日本はどうだね? 私は時差ボケで難儀しているよ)」 挨拶を終えるなり軽いノリの中年の声。通話の相手はクロノの直属の上司、ディケイドである。クロノも彼に付いて日本に滞在する予定になっていた。 「契約者は風邪を引かなければ、花粉症にもならない。つまりそういうことです」 「(では時差ボケにもならないと? ハハハッ、それは羨ましい限りだよ)」 「どの道、私は慣れていますから」 世間話に応じつつもクロノは軽く流した。するとディケイドもそれを察したのか本題に入る。 「(そうか、そうだったな。ところで、君は他のメンバーとは既に顔見知りだったかね?)」 先に日本を訪れているディケイドに遅れる形で、クロノは数年振りに日本の土を踏んだ。 イギリスでの残務に時間を取られ、今後共に行動する予定のメンバーとも別行動である。 「ジャックとは数年来の付き合いですが、『ジュライ』や『エイプリル』とはまだ……」 「(そうか、彼ら三人は現在東欧に向かっている。いずれ日本に来るのを楽しみにするといい。 長旅で疲れたろう、ゆっくり休みたまえ。これからよろしく頼むよ、『ノーベンバー11』)」 どうせ電話口ではわかるまいと、クロノは顔をしかめた。 その呼び名はあまり好きではなかった。所詮は借り物のコードネーム、その功績の殆どは自分で勝ち得たものではないからだ。 「失礼ながら、今はプライベートです。それに……紛らわしいので私の方はクロノでお願いします」 そう言うとディケイドは気分を害した様子もなく、軽く笑って通話を切った。 クロノは堅物だと皆に思われている。からかったつもりなのだろう。それを知っていながら、自然とこういった返事をしてしまうあたり、 そのイメージはあながち間違ってはいないのかもしれない。 クロノは翠屋に向かいながら、そんな割とどうでもいいことを考える。はやてらしき少女は、もう近くにはいなかった。 太陽が沈み、代わりに顔を出すのは偽りの星。遮る建物のない公園では、見上げると今にも落ちてきそうな星空が広がる。 この空は嫌いなのに、なのはの脚は不思議とここに向いていた。ここは千晶と初めて出会った場所。 ほんの一週間前なのに、随分と昔に思える。それくらい彼女と出会ってからは驚きの連続で、怒涛の二日間だった。 (そういえば李君とちゃんと話したのもここが初めてだったなぁ……。あの時は匿う為とはいえ、突然キスされて思わず殴りそうになったっけ……) しかし、あの後李は何の関係もない千晶の為に力を尽くし、我が身も顧みずに契約者という異能者から千晶を守った。 その点では、自分よりも余程強く正義感がある。純朴な見かけによらない彼の勇気をなのはは高く評価していた。 彼のアパートで無様な泣き顔を見せて以来、李とはあまり話していない。契約者の存在を李も知ってしまっているだろうが、 彼からは何も言わないし、なのはも口にしなかった。 「あ……星が……」また一つ流れた。 何処かで契約者が死んだ。この星の一つ一つが契約者の命。だからこそ、こんなに美しいのだろうか。だからといって好きにはなれない。 真実を知ってしまったからには、もう星を眺めて喜んだり、流れ星に願いを込める気にはなれなかった。 なのはは暫く星を眺めていたが、背後から不意に草を踏む音がした。茂みを掻き分け、誰かが近づいている。 「誰……?」と警戒態勢を取りつつ、なのはは暗闇に問い掛ける。 「なのはさん……ですか? 李です、やっぱりここにいたんですね」 暗闇から姿を現したのは李だった。服装はいつもの様に白いシャツにジーンズ、緑のパーカー。 「李君……? もう、びっくりしたよ」 「すいません、驚かせてしまって……」 李は軽く頭を下げると、何も言わずになのはの隣に立った。街の空気から隔離された夜の公園、その中心に二人はいる。動くものも話すものもなく、 偽りの星だけが煌めいている。それは不安を煽る沈黙ではなく、風を感じながら眠れるくらい落ち着いた、不思議と心安らぐ静寂。 なのはが芝生に腰を下ろすと、李も隣に座った。 「李君……今日はごめんね、みっともないとこ見せちゃった……」 「気にしないでください、僕も早く上がれましたし」 膝を抱えたなのはは李を見ない。正面斜め下、闇の中で揺れる芝に視線は向いていたが、その目は何も見ていなかった。 「私ね、ちっちゃい頃から夢があったんだ……。その頃はまだ可能性の一つとしか考えてなかった。でもゲートが出来た日、それは消えてしまった……」 胸の内にあるあやふやなものを言葉に変換し、紡いでいく。懐かしむように、慈しむように、ゆっくりと。 目を細めたなのはの横顔は、笑顔にも泣き顔にも見えた。 「無くなってから気付いたんだ。私には他に自慢できるものがないってさ。勉強は割と出来たんだけどね、ほんとそれだけで……。 他にも道はたくさんあるってわかってる。でもね、何かが見つかりそうな直前で取り上げられた気がして……」 未だに伸ばした手を引っ込められずにいる。 ユーノはなのはを勇気の塊と評した。 なのはに言わせれば、それは正解であり誤りでもある。間違っていて合っている。 「ユーノ君の言葉の意味、本当はわかってる……」 十年前のどの戦いにおいても、ただの一度だって諦めなかった。戦うことも、想いを伝えることも、誰かを救うことも。それだけは誓って言える。 でも、彼の言いたかったのはそうではない。その対極なのかもしれない。 「私には……諦める勇気が無い……」 十年とは短いようで長かった。少なくとも、がむしゃらに突っ走るだけの少女が、大人の思考で物事を考えるようになる程度には。 「皆は未来を見て進んでる。でも、私だけ大人になりきれてない。ユーノ君達に置いていかれてるみたい」 失ったものは時間が経つにつれ、美化されていく。手に入らないもの程、欲求は強くなる。 それを踏まえても、自分が誇れる魔法を思う存分揮え、誰かを救える魔導師の道はこの上なく輝いて見えた。 「そのせいでお父さん、ユーノ君、フェイトちゃんまで怒らせて……情けないよ」 最後の言葉は、膝の間に埋めた顔からくぐもって発せられた。 なのはは黙って李の顔を窺った。その間も不安で体が強張り、緊張で喉が渇く。 何を言ってほしいのだろう? どんな言葉を期待しているのだろう? 慰めてほしいのか、責めてほしいのか、自分でもわからない。 友人と呼ぶにはまだ微妙であり、明らかに他人ではない。魔法の秘密は共有していないが、契約者の秘密は共有している。 そんな彼なら何か――そんな甘えを抱いていた。 「そうでしょうか? きっと怒ってなんかないと思います」 数秒と待たず、返事は返ってきた。李がよく見せる、優しい微笑みと共に。 「ほんとに……?」 「少しはそうかもしれませんけど、それだけならあんな風に言いませんよ」 「そう……なのかな」 「逆です。みんな貴女を心配しているんです。諦めろって言ってるんじゃない。前と後ろ以外にも、 周りと自分を見て考えてほしいって……そういうことだと思います」 流暢に語られるのは、聞こえのいい言葉を適当に繋ぎ合わせた綺麗事。被った仮面を上滑りしていくのは、中身も根拠もない慰め。 自分で自分に呆れながらも、生憎それに痛む心も持ち合わせていない。 叱るという行為は、本心から相手を想いやっていないとできない。それ故に、李にできるのは甘い励ましだけ。だから李はこう言うのだ。 「大丈夫、誰もなのはさんを置いて行ったりしませんよ。千晶さんも……貴女が優しいから、心配だから関わらせたくなかったと言ってました」 「千晶さんが……」 眉一つ動かさずに吐いた李の嘘の中で、最後の言葉だけは唯一の真実。 それは厳密には千晶でなく、千晶の姿と記憶を借りたドールの言葉。千晶の真意など、今となっては知る術もない。それでもその言葉を選んだのは、 そう思いたいからだろうか。あれは自分となのはが救えなかった、日常に帰してやれなかった哀れな人間だと。 「ありがとう……李君……」 李が言い終えると、なのはは心なしか涙ぐんでいた。嬉しいとも悲しいともつかない顔で立ち上がり、李から目を逸らす。 「私……そろそろ帰るね。お父さんとお母さんと……ユーノ君に謝ってくる。それと……フェイトちゃん……にも」 李は僅かに戸惑っている様子だが、なのは自身、感情の整理はついていなかった。ただ、千晶の名前を聞くと涙が零れそうになった。 それを隠そうと、なのはは李に背を向ける。 まだフェイトに謝る決心はつかないが、ここでこうしていても始まらない。励ましてくれた李に応えるなら、まずは酷いことを口走ってしまったユーノと、 営業妨害をした両親に謝ることから始めよう、と。 魔法という単語を、李も翠屋で聞いていたはず。なのははぼかして話したつもりだったが、内心では問い詰められるのではないかと恐れていた。 聞かれなかったのか、敢えて聞かなかったのか、どちらにせよ嬉しかった。父に言われたのかもしれないが、こうして来てくれて、話を聞いてくれたことが。 「おやすみ、李君」 「おやすみなさい、なのはさん。僕はもうちょっと風に当たって帰ります」 笑顔で手を振って別れる李となのは。去り際になのはが振り向くと、李も手を振った。 家路を歩きながら、なのはは胸の痞えが和らいだのを感じていた。それもこれも李のおかげであった。 李との距離がまた少し縮まった。そう感じると同時に、なのはは改めて、李とは根っからのお人よしであり信頼できる人物だと思った。 もっとも、本人の前では照れ臭くて言えなかったが。 なのはが去った後、李は近くの木に背中を預ける。 ここに来た時からずっと、話している間も絶えず視線を背中に感じていた。敵意や殺意の類ではなく、気配は木の上から、となれば心当たりは一つしかない。 邪魔者のなのはが早々に立ち去ってくれたのは僥倖と言うべきか。 「相変わらず女を口説くのは上手いんだな。よくあんなにスラスラと言葉が出てくるもんだ」 「猫〔マオ〕か……」 頭上から低い中年男の声。枝の上に目線だけを移すと、李を見下ろしていたのは一匹の黒猫。 コードネーム、猫――動物への憑依を能力とし、チームの情報の集約や伝達を担当する。当然彼も契約者である。 「仕事だぜ、黒〔ヘイ〕。マイヤー&ヒルトン社の社員が二人、新宿のホテルに入った。 連中の狙いの人物は、どうやらあの娘の友達と関係があるみたいだな」 一瞬で李の顔から薄っぺらな笑みが消える。目が据わり、瞳からは光沢が失せる。 そこにいるのはもう、朴訥で気の優しい留学生、李舜生ではなかった。 黒の死神、メシエ・コードBK201、様々な通り名で呼ばれる彼本来の顔。 高町なのはを一度は下した冷徹な仮面の契約者――コードネーム、黒。 黒は李の仮面を脱ぎ捨て、新たに仕事用の仮面を心に被せた。 戻る 目次へ 次へ
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12月2日、時空管理局本局にて。 「いや、君のケガも軽くてよかった」 本局の医務室から黒髪の少年『クロノ・ハラオウン』が出てくる。 遅れて出てきたのはフェイト。シグナムやマジンカイザーとの戦闘のせいか、左腕に包帯を巻いている。 心配をかけてしまった。そう言いたげな表情をするフェイト。そして申し訳なさそうに謝罪した。 「クロノ……ごめんね、心配かけて」 その言葉にクロノは一瞬きょとんとし、そして笑って答えた。 「君となのはでもう慣れた。気にするな」 それから少し経った頃の別の医務室では、なのはが医者から検診を受けていた。 管理局の医療用装置がなのはに光を当て、その光の動きに合わせて表示されたグラフが変動する。 なのはの現状がどんなものかの結論を出したのか、しばらくそれを見ていた医者が装置を止め、笑顔で状態を教えた。 「さすが若いね、もうリンカーコアの再生が始まっている。 ただ、少しの間魔法がほとんど使えないから、気をつけるんだよ」 「あ、はい。ありがとうございます」 とりあえず、特に深刻な問題と言えるようなものは無いようだ。あるとしても、魔力を奪われたことでリンカーコアが縮小し、それが原因で少しの間魔法が使えないことくらいか。 そしてその縮小自体もマジンカイザーの妨害があり、大した量は奪われていない。これならば回復もすぐだろう。 ……と、ドアの方から開閉音。その方向を見ると、フェイトとクロノが来ていた。目的はなのはの見舞いである。 「ああ、ハラオウン執務官。ちょっとよろしいでしょうか?」 「はい、何でしょう?」 医者がクロノに用があるを言い、クロノはそれに答える。 すると医者はクロノを外へと連れ出した。せっかくの友達同士の再会を邪魔しては悪いと思ったのだろう。空気が読めていて何よりである。 そして医者が告げた内容……それは大いにクロノの興味を引くこととなった。 「実は、例の時空遭難者が先ほど目を覚ましました。今はハラオウン提督が話を聞いているようです」 第三話『魔神と魔法』 時間は少しだけ遡る。 なのはやフェイトがいた所とはさらに別の医務室。甲児はそこで目を覚ました。 困惑の表情をし、あたりを見回す。どうやら状況が理解できていないようだ。 「ここはどこだ?俺は確かカイザーであしゅらを倒して、それからDr.ヘルの所に乗り込んだはずだってのに……」 頭に疑問符を浮かべ、記憶を掘り返す甲児。だが、どんなに思い出そうとしてもDr.ヘルが脱出し、自身も地獄島の爆発の中マジンカイザーに乗った所までしか思い出せない。 もっとも、そこから先は気絶していたのだから覚えていないのも無理は無いが。 そして今の訳が分からない状況は、甲児にある突拍子も無い結論を叩き出させた。 「まさかあの爆発で異世界にでも飛んじまったとか……そんなわけねえか」 「いいえ、残念ながらそのまさかよ」 最も可能性の低いであろう結論を肯定され、驚いてその声の方向へと振り向く甲児。 その方向にいたのは、クロノの母であり時空管理局提督でもある女性『リンディ・ハラオウン』である。 ちなみに外見年齢は甲児と大して変わらないため、甲児は同年代かそれより少し上くらいだと勘違いしているようだがそれはまた別の話。 「……あんたは誰だ? それにここは一体……」 眼前に現れた人物へと質問する甲児。それに対してリンディも答える。 「私は時空管理局提督のリンディ・ハラオウンです。そしてここは、時空管理局本局の医務室。 あなたは次元震に巻き込まれて、なのはさん達のいた世界に飛ばされたのよ」 そう言うと、緑茶の乗った盆を近くの台に置き、甲児へと湯のみを差し出す。 甲児はそれを受け取ると、リンディ好みの味付け(砂糖とミルクがたっぷり)になっているとも気付かず一口飲み―――― (´゜ω゜) ;*. ;ブッ 「それで、兜甲児さん……でいいのかしら? あなたがこの世界に来るきっかけに、何か心当たりは無いかしら?」 気を取り直してリンディが甲児へと事情を聞く。当の甲児は先ほどのお茶を吹き出したせいで申し訳なさそうな顔で聞いている。 ……ん?待てよ?確か甲児はまだ名乗ってはいないはず。それなのに何故リンディがその名を知っているのだろうか? そう言いたそうな表情の甲児を見て、リンディが察してその答えを言った。 「あなたの事は鉄也さんから聞きました。名前と、あなた達が次元遭難者であるという事くらいですが」 「鉄也さんだって!? まさか、鉄也さんまでこっちに来てるのか!?」 食いついた。甲児と鉄也はやはり元の世界での知り合いだったらしい。 これを聞いた甲児はリンディへと詰め寄り、そしてリンディも答える。 「え、ええ。でも鉄也さんはあなたの暴走を止めた後、どこかに行ってしまったわ」 事実だ。フェイトがアースラへと連絡を入れた頃には、鉄也はもう近くにはいなかった。 どこに行ったのかも分からなかったので、捜索はしている……が、まだ見つかっていない。 とにかく、これでリンディが甲児を知っている理由はこれで判明した。甲児にとっても納得のいく理由である。 甲児はその心当たりである出来事……地獄島での死闘の事を話した。 もちろん次元震や時空管理局など、訳の分からない事もあるのだが…… ちなみに「暴走」のくだりには心当たりがあるためあえて言及しなかったらしい。「カイザーもこっちに来ている可能性」には気付いていないにもかかわらず。 「――――それで、Dr.ヘルを追うのを諦めてカイザーに乗ったんだ。そこから先は俺も覚えてねえ」 甲児が全てを話し終え、その内容をリンディが理解する。 島が一つ吹き飛ぶほどの爆発だ。それならば次元震に気付かなくても無理は無い。 いや、多少苦しいが、その爆発で次元震が起こったのだろうか?真相は闇の中である。 いずれにせよ、甲児はその爆発の時に次元震に巻き込まれ、そして異世界へと飛ばされた。これが事実である。 そして甲児はとある可能性に気付き、リンディへと聞いた。 「……そうだ! 俺がこの世界に来てるってことは、もしかしたらカイザーも……! リンディさん、俺がこっちに飛ばされたときに、近くにでかいロボットは無かったか?」 「ロボット? あなたが話していたマジンカイザーの事かしら? 残念だけど、ロボットは無かったわ。でも……」 リンディが制服のポケットに手を入れ、そしてあるものを取り出して甲児へと手渡した。 それに対して甲児の表情に変化があった。驚愕という形の変化が。 「代わりにこれがあったわ。何か心当たりは無いかしら?」 「こいつは……カイザーパイルダーじゃないか!?」 そう、リンディが取り出したのはマジンカイザーのコクピットにもなる戦闘機『カイザーパイルダー』だ。 但し、現在はアクセサリー程度に小さく、さらにはキーチェーンまで付いている。 これはカイザーパイルダーを模したキーチェーンだ。そう言われても納得できそうなものだが…… 「そう……やっぱり見覚えがあったのね」 どうやらその線は消えたようだ。だとしたら何故ここまで小さくなったのだろうか? それを考えていると、リンディの口から甲児にとってあまりにも非現実的すぎる言葉が飛び出した。 「落ち着いて聞いて。この世界には魔法が存在していて、もしかしたらマジンカイザーは魔法を使うための道具に、デバイスになったのかもしれないわ」 ……はい? 何を言っているのか分からない。いきなり異世界に飛んだだけで頭がこんがらがっているというのに、その上に魔法がどうとか言う非現実的な事が。挙句の果てにはカイザーが魔法の道具へと変化、である。 さすがに理解できなかったのか、甲児が慌てて言い返す。 「ちょっ、ちょっと待ってくれよリンディさん! 違う世界だってんなら魔法があるのも分かるけど、カイザーがそのための道具になるなんて……冗談だろ?」 「私もできればそう思いたいわ。これまで前例も無い事だし……でも、あなたがデバイスを使ってフェイトさんと戦ったのは事実よ。 鉄也さんからは「マジンカイザーには暴走機能が付いている」って聞かされているし、この世界に来たときにマジンカイザーがデバイスになって、その後に暴走したと考えれば不思議じゃないわ」 もっともこれは、マジンカイザーがロボットだった時の事情であり、デバイスとなった今それが残っていない可能性もある。 ……いや、恐らく暴走は残っている。そうでなければ甲児が知らない人物に攻撃を仕掛けるなどという行動に出る理由が無い。 「それで、甲児さん。あなたにお願いしたいことがあるんだけど……」 「お願い? もしかして、この世界で何かあったのか?」 「ええ……魔導師や魔法生物が襲撃されて、魔力を奪われる事件が多発しているの。その解決に協力してくれないかしら? あなたならマジンカイザーで犯人に対抗できるでしょうし……もちろん、嫌なら断ってくれてもかまわないわ。 もし断ったとしても、元の世界が見つかるまでの間の生活は保障するわ」 この話に、甲児は乗ろうと考えた。何の関係も無い人を襲うのを見過ごせるほど、甲児は卑怯な男ではない。 だが、その一方でとある考えが浮かぶ。暴走の話が本当なら、もしまた暴走してしまったら仲間を傷つけることになる。それだけは避けたい。 ならばどうするか……少し考え、そして決まった。 「分かった、協力する。だけど、もしまた暴走しちまったら……」 「ええ、その時は私達が絶対に止めるわ。だから安心して」 同時刻、八神家にて。 「シグナムは、お風呂どうします?」 「私は今夜はいい。明日の朝にする」 「お風呂好きが珍しいじゃん」 「たまには、そういう日もあるさ」 シャマルがヴィータを連れ、自身の主である少女『八神はやて』を連れて浴室へと向かう。 シグナムとの問答で多少珍しいと感じたようだが、それも一瞬。そのまま浴室へと入って行った。 残されたザフィーラはというと……同じく残ったシグナムへと、その真意を問うた。 「今日の戦闘か」 「聡いな、その通りだ」 今日の戦闘……すなわち、甲児がこの世界に来る前のフェイトとの戦闘である。 シグナムはその戦闘を思い返しながら、自らの服をたくし上げた。 そこから見えたシグナムの腹部には、生々しい痣が。これが意味することはただ一つ。 「お前の鎧を打ち抜くとは……」 そう、バリアジャケットの防御の上からダメージを与えた。そういう事である。 その時のことを思い返すシグナムの顔は、どこか嬉しそうだった。 久しく見なかった強敵と会えて嬉しい、といった感じの笑顔。まるで戦闘狂(バトルマニア)である。 「澄んだ太刀筋だった。良い師に学んだのだろうな。武器の差が無ければ、少々苦戦したかもしれん」 「それでもシグナムさんなら負けない。そうだろう?」 シグナムとザフィーラの会話に、突然割り込んできた三人目の声。 その方向を見ると、彼女達より少し前にこの家の一員となった青年の姿が。 そしてシグナムは彼……『デューク・フリード』の方を向き、答えた。 「……そうだな」 前へ 目次へ 次へ
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大海と称すに相応しい光景がそこにあった。 青天と青海が水平線を希薄にし、風景を蒼一色にする。他に色があるとすれば浮かぶ雲の白さだけだろう。 平穏、その一文字のみがそこにあった。 しかし、 『ガァ―――――――――――ッ!!』 怒濤の音響によってそれが破られた。同時に生じるのは海を内側から破る音、水は舞い上がって柱となり、飛沫は雨となって海に落ちる。 そして現出するのは巨大極まりない海蛇と人型ロボットだ。 『オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!』 海蛇は牙の乱立する顎を持ってロボットの肩に食らいついている。……否、海蛇では正しく形容出来ない。その生物の頭部は角と赤い瞳を持ち、全身を鱗で覆い四本の足さえある。最早それは海蛇ではなく、海竜と呼ぶに足る姿だ。 対するロボットは銀の機体を赤、青、黄に彩られた派手な塗装がされている。青の両眼と五指を持つ両手は海竜の頭部を捕らえて離さず、その暴力を正面から受け止める。 だが押さえ切れない。長大な海竜はロボットを捉え、海上を押し進んでいく。明らかなロボットの劣勢だ。 そこでロボットは通信機能を起動させた。だがそれは救助を願うものではない。自分が遂行しなければならない作戦の継続を伝える為だ。 故にロボットは遠方の仲間へ意思を伝えた。己の名前と共に。 『当方ジェットジャガー! ――マンダ現出、作戦段階・移行申請!!』 新暦77年、第97管理外世界、惑星名・地球に一つの災害が発生した。 それはバイオハザード、つまりとある生物によって起こされたものであった。 生物の名は―――ゴジラ。 史上初、『生体ロストロギア』という分類を受けた名実共に最大最強の生命体である。 マンダと称された海竜によってジェットジャガーは海上を高速で押される。 だがそこへ二つの影が迫った。片や白、片や黒のそれらは白雲を貫いて両者を行き過ぎる。影達が着地するのはマンダの鱗の上、……そう、影の正体は人間、それも二十歳程度の女性二人だった。 「行くよ、フェイトちゃん!」 「――うん!」 少女達、なのはとフェイトは得物を出現させる。白の少女は杖、黒の少女は長柄の斧だ。 「レイジングハート・エクセリオン! ――エクセリオンモード!!」 「バルディッシュ・アサルト! ―――ザンバーフォーム!!」 《――了解!!》 命ずるは少女、応じるは得物、生じるのは得物の変形だ。 杖はその先端が細分化されて再構成、槍に似たフォルムとなる。対して斧はその柄を縮ませ、刃が分裂して左右に展開、大きな柄となる。 だが生じた結果はそのだけではない。ば、という雷電の弾ける様な音と共に光を放出、やがて形を作った。槍は桜色の四翼、柄は金色の巨大な刀身だ。 「……はっ!」 黒の少女は大剣と化した得物を逆手に持ち替え、マンダの体に突き立てる。そうして鱗と微量な血が散る向こう、白の少女は翼を伸ばした槍を穂先をやや下げて構える。 そして、 「「あああああああああああああああああッ!!」」 飛んだ。しかし海竜の身から離れるという意味ではない。それは海竜の身をなぞる様な低空飛行、それも攻撃力たる翼と刀身を切迫させたままで、だ。 為した結果は、鱗とは逆剥ぎにマンダの長胴を引き裂くという攻撃。 『ギャァアアアアアアアアアアッ!!!』 胴の中程から始まった切開は首に至った所で終えた。少女達が離れ、一拍遅れて血と鱗の飛沫が飛ぶ。 咆哮によってジェットジャガーはマンダの牙から解き放たれ、少女達と共に海竜を離れる。 (――次! 撹乱、波状攻撃!!) なのはが念話を持って指示を叫ぶ。見る先は自分達が飛び立った場所、定位飛行を続けるストームレイダーだ。開かれた扉は内部を、そこに立つ四人の少女と一人の少年を烈風に晒している。 ゴジラの戦闘力、そして凶暴性は全くの予想外であった。 誰が予想出来ただろう、管理局が全力をかけても勝てない相手を。 誰が予想出来ただろう、数十のアルカンシェル一斉砲撃に耐えきる肉体を。 誰が予想出来ただろう、管理局の最大戦力、ヴォルテールと白天王を虐殺する攻撃力を。 結果は時空管理局の惨敗、実に地球の約1割がゴジラによって焦土と化した。 定位飛行を続けるストームレイダー、開かれた扉の縁にティアナはいた。その両手には双銃となったクロスミラージュが握られ、背後にはキャロが立っている。 白の少女、高町なのはの通信を受けてティアナは、了解、と短く返答する。 「――キャロ、お願い!!」 「はいっ! ケリュケイオン、威力加圧を!!」 『了承しました。……Energy Boost!』 キャロの両手を覆うケリュケイオンが発光、それは威力強化の魔法となってクロスミラージュに届く。 『威力加圧を確認。……マスター、射撃準備を完了しました』 「オッケー! 双砲狙撃、行くわよ!!」 少女と双銃は応え合い、魔法陣を展開する。番の銃口に魔力が蓄積され、ターゲットリングが表示され、 「――ファントムブレイザー!!」 『Twinbarrel Shift』 一対の魔力砲撃が放たれた。JS事件より一年、鍛錬を友とする銃使いは当時よりも早く、多く、正確に、そして強い威力を持って射撃をこなす。 狙う先は、マンダの両眼だ。 「―――――ッ!!?」 裂傷の海竜は音もなく悲鳴をあげる。強靭な怪獣の肉体は眼球ですら屈強だが、しかし激痛とそれによる短時間の失明は免れない。その隙をつくべくティアナの後ろから三つの影が飛び出す。 青髪の姉妹と赤髪の少年、スバルとギンガにエリオだ。 少女達はウイングロード、少年はデューゼンフォルムとなった愛槍ストラーダによって空を駆ける。やがて姉妹は白黒のリボルバーナックルを構え、ストラーダの穂先と共に、 「どっっっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッ!!!」 苦悶するマンダの額に打ちつけた。 「オ…………ッ」 長細い舌を嘔吐せんばかりに伸ばしてマンダは唸る。姉妹の打撃も、少年の突撃も、海竜の鱗と頭蓋を抜く事はない。しかし衝撃は伝わり、頭部の内容物を揺すって脳震盪を起こさせたのだ。 目を塞がれ、脳震盪を起こしたマンダは青海をただ突き進む。最早水平線に大地が、そして自分を襲う最後の敵が待つ事も知らずに。 『ルーちゃん、最後だよ!』 『…うん。やるよ、クモンガ』 『――ケキュ』 キャロは最後の仲間に念話、その答えはガス漏れも似た奇怪な鳴き声と共に返された。 地球は滅ぼされる、そう思われた戦況に転機がもたらされた。 無限書庫史書長、ユーノ・スクライアが新型結界を発明したのだ。 次元世界型結界魔法、『妖星ゴラス』は成功、ゴジラを封印した。ゴジラの同種族ミニラと、疑似人間ヴォルケンリッターを媒介として。 しかしミニラやヴォルケンリッターの肉体的耐久力や出力の問題から、その維持は1年が限界であった。 故に時空管理局は、来るゴジラ再臨に備えて一つの計画を打ち立てた。 その名を――『オペレーションFINAL WAS』。 マンダが迫る大地、その岸辺には巨大な影があった。 要約すれば、一匹の蜘蛛である。ただし人間を遥かに超える巨体を持ち、その頭上に一人の少女を乗せる。そういう蜘蛛である。 蜘蛛はクモンガ、その上に乗る少女はルーテシア・アルピーノといった。 両者の関係は、――魔導師と使い魔。 「クモンガ、糸を」 「キュギュッ!」 主の指示にクモンガは応じ、迫るマンダに対してその命令を果たした。 柔軟にして強靭、粘着性をも持つクモンガ特有の糸を放射したのだ。 「―――――!!?」 おそらくマンダは混乱の極地であっただろう。視覚を殺され、脳髄を揺すられ、その果ては強靭な糸を吹きかけられたのだから。黄味を帯びた糸は海竜の長胴を何重にも縛り上げ、前半身に至っては繭と言える程だ。 そうして身動きさえも封じられたマンダは慣性のまま大地に突っ込み、岸に衝突し、轟音をあげて肉体を叩き付けた。打ち上げられた海竜は身をうねらすが、束縛と脳震盪の前に意味をなさない。 巨大な蜘蛛が、少女達を乗せたヘリが、翼の道に乗った姉妹と少年が、鋼鉄の巨人が、そして白黒の女性達が、マンダを取り囲む。それさえも解らない海竜を見下ろしてなのはは一声。 「作戦完了。――マンダの捕獲に、成功」 『オペレーションFINAL WAS』、それは時空管理局が仕掛ける最初で最後の“戦争”。 簡単に言えば、1年後に迫るゴジラ再臨に備えての軍備増強計画である。 各次元世界に生息する強大な怪獣達を――捕縛、屠殺、使い魔の素体とする。 そうして完成するのは怪獣素体の強大な使い魔。 それらに加え、超法規的措置によって仮釈放されたジェイル・スカリエッティ開発の決戦兵器を持って、復活したゴジラを今度こそ抹殺する計画が、『オペレーションFINAL WAS』である。 簡素とも言うべき部屋がそこにある。内部には何もなく、いるのは捕縛されたマンダだけだ。 『ギャァァオオオオオオオオオオ!!!』 陸に上げられた海竜は必死にその身を壁にぶつける。だが生じるのは轟音と衝撃ばかり、対怪獣用に設計された牢獄とも言うべきその部屋はびくともしない。 ――それはある種の予感だったのだろう。直後その身に起こる事についての。 部屋の下方から黄色いガスが溢れ出し、やがてそれは上方へと立ち上っていく。 『オオッ! オオオオオッ!! ――ゴオォォォォォォォォォォオンッ!!!』 マンダは身を伸ばし、天井に対して頭突きを繰り返す。ここから出せ、と言うかの様に。 否、強靭な筈の額から血を流す程に頭突きを繰り返すその様子は、もはや懇願だった。 ――お願いだからここから出して下さい、殺さないで下さい。 流血は目元を横断し、涙の如く頬を伝う。しかしその願いは果たされない。海竜を密室に閉じ込めた時空管理局、その狙いは彼の遺骸なのだから。 遂に黄色いガスが天井まで届き、鳴き叫ぶマンダがそれを吸い込んだ。瞬間、 『――――ゴバァァァァッ!!?』 目から、鼻から、口から、あらゆる穴から血が噴き出した。そして、全身の筋肉が蠢く。 『ギャァァァアアァァアッ!!? ギャン!! ギャァアアアアアアーーーッ!!!』 のたうち回る海竜、喘ぐその呼吸は更にガスを吸い込む結果に繋がる。 黄色いガス、それは肉体強化の作用をもたらす特殊なガスである。ただし、強化の余り対象はそれに耐え切れず必ず死亡するが。 だがこの場合、それは問題ではない。繰り返して言うが、時空管理局の狙いは強靭な遺骸だからだ。 時空管理局は、支配出来ない意思を持つ弱い肉体を望んでいない。文字通り、死ぬ程強い肉体があれば良いのだ。彼等にはその肉体に従順な意思を移植して操る術があるのだから。 『ギョォオオオオオオオオッ!!! ガ……ベヘェェェェェェェェェッ!!!』 牢獄の部屋たる部屋に満ちるのは黄色のガスとマンダの悲鳴。そこには頑強なそれであるが、しかしある一点において苦情が耐えない。 ――防音性に欠いているぞ、という苦情が。 時空管理局本局、そこにマンダの悲鳴が響きわたる。それを聞く局員達の反応はまちまちだ。 煩いぞ、可哀想、仕方ない、黙って死ね、俺が知るか、様々な意思がある。 そして、御免なさい、という意思も。 「―――――――」 高町なのはは震えていた。その両手は耳を塞ぎ、瞼はきつく閉じられている。 しかし消えない。海竜の肉を裂いた感覚が。 しかし消えない。海竜が悶えたあの情景が。 そして閉ざせない。今、自分達の手で捕らえた命が、その遺骸目当てに殺される悲鳴を。 『ギャヒィィィィィィィッ!!』 消えない。 『ヒィィィギィィィィィィィィィッ!!』 消えない。 『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』 消えない。 「――消えない、よぉ……っ」 悲鳴が、罪が、自責が、何もかもが消えず、ただ積もっていく。高町なのはの心の中に。 ――生き延びる為に怪獣達を虐殺し、その遺骸を武器とする管理局。 ―――そこに正義も、大義も、倫理も、何もない。 ――――あるのは、浅ましいまでに生存を望む意思。……ただ、それだけ。 ――『魔法少女リリカルなのは FINAL WARS』、始まります。 単発総合目次へ その他系目次へ TOPページへ
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…スカリエッティの合図の下、まずはクアットロがドゥーエから得たセキュリティ情報を元に地上本部のセキュリティを解除、更にシルバーカーテンを起動させジャミングをかけると、 次にセインがディープダイバーにて地上本部の地下駐車場へと赴く、そして地下駐車場に辿り着くと爆弾を仕掛けその後爆発、 その爆発を合図にガジェット及び不死者達が動き始めるのであった。 リリカルプロファイル 第二十一話 崩壊 一方機動六課ロングアーチは不意の襲撃により泡を食った様子で混乱しており、 その中でオペレーターがガジェット及び不死者による襲撃を確認、だが謎のジャミングにより数を把握しきれていない様子であった。 それでも初期反応による推測ではあるが、少なく見積もっても100は下らない事を伝えると、はやてはリインと組ませたヴィータとシグナムを早急に現場に向かうように指示、 そしてスバル達はなのはとフェイトが現れるまでの間、その場で待機する事を命じた。 その頃クロノ率いるエインフェリアチームもまた襲撃の連絡を受け、広域攻撃型のゼノンとカノン、 防衛戦型のイージスとミトスを残し、他は現場に向かうように命令を促していた。 一方陳述会会場ではガノッサが一早くこの場を後にしており、なのは達もまた会場を抜け、 入り口にて待機していたスバル達からデバイスを受け取り起動させると現場へと繰り出す。 それを確認したスバル達もまたロングアーチの指示の下、早急に現場へと向かうのであった。 現在襲撃を受けている地域は中央区画、北部、西部と至る所に存在しており、 高速戦型のクレセントとセレスは西部の現場に赴くとセレス達は剣型アームドデバイス・シルヴァンスを起動させ、 青白い魔力を身に纏うと敵に突進、次々に撃破していった、ミスティックファントムと呼ばれる技である。 更に次のターゲットに向け撃ち出すが、此方はフェイクであったようで陽炎のように消滅する。 先日と同様にフェイクも含まれた戦況の中、エインフェリア司令部から中央区画と北部に更なる増援が現れたと伝えられ、 中央区画への増援の一部は司令部にも向かってきており、其方はゼノンとカノンが応戦するとの事である。 そこで遠距離戦型のリディアとリリアは増援があった中央区画へ、そして接近戦型のエーレンとアドニスは北部へ向かうように指示すると、それぞれは指示された現場に向かう事になり、 そして機動六課のヴィータとシグナムもまたロングアーチの指示の下、中央区画をスバル達に任せ北部の増援に対し早急に向かっていくのであった。 一方クアットロは増援を確認した後、各地域の戦況をモニターにて観察していた。 「ガジェット及び不死者の損傷率20%まで来ましたぁ、どうしましょう?ドクター」 「……では、そろそろ第二陣を起動させたまえ」 スカリエッティの指示にクアットロ頷くとトーレ、セッテ、チンクのチームは陳述会に存在する量産機の破壊、 ノーヴェ、ディエチ、ウィンディのチームは街中で行動している局員の中に存在するタイプゼロの捕獲、 オットー、ディード、ルーテシア、ベリオンのチームは機動六課の隊舎へと赴き隊舎に存在するであろうレリックを強奪、 セインは引き続き地上本部へ赴き内部を破壊しつつ、地上本部が回収したレリックの強奪、 そしてゼストはセインの地上本部の襲撃による混乱を利用し、スカリエッティを嗅ぎ回っているレジアスと アインへリアル計画を立てたガノッサの抹殺を指示すると一斉に動き出すのであった。 その頃中央区画にいるスバルとティアナは廃ビルが並ぶハイウェイにて次々と不死者を殲滅させていた。 その中上空を見上げるとエインフェリアのリディアとリリアが、弓形アームドデバイス・エルヴンボウを用いて黄色い衝撃波を撃ち出し 瞬く間にガジェットを殲滅させていた、スターダストと呼ばれる技である。 すると更に40~50はいるであろう三群れの増援が姿を現し二人は増援を確認した後、カートリッジを二発消費し足下に円上の魔法陣を展開、するとデバイスが魔力に覆われ始め―――― 『クランブルガスト!』 次の瞬間、大量の光の矢がガジェットと不死者に襲いかかり、一瞬にして三群れは消滅していった。 その実力に思わず目を疑いたくなるスバル達、何故ならばこれ程の実力者だとは思っても見なかったからだ。 そしてこの地域の敵を殲滅させたエインフェリアは他の地域へと移動、スバルとティアナも別地域に向かおうとした瞬間――― 「見つけたぜ!ハチマキ!!」 突然の叫び声に驚き顔を向けた瞬間、ノーヴェの右ハイキックがスバルの顔面を直撃、スバルはハイウェイの道路脇へと激突する。 いきなりの襲撃にティアナは戸惑うもノーヴェを迎撃する為、魔力弾を撃ち出すがウィンディの盾により攻撃を防がれる。 するとスバルがゆっくりと起きあがり二人を睨みつけた。 「まさか戦闘…機人?」 「ご名答ッス!私の名はウィンディ、んでこの赤髪がノーヴェッス!」 ご丁寧にウィンディは名乗るとライディングボードをスバルに向けエネルギー弾を撃ち出す。 スバルはプロテクションでウィンディの攻撃を防ぐが、その攻撃に合わせてノーヴェが腹部目掛けてミドルキックを蹴り出す。 ノーヴェの一撃によりスバルのバリアは砕け吹き飛ぶが、後方ではティアナが迎撃の為に構えていた。 「ディエチ!足止めを頼む!」 「…了解」 ノーヴェは叫ぶとエネルギー弾がティアナの足下を撃ち抜く、ティアナは驚き撃ち出された方向を見ると 廃ビルの屋上でイノーメスカノンを構えたディエチがティアナを狙っていた。 そしてノーヴェとウィンディがスバルを追いかけ、それを見たティアナは…いやにスバルに執着していると感じるのであった。 一方機動六課隊舎はシャマルとザフィーラによって進撃を押さえており、その中でエリオとキャロも参戦し此方が有利になっていた。 そしてロングアーチは戦況を確認しているとオペレーターが一つの影を発見する、その影はレザードの姿で真っ直ぐ聖王医療院に向かっていた。 はやてはレザードの目的がヴィヴィオの捕獲ではないのかと考えを述べると、それを聞いていたなのはが現場を離れ早急に医療院へと向かっていく。 すると今度は地上本部へ大柄の男が向かっているのを確認、男の肩には先日見かけたアギトの姿もあった。 するとそれを聞いたヴィータがリインと共に男を追い始め、現場はシグナムとエインフェリア達で押さえる事となったのだ。 一方はやては大柄の男に見覚えがある印象を受けていた、そこでロングアーチをグリフィスに任せ、単独で地上本部へ赴くのであった。 一方でトーレ、セッテ、チンクの三人は陳述会会場に存在する量産機も下へ赴くと局員が多数で囲うように護衛をしていた。 其処でトーレとセッテが彼らの陣形を崩し、その隙にチンクが量産機を破壊する事となった。 作戦が決まるとまずはトーレが先陣を切る、トーレはライドインパルスを用いて敵陣の中央に飛び込むとインパルスブレードを展開、 そして裏拳のように左を振り抜くと局員の首を跳ね、右手を振り下ろすと身を割り、更に左回転により次々と局員を切り裂いていく。 すると局員は反撃に魔力弾を撃ち出すが、いとも簡単にインパルスブレードで切り落とされ、右のけさ斬りにより斜めに切り落とされたのであった。 次にセッテが左に持っているブーメランブレードを投げると、局員をデバイスごと斬り倒していく。 更に右のブーメランブレードにて局員を斬り上げ、首を落とし、心臓を貫く、そして戻ってきたブーメランブレードを掴むと交差させ振り下ろし局員は肉塊と化した。 二人の活躍により陣形に穴が開くと、チンクは右手にナイフを三本握り締め量産機へと向かう。 だが量産機の周りには未だ局員に守られていたが左手でコートからナイフを取り出し投げると局員の脳天、喉、心臓などの急所を貫き続いて高々と飛び上がる。 そして右手に握られたナイフを量産機の魔導炉目掛け投げ、深く突き刺さった事を確認するとランブルデトレーターを用いて爆発、量産機を破壊した。 三人は任務を終えた事をスカリエッティに伝えると新たな任務を受け取る。 その内容はトーレとセッテは地上本部に居るセインと向かっているゼストの援護 そしてチンクはもう一体のタイプゼロの回収を伝えると三人は了解する。 新たな任務を得た三人はそれぞれの役割のこなす為に向かおうとしたところ、上空から一つの閃光が姿を現す。 その正体はフェイトであった、フェイトはロングアーチから陳述会会場が襲われている事を受け、早急に戻って来たのだ。 「…チンクとセッテは先に行け、此処は…私が抑える!」 トーレの言葉に頷くと二人は分散するように移動、だがフェイトは二人目掛けハーケンモードからのハーケンセイバーを撃ち出すが、 トーレがインパルスブレードにてハーケンセイバーを弾き飛ばすのであった。 その動きにフェイトはかなりのスピードを持つ存在だと判断していた。 「貴様の相手はこのトーレが相手する!」 トーレはそう名乗ると前傾姿勢で構え、フェイトもまたバルディシュをトーレに向け構え対峙する。 先陣を切ったフェイトは大きく振りかぶりトーレに目掛け振り下ろすが、トーレは左のインパルスブレードでフェイトの攻撃を防ぐ、 すると今度は即座にザンバーモードに切り替えもう一度振り下ろす。 今度の攻撃にトーレはバックステップにて回避すると即座に接近、右のインパルスブレードを振り抜いた。 しかしフェイトはブリッツアクションを用いて手の動きを早めトーレの一撃を防ぐ。 するとトーレは右手の出力を上げインパルスブレードが徐々に肥大化すると、ライドインパルスを用いて一気に振り抜きフェイトを吹き飛ばす。 フェイトはなす統べなく吹き飛ばされ陳述会会場であるホテルに直撃したのであった。 フェイトが直撃したホテルの一角は土煙に覆われ、その光景を見つめるトーレであるがその瞳には未だ警戒心の色が宿っていた。 すると土煙の中から突き抜けるように金色の直射砲がトーレに向かって延びていく。 トーレはとっさに両手のインパルスブレードを肥大化させると羽織るように交差させ、直射砲を弾き飛ばした。 そして直射砲が撃ち抜かれた先には左手をトーレにかざし右手には一回り小さく、 グリップエンドにカートリッジバレルがついたライオットブレードに変え佇むフェイトの姿があった。 そして吹き飛ばされ開いた入り口に足をかけると、ソニックムーブを用いトーレの背後を捉えると、一気に振り下ろす。 だがトーレはすぐさま振り向き右のインパルスブレードを受け止める、だがその動きを読んでいたフェイトは、左手をかざしプラズマスマッシャーを撃ち出す。 トーレは驚く表情を見せつつライドインパルスにて辛くもフェイトの一撃を回避、難を逃れた。 「成る程…やはりアナタの能力はソニックムーブに近い特性を持っているみたいですね」 「……大した眼力だ」 トーレは自分の能力を見抜いたフェイトに対し素直に賛美すると右手の出力を上げインパルスブレードを肥大、更にエネルギーは飽和状態となり稲光にも似たエネルギーが纏っていた。 そしてフェイトもまたライオットブレードの出力を上げ電撃を纏わせると、二人は目にも留まらぬ早さで近づき、互いの一撃を振り下ろす。 その一撃がぶつかると、紫色の光と金色の光が衝撃となって辺りに響くのであった。 その頃スバル達はノーヴェ達に苦戦を強いられていた。 スバルはノーヴェと対峙しており、スバルを援護を行う為ティアナは魔力弾を撃ち出そうとするが、ディエチの砲撃により出鼻をくじかれてしまうのである。 そこでフェイクシルエットを用いて撹乱させる事でディエチの砲撃を回避しつつ牽制を促すが、 今度は間にいるウェンディがライディングボードを盾にして防がれてしまうのであった。 一方でスバルは、ノーヴェの蹴りに対しナックルダスターで応戦、互いの一撃がぶつかり合う事で火花を散らしていた。 そして両者は弾かれると先にスバルが動きだし、ノーヴェの顔面目掛け再びナックルダスターを打ち抜く。 だがノーヴェは姿勢を低くしスバルの一撃を回避すると、低姿勢のまま右の足払いを払う。 スバルはノーヴェの足払いに急停止、薄皮一枚で躱すが、ノーヴェは低姿勢のままスバルに背を向けると 両手を地につけ、足を跳ね上げるとスバルの顎目掛け腕をバネに代わりに跳ね上がるように蹴り上げた。 ノーヴェのトリッキーな動きに戸惑うも顎に当たる寸前に後方に回避、その動きを逆立ちした形で確認したノーヴェはそのままスバルに背を向けると、 前宙のような動きで起き上がり腰を据えると足のスピナーが音を立てて回転し始めスバルの下へ迫る。 そしてノーヴェの右足のハイキックがスバルの顔面に直撃するが、スバルもまた用意していたナックルダスターをノーヴェの顔面に向け直撃させたのである。 互いの一撃により顔が歪み、後からくる両者の衝撃が二人に襲いかかると、 スバルは宙を舞い錐揉みしながら頭から地面に激突する最中、両手を地面に付けバク転の形を取って体勢を立て直した。 そしてノーヴェもスピンしながら吹き飛ばされるが、腰を深く下ろしスピンを止める。 そして両者は顔を上げると口の端から血が顔を覗かしていた。 「やるじゃねぇか!ハチマキ!!」 「ハチマキじゃない!私の名前はスバルだ!!」 そう名乗るとスバルは口の端の血を左手で拭い、ノーヴェは口に溜まった血を吐き出す、そして続きを始めると言わんばかりに構えるとノーヴェ達にスカリエッティからの連絡が入る。 連絡の内容は現在チンクがもう一つのタイプゼロの下へと向かっているらしく、その援護に向かって欲しいとの事であった。 ノーヴェは不満そうな顔を見せるもののスカリエッティの命には逆らえない為、了解するとスバルを睨みつける。 「ちっ!今度会ったら覚えていろよ!ハチマキ!!」 そう捨て台詞を吐くとウェンディと共にこの場を後にする、そして援護をしていたディエチもまたノーヴェ達の後を追っており、三人が向かった先はギンガが行動している地区であった。 彼女達が向かった方向が気になるスバルはギンガに連絡を取るが、ノイズが酷く状況が分からないでいた。 そんな状況に不安を覚えたスバルはティアナと共に後を追おうと手を伸ばした瞬間、甲冑を纏った不死者がスバルとティアナの間に入りティアナだけを隣の廃ビルまで吹き飛ばす。 突然の不死者の登場にスバルは唖然とするも直ぐに気を取り直し殴りかかるが、甲冑の不死者は剣を振り上げ巨大な氷柱を生み出すとスバルの一撃と共に分け隔てた。 すると今度はティアナの身を案じ念話を飛ばすスバル。 (ティア!大丈夫!?) (私は大丈夫だから、スバルはお姉さんの処へ向かいなさい!!) ティアナの言葉に戸惑いの色を見せるスバルであったが、現状彼女達を追えるのはスバルしかいないとティアナは窘めると、 後ろ髪を引かれる表情を表しつつ頷き、振り切るようにノーヴェ達を追うスバルなのであった。 一方で甲冑の不死者は廃ビルに飛び移ると、中は薄暗く闇に覆われておりティアナは闇の中に身を投じていると考え奥に進む。 そして不死者はビルの中央辺りを陣取ると持っていた大剣を両手で握り舞うようにうねり始める。 そして不死者が構えた瞬間、奥の闇からオレンジの魔力弾が三発襲いかかる、だが不死者は切っ先を回すように動かすと氷の弾丸が生まれ魔力弾を相殺させた。 すると左右から誘導弾であるクロスファイアが襲いかかるが、これもその場で右回転することにより魔力弾を切り払う。 だがその瞬間を狙うように頭上からダガーモードに替えたティアナが勢い良く降りてくるが、 しかし不死者は動じることなく、ティアナの動きに合わせて剣を振ると陽炎のように消えさった。 「よし、かかった!行け!クロスファイア、スパイラルシュウゥゥゥト!!」 すると不死者の背後でティアナが予め用意していたクロスファイアが、螺旋を描き不死者へと向かっていく。 しかし不死者は左手でバリア型のディフェンサーを展開させるが、 回転が加えられたクロスファイアには貫通力が加わっている為バリアを破壊、不死者の肩を貫いた。 不死者は一度よろめくがまた何事もなかったかのように歩き出し、それを見たティアナは一つ舌打ちをする。 やはり…頭を撃ち抜くしかない!と考えたティアナは銃口を不死者の頭に向けると不死者は突然構えを解く。 そして兜から声が響いて来る、その声はティアナがよく知る人物の声であった。 「……強くなったな、ティアナ」 「その声は!グレイ!!」 ティアナの言葉にグレイは頷く、するとティアナは構えを解きグレイに近付くと声を荒げる。 「今まで何処に!大変だったんたよ!カシェルも!エイミ姐さんも…死んじゃったんだよ!!」 「……すまない」 「…でもよかったグレイ、貴男だけでも生きていたなんて」 「…いや、違うんだティアナ」 グレイの言葉に首を傾げるティアナ、するとグレイは兜に手を当て外し始める。 そしてその様子を見たティアナは目を見開き愕然とする、兜の下には本来あるハズの頭が存在していなかったのだ。 するとグレイは兜を付け直し説明を始める、スバルとティアナが六課に編入した頃、自分達はある任務に付いていた。 すると其処にレザードが現れ自分達は呆気なく捕獲され、グールパウダーの実験体にされたと。 最初はカシェル、次にエイミ、そして最後は自分であった。 だが自分はその強靱な精神力により自我を取り戻したのだが、その代償に肉体を失い、今は魂と甲冑のみになったと話す。 そしていずれくる機動六課との接触に備える為、敢えて自我を失ったフリをして機会を待っていたと語る。 そんなグレイの話に言葉を失うティアナ、するとグレイは懐から一枚のディスクを取り出すとティアナに渡す。 「これは?」 「スカリエッティの居場所と情報が詰まったディスクだ」 だが此処に書かれている場所に赴いても中に入ることは出来ないという。 話によれば居場所には文字自体に魔力が含まれているルーンと呼ばれる力を用いて、存在次元をずらし姿を見せないようにしてあると。 其処で管理局に存在する無限書庫にて潜入方法並びに解除方法を見つけ出して欲しいと願い出る。 ティアナは快く応じると、グレイはその場を去ろうとし、ティアナは思わず止めに入る。 「グレイ!管理局には戻らないの?」 「あぁ、俺はもう“人間”では無いからな……」 そう一言残し場を去るグレイ、ティアナはグレイに渡されたディスクを握り締めながら佇むのであった。 一方地上本部に潜入しているセインは一つ一つの部屋を回りレリックを捜索しつつ部屋を破壊していた。 そして一つの保管庫へと潜入する、本来は保管庫の周囲は強固なセキュリティに守られているのだが、 クアットロによって解除されている為、簡単に潜入する事が出来たのだ。 保管庫には様々なロストロギアが眠っており、セインは中身を調べているとレリックが保存されている巨大なケースを発見する。 「レリック発見!………なんか少ないような気がするけど、まぁいっか」 セインはケースの中身を確認して数が少なく感じるも、きっと残りは機動六課の隊舎にでもあるんだろうと考え、保管庫を後にするのであった。 その頃機動六課の隊舎ではガジェットと不死者の襲撃に加え戦闘機人にルーテシア、更にはゴーレムのベリオンにも襲われていた。 『鋼の軛!!』 ザフィーラ、シャマル、キャロの三人は鋼の軛を繰り出しガジェットと不死者を次々に殲滅していくが、 三人の攻撃に合わせオットーが右手から緑色の光線、レイストームを隊舎に向け撃ち放とうとする。 それを阻止しようとエリオがオットーの下へ向かおうとするが赤い刀身を持つ双剣ツインブレイズを握ったディードが行く手を遮る。 するとエリオはソニックムーブを用いてすり抜けようとするが、ディードもまたほぼ同じスピードで移動し完全にエリオの道を遮っていた。 するとディードは左の刀身を振り下ろすとエリオはストラーダを盾に攻撃を防ぐ。 だが更に右の刀身を振り上げるとストラーダに思わぬ衝撃が走りエリオは仰け反る。 その瞬間を捉えディードは双剣を斜に構え振り上げの体勢から一気に刃を振り下ろす。 ディードの一撃がエリオに迫る中、ストラーダがとっさにソニックムーブを起動させ回避、 だが完全に回避する事は出来ず、バリアジャケットを切り裂き薄皮一枚をかすめていた。 その間にオットーはレイストームを撃ち出し隊舎に迫って行く中、シャマルが障壁を展開し護ろうとするが、むなしく砕け散りシャマルごと隊舎に直撃、 辺りに爆音が響く中、今度はルーテシアがこの機に乗じて地雷王を召喚、隊舎に張り付けさせると地震を起こすように命じた。 それを止めさせようとキャロとフリードリヒ、そしてザフィーラが向かうが、オットーがキャロとフリードリヒをバインドで縛り上げ、 バスターモードのベリオンがマイトブロウを起動させた一撃をザフィーラに繰り出し、吹き飛ばされ隊舎に激突した。 「抵抗は…」 「…無意味」 オットーとルーテシアが入れ替わるように呟くとルーテシアはバーンストームを唱え、キャロとフリードリヒを飲み込んでいくのであった。 一方ロングアーチのグリフィスはモニターにて戦況を見守っていた。 戦況は此方が劣勢…このままでは機動六課の壊滅は免れない…グリフィスはこの時、部隊長ならどうするか?考え込んでいた。 結果は単純、きっとあの人なら「命有っての物種」と言って撤退を促すハズである。 「ロングアーチから各隊員へ!これより我々はこの隊舎を破棄する!非戦闘員は速やかに地下シェルターに避難しろ!!」 グリフィスの決断をオペレーターが隊舎全体に伝えると非戦闘員は次々に地下シェルターに退避していく、 その光景をモニターで見つつ、自分の判断が正しいハズだと言い聞かせるグリフィスであった。 一方ゼストとアギトは順調に地上本部に向かっていると、後方から強い魔力反応を感知するアギト。 アギトの話では先日戦った二人だと話し、ゼストは厄介な存在だと考えていた。 そしてこのまま付いて回られるより、仕留めるもしくは重傷を負わしておけばこの先付いて来ないだろうと判断、 ゼストは足を止め迎撃の準備の為アギトとユニゾンする、一方でヴィータも遠くながらゼストの行動を確認後、リインとユニゾンし迎撃に備えた。 互いに迎撃に備えると、リインが水色の短剣フリジットダガーを撃ち出すとアギトもまたブルネンクリューガーを撃ち出し相殺させる。 その間に二人の間が狭まり互いの一撃が交差を描き鍔迫り合っていた。 「てめぇ!一体地上本部に何の用なんだ!!」 「貴様の問いに答える気は……無い!!」 そう言うと槍の柄の端でヴィータの横隔膜辺りを突き上げると、ヴィータは九の字に曲がり更に顎を跳ね上げ首が上を向くとそのまま槍を振り下ろす。 だがリインがパンツァーガイストを起動させ攻撃を受け止めるが、ゼストは力任せに振り抜きそのまま勢いよくヴィータを吹き飛ばす。 だが、ヴィータは体勢を立て直すと見上げた位置にゼストがおり、槍を三度振ると衝撃波が三つ発生しヴィータに襲いかかる。 だがヴィータは臆する事なく左手をかざしパンツァーシルトを展開させ難を逃れる。 その動きにゼストは“アレ”を使わざるを得ないと考えるのであった。 その頃クロノは司令部のモニターにて戦況を伺っていた。 機動六課の隊舎はほぼ壊滅的で非戦闘員は既に地下シェルターへの避難をしており、エインフェリア達は不死者やガジェットなどの殲滅に追われ 、 地上本部でははやての指揮のもと行動しているが、果ての見えない大量の不死者と一体の戦闘機人による襲撃により劣勢は否めなかった。 この不利な戦況に頭を悩ますクロノの下に最高評議会のエンブレムがモニターに映し出される。 「クロノ提督…状況はどうだね」 「見ての通り劣勢です、出来れば本局の戦力も投下してもらいたいです」 クロノの言葉を機に静まり返り暫くすると、最高評議会が答えを返す。 「ではエインフェリア達よ、今よりこの場から退避せよ!これは最高評議会の命令である!!」 最高評議会の思わぬ命令に目を見開くクロノであった。 少し時間は遡り北区の現場ではシグナム、エーレンとアドニス、そして数名の局員が不死者の殲滅を行っていた。 シグナムは飛竜一閃でエーレンとアドニスは赤い魔力を刀剣に込め地面ごと打ち砕くソウルエボケーションを用いて次々と打ち落とし殲滅を完了させると、 エインフェリア達は転送魔法の陣を張り巡らせる、その不可解な行動にシグナムは問い掛ける。 「何処へ行こうとする!!」 「悪いが、ここから撤退しろって命令されたんでな」 「申し訳有りませんが、命令は“絶対”なんで」 アドニスそしてエーレンの順に話し終えると、二体はそのまま転送し姿を消す。 その光景に戸惑いつつも局員に他の地域へと赴かせるように指示、そしてシグナムはヴィータの身を案じ後を追うのであった。 そして司令部のクロノは最高評議会の指示に声を荒げ非難していた。 「どういう事ですか!!」 「……どうもこうもない、負け戦に“我等”の大事な手札を失う訳にはいかんのでな」 その言葉にクロノは最高評議会の真意が見えたと感じていた。 元より最高評議会はミッドチルダを守る気など無かったのだ。 彼らはエインフェリアの実力を確かめる為だけに此処に配置した、そしてその実力を知った以上もう此処に置いておく必要はない。 そして自分はエインフェリアを此処に配置させる為だけに呼ばれた存在、誰でも良かったのだ。 それらを理解したクロノはモニターを睨みつけ吐き捨てるかのように言葉を口にする。 「…我々を裏切るつもりか!!」 「裏切る?…違うな…我々は見限ったのだよ」 ミッドチルダは既に死に体となり果て、魔力によって齎された繁栄も既に終わりが見え始め、レザードという魔法技術においてて癌とすら思える存在すら現れた。 もはやこの世界に存在価値はないのだ!…そう言うとモニターのエンブレムが消え辺りは静寂に包まれる、するとクロノは拳を堅く握り机に叩きつけた。 その音にオペレーターが反応するもクロノは黙ってモニターを見据えており、そして重たい口がゆっくりと動き出した。 「ならば…これより我々はこの基地を放棄する!これ以上の戦闘は無意味だ!この旨を地上本部にも伝えておいてくれ」 「了解しましたクロノ提督……どちらへ?」 「退避が完了するまでの時間を稼いでくる、後は頼むジェイク」 そう言うと懐から愛用のデバイスを取り出し司令部を後にする、それを見送ったジェイクリーナスもまた避難誘導の為に場を後にした。 クロノは外へ向かう通路を歩きつつ最高評議会が言った言葉をかみしめていた。 最高評議会はこの世界を見限ると、この世界にはもう存在価値すらないと言ってのけた。 しかし自分は違う、自分はこの世界を見限る事は出来ない、この世界が消されるの黙って見ている事など出来ない。 自分が生まれた世界を、自分が育った世界を、自分が愛し愛された世界を否定など出来るものか! 「このまま……終われるか!!」 そう意気込み自分の決意を胸に外に出ると、空を見上げ戦場に向かうクロノであった。 一方機動六課は壊滅的なダメージを受けており、非戦闘員はなんとか地下シェルターに避難出来た様子であった。 そんな中、隊舎の瓦礫の中にはベリオンの一撃により沈められたザフィーラとオットーのレイストームにより隊舎ごと沈められたシャマルが眠り、 ディードとの戦いにより息を切らしているエリオとフリードリヒがルーテシアの魔法から庇ってくれた為、難を逃れたキャロの姿があった。 すると隊舎入り口からガリューが姿を現しその手にはレリックが詰まったケースが握られている。 それを目撃したエリオはガリューからケースを取り上げようとソニックムーブを繰り出すが、ディードに追い付かれ道を塞がれる。 そしてガリューとルーテシアが接触すると叫び上げるようにレリックの危険性を主張するエリオ。 「何故レリックを奪うんですか!それはとっても危険な物なんですよ!!」 「…必要だから………アナタと違って」 ルーテシアの一言にエリオは目を見開き、鼓動が高鳴ると自ら封印していた記憶が甦る。 そしてその記憶を振り切るようにルーテシアに突撃するが、ディードのけさ切りがエリオの背中を斬りつけ、 更にガリューの拳が身を貫くと、悶絶するように膝をつき意識を失う。 その光景を目にしたキャロはルーテシアに震えるような声で問いかける。 「何でこんな事を…何で……」 「…言ったでしょ、必要だから」 そう一言呟くとルーテシアはガリューと地雷王を送還させ、その場を後にしようとする。 するとキャロが声を絞り上げ叫ぶように問いつめた。 「だからって私達の居場所を奪うなんて……返して!私達の居場所を返して!!」 その悲痛な叫びを耳にしたルーテシアは足を止め振り向くと、冷静に淡々とこう述べた。 「元々…アナタ達に居場所なんて無いでしょ」 ルーテシアの言葉に目を見開くキャロ、暫くして髪がふわりと逆立つとその瞳には憎しみと怒りの色に満ち、激怒の表情を表していた。 そして足下に巨大な召喚魔法陣を展開させると泣き叫ぶように召喚を始める。 「龍騎召喚………ヴォルテェェェェェェルゥゥゥ!!!」 次の瞬間、キャロの後ろには体長15mの巨大な黒き火竜ヴォルテールが佇んでいた。 ヴォルテールはキャロの出身世界では大地の守護神と崇められている程の竜である。 その姿に流石のオットーとディードも驚きの顔を見せずに入られなかったが、ルーテシアは未だ冷静さを保っていた。 「どうするの?流石にアレは厄介」 「……問題は無い」 ディードの問い掛けにルーテシアはそう答えるとケースをディードに渡し、巨大な五亡星の陣を張ると右手で触れ大声を上げる。 「邪竜召喚……ブラッドヴェイン!!」 するとルーテシアの後方から全身緑色のヴォルテールとほぼ同じ大きさの邪竜を召喚させた。 ブラッドヴェイン、かつてレザードがいた世界に存在した、腹の中にレヴァンティンが入っているニブルヘイムに住む邪竜を模した不死者である。 オリジナルの技をほぼ再現させてはいるが、能力自体はオリジナルとは程遠い、それでも実力は全不死者の中でもダントツの一位を誇る存在でもあった。 互いに巨大な竜を召喚させるとヴォルテールの口に周囲の大地の魔力が集まり、ブラッドヴェインもまた目の前に稲光を放つ黒い球体を生み出す。 そして互いに魔法が完成すると合図を送る。 「ヴォルテール!ギオ・エルガ!!」 「ブラッドヴェイン!グラビディブレス!」 二人の合図により撃ち出された攻撃は中央でぶつかり、辺りに衝撃が走り不死者並びにガジェットを消滅、更にそれに止まらす隊舎のガラスを破壊、更には建物全体を揺らし崩壊させる。 そして辺りは巻き上げられた粉塵により視界が悪くなっており、 その中からブラッドヴェインの肩に乗るルーテシアとガードレインフォースを展開させたベリオンが突き抜けるように粉塵から姿を現した。 ベリオンの両肩にはオットーとディードも乗っており、無事を確認するとディードはルーテシアに問いかける。 「やったの?」 「…さぁ?」 少なくとも自分達は無事な為、相手も無事である確率は低くないと話す。 だが自分達の目的はレリックの回収、それは既に終えている為ルーテシアは今度こそこの場を後にするのであった。 …そして現場には未だ粉塵が舞い上がり、それがゆっくり晴れていくと崩壊した隊舎、そして巨大なクレーターが生まれおり、 クレーターの近くではヴォルテールが佇み送喚されると、足下にいたキャロが声を荒げ枯れ果てる程までに泣き叫んでいるのであった…… 場所は変わり此処は地上本部へ向かう道の上空では、二つの魔力光が火花を散らしていた、一つはヴィータ、もう一つはゼストである。 ヴィータは懐から鉄球を取り出すと自身の頭より巨大な鉄球に変わり魔力で覆うと、グラーフアイゼンをギガントフォルムに変え撃ち抜く。 ヴィータが撃ち出した魔力弾が迫る中、ゼストは弾こうとシールドを展開するが接触した瞬間、鉄球ごと弾け辺りに四散する、コメートフリーゲンと呼ばれる魔法である。 ヴィータはしてやったりな表情を表し目を向けているが、ゼストは平然とした表情を表していた。 ヴィータは一つ舌打ちを鳴らし睨みつけているとゼストは槍をヴィータに向け構える。 「アギト!ダメージ緩和、頼むぞ!」 「任せろ!ダンナァ!!」 「行くぞ!フルドライブ!!」 ゼストの槍からカートリッジが三つ排莢されると一気に加速、グラーフアイゼンごとヴィータを斬りつけると、左肩から大量の血が噴き出す。 するとリインが内側から傷の治療を行うが、未だ血は止まらずにいた。 そしてヴィータは力無く落ちそれを横目にしつつ、ゼストは先に急ぐのであった。 一方ヴィータを追っていたシグナムはリインからの念話が届く。 先程ヴィータが重傷を負い落下していたのだが、リインが飛行魔法を用い減速、ゆっくりと地に着くとユニゾンを解除、現在は傷の治療に取り掛かっていると。 リインの連絡を受けたシグナムは急いで現場に向かうと、現場では涙を流しながら治療を行うリインに血が未だ滲み出ているヴィータが地面に横たわっていた。 「お願いです!ヴィータちゃんを医療院に!!」 「分かった!いま手を―――」 「待っ…てくれ……シグ…ナム……」 するとヴィータが上半身を起こし始め、リインが止めに入るが、心配ないとリインに笑みを浮かべシグナムに目を向ける。 そしてヴィータはシグナムにゼストを追いかけて欲しいと伝える、ゼストは地上本部で何かを起こそうとしている、 それを止められるのはシグナムしかいないと肩の痛みを我慢するように厳しい表情を表していた。 ヴィータの必死な願いに目を閉じ考え暫くした後、首を横に振るシグナム、 …確かに地上本部の事は気になるが今はヴィータの怪我が最優先と考え、リインと共に医療院に向かうシグナムなのであった。 一方スバルはギンガの下へ急いでいた、スバルは移動する間にもギンガに何度も連絡を取っているのだが、一切応答がない状況が続いていたのだ。 そんな状況に更に不安を覚えたスバルはギンガとの連絡が取れなくなった場所に赴く、 其処には大量の局員の死体が転がっており、その中央には血だらけで左手を失ったギンガと、その髪を掴むチンク、そして先程まで戦っていたノーヴェ達の姿があった。 その目を覆いたくなるようなギンガの姿を見たスバルは、目を瞑り顔を背け叫びあげる。 「う……うあああああああああぁぁぁぁっっっ!!!!」 すると体から魔力が溢れ出しその勢いは床を砕き、涙を流すその瞳は戦闘機人特有の金色の瞳をしていた。 そしてカートリッジを三発消費するとギンガを助ける為、怒りのままノーヴェ達に襲い掛かる。 その動きにノーヴェがガンナックルで牽制するが、スバルは気にもとめず突っ込みナックルダスターを繰り出す。 しかしノーヴェも拳で応戦するが、スバルの一撃に耐えきれずガンナックルが砕け散り吹き飛び壁に直撃する。 「くっそぉ!!なめるなぁハチマキィィ!!!」 「ギアエクセリオン!!!」 ノーヴェは悪態を付きながら飛び出すとスバルはギアエクセリオンを起動、足下に四枚の翼を展開するとノーヴェ目掛け突進する。 ノーヴェはハイキックにてスバルの頭部を狙うがスバルもハイキックで応戦、するとノーヴェはかかとのブレイクギアを起動させ威力を高めるが、 スバルのギアエクセリオンがら繰り出されるA.C.Sドライバーには届かず右足ごと蹴り砕かれる。 その光景にウェンディがライディングボードで砲撃するが、スバルの左右の高速移動により回避され懐に入られる。 ウェンディはとっさにライディングボードを盾にするがスバルはお構いなしに殴りつける。 その衝撃をウェンディは足を踏ん張り耐えていると、スバルはカートリッジを更に三発消費、 ディバインバスターを撃ち抜きライディングボードごとウェンディを壁に叩きつけた。 そしてスバルはディエチに目を向けるとディエチはスコーピオンを構え速射砲を撃ち出す。 スコーピオンから空の薬莢がリズムよく排出される中、スバルの左肩を撃ち抜き両腿、右の頬を掠めるも気にする事無く突撃、右の拳がディエチに迫る。 ディエチは速射砲より徹甲弾の方が良かったなと後悔しつつ、覚悟を決め目を閉じる、すると其処にチンク不意の蹴りがスバルの首もとに突き刺さり、吹き飛ぶと瓦礫の山に激突した。 「チンク姉!」 「ディエチ!お前はノーヴェを、ウェンディはタイプゼロを連れて退避しろ!」 「チンク姉はどうするんです?!」 「私はお前達が退避するまでコイツの相手をする!」 その命令を聞きディエチはノーヴェの肩に手を回す、するとノーヴェは心配そうにチンクを見つめつつこの場を去り、 ウェンディもまたライディングボードが無事機能しているのを確認すると、ギンガを乗せチンクを残し立ち去った。 すると瓦礫を魔力で弾き飛ばし怒りを露わにするスバル、そしてチンク目掛け突進するがチンクはシェルコートを用いて攻撃を防ぐ。 だがスバルは拳から振動波を発しシェルコートを粉々に粉砕、その時の衝撃により後方へ吹き飛ぶチンク。 振動破砕、スバルが保有するISで四肢から衝撃波を放ち共振現象を起こし相手を粉砕するまさに一撃必殺な技である。 「成る程、それが貴様のISと言う訳か」 シェルコートに守られていたとはいえ体に多少の不具合を感じるチンク、 …このままでは負ける、そう確信したチンクは左耳を覗かせるとイヤリングが一つ付いており、スバルは驚いた表情を見せる。 「まさかデバイス?!」 「そうだ…魔法が使える戦闘機人が貴様等だけだと思うな!ヴァルキリー、セットアップ!!」 するとチンクの体が光に包まれ、解れると其処には蒼い甲冑と白いスカートを身に付け、 白い羽根飾りが付いた兜を被り腰に銅色の鞘に覆われた片手剣を携えたチンクが姿を現す。 チンクの変貌に驚きを見せるスバルであったが、すぐに真剣な面持ちに変わりチンクに殴りかかる。 するとチンクは左手をかざすと白く輝く魔力が放たれ、集まると物質の盾を作り出しスバルの拳を防いだ。 だがスバルは気にもとめず盾ごと破壊しようと振動破砕を使用するが、盾を砕く事は出来なかった。 「無駄だ、マテリアライズした物質にはエーテルコーティングがされてある、砕く事は出来ん!」 エーテルコーティングとは武具を特殊な力場で包む事で破壊不可効果をもたらすという。 それはスバルの振動破砕にも通じる内容であり、マテリアライズした物は全て破壊出来ない事を指し示す。 しかしマテリアライズした“物質”の強度による耐久力を越えるダメージまでは無効化できず、 スバルのカートリッジを二つ消費して撃ち抜いたディバインバスターの衝撃までは受け切れられず後方へ吹き飛ぶと、チンクは足下に落ちていた瓦礫を二つ拾う。 そして瓦礫を握った右手から白く輝く魔力が稲光のように輝くと、瓦礫は二本のナイフに変わっていたのだ。 「錬金術?!」 「原子配列変換能力だ、まぁ錬金術と大差無いかもしれんが……」 原子配列変換能力とは魔力を用いて物質の原子配列を変換させ別の物を作る、簡単に言えば錬金術の様なものだという。 チンクは説明を終えると原子配列変換能力で作られたナイフをスバル目掛け投げつけるが、プロテクションにて弾かれ、 逆に殴りかかるスバルに対しチンクは盾で攻撃を防ぐとスバルの頭上を弧を描くように飛び越え、足下に落ちてある鉄の棒を手にすると槍に変え投げつける。 スバルは槍を右手で無造作に叩き落とすと腰を下ろし前傾姿勢で構える、するとチンクの周りに浮いていた盾が光の粒子となって消滅した、 マテリアライズされた物質は三分しか保つ事は出来ず三分を越えると光の粒子となって消滅してしまうのである。 その光景に好機と見たスバルはカートリッジを二発消費しA.C.Sドライバーを放つがチンクは先読みし、すぐさま盾をマテリアライズする、 だがチンクの行動はまだ終わってはいなかった、今度はチンクの右手から魔力が放たれるとスバルの腿を指差す、 すると魔力は矢のように二本放たれ、スバルの両腿には金で装飾されたレイピアが突き刺さっていた。 不意の痛みにスバルは悶絶している頃、チンクは右手に目を向け二・三度、感触を確かめる。 「…やはり、マテリアライズはかなりの魔力を消費するか……」 マテリアライズは魔力を用いて一から物質を作り上げる為、媒介を使う原子配列変換能力以上に魔力を消費するのである。 するとチンクは左腰に携えた鞘から両刃の片手剣を取り出すと半身を開き構え足下に白い五亡星の魔法陣を張る。 「ヴァルキリー!カートリッジロード!」 そして片手剣の刀身の根元から二つ薬莢が排出されると、体は白く輝く魔力に覆われる。 一方スバルは腿に突き刺さったレイピアを引き抜くと、チンクに投げつける、 しかしチンクは先読みしていた感があるようにレイピアを躱すと、滑り込むようにスバルの懐に入り込み、 右からのけさ切り、左からの払い、そして下から切り上げるとスバルの体を宙に浮かせる、 そして巨大な槍が三本スバルの左右の脇腹から肩にかけて、脊髄から腹部にかけて突き刺す。 そして剣を納めスバルの頭上まで飛び上がると背中から光の翼を生やし、翼が光の粒子となって右手に集うと巨大な槍に変化した。 「奥義!ニーベルンヴァレスティ!!」 そう叫ぶと槍は白く輝く鳥に変わりスバルを貫き、白色の閃光と共に爆発した。 そしてチンクは静かに着地するとデバイスを解除、すると床からセインが水面から飛び出すように姿を現した。 セインはレリックが詰まったケースを持って移動していたところ、ノーヴェがチンクの下へ戻るとディエチと口論しており、 ならば自分が代わりに行くと名乗り上げ、ノーヴェ達にケースを渡し此処へ来たのである。 「チンク姉!助けに来………あれ?そのハチマキは?」 「………あの中だ」 そう言うと親指で燃えたぎる炎を指すチンク、セインは唖然とした表情を見せてる中、 チンクはこの場を去ると急かすとセインはハッと我を取り戻し、チンクを連れディープダイバーにてこの場を後にした。 …それから暫くして燃えたぎる炎の中から、ハチマキと上着を無くし、両腿から血が流れ、火花が散りケーブルを覗かせた右腕を引きずるスバルの姿があった。 「ギン姉……ギン姉を…返して……」 だがスバルの悲痛な問いかけに答える者はなく、現場の炎だけが空しく揺らいでいるだけなのであった…… 場所は変わり此処は聖王医療院前、周囲はガジェットの残骸が四散しており、その中央でエクシード姿のなのはが目を瞑り腕を組んでおり、 向かって左の位置には地面に突き刺したレイジングハートが並んでいた。 なのはは誰かを待っているように佇んでいると、医療院に向かう道からゆっくりと進む足跡が響く。 その音に気が付いたなのははゆっくりと目を開き細目で見つめると、其処にはレザードの姿があった。 一方レザードは目の前の存在に少しばかり驚く様子を見せていた。 何故ならば彼女が此処にいるとは思ってはいなかったからだ。 寧ろこの場合はあの“残滓”が命の尊さを教え込むために来るとばかり思っていたからなのである。 しかしレザードはそれを表に出さず、眼鏡に手を当て不敵な笑みを浮かべ問いかける。 「おや?まさか貴女が此処にいるとは驚きです、しかし解せない…なぜ貴女がアレの回―――」 「あの子はヴィヴィオ…モノじゃない、私の子供、…あの子をアナタに渡たす訳には行かない!!」 「ほう……それはどういう事です?」 なのははヴィヴィオの母親が見つかるまで自分が母親の代わりになる…そうヴィヴィオと約束した、 子を護るのは親の勤め…だから自分はヴィヴィオを護る!その為に此処にいると力強く答える。 一方レザードは違う意味で驚いていた、“鍵”には記憶がある、恐らくヴィヴィオと言う名も“鍵”が記憶の中から見つけたのだろう。 “鍵”は聖王の遺伝子から作り出されたもの…だとすれば遺伝子には記憶を保存する機能がある? そんな事をレザードは考え込んでいると、なのはが睨みつけており、その態度に首を横に振り眼鏡に手を当てるレザード、 その態度はまるで、なのはの決意を無視し、寧ろあざ笑う様子を表しておりレザードは言葉を口にする。 「貴女は処女〈おとめ〉のまま母親になると?…貴女は先ず、母親になる前に処女〈おとめ〉を捨て“女”に成るべきではないのですか?」 母になるにはそれなりのプロセスがあり、処女を捨て“女”となり、“女”を捨て母になる… それこそが母親に成る上での道のりなのではと問いかけつつ、馬鹿にした表情で語るレザード。 しかしなのはは動じることなく、レイジングハートを引き抜き構えると、レザードもまた眼鏡に手を当て睨み付ける。 「ほう、やるつもりですか…ならば、貴女の母の強さを見せてもらいましょう……」 そう言うとネクロノミコンをグングニルに変え構えるレザードであった。 そして二人が対峙する中、なのはが先手を取りアクセルシューターを撃ち抜く、しかしレザードはイグニートジャベリンにて叩き落とされ、 逆にプリズミックミサイルを撃ち鳴らすと、なのはは足首辺りにアクセルフィンを展開、上空へと逃げるが誘導化されたプリズミックミサイルが後を追う。 するとなのははカートリッジを一つ消費し、強化したアクセルシューターにて迎撃、プリズミックミサイルを相殺させた。 そしてなのはは足を止め両足を開きデバイスをレザードに向けるとレイジングハートに指示を送る。 「レイジングハート!ブラスター1!!」 なのはの指示に反応しブラスターモードを起動させるとなのはの魔力が上がり、カートリッジを一つ消費する。 するとレイジングハートの先端に紅に近い魔力刃と桜色の翼を展開、ストライクフレームと呼ばれる形態に変えると、そのまま突撃、 本家のA.C.Sドライバーを撃ち出すが、レザードは左手をかざしバリア型のガードレインフォースを展開させ、なのはの攻撃を防ぐ。 なのはの魔力刃とレザードのバリアがぶつかり合い火花が散っていると、なのははカートリッジを一つ消費させそのままショートバスターを撃ち抜く。 なのはの撃ち出したショートバスターはレザードをバリアごと飲み込み、後方へ吹き飛ばすが、大したダメージを与える事は出来なかった。 「ほう……やりますね、ではこれならどうです?クールダンセル」 そう言うと左手に青白く魔力が溢れ出し魔法を唱えると、氷の刃を持った氷人形を九体撃ち出す。 するとなのはは後方へ飛び上がり、上空にてアクセルシューターを撃ち出すが、クールダンセルは持っていた刃で次々にアクセルシューターを切り払いなのはに迫っていた。 其処で今度はアクセルシューターでクールダンセルを牽制し一纏めにすると、直射砲を撃ち出す。 直射砲とクールダンセルが接触した瞬間、次々に爆発し一瞬にして九体のクールダンセルを撃墜させた。 ストレイトバスターと呼ばれる反応炸裂を高め伝播させることで多数の対象を攻撃する直射砲である。 レザードとなのはの間に魔力の残滓が煙のように舞いお互いに位置が掴めない中、残滓から突き破るようにアクセルシューターがレザード目掛け襲ってくる。 しかしレザードは動じることなくリフレクトソーサリーを展開し、アクセルシューターを四方に四散させると、 そのタイミングを見計らったかのように残滓の煙を突き破るように、なのはがA.C.Sドライバーにて突撃するとレザードもまたグングニルを構え突撃する。 青白い魔力光と桜色の魔力光が交差する中、レザードは上空を飛行しながらアイシクルエッジを撃ち出すが、 なのははレザードより更に上空にてディバインバスターを撃ちレザードの魔法を均すように撃ち落とす。 するとレザードは急停止しグングニルを三度振り抜き衝撃波を三発撃ち出す。 それを見たなのははA.C.Sドライバーにて加速しつつ急降下、衝撃波を回避すると、地面スレスレにまで移動する。 すると今度はレザードが左手をかざし青白い魔力に覆われると極太のライトニングボルトを撃ち抜く。 その攻撃を地面スレスレのまま滑走して回避するなのは、後ろでは極太のライトニングボルトがなのはの後を追っており、 なのははレザードに体を向けアクセルシューターを撃ち出すが、リフレクトソーサリーによって弾かれる。 レザードのライトニングボルトが撃ち終わるとなのははブラスター2を起動、更に魔力が跳ね上がるとA.C.Sドライバーで突撃するが、グングニルで止められる。 そしてレザードは左手でファイアランスを撃ち出そうとしたが、左手が動かず見てみるとバインドに縛られており、一つの機械が浮いていた。 ブラスタービット、ブラスターモードの機能の一つでなのはとレイジングハートが操作出来る遠隔操作機で魔法を行使する事が出来る機械である。 レザードはバインドに縛られているとなのははディバインバスターを撃ち出した。 ディバインバスターを撃ち出したなのはは左手を押さえ苦しい表情を見せているが、ディバインバスターに飲まれ吹き飛ばされたレザードは、未だ余裕のある顔を見せていた。 「なるほど…貴女のその力、自己ブーストによるものですね」 レザードはなのはと戦闘をしつつ能力を分析を行っていたのだ。 そしてレザードは更になのはの様子からかなり無理をしていると判断、これ以上は無駄であると語るが、なのはのは未だ諦める様子はなかった。 レザードはやれやれ…といった様子でなのはを見るとなのはは痛む腕に鞭を打ちレザードにデバイスを向けていた。 そしてなのははアクセルシューターで牽制、レザードはアクセルシューターをグングニルで撃ち落としていると、 後ろを取ったなのはが懐に入ると勝機とばかりにA.C.Sドライバーを撃ち抜く。 だがレザードはシールド型ガードレインフォースにて防がれるが、その勢いは止まらず見る見ると地上まで押しのける。 するとなのはは全カートリッジを消費し新たなカートリッジを装填するとブラスター3を起動させた。 「私は負けない!この不屈の心レイジングハートがある限り!!」 そう言うとディバインバスターを撃ち出し極太を通り越した魔力の奔流がシールドにより三面に分かれつつレザードを押しのけ、 シールドにひびが入り砕け散るとレザードは桜色の奔流に飲まれていくのであった。 ディバインバスターが撃ち出された後は地面はえぐれ木々は薙ぎ倒されており、その道中にレザードが俯きながら佇んでいた。 するとレザードの体はブラスタービットによるバインドに縛られ身動きが出来なくなっていた。 レザードはバインドを解除を試みつつ、このブラスタービットは厄介な存在だと感じていた。 そんな事を考えていると上空に桜色の光を感じ見上げると其処にはなのはとビットが魔力を収束し始めていた。 その光景にかつて見た事ある光景だと考えていると、なのはが言葉を口にする。 「負けない!……アナタを“倒してでも”ヴィヴィオは絶対に護る!!」 なのはの決意は固く、その決意は強い言葉となって口に現す中、レザードは黙ってなのはの言葉を聞いていた。 そして魔力の収束が終わり、レイジングハート、そしてレザードを囲うように設置された四基のブラスタービットの前には巨大な桜色の魔力がとどまっていた。 そして―――― 「全力全開!スターライトォブレイカァァァ!!!」 その言葉を合図に収束砲が撃ち抜かれ、その中央にいるレザードは一言呟く。 「なるほど…それが貴女の力の源ですか……………虫酸が走る」 レザードの言葉は五本の収束砲にかき消され、辺りは桜色の光に包まれ大爆発を起こすのであった。 そして辺りには魔力の残滓と粉塵が混ざり合い、巨大な土煙覆われており、その中でレイジングハートを支え棒にしたなのはの姿があった。 そして目の前の土煙を見つめていると一つの影が姿を現し、なのはは愕然とする。 影の正体は言うまでもなくレザードであった、レザードはなのはの攻撃が直撃する瞬間、魔力によってバインドを弾き、更にあらかじめ用意していた移送法陣で転送、攻撃を躱していたのだ。 「愚かな…本気で我に勝てると思っていたのか?」 「……ど…どういう…意味」 なのはの質問に眼鏡に手を当て答えるレザード、今までの戦いは全て“手加減”していた。 その理由はなのはの実力と、なのはが言う母の力を見極める為なのである。 「悪魔………」 「フッ…よく言われる、だがその言葉は貴様の代名詞ではないのか?」 そう憎まれ口を言いつつレザードは自分の考えを述べる、結果は以下の通り、 なのはは自分の限界以上の力を使った為、肉体とリンカーコアは悲鳴を上げ、レイジングハートには無数のひびが生じていた。 だが…なのはのその力は母の力と言うには取るに足らなく、自身の覚悟も無いと話す。 レザードは様々な人体実験を行って来た、その中には老夫婦でもない、新婚夫婦でもない夫婦を餌にする為、不死者化させた事もあった。 そして他にも親と子の絆の強さ利用しようとした事もあった、ある親は子を護る為レザードに牙をむき、実際にナイフで命を狙って来た事もあった。 他にも親が不死者となった時、共に死んで見せた子もいた、その逆も存在した。 それらを見て来たレザードにとってなのはの決意は陳腐な物に聞こえていたのだ。 「所詮貴様は処女〈おとめ〉…その感情は親としての感情ではなくただの同情によるもの…つまりは独りよがりだ」 ヴィヴィオが生まれた経緯、そしてヴィヴィオ自身が持っている記憶のみに存在する、既にいない母親の影を追う姿、 そしてそれらの真実を知っているなのは自身の優越感と一時の感情が齎した錯覚であるとレザードは断言する。 その証拠になのはは“倒してでも”と言葉を口にした、絶対的な戦力差の中で差し違えることを厭わない親などレザードの経験上あり得ない事であると。 「所詮は紛い物、偽りの絆、故に貴様の底が見えたのだ」 「そんな……そんな事はない!!」 「ほう……ならば最後に試してみるか」 そう言うとなのはに向け左手をかざすと赤・青・黄色のバインドがなのはを縛り上げる、 するとなのはのバリアジャケットが解除され制服姿に戻る、黄色いバインドプリベントソーサリーの効果による物だ。 バインドはしっかり機能している、それを確認したレザードは詠唱を始めた。 「天の風琴が奏で流れ落ちるその旋律…凄惨にして蒼古なる雷!」 詠唱を始めると左手に稲光が現れ徐々に大きくなりつつ形となり、その姿は、頭部は竜骨で胴は青白い稲光を放つ竜へと変化する。 そして蔑むように見下ろすといやらしい笑みを浮かべこう述べた。 「貴女の言う母の力が本物であれば、この一撃にも耐え得るハズ…そうすれば私は“鍵”の回収を諦めましょう……他に手が無い訳では無いですし…」 「……本当にその一撃に耐えたらヴィヴィオは見逃すの?」 「それは勿論、これでも約束を違えた事は無いのですがね」 そう言うと肩をすくめるレザード、今の現状に断ると言う選択肢がないなのはは、睨みつけながらも頷く。 すると不敵な笑みを浮かべ、なのは答えを受け取るレザード。 「では参ります……ブルーディッシュボルト!!!」 そう叫ぶと左手をなのはにかざし撃ち出され、なのはの体にブルーディッシュボルトが貫くと、体全体が痙攣しているかのように何度も跳ね、 その痛みは身を裂くような激痛を帯び、更に肉体、神経、全身のあらゆる場所を痺れてさせていた。 (ヴィヴィオ…ゴメンね……約束…守れなかった……) 全身に巡る激痛に耐えきれなくなったなのはは、心の中でヴィヴィオに謝りつつ意識を失う。 そしてブルーディッシュボルトがなのはの体を通り過ぎた後には、口や耳全身のあらゆる場所から白煙が立ち上り、 白目をむいたまま膝を突き前のめりで倒れる、逸れを蔑むように見下ろすレザード。 「尤も…貴女がこの攻撃に耐えられる可能性は………ゼロでしたが」 そう言うと高笑いを掲げ医療院に向かうレザードであった。 一方で医療院の中は薄暗く静まり返り、その中でヴァイスがバリケードを盾にストームレイダーを構えていた。 ヴァイスはヴィヴィオを迎える為に此処医療院に来ていたのだが、突然の襲撃によりヘリからストームレイダーを取り出し此処の警護に協力していたのだ。 現場は緊張が張りつめており、ヴァイスはいつでも撃てる体勢を保っていると奥から足音が響き一つの影が浮かび上がる。 その影は医療院の人間かそれともレザードなのか…ヴァイスは見極めようと直視するとその影はレザードであった。 するとヴァイスは躊躇無く引き金を引く、ヴァイスが撃ち出した魔力弾は見事にレザードの脳天を撃ち抜くが、全く気にする様子がなかった。 その光景に恐怖したヴァイスは何度も撃ち続けるが、まるで無人の野を行くが如くまっすぐ進むとヴァイスの目の前まで近づき左手をかざす。 「愚かな…己が力量を弁えんとは畜生にも劣る……」 そう言うと衝撃波を放ち一瞬にしてヴァイスの意識を刈り取るのであった。 一方医療室ではヴィヴィオがシーツを被り一人震えていた。 先程まではシャッハの姿があったのだが、窓を見つめるや否や自分にシーツを被せ部屋を後にしたのだ。 「なのはママ……」 ヴィヴィオは一言呟き辺りは静寂に包まれキーンと耳鳴りが響く中、突然大きな音が鳴り響く、 その音にビクつくヴィヴィオは顔だけを覗かせると、遠くでシャッハの声が聞こえたような気がした。 すると扉の曇り窓に頭部らしき影が現れた瞬間、扉と共にシャッハが飛び出し窓に激突する。 ヴィヴィオはシャッハの身を案じゆっくりと近づき恐る恐る見ると、シャッハは頭から大量の血を流し気絶していた。 その姿に驚きしりもちをつくとヴィヴィオの後ろにはレザードの姿があり、更に驚くヴィヴィオ。 するとレザードは膝を付きヴィヴィオと同じ目線に合わせるとこう述べた。 「お迎えに参りました……聖王様…」 その言葉に困惑するヴィヴィオに対しレザードは左の人差し指をヴィヴィオの額に当てると優しく丁寧に気絶させる。 そして気を失ったヴィヴィオの肩と足に手を回し優しく抱きかかえると、移送法陣を用いてこの場を後にするのであった。 時間はなのはとレザードが接触する前まで遡る、此処は地上本部、中将室へ向かう通路、 その路を騎士甲冑姿のはやてとレジアスの娘にして秘書役のオーリス・ゲイスが急ぐように中将室へ向かっていた。 はやては先程まで前線で行動していたのだが、クロノからの連絡を得て早急に退避を指示、その旨をオーリスに伝えると 地上本部には避難用の地下通路が存在し、其処から局員を退避させるのが賢明と判断、 次々に局員が退避する中、オーリスは父でもあるレジアスに連絡を取ろうとしているのだが、 いっさい連絡が取れずレジアスの身を案じ部屋へ赴くことになり、はやては護衛としてオーリスについて行き、現在に至っているのである。 その頃中将室ではレジアスが一人腕を組み、物思いにふけている様子を見せており、向かって左のモニターにはゼストの姿が映し出され、 右には二つの写真立てが飾っており、レジアスの家族写真と、かつての機動隊の集合写真の順に並べてある。 すると扉から聞き覚えのある声を聞きレジアスは扉を開くと、其処にはオーリスとはやての姿があった。 「お父!………いえレジアス中将、今すぐ此処から退避して下さい、これはクロノ提督の指示でもあります」 「そうか……」 そう言うと席を立ち後ろを向き立ち止まるレジアス、その行動にはやてが急かすように言葉を口にするとゆっくりと振り向きこう述べた。 「では、貴様達も早く退避するがいい、ワシは残らねばならん……待ち人も来ているのでな」 そう言うとモニターに目をかけるレジアス、その反応に、あの男はレジアス中将と面識のある人物ではないかと考える。 一方でオーリスは納得していない様子で説得を試みている中、はやては…もしやレジアス中将は此処を死に場所と考えているのではないかと感じていた。 するとレジアスははやてに目を合わせ訴えるように見つめていた。 その目の色に確信を持ったはやてはオーリスの肩を叩き首を振ると、レジアスは後ろを向き手を組み始める。 そして父の決意を感じたオーリスは未だ納得していない表情を表すも、渋々と部屋を後にする。 二人は部屋の外で敬礼をすると、レジアスは振り向き敬礼を行う。 そして…扉がゆっくり閉まっていくような印象受けていると、レジアスの口がゆっくりと動き出す。 「元気でな、我が娘よ…」 「っ! お父さん!!」 レジアスの言葉にオーリスは駆けつけようとしたが無情にも扉は閉まり、二人の前で二度と開くことはなかった。 オーリスは扉の前で泣き崩れると、はやてはそっと肩に手を当て沈痛な面持ちで見つめている、 そして暫くするとオーリスは涙を拭き、いつもの冷静な顔に変わり、はやてと共にこの場を後にするのであった。 …そしてレジアスのみ存在する地上本部、外では不死者が暴れ内部はガジェットに占拠され、入り口にはセッテとその肩に乗るアギトの姿が見受けられた。 そんな外の騒ぎが一切耳に入らない此処中将室、扉はレジアスのみが開閉する事が出来る作りになっており、 レジアスは席に座り手を組むとモニターに映る待ち人を目で追い、自室の扉の前で立ち止まるとレジアスは扉を開ける。 そして待ち人であるゼストは部屋の中に入るなり持っていた槍をレジアスに向ける、するとレジアスはゼストに問い掛けるのであった。 「…ワシを殺しに来たのか?」 「あぁ……」 「そうか…だが、只で死ぬのは忍びない、幾つか質問してもよいか?」 「……答えられる範囲であればな」 ゼストの答えに一つ礼をすると、質問を始めるレジアス。 「一つは、何故ワシの命を?」 「知れた事、貴様がスカリエッティの事を嗅ぎ回っていたからだ、だが個人的にも理由がある…」 「ほう?それは?」 「八年前……“私の”機動隊を壊滅させたきっかけを作った張本人であろう!忘れたとは言わせん!」 ゼストの怒りの言葉に目を瞑り口を紡ぐと、更に質問を投げかける。 「…誰からその話を」 「私を生き返らせてくれた人物、スカリエッティにだ!」 「そうか……では次の質問だ、貴様はワシの事を“知って”おるのか?」 今度はゼストが口を紡ぎ、暫くすると問いかけに答えるゼスト。 「いや……スカリエッティから話には聞いていたが、会うのは“初めて”だ…」 「そうか……」 ゼストの答えに大きく深呼吸をすると、最後の質問を投げかける。 「最後の質問だ、貴様は“八年以上”前の記憶はあるのか?」 「………………………」 レジアスの最後の問い掛けに無言になるゼスト、そして辺りが沈黙する中、口を開き始める。 「いや……無い」 「そうか…では十分だ、やってくれ……」 そう言って目を閉じ覚悟を決めるレジアス、今まで自分が出来る事は全部してきた、もはや後悔の念はない。 …だが一つあるとしたらオーリスの子、自分の孫の姿が見れないのが残念だったかも知れない…… そう心で答えつつレジアスは永遠の眠りにつくのであった。 そしてレジアスの始末を終えたゼストはスカリエッティに連絡すると、撤退を指示されセッテとアギトと共に地上本部を後にする。 その道中、アギトはゼストを見ると目に大粒の涙が滲み出ており、アギトは心配そうに駆け寄る。 「どうしたんだ?ダンナ、まさか!どっか怪我でもしたのか!?」 「いや…何故か涙が溢れ出してな……」 そう言うと涙を拭うゼスト、その涙に自身が困惑する中、 その事実を知っているのは自身の遺伝子に存在する記憶だけなのであった…… 一方此処は本局無限書庫司書長室、部屋にはユーノがモニターにてミッドチルダの戦況を見守っていた。 そして地上の光景に歯噛みするユーノ、だが自分が行ったところで何かが出来る訳でもない、 そう自分のふがいなさを痛感していると、メルティーナが飛び込むように入り、驚きを隠せないユーノ。 「なっなに!メル?」 「ユーノ!ちょっと来て!!」 そう言ってユーノの手を引っ張るメルティーナ、連れてこられたのは無限書庫の一角のモニター、そのモニターに目を向けるとユーノは唖然とする。 モニターの中では一部の空白に記録が自動的に書き込まれ、他のモニターでは一部の情報が書き加え若しくは削除、更には上書きが行われていた。 「これは……まさかこの情報は!」 「そのまさか、最高評議会の情報よ…」 それはつまり無限書庫の中に存在していた最高評議会に関する情報が復活していっている事を差し示す。 しかし何故このタイミングにこんな現象が起きたのか? だがこの期を逃す手はない、ユーノは早急に人員を集め情報の回収を指示するのであった。 一方、地上本部を脱した一同の中にゲンヤの姿があり、手には一つのノートパソコンを携えていた。 するとノートパソコンから呼び音が鳴り響き、ゲンヤはパソコンを開くとメール欄に大量の情報が流れ込んでおり、その様子をじっと見つめ空を仰ぐゲンヤ。 レジアスとゲンヤは自分が死んだ場合に備え、今まで調べた情報をお互いのパソコンに保存、そして無限書庫にウィルスと共に保存されるように仕掛けを施してあったのだ。 そして無限書庫に送られたウィルスとは改ざん、削除された最高評議会に関する情報をサルベージする物で 数年前、地下に潜って引きこもっている優秀なプログラマーがいるという噂を聞き、彼等に作らせたウィルスなのである。 …つまりこれが発動したという事はレジアスは既にこの世にいないという事を指し示しているのである。 「レジアス、あの世でクイントに会ったら伝えてくれ、お前の意志は無駄にしていないと……」 そう天を仰ぎながら小声で話すゲンヤ、その目の端からは一粒の涙が零れ頬を伝うのであった…… 一方フェイトとトーレは互角の戦いを見せていた。 だがそれはお互いに手加減して戦っているものであり、駆け引きに近い戦いをしているのであった。 そこでフェイトは決着を付ける為、真ソニックフォームの使用を決断した瞬間、トーレが突然構えを解きその行動に困惑するフェイト。 「止めだ…私は十分に時間を稼いだ、これ以上の戦いはナンセンスだ」 「なっなんですって!?」 トーレの言葉に唖然とするフェイト、トーレはスカリエッティからこれ以上の足止めは必要ないとの連絡を受けた為である。 そしてライドインパルスにてこの場を去るトーレ、するとフェイトはなのはに連絡を取ると、 なのはは全く応答せず、その反応に不安を覚えたフェイトは医療院に向かうのであった。 「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ、凍てつけ!」 一方クロノはエターナルコフィンを用いてガジェット及び不死者の殲滅に一役買っていた。 だが前線に出るのは久し振りのことで、自分の体の動きに違和感を感じるクロノ。 「…やはり、ブランクは否めんか……」 しかし無情にも不死者達は襲いかかり、クロノはスティンガースナイプを撃ち出し、不死者の弱点である脳やリンカーコアを次々に破壊していく。 その中クロノの一瞬の隙を狙っていたガジェットII型が迫って来ており、その接近にクロノは気がつくも既に遅く左肩を撃ち抜かれてしまうのである。 クロノは肩を押さえつつ、ガジェットを破壊するが、クロノの周りには多数の不死者とガジェットが囲みを作っていた。 その光景に絶望感を感じ此処までか…と諦めかけていたその時―――― 「奥義!ジャストストリーム!!」 次の瞬間、クロノを囲っていた群れは黄緑の魔力の竜巻に飲み込まれ、バラバラに四散していった。 その技に見覚えがあるクロノは声の元へ目を向けると、 其処には黄色の装飾が付いた騎士甲冑に槍型アームドデバイス・ドラグーンタイラントを携えたロウファの姿があった。 「提督!お迎えに参りました!」 そう言うとクロノの元へ駆け寄り肩に手を回す、すると前方から不死者が此方に向かってくる様子が目に映る。 「くっこのままでは!」 「安心して下さい、提督」 ロウファがそう言うと前方の群れが次々と撃ち落とされていく、そして目線をしたに向けると、 其処にはボウガン型インテリジェントデバイス・セルスタインロックガンを構えるジェイクリーナスの姿があった。 ロウファの話ではジェイクから連絡があり、局員達は既に那々美と夢瑠の手によってクラウディアに避難させた為、後はクロノの提督だけであると伝える。 それを聞いたクロノはロウファ達と共にこの場を切り抜けようと考えたときである。 あれだけ優勢だったガジェットと不死者が、次々に撤退していくのである。 その反応に不信感を表すクロノであるが、今はこの場を後にする事を優先とし、後方で控えているクラウディアの元へ急ぐのであった。 場所は変わり此処はゆりかご内の施設、其処には複数のモニターが存在しており、地上の状況が映し出されていた。 そして自分達が作り上げた戦力は管理局を遙かに越えているのを確信したスカリエッティは地上に向け高々に宣言する用意をウーノに任せる。 「用意が出来ました、ドクター」 「そうか…では始めるとしよう……」 用意を終えたウーノがそう言うと狂気に満ちた笑みを浮かべるスカリエッティであった。 そして地上の上空には謎のモニターが映し出されており、それだけではなく管理局の施設、聖王教会関連施設のモニターは謎のハッキングを受けていた。 すると真っ暗な暗闇からスカリエッティの顔が映し出され演説を始める。 「初めましてミッドチルダに住む諸君、私の名はジェイル・スカリエッティ、今回の事件に関わりのある人物の一人だ」 「今回の件により管理局の脆さを痛感したハズだ、“未曾有の危機”とやらの対抗策も我々の戦力の前には稚気にも等しい」 「所詮、管理局の実力はこの程度であるのだ、そして我々は今以上の更なる力を持っている」 「断言しよう!我々に適うものなど居ないと!私はその力でこの世界を破壊し、新たな秩序を作り出す」 「そして私が望む楽園を生み出すのだ!!」 《随分と偉くなったものだな……“無限の欲望”》 スカリエッティの演説に割って入る声が一つ響くと、モニターに割り込むように映像が送り込まれスカリエッティの映像は消え去った。 そして割り込んだ映像には最高評議会のエンブレムと、その前にはガノッサの姿があった。 そしてスカリエッティの電波をジャックした最高評議会がある宣言を促す。 《愚かなる地上の人間よ…このミッドチルダは終焉を迎えようとしている…》 スカリエッティやレザードのような魔法技術にとって害にしかならない存在や、 世界全体に蔓延している魔法による犯罪行為、秩序が失われたこの世界に最早存在価値など無いと最高評議会は語る。 そして最高評議会は新たな秩序を作り出す為、まずこのミッドチルダを崩壊させると宣言した。 その発言を聖王教会で聞いているカリムは、思わず苦痛に似た表情を表し歯噛みする。 《見よ……此が我等の力である…》 すると映像は海上を映す、その中で肩を借りているクロノはロウファと共に映像に見入っていた。 そして映像には海面が盛り上がり、中からは宮殿を思わせる造りをした船が姿を現す。 その大きさは全長数キロはありそうである。 《此は神王の宮殿…その名もヴァルハラである…》 するとモニターにはヴァルハラの内部が映し出されていた。 内装は金や大理石などの装飾が美しくされていて、正に宮殿と呼べる造りをしていた。 そして映像にはエインフェリアの姿が映し出され、更に引きの絵になると白い人型がずらりと並んでいる。 《此こそ我等の要…本物の量産機である……》 量産式人型ストレージデバイス・アインヘリアル、エインフェリアよりも見た目は機械に近く 全身は白いスーツに覆われ、顔には赤いモノアイのカメラが一つ付いており、 背中にはカバーに覆われた空冷用のフィンを背負っていた。 《我等はこの力を持って終焉の刻を進め…神々の黄昏を引き起こし…新たなる世界を構築する……》 《…そして我等最高評議会……否…神の三賢人による新たな秩序が始まるのだ…》 だがまだその時期には達してはいない、しかしいずれ訪れる神々の黄昏を楽しみにしているがいいと述べると、 ヴァルハラは陽炎のように消え去り、モニターも閉じると辺りは静寂に包まれるのであった。 その後、本局が重い腰を上げヴァルハラを捜索するが手掛かりはとれず、 今回の事件によって地上本部、機動六課、本局の駐屯基地は崩壊、死者行方不明者は合わせて100名は下らない大惨事となった。 その結果を聞いたカリムは予言が覆らなかったと嘆き、クロノは自分の無力さに怒りを露わにし、 はやてはいずれ来る神々の黄昏に対し、恐怖を感じているのであった。 だがそれでも神々の黄昏は刻一刻と、音を立て迫って来ているのであった……… 前へ 目次へ 次へ ifへ
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リリカル遊戯王GX 第三話 飛べスバル! ペガサスに乗る魔法拳士! 「レイ、大丈夫か!?」 「じゅ、うだい……」 レイの悲鳴で飛び起きた十代とオブライエンは、途中でヨハンとアモン、なのは達と合流しながらレイの下へ向かった。 倒れていたレイを十代が慌てて抱き起すと、レイはわずかに目を開けて苦しそうに言葉を絞りだす。 「十代……マルっちが……一年の、加納 マルタン君が……」 「マルタン? そいつがどうしたんだ?」 「オレンジ色の影に、襲われて……」 「なっ!?」 オレンジの影、十代は自分たちがこの世界に飛ばされる直前に出会った人影を思い出す、 まさかそいつがアカデミアに入り込んでいるとは思ていなかった。 十代が考え込んでる間に、ヨハン達は二手に別れマルタンの捜索を開始する。 「十代君、その子の肩を見せて」 「なのはさん? あ、ああ……」 なのはに言われるまま、レイの肩口をなのはへと向ける。 その肩には痛々しい、明らかに普通ではない傷があった。 「何なんだ、この傷は……!」 「そこまではわからないけど、このままじゃ危険だね」 「くそっ、早く保健室に――」 「待って、その前に簡単な回復だけでも……」 言いながらなのはは治療魔法をレイへとかける。 多少レイの顔色はよくなったが、肝心の傷は少し塞がっただけだった。 「これは……この傷自体が魔力を消している……?」 「治せないのか?」 「ごめん、私じゃ体力を回復させることが限界みたい」 「いや、十分だぜ。俺はレイを保健室に連れていくよ」 シャマルさえいればなんとかできるかもしれないのに…… なのはは自分が無力だと沈みかけるが、今はそんな場合ではないと十代と共にレイを保健室へと連れていく。 「貴様・・・・・・!?」 図書室に来たアモンは目の前の光景に驚愕する。 レイと一緒にいたはずのマルタンが――左腕がモンスターのようになっている――どうやって作ったか、玉座のような椅子に座っていたのだ。 「何故だ、何故この少年を選んだ? お前が望んでいるものは何なんだ! 俺たちをこの世界へつれてきたのはお前なんだろう!?」 「ああ、アモン、やはりお前は賢い」 「っ!?」 「ボクの僕として働いてくれないか? 人間としてのお前の知恵を貸してほしいんだ」 マルタンが手を差し伸べる。 アモンはその手を睨みながら思考を巡らし―― 結局その後もマルタンを見つけることはできず、早朝に十代達は保健室へ集まっていた。 レイは傷の影響か、高熱を出して寝込んでいる。 なのはが再び魔法をかけるが、ほとんど効果はない。 「この感じ、AMFに似てるね、体に触れた途端に魔力が消えてる」 「魔力が消される……レイちゃんを襲った奴は通信や転移を封じてる奴と同じ……?」 フェイトとティアナは思考を巡らせるが、さすがにこれだけの情報からでは大したことはわからない。 魔法が効かないとなると通常の医療技術が頼みだが、鮎川も首を横に振る。 「保健室の医薬品じゃ足りないの、この薬が必要なんだけど……」 「……聞いたこともねぇ」 鮎川にメモを渡されるが、十代にはさっぱりだ、 横からオブライエンが覗き込み、無表情でいることの多い顔を顰める。 「専門的な薬品だ、このような世界で見つかるかどうか……」 「そんな、それじゃレイは!」 「待て、薬ならあるかも知れないぞ」 思わず叫びそうになる十代を、三沢の声が静止する。 一同の視線が三沢に集まり――いくつか「そういえばいたっけ……」という視線があるのを感じ少し落ち込みかけるが、気を取り直して言葉を続ける。 「ここに来る途中、なのはさん達と出会う前に潜水艦を見つけたんだ」 「潜水艦!? こんな砂漠に?」 その場の全員が信じられないといった反応だったが、 ただ一人、アモンだけが必要以上に動揺していることにティアナは気づく。 だがその事を追及するよりも前に「どこかの軍の物なら専門的な医薬品もあるかもしれないな」と言われ、タイミングを逃してしまう。 確かにその通りだ、何らおかしいところは無い――だが、今の反応が妙に気になった。 「スバル、あのアモンって人、注意して見てて」 「ティア? うん……いいけど」 ただの気のせいかもしれない可能性の方が高いのだ、迂闊にトラブルの種になりかねない話題を広めるべきではない。 そう判断し、すぐ横にいたスバルにだけ自身が疑いの念を持っていることを伝える。 自分の気のせいなら問題無し、 もしも何かよからぬ事を企んでいたとしたら……その時は何としても止めなくてはならない。 「それじゃ、アカデミアは任せたぜ」 「ふっ、この万丈目サンダーに任せておけ」 「イヤン、兄貴格好いい~」 「……貴様らは黙っていろ」 十代・ヨハン・オブライエン・ジム・アモン、そしてスターズ隊が潜水艦へと薬や食糧等を探しに行く事となった。 残るメンバーはモンスターがアカデミアに来た時のための防衛要員である。 「フェイトちゃん、そっちをお願いね」 「うん、なのは達も気を付けて」 スターズが行くことになったのは、エリオやキャロよりもスバル達の方が体力が高いから、 そして、ティアナがアモンといる事を希望したからだ。 「……なのは、どう思う?」 「私はティアナがそう判断した材料を見逃しちゃったからなんとも言えないよ、今はティアナ達に任せるしかない」 なのはとフェイトはティアナが疑惑の眼でアモンを見ていることに気づいてはいた、 ただ、ここで自分たちも必要以上に疑いをかけるとどうしても不自然になってしまい、いらぬ争いを生む可能性が高い。 今はティアナに任せるのみである……ただでさえ、この二人は嘘が下手なのだから。 「マルタンが、マルタンが見つからないのであ~る!」 「ナポレオン教頭、少しは落ち付くノーネ」 校長室――だがアカデミアの校長、鮫島は学園にはいなかった――で、ひたすら嘆き続けるナポレオンをクロノスは持て余していた。 十代達からマルタンが行方不明になったと聞かされてから、ずっとこの調子なのだ。 「教頭、加納 マルタン君と何か関係があるノーネ?」 「な、な、ないのであ~る! せ、生徒の無事を願うのは教師として当然のことであ~る!」 間違いない、何か関係があるようだ。 だがこの様子では詳しいことは言わないだろう、何よりそれが事件解決の鍵になる訳がない。 そう考え、クロノスは半ば無理矢理潜水艦の探索へと向かった十代達が早く帰ってくることを祈るのであった。 「それにしても……鮫島校長は肝心な時にいつもいないノーネ」 その頃、十代達の元の世界…… 「これは……いったいどういうことだ」 鮫島は呆然としながら目の前の光景を見ていた。 デュエルアカデミアのある島、その一部が、ぽっかりと削り取られたように消失していたのだから無理もない。 尚も呆然とする鮫島だったが、上空からやってきたヘリの音に我を取り戻す。 「ミスター鮫島、お久し振りデ~ス!」 「ペガサス会長!」 ヘリから降りてきた銀髪の男、デュエルモンスターズを作り出したペガサス=ジェイ=クロフォードと握手をかわす。 ペガサスもアカデミアが消えた情報を入手し、急きょ駆け付けたそうだ。 不安そうに生徒たちの無事を祈る鮫島に、ペガサスは優しく声をかける。 「大丈夫です、ミスター鮫島」 「……ペガサス会長?」 「行方不明になった生徒の名簿には、十代ボーイの名前もありました。十代ボーイはミラクルボーイ、きっとこの事件もなんとかしてくれマース」 「……はい」 ――私たちは無力デース、ですが、決して諦めはしまセーン。だから十代ボーイ、不安に怯える生徒たちを勇気づけてあげてくだサーイ 更に同刻、とある時空世界…… 「主はやて! それは本当ですか!?」 「どうやらそうみたいや……まさか、こんなことになるなんて……」 「は、はやてのせいじゃねぇよ! だからそんな顔しないでくれってば!」 なのは達との連絡が取れなくなった事を伝えられ、はやて、そしてその守護騎士であるヴォルケンリッター達はかなり動揺していた。 通話だけでなく、転移することさえできなくなってしまったというのだ、 その仕事を持ち込んだはやてとしては、自分のせいだと思わざるおえない。 「……主はやて、テスタロッサ達なら少々の困難、平気なはずです」 「それは、私も十分承知や。だけど……」 「はやてちゃん、私たちは誰よりなのはちゃん達の力を知っているはずよ……信じましょう」 「そうだよ! なのはとスバル達ならきっと全員無事に帰ってくる!」 シグナム達が次々と励ましていくが、はやては相変わらず顔を上げられなかった。 そこで、今まで黙っていたザフィーラが口を開く。 「主、そこまで不安ならば、直接行くしかない」 「ザフィーラ……だけど、それは無理や、ここの事件が……」 「わかっています。だからこそ、今は俯き止まっている場合ではない。早急にこの事件を解決し、高町なのは達の救援に」 「――っ、そう、やな……そうや、今はこの事件を終わらす、それしかない! いくで、みんな!」 『はい(おう)!』 ――なのはちゃん、フェイトちゃん、みんなもう少しだけ待ってて! 私らも、すぐに行くから! 「なあ、せっかく精霊を実体化できるんだしさ、ネオスに乗っていかねぇか? あっという間だぜ!」 「いや……昨日サファイヤ・ペガサスを召喚した時デスベルトが作動した、カードを使うのは慎重になったほうがいい」 まるで新しい玩具を買ってもらった子供のように十代が言うが、すぐにヨハンが静止する。 「ちぇ、せっかくなのにな……」 「クリクリー?」 「あはは、はねクリボーはいいんだよ」 笑いながらはねクリボーとじゃれる十代を見て、ヨハンは何か言おうとするが、なのはに止められる。 そのままなのはが十代と目線を合わせるようにかがみ、肩を掴みながら語りかけた。 「十代君、これは遊びじゃない、人の生死がかかっていることなんだよ。 勿論私達は君たちを守ることを優先する、だけど、それでも守りきれない可能性は十分にある。 その時、迂闊な行動を取ったら高い可能性でその人だけじゃなく、他の人も死ぬ……ここは、そういう世界なの」 「っ……ああ、わかってるてば、ごめん」 真剣な瞳でじっと見つめられ、初めは適当な返事をしていた十代もこの状況を正常に理解してきたようだった。 それを察すると、なのはは一転して笑顔になる。 「うん、それじゃあ急ごうか、レイちゃんが待ってるよ」 「よっしゃあ! 早く行こうぜ!」 あっという間に立ち直り、さっさと自分一人だけで先行してしまう。 「……少し、頭冷やさせたほうがいいかな?」 「やめてあげてくださいなのはさん、お願いですから」 マルタンは十代達が外へ向かったのを見て、笑いながらその左腕に意識を集中させる。 するとその腕がまるでデュエルディスクのように変化し、マルタンは一枚のカードを取り出しセットした。 「砂漠の僕を、君たちに送ろう・・・・・・」 「あ、あれ潜水艦じゃないか!?」 「本当だ・・・・・・っておい十代! 一人で行くな!」 「ヘイ十代! 足元に気をつけろ!」 「へ? うわわ!?」 ジムの忠告を受けた直後、十代の足元が突然蟻地獄のようになり十代は砂に飲み込まれていく。 「いかん! ロープを……」 「マッハキャリバー!」 『Wing Road』 オブライエンが命綱を用意して飛び込むよりも速く、 スバルが魔力で作った道を十代のところまで伸ばし引き上げる。 「大丈夫!?」 「あ、ああ……すっげぇ」 「トラップ発動、マジックジャマー!」 その声が聞こえた瞬間、スバルは自分の直感を信じ十代を蟻地獄の外まで投げ飛ばす。 そして次の瞬間――ウイングロードは消えスバルが蟻地獄へと落とされた。 「スバル!?」 「今のは、マジックジャマー、魔法を一つ打ち消す罠だ!」 ヨハンの説明になのは達は顔を青くする。 まさか問答無用で魔法を打ち消すなどと、理不尽なカードがあるとは思わなかった、 もしもそんなカードが何枚もあるのだったら自分達にとっては致命的だ。 「アモン、このロープを頼む!」 「あ、ああ……」 オブライエンが自分の腰に巻きつけたロープをアモンに渡し飛び降りる。 砂に埋もれていくスバルを捕まえるが、蟻地獄の中心の砂が盛り上がり、一人――一匹と言うべきだろうか?――のモンスターが現れる。 ―岩の精霊 タイタン― 攻撃力1700 防御力1000 効果モンスター 「我が聖なる砂漠に入りし邪なる者達よ、岩の精霊 タイタンの名に置いて成敗する!」 「あれは、デュエルディスク!?」 タイタンの左腕に装着されている機械、十代達のものとは形状が違うが、それは間違いなくデュエルディスクだった。 そのディスクを見て、ヨハンは自分のディスクを作動させる。 「ヨハン!? ここは俺が……」 「いや、みんなはオブライエンとスバルを頼む!」 十代を制しヨハンは皆と少し離れた場所でタイタンと向き合う。 「異世界の者よ、貴様が相手か」 「ああ! いくぜ、デュエル!」 ―タイタン LP4000― ―ヨハン LP4000― 「私のターン、サンド・ドゥードゥルバグを召喚!」 タイタンがディスクにカードをセットすると、蟻地獄の中心に蠍とも蟻地獄ともとれないモンスターが現れる。 ―サンド・ドゥードゥルバグ― 攻撃力1200 防御力800 効果モンスター なのは達は初めて見るが、これがデュエルモンスターズの基本の流れなのだ。 ヨハンがデュエルをしている間にスバル達を引っ張りあげようとはするのだが、蟻地獄に囚われ中々上手くいかない、 飛行魔法で助けに行くことも考えたが、またあの罠カードを使われたら重量が一人分増えるだけである。 「スバル、ウイングロードは!? 例え消されても一瞬だけでも出せればあんたならこっちまで跳べるでしょ!」 「ダメ、さっき消された時から魔力が結合してくれない!」 ティアナが苦し紛れに考えた策もあっさりと却下される、 それを見ながらヨハンは決着を急ごうとカードを引く。 「俺のターン! アメジスト・キャットを召喚!」 美しい毛並の豹のようなモンスターが召喚される。 ―宝玉獣アメジスト・キャット― 攻撃力1200 防御力400 効果モンスター 「頼むぞ、アメジスト・キャット!」 「任せといて!」 「アメジスト・ネイル!」 アメジスト・キャットがタイタンの召喚したモンスターへ飛び掛るが、 その相手が砂の中に潜ってしまい振りかざした爪は空を斬る。 「何!? 宝玉獣の攻撃を回避するなんて……!」 「やはりこの世界でもデュエルモンスターズの基本は成り立っている。 あのモンスターはフィールドが砂漠の時、1ターンに一度だけ攻撃をかわすことができるんだ」 アモンの冷静な考察に、ジムはある事を思い出し表情を強張らせる。 「おい、そうなるとこの蟻地獄は……!」 「メサイアの蟻地獄だとしたら、レベル3以下のモンスターは召喚されたターンの終了時に破壊される……!」 「そんな、ヨハン!」 「くっ、アメジスト・キャット!」 その危惧は当たり、アメジスト・キャットはどんどん砂の中へと沈み込んでいき、倒される。 アメジスト・キャットの効果によってその宝石がヨハンの横に現れるが―― 「まずい! ヨハンの場はがら空きだ!」 「ふはは! サンド・ドゥードゥルバグで攻撃!」 相手モンスターの直接攻撃に備えてヨハンは身を堅くする。 しかしいつまで経っても攻撃が来ることは無く、顔を上げ…… 「スバル!」 「何だと!?」 サンド・ドゥードゥルバグはヨハンではなく、スバルの足にその強靭なアゴで噛み付いていた。 スバルは痛みを必死で堪え振り払うが、すぐ側のオブライエンはヴァーチャル映像による痛みとは比べ物にならない、 本物の傷みというものがスバルを襲っている事に気づいた。 実際にスバルが傷ついていてもなのはは動けなかった、いつの間にかタイタンの場に伏せられている一枚のカード、 デュエルについてはよく知らないなのはだったが、あのカードから受ける感覚、それは先ほどスバルのウイングロードを消したのと同じものだ。 ――恐らくあれも魔法を解除する罠……間違いなく、敵は私達の存在を知って対策を取っている! 「貴様! 何故俺を狙わない!?」 「何を言っている? 確実に仕留められる獲物からやっているだけだ。 これは貴様らのやっていた児戯等とは違うことがまだ理解できんか!?」 「児戯だと……!」 今まで自分達が真剣に向き合ってきたデュエルを馬鹿にされヨハンの頭に血が上る、 それは彼の思考を短絡化させ、戦略を安直な物へと劣化させていってしまう。 「砂漠では確かに宝玉獣の方が圧倒的に不利、ならば空から攻撃だ! コバルト・イーグルを召喚!」 「よっしゃ、久々ー! やってやるぜ!」 ヨハンの場に新たな宝玉獣が現れる。 ―宝玉獣コバルト・イーグル― 攻撃力1400 防御力800 効果モンスター 先ほどのスバルへの攻撃で、これは普通のデュエルでは無いことがわかった。 ――ならば、こういう事も! 「行け! コバルト・ウイング!」 「おっしゃぁ!」 通常のデュエルではまたモンスター効果で攻撃を無効化されるだけだろう、 だが、アメジスト・キャットよりも遥かにスピードのある攻撃で潜る前に捕えられれば―― 「砂漠の守りを甘く見るな!」 「何!?」 突如コバルト・イーグルの真下から砂が吹き上がり、コバルト・イーグルを空高く吹っ飛ばす、 これは完全にヨハンのミスだ、普段の彼ならばこんなミスはしなかっただろうが、先ほどの挑発にまんまと乗せられてしまった。 「ふっ、貴様の場はまたがら空きだな!」 「しまった!」 コバルト・イーグルはまだ体勢を立て直せていない、 これが普通のデュエルならば場にモンスターがいる以上プレイヤーへは攻撃できないだろうが、あいにくこのデュエルは普通じゃない。 「行け! サンド・ドゥードゥルバグ!」 「うわああああ!!」 先ほどとは逆の足に噛み付かれ、スバルは今度こそ悲鳴を上げる。 このままでは自分を掴んでいるオブライエンも危険だ、何度も「自分の事はいい」と言おうと思ったが、 それでは意味がない、自分がいなくなれば今度はヨハンが直接狙われるだけなのだ。 だが、冷静さを欠いたヨハンでは1ターンに一度攻撃を回避するあのモンスターへの有効策は思いつくのに時間がかかるかもしれない。 ――1ターン……? 一度だけ…… そこでスバルはある対抗策を思いつく、うまくいくかどうかわからない、自分の相棒、そして憧れの人物がこちらの狙いに気づいてくれなければ―― ――いや、絶対に気づいてくれる! スバルの心に、この二人に対する疑いなど欠片もない。思うが早いか、スバルは声を上げる。 「ティア! クロスシフトD!」 「なっ!? 何言ってるのよスバル! こんな状況で……それに、魔法は消されちゃう!」 「――っ!? ティアナ、スバルの言う通りにして、ヨハン君! お願い、スバルに翼を!」 スバルとなのは、二人の言葉にタイタンを含む全員が困惑する、 しかしヨハンはいち早くその意味に気づき、カードを引き当てる。 「サファイヤ・ペガサス、召喚! サファイヤ・トルネード!」 「ちぃ、無駄だ! サンド・ドゥードゥルバグにはどんな攻撃も効かぬ!」 タイタンの言葉通り、サファイヤ・ペガサスの放った竜巻もかわされてしまう、 だが、ヨハンは不適に笑いかける。 「確かに宝玉獣の攻撃でさえもそいつには効かない、だが、それは1ターンに一度だけだ!」 「何を言うかと思えば、コバルト・イーグルはまだ攻撃できる状態ではな――!?」 「そう、デュエルに関わらなくても攻撃できる人はいる……あなた自身がスバルを攻撃したことで教えてくれた!」 なのはがサンド・ドゥードゥルバグへと狙いをつける、 タイタンはその姿に慌てて場のカードを発動させた、それが狙いだとも気づかずに。 「ディバイーン、バスター!」 「罠カード! マジックドレイン!」 発動された罠によってなのはの魔法はかき消され、タイタンは冷や汗を拭う、 だが、直後に聞こえた声によってその表情は凍り付いてしまう。 「クロスファイア……シュート!」 「しまった! 罠が間に合わん!?」 「うおおおぉぉぉぉ! クロスファイア……バスター!」 タイタンが対抗策を思案する間も与えず、 オブライエンに頼んで投げ飛ばしてもらったスバルは、サンド・ドゥードゥルバグに魔力球を叩き付けて破壊する。 「ぐぅぅぅ!!」 ―タイタン LP3400― 「タイタンのライフが減った!?」 「まさか、ガール達のマジックにも攻撃力があるのか!?」 「くっ! だが、そのまま砂に埋もれることは避けられまい!」 この時にタイタンの犯したミスは二つ。 一つはなのは達への牽制は一回で十分だとトラップカードを一枚しか伏せておかなかったこと。 そしてもう一つは、本来のデュエル相手であったヨハンを軽視しすぎたことだ。 「サファイヤ・ペガサス!」 「お嬢さん、大丈夫か?」 「うわぁ! ありがと、このまま行こう!」 「おう!」 スバルが砂に叩き付けられる直前、スバルはサファイヤ・ペガサスの背に乗せられ助け出される。 そのまま驚愕しているタイタン目掛け、体勢を立て直したコバルト・イーグルと共に攻撃をしかける! 「ディバイーン……トルネード!」 「コバルト・ウイング!」 「ぐわあああああああ!!」 ―タイタン LP0000― 「やったぜ、ヨハン!」 タイタンは倒れ、蟻地獄も消えていく。 ヨハンの下へみんなが駆け寄り、デスベルトが作動しヨハンは顔を歪める。 「ヨハン、大丈夫か?」 「ああ、俺は平気さ、それよりすまない。俺のせいで余計な怪我をさせちまった」 「ううん、全然平気だよ、丈夫さだけが取り得だから!」 謝るヨハンに、ペガサスに乗ったままのスバルは笑いながら返す。 その様子を見ていたなのはは、妙な事に気づいた。 「スバル……傷は?」 『え?』 全員がスバルの足を見る。 そこにはモンスターに噛み付かれた痛々しい傷跡が―― 「……ない」 「スバル、立てる?」 「えっと……うん、平気、歩けるし全然痛くないし……あ、ちょっと離れてて、ウイングロード!」 困惑しながら、試しに先ほど発動できなかった魔力の道を生み出そうとすると、あっさりと作り出される。 「これって、どういうことなんだ?」 「デュエルの最中に受けたものは、デュエルの時にしか残らない、って事なのかも……」 「そうか、ライフポイントもデュエルごとにリセットされる、そう考えれば納得できる」 多少無理矢理なところがあるが、そうと考えるしかない。 十代達はそう結論付けて潜水艦へと足を進めるのだった。 続く 十代「くっそぉ! 潜水艦の中でまで襲ってくるなんて! 急がないとレイがやばいってのに!」 なのは「落ち着いて十代君、出口を塞がれたなら、別の場所に作ればいい!」 次回 リリカル遊戯王GX 第四話 潜水艦の罠! 打ち破れディバインバスター! 十代「すっげぇけど、怖ぇ……」 なのは「……何か言ったかな?」 十代「今回の最強カードはこれ!」 ―ペガサスに乗った魔法拳士― 攻撃力2400 防御力2000 融合カード 「スターズ3 スバル・ナカジマ」+「宝石獣サファイヤ・ペガサス」 守備モンスターを攻撃した時そのモンスターを破壊する(ダメージ計算は行う) 守備モンスターの守備力より攻撃力が勝っていた場合、その分だけダメージを与える なのは「スバルに翼を与えてくれた、ヨハン君に感謝しないとだね」 十代「それじゃ、次回もよろしくな!」 前へ 目次へ 次へ
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なのはの目の前に、捕われたフェイト・ハウライオン、八神はやての無残な姿が。 なのは「あぁっ……フェイトちゃん! はやてちゃん!」 フェイト「な……なのは・・・きてくれたんだね……」 はやて「ふ……ふふっ、遅かったやないか……」 なのは「まってて、今助ける!」 2人の戒めを、なのはがアクセルシューターで打ち抜く。 なのは「よし、一旦ここから出よう」 はやて「すまんなぁ……」 脱出しようとしたとき、異質な魔法がが響くと共にユーノ・スクライアが現れる。 ユーノ「フフフ……この僕から逃げられるとでも思ってるのか」 なのは「二人とも早く外へ!」 ユーノ「逃がさん!」 なのはがフェイトとはやてを逃がし、ただ1人ユーノ・スクライアに立ち向かう。 必殺の一撃ディバインバスターがユーノを包み込む。だがユーノはそれを意にも介さず、 突進し、なのはを蹴り飛ばす。なのはの攻撃を受けた傷ががみるみる塞がる。 ユーノ「馬鹿め……このロストロギアが発するフィールド内での僕は、不死身なのだ……」 リンディ「グレアム、穴が閉じられる!」 グレアム「よし、発射準備完了! 行けぇぃ!」 ロストロギア・フィールド目掛け、アルカンシェルが放たれる。 フィールド内。外を目指していたフェイトとはやてが、そのビームを浴びる。 弱りきっていた二人の体に、次第に力が甦る。 フェイト「あ……?」 はやて「こ……これは?力が戻って。」 クロノ「あぁっ、フェイト! はやて! 無事だったんだね!」 ユーノがなのはを翻弄する。なのはが起死回生で放ったエクセリオンバスターACSドライブを ユーノが白羽取りで掴み、レイジングハートを握りつぶし、そしてユーノの手から巨大な剣が伸び、なのはの腹を貫く。 なのは「きゃぁぁぁぁぁっ!!」 ユーノ「冥土の土産になのはに僕の本当の力を見せてやろう。絶対淫獣神となったこの僕の力を!」 なのは「あぁぁぁぁ──っ!!」 スクライアの塔から、マイナスロストロギアエネルギーがミッドチルダに向けて放たれる。 ミッドチルダの空が、次第に暗黒に染まってゆく。 グレアム「い、いかん……このままではミッドチルダは……」 フェイトとはやてが、アルカンシェル砲を抱え上げる。 グレアム「何じゃ? アルカンシェル砲をどうするつもりじゃ!」 フェイト「こいつを使って、私たちの全エネルギーをユーノにうち込んできます!」 グレアム「……馬鹿な! そんなことをしたら……」 フェイト「行こうはやて!今度こそなのはを助けよう。」 はやて「ええ!うちもなのはに一度救われた、そしたら今度はうちらが助ける番や。」 グレアムの制止も聞かず、二人が飛び立つ。 ユーノの放つマイナスロストロギアエネルギーがなのはを襲う。 なのはのバリアジャケットがみるみる溶けてゆく。 なのは「うぐぁっ!!」 ユーノ「フフフ……そろそろ別れの時がきたようだ・・・一撃で楽に葬ってやる。」 そのとき。アルカンシェルがユーノに注がれる。 ユーノ「お、おぉっ!?」 アルカンシェル砲を抱えたフェイトとはやてが飛来。 はやて「ユーノ! 私たちの命の力や、受け取りやっ!!」 フェイト「なのは、今度こそ助けるんだ!」 ユーノ「うぅ……おのれっ、ザコどもがぁっ!!」 光の刃を放つユーノ。アルカンシェル砲が真っ二つになる。 そして……フェイト・ハウライオン、八神はやての胴体も真っ二つに斬り裂かれる。 なのは「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」 大爆発── なのは「フェイトちゃん……はやてちゃん……」 爆風の中から、二筋の光線が閃き、砕けたはずのレイジングハートに吸い込まれる。 ユーノ「ザコどもめ! 手間をかけさて!」 なのは「ユーノ・スクライア! 許さない!! 貴方だけは、絶対に……許さなぁぁ──いっ!!」 ユーノ目掛けてなのはが突進する。ユーノの魔法が響き、なのはのバリアジャケットが次々にちぎれとぶ。 しかし、それでもなおなのはは突進し続ける。 ユーノ「な、なぜ……!? なのはは倒れないのだ……!?」 なのは「私はすばるたちや、このミッドチルダに住むすべての生命に約束した。 たとえこの身は滅びても、ユーノ・スクライア、貴方を倒すと!!」 ユーノ「ほざくなぁ──っ!!」 直撃を受けてなのはの髪留めが砕け、ロングヘアーになる。 なのは「行くわ! ユーノ・スクライア!!」 なのはの全身からまばゆいばかりの魔力が迸り、その姿が巨大な火の鳥と化す。 ユーノ「何ぃっ!?」 火の鳥にフェイトの姿が、はやての姿が浮かび上がる。 彼らがユーノに倒された時、その命がなのはに託されていたのだ。 フェイト「ユーノ・スクライア!!」 はやて「受けるがええ!!」 なのは「これが私たちの、最後の力だあぁぁ──っっ!!」 3体の命が火の鳥と化し、ユーノの体を貫く。 ユーノ「僕は敗れぬ……敗れるわけがない……僕は淫獣皇帝……ユーノ……スクライア……なのだああぁぁ──っ!!」 ユーノ・スクライアの肉体は──粉々に砕け散る。 単発総合目次へ その他系目次へ TOPページへ
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JS事件から1年後。元機動六課のメンバーはそれぞれの道を歩み始めていた。 だが、輝かしい未来に立ち込める暗雲。JS事件の首謀者であるジュエル・スカリエッティの脱獄。 そして人々が頑なに葬り去ろうとした者達がその姿を現し、恰も時代の罪を忘れさせまいとするように輝ける未来の前に立ちはだかる。 戦争が残した癒えぬ傷跡。人々の過ちによって生み出された忌むべき存在。この世に居てはならない者達。 一度は葬り去られた筈のそれらは蘇り、人々に何を伝えようと言うのか。 彼らの悲しみを湛えた瞳が見詰め続けるのは過ぎ去りし破壊の過去か、それとも破滅という名の未来なのか。 やがて訪れる破壊と戦乱、そして愛する者の罪と罰。フェイトにとって最も過酷な戦いが今始まろうとしていた。 ― 魔法少女リリカルなのは 蘇る闇の書 ― 第2話「時空管理局が制止する日」 午後22時50分。 既に廃墟を化した首都中心部。そこに現れた鋼鉄の大巨人。 フェイトはその姿に困惑を覚えていた。何故ならその姿が夢に出てきたあのロボット、鉄人28号と全く同じだったからだ。 寸分の狂いもなく夢と同じ姿で存在する巨人。ならあれが鉄人28号? 「でも、どうしてあんな物が」 単なる夢だと思っていた事が現実になっている。今朝から妙な引っ掛かりを感じてはいたがこういう事だったのか? いや、だがおかしいではないか、夢では確かに自分が鉄人を操縦していた。なのに、この光景はなんだ。 夢の中では味方であったはずの鉄人が街を壊し、魔導師部隊を殺し、そしてなのはをも……。 今だ腕に抱き締めるなのはは、唇を噛み締めて震えを堪えているようだった。だがいくら堪えようとしても小さな震えは確かになのはの肩を通して伝わってくる。 なのはを恐怖させる物が味方であるはずがない。だから目の前に居る物は夢に出て来た正義の味方なんかではない。そう、大切な親友を傷付けようとする悪魔の手先だ。 鉄人に対してフェイトが敵意を剥き出しにしているのと同じ頃、時空管理局本局に設置された作戦司令室では、数十名のスタッフがモニターに映し出される巨体に釘付けとなっていた。 各セクション毎に階層型になった司令室、その最上段でクロノ・ハラオウンは目の前に現れた鋼鉄の兵士に戦意を燃やしていた。 「あれが母さんの言っていた……。まさかこんなに早く来るとはな」 クロノは事前にリンディから鉄人について聞かされていた。その全てをリンディが語る頃はなかったが規格外の兵器である事は確かだった。 その姿は、以前なのは達とプレシア・テスタロッサ確保の際に交戦した傀儡兵にも似ている。 クロノ自身リンディから鉄人の詳細を聞いてはいないので、通常よりも強力な傀儡兵程度にしか見ていなかった。 それに見た所、目立った武装もなく、せいぜい背中に取り付けられた黒いタンクユニットらしき物2つがそれらしいと言えばそれらしい。 だからクロノには分からなかった。何故母が鉄人をあれほどまでに恐れていたのか? 確かにディバインバスターの直撃に耐えうるシールド性能は脅威と言えよう。だが相手に武器がないなら離れて戦えば問題ではない。 そして先程の武装隊に関してもクロノは指揮を取っておらず、現場の指揮官が奇襲攻撃にパニックを起こした事が壊滅の原因であるとクロノは推測していた。 だからこれまでの戦況と敵の能力を総合して指示を出し、なのは、フェイト、はやてにヴォルケンリッターと合わせて計5人を使えば敵を撃破出来る。 クロノはそう確信していたが、念には念を入れるに越した事はない。クロノは階層の一段下を見やるとそこに居る今回の補佐官と技術関係の主任に指示を出した。 「エイミィ、マリー、奴の内部構造の解析出来るか?」 「りょうかーい、司令官どの」 そう茶化したように答えるのはエイミィ・ハラオウン。クロノの妻で現在は海鳴に住んでいるのだが今回リンディの頼みでクロノの補佐として復帰した。 「了解です、司令官」 丸ぶちの眼鏡を輝かせているのはマリエル・アテンザ。技術班出身でマリーの愛称で呼ばれる彼女もまたリンディからの要請で今回の作戦に参加する事となった。 クロノの指示通りマリーが解析を始めると、その眼前のモニターには走る様な速度で様々な文字や数字が羅列されていく。解析中の目標は特にプロテクトも掛けていないようで内部構造のスキャンは非常に容易な物だった。 だが次に次に表示される解析結果にマリーが見たのは驚くべき内部構造の数々。予想とは全く異なるそれにマリーは驚きを露わにしていた。 「内部構造に魔力炉確認出来ず。これは……まさか」 「どうしたマリー」 クロノの呼び掛けに答えずマリーは冷汗混じりに解析を続けている。 「魔法技術を使用した部品が一個ない。でもそんな事があるわけが」 「マリーどうしたの?」 隣に座るエイミィがマリーの驚き、焦り、何よりも科学者としての好奇心に満ちた様子に声を掛ける。それが既存の技術であればマリーがここまで好奇心を露わにする事は滅多にない。 だからこそエイミィは悟るのだった。あの鉄人が只者ではないという事に。クロノもまた普段とぼけている妻の緊迫した表情からマリーの解析結果が自分たちに芳しい結果でない事を直観的に感じていた。 クロノ自身それを聞く事は怖くもあった。だがありとあらゆる情報から敵の正体を正確に把握する事が、作戦成功には欠く事の出来ない重要な要素である。 微笑むマリーの頬を一筋の汗が流れた。それが未知の技術を見た歓喜なのか、はたまたその存在への畏怖を現すのか、それとも純粋な好奇心か。 マリーは確信する。科学技術に疎い者でもこれを知れば驚愕する以外あるまい。何故なら自分達の前に居る者は、次元世界全体の科学技術の根幹を覆すような存在なのだから。 「あれは傀儡兵なんかじゃなりません」 「じゃあ」 もったいぶったマリーの口調に、クロノは急かす様に言葉と視線を送った。それを察してか、それとも知らずか、マリーは満面の笑みを纏わり付かせた表情を見せる。 科学者として歴史的瞬間に立ち会えた喜び。そして全世界に革命を起こすやもしれない技術。 「あれは魔法技術の一切を使用せずに作られた……ロボットです!」 クロノを含めた司令室に居る全員がマリーの放った事実に驚愕した。何故なら魔法技術を使用しない二足歩行型ロボットの開発技術はミッドチルダで発展していないからだ。 正確に言えば、人間と同程度の大きさのロボットなら作れない事もない。だが巨大なロボット、まして戦闘に使えるレベルの物など通常ありえない技術なのだ。 例えばフェイトの母親プレシア・テスタロッサが使用していた傀儡兵は、その名の通り人形を魔力で操るだけの技術であり、ロボットとは到底言えない代物であった。 また傀儡兵を使役する魔導師には、規格外の魔力が要求されるため、誰もが安定して運用出来る兵器ではなく、使用しているのは膨大な魔力を持つ極一部の高ランク魔導師のみに留まっている。 そしてJS事件で日の目を見た戦闘機人も戦闘に耐えうるロボットの開発技術がミッドチルダにないがための、云わば妥協案として考えられたのである。 人間を素体として、そこに機械を埋め込む事で身体能力の向上を図り、才能に依存してしまう魔導師と同等の戦闘能力を持った兵士を安定して量産するのが戦闘機人の開発理由であった。 一見便利に見える戦闘機人だが、素体となる人間に埋め込んだ機械が適応しなければ拒絶反応を起こして、素体の人間は死んでしまう。 その為生産コスト、さらに素体の人権的問題等からその開発は中止され、現在ではスバルにその姉ギンガ、スカリエッティの作ったナンバーズが現存する数少ない戦闘機人となった。 つまりは生産コストや戦場での有用性こそ不明であれ、人権的問題を孕んでおらず且つコストと開発のノウハウさえあれば安定して製造が可能。 しかも強い魔力を持たない人間でも運用する事が出来て、さらに人型をした兵器である鉄人の存在は、管理世界の兵器論を覆す大発見なのだ。 「馬鹿な……何故そんな物が」 だから改めて考えてもクロノは目の前に映し出されている物に使用された技術が信じられないでいた。 魔導師という限られた人間にしか与えられない才能が支配する管理世界で誰でも使えるロボットの登場。 魔力を持たない者はこぞってこの力を手に入れようとする事は容易に想像出来る。 クロノにはリンディの言っていた意味がようやく分かった。こんな力が拡散すれば現在の管理世界のパワーバランスは崩壊する事になる。 ロボットという存在は世界の均衡を保つには危険過ぎる。確実に排除しなければならない。 「技術もそうですが、問題は、高ランク魔導師中隊に匹敵する戦闘力」 そんな思考を遮るようなマリーの言葉にクロノは焦燥をより強くする。そう、例え虚を付かれたにしろAAランク以上を集めた中隊が壊滅したのだ。 ひょっとしたら戦艦に匹敵するやもしれない戦闘力。もしこれが量産可能な代物だとしたら世界は瞬く間に火の海になるだろう。 「だからこそ、ここで確実に破壊しないと。それも徹底的に、パーツ一つ原型を留めずに」 マリーの考えにクロノも同調した。もしその技術が管理局と敵対する者に渡ったらそれこそ世界の均衡は崩れる事になる。 現にこうしてロボットがミッドチルダに攻め込んでいる以上、管理局に敵意を持つ者が手に入れているという事だ。 既にその技術を解析されているかもしれない。ならばロボットを破壊すると同時にロボットを手に入れた敵も叩かねば。 そうなれば、歴戦の勇士たる機動六課のメンバーと言えど、やや分が悪いかも知れない。 とにかく彼女たちに任せるばかりではなく、もっと戦力を投入し敵の破壊を確実な物にしなければならないだろう。 「よしエイミィ、地上本部にも援護の要請を出してくれ」 「了解!」 一刻も早くロボットを倒し、そして敵が他の管理局を敵視する勢力に技術を渡す前に、決着を付けなければならない。 クロノはロボット倒すだけで事件が解決すると思っていた自分の認識の甘さを後悔した。 目の前の物をスクラップにして解決出来る問題ならどれほど良かっただろうか。今回の事態は単純ではないどころか、世界規模の脅威に繋がる事なのだ。 「頼んだぞなのは、フェイト、はやて」 祈るように手を握り合わせるとクロノは3人の名前を口にした。自分はここで見守る事しか出来ない。だから戦場の仲間を信じて出来る限りのサポートをする。 それが今の自分に出来る事。それがクロノの使命なのだから。今の自分にはそんな事しか出来ないのだから。 そして司令室の外側、出入り口の扉に背を預けながら、ついに始まってしまったこの事件にいかなる解決策を取るべきか考えている人物が一人。 「ついに来たわね」 そう呟いてリンディ・ハラオウンは手袋越しに爪を噛む。先程の武装中隊の壊滅を見れば魔導師の手に負える問題でない事は明らかだった。 リンディが思い描く姿は、この世でたった一つだけ鉄人に対抗しうる力。しかしそれを使う事で事態はより大きな混乱を見せる事になるだろう。 だがこのまま放っておけば大切な友人達が、そして何よりも愛する娘が鉄人に奪われてしまうやもしれない。 「こうなってはやはり『黒い牛』を使うしか……」 意を決したようにリンディは扉から背を離すと廊下を歩き始めた。 自分の娘を守るために必要ならば、それを使う事もやむを得ないだろう。 リンディは制服の内ポケットから携帯電話を取り出すと短縮ダイヤルから電話を掛けた。 「リンディ・ハラオウンです。長距離次元跳躍可能な大型輸送船の用意をしてください。そう今すぐにお願いします」 リンディは電話を切ると次元航行艦のドッグへと向かって歩き出した。その表情に抑え切れぬ懺悔の念を貼り付かせて。 「ごめんなさい。巻き込みたくはないけど。フェイトのため、そう、全てはフェイトのためなのよ」 同時刻 ミッドチルダ中央部。 なのはの眼前に存在している巨体。その艶めかしく光る鉄の身体は彼女の放った砲撃の威力を嘲笑うかのようだった。 なのはにとって砲撃という最大の切り札がまるで効果を成さなかった瞬間。それは今までも何度かあったがこれほどまでに圧倒的な事はなかった。 最大出力の砲撃で傷一つ付かない強固な装甲。いかなる敵をも貫く砲撃を撃つために自分は居るはずなのに、結局最大威力でも傷一つ付ける事さえ敵わなかった。 存在理由とも言うべき砲撃が役に立たないのなら自分がここに居る理由は? 砲撃魔導師としての価値は? これまでの経験と鍛練は何だったのか? 何がエースオブエースだ! 何が六課最強の砲撃魔導師だ! 自身の輝かしい称号と栄光の軌跡がなのはの心を抉り取っていく。 「なのは大丈夫だよ」 「フェイトちゃん……」 フェイトは潤んだ瞳を湛えたなのはの肩に手を置くと名残惜しそうに身体を離した。 本当なら抱き締めて慰め続けたいけど今はなのはを傷つけようとする敵を倒す事が先だ。 「私が君を守るから」 そう、なのはの事を誰よりも大切に思うから、だから誓った。なのはを傷つける物全てを切り裂く戦斧となり。 「なのはには指一本触れさせないから」 なのはを傷付けるいかなる物をも通さぬ強靭な盾となる。 「あの化け物は」 それがどれほど強大であろうとも、どれほど絶対的であっても。 「私が倒す」 そう言ってフェイトはバルディッシュを起動させると瞬時にザンバーフォームを展開する。 煌めく雷光を封じ込めた大剣はフェイトの身の丈さえ上回り、鋼鉄や岩盤でさえも切り裂く威力を持つ。 闇の書の防衛プログラムをも切断した大威力斬撃。例えディバインバスターに耐える装甲であろうと叩き斬る! 「はあぁぁぁぁぁぁ」 雄叫びを上げながらフェイトは装填されているカードリッジ6発を全弾ロードすると、立ちはだかる巨体に大剣を猛然と振り掲げながら飛び出した。 鉄人は正面から突っ込んでくるフェイトを見やると腰を落して身構えた。だがフェイトは鋼鉄の化け物が臨戦態勢に入っても恐れる所か、さらに速度を上げて間合いを詰めようとする。 フェイトは普段おとなしく声を荒げる事も滅多にないがその実、非常に好戦的な性格の持ち主で「短所にもなりうる」とクロノから指摘を受けるほどであった。 攻撃を意識過ぎたり、装甲が薄いのに意地を張って敵の攻撃を正面から受けたりとその性格が災いして敗因となってるケースも少なくはない。 六課の中でも恐らく1、2を争う好戦的な性格でおまけに負けず嫌い、そのくせ精神的には打たれ強くないといった面がフェイトの欠点に拍車をかけている。 今回の鉄人も本来なら距離を取って戦うべき相手なのに、わざわざ敵の間合いに飛び込んで戦おうとしているのがいい例だ。 「うおぉぉぉぉぉぉ」 フェイトがザンバーを天高く掲げると一瞬で鉄人の身の丈にも迫ろうかというほど刀身が伸び上がる。 これこそがフェイトの近接技の中でも最大級の破壊力を持つ金色の斬撃! 「ジェットザンバァァァァ!!」 雷光の如き一撃が鉄人の装甲を切り裂かんと唸りを上げて迫り来る。 それを見た鉄人は、左腕を盾の様に差し出すと巨大な刃を微動だにせず受け止めた。瞬間、耳を劈くような鋼鉄と魔力刃の摩擦音、それに伴う激しい火花が廃墟となった夜の街を眩いばかりに照らし出していた。 フェイトはバルディッシュを握る手に力を込めて振り抜こうとするが刃にはまったく動く気配がない。 正面からザンバーの直撃を受ければ普通の装甲なら切り裂かれているはずだ。なのに刃は一向に進もうとしない。 いくらディバインバスターに耐えると言ってもこれほどの強度があるのかとフェイトは改めて驚愕していた。 「グルルル」 一方唸り声を上げる鉄人にとって、この光刃は歯牙にも掛けない程度の代物であったが、別にこのまま受け続けてやる義理もあるまい。 ならばと左の剛腕に力を込めると勢いよくそれを振り抜いた。轟くのは空を切る轟音と何かが砕け散るような音。 何が起こったのか分からないフェイトが手元に目をやるとそこにはあるべきはずの魔力刃がなくなっている。 まるでハンマーを使ってガラスでも叩き割ったかのように粉々に砕かれたザンバーの破片がフェイトが居る中空を満たしていたのだ。 雪のように降り注ぐ稲妻の欠片は傍目に美しさを感じさせたが、当人にとってはそんな感想を抱いている余地もない。 戦いにおいて猪突猛進と言えるフェイトであってもザンバーの直撃に耐えられた上、容易くその魔力刃を粉砕されては撤退を考えざるを得なかった。 一度距離を取るべくフェイトが後退しようとすれば、すれ違う様にして赤い魔力を纏った鉄球3発が鉄人目掛けて飛んでいく。 時速にして数百kmの速度で飛翔するそれは、鉄人の身体を捉えると同時に、細かい鉄片を撒き散らしながら例外なく砕け散った。 「テスタロッサ下がれ!」 フェイトが声に振り向くとやや離れた位置から怒号を飛ばすヴィータの姿。既に左手には放たれる事を待つようにして鈍く輝く鉄球が3つ、指の間に挟み込まれている。 それを見たフェイトはヴィータの射線を確保するため、言われるままに後退した。フェイトの離脱を確認してからヴィータは鉄球を放り投げると魔力を込めた愛杖グラーフアイゼンで1つ1つ打つ据えていく。 赤い魔力光を伴った鉄球が再び正面から鉄人を捉えると今度は数メートル程の爆発3つが鉄人の装甲に叩き込まれた。貫通出来ないのならば爆風でダメージを与えるというのがヴィータの作戦であった。 しかしその程度の爆発でダメージを与えられるはずもなく、攻撃に対してこれと言ったアクションを見せない鉄人にヴィータは舌打ちをする。 「レヴァンティン!」 ならば自分の攻撃で撃ち砕いてやるとシグナムは手にした剣型アームドデバイス、レヴァンティンのカートリッジを2発ロードした。本体である剣とそれを納める鞘を合わせて形成されるのは弓の形。 シグナムが残った2発のカートリッジをロードすると現れたのは魔力を大量に蓄えた矢。紫の炎を宿したそれはシグナムの最大火力。 やはり魔力で出来た光の弦を力強く引いて。この手が放つのは超音速で飛来する最強の遠距離攻撃。 「シュツルムファルケン!」 叫んだシグナムの指が弦を離すとソニックブームを響かせて突き進む超音速の矢。それは鉄人が反応する間も無く直撃し、その身を包むほどの爆風を生み出した。 しかしその刹那、纏わり付くそれを吹き払う様にして振るわれる巨大な左腕。すると一撃で全長を上回る爆発は退けられ、鉄人は身の無事を誇示する。 シグナムは舌打ちと共に苦々しい表情を浮かべて、一切の攻撃が通じない現状に対して絶望にも似た感情を抱いていた。 「なんてやつや! ファルケンでも抜けん装甲とは!」 はやてにとって、ここまで鉄人の装甲が頑丈に出来ているとはまったくの予想外であった。仮にディバインバスターを防ぐ装甲でも攻撃を受け続ければいつかは摩耗する物だ。 しかし今眼前に立ちはだかる鋼鉄の兵士はそんな様子を微塵も感じさせてはくれない。 それは遠く離れた本局に居るクロノも感じていた。予想を遥か上行く鉄人の実力、もはやオーバーSランク5人と言えど荷が重すぎる。 「みんな聞こえるか!?」 モニター越しに映るなのは達に声を掛けるとはやてが焦りを湛えた様子で応答してきた。 「クロノ君? あいつは、あいつは一体!」 「こっちで内部構造の解析をしたんだがどうやら人型のロボットらしい」 予想の遥か斜め上を行くクロノの回答に、はやてはリンディから直接聞かされる事はなかった敵の正体に驚きを隠せないでいた。 「ロボットって!? でもどうしてそないな物が」 「ああ、しかし問題は誰が操っているかだ」 確かにそのとおりだ。魔法技術を使わずにこんな兵器が造れるようになれば誰でも魔導師を凌駕する力を得る事が出来る。 それは無用な争いの火種になりかねない。まして悪人の手に渡ればどんな事に使われるか。 パワーバランスの崩壊は管理システムと世界秩序の崩壊をも意味する。ならば何としても止めなければ。 「そうかもしれへんけど、でも、でもどうやってあれを」 「さっき地上本部に援護を要請した。君達は地上部隊と連携してあのロボット、鉄人28号を破壊してくれ」 「て、鉄人28号……やっぱりあれは」 クロノが発した聞き知った名前にフェイトは呆然した。鉄人28号、夢の中で確かにフェイトが呼んでいた名前だ。やはりあれは鉄人28号なのか。 フェイトが思い起こすのは夢の事。なのはという最愛の友を亡くしたあの瞬間、あの喪失感とあの怒り。あんな事を現実にしてなる物か。なのはを失う恐怖などもう二度と味わいたくはない。 だがどうだ結局自分の切り札はまるで通用しなかった。それどころか彼は姿を現わしてから一歩も動いてはいない。 なのはを守るために強くなると誓った。しかし今立ちはだかる現実は、まるでそれを嘲笑うかのようにして存在している。 「鉄人ってフェイトちゃんが言ってた……」 そして高町なのはも思った。もしかしてフェイトが夢に見たのはこの事だったのかと。眼前にそびえ立つこの悪魔がフェイトを苦しめていたのかと。 だけどそれを撃ち砕く力は自分にはない。ただこの世界をフェイトの悪夢が蝕んでいく様子を見る事しか出来ないのだろうか。 友はきっと苦しんでいるはずなのに、それをどうする事も出来ない。きっと自分に出来るのは、ありふれた慰めを掛けて、その事実に陶酔して自己満足するだけ。 フェイトちゃん大丈夫? 私が付いてるからね。そんな言葉だけ掛けてから抱き締めて傷を癒したつもりになる。 フェイトが求めているのはそんな言葉じゃない。何よりも求めているのは悪夢を撃ち砕ける力、敵を粉砕する圧倒的な力。 「私の夢は……いや、でもそんな事が」 フェイトに提示されたのは一つの可能性。もしも夢が現実に繋がっているのならきっと高町なのはという人を失う事になる。 なら方法は簡単だ、あの化け物を倒してしまえばいい。そう、確かにその方法は簡単だが問題は、フェイト達にその方法を実現し得る手段が一切ない事だ。 倒すにしても、ビルをも叩いて砕く測り知れぬほどの凄まじい馬力。そしてディバインバスターを始めとした高威力魔法が通じないほど強固な鎧。 敵を打ち砕くパワーも敵の攻撃を阻む装甲も完璧だ。それは正に難攻不落の要塞という形容が一番似合うだろう。 ここまでくれば勝算があるとかないとかそういった次元の話ではなくなってくる。単純に例えるならお手上げ状態、白旗を振い敗北を認める以外にない。 自分達が持ち得る最大火力を撃ち込んで倒せぬとあらば、もはや対抗手段など残されている訳がない。 それでも鉄人の足を止めなければ被害は広がる一方だが勝算はない。 とにかく鉄人相手に、この人数だけで戦うのは分が悪すぎる。とりあえず体勢を立て直してから地上本部の部隊と連携攻撃を掛ける。 それがはやての出した答えだった。この人数で勝ち目はなくとも大隊規模で波状攻撃を掛ければあるいは。 「よしみんな一時後退! 地上本部と連携してあのロボットを攻撃するで!」 はやての指示にフェイト達は頷かざるを得ない。結局留まって魔力が無くなるまで攻撃しても結果は同じだろう。 それが地上本部と合流する事によってどれほど改善されるかは不透明であったが、今5人で戦い続けるよりは建設的に思えたのだ。 撤退は悔しくもあったが仕方がない、そう想いを噛み締めながらフェイト達はそれぞれに色鮮やかな魔力光を纏うと鉄人から距離を取るべく飛び去った。 鉄人はそれを見届けると視線をある方向に合わせ歩き始める。その先にある物は、このミッドチルダでもっと高くそびえ立つビルであった。 一方本局では鉄人28号を撃退するために、地上部隊の配置が急がれていた。 「エイミィ、鉄人の進路予想だ」 「了解」 先程の軽口とは打って変わってエイミィは至極真剣な眼差しでクロノの指示を受けた。彼女自身、既に夫をからかう余裕などなくなっていたのだった。 現在の鉄人の進路を調べると、まるで何かに引き寄せられるように一直線に歩いている事が明らかになり、エイミィはその事実をクロノに伝える。 「あいつ一直線に進んでる。やっぱり明確な目標があって行動を」 「それでどこに向かってる?」 どこにどう部隊を展開するかで戦局という物は著しい変化を見せる。敵の進路さえ分かれば、効果的な配置による効率的な攻撃が可能となるのだ。 エイミィは進路計算シミュレーターを大画面モニターを表示するとキーボードを叩き始める。 計算と言っても目標が一直線に進んでいる以上、その進路上に重要拠点などがないかを調べる程度である。 そして画面上に表示されたのはCGで再現された鉄人。彼は同じくCGで再現されたミッドチルダを闊歩していた。 進路上にはビルが何棟もあり、それを薙ぎ倒しながら鉄人は進んでいく。一見すれば無駄な行動だが、あのパワーならビルを避けて歩く必要もあるまい。 むしろ迂回するよりもビルを壊して直進したほうが目標には早く辿り着けるだろう。 だがそれはクロノ達にとってみれば正に悪夢である。今だ首都中央部にすむ市民の避難は完全には終わっていない。 今も地上本部の魔導師が救助活動に避難誘導にと駆り出されているが、それでも大都市の人間を一斉に避難されるのは容易な芸当ではなかった。 仮に鉄人の進路上にあるビルの中に逃げ遅れた人が居れば、その人たちの命はないだろう。 そんなこちらの想いも知らずに、シミュレーター上の鉄人はミッドチルダを廃墟で侵食していく。 数時間後にはこの光景が現実なるかと思えば、さすがのクロノでも頭を抱えざるおえなかった。 そして街を焦土に変えながら鉄人が辿り着いた先は……。 「なんやて! 地上本部!?」 「ああ、間違いない! あいつは一直線に地上本部を目指してる」 クロノからはやてに告げられたシミュレート結果は鉄人が地上本部を目指しているとの事であった。それも迷う事なく一直線に。 地上本部と言えば1年前、スカリエッティによる襲撃を受けたばかりだ。その時の痛手は地上本部に所属する隊員達の脳裏に刻み込まれている。 はやて率いる機動六課もその現場には居合わせたが、幸い死傷者や本部自体の被害は最低限にとどめられていた。 だが鉄人が相手となれば話は別である。あの巨体にそんな器用な真似が出来るわけがない。恐らくただ闇雲に本部を破壊するのがオチだ。 そうなれば周辺の被害と合わせてどれだけの人々が犠牲になるのか想像もつかない。たった一機のロボットがもたらすのは正に天変地異とも言うべき物であった。 だがあのロボットをこれ以上放置しておくわけにもいかない。市街地への被害も決して多少とは言えないが、ここは目を瞑り地上本部の防衛も優先せねばなるまい。 幸い鉄人の移動方法は徒歩である。歩幅が大きいとは言え、その姿を見てからでも何とか避難は間に合うだろうとクロノは判断した。 とにかく鉄人の撃退が最優先事項。それに必要なのは地上部隊の展開とはやて達の部隊を合流させる事。その一点こそが作戦の成否を分けると考えたクロノは、はやてに作戦の説明をし始めた。 「いいか今鉄人が居る場所から地上本部まで5キロ。部隊の展開時間を考えると地上本部から1キロの地点に集結させるしかない。君達もそこに合流してくれ」 『了解!!』 了解の声を聞いてクロノは願う。そう、あの鉄の化け物を倒す事を。このミッドチルダに平和を取り戻せるように。 全ては現場指揮者であるはやての双肩に掛かっていると言っていい。 「頼んだぞはやて」 クロノは呟いた。祈るように、はやて達の勝利を願って。 だがクロノの思いとは裏腹にミッドチルダ首都部は燃えていた。猛り狂う炎の渦に飲み込まれようとしていた。 全ての元凶は鋼鉄の巨人、全てを破壊する無敵の鋼鉄兵士。鉄人は18メートルの巨体を揺らしながら真っ直ぐに地上本部を目指していた。 その後陣を行くのは破壊の証明たる赤い炎。通り過ぎた後に残るのは、瓦礫と廃墟と死体の山。吐き気を催す匂いは、犠牲者達の焼けた物。 全てが壊れ、燃えていく。そこには有機物や無機物の差別はない。あるのはただ横たわる破壊の証明。 ただ歩いているだけなのに、壊したいわけではないのに、その抑えきれぬ力は無用な破壊までをも齎してしまうのだろうか。 今から10年前、そう10年前だ。自分は確かに破壊のために作られた。全てを破壊し、全てを殺し、そして最後に残るは無の空虚。 だけどただ1つ言える事。全てを破壊する為に生まれたが、それでも家族には間違いなく愛されていた事。 鉄人は、父の溢れんばかりの愛情を受けて生まれ、愛情故に葬られた。そして鉄人の兄弟は溢れんばかりに彼を愛し、そして共に戦い抜いてきた。 戦いの運命は終わり、この身に宿る世界に最後を齎す大罪は葬られた筈だった。もう戦う事はない、これからは安らかに眠り続ける事が出来る。 それが何よりの……たった1つの願いだった。ただ昏々と眠りについて時折兄弟の顔を見ながら彼の成長を見守っていくはずだった。 彼の笑顔が守れるならば世界を敵に回しても構わない。彼を守るためならば自分の命を投げ出す事だって厭わない。 ただこれからは、たった一人の兄弟と、最も大切な友と過ごす日々が欲しかっただけ。 そう、自分が望んでいるのは……望んでいるのは……。 「ガオォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」 こんな破壊じゃなかったのに。 時空管理局地上本部正面1キロ地点。 非常に開けた場所である地上部隊との合流ポイントではやて達が見たのは、道路を埋め尽くす勢いで敷き詰められた戦車隊の姿であった。 本来ミッドチルダは質量兵器の使用を禁止しているが、有事に際してはその使用が検討される場合もあり、戦車は低ランク魔導師の戦闘増強にも役立つため地上本部に配備されているのである。 機動性では空戦魔導師や陸戦魔導師のそれに及ばない戦車だが、火力に関しては高ランク魔力砲撃と言われる物に匹敵する威力を持っていた。 少なくともコンクリートや通常装甲であれば訳も貫通する威力を持った戦車砲。その火砲が今向けられているのは鉄人が来るべき方向。 今回の作戦で展開された戦車の数は実に50台。さすがにこれほどの戦車を相手にするのは高ランク魔導師でも不可能と言っていいだろう。 仮に六課最硬の防御力を誇るなのはであっても戦車砲の直撃を受ければタダでは済まない。そして超音速で飛来する弾頭はそう簡単にかわせる物ではない。 その砲門が50機も鉄人を撃つべく待機しているのだから、はやてが先程抱いていた気優は消えつつあった。 これだけの戦車部隊に自分達、元機動六課の隊長陣が加わり、さらに平均C~Bランクとは言え陸戦魔導師100名と空戦魔導師100名がプラスされるのであればその布陣は鉄壁無双と言ったところだろう。 「よく短時間でこれだけの部隊を……」 JS事件の教訓からか地上本部の部隊展開スピードは以前とは比較にならないほど迅速かつ正確な物であった。 クロノが部隊展開の指示を出したのが数十分前。たったそれだけの短時間でこれだけの部隊を展開したのである。 その錬度は目を見張る物であり「地上部隊は小回りが効かない」と憂いていたはやてにとっては非常に嬉しい誤算であった。 機動六課隊長陣とこの地上部隊の共同作戦なら、あの鉄の化け物を確実に葬る事が出来る。はやての淡く儚かった希望は絶対的な勝利の確信へと変わっていったのだ。 そんなはやての思案に割り込むようには居る通信が一つ。 『みなさん聞こえますか。こちらエイミィ・ハラオウンです』 それは本局からバックアップを担当するエイミィからである。 彼女は10年以上のキャリアを誇る局員ではあるが今回の作戦には久しぶりの実戦の上に相手が相手だ。その声には僅かばかりに緊張を含んでいるように聞こえた。 『攻撃目標間もなく射程距離に入ります。戦車隊と各魔導師は攻撃の準備を。以降全部隊の指揮権は八神はやて三佐に譲渡。各部隊は八神三佐の指示に従って行動してください』 『了解!!』 エイミィの指示に作戦に参加している局員全員が声を張り上げる。これ以上自分達の済むミッドチルダを破壊されてたまるか、そんな思いを込めた咆哮だった。 そう、局員達が居抱く願いは只一つ。そこには海だの陸だのと言った事は一切関係がない。あの鉄の化け物を葬り去り、この世界に平和を。 彼らが待望の眼差しで見つめる視線の先に居るのは、本作戦の指揮官である八神はやて三佐。 あのJS事件を解決した奇跡の部隊『機動六課』の部隊長だった人物。彼女ならばきっとこの難解な状況を打破してくれるに違いない。 その想いにはやてが感じるのは押し潰されそうな重圧。この場に居る数百人の命は、今はやての手の上にあるのだ。 一瞬の判断ミスでたくさんの同志を死なせてしまうかもしれない。常人ならば到底耐える事など出来ないプレッシャーがはやてを襲う。 しかし八神はやては退く訳にはいかない。この場に居る全員の命を背負い戦う事が自分の責務なのだ。意を決したはやてに飛び込んでくるのはエイミィからの通信。 『はやてちゃん! 目標射程圏内に入ったよ!』 「よっしゃ! 全部隊攻撃用意! 敵ロボット鉄人28号を破壊するんや!!」 『了解!!』 そんな様子をビルの上、眼下に広がる光景を不吉な笑みで見つめる一人の男。 「この程度で……舐められた物だな」 場違いな白衣を纏い、ビル風に紫色の長髪を靡かせる不気味な男。名をジュエル・スカリエッティ。そう、1ヶ月前、脱獄を果たしたJS事件の主犯である。 彼が持つのは、2本のレバーに3つのダイヤルが付いた箱型の装置。これこそが鉄人28号を唯一制御し得ると共に、持つ者を世界で一番強い存在に変えてくれる物。 そう、これこそが! これこそが! これこそが! 完全無欠! 絶対不死身の兵士にして、戦争と言う名の悲劇が生んだ鋼鉄不落! 完全無敵の人型最高兵器、鉄人28号の操縦機なのだ!! 「さぁ私の娘達、良くご覧! これが私の夢なのだよ!! これから起こる事をその眼に焼き付け、後世に伝えるのだ! 私ジュエル・スカリエッティが如何なる人間だったかをねぇ~! 例えこの身が神と呼ばれようとも! 悪魔と罵られようとも! これから始まる事は誰しもが声を上げる惨事となるだろう! そして世界は知るだろうさ! そして世界に残るだろうさ! 後の世代に語られるだろうさ! この日! この時! この夜が! 時空管理局が制止する日だとね!!」 『はい、ドクター・スカリエッティ』 スカリエッティの背後に光る影達はそう言って頷き微笑んだ。そう、これこそが復讐なのだ。我等が創造神に歯向かった者共への制裁である。 その粛清たるや大胆不敵、居並ぶ敵を真正面から叩いて砕く! 砕く!! 砕く!!! 砕き尽くして廃墟を作れ! 全てを壊して炎と踊れ! 涙の代わりに血を流せ! 笑いの代わりに恐怖の声を! 粛清されるは怨敵六課! ならば狂気の宴を開こうか! 例えそれが悪魔の所業と言われようとも! 「むしろ結構!! 本望さ!!」 神に背くか! 悪魔に背くか! 果たしてどうなるこの戦い!? されど止める事など笑止千万!! さぁ神よ、悪魔よ、ご覧あれ! 今宵の酒は女の血! 今宵の肴は女の悲鳴! 今宵の宴は! 「まっこと、誠に甘美なり!!」 闇夜に響くは男の嬌声。もはやこの男、神も悪魔も恐れぬのか? 『目標をレーダーにて捕捉! 射程距離まであと10秒!』 そんなスカリエッティの言葉を裏腹に、隊員からの通信で緊迫した空気が地上部隊を一瞬で支配する。ついに来たのだ、あの化け物が。 『発射用意!!』 戦車長の指示に戦車砲は一斉の同じ方向へと向けられた。いくら鋼鉄で出来たロボットと言えど、この火砲に耐えられるはずがない。 戦車砲に装填されているのは徹甲弾。その名の通り鋼鉄で出来た装甲を貫く為に作られた弾頭である。正面から迫り来る相手には格好の武器であろう。 敵は目立った武装は装備していない。なら狙うのはアウトレンジからの一斉射撃、敵を近づける事なく集中砲火で撃破する。 砲塔が狙いを済ましてからやや時間が経って、不気味な地鳴りが辺りに木霊し始める。 やがて部隊員の目に映るのは鋼鉄の巨躯。それはもはや見間違えるはず等がない、見間違えようがない。 ついに来たのだ。 『鉄人28号を目視確認!!』 『撃てぇぇぇぇぇぇ!!』 鉄人がその姿を晒した瞬間、敵を貫くべく放たれた弾頭が衝撃波を纏って、ありとあらゆる方向、角度から鉄人に押し寄せる。さすがにこの巨体でこれだけの一斉掃射をかわす事は不可能だ。 その為か鉄人はまったく動こうとはしない。だがそれは決して己の敗北を悟り、抵抗を諦めたのではない。 砲撃の発射音よりも遥か速く鉄人に辿り着いた弾頭は、その鋼鉄の身体に勝負を仕掛ける。 何発もの弾頭がほぼ同じタイミングで命中。勝利を確信する隊員達だが次に響いたのは装甲を貫通する音ではなく激しい炸裂音であった。 その音に何事かと隊員達が思えば、突然鉄人の周囲に建つビルのガラスが粉々に砕け散り、その壁は小さい衝突音を無数に立てて火花を散らすと細かな陥没が幾つも出来ていた。 それらガラスやコンクリート片は、まるで雨のように地面に降り注いでいる。一瞬何が起きたのかまるで見当も付かない隊員達であったがハッとした戦車長が一言発した。 「徹甲弾が……弾かれたのか?」 そう、徹甲弾は敵の装甲を破壊するという役割を果たす事なく、鋼鉄の鎧に阻まれ砕け散ったのだ。結局散らばった破片が壊した物と言えば、付近のビルのガラスや壁だけ。 よもや敵を破壊するための攻撃が市街地に被害を与えるとは。彼等自身、流れ弾による多少の被害は想定していたが敵に効果が無い上に、街だけ壊すとは本末転倒である。 だがこのまま引き下がるわけにも行くまいと、すぐさま第二波攻撃が続行される。しかしまたまた炸裂音が響いたかと思えば、弾き返された弾頭の破片がビルや道路に無数の傷跡だけを残していく。 戦車長は怒声と共に攻撃続行を指示するが、いくら徹甲弾の洗礼を浴びせた所で鉄人の身体は傷一つ負わない綺麗な物であった。 「あかん! 魔導師のみんなは射撃準備! 撃てぇぇぇぇぇぇー!」 これではまずいと思ったはやてが待機していた魔導師大隊に攻撃命令を出す。砲撃が出来る者はその場で、出来ない者は鉄人と距離を取るべく空から陸から近付いていく。 戦車砲の連射に混じって砲撃魔法や射撃魔法の大群が鉄人を襲う。それらの着弾は連鎖するように爆発を起こすが、やはり効果はなかった。 鋼鉄を犯そうと溢れ返る爆風に包まれても、まるで何事もないかのように一歩一歩を踏み締めながら、鉄人は地響きと共に地上本部へと前進を続ける。 少しでも足を止めようと懸命の攻撃が繰り返されるが、鉄人の歩調が変わる事はない。着実に目標へと向かって行進する姿は、宛ら不死身の兵士といった風情で見る者に威圧感と敗北感を与えていく。 魔力砲撃は意味を成さず、射撃魔法に至っては論外。戦車砲の弾頭は砕けてショットガンの様に散らばり、街への被害を広めるだけ。 敵へのダメージがあるなら被害を考慮しても続ける価値はあるだろうが、そんな様子を微塵も見せない鉄人に隊員達が居抱くのは絶望と恐怖。 「な、なんて装甲や。こ、こ、これほどとはっ!」 指揮官たる八神はやても最早戦意を喪失しかけていた。先程の安堵は、落胆と焦燥にすり替わり、はやてを追い詰めるだけであった。 この人数でもさしたるダメージを与える事は出来ないのか? これだけの攻撃でも傷一つ付ける事も叶わないのか? それは装甲が頑丈と言ったレベルを超越している。例えとして適切ではないが『暖簾に腕押し』と言った所であろうか。 ようはこの攻撃自体に全く意味がないのである。つまり作戦行動自体が無駄そのもの。 街の被害に目を瞑り、攻撃を仕掛けた結果は、効果なし。これでは何のための作戦なのか分からないのだ。 意味のない作戦で意味のない被害が生まれ、そして絶対的な存在への畏怖のみが魔導師達を支配する。 「こなくそぉ!!」 だがヴィータはそれを切り払うようにグラーフアイゼンを掲げ、猛然と鉄人に立ち向かおうとしていた。 今だ続く弾幕の雨を縫うようにすり抜けるとカートリッジ3発ロード、振り上げるアイゼンは鉄人に迫る巨鉄槌となり、敵を打ち砕くべく一気に打ち下ろされる。 「食らえぇー!!ギガントォォォハンマァァァァァァァァ!!」 巨人の鉄槌と銘打たれたヴィータの最大火力、圧倒的質量と内包された膨大な魔力を併せ持つそれが、正真正銘の巨人に向かって突き進む。 その威圧感にさしもの鉄人も両手を差し出して、受け止めんとする。やがて鉄人とギガントハンマーが邂逅を果たすと鈍く巨大な衝突音がビル街と大地を揺らした。 既に鉄人の重量を支えるのに精一杯の道路は、さらなる質量の追加に耐え切れなくなったのか、鉄人の足周りを中心にクレーターのような陥没が広がった。 だがその大質量攻撃をも鉄人自体は、微動だにせずに支えている。それもそのはず、鉄人の腕力ならば数百トンの物体を軽々持ち上げ、投げ飛ばす事が出来るのだ。 如何なヴィータのギガントハンマーと言えど、不死身の兵士に対しては破壊力不足と言わざるを得なかったのである。 「ギガントハンマーが……そないな事があるわけ、あるわけが」 そしてその光景は、はやての戦意に止めを刺すには、十分すぎる物であった。ヴィータは六課の中でも最高の物理破壊力を持った騎士である。 それ故にヴィータのギガントハンマーが効かないという事は、少なくとも六課所属のメンバーの攻撃では鉄人を破壊する事は不可能と言う証明でしかなかった。 「だったらぁ!!」 尚も食い下がるヴィータは、ギガントフォルムを解除するとアイゼンを再び振り上げた。ギガントが効かないならそれをも上回る鉄槌を。 グラーフアイゼンが赤い魔力に包まれたかと思えば、弾け現れるのはヴィータのリミットブレイク。 巨大なロケットエンジンの先端にドリルを取り付けたような形状を見せるのは、鋼鉄を爆砕する究極の鉄槌。その名をツェアシューテルングスフォルム。 衝撃波を伴ったロケット噴射とそれに連動して高速回転する巨大なドリルは『聖王のゆりかご』その強固な動力炉を破壊した機動六課最強の物理破壊攻撃だ。 ヴィータ最大のリミットブレイクは、唸るような爆炎を噴射口より吐き散らしながら鉄人を捉えんと振り下ろされる。この一撃に鉄人は、どっしりと腰を落として構えると迎撃すべく拳を突き出した。 破壊の鉄槌とビルをも壊す鉄拳の正面勝負。互いの噴射速度と拳速は持ち得るポテンシャルの最大限を引き出している状態だ。 そして互いに最高の威力を持って激突した鉄槌と鉄拳。耳を劈く衝撃音に皆がどちらが壊れたのかと目をやると。 「ああ……ア……アイゼェェェェェェェェン!!」 泣き叫ぶようなヴィータの声が木霊する。その衝撃に耐え切れなかったのは、鉄槌のほうであった。 「ヴィータのリミットブレイクまで……」 鋼鉄の伯爵の敗北は、はやてに驚嘆の声を上げさせた。鉄人のパンチの直撃を受けたアイゼンは粉々に砕け散り、破片が中空の至る所に散らばっている。 もはや鎚の部分は原型は留めておらず、放心状態のヴィータの手に残されたのは、全体がヒビ割れた柄の部分だけであった。 一方鉄人の拳は、アイゼンの直撃を受けた部分から摩擦熱による白煙こそ上がっている物のこれ言って目立った外傷は見つけられない。 戦車と魔導師部隊があれほどの集中砲火を浴びせた上にヴィータのリミッドブレイクを持ってしても装甲を摩耗させる事さえ敵わないのか。 しかしヴィータの敗北は、はやての尽きかけていた戦意を燃え上がらせるには十分だった。はやては、大切な家族を傷つける者を許すわけにはいくまいと声を荒げる。 「ヴィータは下がるんや! 私達は上空からフォースブレイカーいくで!」 はやてはとにかくヴィータに下がるよう指示。ヴィータは自分の攻撃が効かない悔しさと唯一無二のパートナーであるグラーフアイゼンの全壊に泣きそうな表情を浮かべながら、無言で頷くと自陣の後方へと後退した。 その様子に胸を締め付けられるはやてだったが、今はヴィータを慰めている場合ではないのだ。この戦いが終わった時、せめてこの胸に抱いて大いに泣かせてやろう。 その為にも残された最後の切り札、各人が持つ最大火力を直撃させるフォースブレイカー。強大な『闇の書の防衛プログラム』をも沈黙させたこの攻撃で鉄人に勝負を掛けるしかない。 幸い敵は、遠距離武装の類を装備していない。ならば足を止めたチャージにも時間を取れるし、全魔力を注ぎ込んだ強力な砲撃を撃てば或いは。 「全員高度100メートルまで上昇! 行くで!」 そう言ってから上昇を始めるはやて。続いて、なのは、フェイト、シグナムも伴う様にして飛翔した。砲撃魔法の射程距離と鉄人のリーチを考えれば100~200メートルほど距離を取るのが最善策。 本当ならば万全のため200メートル以上離れるのが一番だが、そこまで離れると魔法の威力が減衰してしまう。危険を伴っても100メートルの距離で撃つのが有効であるとはやては考えたのだ。 最大魔法を放つために空へと昇っていくはやて達に、鉄人が視線を合わせると突然空気を切り裂くような音が辺りに響き始めた。 この異常は遠く離れた本局でもエイミィが察知しており、鉄人のステータス値の変化を司令官であるクロノに伝えた。 「鉄人の背中付近に熱源反応!? これは……」 「何をする気だ!?」 クロノもモニター越しに鉄人の異変に気が付いていた。鉄人の背中で巻き起こるのは激しく燃え上がる陽炎の渦。武装はないとタカを括っていたがこの様子では何か隠し玉を持っているのは間違いない。 それは現場で鉄人と直に対峙しているはやても感じている事だった。背中のユニットが陽炎を起こしている事と鉄人が魔力系統を使用していないのなら予想出来る攻撃は物理的な炎熱攻撃。 その選択肢から考えられるのは、熱線か火炎放射。背中のユニット形状からミサイルやロケット弾等の可能性も捨て切れない。 はやては、このまま足を止めてのチャージは危険と判断。散開を指示しようとしていたその時。 「みんな、さんか……」 はやての言葉を遮る様に突如響いたのは、重々しい爆発音。そしてはやてが見たのは、目の前に居た筈の鉄人の姿が消えている空間。 どれだけ眼下に広がるビル街を見下ろしてみても、その巨大な姿はどこにも存在しない。鉄人ははやて達の前から完全にその巨体を消し去っていたのだ。 あれほど巨大なロボットが一瞬で消えるなど物理的に考えてもあり得ない。魔法技術を使えば転送魔法等の使用で不可能ではないだろうが、それでもあの質量の転送にはそれ相応の装置が居る。 鉄人が内部構造に魔法技術を使用していない以上、転送魔法による瞬間転位は不可能と言っていい。 そんな思案をはやてがしていれば、耳に入ってくるのはどこかで聞いた覚えのあるエンジン音。そう、ロケットやジェット機が飛ぶ時に出すエンジン音。それと似た音がはやて達の後方から聞こえてくるのだ。 やがてはやてを含めた全員が気が付く。鉄人が消えた状況、今後ろから聞こえるエンジン音、鉄人の背中に発生した陽炎。それらを総合して考え出される一つの結論。それははやて達にとって最悪を意味している結果であった。 「ウゥゥゥゥゥ」 はやてが振り返り認めたのは、唸り声を上げる鉄の巨人。もし見間違いならどんなにうれしいか、しかしこの巨体を見間違える訳がない。 間違いなく背後を飛んでいるのは鉄人の姿。見れば背中のユニットから猛炎を噴き出し、空に浮かんでいる。 これまで戦ってきて鉄人が近距離戦闘特化型の格闘専用機体である事は分かっていた。だからこそアウトレンジからの砲撃魔法が唯一安全な攻撃手段であると踏んだのだ。 しかしそれも鉄人の移動手段が歩く以外にはないと思っていたから成立する考え方であり、飛行能力を持っているとなると、もはやアウトレンジからの攻撃も有効な手段とは呼べなくなってくる。 どれほど距離を離してもそれを詰められたら意味がないのだ。まして砲撃魔法は足を止めなければ撃つ事が出来ない。はやての中でヴィータの敗退によって燃え上がっていた闘志も既に風前の灯と化していた。 「そないな……て、鉄人が……空を」 そう漏らしたはやては、鉄人の多機能さに驚嘆を覚える以外になかった。ビルを壊す力と砲撃魔法を防ぎ切る装甲だけでも驚異なのにその上、空まで飛べる機動性と来たのだ。 完全無欠とはこの事を言うのだろう。既にはやて達に付け入る隙は残されていなかった。 「ガアァァァァァァァァァァー!!」 「はやて!」 逆に思案に耽るはやては隙だらけである。咆哮と共に鉄人が右の剛腕をはやて目掛けて突き出すとそれに気が付いたシグナムが庇う様に飛び出した。 全速力で飛んだシグナムは、迫り来る拳の射線からはやてを突き飛ばす。突然の事に、はやては小さな声を上げてバランスを崩し掛けたが、ジグナムのお陰でパンチの直撃する軌道からは外れていた。 シグナムも飛び出した反動を生かして必死に身を捩り、ギリギリの距離で鉄人の拳を回避。触れそうな距離を通過する拳から発生した焼け付くような風圧が騎士甲冑を擦りつける。 単なる拳圧とは言え、それだけで騎士甲冑越しに衝撃を感じるほどである。直撃時の破壊力を想像すれば、歴戦の勇士たるシグナムに戦慄を覚えさせるには十分過ぎるほどであった。 「グオォォォォ!!」 だが相手に安堵の猶予を与えないよう咆哮する鉄人。その左腕は既にシグナムに狙いを付けている。 一方シグナムはと言えば、無茶な体勢から強引に身体を捩って回避したせいで、今だ体勢を整え切れずにいた。 剛風を纏いながら放たれる拳は真っ直ぐにシグナムへ向けて飛翔する。来るのは分かっていても身体が動かず、仮に障壁を展開したとしても直撃を受ければ待つのは確実な死。 もはやこれまでかと覚悟を決めれば突如視界に飛び込んでくる一筋の雷光。それは鉄人の拳が到達するよりも数瞬速くシグナムを救い出していた。 そのあまりのスピードにシグナムは自身の反射神経を持ってしても状況を把握出来ずにいたが、やがて急停止して雷光が弾け飛ぶと、現れたのは見慣れた金髪の靡かせる少女であった。 「テスタロッサ……」 「大丈夫ですか?」 真剣ではあるが、どこか温かみのある顔で問い掛けたフェイトはシグナムを見つめている。シグナムが改めて自分の状況を見ればフェイトに横抱き、俗に言うお姫様抱っこをされている事に気がついた。 まさか守護騎士である自分がこのような格好で助け出されるとは思ってもなく、戦いの最中とは言え、妙な気まずさがシグナムを支配していた。 「グウゥゥゥゥ」 だがそれも束の間、不気味な唸り声に2人が正面を見るとそこに居るのは鉄人の姿。思いもしない状況に驚きを隠せないフェイトだがそれも無理はない。 何せフェイトはスピードと機動性では六課最速なのである。そのフェイトが持ち得る最速の移動魔法ソニックムーブを使ってシグナムを救出した上に、安全のため間合いは十分に取ったつもりであった。 なのに目の前に居るこの巨体は確かに鉄人その物である。フェイトがソニックムーブを発動した瞬間鉄人はパンチを放っていた。もし鉄人が回り込んで来るタイミングがあるとしたら静止してシグナムの安否を聞いた瞬間。 たった数秒で安全圏だと思っていた距離まで回り込んで来るスピードと機動力、それは六課最速と言われるフェイトに匹敵するという意味であった。 本局の指令室でもその様子に驚愕の声を上げる者は多く、普段は冷静なクロノも義妹であるフェイトがスピードで鉄人に負けるとは思ってもなく驚くより他に選択肢はない。 「一体どうなって、フェイトが前を取られるなんて、そんな事が」 「クロノ! あの鉄人、音よりも速く飛んでる!」 「馬鹿な、あの質量が音速だと!?」 エイミィが使うモニターに表示されている分析結果。それは鉄人28号が音速を超えて飛行したという事実を淡々と表示していた。 確かに音よりも早く飛べば短時間でフェイトの前に回り込む事は出来るかもしれない。しかしあれだけの質量が音速で飛び、ましてフェイトの前を行く等、信じられる事ではなかった。 鉄筋コンクリートのビルをも壊してしまうパワー、砲撃魔法や戦車砲の直撃にも耐える装甲、そして高機動魔道師と互角に飛べる音速のスピード。 鉄人28号は高ランク魔道師でもその方面に特化していなければ出来ない事を簡単にそれも単独で成し遂げているのだ。勝ち目などない。直接鉄人と対峙する八神はやてにとって、その事実は認める以外になかったのである。 「完全や、全てに死角がない」 そう呟いて、はやての心は完全に砕け散ったのである。もはや戦車隊も魔道師部隊の誰しもが攻撃の手を止めてしまっていた。 辺りに響くのは鉄人のロケットエンジンの噴射音のみ。誰一人として言葉を発さず、ただ無敵の兵士の姿を見つめ続けるに留まったのである。 シグナムを横抱きにしているフェイトもそのままの姿勢で眼前の鉄人を見つめるしかなくなっていた。スピードでも歯が立たないのだから何をしても無駄だと。 如何なる抵抗も無意味なら、ただ立ち尽くして成り行きを見届けるより他にない。もしも鉄人が拳を突き出せば確実に殺されるだろう。 しかし逃げようとしても速度はこちらと同等か、むしろ向こうが速いのかもしれない。なら回避行動自体が成り立たないと言ってよかった。 絶対的な力量差を突き付けられ、ただ呆然と立ち尽くす魔道師達に鉄人は呆れたのか、目の前のフェイト達に拳を振り上げる事もなく、横を通り過ぎながらゆっくりと地上本部へと飛び去って行く。 フェイトは後方に飛び去っていく鉄人に安堵を覚えていた。しかしそう思うという事は同時に一つの結論に至ったという事でもある。 そう、それは敗北。その場に居る誰もが、鉄人を追おうとはしないし、各隊の隊長陣も迎撃せよとの指示を出す事はなかった。 既に全員が悟っていたのだ。追った所で勝負は見えている、なら抵抗は止めて生き延びた方が得なのではと。地上本部には既に避難命令が出ているはずだから人的被害は最小限で済むはずだと。 あの化け物に勝てる者など居ないのだと。 「諦めたか」 そして離れた位置から鉄人を操縦するスカリエッティは、双眼鏡ではやてたちの顔を見ながらほくそ笑んでいた。もう少し遊んでもよかったのだが、鉄人に対抗出来る者が居ない以上、退屈なだけだ。 プログラム改竄をしてプレイヤーキャラを無敵状態にしたゲームは、始めのうちは面白くとも、普通にやるよりも早い段階で飽きが来てしまう物。 それに目的は何も魔道師連中と遊ぶ事ではない。それはそれで楽しい時間ではあるが仕事は仕事、こちらを優先せねばなるまいて。 「鉄人カプセルを回収しろ」 「ガオー!」 地上本部に辿り着いた鉄人はスカリエッティの指示に咆哮で答えると右腕を突き出した状態で本部目掛けて急降下。地上本部は建物自体が堅牢に出来ており、さらに魔力障壁も張り巡らせた2重構造になっている。 通常攻撃であれば鉄壁を誇るが、圧倒的質量を持ちながら音速のスピードで迫る鉄人には、その防御策も大した効果がある物ではない。 音速で突撃を仕掛けてくる鉄人に、まず魔力障壁が立ちはだかるがまるで銃弾の直撃を受けた窓ガラスのように砕け散り、そして堅牢な外壁構造も爆音と共に障子紙のように破り去られた。 鉄人が鉄筋コンクリートを敷き詰めて作られた分厚い床板を突き破りながら目指すは、地下のロストロギア保管庫。 「そこだ鉄人」 「ガオー!」 ちょうどその位置に差し掛かった所でスカリエッティは鉄人に停止の指示を出す。既に地下数十メートルまで突き進み、鉄人の真下がロストロギア保管庫だ。 鉄人は薄い発砲スチロールを相手にするかのように保管庫の天井を破壊すると中から薄汚れた一つのカプセルを取り出した。 その光景を双眼鏡越しに見つめていたスカリエッティは、粘り付く様な気味の悪い笑みを浮かべると鉄人と背後に控えるナンバーズ達に指示を出す。 「よし鉄人退却だ。クアットロ、シルバーカーテンで鉄人をステルスにしてくれ。追跡されても面倒だ」 「はいドクター」 そう言って眼鏡を光らせるのは戦闘機人ナンバー4『クアットロ』電子戦を得意としており諜報戦やジャミングなどに長けている戦闘機人である。 彼女の固有技能『シルバーカーテン』はレーザー撹乱やステルス迷彩等の機能を持っており、偽装工作や潜入のサポートなどその使用方法は多岐に渡り、戦術性の高い能力であった。 今回も巨大な鉄人を飛ばしていては非常に目立つため当然時空管理局から追跡を受ける。そうなれば自由に行動が取り辛くなるがために彼女の出番と言う訳だ。 スカリエッティの予想通り、本局ではクロノ達が鉄人の追跡準備を急いでいた。仮に倒せないまでも位置を把握しておく事が戦略的に重要だからである。 「エイミィ! 鉄人を追跡するんだ!」 「それがレーダーに機影が映らなくって! これじゃあ追跡出来ないよ……」 エイミィの言葉にクロノは愕然とした。この上ステルス機能まで兼ね備えた機体なのかと。これでは相手がどこから来るのかも、どこに行くのかも分からない。 悔しさを紛らわせるように握り締めた右の拳をデスクに叩きつける。 「くそぉぉぉぉ!!」 鈍い音を立てて叩きつけた拳は切れ、血が滲む様にデスクに広がっていった。 遥か遠くで起きているそれを嘲笑うかのようにスカリエッティは実に愉快な笑顔を浮かべている。 「地上はまた今度でいい。さて」 「次はどうしますかドクター」 そう聞くのはスカリエッティの右腕たる戦闘機人ナンバー1『ウーノ』簡潔に説明すればスカリエッティの右腕のような存在で、クアットロ同様彼女も情報戦や電子戦と戦闘補助の能力に長けている スカリエッティは微笑みかけながらウーノに向き直った。 「次元航行艦の用意は出来ているね?」 「もちろんです」 「いい子だねウーノ。なら行こうか時空管理局本局へ!!」 午後23時50分 時空管理局地上本部付近。 「まるで廃墟だ……。そう、私の夢に出てきたあの……」 煌々と炎が照らし出す廃墟でフェイト佇むようにただ呆然としていた。目の前に広がる光景は間違いなく今朝見た夢に似ている物。 そう、高町なのはという大切な人を失い、この破壊の張本人『鉄人28号』を我が手に操っていた夢。 結局鉄人という存在は現実の物になってしまった。もしかしたらこれも夢の延長ではと考えもしたが、焼ける炎の匂いや土埃が身体を打ち付ける感覚が現実である事を否応無しに伝えていた。 これが夢だったらどんなに良かっただろう。今この状況が現実なのだとしたら、夢の中でなのはを喪失した事もまた現実になり得ると言うのか? そうでないと誰が言える。現にフェイトの夢は正夢となり現実世界に襲いかかったのだ。それならばなのはを失う事も現実になる。 そんな事実断固として認めたくはない。認めたくはないが、しかし鉄人の存在を否定する事が出来ないならなのはの死を否定する事も出来ないのだ。 「全部壊れちゃったね」 「なのは……」 なのは、そんな悲しそうな顔をしないでおくれ。君の悲しみは私にとっての身を切り裂かれるよりも辛いんだ。だから笑っておくれよ。 そう願うフェイトの隣になのはは寄り添うようにして近付いて、フェイトの左腕に縋るように抱き付いた。 腕を通して伝わる温もりにフェイトは最愛の親友の生を実感する。よかった彼女はまだ生きている。だったら守る事が出来るんだ。 もう傷付かない様に守り抜いて行こう。この手に伝わる温もりを失う事は、自分にとっての死と同意義なのだから。決して失ってなる物か。 そう、自分を犠牲にしてでも彼女だけは守らねば。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンに始まりをくれた誰よりも温もりに溢れた手、誰よりも眩しい笑顔。 生涯始めての友達で、今までもこれからも誰よりもかけがえのない存在。フェイトにとってのすべてに勝る大切な人。 「どうしてかな、どうしてこんな事をするのかな」 ポツリと漏らした言葉は独り言のように聞こえるが、なのははフェイトに問いかけているのだろう。しかしそれに対する答えをフェイトは持っていなかったのだ。 むしろ教えてほしいぐらいだ。なんでこんな事になっているのか。そしてなぜ夢が現実になっているのか。分からないから言える言葉は少ないけど。 「分からない。私にも何も分からない。どうしてこんな事になったのかなんて、どうして現実になってるのかなんて」 「じゃあやっぱり……」 そう、夢が現実になっている。いやもしかしたら現実を夢に見たのか? いやそれだけはダメだ。もしそうならなのはが死ぬ事が現実になってしまうではないか。 絶対にそんな事があってはならない。だから決めた。初めて彼女と友達になった日からずっと思ってきた事。それは彼女を守り抜く事。 そう、だから今ここに誓おう。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが全力を持って全うするべき誓いを、絶対に曲がる事のない信念の誓いを。 「なのは、私はいつでも傍に居る。どんな時でも君の傍に居る。そう、この世の全てが敵だって私は君だけの盾になる」 「フェイトちゃん……」 フェイトの言葉になのはは戸惑いを覚えていた。なぜこんな事を言うかと、でも不思議と彼女の言葉は心地よいのだ。 自分を守ってくれる騎士の様で。守られるのが好きという訳ではないが、この人であれば自分の命を預けてもいいと思える存在。 そしてきっとこの人は自分の命に代えても自分を守ろうとするだろう。だけどそんな事は絶対に嫌だ。大切な親友を自分のために失うなんて。 「無茶は、しちゃダメだよ」 「君もね」 釘を刺すように言われて逆になのはは恥ずかしくなっていた。まさかここでカウンターを食らうとは思ってもないのであった。 だがフェイト自身、無茶の塊であるなのはに、そんな事を言われなくはないのだ。誰よりも無茶をするくせに人には無理をするなという矛盾した性格。 それが高町なのはが持つ最大の欠点である。なのはの身体は1年前行使したブラスターモードの副作用が抜け切っていない状態なのだ。 本来なら戦闘などもってのほかで絶対安静の療養が数年必要とはやての守護騎士であるシャマルから念を押されていた。しかしそれでもなのははこうして最前線に出て戦っている。 こんな無茶を続ければいずれ身体が壊れてしまう。それは9年前に身を持って経験した事なのに。 フェイトと言う人間は、なのはに対して否定的な意見を言う事はないし、直してほしいと思う部分も皆無に等しい。そのフェイトが唯一なのはの性格において直してくれと切に願う部分なのである。 「にゃはは、気を付けます」 その言葉となのはの幼い頃から変わらぬ笑顔で誤魔化されたような気もする。でも隣で見守り、彼女が無茶をしないように気を付ければいい。 「よろしい」 だからフェイトも微笑みを交えて答えるのだ。少しでも彼女と笑みを交わし合いたいから、笑顔で居たいから。 「まぁせやけど問題は山積みやな」 フェイト達から少し離れた位置で、廃墟となった都心部を見つめる八神はやての憂鬱は膨らみに膨らんでいた。結局リンディから頼まれた事を何も出来ずに終わってしまった。 それは八神はやてにとって完全な敗北。世界を滅ぼせる力とは聞いていたがこれほどの物と誰が想像出来ただろうか。 自分に認識の甘さを恨みつつもそれで敵を倒す事など出来ないという事は十二分に理解している。だから今するべきは後悔ではなく、敵を屈するための方法を考える事だ。 「やっぱりあれを使うしかないんかな」 「はやて、あれとはもしや」 はやてから一歩引いた後背に立つシグナムが声を掛ける。以前にも似たような状況に陥った事はあった。それは自分たちが当事者となった闇の書事件。 あの時も通常攻撃では倒し切れぬ『闇の書の防衛プログラム』を消滅させる威力を持った魔力砲。たった一撃で都市を消滅させる威力を持った時空管理局が誇る最強の魔法兵器。 「アルカンシェル。あれなら鉄人でも」 そう、時空管理局保有兵器の中でも最大の破壊力を持った『アルカンシェル』物体を対消滅させるあの破壊力なら鉄人を倒すには十分だろう。 「ですがアルカンシェルを地上に向けて撃てば甚大な被害が。それはあなたも分かっているはずです」 「そうやね。でも11年前みたいに衛星軌道上で狙撃すれば被害は抑えられる。問題は転送時間をどう稼ぐかやな」 シグナムの言う問題は11年前『闇の書の防衛プログラム』を倒した時に解消されているから特に気にする必要はない。だがどうやって衛星軌道上まで連れ出すか、それが問題であった。 あの質量を転送する事は転送魔法に長けた魔道師が数名居れば不可能ではない。しかし高速処理に優れた魔道師でも転送には、それなりの時間を要する。 最大の問題は、転送時にあの巨体の動きを長時間止めなければならないという点であった。それが不可能に近い事は誰の目に見ても明らかである。 「まぁでもなんとかするしかないか」 そう、ここまで来ればアルカンシェル以外に鉄人を撃退する手段は残されていない。もしもそれさえ通じないとなれば。 「そう、もしもダメならリンディさんの言う通りになるかもしれんな」 はやては火の子の舞い散る空を仰ぐ。今日味わった敗北の苦さと明日に得るべき勝利への待望を胸に秘めて。 午後23時50分。 瓦礫の山となったミッドチルダ中心部。そこでは救助活動のために地上部隊の魔導師が派遣されていた。 以前機動六課に所属していたスバル・ナカジマもその救助隊の一人だ。 デバイス、マッハキャリバーを使って廃墟を駆ける彼女の目に映るのは、瓦礫の下敷きになった人々の姿。 最も人が居る時間帯に起きた惨事。その被害者数は想像を絶するもので、スバルがどこに目をやろうとも見えるのは死体と瓦礫の山々。 だがこの地獄の中でも助けを待っている人が居るかもしれない。スバルは涙を堪えて走り続ける。 やがて見えてくるのは一人の幼い、歳は7~8才ぐらいか? その少女は瓦礫の山の上でしゃがみ込んで何かをしているようだった。 「そこの君! 大丈夫!?」 猛烈なスピードで近付いてくるスバルの問い掛けに、少女はちらっと目を向けるもすぐに俯いてしまう。 すぐ近くまで来たスバルは、少女が何をしているのか気になり見ると、彼女は小さな手を血塗れにしながら瓦礫を退かしていた。 少女の手はあちこちが切れており、彼女が退かした瓦礫には、少女の物と思しき鮮血がべったりと付いている。 その痛々しい様子にスバルは眉をひそめた。恐らく恐怖でパニックを起こしてこんな事をしているのだと。 とりあえず安全な場所まで連れて行こう。そう考えたスバルは少女を安心させようと優しく微笑みながらそっと手を差し出した。 「私の名前はスバル、助けに来たよ。さぁ安全な所まで行こう」 「ダメなの」 無表情のままでスバルの言葉を遮る少女に、スバルは困惑していた。 どうしてこんな場所に残ろうとするのか? とにかく理由を知らねばとスバルは微笑みを浮かべたまま少女の目線までしゃがみ込み、話し掛けた。 「君はここで何をしているの? ここはすっごく危ないんだよ」 「私ね、ママに妹をお願いねって言われたの」 スバルは少女の一言で彼女の行動の意味を察したのだった。そう彼女は妹を助けようとしている。そして少女がしゃがみ込むこの瓦礫の下に妹が埋まっているのだという事も。 スバルが瓦礫を退かすのを手伝おうとした時、少女の座り込む瓦礫の隙間から血が流れ出しているのを見つけた。 それは少量ではなく隙間から幾筋もの血流が流れ出しており、その様子からこの下に居る少女の妹がどんな状態は簡単に想像出来た。 少女の妹が何歳かは分からないが、この出血量では大人でも確実に助からないだろう。 顔色一つ変えずに瓦礫を退かし続ける少女はその事を悟っているのだろうか。スバルは少女の姿に溢れそうになる涙を堪えて、その小さな身体をそっと抱き締めた。 「どうして、どうしてこんなひどい事が……どうして……どうして」 今まで数多くの災害現場を見てきたが今日ほど酷い物はなかった。スバルがこの日を忘れる事はない、いや忘れる事など出来ないだろう。 あのJS事件とは比較にならないほどの大惨事。この日は後に歴史的事件として人々に記憶されていく事になる。 そして今日の事件は人々にこう呼ばれる事になるのだ。決して凝った名前ではなかったがそれでも人々に鮮明に記憶されるその名を『鉄人事件』と。 午後23時50分 時空管理局本局 鉄人28号対策司令室。 鉄人との交戦終了から数十分が経過し、司令室に居る者は半ば放心状態となっていた。 作戦は失敗。鉄人には決定打となるダメージを与える事もなく逃げられ、しかも追跡不能という状態である。 敗北ムードが漂う司令室の最上層のデスクでは、落ち込んだ様子で座るクロノと救急箱から薬品や包帯を取り出すエイミィの姿。 完全な敗北にショックを受けている職人の中でも特にクロノは決定的な敗北感を引きずりながらエイミィから机を叩いた際に右手に負った傷の手当てを受けていた。 「大丈夫?」 優しく問い掛けるエイミィの存在はクロノにとって非常にありがたい物であった。包帯を巻く手が触れ合う度にクロノの心を少しずつではあったが溶かしていく。 普段会う事は少ないが、それでも献身的な妻にクロノは愛しさを抱き、暫くぶりに触れる手をそっと握り締めた。 「包帯、巻けないよ」 「いいんだ。少しこのまま……」 普段クロノがこうして甘えてくる事は滅多にない。海鳴に住む様になってからは会う機会もめっきり少なくなっていたから尚更である。 元々努力家で自分に厳しい性格のクロノは昔からエイミィはおろか母親にも甘えを見せる事は少なく、何かあっても自分の中に仕舞い込む癖のある人間であった。 だからエイミィにとって弱さを見せてくれる夫の姿は、不謹慎とは思いつつも素直に嬉しくもある。エイミィはクロノの両手をそっと包み込むとその指先に口付けを落としてから顔を上げて微笑み掛けた。 「大丈夫、傍に居るから。辛くても私が居るから」 「ありがとうエイミィ」 そう言ってくれる夫の顔は真剣だけど、それがなんだか可笑しくて、エイミィはクロノの頭に手を置くと優しく撫で始めた。 いつもならこんな事を人前でされれば「からかうな」と怒る所だが、今はその感触がとても心地よくてそんな事を言う気分になれなかった。 ただ慰めようとしてくれる心遣いが嬉しくて、微笑みかけてくれる笑顔が暖かくて、子供っぽいかもしれないが頭を撫でられる事がこんなにも心を落ち着けてくれるなんて。 今なら自分の子供たちがエイミィに頭を撫でられると喜んでいる理由が分かる気がする。確かにこの温もりは、大いに心を落ち着けてくれる。 本当ならこのまま抱き締めて縋りたいが、勤務中であるし人目がある事からも憚られた。しかしそんな心情を悟ったのかエイミィはそっとクロノの背中に手を回した。 その瞬間クロノが全身を温もりに包まれるような感触を覚えて、自分の背中をゆっくりと摩る様にして撫でる手に涙が出そうになる。 もう勤務中だろうと人目だろうとなんだっていい。クロノはエイミィを引き寄せると想いをぶつけるように力強く抱き締めた。 けれどエイミィが抗議の声を上げる事はない。ただ口を閉ざして、愛しそうに優しく背中を撫で続けて、その手の温かさは、クロノにとってどんな事よりも嬉しかった。 そうして二人が抱き締めあったまま、数分の時間が過ぎていく。それは短い出来事だったかもしれないがクロノの心を癒すには十分過ぎる物だった。 「すまない、もう大丈夫だ」 「本当に?」 囁き掛ける声は耳に心地よさを与えてくれる。これだけ愛する人と触れ合えたのだからもう大丈夫。クロノはエイミィの両肩に手を置いて身体を離した。 身体を離しても尚見つめ合う二人、だがそんな余韻を吹き飛ばすように突然司令室にけたたましいサイレンが響き始めた。 『緊急事態! 緊急事態! 所属不明の機体が本局内部に侵入! 繰り返す所属不明の機体が本局内部に侵入! 総員戦闘態勢に移れ!』 突然の警報。それは本局の内部に敵が侵入したという通常では考えられない事態を告げていた。司令室に居る局員も突然の敵襲にパニックを起こす寸前になっていた。 『これは訓練ではない! 至急本局所属の魔道師は戦闘態勢を取れ! 繰り返すこれは訓練ではない! 至急戦闘態勢を取れ!』 これで確定だ。本局内部に敵が侵入した。だがこの本局に侵入するとは何を考えているのか、万単位の魔道師と数千単位の戦艦を保有している本局にわざわざ乗り込んでくるとは自殺行為に等しい。 しかし妙と言えば妙だ。本局のレーダー設備で敵が内部に侵入するまで気が付けなかったのか? 本来、未確認機が飛来すれば、かなり離れた距離でも補足する事が出来る。そして通常ならば所属を聞き、もし返答がないならその時点で警戒レベルを上げるという処置をとるはずだ。 だが今回はいきなり懐に飛び込まれており、なぜそんな事になってしまっているのかクロノには理解出来なかったのである。 「エイミィ、侵入機をモニターに」 「了解」 エイミィはクロノの傍から先程まで使っていたデスクに戻ると敵機が居る区画の監視カメラの映像を司令室に設置されている大画面モニターに映し出した。 するとそこに映るのは燃え上がる次元航行隊所属艦の格納庫。赤々とした炎に支配された格納庫は、そこら中に魔道師の遺体が存在し、生き残った一般の局員や整備員は炎から逃れようと逃げ惑っている。 クロノは何が起きているのかと目を凝らして見ればやがて炎中に浮かぶ影を認めた。背景に映る格納庫の規模や逃げ惑う人々と比較して影の主は10~20メートルほどある様に見える。 その姿は、誰の目に見ても巨大な影が犯人である事を悟らせていた。ここでクロノは考えたくもない、ある最悪の可能性に気が付いていた。 まずはレーダー網に引っ掛からず本局に侵入したという事は、敵が高度なステルス機能を持っているという事。そして人間を遥かに上回るこの巨大な姿は間違いなく。 とても信じたくはない、信じたくはないが恐らく自分の予想は当たっているだろう。目の前で破壊の限りを尽くす影の正体。 それは……。 『ガオォォォォ!!』 「て……鉄人28号!!」 咆哮で猛炎を吹き払い現れたのは、間違いなくつい先程まで対峙していた鉄人28号の姿。その行いたるや大胆不敵、まさか時空管理局本局に正面から勝負を挑むとは。 如何に本局魔道師中隊を壊滅させた鉄人28号と言えど、地上本部以上に戦力が充実したこの時空管理局本局を相手に戦うなど愚の骨頂とも言える行為である。 しかしその風貌たるや、正に勝利するために作られた不死身の兵士。何に恐れるでもなく地上本部を目指していた時と同じような歩調で歩き続けていた。 その様子に数十分前に抱いていた苛立ちと怒りを募らせるクロノだったが、その状態でも鉄人の背中にロケットエンジンとは別の巨大な装置が背負わされている事には気が付いた。 クロノが何かと思い見てみれば、背中の装置は巨大な円柱状の本体に、金属製の杭に似た装置が下部に数個取り付けられている。 また数字の書かれたパネルやデジタル表示の時計画面の様な物も確認出来る。それらのパーツから判断するに、鉄人28号が背負っている物の正体は。 「まさか爆弾か!」 「ハハハハハハ! そう、その通り!」 時空管理局本局が存在する宙域に浮かぶスカリエッティの次元航行船。その船室でスカリエッティは高笑いを抑える事が出来なかった。 スカリエッティの乗る航行船は、鉄人28号を運搬して来たため、船体サイズは大型であったがクアットロのシルバーカーテンによって実質ステルス船となっていたのだ。 「しかしクアットロ。君の能力は実に使い勝手に優れる。素晴らしいよ」 「ドクター、そんなに褒められると照れてしまいます」 時空管理局が鉄人28号の接近に気が付けなかったのも彼女の能力があるからこそ。肉眼にもレーダーにも捉える事が出来ない完全ステルス機能を実現したクアットロの能力。 事、強襲任務においては、鉄人のような強力な機体をカモフラージュ出来る故にその性能は折り紙付き。強力だが同時に巨大で目立つ鉄人とそれを隠蔽出来るクアットロの組み合わせは、まさに相性抜群と言っていいだろう。 「さて八神はやての事だ。やりそうな事は想像がつく」 「と言いますと?」 ウーノから疑問の声が上がるとスカリエッティは椅子に深く腰掛け、ひじ掛けを撫でながら口を開いた。 「ああ、彼女は案外と短絡的だからねぇ。せいぜいあの頭で思い付くのはアルカンシェルを使う程度だろうさ」 「ではアルカンシェルを?」 確かに鉄人28号と言えど、アルカンシェルの直撃を受ければ、どうなるか分からない。通常攻撃が効果を成さないのであれば都市部から離れた海上か宇宙空間に誘い出してアルカンシェルを使うだろう事は予想出来る。 アルカンシェルの効果範囲を考えれば鉄人の飛行速度を持ってしても回避は難しい。ならば撃たれる前に撃てないようにするのが最善策だ。 しかしスカリエッティがわざわざ危険を冒してまで本局に攻め込んだのには他の理由もある。 「それもそうだが、今本局に動かれては些か厄介な事も事実。こちらの思惑を実現にするには、しばらく動きを止めねばなるまいて」 「では、やはりあれを蘇らせるのですか?」 そう、何も鉄人を守る事も重要ではあるが、ミッドチルダに埋められた『カプセル』の回収もスカリエッティに課せられた急務であった。 その中に封印された鉄人にも匹敵する力は、これから管理局を相手に戦い続けるには必要不可欠な物。 「そのための封印カプセルだ。1年前は使えなかったが今は頃合いになっているだろうからね。しかし惜しいなぁ。 そう、もしもあの時カプセルと鉄人を使えていたら確実に勝てたのにねぇ。すべては私が無知故の過ち」 無知、敬愛するスカリエッティが自らを無知と罵る。それはウーノにとってあってはならない事なのだ。 彼女とってジュエル・スカリエッティは神。自らの神が我を蔑み、無知を謳うなど言語道断。それは絶対的と信じて止まない愛と信仰心を否する事ではないか。 「いえ! ドクターは無知などではありません! あの時の失態は全て我々ナンバーズの力不足による物。攻めるのならばどうか! どうかこの私めを!」 ウーノが椅子に腰かけたスカリエッティよりもさらに低く跪く。そう、1年前の失態は全てこの身による物。魔道師風情に頭脳を覗かれ、スカリエッティに信頼されればこそ知り得る情報を引き出されるという痴態。 この身を鞭で打たれようとも本望! いやむしろ敬愛するお方に敗北を与えたこの身に罰を! だが微笑みを浮かべるスカリエッティはウーノの頭を、その髪の感触を楽しむ様に撫で始めた。 「気に病む事はないよ。あの時は私にも落ち度があった。だが今回は違う! これから我々が手にするのは勝利あるのみ!」 「おおドクタースカリエッティ! なんと慈悲に溢れるお言葉。ならばこのナンバーズが長女ウーノ、貴方がお与え下さったこの身体と力は勝利のために!」 恍惚と瞳を潤ませるウーノの髪をスカリエッティは嫌味な薄ら笑いを浮かべて撫で続ける。 そして管理局の監視カメラをハッキングした映像が送られて来るモニターに映される光景は、スカリエッティの邪悪な欲望を満足させるには十分な物であった。 「さぁ進もうか鉄人よ! 目指すはアルカンシェル保管庫! ハハハハハハ!!」 スカリエッティの指示を受け、鉄人は炎の海と化した格納庫を行く。この奥の扉、そこが管理局の最強兵器アルカンシェルの格納庫。 アルカンシェルは百数十キロ四方の物体を対消滅させる危険な兵器で普段は格納庫に仕舞い込まれている。その格納庫も万全を期して分厚い特殊合金性の扉によって堅く守られていた。 その前に辿り着いた鉄人は、両手を扉の隙間に差し込み、こじ開けようとする。鉄人の怪力に格納庫の扉は軋む音を立てながらひしゃげていった。 「あいつアルカンシェルを!」 抵抗も出来ずに開かれていく扉にクロノが見たのは抗う事の出来ない力の差。やがて完全に開かれた扉から見えるのは、戦艦が何個も入るような巨大な空間、そしてそこに大量に設置されたアルカンシェル砲台の数々。 現在目立った犯罪もない事から管理局が保有する全てのアルカンシェルがこの格納庫に保管されていると言ってもよい。鉄人は格納庫の中程まで歩くと背中に背負っていた装置を床に置く。 すると下部に設置された杭の様な物がバンカーの要領で床に深々と突き刺さり本体を固定した。鉄人が数字の書かれたパネル部分を押していくと表示盤にデジタル表記の数字が表示されていく。 鉄人が入力しているのはスカリエッティ特製の巨大爆弾の起爆コード。タイマーを30秒にセット、さすがに無敵の兵士と言えど数百メートル規模の爆発に巻き込まれれば無傷といくまいから退避の時間が必要だった。 鉄人は爆弾から少し距離を取ってから床板に拳を振るい、機体が通れるほどの大穴を開けた。これでは爆発のエネルギーが逃げてしまうように思えるが、これだけの規模の爆弾ではそのような心配はない。 仮に多少逃げた所でビルをも吹き飛ばす衝撃波と数千度の熱流は、この規模の格納庫を吹き飛ばすには十分過ぎるほどの威力があるのだ。 巻き込まれては敵わないと言わんばかりに、鉄人は床に空いた大穴から下の階に飛び降りる。その様子を見ていたクロノは今更気が付いたのだ。そう、鉄人に対抗し得る唯一の手段が。 「アルカンシェルが」 「ドカーン!」 スカリエッティの嬉々とした声が船内に響くと同時に、アルカンシェルは猛炎に飲み込まれていた。灼熱の支配する格納庫の中は、宛ら溶鉱炉と言った風情で、溶けた壁やアルカンシェルが床一面に広がっていく。 アルカンシェル砲台の中には、爆風の熱で魔力炉が融点を越えて引火爆発してしまう物もあり、それらが隣の砲台に爆風を浴びせ、ついには連鎖的な誘爆をも生み出していたのだ。 格納庫内の監視カメラは全て爆発で壊れてしまったらしく、司令室のモニターには離れた位置の監視カメラからの映像が送られている。 内部の状況は分からないが、炎が渦巻き、今尚爆発が止まないその様を見れば、アルカンシェルの全滅を疑う者はなかった。 それは航行船の中で様子を見ているスカリエッティも同じであったが、もっとも彼の場合抱く感情は落胆ではなく狂わんばかりの狂喜である。 スカリエッティは、モニターをあらゆる位置のカメラ映像に切り替えて、青ざめていく局員の顔を見るのが楽しくてしょうがないと言った様子を見せた。 「ハハハハハハ! 滑稽だな諸君。そんなに怖いかね、この鉄人が」 しかしこれはまだ序の口。本当の闘いはこれから始まるのだ。アルカンシェルさえ破壊すれば鉄人への対抗手段はなくなったに等しい。 だがこのまま終えてしまっては面白くない。折角の余興、どうせならとことん時空管理局を破壊してやろうじゃないか。 この日は歴史に残る日となるだろう。次元世界の守護神たる時空管理局本局がたった一人の犯罪者の手によって落ちた日、その機能を完全に停止してしまう日。 自分をコケにしてくれた者達への復讐にこれほどの物はない。今後語り伝えられる瞬間は目の前にある! 「そう、今日こそが我が宿願成就の時! 後に語られるその名を『時空管理局制止する日』とは今日この日の事よ! ハハハハハハハハ!!」 「そしてその瞬間、我等ナンバーズこの眼に焼き付け、永久の時を過ごしたとしても忘れる事はないでしょう!」 跪き、待望の眼差しで見つめるウーノに、スカリエッティは椅子から立ち上がり、左手を肩に置くと右の手でウーノの顎を持ち上げた。 交わる視線は同じ金色の瞳。自分が作り上げた美しき戦闘機人ウーノ。もっとも愛着を持っている彼女の励ましは、実に気分を高揚させる物だった。 「ウーノ嬉しいよ。そうなればこちらも張り合いが出てくるという物」 「でもドクター、鉄人単騎で管理局を相手にするのはちょーっと厳しいのでは?」 水を差すようなクアットロの言葉にスカリエッティはまだ自分の温もりが残る椅子に座り直した。確かにもっともな意見かもしれない。 さすがの鉄人28号と言えど時空管理局本局の全戦力を相手にすれば、敗北の可能性がないとは言い切れなかった。 しかし強大な力であるからと言って正面からぶつけるのは知恵のない人間がする事である。有り余る力はおとりにもなるのだ。 それは伏兵を忍び込ませるには絶好の隠れ蓑になる。おそらく管理局は伏兵の存在に気がついてはいない。 仮に気が付いていたとしても、鉄人との対決に戦力を集中せざるを得ないから、どうする事も出来ないだろう。 そもそも見つける事など不可能と言っていい。何故ならそれはスカリエッティが作り上げたナンバーズの中でも最も異質な能力の持ち主。 「そうかもしれないねぇ。だが鉄人だけではないよ。なぁセイン」 『はいドクター』 通信をしてきたのは戦闘機人ナンバー6『セイン』その能力は無機物に潜航出来るディープダイバー。直接戦闘力は低いセインだが特殊工作員や偵察員として非常に優秀で、今日も本局の内部破壊の任務を負っていた。 既に本局への潜入を果たして、その内壁を泳ぐセインの背中にはスカリエッティ手製の爆弾が大量に入ったリュックサックが背負われている。小型ではあるが破壊力は抜群でセインの目標を爆破するには十分だった。 セインの目的はあくまで鉄人のサポート。本局の壊滅をより完全な物にして、復旧までの時間を引き延ばす事。本局の動きを止める事は、これからの行動に大きな意味を持つ事になる。 「ふふふ、機人に鉄人。これこそ完璧な陣形。さて、そろそろメインディッシュと行こうか」 スカリエッティが不敵に笑う頃、クロノとエイミィは今だ内部に留まる鉄人の動きを追っていた。モニターに表示される監視カメラの映像が次々に切り替わり鉄人を追跡していく。 進行を留めようと隔壁が展開されるが鉄人の腕力の前にはとても敵わず、引き裂かれ、こじ開けられてしまう。本局の魔道師部隊も鉄人を撃退すべく立ち向かうがいくら攻撃しても装甲に傷一つ付ける事すら出来ない。 色取り取りの魔力弾や砲撃が鉄人に着弾する度、弾け飛んでは光の粒子となって一帯を染め上げていく。その様子は幻想的であったが同時に、本局一面に広がる炎が現実を突き付けていた。 鉄人が通り過ぎた後に残るのは、燃え盛る炎と勇敢な戦士達の血肉。燃える赤と生臭い赤によって管理局は染められていった。 視覚を支配するのは、凄惨なまでの破壊の痕跡。嗅覚を突くのは、炎と亡骸が焼ける匂い。心を支配するのは、威風堂々たる姿で立ちはだかる者への恐怖。 尚も突き進む力に拮抗出来る手段があり得るのか、いいやそんな物は存在しない。ほんの数分前にはあったとしてもそれは既に灰へと姿を変えていた。 司令室で見つめるクロノが悔し紛れに拳を握り締める。するとエイミィに巻かれた白い包帯に徐々に赤い血が滲んでいく。 「あいつはどこへ向かって。エイミィ!」 「分かってる! このまま行くと」 先程地上本部襲撃の差にも使われた進路計算シミュレーター。場所を時空管理局本局に設定してエイミィは再び鉄人の進路を予想する。 「このまま行くと……まさか!?」 「どうした! 奴はどこへ!」 エイミィの様子から今日何度目か分からない悪い知らせである事を悟ったクロノは声を荒げた。エイミィは苦虫を噛み潰す様に言葉を発した。 「この本局の中心……メインシステム制御室」 「そんな、まさか鉄人はメインシステムを落とす気なのか?」 時空管理局を機能させるには全ステータスをカバーできる膨大なエネルギーが必要であり、まして宇宙空間に浮かぶ本局は酸素供給等のライフラインを確保するシステムが必要不可欠である。 地上と同じ酸素と重力を生み出し、さらには次元航行艦の発着に、管理局全体の通信機能、レーダー等の軍事的設備。全ての機能を使うには大量の電力とエネルギーを安定供給させるシステムを両立しなければならない。 そしてそれらの管理局が持ち得る全ての機能を統括するのがメインシステムである。生命維持機能、軍事設備、電力供給ユニット、それら設備毎に配された管理ユニットを管理統括するためのシステム。 それが万が一破壊されれば、一時的にではあるが管理局のシステム系統が完全停止する事を意味していた。もちろん制御用のサブユニットは用意されているのだが。 「そう、サブユニットの破壊はセインの出番と言う訳だ」 スカリエッティの戦略は、まず鉄人がおとりも兼任してメインシステムを破壊。その後も各設備の管理システムや重要施設等を攻撃する。その間にセインがディープダイバーを生かして発見されずにサブシステムを爆破。 たった2人で行う作戦だが、それには理由があった。まず第1に鉄人が内部に侵入したとなれば、当然これを撃破しようと全戦力が集中するからセインの存在が気取られる可能性はかなり低い。 第2に如何に戦力を集中しようと魔道師の攻撃で鉄人が破壊される可能性は極めて低く、全戦力を長時間鉄人に釘付け出来て、且つ攻撃に居も解さず破壊行動の継続が出来る事。 第3にセインの能力ディープダイバーは無機物の中を潜航する事が出来る。つまり目視による発見は非常に困難で、鉄人への戦力集中と合わせて手薄となった本局の至る所に移動出来る事。 如何にセキュリティーが厳しくとも壁の中を進まれては対応出来ないし、さらに鉄人に戦力を割かねばないから警備は当然手薄になり、セインに入れない場所はないと言っていいだろう。 万が一セインが局員に発見されてもディープダイバーで壁の中に逃げ込めばいいし、鉄人を救助に回す事も出来る。 これが下手にナンバーズ全員を投入してしまうと複数人が同時に捕らえられた時、救助が間に合わない可能性が高い。つまりこの作戦はセインと鉄人二人で行うのが一番効果的なのである。 そしてスカリエッティの思惑通り、本局は鉄人の対応に追われセインの存在に気付く事はなかった。 「最強の切り札だからと言って、単独で使うほど愚かな行為はない。それのサポート、さらに見合った戦術と運用と言う物があるのだよ」 逃げ惑う魔道師たちに問いかけるようにスカリエッティは実に愉快そうな笑みを浮かべていた。たった二人に落とされるというのはどんな気分か。 きっと煮え返るほど悔しいに違いない。反面それを見る襲撃者の表情はまるで子供の様に喜んでいるのだ。 「こんな事が……本局がたった1機に翻弄されるなんて」 しかし襲撃を受けている当人にとってはたまった物ではない。エイミィ・ハラオウンはただ呆然と鉄人が本局を破壊していく様子を見つめる事しか出来なかった。 壁を壊し、床を抜きながら鉄人が目指すのはメインシステム制御室。巨大なマザーコンピューターが置かれた空間は、システム警護のために配置された魔道師数十人が滞空して尚余裕のあるほど巨大な物であった。 時空管理局の全設備、全データを統括し管理するためにはこの規模の制御ユニットでなければ対応する事が出来ないのである。 もちろん万が一のために、これよりも小型のサブユニットがいくつか存在しているが、切り替え時には一瞬とは言え管理局全体のシステムがダウンしてしまう。 その一瞬が巨大な設備を兼ね備えた時空管理局という場所であるからこそ脅威となり得るのだ。再起動した各システムの動作チェックなどには何日も掛かる。 その間に敵に攻められれば、万全の態勢で迎え撃つ事は出来ない。だからこそメインシステムだけは死守しなければならないのだ。 『敵機接近! 頭上から来るぞ全隊射撃用意!』 メインシステム防衛を任された魔道師部隊の隊長が通信で、その場に居る全員に指示を飛ばした。 隊員達が迎え撃つべく神経を集中すると頭上から小さく聞こえてくるのは衝撃音。その音が少しずつ近付いて来るのを誰もが感じていた。 そして耳を塞ぎたくなるほどに音が大きく響いたその瞬間、突如天井が崩れ、瓦礫と共に落下してくる巨体が一つ。その光景に思わず声を上げる一人の魔道師。 「まさかこれが!?」 「ガオォォォォォォォ!!」 咆哮を上げた鉄人が目指すのは直下、そこにあるマザーコンピューター。そうはさせまいと魔道師部隊が一斉に射撃を浴びせるが装甲に弾かれてしまって効果はない。 そのまま鉄人は拳を構え自由落下に身を任せた。鉄人が持つ質量、そこに自由落下のスピードと敵を叩き砕くパンチ力が上乗せされているのだからその破壊力は想像を絶する。 マザーコンピューターと接触する瞬間、鉄人は自由落下のエネルギーを生かしながら風切り音を伴って拳を突き出した。 防御用に本体自体が堅牢に作られ、魔力障壁で守られているマザーコンピューターであったがこのパンチ力に抗う事は不可能である。 激しい衝撃音が辺りに響くと鉄人の拳が自身よりもやや小さい程度の巨大なコンピュータを貫通していた。鉄人の腕が突き刺さって開いた穴からは電流と炎が迸っている。 やがて電流と炎はわずかな時間で巨大な物となり、一際眩しく輝くとマザーコンピューターは内から爆炎を撒き散らして破裂した。 その瞬間、時空管理局をメインシステム停止を知らせるサイレンが鳴り響く。クロノが居る司令室でも電灯は落ちて部屋を照らすのは非常事態を告げる赤い光。 先程まで鉄人を映していたモニターも機能を停止して画面は黒く塗り潰されていた。 「やられたか!?」 「でもサブシステムがあるからすぐに復旧するはず」 焦るクロノを宥める様にエイミィは言った。事実その通りで、メインシステムが機能停止すれば自動的にサブシステムに切り替わるように作られている。 このサブシステムは複数個存在しており、さらにその内のいくつかが機能停止しても管理局の機能をある程度は維持出来た。 エイミィの言う通り、メインシステムの機能停止から10秒程度でサブシステムへの切り替えは円滑に行われ、部屋を照らす電灯と鉄人を映すモニターも復旧した。 しかし画面に現れたのは燃え盛るマザーコンピューターだけで、肝心の鉄人の姿はどこにも存在しない。 「鉄人が消えた……ん? こ、これは!?」 エイミィは鉄人の所在を確かめようとサーチを起動し掛けたが何かに驚いたように手を止める。それを見つめるクロノは訝しげに問い掛けた。 「どうしたんだ?」 「サブシステムが……次々に停止していく」 自分で放った言葉にエイミィは凍りつく。彼女の使うモニター画面に表示されるのは、1番と2番サブシステム停止を告げる警告文。 次々に目まぐるしい速度でサブシステムが停止していき、その事実をただ淡々と表示する画面。 もしもサブシステムまで停止したら本局は完全に制御系統を失う事になる。そうなれば内部に入った鉄人への対抗手段を完璧に無くす所か、生命維持のライフラインまで断たれる事になる。 ライフラインが切断されると言う事は当然重力発生や酸素生成等、人間がこの本局で過ごす上で必要不可欠な環境を失う事に直結しているのだ。 「鉄人の仕業か!?」 「いや違う。これは、これは鉄人じゃないよ!」 エイミィの言葉にクロノは動揺を露わにする。鉄人ではないのなら一体誰が。そしてクロノの中で1つの可能性が浮かんで来た。 「まさか伏兵が居たのか……」 クロノは今更伏兵の存在に気が付いた自分を恥じていた。鉄人は武装を装備していないから広範囲を瞬時に破壊する事を不得手としている。 アルカンシェルの破壊にわざわざ爆弾を持ち込んだ事からもそれは明らかだった。つまり目立つ鉄人をメインシステムに向かわせる事で伏兵の存在を気取られないようにする。 手薄になった警備網を伏兵が掻い潜り、重要施設を爆破する作戦。非常に単純だが鉄人と言う手札を使ったこの戦略は非常に効率的で、効果的な作戦だ。 「司令官! 鉄人28号発見! 発電施設へ向かっています!」 クロノが思案の最中、司令室のオペレーターの一人が声を上げる。今度はエネルギー供給を断つつもりなのか、クロノの頬を冷たい汗が伝い落ちた。 発電施設も非常事態に備えて複数設置されているが、鉄人であれば全て壊すのにも大した時間は掛からないだろう。 もし電力施設を全て破壊された場合、管理局は完全に機能を停止する事になる。備蓄された予備電源もあるがサブシステムが完全に破壊されれば切り替えるためのシステムが存在しない事になる。 「サブシステム損耗数6機! あっ5、4、3、どんどん破壊されていきます!」 「鉄人28号第1発電ユニット破壊! 今度は第2ユニットが爆破! 被害甚大です!」 「鉄人が第3電力ユニットに接近中! 第4ユニットは何者かによって爆破!」 「酸素生成設備が爆破されました! このままでは局内の酸素が」 「内部に火災が広がっています! 火の手が強くて消火活動が間に合いません!!」 「発電ユニット次々に破壊されています! このまま行くと本局が機能出来なくなってしまいます!」 次々に知らされる施設破壊の知らせ。もはや本局は機能停止寸前まで追い込まれていた。クロノは悟った、本局は完全に破壊されるのだろうと。 仮に重要施設の爆破を繰り返す伏兵を見つけ拘束したとしても鉄人による破壊を止める事は出来ない。全ての施設が破壊される時間が少し伸びるだけだろう。 既に敗北は、鉄人の本局への侵入を許してしまった時点で決まっていたのだ。例えアルカンシェルが使えたとしても本局に撃ち込むわけにはいかない。 始めから勝ち目などなかった。たった1機のロボット相手に次元世界を統括する管理局が敗北する。それは全世界が鉄人に屈したという証明でもあった。 たった1機に敗北。その事実を提示された局員達はついに戦意を喪失してしまったのである。そして突然クロノ達の居る司令室の機能は停止した。 「クロノ、サブシステム大破……システム完全停止」 暗闇が支配する司令室。そこに聞こえるのはエイミィからの報告の声だけ。サブシステムの大破、それは完全な敗北を意味していた。 酸素供給等のライフラインが断たれたも同然の状態。中に留まり続ければいずれ酸素がなくなり、死んでしまう事になるだろう。 そうなってはここに残る事が危険だ。敗北を噛み締める様にクロノが天井を仰ぐと通信装置にコールが入って来た。 この状況に置いて通信とはおそらく可能性は1つしかない。クロノは通信装置を開くと通話のボタンを押した。 「こちらクロノ・ハラオウン……はい、はい、はい了解しました」 3度相槌を打って何かを了承したクロノ。エイミィはクロノに向き直ると誰からの通信で何を言われたのか聞く事にした。 「クロノ今のは? なんて?」 「上層部からだ。本局を……本局を破棄する……。総員撤退準備」 本局の惨状を目の当たりにした上層部は全局員の撤退命令を出した。もはや留まって戦っても勝ち目がないと考えたのだ。 クロノは悔しさに歯を食いしばりながらもこの命令に従わざるを得なかったのである。仮に残ったとしてもそれこそ命を棒を振るような行為だ。 今は逃げて体制を整え、時が来たら反撃をする。それが上層部のそして管理局にとっても一番の最善策だった。 「ここに居る者は全員クラウディアに乗って脱出。さぁ退避準備だ」 クロノは意を決して自分の部下達に伝えた。これが最善策なのだと、今は全員の命を守る事が大事なのだと。 鉄人相手に、一矢報いるか、敵わなくともせめて一太刀浴びせてやりたかったが、指揮官として仲間の安全を蔑ろには出来ない。 「どうかね諸君、敗北の味は! ハハハハハハ!」 一方のスカリエッティは、そんなクロノ達を嘲笑うかのように満面の笑みで時空管理局を見つめていた。 1年もの間復讐を望んだ相手についに報いる事が出来た喜び、その美酒は今まで味わったどんな快楽よりも素晴らしい物だった。 後に『時空管理局が制止した日』と呼ばれる日。長きに渡り次元世界に君臨した組織が壊滅した日。それはJS事件から1年が過ぎた夏の日。 そしてこの日を境に、フェイトとなのはの運命が戦争という名の坂道へと転げ落ちていく事を二人はまだ知らない。 続く。 前へ 目次へ 次へ
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次元世界と言うのは地球やミッドチルダ以外にも様々な世界があるわけで、 技術体系や技術レベルも千差万別。そしてその中にかつて地球の日本がそうであったように 環境を度外視した技術開発を行ったが為に公害が問題となっている世界もあった。 海には工業排水が垂れ流され、空気も排ガスによって汚染された。 しかし本当の悲劇はここから始まる。その世界の海の奥に眠っていたロストロギアが 様々な有害物質に含まれた工業排水によって出来たヘドロと反応を起こす事で覚醒。 無機物に生命を与える力を持ったそのロストロギアはヘドロに生命を与え、 ロストロギアを核とした恐ろしい公害生命体が誕生したのである。 なのは 対 ヘドラ 鳥も 魚も 何処へ行ったの トンボも 蝶も 何処へ行ったの 水銀 コバルト カドミウム 鉛 硫酸 オキシダン シアン マンガン バナジウム クロム カリウム ストロンチュウム 汚れちまった海 汚れちまった空 生きもの皆 いなくなって 野も 山も 黙っちまった 地球の上に 誰も 誰もいなけりゃ 泣くこともできない かえせ かえせ かえせ かえせ みどりを 青空を かえせ かえせ かえせ かえせ 青い海を かえせ かえせ かえせ かえせ かえせ かえせ 命を 太陽を かえせ かえせ ヘドラと命名された公害生命体は最初はオタマジャクシ程度の大きさしか無かった。 しかしヘドロの海を泳ぎまわる中で様々な汚染物質を取り込みむ事で大きく成長し、 次第には数十メートルと言う巨大な体となってついには上陸するまでに至った。 そして工場の煙突から出る排ガスを吸い込み、さらに巨大化。 その行動をヘドラが有害物質を吸収する事で環境を改善してくれると見る者もいたが 結局はその吸収した有害物質が他の場所にばら撒くと言う結果に至った。 2 お お な お う み ど し げ 矢 ね こ こ の し み ん く の ん 野 ん る ら は っ へ な が は ば 1 だ な が こ す み す い く 研 く ろ い み も て ん は み う か た る な へ う す な な ら ど み い ろ へ ば く この問題、当初はあくまでもこの世界の問題であると時空管理局はあえて無視していた。 しかしヘドラ誕生の原因がロストロギアによる物だと分かった途端に態度を一変。 ロストロギア回収の為に高町なのはを送り込んだのである。 「うわ! 臭い! それに空気も汚い…良くこんな所で皆生活出来るね…。」 この世界に来て早々になのはは帰りたくなってしまった。それだけこの世界は汚れていたのである。 なのはの故郷の日本もかつてはこの世界の様な道を歩んでいた事もあった。 しかしそれでも過ちに気付いて幾分か環境を改善するような努力を行っていた。 その環境が改善された後の日本で育ったなのはにとってこの世界の汚れた空気や海は 耐えられる様な物では無かった。 「体調崩さない内に早く回収しないと…。」 早くもテンションを下げつつなのははヘドラ探索の為に飛びまわっていたが、 そこでなのははとんでもない物を見てしまった。 「これは…うっ!」 それは彼方此方に転がる多数の白骨死体。実力こそあれどまだ子供であるなのはにとって刺激が 強すぎる物で、この世界の悪い空気の上にいきなりこれだから思わず吐きそうになってしまった。 「うう…しばらくお肉食べられないかも…でも何故こんな事に…。」 空を見た時になのははその原因に気付いた。なんとヘドラが硫酸ミストを噴射しながら 空を飛んでいるのである。そして硫酸ミストは金属を腐食させ、現地人を次々白骨化させて行くのである。 ヘドラはさらなる汚染物質を求めてその世界で普通に走り回っている自動車にまで襲い掛かった。 自動車から出る排気ガスを取り込もうとしていたのである。特にこの世界の自動車は 地球で現在一般的に使用されている物に比べて遥かに排気ガスの量が多い。 まさにヘドラにとってカモとも言える物だったのである。 自動車の排ガスを取り込んだヘドラは次は手近にあった工業地帯を襲った。 しかしその時はそれを発見したなのはも現場に急行していた。 「これ以上はさせないよ! ディバインバスター!」 なのはがレイジングハートの先端からピンク色に輝く極太の魔砲を放ち、忽ちヘドラの身体を貫いた。 だが、貫いただけ。ヘドラそのものにダメージは見られず、平然としていた。 「え!? うそっ!」 一瞬焦るなのはだったが、直後にヘドラが自身の体液を飛び散らせて来た。 様々な害毒の含まれたヘドラの体はそれそのものが強力な武器となる。 たった一滴浴びただけでも忽ちの内にバリアジャケットが溶かされてしまった。 「うそ! バリアジャケットが溶ける!? そんな!」 バリアジャケットさえ溶かすヘドラの体液を生身で触れようものならあっと言う間に 骨にされてしまうのは必至だ。なのははとっさに防御魔法を展開してヘドラの体液を防ぐ。 そして再度ディバインバスターを撃ち込むがただ穴が空くだけでダメージらしいダメージは与えられない。 「やっぱり本体のロストロギアを回収しないとダメなの!?」 確かにそうかもしれない。しかし、ヘドラはその体そのものが強力な武器となっている。 下手に突っ込めばなのは自身も白骨化されてしまうかもしれない。 そう考えているとヘドラは飛行体に変形し、硫酸ミストを噴射しながら飛び出した。 「いけない!」 なのははとっさに防御魔法で硫酸ミストを防いだ。しかし、ヘドラのせいで起こった 工業地帯の大爆発に巻き込まれ、ヘドラを逃がしてしまった。 なのはがヘドラに四苦八苦していた頃、この世界の防衛隊もヘドラに対して 手をこまねいているわけでは無かった。ヘドラは害毒の集合体であるから案外逆に酸素が 効くんじゃないか? と考える研究者の提案でヘドラに対し酸素攻撃を行う案が挙がったり、 また巨大電極板を設置し、そこからの電磁放射によってヘドラを乾燥させてしまおうと言う 作戦も立てられたのであった。 防衛隊は死力を尽くしてヘドラを巨大電極板の設置された草原地帯におびき寄せる事に成功した。 そしてその草原にはなのはの姿もあった。これ以上被害を増やすわけにはいかない。 例え刺し違えてでもヘドラの核となっているロストロギアを抜き出す。 不退転の決意でなのはも最後の戦いに挑んでいた。だがやはりヘドラは強力だ。 ヘドラの体液によってバリアジャケットは再び溶かされ、左目も潰されてしまった。 しかしなのはは退かない。ヘドラ体内のロストロギアを探さんばかりに ディバインバスターを連射する。だが、それでも体に穴が空くだけでヘドラは平然としている。 一体ヘドラの核となっているロストロギアは何処に埋め込まれているのか… 真夜中の草原を舞台になのはとヘドラの激闘が繰り広げられる中、一機のヘリが接近して来た。 「酸素! 投下!」 ヘドラには酸素が効くのでは無いか? と考えられた研究者の案を基に立てられた酸素攻撃。 しかし、もはや60メートルの巨体にまで成長したヘドラに効くはずも無く、 目から放たれるヘドリウム光線によってヘリも撃ち落されてしまった。 「あっ!」 火達磨になって墜落して行くヘリのパイロットが脱出した様子は見られない。 またいたずらに犠牲者を出してしまったショックでなのはの動きが一瞬止まった直後、 ヘドラのヘドリウム光線がなのはを吹き飛ばしてしまった。 「キャアア!」 なのはが吹っ飛ばされた後、ヘドラは移動を開始した。その先には防衛隊が設置した巨大電極板。 防衛隊は巨大電極板にヘドラをおびき出すべくライトを当ててヘドラを刺激する。 しかし、ここで問題が発生する。先程のなのはとヘドラの戦闘の余波によって巨大電極板に 電力を送る送電線が故障してしまったのである。このままでは例え巨大電極板までおびき寄せる事が 出来ても電磁放射を放つ事が出来ない。万事休すか…そう思われた時だった。 「ディバインバスター!!」 なのはの発射したディバインバスターがヘドラ後方から襲い掛かった。 だがディバインバスターとてヘドラに効果が無い事は先の戦いで分かっていた。 しかし…そのディバインバスターが命中したのはヘドラでは無く巨大電極板だった。 するとどうだろうか。巨大電極板から電磁放射が放たれたでは無いか。 忽ち体中が乾燥し、苦しみ始めるヘドラ。なのはは続いて二射、三射とディバインバスターを 巨大電極板に発射し、その度に電磁放射によってヘドラの全身が乾燥していく。 防衛隊があっけに取られる中、カラカラに乾燥して動かなくなったヘドラになのはが近付いて行く。 これで決着か…そう思われたがなのははヘドラ体内のロストロギアがまだ活動中である事を分かっていた。 そして乾燥したカラカラのヘドラの体の中から、まだ辛うじて残っていた小さな本体が飛び出したのである。 このままでは逃げられてしまう。そうはさせまいとなのはも飛んで追う。 小さいヘドラは速かった。しかし、なのははディバインバスターを後ろ向きに発射する事で推進力として スピードを上げ、忽ちの内にヘドラに追い付き、バインドによって動きを封じてしまった。 そこからさらに再び巨大電極板の場所まで運び、アクセルシューターを連続発射して ヘドラの身体をグチャグチャにし始めたのである。 かえせ かえせ かえせ かえせ みどりを 青空を かえせ かえせ かえせ かえせ 青い海を かえせ かえせ かえせ かえせ かえせ かえせ 命を 太陽を かえせ かえせ ヘドラがグチャグチャにされた後、なのはは再度ディバインバスターを巨大電極板に発射して 電磁放射によってヘドラの本体もろともに完全に乾燥させた。 完全に乾燥し、単なる砂に戻ったヘドラからロストロギアを回収したなのはは なおもあっけに取られていた防衛隊を無言のまま睨み付けた。 普通なら一人の女の子に睨み付けられた事で怖くないはずなのだが… なのはの表情の奥に隠れる恐ろしい気に防衛隊は気圧されていた。 しかしなのはの怒りたくなる気持ちも分かる。ヘドラが誕生した原因は確かにロストロギアにあるが、 その身体を構成していた害毒を作り出したのは紛れも無くこの世界の人間なのだから… なのははレイジングハートを地に付け、寄りかかりながらヨロヨロとその場を立ち去った。 汚れちまった海 汚れちまった空 生きもの皆 いなくなって 野も 山も 黙っちまった 地球の上に 誰も 誰もいなけりゃ 泣くこともできない だがこれが最後のヘドラだとは思えない。今回のと同種のロストロギアが無いとも限らないし、 この世界の人間達が環境を度外視した開発を続ける限り…第二第三のヘドラが誕生するかもしれない。 そしてもう一匹? おわり 単発総合目次へ VS系目次へ TOPページへ