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前ページゼロのルイズとオラクルレイ わたしは考える。 オリコがギーシュのゴーレムをめちゃくちゃにしたって、 何をしたって新しい朝はやってくるのだ。 「ふふ……お目覚めですか、お嬢様」 「お願いオリコ、背中がムズムズするからそれはやめてちょうだい」 ちゃっかり使用人の衣装を身につけながらわたしのことを甲斐甲斐しく世話するメイド もといオリコは今日も何を考えているのかよく分からない笑みを浮かべながら、 着替えを手伝ってくれたのだった。 そんな心地の良い背中のムズムズを感じながら、実はわたしは上機嫌だった。 なんてたって昨日の活躍っぷりったらなかった。 剣を持った瞬間ゴーレムを切っては投げ切っては投げ……いや、投げてはいないけど。 とにかくめちゃくちゃにしてしまったのである。 これでオリコの評価はルイズの使い魔から、ギーシュに勝った平民ということになり その名前は全校生徒に知られることになったのである。 キュルケ曰く、変なやっかみに付け込まれなければ良いけどということだったけれど オリコの戦闘力ならば、多少のメイジ相手でも立ち向かっていけるのではと思う。 まあ、使用人の衣装に身を包んだ彼女が そんな戦闘力を有しているように見えないのはご愛嬌というところだけど。 ※ 彼女は学力面でも優秀だった。 一度忠告を受けたことはたいていは覚えているし、 意味はわかっていなくても授業の内容も把握している。 もっとも実技試験ではわたしと同じく戦力外になってしまうのが悲しいところだけど 元からメイジではない上に使い魔であるオリコには成績などは関係ない。 それで食事の時間に慣れば使用人に混じって給仕を開始し、 平民に嫌がらせをする貴族がいれば、さりげない嫌味攻撃をする。 彼女の戦闘能力は理解されているから、迂闊に決闘も申し込めない貴族はヤキモキするしかない。 彼女は平民の間で我らの剣と呼ばれているらしい。 そんなふうに挙げ奉るのならば給仕をさせるのをやめろと言いたい。 まあ、オリコの意志でやっているんだろうから仕方ないけれど。 そうそう特にシエスタという名前のメイドと仲良くなったらしい、 平民同士お似合いと見るのか、わたしのほうが仲がいいもんねと胸を張ればいいのかは微妙。 その微妙ついでに言っておくと彼女は使い魔たちとも交流を続けているそうだ。 言葉の通じない彼らに一体どんなコミュニケートをしているのかは知らないけれど、 ボディーランゲージで大抵のことはわかるとの事だった、正直その才能は末恐ろしいものがある。 ※ そんなある日の休日のこと、そういえばオリコに剣を買ってあげようと思いいたった。 彼女は剣など使ったこともないしと謙遜をしていたけれど ズブの素人が剣を振り回してゴーレムを切り裂くなんてことは出来ないはずだ。 きっと彼女は凄腕の剣士で、いつもはその実力を隠しているのは容易に想像できた。 オリコを連れてトリステインの城下町までやってきた。 その名前はブルドンネ街。 大きな通りを抜けて歩いて行くと、オリコが物珍しそうにキョロキョロと周りを見回している。 わたしがその様子を面白おかしいものでも見るかのように眺めていると、その頬に朱が差す。 「物珍しい街ね」 「そう? オリコの板世界ではこんな街並みではなかった?」 「ええ、もっと埋め尽くすような人々がいて、高い建物があったわ」 それはなんとまあ情緒がなさそうなことで。 スリが多いこの街がオリコの琴線に触れるかどうかはわからないけれど ひとまずまあ、気に入ってくれたご様子。 「そういえばルイズ、今日はどこへ行くの?」 「とても良い所よ」 「この街並みが言うところの良い所って言うと、ここから見える宮殿とかかしら」 「女王陛下に謁見してどうするのよ」 「ぜひとも平民の声に耳を傾けてくださいって願うわ」 それはまあ、なんとも怖い申し出。 アンリエッタ陛下にそのような言葉を吐いた瞬間首を跳ねられてもおかしくない願い。 ※ 武器屋にたどり着くとオリコは口をあんぐりとした。 何か想像と違っていたらしく、頻りにここなのルイズって目で言っている。 私としてはオリコのお眼鏡に適わなかったのは残念だけれど、連れてきたものは仕方ない。 店の中は随分と暗くランプの光が支配している場所だった。 正直武器屋なんてわたし自身も縁がないところだからなんとも言えない。 ただ評判のいい武具を売っているというウワサ話だけで連れてきてしまった。 「評判のいいデザートを売ってそうな雰囲気は何一つ感じられないわね」 「ごめんなさいねオリコ、でも今日はオリコの武器を買ってあげようかと思ってね」 「……武器? 前に振るった剣みたいな?」 「その通りよ、魔法を操るわたしの前線でオリコが盾となって戦うの、いい感じでしょう?」 「うーん……どちらかと言えば近接戦闘よりも遠距離戦のほうが性に合うのだけれど」 まあ、たしかにオリコが前線で無骨な剣を振るってるよりかは 後方でメイジみたいに魔法を使っている方が似合っているのかもしれない。 「あ、後方用の武器もあるのよ、弓とか」 「弓ね……確かに武器としては有効かもしれないけれど、私に扱えるかしら?」 「大丈夫よ、剣も振るったのも初めてなんでしょう? 弓だってどうにかなるわ」 「……さすがに耳や胸が削ぎ飛びそうな武器は扱うのに遠慮が居るわね」 たしかに。 私も突然武器が性に合っているから弓を使いなさいと言われれば戸惑うかも。 「若奥様、どうです、このレイピアなんかは」 武器屋の主人に進められて眺めてみる。 たしかに豪華な装飾があって、何よりオリコに似合いそうな気がした。 「綺麗だけれど、お値段は張りそうね」 「だいじょうびだって! このルイズ・フランソワーズはそうそうのお値段じゃ驚かないわ」 「いや、折ったりした時に申し訳ないという意味でね?」 「おでれーた! そっちのお嬢さんが剣を振るうって? あんたは森の奥で楽器でも弾いているのがお似合いだ!」 ※ すると突如何処かから声が聞こえてくる。 「な、なに、どこから聞こえてきたの!?」 「ルイズ、どうやらあの乱雑に積まれている剣から声が聞こえるわ」 「剣から……? もしかしてインテリジェンスソード?」 「い、インテリジェンスソード? さすがに聞いたことのない名前ね」 インテリジェンスソードとは意志を持つ魔剣のこと。 主に骨董品としての価値が高くて、武器としては扱いに欠ける。 「剣がしゃべっているなんて……さすがはファンタジーね……」 「ふぁんたじー?」 「いいえ、こちらの話」 「ふうん?」 オリコはよくそのふぁんたじーという言葉でコチラの世界を表現する。 よっぽどその世界らしいことがふぁんたじーなんだろうか。 「おい、デル公! お客様との相談中に出てくんなって言ってるだろうが!」 「何が相談中だ、無理に身の丈に会わなそうな剣を選びやがって! 使い手をよく見ろい!」 「あはは、なんだか面白そうな剣ね、喋るなんて不思議で面白いわ」 オリコは何となくその剣を気に入ってしまったらしい。 「ねえ、デルさん? 私は美国織莉子、あなたの本当の名前を教えてほしいな」 「おお、礼儀正しいじゃねえか、俺の名前はデルフリンガー、冥土の土産に覚えておきな!」 「……さすがにこの年齢で冥土参りをするのは勘弁願いたいんですけど……」 オリコはその剣を軽々しく握り、場所を確かめてから上下左右に振り…… 「ルイズ、これにしましょう」 「は? いやいやいや、もっといい剣はあるわよー、このレイピアなんかはおすすめよー?」 「いいのよ、これで、折れたらどうなるか見てみたいし」 なかなかひどいことを仰る。 その後も何とかして他の剣を買わせようとするのだけれど、オリコは首を縦には振ってくれなかった。 ……いやいやいや、どうしてこんなただ喋る剣なんか気に入ったのだろうか? ※ そしてある日のこと。 土くれのフーケという盗賊によって、学園内の宝物が盗まれてしまった。 騒ぎも騒ぎ大騒ぎ。 基本的にお祭り騒ぎが大好きな貴族たちは自分の勉強などそっちのけで 土くれのフーケとはなんなのか、どのように盗んだのかを話題にして持ちきりだった。 そしてわたしはというと、そんな話題にはまったく興味を示さず…… 「ルイズ、昨日も思ったのだけれどあなたの学習効率は良くないわ」 オリコからお説教を受けていた。 元からの素養の関係なのか、オリコが特別要領が良いのか分からないけれど 彼女は数日にしてほとんどの座学を理解してしまっていた。 書く文字は異世界語なのでまったく理解できないけれど、こうして聞こえてくる言葉は手厳しいものばかり。 曰く、もっと教師の感情を読めだの、黒板に書かれている筆圧で大事なものを理解しろだの。 そんなん人間業かー! と怒鳴りたくなってしまった。 「オリコ、でも、筆圧なんてわからないわよ、わたしは先生じゃないんだから」 「そう? よく見ていると、大事そうな場所というのは力が入っているわ、声にも」 「そりゃ、オリコが特別なんでしょうよ……」 私の中では土くれなんてどうでもよくて、とにかく、オリコの授業から逃れたいその一心だった。 ※ 「遊撃隊?」 わたしは耳を疑った。 「ええ、平民の間で組織されることになったの」 「でも破壊の杖が盗まれてしまってずいぶん経つし、なんで今になって」 「さあね、これ以上の族の侵攻を受けるのも嫌だし、かと言って自分たちでは何もしたくないってところかしら」 そんな自分勝手な、とペンを走らせながら考えた。 確かに破壊の杖を盗まれてしまったことは大事件だし トライアングルクラスのメイジが簡単に宝物庫に侵入したのも大事件だし 何もしないって言う訳には行かないんだろうけど。 「先生方は何をしているのよ」 「ミス・ロングビルが先頭に立って遊撃隊を指揮してくれるそうよ」 「教師ですらない……」 ちなみにミス・ロングビルとはオールド・オスマン学園長の秘書をつとめている女性だ。 「それとオリコが何の関係があるわけ?」 「そりゃあ私も貴族を倒すほどの剣の使い手の平民ですし? 頼りにされてしまえば断れません」 「……まあ、そうなるわね」 これはわたしも重い腰を上げなければいけないところだ。 ※ 翌日からオリコは私の使い魔という職……職なのかどうかはわからないけれど、 そこから離れて活動をすることになる。 ミス・ロングビルの指揮のもと、逃げた土くれのフーケの足取りを追っているらしい。 しかし相手は神出鬼没で王都でも手を焼いているほどの大怪盗。 そう簡単に根城や証拠の痕跡など見つかるはずもなく……。 「はぁ、こう都合良くは行きませんね」 「そりゃあ、王立騎士団でも手を焼くほどの怪盗だもの」 「逆にそんなメイジが襲いかかってきたらどうしましょうか」 「……30メイルのゴーレムを呼び出すっていうんだから、いくらオリコでもお手上げね」 ただ最近何故かフーケの被害は減ってきているとの事だった。 これを都合よく、破壊の杖によってその身を焼かれただの、実はもう捕まっているだの そんなことをいう貴族もいなくもなかったけれど。 オリコは難しい顔をしながら、宝物庫がある塔を見上げる。 「30メイル以上のゴーレムが力押しで、宝物庫の壁を破った……か」 「なになに? 推理でもしているの?」 「いえ……なぜ土くれのフーケはそんな力押しで壁を破って進入するという手立てを取ったのかと」 「そりゃあスクウェアクラスの固定化が何回もかけられていたからでしょう」 最もその固定化の呪文がかけられていたはずの場所から侵入されてしまったんだけど。 「土くれのフーケはトライアングルクラスのメイジ……当然スクウェアクラスの固定化には対抗できない……」 「そういうことになるわね、尤もその固定化のほころびから侵入されてしまったけど」 「フーケはその固定化のことも、力押しで壁が壊せることも知っていた……ということは?」 「まさか、内部犯だっていうの?」 土くれのフーケがどんな人物かまではわからないけれど、 こと、学園の宝物庫を破る手段を捜査していたのは確実だということになる。 もちろんそんなことを先生方に言えばバカバカしいと一笑に付されてしまうんだろうけど。 「私の推理で必要なのは、力押しで宝物庫が破れることを知っていた人物……」 「それと、スクウェアクラスの固定化がかけられていることを知っていた人物……」 「「オールド・オスマン学園長?」」 前ページゼロのルイズとオラクルレイ
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前ページ次ページゼロのルイズと魔物の勇者 馬車に揺られながら、空を見上げる。 この世界に来た時と同じ青が広がっていた。 ロングビルが手綱を引き、その他が荷台に乗っている。 キュルケの使い魔は無駄に大きいせいか、学院に置いてきたようだ。 タバサの使い魔も巨大だが、風竜であるため空を飛べる。 もしかしたら近くを飛んでいるのかもしれない。 スラおは小さくて、場所に困ったらギュッと圧縮できるので問題なくルイズ達に同行する。 「で、ルイズ。昨日のあの殿方は一体誰なのよ」 「知らないわよ。私も初めて見た人よ」 キュルケはゴーレムを圧倒的な強さで翻弄した自称勇者が何者なのか気になるようだ。 ルイズを救ったため、ルイズの知り合いだと思っているらしい。 「嘘よ。あの人、ルイズに対して親しげに話しかけてたわ」 まぁ、正体がスラおであるから当然なのだが。 たわいも無い会話で盛り上がっている中、相変わらずタバサは本を片手に黙っている。 馬車は深い森に入っていった。 妙に薄暗く、じめじめしている。 不気味で、できることなら近づきたくない森だ。 しかし、スラおは胸が躍る。 この世界に飛ばされて、始めて学院から出た。 クリオと冒険していた頃は、旅の扉の先でこんな森に何度も遭遇したものだ。 「ここから先は、徒歩で行きましょう」 森の中は木が生い茂り、小道しか存在しない。 馬車で進むことが不可能と判断したのだろう、ロングビルが提案する。 全員が馬車から降りて、森の奥へと進んでいく。 歩き続けると、開けた場所に出た。 そこには一件の小屋がある。 ロングビルが小屋に指を指す。 「わたくしの聞いた情報だと、あの中にフーケが」 全員で木と草の陰に隠れる。 タバサがその場にちょこんと座り、杖を使って地面に絵を描き始めた。 「作戦」 短くそう言うと、キュルケもルイズも腰をおろして、タバサの描いた絵を囲む。 小屋までには罠が張られているかもいるかもしれない。 まずは道中の安全を確保する。 次に、中にフーケがいた場合は外に誘き出す。 そこに一斉攻撃を仕掛けるというわけだ。 「で、誰が罠が仕掛けてあるかもしれない場所を突っ切って、フーケを誘き出す囮になるわけ?」 キュルケが嫌そうな顔でタバサに尋ねる。 「すばしっこいの」 タバサのその一言で全員がスラおの方を見る。 「や、やっぱりオイラ・・・?」 もはやスラおに拒否権はなかった。 地面に罠が仕掛けられている可能性を排除するため、飛び跳ねずにあえて這うように進む。 「罠はないみたいよ」 スラおが小屋に到着したのを確認して、ルイズが安全であることを確信する。 小屋の中に入ると、まるで物置のよう。人の姿は見られない。 不自然な点を挙げるとすれば、中央にこれ見よがしに宝箱が置かれていることだ。 「誰もいないぜー!」 小屋から出て、ピョンピョン跳ねながらルイズ達にフーケの不在を伝える。 「あのバカ!大声出してっ!」 ルイズが怒って、キュルケがため息をついて呆れる。タバサは無表情である。 早速全員で小屋に向かう。 「結局、フーケはとっくに逃げてたわけねー」 キュルケが残念そうに項垂れる。 だがとんでもない収穫はあった。『破壊の杖』が宝箱の中から見つかったのだ。 「あら、フーケって随分とドジなのね」 「お、おい!それってホントに破壊の杖なのか!?」 「間違いないわ。宝物庫を見学したとき確かに見たもの」 キュルケに確認したが、それは間違いなくこの世界で『破壊の杖』と呼ばれているものらしい。 「マ、マジかよ・・・」 スラおはその事実に驚く。 正確にはそれは杖ではない。 しかし、槍でもないし、剣でもない。トゲが付いてるわけでもない。 見た目で杖と勘違いしても仕方がないだろう。 次の瞬間、外で見張りをしていたルイズが悲鳴を上げる。 「きゃああああああああ!」 「ルイズ!?」 小屋の屋根が吹き飛ぶ。 そのおかげで視界を遮るものがなくなった。 ズシンという音がなり、ゴーレムが現れる。 「まさか、フーケ!?」 キュルケがそう言う間に、タバサは真っ先に呪文を唱える。 ゴーレムをも包みこんでしまいそうなほど巨大な竜巻が巻き起こる。 しかし、ゴーレムはびくともしない。 少し遅れてキュルケが呪文を唱えて、杖の先から炎を放出し、ゴーレムを焼く。 だが、衝撃のないただの炎では、ゴーレムにダメージを与えることはできない。 「退却」 タバサが呟く。 「お、おい!ルイズはどこだよ!」 逃げてゆくキュルケとタバサを背に、スラおはルイズを探す。 ルイズはいつの間にかゴーレムの背後に立っていた。 ゴーレムの背中が爆発する。 たとえ失敗魔法であっても、今だけはキュルケの炎やタバサの風よりは強いダメージを与えられるだろう。 それでも削れたゴーレムの一部はすぐに元通りになってしまう。 「ばっかやろおおお!」 スラおは勢いよくルイズを蹴飛ばす。 「何すんのよ!バカ!」 既にゴーレムはルイズを標的としている。このままでは危険だ。 「お前の魔法であんなのに敵うわけねぇだろ!」 「そんなのやってみないとわからないじゃない!」 「オイラが注意を引くからルイズは離れてろ!」 「だめよ!私がやらなきゃだめなの!・・・私の魔法ならっ!・・・失敗魔法だけど・・・あいつに傷をつけられる」 大声で捲し立てていたルイズの声が急に小さくなる。 「フーケを捕まえれば、もうゼロだなんて言われない・・・」 スラおは何も言えない。ルイズにはルイズの思いがある・・・。 クリオは時に弱音を吐くものの、自信に満ちていた。 だからこそルイズにどう声をかければいいか分からない。 もしかしたらルイズのプライドを傷つけてしまうかもしれない・・・それでも自分の素直な気持ちをぶつける。 「オイラを信じろ!」 そうだ・・・結局自分は何の力にもなれない。 使い魔の方が自分より優秀だ。スラおに任せればいい・・・自分は役には立てない・・・。 「好きに・・・しなさいよ」 ルイズは泣きそうな声で言う。 「バカ野郎!オイラにもお前を信じさせろ!」 スラおはルイズのマントを噛んで引っ張る。 ゴーレムの攻撃は範囲が大きく強力だが、動きは鈍い。その攻撃を避けることは可能だ。 「オイラもルイズを信じるから、お前もオイラを信じろっつってんだよ!」 再びスラおが叫ぶ。 ルイズはその意味をまだ理解できずにいる。 私は何もできない。信じられても困る。 そんな時、思い出すのはスラおの世界の話。 別の世界が存在するなんて信じられない・・・でも、モンスターマスターの話には興味を引かれた。 使い魔と主人の関係とは少し違う。主従関係がハッキリしているわけではなく、まるで親友同士のような関係。 そうだ、スラおは『信じろ』と言った。『任せろ』とは言ってない。 私にも・・・やれることがあるの・・・? 「スラお・・・」 ルイズはゆっくりと自分の足で立ち上がる。 「あいつの足、あんたの魔法で壊せる?」 「あたぼうよ!」 「右足だけ狙って!」 ルイズの声に反応して、スラおはゴーレムの右足だけを狙う。 「ベギラマァ!!!」 ゴーレムの足は、抉るような炎に焼かれ、ボロボロと崩れる。 それでも太い足はかろうじて繋がっていた。 そこに爆発が起こる。ルイズの魔法だ。 ようやくゴーレムの右足を破壊することに成功した。 「やるじゃねーか、ルイズ!」 「当然よ!私は貴族なんだから!」 ルイズはすっかり自信を取り戻したようだ。 スッキリした頭は冴えわたる。 以前、謎の剣士がゴーレムの両足を切断した時は、だるま落しのように見事に着地し、バランスを保たれてしまった。 なら片足ならどうだ。あの巨体ならバランスを崩して倒れるはずだ。 その作戦は正しい。だがゴーレムは、執拗にバランスを取り続けて倒れない。 その時、強い風がゴーレムを刺す。 風竜に跨ったタバサだ。キュルケもいる。 片足を失い、強風に煽られたゴーレムは前のめりに倒れる。 「スラお!思いっきり体当たりしてあげなさい!」 ルイズはしっかり計算して、ゴーレムの下敷きにならない位置に移動していた。 スラおの強烈な体当たりは対ギーシュ戦で一度見ている。 ゴーレムが倒れる勢いと、スラおが下から突き上げる勢いが合わされば、ゴーレムの胸に風穴を開けることができるだろう。 「いいぜ!オイラの取って置きを見せてやる!」 スラおの体がバッと掌のように開いて巨大化した。 「いくぜ・・・超神秘的で超かっこいいオイラのオリジナル技・・・」 「え?ちょっと、オリジナル技とかじゃなくて体当たりだってば!」 今までスラおとの息が合っていたぶん、急に訳の分からない技を使おうとしたことで、ルイズは少し戸惑ってしまった。 それでも構わずスラおは叫ぶ。 「スラお・ジャスティスアッパァー!!!!!」 掌のように広がったスラおの体が丸くなる。それはまるで拳。 胸に風穴を開けるどころではない。ゴーレムの胴体は粉々に砕け散り、残された四肢と頭は繋がりを失って、崩された積み木のようになってしまった。 威力は全然違ったが、確かに体当たりには違いない。 「す、すごい・・・」 ルイズは謎の剣士がゴーレムに攻撃した時と同じ感想を言ってしまう。 「へへーん、どうだ!オイラのこと見直しただろ?」 ギーシュを倒した時よりも何倍も凄い。 素直に感心する。 「やるわねぇ、ルイズの使い魔」 タバサの風竜に乗って、ルイズ達の上空を飛ぶキュルケもまた感心する。 すると、『破壊の杖』をしっかりと握りしめたタバサが呟く。 「いない」 「え?誰が?」 「ミス・ロングビル」 一方、地上で喜び合うルイズとスラお。 しかし、その背後でゴーレムが音を立てて蠢く。 やはりフーケを倒さない限り、ゴーレムは何度も復活してしまうのだ。 フーケの魔力切れを狙う手もあるが、そうなる前にやられてしまいそうだ。 「ど、どうしよう。何度やっても・・・」 自信をつけたルイズも、流石に弱音を吐く。 こうなったら、タバサ達に上空からフーケを探してもらおうかとも考えた。 だが、スラおは『破壊の杖』のことを思い出す。 あれはフーケには使えないはずだ。 そして、見つけてくださいと言わんばかりに、分かりやすい場所に仕舞われていた。 ならもしかしてフーケの目的は・・・。 この考えが正しければ、フーケは自ら姿を現すはず。 「破壊の杖を投げてくれ!!」 スラおはタバサに向けて叫ぶ。 タバサは素直に破壊の杖を投げる。 「ちょ、ちょっと!何やってるの!?タバサ!」 おそらくは、風竜に乗っている間はフーケも破壊の杖に手が届かないであろう状態。 にも関わらず、タバサはあっさりと破壊の杖を地上に戻してしまった。 「大丈夫」 その後に、たぶん、と付け加えてタバサがキュルケをなだめる。 不安ではあるが、タバサの判断は大体正しい。 キュルケは無理にでも納得して、破壊の杖のその後を見守るしかなかった。 「何言ってるのよスラお!」 「オイラを信じろって!」 ルイズは仕方なく破壊の杖をキャッチする。 ゴーレムはすでに復活して、今にも拳を振り降ろそうとしている。 「そいつを振るんだ!」 それはここにいる誰も使えないはずの代物。 でもスラおはルイズを信じている。ただ、それだけではない。 何故か、それをルイズが使えるような気がしたのだ。本来は使えるはずのない、それを・・・。 これもルーンの力なんだろうか?それともモンスターマスターとの繋がりによるものなのか。 ルイズは訳も分からず、破壊の杖を振る。 どうせ何も起こらない。起こったとしても、それはただの爆発だろう。 ルイズ自身もそう思っていた。 視界に入るのは光。野蛮な爆発が起こるわけでも、炎や風が巻き起こるわけでもない。 強い光が、天から降り注ぎ、ゴーレムを包む。 あまりの眩しさに、ルイズはもちろん、キュルケとタバサも目を瞑る。 瞼を開けた時・・・そこにゴーレムの姿はなかった。 「「「え?」」」 全員が状況を飲み込めず、意味のない声を上げてしまう。 これほどの魔法は見たこともない。どの系統に属するかも分からない。 そう、それはまるで虚無の魔法・・・。 風竜が地上に降り立ち、タバサとキュルケがルイズに駆け寄る。 「やったわね、ルイズ!」 素直にルイズと喜び合おうとするキュルケ。二人が犬猿の仲とはとても思えないほど。 その時、呆気にとられて隙だらけのルイズの足元が盛り上がる。 バランスを崩したルイズは、破壊の杖を手放してしまう。 落ちた杖を拾う。誰が拾ったのか? ミス・ロングビルだ。 「ミス・ロングビル!無事だったんですね。いままで何処に?」 キュルケが声を掛けるが、彼女は答えない。 それどころか、破壊の杖をこちらに向けた。 「これは・・・一体どういうことですか?」 尻もちをついたルイズが、目を細め、厳しい口調で聞く。 「まだ分からないの?私が土くれのフーケよ」 その事実に、驚いていないのはタバサだけ。 この状況下で、冷静なのはタバサとスラお。 「予想以上の威力だったわ・・・この破壊の杖。まさか私のゴーレムを跡形もなく吹き飛ばすなんてね」 フーケは全員に杖を捨てるように要求。それに逆らうものはいない。 そんな時、不穏な空気をかき乱すようにスラおが言った。 「残念だけど、そいつは使えないぜ?」 忠告するが、フーケは聞き入れない。 こうなれば、力尽くで杖を奪い返すまで。 体当たりをしようと動いたスラおを見て、フーケは透かさず杖を振る。 しかし、何も起きない。 「そいつは商人しか使えねーんだ」 鳩尾に体当たりされたフーケは簡単に気絶した。 前ページ次ページゼロのルイズと魔物の勇者
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この、トリスティンの魔法学院には、ゼロと呼ばれるメイジが居た。 魔法成功率ゼロ、それが彼女のあだ名の理由だった。 メイジは、ある時期になると使い魔を召喚し、一人前のメイジとしての第一歩を踏み出す。 言い換えれば、使い魔の居ないメイジは、見習いのメイジなのだ。 ゼロとあだ名される女性、ルイズは、使い魔を召喚するサモン・サーヴァントの儀式に失敗し、同級生からの失笑を買い、失意のまま寮の自室にこもっていた。 いや、正確には失敗したわけではない。 失敗したと申告してしまったのだ。 ルイズはベッドの中で、奇妙な石の仮面を撫でた。 サモン・サーヴァント時、爆風と共に現れた仮面。 ルイズは爆発の土煙が晴れないうちにそれを拾い、懐にしまい込んだ。 幸い誰にも見られなかったようで」、コルベール先生が儀式を続けるように促す。 しかし、今度は爆発すら起こらない。 背後からヤジが飛ぶ、ゼロのルイズ、やはり失敗かと。 ルイズは二度目以降のサモン・サーヴァントが起こらないのを見て、ああ、この石仮面が私の使い魔なのかと、心の中で呆れていた。 そして『使い魔はこの仮面です』と申告するのを止め『失敗しました』と申告したのだ。 こんな仮面など壊れてしまえばいいと思った。 使い魔が死ねば再度サモン・サーヴァントができるのだから。 ハンマーでも用いて破壊してしまえばいい、そう思ったのだ。 ルイズはこの仮面を壊す前に、ふと思い立って、仮面を被ってみることにした。 何の変哲もない仮面だ、被ってみてもなんの反応もない。 もしこれがマジックアイテムだったら… そんな想像をして、すぐにその考えを否定した。 これがマジックアイテムなら、もう何か反応があって然るべきだろう、やはりこの仮面はただの仮面なのか…ルイズは落胆する気も起きずに、薄くヒビの入った石仮面の表面を撫でた。 そして、薄く微妙にとがったヒビが、ガラスで手を切るように、紙をなぞって指を切るように、ルイズの指を薄く裂いた。 「!」 痛い、と思う暇もなかった。 ビシビシビシビシ 石の仮面から嫌な音が響き、次の瞬間 バシッ! ドスドスドスドスドスドスドスドスッ! 石仮面から突き出た、骨のような棘が、ルイズの頭を突き刺し、脳内がスパークした。 間に何秒かあっただろうか、ハッと我に返ったルイズは、誰が見ても即死だと思うほどの棘が刺さったのをものともせず、石仮面を力づくで床にたたきつけた。 ばちっ、と、とても石が砕ける音とは思えない音で仮面が砕け、その破片が部屋の扉の蝶番をを破壊した。 ギィィィーと音を立て、扉が倒れる。 ルイズの部屋の前を通りかかったキュルケは、倒れた扉を見て驚いた。 「ちょっとヴァリエール、あんたねえ、部屋で何やってるのよ、破片がこっちまで飛んできて危ないじゃない」 キュルケがルイズの部屋を覗くと、ルイズは地面に石仮面を投げつけた姿のまま、首だけをキュルケに向けてぼうっとしていた。 「…つぇ るぷ…すとー?」 「何やってんの?あんた」 キュルケはルイズの足下の床が砕けているのに気づいたが、いつもの失敗だろうと勝手に納得した。 ルイズの部屋は爆発の破片が飛び散り、カーテンが破けて酷い有様だった、キュルケは自分の事を棚上げしてルイズの部屋の惨状に呆れた。 「部屋で魔法の練習をするのはいいけど、せめてあたしの部屋まで壊さないで欲しいわね」 いつものように憎まれ口をたたき、ルイズをからかおうとしたキュルケだったが、今回はいつもと調子が違った。 キュルケに近寄り、ルイズはおもむろにキュルケに抱きついた。 「………ちょ、ちょっと、ヴァリエール」 ルイズは眠そうな目つきのまま、キュルケを見上げた。 そして、「ハァァァァア」と、とても甘く切ない息を吐いた。 それを嗅いだキュルケの意識が、少しぼやける。 最初は違和感だけだったが、いつの間にかキュルケの意識は宙に浮いたような感覚に包まれていた。 男性に抱かれてもこうはならない、身体の力が抜け、宙に浮くような怠惰の快感がキュルケを襲う。 そしてルイズは赤子のように、母親にじゃれつこうとする赤子のような笑顔を浮かべて、口を開いた。 「カハァアアアアアアア…」 褐色の肌、燃えるような髪、そして豊満な身体。 ルイズは純粋に、それを「欲しい」と思った。 私はキュルケが好き? 好き!だって、とても可愛いし、とても美味しそう… そこまで考えて、ルイズの動きが止まる。 これじゃあまるで吸血鬼じゃないか、私はメイジ、そして貴族だ。 ルイズはキュルケから離れ、ベッドに腰掛けて、ふぅとため息をついた。 「あれ?」 我に返ったキュルケが惚けた表情を浮かべる。 「大丈夫よツェルプストー、ちょっと失敗しただけだから」 ルイズがそう言うと、キュルケは自分が何をしにルイズの部屋に入ったかを思い出した。 「あ、ああ、そうね…って失敗するなら尚更部屋でやっちゃ危ないわよ!」 「ふふっ、ごめんなさい、ところでツェルプストー」 「な、何よ」 「心配してくれるのね?貴女って、可愛いわ…」 キュルケは驚き、そして、慌てた。 「ななななな何言ってるのよ!」 「冗談よ、でも、貴女でも慌てるのね。…やっぱり、可愛い」 「あ、あたしにそっちの趣味は無いわよ」 流石にもう慣れたのか、キュルケはヤレヤレと言った態度でルイズの部屋から出て行った。 ルイズは倒れた扉をはめ込み、テーブルの端を引きちぎってくさびの代わりとした。 とりあえず扉を閉めることが出来たので、ルイズは服を脱ぎ、そして全裸になった。 (ツェルプストー、綺麗だったなあ…) そう考えながら自分の喉に指を突っ込む、指はずぶりと皮を貫通し肉を貫通し、筋肉の感触を脳に伝えた。 (あの豊満な胸、かわいい、噛みちぎってあげようかな) 喉に突っ込んだ指をナイフに見立て、そのまま無造作に胸の前まで引いた。 (ちぃ姉さまが動物を飼うのが分かる…取るに足らない生き物って、とても可愛いんだ…) 喉から胸までが、醜く引き裂かれたに見えたが、流れる血は皮膚に吸収され、めくれ上がった皮膚とちぎれた肉は瞬時に再生し、傷一つ残らなかった。 (ツェルプストーの胸…) ルイズは自分の腕に噛みつき、チューチューと血を吸った。 そのままベッドに入り、すぐにルイズは眠ってしまった。 夢の中ではキュルケをはじめとする生徒達の身体に噛みつき、とてもご満悦だった。 ルイズは、赤子が母親の乳にしゃぶりつくように、朝まで自分の腕から血を吸い続けていた。腕を朝までしゃぶっていた。 To Be Continued → 目次
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前ページ次ページゼロのルイズと魔物の勇者 厨房は目の前。 ただシエスタにありがとうと言ってもらえるようなことをしたかっただけ。 それがこんなにも面倒なことになるとは、夢にも思わなかった。 まず第一のアクシデント―――タバサとの遭遇。 ここ数日、ルイズと共に行動して、何人かの生徒の名前は覚えた。 その一人、タバサが厨房に向かうスラおの目の前に立ちはだかった。 「誰?」 意外にも、無口で本にしか興味を示さないタバサが先に声を発した。 「・・・ゆ・・・勇者・・・かな・・・」 何故、食堂で食事をとっているはずのタバサがこんなところにいるのか。 当然、生徒でも教師でも使用人でもなく、普段の使い魔の姿でもないスラおが不審人物としてとらえられるのは当然である。 それはスラお自身も理解していた。 だが、別に見つかった時の言い訳を考えていたわけでもない。 そのため、つい苦しすぎる言い訳が口をついた。 「嘘」 それは驚きのあまり言ってしまったものではなく、明らかに見透かしたものだった。 「う、嘘じゃないって!オイ・・・オレは勇者だ!間違いないって!」 タバサは何も言わずに杖を構える。 相手が自分のことを兵士か何かだと言うのなら、冷静に事情を聴いて対処もしただろう。 しかし、勇者などと意味不明な供述をする不審者を放っておくわけにはいかない。 上半身裸で、威厳のない話し方。 自分の中の勇者像を汚されることが我慢ならなかったという理由もある。 「ま、待てって!何もしねーって!」 ただでさえ困った状況にも関わらず、問題は畳み掛ける。第二のアクシデントだ。 「あら?何やってるの?タバサ」 テレテレテレテレテー キュルケが現れた! 「その殿方はどなた?」 「不審者」 タバサは何の躊躇いもなく、自称勇者を追い詰める。 「あら素敵」 「何が素敵だっつの!目が笑ってない!」 タバサがそう言うからだろうか、キュルケもスラおに敵意を向ける。 逃げるしかない。こんなところをシエスタに見られるわけにもいかない。 しかし、世の中そんなにうまくいかない。第三のアクシデントは早速やってくる。 「あの、どうかなされましたか?」 厨房の目の前で騒いだせいか、シエスタが中から現れ声をかけてくる。 「不審者」「不審者よ」 二人が同時に答える。 「ま、まぁ、大変!」 この姿を見られた。シエスタにとってはもはやただの不審者でしかない。 シエスタをオロオロさせてしまったことにスラおはオロオロする。 次の瞬間、走っていた。それもとんでもない速さで。並の人間では目でとらえることもできないほどに。 「追いかけるわよ!」 キュルケがそう言うと、タバサは頷いた。 こうしてスラおのほんの数時間の逃亡生活が始まるのだった。 日は沈み、生徒は皆自室に帰ったころ、ルイズは一人で庭にいた。 「スラおーー!」 昼から姿の見えない使い魔を探す。 「もう!あのバカ使い魔、勝手にどっか行っちゃって」 「こんな時間に草むしり?」 そこにキュルケとタバサがやってくる。 「違うわよ。スラおを探してるの」 「逃げ出したんじゃないの?あんた頼りないから」 「な、そんなわけないじゃない!そんなわけ・・・」 「ま、いいわ。私達も人を探してるの。金髪で剣と盾を背負った上半身裸の変態を見なかった?」 「見てないわ」 「そう」 キュルケはそれを教師達に伝えることもなく、完全に不審者退治を楽しんでいた。 そのため、ちょこまかと素早く逃げるスラおを捕まえられずに見失ってしまった。 午後の授業にはきちんと出席していたので、まだあの不審者が学院内にいると本気で思ってはいない。 ちょっとした暇つぶし程度だ。 その時キュルケは背後に気配を感じた。 もしかしたら例の不審者かもしれないと、杖を構えて勢いよく振りかえる。 しかし、そこにいたのは人間ですらなかった。 巨大なゴーレムだ。 「きゃあああああああ!」 キュルケが叫んで逃げ出す。タバサもそれに続く。 ルイズは放心状態。ただゴーレムを見上げて突っ立っている。 ゴーレムは宝物庫を殴る。どうやら狙いはルイズ達ではないようだ。 それを理解したルイズは、逃げるどころか攻撃する。 使いたかった魔法が何かは分からないが、とにかく爆発は起こる。 ゴーレムの右腕が僅かに削れた。そんなかすり傷程度のダメージしか与えられない。 しかもその傷は一瞬で回復してしまう。 「そ、そんな・・・」 恐ろしく巨大なゴーレムはおそらくトライアングルクラスのメイジによって作られたものだろう。 そんな物に喧嘩を売るとは正気とは思えない。 それでもルイズは引かない。再び魔法を使う。そして爆発。 ゴーレムの標的は当然ルイズに変更される。目的を邪魔するものを早々に排除してしまおうというわけだ。 すると、ウィンドドラゴンに乗ったタバサとキュルケがやってくる。 なんとかルイズを連れて逃げようとするが、それよりも早くゴーレムの拳がルイズに振りおろされる。 それでもルイズは諦めずに、必死で杖を振る。 次の瞬間、ズドンッという音とともに地面がへこみ、土煙が立ち込める。 「ルイズ!」 キュルケが叫ぶが、ウィンドドラゴンは仕方なく上空へと昇りゴーレムと距離をとる。 「う・・・んっ・・・」 潰された。そう思った。しかし手が動く。瞼も開く。息もしている。 金色の髪が揺れる。 褐色の肌をした男がルイズを抱きかかえている。 筋肉はゴツゴツしているが、妙に心地良い。 「だ、誰!?」 状況が飲み込めないルイズはつい暴れてしまう。 「もう大丈夫だ。怪我してないか?」 男はまっすぐルイズの目を見て言う。 ルイズの頬がほんの少し赤く染まる。 ギーシュとは正反対の顔つき。 それは悪い意味ではない。 美しいという表現よりも凛々しいという表現がぴったり・・・そんな顔つき。 「倒せばいいんだろ?アレを」 男はゴーレムの方に視線を向ける。 「そ、それはそうだけどっ・・・だからあんた誰なのよ!?」 ルイズはそっと、その両腕から降ろされる。 ルイズが男の正体がスラおであることに気づくことはない。 それも当然、まさかあのちんちくりんなスライムが人間の姿になろうとは想像できるはずもない。 「あ!あの変態・・・ルイズを助けてくれたみたい」 キュルケはほっと胸をなでおろす。 ゴーレムの右肩には黒色のローブを羽織ったメイジが立っている。 キュルケがそれを自称勇者に叫んで伝える。 「肩の上の男を狙って!」 「いや、女だ」 その一言に、キュルケもタバサもルイズも目を丸くする。 深くかぶったフード・・・その見た目から性別を言い当てるのは難しい。 そしてスラおは剣を抜いた。 このゴーレムはギーシュが作り出したものとは違う。 当然自分の世界のゴーレムでもない。 相手の実力が分からないのなら手加減をしなければいい。 スラおは剣を全力で振りきる。 ゴーレムまでは距離がある。傍から見ればただ素振りをしているだけだ。 しかし、不可視の斬撃は踊り、ゴーレムの両足は切断され、粉々に砕け散る。 「なっ!?」 黒ローブの女は慌てて杖を振りゴーレムにバランスをとらせる。 「す、すごい・・・」 ルイズは開いた口が塞がらない。 「何あれ!?風の魔法?」 「分からない」 キュルケも驚き、タバサに状況の解明を求めるが、タバサもまた何が起こっているのか分からなかった。 その斬撃に魔力と思しき気配は、全くと言ってなかったからだ。 スラおは再び剣を振る。 その一振りは黒ローブの女を狙ったものだ。 女はゴーレムから飛び降り、難を逃れた。 しかし、ゴーレムは右肩から胴体を縦に真っ二つにされた。 力加減を間違えたのか、宝物庫までも破壊してしまう。 「次元が違う」 地上に降りてきたウィンドドラゴンに跨るタバサが呟いた。 「終わったぞ」 そう言ってルイズの元に歩み寄るスラおとキュルケ達の目が合った。 キュルケはスラおを追いかけまわしていたとは思えないほど目を輝かせて、ニッコリと笑顔を浮かべている。 誤解が解けたということだろうか。それとももう追いかけるつもりがないだけだろうか。 スラおは申し訳程度に笑顔を作るが、それは引きつっていた。 「ゴ、ゴーレムが・・・・」 今だに緊張状態を緩めないルイズがスラおの背後を指さす。 振り返ると、絶命させたはずのゴーレムが立ち上がり、破壊した部位も元通りになって歩き始めている。 「へー、中々やるじゃねーか」 黒ローブの女はまだゴーレムに乗っている・・・ないしは近くにいるはずだ。 スラおは両手で剣を強く握り、振り翳す。 最大の一撃を放てば、ゴーレムとその一帯を消し炭にすることなど容易い。 だが、剣が振り下ろされることはなかった。 急に胸が痛み出す。鳩尾の部分に浮かび上がる不可思議な文字。 「いててててててっ!」 スラおは瞬時に痛みの意味を理解した。 力を無理やり塞き止められる感覚・・・。 元の姿に戻る・・・そう感じて走り出す。 「ちょ、ちょっと!」 ルイズが呼び止めようとするがそんなことは聞いていられない。 ゴーレムは逃げている。ルイズ達に危険が及ぶことはもうないだろう。 逃亡する敵を倒すことよりも、まず自分の正体を隠すことこそ最重要事項だ。 正体を知られることは、弱みを握られることだ。 と、それらしい理由を挙げてはみるが、実はただ恥ずかしいだけだったりする。 しばらくたって、ゴーレムは自然に崩れ去り、そこに黒ローブの女はいなかった。 翌朝・・・。 学院の教師達は慌ただしく動き回る。 土くれのフーケが宝物庫に仕舞われていた『破壊の杖』を持ち去ったからだ。 昨晩、巨大なゴーレムを使い、宝物庫を破壊した黒ローブの女がそうだ。 破壊の杖を盗んだ上に、宝物庫の壁にちゃっかり犯行声明まで残していった。 『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』 それを知ってスラおは悔しがる。 そんな余裕を与えたつもりはなかったのだが・・・フーケがそれだけの実力者だったということだろうか。 あの後、案の定スラおは元のスライムの姿に戻ってしまった。 しかし、これもまた案の定、瀕死状態に陥ることもなかった。 胸に浮かび上がったルーンはスライムの姿ではどこにも浮かび上がらない。 ルイズ曰く、背中にルーンがあったらしいが、それはもう消えてしまっている。 だが、あのルーンが自分に魔力を提供していることは確かだろう。 体に刻みこまれていないだけで、ルーンの力は確かに存在しているのだ。 ルーンの魔力をもってしても維持しきれないのだろうか、自分のHPもMPも消費しない代わりに、エボルシャスの力が制限されてしまうらしい。 普段なら力を誇示しても、もう少し長い間人間の姿を保てるはずだ。 などと考えながら、スラおは学院長室の外で聞き耳を立てる。 フーケの件で、目撃者であるルイズ達が呼び出されたのだ。 当然、使い魔は部屋の外で待機させられる。 微かに聞こえてくる会話・・・数人の教師が怒鳴りあっている。 それが途端に静かになって、こんどはルイズ達が何か喋っているようだ。 後ろから足音。緑色の長い髪、メガネを掛けた頭の良さそうな女が勢いよく扉を開ける。 急ぎの用だったのか、扉を閉め忘れてくれたおかげで、耳を澄ませなくとも会話を聞くことができるようになった。 「ミス・ロングビル!どこに行っていたんですか!」 息を荒らげて、コルベールが怒鳴る。 ロングビルと呼ばれた女は冷静に答える。 「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」 「調査?」 「そうですわ。フーケの居所が分かりました」 「ほう、流石はミス・ロングビル。仕事が早いうえに的確じゃ」 オスマンは大きく首を縦に振り、感心した。 その流れで捜索隊を教師の中から募るが、誰も名乗り出るものはいない。 結局、目撃者のルイズ、キュルケ、タバサの三人と案内役のロングビルが捜索隊としてフーケを追うことになった。 「オ、オイラも一緒に行っていいよな!?」 学院長室から出てきたルイズに問う。 「当然でしょ。あんたは私の使い魔なんだから!そんなことより昨日はどこに行ってたのよ」 その問いには答えられなかったが、勇者のことを聞かれることもなく、一先ずは安心してルイズの後についていったのだった。 前ページ次ページゼロのルイズと魔物の勇者
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前ページ次ページゼロのルイズとオラクルレイ 翌日。 そういえば使い魔を召喚したんだっけ、なんてことを考えながら起き上がると、脱ぎ散らかしておいたはずの下着のたぐいが全部なくなっていた。 「……ああ、きっとオリコが気を利かせて洗ってくれてるのね」 昨日親友の誓いをたてたのにもかかわらず扱いがぞんざいなのではないかと思ったのは、制服に着替えて髪の毛をブラシで梳かしている時だった。 ……ちなみに、ブラシはオリコが。 「ほんと、ルイズって髪の毛がさらさらね、私なんてくせっ毛で」 「ああ、気持ちが良いわ……ってちゃうねん!」 「え。なにか痛いところでもあった?」 オリコはキョトンとした瞳でこちらを見る。 ちょっと彼女は天然が入った部分があるからしっかりと注意しないと。 「……そのまま続けて」 「はい、ご主人様♪」 楽しげな様子で鼻歌なんかを歌いながら髪を梳いてくれているのを見て、 それはダメなんだよと注意を出来る人がいるのならば見てみたいものだ。 あと、ご主人様っていう名称は辞めてほしい。 ※ オリコと一緒に部屋から出ると、ちょうど左側の扉からキュルケが顔を出す。 狙っていたのではないかと思うようなタイミングだった。 さぞかし使い魔を自慢したいに違いない。 彼女が呼び出したのは火山山脈のサラマンダーだったから。 「おはようルイズ」 「おはようキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・ フォン・アンハルツ・ツェルプストー」 「……なんでフルネームなのよ」 だってもうサラマンダーらしき生物がもう顔を出しているところだったから。 できるだけ相手にしたくなかったって気持ちが分かる人って居る? 「あなたの使い魔って、本当に人間だったのね」 「はじめまして、ツェルプストーのお嬢様、私は美国織莉子と申します」 「あらあら、これはご丁寧に」 お互いに頭を下げ合うキュルケとオリコ。 「って、違うわよ! ここは、あなた人間なんて使い魔にしちゃったんだー! って叫ぶところじゃないのよ!」 「それならそれでも良いけど」 「なんか、彼女を見ていると不思議な圧力があるというか」 ああ、それは何となく分かる。 オリコって不思議な威圧感が存在するのよね。 おっとりとしていても、逆らい難い風圧っていうかなんて言うか。 「あらあら、この火トカゲさんはとても人なつっこいですね」 ソレでもう使い魔同士は仲良くなっちゃってるし。 ※ 食堂にはオリコの食事など用意されてないことが予測されたので、道中で彼女と別れてキュルケと二人で歩いていると。 「しかし、ルイズが魔法を成功させるなんてね」 「わたしだってたまには成功するのよ、知ってるでしょ」 「ロックとかアンロックくらいの簡単なものだけどね」 「それ、寮でやったら犯罪だから、罰則だから」 てな話をしながら歩いていると、小柄でメガネを掛けた青髪の生徒が歩いてくる。 「おはようタバサ、相変わらず辛気臭い顔をしているわね」 「……平民を召喚した人間に言われたくない」 「あはは! 使い魔召喚ではタバサが一等賞だったから仕方ないわね!」 タバサが召喚をしたのはウィングドラゴン。 つまりはドラゴン。 ちゃんとしたハルケギニアの生物である。 オリコはチキューというところの、ゴギョウというところからやってきたらしいから ハルケギニアの平民とはちょっと違う立場なんだけど、 そんなことを説明したところで二人には到底納得してもらえないだろうから黙っておく。 アルヴィーズの食堂には沢山の食事と使用人が働いていて、 その中にはオリコの姿もあり、不慣れながらも一生懸命…… 「って、なんでオリコまで働いているのよ!」 ※ 食事を終えてから(厳密に言えばオリコの仕事が終わってから)教室までたどり着くと多くの視線がわたしのほうを見た。 よほどオリコを召喚をしたことが珍しいらしい、まったく暇な輩ばかりだ。 「注目されていますね、私」 「気にしないの、堂々としていればいいのよ」 「使い魔なのに堂々としちゃっていいんでしょうか」 ……ソレは確かに。 ただ彼女の雰囲気はなんとも言えないから、楚々とされていても目立ってしまう。 これは普通に過ごしてもらうしかないのだろう。 「それにしても、授業なんて参加してもいいんでしょうか」 「寝顔を晒したりしなければいいけどね」 「ソレはなに一つ授業を理解していない身としては辛いのではないでしょうか」 まあ。うん。 わからないところを教えると言っても、彼女が授業のほぼすべてがわからないのは分かりきっている。実技の授業になればなおさらだ。 扉が開いて先生が入ってくる。 ニコニコと愛想が良く機嫌が良さそうなのが目にとれる。 「皆さん春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 嫌味か―! と、オリコに悟られないように心の中だけで文句をいう。 「おやおや、変わった使い魔を召喚したものですね、ミス・ヴァリエール」 ほら来た。 「ゼロのルイズ! 召喚できないからってその辺を歩いてた平民を連れてくるなよ!」 「こんなかわいい美少女がその辺歩いているっていうの! マリコルヌ!」 「……いや、そこは論点じゃねえよゼロのルイズ!」 ちっ、ごまかせなかったか。 ※ 授業の前には一悶着はあったものの、赤土の先生が泥をマリコルヌに放り込んだところで舌戦も騒ぎも止み。 土系統にこだわりがある先生に長い話を聞きながら、授業は淡々と進んでいく。 オリコをちらりと見るとノートにペンを走らせながら必死にメモをしている様子だった。 これならすこしくらいほうっておいても大丈夫そうね。 その後もキュルケが真鍮のことをゴールドと見間違えたり、スクウェアとかトライアングルメイジのことをオリコに説明をしたりしながら授業は淡々と進んでいく。 本当に淡々と、こちらは眠気をこらえるのに大変な思いをするくらいに。 それでもまじめに授業を受けている様子のオリコの隣にいる以上 主人であるわたしにはちょっとした居眠りをするということは出来ない。 そう……居眠りなど……ぐぅ。 「ミス・ヴァリエール、そんなに私の授業をは退屈ですか?」 ちょっとだけカクンと来たところを見咎められる。 それならあんまりまじめに授業を受けている様子もないタバサとかキュルケとか! 「いえ、ちょっと……」 「ちょっと?」 「お花を摘みに行きたくなってしまいまして」 「さっさとなさい、ああ、ついでにその寝ぼけ眼も何とかしてくるといいですよ」 生徒たちの笑い声が包まれる中、私はその声を背にトイレへと向かうのだった。 ※ オリコに魔法に関しての感想を聞くと、 ひとまずは楽しんで授業を行っているということだった。 まあ、たしかに魔法もない異世界で体験する出来事というのは 想像以上に物語のようなファンタスティックな出来事なのかもしれない。 そんなこんなで昼休み。 朝食と同じ失敗をしないように、オリコも一緒に連れて行く。 魔法学院の食事はたくさん作られているからオリコ一人が増えたところで困る心配はないだろう。 ついでに明日の朝にはオリコの分を用意してもらえばいいし。 ただオリコときたら何が楽しいのか、目を離すと給仕の手伝いを始めようとするのが困ったところなんだけれども。 「なんだかあなたの使い魔って変わってるわよね」 「言わないでよ」 「いや、悪口じゃなくて、貴族にも平民にも分け隔てなく優しいというか、マイペースというか」 それ、後の言葉が言いたかっただけなのよね? 「ほら、今だってギーシュが落とした小瓶を拾い上げてるし」 「よく気がついていい使い魔でしょう?」 「いじけないのルイズ、ちょっと自分の言うことを聞いてくれないだけじゃない」 そうなのだ。 注意も忠告もハイの一言で済ましてしまうオリコは、マイペースに頼まれた自分の仕事をこなしてしまうので、今もこうして銀食器に載せられたケーキを配っている。 「……ん?」 その時食堂が静まり返っていることに気がつく。 なんだなんだと思いながら周りを見回していると 「そうだ! その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合をしている香水だぞ!」 「それがギーシュの机の近くにおいてあるってことは、つまりお前は今モンモランシーと付き合っている、そうだな!」 なんだ、またギーシュの浮気グセか。 などと食事を再開できればよかった。 「軽率に香水の瓶を拾い上げたおかげで二人のレディの名誉が傷つけられた、どうしてくれるんだね?」 「あらあら、それは大変申し訳ありませんわ、お詫びはどうしたらよろしいのかしら」 「そうだな……この食堂の床に顔を擦り付けて、申し訳ありませんギーシュ様、今後はこのようなことはないように致します、とでも宣言してくれるかな?」 「お断りいたしますわ」 「そうかそうかやってくれるか……え?」 「お断りすると申し上げました、元はといえばギーシュ様がお悪うございますし、それを平民の小娘に八つ当りするなど……貴族にあってはならないことなのではないですか?」 まずい! わたしは急いでパンを飲み込んでオリコの元へと寄っていく。 「平民ごときに貴族としての礼儀を教えられようとは……この生意気な平民に処罰を与えてもいいのではないか!」 「そうだ! やっちまえギーシュ!」 「貴族を貴族と思わないような奴には命で償わせろ!」 わたしがオリコの近くに寄って今すぐにでも謝るように説得する。 でも彼女はそっとを首を振るばかりでその場を動こうとしない。 ああ、もうまったくマイペースなんだから! ※ 「僕はメイジだ、だから魔法を使って戦う、異論はあるまいね?」 「ええ、構いませんとも、その泥人形で一発でも攻撃を当ててご覧なさいな」 「後悔するなよ平民!」 ワルキューレがオリコに向かって走りだす。 その攻撃はオリコの体に当たったかのように思えた。 が、しかし。 攻撃は彼女の身体を捉えることはなく通り過ぎて行く。 「避けたか、だが!」 ギーシュがワルキューレに指示を出してどんどんとオリコへと向かわせていく。 しかしその一つ一つの攻撃はオリコの身体を捉えることはなかった。 身体を前後左右に揺り動かしている彼女はまるでダンスでも踊っているかのように飄々として掴みどころがない。 「避けるだけが能か! 平民!」 「一発でも当てられたらその文句はお聞きしましょう」 「舐めるなよ、ワルキューレたち、一斉攻撃で生意気な平民を殺してしまえ!」 しかしワルキューレたちの攻撃は一度も当たることはなく、 その上オリコは息を一つ切らした様子も見えない。 ※ 「すごいじゃないの、オリコ! あんな身のこなしができるなんて!」 「ええ、ええ、すごいけれど、なんで一発も攻撃しようとしないのよ!」 「そりゃあ、殴ったら痛いからじゃないの?」 「……そうか!」 わたしはキュルケの言葉を聞いて思いつくことがあった。 オリコは武器を持っていない、攻撃をしようにもただの殴り合いでは青銅には何の効果もない。 「だ、誰か彼女に武器を! 平民がメイジに楯突くための武器をちょうだい!」 「……ルイズ、あなた!」 「オリコは負けないって言った、わたしはその言葉を信じる! だから、決着を付けさせるためにも武器を!」 プライドなんかそっちのけだった。 今はオリコに勝ってほしいとその思いから。 武器を持ってそうな誰かに向かって話しかける。 「ルイズ、君はあの平民を味方するつもりなのか」 「わたしの使い魔なのよ! 大事にしない訳にはいかないでしょうが」 「わかったよルイズ、この青銅のギーシュが、平民に武器を与えよう」 「ギーシュ!」 ※ オリコは自分に向かって投げられた青銅の剣を見てもしばし呆然としているばかりだった。 話は聞こえていたはずなのだからその剣を手にとってワルキューレたちに反撃をすればいい。 私はそう思ってプライドをかなぐり捨ててまでお願いをしてきた。 ……なんだけど。 「私、こういう武器は持ったことがないんですけど」 オリコは困ったように苦笑いをするばかりだった。 そんなことわたしが知るわけがないんじゃないのよぉ― と、頭を抱えたくなってしまった。 「平民、君にも腕が付いているんだ剣をふるうくらいはできるだろう、もっともワルキューレはそれくらいでは倒せないけれどね」 「平民平民うるさいですね……まったく」 そう言いながら与えられた剣を持ち振るう。 最初から重みを感じませんでしたと言わんばかりに軽く軽く。 オリコもその自分の体の変化に驚いている様子だった。 「えい」 軽い一言ともに戦闘態勢に入ってなかったワルキューレを真っ二つにする。 ……え? 「な、な、どこにそんな力を隠していた、卑怯だぞ平民!」 「それが私にもさっぱり……」 「ええい! 手加減は無しだ! 僕の全技術を持って君を叩き潰す!」 そういって何体ものゴーレムがオリコを取り囲む。 しかしそのゴーレムたちは難病かもしないうちにオリコによって全て倒されてしまった。 まるでバターでも切るかのような動きで真っ二つになるワルキューレたち。 「ギーシュの負けなのか……?」 誰かがそう言うとオリコは恥ずかしそうに俯いた。 どうやらワルキューレを呆気なく倒してしまったのが恥ずかしいらしい。 このいっちょまえに照れちゃって! 「すごい、すごいじゃないのオリコ!」 「この力……なんなんでしょう?」 「なんでもいいじゃないの! オリコはギーシュに勝ったのよ!」 「……そうですね」 なんとなく釈然としない様子のオリコだったけれど、ふうと一息吐いて こちらに向かって笑顔を向ける。 などと大活躍を見せたオリコではあったが、その次の食卓でも給仕の手伝いをしていたので、ギーシュにはたいそう嫌な顔をされたと言っておく。 ※ 前ページ次ページゼロのルイズとオラクルレイ
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前ページ次ページゼロのルイズとオラクルレイ わたしことルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・ フォン・アンハルツ・ツェルプストー…… と表記するのは長いので、以下はルイズとキュルケでお送りします などと誰に言っているのかわからない心の声にうんざりとしつつも わたしは前日キュルケとの間で賭けをしていた。 「ねえルイズ、賭けをしない賭け」 「キュルケ、またどうせ大したこともない賭けなんでしょう?」 「うっふっふー、まあそれもいいけどね、でも明日はサモン・サーヴァントの試験」 「なに、どっちが大きな使い魔を呼べるかどうかでも争うつもり?」 「自信満々ね、ルイズ」 「なんですって」 「いーっつも失敗ばかりのあなたが使い魔なんて召喚できるわけ無いでしょう!」 「おいまていまなんて言ったこのおっぱい色情魔」 閑話休題。 「ぜぇ、ぜぇ……要するにわたしが何らかの使い魔を召喚すればゼロのルイズと呼ばれることはなくなるということね」 「ええ、まあ、あたしだけだけど」 「で、わたしがもしも負けたら……」 「小間使いとして学園に残らせてあげても良いわよ」 そうなのである。 二年に進級するための使い魔召喚試験、いわゆるサモン・サーヴァントで失敗をすると わたしは荷物をまとめて実家に強制連行されてしまうのである。 そこでお姉さまやお母様のお小言を言われるだけならまだいいけれど ちい姉さまに悲しげな表情をされてしまうのは絶対に嫌だった。 「まままままあ、よもやわたしが失敗するなんてありえないけど!」 「その動揺を少しは察せられないように努力しなさいよ」 「うるさいわね! やってやろーじゃん!」 「あなた貴族とは思えない口の悪さね」 どう反応せいと。 ※ そして現在にいたる。 「何度失敗をする気だね」 ミスタ・コルベールもちょっと怒りを抑えきれなくなってきている。 わたしはそんな姿を眺めながら。 「お待ちくださいミスタ・コルベール、呪文名は間違っていない、しかし爆発が起きて失敗をしてしまうということは」 「ということは?」 「今日は女の子の日ということで調子が悪いというのはいかがでしょう」 「君は先日の実技試験もそんなことを言っていなかったかね」 さすがに言い訳をするには苦しかったか。 「では、これが最後の呪文だ、ミス・ヴァリエール。集中して使い魔を召喚しなさい」 「えー」 「えーじゃない、どれほど時間を取っていると思っているんだ、次の授業の時間が差し迫っているんだ。これ以上君のために試験を行っている場合じゃない」 「うー! にゃー!」 「ねこの真似はいいから、さっさと呪文を詠唱しなさい」 ごまかせなかった。 さすがに優柔不断気味とはいえまっとうな教職者であられるミスタ・コルベールが、融通を利かせるなんて手段をとってくれるわけがなかった。 「我が名はルイズ。五つの力を司るペンタゴン。我の運命(さだめ)に従いし、使い魔を召還せよ!」 ――手ごたえを感じた。 何かが引っぱり出されるような、そんなフィッシングに似た感覚が左手に伝わっている。 まあ、タクトを持っているのは右手なんだけどね。 「お、おお……ミス・ヴァリエール、これはやったのではないかね!」 心なしかミスタ・コルベールも嬉しそうだ。 そうだやったのだ、私は賭けに勝ったのだ! これでキュルケからゼロのルイズと呼ばれることはなくなるのだ! って、ちっちェーなこの賭け! ※ 「キマシタキマシタキマシタワー! さあ、わたしの使い魔ちゃん! サラマンダーかなあ、それでもウィングドラゴンだったりして? それとも大陸全土を包み込むようなガーゴイルだったりして!」 「ルイズ、嬉しいのはわかるけど、少し落ち着きなさい」 「さあ、さあ! 姿を成せ! 姿を成すんだ! ジョー!」 「ジョーって誰なのよ……」 はしゃいでいると光の粒子になっていた使い魔がどんどん人の形と成していく。 ……人の形に? 「我が名はルイズ……」 「待ちなさいミス・ヴァリエール」 そうして人の形をした使い魔というのは……女の子だった。 一言で言うと白い。 大きな帽子にマントをしている。 「あ、あ、どうしましょう、ミスタ・コルベール! き、貴族を拉致……!」 「う、うむ……交渉事は私に任せなさい」 「ああ……こんな時だけ頼りに思えますミスタ・コルベール」 「……君一人で交渉をするかね?」 そそくさと生徒の人垣まで撤退。 私はキュルケのおっぱいに向かって話しかける。 「ねえキュルケ、オチとしてはどうよ」 「まさか人を呼びだしちゃうとはねえ……さすがのあたしも予想外だったわ」 「ドレスのような衣装に頭には大きなバケツみたいな帽子、髪の毛はふわふわでスタイルもあたしと同じくらいでいい感じだし、あんた女の子を使い魔にする趣味でもあったの?」 「そんなインモラルな教育はヴァリエールでは行ってません!」 ※ そう話している間でも、使い魔として呼び出された少女とミスタ・コルベールの折衝交渉はまだ続いているらしい。 とは言っても女の子の方は自分に何が起きたのかわからないという印象で、首を傾げたりぽつんと空を見上げてみたりをしている。 ちょっとのんびりとした女の子なのかな? 「ミス・ヴァリエール」 「はい!」 「彼女は使い魔となることを了承してくれたようだ」 ……ようだ? 「はじめまして、ルイズさん、私は美国織莉子、あなたに使い魔として呼び出された者です」 「ああ、これはご丁寧に、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します、その、ご趣味は?」 「唐突にお見合いを始めるんじゃない」 この場の空気を軽くしてあげようとしただけじゃないかよぅ。 「趣味はお菓子作りを少々……不器用なんですけどね」 「まあ、お菓子作りなんですの、そういうのは使用人にやらせなければよくって?」 「はい、ミス・ヴァリエールがミス・オリコにコントラクトサーヴァントをするまで3秒前」 君とキスをする3秒前!? 「それではオリコ、私ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、あなたにコントラクトサーヴァントをいたします」 「使い魔の刻印が身体に刻まれるんですね、ああ、まるでこれではルイズさんの所有物になってしまうかのようですね」 「我が名はルイズ。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 オリコの話を聞いているととても長いことになりそうだったので、さっさと口づけを交わしてしまう。女の子同士という気安さもあってなのかここまではスムーズに済んだ。 「終わりました」 「ふむ……サモン・サーヴァントは何回も失敗したが、コントラクトサーヴァントは一度で成功をした様子だね」 「あの、ルイズさん……私ファーストキスでした」 そんな報告はわたしもだからいい。 ……いや、いいってことはないんだけれどもね! こっちも相当恥ずかしい思いしているんだけどさぁ。 ※ 「いたっ、いたっ、えぅぅぅぅぅ!?」 そうだ、使い魔には刻印が刻まれてしまうんだと思った時にはもうすでにオリコは悲鳴を上げている最中だった。 「オリコ! 女の子の痛みよ! これで一つあなたは大人になった!」 「ミス・ヴァリエール、誤解をさせるようなことを言わない。ミス・オリコ、それは使い魔のルーンが身体に刻まれているんだ、だが心配はいらない、長い間続く痛みではないから」 「男の人はそういって先っぽだけとか言って女の子に挿入しようとするから注意するのよオリコ!」 「ミス・ヴァリエールは退学がお望みらしい」 すみませんでした。 「本当、鋭い痛みが身体の中に違和感を生じさせたと思ったら、すぐに済んだわ」 「そうなのよ、経験則じゃないけど男の人は……痛いのは一瞬だよ……なーんちゃって!」 「まあ、この痛みをお与えになられたのはルイズさんなんですけどね」 「すんませんでしたー!」 さっきから謝り通しである。 「珍しいルーンだね」 「あら、そうなんですか?」 「うむ、教師をして長くなるが、このようなルーンを見るのは初めてだ、少し恥ずかしいね」 「いえいえ、人間が使い魔として召喚されたんですもの、古今東西ありえない形を持ったルーンがあっても仕方がないです」 わたしもオリコの左手の甲に刻まれたルーンを眺めてみるけど、たしかに知識の中では該当するものがなかった。 「さて、待たせてしまって申し訳なかったね、皆も次の授業が始まる、教室に戻ろう」 多くの生徒達が飛ぶときにわたしに嫌味を言いながら去っていく。 それを見ながらオリコはぼんやりとした様子で。 「メイジっていうものは飛ぶものなんですねえ……」 「……え?」 ※ オリコと詳しい話をしていくと、彼女は貴族ではなくて平民であることが判明した。 何だもう、と思う時にはもうすっかり彼女と話友達になっていて、 「ところでルイズ、使い魔って何をすればいいのかしら?」 「ああ……そういえばそんなことも考えないとねえ……」 オリコの話は面白くてついつい長い間話していたものだから頭がぼーっとし始めていた。 「身の回りのお世話でもすればよろしいでしょうか?」 「うーん、せっかくの友達にそんなことをさせるのもねえ……かと言って……あ」 「あ?」 「ベッドが一つしかないわ! 使用人に言って……ああ、駄目だベッドを置くスペースがないわ」 部屋の中にあるテーブルや棚を片付ければもう一人分のベッドも置けそうだけれど、片付けさせるのに時間はかかるし、わたしにも勉強をするスペースが必要になる。 どう考えても教科書やノートをしまうスペースは必要で、図書室から借りてきた本なども置かなくてはいけなかった。 「客間などがあればいいんですね」 「うん……ただ、あなたは使い魔ってことになるから、貴族の客室には泊められないし、かと言って使用人達の眠るところには置きたくないし」 「いえいえ、眠るスペースがあれば文句はありませんよ、さすがに雑魚寝は勘弁ですけど」 まったくだ。 そんなことをさせるのはわたしのプライドが許さなかった。 「仕方ないわ、使用人達の一番いい部屋をオリコ専用にさせてもらいましょう」 「そんなことができるの?」 「できるできる。ヴァリエールの名前を出せば一発よ、家名っていうのは重いものがあると思っていたけれど、まさかこんなところで有効活用ができるなんてね」 さっそく使用人の部屋に赴き、オリコに上等な部屋を与えた。 彼女はどことなく恐縮している様子だったけれど、わたしの中ではいいことをしたと胸を張って言えるのであった。 前ページ次ページゼロのルイズとオラクルレイ
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「あ ウ アァァァァァーーーーッ!」 ロングビル、いや『土くれのフーケ』は、恐怖のあまり叫んだ。 バックステップしつつ地面に向かって練金を詠唱し、地面を盛り上がらせる。 巨大なナメクジのように地面がうごめき、侵入者をあっけなく包み込んだが、フーケの心臓の鼓動は今までにないほど激しくなっていた。 フーケは今まで、数々の貴族の館に侵入し、お宝を頂戴してきた。 極力殺人はしないように努めていたが、それは身の安全を図るためのもの。 土くれのフーケが『貴族をギャフンと言わせるニクイ奴』だと平民に思わせるためには、貴族の悔しがる姿を平民に想像させなければならないのだ。 殺人を犯してしまえば、義賊でも、盗賊でもなくなる、ただの『凶賊』に成り下がり、各地にいる支援者からの支援を受けられなくなってしまう。 だから今まではピンチに陥っても、相手を殺さずに済ませてきた。 それをたった今破ったのだ。 フーケは慌てて、土の塊を鉄に練金する。 鉄の棺桶に潰されて、ゼロのルイズと呼ばれたメイジは死んだはずだ。 しかし、心臓の鼓動は激しいまま、本能がフーケに『逃げろ!』と警鐘を鳴らし続ける。 「あ、ああ、あああ」 盗み出した本にも目もくれず、壁に穴を開けて逃げようとしたところで、金属の割れる音が響いた。 ビキッ… ゴリッ… 「NNBAAAAAAAAAAAAAA!」 全身を血で真っ赤に染めたルイズが、力づくで鉄の塊を割って現れる。 血で染まった髪の毛が、その血を吸収し、瞬く間に色が綺麗なピンク色に戻っていく。 斜めに歪んだ顔面が、ゴキッ、ベキッと音を立てて、元の形に戻る。 練金の巻き添えを食らい、金属と同化した服が破れ、ルイズは全裸になっていた。 鉄の卵から『生まれた』と表現すべきその姿は、ピンク色の髪の毛が妖しく逆立つ光景に相まって、まるで蝶々の脱皮のように見えた。 「ーーーーーーーー!!」 声にならない叫びを上げたフーケは、練金で壁を崩し、あばら屋の外に出た。 外に出てすぐに地面に向かって詠唱し、ゴーレムを作り出す、身の丈30メイルはありそうな巨大なゴーレムだ。 「ひいいぃぃっ!」 涙が溢れそうになるのを必死でこらえながら、フーケは杖を振る。 のこのことあばら屋から出てきたルイズは、巨大なゴーレムの肩に乗ったフーケを見上げた。 これほどのゴーレムを作り出せる魔力は、トライアングル以上、スクエア未満と言ったところだろう。 ルイズは笑みを浮かべ、地面を蹴って跳躍した。 地面は、その衝撃を吸収しきれず、ボゴン! と音を立ててえぐれる。 瞬く間にフーケと同じ高さにまで跳躍したルイズは、口を半開きにしたフーケの表情を見た。 フーケもルイズの規格外の跳躍力に驚いていたが、ゴーレムを操り、直径5メイル程もある腕をぶつけた。 顔にハエがたかるぐらいなら、軽く手を振るぐらいで済むだろう。 しかし今のフーケの心境は、殺傷能力の高い毒蜂を目の前にしたようなものだった。 ルイズは、ゴーレムの腕に吹き飛ばされるどころか、ゴーレムの腕に自分の足を突きさし、一歩一歩確実にフーケの元へと近づいてくるのだ。 フーケは慌てて魔力を解除し、ゴーレムの腕を土くれに戻した、それに併せてルイズも地面へと落下したが、空中で体制を整えて綺麗に着地した。 「ばっ、化け物!化け物!」 フーケが叫ぶ、それを聞いてルイズは笑う。 ここに獲物と捕食者の関係が成立した。 だが、土くれのフーケも修羅場をくぐった身、ルイズの体に土が付着しているのを見逃さなかった。 フーケが杖を振ると、ルイズの体についた土が油に練金される、そしてその油に向けて着火の呪文が放たれた。 ルイズが炎に包まれる、いくら化け物とはいえど、炎に身を包まれればやがて燃え尽きるはずだと思っていた。 しかし、その期待は、炎の中で笑みを浮かべるルイズを見て、裏切られてしまった。 「ばっ、ばかな、そんな!」 「ねえ、熱いわ、そろそろ終わりにしましょう?」 余裕綽々といったルイズの言葉が、フーケを正気に戻らせた。 この化け物は規格外だという事実を、やっと受け止められるようになったのだ。 フーケは覚悟を決めると、ゴーレムを維持していた魔力を解除し、ゴーレムを丸ごと油に練金した。 フーケはゴーレムの肩からジャンプすると、小さいゴーレムをてクッションの代わりにして地面に着地した。 着地の衝撃で呼吸が乱れるが、すぐさまルイズの周囲に金属の棘を練金し、ルイズを炎の中に固定する。 「あああ…熱いわ!ねえ、そろそろ止めて頂戴!」 「駄目よ!そのまま焼け死ね化け物!」 熱い、熱いと言いながらも、ルイズは笑顔を崩していない。 フーケはそれが『強がり』なのか『余裕』なのか分からなかった。 いや、それが『余裕』だと認めたくなかったので、悩んでいるフリをしていたのだ。 「仕方ないわね」 ルイズがそう呟くと、一瞬で周囲の炎が消えた。 ジュウジュウと音を立てて地面から煙が立ち上る。 唖然としているフーケが地面を見ると、ルイズを中心に地面が凍り、フーケの足下まで霜が降りていた。 「…あら?地面の水分を使って消火するつもりだったのに、そっか、汗腺から水を出すと体温が氷点下にまで下がるのね、面白いわ」 そう言いながら、凍った地面をベキベキと突き破り、ルイズがフーケに近づく。 焼けただれた体も、無惨に焦げた髪の毛も、一歩歩くごとに再生されていった。 フーケの目の前にたどり着いたときには、その肉体のすべては完璧に再生されていた。 ぽたぽたと、足下に水の落ちる音がする。 体中から力の抜けたフーケは失禁し、地面にへたり込んだ。 「…ねえ、あなた、欲しいものは何?」 ルイズの言葉が、頭に響く。 「王には王の、平民には平民の、貴族には貴族の生き方があるわ」 地面に腰をつき、ルイズを見上げているフーケの顔に手を伸ばし、両手でフーケの顔を包む。 「盗賊には盗賊の生き方があるけれど、あなたは生まれつきの盗賊ではないでしょう?」フーケの体はひょいと持ち上げられたが、視線はルイズから外れなかった。 「盗賊になって貴方は何が欲しかったの?意地だけではないでしょう、『趣味』でもない…『実益』を兼ねて盗賊をしている…違うかしら?」 フーケの体から力が抜け、握っていた杖すら落としてしまう。 言葉を出す力すら出てこない。 「緊張しているの?それとも、怖がっているのかしら」 そう言ってルイズは笑みを浮かべた。 ルイズの口内で、牙が妖しく光る。 その牙で無惨に顔面を噛み砕かれる様を想像して、フーケは嘔吐した。 「げぇえっ、げほっ、げほっ」 地面にビチャビチャと吐瀉物が落ちる、既に胃の中は空になっているが、極度の恐怖と緊張がフーケの横隔膜を痙攣させ、嘔吐を続けさせていた。 ルイズは吐瀉物で汚れたフーケの顎に手を添えて、顔を上げさせる。 「ゲロを吐くほど怖がらなくてもいいじゃない…ね、友達になりましょう」 フーケは、吐瀉物と共に、体の中からわだかまりが出て行ったような錯覚に陥った。 先ほどまで感じていた恐怖も、殺気も無い、あるのはただそこにある『諦め』だけだった。 「わ、わたしの、血を、吸うの?」 フーケの質問に、ルイズは首を振った、NOのサインだ。 「ど、どうして?」 「私は友達が欲しいの、奴隷なんて欲しくないわ。ねえ…貴方は自分を人間だと思っているかもしれないけれど、 貴族に刃向かった貴方が捕らえられたら、人間以下の扱いを受けて処刑されると思うわ」 フーケはルイズの言葉を聞きながら、今までに行った盗みを思い返した。 「人間を人間たらしめているのは何かしら?私は『自覚』と『覚悟』こそが人間を人間にしていると思うの、私はもちろん『吸血鬼としての自覚』がある」 「自覚…」 「そうよ…ねえ、フーケ、貴方は何になりたいの?」 しばらくの沈黙の後、フーケは答えた。 「故郷で…平穏に暮らせれば…それでいいわ」 ルイズは、にやりと笑った。 「平穏に暮らしたいと思うでしょう?私もそう思うわ、でも、貴方は故郷と言ったわね、故郷を故郷としているものは何かしら、土地?環境?それとも………家族」 家族という言葉に反応し、ロングビルの肩が震える、ルイズはそれを見逃さなかった。 「家族が居るのね…羨ましいわ、私はもう家族として認められない者になったのだから。ねえフーケ…いいえ、ミス・ロングビル、貴方は魔法学院に戻って、 宝物をフーケから取り返したと伝えてくれないかしら、貴方はこれから『仲間を作る』覚悟が必要よ、ヒトは一人では生きられないもの」 フーケはルイズの言葉を黙って聞いていたが、仲間という言葉には異を唱えた。 「仲間なんて、そんなもの不要よ、私は一匹狼の盗賊よ、それに貴族に尻尾を振る気は無いわ」 「強情なのね。でも、貴方はきっとお友達を作るわ、だって、貴方が言った『平穏』は『家族と過ごす平穏』でしょう? 貴方は寂しがりや…私と同じ…」 そう言ってフーケを見つめるルイズの瞳が、どこか寂しげに見えた。 (私が、吸血鬼に同情するなんて…) そう考えたところで、ふと故郷に住むハーフエルフの少女を思い出す。 (どうやら、私は亜人と縁があるのかねえ) 「分かったわよ、言うとおりにするわ、学院に戻って宝物を取り返したと言えばいいんでしょう?まったく私もお人好しだねえ」 「ええ、そうしてくれると助かるわ…それと、一応私は死んだことにしてくれないかしら、私は今日明日を境にして行方不明になるつもりだったの」 「それは構わないけれど…いいのかい?」 「ええ、それともう一つ約束するわ、人間から少し血を貰うかもしれないけれど、食屍鬼(グール)にはしない。奴隷なんて欲しくないし、人間とは仲良くしたいもの」 「よく言うわ」 「…あ、それと、体を再生してちょっと疲れたから、一口分だけ血を飲ませてくれないかしら」 「………」 先ほどまでルイズを怖がっていたと思えない程、嫌そうな顔をするフーケ。 「大丈夫よ、グールにはしないって言ったでしょう、ちょっと腕を出して」 フーケが左手を出すと、ルイズはフーケの袖を捲り、二の腕のあたりに爪で切り込みを入れた。 「…つぅ」 「いただきまぁす」 そう言ってルイズが腕に吸い付く、全裸の少女に抱きつかれているようで、フーケはどこか落ち着かなかった。 そして、違う意味でも落ち着かなくなっていった。 痺れにも似た快感が襲ってくるのだ、傷口が性器にでもなったかのように、じわりじわりと快感の波が広がる。 ルイズの舌が傷口を舐める度に、敏感な部分を舐められたかのような刺激が伝わり、自然と呼吸が荒くなる。 ちゅぽ、と音を立ててルイズが口を離すと、フーケは「もう終わり?」とでも言いたそうな顔でルイズを見た。 「えへへ…ごめんなさい、二口分吸っちゃった」 「え、ああ、なんならもっと吸…いやいや、何考えてるんだアタシったら」 「じゃあ、後かたづけをするから、盗んだ本を持って離れてくれないかしら」 「分かったわ」 。 100歩以上離れた所で、地面を掘って身を隠したルイズは、フーケも一緒に避難したのを確認し、ファイヤーボールの魔法を詠唱した。 「あれ?アンタって魔法が使えないはずじゃ…」 ルイズは今悪戯っ子のような笑顔でフーケにウインクしつつ、今までにないほどの集中力でファイヤーボールを詠唱する。 そして、あばら屋を中心にして半径30m、ゴーレムの破片も何もかもを吹き飛ばす、巨大な爆発が発動した。 「どう?『ゼロのルイズ』唯一の特技、堪能したかしら」 「え、ええ…」 フーケは引きつった笑みを浮かべた。 To Be Continued …… 5< 目次
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7.灼眼のルイズ (ルイズ) 女 髪が短くボーイッシュな外見。性格も少し威圧的であるが、精神的には弱い。打たれ弱く、状況に混乱することも多々ある。 外見や性格の割には運動神経が乏しいため、自分の中で葛藤を抱えている部分も見られる。 自信をなかなか持てず、ひとりという環境が苦手なため、必ず誰かに頼ろうとする。その部分が他人にとっては迷惑、鬱陶しがられることもしばしば。言われたことは出来る、だが自分からするのは苦手。人に暴力を振るうのは平気だが、傷を負わせるレベルまで行くと強い罪悪感に襲われる。 頭はそれなりに働く方で、臨機応変な判断が出来る(ただしそれを行う実行力はあまりない) 武器の扱いに関しては出来ない方だと言える。 過去にいろんなことから逃げてきたのか、何事からも逃げだそうとする姿勢がときどき見られる。
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アルビオンの首都、ロンディニウムの外れ。 いかにも安っぽい作りの宿屋に、髭面の大男が入っていく。 「姉御、駄目だったよ」 男は椅子に座ると、ベッドの上に座るルイズに言った。 「どこも貴族派の口利きばかり?」 「ああ、ジョーンズが探してくれてはいるけど、期待はしねぇでくれってさ」 「…そう」 数日前、ルイズが王党派につくと言った時、ブルリンが驚いた。 ルイズは聞き耳を立てて知っていたが、ブルリンは王党派の現状が絶望的だとルイズに忠告し、何度も考え直せと言った。 しかしルイズは頑として聞き入れない、一度決めたことは全うする、それがルイズの頑固なところだった。 仕方なくルイズに折れたブルリンは、ジョーンズに王党派への口利きを頼んだ。 しかし、口利き先もほとんど潰されてしまったらしく、王党派に雇われるのは困難らしい。 何せ王党派は賃金も安いし勝ち目も少ない、貴族派はまず傭兵の口利き先を掌握していた。 王党派に協力しようとする者を探しだし、それを秘密裏に処分したり、より高い賃金で雇うのだ。 ジョーンズの話では、貴族派が登場する前にも、アルビオン王家にはお家騒動があったとまことしやかに噂されている。 ルイズは、信憑性が高いと睨んだ。 なぜなら今回の内乱はただのクーデターではなく、様々な人の思惑の混じった、泥沼の戦いに発展しているからだ。 貴族派の噂は決して良いものではない、農村部からの物資略奪はもちろんのこと、占領した町の民を餓えさせ王党派を誘い出すやり方や、空軍戦力をわざと町に落としアルビオン王家の信頼を失墜させる自作自演。 すべては噂の域を出ないが、なぜかルイズにはその噂を信じる気になっていた。 それには、何処か憎めない、ブルリンという男のキャラクターが助けていたのだが、本人はそのことに気づいていない。 「とにかく、俺はもう一度探してみるよ」 「アタシも行くわよ」 「いいって!それに、昨日酒場でとんでもない豪傑女が居たって、姉御のこと噂されてるんですぜ」 「そう…分かったわ、ここ(宿)で武器の手入れでもするわよ」 ブルリンが宿を出たのを確認すると、ルイズは浅茶色のベッドで横になった。 吸血鬼になったおかげか、オークやトロル鬼の血を吸う生活のおかげか、ルイズは貧しい平民が利用する宿屋でも平気だった。 以前のルイズならば、魔法学院の部屋以上の部屋でもなければ泊まろうとも思わなかっただろう。 ブルリンは『傭兵になるのなら風呂に入れないのは覚悟しなきゃ』などと言っていたのを思い出す。 吸血鬼の肉体は垢も汗も体臭もコントロールできるので、風呂に入れなくても不都合はないし、ノミが血を吸おうとしても血が出ない。 清潔を心がけ、香水で身だしなみを整えていた頃の自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる程だった。 「…デルフ、あんた、どう思う?」 ルイズが寝そべったまま、壁に立てかけてあるデルフリンガーに聞く。 『何がだよ』 「貴族派の首謀者よ、クロムウェル…」 『虚無の力に目覚めて、貴族の心を掴んだって奴か?うさんくせぇなあ』 「私も信用できないと思うわよ、夢物語が過ぎるわ…デルフはどうして胡散臭いと思ったの?」 『いや、なんかさあ、どっかに引っかかってんだよなあ、虚無ってどっかで聞いたような…うーん』 「アンタずいぶん古そうだもんね、始祖ブリミルにでも会ってたりして」 『いや、俺を作ったのはブリミルなんだけど、漠然としか記憶に残ってないんだよな』 「…プッ、あんた冗談が上手いじゃない」 『おいおい、冗談じゃねえぞ、俺は何せ6000年も生きてるんだかんな!嬢ちゃんよりずっと年上だ』 「6000年…ね」 ルイズは考える。 自分はまだ二十年にも満たないが、吸血鬼の寿命は極端に長く、これから先いくらでも生きていられるという自身がある。 200歳、300歳の吸血鬼が討伐されたという話はたまに耳にする。 しかし、6000年も長く生きた吸血鬼の話など聞いたことはない。 デルフリンガーは一種のマジックアイテムとして意志を持ってはいるが、それは人間より吸血鬼に近いものなのだろう。 傭兵になろうと思ったのは、本当に金を稼ぐためだろうか? もしかしたら、誰かの記憶に残りたいと思っているのではないか。 もしかしたら、死を偽装したのは、間違いだったのでは… 思考の海に沈みそうになった時、一階からブルリンの声が聞こえてきた。 『何しやがる!このっ、くそっ!』 ルイズは意識を覚醒させ聴覚に集中する。 「…足音、六つかな」 中央から床板のきしむ音、ブルリンだろう。 その周囲を囲む足音は、床板がきしむ音に合わせてどたどたと動いている。 ブルリン一人を五人で取り押さえようとしているのだと分析し、ルイズはベッドから飛び降りた。 『嬢ちゃん、俺を使うのか?』 「ここじゃ使わないわ」 フードを深く被り、デルフリンガーを背負う。 剣の扱いは素人同然なので、ルイズはデルフリンガーを使わぬよう、鞘に入れたまま部屋を出る。 屋内で振り回したら建物ごと破壊してしまう。 もっとも、素手でも十分破壊できるのだが… 一階に下りるとブルリンが他の傭兵らしき男達に押さえ込まれていた。 「何やってんの、あんた」 「ちょっ、姉御!逃げてくれよ!」 ブルリンが『姉御』と呼んだのに気づき、ブルリンの腕を縛り終わった傭兵がルイズの腕を取る。 そのままデルフリンガーも回収されてしまったが、ルイズは特に抵抗もせず縛られることにした。 「あんたねえ、こう言うときはお互いに知らんぷりするんじゃない?姉御だなんて呼んで、馬鹿じゃないの」 「そっ…そんなこと言ったってよぉ」 取り押さえられながら、情けない声を上げるブルリンと、余裕そうなルイズ。 そんな二人の会話を中断するかのように、傭兵の一人が割り込んできた。 「お喋りはそこまでにしろ、王党派を貴族派に差し出せば報酬が貰えるんだ、大人しくしてりゃ怪我はさせねえよ」 「くそっ、やっぱり貴族派の連中かよ!くそっ! …あ痛ぇ!」 傭兵の一人が、騒ごうとするブルリンをきつく縛り上げる。 「ブルリン、言われたとおりにしましょう…ね」 床に転がされているブルリンが、フードに隠されたルイズの顔を見上げる。 ルイズの瞳は、血のように鈍く輝いていた。 「親方、そっちはソースの鍋ですよ、しっかりなさってください」 「ん?ああ、すまん」 トリスティン魔法学院の厨房、その料理長のマルトーに覇気がない。 慣れた料理にも、ちょっとしたミスをしそうになり、仲間のコック達が心配するほどだ。 その原因は、数日前に厨房を辞めていった使用人の少女シエスタにある。 料理長のマルトーは、シエスタが何か粗相をしてクビにさせられるのかと思いこんでしまった。 驚いたマルトーは、オールド・オスマンを問いただそうとした。 しかし、厨房の仲間達は『いくらなんでもそりゃ無茶だ』と言ってマルトーを止めようとする。 力づくでも学院長室に乗り込みそうなマルトーを迎えに来たのは、ミス・ロングビルだった。 この件についてオールド・オスマンから説明があると伝えられ、マルトーは学院長室に入っていった。 「オールド・オスマン…」 「おお、すまんのマルトー、優秀な人材を奪うようで気が引けるんじゃが」 「い、いいえ!あの、それより、シエスタが粗相をしてもこれは厨房全員の責任です、あの娘一人に責任を押しつけるのは」 「ふむ、何か誤解しているようじゃな、何か粗相があって辞めさせるわけではないぞ」 「で、では、何処かに身請けさせられるんで?」 「身請けというより、入学かのぉ」 入学って何のことだろう…と、マルトーは首をかしげた。 「入学って言いますと、も、もしかして、そういうプレイを」 「それは秘書で試すわい、シエスタはここ、トリスティン魔法学院に入学という形になるんじゃ」 「へっ?」 マルトーが呆気にとられる。 ミス・ロングビルは後でオスマンを簀巻きにして流そうと考えたが、話の続きを聞くためにあえて黙っていた。 平民のメイドが突如魔法学院に入学という異常な事態、興味が湧かない方がどうかしている。 「すまんの、マルトーはシエスタの保証人でもあったからの、追々伝える予定じゃったが」 「はぁ…もしかして、シエスタがここに入学できるって事は、シエスタのじい様は本当に貴族様だったんですかい」 シエスタのじい様と聞いて、オールド・オスマンの目が一瞬だけ鋭くなる。 しかし、すぐにいつもの優しい視線に戻ると、静かに語り出した。 「…正確にはシエスタの曾祖父母の話になるがの」 オールド・オスマンがマルトーに事の次第を説明している間、シエスタは空の上にいた。 『きゅいきゅい』 (お姉さま、やっぱりこの人もメイジだったのね、他の人と違うにおいがするの!) 「あまりはしゃいじゃ駄目」 『きゅい』 (はーい) シルフィードがテレパシーのようなものでタバサに語りかける。 タバサはシルフィードに乗っていても本を手放さず、素っ気なく返事をする。 今朝、タバサとキュルケはオールド・オスマンに呼び出され、シエスタをタルブ村へと急いで連れて行けと指示されたのだ。 まだ空に不慣れなシエスタを後ろから支えながら、キュルケが話しかける。 「上質のぶどう酒が採れるんですって? 楽しみね」 「そんな、貴族様にお出しできるようなものじゃありません、自分で飲むために作ってるんですから」 「そうなの?」 「ええ、ひいお婆ちゃんが草原の一角を葡萄畑にして、自分で作っていたのを細々と続けているだけなんです」 シエスタは魔法学院の制服を着て、オールド・オスマンから渡された30サンチ程の杖を身につけている。 マントに慣れないのか、時折位置をただしている。 「あの…驚かれないんですか?」 「何が?」 シエスタの唐突な質問にキュルケが返す。 「だって、私、この前までメイドだったのに、突然メイジになれだなんて言われて…」 「あら、トリスティンならともかく、ゲルマニアなら経済力や商才があれば、貴族にもなれるし公職にも就けるのよ?」 「えっ、そうなんですか」 「そうよ!実力があれば平民も貴族になれるの、不可能を可能に出来る人って素敵じゃない?」 「はあ…」 「あなたも実力を見いだされたんだから、ちょっとは自信を持ちなさいよ」 シエスタの心の中に、ルイズへの思いが募る。 ルイズと入れ替わるかのように知り合った二人の貴族、キュルケとタバサ。 ルイズの死んだ場所に行ったあの日、シルフィードはシエスタを見て『太陽の臭いがする』と言い出した。 ある日、キュルケのサラマンダーまでもが同じ事を言い出したのだ。 不思議に思ったキュルケがタバサに聞くと、シルフィードも同じ事を言っていたと聞き、キュルケはシエスタを「不思議な平民」だと思っていた。 だが、オールド・オスマンの鶴の一声で、トリスティン魔法学院に入学させられる程だとは考えてもいなかった。 ゲルマニアは実力主義の気があり、魔法だけでなく平民の工業技術にも力を入れている。 トリスティンは貴族主義的な気があるので、平民がどんなに努力してどんなに功績を立てても、シュヴァリエ以上の名誉が与えられることはない。 しかしゲルマニアは違う、その能力と財力次第で公職にも就くことができる。 そんな国出身のキュルケでも、以前ならシエスタを平民上がりかと小馬鹿にしていたかもしれない。 ルイズが死んでからというもの、キュルケは後輩を気遣うことが多く、特に下級生から慕われることも多くなっていた。 何よりも、勝ち気なルイズとは正反対の大人しさを持つシエスタに、ルイズの面影が見えた気がしたのが、その原因だろう。 オールド・オスマンの話では、シエスタはルイズと同じか、それ以上に特殊なケースらしい。 シエスタはルーンを詠唱することで発動する魔法ではなく、口語によって発動する魔法に特化しているそうだ。 そのため、今まで魔法の才があるとは思われていなかったとか。 ルイズの件で反省し、魔法に対する認識を改めたオールド・オスマン。 彼はシエスタを特別なケースとして魔法学院に迎え入れ、既存の魔法だけでなく新たな魔法の発見に力を入れるのだそうな。 キュルケの興味は、『どんな魔法も爆発させる』仇敵ラ・ヴァリエールの娘から、 『水の魔法より純粋な生命力を操る』元平民のメイジへと移っていた。 [[To Be Continued → 仮面のルイズ-14]] ---- #center(){[[12< 仮面のルイズ-12]] [[目次 仮面のルイズ]]} //第一部,石仮面
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前ページ次ページゼロのルイズと魔物の勇者 「大変ですオールド・オスマン!城からの知らせです!チェルノボーグの牢獄から、フーケが脱獄したそうです!」 ルイズ達が去った学院で、ミスタ・コルベールが血相を変えて叫ぶ。 「ふむ・・・」 オスマンは、眉間にしわを寄せて深く椅子に腰かける。 「門番の話では、さる貴族を名乗る怪しい人物に『風』の魔法で気絶させられたそうです!」 その風の魔法を使ったメイジが脱獄の手引きをした。 それはつまり、城下に裏切り者がいるということ。 しかし、オスマンは全く焦った様子を見せない。 もし、あの使い魔が本当に伝説のリーヴスラシルなら・・・ ―――――――――――――――――――――― ワルドはグリフォンに跨り、空を飛んでいる。 ルイズはワルドの膝の上。 ルイズの馬に乗るはずだったスラおは、ギーシュの馬に乗るはめになった。 「ちぇっ・・・なんでオイラがお前と一緒に・・・」 ケチをつけるスラおに対してギーシュが呟く。 「ぼくだってヴェルダンデを置いてきたんだ。我慢したまえ」 ギーシュもまた、スラおと同じように傷心していた。 ラ・ロシェールの港町までは、馬で約二日の距離。 一刻も早く任務を遂行したいのか、ワルドのグリフォンはノンストップで空を駆け続ける。 それに馬で追いつくのは至難の業だ。 ワルドは楽しげにルイズと話している。 そんな様子を、ギーシュの脇越しに、スラおが怪訝そうな面持ちで見つめる。 これは別にやきもちではない。魔物であるスラおが人間に恋するはずもない。 ただ、あのワルドとかいう男は、何故かいけ好かないのだ。 何度か馬を交換して、休まずただひたすら走り続けた結果、その日の夜中にラ・ロシェールの入り口に着くことができた。 港町と聞いていたが、そこは明らかに山の中。 「なぁ、何処に海があるんだ?それとも川か?」 疲れで意気消沈気味なギーシュに聞いてみる。 ギーシュは大きくため息をつく。それは疲れから出るものではなく、単純に呆れているようだ。 「君はアルビオンを知らないのか?」 そう言って、ギーシュがハッとした顔になる。 「人語を喋るから、つい君が人のように接してしまった」 人間ならば、人の常識を持っているのは当たり前。しかし、魔物であるスラおは、異世界から来ようと来まいと、人の常識を知る筈もない。 と、いうことなのだろう。 「アルビオンに行くには・・・」 ギーシュらしからぬ親切心で、スラおの疑問に答えようとしたそのとき。 ギーシュとスラおが乗る馬に幾つもの松明が投げ込まれる。 馬は驚き、前足を高く上げて暴れる。そのせいで馬から放り出されてしまった。 「奇襲か!?」 ギーシュが喚く。 スラおはすぐさま戦闘態勢に入るが、暗くて敵の場所と人数を瞬時に把握できない。 無数の矢が二人目掛けて飛んでくる。 その時、一陣の風が舞い上がる。 小さな竜巻が、まるで生きているかのように全ての矢を巻き込み、あさっての方に弾き飛ばした。 地上に降り立ったグリフォンからワルドが降りる。 「大丈夫か!君達!」 「もしかしたら、アルビオンの貴族の仕業かも・・・」 「貴族なら、弓は使わんだろう」 ルイズの予想はどうやら外れたらしいが、そうでなければ一体誰の仕業なのか。 スラおは辺りを見回し、ようやく地形を理解する。敵の場所も数も大体は分かった。 だが、敵はこちらを見ていない。全員が空を見上げているのだ。 そして、天に向けて矢を放つ。 「何してんだ?あいつら」 敵の間抜けな行動に、仕返しするのも忘れる。 彼らが放った弓は先ほどと同じように小さな竜巻に絡めとられて、矢としての役割を失う。 「おや、『風』の呪文じゃないか」 ワルドがそう呟くということは、あの竜巻はワルドが作り出したものではない。 月の光を背に、一匹の竜のシルエットが浮かび上がる。 「シルフィード!」 ルイズが驚きの声を上げる。確かにそれはタバサの風竜。 それが地面に降り立つと、二人の少女が風竜から飛び降りる。 一人はもちろんタバサ。もう一人はキュルケだった。 「お待たせ」 キュルケは赤い髪をかきあげて言った。 「お待たせじゃないわよ!何であんたが!」 グリフォンから降りたルイズは、一目散にキュルケの元に駆け寄って怒鳴り散らす。 「助けにきてあげたのよ。朝方、あんたたちが馬に乗って出かけたから後をつけてきたの」 これはお忍び。尾行に気付かなかった方も悪いが、尾行する方もする方である。 一国の危機に対して、ただの好奇心や悪ふざけで干渉しようとするのだから迷惑此の上ない。 しかし、敵は全てキュルケ達が倒したようだ。怪我をして呻く男たちが転がっている。 大きな戦力になることは間違いない。 ギーシュが男達を尋問したところ、彼らはただの物取りであることが分かった。 「今日はラ・ロシェールに一泊して、朝一番の便でアルビオンに渡ろう」 ワルドが一行にそう告げた。 結局、何故山中に港町があるのかというスラおの疑問は解決することなく、町の光を目指して歩き出す。 ラ・ロシェールで一番上等な宿、『女神の杵』。 一階の酒場でくつろいでいる一行は、各々、酒を飲んだり食事をとったりしている。 そこに、『桟橋』へ乗船の交渉に行っていた、ワルドとルイズが帰ってくる。 「アルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないそうだ」 ギーシュの隣の席に腰を掛けて、ワルドは言った。 本来二日かかる距離を、精神と体力を削って一日で辿り着いたというのに、船に乗れないとはこれ如何に。 「そりゃ、波が荒れてるってことか?それとも海賊関係か?」 体力は有り余っているが、長い間、ただ馬の尻に乗っているだけの暇な時間を過ごしたおかげで、精神的には疲れ果てている。 納得のいかないスラおはワルドに少し強い口調で問いかける。 「波?何のことだ?明日の夜は月が重なる。その翌朝、アルビオンが最も、ラ・ロシェールに近づく」 よくわからなかったが、ギーシュやキュルケがうんうんと頷いているのを見て、スラおはそれ以上聞くことをやめた。 この世界にはこの世界の常識が存在する。わざわざそれを全て理解する必要もないだろうと、スラおは楽観的になる。 しばらくたって、全員が部屋に戻ろうとする。 部屋分けは、キュルケとタバサが同室。ギーシュとスラおが同室。ルイズとワルドが同室だ。 最初は、ワルドのせいでシルフィードやグリフォンと同じく、外で寝かされそうになったが、ルイズが気を使ってギーシュの部屋に居座ることができた。 人語が話せるスラおに聞かれたくない話でもあるのだろうか、ルイズと同室になることはワルドが拒否した。 翌日、スラおはソファーの上で目を覚ます。 本来、外で寝泊まりするはずだったため、ベッドは一つしかない。 ベッドの上には口を開いた間抜け面のギーシュがうつ伏せで、スースーと寝息を立てている。 この世界に来るまでは、ずっとクリオと共に過ごしてきた。 それ故、気付かなかった。ルイズと過ごして初めて気づいた。 朝のまどろみの中で、最初に目にするのが男か女かだけでその日、一日のやる気が全く違ってくることに。 人間の姿に強く憧れ、実際に何度か人間になったせいか、そういう気持ちも理解できるようになってきた。 こんな時は、気分転換に外に出るのが一番だ。 スラおは、ピョンと飛び跳ね、器用にドアノブを捻る。 宿の共有スペース。そこの窓を出れば、大きなバルコニーがある。 大きく欠伸をした後、背伸びをする。 「おはよう。使い魔君」 後ろから声をかけたのはワルドだった。 「よ、よぉ・・・」 どんなに偉い人間であっても、敬意の示し方なんて知らないし、別に仲が良いわけでもない。 そんな気持ちから、スラおは気まずい声を出してしまう。 「人の言葉を話せるとは珍しい。それに頭も良さそうだ。そう、ずっと思っていたんだ」 ワルドは微妙な笑顔を浮かべて言った。 誉められてはいるのだろうが、喜べない。 その後も、出身地は何処かとか、一体どういった種類の生き物なのか、スライムという種族は全員人語を喋れるかなど、ワルドの口から噴水のように質問が溢れる。 答えられる質問には答えた。信じてもらえるとは思っていないが、一応異世界の出身であることも伝えた。 異世界の話を聞いた途端、ワルドが目を見開き、怪しい笑みを浮かべたことにスラおは気付かない。 「君の体にはルーンが刻まれていないようだが・・・本当にルイズの使い魔なのかい?」 一番知りたい質問なのか、ワルドの表情は真剣なものに変わる。 「背中にあったけど、消えちまったよ」 正直、ワルドと話すのは疲れる。おそらくワルドのことを、今だにいけ好かない奴だと思っているせいだ。 さっさとくだらない会話を終わらせたいスラおは素直に本当のことを話す。 「背中?それは本当に背中だったのかい?君の体は少し透けているようだし・・・もしかしたらルーンは体内に刻まれていたのかもしれないな」 スラおにとって、どうでもいい憶測を展開するワルドを尻目に、再び大きな欠伸をする。 「例えば、心臓の部分・・・とかね」 そう言うと、ワルドはおどけた表情に戻り、スラおの体をぐにぐにと握り始める。 「そんなことより、この体は一体どういう作りをしているんだい?」 ハハハッと笑う、その顔を殴りたい衝動を抑え、ワルドの手を振り払い自室に戻ろうとする。 しかし、ワルドは今までよりも少し大きな声でスラおを制止する。 「ルイズに聞いたよ。土くれのフーケを倒したんだって?」 「みんなで倒したんだ。オイラだけじゃねぇ」 「手合わせ願いたい」 「手合わせ?」 もちろん言葉の意味は知っているが、聞きなれない言葉に少しだけ戸惑う。 「そいつはモンスターバトルってことか?」 「モンスターバトル?使い魔同士を戦わせるってことかい?違う。僕と君の決闘さ」 この世界では、使い魔同士を戦わせる習慣はあまりないらしい。 立派なメイジがわざわざ使い魔と戦いたがる理由は何だろうか。 「お前、オイラの実力を知っておく必要があんのか?」 なんとなくそう思った。 ギーシュ達の実力は大体想像できるだろうが、この世界に存在しない生き物であるスライムの実力は定かではない。 「うむ、鋭いね。これからは危険な戦いに身を投じることになるかもしれない。大事な戦力として君の実力を知っておきたい」 何故かその言葉からは真実味が感じられなかった。 だが、ワルドが言う以外の理由が思い浮かばない。 昨日の大移動で、ストレスが溜まっていたスラおはそれを了承する。 「いいぜ。やってやるぜ。後悔すんなよ!」 「中庭に練兵場がある。そこでやろう」 一人と一匹はそろって中庭に向かった。 「君は平民どころか人ですらない。しかし、貴族同士の決闘と考えて構わん」 「おうおう、そんなことどうでもいいから、さっさと始めちまおうぜ」 スラおは体をつぶしたり、伸ばしたりして準備運動をする。 「そう言うわけにもいかない。立ち会いには、それなりの作法というものがある。介添え人がいなくてはね」 すると、物陰からルイズが現れる。 どうやらワルドに呼ばれたらしい。 「ワルド、バカなことはやめて。それは私の使い魔・・・ただのペットみたいなものだから」 向かい合う一人と一匹を見て、ルイズはすぐに状況を察したらしい。 決闘をやめさせるために、仕方なくルイズの言った『ペット』という単語にスラおは強く反応する。 もちろん、それが本心でないことには気づいているが、そこまで言われて黙っているわけにはいかない。 「これはオイラとこいつの問題だぜ?ルイズは黙って見てな!」 つい、そんな風に言ってしまう。その言い草に怪訝そうに言い返す。 「やめなさい。これは命令よ?」 それでも、スラおは口をへの字にして言うことを聞こうとはしない。 「なんなのよ!もう!」 ルイズもついに匙を投げてしまう。 「では、介添え人も来たことだし、始めるか」 ワルドは腰から杖を引きぬく。フェンシングの構えのように、それを前方に突き出す。 この世界での強さの基準は、魔法が使えるか使えないか。スラおは単純にそう考えている。 ならば、この男も当然強力な魔法を使ってくるはずだ。 問題なのは、その魔法の性質。 学院の授業を傍らで聞いてはいたが、日常魔法か、技術面での講義ばかりだった。 戦闘においての魔法が如何なるものなのかをまだ理解できていない。 ギーシュ戦やフーケ戦は、特技を使わない魔物と戦っていたようなもの。 魔法らしい魔法との直接対決は初めてだ。 スラおはまず、自慢のスピードでワルドを翻弄しようとする。 しかし、ワルドは小回りの効く見事なステップで逆にスラおを翻弄する。 「結構速ぇじゃねーか!・・・ベギラマァ!!」 稲妻のような炎がワルド目掛けて唸る。 しかしベギラマは、練兵場の隅に積み上げられている木箱を破壊した。 外れるはずがない。そう思っているスラおには隙ができていた。 「随分軽い魔法だ。おかげで難なく風に乗せることができた」 そう、ワルドは魔法で風を起こし、ベギラマの軌道をずらしたのだ。 ワルドが呪文を唱え、杖を突きだす。 隙があったといえど、瞬きもせずに目を見開いていた・・・。 攻撃の実態を視認した時点で、ベギラマでの相殺、体当たりを利用しての回避など、幾らでも対処はできた。 しかし何も見えない。 空気を圧縮して固めたような、不可視の槌。エア・ハンマーがスラおに直撃する。 何が起こったのか瞬時には理解できない。 スラおは吹き飛ばされ、壁にぶち当たる。 「いてて・・・」 もろにダメージを受けてしまったが、まだまだ戦える。 ワルドもそんなスラおの状態に気付いたのか、再び杖を構え直す。 しかし、ルイズがスラおの元に駆け寄り、庇うように抱き上げる。 「もうやめて!あなたは魔法衛士隊の隊長じゃない!強いのは当たり前よ・・・だからこんな風に見せつける必要なんてないじゃない!」 まだ余力を残している。なのに邪魔をするなんてありえない。 しかし、何故だか嫌な気はしなかった。 「すまないルイズ。そんなつもりではないんだ。彼の実力を知ることは、より完璧に任務を遂行するために必要なことだったんだ」 ワルドが優しい声でルイズに答える。 決闘が中断された以上、状況的にスラおの負けだ。堂々とはしていられない。 「大丈夫だってルイズ。オイラ部屋に戻るからさ・・・放してくれよ」 ルイズは俯いて、目に微かに涙を浮かべて頷いた。 「行こう、ルイズ」 そう言って、ルイズの手をワルドが引く。 前ページ次ページゼロのルイズと魔物の勇者