約 5,738 件
https://w.atwiki.jp/eigo0493/pages/82.html
準備中
https://w.atwiki.jp/pokemon-dreamworld/pages/50.html
246 :1/13 ◆8z/U87HgHc :2008/03/29(土) 19 35 08 ID ??? 「え……?」 ピジョットのその一言を聞いたゲラは、戸惑いの視線をこちらへ投げかける。 その視線に、私は確かに焦りを覚えた。 ……いくら普段は疎遠な弟はいえ、私の汚い部分を見せたくはない。 金の為に、人間様を売ったなどと……知られたくない。 そんなことを知られたら、余計に惨めな気持ちになってしまうじゃないか…… ……このピジョットが余計なことをぬかし始める前に、さっさとお金をもらいここを立ち去ろう。 そうだ。もう私にはそれ以外に道は残されていない。 迷っていては余計に惨めになるだけだ、こうなったら開き直ってしまえ……! 芽生え始めた三つ目の感情にも突き動かされ、私はすぐさまピジョットへとこう言った。 「ピジョット……さん。約束のものは? 持ってきたんですよね?」 手を差し出しながらそう言うと、ピジョットは嘴の端を歪めて笑みを浮かべ、こう言ってきた。 「まぁ、まぁ……そう急ぐな。確認ぐらいさせてくれないか。 ゲルくん…… 『人間は確かにこの都市にいるんだな』 ?」 「……!!」 ピジョットが発する容赦ないその言葉に、私は息を詰まらせる。 脇目でゲラを見やれば、その視線の困惑の色はより強まっている。 「は、はい……います、いますよ。ですから、約束のものを早く……!」 そう急かす私を焦らすように、ピジョットはゆっくりとこう言う。 「……どうした、一体何に焦っているんだ? 焦らずともワタシは逃げないよ」 「……!!」 だ か ら そういう問題じゃない!! お前が逃げてしまうことを恐れているんじゃあなくて、 この私が早くここを逃げたいんだっ!! ちくしょう、態度から判断しろよ、それくらい……!! ともすれば喉から捻り出てしまいそうな怒号を私はぐっと抑え―― ――それでも少し声が荒いでしまいながら、私は次の言葉を投げかけた。 「私は、時間が無いのです! ですから早く、早く、『約束のもの』……」 「 そ ん な も の は な い 」 247 :2/13 ◆8z/U87HgHc :2008/03/29(土) 19 37 04 ID ??? 「えっ」 ピジョットのその言葉に私は耳を疑うが、 それに反し、その言葉の意味することを私は瞬時に理解する。 理解し、そして……時間が、凍りついた。 そんなものは無い……だって? そんなものは……無い…… 「……どうした、聞こえなかったか? 『キミにやるものは無い』と言ったのだ。 約束など反故だ、反故。『人間の存在をワタシに教えた』くらいで、 あんな『大金』をやれるか……ワタシは『魔王軍』だぞ? フフフ」 「あ……」 凍りついたワタシへと襲い掛かる、ピジョットの言葉。 まるでワタシの隣にいるゲラへと言い聞かせるように…… まるで私の心情を完全に見透かしているかのように…… 一片の容赦のない、吐露。 「え……あ、兄貴……!?」 そして、信じられないといった風なそのゲラの一言。 その二つの言葉が、凍りついた私の体を急激に溶解させていく。 「そ、それ以上……言わないでください……」 気が付けば、私は力なくそう搾り出していた。 ただし、ピジョットがその言葉に応じるわけもなく。 「常識的に考えてみたまえよ。確かに、ワタシたち魔王軍は人間を必要としているよ…… だがしかし、人間の存在を電話一つで教えてもらった程度で、誰が大金など出すものか」 嘲るようなピジョットの言葉。そのピジョットの表情は、嘲笑に満ちている。 「まさか、本当にあれだけの金がもらえると信じていたのか? 信じて期待していたのか? フフフ」 「う……ううぅっ……!!」 248 :3/13 ◆8z/U87HgHc :2008/03/29(土) 19 38 28 ID ??? 「ちょっと、そこのキミ」 ピジョットは私からゲラへと視線を移し、そう呼びかける。 「!」 焦りが芽生える。ゲラへ何を言うつもりだ―― 「キミはこのユリル・ゲルの兄弟か何かかね? このゲルくんが何をしたか、 どんなに愚かしいことをしたか、せっかくだから懇切丁寧に教えてやろうか」 「なっ」 ピジョットは、信じられないことを言い始めた。ゲラに全てを言うだと? ――何で……何でそんな……っ!! 制止する間もなく、ピジョットは興奮したような声でゲラへ向かってこう言い始めた。 「このユリル・ゲルは大金欲しさに、何も知らぬ人間をワタシに売ったのだ! ワタシが魔王軍……あの魔王軍であるということを伝えたにも関わらずね」 「そ、そんな……」 ゲラの視線が、非難的な視線が、私を炙る。 ピジョットはそれにも構わず――むしろそれを楽しんでいるかのように、話を続ける。 「数十万ほどの金を見せ紳士的な態度をとれば、すぐさま協力的になってくれたよ。 血も涙もなく、慈悲も温情もない……そして何より、頭の出来が最高にお目出度いっ!」 ピジョットの言葉は、ねちねちと私の急所を的確に衝いていく。 そしてゲラは、眉尻を下げ口を半開きにしながら、その話を黙って聞いている。 一体ゲラは今、私に対してどれだけ失望しているのか…… ちくしょうピジョットめっ、黙れっ、黙れっ――! 「どう考えても、等価交換の体を為していないのにねェ! 考え方が甘ったれそのものだ! 自分に都合のよい現実だけは、一片の疑いも抱かずホイホイと受け入れる! ハハッ!!」 いかに心の中で叫ぼうが、ピジョットの口は止まらない。 私の精神を、プライドを、どん底へと導いていく陰険な言葉。 ……それは、罪悪感が何だの絶望が何だのと心内で後悔しておきながらも、 何だかんだで己に甘えきっていたという事を、はっきりと私に自覚させる言葉であり…… そしてそれを自覚していくと共に競り上がってきた感情は、どうしようもない怒り。 ピジョットへの怒り……!! 249 :4/13 ◆8z/U87HgHc :2008/03/29(土) 19 42 04 ID ??? 「わ……私はっ!」 「ん?」 私の声に、ピジョットはこちらを振り向く。 「私はっ……人間様の存在をあなたに報告したことには変わりないじゃないか。 お金はもらえなくとも……ここまで卑下される筋合いは無いはずだァっ!!」 まだ嘲笑を浮かべたままのピジョットへ、私はそう訴えた。 そうだ。大金はともかく、立場的には私は有り難がられる側のはずなんだっ! 理不尽だっ。今この状況は、有り得ないほどに理不尽だっ!! 「……フフッ」 「!?」 なんとピジョットは、私のその訴えに再び笑みを漏らしたのだ。 「このワタシが、そんな礼節を弁えたモンスターに見えるか?」 「な、なにぃ……!?」 横暴でかつ理不尽な返答。それは、とても私の納得のいくものではない。 咄嗟に反論しようとすると、ピジョットは続けてこう言ってきた。 「そもそもキミに頼まなくとも、実際は部下に任せればよかったこと。 ワタシは、キミに対して有り難いとも何とも思っていないよ」 「え……!?」 私は、また耳を疑った。 こいつ、昨晩はいかにも『部下は使えない』といった風なことを言っていたはず。 ……嘘だったのか……!? 私を騙したのか……! そして同時に一つ、大きな疑問が浮かび上がる。 ……それなら一体、なぜ私を使ったのだ……!? 「じゃ、じゃあ何で、私を使ったんだ! 部下を使わずに私を使ったんだっ!! なぜ私を巻き込んだっ!! その理由は何だァっ!? 全く分からないっ!!」 浮かび上がった疑問を、すぐさま私はピジョットへと投げつけた。 ……一層深まるピジョットの笑み。その次の瞬間返ってきた答えは、こうだった。 「キミを見下すためだ」 250 :5/13 ◆8z/U87HgHc :2008/03/29(土) 19 45 53 ID ??? 「な……なんだとォ……!?」 まったく理不尽極まる返答だった。こんな答えで誰が納得行くだろうか。 私を玩具か何かだと思っているのか、こいつは……!? 私の心中の怒りは、一層激しくなっていく。 そして、あたかもそれを煽るかのように、ピジョットはこう続ける。 「落胆、後悔、憤怒、羞恥……負の感情が複雑に絡み合ったキミのその表情が、ワタシを強くする。 ワタシが『高み』にいるのだという実感を与えさせてくれる……生きる上では、これが実に重要でね」 「なに……!?」 「他者を見下すことはワタシ達の最大の活力ッ!! そして遥か空に生きてきたワタシ達の習性さッ!! キミのそういうバカ丸出しな表情が、ワタシ達にとっては最高の『糧』なんだよっ!! ハハハハーッ!!」 「ぐ……ぐぐぐ……っ!!!」 狂ったように大声で笑い始めるピジョット。私を全力で見下すピジョット。 怒りに、悔しさに、羞恥心に、頭がぐちゃぐちゃに掻き回されていく。 ……このピジョットがあの時私の元へとやってきてから今までの、 私の悩みは……迷いは……期待は……行動は…… 全てが全て、この者に愉悦を与えるためだけのものに過ぎなかったのだ。 ……つまり、明るい未来を取るか、変化の無い未来を取るか、だの…… ……欲望と良心の狭間だの……幸せがなんだの、絶望がなんだの…… あれ、ぜんぶ完全な一人相撲で……思い込みに基づいた、完全な、一人、相撲でっ これじゃあ、本当に、本当に、本当に、私は単なるバカだったんじゃあないかアァっ!! 「フフッ……ハハハッ! どうしたどうした、そんな俯き気味では、よく顔が見えんぞ! もう少し顔を上げたらどうだ、キミたち虫けらは空を見上げるのが仕事だろう? なぁ そら、顔を見せたまえよ!! もォ~~~っとよォ~~~くゥ~~~見せたまえよォ~~~ン!!」 俯き歯を食いしばっている私の耳へと入ってくる、ピジョットの声。 その嬉しげな調子が、最高に耳障りだ。癇に障るどころの騒ぎではない。 いっそのこと舌を引っこ抜いて喉を潰してやりたい。そうだ、殺してやりたい、殺すっ、殺すっ、殺……!! 251 :6/13 ◆8z/U87HgHc :2008/03/29(土) 19 47 29 ID ??? 「ピジョット貴様ァッ!! 黙ってれば調子に乗りやがってッ、ぶち殺してやるッ!!」 湧き上がる怒りによって、恐怖や建前などというものは消し飛んだ。 ピジョットが魔王軍であるというにも関わらず、ゲラの前だというのにも関わらず、 私はかつてないほどに声を荒げさせ、ピジョットへと暴言を投げつけていた。 「……おやおや、どうかしたのか? いきなり」 ピジョットは驚いたような様子も見せずに、虚仮にするような言葉を投げつける。 そのスカした顔と喉、ぐちゃぐちゃに潰してやる――ッ 怒りを、恨みを、感情を、強い視線と共にピジョットへと向ける。 ……念力は精神の力。私の怒りを全て念力に変え、こいつに味あわせてやる……!! 「……むっ? な、こ、これは……」 「な、なんだァ……!?」「あ、頭が……!」 数秒後、ピジョットとその部下達はすぐに異変を起こし始めた。 私の怒りが念力となり、奴らの脳みそに鈍痛を与えているのだ。 「そのまま頭痛で死ね、外道ども……ッ!!」 両の手をピジョットへらと向け、私はより力を込める。 もっと。もっとだ。もっと怒りを……奴らを、殺せ!! 「……やれやれ。まるで駄々っ子だな」 「!?」 ピジョットはまるで私の念力をものともしていないように 冷静にそう呟くと、ゆっくりとこちらへ歩み寄り始めた。 「だが、まぁ……そんな無様な姿も、ワタシの愉悦の一部であるのには変わりないがね」 ピジョットは一度溜め息をつくと、ゆっくりとその優雅な翼を大きく広げ始める。 「き……きさま、なにをするつもりだーッ!!」 怒りの中へと割り込んでくる不安と焦り。私は、より視線に念力を込める。 なぜだっ、あの部下どもは確かに頭痛で苦しんでいるのに、なぜこいつは……! ピジョットは、一度だけ力強く翼を扇いだ。 次の瞬間、猛烈な勢いの空気の壁が私を撥ね飛ばした。 252 :7/13 ◆8z/U87HgHc :2008/03/29(土) 19 49 58 ID ??? 「がァっ!!」 空気の壁に押しやられ、私は遥か後方のジャングルジムへと叩きつけられた。 硬い鉄柱が背中と後頭部に強烈な衝撃を与え、私は地面へと崩れ落ちる。 痛みで、体に力が入らない。当たり所が悪かったか、意識が朦朧として眩暈がする。 ぼやけた視界の中、ピジョットがこちらへと歩み寄ってくるのが見える。 もう、念力を浴びせてやる余力は無い……結局、私はこいつを一つも苦しめられなかった。 「……ゲルくん。一つだけ、キミに教訓を与えてやろうか」 ピジョットは再び笑みを浮かべると、こう言い放った。 「世の中、理不尽なくらいで丁度いいものだ」 「坊やっ子は誰だって、痛みや理不尽さを知って成長するものさ…… キミにとって、この出来事はよい薬になったはずだ。よい教訓になったはずだ」 あまりに勝手な発言。だが、もはや何も言い返す気力が起きない。 「ワタシのせめてもの慈悲だ……キミはこのまましばらく眠っていたまえ。 そして今後はこの教訓を活かし、理想の未来を目指し頑張ってくれ……フフフ」 背中を向けるピジョット。それと同時に、私の視界は徐々に暗転していく。 ……薄れ、消え行く視界。 それまで怒りの対象だったピジョットが見えなくなっていくと共に、 私の怒りは、次第に私自身へと向けられていく。 ……私は、子供の頃からちぃっとも変わっていない…… いつかは幸せが転がり込んでくるのだと、知らぬ所で根拠も無く信じ込んでしまっていた。 だからピジョットがやってきた時に私は、心の奥底で『その時が来た』のだと判断し、 根本的に疑うことはしようとはせずに、アッサリと信じ込んだ……甘んじてしまった。 そうだ。今回の事態は、そんな私の常識知らずの甘えが導いた結果なのだ…… ……ようやく、ツケが来たということなのだ。『お坊ちゃま』で居続けていたツケが…… ……はは……もう、後悔しても……遅いやァ…… ――強烈な自己嫌悪と共に、私の意識は闇へと落ちていった。 253 :8/13 ◆8z/U87HgHc :2008/03/29(土) 19 52 22 ID ??? ゲル兄貴は、今まで私があまり見たことのない怒りを露わにした姿を晒したが、 魔王軍のあの鳥(確かピジョットとか言ってたな)の一煽ぎによって、一瞬にして鉄柱へと叩きつけられた。 そして兄貴は今、鉄柱へ背を預けたまま項垂れている。気絶してしまったのだろう。 ……ゲル兄貴…… ――当然の報いだっ 魔王軍が犯罪集団であるということは、いかに頭の悪いあの兄貴でも知らないはずは無い。 その上であのゲル兄貴は、何も知らぬ人間様を魔王軍へと売ったのだ。 ただ、金に目が眩んだという理由のみで。 ……至極当然の報いだっ。至極当然の結果だっ。 仕事もせず苦労もせずニート一筋の兄貴が、そう楽して金を手に出来るはずが無い…… 最終的に痛い目を見るのは当然だ。 気絶してしまった兄貴を見ても、私は可哀相などとは一片も思わない。 あるのは、『ついに落ちる所まで落ちたな』という達観とした感情のみ。 私は、絶対にあのゲル兄貴のようにはならないぞ。 そう、あいつのような悪人には……!! 「ところで、キミ」 「!」 不意に耳に入ってきたあのピジョットの声に、私は心臓を跳ねさせる。 そしてそのピジョットの視線は、明らかに私へと向けられていた。 「わ……私のことを呼んだんですか」 「そうだ」 返事と共にこちらへ歩み寄ってくるピジョット。 ……しまった。逃げ遅れたか……? 一テンポ遅れて、己も危機に晒されているのだということを自覚する。 そして私の目の前に立ったピジョットは、私へとこう問いかけた。 「人間の居場所を知っているかね?」 254 :9/13 ◆8z/U87HgHc :2008/03/29(土) 19 54 28 ID ??? 「実は、今から人間を迎えに行く所でね。あのゲルくんの報告によって 人間がこの都市にいることまでは分かっているのだが…… 肝心の詳細な居場所までは分かっていないのだ。教えてくれないか?」 「…………」 ……まるで、先ほど心中で唱えた誓いを試されているかのようだ。 私は、私だけは、人間様の詳細な居場所を知っている。 だが無論、こんなヤツにそれを教えるわけには行かない。 魔王軍は犯罪集団だ。言うまでもなく悪者だ。 こんなヤツに人間の居場所を教えては、私の善人してのプライドはバラバラに崩れ去る。 私の生き方においては断固として許されざる、バリバリの悪行。 誰が教えるかよ。あーん……? 「ひ……ひ……っ」 わざと、そしてなおかつ自然に息を乱れさせ、顎を震わせる。 あたかも心底恐怖しているかのように。心底怯えているように。 そして私は、ピジョットへと懇願するようにこう訴えた。 「し……知っていたら教えますよォーー! で、でも私は、そんなこと知らないし…… あ、あのっ、その、本当なんですよぅ! だ、だから命はっ、命だけはァっ!」 手をつき、涙で目を滲ませ、繰り返し「見逃してください」と懇願する私。 私はさも『生きるためなら何でもする』といった風な男を、ピジョットの前で演じてみせる。 私の今演じている人物像なら……知っている情報を教えないということは絶対に有り得ない。 人間様をわざわざ庇う必要などありゃしないのだから、それは全く意味のない事である。 ……このピジョットは私の本当の性格なんてこれっぽっちも知らないのだから、そのことを疑う余地は無いはずだ。 ……完璧だ。完璧な演技……完璧な虚構……完璧な欺瞞…… 尿意があらば、わざとオシッコ漏らしてやってもいいな。 ……必要ないな。今の時点でも、こんな鳥頭に私の演技が見切れるものか……! 「キミは、何をしているんだ?」 255 :10/13 ◆8z/U87HgHc :2008/03/29(土) 19 55 54 ID ??? 「えっ」 ピジョットが口にしたその不自然な言葉に、私は呆気に取られた。 ……今、こいつ何と…… その言葉の意図を探ろうとすると、ピジョットは続けてこう言い放った。 「ワタシは、『命乞いしろ』とは一言も言っていないぞ。 ……ワタシは、『人間の居場所を教えろ』と言っているのだ」 ……なにぃ……!? 信じられない言葉に、私は驚愕する。 こいつ、私の言ったことをちゃんと聞いていなかったのか? それとも、私の言うことをちゃんと理解していないのか、この鳥頭はっ それとも―― 三つ目の推測は、ピジョット自身の口から語られた。 「ワタシのように高みにいる者は、虫けらの習性は全て分かりきっているものだ。 キミのそれは『演技』だな。なぜ隠すかは分からんが、キミは人間の居場所を知っている」 何――っ!! なんと、私の演技が見破られていたのだ。 いや、これはただの推測かもしれない。私をカマにかけようとしているだけなのかも…… 「え、演技なんてっ!! 何を言ってるんですか、私は人間様の居場所なんて……」 「何をうろたえているんだ? 別にキミ自身が損するわけでもないはずなのに、なぜそう頑なに隠し通す?」 「ぐっ……!」 こ……こいつっ! もはや私が嘘をついているということを前提に語っているっ! 己の考えに、己の推測に、一切の疑いを持っていないっ! そう信じ込む根拠は一体どこにあるんだ、一体何なんだコイツは……! くそう。なぜ、なぜ私がこんな目に……! 256 :11/13 ◆8z/U87HgHc :2008/03/29(土) 19 58 08 ID ??? 「……言わぬというのなら」 ピジョットはふと、勢いよく息を吸い込み始めた。 張り出したピジョットの胸の筋肉が、更に膨張していく。 「……!?」 その意図の分からぬ動作に、私は焦りを覚える。何をするつもりだっ ……次の瞬間。 「うがっ!!」 一瞬のち肩へと激痛が走り、私は呻き声を上げた。 気がつけば、焼けつくような痛みが肩口に張り付いている。 そこに心臓があるかのように、肩に熱い脈動が走っている。 「な、なんだァ……!?」 肩に目をやると、まるで銃弾にでも撃たれたかののような穴が一つ開いている。 貫通はしていないみたいだが、傷口の中に異物感も感じない。 こ、こいつ……何をしたんだ……!? 胸を満たし始める不安と恐怖。 そしてそれを助長させるかのように、ピジョットはこう言い放った。 「言わぬというのなら、もう一度キミの体を貫いてやろう。次はどこがいい? また肩ではつまらないだろう……次は腕か? 手か? 腿か? 脇腹か? まぁ、いずれにせよキミが口を割らぬなら、順番など関係はなくなるがな。フフ、フッフフフ」 「ひっ……」 今度は、決して演技などではなく…… 純粋な感情のままに、私は小さく悲鳴を漏らした。 自然に乱れる息。自然と震える顎。自然と滲み出てくる涙。 肩口に確かに存在する痛み。激痛。そこだけ熱湯にでも浸っているかのような熱さ。 捻じ曲がっていく背景。ぼやけていく視界。消えてゆく現実感。 258 :12/13 ◆8z/U87HgHc :2008/03/29(土) 20 02 44 ID ??? 「今ならまだ遅くないよ。キミの体に面倒くさい傷が増えていく前に、さっさと居場所を漏らすんだ。 サァ、早く。早く、早く、早く。今ならまだ遅くはない、いィ~~~まァ~~~なァ~~~らァ~~~」 追い詰めるようなピジョットの言葉。 ピジョット。ヤツは魔王軍、モンスターぐらい躊躇い無く殺す犯罪集団 人間様の居場所。誰が、誰が、誰が、誰が誰が誰が教えるか、そんなこと 私は私は善人だぞォ! このプライドに傷がつくぐらいなら体に傷がつくぐらいどうってことは 「聞き分けの悪い子だな」 そう呟くピジョットは、また大きく息を吸い込み始める。 「まぁ、例え最悪殺してしまったとしても……ワタシには構わん話だがね。フッフ フ フ」 耳を疑う。信じられない言葉。あってはならない現実。 最悪殺してしまったとしても? 何を言ってるんだこいつは、死ぬ? 殺す? そんな、横暴な 「や、やめろォォ!!! やめてください、やめてェェ!!!」 「やめて欲しいのなら人間の居場所を言うことだな。言わなかったら続ける、ただそれだけのこと」 「な……な……な……」 言えるかボケ、言えるわけねえだろカス、言ったら私は悪人になっちまうんだぞぉぉォ!! あの愚か者のゲル兄貴と同類になっちまう、私の善人像が消え去る、崩れ去る、朽ち果てる 私は善人なんだ……言えるか、言えるわけがない、言いたくない、言わない、 私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ! 私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ! 積み重ねてきたんだこれまで、私が善人である所以、それを積み重ねて来たんだ だから言わない 言わない 言わない絶対言わない、言わない言わない言わ…… 言わなかったら? 言わなかったら、私は……死ぬ? 死んだら全部ムダになる、 これまでの全てがムダになる、しかも痛い、最高に痛い、とても痛い、 言ったら崩れるっ!! 言わなかったら痛いっ!! 崩れる、痛い、崩れる、痛い、痛い、崩れる、痛い、痛い、崩れる痛い痛い痛い痛い痛いいいィいィいィィいィ 「に、人間様はッ!! コサイン川沿いの屋敷ッ、マジシャンバリヤードの屋敷にッ!! 今はそのご子息マネネの住む屋敷に、居ますッ! 居るはずですうううッ!!!」 259 :13/13 ◆8z/U87HgHc :2008/03/29(土) 20 08 13 ID ??? 「あ……」 叫び終えた瞬間、人間様の居場所を完全に吐露し終わった瞬間、私は我に返った。 「……フフ、情報提供感謝するよ」 ピジョットはそれだけ言うと、さっと身を翻す。 そして何やら、部下であろう周りの小鳥達に指示をしていたと思うと、 一斉に大きく翼を広げ、再び空へと飛び立っていった。 再び影となってゆく鳥達。魔王軍。 止めようも無く、影の群れはぐんぐん私の視界から遠ざかっていく。 あの影達は、私の漏らした情報を元に人間様の元へと向かうのだろう。 人間様はおそらく魔王軍に捕まり、そして人間様の取り巻きであるあの二人も、 屋敷に居るであろうマネネ坊やも、そのお手伝いも、全員が犠牲になるのかもしれない。 全ては、私の一言のせいで。 そう、私は魔王軍に情報提供をしてしまったのだ。『加担』してしまったのだ。 自己弁護のしようが見つからない。 私は恐怖に負けた。痛みに負けた。負けて、あっさり従ってしまった。 結局私は、弱かった。目先の苦痛に負けてしまうような、弱い善人だった。 ……いや、元々私は善人でもなんでも無かったのかもしれない。 ただ善人ぶっていただけ…… 自分が善人なのだと意識し思い込んで、全ての行動を無理やり善行へとこじつけて、 ……責任を取ろうとしていなかっただけ……甘えていただけなのかもしれない。 ……考えてみれば、こんな事態を招いたのも全て私のせいだと言える。 私が人間様の存在を広く知らしめなければ……ゲル兄貴に教えなければ…… そもそもこんな事態にはならなかったのだ。なるはずがなかったのだ。 ……全て……私のせい…… 崩れ去ったプライドの中から現れる、膨大な自己嫌悪。 私はもはや、そのまま動くことが出来なかった。 つづく
https://w.atwiki.jp/pokemon-dreamworld/pages/49.html
237 :1/7 ◆8z/U87HgHc :2008/03/28(金) 20 29 15 ID ??? ――――――――――――――― 『ツー……ツー……』と、耳の奥へ延々と響く発信音。 その携帯電話を持つ私の手は、未だに震えている。 私の手を震えさせているその感情は一体何なのだろう。 ……ピジョットの羽へと積まれていた目も眩むような大金。 あれが、近い内に目の前へ……そして手元へとやってくるのだという期待か? それとも、そんな美味い話が果たして滞りなく済むだろうかという不安か? ……それとも、後悔か? 己の欲望のため……いや、未来のために。 私は、まだ無垢な子供を犠牲にしてしまったのだ。 そう、犠牲に……犠牲…… 犠牲……ッ! 犯罪集団であるという魔王軍。魔王軍が大金の代わりに要求した人間様の情報。 思考材料は少ないけども、それでも幾つか最低限の想像はし得る。 そしてそのどれもに、人間様の暗い未来が待っている。 見たこともないあの子の苦しみの表情が、容易に頭に浮かぶのだ。 見たこともない魔王軍の凶行が、容易に頭に浮かぶのだ。 ……だが、もうあの人間の子に会うことは絶対にないだろうし、 これからあの子がどんな悲惨な目に会おうと、私が恨まれることは決してないだろう。 なのに……なぜっ! なぜ私は、『感じている』んだ!? あの子の憎しみをっ! 恨みをっ! なぜ、『既に』この身に感じているんだ!? 238 :2/7 ◆8z/U87HgHc :2008/03/28(金) 20 33 47 ID ??? 「あっ!!」 「!?」 静寂を頑なに守っていたこの空間へ、不意に馴染みのある声が響いた。 罪悪感や人間様の怨恨を感じていた所へ突如響いたので、 奇声を上げてしまいそうなくらいに驚きながらも、私はその方向へ振り返る。 ……そこに立っていた者の姿に、再び私は驚いた。 姿を見るのは何ヶ月ぶりだろうか。 ゲラだ。弟のゲラが、同じく驚いたような顔をしてそこに立っていたのだ。 ……まぁ、確かに考えてみれば、ゲラ以外の誰かがこの場所に来るはずがないのだ。 こんな木々に囲まれた公園なんて、私たち以外の誰も存在を知らないだろう。 なにせ平日の夕方だというのに、子供の一人もいないのだ。 ……平日の夕方? なんでこんな時間に、ゲラが……? 「ゲ、ゲラ……な、なんでここに?」 「それは俺も聞きたいよ、兄貴……奇遇だね」 「あ、ああ……」 ゲラはへらっと私へ笑みを投げかけると、 それ以上の問いかけはせずに、真っ先にブランコへと腰を下ろした。 そのまま軽くブランコを揺らし始めるゲラの表情は、どこか物憂げだ。 先程に電話で聞いたゲラの声はうきうきと弾んでいて楽しげだったが、 今はそれとは正反対。間違ってもあんな明るい声は出しそうにない様子だ。 その表情の訳を聞こうとするよりも先に、ゲラはそれをため息混じりに語り始めた。 「……兄貴は知らないだろうけど……俺、しょっちゅうここに寄ってるんだ。 苦しい時とか、迷った時とか……考え事したい時とかに、ふらっとね。 ……今はちょいと複雑な気分でさ。……色々と、悩んでいるんだ」 「……悩み?」 239 :3/7 ◆8z/U87HgHc :2008/03/28(金) 20 37 20 ID ??? ゲラが悩みなどと、ずいぶんと珍しい。 私と違い、ゲラはあまり悩みを表に出さなかった。 常に自信に溢れ、迷うことなく行動していたこのゲラが…… 私は、ただ頷くことすらも忘れてしまうほどに戸惑ってしまう。 そしてそんな私の反応を待つよりも先に、ゲラは話を再開した。 「……人間様が逃げたってことは、兄貴も知っているだろ。 いま、記者連中はこぞってその人間様の行方を捜している。 人間様の行方はまだ誰も知らない……だけど、俺だけは知っちゃってさ」 「えっ」 突如出てきた人間様の名前に不意をつかれ、私は声を上げてしまう。 人間様の居場所……? まだ都市を出ていないのだろうか。 ゲラはふと携帯電話を取り出すと、話を続けながら何やら操作を始めた。 「……あの人間様の取り巻きの二匹。フライゴンさんとジュカインさん…… ふと思い立って、入街者リストで彼らの名前で調べてみたら、 なんと彼ら二人どっちとも、危険者リストへと登録されてるんだ」 「き、危険者リスト……?」 人間様の取り巻きの二人というと、テレビで見たあの緑色のモンスターのことだろうか。 その二人が『危険者』であるということと、人間様の居場所がどう関係あるというのか。 「知ってるかい兄貴。審査で危険者認定された者は、ナノサイズの探知機を飲み込まされる。 いつかこの都市で騒動を起こした時のために、その者の居場所を管理するってわけだ。 探知機は胃液に溶かされない材質で出来ていて、胃に到達すると胃壁に張り付く。 街を出る際に飲まされる専用の薬品でなければ、取り除くことは決して出来ない……」 「む……」 まったく初耳の情報だ。探知機の存在どころかその材質すらも知っているこの弟は、 私の知らないところで、一体どれだけの知識や人脈を育ててきたのだろうか。 ……まさか、人間様の居場所を知っている理由というのは…… 240 :4/7 ◆8z/U87HgHc :2008/03/28(金) 20 42 15 ID ??? 「まさかゲラ、その探知機の情報を見たのか? それで、人間様の行方を……」 すかさず私がそう聞くと、ゲラは笑みを漏らすと同時にウィンクをする。 「そっ、そゆこと。……あ、当然一般市民じゃあ出来ないことだぜ? 個人情報だし。 顔が広い俺だからこそ、探知情報を管理するコンピューターにアクセス出来るのさ」 そこまでは少し自慢げに言っていたゲラだが、 次の言葉からは、明らかに声のトーンが下がり始める。 「……正直見なきゃ良かったよ。こんな迷うんならさ……」 最後には、浮かぬ顔をしたままぐっと俯いてしまう。 私のあまり見たことのない表情だ。 いつも自信や……自尊心に溢れていたこの弟が、こんな表情を。 「……それで、どうしたのだ? 迷いとは、一体なんだ……」 俯きながらブランコを揺らし続けるゲラに対して、私はそう問いかける。 ゲラは一度ため息をつき、俯いたまま話し始めた。 「人間様の居場所をマスコミに知らせるのは善行だ。 広い視点で見た場合の、選ばれるべき善行だ。 そう、どちらが選ばれるべき善行で……どちらがそうでないか…… そんなのは理解しているんだ。理解しているはずなのに……」 ゲラは胸を押さえると、ぎゅっと歯を食いしばり始める。 ゲラは歯を食いしばった状態のまま、唇だけを動かし震えた口調で話を続ける。 「……今回ばかりは、素直にそれに従えないんだ。 ……恐れだか、罪悪感だか何だか知らないが…… 俺の中のくだらない何かが邪魔して来るんだ…… 一体どれに従えばいいのか、俺は分からない……」 「……!」 彼の理論はよく分からないが……彼の悩みの中心は、人間様にあった。 そしてその悩みの原因となっている感情は、罪悪感。 そう、私と同じ…… 241 :5/7 ◆8z/U87HgHc :2008/03/28(金) 20 43 54 ID ??? 偶然の重複。 ゲラも、私と同じく人間様のことで深く悩んでいる。 改めて、この目下のユンゲラーと私が兄弟であることを認識する。 ……ただし、何から何まで同じというわけではない。 ゲラは、まだ選択する余地がある。 しかし私にそれはない。残されたのは結果のみ。 後味の悪い罪悪感と後悔のみ…… 未だ俯き、寂しそうにブランコを揺らすゲラが、目の前にいる。 しかし私は、何故だかそんな彼を励ましてやる気がおきない。 かける言葉が見つからないのではなく、言葉をかけてやる気がおかない。 兄として励ますべき場面なのに……一体なぜ? 過ちを犯してしまった自分に、励ます資格など無いと胸の内で理解しているからだろうか。 それとも、自分と比べてまだ遥かに余裕のあるゲラを、私は羨み嫉妬しているのだろうか。 ……どちらにせよ、歯がゆい。歯がゆく、悔しい。 こんな思いをするならば…… 自分に負い目が出来てしまうのならば…… あんなことは……しなければよかった……! あんなことは……! 強く握り締めている携帯電話から、軋むような音が響く。 それと同時のことだった。 「……!?」 私は、異変を感じた。 242 :6/7 ◆8z/U87HgHc :2008/03/28(金) 20 46 37 ID ??? あの時と同じ。あの時と全く同じ感覚だ。 幾つもの小さい影が、私の足下へ現れる。 空気がうねり、草葉がざわめく。 同じく私は胸騒ぎを起こし、咄嗟に空を見上げた。 日の光を部分的に覆い隠す、無数の影。 その中には、私の眼奥に未だ焼きついている影もあった。 巨大な鳥の影。悠々とタテガミをなびかせ―― 「ゲラ!! ここから去れっ!!」 私は気が付けば、ゲラに向かってそう叫んでいた。 「えっ、な、なん……んあっ?」 私の言葉に反応して顔を上げたゲラは、 頭上の無数の影に気が付いたようで、呆けた声を上げる。 「な、なんだいありゃあ……渡り鳥にしちゃあ随分サイズがでかいが」 最初は驚き、目をまん丸に見開いていたゲラだが、 次第にその目つきは輝いていき、好奇心に満ちていく。 「なんだかよく分からないけど……ともかくこれはっ! 大発見っ、大スクープに違いないっ! フフフ」 ゲラは興奮したように鼻息を荒げながら、カメラを取り出し始める。 こいつ、もうすっかり私の言ったことを忘れていやあがる。 「ゲラ!! ここを去れといったのが分からないのか、危ないぞっ!」 「あーん? 何でそんな必死なのさ兄貴。別にいいじゃあないか…… こういう悩む必要のないスクープは、しばし悩みを忘れさせてくれるんだ」 ゲラは私の呼びかけに応じようとはせず、カメラを空に向けはじめる。 言いようのない焦り。ゲラを怒鳴りつけたくなるような気持ちに襲われる。 「あっ……!」 ふと、ゲラは空を見上げながら驚いたような声を上げた。 何事かと空を見上げれば、無数の影は急速にその大きさを増していっている。 243 :7/7 ◆8z/U87HgHc :2008/03/28(金) 20 51 06 ID ??? 強烈な既視感に、私は身震いを覚える。 ……そう、何もかもがあの時と同じ。 おそらく数秒後に、この場に強烈な風が吹き荒れるはず…… ……この例えようのない気分は何だ? 絶望なのか、それとも期待なのか…… 木の枝葉が突如騒ぎ始め、ブランコが一人でに揺れ始めた。 ゲラもたまらず唸り、よろめく。そう、あの時と同じく風が吹き荒れ始めた。 砂場の砂が風に巻き上げられ、私の体中を叩き始める。 私はブランコの脇の鉄柱を掴み、砂が入らぬように強く目を瞑る。 ……数秒すると、風は一瞬で収まり、静寂が訪れた。 ……私は瞼の裏に、ある光景を想像する。 私は胸を高鳴らせながら、ゆっくりと目を開き、顔を上げた。 ……そこにあった光景は、私の想像と全く変わらないものだった。 目の前に立っている、数十の小鳥ポケモン。 その中心には、嘴の長い一際大きい鳥ポケモンがおり…… そしてその隣に、ヤツの姿があった。 高く昇った日に、全身を照り栄えさせ…… 神々しい光をその身に纏った、『ピジョット』の姿が。 「あ……あ……」 ゲラは強風で倒れたのか、それとも目の前の巨大な鳥の群れに腰を抜かしたのか、 地べたに座り込み、ピジョットらを見ながら怯えたような声を上げている。 ピジョットはそのゲラを一度ちらりと見た後、私に視線を移しこう言った。 「フフ。ごきげんよう、ユリル・ゲルくん」
https://w.atwiki.jp/pokemon-dreamworld/pages/33.html
433 :1/8 ◆8z/U87HgHc :2007/12/20(木) 18 40 08 ID ??? ……オレは今、土下座をしている。 大勢の視線の前で、オレは土下座をしている。 そしてそうやって土下座をしながらオレは、 言い訳じみた謝罪を、必死な口調と必死な形相でのたまっているのだ。 ……恥ずかしいっ。この上なく恥ずかしいっ!! 不安と共に込みあがってくる恥ずかしさ。歯を食いしばって耐えるだけで精一杯だ。 こんなの……オレのガラじゃねぇっ。 ガラじゃねぇっ、ガラじゃねぇっ。 全くガラじゃねぇが…… こうしなければ、あの幸せな日々は戻ってこない。 食べるものや寝るところに困る事も無く、常に温かい愛情をかけられ、 仲間もたくさんいる。何もかも満たされていた日々。 あの日々が、あの素晴らしい日々が、コウイチが、仲間達が…… プライドを捨てるだけで、返ってくるんだ。 安いものさ、それを考えればっ! だから……耐えろっ。明日のために今を耐えるんだっ! そして……伝えろっ、伝えるんだ。オレの感謝の気持ちをっ……オレの『本音』をっ!! オレはコウイチの顔を真っ直ぐ見据えながら、ありったけの感情を込め、叫んだ。 「コウイチっ! オレは……お前に感謝しているっ!!」 434 :2/8 ◆8z/U87HgHc :2007/12/20(木) 18 45 35 ID ??? 「感謝しているっ、この上なく感謝しているんだっ!! 何よりも、誰よりも……コウイチ、オレはお前たちに感謝しているんだっ!!」 遂に言ってしまった。今まで胸の内にしまい続けていたオレの全くの本音。 だが、こんなもんじゃあない。まだまだ、まだまだ……伝えたいこと、溜め込んでいることはたくさんある。 もうプライドなんて丸崩れなんだ。このまま突っ走れ、突っ走っちまえっ。 「嘘じゃあない、それはオレの全くの本音っ、今までずっと恥ずかしくて溜め込んでいたオレの本音だっ!! ありがとうっ、ありがとうっ、ありがとうっ、何度でも言えるぜ。何度でも言えるが…… そんな言葉なんかで何度言っても足りないくらいの感謝の気持ちがあるんだっ」 クサい言葉だ。恥ずかしいが、クサいくらいで丁度いい……っというか、最大限伝えようとすればどうしてもクサくなっちまう。 ……オレの目の前のコウイチの表情は、未だ疑惑に満ちている。まだオレの気持ちが伝わりきれてないのだ。 「お前と、お前たちといれる時間は、オレにとって一番幸せな時間だったんだ! 不幸せだとか居心地悪いだとか思ったことなんてただの一度もないっ!! いつもずっといつだって幸せで、居心地よくって……!!」 あぁ、本音ではあることに変わりないが、言ってる自分がこっぱずかしくなるくらい痛いっ。 でも、それでも、まだだ。まだまだ、だっ。コウイチの表情はまだ……疑惑に満ちている。 「だからお前を嫌ってるだとか、お前たちと別れたいなんてこれっぽっちも思ってないし思ったこともないっ!! それどころか、出来ることならずっと一緒にいたい……ずっとお前のポケモンでいたいっ……!!」 一向に変わらないコウイチの表情。 なぜだっ! 伝われ、伝わってくれっ! 「そうさ、出来ることならっ。出来ることならずっ、と……できっ……」 あっ……あれ……これは……? 435 :3/8 ◆8z/U87HgHc :2007/12/20(木) 18 50 52 ID ??? 「で、できることならっ……」 やべっ、何だコレ……目の奥から溢れる熱いもの…… これは涙かっ……!? ざけんな、一体何の涙を流しているんだよオレはっ……! 「コウイチ……オ、オレ゙は……」 喉がヒクついて言葉すらもまともにしゃべれない。息苦しい。頬を熱い液体が伝っていく。 マジかよっ、いい大人なオレが何で泣いてんだよっ……恥ずかしいっ、みっともないっ、だらしないっ、カッコわるいっ……!! そうさ、オレはいつも強がっているけど…… 本当は体も精神もひどく脆い。おそらく他のコウイチのポケモン達の誰よりも脆い。 ……だけど……だからといって……泣くかよっ……!? いくら恥ずかしいからって……なぜ泣くんだっ、オレ……! 涙や恥のせいか頭が真っ白になり、言葉が出てこない。 出てくるのはワケの分からない嗚咽ばかり。そんな嗚咽が出てくるたびに、恥ずかしさが増していく。 オレは我慢できず、再び頭を下げ顔を伏してしまった。 ……顔を伏しても、わけの分からない涙は溢れ続けて止まらない。 ふと、オレは気づく。 胸を締め付け、オレに涙を流させている感情は、恥ずかしさだけではなく、もう一つあることに。 そして、オレに涙を流させている一番の要因は、 『恥ずかしさ』の方ではなく、その『もう片方の感情』であることに。 この感情は……『不安』だっ 436 :4/8 ◆8z/U87HgHc :2007/12/20(木) 18 54 34 ID ??? ずっと溜め込んでいた正直な気持ちを言っても言っても、 コウイチの疑惑に満ちた表情は、凍ったように一向に変わらない。 これでは、意味がない。 プライドを捨て勇気を持って全てを伝えたところで、結局伝わらなければ何の意味もないのだ。 何も伝わらず、何も信じてもらえず、結局は全てが無下に終わってしまうかもしれないという不安。 醜態を晒した甲斐もなく、後悔と惨めな気持ちを胸に多量に残したまま、 この森で新しい生涯を送ることになるかもしれないという不安。 そんな不安の流れこそが、オレが涙を流してしまった一番の要因だったのだ。 オレが顔を伏してからも、不気味なくらいの静寂は森を包んだままだ。 鳥や虫がやかましくさえずっているだけで、ポケモンの声は一切聞こえない。 それが一層オレの不安を斯き立てる。 オレの胸中の不安の流れは徐々にその強さを増していき、 少しは抱いていた希望やら何やらも無差別に巻き込み塵に変え、やがては流れの一部としてしまう。 ”……ねぇ、森から出ろって言ったのは誰……? きみでしょ……? 今さら何のつもりかなぁ……また、ぼく達を虚仮にするつもり……?」” コウイチの疑惑に満ちた顔が、冷めた声が、目に耳に焼きついて離れない。 幸せだったあの頃と今とのギャップが、オレの心中の絶望を深めている。 437 :5/8 ◆8z/U87HgHc :2007/12/20(木) 19 00 28 ID ??? コウイチの胸に張り付いているオレへの疑惑は、 もはやどうやっても剥がすことのできない段階まで来ているのかもしれない。 だとしたら、今オレのやっていることは……むしろ疑惑を深めるばかりで…… まったくの無意味どころか、それ以下……以下の以下……完全な逆効果なのか……!? ……なら、これからどうする? 逆効果だってことを分かっていながらまだこうして土下座し続けるか? それとも、今すぐこの場から走って逃げ出そうか? もうプライドなんて関係ない所まで来ているのだから、逃げ出しちまおうか? いや、逃げ出したとしてどうする? それからどうする? 族長やキモリどもに合わす顔すら無くなっちまうじゃないか。それこそ、プライドも何もあったもんじゃあない。 いや、今の時点でもはやそうなんじゃあないか? 『土下座しながらスンスン泣きだしちまうだらしないヤロー』なんていうイメージを、もうみんな深く抱いてしまっているんじゃないのか? だとしたら、オレには以後もう満足な暮らしは待っていないって事じゃあないか? もう 終 わ っ て い る の か ? ……不安、不安、不安……不安だっ…… 死ぬっ、死ぬっ……このままじゃ、不安に押しつぶされてオレは……死ぬっ…… 助けろっ……誰かオレを助けろ……誰か、誰かっ…… ――助けてっ―― 「……おいでっ」 438 :6/8 ◆8z/U87HgHc :2007/12/20(木) 19 04 08 ID ??? 不意に、沈黙を破りオレの耳に声が入り込んできた。 ……透き通るような高い声。 「えっ……」 オレは耳を疑い、一瞬頭が真っ白になった。 今オレの耳に入ってきた声は、コウイチの声だ…… そしてそのコウイチの声が発した言葉は…… ……マジかよっ、マジかよっ、もし耳の錯覚じゃなかったとしたら……錯覚じゃなかったとしたらっ……!! いまオレを殺しかけている、脳裏の焼印…… コウイチの疑惑めいた表情。『信じることができない』といったような表情。 それは、今……? 今……!? オレは一度涙を拭った後、ガバリと頭を上げた。 脳裏に焼きついていたコウイチの表情と、今オレの目の前にあるコウイチの表情は食い違っていた。 『全く食い違っていた』。 オレの脳裏には、コウイチの疑惑めいた表情が焼きついていたが、今目の前にいるコウイチは…… 泣いている。うっすらとだが、涙を流している。 そしてその口元は、軽く笑みの形を作っているのだ。 体全体をざわっと、言葉では言いえぬ感覚が走った。 439 :7/8 ◆8z/U87HgHc :2007/12/20(木) 19 07 59 ID ??? 「信じて、いいんだよね……? 本当に、きみのこと信じていいんだよね……!? なら、ぼく信じるよ? 信じちゃう……だから、おいで。ジュカイン……」 コウイチは一度ずずっと鼻をすすり涙を拭った後、 腕を広げ、オレに向かって満面の笑顔を見せながら、こう言った。 「ぼくの元へ……戻っておいで、ジュカインっ!」 若干涙ぐんだ声でのコウイチのその言葉が、確かにオレの耳に響き渡る。 『戻っておいで』『ぼくの元へ戻っておいで』 その言葉は、今の今までオレの胸中に渦巻いていた靄……不安を、一瞬にして打ち払った。 そして…… 「おっ……」 とてつもなく熱い何かの感情の塊が、急激に腹から込み上げてきた。 感情の塊は全身を粟立たせながらオレの体を駆け上がっていき…… 「おおおおおおっ……!!」 搾り出すような唸り声となって口から発せられた。 唸り声を絞り出すごとに、充足感、高揚感、そういったものが胸の奥から沸き溢れてくる。 止まらない脳みその痺れ。止まらない唸り声……『歓喜』っ『歓喜』っ『歓喜』っ!! 戻れるっ。コウイチの元へ……戻れるっ戻れるっ戻れるっ!! あの幸せな日々が……満たされていた日々が……またっ!! オレはたまらず立ち上がり、コウイチへ歩み寄りながらその名を叫んだ。 「コウイチっ!!」 440 :8/8 ◆8z/U87HgHc :2007/12/20(木) 19 12 26 ID ??? 「ジュカイン!!」 コウイチは涙に塗れた声でオレの名を叫びながら、オレをひしと抱きしめた。 小さな腕がオレの背中に。小さな体がオレの体に。小さな頭がオレの肩に。 コウイチはオレの肩の上に涙を落としながら、謝るようにこう言った。 「ジュカイン……ごめんっ、ごめんね? 疑ってかかって……土下座なんてさせちゃって…… 本当にごめんっ。ぼく、ぼく、全然知らなくて……また虚仮にされてるのかなとか思って……」 「いいんだよ、謝らないでくれ……謝るべきはオレだっ、オレなんだァっ…… とにかく、よろしくなっ? これからも……これからも、ずっとっ……」 「もちろんっ、もちろんだよジュカインっ……みんなと、ずっとずっと……ねっ?」 コウイチは笑みが混じった声でそう言うと、オレを一層強くぎゅうっと抱きしめた。 オレの目から、温かい涙が壊れた蛇口か何かのようにとめどなく溢れ続ける。 コウイチの腕の中はとても暖かくて……体も心の内も落ち着く暖かさがあって…… 胸の奥から、湧き水のように緩やかに溢れてくる暖かさがあって…… ……あの時と同じだ。コウイチと初めて出会った日。オレの運命が一気に明るいものへと変わった日。オレが救われた日。 オレは救われたっ。救われたっ。コウイチによって、またも救われた…… これからのこと、考えるだけで心が躍る。安心感が胸を浸す…… オレもコウイチの首を抱き締め、一緒に涙を流し続けた。 つづく
https://w.atwiki.jp/pokemon-dreamworld/pages/32.html
417 :1/6 ◆8z/U87HgHc:2007/12/19(水) 18 34 03 ID ??? ―――― 「遅いなあ……」 思わず、ぼくはそう呟いてしまう。 フライゴンとジュカインがトイレへ行ってからもう『二十分以上』は経ってるっていうのに、二匹とも一向に戻ってこない。 いくら何でも普通に用を足すのに、ここまで時間がかかるわけがない。 ジュカインと話し込んでいるのだろうか? 喧嘩とかしてなけりゃいいけれど…… 「……しかし、本当に遅いな。わしらが見に行こうか、人間様?」 族長さんも待ちかねたのか、ぼくにそう提案する。 迷わずお願いしようとした、その瞬間。 「コウイチくん!!」 不意に、辺りにフライゴンの声が響き渡った。 ぼくは皆の視線と共に、声の響き渡った方向へ視線を走らせた。 そこには、フライゴンがいた。……フライゴン『だけ』が、いた。 「お……お待たせしてすいません……えへへっ」 フライゴンはすまなそうに照れ笑いを浮かべながら、ぽてぽてとこちらへ歩み寄ってくる。 ぼくはすかさず、いま芽生えたばかりの疑問をフライゴンへ投げかけた。 「ねぇ、フライゴン……ジュカインは……?」 「へっ、あー、ジュカインですか?」 フライゴンはその質問を聞くと、何故だかうろたえるように目を泳がせた。 「ジュ、ジュカインはですねー、まだトイレが長引くそうでしてっ! で、でも、すぐに戻ってきますよ。ええ、すぐに……すぐに戻ってきますともっ!」 目を泳がせたまま、妙に早口でそう答えるフライゴン。 ……何か隠しているのがバレバレだ。 たぶんジュカインと何かを話してきたんだろう。 そしてその中で、フライゴンがこんなそそっかしい態度を取ってしまうような『何か』があったんだ。 少なくとも、ぼくに聞かせたくないようなやり取り、あるいはそのような出来事があったことに間違いはない。 「……ふう」 少しの間だけあった小さな期待が、ため息となって零れ落ちた。 418 :2/6 ◆8z/U87HgHc:2007/12/19(水) 18 37 50 ID ??? 「ねぇ、コウイチくん……もちろん、待ちますよね? ジュカインが帰ってくるのを、待ちますよね?」 どことなく縋るような口調でそう言うフライゴン。 「……だから、言ってるじゃあないか」 ぼくの答えは、決まっている。『ジュカインにとっての最良の選択』は何かを、ぼくは理解している。 フライゴンの様子に少し躊躇うも、ぼくはそれを口に出した。 「今すぐ、森を出る……」 「なっ」 予想通り、フライゴンは顔を衝撃に歪ませる。そしてこれまた予想通り、慌てたように反論を始めた。 「き、聞いてくださいコウイチくん。もうコウイチくんも気づいてると思いますけど…… ジュカインは記憶が戻っていますっ! もうすっかり記憶を戻しているんですっ! 彼は今、ボク達の元に戻るかどうかを迷っていますっ! だから、待てばきっと……いやっ、必ずっ!」 フライゴンはぼくの腕にしがみ付き、泣きつくように大声でそう言う。 その言葉が族長さん達にも聞こえたのか、辺りのざわめきが途端に増えだした。 「ジュ、ジュカインの記憶が戻っているというのは……ほ、本当なのか?」 そう言って割り込んできたのは族長さんだ。その顔は、困惑の念に満ちている。 フライゴンは族長さんの方を振り向くと、すぐに答えを返した。 「ええ。実はさっきトイレに行った時に、ジュカインと色々話したんです。 そのときジュカイン本人が言ってました! 今朝記憶が戻ったと……!」 「なっ……」 族長さんの困惑に満ちた顔が、一瞬にして驚きに染まる。 言葉も出せないほどの驚きだったのかそのまましばらくは表情を固まらせたまま押し黙っていたが、 思い出したように顔をハッと上げると、ぼくに対してこう言い出した。 「よ、よかったではないか人間様、ジュカインの記憶が戻って! はっ、ははっ、これはめでたいっ!」 元気付けるように言葉を弾ませ、笑顔を見せる族長さん。 ……その様子が、今のぼくの心情とあまりにミスマッチすぎて……ぼくはすかさず、こう言っていた。 「……違うね」 419 :3/6 ◆8z/U87HgHc:2007/12/19(水) 18 45 15 ID ??? 「へ?」 ぼくのその一言に、フライゴンと族長さんは同時に疑問めいた表情を浮かべる。 二匹に向けて、続けてぼくはこう言った。 「『そもそも記憶喪失になんかなっていなかった』……そういう事だと思うんだけどね」 「えっ?」 ぼくの言ってることがよほど意外だったのか、呆けた声を上げ表情を固まらせるフライゴンと族長さん。 「えっ、えっ、えっ? 意味が分かりませんよ、コウイチくん。 ジュカインは、『今朝に記憶が戻って』……」 フライゴンは呆けた表情のまま、そんな事を言い出した。 ……あまりに間抜けな返答だ。そんな…… 「そんな『都合のいいこと』、有り得ると思うかい?」 「!」 ぼくだって一度はその可能性を考えたし、そうだったらどんなにいい事かとも思った。 だけども『一晩寝たら記憶が戻った』なんて、そんなバカに都合のいいことがそうそう有り得るわけがない。 これは現実。漫画やゲームや夢なんかじゃあないんだから。 「つ、都合も何も……でもジュカイン本人は、今朝記憶が戻ったって言ってて……」 ひどく自信のない口調でそう反論するフライゴン。 「……きみが嘘をついていないのなら……ボロを出した、つまり、ぼくの名前をうっかり出してしまったジュカインが、咄嗟についた嘘さ」 「嘘って……」 どんどんフライゴンの表情が曇り、力ないものへと変わっていく。 しかしふとハッと目を見開くと、言い訳じみた口調でこう反論しだした。 「じゃっ、じゃあっ! 記憶喪失になんかなってたとしたら、昨晩のジュカインの態度はアレ何だったんですか、 記憶があったなら、あんな暴言コウイチくんに吐けるわけないでしょう!?」 「あれが『素』だったんじゃあないか? ジュカインはぼくを……いや、『人間』を嫌っている。何としてでも別れたいと思っている。 ……何と言おうと何と思おうと……ジュカインがここにいないのが、何よりの証拠さ……」 「うっ……」 フライゴンは言葉を失い、泣きそうな目をしたまま俯いた。 …… 420 :4/6 ◆8z/U87HgHc:2007/12/19(水) 18 53 28 ID ??? そう、今までジュカインが、ぼくの元で一度だって懐いたそぶりを見せたことがあるか? ジュカインが、ぼくを好いているというそぶり、片鱗を、一度だって見せたことがあったか? ……こういった疑問は前にも持ったことがあるし、それについてオオカマド博士に相談したこともある。 そのときオオカマド博士は、『逆らわず命令を聞くのなら信頼している証拠よォん』と言っていた。 そして、それにぼくも納得していた。納得していたけれど…… どうだろう? そうだと言い切れるか? ジュカインは子供の頃に、『人間』に、ぼくと同じ『人間』に、虐待され捨てられた経験がある。 そんなジュカインが、人間を信頼するだろうか? 人間とずっと一緒にいたいと思うだろうか? ……分からない。分かるはずがないけれど、ただ一つ分かるのは…… 今この場に、ジュカインがいないということ。 フライゴンに説得されてもなお、ジュカインはこの場に来ていないということ。 もし都合よく今朝に記憶が戻ったとして、その上でぼくの元へ戻るのをためらっているのだとしたら、何をためらっているっていうんだ? 今朝に記憶が戻ったとして、そしてジュカインがぼくにちゃんと懐いているのだとしたら、 ためらう必要もなく、問答無用でぼくの元へ戻ってきてくれるはずじゃあないか。 それなのに、彼は戻ってこない。ぼくに向かって『じゃあな』と別れの挨拶すらもした。 これってどう? ……要するに、こういうことだよね。 ジュカインはぼくと一緒にいたくないという事。 つまりぼくを、人間を未だ嫌っているということ。 いや、そうでなくとも……少なくとも……最低限…… ぼくよりも、この森を優先したということ。 今までのジュカインとの思い出……色々あった。 本当にたくさん色々な事があって、そのどれもがぼくにとって幸せなことだった。 その中でぼくがずっと漠然と信じ続けていたもの。……それは全て、ただ一方的なものに過ぎなかったのだ。 ……『事実』が、それを証明している。 421 :5/6 ◆8z/U87HgHc:2007/12/19(水) 18 55 41 ID ??? 「族長さん……本当にありがとうございました……お世話になりました……」 未だ呆けた顔で突っ立っている族長さんへぼくはそう言い、一礼する。 「ほ、本当に、森を出るのか……本当に……?」 念を押すようにそう言う族長さん。ぼくは黙って頷き、フライゴンの方へ向き直った。 フライゴンは未だ俯き黙りこくっている。 ぼくは身を翻すと同時に、その手を取りぐいと引っ張った。 ……微かな抵抗。 「きっと来ますから……来て、ボク達の元へ戻ってくるから……だから、まだ待ちましょうよォ……」 か細く弱弱しい声。振り返ると、フライゴンは潤んだ目でぼくを見上げている。 ……心がじわじわと疼くように傷む。罪悪感が芽生えてくる。 だけど……考えを曲げるわけにはいかない。 ぼくはフライゴンの肩を掴み、目を真っ直ぐに見据える。 「これでいいんだっ」 「昨晩ぼくは、『ぼくのジュカイン』なんて何度も何度も言ったけれど……厳密に言えばそうじゃあない。 ぼくは……あくまで、ジュカインの保護者だっ。傷ついたジュカインを保護してきたってだけだ。 だから本来、ジュカインがぼくの元を離れ森へ帰るのは当然のことっ。当然の流れなんだっ。 一度人間に虐待され人間に捨てられたジュカインが、人間と一緒にいる事を望むはずがないし、幸せな気持ちになるはずがないっ」 「そんな……」 「ジュカインのためを思うのなら……待ってちゃあいけない。どんな形であれ、彼の中に心残りを残すような事をしちゃあいけない。 彼がぼくらに対してどう思っていたかが分かった以上、すぐ離れて消えるべきだ。そう、ジュカインのためを思うのなら……」 「ジュカインのためを思うなら……っ!」 423 :6/6 ◆8z/U87HgHc:2007/12/19(水) 19 00 20 ID ??? 「…………」 フライゴンは言葉を失い俯いた。 再び手を取り、引っ張る。 ……抵抗は、ない。 ぼくはそのまま身を翻し、フライゴンの手を引きながら歩き始めた。 その場にいる人数の多さとは反対に、森は全くの沈黙に包まれている。 沈黙の中をぼくは歩いてゆく。土を踏みしめる乾いた音がぼくの耳に生々しく入ってくる。 ……これでいいっ。これでいいんだっ…… 悲しいだけでなく、恥ずかしくて、悔しい。いくつもの感情がぼくの胸中にたくさんの波を作っていく。 波のうねりは徐々に増していく。荒れ狂う波は、ぼくの胸の内をしつこいぐらいに叩いている。 そして、どこから漏れ出たのか、いつのまにやら胸の内を抜け出た波が、ぼくの目から排出されていく。 ……っていうか、なんで……? ちょっと待ってよ、これって……本当のこと……? ……ようやく、掴めてきた。 今までまだしつこく払われないでいたほんのちょっぴりの頭の靄が、 漏れ出てきた水に綺麗さっぱり洗い流されてしまったのを感じる。 ……本当にもう……これで終わりなんだね…… さようなら、ジュカイン。 第二話 おわり 424 :7/9 ◆8z/U87HgHc:2007/12/19(水) 19 01 45 ID ??? 「待てぇっ!!」 「「!!」」 不意に森中に響き渡る声。……馴染み深い声質。 望み求めていたけど、もう聞くことはないと思っていた声。 確かに、聞こえた。その証拠に、今その場にいる全員が一斉に声の聞こえた方へと振り向いている。 皆より一テンポ遅れて、ぼくも振り向いた。 「ジュカイン……」 ジュカインが佇んでいた。 軽く肩を弾ませながら、真剣な眼差しでこちらを見つめている。 ジュカインが、帰ってきたんだ。 ……なぜ? 「ジュ、ジュカイン!!」 フライゴンは、安堵と共に怒りも混じったようなそんな声を上げ、ジュカインへと駆け寄っていく。 「何でこんな来るの遅いんだよっ、来ないかとか思っちゃったじゃないかぁっ! バカっ、バカバカっ……」 「……フライゴン、ちょっとだけ……待ってくれないか」 「え……?」 ジュカインは、目線をフライゴンからぼくに移した。 相変わらず真剣な眼差しのまま、ぼくを見つめている。……少しだけ、歯を食いしばっているような気がする。 『何の用?』とは言えない雰囲気だ。ジュカイン、一体何を…… ……その次の瞬間だった。 ジュカインは『ある動作』と共に、おそらくぼくへ向けて、こう叫んだ。 「ごめんっ!!」 425 :8/9 ◆8z/U87HgHc:2007/12/19(水) 19 04 17 ID ??? 軽いざわめきが森中を包んだ。 「えっ……」 まるで意外だけれど、ぼくが最も望んでいた言葉の中の一つを、ぼくへ向けてジュカインは叫んだ。 そして、それよりももっと意外だったのが、それと共にジュカインが取った動作だ。 あのプライドの高いジュカインが……ぼくへ向けて、『土下座』している。 「オレ……お前にたくさんひどいこと言った……たくさん傷つけた…… 本当に悪いことをした、謝っても、謝っても、謝りきれないくらいにだっ」 ジュカインは、まるで柄にもない謝罪の言葉をぼくにやたらと投げかけている。 「な、何をして……」 軽く頭が混乱していく。 目の前にいるのは、本当にジュカイン……? 何よりも先に浮かんでくる感情は、『疑惑』。『不安』。 当然さ、今までぼくは『このジュカイン』に散々虚仮にされてきたのだから。 もしや、これもジュカインがぼくを虚仮にするための…… 「コウイチっ!!」 「!」 不意にジュカインがぼくの名前を叫び、ぼくはハッとする。 ジュカインは未だ床に手と膝をつけながらも、顔を上げぼくを見つめていた。 目も、口も、震えている。まるで今にも泣き出しそうな表情をしているんだ。 「今さらこんなことして白々しいとか、思わないでくれ。 信じてくれっ、オレはっ……オレは、昨晩までは本当に記憶がなかったっ!! 今朝に記憶を取り戻したんだっ!! 信じてくれっ!!」 426 :9/9 ◆8z/U87HgHc:2007/12/19(水) 19 13 47 ID ??? 「都合のいい話と思うかもしれない。だからこそ信じてもらえそうになくて怖いんだが…… 本当に本当なんだっ! 昨日のオレの発言は、実質全部『オレ』の発言じゃあないんだっ!!」 声を震わせそう叫ぶジュカインの顔は、見て分かるほどに必死な形相だ。 言葉の一つ一つに熱がこもっている。……演技や嘘には、到底見えない。 だとしたら、『このジュカイン』の言っていることは……言っていることは、まさか…… ……でもっ。仮にそうだとすると、大きな疑問が沸いて出てきてしまう。その疑問を、ぼくは投げかけずにはいられなかった。 「ジュカイン……さっきさ、『じゃあな』って言ったよね…… 不思議だよね。今朝に記憶戻ったんだったら、きみ何であんなこと言ったのかなァ……?」 「!!」 ジュカインの言っている事が本当であってほしいからこそ、 安心に足る確証が欲しいからこそ、それを聞かないでいられなかった。 そしてぼくのその問いに、ジュカインは身を乗り出しすぐにこう答えた。 「あれは……オレが別れたいから言ったってわけじゃあないっ。まったくもって本音じゃないんだ。 あれは、お前を気遣ったつもりだったり、こうして謝るのが気恥ずかしかったり……単なる、気の迷いだったんだよォっ!」 「!」 ぼくは驚いた。……ジュカインの答えた内容にではなく、ジュカインが即答したということに対してだ。 一片の躊躇いも見せず、それどころか『早く誤解を解きたい』とばかりに必死な口調で、ジュカインは即答したんだ。 「そうだ、オレはお前と別れたいなんて思うことはある筈ない。なぜならオレは……」 「オレは……お前に……お前にっ! たくさん感謝しているからだっ!!」 「……!!」 思いがけない言葉。そしてそれを言ってのけたジュカインの顔には、虚偽の色は一片も感じられない。 まさか……本当に……本当に……? ぼくの胸を覆っている黒い何かが、徐々に溶けていく。 つづく
https://w.atwiki.jp/pokemon-dreamworld/pages/47.html
187 :1/6 ◆8z/U87HgHc :2008/03/11(火) 19 41 38 ID ??? マネネの屋敷は、中世の神殿を基調としたような奇を衒った外観もそうだが、 その内装においても、圧倒されそうなほどの絢爛な空気を漂わせていた。 例えばコウイチの住む邸宅は、見た目こそ大きかったものの 内装はそこまで豪華な装飾はあしらわれていなかったが、 このマネネの屋敷は自らの豊かさを証明するかのように、複雑な装飾を至る所に施している。 床を見れば真っ赤な絨毯が一面に敷かれ、天井を見上げれば無駄に煌びやかなシャンデリア。 壁には絵画などの芸術品が所狭しと貼り並べられているし、どこを見ても立派な物しかない。 このメインホールだけでも、まさに『豪華絢爛』を絵に描いたような内装なわけで、 大規模なダンスパーティーの一つでも軽々と開けそうなくらいだ。 「おいー、離せよォーー!! そろそろ離せってんだよォーー!!」 そして、今オレの手元で喚いているこのマネネは、 毎日この屋敷で朝を迎え、日常を過ごしているのだ。 それにしてはコイツは、立ち居振るまいも言動も下品な悪ガキそのものだ。 「……ずいぶんと豪華な家じゃあねえか、マネネお坊ちゃま? それにしては、そこに住んでいるガキは下品そのものなんだなあ」 思ったことを、そのまま口に出してそう言ってみる。 「るせーーなァーーー、そんなことよりも早く離せってんだ、このヤロー!」 しかしマネネは下品という言葉にもそれほど反応せず、相変わらず暴れ続けている。 奇異なことに、こいつは果てしなく自分勝手ながらも自尊心の方はそこまで無いようだ。 下品と言われて対して動じもしないなんて、マジシャンだとかいうこいつの親はどういう育て方してんだ? 「ったく……さっさとお前の親の顔が見てみたいぜ。オイお前、親はどこにいるんだ?」 「!」 オレがそう聞いてみると、マネネは急に黙りこくってしまった。 そしてふと俯き、数秒の沈黙のあと搾り出すようにしてこう答えた。 「……いねーよ」 「……!」 188 :2/6 ◆8z/U87HgHc :2008/03/11(火) 19 43 17 ID ??? ……なるほど、なるほど。 この態度といい、事情は大分垣間見えてきた。 まだ推測の域は出ていないが……もしこの推測が正しかったとすれば、 こいつがこんなひねくれている理由は、『そういうこと』になるだろう。 「……ほう。いねーってことは仕事でも行ってる途中ってことか?」 「……」 オレのその言葉に、マネネは無論黙りこくったままだ。 反応を待たないまま、俺は次の言葉を投げつける。 「なるほど、なァるほどね……テメーがそんな悪ガキになった理由ってのが見えてきたぜ? よーするに、親の躾が行き届いてないってことさ。つまり……『親のせい』」 「なんだと……?」 マネネはふと顔を上げると、今まで見せたことのない鋭い目つきでオレを睨みつけ始めた。 その睨む目線にオレは見下したような目線で返し、話を続ける。 「だってそォだろ? 普通、親がまともに躾してりゃあお前みてえなガキは出来ねェよ…… 大体、ロクに躾もできねーご身分なら子供作んなよって話だがな。カハハハッ」 「……テメェ……!!」 「まぁ、でも……例え躾がなかったとしても、普通はお前みたいな悪ガキはそうそう出来ないよな? クケケッ、そもそも遺伝子が悪かったってことかな? 子供が子供なら親も……ってとこだろーな?」 「……テメェッ!! それ以上口を開くんじゃあねえッ!!」 ついに声を荒げるマネネ。しかしオレはそれに聞く耳を持たず、こう言ってやった。 「まっ……こんな豪邸建ててご満悦してる時点で、お前の親の頭の悪さが伺えるがねェッ!? カハハハーッ!!」 「……テメェ……テメェ、テメェッ!!」 「!?」 マネネが怒号を上げた瞬間、突如鋭い頭痛が走った。 それと共に、視界の端で立派な観葉植物を生やした植木鉢が、微かに揺れ動いたのだ。 189 :3/6 ◆8z/U87HgHc :2008/03/11(火) 19 46 01 ID ??? 「オイラの……オイラのパパを悪く言うんじゃねえッ!!」 「!」 マネネの瞳が一瞬光ったと思うと、視界の端の植木鉢が まるで糸で吊り上げたかのようにひとりでに浮き上がる。 咄嗟に植木鉢の方へと振り向くと、植木鉢は突如激しく回転を始め、 そのままオレの方へと目掛けて飛び掛ってきたのだ。 「ハハハハーッ!! パパを悪く言った罰だ、脳ミソぶちまけちまえェーーーッ!!」 「……!!」 植木鉢は、マネネの叫び声に共鳴するかのように徐々に加速していく。 なるほど……キルリアさんらが、この坊やに強く言えないのも頷ける。 機嫌を損ねちまって、こうして固い物を頭目掛けて飛ばされたら困るもんな……! こいつは、こういう調子でこれまで大人たちの説教を無理やりに跳ね除けてきたのだろう。 つくづく救えないガキめ……こんな駄々が、オレに通じると思うなっ! 眼前に迫る植木鉢。その中心目掛けて、オレは手を突き出した。 乾いた音が強く鳴り響くと共に、手の平に軽く振動が走る。 「なっ……!」 そして同時に、マネネは驚愕したように目を見開いた。 当然だろう。植木鉢をオレの脳天にぶつけて嘲笑するつもりが、 軽々と、いとも容易く受け止められてしまったのだから。 一旦マネネから手を離し、両手で植木鉢を掴み植物の状態を見やる。 「……あ~~あ。カワイソーに」 手元の観葉植物は、見るからに今にも泣き出しそうだ。 のんびりと過ごしていた所を、突然激しく回転させられたのだもんな。 ……それに、もしオレの脳天に植木鉢が直撃していたとしたら、 この植物ちゃんは、根城を失い無残に地べたに転がっていたのかもしれないのだ。 ……いやはや。 190 :4/6 ◆8z/U87HgHc :2008/03/11(火) 19 48 47 ID ??? 「植物は大事にしましょう……こんな基本的なことも学ばなかったのか? だとしたらやっぱり、お前の親はダメ親だな……クケケケッ」 植木鉢を元の場所に戻してあげながら、俺はマネネへと嘲笑を投げかける。 「く……くそう、まだ言うかこの野郎……!」 目つき自体は変わらず鋭いままだが、口調は先程よりも格段に弱弱しくなっている。 オレはそのマネネの鋭い視線を真っ向から受け止めながら、こう言い放つ。 「ククッ。今までオレたちに犯罪レベルの悪戯をあんだけしといてサ、 『親のことは悪く言うな』なんて、なんとも都合いい話だよなァ……?」 「な……なんだとっ」 多少目つきの鋭さを緩めはじめるマネネへ、オレは畳み掛けるように言葉を続ける。 「容姿、能力、性格……子供は親のあらゆる箇所を引き継いで生まれる。 例外なく、子供は初めは親の分身さ。そう、それはどの世界でも常識。 子供がクソなら、親もクソだと思われる……当然の話じゃあないかい?」 「うっ……そ、それは……」 マネネはうろたえ、反論に詰まる。 どうやら、こんなガキでもこの程度の常識くらいは把握しているらしい。 「捻くれもんのガキは、親を擁護する権利なんて無いのさ。 分かるか? 捻くれるってのは、それほど『責任が重い』ことなんだ」 マネネは言葉を失い、悔しそうに歯を食いしばり始める。 「自分はおろか身内の者まで散々に罵倒されて当然…… お前、捻くれる際にそこんとこを十分覚悟してんのか? ええ、おい」 そう言って追い詰めながら、その赤っ鼻を指で軽く詰ってやると、 マネネは悔しさを押し殺すように低く唸り声を上げ始めた。 しかし、悔しさを我慢しきれないのかその唸り声は次第に大きくなっていく。 「……うう……うッ!!」 そして一際大きく唸ったと思うと、オレの手を跳ね除け、 こちらを強く睨み付けながら、強くこう言い放ったのだ。 「オイラには、パパもママもいないッ! ママは事故で死んだッ! パパはオイラの目の前で魔王軍に連れ去られたァッ!!」 193 :5/6 ◆8z/U87HgHc :2008/03/11(火) 19 51 19 ID ??? マネネの言い放った衝撃的な告白。 ヤツは幼いながらも、既に両親とも不幸な事故で失っていたのだ。 家柄がいいとはいえ、その歳を考えれば飛び切りに不幸な境遇だ。 ……しかし、マネネがそういう境遇でいるということは既にオレは想定済みでいた。 ……そして、それを告白された時の反応も、オレは既に脳内に構築済みでいる。 脳内に構築されているその言葉を、オレはそのままマネネへと言い放った。 「 そ れ で ? 」 「えっ……」 オレが冷たく言い放ったその言葉に、マネネは表情を固まらせる。 おそらくその辛い過去にオレが衝撃を受け、同情するとでも思い込んでいたのだろう。 考えが甘い。甘すぎる。オレはマネネを貫くように見据えながらこう言う。 「親がいないから何だって言うんだ……? 親はいないんだから、 ひねくれたのは親の責任じゃないとでも言いたいのか?」 「あ、いや……!」 「そ・れ・と・も……」 オレの発言にうろたえ始めるマネネへ、すかさず続けてこう言い放った。 「『オイラは不幸な過去を背負ってるのだから、ちっとは大目に見ろよ』と……言いたいとか?」 「うっ……!」 オレがそう言い放つと、マネネの表情が明らかに難色に染まる。 図星を突かれたかのような表情。いや、まさにそれそのものなのであろう。 「……クックック」 露わになったマネネの根底。その甘ったれた精神に、オレは思わず笑みを漏らしてしまう。 再びオレはマネネの鼻を指でつつき、ぐりぐりと詰ってやりながらこう言った。 「バーーーカがッ!! つくづく甘ったれのチビクソ坊やだぜッ!!」 194 :6/6 ◆8z/U87HgHc :2008/03/11(火) 19 56 28 ID ??? 「おまえ、辛い過去を経験してりゃぁ思いっきりひねくれてもいいと思ってんのか? 違うねっ、その逆だっ! 辛い過去を背負ってるからこそ、強く生きなきゃならないんだっ!」 そう叫ぶ俺の語調は、特に意識してもいないのに強いものとなる。 なぜだろう。このマネネ坊やが、まるで全くの他人のように思えない。 自分の身内のような……いいや、まるで自分自身の……ような。 辛い過去を経験しているのはこのオレも同じだからだろうか。 そしてコイツ程でないにしろ、オレも一時期捻くれというか、 周囲の者に素直になれない時期があったから……だろうか。 「ぐぐっ……屁理屈をォ……!」 マネネは歯を食いしばりながら、苦し紛れの如くその一言を捻り出す。 オレの言葉を認めたくないのだろう。そう簡単に腹を見せたくないのだろう。 ……不幸な過去とは、すなわち特別な境遇であることを意味する。 それならば自尊心がそれなりに育ってしまい、他者を受け付けなくなるのは当然のこと。 一時期のオレがそうだったのだ。この坊やの心理状況は手に取るように分かる。 オレはそれを感じると、より一層この坊やを更正させたくてたまらなくなった。 「……お前が親に誇りを持ってるってんなら、それこそ良い子になるべきだとは思うが…… ……カハハッ、まァいいさ。続きは奥で話そうか。ゆーっくりと、そしてじっくりと……な」 オレはマネネの鼻から指を離し、その手をぎゅっと握り締める。 「んなっ! 気安くオイラの手を掴むな、バカッ! は、離せったらァ!」 当然腕を振って抵抗を始めるマネネを無視し、強引に引っ張っていく。 オレ自身でも分かる。 今マネネを引っ張っているこの力、それは怒りや復讐心以上の何かだ。 オレは今コイツに、強烈に感情移入してしまっているんだ。 ……ハッキリ言ってほとんどオレのエゴだが、これがただのエゴに終わらないよう、 必ずやコイツを更正させてやる。オレのために、そしてコイツのために……
https://w.atwiki.jp/pokemon-dreamworld/pages/34.html
452 :1/11 ◆8z/U87HgHc :2007/12/22(土) 18 40 23 ID ??? 要約するとこうだ。 ジュカインは確かに記憶喪失だった。 だけど彼は、この一晩の間に無くなった記憶が戻ったんだ。 ジュカイン本人の話によれば、記憶が戻ったのはどうもあのヨルノズクの『夢食い』のおかげらしい。 ヨルノズクの使った夢食いが、いわゆる催眠療法……その代わりとなったということなんだろう。 そしてジュカインは記憶が戻ったことをぼくに打ち明けた。 更に、本当はぼくに……ぼく達に対して凄く『感謝』しているということも、同時に打ち明けたんだ。 今までジュカインはどこか無愛想で、ぼくに懐いてなんかいないんじゃあないかとも思っていたけれど、 実はその逆……全くの逆だった。本当は懐いていたけれど、ただそれを心の内に留めていたってだけだったんだ。 そして今、ジュカインはぼくの腕の中にいるっ! 昨日からついさっきまで、手を差し伸べても届かない場所に行ってしまった気がしていたけれど、 今はぼくの腕の中……そう、戻ってきたんだっ! ぼくのポケモン……ジュカインっ! 数時間前抱いてたのは悲観、数十分前抱いてたのは絶望、数分前抱いてたのは疑惑と不安…… そして今は一転急浮上っ! たった今ぼくが抱いているのはただ喜びっ、それだけさ!! うひゃーっ!! きゃーーっ、うーれしーーいっ!! うわーいっ、わーいっ!! やった、やったーァ!! きゃーーっ!! やったよフライゴーン!! お帰りジュカイーン!! きゃーーーっ!! 453 :2/11 ◆8z/U87HgHc :2007/12/22(土) 18 45 09 ID ??? 「わし、昔っからこういうドラマ的なの大好きなんだよねエェェッ!!!」 突然族長さんがそう叫び出したのは、既にぼくとジュカインがお互いの体から腕を離した頃だった。 「えっ?」 ぼくもジュカインも同時に疑問符を浮かべて、族長さんの方を振り向く。 族長さんはいつの間にやら目から涙をボロボロ零し、ただでさえしわくちゃの顔をぐしゃぐしゃに歪めていた。 「感 動 し ま し た 的なことが言いたいんだよねっ、わしはっ!! だって感動モノ的なの大好きだもん、わしっ!! ううっ、こんな間近でそんなドラマ的なの見せられちゃあ、泣かざるをえんべよ……!」 「は、はあ……」 「ケケケッ、なァーに言ってんだか」 ジュカインは笑みを交えながら、呆れた風なため息をついた。 ぼくは呆気に取られて言葉も出ない。……族長さん、キャラ壊れてますよー。 「……んっ」 ふと、ジュカインが何かに気づいたように小さく声を上げた。 その彼の視線の先にいるのは、族長さんと同じように涙ぐんでいるキモリ達だった。 「おいおい、お前らまで泣いてんのかよー!? どんだけ感化されてんだよ、何か冷めちまうぜー。カハハッ」 ジュカインが冗談ぽくそう言うと、大勢のキモリ達の中の一匹が それに対して首をぶんぶんと横に振って、こう言い出した。 「いや……オ、オレ達が泣いてるのはそれだけじゃなくて……」 「あーん?」 「ジュ……ジュカインさんがこの森を出て行くんだと思うと……オ……オレ寂しくて……だから……」 454 :3/11 ◆8z/U87HgHc :2007/12/22(土) 18 48 21 ID ??? 「!」 キモリが嗚咽交じりに紡いだその言葉に、ジュカインは表情を強張らせた。 ぼくもそのキモリの言葉に、軽く考えさせられる。 ……そういえばこのキモリ達、ジュカインに随分懐いていたそぶりを見せていたっけな。 キモリ達にとっては可愛そうなことだけれど、仕方ないよね…… 歓喜の中にふと芽生える突っかかり。このままじゃあ、後腐れというヤツになっちゃうかも…… ……とりあえずは、ジュカインがキモリ達に対してどんな言葉をかけるか、それが問題だ。 そして数秒の沈黙後、ジュカインがキモリ達に対して放った言葉はこうだった。 「言っておくが、これから後……たぶんオレはもうこの森に戻ってくることは無いと思うぜ」 「えっ」 ジュカインが冷たく放ったその言葉に、キモリ達は衝撃を受け一層泣きを強める。 ぼくもそのジュカインの冷たい物言いに、ちょっとした焦りを覚える。 ……ちょっとジュカイン、もうちょっとキモリ達に対してのフォローを入れてあげてもっ…… とぼくが言いかけた瞬間、ジュカインはこう付け加えた。 「だが、誤解しないでほしいのはこういう事……オレの中には、心残りは確かにあるっ。 お前達や森と別れる事になるのは、悲しい……そういった気持ちは、確かにあるっ」 455 :4/11 ◆8z/U87HgHc :2007/12/22(土) 18 52 40 ID ??? 「オレにとって、コウイチやフライゴンはお前らよりも大切な存在であることは確かだが…… それでもお前らが大切な存在であることには変わりないのも、また確かさ。お前らのことは忘れないよ」 今度はしっかりフォローし慰めるような柔らかい口調で、ジュカインはそう言った。 だけど、キモリ達の流す涙は逆にどんどんと多くなっていく。 「う、うう……ジュカインさァん……」 キモリ達は感極まったのか、わっと一斉にジュカインの元へ群がり始めた。 みんなジュカインとの別れを惜しむように、涙をぼろぼろと流して、わんわんと声を上げている。 しかし、ジュカインはどこか不満げな表情を浮かべながら、 仕方なさそうにため息をついて、泣いているキモリ達へ向けてこう言った。 「あ、あのなぁ……、泣いてくれるのは嬉しい。すげー嬉しいんだけどさぁ~~…… そんな泣かれっと心残りが増しちゃうわけよ。だから、オレとしては出来るなら笑顔で別れを惜しんで欲しいところなんだが……」 ジュカインのその言葉に、キモリ達は一斉にジュカインの顔を見上げだす。 「え、えがおォ……?」 「そっ、笑顔」 ジュカインがそう返した途端、キモリ達はみんな全く同時に涙をゴシゴシ拭って、 ジュカインへ向けてみんな全く同時に(若干無理したような)笑顔を作って見せた。 「えっ、笑顔でありますっ!!」 「イエッサー、笑顔でありますっ!」 「オレたち、笑顔でジュカインさんを迎えるでありますっ!」 顔は笑顔なのに、言葉は涙ぐんでいる。しかも何故か奇妙な喋り方。 「カハハッ……なんじゃそりゃ……」 ジュカインは緩やかにほほえみながら、そのキモリ達の頭を優しく撫で始める。 心なしかだけども、その目には微かに涙を滲ませているようだった。 456 :5/11 ◆8z/U87HgHc :2007/12/22(土) 18 56 25 ID ??? かくしてジュカインとキモリ達の別れの惜しみも済み、ぼくの心の突っかかりも綺麗さっぱりに消え去った。 後腐れはゼロっ。あとは、この森との別れを残すのみだ。 ぼくはたった一晩いただけだからいい思い出も特に無いけれど、いざ去るとなると少し感慨深いかな…… 何だか急に、この森の風景がとても美しく貴重なもののように見えてきた。 空気も何だか美味しく感じる。数十分前までは、空気の美味しさなんて分からなかったどころか息が詰まるようだったっていうのに。 鳥のさえずり一つ、虫の鳴き声一つとっても、何だかひどく貴重なもののように思えてくる。 ……ぼくに、やっと感動できるくらいの心の余裕が出来たって言うことなんだな…… そうやって感慨に耽っていると、不意に族長さんがぼくに声をかけた。 「……さて、人間様。この森を抜けたら、やはり大都会テレキシティへ行くのかな?」 「ほえっ、大都会、んっ、テ、テレキ?」 不意に話しかけられたことに戸惑い、かつ聞き覚えの無い言葉を口にされたことでぼくはひょっと間抜けな声を上げてしまった。 その反応にぼくが何も知らないことを察したのか、族長さんはすぐに説明を始めた。 「テレキシティとはエスパータイプのモンスターが住む大都会だ。 あなたがたがどこから来て、そしてどこへ行くのかはわしは知らんが…… 見たところ蓄えもないようだし、テレキシティに寄っておいてまず損は無いゾ」 「へ、へェ~……なるほどォ~……」 族長さんは見事に何事も無かったかのように淡々と説明するので、何だか逆に気恥ずかしい。別にいいけどさ。 「へェ~~、次の目的地は都会っ!? シティっ!? ってことは、やっとゴージャスな料理が食べられるってことですかねーっ!?」 話を聞いていたフライゴンは、やたらと上機嫌にしながらぼくにそう尋ねてきた。 「うん、たぶん食べられると思うよ。たくさん食べさてあげるからね、フライゴン。 ……ぼくたちのお金がちゃんとこっちでも使えるか不安だけど……」 「ぅわーいっ、ありがとうございまーすっ!! やったやったァーいっ!」 おいしい料理を食べられるのがよほど嬉しいのか、フライゴンはバンザイまでして喜びだした。 口の端からヨダレだって垂らしかけてる。……もうっ、カワイイいやしんぼさんめっ。 457 :6/11 ◆8z/U87HgHc :2007/12/22(土) 19 01 21 ID ??? 「なるほど、テレキシティに向かうわけだなっ?」 ジュカインもフライゴンと同じく話を聞いていたのか、そう言いながらぼく達の間に割り込んできた。 「実際に入ったことは無いけど、道のりなら知ってるからサ。 案内は任せなよ。オレについてけば自然とテレキシティにつくよ」 そう言うジュカインの口調は、どこかウキウキとしている。 「うん、よろしくねっ」 自然に漏れ出た笑顔と共に、ぼくはそう返事を返した。 ジュカインは若干照れくさそうな笑顔を浮かべながら、 「ああ」 と小さく言って頷いてみせた。 「よっしゃ、頼むぜーっ、ジュカイーン!」 フライゴンは、じゃれつくようにジュカインの肩を平手で叩いた。 「いででっ! フ、フライゴンおまえ力強いっ! もう少しは手加減しろアホッ!」 「えへへ、ご~めんなさァ~~い」 おどけた風な謝罪をするフライゴン。その表情には、笑顔が溢れている。 ジュカインはその笑顔を見ると、仕方なさそうな表情を浮かべ、笑みの混じった溜め息をついた。 「のう、ジュカインよ」 ふと族長さんがジュカインを呼び止めた。 「んっ?」 振り向くジュカイン。ぼくも振り向いて、族長さんを見つめた。 族長さんは隣の木に手を添えながら、何か含むような笑いを浮かべている。 「何だよ族長~。何の用だよ~っ」 軽く笑みを交えながらジュカインがそう言うと、族長さんは生き生きとした口調でこう叫んだ。 「せっかくだ、餞別をくれてやるゾっ!」 458 :7/11 ◆8z/U87HgHc :2007/12/22(土) 19 04 30 ID ??? 族長さんは叫び終わると、ふと木と向き合い、おもむろにその片足を隣の木に張り付けだした。 ……その族長さんの動作を見て、咄嗟に昨日の晩の記憶が脳裏に走る。 まさか……? そして次の瞬間、ぼくのその予想通りの展開が目の前で起こった。 「お?」 「おおーー!!? ぞ、族長様がァーーー!!?」 同時に、キモリ達の間から驚嘆の歓声が沸きあがった。 昨晩モリくんが見せた垂直走り……あれを、もうだいぶ老いているはずの族長さんが今まさに行いだしたんだ。 老体を全く思わせない機敏さで、木を垂直に走り出したんだ! 「そら、持っていけお三方!! テレキシティにつくまでの腹ごしらえくらいにはなるだろうっ!!」 族長さんはその言葉と共に、昨晩のモリくんと同じく枝から木の実をもぎ取ると、ぼくたち三人へ向かってひょいと投げつけた。 何とか受け取り、投げ渡された木の実を見つめる。昨晩食べたラムの実だった。 「あ、ありがとうございます、族長さんっ!」 慌ててお礼を言うと、ぼくの声を掻き消す勢いでフライゴンも歓声を上げだした。 「ってかすっごーーい族長さん、あなたもこんなこと出来たなんてェーっ! あとありがとうございますっ!! はぐはぐっむぐぅ~~」 嬉々として皮ごと木の実にむしゃぶりつき始めるフライゴン。まったくもう、カワイイいやしんぼさんめっ。 「カハッ、よくやりやがるぜ族長めっ」 ジュカインは愉快そうに笑いながら、冷静に皮を剥き始める。 ぼくもさっそく皮を剥いて、ラムの実を口に入れる。 そういえば、もの食べるのも久しぶりだな。昨日渡された実も結局食べないでフライゴンにあげちゃったし…… 口内に広がる甘みが、満足感となって胸に広がった。 459 :8/11 ◆8z/U87HgHc :2007/12/22(土) 19 07 35 ID ??? ジュカインはラムの実を一かじりした後、感慨深そうに森全体を見回しだした。 一通り見回し終えると、ジュカインはひょっと大きく息を吸い始め…… 次の瞬間、こう叫んだ。 「じゃあなお前らっ!! これからも健やかに過ごせよなァっ!!」 キモリ達や族長さんへ向けて、延いてはこの『生命の森』自体へ向けて。 森中に響き渡るような声で、ジュカインはそう叫んだんだ。 「おおっ!! またね、ジュカインさーん!!」 「さようならー!! スマイルでさようならーっ!!」 「そう、さよならっ!! あくまでスマイルでーっ!! 人間様とフライゴンくんも、じゃあねーっ!!」 「元気でなァ、ジュカイーンっ!! 人間様、竜さん、元気でなーー!!」 それを受けた森の住民達は、一匹一匹がこれまた森中に響き渡るような声で、一斉に別れの声を上げ出した。 「カハハッ……」 ジュカインは満足げな、また悲しげな調子も若干内包した笑い声を上げながら、くると身を翻し歩き出した。 「あ、ありがとうございました族長さんっ! さようならっ!」 「ありがとうございましたァー、じゃあーね族長さんとキモリくん達ー!!」 ぼく達も同じく別れの挨拶をし、ジュカインの後をついていくようにして歩き始める。 森の住民達の別れの声は、聞こえなくなるまで止むことなく続いていた。 460 :9/11 ◆8z/U87HgHc :2007/12/22(土) 19 11 30 ID ??? ―――― 木々が、ぼくらにほほえみを落としている。 微かに漏れる木漏れ日が、祝福するようにぼくらを照らし続けている。 そんな森の中を、今ぼく達は仲良く喋りあいながら歩いている。 「……で、オレのリーフブレードがあのヨルノズクをスパッと切り裂いたわけさっ! まさしくオレの完勝だったねっ!」 「ふ~ん、ぼくが眠っている間に色々頑張ってくれてたんだね~」 「カハハッ、ありゃコウイチに見せてやりたかったなー! 自分で言うのも何だが、あの時のオレはだいぶ調子よかったぜ!」 「ふふふ、さっすが~!」 はしゃぐように自らの戦果を語るジュカイン。今まであまり見たことのないどこか無邪気な態度に、自然と笑みが漏れる。 「クケケッ、いやぁフライゴンくんにも見せてやりたかったなァ~! オレが華麗にあのヨルノズクを倒す様をさっ!」 と、ジュカインはフライゴンへ向けてどこか嫌味な笑みを浮かべながらそう自慢しだした。 フライゴンは、その言葉にムッと来たようで。 「……む~っ、何だかムカつくなァその自慢げな喋り方っ! 何が華麗だ、本当は誇張してるんだろ~っ!?」 「してないしてない、100%事実だぜっ! どうした、悔しいかっ? ……ククッ、そういえばフライゴンは、昨晩あのヨルノズク達に大苦戦してたもんなァ~~」 「う、うるさいうるさーい! ったくもー、帰ってきたと思ったらその憎まれ口! ……ふふっ、数十分前わんわん号泣しながら土下座してたやつの台詞とは思えないねーっ」 「うげっ、そ、そそ、その話を出すなバカッ! ありゃあ半分黒歴史として扱ってくれよ!」 「あっ、ジュカイン顔真っ赤! どうした、恥ずかしいか~っ!? ふふふ、土下座男、土下座おとこーっ!」 「る、るせーっ! やるかこのメガネヤローっ!」 「よーし、受けて立つぞこの緑トカゲめーっ!」 お互い戦う構えを取るフライゴンとジュカイン。 場に一触即発の雰囲気が流れる……わけがない。 だって二匹とも、ずっと表情に笑顔を含ませたままなんだもの。 461 :10/11 ◆8z/U87HgHc :2007/12/22(土) 19 13 57 ID ??? 「と、ところでさ……コウイチ……」 「ん? なーに?」 ふとジュカインがぼくの服の裾を引っ張って呼び止めてくる。 柄にもなく、控えめな態度だ。 「……あの、図々しいかもしんないけどさ、あの赤いポフィン食べさせてくれないかな。 ほら、オレ昨晩あのポフィンあんな風にしちまったからよ……だから、なんつーか……」 俯き加減になりながら、若干話し辛そうに昨晩のことを話し出すジュカイン。 ……なァーるほど。昨晩あのポフィンを弾き飛ばして踏み潰した、その罪滅ぼしがしたいんだなジュカインは。 別に今さら罪滅ぼしなんかする必要ないのに、意外とキッチリしてるねジュカインのやつ。 「いいよっ。待っててね、いまあげるから……」 「あ、ああっ!」 顔を上げて嬉しそうな声を出すジュカインを横目に、ぼくはポフィンケースを取り出す。 そういえばポフィン余ってたっけ……? ガラスケースの中身を確認して……あっ 「ごっめーん。もう余ってないやポフィン」 「ええっ!?」 「なんちゃってね、ジョーダン! 一つだけだけど、余ってたよっ。あっはは」 「な、なんだよもォ~」 ほっと半笑いを浮かべるジュカインに向かって、ぼくは赤いポフィンをそっと差し出す。 ジュカインは笑みを沈めると、そのポフィンを手にとって、まっすぐかぶり付いた。 目を瞑って、ゆっくりとポフィンを味わうジュカイン。 ゴクリとポフィンを飲み込んだ音を確認すると同時に、ぼくはすかさず聞いてみた。 「ね、美味しかった?」 ぼくのその問いに、ジュカインは満面の笑みを浮かべせてこう答えた。 「……ああ。すっごく美味しかった!」 「ふふっ、そう」 釣られて漏れ出る笑み。 昨晩からは考えられなかったくらいの和やかな雰囲気が、ぼくらを包み込んだ。 462 :11/11 ◆8z/U87HgHc :2007/12/22(土) 19 20 59 ID ??? 「ねーねーコウイチくーん、ぼくの分のポフィンはありますかー? ねーねー」 こんどはフライゴンがぼくの服の裾を引っ張ってきた。その目は、期待でキラキラ輝いている。 そんなこと言われてもなァ……ポフィンもう余ってなかった気がするんだけど。 念のためもう一度ポフィンケースを確認。 ……やっぱ一つも入ってませーん。品切れガチャーン。 「フライゴン……もうポフィン一つも余ってないや……」 「えーっ! そ、そんなァ~~~」 キラキラ輝いていた目が一気に曇り、フライゴンはへにゃへにゃとへたりこんでしまった。 「ごめんねフライゴン……ぼくがたくさん作り溜めしてなかったばかりに……」 「い、いやっ! コウイチくんは謝らないでいいんですよ、食い意地張ったボクが悪いんですからっ!」 「カハハッ。まぁ、これでも食って落ち着けよフライゴン。栄養たっぷりだぜ」 そう言って、ジュカインは背中の黄色い実を取ってフライゴンに差し出した。 「そ れ は い ら な い 。 断じて」 「えーーっ!? もったいないよ、栄養たっぷりだぜっ、栄養たっぷり!」 「栄養たっぷりだろうが何だろうが、まずそうだからいらないっ!」 「いやぁダメだね、その姿勢! そーやって味で好き嫌いしてちゃあ、その不健康な緑色の体もずっとそのまんまだぜ?」 「体が緑色なのは元々なのっ! 大体お前も体緑色だろ~が!」 「オレの緑色は健康的な緑色でェ、お前の緑色は不健康な緑色。分かるかい、この違い?」 「嘘つくなバカっ!」 じゃれ合うような掛け合いをしている2匹を見つめながら、ぼくは心中でこう唱える。 ……残るは4匹だっ。 ラグラージ、バシャーモ、レディアン、ユキメノコ…… 待っていてねっ! 絶対そのうち迎えにいくからねっ! ……ああ、あとミキヒサもね。あははー。 第二話 本当におわり
https://w.atwiki.jp/789436/pages/94.html
どういう理由で。どういう経路をたどってこうなったのか。未だに俺は知らない。 実際にあったのか、そう問い詰められれば首を横に振ってしまうかもしれない。 でも俺には生まれつき不可思議な模様が右腕にある。 その印は血のように紅く、そして一寸の歪みも無く円い。 いくら忘れようとしても、この刻印が奥底に眠る記憶をよみがえらせる。 この世に生を受けたとき、俺は死神に出あった、その時の記憶。 ――期限は十五歳の誕生日まで。 それが俺たちの初めての会話だった。 * * * 「おーい、兄者。いつまで寝てる気だ?」 朝が来た時、いつも聞こえるのは弟者の声だ。 「う・・・ん……」 俺は寝返りを打つとかけ布団の中に身をうずめた。ほんのり明るかったまぶたの裏が暗くなる。しかし、一度冷めたからにはなかなか眠気は襲ってこないもので、やって来るのはめんどくささだけだ。世の中には朝が好きな奴らがいるそうだが、どうしてこんなにもめんどくさい時間帯が好きなのだろうか。『いい朝』など本当は無いような気がする。朝なんて、だるいし眠いしとにかくめんどくさい。 「・・・いい加減起きろよ。愛機のパソコンぶっ壊すぞ」 弟者の衝撃発言に俺は反射的に飛び起きた。自然に弟と目が合う。俺は思いっきり弟者を睨んだ。命にも等しいパソコンを壊そうだなんてとんでもない発想力を持つ弟を。 もちろんこれは冗談だ。そんなものとっくの当に分かっている。ただコイツのお遊びに乗っているだけ。 「あ、起きた」 「あって何だ、起きたって何だ。もっと普通に起こさんか、馬鹿者」 楽しげに笑みを浮かべる弟者に文句を言ってから俺は、ベッドのすぐそばにあるパソコンを立ち上げた。すぐさまに弟者が決まり文句を俺にぶつけてくる。“早朝からパソコンというのはどうかと思われ”と。俺は弟者の言葉をスルーするとぐちゃぐちゃになった敷布団を正し、パソコンに向かう。後ろでため息が聞こえた。 「兄者、俺下で朝飯くってるから早めに来いよ。なるべく冷めないうちにな」 しばらくすれば後ろでドアの閉まる音。その音が聞こえたとき俺は肩の力を抜いた。ふと、パソコンの画面に目をやるが完全に立ち上がるにはまだまだ時間がかかるらしい。これなら朝飯食っておいたほうが時間の無駄にならないかな。 「・・・しょうがない、食べるか」 しぶしぶ立ち上がり、伸びをする。ちゃんと朝飯を食べたのはもう何ヶ月前だろう? 今日は久しぶりに目が覚めている。どうしてだろう。てカレンダーに視線が行かないように、俺はさっさと下に下りる事にした。 下のリビングには弟者と妹者がいた。俺を見て妹者は喜び、弟者は箸を口にくわえながら驚きの視線をこちらに向けた。 「わっ! 大きい兄者なのじゃ! 今日は一緒に食べれるんじゃね!」 「そ、そんなに嬉しいのか」 飛びついてきた妹者の頭を数回撫で、椅子に座らせる。茶碗を覗けばまだ食べ始めたばかりらしかった。一方の弟者は半分ほど。 「珍しいな、兄者が朝飯を食べに来るなんて」 今日は槍が降ってくるんじゃないか、と弟者は付け加えると妹者にリモコンどこだを求めた。 「え、リモコンは・・・」 俺は弟者の頭を軽く指で突いてから妹者に冗談だよ、と説明する。まったく、俺をからかうのもほどほどにしろ。 台所に行き自分の分をご飯を用意する。俺の分の朝飯を抜いて炊かれたせいか、明らかに残りの量が少ない。めんどくさいので後で弟者にでも作ってもらおう。いや、弟者に任せると大変なことになってしまう・・・やはり俺がやるしかない。基本的に弟者の方が手先は器用で、細かい作業は得意分野だ。が、料理に関しては俺のほうが絶対的に上手い。弟者が料理を作ると、出来上がったものは必ずといっていいほど赤くなっている。この前なんて赤い味噌汁を作ってきた。弟者は必死に赤味噌を使ったと弁解していたが、あんなには赤くなるはずが無い。その前に、どうしたらそんなものが作れるのか問い詰めたいぐらいだったのだ。俺は無理やりそれを飲んだ後、激しい吐き気に襲われた。 リビングに戻るといつの間にか父者がのんびりと新聞を読みながら弟達と会話をしていた。俺のいない図とはまさにこのことを言うのだろう。 「……期限は十五の誕生日まで。それまでに・・・」 俺は思わず出かけた言葉を飲み込む。まるで自分に暗示をかけてでもいるかのように、飲み込んだ言葉がぐるぐると頭の中を回っている。朝起きたときから、ずっと。いや、生まれたときからずっとなのかもしれない。ぼんやりとしている時いつもこの声が聞こえた。恐怖は感じなかった。逆に安心したほどだ。――本当は怖くてどうしようも無い筈なのに。 「兄者? ずっとそこに突っ立って、なにやってんだ?」 ハッとして顔を上げれば弟者の姿がそこにあった。どうやらもう食べ終えてしまったらしい。ずっと、ということはあの囁きも聞こえてしまっただろうか。いやそれは無い筈だ。この声だけは聞こえるはずが無い。 「いや、別に・・・」 「ふーん・・・ならいいけど」 そして俺らはすれ違い、俺はゆっくりと席に着いた。そして頭の中で何度もリピートされる「声」を意識しつつもさっさと飯を平らげた。その間に、妹者は母者の元へ。父者は弟者の元へ向かい、気がつけば俺は独りだった。 ――昼、正午。 弟者と共用の勉強机でパソコンをいじりつつも、これから何をやろうか、そんなのんきな事を考えていた。朝食後にうがいを忘れたせいか口の中にはそっけないご飯の味が残っている。流石は弟者の作った飯だ。まあ、焦がさなかっただけマシか。今度は俺が飯作ってやろうかな、気がつけばそんな事まで考えていた。――いや無理だ。第一俺は誰かに起こしてもらわない限り朝は寝過ごしてしまうのだ。それに・・・。 突然パソコンが唸りだした。どうやら無意識のうちにブラクラを踏んでしまったらし い。ああ、癖って恐ろしい。 「強制終了、と……」 いつもは弟者にブラクラの処理を任せているが、今回は弟者が今家にいないというのもあって自分で片付けてみた。といっても強制終了だが。 そういえば弟者はどこに行ったのだろう。いつもはすぐ隣にいるのに――あ、出かけるとか言っていたな。確か数分前にこの部屋に来てそんな事を言っていたような気がする。“兄者も来いよ。久しぶりに家族全員で外出するんだから”と。でも俺はその誘いを断った。当たり前だろ、俺は俗に言う引きこもりというヤツなんだから。 俺はあえてパソコンを立ち上げずにしておいた。近くの本棚まで椅子を滑らせる。 改めて見るとほとんどが弟者の本で埋め尽くされていた。弟者とは部屋も共用のため、家具のほとんどが共用なのだ。あの勉強机のように。 「え~と……確かここら辺に・・・」 本一冊一冊を指でたどる。本棚とはあまり向き合わないせいか、なんとも不思議な気分になった。しばらく指で題名をたどっているとようやく目当てのものを見つけることができた。とても分厚く、それでもってずっしりと重いソレを抱き抱えると布団に腰を下ろした。長い間誰も触っていなかったせいか、だいぶほこりをかぶっている。俺はそれを息で軽く吹き飛ばす。表紙の中心には英語で「アルバム」と刻まれていた。 表紙をめくる。まず最初に目に入ってきたのは若い男女。きっと昔の母者と父者に違いない。このページにも、次のページにもまだ子供の姿は無かった。またページをめくる。 するとさっきの男女の他に小さな少女の姿が現れた。俺は即座にそれが自分の姉だと分かった。姿は違っても雰囲気は変わって無かったからだろう。そしてたまに姉と一緒に写っている男の子。これも従兄弟者だとすぐに分かった。 俺はさらにページをめくった。まためくり、めくる。 「あ」 ある姿が目に飛び込んだ時、思わず声が出た。やっと見つけた。俺と弟者の写真。俺たちは本来双子の兄弟だったのだ。だからか、俺の写る写真の全てに弟者が写っていた。俺は写真を眺めながら顔をしかめた。理由は簡単。俺がいる写真には死神が必ず写っていたからだ。 さらにめくってめくる。まだ俺が写っている。めくる。まだ俺たちの写真。めくるめくる。ここでやっと妹の写真が出てきた。でも俺たちはまだ写っていた。さらにめくり、めくる。まためくってめくってめくってめくって……。気がつけば写っているのは俺ではなく弟者だけになっていた。とたんに頭の声が止まった。でもその声はすぐにあることを囁いた。この声は俺に一刻も早く行動させようとしている。はやく・・・。 ――早く死神を殺めよ。殺せ。さもなくば。 「俺が死ぬ・・・だろう」 俺は頭の声に言うように囁いた。 死神との契約の印。俺が印を見ると印は小さくうずいた。 この印は俺以外の者には見ることはできない。片割れの弟者でもだ。 ドクン、と大きく印が苦痛とともに波打った。 「っ・・・」 俺は思わず印を抑える。 痛みは以前にも何度かあったがたいして気にはならなかった。少なくとも、印を抑えるほどは痛くなかった。痛みを抑える方法は正確には知らない。ただ何かの命を奪えば一時的に痛みが引くことが分かっていた。部屋を見渡すが肝心の生き物がいない。どうやらこの痛みは耐えるしかなかった。 この痛みを完全に消す方法は印に痛みを覚えたときから知っていた。アレを実行すれば印も消え、死神との契約も果たされるだろう。でも、俺にはそれを実行する勇気なんてこの体のどこにも存在しない。 俺はもう一度アルバムに手を伸ばし、表紙から何ページかめくった。 「……」 そして死神の写る写真を全て抜き取り――たとえ他に誰かが写っていても――細々に破いた。何も考えはしなかった。ただ本能に従って行動した。存分に引き裂いてからそれらをゴミ箱にぶち込んだ。溢れかえりそうになるそれらを上から押さえつけて圧縮し、こぼれ出ないように袋の口を縛った。 ほんの少しだけ、印の痛みが和らいだ。 TOP 中編TOP >>
https://w.atwiki.jp/koboh/pages/67.html
リュナン、リチャード、ティーエ、セネト、ホームズを軸についにリーベリアが動き始めた。そしてリーベリアの極東に位置するガルダでもユグドラルの皇女セーナが動き出そうとしていた。 フォースドラゴンとの戦い時にはセーナと共にした婚約者ライトであったが、それ以降は再びガルダ島の長老の家に篭もる日々を送っていた。だがライトの知らないうちにガルダ島は着々とその様相を変えようとしていた。 「長老、何か御用でも?」 長老の家に篭もっておよそ2週間後、ガルダ島の長老はライトを呼んでいた。 「実は最近、義勇軍の動きがあわただしいので何か心当たりがあるのか聞きたいのですが?」 「何をしているのですか?」 「古城付近の森林を伐採して、北山の裏に一際大きい建物を建てているそうです。そしてグランベル本国から出発した援軍がまもなく到着するらしいのです。」 セーナはお世話になっている代わりに自分達のしようとしていることをあらかじめ通達して、許可を求めてから行動に移っていたのでその行動のほとんどをガルダ島の長老は知っていたのである。島民を不安にさせないための処置とも言える。 「おそらく帝国へのけん制の効果が薄れてきたので一気に決戦に持ち込もうと思っているのでしょう。何しろここに来て以来、戦らしい戦はしていませんから。」 さすがに賢者セティの息子である。わずかの情報にも関わらず、そこまで判断できたのは素質のなすところであろう。セーナの勇躍でかすれがちだったライトもこのガルダの地で着実に成長していた。 「そろそろ私も古城に戻ろうかと思います。セーナも心配しているでしょうから。」 「その方がいいでしょう。ついでにこの魔道書も持っていって下さい。何かの役に立つかもしれません。」 そう言って長老は部屋の戸棚から一つの魔道書を取り出してライトに渡した。 「これは?」 「リーベリアでもめったに見つけられない光魔法ムーンライトです。」 「長老、お世話になったのに、こんな物まで・・・。本当にありがとうございます。」 ライトは長老に深深と頭を下げて、ユグドラル義勇軍の本陣がある北山の古城に戻っていった。 一方、ライトの言う通り、ゾーア帝国との決戦を挑もうとするセーナは自室にレンスターのキュアン2世とトラキアのフ王子ィリップを呼んでいた。 「キュアン王子、フィリップ王子、私たちはこれからゾーア帝国に決戦を挑もうと考えています。しかしそれよりも重大な問題がユグドラルで起ころうとしています。」 そう言われても二人にはユグドラルで何が起きようとしているのか想像できなかった。 「アグストリア解放戦の時、アレス王の軍門に下ったシャガール2世の嫡男シャガール3世がアンフォニーで反乱を起こして、我々の補給基地であるハイラインを狙っているそうです。そこでお二人には10万の軍勢を率いてハイラインに向かって欲しいのです。」 この言葉に即座に反応したのはトラキアの若大将フィリップであった。 「ちょっと待ってください。まだ不確かな情報だというのにユグドラル義勇軍のほぼ全軍を引き揚げさせるのですか?それだけでなく、セーナ皇女はグリューゲルだけでゾーアに挑むつもりですか?」 「いいえ、もうすぐ2万のエーデルリッターがここに到着する予定だわ。それに10万もの兵があれば、ゾーアも私たちと戦おうとしないでしょ?それだけじゃない。シャガールの反乱はすでにエルトも見破っている。不確かな情報ではないのよ。」 実はこの情報もエルトことエルトシャン2世から送られてきたのである。何かとライトとセーナに突っかかってくるエルトは二人との仲も良く、今回のユグドラル義勇軍出発のためにハイラインを提供するようにしたのも実は彼の善意であった。そしてこう言われれば、フィリップもエルトの義兄弟キュアンもセーナの指示には従わざるを得なくなる。 「わかりました。それでは明日までに準備を整えて、ハイラインに向かいます。」 キュアンのその答えを聞いて 「あ、それとシャガールとの戦いが終わってもガルダに戻ってこなくていいわ。久々にみんなを故郷に戻してあげて。リーベリアのことはもう私とライト、アレス王で十分だから。」 「それでは・・・・」 フィリップが反論しようとしたところ 「フィリップ王子、ユグドラルの不安は何もシャガール3世のことだけじゃない。トラキアに接するミレトスでも地下組織クロノスが動き始めていると聞いているし、いつ兄様が私を害そうとするかわからないしね。これらが動き始めれば、ユグドラルはまた戦火にさらされる。そんなときに私のために戦って、疲労したら彼らの思う壺になるわ。」 セーナの言葉にフィリップは半ば理解することはできなかったが、一方の切れ者キュアンは 「そういうことなら仕方ないですね。わかりました。」 「ありがとう、キュアン王子。リーフ様によろしくね。」 その後、何が何だかよくわからないフィリップとセーナの考えを理解したキュアン2世はまったく異なる足取りでセーナの部屋を退室した。それからまもなく、セーナ直属の精鋭グリューゲルの筆頭カインが入ってきた。 「皇女、まもなくエーデルリッターが北の港に到着します。会いにいきませんか?」 こちらもセーナ直属であるエーデルリッターはグリューゲルとは発足の仕方が異なる。というよりはグリューゲルの方が特例なのであろう。エーデルリッターの女隊長ミーシャはリーフの長女であり、キュアン2世の妹であったが、セリスにその才を認められてセーナに近づくこととなった。以降はシレジアのレイラと共にセーナの片腕として働いていた。余談だがグリューゲルの№0002アベルの妻でもある。 「う~ん。行きたいのは行きたいのだけど・・・。いろいろとやらなきゃいけないことがあるからアベルと一緒に迎えにいってくれない?」 「わかりました。しかしあまり無理はしないようにしてくださいよ。」 そういいながらカインはくすくすと笑いながら部屋を後にした。その直後、セーナはそのまま机にうなだれ、ぐっすりと眠ってしまった。おそらくカインもそれに気付いていたのだろう。 「セーナ、セーナ、起きろよ、セーナ。」 気がつくと窓から見える陽は水平線のかなたに沈もうとしていた。そして少し首を傾けるとそこには最愛の男の顔があった。 「ラッ、ライト!」 風のごとく現れたライトを前にしてさすがにセーナも驚きを隠せずに飛び起きた。 「そんなに驚くことはないだろう。」 「だって今日、戻ってくるとは思わなかったから。」 「さすがに僕の行動までは読めないみたいだね。」 それを聞いたセーナは顔を赤らめ、ライトの体を軽く叩いてこう言った。 「からかわないでよ!本当に心配したんだから。」 厳密にはフォースドラゴンとの戦いの時にあっていたが、あの時はフィードがいたから実際に二人きりになれたのは二週間振りである。セーナは夕陽に照らされて赤くなった部屋の中でライトに飛びついた。 翌日、セーナの指示どおりにユグドラル義勇軍の大半は最後の仕事、シャガールの反乱を鎮めるためにハイラインへと戻っていった。セーナを慕ってここまできた義勇兵たちにとって彼女と別れるのには多少抵抗があったらしいが、そのセーナからの命令に逆らうわけにもいかず皆、ハイラインへと向かった。残ったのは昨日到着したエーデルリッター2万に、グリューゲル6千、アグストリアのクロスマリーナとクロスナイツ1万のみで、精鋭のみとはいえどもその数は3分の1に減少した。残った将はセーナ、ライト、コープル、アレス、レイラ、そして後のセーナ十勇者、エーデルリッターのミーシャとなった。一方、怪盗?フィードはセーナの影武者リベカと共にゾーア地方(レダ王国極東地域)からリーヴェ方面に向かい始めていた。 これをゾーア帝国が見逃すはずもなく、名誉挽回とばかりにガルダ島に接するカナン王国の東岸にはガーゼルの暗黒騎士団を始め、親ガーゼルのカナン兵団、半ば強制的に連れてこさせられたカナン軍が集結し、決戦を挑もうとしていた。
https://w.atwiki.jp/koboh/pages/92.html
一騎のファルコンが地上すれすれで西に飛んでいた。しばらく飛んだファルコンの前に少し開けた土地が入ってきた。そしてその中央には美しい水を湧き出す泉があり、その傍らにはその水のように青く美しい髪の少女が待っていた。 「自ら来られなくともよいのに・・・」 そう小さくつぶやきながら、その人物がファルコンから降りてくるのをじっと見ていた。 降りてきたのもまた同じ人だった。ファルコンのパートナーも思わずこう漏らす。 「噂には聞いていたけど、こんなに似ておられるなんて・・・。」 違いといえば、持っているものが杖と剣の違いだけであろうか。そして今降りてきた少女が口を開ける。 「リベカ、お疲れ様。とりあえずソフィアでゆっくりと休んでいて、しばらくは私がやるから。」 その少女は今、はるか異国の地で驚異的な能力を発揮しているセーナ、その人だった。南リーヴェでの決戦が近いことを知り、密かにカナンから飛んできたのだった。そして対するのは彼女の影武者リベカ、リーベリアに早くから渡りゾーア帝国内のことを探りながらリーベリア大陸を南下し、ハルファ砂漠で偶然にもリュナン軍と遭遇してから行動を共にしていた。そのリベカが苦笑いしながら言う。 「主人が影武者の代わりをするなんて聞いたことなんてありませんよ。」 「いいの、いいの。私だってリュナンの戦ぶりを見てみたいもの。」 その言葉を聞いたリベカは少し口篭もるかのように 「そのことなのですが・・・、実はラゼリアを発たれてからのリュナン様の様子が少しおかしいようなのです。」 「おかしい?どのように?」 「何と言うか・・・とにかく幼くなったとでも言うんでしょうか。」 「?」 最初セーナはリベカの言うことがよくわからなかったが、リベカの話を聞くうちに少しずつ事情が読めてきた。そしてある結論にたどり着いた。 (彼女とケンカしちゃったのね。) 得心した顔になったセーナを見て、リベカは彼女に深々と一礼してリーネの乗るファルコンに乗って、今来た道を引き返していった。1人残ったセーナはリュナン軍の陣に向かって歩いていった。 そしてセーナがリュナン軍の陣に入る頃、決戦前の軍議が始まった。リーヴェ王宮を守るように配置されたカナン軍の守りは非常に厚く、すこし前バルト要塞の戦いのように攻めるに攻めづらい様相を表していた。敵将はエルンスト、バルトで散ったバルバロッサと共にカナンの軍事を司る勇者である。 この重厚な防衛網に対して、リュナンは自軍を三つに分けた。主軍は比較的手薄な南リーヴェ平原の西部を回ってリーヴェ王宮に、サーシャとラフィン率いるリュナン空軍は中央の高台にある砦を落としてからリーヴェ王宮に、そしてヴェガ・パピヨン・リシュエル率いるリュナン軍の最精鋭軍はウッドシューターで溢れる東部を突破してリーヴェ王宮に向かうこととなった。作戦立案はリュナン自身だった。だがこの作戦には重大な弱点があった。それを指摘したのはリベカ扮するセーナだった。実はまだリベカがセーナに変わったことにはほとんどの者が気付いていない。唯一気付いているのはパピヨンと、魔力に敏感なリシュエルとメリエルであるが、2人はセーナのことを知らないので「リベカではない」という結論でとどまっていた。そしてセーナが芝居をしながら言う。 「リュナン様、大方はこれでいいかと思いますが、中央の高台にはジュリアス王子直属の竜騎士団が詰められていると聞いています。ならばラフィン殿はともかく、ペガサスで構成されているウエルト天馬騎士団には辛いと思いますが・・。」 ここでいつものリュナンなら彼女の意を入れて中央の部隊を増強させるはずだった。 「大丈夫だ。ドラゴンナイトは戦闘能力こそペガサスナイトより高いが、小回りには優れていない。そこを突けばこちらに勝機は訪れてくるさ。」 どちらかと言えば楽観的意見と思える。しかし主将がそう言った以上、決まってしまうこととなる。 (リベカの言った通りだった。これは「薬」を使わないと・・。) 心の中でそう感じたセーナは軍議後、懐に入れていた書状を取り出して密使に託した。 翌日いよいよ決戦の火蓋が切られた。最初に激突したのは当初の予定とは異なって、ヴェガ、パピヨン、リシュエルの率いるリュナン軍の最精鋭部隊だった。というのも裏でセーナがサーシャとラフィンに正体を明かして、事情を話して出陣を遅らせたからである。といってもそう長くはできない。セーナの仕掛けた「薬」が効くまではまだ時間がかかるためであった。そのために一番槍を手に入れたヴェガとパピヨンはウッドシューターで溢れる平野を縦横無尽に暴れていた。ヴェガは愛剣シュラムを、パピヨンはラゼリアでヴェガから貰い受けた魔剣ルクードを手に、必殺の剣を次々と繰り出していく。そして後方からはリシュエルの放つ聖なる炎サンフレイムも襲い掛かり、早くも大勢は決まろうとしていた。 そしてこちらは平原の西部を圧倒的兵力で突き進むリュナン軍本隊。もちろんエルンストもそれなりの兵力を置いていたが、ナロンとロファール率いるリュナン軍の先鋒によってズタズタに寸断されていた。しかし当のリュナンは不機嫌だった。中央のサーシャ、ラフィン隊が動かないことで中央に配されたドラゴンナイトによって本隊後方にいる支援部隊を急襲される恐れが出てきたためである。 「どうしてサーシャとラフィンは動かないんだ。」 傍らでリュナンとは違う思いで中央部を見ていたセーナは北西の空にフッと上がった合図を見届けると、安堵の表情となった。そしてすぐさま緊張した面持ちに転換してリュナンに提言した。 「私が行ってきて、お二方に出陣を促すように言ってきましょうか?」 それを聞いたリュナンは藁にもすがる気持ちでセーナに言った。 「ああ、お願いするよ。誰か付けようか?」 「いえ、私1人で十分ですよ。」 ここでセーナはあるミスを犯した。リュナンの手前ではまだリベカを演じている。シスターのリベカが1人で行くなど、たとえリュナンといえども怪しむはずである。しかしリュナンは 「それじゃ、すぐに頼むよ。」 と何も気にせずに言った。内心ホッとしながらセーナは足早に本隊を抜け出して、サーシャとラフィンがいる中央部隊へと向かって行った。途中、彼女の姿を見つけたカナンの竜騎士が接近してきて攻撃してきたが、もちろんセーナの敵でなくあっと言う間に片付いた。そしてサーシャとラフィンに作戦の実行を告げた。 そして「薬」も密かに動き始めていた。 再び舞台は東部戦線に戻る。相変わらず前線で猛攻を与えるヴェガとパピヨンがいた。 「なぜルクードを俺にくれた。」 パピヨンがヴェガに問う。 「お前があんな剣を振っていても俺には勝てないだろう。」 その言葉を聞いてパピヨンが少しムッとして、怒気も込めてカナン兵を1人斬る。 「何を言う。俺は前の剣でも十分お前に勝てる!」 「だがあの剣で一度、お前は私に敗れたではないか。」 そして今度は声が低くなった。 「あの頃は・・腕が未熟だっただけだ。だが今は。」 「まだまだだな。」 少し笑いを込めながらヴェガがパピヨンの言葉を遮る。するとパピヨンの顔がみるみる紅潮してきた。そしてまたカナン兵を一刀両断する。 「だがルクードもいい持ち主を得て、嬉しそうだな。」 ふとヴェガはつぶやく。彼からはあまり想像できない言葉だった。もともと寡黙で有名なヴェガも剣にかけては誰にも負けない情熱があるのだろう。そしてその情熱から来た言葉なのかもしれない。しかしこの言葉はヴェガより前線に出て戦っていたパピヨンの耳に届くことはなかった。気がつくと、彼らの目の前には雄大にそびえるリーヴェ王宮が見えていた。 快調なのはこちらも同じであった。サーシャ・ラフィン隊が動くのを確認して、後顧の憂いをたった本軍も行軍を再開した。2つあったカナン軍の砦をすぐに陥落させ、こちら側からもリーヴェの王宮が見えるようになった。ここでリュナンは本隊をさらに2つに分け、リュナンと騎馬部隊を北から回りこもうとさせた。これには戻ってきたセーナも承諾し、リュナンから残留部隊の指揮を任されることとなった。ただ騎馬部隊とリュナン率いる直属部隊の進軍の速度差は否めなく、気がつくとリュナン隊はポツリと取り残されていた。戦時中には考えられない事態とも言えるが、逆にこれが新たな出会いを生むことになる。平原北部の森林を進むリュナン隊は休憩を取ることとなり仮陣を立てた。リュナンもまた息抜きのためにオイゲンや付き添いの兵士を連れて、ブラリと散歩に出ていた。幼い頃のリュナンはしばしばこの森に来てはよくはしゃいではオイゲンたちを困らせていたこともあった。すると懐かしがっているリュナンに一陣の風が吹いた。そして少女の叫びが森に響いた。 「見つけたわ、リュナン。バル爺の仇!」 ふと茂みから飛び出してきたのはまだ年端もいかぬ少女であったが、身に付けているものからは高貴な身分であることが推測された。思わぬ奇襲に完全に立ち遅れたオイゲンたちだったが、リュナンは殊のほか冷静だった。その少女の攻撃を身を翻しながらかわし、すぐさまレイピアで剣をなぎ払った。だがなおも少女は剣を取り直して、またリュナンに襲い掛かろうとするも、もはや少女の周りには落ち着きを取り戻した兵士によって取り囲まれていた。 「待て!君は兵士ではないだろう。」 またオイゲンは少女の持っている剣を見て、思わず叫んだ。 「その剣はカナン王家に伝わるホーリーソード!」 「ということは君はバルカ王子の一人娘、エストファーネだね。」 もはや襲撃をあきらめたエストファーネは剣を捨てて、言い放った。 「そうよ。あなたはバル爺を殺して、ジュリアス叔父様やお父様まで殺そうとしている。だからそうなる前に私があなたを殺そうとしたのよ。」 サーシャより少し若そうな少女の放った言葉に思わず息が詰まったが、リュナンはこう言い放った。 「今は戦争だ。今を生き抜くためには仕方のないことだ。」 そしてオイゲンがこう提言した。 「リュナン様、ここは彼女を人質にしてみてはどうでしょうか?」 人質という言葉があまり好きではなかったリュナンであったが、やはりあの日からリュナンの心は変化をしていた。 「人質か・・・。構わない。オイゲンに任せるよ。」 その言葉に逆にオイゲンが驚く。それを見てリュナンが言葉を足す。 「勝つためには仕方がないことだよ。彼女はリベカのところに送っておいてくれ。」 そして一兵士に連れられながらエストファーネはリュナンに向かって叫んだ。 「やっぱりそうするのね。・・・あなたなんて死ねばいいのよ!ケダモノ!!」 その言葉がリュナンの心に深く突き刺さる。そしてつぶやく。 「ケダモノ・・か・・。」 戦況は次第にリュナン軍優勢へと傾いていく。勝つためには非情な手段も仕方がない。リュナンのそういう幼い心が開かれようとしている。今、その心を再び閉じ込めるべくセーナの策略が南リーヴェを覆うとしている。