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「ゆ、唯先輩……、ですよね?」 「お! あずにゃん」 私は自分の目を疑った。目の前に見なれた人がいると思ったが、明らかな違和感がある。 「ねぇ、どう? この髪型」 そう。今、唯先輩の髪がロングになっている。 「二年生の時から切らなかったらこうなっちゃったんだよ~」 「そうでしたっけ!?」 昨日までショートだった気がするんだけど……。 でも、そんなことが気にならないくらい目の前のインパクトが強かった。 肩ぐらいまでに伸びたふわふわの癖っ毛。それをうれしそうに振り乱す唯先輩。 「で、どう? 似合ってる?」 「あ……、はい?」 「あずにゃん、上の空だぁ。もしかして見とれてた?」 「ち、違いますよ!」 何だろう。何だこの破壊力は! そんな上目づかいで振り向かないでください! 「あ・ず・にゃん……!」 「はぁ……っ!」 ゆっくりと目を細めながら私を抱く唯先輩。 いつもの突発的で、元気な抱きつきとは違って、何だか…… ─色っぽい……。─ 「あずにゃんも髪下ろしなよ」 頬に手を添えられ、私を見つめながら言う。 瞳の中の私は顔が真っ赤だ。 ぼーっとしていると、唯先輩の手が私の髪を解き始めた。 「あっ……」 するりと髪が広がる。それを愛おしく見つめる唯先輩。 「綺麗だね……。梓……」 「あ、あず……」 そんな真剣な顔で名前を呟くなんて卑怯です……! いつもと雰囲気が違っていて、魅力三倍増しです……! 「うふふ……」 「ゆ、唯先輩こそ……、綺麗ですよ……」 「ありがとう……」 髪が風に揺れて、ゆるやかに広がる。 幻想的な光景に見とれていると、唯先輩の顔が近くなる。 「ゆ、唯先ぱ……」 「梓……、綺麗だよ……」 そして、私達の距離は…… 「唯先輩!」 ……ゼロになった。 というかいなくなった。 「……あれ?」 いつもの見なれた自室。そして、今自分のいる場所はなぜかふかふかだ。 状況を理解するのに数十秒かかった。 も、もしかして…… 「あ、あはは……」 自分の妄想力がこんなに恨めしいと思ったことは無い。 「そうだよね。唯先輩が急にロングになるなんてありえないよね」 昨日まであんなに短かったんだし。 そんな盛大な夢落ちをかましてしまった私が、放課後部室に行くと……。 「あ、あずにゃん来た!」 「え……?」 そこには、髪が長い唯先輩がいた。 「そ、そんな……」 「ねぇ、どう? 似合うぅ?」 ありえない。昨日までショートだったのに! ってこれは夢!? 夢と同じ!? でも、それは夢でも何でもなかった。 「あ・ず・にゃん!」 「はうぅ……」 だ、だめ……っ! そんな声で言わないで……! 「ねぇ、どう?」 上目づかいで、ふわふわの髪が私の目の前で揺れる。 あぁ……、色っぽいよぉ……。 「あ、あずにゃんどうしたの!?」 思いっきり呆けてしまって、崩れた私を慌てて唯先輩が私を抱きとめる。 「あ、あはは……」 「大丈夫? あずにゃん」 そういうと、唯先輩の長い髪が、するりと落ちた。 「へ?」 落ちた? というか、無くなった。 「ごめんね、急にあんなのかぶってびっくりしたんだよね?」 目の前にいる唯先輩は、いつものショートだ。 「あれ……?」 唯先輩の手には、先ほどの長い髪。 これから察するに…… 「かつら……?」 「ようやく正気にもどったね」 そういって、にこっと笑う唯先輩。 「物置の中から見つけてさ、ちょっとかぶってみたんだけど……」 そうだよね……。髪の毛が急に伸びるはずないよね。 「もう、大丈夫です」 「そう? よかった」 あぁ……、本当に危なかった。 「あの、唯先輩」 「なぁに?」 「あのかつら、あまりかぶらないでください」 「えぇ~!? すごく似合っていると思ったんだけどなぁ……」 「だめっていったらだめなんです!」 「ぶ~!」 少し不機嫌な唯先輩。でも、我慢してください。 じゃないと…… ─私、我慢できなくなっちゃう……─ END かわいい。髪形のお話って好きです -- (名無しさん) 2010-11-04 15 37 30 上に同じく、好きです -- (4ℓの噴水(赤)) 2010-11-04 22 13 52 同じく好きです -- (名無しさん) 2011-12-25 08 16 26 同じく好きです -- (名無し) 2012-08-29 15 57 01 なんて破壊力!? -- (あずにゃんラブ) 2013-01-12 07 50 25 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
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最後のストロークを決め、満足度100%の余韻に浸る。 仕上げは上々、特に今のはいい感じだった。これならライブで、他の先輩に劣らない演奏を見せられそう。 ふんすっと得意げに胸を張って、これじゃ唯先輩だなと少々の脱力感を感じ、それならとそのまま体の緊張を解きほぐしてリラックスモードへと移行する。 まあちょっと頑張れたし、少し休憩にしようかな。 そう思い、肩からむったんを下ろすとソファーに立てかけ、折角だからお茶でも入れようと食器棚のほうへと振り返った。 「……」 「……」 そこには両手をぴんと斜め30度上に上げ、直立不動の唯先輩が異様な存在感をかもしつつ佇んでいた。 うん、今かなりびびった。心臓がバクバク言ってる。 どちらかといえば木と言うよりは案山子という感じもするけど、だけど見事というべきかな。唯先輩がそこにいたということを失念してしまうくらい、気配がなかったからね。 「えっと……」 お茶でもどうですかと声をかけようと思ったけど、唯先輩の顔はあまりに真剣で、邪魔になってしまうのではと憚られてしまう。そういえば、じっとする練習をしろって言いつけられてたんだっけ。 そんなの適当に立ってればいいんじゃ、と思わなくもないんだけど。どうせ木役、それもGなんてわざわざ注視する人なんて殆どいないだろうに。 ……まあ、少なくとも二人はいると思うけどね。 だけど、唯先輩は本当に真剣な表情。ピシッと手を伸ばして、ぴくりとも動かない。それは、近づいてみれば呼吸分の僅かな動作はしているんだろうけど、この距離からはまったくそれを感じさせない。 木というより案山子じゃない、なんて茶化すような感想を浮かべてしまったことを少しだけ申し訳なくなってしまうほど。 まあ、唯先輩だからこれくらいは当たり前かな。普段だらーっとしてるくせに、これって決めたらこの人は本当に真剣な顔を見せてくれるから。うっかり惚れちゃう位にね。 でも、さ。少しくらい気を抜いくれてもいいかなーなんて思ったりもする。 真剣モードじゃない唯先輩だったら、あずにゃーんととろけたような顔で何かしょうもない理由をつけて抱きついてきたりしただろうから。 そうなれば、私は少しはこうして寂しい思いをしなくてもすんだかもしれないのに。 はあ、また私らしくないこと考えてるよ。唯先輩が真剣なのはいいことだし、できればそれをギターの練習に向けてくれるとなお嬉しいけど、今くらいはね。 それなら私も負けないように、私なりに万全の練習をしておこうっと。 さあ、むったん、また行くよー! 「あずにゃ~ん……」 そんな私の耳に響く、唯先輩の甘くてとろけるような声。 「はいなんですか唯先輩どうしました何か困ったことでもありましたか」 瞬間、再び担ぎ上げようとしたギターを即座に下ろし、一足飛びに唯先輩の下へと駆け寄った私がそこにいた。 どれだけ私唯先輩のアクションに飢えてたのよ、と脳内セルフ突込みが入るけど今更そんなことを浮かべたところで自分の行動をなかったことにできるはずがない。 「あずにゃん……?」 唯先輩にほんの一瞬だけどちょっとだけ引かれた。すぐほわっとした笑顔に戻ってくれたから、まだ致命的じゃないけど。 本当に何やってんだろ自分。マジ凹む。 まあこうなったら仕方がない。凹んでいるのももったいないし、どうせなら数十分ぶりの唯先輩との会話を楽しもう。 顔を上げて目を合わせた唯先輩は、ポーズは先ほどのまま。だけど表情の質を変えて、笑っているのか困っているのかその中間のようなあいまいな微笑を私に向けている。 唯先輩にしては珍しい表情。 なんだろう、と思う。まあ、先ほどの声色は私に何か頼みごとがあるときのものだから、きっと何か困ったことが起きたんだろうけど。 「それで、どうしたんですか?」 「えっとね、あずにゃんにお願いがあるんだけど」 「はい」 しかし、この状況で私が唯先輩にしてあげられることってなんだろう。出来ることはかなり限られるけど。 あ、のどが渇いたからお茶を飲まして、とかかな。 自分で飲んでくださいよ、とか反射的に返してしまいそうだけど、きっと唯先輩のことだから木の練習中だから動けないよぉ、なんて理由をつけたりして来そうだ。 まあ、それなら木はお茶なんて飲んだりしませんからね。と返すのもありかな。そして言いくるめられてしょんぼりとした唯先輩に、仕方ないですねと折れてあげるの。 うん、そのときの唯先輩のいい笑顔いただき!よし、これで行こう自分。 「えっとね、今木の練習中で動けないから」 唯先輩の切り出しは予想通り。さすが私、年期の差はあるけど憂に唯先輩研究家としてライバル宣言をされたことだけはあるよ。 任せてください、ムギ先輩に負けないくらいのおいしい紅茶を入れてあげますからね。 さあおいで、と手を広げんばかりに次の台詞を待つ私に、唯先輩はふにっといつもの柔らかな笑顔を浮かべると、軽やかな声で続けた。 「お尻にパンツが食い込んで気持ち悪いから、ちょっとずらしてくれないかなって」 「予想外すぎますっ!」 「あだっ!」 反射的に突っ込んでしまった。咄嗟だったから、遠慮なしの脳天チョップ。唯先輩はかなり痛そうにしてて、だけどそれでも木のポーズを崩していないのはさすがというべきか。 いや、でもね。さすがに無理ないよね、これ。いきなりそんなこと言われたら、誰だって突っ込みいれるよ。 いやごめん、一人除外だ。憂なら嬉々として即座にスカートに手を突っ込みそうだ。そうだ、私の親友は私が考えるよりも遥か深遠にいるんだった。 まあ、落ち着こう。ひょっとしたら聞き間違いの可能性がある。 いや、そっちの可能性をまず考えるべきだった。いくら唯先輩でもさすがにそんな突拍子もないお願いはしてこないよね。 きっとパン食いたいからお口に突っ込んでほしいなとか、そういう台詞を聞き間違えちゃったんだよ。 それならロングパンを突っ込んであげるといいかな。唯先輩手が使えないから、仕方なくハムハムとしゃぶるように食べていくの。息がしにくいから、頬とかうっすらと赤くなっちゃったりして。 でも私の手が構わずにくいくいとパンを押し付けてくるから、一生懸命その棒状のものを頬張って、少しずつ頑張って飲み込んで。だけど追いつかなくて、口の端から唾液とかたらしたりして。 あずにゃん、おっきすぎるよぅ……と咥えたまま上目遣いで私を見上げてきたりしてもうああもう唯先輩かわいすぎにゃんにゃんしたいニャー! ――ってね、うん、私、混乱しすぎだから。落ち着け落ち着け。 深呼吸、深呼吸、よし、落ち着いた。冷静な私、カムバックOK。 私にチョップを入れられたまま放置されてむくれ顔の唯先輩は、相変わらずやたら可愛いくてまたヒートしちゃいそうだけど、それはいつものことだから。 では、気を取り直して。 「えっと、なんでしたっけ?」 「だから、パンツが食い込んでむずむずするから、直してほしいなって」 何で二回も言わせるの、といわんばかりのむくれ顔を更にむくれさせる唯先輩。 さすがに多少はそういうこともひょっとしたらあるかな、と思いはしたので即突っ込みは回避できたけど。 うん、二回もそんな突拍子もないお願いされた私の身にもなってほしいです。 いや、勿論唯先輩のパンツの中に手を突っ込みたいという衝動は往々にして存在して、時々敗北しかけるほどの激戦を繰り広げるいわばライバルといっていいほどの存在ではあるんだけど。 むしろ負けちゃえ、的な。 いやでも、こんな私にでも世間体を気にする心とか、そういうのちょっと普段の私のキャラじゃないなとか、そういう多少のプライド的なものはあるわけなんです。 それをあっさり粉々に打ち砕こうとしないでください。なんですかその公認パンツ脱がしても大丈夫だよ的発言は――ごめん暴走、脱がせとは言ってないですね。 「そ、そんなの自分でやってください!」 見よ、この模範的返答。私頑張った、欲望に打ち勝った!ほめてください唯先輩!ご褒美に頑張ったあずにゃんには私のパンツの中見せてあげるね、位言われてもいい頑張りようだよね、これ。 全く、私の理性の限界点も少しは考えてほしいものですよ、もう。 「ダメだよぅ。今特訓中だから、動けないもん……」 あああ、ええ、予想していた反応ですよ。だけどその腰と太ももをもじもじさせながら、少し頬を染めた表情とか反則にも程がありますよ。わざとですか。 「し、仕方ないですね……今回だけの特別ですよ」 よわっ!私よわっ!いや、むしろ今まで耐えてきた自分をほめるべきだよね、これは。 「えへへ。ありがとう、あずにゃん♪」 今から自分のパンツに手を突っ込もうとしている後輩を前に、そんな素敵なエンジェリックスマイルを浮かべないでください。 「それじゃ、行きますよ……」 すでに唯先輩の背後に回ってスタンバイ万全だった私は、そっと唯先輩のスカートに手をかける。 ああ、今まで鉄壁のガード性能を誇り、何度も私の悔し涙すら跳ね返してきたこの憎むべき、そして愛すべき布地をこの手でめくり上げられる日が来るなんて。 思わず感涙してしまいそう。でもまだはやいよね。メインデッシュはここからなんだから。 じゃあ、行きますよ?唯先輩…… 「じゅ……っ!」 「じゅ?」 「な、なんでもないです!」 危ない。危うく、純白のフリル付レース仕上げ……だと……これは誘ってくるんですよね襲っていいってことですよね行きますよ!と覆いかぶさるところだった、マジ危険。 何でこんな勝負下着じみたものを学校にはいてくるんですか!そ、それとも普段から全部こんな……?唯先輩は子供下着愛好者だと思ってたのに。 うん、でもそのギャップも堪りません。 ああ、これは認定試験か何かですね、わかります。大丈夫、私はあずにゃんという名の淑女ですから、全身ペロペロ位はお手の物です。 じゃない、それこそ変態だ!ペロペロ禁止!至って正しい姿な気もするけど、色々引き換えにしちゃうから。 頑張れ、落ち着け私。ここは学校で、そして音楽室。放課後の部活時間で、まだ校内にお邪魔虫という名前の人はたくさんいるんだ。 二人きり唯先輩のお部屋とかだと間違いなく耐え切れなかったけど、これならまだ頑張れる。 今まで私が培ってきた中野梓、頑張れ。 「あずにゃん、はやくしてぇ……もうがまんできないよぅ」 あぁ……うん。もう頑張らなくても……いいよね……? いやいやいや、もうわざとやってますよねこの人は!落ち着け中野梓、これは罠だ。非常に甘美ではあるけど、罠だ。その中こそがこの世の極楽に違いないけど、罠だ。 ふふふ、甘いですよ唯先輩。この程度でこの中野梓を篭絡できるとでも! たかだか取れたての白桃すら裸足で逃げ出しそうな瑞々しい唯先輩のお尻に食い込む神秘の布地に指を突っ込むだけじゃないですか。 そのフレーズだけで脳みそ溶けそうですけどね。だけど負けませんよ! そう、これは勝負だ。唯先輩と中野梓の一騎打ち!勝負事となれば、簡単に負けてやるわけにはいかないです! ヤッテヤルデス、ですよ!あの亜種のように、このツインテが手足のように動くのなら今すぐに触手プレイにチャレンジだけどね!気分的に! よし、テンションおかしい! このままいってやるです! 「ひゃん……っ!あ、あずにゃん、そこはちがうよぅ」 「すみません勢いあまりましたごめんなさい」 危なかった。あまりの唯先輩の極上の肉の感触思わずわれを忘れてシークレットゾーンまで指を伸ばすところだった。 ええ、敗北宣言です。まあ、わかってましたけどね。 どうせならそのまま突っ走ればよかった。ぎりぎりのところで我に返った自分殴り殺したい。 仕方ないからお尻ふにふにで我慢しておいてあげます。 「にゃっ……ふ……ぅ、も、もういいよ、あずにゃぁん」 「そうですか」 さよなら唯先輩の生お尻。自分の理性が憎い。そんなに頑張らなくていいのに、とさっきと間逆の台詞をはいてみる。 何この手を離した後の喪失感。レッツプレイこの指はね唯先輩のお尻に触れるためにあったの♪って歌っちゃいそうですよ。壊滅的に字数あってないけど。 でも、仕方ないよね。唯先輩がもういいよって言ったんだから。無理やりはダメ。私が唯先輩に抱いているのはあくまで愛で、欲望じゃない!……きっと。 「ありがとう、すっきりしたよ!」 「はあ、もう変なお願いしないでくださいね」 そんな思わせぶりなこと言われても、別の意味ですっきりさせてあげなかったなんて思いませんからね。ばっちり事後まで脳内妄想済みですが。 いつもの私スタイルで、あきれたスマイルを浮かべてきっちり対応。さすが私。さすが中野梓。あずにゃんの名は伊達じゃないです。 さあ、平静を取り戻したところで、早速練習に戻らないとね。むったんもお待ちかねだし。放置してごめんね。 これ以上何かしようものなら、レッドゾーン振り切るどころじゃなくなるからね。 「……えっと、もう一個変なお願いしていいかな」 「ウエルカムです唯先輩」 なのになんでまたそんなことを言い出すんですか唯先輩。思わず本音が口から漏れちゃったじゃないですか。 「へ?」 「空耳です忘れてください。コホン。はあ、もう。今度はなんですか」 まあ仕方ない、流れ的にまたエッチなお願いが来るに違いないと期待しちゃうのは無理ないしね。 さあ今度はどこですかどこでも好きなところをいってくださいいくらでもペロペロしてあげますよ。 ――うん、少しは落ち着こう、私。 「えっとね、今度はブラが食い込んでて」 「さすがです唯先輩ひゃっほー」 さすがは唯先輩!いろんな意味で期待を裏切りませんね!脳内の全私喝采! 「へ?」 「今のは間違いです。またですか、もうそういうのは自分でやってくださいよ……」 といいつつ自然と唯先輩の背後にすすっと回りこむ自分の周到さが憎いです。後は伝家の宝刀、今回だけですよをつぶやけば準備万端。 「あ、ダメだよあずにゃん、前からお願い~」 「へ?」 「シャツの下から手を突っ込まれると、引っ張られてバランス崩しちゃいそうだもん」 「あ、えと、なるほど。だけど……」 「前からシャツのボタン外してやれば、大丈夫だと思うんだ」 「そ、それは確かに……ですね」 なるほど、つまり先輩は。向き合った状態で私にブレザーとシャツのボタンを外して胸をはだけさせて、そのままシャツの中に手を突っ込んで手を回してブラの位置を調整しろっていってるんですね。 はい、よくわかりましたよ唯先輩。それじゃベッドに行きましょうか?朝までたっぷり可愛がってあげます。ああ、でもここは音楽室ですからベッドないですね。じゃあ、保健室にでも―― いや、じゃあ保健室にでも、じゃないから、私。本当に今のはやばかったよ。自然に唯先輩の腰に手を回してエスコートしようとしてたし。 当の唯先輩はふえ?なんて顔して、腰じゃなくて胸のほうだよ~なんてあっけらかんと言ってくれてるし。 そうですよね、今のテーマは唯先輩の胸ですよね。ブラですよね。それに隠されたたわわな果実的な何かですよね。 もう押し倒してペロペロしちゃってもいいですか。 そんな風にしながら私の思考はそろそろレッドゾーン。ああ、もうこれくらいかな。 キュッとした唇をかんで、ぎゅっと手を強く握り締めて、その鈍い痛みで無理やりに頭をクールダウンさせる。 ――妄想もこれくらいにしておかないとね。じゃないと、ダメだから。 「あずにゃーん?」 動きを止めた私に、怪訝そうに問いかける無邪気な唯先輩の顔が目に入る。くるんとしたまん丸で大きな瞳に惜しげもなく私を映して、こちらを覗き込んでる。 だらしなくてごろごろが大好きで、だけど誰よりギターが大好きでここぞって時にはすごい姿を見せてくれる唯先輩。 そう、なんだかんだ言いつつも――こっそり尊敬もしてたりする、私の大好きな唯先輩。 唯先輩はいつも楽しそうに笑ってて、きらきら輝いてて、きっと本人は気付いてないんだろうけど、それを私はいつも眩しく思ってる。そしてそれはきっと、私だけの想いじゃない。 それは確かに、私が唯先輩にその手の欲情を抱いてしまっているのは確かだけど……だけど、だからといってそんなので唯先輩を汚すわけには行かないじゃない。 だけど、このまま進んだらきっと私はそうなっちゃう。 だって仕方ない。私は本当は今にも唯先輩を犯して、暴いて、その体の隅々まで私を刻み込んで、他の誰のものでもない私だけのものにしてしまいたいって、そう思ってるんだから。 そう思ってしまうくらいに、自分でも自分がおかしくなってしまってるんじゃないかって思うくらいに、唯先輩のことを好きになってしまってるんだから。 だけど、だからこそこの想いは表に出しちゃいけない。 だって、私は。こんなどうしようもない邪念を抱いてしまっている私は、それでも、唯先輩の後輩なんだから。 唯先輩にとって初めての後輩で。いつもいつもその温かな笑顔で可愛がられている後輩で。ぎゅーっとされるとへにゃって力が抜けて甘えちゃう後輩。 自分で言うのもなんだけど、すごく愛されていると思う。だから、私は、それを裏切ったらダメだと思うんだ。 私が唯先輩のことを好きだと思うのなら、その好きだと思う分だけ、自分の思いを抑え込んで表に出さないようにしないといけない。 そうしていつものあずにゃんですよ、という顔をして先輩の前で笑って見せるんだ。 そうだよ、それが先輩にとっての私なんだから。先輩が好きでいてくれる私なんだから。だから、これ以上はもう調子に乗っちゃダメ。 ちゃんと断って、ギターの練習に戻ろう。そして部活が終わったら、また一緒の帰り道、少し寄り道して一緒にアイスを食べに行こう。 そして、いつもみたいにばいばいってお別れしよう。 この悶々としたものは、またいつものように寝る前の自家発電で発散すればいいしね。うーん、今日はあの写真を使おうかな。 さあ、それじゃ唯先輩に断りを入れて―― 「もう、焦らさないでよぅ……」 「はい、今すぐボタン外しますね」 といいつつなんでブレザーのボタンに手をかけてるかな私。 だって、だって。唯先輩がもじもじとしながら胸を揺らすのが悪いんですよ。そんな仕草されたら思考なんて全部すっ飛んじゃうじゃないですか。 可愛すぎます。 せっかくクールダウンしたのが全部無駄になっちゃったじゃないですか。 はあ、でもそのおかげで限界値は遠くに行ったみたいだし、もう少し位はいいかな。 さあさあ、今すぐその窮屈そうなところから開放してあげますね、唯先輩のたわわな果実さんたち……って私、なんか言動が変態ぽい。 でも、本当に窮屈そう。そういえば、この間の喫茶店でのバイトのとき、胸がきついって言ってたっけ。 ひょっとして、あれからまた育ったのかな。なんかブレザーのボタンもかなり硬いし。 「んひゃぅ……あずにゃあん、手つきがやらしいよぅ」 「そんなかわ……ボタン外しているだけですから変なこと言わないでください」 そんな可愛い声上げてると、犯しちゃいますよ。うん、危ない。本音と台詞がひっくり返るところだった。 さっきから何度かやってる気がするけど、さすがにこの台詞はやばいね。セーフセーフ。 唯先輩が可愛すぎるから、ついボタン外しながら敏感ポイント探索なんてやってたみたい。 全く、あわてることないのにね。そういうのは全部脱がしてからにしたほうが確実なのに。 ってぇ、また煩悩に流されそうになってるよ。そういうのダメだからね。あくまで妄想の範囲内でね。 とりあえずボタンは外したから、ブレザーの前を広げてシャツの襟元へと手を伸ばす。 超結びのネクタイをするりと外して、シャツのボタンへと手をかける。 そう、無心だよ私。煩悩退散煩悩退散。唯先輩の信頼を裏切っちゃいけない。 「えへへ、あずにゃん。優しくしてね?」 本当は犯されたいんじゃないの、この先輩は? ダメダメ、いつもの悪ふざけ。期待禁止。妄想も禁止。私はただシャツのボタンを外すだけの機械。私は機械になりたい。 ぷちぷちととにかくボタンを外し、くいっとシャツの前を広げる。 「谷間いやっほぅ!」 「へ?」 「あ……いや、えっと。そう、グランドキャニオンの壮大な風景を思い出しまして、つい」 「あ、そうなんだ……すごいもんね、グランドキャニオン」 本当にすごいのは先輩の胸の谷間ですけどね。まさにグランドキャニオン。大自然の生み出した荘厳で雄大な光景に勝るとも劣らない絶景です。 おもわずいやっほぅなんて言ってしまいましたよこんなの私じゃない!とちょっと前の私なら言ってた気がします。 まあ、そんな私もきっとこのブラにパンパンに詰め込まれたおっぱ……たわわな何かを目の前にしたら、あっさり改宗してしまうと思うけど。 うん、これは素晴らし過ぎる。 もうむしゃぶりついてもいいですか?ええ、ダメですよね。はあ。 「というか、先輩。これ相当きつくないです?」 とりあえず理性的な私が何とかひねり出してきた話題を口にしてみる。 口にしてみると、実際そのとおりだと思う。胸を最適な形に支えてる、じゃなくてこれじゃ詰め込んでるだよ。 というかいったいどれだけ育ったの唯先輩。さすが唯先輩。よくやった唯先輩。 「うん……なんかもう全然サイズ合わなくなっちゃって……お気に入りだからね、頑張ってつけてたけど」 「ダメですよ、ちゃんとサイズ合ったものをつけないと。体にもよくないです」 「そうだね……うん、あずにゃんがそう言うなら、そうするよ」 私がそう言うなら、か。こういうところでさらっと殺し文句をはくのが唯先輩ですよね。 でも今のはナイスタイミングでした。おかげで少し気が紛れましたから。 「ほらもう、このあたりかなり食い込んでますよ。ちょっと緩めますから」 「ありがとう、あずにゃん」 シャツを肌蹴てするりと脇の下から背中へと手を回す。 手のひらと腕に触れる唯先輩の柔らかな肌や、乗り出した分だけ鼻先に近づいた胸とか、服越しでない分いつもより濃厚な唯先輩のにおいとか。 私の理性ゲージをあっさり0にしてしまうだろうそれを前に、私はきゅっと唇をかむこともなく、耐えてみせる。 そう、今の私を支配するのは欲じゃなくて愛なんだよ。 一瞬前の唯先輩の無垢な笑顔が私にそれを与えてくれたんだ。 欲を超える勇気という名の愛をね! うん、今の私かっこいい。唯先輩も惚れ直すこと間違いなし。 さあ、このまま頑張って、颯爽とホックを一段緩めて紳士的に身を離して、涼やかに笑って見せるの。 そうすればきっと唯先輩も私に夢中になっちゃって、もう我慢できないの、抱いて?なんて言って来るに違いないよねふふふたっぷり可愛がってあげますよ唯先輩にゃあ! 「それじゃ、一度外しますね」 「うん。あ、でも気を付けてね?」 ホックに手をかけた私に、唯先輩はそんなことを言う。唯先輩の言うことならそれは何でも聞いちゃいますけど、でも、何に気をつければいいんだろう。 「へ?何でですか?」 「うかつに外すとね、それ……」 小さく首をかしげながら作業を継続した私は、その言葉の先をそれ以上聞くことはできなかった。 ほんの瞬きの間に、たゆんと言う音と何か柔らかくて暖かいものが顔にぶつかってくる感触とともに、私の視界は真っ暗になってしまったから。 えっと、何これ。何この柔らかくて気持ちのいい物体。何でそれが私の顔を包み込んでるんだろう。 まあ、顔を離して距離を置いて見てみればすぐわかるんだろうけど。何故だろう、どうしてか一ミクロンたりともこれから離れたくないという命令が脳から発せられてる。 仕方ないから、寸前の記憶をコマ送りで再生。 確か、ブラのフックに手をかけてそれを外した瞬間、ぷちんという軽い音とともに唯先輩の神々しい胸を包むブラが、まるで引き絞られたゴムを離したような勢いでポンッと真上に弾け飛んで。 うん、それは仕方ない。あれだけのものをあのサイズに詰め込んでたんだから。当然といえばそうなんだけど。 そして、ぽんとはじけ飛んだそのあとには、何も隠すもののなくなった唯先輩の二つのふくらみ。 さすが私、あの一瞬でこんなに鮮明に再生できるほど脳裏に焼き付けていただなんて。うん、ほめてあげる一瞬前の私。 ああ、そうだ。それで支えるもののなくなったたわわなそれは、ちょうどそこに鼻先を近づけてこっそりスンスンやっていた私の顔にたゆんって落ちてきたんだ。 そうだ、つまりこの、私の顔を激しくも優しく包み込むこれはつまり――。 でも結論を出す前に、ちょっと確認しないとね。はむっと。 「ひうっ……」 あ、唯先輩の声。やっぱりこれは唯先輩のなんだ。そっかあ…唯先輩の胸に私は今顔をうずめてる状態なんだね。 しっとりと熱くて、柔らかくて優しくて、いい匂いがして、溶けちゃいそう。 本当に、本当に、もう溶けちゃいそうで。もう――限界。 本当に無理。 だって、大好きな人がこんなあられもない姿になってて、その背中に手を回したままの私はまるで抱きしめているみたいなんだよ。 こんな状態になってて、冷静でいろって言う方が無理。うん、無理だよ。 今まで何とか我慢できていて、それは確かに奇跡だと思うけど、だけどもうそれをいくら積み上げてももうダメみたい。 熱に浮かされた心臓はどくどくどくっと高鳴って、思考すら溶かしてしまいそうな熱を全身に送り込んでいる。 きっとマグマよりも熱いそれは、私の体中を駆け巡って、私の中から唯先輩以外のものを全部消しちゃおうとする。 ただ唯先輩だけがそこにいて、そしてそれが何よりも愛しい。愛しくて、たまらない。愛しくて愛しくて、それを全部伝えたいって思う。 私の体中を先輩の体中にすりつけて、教えてあげたくなる。 ダメだよって叫んでいる私は、もう何処か遠くに流されてしまったから。 だから、もう、私は私を止められない。 だから、だよ。もしここで私を止められる存在がいるとしたら、それは一人だけなのに。 なのに何故ですか。何故そうできるあなたは、そうしないんですか。 だって、そうしないとあなたは、私に――されちゃうんですよ。それとも、私が本気じゃないとでも思ってるんですか。 抱きしめているような、それだった腕に力を篭めて、ぎゅうっと唯先輩の背中を抱きしめてもっと強く私に先輩を押し付けた。 すっかり埋まっていた顔を鼻先辺りまで先輩の胸元から覗かせると、少し熱っぽい顔で私を見下ろす唯先輩と目が合う。 だけど、目が合うだけ。唯先輩は私を見下ろしてくるだけで、その眼差しには戸惑いも怯えも見て取れない。 ああ、きっと、先輩はまだいつものスキンシップだと思ってるんだ。 もうそんなんじゃないのに。そんなものに収めきれなくなってるのに。 抱きしめた手をそのまま下に落としていって、スカートのホックに手をかけても唯先輩の視線は少しも動じずに私に向けられたまま。 ぱさりとスカートが足元に落ちてもまだ、少しの揺らぎを見せただけで先輩の眼差しには私をとがめる様な色は灯らない。 ただじいっと、微笑すら浮かべた表情のまま、優しく私を見下ろしている。 わからない、唯先輩が。だって、もうこんなの冗談になってない。 ブレザーもシャツも肌蹴て、ブラまで外されて、そしてそこに顔をうずめるように抱きしめられて、更にスカートまで脱がされて。 仮に空気を読まない純あたりがJUJUJU~と歌いながら音楽室を訪れたとしたら、間違いなくごゆっくりと言い捨てて走り去っていくに違いない。 そしてその後私と唯先輩が付き合ってるなんて噂が、実しやかに囁かれ始めるとかそんなレベルの状況。 それなのに、何で先輩は、まだそんな顔で私のことを見てくるんですか。 突き飛ばしてくれていいのに。 こんな、ちょっと可愛がられてるからって、ただの先輩と後輩という関係だけということにも更に自分の性別すらわきまえずに思いを募らせ、あまつさえ堪え切れずに暴走し始めている私のことなんて。 なのにどうして唯先輩は、そんなに優しく微笑みながら、抱きしめてくれるんですか。 「唯先輩……っ」 「よしよし、あずにゃん……」 気がつけば、私はぎゅっと唯先輩に抱きしめられていた。 自分だけの力のときよりももっと強く、もっと優しく、私の体は唯先輩に押し付けられる。 二人分の力で、私は唯先輩に包まれている。 こんな私のことを、それでも唯先輩は優しく包み込んでくれている。 よしよしと、頭をなでてくれる。 こんな私でも大丈夫だよって。私の可愛いあずにゃんだよって、そういってくれているみたいで。 私は不覚にも本当にそれは不覚としか言いようのない唐突さで、じわりと涙を浮かべてしまっていた。 そんな私を、きゅっと更に強く抱きしめる唯先輩。 私のそれを隠してしまうように。そんな姿を誰にも見られたくない私に気を使うように。そんな私の姿を独り占めしてしまうように。 「大丈夫だよ、あずにゃん」 だからそれが嬉しくて、かけられたその言葉が本当に嬉しくて。 私はわんわんとその胸で泣いてしまっていた。 そんな私を唯先輩はずっと抱きしめて、よしよしと頭をなでてくれていた。 ―――――― 「落ち着いた?」 「はい、なんとか」 尋ねられて、私はむぎゅっと唯先輩の胸から口元くらいまで抜け出して答えた。 私を見下ろす唯先輩は、さっきと同じ優しい眼差しでよかったと言ってくれる。 それをまだ僅かに滲む視界で見上げながら、私はよかったと思った。 泣いちゃって、泣きついちゃって、みっともない姿を晒す事にはなったけど。だけどこの無垢で純粋で温かな笑顔を守ることと引き換えなら、全然構わないし。 「よかったぁ」 先輩はもう一度そういうと、またぎゅっと私を抱きしめた。 ああ、うん。それ自体はとても嬉しいですし、強いて言うなら先輩が腕に力を篭めるたびにまたふにふにと押し付けられて非常に気持ちよくてもっとやれ状態ではあるんですけど。 まあつまりは、沈静したといっても肌蹴たままの唯先輩の胸を顔中におしつけられている状態は変わらないわけで。 またむくむくと欲望の昂ぶり的な何かがこみ上げて来そうです、はい。 「唯先輩、そろそろ離して……」 「やだもんー」 ってちょ、やだもんじゃありません。そんな可愛く言ってもだめです。 「聞こえないもんー」 「はあもう、仕方ないですね」 可愛すぎるから良しとしましょう。 頑張れ私。 「えへへ、でもよかった……」 「何がですか?」 ぎゅうっと私を抱きしめたまま、唯先輩はそう言う。 「だって、不安になってたから」 「不安、ですか?」 「うん」 先輩が突然口にした単語に私は首をかしげる。 不安、ってどういうことなんだろう。今までの一連の行為の中で、先輩がそう思ってしまうようなことってあったかな。 そんな私の疑問を見て取ったのか、先輩はくすりと笑って見せた。 じっと私を見下ろす目に、少しの真面目さとほのかな熱を篭めて、先輩は続ける。 「あずにゃん、やっぱりその気は無いのかなってね」 「へ?」 その気?その気って? それはつまり……いやいや、まさか。それは曲解しすぎだよ。 だってそうだとしたら、ね。あまりに自分に都合よすぎというか。 むしろ今までの私の努力なんだったの状態になっちゃうよ。 全く本当に私は妄想が過ぎるというか―― 「もう、私ずうっと誘ってたんだよ。なのに全然乗ってこないんだもん」 ――なんというか、って言うかマジで? 「大マジです!」 いや、ここはフンスって胸を張るところじゃないと思います。 って、そんな突っ込みいれている場合じゃない。 何、ええと、本当にどういうこと? つまりさっきまでの先輩の純粋さ故に行われていたと思っていたことは、全部そういうことなの? 「えっと、それって性的な意味で……とか、あはは。そんなわけないですよね」 「え、そうだったんだけど?」 そのきょとんとした無垢な顔であっさりと肯定しないでください。 私、絶賛混乱中。 だって、つまり、その。先輩は私にそういうことをされたくてずっと誘ってたってことは。 つまり唯先輩は、女の子同士でなんて全然OKな人で。もしくは、そんなの気にしないくらい私のことを、その。 「でもよかった……今こうして抱きしめてくれたから」 そういうことで、いいの? 本当に? だって、こんなの、ずっと夢見ていたことだけど。だけどそれはずっと夢でしかいられないはずで。 「そういうことでいいんだよね?私に、そういう気持ち抱いてくれてるってことで」 だけど、そういってくれる先輩は、抱きしめられるぬくもりは、押し付けられる柔らかさは夢なんかじゃない。 だってどんな精度の夢だって、ここまで唯先輩のことを表しきれたことはなかった。 どんな素敵な夢を見ても、先輩にぎゅっとされるたびにそれは色あせてしまって、そのたびにどんどん好きにさせられて。 だから、わかる。これは夢なんかじゃないって。 夢なんかじゃないってことは、これが現実だとしたら、私はこれに甘えてしまってもいいんですか? 「好きだよ、あずにゃん。ずっとこうなるの、待ってたんだから」 本当に……ああもう。 そんな決定的な台詞まで唯先輩に言わせてしまって、そこでようやく私の両腕はぎゅうっと強く唯先輩のことを抱きしめていた。 今先輩が私を抱きしめていてくれてるものよりも、欲情に流されるままに抱きしめてしまったさっきよりも、もっと強く。 「あ、あずにゃん?」 唯先輩が戸惑ってる。戸惑った声で、私を見下ろしている。 そうだ、私も答えにしなきゃ。感極まって抱きしめて、つまりこれは私の答えの形ではあるんだけど。 だけど、ちゃんと言葉にしなきゃ。 今まで散々脳内で妄想の中で好き好き言ってたくせに、結局のところリアルではあっさり唯先輩のほうに先を越されちゃった情けない私だけど。 だけど、ちゃんと言わなきゃ。 「わ、私もです……」 だけど、絞り出した声は震えていて、かすれていて、とてもこんな一世一代の場面にふさわしいとは思えないしょんぼり具合。 妄想の中の私なら、きらりと似合わない爽やかな笑みを浮かべながらさらりと言ってのけていたのに。 それとは程遠すぎて、泣いてしまいそうな今の私の姿。 だけど、それでも。ううん、それだからこそいいんだ。 だってこれは夢とか妄想じゃないんだから。現実の私なんだから。 この現実で、確かのこの人のことを、大好きでいる私の等身大の姿なんだから。 「私も、ずっとずっと、唯先輩のことが好きでした」 ―――― さて、というわけで。 紆余曲折ありましたが、カップル成立ということになりました。 いや、もう他の誰でもない唯先輩と私のね。ラブラブカップルです、ふんす!って感じだね。 つまりはあれだよね。 私はまだ相変わらず唯先輩の生おっぱ……こほん。生命の神秘が生み出した神々しきふくらみに顔をうずめているわけだけど。 時々ちらちらと視界に入る桜色の何かとか、容赦なく私の理性をすっ飛ばしそうになっているんだけど。 つまりはもう、我慢しなくていいってことなんだよね。 なってったって私と唯先輩はもうラブラブカップルなんだからね! ふにふにしても、ちうってしても、ちょっと手をするすると下ろしてあれをするするとおろしてふにふにくにくにもにゅもにゅしても大丈夫ってことだよね! やばい、リビドー的な何かが体中駆け巡ってて、どうにかなっちゃいそう。 ゆいにゃんとにゃんにゃんしたいにゃん、なんて言葉が頭の中を埋め尽くしちゃってる。 ああ、でもなんていうか。 今いい雰囲気なんだよね、これが。 恋人同士の甘いひと時ってやつなんだけど。唯先輩は優しく私を抱きしめながら頭をなでてくれて、私はそれにうっとりと身をゆだねて寄り添ってる。 うん、つまりなんというか。くんずほぐれつな恋人たちの濃厚な夜じゃなくて、心地よい気だるさに身を任せつつ寄り添い合う穏やかな朝的な。 まあいわゆる、たっぷり可愛がってあげますよ唯先輩ガバッ!なんて雰囲気じゃとてもないなって感じなわけです。 いや、これはこれでいいんですけどね。むしろすばらしいんだけどね。 だけどこう、さっきからずっと我慢に我慢を重ねてきた身としては、色々あふれ出しそうなものをもてあましているわけで。 「はぁ、でも恋人同士だからこそ、こういうのはちゃんとコントロールしないとね」 「ふぇ?」 って、しまったー!なんで口に出してるの私!ああそういえばそういう癖が自分にあるのすっかり忘れてたよ。 あのカムバック私事件のとき、純から梓のあだ名カムバック梓になってるよといわれたときの屈辱と教訓を忘れてたなんて。 「えっと!い、今のは違うんです!」 何がどう違うかわかんないし、わかんないだろうけど、とりあえず弁明しとかないとと私はばっと唯先輩から身を離して。 今までずっとくっついていたからこそ見えなかったその全容をはっきりと視認して何か赤いものを鼻から噴出した。 うう、これはムギ先輩固有の特技だと思っていたのに。 「あ、あずにゃん、血が!」 「だ、大丈夫です。ただの鼻血ですから」 鼻血でも出血には違いないんですけどね。というか実際のところ鼻なんかより下の方がやばいです。あえて具体的にどことは言いませんが。 それにしても、これからどうしよう。 目をそらすのはなんか不自然というか逆に失礼というか、というよりやりたくないし。 かといってまたぎゅうっと顔をうずめるのも、じゃあ何で今離れたのって感じだし。 とはいえ、このまま凝視し続けてたら私は多分出血多量であの世に旅立ってしまいそう。それこそ何か桃源郷のような何処かにたどり着けそうだけど。 「……あずにゃんのえっち」 だけどその心配もなく、目ざとく私の視線の先を察した唯先輩によって合わせられたシャツとブレザーで私の鼻血の元は隠されてしまった。ジーザス。 その少しすねたような照れたような顔がたまらなく可愛くて、それを見られたことは良しとすべきかも、うん。 「ねえ、あずにゃん。私ね、今木の練習してたよね」 「あ、そういえばそうでしたね」 言われてみれば確かに。だけどどうして今そんなこと聞いてくるんだろうと私は首を傾げてみせる。 「動いちゃダメだったのに動いちゃった……えへへ」 「ああ、それは確かに」 というかまだ継続してたんですね。 「だからね、あずにゃん」 だけど今どうしてそんなことを聞いてくるのかなと首を傾げて見せた私を、唯先輩は少し顎を引いた上目遣いで見つめてきた。 そして、それがどういうことかということを、これ以上にない形で私に教えてくれた。 「だからね、本番で失敗しないように……お仕置きしてほしいなぁって」 つまり。 私の理性が保たれていたのはここまでということ。 そしてこのお話もここまでってことです。 いくら探しても続きなんてないですからね。 私と唯先輩のラブラブエッチなメモリアルは、私たちだけのものですから。 キャラ崩壊ww -- (名無しさん) 2010-08-13 11 28 25 妄想が口に出るあずにゃんw -- (名無しさん) 2010-08-28 02 39 10 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
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「唯先輩」 私の隣で、注意された部分を何度も何度も繰り返し練習している唯先輩に声をかける。 二人っきりの音楽室。今日は他の先輩たちがいない、皆さん用事だとかなんだとかで残ったのは私と唯先輩だけ、という訳。 「どうしたの?」 譜面から顔を上げて、視線を私に移す。同時に手も止めて、最後にぽろんと弾いたCの音が部室内に響いた。 その音が完全に消えるのを待って、私は鞄からあるものを取り出し、それを唯先輩に差し出す。 「これ、何?」 「クッキーです。試しに作ってみたらこれがなかなか面白くて、ついつい作り過ぎちゃったので唯先輩におすそ分けしようと思って持ってきたんです」 「あずにゃんの手作りかぁ~」 「あまり根を詰めすぎるのもよくないので、少し遅いですけどティータイムにしましょう」 「そうだね」 唯先輩が机の上を片付けて、できたスペースに私は次々とクッキーを置いていく。 「あ、あずにゃん……?」 「どうしたんですか?」 「多すぎない? これ……」 「言ったじゃないですか、作りすぎた、って」 「確かにそう言ったけど、それならみんながいるときに出したほうが良かったんじゃないかなぁ」 「それだと味が落ちちゃうかもしれないですか、それに――」 「それに?」 「……唯先輩に食べてもらおうと思って、作ってきたんですから」 その言葉に、唯先輩は少し驚いた風に口を開ける。だけど、やがてそれがとても優しい笑みに変わって、小さな唇から「そっか」と小さな呟きが漏れた。 そして、持ってきたものを全部テーブルの上に並び終えて、自分の席に座る。唯先輩は、私の対面に座った。 「唯先輩、席違いませんか?」 「いいのいいの、今日は二人っきりなんだから、細かいことは気にしな~い」 「ま、いいですけど」 「うんうん。それじゃ、早速食べようか」 「そうですね。初心者なので、味はあまり自信がありませんけど」 「味なんて気にしないの。気持ちが篭ってればそれで充分嬉しいよ?」 「それはどうも」 この人は何の前触れも無く攻撃をしかけてくるから困る。不意をつかれて顔がにやけそうになるのを抑えるのも、結構大変なんですよ? 別に、にやけ顔を見られたからといって何か損するようなことがある訳では無いのだけれど。 「まずはこれから食べようかな~?」 「あ、それは……」 そう言って唯先輩が摘み上げたのは少し焦げてしまった失敗作。 それは止めといたほうがいいですよという私の言葉を無視して、唯先輩はそれを口の中に放り込んだ。 唯先輩が口を動かす度に、サクサクとした音がこちらにまで聞こえてくる。 やがて、充分それを租借した唯先輩は、用意したミルクティに口をつけずに、そのまま強引に喉に流し込んだ。 ――あぁ、そんなパサパサしたものを飲み水なしで飲み込んだりしたら、咽ちゃいますよ。 私の予想通り、全て飲み込んだ後に唯先輩はゲホゴホと大きく咽た。 「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか?」 声をかけながらミルクティが入ったカップを唯先輩の口元に持っていき、そのまま、薄く開いた唇から、零れないように注意してミルクティを口内に流し込んでやる。 白い喉をゴクゴクと鳴らして、ゆっくりと、味わうようにミルクティを流してゆく唯先輩。 「ん……ぷはー、死ぬかと思ったぁ」 「親父くさいですよ、唯先輩」 それに、咽たぐらいで死ぬことは無いと思う。いや、もしかしたらもしかするかもしれないけど、それはかなり可能性が低い。 しかも、注意してあげたのにそれに耳を貸さなかったのだから、自業自得だ。 「あぁ、うん、そう、味のことだけどね」 「わざわざ言わなくても解ってますよ。美味しくなかった、でしょ?」 作った本人なのだから、それぐらいは解る。 しかし、唯先輩はノンノンと人差し指を左右に振り、否定のポーズ。 「美味しかったよ、あずにゃん」 「嘘です。焦げたクッキーなんかおいしい訳が無いじゃないですか」 「ほんとだって、あずにゃんも食べてみなよ」 あ、飲み込むときは気をつけないと、咽ちゃうかもしれないからね。という唯先輩に、あなたほどバカじゃありませんよと聞く人が聞けば失礼な言葉を返し、渡されたクッキーを口の中に放り込んでみる。 そして、少し躊躇しながら焦げた表面に歯を立てる。 『サクッ』 口の中に広がるのはとても甘いとは言えない苦い味――ではなく、ほどよく苦味と甘味が混ざった不思議な味だった。 あれ、そんなに不味くないな……。そんなことを考えながら、充分に租借を済ませると、そのままそれを喉に流し込み―― 「ゲホゴホッ」 盛大に咽た。 そんな私を見て唯先輩はあぁんもう何をやってるんだいあずにゃんと、ミルクティの入ったカップを私の口元に運んでくる。 ……完全にさっきと立場が逆転していた。 「んぅ……ぷはっ」 ゆっくりと味わう余裕は無く、気が付いたらカップの中が空っぽになっていた。 目の前には膨れっ面な唯先輩。 「んもう、だから気をつけてって言ったのに」 「すみません」 完全に忘れてました。 「……ん、まぁいいや。それで、味はどうだった?」 「味ですか……そこまで、悪くなかったかもしれませんね」 「でしょ? ほら、あずにゃんはもっと自信を持ってもいいんだよ」 「そう、ですね」 それでも、まだまだ美味しく作れるはずだ。 「それじゃ、残りも片付けちゃおうか」 「はい」 ――その後、残りのクッキーをお互いに『あーん』させて食べさせていると、いつの間にか全ての箱が空っぽになっていた。 「あれ、もう無くなっちゃった……」 「唯先輩が食べ過ぎるからですよ、もっとゆっくり食べましょうよ」 「ごめ~ん。あずにゃんが食べるときの顔が可愛くって、つい」 「理由になってません」 まったく、この人は……。 「でも、あずにゃん」 「はい?」 「美味しかったよ、できればまた食べさせてほしいな」 「……」 本当に、この人は。 「……しょうがないですね、そこまで言うならまた作ってきてあげますよ」 ――今度は、今日よりもずっと美味しく、そしてその後は更に美味しく……。 Fin 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
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『週間唯先輩予報』 「…んと、明日は数学と古文と……」ブツブツ 翌日 「おはよ~、憂、純」 「梓ちゃん、おはよ~」 「おはよっ、梓っ!」 バッグから教科書を取り出すと、ハラリと落ちる一枚の紙。 純がそれを拾い上げる。 「ん?梓、何か落ちたよ?」 ――――――――――――――――――――――――――――――――― ♪週間唯先輩予報♪(XX/XX~XX/XX) 月火水木金土日 登校××△×× 1休×××△××× 2休××××△ 3休△×××× 昼休み×△×△× 5休×××××○× 部活○○○○○ 下校○○○○○ ――――――――――――――――――――――――――――――――― 「へ?…ああっ! 見ちゃダメっ!!」 「…梓…なに、これ?」 「あぁぁぁ……」 「…なんだったの、純ちゃん?」 「ほれ」 「ちょっ、純!」 「…週間唯先輩予報? …へ? お姉ちゃん予報?」 「え、えーと…」 「さて、梓…説明してもらおうかね?」 「え、えっと…あはは…」 「梓ちゃん…私もその、知りたい…かな?」 「…あーもぅ!わかったよ!説明すればいいんでしょ?」 「お、梓が開き直った…」 「こほん…週間天気予報ってあるでしょ?」 「あ、うん、あるね」 「んと…これはその…唯先輩がね? 私に抱きついたり、スキンシップをしてくる可能性を 週間天気予報みたいに一週間分まとめたものなの」 「…え?」 「…え?」 「…いや、え?じゃなくって…二人ともちゃんと聞いてた?」 「あ、うん…聞いてたけど…ね、純ちゃん…」 「…ごめん、梓…意味がわかんない」 「いや、だからさ…唯先輩ってさ、いつもいきなり抱きついてくるでしょ?」 『あーっ!あずにゃんだー!』 って感じでさ?」 「あ、似てる似てる」 「そ、そっかな? えへへ///」 「それはいいから」 「でね、私としてはいきなり抱きつかれるとその、ドキドキ…いや びっくりしちゃうんだよね? ほら、心臓に悪いっていうか、寿命が縮まるって言うか、そんな感じでさ?」 「本音が少し聞こえた気がするけど、まぁ、確かにびっくりするだろうね?」 「でね? 唯先輩がいつ私に抱きつきに来るかが分かれば、対処のしようがあるのよ」 「対処?」 「”抱きついて来るな”って分っていれば驚かないで済むし、寿命も縮まらないでしょ? 余裕を持って、唯先輩を迎え入れ…向き合えるのよ そのための一週間分の予報なの」 「…梓…あんたバカでしょ?」 「なっ! なんでっ!?」 「いや、だってねぇ、憂?」 「あ、あははは…」 「まぁそれは置いといて……この表のマークはどうゆう意味なのさ」 「あ、んとね…この○は、抱きつかれる可能性がすごく高いってこと。 で、△が抱きつかれるかもしれない、×は抱きつかれないっていう意味だよ」 「ああ、なるほど、○ばっかりなのは部活の時間だからか」 「うん、そゆこと」 「天気予報で言うなら、○は晴れ、△が曇りで、×は雨…かな」 「梓…やっぱりあんた、唯先輩の事、大好きなんだね~」 「なっ! なんでそうなるのよ!///」 「…梓ちゃん、お姉ちゃんに抱きつかれるのを警戒してるんだったら、”○”じゃなくて”×”つけないとだよ?」 「え?」 「天気予報で言うなら抱きつかれる=雨=×、抱きつかれない=晴=○ っていう事なんでしょ? でもこの書き方だと抱きつかれるのが嬉しいとしかみえないよ」クスクス 「…はっ! あ、あれ? ちょっとまって…あれれ///」 「もう遅いわ!」 「で、唯先輩大好きの梓さんや」 「ちょ!何言っちゃってんのよ! だから、違うんだって!///」 「はいはい…で、この表って時間割に合わせてあるんだ?」 「へ? あ、うん 休み時間に合わせてあるんだ だから、基本的に×ばっかでしょ?」 「ふ~ん、でもたまに△があるのはなんで?」 「それは教室移動がある科目のとこ」 「おー…なるほど」 「あ、ほんとだ、今日4限目の家庭科の前が△になってる」 (#3休のところです) 「ひょ~っとしたら廊下でばったり会っちゃうかもって事だから△なの」 「…梓、あんたが頭いいのか悪いのかわかんなくなってきたよ…」 「ひどっ!」 「まぁまぁ、梓ちゃん」 「じゃあさ、この水曜日の登校中が△なのは?」 「あー…えっとー…」 「ん?」 「私と唯先輩って、基本的に登校時間が違うから朝は会わないんだよね~」 「そうだよね~ お姉ちゃん、朝起きるの遅いから」 「でもさ、唯先輩だってたまには早起きして、早めに登校するかも知れないでしょ?」 「…なくは無いけど…」 「それに、私もたまには寝坊しちゃって、遅くなることだってあるかもしれないし!」 「…梓……水曜日、遅れて来る気まんまんだね?」 「なっ!そんな事ないって! 天気予報だって、明日雨ってあっても、絶対降るわけじゃないよね? それと同じだよ! あくまでも、予報なんだから!」 「いや、そんなムキにならんでも…」 「梓ちゃん、落ち着いて」 「あ、ご、ごめん」 「じゃ、じゃあ、火曜と木曜の昼休みが△なのは?」 「あ、それは購買でバッタリ…とかかな?」 「でもお姉ちゃん、お弁当だよ?」 「うっ…でも、でも、唯先輩の事だからうっかりお弁当箱忘れちゃったりするんじゃないかな~とかさ?」 「私がお姉ちゃんの鞄にお弁当箱いれてるから、それは無いよ?」 「…う…」 「それにアンタだって弁当でしょ? パン買いに行かないじゃん」 「…その日はパンだもん…」ジワ・・・ 「ああ、あずさちゃん、か、火曜日はパンにするから!」 「ぐすっ…うん…ありがと、憂…」グスン 「…だんだんめんどくさくなってきたなぁ…」 「じゃあさ、梓ちゃん、土曜日の○は何?」 「…うん…その日は午後から唯先輩と遊ぶんだ…」 「あ、約束してあるんだ~」 「…ううん…今日約束しようかなって…///」 「って、まだなんかいっ!」ビシッ 「あだっ」 「っていうかさ梓、この表ってさ…」 「な、何?」 「”唯先輩に会いたい予報”だよね?完っ璧に!」 「~~~~っ!!///」 「ありゃ、図星みたいだね~」ニヤニヤ 「もう純ちゃん、 梓ちゃんこまってるよ?」 「……最初はね…」 「ん?」 「最初は、ほんとに、いつ抱きつかれるかを予測して表をつくってたの… でもね、表にしてみたら、私と唯先輩って、部活と帰り以外はほとんど会ってないんだって気づいてね…」 「それは、学年違うから仕方ないじゃん」 「うん、そうなんだけど…そう気づいたらもっと会えてもいいんじゃ無いかなって思えてきて…」 「梓ちゃん…」 「軽音部でいつも一緒だから、いつでも一緒いるような気になってたの…」 「…なーに湿っぽくなっちゃってんの、この子は!」グリグリ 「ちょ、ちょっと…なにすんの…」 「アンタ達軽音部の仲のよさってさ、同級生の私達が羨ましくなるくらいなんだよ?」 「…え?」 「特に梓と唯先輩なんてさ、誰から見てもすっごく仲が良くて 確かに会えない時間の方が多いんだろうけど、その分会ってる時の密度がすごくって… …多分唯先輩が梓に抱きついてるせいだとおもうんだけどね 本当に幸せそうに見えるんだよ?」 「そうだよ、梓ちゃん お姉ちゃんも言ってたんだ ”あずにゃんに会えない時間はちょっと寂しいけど、そうならないように会えた時には目一杯抱きつくんだ~” って ”あずにゃん分” って、寂しさを少しだけ紛らわせる効果もあるんだって」 「ゆ、唯先輩…」 「よかったね、梓……唯先輩も同じ気持ちみたいだね だからさ、無理に朝寝坊したり、パン食にしたりするより、昼休みくらい素直に会いに行けばいいんだよ」 「そうだよ、梓ちゃん」 「で、でも、純や憂を放っておいてそこまで…」 「毎日じゃなくてもいいしさ、それに私らも一緒に行けばいいじゃんか」 「え?」 「そうだよ?私だってお姉ちゃんに会えるのは嬉しいよ?」 「純…憂…」 「ついでにさ…告白しちゃうってもアリだと思うよ~?」ニヤリ 「んなっ! こっ…こっ…こく……ってっ! えぇぇぇぇっ!!」 「わぁ~、それいいかも~」 「もぅっ! ういまでっ!」 「やれやれ… じゃあ梓、この表はもういらないよね?」ビリビリビリーッ 「あ…純、それ… 宿題のプリント…なんだけど…」 「…あんた、どこ何書いてんの…」 FIN. 素晴らしい、ちょっと頭悪いあずにゃんは可愛いな -- (名無しさん) 2012-02-21 18 16 35 バカにゃんの可愛らしさと言ったら -- (名無しさん) 2012-03-01 19 33 12 天然あずにゃん可愛い -- (あずにゃんラブ) 2013-01-04 08 30 42 2828(  ̄▽ ̄) -- (名無しさん) 2013-10-27 00 52 28 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
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先輩達が卒業し、軽音部は私1人だけになった。 先輩達と5人で楽しく過ごしていた部室も・・・今ではとても広く感じてしまう。 軽音部存続の為には、部員を少なくとも、あと3人獲得しなければならない。 でも、私には焦りは無かった。以前から、憂と純が軽音部に入ってくれると言ってくれていたから。 だから、あとは新歓ライブやビラ配りの勧誘で、何とかしようと考えていた。 部員の数は何とかなるだろう・・・だけど、どうしても埋める事ができない物がある・・・。 先輩達の存在が大きくて・・・いや、大きすぎたんだろうな。 先輩達の卒業後、私の心はポッカリと穴が開いてしまったような感じだった。 「梓ちゃん・・・大丈夫?」 1人になった私を気にかけてくれた憂は、先輩達が卒業後、毎日のように部室に来てくれるようになった。 憂は4月から軽音部に入部してくれる事になっていて、今はまだ正式な部員ではない。 「うん、何とか・・・」 気の抜けたような声しか出せない私・・・。そんな私に、憂は決まって『ある事』をするようになった。 「もう、しょうがないなぁ・・・」 そう言うと、憂は結っていた髪を解き、前髪にヘアピンを留め、私に抱きついてきた。 「あーずにゃーん♪」 「ゆ、唯先輩・・・!?」 なわけないよね。憂が髪を解くと、唯先輩と見分けがつかない程そっくりだ。 憂だとわかっていても、その容姿を見るとドキッとしてしまう。 「・・・どう、元気出た?」 「う、うん・・・///」 「寂しかったら・・・私を、お姉ちゃんの代わりだと思って良いからね」 私が唯先輩を好きだという事を、憂は知っている。 私は卒業式の日、唯先輩に想いを伝えようとしたけれど、泣いてばかりで伝える事ができなかった。 唯先輩に会えなくなって寂しい・・・その気持ちを知ってか知らずか、憂は唯先輩の変装をするようになった。 もしかしたら、憂自身も唯先輩になりきる事を楽しんでいたのかもしれないけど・・・。 「唯先輩・・・寂しいです」 「あーずにゃーん♪」 「唯先輩!?・・・じゃなくて、憂・・・」 こんなやりとりを毎日のようにしていた。憂がノリノリだったから、私もそれに乗せられていたんだと思う。 憂は次第に、抱きつくだけではなく、唯先輩として話をするようにもなった。だけど・・・私は心が満たされなかった。 だって・・・見た目は唯先輩そっくりでも、憂=唯先輩ではないから。 抱きついてきた時のぬくもり、私の名前を呼ぶ声、息遣い、・・・全てにおいて唯先輩のものではないから。 その全てが当てはまって、初めて『唯先輩から抱きつかれてる』という感覚に陥れる事ができる。 だからね、憂・・・気持ちは嬉しいけど、憂を唯先輩の代わりだなんて思う事はできないんだ・・・。 3月も最終日を迎え、今日も私は1人で音楽室で練習をしている。 そこに、憂がやってきた。ここまではいつもと同じ光景だ。 「ヤッホー・・・あ、梓ちゃん・・・練習はかどってる?」 「うん。もう先輩達が居ないからって、クヨクヨしてられないからね。明日からは4月だし、私達も3年生になるんだから頑張らないと!」 「そ、そうだね・・・」 「だけど今日までは・・・いつものように、唯先輩の格好で抱きついてきてほしいな・・・」 「えっ・・・良いの?」 「今日までは一応2年生だし・・・3年生になったらこんな事お願いできないから・・・」 明日からは3年生・・・もう誰にも甘える事はできない。だから、今日が最後・・・というつもりだった。 憂に唯先輩のふりをして、とお願いするなんて・・・我ながら少し呆れてしまうな・・・。 憂は、いつものように結っていた髪を解き、前髪にヘアピンを留めた。 「あーずにゃん♪」 「・・・」 憂を唯先輩の代わりなんて思う事はできない・・・なんて偉そうな事を言っておきながらなんだけど・・・人間って不思議なものだな。 2週間も繰り返していると、だんだん感覚がマヒしてきちゃったみたい。 後ろから抱きつかれた時のぬくもり、私の事を呼ぶ声、耳元にかかる息遣い・・・全てが唯先輩そのもののようだった。 「私達が卒業して、寂しかった?」 「寂しかったです。何度も何度も泣いちゃいました」 「そっか・・・」 「でも、もう大丈夫です。寂しくても、いつまでも泣いていられません。私がこの軽音部を・・・先輩達の作り上げた、この大切な部活を守っていきます」 「あずにゃんならできるよ・・・私達もあずにゃんの事を応援してるからね」 そう言うと、私の事を優しく撫でてくれた。頭の撫で方も唯先輩そのものだった。 凄いな憂・・・今日は言動全てが唯先輩そのものだよ・・・。私が唯先輩を求めすぎちゃって、錯覚を起こしてるんだろうな・・・。 「卒業式の時には言えなくて、凄い後悔しているんですけど・・・私、唯先輩の事が好きでした」 「え・・・わ、私も・・・あずにゃんの事好きだよ・・・!」 憂は私の気持ちをわかってくれている。だから、この返事は至極当然だった。・・・だけど、それでも凄く嬉しかった。 私はいつも以上にリアルなやりとりをできた事に満足していた。本物の唯先輩と話しているようで、ほんわか幸せな気分になれた。 「唯先輩の事、大好きだから・・・キス、して良いですか?」 「えっ・・・え・・・!?そんな・・・あずにゃん、急に・・・」 わかってる・・・相手は憂だ。さすがにそこまではできないよね。 でも・・・私も凄くドキドキした。・・・こうやって迫ってみたら、唯先輩もこんな感じでオドオドしちゃったりして。 「えへへ・・・冗談だよ。ありがとう、憂・・・唯先輩本人と話しているようで楽しかったよ」 「う、うん・・・最後、ドキドキしちゃったよ///」 「私も・・・ちょっとやりすぎちゃったかな。・・・まぁ、軽音部の部長としてはしっかりとみんなをリードしていくから、明日からも宜しくね!」 「う、うん・・・頑張ってね!」 「それと・・・私の気持ちも・・・いずれは唯先輩本人にも伝えるつもりだから!」 「ほぇ!?・・・う、うん・・・!」 憂は、唯先輩の変装を解く為に髪を結い始めた。だけど、いつもに比べてその手際が悪かった。 まるで、普段は髪を結っていないかのような・・・。 「私達、みんな同じ大学だから・・・もし良かったら遊びに来てね、あずにゃん!」 振り向きざまにそう告げると、憂は部室を出て行った。その時の横顔は、ちょっぴり頬を染めて・・・なんだか嬉しそうな感じだった。 最後に感じた憂への違和感・・・憂に戻ってからは『あずにゃん』って呼んだ事無かったのに・・・。 「梓ちゃん、こんにちはー!今日は遅くなってゴメンね!」 「あれっ、どうしたの?さっき帰ったと思ったのに・・・」 「えっ?・・・私、今来たところだよ?」 「ふぇ・・・!?」 「私の前に、誰か来てた?」 「えっ・・・えっ・・・あっ・・・!?」 「誰が来てたのかな~?私の前に誰が来てたのかな~♪」 「にゃ・・・にゃぁぁぁぁぁー!!!///」 END こういうのもいいね -- (名無しさん) 2010-09-02 18 31 14 唯・・・やればできる子・・・ -- (名無しさん) 2010-09-13 02 31 20 ほうほうニヤニヤ -- (名無し) 2012-08-15 20 23 30 憂梓と見せかけた斬新な唯梓 -- (鯖猫) 2013-07-15 06 29 51 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
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唯先輩は笑う。 本当に嬉しそうに、楽しそうに、可笑しそうに笑う。 私の記憶の中の唯先輩は、いつもそうやって笑っていた。 先程までの雨足が嘘のように、どんよりと塞いでいた雲は疎らになり、空はオレンジ色に染まっていた。 いわゆる夕立、というものだったのだろう。 すっかり洗い流された空気は僅かな湿気をまといながらも澄んでおり、夕方の冷気とも合わさって心地よく肺を刺激してくれる。 白い吐息を舞わせながら、くるくると手にした傘を回しつつ、唯先輩はくるりと振り返って夕焼けに染まるその笑顔を見せてくれた。 なんか空気が気持ちいいねって、笑う。 それには甚だ同意ですが、どうしてあなたはまだ、もう雨も降っていないというのに傘をさしているんですか。 そう言及しても、先輩はまたくるくると傘を回しながら、ふんふーんと鼻息交じりの笑顔を返してくる。 なんか楽しいからいいじゃん、って。 先輩はそうでも、くすくす周りから笑い声がこぼれてくるこの状況は、私にとっては好ましいとは言えません。 なんて言い返しても、先輩はどこ吹く風。 とんとんと、後ろを歩く私のほうに笑顔を向けたまま、歩道の赤いタイルの上を選んで後ろ向きに器用に歩く。 あずにゃーん、そこアウトだよ?ってまるで私の話を聞いてませんね。 何ですか、それは。小さいころたまに遊んだ、決められた色のタイル以外を歩いたらダメってゲームですか?懐かしいですね。 なるべく辛辣に言ったつもりなのに、先輩の笑顔は崩れない。 朱に染まる街路樹とビルとその間の石畳、その上に散りばめられた赤の上をまだとんとんと後ろ向きに歩いていく。 手にした傘をくるくる回したまま、本当に楽しそうに、嬉しそうに、可笑しそうに。 ――そんなはずはないのに。 唯先輩はいつも笑っていた。 気が付けばいつもそうだ。 だから出会ってから、高校一年のあのときから、私の記憶に浮かぶあの人は、いつも笑顔のままでいる。 元々、情緒豊かな人だから。 嬉しいときにはすぐ笑って。 悲しいときにはすぐ泣いて。 怒ったときにはすぐ拗ねて。 楽しいときにはまた笑って。 そんなふうに情動の振れが大きくて、それを体全体で表すような人だった。 そして、どんなときでもいつも最後には笑っていたから。 私の思い出の中のあの人は、いつも笑顔のままだった。 浮かんでくるのはそう、いつも笑顔。 だから、出会ってまもなくの私は、この人はいつも笑顔の人なんて勝手に属性をつけたりしていた。 甘えん坊でだらしなくていつも何も考えてなくて悩みも無いのだろうから、いつだってへらへらしているんだと。 勿論それに何かしらの悪印象を抱くわけではなく、それが唯先輩だと思っていただけだけど。 実際のところ、その笑顔に何度癒されたか、救われたかもわからなかったから。 先輩はそういう形にできているんだと、そう私は思っていた。 いつだって、笑える人なんだと。 ――そんなはずなんて、なかったのに。 小さな悲鳴に我に返ると、とんとんと調子よく前を歩いていた唯先輩の体が傾いていた。 あわてて駆け寄り、手を伸ばす。 きゅっと、こちらに伸ばされた手を掴み取り、ぐっと引き寄せる。 先輩の重みが腰にかかり、傾きそうになる重心をぐっと踏ん張って支える。 そうすると、思ったよりもずっとスムーズに先輩の体は私のすぐ隣に収まってくれた。 えへへ、ありがとね、あずにゃん。じゃありませんよ。全く気をつけてください。 そういう私に、でもやっぱり先輩は笑ったまま。私の注意にも全く堪える様子も無い。 それどころか、ちょうど先輩のさす傘の下に入り込む形になった私に向けて、相合傘だね、なんて言ってのけてくれた。 それは文字通り不意打ちで、私は言葉に詰まってしまう。 確かに、唯先輩の言うとおり一つ傘の下二人並んで立つこの光景は間違いなくそう呼ぶべきではある。 お互い傘を用意していた先程までは為し得なかったものを、今ようやく果たせたという形になるのだろうか。 きっと先輩にとってはそうなんだろう。そうすると、多分今の一連の行動は計算ずくだったのかもしれない。 だって、転びそうになったにも関わらず、その傘は放り投げられるでもなく、その右手にしっかりと握られたままだったのだから。 怒るべきなのかと思ったけど、相合傘~なんて嬉しそうに笑う笑顔を見ているとそんな気も薄れてくる。 それより言及すべきなのは、さっきから私たちを包んでいるくすくす笑いがその音量を上げたところではないだろうか。 んー、大丈夫だと思うよ、なんてそれを気軽に否定してくる唯先輩。 参考までにその根拠を聞きたいところです、と赤色の傘の下私が食い下がると、先輩に。 だって、あずにゃん、今笑ってるもん、なんて朗らかに言ってのけられた。 傘に切り取られた空間の中、私と二人きり並んだまま、相変わらずのその笑顔を浮かべながら。 私の愛しい時間に必要不可欠なものを、私の記憶に焼き付けるように。 私の記憶は、いつもそれに埋め尽くされている。 唯先輩と知り合ってから、もうどれくらいになるのだろう。 直接顔をあわせたのは高校一年のときだから、もう五年にもなる。 出会ったあの時は、私たちは高校生だった。 そしてその後しばらくは私たちは高校生として過ごした。 そして先輩は卒業して、私もその後を追うように卒業して、そして今もまた変わらずにこうして傍にいる。 それは変わらない。だけど、私たちは変わっていく。 過ぎた月日の分だけ、その数えられる年の分だけ、私たちは大人になっていく。 私も、そして唯先輩も。 だけど、それでもこの人は、いつだって笑顔のままで私のそばにいてくれた。 いつだって、そう。この人はいつだって、笑ってくれていた。 だから、私はそれに気が付かなかった。 どうして、この人は笑っていられるのか、なんて。そんな当たり前のことに。 いつだって、笑顔でいられるときばかりじゃない。 子供でいられていたときと違って、悲しいことや悔しいこと、腹立たしいことなんていっぱい転がっている。 それにぶつかることなんて日常茶飯事。それが大人になるということのひとつの要素だ。 だけど、それでも。 この人はいつだって笑顔だった。 私が辛いときや苦しいとき、うかつにもそれを八つ当たり気味にぶつけてしまった時だって。この人は笑顔でそれを受け止めてくれた。 なんだかんだでこの人は器用だから、そういうことをするすると華麗に回避して、それで笑っているのかもしれない。 私が続けていた馬鹿な勘違いのように、ただこの人はそういう形にできているから、そうしていられるだけなんだと。 でも、そうじゃなかった。 そんなこと、あるはずなんて無かった。 唯先輩だって、私と同じ生身の人間なのだから。 だけど、私はそれに気付けなかった。 私はそれに気が付くことができなかった。 その笑顔が、特別だってことに。 ずっとそうだってわかっていたはずなのに、私は気付くことができないままでいた。 結局そのまま唯先輩が歩き出すものだから、私もそれに倣うように歩き出すことになった。 雨上がり、二人きり、相合傘。 まるで安っぽいコントのような、もし私が傍観者だったとしたら思わず奇異の目を向けてしまいそうな、下手したら噴出してしまいそうな光景が今私たちの周囲十メートルくらいに展開されているに違いない。 まだ高校生のまま、制服に身を包んでいたあのころなら、じゃれあいですんだかもしれないけれど。 女子大生二人組じゃ、あまりにシュールすぎる。 だけど、私は結局その傘の下に収まったまま、唯先輩と二人並んで歩いている。 今日もまた唯先輩のペースに乗せられてしまっている。まあ、そのあたりは今更もうどうこう言うことではないんだけど。 ほら、あずにゃん外れてるよ、落ちちゃうよ。なんて唯先輩は相変わらず笑う。 ああもうどこに落ちるって言うんですか、と返しながらも赤いタイルの上に復帰する私は付き合いがいいと我ながら思う。 笑いながら、思う。 本当は多分違う。 付き合いがいいとかそういうのじゃなくて、ただ私がそうしていたいだけなんだと思う。 この人の傍にいたいと、きっと私はそう思っている。 高校時代のように漠然としたそれとは違って、確かな意思として私はそれを抱えている。 だから、こうして齢二十を数えるころになっても、私はこうして唯先輩と並んで歩いている。 だから、唯先輩はいつも笑う。 たぶん、きっと、この人は知っているんだろう。 私にとってその笑顔が特別だってこと。 私が何度もその笑顔に暖められていて、救われてきて、満たされてきたのかを、知っているのだとしか思えない。 だから、この人は笑う。いつだって笑う。 私の前で、いつだって笑ってみせる。 今もこうして笑ってくれている。 私が幸せになれますようにって。 それは本当に特別なこと。特別じゃなきゃいけないこと。 だって、私にはできない。できてない。 どうして、何でそんなことを、そんなにたやすくしてのけるんですか。 ――あんなことが、あったのに。 私の想像より、ずっとずっと深く傷ついて、その痛みに苦しんでいるはずなのに。 なのにどうして、今もなお先輩は、私に笑ってくれているんですか。 気付けなかった。 私は、ずっと気付くことができなかった。 そうやって、私は何度この人の痛みを見過ごしてきたのだろう。 だけど、ようやく気付けたのに、この人はまた笑う。 その笑顔を、私の前にとんと立ててみせる。 本当に何も変わらない、いつもの先輩の笑顔を。 欠片でもほころびがあれば、私はそれを足がかりにできるのに。 それをきっかけに、笑顔の裏に隠しているものに触れることができるのに。 だけど、私にはそれが見つけられない。 私の目に映るのは、本当にいつもどおりに笑う先輩の笑顔だけ。 それが偽物か本物か、見分けることができない。 ああ、きっとこの人の妹なら、それをすんなり見破ってきっとその心の内に入っていけるのに。 なんて、そういう場違いな嫉妬さえ浮かべてしまう。 本当に場違いだ。そういうことを浮かべてしまう自分自身が、情けなくて泣きそうになる。 どうして、何も言ってくれないんですか。 どうして、そうやって笑ったままなんですか。 辛いって苦しいって言ってくれさえすれば、もしくはその笑顔を崩してくれさえすれば、どんな優しさでもあなたが望むのなら私は用意して見せるのに。 あなたがもしこの全てを望むのなら、喜んで何もかも残らず差し出せるのに。 私が今まで見過ごしてきたあなたの痛みの分、それに及ぶとはとても思えないけれど。 覗いたその横顔は嘘みたいに鮮やかなオレンジに染まって、その瞳は嘘みたいに鮮やかなオレンジを映していた。 いつもどおりの、私の記憶の中にあるものときれいに重なる、唯先輩の横顔。 小さく息を呑む。 それはまるで、初めて目にするような、そんな貌に見えていたから。 そんなはずは無いのに。その象も彩も、私は何度も目にしてきたもののはずなのに。 視線に気が付いたのか、先輩はくるりと首を回して私を見る。 私の目の前で、少しその距離を恥ずかしく思ったのか、僅かにはにかんだようなそんな笑みを浮かべてみせる。 私はそれに気付いている。 私はこの笑顔が偽物だという確信を抱けている。 私はだって、今先輩が傷ついてないはずがないということを知っているから。 結果から逆算なんて、こんなに傍にいたのに本当に情けない有様だけど。 だけど、ようやく私はそれを知ることができた。 だから、踏み出すべきなんだ。 だけど、私の前に立てられた笑顔が、私の歩みを阻む。 本物にしか見えない、唯先輩の笑顔が私の侵入を未然に防ぐ。 辛いことなんて、痛いことなんて何も無いよなんて笑うから、それが嘘だとわかっていても。その言葉を切り捨てることができない。 ひょっとしたら、そう。 先輩は拒んでいるのかもしれない。 私なんかが、その内側に入り込んじゃダメだよって、拒絶しているのかもしれない。 そうだとしたら、それはとても悲しくて、寂しくて、切ないことだけど。 切なくて、泣いてしまいそうだけど。 でも、言ってしまえばそう。 それはただ私に勇気が無いだけ。 確かですらないその危惧に怯えて、足をすくませているだけ。 だから、私に悲しんでいる余裕も、資格すらも存在しない。 私にできることは、すべきことは、ただひとつだけ。 それだけとわかっているのに、だけど。 私はまだ踏み出せずにいる。 本当に意気地なしで、自分が嫌になる。 触れないことが思いやりだなんて、そういう場合もあるよねって。 そんな卑怯な言い訳に納得してしまいそうになっている自分こそが、ただ悲しい。 ただ自分が、明確にその拒絶を形にされるのが怖くて、足踏みしているだけなのに。 傷つくことが、その痛みが現実のものになるのが怖いだけなのに。 その傍に、いられなくなることが―― 不意に、私の頭の上から傘が消える。 驚いて顔を向けると、そこには少し私から距離を置いた先輩の姿が見える。 三十センチから三メートル。距離を変えて、唯先輩はまだ笑顔のまま、私を見ている。 マンホールの蓋の上、傘をくるくる回しながら。 先輩、アウトですよ。マンホールはセーフだよ。 そんなやり取りの間に、私はもう別れ道に来てしまったことに気が付く。 唯先輩の部屋と、私の部屋への道。重なっていた道が、分かれてしまうその瞬間にたどり着いたことを。 ひどく象徴的だと思ってしまう。 そう思ってしまった自分に、私は激しい憤りを覚える。 だけど、じゃあどうすればいいのと自問すれば、私は答えることができない。 だから、私はただそこに立ちすくむ。 そんな私に、唯先輩はじゃあねって笑いながら小さく手を振ると、くるりと踵を返して、私に背を向けて歩き出した。 赤い十六角形を揺らせながら、すらりと伸びた両脚を動かしながら、私から離れていく。 私は、ただそれを見送る。 まるでまだその赤い羽根の下にいるかのように、そこから出てはいけないんだと思い込んでいるかのように、立ち尽くしたまま。 その先の交差点、後姿は立ち止まる。 くるくるとまた、傘が回り始める。 相変わらず赤いタイルのうえを歩いていたその足は、今はマンホールの上。 その上で、立ち止まっている。 だから、たぶん信号は赤なんだろう。 あの傘の向こう側、きっと信号は赤く光っているのだろう。 だから、あの傘の向こう、先輩はきっと―― だから思う。 きっと、違うんだと。 拒絶なんて、そんなわけない。 あの人は本当にただ、それを隠していただけなんだろう。 くるくる傘を回して、その中に納まっているように。 その切り取られた空間の中に、入り込んでしまっているように。 ただその心を、その内に。 私に知られないように、心配させないようにしながら。 私のことを思ってくれていた。 私は良く知っているはずだったのに。 唯先輩がどんな人か、なんて。 やわらかくて、暖かくて、そして優しい人。 何度もそうやって、私を救ってくれた人。 唯先輩は、いつも私にどうしてくれていたか、ただそれを思い出せばよかった。 唯先輩はいつも笑っていた。 だけど、笑っていてくれただけじゃない。 いつも私のことを抱きしめてくれていた。 ぎゅうって強く、ぬくもりを分け与えるような優しさをこめて。 だから、それがきっかけだった。 いつもそうしてくれていた先輩は、今この瞬間に至るまでそうしてはくれなかった。 だから、つまりそういうことなのだと思う。 そういうことにして、いいんだと思う。 ひょっとしたらそれは、意気地なしの私に向けた、唯先輩からの精一杯のメッセージだったのかもしれない。 私は駆け出す。 その赤い後姿に向かって。 全力で。一秒だって惜しむ勢いで、ただ、速く。 一刻でも早く、空いてしまったこの距離を埋められるようにと。 私と先輩に一番ふさわしい距離へと位置へと私と、そして先輩を戻せるように。 唯先輩。 あと数歩、呼びかけた私の声に、先輩はびくっと体を震わせて、振り返る。 ふわりとその手から傘が舞い落ち、地面にとんと軽い音を響かせる。 そうして振り返った先輩は、本当に、私が想像したとおりの顔をしていたから。 だから私は何も言わず、ただそのままの勢いで、強く強く抱きしめた。 なんであずにゃんがここにいるの、と唯先輩は震える声で尋ねてくるから。 走ってきたからですよ、と私は答えてあげる。 じゃあねって言ったのに、と続けるから。 そういったのは先輩だけです、と返してあげる。 見られたくなかったのに、とあなたは呟くから。 見せて欲しかったんですよ、と私は囁く。 その耳元で優しく、ようやく見つけられたその姿をもう離さないように。 あなたの笑顔が大好きだから。 何度も何度も私はそれに救われてきたから。 だから、私にその笑顔を守らせてください。 あなたの一番傍にいさせてください。 ゆっくりと、私の背中に腕が回る。 ぎゅっと、私の体が抱きしめられる。 数年ぶりに聞くその先輩の声が鼓膜に響く。 声を上げて、小さな私の胸に顔をうずめたまま、唯先輩は泣く。 その痛みに私の胸も同じだけ痛んでくれればいいと、その分だけ優しくなれればいいと、私は願う。 だから、私は小さく微笑んで、今まで言えなかった言葉を小さく囁いて、その体を抱きしめた。 この距離が私たちにふさわしい距離なんですよと、あなたに、そして自分に思い知らせるように。 優しく、そしてひたすらに強く、抱きしめた。 (おしまい) 元ネタ:BUMP「ウェザーリポート」 待ってたんですよねきっと…。ゆいあずの深くそして重い面を垣間見させていただきました…… -- (名無しさん) 2010-12-29 08 27 56 ??? 完走感しか残らなかった -- (名無しさん) 2011-01-08 12 44 49 やっぱりウェザリポだったんだ^^ -- (名無しさん) 2011-01-08 13 21 50 割と読み手を選ぶけど、好きかな。想像の余地があるのがいいね -- (名無しさん) 2011-01-08 14 05 58 この曲が大好きになった。これが唯梓パワーか -- (名無しさん) 2011-01-10 04 54 59 そんな気したが、ウェザーリポートだったんだ…この曲、マイナーだけど好き -- (名無しさん) 2012-11-15 00 26 42 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
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梓「憂、来たよー」 憂「あ、梓ちゃん入ってー。はい、スリッパ」 梓「ありがとう。あれ、純は?」 憂「それが、急用で来れないんだってぇ」 梓「ええー、そうなのー?・・・しょうがないな、じゃあ憂と二人でやろっか」 私は今、憂の家に来ている。 軽音部でやる曲や詞を作ったり、その他色々とまあ打ち合わせみたいなものだ。 私達は3年だから、軽音部の方針は私達がちゃんと決めないと。 梓「あ、そこの2番目からは代理コード使った方が変化が出るんじゃない?」 憂「ここはエンディングだからサビを2回繰り返そうよ」 梓「それじゃあ、ここのコードはベースをラインクリシェで下降していって」 憂「梓ちゃんのソロパートからは転調したらカッコいいんじゃないかな?」 憂はさすがに要領を掴むのが上手く、今じゃ立派な軽音部のメンバーだ。 純もあれでベースの腕は確かだし、何だかんだですごく頼りになる。 あれから3年になった私達は憂と純が軽音部に入部してくれて、 そしてそれまでまったくだった新入部員がウソのように数人が入部してくれて、 後輩を指導したり、バンド練習したり、すごく充実している。 それにしても、何で新入部員が入ったんだろう?って今でも不思議に思う。 新歓ライブがカッコよかったからかな?なんて。 憂「梓ちゃん、これすごくいい曲じゃない?すごくカッコいいよお!」 梓「うーん、そうだね・・・うん、すごくいいんだけど、でも何かこう・・・」 憂「まだ何か気になる部分があるの?」 梓「あ、いや、そういう訳じゃないんだけど・・・・何か足りないような・・・」 憂「そうかなあ?うーん、何だろう・・・」 そう、何かが足りないんだ・・・ 後輩も出来たし、部活の活動もすごく充実している。 私がはじめて軽音部に入部した時に描いていた様な理想が、今叶ってる。 でも・・・でも、何かが足りない気がする。 いや、私は私自身、何が足りないのかがわかってる。 でもそれを素直に認めたくない意地っ張りな自分がいるんだ。 梓「そう、足りないんだよ・・・」 憂「何が?」 梓「それは、きっと・・・・」 唯「お菓子が足りないんじゃない?」 梓「!?ッギャアアーーーーーァッッ!!?」 唯「やっほー」 憂「あ、お姉ちゃん~」 唯「平沢唯、ただいま久方振りに実家に帰ってまいりました!」 唐突な唯先輩の出現に心臓が止まるかと思った。 って、唯先輩の唐突さは今にはじまった事じゃないけど。 梓「な、何なんですか!急に!!」 憂「えへへ~、実は今日お姉ちゃんが久しぶりに家で泊まるんだよ~」 唯「えへへ~、そういう事~」 梓「もう、それならそうと言ってて下さい!」 唯「それじゃ、いつもの・・・」 梓「へ・・・?」 唯「あずにゃん分補給~~~!!」 梓「わあっ、ちょっと!会うなりやめて下さいよ!」 唯「なあんで?いいじゃん、そんな他人行儀な仲じゃあるまいし~」 梓「もう・・・」 すごく久しぶりのこの感触。 ずーっとこのままでいてほしいけど、また意地っ張りな私が邪魔をしてしまう。 照れを隠すように、必要以上にそっけない態度を取る。 梓「いつまで抱きついてるんですか、それに泊まるって言いましたけど荷物それだけですか? ギー太はどうしたんですか!前は一日でも手放すのをあんなに嫌がってたのに! 大学でもバンドはやってるんでしょ?」 唯「あ、いや、そうなんだけど~、泊まるって言っても連休の間だけだしぃ~ 2、3日くらいならわざわざギー太連れてこなくてもいいかな~って・・・」 梓「もう、いいかげんなんだから!そんなのでよく大学生をやっていけてますね!」 唯「ふっ、照れるぜ・・・」 梓「褒めてません!」 唯「いやぁ~ん、久しぶりに会ったのにすぐ怒る~」 梓「まったく・・・しばらく会ってないから少しは変わってるのかと思ったら」 そう、先輩達が卒業して一ヶ月くらいになるだろうか。 唯先輩は大学入学と同時に一人暮らしをはじめたから、それから会ってない。 たまにメールはしてくれるけど、それだけだ。 たった一ヶ月なのに何年も会ってない気がする。 それでもこうやって会えば、前のような感覚にちゃんと戻れるのがうれしかった。 でも同時に、いざ本物の唯先輩に会うと、今離れ離れになってるのも実感して複雑でもある。 唯「それでね、律っちゃんがね~」 憂「アハハ」 梓「唯先輩はもう少し、大学生なのを自覚して下さい!」 軽音部の打ち合わせはどこへやら、お菓子を食べながら取りとめもない会話をしていると、 何だかすごく懐かしい気持ちになってくる。 そうこうしている内に、次第に日が暮れてきた。 憂「あっ、もうこんな時間、そろそろ夕飯の準備しなくちゃ。私買い物に行ってくるね」 唯「久しぶりの憂の手料理だ~」 梓「あっ、じゃあ私そろそろ・・・」 憂「もう帰っちゃうの?お姉ちゃんもいるし、夕飯くらい一緒に食べようよ」 梓「えっ、で、でも・・・」 唯「そうだよ~、一緒に食べようよ~久しぶりなんだから~」 梓「そ、それじゃあ・・・」 唯「やったー、あずにゃんと夕飯だ~」 憂「ふふ、よかったねお姉ちゃん。それじゃ梓ちゃん、お姉ちゃんと留守番よろしくね」 唯「いってらっしゃ~い」 梓「き、気をつけてね・・・」 唯先輩と二人きりだ・・・緊張してきた。 しかも、まさか今日会うなんて思ってもいなかったから、余計にドキドキする・・・ それでも、何だかそれを悟られたくなくて、平然を装った。 梓「それで、大学生活はどうですか?もう慣れましたか?」 唯「うん、最初はドキドキしたけど、もう大分慣れてきたよー。 あずにゃんはどうなの?軽音部部長として頑張ってるんでしょ?」 梓「そうですね、何とか新入部員も入って来たし、結構上手くやってますよ」 唯「そういえば、新歓ライブってどうしたの?あの時って憂と純ちゃんで まだ3人しかいなかったよね?」 梓「そうなんです、何よりドラムがいないから普通のバンドとして出来ないんで、 あえてアンプラグドでやったんですよ。アコースティックギターとかピアノで。」 唯「へえ~、かーっこいいねぇ~!大人だね~!やっぱりあずにゃんはすごいよ!」 梓「いえ、そんな事は・・・でも憂もすごく上手いんですよ。初心者と思えないくらい」 唯「えへん、まあ私の妹ですから!」 梓「いえ、だから余計に驚くんです。同じ姉妹でこうも違うのかと」 唯「も~!あずにゃんの意地悪~!」 梓「ふふっ、冗談ですよ。」 唯「でも・・・今の生活も慣れたけど、やっぱりあずにゃんがいないと寂しいや」 梓「えっ?」 唯「そりゃ大学には澪ちゃんや律ちゃんやムギちゃんがいるけど、 あずにゃんがいないと何だか落ち着かないんだよね~」 梓「・・・」 唯「バンドで隣でギターを弾いてくれたり、楽譜の読み方を教えてくれたり、 ほっぺについたクリームをふき取ってくれたり、 そうやっていつも横にいてくれたあずにゃんが今はいないから、 何か体にぽっかり穴があいたような感じがするんだよ、エヘヘ・・・」 梓「・・・」 唯「あずにゃん?」 梓「そ、それなら・・・何で・・・」 唯「え?」 梓「それなら何で卒業してから一度も会ってくれないんですか! あんな何回かのメールだけで済ませて!」 唯「え?え?」 私の今までの思いを知らずに、あっけらかんとそんな事を言う唯先輩を見てたら 何だかすごくイライラしてきた。 いや、それは単に私が正直な思いを打ち明けるのが怖いから それを隠すために唯先輩に八つ当たりしてるだけなのかもしれない。 何で私はこういつもいつも意地っ張りなのか。 自分自身が嫌になるが、今までの思いが蓄積してたせいで言葉が止まらない。 梓「先輩は色々新生活で大変そうだからあえて私からの連絡は控えてたんです! でも、先輩はメールでは会いたいねとか何とか書いてくるけど 結局それから何も音沙汰はないし、もうホントいいかげんすぎます!!」 唯「いや、あの・・・その・・・」 梓「だいたい昔っから先輩はそうなんです! 練習を中々やらないし!いつも遅刻はしてくるし!」 唯「な、何かデジャブな予感が・・・・」 梓「楽譜も全然覚えようとしないし!何かと抱きついてくるし! ギターソロも度々間違えるし!すぐ変なコスプレとかさせたがるし!」 唯「そ、それ私のせいですか!?」 梓「歌詞も覚えてこないし!生活全般がだらしないし! リズムがいつもズレるし!すぐ人に頼って泣きついてくるし!」 お菓子ばっかり食べてご飯食べられなくなったりするし!」 唯「うわ~~~ん!久しぶりのあずにゃんも怖いよお~~~!!」 ~終わり~ 梓「まだ終わってません!ギターのメンテナンスは人に任せてばっかりだし! 何か一個覚えたら前の事さっぱり忘れるし!」 唯「やっぱりまだ続くの!?」 ~まだ終わってませんでした~ 私はありったけの言葉を唯先輩に浴びせる。 今まで会えなかった分の不満を、私の思いを、そこに隠しながら。 唯「うう、お代官様許してくだせえ・・・今年の年貢はもうこれだけですだ・・・」 梓「・・・どんなに私が・・・唯先輩の事を・・・」 唯「へ?」 梓「わっ、私がっ・・・どんな思いで・・・先輩の事を・・・ うっ、グスッ・・・」 唯「あずにゃん・・・?」 今まで自分の気持ちを押し殺していた分、一旦堰が切れたら自分の感情が止まらない。 それまで意地を張っていた自分がウソのように、唯先輩の前で子供のように泣いた。 梓「いっ、今まで・・・あんなに抱きついたりしてたのに・・・ ひっく・・・きゅ、急に卒業したら・・・うっ、ぜっ、全然・・・ 会って、くれなくて・・・もっ、もう私の事なんて・・・忘れたのかと・・・」 唯「あずにゃん・・・」 梓「会いたかったのに・・・グスッ・・・ずっと、待ってたのに・・・」 唯「なーんだ、あずにゃんも私と同じ気持ちだったんだね」 梓「えっ?」 唯先輩が私を抱きしめてくれた。 けど、いつもの力任せな抱き方じゃなく、優しくそっと包み込むように。 唯「私も、当たり前のように一緒にいたあずにゃんが急にいなくなって あずにゃんの存在の大きさに改めて気が付いたんだよ? でもね、卒業してから会わなかったり、たまにしかメールしなかったのも、 確かに私が大学に入学してすぐでバタバタしてたのもあるけど、 あずにゃんの邪魔をしたくなかったんだよ」 梓「邪魔・・・?」 唯「だって、今あずにゃんは軽音部部長だし、後輩もいて、すごく頑張ってるでしょ? 私達がいた頃と違って、今の軽音部はすごくちゃんとしてる。 私はずーっとあずにゃんの足を引っ張ってばっかりだったもんね。 あずにゃんにとって最後の高校生活だし、部活にも悔いを残して欲しくないし そんな中で部長として頑張ってるあずにゃんの邪魔をしたくなかったんだよ」 梓「そんな邪魔だなんて・・・・もう、先輩馬鹿みたいです。 勝手にそんな風に一人で思い込んで。 でも・・・でも、私も人の事言えませんね・・・ いつも自分の気持ちを隠して、先輩に思ってもない事を言ったりしてたし」 唯「本当言うとね、今日家に帰って来たのもあずにゃんに会いたかったからなんだよ」 梓「そうなんですか・・・?」 唯「でも、下手にしばらく会わなかったから、逆に中々会おうって言い出せなくて・・・ それで憂に今日あずにゃんに来てもらうように頼んだんだよ。 純ちゃんも気を利かせてくれたみたいだしね」 梓「ええ!?・・・うう、純ったら・・・」 唯「憂が言ってたよ?今の軽音部でも度々あずにゃんが私達の事を話題にするらしいけど 大体その割合が、私5、澪ちゃんとムギちゃん3、律ちゃん1くらいなんだって!」 梓「ハハハ・・・我ながら自分の馬鹿正直さに呆れますね・・・ っていうか、今律先輩がいなくてよかったです」 唯「結局私達二人って、お互いの気持ちに気付かないまますれ違ってたんだね・・・」 梓「先輩・・・でも、よかったです。今はこうしてお互いの気持ちがわかったから」 唯「ねえ、あずにゃん・・・ほんの少しだけ目を瞑ってくれる?」 梓「え?はい、いいですよ」 目を閉じた次の瞬間、私の唇に柔らかな感触が伝わってきた。 最初はびっくりしたが、それが唯先輩の唇だと理解すると、私はそのまま身を委ねた。 時が止まったような感覚。 時間にして10秒も経ってないはずなのに、それが永遠に感じられた。 やがて唇が離れたのでゆっくり目を開けると、そこには少し照れた唯先輩の笑顔があった。 唯「えへへ、あずにゃんのファーストキス奪っちゃった・・・」 梓「ずっ、ずるいです・・・私が目を閉じてる間にするなんて・・・ 私だって、唯先輩のファーストキス奪っちゃいます!」 唯「んむっ!?」 半ば強引に唯先輩に抱きついて今度は私からキスをした。 何だか神経がすべて唇に集中してるようだ。 頭がぼーっとするような変な感覚だけど、唯先輩と繋がっているという感覚だけは、 唇の感触と共に間違いなく実感出来る。 それまでずっと足りないと思っていたものが私の中に満たされていく。 私は今、唯先輩と繋がってるんだ・・・・ 唯「はあっ、あずにゃん意外と積極的なんだね・・・」 梓「先輩だって・・・・」 そして、二人でソファに腰掛けて、窓から夕日を眺めていた。 お互いの手を繋ぎながら。 唯「相変わらずあずにゃんの手は小さくて可愛いね~」 梓「そんな事ないですよ・・・でも先輩もギタリストらしい手になってきましたね。 今日はギー太持ってきてないけど、普段はちゃんと練習してるんですか?」 唯「えっとその・・・あのね、実は今日ギー太持って来なかったのはわざとなんだよ」 梓「わざと?」 唯「だって久しぶりにあずにゃんに会えるのに、肌身離さずギー太持ってたら あずにゃんがやきもち焼くんじゃないかなーって思って・・・」 梓「ええー?そんな理由で持って来なかったんですか?」 唯「ギー太は確かに大事だけど、あくまでビジネスパートナー。 本当に一番好きなのはあずにゃんだからね!」 梓「何言ってるんですかもう・・・ふふっ、私も一番好きなのは先輩ですからね」 唯「あ~ん、あずにゃ~~ん!」 梓「わっ!もう、先輩やめてくださいよお!」 唯「あずにゃ~ん、あずにゃ~ん・・・」 梓「ハイハイ、わかりましたから・・・もうそろそろ憂も帰ってきますよ」 私と唯先輩、お互いの思いを確認出来たし、気持ちも繋がりあえた。 それはすごくうれしい。 けど、だからと言って急にそれですべてが変わるわけじゃない。 私のこの意地っ張りな性格もすぐに変えられない。 多分、しばらくは今まで通りの生活を続けていくんだろう。 でも、今までと違って私と唯先輩との気持ちは繋がっている。 どんなにお互いが離れていても、会えなくても、 その確かな繋がりが私に安心感を与えてくれる。 どんなになっても、私が唯先輩を好きな気持ちは変わらないんだから。 でも、出来ればいつでも会いたいしもっと近くにいたいけど。 唯「あ、そうだ、ムギちゃんに預かってたおみやげ出すの忘れてた」 梓「え、おみやげ?」 唯「うん、これみんなで食べてってさ。あずにゃんも来るから ムギちゃんも家においでよって誘ったんだけど、私はいいからって」 梓「へえ~、何か用事でもあったんですかね?」 唯「う~ん、わかんない。 それより中なんだろ・・・あっ!クッキーだあ~!おいしそ~~」 梓「あっ!駄目ですよ!憂が夕飯作ってくれるんですから! また食べられなくなっちゃいますよ!」 唯「食べないよ~、中見るだけだよ~。わぁ、色んな種類があるね~」 梓「本当ですね。って、あれ?何か外箱の大きさの割に中が少ないですね? 上げ底になってるのかな?」 唯「もう一段下にもクッキーが入ってんじゃない?」 梓「え?でもフタとか何もないし・・・」 唯「きっとすんごいクッキーの親分が隠れてるんだよ!無理やりあけてみようよ!」 梓「あっ、ちょっと先輩・・・」 パカッ! 唯「あらら・・・?これって、もしかして・・・??」 梓「盗聴器・・・ですか・・・?」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 紬「ちょ、ちょっとすみません!誰かティッシュを持ってきて下さい!!」 執事「どうしたんですかお嬢様って・・・うわー!すごい鼻血!!」 ~今度こそ本当に終わり~ 俺にもティッシュを!!! -- (4ℓの噴水(赤)) 2010-11-04 22 44 09 紬… -- (ダメですぅ〜) 2010-11-05 01 46 24 さーて輸血輸血っと、、、 -- (輸血パック) 2010-11-15 03 16 26 はああ、ティッシュどこ…。 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-12 08 00 43 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
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「唯先輩……」 呟くように声をかけて、少し茶色がかったショートボブの髪を撫でてみる。さらさらというよりふわふわ。指の間をすり抜けていくというより髪の毛に指が沈んでいくような感じ。 もちろん声をかけた程度じゃ起きないし、こうして髪の毛を触っても身動ぎひとつしないで私の膝の上でぐー、すぴーと寝息を立てている。 そもそもどうして私が膝枕をしているのかというと数時間前に遡るのだけどつまりは最近夜遅くまで練習していたらしい唯先輩が眠気の限界だったらしくてギターを壁に立てかけて そのまま突進するように私に抱きついてきたと思ったらまるで猫みたいに私の膝の上に丸くなりそのまま眠ってしまったという訳だ。 ちなみに、今日は部活がオフの日で、昨日せっかくですし二人で特訓しましょうと誘ってみるとあっさりとオーケイをもらえたからでは朝6時にウチに来てくださいと言うと それは早すぎだよと文句を言われてしまってしょうがないですねでは私がそちらに行きますと言うとそれならいいよと合鍵を渡してくれたのでそれを使って家に入ったのである。 寝顔が見たかったから朝4時に家に侵入――否、合鍵を使っているのだから何もやましいことはないということで憂に気付かれないように足音に気をつけて唯先輩の部屋に忍び込むと 案の定唯先輩はぐっすりと眠っていたのでゆっくりとその寝顔を堪能していたらいつの間にか私も寝てしまっていてそれをばっちり唯先輩に見られてしまったのだけれど別に悪い気はしない。 しかし憂の姿が見えないなと思って訊いてみると昨日から友達の家にお泊りだよと答えられてそれならまるで泥棒よろしく足音に気をつけていた私はなんだったんだという 理不尽な怒りが湧いてきたけどそれを外に出してしまうと私が唯先輩の寝顔を見たいがために早起きして家まで来たように思われるので言わなかった。別に勘違いされたからってどうにかなる訳じゃないのだけれど。 「しかし、まぁ……」 なんとも可愛らしい寝顔をしていらっしゃる。いや、この人が可愛いのはいつものことだけど寝ているときは普段の数倍可愛らしいと思う。 こんな可愛らしい顔を無防備に晒されたら思わず食べてしまいたく……おっと。 寸でのところで自分の欲望を抑える。こんなところでコトに及ぶなんて道義に反するしそういうことはしっかりとした関係を持ってからじゃないと駄目だろう。 それを無視して無理やりしてしまうとそれこそ今まで積み上げた関係を壊してしまうことになりかねないし先輩の心に一生治らない傷を負わせてしまうかもしれない。私のことを嫌いになるぐらいならまだいいけどトラウマを残すのはやっぱりよくない。 しかし、だからといって、 「んぅ……、あずにゃぁん……」 私にも我慢の限界というものがある訳で。 こんなに無邪気で無垢で純真な寝顔で私の名前を呼ばれてときめかない訳も無く、私の心は正直もう我慢の限界である。 我慢の限界である。 しかしだからといってコトに及ぶわけにはいかない。前述したとおり私はそれをやってはいけないものだと考えているし、恐らく誰だってそう考えるだろう。もしそう思わない輩がいたとしたらそいつはただのレイプ犯だ。即刻逮捕して私刑を下してやる。 だったら……うん、キスぐらいならきっと許されるだろう。情事をするというわけじゃなくただの愛情行為だし私が先輩を愛しているのは誰の目にも明白だろう。そんな私がキスをしたところで誰も驚かないしむしろそれが当然だと思うはずだ。 そう思って控えめだけどぷっくりと柔らかそうな唇を見つめてみる。普段は雑な唯先輩もやっぱりそこには気を使っているのか、簡単にだけどリップを塗っているみたいで、ちっともかさついていない。 「……」 なんとなしに顔を近付けてみると、唯先輩独特のふわふわとした匂いが鼻孔をくすぐった。同時に薄く開いた唇から漏れる吐息の甘い匂いも感じて気恥ずかしくなり、心臓が早鐘を打つ。 このままもう少し顔を落とせば簡単に唇を奪えるけど、それは紳士的はないというかなんというか……。 ただ勇気が出ないだけだけど。 そんなことを考えながら数分間。 パチリと唯先輩の瞳が開いた。 「あ……」 「え……?」 二人の距離、およそ数センチ。鼻同士がぶつかりそうな至近距離である。まさに目と鼻の先。 唯先輩は不思議そうな目で私を見つめている。恐らく寝起きで頭が回っていないのだろう。今なら誤魔化せるかもしれない。 「あはは。さっきまでゴキブリがそこにいたので殺そうと思ってたんですよ~。もう逃げちゃいましたけど。決して寝ている人間の唇を奪おうなんて思って――」 「あずにゃ~ん」 「んん!?」 キスされた。 あまりにもあっけなさ過ぎてキスされたという事実を認識するのに時間がかかってしまったけど、間違いなくキスされてしまった。 「あ、あの……」 「えへへ~、あずにゃんとちゅ~」 聞いちゃいねえ。 「どうしてキスなんか」 「え? だってあずにゃんからしようと思ってたでしょ?」 「違いますよあれはゴキブリを殺そうと」 「嘘だね」 「本当です」 「嘘だよ」 「嘘ですけど」 ほらやっぱりと唯先輩が笑った。なんとなく見透かされたような気になって恥ずかしくなって目を逸らす。 「だけどこれで私とあずにゃんは恋人になったんだね」 「……は!?」 何かトンデモナイ衝撃発言が聞こえたような気がしのだけれど気のせいだろうか。 「あ、あの、唯せんぱ――」 「さ、練習練習~」 ……あれぇ? Fin よかった -- (名無しさん) 2013-02-13 02 41 10 まあよいではないか、あずにゃんよ。 恋人になる時期が早まっただけだから。 いつかはゆいあずなんだから。 -- (あずにゃんラブ) 2013-02-13 18 52 06 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
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はじめまして、こんにちは。 私は、この春桜ヶ丘高校に入学したばかりの1年生です。 突然ですが今回は、私の部活の先輩と、その先輩の先輩、 素敵な2人の素敵なエピソードをお話ししたいと思います。 私が入った部活、それは軽音楽部(以下軽音部)です。 カスタネットやタンバリンなど簡単な楽器で軽い音楽をやる部活…ではなく、 ギターやらベースやらドラムやらでバンドを組む、アレです。 実は私、中学の頃からギターをやっているので、軽音部があると聞いて興味津々でした。 そんなわけで、やはり中学の頃からドラムをやっているという、 入学式の日に早速意気投合した同じクラスの友人と一緒に、 勧誘期間の初日に行われた新勧ライブを楽しみに見に行ったのです。 果たして、ステージ上に現れたバンドはギター&ベース&キーボードのみで ドラムがいないという変則的なスリーピースでしたが、 その演奏はそうした制約の中でも最大限のパフォーマンスが発揮できるよう よく工夫されていることが感じられる、大変素晴らしいものでした。 特にギタリストのレベルは女子高生のそれを確実に上回っていて、とても惹かれました。 というわけで私と友人はその場で2人揃って入部を決意し、 その日のうちに、入部届を片手に軽音部の活動場所である音楽準備室を訪れたのでした。 まさか初日にいきなり入部希望者が現れるとは思っていなかったらしく、 3人の先輩たちは少し驚いたようでしたが、それ以上に大変喜び、それはもう大歓迎してくれ、 そしてこちらが恐縮するくらい熱烈に感謝の意を伝えてくれました。 なんでも、この学校の部活は最低4人の部員が必要と定められており (バンドは3人でもできるのに…)、 軽音部はもし新入生が誰も入部しなければ即廃部という危機にあったそうで、 それゆえに私たちは先輩たちの目にはまさしく救世主のように映ったようでした (特にドラマーが入部したのは嬉しかったようです)。 先輩たちは3人とも3年生ですが、1年生の時からずっと軽音部にいるのは 部長でありギター・ボーカルを務める梓先輩だけだそうです。 去年までは梓先輩の上に4人の先輩がいたそうなのですが、 今年の春に揃って卒業してしまい、梓先輩がひとり残される形になってしまったのだとか。 そこで、2年生までジャズ研に所属していたベースの純先輩と、ずっと帰宅部だった キーボードの憂先輩、2人の親友が助っ人として移籍・入部したのだそうです。 それでも4人には足りなかったため、勧誘はまさに正念場だったとのこと。 そもそも梓先輩が入った時の軽音部も、先代の部長が入学した時点で 誰ひとり部員の残っていなかったところから4人かき集めて立て直したという、 かなりギリギリのところで生き残ってきた部だったようです。 それだけに、卒業した先輩たちの軽音部に対する思い入れは相当のものだったはずで、 そんな部を引き継いだ梓先輩は、自身のそれはそれで非常に強い愛着に加えて その先輩たちの思いも同時に背負っていたのでしょうから、 自分が潰すわけにはいかない、とかなりのプレッシャーを感じていたに違いありません。 それを考えれば、私たちが部室を訪れたときの梓先輩たちの、 異様なまでの歓迎ムードや安堵に満ちた表情の意味も理解できるというものです。 そんなわけで、早々に軽音部への入部を決めてしまった私たちは、 仮入部期間が終わらないうちから本格的に活動に参加させていただきました。 先輩方は皆さんそれぞれ性格が違いますがとても仲良しで、私たちにも優しくしてくれます。 この部活なら楽しい高校生活を送れそうだ、と思ったわけですが、 最初の頃ちょっとびっくりしたのは、軽音部なのになぜかティータイムがあることでした。 梓先輩いわく、先代部長の頃からの習慣だとか。 入部当初の梓先輩は練習時間を少なくさせるこの習慣に馴染めなかったといいますが、 そのうちにこの時間が色々とプラスに作用していたことを理解できるようになり、 次第に受け入れられるようになったとのことでした。 そうは言ってもちょっとティータイムが長すぎた気はするけどね、 と梓先輩は苦笑いしていましたが、ひとまず今年も続けてみることにしたようです。 私も友人も女の子ですからお菓子や紅茶は大好きですし、 午後の授業も終わってちょうど小腹が空き始める時間帯のティータイムは 正直なところありがたいので、特に反対はしませんでした。 そんなティータイムに交わされる会話の内容は様々ですが、 梓先輩がよく話すのは、やはりというべきか、卒業した4人の先輩たちの話でした。 あまりちゃんと練習もせず、ティータイムやおしゃべりを優先しがちで、 性格もみんなバラバラかつ個性的で、でも結束は他のどんなバンドよりも強くて、 全員の演奏が合わさると不思議なくらい輝いていたという先輩たち。 高校に入った頃はとても真面目で、しかしどこか堅苦しく考えがちだった自分も、 そんな先輩たちと過ごすうちにだいぶ影響を受けて良くも悪くも丸くなってしまった、 と梓先輩はまた苦笑いをしていました。 しかし真面目ながらもそれ一辺倒ではなく、 適度に肩の力を抜きつつ締めるところはしっかり締め、 部員全員のことを考えて気持ちよく活動できるようにまとめてくれる今の梓先輩は、 その先輩たちとの関わり合いの中で育て上げられてきたのでしょう。 そう考えると、その先輩たちの功績は色々な意味で大きかったと言えそうです。 実際、何だかんだ言いつつも梓先輩がその先輩たちを尊敬しているということは 本人の口からも語られたことですし、傍目にもそれはよく分かることでした。 梓先輩が語った、梓先輩の先輩たち。 廃部寸前だった軽音部の復活の立役者でありながら活動態度は適当で、 大雑把でガサツで書類申請もよく忘れ、ドラムも走りがちだったけど、 部員全員のことをよく見ていて、ここぞという時にはみんなをパワフルに引っ張りあげる 頼もしいリーダーシップを発揮してくれたという、先代部長の「律先輩」。 その律先輩の幼馴染で、先輩たちの中では一番真面目な普段の軽音部のまとめ役、 ベースの腕も抜群で歌も上手く、作詞も手掛け、成績優秀、その上美人でスタイルも良く、 ファンクラブができる程の人気があり、でもちょっと周りに流されやすくて、 恥ずかしがり屋で怖がりという可愛らしいところもあったという「澪先輩」。 大企業の社長令嬢で、この部活にティータイムを作った張本人であり、 家から高級なお茶やお菓子を毎日持ってきては惜しげもなくみんなに振舞い、 幼い頃からピアノで鍛えられたキーボードの腕は確かなもので、作曲のセンスも高く、 ちょっと世間知らずだけどおっとりぽわぽわで天使のようだったという「ムギ先輩」 (ちなみに「ムギ」はあだ名で、本名は「紬」だそうです)。 いずれの先輩についても、聞いているだけで楽しくなるような たくさんのエピソードを聞かせてもらいました。 そしてもう1人。 これまでに挙げた3人のどの先輩についてよりも明らかに、 それこそ今まで聞かされたうちの少なくとも半分はその人についての話だったのではないか、 と思えるくらい、圧倒的に多くのことが語られた先輩がいました。 「唯先輩」。 憂先輩の1歳年上のお姉さんであり、 リードギター&ボーカルを務めていたというその人についてまず語られた内容は、 誤解を恐れず端的に言ってしまえば、文句であり、愚痴でした。 梓先輩はその人の演奏に惹かれて軽音部に入ったのに、 実際はとてもぐうたらで、大いに裏切られた気分にさせられたこと。 高校に入るまで実はギターに触れたことすらなく、 実際の腕は小学生の頃からギターをやっている梓先輩とは比べるまでもなかったこと。 部活の時間はお茶やおしゃべりにばかり熱心で、ろくに練習しようとしなかったこと。 イヤイヤながら練習し始めたらし始めたで、楽譜も読めず、 コードの押さえ方も分からないから教えてほしいと後輩の梓先輩にすぐ泣きついてきたこと。 そうやって何度教えてもしばらくするとまたコロっと忘れていて、 何度も教え直す羽目になったこと。 ギターのメンテナンスも自分じゃまともにできなかったこと。 とにかく音楽やギターの知識がまるでなく、教えるのに苦労させられたこと (だから梓先輩は教えるのが上手なのかもしれない、と思いました)。 日常生活でも天然ボケでドジで危なっかしくて頼りなくて、目が離せなかったこと。 家の仕事はほとんど妹の憂先輩に任せっきりの世話になりっぱなしだったこと (当の憂先輩はそれを苦とも何とも思っていなかったようですが)。 勉強も嫌いでだいたいいつも赤点スレスレで、 それなのにテスト直前に演芸大会に出ようとしたりしたこと。 3年生になっても進路をなかなか決められず、周りをヤキモキさせたこと。 梓先輩をいたくお気に入りで、ちょっと迷惑なレベルで猫可愛がりしてきたこと。 「あずにゃん」という、梓先輩曰く妙なあだ名をつけてきたこと。 スキンシップが激しくて、春夏秋冬朝昼晩、ところ構わず抱きついてきて、 それだけでは飽き足らず頬ずりをしてきたり、 エスカレートするとキスまでしようとしてきたり、 隙あらばベタベタくっついてくるので大変だったこと。 あの真面目な梓先輩が人の文句を、よりによってその人の実の妹さんがいる目の前で お構いなしに言いまくるものだから、最初は本当にびっくりしました。 しかし、いくら相手が親友といえどもお姉さんのことをここまで言われて平気なのだろうか、 と恐る恐る憂先輩の顔を見ると、これがまた驚くべきことに、 憂先輩はニコニコと笑いながら梓先輩が話す様子を眺めていたのです。 確かに憂先輩はとても優しい人ですが、決して怒らない人ではありません。 ましてや、憂先輩はお姉さんのことが本当に大好きで、 溺愛していたといっても過言ではないほどだったと聞かされています。 そんな人がなぜ笑顔でお姉さんへの文句を聞き続けていられるのか、実に不思議でした。 もしかして裏では梓先輩への激しい怒りを燃やしていたりするのだろうか、 とも思いましたが、その笑顔はどう見ても本物で…。 私と友人が理解できずにいると、ニヤニヤしながら梓先輩を眺めていた 純先輩が私たちの様子に気付いたらしく、こっそり耳打ちしてくれました。 「梓の顔をよく見てみな」と。 そう言われて見た梓先輩の顔。 そこに浮かんでいたのは、とても楽しそうな笑顔でした。 他の先輩たちについて話す時も十分楽しそうにしていましたが、 それよりももっと、ずっと楽しそうに、「唯先輩」のことを語る梓先輩は笑っていたのです。 そこに人の悪口を言って楽しんでいるといったような悪意は欠片も感じられず、ただ純粋に、 「唯先輩」のことを思い出すのが、話すのが、本当に楽しくて仕方がないと言わんばかり。 そんな自分の様子に気付いているのかいないのか、 梓先輩はなお笑顔のまま「唯先輩」の「文句」を言い続けます。 純先輩はそんな梓先輩を生温かい目で見やりながら、 「ね、分かったでしょ?」と、また私たちに耳打ちをしました。 つまり、言葉だけをそのまま受け取ってしまえば「唯先輩」への 文句であり愚痴でしかない数々のエピソードは、 確かにその額面通りの意味合いも多少は含まれているのかもしれませんが、 しかし実は梓先輩にとってはそれ以上に、本当に楽しくて、とても輝いていて、 何よりも大切で、かけがえのない「唯先輩」との思い出の数々なのだということが、 その笑顔からは容易に読み取ることができるのでした。 もちろん、1年生の頃からの付き合いになる憂先輩もそれが分かっていたのでしょう。 そして、「唯先輩」について梓先輩が語ったのは、それだけではありませんでした。 ひとしきり「文句」を言い終えた梓先輩は、そこで「でもね」と話を反転させると、 その時点で既に他の先輩について語った量を軽く上回るくらいには 「唯先輩」について語っていたというのに、 今度は同じくらいたくさんの言葉をもって、「唯先輩」を褒め始めたのです。 部活の時間はなかなか練習しなかったけど、実は陰では一生懸命練習していたこと。 記憶の定着にこそ少し時間がかかったけど、飲み込みはとても早くて、 ちょっと教えればすぐにその通りに弾きこなしてみせたこと。 音楽的センスが優れていて、みるみるうちに上達していったこと。 なかなか集中できないけど、いざ本気になったときの集中力は人並外れたものだったこと。 ライブとかでそれを発揮した時には、梓先輩が心惹かれたときとまったく同じように、 他の誰にも真似できないような、思わず聞き惚れてしまうような音を奏でたこと。 甘くて柔らかくて優しい声で歌いあげる歌も、一度聴いたら忘れられないものだったこと。 「ギー太」と名付けてとても大切にしていたという、 重くて弾きにくいはずのレスポール・スタンダードを見事なまでに、 そして誰よりも楽しそうに弾きこなしながら歌うその姿は、 見とれてしまうほどにカッコ良かったこと。 とても優しくて、何も考えていないように見えてもさりげなく周囲を気遣う人だったこと。 テスト期間中に演芸大会に出ようとしたのも、 自分のことを二の次にしてでも隣のおばあちゃんを喜ばせたいという一心からの行動で、 それくらい純粋に人を喜ばせるのが好きな人だったこと。 本気になるとすごいのは音楽以外でも一緒で、 結局演芸大会に出た後のテストでも高得点をマークしてみせたこと。 実は料理もそれなりにちゃんとできたこと。 憂先輩に何かと頼りきりだったけど、それをちゃんと自覚していて、 憂先輩に感謝する内容の、とても素晴らしい歌詞を書き上げたこと。 梓先輩のことを、とても大切にしてくれたこと。 しょっちゅう抱きつかれるのは恥ずかしかったけど、 そうやって抱き締められた時の温もりは、不思議と心を落ち着かせてくれたこと。 梓先輩が困った時にはすぐに駆けつけてくれて、安心させてくれたこと。 不安な気持ちになったり悩んだりした時はいつも手を差し伸べてくれて、 いつもの頼りなさが嘘のように、頼もしく引っ張ってくれたこと。 一緒にギターを弾いたり、おしゃべりしたり、お出かけしたり…とにかく、 そばにいることがとても楽しかったということ。 このとき梓先輩が見せた表情は、それはもう何通りにも及びました。 少し照れくさそうに頬を染めることもあれば、自慢そうにしたり顔をしてみせることもあり、 うっとりとした眼差しになることもあれば、 「文句」を言っていた時の何倍もキラキラと輝いた笑顔を見せることもありました。 そんな梓先輩を見ながら、私はある確信をしました。 いえ、それは梓先輩が「唯先輩」の「文句」を言っていた時には 既に確信していたことでしたから、その確信をより強固なものにした、 と言った方が正確でしょう。 そして恐らく友人も――いえ、梓先輩が語るあの様子を見れば、 どんなに鈍感な人でも絶対に私と同じ確信をしたに違いありません。 しかし私は、それを敢えて梓先輩本人に言う必要はないだろうと思い、 その確信は胸の内にとどめておくことにしました。 が。 「梓先輩は本当に、その『唯先輩』のことが大好きなんですね!」 友人は思いっきりそれを言ってしまいました。 出会って数週間、薄々感づいてはいましたが、 この子は思ったことをすぐに口にしてしまうタイプのようです。 これもまた、ここで確信しました。まあそれはとにかく。 「…な、ななな、な、なっ!?」 友人の言葉を聞いた梓先輩の顔はものの一瞬で火が出そうなほど真っ赤に染まり、 頭からは湯気が吹き上がるのが見えたような気がしました。 「な、なな何を言って…!?べ、べべべ別にそっ、そういうワケじゃ…!」 言葉もしどろもどろになり、誰の目にも明らかな程に動揺する梓先輩。 そのリアクションでは図星だということを自ら暴露してしまっているも同然です。 と、そんな梓先輩を見かねて助け船を出すつもりなのか、 さっきからずっとニヤニヤと梓先輩を眺めていた純先輩が口を開きました。 「そうそう、梓ってばホント唯先輩のこと大好きでさー♪」 違いました。味方の救助船かと思ったら大砲を積んだ敵の戦艦でした。 これも薄々感じてはいましたが、この人は梓先輩をいじるのが好きそうです。 「ちょっ、純も何言ってんのよ!」 「うんうん。私たちと3人で話してる時もお姉ちゃんの話ばっかりだもんね、梓ちゃん♪」 「うっ、憂までぇ!」 真っ赤な顔のまま純先輩に抗議する梓先輩に、 天使のようなにこやかな笑みで無慈悲に追い撃ちをかける憂先輩も、 実は梓先輩をいじるのが割と好きだったりするのかもしれません。 「まーでも、今日の梓はちょっと新鮮だったね」 「何が?」 「だって、前は唯先輩のことちょっと褒めたと思ったら、 すぐにそれを打ち消すように文句言ってたじゃん」 「ん…まあ…」 「でも今日は文句を先に言ってから打ち消すように、 しかもいつもよりいっぱい唯先輩のこと褒めてたじゃん? 私らの前だと素直に褒めるのは照れくさいけど、 後輩たちには自慢したい気持ちが勝った、ってとこ?」 「…まあ、何だかんだでいい先輩だったし…」 「好きな人のことは良く思ってもらいたいもんねー。分かるよ、梓!」 「だから何でそうなるの!?別に好きじゃないって!」 「え?梓ちゃん、お姉ちゃんのこと嫌いだったの…?」 「そういうわけでもない!もう、分かってるくせに2人して!」 親友が2人とも援護してくれないどころかむしろ背後から撃ってくるような状況に、 ついには目尻に涙を浮かべながら必死に弁明する梓先輩。 軽音部を頼もしくまとめてくれるいつもの部長の姿はもはやなく、 そこにいるのはまるで、淡い想いを冷やかされて恥じらう、ひとりの恋する乙女のよう。 ――いえ、もしかすると「まるで」ではなく…。 と、先輩方の様子が少し落ち着いたところで、 騒ぎの原因を作った張本人の友人が再び口を開きました。 「でも、梓先輩。そんな大好きな先輩と離ればなれになっちゃって、寂しくないですか?」 ああ、この子はどうしてそんなことを訊いてしまうのでしょう。 それは訊くまでもなく分かりきっていることだし、 訊いたところで梓先輩がそれを丸っきり素直に肯定するはずもないと、 さっきのリアクションを見れば想像できるのに。 「…確かに、最初はちょっと寂しかったけど、もう慣れた。だから大丈夫だよ。 それに、憂も純も、あんた達2人もいるしね」 梓先輩は、今度は顔を赤らめることも取り乱すこともなく、 穏やかに微笑みながらそう言ってくれました (大好きなのは結局否定しないんですね、などと余計なことを言うのはやめておきました)。 だけど、私たちがいるから大丈夫だと言ってくれたのは嬉しいけれど、 でも「慣れた」というのは、やっぱり間違いなく嘘でした。 友人に訊かれた時、梓先輩がほんの一瞬だけ表情を強張らせて 言葉を詰まらせたことに私は気付いていましたし、 何よりその微笑みには、言いようのない寂しげな影がたたえられていたのですから。 そして、そんな梓先輩の様子を見ていた私の心には、俄然興味が湧きあがってきたのです。 あんな楽しそうに笑わせたり、こんな寂しそうにさせたり、 梓先輩の心をこれほどまでに左右し、これほどまでに魅了する「唯先輩」とは、 一体どんな人なのだろう、と。 せめて梓先輩が最初に惹かれたという演奏だけでも聴いてみたい、と思い訊いてみると、 演奏を録音したカセットや学祭ライブを録画したビデオがあるということで、 今度持ってきてくれると約束してくれました。 しかし結局、私はそれらを、少なくとも「唯先輩」を知る、 という目的で聴いたり見たりすることはありませんでした。 その後に訪れる出来事のおかげで、その必要はなくなったのですから。 あれから数日経った、ある日の放課後。 いつもより大幅に早く帰りのHRが終わった私たちは、 まだHR中の他のクラスを尻目に早速部室へと向かいました。 きっと先輩方もまだHR中だろうから全員揃うまでしばらく暇かな、 まあ友人とおしゃべりでもしながらギターのチューニングでもして待とう―― その時の私はそんなことを思っていたのですが、結果的にその暇は、 予想外の出来事により、予想外の形で潰れることになりました。 そう、本当に予想外でした。 部室のドアを開けたら、髪を下ろした私服姿の憂先輩が、 ソファの上で横になって、ギターを抱えて眠っているなんて。 私に続いて部室に入った友人も驚きを隠せない様子。 なんで憂先輩こんな所で寝てるの?まだ帰りのHR中なのでは? しかも髪まで下ろして寝る気満々ですか? っていうかなんで校内で私服?なんでギター抱えてるの? 予想外すぎる光景に頭の中が大混乱でしたが、 そのこんがらかった思考回路に、やがてある一人の人物が引っ掛かりました。 一度も会ったことはないけれど、まつわるエピソードとか特徴はよく知っている―― 数日前によく知ることになった、あの人。 落ちつきを取り戻し、すーすーと寝息を立てている「憂先輩」を改めて観察してみます。 憂先輩の寝顔を見たことがあるわけではありませんでしたが、 それでもやっぱり、その穏やかな寝顔はどう見ても憂先輩のものにしか見えません。 しかしそれは逆に、この人が憂先輩ではないと判断する材料の一つでもありました。 そう、ヘタな一卵性双生児すらも凌駕する勢いで憂先輩とそっくりで。 ふわふわしたクセ毛気味の髪、その前髪を2本の黄色いヘアピンで留めていて。 腕の中に抱えられた愛用と思しきギターは、 チェリーサンバーストに彩られた本物のレスポール・スタンダードで。 それらはすべて、梓先輩から聞かされていた通りでした。 そうか、そうなんだ。 この人が。 「唯先輩」――。 私がその名前を思わず口にした瞬間。 「ん…」 「唯先輩」の口から小さな声が漏れ、閉じていた瞼が薄く開きました。 すぐに閉じたかと思うと、ふわあ、と大きなあくびを一回。 再び目を半開きにして、のそのそと起き上がり、 抱えていたギターを膝の上に横たえながらソファに座ると、 ぐいっと伸びをして、それからあくびをもう一回。 その後もまだ眠そうに目をこすっている唯先輩に、私は声をかけてみました。 おはようございます、唯先輩。 「あ、うん。おはよー」 まだ半分寝ているようで、ちょっと気が抜けた感じで、 だけど甘くて柔らかくて、とても優しい。 そんな声で返事をした唯先輩は、そこで初めて私たちの方を見ました。 最初はとろんとした寝ぼけ眼でしたが、 何度かしぱしぱと瞬きをしながらこちらを見ているうちにだんだん目が覚めてきたようで、 次第につぶらで大きな瞳がハッキリ見えるようになりました。 そのまま無言で数秒間見つめ合う私たち。 ようやくぱっちりと開いた、その澄んだ瞳に思わず見とれかけたところで、 唯先輩はこてん、と首を傾げました。 「…だれ?」 まあ、そうなりますよね。 私たちは色々とお話を聞かされていたので唯先輩のことを知ってましたが、 実際にはこれが初対面ですから。 というわけで、友人ともども自己紹介。 「おお、なるほど。キミたちが新入部員ちゃんなんだね!2人ともかわいいねぇ~」 ふにゃっと緩んだ笑顔を見せる唯先輩。 顔立ちは憂先輩と瓜二つですが、そこに浮かべる表情は案外似ていない気がしました。 それにしても、本当に梓先輩のことを「あずにゃん」って呼ぶんだ、と、 ここでまたひとつ答え合わせ。 ついでに、かわいい女の子が大好きというのも本当のようです。 自分で自分のことをかわいいだなんて自惚れるつもりはありませんが、 友人は確かにかわいいと思いますし、 梓先輩はじめ軽音部の先輩方も唯先輩のお墨付きだそうなので信用してもいいかな、と。 ちょっと照れちゃいます、なんて思っていると、唯先輩が再び「あれ?」と首を傾げました。 「でも、なんで私のこと知ってるの?」 ああ、それはですね。 「梓先輩が、卒業された先輩方のこと色々話してくれたんですよ。 で、その話に出てきた『唯先輩』と特徴が一致したので…」 今度は友人が答えてくれました。 「へー、そうなんだ。でも一応自己紹介するね。 はじめまして!憂の姉で、あずにゃんの先輩の平沢唯です! それから、この子はギー太!よろしくね!」 膝の上に寝かせていたレスポールを起こしてこちらに向ける唯先輩。 本当に「ギー太」って名前付けてるんだなぁ。 あれ、そう言えばあのレスポールを選んだ理由も「かわいいから」だと聞いたような。 …さっきの「かわいい」、本当に信用していいのかな…。 そんなことを考えていたところで、友人がおもむろに尋ねました。 「あの、ところで、唯先輩は何故ここに?」 「んー、今日入れてた講義が全部休講になって、いきなり暇になっちゃったんだよ。 友達は他の講義があったりして遊び相手もいないし、 しょうがないからお部屋でゴロゴロしようかなーとも思ったんだけど、 そう言えば軽音部どうなってるかなーって気になったから、 そのまま電車に飛び乗って遊びに来たんだ~。 でもちょっと着くのが早すぎたからここで待ってたら、眠くなっちゃって…」 えへへ、と頭をかきながら答える唯先輩。 思いついたからってそんなすぐに実行するとは、 何とも大胆な行動力というか、行き当たりばったりというか。 だけど、梓先輩は案外唯先輩のこういうところに助けられたりもしていたのかも知れません。 しかしもう一つの選択肢がお部屋でゴロゴロって。 しかも結局遊びに来たこの部室で寝てたわけですし、 ここまでで既に梓先輩から聞いていた通りのところが多すぎます。 逆に言えば、梓先輩は唯先輩のことよく分かりすぎです。 「ところでさ、2人はどうして軽音部に入ったの?あずにゃん部長はどう? 今はどんなことやってるの?あっちでちょっと聞かせてよ」 今度は唯先輩から尋ねられ、私たちはいつもお茶をしているテーブルに移動し、 入部した経緯や、これまでの活動について話しました。 「そっかー、私たちの代とは違ってしっかりやってるんだね。さすがあずにゃん!…ねえ」 私たちの話を聞きながらうんうんと感慨深げに頷いていた唯先輩は、 聞き終わると少し真剣な面持ちになりました。 「2人ともありがとうね、軽音部に入ってくれて」 急に改まって言われたので少し戸惑っていると、唯先輩は続けました。 「聞いてると思うけど、今年は軽音部、あずにゃんひとりになっちゃうところだったんだ。 私たちがしっかりしてなくて、あずにゃんの後輩を入れてあげられなかったから…。 憂と純ちゃんが入ってはくれたけど、 それでも4人いないと廃部になっちゃうから、あずにゃんきっと不安だったと思うんだ。 真面目で責任感の強い子だから、もし廃部になったりしたら私たちにも申し訳ないって、 すごく責任感じちゃってたと思うんだよね。 そこにキミたちが入ってくれたおかげで、軽音部はちゃんと続けられることになった。 憂や純ちゃんもそうだけど、誰よりあずにゃんが一番安心したと思う。 だから、ありがとう。 軽音部に入ってくれて、あずにゃんの頑張りを受け止めてくれて…本当にありがとう」 そう言って、深々と頭を下げる唯先輩。そんな、かえって恐縮です。 頑張りを受け止めたとかそんな大層なものではなく、本当に単純に演奏に惹かれただけで…。 それに人数は揃いましたけど、 私たちみたいな後輩で梓先輩が本当に喜んでくれてるかどうか…。 「大丈夫。あずにゃんは2人みたいな後輩ができて、絶対喜んでる。私が保証するよ!」 ドン、と胸を叩く唯先輩。梓先輩のことなら何でも分かる、と言わんばかりに。 「分かるよ。あずにゃんのことなら、何でも。 離れてたっていつもあずにゃんのことを想ってるし、 想ってるから分かりたいと思うし、分かりたいと思うから分かるんだよ。 例えば…そろそろあずにゃんが私たちに会えなくて寂しがってる頃かな、とか。 そろそろあずにゃんが頑張り疲れしちゃう頃かな、とかね」 唯先輩は、何でもないことのようにそう語りました。 梓先輩が寂しそうだったのは確かにその通りですが、頑張り疲れというのは…? 少なくとも私には、入部した時から梓先輩の様子には変わりがないように見えました。 「そう?まあ、あくまでも私の想像だし、もちろん外れることもあるよ。 でもそれはそれでいいんだ。 私の想像通りのあずにゃんでも、想像以上のあずにゃんでも、どっちでも嬉しいからね」 何でも分かると言っていたのにいきなりそれを否定するようなことを言いましたが、 それはともかく、本当に嬉しそうにそう語る唯先輩を見てハッキリと分かりました。 唯先輩も、梓先輩のことが本当に大好きなんだ、ということが。 「そりゃもう、あずにゃんのことは大大大好きだよ! 2人も好きでしょ?だよねぇ、あずにゃんは本当にかわいいし、 しっかり者でいい子だし、いい部長、いい先輩になると思ってたんだよ~!」 一気にテンションの上がる唯先輩。 フンス、と鼻息荒く、私たちは何も言っていないのにどんどん一人で先走っていきます。 それにしても「大好き」ってものすごくあっさり言いますね。 口では絶対に唯先輩が大好きなことを認めようとしなかった梓先輩とは対照的です。 だからこそ梓先輩は唯先輩に惹かれたのかも知れませんが。 きっと梓先輩も去年まで直接言われまくったのでしょうし。 「あ、そういえばさ。あずにゃんが私たちのこと色々話してたって言ってたけど、 私のことはなんて言ってた?」 興味津々といった風に訊いてくる唯先輩。 しかし、梓先輩の語ったことは多すぎて、果たして何から話せばいいのやら。 とりあえず「文句」を言ってたことは黙っておこうかな…と思いました。 が。 「えーっと、まずは色々と文句言ってましたよ」 思ったことをすぐに口にしてしまう友人がまたしてもやらかしました。 少しは言おうかどうしようか考えるそぶりを見せてもよさそうなものですが。 この前の梓先輩の一件のあと私に叱られたというのに、懲りていないのでしょうか。 「え、あ…そ、そうなんだ…」 ああ言わんこっちゃない、唯先輩の顔が凍りついてしまいました。 何とか平静を装おうとしているようですが、口元が引きつっています。 そんな唯先輩の様子も顧みずに話を続けてしまう友人。 「はい、ちゃんと練習しなかったとか、ギターのこと全然知らなかったとか、 危なっかしくて目が離せなかったとか、しょっちゅう抱きつかれて大変だったとか…」 おいコラそろそろ自重しろ貴様、 という意を込めて友人をひと睨みして黙らせてから唯先輩の方を見ると、 案の定眉はハの字になり目には涙を浮かべて半泣き、完全にお葬式ムードです。 大先輩をここまで凹ませるなんて、なんと罰当たりな。 というかこの状態を梓先輩や憂先輩に見られたら私たちの身の危険が危ない気がします。 さすがにまずいと思ったのか慌てている様子の友人に、あとで覚えておけ、 という意味合いの視線を送ってから、私はフォローにかかることにしました。 ――あの、唯先輩? 「ぐしゅ…なぁに?」 私、唯先輩のギターが聴いてみたいです。 「…ふぇ?」 せっかく「ギー太」も連れてきてるんですし、大先輩の演奏を聴かせてください。 「え…でも、私なんかよりあずにゃんの方が上手いよ? さっきのは確かにショックだったけど、 あんまり練習しなかったのも、ギターのこと全然知らないのも本当だし…」 確かに梓先輩はそんなことも言ってましたけど、それと同じくらい、 もしかしたらそれ以上に、唯先輩のことたくさん褒めてましたよ? 「――え、ホントに?」 はい、本気になった時の演奏はとてもすごくてカッコよかったとか、 いざという時は頼りになる人だったとか、 抱きつかれるのだって本当はそこまでイヤじゃなかったとか、 一緒にいてすごく楽しかったとか、もう数え切れないくらいに。 それに、さっきのだって言葉だけ聞けば文句ですけど、 話してくれた時の梓先輩は思い出話をしてる感じで、とても楽しそうでしたよ。 「ホントに?ホントにそうなの?」 ホントです。だから、梓先輩が惹かれたという唯先輩のギターを、是非聴いてみたいんです! 「そっか…。えへへ、そっかぁ…あずにゃんそんなこと言ってたんだ…えへへへへ。 うん、完全復活!今ならいい演奏ができそうだよ!」 落ち込んでいたのが嘘のように瞳を輝かせる唯先輩。 気分屋で、少々凹んでもちょっとしたことですぐ立ち直ると梓先輩から聞いていたので それを参考にフォローしてみたのですが、どうやら上手くいったようです。 もっとも、唯先輩のギターを聴いてみたいというのは、 ギタリストの端くれとしての私の本心でもありましたが。 すっかり元気を取り戻した唯先輩は、それじゃ準備するね、と足取りも軽く 「ギー太」のところへ向かい、手に取って構えると、何度か軽く開放弦で鳴らしました。 「うん、チューニングもバッチリだね!」 えっ、今ので分かるんですか?ああ、そういえば絶対音感持ちでしたっけ。 「あとは持ってきたカセットをセットして…よし、準備おっけー! ――そういえば、あずにゃんたちはまだ?」 「あ、はい。私たちのクラスは早めにHRが終わっただけで、先輩たちはまだHR中かと…」 「そっか…じゃあ」 友人の返答を聞いて、唯先輩はその大きな瞳に少しいたずらっぽい色を浮かばせました。 「教室にいるあずにゃんにも聞こえるくらい、大音量でいっちゃおうかな――。 それではお待たせしました、『放課後ティータイム』平沢唯の凱旋ソロライブ、開幕! 聴いてください、『ふわふわ時間』!」 唯先輩がそう言って、他の先輩方や梓先輩との演奏が 録音されているというテープをセットしたラジカセのボタンを押し、 そこから流れてきた曲に合わせて「ギー太」を弾き始めた瞬間。 大げさではなく世界が変わり、私はその世界に、その一瞬で惹き込まれていました。 ああ、なるほど。 これが、最初に梓先輩を惹きつけた、唯先輩の奏でる世界。 力強くて、でもどこかふわふわしている、不思議な音色。 そこに被さる、甘くて柔らかくて優しい、澄んだ歌声。 心の底から演奏を楽しんでいることが伝わってくる、とびきりの笑顔。 信じられないくらいにエモーショナルで、聴き手の心を直接抱き締めるようで。 気持ちが高揚してきて、楽しくなって、身体が熱くなっていく――。 しばらく聴き惚れてから、努めて冷静になってその演奏をよくよく分析してみれば、 ひとつひとつのストロークの精度やリズムキープの正確さなどは、 キャリアの差もあってか梓先輩の方に分があるように感じました。 けれど、並のギタリストでは足元にも及ばないほどの演奏技術を誇る梓先輩でさえ、 きっとこんな世界を再現することはできないでしょう。 他ならぬ梓先輩自身が「他の誰にも真似できない」と表現したように。 そう考えている間にも、唯先輩の音は私を再び恍惚の海へ引きずり込もうとします。 小難しいことを考えるだけ無駄だよ、気の向くままに楽しもう、と語りかけるように。 その声に誘われるがまま、どんどん思考能力を手放していく中で、 私の中にギタリストとしての衝動が生まれました。 今すぐにでも自分のギターをケースから取り出して、その演奏に混ざりたい、と。 きっと、この人とギターを弾くのは素晴らしく楽しいはずだから。 けれど僅かに残った冷静さがすぐに、それはできない、と思い直させました。 キャリアはほぼ同じはずなのに、唯先輩のその音に私はついていけそうにない… それももちろん理由の一つですが、それ以上に、分かっていたのです。 唯先輩がこの音を本当に聴かせたい相手は、共に奏でたい相手は誰なのか。 誰を想って「ギー太」をかき鳴らしているのか。 だから、この音に寄り添うべきギターの音はただひとつで。 この人の隣にいるべきギタリストはただひとりだけなのです。 そう、それは――。 次へ
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梓「唯先輩~」ダキッ 唯「あずにゃん!」 梓「唯先輩、おはようございます」 唯「お、おはよう、あずにゃん」 梓「えへへ」ギュゥ 唯「あ、あずにゃん//」 梓「唯先輩の抱き心地はやっぱり良いです」ギュゥ 唯「あずにゃん…どうしたの?」 梓「どうもしてませんよ」ギュゥ 唯「急に抱きついて来たからびっくりしちゃったよ~」 梓「……私をこんな風にさせたのは唯先輩のせいです」 梓「スキンシップを取りたくなるほど唯先輩が可愛いのがいけないんです」 唯「か、可愛いだなんて……恥ずかしいよ//」 梓「実際に可愛いんだから仕方ありません」 梓「それに唯先輩はとっても良い匂いがします」スンスン 唯「そ、そんな事ないよ」 梓「そんな事あります」スンスン 唯「もう…あんまり匂い嗅がないで」 梓「どうしてですか?」スンスン 唯「だってそんなに嗅がれたら恥ずかしいよ//」 梓「大丈夫です」 梓「唯先輩は良い匂いしかしませんから」スンスン 唯「もう//」 唯「私だってあずにゃんの匂い嗅いじゃうよ」 梓「良いですよ」 唯「えへへ」スンスン 梓「…どうですか?」 唯「あずにゃんも良い匂いだよー」 唯「あずにゃんの匂い…好き//」 梓「そうですか…でも」スンスン 梓「私よりやっぱり唯先輩の方が良い匂いです」 唯「こ、これ以上嗅がれたら恥ずかし過ぎておかしくなっちゃうよ//」 唯「もう止めよう、あずにゃん」 梓「いやです」 梓「唯先輩の事をもっともっとギュッとしたいです」 梓「唯先輩の匂いをもっともっと嗅ぎたいです」 梓「唯先輩…大好き//」 唯「あずにゃん…」 唯「……学校さぼっちゃおうか?」 梓「えっ…?」 唯「私もあずにゃんともっともっとギュッとしたくなっちゃった//」 梓「唯先輩……えへへ//」ダキッ 唯「もうあずにゃんったら//」 梓「さぁ、唯先輩これからどこに行きましょうか?」 終わり 唯梓が一緒に寝た布団凄い良い匂いだろうな -- (名無しさん) 2012-01-09 14 07 04 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る