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◆TGIF お店価格 680000G やったぜ、今日は金曜日だ!(身体装備) 雷耐/沈黙無効 MP自動回復1% 装備可:シズ・アイ スキル習得990 (固有OD技:く、来るな、うわぁ!) 「ThankGodIt sFriday!」 のそれぞれの頭文字を取った略称らしい。 文字だけでティティの並々ならぬ 金曜日への感謝の気持ちが伝わってくる。 更に黄金の羽で「自由」を表現したセンスはさすがと言えよう。 ってかそんなに金曜日が恋しいのか、この人は……。 試しにティティの前でカレンダーの土日を隠すと、 それだけでティティは苦痛に顔を歪め、 今度は月曜日を消すと、グッとガッツポーズを決めて跳んだ。
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『スパイダーマン』からエイリアン共生体召喚 ※映画版ベース GIFT01 GIFT02 GIFT03 GIFT04 GIFT05 GIFT06 GIFT07 GIFT08 GIFT09 GIFT10 GIFT11 GIFT12 GIFT-EX01
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概要 The police of GOREN and Integrated corps of Military forcesの略称。 御蓮正規軍と、特殊兵装制圧機動隊が統合された御蓮最大の軍事組織。 特殊兵装制圧機動隊の持っていた特殊兵装と、御蓮正規軍の人員、予算を受け継ぐ。 初代総合隊長はアイネアス・メイヤー初代総合副隊長は美井山 イラミ。この時代はTGIMの黄金期といわれる 誕生の理由 ラグナロクらファントムのヘヴン襲撃のさいに、はじめて力を合わせた御蓮の二大軍事組織。 そのご、女王に再臨した此花 咲夜が、N.T.N2009に「国家の組織がケンカしてるのは良くない」と発言。その二ヶ月後に統合し、TGIMとして統合する その強化された火力、大量の人員。軽犯罪の抑制から重犯罪の処理までこなす。アームヘッドを使った犯罪なども処理する その存在は犯罪者達にとって脅威である 兵装分類 防弾プラスチックの開発により、軽く、銃器をものともしないボディースーツを装着している。しかし、流石に大口径を至近距離かつ垂直に受ければボディースーツが振動を受けきれなくなり、破裂する。また、このボディースーツは被弾による圧力によってかなりの痛みを生ずる。そのため、まずはこれに耐える訓練が必要だという 武装はハンドガンから軽機関銃など。 時にはアームヘッドなども使用する 階級・部署 部署は、爆弾処理、狙撃、制圧、防護、情報管理、地理管理、部署管理、総合統治、の8部署。 階級は、下から順に 下兵官、兵官、上兵官がある。 実際に戦闘任務に当たる戦闘兵種である歩兵、砲兵、制圧兵、戦車、防空、工兵、航空等に分けらる(制圧部署) さらに後方支援を行うための後方兵種と呼ばれる通信、武器、需品、衛生、化学、会計、憲兵、軍楽などの科に分類される(防護部署) 使用アームヘッド TGIMが使用するアームヘッドは、狙撃アームヘッドフレイ、制圧アームヘッドテュール、同じく制圧アームヘッドエインヘリヤルMK-2防護用アームヘッドイドゥンなどがある。また、制圧兵の装備する、小型アームヘッドヘイムダルなどがある
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前ページ次ページGIFT Gift[ギフト] 英語……贈り物の意味。 独語……毒の意味。 ある文学者は言った。 〝人間は生まれながらにして孤独なのだ〟 おそらくこの日は自分という人間にとって人生最悪の日だろう。 そう、ルイズは思った。 より正確に、そして客観的な視点に立つならば、これからの人生がより最悪なものになる、そのスタート地点。 自分の意思に関わりなく、その最低にして最悪な場所に、ルイズは立っている。 運命によって、否応なしに立たされているのだ。 まわりがやかましい。 ざわざわと、非常に耳ざわりだ。 しかし、みんなが何を言っているのかはわからない。 そもそも、こいつらは何故へらへら笑っているのだろう。 耳はいつもと変わらず、極めて正常に機能しているけれども、心が理解することを拒否している。 でも、そんな誤魔化しはいつまでも通用しない。 ああ、そうだ。 わかっている。理解しているわよ! ルイズは震える体を押さえこみながら、召喚したばかりの『使い魔』を凝視した。 ドラゴンやグリフィンではない。 ネズミでも、虫でもない。 そして、もちろん人間なんかではなかった。 それどころか、生き物ですらない。 簡単に説明するなら、それはあちこち焼け焦げた真っ黒なボロクズだった。 見たところハンカチ一枚分もない、小さな布切れのようなもの。 何かの服か、それともマントの一部だったのだろうか? それはわからないが、何であろうとこの使い魔を表わす言葉は、たった一言ですむ。 ゴミだ。 これが、自分の使い魔か。 ルイズはショックで呼吸することさえ忘れかけた。 ゼロのルイズ。 魔法の使えない自分に冠せられた嘲笑の言葉。 貴族に相応しからぬ者への侮蔑。 メイジではないメイジ。 そんな紛い物が、呼び出した使い魔は――ゴミクズ。 吐き気を伴った恐怖が、ルイズの脳髄を走り抜けた。 今日からはゼロではなく、マイナス。 ゴミのルイズか。 いやだ! ルイズは必死になって現状を否定した。 「ミスタ・コルベール! もう一度、召喚をさせてください!」 げらげらと笑い続ける周囲にかまわず、ルイズは教師のコルベールに食ってかかった。 こんなことがあっていいわけがない。こんなひどいことが認められていいわけがない。 けれど、現実はどこまでも非情で無慈悲だった。 「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」 いくらかの時間をおいた後、頭の寂しい教師は厳格な声でそう言った。 「ルールはルールだ」 「使い魔召喚の儀式は神聖なものだ」 「好き嫌いでどうこうできる問題ではない」 そんな埒もない建前を並べ立てた後、 「召喚をした以上、それが君の使い魔だ」 草むらに転がるちっぽけなボロクズを指して、禿げ頭の教師はそう宣言した。 その途端、どっと周囲が沸いた。 「さすがはゼロのルイズね!」 「ゴミクズを使い魔にしたメイジなんて、史上初だ! 最大の快挙だよ!」 「まあ、ゼロにはぴったりの使い魔だよな」 「こりゃ他の誰にも真似はできないぜ!」 囃し立てる声に、いつもならば噛みついたであろうルイズも、この時は微動だにできなかった。 うつむき、屈辱に震えながら、黒いボロクズを拾い上げるのが精一杯だった。 手に取って見ると、屍を焼くような嫌な臭いがした。 その横で早くコントラクト・サーヴァントをしろ、とコルベールがうながす。 逡巡を繰り返した後、ルイズは完璧に暗記した呪文を唱え、ボロクズに口づけをした。 やがて、襤褸切れの黒い表面に、使い魔のルーンが浮かび上がる。 それを見つめるうちに、いつしかルイズの震えは止まっていた。 授業が次の段階に移行し、皆が『フライ』の呪文で飛び立って行く中、ルイズはボロクズを手に、のろのろと歩き出していた。 嘲り、罵倒するクラスメートの声に、ルイズはもはや何の反応も示すことはなかった。 少女の顔は死人のように真っ白になり、目はまるで廃人のようになっていた。 夜、二つの月が地上を照らす頃。 ルイズは生気の欠片も存在しない表情でベッドに身を投げ出していた。 枕のそばに、召喚した使い魔が、もの言わぬボロクズが投げ出されている。 これはきっと悪い夢だ。 ルイズはベッドに顔を埋めながら、自らに言い聞かせ続けていた。 きっと自分はまだベッドの中で眠りについているに違いない。 そして、使い魔召喚の儀式の時にはきっと、すごいとまではいかなくても、ちゃんとした使い魔を召喚できるに違いないのだ。 きっと、そうだ。 そうでなくては、ならない。 もしも、そうでないのなら、あまりにも理不尽ではないか。 どうして、自分がこんな屈辱を受けねばならないのか。 ルイズはいまや、自分が声もなく泣いていることさえ理解できてはいなかった。 いつしか、泣き疲れたルイズの意識は、現実と頭の中の境が曖昧になっていく。 部屋の主がかすかな寝息をたて始めた頃、投げ出されたボロクズがせわしなく蠢き始めたが、それを見る者はいなかった。 それはいつしか布切れからコールタールにも似たスライム状へと変化を遂げ、驚くようなスピードでベッドの上をすべり出す。 動くごとに、それに刻まれた使い魔のルーンがせわしなく輝く。 やがて、黒いスライムはルイズに接近すると下着の間からするりと侵入し、絹のような少女の肌を移動していった。 その奇妙な使い魔は、まるで安らげる寝所でも見つけたかのように、ルイズの背中に張りついた。 ぴくりとルイズの顔が動いたが、その寝息が乱れることはなかった。 夢の中で、ルイズは小さな部屋にいた。 それは見たことがあるようで、ないような部屋。 自分の暮らしている女子寮のようでもあり、実家にある自分の部屋のようでもある。 また小さい頃に訪ねたどこかのお屋敷のようでもあった。 その部屋の中に、ルイズの他に誰かがいる。 形はよくわからない。 そこにいるのはわかっているのだが、うまく姿が見えないのだ。 ただ、そいつの考えていることは何となくわかる。 そいつは、何かにひどくとまどっているようだった。 そしてひどく疲れ、傷つき、休養と栄養を必要としている。 でも、この生き物は何を食べるのだろう? ルイズは困ってしまう。 そして、その生き物自身も困っていた。 新しい環境に、そして自分に生じている本能とは違う感覚に。 これから新しい場所で生きて行くためには、今までと同じものだけではいけない。 もっと、違うものも食べなくては……。 疲労を覚えながら目を覚ました時、太陽はとっくに昇っていた。 眩暈に、軽い頭痛さえする。 何度も魔法の練習を行い、精神力をすっからかんにした翌日も、こんな感じだった。 だが、その時とは明らかに違うことがある。 ルイズはどちらかというと、寝起きが良くない。 起きても、しばらくはぼうっとしていることが多いのだ。 それにも関わらず、この朝は疲労感にも関わらず、頭の中が妙にクリアになっていた。 目も、耳も、鼻も、ひどい鋭敏になっているような気がする。 窓の外から聞こえる生徒や使用人たちの声や足音が、はっきりと聞こえる。 まるで自分の全身から無数の見えない糸が壁も天井もすり抜けて広がっているような錯覚を覚えた。 その見えない糸のいくつが、振動というか、気配をルイズに伝えてくる。 何か熱い火のようなものが二つ、すぐ近くで動いている。 そればかりではなく、その二つはルイズに向かって近づいてきている。 ――キュルケ? ルイズは唐突に、そのうちの一つが何者であるのかを理解した。 仇敵とも言えるあの不快で、淫蕩なゲルマニア女だ。 だが、もう一つは? ちくちくと、警戒信号が背中――脊髄を通して頭に送られてくる。 ルイズはとっさに、杖を手にとった。 その動作は恐ろしいほど俊敏なものだったが、ルイズ自身はそれを理解していなかった。 いつでも杖を振るえるように注意しながら、ルイズは気配のせまるドアを睨みつけた。 予測通りにキュルケが部屋に入ってきた。 ノックもせずに。 相変わらず無礼で嫌な女だ。 ルイズは内心舌打ちをしながら、じろりと赤毛の美女を睨んだ。 「おはよう、ルイズ」 キュルケは虫の好かない笑みを浮かべる。 しかし、ルイズにとって今はこんな女のことは二の次だった。 「後ろに何を隠してるの?」 キュルケはルイズの態度にかすかに驚きを見せたが、すぐさま笑みを浮かべる。 「別に隠しているわけじゃないわ。あなたに、私の使い魔を紹介しておこうと思ってね。フレイム~」 主人の呼びかけに応じ、巨大な火蜥蜴がのそりと姿を見せる。 なるほど、もう一つの気配はこいつだったのか、とルイズは納得した。 サラマンダー。図鑑などからの知識だけではあるが、よく知っている幻獣だ。 ルイズがじろりと視線を向けた途端、サラマンダーはびくりと、まるで脅えるように身を震わせた。 火属性。それを得意とするメイジ。そいつに従う炎を吐く幻獣。 また、ちくちくと危険を報せる信号がルイズの脳裡に響いた。 危険。敵。 ルイズのすぐ近くで、誰かがそう叫んだ気がした。 弱点。警戒。 ブランドものだと、使い魔の自慢を垂れ流すゲルマニア女を、ルイズは無言で部屋から押し出した。 押し出すというより、突き飛ばすとするべきかもしれない。 そんなに力はこめたつもりはないのに、キュルケは大げさによろけて廊下に尻餅をついた。 ふざけたな女だ、嫌味のつもりか。 不快の念をこめた一瞥をキュルケに向けた後、ルイズはさっさとドアを閉めた。 部屋の中で一人になった。 炎。弱点。 また、あの叫びが聞こえた気がした。 弱点。克服。必要。 強化。発展。進化。必要。 栄養。補給。必要。 ルイズはそれを振りきるように、頭を振った。 これは、誰の声だ? そう考えた時、ルイズの腹が盛大なコールを発信してきた。 早急に、エネルギーを補充せよと。 食堂で朝食をたっぷりとってから教室に向かうと、ひそひそとした囁き声と、くすくすという笑い声がルイズを迎えた。 あの憎たらしいキュルケは、相変わらず男子生徒をはべらせている。 ちょっとした女王様というところだ。 ちらりとルイズに視線を送ってくるが、その時は不思議と気にはならなかった。 発情期、雌猫に群がる雄猫だと思えばむしろ微笑ましくさえある。 くすくす笑う連中も、いつでも踏み潰せる虫けらの群れだと思えば、どうということはない。 よくは、わからないが――ルイズの胸の中に奇妙な自信が生まれ始めていていた。 それがどこからくるものかわからないのだけれど、全てが虚無に感じられた昨日のことが嘘のようだ。 やあ! と周囲に手を振ってしまいたいほどだ。 授業が始まると、中年女性教師シュヴルーズはまずニコニコとして教室を見まわす。 「春の使い魔召喚は大成功のようですね」 のん気に言っているシュヴルーズの姿は、あまり尊敬の感じられるものではなかった。 「中には、大失敗した者もいますけどね!」 そんなことを大声で言ったのは誰だったのか。 鋭敏になったルイズの聴覚は、すぐさまそれを捕らえ、無礼者を見つけ出した。 数人の生徒たちがげらげら笑いながらルイズを見ている。 「ゼロのルイズ、あの襤褸切れはどうしたんだ!? お前の使い魔だろ? ちゃんと持ってきてるのか!?」 ルイズはそれに対して黙っていた。 ――言われてみれば、あのボロはどうしたっけ? 昨日枕のそばに放り出したと思ったが、今朝は見た覚えがない。 あんなものが、勝手にどこかにいくわけはないし……。 沈思しかけたが、けたたましい嘲笑がすぐさま思考を断ち切らせた。 ちりちり、と背中が疼いたような気がした。 疼くと同時に、何かが……ルイズの頭の中で小さく爆ぜた。 それは、感情ではない。 記憶とか、知識とか言われるようなものだ。 不完全ではあるが、未知の記憶の断片がよどみなくルイズの頭に流れ込む。 その情報は、ルイズの中にごく自然に溶けこんでいき、彼女のその後の行動を決定させた。 ルイズは侮蔑してくる連中に、怒りだしはしなかった。 それどころか、にこりと極めて上品に笑いかけたのだ。 「すごいわね。立って歩いて服を着て、その上に人間の言葉をしゃべるなんて……。一体誰の使い魔かしら?」 よく響く声で、パーティーで洒脱な会話を楽しむ貴婦人のようにルイズは言った。 その言葉に、笑いは一瞬静まる。 「ゼロのルイズ! 何わけのわかんないこと言ってるんだ! とうとう頭にきたのか?」 笑っている男子の一人――マリコルヌがはやしたてる。 するとルイズは目をむいてマリコルヌを見る。 「まあ、なんて口のききかた? 誰が主人が知らないけれど、それが貴族に対する態度? 少しばかり利口だからって無礼な豚ね」 「ぶ、豚!?」 マリコルヌが顔を真っ赤にする。 笑い声が、微妙なものになった。 「いくら使い魔といっても、やっぱり獣は獣らしく扱うべきよねえ。ほら、さっさと豚小屋に戻りなさいな子豚ちゃん」 「ふざけるな、僕は風上のマリコルヌだ! 豚なんかじゃない!」 「マリコルヌ? ああ、あんた彼の使い魔なの? で、ご主人様はどうしたの? 今日は欠席?」 ルイズは笑う。 あくまでもマリコルヌを豚として扱うつもりらしい。 「おいおい、ゼロのルイズが余裕を見せてるじゃないか? しっかりしろよ、風上のマリコルヌ!」 他の生徒がからかいの声をあげる。 「うるさい!」 と、マリコルヌは癇癪を起こす。 「二人ともいいかげんにしなさい。お友達をゼロだの豚だの言ってはいけません」 騒ぎにうんざりしたのか、シュヴルーズは杖を手に厳しい声で言った。 「ミセス・シュヴルーズ、一体の何の話でしょうか?」 ルイズは大げさに手を広げてみせながら、心外だという顔をした。 「私は、クラスメートを侮辱などしてはいませんわ。ただ、豚を豚と言っただけのことです」 その発言に、マリコルヌはついに怒りで震え始める。 「ミス・ヴァリエール、いいかげんになさい! ミスタ・マリコルヌに無礼でしょう!」 「はあ? 何をおっしゃってるんです? どこにマリコルヌがいると?」 「どこにって……」 ミス・シュヴルーズは不安を覚えながら、ルイズを見た。 まさか、この少女は本当にどうかしてしまったのか? 「ああ、あそこにいるやつのことですか?」 ルイズはわざとらしく身を引きながら、 「ミセスは少しお目を悪くされましたの? あれは、豚じゃないですか。人間ではありませんわ」 マリコルヌを見てそう断言した。 一瞬狂人と思われるような言動も、その口元に張りついた涼やかな微笑がそれを否定する。 シュヴルーズは怒るよりも呆れて、声が出なかった。 「ゼロのくせに……ゼロのくせに……」 マリコルヌはぶるぶると震えながらも、目を血走らせ、杖をつかんでいた。 ルイズはちらりとそれを確認してから、おもむろにマリコルヌに近づいていく。 「な、なんだ、今さら謝っても……」 マリコルヌは尊大に言うが、言葉は長く続かなかった。 突き出した杖が、ルイズの手に握られていたからだ。 ルイズはただ、無防備に突き出された杖の先端をつかみ、取り上げただけのことだった。 しかし、その動作はあまりにも速かった。 そのため、ほとんどの人間には杖がマリコルヌの手からルイズの手に瞬間移動したようにしか見えなかった。 「あ」 メイジにとって、魂であり命とも言える杖をあっさり奪われたマリコルヌは事態をうまく認識できず、ぽかんとしていた。 ルイズは奪った杖をしばらく弄んでいたが、やがてそれをぼきりと二つに折って、ゴミか何かのように窓から放り捨てた。 「豚に杖はいらないわよね」 すました顔で言った後、すたすたと座っていた場所に戻る。 「う、うわああ!」 数秒ほど経過し、ようやく事態を認識したマリコルヌは、発狂したような叫びをあげ、ルイズに飛びかかった。 だが、その手がルイズを捕まえる前に、ルイズはきっとして振り返り、スナップをきかせた平手でマリコルヌを歓迎した。 マリコルヌはボールのように後ろに転がって、そのまま立ち上がることはなかった。 ルイズに終始豚扱いされた少年は鼻から血を流し、完全に気を失っていた。 教室内が騒然となるのに、しばらくの時間がかかった。 他の教師が駆けつけた後、ルイズは学院長のもとまで連れていかれ、数日間の謹慎を申し渡された。 マリコルヌの怪我はそう大したものではなかったが、杖を折って捨てたのが悪かったらしい。 あの下劣な豚には相応の報いだと思うのだが。 あれこれとコルベールやオスマンに説教されたものの、ルイズはまるで反省などしていなかった。 そもそもの発端は、あの脂肪豚だというのに、何故自分が反省しなければならない? あんな豚が魔法を使えること自体が大きな間違いなのだ。 そんな間違いは即座に正されるべきである。 その証拠に、マリコルヌを処断してから、不快な雑音が消えたではないか。 まあ、もしもまた雑音を発生させる輩がいたのなら……。 今日のマリコルヌと同じように、思い知らせてやればいい。 今までは歯を食いしばって耐えるか、怒鳴り返すかのどちらかだったが、それでは問題は解決しない。 問題は、自発的に動いてこそ解決できるのだとルイズは学んだ。 クズどもには、思い知らせてやればいいのだと。 いや……思い知らせてやらなければならない。 ルイズはひどくウキウキした気分で、着替えを始めた。 この時、ルイズは初めて背中に何かが張りついていることに気がついた。 鏡で確認すると、それは黒い布切れ。 はがす時すこしばかりひりひりしたが、特に問題もなく取ることができた。 「これ、いつの間に……」 使い魔のルーンが刻まれた黒い布切れは、何か前とは違って見えた。 前よりもつやがよくなり、ほんの少しだが、大きくなっているような。 「ひょっとして、これ。何かのマジックアイテムだったのかしら……」 ルイズは不思議に思いながら、布切れを左腕に押しつけてみた。 すると、布切れはぴたりと、まるで第二の皮膚のようにルイズの腕に張りついた。 本来そうであるべきかのように。 一瞬ルイズはその黒い布が自分の中に吸い込まれるかのような錯覚をおぼえた。 ルイズのものであってルイズのものではない感情が、五体を駆け巡る。 頭がクリアになっていき、どんどんと感覚が拡大していく。 と――同時に、どこまでも広大な世界が自分を中心に閉じていくかのようだった。 糸を伸ばせば、世界の果てのことさえ見聞きできそうな気分だった。 強い快感をおぼえ、ルイズは黒い使い魔をなでてみた。 使い魔のルーンをなでているうちに、ルイズの脳内でまた誰かの記憶が爆ぜた。 ――俺は、あんたにとっちゃ、毒だよ。 ――俺は……毒<ヴェノム>だ。 それは誰が、誰に対して言った言葉なのか。 まるで理解できないが、その一方でルイズは理解していた。 これは、かつて使い魔の半身だった者の記憶だ。 それが誰でどんな相手だったのか? こういったことは、ルイズにとってはさして興味を引くものではなかった。 そんなことより、ルイズはもっとこの黒い使い魔をまといたかった。 こいつで真っ黒なドレスを造り、双月の輝く夜に踊ればどれほど素敵だろう。 「――ヴェノム」 ルイズはその言葉をつぶやいてみた。 なんとも響きがいい。 心にぴったりとくる。 「ヴェノム。ヴェノムね……」 ルイズには、毒を意味するその単語が、ひどく神聖で快いものに思えた。 にこりと微笑み、ルイズは愛しげに、腕に張りついた使い魔を見つめた。 前ページ次ページGIFT
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※編集者向け 武器情報のページなどのGIF動画の作り方に関する情報を集めています。 ご協力願います。 オススメフリーソフト ソフト名をクリックするとVectorや作者ページに飛びます。 ほぼWindows向けソフトなので注意。 画面キャプチャ 名前 備考 劇場版 ディスプレイキャプチャー あれ 通称「劇あれ」。画面を連続でキャプチャして、avi/mpg/bmp/png/jpg 形式で連番保存できる。 GIFアニメーション作成 名前 備考 Giam ドラッグ ドロップでGIFアニメをラクラク作成。サイズを軽くできる最適化機能付き。 画像編集 名前 GIMP 有料ソフトと比べても遜色の無いかなり高度な編集ができる。GIFアニメも製作可能。 +文字化けした際の対処方法 (1)GIMPを終了させる。 (2)C \Program Files\GIMP-2.0\etc\gtk-2.0を開く。 (3)フォルダ内の"gtkrc"を任意のテキストエディタ(メモ帳とか)で開く。 (4)ファイルの最後に style "user-font" {font_name="ms ui gothic 9"} widget_class "*" style "user-font"} と書き足し、保存する。 私は「劇あれ」を使ってる。 画面キャプチャ→動画(GIFアニメ可)作成ソフト。 画面をカメラで連写するようにGIFアニメを作れるのでお勧め。 http //www.vector.co.jp/soft/win95/art/se221399.html -- (p2o5) 2011-03-19 15 19 51 まずやり方がわからん -- (ねごと) 2011-03-31 22 25 07 いちいちOptionで止めるのか? -- (-YYY-) 2012-01-23 19 34 28 あぁ、最近になって劇あれが便利なことに気づいた -- (-YYY-) 2013-03-29 11 41 33 GifCamもおすすめだよー -- (てのら) 2014-08-26 17 44 19 名前 コメント すべてのコメントを見る
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管理人が趣味で作っているものです (作成ツール「Giam.exe ver.2.04」フリーウェア http //homepage3.nifty.com/furumizo/ ) イブツ×すみれ 結婚式? 運動会 メビウスの苺 イチゴパニック みなさんの作品もお待ちしています 名前 コメント
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前ページ次ページGIFT 噴き上がるカボチャ爆弾の炎。 それに黒い怪物――無定形のエイリアン共生体がエディ・ブロックもろとも飲み込まれ、消えていく。 ピーター・パーカー……スパイダーマンはその優れた動態視力で確認していた。 むせ返るような臭いを発するエイリアンの残骸に、壁這い男は顔をしかめるが、すぐに糸を繰り出して傷ついた親友のもとへと向かった。 もはや、あのエイリアンが完全に滅び去ったと確信して。 しかしその後、起こったことはスパイダー・センスですら察知することはできなかった。 煙を上げる黒いアメーバーのすぐそばに、不思議な鏡のようなものが出現することなど……。 まして、その周辺に先ほど、どこか遠くから一人の少女の声なき声が響き渡っていたことなど、まったく知る由もなかったのである。 鏡が現れると同時に、シンビオート(共生体)はわずかに生き残った生体を寄り合わせ、ようやく小さな布切れほどになる。 それから、逃げ出すように鏡の中へと入り込んでいった。 間もなく鏡は幻のように消え失せ、そこにはエイリアン共生体とエディ・ブロックの残滓が煙と共に残っているだけだった。 謹慎がとける日が明日にせまった。 トイレ以外ほとんど部屋から出ることを禁じられ、退屈なひびが続いていた。 とはいえ学院は、ルイズにただ部屋でじっとしていろとは言わなかった。 謹慎中は、山のような課題をわんさと贈ってくれたのだ。 もっとも――実践以外はほぼ完璧な優等生であったルイズには、それは大した問題ではない。 他の生徒と話したりすることもできなかったが、もともとゼロと嘲笑されていたルイズに友人などいない。 謹慎期間はルイズには煩わしい雑音のない、ある意味快適ともいえる時間になった。 一番つらいのは、風呂を使用させてもらえないことだ。 代わりとしてメイドに熱い湯とタオルを用意させ、体をふいていたが、やはり風呂にはかなわない。 自慢の長い髪も、こういう手入れしにくい状況にあっては少々面倒な存在になる。 机で課題を片づけた後、ルイズはポケットからあるものを取り出し、広げた。 黒い、絹のような肌触りのハンカチ……のようなもの。 もの言わぬルイズの使い魔。 召喚直後はまさにボロクズ同然だったそれは、今では綺麗なハンカチで通るような姿に変わっていた。 ルイズはそれを常に持ち歩き、一人の時にはこうして観察してみていた。 いくら観察しても、それは動いたりすることはなかった。 体に押しつければ肌に引っ付くのだが、それ以上は何も起こらない。 少なくとも、表面上は。 この使い魔は、素晴らしい。 ルイズは微笑む。 一見何もできないようだが、その実ルイズに素晴らしい力を与えてくれる。 心をクリアにし、羽根のように軽くしてくれるのだ。 ルイズは明日を楽しみにしながら、使い魔を枕もとに置いて眠りについた。 「おやすみ」 最後に、使い魔に親愛をこめたキスをして。 ルイズがぐっすりと眠りこんだ頃、黒い使い魔はじわじわと動き出し、最初の日にそうしたように、主に近づいていった。 そして……。 夢の中で、ルイズは逃げまわっていた。 実家であるヴァリエール家の屋敷を、まるで迷宮の中でミノタウロスから逃げる哀れな生贄のように。 追ってくるのは、ミノタウロスよりもはるかに恐ろしい存在だ。 「ルイズ! ルイズ! お説教はまだ終わっていませんよ!」 ルイズの母だった。 二人の姉と自分を比較し、いつも叱り飛ばしてくるヒステリックな女だ。 家名がどうの、貴族がどうのとのたまって、自分を見下し、こきおろすことしかしない女。 自分が有能なメイジだったのだ。出来の悪い末娘はさぞかし恥ずかしいことだろう。 だが、それほど魔法が自慢なら、喚き散らす前に持ち前の有能さで問題をどうにかしてみたらどうだ。 夢の中のルイズは、いつもとはまるで異なる思考で母をとらえていた。 逃げまわりながらも、ルイズは母への軽蔑の念を強めていた。 それは、あるいは奥底にしまわれ、表に出ることのなかった感情かもしれない……。 努力が足らない? 努力ならいつだってしてる。 教科書は全て暗記できるほど読み尽くした。 精神を集中する訓練も、呪文も、何度も何度も、何千回、何万回も繰り返して練習した。 貴族としての作法も、振る舞いも、ダンスだって死ぬ気で学んで身につけてきた。 でも、それでも認められたことなんかなかった。 ああ、そうだ。魔法が使えないんだから、しょうがない。 「ルイズお嬢様は難儀だねえ」 「ほんとに、上のお嬢様がたは、あんなに魔法がおできになるのに……」 植込みに逃げ込むと、誰かの声がした。 多分、使用人だろう。 魔法が使えないために、こんな下賎な連中にすら侮蔑されるのだ。 いつしか、ルイズのそばに二人の姉が立っていた。 才色兼備を絵に描いたような出来の良い姉たち。 上の姉は高慢な表情から、冷たい目つきでルイズを見ていた。 下の姉は優しい笑みを浮かべながら、しかし、蔑みの目でルイズを見ていた。 両者に共通していることは、ルイズを見下し、馬鹿にしているということだ。 そこに示されるものは、 〝お前は取るに足らない人間だ。クズだ〟 どこかでまた誰かの声が聞こえた。 「奥様もおつらいでしょうねえ……。カトレアお嬢様があんな体で……」 「魔法もよくおできで、心の優しいいいかたなのに、あんな風に生まれついて……」 「これでルイズお嬢様がもう少しちゃんとなさってたら、少しはねえ」 「何でも学校じゃゼロなんて二つ名をもらったらしいよ」 「あんなんじゃ婿のきてもろくなもんがないんじゃあないかい」 「言っちゃあなんだけど、お二人が逆ならねえ」 「ああ。逆ならなあ…………」 ルイズ自身何度も考えたことだった。 もしも、ルイズが死病にとりつかれ、カトレアが健康であったのなら、全てはうまく運んだに違いない。 ヴァリエール家としても、無能な末娘を世間に隠しておける口実になる。 家の将来を心配することもない。 後ろを向くと、学院の生徒や教師がルイズを見ていた。 髭のオスマン。コルベール。シュヴルーズ。ギトー。 赤毛のゲルマニア女・キュルケ。洪水のモンモランシー。キザったらしいギーシュ。 キュルケの隣には、憧れの存在だった男がいた。 ワルド子爵だ。 キュルケはルイズの婚約者である美青年に寄り添い、勝ち誇った笑みを浮かべている。 皆がルイズを笑い、野次を飛ばす。 「ゼロのルイズ」 「クズのルイズ」 全てがルイズを見下し、罵倒していた。 こんなことが起こっていいはずがない。 これは、あまりにも……ひどすぎる。 こんな間違っていることが、許されていいものか。 それは、現実の光景ではない。 ルイズの劣等感や怒り、悲しみ、そして嫉妬が、様々な記憶と結合して生み出されたものだ。 けれども、それを構成する多くは――まぎれもなくルイズの経験した真実だった。 いつしか、ルイズの感情は大きく変化していた。 恐怖は怒りに。 悲しさは憎悪に。 「思い知らせてやる」 魔法が使えない? それが何だ、そんなもの、必要なものか。 杖など振るわずとも、この手で……。 お前らの脊髄をつかみ出して、お前ら自身の心臓で口をふさいでやる。 狂暴で、無慈悲な昂ぶりが全身から噴き出すことに、ルイズは何ら疑問を持たなかった。 むしろその奔流を心から楽しんでいた。 抑圧された感情はドクドクと血管を通してルイズの中を駆けまわり、さらにその度合いを高めていく。 それと同時に引き千切れるような巨大なパワーをルイズに中に発生させていた。 転がっていた石を拾い上げると、それはまるで紙細工のように容易く砕けた。 壁を蹴ると、それはビスケットよりももろく破壊され、大穴をあけた。 大地を蹴ると、まるで鳥になったかのように空を舞えた。 いちいち、うざったい呪文を唱えることも、キザったらしく杖を振るう必要などなかった。 それどころか、一ヶ所にいながら、ルイズは周辺のあらゆることを知ることができたのだ。 途方もない解放感だった。 ふと、ルイズは冷たい風が頬を打つのを感じた。 しかし、これは夢にしてはリアルすぎる。 夜の森を――ルイズは移動していた。 しかし、どうやって。 木々の間を、宙に舞いながら疾走している。 まったく自然に、どこからロープのようなものを調達してスイングしているのだ。 そう都合良く、しかもこれほどいくつもロープがあるものなのか? 疑問はやがて氷解した。 ルイズは手の甲部分から細いが頑丈なロープを繰り出し、それを使っていたのだ。 そればかりではない。 ルイズの手足は、何故か吸盤でもついているように木に吸いつくことができた。 木ばかりではない。 きっと煉瓦塀や大理石、何にだって吸いつけるに違いない。 浮かび上がる疑問は、水面に上がる前にあっさりと消滅する。 ――そんなことはできて当然なのだ。 ルイズはすぐそばで、誰がそう言った気がした。 そうだ。できる。もっとできる。 もっと、もっと、何かがしたかった。 ルイズは地面に飛び降りると、手頃な木にパンチを繰り出した。 心地のいい破壊が響くと、木はめきめきと崩され去った。 続けざまに、何度も同じことを繰り返す。 パンチに飽きるとキックを試したり、繰り出したロープを枝にからみつけ、木を引き倒したりもした。 試みはいずれも大成功に終わった。 パワーもスピードも……精密さだって申し分ない。 体を動かせば、肉体が勝手に計算したり、軌道修正をしたりして、万事うまく運ぶ。 こんなことが誰にできる? ルイズはぞくぞくする気分で何度も拳を握り締めた。 爆発するような歓喜があった。 ルイズはたまりかねて咆哮した。 それは人間のものというより、原始の頃から人間を恐怖させてきたカオスの象徴・ドラゴンのようだ。 ただし―― 知恵ある韻竜がその意見を聞けば憤然としてこう言うだろう。 「私たちドラゴンを、あんな『おぞましいもの』と一緒くたしないでほしいのね!」 ひとしきり暴れ回ってストレスを発散させたルイズは黒いロープでスイングをしながら学院に戻った。 何か夜勤の門番たちが騒いでいたようだが……。 給料泥棒同然の門番どもを出しぬき、自分の部屋に戻ることなど、まったくもって簡単なことだった。 壁を這いまわり、音もなく移動するのは、木々をスイングするのとはまた別の面白さがある。 窓からそっと部屋の中に入る。 それにしても、いつの間に外に出たのだろう。 また興奮していた時には気がつかなかったが……。 なぜこんなことができるのか。 少し落ちついてくると、ルイズは気づいた。 自分の着ている衣服が、見知らぬものであるということに。 体にぴたりと密着するそれは、全身を覆い隠すようなコスチュームだった。 真っ黒な服の上に銀色の網目がいくつも走っている。 左手部分を見ると、それには慣れ親しんだ使い魔のルーンがあった。 「まさか……」 ルイズは改めて驚く。 あの布切れがこの服に変わったというのか。 まったく信じられないことだった。 ルイズがそのコスチュームが体ばかりではなく、顔もすっぽり覆っていることに気づいたのはその後だった。 あまりにも自然にフィットしていたので、気がつかなかったのだ。 まるで、ルイズ自身の一部であるかのように。 鏡を見ると、そこには体のラインがくっきりと見える黒い衣装の女がいた。 銀色のゴーグル部分が、黒いマスクの中でギラギラと光っている。 網目が蜘蛛の巣を表わしていることがわかったのは、胸の中央にある蜘蛛のマークのためだ。 ただ……ルイズの長い髪が後ろからはみ出してしまっているのは減点ものだった。 そこがかっこ悪い。 それでも、コスチュームは奇異なものだったが、全体的にクールに思えた。 いいじゃないか。 ルイズが鏡の前でポーズをとっていると、いきなり鏡に映る黒マスクが豹変した。 口部が裂けて、そこからナイフのような牙がのぞいた。 蛇のような長い舌もぬらぬらと粘液をしたたらせて不気味に動いていた。 その異形を見た時ルイズが感じたものは、驚愕でも恐怖ではなく親近感だった。 例えるならば、何年も前に別れた親友と再会できたような気分だ。 そして……またあの言葉を思い出した。 ヴェノムという言葉を。 「――ヴェノム」 つぶやくと、鏡の中の怪物はにやりと笑った。 ルイズの言葉に応えるように……。 ルイズが目を覚ますと、外では何やら騒々しいことになっていた。 かすかに太陽が昇り出した頃だというのに、生徒も教師も、それに使用人たちもやかましく騒いでいる。 何の騒ぎだと不快に思ったルイズだが、それよりも自分の格好に驚いた。 全身をぴっちりと包んだ、蜘蛛の巣模様が走った黒いコスチューム。 「夢じゃなかった……」 ルイズはつぶやくと、自分が何かをつかんでいることに気づいた。 あの、黒いマスクだ。 脳裏に、黒い怪物の姿が浮かんだ。 マスクをあちこち揉んでみたりつついたりしてみたが、何も起こらない。 「…………どこまでが、夢?」 ルイズは昨夜のことを考えながら、壁に手をついた。 少しの間目を閉じたルイズは、もう一方の手で壁に触れる。 そのまま、ルイズは壁をよじ登り、すいすいと天井まで昇っていった。 まるでヤモリみたいに天井にはりついたルイズは、ニコリと笑って、音もなく床に舞い降りた。 その後――コスチュームの手袋とブーツをはずし、ズボン部分も脱いで、コスチュームの上からブラウスを着た。 ただ、ルーンの入った左の手袋だけは、そのままにしておいた。 スカートをはき、マントをつけるといつもと変わらぬ格好になる。 着替え終えると、ルイズは胸に手を当てて深呼吸をしてから、くるりとターンしてみせた。 やはり、この使い魔は最高だ。 笑みが抑え切れない。 ところが気分のいいところに、誰かが部屋に近づく気配を感じた。 ルイズはムッとしながら、コスチュームのマスクやブーツを衣装ダンスへしまいこみ、先手を取るようにドアを開け放った。 ドアの外ではキュルケが驚いた顔で立ちすくんでいた。 ルイズはキュルケを無視して、ドアに鍵をかけてそのまま廊下を歩き出す。 「ま、待ちなさいよ、ルイズ!」 すると、あわてた声でキュルケが追いかけてきた。 「なに?」 「なにじゃないわよ、あんたこの騒ぎがわからないの?」 「それが、なに?」 「はあ…。知らないの? 昨夜、学院に賊が侵入したって噂なのに」 「ぞくぅ?」 「ええ、そうよ? 学院の城壁をぶち破ったってね。女子寮のすぐそばよ、大穴があいちゃってるのは……」 キュルケは大げさな仕草で、肩をすくめる。 その拍子に、無駄に大きなバストがぷるんと揺れた。 ルイズは一瞬でかい脂肪の塊をもぎ取ってやろうかと思ったが、どうにか自制する。 「ふーん」 記憶の前半部分は夢かと思ったが、どうやらあれも現実に起こったことらしい。 しかし、どうだっていいことだ。 「あっそ」 ルイズはじゃあとばかりに手を振って、キュルケを置いて進み出す。 「あっそ……って、あんた、反応薄いのね?」 不安そうにキュルケは声をかけるが、ルイズはもう返答すら返さなかった。 キュルケは立ちつくしたまま、遠ざかるルイズを見ていた。 その横に、青い髪に眼鏡の小さな少女が立っていた。 「あの子……変わったわ」 キュルケは恋人に去られた乙女のように、小さくつぶやいた。 「心配?」 あらゆる意味でキュルケとは対照的な青い少女は、かすかにキュルケを見上げた。 「まさか!」 とんでもないという口調でキュルケは切り捨てたが、その瞳はルイズの去っていった方向に向けられたままだった。 時刻が正午をすぎる頃、ルイズは食堂で昼食をとっていた。 あちこちでおしゃべりが交わされているが、生徒たちの関心は、謹慎明けの劣等生よりも、城壁にあけられた大穴に向けられていた。 「あれは、やっぱり魔法だろうか?」 「いや強力なゴーレムかガーゴイルじゃないのか」 「しかし、それらしいものを見た人間はいない」 そのおかげで、ルイズは誰にも邪魔されず、一人静かに、豊かに昼餉を楽しむことができた。 だが、全員が全員、その事件に関心を抱いていたわけではない。 中には、女のことにしか関心を持てない、さかった犬どももいた。 その代表例が、一際大仰な言動をしている青銅のギーシュだ。 自分を薔薇に例える愚かしいナルシストは、どうせ今まで抱いた女の自慢でもしているのだろう。 これもまた、ルイズに意味のないことだった。 ルイズは熱い紅茶を、近くを通った黒髪のメイドに言いつけ、明日のことを考えていた。 明日の虚無の曜日だ。 街に服を買いにいこうとルイズは決めていた。 学院では必然的に制服で過ごすことが多いのだが、やはり好みの私服も欲しい。 今持っている服はどれも好みにあわなくなってきている。 欲しいのは、黒い服だ。 漆を溶かし込んだような黒くてシックなものがいい。 色々と楽しい計画を頭の中で練っていたが、いつまでも紅茶はやってこなかった。 代わりに、ちくりとルイズの感覚に触れるものがあった。 感じるままにルイズが振り返ると、金毛のさかり犬が、必死で謝るメイドに何か説教をたれていた。 よく聞くと、説教というより女に振られた八つ当たりみたいだった。 それ自体はどうでもいいことだったが―― かすかに、ルイズの頭の隅っこで誰かの記憶が浮かび上がる。 〝――には、――が伴う……。忘れるな……****〟 かすかに、見たこともない老人の顔が頭に浮かぶ。 老人は真摯な態度で、何を語りかけているようだが、不完全な記憶は、ルイズにその全てを伝えることはなかった。 しかし、かつて所有者であったであろう人間の、記憶――その体験した感情の残滓は、ルイズの行動に十分な変化を与えるものだった。 ルイズはそれに少しも気づいてはいないが。 席を立ち、ルイズは金髪男と、今にも土下座せんばかりのメイドを見た。 あのメイドはルイズが紅茶を持ってくるように言ったメイドだ。 紅茶がこないのは、このせいか。 ルイズは舌打ちをして、当然のような顔で……というより、ギーシュを完全に無視して、メイドの前に立った。 「あなた、いつまで私を待たせる気? 熱い紅茶を持ってきてと、そう言ったはずよ!?」 「ひっ?! み、ミス・ヴァリエール……ですが、あの、その、この……」 メイドはいきなり出てきたルイズに驚くが、ギーシュに主人に許しを乞う子犬のような視線をチラチラと送る。 ルイズはそれが気に入らず、わずかだが頭に血がのぼるのを感じた。 「なんだい、ルイズ。君は関係なっい……」 ギーシュは邪魔だとばかりにルイズの肩をつかもうとしたが、その直後に腹を押さえて床にはいつくばっていた。 ルイズの肘が、鳩尾に叩き込まれたためだ。 肘鉄砲なんて言葉があるが、ルイズの一撃は鉄砲どころか大砲といってもいい威力を持っていた。 「紅茶。早くしてちょうだい」 ルイズはギーシュには目もくれず、メイドに言い放った。 「は、はいいい!」 メイドは弾かれたように厨房のほうへ飛んでいった。 「うご、ごほ、げほお…!!」 腹部に強烈な打撃を受けたギーシュは土下座でもするような格好で、食べたばかりの昼食を口から戻し始めた。 一度勢いのついた嘔吐はしばらくは止まらなかった。 「汚いわね。吐くなら外でやってちょうだい。臭いし、汚いし、迷惑でしょ」 ルイズは冷たく言い放った。 「………!」 脂汗を流しながら、ギーシュが形相を浮かべてルイズを睨んだ。 ただし、ダメージはかなり大きく、しばらくは話すことも、立つこともできないようだったが。 ルイズは冷たい目でギーシュを見下し、 「私のティータイムを邪魔した、お前が悪い」 それだけ言って、ルイズは自分の席に戻り、メイドが大急ぎで持ってきた紅茶をじっくり味わいだした。 仲間に肩を貸されながら外に出ていくギーシュなど、まったく意に介さないで。 「あ…あの……ミス・ヴァリエール、よろしいのですか?」 紅茶を愉しむルイズに、黒髪のメイドは少し青ざめた顔でそう言った。 「なにがよ?」 「あの、ミスタ・グラモンに、あんなことをして……。後で問題にでもなったら……」 「別に」 「でも、でも、後で仕返しされるかも……」 「そんなことは、あなたの心配することじゃないわよ」 ルイズはそう言って気にも止めなかった。 「ルイズ! 僕と決闘だ!!」 ティータイムを十分に楽しんで食堂を出たルイズは、いきなりせっかくの気分に水をさされた。 血走った目つきで立ちふさがる、ギーシュによって。 一応メイドの忠告は、正しかったわけである。 「いや」 が、ルイズは大見得を切ったギーシュの意見を無情にはねつけた。 もちろん怖かったからではない。 むしろ、決闘は望むところだ。 ルイズと共にある使い魔も、それを楽しみにしている。 遠慮なく、その攻撃性が解放できる状況を―― しかし、今はまずい。 何しろ謹慎がようやく終わったばかりだ。 その直後に暴力沙汰はまずい。 それではせっかくの虚無の曜日が楽しめないではないか。 ギーシュを叩き潰すのは、それが終わってからでもいい。 「い、いやだと!?」 ギーシュは信じられないという顔をしたが、 「これは貴族が貴族に対して申し込む名誉をかけた決闘だ……断るなんて。ふん、所詮ゼロだな! 臆病風に吹かれたってわけか」 今度は安っぽい挑発をしてくる。 ――良い気になりやがって……。 ルイズは今すぐこのさかり犬を殴ってやりたくなった。 だが、ここはもっとクールな対処をすべきところだ。 「名誉? 決闘しようが喧嘩しようが、あんたが落ちこぼれのゼロに肘鉄を食った上に、公衆の面前で反吐を吐いた事実は消せないわ」 「き、貴様……」 「それよりも…。こんなか弱い女の子につつかれたくらいでダウンする、自分のひ弱さを恥じるべきじゃない?」 仮にも武門の家に生まれた者が、それいいのかしら? ルイズはできる限り意地悪く笑う。 「言わせておけば……!」 「今後は魔法だけじゃなく、体のほうも鍛えるべきじゃないかしらね、プレイボーイさん?」 「ギギギ……」 反論できず歯ぎしりをするギーシュに微笑みかけ、ルイズは立ち去った。 「ま、待て! 逃げるのか!?」 叫ぶギーシュに、ルイズは振り返らず、ただ手を振っただけだった。 「くやしいのうww くやしいのうwww」 そう、つぶやきながら―― ギーシュを虚仮にしたことで、ルイズは愉快な気持ちになって午後の散歩を楽しんでいた。 まだ、物足らないが……。 あのキザな少年の自尊心がどうなろうと、ルイズにすれば少しも考える必要のないことだ。 マリコルヌにしても、同じだった。 あの連中が今までルイズにしてきたことに比べれば、あんなもの、どうということはない。 慈悲深いとさえ言える対応だったと思う。 あの豚はもっともっとひどい目にあって当然のやつだったのだ。 そう、ルイズが与えられてきた多くの不当なものに比べれば。 まだまだこれからだ。 ルイズは、嗜虐の笑みを浮かべて、全身からパワーが迸るに耐えた。 そして、ちょっとだけギーシュを見逃したことに後悔する。 やはり、決闘にかこつけて叩きのめしてやれば良かった。 教えてやればよかったのだ。 貴族の名誉だの……薔薇だの……そんなものが、いかにあの愚かな男には分不相応なものか、よく思い知らせてやるべきだった。 無意識のうち、ルイズは杖を手に取っていた。 皆から蔑まれるだけの失敗魔法の爆発。 しかし、冷静に見ればあの威力は凄いものだ。 素手で痛めつけるのもいいが、どうせなら散々揶揄してきたこの爆発で這いつくばらせてやるのが、クールなやりかたではないか? 悪くすれば教室一つ軽く吹き飛ばす爆発。 あのひょろいさかり犬を吹き飛ばすなど造作もない。 ――問題は、コントロールよね。せめて……威力の大小を制御できれば……。 考えるうちに、ルイズは利き腕ではなく、黒い手袋をはめた左手で杖を持ち、虚空を睨んでいた。 前ページ次ページGIFT
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前ページ次ページGIFT あわただしい気配が分厚い壁を通り伝わってくるのを、ルイズは退屈しながら感じとっていた。 懲罰房の中に運び込まれた机の上には、どっさりと出された課題の山があるが、全て終了済みだった。 罰として与えられたものだが、今のルイズにとってそれらは退屈な監禁生活の無聊を慰める程度でしかない。 それはさておき……。 推測するに、どうやらかなりのお偉方が学院に訪ねてくるらしい。 どんな相手なのか、意識を集中して感知してみようか? ルイズはそう思いながら、眼を閉じる。 ちくり。 危険や敵意を敏感に感じとる感覚(センス)が反応した。 学院の中ではないが、そう遠くはない。 何者だろう。 ルイズは緊張と興奮、それに奇妙な歓喜を抑えながら意識を集中し続け、それを正確にとらえようとした時、 「ミス・ヴァリエール」 無粋な声が、集中を中断させた。 確認するまでもない。 教師のコルベールだった。 いつもと違い、ちんどん屋みたいにめかしこんで、似合いもしない金髪のかつらをかぶっているのは、お偉方を出迎えるためだろう。 「今日で停学は終了です」 おっほんとわざとらしい咳をしながら、コルベールは言った。 「そうですか」 特に嬉しそうにもしないルイズに、コルベールは不安そうにしながら、 「本日、アンリエッタ姫殿下が、当学院にご行幸なされることになりました」 「姫殿下が?」 ルイズもこれには驚いた。 まだ幼い頃、ルイズは『おそれおおくも』アンリエッタ姫の遊び相手をつとめていたことがある。 言うなれば、アンリエッタはルイズにとって幼馴染だった。 「急なことですが、すぐに歓迎式典の準備をせねばなりません。あなたもすぐに正装して校門前に整列するように」 「わかりましたわ、ミスタ・コルベール」 ルイズに殊勝に頭を下げながら、予感した。 危険を放つ相手は、姫殿下の行列の中にいる……あるいは。 姫殿下本人が、その相手かもしれない。 トリステイン万歳! アンリエッタ姫殿下万歳! 歓声がやかましい中、ユニコーンの引く豪奢な馬車から美姫が姿を見せた。 花のような微笑で歓声に応えるアンリエッタは、年月をへてさらに美しくなっていた。 それを遠目に見るルイズの周辺は、近づく者がいないために円のようになっている。 皆がルイズを恐れているのが実によくわかった。 ルイズにすれば、暑苦しくないのでむしろけっこうなことだが。 「あれが王女? たいしたことないわね、私のほうが魅力的だわ」 不遜な発言しているキュルケの横では、タバサが地面に座り込んで本を読んでいた。 近くにいる……。 ちくちくと、警戒せよ、警戒せよと繰り返す蜘蛛の糸。 その反応は、アンリエッタからはなかった。 ここはほっとすべきことなのか、ルイズは考えたが、特に感慨はわかない。 さらに、糸を伸ばしてみる。 びくんと反応があった。 ゆっくりとその反応先を見てみた。 立派な羽根帽子をかぶり、グリフォンにまたがった美形の貴族が見えた。 どこか――で、見たような顔だった。 こいつか。 相手を確認してから、ルイズは何食わぬ顔で、 「アンリエッタ姫殿下万歳!」 などと叫んでみた。 ふとキュルケのほうを見ると、例の羽根帽子貴族に魅入っている。 なるほどね――。 ルイズは失笑した。 さもありなん。あのツェルプストーが好きそうなタイプだ。 夜、久々に部屋に戻ったルイズは懐かしきベッドに寝転がっていた。 メイドが掃除をしていたのか、放置されていた部屋は埃などもなく、綺麗なものだった。 ベッドの脇にはインテリジェンス・ソードが置いてある。 「久しぶりだよなあ、相棒!」 デルフリンガーが嬉しそうに言ってくる。 「会ったばかりなのに、相棒がすぐにどっかに閉じ込められたとかで、俺ぁ冷や冷やしたぜ!」 「誰に聞いたの?」 「掃除にきたメイドたちが話してたのよ。聞いたぜ、どっかのメイジをボコボコにしたんだって?」 そこから、デルフリンガーの声は不満を含んだものになった。 「冷てえよなあ、相棒は! そういう時こそ俺の出番だろうがよ?」 「さすがに、人のいる前で貴族殺しはまずいわよ」 ルイズはつまらなそうに言った。 まあ、勢いで殺しかけたんだけどね。いや、ていうか、精神的には死んだかしら? 「そのうち、オーク鬼にでも会ったら使ってあげるわよ……」 「絶対だぞ? 約束だからな!」 「はいはい」 ルイズはうるさげにしながら、苦笑した。 だが……。 「ちょっと黙って」 ルイズがそう言うと、デルフリンガーがすぐに沈黙した。 相棒、相棒というだけあって、こういう時の機微はすぐに察知してくれるようだ。 そこのところがルイズには好ましかった。 やはり、ただのおしゃべりな剣というわけでもないようだ。 ドアがノックされた。 はじめに長く、二回。次に短く、三回。 ルイズはすぐに起き上がり、ドアを開けた。 入ってきたのは真っ黒頭巾の若い女だった。 「…………」 ルイズは無言で黒頭巾を迎え入れた。 黒頭巾は杖を取り出して、軽く振った。 探知の魔法、ディティクト・マジックね。 ルイズは部屋に舞う光の粉を見ながら、慇懃に膝をついてみせた。 どこに目が、耳が光っているかわからないものね、そんなことを黒頭巾は言っている。 「……お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」 黒頭巾を取りながら、アンリエッタはそう言った。 「姫殿下も、ご機嫌麗しゅう……」 「そんなことを堅苦しいことはやめてちょうだい、ルイズ!」 アンリエッタはそう言いながらルイズを抱きしめる。 「ああ、ルイズ! ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! あなたと私はお友達じゃないの!」 「もったいないお言葉でございます、姫殿下」 とりあえず当たり触りのないことを言ったが、麗しの姫殿下は一人で勝手にヒートアップしていた。 やめて! ここには枢機卿も、母上も、あの友達面して寄ってくる欲の皮の突っ張った宮廷貴族たちもいないのですよ! ああ、もう! わたくしには心を許せるお友達はいないのかしら? 昔馴染みのルイズ・フランソワーズ、あなたにまでそんなよそよそしい態度をとられたら、わたくし死んでしまうわ! 熱の入った一人芝居みたいな繰り言を続ける姿は、ひどく現実離れしていた。 もしかすると、彼女の頭の中では、ここは魔法学院の女子寮ではなく、大劇場の舞台になっているのかもしれない。 ばっかじゃねえの? 姫の『熱演』に接して、ルイズが思ったことはそんなことだった。 だが、同情できないこともなかった。 いつか父がこぼしていた、一見華やかながら、宮廷とは権謀うずまく、魑魅魍魎が徘徊する場所だと。 そんな宮廷生活は相当に精神を蝕むものかもしれない。 といって――ルイズが今まで過ごしてきた生活だって、十分すぎるほど精神を蝕むものだった。 だから、それほど踏み込む気持ちは起きなかった。 そもそも、この姫は何をしにここにきたのだ? わざわざ昔話に花を咲かせるため――まさか……いや。 「だけど、最初見た時は驚いたわ。髪の毛を短くしたのね」 アンリエッタは息をついてから言った。 「最近のことですけど」 「でも、その髪も素敵よ。とっても凛々しくて……」 「感激です。私のことなど、とっくにお忘れになっているものかと」 「忘れるわけないじゃない。あの頃は、何もかもが楽しかったわ」 姫殿下の、声のトーンが変わった。 今まではただの前振り。ここから、本番ということかもしれない。 「あなたが羨ましいわ、ルイズ……。自由って素敵ね――」 羨ましいだと? ルイズはかすかに目を鋭くしたが、アンリエッタは気づいた様子もない。 羨ましい? なるほど、確かに今の自分は羨ましいかもしれない。 神から、あるいは運命というべきか、そういったものから力を与えられたのだから。 とてつもない力を。 しかし、それをアンリエッタは知っているのか? いや、まさかそうとは思えない。 誰もこのことは知らないはずなのだ。 ならば……この姫は本気か、戯言か知らないが、ゼロのルイズという少女に対して羨ましいと言っているのか? 「自由ですか」 「ええ……」 それっきり、アンリエッタは黙りこんでしまった。 どうやらひどく、言いにくいことらしい。 すなわち、それはルイズにとっても穏やかならざるものであるのか。 なら、言わせる必要などない。 そう考えて、ルイズは自身の思考に今さらながら驚いた。 以前のルイズならば、何をさておいてもアンリエッタの隠していることを聞きたがったはずだ。 たとえ、それが破滅につながる道でもあって……。 王家への忠誠。それは貴族の誇りと名誉につながるものだ。 魔法の使えぬルイズにとって、わずかながら自分を支える頼りない柱……だったもの。 けれど、今のルイズはそんなことは考えようとさえしていなかった。 もはや――貴族であることにすがる必要など、どこにもありはしないのだから。 「私は、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになりました……」 まるで葬列に並ぶような表情で、アンリエッタは言った。 「それは」 ルイズは一瞬返答に躊躇した。 普通なら、ここでおめでとうございますと、拍手でもするべきところなのだろうが、姫殿下の表情からそうではないことがわかる。 何となくわかる気もした。 ゲルマニア――あの、褐色の多情な女を思い出しながら、ルイズは考えた。 あの国は、歴史の古いトリステインなどから見れば成り上がり者の国だ。 そんな国に嫁ぐなど、大げさに言えば屈辱以外の何者でもないだろう。 「……」 だがそこで、ルイズの感覚は抜き足さし足と部屋に接近してくる気配を感じとった。 ふん。 無意識のうちに、冷笑がこぼれてしまう。 アンリエッタはそんなルイズに気づかず、ぶつぶつと愚痴とも独り言ともつかない言葉を並べ立て始めた。 ゲルマニアとの婚姻は、両国の同盟のため。 現在アルビオンでは内戦が起こり、王家が敗れそうである。 アルビオンを掌握した反乱軍は、今度はトリステインに牙を向けるだろう。 ゆえに望まぬことではあるけれど……。 しかし、アルビオンの反乱軍は同盟を壊す材料を必死で探している。 もし、そんなものが見つかれば、当然トリステイン、ゲルマニアの同盟はおしゃかになるのだ。 ルイズはそれを話半分に聞きながら、ドア越しで血眼になっているであろうピーピング・トムに意識をやっていた。 ついにアンリエッタは、自分で話した自分の現状に、自ら絶望したのか、 「おお、始祖ブリミルよ……。この不幸な姫をお救いください」 両手を組んで祈りの真似事を始めた。 自己憐憫か、反吐が出る。 ルイズは聞こえないように舌打ちをした。 「それは……大変なことになっているのですね」 そう言ってやると、アンリエッタは顔を覆って震え出した。 いい加減にしろ、このマヌケが……! ルイズは目前の姫を蹴り飛ばしたい気分になった。 自分が世界で一番不幸でございますという態度だが……。 魔法が使えぬせいで屈辱にまみれた人生を送ってきたルイズからすれば、そんな行為は見苦しいものでしかなかった。 「一体何をおっしゃりたいのですか?」 ついにたまりかね、ルイズはいらついた表情でアンリエッタを睨む。 「ルイズ……?」 「せっかくのお越しでございますが、そのようにされていてもわけがわかりませんわ」 冷たく言って、ルイズはしまったと唇を噛む。 適当にめそめそさせておけば……どうせ、そういつまでもここにいられはしないのだ。 そのうちに帰っていったに違いない。 こんなことを言えば、相手に厄介ごとを話させるきっかけを与えてしまうではないか。 「実は……あるものが原因で、婚姻……同盟が壊れてしまうのかもしれないのです」 そうら、きた。 ルイズは大変ですね、とも言えずに、無言でうつむいた。 「私が、アルビオンのウェールズ皇太子に送った手紙……」 プリンス・オブ・ウェールズ……ルイズも知っている、眉目秀麗の凛々しい王子だ。 「それをもし、ゲルマニアの皇室が読めば……決して私を許さないでしょう」 アンリエッタは死にそうな声だった。 「間違いなく、同盟は反故に。そうなれば、トリステインは一国で反乱軍と……」 どんな手紙を送ったのだか。 ルイズは是非とも、手紙を読んでみたい気分になった。 遠いアルビオン、それも今は戦争の真っ最中であるウェールズ王子のもとにあるとすれば、まず不可能だろうが……。 「絶望ですわね」 「ああ。そうです、まさに絶望です! もしも、あれが反乱軍に渡ってしまえば……破滅です!!」 「で、姫様、私にどうしろと?」 ルイズはもはや付き合い切れなくなり、 「そのようなことは、私などではなく、もっと他に相談すべきかたがいらっしゃると思いますが」 信用できる者など……こんなことを話せる者など……と、アンリエッタは苦しそうにうめいた。 だったら、最初からそんなもの送るなと思いつつルイズは、 「もしや、私にアルビオンに赴いて、その手紙を――」 「無理よ、無理よ、ルイズ! わたくしったら、なんてことでしょう! 混乱しているんだわ!」 大げさに首を振るアンリエッタ。 「まったくですわね」 とうとうルイズは吐き捨てるように言った。 「国政に携わっておいでになると、ひどく精神を病まれるというのは大変よくわかりましたけれど」 アンリエッタは弾かれたように顔を上げて、ルイズを凝視する。 幼馴染の冷然とした表情を見て、アンリエッタは力なく肩を落とした。 「そうね。ごめんなさい…………」 ぽつりと蚊のなくような小さな声でルイズに詫びた。 やがて、静かにルイズを見た。 「変わったのね、あなたも」 「ええ。もちろんですわ」 ルイズは微笑んで、 「魔法がまともに使えずに、平民にすら軽蔑され、ついた二つ名がゼロのルイズ。人間が変わるには十分すぎる要因ではありませんか」 ルイズはわざと芝居がかった言動で、意地の悪い顔をしてみせた。 アンリエッタは何も言わない。 「まさか、姫殿下も、そんな落ちこぼれに国の存亡をかけた任務など、本気で任せられるはずもないでしょう」 今度は表情を消し、淡々と言ってみせた。 すると、アンリエッタはドレスの裾をぎゅっと握り締める。 手が震えているのがわかった。 さてと、ルイズはドアのほうへ意識を向けた。 ピーピング・トムはどう出る? どう転んでも……。 「――なあ、そう意地悪をしてやるなや」 いきなり、デルフリンガーが口をはさんできた。 「な、何者です?」 アンリエッタは滑稽なほどに狼狽した。 気品あふれる美姫であるだけに、そのさまは下手な道化師の仕草よりも滑稽だった。 「うるさいわよ」 ルイズはドアの向こうのピーピング・トムが動いたのを感じ取り、舌打ちをした。 どうやらピーピング・トム、今のできっかけをはずされたようだった。 「いいじゃねーか。お前さんだって、今までの懲罰房生活でストレスがたまってただろ?」 「ストレス発散で戦地にいくマヌケがどこの世界にいるのよ」 「ルイズ、ひょっとして、それは……インテリジェンス・ソード」 アンリエッタはルイズの視線と、声の方向からベッドの脇のデルフリンガーに気づいたようだった。 「ええ、そうです。どうせ売れ残りだからと言って、武器屋がただでくれたのですわ」 大嘘こくんじゃねーよ、店メチャクチャにしたあげく、脅しとったくせによ。 デルフリンガーは声に出さずにつぶやく。 「ひょっとして……それがあなたの使い魔なの?」 「まあ……そんなようなものですか」 ルイズは笑う。 そこにデルフリンガーが、 「で。話を戻すがよ、いってやれや、アルビオン」 「簡単に言うんじゃないわよ、アホソード」 ルイズはうんざりとした顔で、 「あんたと違って、私は生身の人間なの。魔法も使えないし」 「下手な魔法よりも強力な爆発が使えるじゃねーかよ」 「やかましい」 「それにお姫様に恩売っときゃあ後で色々有利だぜえ? 三人までは切り捨て御免の殺人許可証とかもらえるかもしんねーしよお」 「もらえるわけないでしょ」 「わかんねーじゃねえか、言ってみなきゃよお」 「いただけますか、姫殿下?」 「いや、それはさすがに……」 とんでもねールイズとデルフリンガーの言葉に、アンリエッタは冷や汗を流す。 「ほらみなさい。恥かいちゃったじゃないのよ」 「まあまあ、いーじゃねーの、いってやれって。友達だろ? その姫様と」 「あんた、いい加減に――」 「いい加減にしろ、この無礼者どもが!」 大声と共に、いきなり誰かが……いや、さっきから部屋をのぞいていたピーピング・トムが乱入してきた。 「きゃあ……!」 アンリエッタは短い悲鳴をあげる。 ルイズはさっさとピーピング・トムを押さえつけ、床にねじ伏せる。 ピーピング・トムは必死で顔を上げて、 「アンリエッタ姫殿下! 是非ともその役目、このギーシュ・ド……もが!」 ギーシュは最後まで口上をのべることはできなかった。 ルイズはギーシュのつけているマントをねじって縄のようにして、猿ぐつわをかましたのだ。 「図々しいのぞきね、どうしてくれましょうか?」 ルイズはついとアンリエッタを見た。 「どうも、話を聞かれてしまったみたいですけれど」 「え、ええ……」 アンリエッタは胸を押さえながらギーシュを見た。 「後々面倒にならないように、始末しましょうか?」 「え?」 「もが……!!」 ルイズの台詞にギーシュは真っ青になる。 がたがたと震えているのがダイレクトにルイズに伝わってくる。 「そうだなあ……。おっと相棒の爆発じゃ他にもばれる。俺を使ってくれよ、ズバーーッといっちまおうぜ」 デルフリンガーは、おら、わくわくしてきたぞ! という口調で言ってきた。 「ダメよ」 ルイズは首を振った。 「そ、そうです、ダメです。殺すなんて」 アンリエッタもそれに賛同してうなずいた。 「あんたなんか使ったら血が出るじゃない」 「ええ。その通りです、血がどばっと……。え……?」 アンリエッタはきょとんしてルイズを見た。 「このまま絞め殺して、近くの森にでも埋めとけばいいわ」 「……!!!」 ギーシュの顔は青を通りこして白くなる。 「い、いけません、ルイズ!」 アンリエッタが制止すると、ギーシュはまるで崇拝する女神でも見るように姫を見上げる。 ありがたや、ありがたや。 今にもそう言いそうだった。 「それもそうですね」 ルイズは表情を和らげてうなずいた。 それを見て、アンリエッタもほっとする。 「姫様に無礼を働いた咎で、手打ちにしたということで。ええ、それでOKですわね」 ルイズは杖を取り出してギーシュの脳天に突きつけた。 「……! ……!! ……~~!!!」 ギーシュは必死で逃げようとするが、押さえつけるルイズの膂力はあまりにも圧倒的で、ギーシュにはどうすることもできなかった。 「じゃ、さよなら」 「なりません、ルイズ!」 ルイズの腕にアンリエッタはすがりついた。 「はやまってはなりません。まずは、話を聞いてみましょう?」 「さようですか」 ルイズはあっさりと引いた。 元より殺す気はなかったのだ。 殺すのなら、こんな場所など選びはしないし、べらべらと戯言などしゃべらない。 アンリエッタにうながされ、猿ぐつわをといてやると、 「……姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せつけますよう!」 「勇敢ね」 ギーシュの言葉に、ルイズは笑う。 こいつ、どういう場所にいくのか、わかっているのか? 「グラモン? あのグラモン元帥の?」 「息子でございます、姫殿下」 ギーシュは必死の面持ちで言い続ける。 「お願いいたします、姫殿下のお役に立ちたいのです……!」 「それで女の部屋をのぞいてたの? こそ泥みたいに」 「う……」 ルイズのツッコミにギーシュは赤面するが、ぶるぶると顔を振って、 「僕はただただ姫殿下の……」 「あなたも、私も力になってくれるというの?」 アンリエッタはどこか感動したらしくギーシュを見て目を潤ませる。 ルイズは苦い顔でアンリエッタを見た。 あなたも? いつ自分がいくことを了承した? デルフリンガーが勝手なことを言っているが、まだルイズは答えを言っていない。 ルイズがベッドに近づくと、 「まーいいじゃねーの」 デルフリンガーがとりなすように、 「……いざとなりゃ、あの色ボケを囮にでもすりゃいいし、本当にまずけりゃ逃げるって手もあるだろ?」 ルイズにだけ聞こえるように言った。 「そうね……」 ルイズはギーシュを見る。 「姫殿下の御ために働けるのなら、これはもう望外の幸せでございます!!」 ギーシュは真っ赤な顔で感動の声をあげている。 この犬が。 ルイズは内心せせら笑う。 馬鹿犬ギーシュは少しばかりアンリエッタ姫がおだてればほいほい自分で自分の首さえはねそうだった。 いや、まさにそうしようとしているのだ。 五本の指にも満たない少数で戦場に向おうという時点で。 そうこうするうち、アンリエッタは魔法まで使って手紙を用意し、 「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。すぐに件の手紙を返してくれるでしょう。それから……」 はめていた指輪を手紙と共にルイズに手渡した。 「これは母君からいただいた『水のルビー』です。せめてものお守りです。お金が心配なら売り払って旅の資金にあててください」 『水のルビー』……。 その輝きは、どこかルイズの奥底にあるものを引き寄せるようなものがあった。 「へへへ! こいつはいよいよ面白くなってきやがった!」 嬉しそうにデルフリンガーが言ったので、ルイズはぼこんと蹴飛ばしてやった。 前ページ次ページGIFT
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前ページ次ページGIFT ふと気づくと、ルイズは生まれ育った屋敷にいた。 魔法学院から、三日ほど馬を走らせた場所にあるラ・ヴァリエールの領地。 アルビオンにいるはずの自分が、どうしてそこにいるのか。 そんな疑問は、頭の片隅にすらなかったが、すぐにわかった。 なるほど、これは夢の中か。 そう理解するのにさしたる時間は要さなかった。 といって、夢の中の時間が、現実世界でどれほどのものになるのかは、わからないけれど。 ただ、気の向くままに屋敷を歩いていく。 ルイズにとって、この世界は汚濁と塵芥にまみれた、鼻の曲がるようなゴミ捨て場だ。 名門に生まれついてしまった『欠陥品』を笑っているクソども。 普段押さえつけられている貴族の中で、貴族たりえない不具を……それすら裏でこそこそと嘲ることしかできない虫けらども。 そういう屑どもを全て、血や膿でまみれた溝川に流してしまえば、さぞかし世の中はさっぱりとするだろう。 しかし、彼らの言い分もわからないでもない。 少なくとも、今のルイズには。 「魔法を使えるものを貴族というのではないわ! 敵に背を見せないものを貴族というのよ!!」 以前の自分ならこう言ったか? 馬鹿が、とルイズはかつての自分に唾を吐きかけてやりたくなった。 くだらない戯言だ。 この社会を根底から支えている魔法という〝力〟。 貴族がそこで認められるのは、その根底を支える力を持っているからじゃないか。 ゲルマニアでは、平民でも貴族になれるというが、それにしたって金という力を持っているからこそ認められるのだ。 魔法も使えない、金もない。 そんなやつが、どうして貴族と認められる? 貴様の吐いているのは、負け犬の遠吠えだ。 魔法も、金もない。 それは今現在のルイズにしたって同じことだった。 だけど、それとは違うものは持っている。 社会で大きな『富』を得ることの出来うるもの。 ただ、それは上っ面のものではなく、裏の、黒く濁った、しかしこの世界の本質である場所でだろうが。 それは、力……暴力だ。 白の国で理解したこと。 それは、トリステインの終焉が近いということだ。 強大なレコン・キスタの軍事力。 アルビオンはもはや死にかかった牛だ。 奴らは飢えた狼の群れのように、くたばった牛を食い尽くすだろう。 それにどれだけの時間がかかる? 大した時間は稼げない、あっという間だ。 次は、トリステインの番だ。 ルイズの横に、違う誰かが並んで歩く。 それは子供の頃のルイズだった。 六歳くらいだろう。 いかにも貴族の娘らしい、驕慢な態度が見えた。 「このままだと、トリステインは全滅だわ」 小さなルイズは言った。 腹の立つほど、無垢な瞳で、まっすぐとルイズを見て。 「学院の生徒や使用人も、領地の民も、殺されるかもしれない。辱められるかもしれない」 「それがどうしたの?」 ルイズは笑ってやる。 まっすぐと、小さなルイズを見下ろして。 殺し合いと絵本の物語の区別もつかない腰抜けの貴族ども。 その貴族に媚びへつらうことで生命をつないでいる家畜同様の平民ども。 蛆虫どもの群れは、国の終わりには天を仰いでこう叫ぶだろう。 善良で日々真面目に慎ましく生きている私たちをお助けください! だったら。 その時は――見下ろしこう答えてやる。 「Non」 ってね。 ルイズは目を覚ました。 覚醒は一瞬だ。 ベッドから起き上がると、すばやく服を着終える。 まだ、時間は早い。 外に出て、しばらく歩いていると、小さな少年が近づいてくる。 それは少年ではなくて、男装したタバサ。 もともと年齢以上に貧相な体つきのせいか、普段の制服姿よりもこっちのほうがずっと似合う。 その横には、キュルケがいた。 ゲルマニアの女は妙な顔つきで、ルイズを見ている。 「最初の船で、アルビオンを出る」 そう言ったのは、タバサだった。 「やれやれ……。こんなところうんざりだわ」 キュルケは苦いものでも吐くようにつぶやいていた。 そういえば、一応昨夜のパーティーにも参加していたか。 何かしら、思うところでもあったのもしれない。 ルイズの知ったことではないが。 「あなたは?」 と、タバサがルイズを見る。 「後から、ワルドと一緒に」 答えたのはそれだけだった。 「そう」 タバサは、その感情の見えにくい瞳でルイズを見つめた。 それが夢の中の小さな自分に重なって、ルイズは少しだけ不快な気分になった。 我慢できないことはないが、さりとて気にならないわけではない鈍痛のようだった。 「お互いに気にをつけましょう。帰る途中で、巻き添えで死なないようにね」 ルイズはわざとらしく優雅な動作で、タバサに笑いかけた。 「あなたは簡単に死ぬようなタマじゃない」 タバサは突き放すように、そう言った。 「あはははは。ずいぶんと買いかぶってくれたものだね、ミス」 ルイズは男言葉を使いながら、そっとタバサの眼を見る。 やっぱりどことなく、信用の置けないチビスケだ。 だが、それもいい。 今のルイズにとって、本布意味で味方といえるのは、この黒い使い魔でしかない。 残るは、自分を食い物にするか、蔑むことしかしない〝敵〟だ。 「――生きて帰れたら、あんたの〝お話〟を聞いてあげてもいいわ。生きて帰れたらね」 そう言ってやると、わずかにタバサの瞳が揺れた。 ふん、まさか、まだ諦めていなかったのか? ルイズは腹で笑いながら、こう付け足す。 「もっとも、あんたの話次第だけど……」 キュルケの顔が、訝しげに親友と宿敵を見ている。 ルイズはともかくとして、タバサの態度がどこかおかしいこと――それに気づいたのだ。 「場合によっちゃ、あんたの敵になることだってありうる……。そのへんを熟考されることね」 ああ、ゼロのルイズが敵になったところで、怖くもなんともないか? ルイズはそう付け加えて、ひとしきり哄笑し、 「じゃあ、私は用事もあるので、これで。ミス・グラモンをよろしく」 キュルケとタバサの前を通り過ぎていった。 「ねえ、話ってなんだったの?」 キュルケはタバサを見た。 「……」 「……私には、言えないこと」 「ごめんなさい」 そっと、タバサは眼を伏せる。 親友の態度に、キュルケは一瞬だけだが、燃える炎のような彼女には似合わない寂しげな顔になった。 「いいの、そういうこともあるだろうしね」 でも、と、キュルケは人差し指を立てる。 「忘れて欲しくないのは……私はあなたの味方だってこと」 「……………………うん」 まるでキュルケの言葉を反芻していたかのように間を空けて、タバサはうなずいた。 両者の体格差のためか、それとも生まれ持った気質のためだろうか。 二人は姉と妹……いや、タバサは少年同然の服装のため、姉と弟のように見えた。 外見はまるで似ていない姉妹だけれど。 「ウェディングドレスを着る気はないわ」 まず、ルイズはそう断言した。 これに、ワルドは少し不服そうな顔をする。 「しかし、こういった時には相応のスタイルってものが重要なんだぜ?」 「そんなにチマチマと時間をかけるつもりなの、子爵? 要するにあの王子を一人の時を狙いたい……それだけのことなのに」 私との結婚式? その媒酌人にウェールズ皇太子? 馬鹿馬鹿しいッ! 「あなた……まさか、まだ私と結婚したいなんて言ってるじゃないでしょうね?」 軽蔑の色を隠さないルイズの態度に、ワルドは苦笑を噛み殺す。 「お互い、ドライに割り切ろうと昨夜言ったばかりじゃないかしら? 言ったのは、あんたよ?」 ニューカッスルの城はあわただしく動いている。 最後の、負けることがわかっている戦に備えての準備のためにだ。 それは燃え尽きる前の蝋燭が一際強く輝くのに似ていた。 このような状況下にあって、二人が一室で不穏な会話をしていることに気づくものなど、誰一人としていはしなかった。 「わかってはいるさ……」 「いいわ。あんたの望みは、一つはアンリエッタ姫殿下の手紙。それは手に入れたわね?」 「ああ」 と、ワルドは軽く胸を叩いた。 「で、二つ目は私。これは諦めてもらうわ。最後にウェールズ皇太子の命。これは、努力次第ね」 「君のことも、諦めたつもりはないが?」 「なら、どうするの? 無理やりに手篭めにでもする? 今ここで」 「それで本当にどうにかなるのならね。だがうっかりしていると喉笛を食いちぎられそうだ。やめておくよ」 ワルドは肩をすくめた。 昨夜、彼は思い切って自分の秘密と目的をルイズに話したのだ。 この旅でルイズの言動を観察してきて、睡眠時間を削り考え抜いた末の選択だったが、どうやら間違いではなかったらしい。 ルイズの言葉から、滲み出る社会への不満と憎悪、そしてアンリエッタへの悪感情。 そこにはいっぺんの忠心も、親愛の念も感じられなかった。 ワルドの知る、無垢で非力な少女はすでにいなかったのだ。 白馬の騎士を気取って彼女を篭絡することはできそうにない。 だが、同士としてレコン・キスタに取り込むことならば、できたのだ。 ワルドが得た情報。 ルイズが虚無の力を持つ者であるということ。 未だ目覚めていないが、覚醒すれば伝説の力の一端を操るだろうと。 当初ルイズは信じてはいなかった。 いや、今でもそれは怪しいのだが―― 「まあ、いいわ? 別にトリステインにも未練はないし……王権が壊れるのを見物するのも悪くはなさそうね」 意外に、あっさりとワルドの言葉に乗った。 そしてワルドに対する個人的感情も特に変化はないようだった。 おそらく……と、ワルドは推測する。 彼女はレコン・キスタにも、ワルドにも大した期待はしていない。 ワルドは自分を利用しようとしてのもとっくにお見通しだ。 それならば、何故是と応えたのか。 思うに、それは自分の環境――ハルケギニア社会への憎悪ゆえだろう。 王族も、貴族も、平民も。全てを。 彼女の生い立ちを考慮すれば、それも無理からぬことだと言える。 ならば、そのように接するだけだ。 ワルドは笑った。 「なによ?」 ルイズが睨む。 「いや、わかったよ。無理にとは言わない」 「当然ね」 すまして言うルイズを見ながら、ワルドは考える。 要するに、自分は口説き方を間違えていただけなのだ。 夢見る乙女と、すれっからしの娼婦と、同じように口説いて、成功するわけがない。 ルイズは前者ではない、後者でも決してないが、どちらかというのなら、そちらに近い。 それなら、もっと割り切り、メリットのあるなしで話をしたほうが良いのだ。 事実、目的を明かして話をすれば、とんとんとうまく運んでいるではないか。 「それにしても、皇太子は私とあなたの媒酌人なんて、よく納得したわね」 「状況が状況だからな。しかしだからこそというのもあるだろう。話してみたら、あっさりと乗ってくれた」 薄く笑うワルドに、 「そうじゃなくって」 と、ルイズは手を振る。 「昨夜、皇太子に誘いをかけちゃったのよね、私」 「――は?」 なんの事だ? ワルドは言葉の意味が良くわからずにいた。 「誘うって何を」 「私の中へ、あなたの命の種をお残しになりませんかってね、ちょっと詩的にすぎるかしら?」 「そ、それはまさか!」 「子孫繁栄のために必要不可欠な行為ってこと。うん。間違ってはないわよね、この表現」 さすがに、ワルドも絶句した。 ヴァリエール家の人間は昔から知っているが、例外を除いてみんなそのへんのところではガチガチの石頭だ。 特に、あの長女はひどいと評判だ。 子供の産めない女を『石女』と呼ぶが、将来的に高い確率でそうなりそうな女である。 ルイズもそれに順ずるようなところがあったと思うが、まさかそこまで荒んでいたのか……。 「それで、どうしたんだ?」 「なに?」 「だから、皇太子と」 「質問はもっとハッキリ明確にしなさいよ。寝たのか、寝てないのかってこと?」 「あ、ああ」 ルイズの迫力に、ワルドは思わずうなずいてしまう。 こいつはうまくしないと大変だな、と若干不安になってくる。 このじゃじゃ馬は、うまく調教しないと振り落とされた後、その場で踏み殺されそうだ。 「当ててみれば?」 ルイズは冷笑し、短い桃色がかったブロンドをかきあげる。 「それもいいが、そろそろ時間がない。どっちにしろ、向こうが媒酌人になったのだから問題はない」 ひとまずは、とワルドは誤魔化すように言った。 「ふふん」 ルイズは笑ったが、ふと何かに気づいたようにドレスと花嫁の冠を見た。 「ん? 気が変わったのかい? 着替えるだけの時間なら……」 「そうじゃないわ」 ワルドの声を、ルイズは冷たく否定するが、 「そうじゃないけど、これは使えるかもしれないわね。将来的に」 美術品といっても過言ではない冠を見つめながら、ルイズは笑う。 ものすごく意地の悪い笑顔だった。 礼拝堂の中で、礼装の皇太子は新郎と新婦を迎えていた。 三人以外、誰一人いない、寂しいというより、虚しさすら感じさせる結婚式。 さあ、その上に。 新郎はまだしも、新婦はどう見たって、これから式を挙げようという花嫁には見えなかった。 服もズボン黒ずくめ、その体躯も手伝ってまるで少年としか思えない花嫁だった。 しかし、その顔つきは美術品のように美しい。 見ようによっては、男同士が式を挙げているようで退廃的な匂いすらする。 しかし、ウェールズがそのように感じる理由は、それだけではなかった。 「おかしいとお思いでしょうね」 ニコリとして、ルイズは皇太子に笑いかけた。 不安を感じ、皇太子は答えることはしなかった。 「昨夜、あなたに安物の売女みたいなことを言った女が、こうして結婚式をあげようとしてるんですから」 「あ、い……」 爆弾を放り投げるような言葉に、ウェールズは呼吸をするのを忘れた。 ワルドは困った顔で頭を押さえている。 「その上に、その媒酌人をあなたに頼む。変だと思われているでしょう」 それをお受けになったあなたもよくよくご酔狂ですけれど、と付け足す。 「は、ははは……」 もはや何を言っていいかわからず、ウェールズはただ笑うのみだ。 「しかし、皇太子殿下……。物事というのは、些細なキッカケで大きく動くものらしいです。色々ありまして、私は彼の――」 と、ルイズは隣のワルドを見る。 「彼の提案を受け入れることにしたのです。お互いのために」 「……まるで、政略結婚でもするような言葉だね」 軽い揶揄をこめて、ウェールズは返した。 「ああ、すみません。どうも性格ですわね、余計な言葉が過ぎるようです」 それっきり、ルイズは先ほどの態度が嘘のように沈黙した。 こほん、とウェールズは咳払いをする。 やれやれ、やっと進むのか。 そんな顔で、ワルドは安堵の息を吐いた。 「新郎ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、この者を愛し、そして妻とすることを誓いますか?」 「誓います」 重々しく、ワルドは応えた。 あるいは芝居がかったというべきだろうか。 「新婦ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 フルネームを読み上げられ、ルイズのは唇がかすかに動いた。 「汝は始祖ブリミルの名において、この者を愛し、そして夫とすることを誓いますか?」 言葉が終わった時、ルイズはハッキリと笑顔を浮かべた。 とても、清々しい笑顔を。 「Non」 確かに、そう聞こえた。 瞬きすら追いつかない時間が過ぎた瞬間、新婦は新郎の体に密着していた。 何が……起こった? Non? つまり、新婦は否と応えたのか? ウェールズが状況を理解しきれないでいる中、ワルドは前のめりに倒れこんだ。 どうっと絨毯の上に身を横たえたワルドの下から、赤いものがつーっと流れていく。 わけがわからない。 ワルドはそんな顔をしていた。 彼は、あることを見誤っていたのだ。 ルイズの態度、吐き出す毒。 それを、ワルドは世にすねた落ちこぼれの叫びと理解していた。 世の中に噛みつこうとする、不良少女の他愛無い威嚇と思っていた。 ある意味では正解だったが、決して正確ではない。 悪ぶっているだけの小娘、多少手は焼いても自分の言いように出来るさ。 そんな風に、楽観視していたのだろう。 だからこそ、彼にはルイズという少女を蝕む黒い毒の濃度や危険性を、理解することはできなかったのだ。 結果は、凄惨なものだった。 彼は自身の命を、不正解の代償として支払った。 「残念ながら――」 ルイズはワルドを見下ろして、微笑んだ。 その手には、小さなナイフが握られている。 白刃は朱に染まり、ぽたり、と赤い雫が落ちた。 「私の人生に、あなたは必要ないのよ、ワルド。これからも、ずーっとね」 「ミス・ヴァリエール、君は……」 目の前で突然に起こった惨事に、ウェールズの判断力はうまく機能していなかった。 「感謝してほしいですわね、王子様」 ルイズはにたり、と笑う。 「もう少しで無駄死にするところを、助けてあげたんだから――」 「どういうことだ!」 「知らなかったんでしょうけど、この男はレコン・キスタのスパイ。アンリエッタ姫殿下の手紙を狙ってたのよ。ついでに、あなたの命も」 「なに!!」 ルイズの言葉に、ウェールズは瞠目する。 では、自分はみすみす罠にはまり、敵の手にかかろうとしていたのか? 「まあ、結果はご覧の通りですけれど。」 「…………」 「聞いてるの、皇太子殿下?」 黙っているウェールズを、ルイズはもはや敬意の欠片もない目つきで睨み、怒鳴る。 「死にたがりの馬鹿、その安い命を助けてやったって言っているの。〝ありがとう〟くらい言いなさいよ、人として」 「くっ……」 結果としみれば、そうだ。 だが、ウェールズは何か納得できなものがあった。 それは何だ? この無礼極まりないな態度にだろうか? いや、そうじゃないのだ。 何かが……。 「……助けてもらったことには礼を言おう。アンの手紙は……」 「ふん」 ルイズはワルドを蹴り飛ばして仰向けにすると、その懐中から封書を取り出した。 「こんなもの一つで、同盟が消えたりつながったりする。くだらない話よね」 そう言って、ルイズはそれをゴミのように破り捨て、手の平でふっと吹き飛ばした 「では、皇太子殿下――おやすみなさい」 ルイズはすいと、右手をウェールズに差し向けた。 いきなり、黒いものがウェールズの顔に張り付く。 「……!? !!!」 松やみのような粘性を帯びたその黒いものは、いくらか引き剥がそうとしても取れない。 もがくウェールズに近づき、ルイズはボディに軽い一撃を与えた。 ぐらりと倒れる皇太子を受け止めて、 「言ったでしょう? 生き恥をさらしてもらうって……。少なくとも――」 アンリエッタとハッピーなエンディングなんてありえないから。 ルイズは楽しそうに笑うと、ウェールズを抱えて礼拝堂を後にした。 レコン・キスタの総攻撃により、ニューカッスルの城が陥落したのは、そのすぐ後のことだ。 しかし、彼らは次の標的を狙う前に、消息不明となったウェールズの捜索をしなければならなかった。 ロングビル、土くれのフーケ。 いくつもの呼び名を持つその女が、長く深い混濁の中から目を覚ました時、最初に見たのは見知らぬ天井だった。 痛む体を無言で叱りつけ、ひりひりと叫ぶ骨や肉を強引に動かしながら起き上がる。 ひと目で、安物だとわかる宿の中だった。 かすかに、酒と煙草の匂いが鼻についてくる。 すぐそばにそういったものがある……というわけではなく、長い年月の中、部屋にしみこんだ匂いらしかった。 それに加わり、フーケの鼻をつつくのは強い香水の香りだった。 明らかに、女物のそれである。 長すぎる眠りのせいで、どんよりと頭は曇っていたが、自分がそこに一人なのではないと理解すると、すぐさま警戒心が沸き起こる。 ベッドのそばの椅子で、大柄な男が眠り込んでいた。 どうすべきか、フーケは判断に迷った。 自分の体を見るとほとんど下着同然の格好で、おまけに包帯だらけだ。 体中が痛むのも、まだ治りきっていないせいだろう。 死ぬという最悪の事態は避けられたようだが、今が好ましい状況であるとも言い切れない。 窓から外をうかがうと、ここがラ・ロシェールの街であることはわかった。 そもそも、この男はなんだ? どうやらメイジではないようだが、どこか判断のつきにくいタイプである。 そこで気づいたことだが、部屋に漂う香水の香りは、この男から匂ってくる。 こいつ、女物の香水つけてやがるのか? 舌打ちをもらすと、ドアの向こうから足音が聞こえてきた。 本能的に杖を抜こうとするが、自分の手元にそれがないことに気づく。 オタオタしているところへ、ドアが開かれた。 「あら、気がついたのお姉さん」 入ってきたのは、これまたフーケの予想していなかった相手であった。 黒いストレートヘアをした、若い娘だった。 なかなかの美人で、太い眉が明るく活発な印象を与える。 「あの……あなたがたは?」 弱々しげな仮面をかぶりながら、フーケは娘に尋ねる。 「あたし? あたし、ジェシカ? そこで寝てるのはあたしのパパ」 娘は、椅子で眠る男を見やってから、何かの包みを取ってくると、フーケに渡す。 「それ、あなたの荷物ね。ほとんどボロボロだったけど、一応取っておいたわ」 「ありがとうございます……」 あらためてみると、そこにはフーケの衣服と財布、予備の杖もあった。 娘の言うとおり、みんなボロボロだが、杖はどうにか使えそうだった。 「ねえお姉さん、一体どうしてあんな道端でぶっ倒れてたの?」 フーケを見ながら、ジェシカは言う。 「あたしとお父さんが見つけた時には、全身大火傷で危なかったのよ」 「そうでしたか……」 心の中、フーケはあのキザな髭と、真っ黒い化け物に呪詛を吐いた。 あいつらのおかげでこんな目に……ちくしょうめ。 目まぐるしく思考をしていたフーケは、さらに重要なことを思い出す。 そうだ、もうすぐレコン・キスタは王党軍に総攻撃をするはずだった。 まさか、あの戦力差で負けると思えないが、もしも――ということもある。 「あのぉ……確かアルビオンでは、内乱が起こっていたと聞いていますが」 「ああ、確か何日か前にお城が落ちたって」 ジェシカは言いながら、ちょっと声を潜めた。 「でも、お城を落としたはいいけど、貴族派だかレコンなんたらは、困ってるみたいね」 「はあ……」 困っている? 民が彼らを歓迎しておらず、統治が進んでいないのだろうか。 「それがさあ、幽霊が出るらしいのよ」 「ゆ、幽霊?」 おかしな話になってきた、とフーケは眉を上下に動かした。 古戦場跡にはそういった噂や伝説が残っているものだが、まだ戦火も消えきっていないようなところで、そんな話が出るというのは珍しい。 「ええ、レコン・キスタの兵隊が何人も見てる……っていうか、実際にそいつに何人も殺されてるんだって」 こっちに降りてきた傭兵たちが噂してるわ、とジェシカは言った。 「それは、王党派の生き残りとか、そういったことでは?」 「フツーそう考えるよねえ。でもさ、見た人の話じゃ、マジで人間じゃなかったらしいよ?」 話しているうちに、自分自身も興奮してきたらしく、ジェシカは熱心に話し始めた。 真っ黒い、得体の知れない化け物が夜な夜な出現して、レコン・キスタの兵隊を惨殺しているという噂を。 普通の傭兵ばかりではなく、その中には士官も入っていたのだという。 真っ黒い化け物……。 その言葉に、フーケは嫌というほど覚えがある。 レコン・キスタを恐怖させているのは、おそらく―― 人間よりもはるかに強靭であるオーク鬼や、巨体を誇るトロール鬼さえも文字通りバラバラにされて、死体を晒されている。 そこまで聞いて、フーケは幽霊の正体を確信した。 同時に、いてもたってもいられないような不安に陥っていた。 自分の〝家族〟がいる国に、あいつがいる……。 ニューカッスル陥落後、傭兵として参戦していた男は、敗残兵を捜して仲間と共に森の中を走っていた。 まだ消息の知れない皇太子を探すということも目的の一つにあった。 うまく見つけて首でも取れば、たんまりと褒賞金が出る。 欲に駆られ、ウサギでも狩るような気分で捜索部隊は走っていた。 しかし、気がついた時、男はいつの間にか一人になっていた。 行動を同じくしていた仲間は、どこにも見えない。 大声で呼びかけてみても、森の中に虚しく響くだけだった。 仲間の名前を呼びながら走るうち、木の上から大きなものがぶら下がっているを発見する。 それが、仲間の死体だと理解するのにそれほど時間はかからない。 鋭い太刀筋で急所を切り裂かれた遺体には、すでに蝿がたかり出していた。 ゾッとした恐怖が、背中を突き抜けた。 遊ばれていると、感じた。 何か巨大なものが、まるで蟻でも見下ろすように、自分を観察し、どうやって遊ぼうかと思案している。 そんな妄想がわき上がってきた。 あわてて逃げ出そうとした時は、すでに手遅れだった。 不意に、ただ強い力というには、あまりにも凄まじく無慈悲なものが男を地面に叩きつけた。 背中を強打し、呼吸が出来なくなったところを、真っ黒なものが自分を見下ろしていることに気づく。 蜥蜴か蟲か判別のつかないその黒い悪魔は、牙の並ぶ口から、毒蛇を思わせる舌をのぞかせ、笑っていた。 「Good-night,Baby」 女の声? 男が疑問に抱く間もなく、怪物の手にした剣が男の首を胴体から切り落とした。 前ページ次ページGIFT
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前ページ次ページGIFT コルベールは学園に戻ってくるなり、学生たちの様子がおかしいことに気づいた。 妙に浮き足だっているというのか、あるいは殺気だっているというのか……。 たまらない。 コルベールは頭髪の死滅しかかった頭を押さえた。 城壁を破壊した犯人も見つかっていないのに、また揉め事か。 ついさっき、森の調査から帰ってきたばかりというのに。 先日森の中で聞こえたという異様な叫び声と、メチャクチャに破壊された木々。 付近の住民は恐れおののき、いまだに森に近づくのを怖がっている。 本来は学院教師の仕事ではないが、近場であり、また城壁が破壊された同日の夜ということもあって、コルベールが出向くことになった。 もしかすれば、『同一犯』の仕業であるかもしれないからだ。 現場を見て、コルベールはゾッとした。 手がかりになるものは残っていなかったが、犯人が恐ろしい力の持ち主であることは嫌でも理解できた。 並のメイジでは相手にすらなるまい。 いずれにしろ、犯人が学院に暴れこんでこなかったのは、不幸中の幸いだった。 コルベールは首を振ってから、学生たちを見る。 どうもヴェストリの広場のほうに集まっているようだった。 嫌な予感がした。 この間も、生徒の一人、ミス・ヴァリエールが暴力沙汰を起こしたばかりだ。 授業中に男子生徒を殴り倒した……だけならまだいいが、相手の杖を奪ってへし折るという蛮行までしてのけた。 コルベールは胃がきりきり痛むのを感じた。 「ああ、ミスタ・コルベール!」 青い顔をしたミセス・シュヴルーズがコルベールを見つけて大声をあげたのは、その時だった。 「大変ですわ、早く止めないと……!」 あわてふためき、シュヴルーズは手をばたばた動かす。 「落ちついてください、ミセス。一体何があったんです? 生徒の様子もおかしいが……」 「それが、生徒が決闘をするというんです!」 「決闘ですと?」 おだやかではない。 「一体、誰と誰が?」 「それが、あの……ミスタ・グラモンと――ミス・ヴァリエールが……」 「な……っ!?」 コルベールは言葉を失った。 「諸君、決闘だ!」 ヴェストリの広場の前、ギーシュは集まった野次馬に対して高らかに宣言した。 野次馬が沸き返る中、ルイズはコキコキ首を鳴らしていた。 「ギーシュが決闘するぞ!」 「相手は誰だ? 見たことないぞ!?」 「馬鹿、ありゃゼロのルイズだ」 「え? そーなのか、そういえばあの髪の色はそうだな……」 「男の子みたいにしてるから、気がつかなかったわ」 「イメチェンかしら?」 ギーシュはルイズを睨みながら、 「とりあえず、決闘を受けたことは誉めてやろうじゃないか。ゼロのルイズ!」 ゼロという言葉に嘲りをこめて叫んだ。 しかし、ルイズのほうは柳に風、カエルのつらに小便といったところで、平然としていた。 数日前までなら、こんなことを言われればすぐに頭を沸騰させたのに。 ギーシュは歯ぎしりをしたが、感情を抑えこむ。 「では、始めるか」 「その前にちょっといいかしら」 ルイズは手を上げた。 「なんだ……」 ギーシュは用心深く言う。 「私はここに、決闘しにきたわけじゃないの」 ルイズはすまして言った。 すると、また野次馬が沸いた。 「なんだ、もう降参か!」 「それがいいぞ。使い魔召喚もできない似非メイジじゃ、ドット相手にも勝ち目はないって」 「馬鹿ね、召喚はできたのよ! 何の役にもたたないゴミクズだけど」 嘲笑が嵐のように吹き荒れた。 しかし、中には例外もいる。 微熱のキュルケは、何か不安な顔でルイズを見ていた。 雪風のタバサは相変わらずの無表情だったが、その瞳はルイズへの興味にあふれていた。 そして、香水のモンモランシーは複雑な顔でギーシュを見ている。 ルイズは唇に、有毒の爬虫類にも似た笑みを浮かべ、 「私はね、ギーシュ? あんたをママにも見分けがつかないくらいズタボロにしにきたのよ」 ギーシュの表情が凍りついた。 「面白い……」 ギーシュは造花の薔薇を突き出し、振るった。 青銅の二つ名――その由来である青銅製のゴーレムが出現する。 女騎士の姿をした、いかにもこのナルシストが好みそうな派手なデザインだった。 ルイズはそれを見て、杖を振るった。 「エア・ハンマー」 途端に、爆風が巻き起こり青銅ゴーレムを吹き飛ばした。 凄まじい衝撃だった。 後ろにいたギーシュは自らの作り出したゴーレムに下敷きにされかかる。 とっさによけたが、完全にはかわしきれず、ギーシュはゴーレムのタックルを受けて地面に転がる。 ギーシュは膝を突きながらも、また薔薇を振ろうとした。 しかし、起き上がった直後に、第二の爆発でギーシュは吹き飛ばされた。 ぐるぐると世界がまわり、ギーシュは吐き気を覚えたが、気力を振り絞って立ち上がろうとする。 だが、薔薇を握った手に受けた衝撃と激痛がそれを妨げた。 叫ぼうとしたが、今度は顎を蹴り上げられ、仰向けにひっくり返ってしまった。 そのショックで、ついに造花の薔薇――杖を落としてしまう。 ルイズは持ち主の手を離れた薔薇を、ぐしゃりと踏み潰した。 キュルケはそんなルイズを見て、いたたまれないという顔で目を閉じた。 「勝負あり」 タバサはつぶやく。 モンモランシーは顔を青くして、両手で口元を覆った。 野次馬たちはその信じがたい光景に静まりかえった。 しかし……地獄、はそこからだった。 「おねんねの時間はまだよ、薔薇の坊や」 ルイズはせせら笑い、仰向けになったギーシュの腹を踏みつけにした。 ギーシュの口から血の混じった胃液が吐き出された。 思いきりやったと周囲には見えただろうが、当然手加減している。 その気になれば、ギーシュの顎を完全に破壊し、手を薔薇ごと踏み砕き、腹に穴をあけてしまっただろう。 モンモランシーが悲鳴をあげた。 「ルイズ!」 キュルケが叫んだが、その声は届かなかった。 「あれで許してもらえると思った? 甘い、甘い」 ルイズはギーシュをつかみあげて、歌で歌うみたいにちっちっと舌を鳴らした。 「前もって、ちゃあんと言ったでしょ? これは決闘なんかじゃあないって……ね!」 ボディブローがギーシュに叩きこまれる。 ギーシュが倒れこむのをそのまま放置したルイズは、完全に倒れたところを蹴り上げた。 ごろんとギーシュの体がひっくり返り、仰向けにされた。 ギーシュは何かうめいているが、それは言葉の形を成さない。 しかし、ルイズはピエロのような動きで耳を近づけ、 「え? なに? 僕は貴族だ? グラモン家の男だ? 貴族たるものこんな暴力には屈しない? そうこなくっちゃあ!!」 嬉しそうに叫んで、ギーシュの体をところかまわず蹴飛ばした。 見る見るうちにギーシュの顔は膨れ上がり、血まみれになっていく。 「お――おい、やばいぞ!?」 「止めないと、ギーシュのやつ死ぬぞ……!」 「だ、誰か止めろよ」 凄惨な暴力に、野次馬たちは青くなって騒ぎ始めるが、皆遠巻きに騒ぐだけだった。 ルイズはそれを面白そうに横目で見ながら、 「ギーシュ、あなたも可哀相な子ね……?」 呼吸も乱さず淡々と言った。 「こんなひどい目にあってるのに、誰一人として助けてくれないわ! 人情紙のごとしとはこのことよねえ……!」 でも、とルイズはさらに蹴る速度を速める。 「だからって許さないわよ! あんたらにはさんざん虚仮にされてきたんだから、仲間の分まできっちりと痛い目見てもらうわ!」 その声に、ギーシュの仲間は震え上がった。 一歩謝れば、あそこで血だるまにされて、蹴りつけられているのは自分なのだから。 モンモランシーはガチガチ歯を鳴らしてその光景を見ていた。 すぐに助けに入りたいのだが、体が硬直して動けない。 杖を振ることさえできなかった。 ただ、心の中でルイズに懇願する。 やめて、やめて、もうやめて。 あなたが、あなたがどれだけ怒っているか、よくわかったから。 もう、もうギーシュを許してあげて。 このままじゃ、ギーシュは本当に死んでしまう……。 でも、それはルイズに届きはしなかった。 「ルイズ、もうやめなさい! 勝負はついたでしょう!」 キュルケがあらん限りの声で叫んだが、ルイズは何でもないように、 「これは決闘じゃないわ、ツェルプストー。いつ終わるかは私が決める」 「……ギーシュはもう立てないのよ!?」 「だからなに?」 言いながら、ルイズはギーシュをぐりぐりと踏みつけた。 「……それが、そんなのが貴族のやりかた?」 キュルケは震える声で、あえてルイズの心を刺激するであろう言葉を選んだ。 しかしルイズは大人ぶった表情で―― 「貴族っていうのはね、汚いのよ」 「――あんた、いかれてるわ!」 「ありがとう。最高の誉め言葉よ」 ルイズは小さな子供みたいにはしゃぎ、なおもギーシュをいたぶり続けたが、いきなり表情を変えて横っ飛びにその場から逃げた。 直前までルイズのいた場所を、強烈な風の塊が飛んでいく。 風魔法のエアハンマーだった。 ルイズはキッとして自分に魔法を放った相手を睨む。 青い髪をした眼鏡の少女――雪風のタバサが、杖を突き出していた。 その横では、キュルケが驚いた顔で友人を見ていた。 彼女自身も杖を抜いていたが。 「正義のヒロインの登場かしら?」 「もうとっくに決着はついてる。それ以上やったら本当に死ぬ」 淡々と応えるタバサに、ルイズは皮肉げな笑みを浮かべた。 「正義感が強いのね、ミス・タバサ」 「……」 タバサは答えない。 ただ、杖はルイズに突きつけたままだった。 「ルイズ……あんた……」 キュルケはこの時、今までオモチャ兼ライバルだった少女に、心から恐怖していた。 そして、混乱していた。 今まで自分が見てきたルイズという少女はなんだったのか。 勝気で感情的で、そのくせ貴族の誇りを何よりも重んじる、小さなレディ。 だが目の前にいるのは、残忍で冷酷。暴力で逆らうものを屈服させ、踏みにじる暴君(タイラント)。 いや、悪魔か。 この悪魔は今まで正体を隠していただけなのか、それとも何かがこの少女を悪魔に変えてしまったのか。 わからなかった。 そんなキュルケの考えをよそに、ルイズとタバサの視線が宙でぶつかり合っていた。 ルイズは笑っているが、その目はまるで笑っていない。 タバサはいつも通りの無表情だが、全身から強烈なプレッシャーを放っている。 その息苦しさにタバサとキュルケから人波がすっと離れていった。 こいつは一体何故私の邪魔をするんだろう。 ルイズにはタバサの行動を理解できずにいた。 いつも他人と距離を置き、世界が滅びようが無表情のままでいそうなくせに、おかしな時にヒューマニズムを発揮したものだ。 それとも……普段はクールだが、実は心の優しい少女だったとでもいうのだろうか。 だとしたら、実にくだらない。 どこかの三文芝居でも使わないような、ベタで臭い設定だ。 鼻が曲がって落ちそうなほどに。 反吐が出そうだ。 そんな設定を考えて悦にひたる著述家はオークの尻にでも頭を突っ込んで死ねばいいのだ。 「こいつが死んだとして――あなたに何か関係あるの、ミス・タバサ」 ルイズはモンモランシーがギーシュに近づこうとするのを、視線で威嚇しながら言った。 タバサは何も言わなかった。 「答えてくれてもいいじゃない。それとも、ゼロのルイズとは口を聞くのもお嫌かしら?」 ルイズの目から放たれる殺気がどんどん強まっていく。 一色即発――そんな危険な雰囲気だった。 普通に考えるなら、ゼロのルイズが小柄ながらトライアングルのタバサに勝てるわけもない。 しかし、その場にいた者たち……キュルケにも、モンモランシーにも、そしてタバサ本人にも。 タバサがルイズに勝利している場面が想像できなかった。 ルイズが、すいと動き出した。 ぴくりとタバサの杖が震える。 血相を変えた教師たちが、野次馬をかきわけてやってきたのは、その時だった。 「困ったことになったのう」 オールド・オスマンは机を人さし指で叩きながら、本当に心底困った顔で言った。 円卓の前には学院の教師たちが集まってあれこれと話している。 「困ったこです」 深刻な顔でコルベールはうなずいた。 「ミセス・シュヴルーズ、ギーシュの様子はどうかね?」 「は、はあ……。命に別状はないですし、安静にしていれば怪我は治るでしょう……」 ですが、とシュヴルーズは付け加えた。 「ものすごい力でさんざん殴られたり蹴られたりしているので、その後遺症の心配もあるとか……」 「それは、本当にミス・ヴァリエールが?」 教師の一人が疑しそうにシュヴルーズを見る。 もっとも言えばもっともだ。 ルイズは失敗魔法の破壊力こそ恐ろしいが、細身な少女であり、どうしたって力自慢には思えない。 「目撃者も大勢おるし、わしも遠見の鏡で見た。まったく、眠りの鐘を使おうかと思ったほどだわい」 オスマンは渋い顔で自分の髭をなでた。 「この間のマリコルヌの一件といい、少々問題ではありませんか?」 「少々どころの問題ですか? 一歩間違えば、同級生を殺すところだったのだ!」 「いかにヴァリエール家の人間といえども、これはあまりにも……。ほっておけば他生徒へのしめしもつきません」 「他の生徒はむしろ脅えている者も多いようですが……」 「当然でしょう。あんなものを見たのですから」 「断固放校すべきですわ、あんな野蛮な生徒!」 「いや、しかしですな……」 「こんなことが王室の耳に届けば……」 「ですから私は……」 喧喧諤諤と意見を交し合う教師を見ながら、オスマンは自身の考えを深めているようだった。 やがてくぎりのいい時を見計らい、 「ミスタ・コルベール。君はどう思うかね? 彼女を、退学処分にしたほうがいいと思うか、それとも……」 「私は、放校には反対です」 コルベールはハッキリと言った。 「何故です!」 「そうですよ、あんな危険人物を……!」 追放すべきだと主張していた教師たちが食ってかかる。 「だからこそです」 そう言うコルベールの顔は、峻厳なものだった。 「今まで、彼女は悪く言えば、劣等生でした。コモンマジックすら使えない……」 「だから、どうだと? まさか可哀相だからとでもいうつもりかな?」 その性格上生徒から嫌われているギトーが嫌味な口調で笑う。 「今のミス・ヴァリエールはそれだけではすまなくなっているのです。決闘で、あの爆発を使ってギーシュを攻撃した」 「他の魔法が使えんのだから、当然だろう。あの爆発を魔法に含めるのならな」 「おわかりにならないですか? あの威力の爆発が、明確な意思をもって武器として使われたらどうなるのか……」 「む」 オスマンが短くうなった。 「たとえば、道端に落ちている石ころ。それを、誰かが踏んだところへ錬金をかけたらどうなります?」 この言葉に、シュヴルーズは真っ青になった。 授業で被害を受けて以来、すっかりトラウマになってしまったらしい。 「被害者は死なないとしても、足を吹き飛ばされ一生立てないかもしれない」 コルベールはうつむいた。 「石ではなく、地面の一部にかけたら? 城壁などにかければどうなりますか?」 教師たちは顔を見合わせた。 「それは……」 「危険です……」 コルベールはそうですとうなずいた。 「今までの彼女ならそんなことはしない。いえ、考えつきもしないでしょう。彼女自身、あの爆発を恥じていたのですから。しかし」 「何があったか知らぬが、それを積極的に活用するようになったというわけじゃね?」 オスマンはコルベールを見た。 「そうです。それも良くない方向に――」 何か嫌な思い出でも振り切るように、コルベールは頭を振った。 「うむ。ミス・ヴァリエールはしばらく頭を冷やしてもらわねばならんな」 「しかし、オールド・オスマン……」 放校意見の教師が声をあげるが、 「退学処分など、学院の敗北宣言も同じじゃよ。それにな、この一件はわしらにも多分に責任があるのじゃ」 厳しい声で、そして自嘲を感じさせる声でオスマンは言った。 「彼女は劣等生じゃ。しかし、けっして怠惰でも不真面目な生徒ではなかった。常に真剣に学んでおった」 しかしじゃ……と、オスマンは溜め息をついた。 「彼女は他の人間から常に侮辱されておった。そういう人間は大抵卑屈になるか、さもなければ逆に攻撃的で猜疑的になる。そこへじゃ」 オスマンはごほんと咳払いをした。 「そんな人間が、ある時恐ろしい武器を手にしたらどうなる? 自分だけに扱える殺傷力抜群の武器を」 と、オスマンは教師たちを見まわす。 「教育を半端にして、あのまんま放り出してみい。気に入らん者を見境なしに吹き飛ばすようになりかねんわい」 「ですが……」 手を上げたのは、シュヴルーズだった。 「彼女の母は、あの『烈風のカリン』と名を馳せたかたでしょう?」 それに、他の教師も、 「そ、そうですよ」 「下手に私たちがどうこうするよりも……。それに、親子でもありますし……」 「そうなんじゃがな」 オスマンは弱腰の教師たちに呆れた顔をしながら、 「物事には親子だからこそどうにもできんということもあるもんじゃ。それに……かえって逆効果になりそうな気がするでのう」 そう言って髭を弄った。 ルイズは固いベッドの上、窓からさしこむ月光を見ていた。 そこは、寮ではなかった。 懲罰室とか、反省房とか言われる、簡単に言えば座敷牢のような場所である。 教師たちに捕まった後、ルイズはそこへ放りこまれた。 杖もその時に取り上げられた。 窓は特殊な魔法のかけられた鉄格子で、風が吹きぬけている。 冬場などはさぞ寒いだろう。 夕食として出されたのは、硬いパン二切れに、肉の切れ端がかろうじて浮いているスープだけ。 どうしたって貴族の食事ではないが、それだけルイズのしたことはシャレにならないことだった。 粗末な食事は、味はともかく、量が足らなかった。 使い魔と共生するようになってから、ルイズは食欲がひどく旺盛になっていたからだ。 それでも、今は我慢するしかなかった。 ギーシュを半殺しにしたことで、たまっていた鬱憤がある程度晴れたおかげか、ルイズは独房の環境にもあまり不満を感じなかった。 反省もしていた。 もっと目立たないようにすべきだった。 わざわざあんな決闘ごっこをしなくても、校舎の裏にでも連れ込んで痛めつけ、脅しつけてやれば良かった。 あの薔薇男には、それで事足りたはずだ。 それをしなかったのは、他の連中を震え上がらせてやりたいという欲求があったせいだ。 常に劣等意識で苦しんできた少女には、無理からぬこと、耐え難い誘惑だった。 ギーシュをボロ雑巾にしたことに関してはまるで良心を痛めていなかった。 死んだところで、虫けら一匹死んだ程度にしか感じなかったろう。 ルイズにとって、ギーシュは――学院の生徒たちはそんなモノでしかありえなかった。 それはともかく退屈だった、 時計がないので正確な時間はわからない。 この独房の中では寝転がっているくらいしかやることがなかった。 あまりに退屈なので、ルイズはあのコスチュームをまとい、壁や天井にはりつき、黒い糸を放つことを考えた。 どう動き、どうするのか。 強く、イメージする。 それは一種のイメージトレーニングというべきものだったが、それにルイズは無自覚だった。 しばらくたってから。 一人の女が学院本塔の外壁を調べながら舌打ちをしていた。 土くれのフーケ。 女は、人からそう呼ばれていた。 フーケは忌々しそうに壁を蹴る。 ここにかけられている固定化の魔法はあまりも強力だ。 巨大なゴーレムを使役するフーケだったが、その自慢のゴーレムを持ってしてもここを破壊することはできそうにない。 冗談じゃあない。 ここに眠るお宝をいただくためにさんざん苦労してきたのだ。 ここで諦めてたまるものか。 フーケは腕組みをして考え込む。 やがて、ピタッと動きを止める。 そうだ。 フーケはニヤリと笑い、ある方向へに目を向ける。 場所は……懲罰房のある『土』の塔の地下。 そこにはいるのは、あの――ヴァリエールの小娘。 あいつの爆発なら、もしかすると……。 ヒントを得たフーケだが、問題は。 どうやってあいつにやらせるかだね……。 考えている矢先、フーケは強い寒気を感じた。 何者かに見られているような感覚だった。 それは見るという視覚に頼ったものではなく、もっと別の―― まるで、自分という存在そのものを、得体の知れぬ糸で縛られたような気分だった。 胸クソの悪い……。 フーケは危険を感じ、急いで本塔から離れた。 「……」 ルイズは、危険な気配が逃げていくのを感じながら、ベッドの上であくびをした。 かすかだが強い力のようなものが、本塔で感じられた。 今までの経験では、最大のものだったと思う。 それでもあまりハッキリと感知できなかったのは、向こうに殺気がなかったせいか。 何かはわからないが、危険人物がいたことは確かだった。 独房にいるルイズにすればさして関係ないことだが。 そういえば、本塔には宝物庫があるんだっけ? それを狙って泥棒でも忍び込んだのだろうか。 この、魔法学院に? まあ実態を知る人間なら、やるかもしれない。 教師も生徒もカスぞろいなのだから。 ルイズは冷笑して、目を閉じた。 ルイズは当分の間、独房生活を強いられることになった。 フリッグの舞踏会の日も、独房の中で課題づけだった。 彼女がそこから解き放たれるのは、トリステインの姫君が行幸した時だった。 前ページ次ページGIFT