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アイテム 1-266 武器 1-50 51-100 101-150 151-200 201-250 251-300 301-347 防具 1-50 51-100 101-150 151-200 201-250 251-300 301-350 351-400 401-450 451-500 501-517 表の見方 装備可能人物 An=アナンタ、B=ベネット,S=シズナ,Ai=アイ 属性耐性 打=打撃、刺=刺突、投=投擲、斬=斬撃、格=格闘、聖=神聖、精=精神、減=半減、耐=耐性 異常耐性 即死=戦闘不能 オプション M回○%=MP自動回復○%、H回○%=HP自動回復○%、Cri防=クリティカル防止、Cri頻=クリティカル頻発、気分高揚=攻撃力105%,精神力95% スキル No欄:赤文字が固有OD、青文字が汎用OD、橙文字がAP習得、紫文字は特殊(装備中のみ通常スキル追加) No 名称 種 装備者 攻撃 防御 即死 毒 暗闇 沈黙 回避 オプション 入手方法 精神 敏捷 混乱 睡眠 麻痺 スタン 価格 属性耐性 401 ▼灼熱のアーヴィラ 飾 An,B +135 +235 裏D +0 -20 +20% 炎冷耐 402 ▼眠れる森の糸 飾 An,Ai +80 +260 H回5% 裏D +80 +0 +100% +100% 403 ▼暗黒アイディア図鑑 盾 An +0 +150 M回2% 裏D -180 +0 +100% 地耐 404 ▼ガリバープレート 体 An,B +35 +400 +100% 全能低 疫病無効,毎T・15%ダメ Cドラゴン撃破 +180 +0 405 ★グレイゴースト 体 S,Ai +65 +385 +100% +100% +100% 疫病無効 裏D +160 +0 406 ★銀河鉄鋼の夜 体 An +90 +450 裏D +0 -25 +30% 雷超耐 407 ★龍神の兜 兜 An,B +120 +300 裏D +0 +0 +100% 雷水耐 408 ★ANTENNA 頭 全員 +20 +285 M回復自動2% 裏D +225 +0 斬投耐 409 ★ホムンクルス作成キット 飾 S,Ai +55 +255 裏D +200 +0 +100% 冷水耐 410 ★ヘッジホッグの魔石 飾 An,B +130 +250 裏D +50 +0 +100% 炎耐 411 ★レジェンド獣王日記 盾 An +20 +47 5% フォレストトロールノーザンイエティ +47 +10 412 ▼狂王の戦盾 盾 An -20 +115 +100% +100% +3% 殺戮王撃破 +60 -10 666000G 413 ▼ニャークスのお守り 飾 全員 +48 +130 13% 裏D店 +55 +50 23500G 414 ○ハダカエプロン 体 An +0 +10 +100% +100% 能力低下無効 ティティ +0 +0 +100% 100G 415 ○抑えきれないパトスと私 飾 S,Ai +0 +0 ティティ +250 +0 128000G 416 ☆スウィートドリーム 飾 全員 +90 +0 ティティ +200 +0 +100% 338000G 水耐 417 ☆シェルアトラス 頭 An +0 +370 ティティ +0 +0 +100% 378000G 打耐 418 ◎スノウエリート 飾 Ai +45 +150 コオリメ撃破 +80 +0 +100% +100% 冷耐 419 ◎ホワイトウラヌス 盾 An -58 +160 防低無効 宇宙からの侵略者撃破 +0 -25 +100% 投耐 420 ★バスタオル 体 (なし) +0 +440 +100% +100% M回15% (ゲスト用) +320 +50 +100% +100% 水耐 421 ☆戦国Jリーグ 飾 全員 +65 +170 H回10% バイトボス軍団撃破 +65 +20 +100% 投耐 422 ☆人魚の指輪 飾 全員 +0 +185 +100% +100% 疫病無効 海のヴェパル撃破 +130 +0 水超耐 423 ◆ガンダムダンボール 体 An,B +145 +275 5% ティティ +0 +40 +100% 500G 投雷耐,炎超弱 424 ◆はだれ雪六花 頭 S,Ai +65 +135 +100% M回2% ティティ +220 +0 480000G 冷耐 425 ☆ショーグンヘルム 頭 An +0 +280 M回2% ショーグン撃破 +0 +0 +100% 斬耐 426 ★愛の服 体 (なし) +0 +300 (ゲスト用) +315 +0 炎冷雷水地風耐 427 ☆愛の腹巻 飾 (なし) +0 +180 H回8% (ゲスト用) +135 +0 +100% 冷耐 428 ◆完全侵略マニュアル 飾 全員 +230 +0 +100% M回1% 大宇宙ミジンコドロップ +0 +0 +100% 429 ◆TGIF 体 S,Ai +0 +230 +100% M回1% ティティ +300 +25 680000G 雷耐 430 ◆フライングストーン 飾 全員 +75 +200 M回1% ティティ +120 +0 +100% 725000G 地風耐 431 ◆リリィの雨合羽 体 S,Ai +45 +250 M回1% 裏D(緑箱) +140 +0 +100% 水超耐 432 ◆餓鬼玉 飾 An,B +30 +180 H回13% マウンテンドラゴン撃破 +210 +0 炎雷耐 433 ▼アルプアンブレラ 頭 S,Ai +0 +270 M回2% 夜魔アルプ撃破 +210 +25 +100% +100% 434 ▼アニャンタヘルム 頭 An +150 +150 5% 敏低無効 ティティ +100 +45 +100% 826000G 冷耐 435 ▼ソロモンの指輪 飾 S,B,Ai +0 +140 +100% ティティ +270 -30 +100% 840000G 436 ▼宇宙服 体 An,B -20 +420 疫病無効 ティティ +190 -35 1020000G 炎冷耐 437 ▼シズクま! 飾 S +125 +160 気分高揚 ティティ +80 +0 +100% 925000G 冷耐 438 特)天運のペンダント 飾 S +0 +0 MP半減,所持で白箱以下のレア率上昇 交換所 +365 +0 439 ▼プーカのマント 体 S,Ai +0 +300 +100% 交換所 +220 +30 +30% 風耐 440 ★シルキークロース 体 S,Ai +80 +315 +100% 疫病無効 交換所 +220 +0 風耐 441 ▼蝶の髪飾り 頭 S +0 +230 M回2% M回2% 白夜の森の女王撃破 +260 +20 +100% 水風耐 442 ★ピラーフリーズ 飾 Ai +100 +200 アオボシ撃破 +180 +25 +100% 冷気ほぼ無効 443 ★プロテクトリード 頭 S,B,Ai +0 +335 5% レイズⅣ使用可能 ティティ +190 +25 1430000G 444 ★ベンツタワー 盾 An +0 +225 サウルスベンツ撃破 +0 -55 +100% 打耐 445 ★ヴァンパイアドレス 体 S,Ai +0 +425 +100% H回15% 裏D +280 +0 446 ★クリムゾンタイル 体 An,B +150 +370 裏D +0 +0 +30% 炎超耐 447 ★穢れ無きルシット 頭 An,B +145 +280 10% 裏D +40 +40 刺耐 448 ★ミラーヴェール 頭 S,Ai +40 +295 +100% +100% 裏D +210 +0 +25% 449 ★原始のカニパン 飾 An,B,Ai +180 +265 +100% 5% 裏D +0 -25 刺耐 450 ★エルヴィナの角 飾 S,Ai +0 +235 +100% M回2% 裏D +250 +0 風耐 コメント 名前 コメント
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前ページ次ページGIFT そこは、ただ暗く静かで、穏やかだった。 たとえるのなら、そう……虚無。 虚無の闇である。 ルイズは夢の欠片さえ見えない、深い眠りの中だった。 そこで、一時のルイズは休息を取っていた。 生ける黒いコスチューム。もの言わぬ相棒であり、はるかな遠方から招き入れた客人。 一見無限とも思える力を持つ使い魔だが―― その力を持ってしても、生身のルイズには体力の限界があり、決して無限にはなりえない。 消費すればするだけ、当然のように少なくなるのだ。 世界の法則の通りに。 その消費を補うためには、どうしても休息を取らなければならない。 ルイズはひたすら眠る。 冬に長い眠りに入るヒグマのように。 けれど、その眠りは一瞬とも言える速度で中断され、同時にルイズの肉体を覚醒させていく。 今すぐにでも跳ね飛び、黒いウェブで宙を舞えるように。 カッとルイズは眼を開いた。 船内の様子はいたって平穏なもので、別に怪しいことはない。 まったく異常なしだった。 しかし、ブラックコスチュームはルイズへ――宿主へと強い警戒心号を送り続けていた。 危険が近づいているぞ、警戒せよ! 警戒せよ! 甲高い声でそう叫び続けている。 ルイズはデルフリンガーを背負い、甲板へとあがった。 空は青く、日の光がちくちくと眩しい。 前方に、無限とも思える雲。そのずっとずっと先に、大陸が見えている。 『白の国』の異名を持つ、アルビオンだった。 「アルビオンが見えたぞーー!!」 船員の声が響きあう中で、ルイズは不機嫌そうな顔で雲と空、そして巨大な浮遊大陸を睨みつけていた。 ぞくりと、背中が震えた。 ――来る。 スパイダーセンスが確信させる。 蜘蛛の狩猟本能が、ルイズの口元に残忍な笑みを浮かばせた。 ルイズは沸騰した血液が全身の毛穴から噴き出すような興奮をおさえるのに、若干の苦労を要した。 男装の美少女は、ぼきぼきと指を鳴らして、小さく息を吐く。 「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!!」 そうだ。 敵が来る。 スパイダーセンスが告げている。 レコン・キスタ……貴族派か、さもなければ、空賊の類かもしれない。 最近よく出没すると船員がこぼしていた。 いずれにしろ、血の雨が降ることに間違いはなさそうだ。 こちらへ接近してくる船を確認し、ルイズは愉しそうに鳶色の目を細め、踵を返した。 次々に乗りこんでくる空賊たちを、キュルケたちは渋い顔で迎えた。 少年のような姿のタバサは相変わらずの無表情のままだが、ギーシュは下を向いて青くなったり赤くなったりしている。 それというのも、ギーシュがその身を着飾っている綺麗な衣服のせいだった。 貴族が身につけるものとしてはなかなかのものだが、それは女性のための衣服である。 幸いと言うべきなのか、その整った顔立ち、細身の体躯のせいで、特に違和感はない。 だが、もしもこんなところで男だとバレたら、それはもう末代の大恥だった。 命を惜しむな、名を惜しめとグラモン家の家訓を伝える父は、きっと始祖の名前を叫んで憤死するに違いない。 ああ、始祖よ。僕が一体何をしたと? 一人呪いとも祈りともいえないものを繰り返すギーシュと違い、少女たちは現実的だった。 杖を振ろうとするキュルケの手を、タバサは何気ない顔で押さえている。 「敵は武器を持った水兵だけじゃない。向こうの船から大砲が狙いをつけてる」 「……下手に騒げば、船ごと、どっかんってわけね」 「多分」 キュルケは口惜しげに髪を掻き上げるが、すぐさま周りを忙しなく見まわした。 一人、足りない。 そういるべきはずの人間が足りなかったのだ。 「……ちょっと、ルイズ……は、どこへいったの?」 「それがさっきから、姿が見えないんだ。困ったことにね」 ワルドは羽根帽子をかぶり直しながら苦笑してみせた。 困ったことだよ、と。 「まさか、逃げた?」 ギーシュは小声でつぶやいた。焦りと怒り、それに困惑がミックスされた、それは実に情けないものだった。 「何処へ? ここは空の上、まわりにあるのは雲ばかり。どこへ逃げられるって言うのよ?」 それに、逃げられとしても、逃げるようなタマじゃないわ、とキュルケは鼻で笑い飛ばした。 「じゃ、怖くなって隠れてる……?」 「なおありえない」 タバサがきっぱりと即答した。 「彼女はきっと――私たちを見捨てることはあっても、敵を怖がって逃げるとは思えない」 「み、見捨てるって……」 見捨てるという言葉に、ギーシュは泣きそうな顔になる。 一度は殺されかけた恐ろしい相手でも、この絶体絶命のピンチには、そばにいてほしいのかもしれない。 「それにしても……ド派手な格好だこと。アルビオンの空賊って、あんなのかしら?」 キュルケは船長を脅しつけている空賊のリーダーを見ながら、ふふんと笑った。 淫乱と陰口を叩かれるゲルマニアの乙女は、このような状況下にあっても、度胸がすわっているのか怯む様子はまるで見せない。 すると、リーダーはキュルケたちに気づいたようだった。 「おや、貴族の客まで乗せてるのか」 キュルケたちに近づき、ニヤリと笑った。 「こりゃあどっちも別嬪だ! お前さんたち、俺の船で皿洗いをやらねえか?」 どっちもね……。 キュルケはギーシュとタバサを見ながら、皮肉な笑みを浮かべる。 どうやら、ギーシュの女装はばれず、タバサは男の子だと思われたらしい。 服装からしても、タバサはただの従者だと認識されたようだった。 「恥ずかしながら、生憎私たちはお皿洗いをやったことがございませんの」 強気な笑みをみせるキュルケに、リーダーはほほうと下卑た笑った。 男の笑みは、何ともあくが強いが、その分どこか芝居がかって、嘘臭く見えた。 「驚いた。なかなか大した度胸だ。ますます気に入った。なあ、みんな!」 それに応えて空賊たちからどっと笑い声が響いた。 「訛りからして、ゲルマニアのお嬢サンらしいが、遠路はるばるご苦労なこった」 大仰な仕草で笑うリーダー、それに空賊たちに、タバサは何気なく、しかし怜悧な瞳で観察していた。 それはリーダーに間近に接して、一つの仮説を組み上げるに至ったが、当然それに気づく者はいなかった。 「お前ら、こいつらも運べ! たんまりと身代金が手に入るぞ!」 空賊のリーダーは愉快そうにそう叫んだ。 「ヴァリエールのやつ、どこにいるってのよ……」 杖を取り上げられながら、キュルケは小さく舌打ちした。 空賊たちは硫黄が積まれた船倉へと雪崩れ込んでいった。 リーダーの指示のもと、手馴れた様子で積荷を運び出していく。 当然だが、まったく遠慮のない様子だった。 まるで子供の手土産を買って家路を急ぐ出稼ぎ労働者みたいだった。 薄闇の中で、ルイズは身を縮めて空賊たちの様子を伺う。 闇色のコスチュームはルイズの気配を消し、呼吸する音さえ外部へは漏らさなかった。 何も知らない獲物たちがルンルンと略奪にいそしんでいる様を、ルイズはマスクの下で舌なめずりをして見つめていた。 狂暴な衝動を抑えながら、ブラックコスチュームはかすかに全身を震わせている。 震えるごとにルイズへとパワーを送りこみ、その度に狂暴な感覚を研ぎ澄ましていく そして、ほんの一瞬――空賊のリーダーが一人となった瞬間、ルイズの放った黒いウェブが宙を走った。 墨のように真っ黒いウェブは、空賊の親玉をあっさりと捕縛し、口元を覆い、いとも容易く自由を奪う。 叫び声をあげる間など、爪先ほども与えなかった。 熟練した狩人や職人のよう、無駄なく、流麗な動作で、ルイズは獲物を捕らえた。 ラ・ロレーシュで傭兵相手の『練習』が役に立ったわけだ。 人間、思わぬことが役にたったりするものである。 ルイズは珍しい昆虫を捕まえた子供みたいな気分だった。 口笛でも吹きたくなる気持ちを抑え、ぐいと空賊のリーダーを締め上げた。 殺したわけではない。 ただ、気絶させただけである。 楽勝じゃないの! あっさりと失神させることができた親玉を見つめ、ルイズはくくく、と笑い、デルフリンガーを抜こうとした。 無論すぐさまデルフリンガーの刃に、こいつの血を吸わせてやるつもりだ。 しかし、獲物の髪の毛、その手触りに小首をかしげ、ルイズはデルフリンガーを引き抜くのを中断する。 おかしい。 黒い髪の毛をぐいと引っ張ると、あっさりと脱げ落ちた。カツラだったのだ。 カツラの下には、綺麗な金髪が零れ落ちた。 おいおい、これ、一体なによ? 何もくそも、見た通りのものであることはわかる。 次に顎を探ってみると、ここにはえていたむさ苦しい髭も偽物だった。強く引っ張ると簡単にはがれ落ちる。 これはこれは……! 大したものだ。 ルイズは失笑しながら、眼帯もはぎ取ってしまった。そこに隠れていた目は傷も何もない、綺麗なものだった。 妙にド派手だと思っていたけど、まさか変装してたとは。 素顔はすがすがしい顔の美青年である。 粗野な空賊の下から現れた金髪の美青年の見下ろしながら、ルイズはしばし考え込んだ。 しかし、あまり時間はない。 ルイズの目に止まったのは、美青年の指にはまっていた指輪だった。 これは、このルビーは。 ルイズの所持するあるものと、よく似ていた。 「どう思う?」 指輪を指しながら、ルイズは鞘からデルフリンガーを抜く。 あくまでもしゃべれるようにするだけで、完全に抜き身をさらしてはいない。 「こりゃ……あの姫さんの持ってたやつと同じだな? 聞いたことがある。王家の印、もしもアルビオン王家のものなら、風のルビーだな」 「それを、どうしてこいつが持ってたのか? 盗んだのか、それとも――偽物かしら」 「もうひとつ。可能性があるぜ。指輪は本物で、こいつはアルビオン王家の人間って可能性だ」 「本物かどうか、確かめる方法はないものかしらね」 ルイズは指輪をつついた。 「……ちょっと待て。う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」 デルフリンガーはうなりながら考えこんでいるようだった。 「……お、そうだ! 噂なら、水と風のルビーと近づけると、虹がかかると聞いた覚えがあるぜ」 「へえ。もの知りねえ」 「長生きしてっからな。色々と耳にするのさ、ま、どうでもいいこたあすぐ忘れちまうがね」 デルフリンガーの言葉を聞き、ルイズはアンリエッタから渡された水のルビーを近づける。 二つの宝石はふるふると共鳴しあう。まるで永い間離れ離れになっていた恋人たちが逢瀬しているようだった。 それぞれの持ち主の心を表すかのように……。 その愛の囁きは、虹色の光となって振りまかれる。 「……本物らしいわ」 ルイズは目を瞬かせた。 「おう。で、どうするよ?」 「探す手間が省けたわ――」 ルイズはデルフリンガーを鞘に納めて、ブラックマスクを脱ぎ、コスチュームの上に衣服を身につけた。 もはやこの作業も慣れて、始めから終わりまで一分もかからない。 ルイズは美青年を拘束するウェブをちぎると、一つにまとめて船倉の隅っこへと放り捨てた。 もちろん、何かされては面倒なので、隠し持っていた杖は奪っておく。 その後失神しているおそらく皇太子であろう美青年をかつぎ、すばやくそこから逃げ出した。 リーダーが消えたため、空賊たちは徐々に慌てふためき出し、その目を盗むのに手間はかからなかった。 空賊たちの様子がどうもおかしい。 先ほどまできびきびと動いていたのに、急に統制が乱れ、やたらと走りまわっている。 「いたか!?」 「いない!!」 はぐれた小鳥でも捜す親鳥のみたいに焦った顔で囁き合っているのだ。 すぐに空賊船に連れていかれるはずのキュルケたちも、いまだ甲板で立たされたまま。 見張りの様子も心ここにあらずといったものだった。 メイジの命とも言える杖を取り上げられ、大ピンチと思っていたが、こいつは存外早くどうにかなるかもしれない。 キュルケが密かにほくそえんでいると、甲板にどよめきが走り、空気を揺らした。 空賊たちがざっと二つに割れて、その真ん中を黒衣の美少年が一人の美青年と連れ立って歩いてくるのが見えた。 美少年はデルフリンガーの刃を青年の首筋に当て、青年は両腕を後ろで縛り上げられていた。 「るい……!」 思わず声をあげたキュルケを、ルイズは凄まじい目つきで睨みつける。 「……マルトー!」 キュルケは怯みながらも、最後の『ズ』を飲み込んで、男装の少女の呼び名を改めた。 「殿下!」 空賊の一人が叫んだ。 殿下だって? キュルケは不審を感じて青年と空賊たちを見比べる。 空賊たちは怒りと驚きの顔で、ルイズと青年を取り囲むが一定の距離には近づけないでいた。 「お嬢様がた、早くこちらへ」 そうルイズはキュルケたちに呼びかけた。 どういうことなの? キュルケはすぐには事態がのみこめず、目を白黒させていた。 あの金髪の青年は誰で、なぜルイズは人質でもとるように捕縛している? 「あの人、さっきの空賊の親玉」 タバサがキュルケの疑問に答えるようにつぶやいた。 「なんだって?」 それに真っ先に反応したのはワルドだった。 いや、先ほどからずっと青年の顔を凝視していたようだった……。 「そこの、さっさとお嬢様たちから離れて、道を開けろ」 ルイズは侮蔑をこめて見張りの空賊に怒鳴った。 空賊たちは気色ばむが、ぴくりと動いた刹那、青年の喉もとにデルフリンガーが迫る。 途端に空賊たちは凍りついたように動きを止めた。 「魔法を使うなんて考えるなよ? ちょっとでもその気があれば、こいつの首が胴体とサヨナラする。永久に!」 その言葉に、杖を手にしていたメイジらしき空賊は歯ぎしりをして、杖をおろした。 「よし――。次は、お嬢様たちの杖を返せ。早くしろ……」 見張りが離れると、ルイズはさらに強い口調で命令する。 空賊たちが隙をうかがうようにノロノロとしていると、ルイズは居丈高な、少年そのものの口調で怒鳴った。 「早くしろ、空飛ぶウジムシども! 人から盗んだものを人に返すのに何をためらってる!!」 「ちょっと、何でそこまで挑発するのよ………!」 ルイズのもとに走り寄ったキュルケは小声で叫ぶ。 ギーシュは周辺の殺気に、どうしよう、どうしようと脅えていた。 ワルドは無言のまま、冷たい目で青年をじっと見つめていた。 さらに、その両者を見ているのはタバサ。 「お、お前ら、調子に乗るんじゃないぞ……!」 近くにいた一人が、空賊にしては上品な口調でルイズに叫んだ。 しかし、ルイズはせせら笑い、青年の髪の毛をつかんで、喉にデルフリンガーを肉薄させた。 「粋がるな。さっさとお嬢様たちの杖を返せ」 また、空賊たちは凍りつく。 「――こいつを殺すぞ?」 カエルのようなうめき声を上げ、動かなくなる空賊たちに、ルイズは悪魔めいた嘲笑を送る。 空賊たちは悔しげな顔で、キュルケやギーシュの杖を返す。 「OK…。じゃ、次は盗んだものを全部返して、尻尾まいて帰れ――」 「待った!」 命令するルイズに、杖を受け取ったワルドが制止の声をかけた。 「あなたは、もしやウェールズ皇太子殿下では?」 ワルドは青年を見て、鋭い声で問うた。 「は! ……馬鹿な!」 青年はかすかに目を伏せて、一笑した。 「皇太子殿下って、まさかアルビオンの? 嘘でしょう!?」 キュルケは目を大きく見開き、ギーシュは口をパクパクさせて青年や空賊たちを見る。 「いや、間違いはない。こちらに出向く際、殿下のお顔立ちについてよく聞いてきている」 ワルドは確信をこめてうなずいた。 空賊たちは豆鉄砲を食らった鳩みたいに、ぼけっと状況を見守るばかりだった。 「ご無事でしたか?」 ルイズはそっとウェールズから離れ、すばやくギーシュに近づくと、右の指に水のルビーをはめ、懐に一通の手紙をしのばせた。 (まず、その指輪を見せなさい。それと……オカマと思われたくなかったら何もしゃべるな) 小声でギーシュに言った。 ギーシュは言われるままに、水のルビーをそっとウェールズに見せた。 ウェールズはメデューサに睨まれたごとくに硬直したが、すぐ顔を跳ね上げてギーシュを見る。 ギーシュは思わず、うっと顔を伏せてしまった。 「それは、まさか――!?」 そこへ、ルイズがデルフリンガーの切っ先を突きつけた。 空賊の何人かが、再び杖を抜こうとするのを察知したからである。 「ミスタ・ワルド、もう少し具体的な証拠とか、そういうものはないんですか? 他人の空似ということもありますし、そもそも……」 と、ルイズは周辺を軽蔑のこもった視線で見まわし、 「仮にも一国の、それも始祖に連なる由緒正しき王家の皇太子殿下が、何故空賊なんかやっているんです」 もっとも、いくらか想像はつくが。どうせ物資や兵糧に困って略奪でもしていたというところだろう。 「いや、それは――」 ワルドもその辺りが疑問だったのか、それともうまい返答が即座に思いつかなかったのか、もぐもぐと貴族らしからぬ態度で口篭もる。 ふん、そろそろ切り出すか――と、ルイズはギーシュの顔を見た。 薔薇を気取るお坊ちゃまは、情けない顔でこっちを見ている。 馬鹿の見本みたいな男だが、今はこいつがいたほうがいい。 油断なく剣を皇太子に向けながら、ルイズはギーシュの口元に耳を近づけた。 「ふむふむ……。ああ、なるほど。わかりました、お嬢様」 ええ? と、目を見張るギーシュに笑いかけて、ルイズはウェールズの背後に回ると、その指から風のルビーを抜き取った。 「貴様、何をする!!」 気色ばむウェールズを無視して、ルイズはギーシュの手を取り、風のルビーと水のルビーを近づける。 ここから先は、先ほど確認した通りのことだった。 虹色の光にワルドやキュルケたちも、空賊や船の遠巻きに見ている船員たちも釘付けとなった。 「水と風は虹を作る。この風のルビーを持っているということは、ウェールズ皇太子殿下ご本人に間違いはありません」 ルイズはウェールズの縄をほどき、その指に風のルビーを戻した。 「本当に、王子様?」 キュルケが独り言のように言うと、皇太子は何とも言えない顔で、 「……そうだよ、私は……ウェールズだ」 うなずいた。というよりも、うなずくしかなかったのだろう。きっと。 「やれやれ。まさか、襲った船にトリステインからの大使が乗っていようとはね。驚いたよ」 空賊戦の中。豪華なディナーテーブルに越し掛け、白面の貴公子は苦笑した。 席に座るギーシュは曖昧に笑っている。 その横のキュルケは、何か値踏みでもするように、ウェールズの顔を見つめていた。 確かに、彼女好みのする美男子であるのだろう。少なくとも、紳士然とした態度の中で、冷たい目をしたワルドよりは。 今にも、ねえ、王子様、情熱はご存知とにじり寄りそうな目つきだった。 もしもこの二人がねんごろになったとしたなら、あのお姫様はどんな顔つきを見せるのやら。 それを想像し、席につかず、後ろで控えるルイズは、密かに笑っていた。 ルイズの横に立っているタバサは相変わらず何を考えているのか、表情からは見えない。 だから、どうだっていうわけでもないわ。 ルイズにとって、どんな時でも安っぽい人形みたいな無表情を保つ少女のことなど、もはや興味の対象外だった。 「して、大使殿。密書とやらは?」 ウェールズに促されて、ギーシュはおずおずとルイズから密かに渡された手紙を差し出そうと近づく。 ここで無言というのはどうしたってまずい。まずいが、声を出すのは、はばかられた。 何しろギーシュは女装姿。しかし、声を出せば一発でバレる。 ウェールズも、怪訝な顔でギーシュの顔を見つめていた。 やばい。色んな意味で最高にやばい状況だ。スリリング過ぎて、嘔吐勘がこみあげてくる。 そんなギーシュを横目に、音もなくルイズは近づいた。 「申し訳ありません。今まで偽りを申してきました」 「なに?」 ウェールズがまじまじとルイズの顔を見た。 何しろ一歩間違えれば殺されかけた相手だ。とはいえ非は此方側にあるだけに、そうそう責めることもできない。 「私は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。危険を避けるため、今まで身分と姿を偽ってまいりました」 ルイズは恭しく礼をしながら、ギーシュを振り返る。 ギーシュはぎくりと震える。 ついに女装がばれるのか、まあずっとこの格好でいるよりはいいさ。 しかし、その安堵と解放はすぐさま否定されてしまう。 「彼女は、シエスタ・ド・グラモン。私の友人です」 おいおい! ここまできて、まだ女でいろと!? ギーシュは恨みがましい目でルイズを見るが、そんなものに何の効果もありはしない。 ルイズは懐中からアンリエッタの手紙を取り出し、皇太子の手へと渡した。 ギーシュに渡したものは、偽物だったわけである。 「これは……。まったく今日は驚かされてばかりだな……」 ウェールズは苦笑をして、手紙を受け取る。 まさか、この粗暴とも狂暴とも言える従者の『少年』が、アンリエッタの使いであり、貴族の令嬢であったとは。 まさしく、真実は小説よりも奇なり――だ。 ウェールズは静かに笑った後、受け取った手紙を読み始めた。 開ける前に、花押に接吻をするというなんともはやキザなことをして。 ただし、それが嫌味ではなく、一つの美術品のように絵になっているところが、ギーシュと違うところだろう。 「姫は結婚するのか。あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……従妹は」 「そのようにうかがっております」 ルイズは肯定する。その口調は、突き放すようにさえ感じられる、感情のこもらないものだった。 うなずいた王子は手紙を読み終えてから、 「了解した。姫はあの手紙を返して欲しいとこの私に告げている。何よりも大切な、姫から貰った手紙だが……」 そう、微笑んだ。 「姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」 王子の返事を聞いて、キュルケやギーシュはホッと表情を和らげて、顔を見合わせた。 「しかしながら、今手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。姫の手紙を空賊船に連れてくるわけにはいかぬのでね」 ウェールズは微笑み、多少、面倒だが、ニューカッスルまでご足労願いたい、と王族らしい気品のある声で言った。 前ページ次ページGIFT
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前ページ次ページGIFT 優雅であり、華美だけれど、しかし、儚くて、どこか嘘臭い。 目の前で開かれているパーティーを、簡単に説明するのなら、こんなところかもしれない。 ニューカッスル城のホールで開かれた最後のパーティー。 それを、ルイズはさめた顔で見つめていた。 その瞳の奥にある感情をさらに詳細に分析するのなら、嫌悪と軽蔑の感情であった。 「明日で終わりだっていうのに、派手なものね――」 壁に寄りかかったまま、ルイズは真冬に吹く風のような冷たい声を吐き出していた。 その顔は冷笑というよりも、暗く淀んだ怒りを含んでいた。 この屑どもが今すぐ一人残らず灰にでもなってしまえば、さぞかしすっきりするだろう。 そんな悪罵を吐きそうな顔だ。 目つきが異常なまでに鋭くなり、殺伐とした空気。 ルイズは一人、その場に相応しからぬものを発散させている。 ミス・グラモンは部屋に引っ込んだまま、出てこない。 よほど自分の正体がバレるのが嫌らしい。 幸いなのは、ルイズがいるのはホールの隅っこで、ほとんど注目する者がいないということ。 「終わりだからこそ、ああも明るく振る舞っているのだろうな」 一人思考の海で遊んでいたルイズの横に、無粋な侵入者が現れた。 「何の御用ですか、ミスタ」 ルイズは視線から送らず、うるさそうに言った。 その傲慢で無礼な態度は、仮にも爵位を持った人間に対するものではない。 しかし、今のルイズにはそんなものはほとんど価値のないものだ。 「ずいぶんと、ご機嫌ななめだね」 苦笑を交えた声で、ワルドはルイズの横に立つ。 しかし、その一瞬後には、ルイズは驚くような敏捷さで、距離をあけていた。 音一つ立てずに。 まるで、『魔法』のように。 「ルイズ、話を聞いて欲しいんだが……」 ワルドは羽根帽子を脱ぎながら、そっとルイズを見つめる。 ルイズもそっと、見返す。 だが、そこには強い否定の感情があった。 巨大な透明の壁を、意志の力だけで築き上げているようだった。 「スクウェアクラスのエリートが、この落ちこぼれにどんな御用でしょうか?」 唇をかすかに歪ませて、ルイズは笑った。 笑うというより、哂うというほうが良いかもしれなかった。 敵意とか、蔑視、それに殺意すら混ざった危険な表情だった。 まるで、獲物を求める野獣のようだ。 「これからのことについてさ」 ワルドはそれにも負けず、穏やかに、小さな子供に言って聞かせるように語った。 「それはどういう意味です?」 「たとえ、親同士が冗談交じりに決めたことだとしても、僕は本気だよ」 「なんのことです」 ルイズはもう聞くのも面倒だという態度で、顔をそむけた。 「君に結婚を申し込むってことさ……」 「――」 その言葉に、ルイズは一瞬呼吸を止めた。 しかし、いくら呼吸を止めてみたところで、感情の揺さぶりは誤魔化せない。 ヘタに誤魔化そうとすればするだけ、その反動は大きなものとなり、ルイズの中で脈動するのだ。 そして、限界は思った以上に早く現れた。 「馬鹿じゃないですか?」 飛び出したのは罵声だった。 ちょっと、ふざけるのもいいかげんにしなさいよ? 美貌とカリスマのクイーンビーが、最下層のナードの一笑に付すように、ルイズはワルドの言葉をせせら笑う。 「一体何をどんな風に考え違いしてらっしゃるのか知りませんが……」 桃色がかったブロンドのクイーンビーが、ワルドを睨む。 「少なくとも、私の人生にあなたという人間は必要ありませんので、悪しからず」 冷たい否定の言葉に、ワルドはぐっとうめいて、後ずさった。 美貌と才気に恵まれたこの好漢は、おそらくその人生において、こうまで女性に冷たくされたことはなかっただろう。 言葉を失っているハンサムガイに背を向け、ルイズは惨めな虚飾で覆われた敗戦者たちのパーティー会場から出て行った。 ワルドの他に、ジッとそれを見ている者がいた。 眼鏡をかけた、青髪をした人形のような美少年……ではなく、男装した少女だった。 ホールを出たルイズは、一人風に当たっていた。 最後の戦闘を前にした城は閑散としていて、にぎやかなパーティー会場とは裏腹に、不気味な静寂を見せている。 それは、墓場の静寂さと同じものだった。 ただ静かであり、何も生み出さず、何も起こすことはないのだ。 言うなれば、このニューカッスル城は巨大な墓標であり、その住民たちはリビング・デッド(生ける死者)だ。 だからこそあの場にはいるのは耐えがたかったのだ。 外には出てきたのはワルドだけが原因ではなかった。 あそこが、鼻がもげるような死臭に満ちているからだ。 蛆がわき、蝿がたかっている醜悪な光景だ。 ルイズは今すぐにでもデルフリンガーを引き抜き、あの場にいる連中を皆殺しにしてやりたい衝動に駆られた。 殺したところで、なんだというのか? あいつらはみんな死人と同じじゃないか! 「ずいぶんといらついてるな、相棒?」 カタカタとデルフリンガーがルイズにしゃべりかけた。 「カリカリしてる時ってのは、気をつけたほうがいい。得るものより失うもののほうが大きいからな」 ただのしゃべる武器であるはずだが、デルフリンガーの言葉には時々不思議な重みを持つ。 それは何百年という時間をすごしてきているためだろうか。 「そうね、正直なところ、かなりいらついてるわ……」 「感情がどんどん震えているのが感じられるぜ――。しかし、何でこうも」 「どうしてかしらね……」 ルイズはデルフリンガーを肩にかけて、その場に座り込んだ。 やがて、ルイズはポケットから大事にしまっていたブラック・マスクを取り出してみた。 銀のゴーグルが鈍い光を放ちながら、ルイズを凝視する。 じっと見つめているうちに、口のないはずのマスクが、かっと牙をむいた。 ゴーグル部分が瞳のない、スズメバチにも似た不気味な眼となり、鋭い牙の並んだ口からは毒蛇の舌が露出する。 ルイズはハッと身をすくませるが、それはほんの一瞬の夢、わずかな時に見た幻覚に過ぎなかった。 マスクはあくまでもマスクであり、それ以上のものではありえない。 もしかすると迷っているのだろうか、こんなにも素晴らしい力なのに。 ルイズは自身の感情を持て余しながら、マスクをぎゅうと握り締めたが、人の近づく気配を感じてすぐにしまいこんだ。 「大使殿がこんなところで何をしておいでかな?」 金髪をした美男子が、にこやかにルイズに近づいてくる。 嫌味のない、優雅な仕草や態度が、かえってルイズの癇に障った。 「気分が優れぬので、風に当たっておりました」 適当な答えを、どう解釈したのか、ウェールズは苦笑を浮かべた。 「確かに、愚かに見えるかもしれないな。もうすぐ全てが終わる。なのに、こうして宴など開いて、強がりを言っている」 ふん、わかってるじゃないの。 ルイズはとっさにそう言いかけたが、どうにか制止する。 そんな自分へ、アルビオン風にGoodと言ってやりたいところだ。 「始祖より連なる、古き血統の王族のかたに、わたくしごときが何を申せましょう」 少しだけ顔をうつむかせ、ルイズは笑う。 その瞳の奥で蠢く、凶暴な炎を見られまいとするかのように。 皇太子は、そんなルイズの態度を不思議そうな顔で見ていたが―― 「君は変わっているな」 子供のような顔で笑った。 「よく言われますわ」 「いや、気分を害したのならすまない。何か、アルビオンやトリステインの貴族とは違う雰囲気だよ」 ウェールズの言葉を聞きながら、ルイズはさらに笑みを強めた。 確かに、違うだろう。 この黒き使い魔を召喚するまでの自分なら、こんなことは言われなかったはずだ。 魔法が使えないという一点をのぞけば、偏狭で閉鎖的という典型的なトリステイン貴族だったのだから。 「明日、貴方様は死ぬのですね」 唐突にルイズは言った。 刃物を突きつけるような、冷たい言葉だった。 これに、ウェールズは一瞬瞠目する。 しかし誇り高き皇太子はまた朝日のような微笑を浮かべた。 「ああ、私は真っ先に死ぬつもりだよ」 「恐ろしくはありませんか? わたくしならば、一目散に逃げ出しますわ」 「もちろん怖いよ。何者であろうと、死をまったく恐れぬ者などいるわけがないだろう」 「では、何故?」 ルイズは上目遣いで、すこしずつウェールズに近づいていった。 一歩足を踏み出すごとに、ルイズの中で凶暴な炎が強まっていく。 その炎が、殺し合いや戦いに時に燃え上がるものとは、色が違うことに、ルイズはまだ無自覚だった。 「王族の――」 「義務だからですか?」 ウェールズの言葉を、ルイズは獲物を捕らえる猫科の猛獣のように素早く押さえつける。 「ああ、そうだ」 義務。 義務か。 王族の、貴き者の義務! 何と勇ましい言葉だろう! まったく感動的じゃないか!! 得体の知れぬ、ある種の渇きにも似た感覚が、ルイズの脊髄を蠢き、やがて鎌首をもたげた。 それは飢えた毒蛇のように、チロチロと舌を動かす。 うなずいた皇太子の胸に、いきなりルイズは飛び込んだ。 「大使殿?」 この意外な行動に、聡明な白面の王子も目を白黒させる。 チリチリとした感覚が、ルイズのこめかみ部分で疼いたようだった。 胸の奥で、危険な、しかしブラックコスチュームをまとった時とはまた違うものが燃え上がる。 ウェールズ・デューダー。 まったく馬鹿の見本みたいなやつだけれど。 でも、いい男だ。 さすがに王族の生まれだけのことはある。 あの、お花畑みたいな脳味噌をした姫殿下にはもったいない。 本当にそう思えた。 「ならば、今宵もう一つの義務を果たしてはいかがですか?」 ルイズは顔を上げて、その手でウェールズの頬を撫でる。 まるで、恋人にでもするように、優しく、同時に、嬲るように威圧的に。 「……どういうことだい?」 ためらいがちに、皇太子は問う。 「貴方がたが死ねば、アルビオンの血統は途絶えますよ? その血を後世に残すのも王族の義務ではございませんか?」 「――何が言いたいんだ」 「幸いといっては何ですが……わたくしは、ヴァリエール家の生まれ。落ちこぼれではありますが、身分にもさほど問題はないかと」 そっと、ルイズは自身の慎ましい胸に手を添えた。 「ミス・ヴァリエール、君は」 ルイズの笑みを見て、さっとウェールズは身を引いた。 一方でルイズのほうは、まるで愛しい恋人にでも語りかけるように、甘く、優しく、そして毒のある言葉を紡ぎ続ける。 「単刀直入に申し上げましょう。今宵、わたくしをお抱きあそばせ? 皇太子の種が私に宿れば、アルビオン王家の血は残りますわ」 「な……何を馬鹿な!?」 さっと、白面の皇太子の顔に赤みが差した。 まるで、リンゴみたいだ。 「馬鹿な? どうしてそんなことをおっしゃるのです? 死ぬのは義務で、血の残すのは、義務ではございませんの?」 くすくすと、ルイズは笑う。 まるで旅人を惑わす性悪妖精のように。 その本質は、性悪どころか、遊び半分に人を嬲り殺しにする凶悪無比なものかもしれないが。 優雅な皇太子がおろおろとする様子は実に滑稽だった。 さっきまで、あんなに凛々しかったのに。 下手な道化などまるで問題にはならない。 まったくもって、最高のショーだった。 何だ、死を恐れない皇太子殿下も一皮むけば頭でっかちの童貞坊やじゃない。 お笑い種もいいところだ。 いや、いいものを見せてもらった。 しかも、その光景はルイズ一人が独占しているいうのだからたまらない。 「意外と、純情であらせられますのね?」 ルイズの語る純情という言葉の中には、どうしようもない悪意というの名の毒が盛り込まれている。 桃髪の令嬢は、自分が小便臭い処女の小娘であることを完全に棚に上げ、ウェールズを嘲笑した。 それを、ウェールズはどう受け取ったのだろう。 「冗談にしては、少したちが悪くないかい? そういったことは、淑女の語ることではないな」 「私は別に間違ったことなど言っているつもりはございませんが――」 ルイズはしれっとして、自然な仕草でウェールズの手を取った。 大きくたくましい手だった。 ルイズはそれにそっと頬擦りをした後、いきなり舌を這わせた。 少女の赤い舌が、別の生き物のようにウェールズの手を蹂躙する。 「うわ!?」 いきなりの奇矯な行為に、あわてて手を引っ込めようとするウェールズだったが、ルイズはそれをしっかりと押さえ、離さない。 「別にアンリエッタ姫殿下から、私に乗り換えろなどと言ってるわけではないありませんのよ? 何故そうも恐がられるのです?」 「やめろ……!」 振り払うウェールズの腕を、ルイズは猫のようにふわりとよける。 「これから死ぬのに、満足に女も抱けないのですか? 私が怖いのですか? それとも、そういう行為が怖いのですか?」 くっくっく。 ステップでも踏むように移動しながら、ルイズは笑う。 「違う!」 自らを笑う小悪魔に対して、ウェールズは瞳に怒りを燃え上がらせた。 「あら? では、どうして?」 ウェールズは少しだけ息をついた。 呼吸を整えることで、乱れた心を落ちつけているのだろう。 「私が、君を抱いたとして……そこに、愛はあるのかい?」 「はあ?」 予想外の言葉に、ルイズは呆けた。 愛? 愛だって? そんなもん……あるか! 「……」 しかし、皇太子の言いたいことも、まあわかるような気もする。 「皇太子殿下は、愛がなければダメだと?」 ルイズは横目で精悍な美青年の顔を見つめ、そう訊ねた。 「違うのかい?」 「確かに、男女の行為を、愛の行為だとか言ったりもしますわね」 ふん、とルイズは視線を上げた。 星空が、馬鹿に綺麗だ。 愛の行為。 確か、あの淫蕩なゲルマニア女――キュルケの言葉だったか? ルイズ自身、少し前までそういうものに何某かにロマンとか夢を持っていなくもなかったが。 今になって考えると、所詮行われることと、その最終的な目的など変わるものではない。 愛があろうとなかろうと、そこにどんな意味があるのだ。 どんなに憎い相手であろうと、望もうと望むまいと、やるべきことをすれば女は身篭る。 それだけのことではないのか。 「――」 身篭るか。 ルイズは考える。 それは、その通りだ。 が、この場合女であるルイズは、身篭る側、すなわち身重になる側である。 それは、少々困る。 妊娠してしまって、行動に制限がかかるというのは非常に困ったことだ。 つい衝動にかられるままにあんな言動を取ってしまったものの、本気でウェールズと一夜を過ごすのかと言われると、どうだろう。 改めて、ウェールズを見る。 凛とした美顔、スラリとした体躯、そして古き王族の血統。 女として、これ以上の相手はそうは見つかるまい。 アンリエッタが夢中になってしまうのも、こうして見るとわかる。 そして、ふと思った。 今の自分は、獣に近いのではないか、と 上等な雄に出会い、発情している雌の獣に過ぎないのかもしれない。 そんな自虐の想いがふと頭をかすめていく。 まったく、あのキュルケを笑えない。 だが、それ以上に―― もしも……自分がこの皇太子と男と女の関係になれば、そしてウェールズの子を産んだとなれば。 あの、姫殿下はどんな顔をするだろう。 ルイズの唇が歪んだ。 そうか、きっと、それだ。 確信が稲妻のようにルイズの心を貫いていく。 この旅に出てからずっと、自分はあのアンリエッタに激しい怒りを覚えていたのだ。 何も知らず、愚かにも自分を羨ましいだとほざく、お姫様を憎んでいた。 だからこそ、奪い取ってやりたかったのだ。 思い知らせてやりたかった。 あの女がもっとも愛する者、友人だという自分を考えなしに死地へ送ってまで、救いたいと願う男を。 「では、こう言えばよろしいのですか?」 ずいと、ルイズはウェールズに近づいた。 「わたくしは、皇太子殿下のことを愛しておりますわ」 「――!?」 その告白に、ウェールズは驚いたが、すぐに顔をそらす。 「……悪い冗談だ」 「冗談?」 ウェールズのつれない言葉に、ルイズは顔をしかめた。 内心では、 まあ、そうだろうな、と思いながら。 こんな嘘臭い、実際嘘なのだが、とってつけたような告白を本気と受け取る馬鹿などいるか? せいぜいが女に縁のない小太りの風邪っ引きか、自惚れ屋の薔薇男ぐらいだ。 だが、こうも軽くあしらわれては女として面白くないのも事実。 「そうですか」 ルイズは軽く笑って、顔を上げた。 「……少し飲みすぎているのかな、ミス――」 話題を変えようとしたウェールズの喉もとに、しゅっと細く白い手が伸びた。 ルイズの手が、そっと喉仏のあたりに添えられている。 「大使……殿?」 「気が変わりました」 「なに?」 「アンリエッタ姫殿下には、ウェールズ様は勇敢に戦いお散りになった、とでお伝えしようと思っていましたが」 「――そうしてくれると嬉しいのだがな」 「あなたには、生き恥をさらしていだたきます」 ウェールズの言葉を無視し、ルイズは冷たい笑顔で告げる。 「どういう、意味だ?」 「……さあ?」 含み笑いを残し、ルイズはそっと皇太子から離れた。 「どういうつもりだい、相棒?」 再び一人になったルイズに、デルフリンガーが話しかける。 「どういうつもりって――?」 ルイズは人のいない廊下の隅で、デルフリンガーの鞘を撫でている。 それは、気だるげな貴婦人が膝元で眠る猫でも撫でるような手つきだった。 「何か、でかいこと言っちまったみたいじゃねえか、生き恥をさらしてもらうってよ?」 「ホントのところ……あの、王子様はそう重要でもないの」 くすりとルイズは笑い、牙のような八重歯をのぞかせた。 それは笑うというよりも、獣がぐいっと牙をむいた姿と良く似ていた。 「問題は、どうすればアンリエッタ姫殿下にダメージを与えられるかってことかしら?」 「おいおい」 デルフリンガーは呆れた声で、 「なんともしまらねえ話だなあ、あの姫様に嫌がらせしたいだけかよ?! 黒蜘蛛の力が泣くぜ!?」 「黙りなさいよ、私は色々とムカついているの。この状況も、勝手なことばかりぬかす周りの連中にも」 言葉の終わりと同時に、廊下に鈍く重い音がこだました。 ルイズが寄りかかっていた壁に、裏拳をぶつけたのだ。 そこには見事に、小さな穴がぼこりと開いている。 常人を遥かに超えたパワー。 もううんざりだ。 頭を掻き、ルイズは思った。 貴族の義務。 王族の義務。 義務、義務、義務! ああ、何ともくだらない! そして、そんなものにどっぷりはまり、まさに底無しの泥沼にいたのが、かつてのルイズ自身だった。 本当に苛々する。 吐き気がしそうだ。 もしも、目の前にかつての自分がいたのなら、そのままくびり殺してしまうかもしれない。 体中を迸る激情が、ブラックコスチュームと通じ合ってさらに凶暴に脈動する。 地獄で熱された泥がぶくぶくと泡を立てるように、底の知れない暗い憎悪がふつふつとルイズの中で煮えたぎっていた。 無意識のうちに、黒い毒蜘蛛は牙を向ける獲物を探してる。 そして、無数に張り巡らされた不可視の蜘蛛糸に、誰かが触れた。 危険を察知することのできない馬鹿者だ。 糸は一振動をルイズへと送り届け、ルイズはそれによって接近者の存在を即座にキャッチした。 振動は、風の魔力を伴っている。 ルイズはほとんど予備動作もなく振り向いた。 「ルイズ」 紳士を気取った、道化が口を開く。 愉快な仕草で観客を愉しませるはずの道化。 けれども、その瞳は冷たい。 あの色狂いのキュルケならこう評しただろうか? 多分、こんなところだろう。 「情熱の感じられないつまらない男」 と。 「ワルド子爵」 ルイズは舌打ちした。 また、くどきにきてくれたのか? まったくモテる女はつらいものだ。 しかし、どうやらはそれはルイズの勘違いであったらしい。 ワルドはこの道中で見せた、どの表情とも違う顔でルイズを見ている。 耳元で愛を囁きにきた――というわけではなさそうだ。 なら、話は違う。 「少し、いいかな?」 「愛とか、恋なんて話でなければ喜んで」 ルイズは肩をすくめながら、後ろの壁に背を預けた。 遠くから微かに、最後の晩餐を愉しむ自殺志願者たちの嬌声が聞こえてくる。 鬱陶しいことこの上ない。 死にたいのなら、さっさと毒でもあおるなり、城に火をつけるしたらそうだ。 そのほうが手間が省ける。 ルイズが苛立ちを感じていると、 「ああ。もっと重要な話だ」 ジャン・ジャック・ワルドはうなずいた。 表面上はマジメなお話し合いといった風情だ。 けれども裏では牙と爪が研ぎ澄まされている。 それがルイズにわかった。 何かあれば即座にお得意の風魔法でも使ってルイズを殺そうという態度だ。 白々しい。 しかし、それゆえに面白い。 だからルイズは何も言わず、笑ってみせた。 「ルイズ――君は、今のトリステインをどう思う?」 「平和な国ね」 即答して、ルイズはニッと笑う。 「その通り。平和だ。今のところは、見かけはね。しかし」 「しかし?」 「しかし――現実はどうだろう?」 「現実?」 「王宮の連中は汚職と権力争いに明け暮れて、伝統だけを頼りに見栄ばかり張っている。鳥の骨だけが必死になっているが……」 ワルドは嘆息して、 「肝心の王妃も姫もこの現状を真剣に考えてはいない」 「アンリエッタ姫殿下が馬鹿だとでも言いたいの?」 「君はどう思うんだ、ルイズ」 「さあ?」 ルイズはどうでもいいとばかりに視線をそらした。 「知ったことじゃないわよ。まあ、正直な話……国が焼けようが、滅びようが――」 ――私には関係ないもの。 悪魔のように、少女は笑った。 「貴族連中が死のうが、平民どもが踏み潰されようとね? 関係ないのよ、ワルド?」 「……か、関係ない?」 さすがにこんな返事をするとは思っていなかったのだろうか。 ワルドはあたふたとした顔で、右手をルイズに向ける。 ――おいおい、ちょっと待ってくれよ? というように。 「想像力を働かせなさいよ、エリートさん」 冷笑して、ルイズは頭を指差す。 「魔法の使えないできそこないが、貴族社会でどう言われてきた? 平民どもにどう思われてきた? ちょっと考えれば……」 言いかけて、ルイズは鼻を鳴らす。 「いや……わかるわけないか。エリートでいらっしゃるものね、あなたは?」 「――嫌味はやめてくれ」 ワルドは苦い顔で微かに下を向く。 「で、お話ってのは、王宮での愚痴を、井戸端でおしゃべりしてるメイドみたいに垂れ流すこと?」 「違う。君について、そしてこれから……将来のことについてだ」 「……」 口調を強めるワルドに、ルイズは沈黙で応じた。 「ルイズ、聞いて欲しい。君が今まで受けてきた扱いは、ことごとく不当なものなんだよ」 「へえ」 「そうなんだ、君はゼロでも、無能でもない。逆に……」 「逆に?」 「始祖ブリミルに勝るとも劣らない、優秀なメイジになる。それだけの才能があるんだよ!」 ワルドは両手を広げて、断言した。 「その力でトリステインを、いやハルケギニア全体を手にするほどのね。そう、世界を手に入れられるんだ!!」 「ワルド」 熱っぽく語る紳士に、ルイズは穏やかに応える。 「いっぺん、頭冷やしなさいよ」 そんな言葉を残して、ルイズは背を向けた。 「いいのか?」 デルフリンガーが声をかける。 「いいのよ。キチガイの相手なんかしてられないわ」 「ルイズ!」 どんどん離れていく少女の肩を、ワルドは強引につかんだ。 「信じられないだろうが――君は」 ――虚無の担い手なんだ。 ワルドは叫んだ。 言葉の意味を理解し、ルイズは動きを止めた。 虚無? あの伝説の虚無だと? 始祖と同じ系統の? この、自分が? ルイズの反応に、ワルドはようやく笑みを浮かべた。 ゆっくりと、ルイズは振り返り、にやける男の胸倉をつかんだ。 「ふざけてると、ぶち殺すわよ?」 低く、そう警告した。 少女の恫喝というより、魔物がうなりを発しているというほうが近い。 吹き上がる獰猛なその気配に接し、ワルドは冷や汗を流す。 だが、それでも不敵な笑みを浮かべたままこう続けた。 「ふざけてなんかいないさ。だから、話を聞いてくれないか?」 前ページ次ページGIFT
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前ページ次ページGIFT 虚無の曜日。 ブルドンネ街に出向いたルイズが最初に入った店は、床屋だった。 「さっぱり短く切ってちょうだい」 どのようにいたしましょうか、と聞かれたルイズは迷うことなくそう言った。 「短くともうしますと、どの程度に?」 「そうね」 ちょっと考え、 「あの子と同じくらい」 そう言ってルイズが指したのは、店で働いている十一、二ほどの少年だった。 スポーティーな短髪である。 「よろしいのですか?」 床屋のほうはとまどった様子で、 「こんな綺麗な髪の毛を……もったいない」 「いいの」 確かにその髪は、コンプレックスだらけのルイズにとって、誇れるものの一つだった。 しかし、今のルイズには、そんな小さなものにすがる必要などまったくない。 むしろあのクールなコスチュームを完全にまとう時、長い髪は邪魔になるだけだ。 「早くしてちょうだい。それとも、私が後で難癖つけるとでも思ってるの?」 鋭い声でルイズはせかした。 せっかくの休日の時間を、つまらないことで無駄に浪費したくはないのだ。 「い、いえ! まさか、そのような……」 あわてた床屋は、すぐさま散髪にとりかかった。 散髪が行なわれる間、ルイズは目を閉じていた。 闇の中で、数日前の出来事を思い出された。 今ではまるではるかな昔のことのように思えるが。 使い魔召喚の儀式前日の夜を……。 きたるべき明日に備え、ルイズは幾度もリハーサルを繰り返した後、腕を組み机の上に突っ伏していた。 やっているのは、偉大なる始祖への祈りであり、願いであった。 ……血の出るような思いのこめられた。 「ルイズ……。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 ルイズは自分の名をつぶやき、神話の存在である始祖へ問いかけていた。 お尋ねします。 ルイズは唇を噛んだ。 どうして、私は魔法が使えないのですか? コモン・マジックすら満足に扱えず、いまだ自分の系統すらわからないのです……。 努力や勉強が足らないのですか? しかし、偉大なる始祖ブリミル……。 あなたは、これを自画自賛だとお笑いになられるでしょうが……。 私はこれまで身を削り、心を削って、励んできました。 しかし、その全てがまるで意味を成さないのです。これは、どういうわけでしょうか? 私は貴族に相応しくないからですか? でも、では、どのようにすれば貴族らしいといえるのでしょう? わかりません、もう、何もわかりません。 魔法が使えないために、私はあらゆる人間から軽蔑されています。 これが、貴族の生きかたですか? どうして、これほどまでに恥辱を受け続けねばならないのです……。 私がどんな罪を犯したと? 魔法の才能がゼロなのは、何故なのですか。 いえ、どうして私は貴族の、それも名門ヴァリエールの家に生まれついたのです。 私のような出来損ないが、どうして。 何かの間違いですか? あるいは、始祖よ。あなたの気まぐれなのですか? 平民として生まれていたなら、こんな思いをするなどなかったのに……。 なまじ、貴族などに生まれてしまったばかりに、私はどこまでも蔑まれ続けねばならない……。 まるで毒の茨で覆われた道を、ひたすらに歩き続けるようです。 私は貴族としての誇りを守るため、全てを費やしてきました。 魔法が使えないのなら、せめて心だけでもと。 しかし、それはどうやら愚かな自己満足にすぎないということを思い知らせてきました。 今までの、人生の中で。 恥の多い人生を送ってきました。 でも、もう力つきそうです。 明日、もしも使い魔の召喚ができなかったら……。 私はこれまで以上に、屈辱にまみれて生きていかねばならないでしょう。 そうであるなら、もはや私には生きていく意味などありません。 屈辱を受けるだけの人生など……。 いつ家名を剥奪され、あらゆる人から唾を吐きかけられることに脅えるだけの人生なら……。 願わくば、始祖よ。 どうか、私に使い魔を……。忠実なるしもべを……。 それがかなわないのなら―― 誰にも聞こえない小さな声。 でも、ルイズははっきりと口に出して言った。 「どうか、私を殺してください……」 そして……。 願いは、かなえられた。 ルイズは、神聖で美しく、強大な力を持った忠実な使い魔を得たのだ。 偉大なる、毒の名を持つ贈り物を得た―― 散髪が終わった後、そこにはまるで違うルイズがいた。 もともと人並外れた美貌のルイズである。短髪になったからといって魅力がなくなるわけではなかった。 これはこれでよい。まるで男装でもしているかのような趣がある。 「けっこう。いいできだわ」 ルイズは不安げな床屋に料金を少し多めに払ってやり、上機嫌で店を出た。 次に入ったのは、靴屋だった。 頑丈で動きやすく、黒いものを選ぶ。 その次は服屋だった。 前から考えていたように、黒い服、それに革製の黒いズボンを買った。 店主のいうところ、通気性もよく、破れにくく、丈夫らしい。 確かに着心地はいいし、動きやすかった。 それに、これならあのコスチューム……手袋ともよくあいそうだ。 試着室で、ルイズは密かに持って来たブラック・コスチュームを、マスクをのぞく全てを着こんだ。 その上に服、ズボン。それに、新調したばかりの靴をはいた。 鏡に映る自分。 その姿に、ルイズは非常に満足した。 新しきルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、もはや傷つくことはない。 まわりから馬鹿にされ、平民にすら蔑まれるような存在ではない。 その努力や誇りが、何の意味もないことのように踏みつけにされることもない。 ルイズは残るマスクをつけて、さらに完全な状態になりたい気持ちになった。 さすがにそれは思いとどまったが……。 服屋を後にしたルイズは、颯爽というよりも傲慢な雰囲気をまとって街を歩いた。 まるで自分がこの街の主であるかのように。 制服やマントは店がサービスでつけてくれた小さなショルダーバックにまとめて放り込んだ。 もはや、まず貴族の令嬢には見えない。 もっとも、目のある者なら、すぐにぴんとくるだろうが。 ルイズは広い場所を全力で走りまわりたい衝動にかられながら、以前はあまり細部を見ていなかった街を観察してみた。 こうしてみると、以前は見ているつもりで多くのものを見過ごしていたことに気づく。 街というのは人間と同じでいくつもの別の顔を持っているものらしい。 露店を見ているうちに、ルイズはちくりと警戒信号を感じた。 ルイズの見えない糸に何者かが触れたのだ。 マントをつけていなくても、その立ち振る舞いで『お嬢様』とわかったのか、悪意を持った者が近づいてくる。 おそらく、スリか何かだ。 目で見ていなくても、ルイズには全てが感じ取れた。 どうやってさり気なく近づき、どうやってルイズの懐に手を入れるつもりなのか、全てわかった。 ルイズはタイミングを見計らい、すっと露店から離れた。 そのとたんに一人の男がつんのめり、露天の中に頭から突っこんでいった。 怒号と悲鳴が飛び交い、野次馬たちが群がる中、ルイズはさっさと歩き出していた。 ぶらぶら歩いていると、また別の視線が向けられていることを察知する。 それも、今度は複数。 おかしな相手に目をつけられたのかもしれない。 ルイズは使い魔の力を試してみたくなったが、さすがに人通りの多い場所ではまずいと思い、路地裏のほうに入った。 適当な場所を探すうちに、銅製の武器屋の看板が目に映った。 すぐに通り過ぎようと思ったが、何となく惹かれるものがあり、ルイズは武器屋に入ってみた。 店の親父はルイズをじろりと見るとドスのきいた声で、 「坊や、ここにゃお菓子やオモチャはおいてないぜ」 ルイズは一瞬何のことかと思ったが、よく考えれば今のルイズの服装は少年と間違われても仕方がない。 ムッとしかけるが、すぐにそれが利点であることに気づく。 自分をつけてくる相手も、少年だと勘違いしているのかもしれない。 ……少年だと思われるのなら、少女であるルイズには目が向きにくくなる。 あれ? ルイズは、少し奇妙に思った。 店の中には、気配が二つある。 一つはまぎれもなく店の親父のものだが、もう一つはよくわからなかった。 始めて感じる気配だった。 人間や獣、ドラゴンやサラマンダーなどの幻獣とも違っていた。 まあ、いい。 特に殺気や危険は感じないので、ここは知らん顔してもいいだろう。 ルイズは並んでいる商品を見たり、つついたりし始めた。 「おい、坊主。聞こえねえのか? そういうことはママのおっぱいを卒業してから…………」 店主は脅すように言ったが、すぐさま顔から血の気が引き始めた。 ルイズが商品の一つを片手に持って、近づいてきたからだ。 それは、バトルアックス……戦斧と呼ばれる武器の一種だが―― 通常のものよりも刃を大きくした分、重量も跳ね上がり、鍛えた大の男でも扱うのに苦労する代物だ。 『華奢な少年』には扱うどころか、持ち運ぶことすらできかねる。 そのはずなのに、目の前の子供はニヤニヤしながら、まるで軽い棒切れのように軽々と振り回しながら、こっち向かってくる。 しかも―― このガキ、本気だ……。 長年の勘で、店主は相手が迷うことなく、自分の脳天に斧を振り下ろすことを予測した。 店主は自分が悪い夢でも見ているのではないかと、いや、夢であることを切に願った。 ぶんぶんという斧が発する不気味な音を聞きながら。 この時、『少年』の左にはめた手袋が淡く光っていることに、すっかり動転した気づきもしなかった。 「おい、ちょ、やめ……まて……まって!」 店主は必死で制止しようとするが、まるで意味がなかった。 ルイズはどんどん店主に近づいていく。 やがて――店主は気づく。 どうして、この『少年』がこれほど恐ろしいのかを。 商売柄、いかつい大男やゴロツキどもの相手は慣れており、少々の脅しでがたつくような玉ではなかった。 だが、今相手にしているのは、過去に見たどんな傭兵や腕自慢とも違っていた。 得体の知れない、はるか遠方の秘境からきた魔物でも相手にしているような気分だった。 直感する。 こいつは、人間じゃない。 姿こそ、少女のような顔をした『こせがれ』だが……。 その雰囲気にもっとも近いものは、まだガキの頃、最初に見たオーガ鬼だ。 あの人に似て、人とはまるで異なる筋肉の塊みたいな化け物に震えあがった、その恐怖はいまだに忘れられない。 きっと、死ぬまで忘れることはかなわないだろう。 お前はなんだ。 店主は悲鳴にならない、悲鳴をあげた。 そして、カウンターに近づいたルイズは、無造作に斧を振り下ろした。 「ひいい!」 女みたいな声を出して、店主は頭を抱えてうずくまる。 しかし、痛みもショックがなかった。 恐る恐る目を開けると、カウンターを真っ二つにし、床に刃を叩き込んだバトルアックスが見えた。 「はずれちゃった……」 ルイズはニヤリとして、羽根ペンでも持ち上げるみたいに、バトルアックスを持ち上げる。 その笑みから、わざと外したことがわかった。 「でも、次こそは!」 ルイズは構え直し、じろりと店主を見下ろした。 冗談じゃねえよ!! 店主はゴキブリみたいに壁際まで這って逃げた。 ルイズはそれを追い、バトルアックスを持ったまま、ひょいとカウンターをジャンプで飛び越え、店主の前に立った。 もはや、店主は生きた心地さえしなかった。 「カンベンしてくれぇッッ!! カンベンしてくれぇッッ!! 俺が悪かったあああッッ!!」 店主は土下座し、必死で許しを乞う。 「ふん」 その態度にルイズは冷笑する。 「おいおい、そこまでにしとけや! そんな親父殺したってしょうがねーだろうが!!」 予期せぬ声が、ルイズを制止した。 「誰?」 ルイズは声のほうを振り向き、すぐに一本の錆びついた薄手の長剣を見つけた。 こいつが…? いや、もしかすると。 「あんた、インテリジェンスソード?」 声をかけると、剣は応えた。 「おう、そうとも。俺様ことデルフリンガー! 通称クレイジーモンキー!」 「はあ?」 「しょっぱなの軽いギャグよ。気にするな。それよりあんちゃん……」 剣は笑みを含んだ声で、 「見かけのわりにてーした馬鹿力じゃねーかい。どうだ、俺を買わねえか? 損はさせねーぞ?」 「生憎剣なんか使ったことないんだけど」 言いながら、ルイズはおしゃべりソードの柄を握る。 また左手袋が、正しくはそれに刻まれた使い魔のルーンが輝く。 すると、剣はいきなり黙りこんだ。 「なに? おしゃべりはおしまい?」 「おでれーた。おめ、『使い手』か? いや、違う……のか? いや、間違いねえ。間違いねえが……。ま、いいやな。おい、俺を買え」 「やだ」 ルイズは断った。 「にゃにおう?!」 「なんであんたみたいなボロ剣……。贈り物っていうのなら、もらわなくもないけど」 ルイズはちらりと店主を見る。 「ひ…! さ、さしあげます! そんな剣でよろしけりゃあ、いくらでもさしあげますんで。命ばっかりは……」 店主は床に膝をついたまま両手を合わす。 「なに、それ。それじゃまるで強奪してるみたい……」 「いえ、とんでもない! どうぞ、お受け取りくださいませ!」 店主はあわてて首を振った。 「こんなボロ小屋で埃かぶってるよか、あなた様のようなお強いおかたにもらっていただけるほうが何倍も幸せです!」 「そこまで言われたら、断るわけにもいかない」 ルイズはふっと微笑んだ。 店主はほっと胸を撫でおろしたが、その矢先、錆びた剣先を鼻面に突きつけられた。 悲鳴をあげることもできず硬直しているところへ、 「抜き身で往来に出るわけにもいかない。鞘もプレゼントしてくれると大感激なんだけど」 『少女』のような、優しい声が上から降ってきた。 「容赦ねえなあ……。だが、気に入ったぜ、相棒!」 デルフリンガーの嬉しそうな声が、ひどく遠くに聞こえた。 「人を見かけで判断して、うかつな言動をするとろくでもない目にあう。勉強になった?」 ルイズは鞘におさまったデルフリンガーを受け取ると、ちゅっと店主に投げキッスをして店を出ていった。 「……………てめーは俺の親父の名にかけてクソッタレだ、ちきしょう」 一人になった店主は、破壊されたカウンターを見ながら、半泣きでつぶやいた。 「こんな商売、もうやめだあ……!!」 「いたか」 「いねえ」 数人の男たちが互いにしかめっつらを見せ合いながら路地裏で話していた。 いずれも人相の良くない男たちだ。 俗にゴロツキとかいわれるような連中だった。 街で金持ちのお坊ちゃんらしい『少年』を見かけ、鴨にしようと追っていたのだが……。 武器屋から剣を手に出てきた後、ふいに姿が見えなくなってしまった。 まるで、天に昇ったか、地に潜ったか。 「あいつ、メイジだったんじゃねえのか?」 「でも、マントつけてなかったぜ」 「馬鹿か。そんなやつはいくらでもいるさ」 ゴロツキたちは憶測を飛ばし合いながら、ぼやいていた。 あれが少年であれ、少女であれ、捕まえてその筋に流せば、好事家が高い値で買ってくれる。 場合によっては――美少年は絶世の美女よりもはるかに高い値がつくのだ。 それを逃したとなると、非常に悔しいことだった。 男たちはぼやき続ける。 自分たちが追っていた相手が、すぐ近くで自分を観察しているとも知らずに。 ルイズは愉しげにその会話を聞いていたが、口元に残忍な笑みを浮かべ、背負った長剣に手を伸ばす。 だが、すぐに思い直したように手を止めた。 そして、ポケットから大事そうに黒いマスクを取り出した……。 「ママとはぐれちゃったの、仔猫ちゃんたち?」 頭上から陽気な声をかけられ、ゴロツキたちは身をすくませた。 どこから現れたのか、上の壁に真っ黒な怪人が張りついていた。 まるで、巨大な蜘蛛のように。 「あ……?」 「なんだあ……」 驚く男たちの前、怪人は音もなく飛び降りると、いきなり手近な相手を殴り倒した。 男は壁に叩きつけられ、動かなくなる。 死んではいないが、下顎が見事に砕けていた。 当分の間、悪くすると一生ステーキは食えないだろう。 いきなりの展開にぽかんとしているところに、次の犠牲者が出た。 胸倉をつかまれ、放り投げられたのだ。 投げられた男はくるくる回転しながら踏み潰されたガマガエルのように地面に叩きつけられた。 「て、てめえ!」 「なんだ、おめえはッッ!!」 やっと男たちは臨戦体勢に入った。 しかし黒い怪人はかすかに小首をかしげ、蜘蛛のようなポーズで男たちを見ている。 マスクをして表情が見えないが、雰囲気から明らかに馬鹿にしているのがわかった。 男の一人が小剣をつかみ、踊りかかるが、剣を振り下ろす前に顎にハイキックを受けて昏倒した。 黒い影は風のよう動き、矢継ぎ早にゴロツキに襲いかかった。 次に停止した時、たっているゴロツキは一人もいなかった。 時間にして一分もたってはいない。 「蜘蛛の糸を使う必要もなかったわねえ……」 少々不満そうな声でつぶやき、黒い怪人はさっと姿を消した。 この後、街はにおかしな噂がたつことになる。 壁を這いまわる不気味な黒い化け物の噂が……。 「相棒もつれねえよなあ」 女子寮の部屋。鞘から三分の一ほど刀身を出したデルフリンガーは不満そうな声でルイズに呼びかける。 「早速に活躍できるかと思ったのに、俺様ぬきでやっつけちまうんだもの」 「血でも吸いたかったわけ?」 ルイズは机で予習復習をしながら、返事だけする。 「俺様は吸血鬼じゃねえよ。でも、剣として造られたからにはなあ……」 「私も使おうかと思ったんだけど」 ルイズは手を休め、 「武器を持った状態じゃ、全員殺してたかもしれないから」 何でもないことのように、物騒な発言をする。 「ふーん。気を使ったってわけかい」 「別に? あの連中が死のうが知ったことじゃないけど、素晴らしい発見をして嬉しかったら……ね?」 ルイズは左手袋のルーンを見て、微笑む。 あの店でバトルアックスを持った瞬間、体が異様に軽くなり、パワーが数倍、それ以上に増幅されるのを感じた。 まったく驚きだ。 この優れた使い魔はまだ素敵な能力を秘めていたのである。 その気になれば、一国の軍隊とも戦えそうに思えた。 無論勝利することも。 「気分が良かったから、見逃してやったってえわけね……」 デルフリンガーがかちかちと音をたてる。 ルイズはそれに応えず、ニッと笑っただけだった。 「しかし、おでれーた。使い魔とメイジは一心同体ってえけど、まさかそこまでに一つになってるなんてなあ」 デルフリンガーは感心したようにつぶやく。 「それにしても、変わった生き物だよなあ。ぱっと見布切れみてえなのに……」 「生き物。やっぱり、生き物なのね」 ルイズは服ごしにコスチュームをなでた。 「ああ、それだけは間違いねえな。俺みてえに魔法で造られたもんでもねーよ、きっと」 この使い魔がどこからきたのか考えると、実に不思議な気分になった。 まあ、いい。 ルイズは肩を揺する。 問題は、ないのだ。 「言っとくけど……」 「わかってらあな。こいつは秘密だ。相棒の秘密は絶対にもらさねえ」 「よろしい」 会話も途切れ、ルイズは改めて勉強に専念しようと机に向かう。 が。 ぴくり、と健康や育ちの良さを示すその頬が動いた。 ルイズはペンを置き、椅子を動かしてドアのほうへと体を向ける。 どんどんと粗雑な音が響いた。 「開いてるわ」 乱暴にドアが開かれ、金髪の少年が入ってきた。 目つきが物騒で、下手をすれば刃物でも取り出しそうだった。 「デートのお誘いかしら、ギーシュ・ド・グラモン」 ルイズは足を組みながら客を出迎えた。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 来客の声は殺気に満ちていたが、ルイズは笑みを消そうとしない。 ギーシュはルイズを見て一瞬ぽかんとした。 え? 誰? そんな表情だった。 長い髪の少女が少年のような短髪になっていたのだから、しょうがなくもあるが。 ギーシュはすぐにキッと表情をこわばらせ、 「僕と、決闘しろ……」 「また、それ?」 ルイズは息を吐き、 「女の子を前にして、物騒なことね。薔薇の存在意義はどうしたの? ああ、身のほどを知って返上したのかしら」 「黙れっ!!」 ギーシュは顔を歪めて杖を突きつける。 その表情に、へらへらと女子の尻を追いかけ、プレイボーイを気取っていた時の余裕はなかった。 追いつめられ、逃げ場を失ったドブネズミのようだった。 ルイズは立ち上がり、息がかかるほどの距離まで顔を近づけた。 「ゼロのルイズに虚仮にされたのが、それほど恥ずかしかった――?」 「……!」 ギーシュは一瞬驚いて飛びすさる。 あの食堂で恥辱を受けて以来、ギーシュは一分も安らいだ時間が得られなかった。 仲間内では馬鹿にされ、女子からも軽蔑の目で見られるようになった。 ルイズにやられる直前、二股がバレて二人の少女から別れのビンタとワインの洗礼を受けたことも相乗効果となっていた。 先にルイズに平手を受けたマリコルヌは部屋に引きこもっている。 噂ではまだ寝こんでいるそうだ。 目の前で杖を折られて捨てられた上、その憎い相手に一矢報いることさえできなかったことがショックだったのだろう。 それも、相手は学院始まって以来の劣等生、ゼロのルイズ。 しかし――自分は違う。 こんな相手に、ヴァリエールとは名ばかりのゼロに馬鹿にされてたまるものか。 「決闘だ……。ヴァリエール」 杖を握りしめ、ギーシュはうなった 「……やめておいたほうがいいと思うけど?」 ルイズはステップでも踏むように後ろにさがってから、またギーシュに顔を近づけ、耳もとで囁いた。 「恥の上塗りって言葉知ってる?」 くすくすとルイズは笑った。 その言葉を受け、ギーシュの目から理性の炎が消失していく。 ルイズはそれを観察しながら、 「まあ……。それほどまでにいうのなら、受けてあげていいわよ?」 「明日の昼休み……ヴェストリの広場だ」 「いいわ。素敵なお花を用意してきてよね?」 うなるギーシュに、ルイズはまるでデートのOKを出すかのように、花のような笑みを浮かべた。 美しく、可憐な容姿とは裏腹に、人を蝕み、死に至らしめる毒花のような微笑を。 そんな相棒を見ながら、 どーせ、決闘でも俺の出番はねえんだろうなあ……。 デルフリンガーはちょっとセンチになっていた。 前ページ次ページGIFT
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前ページ次ページGIFT 冗談じゃない。 ほとんど動かない片足を引きずり、男は逃げていた。 メイジが相手だと聞いてはいたが、あんなとんでもない魔法を使うとは考えてもいなかった。 弓で射かけた途端、どっかんどっかんとあちこちで爆発が起こった。 わけのわからぬうちに吹っ飛ばされ、仲間も何人生き残っているかわからない。 ひょっとすれば、もう自分以外死んでいるのかもしれなかった。 どっちにしろ、ここに長居はできない。逃げなければ。 必死になってもがいているところ、男はいきなり首ねっこをつかまれた。 そして直後、恐ろしい力で引っ張れ、地面に転がされた。 男は力に山のような大男、さもなければ、オーク鬼か何か、狂暴な亜人の姿を想像した。 しかし、その予想とは裏腹に、男の前に立ったのは、十五になるかどうかも怪しい少年だった。 桃色がかった金髪で、色白でほっそりとした、まるで少女のような顔をした美少年であった。 野盗なんかの相手をしているより、ベッドで熟した肉体を持てあました貴婦人か、さもなければ殿様の相手でもしているのが似合いそうだ。 「生き残ってるのは、お前だけだ」 可愛らしい声で少年は言った。 声変わりさえすんでいないのか。 男は内心で嘲笑い、少年を見上げる。 尋問でもするつもりかもしれないが、こんなガキを相手に遅れをとる気はない。いざとなれば丸め込んで……。 「何で、ボクらを襲った?」 「そりゃあ、ボクちゃんが可愛かったからさ。そのお尻に俺も仲間も見惚れちまってねえ、つい」 わざと下卑た笑みを浮かべて、男は答えた。 「ふーん。そーなんだ」 しかし少年は別に気にした様子もなく、不釣り合いな背中の長剣を抜いた。 脅しのつもりか。 が、少年のとった行動は、『脅し』などという穏便なものではなかった。 男の右目に、ごつんという衝撃と、焼けるような熱気が走った。 衝撃は剣先が突きこまれたためで、感じたのは熱気ではなく激痛であることに気づくに、わずかだが時間を要した。 悲鳴を上げそうになると、絶妙のタイミングで腹を蹴られた。 臓物を全て吐き出しそうなショックに、激痛の悲鳴は押し流された。 「何で、ボクらを襲った?」 同じ台詞を少年は言った。 「…………」 答えなかったのは、痛みのせいか、それとも意地なのか、男にはわからなくなっていた。 すると今度は顔の両端に鋭い痛みが走った。 思わず手をやると、ぬるりとした血の感触の中、耳がなくなっていることに気づいた。 切り落とされたのだ。 それを自覚した時、また腹を蹴られた。 男はついに嘔吐した。 軽口なんか、きかなきゃ良かった……。 男はひどく後悔したが、もう遅い。 相手はチョウチョみたいな小僧っ子だと思っていたが、冗談ではない。蝶どころか、猛毒を持つ蠍だったのだ。 そうでなければ、象もかみ殺す毒蛇だ。 ひゅるんと、刃のうなる音がした。 ぼとり、今度は鼻が落ちた。 男は声にならない声をあげかけたが、鼻のなくなった顔面を容赦なく蹴られた。 たまりかね、ついに男は両手を上げて許しを乞う。 「ま、まっへふれ……!!」 鼻が落とされたので、声がおかしくなってしまっていたが、意思は通じたらしく、少年は長剣を下ろした。 しかし、鞘にしまったわけではないので、いつまた刃が飛んでくるかわからない。 「は、はねへ、やろわれたらけなんら(か、金で、雇われただけなんだ)……」 「誰に?」 「わ、わからへえ(わ、わからねえ)……」 「そう」 間を置かず、右手の指が二本地面に散らばった。 どの指が切断されたのか、男にはわからなかった。 さらに指を切られた右手を、少年の靴が踏みにじる。 ぽきぽきと骨が踏み砕かれる感触が、激痛を伴って押し寄せてきた。 やめてくれ。本当にわからないんだ。 そういう意味のことを言いながら、男は泣き顔でうめく。 「はめんをふへへははら、はふぁらねえんら(仮面をつけてたから、わからねえんだ)……!」 わかるのは、男で、メイジってことくらいだよ――男の話を意訳すると、こんなところだった。 「本当らしいね」 男が必死でうなずくと、少年は少し表情を和らげた。 「わかったよ」 これで解放されるのか、あまりにも手痛い犠牲を払ったが、何とか命を取り止めた。 男はそう思って、安堵の息を吐いた。 「じゃ、もう用はない。死ね」 「へ?」 男が顔を上げると、少年は長剣を一閃させた。 文字通り、男の体は真っ二つに両断された。 「容赦ねえな、相棒」 長剣――デルフリンガーは呆れながら、しかし嬉しそうな声で言った。 「人を殺しちゃったわ」 少年、否――男装の少女ルイズは、デルフリンガーにぬぐいをかけながら、ふううと息をついた。 「でも、思ったよりなんてことはないわね」 「何を今さら……。さっき失敗魔法でボカンボカンと爆死させまくってたじゃねーかよ」 「あ、そうか」 ルイズは頭をかいて、 「でも、魔法じゃなくこうやって直に手を下すと実感わくわね」 「後悔でもしてるのか?」 「いーえ、ぜんぜん?」 ルイズは淡々と笑う。 「むしろ、ざまみろニコッと爽やかな笑みが止まらないわ。人の命を取ろうとした奴らだもん。殺されたって文句は言わないでしょ」 「まーな。しかし、どうせなら最初から俺を使ってくれたら良かったのによお。こんな拷問なんかじゃなくって、戦闘でど派手によお」 「そのうちにね。多分……近いうちにそうなるわ」 「頼むぜ、相棒?」 「それにしても、あんたすっごい切れ味じゃない? 見直したわ」 「嬉しいこと言ってくれるんじゃないの。戦闘で使ってくれりゃあ、とことん役に立つぜ」 デルフリンガーを鞘に納めて、ルイズはワルドたちの元へ戻っていった。 「あいつら、ただの物取りのようです」 ワルドたちのもとへ戻ったルイズは、何食わぬ顔でそう言った。 ギーシュは女装が恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしてうつむいたまま。 キュルケはそんなギーシュを見てしつこく笑っている。 タバサは相も変らぬ無表情だが、チラリとルイズの顔をうかがっているようだった。 「ふむ。ならば捨て置こう」 ひらりとグリフォンに跨るワルド。 ルイズはすぐにギーシュ……シエスタ・ド・グラモンの手を取り、ワルドのもとへ連れていく。 「では、子爵様。シエスタお嬢様をお願いいたします」 「あ、ああ……」 ワルドは微妙な表情でギーシュを抱きかかえ、後ろに座らせる。 「では諸君――今日はラ・ロシェールに一泊して、明朝アルビオンに渡ろう」 そう告げるワルドに、一行はうなずく。 子爵と<男の令嬢>を乗せたグリフォンが飛び立った後、ルイズは馬も跨ろうとする。 「なにか?」 ルイズは手綱を持ったまま、後ろを向いて言った。 青い髪の眼鏡少女がルイズを見ている。 「さっきの盗賊たちは?」 タバサが言った。 「逃げたわ」 「地獄へ?」 「はあ?」 「あなたから、血の匂いがする」 タバサは、小さいがはっきりとした声でそう言った。 「それで?」 ルイズはかすかに笑う。 少し遠いところでは風竜が待機しており、風竜のそばでキュルケがこちらを見ている。 まず声は聞こえてはいないはずだ。 「何故殺したの」 また、タバサが言ってきた。 罪人を問い詰める裁判官でも気取っているのか―― 「――ボクを殺そうとしたから。いけませんか? タバサお嬢様」 男口調でルイズは笑ってから、気取った仕草でふわりと馬に跨る。 「気に入らないなら、さっさと学院に帰れば? そのほうが安全よ」 ルイズはキュルケにも聞こえるよう、大きな声で言った。 「はっ! 馬鹿言わないで、こんな面白そうな状況で帰れるもんですか」 いかにも勝気な声で言い返すキュルケ。 「言うじゃない。今なら、あんたの無駄にでかい胸も好きになれたりするかもね」 ルイズはニッと笑い、グリフォンの後を追って馬を走らせた。 「何を話してたの?」 キュルケはタバサの小さな体に胸を擦りつけるように近づき、尋ねた。 「……彼女は、とても危険だと思う。……けれど」 タバサは静かに言って、杖を握り締めた。 「明日にならないと船は出ない……か。これは困りましたね?」 キュルケたちを待たせてある『女神の杵』亭に向かう道、ルイズはさてどうしましょうか、とワルドを仰ぎ見た。 ワルドはキザっぽく羽根帽子の端を持ち上げ、 「まあ、こうなってしまっては仕方もない。明日一日ここで休日を過ごすとしよう」 「結構なことで……」 ルイズは唇に笑みを浮かべたけれども、その瞳は少しも笑って……いないわけではない。 笑ってはいるが、決して気持ちのいい笑みではなかった。 まったく、マヌケなことになった。 国難を前にした任務だっていうのに。 こんな馬鹿やってていいのかしらねえ? だが、ワルドのほうも、面の皮は分厚いようで、 「そうだな。お互いのことを分かり合う、いい機会だと思うよ?」 そっと、嫌味のない、さりげない動作でルイズの肩に手を置いた。 しかしキザな紳士のアプローチを、桃髪をした男装の令嬢はお気には召さなかったようだ。 するりと柔軟な動きでそれを振り払い、おおげさなほど眼を見開いてワルドを見つめる。 「ボクは男です!!」 と、大きな声で言い放った。 これに驚いた周辺の群衆は一様にルイズ、そしてワルドを見る。 その直後に、くすくすという笑い声や、いやあねえと眉をひそめた視線がワルドに向けられた。 図としては、美少年に色眼を使う色男というものになるのか。 詩や恋物語にはまりこんでいる、夢見がちな令嬢たちが好きそうな構図だ。 最近上流階級の少女たちの間では、美少年同士の恋物語がはやっているらしい。 さらにルイズにも、 「坊や! ケツに貞操帯つけといたほうがいいぜ!」 そんな下卑た声が飛ばされた。 アルコールが相当入っているのは明白――な声だった。 「もうしわけありませんが……ボク、男性にそういう興味はありませんので!」 ルイズは少年口調で言い、そのまま駆け出してしまった。 ワルドに向けられる笑いはさらに強くなる。 おい、見てみろよ、あそこにオカマ野郎がいるぞ、と―― 「やれやれ、ずいぶんと嫌われてしまったな」 ワルドは羽根帽子を目深にかぶり直す。 もうすでにルイズの姿は見えなくなっている。 恐ろしくすばしこい。 この分では、あの虚無の系統である少女を手に入れるのは、骨が折れるだろう。 そして、今回の任務を成功させることも。 今晩ゆっくりと話したかったが、どうやら諦めたほうが良さそうだ。 ワルドを置いて『女神の杵』亭に戻ったルイズは、一階の酒場でくつろいでいるキュルケたちの元へ向かった。 その前に、いくつかの部屋を取って―― キュルケはワイングラスを手にへばっており、ちらちらと酒場の男たちを観察しているようだった。 女装のギーシュは顔をうつむかせて、できるだけ他人と顔を合わせないようにしていた。 それはそうだろう、万が一男だとバレたら大恥なのだから。 タバサは、もしゃもしゃと料理を口に運んでいた。 どこかで買ったのか、従者みたいな、およそ貴族らしからぬ服を着ていた。 しかも、男もの。 小柄ですとんとした体型と短い髪という要素も加わり、杖を持っていなければ、宿屋の手伝いをしている男の子でも通るかもしれない。 「船は明後日じゃないと出ないそうです」 慇懃な態度で、そう報告した。 ギーシュ……いや、ミス・グラモンはげんなりとした顔で、桃色髪の小姓を睨む。 小姓はそれを気にした風もなく、さらに慇懃な態度で鍵の束をテーブルに置く。 「先ほど、部屋を取ってまいりました」 「ああ、だったら私とタバサ……」 言いかけるキュルケを、 「いけません」 いきなり、タバサがさえぎった。 口調はいつも以上にかたい。 「年頃のご令嬢が男と同室などとんでもありません」 「はああ?」 いきなり妙なことを言い出す親友の顔を見て、キュルケは眼を丸くした。 男? 男ですって? この子はいきなり何を言い出すのだろう? ルイズはなんとなく、タバサの意図が読めた。 なるほど、なるほど。 よくわからないが、こいつも男になっておきたいわけだ。 いいさ。 「では、ミス・ツェルプストー……。シエスタお嬢様と相部屋ということで、よろしいでしょうか?」 ルイズは薄く笑いながら、キュルケに言った。 「シエスタって……」 今、この場でそう呼ばれているのは……。 シエスタ・ド・グラモンこと、青銅のギーシュは状況を理解しきれていないのか、あたふたとした顔でみんなの顔を見回していた。 「よろしいですよね? 女性同士、なのですから」 ルイズがジロリとギーシュを睨み、女性を強調して言った。 「ああ……それとも、ワルド子爵との相部屋をお望みで? それなら、仕方ありませんが」 キュルケはふっと笑い、赤い髪の毛をかきあげて、 「わかったわ。私とシエスタが相部屋ね」 「ありがとうございます」 ルイズはぺこりと頭を下げた。 「なら、マルトーはオレと相部屋だ」 タバサは静かにそう言った。 男言葉で。 ふうん、なるほど。 ルイズはタバサの顔を見る。 どうもそれが狙いだったらしい。 しかし、自分と相部屋とは、どういうことだろう? まさかそっちの気があるんじゃあないでしょうね――? ルイズは訝しく思いはしたけれど…… 特に危険を感じないし、殺意や敵意があるわけじゃなそうだ。 そう判断した。 「で、ワルド子爵は?」 「腕のあるかたですし、別に一人でも大丈夫でしょう」 キュルケの言葉に、ルイズはあっさりと言い捨てる。 そんなルイズの態度に、キュルケはあのおひげの似合う美男子に軽く同情した。 本気で興味ないのね、何だか子爵が可哀想になってきたわ。 そうかといって、自分が慰めるつもりにもなれなかったが。 「き、キュルケと相部屋? 今晩? まずい、これはまずい……ああ、まずいよ、モンモランシー……」 横で、ギーシュは薬物中毒者(ジャンキー)みたいに、一人でブツブツとつぶやいていた。 ワルド子爵が宿に戻った時には、ルイズたちはすでに部屋に引き上げた後だった。 薄いカーテンの隙間から、月光が差し込んでいた。 ルイズとタバサ。 二人の少女はそれぞれ横になっているベッドの上で身じろぎもしない。 「君は何を話したいんだい?」 かすかに酒場からの声が響いてくる中、ルイズは目を閉じたまま言った。 「ボクと話したいことがあるんだろう?」 ルイズはわざとらしい少年声でタバサに言った。 かすかな笑い声を含ませて。 本人は意識していないが、そこには不思議な色香があった。 「……あなたは一体誰?」 タバサは、不実な恋人でも責めるような口調でルイズに言った。 そんなタバサに、ルイズは唇の端を歪めた。 「マルトー。シエスタ・ド・グラモンの従者」 「ふざけないで」 「お前こそ誰だ」 ルイズは嘲りを隠しもしない声でタバサに言う。 タバサの内部で、血液の流れる音が変わったのが、微細な振動を介してルイズに伝わってくる。 どれほど鉄の仮面をかぶろうと、血液の流れ、脳の奥で絶えず弾ける小さな火花は制御できない。 「貴族なのに家名もわからない。偽名臭い名前。ボクなんかより、あなたのほうがよほど胡散臭いと思いますけれども?」 「……」 それに対して、青い髪の才女はしばらく沈黙したままだったが、おもむろに―― 「あなたの秘密が知りたい。強さの秘密が」 「強い? このボクが? またまたご冗談を……」 謙虚な言葉とは裏腹に、ルイズの笑い声にはどうにもならない驕慢さがあった。 ルイズはタバサが何を言いたいのかはよくわからない。 というよりも、わかるつもりはなかった。 自分の力、自分の使い魔――この生ける服の希少性はよくわかっている。 どこの誰とも知れない相手、ましてあのツェルプストーの親友なんぞに誰が話すものか。 仮に知ったとすれば、それはこいつがこの世に別れを告げる日だろう。 「誰かの手助けが欲しければ……お友達のミス・ツェルプストーにでもご相談されたほうがよろしいかと思いますが?」 「それは、できない」 なんだ? タバサの口調が若干変わった。 どうも、重たい何かを感じさせる。 そうかといって、ルイズの心境に変化があったわけではないけれど。 もしも、このチビ助が何かトラブルを抱えていて、ルイズの――いや、【ルイズたち】の力がそれを助けるのに有効であったとして……。 それがなんだというのだ。 こいつのために何かしてやる義理も人情も、爪の垢ほどもありはしない。 ルイズは過去のことを思い出す。 こいつが一体何してくれた? 自分が学院の中で辱めを受け続けていた時、このチビは何かしてくれたか? 何もありはしないのだ。 我関せずと本を読んでいただけじゃないか。 笑うことはなかったが、助けてくれたわけでもない。 今さらそれを責めるつもりはないが、かといって慈悲をかけるほどの恩情は受けてない。 「でも、私には力が要る」 タバサは無感情につぶやいた。 「それが私に何の関係がある?」 ルイズはかすかな苛立ちを覚えて、冷然と、素の口調で言った。 「……………………」 「まさか、あんた――どっかの王族の娘、お姫様か何かだと言うんじゃないでしょうね?」 ルイズは意地悪く言った。 「で、国にいる悪者をやっつけるのに、私の力が欲しいって?」 無論、冗談に決まっている。 悪に国を追われた姫君が、氏素性を隠し、名を変えて異国へ逃れる。 もちろん逃げたままではなく、国を取り戻すことを胸に誓って。 そのために、多くの協力者、仲間を必要としている――と。 お芝居や子供の絵本でもあるまいし、そんなことが現実にそうそうあるものか。 仮にあったとしても、ルイズの知ったことではない。 「ま、たとえあんたがお姫様だろうが、王様だろうが、協力する気はないけどね」 言い捨てて、ルイズは軽く寝返りを打った。 飽きたのである。 そのまま、小さな寝息をたててルイズは眠りについた。 表情だけなら、どこかの美姫そのものだった。 タバサは無言のまま、宿の天井を見つめていたが、やがてあきらめたように目を閉じた。 朝日が部屋に差し込む頃、ルイズはすでに起き出し、宿の中庭を散歩していた。 背中にはちゃんとデルフリンガーを背負っている。 「昔は練兵場って聞いたけど、今は見る影もないね」 ルイズは少年の口調で、デルフリンガーを少しだけ抜く。 慣れてくると、少年になりきって行動するのはなかなかに楽しい、面白い。 女のそれとは違った世界が見えてくるようだった。 普段の自分と切り離した、別の人生を歩んでいるようだ。 「今じゃただの物置場か。へ、時間の流れってのは残酷だねえ」 ルイズがあちこちに積まれている樽の一つに腰掛けると、感慨深げにデルフリンガーは言った。 「まるでお爺さんみたいだな?」 「そう言われてもいい気分はしねえが……ま、人間の感覚で言えばそう見えるかもな。何しろ俺様は何千年も前に造られたからよ」 「お前、そんな骨董品だったんだ?」 「もっと嫌な言い方だぜ、それ?! 俺様はバリバリの現役だ。骨董なんかじゃねえ」 「単純に古いって意味なんだけどな……」 「もっと悪い!」 「うるさいなー」 ルイズはつぶやき、デルフリンガーを鞘に納めた。 「何かご用ですか、子爵様」 そう言って、樽から降りた。 かすかに細めた目で。 「やあ、気づかれてしまったか」 少しばつの悪そうな顔で、物陰からひょっこりとワルドが顔を見せた。 「その剣が君の使い魔なのかい?」 ワルドはアンリエッタ姫殿下と同じようなことを言った。 「まあ、そんなようなものです」 ルイズも、あの時と同じようなことを言う。 ただ、あの時とは違って少年の声だけれど。 「しかしまさか、インテリジェンスソードとはな――」 「何か問題でも?」 「いや、そんなことはないさ」 ワルドは笑って、ルイズに近づいていく。 何か、嫌なものを感じる動作だった。 「すまないが、その剣、抜いて見せてくれないか?」 「なぜです?」 「興味があるからさ」 「そうですか……」 ルイズはすっとデルフリンガーを抜いて見せた。 ワルドはジッとデルフリンガーの刀身を見ていたが、ふと怪訝そうに顔を上げて、 「ルイズ、見たところ使い魔のルーンがないようだが……」 「は? 何をおっしゃってるんですか?」 ルイズは変な顔で、ワルドを見返す。 このおっさん、何を言ってるんだ? そんなニュアンスをたっぷりとこめて。 「ルイズって、誰ですか?」 「ええ?」 「それって、女性の名前ですよね?」 「いや……」 「昨夜も言いましたが、ボク、男ですよ」 何とも言いがたい、嫌そうな顔でルイズ……マルトーは言った。 「あ、ああ! そうだったな! いや、すまない。少し、知り合いの女性と似ていたものでね、つい」 ワルドはあわえたように苦笑して、羽根帽子をかぶり直す。 「それって、ボクが女っぽいってことですか?」 美貌の少年は口を尖らせる。 「まあ、それはそれとしてだ。マルトーくん、このインテリジェンスソード、ルーンが見えないが?」 「あ、そりゃそうでしょうねえ」 「そうでしょうねえって……」 「別に、正式な使い魔じゃないですから」 ルイズはあっけらかんと言った。 「しかし、君、さっき……」 ワルドは少し声を強くしたが、 「ボクは――そんなようなもの、としか言ってませんが?」 いかにもその通りだった。 ルイズは、別に―― さて、ワルド子爵様。これなるインテリジェンスソードがわたくしめの使い魔でございます、と宣言したわけでもない。 そんなようなもの、という曖昧なことしか言っていないのだ。 「なら、君の使い魔は……」 「【自分の部屋】に置いてきてます」 「そ、そうだったのかい?」 「何か問題でもあります?」 「いや、問題はないが……残念だな、君の使い魔を見てみたかったのだが……」 「見たってしょうがないと思いますけどね」 ルイズは言いながら、デルフリンガーを鞘にしまって宿のほうへ戻っていく。 「少し予定と違うな……。しかし、情報では彼女に間違いはずなんだが――」 一人残ったワルドは、ブツブツと独り言をつぶやいていた。 気に入らないやつだ、しつっこく人につきまといやがって。 ルイズは苛々しながら宿屋の廊下を歩く。 その異様な迫力にすれ違う人間は皆脅えて距離を取っていた。 しかし……。 置いてきた、か。 ルイズは少し歩調を緩め、にやりと笑った。 置いてきた。 大嘘もいいところだ。 使い魔は常に、自分と一緒にいるというのに。 ルイズは服ごしに黒いコスチューム、自分の使い魔を撫でて、笑った。 「さて、シエスタお嬢様のところへまいりますか」 つぶやき、男装の少女は【主】となっている女装少年の部屋へと向かった。 前ページ次ページGIFT
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前ページ次ページGIFT 船を待つ間、時間はいつもと変わらずに流れすぎていった。 実に、怠惰で無意味な時間が。 ミス・グラモン――ギーシュは、キュルケと共にカードゲームに興じていた。 ただし、その勝負は傍から見ると退屈極まりないものだった。 キュルケの巧みなフェイントや先読みで、女装の貴族少年は赤子のように翻弄され、コインを奪われていく。 ギーシュはその度に憤慨して、再戦を挑むのだが……。 何度もやっても、ただ同じことの繰り返し。 つまれたコインはまるで流れ作業のようにキュルケのもとへと運ばれていくのだった。 その見ているだけで不毛な気分になる勝負事の横で、タバサは本を読みふけっていた。 自分の周辺では、何事も起こっていないと宣言するかのように。 日が沈み、空に双月が昇る頃、ギーシュはついに疲労困憊して机に顔を伏せてしまった。 ただ気力と、金を無駄に浪費しただけの、むなしいゲームだった。 ギーシュは顔を伏せたまま、自戒の念をこめたつぶやきを漏らす。 「もう二度と、ギャンブルなんかするものか……」 その自戒に、どの程度の効力と有効期間があるのかは、神のみぞ知る。 キュルケからすれば、適当に時間をつぶし、なおかつ小銭まで稼げるなかなか面白い時間だったが。 ちょうど同じ頃、タバサは読んでいた本を読了していた。 眼鏡の乙女がパタンと本を閉じると、キュルケは軽く伸びをした。 「そういえば、ルイズは?」 友人の質問に、タバサは小さく首を振っただけだった。 「ああ……。そういえばさっき、散歩してくるとか言ってたけど……」 全く覇気のない声で言ったのはギーシュだった。 夜の真っ暗闇――というわけではない。 港町のことであり、日が暮れたといっても、あちらこちらで灯がともされ、多くの人が行き交っている。 夜の街は明るかった。 しかし、それでも闇はある。 太陽の支配する昼間でさえ闇を駆逐することはかなわない。 ましてや、闇が支配権を握る夜の中で、人間が灯した矮小な光が、巨大な闇に対してどこまで有効だというのか。 その闇に紛れ込み、ルイズは意識を集中させていた。 蜘蛛の感覚を糸のように、あらゆる方向へと伸ばしていく。 無数に伝わってくる振動をブラックコスチュームが逐次分析し、的確に処理して、ルイズへと伝える。 その中でもっとも、重要なものを受け、ルイズはゆっくりと、しかし風のように行動を開始した。 服や靴をまとめて黒い糸で包み込み、適当な場所へと隠してから、黒いマスクをつける。 構造的に、明らかに視界を狭くするはずのそれは、逆にルイズの視界――あらゆる五感を研ぎ澄まし、増幅・拡大させていく。 うまくすれば、100メイル先の針の音をも聞き取ることができそうだった。 ひどく、気分が高揚し、陶酔感にも似たものが激流のように全身を駆け巡る。 そのくせ、頭の中はクリアに処理されて、いつもよりもクールになっていた。 ルイズはデルフリンガーを背負うと、ふわりと跳んだ。 光の届かぬ闇の中を、音もなく移動していく。 そのために、恐ろしく奇異な服装でありながら、彼女の存在に気づく者は誰もいなかった。 スパイダーセンスに反応したものを目指し、ひたすらに跳び、走る。 物騒な殺気を放ちながら、しかし目立たぬように動いている一団を見つけるのに、ほとんど時間を要さなかった。 その集団は一見して団体で動いているようにわからぬよう、一人ないしはごく少数で、ある方向へと進んでいた。 薄暗い闇の中でも、マスクをつけたルイズの視線はそいつらの格好や顔つきを何の苦労もなく見ることができた。 おそらく、傭兵の類だろうか。 いずれも、世間をはばかるか、さもなくば唾を吐きながら生きているのがわかる。 そういう顔だった。 なら、まったく遠慮はいらないわね。 ルイズはマスクの下でニヤリと笑う。 いや。そうではなく。 マスクそのものが、ルイズ自身の顔となり、カッと裂けた口でニタリと笑った。 蛇のような長い舌を不気味に蠢かしながら。 でも、それはほんの一瞬のことで、ルイズはそのことに無自覚なまま、さらに傭兵たちの動向を探った。 あれ、これっておかしくない? 傭兵たちの進む方向は、ルイズたちが泊まっているに『女神の杵』亭のある場所だ。 偶然か? いずれにしろ、そいつらの目的が友人のパーティーに参加して、愉快に過ごすことでないことは確かだ。 もっとも、連中にしてみれば、押し込みに入って人を殺すのも、金を奪うのも、パーティーみたいなものかもしれないが。 いずれにしろ、このまま捨て置けば連中が血生臭いことをするのは、明らかだ。 だけど、まあ。運が悪かったわ。 ルイズは手近に場所にいる者を選び、蜘蛛の糸を素早く飛ばして傭兵を引っ張りあげた。 男が騒ぐ前に首の骨をぼきりとへし折り、死んだのを確認すると、また次の獲物を狙う。 今度はより確実に、蜘蛛の糸で口をふさぎ、心臓をデルフリンガーで突き刺してから、路地に転がしておいた。 多分、朝まで発見されることはないだろう。 闇の中で、左手のルーンが鮮やかに煌き出した。 もっともっと速く、効率よくできそうだ。 ルイズはそう確信して、さらに速く動いた。 気分がどんどん高揚していくのがわかる。 全身を包むブラックコスチュームがルイズの感情を受けて、力を増幅し、それがさらに……。 「すげえぞ、相棒! とんでもねえ速さで力が溜まってくじゃねえか!? おまけにこの力、この動き……」 闇の中で、デルフリンガーの驚愕と狂気の声がかすかに響いた。 土くれのフーケ。 そう人から呼ばれるその女は、ハッとして立ち止まった。 今から指揮するはずの傭兵たちが一人もいないのだ。 逃げたのかい? いや、それはない……。 手筈では、これから『女神の杵』亭のいる魔法学院の坊ちゃん嬢ちゃんを、傭兵たちと共に襲うことになっている。 なのに、手足となる連中がいつの間にか姿を消しているのだ。 何かがおかしい。 フーケは目まぐるしく考えを巡らせたが、結論がすぐに出された。 身を翻し、『女神の杵』亭から離れていく。 何かわからないが、これはやばい。 盗賊家業の中で培ってきた野生動物のような勘が、それを伝えていた。 狭い路地を、追っ手がかかりぬくい逃走経路を選び、ひたすらに走る。 このまま逃げれば、あの男や、そのバックが面倒かもしれないが、これ以上関わるのは、もっと危険だ。 しかし、狡猾な怪盗も、自分の背後を黒いモノが苦もなく追いかけていることに気づくことはできなかった。 いきなり、何がねばつく巨大な網のようなものがフーケを捕らえた。 黒い網はその粘着性でフーケの動きを封じ、壁へと貼りつけてしまう。 こいつは一体なんなんだ?! 魔法!? 衝撃に眩暈を感じながら、フーケは必死で状況を確認しようとする。 混乱するところへ、フーケの目の前に黒い影が降り立った。 全身真っ黒で、銀の網目が走る不気味な怪人だった。 釣りあがった、肉食昆虫のような不気味な銀の眼がフーケを見ている。 仮面でもつけているのか、それともそういう顔であるのか、すぐには判断しにくかった。 怪人の身にまとう雰囲気はオーガ鬼のような巨躯のバケモノだ。 しかし、実質的には小柄で、おそらくフーケよりも小さい。 女……? いや、子供? それとも、その両方、つまりは少女なのだろうか。 怪人は何も言わず、フーケを見ている。 フーケの状況は、まさに蜘蛛の巣にかかった虫だった。 このまま殺されるのを、ただ待つばかりか。 今の状態では、杖も振るえない。 黒い網がしっかりと体を固定してしまっているのだ。 「……どこのどなたか知りませんけど、命ばっかりは助けてくれるとありがたいんだけどねえ?」 わざとおどけた態度で、フーケは言ってみた。 しかし、怪人は何も応えない。 身じろぎもせずに、フーケを見ているだけだ。 ちっ。なんだってんだい、こいつは……!? 薄気味悪いどころの話ではなかった。 そもそも、こいつに人間の言葉が通じるのか。 フーケが焦っている時、黒い怪人――ルイズのほうも驚いていた。 ミス・ロングビル? 人違い? いえ、間違いない……。学院長の秘書が、なんでこんなところにいる? それも、物騒な殺気を放って。 まさかあの傭兵どもは学院とつながりがあるのか? いや、そう判断するのも早計か。 「あの、兵隊さんたちは、あんたの知り合い?」 ルイズがたずねると、フーケは顔をしかめた。 相手の正体がわかったわけではない。 その声がぞっとするものだったからだ。 どうやら女であるらしいが、まるで毒蛇か何かがしゃべっているような気味の悪いものだった。 「何の話だい?」 とぼけるフーケに、ルイズは念のために用意していたものを投げてやった。 デルフリンガーで切り落とした傭兵たちの生首だ。 「……なんだい? 脅しかい? こんな奴らは知らないよ」 そうか、とルイズはうなずいた。 まあ、学院と関係していようがいまいが、知ったことか、幸いこっちの顔も素性も知れてはいない。 死人に口なしだ。 片手でフーケの首を押さえつけ、空いた腕を振りかざした。 このままパンチをお見舞いすれば、フーケの顔はミンチになることは確実だった。 顔がわからなければ、足もつきにくいだろう。 「ま、待て……!!」 あわててフーケが叫んだ。 雰囲気と、その凄まじい殺気から、怪人の行動が脅しではないことを悟ったためである。 こいつは、虫けらでも踏み潰すみたいに、自分を殺す気だ―― そう理解したのだ。 「……」 怪人は、動きを止めた。 しかし、構えた拳はいつでもフーケに叩きこめるようになっている。 そのスピードならば、フーケをノシイカみたいにするのに、瞬きほどの時間も要りはしない。 「頼まれたのさ……」 「……」 怪人は何の反応も示さなかった。 だが、少し沈黙が続くとフーケの喉をつかむ手に、ぐいと力をこめた。 それがもう少し強められれば……。 フーケは息苦しさと、怪人の手の不気味な感触に怖気をふるいながら、次の言葉を口にする。 「……レコン・キスタにね」 少し迷いながら、フーケは真実を告げた。 「レコン・キスタ?」 怪人の声に、驚きが混じる。 それにフーケは、得体の知れない相手に人間性のようなものを感じとり、若干安心をした。 安心をすると、いくらか落ちついた思考もできる。 「ああ、そうさ。何か知らないが、この先の宿にいる連中が邪魔なんだとさ」 「で?」 かすかに顔を近づけ、怪人は訊ねてくる。 「あたしとあんたが殺しちまった連中とで襲うことになってたんだけどね……。どうもやばそうな雰囲気なんで逃げることにしたのさ」 で、あんたに捕まったんだよ、とフーケは目で語った。 ルイズはマスクの下で舌打ちを漏らした。 こっちの動きは筒抜けか。 まあ、どうせこんなもんだろうとは、思っていたわ。なにせ、あの脳味噌が楽園(エデン)のアンリエッタ姫だもの。 さて、それじゃあこの女をどうするか……。 ミス・ロングビルを見ながら、ルイズは思案をした。 感じた危険反応からすると、こいつはかなりの使い手らしい。今はいいが、魔法でも使われると厄介だ。 なら、いっそ後腐れなく……。 ルイズはミス・ロングビルの喉元から手を離し、相手が息をつく暇を与えずに、すぐさまその口をふさいだ。 そして、空いた手の指に力をこめると、グローブの先端部分が鋭利に突き出し、真っ黒な爪と化した。 ロングビルの顔が驚愕に、恐怖に歪む。 「災難……いや。自業自得だと、諦めることね」 ルイズは笑った。 その時、びりびりと、ブラックコスチュームが緊張状態となった。 コスチューム全体が巨大なレーダー網となり、周囲のあらゆる情報をルイズに伝達し、処理の補助を行う。 仮面の男が、杖を振るい、呪文を唱えて――黒い怪人……ルイズを狙っている。 そして得たもっとも重要な情報は―― ルイズは眼を見開き、夜空に跳躍した。 この瞬間、フーケは目撃した。 黒いマスクが、マスクではなく、怪人の顔そのものに変貌するのを。 眼は鋭い牙、長い舌を見た。耳は不快な怪物の咆哮を聞いた。 化け物!! 叫びそうになった途端、フーケの体を雷が貫いた。 全身が沸騰し、衝撃が神経を伝う激痛を伴って走りぬけた。 雷撃はフーケを捕らえていた黒い糸を焼き切り、壁の一部を破壊する。 ライトニング・クラウド!? しかし、誰が? あの化け物か?! 意識が朦朧となる中、地面に転がったフーケは白い仮面の男が近づいてくるのが見えた。 そうか……。こいつか……。 フーケは自分の身が焦げる匂いを嗅ぎながら、男を睨む。 「てめえ……」 フーケは怨嗟の声をあげた。 「てめえはないだろう。お前を助けようとしたんだ」 男はしれっと言い放ち、身をかがめてフーケの顔を見る。 「その傷では、作戦には移れそうにないな――」 「てめえの、魔法のせいだろうがっ……」 「毒を吐けるようなら心配はいらないな……。しかし、今の化け物はなんだ?」 「そんなこと、あたしが、知るかよ……」 「まさかとは思うが……あれが」 ルイズの使い魔ではないだろうな? 仮面の男はつぶやき、使い魔が逃げ去った――と思われる空を見上げた。 「おい……」 フーケは仮面の男を睨みつけた。 「そう、急くな。今、手当て……」 言いかけた時、仮面の男はフッと消えてしまった。 「……へ?」 フーケが眼を丸くすると、目の前――仮面の男からすれば、真後ろにあたる暗がりで、物音が響いた。 ほんのかすかだが、うめき声が聞こえたような……。 「……ちょっと?」 震える声でフーケが呼びかけると、暗がりからぬっと影が姿を見せた。 ただし、それは仮面の男ではなく、逃げたと思われたはずの、黒い化け物だった。 声もないフーケに、化け物は話しかける。 「ねえ、お姉さん……。さっきの男は殺した途端、煙みたいに消えちゃったんだけど……。何か知らない?」 愉しげに言う化け物に、フーケは息を飲んだ。 「……」 「そう」 化け物はフーケの髪の毛をつかみあげる。 「……ありゃ、遍在さ。風の、スペルだよ」 「へえ。で、あいつ、なに?」 「レコン・キスタの一人さ。革命だとかいって、国を裏切った野郎さ。名前は、ワルド……」 「……」 化け物は、黙った。 フーケはやけになり、べらべらと市場の叩き売りみたいにしゃべり続ける。 「……ゲルマニアとトリステインの同盟を壊すのに、トリステインのお姫様がアルビオンの王子様に送った手紙とやらがいるんだとさ」 「なるほど」 「……で、そいつはついでにアルビオンの王子の首、それにヴァリエールの小娘がほしいってね。はっ幼女趣味かよ」 「ヴァリエール?」 「よくは知らないさ。でも、姫さんの手紙を預かってる小娘が、妙な力を持ってて、それが欲しいらしい……」 一気にしゃべった後、フーケは苦痛で顔を歪めた。 ぐらりと視界が暗転する。 ちくしょう、ここまでかい……。まったく、つまらないところで死んだもんだ。ティファ……ごめんよ……。 フーケは唯一の心残り、『妹』の顔を思い浮かべて眼を閉じた。 「どうするよ」 闇にまぎれて走る途中、デルフリンガーが言った。 「どうやら、あのキザは敵の間者らしいや。このまま一緒に行動するのはやべえぞ?」 「そうねえ。でも、あれだけで信じられるかしら」 「そりゃそうだがな。だが、ありゃ嘘をついてるって顔じゃあなかったな。ヤケクソで洗いざらいぶちまけったって感じ」 「剣のくせに」 「剣だが、人間ってやつは他の人間以上にようく見てるぜ。死にざまは特にな」 「な~るほど……」 ルイズは笑った。 それから、服を隠した場所に戻り、衣服を身につける。 すっかり服を着込んだ後、ルイズはフッと微笑んだ。 「まー、しばらく、様子を見ましょ」 「おいおい、そんなのんきなこと言ってる場合かよ――」 デルフリンガーが呆れた声で言った。 「ルイズはどうしたんだ?」 キュルケたちが部屋でくつろいでいるところ、ワルドは入ってくるなりそう言った。 「さあ? 散歩してくるとか言ってましたが……」 「困ったことだな、こんな時にそんな単独行動なんて」 ギーシュが答えると、ワルドは溜め息をつく。 そこに、ドアを蹴るようにして短髪の男装少女が入ってきた。 「ちょっと、ルイズ……」 その無作法にキュルケは顔をしかめたが、ルイズはキュルケにかまわずワルドを見て、 「ワルド子爵。すぐに、宿を出ましょう」 「ど、どうしたんだい?」 「戻ってくる途中、傭兵らしい連中が大勢この宿に向かって歩いているのが見えたんです」 「傭兵って……。そりゃ彼らだって宿くらい……」 ギーシュはちょっと笑ってみせた。 しかし、タバサはすぐに立ち上がり、キュルケもそれに続いた。 「あの、みんな?」 「あのねギーシュ、傭兵が、しかも集団で、貴族相手の宿屋に泊まると思う?」 キュルケは馬鹿にしたように言う。 「多分、ここを狙ってくる」 タバサもうなずいた。 「そういうことよ、それに……宿に泊まるとしても、武装姿でくると思う?」 ルイズはぐりぐりとギーシュの金髪をこねまわした。 「……そうか。よく報せてくれた!」 ワルドは沈思していたが、すぐに笑ってルイズの肩を叩いた。 「ぼやぼやして、敵の奇襲を受けることはない。諸君、予定外だが、すぐに出発しよう」 ワルドの号令で一同が忙しなく準備を始める間、 (ずいぶんうまくいったわね?) (まあ、髭にしても渡りに船ってえ感じだったな) ルイズは、デルフリンガーと密かに笑い合っていた。 (だけどよ、相棒? どうせなら……) (なに?) (とっとと、あの髭殺して逃げちまえばいいんじゃねえのか?) (そうね、その通りだわ) (……だったらよお) (でも、ダメよ。勘だけど、このほうがアルビオンに行きやすい気がするの) (へえ。相棒、やる気だね?) (どうかしから) ルイズ自身も、何故こんな選択をしているのかわからなかった。 自分たちの行き先が危険であることは、スパイダーセンスに頼るまでもなく周知の事実なのに。 共生する生きたコスチュームの本能が、ルイズにも強い影響を与えている。 その事実を、ルイズはまったく自覚してはいなかった。 コスチュームはただルイズの肉体を強化しているだけではなく、ルイズから栄養源を摂取している。 そして、その【栄養】をより多く得るため、コスチュームは宿主に戦えと叫び続けている。 人を、殺せ! と―― 大急ぎで宿を出たルイズたちは、途中妨害らしい妨害にも合わず、桟橋までたどりついていた。 実際のところ、襲ってくるはずの相手は全滅しているのだから当然だったが。 ワルドとミス・グラモンことギーシュはグリフォン。他の三人はタバサの風竜で空を駆けていた。 風竜は飛行中、ひどく緊張した様子だった。 途中キュルケはラ・ロシェールのほうを振り返りながら、 「今さらだけど、ホントに怪しい奴ら見たの? なんかそれらしい気配を感じないんだけど」 「おそらくあちこち散ってこちらを探してるんだろう。見つかったら厄介だ、急ごう」 ルイズが答える前に、ワルドがすらすらと言った。 ルイズはただ肩をすくめただけだった。 タバサは無言でルイズを見たが、すぐに顔をそらす。 グリフォンと風竜が並んで、巨樹――桟橋の前に降りたつ。 その後、幻獣たちから降りた一同は、ワルドを先頭にアルビオン行きの船へと向かった。 ワルドが船長と交渉している間、ルイズはじっと闇の向こうを見ていた。 その方向にある浮遊大陸アルビオンへと、その意識は向けられていた。 髪の毛ほどの小さなものだが、危険信号が針のようにルイズの神経を貫いてくる。 今も、戦い――殺し合いは続いているのだろう。 キュルケはドタバタですっかり化粧が落ちたギーシュに、手ずから化粧をしてやっていた。 「ほうら、とっても奇麗ですわ、ミス・グラモン」 「……はあ、なんでことに」 のっているキュルケと比べ、ギーシュのほうはがっくりと、ずぶぬれになった小型犬みたいに肩を落としていた。 未だ女装をさせられるのは抵抗があるようだった。 タバサは下から呼び寄せた風竜のそば、ちらりとルイズのほうを見ているようだった。 「行こう。出発だ」 交渉を終えたワルドの声に、ルイズはうやうやしく女装のギーシュにもとのかしずく。 「お嬢様、お手を」 「……~~」 ギーシュは顔をしかめながらも、ルイズの手を取った。 その様子を見て、キュルケはくくく、と笑う。 てきぱきとした船員たちの作業のもと、船はゆっくりと動き始めた。 「いよいよ、白の国ね――」 キュルケがわずかながら緊張した声で言った。 それは同時に、ある種の歓喜をまじえたものでもあった。 どうやら燃え上がるのは色恋だけではなく、荒事においても、らしい。 「船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、包囲されて苦戦中のようだ」 ジッとしていたルイズたちに近づきながら、ワルドが言った。 「そ、それで、皇太子は?」 ギーシュは声を潜めて尋ねると、ワルドは首を振った。 「そこまではな」 「最悪、手紙を届ける相手が死んでる、ということも考えられるわけですか」 ルイズは少年の口調で皮肉げに笑う。 「なっ」 毒のある言葉に、ギーシュは青ざめた顔でルイズを見た。 「そうだが……。死んだとも決まっていないさ」 「ボクもそう願います」 わざわざアルビオンまできて、無駄足にならないように、とルイズは驕慢な笑みを浮かべた。 「あんた……やっぱり、キャラ変わったわ」 キュルケの声に、ルイズは、 「別に――? ただ、ボクも色々と学んでいるのですよ。ミス・ツェルプストー」 気配を感じ、ルイズはすぐさま身を起こした。 ブラックコスチュームの補助のもと、すぐに眠っていた肉体が再起動し、通常時へと移行していく。 空はまだまだ薄暗く、太陽はその顔をほとんど出してはいない。 「ルイズ」 自分の近づく影がそうささやくのを聞きながら、ルイズはつまらなそうな顔をする。 「男相手に、夜這いですか? いや、今の時間だと朝這いかな?」 「そうじゃあないんだ」 近づいてきた影は羽帽子を持ち上げて、ルイズの顔を見る。 「では、何の御用です? ワルド子爵」 「離れている間、君の心はすっかり僕から離れてしまったらしい」 ワルドはその美顔に似合わぬ、情けない顔で苦笑した。 「それは、お互い様でしょう」 ルイズは素の声で、そっけなく言い返す。 「この際、正直なことを言おう。僕は、君の力が欲しいんだ」 「婿養子になりたいと?」 「いや、ヴァリエール家は関係ない。君個人の力さ。それを貸してほしいんだ」 「私は、ゼロのルイズですが」 「……確かに、昔から君は、お姉さんたちと比べられ、できが悪いと言われていた」 「仕方ありません。事実ですもの」 ルイズは素直にそう認めた。 今のルイズにとって、魔法とは至上の価値でも、力でもない。 もっと純粋で、強大なパワーが自分と共にあるのだから、もはやこだわる意味はなかった。 同時に、父母や姉たちに対する敬意も、どんどんと薄らいでいる。 「しかし、僕は知っている。君には他の者にはない、特別な力があるとね」 「嫌味ですか?」 そう言い返しながら、ルイズは軽く動揺していた。 まさか、こいつは自分の使い魔、自分の半身のことを知っているのか。 「違う。ところで……」 「なんです」 「君の使い魔というのは、どんなものなんだい?」 「なぜ、そんなことを?」 「学院で、恒例の使い魔召喚儀式が行われたはずだろう? 君は何を召喚したんだ?」 「ですから、なぜ、そんなことお尋ねになるんです」 「これは重要なことなんだ。頼む、教えてくれ」 「布きれですわ」 ルイズは、誤魔化さずに真実を口にした。 当然重要なことは伏せたまま。 「ぬの? 布って、あの服とかベッドとかの……あの布かい?」 予想外の答えだったのだろう、ワルドは眼を白黒させた。 「ええ、そうですわ。それも汚い襤褸切れが。それが、あなたの言う特別な力を持ったメイジの使い魔ですか?」 返答につまっているワルドを、ルイズはネズミをなぶる猫のような視線をぶつけて、 「まあ、特別といえば特別ですわね? 特別の下に、【出来が悪い】とつきますけれど」 ルイズは吐き捨てるように言って、ワルドから離れた。 特別な力? そんなものが、あるのか? ルイズはぎゅっと手袋の感触を確かめるように左の拳を握った。 あるとすれば、悪くはない。 なかったとしても、どういうということもない。 現状において、ルイズの中でワルドの言った言葉はあまり大きな価値となるものではなかった。 そんな時。 不意に、ルイズの頭で何かが爆ぜた。 それは――かつて、ブラックコスチュームを持っていたものの、記憶。 断片的だが見たこともない、ものや風景、そして言葉がルイズの頭を走り、消えた。 誰かが―― 緑色をした何者かが、笑いながら話しかけてくる。 〝我々は人間ではない。……人間以上のものだ〟 その通りだわ。 ルイズは、記憶の中の誰かが言った言葉にうなずいた。 〝我々は我々が選んだ者になる〟 そうなのか。 ならば、自分は、ルイズは何を選択するべきなのか。 そう考えた時、別の言葉が響いた。 〝しかし、君を理解できるはもの誰一人いない……〟 〝私だけだ……〟 前ページ次ページGIFT
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前ページ次ページGIFT ルイズが、アンリエッタ姫の『お芝居』と『おねだり』あるいは『愚痴』につき合わされている頃……。 オスマンの秘書、ミス・ロングビルは一人深夜の見まわりを行っていた。 別に誰かに言われたわけではなく、自発的な行動である。 この魔法学院に忍びこもうなどという度胸のある泥棒はそういない。 ゆえに、当直の教師も仕事を忘れてベッドで眠りこけるさえ珍しくなかった。 少し前城壁に大穴をあけられた時にはピリピリしていたものの、今ではすっかり元に戻っている。 しかし、何事にも用心に越したことはない。 頼まれもしないの見まわりをする理由を誰かに尋ねられれば、ロングビルはそう答えたことだろう。 でも、それはあくまで表向きだ。 理由は……別にある。 ロングビルは、本塔の周辺を回った後、大きな溜め息を吐いた。 やはり、この塔は堅牢だ。とてものことに、陥落させることはできそうにない。 正面突破は不可能に近かった。 苛立ちと失望感が、女の目には宿っていた。 しかし、それはすぐに別のものへと切りかわり、視点も本塔から女子寮のほうへと移った。 ロングビルの顔は、有能で生真面目な秘書のものではなかった。 やっぱり、あの小娘を利用するべきか……。 ロングビルは顎に手を当てながら考えを巡らせる。 その脳裡には、桃色がかった金髪の少女が浮かんでいた。 以前のルイズなら少しばかり口車を使えば、どうとでも操れただろう。 だが、今のルイズは勝手が違う。 教師たちは、魔法の使えぬ劣等感や苛立ちから、ついに『切れた』のだろうと言っていた。 確かに、年頃の少年少女が、ふとしたきっかけでぐれる……不良になるということは、ままある。 ルイズの場合、むしろそうならなかったことが不思議でさえあったのだ。 だが、しかし。 いいや、違う。違うんだよ……。 ロングビルは女子寮を見ながら思った。 あれは、あの変化は……ぐれるとか、そんな低次元の話ではないのだ。 もっと、得体の知れない危険で、おぞましいものが背景にあると、ロングビルは推測していた。 確証というものはない。 それは一種の動物的な勘からくるものだったが……。 間違いはないね。 そう、ロングビルは確信していた。 自らの直感によって、今まで幾度も窮地を脱してきたのだから。 ただのガキのくせに、ぞっとするようなものをその内に隠している。 あいつは、毒蛇か蠍……さもなきゃあ、化け物だ。 ルイズの顔を思い出し、ロングビルはぶるりと身を震わせた。 まさか、自分があんな小娘にこんな感情を抱くとは……。 だが、次の瞬間――ロングビルは杖を手にしていた。 「『土くれ』だな?」 背後から、声がかかった。 それは、力強い若い男の声だった。 「どなたです?」 ロングビルは学院長秘書の仮面をかぶりながら、ゆっくりと脅えた表情で振り返った。 白い仮面をかぶった、長身の黒マントが闇の中に立っていた。 『私は不審人物です』という看板を背負って歩いているような相手だった。 「『土くれ』のフーケ。お前に話があってきた」 「な、何を言っているんですか……! あなた、誰です……!!」 ロングビルは震えながら後ずさりをした。 しかし仮面は冷笑を漏らし、 「盗賊稼業からは、もう足を洗ったのか? マチルダ・オブ・サウスコーダ」 その名を出された途端、ロングビルの顔から、秘書の仮面がはがれ落ちた。 現れた素顔は、トリステインを騒がす怪盗・『土くれ』のフーケ。 「引退したという顔ではないな。安心したぞ」 「脅迫でもしにきたのかい?」 冷たい目で黒マントの仮面を睨みながら、ロングビル……フーケは言った。 「そんなくだらんことではないさ」 仮面はさらに笑った。 「お前を、同士として迎え入れたい。そのためにきたのだ」 「はあ? 私に仲間になれって? てこたあ……あんたも盗人かい?」 「違う!」 半分からかうつもりで放ったフーケの言葉に、男は鋭い声で切り返した。 「なら、あんた何者さ?」 「我々か? 貴族をハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ」 「そいつはまたでっかく出たねえ。それで?」 「我々に国境はない。ハルケギニアは我らの手で一つとなる」 そして、と、仮面はゆっくりと手を広げ、 「始祖ブリミルの降臨せし、聖地を取り戻すのだ」 「ごたいそうなこった」 フーケはせせら笑い、 「そのご偉業を考えていらっしゃる、あなたがたは一体どなた様で?」 「それを教える前に聞こう。仲間に入るか、否か」 「NOとこたえりゃあ、死んでもらうってかい?」 「その通りだ」 「こんなこそ泥を脅迫とはね。そんなことで、聖地を取り戻すなんてできるのかい?」 「できるさ」 「自信たっぷりだね。しかし、本当にあの強力なエルフに勝てるのかい? 昔から何度もやっちゃいるが……」 と、フーケは考えるようなそぶりで仮面を見ながら、 「負け戦を繰り返してきたじゃあないか……ずうっとさぁ」 ふふふ。フーケは目を細めて笑う。 「奴らに勝つには……。そう、それこそ、私ら人間の常識を越えた、化け物みたいな力がいると思うけどねえ……」 そう言った時、フーケの脳裡には、何故かルイズの顔が浮かんだ。 もっとも、そんなもんあったとしても人間に手にはおえないだろうけどね。 フーケはそんなニュアンスのこもった目で仮面を見ると、 「それが、あるのさ。我らにはな」 仮面はそう言って、肩を揺すってみせた。 まだ朝もやがたちこめる早朝、ルイズとギーシュは馬の準備をしていた。 両者共に旅支度であるのだが、ルイズは以前に街で買った黒服で身をつつみ、背中にはデルフリンガーを背負っていた。 その下には、もはや肉体の一部であるブラック・コスチュームを着込んでいる。 マントも、つけていない。 とてものことに、貴族の令嬢とは思えない姿だった。 「……」 「……」 「……」 「……」 「……」 ルイズとギーシュ、どちらから、会話はない。 そこにあるのは重苦しい沈黙だった。 もっともルイズはそんなものなど感じていないらしく、きびきびとした動作で準備を進めていくが……。 馬も何を感じとっているのか、ひどく緊張気味だった。 いや、それ以上に緊張しているのはギーシュだった。 ルイズと一切視線を合わせようとせず、血の気の失せたその顔は死人のようだ。 アンリエッタの前で大見得を切った時の面影はまったくない。 こいつ、こんなんでアルビオンにいく気? いや、ひょっとして私に脅えてるの? ルイズにすれば……思い当たることは大いにある。 ちょっと悪のりしすぎたせいで、『ついうっかり』殺すところだった相手だ。 トラウマを植えつけていても、別におかしくはない。 でも、あの時は平気だったのよね、こいつ? いきなり部屋に怒鳴り込んできて、無礼者とほざいてたし……。 今さらボコボコにされたことを思い出したのだろうか。 そのへんはルイズには不思議だった。 それとも、何か他の要因があるのだろうか。 あるとすれば……。思いつくものは、アンリエッタの存在くらいか。 アンリエッタの前だから見栄をはってた? それにしても、極端な気がしたが。 そういえば……。 ルイズは思い出す。以前に父から聞いた覚えがあった。 これはある貴族の話で、その男は有名な伊達男として有名でプレイボーイ、いやさ、女好きとしても有名だったそうだが……。 一つ弱みがあって、どうしようもないほどの暗所恐怖症・閉所恐怖症だったそうだ。 狭くて暗い場所に入ると幼児返りして、誇りも名誉もなく泣き喚いたという。 ところが、だ。 その男、平民であろうが、貴族であろうが、とにかく美しい女と一緒にいる時は、暗い場所でも狭い場所でもまったく平気であったそうだ。 理由のほうはよくわからない。 強引に解釈するなら、その男の女の前でいい格好をしたいという欲求が、心の奥に刻み込まれたトラウマを凌駕していたためらしい。 このパターンが、ギーシュにもあてはまる――とすれば、どうだろう? ギーシュがそこまで姫殿下に入れ込んでいるのが凄いのか、それとも、そこまでギーシュを入れこませる姫殿下がすごいのか。 どっちにしろ面白いわ。くだらなくはあるけれど……。 ルイズは笑わずにはいられなかった。 くすくすくす。 ルイズが笑うと、びくりとギーシュが震えた。 まるで狼の前にした子犬のようだ。 笑いながらも、ルイズはこちらに近づいてくる気配を感じとっていた。 殺気らしきものはないが、ぴりぴりと警戒を感じさせるものには違いなかった。 ルイズが知らん顔をして笑っていると、朝もやをぬうようにして、一人の男が現れた。 羽根帽子をかぶった、一目で貴族――メイジとわかる男だった。 見覚えがある、確かアンリエッタ姫殿下の行列の中にいた男だ。 「あんたの知り合い?」 ルイズは小声でギーシュに言った。 ギーシュは無言で首を振る。 「あ、そ」 ルイズは貴族に視線を戻した。 ようく見ると、どこか懐かしい顔だった。 もっと以前にも会ったことがあるような気がしてきた。 「……久しぶりだな、ルイズ! 僕のルイズ!」 貴族はじっとルイズを見ていたが、やがてにこりと笑い、駆けよってきた。 僕のルイズ? 何それ? ルイズはバカバカしいような、むず痒いような気持ちになった。 生まれてこのかた、こんな馴れ馴れしい呼ばれかたを異性からされたのは父親依頼だ。 今度はギーシュが、知り合い? と、脅えながらも目で尋ねてきた。 知らないわよ。 ルイズは目でそう返事をして、 「どなた様?」 羽根帽子に言った。 「ルイズ、僕だよ! ワルドだ。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド」 「ワルド?」 古い記憶のピース――そこにある一人の若者の顔が、目の前にいる男の顔と重なり合う。 ああ、そうか、とルイズは気づいた。 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。 父親同士の冗談ながら、ルイズの婚約者にあたる貴族。 わりと最近、再会をしている。 ただし、夢の中でのことだが―― 「まあ、ワルド子爵!」 ぱんと手を打って、ルイズは叫んだ。 「そうだよ、僕のルイズ」 ワルドはほっとしたように微笑み、ルイズに近づく。 ルイズを抱き上げようとでも言うのか、両の手を差し出した。 けれども、ワルドの手が触れる前に、ルイズはすっとワルドから離れてしまう。 何気ない動作だったけれど、その動きは狩人の矢から逃げる狐のように俊敏だった。 「ルイズ?」 戸惑うワルドに対して、ルイズは困ったように首をかしげた。 「あの、子爵様? 少し質問してもよろしいかしら? その、細かいことなのですけれど」 「あ、ああ、なんだい?」 「その、なんですか? 僕の――と、さっきおっしゃいましたが、あれはそのどういう意味かしら?」 「え?」 「まるで私はあなたの所有物、というか、恋人のような言われかたですけど……」 言葉につまるワルドに、ルイズはにこりと微笑んだ。 「――私、あなたの恋人でしたのかしら? 生憎そういった記憶はございませんけれど」 笑っているが、それとは正反対の感情をまとった笑みだった。 いや、違う。そうではなくて……ないのだ。 感情がない。 怒りも、喜びも、悲しみも、そこには欠片ほどもありはしなかった。 あるのは、冷えた氷のような空気だけだった。 「ルイズ……」 「それとも、まさか婚約者同士とか言われるおつもり? あれは、お酒の席の、ただの戯言でしょう?」 「ルイズ、待ってくれ――」 ワルドは真剣な顔でルイズを見つめた。 「確かに、君をずっとほっておいたのは悪かった。謝るよ。でも、僕は君を忘れたことなんか一度も」 「ずいぶん出世をなされたようにお見受けしますけれど、軍務がお忙しかったのかしら」 ワルドの弁解を遮り、ルイズは尋ねた。 「ああ……。父が死んだ後、すぐ魔法衛士隊に入ってね。苦労はしたが……おかげで今は、グリフォン隊の隊長だ」 「まあ、素敵ね」 「言い訳ととられても仕方ないけれど、少しでも早く立派な貴族になりたかったんだ。出世して、君を迎えにいきたくて」 「それは、ありがとう……。でも、やっぱりあれは子供の頃のことだわ」 「ルイズ」 「私は本当にただのおチビだったし、あなただって……」 「お願いだ、話を聞いてくれ」 「何について?」 ワルドの態度に反し、ルイズはあくまでも他人顔だった。 「というか、あなたは何をしにここへいらしたの?」 「姫殿下に君たちに同行するように命じられてね。君たちだけではやはり心もとないらしい。いや、気を悪くしないでくれ」 「なあんだ、ちゃんとした人材が、いるんじゃない? ねえ?」 ワルドを無視し、ルイズは呆れたようにギーシュに言った。 いきなり話をふられたギーシュは肯定していいのか、否定してのいいのかわからず、目をパチクリさせるだけだった。 そもそも、いきなり目の前で痴話喧嘩か修羅場かという展開を見せられて困り果てていたのだ。 「わざわざゼロと、せこいドットメイジなんか使わなくても、ワルド子爵一人で十分だわ」 おいおい、こいつ何を言い出すんだ!? ルイズの発言に、ギーシュは先ほどとは別種の不安に駆られた。 まさか、このワルド子爵とやらに任務を丸投げするつもりじゃないだろうな? ワルドもそれを感じたのか、焦ったように、 「いや、僕はあくまでも護衛さ。お忍びの任務とはいえ、相手は一国の皇太子だ。やはり相応の使者でなければ無礼にあたるよ」 「そう言われれば、そうね」 ルイズはやれやれとばかりに、肩をすくめた。 「まあ戦力が増えるっていうのは、心強いわね。じゃ、出発しましょ」 そう言うと、ルイズはいきなりギーシュを首ねっこを捕まえた。 「わああ!! な、何を!?」 ギーシュは決闘での恐怖を改めて思い出したのか、顔を青くした。 「お、おい、どうしたんだいルイズ?」 ワルドも声をかけるが、ルイズは答えずにギーシュの服をひんむき始めた。 「な、何をするんだ!?」 ギーシュは当然のように抗議するが、ルイズは取り合わない。 どこからか取り出した服を無理やりギーシュに着せていった。 そして、最後にウェーブのカツラをかぶせた。 「即興だけど、けっこういけるじゃない」 『完成』したギーシュを見て、ルイズはニヤッと笑った。 そこにいたのはキザな貴族の少年ではなく、背の高い細身の少女メイジ。 声を出せばすぐにバレるだろうが、もともとヒョロヒョロで、かつ美形であったギーシュは見事な美少女へと変身していた。 「な、何の真似だい、これは……?」 「あなたはあっち」 ルイズは泣きそうな顔のギーシュをワルドのほうへ突き飛ばしながら、 「お嬢様は、護衛と一緒にいるものよ」 「お、お嬢様?」 反射的にギーシュを抱きとめたワルドは困惑の声をあげる。 「そ。ワルド子爵、そちらは今からシエスタ・ド・グラモン」 「え? なに? どういうこと?」 ギーシュはあたふたしているだけだが、ワルドはルイズの意図を察したのか、 「用心深いんだな」 と、溜め息を吐いた。 「で、私は……いえ、ボクは従者のマルトー」 ルイズは自分を指さしてみせた。 ギーシュを使者に仕立て上げ、自分は従者に扮する――これは、デルフリンガーから、 「いざとなりゃ、あの色ボケを囮にでもすりゃいい」 という言葉から着想を得たものだった。 以前ならば策とはいえ、ギーシュなどの従者に身をやつすのはかなり抵抗があっただろうが、今のルイズはまったく平気だった。 「さあ、参りましょう? お嬢様、そして子爵さま」 ルイズは言いながらさっと馬にまたがる。 ワルドはかすかに苦笑して、口笛を吹いた。 それに応えて、朝もやの中から鷲と獅子の特性を併せ持つ幻獣・グリフォンが現れた。 ワルドが女装したギーシュを乗せてグリフォンを走らせる後、ルイズは巧みに馬を駆ってそれに続く。 本来ならグリフォンの速度とタフさは、馬など比較にはならないのだが……。 ワルドはできるだけ速度を調節し、ルイズの馬がついてこれるようにしていた。 それでもやはり相当の速度で走るため、ルイズは途中の駅で三度ほど馬を替えたが。 ギーシュはちらちらと後ろを見たが、馬はともかくルイズはまるでへばった様子を見せていなかった。 容姿とは裏腹に、ワルドに負けず劣らぬタフさだった。 下手をすると、ワルドよりも上かもしれない。 「君は、ルイズとは友達かい?」 ワルドは気さくな調子で後ろのギーシュに話しかけてきた。 「ええ。まあ……」 はっきり言って、友人と言えるような関係ではない。 少し前までは『ゼロのルイズ』と馬鹿にしていたし、決闘ではもう少しで殺されるところだった。 幸いなのは、ルイズの攻撃力があまりにも強すぎたせいか、その恐怖をよく理解する前に、何が何だかわからなくなってしまったことか。 実際、ギーシュはあの決闘でのことを半分も覚えていない。 鮮明に覚えているのは、ルイズへの恐怖だけだ。 が、ワルドとルイズの関係を考慮、それに自身の見栄を含めてギーシュは無難な返事をした。 「そうかい、僕はもしかして君がルイズの恋人かと思ったよ」 「ははは……。まさか……」 ギーシュは冷や汗を流す。 確かにルイズは、見栄えはよい。ものすごい美少女といってもよろしい。 だが、あの性格や行動を見て、恋仲になりたいと思う男などいるだろうか? 前からきつい性格だったが、今はもうそんなレベルではない……。 今のルイズは、以前には傲慢さと冷酷さを醸し出している。 何かあれば踏みつけにされて豚扱いされそうだった。 ……特殊な性癖を持つ人間ならば大好物かもしれないが、生憎ギーシュにはそういった嗜好はない。 「ルイズは、学院ではどんな様子だったかな?」 そう聞かれて、またもギーシュは困った。 素直に応えるなら、魔法が使えないのでゼロのルイズと呼ばれ、馬鹿にされて友達もいませんでした、となるのだろうが……。 さすがに率直に言うのは気が咎めた。 ルイズ自身は、だからなに? で、すませそうだが、ワルドはかなり気を悪くするだろう。 そうかといって、デタラメを並べ立てるのもどうかと思う。 「ええと、あのですね……」 「相変わらずか」 ギーシュが返事に困っていると、ワルドは何かを察したように、そして懐かしむように言った。 「彼女は魔法が使えないせいで、小さい頃からできのいい姉たちと比べられていてね、よく一人で泣いていたものさ」 そう言われても、ギーシュには想像がつかなかった。 一人で泣いている? あの、世界が滅亡したって自分一人は生き残ってみせると豪語しそうなルイズが? しかし――あるいはそんなものかもしれないと、またギーシュはルイズを見た。 今の凛とした男装姿からは、やはり想像できない。 「あの、子爵と彼女はやっぱり……?」 「許婚同士さ。すっかり嫌われてしまったようだがね」 ワルドは照れたように苦笑した。 「――なぁに、旅はいい機会さ。トリステインに戻るまでに、絶対彼女の心をつかんでみせるよ」 豪快に笑うワルドの声に、ギーシュは素直にかっこいいなと思ってしまう。 同時に、男として、決して小さくはない敗北も感じたけれど。 ラ・ロシェールの入り口付近まできた時、ルイズは急に馬を止めた。 日はとっくに落ち、夜中になっている。 「どうかしたかい?」 グリフォンを止め、ワルドが振り返った。 「いいえ。別に」 ルイズは首を振り、すぐに馬を進めていった。 無論、何でもないことはなかった。 すぐ近くに、いくつもの殺気を感じるのだ。 その殺気は間違いなくルイズたちに向けられていた。 誰かが、私たちを狙ってる。でも、何者かしら? わざわざメイジを、それもグリフォンに乗っているメイジを狙う盗賊? 何と物好きな! それとも――何か別の意図があるのか? ルイズはかすかに目を細め、殺気の動きを感じ取る。 ぴりぴりと危険信号が鳴り響いた。 いきなり崖の上から明るいもの――松明が投げ込まれてきた。 しかし、それはルイズにとってはすでに予測ずみのものでしかなかった。 「敵襲だ!」 ワルドが叫んだ。 その同時にルイズは馬を飛びおり、杖を抜いて呪文を詠唱する。 松明は地面に落ちる前に爆風で吹き飛ばされた。 火の粉が舞い、ルイズたちを照らしていた明かりは霧散していった。 そこか。 ルイズは崖の上の気配に、杖を振るった。 爆発と共に、悲鳴が木霊する。 ルイズはくく、と笑みを漏らした。 意識を集中する。 まるでレーダーのように、不可視の蜘蛛の糸が周辺に張り巡らされていった。 敵がどう動いているのか、どう攻撃するのか――それらの情報が振動を介してルイズに伝わってきた。 ルイズは矢継ぎ早に魔法を放った。 一見すれば無茶苦茶にやっているだけだ。 しかし、爆発は例外なく敵に命中していく。 「――なんだ、何が起こってる!?」 ギーシュは暗さのせい状況を把握しきれず、キョロキョロしながら喚き散らすばかりだった。 はっきりいって、ものすごくうざい。 「黙れ」 ルイズは舌打ちをして、その腹に拳を叩き込んだ。 ギーシュは他愛もなく失神し、崩れ落ちた。 「ルイズ、やめろ! めくら滅法にやったって危険なだけだ!」 ワルドは強い力でルイズの肩をつかんだ。 めくら滅法だと? ふざけるな! 私は奴らに、確実に命中させているんだ。 ルイズは頭に血が昇るのを抑えながら、ワルドの手を強引に跳ねのけた。 そして、残る敵を仕留めていく。 全ての気配が動かなくなるのを感じてから、ルイズはようやく杖をおろした。 「ルイズ、君は」 ワルドが声をかけようとした途端、ルイズはいきなり上空に向けて杖を振った。 爆発が起こった。 きゅいーー!! 高い悲鳴が轟き、大きな羽根音と共に何が降下してくる。 「風竜か?」 ワルドは首をかしげ、言った。 「……ずいぶんな歓迎ね、ルイズ」 そう言って、赤い髪をした女が、風竜から飛び降りた。 同じように、青い髪の少女がふわりとその横に立つ。 驚いたことに寝間着姿で。 「何をしにきた、ツェルプストー」 ルイズは杖を構えたまま、赤毛の女に言った。 男装していることを意識し、できるだけ男のような口調でしゃべる。 「驚かないの?」 「驚いてる」 「そうは見えないけど」 キュルケはそう言うが、実際ルイズは驚いていた。 移動途中ワルドに気を取られていたせいか、風竜に乗ったキュルケたちの接近に気づかなかったのだ。 おそらく、彼女らに殺気や害意がなかったせいだろう。 ちっ。この力も、完全じゃあないってことか……。 ルイズは、『使い魔』の力にもむらがあり、決して万能でも完全でもないことを痛感した。 「何故ここにいる」 「朝方、窓からあなたたちが馬に乗って出かけるのを見たのよ。で、急いでタバサを叩き起こしてつけてきたの」 「そう」 この暇人どもめ。 「知られたからには……しょうがないか」 ルイズが目を細めると、いきなりタバサが杖を構えてキュルケの前に立った。 ルイズは杖を突き出したまま、一歩一歩キュルケとタバサに近づく。 その雰囲気を悟ってか、キュルケの顔色も変わる。 「待つんだ、ルイズ」 ワルドが制止した。 ルイズはうるさそうに、 「これは国に行き先を左右することよ。異国の人間には知られるのはまずいでしょう?」 「君の友達だろう?」 「友達?」 その言葉を聞いて、ルイズはぴたりと止まったが、 「友達? あっはっはっははっはあっはははっはは!!!」 腹を抱えて爆笑した。 「ともだち、ですって? あはははは!」 笑わせるな。 ルイズはつぶやいて笑みを止めた。 「まあ、いいわ。人手があったほうがいいかもしれない」 キュルケとタバサを見て、 「ここまでついてきた以上は、協力してもらうわよ?」 「ええ、いいわよ。面白そうだしね」 キュルケはふふんと大きな胸を突き出して笑ってみせた。 タバサは無言でうなずく。 「なら、いいわ」 ルイズ杖をしまい、失神しているギーシュのもとへ向かった。 「さあ、お嬢様、起きてくださいませ? こんなところで眠られてはお風邪をめしますわ」 乱暴に頬を張って、ギーシュを叩き起こす。 キュルケは緊張感が解けると、にこっと笑ってワルドに近づいていった。 「おひげが素敵ね。あなた、情熱はご存知?」 「協力は感謝して受けるが、君と恋の詩を語り合う気はないな」 「あらん?」 「婚約者に、嫌われたくはないのでね」 「ふうん?」 キュルケは、ワルドの視線がルイズのほうに向かっているのを見た。 ルイズのほうは、特にこちらに気づく様子……否、興味を持ってはいないようだった。 ほら、起きて? と、ギーシュをはたいている。 「もう嫌われてるようにも見えるけど?」 「それを言われると辛いな。だが、君に鞍替えする気はさらさらないぜ?」 「へええ……。さすがは、ヴァリエールの婚約者ね」 キュルケはまじまじとワルドを見る。 やはり美形だ。体つきも魔法学院の若造たちと違ってたくましく、全身から男のフェロモンが出ている。 いつもなら、真っ向からくどきにかかるだろう相手だった。 それがヴァリエール家の婚約者とくればなおさらだ。 ヴァリエールから恋人を奪うのは、ツェルプストー家の伝統である。 しかし、肝心のルイズはワルドに対してひと欠けらの価値も感じていないようだった。 キュルケはわずかなやり取りから、それを敏感に察知していた。 ルイズにやる気がないのでは、張り合いがない。 「あれ? ……あら?」 キュルケはルイズと、ルイズが引っ張り起こしている『少女』を見て頭上に?マークを浮かべた。 あの子、どこかで見たような……。 つかつかと近づいてその顔を確認した途端、キュルケは噴き出した。 「ちょ、ギーシュ!? いつから、そんな趣味になったの?!」 「へ…? え? キュルケ? なんで、ここに? いや、これにはわけが……というか、ルイズが……」 「ノン」 ギーシュの喉もとに、ルイズの杖が突きつけられた。 ひっく、としゃっくりのような声をあげて絶句するギーシュ。 「お嬢様、あなたはギーシュなんて名前じゃない。シエスタ。シエスタ・ド・グラモンですよ?」 「ルイ……」 「ノン」 ギーシュが声を出そうとすると、ルイズは首を振った。 「ボクはマルトー」 そして、ルイズはニッと笑いながら、キュルケとタバサを見た。 「君たちの役名は、どんなのがいいかな?」 ルイズは、少年そのものの口調でそう言った。 「……ノリノリね?」 キュルケは言った。 「似合ってる」 タバサがそうつぶやいた。 「……どっちのこと」 「両方」 「そうね……」 前ページ次ページGIFT
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前ページGIFT ニューカッスルの城が崩れ落ち、飢えた傭兵が焼け残った宝をあさっている頃。 ルイズはサウスゴータの森の中を歩いていた 少し前までは、森の木々をスイングして移動していたのだ。 戦乱渦巻く中を走り抜けるのは、思ったよりも案外に簡単だった。 戦地や敵のいる場所をよけて移動すれば良いだけのことだからだ。 危険を察知する能力を使い魔と共有するルイズは、レコン・キスタの目をかいくぐり、陰から陰へと風のように移動した。 一日程度で、これほど早く移動できるのか。 ルイズは、その力と速さに陶酔した。 もっと早く、もっと高く!! 気がついた時は、ニューカッスルをずっと離れた、森の中にいたのである。 デルフリンガーを抜くことなどほとんどなかったので、大して血を見ることもなかった。 それでも中には、不幸にも彼女を見つけてしまい、そのたった一つきりの人生に終焉を打つことになった者もいたが。 さあて、これからどうしたものかしら。 歩きながら、ルイズは考える。 一人だけなら逃げ回る必要はないが、今は生憎と連れがいる。 別に死んで困るわけではないが、彼を放り出して逃げたのでは、あまり意味がなかった。 今までの行動が無駄になってしまうのは、癪だ。 考えているうちに、見えない黒い糸に何かが引っかかった。 面白い。 何かがありそうな気がする。 そんな予感に動かされて、ルイズはブラック・ウェブを樹木へと飛ばした。 間もなく、ルイズは人の話し声を聞きつけた。 聞くまでもなく、彼女のスパイダー・センスは誰かの存在をキャッチしていたのだが。 高い木の上から、ルイズはそれを聞いた。 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。 神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。 神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。 そして最後にもう一人……。 記すことさえはばかれる……。 四人の僕を従えて、我はこの地にやってきた……。 それは、歌だ。 何人もの子供が、そろって歌を歌っている。 ちっぽけな村だった。 いや、村というよりも集落だし、その雰囲気はまるで、 「……孤児院かしらね?」 見たことはないけど、とルイズはつぶやいた。 「そんな感じだなぁ、しかしこんな森の中にガキばかりとはね」 背中でデルフリンガーが不思議そうな声で言った。 人間であれば、きっと首をかしげてみせていることだろう。 「うう……っ」 抱えていた革袋から、苦しそうな声が漏れたのはその時だった。 「ああ、そろそろ休ませてあげないと可哀想かな?」 ルイズはくすくすと笑い、ウェブを伝って村の入り口あたりへと着地した。 村へ入っていくと、子供たちは目ざとくルイズを見つける。 「ねえ、君たち?」 できるだけ穏やかに、ルイズは子供たちに話しかけた。 しかしルイズの姿を見た子供たちは、明らかに警戒の色を浮かべている。 「だれ?」 「へいたい?」 「まっくろ……」 まあ、無理もないか。こうして姿を見せたのは、軽はずみだったかな? ルイズがちょっと反省しながら頭を掻いていると、 「みんな、どうかしたの?」 若い女の声がした。 とそこに目を向けると、声の通り、若い娘が立っていた。 子供らと同じく、警戒した顔つきでルイズを見ている。 長い、さらさらとした黄金の髪の毛。透き通るような肌。気品にあふれた美貌。 その美しさに、ルイズはどことなく、ウェールズを連想した。 だが、それ以上に注目すべき特徴を少女は有していた。 それも、二つ。 一つは人間と形状の異なる、長い耳。 一つはその細身の体には似つかわしくない、二つの双丘。 下品極まりない表現を許すのなら、爆乳である。 「…………」 ルイズは一瞬ぽかんとその少女に魅入っていたが、すっと背中のデルフリンガーに手をやった。 短い悲鳴が子供たちの間から上がった。 しかし、ルイズのとった行動は、彼らの予測していたものではなかった。 ガシャン、とデルフリンガーは地面に放り出される。 ついでに、ワルドを刺殺したナイフも、杖も、みんな放り捨てた。 それからニューカッスルからずっとかついできた、袋も。 金髪の少女は、ルイズの行動を驚いた様子で見ている。 予想外の行動に、混乱しているのか。 ルイズはその少女を見ながら、両手を挙げてみせる。 何もしない、降参だ。 無言でそう言っているのである。 それでも少女が何も言わないので、 「この通り抵抗も何もしないんで……助けてくれるとありがたいんだけど?」 そう言ってやると、少女はようやく、こくんとうなずいた。 その仕草を可愛らしい。 ある意味暴力的ともいえるそのバストも合わさって、男ならむしゃぶりつきたくなるだろう。 その考えに及んで、ある閃きがルイズの中から飛び出した。 ふむ。これは、いいかもしれないな。 何かに使えるかもしれないと思って持ち出した冠やドレス、早速役に立つかもしれないわ。 「あなた、兵隊……なの?」 恐る恐る尋ねる少女に、ルイズは黙って首を振った。 危険はないと判断したのか、子供らはルイズの捨てたナイフやデルフリンガーにわらわらと寄ってくる。 しかし、もっとも興味を示したのは大きな革の袋だ。 最初はそろそろと、しかしルイズが何も言わないので、勝手に袋を開けようとする者もいた。 ルイズが何も言わないので、そのまま開けてしまう。 「あ、こら、ジム! やめなさいっ!」 あわてて少女が叱責を飛ばすが、新たな悲鳴にそれはかき消される。 袋の中身は、人間だったからだ。 そのあわてぶりから、死体だと思ったのかもしれない。 「ああ、そうだった。こいつの面倒もできればお願いしたいんだけど」 ルイズは、死体じゃないよ? 死体になりたがってるけど、と顔を青くする少女に笑いかけた。 「……こ、ここじゃ何だから、こっちに運んで」 案外慣れているのだろうか、少女は驚いたもののあまりあわてる様子も見せずに、ルイズに言った。 「特に怪我してるってわけじゃないから、大層なことはしなくていいと思うけど」 言われるまま、ルイズはウェールズを担ぎ上げて、少女に従った。 「おいおい! 相棒、俺を放り捨てていくのかよーーー!?」 デルフリンガーが非難の声をあげた。 「うわ、なんだ!! これ!!」 「剣がしゃべったーーー!!」 途端に子供たちが騒ぎ始める。 「すぐに戻る」 ルイズはちょっとだけデルフリンガーを振り返ってから、また歩き出す。 「あ、あの、あれって?」 少女が尋ねてきた。 「インテリジェンス・ソード。しゃべるだけで、特に害はないから」 「そ、そうなんだ…………」 「で、どこに運べばいいの?」 「あ、こっち……」 言われるまま、ルイズは少女の後ろに続く。 粗末な家の中の、粗末なベッドへとウェールズを寝かせると、 「ありがとう。助かった」 ルイズは、少女に礼を述べた。 「う、ううん……」 「こいつは、ほっとけばそのうちに気がつくから大丈夫」 ウェールズを見下ろしながら、ルイズは薄く笑った。 「あの、あなたは私が怖くないの?」 少女は、ルイズにそう言ってくる。 「どうしてそんなこと聞くわけ?」 「だって、私……」 少女がうつむいて、その長い耳をピョコピョコさせた。 「エルフだから……」 「恐ろしい先住の魔法が使える。人間を敵だと思っている。人間の子供を食べる。邪教徒」 ルイズはハルケギニアにおける、『一般的』なエルフのイメージを、思いつくままに言ってみせる。 「で、どれか一つでも該当するの?」 そう尋ねると、少女はぷるぷると首を振った。 胸は牛みたいだが、その仕草は子犬みたいだった。 「先住の……精霊の魔法は、使えないの……」 「ふーん。なら、いいんじゃない?」 実際、このエルフを見た時ルイズはかなり驚いたのだ。 ハルケギニアの人間にとって、エルフは悪魔と同義語でさえある。 特に乱れることなく平静を保てたのは、少女から何の敵意も悪意も感じられなかったためだ。 メイジが魔法を使おうとする感覚。 兵士が武器を構えようとする感覚。 そういったものが、なんら伝わってこなかった。 ブラック・コスチュームも警戒信号を送らない。 だから、武器を捨てるという思い切った行動に出たのだ。 もっとも武器を捨てたからといってそう困るわけでもなかったが。 ルイズにとって最大の武器とは、心身一体となっている使い魔なのだから。 「あの、あなたたちはどうして、ここに?」 「ニューカッスルから逃げてきた、いわば、敗残兵かな?」 ルイズは、私は違うけどね、と心の中で付け加える。 「そう」 少女は何かあるのか、かすかにうなずいただけだった。 「…………」 「…………」 しばらくお互いに無言だった。 「あの、私はティファニアって言うの。あなたは?」 「ルイ――」 少女の邪気のない雰囲気のせいだろうか、ルイズは思わず本名を出しかけてしまう。 「ルイ――?」 「ただの、ルイ。で、こっちは……」 ルイズは誤魔化すように、いまだ目覚めないウェールズに視線をやる。 「レイナール・マリコルヌ・ド・グランドプレ。気軽にレイと呼んであげていいから」 本人が気絶しているのをいいことに、勝手なことを言っていた。 「そうなんだ」 少し、ティファニアは笑った。 「あの、お腹すいてない?」 そう尋ねられて、ルイズは自分の体調をかんがみる。 言われて見れば、ニューカッスルからここまで、ほとんど飲まず食わずで移動してきた。 「すいてる……」 素直にそう返事をすると、ティファニアはまた笑った。 花の妖精みたいだな、そうルイズは素直に感心した。 その頃、 「おーい、相棒!! いつまでほっとくんだよーー!!」 わずかな時間で、完全に子供たちのオモチャと化していたデルフリンガーは悲鳴を上げていた。 かすかに食欲をそそる香気を受けて、ウェールズ・デューダーは目を覚ます。 目を開いた時、自分はまだ夢の中にいるのではないかと考えた。 何故なら、いくつもの小さな目が自分を見下ろしていたから。 見も知らぬ大勢の子供たちが、興味津々といった顔で自分を見ている。 まるで、小人か妖精の群れだな、とウェールズは思った。 この現状は一体何だろう? そうだ、戦況は一体どうなった!? ここはニューカッスルの城、ではなそうだが……。 いくつもの思考が入り乱れる中、 「テファお姉ちゃん、この人目を覚ましたよーー!!」 一人の女の子が、外へと走っていく。 他の子供は物珍しそうに、ウェールズを見つめている。 何だかくすぐったいような、おかしな気分だった。 「本当?」 鈴を転がすような綺麗な声がして、声に似つかわしい可憐な少女が顔を見せた。 仕草も、細い体も、神話の妖精みたいだ。 まったく可憐そのものといってもいい。 ただし、その胸は可憐という言葉からは程遠かったが……。 ウェールズは一瞬戦争のことも、アンリエッタのことも、国のことも忘れて、その胸、ではなく、少女に見入っていた。 少女はウェールズの視線を受けると、恥ずかしそうに顔を伏せた。 その仕草も、たまらぬものがあった。 しかし、この少女は何か変だ。 胸がではなくって、どこかが普通とは違っている。 普通うんぬんでいうのなら、その美の女神の神秘が働いているような美貌そのものが普通ではないのだが。 耳だ。 ウェールズは気づいてしまう。 その少女の耳が、ハルケギニアに住む民なら、誰でもわかる、ある種族の特徴と一致することに。 「エルフ……?」 思わず、ウェールズが言う。 それを聞いてしまったのだろう、少女はあわてたように両手で耳を隠した。 「レイが気づいたって本当?」 と、聞いたことのある声が、聞こえた。 誰の声であったのかと考えてうち、その相手はエルフの後ろから顔を見せた。 ピンクがかった金髪をした、目も醒めるような『美少年』だった。 「お前は……!」 その顔を見た時、ウェールズは叫ぼうとした。 しかし、その口に何かがぐいと押し込まれた。 噛んでみると、美味い。 つい、そのまま数度咀嚼して、飲み込んでしまった。 押し込まれたのは、ちぎったパンの一部であったのだ。 「少し落ち着けよ、レイ、レイナール・マリコルヌ・ド・グランドプレ」 ゆっくりと言いながら、ピンクブロンドはそっとウェールズに耳元を囁いた。 「……ここで、我こそはウェールズ・デューダーとでも名乗るおつもり? 余計な騒ぎを起こすだけだと思うけど」 「……ぐ!」 ウェールズは殴りかかりたい衝動を抑えて、 「ここは、どこだ……?」 「サウスゴータの森の中、だそうです。もっとも、アルビオンの地理はあんたのほうが詳しいでしょう? こっちは、よそ者ですからね」 と、ルイズ・フランソワーズは笑った。 「さ、サウスゴータ?」 予想もしない地名に、ウェールズは空いた口がふさがらなかった。 「……そうだ、ニューカッスルは!? 王党軍は!?」 ウェールズは目を血走らせ、ルイズに怒鳴る。 「今頃はみんな瓦礫の下じゃない? 避難民はうまく逃げたかもしれないけど」 どうでもいいことのようにルイズは語る。 「どっちにしても、戦争は終わりでしょ? 王党派の全滅でね」 「そんな……! じゃあ、じゃあ…………」 ウェールズはうめき声をあげた。 その悲痛な声に、エルフの少女はそっと自分の胸を押さえる。 「私は、一体何で…………!!」 そんなウェールズの嘲笑うように、ルイズは手にしたパンをもしゃもしゃと食べている。 「何故私を殺さなかった?」 うつむいたまま、ウェールズはルイズに言った。 「どうしてそんなことをしなくちゃいけないんです? 別にあんたの敵じゃないのに」 あんたの可愛い従妹は嫌いになったけどね、とルイズはすまし顔だ。 「ふざけるな!!!」 今にもつかみかからんとする勢いで、ウェールズは体にかかっていた毛布を跳ね除けた。 その激昂ぶりに、子供たちは驚いて部屋から逃げ出してしまう。 「私は、死ななくてはいけなかった!! 戦って、散らなくてはいけなかったんだ!! そうしなければ、ならなかったんだ!!」 「ははっ、またそれ? この死にたがり」 ルイズは唇を蠢かし、叫ぶウェールズを嘲った。 「だったらレコン・キスタにでも投降なさいます? そしたら綺麗に首をはねてくれるかもですね」 「そんなことが……できるものか!!」 「だったらどうするなさるの? これから敵の本陣にでも突っ込む? そうしたら、派手に死ねるかも。派手なだけで無意味だけど」 「もういい……」 ウェールズは顔を背け、ベッドから降りた。 「例え遅れても、一人でも、私は戦う。戦って」 「死ぬの?」 「ああ、そうだ」 ルイズが冷笑し、ウェールズが応える。 「待って!!」 ウェールズの前を、まるで死に向かう騎士を呼び止める女神のように、黄金の影が遮った。 ティファニアだった。 「何があったのか、私にはわからない。でも、死ぬなんて……。そんなことはやめてッ!!」 悲壮な声で叫ぶ麗しき乙女を前にして、ウェールズはさすがに動揺の色を隠せなかった。 だが、すぐに首を振り、仮面じみた笑顔でティファニアの横を通る。 「別に、自殺をするわけじゃないさ。ただ、最後の意地と責任を果たすだけだ。内憂を払えなかった、無能な者として」 「結果的には、同じじゃない!?」 「そう見えるかもしれない。だけど、私はいかねばならないんだ。君が誰かは知らないが、これは…………」 「馬鹿!!!」 いきなり、ティファニアは可憐な容姿に似合わない大声をあげた。 それだけではない、ウェールズの頬を平手打ちしたのだ。 ひゅー♪と、ルイズの唇から歓声があがる。 「どうして、どうして命を大切にしないの? 一度失くしてしまったら、もう戻らないのよ? 大事な人とも、二度と会えなくなるのよ?」 「…………私は」 叩かれた頬を押さえもせず、ウェールズはその場に立ったままだ。 ティファニアの一喝と一撃で、興奮がすっかり吹き飛んでしまったらしい。 何だか、母親に叱られている男の子のように見える。 こうしてみると、二人はどこか似ていなくもない。 髪の色が同じせいなのか。 「死ぬのはいつでもできるんじゃあないの」 ルイズはパンを全て食べてしまうと、ぽんと気安くウェールズの肩を叩く。 「その前に、あんたを介抱してくれた、このお優しいかたに恩を返してからでも、遅くはないと思うけれど」 「…………」 ウェールズはうつむき、黙り込んでいる。 おそらく、迷っているのだろう。 あるいは現状をうまく整理できないで、軽く錯乱しているのかもしれない。 いずれにしても、まず自殺の心配がなくなれば、ルイズとしては御の字だった。 うまくすれば、この森の妖精が、王子の頭に住みついた死神を追い払ってくれるかもしれない。 慎ましやかな夕食が、にぎやかな声の下で行われる。 子供は天使だ、なんて言ったのはどこの馬鹿だろうか、とルイズは思う。 こうして小さな子供と接した経験などなかったけれど、実体験を経て言えることは一つ。 ガキってのはまるで怪獣だ。 このちっぽけで華奢な体のどこに、こんなエネルギーが詰まっているんだ? 初めは警戒していたが、今はみんなウェールズの周辺をうろついている。 特に、エマとかいう女の子は熱心な視線で金髪の美青年を見つめていた。 小さくっても、女は女か。 ルイズはそれを横から観察する。 雰囲気を怖がってか、子供たちはあまりルイズには近寄らない。 代わりに、剣のデルフリンガーが人気者のようだが、本人は大いに迷惑している。 こいつは戦うための武器であり、子供の玩具ではないのだから無理もないが。 一段落してから、ルイズはそっと席を立った。 外に出てみると、夜空がやけに綺麗だ。 学院を出てから、アルビオンに渡り、今はこうして森の中。 考えてみればずいぶんと遠くに来たものだ。 「ここの晩御飯は、いつもあんなににぎやかなわけ?」 星を見上げたまま、ルイズは言った。 後ろからティファニアが近づくのを感知していたからだ。 「え、ええ……」 ティファニアは驚いたが、すぐに笑顔を浮かべる。 「今日は特別。みんなお客さんが珍しいみたい」 「ふーん」 気のない返事をして、ルイズは星を見続ける。 「あの……」 「なにか?」 「いえ、ごめんなさい。私、同じくらい年の子と話したことって、ないから」 「へー、友達いなかったんだ」 「う、うん」 「別に。こっちだって、似たようなものだから」 ルイズは学院を思い出してそう言った。 そうだ。ゼロのルイズである自分には、仲良く接することの出来る相手なんかいなかった。 今思い返してみれば、理由の半分は自分の態度にあったのだとも思える。 だからといって、どうということもない。 特に友人など、欲しくはないからだ。 まして、あの学院の連中など、こちらからごめんこうむりたい。 「あの……何も聞かないの?」 もじもじと、ティファニアが言う。 「なにを?」 「その、私のこととか……」 「なんで?」 「なんでって……私は、エルフだし……」 「エルフだろうが、悪魔だろうが、敵対する気がないなら別にどうってことない」 ルイズは淡々とそう応えた。 「そ、そうなんだ」 ほっと、ティファニアが笑みを浮かべるが、 「こっちに何かするつもりなら、とっくの昔に殺してる」 冷たい声に、息を飲んだ。 「それが一番安全だし? 根が臆病だから」 ルイズの声に、ティファニアは緊張したまま目を泳がせた。 「あなたは、人を殺したの……?」 「あなたは今まで食べたパンの数を覚えてるの?」 脅えるティファニアに、ルイズはさめた声で答えた。 それから、ルイズはようやくティファニアを振り向いた。 「あの死にたがり――レイナールを見張ってくれない?」 「え、どうして……」 「ほっとくと、また死にたがって、敵陣に突っ込むかもしれないから」 「え、ええ。いいけど」 ティファニアはうなずきながら、ルイズを見る。 不思議な子だな、とエルフの少女は思う。 すごく怖いのに、あまり怖くない。 なんだかすごく矛盾した印象を受けるのはどうしてだろう。 あの、レイという人にも、何だか不思議な印象を受けたのだけれど……。 「……あの、ルイ……は、アルビオンの人じゃないよね?」 「そうだけど?」 「やっぱり――訛りがあったから」 「生まれは、トリステイン。ちっぽけな、吹けば飛ぶような小国」 「そう……。ええと、アルビオンにはどうして?」 「仕事」 嘘ではない。一応、アンリエッタからの密命を受けてやってきたのだから。 「あんた――」 ジロリとルイズはティファニアを睨んだ。 「え、な、なにかしら?」 ドギマギとする妖精へ、ルイズはこんな言葉を投げた。 「そんなに会話に飢えてるの? 妙にしゃべりかけてくるけれど」 「あ、う……その、ごめんなさい、何だか年齢の近い子と話すのって新鮮というか、だから……」 見ていて気の毒なほどにオロオロするティファニアに、ルイズは溜め息を吐き出した。 「いや、ごめん……。勝手に押しかけて、その上食事までもらったのに、こういうのは失礼すぎる」 「あ、そんなこと……」 「ある――よ」 かすかに、ルイズは笑う。 つられるように、ティファニアも笑った。 「ところで、同じ話をするのなら、二人より三人のほうが良くないかなあ?」 「さんにん?」 「そうは思わない? レイ、レイナール・マリコルヌ・ド・グランドプレ」 ルイズはニヤリと笑い、ティファニアの後ろに立つ金髪の美青年に声をかけた。 「……」 ウェールズは、ちょっと複雑な顔でルイズとティファニアを見ている。 「邪魔をしたかな?」 「とんでもない、大歓迎。こちらの美しい妖精も、あんたに聞きたいことが色々あるだろうしね」 と、ルイズは恭しく礼をしてみせた。 ルイズの態度にかすかに嫌悪感を見せながらも、ウェールズはティファニアと向き合う。 「その、色々お世話になって申し訳ない。何かお礼をしたいところなんだけど、家も財産も失ってね。何もないんだ」 「気にすることないわ。でも……自分から命を絶つようなことは、しないで」 少しきつい声でティファニアは言う。 「……努力は、するよ」 亡国の皇太子は、決まり悪げに顔をそむけた。 「お願いだから」 「あ、ああ」 〝お願い〟されて、ついウェールズはうなずいてしまう。 横で見ている分には大変に面白い。 「あー、説明したと思うけど、私は……王党軍の残党なんだ。だから、ここにいると、君や子供たちにも迷惑がかかるから……」 「やっぱり、王軍は負けたのね」 「ああ、そうらしい」 ティファニアの言葉に、ウェールズは寂しげにうなずいた。 まるで自分自身を納得させているかのようだった。 「――ところで、その君はどうしてこんな森に? この村も子供ばかりのようだけど……」 ウェールズは気持ちを切り替えるかのように、話題を変えた。 「ここは孤児院なの。親を亡くした子供を引き取って、みんなで暮らしてるのよ」 「あんた一人で?」 そう尋ねたのは、ルイズだった。 「私が一番年上だから面倒はみてるけど、お金は知り合いに送金してもらってるの」 なるほど、それで賄っているのか。 ルイズはうなずく。 「しかし、その……こう言ってはなんだが、エルフの君がどうしてこんな……危険じゃないのか?」 ウェールズは言った。 ハルケギニアというより、ブリミル教徒にとって、エルフは不倶戴天の敵だ。 それが始祖の伝統を継ぐ古い国の中にいるとは――見つかればただではすまないはずだ。 この質問に、ティファニアは悲しげな瞳をしただけだった。 「あ……。すまない」 少女の態度に何かを感じ取り、ウェールズは謝罪をする。 「ううん、いいの」 ティファニアは、気にしなくていいから、と微笑みかけた。 そんな二人を見ながら、『ピンクブロンドの美少年』はそっと、音もなくその場から離れた。 夜はさらに更けていくが、空は明るい。 おそらく何十万何百万年も前からそうであったように、双子の月はいつもと変わらずに輝き続けている。 ルイズは何をするわけでもなく、月を見たり、森から聞こえる夜鳥の声に耳を傾けたりしていたが―― このちっぽけな集落にも井戸があることを知ると、衣服を脱ぎ、水浴びをすることに決めた。 思い返せば、ここにたどり着く前にずっと走り回り、血肉の匂いを嗅ぎ続けてきたのだ。 黒い服を脱ぎ、もはや肉体の一部といってもいいブラック・コスチュームも脱いだ。 最後にルーンが刻まれた左の手袋をとって、井戸から水をくみ上げた。 夜気が裸身にこたえることはなかった。 耳をすますと、驚くほどに遠くの音も聞こえる。 ばさばさと、どこかで小さな羽音がするのもしっかりと、だ。 ブラック・コスチュームがルイズに与えた影響は、本人が考える以上に大きなものだった。 コスチュームから離れれば、ルイズはただのゼロに過ぎないのか。 彼女が、まったく魔法の使えず、コスチュームとコントラクト・サーヴァントを交わしていなければ―― それは間違いではなかったかもしれない。 けれども、両者の間には別ち難い契約があり、不可侵の糸で繋がれている。 その契約は二つ全く異なる生命の間に、未知の要素を多大に与え合っていた。 生きたコスチュームは、かつての宿主の持っていなかった、この世界のメイジが精神力と呼称している力を吸収していた。 偶然であったが、コスチュームが宿主に与える影響は、その力をより増大化して、溜め込むものだ。 ルイズの中にはコスチュームの与えた黒い蜘蛛の力が、ゆっくりとだが、着実にしみこんでいた。 人間の体は毒素を廃するようにできているため、わずかな毒を受けただけでは、重大な影響を受けない。 けれど、ルイズはもはや日常的にコスチュームとあり続け、意識することなく食料を与え、同時にその毒を体に受け続けている。 将来的にそれがどういった結果をもたらすのかは、まだわからない。 今はまだ、〝多少〟身体機能が向上しただけに過ぎないが。 冷水を頭から浴びながら、ルイズはこれからのことを考えてみる。 あのエルフ娘に預けておけば、ウェールズは死なないような気がする。 人間は誰だって死にたくはないものだ。死にたい死にたいと考えるようになるのは、ある種の『病気』である。 死への誘惑は、生への渇望がそれに勝ればいいだけの話だ。 そのためには、どうすればいい? 命をつなぐ行為には快楽が伴うものだ、と言っていたのは古代の偉人だったろうか。 ウェールズがあのエルフ娘と引っ付いてくれば、これは面白いことになる。 あの能天気な姫君がその事実を知ったらどんな顔をするのか、想像するだけでわくわくした。 それを考えると、水の冷たさも気にならなくなってきた。 楽しい空想にふけっているルイズは、コスチュームから離れているため、あらゆるものを感じ取る、糸がないことを忘れていた。 小さな物音を聞き取るまで、ずっと自分を見ている眼に気づかないでいたのだ。 「誰!?」 ルイズは足元の小石を拾い上げ、気配へ向かって投げた。 「きゃっ!!」 可愛らしい悲鳴が上がる。 それが誰だか理解したルイズは、なぁんだと肩をすくめて、水に濡れた髪をかきあげた。 少し離れた陰で、ぺたんと豊か過ぎる胸をしたエルフの娘がへたりこんでいる。 「ご、ごめんなさい!! のぞく気なんてなかったの!! 何か水の音がしたから…………」 あわあわと両手を振っているティファニアを、ルイズは面白い生き物でも見るように見つめる。 すっくと立ち上がり、水滴のしたたり落ちる痩身を隠す様子もなく。 月明かりのせいで、その姿はよくティファニアはよく見えていた。 「え? え? え? え? あ、あれ?」 ルイズの裸身をチラリチラリと見ていたティファニアは、唖然として口を大きく開いた。 「お……んなの、こ?」 「男だと言った覚えはないんだけど」 ティファニアに向かって、ルイズは素のままの口調でそう言った。 前ページGIFT
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