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作詞:たぐい 作曲:らいおお 編曲:らいおお 歌:初音ミク 翻譯:MIU 桃色香草(戀愛香草) 有點點害羞 桃色香草 心跳不止 指尖顫動 在你的視線中 甜蜜融化開來 就綻放出 戀愛的flavor(滋味) 收下香草味的我吧 軟綿綿的桃色只獻給你 裝出偶然相遇的樣子 實際是騙人的啦 差不多也該注意到了吧? 但是還不能就這樣暴露了… 真是遲鈍呢 雖然明白啦 別擺出那樣 天真的表情 真是狡猾啊 喜歡你到窩心呢 所以才害羞 桃色香草 心跳不止 指尖顫動 在你的視線下 甜蜜融化開來 就綻放出 戀愛的flavor(滋味) 收下香草味的我吧 軟綿綿的桃色只獻給你 一直在追趕著什麼的 一定不是真的啦 明明很擅長做夢 現實卻那麼沮喪呢 這方法那方法 全部運用起來 還有10cm 間壁真厚 雖然想說 但是說不出呢 快點感覺到 變得怪怪的 桃色香草 慌慌張張 在唇上留下吻吧 你的側臉 激動的胸中 蕩漾出了 戀愛的flavor(滋味) 黏黏滑滑地融開 就滲了一片 將這桃色的感受 傳達出去吧 酸甜的悸動 令人害怕般 綻放 躍出 滿溢 零落 好甜好甜呢 快點吃掉吧 苦惱般的桃色香草 壓抑的感情 慢慢溢了出來 想和你說笑 一直陪伴身邊呢 那樣就夠了 但是好害羞 桃色香草 心跳不止 指尖顫動 在你的視線下 甜蜜融化開來 就綻放出 戀愛的flavor(滋味) 還在慢慢溶化著呢 桃色香草味 why don t you take me kiss me? 毫不殘餘地全部都獻出給你 收下香草味的我吧 將為你獻上軟綿綿的桃色
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130 :ぽけもん 黒 18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20 21 50 ID IaP3RpEy 「で、話って何?」 香草さんが、淡々と切り出した。 雰囲気からして、婉曲を使える場面ではないと判断した僕は、ずばり核心から告げる。 「契約解除を……取りやめてほしい」 香草さんの目をじっと見つめる。 「いいわよ」 「そこをなんとか……って、え?」 「だから、いいわよ」 なんというか、お約束みたいになってしまった。 まさかこんなすんなり話が運ぶとは思わなかった。しかしあっさりしすぎている気もする。 そうか、もしかしてこれは「(アンタとの旅はもう)いいわよ」という意味のいいわよかも知れない! 一応確認してみよう。 「そ、それは契約解除を無かったことにっていう意味でのいいわよでいいんだよね?」 「そうよ、しつこいわね」 どうやら間違いないようだ。 「よかった! ありがとう香草さん!」 「ただし、条件があるわ」 「条件? 条件って?」 条件か。どうも嫌な予感が…… 「簡単なことよ。あの鳥と契約を解除しなさい」 「契約解除って……え?」 な……香草さんは一体何を言っているんだ? 「何? 一度聞いただけじゃ理解できないの? あの鳥と、契約を解除しなさいって言っているのよ」 僕は彼女が言っていることが信じられず、無駄な確認を行う。 「あの鳥って……ポポのことだよね?」 それに対する彼女の返答は、澱みのないものだった。 「そうよ。それと、今後新しいパートナーを迎えることも禁止よ」 「それって……やどりさんも?」 「当然じゃない!」 「そんな! 一体どうして?」 僕の質問に、香草さんは目を伏せる。 「どうしてって……そんなの……ただ私が気に入らないからよ」 「そ、そんな理由で……」 「それ以上、理由が必要かしら」 信じられなかった。たったそれだけの理由で、ここまでの横暴を行おうとするなんて。 「確かに仲はよくなかったかもしれないけど、でも、一緒に旅をしてきた仲間じゃないか!」 彼女の眉がピクリと持ち上がった。 「仲間? 笑わせないでよ。勝手についてきただけでしょ」 そう言われたら、僕も口調が荒くなる。 「香草さん、ポポに契約を申し込んだのは僕だ。勝手についてきたわけじゃない。それに、勝手に契約を持ちかけたのに、勝手に契約を解除するなんて、滅茶苦茶だ」 「申し込んだって、そもそもあなたを襲おうとしたのよ? どうしてそんなのとパートナーになれるのか、あなたの神経を疑うわ」 「それは……ポポだって自分で選んでそういう生き方をしていたわけじゃない。それしか選択肢が無かっただけだよ」 自分でも、自分の言葉に自信がもてなかった。 ずっと、僕はポポのことを無垢な子供だと決め付けていた。 でも、それは、ただ僕がそう思い込みたかっただけなのかもしれないのだから。 131 :ぽけもん 黒 18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20 22 15 ID IaP3RpEy 僕の弁明に、香草さんは呆れたように溜息を一つ漏らすと、僕を睨んで言った。 「何それ。性善説?」 何もいえない僕を尻目に、彼女は続ける。 「いい? お人よしのあなたには分からないみたいだから私が言ってあげるわ」 「香草さん……」 「……アレは、悪よ」 「香草さん!」 僕は耐え切れずに、部屋の中央のテーブルを叩いた。 「ご……ごめん」 すぐに我を取り戻した僕は、先ほどの振る舞いを恥ずかしく思って彼女に謝った。 ちょっと厳しい言葉を使われたからって、すぐに激昂しては、それが図星だったみたいじゃないか。 僕を射抜く彼女の冷たい目は、僕の浅い考えを見透かすようだった。 「いいわよ、あなたが私を選んでくれるなら。すべて水に流してあげる」 僕の背筋に悪寒が走った。彼女の口調は静かな、淡々としたもので、決して恐怖を覚えるようなものではないはずなのに。 「私を……選ぶ?」 「あなた、一体何を聞いていたの? 私が言ったのは、つまりそういうことよ」 そういうこと。 香草さんの提案した条件。 契約解除はしない。ただしポポと契約を解除し、今後新たに契約はしない。 つまり裏を返せば、そうしなければ契約を解除する、ということなのだろう、彼女の言葉からして。 頭に、一つの言葉が浮かぶ。 「……脅迫?」 「そう思う?」 彼女は相変わらず、こちらを測るような目をしている。 「ごめん、忘れて」 愚問だった。彼女の態度が正しいとは言わないけど、彼女にはそれを言うだけの正当な権利がある。パートナーなのだから。 パートナーが一方的な主張を行った場合、それを守る義務はない。しかし…… 僕は何を被害者面しているのだろうか。最悪だ。 パーティーでの致命的な不和。これは契約を解除する理由としては十分だというのに。 僕はそれに対して、気配りが足りなかったんだろうか。それとも、この不和の原因は僕の過失によるものなのだろうか。 自らを責めても、現状の解決には繋がらない。 「そう。それで、答えは?」 立場がまるで逆になっている。 僕が彼女にお願いをする、つまり彼女に選択を求めるはずが、僕が選択を迫られている。 「どうしたの? まさか迷っているの? 迷うことなんて無いじゃない。そうでしょ?」 彼女の口調にわずかな変化が見られた。相変わらず淡々としたものだが、先ほどまでとは少し調子が変わっている。 「最初に契約したのは私でしょ? 最初は、あなたと私の二人だけだったじゃない。元に戻るだけよ」 132 :ぽけもん 黒 18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20 22 50 ID IaP3RpEy 元に戻る。その言葉を聞いて、調子を崩していく香草さんと対照的に、僕は少し調子を取り戻した。 「香草さん、時間は流れていくものなんだ。元に戻るなんてことは、無いんだよ」 苦い過去の記憶を思い出す。どんなに悲しんでも悔やんでも、もう元には戻れない。 前に進むというより、進まされている。それはどうすることもできない。 僕の言葉は、単にそういうものであって、それ以上の意味はなかったんだけど、確かに、誤解を招きそうなものだったと思う。 でも、それを考慮したとしても、彼女のリアクションは異常だった。 「ど、どういうことよ! まさか、私じゃなくてあいつらを選ぶつもりなの!? なんで! どうしてよ!」 先ほどまでの冷静さが嘘のようだ。 彼女は突然泣き出さんばかりの勢いで叫び始めた。 「か、香草さん!?」 「私があいつらより劣っているところなんて何一つ無いじゃない! おかしいわよ!」 「落ち着いて!」 「何で!? やっぱり私一人じゃ不安なの!? 私の強さ、まだ信じてないの!?」 確かに強さは大事だけど、今の論点は強いとか弱いとか、そういうことじゃないはずだ。 訳が分からない。一体何がここまで彼女の不興を買ったのだろうか。 苛立ちが強く滲む声で彼女は言った。 「……だったらいいわよ、分からせてあげる。隠れてないで出てきなさい」 香草さんはそう言ってドアのほうを見た。 え、何? 忍者? 僕は人の気配をさっぱり感じなかったのだが、ドアの向こうにはポポとやどりさんがいた。 「え、もしかして話聞いてたの? というか香草さん気づいてたならどうして何も言わなかったのさ」 「あえて聞かせて、身の程を弁えさせてやろうと思ったのよ。それなのにあなたときたら優柔不断で……」 あれ? 今僕責められるべきシーンじゃなくない? 「ポポも盗み聞きなんて! やどりさんも人が悪いですよ! いたならいたと言って下さい」 「ごめんなさいです……」 「……ごめん……なさい」 「で、でも、これで分かったです? チコの本性が! ポポ、ずっといじめられていたですよ!」 「黙りなさい!」 「きゃあー。怖いですー。ゴールド助けてですー」 ポポは黄色い悲鳴をあげ、羽をパタパタと動かしながら僕の後ろに隠れようとする。 当然、香草さんの怒りに燃料を注ぐことにしかならない。 「今ここでぶち殺してあげましょうか」 「ちょ、落ち着いて!」 全員の視線が僕を向く。とりあえず場を収めること以外に何も考えてなかった僕は、当然無言である。 その沈黙は、香草さんの溜息によって破られた。 「そうね、畜生と言い争うなんて愚の骨頂だったわ。さっさと本題に入りましょう」 畜生、という言葉はスルーして話を促す。 「本題って何さ」 「戦うのよ。それで勝てば文句ないでしょ?」 いや、あります。 そもそもどうしてそういう発想になるのかが分かりません。 理解できないのは僕が馬鹿なせいでしょうか。違うと思います。 「見せてあげるわ、私の力を。二対一だろうが六対一だろうが、何の問題もないってことを」 六対一は一先ず置いておいて、香草さんはどうやら自分の力を証明するためにポポとやどりさんの二人を相手取って戦うつもりらしい。 「望むところですよ。身の程を弁えるのはどっちかはっきりさせてやるです」 「二人とも! ……ってやどりさんまで! いいの!? こんなことに巻き込まれて!」 「話は……全部……聞いた……、そう……しなけれ……ば……パートナーに……なれない……ならば……私は……倒す」 ああ、もうダメだ。 133 :ぽけもん 黒 18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20 23 12 ID IaP3RpEy 何で皆さんそんなに好戦的なのですか。僕は胃が痛いです。 「こ、こんなところで争ったら旅を続けられなくなっちゃうよ!」 「分かっているわよ。この街にはバトルの練習場があったはずよ。そこでやりましょう」 ああ、なんで貴女はそんなことを覚えているのですか。 向かう道中、僕は必死に皆を説得した。だが、僕がどちらかを選ばない以上、他に選択の余地は無いようだ。 三人の意思は固かった。無駄に。 練習場のフィールドがすべて埋まっているように願ったが、待つ必要も無くすぐにフィールドに入れる状態だった。この世に神はいないらしい。 少なくとも、僕の願いを聞き届けてくれる神は。 標準的な土のフィールドを選び、僕たちは入場した。 フィールドを挟んで、香草さんがポポとやどりさんに向き合っている。 通常のバトルでは二対一なんて認められないが、練習とあれば話は別。誰にも咎められない。 職員の人に事情を説明すれば戦いを止められないこともなかったが、そんなことをすれば皆になんらかの処分が下る。最悪、旅の参加資格を剥奪されてしまうなんてことにもなりかねない。 僕一人の過失で処理できればいいけど、皆が嘘をついてくれない限り、むしろ僕は責任を問われず、三人だけが罰せられるということになりかねない。 今の僕に出来ることはもはや、皆怪我も無く無事戦いが終わってくれることを願うだけだった。 「……じゃあルールを確認するよ。ルールは公式戦のルールに則るけど、ポポやどりさんチームは二人とも戦闘不能または気絶または場外にならない限り戦いは続行というルールを追加。……これでいいね?」 「いいわよ。そもそも、私はルールなんてどうだっていいもの」 僕はどうだってよくありません。 「いいです!」 「……いい」 「……皆、止めるなら今だよ。こんなことしたって何の意味も無いんだから」 「ゴールド、これ以上あなたが寝ぼけたこというなら、合図なしで試合開始するわよ」 はあ、と僕は溜息をついた。 不意打ちで誰かが大怪我するくらいなら、僕が試合開始の合図をしたほうがまだマシだ。 「……分かりました。……試合、開始」 僕が呟くと、弾かれたように香草さんは両腕を伸ばし、数十の蔦を繰り出した。 傷ついているどころか、ここまでの本数は今まで見たことがない。 彼女の回復力の高さと、能力の高さに驚かされる。 数が多い分、速度は若干遅めに感じる。 しかし素早いポポを相手にするうえに二対一であるこの状況、数で攻めるのは決して悪くない策だ。 ただ、少し香草さんらしくないとは思った。 普段の彼女なら、こんな小細工は弄さず、速度も力も乗った研ぎ澄まされた一撃で片方を不意打ち気味に沈め、その後残りの一人を相手にすると思う。 結局、その判断は正解だったのだろう。ポポもやどりさんも、いくら先を突こうと、戦略性の無いただの一撃で沈められるような凡庸な人たちではなかった。そういうことだ。 香草さんの行動は、二人の実力を正確に読みきっていた結果だったのだろうか。 広げられた蔦に覆われるより早く、ポポは空中に飛翔した。 しかし香草さんは迷うことなく、その蔦の群れをやどりさん目掛けて振り下ろす。 蔦は地面を強く叩き、衝撃で床が揺れた。 轟音と共に濛々と土埃が舞い上がり、フィールドに立ち込める。 やどりさんは土埃のうちに一瞬で隠された。 蔦の落下の直前、隙が生じることを予想したのだろう、ポポは香草さん目掛けて急降下を開始した。 蔦が地面に打ちつけられたときには、香草さんはすでにポポの射程内に入っていた。 翼で相手を打ち据えようと、ポポが体勢を整える。 飾り気の無い、しかし強力な攻撃。 そのとき、カウンターのように、香草さんから葉っぱカッターが放たれた。 避けきれない! 僕の目には、回避するにはポポは近付きすぎていたように見えた。 しかし僕の予想に反してポポが不自然な軌道を描き、鋭利な葉っぱの群れを回避する。 134 :ぽけもん 黒 18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20 23 52 ID IaP3RpEy 間を空けずに、立ち込める土埃を切り裂いて、土埃の中から水球がすさまじい勢いで香草さん目掛けて飛び出した。 切り裂かれた土煙の向こうに見えたやどりさんは、蔦による攻撃などなかったかのように、右手を前方に突き出して直立していた。 砲弾のようなそれが、香草さんに迫る。 それを彼女は咄嗟に蔦を引き寄せることで防ごうとした。 彼女の思惑通り、水球と蔦の一本が交差する。 しかし水球の速度は殆ど減損されず、そのまま香草さんの右上腕部に直撃した。 肩が後方に流され、香草さんは大きく体勢を崩した。 その隙目掛けて、ポポが再び強襲する。 しかし香草さんに迫るポポの目前に、突然、無色半透明の板が現れた。 それを確認したポポは軌道を変え、再び高度を取る。 その隙に、香草さんは両手の蔦を引き戻した。 わずかの間にあまりにも多くのことが起こりすぎて、何が起こっているのかよく分からない。 おそらく、やどりさんは蔦が打ち付けられる瞬間に念力によって蔦の軌道をそらして回避した。そして土埃にまぎれて、ポポの軌道を念力で変えることで葉っぱカッターを回避させ、さらに水鉄砲で香草さんを狙った。 体勢を崩した香草さんに迫るポポの前に表れたのは香草さんが張ったリフレクター――物理攻撃の威力を半減させる障壁である―― で、それにより自身の攻撃の威力が減損し、そのせいで攻撃後、香草さんの蔓に捕らえられることを恐れたポポは強襲を中止した、と後になって考えることくらいしかできない。 それは今まで目の前で見たことのないようなレベルの戦いだった。 近接型のポポと遠距離型のやどりさんの相性がいいということも一因にあるのだろう。だけど、それだけじゃない。 すべては、彼女達の卓越した能力にあった。 皆、こんなに強かったのか。 僕は彼女達は皆優秀だと評価していたつもりだったけど、その評価は随分と甘いものだったらしい。 唖然と香草さんを見ていると、彼女もこちらに視線をよこした。 わずか数瞬。僕と、香草さんの視線が絡み合う。 その目は、先ほどまで相対する二人に向けていたものとは違うもののような気がした。 再び激しい戦闘が再開される。 やどりさんが、緩慢に、しかしどこか禍々しいものすら感じさせる確かさで、左腕を前方に突き出した。 身構える香草さんを無機質に見つめ、その左腕を振り下ろした。 瞬間、香草さんの体が下向きに沈んだ。彼女の周囲を舞っていた薄い砂埃が地面に吸い寄せられるように動き、彼女の周囲が鮮明に晴れた。 香草さんの顔には怪訝そうな表情が浮かんでいる。 上方向から押しつぶすように念力を働かせたようだ。 やどりさんを止めようと香草さんは葉を飛ばすが、葉っぱはやどりさんをかわすように動き、あたらない。 蔦を飛ばそうと手を伸ばすが、その動きは上空から急降下してくるポポによって妨害される。 一先ずポポに向き直りリフレクターを張るとポポは急転換し、再び上空を位置取る。 残った左手をやどりさんに向け、蔓を伸ばすが、その手は蔦ごと空中で停止した。 困惑の色を浮かべる香草さん目掛けて、やどりさんの水鉄砲の連射が襲い掛かる。 香草さんの左手の動きを止めたのはおそらくやどりさんの金縛りだろう。念力は未だ解かれていない。 念力に金縛り、それに水鉄砲の連射まで。 トリッキーな搦め手から直接的な打撃まで、やどりさんは自分の力を完全に使いこなしている。 水鉄砲が迫り来る香草さんの前方に、今度は淡く輝く半透明のもやのようなものが発生した。多分これは香草さんの光の壁だ。 今まで香草さんが防御系の技なんて遣うことが無かったから知らなかったけど、リフレクターによる物理防御に光の壁による特殊防御と、香草さんの防御手段はかなり充実している。これに蔦による防御も加えれば、鉄壁と言ってもいい。 香草さんが二人同時に相手どることにしたのは、この防御力に対する自信からだろうか。 135 :ぽけもん 黒 18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20 24 28 ID IaP3RpEy 光の壁で弱められるからと言って、水鉄砲が消滅するわけではない。 水鉄砲は光の壁をすり抜け、容赦なく香草さんに降り注ぐ。 しかし香草さんはやどりさんではなくポポを見据えた。 香草さんは草タイプなので水タイプの攻撃に対しては耐性が高い。 やどりさんも優れた力を持つとはいえ、さすがに三つもの力を同時に使うことの負荷は高いはずだ。事実、顔は苦しそうに歪んでいる。おそらく、力を使い続けたまま移動するのは不可能なのだろう。 となると攻撃がくる位置が決まってしまうので、光の壁で威力を減損し続けられる。 対するポポは空中を自在に飛び回り、攻撃方向を予測することは難しい。 リフレクターがあっても、回り込まれてリフレクターの無いところを突かれれば危険だ。 香草さんは嵩み続ける、毒のようではあるが微弱であるダメージを無視し、自分に大きなダメージを与えかねないポポに狙いを絞ったようだ。 封じられていない右手を宙に掲げると、一斉に蔦を伸ばす。 ポポは蔓を縫うように器用に避け、羽ばたきで複数の旋風を起こす。 旋風が香草さんに到達する前に、動かぬ左手から伸びた蔦を引き摺りながら位置を変え、回避する。 旋風を放つと同時に、ポポ自身も急降下を開始した。 地面とぶつかった幾つもの旋風は再び風を起こし、フィールドに強風を起こした。 土埃が舞い上がり、水鉄砲が揺れて崩れ、香草さんのスカートの裾が翻る。 土埃のせいで対応が遅れたのだろう、香草さんはポポを回避しきれず、腹部を翼で強かに打ちつけられた。 数メートル後退し、そのまま崩れ落ちる。 リフレクターは発動していたが、正面からの攻撃を緩和するには至らなかったのだろう。 香草さんは苦痛に顔を歪めている。 そんな香草さんに容赦なく念力の重圧と水鉄砲が降り注ぐ。 しかしやどりさんを迎え撃つことは出来ない。少しでも気をそられば、ポポの餌食だ。 いよいよ追い詰められた。 光の壁があるとはいえ、香草さんの体力はジリジリと削られ続けていく。 一方のポポとやどりさんは後は香草さんの動きを抑制しているだけでいい。 勝負あったか、と思われたそのとき。 香草さんが叫びながら体を起こした。 ガラスの窓がビリビリと揺れる。 封じられていて動かないはずの左腕が持ち上がっていく。 やどりさんが呻き声を漏らし、両手で頭を抱え、その場に蹲った。 まさか、信じられない。 力で、無理矢理念動力を破るなんて! 力自慢の格闘タイプですら破ることは難しいのに。 彼女の、プライド――執念の力なのか。 金縛りを破り、やどりさんが反動で動けなくなったことで、香草さんは念力による押さえつけや水鉄砲からも解放された。 彼女は両腕を上に伸ばすと、両腕から蔦を放った。 それぞれの蔦が、まるで槍のように伸びていく。 動きは直線的だが、早さと数で、回避するのは不可能に思われた。 咄嗟に天井付近まで退いたポポに、数本の蔦が次々と突き当たる。 即座に周囲の蔓も向きを変え、ポポを捕らえんと伸びた。 ダメージを受けたポポは、それでも素晴らしい反応で翼により蔦を次々と切り払っていく。 しかし数が数だ、すべてを打ち落とすことは不可能だった。 ついに、蔦の一本がポポの左足を捕らえた。 そしてポポが払うより早く、蔦はポポの足を強く握りつぶした。 乾いた、嫌な音と、ポポの絶叫が場内に響き渡る。 それでもポポはそのままポポを絡めとらんとする蔦を切り払い、急降下するときの速度を利用して蔓の囲いから脱け出した。 ポポの左足の脛から先は制御を失い、地面に向かって垂れ下がっていた。 香草さんは、蔓でポポの足を砕き折ったのだった。 僕は、まるで喉に何かつまったかのような錯覚を覚えた。 まさか、香草さんがここまでやるなんて。 そんなことを考えている場合ではない。戦いを止めないと。 ……いや、そんなことは不可能だ。 医療の発達した現代、足の骨折程度では戦闘不能の要綱には認められない。 となると戦闘を止めるには僕が止めるかポポが自分からリタイアしてくれるしかない。 しかしこの場合、僕が戦闘を止めることは出来ないだろうし、ポポが自分からリタイアするなんて考えられない。 それにもし万が一、僕が声をかけたことでポポの意識が反れ、それによって取り返しのつかない結果を招いてしまったら…… 僕は声を出すことすらも出来なかった。 136 :ぽけもん 黒 18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20 24 51 ID IaP3RpEy 放たれた蔦はポポを追う様に折れ曲がり、低空飛行をするポポを上空から射抜くように次々と地面に突き刺さる。 ポポはかろうじて回避できていたが、折れた足のせいで高度を下げ切れていない。高くも無く低くも無い、中途半端な位置をふらふらと飛んでいるポポは攻撃も防御も行えない。 香草さんの格好の的だった。 香草さんは使い終えた右腕の蔦を一旦引き戻すと、今度は右腕を地面に対してほぼ水平に構えた。 左腕の上空から打ち下ろす蔦と右腕のまっすぐ射抜く蔦。 この二つを回避しきるのは、おそらく、不可能だ。 僕は何も出来ない自分のふがいなさに、両手を強く握り締めた。 香草さんの動きに気づいたのだろう、ポポは香草さんに向けて向き直った。 狙いは、正面突破だろうか。 確かに、この状況で、残された手はそれしかないように思えた。 しかしそれはあまりにも無謀な賭けだ。 向き合った二人は、そのまま暫し静止した。 お互いを見つめる二人の目には、一体何が見えているのだろう。 僕に、それを知る術はない。 静寂は、ポポによって破られた。 激しく羽ばたき、幾つもの旋風を巻き起こした。 香草さんを狙うには距離がありすぎる。タイミング的に蔦をかき乱すこともできない。 案の定、それはただ地面へとぶつかった。 しかしそのことにより、土煙が舞い起きフィールドの半ばが土埃で覆われた。 元々狙いはこれか。 この煙幕で、香草さんを撹乱しようというのか。 しかし、それはあまりにも浅はかに思われた。 そもそも、ポポの羽ばたきはそれだけで大きく風を起こす。いくら土埃が立ち込めていても、ポポの位置は筒抜けだ。 すぐに、土埃の一部が大きく揺らぐ。 香草さんはそこ目掛けて十本近い蔦を突き刺した。 しかもまだ手元に数本の蔦を残してある。 すべての蔦を使わないところが、計算高い香草さんらしいと思った。 しかし蔦が物を打ち据える鈍い音も、蔦によって強打されたポポの悲鳴も聞こえてこない。 僕が疑問に思う前に、香草さんは右腕の蔦を横薙ぎに振るった。 聞こえるのは空気を切り裂くのみ。 空振り? はずしようが無い。それに香草さんが容赦したわけでもない。それなのに、あたらないとは一体どういうことなのだろうか。 そのとき突然、あらぬ方向で土埃が大きく揺らいだ。 土埃を突き抜けて、ポポが香草さん目掛けて突進する。 香草さんは咄嗟のことにもかかわらず、素早く残りの蔦を差し向けてポポを迎え撃つ。 しかし蔦はポポにあたる直前で、軌道が反れていく。 もちろん、香草さんが逸らしているわけでも、ポポが不思議な力に守られているわけでもない。 やどりさんの念力だ。 やどりさんはいつの間にか金縛りを破られた反動から復帰していたのだろう。 そうか! ポポが砂埃を巻き上げたのもそのためか! 砂埃を巻き上げたのは、最初から自分の身を隠すためではなく、やどりさんの動きを悟らせないようにするためだったんだ。ポポは何時の間にか、やどりさんが戦える状態になったのを気づいていたのだろう。やどりさんが念力か何かで合図したのかもしれない。 土埃の最初の揺らぎは念力によって起こされた罠。本物のポポは念力の力によって羽ばたくことなく砂埃の中を運ばれていた。 これなら、香草さんに気取られるほど大きく空気をかき混ぜなくても移動できる。 すごい奇策だ。 137 :ぽけもん 黒 18話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/11/30(月) 20 25 36 ID IaP3RpEy 香草さんが次いで放った葉っぱカッターも念力でそらされ、ポポを浅く切り裂くのみだった。 しかしいくら撹乱されたからと言って、軌道が直線的なのには代わりは無い。かわされる。 香草さんも回避行動に入った。が、なぜか大きく体勢を崩す。 驚いて地面を見れば、地面はすっかりぬかるんで泥上になっていた。 そのせいで足を滑らせたらしい。 地面は最初は乾燥していて、泥なんかとは程遠いものだったのに。 僕は再び驚かされた。 やどりさんの水鉄砲は香草さんを倒すというより、最初からその水分で地面をぬかるませることが目的だったのか! やどりさんも、自分の力では決定打が与えられないことが分かっていたのだろう。だから、ポポが決定打を与えられるような環境を整えた。 信じられない。なんて先見性、そしてチームワークなんだ。今日会ったばかりで、碌に会話も交していないのに。すごい。言葉も出ない。 香草さんが、リフレクターを使ってポポを受け止めることより、回避を選んだのが運のつきだった。 いや、そもそも回避を選んだのだって今までのダメージの蓄積により、最初から受け止めるだけの体力が残っていなかったための、苦渋の選択だったのかもしれない。 とにかく、香草さんはリフレクターを張る間もなく、突進してきたポポに跳ね飛ばされた。 中空に浮き上がった、翼を持たない香草さんの体は、羽ばたくことなくそのまま地面に墜落した。 一転、二転、三転。 三回ほど転がり、ようやくそこで香草さんの体は停止した。 立ち上がる気配は、無い。 文句なしの決着だった。 二人を雑魚と嘲った香草さんが、その二人に、敗北した瞬間だった。
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99 :ぽけもん 黒 緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17 51 55 ID RYekf+Jw 柔らかい布団で寝たはずなのに、妙に体が痛い。 それが僕の起床時に抱いた最初の感想である。 左右から挟まれていたから、寝返りが取れなかったのだろう。 体を起こすと、香草さんも同様に体を起こした。僕のせいで起こしちゃったのか、それともまた起きていて僕が起きるのを待っていたのか。後者だったら理由が聞きたくもあるけど、僕の思い上がりだったら嫌だから聞くに聞けない。 「おはよう」 目をこすっていると、香草さんから笑顔で言われた。こういうのも、中々悪い気はしない。 「おはよう、香草さん」 僕がそう返すと、香草さんの笑みは一層明るくなった。 ポポはまだ寝ているみたいだ。そりゃ、ポポは香草さんの甘い香りを嗅いでいるんだから、香草さんと同様に起きれないのは無理もない。 確か草ポケモンの出す甘い香りには精神安定作用があるんだったっけ。その精神安定作用が香草さん自身にも作用してくれるとありがたいんだけど。 それとも、すでに作用しているのかな。そういえば昨日今日と、以前より態度は柔和だし。でもそう考えても進化前の態度の変化の説明がつかないしなあ。ダメだ、わかんないや。 こんな物思いに耽っている間も、やたら香草さんの視線を感じる。どうして彼女は行動せずに僕のことをじっと見てくるのだろうか。 僕の寝起きの顔はそんなに間抜けなのかな。 そんなことを考えながら、僕はポケギアで今がやはり早朝だということを確認すると、ポポをまたいでベッドを降りた。 「どこ行くの?」 「風呂に行こうと思って。洗濯もしたいし」 「私も行く」 そう言われて思わずドキリとしてしまった。風呂は別に混浴じゃないし、彼女は単に自分も行こうと思っていただけなのかもしれないのに。 でも、可愛い女の子にこんな言われ方したら、つい反応してしまうのが、悲しい男の性って奴だ。 二人で廊下を歩く。香草さんは僕の半歩後ろをついてくる。 無言がやけに気まずい。といっても、僕が勝手に意識してしまっているだけなんだろうけど。前はこんなことなかったのになあ。 ……というか、香草さんのほうからうるさいほど話しかけてきたから無言になることがなかっただけのような。 僕が何か話さなければと迷っているうちに浴場についてしまった。「じゃあここで」と言って香草さんと別れ、男湯のほうに進む。 洗濯物を備え付けの洗濯機に叩き込み、稼動させるとさっさと風呂に向かった。 まだ早いというのに、風呂には数人の男がいた。いや、逆にこの時間を有効活用しようとすると、必然的に風呂という選択肢を選ぶことになるのか。 そりゃ寝ることはどこでも出来るけど、風呂に入るのはどこでもってわけにはいかないからな。出発前にひとっ風呂、というわけか。 100 :ぽけもん 黒 緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17 52 45 ID RYekf+Jw 体を流すと、湯船に浸かった。はあ、気持ちいい。体の凝りがほぐされていく。 風呂に浸かっている間、風呂にいた男達と世間話や近況報告などをした。ここにいた人は全員もう全国の旅に出発している組だった。 やっぱり時間を効率的に使おうという意識のある人たちは歩みが速いのか。噂や話を考慮すると、僕たちは割りと先頭のほうにいるらしいし。 僕は石英高原に一番乗りすることに興味はないから――早く着くことが選考基準になる職もあるから、人によっては殿堂入りよりも早く着くことに気合を入れているらしい。 通称最速組と呼ばれている。ちなみに僕のような殿堂入りを目指しているのは殿堂組と呼ばれる――、とりあえずそこまでせかせかする必要はなさそうだ。 僕はしばらくぼんやりと風呂を堪能した後、浴場の前まで出て行くと、香草さんが立っていた。 「ど、どうしたの?」 僕はおずおずと香草さんに問う。 「勝手にゴールドがどこかに行かないように、見張ってたのよ」 「見張ってたって……」 「だって、あの赤毛コンビに絡まれたときだって、あなたが勝手にどこかにいったのが原因みたいなもんじゃない。あのときはたまたま不審に思った私が後をつけていたからよかったものの……まったく、ゴールドは私がいないとダメなんだから」 誇るように胸を張って香草さんは言った。 不審に思ったって、僕はそんなに信用がないのかなあ。 赤毛コンビ。それはおそらくシルバーとランのことだろう。その言葉を言った香草さんには何の悪意もなかっただろう。でも、その言葉は僕の心に重くのしかかる。 「……どうしたの?」 「え、何が?」 香草さんに尋ねられて、慌てて僕は取り繕う。 「何が? じゃないわよ。今、すごい顔してたわよ。……もしかして、私といるのが嫌……とか」 香草さんは伏せ目がちにそう尋ねてくる。 顔に出てたのか。ダメだなあ、どうしてもアイツが絡むと、つい取り乱してしまう。 僕は香草さんの態度にドキリとし、慌てて否定する。 「ち、違うよ!」 「そ、そうよね! ゴールドが私と一緒にいたくないとか、そんなわけないわよね! ……だとしたら、さっきの表情は何よ」 香草さんは相変わらず伏せ目がちだが、視線をせわしなく左右に走らせている。少し挙動不審のような感じだ。僕の反応から、この話題が聞きにくいものだということを感じ取って、尋ねるのを躊躇しているのだろう。 確かに僕はあまりこのことを聞かれたくない。かといって何も言わないわけにもいかない。僕は言葉を選びながら、なんとか返答を取り繕う。 「……香草さんも分かってると思うけど、僕とアイツには……なんというか……因縁、みたいなものがあるんだよ」 「因縁? 何よそれ」 「う……ん、あまり人には言いたくないというかなんというか……」 やっぱり追求してくるなあ。どうしよう、困ったな。 「ゴールドの分際で私に隠し事する気?」 「分際って……」 香草さんに詰め寄られたじろいでいると、遠くからポポが僕を呼ぶ声が聞こえてきた。しかもどうやら涙声だ。 「ポポ?」 僕は声のしたほうに向き直って香草さんから目をそらしながら、大声でポポを呼んだ。ナイスタイミングだ、ポポ! 通路まで移動して覗き込むと、遠くから涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたポポがものすごい勢いで突っ込んできた。あれはまさしく電光石火。 101 :ぽけもん 黒 緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17 53 43 ID RYekf+Jw 「ゴールドー!」 あまりの剣幕に、僕は思わず半歩下がって壁の影に隠れる。結果、ポポはそのままの勢いで、したたかに壁に全身を打ち付けられた。 「……」 「……」 「……」 なんだろうこの空気は。 全員無言で静止している。 そんなとんでもないシュールな空気は、ポポの泣き声で打ち破られた。 「びどいでずごーるど……なんでよげるでずが……」 ポポの発する文字すべてに濁点がついているようだ。そりゃああの速度でコンクリートの壁に全身強打したらそんな風にもなるよね。 「よしよし、痛かったねー。ごめんねー」 僕はポポを覆うように抱くと、なぜか小さな子供をあやすかのように慰めた。ポポは小さな子供、というほどではない年だろうけど、何故かこの行動が一番適切に思われたからだ。 その後、通りがかる人の奇異の視線と香草さんの視線に晒されながらも、ポポが泣き止むまであやし続けた。 あれだけ強く衝突したのに、ポポに目立った外傷がなかったのが驚きだ。やっぱり華奢に見えても、人間とは根本的に強度が違うんだろうなあ。 「どうしてあんなに慌てて走ってきたのさ」 ポポがとりあえず落ち着いたので、僕は当然の質問をする。すると泣き止んでいたポポの瞳に再び見る見る間に涙が溢れてくる。 「そうです! 起きたらゴールドがいなかったから、ポポをおいていっちゃったんじゃないかと思ったんですぅー」 涙声でそういうと、また僕に抱きついてわんわん泣き出した。 そういうことか。でも、確かにポポに何も告げずにおいていったのは悪いと思うけど、さすがにこれは過剰反応なんじゃないのかなあ。 「ごめんね。今度からはそんなことのないようにするよ」 寝てるときにいちいち起こすのは気が引けそうだなあ。でもとりあえずこう言っとかないと収まりそうにないし。 「そういえば、ポポも風呂入ってきたら?」 と、ここまでいって気がついた。ポポは今きている黒のワンピース以外の服を持っていないじゃないか。……まあ乾くまでの間、ポポには裸でいてもらえばいいか。部屋にいればいいことだし、どのみち羽毛で覆われているので問題はないはずだし。 「香草さん、面倒みてもらえないかな。また行かせて申し訳ないんだけど、ポポ一人だとやっぱり不安だし」 僕がそう頼むと、香草さんは露骨に嫌そうな顔をしていた。しかし、何かに気づいたような顔をしたかと思うと、ポポを僕から引っぺがし、そのまま女湯のほうに引っ張ってった。 ポポが、ゴールドから離れたくないですー、と言ってもがこうが聞く耳無しだ。 「じゃ、じゃあ僕、部屋に戻ってるから」 脱衣所から聞こえてくる彼女達のキャットファイトを聞いていても仕方ない……というかいろんな意味でアレなので、僕は一人洗濯物を持って部屋に戻った。 102 :ぽけもん 黒 緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17 54 48 ID RYekf+Jw 荷物の確認と点検をしていると、二人が戻ってきた。ポポは胸から下を覆うようにタオルを巻いている。こんな格好をしたらむしろ目立つんじゃないだろうか。 「それが、ちょっとね……」 香草さんはなにやら言いにくそうにしている。普通に全裸はまずいから、と言えばいいようなものなのに、どうしたんだろう。 「もう部屋に戻ったから脱いでもいいですね?」 ポポはそういうと、香草さんが止めるより早くタオルを解き放った。 見える。 ……見える? 僕がポポと初めてあった時、ポポの胸部や胴部は羽毛で覆われていて素肌は見えなかった。 ところがどうだろう、今は進化の影響か、というか僕は何かあるとすべて進化の影響にしている気がするが、まあなんというか羽毛が以前より格段に薄いというか、 濡れていることもあいまって羽毛の絶対量が減ったのに嵩も減っていて、つまりそのまあ放送できない部分が普通に見えてしまっているというか、 僕の記憶ではパンツは二枚買ったはずなのになんではいてないのというか、パンツはいてない状態というか、パンツはいてない状態というか! ぱんつはいてない状態というか!! でもそもそもこのくらいの年ならかろうじてセーフなのかというか、そもそも僕ポポの年知らないじゃんというか、香草さんの蔦がポポのその放送禁止の部分を覆い隠すとともに僕の目を潰さんと伸びてくるというか、 蔦はやっぱり万能だな、と思いつつも蔦が来ることは分かっていたので蔦を回避できたが、追撃で足を払われ、倒されることで視界をフェードアウトさせられ、僕が地面に頭をぶつけ、 視界が安定するころにはすでにポポの胴部にはタオルが再び巻かれていた。 何が起きたんだ。 脳がパニック状態で、いまいち事態を正確に飲み込めない。 しかし先ほど僕の目に映し出された景色は……。 「忘れなさい!!」 香草さんが僕の頭めがけて放った蔦の一撃を、首を右にずらすことで何とか回避する。 これはきっと僕の頭部に強い衝撃を与えることで直前の記憶を飛ばそうとしているんだろう。ええい、僕がつい最近に頭部に強い衝撃を(香草さんに)加えられたのを忘れたか! そんなしょっちゅう頭打ち付けてたら頭おかしくなっちゃうよ! 「止めるです!」 僕の身の危険を理解したのだろう、ポポが両翼を広げて僕の前に立った。 タオルは巻きなおされたとはいえ、もともと丈が短いので、床に横になった僕のアングルからだときわどい! も、もう少しで見え……見……じゃない! 何を考えているんだ僕は! 香草さんも瞬時にそれを理解らしい。一瞬般若のような恐ろしい表情をしたが、すぐに真剣な表情に変わり、ポポに話しかける。 「バカ! お風呂での打ち合わせ忘れたの!? 大体、私はアンタが何かしなきゃゴールドに危害を加えるつもりはないわよ!」 打ち合わせ? なんだそれは。 しかし当然のことだろうけどポポには何か伝わったらしい、ポポは「そうでした!」というと僕の前からどいた。 きっと香草さんは今にも僕を蔦で縛り付けて僕の頭をぶつけながら床と天井を往復させたいのだろうけど、状況的にそれは厳しいと妥協してくれたらしい。僕が恐る恐る起き上がっても、彼女の蔦は飛んでこなかった。 彼女はといえば、ポポにパンツをはかせている。そうか、もともと換えの下着を風呂まで持ってきていなかったのか。それならばパンツはいていなかったのも納得だ。うん、実に自然なことだ。興奮で若干思考がおかしくなってる気がするけど、それはきっと気のせいだ。 103 :ぽけもん 黒 緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17 56 00 ID RYekf+Jw 僕がベッドに腰掛けると、向かい合うように香草さんとポポは並んで反対側のベッドに腰掛けた。胸部の問題もあるので、パンツをはいてもポポのタオルは巻かれたままである。 いや、考えようによってはベッドに腰掛けているためパンツ見放題という普段から考えればボーナスステージのような状況なんだけど、ポポのパンツは香草さんの蔦によって見事に隠されていて、 糸の一本も見えやしない。というか香草さんの蔦って何本まで出るんだ? 「それで、打ち合わせって何なのさ」 僕は先ほど香草さんがポポに言ったことを尋ねる。どうせ碌なことじゃないんだろうけどさ……。 香草さんはいかにも「失敗した!」というような表情をしたが、すぐに気を取り直したのか、僕の目を見ると、半身を前に乗り出した。 「あの赤髪のアホ二人についてよ」 ああ、そのことか。まだ諦めてなかったのか。というか、アイツがただのアホだったら、話はこんなにややこしいことにならず、もっと簡単に解決していただろうに。 「香草さん、さっきも言ったけどさ、僕はそのことをあんまり人に話したくないんだよ」 「人って何よ、私たちはパートナーでしょ? いわば家族みたいなものじゃない! なら隠し事は無しよ!」 うわ、痛いところついてくるなあ。確かに、長い旅をともにし、旅を制覇することのできた人間にとってはパートナーは一生ものの付き合いになることも少なくない。 そういう意味じゃ家族という言葉も、まだ旅に出ていくらも経っていないことを無視すれば、あながち大げさでもない。 「か、家族でも秘密の一つや二つあるしさ……」 僕はそう言いながら、リュックに手を伸ばした。なぜあのプライドの高い香草さんがすんなりとポポを風呂に連れて行って、しかもそこで「打ち合わせ」なんてものをしてきたのか検討がついてしまったからだ。多 分香草さんも、話し合いで何とかなるなんて本気で思っているわけじゃない。いざとなったらポポと二人で僕を取り押さえるつもりなんだろう。ポポの速度はこと取り押さえなんて場面においては恐ろしい。 ただ、やはり実力行使は最後の手段にしたかったのだろう。 「ゴールド、なんでリュックを掴んでるのよ」 香草さんは当然僕の動きに気づいて、半ば咎めるように言ってくる。 「い……いや、手が落ち着かなくてさ」 対する僕はこんな言い訳を取り繕うのが精一杯だ。 「じゃ、じゃあ、手、つないであげるから、リュックは放しなさいよ」 香草さんはわずかに頬を赤らめ、右斜め下あたりを睨みながら手を差し出してくる。 リュックを放させるために手をつなぐ、という発想が普段ならば可愛らしく思えるのだろうけど、今の僕にそんな余裕はない。 「で、でも手は二つあるし……」 「ポポもつなぐですー!」 ポポはそう言って元気よく両翼を挙げた。 まずいぞ。もうすでに戦いは始まっているのか。リュックから手を離し、かつ両手を封じられてしまったら僕に勝機はない。……勝機は最初からないけどさ。 しばらくジリジリと互いを見る。今余計な動きをするわけにはいかない。おそらく香草さんもそう思っていることだろう。となると、ポポが行動不確定分子だな。 が、僕の恐れを知ってか知らずかポポは動かなかった。いや、ポポが動き出す前に、痺れを切らした香草さんが先に動いた、というべきか。 104 :ぽけもん 黒 緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17 56 34 ID RYekf+Jw 袖口から僕を拘束しようと数本の蔦が飛び出してくる。 僕は半身を右に振ることでかろうじてそれを回避する。そしてそのまま立ち上がり、出入り口へと加速を開始する。 しかしそのようなことを考えない香草さんではない。蔦が数本、ドアの前を回り込むようにして僕に伸びてくる。ドアから出ようと思えばこの蔦を回避することは不可能だ。 香草さんの蔦の強度は以前コッソリ確かめてある。十得ナイフ程度では到底切断は不可能だ。しっかりとしたサバイバルナイフならば切断も可能だが、一本を切断するほどの時間があれば彼女は僕の両手両足絡めとることができるだろう。 僕はリュックの中に手を突っ込み、煙幕弾を掴んで取り出した。しかし、僕はそれをすぐさま使おうとはしなかった。 「香草さん、落ち着いてよ!」 僕は煙幕弾を二人に見えるようにしながら、香草さんと向き合った。 僕に届く寸でのところで、香草さんの蔦は静止する。 「……なに、それ」 そう言う香草さんの声はぞっとするほど低く、暗い。もし僕が香草さんという人間をまったく知らなかったら、寒気さえしていそうだ。 「煙幕弾。要するに目くらましだよ」 「……それで?」 「話し合いってのはもっと平和的にすべきだよ。香草さん、僕は逃げるってことに関しては、同い年くらいの普通の人間の誰にも負けないっていう自信があるんだ。 ただテレポートを使えるってだけの人間よりも、ね。さすがにテレポートが使えて、僕並みに準備をしている人には適わないと思うけどさ」 「だから、なんだっていうの?」 「だからさ、香草さんが強硬手段に及ぶなら、僕はここから逃げて交番に逃げ込んだっていいんだ。でも、そんな大事にはしたくないんだよ」 「この状況で? ドアの前にある私の蔦が見えないの? 逃げ場は無いわよ」 香草さんは半ばバカにするように言った。 「見えてるよ。ただ、この程度で逃げ場が無いなんて、お笑いだよ。せめて、窓も抑えてから言うべきだ」 対して、僕も挑発的な口調で答える。 「あら、窓までは随分距離があるわよ」 香草さんはそう言いつつも、窓の前まで蔦を伸ばす。 「これで、逃げ場はないわよ」 「いや、まだまだだよ。もしそこを塞がれたら逃げられなくなるんだったら、最初から教えたりはしないよ」 「……ハッタリだわ」 「試してみる? でも、二人とも損をすることにしかならないと思うんだ。僕はやっぱり、殿堂入りしたいしさ」 「そもそも、二対一なのよ?」 「二対一なんてことは問題にならないよ。特にこんな狭い部屋じゃね。混乱したりしたら、ポポのスピードなんかは逆に仇になると思うけど?」 僕のその言葉を最後に、そのまま暫し膠着状態になった。香草さんは僕の実力を測りかねているのだろうし、ポポはさっきも展開についていけてないみたいだから、どうしたらいいのか分からないんだろう。 冷静になって考えれば、そもそも彼女らにとってすればこんな小さなことでこんな大きなリスクを払うこと自体、馬鹿げてる。 105 :ぽけもん 黒 緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17 57 12 ID RYekf+Jw 長い沈黙の後、香草さんはゆっくりと蔓を元に戻した。 僕は安心して息を吐く。 「分かってくれて嬉しいよ」 「でも、隠し事はやっぱりダメよ」 香草さんは僕を咎めるように言う。う、確かにそれを言われると弱いんだけれども……。 「うーん……香草さんにだって、僕に知られたくないことの一つや二つくらいあるだろ?」 「ポポは無いですー!」 「はいはい、分かったよ」 そりゃ、ポポは無くても不思議もないけど、香草さんはそうはいかないだろう。 「わ、私だって、ないわよ!」 香草さんはポポに先を越されたせいか、慌ててそう言った。その様子を見て、僕の心にわずかに悪戯心が芽生える。 「ホントに? じゃあとりあえず胸のカップ数教えてよ」 「へ、変態!」 香草さんは僕の思ったとおり、顔を真っ赤にしていい反応をしてくれた。 「カップ数ってなんですか?」 ポポの質問を無視し、僕は一応自分の発言を取り繕う。 「しょうがないじゃないか、答えにくい質問じゃないとダメなんだから」 香草さんはしばらく、自分の身をもじもじとよじっていたが、意を決したかのように、ポツリと呟いた。 「え……」 「え?」 僕は意地の悪い笑みを浮かべながら、香草さんに聞き返した。 「……………………Fよ」 「いや、さすがにそれはない」 「……」 「……」 「Fってなんですか?」 「う、うるさいわね! アンタに胸のことなんか分からないでしょ! 女の子の胸見たことあんの!?」 「さっきポポの胸なら」 「忘れなさいって言ったでしょ!」 「また見たいですか?」 「アンタは黙ってなさい!」 「だって香草さんがちゃんと答えないからだろ!」 「そもそも女の子に面と向かって胸のサイズとか聞いてんじゃないわよ! このド変態!」 「じゃあ僕の過去だって聞かないくれよ!」 「だって、私はあなたの過去を聞いてるんだから、私の過去について聞くべきよ!」 ……一理ある。 「じゃ、じゃあ……恋愛経験、つまり好きな人は誰かとか……」 ……こんな陳腐な質問しか思いつかない自分の貧しい想像力な嫌になる。 「ポポはゴールドが好きですー!」 「はいはい、分かったよ」 「ホントに好きなんです!」 「はいはい、後五年もしたら意味が分かると思うから」 あれ? ポケモンの知能の発達は年齢じゃなくて経験とか進化に依存するんだっけ。 「……わた、私は……」 「私は?」 僕は再び意地の悪い笑みを浮かべながら、香草さんに聞き返した。 「わ………………いないわよ」 「何今の間」 「う、うるさいわね! 特に意味は無いわよ!」 はあ、と僕は一つため息を吐いて続ける。 「大体さ、僕が嘘をつかない保証なんてどこにも無いじゃないか」 「ポポはゴールドを信じてるですー!」 「はいはい、分かったよ」 「私だって、ゴールドを信じてるわよ!」 香草さんは、そんな人の言うどんなことでも鵜呑みに出来るほど純真でも馬鹿でもないと思うんだけどなあ。 「じゃあ言うよ。二人とはただの初対面。会ったこともありませんでした」 106 :ぽけもん 黒 緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17 58 25 ID RYekf+Jw 「どうして嘘吐くのよ!」 案の定、彼女は語気も荒く怒鳴ってくる。 「ホントのことだよ。信じてるんじゃなかったの? それに、自分は嘘を吐いておいて、人には本当のことを言ってもらおうだなんて、都合よすぎだよ」 僕も、いくら隠したいとはいえ、よくもいけしゃあしゃあとこんなことを言えたものだ。 香草さんはその言葉を受けて、苦虫を噛み潰したような顔をして僕を睨んでくる。彼女の袖口にはユラユラと蔦が飛び出しかけてきていた。 僕は右手に握られた煙幕弾を握りなおすとともに、左手でベルトに着けられた『怪しい光曳光弾』に手をかける。こんな天井の低い部屋で使ったら、天井に若干の焦げが残るだろうけど、部屋の損傷など、僕の命の損失に比べたら安いもんだ。 「……Aよ」 僕の緊張を知ってか知らずか、香草さんは唐突にそう呟いた。 「え?」 「胸のサイズよ! あなたが言えって言ったんでしょ!」 時間差があったから反応が遅れた。 「え、ああ、Aね」 目で見た映像的にも、多分真実だよね。 「い、いいい言っとくけど、Aって言っても限りなくBに近いAなんだからね! そこを誤解しないでよね!!」 「ご、ごめん」 なぜだから知らないけど、香草さんの剣幕に押されて謝ってしまった。 「じゃあ、アンタもホントのこと言いなさいよ」 「へ?」 呆気にとられていたせいで、一瞬彼女が何を言っているか理解できなかった。 「へ? じゃないわよ! こんなこと聞いといて、ただで済むと思ってたの!?」 「え……いや、半ば香草さんが勝手に言ったというか……」 「いうか?」 香草さんの袖口には、袖を切り裂かんばかりの大量の蔦が殺到していた。ああ、こんなに香草さんが化け物染みて見えたのは初めてです。もうこうなってしまえば、僕はまともに旅を続けるためには全自動平伏装置と化す他になかった。 「はい、言います……」 「もう嘘は吐かないでよね」 「はい……」 というわけで、僕は洗いざらいすべてを話してしまった。嘘を吐こうと思えば吐けたかもしれなかったけど、この状況で嘘を吐けるほど、僕は大胆でも命知らずでもなかった。もっと有体に言えば、僕は臆病なのだ。 「それで、どうしてそんなに話したくなかったの?」 僕の話を聞き終わった香草さんは、まずそう尋ねてきた。ちなみにポポは僕の話の途中で二度寝タイムへと突入していた。 「どうしてって……だってさ、僕がちゃんとアイツの正体に気づいていれば、ランのお父さんも死ななくて済んだし、ランだってさらわれて、こんなことにならずに済んだはずだったんだ」 「考えすぎよ」 香草さんは優しいような、毅然としたような口調でそう言った。 「ごめん、慰めないで欲しい」 僕はたとえ誰が許しても、ランを救い出してシルバーにしかるべき処置を与えるまで、いや、それが叶っても自分を許すつもりはない。失われたものは帰ってこない。慰められると自分の無能さを責められるようで、余計惨めになる。 「……ごめんなさい」 「いや、僕のほうこそ」 また気まずい空気になってしまった。 107 :ぽけもん 黒 緊張と告白 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/11/19(水) 17 59 01 ID RYekf+Jw 「そういえば朝食まだだったよね。そろそろいい時間だろうから食べに行こうか」 なんとかこの空気を打破しないと。 僕はそう思ってなんとか話題を取り繕う。 「そ、そうね」 香草さんも素直にその流れに乗ってくれた。 「ほら、ポポ、起きて」 ポポを揺すって起こす。 「……んあ…………ね、寝てないですよ! 起きてたです!」 起きたポポは両翼をバタバタとバタつかせながら慌てて自分が起きていたことをアピールする。なんだか微笑ましい。でも左の翼が香草さんにバシバシ当たってるからやめたほうがいいと思うな。 「はいはい、分かったよ。朝ご飯、食べに行こう」 そう言うと僕はポポの手を引いて起こした。香草さんはさっきのポポの行動のせいだと思うが、少しむっとした表情をしている。 洗濯と乾燥の済んだ服を取りに行き、ポポに着せると、そのままポポの手を引いて食堂へ行った。久々にちゃんとした食事にありつくことができたような気がする。 ポポの食事は相変わらず香草さんに手伝ってもらった。つくづく、蔦というものは万能だな、と再確認させられた。
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893 :ぽけもん 黒 脅威の怪我人食 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/08/26(火) 03 17 52 ID yXHTQsMQ 「大丈夫ですか!? ゴールド!」 部屋に戻った僕の様子を見て、ポポは予想通りのリアクションをとった。 僕が治療を受けている間に香草さんから事情を説明されていたポポは、僕が怪我をしたという情報と僕がいつまでも戻らないという状況からかなりあらぬ妄想をしてしまい、心配になっていたのだろう。 僕は飛びつかれる前に、左足をかばって半歩下がる。 「大丈夫だよ、大した怪我じゃなかった」 作り笑いを浮かべながら、飛びついてきて僕の胸に顔をうずめているポポの頭を優しく撫でてやる。 「心配したです……」 ポポは嗚咽と共にそう言ったきり、僕の胸の中で大泣きしてしまった。 僕が苦笑いと共に香草さんを見ると、香草さんはやれやれ、といった様子で両の手のひらを天井に向け、顔を左右に振った。 ポポは数分すると泣き止んだが、しゃっくりはしばらく収まりそうもなさそうだ。 これじゃあ昼飯を食べにいけないな、と思っていると、僕の怪我を配慮してか、職員が部屋まで三人分の食事を運んできてくれた。 でもなにやら一食だけ妙にデロデロしたものが……。色は赤紫、それに緑の粒々が入っている。漂ってくる香りは酸系。そして時折湯気以外の気体を噴き出している。 「それは怪我人用の特別栄養食とのことなので、ゴールドさんがお食べ下さい」 職員に尋ねたら、そんな回答が返ってきた。 マジかよ……こんなの食べたら、たとえ怪我人ではなくなっても病人になってしまうそうだ。 うんざりした顔の僕を、香草さんは意地の悪い笑みを浮かべながら見ている。 ……やっぱり彼女の言行はプライドの高さとかそんなものからくるものではなく、単に性格が悪いせいなんじゃないか、と思い直したくなる。 ポポは意味が理解できないのだろう、目をまん丸にして僕と香草さんを見ている。まあ野生ではこの程度の見た目のものは困惑するものの内に入らないか……。 「香草さん、ポポの食事、お願いします」 僕はこのデロデロと格闘するので精一杯だ。 「そんなの言われなくても分かってるわよ!」 おおっと、予想外の言葉だ。昨晩のこともあるのだろうが、これはいい傾向だ。 さて、これで僕は心置きなくこのデロデロと戦えるわけだ。……逃げたい。逃げることを第一義に置いている僕にとっては、これと戦うという選択肢は普通ありえない。 手を動かそうにも動かない。そしてそのまま対峙すること数分。 敵の隙を見出せない。一体どこから攻めたらいいのやら。 一方、香草さんは蔦を使って自分の食事とポポの食事を平行して進めていた。万能だな、蔦。攻撃に防御に移動に雑務と何でもできるじゃないか。 「あれ? ゴールド、手が止まってるわよ、手伝ってあげましょうか?」 香草さんは僕とデロデロの状況に気づき、悪魔じみた提案をしてきた。答えはもちろんノーだ。 「いや、だいじょう……」 「ほっといたら何も食べないでしょ! 自分で食べれないなら私が食べさせてあげるわよ!」 い、いや遠慮させていただきたい……というかなんで半目半笑いなのさ怖いよ! ああ! 蔦を伸ばさないで! そして僕に巻きつけないで! そして口を強制的にこじ開けないで! 顔を上向きで固定しないで! 「はい、あーん!」 香草さんはそのデロデロを器用にスプーンですくって――ああ、なんかすごく糸引いてるよ! ――僕の口元まで運ぶ。 口調だけは語尾にハートマークでもついていそうな甘々なものだ。でもこの状況にあーん、なんて可愛らしい言葉はふさわしくない! あ゙ーん゙、そう、この状況にふさわしい言葉はあ゙ーん゙だ! ああ、当然香草さんはそんな僕の思考なんてガン無視だ! そんなことを考えている間にもスプーンは僕の口の中に……ら、らめえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 「こ……こんなの初めて……」 人間の尊厳のようなものを破壊された僕は、床でビクンビクン跳ねながらよく意味の分からない台詞を口走る。 いや、何を言っているのかよく分からないが、これは初めてのものとしか言い表しようがない。 「何やってんのよ大げさね! むしろ食べさせてあげたんだから感謝しなさい!」 「じゃあ……香草さんも食べてみる?」 僕はむくりと上体を起こすと、上目遣いで恨めしげに香草さんを睨む。 894 :ぽけもん 黒 脅威の怪我人食 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/08/26(火) 03 18 53 ID yXHTQsMQ 「何言ってんの、もう容器は空よ?」 香草さんは容器を見て余裕の表情を浮かべている。 「まだ僕の口の中に残ってるよ……」 そう、まだ僕はデロデロを飲み込んでいないのだ! ……いや、飲み込めていないだけだけど。 「は、早く飲み込みなさいよ! 汚いわね!」 それを聞いて香草さんは露骨に焦っている。 「口移ししてあげるよ……うふふふふ……」 「! ゴ、ゴールド、本気で言ってるの? 大丈夫?」 顔面を蒼白にし、ジリジリと後ずさる香草さんを部屋の隅に追い詰める。 「大丈夫? だって? 僕をこんなにしたのは香草さんじゃないか。責任、とってもらうよ?」 ああ、大丈夫じゃないとも。こんなもの皿一杯食わされて大丈夫な人間なんていたら見てみたいね。なぜかいつもより頭がよく冴えている。 今の僕なら何だって出来そうだ! 香草さんと普段の立場を逆転することぐらい訳ないね! 「よ、寄るなバカぁ!」 香草さんは涙目でそう抗議するが今の僕には届かない。フフフ、この至近距離じゃ一切の攻撃手段は行えないだろう。 せいぜい体当たりくらいだ。しかし体当たりなんてしたら僕の口の内容物が彼女に噴霧される。彼女もそれをよく理解していることだろう。 「あっ……」 逃げ場を失った彼女はポスンとベッドに倒れる。フハハハハハ、後は煮るなり焼くなり僕の自由だ! 「さあチコ、召し上がれ」 僕はそう言って口を半開きにして彼女に覆いかぶさろうとした瞬間。 ちゅーーーーっ。 眼前一杯にポポの顔が広がっている。 おかしい。僕は香草さんに口の内容物を口移ししようとしていたはずなのに、何故ポポに口の内容物を吸いだされているんだ? いやいや、物理的にはおかしなことなんて何もない。僕が香草さんに覆いかぶさる寸前、ポポが脇から入ってきて僕の唇を奪ったっていうだけだ。 「何ですかコレ酷い味です!!」 ポポがむせながら狂乱し床をのた打ち回る音で、ようやく僕は静止から覚めた。 「ポ、ポポ、一体何やってんだよ!」 何やってんだよ、と言われるべきは間違いなく僕のほうなんだろうけど、今はそんな冷静な思考が出来ていないからそんなことを言われても困る。 「だって、ゴールドがずっと口に入れてたから、ごちそうだと思ったんです……」 ポポは顔を真っ赤にして涙目でそう訴えた。 僕は水をポットからコップに移してやり、ポポに飲ませてやる。 そして僕はポットから直に水を飲む。 「っぷはあ! 死ぬかと思った!」 口をこれだけゆすいでも、口中には異臭がこびりついている。本当に酷いものを食べた。 僕がうずくまって荒い呼吸をしていると、突然服を引っ張られた。振り向けば、香草さんが目に涙を浮かべてベッドの角に座っている。 どうやら蔓で引っ張られたようだ。しかしなぜか心なしか着衣も乱れているような。 「アンタ……一体何してくれんのよ……」 何故か香草さんは激しくお怒りのようだ。いや、これは怒りなんだろうか。突然物凄い眠気が襲ってきたから良く分からない。 なんかもういいや、寝よう。 そして僕はそのまま床に横になった。 ぐったりとしただるさで目が覚めた。 体を起こそうと思ったが、腹部に乗っている何かに邪魔された。 その何かとは香草さんの上体だった。ベッドの脇におかれた椅子からベッドのほうに倒れかかるように眠っている。つまり僕はベッドの上。 これはベッドに寝ている僕を介抱しているうちにそのまま寝てしまったって感じだよね、どう考えても。 おかしいな、なんでこんなことになってるんだ? 僕は早朝目を覚まし、そして……あの胸糞悪くなるような体験をした後部屋に帰って…… それで……何か明らかに毒物な昼食を香草さんに食べさせられて……その後の記憶がない。なんだ、つまりは全て夢だったんだろうか。 いやな夢を見たなー、と自分を誤魔化す。しかし、その淡い願望はふとももに巻かれた真新しい白い包帯によって否定された。 はあ、と落胆のため息を吐く。そうすると、僕は昼食を食べた後、そのまま寝て……いや、失神しまったのかな。 それで香草さんが僕の様子を心配して見ていた、ってのが一番辻褄が合うかな。何か違う気がするけど、そういうことにしておこう。 895 :ぽけもん 黒 脅威の怪我人食 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/08/26(火) 03 19 33 ID yXHTQsMQ はは、香草さんが起きたらお礼言わないとな。僕はそう思いながら枕元のポケギアに手を伸ばす。待ち受け画面のデジタル時計の表示は十六時半の辺りを指していた。 時間から鑑みるに、四時間程度寝ていたらしい。多分あのデロデロ、睡眠薬も入ってたな。じゃなきゃアレを食べさせられた後、気がつけばこの時間になっている説明がつかない。 確かに安静にさせるには寝させるのが一番いいけども、事前に一言くらい言ってくれてもよかったようなものなのに。 さて、これからどうしようか。起きようにも、香草さんを起こすのも悪いしな。そうだ、ポポはどうしているだろう。 僕はそう思って顔を左に向けた。 ポポが部屋の中央で蔦でぐるぐる巻きにされて逆さ吊りになっていた。 えええええええええええ。 えええええええええええええええええええええええ。 いや、待ってよ、意味がさっぱり分からない。 というかポポの顔に血が集まって赤く膨れている。これはかなり危ない段階なんじゃないだろうか。 こうしちゃいられない、と香草さんをどかして、ポケットから十得ナイフを取り出し、ナイフを立てると、ポポを支えながら蔦を切断した。 「大丈夫かポポ!」 血圧を適切にするために上体を持ち上げながらポポに話しかける。 「……ぅ……ぁ」 ポポは小さくうめき声をもらすのみだ。やはりかなり危ない状態にあったらしい。 「なによ一体……」 僕が頭をどけたからだろう、香草さんも目をすりつつ起き上がってきた。 「香草さん! なんでこんなことしたんだよ!」 僕は思わず香草さんに怒鳴る。普段なら怖くてとても出来ないが、ちゃんと怒ることができてよかった。 「こんなことって……悪い鳥にはしつけが必要でしょう?」 彼女はしれっと恐ろしいことを言っている。おかしい。僕の記憶が定かなら、ポポに対する香草さんの対応はマシになったはずなのに。 まあついさっきも飛んだようなまったくあてにならない記憶だけどさ。 「悪い鳥って……ポポが一体何をしたって言うんだよ!」 「何……ってゴールド、あなたそれ本気で言ってるの?」 香草さんの表情が急に訝しげなものに変わった。 「ああ、本気さ!」 本気で言ってるの? と聞かれればこう答えるしかない。 「あなた、あんなことしておいて、私に何をしたか覚えてないの? それとも別にあんなことは大したことの内に入らないってわけ?」 「あんなこと……って、シルバーとのポケモンバトルのこと? あれは確かに巻き込んで悪かったよ。でも、ポポは関係ないだろ?」 「……その後よ」 香草さんは呆れるように言った。その後? その後に何があったっていうんだ。 「その後? 巡査さんに説教されて、女医さんに治療してもらって、部屋に戻って、昼食を無理やり香草さんに食べさせられて、それで寝ただけだろう!?」 僕がそう言うと、彼女は落胆を露にした。 「……はあ。なによ、バカ。何も覚えてないのね。確かにあなたは正気のようには思えなかったけど、にしたって酷いわ、ホントに」 覚えてないのね。その予想外の言葉に、僕は動揺する。 「……僕が何かしたのか?」 「何か、なんてもんじゃないわ。とんでもないことよ。私を酷く辱めたわ」 「辱めた……だって!? まさか、僕がそんなこと……」 辱めた。その言葉で頭が真っ白になる。僕は本当に何も覚えていない。でも、もしそれが真実なら、僕は最低の人間じゃないか。 そう思う。ただ、同時に疑念も浮かぶ。 「あの鳥と一緒になってやったわ。だからあの鳥には罰を受けてもらったの」 「だったら僕だって罰を受けるべきだろ!」 僕がそう叫ぶと、香草さんはキョトンとして僕を見た。その発想はなかったようだ。 「……それもそうね」 「よし! ならば吊るせ! 死なない程度に!」 僕はそう言って体を大の字に開いた。記憶がないとはいえ、罪は罪。ならば償わなければ。 「何やってるの?」 「え、な、何って、逆さ吊りにしやすいようにって」 なんか冷静に言われると凄く恥ずかしい。一思いにやってほしい。 「罰は私が決めるわ」 「え、でもそれだと平等じゃな……」 「主犯と共犯で刑が違うのはあたりまえでしょ……」 「確かに……」 「でしょう。そうね……罰は……」 896 :ぽけもん 黒 脅威の怪我人食 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/08/26(火) 03 21 04 ID yXHTQsMQ と、香草さんが思案を始めたとき、ポポが目を覚ました。同時に飛び上がり、僕の後ろに隠れた。 「酷いです! どうしてあんなことしたですか!」 ポポは泣きながら香草さんを責める。 「どうして……って分からないわよ、そんなの」 香草さんは悪びれる様子なくそう返した。 ……分からない? 「ちょっと待って香草さん、分からないってポポが僕と一緒に……その、悪いことをしたからなんじゃないの?」 僕は当然の疑問を香草さんにぶつける。香草さんは少し顔をしかめ、そのまま沈黙している。 ……何か話が香草さんの都合のいいように曲げられている気がする。ここはポポにも話を聞いてみるべきだ。 「ポポ、僕が昼食をとってから今に到るまで、何があったか説明してくれないか?」 「せつめい?」 ああ、説明と言われても、ポポは事情が分からないか。 「どうやら僕、昼食食べてから記憶がなくて。それで、なんでこんなことになっているか分からないんだ」 「なんでって、だからアンタ達が私を酷く傷つけるようなことを……」 香草さんは慌てるように僕達の会話に割って入った。それに対してポポが反抗する。 「ポポは何もしてないですー! ただポポはゴールドと口移しで食べ物を食べただけです!」 ……口移し? 僕が? ポポと? 口移しというのは、つまりマウストゥーマウスってことで、つまりそれは……。 待て待て待て待て、今本題はそこじゃない。それにポポはほら、妹というか娘というかなんというかほらアレだようん。セーフ? ノーカウント? 「ポポ、もう少し詳しく話してくれないかな」 僕は脳内を駆け巡る余計な思考から目を逸らし、平静を装ってポポに質問する。 「はいです! ゴールドはご飯を食べた後からなんだかおかしくなったです」 「おかしくなった?」 「いつものゴールドじゃなくなったです。それでチコに口の中のものを移そうとしたです」 「僕が!? 本当に!?」 信じられない。だってまるで記憶にない。それに僕はそんなことを思っても行動を起こす度胸なんて持っていない。確かにアレを無理やり食べさせられたショックはあったけど、そんな大胆な方法で反抗に出るなんて思えない。 「本当です! ポポはそれで、ゴールドはとってもおいしいものを食べてるんだと思ったんです。だからゴールドから口移しで食べさせてもらったです。……すごくまずかったです」 ポポはうつむいて舌を出した。 「そしたらゴールドは倒れて、それでポポ悪くないのにチコにいじめられたですー!」 ポポはそう言うと僕の背中に泣きついた。 香草さんは相変わらず沈黙だ。 「香草さん、これが真実なんだね?」 「……そうよ。でも! ゴールドが私に酷いことしようとしたのは事実じゃない!」 う、それを言われると痛い。ポポの話から判断しても、僕が大変なことをしでかす一歩手間までいったのは事実のようだし。……でも、辱めた、って表現は大げさなんじゃないかな。 「でも、ポポは何も悪くなかったじゃないか。僕はちゃんと罰を受けるから、ポポに謝りなさい」 僕はそう言って背中に張り付いているポポを剥がし、香草さんとむき合わせた。香草さんがポポにやったことには正当性がない。 どうして香草さんがあんなことをしたかは分からないけど、形式だけでも謝ってもらわないと、この先旅を続ける上でどんな支障が生じるか分からない。 香草さんは顔を時々上げて口を動かそうとし、しかし口を止めて顔を下げるという動作を数回繰り返した。ポポはそのたびにビクビクしている。 897 :ぽけもん 黒 脅威の怪我人食 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/08/26(火) 03 22 02 ID yXHTQsMQ 「……ぅ、ごめんなさい」 その繰り返しの後、ようやく香草さんはそう言った。当のポポはどうしていいのか分からないのだろう、目を所在無さげに漂わせている。 これ以上は望みすぎか。ようやく関係が改善してきたと思ったのに、また前に逆戻りか。そう考えると気が重くなる。そして、僕が受ける罰についても。 「罰は……今はいいわ」 香草さんのその言葉で、僕は口を大きく開いた。まさかあの我儘な香草さんが、何の復讐もなしに引き下がるなんて、考えてもいなかった。 香草さんは顔を上げて僕のそんな様子を確認する。すると表情を明るくし、いつもの様子で僕に言った。 「あくまで今は、って意味なんだからね! 絶対にこのことを忘れるんじゃないわよ!」 その様子はすっかりいつもの香草さんで、僕は脅されているような状況なのに、ほっとしてしまう。 「うん、覚えておくよ」 出来れば永遠に来ないで欲しいな。 とりあえず、これで一応は場が収まったと思ったので、僕は女医さんのところに、昼食に何を混ぜたか問いただしに行くことにした。香草さんとポポもついてくるそうだ。まあそうなると思ったけど。 僕が強い口調で意識の喪失と性格の一時的変化について問いただしたら、「ああ、そう。たまにあるのよ」と軽く流されてしまった。しょうがないから次からは普通の食事をとるように、と指示された。 僕はその回答に到底納得はいかなかったが、ポケモンセンターは全国的にネットワークでつながれているので、ブラックリストにでも入れられたら今後の旅がどうなるか分かったもんじゃないから、おとなしく引き下がった。香草さんが無言でいてくれてよかった。 日が暮れてなかったらきっと猛抗議していたことだろうな。 日が暮れてしまったから香草さんの感情の変化はよく分からないが、普通の食事をとるように、と言われた時に心なしか沈んだように見えたのは、僕の気のせいだったのだろうか。
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146 :名無しさん@ピンキー [sage] :2009/04/11(土) 22 07 03 ID VngcjGT5 香草さんのフラッシュのお陰で、僕達は短時間で洞窟を抜けることが出来た。 僕と香草さんが手をつなぐと、ポポも手を繋ぎたいとごね(正確には翼だが)、結局ポポともつなぐことになった。 結果不意打ちに対応できず、僕は体当たりを計三回も喰らうことになってしまった。 香草さんはポポに文句を言ったが、香草さんが文句を言えば言うほどポポは僕に引っ付くので、すぐに諦めたようだ。 数時間ぶりの日光が目に厳しい。 僕は目を細めて天を仰いだ。痛む体に突き刺さるような眩しさだ。 「香草さん、洞窟抜けたよ」 香草さんにそう告げる。 名残惜しいが、もう手を離さなくてはならない。 「そう」 彼女はそう返事して、フラッシュを使うのをやめた。 そのまま歩き出す。僕の手を掴んだまま。 「あ、あの、香草さん?」 僕が呼びかけると、香草さんは立ち止まって振り向いた。 「何?」 僕の視線は香草さんの顔とつないだ手を往復する。 香草さんはそれから察したのか、勢いよく僕の手を振りほどいた。 「あ。べ、別に……この馬鹿!」 また馬鹿呼ばわりされてしまった。 「何も見えないkら仕方なく繋いでいただけなんだからね!」 香草さんは顔を真っ赤にして僕に怒鳴る。 そうだよね。仕方なくなんだよね。 僕の浮かれていた心がどんよりと沈む。 「ご、ごめんね」 僕は香草さんに謝ったが、香草さんはふいと前に向き直り、そのまますたすたと歩き出してしまった。 「ポポはゴールドの手を放さないですよー」 ポポはにこやかに僕の手を強く握る。 地上に出たんだからポポには飛んで哨戒してもらいたいんだけどな…… 結局、再びポポは飛び上がり(やんわりと告げたのに、また激しく狼狽して、慌てて飛んでいった。僕はそんなことで嫌いになったりはしないと言っても効く耳持たずだ)、香草さんはずんずん進む。 「大きな井戸だね」 僕達はすぐに大きな井戸の前に着いた。 口は人が数人同時に入れそうな広さがあり、ご丁寧に階段までついていた。 これが『ヤドンの井戸』か。 この井戸にはヤドンが大量に生息しているらしい。 そもそも檜皮村はそれ自体が大きなヤドンの集落のようになっているということだ。 でも特に用も無いので素通りする。 村に入った僕達は、すぐにおかしなことに気づいた。 「この村、やけに警官が多いんだね」 過疎の進んだ小さな村であるはずの檜皮村なのに、異様なくらいの警官の数だ。 目に付くだけでもいちにいさん……十一人もいた。 あくまで今見えている範囲だけで言えば、明らかに村民の数より警官の数のほうが多い。 「あのー、何かあったんですか?」 何事かと思って、僕はその警官の一人に声をかけた。 「ん、ああ。ロケット団がこの村に拠点を作っているという情報があってね。一昨日が一斉摘発の日だったんだよ。まだ残党が潜伏している可能性があるから我々が警備しているというわけさ。君達も気をつけなさい」 なるほど、道理で警察が多いわけだ。 ロケット団。その言葉に一人の男が頭をよぎる。 シルバー。 吉野町で会ったときも吉野町のすぐ手前でロケット団を退治したばかりだった。 彼はロケット団幹部の息子だ。 今はロケット団の要職に納まって、ロケット団と行動を共にしている可能性も十分にある。 もしかしたら、アイツを見つけられるかもしれない。 僕は胸の内に熱を感じた。 147 :ぽけもん 黒 激闘! 檜皮ジム! ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/04/11(土) 22 07 44 ID VngcjGT5 「ゴールド?」 香草さんに声をかけられて、現実に引き戻される。 僕は何かあるとすぐ考え事に耽ってしまう癖があるからな。 気をつけないと。 それよりも、今第一に考えることは、どうしたら香草さんと契約解除するのを防げるかだ。 重ね重ね言うが、僕は本当は香草さんと契約解除なんてしたくはない。すごく強いし、それに……可愛いし。 数日前はすっかり落ち込んでしまって、旅を止めることばかり考えていたが、今はもう少し前向きに考えることが出来ている。 それでも、シルバーにあってしまえばすべては終わりになってしまうのだけれど…… しかし、実際はもう檜皮村についてしまっている。 つまり契約解除まで残すは役所へ行き、手続き済ませるだけとなっている。もう目の前にあるようなものだ。 どうすればいいんだろうか。 「何?」 僕は香草さんに返事をする。 「あ、あのね、あ、あの……け、契約解除のことだけど……そ、その……ななか……な、何でもないわ」 一体何なのだろうか。 何か契約解除について僕に言いたいことがあるのは間違いないと思うけど。 洞窟でのことを考える限り、香草さんは僕にそこまで悪感情を持っていないとも考えられる。 だから説得が不可能だとは思いたくないんだけどなあ。 香草さんのほうからその話題を切り出してくれた今こそ絶好のチャンスだったのかもしれないけど、何も言葉を用意していなかったから何もいえなかった。 余計なことを言って神経を逆撫でしてしまったら元も子もない。 ……うーん、こんなこと人に言ったら、彼女にはっきり拒絶を示されるのが怖くて逃げているだけの言い訳と言われそうだ。 でも僕のこの性格は今に始まったことじゃないしなあ…… 説得の文言を考えながら村を一周したが、僕は奇妙に思った。 この村、役所が見当たらない。 一周したし、役所がそんな村のはずれにあるはずも無いから、見逃してない限り役所は存在しないことになる。 これは一体。 それと、村を一周している間、香草さんがやけにそわそわしていることも気になった。 僕と契約解除できることが嬉しいのかとも思ったけど、どうも喜んでいる感じには見えなかった。 むしろ焦っているような。 もしかしてこの村に何かトラウマでもあったりするのだろうか。 檜皮村は鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた村で――というか森を切り開いて作られた村で、その性質上虫ポケモンの宝庫となっている。 だから香草さんが過去に旅行経験でもあって、この村に来たことがあれば、なんらかの嫌な過去を持っている可能性もある。 直接聞いてみようかとも思ったけど、仮にトラウマがあったのだとしたら傷を抉るような行為になってしまう。 そう考えると聞くことが出来なかった。 香草さんにそわそわしている原因を尋ねることはできないけど、村人に役所の場所を尋ねることはできる。 僕は畑で仕事をしている、初老の男性に尋ねてみた。 「すみません、この村の役所の場所をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」 「あー? 役所ならほれ、そこだ」 意外なことに、役所はすぐそこにあるらしい。 男が指差す先を見ると、そこには木造で平屋の建物があった。 役所というより公民館と言ったほうがふさわしいような見た目だ。 それに、どこにも役所であることを示す表記が無い。 「けど、今言ったって何も出来ねえよ」 「そ、それってどういうことですか?」 「あー、この村、見てのとおり過疎が進んでてなあ、役所無くなっちまったんだ。今じゃそこの公民館に週に一度街から職員さんが来て、そこを臨時の役所として使うことになってんだ」 「週に一回って、それは何時なんですか?」 「あー、ちょうど昨日だよ。残念だったね、お若いの」 香草さんが背後で息を飲むのが聞こえた。 男は残念だと僕を慰めたが、僕にとっては残念どころか大喜びだ。 心の中でガッツポーズを作った。 ありがとうございましたと礼を言って男と分かれた後、僕達はまた歩き出す。 「そういうわけだから香草さん、契約解除はしばらくできないね」 僕は香草さんに笑顔で言う。 「そういうことなら、し、仕方ないわね」 香草さんはいやいやながら了承してくれたようだ。 まあ、了承せざるを得ないしね。 「それってまだチコと一緒にいるってことですか!?」 ポポが僕に尋ねてきた。不快感をあらわにしている。 うーん、だからポポにとってはこれが正しいリアクションなんだろうけど、僕にしてみれば複雑だなあ。 148 :ぽけもん 黒 激闘! 檜皮ジム! ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/04/11(土) 22 08 12 ID VngcjGT5 「そういうことだよ。それとポポ、そんなに嫌がること無いじゃないか。契約を解除していない以上、香草さんも大切な仲間なんだからさ」 「チコが乱暴するのが悪いんです」 「香草さん、もう少しポポに優しく……」 「全部その鳥が悪いのよ」 「香草さん! だからそんな言い方しないでって言ったじゃないか!」 まったくの平行線だ。悲しいけど、二人とも仲良くなんてのは無理なのかな。 「何よアンタはポポばかり! そんなにポポが大事なの!?」 しかも香草さんの逆鱗に触れてしまったようだ。 「言っただろ? 香草さんも仲間なのと同じようにポポも仲間なんだよ!」 僕がそういうと、香草さんは途端に無表情になって黙り込んだ。 分かってくれたのかな。 僕達はまたポケモンセンターに向けて歩き出したが、空気は重い。 というか最近空気が軽かった覚えが無い。石英高原を目指す旅とは、皆このように胃の痛いものなのだろうか。 香草さんは先ほどのようにそわそわはしていないけど、今度はイライラしているように見える。 本当に香草さんは分からない。 ポケモンセンターの部屋のベッドの上で、しみじみとそう思う。 まだ日は暮れてはいないが、万全の体調で挑むためという建前でジムに挑戦するのは明日にした。何せ皆それほど消耗してはいない。確かに万全ではないかもしれないが、本来ならわざわざ日を延ばすほどではない。 役所の人が来るまで後六日だ。 となると普通に進めば明らかに役所の人がこの村に来るより僕達が次の街である古賀根街につくほうが早い。だからそんなに急ぐ理由がないのだ。 幸いなことに香草さんも異論無い様だったし。 ポポはニコニコしながら僕の隣に寝そべっていて、香草さんはイライラした面持ちで向かいのベッドに横になっている。 やっぱり、契約解除できないことがそんなに不満なのか。 そりゃ、ここまでくればもう僕とはおさらばできる思っていたのに、それが外れたらイライラもするよね。 やっぱり、僕は香草さんに嫌われているんだなあ。 はあ、と溜息一つ。 そしたらポポが慌てた様子で、 「何か悪いことしたですか!?」 と尋ねてきたから困った。 ただの深呼吸だと誤魔化したけど、彼女の異様とも思える強迫観念には困ったものだ。もっと自分に自信を持ってもいいのに。 僕みたいな凡才と違って、彼女は才能に恵まれているのだから。尤も、その自覚はないのかもしれないけど。 そうして僕は悶々と香草さんを説得する台詞を考えながら時間をすごし、そして翌日を迎えた。 道路にでたが、まだ警官の数は多い。 そういえば寝ていたから曖昧なんだけど、夜中に外が騒がしかったような気もするから、またひと悶着あったのかもしれない。 お疲れ様ですと警官に挨拶をし、僕達はジムへ向かった。 檜皮村のジムは村に合わせたのか、虫タイプを使うジムだ。 香草さんは虫が弱点だけど、逆にポポは虫に弱点だから大して問題は無い。 むしろ前の桔梗町のジムよりも楽かもしれない。 僕はそんな楽観的思考をしながらジムへ入った。 ジムの中には鬱蒼と人の背丈を越す草が生い茂っており、向こう側の様子が何も見えない。入り口のすぐわきに階段があったので上ることにした。 階段の上には通路があり、このジムの全景がよく見渡せた。 白線の中は一面の草むらである。 なるほど、木を隠すなら森の中、虫を隠すなら草むらの中、というわけだ。 桔梗町に続き、また自分に対して有利に働くようなジム作りがなされているわけだ。 ジムとはすべてこういうものなのだろうか。 戦う場所を選べないのは挑戦者の辛いところであり、戦う場所を選べるのはジムリーダーのアドバンテージというわけだ。 戦う前から戦闘というものは始まっているのかもしれない。 「よくきたね、挑戦者?」 ジムの壁をぐるっと周回する様に伸びている通路。その通路のちょうど僕達の向かい側に彼女はいた。 入り口では草の所為で見下ろす位置の彼女も、見上げる位置の僕も、お互いの姿が見えなかったようだ。 その少女は声の通り、活発そうな少女だった。 肩の手前でザクザクと切りそろえられた紫の髪と、緑の丈夫そうな服が特徴的である。 149 :ぽけもん 黒 激闘! 檜皮ジム! ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/04/11(土) 22 08 54 ID VngcjGT5 「ええと、君がジムリーダーかな?」 状況的には彼女がジムリーダーなのだろうけど、それにしてはかなり幼い。僕よりも絶対に年下だ。だから僕は失礼になるかもしれないと思いつつも尋ねた。 「そうだよ。ぼくが檜皮ジムジムリーダーのツクシさ! ご存知の通り、虫ポケモン使いだよ」 彼女がそう言うと、草むらの中から二人のポケモンが飛び出した。 ゴツゴツした装甲に全身を覆われた緑色のポケモンと、こちらもゴツゴツした甲冑に全身を包んでいる緑色のポケモン。 トランセルとストライクだろう。 トランセルはまだ硬そうというだけだが、ストライクのほうは両手に構えられた二本の大刀がいかにも凶悪そうな威圧感を放っている。 それに、二人ともあれだけ重そうな装備をしているのに、一っ飛びで簡単に二階ほどの高さのある通路まで上ってきた。重装甲だからといって鈍重と言うことにはならないということか。 しかし僕のパートナー達はそれを見ても平然としている。 あの装甲から想像される防御力の高さに素早さ、さらにストライクのほうは高い攻撃力が想像できる。 それなのに、何のリアクションもなしとは、この子たち知覚に何か問題があるんじゃないかな。 「キリとナギだよ」 ツクシさんの紹介を受けて、二人とも順にお辞儀する。 トランセルのナギさんはお辞儀のときそのまま前のめりに倒れてしまった。 装甲の稼動域狭そうだもんなあ。 しかも一人では起き上がれないらしく、手足をバタバタと動かしている。 可愛いなあ。 思わず和んでしまう。 お陰で僕の右腕が折れそうだ。 「……って痛い痛い痛い! ど、どうしたのさ香草さん!」 香草さんに僕の右腕を曲がらない方向に引っ張られていた。 一体どうしたというのか。 せっかくナギさんを見て穏やかな気持ちになれたというのに、そんな気分は一瞬にして吹き飛んでしまった。 「長いのよ。早くしなさいよ」 香草さんはどうやらお怒りのようだ。 ツクシさんと話を始めてからまだ一分程度のはずだ。決して長くは無いと思うんだけどなあ。 そもそも、暇つぶしで腕を折られたらたまったものではない。 そういえば最近あまりご飯を食べてないみたいだから、栄養バランスか崩れてイライラしやすくなっているんだろうか。 光合成に頼りすぎちゃダメだよね。今度からちゃんと言わないと。 「ええっと、僕は若葉町から来たゴールド。よろしくね」 「なんだその子供をあやすような口調は!」 「え、そんなつもりはなかったんだけどな。ごめんね」 ツクシさんは向こう側でピョンピョンと跳ねている。これはこれで可愛いなあ。 そして香草さんは今度は僕の指を折りたいようだ。 「か、香草さん! 人間の指は普通そんな方向には曲がらないたたたた!」 僕は香草さんの手を必死に振りほどこうとする。 しかし段々力が強くなっていっているような…… 僕がこの村のポケモンセンターの医療設備がどのくらい充実しているかに望みを託し始めた頃、香草さんの手が強い力で払われた。 ポポが翼で香草さんの手を叩いてくれたのだ。 「チコ、それ以上は許さないです」 ポポが香草さんを睨みつける。 「へえ。どう許さないのか教えてほしいわね、鳥頭」 香草さんもポポを睨み返す。 あれぇ、どうしてこんな険悪ムードに。 「や、やめてよ二人とも。ポポ、僕は大丈夫だからさ。香草さんも落ち着いて」 「ははは、君たち、挑戦者かと思ったらコントでもやりにきたの?」 ツクシさんにも馬鹿にされてしまった。 150 :ぽけもん 黒 激闘! 檜皮ジム! ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/04/11(土) 22 09 25 ID VngcjGT5 確かにご尤もだけど、言われっぱなしも癪なので皮肉を返してやる。 「君こそ、こんな小さな女の子がジムリーダーなんて驚きだよ」 「ぼ、ぼくは男だ! それに年は関係ないだろう!」 明かされる衝撃の事実。 髪型。可愛い顔。そして子供ということを加味しても明らかな女の子の雰囲気。とても信じることが出来ない。 「お……男? そんな……嘘だ」 「嘘じゃねーよバカ!」 怒られてしまった。怒鳴り声すら可愛らしい。 「でもどこからどうみても可愛い女の子にしか見えないよ」 「お前、男が可愛いと言われて喜ぶと思ってるのか!」 ご尤もだ。尤も、僕は彼女が男だということを信じるつもりは無いが。 自称=事実とは限らない。 きっと彼女は女の子なのに虫好きだとからかわれるから自分のことを男だと称すようになったに違いない。僕はそう信じ続ける。 そして背後からの殺気がやばい。 香草さん的に考えて、余計な話をしすぎてしまったようだ。 「ねえねえゴールド、ポポは可愛いですか?」 急にポポに飛びつかれた。 「うん、ポポも可愛いよ」 僕は頭を撫でながら答えてやる。 そして背後からの殺気がもうとんでもないレベルに達しているような。 「そ、それで、彼女達が僕のパートナーのポポと香草さん。よろしく」 これ以上のんびりしていたら僕の身が大変なことになりそうなので、若干唐突かと思いつつ自己紹介を進める。 香草さんは苛立ちを隠そうともせず、無愛想な顔でじっと前方を睨んでいる。 ポポはキチンとお辞儀をしたが、なぜか前のめりに倒れた。 しかも倒れたままジタバダと手足を動かしている。 数秒の後、顔だけ起こして僕を見上げてきた。 これは一体何なのだろうか。 もしかしたら先ほどのナギさんの動作を自己紹介のときの正当な作法と思い込んでしまったのかもしれない。後でちゃんと教えておかないと。 僕が何も言えずにポポを見ていると、ポポは突然立ち上がり、恥ずかしそうに頬を染めながら服の埃を払っていた。 僕の様子からおかしいことが分かってくれたのかな。 そんなことを考えていると、突然アナウンスが入った。 草むらで見えないけど、ちゃんと審判もスタンバイしていたようだ。 さて、問題は…… 「私が行くわ」 「ポポが戦うです!」 この二人をどう宥めるか、だ。正直言って頭が痛い。 「香草さん、香草さんには悪いんだけどさ、今回はポポに戦ってもらおうかと思っているんだ」 「どうしてよ!」 「どうしてって……ナギさんの装甲を見て、あの装甲に単純な打撃でダメージを与えるのは難しいだろうし、キリさんの鎌で香草さんの蔦は無力化されちゃうと思うんだ」 「ゴールドの言うとおりです!」 「そんなわけ無いでしょ! あんなの、簡単に捻じ切れるわよ!」 「捻じ切っちゃダメだよ!」 捻じ切ることを前提に話を進めていたとは。 どうして香草さんはこうバイオレンスなのだろうか。 「じゃあすり潰す?」 「一体何をどうするつもりなのさ!」 このフィールドでどうすれば対戦相手をすり潰すという発想が出てくるのか、僕にはさっぱり分からない。 「しょうがないわねえ。ポポ、ちょっと私の目を見なさい」 ポポは怪訝そうに香草さんの目を覗き込む。何だろう? 僕も不思議に思って香草さんをじっと見る。 「フラッシュ!」 「ぎゃあああああああ!! 目が、目がぁ!!」 突然香草さんの目から迸った閃光により、僕は目を焼かれ地面をのた打ち回る。 「何でアンタがダメージ受けてんのよ……。そして何でアンタは平気なのよ」 香草さんは僕を呆れたような目で見て、その後ポポに訝しげな視線を向けた。 151 :ぽけもん 黒 激闘! 檜皮ジム! ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/04/11(土) 22 09 58 ID VngcjGT5 「ポポにはそんなの効かないですよ」 確かに、正面から喰らったはずなのにポポはピンピンしている。 そうか! かなり明るくないと物が見えないということは、逆に言えば明るさに対する耐性が高いということか! なるほど、これは思わぬ発見だ。多分今後役に立つことはなさそうだけども。 「君達、本当に何しに来たの?」 ツクシさんは何かバカを見るような目でこちらを見ている。ツクシさんが呆れるのも無理はないんだけどさ。 「二人とも、どの道また入れ替え戦だからね! 勝っても負けても交代なんだよ!」 「じゃあポポは先がいいです」 「私は後がいいわ」 僕の予想に反してすんなり決まった。二人にもようやく協調性というものが芽生えてきたのかな? 「雑魚と戦ってもしょうがないし」 「どうせチコは負けるです。そしたら両方ともポポが倒せるです」 前言撤回。君達の魂胆はよーく分かった。 どうして二人はこれほどライバル意識を燃やしているのかな。 ポポとナギさんがフィールドに飛び降りたことで審判によるルール説明が始まる。 二度目なので特に効くべき点も無い。 試合開始の宣誓と共に、バトルが始まった。 「ナギ、硬くなれ!」 ツクシさんは早速ナギさんに指示を出した。 まずは防御を固めるか。元から硬そうだし、防御に徹しられたらかなり厄介だ。 「ポポ、電光石火でぶつかれ! 相手に防御を固めさせるな!」 僕の指示通り、ポポはあっという間に距離をつめ、ナギさんを弾き飛ばした。 しかしこれではたいしたダメージは見込めない。それは分かっている。 「ポポ、そのまま風起こしだ!」 体性を崩したナギさんに烈風が襲い掛かる。 ナギさんはなすすべなくじりじりと交代していく。 「ナギ、耐えろ!」 「ポポ、体当たりで一気に押し出すんだ!」 僕はもともとダメージを与えることによる勝利を狙ってはいなかった。 あれだけ防御がしっかりしているとなると正攻法で倒すにはかなりの体力の浪費となるだろう。 そもそもツクシさんの戦略はおそらくそれだ。 専守防衛に徹し、こちらが疲労や焦りで隙が生じたらそこを叩いて潰す。 ならば相手が守りを固める前に速攻で片をつけてやればいい。 風で移動を封じ、適度に追い詰めたらそのまま体当たりで押し出す作戦だ。 ポポにはそれが出来るだけの能力がある。 そして僕の思惑通りにナギさんは場外にはじき出された。 ナギさんの場外でポポの勝ちである。 よし、これで余裕が出来た。 「ポポ、よくやった!」 はしゃいで戻ってくるポポを抱きとめ、労いの言葉をかけてやる。 香草さんの目が痛いのでそれもそこそこに、二戦目の準備を始めた。 ツクシさんはかなり悔しそうだ。 トランセルはもともと戦闘向きのポケモンではない。 それをあえて手持ちに入れているということは、なんらかの理由か、自分のトレーナーとしての自負があるのだろう。 しかし、ナギさんはホントに癒し系だなあ。 ツクシさんの前でしょんぼりしているナギさんを見ているだけで、なんだか微笑みがこぼれる。 「ナギ、よくやった。しっかり休んでくれ。……キリ、頼んだぞ」 「イエス、マスター」 ツクシさんの命で、フィールドにキリさんが降り立った。 鳥ポケモンほどではないが飛行能力を備えている上に、ナギさんにも劣らない重装甲。極めつけは二本の大きな刀だ。速度、防御、攻撃を兼ね備えた、まさに驚異的なポケモンといえる。 香草さんはすでにフィールドに待機していた。 僕は指示が出しやすいようにポポと少し距離をとる。 そして、試合開始が宣言された。 「香草さん、蔦で周りの草を薙ぎ払って!」 開始と同時に僕はそう指示を出した。 ナギさんの装甲の色から考えて、草むらにまぎれられて高速で攻撃されたらおそらく手も足も出ない。一方的に削られるだけだ。 ならばまずすべきことは隠れ場所を無くすこと。僕はそう考えた。 「遅い!」 しかし、その声と共にキリさんが上空から切りかかってきた。 これは蔦で受け……いや、まずい! 152 :ぽけもん 黒 激闘! 檜皮ジム! ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/04/11(土) 22 10 46 ID VngcjGT5 「リフレクター!」 僕は慌てて叫んだ。 上段からの加重のかかった二本の刀はおそらく蔦では受けることが出来ない。 回避にしても蔦が長く出ている今ではどうしても蔦が引きずられて回避が遅れる。 一手目から失策だったかもしれない。 間に合え……! 金属をこすり合わせるような、鈍い音がフィールドに響いた。 「ぐぅ!」 香草さんの短い悲鳴が聞こえた。 見れば、刀は束ねられた蔦にかろうじて受け止められていた。 しかし蔦越しとはいえ、刀は香草さんの左肩に打ち据えられていた。 リフレクターはちゃんと発動していた。それなのに、なんて威力だろうか。 相性の問題もあるだろうが、ここまでパワーのあるポケモンとの戦闘は初めてだ。 もしかしたら、力は香草さんにも引けをとらないかもしれない。 「香草さん、眠り粉だ!」 僕の指示を受けて、香草さんからキラキラと光る粉が散布される。 キリさんは咄嗟に飛びのいて距離をとった。 最初からあたると思っていなかったので、距離をとらせることが出来ただけでも十分だ。 香草さんは左肩を抑え、苦痛に顔をゆがめている。 あの様子だと、もうこの戦闘中はまともに左腕を使えないかもしれない。 何てことだ。 これはもしかして本当にポポの予想が当たってしまうかもしれない。 ……僕がそんな弱気でどうするんだ。 後ろ向きな考えは今は必要ない。今すべきことは最善を尽くすことだ。 「香草さん、葉っぱカッター!」 キリさんの強襲によっていくらも草をなぎ倒せなかった。だから遠距離から攻撃できつつ、同時に草も刈れるこの技を選択する。 「キリ、剣の舞」 キリさんは大刀を上手く生かしながら舞を始めた。 それは優雅さと雄雄しさを兼ね備えている、美しいものだった。 しかも同時に自身に襲い掛かる葉っぱも打ち落としている。 剣の舞はそもそも自身を鼓舞することにより攻撃力を上げる技であって攻撃技ではない。 しかしそれで葉っぱカッターを受けられるとは、ますますまずい。 このままではどんどんキリさんの攻撃力が上がっていくことだろう。 やはりこの戦いも、早期決戦が理想のようだ。 「香草さん、蔓で相手の動きを封じるんだ!」 「させないよ! キリ、連続斬りで相手の蔓を切りまくれ!」 伸びていく無数の蔓を、キリさんは次々と切り落としていく。 そもそも片手しか使えないため、蔦の数が足りていない。それに加えあの速度だ。近付くこともできない。 いや、それどころかキリさんはジリジリと近付いている。 このままじゃいずれあの凶刃が香草さんにも降りかかってしまう。 なんとかしないと。何か手は無いか。 必死に考えても、何も名案が思いつかない。 策はいくつか思いつくが、それを相手に伝えず香草さんだけに伝える術が考え付かない。 前回のジム戦の快勝で、ジム戦を甘く見ていたかもしれない。 戦う直前でないと戦う相手はわからないとはいえ、ジムによって戦うポケモンの傾向は分かっている。だからそれにあわせて、事前にいくつか策を作って話し合っておくべきだった。 そうしているうちにもキリさんはドンドン近付いてくる。 もうダメか。 白旗を揚げようかと思ったそのとき、突然キリさんの体が浮き上がった。 両足をしっかりと蔦にとられている。 よく見ると、香草さんの左腕から伸びた蔦が、草むらを迂回してキリさんのところまで繋がっているのが見えた。 左腕は使えないんじゃなかったのか? 香草さんはそのままキリさんを壁に向けて叩き付けた。 キリさんは空中で慌てて両足を縛っている蔦を切ったが、ついた勢いはそう簡単には止まらない。 キリさんはそのまま場外となってしまった。 香草さんの場外勝ちだ。 153 :ぽけもん 黒 激闘! 檜皮ジム! ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/04/11(土) 22 11 24 ID VngcjGT5 審判によって試合終了が宣言されると、僕は急いで香草さんに駆け寄った。 「香草さん、腕は大丈夫なの?」 「演技よ。私だって相性の悪い相手に無策で挑んだりしないわよ」 意外な答えだ。香草さんは普段はどんな属性だろうと関係ないといっているが、実際はしっかり考えているんだなあ。 思わず感心してしまった。 「どう、あの鳥には出来ない戦い方でしょう?」 香草さんは僕を挑発するような目で見てくる。わざわざ感心したのに、損した気分だ。 「ボク達の負けのようだね。お前、ふざけた奴かと思ったら、中々仲間に恵まれているんだな。規定どおり、インセクトバッジを渡そう。それと、こっちは連続斬りの技マシン。相性の悪い相手を倒したからって、まだまだ先は長いんだからね。甘く見ないことだね」 ツクシさんは悔しそうな顔をしていたが、口調から判断すると、僕達を認めてくれたようだ。 よしよしと頭を撫でたくなるのを堪えながらバッジを受け取る。 こうして、僕は二つ目のバッジであるインセクトバッジを手にした。
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707 :名無しさん@ピンキー [sage] :2009/03/30(月) 06 38 16 ID dKqraO07 「じゃあ、出発するよ」 素早く後片付けを済ませた僕は、二人に向かってそう言った。 今朝の目覚めはこの旅始まって以来最悪だった。過去最低だった。そういえば、香草さん曰く僕はサイテーなんだよな。 しかし、僕はなんとかその最初で最大の障害をクリアして起きることができた。 僕は朝食もとらずに、桔梗町へ進路を向けて進もうとした。 「ゴールド? そっちは来た道ですよ?」 ポポが怪訝に思うのも無理はない。ポポは昨日僕と香草さんとの間に何があったかを知らない。 あの決定的な破局の後ポポの元に戻った僕と香草さんは、その後一言も会話を交わすことなく寝てしまった。 ポポは僕の姿を認めるなりすぐに走ってきて抱きついてきたし一方的に話しかけてきたけど、僕は「ああ」とか「うん」とか適当な相槌を打つ以外のことをしなかったし、特に尋ねられもしなかったから答えなかった。 そもそも、まともに会話できる心理状態じゃなかった。 今は一晩たったお陰で少しは落ち着いていられるが、まだ気分は重い。もう逃げたい。一人になりたい。そういえば、ランがシルバーにさらわれたときも、一人で部屋に篭って、現実の一切から逃げていたっけ。はは、昔から進歩がないな、僕は。 「ポポには説明してなかったけど、昨日香草さんと話し合った結果、香草さんとはパートナー契約を解除することになったんだよ。だから、手続きのために町に戻らなきゃ行けないんだ」 僕はできるだけ簡単にポポに説明した。あんまり詳しく説明すると、それだけでまた平静を保てそうになくなる。 「契約……解除です?」 ポポがそう聞き返してきた。 ああそうか。ポポには契約解除という言葉の意味がよく理解できないのか。 もう何も言いたくなかった。これ以上言うことは、それだけでもう苦痛だ。 でも、僕にはポポに説明する責任がある。何せ、僕の落ち度でパートナー解消することとなったのだから。 「つまり、もう香草さんとは、一緒にいられないって、ことだよ」 一息に言うことができず、区切りながら言葉をなんとか発した。 その言葉を聞いた瞬間、ポポの顔がぱあっと輝いた。 なんて露骨な反応だろうか。 ポポは香草さんに酷い目に合わされたりしたし、確かに正しいリアクションではあるんだろうけど、それを見る僕の気持ちは複雑だ。 「大丈夫ですかゴールド。顔色が悪いですよ?」 キラキラと輝いていた顔が元に戻り、心配げに僕を覗き込む。 まいったな。平静を装えているつもりだったのにな。僕はつくづく駄目な奴だなあ。 ポポに心配かけまいと、無理に笑顔を作る。 「大丈夫さ、なんでもないよ」 「ゴールド、心配しなくてもいいですよ。誰もいなくなっても、ポポだけはずーっとゴールドと一緒にいるですよ」 ポポは微笑みながらそう言った。 心配をかけないどころか励まされる始末だ。まったく、僕って奴は。 そう思うと同時に、不意にポポが可哀想に思えた。 ポポは今までのことから分かっているとおり、優秀だ。 だから、僕みたいな、こんな旅に出て早々にパートナーに見放されるようなダメトレーナーより、まともなトレーナーと出会っていれば、きっともっとその才能を生かせたはずなのに。 若葉町で、あのとき旅を終わらせなかった過去の失敗が鮮明に思い出された。 あのときの旅を終わらせるという僕の判断は、やっぱり間違ってなかったんだ。 そもそも、僕みたいな人間がトレーナーをやっていていいのだろうか。 仮にこのまま香草さんが新しいパートナーを見つけることができなかったら、彼女は僕のせいで夢を諦めたことになってしまう。 それなのに僕だけがのうのうと旅を続けるのか。 果たして、そんなことが許されるのか。 急に、何もかもが嫌になってきた。 いっそここで全部終わりにしてしまおうか。 と、ここで僕は正気に返った。 今考えてもしょうがないことだ。香草さんと別れて、それから考えればいい。このまま立ち止まっていたら、香草さんになおさら迷惑をかけることになってしまう。 今は、ただ桔梗町へ…… 708 :名無しさん@ピンキー [sage] :2009/03/30(月) 06 38 52 ID dKqraO07 ふと、香草さんを見るために振り返って気づいた。 香草さんはいつのまにか出発していて、しかも桔梗町とは反対の方向へ――つまり正しい進路へ向かって歩いていた。 「こ、香草さん!?」 驚いて大声で呼びかけるが返事も反応もない。 仕方がないので走って追いかける。 香草さんの歩く速度はそこまで速くはなかったので、すぐに追いつくことができた。 彼女は僕が追いついても僕のほうを向くこともしない。ただ前だけを見据えていた。 しかし視線は定まっているが、焦点は曖昧に見えた。 顔はしっかりと前方を向いているものの、時折眼球がオロオロとさ迷う。 まるで、酷く狼狽しているかのように見えた。 「香草さん、こっちは桔梗町とは反対方向だよ?」 僕の呼びかけにも反応しない。一体どうしたのだろう。僕の呼びかけにこたえないのは僕と口を利きたくないからだとしても、次の町を目指して進んでいることの説明にはならない。 あ、もしかして前の町に戻る分のロスが嫌だったのかな。 彼女が何も語らない以上、彼女の真意は分からない。しかし、それ以外に納得のいく説明を思いつかなかった。 日が暮れたが、それでも香草さんは止まらない。 ポポは空から降りてきて、香草さんの後ろを歩く僕の後ろを不安げについてくる。 ポポの手を引いたほうがいいのだろうけど、そうすると香草さんが掻き分けた細い轍のあとをまっすぐ進めなくなり、とても歩きにくくなるため、香草さんに置いていかれそうなのでできなかった。 食事も休憩も一切とらない行軍だ。僕はもうヘトヘトだった。 よくよく考えてみたら、彼女は次の目的地――檜皮村で止まることになるんだから、無理して追いかけなくてもいいんじゃないか? 今更、こんなことに気づいた。朝は失意のあまり頭が回っていなかったようだ。 僕は歩くのを止め、その場に腰を下ろした。 どのみち、体力的に限界だった。 「香草さん、今日はこの辺で野宿にしようよ。もうこれ以上歩けないよ」 無駄だと分かっていつつ、一応香草さんに呼びかけてみる。 すると意外なことに、香草さんは素直に進むのをやめた。 本当に意外だった。僕は呆気にとられ、自分が何をしようとしていたのかすら分からなくなってしまったほどだ。 彼女一人村についても、僕がいなければ契約は解除できない。 だから僕と行動を共にすることが最善と判断したのだろうか。 「……香草さん?」 呼びかけてみるが返事はない。本当に、彼女は一体何を考えているのだろうか。 止まったってことは僕の声が聞こえてないってことはないと思うんだけど。 怪訝に思いながらも、食事の支度と寝支度を整えた。 食事の支度ができた際、再び香草さんに呼びかけたが、何の反応もなかった。 草ポケモンは一般的に光合成をすることができるため、食事を行わなくてもエネルギーを供給できる。だから食事を行わなくても大丈夫なのかもしれない。 しかし、それでも不安なので彼女のすぐそばに食事を置いておいた。 僕はすぐまた彼女と離れたから、香草さんがそれを食べたのかは結局のところ分からない。 相変わらず、彼女は僕達とは離れて眠った。 ポポはもはや僕に抱きつくようにして眠っている。寝袋があるから、物理的には接触してないんだけれど。 709 :ぽけもん 黒 変異と成長 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/03/30(月) 06 43 33 ID dKqraO07 翌朝、僕は肉体的疲労からか心労からか寝坊してしまった。 僕が目覚めた頃には完全に夜が明けていた。 香草さんはもう先に進んでいってしまったかもしれない。 慌てて草むらを見回すと、こちらを見ていた香草さんと目が合った。 彼女は僕と目が合ったからか、それとも僕が起きるのを確認したからかは分からないが、フイと顔をそらしてしまった。 僕達が片付けと簡単な朝食を終え、立ち上がるとそれを待っていたかのように香草さんは無言で歩き出した。 僕達はまたそれについていくしかない。ポポは香草さんについていくというより、僕が香草さんについていっているから行動を共にしているにすぎない、といったほうが適切なのかもしれないけど。 そして今日もまた黙々と歩き続ける。 前日と同様に昼食も休憩も無しに歩き続け、そのお陰で夕暮れ頃にはポケモンセンターにたどり着いた。 ここは町があるわけではないのだが、檜皮町へこちら側から行くには洞窟を通る必要がある。 そのため、体力の回復と装備の整備のためにここにポケモンセンターが設けられているのだった。 ようやく休める。 ほとんどフラフラだった僕は安堵の溜息を漏らした。 「こ、香草さん、今日はポケモンセンターに泊まっていこうよ。このまま洞窟に入るのは危険だよ」 香草さんが止まってくれるか不安だったけど、ポケモンセンターの前に来るとちゃんと止まってくれた。 そのまま僕に続いてポケモンセンターに入る。 やはりというか、以外というか。とにかく、彼女は一応僕と行動を共にする気はあるらしい。 すぐに手続きを終え、あてがわれた部屋に入った。 荷物を置くとそのままベッドに倒れこんだ。 この二日、相当な強行軍だったため、僕のHPはもうほぼゼロだ。 瀕死状態である。 こんな過酷な旅にも関わらず、ほとんど疲労の色が見えないポポと香草さんが恐ろしい。 部屋に入るとポポは僕の倒れこんだベッドに腰を下ろし、香草さんは向かい側のベッドに腰を下ろした。 僕の横になっている場所は香草さんの向かい側だから、香草さんと正対する形になる。 決別以来初めて香草さんの顔を正面からまじまじと見たけど、どこか違和感を感じる。 やはり目の焦点が合っていないような、見ているのに見えていないように見える。 どうも、何か考え事をしていて、目の前の光景が見えていないときのような、そんな感じだ。 ……まあ彼女も僕のせいで色々余計な思案を巡らせなくてはならなくなったからね。 しかし、それにしては彼女から感じられる脆さというか儚さのようなものは何なのだろうか。 彼女の燃えるような赤い瞳が、今は酷く不安げに見えた。 しばらく横目で見ていたが、疲労から僕の瞼はすぐに落ちた。 目を覚ますと、部屋は真っ暗だった。 そして、ポポと香草さんは僕が意識を失ったときと同じ姿勢でそこにいるのが、窓からさすわずかな明かりに浮かび上がって見えた。。 「ど、どうしたの二人とも!?」 僕は驚いて二人に尋ねる。 外はすっかり日が落ちているとなったら、少なくとも数時間は経過しているはずだ。 それなのに電気も点けず、二人ともまったく同じ姿勢というのはただ事ではない。 「チコが睨んできて、怖くて動けなかったですー!」 僕が起きたと分かった途端、ポポはそう言って僕に飛びついてきた。 また何かあったのかと慌てて香草さんを見たが、香草さんは相変わらずの無表情だ。 お世辞にも優しい表情だとは言えないが、睨むというのとも違う気がする。 「う、うーん、そんなこと無いと思うけどなー。大体、香草さんがポポを睨む理由がないよ」 そうだ。どうして香草さんがポポを睨むことがある。 710 :名無しさん@ピンキー [sage] :2009/03/30(月) 06 44 08 ID dKqraO07 「ご、ゴールド、ポポのこと信じてくれないですか!?」 ポポは泣きそうな顔で僕を見てくる。 そんな顔で見られると心苦しいけど、だからと言って香草さんを誹謗していい理由にはならない。 「違うよ。ポポを疑ってるわけじゃない。でも、僕には香草さんが睨んでいるようには見えないよ」 しかしそこで思いもよらないことが起きた。 ポポの顔が見る見る歪み――それはちょうど何かに怯えるような表情だった――、僕に泣きながら縋ってきたのだ。 「わ、わがままな子だって思わないでです! ポポ、そんなつもりで言ったんじゃないです! 本当に睨まれているように感じたんです! ポ、ポポいい子にするです! いい子にするですから!」 「ど、どうしたのポポ! 落ち着い……」 「捨てないで! 捨てないでです!」 ポポは泣きじゃくるばかりで会話にならない。僕が言葉を挟む余地がないほど次々と言葉を発しているが、内容は大体、「いい子にするから捨てないで」といったようなものだった。 ポポの突然の錯乱に僕もパニックに陥る一歩手前だ。 「ポポは悪い子なんかじゃない。捨てたりしない」という旨のことをひたすら言いながら頭と背中を撫でているが、果たしてこれでいいのだろうか。 こんなときですらまともに対応できない自分が情けない。 「……によ、鳥の癖に!! 畜生の分際で!!」 と、今度は突然香草さんが叫びながら立ち上がった。 彼女の瞳が光を放っているがごとく爛と輝いた。 「こ、香草さん!?」 明らかに正気とは思えない香草さんの様子に、僕はまた恐怖する。 ようやく反応を示してくれたと思ったら、それがこれとは。 香草さんの両袖からはすでに十数の蔦が顔を出している。 泣きじゃくっている正気ではないポポ。 すでに臨戦態勢なもっと正気とは思えない香草さん。 正気ではあるもののこの室内で一番無力な僕。 どうすれば、どうすればこの場を収めることが出来るんだ。 ああ。 あああああ。 あああああああああああああああ。 だ、誰か助けてー!! ……誰が助けてくれるんだよ。 危うく僕まで正気を失いかけていた。 そうだ、僕がなんとかしなきゃ。 この状況を何とかできるのは僕だけなんだ。 幸いにも様々な道具の入ったリュックは枕元。 つまり使えない状況ではない。 やれる。いや、やるしかない! とりあえずするべきことは暴走する香草さんの鎮圧だ。 香草さんを止めねば! 「あ、アレは何だ!?」 僕はそう言って窓の外を指差した。 当然窓の外には何も無い。 香草さんが窓の外に気を取られているうちに道具を当てる作戦だ。 しかし香草さんは窓の外を見るどころか、視線を一ミリそらすことすらなかった。 ……うん。僕が馬鹿だった。 しかし落ち込んでいるような猶予はない。 何か次の作戦を考えないと。 「……どきなさい」 「へあ?」 予想外の言葉に僕は気の抜けた声を漏らしてしまった。 「どきなさい! そこは私がいるべき場所なのに! 私はこんな思いをしてるって言うのになんでアンタが……何も考えていないアンタみたいなのが!!」 も、もしかして僕がこのベッドにいるのが気に食わなかったんですか? それでこんなに激昂して? 「ご、ごめんなさい! すぐどきますから!」 僕は慌ててポポを抱き起こし、立ち上がる。 香草さんがなんでそこまで怒っているのかは分からないけど、それでこの場が収まるのなら僕はどくさ。どくとも! そう、退くも勇気! だからこれは勇気なんだ! 711 :ぽけもん 黒 変異と成長 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/03/30(月) 06 44 41 ID dKqraO07 僕はベッドから飛びのくと、ポポと共に窓際に移動した。 しかし香草さんはなおも僕をねめつける。 そして怒鳴った。 「そこからどきなさいって言ってるのよ!!」 ええええええええええ。 僕、どきましたけれども! 僕は一体どうすればいいんでしょうか。 そ、そうか。部屋から出ればいいんだ! 「ぼ、僕、部屋からでるから。それならいいでしょ?」 僕はそう言って、ポポをつれて入り口に向かう。 それを聞いた香草さんははっとした表情を浮かべ、そしてなぜかおとなしく蔦を引っ込めた。 一体どういうことだろう。 「……好きにすればいいじゃない」 え? 好きにすれば、とは一体どういうことだろうか。 どうしてこの状況でその言葉を向けられたのか。 さっぱり分からない。 か、考えろ。考えるんだ。 ポポが僕に泣きついた。 そしたら突然香草さんが怒り出した。 香草さんはどうやら僕がこの部屋にいること自体気に食わないらしい。 だから僕は部屋から出て行くと言った。 そしたら好きにすればいいと言われた。 ……うーん。 ……ううーん? や、やっぱり意味が分からないぞ? 僕はどうするのが正解なのだろうか。 「す、好きにしていいならここにいるけど……」 何が正解かは分からないけど、僕はそう言って再びベッドに腰を下ろした。 その隣にすぐにポポも腰を下ろす。 香草さんはそんな僕を見て何事かを言いかけたが、壁のほうを向いてベッドに潜り込んでしまった。 ……僕も寝よう。起きたばかりだと言うのに、なんだかぐっと疲れた。 僕がベッドにもぐりこむと、ポポも同じ毛布にもぐりこんできた。 ポポは僕に間違いなく抱きついている。完全に0距離だ。 今までも密着して寝ているとはいえ、隣に香草さんがいたり、寝袋があったりして、一対一での直接的接触はなかった。 ポポはとても暖かくて柔らかい。 特に邪な感情が湧くわけではないが、なんとなく決まりが悪い。 「あ、荷物整理しなきゃ」 いくらなんでも近すぎる。 僕は逃げるようにベッドから起きだす。 するとポポも起きだした。僕の腰をがっちりと掴んでいる。 「……ポポ?」 ポポは何も言わないが、目で僕に「行かないで」と訴えかけていた。 今にも泣き出しそうな顔だった。 「荷物を整理するだけだから、さ」 僕はポポに笑いかけながら言ったが、ポポの表情は変わらない。 僕は諦めて、再び横になった。 ポポはそれを見て、安心したように強く僕に抱きついてくる。 このポポの異常な恐れと執着は一体何なんだろうか。 彼女は僕の疑問など知る由もなく、穏やかな寝顔を見せている。 僕はポポの無垢な寝顔に言い知れない不安を覚えながら眠りについた。 712 :ぽけもん 黒 変異と成長 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/03/30(月) 06 45 14 ID dKqraO07 僕はそうとう疲れていたらしい。 目を覚ましたときにはもうすっかり日が高く昇っていた。 うわっ、寝過ごした。 僕は慌てて起き上がった。 すると再びポポと香草さんが向き合っていた。 ま、また昨晩の再来か!? 「ど、どうしたの二人とも!?」 よくもまあこんな状況でのうのうと寝ていられたものだ。 自分の鈍さに腹が立つ。 しかし僕の問いに対するポポの返答は意外なものだった。 「別に、何もないですよ? さ、早く出発するです」 ……何かが変だ。 なんと言うか、普段のポポからすると落ち着きすぎているというか、口調が普通の人間とそう変わらないものになっているというか。 その旨をポポに告げるとポポは、 「ポポ、成長したですよ。全部ゴールドのおかげです。ポポがいるのはゴールドのおかげですよ」 そう言って僕に抱きついてきた。 確かに、毎日少しずつポポは成長している。 他の人間と接触を持つことが刺激になったのだろうか、会った当初から比べると最近のポポは随分大人っぽくなったと思う。 しかしわずか一晩でこれほど変わるとは。 僕は激烈とも言える、あまりにも早すぎる成長に少しひるんでいた。 そんな僕を覗き込むポポの表情も、以前の天真爛漫な子供の表情より、少女といった感じの表情になっている……ような気さえする。 ほんのりと色づいた頬に、色気すら感じた。 何が成長のきっかけとなったのだろうか。 僕に対する異常な執着。それは、まるで僕に対する愛情のような―― ……僕は一体何を考えていたんだ。 違う。それは僕の勘違いに他ならない。 ポポの僕に向ける気持ちは恋愛ではなく親愛であるはずだ。 仮に僕が告白したら、きっとポポは僕を拒みはしないだろう。 しかしそれは僕を愛しているからではなく、僕と離れたくないからだ。 ポポは目に見えるほど不安定だ。 それはそんな彼女の依存心につけこんだ卑劣な行為だ。 僕はこんな思考をしてしまった自分を嫌悪した。 それに、もし、仮にポポが本当に僕を愛していたとしても、僕はその気持ちに答えることは出来ない。 今の僕には、女の子と楽しく恋愛を行う資格なんて、ないんだ。 過去をすべて清算しない限り。シルバーとけりをつけない限り。 僕は、あの過去を忘れない。あの時の気持ちを過去のものにしてはいない。 そして、過去を清算したとき、そのとき僕は……僕はきっと、犯罪者だ。 だから、僕がポポの想いに答える時は、多分一生訪れることは無いだろう。 だからせめて今だけは。今だけはポポに人の温かさというものを知って欲しい。 その僕の答えは、いずれ彼女を破滅に導いてしまうのかもしれない。 でも、僕に出来ることと言えばそれだけだった。 「そうか、よかったね」 だから、僕は微笑みながらポポに答えた。 遅めの朝食を終えた僕達は、いよいよ洞窟へと歩を進めた。 結局、今朝の香草さんは何も言わなかった。 それどころか、昨晩の激昂が嘘であるかのように、また寡黙になってしまった。 ポポも困りものだが、違う意味で彼女も困りものだ。 何せ行動の理由がさっぱり分からないのだから。 ポポのような行動ならば困ることは困るけど、それでも何を考えているのか悩むことはない。 そういう意味で、香草さんはポポとはまた違った種類の悩みの種だった。 本心としてはやっぱりパートナー契約の解除なんてなかったことにしてもらいたい。 都合のいい考えだと分かってはいても、これが僕の本心だ。 しかしまともに話し合いをすることもできないのならどうしようもない。 そもそも話し合いどころか、それを切り出すことも出来ないような雰囲気だ。 しかし…… 713 :ぽけもん 黒 変異と成長 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/03/30(月) 06 49 24 ID dKqraO07 「この洞窟、思ったより暗いね」 一応明かりが設けられているので、特に明かりなしでも通過できるとの説明だったのだが、それでもかなり薄暗く、足元すら覚束ない。 そもそもこの暗さの上、天井の高さも分からないのでポポによる哨戒が行えない。 そのため前方も不安である。 こんなとき、明かりがあれば…… そのとき、僕の脳裏にあるものがよぎった。 香草さんだ。 香草さんは一応フラッシュを覚えていたんだった。 で、でもアレだしなあ。目からライトだしなあ。 しかもこんな状況だ。頼みにくいことこの上ない。 さらに、頼んだところで多分答えてはくれないだろう。 まあ、歩くことも出来ないというほどでもないし、諦めようか。 そう判断し、しばらく歩いていると、突然突き飛ばされた。 「うわあ!」 「荷物置いてけー」 そう言いながら前方に表れたのはイシツブテの少女だった。 何日ぶりの会敵だろうか。 ポポと香草さんのコンビによって野生のポケモンはすべてまともな戦闘になる前に排除されていたので、野性のポケモンに出会うなんて極々当たり前のことがとても新鮮に感じられる。 香草さんはすぐさま蔦を伸ばして迎撃したが、少女はすぐに下がって闇にまぎれてしまった。 普段から闇の中で生活しているためか、それともここが彼女の住処のためか、地形を完全に把握しているらしい。 一方の僕達といえば、足元すら満足に見えない。 これはかなり不利かもしれない。 バトルとは単純な戦力差や相性の問題だけで決まるものではないのだ。 しかし僕の焦りなど香草さんには無用のものだったようだ。 「ふん、それがどうしたって言うのよ」 彼女はそう言って蔦を伸ばすと、横薙ぎの一線を放った。 するとすぐにくぐもった低いうめき声が聞こえてきた。 見事ヒットしたらしい。 確かに横一線の攻撃を放てば、たとえ見えなくても当たる。 しかし分かっていても容易に出来るものではない。 優れた威力と射程を併せ持っている彼女だからこそなせる技だ。 「ありがとう香草さん。助かったよ」 僕が彼女にお礼を言った瞬間だった。 上空から何かが飛来し、僕の頬を掠めた。 先ほどまでの場所にいたなら、少なくとも怪我くらいは負っていたに違いない。 「な、何だ?」 「荷物を置いていきなさいー」 今度は頭上から声が響いてきた。 おそらくズバットだ。 ズバットは聴覚が異常に発達しており、また、超音波を発することで無明の闇の中でも地理を正確に把握することが出来る。 これも洞窟に多いポケモンだ。 一難さってまた一難とはこのことか。 この洞窟のポケモンはどうやら洞窟を通過するトレーナーや通行人に追いはぎをして生活しているらしい。 毎年一定数の人通りが確保されているこの洞窟ならではの生活スタイルだ。 そんなことが分かったからと言って、おとなしく荷物を持っていかれるわけにもいかない。 しかし今度の敵は空を飛ぶ。 地上にいる敵と違って、先ほどのような方法では倒すことが出来ない。 「このっ!」 香草さんは宙に向かって闇雲に蔦を振り回すが、空しく空を切るのみだ。 「荷物を置いていけば命だけは助けてあげますー」 そんなベタベタな盗賊のような台詞が降って来た。 しかしそれは困る。 大きな町へ行けば簡単に揃うようなものだけど、あいにく揃えるほどの資金がない。 ライトの類も用意しておくんだったなあ。 714 :ぽけもん 黒 変異と成長 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/03/30(月) 06 53 37 ID dKqraO07 どうして僕のチョイスはこう微妙にずれていると言うか、痒いところに手が届かない仕様になっているのだろうか。 ……ひとえに、逃げるための道具が多すぎることが原因だということは分かっている。 しかし無いものはない。無い以上、すべきことは過去を後悔することではなく、あるものでどうにかするということだ。 だから、僕は香草さんに頼む。 「香草さん、本当に悪いんだけど、フラッシュ、使ってくれないかな?」 右手に眠り粉の入った袋、左手に煙玉を持ちながら。 だって、こんなこと言ったら絶対香草さんは今宙に向けている蔦を僕に向けると思ったんだもん。 咄嗟に相手を無力化するための装備だ。 香草さんは僕の声が聞こえなかったかのように宙に蔦を振るっている。 しかし表情がわずかに変化したから、聞こえてはいると思う。 となるとこれは考えている間にズバットから攻撃されないための防御だ。 しばらくの後、香草さんが口を開いた。 「それで、どうなるの?」 どうなるの? その後どうするのか、なら分かるけど、どうなるのというのはどういう意味だろうか。 よく分からないけど、香草さんがフラッシュを使った後の対応のことを聞いているのかな。 「大丈夫、後は僕に任せて」 だから、そう返事した。 香草さんは蔦を振り回すのをやめ、フラッシュを使った。 「ギャ!」 光線に晒されると共にズバットが短い悲鳴を上げた。 やっぱり僕に襲い掛かっていたのはズバットだったのか。 ズバットは光に晒されると、戦うこともせずふらふらと逃げていった。 光の当たらない洞窟でずっと生きてきたから、強い光というものに極端に弱いのかもしれない。 本当は天井を照らし出し、ポポに飛んでもらって倒してもらう予定だったけど、まあ逃げてくれるならそれに越したことは無い。 「どうなったの?」 香草さんが冷たい声で僕に問いかける。 「光にびっくりして逃げていったみたいだ」 「そう」 香草さんの声は冷ややかだった。 僕はそれに気おされたが、意を決して切り出した。 「あの、香草さん。フラッシュを止めないでもらえないかな?」 「……どうして?」 「今ので強い光がそれだけでポケモン避けになるって分かったし、やっぱり明るいほうが動きやすいしさ。……ダメかな」 これはただのいい訳だ。 こんなことを切り出した本当の理由は、彼女がどれくらい僕を嫌っているかが知りたかったからだ。 もし本当に僕を嫌っているのならば、間違いなく断ることだろう。 でも、もしも、契約解除なんて言ったのは一時的な感情だったとしたら。 僕には、あの日以来香草さんがずっとおかしいようにみえる。 だから、それにかけたかった。 あれは本心からでた言葉ではなく、何か理由があってのことなのだと。 「私は何も見えないのよ。どうやって歩けっていうのよ」 そういわれたから、僕は彼女の手をとった。 「これじゃ、ダメかな?」 彼女の手は、ひんやりと冷たいのに、とても柔らかかった。 僕の心臓が元気に跳ねている。 少し大胆すぎるような気がする。事実は僕と彼女はほぼ絶交状態であるのに、それなのにこんなことをしてもいいものだろうか。 彼女があまりにも眩しくて(物理的な意味で)、彼女の表情を伺えないのが怖い。 しかし彼女は僕の不安に反して、僕の手を振りほどくことも、握りつぶすことも、蔦で僕をズタズタにすることもしなかった。 ただ、穏やかに握り返してきた。 「しょうがないわね。特別に許可してあげるわ」 その声が、思ったよりも冷たいものじゃなかったことに僕は安堵した。
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148 :ぽけもん 黒 草むらの会敵 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/05/31(日) 02 08 45 ID 1uTQqnCC インセクトバッジを手に入れた僕達は、とりあえずポケモンセンターに戻った。香草さんは大丈夫というものの、一応肩も気になったし。 本音を言えば、ツクシさん達としばらく談笑でもしていたい気分だったけど。 彼女達を見ていると、久しく忘れていた“安らぎ”のようなものを覚える。 ああ、何時から僕はそんな当たり前のものすら無くしてしまったんだろうか。 きっと僕の嘆きはおかしなものなんだろう。 可愛い女の子二人(内一人は小さな子供だけど)と旅をしているというのに、愚痴を言っている奴がいたら、僕でも腹が立つ。 でもなぜだろう。そんな羨ましい状況なのに、ちっとも僕の心が休まらないのは。 香草さんの診察中に溜息をついていたら、看護婦さんに「あなたも診察を受けたほうがいいんじゃないかな」と言われた。僕はそんなに疲れた顔をしていたのだろうか。 肝心の香草さんはというと、診断結果は「打ち身」とのことだった。 しばらくは安静にして、処方する湿布薬を毎日張り替えること、だそうだ。 何が演技だ。本当に怪我してたんじゃないか。 尤もこの程度の怪我を見ることなら日常茶飯事なのか――ジムがあるから当たり前だろうけど――、こんな田舎町であるにも関わらず女医さんは平然としていた。 トレーナーとしての資質を問われて注意されなかったのはよかったんだけど、怪我をしたのに雑に扱われているようで少し癪だった。 「ち、違うのよ! あの医者が藪医者なのよ!」 これは香草さんの弁。そんなに強がらなくてもいいのに。 そういえば、香草さんは以前にどんな相手にも負けないと啖呵を切ったから、怪我なんてしたら僕にそれを揶揄されると思ったのかもしれない。 「香草さん、誰が見ても分かるものに藪医者もなにも無いよ」 僕は香草さんの意向で診察室に入れなかったから分からなかったけど、打ち身なんかは誰が見ても怪我していることくらいはわかるものだと思う。 そういうわけで、僕と香草さんは薬局で湿布薬の処方を待っていた。 ちなみにポポはポケモンセンターであてがわれた部屋にお留守番だ。僕とずっと一緒にいたがったけど、病院スペースではしゃがれては本当に具合の悪い人たちの迷惑になるので残ってもらった。 ポポは一応は僕の言うことをちゃんと聞いてくれるんだけど、常に怯えた様子なのが気がかりだ。 僕はそんなに冷酷な人間に見えるのだろうか。 地元にいた頃は、なめられることこそあれ、怖がられることなんて一度も無かったのになあ。 「ホントに違うのよ……あんなの、ただのまぐれよ……」 香草さんは下を見てブツブツと呟いている。 そんなに一撃入れられたことが許せないのかな。 ジム戦は普通一戦目なんて負けて当たり前くらいのものだ。 ジムの攻略が時間的にも、物理的にも、旅における最大の障害となるものなのだから。 だからいくら怪我を負ったからといって、一回で勝てれば上出来なのだ。 しかもその怪我も軽傷だし。 ……しかしこれはトレーナーである僕が言っていいことではないから言えないけど。 僕の力量不足の責任転嫁になってしまうからね。 「香草さんはすごかったよ。アレは、相手を甘く見た僕の過失だよ」 桔梗ジムでの圧勝で、僕は無意識のうちにジム戦というものを軽視していたのかもしれない。 部屋に戻ったら、ポポも交えてちゃんと作戦を考えて、簡単な合言葉で実行できるようにしておかないと。 そんな基本的なことを今更思う。 「……ねえ、私、強いわよね」 香草さんは突然ポツリと漏らした。 「うん、強いと思うよ」 彼女の発言の真意は分からないが、とりあえず無難な返事を返す。 「じゃあ……私のこと……」 149 :ぽけもん 黒 草むらの会敵 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/05/31(日) 02 09 22 ID 1uTQqnCC 「香草さーん。香草チコさーん」 香草さんの言葉は、薬局の呼び出しによって中断された。 「あ、はーい」 香草さんに代わって、僕が薬を取りにいく。 二種類の湿布薬を渡された。 片方は最初の三日。もう片方はそれ以降使うように、とのことだ。 湿布薬の入った袋を持って、香草さんの元に戻る。 「香草さん、それで、さっき言いかけたことって……」 「なんでもないわよ!」 なぜか怒られてしまった。確かに、タイミングを逃すと言いにくいことやどうでもいい話はある。それを考えず聞いた僕は無神経だったのだろう。 「そう。じゃあ戻ろうか」 僕はそう言って、座っている香草さんに手を差し出した。 香草さんは僕の手をじっと見ている。 僕の手のひらに何か書かれていたりするのかな。 あ、そうか。 「香草さんは肩が悪いんだから、手なんて引いたら肩が痛いもんね。ごめんね、気が利かなくて」 僕はそういいながら手を引っ込める。気を使うつもりが相手の負担を増やすところだったとか、僕は何をやっているんだ。 しかし、この言い方は嫌味に聞こえるかな。 僕が手を引っ込めると、香草さんは「あ」と短い声を漏らした。 「どうしたの?」 「な、なんでもないわよ!」 香草さんは勢いよく立ち上がると、大股で僕の前を歩き出した。 なんだろう。やっぱり僕の手のひらに何か書かれていたのだろうか。 自分の手を覗き込んでみても、いつもと変わらぬ手のひらがあるだけだった。 足早に歩き出したと思われた香草さんの足取りは、すぐにゆっくりとしたものになった。普段の香草さんからは考えられないくらいに。 肩以外にも、どこかに怪我しているのかな。 「ねえ、ゴールド」 僕が彼女に、他にも怪我があるんじゃないか、と質問しようとした矢先、彼女のほうから声をかけられた。 「何?」 歩く早さが遅くなっていたのは、僕に何か言いたいことがあったからかな。 僕はごくりと唾を飲み込む。 「あ、あのね……ちょっと散歩でもしない?」 予期せぬ提案だ。 もったいぶった割には、随分とたいしたことない。 どんな非難や中傷が来るのだろうかと戦々恐々としていたのに。 「うん、いいね。まだ時間も早いし、僕もちょうど一日中部屋に篭っているのもどうかなと思ってたんだ。じゃあポポも呼んで来るよ」 そう言って進む僕の手が、香草さんにつかまれた。 「ふっ……二人っきりがいいの!」 唖然。 きっと今の僕の表情は、百人が見て百人が「なんだあの間抜け面は」と思うようなものだろう。 自分の口が開きっぱなしになっているのは分かるが、顎の動かし方が思い出せないから閉じられない。 僕と二人っきりで散歩したい。あの香草さんが、だ。 口を開けば罵倒、手を動かせば殴打、目を開けばフラッシュという、あの香草さんが、である。 うん、大げさなのは分かっている。しかしすべて彼女が行った行動であることは紛れもない事実である。このことは周知だと思う。 僕はふいに一つの結論を見出した。 これは、夢だ。 150 :ぽけもん 黒 草むらの会敵 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/05/31(日) 02 09 52 ID 1uTQqnCC 何時から見ていたのかは知らないが(ジム戦で、実際は二人とも倒されちゃって、僕は目の前が真っ暗になってそのまま眠っているというのが最有力)、僕は夢を見ているようだ。そう考えればすべてのつじつまがあう……気がする。 そうと分かれば早速実験だ。 「香草さん」 「な、なに?」 彼女はビクッと体を震わせた。そういえば、彼女は僕からの返答を待っている最中だっけ。 「今日も可愛いね」 僕は出来うる限り最もさわやかな表情でその言葉を吐き出した。 傍から見たら胡散臭いことこの上ないだろう。胸焼けしそうな甘さだ。 僕の言葉を受けた香草さんは、表と裏で色の違うカードを裏返すように一瞬にして真っ赤になった。 どこかで見たことがあるような、と思ったら、トマトだった。 緑の髪がヘタ。真っ赤な顔が果実。丁寧に天辺には葉っぱまでついている。完璧だ。 でも、たとえ冗談でもこんなことを言ったらぶち殺されること請け合い。 僕は自殺志願者ではないので、もちろんそんなことは口にしない。 それがたとえ夢でもだ。 そう、これは夢であることは確定した。 もし現実であれば、香草さんは顔を朱に染めることなどなく、冷めた目で僕を見ながら「気持ち悪い」と言ってくるに違いないのだから! ……むなしい自虐だ。 そういえば、馬鹿とか最低だとかは結構言われている気がするけど、気持ち悪いと言われたことはないな。となるとこの予測は完璧とは言えないかもしれない。 しかし、夢と分かってしまえば話は早い。目を覚ませばいいのだ。 目を覚ますには、どうするのがいいんだろうか。 「ご、ゴールド、どうしたのよ急に」 香草さんはまだ赤い顔をしたまま、蚊の鳴くようなか細い声で問いかけてくる。 うん、やっぱりこれは夢だ。本物の香草さんがこんな可愛いリアクションをするわけがない。 「いや、ただのテストだよ」 そう答えると、即座に腕をギリギリと締め上げられた。 「ただのテストってどういうことよ」 今度は香草さんじゃなくて僕の顔が赤くなりそうだ。もちろん恥じらいなどではなく痛みで。 っていうか夢なのに痛いってどういうことだ! 「ちょ、折れ……」 「俺?」 「折れそうなんだけど!」 「折ってんのよ」 僕の釈明を待たずにですか!? 非常に恐ろしいことを申す香草さんの口調は極々気軽なもの。それが恐ろしさを助長する。 「ち、違うんだ! これは夢だと思って……」 「夢? 今あなたが感じているこの痛みは夢かしら?」 「夢じゃない! 夢じゃないです!」 「たとえ折れても夢なら大丈夫よねー」 「大丈夫じゃないです! お願い許してえええええ!」 僕は、自分がこんな音も出せることを初めて知った。一生知りたくなんかなかった。 こんなにも僕が叫んでいると言うのに、誰一人駆けつけてもくれない。 他人に残酷なまでの無関心。まさに現代の闇、白昼の道路でそれを垣間見た気がした。 ようやく香草さんから解放された僕は、荒い息を吐きながら膝から崩れ落ちる。 腕は……動く。ただし痙攣による動き。脳の命令を受理しているのではなく、無視して自律運動を行っている。腕によるボイコット。残念ながら雇用者である僕に責任はない。よって稼動条件の改善を訴えられても、受理することが出来ない。 まったく動かないのと痙攣で動くこと、果たしてどっちがマシなのだろうか。 151 :ぽけもん 黒 草むらの会敵 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/05/31(日) 02 10 47 ID 1uTQqnCC 「そもそも、どうして夢だなんて思ったのよ」 僕は今、腕の心配で忙しい。 しかし答えないときっと僕は腕を心配する必要もなくなる。 そもそも心配っていうのは大丈夫な可能性もあるからするものだからね。完全に再起不能になれば気にする必要はなくなる。 「香草さんの態度がおかしかったから……」 「おかしいって……何よ、おかしなところなんかないわよ」 「あるように見えたんだ」 「ないわよね」 「ないです!」 おかしなところなんてなかった。今この瞬間から、そういうことになった。 「で……ど、どうなのよ」 香草さんは視線を微妙にそらしながら僕に問いかける。 どうなの……って何かあったっけ? 強すぎる痛みは人を一時的に健忘症へ陥れる。 「う、うんいいよ」 なので適当に答えておいた。 「ホントに!?」 彼女の顔がぱあっと明るくなる。僕は一体何に同意してしまったのだろうか。 「立てる?」 右腕が小刻みに振動していること以外は僕はいたって平常。立てないわけがない。 「うん」 左手で床に落ちた薬の入った袋を拾い、立ち上がった。 彼女は僕が立ち上がるのを見ると、そのままどこかへ向けて歩き出した。 部屋とは逆方向である。 僕はどうするべきなのだろうか。 彼女をこのまま見送るべきか、着いて行くべきか。 さっき何について言っているのか聞いておくべきだった。今となってはなおさら聞きにくい。 「もう、どうしたのよ」 僕が呆然としていたからだろうか、彼女は僕のところまで戻ってきて、そのまま僕の手をとった。 そして僕の手を引いて歩き出す。 いきなりどうしたのだろう。僕は驚いた。 しかしそれよりも、右手がなんの感覚も伝えてくれないということのほうが驚きだった。 手の柔らかさ、しなやかさ、人のぬくもり。何一つ伝わってこない。恐ろしいまでの無である。 僕の右腕はもうダメなのだろうか。 「ご、ゴールドって手、冷たいのね」 香草さんは照れたように言う。君のせいだよとはとても言えない。 「私もよく手が冷たいって言われるのよね。……冷たい?」 何も分からないとなどとても言えない。 「ど、どうだろう。普通じゃないかな」 そう答えた瞬間、僕の手に痛覚がよみがえった。 僕の手は香草さんにギリギリと握りつぶされている。そうか、この痛みが電気ショックのような役割をはたして、僕の腕を蘇らせたのか! そんな風に感動している場合ではない。再び僕の腕のピンチ。 「……普通ってどういうことよ……そんなに何人もの女の子の手を握ったことがあるの?」 普通だよ、の言葉からここまで想像をめぐらせることができる香草さんの豊かな想像力に驚嘆だ。 「そ、そんなことないよ! ほ、ほら、女の人は手が冷たいってよくいうから、そうなのかなーって!」 必死の弁明。これが聞き届けられなかったら、僕は無実の罪で腕を失うことになる。魔女裁判並みの理不尽だ。 腕が潰れなかったら女の子と手を繋いだ経験豊富ということで有罪。よって腕は潰される。腕が潰れたら経験豊富ではないということになり無罪。ただし腕は潰れる。ふとそんな想像をしてしまい、心臓の鼓動が一層早くなる。 「そう、ならいいわ」 香草さんの手の力が緩んだ。見事勝訴したようだ。 「あれ、今度は急に暖かくなってきたわね」 僕の手はジンジンと脈打っている。香草さんが握りつぶしたせいだよとはとても言えない。 「も、もしかして、てて照れてる?」 てててれてるとは一体何の呪文だろうか。あの毒々しい駄菓子のCMの効果音であるテーレッテレーの親戚だろうか。僕はあのいかにも科学の産物といった、紫の駄菓子を思い出す。 ようやく、今僕は香草さんと手を繋いでいるんだということを思いだした。よく考えればこれは恥ずかしい。 色々あってそれを考えるどころではなかったけど、いざ意識するとどんどん恥ずかしくなってくる。 「……うん」 こう答えるのが精一杯だ。気の効いた事の一つでも言えたらいいのに。 152 :ぽけもん 黒 草むらの会敵 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/05/31(日) 02 11 18 ID 1uTQqnCC 「と、ととと当然よね。なんたってこんな可愛い子と手を繋いで二人っきりなんだから!」 高飛車に聞こえるこの発言だけど、不服ながら異論はない。 僕は何も言えずに、暫し無言が続く。 「……私なんか、可愛くないって思ってる?」 香草さんから不安げな声がポツリ。 突然どうしたのだろう。彼女らしくもない。 「そんなことないよ! 香草さんはとっても可愛いよ!」 僕はむきになって大声で言ってしまった。 「で、でも、テストだったんでしょう!?」 彼女は僕のついさっきの言葉を引きずっているらしい。 「あれは確かにテストだったけど、可愛いっていうのは僕の本心だよ!」 僕は大きな声で何を言っているのだろうか。 恥ずかしいどころではない。きっと僕の顔は真っ赤だ。 香草さんの顔をまともに見れずに、僕は俯く。 香草さんの様子はうかがい知れないが、僕のほうに向き直ったのは気配で分かった。 香草さんの甘い香りが、僕の鼻腔をくすぐる。 「じゃあゴールド……」 香草さんが何か言いかけたそのとき。 森のほうからガサッという音がした。 二人で慌てて音のしたほうを向く。草むらの向こうに炎が見えた。 焚き火か何かだろうか。 森で焚き火なんて危ないなあ、と近付く。 すると炎の隣に、泥まみれのフードが並んだ。 フードの下にあるのは、見まごうこともない赤い髪。この髪の色ははっきりと覚えている。見間違えるはずもない。 「シルバー!」 僕は驚いて叫んでしまう。まさかこんなところで会うことになるとは。 ロケット団と行動を共にしているとしても、まさか草むらから出てくるとは思わない。奴は確か人間だったはずだ。草むらから飛び出していきなり人に襲い掛かる習性はないはずだ。 フードも僕の声に答えるようにして立ち上がった。そこには予想通りの凶悪な面構え。隣の炎はランだったのか。 どうしてここに、という言葉を飲み込んで、香草さんの腹部に腕を回して右に飛ぶ。 先ほどまで僕たちが立っていた地点に数本のナイフが突き刺さった。続けざまに火の粉も。 「まさかこんなところでお前と会うなんてな」 フードを脱ぎながらシルバーが言った。 それは僕の台詞だと言いたかったがそんな余裕はない。 事情なんて関係ない。シルバーは目の前にいる。千載一遇のチャンスだ。 ……荷物の大半が部屋に置いてなければだけど。なんて間の悪い。 すぐさまポケットを探る。幸いにも煙玉は常備してあった。煙球の有用性は前の彼らとの戦いで証明済み。リュックに入っている、効果があるか分からない大半の道具よりは頼もしい。 「香草さん、大丈夫!?」 香草さんの腹部から手を離し、問いかける。 香草さんは少し呆然としていたようだったが、すぐに正気を取り戻した。 「な、れ、レディーのお腹をと、突然触るなんて何考えてるのよ! この変態!」 ええー。 どう考えてもそんなこと言っている場合ではないと思うんだけどなあ。 「こ、今度から触りたければちゃんと前もって……」 なにやらよく分からないことをゴニョゴニョと言っている香草さんを抱えて再び飛ぶ。 再び地面にナイフが突き刺さった。 「今はそんなこと言っている場合ではないよ! 早くシルバーを戦闘不能にしないと!」 「そんなことって何よ! アンタ本当に……」 香草さんの反論の途中で、僕の頭に鈍い痛みが走った。視界の端に宙を舞う石が見えた。僕は痛みで思わずその場に蹲る。 その直後、頭上を火炎が通り過ぎていった。 石はシルバーの投げたものらしい。ちょうど投擲用のナイフが切れたのか。本当に危なかった。あれがナイフだったら今頃僕は死んでいただろう。 「な、ゴールドに何すんのよ!」 自力で火炎を回避した香草さんはシルバー達に向かって吠える。 当然だけど、僕が抱えて跳ぶ必要なかったな。 僕は彼女を守りたかったわけではなく、無意識のうちにセクハラを行いたかっただけなのだろうか。 それならば彼女の批難も尤もだ。 僕がそんな思考を終えるよりも早く。 香草さんは数本の蔦を二人目掛けて伸ばしていた。 その蔦は二人を打つことなく、切り裂かれ、焼け落ちる。 シルバーのナイフによって払われ、ランによって焼かれた結果だ。 なくなったのはあくまで投擲用のナイフだけで、普通のナイフは当然だが健在というわけか。 153 :ぽけもん 黒 草むらの会敵 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/05/31(日) 02 11 53 ID 1uTQqnCC 「ラン!」 僕がランに呼びかけた直後。 僕の正面から火炎が向かってくる。 僕はそれを横っ飛びで回避する。 しかし姿勢を大きく崩してしまった。 追撃の炎が僕に降りかかる。回避は不可能。 僕は即座に煙玉を炸裂させた。 大量の煙が視界を奪うと同時に空気も奪い、炎を弱める。 僕は前面に熱を感じながらも姿勢を立て直し、地面に刺さっているシルバーのナイフを回収する。 計六本。今の僕には貴重な武器だ。 使った煙玉は一個なので、晴れるのは早い。 僕が距離をとったころには、煙はすっかり晴れていた。 逃走される危険も考えたが、香草さんが煙幕めがけて葉っぱカッターを撃ち続けてくれたため、行動を封じることが出来ていたようだ。さすが香草さん。 「相変わらず小賢しい奴だ」 煙が薄くなるやいなや、シルバーは両手にナイフを構えてこちらに走りこんできた。 狙いは香草さんか。 僕はすぐにナイフの一本を投擲する。 シルバーは当然僕も視界に入れていたようで、後ろに飛びのきそれを交わす。 一拍おいて、シルバー目掛けて香草さんの蔦が殺到したが、ランの炎によってさえぎられた。 シルバーはランの隣まで後退する。 「お前にしちゃあ、随分上手いじゃねえか」 シルバーは不敵に言う。僕のナイフ投げのことだろう。 「当然だろ。僕はあの時以来ずっとナイフ投げの訓練をしてきたんだから」 ――お前を、殺すために。 シルバーとラン、二人を相手にして決定打を負わせることは今の僕たちには難しそうだ。そもそも、僕はランとは争いたくない。 「ラン、シルバーから離れろ。シルバーを怖がる必要なんてない。シルバーは一人では何も出来やしない」 そもそもランはシルバーに脅されて一緒にいるだけなんだ。ならばここで保護すれば何の問題もないじゃないか。 幼少期からずっとシルバーの下で過ごしてきたんだ。恐怖は相当なものだろうけど、もう怖がる必要なんてないんだ。 大量に警官が村にいる今、きっとシルバーを逮捕できる。そしたら報復の心配もない。 ランの顔が不意に歪んだ。 彼女が俯くと、背中の炎がドンドン大きくなっていく。なんらかのトラウマが文字通り再燃したのか。 それとも、考えたくはないけど――シルバーに洗脳されているのか。 「ラン、そのまま火力を上げて奴らに突っ込め」 シルバーは冷たく命令した。 「はい、マスター」 ランのかすれた声がそれに答えた。 炎はランの全身に回り、さらにどんどん温度を上げていく。炎の色が見る間に赤からオレンジ、そして白色へと変わっていった。 香草さんはすぐさま危険に気づいたのか、彼女に向けて葉っぱカッターを飛ばす。しかし軽い葉っぱは彼女の熱によって起こった上昇気流のせいでまともに当たらない。 香草さんの行動でようやく事の重大さに気づいた僕は、彼女を止めるために、痛む心を抑えて彼女の両足目掛けて二本のナイフを投げた。 しかしそのナイフは彼女に到達する前に、燃え尽きて消えた。 果たしてナイフが燃えてなくなるのを見たことがある人はどれくらいいるだろうか。 当然、僕は初めて見た。 そもそもナイフが可燃物だったという事実を初めて知ったくらいなんだから。 唖然とする僕をよそに、ランが上体を傾けた。 そして弾かれたように走り出した。 狙いは……僕だ! 彼女の踏みしめた草は見る間に水分を失い、燃えていく。 彼女は熱の塊と化していた。 百メートル先から見たって恐怖で凍りつきそうなものが数メートル先から僕目掛けて迫ってきている。 想像を絶する恐怖だ。 154 :ぽけもん 黒 草むらの会敵 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/05/31(日) 02 12 49 ID 1uTQqnCC 香草さんの蔦がラン目掛けて伸びてきているのが見える。だが、間に合わない。 そもそも香草さんに期待していなかった僕は、すでに準備をしていた。 煙玉を炸裂させ、思いっきり右に飛ぶ。 ワンパターンに思われるかもしれないけど、パターンを増やせば良いって物じゃない。基本を忠実に行うことは大切なことだ。 それに、僕の今の貧弱な道具の状況も考慮に入れて欲しい。 ちなみに、今の僕の道具は煙玉がポケットに残り三つとベルトにつけた怪しい光曳光弾が二本、それにシルバーの投げたナイフが三本。 熱の塊であると同時に光の塊でもある今のランに、曳光弾の光が届くとは思えない。ナイフの無力さは先ほど照明済み。 ああ、それとポケットを探ったら平べったいものに指があたったから、多分ガムも持っている。今僕が持っているものの中で一番いらないものだ。そのガムでも噛んで落ち着けって? 喧嘩売ってんのか。 予想通り、炎に包まれているランはもともとあまり視界が明確でないようだ。さらに煙幕。回避は成功した。 しかし優に二メートルは離れている場所を通過したのに、僕は信じられない熱波に晒された。肌は痛むし、服からは長時間ストーブに当たり続けたときのように嫌な臭いがする。多分髪はチリチリになっていることだろう。 なんて熱量だ。直撃したら大火傷どころか火葬まで完了してしまうだろう。骨が残るかどうかは微妙なところだけど。 そのまま数メートル進んだ彼女は、僕に避けられたことが分かると、こちらに向き直り、再び突撃してくる。 その様子は猪を連想させた。猪は燃えていたりしないから良いよね。 僕はワンパターン極まりなくて申し訳ないが、煙玉を使い、今度は左に飛んだ。 右に飛ぶとランによってこんがり焼かれた、湯気の代わりに煙が立ち上るホッカホカの地面にダイブするはめになってしまうからね。 彼女は再び僕の脇を走り抜ける。当然また僕は熱にさらされ、体力と精神力を同時に削られる。 再び回避に成功したわけだが、このまま続けていたってジリ貧だ。煙玉の残弾数は残り二。 何とか活路を見出さないと、と考えていると、ランの纏っている炎が随分と小さく、色も赤よりのオレンジと随分落ち着いてきていることに気づいた。 ラン自身も苦しそうに顔をゆがめている。わずかこれだけの運動でそんなに体力を使うはずもないから、考えられる線としては、この状態だと呼吸が出来ないのか、それとも単にあまりの火力のために消耗が激しいのか。 ほとんど維持できないような技を使わせるなんて、シルバーのトレーナーとしての度量はたかが知れる。 視界の端で香草さんとシルバーが戦っているのが見える。 香草さんの蔦はかなり焼けたとはいえ、それでも両手二本しかないシルバーが数本の蔦を操る香草さんとまともに戦えているのは驚きだった。 香草さんがシルバーにやられることはないだろう。そしてこちらも後数回かわせば片がつきそうだ。 シルバーもそれを察したのだろう。 「ラン、火を消せ。撤退だ」 155 :ぽけもん 黒 草むらの会敵 ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/05/31(日) 02 13 22 ID 1uTQqnCC 火を弱めたランはそのままその場に崩れ落ちる。 よほど消耗していたようだ。あれだけの大技で、消耗していないほうが異常なんだから当然なんだけど。 「逃げるのか!」 「元々お前なんて眼中にねえんだよ。ラン、煙幕だ」 素早くランに駆け寄ったシルバーはランにそう命令する。 あっという間に二人は黒い煙に包まれる。 ランがいるので闇雲に攻撃するわけにもいかず、手をこまねいていると、煙が晴れたときにはもう二人の姿はなかった。 慌てて付近を捜索すれば、彼らが現れた草むらの影に人が通れそうな穴があった。 穴を掘るで現れ、この穴を使って逃走したわけか。 前回と同じ逃走手段ながら、僕たちに打つ手はない。 ワンパターンな奴め。もう少しバリエーションを用意しようとは思わないのか。この単純馬鹿が。 内心で悪態をつくも、またシルバーをまんまと逃がしてしまい、ランを救えなかったという事実に変わりはない。 僕は一応警戒して穴から離れると、見通しのいい場所で横になった。 失意と疲労で動く気が起きない。 「ゴールド、大丈夫!?」 香草さんが慌てた様子で僕に問いかける。僕が怪我でもしたと思ったのだろうか。 「大丈夫、疲れただけだよ。香草さんこそ、怪我はない?」 「当たり前でしょ」 「蔦は?」 う、と言いよどむ。痛いところを突かれたのだろう。香草さんの自慢の蔦は大半が使い物にならなくなっている。 「すぐに治るわよ!」 本当にそうならいいんだけど。 すぐ、というのがどれくらいの時間のことを指しているのか、僕は分からない。 でも、たいした怪我がなくて何よりだ。 ……怪我? そういえば、香草さんは右肩を怪我していたんだった。シルバーが善戦していると思ったら、そういうわけだったのか。 シルバーが人間離れした強さを持っていたわけではないんだと少し安心すると共に、いくら五体満足でも逃げることしか出来ていない自分が少し惨めになった。
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41 :ぽけもん 黒 激戦! 桔梗ジム! ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/01/12(月) 09 50 38 ID hgEnhONI しばらくポポの頭を撫でた後、もういい時間だったので一度ポケモンセンターに戻って昼食をとった。二人に尋ねたところ、二人とも体力はまだまだ余裕とのことだったので、フラッシュを部屋に置くと僕はジム戦に挑むことに決めた。 この城都地方には八つのポケモンジムという施設があり、その施設でジムリーダーと呼ばれる国から任命されたプロのトレーナーにバトルで勝って、 勝った証であるバッジを八つ集めないと石英高原へと続く唯一の道であるチャンヒオンロードには入れないようになっている。 当然、石英高原に行けなければチャンピオンリーグに参加は出来ないわけであって、となれば当然チャンピオンとなって殿堂入りすることもできないわけである。よって、トレーナーはまずこの城都地方の八つのジムを制覇しなければならないわけだ。 ポケモンセンターを出発した僕たちは、程なくしてこの街のジムに着いた。白塗りの大きな体育館みたいな形をしていた。体育館と歴然と違う点は、壁面に大きく赤い文字で「ポケモンジム」と書かれている点か。 分かりやすいな。僕たちがジムに入ろうとすると、ちょうど二人の人間がとぼとぼと出てきた。うち一人は腕に包帯を巻いて、首から吊るようにしている。大方、ジムリーダーに挑戦して返り討ちにあったのだろう。 さすがジム戦、といったところか。やはり一筋縄ではいかないだろう。気を引き締めないと。 ドアを開けた僕の目に映ったジムの内観は、外観とは異なり異質なものだった。 床は土で出来ていて、白線が大きな長方形を作るように引かれていた。さらに白線の内側の地面は、低部と高部を比べると僕の背丈の半分はあるだろうと思われるほどの大きな凹凸がなだらかにあり、平らな場所がほとんどない。 確か桔梗市のジムリーダーであるハヤトさんは鳥ポケモンをパートナーにしていたはずだ。それにあわせて、飛べる者に有利に働くようにジムを作ってあるのだろう。自分に有利な環境で戦うってことは戦術的には正しいことなんだろうけど、なんだか卑怯な気がする。 「お、君も挑戦者?」 入り口の向かい側、正面の壁のすぐ傍に片目を覆い隠すほどの長い前髪を持った男と、ポポに似た見た目のポケモンが二人いた。つまり相手もポポと同じ種族ということだろう。 ジムリーダーの使うポケモンはある程度規制されていて、序盤のジムではジムリーダーはそんなに高い経験を積んだポケモンは使えないようになっている。 しかしポケモンの年齢や経験自体は低くてもジムリーダーによって鍛え抜かれている上に、ジムリーダーの的確な指示と道具の使用があるから、決して侮れはしない。 「はい、そうです」 僕はその男の呼びかけに答えた。 「じゃあ、早速始めようか。ハタ、クウ、大丈夫だね?」 彼は脇に控える二人のポケモンに指示を出している。この様子からすると、彼がジムリーダーのハヤトさんみたいだ。 「大丈夫です」 「はい、行けます」 そう答えて二人の少女が進み出た。年齢の低いほうでもポポよりは年上に見える。なにより、二人ともうちのポポより大分賢そうな顔つきをしている。いや、賢そうな顔つきをしているから年上に見えるだけなのかな。 42 :ぽけもん 黒 激戦! 桔梗ジム! ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/01/12(月) 09 51 30 ID hgEnhONI 「いいんですか? 先ほどバトルがあったみたいですけど」 「構わないさ。先ほどの彼、気絶してしまって、しばらくここで休ませていたんだよ。だから僕らは十分に体力を回復している。それに、最初から相手にもならなかったしね」 随分と自信があるようだ。そしてこの自信は実力による裏づけのないものではないだろう。 「僕はハヤト。見てのとおり、ここ桔梗市でジムリーダーをしている。知ってのとおり、鳥ポケモンをこよなく愛する、鳥ポケモン使いさ」 愛するって、この人は何で自分のフェチを告白しているんだろう。それ以前に、一夫多妻制を公言してはばからないような人だな、この人は。そりゃあ、ジムリーダーだから多くの女性を養えるような財力は持っているんだろうけど……。 そういえば、ジムリーダーという人種は皆パートナーとするポケモンにかなりの偏りがあるんだっけ。そう考えると、なんだか変態集団みたいだ。 ……いやいや、僕は何を考えているんだ。目の前の人のせいで、一瞬パートナーイコール恋愛対象、みたいなおかしな錯覚を覚えてしまった。そ、それはおかしいぞ! そしたら僕だってそういうことになってしまうじゃないか! ハヤトさんは僕の葛藤など知る由も無く、話を進める。 「それに、僕のパートナーで今回君達の相手をする、ハタとクウだ」 「ハタです」 そう言って、年下のほうの子が軽く会釈した。こっちがハタさんか。すると年上に見えるほうがクウさんだな。 「クウです。よろしく」 「僕はゴールドです。よろしくお願いします。こっちが僕のパートナーの香草さんと、ポポです」 僕が紹介するのにあわせて、二人も軽く会釈した。 「ほう、君も中々話の分かる人間みたいだね。いい趣味をしている。しかし、そっちの草ポケモンはないんじゃないかい? 草ポケモンなんて所詮は鳥ポケモンに踏みにじられる存在、それ以外に価値はないね」 「き、聞き捨てならないわね。何か言った? 鳥なんて劣等種族好きの変態」 ハヤトさんの変態的かつ挑発的な発言に香草さんが噛み付いた。 香草さん、それブーメランだよ。身内にもダメージだよ。劣等種族って、それじゃあポポの立場はどうなるのさ。 「劣等種族ってなんですか?」 そう思っていたらポポが僕に小声で尋ねてきた。よかった、無知は罪って言うけど、時には身を助けることもあるんだね。 ハヤトさんはやれやれ、といった様子で、香草さんの発言を意に介していないようだ。 「とにかく、誰が戦うか決めようよ」 「私がいく!」 「ポポがいくです!」 僕が言うと、二人同時に名乗りを上げた。はあ、予想通りとはいえ、困った。 「何よ、アンタみたいなバカじゃ相手にならないわよ!」 「香草サンのほうがバカです! あいしょうを考えてないです!」 「な、アンタだけにはバカって言われたくないわよ! このバカ!」 「バカじゃないです! バカは香草サンです!」 「そもそも、アンタ、サンまで含めて私の名前だと思ってるでしょ! 私の名前は香草チコなんだから!」 「で、でもゴールドは香草サンって呼ぶですよ?」 「さんは敬称だよ。ええっと、敬称っていうのは、丁寧な言い方っていうか……」 「分かったです。じゃあチコって呼ぶです」 「……アンタに呼び捨てにされるのもなんか癪ね」 「あー、二人ともやめようよ」 「ハハハハハ、随分と愉快な子供たちだね。まだ僕に挑むには色々と早いんじゃないかな?」 ハヤトさんが野次を飛ばしてきたが、いちいち構っていては話が進まないので無視する。 「じゃ、じゃあじゃんけんで決めよう! じゃんけんで! それで、勝ったほうが先に戦う、負けても勝っても一回交代。これなら文句ないでしょ?」 「あるわよ!」 「あるです!」 予想通りの二人の返答に、僕は額を抑えた。 43 :ぽけもん 黒 激戦! 桔梗ジム! ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/01/12(月) 09 52 12 ID hgEnhONI 「二人とも、自分一人で十分だって言いたいのは分かるけど、相手はジムリーダーなんだよ? こんなことでもめてる場合じゃないよ」 「ふん、あんな変態、私の敵じゃないわ!」 「おお、頼もしいね。せめて彼女達のウォームアップになればいいけど」 ハヤトさんはこっちの発言が聞き捨てならないのか、単純に暇なのか、さっきからいちいち口を挟んでくる。 もうハヤトさんうっとうしいんでしばらく黙っててください。 「分かったから、はい、ジャンケン――」 と、ここまで言って気づいた。 「そもそも、ポポはジャンケンできないね」 翼だしね。手ないしね。 「ジャンケンってなんです?」 ポポは不思議そうに小首をかしげている。尋ねてくるのが遅いよ……。 「このバカ!」 香草さんはポポに向かって怒鳴る。このままだとまた口げんかになるのは目に見えていた。だから僕は再び喧嘩になる前に慌てて打開案を打ち出した。 「じゃ、じゃあクジで決めよう! 赤い色がついていたほうが先に戦う、それ以外のルールはさっきと同じで」 というわけで、僕はティッシュを使い急遽即席のクジを作った。 「はい、じゃあ同時に引いて――」 と、ここまで言って気づいた。 「そもそも、ポポはクジを引けないね」 翼だしね。手ないしね。 「クジってなんです!」 今度は抗議するように翼をバサバサと震わせる。どの道遅いよ……。 「……もう黙ってなさい」 香草さんも、もう馬鹿にする気力もないらしい。 「しょうがない、香草さんがクジ引いて、あまったのがポポのってことにしよう」 「ホントに……しょうがないわね」 香草さんは手で半眼を覆いながら、クジに手を伸ばした。引かれたティッシュの先には、赤いインクがしみこんでいた。 「赤ね」 「赤だね」 「赤です」 「じゃあ香草さんが先行だね」 ようやく順番が決まった。 まさかバトルじゃなくてバトルの順番を決めるだけでこんなに疲れることになるなんて。 僕は安堵の息を吐きながら香草さんの肩に手を置いた。 「やった! さあ来なさいでかいほう! ギッタギタにしてやるわ」 香草さんはとても嬉しそうに白線の内側に入る。 「おいおい、鳥ポケモンに対して草ポケモンを出してくるとは。この僕も随分と舐められたものだね」 ハヤトさんは前髪を掻き揚げながら言った。 「うっさい! 早くしなさい!」 「君みたいな品のない子供相手に本気を出すのは大人げないってものだね。いっておいで、ハタ」 ハヤトさんの言葉を受けて、ハタさんも白線の内に進み出た。 「では、これより若葉町出身ゴールド対桔梗市ジムリーダーハヤト、試合を開始します。」 突然、そんな言葉がアナウンスされた。驚いてあたりを見回せば、ちょうど両者の中間あたりの端に、審判と思しき、赤と白の二つの手旗を持った男が立っていた。胸にはピンマイクと思しきものが付けられている。さすがジム、なんだか本格的だ。 彼は続けて、試合のルールを説明した。ルールと言っても、普通のバトルのものと特に変わらないものだった。 違うところといえば、白線の外に出てしまったら負けになってしまうことくらいだ。同意を求められたので、僕、ハヤトさん共に同意した。僕達の同意を受けて、審判は赤い旗と白い旗を高く掲げ、一気に振り下ろした。 「試合、開始!」 そのアナウンスがなされるやいなや、ハタさんはすぐに上空へ飛び上がった。 「香草さん、蔦で相手の足を掴んでそのまま地面に引き摺り下ろすんだ!」 「言われなくても!」 44 :ぽけもん 黒 激戦! 桔梗ジム! ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/01/12(月) 09 53 06 ID hgEnhONI 「ハハハ、ハタはそんな蔓なんかにつかまるほど遅くは……」 ハヤトさんが言い終わらないうちに、ハタさんは蔦につかまりそのまま地面に強烈に叩きつけられていた。 地面に叩きつけられたハタさんは小さく痙攣するのみで、ハヤトさんの呼びかけにも、審判のカウントにもまったく反応しない。 「ふん、目障りな小鳥ごときが、この私に勝てるとでも思ったわけ? 生物として格が違うのよ、格が」 香草さんはハタさんを見下ろすと、そう吐き捨てた。 「は、ハタ戦闘不能!」 審判がテンカウントを終え、そう宣言すると、救護班と思しき人たちが慌ててハタさんを担架に載せてフィールドの脇に運び出した。 「やりすぎだよ香草さん! 引き摺り下ろすだけだって言ったじゃないか」 僕は思わず香草さんに怒鳴る。ハタさんの様子はただ事ではなかった。気絶くらいで済んでいればいいけど、もし命に関わるようなことがあったら一体僕はどうすればいいんだ。 「アンタはいちいちやり方が消極的過ぎんのよ! 敵に容赦なんていらないわ! それに、殺すほど強くはやってないわよ」 その自信は一体どこから来るのだろうか。でも、ポケモンは人間と違って丈夫だし、香草さんがそういうのなら大丈夫なのかな……。 僕は白線の外でハタさんに応急処置なのか治療なのかを施している救護班の人を見やる。救護班の人はスプレーのようなものをハタさんに浴びせている。 傷薬の類だろうか。スプレーを浴びせられること数十秒、どういう原理かは分からないけどハタさんは意識を取り戻した。僕はほっと胸を撫で下ろす。 「ほら。言ったとおりでしょ。さあ! 早く来なさい次の鳥!」 香草さんは語気荒くハヤトさんに呼びかける。なんと好戦的なのだろうか。 「約束が違うです!」 もう香草さんは誰にも止められない。僕にはそう思われたが、そう思ったのは僕だけだったのかもしれない。自分に代わらず再び対戦しようとしている香草さんにポポが食って掛かった。 「知らないわよそんなの!」 見事な否定だ。めちゃくちゃなことを言っているというのに、ここまでくるといっそ清々しくすらある。でもあっさりその清々しさに従うわけにはいかない。 「香草さん、ルールは守らないと」 「……分かったわよ」 香草さんは僕の予想に反してあっさりと引き下がった。絶対にまた一騒動起こすかと思ったのに。 「クウ、早く相手を倒してあの女をフィールドに引きずり出してやれ。敵討ちだ」 ハヤトさんは心中穏やかではないらしい。口調はまだ冷静だけど、雰囲気からは怒りの感情が透けて見える。自分の自慢のパートナーがあっさりと一撃昏倒させられたことにプライドが傷つけられたのか、それとも自分の愛するものが酷く痛めつけられたことに対して怒ったのか。 「はい、マスター」 クウさんは凛とした表情で、フィールドに足を踏み入れた。 両者がフィールドに出揃うと、再び審判によって戦闘開始が宣言された。 今回は間違いなく空中戦になるだろう。それなら先に後ろをとったほうが有利になる。 45 :ぽけもん 黒 激戦! 桔梗ジム! ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/01/12(月) 09 53 50 ID hgEnhONI 僕の予想通り、二人ともバトル開始直後に宙に浮いた。 「ポポ、電光石火で相手の後ろに回りこめ!」 「クウ、電光石火で回避」 ハヤトさんが僕の仕掛けるのを待っていたのか分からないけど、僕たちが初手を取ることができた。ポポは素早くクウさんの背中側に回り込む。しかし相手も高速で回避した。だが、電光石火のキレはクウさんよりポポのほうが上に思える。 「ポポ、追いつけるぞ! 追いついたらそのまま背中に飛び掛るんだ!」 僕はこのまま一気に押し切れると踏んで、ポポにそう指示を出した。 僕はこの時点ではまだ気づいていなかった。ハヤトさんの戦略にまんまと乗せられていたことに。 クウさんは素早く、上下左右、縦横無尽に、自然界に比べれば圧倒的に狭いジムの内部を器用に飛び回る。最高速度はポポのほうが上なのだが、急な方向転換の所為で中々追いつけない。 しかし僕は彼女の動きを見ているうちに、急な方向転換をとる前にはある程度減速することに気づいた。これでクウさんの行動を少しだけど先読みできる。僕はそれを踏まえてポポに指示を出す。 僕の指示のお陰か、クウさんに攻撃がかすり始めた。後一歩。後一歩で相手に大きなダメージを与え、地面に落とすことができる。 何度目か、再び壁が迫ったときだった。このまま進んでいけば確実に壁に激突する。しかもクウさんの飛んでいる角度からして、彼女は急な方向転換をせざるを得ないと思われた。 これはチャンスだ、と思った。クウさんが減速したところに突っ込んでいけばいいだけだ。実際、ポポにはそれができるだけの速さがあった。 「ポポ、速度を上げるんだ!」 だから僕はこんな指示を出した。 いよいよ壁が迫ったとき。クウさんは今までと違い、まったく減速することなしにV字に曲がって壁を回避した。僕は勝ちを確信して、完全に油断していた。 嵌められた。そう気づいたときには、もはやポポはすぐに止まれるような速度ではなかった。しかもポポはクウさんと違い、急カーブの類の技術を持っていない。 ぶつかる! 僕は怖くて目をつぶった。しかし、衝突音は聞こえてこない。僕は恐る恐る目を開けると、ポポは壁の手前でかろうじて止まっていた。僕はホッと胸を撫で下ろす。 「ポポ、場外! 勝者クウ!」 が、レフェリーの声によって僕はすぐに現実へと引き戻された。なんとか壁にはぶつからなかったものの、白線からは明らかにはみ出していたのだ。 「ゴールド、ごめんなさいです……」 ポポは明らかに肩を落として、ふらふらと戻ってきた。目の端には涙の粒が浮かんでいる。 「謝るのは僕のほうだよ……あんな見え見えの策略にまんまと乗せられて……。周りが見えていなかった。ポポは良くやったよ。お疲れ様」 そう労いの言葉をかけたものの、ポポは相変わらず落ち込んだままだった。 今回の敗北の責任は明らかに僕にある。慰めとかそんなのじゃなくて、本当にポポが落ち込む必要は無いのに。 溜息を吐きそうになるのを寸でのところで堪えた。今溜息をついたりなんてしてしまったら、ポポが負けたことでポポに落胆しているのだと誤解されかねない。 「ハハハ、バトルは単純な強さばかりでやるものでないことが分かってもらえたかな。特に、そちらの凶暴なお嬢ちゃんには」 勝ったハヤトさん上機嫌だ。 その挑発を受けて、香草さんは目を細めてハヤトさんを睨みつける。 「殺……」 「殺しちゃダメだよ香草さん!」 物騒な単語を吐きながら、ゆらりと体を相手のほうに向けた香草さんをすぐさま宥める。 彼女なら、本当にやりかねない。 「だってあいつら卑怯じゃない!」 香草さんは僕の制止を振り切ろうと僕に食って掛かる。 「ハハハ、卑怯でもなんでもない、ただの戦略さ。まあ君みたいな野蛮な子には分からないかもしれないけどな」 またこの人は余計なことを……。 「殺……」 もうすぐさま飛び掛らんばかりの香草さんの進路を塞ぐようにして香草さんを抑える。 「だからダメだって香草さん! アレは僕が迂闊だったのもいけなかったんだ」 ハヤトさんの言うとおりだ。バトルは単純な強さばかりでやるものではない。もしそうなら、トレーナーなんて何の価値もない。 46 :ぽけもん 黒 激戦! 桔梗ジム! ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/01/12(月) 09 55 13 ID hgEnhONI 相手の種族、性格、相手トレーナーの傾向、そして自分のパートナーの種族、性格、自身の傾向、そして持っている道具、地形、天候、他諸々。 それらを考慮し、最善と思われる作戦を考え、パートナーに分かりやすく指示を与え、パートナーが自分一人で戦うよりも有利に戦えるようにする。 それこそトレーナーの役割だ。僕は、ポポや香草さんの強さに甘えていたのかもしれない。なにせ二人ともとても強いから、僕が特に何も考えず、何も指示を与えなくても彼女達は結果を出せてしまった。 そのことが僕自身の怠慢を生んだのかもしれない。しかし、同じ失敗は二度は繰り返さない。 クウさんの能力、ハヤトさんの考え、香草さんの能力と性格、それらを考慮し――それをすべて考えられていたというのは僕の思い上がりかもしれないけど――、僕は作戦を考えた。 「だから今度は……」 僕は作戦を伝えようと香草さんに顔を寄せる。一瞬、香草さんが驚いた顔をしたかと思うと、次の瞬間には僕の腹部に香草さんのボディーブローが突き刺さっていた。 こうかは ばつぐんだ! 「ご、ゴールド!?」 体中からいろんな体液を噴き出しながら地面に倒れた僕に、目線を合わせるように彼女も屈みこむ。 体重の乗ったいいパンチだった。格闘技のことは良く知らないから、本当のところどうなのかは分からないけど。 僕の属性は間違いなくノーマルだな。一撃で瀕死になりそうだ。 「ち……違うんだよ。ちょっと……耳打ちをしようかと思って……」 僕は自分の目に浮かんだ涙を拭いながら、誤解を解こうと説明する。 香草さんは僕にあまりいい感情を持っていないのを忘れていた。でも、さすがにこんな力で思いっきり殴られるのは想定外だったな。 「大丈夫!? で、でも、急にあんなことしたアンタがいけないんだからね!」 彼女はツンと僕から視線逸らす。 そうだよね、好きでもない相手にいきなりにじり寄られれば、そりゃあボディーブローだって出ちゃうよね。しょうがないよ、うん。 「うん……そのとおりだよ。昼ご飯が喉の辺りまで上がってきたけど、もう大丈夫だよ……。それでさ、ちゃんと耳打ちするから、香草さんには絶対に指一本触れたりしないから、だからちょっと耳を貸してください」 僕はそう言いながら起き上がると、荒い呼吸を整える。 「だ、だからそういうつもりじゃなくて……」 香草さんの弁明は嬉しいけど、今はそんなフォローを長々と聞くつもりはなかった。 香草さんの耳に口を近づけると、僕は今回の作戦を説明する。 香草さんに近付くと、彼女の頭の葉っぱから漂ってくる甘い香りがことさらに強調されて感じる。 それに、ただ耳打ちしているだけなのに、香草さんは「ひゃ!」とか、「はうっ!」とか、悩ましい声をあげてくる。耳が弱いのかな。でも、こう、僕の精神衛生上あまりよろしくないから、できれば抑えてもらえると嬉しいんだけどな……。 「焼き付け刃の作戦が俺に通用するかな?」 「やってみなくちゃ、分かりませんよ」 不敵に微笑んでくるハヤトさんに対して、僕も笑みを返してやった。 香草さんとクウさんはフィールド上で互いに睨みあっている。 「挑戦者ゴールド、チコ対ジムリーターハヤト、クウ……バトル開始!」 今度も、審判のバトル開始の宣言と共にクウさんは空中へと飛び上がった。 「香草さん、蔦で捕まえて!」 僕の命令に答えて、香草さんは無数の蔦をクウさんに向けて伸ばす。が、クウさんの速度はポポよりは遅いとはいえハタさんより上、しかもハタさんのときのように油断してないときた。 クウさんは先ほどのポポとのバトルでの疲労もあるはずなのに、まったくそれを感じさせない。先ほどのように何もせずに捕まえることは難しそうだ。とはいえ、ここまでは予想通りだ。 「香草さん、眠り粉!」 僕が指示を出すと、香草さんの頭の葉っぱと袖口から、無色の粒子が噴出した。 細かい粒子に太陽の光が乱反射して、香草さんの周りがキラキラと輝く。 それは、とても戦闘中とは思えないような幻想的な光景だった。 「フフ、自分の周りを眠り粉で覆ってしまえば攻撃されないと考えたのかい? 甘いね! クウ、風起こしで彼女の周りの眠り粉を吹き飛ばせ!」 47 :ぽけもん 黒 激戦! 桔梗ジム! ◆wzYAo8XQT. [sage] :2009/01/12(月) 09 56 26 ID hgEnhONI クウさんは空中で激しく羽を羽ばたかせることによって香草さんの周りに立ち込めていた眠り粉を吹き飛ばした。しかし、これこそ僕の狙いだった。風を起こすために羽ばたいている間は、彼女の移動は制限される。 「香草さん!」 「分かってるわよ!」 香草さんは強風の中で瞬時に数本の蔦を束ね、クウさんに向けて勢いよく伸ばす。 「風起こしで身動きがとり難くなっている内に蔦で捕らえる作戦か。甘いね! そんな柔な蔦ごとき、この風で容易に切り裂ける!」 「この私を、その辺の柔なのと一緒にしないでよねぇ!」 確かに、一本じゃこの風に耐えるのは難しいだろう。でも、何本も束ねた蔦ならば、多少の風じゃ容易には切り裂けないはずだ! 僕の予想通り、蔦は見事にクウさんを捕らえた。 「何!」 「おおおおおおおおおおおおおおお!!」 ハヤトさんは慌てるが、もうすでに勝負はついていた。香草さんは雄叫びと共に、クウさんをブンブンと振り回し、勢いをつけて壁に向かって投げつけた。壁にしたたかに叩きつけられたクウさんは、そのままずるずると地面へと落下した。 「ク、クウ場外! 勝者チコ! よって挑戦者ゴールドの勝利!」 審判によって、僕の勝利が高らかに宣言された。 「今度はちゃんと加減したわよ?」 またやりすぎだよ、と諌めようとする僕を制するように彼女は言う。 加減したといっても、相手は今度も気絶してるみたいだけどね……。 戦いを終えた僕とハヤトさんは、フィールドの中央で向かい合った。 「クソッ、俺の負けだ。草ポケモンだからといって、甘く見ていたようだ……。だが、彼女達の実力はまだまだこんなものじゃない。それを誤解しないで欲しい。 それと、これがこのジムのバッジ、ウイングバッジだ。それにこれも持っていくといい。これは技マシン31、泥かけだ。君のパートナーに覚えさせるといい」 「ありがとうごさいます」 僕はハヤトさんからバッジを小包を受け取った。 「ウイングバッジ、ゲットだぜ!」 僕はバッチを高く掲げると、天井に向かって大きな声でそう言ってみた。 「どうしたの突然」 香草さんに怪訝そうに見られた。僕は慌てて弁明する。 「い、いや、なんだかこう言わなきゃいけない気がしてさ」 「ふーん。変なの」 そう言って、香草さんは上機嫌にクスクスと笑った。
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▼ Seed Sowing 依頼者: グリーンサム・モーグリ(G.T. Moogle) / モグガーデン 依頼内容: モグガーデンの畑のところにある カゴを調べて、種まきをしてみよう。 モグガーデン Green Thumb Moogle ……。 ………。 Green Thumb Moogle そこクポォォオオオオ! Green Thumb Moogle モグガーデンに 潜んでいた不届きものは きさまだったクポね! Green Thumb Moogle 威嚇クポ!? でも、クラブのハサミごときに ブルブルしちゃうモーグリじゃないクポ! Green Thumb Moogle 覚悟するクポ! 届けェ~この想い! Green Thumb Moogle 封印解除クポ! モーグリ無双! Green Thumb Moogle ……ど、 どどど、どういうことクポ…… め、女神さま、助けてクポ…… Green Thumb Moogle クポぉっ!? Green Thumb Moogle クポ~! 地震のおかげで、勝利クポ~! モーグリにさからうとこうなるクポ~! Green Thumb Moogle 畑、 木立、池、そしてこの海岸…… モグガーデンを守りきったクポ! Green Thumb Moogle MHMUから モグガーデンへ異動を命じられたときは、 左遷かと落ち込んだこともあったクポ。 Green Thumb Moogle でも ここは、このモーグリが 守るべきガーデンだったのクポね。 Green Thumb Moogle これからも 全部、モーグリに任せておくといいクポ。 Green Thumb Moogle ほら、 この種をあげるクポ。 今まで教えたことを思い出して、 畑に種をまいてみるクポ! 謎の香草の種を手にいれた! 謎の香草の種 何かの香草の種。 Green Thumb Moogle クポ~。 やっと敵もいなくなったことだし、 平和な畑いじりに戻れるクポ。 Green Thumb Moogle さっきあげた種を 畑にまいてみるクポ、[Your Name]。 そしたらまた、モーグリに報告するクポ。 (Garden Furrowを調べる) モーグリの畑(ランク1)だ。 植えた種 :なし 与えた肥料:なし この畑には何も植えられていない。 (種をトレードすることで植えることができます) (Garden Furrowに謎の香草の種をトレード) 畑に謎の香草の種を植えます。 ※一度植えると種は取り戻せません。 選択肢:本当に謎の香草の種を植えますか? 植える やっぱりやめる(キャンセル) 謎の香草の種を植えました。 (Garden Furrowを調べる) モーグリの畑(ランク1)だ。 植えた種 :謎の香草の種 与えた肥料:なし 謎の香草の種の実が収穫できるようになるまで あと 8時間 0分(地球時間)かかりそうだ。 また、3回ほど実をつけそうだ。 ▲ 砂浜で網を調べてみるクポ 畑に種まきしてみるクポ 漂着物を調べてみるクポ ■関連項目 その他(アドゥリン) Copyright (C) 2002-2013 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. ~
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745 名前:ぽけもん 黒 24話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/04(水) 01 50 27.19 ID /YmBUMpA [2/9] 時刻は未だ早朝。 窓からではなく、キチンと玄関からポケモンセンターに入場した。 ロビーで香草さんに向き直る。 「香草さんはここで待ってて。事情を説明してくるから」 「どうして? 私が一緒にいたらダメなの?」 「ダメっていうか……また喧嘩になって欲しくないから」 「大丈夫よ。私、もう負けないから」 圧倒的に間違った論点で大丈夫とか言ってるうちは大丈夫じゃない。 そういえば香草さんはあれから進化して、能力も倍増している。 香草さんは基本的に自信過剰とはいえ、実際、今度は勝算があるのかもしれない。 でもそもそも最初から勝算云々の話じゃないんだ。 「と、とにかくここで待ってて。すぐ戻ってくるからさ」 香草さんは明らかに不満げだ。 このまま問答を続けたところで、おとなしく従ってくれるとは思えない。 そんなとき、僕の脳裏に一つの案が閃く。 冷静になって考えればどう考えても有効とは思えないその案だったが、そのときの僕は浮かれていたのだろう、その案を実行に移してしまった。 膨れっ面の彼女の肩を抱くと、彼女が何かリアクションをとる前に、そのまま彼女の唇に口付けた。 「少しだけ待っててよ。それじゃ」 顔を真っ赤にして、唖然とした表情をしている香草さんにそれだけ告げると、足早に部屋に向かった。 あーあー恥ずかしい。僕は何でこんなことを! 顔を真っ赤にしたのは香草さんだけではなかった。 急に恥ずかしくなり、地面をのた打ち回りたくなる。 あまりにもキザだ。いくら香草さんがデレデレだからって調子に乗るのも大概にしろ! 廊下を早足に歩きながら、僕は叫びだしたい衝動を必死に押さえる。 後悔先に立たずだ。まったく。 あっという間に部屋の前まで来た僕は、顔の火照りを沈めるために深呼吸を繰り返し、それから部屋に入った。 「やあ、ゴールド」 驚いたことに、やどりさんは平然とベッドに腰掛けていた。 まるで言う前から僕がいなくなった理由を知っているかのように。 「いったいどこに行っていた?」 やどりさんは微笑みながらそう続ける。 僕は彼女が発す独特の雰囲気に気圧されていた。 さっきまで浮かれていただけに、余計に動揺が起こる。 「あ、あの、さ、落ち着いて聞いて欲しいんだ。ちゃんと最後まで」 「もちろんだ」 やどりさんが落ち着いているのはいつものことである。 しかし、こちらが動揺しているときにこうも平静に振舞われると、どうも落ち着かない。 僕は切り出すのを少し躊躇った。しかし、すぐに口を開く。 「……香草さんと、会ってきたんだ」 ジリ、と空気が軋む音が聞こえた。 「……どういうことか、詳しく話して」 空気が張り詰めたと思ったのは、僕の気のせいではないだろう。 「その前に、約束して欲しいんだ」 「約束?」 「もう香草さんと喧嘩したりしないって。あ、いや、喧嘩しても、言葉で済ませる、手は出さないってことを」 「ゴールド、何を言っているかよく分からない。あの女はもう私達には関係ない。そうでしょ?」 やどりさんの言葉には有無を言わさぬ圧力が含まれていた。 寸簡、息が詰まった。しかし、気おされるわけにはいかない。 僕は拳に力を込めると、意を決して話し出す。 「……単刀直入に本題から言うよ。パーティーに私情を持ち込むことはごめんなさい。……僕は香草さんと付き合うことになった」 瞬間、突風が僕の両脇を駆け抜けた。 窓は開いている。 だから風が吹く条件は揃っていて、それはただの突風であっても何の不思議も無い。 そうだ。やどりさんがサイコキネシスを使う理由なんて、ない。 無いはずだ。 「……それで?」 746 名前:ぽけもん 黒 24話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/04(水) 01 51 29.40 ID /YmBUMpA [3/9] 「だ、だから、香草さんと契約解消はしない。出来れば、皆で一緒に旅を続けたいんだ。だから、仲良くして欲しい」 やどりさんは無表情で押し黙っている。 「僕の我儘でこんな面倒なことになってしまったことは本当に申し訳ないと思っている。けど、僕は……」 いや、言い訳はやめよう。面倒に巻き込まれるほうからしたら、どんな正当な理由だって理由にはならない。 「せ、せめて、仲良くは無理でも、喧嘩はしないで欲しいんだ。この間みたいなことは、絶対に……」 「大丈夫」 肯定するやどりさんの言葉はやけに力強い。嫌な予感しかしない。 「だ、大丈夫って?」 「正直に言って欲しい。あの女に何を言われたの?」 「な、何って……『好き』って」 「違う。そうじゃない。あの女は力を背景にゴールドを脅迫した。そうでしょ?」 有無を言わさぬ強い口調だ。だけど、それに従うわけにはいかない。 「ち、違うよ! 僕は本当に……」 「……大丈夫。無理をしなくて、いい。私がついている」 まずい。致命的に話が通じない。 しかもやどりさんから漂っている空気は、以前香草さんが凶行に及ぶときのそれに似たものがあった。 正直、やどりさんはまともに戦って勝てる相手じゃない。 何せ、超能力は目に見えない。故に回避がとても難しい。しかも地形の拘束を受けない。つまり地の利は彼女にある。さらに、超能力相手に攻撃は無駄だ。僕の最強武器である忌まわしき毒ナイフも、サイコキネシスの前にはまるで無力だ。 となると残された手は逃走のみ。僕が煙玉に手を伸ばすのと、彼女のサイコキネシスが僕を捕まえるの、どちらが速いだろうか。 ……愚問だ。もう僕は彼女の手中にあるも同然、彼女がその気になれば、僕に打つ手は無い。 僕が斬ることのできるカードは説得の一枚のみ。苦しい状況だ。 この恐怖がただの下らない杞憂であることを願うばかりだ。 「やどりさん、落ち着いて聞いて欲しい。僕は本当に脅迫されたわけでもなんでもないんだよ。本当に香草さんが好きなんだ」 僕がそれを告げた瞬間、彼女の周りを立ち込めていた“嫌な感じ”が急激に縮小していくのを感じた。 「……そう」 やどりさんは泣きそうな顔でそう呟く。 「……分かった。私は、ゴールドの言うとおりに、する」 彼女は途切れ途切れにそう答える。 先ほどの不穏な気配からすると、妙に聞き分けがよく思える。 いや、やっぱりただの杞憂だったのかな。 それとも、やどりさんは僕のことをまるで恩人のように思っているから、僕が自分の意思でそう決めたのなら、それに反対したくはないのだろうか。 「あの、香草さんも話せば分かってくれるようになった……と思う。だから大丈夫だよ」 「……うん」 彼女はただ悲しげに俯くばかりだ。非常に心苦しい。 しかしとりあえずこれで第一の障害はクリアーだ。 後は香草さんがなんと言い出すか、そして―― ――ポポがどう出るか。 ポポが僕に執着してるのはもう多分間違いない。 となると、この状況をおとなしく見過ごすとは思えない。 ……物騒なことにならなきゃいいけど。 いったいなんというべきか。 今から頭の重い話だ。 ま、まあ今はとりあえず目先の成功を喜ぼう。 「じゃあ、香草さんを呼んでくるよ」 そう言って、僕は部屋を後にした。 ロビーに戻ると、香草さんは未だキスの衝撃から抜け出せていなかった。 赤い顔をして、左右に揺れながらどこか遠くを見ている。 早朝のポケモンセンターに不審者が二人。 無論一人は香草さん。そしてもう一人は、それを見てついにやっとしてしまった僕である。 「香草さん、迎えに来たよ」 「ダメよゴールド、断然シルクより綿の方が……って、え?」 え? って、僕がえ? って感じだよ。 「やどりさんに分かってもらえたよ。これでまた一緒に旅が出来る」 僕がそう告げたとき、香草さんの表情が若干曇った。 「あー、確かにやどりさんに言いたいことはあるだろうけど、出来るだけ穏便に……」 「ねえゴールド、私だけじゃだめなの?」 「はい?」 747 名前:ぽけもん 黒 24話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/04(水) 01 52 51.03 ID /YmBUMpA [4/9] 「私と二人だけじゃ……」 これはもしかして…… 香草さんは嫉妬してるのか? 「だってゴールドには私だけを見ていて欲しいし……」 香草さんは口に手を当て、もじもじしながらそう続ける。 これは間違いない! 彼女は嫉妬している。 か、可愛い! なんてかわいいんだ香草さん! 恥ずかしげに振舞う香草さんがまさかこんなに可愛いなんて! 今まで香草さんはすぐ照れ隠しに暴力を振るってきたからとてもそれを愛でる余裕なんて無かったけど、こうしてしおらしく振舞う香草さんの可愛さはもう今まで彼女から受けた虐待全て水に流せるくらい可愛かった。 数秒その可愛さに見とれた後、ハッと正気に返る。 危ない危ない。今はこうしてしおらしく振舞ってるけど、いざやどりさんを前にしたらどう出るか分からないのが彼女だ。ちゃんと話をつけておかないと。 上がりっぱなしの頬の筋肉を下げ、涎を拭って切り出す。 「香草さん、やどりさんはあくまでパーティーの一員だよ。僕の彼女は香草さんだけだよ」 ……なんてキザったらしい発言だ。我ながら嫌になる。 もしかして僕は思ったよりかっこつけたい願望が強いのだろうか。 しかし、こんな台詞でも、彼女には効果覿面だったらしい。 再び顔を真っ赤にしてフラフラしている。 「か、彼女……ゴールドのたった一人の彼女……ふ、うふふふふふ……」 心ここにあらず。本当にすごい浮かれっぷりだ。 畳み掛けるように言葉を重ねる。 「そうだよ。だから決して暴力を振るったりしちゃダメだよ」 「う、ん。暴力なんて……えへへへ……」 よし、これでいいだろう。 ちょっと正気じゃない気もするけど、多分大丈夫さ。 ニコニコしていた香草さんも、さすがに部屋の前に来ると顔が引き締まった。 静かに力を巡らせているのを感じる。 臨戦態勢だ。 僕は咄嗟に跳びかかれないよう、自分が邪魔になるような位置に立って戸を開けた。 床にうつぶせにやどりさんが倒れていた。 「や、やどりさん!?」 僕は慌てて駆け寄り、名を呼ぶ。 「ん、あ、ゴールド……」 答える声は本当に力が篭っていない。 僕がここを離れていた数分の間に、一体何があったんだ? 「やどりさん、どうしたの!? 誰に襲われたの?」 「襲われてなんか、無い……」 「へ?」 「……疲労が出た。動きたくない」 ……過労で倒れたということだろうか。 確かにやどりさんは自身も怪我を負ったにも関わらず、ずっと僕を気遣ってくれていた。疲れていても当然だ。 「大丈夫? 看護婦さん呼ぶ?」 「いい……しばらくこのままでいれば、大丈夫」 「せめてベッドとか……」 「いい」 そういうので僕は離れ、ベッドに座った。 警戒した様子の香草さんがそろそろと入ってきて、僕の隣に腰掛ける。 そうか、確かに、何かの作戦にも見えなくも無い。まったく意図は見えないけど。 「ま、まあ、さっき説明したけどさ、香草さんが帰ってきて、それで、その、僕と私的なお付き合いをすることになったんだ」 どうも恥ずかしくて説明し辛い。 香草さんはこれ見よがしに僕の腕に手を絡めてくる。 正直、蛇にまきつかれたネズミの心地がしなくも無い。 「そういうことだからよろしく」 香草さんはそう言って不敵に微笑む。 どうしてそう挑発的に言うかなと思ったけど、直接的な物言いじゃないだけまだマシか。 748 名前:ぽけもん 黒 24話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/04(水) 01 54 25.30 ID /YmBUMpA [5/9] やどりさんは寂しげに、そう、と呟いた。 暫し沈黙が流れる。突然、思い出したようにやどりさんが言った。 「……それでゴールド、どうする?」 「どうするって?」 「……警察署」 僕はその一言で、急に現実に引き戻された。 ああ、何てことだ。 どうして僕はこんな大事なことを今まですっかり失念していたのだろう。 香草さんとの再開と告白ですっかり浮かれてしまって、頭から吹き飛んでいた。 僕の全身を強い後悔が襲う。 僕は後先考えずになんてことを。 これで万が一僕が逮捕されるようなことになったら、香草さんに顔向けできない。 背骨が氷に変わってしまったかのようだ。 冷や汗が後から後から噴し出してくる。 どうしよう。 香草さんは不思議そうに僕の顔を覗き込んでいる。 そうだ。香草さんはここに至るまでのいきさつを一切知らない。 僕はなんて説明すればいい。 目の前にある、この美しい顔を曇らせるのか。 ああ、うわあ。 思考がグルグルと加速していき、ドンドン寒気を増していく。 そんな僕の脳の混沌を、轟音が吹き飛ばした。 「な、何だ?」 咄嗟に窓を見ると、窓の向こうで一筋の閃光が空に上って消えていくところだった。 な、何だアレ!? 多分ポケモンの、それも相当に熟練度の高い高威力の攻撃だ。 「な、何? どうしたの?」 「ロケット団?」 街中であんな攻撃ぶっ放すんだ、その可能性は高い。 しかしロケット団だとしたら本当にマズい。 あれだけの攻撃を行えるポケモンはおのずと限られてくる。 戦闘力で言えば一級クラス。 そんなのを相手にしなくてはならないとなったら大変だ。 しかしだからといって見過ごしたくは無い。 このタイミング、あの通行所での出来事に関連している可能性は大いに有る。 となると、僕だって無関係じゃない。 昨日布団に篭って考えた。 そして結論に至ったことの一つ。 多分シルバーはロケット団を怨んでいた。 ロケット団の現れた場所に現れたのはロケット団と行動をともにしていたからじゃない。 きっと、ロケット団を倒してまわっていたんだ。 彼はずっと憎かったのだろう。 自分の、自分達の運命を歪めてしまった存在であるロケット団が。 ランの言うことが正しければ、今でも諦めきれない、あの頃の僕達の関係を壊したロケット団が。 ならば、僕はロケット団を潰さねばならない。 悪を倒すとか、そんな崇高な理念じゃない。 僕達の平和を奪った相手に対する、単なる私怨。 しかも、相手の力は強大。……結局、僕一人では何も出来ない。 周りを巻き込んでばかり、迷惑をかけてばかり。 みんなに心配をかけて、みんなの力を借りて、みんなを危険に晒して。 分かっている。それでも、今少し僕はこのエゴを貫きたかった。 「香草さん、やどりさん、付き合ってくれるかな。僕は、あれを放って置けない」 「ねえどうして、ゴールド。危ないよ」 「……ゴールドがそれを望むなら」 否定する香草さんと肯定するやどりさん。 「わ、私だって! 危ないってのはゴールドが心配ってだけだから! もちろん、ゴールドがそうしたいって言うなら協力するわよ!」 「ありがとう」 ごめん。 心の中で呟いて、僕達は光線の上がった現場を目指して出発した。 749 名前:ぽけもん 黒 24話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/04(水) 01 55 16.97 ID /YmBUMpA [6/9] 「あ、あれ!」 香草さんの指差すほうを見ると、誰かが現場と思しき場所から飛び立っていた。 すごいスピードで動き、あっという間に見えなくなる。 多分あの光線の主だ。 そのまま僕達は現場を目指す。 現場はすでに警察によって保護されていた。 何の変哲も無い民家。その一隅がぽっかりとえぐれ、なくなっている。 警察の人が群がる野次馬に対して説明をしていた。 「ここはロケット団のアジトの一つです。危険ですので近付かないでください」 やはりロケット団か。 野次馬が話してるのが聞こえる。 「ワタルさんが乗り込んでこのアジト潰したらしいぜ!」 「すごいな、さすが四天王だ」 「あの一昨日の頭痛、アレ、ロケット団の仕業だったらしいわよ」 「ここがその基地だったんですって」 「まあ怖い」 「だから被害がこの辺だけだったのね」 大した時間もかからずに、知りたい情報は大体手に入った。 多分そうだろうと思っていたけど、あの頭痛の原因がロケット団だったのには驚かされた。 あんな大規模にあんなことを出来るのだから、恐怖を禁じえない。 そう恐怖に慄いていると、後ろから肩を叩かれた。 香草さんかと思い何の疑問も無く振り返る。 が、振り返ったときに気づいた。 香草さんは今僕と手を繋いでいる。だから後ろから肩を叩くのは難しい。 そしてやどりさんは宙に浮いて、上から建物を見てもらっている。現に先ほどまで僕の視界にあった。 じゃあこれは? 視界の先には、フードを目深に被った人間がいた。 瞬間、全身の毛穴が開く。拍動が速くなる。体がカッと熱くなる。 ちょっと待て、そんなバカな。 思考は困惑と恐怖で真っ白になり、瞬間的にパニックに陥る。 だって、そこにいたのは―― 「ちょっとついてきてくれ。ここはあまりよろしくないからな」 ああ、間違いない。いやしかしそんなはずは。だってお前は…… 「死んだはずだろ、シルバー……」 問いかけというより、僕の意思とは別に、勝手に開いた口からこぼれたと言ったほうがいい。 僕の目の前にいたのは、死んだはずの――僕が殺したはずの、シルバーだった。 背中を中心に、上体に嫌なものが駆け巡る。 一拍遅れ、ようやく腰の武器に手を伸ばす思考が働く。 「ゴールド?」 僕の様子に気づいたのか、香草さんが僕を向き、話しかける。 香草さんもすでにシルバーの射程内。まず――いや? 「その手を下ろせゴールド。殺る気ならとっくにやってる。お前もそれくらいは分かるだろ?」 シルバーはそう言って不敵に笑った。 確かにその通りだ。今の僕は完全に油断していた。後ろから一突きされれば、それで終わりだ。いちいち話しかける意味がない。 それに、ランの言うとおりなら、シルバーは悪ではなかった。……いや、ランの言うことをそのまま信じるのは危険だ。 単に洗脳されて言わされていただけっていう可能性だって十分にあるのだから。 そうなれば、僕を殺さなかった理由だって、僕を懐柔して手駒にすることが出来ると考えたからかも知れない。 警戒は怠れない。 でも、現時点ですぐに僕の命に危険が及ぶことは無いだろう。 ……まったく、死んでると思っていたときは実はいい奴だったように思えたのに、生きてると分かった途端この心変わりとは、僕という人間は…… 必要な警戒といえども、自分が卑しい人間のように思えて、少し自分が嫌になる。 ともあれ、とりあえずは彼に従うことにした。 何故生きているのかを初め、疑問は絶えない。 そんな時、隣で急激に不穏な気配を感じた。 見ると香草さんが臨戦態勢に入っている。 無理も無い。香草さんは何も知らないのだから。 750 名前:ぽけもん 黒 24話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/04(水) 01 55 57.76 ID /YmBUMpA [7/9] 「香草さん、大丈夫だから落ち着いて」 僕がこういうと、香草さんはポカンと僕を見た。 「ちょっと来いよ。話がある」 台詞だけ聞くと喧嘩でも売っているようにしか聞こえない。 香草さんが体を硬くするのが分かる。 「分かった」 やどりさんにも合図を出して、僕らは人ごみを離れた。 「それで、どこに行く気だ?」 先頭を無防備に歩くシルバーに問いかける。 今なら、僕でも簡単にシルバーを殺せる。それくらい無警戒だ。 「どこか、人気の無い場所がいい。俺は人に見られるとまずいし、人に聞かれたくない話だからな」 「あまり人気の無い場所だと僕は嫌なんだけど」 「何だ? 言っただろう、殺るつもりならとっくに……」 「人目につくのを避けただけって可能性もある」 「やれやれ、お前は昔っから変わってないな。分かったよ、そこなんかどうだ?」 シルバーはそう言って一軒のオープンカフェを指差した。 客は一人も見当たらない。それに一応街中ではあるので、僕の都合にもあっていた。 一つのテーブルを囲んで、香草さんを僕から向かって左に、やどりさんを右に挟む形でシルバーと向き合って座った。 「おうおう、大層なボディーガードだな」 茶化すシルバーに香草さんが食って掛かる。 「ボディーガードじゃないわ! 彼女よ!」 ……そっち? 「何だ、初心な面してやることやってんじゃねーか」 やること? と言われてキョトンとしている香草さんと、表情を険しくしたやどりさんが横目に見えた。 「そんなことをわざわざ言いにきたのか?」 「そう怒るなよ。……ま、本題に入るか」 空気が引き締まった。彼の鋭い眼光に、僕は少し恐怖を覚えた。 「まず一つは、ロケット団を潰すのを手伝って欲しい」 唐突な申し出だ。 僕の考えていたこととすっかり合致していたため、僕の鼓動が高鳴るのが分かる。 「その前に、お前は本当にシルバーなのか?」 このままではシルバーのペースに乗せられてしまう。 一旦落ち着く意味もこめて、僕は話を変えた。 「本当に疑り深いなお前は。俺がシルバーじゃなかったら誰だって言うんだ」 「……お前はナイフに塗られた毒で死んだはずだ。あの毒はその辺の生半可な毒とは訳が違う」 「確かに、きつい毒だった。だが知ってるか? あの毒、解毒に必要な生薬は普通の毒と変わらないんだぜ?」 そう言ってシルバーは不敵に笑う。その目には絶対の自信。 「な、そんな話、聞いたことも……」 「俺がここにいるのがその証明だ。それに、俺があの毒を受けたのは初めてじゃない……ま、そんなことはどうでもいい。これで満足か?」 納得は出来ない。しかし今目の前にあるのが真実だ。 糞。僕の心労と時間を返せ糞野郎。 「それで、協力してくれるのか? くれないのか?」 「……あてはあるのか?」 「あ?」 「ロケット団を潰すあてはあるのかって聞いてんだよ」 「ああ。お前も見たろ? あのアジトの残骸。今頃ランが逃げ出した幹部を締め上げて吐かせてるはずだ。それに、どうも近いうちにロケット団に大きな動きがありそうなんだ。だから、それで集まった奴らを一網打尽って計画だ」 「そんな曖昧な……」 計画と呼べるような代物じゃない。 「ゴチャゴチャとした小賢しいことは性に合わん。現に今までそれで上手くやってきた」 「虚勢を張るなよ。今までは運よく失敗しなかっただけだろ。お前は昔っから……」 「あーうぜー。またお得意のお小言かよ」 「まったく……」 溜息を吐いて、実感する。 751 名前:ぽけもん 黒 24話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/04(水) 01 56 46.58 ID /YmBUMpA [8/9] コイツはあの頃のままだ。 郷愁的な気持ちで胸が一杯になる。 しかし、ならば聞かなければならない。 「ランは……本当にああなのか?」 「……あの日以来ずっとあんな調子だ。特に最初のほうは大変だったよ。お前も知ってのとおり、あんな奴じゃなかったからな。だが、段々分かってきた」 「扱いが?」 「アイツの行動理念が。アイツは……俺を傷つけるものを許さない。だからアイツの親父さんは殺されたし……そうだ、分かってると思うが、お前もやばいぞ。 何せ、俺はお前のせいで死に掛けたんだからな。怒り狂ってたぜ。お前を目の前にしたら、よほどのことがないとお前を殺そうとするだろうな」 ハハ、とシルバーは笑う。 笑い事じゃないだろ。 「そもそも、あのとき……ランが言ったことは本当なのか?」 「本当だ……と俺が言ったら、お前は素直に信じるのか?」 「……信じるわけが無い」 「だろう。俺が何を言おうが意味はない。が、俺がロケット団を潰そうとしていることと、ランに近付いちゃならないことは、俺の行動で分かっただろ」 疑う材料はたくさんある。 しかし、こうして直接会って話してみて、疑う気持ちは大分薄れてしまった。 コイツは直情的で短絡的なあのころのままだった。 「大丈夫なのか? のこのこ僕の前に顔出して。ランは平気なのか?」 「問題ない。アイツの扱いは俺が一番よく分かってる。そもそも、アイツはお前がこの町にいることだって知ってやしない。知ってたら、今頃大変だろうな」 ランの扱いを一番よく分かっている、か。言ってくれるね。 「お前は僕がこの街にいるって分かってたのか?」 「ああ。ポケモンセンターの中にちょっとした伝手があってな。おかしな動きは全部把握している」 ポケモンセンターも安全な場所とはいえないらしい。まったく、しっかりして欲しい。 「ポケモンセンターよりロケット団の内部に伝手を持っておくべきだろ。それだったら、もっと計画の細かいことが分かるのに」 「うるせーな。伝手はあるにはあるが情報が入ってこないだけだ」 「それじゃ意味ないだろ……」 「そうだ、そろそろ俺は行かなきゃならん。だから答えをくれ。協力するのか、しないのか」 「こんな短い時間で、しかもこんな少ない情報で決めろって言うのかよ。分かってんのか、僕は数日前まではずっとお前を恨んで生きてきたんだぞ」 「優柔不断やってる時間はねえ。だが、俺はお前を諦める気はねえぞ」 くそ、相変わらず無根拠な自信に溢れやがって。 僕は迷った末、メモ帳に数字を書き、シルバーに差し出した。 「なんだよこれ」 「僕のポケギアの番号だよ。もう少し細かいことがわかったら連絡しろ。全てはそれ次第だ」 「メンドくせえ奴だな」 「お前は行き当たりばったり過ぎるんだよ。大体前だって……」 「はいはい、説教聞いてる暇はないんでね。俺はもう行かせて貰う」 僕の手から紙を引ったくり懐にしまうと、シルバーは立ち上がり、僕達に背を向けて歩き出した。 「またな」 奴は歩きながら言った。 「いいの? 追いかけなくて」 シルバーの後ろ姿が大分小さくなった頃。 香草さんが不思議げに聞いてきた。 確かに、事情を知らない香草さんにとってはさっぱり意味が分からないだろう。 いや、それでも、やはり追いかけたほうがよかったのだろうか。 ……またな、か。 「参ったな……」 僕は手のひらで目を覆い、天を仰ぐしかなかった。