約 14,452 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1426.html
新章:reasonable 日常という言葉は、つまるところ日々の繰り返しを指す言葉だと俺は考える。それはつまり、朝起きて学校に通い、部室で朝比奈さんの淹れたお茶を楽しみつつ古泉とのゲームに興じ、家に帰って晩飯を食って風呂に入って宿題やって寝る。 それが俺にとっての日常であり、そこに何かしらのイレギュラーな出来事が発生すれば、それがどんなに些細なことであっても非日常なのだ。だから、その日常の一因子となる放課後の部室に、SOS団のメンツ以外が乱入していれば、それだけで非日常な出来事なのだ。 今、部室には俺を含めて七名の人間がいる。その中の一人が俺なのは言うまでもなく──。 一人はハルヒ。団長席に腰掛けて、頬杖を付きながら雌雄同体のクワガタでも見るような目で俺を睨んでいる。 一人は古泉。治療方法が見つからない難病患者を前にした医者のような目で、これまた俺を見ている。 一人は長門。いつもと変わらないのはこいつくらいだろう。目に見えない壁で世間と自らを隔離しているように、無関心無感動を貫いて本を読んでいる。 一人は朝比奈さん。どれだけ日々が過ぎても見飽きないキュートなメイド服に身を包み、猫の子を相手にするように俺の妹と戯れつつも、チラチラと俺に視線を投げかけている。 朝比奈さんと遊んでいるように、七名のうちの一人が俺の妹なのは言うまでもない。何をしているのか、などとはあえて言うまでもないが、それでも言及するなら、朝比奈さんのふくよかな胸部にうずめている顔を、せめてこの兄と交代してくれないか? と言いたいくらいだ。 そして、最後の一人。俺のささやかな日常を非日常にしてくれた、妹の親友にして猫をかぶっている虎、ミヨキチこと朝倉涼子が俺の正面でニコニコしていた。 「それで……ええと、もう一度、ここまでやってきた理由を話してくれないか?」 「キョンくん、物覚え悪いなぁ~。今日、学校の宿題で家族のことを作文で書くことになったの。でも、パパ帰ってくるの遅いから、キョンくんのこと書こうって思ったの。でもキョンくん、学校で何やってるか知らないから、見学に来たんだよ」 最初の一言だけは余計な付け足しだが、まったく同じことを妹は言う。 何を言ってるんだおまえは? と問いつめたいのは俺だけじゃないはずだ。学校の宿題と言うのなら、とっとと家に帰って片付けておけ。そもそも、見学してどうする。見たまま、ありのままに書いたところで、俺の日常なんてどう頑張っても面白おかしくなるわけがない。原稿用紙何枚がボーダーラインか知らないが、俺のことなんて書いても、せいぜい頑張って話を延ばしてもワンセンテンスで事足りるじゃないか。 まぁいい。それはいい。妹が家族の誰を題材にしようが知ったこっちゃない。 「それならなんで、ミヨキチも一緒に連れてきてるんだ」 「ああ、その子がミヨキチちゃんなのね」 俺の言葉にかぶせるように、事の成り行きを珍しく黙って眺めていたハルヒが声を上げた。そのまま静かにしていて欲しかったが、案の定、そうもいかないらしい。 「何を今更そんなことを言ってるんだ、おまえは」 「今更もことさらも、あんた、勝手に妹ちゃんとそのお友だちを連れてきて、ひとっことも説明なしに黙り決め込んでたじゃない。説明した気になってたの? もしかして、健忘症?」 健忘症にかかる原因を知ってるか? 人間関係でのストレスによるものが原因のひとつと考えられているらしいぞ。俺がそうだとしたら、間違いなくおまえのせいだ。 「へぇ、あなたがそうなのね。ふぅ~ん、なるほどね」 ハルヒは不躾なくらいミヨキチの姿をした朝倉──ええい、紛らわしい。今のこいつはミヨキチとか朝倉じゃなくて、美代子って本名で統一するか。 そんな美代子を見つめたかと思うと、ふと俺に視線を戻し、ニヤニヤと締まらない顔を見せた。何が言いたい。 「べっつにぃ~。あんたがあたしの言いつけ破ってまで、くっだらない自慢話を文芸誌に載せるのも納得って思っただけ」 何が自慢話だ。人に無理難題をふっかけて、苦労して形にしたのはどこの誰だと思ってるんだ。おまけにそのままボツにもせずに通したのは自分じゃないか。 「あったりまえでしょ。スケジュールも考えずにちんたらしてるんだもの。あれをボツにしたら〆切に間に合わないじゃない。本音で言えば書き直しをさせたかったんだけどね。無理そうだからそのまま通してあげたのよ。心優しいあたしに感謝なさい」 優しさを見せるなら、もっとわかりやすい優しさを示してもらいたいもんだ。意味もなく胸を張るハルヒに、俺はため息しか出ないね。 そんな俺とハルヒのやりとりを見て、美代子はくすくすと笑い声を漏らした。 「本当にお二人って仲がいいんですね。聞いていた通りです」 「仲がいいも悪いも、キョンはSOS団の従僕なの! って、誰から何を聞いたの?」 また妹からあること無いことを聞いているのか。どうやったらお喋りな妹を黙らせることができるんだろうね。 「わたしが聞いたのは朝倉涼子さんからで」 正直なところ、お茶を口に含んでいなかったのは不幸中の幸いだ。もし何か口の中に含んでいたら、そりゃもう盛大に目の前の美代子にぶちまけていただろう。 よりにもよってこいつは、本当に突然何を言いだすんだ。朝倉に聞いた? 自分のことじゃないか。そりゃこいつがハルヒのことを知っていても何ら問題はないが、今の自分の姿を忘れて……ないから『朝倉から聞いた』なのか。 だったらそんなことを何故急に言いだすんだ? 自分の正体を自らバラすつもり……だったら、『朝倉に聞いた』なんて言わないな。 何が目的だ? 「朝倉って……あの朝倉涼子? ミヨキチちゃん、あなた彼女の知り合いなの?」 「はい。涼子さんとは遠縁ですが親戚で、近所に住んでいましたからよく連絡を取ってたんです。急にカナダへ転校することになって、とても残念がっていました」 その転校も自分のせいだろう。 俺は転校の理由を作った長門に、ちらりと目を向ける。話を微塵も聞いていない風に、ただ黙々と本を読んでいる。ここに美代子がいても、まったく無関心なのは昨日の宣言通りか。 「あまりにも急で、わたしも転校してから連絡を受けて、はじめて知ったくらいで」 「本当にただ転校しただけなのね」 さもつまらなさそうに、ハルヒはそう言った。こいつはまだ、朝倉の転校に何らかの疑いを持っていたのか。もう素直に「転校した」と思っておいてくれ。 「涼子さん、わたしとお兄さんが知り合いだって知って、涼宮さんのことも話してくれましたよ。クラスで孤立してたけど、お兄さんとだけは仲が良かったって、」 饒舌な美代子の言葉を遮るように、パタンとひときわ大きく音を立てて、長門が本を閉じた。 全員の視線が長門に集まる。長門は、そんな視線を気にする風もなく立ち上がると、本を自分の鞄にしまい込んだ。下校時間にはまだ早い。 「どうしたの有希?」 ハルヒが訝しんで声を掛けると、長門は「コンピ研に呼ばれていた」と一言。そのまま自分の鞄を手に取り、部室を出る前に朝比奈さんの肩をつんと突いた。 「……え? 長門さん、あの」 明らかにキョドってる朝比奈さんは、どうしてここまで長門が苦手なんだろうね。別に取って喰うわけでもなく、長門は朝比奈さんにに向かって「二人にお茶を」と言うだけ言って、そのまま出て行ってしまった。 わからん。今日の長門はいつもにも増して、何を考えているのかさっぱりわからん。 「えーっと、とにかく」 一人減った部室で誰も喋らずにいるので、仕方なく俺が口を開く。 「ミヨキチも、おまえも、とっとと帰れ。校内は部外者の立ち入りは禁止だ」 「えー、や~だ~」 「やだ、じゃありません。宿題なら帰った後に手伝ってやるから、」 「いいじゃない、別に」 このふざけた状況を脱する俺の申し出を、団長さまは何も考えていなさそうな脳天気な声音で却下した。本当になんつーか……ハルヒは俺の言うことがすべて気にくわないのだろうか。こいつと意見が一致したことなんて今の今まで一度もないな。一致すりゃ、それはそれで自分的にオシマイな気もするが。 「あんたの妹なんだし、部外者ってわけでもないでしょ? せっかく学校の宿題であんたのこと書いてあげようとしてるんだから、協力してあげなさいよ。まっ、あんたのこと書いても仕方ないと思うけど……そうだ妹ちゃん、もし何だったらあたしのこと書いてもいいわよ」 ハルヒ。なぁハルヒ。おまえは妹の話をちゃんと聞いていたのか? 俺の記憶が確かなら、妹は普段の俺のことを知るために、わざわざハイキングコースを歩いて北高までやってきたんだろ? そもそも人の話を聞く耳をおまえは持っているのかと問いたい。問いつめたい。もう少し考えてから口を開いたほうが身のためだと思うぞ。 「でもハルにゃん、家族じゃないし。それともわたしのお姉ちゃんになってくれるの~?」 「へっ?」 だから、季節はずれのリンゴみたいに赤くなるくらいなら、もうちょっと考えてから喋ったほうがいいと言ったんだ。 「そ、そうね。家族のことを書かなきゃダメなんだっけ。じゃ、仕方ないわね。それじゃ変わりに、キョンがいつも何をしてるか教えてあげるわ」 何を吹き込むつもりかと思えば、どういうわけかハルヒは妹を連れ立って部室を飛び出して行った。あいつをあのまま放っておくとヤバイ気がする。 慌てて後を追いかけた俺だったが、無駄に手回しのいいハルヒは、まず真っ先に担任の岡部のところに向かって事情を説明し、妹と美代子が校内を歩く許可を取り付けた。続けて、何を考えたか生徒会室へ乱入したかと思えば、会長を指さして「あれがSOS団に敵対する諸悪の根源よ!」などと宣い、下駄箱で帰ろうとしていた谷口と国木田を捕まえて「これがキョンとつるんでるクラスの三馬鹿トリオよ!」と断言し、ここ最近、校内で起こった騒ぎのほとんどを俺のせいにしやがった。 「あなたも大変ですね」 と、辟易している俺に、古泉が珍しく同情の念を含めてねぎらってくれる。 「あの会長には、あとで適当に言い訳しといてくれ……」 「おや、珍しい。貸しひとつと考えてよろしいんですか?」 俺が睨むと、古泉は肩をすくめて「冗談です」と言い、ふと表情を引き締めた。 「あの妹さんのお友だちですが」 無駄にいろいろなことへ首を突っ込みたがる古泉のことだ、美代子のことについても調査済みだろう。わざわざ俺が答えるまでもないね。 「大切なことなのですよ。彼女が本当にあの朝倉涼子だとすれば、涼宮さんによからぬ入れ知恵をするとも限らない。彼女が自分の力を自覚してしまえばどうなるのか……あなたはそれが見たいのですか?」 「俺としては、おまえがいまだにそんなことを考えていた、という方が驚きだ。がっかりさせないでくれ」 そう言うと、古泉は驚いたような表情を浮かべて、いつも以上にしまりのないニヤケ顔を浮かべた。 「なるほど、愚問でしたね。では質問を変えましょう。彼女の目的は何なのですか?」 「情報フレアの観測と言っていたが、長門曰く感情のコントロールらしい。訳が分からん。俺の方があいつの本当の目的を知りたいところだ」 「そうですか」 何か思い当たることでもあるのか、それともよからぬことでも企てているのか、手を口に当てて考える素振りを見せる古泉に、俺は言うべき肝心なことがひとつあったと思い出した。 「あいつは、中身も完全に朝倉ってわけじゃないぞ。ミヨキチと半々らしい。おまけに外見はそのままだし、長門のような能力も何もない。部外者とは思えないほど内情を知っているただの一般人……でいいんじゃないのか? 鶴屋さんと一緒みたいな」 「そうですね。僕はそう、思っていますよ」 笑って俺の言葉に同意する古泉だが、どこか胡散臭いものを感じたのは……まぁ、こいつの日頃の行いのせいだろうね。 「ですが、彼女が何を企んでいるのか聞き出しておいたほうが無難ですね。普通の人間と変わりないのでしょう? 多少、強引な手を使っても聞き出しておくことをお勧めします」 「忠告のつもりか」 「助言ですよ」 「……考えておく」 古泉の言葉を素直に聞き入れるのは癪だが、言ってることはもっともだ。相手の中身が朝倉とは言え、問いつめるような真似をするのは気が引けるが……そうも言ってられないよな。 やれやれ……困ったもんだ。 次のページへ
https://w.atwiki.jp/monosepia/pages/7009.html
Webの人:発信・発言・主張 ■ 「特殊詐欺」和製ベートーベンやら人間のくずやら脱原発やら 「逝きし世の面影(2014.2.14)」より (あちこち略、詳細はブログ記事で) / 『常識の罠(馬鹿の壁)』 原発が稼動していた去年9月までなら、細川の『即廃止』と枡添の『漸進的廃止』とは、意味が天と地ほど180度違っている。 ところが、日本国内で1基も稼動していない今の状態なら、細川と枡添の違いは『セロ』なのである。 正常な大人の常識とか経験を逆利用した悪質な詐欺師の手品ですね。こんな簡単な見え透いた手口に日本の代表的な進歩派知識人が騙されるとは恥ずかしい。 何とも腹立たしい話である。 自民公明が推した枡添ですが、一回も(今まで自公が支えていた)『石原都政の継続』とは言わなかったのですよ。何故か完全に沈黙していた。 小泉が推した細川の方も『石原都政の是非』(継承か、刷新か)の部分では全く同じ態度であった。 細川は、一回も『石原都政の刷新』とも『今までの石原都政からの脱却』とも言わなかったのである。 / 『亀井静香の大予言が丸々当たる 』 『目に見えぬ 魔物に大地は 閉ざされし ものみな失せて 雪のみぞ降る』 亀井静香 投票の1週間前の『亀井静香公式Webサイト』2014.1.28に書かれている最後の言葉が余りにも予言的である。 おそろしや、亀井静香の洞察力。 記事は注意力が無いうっかりものが読むと『脱原発』のスローガンの細川小泉連合を亀井静香が支持しているとも読めるのですが、熟読すると意味が正反対であることが分かる。 亀井静香ですが、日本を新自由主義でボロボロにした極悪非道な大悪人の小泉純一朗でも、今では『脱原発』を主張している我が日本国の、『崩壊直前の断末魔』の本当の姿を憂いているのですから恐ろしい。 日本の破滅が見えて仕舞った亀井静香の悲劇とは、いち早くトロイア滅亡を知ったカッサンドラとかラオコーンと同じ種類の悲劇である。 / 福島第一原発故現場では、今でも1日数千人が収束作業に当たっているがベテラン作業員は被曝量の上限で次々離脱。深刻な人手不足は限界に近づきつつある。収束作業の破綻は目の前なのです。 『脱原発』も何も、今の日本では原発が動いていない。(原発の稼動には大量のベテラン作業員が必要) 新潟県の泉田知事が具体的に指摘している通りで、日本の原発ですが幾ら安倍晋三首相が動かしたくても、動かせる条件が何処にも無いのである。 いま破壊された福島第一原発は暴走しているのに、誰にも止められないのです。 人間のくずの安倍晋三が原発輸出とか再稼動を目論んでいるのは事実ですが、所詮は妄想の範囲であり、現実の日本国は『脱原発』で微動だにしない。 小泉細川の『脱原発』のシングルイシューの特殊詐欺に騙された善良な進歩派知識人・文化人の存在ですが、『未来が正しく見える』亀井静香とは大違いで彼等は日本の本当の現実を見たくないのである。 .
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1476.html
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1428.html
新章:suggest 「状況を説明するとですね」 古泉の話ではすぐにでも森さんが来てくれるそうだが、俺はその前に朝比奈さんに何が起こっているのかを説明することにした。話をすることでどれだけ危険に巻き込むかわからないが、あの状況で俺を助けてくれたのは朝比奈さんだ。そしてそれは未来からの指示ときている。 誰が朝比奈さんに指示を出しているのか確信は持てないが、俺の脳裏にちらつくのは朝比奈さん(大)の姿であり、仮に違ったとしても俺を狙撃した犯人は、タイミング良く俺を助けた朝比奈さんに不審を抱いていることだろう。 すなわち、どうして狙っているのを知っていたのか? あのタイミングなら回避できるわけがない。にもかかわらず、あの女は狙っているのを知っていたかのように標的を突き飛ばした。もしやあの女に計画がバレているんじゃないか──ま、そんなとこだろう。 となればだ。朝比奈さんが巻き込まれるのは、未来的な言い方をすれば規定事項なのだ。それなのに、当の本人は状況が飲み込めてないときている。 これほど危険なことはない。 この時間平面での朝比奈さんの家庭環境がどうなってるのか知らないが、家族ぐるみで未来からやってきてるとは思えない。おそらく一人暮らしをしているはずだ。俺の考えすぎで済めば笑い話で終わってめでたしめでたしってことになるが、想定した最悪の事態が実現したらシャレにならない。俺の話を聞いて、卒倒されても話すしかないよなぁ。 「ええっと……どうやら俺は、狙撃されたみたいなんです」 「そ……げき、ですか? え、狙撃? それって……」 「殺されかけたわけなんです」 「え……えええっ! きょ、きょきょ、キョンくんっ! た、大変じゃないですかぁぁっ! え、なんで? どうしてそんな……。大丈夫なんですか!?」 「朝比奈さんが突き飛ばしてくれたおかげで、無事にこうして生きてます」 「え? あっ、だからあの指示だったんですね? あたし、キョンくんを守ってたんですね」 「そうですよ。朝比奈さんは俺の命の恩人なんです。ありがとうございました」 「そっかぁ……あたしでも、お役に立てたんですね。キョンくんを助けることができたんですね。よかった……本当に」 心底安堵の吐息を漏らしながら「よかったぁ」と呟く朝比奈さんに、俺は感動すら覚えたね。 俺の身を案じていることにもそうだが、自分が取った行動に対しても喜んでいるじゃないか。 言っちゃなんだが、これまでの朝比奈さんは与えられた指示を忠実にこなすロボットだったわけだ。そんなもん、別に朝比奈さんじゃなくてもいい話で、それが朝比奈さん自身もわかっているから落ち込むときもあった。 けれどここ最近は、自分が行う行為で事態が好転するということがわかっているようだ。誘拐未遂事件のときも朝比奈さんじゃなければダメだったし、今回のことも朝比奈さんが突き飛ばしたからこそ、その後、俺は屋上出口の階段までのこのこ着いてきている。見ず知らずのヤツなら、突き飛ばされた時点でやり返しているからな。 まぁ、そんな朝比奈さんの喜びに水を差すようなことを言わなければならないのは、やや気が引ける。 「えっとですね、ひとつだけ問題がありまして。朝比奈さんが俺を助けたことで、もしかすると犯人に狙われちゃうんじゃないかなーってことなんですよ」 「どういうこと?」 「俺は平和な日本でいきなり狙撃されるような身に覚えがなくて、当然ながら犯人に心当たりなんてないんです。もちろん狙われていたって自覚すらありません。でも朝比奈さんはタイミング良く俺を助けてくれましたよね? だから、朝比奈さんも犯人に目を付けられちゃったんじゃないかなーと、そう思うわけです」 「なるほどぉ、キョンくん鋭いですね~。まるで探偵小説の主人公さんみたいです」 …………朝比奈さん、もうちょっと真面目に考えてもらえないですかね? 「ですから、一人でいるのは危ないと思うんですよ。朝比奈さん、一人暮らしですよね?」 「ええ、この時間平面ではそうですけど……キョンくん、ずっと一緒にいてくれるんですか?」 そりゃもう、朝比奈さんなら一生添い遂げたいくらいですが、俺なんかが一緒にいたところで、犯人にとってはターゲットが二人そろってるオイシイ状況を作り出すだけになりそうだ。それなら別々に第三者の保護を求めた方がいい。 俺の方は古泉の『機関』に守ってもらうとして、朝比奈さんは……やっぱ、あの人しかいないよなぁ。 「朝比奈さんは、事が済むまで鶴屋さんのところにいてください」 「鶴屋さん……ですか? でも……鶴屋さんまで巻き込むことになるんじゃ……」 朝比奈さんは危惧するが、俺はそうでもない。前に古泉が、鶴屋家は『機関』のスポンサーであり、互いに不干渉の立場だと言っていた。逆を言えば、『機関』は命を狙われる非日常的な出来事から鶴屋家を万全の体制で守る義務があるんじゃないだろうか? 命を狙われることも含め、常識外の出来事が鶴屋家の人間に降りかかれば、それはもう『干渉している』ってことになる……と思う。 だから、朝比奈さんが鶴屋さんといる限り、そこへ何らかの脅威が降りかかろうとしても『機関』が阻止するじゃずだ。ハズレてたら困ったもんだが、今の俺にはそのくらいの安全策しかとれないのも事実だ。こればっかりは俺の予想があたっていると賭けるしかない。 「お待たせいたしました」 頃合いを見計らっていたかのように、俺と朝比奈さんを迎えに森さんが現れた。その姿は、そりゃ校内に入って来るわけだから、夏や冬の合宿で俺の目を楽しませてくれたエプロンドレス姿ではない。OL風の、もっとわかりやすく言えば、朝比奈さん誘拐未遂事件の時と同じようなスーツスタイルだ。 「お怪我がなくて何よりです。外に車を待たせてありますので、参りましょう。周囲の安全は確保しております」 「すみません、わざわざ」 「貴方が襲われてしまったのは、こちらの不手際でもあります。お気になさらずに」 悠然と微笑む森さんの笑顔は、この上なく頼もしいものだった。 付き添われて校舎を出て、校門前に止まっている車の運転手席には新川さんの姿が見える。お馴染みで頼りになる顔ぶれに、ようやく俺は張っていた緊張が弛む思いだ。後部座席に朝比奈さんと一緒に並んで座って、今になってようやく膝が震え始めている。 「どちらに向かいましょう」 問う森さんの言葉に、俺は気を取り戻す。そうだ、まだ何も解決しちゃいない。それどころか雪だるま式で問題が山積みになってる。一気に解決できないなら、細々としたところから憂いを払うしかない。 「鶴屋さんのところへ」 「……かしこまりました」 一瞬の間があったが、森さんは俺ごときが思いつく考えを読み取ってくれたのか、鶴屋さんを巻き込もうとしている俺へ何も言わなかった。 移動中、車内は沈黙に包まれていた。朝比奈さんはソワソワと落ち着かないようで、森さんはおそらく古泉から事情を聞いているのか、問い質すような真似はしてこない。運転手の新川さんもそれにならい、黙々とハンドルを握っている。何も聞いてこないなら何も言うまい、ということで、俺も黙っていた。 ほどなく、見覚えのある古風で巨大な門が見えてきた。新川さんがドアを開けてくれて朝比奈さんが車を降り、続けて俺も降りようとしたが、それは朝比奈さんに止められた。 「大丈夫です、鶴屋さんにはあたしから事情を説明しますから。それと……キョンくん、言いそびれていたんですけど」 「何ですか?」 「長門さんが、何時になってもいいからマンションに来てほしいそうです」 長門が俺を呼び出し? しかも俺に直接じゃなく、朝比奈さんに伝言を頼んでまでの呼び出しだって? うーん、これもまた、別の意味で想像できない事態だな。 「わかりました、これからちょっと向かってみます」 「はい。あの……無茶なこと、しないでくださいね」 無茶なことなんて、俺だってやりたくないですよ。でもですね、それは周囲の状況次第だと思うんですが──などとは、不安そうな表情の朝比奈さんにはとても言えたもんじゃない。 「危険なことなんて、俺だって嫌ですよ」 ウソでも、そう言うしかないだろ? 運転手の新川さんは俺と朝比奈さんの会話を聞いていたのか、どこへ向かうのか尋ねることなく車を走らせた。周囲の見覚えのある景色から、どうやら俺の家じゃなくて長門のマンションに向かってくれているらしい。 「俺を……狙った犯人に目星はついているんですか?」 朝比奈さんがいなくなり、森さんと新川さんの二人を前に沈黙に耐えきれなくなって、俺は尋ねた。 「残念ながら、まだ犯人の特定や目的は判明しておりません。ですが、奇妙な事実ならいくつか判明しております」 そう言った森さんは、単三の乾電池よりもやや細くて長い金属の物体を俺に差しだした。戦争ものの映画やドラマで見る、狙撃銃の弾丸だ。 「それが、貴方を狙った弾と同じものです。やや専門的な話をするならば、それは7.62mmNATO弾と申しまして、有名なところではアメリカ陸軍が正式採用しているレミントンM24狙撃銃などに使われている弾丸でございます」 どこで有名なのか知らないが、これまた大風呂敷を広げたもんだ。アメリカ陸軍が使ってる狙撃銃だって? まさか俺を狙ったのがアメリカで、国家規模の陰謀とか言い出すんじゃないだろうな? 「そうではございません。わかったこととは、貴方を狙った狙撃手の位置です」 「位置?」 「弾丸にごくありふれたものを使っているということは、使用した銃もありふれたものと考えられます。先ほど例に挙げたレミントンM24を使用したと考えるのが妥当でしょう。ですが、それだと貴方を撃ち抜くには向かいの校舎から、ということになります」 ……なんだって? 「M24の有効射程距離は最大で800メートル。外からの位置では、あの教室を狙い撃ちすることはできません。ですから、そうとしか考えられないのです」 「つまり……犯人は校内にいた、ってことですか?」 「そうです。けれど、そこでまた問題が出てきます」 「なんですか?」 「誰も銃声を聞いていないということです。隣の校舎からの距離は100メートルあるかないかです。その距離なら、貴方にも聞こえると思うのですが、聞こえましたか?」 どうだろう? あのときはあまりにも突然のことで混乱してたってのがあるが……そうだな、俺が聞いたのはガラスが割れる音だけだったように思う。 「それともうひとつ。旋条痕というものをご存じでしょうか」 「なんですか、それ?」 「銃というのは弾丸の飛距離を伸ばすために銃身内が螺旋状になっており、発射される弾丸に旋回運動を与えることで直進性が高まります。そのため、弾丸には旋回させた跡が残るのです。この跡というのは、まったく同じ工場で同時期に作られた銃でも異なった跡が残るので、どの銃が使われたのかすぐにわかるようになっております。『機関』では、旋条痕から使用した銃の特定や誰が所持しているのか判別するデータがそろております。ですが、回収された弾丸には残された旋条痕と一致するデータが存在しません」 「それはつまり……」 「貴方は存在しない銃から発射された弾丸に命を狙われた、ということです」 そんなバカな。それなら俺は、いったい何で撃たれたって言うんだ? その旋条痕とやらが残っているなら銃で撃ったのは間違いなくて、けれどその銃が存在しない銃だと!? 何がなにやら、さっぱりわからん。 「ひとつ、提案なのですが」 頭を抱える俺に、森さんが諭すような声音で語りかけてくる。 「今回の出来事は、貴方の前に吉村美代子と同化した朝倉涼子が現れたことに端を発していると思われます。彼女の行方がわからないことは、古泉の報告でも聞いております。幸い、今の彼女は普通の人間と同じ。彼女の身柄確保を含め、あなたの周囲で起きている今回の出来事すべてを『機関』へ任せてみてはいかがでしょう」 是非もない。理由もわからず命を狙われて、それでも厄介事に首を突っ込むのはバカのすることだ。しかも事後処理は全部やってくれるというのなら、願ったり叶ったりってもんだ。もんなんだが……そうそうすんなり行くとは思えない。そう考える自分がうらめしい。 「自分の意思で手を引けるなら、ハルヒと関わりなんて持たないですよ……」 俺の精一杯の強がりに、森さんは微笑みを漏らしてから「心中お察しいたします」と慰めているのか呆れているのか分からないコメントを口にした。 次のページへ
https://w.atwiki.jp/monosepia/pages/6715.html
福島原発事故 関連ブログ&サイト記事 【泉田裕彦】 ■ 「福島第一よりチェルノブイリの方が良かった」泉田新潟県知事(資料) 「逝きし世の面影(2013.9.28)」より (※ 前後略、詳細はブログ記事で) / A 知 事 後手後手というかその場しのぎというか、この間の海に汚染水が流れ出ている問題もそうなのですが、問題点は前から指摘されていたわけです。 それが実施できなかったのはなぜなのかと言うと、菅元総理がインタビューに答えているとおりで、経営上1,000億の投資は負担になるのでやらないということだったわけです。地下水が流れてくるということがわかっていながら地下水遮蔽対策を怠ったということですが、その原因が東電の経営問題にあるということです。 先ほどの質問と一緒で、経営を優先して安全をないがしろにした結果がタンクの暫定設置や本来必要な汚染水対策の先送りということに繋がっていて、根は一緒なのではないでしょうか。 チェルノブイリのときはもっとよい対応をしています。 私は当時、旧共産圏のソ連という国は国民に情報を伝えないし、放射能が拡散しているのにも関わらず国際機関にも通知しないということで、何と情報閉鎖的で国民のことを考えないひどい国なのだろうかと思っていましたが、地下水汚染を防ぐために必死に努力していたのです。 国中から炭坑夫を集めて、溶け落ちた燃料が地下水に接触しないように先回りして穴を掘って塞いでしまうという対応まで行っているわけです。地下水対策をきちんとやらないと河川に流れ出てそのあと海に行ってしまいます。 それは国際的に大問題になるので何としても防がないければいけないということで、国家が総力をあげて対処したわけです。 国民に対しては、放射線管理区域は年間約5ミリシーベルトということになりますが、それを超えるところと世界標準の年間1ミリシーベルトから5ミリシーベルトの間については移住権を与え、選択肢を与えています。 事後的に基準を緩めて放射線管理区域に人が住み続けるなどということはしないで、まじめに対応したということですから、日本と違ってかなり立派なのではないでしょうか。 .
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1473.html
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1470.html
新章:encounter 「彼女の言葉は、おそらく事実」 と、朝倉と入れ違いでやってきた長門に今の状況を説明すると、あっさり肯定した。 「なんとかミヨキチから朝倉を追い出すことはできないのか?」 朝倉自身はそれが「無理」と言っていた。それは朝倉の言い分だ。実際に無理かどうかはわからない。もしかすると長門ならなんとかしてくれる……なんて淡い期待を寄せていたんだが。 「不可能」 初めて、長門の口から「不可能」って単語が出たように思う。こいつにもできないことがあったとは、素直に驚いた。 「だが、方法はゼロではない」 いったんは落ち込んだ俺だったが、その言葉に色めきだつ。方法があるのなら、不可能とは言わないだろ。 「どうすればいいんだ?」 尋ねると、長門は誰かに判断を仰ぐかのように視線を空中に彷徨わせてから俺に目を向けて、まったく関係なことを口にした。 「わたしたちインターフェースは涼宮ハルヒの情報フレア発生が観測されてから作り出された。故に朝倉涼子の行った既存有機生命体への人格情報結合は初めてのケース。その行動は極めて異質であり、ひとつの可能性を秘めている」 「なんだって?」 「つまり──進化」 進化……進化か。そういや長門の──というよりも長門の親玉の目的は自律進化の可能性をハルヒから探り出すことだったな。 「現状の朝倉涼子は、一般の地球人類と大差はない。他情報への干渉能力はなく、情報統合思念体からも切り離されたスタンドアローンの存在。それは通常ではあり得ないこと。朝倉涼子が吉村美代子と共生しているのは、彼女の意思で行った──進化」 ミヨキチの中に朝倉がいるとわかった時点で、おぼろげに考えていたことがある。 どうして朝倉がミヨキチを選んだのか、ということだ。 どうやら俺は、長門の親玉に「ハルヒにとってのカギ」とか思われているらしい。だから観察対象に俺も含まれているとかなんとか、いつぞや長門が言っていたように思う。 そんな俺の交友関係なんて、長門は知らずとも親玉の方にはすべて筒抜けだろう。だから、朝倉がミヨキチに取り憑いたのも、情報統合思念体の強硬派とかいう朝倉の親玉が少なからず関与してるんじゃないか、と思っていた。 だが、違うらしい。すべて朝倉の独断で行った結果であり、ミヨキチが選ばれたのもただの偶然と長門は言っている。……本当か? 「情報統合思念体は、朝倉涼子の行為に着目している」 「人に取り憑くことがか? そんなもの、いつぞやの原始的な情報生命体もやってただろ」 「だからこそ。朝倉涼子は、有機生命体と融合することで退化したと言える。けれどそこから新たな可能性も考えられる。進化とは──」 長門はいったん言葉を句切り、頭の中で俺に話す言葉を推敲しているかのように間を空けた。 「周囲の環境変化の情報を蓄積し、その情報を次の世代が遺伝子レベルで適応変化させる行為。情報生命体である情報統合思念体には、有機生命体で言う遺伝子が情報そのものである。故に、進化の閉塞状態に陥っている情報統合思念体が新たな進化の道を開くには、一度蓄積した情報を破棄──退化して別の進化ルートを辿ることも一つの手段と判断されている」 そういや朝倉は、ミヨキチに取り憑くのに三つの情報のうち、二つを失ったからできた……とか言ってたな。ほぼ理解不能で八割ほど聞き流してたが。 「朝倉涼子の行為は、注目に値する」 「それはつまり……長門にとって、今の朝倉も観察対象に含まれるってことか?」 首を縦に振って首肯する長門に、俺は心内で頭を抱えた。 それが長門自身の判断じゃないことは、まぁ……わかっている。こいつもいろいろ俺たちを手助けしてくれているが、宮仕えの立場だ。俺と親玉の意見が対立した場合、どちらの意見を優先させるか? なんて話は、考えるだけ無駄だろう。 「だから……不可能って言いたいのか」 「そう」 回りくどい言い方だが、つまり朝倉とミヨキチを切り離すのは『可能』だが、それを実行するのは『不可能』ってわけだ。長門にだって立場はある。無理強いは……できないよな。 「これだけは教えてくれ」 問いかける俺に、長門は視線だけを向けてくる。その無言を問いかけることへの許可と受け取って、俺は尋ねる。 「朝倉は、何をしようとしてるんだ?」 しばしの無言。そして。 「感情のコントロール」 と、長門は答えになっていない答えを口にして、腰を上げた。 月曜日。学校やら会社やらが始まる一週間の始まりは、大多数の人間にとって気分も沈みがちになる日であることは間違いない。俺なんか、足に一〇〇キロの鉄球をくくりつけられてマリアナ海溝に沈められてるくらい、落ち込んでるがな。 そんな鬱々とした気分を神様は察してくれたのか、登校中は谷口やら国木田なんかと顔を合わせることなく教室にたどり着いた。 教室には、すでにハルヒがいた。片肘を突いてボーッと窓の外を眺めている。それこそ、いつUFOが窓の外を通過してもかまわないと言いたげに凝視していた。いつもと変わらないハルヒの姿だ。 それを見て、俺はややホッとする。どうやらミヨキチ──もとい朝倉は、この時点ではまだハルヒに直接接触はしてないようだ。 気が気じゃなかった。 朝倉はハルヒの変化を求めている。俺の目の届かないところでハルヒにちょっかいをかけて、非常識なことをされたらたまったもんじゃない。 「なに?」 俺の視線に気づいたのか、窓の外を眺めていたハルヒがこちらに顔を向けて訝しげな表情を浮かべる。こいつには人の視線から質量を感じ取るセンサーがあるらしい。 「おはよう、ハルヒ」 「気味悪いわね、普通に朝の挨拶なんて。あんた、いつも言語障害にかかってるんじゃないかってくらい素っ気ない挨拶しかしないのに」 どうして朝の挨拶ひとつにそこまで辛辣なコメントを言えるのか問いつめたい衝動に駆られたが、人間、一日に消費するエネルギー総量は決まってるんだ。無尽蔵にわき出るエネルギー源を持ってるハルヒと一緒にしないでもらいたい。ハルヒの嫌味に肩をすくめて、俺は自分の席に腰を下ろした。 「どうしたの? なんかちょっと変よ。悩み事?」 「いつも通りだろ? 気にするな」 「ふーん」 俺の言葉にハルヒは「ウソおっしゃい」と言わんばかりの視線を投げかけてくる。 「ま、悩み事があるなら相談に乗ってあげるわよ。あんたも一応団員だからね、特別価格で学食一食分で聞いてあげるわ」 聞くだけで解決しないのかよ。そもそもおまえに相談して事態が好転するとはとても思えん。さらに言わせてもらえば、外から持ち込まれた依頼は無料で、俺の悩み相談は有料とはどういう了見だ。 「それはそうと、今日の放課後は今週一週間の活動内容を決める会議だからね。必ず出席すること! 勝手に帰るんじゃないわよ」 「そんなの、今まで決めてたか?」 「最近、みんなたるんでるんだもの。ビシッと一週間の目標を決めておいた方が張り合いが出るってもんでしょ」 俺は朝倉のことでいっぱいいっぱいなんだが、これ以上、張り合いのある一週間になんぞしたくない。が、そうも言ってらんないわけだ、この団長様を前にすれば。 「わかったよ」 ため息混じりに、俺は頷いた。 午前中の授業を乗り越えて昼飯時。ときどきハルヒが「ちょっとキョン、今閃いたんだけど聞いてよ」なんて言いながら背中をシャーペンでつついてきたが、それでもつつがなく乗り越えた今、俺はそこでひとつ失敗していたことに気づいた。 鞄の中に弁当がない。どうやら忘れてきたらしい。健全で健康的な日本男児たるもの、昼飯抜きで午後を過ごすのは、傭兵にカレー粉の支給がないのと同義だ。 財布を引っ張りだし、中身を確認。くっそぅ……被害は甚大だ。とても学食に駆け込むだけの兵力は足りていない。誰かに金を借りようとも思ったが、損得勘定抜きで俺に慈愛の手を差し伸べてくれる相手の心当たりがないことに愕然とした。 意外と俺、友だちに恵まれてないんじゃないか……? まぁ、いい。ここは仕方がない。腹の中に何も詰め込まないのは危険と判断し、購買部でコッペパンのひとつでも購入しよう。 そう思って購買部で物色していたそのとき。 「あら」 と、世にも珍しい珍獣を偶然発見したかのような驚きと戸惑いが混じり合った声が、俺に向けられた。 女性の声である。俺を見て声を掛けてくる相手なんて、ハルヒか朝比奈さん、あるいは鶴屋さんくらいだが、珍獣を発見したような声を出すことはない。出されたら、それはそれでショックに感じるのは俺が繊細だから、ということにしておいてほしい。 そこにいたのは誰であろう──生徒会の書記にして正体不明のTFEI、喜緑江美里さんだった。さん付けなのは、立場的には上級生だから、と理解していただきたい。 「あ、ども」 「その節は大変お世話になりまして、とても感謝しております」 どこぞの貴婦人のように慎ましやかな微笑みとわずかに首を傾ける会釈を交えて、喜緑さんはそう言う。それがカマドウマ事件のことか、それとも文芸誌作りのことか、はたまた別のことなのか俺にはわからなかったが、とりあえず「はぁ、こちらこそ」と返事をしておいた。 「お昼はパンだけですか?」 「え? ああ、弁当を忘れてしまいまして。財布の中もついでに忘れたみたいで、パンくらいは食っておこうかなと」 「まぁ、それは大変ですね。ああ、それでしたら」 と言いつつ、喜緑さんは自分の財布から千円札を取り出すと俺の胸ポケットに押し込んだ。 「え? あの」 「お貸しいたします」 「いやでも、いいですよ。悪いです」 「いえいえ、貴方にはいつもお世話になっておりますし、困っていらっしゃるのを見過ごすのは気が引けてしまいます。少しくらいの恩返しをするのも道理かと思いますので。お返しいただけるのなら、長門さん経由でも構いませんから」 「そ、そうですか。それじゃお言葉に甘えて」 それほど親しい人ではないが、金がないのも事実だし、せっかくのご厚意を無下に断るのも失礼というものか。俺は有り難くその申し出を受け入れることにした。したんだが……。 「あの、何で俺に声かけてきたんですか?」 長門ともつかず離れず、微妙な距離を保っている人だ。文芸誌作りの話が持ち上がらなければ、俺には長門と同種だってことにさえ気づかなかったくらい距離を空けていたのに、ここで声を掛けて来るのは意外だった。 「いえ、もう貴方はある程度のことをご存じのようですし、それに……今は大変そうに見えましたからつい……と言ったところでしょうか」 「はぁ……」 俺は弁当を忘れたくらいで、そんな悲愴な顔つきをしてたのか。情けないというかみっともないというか……切ない気分になるな。 「それでは、また」 会釈をして去っていく喜緑さんの後ろ姿に感謝しつつ、俺は学食へと向かうことにした。 喜緑さんの援助でなんとか乗り越えた昼休み。思えば学食で飯を食うなんてことは入学してから初めてのことかもしれないと思いつつ、その味はハルヒが通うだけあってなかなかのものだった。金に余裕があるときは、今度から通ってもいいかなとさえ思ったくらいだ。 ま、SOS団に所属している限り、俺の財布が潤うことなんてなさそうだがな。 ともかく、満たされた腹で満足しつつ午後の授業を受けている。五時間目の授業からハルヒは寝息を立てているようだが、それで俺より成績がいいのは釈然としない。俺だって眠いさ。 いっそのこと教師に見つかって怒られろと毒電波を放ってみたが、こいつには不可視シールドでもあるのか、さっぱり見つからない。俺の念力じゃ蚊とんぼさえ落とせないのは重々承知しているが、ここまで鉄壁だとイタズラでもしたくなるってもんだ。 もっとも、運命の神様は授業中に寝こけているハルヒじゃなく、俺にイタズラをしたいようだ。六時間目の授業がそろそろ終盤を迎え、まもなく放課後という頃合いだったか。 バイブレーションモードにしておいた携帯が、俺のポケットの中でぶるぶる震えていた。 授業中に携帯を取り出すのは御法度だが、もしかすると緊急の用事かもしれない。ばーちゃんが倒れたとか、おじさんが事故にあったとか、その手の話かもしれないだろ。 こっそり携帯を取り出してみる。電話ではなくメールだった。授業を受けてるふりをしつつ、メールを開いてみると、ただ一文だけ『窓の外』と書かれてあった。 なんのこっちゃ? イタズラか間違いか知らないが、意味もなく文面に釣られるように窓の外に目を向ける。 「げっ」 上でも中でもない。まさに下の『げ』の存在がそこにいた。 弁当を忘れるとかちょっとしたハプニングはあったが、おおよそいつもと変わらぬ日常を過ごしていて、やや危機感が薄れていたらしい。それだけにショックはでかい。 ミヨキチ──というか朝倉が、何故か北高の中庭でランドセルを背中に、俺に向かって手を振っていた。だが驚いたのはそれだけじゃない。 何故か……どういうわけか、その隣には、俺の妹も一緒だった。 次のページへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1425.html
新章:encounter 「彼女の言葉は、おそらく事実」 と、朝倉と入れ違いでやってきた長門に今の状況を説明すると、あっさり肯定した。 「なんとかミヨキチから朝倉を追い出すことはできないのか?」 朝倉自身はそれが「無理」と言っていた。それは朝倉の言い分だ。実際に無理かどうかはわからない。もしかすると長門ならなんとかしてくれる……なんて淡い期待を寄せていたんだが。 「不可能」 初めて、長門の口から「不可能」って単語が出たように思う。こいつにもできないことがあったとは、素直に驚いた。 「だが、方法はゼロではない」 いったんは落ち込んだ俺だったが、その言葉に色めきだつ。方法があるのなら、不可能とは言わないだろ。 「どうすればいいんだ?」 尋ねると、長門は誰かに判断を仰ぐかのように視線を空中に彷徨わせてから俺に目を向けて、まったく関係なことを口にした。 「わたしたちインターフェースは涼宮ハルヒの情報フレア発生が観測されてから作り出された。故に朝倉涼子の行った既存有機生命体への人格情報結合は初めてのケース。その行動は極めて異質であり、ひとつの可能性を秘めている」 「なんだって?」 「つまり──進化」 進化……進化か。そういや長門の──というよりも長門の親玉の目的は自律進化の可能性をハルヒから探り出すことだったな。 「現状の朝倉涼子は、一般の地球人類と大差はない。他情報への干渉能力はなく、情報統合思念体からも切り離されたスタンドアローンの存在。それは通常ではあり得ないこと。朝倉涼子が吉村美代子と共生しているのは、彼女の意思で行った──進化」 ミヨキチの中に朝倉がいるとわかった時点で、おぼろげに考えていたことがある。 どうして朝倉がミヨキチを選んだのか、ということだ。 どうやら俺は、長門の親玉に「ハルヒにとってのカギ」とか思われているらしい。だから観察対象に俺も含まれているとかなんとか、いつぞや長門が言っていたように思う。 そんな俺の交友関係なんて、長門は知らずとも親玉の方にはすべて筒抜けだろう。だから、朝倉がミヨキチに取り憑いたのも、情報統合思念体の強硬派とかいう朝倉の親玉が少なからず関与してるんじゃないか、と思っていた。 だが、違うらしい。すべて朝倉の独断で行った結果であり、ミヨキチが選ばれたのもただの偶然と長門は言っている。……本当か? 「情報統合思念体は、朝倉涼子の行為に着目している」 「人に取り憑くことがか? そんなもの、いつぞやの原始的な情報生命体もやってただろ」 「だからこそ。朝倉涼子は、有機生命体と融合することで退化したと言える。けれどそこから新たな可能性も考えられる。進化とは──」 長門はいったん言葉を句切り、頭の中で俺に話す言葉を推敲しているかのように間を空けた。 「周囲の環境変化の情報を蓄積し、その情報を次の世代が遺伝子レベルで適応変化させる行為。情報生命体である情報統合思念体には、有機生命体で言う遺伝子が情報そのものである。故に、進化の閉塞状態に陥っている情報統合思念体が新たな進化の道を開くには、一度蓄積した情報を破棄──退化して別の進化ルートを辿ることも一つの手段と判断されている」 そういや朝倉は、ミヨキチに取り憑くのに三つの情報のうち、二つを失ったからできた……とか言ってたな。ほぼ理解不能で八割ほど聞き流してたが。 「朝倉涼子の行為は、注目に値する」 「それはつまり……長門にとって、今の朝倉も観察対象に含まれるってことか?」 首を縦に振って首肯する長門に、俺は心内で頭を抱えた。 それが長門自身の判断じゃないことは、まぁ……わかっている。こいつもいろいろ俺たちを手助けしてくれているが、宮仕えの立場だ。俺と親玉の意見が対立した場合、どちらの意見を優先させるか? なんて話は、考えるだけ無駄だろう。 「だから……不可能って言いたいのか」 「そう」 回りくどい言い方だが、つまり朝倉とミヨキチを切り離すのは『可能』だが、それを実行するのは『不可能』ってわけだ。長門にだって立場はある。無理強いは……できないよな。 「これだけは教えてくれ」 問いかける俺に、長門は視線だけを向けてくる。その無言を問いかけることへの許可と受け取って、俺は尋ねる。 「朝倉は、何をしようとしてるんだ?」 しばしの無言。そして。 「感情のコントロール」 と、長門は答えになっていない答えを口にして、腰を上げた。 月曜日。学校やら会社やらが始まる一週間の始まりは、大多数の人間にとって気分も沈みがちになる日であることは間違いない。俺なんか、足に一〇〇キロの鉄球をくくりつけられてマリアナ海溝に沈められてるくらい、落ち込んでるがな。 そんな鬱々とした気分を神様は察してくれたのか、登校中は谷口やら国木田なんかと顔を合わせることなく教室にたどり着いた。 教室には、すでにハルヒがいた。片肘を突いてボーッと窓の外を眺めている。それこそ、いつUFOが窓の外を通過してもかまわないと言いたげに凝視していた。いつもと変わらないハルヒの姿だ。 それを見て、俺はややホッとする。どうやらミヨキチ──もとい朝倉は、この時点ではまだハルヒに直接接触はしてないようだ。 気が気じゃなかった。 朝倉はハルヒの変化を求めている。俺の目の届かないところでハルヒにちょっかいをかけて、非常識なことをされたらたまったもんじゃない。 「なに?」 俺の視線に気づいたのか、窓の外を眺めていたハルヒがこちらに顔を向けて訝しげな表情を浮かべる。こいつには人の視線から質量を感じ取るセンサーがあるらしい。 「おはよう、ハルヒ」 「気味悪いわね、普通に朝の挨拶なんて。あんた、いつも言語障害にかかってるんじゃないかってくらい素っ気ない挨拶しかしないのに」 どうして朝の挨拶ひとつにそこまで辛辣なコメントを言えるのか問いつめたい衝動に駆られたが、人間、一日に消費するエネルギー総量は決まってるんだ。無尽蔵にわき出るエネルギー源を持ってるハルヒと一緒にしないでもらいたい。ハルヒの嫌味に肩をすくめて、俺は自分の席に腰を下ろした。 「どうしたの? なんかちょっと変よ。悩み事?」 「いつも通りだろ? 気にするな」 「ふーん」 俺の言葉にハルヒは「ウソおっしゃい」と言わんばかりの視線を投げかけてくる。 「ま、悩み事があるなら相談に乗ってあげるわよ。あんたも一応団員だからね、特別価格で学食一食分で聞いてあげるわ」 聞くだけで解決しないのかよ。そもそもおまえに相談して事態が好転するとはとても思えん。さらに言わせてもらえば、外から持ち込まれた依頼は無料で、俺の悩み相談は有料とはどういう了見だ。 「それはそうと、今日の放課後は今週一週間の活動内容を決める会議だからね。必ず出席すること! 勝手に帰るんじゃないわよ」 「そんなの、今まで決めてたか?」 「最近、みんなたるんでるんだもの。ビシッと一週間の目標を決めておいた方が張り合いが出るってもんでしょ」 俺は朝倉のことでいっぱいいっぱいなんだが、これ以上、張り合いのある一週間になんぞしたくない。が、そうも言ってらんないわけだ、この団長様を前にすれば。 「わかったよ」 ため息混じりに、俺は頷いた。 午前中の授業を乗り越えて昼飯時。ときどきハルヒが「ちょっとキョン、今閃いたんだけど聞いてよ」なんて言いながら背中をシャーペンでつついてきたが、それでもつつがなく乗り越えた今、俺はそこでひとつ失敗していたことに気づいた。 鞄の中に弁当がない。どうやら忘れてきたらしい。健全で健康的な日本男児たるもの、昼飯抜きで午後を過ごすのは、傭兵にカレー粉の支給がないのと同義だ。 財布を引っ張りだし、中身を確認。くっそぅ……被害は甚大だ。とても学食に駆け込むだけの兵力は足りていない。誰かに金を借りようとも思ったが、損得勘定抜きで俺に慈愛の手を差し伸べてくれる相手の心当たりがないことに愕然とした。 意外と俺、友だちに恵まれてないんじゃないか……? まぁ、いい。ここは仕方がない。腹の中に何も詰め込まないのは危険と判断し、購買部でコッペパンのひとつでも購入しよう。 そう思って購買部で物色していたそのとき。 「あら」 と、世にも珍しい珍獣を偶然発見したかのような驚きと戸惑いが混じり合った声が、俺に向けられた。 女性の声である。俺を見て声を掛けてくる相手なんて、ハルヒか朝比奈さん、あるいは鶴屋さんくらいだが、珍獣を発見したような声を出すことはない。出されたら、それはそれでショックに感じるのは俺が繊細だから、ということにしておいてほしい。 そこにいたのは誰であろう──生徒会の書記にして正体不明のTFEI、喜緑江美里さんだった。さん付けなのは、立場的には上級生だから、と理解していただきたい。 「あ、ども」 「その節は大変お世話になりまして、とても感謝しております」 どこぞの貴婦人のように慎ましやかな微笑みとわずかに首を傾ける会釈を交えて、喜緑さんはそう言う。それがカマドウマ事件のことか、それとも文芸誌作りのことか、はたまた別のことなのか俺にはわからなかったが、とりあえず「はぁ、こちらこそ」と返事をしておいた。 「お昼はパンだけですか?」 「え? ああ、弁当を忘れてしまいまして。財布の中もついでに忘れたみたいで、パンくらいは食っておこうかなと」 「まぁ、それは大変ですね。ああ、それでしたら」 と言いつつ、喜緑さんは自分の財布から千円札を取り出すと俺の胸ポケットに押し込んだ。 「え? あの」 「お貸しいたします」 「いやでも、いいですよ。悪いです」 「いえいえ、貴方にはいつもお世話になっておりますし、困っていらっしゃるのを見過ごすのは気が引けてしまいます。少しくらいの恩返しをするのも道理かと思いますので。お返しいただけるのなら、長門さん経由でも構いませんから」 「そ、そうですか。それじゃお言葉に甘えて」 それほど親しい人ではないが、金がないのも事実だし、せっかくのご厚意を無下に断るのも失礼というものか。俺は有り難くその申し出を受け入れることにした。したんだが……。 「あの、何で俺に声かけてきたんですか?」 長門ともつかず離れず、微妙な距離を保っている人だ。文芸誌作りの話が持ち上がらなければ、俺には長門と同種だってことにさえ気づかなかったくらい距離を空けていたのに、ここで声を掛けて来るのは意外だった。 「いえ、もう貴方はある程度のことをご存じのようですし、それに……今は大変そうに見えましたからつい……と言ったところでしょうか」 「はぁ……」 俺は弁当を忘れたくらいで、そんな悲愴な顔つきをしてたのか。情けないというかみっともないというか……切ない気分になるな。 「それでは、また」 会釈をして去っていく喜緑さんの後ろ姿に感謝しつつ、俺は学食へと向かうことにした。 喜緑さんの援助でなんとか乗り越えた昼休み。思えば学食で飯を食うなんてことは入学してから初めてのことかもしれないと思いつつ、その味はハルヒが通うだけあってなかなかのものだった。金に余裕があるときは、今度から通ってもいいかなとさえ思ったくらいだ。 ま、SOS団に所属している限り、俺の財布が潤うことなんてなさそうだがな。 ともかく、満たされた腹で満足しつつ午後の授業を受けている。五時間目の授業からハルヒは寝息を立てているようだが、それで俺より成績がいいのは釈然としない。俺だって眠いさ。 いっそのこと教師に見つかって怒られろと毒電波を放ってみたが、こいつには不可視シールドでもあるのか、さっぱり見つからない。俺の念力じゃ蚊とんぼさえ落とせないのは重々承知しているが、ここまで鉄壁だとイタズラでもしたくなるってもんだ。 もっとも、運命の神様は授業中に寝こけているハルヒじゃなく、俺にイタズラをしたいようだ。六時間目の授業がそろそろ終盤を迎え、まもなく放課後という頃合いだったか。 バイブレーションモードにしておいた携帯が、俺のポケットの中でぶるぶる震えていた。 授業中に携帯を取り出すのは御法度だが、もしかすると緊急の用事かもしれない。ばーちゃんが倒れたとか、おじさんが事故にあったとか、その手の話かもしれないだろ。 こっそり携帯を取り出してみる。電話ではなくメールだった。授業を受けてるふりをしつつ、メールを開いてみると、ただ一文だけ『窓の外』と書かれてあった。 なんのこっちゃ? イタズラか間違いか知らないが、意味もなく文面に釣られるように窓の外に目を向ける。 「げっ」 上でも中でもない。まさに下の『げ』の存在がそこにいた。 弁当を忘れるとかちょっとしたハプニングはあったが、おおよそいつもと変わらぬ日常を過ごしていて、やや危機感が薄れていたらしい。それだけにショックはでかい。 ミヨキチ──というか朝倉が、何故か北高の中庭でランドセルを背中に、俺に向かって手を振っていた。だが驚いたのはそれだけじゃない。 何故か……どういうわけか、その隣には、俺の妹も一緒だった。 次のページへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1432.html
新章:together タクシーの後部座席に三人並んで腰掛けて、俺はドアに寄りかかって寝息を立てている美代子を見た。長門のマンションでも寝ていたくせに、車の中でも寝ちまうとはね。ここまでぐーすか眠れるヤツは、そうそういないぞ。 「寝たふりをしているのかもしれませんよ」 と、古泉は言う。ここで寝たふりをする理由がわからん。 「眠っていれば、あれこれ問い質されることもありません。できれば僕も寝たふりをしたいところです」 「だったら寝てろ。先に言っておくが、俺に寄りかかろうものなら窓から放り投げるぞ」 「それは困りますね。なら、眠くならないような話でもしてほしいところです」 「話すことは何もないな」 「そうですか。それなら僕の方から話をしてもよろしいですか?」 拒否権を発動したいところだが、説明したがりの古泉のことだ、何を言ったところで黙るわけがない。目的地に到着するまでの暇つぶしに、相手くらいはしてやるさ。 「どうして、僕を信用したのでしょう?」 「それは喜緑さんに感謝しろ。いろいろ説明してくれたあの人が『自分は味方じゃない』って言ったんだ。なら、俺の味方はSOS団のメンツしかいないだろ」 もちろん、こいつを信じていたのはそれだけが理由じゃない。他にもいろいろあるが、確信を得られたのは「個人的な意見」ってヤツを言ったことだ。 今まで呆れるほど古泉からよもやま話を聞かされているが、こいつは真面目な話の中で一度として「個人的な意見」ってのを出していない。信憑性の高い話であればあるこそ、こいつはさも人から聞いた話とばかりに語るくせに、あの時に限っては「自分の意見」ってのを主張しやがった。 それはつまり、あそこにいるのは『機関』としての任務優先というわけではなく、一個人としてやってきたんだと主張している……と俺は考えたわけだ。 「それはまた、一か八かの賭けをしたものですね」 「そうでもない。一年以上、面を付き合わせているから、なんとなくわかる。伊達に長門の表情分析を半年で終わらせちゃいないぞ」 「それはそれは……」 「おまえこそ、俺やこいつを助けるような真似をしていいのか? 『機関』の古泉一樹として」 「助けたわけではありませんよ。突如発生した異常空間からターゲットを安全地域まで誘導した──ただ、それだけのことです」 なるほどね。こいつには二枚舌があったっけな。心配してやるまでもないことか。 「あの異常空間に僕たちを引きずり込んだのは、長門さんですよね」 「それは知らん。マンションにはいなかった。もしかすると喜緑さんかもな」 「それはないでしょう。あのタイミングで閉鎖空間と類似性を持つ疑似空間を作り出せるのは、長門さんしかいません。喜緑さんにできないのではなく、ね」 「どんな違いがあるってんだ」 「喜緑さんはあなたたち二人に肩入れしているようですが、僕にまで気を回しているとは考えにくい。あの状況なら、僕があなたたちを通常空間に連れ戻して逃がしても、疑似空間を作り出すような第三者の攻撃から守るため──と言い訳ができるじゃないですか。もし喜緑さんが作り出したのなら、あなたたち二人は通常空間に残したままでよかったはずでは?」 長門にそういう気遣いができるとは思わないが……まぁ、古泉がそれで納得しているのなら余計なことを口走る必要もない。 「おまえの話に付き合ってやったんだ、ひとつ聞かせろ」 「なんでしょう?」 「森さんの話はどこまで本当だ?」 「すべてです」 と、古泉は躊躇う素振りすら見せずにそう言った。 「狙撃の話もか?」 「証明しろと言われると困りますが、こればかりは信じていただくしかありません」 今更、古泉の話を疑っても仕方がない。今のこいつがそう言うのだから、狙撃手は『機関』の自作自演ではなく、第三者が行ったものとして間違いない。 なら誰だ? 『機関』の追撃を免れている一般人……なんて、想像もできやしない。それともまだ見ぬ登場人物でも隠れているってのか? 「こういう仮説は如何でしょう」 「なんだ?」 「あなたを狙撃した銃は、今はまだこの世界のどこにも存在していない。けれどこれから先の未来では作られている銃……という仮説です」 「それは……」 どういう意味だと問いつめるより先に、古泉はタクシーを停車させた。 「僕がお付き合いできるのはここまでです。そろそろ『機関』の古泉一樹に戻らねば、妙な疑いを掛けられそうですからね」 「いろいろ助かった、と感謝しておくよ」 「あなたに感謝されるとは僥倖です。ですが、あなたが『機関』に吉村美代子の身柄引き渡しを拒否した時点で、今回の事件はあなたが片を付けなければならなくなりました。どう決着を付けるのか、楽しみにしていますよ」 「他人事みたいに言うな」 「個人的な意見を言ったでしょう? 好きこのんで関わりを持つのは、あなたくらいです。それでは、また」 「待て」 立ち去ろうとする古泉を、俺は呼び止める。このまま帰られても、俺は困るんだ。 「まだ何か?」 「タクシー代、貸してくれ」 今ほど古泉に感謝したことはない。あいつが俺に渡したのは、諭吉さんではなくカードだ。しかも使用制限なしのブラックカードと来たもんだ。なんだってあいつがこんなもんを持ってるのか知らないが、水戸黄門の印籠よろしくどこにでも入れたり買えたりするらしい。今のうちに犬が洗えそうな庭付き一戸建てでも買っておこうかね。 ま、冷静に考えればそんな浮かれていられないんだがな。あいつがこんなカードを俺に渡すということは、それだけ金がかかるぞ、と忠告しているようなもんだ。 どうやら俺は、『機関』の申し出を断った時点で美代子と一緒に行動しなければならないらしい。愛の逃避行ってやつさ。はっはっは。 ……笑えないな。 そもそも今は笑ってる場合じゃない。今の状況は極めて俺の都合が悪い。 家にも帰れず、美代子と離れることもできず、かといって行く当てがどこにもない。鶴屋さんのところは朝比奈さんがお邪魔しているし、そもそもこれ以上、巻き込むわけにもいかない。長門のマンションにしたって、長門自身が外出中なら戻っても仕方がない。 ならばどこかに休めるところを、となっても、ビジネスホテルやファッションホテルに北高の制服のまま入るわけにもいかないだろう。そもそも美代子は小学生だ。 まいったな。体を休める場所がどこにもない。 「マンションに戻りましょ」 うおっ、びっくりした。寝ていたとばかり思っていたが、起きていたらしい。 「寝てたんじゃないのか」 「今起きたの」 タイミングが良すぎるだろう……。本当に古泉が言うように、寝たふりをしてたんじゃないんだろうな? 「マンションに戻ってどうする。長門が帰ってきてるのか?」 「長門さんのことなんて知らないわ。でも、前のあたしが使ってた部屋はそのままだと思うよ」 「引っ越したことになってるだろ」 「あなたが江美里と会う前に確かめておいたから確実。他にアテがあるならどこでもいいけど」 手回しのいいことで。こうなることを予想でもしてたのか? ま、休める場所が確保できるのであれば、それに超したことはない。 長門が住むマンションに戻り、美代子はマンション玄関口にあるインターフォン横のテンキーを手慣れた手つきで操作する。と、音もなく扉は開いた。コソコソすると逆に目立つということで、俺たち二人は堂々とエレベータに乗り込み、7階ではなく5階の505号室へ向かう。 表札にはしっかり『朝倉』と書かれてあったが、中には人の気配もなく、窓から見える室内には灯りもついていない。その窓に美代子は手を伸ばし、がさごそしているとカギを取り出した。元宇宙人でも、そんなベタなところに隠すんだな。王道は永遠の真理と、エライ人はよく言ったもんだ。 「どうぞ」 まるで我が家のように俺を招き入れる美代子の後に続いて玄関をくぐると、中は長門の部屋よりも生活感のある風景が広がっていた。 「引っ越ししたことになってんのに、なんで全部残ってるんだ?」 「なんでだろ? あたしを消した後の処理は長門さんがやったから、不思議に思うなら聞いてみたら? 引っ越したっていう事実を作ればいいと思って、中はこのままにしたのかもね」 長門がそういうところで手抜きをするとは思えないんだがなぁ。かといって、事実部屋の中には家具やらなにやらがそのまま残っている。さすがに冷蔵庫の中はカラッポだし、ブレーカーも落としてあったが、それ以外は『今まで生活してました。すぐに今から生活できます』ってくらい、物がそろっている。 引っ越したことになってから一年経ってるっていうのに……って、そうか、もう一年か。 「どうしたの?」 俺自身は意識していなかったが、見るともなく美代子の顔を見ていたらしい。おおぐま座のミザールの横にあるアルコルでも探すように目を細める美代子へ、俺は首を横に振った。 「いいや、なんでもない」 ただ、つまらないことを思い出しただけだ。ちょうど去年の……明後日になるか。俺がハルヒ関連でイカレタ状況の当事者になった事件に遭遇したのは。 そういう意味では、こいつが発端だったんだな。事実を告げたのは長門だが、真実を突きつけたのは朝倉涼子だったんだと、何故かそんなことを考えた。 「何か身の危険を感じるよ? えっちぃことでも考えてる?」 「…………」 遠い昔を懐かしむ俺の目を、そういう風に捉えるとは上等だ。が、正直言って妹と同い年の小学生を相手に欲情するほど飢えちゃいない。そういやSOS団のサイト更新してるときに、そういう趣味のヤツが管理人をやってるサイトが……って、他人の趣味をとやかく言うまい。それよりも、俺にはひとつの懸案事項がある。 「自宅へ連絡くらい入れておかないとな……」 いったいこのふざけた事件がいつまで続くか知らないが、家には連絡のひとつでも入れておいたほうがいいだろう。連絡さえ入れておけば問題なさそうだが、無断外泊はさすがにマズイ。 問題は美代子のほうだ。小学生で外泊て……どう言い訳すればいいのやら、見当もつかないな。こいつの……というか、ミヨキチの父親はけっこう厳しい人だったと記憶している。無断外泊なんぞしようものなら、どでかい雷が落ちるかもしれないし、連れ回した(と思われても仕方がない状況に追い込まれた)俺は何をされるかわかったもんじゃない。 「うちは平気かな。お父さんは今日から初めての出張で、お母さんはそんなお父さんのフォローでついて行ってるし」 「出張?」 「情報操作は得意らしいよ? 長門さんも、江美里も」 てことは、あの二人の仕業か。なんつー待遇の良さだ。それなら俺にもそれらしいサービスをしてくれたっていいじゃないか。なんでこいつだけ……って、それだけあの二人にとっても美代子の行動は阻害できない、むしろ協力的な行動を取らなければならないものってことと考えるべきか? 普通なら、喜緑さんはともかくとして長門が情報操作を行ってまでフォローするとは思えん。 それがあの二人の自発的な行動なのか、それとも親玉の命令なのかはわからんが、ともかく俺は自宅へ電話しなければならない。ああ、憂鬱だ。これ以上にないくらい憂鬱だ。 俺は携帯を取り出し、傍らでニヤニヤしている美代子に一瞥をくれて自宅の番号をダイヤルした。妹や父親ならともかく、母親が最大にして最強の壁だな。 電話は、すぐに繋がった。 「あ~、もしもし。俺だけど」 『あら、どうしたの?』 よりにもよって母さんだ。最強最後のラスボスがゲームスタートと同時に立ちはだかったくらいの難易度となってしまった。 「え~と、その……」 『なに? 今日、古泉くんのところで勉強会なんでしょう?』 「は?」 『さっき、古泉くんから電話があったわよ。何か忘れ物? 着替えを届けろとか言うんじゃないでしょうね?』 古泉……ありがとう古泉! 今日のおまえは輝いてるぞ。無駄な講釈を垂れまくる無能エスパーなんて、ちょっぴり思っていた自分が恥ずかしいぜ。 「いや、そのことを連絡しようと思っていただけなんだ。うん、それだけ。伝わってるならそれでいいや。うん、それじゃ」 下手なボロを出す前に通話を切った。古泉のおかげで、少なくとも今夜一晩は外泊しても問題なさそうだ。明日以降はどうなるか、知ったこっちゃない。できれば明日で片付けたいところだが……決着か。古泉も、俺がどう決着をつけるか楽しみにしてるとか言ってたな。 そんなもん、どうしろってんだ? 決着もなにも、朝倉とミヨキチが一心同体な状況を打破しない限り、平穏なんて訪れやしない。かといって、その状況を俺が改善できるとは思えない。 長門もそれは『不可能』と言っていた。あいつにできないことを、俺にできるわけがないだろ。せいぜいできるのは、側にいて悪さをしないように監視することくらいだ。 勘弁してくれ。 ハルヒの面倒を見るだけでも精一杯なのに、これ以上の厄介事を背負えるほど、俺の背中は広くないんだ。 「無事にイイワケできたみたいね」 「おかげさまで」 美代子の人を食った物言いに、俺はせめてもの皮肉で返してやったが、小学生で中身が朝倉のこいつには通じないらしい。ミヨキチのままなら、えらく恐縮して何も悪くない俺が「すまんかった」と言いたくなるほどなのにな。 「あのさ」 他人に対する気遣いなんて皆無な美代子が、やはり自分の意見をただ主張するために俺に声を掛けてくる。 「なんだ?」 「おなか空いた」 「……で?」 「何か買ってきてよ」 「断る」 「じゃ、あたしコンビニでも行ってくるね」 はっはっは、こやつめ。何で俺が断ったのかミジンコの体長を秒換算して考えろ。おまえのお願いなんぞ聞いてやりたくないからだし、かと言っておまえ一人をホイホイ外に放り出してたまるか。 「じゃあどうするの? このまま飢え死に? それはちょっとヤだな」 「我慢しろ」 「これから何日も?」 「出前でも取るか?」 「あのね、この部屋、基本的に空き部屋なのよ? そこに出前なんて取ったら、管理人に変に思われちゃうよ? 建設的な意見を出してくれると嬉しいな」 も、もしかして俺は今、小学生にダメ出しをされたんじゃないだろうか? 中身が朝倉でも、それはそれでショックだ。 「ちゃんとここにいるから。ね? 買い物、お願い」 わかったよ、行けばいいんだろ行けば。 少なくとも、美代子が一人で外を歩き回るよりは安全さ。『機関』の連中に見つかれば俺でも面倒なことになるだろうが、美代子の場合は小学生だ。『機関』と関係なく補導されるかもしれないしな。 「いいか! 絶対何があっても必ず間違いなくここにいろ! 誰か来ても、俺以外は中に入れるなよ!」 「いってらっしゃ~い」 ここでもか! ここでも俺は使いっ走りにされなきゃならんのか!? あまりにも理不尽極まりない仕打ちに、心で泣きながらマンションを飛び出し、近くのコンビニに駆け込んで適当に弁当を手に取った俺は、古泉から預かったカードで会計を済ませた。 店員が「温めますか?」なんてもどかしいことを聞いてきたが、爽やかな笑顔で断ってやった。温めなくても食える。ああ、温めてないチーズドリアが美代子の分なのは、言わなくてもわかってると思う。 走ってマンションに舞い戻り、ぜーはーぜーはー肩で息をしながら505号室の扉を開けた。所要時間は十分もかかっていないだろう。我ながら、よくもそこまで必死に走れたな。 「おい、買ってきたぞ」 もちろん、そのとき口にできた言葉はそんなはっきりしたもんじゃない。息切れして、自分自身でも判別不可能な台詞だったような気がする。 だが、俺が戻ってきたことは伝わったはずだ。はずなのに、灯りがついている部屋の中からは何の反応もなかった。 まさかと思い、部屋の中に入ると……俺の予想とは裏腹に美代子はいた。いたのはいいんだが……これも予想外に……美代子は寝ていた。 寝てるんだ。これはどう見ても寝ている。床の上、猫のように丸まって寝息を立てている。長門の部屋といい、タクシーの中といい、こいつはどうしてそこまで寝てるんだ? というか、俺が体力を激しく消耗してまで買ってきた弁当はどうなるんだ? 「本当にそろそろ許してくれ……」 がっくり膝を付き、美代子の顔に油性ペンでラクガキでもしてやろうかと考えたが、さすがにそれは大人気ない。しばらく寝てる美代子を見ていたが、一向に起きる気配はなかった。 しかしあれだ。寝顔を見て思うが、こいつもハルヒと一緒だな。黙って何もせずにおとなしくしていれば美少女なのに、起きて行動すれば面倒を巻き起こす。 その面倒が、ハルヒの場合はポンペイを一瞬にして沈めた大噴火なのに対し、美代子の場合は海底での大地震のような感じだ。つまり地震そのものは陸地に影響ないが、その後の大津波で被害が甚大……みたいな。 「はぁ~……」 疲れてるんだな。美代子が、じゃない。俺が、だ。 とりあえず、こいつをこのまま床の上で寝かせるのは体によくないと思い、寝室のベッドまで運んで、それから俺も寝よう。俺が寝るのは、どうやら必然的に居間のソファになりそうだ。 「……待って」 美代子を寝室のベッドに寝かせて部屋を出ようとしたそのとき、熱を帯びた指が俺の手に触れた。掴まれたわけではないが、俺の足を止めるには十分だった。 「起きたのか。ああ、起こしたか」 そう問うと、美代子は首を横に振って、俺の問いかけに別の言葉で答えた。 「側にいて」 「……は?」 「いるだけでいいから」 「何言ってるんだ、おまえ」 「お願い……」 俺の手ではなく、指をキュッと掴む。掴まれた指が微かに痛むほどの、強い力。美代子はそれ以上、何も言わずにすぐ寝息を立て始めた。 寝惚けているのか、それともちゃんと意識があって言った言葉なのかわからない。ただ、眠りについても俺の指を離そうとしなかった。 強い力と言っても、寝ている上に女の、それも少女の力だ。引き離すのは簡単だ。 なんてな。 引き離すことができるのなら、俺は今、ここにいない。それができるなら、厄介事で頭を悩ませてなんていないさ。 こいつが何を思ってそう言ったのか、俺が何を考えるべきなのか見当もつかないが。 ──今日はこいつの隣で寝てやるか…… 何故か……そう、思った。 次のページへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1431.html
新章:betrayer パシィ……ンッ! と、乾いた音が室内に響いた。 こればっかりは神に誓おう。八百万の神に加えて古泉が言うところのハルヒ神に誓ったっていい。俺が殴ったわけじゃない。そりゃ今の一言には頭に来たが、映画撮影のときの経験から、どんなに頭に来ても女は殴らない方が穏便に事が進むことを学習しているんだ。 美代子を殴った……というか、平手打ちを食らわせたのは、喜緑さんの方だ。 「そのくらいで、もういいと思うけど?」 「……そうね、もう帰るね」 喜緑さんに叩かれた頬は、そんなに強い力だったわけではないが、色白な肌を朱に染め上げるには十分な威力だったようだ。けれど美代子は、頬に痛みを感じているのかいないのかわからない態度で戸口に向かい、ドアが慎ましやかに開閉する音と共に外へ出て行った。 「ごめんなさい、嫌な思いをさせて」 「喜緑さんが謝ることじゃないですよ。悪いのはあいつです」 「その謝罪ついでに……と言ったらあれですけど、彼女を追いかけてあげてくれませんか」 「そりゃ無理ってもんでしょう」 ああいう口の利き方をされて、さっさと一人で帰るヤツを追いかけてどうするって感じなんですがね。俺はそこまで人間できちゃいませんし、ああいうヤツには聖人君子でも塩を撒くってもんですよ。撒くってもんなんですってば。だからそんな目で俺を見ないでください。 「別に追いかける気はさらさらありませんが……そうそう、ひとつ忘れてました」 「何ですか?」 「あいつに携帯返すことです」 「ああ……そうですか」 「そうなんですよ」 だからそんな笑顔を見せないでください。 「長門が帰ってきたら、よろしく言っといてください。……そうだ」 もうひとつ、忘れていた。ここで喜緑さんに会えると思っていなかった上に、すっかり話し込んでいたからなぁ。 俺は財布から千円を取り出して、テーブルの上に置いておく。借りた金は返せるときに返した方がいいって婆ちゃんに言われていてね。 「別に今じゃなくても」 「どうやら俺は奢られるより奢るタイプらしくて、人から借りたままってのは落ち着かないんですよ。それじゃまた」 「ああ、待って」 部屋を出ようとする俺を、喜緑さんは呼び止めた。まだ何か伝え残したことでも? 「最後に、ひとつ。今回の出来事に敵はいません。ですが、すべてあなたの味方というわけでもありません。あなたの味方が誰なのか……言わずとも、おわかりですよね?」 「……喜緑さんは、味方ですよね?」 「いいえ、違います」 あぁ……そういうことを言いたいのか。 「それならもう、わかっていますよ」 長門の部屋を出てエレベータに飛び乗り、マンションの玄関口から見える外は、夜の帳にすっかり包まれていた。よくよく考えれば、小学生が一人で出歩いていいような時間でもない。 やれやれ。あいつを気に入ろうが気にくわなかろうが、小学生をほっとくわけにはいかないよな、常識ある高校生のお兄さんとしては。 「遅いよ」 追いかけるまでもなかった。マンションから出てすぐの所で、美代子は待っていた。さも俺が追いかけてくるのがわかっていたかのような待ち伏せに、こいつの思い通りに動いているよな自分が情けなくも頭に来る。 「予め言っておくが、別におまえを追いかけて来たわけじゃないからな」 携帯を投げ渡しながら、せめて自分のスタンスだけは貫いておくためにそう言うと、美代子は声に出さずに笑った。 「わかってるよ」 わかっているなら、その笑顔は何なんだと聞きたいね。俺がこうやって追いかけてくるのも、おまえの思惑通りってわけか。 「思ってないってば。今のあたしに、そんなことできるわけないじゃない」 「どうかな。今も昔もおまえは信用できない。さっきのおまえの言葉じゃないが、自分でそう言ってるだけで、実際はどうなのか俺にはわからないからな」 「信用ないね、あたし」 人に信用されたかったら、もうちょっと信じられる行動を取れと声を大にして言いたい。腹に一物抱えた言動ばかりじゃ、俺でなくたって眉間にしわを寄せるさ。 「それより帰るぞ。送ってやる」 「送ってくれるの?」 「送るのはミヨキチだ」 「そっか」 「そうさ」 何か言いたそうだが、それを親切に聞いてやるつもりはない。 俺が歩き出すと、後ろから着いてくる気配が伝わってくる。前も思ったが、どうしてそう、目の見えないところを歩きたがるんだ。一度刺されている身としては、気が気じゃない。 「あのな」 立ち止まって振り返った瞬間、「きゃっ」と短い悲鳴を上げて、美代子は俺の胸の中に飛び込んできた……のではなく、頭をぶつけてよろめいた。後ろは後ろでも真後ろかよ。俺の背後霊になって歩き回るのは、長門だけで十分だ。 「急に立ち止まらないでくれる?」 「そっちこそ黙って後ろを着いてくるな。いつ刺されるかわかったもんじゃない」 「何それ? だからあなたを殺すつもりなんてないわ。それとも、刺されたいの? 涼宮さんにいじめられて、変な趣味に目覚めちゃった?」 「んなわけあるか。だいたい俺はいじめられてるわけじゃねぇ。おまえみたいなのが目の届かないところにいるのが落ち着かないだけだ。歩くなら横か、前を歩け」 「気にしなくていいじゃない。どこを歩こうがあたしの勝手でしょ」 ああ、なんつーか可愛くねぇ。しかも見た目がミヨキチだから余計に切なくなる。 前は素直でいい娘だったのになぁ……朝倉が中に入るとこんなのになるのか。おとなしい幼なじみと久しぶりに会ったら、健康優良不良少女になってたっていうくらいショックだ。 「とにかく、おまえが前を歩け」 「もう。目の届く所にいればいいんでしょ」 まるで俺が我が侭を言って困らせているかのようなため息を吐かれて、美代子は遠慮がちに俺のシャツの袖を指でつまんだ。 その物言いと態度とは裏腹に、生まれたての赤ん坊ハムスターをつまみ上げようとしているようなささやかな力加減に、いつかどこかで体験したと思える妙な既視感を感じる。 「これで満足?」 「え? あ~……まあ、うん」 既視感の正体が何なのか思い出せそうなところで話しかけられて、指の隙間から水が漏れるかのごとく、モヤモヤとした感情だけが頭の隅にこびりつく。 懐かしく、切ない。子供時代の思い出のような気持ち。 俺の頭の中には何故か、おとなしくて人見知りの激しい、この世界にはいない少女の姿がちらついた。 「こんばんは」 と、声をかけられたのは人気の途絶えた住宅街を歩いていたときのこと。街灯の下、電柱の影から現れた一人の野郎の姿に、俺は肩をすくめた。今日はいろいろ世話になったが、このタイミングで顔を合わせたくない相手だ。 「仲がよろしいですね。涼宮さんには見つかったらただ事じゃ済みませんよ」 「別に悪いことしてるわけじゃないだろ、それより、今日はいろいろ面倒かけたな」 「些末なことです。《神人》を狩ることに比べたらね」 ふっ、と息を漏らすように笑い、古泉はわずか二~三歩近付いてから俺の隣にいる美代子に目を向けた。その美代子は、古泉がいることを予め予想していたかのように平然としている。 「無事に見つけることが出来たようですね。まずは一安心といったところでしょうか」 「一安心ねぇ」 俺が美代子を見つけて一安心とこいつは言うのか。何を基準に「安心」なんて言葉を使うのか知らないが、俺が知っている情報で俺自身の立場を鑑みて、さらに古泉の立場に立つとそんな言葉は口が裂けても言えないね。 「はて、何のことでしょう」 「今日おまえは、俺を狙撃したのが朝倉かもしれないと言ってたな。しかも高確率で……だっけ? 俺とおまえの立場が逆だったら、そろって歩いてる姿を見て『一安心』とは言えないね」 「僕はこれでもあなたを信用しているんですよ。あなたが一緒にいるということは、何ら問題がないということでしょう? あなたももう少し、僕のことを信用していただきたいものです」 「それならしてるさ。SOS団の頼れる副団長、古泉一樹さまだ。もっとも、『機関』の古泉一樹は信用できないね」 「難しい話ですね」 ひょい、と肩をすくめて、古泉は俺との会話はそれまでと言わんばかりに会話を打ち切り、美代子へ視線を戻した。 「改めて、はじめまして」 「そうね、挨拶はそれで正しいわ。前は顔を合わせたこともなかったものね。それで、何が知りたいの? それとも、欲しいのかしら?」 「個人的な意見を言えば、僕は興味がありません。放置しておくのが──」 スッと、古泉の視線が俺に注がれる。 「──最善と考えています。ですが、そうも言っていられないようで」 シチュエーションがそれなりにはまっていれば、頭の中がフワフワしてる女をたらし込めそうな笑顔を見せる古泉に、美代子は物珍しい怪生物を見るような視線を向けている。どうやらこの二人の頭の中では会話が成立しているらしい。それを推測するのは、やや面倒だ。頭の中身の作りからして、この二人と俺とじゃ違うようだしな。 それでも、ひとつだけわかったことがある。 「朝倉さん、あなたが一人でいるのは『機関』として都合が悪いようです」 友だちの友だちは、味方じゃないって話はどうやら事実のようだ。 古泉の後ろに姿を現したのは、多丸さん兄弟。背後に気配を感じて振り向けば、そこには森さんと新川さんまでいらっしゃる。顔見知り全員がここにいるってことは、見えないとこで俺の知らない『機関』の人間が見張っていそうだ。逃げ場なしじゃないか。 「できれば説明が欲しいところだな。おまえがしてくれるのか? それとも、森さんですか?」 「我々の望みは現状維持です──と、以前伝えたことを覚えておられますか?」 と、俺の問いかけに答えてくれたのは森さんの方だった。古泉は説明役を森さんに譲るつもりらしく、だんまりを決め込んでいる。 「大きな変革をもたらす存在は、いささか目に余るのです」 「それで、どうしたいんです?」 「こちらの提案は、すでに申しました」 美代子の身柄を預けて事後処理のすべてを『機関』に任せる……ってヤツか。 確かにそりゃいい話だ。そもそも、朝倉が持ち込む厄介事を、そいつに殺されかけた本人たるこの俺が、胃をキリキリさせてまで背負い込む理由なんて微塵もありゃしない。ここであっさり縁が切れて、平穏無事な日常が戻ってくるなら万々歳ってヤツだ。 長門のマンションに行く前だったら、間違いなくそうしてるね。いや、今でもそうすべきだと考えている。だから、あとは『機関』でも何にでも任せるべきだ。 べきなんだがなぁ……平然とした面をしてるくせに、袖を握る美代子の手が俺の決心を鈍らせる。掴まれていなければわからないほど微かに震えてさえいなけりゃ、後はよろしく、って言えるのにな。まったく、これだから嫌なんだ。 「ハルヒと同じ扱いじゃダメなんですか?」 「涼宮さんはご自身の能力を把握しておられません。ですが、朝倉さんはご自身の価値を理解されています。だからこそ、道理に逸れると思われる手段を取らなければならないのです」 「価値?」 「彼女は長門有希さんを作り出した地球外意識体の情報と知識を、我々人類のレベルで把握できる程度の情報として記憶しています。朝倉涼子としての記憶があるのだから、間違いないでしょう。その知識を悪用されたくはないのです」 それで美代子は古泉に「知りたいのか、欲しいのか」と聞いたわけか。 「我々『機関』に敵対する組織がいることも、貴方はご存じのはず。彼女がそちらの手に渡る危険性もあります。その前に、我々で保護できればと考えております」 なるほどね。そりゃこいつのことだから、ハルヒの側にいる『機関』じゃなくて、事態を引っかき回したいって理由だけで敵対組織にいろいろ情報提供しそうだな。俺でも思いつく危惧を、『機関』の方で考えつかないわけがない。 「でも、『機関』がこいつの知識を悪用しないとも限りませんよね?」 「我々は貴方の味方だと──その言葉が必要でしょうか」 「必要ありませんよ。俺は誰が味方なのか、十分心得ているつもりです」 「では」 「美代子は渡せません」 その言葉を俺が口にした瞬間、街灯が細々と周囲を照らす、薄闇の世界が一変した。 黄土色の靄がたなびき、地平線のその先が見えない平坦な世界。いつかどこかで見たことのあるこの世界に何故、俺や美代子、さらに『機関』の面々がいるのかさっぱりわからん。 ああそうさ。これは当然ながら俺の仕業じゃない。こんなことが起きることすら予想していなかった。それは腕にしがみついてきている美代子も同じ。だからこいつの仕業でもない。 かといって、こんな異常空間を作り出す技術が『機関』にあるとも思えない。森さんも驚いている風であり、誰もが驚愕の面持ちで周囲を見渡している。 そして。 そんな中、小規模ながらも爆発が起こり、砂塵が舞えば混乱はさらに広がる。視界を奪うには十分な砂が宙を舞い、その瞬間、グイッと力任せに引っ張られて俺は尻餅をついた。 「ってぇな!」 手に触るのは、冷たいアスファルトの感触。今の一瞬の出来事がすべて幻であるかのように、周囲は代わり映えのしない住宅街が広がっていた。ただ、違っていることもある。 俺の側には、森さんを含む『機関』の面々は一人もなく、側には美代子とそして──。 「ああいう切り抜け方をするとは思いもしませんでしたよ。あまりのことに、やや乱暴になってしまいましたね」 SOS団の頼れる副団長さまの、からかうようなニヤケ面があった。 次のページへ