約 3,996,851 件
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/47.html
「ようこそ、フルーティーズ2名様!」 怖。 キュートの楽屋に入ると、超不自然な笑顔の舞美が出迎えてくれた。目が笑ってない舞美スマイルは恐ろしい。 無意識なんだろうけど、左手をバタバタさせて、奥にいる千聖を私達の視界から遠ざけているようだ。 「桃ちゃん、久しぶり!舞、桃ちゃんに話したいことがあるんだ!」 「えー?珍しいねぇ。何の話?」 「・・・なんだろう。別にないかも。」 「・・・」 キュート、嘘つけなさすぎ! 私はともかく、梨沙子はもうおなかを抱えて笑い出しそうになっている。 あわててお尻をペチンと叩くと、うらめしそうにこっちを見ながら、なんとかこらえてくれたみたいだ。 「こっちおいでよ梨沙子。この雑誌、梨沙子の好きそうな魔女グッズが載っててさあ」 「うん!」 こちらは自然な感じで、愛理と栞菜が梨沙子を呼び寄せた。 さてと。 千聖は年長組と舞ちゃん、なっきぃに挟まれている。 全員でさりげな・・・くないけど、身を挺して千聖を守っているようだ。 何だろうこれ。ミーアキャットの群れみたい。もしくは、カバディ。 こんなに仲良しで結託しているキュートを見ていると、ちょっとだけ意地悪してやりたくなってきた。 「千聖、ももと2人で話そう。ちょっと相談に乗ってほしいの。」 「ももちゃんが私に?全然役に立たないかもしれないよぉ?」 きょとんとした顔で、千聖が小首をかしげた。 へー・・・。 全然、前の千聖と変わらないじゃない。梨沙子から情報がなければ、こんなふうに千聖の態度をいぶかしむこともなかっただろう。 もし本当に人格が変わっているのだとしたら、かなりの役者だな、千聖は。 ただし。 「あーちょっちょっ待って.。むしろその相談にはウチがのりたいなあ。」 「いやいや、ももち!普段まったくかかわりのない私の客観的な意見こそ参考になるよ!キュフフ!」 「いや、ここはお姉さんズで話すべき!小娘はひっこんでな!とかいってw」 「みぃたんひどい!なっきぃのことハブんなよ!」 千聖じゃなく、周りの演技力がヒドすぎる。 愛理はもはや天を仰いでいるし、栞菜はオロオロしている。 梨沙子はもういいでしょももー。と目で訴えかけてきていた。 「ももちゃん。あっちで話す?」 その時、千聖がスッと前に出てきて、ごく自然な仕草で私の腕に手を絡めてきた。 「へへ。久しぶりだねー」 屈託のない表情。キュートのメンバーの保護をあえて辞してまで、私のところに来てくれたと思ったら、ちょっと嬉しくなった。 「ちょっと、千聖ぉ。」 「ももちゃんと2人で話すんだから。絶対誰も聞いちゃだめだよ!」 千聖、結構チャレンジャーだね。 奥のソファまで移動すると、千聖はさっそく「相談って、なに?」と少し表情を改めた。 「うーん・・・ないっ!」 「えっ!」 「千聖と2人になりたかっただけ。だから、相談は、ないっ!」 ふはっ えりかちゃんが噴出した後、一瞬間をおいて、千聖が抱きついてきた。 「ももちゃぁ~ん!何だーびっくりしたぁ!」 「ごめんごめん!だって今日なんかキュートみんな怖い顔してるからぁ~ちょっと嘘ついちゃった!」 まっすぐ私を見つめていた深い茶色の瞳が、長いまつげに縁取られた瞼の中にキュッと仕舞いこまれた。 私はこの笑顔が大好きだった。 たとえ全てが演技だったとしても、この笑顔は邪悪な人間ができるものじゃない。 「ねえ、千聖。ももは、千聖が好きだよ。昔も、今も、これから先の千聖のこともずっと好き。どんな千聖でも、ももは大好き。」 「ももちゃ・・・・」 私の名前を呼びかけた唇が、とまどいに震えて、静かに閉じられた。 私の知らない表情をした千聖が、そこにいた。 千聖の被った仮面が、壊れかけた瞬間だった。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/49.html
「あっ・・・ぶなかったねー!ももと梨沙子にバレるとこだった!」 「本当ね。皆さんのおかげで、2人とも気づかないでくれたみたいだわ。」 あっはっは 何言ってんだうちのリーダーとお嬢様は。どう考えても千聖がおかしいのはバレバレだったじゃないですか。 メンバー全員、なんとも言えない微妙な表情で、あいまいに笑っている。 まあ、ももちゃんはおそらく黙っていてくれるだろう。頭のいい彼女のことだ。妹のように大切な千聖をわざわざ苦しめるようなことはしないと思う。 あの態度だと梨沙子にも口止めしてくれそうだし、ベリーズ全員に千聖の今の状態を知られることはなさそうだ。 「えりかちゃん。」 ニコニコ笑いあう舞美と千聖をぼんやり眺めていたら、隣になっきぃが腰を下ろしてきた。 「まあ、よくわからないけど上手くいってよかったね。」 「・・・ねえ、何かえりかちゃん冷たい。千聖の件に関して。」 なっきぃはちょっと拗ねたような顔で、私を見上げてきた。 「私は千聖と舞ちゃんの揉め事を悪化させちゃったからさ、逆に気にしすぎてるのかもしれないけど。 でもえりかちゃんだって、千聖とはずっと仲良かったじゃない。その割りに、千聖がお嬢様になってからあんまり関わろうとしてない。最低限の協力だけしてるって感じ。」 あー。 なっきぃはこういうところがなかなか鋭い。 お嬢様化を目の当たりにした当初は、千聖の仕草や言動態度全てがおかしくて、毎日笑いをこらえるのが辛いほどだった。 まあ面白いし、こんな千聖もありっちゃありだよね、ぐらいにしか考えなかった。 だけど。 ある日、デジカメのデータを整理していた時、私の隣で千聖が笑っている写真に目が止まった。 いつ撮ったのかも忘れてしまったぐらい何気ない1枚だったけれど、2人ともぶっさいくなほど顔をクシャクシャにして笑っている。 「うーわ。ひどい顔。」 つられて笑った後、これはいらないかなと削除ボタンに手をかけた時、ふと「もう千聖とこういう顔で笑いあうことはないのかもしれない」と思った。 鳥肌が立った。 仮に元に戻らなくても、お嬢様千聖とならうまくやっていける気がしていたけれど、もしかしてそれはかなり甘い考えなんじゃないのか。 あの千聖は、その千聖とは違うんだよ、えりか。 作業を中断して、ベッドにダイビングする。ゴロゴロ寝返りを打ちながら、これまで千聖とすごしたたわいもない時間を、頭に思い浮かべた。 例えば楽屋で2人っきりで昨日見たドラマの話をしたり、 待ち時間に2人並んでボーッと空を眺めたり、 同じ歌を同時に歌い出して大笑いしたり、 そんなとりたてて大事でもないような、なんてことないエピソードが次々とよみがえってくる。 お嬢様の千聖も、きっとこういう何気ない時間を私とすごしてくれるとは思う。 でも、もうあの私たち2人だけの独特のノリではないんだろうな。 そう思うと、じわじわと寂しさがこみ上げてきた。 「め~ぐる~季節~・・・愛はときに~・・・」 無意識にこの歌が唇をついて出た。 「・・・なくしそうに~・・・なったときに・・・・はじめて気づ・・・ウゥッちさとぉ~」 いや、別に千聖に恋してるわけじゃないんだけれど。 歌詞のほんの一部分に心が揺れて、情けないことに涙が出てきた。 ちょうど女の子の日まっ最中で情緒不安定だったこともあり、心配したお姉ちゃんがお茶を持ってきてくれるまでわんわん泣いてしまった。 そう。これが原因で、私は可愛くて大好きだったこの曲を聴くと、今でもちょっと切ない気持ちになる。 「ちょっと、話聞いてるー?」 「ん!ああ、ごめんね。何か考え込んでた。・・・別に冷たくなんてしてないよ。心配しないで。」 なっきぃの肩に手を置いて、いきおいよく立ち上がる。 「もーえりかちゃん・・・もうちょっとなっきぃのこと頼ってよぅ。」 なっきぃのぼやきは聞こえなかったふりをして、メイクの準備を始めることにした。 ごめんね。 まだこの気持ちは、誰にも触れられたくない。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/100.html
「みぃたん、そんなに落ち込まないでよ。そういうみぃたんのお気楽なところとか、天然に救われることだっていっぱいあるんだから、ね?」 なっきぃが必死でフォローしてくれたけれど、何だか褒められてるのかけなされてるのかわからない。 もうちょっと人の変化に気づけるようにならないと・・・ さすがに反省しながらレッスン室に戻ると、もうすっかりお通夜ムードになってしまっていた。 愛理と舞ちゃんはキュートの中では泣かない側の二人だ。 こういう時なっきぃみたいに感情を爆発させない分、複雑な思いを自分の中に溜め込んでしまうんだろう。 「・・・あ、舞美ちゃん。今日はとりあえず解散でいいって。もうえりかちゃんと栞菜は1階に下りたよ。明日はお休みだから、今後の予定についてはマネージャーさんから改めて連絡があるって。」 ちっさーの荷物をまとめながら、愛理が丁寧に報告してくれた。 「そか、じゃあ私ちょっとマネージャーのとこ行ってくるから、4人で先に帰ってて。千聖のこと、お願いしていいかな。」 険しい顔の舞ちゃんが、無言でうなずいた。 まるで自分以外の全てからちっさーを遠ざけるかのように、ちっさーの顔を自分の胸に押し付けている。 舞ちゃん、怖い。 大丈夫だよね?愛理となっきぃもいるし。 その後私はマネージャーに今回の出来事について聞かれ(と言っても本当に何にも知らないんだけど)、リーダーなんだから周りを見てやれと注意を受け、ついでにちっさーのあのキャラはどうにかできないのかとまで言われた。 私は年長者だしリーダーだから、いろいろ指摘を受けるのはしょうがないんだけど、 ちっさーのことまで言われるのはどうしても納得がいかなかった。 「あれはちっさーのせいじゃないんです!」 「わざとああいうキャラにしてるんじゃありません!」 言い返すことなんてめったにない私が声を張ったから、マネージャーは目をパチクリさせてびっくりしていた(私も自分でびっくりした)。 マネージャーも機嫌が良くない日だったのかもしれない。ちっさーの状況はわかってるはずなのに、わざわざこのタイミングで言ってくるなんて。 もちろん口論にはならなかったけれど、なんとも気まずい感じで部屋をあとにした。 人に大きい声出すなんて、あんまり気持ちのいいものじゃない。 「はい、ドンマーイ・・・・へぇそうかーい・・・ハァ」 元気が出るかと思って呟いてみたけれど、逆にむなしくなってしまった。 こんな日はさっさと帰るに限る。 ストレス解消に一人ファッションショーでもやろうかな。 愛犬たちと夜のお散歩に行くのもいいかもしれない。 なるべく楽しいことを考えながら荷物を取りにロッカールームのドアを開けると、暗い部屋の隅っこに人影が。 「うわっ!!」 あわてて電気をつける。 体育座りでうつむいていたのは、舞ちゃんたちと帰ったはずのちっさーだった。 小柄でショートカットの風貌は、一瞬座敷わらしかなんかの妖怪に見えた。 「な・・・なんだ、ちっさーか。どうしたの?みんなは?」 ちっさーは無言で首を振る。 「ちっさー?」 顔を覗き込んでも、ちっさーは何にも言ってくれない。 困ったな。 私はあんまり勘のいいほうじゃないから、こういう場合、無言の相手から何かを察してあげるというのができない。 「とりあえず、出ようか。」 ちっちゃい子を抱っこするみたいによっこいしょとちっさーを持ち上げた瞬間、かばんに入れっぱなしのケータイが鳴った。 「あ、ごめんちょっと待って。」 愛理からメールが届いていた。 【千聖が「どうしても舞美ちゃんを待ちたい、来るまで一人にしてほしい」と言うので、私たち3人は玄関の前まで移動しました。このまま舞美ちゃんと千聖が来るの待ったほうがいいかな?返事まってます。 舞ちゃんが怖いよー!】 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/72.html
駅ビルの中にあるカフェの隅っこで、私は千聖から舞ちゃんとの事件のことを聞いた。 「知らなかった・・・舞ちゃんここ最近はちゃんとちっさーに挨拶してたから、もう大丈夫なのかと思ってた。」 私がなっきーとちょっと喧嘩になった日の出来事だったらしい。 その場に居合わせたというなっきーのことが気になった。 いつも明るく楽しいキュートでありたい。 そう思う私は、ついレッスン中も近くにいるメンバーにちょっかいを出してしまう。 なっきーはレッスンの時は真面目にやりたいタイプだとわかっていたのに、あの日は何だか浮かれていて、振りの確認をしているなっきーに頭突きを食らわしてしまった。 しかも最悪なことに、怒られた私はつい逆ギレをかましてしまった。 愛理にも後から注意されて、あわててなっきーにメールを送ると、そっけない返事が来てそれっきりだった。 単純に、まだ怒ってるのかなと思っていた。まさかそんな修羅場になっきーが立ち会っていたとは。 「早貴さんは、スタジオに戻ってきてくださった舞美さんと一緒にお帰りになったわ。舞さんもご一緒に。」 「え・・・じゃあちっさーは?」 「父に連絡をして、迎えに来てもらったの。」 私は瞬間的に頭がカッとなった。乱暴にバッグの中に手を突っ込んでケータイを探す。 「栞菜?」 「舞美ちゃんに連絡する。それは変だよ。何でちっさーだけ」 「いいのよ、栞菜。」 「やだよ。良くない。」 「栞菜!」 千聖が珍しくお腹に力を入れて声を出した。 「・・・・ごめん。」 「ありがとう、栞菜。一緒に帰らないと言ったのは私だから。舞美さんは私を誘ってくださったわ。」 千聖は微笑んで、注文したままおきっぱなしになっていたティーサーバーから、私の陶器に紅茶を入れてくれた。ほのかなジャスミンの香りで、昂ぶった気持ちが落着いてきた。 「でもちっさー。キュートをやめた方がいいなんてことは絶対ないから。 舞ちゃんはプロレスごっことか一緒にふざける相手がいなくなって寂しいだけだよ。 今のちっさーにだってだんだんと慣れていくって。みんなそうだったでしょ。 舞ちゃんは年下だし頑固なところもあるから、時間はかかるかもしれないけど。 そうだ、じゃあさ愛理にも頼んで今度4人で遊びに行こうよ。私ちゃんとフォローもするし。 舞美ちゃんやえりかちゃんだって協力してくれるよ。なっきーも。だってさキュートは家族だもん。」 私は興奮すると、やたら早口でおしゃべりになるらしい。考えが追いつかないうちに、言葉だけがぽんぽん口を突いて出てくる。 ちっさーを引き止めたくて必死だった。 「栞菜。・・・舞さんは、私のせいで何度も泣いているの。」 「舞ちゃんが?」 知らなかった。舞ちゃんはまだ中1なのにしっかりしていて、何があっても気丈に前を睨みつけていられるような強い子だ。私は舞ちゃんの泣き顔なんて、ほとんど記憶にない。千聖や私の方がよっぽど泣き虫だと思う。 「昨日も泣いていたわ。舞さんは私のことを考えるたびに胸を痛めている。 今もそうなのかもしれない。私の前で泣いていなくても、わかるの。・・・大好きな人のことだから。」 ちっさーの眉間にしわが寄って、声が震えた。泣くのかと思ったけれど、少し潤んだ瞳から涙は落ちなかった。 「ちっさー・・・・・それでも私はちっさーがいなくなるなんてやだよ。もうキュートにいるのは辛い?嫌になっちゃった?」 ちっさーの腕を掴む。体に触れていないと、どこか遠くへ行ってしまいそうで怖かった。 「いいえ。私も栞菜と同じ。キュートを家族のように思っているわ。 だけど・・・・・ううん、だからこそ、私がいることで傷つく人がいるなら、私は去らなければいけないと思うの。」 「やだ。お願い。どこにも行かないでよ。 舞ちゃんはちっさーがいて辛いかもしれないけど、私はちっさーがいないと辛いんだよ。 そしたらちっさーどうすんだよ。みんなだって辛いに決まってる。 ちっさーがいないと傷つく人の気持ちはどうなるんだよ」 もう自分でも何を言ってるのかわからない。周りの人が驚いた顔で私とちっさーを見比べているけれど、もうそんなことはどうでもよかった。 「栞菜ったら。何も今すぐに決めるというわけではないのよ。」 ちっさーはそろそろ出ましょうかと言うと、私のバッグを一緒に持って店の外へ出た。 知らないうちにかなり時間が経っていたらしい。もう夕暮れが近づいていた。 興奮して喋りすぎたことがいまさら恥ずかしくて、私はちっさーの顔を見ることができず、ひたすら繋いだ手に力を入れ続けた。 「・・・私から誘ったのに、楽しいお話じゃなくてごめんなさいね。でも話を聞いてもらえて嬉しかったわ。」 それきり無言で歩いているうちに駅に着き、改札の前で私達は向き合う。 「では、またね。」 「うん。」 「ごきげんよう。」 ちっさーはつないだ手を離して、私の方を一度も振り返らずに改札の向こう側へ消えていった。 取り残された私は家に帰る気にもなれず、駅のターミナルを抜け、線路沿いの小路を黙々と歩いた。 ちょうど踏み切りの前まで来ると、ホームの端にちっさーが立っているのが見えた。 声が届くかもしれない。 「ちっさ・・・・」 叫びかけた私の声は、途中で止まった。ちっさーは、今まで見たことがないほど険しい顔をしていた。その顔がふいに歪んで泣き顔へと変わる瞬間、ホームに電車が入り、私達の間を遮った。 そうだよね、ちっさー泣きたかったんだ。あんなに泣き虫なのに、私が困らないようにこらえていたんだ。 私は友達なのに、仲間なのに、家族なのに、何もしてあげられない。 ちっさーが乗った電車が遠ざかっていくのを見つめて、ただ途方にくれるしかなかった。 「私に何ができるかな・・・・」 明日は新曲の衣装合わせがあった。私は舞ちゃんと話す時間を作ろうと決心した。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/101.html
「おお・・・」 これは、どうしたものか。 私は直感に頼ると、いつもろくなことがない。 学校のテストでも、○×問題を勘でやったら、全問不正解だったことがある。 ということは、だ。 今私がこうすべき!と思っているのは、ちっさーを連れて3人のところへ行くところだ。 だからその裏をかいて、2人でここに残るのがいいのかな? いや、待って。でもその裏の裏の裏の裏の 「・・・舞美さん」 「裏っ!・・・・ごめん、何でもない。」 ちっさーはやっと喋ってくれたけれど、私の首に顔を押し付けてるから、どんな顔をしているのかわからない。 「ちっさー、顔見せて?」 体を離そうとしたのに、ちっさーはイヤイヤと首を振ってしがみついてくる。 「舞美さん・・・、私、最低な人間です。もう消えてしまいたい。私のせいで、栞菜が傷ついてしまいました。」 「ちっさー。」 それはたった14歳のちっさーが言うには、あまりにも重い言葉だった。 「・・・ちょっと待ってて。」 もう直感がどうとか言ってる場合じゃない。 ちっさーのために、今一番いいと思えることをしてあげるしかない。 “先に帰ってて。私がちっさーのそばにいるから。舞のことはなんとかなる!” ちっさーをしっかり抱きしめたまま、私は親指が攣りそうになりながら10秒ぐらいでメールを打って携帯を放り投げた。 リーダーなのに、何て投げやりな返事なんだろう。 でも私はたくさんのことを同時に処理できるタイプじゃないから、舞がどの程度荒れてるかしらないけれど、その件はなっきぃ愛理にまかせることにした。 私がすべきことは、たった一人で私を待っていてくれたちっさーの側にいることに違いない。 「ちっさー、消えたいなんて言わないで。大丈夫だよ、栞菜はえりと一緒にいるから。落ち着いたら仲直りすればいいじゃないか。」 「無理です。私、絶対に言ってはいけないことを栞菜に言いました。」 「何て言ったの?」 ためらって黙りこんだちっさーの顔を、少し強引に私の肩から引き離した。 少し乱暴すぎたかもしれない。ちっさーは怯えた顔で私の様子を伺っている。 質問を変えてみることにした。 「ちっさーは、栞菜のこと嫌いになっちゃった?」 「いいえ!私は栞菜のこと大好きです。・・・栞菜は悪くありません。私が全部悪いんです。」 あまりにも必死な表情。 ちっさーは、ただ自分を責めているだけじゃなく、何かを隠そうとしているみたいだった。 鈍い、鈍いといわれている私でも、その痛いほどけなげな様子に違和感を感じるほどだ。 「・・・ちっさー。目を逸らさないで。こんなこと言って不謹慎かもしれないけど、私はちっさーが私のこと待っててくれて嬉しかったよ。こんなに頼りないリーダーでも、頼ってくれるんだって。 だから、ちっさーの心の中にあるものを全部ぶつけてほしい。絶対、受け止めるから。」 揺れるちっさーの目線を私に向かせたくて、ほっぺたを包み込んで顔を近づける。 「・・・・・・・・絶対に、栞菜を、責めないでいただけますか?」 しばらく見つめあった後、ちっさーがポツリと呟いた。 「わかった。」 ちっさーは言葉を選ぶようにゆっくりと、今日までに栞菜とちっさーの間にあったことを話してくれた。 それはとても重くて、切なくて、痛い出来事だった。 ちっさーは栞菜を悪者にしたくなくて、栞菜に言われていた言葉を、誰にも言わずに自分の心にとどめていたんだ。 舞ちゃんは無条件でちっさーの味方について、下手をすれば栞菜を憎んでしまうかもしれない。 なっきぃは優しいから、どっちの思いも受け入れようとして、当人達より傷ついてしまうかもしれない。 仲良し三人組のなかで、愛理を板ばさみにして苦しめたくない。 だから、私一人に打ち明けることで、栞菜へのダメージを最小限にとどめたかったんだろう。 「バカちっさー。もっと早く言ってくれたら、いくらでも相談に乗ったのに。・・・・ううん、バカは私だね。ちゃんと気づいてあげられなくてごめん。」 私がもっとしっかりしていたなら、2人のおかしな状態に気づいていたなら、ちっさーは栞菜に思ってもいない言葉をぶつけることはなかったはず。 メンバーの様子に気づけないくせに、リーダーだなんて自分で言うのも恥ずかしい。 「・・・舞美さん、そんなことをおっしゃらないで。私が全部悪いんです。」 「ちっさー・・・。」 情けないけれど、私は自己嫌悪のあまり、それ以上ちっさーに何の言葉をかけてあげることもできなくなってしまった。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/94.html
ほんの小さな違和感でも、それが積もり積もれば大きなものになる。 「うーん。」 私は梨沙子たちと楽しげにおしゃべりしている千聖を見て、首をひねっていた。 何が変というわけでもないけれど、どことなく普段の千聖と違う気がする。 いつもよりちょっとオーバーアクションだったり、全体的に演技っぽさを感じる。 しばらく会ってなかったから、千聖のテンションについていけてないだけかもしれないし 中学生なんて日々変わっていく時期だから、特別気にすることじゃないのかもしれないんだけれど。 例えば、髪をはらうような仕草とか。 例えば、お菓子をほおばる仕草とか。 そんなどうでもいいような所作が、前よりも優雅になっているような気がした。 お年頃だし、好きな男の子でもできておしとやかにふるまってるだけかもしれない。 多分、単なる気にしすぎなんだと思う。 そうでなくても、何だか今日はおかしな日だ。 いつものももと千奈美の小学生レベルの争いがなかなか収まらなかったり、梨沙子がいきなりおなかを痛めたり、かと思ったら満面の笑顔で医務室から戻ってきたり。 「なんだろうなー」 私は普段あんまり細かいことは気にしない性格だから、その分たまにこうやって気にかかることがあると、ずっとそればかりを考えてしまう。 せっかくこうしてキュートと交流する場が設けられているというのに、私は誰ともおしゃべりしないで、その辺においてあったポテチを食べながら何となくみんなを眺めていた。 「えー、でもそれは千聖がぁ」 「あっごめん!この話ちっさーは関係なかった!アッハッハ」 「そうだ、あの時千聖が言ってたって・・・」 「え!まあまあそれよりさーキュフフ」 こうして黙っていると、みんなの会話がよく聞こえる。 あちらこちらに散らばってるキュートのメンバーは、会話に千聖の名前が出てくると、すごい勢いで話を変えている。 千聖イジメ?と一瞬思ったけれど、キュートに限ってそれはないな。 どっちかというと、私たちから何か隠すことで千聖を守ろうとしているような雰囲気。 気になるなら直接千聖と話せばいいんだけど、今日は中2トリオがやけにべったりしていて邪魔しちゃいけない感じだ。 私だって千聖とはかなり仲のいい部類に入るはずなのに、今日はまだ「おはよー」ぐらいしか話していない。 もうちょっとしたら、ちょっと強引にでも中2トリオにお邪魔させていただこうかな。 こんな風に遠慮するのは私らしくない。 いつもみたいに堂々と入っていったらいいんだ。 それにしてもこの変な雰囲気、千聖と仲良しなももはどう思ってるんだろう。 「あれ?いない」 舞美ちゃんあたりとおしゃべりしてるのかと思ってたけれど、どうやらまだこっちに着てないみたいだ。 今日変だったからな・・・一人になりたいのかな。 ももは全部自己完結しちゃうから、いまだに本心がよくわからない。 もっともっと頼ってくれればいいのに。本当は千奈美だってそれが寂しくて突っかかってるのに。 おせっかいかもしれないけれど、どこかに一人ぼっちでいるより、みんなの輪の中にいたほうがいいと思う。 そうすればいつでもももの必要なときに手を差し伸べることができるし、みんなももが思ってるほど冷たいわけじゃないのにな。 盛り上がってるところに水を差すのも悪い。私は黙ってももを探しにいくことにした。 「茉麻?どっかいくの?」 「ちょっとトイレー。」 適当にごまかして席をはずそうとしたら、熊井ちゃんが「私も行くー」とのんびりした口調でついてきた。 「いいの?」 「うん。」 主語も何もないけれど、私たちは大体これで通じる。 「でも、トイレは行かないよ。」 「じゃあ、もも?それとも千聖?」 熊井ちゃんはエスパーか。 まったくかみ合ってない答えを返してきたようで、私の心を占めているものをいきなり2つとも当ててしまった。 「茉麻は優しいね。ちゃんと周りが見えてるし。私しばらく気づかなかったよ、ももいなかったの。ははは」 全然悪びれない言い方に、思わずつられて笑ってしまった。 「じゃあ熊井ちゃん、さっき千聖って言ってたのは何のこと?」 「あー。何だろう。何か別の星の人になっちゃった。千聖は私と同じかと思ってたのに。」 んん? 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/81.html
私はどうしようもなく切ない気持ちになって、そっと愛理を抱きしめた。 「ごめんね、愛理。梨沙子こういう時、何て言ったらいいのかわかんないよ。愛理の力にもなりたいし、千聖のことも助けてあげたいのに。」 ギュってした愛理の体は何だか骨っぽくて、私は何だか悲しくなった。 「また痩せちゃった?ちゃんと食べなきゃだめだよ。」 「うん、ありがとう。」 愛理が力を抜いて私にもたれかかってきた。 背中をポンポンしてあげながらふと顔を上げると、横になったまま千聖がこっちを見ていた。 「あ・・・」 私が声を出す前に、千聖はひとさし指を唇に当てて「シーッ」のポーズをした。 “なんで” 口パクで聞いてみたけれど、千聖は辛そうな顔で首を振るだけだった。 おかしい。 こんなのおかしい。絶対おかしい。 「絶対間違ってる!」 自分でもびっくりするぐらい、大きな声が出た。 「えっ」 愛理は私の目線を追って、そのまま千聖と目があったみたいだ。 「あ・・・・起きてたの?」 「ええ・・・」 2人は気まずそうに黙っている。よくわかんないけど、多分千聖はさっきの愛理の告白を聞いていたんだと思う。それで、こんな悲しそうな顔をしてるんだ。 「・・・・どうして、2人はお互いに思っていることを言わないの?私は愛理のことも千聖のことも大好きだから、梨沙子にできることがあるなら何だってするよ。話だって聞く。 でも、愛理は今の話、本当は私じゃなくて千聖にしたかったんだよね?」 全部私の勝手な決めつけかもしれないけど、心に湧き出てくる思いがどんどん口からあふれ出してくる。 「きっとね、こういう時ね、ベリーズだったら遠慮しないでお互いに言いたいこと全部言うもん。 それでケンカになったって、みんなでフォローしあってちゃんと仲直りもできるし、気持ちを伝えることができるんだよ。 そりゃあキュートの方がみんな仲良くて家族っぽいのかもしれないけど、ベリーズだってね ・・・・・・ ごめん、なんの話してるかわからなくなっちゃった。」 「・・・・・うん」 恥ずかしい。愛理と千聖が目を丸くして私を見てるのがわかる。 カーッと顔が真っ赤になっていく。もう、逃げちゃいたい。 「梨沙子さん。・・・ありがとう。」 自分のアホさが恥ずかしすぎて下を向いていたら、急に後ろから柔らかい感触に包まれた。 「わっわっ!」 「梨沙子さんの言うとおりね。私も愛理も、変な遠慮でちゃんと気持ちを伝え合うのを避けていたのかもしれないわ。さっき愛理が梨沙子さんに言ってたことが、私への本心だったのね。」 もう千聖は、私に対しても前のキャラで振舞うのをやめてくれたみたいだ。 明るくて元気でちょっと子供っぽかった千聖の外見のまま、とても大人っぽいことを喋る姿は、何だかちょっと不思議な感じだった。 「千聖ぉ。ごめんね。私、仲良くしてたくせに肝心なことは言えなくて」 「いいえ。私こそ、優しくしてくれる愛理に甘えていたのよ。梨沙子さん、私たちに大切なことを教えてくれてありがとう。」 お嬢様千聖はストレートに人を褒めすぎる。私はさっきのことの照れもあって、軽くあばばば状態に陥ってしまった。 「え、や、えと、ま、まあまあ。とにかく、これからも助け合って行こうよ。あのさ、だって私たち、中2トリオでしょ?」 「うん。そうだね。」 「ええ。」 くっさいドラマみたいな会話に、3人同時で吹き出した。 知らないうちに、もうお腹のチクチクは消えていた。 千聖もすっかり元気になっているみたいで、愛理と目を合わせて楽しそうに笑っている。 2人と同じ学年に生まれて、中2トリオといえる仲になれてよかった。グループは違うけれど、私と愛理と千聖はこうやって、特別な絆で結ばれているんだって思えた。 恥ずかしいからそこまでは絶対に言わないけど、私の心は暖かい気持ちに満ち溢れていた。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/364.html
数分後、綺麗にラッピングされたキーホルダーを受け取って、私とえりかさんはお店を出た。 「ちょっと歩くけど、いい?」 「ええ。どちらへ連れて行ってくださるの?」 「ふふ。着いてからのお楽しみだよ」 えりかさんは慣れた様子でショッピングストリートの横道に入ると、私の手を取って坂道を上り始めた。 この辺一帯は高級住宅地らしく、デザイナー物件のような個性的な邸宅から、煉瓦造りの重厚な家屋まで、さまざまな豪邸が軒を連ねている。 のどかで落ち着いた風景に、穏やかな表情のえりかさんが溶け込む。まるで、絵画のように美しい光景だと思った。 「もう秋なのに、暑いね。・・・延び延びになっちゃってごめんね。ウチが旅行に誘ったのに」 「いえ、そんなこと・・・いいんです、私。いっぱい構っていただけて、それだけで幸せですから」 本当は、ゲキハロが終わったらすぐに旅行に行くつもりだった。だけど、私の学校の期末試験や夏のツアー、ハワイの準備でオフの時間が合わず、結局、今日――9月の上旬にまで延びてしまっていた。 私はえりかさんのそばにいられるだけで、十分に幸福だと思える。 だから、都合がつかなくて中止になってしまっても、ちゃんと割り切れるつもりでいた。でも、えりかさんはちゃんとこうして私のために時間をくれた。本当に、幸せなことだと思う。 「ハー、ハー、まだ坂道続くけど、大丈夫?ぜぇぜぇ」 思ったより坂は長くて、まだ疲れてはいないけれど、少し額に汗が滲んできた。 えりかさんは軽く舌を出しながら、疲労困憊といった顔で私を見つめた。 「ウフフ。千聖は大丈夫ですよ。ウフフフ」 「もー、ハァハァ、梅さん年だからさー、千聖は本当体力あるよね、ゼーゼー」 おおげさな呼吸に、2人で同時に笑い出す。私もえりかさんの真似をしてみせたりして、はしゃぎながら坂道を歩いた。 えりかさんは本当に優しいと思う。いつも周りに気を配ってくれて、私は昔から幾度となくえりかさんに救われてきた気がする。 えりかさんが、キュートを卒業する。 それを初めて聞いたのは、本当にずいぶん前のことだった。それこそ、私が頭を打つ前のことだったかもしれない。 スタッフさんたちやえりかさんの配慮でもあったんだろう、「今すぐじゃなくて、もっと後の話だけど」という形でのお話だったから、現実のこととして、しっかり認識できていなかったように思う。 だから、漠然と“辞めないでほしい”とか“もしかして、そのうち気が変わって残ることになるんじゃないか”という願望は持っていたものの、最近まで実感を持てないままでいた。 だけど、その日が少しずつ近づいてくるにつれ、私はそれが現実に起こることであり、そしてもう、えりかさんを止めることは絶対にできないのだと本能的にわかってしまった。 えりかさんは、簡単に思いを口にする人ではない。 そして、どれだけキュートのことを愛してくれているのか、舞美さんも早貴さんも愛理も舞さんも、私もよく知っている。そんなえりかさんの大きな大きな決断が、今更覆るはずもない。 引き止めてつなぎとめられるぐらいの意思なら、えりかさんは何も言わず、多少無理してもキュートに残ってくれたはず。 だから、もう私にできることは、えりかさんが笑って旅立っていけるように、残された日々を一緒に笑って過ごす。それだけだと思った。 「千聖?」 急に黙ってしまった私を気遣うように、えりかさんの足が止まる。 どうしよう、今日は楽しく過ごそうって決めたのに。急にあふれ出した感情を、塞き止めることができない。 「・・・どうしたの?」 「あ・・・・あの、何か、私、走りたい・・気分なのでっ・・・ちょっと先に行ってますねっ」 「ちさ・・・」 優しい手を振り切って、私は急な坂道を大またで駆けた。 呼吸が乱れる。視界が霞んで、唇が震えているのがわかる。 前の私は悲しいことがあると、えりかさんに思いをぶつけて、優しく慰めてもらっていたらしい。今でもなんとなく覚えている。 頭を打って性格が変わってからは、自分のことがわからなくなって、不安でたまらなくて打ちのめされそうになるたびに、えりかさんはいつも心も体も受け止めてくれた。 でも、もうすぐその温もりは消えてしまう。 あと何回、こうしてえりかさんの優しさに触れられるだろう。 あと何回、2人きりで会うことができるのだろう。 あと何回、私はえりかさんの手に―― 「千聖!」 坂を上りきって息を整えていると、思っていたよりもずっと早く、えりかさんの足音が聞こえてきた。 「ほ・・ほんと、足、速っ・・・」 走るのはあまりお好きではないと言っていたのに、えりかさんはひどく呼吸を乱してまで、私を追いかけてきてくれた。 メイクをしていない日でよかった。 私はほっぺたにこぼれていた滴を拭うと、えりかさんに向き直る。 「ごめんなさい、何かテンションが上がってしまいました。」とはにかんでみせた。大丈夫、まだ笑うことぐらいはできる。 「・・・千聖」 私の大好きな、えりかさんの色素の薄い瞳が揺れた。声をかけようと口を開く前に、顔に柔らかなものが押し付けられた。 同時に、背中を痛いぐらいに絞られるような感覚を覚える。――抱きしめられた、と理解したのは、数秒遅れてからだった。金縛りにあったように、身動きがとれない。 坂の上は人通りの多い道路沿いの道で、道ゆく人が、私たちを興味深そうに見ながら通り過ぎていく。バスのクラクションの音や、同年代の女の子の楽しそうな集団の笑い声が、どこか遠くの音の様に、非現実的に感じられた。 「えりか、さん」 やっと搾り出した声に、えりかさんの細い指がピクンと反応した。 「・・・ごめん。息切れが収まんないから、千聖にしがみついちゃったよ。ほら、苦しすぎてなみだ目になっちゃった」 「ウフフ。そんなに無理なさらなくても。千聖、ちゃんとここで待っていたのに。」 私たちは、お互いに何も言わなかった。 私の鼻が真っ赤になっていることも、えりかさんのマスカラを滲ませる涙の理由も、今はまだ触れてはいけない気がした。 「・・・・えりかさん、行きたいところがおありなのでしょう?ここから、どちらに歩けばいいのかしら」 「あぁ、ごめんごめん。そっち、左ね。そうそう、全然関係ないけど、この前リハの時舞美がさぁ~」 空気が綻ぶ。 湿っぽいのはやめよう。今日は泣くために会いに来たわけではないのだから、えりかさんと2人で過ごせる時間に、素直に感謝しよう。 「ウフフッ、嫌だわ、舞美さんたらそんなことを・・・あら」 雑談で盛り上がりながらしばらく歩いていると、まるでドラマのセットみたいな美しい洋館が何棟か姿を現した。 「綺麗・・・」 閑静で瀟洒な街の雰囲気を、より一層引き立たせるような空間。生い茂る木々から木漏れ日が漏れて、噴水の傍らでは小さな子供が遊ぶ。とても平和な光景が、広がっていた。 「ウチのお気に入りの場所なんだよ。千聖、好きでしょ?こういう建物」 「ええ、とても。」 「よかった。前の千聖は、全然興味なさそうだったけど。」 「あら、ウフフ。きっと、趣向が変わったんですね」 細やかな細工を施してある、細い支柱。童話に出てくる王女様が、夜な夜な王子様を待つような、丸く大きく迫り出した白いバルコニー。 外から眺めているだけでも、ため息が出るほど美しいそれらの建物に、私はうっとりと見入ってしまった。 「えりかさん、こんな素敵な場所に千聖を連れてきてくださって・・・」 「ん?まだだよ。中にも入れるんだよ」 「えっ、本当ですか!?中に??」 思わず大きな声を出すと、えりかさんは「爆笑ー」なんて言いながらケラケラ笑った。 「お嬢様の千聖も、結構おっきい声出すんだね。よかった、そんなに喜んでくれて」 「あら、そんな、私・・」 「でも、そっか。たしかにエッチな事してるときは大きい・・・」 「もう、えりかさん!早く中を見に行きましょう!」 照れ隠しに、少し強引にえりかさんの腕を引っ張ってみる。笑って応じてくれるのが嬉しい。 「ここから入ろう。最後にあっち見るから」 お気に入りの場所だけあって、えりかさんは慣れた風に洋館へと足を運ぶ。靴を脱いで、「せーの」でドアを開けて。えりかさんの大好きな空間に、私は一歩足を踏み入れた。 「・・・千聖。千聖?」 「・・あ、は、はい。」 どれぐらい時間が経ったのだろう。 空が夕焼け色に染まる頃、散々歩き回った私たちは、自由に座れる椅子が並ぶ窓際のテラスで一休みしていた。 「大丈夫?疲れちゃった?いっぱい回ったもんね」 「いえ、ただボーッとしてしまって・・・ここ、本当にとてもいい所ですね。いろいろ見て回ったものを思い返していたら、口数が減ってしまいました。」 「千聖、あんなにはしゃいじゃって。前の千聖に戻ったのかと思った。テンション上がりすぎだよ」 洋館はどれもシックで優雅な内装で、私は驚きと興奮で何度も奇声を上げたり走り回ったりして、そのたびにえりかさんを笑わせてしまった。 「ごめんなさい。お恥ずかしいところを・・・」 「んーん。貴重なものを見せてもらいました。とかいってw」 えりかさんは軽く笑うと、一枚のチラシを差し出した。ピアノを弾いている女性の影絵と、今休んでいるこの建物の名前が記載されている。 「リサイタル、ですか?」 「うん。今からやるみたい・・・聞いてく?無料だけど、結構本格的なんだってさ」 見れば、すぐ隣に設置されたコンサートホールには、もう大分人が集まっている。きっと人気の催しなんだろう。 「どうする?」 「せっかくですから、聞いてみたいわ」 「うん」 私たちは、ホールの一番後ろの席に移動した。肩を寄せて、さっきのチラシに目を落とす。 「曲目・・・ショパンの、別れの曲。葬送行進曲。・・・なんか、別れの曲ばっか・・・」 そこまで言って、えりかさんはハッと口をつぐんだ。 「ごめん・・・」 私を見る顔に、後悔や憐憫の色が浮かんでいる。 「えりかさん。」 大好きな人の、こんな顔は見たくない。だから私はえりかさんの腕に、体全部で寄り添って甘えた。 「大丈夫です、私。今、幸せです。だから・・・・」 「千聖・・・」 照明が落ちて、遠くのピアノが、優しい音色を奏で始めた。私はそのままの体制で、目を閉じて音楽に身を委ねた。 それは別れを主題にした曲目だけあって、しんみりしていて、でもどこか優しかった。楽器の心得がほとんどない私でも、優雅な調べの心地よさを感じることができる。 ――このまま、永遠に演奏が終わらなければいいのに。 そんなかなうはずのない願いが、ふと胸をよぎった。 このまま、えりかさんの隣で、ずっと二人でいられたら。 「このまま・・・」 「・・・千聖?」 「・・・・・いえ、ごめんなさい。」 楽しかったり、切なかったり、悲しくなったり。 一緒にいられる時間を、ただ純粋に喜びたかったのに、私の心はワガママになってしまう。 せめて、今この時間だけは。えりかさんの温もりを、私だけのものに。 最後の一音が、ホールの高い天井に吸い込まれるまで、私はギュッとえりかさんの腕にしがみつき続けた。 前へ TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/83.html
前へ そんなわけで私は今、ちっさーが家に来るのを待ち構えている。 ついに念願のメイド・・・と思ったのだけれど、あの時「連れてってください」と言ったちっさーの顔がやけに畏まっていたのが気になる。 ちっさーは、妙に気を使うところがあるからな。本当は行きたくないなら、うちで楽しく遊んで帰るんでもいいと思う。 もっと腹を割って話そうじゃないか、ちっさー! 「舞美~、千聖ちゃんが来た。なんか雰囲気変わった?日傘差してたけど。」 「えっ!いやいや、そんなことないよいつもの元気なちっさーだよ!ししゅ、しすゅん期は気持ちが変わりやすいからそのせいじゃない?」 あっ今のはわざとらしい。どうも私は嘘がつけない。 「?そう・・・下でお待たせしてるから、早く行きなさい。」 呼びに来てくれたお母さんの横を通り抜けて、階段を駆け下りていく。 「舞美さ・・・舞美ちゃん!遅くなってごめんねぇ!これお土産!」 「おーちっさー!」 何となく察してくれたのか、元気なちっさーを装って、ぶんぶん手を振ってきた。 私の家は駅からちょっと歩くから、ちょっとバテた顔をしている。おでこに浮かんだ汗の粒を手で払ってあげると、ちっさーはでへへと恥ずかしそうに笑った。 「暑いねぇ。お母さん、冷たいお茶入れてー!」 ちっさーお気に入りの水色の日傘(フリフリがかわいいから私もひそかに真似してピンクを買った。でもいつも差し忘れる)を玄関の隅に置かせて、2人で私の部屋に直行する。 「どうぞ、千聖ちゃんのおもたせでもうしわけないけど。ゆっくりしていってね。」 「はーい!ありがとうございます!・・・・舞美さん、今日はお招きありがとうございます。」 お母さんの姿が見えなくなると、すぐにちっさーはお嬢様の顔に戻って、ゆっくり頭を下げてきた。 「あーいいよそんなぁ。私とちっさーの仲じゃないか。・・・それより、大丈夫?本当に今日行きたい?」 ちっさーが持って来てくれたクレープを突っつきながら、私はちっさーの目を覗き込んだ。 「ええ、もちろん。楽しみにしてました。」 ふわふわ笑う顔には嘘は見当たらない。 「でも何か、緊張してるじゃないか。無理しなくたって別にいいんだよ。」 「・・・舞美さん、私。」 ふいにちっさーは笑顔を封じ込めて、潤んだ上目づかいに変えた。 「私、ケガをしてから、何だかいろいろなものを失くしてしまった気がして。」 「うん。」 「それを少しずつ補っていきたいので、なるべく新鮮な体験をたくさんしたいと思っているのです。 直接的な効果がなくても、私がその体験から何か得ることができれば、今後の私を構築していくための云々」 ・・・うわー漢字がいっぱいだ。私のボキャブラリーではとてもついていけない。 後半はもはや右耳から左耳にトンネルしてしまったけれど、ようするに 「ちっさーはいろいろ体験することで、もっと人間として深くなっていきたいということだね!」 「は、え、えと、そうです。」 いいことじゃないか!舞ちゃんとの逃避行も、愛理とのデート(まあこれは普通の買い物か)も、自分を豊かにするために、ちっさーが自らに与えた試練なのか。 「何かかっこいいね、ちっさー。私もできる限りなんでも協力するよ!・・・で、まずは、服装なんだけどね。」 今日のちっさーは薄いピンク×黄緑色のツートーンカラーのワンピースに、愛理とおそろいの赤いネックレス。避暑地のお嬢様って感じだ。 「可愛いんだけど、その格好はメイド喫茶のお客様っぽくないなあ。」 「そうですか・・・私、以前の洋服があまり好きではなくて。新しい服を買い揃えたいのですが、いろんなバリエーションの服を買うには少しお金が。」 「ふっふっふ。ちっさー。これを見るがいい!!」 私はベッドの正面にある大きなクローゼットをガーッとスライドさせた。 「まあ・・・・!」 千聖が両手で口を押さえて、目を丸くしている。 「最近こっち系にもハマっててさあ。」 メイドカフェの一件から、私はゴスや甘ロリに少しずつ手を伸ばしていた。 例によって私に甘いお兄ちゃんたちがホイホイと買い与えてくれて、私のクローゼットはフリフリモサモサゴスゴス混沌としていた。 外に着ていくほどの勇気はないから家族相手のファッションショーでしか着る機会がなかったけれど、ついにデビューの時がきたのかもしれない。 「やっぱり、こういう格好がふさわしいと思うんだよね。あの空間には。」 「え、あ、え、でも、私、きっと似合わな」 あは、うろたえてる。 「ちっさー!バンザイ!」 「は、はい!きゃあああ!?」 とっさに両手を上げたすきに、ワンピースのすそを持ち上げて一気に脱がしにかかる。 「あの、大丈夫ですから!自分で脱ぎます!舞美さぁ~ん・・・」 む、胸のとこでつっかえてる。生意気な! 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/ohomodachi/pages/97.html
「七組はスキー学校でたっぷりしぼられたんだろ?なんちゅーかさ、開成にもいろんな先生がいるってのがわかっただろ?ん?いやいやいや、俺なんかまだぬるい方だって、いやホントに」 概要 スキー学校明けの、ワンリキーの授業にて。 まさかその某先生と、次の年に同じ学年を教えるとは思いもしなかっただろう。 関連項目