約 7,218 件
https://w.atwiki.jp/sen-d/pages/294.html
武将名 あしかがよしてる 剣豪将軍 足利義輝 足利幕府第13代将軍。「剣豪将軍」の異名をとる。応仁の乱以降、失墜した幕府の権威を取り戻すために、大名間の紛争を収めようと積極的に動いた。しかし敵対していた松永久秀や三好三人集の襲撃を受け、大奮戦した末に、壮絶な討ち死にを遂げた。「足利将軍の誇りと意地・・・・・・. ここに示してみせようぞ!」 出身地 山城国 コスト 2.0 兵種 足軽 能力 武力8 統率4 特技 気合 魅力 計略 秘剣一之太刀 【チャージ発動】(カードを押さえるとチャージが始まり、放すと発動する)斬撃を行い、敵に武力によるダメージを与える。ダメージはチャージ時間が長いほど上がる。この計略は1回使用すると効果が終了する。 必要士気4 Illustration 碧風羽 鎌倉から江戸まで続く征夷大将軍の中でも、最も剣術の優れた人物と伝えられる剣豪将軍。 三好勢の襲撃を受けた際には、まさに数多の伝家の宝刀で次々と群がる兵士を斬り捨てるものの 衆寡敵せず、畳で抑えられ身動きの取れなくなった所を殺害された、という逸話が残っている。 その逸話を反映してか、スペックは武力8統率4ながら気合魅力と恐るべき高スペックとなっている。 武力8気合の足軽はかなりの堅さを誇るが、兵種アクションが使用できないのが唯一の欠点。 計略「秘剣一之太刀」は、自身を中心とする扇状半円内(チャージ前であれば回転可)の 敵部隊すべてに武力差ダメージを与えるもの。自身の武力が高く敵の武力が低いほど効果が高い。 チャージ計略で、計略ボタンを押したあとカードを押さえている(騎馬や鉄砲のタッチアクションと同じ要領) 時間が長いほど、威力が上がる。 チャージは約3秒ごとに強化され、緑→黄→赤とエフェクトが変化する。 まったく押さえていなくても若干のため時間があり、計略ボタンを押して即時発動はしない。 また、押さえ続けていれば延々ため続けるわけではなく 効果時間の7.5Cが経つと、ダメージを与えないまま切れてしまう。 Maxまでチャージ(エフェクト赤)できれば武力8兵力100%でも一撃で葬り去る、とかなり強力。 士気4と軽い士気でこの範囲ダメージは破格のコストパフォーマンスといえる。 ただし一度チャージを始めてしまうと自身は移動できず、相手に範囲が見えてしまうので 相手が範囲から逃げるギリギリのところで斬っていきたいところ。 用法としては、城前の攻防戦での使用が挙げられる。 剣豪マウントを取って、秘剣チャージしながら味方を城に貼りつければ、相手はうっかり出てこれない。 7.5cまでチャージできるということは、7.5cの間は相手に回避を強いるという言い方もできる。 カードを下向きにして自ら秘剣チャージしつつ城門を叩くこともできる。 防衛でも同様に使用することが可能。大筒戦でもかなりの制圧力を誇る。 士気4と軽いこともあり、要所でさまざまな使い方ができるのが最大の魅力である。 単純に秘剣一之太刀を使うだけであればR北畠具教と大差ないのだが こちらは気合足軽の圧倒的な生存能力と開幕に強い魅力持ちを特徴としている。 さすがは剣豪将軍といったところか。
https://w.atwiki.jp/bokuserve/pages/2277.html
【元ネタ】史実 日本史 【CLASS】ランサー 【マスター】 【真名】足利義満 【性別】男性 【身長・体重】175cm・70kg 【属性】秩序・悪 【ステータス】筋力C 耐久B 敏捷B 魔力C 幸運A 宝具B 【クラス別スキル】 対魔力:C 第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。 大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。 【保有スキル】 黄金律:B 身体の黄金比ではなく、人生において金銭がどれほどついて回るかの宿命。 一生金銭には困らない。 毒花の御所:A 対象者の憤激を誘い、攻撃を自身に誘引する精神干渉スキル。 脅威となる守護大名をあえて挑発し、反乱した彼らを討つことで権力基盤を固めた来歴に由来する。 精神干渉に対する耐性で回避可能。 【宝具】 『骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)』 ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:2~4 最大捕捉:1人 戯れに斬る真似をするだけで、対面する者の骨を砕き死に至らせたという薙刀。足利家の重宝。 命中判定の成否に関わらず、対象に防御力を無視した追加ダメージを与える。 追加ダメージの値は限定数値で、ランサー自身の筋力は影響しない。 『北山殿鹿苑金閣(きたやまどの ろくおんきんかく)』 ランク:C++ 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人 金閣寺と鏡湖池を召喚し、自らの陣地として運用する。 また、金閣寺を中心とした広範囲にパラメータを1ランク下げる威圧を与える。 傍目には地上に建設される金閣寺が本体のように見えるが、 実際は鏡湖池に映る金閣寺が本体であり、こちらを破壊しない限り、地上の金閣寺も破壊されない。 【解説】 室町幕府第三代将軍。二代将軍義詮の子。幼名は春王。 幼少期は南北朝の動乱に振り回されたが、 将軍職についてからは派閥間の抗争や内紛、守護大名の反乱などを利用し勢威を徐々に強め、 名実ともに武家の第一人者となるまでに成長する。 権力基盤を固めた義満は朝廷を支配下に置き、寺社勢力を硬軟両面の方策で懐柔、 さらには詐術を以って南北朝を統一させることに成功する。 西日本で義満に対抗しうる勢力を保持する今川貞世、大内義弘を排除することで 絶対的な武力を示した義満は長年の夢であった明国との正式な通交の確立へと着手する。 南朝の懐良親王がすでに『日本国王』として明国に認められていたことに加え、 天皇の臣下であること(明にとっては天皇の陪臣であり、天皇としても明国への臣従を伴う通交は受け入れがたいものであった)から難航するが、 最終的には義満が『日本国王』を名乗る形で明国に朝貢する形式をとった勘合貿易を成立させた。 以後、絶対権力者として栄華を極め、北山文化を成立させるが、 病に倒れ、不仲だった息子の足利義持が後を継ぐと、その政策のほとんどは否定され廃止されたという。 倨傲にして他者を省みない人物で、その政策は“強きを助け、弱きを挫く”というものだったとされる。 この事から「賢明ではない」と批難されることもあったが、 一方で勘合貿易により巨万の富を蓄えたことや、 これ以前も以後も守護大名のまとめ役以上にはなれなかった室町幕府にあって ただ一人、絶対的な支配者として権勢を振るった事は特筆に値する。 しかし、足利義持により政策が転換されたことで彼の挙げた成果は時代の徒花に終わってしまった。
https://w.atwiki.jp/sengoku-tougeki/pages/26.html
武将名 あしかが よしあき 足利 義昭 所属勢力 その他 カードランク 武将コスト 1.0 兵種 弓 能力 武勇1 智謀7 統率1 財力7 特技 特技名 特技説明 秘技 秘技名 秘技説明 秘技コストx 出身地 ○○ 武将説明 ○○ Illustration イラストレーター名
https://w.atwiki.jp/taikou5hokan/pages/708.html
031:足利義輝(未入手) 早い方のシナリオにしか居ない 主人公札入手法:親密度MAX+手合わせで勝利 茶席:あまり 好み:武具 その他 コメント 名前 コメント すべてのコメントを見る 『太閤立志伝V』に関わる著作権、その他一切の知的財産権は、株式会社コーエーに帰属します。 Copyright(C)2004KOEI Co.,Ltd. All Rights Reserved.
https://w.atwiki.jp/shuinn/pages/2929.html
足利織姫神社 栃木県足利市に鎮座する織姫神社の御朱印です。 ★住所 栃木県足利市西宮町3889 -
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/6988.html
登録日: 2009/11/22(日) 20 03 47 更新日:2024/08/31 Sat 09 16 23 所要時間:約 5 分で読めます ▽タグ一覧 ほととぎす リアル戦国無双 不幸要素高し 京都府 人物 剣豪 剣豪将軍 十三代目 名刀使い捨て 室町幕府 将軍 征夷大将軍 戦国日本のセイバー 戦国時代 戦国武将 政治家だけどnotヘタレ 日本史 有限の剣製 武将項目 秘剣一之大刀 足利氏 足利義輝 足利義輝とは室町幕府の第13代征夷大将軍。 戦国時代にもっともふさわしい将軍にして、将軍にもっともふさわしくない漢。 塚原卜伝に剣術を学び、腕前は奥義である一の太刀を授けられる程の域に達していたとされることから通称『剣豪将軍』の二つ名で呼ばれていた。 1536年生~1565年没 【生涯】 《誕生》 第12代将軍・足利義晴の嫡男として東山南禅寺で生まれる。母親は近衛尚通(太政大臣・関白)の娘。 《将軍就任》 天文十五年(1546年)11才で父から将軍職を受け継ぎ、室町幕府の第13代征夷大将軍となる。 しかし、将軍に就任したものの、当時の将軍に実質的な権力はなく、幕府の実権は義輝から見ると陪臣に過ぎない三好長慶が握っていた。 もしも、義輝が平凡な君主であれば、長慶の傀儡に徹し、三好氏の庇護のもと将軍という地位が生み出すささやかな贅沢と平穏な日々に満足しただろう。 恐らくは本人にとっても、周囲の人々にとっても、それこそが一番幸福な選択だったと思われる。 しかし、この場合は残念ながらと言うべきか、足利義輝という男は、お飾りの将軍であり続けるには良くも悪くも覇気が有り過ぎた。 《都落ち》 将軍に就任した義輝は、操り人形であることに満足せず、自ら政治を行おうとしたことから三好長慶に謀反を起こされ、近江半国の守護である六角定頼を頼り近江の坂本に逃れた。 以後たびたび京都を追われる生活を強いられる。 因みにこの時期に京都奪還の足掛かりとして義輝が築城したのが中尾山城。 三つの曲輪と出丸からなる小さな山城だが、二重の壁の間に石を敷き詰めるという日本で初めて鉄砲に備えた城造りをしている。 中尾山城が築城されたのは、鉄砲伝来から僅か七年後の事であり、その普及率の高さと義輝の先見の明がうかがえる。 またこの時期に義輝は、庇護者である近江の六角氏だけではなく、能登の畠山氏、越前の朝倉氏、若狭の武田氏といった日本海沿いの大名たちと同盟関係を築いている。 これらの大名は、日本海から琵琶湖を経て京都へと至る北回りの流通経路に依存して領地の経営を行っており、瀬戸内海から大阪湾に荷揚げし、京都へと至る南回りの流通経路を抑えている三好氏とは敵対関係にあった事から義輝を支援した。 つまり義輝と長慶の対立は、日本海と瀬戸内海という二つの流通圏の代理戦争だったとも言える。 《京都帰還》 三好との戦争が続いたが、当時、三好の家臣であった松永久秀の取り成しで遂に和睦した。 その切っ掛けとなったのは、大内氏を滅ぼし西国の覇者となった毛利元就の義輝への支持だった。 もしも応仁の乱の時の大内政弘のように元就が大軍を率いて京都に進軍し、それに義輝が呼応すれば、東西から挟撃された三好に勝機はない。 何より瀬戸内海の西の出入り口である関門海峡を毛利に封鎖されてしまえば、瀬戸内海交易に依存している三好氏は経済的基盤を失うことになる。 永禄元年(1558年)長慶は自分を幕府の要職に就ける条件で義輝に降伏。 相国寺において義輝に降下の礼を執り、義輝は五年ぶりに京都への復帰を果たした。 これにより義輝は一時的とはいえ、数世代ぶりとなる将軍親政を復活させ、名目上ながら長慶を臣下に加える事に成功する。 だが京都に戻った義輝は何の権限も持たない、ただの傀儡将軍として扱われた。 この頃に、余りに暇だったのか、様々な剣豪から剣術を学び、「剣豪将軍」とまで言われる程の腕前となる。 《義輝、横死》 永禄七年(1564年)長年の宿敵である三好長慶が死亡。 それをきっかけに次々と多数の大名による反三好同盟が結成され、三好は衰退。 大名間の争いの調停などをすることで義輝はようやく将軍として輝きを取り戻しつつあった。 だが三好長慶死後、実権を握っていた松永久秀は義輝を排除しようと画策する。 そして1565年5月19日、松永久秀の息子・久通は、三好の軍勢も率いて義輝の居城・二条城へ軍勢を奇襲した。 しかし義輝は、かつて上泉信綱や塚原卜伝に剣を教わり、奥義を授かった程の剣豪。 足利家の宝刀を何本も畳に刺し、刃こぼれや脂で切れが悪くなった刀を取っ替え引っ替えし、襲い来る敵兵をばっさばっさ斬り捨てて応戦。 なにこのリアル無限の剣製。本当に将軍様かこの人。 いくぞ松永久通———武器の貯蔵は充分か しかし多勢に無勢、奮戦した義輝も畳や襖を盾代わりにした敵兵に四方から槍で突きかかられ、ついに首を取られてしまった。 この時死んだ兵の数は、伝記によると『倉一ツ埋まりて候』だったそうな。 辞世の句 五月雨は 露か涙か 不如帰 我が名を挙げよ 雲の上まで 辞世の句からは志半ばで倒れる無念がうかがえる。 以下ネタバレ 先に暗殺合戦を仕掛けたのは義輝の方であった。 三好長慶暗殺計画が何度も実行されたが、全て失敗に終わっている。 また、足利将軍家の権威の復興を目指したものの、勝算が無いのに挙兵しては京都から敗走、長慶と和睦して帰京を繰り返していた。 こうして幾度も反旗を翻していたが、長慶は特に義輝をどうこうしなかった。 これは悪名を防ぐためとも単に殺生が嫌いだったとも言われる。 が、やはりと言うべきかあの義理ワンはそんなヌルいものではなく、 長慶亡き三好家の脅威筆頭であった義輝を見逃すはずもなく、永禄の変(義輝殺害)に至った…というのが通説となっているが、 前述の通り実際に義輝を襲撃したのは三好の軍勢を率いた久秀の息子の久通であり、この変事が起きた時には久秀は大和国に赴いていて不在だった上、 後に第15代将軍として擁立される義輝の弟・覚慶にも、この変が起きる前に義輝の命までは取らない旨の誓詞を立てており、 一般的には黒幕扱いされている久秀だが、義輝を将軍から降ろすことはともかく、その命まで奪うつもりはなかったのではないかとも言われる。 とはいえ、積極的に義輝殺害に反発していたとする史料もないため、殺してしまっても仕方ないという腹積もりだった可能性はある。 しかし、いくら実権はなくとも天下の足利将軍家の威光は京都の民衆や京都の魔物たる公家に一定の支持を得ていたのか、 義輝を殺害した三好衆らは民衆や公家の反発を喰らい、彼らが第14代将軍として擁立した足利義栄は(献金をしなかったこともあって)朝廷からは将軍として認められず、 やがて足利義秋(のちの義昭)を奉じて上洛しようとした織田信長と三好衆の諍いの最中、持病が悪化した義栄は若くして死去。 三好衆も信長との諍いに負けて義秋の上洛を許してしまい、彼が第15代将軍として朝廷に認められたことで権威は信長と義秋に奪われることになった。 そういう意味では、彼の生命を賭して行った足掻きは無駄ではなかったかもしれない。 結論としては、高い志と強い意志を持ち、短期間ながらも将軍親政を実現させた将軍の鑑と言える。 しかし将軍家の威光の維持に固執するあまり戦機を得る前に行動するなど、戦略家としての力は欠けていたようである。 (弟の足利義昭は織田家包囲網という勝算が出来るまでは大人しく従っていた) また将軍親政にこだわるあまり三好三人衆や松永久秀(久通)に襲撃されて殺害されたり、その襲撃も味方が領国から動けない時に起こされたりと甘いところが多い。 自身の官位も将軍就任翌年に従四位下に就いた後18年間そのままであり(*1)、内裏への参内もわずか5回しか記録に残っていない。 まだまだ権威が残っていた朝廷との関係もうまくいっていなかった可能性がある(*2)。 正直「政治家」としての才能も低く評価せざるを得ないだろう。 というか「剣豪将軍」というあだ名自体が「剣なんかにハマってないでちゃんと政治をやれ」という陰口であったという説まである。 もっとも、そもそものスタートが実権のない将軍家という不利な状況であったため、多少の無謀は仕方がなかったとも言える。 将軍家の復興という行動理由こそが、最も彼の首を締めていたのかもしれない(*3)。 また、もし丁寧な政治姿勢をとったとしても、当時の戦国情勢を考えればやはり危険視されて消されたであろう。 すでに六代将軍・足利義教が暗殺され、十代将軍・足利義材と十一代将軍足利義澄が監禁・追放を繰り返した当時、政治に口を出す将軍への理解は得られなかっただろう。 一方、剣豪としての実力は折り紙付きかといえばそういうわけでもない。 そもそも最期の逸話は遥かに後の江戸時代後期、あるいは成立時期不明の史料が出典であり、 同時代に書き記されたルイス・フロイスの手紙や彼の書いた「日本史」、公家の日記「言継卿記」、江戸初期にまとめられた「信長公記」には、 「畳に刺した複数の刀を取り替えながら戦った話」どころか、「名刀コレクションを使った」ことすら一言も書かれていない。 また「剣豪将軍」という呼称についても将軍に対する当時の呼び方は、「公方」「大樹」「室町殿」が一般的であったことから後世の創作と考えられている。 新当流の奥義「一の太刀」を授かったという伝承も同様であり、比較的信頼性の低いとされる「甲陽軍鑑」など後世の資料に確認されるのみであり、 同時代の資料には義輝が剣術において奥義を極めたという記述や免許を皆伝したという明確な記述も存在しておらず、印可状の類も現存していない。 というか新当流の伝承では、塚原卜伝が「唯授一人」の一之太刀を伝授した相手は北畠具教となっている。 (ただし甲陽軍鑑は、近年の研究で「信頼性が低い」という定説に様々な問題があり、むしろ当時の情報を伝える重要資料と目されてきている。武田信玄の項目も参照) とはいえ後の時代ではあるが柳生宗矩が細川忠利に高弟の雲林院弥四郎を推挙した際の書状において、 上方における卜伝の直門として弥四郎の父・雲林院松軒と共に、義輝と北畠具教の名を挙げていることから卜伝の直門であったか、 もしくは宗矩ら当時の人間に卜伝の直門と思われていたことは間違いないようである。 因みに卜伝とは異なり上泉信綱に剣を学んだとする同時代の資料は存在せず、上記の資料にも記載がない。 実際に上泉信綱による兵法上覧と諮問に答えたことが拡大解釈されただけと思われる。 ちなみに、実際の最期についても諸説あり、ルイス・フロイスの手紙や「日本史」では刀を抜いて抵抗したものの討ち死にしたと記されているが、 当時の公家である山科言継の「言継卿記」では、討ち死にとも自害とも取れる「生害」という表現が使われている。 【創作における剣豪将軍】 ライトノベル 戦国小町苦労譚 なんと、永禄の変直後に、現代にタイムスリップする。 主人公の家族に拾われ、現代医術と本人の生命力(と後、松永への憎悪?)のおかげもあって、奇跡的に一命をとりとめる。 その後は現代社会で、心理学をはじめとした色々な現代の技術を学びながら、主人公一家とふれあい(テレビに驚いて破壊し、主人公の姉と大喧嘩したこともあったとか)、穏やかな日々を過ごしていく。 その後、再び戦国時代に再タイムスリップし、主人公と再会。彼女のために尽力することになる。 永禄の変を経てきたため、弱肉強食の思想を持つようになり、『勝てばよかろうなのだ』の精神で、卑劣な手も使うようになる。 今なお、松永への憎しみは健在のようで、再会した折には、『楽に死ねると思うな』、『死んでも冥土でなお苦しませ続けてやる(大意)』と言い放ち、彼の精神を完膚なきまでにへし折った。 そんな彼でも、主人公には甘く、またテレビの影響でガンオタクになった、という意外な一面もある。 時代小説 剣豪将軍義輝(宮本昌孝) ゲーム 信長の野望シリーズ 足利家のトップとして登場。史実で暗殺されるため中盤以降のシナリオでは登場しない。将軍補正や史実イベントがあるかどうかは作品次第。 初期の作品は高めの武勇 政治、低い知力という感じだったがシリーズが進むにつれ武勇と政治の差が大きくなり、天道あたりからはかなり高い武勇と高めの統率、知略と政治は平均程度の武闘派武将といった能力値となっている。 全体で見れば使える方なうえ、足利家は彼と細川藤孝ぐらいしか戦争向きの人材がいないため足利家プレイではかなり重要な存在。 弟の義昭は統率武勇が低く、知略政治が高いという真逆の能力をしており、二人で組むといい感じに弱点を補えることも多い。 ちなみに名声補正が強い蒼天禄では、初期名声の高さから従属脅迫を容易に飲ませられる外交チートキャラと化していた。 太閤立志伝シリーズ 能力値の傾向は信長の野望に準ずる。 最初から征夷大将軍なので正一位就任でのエンディングを迎えることができず、クリアにはすべての大名を屈服させるしかない。 天下統一を達成すると室町幕府復興の足利家専用エンディングを見ることができる。 暗殺イベントも存在し、通常は奮戦むなしく殺害されたことが報告されるだけだが、 太閤5で義輝が主人公の場合は襲撃を仕掛けてきた三好三人衆+松永久秀に個人戦で立ち向かう展開になる。 1対5の4連戦という厳しい戦いになるが、義輝の戦闘能力も高いので、あらかじめ医術を学んで体力回復ができるようにしておけば勝てなくはない。 勝利すると松永久秀から古天明平蜘蛛を奪い取れる-なぜ戦場に持ってきた‥?お守りかなんかだろうか?うえ、弟義昭が還俗して武将として加わってくれる。 戦国BASARAシリーズ4から登場し、4皇でPC化。(CV池田秀一) 戦国乙女シリーズ 戦国✝恋姫通称は一葉。暴れん坊将軍を地で行く困った将軍様。お家流(必殺技)が完全に『王の財宝』。 漫画 殿といっしょ 信長の忍び 戦国妖狐 追記、修正お願い致します。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] この人といい、上杉謙信といい、関白近衛前久様の誑かしっぷりは妖怪じみてるな〜 -- 松永さん (2013-03-26 20 06 27) ヤッパリ六条合戦で弟の義昭君を斎藤龍興や三好三人衆に襲わせたのって、妖怪関白ェ近衛前久殿下? -- 松永さん (2013-04-19 12 20 40) 戦国BASARAに出るのか 近衛さんや愚弟も でたら嬉しい -- パキスタン (2013-07-14 22 14 27) はまちで知りますたww -- 名無しさん (2013-08-07 16 13 32) 漫画、戦国妖弧でもチートっぷりを遺憾なく発揮してたね。辞世の句が、一部変えられて、 我は至れり 雲の上まで…になってた。 -- 名無しさん (2013-08-08 18 41 06) このオッサンがハッスルしすぎたお陰で後々残ってたらかなりの値が付いた刀が犠牲に………まあ敵来てる時にそんなこと気にして戦うバカはいないが、惜しいことを -- 名無しさん (2013-09-18 19 03 36) 評価されてきてるのか、それともうまいことゲームやら漫画やらの作者が見つけたのかは知らんが最近よく歴史物で見かけるようになって嬉しいわ。 -- 名無しさん (2013-09-20 01 07 11) 三國無双の飛翔剣みたいなのは、この人にこそ相応しいと思ったのに・・・ -- 名無しさん (2013-09-20 02 57 27) 某ソシャゲアニメだと、戦国世界では 信長の傀儡から一転 現代では、武将たちの顔役として警察に影響力を行使するまでに財をなしてたな~ -- 名無しさん (2013-12-08 18 54 57) 太閤立志伝5で京都ウロウロしてると、たまにこの人道端で斬り掛かってくるんですが… しかもほぼカンストの武力+名刀装備の即死コンボで -- 名無しさん (2014-01-01 21 59 18) ぶっちゃけ中原にいるのを良いことに 永禄年間に起きた争いの 大半に 何らかの形で関わってるな -- 名無しさん (2014-01-03 17 28 52) ↑↑ 関東うろうろしてて卜伝の爺ちゃんに鉢あわすよりマシだ -- 名無しさん (2014-01-21 00 41 02) 水上高志の「戦国妖狐」では、とんでもない無双っぷりを見せてくれます。 -- 茶沢山 (2014-04-16 08 54 03) こいつと義昭を合体させれば室町幕府最高の将軍になったかもね -- 名無しさん (2014-08-15 03 32 45) 一説ではあまりにも強かったから銃で一斉射撃されたとも -- 名無しさん (2014-08-15 08 39 39) 本当に達人だったかは怪しいんだけどな、所謂免状は地方の有力者と懇意にするために結構出すし… -- 名無しさん (2014-08-15 11 15 18) 柳生宗矩の書状で雲林院弥四郎(新陰流皆伝)について「彼の父は義輝らに並ぶ兵法者で彼はそれを継いでいる」と褒めている。義輝本人に対するお世辞じゃなくて達人への褒め言葉として義輝の名が使われてるから当時から本物の達人として扱われてたようだ -- 名無しさん (2014-08-17 23 44 17) 器量人、三好長慶の掌の上で阿呆躍りを踊っていただけの人生。 -- 名無しさん (2014-08-18 00 46 21) テルさん・・・ -- 名無しさん (2014-08-26 12 32 34) バーサク -- 名無しさん (2014-10-29 14 25 08) 足利の暴れん坊将軍?ていうか先祖は裏切りを重ねて将軍になったのに子孫の義輝公と義昭は裏切りで命と権力を無くすとは…。 -- 名無しさん (2015-02-02 16 11 42) 三国志でいうと、霊帝が呂布だったみたいなもんかw -- 名無しさん (2015-02-13 11 57 47) 異名「剣豪将軍」も、「あんた政治家だろ?趣味の武芸に打ち込んでるだけじゃダメじゃんwww」という揶揄・批判があったとかなかったとか -- 名無しさん (2015-08-11 20 00 27) 間接的に三好氏衰退の一役買った人 -- 名無しさん (2016-03-22 16 55 56) 戦国妖狐義輝無双シーンの一目でわかる「こりゃやばい」は好きだったな。お前が畳使う側かよ!w -- 名無しさん (2016-05-05 14 44 10) 名刀を使って奮戦したってのは頼陽山が考えた創作だけどな。実際は一旦避難したのに、周りが何故か帰れ帰れ言ってきたから嫌々ながら帰って来たら襲われて、最初は薙刀、次に刀抜いて戦った、ってのが事実(といってもこれも少し後にフロイスが書いたから確たる証拠にはならない) -- (2016-05-10 20 58 38) 長慶が能力・器の大きい人物であり、かつ優しい部分があったので命脈を保てた印象がある。弟の義昭が信長のある種の優しさによって京からの追放で済んだことと重なる。義輝・義昭共凡庸ではないのだが、時の実力者(長慶・信長)相手には見劣りするわな。 -- 名無しさん (2016-09-12 22 51 59) 塚原卜伝がこの人の事を弟子に語った時は「太刀筋は天才的。しかし身分が高すぎるのが惜しい」という剣の道だけに専念できない立場なのが欠点という評価 -- 名無しさん (2016-10-05 16 52 54) 最期のエピソードは創作だって話もあるけどそこら辺の信用性はどうなんだろ -- 名無しさん (2016-10-05 18 26 04) ↑2もし身分に縛られず剣に専念してたら塚原・上泉・足利と並び称されていた可能性が微レ存? -- 名無しさん (2017-01-13 22 25 08) 水戸黄門が日本を何周もしてるようなものさ。政治そっちのけで歌を詠みまくるよりいいかと -- 名無しさん (2017-02-15 23 02 20) 義昭はともかく、死ぬまで将軍であって下克上したわけでも狙っていたわけでもないこの人を「戦国武将」って呼ぶのはなんか違和感がある。「足利義輝(征夷大将軍)」か「足利義輝(歴史上の人物)」とかの方が妥当では? -- 名無しさん (2018-09-27 07 14 52) 戦国妖狐の義輝は色々すごかったな。畳に刀を刺して無双ってそういうことじゃねーだろwww -- 名無しさん (2018-09-27 08 51 41) 戦国小町苦労譚の義輝も面白かった。永禄の変で、絶命する直前に現代にタイムスリップしたせいで、冷徹な精神操作スキルつき策謀家になった(現代で心理学を勉強していた)のはまだしも、テレビを見たせいでガンオタクになってたからな。 -- 名無しさん (2019-08-01 09 22 23) 修正しました -- 名無しさん (2019-08-01 10 32 29) ↑4普通に足利義輝だけでよいのでは? -- 名無しさん (2020-01-12 15 05 56) 戦国小町苦労譚でのことを追記しました。 -- 名無しさん (2020-06-07 09 11 33) 足利義輝エピソード→7人の侍→Fateって流れだから本当にオリジナルなんだけどなんかモヤモヤするな -- 名無しさん (2020-06-07 14 19 16) 何となくアルスラーン戦記のヒルメスにダブる -- 名無しさん (2020-06-08 01 04 29) それにしても、戦国小町苦労譚で、剣豪将軍の異名まで持つこの人と互角にケンカしたっていう静子の姉、一体何者なんだよ……汗 -- 名無しさん (2020-12-12 16 14 52) センゴクでもそこまで大した人物のようには扱われてないんだよな -- 名無しさん (2020-12-19 18 20 28) ぶっちゃけ歴史的には敗者の側だからな。勝ち組で終わっていたらもう少し評価されていたかもな -- 名無しさん (2020-12-19 22 57 53) 義輝って政治手腕といい、死に方といい歴代将軍で考えてもかなり出来の悪い部類だし… -- 名無しさん (2021-08-05 01 47 21) 「戦国小町苦労譚」のこの人は単なるガンオタクというだけではなく、銃砲に関する知識を織田軍にもたらしてボルトアクション式ライフル銃を製造配備させたために、三方ヶ原の戦い以降がえらいことになる。 -- 名無しさん (2021-12-13 04 23 16) ↑武田「は!?」 -- 名無しさん (2022-01-30 19 25 54) 『俺ガイル』の材木座義輝なんかは自分の名前と掛けて「剣豪将軍」と名乗っているが、知れば知るほどあんまり名乗りたくないなぁ… -- 名無しさん (2022-01-31 01 51 34) どうすれば足利幕府を再興できたのかな?頭の中で色々脳内シュミレーションしてみたけどぶっちゃけムリゲーなんだが。誰か良いアイデアはないか? -- 名無しさん (2022-01-31 02 28 05) 逸話だけは大層だけど、ぶっちゃけ足利義昭のが戦国時代の人間としては余程上だと思うわ -- 名無しさん (2023-01-12 20 21 03) 立志伝5でギリワンらを返り討ちにしたのは大変だったがいい思い出 -- 名無しさん (2023-01-12 20 28 56) 全室町将軍中、武力全振りのイメージ。 -- 名無しさん (2024-07-13 08 20 04) 義輝が殺される直前に奮戦したのは6代将軍の義教が抵抗もせずにアッサリ殺されるという実例があったから彼の二の舞になるのを避けたかった為なのかもしれない -- 名無しさん (2024-08-31 09 14 14) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/ekidash/pages/1398.html
あしかがし 東武鉄道 栃木県足利市南町 東武伊勢崎線 東武和泉←→野州山辺
https://w.atwiki.jp/otassya2/pages/6749.html
足利家 足利足軽組頭 レベル 28-3 職業 侍 配置 後詰周辺 構成 名前 種類 レベル 初期付与 使用技 足利足軽組頭 侍 28 備考 ドロップアイテム 伊賀者の忍者服 情報募集中 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/kikipedia/pages/413.html
妖界に存在する武家組織。人間界の足利幕府とは無関係。 足に関係のある妖怪たちで組織されている。足にまつわる点から、スネコスリの愛護活動にもちからを注いでおり、スネ喰い派の妖怪たちから、その取締り活動は恐れられている。 役職組織 将軍 幕府の総指揮者。くわしい事は御簾のうちで不明。 「すねこすり愛護週間」などには各地のすねこすり愛好の労にいそしむ妖怪たちを表彰し、「献上絹100%使用すねサポーター」を下賜したりしている。 御憑総奉行 「おたのもそうぶぎょう」と読む。足利幕府の役職のひとつで、贈答品などの管理をしている。この奉行の管理下に「すねこすり愛護職」がある。 奉行――個人名などは不詳。足洗邸。 すねこすり愛護職 御憑総奉行の下に置かれる役職。食用すねこすりの密輸や取引を主に取締まるのが役目。 膝薬師(ひざやくし)――御憑総奉行配下。膝の人面瘡のおばけ。 臀之筋(でんのすじ)――御憑総奉行配下。でん部の筋肉のおばけ。 愛護団体旗下 吟味方与力 酢猫 須左衛門 マカナイ方与力 脛賀 夜和井 スネコスリ愛護団体に籍をおいている与力同心たちも存在する。 秋のすねこすり愛護週間 2009年9月21日から9月30日にかけて、hyousen氏がブログに連載した作品。足利幕府すねこすり愛護職の妖怪ふたりが主役。(以下、外部リンク) 第一回 第二回 第三回 第四回 第五回 第六回 2012年9月24日から30日にかけては新しいポスターがつくられた。絵は隅田了古によるもの。 黒利幕府 なぞの存在。「ブラックスネコスリ」を愛護しているらしい。(2013年6月13日、黒利幕府「ジロリ」) 関連鬼事 愛護団体 釜暗幕府
https://w.atwiki.jp/staff-officer/pages/173.html
衆 - 予算委員会 - 14号 平成06年06月01日 中山(太)委員 つまり、北朝鮮の国家経済に対して極めて大きな影響を持っている国家であるということです。 柿澤国務大臣 送金の件を御指摘になっているのかと思いますが、そういうことであれば、各国の中にそういう認識があることは承知をいたしております。 中山(太)委員 その送金の面で、日本というものは、前の暫定予算のときもお尋ねしたときに、年間六百億円の送金がある、こういうふうなことを公安調査庁は予算委員会の席で公表したわけですから、相当大きな影響力を日本というものは北朝鮮に対して持っているわけですね。その日本がどうするかということが国際政治の中では最大の関心事になってくるわけです。その点、どうお考えですか。 中山(太)委員 それでは、あなたも外務省におられた方ですから、足利銀行がみずから北朝鮮に対する送金を停止したことはどういうふうにお考えですか。 中山(太)委員 個別の事案とはいえ、国際外交の中で日本が六百億円のお金を北朝鮮に送金をしているということが国会の予算委員会で公安調査庁の長官から報告されている以上、それがコルレス契約を結んでおった大蔵省認可の銀行が送金を停止したということは、日本の国益にとってはプラス、外交にとってもプラスという判断をせざるを得ない。 そういう事実について外務大臣は、仮定の事実で言えないということではありません。これはもう十日も前に足利銀行は送金を停止しているのです。一体だれの命令で足利銀行は送金を停止したのか。 藤井国務大臣 ただいま中山委員御指摘のように、邦銀の一部がドル建ての送金を停止しているという話はお聞きをいたしました。しかし、これはその邦銀の取引上の判断によって自主的にやったものであって、大蔵省はこれに関与いたしておりません。 中山(太)委員 公安調査庁、お越しですね。公安調査庁の見解をこの際承りたい。 緒方政府委員 お答えします。 足利銀行の関係については、当庁においても関心を持ってございます。しかし、その具体的な送金金額の内容あるいは停止しているかどうかについては、私どもの方の調査にかかわってくる部分で、個々の案件についてでございますので、申しわけございませんがお答えは差し控えたい、かように思っております。 ただ、委員が言われたようなドル送金について停止しているというようなことについては、巷間言われていることも承知しておりますし、それ以外の個々の送金関係についても、この問題が非常にシビアになってきてから果たしてどのような影響が出ているかについても、私どもとしては、当然のこととして送金全般についてさらに調査を進めているところでございます。 朝鮮総連と結託している売国奴達 衆 - 外務委員会 - 18号 平成09年06月04日 安倍(晋)委員 私がお母さんから聞いた話では、何回か送金をしてくれと言われたので送金をしたという話であります。しかし、送金したお金は、お母さんの話でも、残念ながら恐らく本人が自分のものとはできなかったということでございますが、この送金を必ず足利銀行にしてくれという指定をされるということだったのですね。そういうような形で、このケースだけではないわけでございますが、 一般的に、朝銀大阪信組の問題もそうだったのですが、いろいろなお金が足利銀行を経由して北朝鮮に行っている、こう言われているわけでございます。 きょうは国金局にも来ていただいていると思うのですが、果たして年間どれぐらい北朝鮮に日本からお金が送られているかどうか、実態を把握しているかどうかということについて御質問いたしたいと思います。 長尾説明員 お答え申し上げます。 私どもの持っています現行の外為法上でございますが、平常時におきまして、北朝鮮に限りませんで、海外の特定国との間の資金の流れを把握するということにつきましては、一つには、その特定の国との間の取引にかかわる許可とか、あるいは事前届け出ということを介して行う方法が考えられるわけでございます。ただ、この方法につきましては、 一つは親族送金は既に許可不要になっております。 それからもう一つ、寄附、贈与といったものも一千万円相当額までは許可不要ということになっておること等から、 これにより送金実態を把握するということはちょっと期待できないという仕組みになっております。 それからまた、私ども、外為法上、国際収支統計を作成するという観点から報告書をいろいろ徴収しているわけでございますけれども、これにつきましても、その報告の性格上、対象を五百万円相当額を超えるものということにしておるところでございます。 したがいまして、今私どもの立場では、御指摘の北朝鮮を含めまして各国への送金を日常的に把握するということは行っていないということでございます。御理解賜りたいと思います。 安倍(晋)委員 日本にとって安全保障上も、かつて核疑惑もあったわけでありますから、ある意味では極めて脅威になっているわけでありますし、また、拉致疑惑等々の問題もあります。また、日本人妻千八百名の問題もあります。また、最近は麻薬の問題もありました。 しかしながら、大蔵省は日本と北朝鮮とのお金の行き来については――もう一度お伺いします。あるかないかだけでお答えをいただきたいと思うわけでございますが、全く把握できていないということですね。 長尾説明員 そのとおりでございます。 安倍(晋)委員 ということは、極めてテロ国家と言ってもいいと私は思うのですが、北朝鮮に対して我が国からどれぐらいお金が行っているかということを大蔵省は全く把握ができていないということが明確になったわけでございます。 しかしながら、実は銀行が極めて限られているわけでありまして、信組、朝銀の信組の場合は外国に送金することができないわけでありますから、 ほとんど足利銀行が一手にやっていると言っても過言ではないと私は思うわけでございます。 銀行に対する監督権をこれから行使をしていただいて、ぜひとも、どれくらいの金が行っているかということは把握をしていく必要が当然あるのではないか、私はこういうふうに思う次第でございます。今、北朝鮮の状況がどんな状況にあるのかというのは、これはもう世界じゅうの人がみんな心配している状況にあるわけでありますから、そこはぜひとも大蔵省も真剣に考えていただきたい、こういうふうに思う次第でございます。 衆 - 大蔵委員会 - 16号 平成11年07月06日 小池委員 朝鮮総連系が減ってきているということは、これはまた朝銀の衰退、弱体化と歩調を合わせている、つまり経済問題が非常にいろいろな意味での影響を与えているということが言えると私は思います。 それで、私が先ほどから申し上げている一番のポイントは、これまでも、 こういった朝鮮総連の傘下にあると言っていい朝銀の信用組合、これが足利銀行などを通じ、また現金で北に送られているのではないかという送金疑惑でございます。 ある方は年間で六百億とも、またある方は一千億とも言われておりますし、また、九三年には、当時の羽田外務大臣が日本記者クラブでの会見で二千億円という数字を認めておられるわけでございますが、まず公安調査庁の方には、この北への送金額はどれぐらいと見積もっておられるのか、それはキャッチするのは難しいのかどうなのか。 それから一方で、もう一つは大蔵省に伺わせていただきますけれども、足利銀行を通じての送金額、もしくは足利銀行などの銀行からの送金額。それから、人、物、金を本国へせっせと運ぶ船ということで指摘されております万景峰92号、これは新潟の港に着くわけでございますけれども、実際に税関のチェックはどれほどされてきたのか。それぞれ伺います。 松田説明員 お答えします。 朝鮮総連など北朝鮮関係者による北朝鮮への送金については、公安調査庁といたしましても重大な関心を持って調査を行っているところでございます。しかし、その全体像を把握するには至っておりません。 送金の状況につきましては、今後の業務に支障を来すおそれがありますので、答弁を差し控えさせていただきたいと思います。 黒田政府委員 外国向けの送金につきましては、御承知のように、現行外為法上原則として自由でございまして、北朝鮮向け送金の実態を把握することは困難でございますが、御指摘のように、かつて北朝鮮向け送金の取り扱いが多いとされていた銀行から任意に聞いたことがございますが、そのとき聞いた限りでは、平成八年度における北朝鮮向け送金額は総額二十八億六千万円でございました。 渡辺(裕)政府委員 新潟港に入港しております北朝鮮の定期船でございますマンギョンボン号、日本語読みしまして万景峰号でございますが、これを利用して北朝鮮に現金が不正に持ち出されているのではないかという御心配でございます。 私も実際に新潟の現場に行って見てまいりましたが、税関は、まず警察、海上保安庁等関係取り締まり機関との連携によりまして、入港中の船舶に許可を得ないで物を持ち込むことのないよう厳重に警戒をいたしております。 それからまた、許可を得て持ち込む旅客の携帯品や貨物につきましても必要に応じ開披検査を行いまして、これらに紛れ込んで不正な持ち出しがあることのないように厳重な取り締まりを行っているところでございまして、先生御心配のようなことがないよう万全を期しているところでございます。 小池委員 ずっとこういうことが積み重なって、結局日本は、国交のこれまでのおくれてきたこともございましょうが、しかしながら、北朝鮮はもうアメリカとしか話をしない、日本に話してもしようがないみたいな、もうなめられちゃっているわけですね。それではやはり国家としての体をなしていないのではないか。それぞれ、一つ一つはパーツでしっかりやっておられるかもしれないけれども、全体の誤謬と申しましょうか、そういったことで結果的に我が国は非常に、平たく言ってなめられていると言わざるを得ないと私は思います。 また、以前日本海での不審船との交戦が話題になったことがございますけれども、この万景峰92号こそ私は堂々と入ってくる不審船だというふうに思うわけでございまして、必要に応じということで関税局長おっしゃいましたが、これは常に必要があるというふうに、さらにきっちりとしたチェックをすべきということを私は主張しておきたいと思っております。 いずれにいたしましても、 事総連絡み、朝銀絡みとなると、どうも皆さん腰が引ける。 また、国会においてもこれが初めての質問であるということ、これも同じことだと思います。また、 ある月刊誌の七月号には、大阪朝銀の破綻について、大蔵省筋はやはり民族系金融機関という事情が大きいと説明している そういうくだりもございます。 これまで、国税庁と朝鮮人商工会とのいわゆる五カ条の御誓文なるものがあって、それによって団体交渉権を得て、商工連の判こがあればそれはほとんどノーパスだということは、この業界、この方では極めてよく知られるところでございます。 国税庁は、以前も参議院の方で質問があった際に、そういう合意書はないというふうにお答えになっているのですが、しかし、 国税庁が否定なさったその直後に、商工連の梁守政氏は、絶対に既得権は守ると言って高らかに宣言をされておられるそうでございます。 彼らにとっての既得権とは一体何なのでしょうか、国税庁、お答えください。 大武政府委員 お答えさせていただきます。 今先生からお話ありましたように、過去に在日朝鮮人商工連合会から国税に関する要望があったということは承知していますが、国税庁としては、決して特定の団体なりその会員に対し特別な扱いということを行うことはあり得ず、御指摘のような合意事項というものは存在いたしません。 昨年十一月、先生からもありました、あたかも合意事項が存在しているのではないかと国民の誤解を招くおそれのある報道が新聞紙上でされたこともございまして、本年の一月、合意事項なるものは存在しないという旨について改めて職員に周知徹底を図ったところでございまして、今後とも適正かつ公平な税務の執行に全力で取り組んでいきたい、そう思っているところでございます。 衆 - 財務金融委員会 - 8号 平成14年04月02日 中塚委員 続いて、今度は足利銀行のことについて伺います。 足利銀行は、北朝鮮にある七つの銀行と送金契約、コルレス契約を結んでいて、送金業務を行っていた。 一九七〇年代から人道的見地で始まったということのようですが 今どき何か人道的見地というと、人道的とかいうと、うさん臭い話ばかりで、本来の人道的ということが全然実現されていないのが余りにして多いわけですけれども、このコルレス契約を解除して、北朝鮮への送金業務を閉鎖することになったということですけれども、この契約の解除ということについて、例えば、朝銀の受け皿が決まった、事業譲渡が行われる、あるいは拉致疑惑等、そういったこととの関連というのはあるのかどうか。いかがでしょうか。 高木政府参考人 お答え申し上げます。 今先生おっしゃった点と関係あるのかどうか必ずしも聞いていないんですが、足利銀行の説明によりますと、国際業務の合理化、効率化を図るために海外店の全面撤退や海外決済業務の縮小を進めておるところでございまして、本措置もその一環だというふうに聞いております。現実に、公表によりますと、送金金額も年間百万ドル程度ということで非常に小さい金額でございますので、足利銀行の説明もそうかなというふうに理解をいたしております。 衆 - 財務金融委員会 - 23号 平成14年07月09日 五十嵐委員 一番問題となるアイワイバンクの問題についてただしておかなければならないと思います。この問題、私、四月時点で毎日新聞の記事で御質問をこの委員会でさせていただきました。ことし四月十日付の毎日新聞なんですが、 昨年三月期までの五年間に東急エージェンシーで十億三千万円の申告漏れがあり、八億四千万円の追徴をされたという記事が載りました。 この東急エージェンシーに詳しい人に証言をいただいたところによると、二〇〇一年七月から国税の調査が入り、そしてイトーヨーカ堂への七千万円の裏金供与が判明をしたということなんであります。 そして、その直後から三、四カ月の間、七月から十月までの間ですから四カ月間ですか、東急エージェンシーでも内部調査を行ったそうであります。結論からいくと、 東急エージェンシーは、以前にも実は若林さんという副社長を中心に摘発をされました同様の脱税行為がありまして、これはやはりイトーヨーカ堂とセブンイレブンがかんでいるわけですが セブンイレブンの店頭プロモーションですかね、イトーヨーカ堂関係の店頭プロモーションをピンはねして、販促開発という会社を通じて、指定する三つのこれは芸能プロダクションに裏金が流れ、それがイトーヨーカ堂に回ったということがありました。 これが今度は、今回の摘発に関しては、スコープという会社が東京・新宿区築地町にございます。横山寛さんという社長さんなんですが、東急エージェンシーの関連の広告代理業者さんであります。 このスコープという会社を使って同様に、今申し上げましたプロダクションを使ったのと同様の裏金捻出が行われて、それがイトーヨーカ堂に流れた こういう話で、それがどこへ流れたかという問題が出てきたわけであります。 東急エージェンシーに派閥争いがありまして、どうもその派閥争いの中から内部告発が流出をしているというのがスタートのようであります。 私のところには、実は昨年の十一月か十二月時点でこの内部告発の文書が届いておりました。そのイトーヨーカ堂が、過去にも東急エージェンシーを通じて裏金をつくってきた、そういう会社だということがそこからは想定をされるわけですが、一方で、イトーヨーカ堂は、アイワイバンクの設立に関していろいろな政治的な働きかけをしているわけであります。 これも実はアイワイバンクの当時の関係者の証言を二人ばかり伺っております。 一人の人は、アイワイバンクの免許取得難航の一因は、日銀出身の、銀行設立準備室のプロジェクトリーダー、畑山さんという方なんですが、その方が金融当局や他の銀行との関係を悪化させてしまった そのことが原因なんで、二〇〇〇年五月にセブンイレブンの氏家さんという方をプロジェクトリーダーに据えて、事実上は鈴木敏文イトーヨーカ堂社長が直轄のような形で関係再構築を進めたんだ そして、幹部間ではしばしば自民党政治家の名前が出たという証言をいただいているわけであります。 それから、もう一人の証言は、九七年当時、セブンイレブンに共同ATMをつくる設置構想が生まれたんだけれども 九九年に新銀行設立方針に変更になった。そのときに、越智通雄金融再生委員長が反対をし、特に他の銀行では三菱の岸暁頭取が強い反対を表明した。 そこで暗礁に乗り上げたということで、ちょうど先ほど申し上げました証言と符合するわけですが 二〇〇〇年三月ごろに、佐藤信武イトーヨーカ堂副社長をトップとして、畑山さんからプロジェクトリーダーを変更させて、竹本繁常務 これはもと瀬島龍三さんの秘書さんを務めたという方でありますがそれから 有名な長野厖士さん、元大蔵省の証券局長 この三人をメンバーとして政界工作を行ったという証言が出てくるわけです。 そして、二〇〇〇年十二月の柳澤金融再生委員長就任から確かにこの話が軌道に乗りました。そして、二〇〇一年四月の予備免許取得に至るわけであります。柳澤さんにトップがかわってから予備免許へ向けて話が急速に進んだ、そしてそれはこうした政界工作の成果であったというような、そうした証言が得られているわけであります。 一方、イトーヨーカ堂について、私は、この免許問題について幾つかの問題点があると思うんですね。一つは、機関銀行化しないかということが一つであります。 それから、三年以内に黒字転換しなければいけないという基準がありまして、その三年以内の黒字転換は非常に難しいものですから、全国八千店のセブンイレブンのATMと結んで、それは大変銀行にとって魅力的なわけですけれども、それの接続料を銀行からたくさん取らないとこの黒字転換が望めないということで、十五億円でしたか、大変大きな設定をしたということで、これが銀行側の反発を招いてこれが進まなくなってしまった、こういう経緯があるんです。 それともう一つ、このアイワイバンクには、私、やはり銀行経営者の適格要件の問題があるとも思うんですね。というのは、 イトーヨーカ堂は、シジミを北朝鮮から輸入して足利銀行を通じて二十億円の振り込みを行うなど、北朝鮮と非常に関係が深い企業 でありまして 伊藤雅俊名誉会長さん、創業者ですが、総連系のイベントに小まめに出席をされていた過去がある ということもありまして、これはやはり、こういう北朝鮮と関係の深いところが銀行を直接持つということについては、私は疑問が残る。いわゆる朝銀問題とつながるような問題が生じる、こういうふうに思っておりまして、そういう意味からも問題があるというふうに思っているわけであります。 そして、先ほど瀬島さんの秘書をやられた竹本繁常務という話をいたしましたけれども、 この竹本さんという方は中曽根臨調の事務局に出向していたわけでありますが そのときに、いわゆる経世会の担当だったわけです。 そして、経世会の担当で、同時に、東急エージェンシーからも同様にそのころ実は臨調事務局に出向していた方がおられまして、そこで結びつきも一方ではできた。 いわゆる経世会とイトーヨーカ堂と東急エージェンシーの接点 というのがそこにもあるわけであります。 もともと東急エージェンシーとイトーヨーカ堂とは、東急エージェンシーが四百億円、毎年、宣伝広告事業にイトーヨーカ堂から請け負っているという、大手のクライアントと業者という関係にあるわけでありまして、今申し上げた事実関係からいいますと、これは大変不透明な部分が出てくるわけであります。 もう一つ証言があるわけでありまして、前野徹東急エージェンシーの元社長がおられるんですが、この方のことはほとんど知らなかったというふうに前回の質問で大臣はおっしゃられましたけれども この前野元社長が鈴木敏文ヨーカ堂社長から依頼を受けまして、アイワイバンクがとまっちゃったときに、作業がとまったときに、野中広務氏を紹介した。そして野中さんが柳澤さんを鈴木さんに紹介した というような、そのような証言が実はあるわけでありまして、これは本当かどうかわかりませんよ。 そこで、こういう今までの登場人物の一連のつながりというのが一応形の上で浮かび上がってくるわけですが、野中さんから柳澤さんが、鈴木社長ないしイトーヨーカ堂を紹介されたというようなことが、事実があるかどうかから伺いたいと思います。 柳澤国務大臣 全くそういう事実はございません。 五十嵐委員 今質問の一部だけお答えになったわけですけれども、先ほど言いましたように、ちょっとお調べになればわかるわけですが、このイトーヨーカ堂は、東急エージェンシーと組んで何度も裏金をつくってきて、そしてそれが国税当局によって告発をされたという過去があるわけであります。 ですから、そういうところがやっていいのですかということと、先ほど言いましたように、朝銀信組が破綻を、二次破綻、三次破綻を重ねて、一方では、かなり問題になっているところがあって、いわゆる北朝鮮、そして朝鮮総連との関係で、この銀行についてそういう送金ルートになるおそれがあるんではないかという問題については、何の考慮もされなかったということですか。 柳澤国務大臣 今のお話、二つあったかと思うんですね。 一つは、脱税の問題でございますが、これは東急エージェンシーの問題だというふうに私は報道から承知をいたしておりまして、その問題は、イトーヨーカ堂の認可ということについては、多分問題になりようがなかったというふうに存じます。 それから、イトーヨーカ堂の取引については、それは格別そのこと自体が、北朝鮮との間でお取引があっても、それ自体が何か問題ということには、私、ちょっとならないんじゃないかというように思うわけでございます。ですから、取引が何か非常に不健全であるとか不適正であるといえば、それは別の角度から問題になるでしょうけれども、取引があって、通常の商取引が行われているということについて、格別問題があるというふうには認識いたしておりません。 五十嵐委員 取引のすべてが問題があるとかないとかというのは、こちらの側からというより、全体の、今までの取引をむしろお調べになって、問題がなかったかどうかを確認する必要があったのではないかなということなんだろうと思いますね。 それから、脱税について、明らかにイトーヨーカ堂ないしセブンイレブンの店頭プロモーションを利用して裏金が捻出をされたということでありますので、それはやはり何らかの関係があるということを推定する方が自然でありまして、実際にはいろいろな証言を見ても、これはイトーヨーカ堂のために使われた、あるいはイトーヨーカ堂に七千万円については渡ったということがある意味で判明している事実だと私は思いますので、時間が来ましたのできょうはこれだけにしますけれども、私の方でも引き続き調査をさせていただきたい、またこういう機会にたださせていただきたいと思います 衆 - 財務金融委員会 - 2号 平成15年12月04日 それから、足利銀行の問題に移りたいと思いますが、先ほどから問題になっております銀行の決算、そしてまた金融の問題に入ります前に一つ。 足利銀行は、残念ながら北朝鮮との関係がこれまでもいろいろな形で取りざたされてきた銀行でありました。国会の中でも、具体的に足利銀行という名前が出て、その送金が質問で取り上げられたことも、当時まだ大蔵委員会ですか、あるわけであります。この点について、まず公安調査庁としてどのように把握をしておられるのか、その時点でも重大な関心を持って見ているというふうに国会で御答弁をいただいているように記憶をしておりますが、御答弁を願いたいと思います。 柳政府参考人 公安調査庁におきましては、朝鮮総連の財政をめぐる活動、あるいは我が国からの北朝鮮への送金などに関しまして、かねてより重大な関心を持って調査してきたところでございます。 その調査の過程におきまして、足利銀行にかかわりますそれらの活動の一端につきましても把握しておりますが、その詳細につきましては、今後の調査活動に支障を来すおそれがございますので、答弁は差し控えさせていただきたいと存じます。 松本(剛)委員 内容を把握している、こういうお話であります。監督をされる金融庁の方にお伺いをしたいと思いますが、その公安調査庁が把握をされている内容は監督当局としても承知をしているという理解でよろしいんでしょうか。 五味政府参考人 私どもは承知いたしておりません。 松本(剛)委員 財務省のお立場からはいかがでしょうか。 渡辺政府参考人 私どもの方といたしましては、外為を所管している官庁といたしまして、足利銀行から北朝鮮への送金が幾らであったかということについては、件数及び概数の金額について承知をしておりますが、今御説明をいたしましょうか。(松本(剛)委員「いや、結構です」と呼ぶ)よろしいですか。 松本(剛)委員 金融庁にもう一度お伺いをしますが、監督当局として、北朝鮮との取引もしくは北朝鮮に関連する融資、送金等の取引を把握しているというふうなことは、そういう理解でよろしいんでしょうか。 五味政府参考人 先ほどは公安当局の内容を知っているかというお話でしたので、存じませんと申し上げました。 監督当局といたしましては、足利銀行が公表いたしました北朝鮮への送金の実績といったものは承知をいたしております。申し上げましょうか。数字はよろしゅうございますか。 衆 - 経済産業委員会 - 3号 平成16年03月12日 服部参考人 私のところの監査法人は、足利銀行をだめにした中央青山監査法人でありまして、私も戦々恐々としている一人であります。 五%も自己資本比率が違っちゃったというんですね、検査と。そんなばかな話はないんですよ。これは何か意図的なものがあるんじゃないかとさえ思えることでありますし、説明の仕方が極めてまずかったんじゃなかろうかと思うし、それから、 足利市内にありますパチンコメーカーは外国に送金をしている なんというようなこともありまして、そういうことも中には入っているんじゃなかろうかなとさえ思います。 最近、佐賀銀行が風評リスクで取りつけ騒ぎが一日でも起きた、こういうことでございますから、非常にそれを心配しております。