約 574 件
https://w.atwiki.jp/harukaze_lab/pages/233.html
牡丹花譜 山本周五郎 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)単衣《ひとえ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)家|黒上《くろかみ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)※[#「てへん+毟」、第4水準2-78-12] [#8字下げ]一[#「一」は中見出し] 「――もう止そう」 「未だ、未だです、えいっ」 「あ!」 ぱちんと良い音がした。 「痛い、――」 「弱いことを、や!」 「止しだと云ったら、あ、危い」 新緑の下枝を押分けて、一人の若者が木剣を片手に草の窪地へ逃出してくる、その後から紫色の単衣《ひとえ》の袖を背に絞り、馬乗袴を着けた美しい乙女が、稽古用の樫の薙刀を持って現われた。 「お逃げになるなんて弱いお従兄《にい》さま」 「おれが弱いより奈々《なな》の方が乱暴すぎるんだ。ああ暑い、――こんな汗だ」 「奈々もよ、ほら……」 乙女はそう云いながら、単衣の衿を煽って風を入れた。無造作に寛げた衿元から、しっとりと汗ばんだ桃色の肌が、可愛い胸のふくらみを匂うばかりに覗《のぞ》かせている、――若者は眩しそうに外向いて草の上へ坐った。 「ここへ来てお坐りよ」 「厭、もっとお稽古をしなくては厭」 「ひと休みしてからさ、――それに少し話もあるんだ」 乙女は薙刀を措いて、しなやかな体を乱暴にそこへ投出した。 その窪地は周囲を樹立で取囲まれ、外からは見ることのできない隠れ家のような場所であった。みっしり重なり合った木々の緑や、毛氈を敷いたような若草が、五月の陽を吸って噎《む》せるように匂っている、――乙女は両手を後へつき、絖《ぬめ》のように艶やかな咽頭を露わにしながら、ぐっと身を仰反《のけぞ》らして、 「ああ良い気持」 と叫ぶように云った。 「若葉の匂ってなんだか躰を擽《くすぐ》られるようねえ、こうしていると独りでに、声いっぱい笑いたくなってくるわ」 「ねえ奈々、――話があるんだよ」 「話なんて詰らないわ、それより体が痺れるくらい疲れることないかしら」 乙女の眸子《ひとみ》は妖しく光った。 「疲れて疲れて身動きもできなくなるような荒稽古がしたいわ。奈々の体って変ねえ、幾ら暴れたってすこしも草臥《くたび》れないのですもの、考えるとむずむずするわ」 「そんな事を云うと笑われるよ、奈々はもう十八にもなったのじゃないか、もっと女らしくしなくちゃ駄目だ」 「厭、厭、女らしくなんて大嫌い」 乙女はそう云いながら、草を※[#「てへん+毟」、第4水準2-78-12]《むし》って若者の顔へ投げつけた。 「こいつ、やるか」 「ほほほ――草仏!」 と云って逃げようとするのを、若者はすばやく起上って肩を掴んだ、乙女の足許がよろめいた、若者は逞しい腕で乙女の体を抱寄せた。薄い清絹《すずし》の単衣を透して、燃えるような血の温みが伝わり、汗ばんだ肌の香が嬌《なま》めかしく鼻をうった。――一瞬、若者の腕の中で、乙女の体がぐったりと力を失うように思われたが、しかし次の刹那には、 「――厭!」 と鋭く叫んで、若者の腕から巧みにすり脱け、低く垂れた樹立の下枝の蔭へ、若い牝鹿のように走込んでいた。 若者は追おうとしたが、すぐ思止まって、元の場所へ仰反《あおのけ》に倒れ、 「駄目だ、奈々はおれを嫌っている」 と苦しげに呻いた。 ここは仙台伊達領、阿武隈川の北岸にある岩沼の町はずれ、九里の森の中である。――乙女は岩沼の豪家|黒上《くろかみ》家の奈々と云って今年十八、若者は郷士|城田銕兵衛《しろたてつべえ》の二男で常次郎《つねじろう》と云う、年は二十歳で奈々とは従兄妹《いとこ》同志になっていた。 奈々は早く父母を失い、叔父銕兵衛の後見で育ってきたが、幼い頃から武張った事が好きで、小太刀や薙刀をよく遣うし、馬にかけては男も及ばぬ腕を持っていた。――黒上家の広大な屋敷内には、近郷でも有名な牡丹畑があって、毎年初夏の頃には千余株の花が繚乱と咲き誇るのだが、奈々の美しさはその花にも勝るとて、 「黒上の牡丹姫」 と呼ばれているくらいだった。 常次郎が美しい従妹の姿に胸を焦がしはじめたのは前年の夏頃からであった。生命ほどあやしきはない、それまでは相見ても身を触れても、そんな気持はかつてなかったのに、ひとたび恋の想が芽《きざ》してからは、黒耀石のような奈々の眸子や、韻の深い声や、折にふれて匂う肌の香などが……まるで初めて見るように生々と新しく、その度に常次郎の心は悩ましい歓びと苦しさとに顫《ふる》えるのだった。――彼は日毎につのってゆく胸の想を、どうかして相手に訴えたいと思った、しかし奈々の心は固い蕾のように、確りと閉じてひらかない、手に掴んだと思うといつかするりと身を躱していた。 「――今日こそは」 と思って馬を列ねてきたのだが、森の中で薙刀の稽古をする他にはどうしても奈々は彼の側へ寄ろうとはしないのだ。 「嫌っているんだ、奈々は、――」 燃えるような息吹と共に常次郎は呟いた。 [#8字下げ]二[#「二」は中見出し] 「お従兄さま、早く来て!」 樹立の向うから奈々の叫ぶ声がした。 「早く、早く!」 「――どうしたんだ」 常次郎が起上ってゆくと、奈々は繋いであった愛馬へ跳乗って、 「あすこで斬合いをやっているんです」 「なに斬合い?」 「一人を五人で取囲んでいます、早く来てください!」 そう云い捨てると、 「あ、危いお待ち」 と呼止める暇もなく、奈々は馬腹を蹴ってだあっと丘を駈下りていった。 丘の下では、まだうら若い白面の青年が、五人の荒武者に取巻かれ閃めく白刃の下にかろうじて身を支えているところだった。――奈々は馬を煽って駆けつけると、 「大勢で一人を取籠めるとは卑怯」 呼びながら争闘の中へ馬を乗入れた。荒武者たちは不意を打たれて思わず左右へひらいたが、見ると相手はか弱い乙女なので、 「ええ、何をする、退《ど》きおれ」 「小娘の分限で差出た事をするな」 「邪魔すると汝も共に斬捨てるぞ」 口々に喚きながら猛然と詰寄った。 奈々は一瞥のうちに、白面の青年の弱々しい眼が、縋《すが》るように自分を見上げるのを見た、その刹那に彼女の心は暴々《あらあら》しく決った。――奈々は小脇の薙刀を執直すと、踏込んできた一人の剣を戞《かつ》! とばかりにはね上げ、返しざま右手の男の横面へ烈しい一撃をくれた。 「あ、痛つつ」 「やりおったな」 意外な早業に、はっとなる刹那。馬首を回《かえ》すと左手の一人が、正に斬込もうとする脇壺へ、これまた骨に徹する打を入れた。 「がっ!」 横ざまにのめる、 「――くそっ」 「斬ってしまえ!」 と殺気だつ端へ、ぱっと馬を跳躍させる、驚いて散る隙、奈々は青年の方へ片手を差延べて、 「早くお乗りなさい」 と叫んだ、実にみごとな動作である。青年が云われるままに跳着いてくるのを、ひっ抱えるようにして諸角《もろかく》をいれる、 「うぬ、逃げるか」 「待て!」 と盛返したが、既に疾く馬は囲を突破していた、その時ようやく常次郎が馬を煽ってきた、奈々はそれを見ると、 「お従兄さま、殿《しんがり》をお願い!」 と叫んで疾風のように南へ駆去った。 道へは出ずに、草地をそのまま二十丁あまり駆ってゆくと、槇の生垣を取廻した黒上家の、広い屋敷裏へ着いた。――そのまま乗入れた処は牡丹畑で、すでにふくらみかかった蕾が、輝かしい五月の日光を浴びて、めざめるような彩色を見せていた。 奈々は青年と共に馬から下りて、 「わたくしの家でございます」 と云った。 「そう、――」 青年は軽く頷き、 「危いところを免れて、過分でした」 と応えて四辺を見廻し、「ずいぶん沢山の牡丹ですね、みなお許《もと》の丹精ですか」 「――はい」 「満開の期はさぞ見事でしょう」 おっとりとした態度だった。――生命を救われたのに、過分でしたという挨拶は珍しい、半ば呆れて見上げた奈々は、青年の相貌が女のように弱々としていながら、高い額、濃い眉のどこやらに、冒し難い高貴な威の閃めくのを感じた。 青年はたったいま危難から※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56]《のが》れてきた人とは思えぬくらい、落着いた静かな眼で奈々を見かえり、 「お許の名は何と云いますか」 「はい、奈々と申します」 「奈々、――優しい良い名ですね。そしてそんな優しい名を持っているのにずいぶん強い」 「まあ……」 青年の美しい眸子でじっと見られて、奈々は全身の血が一時に顔へ集るような羞かしさを覚えた。――青年は愕《おどろ》いたような眼で、しばらく奈々の面を見まもっていたが、やがてふいと外向き、 「牡丹をひと枝切ってください」 と云った。――しみ入るように淋しい声であった。 [#8字下げ]三[#「三」は中見出し] 奈々の一番好きな「春雪」という牡丹が、そこからは遠い母屋の前の方にある、奈々は走っていって、咲きかかったひと枝を切ってきた、――戻ってみると、常次郎に導かれてきたらしい七八名の立派な騎馬武者が、かの青年を守護するように取巻き、今しも連銭蘆毛のみごとな馬に援け乗せているところだった。 奈々がはっとして立停まると、青年は馬上から手を差出して、 「これへ――」 と云った。騎馬武者たちが振返って見る中を、奈々は近寄っていって花を渡した。 「美しい花だ、過分に思います」 「――恐入りまする」 「また、会いましょう」 奈々は思切って振仰いだ。青年は淋しげな、むしろ悲しげでさえある眼ざしで、じっと馬上から見下ろした。そのとき奈々は、不意に裂けるような胸の痛みを感じた。 青年は騎馬武者たちに護られて去ったが、奈々は常次郎に呼びかけられるまで、放心したようにそこへ立尽していた。 「おまえの乱暴にも呆れるぞ、奈々」 「――お従兄さま」 奈々は常次郎を遮って云った。 「あの方はどなたですの」 「知らない、教えなかったのだ」 常次郎は不機嫌に答えた、「礼儀を知らない奴等だ、誰だと訊いたらその方などの知る事ではないと云いおった」 「よほど身分の高いお方なのね」 「なあに、たかだか三千石か五千石の城代の息子だろうさ。――遠乗りに出て独り駈抜けたところへ、あの男たちが喧嘩を仕掛けたのだそうだ、五人とも捕えられていったよ」 奈々は半ばうわの空で聞きながら、心の内ではあの青年の云った、 ――また会いましょう。 という声音を繰返していた。 この付近の城代、館主と云えば、亘理郡の伊達安房《だてあわ》か、柴田の館主|本多伊賀《ほんだいが》、遠くは白石城の片倉《かたくら》家、伊具郡内田の石川駿河《いしかわするが》など、いずれも錚々《そうそう》たる伊達家の重臣である、――せめて名だけでも聞いていたら、どこの若様か分ったであろうに。そう思うと奈々は、あの青年の前に立った自分が、日頃に似ず臆れていたことに気付いて驚いた。 その明くる日、例の通り常次郎が遠乗の誘いにくると、奈々はもの憂げな様子で、 「――今日は出たくありません」 と答えた。 「どうしたのさ、具合でも悪いのか」 「――いいえ、ただ……」 顔色も冴えないし、眼は暗くうるんでいるし、体の線にも妙に嫋々《なよなよ》としたところが現われている、常次郎は初め病気かと思った、しかしすぐにそうでないことを感じた。 ――病気ではない、もっと別な、もっと悪いことだ。 恋する者の敏感である。病気よりもっと悪いもの、それが何であるかは分らないが、彼女の乾いた唇や、けだるそうな身振りや、遠くを見ている放心したような眼ざしは、捉え難なく邪々《まがまが》しい翳に包まれていた。 「ねえ奈々、いったいどうしたのだ、おまえのそんな様子って初めてではないか、どうしたのか云ってごらん」 「お願いですから黙っていてください」 奈々は眉をひそめて云った、「――でなかったらお帰りになってくださいまし」 「何をそんなに怒るのさ、おれは別になにも……」 「――――」 奈々は厭わしそうに外向いた。――常次郎はその横顔に氷のような冷たさを見ると、もう言葉を続ける気も挫け、悄然と眼を伏せながら去っていった。 奈々は終日牡丹畑で暮した。 生れて以来かつて知らなかった悩み、胸いっぱいに脹れあがってくる情熱、鳥の声も、風に戦《そよ》ぐ木の葉の音も、みんなあの青年の声音に聞える。花を見ても雲を見ても、眼を遮るものはあの青年の面影なのだ。 「――あの方はきっと又いらっしゃる、きっときっといらっしゃる」 蜜のように甘い切なさのなかで、奈々は同じ言葉を繰返し呟くのであった。 青年は約束通りやってきた。それはあの日から七日余りたったある黄昏どきであったが、奈々が牡丹畑のはずれにある亭《ちん》の中で、暮靄の濃くなる花園を恍惚と見ていたとき、後に静かな人の跫音《あしおと》を聞いた。振返ると青年がこっちへやってくる。 「――まあ!」 奈々は弾かれたように起上った、――青年は白いしなやかな手に鞭を持ち、細面の寂しい頬をぽっと染めて、 「すぐ帰らなければならない」 そう云いながら近寄ってきた。 [#8字下げ]四[#「四」は中見出し] 本当に何を話す間もなかった。――亭の後は四五間はなれて生垣になっている、その向うからしきりと、馬の噺きや、憚るような人の咳払いが聞えてきた。 「九里の森まで遠乗りに来たのだけれど、途中で暇取ったのでもう帰る刻限になってしまったのです。――ああ、僅かの間に牡丹がずいぶん咲いたようですね」 「……また、お切りいたしましょうか」 「先日のは良い花でした、あんな気高い白さは初めて見ました」 「もう散りまして、――?」 「いや未だ咲いています」 「強い花でございますから、……咲きしより散りはつるまで見しほどに花のもとにて二十日へにけり、と云う歌もございますわね」 「法性寺の忠通《ただみち》ですね、たしか」 「貴方さまも遊ばしますの――?」 「いや……」 青年は微《かす》かに頭を振った。――黄昏はいよいよ濃くなって、牡丹の葉に静かな夕風がたちはじめた。青年はほっと溜息をついて、 「ああ静かだなあ。こんな処で、歌書でも見ながら、人知れず一生を送れたらどんなによいだろう」 沁々とした、胸底から滲出るような呟きだった。 「何か御心配事でもございますの?」 「絶えずありますよ」 青年は素直に頷いた。 「生れてこの方、一日として心の休まる暇はなかった。表に出ても奥へ入っても、何十何百という人の眼が、片時も放さず私を取巻いている、私はもう四つ五つの時分から、その沢山な人の眼を読むことを覚えた、――殊に私を憎んでいる者の眼つきは、今でも忘れることができない」 「そんな、若様を憎むなんてそんな……」 我事のように慌てて打消す乙女の顔を、青年は寂しげに微笑しながら見やった。 「憎むくらいなら未だよい、私はこれまで何度も殺されかかった事さえあります」 「――嘘、嘘ですわ」 「貴女は忘れましたか、先日の事を」 青年は奈々の答えを待たずに、ふいと立上って右手の鞭を神経質に撓わせながら、 「しかし。そう――貴女の云う通り、私を憎むと云っては当らないかも知れない。私がもし足軽か平武士ででもあったら、誰の憎みも受けずにいられたに違いない、彼等が悩むのはこの私ではなくて、私の地位なのだ、それは私にも分っている、だが……私は自分でこの地位を望んだのではない、私はむしろ僧にでもなって遁世の暮しをしたいとさえ思っているのです、けれど私にはその自由は許されていない、好むと好まぬとにかかわらず、私はこの位置に立って生涯を過さなければならないのです。――幾十幾百の憎しみの眼に瞶《みつ》められ、いつ殺されるとも知れぬ不安に怯えながら、そして……誰一人としてこの心細さを訴える人もなく」 青年は突然、唇を慄わせ、鞭で空を撃ちながら叫んだ。 「なんのために、なんのために私はこんな苦しい立場に立たせられたのだ、私にどんな罪があるのだ!」 「若様、――」 青年は奈々の哀願するような声を聞くと、自分の昂奮したことを恥じるように苦笑し、弱々しく肩を揺上げて云った。 「許してください、誰にも聞いてもらえない苦しさを、つい貴女に訴えたくなったのです、――でも、これで幾らか心が軽くなりました」 「――奈々にはお言葉の意味がよく分りません、けれどそんなにお辛いお身上とは少しも存じませんでした。……もしできることなら、わたくしの命に代えても――」 「そう思ってくれますか」 青年は燃えるような眸子で、熱く熱く乙女の眼を覓《もと》めた。奈々は自分の全身が、青年の眸子の方へ恐ろしい力で惹着けられるのを感じた、――しかしその時、生垣の向うから咳払いの声が聞え、青年ははっとして身を離した。 「もう、もう帰らなくては」 「若様、――」 奈々は縋《すが》るようにして云った、 「どうぞお名前をお聞かせくださいませ」 「それは訊かないでください」 「いいえどうぞ、ぜひ――ねえ」 青年は唇を噛んで茶々の眼を見たが、やがて静かに頷いて云った。 「では、先日の牡丹をひと枝ください」 「はい、――」 奈々は小走りに畑の中へ去ったが、待つほどもなく「春雪」のひと枝を切って戻ってきた。青年はそれを鞭と一緒に持つと、それが特徴の寂しい声で云った、 「それでは、明かしたくないのだが云います、その代りこの場限り忘れてください、――貴女にだけは普通の人間で話がしたいのです」 「――はい」 「私は、陸奥守綱柄《むつのかみつなむら》です」 「…………」 奈々は愕然と立ちすくんだ。 [#8字下げ]五[#「五」は中見出し] 寛文年間の最も大きな事件として、「伊達騒動」の評判を聞かぬ者はあるまい、ましてその中心人物たる幼名|亀千代《かめちよ》、即ち綱村の名は奈々もかねてからよく知っていた。 「――あれが綱村さまか、あの淋しい眼をした方が、あんな悲しそうな御顔をした方が六十余万石の御領主さまか」 奈々は夢見るように呟いた。 そうだ、それでこそよく分る、あの方の淋しげな眼、頼りなげな悲しい顔、あれはあの恐ろしい騒動の傷手なのだ。噂に依ると原田甲斐《はらだかい》一味のために、幾度か毒殺されようとした事さえあると云う、現にあの方自身、 ――私はこれまで、何度も殺されかかったことがある。 と仰せられた。 しかも、しかも、――寛文十一年、幕府の裁決に依って原田甲斐一味が罪せられ、騒動はひとまず落着したようなものの、世上伝うるところに依れば、その後も原田甲斐一味の残徒は処々に隠れ、今なお、綱村の首を狙っていると云う。――その風評を真とすれば、 「そうだ、そうすると先日、綱村さまを取詰めていた五人の男も、噂の通り原田一味の残党に違いない」 すべてが符を合せるように分ってきた。 「お可哀そうな綱村さま」 奈々は胸も裂けんばかりに泣いたけれどその涙は、若き領主の痛ましい身上を悲しむだけではなかった。 ――十八にして乙女の胸に初めて萌えた恋の相手が、余りに身分の違う高貴な人であると知って、はかなく散るべき自分の哀しい恋のための涙でもあったのだ。 「お可哀そうな綱村さま」 奈々は何度も呟いた、 「――そして、可哀そうな奈々……」 彼女の様子は驚くほど変った。 その日から後、奈々は来る日も来る日も引籠っていた。馬は繋がれたきりだし、木剣も薙刀も顧みられなくなった。顔色は蒼ざめるばかりである、虚ろな眼はいつもどこかしら遠い彼方を見ている、そして艶を喪った唇からもれるのは、命を削るような溜息であった。 かくて十日あまりたった。 五月二十六日の暮れ方のことである。――今日もまた牡丹畑の亭で、奈々が惘然《ぼうぜん》と物思いに耽っていた時、 「奈々、話をしてもよいかい」 遠慮がちな声がするので、振返ると従兄の常次郎が立っていた。 「お従兄さまでしたの?」 「奈々――」 常次郎も蒼ざめた顔をしていた。そしてその紙のように生気のない顔を外向けたまま低い声で云った。 「常次郎はね、二三日うちに江戸へ立つことにしたよ」 「――――」 思いがけぬ言葉だった、奈々は自分の耳を疑うように従兄の顔を窺った。常次郎は外向いたまま、 「これは云うべき事でないかも知れない、云うのは未練かも知れない、けれどこれでもう一生会えなくなると思うと、やはり云わずにいられないのだ。奈々……常次郎はね」 「お従兄さま!」 「いや、云わせてくれ、常次郎はおまえを想っていた、この半年あまりはこの一言を云いたいために、どんなに苦しんだか知れない、しかし……もうおれは諦めた」 奈々はもの問いたげに眼をあげた。常次郎はそれをじっと※[#「目+台」、第3水準1-88-79]《みつ》め、無言の問いに答える如く頷きながら云った。 「そうだよ、おれは見てしまったのだ」 「――――」 「おれはもっと早く察すべきだった。おまえの様子が変ったのは、九里の森外であの人を救った日からだった。――それを、十日ほどまえにここで、二人が会っているのをみつけた時に初めて気付いたのだ」 「――お従兄さま」 奈々は耐えかねて、わっと泣きながら常次郎の胸へ縋りついた。 「赦して……赦して――」 「いいんだ、いいんだよ奈々」 常次郎は従妹の背へ優しく手を廻した。 「誰が悪いのでもない、運命《めぐりあわせ》なんだ、みんな運命なんだ、おれは誰をも怨みはしない。嘘じゃない。あの人がどんな身分かおれは知らないが、おまえなら決して選み違いはないと思う、常次郎は安心して江戸へ行く、――そして二人の仕合せを祈っているよ」 「待って、待って、お従兄さま」 「さようなら、立つ時には寄らない、仕合せにお暮らし」 咽ぶように云うと、奈々の手を振切って、走るように常次郎は去っていった。――奈々は四五間追って走ったが、力尽きてばったり牡丹畑の中へ倒れると、そのまま土にうち伏して泣き沈んだ。 [#8字下げ]六[#「六」は中見出し] 常次郎は「運命だ」と云った、 それにしても何という無慈悲な運命であろう、九里の森で綱村と会うまえに、常次郎が心を打明けていたら、こんな悲しいことにはならなかったであろう。――奈々にしても、常次郎の気持がまるで分らなかった訳ではなかった、朧ろ気にはそれと察した事もある、しかし蕾かたき乙女の心は、もっと強く、うちつけに明かされるのを待っていたのだ。 「なぜ、なぜお従兄さまはもっと早く仰有《おっしゃ》ってくださらなかったのです。――お従兄さまもお苦しいでしょう、けれど……奈々も苦しいのです。貴方は御存じないでしょうが、仕合せに暮らせと仰有ったあの人は、奈々には手も届かぬ御身分の方でした」 どのくらいの刻がたったであろう。 小さい胸ひとつには包みきれぬ悲しさに、泣き尽すだけ泣き尽した奈々は、――ふと、もうさっきからどこか近くで、しきりに人の話し声のしていることに気付いた。 ――誰か牡丹畑の中にいる。 取乱した様を見られてはならぬと、静かに身を起そうとした。その時、――ひどく抑えつけるような声音で、 「――なに、綱村侯が?」 と云うのを耳にした。 さっきまで奈々のいた亭の中に、五人の男が向合って掛けている、――正面にいるのは常次郎の父で奈々の叔父城田銕兵衛だ。それに対して三人、浪人態の武士の端から原田市九郎《はらだいちくろう》、蓬谷伝蔵《よもぎだにでんぞう》、村越曹次《むらこしそうじ》、宮内松之丞《みやうちまつのじょう》――いずれも五年前までは伊達家に仕え、相当の禄を食んだ武士であったが、騒動の時原田甲斐の罪に連座して放逐された者たちである。 「噂には聞かぬでもない、しかし綱村侯が嘉心《かしん》様(綱村の父|綱宗《つなむね》のこと)の御子でないと云うのは、それでは事実なのか」 「云う迄もない」 原田市九郎が答えた。 「御令室は将軍家御養女として入輿になったのだが、西の丸にいるあいだは将軍家御側室であった。これは江戸表で誰知らぬ者なき事実だ、そして――御入與になると半年余りして亀千代御出産だ」 「うむ、――」 「嘉心様には、かねて御令室が将軍家御側室であった事を御承知だから、御入輿になってもかつて奥へお渡りはなかった――それは御側に仕えていた拙者が存じておる」 「あれだけ英明の嘉心様が、なぜ廓通いの放埒を遊ばしたか、――それを思合せてこそ合点が参るであろう」 側から蓬谷伝蔵が口を挿んだ、「――亀千代を世継にしては伊達の血統が絶えるのだ。原田甲斐ほどの器量人が、命を抛《なげう》って事を計ったのはこのためなのだ。綱村は斬らねばならぬ、このまま置けばお家は徳川家の血統になってしまうのだ」 「城田氏――」 原田市九郎は膝を打って、「明日、綱村侯は参覲のため出府する、第一日の宿は貴公の屋敷だ、――今日まで途上を狙ったが、警護に妨げられていつも失敗、殊に先日は九里の森で首尾よく取詰めながら、一歩の違いで仕損い、あまつさえ五名の同志は捕えられた」 「今度出府すれば、かねての御縁組が取結ばれるに違いない、すれば万事休すだ」 「どうでも明日は※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56]《のが》せぬ場合、泊りを待って手引を頼む」 「貴公の家は郷士ながら、政宗公以来の恩恵がある筈、我々のためにとは云わぬ、伊達家のために手引をしてくれ、――頼む」 はたと声が絶えた。銕兵衛は意志の強そうな眼で、じっと空を睨んだまま、ややしばらく黙っていたが、――やがて呻くように云った。 「拙者は、亡き原田氏の為人《ひととなり》をよく存じておる、したがって今日まで、幕府の裁決がどうであろうとかの仁《じん》の誠忠を疑った事はない、――しかし各々《おのおの》から仔細を聞いて、始めて甲斐殿の非常の苦衷が分った、……如何にもお手引申そう」 「おお御承引か――忝い」 「忝い、忝い!」 四名はつきあげるような声で云った。 「しかし、綱村侯の御命をお縮め申すとして、お家に瑕のつくような事はあるまいな」 「それは既に手配ができておる、先年裁決の大勢を制した板倉重矩《いたくらしげのり》は既に死んだ、今度こそ酒井《さかい》侯の御威勢が物を言うだろう、御内意もとっくに伺ってあるのだ」 「よし、それを聞いて安堵した、みごと明夜こそ御本望せられい」 その時、牡丹畑の牡丹が、微かに戦《そよ》いだ、――風が渡ったのであろうか。 [#8字下げ]七[#「七」は中見出し] 明くる日の、既に黄昏近く。 岩沼の本宿にある城田家は、その日参覲のため出府する綱村侯の第一夜の宿を勤めるために、あらゆる準備が調えられていた。――もう行列の見える時分なのだが、道次に故障でもあったか、どうやら少々遅着の様子である。 八文字に開かれた門には、定紋入りの高張が掲げられ、棒を持った警衛の者たちが、落着かぬ様子で幕の外に右往左往している。こうした表の光景に反して、――この家の奥のひと間では、行列の到着を待つ別の人たちがいた。 すでに暗くなった部屋の中で、原田市九郎はじめ蓬谷、宮内、村越の四名、それに城田銕兵衛を加えて五名が、しめやかに別盃を交している。 「それでは寝所に拙者」 原田市九郎が言葉を継いだ、「――蓬谷氏も拙者と共にお願い申したい。宮内、村越の御両所は宿直《とのい》の備え、起つ者があったら構わず仕止める事、遠慮は無用でござる」 「――承知仕った」 「合図は八つ半(午前三時)、城田氏が厨口《くりやぐち》へ火をかけられるゆえ、警護の者が騒ぎたつ隙に決行仕ろう」 その部屋の隅に屏風が立廻してあった、――その屏風の蔭から影のように、音もなくすべり出た者がある、黒い覆面をして、右手に小薙刀を提げていた。 「首尾よく参ったら他人に構わず、身を以って遁れる事、落合う場所は」 そう云いかけた刹那! 部屋の中の夕闇を截ってぎらりと光が飛んだ。ばっという無気味な音、 「がっ、あうーっ」 喉を鳴らして市九郎が横ざまに倒れた。全く不意のことなので四人とも気を抜かれたが、一瞬あっと眼を瞠る、――倒れた市九郎の頸根から凄じく血が噴出るのと、それを見て始めて事態を知った四人が、 「――曲者!」 と仰天して刀を執るのと同時だった。――しかし怪しい人物はそれより疾く、大きく踏込みざま蓬谷伝蔵の右手を二の腕から斬放し、返しざまに宮内松之丞の横面を薙いでいた。「あっ!」 「あっ※[#感嘆符二つ、1-8-75]」 と二人が倒れる、同時に村越曹次が、 「くそっ!」 と抜打ちに一刀、曲者の脾腹へ斬込む、刹那! ほとんど同じ刹那に曲者の薙刀も村越曹次の真向を割りつけていた。――だあっ[#「だあっ」に傍点]と仰《のけ》ざまにのめる曹次、曲者も脾腹の重傷に堪らず、 「う、うーむ」 と呻きながら膝をついた。 「や!」 脇から打込もうとしていた銕兵衛は、曲者の呻きを聞き、袖口からこぼれる紅色の女衣装を初めてみつけると、愕然。――刀を措《お》いて、走寄り、覆面を剥いでみた、 「あ、あ、其方《そち》は奈々……」 奈々であった。――余りの事に茫然となる、そこへ、ただならぬ物音を聞きつけて常次郎が走りこんできた。 「父上、――父上!」 一歩入ったが暗い、暗い中にぷんと鼻を衝く血の臭だ。 「父上、何事でございます。父上」 「――常次郎……ここだ」 銕兵衛の喘ぐような声がした。――眼をとめて見ると哀れ、父の手に抱かれて奈々の、気息奄々たる姿――。四辺を見れば血の海に、四人の手負いが倒れている。 「どうした、どうした事です」 「――お、お従兄さま」 奈々が呼んだ。 「奈々、常次郎だ、おれだ」 常次郎は狂ったように、父の手から従妹《いもうと》を抱取って叫んだ。――奈々はしげしげと常次郎の顔を見上げながら、 「お従兄さま、叔父さまに、お詫びを申上げてくださいませ、奈々のした事は、間違っていたかも知れません、けれど、――けれど、奈々は、綱村さまの殺されるのを、黙って見てはいられませんでした……あの方は殺されるような悪い事は、これほどもしてはいないのです、――あの方には何の罪もないのです。どんな事情があろうと、あんなお気の毒な、お可哀そうな方を殺すなんて、無道です、無慈悲です」 「――奈々!」 常次郎は押|拉《ひし》がれた声で云った。 「おまえ、おまえ――それでは、あの人は綱村侯だったのか」 「ええ、陸奥守綱村さまでした」 そう云って奈々はがくりと崩折れた。 [#8字下げ]八[#「八」は中見出し] 本陣の城田家に不浄の事があったというので、綱村の宿所は急に牡丹屋敷、即ち黒上家に変更された。 綱村はそれを聞いて、そこが奈々の家である事をすぐに気付いた。出府のまえにひと眼会いたいと思っていたのだが、うまい機会がなくて来られなかった。明日出立すれば二年のあいだ会うことはできない。 ――会って行きたいな。 そう思ったが、鋭い眼で見まもっている老臣たちのことを考えると、とても云い出す気はしなかった。――しかし晩餐の後で寝所へ入ると、床に活けてある牡丹をみつけて、 ――そうだ。 と賢しくも一案を思いつき、 「この牡丹は赤すぎて眼触りだ、白があったら活換えるように申せ」 と命じた。 花を活換えるとすれば、当然この家の娘がするであろう、そう思ったのである。しかしその予想は外れた、畏って退った近習の若侍はしばらくすると自分で、白牡丹を活けた花籠を捧げてきた、そして前の花と換えて去った。 それ以上、もう思案はなかった。――綱村は満足りぬ思いで寝についた。 乳色の濃い霧が、早朝の空いっぱいに渦を巻いて流れている、―― 黒上家の門前には、すでに出立の供揃えがすっかりできて、街並には一刻も前から、綱村の行列を見送ろうとする町人や農夫たちが土下座のまま待兼ねていた。 午前六時《むつ》が鳴った、玄関口の人々が一斉に平伏して、旅装の綱村が現われた。 ――奈々は? 綱村は式台のところで、振返ったが、すぐ思切ったように駕へ身を入れた。――と、それを待兼ねたように、玄関脇から奈々が、常次郎に抱かれるようにして現われた。 「ああ奈々――」 口まで出たが抑えた。 「申上げます」 駕脇の伊達式部《だてしきぶ》が式台して、「当家の娘、奈々と申す者、御旅のお慰めに丹精の牡丹を献上仕りたいと申しまする」 「――許す、近う」 頷いて綱村は奈々を見た。 奈々は化粧をしていた、生れて十八年、かつて手にしたこともない化粧を、それも厚めに装っていた。――でなかったら、彼女の顔は死人のように見えたであろう。 「許す、近う」 綱村はもう一度云った。云いながら無量の思いを籠めて奈々の顔を覓《みつ》めた、――奈々は常次郎に授けられながら静かにひと膝進み、満身の力を絞って――微かに笑顔を作った。 「いや、卑しき身をもちまして、御前を汚し、恐入りまする」 「――――」 「これは、わたくしの、丹精いたしました牡丹、名を『春雪』と申しまする、御旅路のお慰めに……」 それだけ云うのが精いっぱいだった。 「――過分じゃ」 綱村は、奈々が慄える手で捧げる牡丹を取ると、眼ざしだけに万言の意を籠めて云った。 「美しい花じゃな、江戸へ着くまで散らぬよういたすであろう」 「――忝のう……」 喘ぐように云って低頭《おじぎ》すると、もう奈々は再び顔を挙げることができなかった。――綱村はしかし、会ったことの悦しさと、別れることの名残り惜しさがいっぱいで、それほど変っている奈々の様子には気付かなかったのである。 「帰国の折もこの花を見せよ」 そう云った時、駕の戸は伊達式部の手で静かに閉された。 「――お立ち」 駕が上った。 「奈々、お駕が行くぞ」 常次郎は平伏したまま奈々の耳へ囁いた。奈々は必死の力を振って面をあげた。 「奈々、見えるか」 「――お従兄さま」 奈々はもつれる舌で云った。 「あの方は、もういらしった、――お駕が遠くなる、お駕が……」 云いたいことの千万をもちながらひと言も許されず、――生きて再び会うことのない、別れだった。奈々の胸を引裂く悲しさがどんなものか常次郎だけにはよく分った。 「御武運長久に……」 そう呟くのを最期に、奈々は従兄の腕の中へ崩折れた。――その夜を待たず、奈々は死んだ。二年後の国入りに、綱村はどんな気持で黒上家の牡丹を見たであろうか? 千余株の牡丹花は、今もなお「岩沼の牡丹屋敷」と呼ばれて、年毎に撩乱と咲き誇っている。 底本:「婦道小説集」実業之日本社 1977(昭和52)年9月25日 初版発行 1978(昭和53)年11月10日 四版発行 底本の親本:「婦人倶楽部」 1938(昭和13)年3月 初出:「婦人倶楽部」 1938(昭和13)年3月 ※表題は底本では、「牡丹《ぼたん》花譜」となっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ
https://w.atwiki.jp/2chbesteroge/pages/170.html
まいてつ 点数:15P 票数:9票 (2016-03-25) Lose ←感想16-12.シンソウノイズ ~受信探偵の事件簿~ →感想16-14.ワールド・エレクション ↑2016年に戻る 1-150■まいてつ■+1 SG H5 3037 題材の丁寧で綿密な描写と震えるほどのペド力でお馴染みのLoseが最新作で選んだお題は、鉄道。 エコ機関の発展により鉄道が廃れた架空の日本で、かつて鉄道事故で家族を失った青年が故郷の工場誘致を撤回させるべく、 車両制御用モジュール・レイルロオドのハチロクと共に、8620系蒸気機関車で町興しをするお話。 こう聞くと色々な列車の擬人化娘が出てくる萌えゲーを想像するが、そんな安直なものをこのメンバーが作る訳もなく。 出てくる車両は8620とキハ07のみながら、SLの運転方法・ボイラーの仕組み・保線技術・鉄道のビジネスモデル・Nゲージ等の鉄道趣味まで、 鉄道に関するありとあらゆる方面の知識がどっさり詰まった生粋の鉄オタ仕様に仕上がっている。 かといってただの蘊蓄ゲーにはなっておらず、主軸はあくまで町興しとそれを通じた人々の成長物語である。 熊本県をモデルとした数々の文化や産業は、相当に取材したことが伺える作りこみの細かさで物語に説得力を与え、 また登場人物が軒並み有能かつ建設的なため、次々出てくる問題をサクサク解決していくのが読んでて気持ちよい。 CGにも触れねばなるまい。e-moteを搭載した本作は、立ち絵だろうが一枚絵だろうが動く、とにかく動く。 それも適当に動かしているのではなく、セリフに併せて表情や仕草がちょこちょこ変わり、 複数キャラが登場する場面では喋っていないキャラも表情で語らせる。手間のかかるe-moteをここまで活用した作品って他にないのでは。 副次作用として、手間がかかり過ぎるため無駄なシーンがカットされ、結果としてテンポがよくなっている、というのは流石に持ち上げすぎか。 そしてお約束のロリペドも忘れていない。前作の全キャラ何が何でも縮ませる、という強迫観念じみたロリ魂は抑えられているものの 清楚かつ凛とした大和撫子ロリ・「にぃに……んんっ、兄さん」とか言う微ロリの方言妹・のんびりゆるふわガチペドロボ・ 元気バカなLO系チビ・引っ込み思案なLO系ノッポと、各方面の需要に応えるた量より質の方向性で発揮されている。 対する主人公も個性的だ。武家の若様か書生の青年のような古風&硬派な好漢でありながら、 メインヒロインを初登場シーンで半裸に剥き、共通の時点で大半のヒロインと風呂に入りながら眉一つ動かさない剛の者。 それ故にヒロイン達への対応も極めてフラットで、相手が幼女でも対等の相手として接するため好感が持てる。 ……まぁこれだけロリ推ししといて俺のお気に入りはポーレットなんですが。 幼い頃自分を救ってくれた少女、ほんわかしてるけど有能、鉄道の話になるとめっちゃイキイキしだす等、俺の好物が多すぎた。 そしてエロ、こちらも先述のe-moteが生きており、「絵を動かす技術」ならではのCG差分をフル活用したエロシーンとなっている。 フェラにしても舐めるか咥えるかといったシチュを使い分けつつ目線や表情も動かす、これはループアニメでは絶対にできない芸当である。 特に凄かったのがe-moteの粋を集めた凪&ふかみの3P。あれはやばい、洒落にならない、属性の扉をこじ開ける類の代物だ。 ロリ二人が片や恐々と、片や発情しながらチロチロと舌を這わせる、という定番シチュに細かな動きが付くとここまでやばくなるとは……。 以上のように各方面に独自の強みを持ち、かつ高品質の個性派優等生、減点法なら歴代でもトップクラスの作品になり得る。 Loseは新作を出す度に確実に進化していっているので、このままエロゲ界を支える柱の一角になって頂きたいものである。 A-163■まいてつ■+2 GM H4 940 「タブレット」という単語が指す意味は時代の移りと共に増えていき、きっと今後もそうだろうけど、俺は子供の時に鉄道用語で記憶していた かつて信号機が手動式だった頃、単線区間で列車同士の衝突を避けるための重要アイテム名が『まいてつ』ではまた別の意味を帯びて登場する 基本、ゆるふわーな雰囲気に浸りながら、働く女の子またーり観察ゲーなのだが油断してると「…なんという事」と引き締まる場面もあった 印象に残ったのは、蒸気機関車8620号の台車に付着した油汚れを落とすために炙ってみたら…という場面 それと、双鉄さんの恋人ポジション争奪戦に銭湯の婆さまが参入を仄めかす場面 (のちに、若人を思い遣っての発言と知り安堵) CG閲覧モードで E-mote 弄り倒し、余りのパターンの多さに昂りを持て余す、閲覧モードにセーブ機能が搭載されていれば捗るのに…と 発売後の追加シーンも良かった、ポーレット社長が学生服で…って完全にコスプレイメクラじゃんやったぜ サブヒロイン勢の追加シナリオは今年 ( 17) に順次追加される予定もあるし、期待と感謝を込めて 1-021■まいてつ■+1 CG H1 657 正直、ソフマップAM館で掲出した広告のキービジュアルに惹かれてプレイした。だって、幼女と機関車の組み合わせがかっこよすぎるもん。 Loseの前作のペド臭いは今でも受け付けないが、今作は列車のメンタル体ということで上手く料理したのが印象的。 でも俺は日々姫が好きだから、ロリコンじゃないから。最初に隈元弁がちょっときつかったけど慣れれば親しさまで感じる。 実際にある町を題材としたゲームが少なくなった今、この作品は非常に大胆なリアルの鉄道ものであり、プレイしていてそれゆえの没入感も強い。 旅行オタとしてクリアした後に現地に観光しにいけるのも2度楽しい。 もちろん立ち絵が動くシステムもグッド!ほかのブランドもこのようなシステムを採用してほしい。 1-108■まいてつ■+1 SC H4 356 きっと、他の人はキャラやゲームの機能について語るのでしょうが、私はハチロクのお話がとても記憶に残っています。 愛情を注ぐお話だけではないのです。超えてゆく、そのお話が、とてもまぶしい。 きっと痛みがあって、傷があって、しかし超えてゆく。 そのための物語で、そんなお話で。 うまく言葉にはできないけど、このゲームを買って良かったと思いました。 1-049■まいてつ■― CG H4 310 かなり力の入った作品だと感じました。 2Dのキャラが動く動く。それに不自然さも感じられません。 鑑賞画面で目や口の開き具合、体の傾きなどを変えられるのが面白いです。 そして鉄道用語の解説がすごい。出てくる用語の一つ一つにフルボイスの解説付きです。鉄道のこと良く知らなくてもプレイできる親切設計ですね。 1-079■まいてつ■+1 S H1 270 E-mote凄い! そして、趣味に走りまくったシナリオもこれが書きたいんだな、というのが感じられて良かったです。 リリース後のプロモーションでちょっと失敗してしまった感があってちょっと残念なところもありますが、 世界観的に素晴らしいので今後の展開にも期待したいところ。 1-072■まいてつ■― CG H4 268 隈本炉の国ペドの国(風評被害) Loseてめぇまたやらかしやがったな!祝ってやる!! あ、俺はポーちゃん派なのでおまわりさんはいりません でもロリポーちゃんはかわいいと思いました 兎にも角にもE-mote。また動きのレベルが一つ上がって未来への階段を上った感がある 1-018■まいてつ■― CG H4 247 2D紙芝居ゲーにおける1つの到達点。かわいらしい立ち絵が動く動く。 背景の書き込みも緻密で何より色使いが綺麗。グラフィックに関しては、最高、とだけ。 あとは考えるな感じろの精神でマウスポチポチしていればそこはもう夢の国。ひたすら萌え狂えます。 1-190■まいてつ■― C ― 76 まあ、安定してますね ストーリーも良かったです。 やはり桐谷華は最高だ。 ←感想16-12.シンソウノイズ ~受信探偵の事件簿~ →感想16-14.ワールド・エレクション
https://w.atwiki.jp/harukaze_lab/pages/171.html
寛永侠豪伝 山本周五郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)下野国《しもつけのくに》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)親|同朋《きょうだい》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数) (例)※[#「さんずい+参」、第4水準2-78-61] ------------------------------------------------------- [#8字下げ]一の一[#「一の一」は中見出し] 「――山内の若様」 堤の上でやさしく呼ぶ声がする、 「若様……今日も釣ですか」 年は十五六であろう、小麦色の肌をしてやや険ある眼つきだが、上背のあるきりりとした躰つき、かたちの良い唇が艶やかにしめりけを帯びて、どことなく年にはませた色気が溢れている。 下野国《しもつけのくに》宇都宮付近で、 『小鼬《こいたち》のお絹《きぬ》』 といえば知らぬ者のない娘だ。 けれどどこの何者の娘か、どんな素性をもっているかということになると誰も知らなかった。山窩《やまもの》の子だという者もあり、渡り乞食の棄子だともいう、二、三年まえからこの付近に現われるようになったが、親|同朋《きょうだい》があるかないかも知れぬし、どこに寝てどこで喰べるかすらまったく分っていないのだ。 「ふん」 娘は鼻を反らせて、 「若様の黙り坊」と罵った。 堤の下では前髪立の少年が、大剣を草の中へ置いたまま、さっきから石のように釣棹を覓《みつ》めている。 お絹はもう一度鼻を反らせて行き過ぎようとしたが、気を変えて堤を駈け下り、少年の傍へ男のようにしゃがみこんだ。 お絹が側へ寄ったので、初めて少年の躰のひどく巨《おお》きいのが分った。肩から腰へかけてのすばらしい肉付、身丈《みのたけ》は五尺四五寸あるだろう、眉の濃い眸子《ひとみ》の張った、豊かな頬に血の色の美しい顔だちだ。年は十六、宇都宮藩士|山内伊織《やまのうちいおり》の二男|鹿之助《しかのすけ》という少年であった。 「なにか釣れて――?」 娘が訊《き》いた。鹿之助は眼も動かさず、まるで相手を無視しきった様子で川波を見|戍《まも》っている。 「もっと上へ行けばいいのにな」 暫くしてまた娘が云う、「柳の堰のところには鮠《はや》がうんといるんだ、夕方になると川獺《かわうそ》が二疋も三疋も漁りに来ている、あたいが掴んだって十や十五はすぐだ」 「――うるさい」 鹿之助がどなりつけた。「しゃべるならあちらへ行ってしゃべれ、魚がみんな逃げてしまうじゃないか」 娘は敏捷に少年を見やってからぶすりと黙った。 八月の残暑。堤の上には熱い埃が時おり北へと流れる、川の上の微風は向う岸の蘆を戦《そよ》がせ、低く垂れた柳の枝をなぶって、少年の乱れた髪にもつれる――鹿之助はふっと、娘のほうへ振返った。男のようにしゃがんだ裾前が割れて、風の来るたびに媚めかしく白い脛がちらちら覗いている、鹿之助は慌てて眼を外《そ》らすと、二三度空咳をして、ぷっと遠くへ唾を飛ばした。 娘はながいこと不機嫌に黙っていた、しかしいつまで経っても相手が何とも云わないので、不機嫌のやりばが無くなったか、いきなり草の根から礫を拾いとると、川波に揺れている浮木《うき》をめがけて投げつけた。 「止せ!」 鹿之助はそういって睨みつけた。 「おお怖い眼」 娘はくいと肩をつきあげて、「まるで無念寺の仁王様みたいだ、でも仁王様のほうがずっと男らしくって強そうだ」 「おれだって……強さじゃ負けないぞ」 「じゃ腕を捲って見せてよ」 鹿之助は釣棹を措いて、右の腕をぐいと捲りあげ、うん――と力みながら力瘤を出してみせた。肌目《きめ》の細い二の腕の白い皮膚がまるではじけそうに盛上って、ぐりぐりと若い生命《いのち》のかたまりが逞しく息づいている。 「なあ……んだ」 娘は嘲るように云って、何気なく手を伸ばすと鹿之助の力瘤をそっと掴んでみたが、手指の腹に少年の肉体の強い弾力が触れた刹那、かっと胸の紊《みだ》れを感じて手を引込めた。 「ちっとも強そうじゃないじゃないの」 「これでもか――」 鹿之助は満面を紅潮させて力んだ。 腕に盛上った力瘤は、まるで皮膚を割ってはじけ飛ぶかとばかり蠢動《しゅんどう》する――お絹はこくりと生唾を呑みながら、妖しく光る眼尻で見やっていたが、 「そんなの……」 と粘る舌で云う、「江戸相撲の白雲峰右衛門《しらくもみねえもん》に比べればまるで、まるで――寒竹みたいじゃないの」 鹿之助は腕をおろした。 [#8字下げ]一の二[#「一の二」は中見出し] 宇都宮の大社八幡神社は、毎年八月十五日が大祭に当っていた。 この大祭には例年土地の草相撲を奉納する習わしになっていたが、今年はさらにそれを盛大にするため、江戸から本職の行司力士を呼び、その一行と地元の者と東西に組んで奉納相撲を取ることになった。 江戸から呼ばれて来たのは行司二名に力士十名で、白雲峰右衛門というのが力士の筆頭であった。この峰右衛門は身丈五尺三四寸の小兵であるが、膂力《りょりょく》すぐれて相撲が烈しく、五日の取組を四日まで、出る相手出る相手をほとんど子供扱いに投げ勝っていた。 鹿之助は初日から三日目まで群衆にまじって見物したが、見ていると飛出したくてむずむずしてくるのが怖しいので、四日目の今日は眼をつむって釣に来てしまったのである。 「白雲なんか――何だ」 鹿之助は不機嫌に呟いた、「あんな相撲、おれが出れば一度で投げてやる」 「かげ弁慶なんか駄目よ」 「嘘なんか云うか、本当に投げてやる」 「じゃ投げてみせてよ」 娘はきらきらと眼を輝かした。 「投げろって……馬鹿だなあ」 鹿之助は嘲るように、「御側頭を勤める武士の子が、町相撲と裸になって相撲が取れるかよ、ちえっ!」 「何故いけないの」 「そんなことおまえに分るかい」 「分るわよ、教えてくれれば……」 浮木がくくくくと烈しく水を潜った。 鹿之助は機敏に合せて、棹尖をためながらぐっと上げた、午さがりの強い陽を浴びて三寸あまりの赤腹が、溌剌と跳りながら宙をとんだ。――鹿之助が巧みに鈎を外して、片手に魚籠《びく》を取上げた時である。 「やい、怪童丸なにをしている」 と喚く声がした。 振返ると堤の上に、大番組|埜田甚右衛門《のだじんえもん》の伜、八十吉《やそきち》が、弟の仙太郎《せんたろう》というのを伴れて立っていた。八十吉は鹿之助と同年で、悪童仲間の牛耳を執っている暴れ者だった。 「おやあ、小鼬のやつもいるな」 八十吉はにやりと笑って、「やい、山内の怪童丸、貴様は昼日中こんな往来ばたで、穢らわしい売女と何をしていたんだ」 「なんですって――?」 同時にお絹がとびあがっていた、「売女とは誰のことを云うの!」 「黙れよ、誰を云うものか、売女とは貴様のことを云うんだ、家も無し親同朋も無いやつは売女に違いないじゃないか、それともおまえは何か商売があるのか」 「坊ちゃん、埜田の坊ちゃん」 お絹の美しい唇がぴくっと痙攣《ひきつ》った「あなたはたいそうよく知っていらっしゃるのね、家も無し親も身寄りもない者は、みんな売女だと思召すの……? ほほほほほ」 お絹は刺すように嘲笑した。 「それで分った、はい、それでようく分りましたよお坊っちゃま、あなたそれでこのあいだの晩あんなことをなすったんですね」 「何だ、何だ」 八十吉はさっと色を変えた、「おれが何を知るもんか、あんなことって――何だ」 「云ってもよくって?」 「勝手にしろ、貴様なんぞ売女が何を云ったって驚くおれではないぞ、なんだ貴様なんか、家無しの野良猫め、根もないことを云うと無礼討ちにしてやる」 「から威張りは止したらどう」 娘はふんと鼻を反らした、「お絹は一つ星だよ、どこで死んだって惜しくない躰だ、斬るなら斬るがいいさ、だけど黙って斬られちゃいないからそう思ってちょうだい――無礼討ちにするというのはこっちのことだ。あたしにそのつもりがあれば、このあいだの晩あの森の中で、おまえさんの躰から一滴残らず血を絞ってやったんだ、そう云われて竦然《ぞっ》としないかい?」 「気違い、野伏《のぶせ》り」 八十吉は唾をとばして喚いた、「貴様なんぞ穢らわしいやつが何を云ったって、何だ、大嘘つきめ、――やい、――怪童丸」 鉾を転じた。 「貴様こんな女といて恥かしくないのか、こっちへ来い。そんな女の側にいると魂まで穢れてしまうぞ、来いったら怪童丸」 「おれは釣をしているんだ」 鹿之助は振向きもせずに云った、「この女は勝手にここへ来て勝手に見ているんだ。おれの知ったことではない」 「ちえっ、八十吉に恥をかかせる気か」 鹿之助は答えなかった。 お絹は態《ざま》をみろという顔で、片足の爪先をとんとんと踏みながら巧みに唇をおちょぼにして口笛を吹いていた。――八十吉は弟を促して足音荒らく二、三間行くと、 「やい、覚えていろ小鼬」 と振返った、「怪童丸も忘れるな、貴様たちがここで何をしていたか、おれはちゃんと見届けてあるんだ、後悔するなよ」 そう喚きたてると、勝誇ったお絹の嘲り笑う声を後にさっさと立去ってしまった。 鹿之助は何事もなかったように、平然と釣棹をのべ、両手で膝を抱えながら水面を覓めている。お絹は少年の逞しい肩を見ているうちに、何とも知れぬ力強い頼もしさを感じ、思わず側へひきつくようにして坐った。 「馬鹿ねえ埜田の野良息子は」 お絹は喉で笑った、「あいつ、このあいだの晩――っていったら眼の色を変えていたわ、あいつもう大人なのよ」 「うるさい!」 鹿之助の声は吃驚するほど大きかった「しゃべるなら向うへ行け、おまえなんか――大嫌いだ、なんだ……女なんか」 お絹はぎゅんと胸を緊つけられるように思った。そして上半身を反らせながら、にわかにうるみの現われた眸瞳《ひとみ》で、少年の怒った横顔をながいこと見戍っていた。 [#8字下げ]一の三[#「一の三」は中見出し] 八幡神社の奉納相撲は五日目になった。 境内は見物の群衆で埋まっている、本殿への石段も神楽殿も御手洗《みたらし》の屋根の上も、大銀杏の枝にまでびっしり人が犇めいている、別に木戸銭を取る訳ではなく、力士溜りの周囲に縄張りをしただけだから、見物の群衆はほとんど無数に詰めかけていた。 刻《とき》はもう日暮れに近い――四日間、まるで勝負にならぬ勝放しを続けてきた白雲峰右衛門は、今日も土地の草相撲で大関を取る夕凪定吉《ゆうなぎさきち》を投げ、続いて飛入りの二名を突放して今……傲然と土俵上に突立っている。 「もう相手はないか」 右衛門は太々しく喚いた。「下野は土相撲が盛んで、腕っ節のある者が少々はあると聞いたから、楽しみにして来たんだがまるでどれもこれもへろへろじゃないか。――この奉納相撲も今日が千秋楽、また来年といって白雲峰右衛門が来られるかどうか分らんぞ、江戸相撲の骨のあるところを味わってみる者はないか、誰も出る者はないかよ」 色の黒い眼の怒った男が、小意地の悪い調子で喚きたてるのがびんびん響いた。 鹿之助はこの日早くから来て、群衆の中にまぎれこんだまま熱心に見物していたが、もうさっきから身内へ力疼きがきて、うずうずと耐え難いまでに闘志を唆られるので、もう出よう、もう帰らなければいかん――と思い思い、ついに結びまで観てしまったのであるが、いま白雲の暴言を聞くと矢も楯も堪らなくなってきた。 「誰か出てくれ」 鹿之助は自分を制しきれなくなった、「早く誰か出てくれ、そうでないとおれは……」 「若様」 耳の側で不意に囁く者があった。ぎょっとして振返ると、小鼬のお絹、 「白雲は強いのねえ」 唆《け》しかける声音である、「あんなに威張りかえっているのに、もう誰も出る者がないなんて、宇都宮には男がいないのかしら」 「うるさい、黙っていろ」 「口惜しいからよ、口惜しいじゃないの、あんなにのさばって、あたいが男なら死んだっていいから白雲にぶっかかってやるわ」 お絹は皓《しろ》い歯をきりきりと噛んだ。 「さあ、もう誰もないか」 峰右衛門は挑みかかるように、「骨のある者の一人や二人いそうなものじゃないか、せっかく江戸から揉みに来たものを、このまま帰して後で悔んでも仕様がないぞ……誰もないか、なければいよいよ下りるが」 「――待った」 「鹿之助は思わず叫んでしまった。はっ! としたが遅い、声を聞きつけて峰右衛門が振返る、詰合っていた群衆の眼が一度に鹿之助のほうへ注がれた。 「待てと云うのは、お出なさるのか」 「出る、出る!」 もう仕方がない、鹿之助は慌てて答えると、ぬっくり立上った。 「わあ――山内様の怪童丸だ」 見知り越の者がどっと声をあげた。 「若様あ、頼みますぜ」 「怪童丸しっかり」 「白雲を土俵の砂に埋めてくれ」 喧々と力声が競いおこる、鹿之助は一瞬、鋭い悔恨と羞耻を感じて立竦んだ。 謹直な父伊織は、常に鹿之助の腕力を封じていたのである。なにしろ幼少の頃から体格人並にすぐれ、十二三歳になると力自慢の大人を平気で取って投げるほどの膂力が出た、そのために喧嘩をすると相手の腕を折ったり腰骨を挫いたりすることもしばしばだったし、第一――武術の稽古さえ充分に出来なかった、というのが、あまりに力が余りすぎて、精一杯の稽古をすると必ず相手に傷を負わせてしまうのだ。 藩の兵法指南を勤める淵神軍兵衛《ふちがみぐんべえ》も、 「鹿之助殿は型だけお習いなさい」 と匙を投げてしまった。 武士として衆に秀でた体力をもつことは誇るべきであるのに、皮肉にも鹿之助の場合にはそれが余りに異常なため、反って邪魔になるという妙な結果を招いていた。 「どんなことがあろうとも決して腕力沙汰に及んではならぬぞ、そのほうにとって戒慎すべき第一は力だ、ゆめにも忘れるな」 父の伊織は口癖にそう戒めていた。 然し、抑えるほど唆るものはない、肉体の底に鬱屈している力は、制すれば制するほど烈しく暴れ出そうとする。年頃から云っても十六歳の鹿之助にとって、ほとんど本能ともいうべき闘志を、どこまでも抑制し切ることのできないのは当然である、――彼は半ば夢中で、白雲の声に応じたのであった。 [#8字下げ]一の四[#「一の四」は中見出し] わっと巻起る喚声に、一度は、 「しまった」 と立竦んだ鹿之助、 「怪童丸、宇都宮男子の耻辱を雪《そそ》げ」 「若様たのむぞ」 「白雲を投げ殺してくれ」 わっわっと叫ぶのを聞くと、もはやのっぴきならぬ立場だと感じた。 この群衆のなかで、町相撲と立合ったことが知れれば父の怒りは見るが如しだ、ことによると勘当ぐらい喰うかも知れぬ、どうせ叱られるなら存分に取ってやろう――と、鹿之助は度胸をきめて力士溜りのほうへ進んだ。 地許方《じもとかた》の者が二三人、鹿之助を取巻いてすぐに衣服を脱がせ、締込の新しいのを選んでさせる、 「醜名《しこな》を何としましょう」 と云われて、鹿之助は言下に、 「――下野《しもつけ》」 と答えた。 白雲峰右衛門は土俵の上から見ていたが、躰こそすばらしいがまだ前髪の少年だから、取るまでもないという顔でにやにやしていた。鹿之助は支度が出来ると、五六度まで四股を踏んで躰を馴らし、行司の合図を待って土俵へ上った。 「東、白雲――西、飛入り下野」 行司が高く呼上げる声に、群衆はどっと歓呼の声をあげた。 土俵に上って、白雲峰右衛門と眼を見合せた刹那、鹿之助はながいこと抑えつけていた身内の力がむらむらと血管を衝いて湧きあがるのを感じた。堰を切られて奔流する万石の水にも似て凄じく、念《こころ》燃え肉跳る闘志――五体に溢れ漲って張裂けんばかり。 「――やっ」 と行司の引く軍配、立った。 得意の突っ張をかけるつもりの峰右衛門、立った刹那に、鹿之助の巨躯が弾丸のごとく、だっ! と来たから、危く耐えて捲込もうとする、とたんに腰を落して、 「お――!」 と、突放す。足らなかった、残した白雲は巧みに廻りこんで、ずぶりと双差し、 「あっ! いけねえ」 「怪童丸、振れ、振れ、振っちまえ」 どっと湧上る喚声。白雲は満身の力をふるって、鹿之助を土俵際まで持って行った。 「若様――あ」 きいんと響く女の声、「お絹が見ていますよ――う!」 鹿之助は踏止まった、 「うむ!」 もうひと押しと見せて、白雲が突然――腹櫓にかけようとする、のっけへ、鹿之助足をひきざま、双差しになっている白雲の両腕を、ぐいと閂に絞った、腕を返そうとしたが遅い、ぐいぐいと金剛力に絞られて堪らず腰が浮く、刹那、鹿之助は躰を開きざま、 「う――ん!」 とばかりに振った。 廻ろうとしたが及ぶところではない、白雲は藁束のように飛んで西の力士溜りへ、だ――と転げ落ちた。 「わあ――っ」 と地をゆるがして起こる鬨の声、境内に詰めかけた何千という群衆は狂喜乱舞して、怒涛のように土俵際へ押寄せた。 [#8字下げ]二の一[#「二の一」は中見出し] 「鹿之助、父上がお召しだ」 兄の左次馬《さじま》が来て呼んだ。 「――気分が悪いのですけれど……」 「一刻逃れをしても無駄だぞ」 悄気《しょげ》ている弟を見て、兄は慰めるように云った、 「それより早く行ってお詑びをするがいい、今日はことの外のお怒りだから、決して口答えなどするな、どこまでもお詑びをするんだ、よいか」 「はい」 「左次馬も口添えをする、さあ――」 鹿之助は仕方なく立上った。 伊織は居間で煙草を喫《ふか》していた、酒も飲まず何の道楽もない伊織にとって、勤めから戻っての煙草だけが何よりの楽しみであった、しかし今宵は味を楽しむ余裕などはなく、ただ怒りを煙に托して発するようなものだった。 鹿之助と左次馬が入って来る、じろりと見やった伊織は、 「左次馬、来てはならん」 と強く云った。 「はい、けれど私もお詑びを」 「ならん!」 伊織は頭を振った、「今宵は口添え無用、さがっておれ、いてはならん」 「……は――」 それを押してと云えぬ温和な左次馬は、眼顔で鹿之助に、飽くまで詑びるのだぞ、と知らせながら静かに部屋を去った。 鹿之助は心細そうに片隅へ小さくなって坐る、伊織は音荒く煙管を置いて、 「鹿之助、近う寄れ」 と向直った。 「近う寄れと申すに」 「はい」 鹿之助は恐る恐る膝行した。伊織はその面をじっと見戍っていたがやがて傍にある手文庫の中から、小さな紙包を取出してずいと鹿之助のほうへ押しやった、 「鹿之助、これは親子の縁を切る餞別じゃ、これを持ってどこへでも行け」 「父上様!」 「何も申すな」 伊織はきっぱりときめつけた、「父も今となっては何も云わぬ、本来なれば斬るべきだが――亡き妻に免じて命だけは助けてやる。今宵のうちに当地を立去れ」 「父上様、お赦しくださいまし」 鹿之助は平伏した、「鹿之助が恐うございました、以後は決して過を致しませぬ、きっと謹慎いたしますから、こんどだけはどうかお赦しくださいませ」 「今さらなにを云うか、この馬鹿者」 伊織は嚇然と呶鳴った、「武士たる者は、己の為したことに対して責を負うのが当然だ。十六にもなって、過を犯し、ただ――相済まぬでことが納まると思うか、後になって詑びるくらいなら何故あんな馬鹿なことをする、奥平家御側頭を勤める者の子が、裸芸人同様の町相撲と、衆人の眼前で勝負を争うなどということをすれば、その結果がどうなるかぐらい分りきったことだ。それを今になって詑びるなど……己を辱める致し方と云うべきだぞ」 鹿之助は腕で眼をこすった。 「立て!」 伊織は静かに云う、「一時の怒りや威しで勘当などをする父と思うと間違いだぞ、親類縁辺へも断りの状が廻してある、誰を頼んで詑びようなどという未練がましい振舞をすると、その時こそ座は立たせぬから覚えておれ」 鹿之助はせきあげる涙を、腕でとすりこすり頭をあげた。 己の為したことに責を負え! 父の一言は又なき重さで渠《かれ》の心を圧しつけた。そうだ、おれはすでに戒を破ったのだ、その責任は自分で負わねばならぬ。 「何をめそめそしているか」 伊織はぐいと起った、「そちも子供ではないぞ、父の言葉が分ったら立て!」 「――はい」 鹿之助は両手をついて、「では……父上様、仰せに従って立退きますが、父上様の子として恥かしくない者になったら、御勘当をお許しくださいませ」 「たわ言を申すな、親子の縁を切ったからには他人だ、名を挙げようと乞食《かたい》になろうと知ったことではない、行け」 獅子は子を産んで三日、谷底に蹴落して力を試ると云う――伊織の胸に、ふいっとその言葉が泛《うか》んできた。いま自分の忿りの中に、果してそれだけの大慈悲があるかどうかは不知《しらず》。日頃から、こいつは小宇都宮に跼蹐《きょくせき》して、果つべき人間でないと考えていたのは事実であった。こいつはどこへ突出ても伸上る奴だ! 男親として我子にこれだけの頼みのもてる心強さを――今ほど生々と感じたことはない、 「再び顔を見せるな」 そう云って伊織は部屋を出て行った。次の間から、兄が来ようとするのであろう。 「ならん、行ってはならん!」 と父の遮る声が聞える、「勘当すればそのほうにも弟ではない、捨て置け!」 鹿之助はぽろぽろ涙をこぼしながら、投出されてあった金包には眼もくれず、一度自分の部屋へ戻って大剣を取ると、逃げるように家をとび出した。 鹿之助は自殺する覚悟であった。 「母様の墓前で腹を切ろう」 そう思いつめたのだ。 体こそ巨《おお》きく、力こそ衆にすぐれていたが、生来のんびりと育ってきた鹿之助には、父に突放されてみるとやはり十六歳だけの思案しかなかったのである。武士が責任を取る――といえば割腹することだ、少年鹿之助にはそう思うだけが精一杯であった。 初更の屋敷町を急ぎ足にぬけて、菩提寺の墓地へ入って行った渠は、やがて母の墓前へ来ると、躊躇なく端座して肌を寛げた。 「――母上、お側へ参ります」 訴えるように去って差添を抜く――ふっと面《かお》をあげると十六夜《いざよい》の月が冴えかえった光をなげている。母様が迎えに来てくだすった……そう思えた。鹿之助は月を見上げたまま、微笑しながら左手でぐいと下腹を撫でた。 [#8字下げ]二の二[#「二の二」は中見出し] 「あっ、あなたは――?」 「埜田八十吉だ」 「じゃあ手紙をよこしたのは」 「いかにもおれさ、どっこい……逃げようとしたってそうはいかぬ」 八十吉はぐいと腕を掴んだ、「鹿之助の名で遣れば必ず来る、そう思ったから偽手紙で釣りだしたのだ。ふっふふ、小鼬が逆に化されたという図さ」 「どうしようというの」 「まあ落着け、少し話がある」 小鼬のお絹はちらと四辺《あたり》を見た。 木間がくれに月はあるが、初更にちかい菩提寺の墓地だ、人の来るはずはなし庫裡へも遠い、――さすがに人を人と思わぬお絹が、掴まれた腕を伝わってくる八十吉の荒々しい力に、のっぴきならぬ場合を感じて我知らず色を変える、八十吉は勝誇った調子で、 「このあいだは怪童丸とひどく仲の良いところを見せつけたなお絹――それから、よくもおれの讒訴を披露してくれた」 「い、痛っ……」 「貴様でも痛いことが分るか」 「乱暴な、放してください」 「動くなよ、放していい時がくれば放してやる。温和しくおれの云うことを聞いていろ。だいたい貴様は素性も知れぬ卑しい身分のくせに悪くのさばり過るぞ、大番組埜田甚右衛門の子ともあるおれが、格別に眼をかけているのを有難いとも思わず、あんな化物同様な怪童丸などにべたつくばかりか、つまらぬことまでしゃべりたてておれに耻辱を与えるなどとは以ての外の奴だ。あんなことを曝きたてられた以上は、もう――意地でも貴様をおれの物にしなければならぬ、今夜こそ泣いても喚いても駄目だぞ」 八十吉はのしかかるように云いながら、強く娘の体を引寄せた。お絹は反抗しなかった。八十吉は憎みとも愛情ともつかぬ、烈しい情熱が胸へつきあげてくるのを感じ、力を喪った柔かい娘の体をぐいぐい引緊めながら、 「どうだ、これでも逃げられるか、どうだ」 上づった声で、喘ぐように、「おれは、貴様を殺してやろうとまで思切っているのだぞ、さあ逃げてみろ、どうだ」 と荒々しくお絹を揺り立てながら、大きな榧《かや》の幹へと押しつけた。 お絹は黙っていた、眼を閉じ歯を喰しばってされるままになっていた。そして榧の幹へ背中を押しつけられたときである、張出ていた根に足をとられて、どうと倒れたとたんに、誰かが大声に、 「この馬鹿者!」 と喚くのが聞え、同時に八十吉の体が自分から離れて宙へ浮くのを感じた。 「あっ、貴様」 「馬鹿、馬鹿」 平手打ちの激しい音がして、だだ! と体を揉合う気配、お絹が跳起きると同時に、ぽきりと骨の挫《お》れる音、 「あああ――」 痙攣るような悲鳴とともに八十吉が倒れる、相手はがっしりと仁王立ちになった、月の光に見ると思いもかけぬ鹿之助だから、お絹は弾かれたように駈寄って、 「わ、若様――!」 と縋りつく、鹿之助はそれを押退けて、 「やい八十吉」 と倒れている八十吉へ喚いた、「貴様耻ということを知れよ。おれの云う言はこの一言しかない、いま挫いた腕の骨が痛む限り、おれの言葉を忘れるな」 「斬れ、斬って行け」 八十吉は苦痛を耐えて叫んだ。 「馬鹿な、貴様のような卑しい奴を斬る剣は持たぬ、口惜しかったら自分で死ね」 云い捨てて鹿之助は大股に立った。 お絹は小走りに追いついたが、鹿之助は見向きもせず元の場所、――母の墓前へ戻った、まさに割腹しようとしていたところを、思わぬ出来事のために遮られて、張詰めた気持はすっかり外れてしまった。 「若様、どうしてこんな所へ来ておいでになりましたの」 「うるさい、あっちへ行け」 「あら!」 鹿之助が墓前に置いた差添を拾いあげるのを見て、それから寛げた衿のあいだに逞しい腹が覗いているのに気付くと、お絹の敏い勘はすぐに事情を察した。 「若様は、お腹を召しにいらしたのね」 「馬鹿! 行けと云うのに」 「何故そんなにお怒りなさいますの?」 「当りまえだ」 鹿之助は手早く衿を掻合せて、「貴様は、偽手紙で誘《おび》き出されたそうだが大体鹿之助ともある者が、夜陰の墓地へ女を誘い出すような男だと思っていたのか、馬鹿者! 八十吉も卑しい奴だが貴様も底の知れぬ馬鹿者だ、貴様のような女は騙されるのを待っているようなものだ、行け!」 「行きません」 お絹はきらきらと眼を光らせた、「若様はお腹を召しにいらしったんです。八幡祭りで白雲峰右衛門と相撲を取ったことが知れて、それで御切腹なさるのでしょう?」 「それを貴様の知ったことか」 「お絹は馬鹿です、若様の名で来た偽手紙を、疑ってみる余裕《ゆとり》もないほど……馬鹿です、でもあたしが騙されて来たお蔭で、若様のお生命をお助けすることができました、お絹はお側を離れません、どこまでも御切腹の邪魔をして差上げます」 「おれは腹など切りに来たのではない」 「ではお帰り遊ばせ」 「そんなことの指図を受けるか」 鹿之助は事実もう自害の決心を喪っていたのである。八十吉の腕の骨の折れる音が、掌《たなごころ》から頭の心へ伝わってきた刹那に、何とも云いようのない力が、腹の底から湧上ってくるのを感じたのだ。勝つことの快感は人に生きる悦びを与える――鹿之助には、切腹することよりも外に、もっと立派な、もっと武士らしい責任の負いかたと生きかたが有るように思えてきたのである。 鹿之助は乱れた衣服を正すと、今はもう宇都宮藩士山内伊織の二男でなく、一人の牢人山内鹿之助としての新しい大望へ向って、力強い一歩一歩を踏出して行った。 [#8字下げ]三の一[#「三の一」は中見出し] 天正十八年、徳川家康が入国して以来四十余年、江戸はまだ微々たる一城市に過ぎなかったが、寛永十一年に至って譜代大名の妻子を江戸に置くことが決定し、次いで十二年、参覲交代の制が成って外様諸大名もまたその家族を移すに及び、市中はにわかに活気を呈し始めた、諸侯の邸宅は境を接して新築され、従って入府する諸家士藩臣またその数を知らず、同じく十三年江戸城惣郭造営のこと成るや、諸匠人工商家の発達も驚くばかり、市域は延び街巷は整い、ここにまったく将軍家お膝下としての大江戸が現出するに至ったのである。 さてここにおいて、もっとも注目すべきは町人階級の勃興である。元来、関東は生産物の少ない新開の地であったところへ、政治の枢軸たる幕府の権勢確立とともに、江戸市中は三百諸侯はじめ消費階級たる武士たちの数が激増し、さながら一大消費都市と化したから、各地より物資移入の必要を生じ、為に商業の発展はいうまでもなく、貨幣制度の改革、一株市場、金融機関の進出等、諸商家および御用商人はめざましくその勢力を伸暢しはじめた。 しばらくして町人階級の生活力は次第に根を張って行ったが、当時の思想は依然として士農工商の順序が厳格に固守され、商人たちは常に武士階級からの圧迫を甘受しなければならなかった。そこで――豊かな財力を擁した彼等は、対抗上ことに力の代行者を必要とするに至ったのである、いうまでもなく、それは男伊達《おとこだて》という存在であった。 男伊達、いうところの侠客なる存在が生じたのは、勿論その外にも多くの理由をもっているが、一般町人階級や富商達が武士の権力に対する己の代弁者として、彼等に依拠し、これを庇護したところに、彼等の存在が社会的意義をもちきたったことは否めない事実であろう。かくして寛永から正保へかけて、男伊達の輩出するもの踵を接し、なかにも夢《ゆめ》の市郎兵衛《いちろべえ》、放駒四郎兵衛《はなれごましろべえ》、幡随院長兵衛《ばんずいいんちょうべえ》、鐘《かね》の弥左衛門《やざえもん》、深見重左衛門《ふかみじゅうざえもん》等は、その巨擘《きょはく》として知られていた。――ところで、それと同時にもう一つ注意すべきことは、市中に於ける牢人群の汎濫である。大坂の役から僅々二十年ほどしか経っていなかったが、同役において主家を失った人々の多く、それ以後に徳川幕府の政策の犠牲となって取潰された諸大名の家臣等など、扶持を放れた牢人の群が、出世の途を求めて続々と江戸へ入込んでくるのだ。しかし、既に泰平の機運動かすべくもない時で、諸侯はこれ等を召抱える必要がなかったし、たとえ特殊の人物がたまたま仕官に有りついたとしても、その数は実に微々たるものであって、大多数の牢人群は将来の希望もなく巷間に窮乏の日を送る状態だった。 富を擁して次第に社会的位置を高めつつある商人、階級的権力を以てこれに対峙する武士、両者のあいだに新しい地歩を占めつつある侠客、そして光明を喪った多くの牢人群……繁昌を誇る大江戸の坩堝《るつぼ》には、これらの要素が渦をなして相|鬩《せめ》いでいた。 故郷宇都宮を出た山内鹿之助が、胸中に大望をいだいて、乗込んで来たとき、江戸の情勢はおよそ右に述べたような有様だったのである。 [#8字下げ]三の二[#「三の二」は中見出し] 「これへ出ろ、出ろと申すに、町人」 めっきり秋の風情を増してきた向島|木母寺《ぼくもじ》の森のそとは、今宵十七夜の月を待つ人たちで賑わっていた。墨田の流れを前にした草地へ、思い思いに毛氈《もうせん》を敷き、酒や弁当をとりひろげて、まだ黄昏というのに早くも絃歌のさざめきさえ起っている――その中で、有福な商家の者と見える七八人の一団が、妓《おんな》交りにひときわ浮かれているところへ、通りかかった一人の牢人者が威猛高に罵りかかったものである。 それ始まったと四方から集まって来て、遠巻きにする群衆を後眼に、牢人者は大剣を左手にひきそばめながら、 「牢人たりとも麻田邑右衛門《あざだむらえもん》、町人ごときに酒をうち掛けられては武士の面目が立たん、これへ出ろ、ぶち斬ってくれる」 「どうぞ御勘弁ください、御覧のとおりみんな酔っておりますので、お通りかかりとも存じませずつい盃の酒をあけましたので、まったく粗忽でございますどうぞ平に…」 「ならん、粗忽で済むことと済まぬこととある、成上り者の黄白に染んだ酒で大剣を穢されたからは、その穢れを洗う法は一つしかない、えい出ろと申すに」 年は三十二三にもなろうか、色|蒼白《あおざ》め、鬢髮伸び、垢染みた縞の帷子《かたびら》によれよれの袴、見るからに落魄した風俗である。――縮みあがっていた七八名の中で、年配の男がようやく牢人者の目的を察したらしい、手早く紙入れを取出して幾許《いくら》かの金を包むと、 「誠に御無礼なことを申上げるようではございますが、手前どもの過ちで御差料をお汚し申しましたことは、何とも申訳ございませんが。如何でございましょうか、甚だ礼儀知らずな言分ではございますが、お汚し申した御差料をお拵え直して頂くとして……」 と金包を差出そうとする。 「そのほうは、何だ?」 浪人が喚いた時である。 「待たれい」 と叫んで、遠巻にした群衆の中から、ずいとそれへ立現われた者がある。――牢人者が振返って見ると、埃だらけの衣服に草鞋《わらじ》ばき五尺七八寸あろうという逞しい体で、まだ前髪のある男が近寄って来た。いうまでもなく、山内鹿之助である。 「待てとは、何だ」 「仔細はあれで拝見仕った。失礼ながら町人どもはあのように詑びておる。過ちは誰にもあること、もういい加減に赦しておやりなさい」 「黙れこいつ、見ればまだ前髪のある分際で、要らぬことに口出しをするな、すっ込んでおらぬと貴様も唯はおかぬぞ」 「面白い――」 鹿之助は一歩出た「せっかくこうして止めに入った以上、このほうも黙ってそうかと引込むつもりはない、唯はおかぬというとどうするのか」 「望みとあらば思知らせてくれよう、いざとなって逃げるなよ」 「果合か――」 牢人が柄へ手をかけるのと、鹿之助が二三間とび退くのと同時だった。 この問答のあいだに、肝心の商人たちは素早く道具を片付けて、こそこそと何処かへ逃げてしまったが、二人はそんなことに気付く暇もなく、互いに大剣を抜いて相対した。――鹿之助は臍緒《ほぞのお》切って初めての真剣勝負だったが、いちど母の墓前で割腹しようとした時、死に直面した一種の境地を味わっているので、気のあがっている割には神の鎮澄を感ずることができた。 相手は剣を中段にとって、なにをこの小伜と云わんばかりに、 「えい、え――い!」 声をかけながら、ずいと一二歩すすみ出た。鹿之助は応えずに、中段の剣をそのまま上段へすり上げる、――圧倒するような呼吸、 「えい――ッ」 喚きざま斬下した。刹那! 「あっ」 と云って牢人は、きりきり舞いをしながら二三間とび退く、鹿之助が踏込むのを、慌てて手を振りながら遮った。 「ま、待て、待て」 「待てとは――」 「待ってくれ、貴公…本当に拙者を斬るつもりか」 牢人は痩せた手を前へ差出して、及腰になりながらせいせい[#「せいせい」に傍点]息をついている。鹿之助は拍子ぬけがして剣をおろした。 「本当だとも、冗談に剣は抜かぬ」 「驚いた男だ、こんなことでそうむやみに斬られて堪るものではない、まあとにかくその剣を納めてくれ」 牢人は冷汗を※[#「さんずい+参」、第4水準2-78-61]ませながら自分の剣を納めると、群衆のほうへ振返って、 「こやつら、見世物ではないぞ――!」 と喚いた。――吃驚してわあっと散る群衆のかなた、遠野に霞む森の上へ、鈍い色の月がいつかのっとさし覗いていた。 [#8字下げ]三の三[#「三の三」は中見出し] すっかり暮れた堤の上を、鹿之助は牢人麻田邑右衛門と肩を並べて歩いていた。 「食えないからだ」 邑右衛門が云った、「牢人はみんな食うにすらこと欠いているのだ」 「しかし、いくら食えないからとはいえ、あれではまるで押借、強請《ゆすり》の類ではありませんか」 「その外に方法があるか、――あいつらの懐中《ふところ》は狡猾な商法で貯めこんだ不浄の金でふくれているのだ、我々が生命を投出して戦場に働き、世を泰平にしてやったからこそ、あいつらは安閑と金儲けができるのではないか。それをみろ……やつらは町人の分際で妓を伴れ、美酒に喰い酔って騒ぎおるのに、この邑右衛門は今日で二日も飯を喰べていないのだ」 鹿之助はごくりと喉を鳴らせた。彼もまた昨日の早朝宇都宮を立って以来、水を飲み飲み一粒の食も採らずここまで来たのである。 「高が一両や二両、やつらにすれば妓の塵紙代にくれてやる金であろうが拙者にとっては六七十日を支えることができる――それがもう少しで手に入るところを、貴公の邪魔ですっかりめちゃめちゃになってしまった」 「それにしても、あんなことまでして生きなければならぬとは、どうしても合点が参りませぬ」 「貴公は知らぬからだ」 邑右衛門は力の抜けた下腹をぐっと息ませて、「どんなに落魄したって武士は武士だ、町人を威して僅な金にするなどということを恥じぬやつはない、だが、その外にどうしたらいいかい、物心つく頃から兵法と切腹の仕方だけしか知らぬ我等、扶持を放れてどう生きる?――何をしたらいいのかい、食わずに死んでしまえとでも云うのか」 「そう仰せられずとも、この広い江戸に出世の緒口の一つや二つ無いはずは」 「そんなことは夢だ」 邑右衛門は嘲るように遮った、「すでに百年泰平の基礎は定っている、加藤、福島などという大所が除封されても、もはや一人として徳川に反抗する者は無い、――城壁の石ひとつ直してもすぐ幕府の監察に睨まれ、逆意ありなどと云われる状態で、誰が迂濶に牢人者などを召抱えるか」 鹿之助は絶望を感じ始めた。 江戸へ出れば出世の途《みち》はごろごろ転がっていると、思って来たのだ。将軍家のお膝下で三百諸侯の邸宅があり、一世の繁昌を※[#「言+区」、第4水準2-88-54]歌すると聞いていた江戸だ、才能さえあればどんな立身の緒口にもありつけると信じて来たのに、これはまた何ということであろう――こんなことなら母の墓前で割腹するほうがよかった。鹿之助は思わず心の内に歎息した。 「ところで貴公」 邑右衛門はふと蒼い顔を振り向けて、「見たところまだお若いようだが、江戸勤番の御家中かそれとも――」 「牢人でございます」 「なに牢人、ほう貴公も……」 「実は父に勘当されまして、一度は切腹するつもりだったのですが、思いかえして出府する気になったのです」 「江戸にはお身寄りでもお有りか」 「ございません」 麻田邑右衛門は眉をひそめた。――この時、二人の行手に人声と唄うのが聞え、七八人の巨きな男伴れが近寄って来たので、こちらは道を端へ避けなければならなかった。 [#ここから折り返して2字下げ] 「――ひとくち茄子を置いてきた いんやさ、ひとくち茄子に紅のついたを置いてきた」 「――やんれどこへおいてきた」 「――よんべの船宿へとんと忘れた 可蔵《べくぞう》ちえだす分別は」 「ねいねい、ねっからないないおんじゃりもうさないよさ」 「――とかく恋路は気がもめる……」 [#ここで字下げ終わり] やんやと唄い囃しながら通り過ぎるのを見ると、いずれも六尺豊かな巨躯に一本刀、肉瘤の盛上った肩で風をきらんばかりの伊達者であった。鹿之助は暫く見送っていたが、 「あれは何者ですか」 と訊いた。 「新規お許しになった寄合部屋の相撲だ、この辺を歩いているところをみると、恐らく深見重左衛門《ふかみじゅうざえもん》の部屋の者であろう」 「はあ。して寄合部屋の相撲とはどういう者のことでございますか」 「まあいい」 邑右衛門は興も無さそうに、「そんなことは追々と分るさ。それより貴公、腹がへっているのではないか」 「実は私も昨日から一度も喰べませぬ」 「昨日からというと、では――貴公も懐中は空だな?」 邑右衛門は気の毒なほどがっかりして、さも忌々《いまいま》しげに舌打をしながら呟いた。 「ああ、せめておれも体さえあったら、寄合部屋へ転げこんで相撲にでもなろうものを」 [#8字下げ]四の一[#「四の一」は中見出し] その建物は正しく廃寺であった。 江戸の繁昌も浅草寺までの賑いで、浄明院の数から北は見渡すかぎりの田圃、処々に雑木林を取廻した農家が点々とあるくらいのものだ。後に新吉原の遊女街ができた辺は、まだ山谷堀の水が広く沼地を造っていて、一年中じくじくと湿った葭原に過ぎなかったのである。――牢人麻田邑右衛門が鹿之助を案内して来たのは、その葭原を前にした千束村の数の中で、そこには藁葺《わらぶき》の朽ち屋根に軒も傾き、羽目板の剥げたところから裸壁の覗いているという、実にみじめなくらい廃朽した一棟の家があった。恐らく小さな庵寺の跡であろう、軒先には縁彫りのある扁額が掲げてあるし、脇手の薮の中には卒塔婆と思える板片の腐ったのが投出されてあった。 邑右衛門と鹿之助がその薮の中へ入って行った時、荒果てた前庭で一人の牢人者が、地面に穴を掘って造った釜戸で大鍋を焚きつけていた。 「唯今戻った――」 邑右衛門が声をかけると、相手は、痩せて鋭くなった顔を振向けて、 「やあ」 と答えた。半面に焚火の光を受けてまざ[#「まざ」に傍点]と闇の中に浮出た男の顔は、まるで地獄から這いあがって来た幽鬼のように凄く見えた。 「何かうまいことがあったかよ」 「草臥《くたび》れだけを儲けて来た、おまけに同志を一人拾っての」 「うむ――?」 男は眼を剥いて鹿之助を睨んだ。邑右衛門は鼻をひくひくさせながら鍋を覗きこんだ、 「今夜は何か食えるのか」 「銕兵衛《てつべえ》が粟をまかない[#「まかない」に傍点]おった、それに拙者が沼で野鶏を捕ってきたからいま粟鶏粥と洒落ているところだ――客人、まあ上へおあがりなさい」 「は、かたじけのう……」 鹿之助は叮嚀に小腰を跼めた。 元の庫裡と思われる所は壊れていたが、本堂のほうは破れた床板の上に古畳が四五帖あって、どこから拾ってきたか、古ぼけた短檠《たんけい》が一基、鈍く光を放っている。そしてその光のなかに三四人の牢人たちが、寝転んだまま声高に何か話していたが、邑右衛門の鞏音《あしおと》を聞いて振返った。 「やあ但馬守帰城だな」 「何かうまいことがあったか」 訊くことは同じだった。 「うまいことか?」 邑右衛門はどっかと座って、「うまいことはあった、少なく見積っても五両がとこ……」 「え? 五両、ほ、本当か」 みんな一度にはね起きた。 「まあ急くなよ」 邑右衛門はにやっとして「正に五両がところ手に入ろうとしたのだがな――駄目だった」 「なに駄目だ。おい、あんまり罪な冗談を云うな、おれの胃腑は口までとび出してきたぞ」 「ちょうどいい、そいつをここへ出さんか、みんなで煮て喰べてやろうじゃないか、胃腑は腹の薬というぞ」 「馬鹿を、熊の胃ではあるまいし」 力の無い声でひと笑い鎮まると、邑右衛門は向島の件を話して鹿之助を皆に引合せた。椙井銕兵衛《すぎいてつべえ》、太田亮介《おおたりょうすけ》、鈴木基左衛門《すずききざえもん》、島田靱負《しまだゆきえ》というのがそこにいる牢人たちで、庭で粥を炊いているのが鯖島弾市《ざばじまだんいち》という福島牢人だということを鹿之助は知った。 「鯖島は明日愛宕山へ行くそうだ」 太田亮介がやがて気の無い声で云った。 「愛宕に何かあるのか」 「例年の奉納仕合さ、それが今年からとびいり[#「とびいり」に傍点]勝手となったそうだ、うまく勝越すことができれば殊によると出世の口にありつけるかも知れぬ」 「冗談じゃない」 邑右衛門は膝をついて寝転んだまま「奉納仕合の宰領は小野次郎右衛門《おのじろうえもん》がするくらいで、旗本の腕利き、諸侯の家中から選抜きの達者が集まって来るのだ、我々痩せ牢人が出たところで、まあ片輪にされて帰るのが落だろう」 「片輪になれば乞食で食へるさ」 基左衛門が嘲るように口を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28]んだ。 「我々ならそうかも知れぬが、鯖島は案外やるかも知れぬぞ、彼の諏訪派は相当なものだと思う、――なあ鈴木」 「あの犬を斬った手際か?」 再び虚ろな笑いがひろがった。そして、それが鎮まると基左衛門が、溜息をつくように呟いた。 「あの犬は旨《うま》かった」 「犬か。武士も犬を食うようになっては終いだ」 銕兵衛が泣くような声でいて、どたりと仰向に身を倒した。 鹿之助の十六歳の神経は、この惨澹たる世路艱難《せろかんなん》の相に圧倒されて、身動きのならぬ絶望を感じ、溺れる者のような息苦しさに責められるのであった。――そこへ、鯖島弾市が大鍋を運んで来た。 [#8字下げ]四の二[#「四の二」は中見出し] まだ明けきらぬ空を、隅田川のほうから一羽の鵜《う》が浅草寺のほうへ向って飛過ぎていった。 鯖島弾市は古井戸で身を潔め、ゆうべの残り粥で腹を拵えると、まだみんな眠りこけているあいだに身支度をして廃寺を出た。葦の茂っている沼地には濃い乳色の朝霧がたち靄《こ》め、行々子《よしきり》の声が遠く近くしはじめている。 「――お待ちください」 うしろから呼ばれて振返ると、大剣を腰へ差しながら山内鹿之助が追って来た。 「どこへ行かれる」 「御一緒に参りたいのです」 弾市は不審そうに見やって、 「一緒に行くと云って、拙者の行先を知っているのか」 「愛宕山へおいでなさるのでしょう」 「しかし遊山ではないぞ」 「奉納試合のことを伺ったのです。私もぜひお伴れください」 弾市は苦笑した。 「というと貴公も試合に出るつもりか」 「やってみたいと思います」 「止したほうがいいな……」 「何故ですか」 弾市は答えずに歩きだした。 鹿之助は黙って跟《つ》いて行きながら、鯖島弾市の横顔を見た。廃寺のなかに逼塞している牢人たちは、いずれも生きる望を喪って、その日その日の飢を凌ぐことしか考えず、一椀の食のためにはどんな浅猿《あさま》しいことをも辞さぬまでに落魄していた。――その中にあって独り鯖島弾市だけは、どこかにまだ情熱の燻りをもっているかに見える。痩せた頬、落窪んだ鋭い眼、肉付の悪いかさかさに乾いた手足、どこを取ってみても敗残の哀しい姿ではあったが、つきあげた肩つきや身構えにはまだ負けぬ気の閃きがみえ、ことに今朝は髪を結いあげているせいもあるが、憔悴した相貌が一種の凄気をさえ帯びていた。 「――どうしても行く気か」 暫くして弾市が云った。 「お伴れくださらなければ独りでも参ります」 「伴れて行かぬとは云わぬ、だが――帰りは独りになるぞ」 「――貴方は帰らぬのですか」 「帰るとしても、死体になってのことだ」 「……?」 鹿之助が驚いてかえり見ると、弾市は引結んだ唇を歪めて微かに笑っていた。 「今日の試合には江戸中の達者が集る、旗本の乱暴者も来る、なまなかの腕で勝てる訳のものではない、――それに、今年から牢人のとびいりを許すということには、別に少し仔細があるのだ」 「腕の優れた者を取立てるという……」 「表向はそういうが、本当のところはまるで違う、底を割っていえば要するに牢人狩りなのだ」 「牢人狩り――といいますと?」 「これ以上江戸に牢人者が殖えてはならぬのだ、現在でさえ幕府は困っている、巷に溢れている牢人たちはいずれも大志を懐きながら食うにこと欠き、才能のある無しに拘らず将来の希望も無く、満々たる不平に胸を焦しているのだ。もうひと息、ほんのもうひと息窮迫すれば、この不平がどう爆発するかも知れぬ」 鹿之助はごくりと唾をのんだ。 「現在でさえこの有様なのに、これ以上牢人者が殖えたらどうなる。――幕府の政治は、今や徳川家千年の礎を固めるために、大藩の取潰し、諸侯の勢力削減を計ることは必至だ。順って牢人者は殖える一方なのだ、そしてこれらの牢人たちが、出世の緒口を求めて江戸へ来るのも当然な帰結だ。ここに幕府の自縄自縛がある……政治の上から歇《やむ》を得ずして牢人をつくりながら、その牢人をどうするかということには方策がない、しかも殖える一方の牢人たちは、これ以上捨ててはおけぬ危険を孕みつつある――貴公は家光の牢人狩りを聞いたことがあるか」 「存じませんが――家光とは?」 「将軍家光だ」 弾市の眼がきらりと光った。 「二年ほど前のことだが、家光は小野次郎右衛門《おのじろうえもん》とその腕利きの門弟両三名を供に、夜中城を出て牢人者を斬って歩いた」 「――それは、本当ですか」 「小野の道場に通っている者から聞いたのだが、事実その当時しばしば牢人者が辻斬に遭って屍を曝していた、次郎右衛門が介添をして家光が斬ったのだ。――牢人ども、うろうろしているとこの通りだぞと、云わんばかりの遣り方であった」 鹿之助にはさすがに信じられなかった。如何になんでも少し穿ちすぎた話である、牢人を脅すという意味は分らなくもないが、将軍自ら手を下す必要があるであろうか。 「今日の試合にも同じ意味があるのだ」 弾市は静かに続けた。 「とびいり[#「とびいり」に傍点]勝手と云えば、世に出る機会を狙っている牢人たちが集まるのは知れている、そこでこれを取詰めて厳しく立合わせ、あわよくば打殺すか、少なくとも片輪にしてやろうという底意がある。いや、ただ底意があるというばかりではない、現に次郎右衛門は腹心の門弟たちに旨を含めたということだ」 「どうしても私には信じられませぬが」 「そうかも知れぬ」 弾市は自嘲するように首を振った。 「年も若く、世間の機構《からくり》にも疎い貴公には、こんなに凄じい話は信じられぬかも知れぬ。だが……時勢はこうなのだ、そしてやがて貴公にもそれの分る時が来るだろう」 「では貴方は、それを承知の上で試合に出ようとおっしゃるのですか」 「拙者はもう生きることに飽きた、武士の誇どころか人間の誇さえ持つことができず、蛙や犬を殺して食い、落穂を盗んだ雑炊に飢を偽わって何のために生きて行くのか――もう沢山だ、せめて最期だけは武士らしく死にたいと思う」 弾市の声には言葉とは逆な、一種の明るい力さえ籠っていた。――朝霧はいつか薄れて、ようやく動きはじめた街巷《ちまた》の上に、強い朝の日ざしが縞をなして輝きだした。 「それでも一緒に来るか」 「参ります」 鹿之助は期するところあるごとく答えた「そして、私も試合に加わります」 [#8字下げ]四の三[#「四の三」は中見出し] 坂の登口に幕張りの番所があって、五六名の武士が控えていた、とびいり試合を願出る牢人たちの姓名を書留めるのだ。弾市と鹿之助が着いた時にはすでに三十人ばかり来て番所の前に並んでいた。若いのでも二十四五、多くは三十歳左右の者で、中に六十近くの老人が一人いた。鹿之助はこの老人が姓名を尋ねられた時、 「もと加藤肥後守の牢人|多々羅六右衛門《たたらろくえもん》」 と答えるのを聞いた。 鹿之助の番になった時、書き役の武士は筆を控えてじろりと見上げた。前髪のあるのを見て不審に思ったらしい。 「とびいり試合をお望みか」 「はい」 「何歳になられる」 「十六歳になります」 書き役は改めて鹿之助の体を見上げ見下していたが、 「今日の試合は烈しいから、命を落すかも知れぬし手足を打折られるかも知れぬ、まだ年少のそのもとなどは控えたほうがいいと思うが」 「武術の試合を望むからには、素より命は惜みませぬ、打殺されたら屍は野にお捨てください」 鹿之助の張のある声を聞いて、隣にいた中老の書き役が振返った。 「良い覚悟じゃの、しかしそのくらい立派な体があるなら、何もわざと危険な火を浴びるより、寄合部屋へでも入ったらよかろうが、考え直してはどうかの」 「そうだ、この体なら立派に大関相撲になれるのう」 鹿之助は黙っていた。 番所を通過ぎて女坂を登ると、愛宕神社の境内に広く幕をうち廻してあり、中ではすでに奉納試合が行われていた。これは未明から始まるので、もう番数も余程進んでいるらしく、済んだ人たちは武者溜に屯《たむろ》をなして見物していた。 「小野先生はどこにいるのですか」 「あすこの牀几《しょうぎ》にかけている五人の真中にいる老人がそうだ」 筵を敷いた控溜から伸上るようにして見ると、幕を絞った上座に五人の武士が検分をしていて、その中に鬢髪の半白な、痩形で肩幅の広い老人が右手に自然木の杖を持って、じっと試合の様子を見戍っていた。 「あの左手に並んでいるのが旗本組で、白帷子を着て肱を張っている男が水野十郎左衛門《みずのじゅうろうざえもん》だ。近藤登之助《こんどうのぼりのすけ》、阿部播磨《あべはりま》、長坂《ながさか》、渡辺《わたなべ》などという連中もいるのだろうが顔を知らぬ――それから右手に並んでいるのが諸侯の家士。町道場の剣士は向うにいる」 弾市の言葉を聞きながら、鹿之助はいつか身内に強い力の盛上ってくるのを感じていた。 当代の剣の高峰、小野次郎右衛門をはじめ旗本の諸豪、名だたる剣士がとこに集まっているのだ。武道を志す者にとってこれ以上晴れの場所はない、たとえ手足を折られようと、また武運拙く落命して果てようとも、この場所でなら悔むところはない、 「存分に働いてみせるぞ」 鹿之助はひそかに頷いた。 それから半刻ほどすると、ようやく、とびいり試合が始まった。いままでは袋竹刀であったのに今度は木剣である、立合は同時にふた組ずつで、相手には次郎右衛門の高弟たちが当り、また町剣士の達者のうちから選ったのも出された。 弾市の話を聞いて、半信半疑ながらもその烈しさを覚悟していた鹿之助は、しかし――第一番の試合を見て予想以上なのに愕いた。 一番に出た二人の牢人の内、東側の一人はほとんど木剣を構える暇もなかった。挨拶をして一歩さがろうとする、とたんに相手の体が躍ったと見ると、が! と頭蓋骨の砕ける音を立てながら、牢人は仰さまに顛倒した。――これを見た控溜の牢人たちは、はっと息をひき、思わず低く呻声をあげた。そして、同時に出た西側の者が脇胴へ猛烈な一撃を喰って、鼻口から血を吐きながら斃れた時……控溜にはさっと冷たい沈黙が流れ、居並んでいる者のどの顔もひき歪んで、凄じい妖気を孕むかに思われた。 「――次!」 審判の呼ぶ声に、 「応!」 と答えて立ったのは、若い土佐牢人と鯖島弾市の二人であった。 [#8字下げ]四の四[#「四の四」は中見出し] 鯖島弾市は手早く身支度をして――そのまま控溜を出ようとする、その様子はまったく落着を失っていた。鹿之助は思わず、 「鯖島さん!」 と叱りつけるように声をかけた。弾市はぎくりとしながら振返った。両眼が上ずっているし、顔色は蒼白め、木剣を握る手は微かに顫えている。駄目だ、鹿之助は心のなかで舌打をしたが、相手の眼を睨みつけながら、 「骨は私が拾います。存分に!」 と低い声で云った。 「うん……うん――なあに」 弾市は唇を痙攣らせ、慌てて鹿之助の眼から外向くと己を唆しかけるように大きく肩を揺上げながら出て行った。 あれではひと堪りもあるまい、鹿之助はそう思ってみていたが、しかし試合の場へ出ると弾市の様子は驚くほど変った。――相手は町剣士の中から選ばれた小野派の鳥井重兵衛《とりいじゅうべえ》という男であったが、互いに挨拶をして位取をすると、今まで憔悴していた弾市がにわかに大きくなって見え、殺気に充ちたその気合は、ぴん! と場内に響き透った。 「これは――やるぞ!」 鹿之助は呟いて身を乗出した。 鳥井重兵衛は一挙に勝を制するつもりであったらしい、呼吸を計っていたが、弾市が木剣を上段へすりあげる虚を衝いて、絶叫しながら真向へ打を入れた。弾市は大きく右へひらくと、相手に足を踏替る隙も与えず、 「えい――ッ」 鋭く叫んで上段から面へ、猛烈な一撃を打下した。勝った! と鹿之助が伸上る、と同時に鳥井重兵衛の体がうしろへ二三間跳躍し、弾市は木剣を打下した体勢のまま、だだだと前へのめって烈しく倒れた。――どうしたのだ? 意外な結果に仰天する鹿之助の隣で、 「――卑怯!」 と喚いて立った者がある、見るとあの肥後牢人と名乗る老人多々羅六右衛門であった。老人が立上るのを見ると、警衛に当っていた若侍が二三名走って来て、 「何事だ、騒ぐと退場させるぞ」 と呶鳴った。 「黙れ、これが見※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56]《みのが》しておけるか」 老人は大音に喚きたてた「いまとびいりがた[#「とびいりがた」に傍点]の牢人が勝を取ると思われた時、手裏剣を打った者がある、こんな卑怯な」 「何を申すかこの老耄《おいぼれ》」 「けしからんことを云うと摘み出すぞ」 「おお摘み出されよう」 老人は胸を叩いた。 「こんな卑怯な試合は当方から断りを入れる。かねてこのたびの試合は牢人狩りとか噂に聞いたが、将軍家お手直しをも勤める小野次郎左衛門が左様なことを構えるはずは無いと打消していた。しかし唯今見るところによると噂は事実だ。これは武術試合ではない、明らかに牢人狩りだ、牢人を犬のように打殺すための拵え勝負だ、――御同座の諸公」 老人は控溜の牢人たちに振返って、骨張った拳を振廻しながら喚いた。 「いずれもお引取りなさい、いずれも……」 「引摺出せ」 警衛の若侍たちはばらばらと多々羅老人を取詰めて、左右から腕を捻上げ、衿髪を掴んで控溜から引出した。 鹿之助は、老人が、「手裏剣を打った」と云った刹那に、嚇然と胸へとみあげる忿怒を感じ、倒れている弾市の体を動かさず覓めていたが、やがて審判の者の合図で、二人の若侍が弾市を運去ろうとするのを見ると、 「――暫く」 と云って進み出た。 「その鯖島は私の知人でございます。私にお引渡し願います」 審判の武士は振返ると、じろり鹿之助に一督をくれて、 「ならん、ならんぞ」 と冷やかに突っぱねた。 「何故いけないのですか、傷の様子も心許のう存じますし、宿へ伴帰って」 「その必要はない、渠は既に落命しておる」 鹿之助はさすがに胸を刺された。 「……然し、それなれば尚のこと、私が死体を引取ってやりたいと存じます」 「ならんと申すに諄《くど》いぞ、この試合で落命した者は当方で始末をする定だ、親類縁者にも当方から知らせてやる、そのために生国姓名を書留めてあるのだ」 「お言葉ではござるが」 鹿之助はぐいと出た。 「――唯今あの老人が申した一言にも不審がござります、正しく勝負に敗れたものなれば格別、万一にも余人の打った手裏剣で落命したというようなことなれば、同伴して参った者として一応――」 「黙れ、何を申すかとやつ」 審判の者はだっ[#「だっ」に傍点]と鹿之助の胸を突いた。 「仮にも小野先生御宰領の奉納試合に、左様な疑いを※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28]むとは奇怪至極、出ろ、下手なことを申すとそのままにはおかぬぞ――、出て失せい」 鹿之助はきゅっと唇を噛んだ。 [#8字下げ]五の一[#「五の一」は中見出し] 葺屋町《ふきやちょう》の遊女街に燈が入った。 後年浅草の吉原へ移って殷盛を極めたのに比べると、当時はまだほんの仮宅造りで、棟を割った長屋の軒先に掛け行燈《あんどん》も佗びしければ、妓たちの風俗も区々《まちまち》に貧しかった。 昼の隠れ遊びには勤番の田舎侍も来たが、大抵は船夫や人足、または無頼の徒から良いほうで職人たちが客であった。――燈の入った屋内では、風呂からあがった妓たちが、窓際にあらわな肌を見せて化粧をしたり、三味線や唄の稽古をしたりしながら、忙しい宵の人通りに嬌声をなげかけていた。 表通りからひと側裏に『大巴』という家がある、その奥座敷に昼から酒びたりになっているあまり風体のよくない三人の牢人者があった。どうしたことであろう、この三人はひと月まえに千束村の廃寺で見た連中で、太田亮介、椙井銕兵衛、麻田邑右衛門という顔触れである。 「おい安楽城主」 邑右衛門が太田亮介の膝を叩いた。 「どしどし飲《や》れ、貴公いちばん元気がないではないか、さあ酒だ」 「もうならん、眼が舞う」 「ばかな、これしきで酔う奴があるか、久しく飢えていた酒だぞ、酔潰れて死んでも本望というところだ」 「誰だ死ぬなどと云う奴は」 銕兵衛が首をぐらぐらさせて、毛脛をやけに叩きながら喚きたてた。 「拙者は死なんぞ、生きておればこそこの酒も呑める、妓も買える――のう但馬守、人間考えをひとつ変えれば、手を濡さずして歓楽は思いのままだ。ばかばかしい、田鶏と称して蛙を喰い、家猪と号して犬を屠り、落穂の粥を吸って乞食のように暮していたことを思うと、我ながら腹が立ってやり切れぬ」 「それでも我々はこうして、思いのままに酒を呑み妓を買えるようになったからいいが、白痴《こけ》の骨頂はあの鯖島弾市よ」 「うむ、あいつは可哀そうなことをした」 銕兵衛はがくりと首を垂れて、「あいつは時勢を知らん、世の中を見る眼が無かった、だから犬を喰って生き犬のように打殺された、可哀そうな奴だが――馬鹿だ」 「可哀そうなのは弾市だけではない」 太田亮介が悵然《ちょうぜん》と呟くように云った、 「我々三人だとて同様だ、お互いに立身出世して、あっぱれ父祖の名をあげようと誓っていたのが、今では博徒の走狗となって巷の汚穢にまみれている――人を脅し、女を掠め、悪業を尽して僅かな酒と色に己を偽っている……馬鹿さ、哀れさは弾市に劣ってはいない」 「また安楽城主の愚痴か、もうその泣言なら聞飽きているぞ。まあ呑め――貴様は酔わぬからそんな愚痴が出るのだ」 「そうだ、酔わなくてはいかん。聞けよ太田、人間はいつも自分に取って一番大事なことを考え、それを実行しなくては駄目だぞ、何が一番大事か?」 銕兵衛がぐいと顎をしゃくった、「芸術か、誇りか、面目か――違う、そんなものは夢だぞ。たとえば貴公があと一刻のうちに死ぬと定ったらどうする、芸術を励むか? 面目を立てるか? 家名を挙げるか? ――ばかな。一刻後に死ぬ人間に何の芸術、何の家名だ。まず美酒を飽くほど呑み、珍味を腹の裂けるほど喰い、美女を擁して娯む……これが誰にとっても一番の望みだ。その他のことは虚栄だぞ、白昼の夢だぞ。百年の生命があると思えばこそ人間は徒に遠廻りをするが、一刻後に死ぬと定れば誰の考えもひとつの筈だ、――一刻後と十年後とどれだけの差がある、安楽城主……おい、貴様もっと腹を据える必要はないか」 太田亮介は黙って俯向いていた。 「もういい、理屈は沢山だ」 邑右衛門がうるさそうに手を振った。 「それより呑もう銕兵衛――や、いつの間にか妓どもがいなくなった」 「酒も無いぞ」 邑右衛門は手を鳴らした。――不浄の金で遣いぶりは良いが人柄が悪いので、妓たちはともすると座を外すのである。 「お呼び――?」 二十七八になる卑しげな妓が顔を出した。 「よう、妙な化物が現われたぞ」 銕兵衛は酔眼を剥いて、「どこから蛹《わ》いて出た、貴様は? 鍋の尻へ米粉をなすったような面で妖奇な声を出すな」 「どうでもようござんす、御用は?」 「脹《ふく》れるなよ、世の中に女種の尽きる時が来れば、それでも通用するには違いない、安心して酒を持ってこい」 妓はなにをこの蛆虫が――という顔で、返辞もせずに立とうとするのを、 「待て待て、酒も急ぐが妓どもの消えたのもけしからんぞ、妓どもを呼べ」 「今みんな支度を直しているところですよ」 「過ぎた相手だと思って精々|粧《つく》るか、よかろう、――おっと、それなら別に註文がある、さっき酒を運んで来た小娘、あれに酌をさせてくれ」 「あんな田舎者に大層な御執心ですね」 「余計なことを申すな、貴様は皮肉を云うような面ではない、黙って消えてしまえ」 妓はぶすりと立った。 [#8字下げ]五の二[#「五の二」は中見出し] 間もなく酒を運んで来た小娘がある、袖口の詰った薙刀袂の着物に、引結びの帯のはしを――小さな腰の上へ垂れて、油気のない髪を背にさげた身妝《みなり》は、ひと眼で客に出す妓でないことが知れる。 「や、小女郎の御入来じゃ、かたじけなし、かたじけなし」 邑右衛門は眼を細くして、「さ、ずっとこっちへ、そこではいかん、ずっとこっち」 「あれ、お酒がこぼれます」 「拙者もこぼれます」 邑右衛門は娘の肩へ手をのばしたが、娘は鼬のように身軽く、男の手をすり脱けながら酒徳利を平膳《ひら》へ置いた。 「そう薄情にせずにちとこっちへ寄れ、羞しいのも今のうちで、やがては男の側が離れられなくなろう、色の諸分とやら、恋の何とやら、この麻田邑右衛門が手解《てほどき》を……」 「わははははは」 銕兵衛が腹をゆすって笑った、「色の諸分まではいいが、麻、田、邑、右、衛、門――ときてはどうも堪らぬ」 「これはけしからん、友達が先になって裏切るとは心外千万」 邑右衛門はがぶりと酒を呷って「したが娘、見たところまだ年若に思うが、そなたもこの家へ客勤めに買われてきたのか」 「いえ、そうではありませぬ」 娘は賢しげな眼を振向けて、 「お江戸に尋ね人があって参りましたばかり、ここはただわたくしの知辺というだけでございます」 「その若さで尋ね人とは怪しいぞ、誰だ」 娘は笑って答えなかった。 「こいつめ、さては国許で男と馴合い、親の眼をかすめて駈落ちでもしたな」 「そんな浮いたことではありませぬ」 「いやいや顔に出ているぞ、いくら……」 「黙れ但馬守」 銕兵衛がまた毛脛を叩いた。 「相手をよく見て物は申すものだ、この娘の眼を見ろ、泥中の蓮、芥溜の鶴、まだいささかも汚れに染んでおらぬぞ、拙者が察するにこれは仇討だな、そうであろう娘、親の仇か兄弟の仇か、とにかく仇を捜しているに相違ない、どうだ」 「ほほほほ、そうかも知れませぬ」 「それみろ、見る者が見れば的は外さぬ、して相手は何だ、武士か町人か」 「お侍でございます」 「武士とあればとても娘一人の手には負えまい、よし、この椙井銕兵衛が助太刀をして進ぜる、必ず仇は討たせてやるから安心せい、――ところで一盞酌だ」 娘は酒を注いでやると、 「本当に助太刀をしてくださいますか――?」 「武士に二言はない」 「けれど銕兵衛に人は斬れない」 邑右衛門が茶々を入れた。しかし娘は案外に真面目な様子で、 「助太刀までして頂けなくとも、貴方様がたは世間もお広うございましょうから、相手を捜していただきましたら……」 「それは無論のことだが、助太刀もぜひしてやる、こう見えても拙者は神道流の極意に達した腕でな」 「逃足の早いのも得意だ」 「うるさい、邑右衛門は黙って酒を呑んでおれ。――で、その相手はどんな奴だ、どこかの家中にいるのかそれとも牢人か」 「今は御牢人だと思いますが」 「名は何という」 娘は相手に銘記させるかのように、一語ずつ区切ってゆっくりと云った。 「もと宇都宮の藩中で、名は――山内鹿之助といいます」 「山内鹿之助……」 邑右衛門がひょいと振返った。どこかで聞いたことのあるような名だ、 「人相に覚えがあるか」 「はい、背丈は六尺に近く、骨太の逞しい体つきで眉が秀で、唇のひき緊った、眼の涼しい顔だちでございます――それから、体は巨きゅうございますが年はまだ十六歳、国許を出る時にはまだ前髪を立てておりました」 「――それだ」 邑右衛門が大仰に乗出してきた。 「体の巨きいのと前髪で思い出したが、そうだそれに違いない、名もたしかに山内鹿之助と覚えている、知っているぞ」 「あの……」 娘の頬にさっと血がのぼった。 「本当に――御存じでございますか」 「知っている、拙者すんでに斬られようとした相手だ、ひと晩の知己で忘れていたが、宇都宮奥平家の牢人というのも間違いない」 「どこに、どこにいましょう」 娘は息をはずませながら急きこんで訊いた。 [#8字下げ]六の一[#「六の一」は中見出し] 「御不在だ」 横鬢に大きな疵痕《きずあと》のある男だった。 「そんな筈はない」 鹿之助は押返していった。 「御道場のほうでも小梅の別墅《べっしょ》へ成られていると申していたし、この付近の者も御姿を見かけたとたしかに申している」 「どこで何と云おうが御不在は御不在だ」 「とにかく、一応お取次ぎください」 「分らぬ奴だな、たとえ御在邸でも別墅に於いては決して人にお会いなさらぬ習しだ。道場のほうへ参ってお帰りを待ったうえ、改めて願い出たらよかろう」 「無駄なことだ」 「なんだと」 「今日までおよそ四十日余り、何度願い出ても言を左右にして面会を避けられる、同じことを幾度繰り返したらいいのか」 相手はにやりとして、 「幾度繰り返しても駄目だということが、分るまでやってみたらどうだ」 「それが次郎右衛門の作法か」 「な、なに、無礼なことを」 鹿之助の冷やかな態度に、相手は眼を剥いて式台へ下りてきた。 「貴様、将軍家お手直し番を呼棄てに致したな、――おのれ、赦さんぞ」 「赦さぬ? 面白い、赦さなければどうするのだ」 「無礼者!」 すばらしい勢で蹴上げてきた足、だが鹿之助が体をひらいたと見ると、相手は疵のある横鬢から先に、だ! と烈しく式台へ顛倒していた。――声高なやりとりとけたたましい物音を聞きつけたのであろう。廊下を踏鳴らす音がして、五六人の者が押取刀で立現われた。 「――どうした」 「おう、天野が……」 顛倒したまま気を失っているのをみつけて一人が走寄ると、他の四名はすばやく式台から跳下りて鹿之助の左右を取巻いた。 「狼藉を働いたのは貴様か」 「――」 鹿之助は無言のままぐいと左手《ゆんで》に大剣をひきそばめた。右手にいた一人が、 「や、こいつ愛宕山へ来た奴ではないか」 「そうだ、何か無礼なことを申したので、叩き出した奴だ、――さては、このあいだ中先生に面会を強要していたというのは貴様だな」 「如何にも、――」 鹿之助は左右に眼をくばりながら答えた、 「今日もそのためお伺い申した。しかし狼藉を働いたのは手前ではなくそちらでござる」 「そ奴……そ奴――」 介抱されて息を吹返した天野というのが、鹿之助を指さしながら喚きたてた。 「そ奴が、先生を辱めおったのだ」 「先生を辱めたというか」 五人は色を作《な》した。 「いや辱めはせぬ、小野次郎右衛門ともある者が、面会を乞われて居留守をつかうのが作法かと申したまでだ」 「こいつ僭上な舌を叩くな」 「――斬ってしまえ」 いずれも抜こうとするのを、年高の一人が制して進出た。 「待て、見ればまだ前髪のある少年、斬るなどとは大人気ない業だ、阿呆払いにして追返すがいい」 「しかしこのままやっては先生の名聞にも関わろう」 「ばかなことを、たかが喰詰め者の迷言ではないか、こんなことを荒立てるほうが却って先生の御迷惑と申すものだ。――これ少年、今日のところは許してやる、早々に立去れ」 「致方がない」 鹿之助は微笑して、 「次郎右衛門が会わぬというものを、貴公らと争ったところで無駄なことだ」 「――まだあんなことを!」 「今日はこれで退下るが、諦めた訳ではないぞ。今までは順序を踏んで会うつもりでいたが、それでは会わぬと分った以上、これからはどんな方法をとるかも知れぬ、――次郎右衛門殿にそう申して頂きたい、山内鹿之助必ず一度は見参仕るとな」 云うだけ云うと、鹿之助は踵を返してその場から立去った。 [#8字下げ]六の二[#「六の二」は中見出し] 堤を枕橋のほうへ二三丁来た時である。 「そこへ行くお武家、お待ちください」 とうしろから声をかける者があった。――振返って見ると、ひと眼でそれと知れる男伊達の三人連れが足早に追って来る。 うしろの二人は子分らしく、親分と見える先頭の男は年の頃二十七八、骨太に肥えた逞しい体つきで、色白の眉の太い、眼に凄みのある偉丈夫。白地に藍で『夢』と染出した単物《ひとえもの》を着ている。 「呼んだのは手前か?」 「無礼はお赦しください、いま小野先生の門前での始終を拝見致し、失礼ながらお近付きを願いたいと存じて参りました、お厭でなかったらそこまでお運びくださいませぬか」 辞を低うするというほどでもないが、押つけがましさのない態度である。 「よろしい、お伴れください」 鹿之助は頷いた。 相手の男は堤を北へ戻って、長命寺の前に並んでいる掛茶屋の、とある一軒へ入った。九月も末に近かったが昼はまだ暑く、じっとり汗ばんでいる鹿之助にまず風呂を浴びさせ、やがて酒肴を揃えたひと間に子分を交えず、二人相対して寛いだ。――表は掛茶屋ながら、内の造りは意外に凝ったもので、女たちの風俗も卑しからず、障子を明けると外は満々たる隅田川の水であった。 「ほう、掛茶屋にもこんな贅沢な家があるとは知らなかった」 湯あがりの肌へ風を入れながら、鹿之助が正直に驚くのを見て相手は笑った。 「なにこれはこの近辺で一軒きりのことです、小梅から柳島へかけて、近頃大小名の下邸や金持連の寮ができるので、自然と向島へ来る人足も多くなり、こういう家もできた訳でございます、ところでまず一杯」 「酒か、酒はなりません」 「まあそうおっしゃらずに一杯だけ――」 「いや御免蒙る、酒といっては祝儀に舐めたくらいのもので、それも美味《うま》くはない、苦いばかり、どうか勘弁してもらいたい」 真顔になって辞退した。 「左様でございますか、ではこちらだけ勝手に頂きながら、お話し申しましょう」 男は手酌で呑みだしながら、 「まず手前から申上げます、もうお察しのことではありましょうが、私は男伊達とか町奴とか云われる、世間のあぶれ[#「あぶれ」に傍点]者で、夢の市郎兵衛と申します」 鐘の弥左衛門、深見重左衛門、夢の市郎兵衛といえば、いま江戸で三歳の童も知る伊達者の雄である、――しかし鹿之助は知るはずもないから、別に驚く様子もなかった。 「拙者は宇都宮牢人、山内鹿之助と申す」 「失礼ながらまだお年若と存じますが、先ほどの様子を拝見して実は舌を巻きました。なにしろ将軍様のお手直し番、剣道の神とまで云われる小野次郎右衛門先生の御門前で、門人衆五名を相手にあれだけ立派な挨拶をなさるとは驚きました」 「そう申されては恥入る」 「しかし、どういう訳で小野先生にお会いなさろうというのですか」 鹿之助はしばし※[#「足へん+寿」、第4水準2-89-30]躇《ためら》っていたが、市郎兵衛の態度に微塵も邪気のないことは初めから分っていたので、やがて云った。 「実は朋友の仇と狙っているのだ」 「――小野先生を仇と……?」 「去月、愛宕山に奉納試合のあったこと、そこもとも御存じであろう。あの節――拙者の知人がまさに勝を取ろうとした刹那、卑怯にも次郎右衛門が手裏剣を打って助勢し、無惨に打殺されてしまったのだ」 「世間で牢人狩りとさえ評判に出た、あれ[#「あれ」に傍点]でございますな」 「その評判の嘘実はともあれ、次郎右衛門ほどの者がいかなる心得でそんな卑怯な振舞をしたか、それもたしかめてみたし、また、打殺された友の恨み、――一太刀なりと報いたいと存じて、この四十余日というもの機を狙っている次第でござる」 「そうでございましたか」 市郎兵衛はじっと鹿之助の話を聞くうちに、この少年の体内に燃えている火のような気魄、こうと思えば相手が剣道の神と呼ばれる名人であろうと、一寸も退かぬ生一本のくそ度胸に、驚きを新にすると同時に、堪らぬ魅力を感じてきた。 「では山内様、手前がお手引をして差上げましょうか」 「できようか」 「任せてくださるなら必ずお計い致しましょう」 江戸へ出て以来実に初めて、鹿之助は人間らしい人間に会った、――この人物にならどんなことでも云える、という気がしてきたのである。 「ではお願い申す」 そう云ってから顔をあげ、 「申し兼ねるが、空腹で堪りません、これを頂戴してよろしいか――?」 「あ、これは気付かぬことを」 市郎兵衛は手を拍って、 「飯を持って来い」と命じた。 [#8字下げ]六の三[#「六の三」は中見出し] 暫く家で遊んでいるようにといわれて、鹿之助はその日から市郎兵衛の家へ寄食することになった。 市郎兵衛の家は飯田町も九段坂に近いところにあって、まだ木の香も新しい恐ろしく堂々たる構えだった。しかも、家の中には二十前後から四十に余る男たちが、およそ三十人ばかりも寄食しているのだ、――牢人態の者もいるし無頼もいる、どれもこれもひと癖あり気な面魂の者が、何をするということもなくごろごろしているのだ。 「この家構え、この人数を、いったいどうして養っているのか」 鹿之助は第一にそれが分らなかった。 市郎兵衛の家へ来て三日めのことである、ふらり外へ出て田安御門の外を上段空地のほうへ歩いていると、――向うから来た二人連れの牢人者が、あっといった顔でこっちを見ながら立停った。そして鹿之助が気付かずに行過ぎようとすると、二人は何か眼配せをして、 「ああもし、暫く」 と声をかけた。鹿之助が足を停めて振返ると、二人は近寄って来て、 「おおやはり山内氏であったか、久方ぶりの対面でござるな」 と云うのを見ると、いつか千束村の廃寺で会った麻田邑右衛門と太田亮介である。 「やあ、これは珍しい」 「さよう、実に珍しい、あはははは」 邑右衛門は空々しく笑って、 「愛宕山へ行かれて以来、とんと音沙汰がないので、一同お案じ申していたが、――唯今はいずれにおいでか」 「されば、――」 と云ったが、もし本当のことを云って、こんな男たちに転げ込まれては市郎長衛の迷惑であろうと思ったから、 「いまのところ知辺《しるべ》を頼っております」 「ははあそれは結構でござるな、我々もあれから間もなく千束村を引払い只今では細々ながら生計も立つ身上でござる、――時に、久方ぶりの対面、このままお別れ申すも本意ないが、その辺までお付合いくださらぬか」 「御好意は有難いが、さて――」 「いや、決して御迷惑はかけぬ、実はこの近くで貴公も御存じの椙井銕兵衛――彼と合うことになっておるので、幸い揃って夕食など参ろうと思う、ぜひお運び願いたい」 厭だと云ってはうるさそうなので鹿之助は是非なく承知してしまった。 邑右衛門は喜んだ、葺屋町の娼家でお絹と冗談まじりに約束したが、内心お絹に執着をもっていたので、実のところは冗談でなく、一日も早く鹿之助をみつけ出し、お絹の望みどおり、仇討の助太刀をしてやるつもりでいたのだ。――何しろこいつはちょっとないやま[#「やま」に傍点]である。首尾よく仇討ができれば、麻田邑右衛門の名もあがるし、かねてお絹の愛情も掴めようというものだ。 もう獲物をしめた気で、ほくほくしながら三河町までやって来ると、横丁へ入ったところにある『小花屋』という茶店へ入った。 二階座敷へ通ると、 「まだ銕兵衛は来ておらんな」 と呟いた邑右衛門、 「太田氏、すまぬが椙井を呼んで来てもらいたいな、珍客を待たせておくのは失礼だ、貴公ひと走り頼む」 「承知した」 太田亮介はすぐに立って行った。と――邑右衛門は、 「おお忘れた」 と何か思出した様子で、そそくさと追って出たが梯子口で亮介を呼止めるとすばやく耳へ囁いた。 「察したであろうが銕兵衛に知られてはならん、『大巴』へ行ってお絹を呼んで来るのだ、伴れて来たら下の部屋へ待たせて貴公だけ部屋へ来い、――銕兵衛のことはよろしく頼む、では急いでな」 「承知した」 人の好い亮介を出してやって、部屋へ戻って来ると――意外にもそこでは、鹿之助ともう一人、まだこれも前髪だちの見知らぬ少年が、声高に罵り合っているところであった。 「これは、ど、どうしたことでござるか」 邑右衛門は驚いて部屋へ入った。――鹿之助はすわったままで、 「今日は奇遇が重なる日だ、これは拙者と同藩の者で埜田八十吉という人物、いま聞けば九段坂から後を跟けて来たのだそうな」 「無駄言は措け。出ろ、出ろ鹿之助」 「そう急くな、貴様が怖くて逃げるような鹿之助ではない、――麻田さん」 鹿之助は大剣を左手に持って、 「仔細あって拙者はこの八十吉に狙われているのです、彼はこの鹿之助を斬るために江戸へ出て来たのだそうで、これからどこか場所を選んで立合わなければなりません、――せっかくですが今日の御馳走は延ばしで頂きます」 「冗、冗談ではない、そんな馬鹿な……」 「いや又いずれ改めて、――八十吉、行こう」 慌てて押止めようとする邑右衛門の手を、振切って鹿之助は立った。 [#8字下げ]七の一[#「七の一」は中見出し] 一ツ橋御門の外にある四番空き地。喬《たか》い椎の古木が三四本、西の隅のほうにみっしり蒼黝《あおぐろ》く茂っていて、腰っきりの雑草が、強い南風にざあざあと波のような音を立てながら揺れている。 先に立ってやって来た鹿之助は、草原の中へ入ると、 「ここがよかろう、どうだ」 と振返った。 「場所は選ばぬ、来い」 八十吉は吐出すように云って、うわずった眼で睨みつけながら大剣を抜いた。 「急くと仕損じるぞ、仕度はいいのか」 「それはこっちでいうことだ」 八十吉は嘲るように顎をしゃくった、 「やい、鹿之助――大きに貴様落着いているが、今日は少し勝手が違うぞ」 「何だと」 「あれを見ろ」 そう云って八十吉は右手に抜いた剣を高く振った。いつ、どう跟けて来たか、一人二人と散りぢりに、およそ十四五人ばかり、いずれも流行《はやり》の男伊達姿の者が、草原をこっちへじりじりと詰めて来る、――その中に、八十吉の弟仙太郎も入っていた。 「卑怯者……」 鹿之助はさすがに色を変えた、 「一人で討てぬと思って、助太刀を雇って来たな、――埜田、貴様……耻じろ」 「何をぬかす」 八十吉は勝誇った肩で、 「おれは貴様を討つのが目的だ、卑怯であろうと無かろうと、討って取りさえすればいいのだ、貴様も夢の市郎兵衛の家にいるからは、名ぐらいは聞いるだろう、あそこにいる者は神田地内で鯉《こい》の鬼九郎《おにくろう》と云われる町奴、――元を訊《ただ》せばおれの家の若党だ」 「拙者が市郎兵衛の家にいることも承知か」 「出府して三十日、もし貴様が夢[#「夢」に傍点]の許へ身を寄せなかったら、まだ捜し当てずにいたかも知れぬ、おれの訪ねて来た先が男伊達、貴様の匿われた家が男伊達、すぐに噂が聞えたからこの十日あまり跟狙っていたのだ」 鹿之助は、ちらと四辺を見廻した、――草原のはずれのほうに、麻田邑右衛門が、うろうろと戸迷いした恰好でこっちを見ている、 ――あいつは駄目だ! 幾ら自負するところがあっても、この人数へ一人で当るのは無謀である、しかし遠く距《はな》れて逃腰になっている邑右衛門の他には、犬の仔一疋いないと知ると、鹿之助の逞しい胸は急に大きくふくれあがった。 ――よし、しょせん討たれるならば、こっちがやられるまでに何人相手を斬れるか、力限り暴れてみよう。 覚悟がつくのと、右足を踏出して抜討ちをかけるのと同時だった。 「えいっ!」 びゅっ、と風を截って閃く剣。八十吉が鼠のように身を辣めて、二三間うしろへ跳んだ時、右手へ寄っていた町奴の一人が、頭蓋骨を斬割られて、血煙をあげながら草の中へ倒れた。 「油断するな、――詰めろ」 「詰めろ、うしろを塞げ」 口々に、嗄《しわが》れた声で喚き交しながら、人数はぐるりと鹿之助を中に取籠めた。 「――斬れるぞ」 鹿之助は思わず呟いた。 向う島で麻田邑右衛門と抜合せた時は、まだ真剣の光が眼に眩しかった、また愛宕山で鯖島弾市が撃殺されるのを見た時には、息の詰るような戦慄を感じた、――しかし、今こそ鹿之助は剣の精神に触れたのだ、刄が頭蓋骨を断割る時の重々しく、そして一種壮快でさえあった力感は、全身の骨髄へ徹って生々しい闘志を火のように燃えたたせた。しかもしょせん討たれるもの――と身を捨ててかかったところに鹿之助の退引きならぬ強味があった。 初太刀に勝を取った以上、多人勢を相手にこっちから攻勢に出る要はない、鹿之助は呼吸を鎮めて変化に備えながら待った。 「――かかれ」 八十吉が叫んだ。 それを口火のように、苛っていた助勢の者が二人、右と左から大股に踏込んだ。鹿之助の体がぐいと捻られる、二尺八寸の刄が、一閃、二閃、 「――とう!」 耳を劈く掛声、踏込んだ一人は烈々たる刄風を喰って毬のようにすっ飛び、一人は背を肩から斬放されて、ぱっと血しぶきを立てながら顛倒した。 [#8字下げ]七の二[#「七の二」は中見出し] 邑右衛門はこの有様を憑かれでもしたように、大きく眼を剥出したまま見戍っていた。腋の下にじっとり冷汗が※[#「さんずい+参」、第4水準2-78-61]み出て、両の膝頭は音のするほどがくがく慄えている。 ――大変な野郎だ。 口の内で同じことを何度も呟いた。 鹿之助のほうでは、ことによったら助勢に頼むか、とも思ったのだが、邑右衛門のほうは反対だった。彼は出る機会さえあれば、八十吉のほうに付いて鹿之助にひと太刀でも入れようと考えていたのである、――どうせお絹に助太刀をして討つとしても、彼の手に余るのは知れている、とすればこれだけの人数で取籠めているのを幸い、どさくさ紛れに斬りつけてお絹の仇を討ってやれば、労せずして一石二鳥というものである。 ところが、目算はがらりと外れた。二尺八寸の大剣が閃光を放ったと思う間に、血しぶきをあげて二人斬伏せられたのを見て、――いや、邑右衛門は本当のところ胆を消した。 ――迂濶に出なくて命拾いだ。しかしそれにしてもまた何という強い小僧だろう。 恐怖と嘆賞とを籠めて呻いた時である、不意にうしろで、 「……勘も佳《よ》い」 という声がした。 邑右衛門は跳上るほど驚いた。背中から一刀、ずばりと喰ったように、慄然としながら振返って見ると、二間と距れぬ処に二人の人物が立っている、――邑右衛門は夢中で知らなかったが、一ツ橋外の板倉伊予守《いたくらいよのかみ》邸から出て来て、この決闘をみつけてよって来たのだ。一人は痩躯鶴のごとき老人である。悟りすました高僧とも思える慈顔ながら、唇の緊り、双眸の光、自然木の杖をついた身構えに……どこということなく冴えた、鋭さと威儼をもっている、――小野次郎右衛門だ。 「お話し申したのは、あの男でございます」 「――何じゃと?」 「いえ、板倉の御前でお話し申上げた、先生を友の仇と狙っているというのはあの男でございます」 「――ほう」 側で説明したのは、夢の市郎兵衛だった。 「ほう……」 次郎右衛門の眼はきらりと輝いた。 突風が襲いかかった、草原は怒涛のように打返し、揉み立てられ、葉裏を見せて揺れに揺れる、――と、決闘の人々が戦《そよ》ぎたつ草を蹴って入乱れた。誰も声をあげなかった、鹿之助の巨躯が大きく跳躍し、白い剣光がちかちかと尾を曳いた。ほんの一瞬――討手がたの一人が腰を斬放されて倒れたと見る、入乱れた人数がさっと割れて、ふたたび鹿之助は孤立の陣に身を現わした。 西風がいつか強い南に変った。 「――雨が来る」 次郎右衛門が澄んだ声で呟いた。 「え……?」 自分が斬結んででもいるように、全神経を決闘に奪われていた市郎兵衛は、静かな次郎右衛門の呟きを叫喚のごとく聞いた。 「いや、雨が来ると云うのだ」 「老来、雨は苦手じゃ、そろそろ参るとしようかの」 「しかし、このままには」 「あの少年を伴れて行くのだ」 次郎右衛門は顎をしゃくった。 「呼んで来い」 「――?」 呼んで来いと云っても、こいつそう手軽にゆく訳のものではない、さすがの市郎兵衛もいささか返答に困った。 「それ、やって来た」 次郎右衛門の言葉とともに、大粒の雨が、さっと光の箭《や》のように落ちてきた。 「呼んで参れと云うに」 「と仰せられても、あのありさまでは――」 「なに、次郎右衛門が呼んでいると云えば来る、少年のほうで剣を退けば、相手はもう手出しをする気遣いはない」 「あの人数で――」 「人数はあれほどいるが心はばらばらじゃ、あれでは少年の髪一筋斬ることは出来ぬ。――呼べ」 「は、――」 市郎兵衛は決闘の場所へ近寄って行った。 邑右衛門はこの始終を聞いていた――どうも妙なことになってきたものである。どこかで見たことのある老人だと思ったら剣聖小野次郎右衛門だ。その次郎右衛門を鹿之助が朋友の仇とつけ狙っているという――そしていま、狙われている次郎右衛門のほうから鹿之助を呼びにやったのだ。 「こうしてはいられない」 邑右衛門は、さあっと寄せて来た急雨のなかを、丸くなって駈けだした。 [#8字下げ]七の三[#「七の三」は中見出し] 「早く、早く」 お絹は駕籠の中で身を揉んだ。 「もしこうしているうちに、また山内の若様に会いはぐれてしまいはしないか」 そう思うと駕籠から出て走りだしたいような焦りをさえ感じはじめた。 「おい棒組、やって来たぜ」 「おう」 先へ行く駕籠とそう声をかけ合ったと思ったら、足が停まってとんと駕籠が下された。 「来たんですか」 お絹は息を喘ませながら訊いた。 「へえ、もうじきです」 「どうしたの――?」 「桐油をかけますんで」 と駕籠舁《かごか》きは何か解きながら、「季節はずれの夕立でね、たっぷりやって来ますぜ」 ばさばさと駕籠へ桐油をかけると、なるほど、豆を叩きつけるような急雨の音が、お絹の耳を快く打った。 たちまち沛然と襲いかかってきた雨の中を、駕籠はふたたび走りだした。 雨の音は、前後もなくつきつめているお絹の気持を煽るように、駕籠の四方でさっさっと荒れ狂った、駈け散る人の叫びや、あわただしい鞏音や、街並に雨戸をおろす姦しい物音を、追い抜き走って――それからおよそ十四五丁も行ったと思うと、やがて二挺の駕籠は合図をしながら停まった。 「へえお客様」 と駕籠舁きの声に、お絹はどきりと胸を波立たせながら身を起した。 『小花屋』という茶屋の前である、小女が傘をさしかけにきてくれるのを、待つ暇もなく駕籠から出たお絹は、髪にかかる雨を庇いながら走りこんだ。 「やあ、ひどいひどい」 太田亮介は大剣を抱えこみ、袴をたくしあげて後から来ると、出迎えた婢《おんな》に、 「この女《ひと》をどこか階下《した》の部屋においてやってくれ、――お絹さん、すぐに来るから」 と云って二階へ行こうとすると、 「あの、もし――」 と婢が遮った。 「お伴れのかたでしたらもう先刻《さっき》、ちょっと出てくるとおっしゃってどちらかへ」 「なにでかけた――?」 「はい、お三人でお出ましになりました」 「三人で」 太田亮介はた[#「はた」に傍点]と当惑した。聞いていたお絹は気もそぞろに、 「どうしたんですか?」 「訳が分らぬ、どんなことがあろうと、二人が来るのを待っていない道理がないのだし、それに三人で出たというのからして……」 「お二人だったんですか」 「無論のこと、――して」 と亮介は婢のほうを見て、「三人というと、拙者の伴れのほかにどんな人物がいたのか知らぬか」 「はい、お伴れのお若いほうのかたと似たりよったりで、どうやらお国も同じようなことをおっしゃっていました」 「そ、それで」 お絹が思わず身を乗出した。 「何か間違いでもありはしませんでしたか」 「はい、あの……申上げてよいかどうか分りませんが、なんでもお二人同志で声高に云い合っていらしったのを伺いますと、どうやら斬合いでもなさるようなお話で――」 「八十吉だ」 お絹は思わず叫んだ。 「ええ――おまえ知っているのか」 と云うところへ、濡れ鼠のようになって麻田邑右衛門が駈込んできた。 「や、麻田ではないか」 「太田か、や――お絹坊も来たな」 「山内様は、山内様は?」 お絹は邑右衛門の胸ぐらを執らんばかりにとびついて行った。 「待て、まあ待てと云うに」 邑右衛門は髪から垂れてくる滴を押拭いながら、痩せた胸を苦しそうに波打たせ、 「そう急かずとも話してやる。何しろ苦しくっていけない、――これ女中、このとおりの濡れ仏だ、何か衣服を都合してくれ」 「そんなことはどうでもようござんす、山内様はどうなさいました、無事ですか、勝負の様子を聞かしてください」 「待てと云うに、ひとことではとても話し切れん、何しろ強い奴だ、まるで――なにしろ、拙者が出ようとしているところへ、まあさ、とにかくおぬしの仇だから、一刀でも恨んでおとうかと思ってからに、ところが――」 「何だか訳が分りません、無事か無事でないかそれだけを」 「そう簡単な話にはいかんというのだ、なにしろおまえ、将軍家御指南番の小野次郎右衛門までとび出して来たんだぜ」 邑右衛門はぺたりとそこへ座りこんだ。 [#8字下げ]八の一[#「八の一」は中見出し] 「いやどうも大したやつだ」 邑右衛門は女の持ってきた着物を借りて、二階座敷へどっかり座ると、お絹に急かれながら話を続けた。 「仔細はよく分らぬが、朋友の仇といえばきっと鯖島弾市のことに違いない。つまりこうだ、愛宕神社の奉納試合に二人で出掛けて行ったが、鯖島だけは試合の場で撃殺されてしまったのだ。――その時見ていた者の話によると、勝負は弾市の勝であったそうだが、その刹那というところで小野次郎右衛門が手裏剣を打って鯖島を仕止めた、という噂なのだ」 「そんな卑怯なことをなさるんですか、将軍様のお手直し番ともある人が」 「おまえが怒ったって仕方がない、世中の機関《からくり》には底の底、裏の裏がある。そんなことはどっちでもいいとして――だな、鹿之助先生それを根に、次郎右衛門を狙っているらしい、つまり鯖島弾市の怨を晴らそうというのだ」 「冗談じゃない」 太田亮介はにやにやして、 「いくらなんでも小野|忠明《ただあき》を狙うとは桁外れだ、田舎者でもそれくらいのことは分るだろうが」 「あの体では総身に智恵も廻るまい、とにかくあの向う不見《みず》のくそ度胸には呆れる」 「それで後はどうなったのですか」 お絹はもどかしげに促す。 「それで、そうさ、それでその次郎右衛門が鹿之助を呼んでこいと云ったのだ、今頃は恐らく小野の道場へ伴れて行かれたことだろう」 「伴れて行かれたとすると、どうなりましょう……」 「どうなるものか、次郎右衛門の手にかかるか門弟たちの嬲《なぶり》殺しにあうか、――いずれにしても生きて還る気遣はないだろう」 お絹は聞くより早く立上った。 「お、おい、どうするのだ」 「鹿之助さまが殺される、いえ嘘だ、殺されはしない、あたしが殺させはしない」 「騒いでも仕様がないよ、おまえの手で討たずとも次郎右衛門が仇を討ってくれるのだ、あの強さでは拙者が助太刀をしたところでおいそれと……」 「放してください」 お絹は邑右衛門の手を振放すと、そのまま廊下へとび出した。 「あ、おい、待てと云うのに」 追って立ったが、小鼬と綽名《あだな》を取るほどの娘だ、辷るように階段を下りて、 「この近くに駕籠宿は?」 と女に訊くと邑右衛門が下りて来る暇もなく外へ走出てしまった。 急雨は過ぎたが、ひと荒れでぐっと冷えた秋の空は、いつか地雨になってしとしとと降り続いている。お絹を乗せた駕籠は、雨のなかをまっすぐに麹町へ急いだ。 お絹の心は緊つけられるように苦しかった、もし本当に鹿之助が斬られるとしたら、――そう思うだけで眼前がまっくらになる。まだ、宇都宮にいた頃は、ほんの芽生えでしかなかった愛情が、離ればなれになって以来ぐんぐん育って、今は動きのとれぬほど烈しい情熱になっているのだ。お絹のような育ちかたをした女にとっては、なまぬるい思慕の情などは無い、いちど燃上ればその焔が自分を焼尽すところまで行着かずにはいられないのである。しなやかな、妖しい野獣のような体のどんな隅までも、愛慾に突詰めようとする盲目的な本能が脈搏っているのだ。 お絹は男というものの持つ気持を罵った。なぜ男たちは、分りきっている不可能に身をぶちつけて行くのであろう、鯖島弾市などという仮初《かりそめ》の友を討たれたからといって、天下の剣聖、将軍家お手直し番を狙うとは馬鹿げきったことではないか、 「まるで、夜空の星を欲しがる子供みたいだ」 お絹は苛立たしく呟いた。 「それも一人と一人なら万一ということもあるけれど、正面から名乗って掛るなんて、――向うには何百何千の門人もいようし、御指南役の権勢もある。そこへただ一人で乗込むのは、まるでわざと斬られに行くようなものではないか、それが手柄にでもなるというのかしら」 お絹は鹿之助の無謀を怒った、その世間知らずを怒った、罵りつけた。そしてその果には、その無謀と世間知らずと、不可能に対《むか》って身をぶち当てていく度胸とに、総身の顫えるような愛情を感じ、矢も楯も堪らぬいとしさが胸いっぱいに脹れあがるのを知った。 「生きていて、生きていて――」 お絹は両腕にひしと己の胸を抱緊めながら、祈るように呟き続けた。 [#8字下げ]八の二[#「八の二」は中見出し] 燻し銀へ地紙形をおいた宗達《そうたつ》風の襖に対って、鹿之助はじっと端座していた。一ツ橋外から小野次郎右衛門に伴われて、麹町の道場へ来ると、奥まったこの書院造りの部屋へ導かれたのである。 「しばらく待つように」 と伝えたまま、次郎右衛門も出てこず、茶を運ぶ者さえ無かった。 一ツ橋外で五人まで斬った鹿之助は、もはや以前の鹿之助ではなかった。骨まで断ったのは一人だけであるが、自分の刄が相手の肉体に触れる刹那の、じかに生命の髄へ伝わってきた感覚は、その一瞬にこっちの五官をまったく新しいものにした。十六歳の少年から一躍して成年になったともいえよう。それまで夢のように朧だった人生が、忽然として相《すがた》を現わしたのだ、のっぴきならぬ事実の核に触れたのだ。 鹿之助が無頼の徒を斬ったのは、相手を斬るべくして斬ったのでなく、己の追詰められた状態を突詰めるための手段にすぎない。彼は埜田八十吉の一味を斬ったのではなくて、当面したところの『事実』に身をもって突進し、身をもってこれを打開したのだ。漠とした人生の霧の中から、動かし難い『事実』を己の手にがっちりと掴出したのである。鹿之助は自分の感覚が大きく弘がるのを知った。万象ことごとく新しい、身内にも新鮮な力が活々と動き始めている。 「今おれの感じている、こんなすばらしい気持を、かつて誰か感じたことがあるだろうか。――この生々しく強い感覚に比べれば、鯖島弾市の死など取るに足らぬことだ。この感覚こそおれの生涯の王だ、この力がどれほどの深さと大きさを持つか、それをおれは究めてやるのだ、――まず小野次郎右衛門がこれをどう受けるか、見てやろう」 導かれて来たままやがて半刻も経った。 幾曲りも廊下を遠く離れた道場のほうから、折々鋭い気合と、床を踏鳴らす烈しい鞏音が響いてくる他には、こそとの物音も聞えない。弓弦のように張詰めている鹿之助の気持は、刻の経つに順って緊張に耐えられなくなり、端座した足の痺れが全身の神経に伝わって、捉えどころのない不安をじりじりとかき立てるのであった。 「どうするのだ」 鹿之助は苛立ってくる感情を抑えるように、少し膝をずらして座を楽にした。 「待たせて焦らすつもりか、渡らせて闘志を挫くつもりなのか、それとも虚を狙って殺到する策か、――いずれにせよ、そう易々討てると思うと間違うぞ」 半刻はやがて一刻になった。体の巨い鹿之助は、座っていることだけでも努力であるのに、いつ襲われるとも知れぬ敵に対して、微塵の気配をも聞追せぬ切迫した緊張を保たねばならないのだ。体の疲労、心の困憊《こんぱい》、刻々と身内に弘がっていく不安、それらが混合し揉み合いつつ千貫の重みとなって、徐々に鹿之助を圧倒しはじめた。 部屋の隅々から、やがて水の寄せるように夕闇が濃くなっていった。廊下に面した障子は、冷やかな秋雨に暮れていく黄昏の色を吸っている。襖の燻し銀はそれを斜に受けて、底深く荘厳にまで寒々と光って見える。――鹿之助はその光を見るに耐えられなくなった、しかし眼を外らすことは敗北するように思える。 「なにくそ!」 肩をつき上げて、いちど楽にした座を再び正しくすると、のし掛ってくる不安と焦燥に挑みかかるごとく、唇を引緊め、膝を張り、双眸を醒って端座を続けた。 無限のように長い時間が経って行く、すっかり暮れて、道場のほうで響いていた物音も聞えなくなり、途切れ途切れに床下で鳴く地虫の声ばかりが、心へ喰入るような寂しさで耳へ徹る。そして襖の燻し銀だけが、更けて行けば行くほどの重々しさで、鈍い光を強めるかに思われた。 鹿之助の頭は混乱し始めた、膝下の畳が波のように揺れる、血管を流れる脈搏の音が、まるで怒涛のように耳の中で騒ぐ、古びた高い天井は恐ろしい勢で四方に伸び、千似の断崖が崩れかかるような圧力で落ちかかる。――何という息苦しさであろう。鹿之助の胸膈《きょうかく》は見えぬ手で押拉《おしひし》がれるかのように荒々しく波を打った。 襖の燻し銀の中から、むらむらと物の相が現われた。 「来たな!」 鹿之助は大剣を引寄せた。全身の血が一時に逆流する、――と、そこには何物もなくて、右手の壁の表へ朦朧と何か見える、はっとして刀の柄へ手をかけた時だった。 「えい」 という低い気合が聞えたと思と、鹿之助の体は自らどうと仰ざまに顛倒した。――一瞬、二瞬、やがて襖が音もなく明いて、小野次郎右衛門が静かに部屋へ入って来た。 鹿之助はまったく気絶していた。 [#8字下げ]八の三[#「八の三」は中見出し] 背筋へぐっと水のような物が走った。塞がれていた胸が急に寛くなり、清々しい空気が肺いっぱいに流込むと、鹿之助は深い溜息をつきながら意識を取戻した。 「はっは、気がついたの」 云われたほうを見ると、明るい燭台を傍にして小野次郎右衛門が座っていた。鹿之助は夢から醒めたように、不思議な気持で四辺を見廻した。 次郎右衛門の左手に夢の市郎兵衛がいる、それから五十年配の逞しい頬髯のある浪人風の男がいる。三人とも和やかに微笑しながらこっちを見戍っているのだ、――これはどうした訳か、自分はどういうことになったのか、不審なのはしかしそればかりではない、なんと体が軽くなったことだろう。頭がこんなにすっきりしたのは覚えて以来初めてのことだ、心もいままでかつて知らなかったほど爽かに静かである。 「何を訝しそうにしているのだ」 次郎右衛門が楽しそうにいった。 「別に不思議がることはない、――どうだ、すっかり気持が晴れたであろう」 「――はい」 「頭も静まり、体も軽くなったであろう」 まるで見透しているようだった。 「それでよいのだ、おまえの心を捉えていた小さな鬼をこの次郎右衛門が追出してやったのだ」 「心の鬼とおおせられまするは?」 「分らぬか、――」 次郎右衛門はにこりとして、「おまえは今日一ツ橋外の真剣勝負で自己流の悟をひらいたであろう、――驚くことはない、おまえの顔にそれが歴々《ありあり》と現われていた。あれが鬼だ、おまえくらいの若さでその悟を掴んだのは凡俗でないには違いない、いや千人に一人もおまえの掴んだだけの悟を掴みきる者はないかも知れぬ、だが……その悟はおまえの現在の力で持耐えるには大き過ぎるのだ。その悟を自分の物にするほどおまえは人間に成っていない、その証拠には僅か二刻あまり虐めただけでその悟はすぐ暴れだす。事実を掴んだ、と悟ったことが却っておまえを迷いに導くのだ。闇の中に幻影を見たであろう、それはおまえの悟のした仕業だ。蛇を知らぬ者は蛇を怖れない、また蛇を知り尽した者も蛇を怖れない、真髄を究めず形に囚れる者がその執着のゆえに怖れを感ずるのだ。己の心にある小さな『知』が己に恐怖を与えるのだ」 鹿之助は一枚ずつ膜が剥げてゆくように、眼前が明るくなるのを感じた。 「儂《わし》の言葉に不審があるか、あるなら遠慮なく訊ねてみい」 「はい、――」 鹿之助は静かに眼をあげて、 「ただ、夢から醒めたように思いまする」 「今日は二度醒めたわけじゃな」 そう云って次郎右衛門はくくと笑った。 「儂の申したことを忘れるな、まだまだこれからじゃ、おまえの生涯を打込んでも足りぬかも知れぬぞ、どう生きようと道に差別はないが、不退転の心を喪ってはならぬ」 「御教訓、胆に銘じて忘れませぬ」 「さて、――そこで改めて訊くが、朋友の仇としてこの次郎右衛門に立合うかの」 「思いもよらぬ仰せ」 鹿之助は両手を突いて、「弾市の死につきましても、いささか発明するところがございました、もはやお手向いは仕りませぬ」 「そうか、それは次郎右衛門に取っても有難い、年をとると無精になるでの、その巨きな体とくそ力を相手にするのはちと迷惑じゃ、のう市郎兵衛」 「どういたしまして、さき程の気合などは金輪際まで打砕く鋭さでござりましたよ」 「旨く慰めおるぞ――時に、鹿之助はまだ知るまいが」 と振返って、頬髯のある浪人を紹介《ひきあわ》せた。 「こちらは本所に住む部屋持で深見重左衛門という仁じゃ、挨拶をせい」 「は、手前山内鹿之助と申します」 「良い体だの」 深見重左衛門は眼を細めて頷きながら、次郎右衛門のほうを見やって云った。 「これだけの体は、江戸中どこの寄合部屋にもござらぬ、相撲にしたらあっぱれ関を取りましょうな」 「儂もそう思うのだ、泰平の武士は世出しても数が知れている、もしこの体で相撲になったら間違なく日本一じゃ。時も時、この相撲隆昌の時運に乗れば、手に唾して天下を取るようなものであろう」 「貴公、相撲を取ったことはないか」 重左衛門が訊いた。鹿之助は苦笑しながら、 「はい、故郷宇都宮におりましたおりは、悪戯に試みたこともございます」 「宇都宮、貴公宇都宮か――」 重左衛門は膝を叩いて、「それではこの夏、江戸相撲白雲峰右衛門を投げたというのは、貴公ではないか」 「――お恥しゅうございます」 恥しそうに赧《あか》くなるのを見て、重左衛門はぐいと乗出しながら、 「小野先生、これは良い人物を拾った、この少年は拙者がぜひ貰い受けたい。宇都宮八幡神社の勧進相撲で、白雲峰右衛門を土俵の砂に埋めた手際、充分に素質があると行司どもの噂に聞及んでおった、拙者の手許で力士に育てたいからぜひお任せください」 ひどく意気込んだ調子で云った。 [#8字下げ]八の四[#「八の四」は中見出し] 街並の軒先、小路の蔭などに、人眼を忍んでうそうそ[#「うそうそ」に傍点]と人影が動いている。宵のうちから二人現われ三人来るというぐあいで、今は三四十人の数であろう、――それが小野次郎右衛門の道場屋敷を中心にして、表通りは無論のこと抜け露次《ろじ》まですっかり固めている。 十時頃、――九段のほうから駕籠がひとつやってきて、真田屋《さなだや》という筆屋の前で止まった。駕籠から出たのは派手な町奴姿で、両頬に太く鎌髭を描いている四十がらみの男だ。これは神田地内のあぶれ者で、鯉の鬼九郎と云われている。 「――権造」 筆屋の店先、すでに閉してある大戸の潜戸《くぐり》から中へ入りながら鬼九郎が呼んだ、――店の土間には埜田八十吉兄弟と、鬼九郎の子分で重だった者が四五名いた。 「親分、お待ち申しておりました」 「相手の様子はどうだ」 「鬼九郎、まず掛けろ」 八十吉が自分の脇を明けて、「一番案じていたのは次郎右衛門の手で斬られはせぬかという点だが、どうやらその様子もない、今しがた銀太を忍ばせたところ、皆で酒宴をしていたそうだ」 「深見重左衛門がいるてえ話ですね」 「重左の他に夢の奴もいる」 鬼九郎は闘志の燃える眼を剥いた。 「良い雁首が揃やあがった。重左にも市郎兵衛にもたんまり貸しがある、今夜こそはたり[#「はたり」に傍点]取ってくれベえ、――」 「重左に何か恨みがあるか」 「三年以来のことなんで、わっちの縄張内で挨拶もなく相撲興行をしゃあがる、それも市郎兵衛が世話やきで重左が元方をする時に限ってるから癪だ、好い折がねえので黙っていたが今夜あ※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56]さねえ、――神田地内を帰るのに供も伴れねえという、人を見縊ったやりかたがどうなるか、鯉の鬼九郎がどれほどの男か、今夜こそは思い知らせてくれよう」 「それにはここは地理が悪いぞ、うっかりすると小野の門人たちが助けに出る」 「わっちらは堀端へ退きましょう、あとへ若旦那と十人ばかり残しておきますから、※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56]さねえように跟けて来てくだせえ」 鬼九郎は振返って、 「――藤兵衛どん」 と呼ぶ、店の奥から筆屋の主人藤兵衛が出て来た。藤兵衛は鬼九郎の妹婿に当っているので、今宵の待伏せに店を借りたのだ。 「これは兄さんおいでなさいまし、様子は伺っていましたが却って御挨拶に出ないほうがよろしいと思いましたから」 「そいつは勝手だが、酒はあろうか」 「堅気のことでたんとの用意はございませんが支度を致しましょう」 「世話をかけて済まねえ、冷でいいから急いで頼む」 酒の支度に藤兵衛が引込むのと、ほとんど同時に、店の表が騒がしくなって、 「乱暴な、そんなにせんでも――」 と云う声と、子分たちの、 「うるせえ、黙って歩《あゆ》びやあいいんだ、――やい阿魔を逃がすな」 勢い立つ喚き声がして、すぐに潜戸が明いたと思うと、だっと二人の者が土間へのめり込み、あとから四五人の子分が入って来た。のめり込んで来たのは、――浪人麻田邑右衛門と、小鼬のお絹であった。 「何だ何だ、こいつらあ――?」 「何だか知らねえが不審な野郎どもなんでしょ曳いて参りやした」 銀太というのがお絹を指して「宵のうちっからこの阿魔め、道場屋敷の廻りをうろうろしゃあがって、変な具合だと思ってると、こっちの浪人者が探しに来たというふうで、二人でこそこそ話してるのを聞くと山内鹿之助てえ名前でさあ、何か曰がありそうだと思ったから、連れて来やした」 「馬鹿なことを云うな」 邑右衛門は、のめった時に口の中へとび込んだ砂粒を吐出しながら、 「不審も何もない、拙者はこの娘の介添で、この娘は父の仇を討とうとしているのだ、つまり拙者は助太刀役なので、別におまえがたに関りのあることではないはずだ」 「――父の仇だと?」 埜田八十吉が聞きつけて身を乗出した。そして燈火の蔭になっている娘の姿を見ると、 「やっ」 と云って立上った。 [#8字下げ]八の五[#「八の五」は中見出し] 「小鼬、――お絹でないか」 「――え?」 己の名を呼ばれて、ぎょっと顔をあげたお絹は、そこにいるのが八十吉だと見るなり、 「あっ!」 とはね起きた。 「動くな」 八十吉は大股に踏寄って「こいつは意外な対面だ、まさか拙者を見忘れはしまいな」 「若旦那さまは御存じの者でございますか」 鬼九郎も寄って来た、――邑右衛門は救われたように、 「それだから拙者が繰返して申したのだ、その娘は仇討をするために」 「仇討――? 誰を討つのだ」 八十吉が振返って訊いた、 「む、無論その、山内鹿之助という」 「馬鹿なことを」 八十吉はせせら笑って、「鹿之助はこの女が恋慕している相手だ」 「な、なにを――そ、それこそ馬鹿な」 「女に訊いてみるがよかろう」 年は親子ほど違うが、八十吉の態度はまるで圧倒的だった。邑右衛門は惨めにおろおろしながら、 「これお絹どの、いまこの仁が云われたことは何かの間違いであろうな、山内鹿之助は真のところおもとにとっては」 「情人《いいひと》です――」 お絹はくっ[#「くっ」に傍点]と面をあげて叫んだ、 「鹿之助さまはお絹の情人です、ええ、お絹が一生の良人と定めた大事な大事な殿御です、それがどうかしましたか」 「――※[#感嘆符疑問符、1-8-78]」 邑右衛門は仰天した。八十吉は残忍な冷笑を浮べながら、 「それがどうかしたか? まあどうするか見ていれば分るだろう、――鬼九郎、そちにこの女を預ける。先に堀端へ連れて行ってくれ、鹿之助一行の手足を縛るにはよい囮だ」 「ようごぜえます、銀太――阿魔をしょ曳いて行け」 「卑怯者!」 お絹は鋭く叫んだ、「正面から向って敵わないものだから、あたしを枷にしようというのだね。それでも侍の子か!」 「吠えろ吠えろ、貴様の遠吠えることによると今宵限りだぞ」 「どっちの遠吠えが今夜限りかは、山内の坊ちゃまと会ってからのことでしょう、宵のうちから見ていると、だいぶ大勢狩集めてあるようだけれど、ふん、――ちょいと鹿之助さまは強うござんすからねえ」 「頬桁を叩かずと歩べ」 銀太がどんとお絹を突飛ばした。 そこへ藤兵衛が酒の支度をしてきたので、鬼九郎は重立った子分を集め、八十吉を中央において、盃を配った、 「さあ皆、この盃ゃあ飲んだら割ってくれ」 「――盃を割る?」 子分たちは不審気に見上げた。 「一言で云やあ死んでくれというのよ、今夜の仕事あ若旦那のお手伝いばかりじゃあねえ、――深見重左衛門と夢の市郎兵衛、二人とも供も伴れず雁首を揃えているのを幸い、かねての遺恨を晴らしてくれるのだ、場所は堀端――」 云いかけたところへ、 「親分、出て来た出て来た」 と見張の者がとび込んで来た。 「なに来たと」 「駕籠が三挺、脇門から出てこっちへやって来ますぜ」 「よし、見張ってろ」 鬼九郎は立上って、はっしと盃を土間へ叩きつける、一同それに倣っていずれも盃を割り、刀の目釘をしめして起った。 「では若旦那!」 「うん、ぬかるな※[#感嘆符二つ、1-8-75]」 頷き合って外へ出る。――戸惑いをした猫のように、うろうろしていた邑右衛門は、鬼九郎のあとから跟いて出ながら、 「その、――いかがでござろう、拙者もお助太刀を致したいが、実は拙者もいささか山内と申す者に遺恨がござるで」 「邪魔だ邪魔だ」 鬼九郎もさすがに、見ただけで相手がどんな人間か見当はつくとみえ、邑右衛門の言葉などは耳にもかけず、手ばしこく人数の配分を決めたうえ、急ぎ足に堀端のほうへ立去った。 八十吉は弟とともに、残った十人ほどを家並の軒に伏せて待っている――邑右衛門は身のおきどころに困って、おるにおれず、去るに去れず、しばらくその辺でうろついていたが、やがて向うから駕籠の提灯が近づいて来るのを見ると、鼠のようにこそこそとどこかへ隠れてしまった。三挺の駕籠は勢よく近づいて来た。 [#8字下げ]九[#「九」は中見出し] まだ夜半過ぎであった。 埜田八十吉兄弟や鯉の鬼九郎一味のかけた罠を、早くも看破した次郎右衛門の計いで、脇門から出た三挺の駕籠には、次郎右衛門と高弟両名が乗り、一味の眼につくように堂々と出掛ける一方、――見張の解かれるのを待って、重左衛門、市郎兵衛、鹿之助の三人は裏口から逃がしたのである。 三人が本所の深見重左衛門の寄合部屋へ帰ったのは、もう午前一時《ここのつはん》を廻っていたが、そこにはすでに次郎右衛門が二人の門人とともに先着していた。 「御無事でござりましたな」 市郎兵衛が、衣紋の崩れもない忠明の様子を見て云った。 「市郎兵衛の前だが、町奴というやつは心掛の悪いものじゃな、――堀端の一番町のところで取巻きおったが、儂の面を見ると物も云わずに逃げ出したぞ」 「それは町奴ならずとも逃げましょう」 市郎兵衛は苦笑して、「この鹿之助殿なら知らぬこと、小野先生と知ってぐうとも云えるものじゃあありません」 鹿之助は顔を赧らめて俯向いた。 重左衛門はこのあいだに、夜中ながら部屋の重だった者を起させていた。花房一学《はなぶさいちがく》、鶴舞玄之進《つるまいげんのしん》、越川額右衛門《こしかわがくえもん》、延田欣助《のぶたきんすけ》、道家右馬之介《みちいえうまのすけ》、生田兵右衛門《いくたへいえもん》の六名、――いずれも浪人だが深見部屋の力士として、今や江戸はいうまでもなく近郷にまで名を知られている豪の者揃いだった。 酒の支度ができて、小野次郎右衛門を仮親に、鹿之助の部屋入り固めの盃が廻された。六人の者もいずれ劣らぬ逞しい体をもっていたし、稽古で錬えた肉付はすばらしいものであったが、いざ席を並べて見ると鹿之助の巨躯は驚くほど眼立った。 ――これはとても我々の手に負えぬぞ。 と六人はひそかに舌を巻いた。 固めの盃が終ると、次郎右衛門は懐中から生紙に包んだ物を取出して、静かに鹿之助のほうへ向直った。 「――鹿之助、これは忠明がそちの首途《かどで》へ餞別《はなむけ》じゃ、開いてみい」 「は、かたじけのうございます」 鹿之助は押頂いて紙包を開いた。中には一握の清塩《きよめじお》が入っていた。 「――?」 「塩じゃ」 鹿之助の解せぬ眼許を、きっと見戍って次郎右衛門が云った。 「塩は天地万象活気の素づくところじゃ、水に土に遍満して四大の精髄となり、また汚穢を除くこと、かしこくも伊弉諾尊《いざなぎのみこと》が橘の檍《もち》ヶ原に行わせられし潮のみそぎに於て顕章《あきらか》じゃ。――我が相撲の心は、まことにこの塩のごとく、日本国の太初以来民心の精をなし汚穢を祓い、入っては神を興し出ては武を熈《あきら》にし、国運隆昌の根柢となってきたのじゃ。さればこそ宮廷におかせられても、垂仁朝の七年|野見宿禰《のみのすくね》、当麻蹴速《たいまのけはや》の決闘天覧を濫觴《らんしょう》とし給い、後、節会として永年これを行わせられたが、中古このかた戦乱うち続いたため、いつしか衰微して今日に至っている。しかし時期は来た、――今こそ相撲再興の機運到来じゃ、これを興し、これを煥発するは今を措いてその期は無い、鹿之助!」 「――はっ」 「そち、塩となれ。相撲が単なる技でなく、神国万民の真髄をなす塩であるように、そちは相撲の塩となるのじゃ、忘るな」 「――胆に銘じて、……」 と鹿之助は平伏したが、 「御免!」 というと、清塩の包を持って座を辷り退る。そのまま裏手へ出て行ったと思うと、すでに霜を結ぶ夜気の中で、しばらくはざあざあと水垢離《みずごり》を取る気配がしていた。 座敷の北面には、注連《しめ》を張廻した土俵が築いてある、――水垢離を取った鹿之助は、やがて全身溌剌と血色を発した裸身になって、この土俵の際へ進寄った。次郎右衛門は会心の笑を浮べながら、ずいと座を端へ進める、重左衛門も市郎兵衛も、六名の力士まで、思わず衿を正して向直った。 鹿之助は土俵へ登る作法を何も知ってはいない、しかし千万の作法も――いま鹿之助の心裡に燃えている情熱のまえには無力であろう。彼はまず土俵に面してつく這い、じっと息をひいて精神を鎮めた。 今こそ、今こそ『土俵』が見えて来た、土俵は『神』である、微塵の邪気も容るるを赦さぬ。清藁《せいこう》で結んだ土俵を見よ、注連を見よ、清砂を見よ、 「――――」 鹿之助は両手を下して礼拝した。それから清塩を掴んで左右の肩へ振掛け、柏手を打ってから、静かに腰を上げて土俵へ登った。――心気は虚空のごとく澄み、勇力は五体に火のごとく燃えている。鹿之助は歓喜に躍動する意をそのままに、まず大きく左足を上げ、――この力の輪金際まで届け、とばかり、 「……う――む」 という気合とともに踏下ろした。重々しく、大きく、力強い地響が、柱を伝って家棟を震憾させた。次郎右衛門はその響きの中に、 「天下泰平!」 と叫んだ。――鹿之助は満空の気を吸い尽すように、深く深く息を吸い込むと、さらに渾身の力を奮い起して、右足を大きく高く上げた。 底本:「強豪小説集」実業之日本社 1978(昭和53)年3月25日 初版発行 1979(昭和54)年8月15日 四刷発行 底本の親本:「相撲」 1936(昭和11)年5月~12月 初出:「相撲」 1936(昭和11)年5月~12月 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 入力:特定非営利活動法人はるかぜ
https://w.atwiki.jp/mallow/pages/177.html
※ これは、アリアンロッド・サガ シナリオ集「ロスベルク島攻防記」掲載シナリオを基にしたものです。 ネタバレの可能性があります。あしからず御了承ねがいます。 【GM】: では、セッション開始です。よろしくお願いします>ALL ●今回予告 ロスベルク島を舞台に、レイウォールとグラスウェルズとの間で戦端が開かれた。 島民は戦火を避け、グラスウェルズ領であるレイド島へと航海を続ける。 だがそこは非道な代官と悪逆なる海賊がたちがのさばるこの世の地獄であった。 悪の魔の手は容赦なく難民にも伸び、正義を行うべき者は悪徳にまみれている。 受け継いだ秘宝を、無辜の民を、そして正義と平和を守るために、今こそ反撃の狼煙を上げる時! アリアンロッド・サガ 持ち回りGMキャンペーン 第3話 「レイドの反乱」(改造版) --戦乱の大地が君を待つ! ●ディーン用ハンドアウト コネクション:クリスティナ 関係:友人 君は幼馴染のクリスティナや仲間たち、そして多くの難民たちと共に戦乱を逃れレイド島へとやってきた。 だが、代官のベイカーは難民を守ろうという気はないらしい。難民を守る自警団としては、皆の安全を確保 しなければならない。 【GM】:では、レベルが上がって更新されたデータを申告してください。 【ディーン】:レベル3になって、HPが43点、MPが34点まで伸びた。フェイトは変化なし。 【ディーン】:あと、準備金で装備を買い直し。胴体部の防具が「シルバーチェイン」に。 【ディーン】:これで物理防御点は合計14点+<アダマント>で更に物理ダメージを3点追加軽減! 【ザニア】:硬いなぁ‥‥w 【カリス】:固定値が鬼だw 【ナノカ】:Neet. <カバーリング>役が頑丈なのは助かります。 【ディーン】:スキルは<コネクトフォース>を3レベルまで伸ばして、範囲攻撃<ブランディッシュ>を取った。 【GM】:これで3回マイナーアクションを使用すると、さらに物理防御+15点か。 【ナノカ】:Neet. 硬くなるだけでなく、与えるダメージも同時に強化されるあたりが凶悪ですね。<コネクトフォース> 【ディーン】:精鋭兵ならいくらでも来いってな感じですが。 【ナノカ】:‥‥ディーン様を基準に戦闘データを作ると、ギルド全滅が見えそうですね?w 【ディーン】:魔法撃てばいいんですって! 【カリス】:このゲーム、属性攻撃はふんだんにありますからね。 【ディーン】:5レベルくらいまでは、魔法防御はロクに上がらない予定ですから‥‥ 【ザニア】:【精神】がぐぐっと上がる装備品までは、もうちょいレベルが要りますからねぇw 【ディーン】:以上! ●ザニア=ロスベルク用ハンドアウト コネクション:ベイカー 関係:裏切り レイド島の代官ベイカー。ロスベルク島の難民を受け入れたものの、不穏な様子が垣間見える。このまま何事も なければよいのだが……君は統治者として、ロスベルクの名を継ぐ者として、領民を守らねばならない。 【ザニア】:レベルが3になって‥‥HPは+1点で27点に、MPは+5点で45点になりました。 【ザニア】:相変わらずの低火力を維持しておりますっw スキル成長は、<チェックメイト>を3から4に。 【カリス】:その<チェックメイト>(1ラウンド1回、他者のダメージ+4d6+1)の火力は低いとは言えないw 【ディーン】:<プロテクション>の逆ですからね。強い。 【ザニア】:そして新たに<ディスカバードアタック>を取得。 【ザニア】:これで1シーンに1回、同一エンゲージで行われた他人の命中判定を振り直しさせることができます。 【ナノカ】:Neet. 残念ながら相手の同意が必要であるため、味方以外には無効です。MPコストは7点。 【ザニア】:MPポーションは3本持ち歩いてますw そして「トラベラーズマント」で防護点もアップ。 【ザニア】:こんなところですね。以上です。 ●カリスウェート=クエリアス用ハンドアウト コネクション:”八つ裂きヘイグ” 関係:仇敵 クレスト諸島一帯に巣食う悪名高き海賊”八つ裂き”ヘイグ。ある日奴らが突然現れ、罪なき難民たちを襲った。 なぜ、この島を預かる代官は奴等を野放しにしているのか? 奴等を裁く者が居ないのならば、君が裁かなければならない。 【カリス】:レベルが3になったので、HP42/MP32に。フェイトは5+1点。行動値8。 【カリス】:<トゥーハンドアタック>を1レベルから2レべルに上げて、<レイジ>を新規取得。 【カリス】:装備は「バックラー」「妖精のチェインメイル」を購入。防護点が12点に。 【カリス】:以上。 【ディーン】:流石だな。普通に殴って4d6+9点か。 【ザニア】:さらに<バッシュ>も使えば5d6+9だね。 【カリス】:一応、<フォースストライク>で属性攻撃も可能だ。相手が強敵なら<レイジ>で。 【ナノカ】:Neet. カリス様は優秀なボスキラーであるとナノカは判断いたします。 ●ナノカ=ラメント=スターニート用ハンドアウト コネクション:ナヴァール 関係:主人 君が仕える軍師ナヴァールから、次なる指令が届いた。レイド島代官ベイカーを調査せよ。どうやらベイカーは 海賊と裏でつながっている疑惑がある。そして、ナヴァールは指令書と共に、君に秘策を収めた封書を預けるのだった。 【ナノカ】:ナノカはレベル3になったので。過去にサモナーであったことが判明いたしましたw 【ナノカ】:初期作成クラスを「アコライト/サモナー」にリビルドして、途中で「バード」に転職。 【ナノカ】:その結果、HP30/MP48+ファミリア(30)となりました。 【ナノカ】:スキル成長は<プロテクション:3⇒4>、<クウェリィ>を取得しました。 【ナノカ】:また精神を伸ばした結果、魔法防御点は10点まで上昇。vsザニア様では千日手確定ですw 【ナノカ】:<▼ファミリア>を封印解除するため、プリプレイでフェイトを1点消費。残りは4点。 【ナノカ】:さらに、装備「レビテートローブ」入手によって常時「飛行状態」となります。移動力は11mです。 【ナノカ】:軍馬購入なども検討しましたが、今回は「幸運のペンダント」を入手いたしました。 【ナノカ】:――以上。 【GM】:うーむ、<クウェリィ>ってどんなスキルでしたっけ? 【ナノカ】:「GMさんに質問できる」以外に効果はありません。1シナリオに(SL)回数まで使用可能です。 【ナノカ】:ナノカは装身具「古代竜の牙」で<クウェリィ>の使用回数を+1して2回にしています。 【ナノカ】:ああ、GMさんは自由にこのスキル使用を却下していいんですよ。その場合は回数に含まれませんから。 【ナノカ】:応用的に、「エネミー識別」の代用などができるか否かは‥‥GMさんの判断にお任せですw 【カリス】:「GM。<クウェリィ>使うからボスのデータ教えて」(意訳) 【ナノカ】:「肩のうしろの2本のツノのまんなかにあるトサカの下のウロコの右」が弱点、などですね。 【GM】:それはちょっとw 【ナノカ】:Neet. では、それ以外の用法を考えておきますね。――以上。 【GM】:全員、レベルが1上がると一気に強くなりますねー。 【GM】:このシナリオ、基が1-2レベル向けだから、エネミー強くしたのにw 【GM】:これはボス戦のバランス、見直しだなw 相談の結果、PC間コネクションは以下のように決定した。 ディーン ⇒ ザニア :関係「庇護」 ザニア ⇒ カリス :関係「同行者」 カリス ⇒ ナノカ :関係「同行者」 ナノカ ⇒ ディーン :関係「幼子」 【GM】:ギルド「トライアンフ」は2レベルに成長したけれど、新スキルには何を選んだんだ? 【ザニア】:確か、ナノカが<陣形>を、ディーンが<蘇生>を希望してたんだったね。 【ザニア】:個人的に<ギルドハウス>あたりも惹かれたんだけど、今回は無難に<蘇生>で。 【GM】:ああ、<蘇生>があるとGM側も安心だw 【ディーン】:<陣形>もいつかは欲しいなぁ 【ナノカ】:次回は、若様の<ルアーリング>一本釣りを期待w 【ザニア】:移動系はある程度フォーキャスターでカバー出来ますからねえw 【ザニア】:まあメインに出来ることを確保する方が先になるかもですがw 【カリス】:トータルで<目利き><祝福><蘇生>なのかな? 【ザニア】:それでいきましょう。 キャンペーン本編に戻る 第3話に戻る 第3話前編へ
https://w.atwiki.jp/odchange/pages/77.html
199 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2009/12/18(金) 00 21 48 ID yIIadQBi 「闇姫様」 茂作とその娘お吉が急なお達しで城に呼ばれたのは夕暮れのほどのことであ った。 城の広間に二人を一刻ほども待たせてから姿をあらわしたのがこの城の主、 宇和剛徳その人である。還暦をすぎても近隣に積極的に戦を持ちかけて領土を 押し広げていく固肥りのこの男には、やつれの色もまるでないことであった。 「その方ら、よく来てくれたのう。苦しゅうないぞ」 と、どっかりと壇上に腰を下ろし、持っていた扇子で面を上げるよう促す。 待っていた二人は足もしびれるし、尿意も近づくし、と苦しいことこの上無 いのだがしょせんはお偉いさまの知ったことではない。 「へへえ、お殿様におかれましてはますますのご健勝、まことにもって祝着な ことと存じます」 這いつくばるようにして辞儀をする茂作は城の用人としては最下層であり、 このように直接の思し召しなど、普通には考えられないのだ。 だから、これは普通の用向きではないのだ。と、ひそかに茂作は心音を速め ていたわけである。 横に並んだ愛娘、お吉にこそ用があるのだ、と。 お吉は齢は十六歳。長い睫毛の中にぱっちりとひらいた瞳は玉のように輝き 形のよい唇は、白い肌の中に花びらのようであった。愛くるしい容貌と、人好 きのする性格が相まって、求愛してくるものは後を絶たない、茂作にとっては まさに掌中の玉なのであった。 「おう、たしかに俺も体調は悪くないのだが、だが、それでも悩みの種という ものがちくちくと臓腑のあたりを痛みつけるものだからな、それでそなたの力 を貸してもらおうというわけだ」 ほうら、来た。茂作とお吉はびくん、と身を竦めた。 こんな年端もいかない娘に自分の愛妾になれというのか、それとも自分の息 のかかったもののところへ無理やり嫁がされるのか。 ところが、宇和の殿の口にした言葉は二人の想像を絶することだった。 200 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2009/12/18(金) 00 25 28 ID yIIadQBi 「いや、悩みというのはの、うちの綺羅のことだわいな」 はあ、と茂作は息をこぼした。 綺羅姫は、名前こそは立派であるがその顔立ちは異様そのもので、ごつく節 くれだった大きな顔の中に二つの小さな目が外側に離れて付いており、また鼻 はぐっと下のほうに突き出て下あごがやたらと飛び出している大したご面相な のである。居姿はたおやかで、声も甘やかに可愛らしいのに、かえって短所が 浮き彫りになっている寸法なのである。城下の口さがないものなど『牛姫様』 などと陰口をたたくほどであるが、無論、そんなところを告げ口されればその 者の打ち首はまぬがれない。彼女は宇和の殿から、まことにもって溺愛されて 育ってきたのであった。 「ええ、たしか次の春には姫御は筧の若様のところへ輿入れされるのですな。 まことにもってめでたいことで……」 政略結婚といったらいいものか、筧の国は宇和の下になびくところであり、 どんな難儀なことでも頼めば聞かざるを得ないという子分のような存在なので ある。 「それよ、それ。その縁談のことで頭が痛いのよ」 たたんだ扇子で背中をかきながら宇和の殿は苦い顔を作った。 「じつは筧の嫡男とやらのことなのだがな、どうやら相当に造作のよくない顔 をしておるようで、うちの綺羅もこれではどうにも好きになれないとこぼして おるのよ」 はあ、と茂作はこぼした。それはお互い様では、と思わず言ってしまいそう になったが、それはなんとか引っ込めることができた。 「そこで、だ。そなたの娘、お吉をだ。呼んだ次第よ」 おずおずと、それでもなんとかしっかりとお吉は口を開いていた。 「それでは、私めに姫様の身代わりに筧に嫁げということでしょうか?」 すると、宇和の殿は渋い顔を作って首を振った。 「いやいや、それでは綺羅の輿入れを待ちわびる筧のものにも申し訳がないと いうもの。さりとて俺も可愛い綺羅を無理に嫌がる相手に嫁がせるのはしのび ない」 そこで、宇和の殿は立ち上がり、奥の襖をぱんと開け放った。 「そこで、八方を収める秘策を思いついたということよ」 そこには静かに端坐する牛姫ならぬ綺羅姫の姿と、その横には白装束に白覆 面という全身白づくめの男とが控えていた。 201 名前:名無しさん@ピンキー[] 投稿日:2009/12/18(金) 00 26 25 ID yIIadQBi 「ここなる男こそは、かの高名な山田流の忍びである。茂作よ、そなたも聞き 及びあろうが」 茂作は、山田流と聞いてもしばらくはぽかん、と呆けるばかりであったが、 次第にその使う術の荒唐無稽なことにおいては右に出るものなし、とうたわれ た妖術使いの一派のことを思い出していた。 「左様、それがし右弦實甲斉と申す。流れの忍びにござるよ」 初老の白覆面は、低い声で自己紹介をした。 「ここな忍者めはなんと人の面相を切り取って付け替えるという神技を会得し たものなのよ。俺もこの目でその技を確かめるまでは信じられんかったがの」 顔を、と宇和の殿が口にしたところでお吉はひいっ、と悲鳴を上げていた。 「いやいや、心配にはおよびませぬぞ。それがしの技ならばひとすじの跡さえ も残さずに姫様のお顔とそなたの顔をそっくりそのまま入れ替えることが可能 なのです。そうですな、もともとそれぞれがその顔であったかのように、ごく 自然に」 言いつつ實甲斉は懐から小さな錐やら小刀やらが入った胴巻きを取り出して いた。つまりはこれが手術道具ということなのだろう。 「それでお互いの顔を交換した後に、そなたの娘お吉を綺羅姫として筧へと輿 入れさせる。そして本物の綺羅はしかるべき相手が見つかるまで、もう一人の 俺の娘として手元に置いていくという算段よ。どうだ、妙案であろう?」 お吉は息も止まらんばかりである。彼女には女としての自信と、自由とを両 方差し出せと言われているのだ。 茂作も目を白黒させながら甲高い声で反論する。 「い、いや……いかにその術をもってなさいましても姫様のお顔と、うちの娘 のとでは大きさがまるで違いますゆえ、無理にございましょう!」 すると、意を得たりとばかりに宇和の殿はもう一つの奥襖を開け放つ。 すると、そこに現れたのは端坐する若侍の姿であった。 しかし、異様なのはその頭である。にぎりこぶし二つ分くらいに竦められた 頭には呆けたような赤子の表情が載っていたのであった。あたかも、それがま るでもともとそこに収まっていたもののように。 今度こそ、お吉は完全に失神してしまっていた。 「いやいや、これは好都合。これで楽に術が進められるというものです」 淡々と言い放つ白覆面の底に目は異彩の光を放っていた。 「うふふ、わたくしもこの顔を失うことは本当に辛い事ですけれど、それでこ の難を逃れることができるのでしたら耐えてみせましょう。慣れない顔では不 自由なこともありましょうが」 言いつつも綺羅姫の小さな二つの目は笑み細められていた。お吉の顔を自分 の手にとって、いろいろな角度からその愛らしさを眺めまわしている。 「よし、これで事は成るな。お吉には綺羅の顔を下賜することとし、作法など 伝授の後に筧へと嫁がせることにする。よいな、茂作よ」 否も応もなかった。すでにしてお吉は襖の奥へと運び去られ、宇和の殿も席 を立っていってしまった。 その場に残されたいくばくかの金子を前に茂作は愛娘の過酷な運命を想って 号泣に暮れたのであった。 おしまい。
https://w.atwiki.jp/hutarikiri/pages/24.html
395 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02 26 05 ID WWAyvaEk 私の名前は外山月。二つの城を持つ地方豪族・外山一三郎の一人娘。 娘といってもお茶やお花の勉強しているわけではない。 10年ぐらい前、母上と兄上を流行り病で失った外山家は、 跡取りとして私に剣や兵法など、当主としての教育をさせている。 めでたくして1年前、元服の折にそのうちの一つ若葉城を貰い受けたんだけど、 後見人として我が外山家の筆頭家老・彦根武忠の息子 彦根武義 がこの座に着いた。 武義は私より二つ上というだけだけど、政治感覚が優れ、若葉城の行政をそつなくこなしている。 その代わりといっては何だけど・・・剣とか槍とかそういうのはぜんぜんだめ。 この前の戦なんか、私が先陣切って槍をふるっているのに、 武義ときたら矢の一本も飛んでこないところで、じーっと戦況をうかがっているだけだもん。 「僕は文官だから」とか言っちゃって、少しは役に立ちなさいよね。 こんな感じでこの一年間は、武義が私に政治や経済を 私が武義に剣や弓を教えあって過ごしてきた。 396 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02 27 48 ID WWAyvaEk 「うーん おそいなぁ」 若葉城中庭にて、ぶんぶんと木刀を振り回しながら月は誰ともいわず文句を言っていた。 今日は昼から月と武義とで剣術の稽古の予定なのだ。 午前の領内視察の後、中庭に来るようにと申し送ったはずなのだが。 未の刻(午後2時)になっても人影一つとして現れない。 「まさか、花見とかに行っているんじゃないでしょうね」 舞い散る桜の花びらを叩き落としながらつぶやく。 何度目のぼやきか忘れたころに、武義と呼ばれる青年は中途半端な駆け足でやってきた。 「彦根武義 ただいま参りました」 「・・・(じぃーー)・・・」 月はすこし怒ったような表情を浮かべ、武義をじっとみる。 「えーっと その・・・ 助さんところの宴会に誘われてしまって帰るのが遅くなってしまいました」 「・・・(じぃーー)・・・」 397 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02 28 26 ID WWAyvaEk しょっちゅうこういう事態に陥る武義は、姫の機嫌をとる方法をいくつか知っている。 そして今回の打開策は手元にあった。 「これが助さんにいただいた花見団子です」 「・・・(差し出されたものに対して じぃーー)・・・」 月は手ぬぐいに包まれた団子を受け取るとパタパタと館へと駆けて行った。 「やれやれ 月様の食い意地にも困ったものですね」 少しして、団子の代わりに竹刀を2本抱えた月が戻ってきた。 「武義はいつも甘味物で私を釣るんだから。怒っているのは変わらないよ!」 武義に竹刀の一本を投げつけながら月はわめく。 「遅れた分は夕御飯までしごいてあげるからね!」 一つつまんできたのであろうか? 甘い香りが漂う月をほほえましく思いながら、武義は竹刀を構えた。 398 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02 29 13 ID WWAyvaEk 夕刻 この時代にしては珍しく、当主の月は家臣である武義と共に食事をすることが多い。 今日も自室に武義を呼び込み団欒と会話をしていた。 「まだこんなに小さいのに、剣ではまったく歯が立ちませんね」 「小さいはよ・け・い! 武義も武忠みたいに槍とか振り回せないの?」 「父上は別格ですよ。まあ、正直うらやましいですが」 「はぁ 同じ体格していて同じ血を引いているのに、どうしてこんなに違うんだろうねぇ」 「私は私なりの才能を発揮し、お役に立てればと考えていますので」 「ちがうの かっこいいか、かっこわるいかのことを言っているんだよ」 「はい・・申し訳ありません」 ちっとも反論してこない武義に対して、わずかばかり残念そうな顔を見せる。 しかし、そんな表情を悟られないように明るい声で月は言った。 「ねえ 御飯食べたら将棋しようよ あれから強くなったんだから」 「将棋・・ですか。しばらくぶりに月様の力量みせてもらいましょう」 399 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02 29 54 ID WWAyvaEk 残りの御飯を口の中に押し込み、月は颯爽と盤と駒を持ってきた。 「へへ~ 今日は平手でお願いします」 「この前私の2枚落ちで負けたのではないですか せめて勝たれてから平手にしましょう」 「いいの 平手でやるの」 月は自分の駒よりも先に飛車角の駒を敵陣に置く。 「では、飛車落ちで」 自分の飛車を取ろうとするが月がそれを許さない。 「いいの 作戦があるんだから これでやるの」 「・・・はい わかりました 」 月は自分の駒を並び終えると立ち上がり、昼にもらった団子を持ってきた。 「えへ これ食べながらやろうか」 「私にも頂けますか?」 「うん 家臣に施しもできないようじゃ、いい主君とはいえないもんね」 いつもある当然の風景 戦国の世ならば仕方のなかったことかもしれないが、その日常が壊されるにはあまりにも突然すぎた。 400 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02 30 35 ID WWAyvaEk 「若~~~~! 若~~~~!」 伝令の声が遠くからこだまする。 「うーん うーん」 「・・・若とは、月様のことですよ」 「うーん わかってるけど、もうちょっと考えさせて。・・歩取って取られて銀取って取られて・・うーん」 「若~~! あ 若様はこちらにおいででしたか」 息も切れ切れにその伝令が目の前まで来た 距離が近すぎる。無礼だ。と言おうとしたが、その緊迫した面持ちに武義はただ静かに問う。 「何事か?」 「大殿の城、青葉城がただいま急襲を受けています」 「え!」 将棋盤とにらめっこしていた月が伝令の方に振り返る。 驚きを隠せないという境地を超え、口がぽっかりと開いているだけだ。 「して、敵は?」 武義は逆に眉一つ動かさず、冷静に状況を判断しようとしていた。 401 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02 31 08 ID WWAyvaEk 「家紋から見ますに長野の軍と思われます」 「・・っ馬鹿な!長野は同盟国じゃあなかったの!」 「月様落ち着いてください。 して伝令よ。今の状況を判る範囲でよいからすべて話せ」 「はっ 日の沈んだ酉の刻(午後6時)をもって長野を中心とした兵2000で攻撃を受けております」 「兵2000!? 長野は500しかもっていないんじゃない?」 「長野を中心とした・・ということは他国からもか?」 二人の質問にその伝令は同時に答える。 「おそらくは仇敵・志藤や大竹。他、小勢力の軍も加わっていると思われます」 「くっ!長野に裏をかかれたか。武義!出陣するよ。準備して!」 「月様。それは駄目です。我々に預けられた兵力はたったの100。討って出て何とかなるものではありません」 「じゃあどうすればいいの!」 すがるような目で武義を見つめる。 無理もあるまい。月の父・一三郎の軍はあって400。 今まではそれに長野の軍500と合わせて敵を撃退してきた。 その同盟国長野家の剣先がこちらにとひっくり返ったのだ。 そして敵軍2000。それはここにいる誰もが聞いたことのないような数字でもあった。 「一三郎様や父上なら撃退してくれると信じているが、もしも、もしものためにここも籠城の準備をしよう」 402 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02 32 33 ID WWAyvaEk 松明の炎がいつもの倍の数があり、若葉城は昼のように明るかった。 「第一足軽小隊 準備できました」 「第一弓小隊 右に同じでござる」 わずか100の兵 二つの小隊しか編成できないわけだが、いつもはこれで戦っていた。 武義が青葉城視察や他勢力への援軍要請などで出かけていたので、 軍議が行われている大広間には月と小隊長二人の三人しか居ない。 館の外では足軽たちの私語などでうるさく、そのざわめきは月をいっそう不安にさせた。 「(長野の裏切り・・みんな知っているのかな?)」 「(父上の青葉城・・どうなっているんだろう?)」 「(えっと・・これからどうしたらいいんだっけ?)」 いつもなら武義が采配を振るってくれるので、その指示に従えばいいだけだ。 しかしその本人はここにはいない。 あれこれと湧き上がってくる不安に対し、少女は何度も何度も兜の紐を締めなおしていた。 「若様 若様が意気消沈しておられると兵の士気にかかわります。ご自身をお持ちくだされ」 「そうですぞ若様 我が意見も右に同じでござる」 二人の声など聞いてる様子もなく呆然としている月に対し、新たな伝令がやってきた。 「・・・・何?」 「武義様からの伝令です」 「っ!」 403 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02 33 27 ID WWAyvaEk 嬉しくて飛び跳ねようとしたのと同時に、それが家来の前であるという羞恥の感情も起こり、 平静を装いながら伝令の言葉を待つ。 「青葉城を取り囲んでいる敵数、総勢2200。敵は長野・志藤・大竹・島・西山 現在、西の丸にて彦根武忠様率いる一隊で防戦している模様 敵軍の中には新兵器「鉄砲」と呼ばれるものも存在 青葉城を落とした後はこの若葉城を目標 すでに敵の乱波が多数存在している為、お一人で外出なされないように・・以上であります」 伝令の報告の間、軍議に居る三人は一言もしゃべらない。 「(2200・・ですか。 2200が青葉の後、この小さな若葉を攻撃するのですか・・・」 「(新兵器鉄砲。こんないんちきな武器が我が外山家に通用するものか。おそらく右の考えていることも同じであろう)」 「(何がお一人で外出なされないようになんだよ!私より弱いくせに一人でどっかいっちゃったのはどこのどいつだよ!)」 いろいろな思惑が重なり、ただならぬ雰囲気の中、場の空気を和ませようと足軽小隊長はカラカラと笑う。 「それにしても、武義殿の情報能力は凄まじいものがありますな。短時間お一人でここまで探索することができるのですから」 「え・・・わ あっはっはっは そうでござるな 右に同じく武義殿はすごいですな わっはっはっは」 弓小隊長も足軽小隊長の意図に気づき、話を合わせる。 「(フ フン 武義は領内視察とかで、そういうことは得意なんだから)」 自分の思っていることが、少しちぐはぐな気がしなくもないが、 武義が褒められたことで悪い気はしなかった。 404 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 02 34 04 ID WWAyvaEk 空がうっすらと明るくなるころ、武義が戻ってきた。 城内で座りながら眠る者たちを起こさずに館までたどり着く。 「月様 お眠りになりましたか?」 体の大きさに不相応な甲冑を身に着け、座布団の上でうとうととしている主君に声をかける。 「ん・・・ 武義か・・・ 首尾はどうなの?」 武義は本音ではこのまま眠りにつかせてやりたいと思ったが、主君に対しては報告しなくてはならない。 「悪い知らせです。心して聞いてください」 「・・・・・・・・・・・」 月は何も言わず、悲しそうな目でこちらを見上げる。 「青葉の城が落ち、それに伴い、大殿・一三郎様が討ち死になされた」 「・・・・・・・うそつき」 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・うそつきは外山家にはいらない。出てって」 「・・・・・・・・・・・」 膝に顔をうずめている月を見て、かける言葉が見つからない。 しかし、時は限られているので、気持ちを切り替え淡々と現状を報告することにした。 407 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 16 27 18 ID WWAyvaEk 「敵兵は一夜にして城を落としたわけでありますが、睡眠もとってなく、 青葉城の完全制圧にも時間がかかると思われるため、すぐにこちらに向かうということはないでしょう とりあえずこちらの足軽たちにも休息を与えるべきです 青葉からの敗残兵もここに落ちてくると予想されます 警戒しながら、門は開けておくべきだと思います」 一切の感情を入れずに、まくしたてる様に言った。 「あと・・まことに勝手ながら申し上げます 早急に長野家に対し降伏和議をすることを提案します」 「・・・・・・・・知らない」 「・・知らないではありません。外山家の当主は 月様 あなたですよ」 「・・・・・・・・・・・」 「・・・月様は自室に戻られ休憩なさってください。兵たちにもそう言い伝えます」 408 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 16 28 12 ID WWAyvaEk 甲冑を脱がされ自室に戻った月は、すべてから逃れるように昏々と眠った。 すべての感情を忘れ、何も考えたくなかったのであろうか? 日が高くなった頃には月は目覚めていたのだが、布団から出ず何刻も天井を眺めていた。 部屋が茜色に染まった頃、月は障子越しに一人の男の影があるのに気づいた。 「・・・どうしたの 武義 入ってきなさい」 涙の跡だけを拭き、月は布団から出ようともせず部屋へ招き入れる。 音もなく障子を開け、また音もなく手前までやって来た。 「・・・月様 は 食事は取られましたか?」 武義はどこか言いにくそうな感じで言葉をつなげるが、月もそれに気づく。 「・・・またなにか悪いことでも起こったの?」 「・・・はっ 外山家降伏志願の件について失敗しました」 「・・・そう」 「申し訳ありません」 演技などではなく、心の底から申し訳なさそうな顔をした。 「やっ 申し訳ありませんって、武義が勝手にやったことでしょ 私が許可した覚えはないよ・・それに!降伏するつもりは全くない!」 布団から起き上がり、彼女は叫んだ。 「・・・月様」 月が自分に配慮する気持ちが痛いほど判り、二の句が告げない。 409 :名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 16 29 01 ID WWAyvaEk 「それで・・敵はいつ攻めてくるの?」 断固戦うと言い切ったばかりだが、この点は恐る恐る尋ねる。 「・・・おそらくは明日の昼にでも攻めて来るでしょう そして・・長野・志藤軍は我々外山家を根絶やしにするつもりです 先ほどの長野家当主との謁見と青葉城の様子からそう感じました」 「そ、そう・・・ 武義も死なないように今からでも槍の素振りでもしてなさい あー おなかすいた 今朝から何にも食べてないからなんか持ってきてよ」 無理につなげた言葉だったが、武義は聞こえるか聞こえないかの声で頷くと、台所の方へ足を運びに行った。 感情をぶつける相手が居なくなり、ふと目をそらすとそこには昨晩戦っていた将棋盤があった。 局は終盤であり、武義ほど得意ではないとはいえ、どちらが敗勢かはっきりとわかる。 敵の攻撃で、もうすぐ詰まれそうだが、月の王に引っ付いて守っている金一枚でなんとか凌いでいる格好だ。 「私も・・もうすぐ詰まされちゃうのかな・・」 ポツリとつぶやく。 「投了時だよね・・」 またつぶやく。 「あっ そうか 投了できないんだったねー」 笑いながら言おうと思ったが笑えなかった。 「・・・・・・・」 月はその金将と書かれた駒を手に取ると、大事そうにぎゅっと握った。 416 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05 43 04 ID Bm1ei4hG この森は暗い。 まだ太陽が沈んでいないわけだが、道端の木の根に気づかず、つまづいてしまうぐらい暗い。 青葉から若葉までの道として、普段はだだっ広い荒れ地を利用するわけだが、 今は長野の軍旗であふれかえっている。 仕方なく、裏街道とでも言うべき、この深い森を選んだ。 そんな森を、髷(まげ)がほどけ、肩まで髪を垂らし、 全身血染めの男がゆっくりとした足取りで歩いていた。 外山の影に彦根あり。と武勇で謳われた、彦根武義の父・武忠 である。 青葉城が陥落し、主・外山一三郎の死を見届けた彼は、 その主君の首を奪い返そうと、僅かな家来を率い何度も敵陣に突撃した。 当時、主君の首が奪われるということは、大変な屈辱であったのだ。 気がつくと、自分の周りには誰もいなくなっていた。 事の無意味さを悟り、このまま殿の後に続こうかとも考えたが、思い返し、外山月のいる若葉城へと落ちていった。 再興の想いを胸に秘めて・・・ 417 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05 43 43 ID Bm1ei4hG 決戦の日のことを考え、武義に再び眠ることを命じられた月であったが、 昼間に眠っていたこともあり、夜更けにもかかわらず、目が覚めた。 体を起こし、深々と静まり返った中庭へと出る。 地面には、青白い桜の花びらで埋め尽くされている。 見上げれば、満月が真南に位置していた。 「(ここでよく剣の稽古をしたな・・・)」 剣を持つふりをして、上段に構えると、いつもの稽古相手の顔が思い浮かんだ。 そいつの面に対し、おもいっきり腕を振りぬく。 一の太刀を受けきられた。ならばと右胴へ狙いを定め、渾身の力で叩きつける。 紙一重でかわされた。だが、軸足をずらされ、そいつの体は左に傾いている。 体勢を取り戻す前に、月はそいつの胸をめがけて・・・ そいつの胸をめがけて・・・ ちょこんと小突いた。 「・・・・・」 自分でも何を馬鹿げたことをやっているのかと思ったが、 胸がはちきれそうな感情が湧き上がり、恥ずかしいとは感じなかった。 「・・・いま・・・なにしてるのかな?・・・」 そう、自分の言った言葉が聞こえると、いてもたってもいられなくなった。 兵法の授業などで通い慣れた、彼の部屋へと向かった。 418 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05 44 19 ID Bm1ei4hG 部屋の前まで来た。 普段、この時間帯にここに足を運ぶことは無い。 礼儀として、廊下から声をかけようとしたが、部屋の明かりが消えているので、黙って入った。 彼の布団のふもとまで身を寄せ、夕刻の状況とは立場が入れ替わる形になる。 「・・・たけよし・・・」 「・・・・・・・・」 「・・・たけよし・・・」 「・・・・・・・・」 二度ほど、目の前で横になっている者の名前を呼んだが、返事はしてくれなかった。 起きてほしくて名前を呼んでみたものの、つぶやいているうちに、 逆にこのまま眠らせてあげたいと思うようになり、三度目はなかった。 無理もない。情報収集や外交調停に追われ、昨日は全く眠っていなかったのだ。 彼女は自分のあごをひざの上に乗せ、彼の寝顔を見入っていた。 歓喜の表情も、苦痛の表情も無く、ただ単に眠るために眠っていた。 なぜだろう。 状況は切迫している。 外山家が滅ぼされてもおかしくない。 あした、あの満月をもう一度みることも叶わぬかもしれない。 だけど、 今、こうしていると、 不安にはならない。 419 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05 44 51 ID Bm1ei4hG 翌朝。 喧騒のなか目が覚めると、見たことのない毛布で包まれていた。 部屋の中には誰もいない。 「・・・・・そっか」 まだ、頭の中はぼーっとするが、 あれから寝てしまったということは理解できた。 外が、何かの工事をしているようで、やかましい。 意思伝達を図るいろいろな掛け声が交錯する。 「・・・うるさいなぁ」 まるで他人事を言うかのように、寝起きの少女はつぶやく。 四半刻ほど待ってみたが、誰も来てくれない。 仕方がないので、寝間着姿のまま、戸をあけ大広間へと向かった。 「・・・若っ様! おはようございます」 廊下にいた女中が朝の挨拶をしてくる。 いつもなら笑顔で挨拶してくれていたが、今日は違った。 それに対し、月はいつもどおりの頷きで返事とした。 大広間までたどり着くと、普段聞きなれない声がしてきた。 420 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05 45 34 ID Bm1ei4hG 日常的に顔を合わせることの無い武忠にとって、その少女が外山家の跡取りだと判断するのには時間がかかった。 武忠と月の二人は、軍議の間や先陣を切って戦っている時、そこでしか顔を合わす機会が無い。 真紅の甲冑を身につけ、槍をふるう月の姿は、武忠の目にはまるで軍神が降臨してきたのかと見間違うほどだった。 水色の寝間着を身につけ、あどけない表情をした月の姿が、武忠の判断を幾ばくか遅らすのは仕方のないことだった。 「殿ーのーおなーりー」 武忠が、どす太い声を出し平伏すると、周りの家臣もそれに従った。 場にそぐわない身なりのせいか、月は少し顔を赤らめたが、武忠はお構いなしと次の言葉を続ける。 「お久しゅうございます。 彦根武忠であります。 先日の戦においては、我が力不足にて青葉の城と大殿の命を失ってしまったことを ひらにご容赦ください」 再び深くこうべをたれる。 421 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05 46 40 ID Bm1ei4hG 「我ら青葉の者たち五十名余、この地を最後の拠点とし、集まり申した」 残りの350はどうしたのなど、そんな無粋なことを月は聞かない。 「長野の裏切りもあり、劣勢となった我々は、ここ若葉城に籠城し 敵に一矢報いたいと考えております。」 月の知らない顔が「おう」と同意の声を挙げた 「敵軍は三刻後。正午過ぎには麓に陣を構えることになるでしょう。 すでに、若葉城にある全ての仮柵は設置し終え、準備は万端にございます」 正午過ぎ? なめられたものだ。 勝勢の勢力は夜襲等を除き、日が落ちないうちにかたをつけようと、朝早くから軍を動かすのが通例である。 「(・・・ここを数刻で落とすつもりなの?)」 しかし、兵力差を思い返してみれば、一瞬で壊滅させられることは目に見えていた。 「昼前には月様も武具を揃えて頂くようお願い申し上げまする」 そういって武忠は立ち上がると、ほかの皆もそれぞれ持ち場に戻っていく。 月は何度かきょろきょろとある顔を捜していたが、この中には見当たらなかった。 422 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05 47 53 ID Bm1ei4hG そのころ武義は、小勢力の一つ西山の当主の許へ出向いていた。 長野・志藤軍との和議に失敗しており、西山から降伏の旨を伝えてくれるよう頼んだわけである。 「う~~む~~」 取引として最大限の譲歩を見せても、色よい返事がもらえない。 「わしが頼んでも、どうせ聞き入れてもらえないじゃろ 長野には同盟を裏切った背徳感があるじゃろうし、志藤は外山の血を根絶やしにと考えているからのう ・・・それより どうじゃ。お主とお主の父がうちにきてくれりゃあ、考えてやらんこともないがのう」 話にならない。 外山家の存続を願いに参上したのに、どうして私が潰れた後の身の保身を考えなくてはいけないのだろうか? 「(そろそろ時間切れか?)」 これから、一応、島の陣を訪問する予定もあり、 そして、ずっと胸に温めていた作戦を城兵に伝えなくてはならない。 顔を合わせてくれた礼を述べると、武義は馬上の人となって駆けていった。 423 :名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05 48 39 ID Bm1ei4hG 「ちょっとー! どこ行ってたの 遅いじゃない!」 昼前に戻ってきた武義に対し、月は叫ぶように言った。 誰にも声をかけず、うろうろと城内を探していたことなど、武義は露ほども知らない。 「どこ行ってたの・・・はいいとして、 どこかに出かけるときは、私に声をかけてからにしてよ!」 「はい。大変失礼致しました しかしながら、間もなく敵が布陣してきます 今回の作戦についてまだ話しておりませんでしたので、軍議の場にお集まりください」 采配の振るい方は武義に一任されている。 その責任感と作戦のことで頭が一杯であり、月の気持ちまでは気が回らなかった。 ぷくーと頬を膨らませる月であったが、武義が外山家のために奔走してくれていることに感謝もした。 438 :満月:2007/04/17(火) 04 02 05 ID ZJvGm0Hg 正攻法ではまず勝てない。 味方は150で、敵は2200。 いや青葉城からの投降者も合わせると、もっと数えるだろう。 こちら側が、十や二十の敵を仕留めても、何とかなるものでもない。 この日のために、いや、こんな日など来ない方がよかったが、 私とごく一部の配下が一年間かけて作ったものがある。 俗手ではあるが、落とし穴だ。 月様も知らないであろう。 若葉城を落とすには、 正門を叩き壊し、二の丸を通過し、本丸を制圧しなくてはならない。 本丸・二の丸の二つはちょうどひょうたんの様な形をしている。 私はこの二の丸に穴を掘った。 幅・三間(5m) 深さ・五間(9m)もある、 巨大といっていいほどの穴を、十の数作った。 439 :満月:2007/04/17(火) 04 02 39 ID ZJvGm0Hg あとは、既に落とし穴の中で待機させた者に、地を支える何本もの支柱を爆破してもらう。 落とし穴の中にはそれぞれ中に狭い間道があり、それは一箇所へと合流させる。 本丸にある疾うに穴の開いている落とし穴へだ。 ここで味方を助け出した後、矢の雨によって間道に逃げざるを得ない敵兵を、これまたこの合流地点で雨を降らせるわけだ。 うまくゆけば、二の丸にいる敵の半分がいなくなる。 間道の中に逃れ、倒しきるには難しいかもしれないが、五間もの落下衝撃で戦闘不能に陥るだろう。 それで十分。 最後に士気の著しく下がった残りの敵に総攻撃をかける。 父上には、二の次・三の次を考えろとよく言われたものだが、 これ只一つが失敗したら、後には何も残されていない。 いかにして、二の丸に敵を集めるかが、今回の焦点となろう。 ん もうすぐ軍議の時間だ ぬかりはないか? ぬかりはないか? ・・・よし!大丈夫だ。 440 :満月:2007/04/17(火) 04 03 13 ID ZJvGm0Hg 月・武義・足軽小隊長・弓小隊長の若葉組 武忠、他数名の青葉組によって軍議は開催された。 だれも、なにも言わず、外山月の右手にいる者を見つめる。 ここにいる全てが、武義の采配に賭けていたことの証だった。 武義は、勢いづかせない程度に門のところで防衛した後、 本腰に、本丸と二の丸との間での守備作戦を唱えた。 青葉組には武義と知り合い程度でしかない家臣もいる。 父上が信頼しているのならば大丈夫かとも思ったが、 念には念をいれ、落とし穴作戦については語らず、代わりに 「面白いことが起こるかもしれません」とだけ言う。 「(今回も何か策があるのだろう)」 納得の顔・疑問の顔・信頼の顔、それぞれの表情があるが、 味方を欺いて、実績を上げてきたことのある武義に対し、 青葉組からも、とりあえず、文句は聞こえない。 「武義よ 兵の配置はどうするのだ?」 武忠が問う。 「松の櫓・竹の櫓に入れられるだけ弓兵を入れ、門のところには・・・・・・・・・・」 441 :満月:2007/04/17(火) 04 03 47 ID ZJvGm0Hg 彦根父子の問答のやり取りを聞きながら、月は早く体を動かしたい気分になった。 武義の自信に満ちた受け答えがそうさせたのだろうか。 いや、武義の存在そのものがそうさせたのだろう。 つい先ほどまで、現実逃避や臆病風に吹かれていた月であったが、 今では、・・なんだかわからない そう 槍の一本でも振り回したくなるような気分なのだ。 あれだけ嫌っていた、敵の来襲すら待ち遠しい。 「(早く戦いたい! もし、武義がここで待っててねとか言ったら、武義の首はねてでも戦いに行くんだから! あー うそうそ いまのは無し!)」 武義は、そんな“武義の前で見せるいつもの”月の意向を熟知し、 青葉組と月を門に、若葉組を本丸と二の丸の境目に初期配置した。 半年前の月の初陣のときは、大将を、それも女の子を前線で戦わせたとして、 武義は非難を集めたが、前線における味方の士気高揚と、 彼女の異常とも言える身体能力と動体視力を身をもって知っているからでもあった。 「(どうせ、止めても聞かないですしね)」 ふー と溜息をつくと、天に祈るようにつぶやく。 「(矢があまり飛んでこないところで戦って欲しいのですが・・・)」 当主としてではなく親友として身を案じる、武義の願いだった。 442 :満月:2007/04/17(火) 04 04 39 ID ZJvGm0Hg 青葉城の戦いは悲劇だった。 西の丸で防衛していると思ったら、本丸の方で白い煙が立ち上っている。 日の出の光かと思ったら違った。 御殿が炎に包まれているのだ。 そんなはずはない。 ここを通らなくては、本丸まで辿り着かないのだ。 最初は、不意打ちを受けた形で大門を突破されたが、 徐々に形勢を五分に戻し、西の丸攻略で敵は四苦八苦している。 しかし、また信じられないことが起きた。 本丸から、ときの声を上げて軍勢が流れ込んでくる。 あの旗は・・・・・・長野だ。 味方か? いや違う! これは いわゆる 「裏切りかぁぁぁぁぁっっ!!!!!」 今までの疑問をすべて憎しみに代え、全力で吼える。 443 :満月:2007/04/17(火) 04 05 16 ID ZJvGm0Hg 最近、長野家の使いの者が多かったのも合点がいった。 本丸からの間道を探していたのだ。 逆に入ってこられてはたまらない。 「大殿は! 大殿は御無事かぁ!!」 長野の雑兵が答える。 「一三郎はもう死ぬわ。ここの手柄はおまえの首じゃあ!」 突撃してくる雑兵数人に、槍を薙刀のように使い振り払う。 「雑魚がぁぁぁ!!!」 すでに、全身血だらけの武忠は、また返り血で染まる。 「大殿ぉぉぉぉぉぉ!!!! 大殿ぉぉぉぉぉぉ!!!! 」 西の丸を放棄し、本丸へと猛進していった。 444 :満月:2007/04/17(火) 04 05 52 ID ZJvGm0Hg 目が痛むほどの青空の中、桜の花びらが舞う。 ツバメ達がその空で優雅に踊り、遠くからコチドリの唄も聞こえてくる。 丘を登ると、はっきりと若葉城が見えた。 「ちいせぇー おいちいせぇよ なあおい」 「ここ落としたら、当分戦がなくなるなぁ。できるだけ功を立てるとするか」 「俺 俺。 俺がいるといつも勝ち戦になるぜぇ この俺様に感謝しろよ」 武士か?傭兵か?はたまた半農半士の者か? この合戦に対する思い思いの感想を駄弁りあい、若葉の城へと歩を進める。 「知ってるか。ここの殿様は女の子だってな」 「女の子だぁ?なんで女が殿様になってるんだよぉ」 「青葉で親父が死んでからさ、跡取りがそいつしか残されていなかったらしい」 「難儀だなぁ 敵ながら同情しちまうぜ」 「お 女っていうと そ その可愛かったりするんだべか?」 「ばーか 何考えてんだよ おめえのその体で押しつぶす気か?」 445 :満月:2007/04/17(火) 04 06 31 ID ZJvGm0Hg 「年はいくつぐらいなんだ?」 「あー 俺知ってる たしか次郎さんの娘ぐらいじゃないか」 「はーーっ まだ子供じゃーん 期待しちゃって損しちまったぜ」 「こ 子供でも ええんじゃないだべか?」 「馬鹿野郎 そしたら俺様の三間槍が入んねーじゃねーか」 「おめーのはつまようじじゃねーのかぁ?」 どっと笑いが起こる。 「この前の戦で見たけど、ありゃやべぇぜ 剣の腕は立つようだけど、押し倒したくなっちまうぐらい可愛い」 「へー 源さん風にいうとどんな感じなんだい?」 「いままで、数多くの女を見てきたが、俺のかみさんの次に可愛いと思った」 「おめーのかみさんどぶすじゃねーか 信用なんねー」 「まあそのとき判断して決めっぜ 良ければ‘一番槍’は俺がもらうからな」 「じゃあおれ 二番槍ー」 「三番槍ー」 「四番槍ー」 目的地にたどり着くまで兵士達は下品な会話を繰り返していた。 457 :名無しさん@ピンキー:2007/04/20(金) 04 46 57 ID tNjd7q2X 櫓の上から、憎むべき長野の旗印が観えた。 その敵兵の行軍は、比喩などでは決してなく、地が振るえ唸っている。 武忠は、ちらりと隣にいる主の顔を見やる。 「(怖気づいては・・いないな)」 以前共に戦ったときは、草原の上で暴れまわっていた主君を頼もしく思った。 しかし今回は野戦ではなく、敗色濃厚の籠城戦だ。 武忠の気持ちを知ってか知らずか、月の表情は変わらない。 「(大殿の・・・子か)」 青葉では、慕っていた大殿を救うことができず、途轍もなく口惜しい思いをしたが、 せめて、この忘れ形見だけはもう失いたくない。 心の底から願う。 「(大殿・・・ どうか殿、月様を見守っていて下され )」 458 :満月:2007/04/20(金) 04 47 41 ID tNjd7q2X 半里ほど遥か彼方に、敵勢が見下ろせた。 「(ここで少し防衛したら、本丸に戻る。)」 武義に言われた言葉を、心中繰り返す。 「(ん?)」 武忠が、私のことを見た気がした。 「(武義の・・・お父さん) 」 敵陣への視線を動かさずにして、気付かないふりをする。 「そろそろ・・・・・来ますぞ」 ここで初めて、武忠の方に振り向く。 法螺貝の音が遠くから聞こえた。 敵が喚声を上げて、突進してくる。 心臓がどきどきしてきた。 この高鳴りは、どうか高揚感であってほしい。 「来ますぞぉぉ!!!」 私もあわてて弓の準備をする。 「構えてー」 私の声に、櫓の者が弓を構える。 「弓を 構えろぉぉぉ!!!」 五十間先の櫓も弓矢を引きはじめた。 敵が目前に迫ってきた。 459 :満月:2007/04/20(金) 04 48 45 ID tNjd7q2X 「戦が・・・始まったか」 「武義殿。この戦、勝てるのでありましょうか?」 「右に同じく、不安でござる」 本丸にて、武義・足軽小隊長・弓小隊長の三人が並んで戦況を眺める。 「大丈夫です。策が成功すれば、敵は必ず壊滅する」 不安がらせないよう、自信たっぷりに答える。 この外山軍の司令部に伝令が報告が来た。 「敵の先鋒は長野軍 ただいま力押しで攻めているところ、若様と武忠様による弓の斉射で防いでおります」 「了解した」 そんな情報など、ここからの眺めだけで一目瞭然だったが、 -若様と武忠様による弓の斉射で防いでおります- この言葉に、月が乱戦の中で戦っているということを実感する。 「(大丈夫 月様は父上と同じぐらい御強い 私が不安がってどうする?)」 まだまだ戦は始まったばかり。 武義は司令官としての務めを果たさなければならなかった。 460 :満月:2007/04/20(金) 04 49 32 ID tNjd7q2X 「撃てぃー!! 撃ちつくせー!! そこぉ!! 門に登らせるなぁ!!」 「あの櫓だ!! 火を放て! すぐだ 今すぐだぁ!!」 「うわあ 燃えてるぞ! その水たるで消火しろ!」 「構わん!! そんな暇あったら、撃てぃ!! ここにある矢、全て使うぞ!!」 「中に! とにかく城内に入れ!! そっちの空堀のほうにも散らばれー!!」 「入れさすなああぁぁ!!!!」 兵力にものを言わせの力攻めでは、激戦を極めることが多い。 「武忠! そろそろ頃合ではないの? 後ろの方だいぶ燃えてる!」 「そうですな あと二十、矢を射たら、退きましょうぞ」 「うん!」 優に百を超える数弓を引き、極度の疲労で腕が痛い。 「(みんなも! 同じなんだから!)」 「殿。しんがりは某が勤めます。炎に囲まれる前に、そこのつるを使ってお逃げくだされ」 「有無を言わさぬって顔だね。うん、分かった」 「新造!小平太! 殿をお連れしろ!」 「「はっ!」」 「武忠!気をつけてね!」 そう言い残し、櫓から降りていく。 「・・・ありがたきお言葉」 矢をもう一束手に取り、月に逃がす時間を作った。 461 :満月:2007/04/20(金) 04 50 23 ID tNjd7q2X 「月様。御無事そうで何よりです」 「えへ~ がんばったよ」 武忠の顔を見てにぱっと笑う。 「次はここでたたかうんだよね?」 「はい この場で敵を迎え撃ち、二の丸を敵兵で埋め尽くします」 月は弓から槍へと武具を持ち替える。 休む時間もなく、武忠が長野の兵を引き連れる形で戻ってきた。 「武忠殿!援護するでござる!」 弓小隊長の合図で敵の足を止める。 「父上、大丈夫ですか?」 「わしを誰だと思ってるんじゃい」 そういいながら、柵を乗り越す。 「若様。武忠殿。ここは我々に任せ休息を取ってください」 足軽小隊長が手先を引き連れ、肉弾戦を挑みにいく。 この場には三人が残された。 462 :満月:2007/04/20(金) 04 51 47 ID tNjd7q2X 「そろそろ言ってもいいよね 二の丸に何があるの?」 そう月が訊き、武忠もじっと見据えた。 「いくつか落とし穴を仕掛けました、罠にかかり士気を挫かせたところで、こちらから攻撃したいと思います」 武義が答える。 「その策は、成功するのか?」 「・・・父上。私を誰の子と考えておられるのですか?」 してやったり。そう言い返し、月もおかしそうに笑っている。 二の丸が、長野の旗で染まってきた。 「(そろそろ・・・!)」 早すぎても成果が落ちるし、遅すぎても味方の損害が増すだけ。 「軍太鼓を打て!」 ドーン! ドーン! 周りの空気が震える。 「(頼むっ!)」 地中から爆発音がし、ひとつ、またひとつと、大穴が開く。 敵兵は神隠しのように消えていった。 463 :満月:2007/04/20(金) 04 53 04 ID tNjd7q2X 「うわあああ!!」 「ここはどこじゃあ!」 「おい!地面が抜けたぞ!」 阿鼻叫喚の図が出来上がった。 落とされたものは呻き声をあげ、残されたものは恐怖で顔が歪む。 味方すら何が起こったのかと一驚している。 「月様!突撃しましょう!」 月もそのさまにびっくりしていたが、 武義の言葉で正気を取り戻し、うなずく。 ここだ。ここが勝機だ。 「武義! 行くよ! 私から離れないでね!」 「はい!」 外山軍の反撃が始まった。 464 :満月:2007/04/20(金) 04 54 13 ID tNjd7q2X 「うおおおおおお!!!」 「てやあああああ!!!」 統率の乱れた長野兵は、月・武忠を中心とする軍勢に次々と討たれてゆく。 音のように早く武忠が槍を振りまわせば、月も光のように速く敵を倒してゆく。 武義も敵に一槍浴びせようとするのだが、 前にいる二人の掃拭で無人の野を駆けるに等しい。 しかし、自分の起てた策が成功していくのを、ゆっくりと実感していった。 「(これほど上手くいくとは・・一番驚いているのはもしかしたら私かもしれないな)」 這いつくばってまで逃げようとする敵に対し、こう思った。 「これならいけそうだよ!」 勝利を確信したかのような顔で月が振り向いた。 「二度と、若葉を攻めようと思わせないぐらい、大打撃を与えましょう!」 「いっくよぉー!」 外山軍大優勢の中、二の丸を奪還していった。 465 :満月:2007/04/20(金) 04 55 46 ID tNjd7q2X 「うわああ! 逃げろ!」 「とりあえず城から出ろお!」 混乱を極め、長野の兵はほうほうのていで陣まで戻ろうとした。 ところが、そこで見たものは信じられない光景だった。 「志藤だ!志藤の陣まで逃げ込め!」 「そうか ここの軍ならまだ無傷だ」 志藤の兵は鉄砲を構え、敵からの攻勢を防ごうとするように見えた。 ゴオオオン!! 轟音が響き渡る。 あれ?外山はもうすぐ近くまで来ているのか? ゴオオオン!! もう一度炸裂する。 友が血しぶきをあげた。 「お、おい 俺らは外山じゃねえよ!! 長野!! 長野!!」 表情一つ変えず、狙いを定めてゆく。 「おい 聴こえているのか! 俺らは長野だ 志藤に味方するものだ!!」 ゴオオオン!! 石につまづいた訳でもないのに、体が前のめりに倒れる。 何も理解することなく、長野の一兵卒は絶命した。 468 :満月:2007/04/21(土) 23 58 40 ID NdVOa1E9 さも愉快そうに笑う男がいた。 「まさか外山が長野を討ってくれようとはな」 「はっ、怨敵・長野家もこれで壊滅でありましょう」 「彦根の倅にも驚いたわい。鮮やかな策じゃ」 間も無く、長野家当主の討ち死にの報が入ってきた。 配下と思われる人物も、目を細める。 「外山・長野を屠り、これで念願かなったりですな」 「わっはっは。外山はまだ屠っておらぬ。そちも気が早すぎるな」 もともと志藤は、長野を討ち取る算段だった。 意図せず計画が狂ってしまったが、 元気いっぱいの長野が滅びたことは、好事以外のなにものでもない。 若葉城の罠も外され、後は多勢で攻め入るだけだ。 「彦根親子の処遇はどういたしますか?二人とも近隣に名を馳せておりますが」 「武の武忠、智の武義といわれておったな・・・共に殺してかまわぬ」 「それは何故にでございましょうか?」 「捕らえても、わしの家臣になることは考えられぬ 知らぬか?別の異名で‘忠義の彦根親子’と呼ばれておるぞ」 その配下は恐縮する。 「そろそろ、動くぞ」 志藤の当主は、采配を振りかざした。 「外山月・彦根親子の首を必ずや獲ってこい」 「はっ、かしこまりました」 469 :満月:2007/04/21(土) 23 59 37 ID NdVOa1E9 「これは・・・どういうことなんだ?」 武義はつぶやく。 逃げまどう長野が志藤にやられている。 「(長野も・・・裏切られたのか いや、もともとこういう手筈だったかもしれない)」 まさか、このような展開になろうとは。 しかし指揮するものとして、どんな事態であれ次の行動を決めなくてはならない。 「月様!父上!追撃を中止します!」 城外に打って出ているものを、引き上げさせた。 武義の許に、月と武忠がやってくる 「武義、どうするの?」 月が訊いた。 今度は、志藤が攻めてくる。 門が破れ、櫓が燃え落ちたこの場所で戦うのは得策ではない。 かといって、本丸に戻るのも癪だ。 「(くそっ)」 先ほどまで勝ち戦だった。そのはずだった。 「・・・志藤がやってきたぞ」 武忠の言葉に遠くを眺めると、士気の高い軍勢が攻めてくるのが見える。 「武義、どうするの?」 もう一度訊く。先程より心細く聴こえた。 「・・・っ とりあえずここで迎え撃ちましょう」 すでに長くなっている月の影に目を落として、武義は答えた。 470 :満月:2007/04/22(日) 00 00 54 ID NdVOa1E9 疲れを知らない志藤軍を相手に、早くも苦戦に陥っていた。 月と武忠の奮戦も、十倍もの違う兵の数に焼け石に水でしかない。 「おぬしの首、もらったああっ!!」 「ぐっ うるさーい!」 華麗に敵槍を捌くが、疲労の色は隠せないでいる。 「月様っっ!」 武義が援護する。 「武義!来ないで、怪我するよ!」 「そんなこと言ってはおれませぬ!」 槍が折れ、二人とも帯の刀に持ち替える。 「武義殿!そなたの首も貰いうける!」 「だめー! 絶対だめー!」 身を挺して、最愛の部下を護る。 「月様。いったんお下がりください。息が乱れております」 「だって、攻めてくるよお」 「でもも、だってもありません。後ろで一休みしてください」 武義は無理にでも主君を後方に下がらせた。 471 :満月:2007/04/22(日) 00 01 49 ID KiMrbe6n 陽が沈む。 その夕焼けは、戦場をなお異世界の物へと変えている。 武忠は後ずさりの格好で息子の前まで近寄って訊く。 「武義、第二の策は?」 「・・・・・」 策などないのは分かっていた。 自分自身の決意を固めるために、そう聞いたかもしれない。 「二の次、三の次を考えろと言い聞かせたであろう」 「・・・申し訳・・・ございません」 武義が謝る。 「・・・その言葉は禁句だ。お前が謝っても、戦況は変わらない」 「・・・・・」 「殿に対しても、そう答えるのか? そう答えられ、殿はどのようなお気持ちになる」 「・・・・・」 想像し、胸が痛む。 「考えろ。お前ならばできるはずだ」 「・・・父上?」 「殿を救う方法を考えろといったのだ。そのためにわしは時間を稼ぐ」 「・・・!」 472 :満月:2007/04/22(日) 00 02 35 ID KiMrbe6n 事を悟る。 「・・・わしの命は、大殿と共に散るべきだった 大殿の娘と、武義、お前の成長が見られただけでも、存分に満足じゃ」 「・・・・・」 「ここはもう落ちる。本丸へ戻れ」 「・・なればっ! 父上も一緒に!!」 「この夕陽をわしの墓場と決めた。決めたことは覆さん」 「・・・・・」 「武義、殿を託すぞ」 武忠は、軍を撤退させる最後の合図を送った。 「ほれ、そこでお前を見つめているものがいるぞ」 「・・・・・」 「しっかりな・・・」 戦う相手が居なくなり、 敵兵はその場に残されていた武忠ただ一人に襲い掛かった。 473 :満月:2007/04/22(日) 00 03 56 ID NdVOa1E9 本丸に戻る途中、声をかけた。 「武忠は大丈夫なの?」 「父上は・・・すぐに戻ると言っていました」 月も馬鹿ではない。 その言葉の意味を瞬時に理解する。 「そっか・・・」 また沈黙が支配する。 武義は父のこと、戦のこと、そして最悪の事態のとき月を逃がすこと。 いろいろなことを考えていた。 若葉城の周りは断崖絶壁。 猫一匹、逃げ出す場所は無い。 それゆえ、二の丸からしか攻め口の無い敵に、絶妙な罠が仕掛けられたが、 追い詰められると袋のねずみになる。 「(どうすればいいんだ)」 武義は、決して見つからない答えを探していた。 474 :満月:2007/04/22(日) 00 05 39 ID NdVOa1E9 「武義……どうするの?」 蚊の鳴くような声で、今日何度目かの質問をする。 「・・・館に籠り、敵を迎え撃ちましょう」 本当は、自分の非を詫び月を抱きしめたかった。 父の声を思い出し、寸前で思いとどめる。 「もう……二十人、三十人しか残っていないよ」 「・・・・・」 かける言葉を捜す。 見つからなかった。 「武義……どうなるの?」 「・・・大丈夫です・・・月様が敵を倒せばいいのではありませんか」 「……そうだよね。私がやっつければいいよね」 悔しい。 配慮に欠けた言葉と、無力な自分にまったく情けなくなってくる。 敵がまたもや喚声を上げてやってくる 再び夢を見ることができたら、この音はとんでもない悪夢になるだろう。 「皆の衆を館へと集めさせます」 月の顔を見ることができなくなり、逃げ出すように集合をかけに行った。 475 :満月:2007/04/22(日) 00 06 35 ID KiMrbe6n 武義はわたしの気持ちなんかぜんぜんわかっていないんだろう。 ほんとに何にもわかっていない。 死んだってかまわない。そばにいて欲しいだけなのに。 タッタッタッタ 足音が聞こえる。 こっちに来るのは誰? 武義? 「若様! 武義様に大広間で戦うようにとの指示を受けました 冥途の土産に今一度、‘月の舞’を見せてくだされ」 5人の兵士がやってきた。 ふんだ。 命が惜しいんなら、とっとと降参しちゃいなさい。 わっ。もう志藤の連中がやってきた。 武義が言ってた。 わたしがやっつけないと、何にも始まらない。 わたしがやっつけないと、何にも終わらない。 476 :満月:2007/04/22(日) 00 08 49 ID KiMrbe6n とっぷりと日が暮れ、松明もかざしていない。 そんな薄暗がりの中、月は闘っていた。 「ぐはあ!」 爆裂音と共に最後の従者が倒される。 「へっ これで5人目!」 月の周りには誰もいなくなった。 「お、おい。こいつって、やっぱり外山の殿様だべか?」 「紅い甲冑、その幼さ、そしてかわいらしい女の子。間違いなく 外山月 だな」 「ひょっはー! おれらついているなあ。これでたらふく飯がくえるぜえ!」 「待て、こいつ確か、かなりのツワモノじゃねーか?」 「そうだな、噂ではそう聞いている。だが・・・」 銃口を月に向ける。 「この人数なら、さすがに敵わねえだろう」 ある者は槍、ある者は刀を構える。 十数人を指揮し、足軽頭と思われる人物は鉄砲を手に持っていた。 「(ちくしょうっ!)」 怯えと悔しさが混ざり合い、言葉が出てこない。 「はやく首をとっちまおうぜ、大将!」 「首はいつでも取れるからなあ。んん?」 男は卑猥な笑みを浮かべていた。 480 :満月:2007/04/22(日) 05 31 34 ID KiMrbe6n 「まず武器を奪い取れ。そして鎧を脱がせろ」 「「おう」」 大将の意図を汲み取り、男たちはじりじりと詰め寄る。 多勢に無勢。 周りを囲まれ、応戦むなしく月は刀を奪われた。 「それ!組み伏せろ!」 月の倍近くの丈があろう男が、押し花のように圧し掛かる。 「ぐっ くぅ……」 力を振り絞っても、びくとも動かない。 「足を持て! そっちの足もだ!」 何人もの野獣が月に群がる。 部屋の暗さに、自分が何をされているのかわからない。 しかし男達の汗の臭いに、ものすごく嫌悪感を感じたことは理解できた。 「上衣を取れ!袴をひきちぎれ!」 あまりの恐怖に頭が働かなくなってきた。 「(武義…………助けて!!)」 481 :満月:2007/04/22(日) 05 33 10 ID KiMrbe6n 戦える者は館へと呼びかけ、怪我している者には投降を勧めた。 敵衆は、既に本丸のあちらこちらに攻め入っている。 全ての目算が狂う。 「もう集める味方すらいない・・・」 ふと、父の声が聞こえてきた。 ――武義、殿を託すぞ―― 「(父上?)」 周りを見渡す。 当然だが、父の姿など無い。 「託された以上、守らなくてはな」 武義はそうつぶやくと、急に血の気が引いてきた。 ひどい胸騒ぎだった。 482 :満月:2007/04/22(日) 05 33 56 ID KiMrbe6n 「(私は 何をしているんだ!)」 走った。 「(月様には私が附いてやらなければ)」 闇の中、月の姿を探す。 館まで戻ると、最早そこは敵の手に落ちていた。 「月様! 月様!」 外山の兵だと気づかれてしまうが、 そう叫ばずにはいられない。 「おーい まだ外山が残っていたぞお!!」 「こっちだあ! こっちだあ!」 館に逃げ込むようにして、振り切る。 「月様ああ!!」 喉が潰れるのも気にせず叫ぶ。 館の中を駆け回る。 「……たけよし……」 「・・・!」 聴きなれた声がする。 大広間の方だ。 武義は突入した。 483 :満月:2007/04/22(日) 05 36 03 ID KiMrbe6n いつもなら月が座る‘当主の座’と呼ばれるところに、男達が集っている。 その固まりの中で、苦しさに悶えながら自分の名を呼んでいた。 「うおおおおお゙お゙お゙お゙お゙!!」 何も考えない。 そこにいる‘モノ’を、切って 伐って 斬った。 「なんじゃあ!てめえ」 「このやろう!これでも喰ら・・うぎゃああ!」 「月様あ!!」 少女の手を取る。 ひどく脱力していた。 「月様! 逃げますよ!」 そう合図をかけると、手に少し力が入ったような気がした。 月を引っ張り、渡り廊下の方へ走る。 「一等首だぞ!その小娘を逃がすなあ!!」 暗闇であり、また館の構造を熟知していた武義は、 奥に、奥にと、逃げ延びることができた。 484 :満月:2007/04/22(日) 05 36 56 ID KiMrbe6n 最奥である月の部屋までたどり着いた。 全速力で走ったので、呼吸が荒い。 「月様」 肩で息をしながら月の体を抱擁した。 甲冑は外されており、肌着一枚だった。 「……へへ 助けてくれると思ってた」 武義に抱き返す。 遠方から月を探す怒声が聞こえてきた。 その声量に比例して、抱きしめる力を強くする。 「いつまで、こうしていられるかな」 「・・・何処かに隠れましょうか」 できるだけ時間を引き延ばしたかった。 月が見上げる。 「そだね……私についてきて」 月も同じ気持ちだった。 二人は、敵に発見されないようこっそりと、あるところに向かった。 485 :満月:2007/04/22(日) 05 38 49 ID KiMrbe6n 「月様。兵糧庫はすぐ見つかってしまいますよ」 「えへ まかせといて」 月はするすると柱を登り、抜け穴から天井裏へと消えていった。 「ほら 登ってきて」 武義は月と同じように天井裏へと移動する。 「少し、狭いですね」 「ぜいたく言わないの」 月は、逆に狭いことが嬉しそうに言う。 「まさか、このような場所があるなんて知りもしませんでした」 「私も落とし穴があるなんて知らなかったから、これでおあいこだね」 下には大量の食料がある。 この建物なら燃やされることもないだろう。 見つかりにくい上に、その点でも武義は安心する。 「みんな、いなくなっちゃったね」 月は身を寄せながらつぶやいた。 488 :満月:2007/04/22(日) 23 35 18 ID KiMrbe6n 何人かの駆け足が聞こえてきた。 月を背中から抱きしめながら、小声で確認する。 「月様。お静かに」 「うん」 まもなくして、敵兵が侵入してくる。 「・・・」 「………」 二人とも息を殺す。 「探せえ! 探せえ!」 兵糧庫の中を、隅々まで探索している。 全てをひっくり返した。米俵も麦袋も。 「・・・」 「………」 「どうだ、見つかったか?」 「いや、こっちにはいねえ」 「やっぱり武器庫の方か?」 「そっちはさっき探した。長屋の方に行ってみようぜ」 足音が遠ざかる。 「・・・」 「………」 「・・・」 「えへへ……どきどきした」 武義は何も聞こえなくなってからも 主を膝に乗せたまま、体勢をかえずにいた。 489 :満月:2007/04/22(日) 23 36 09 ID KiMrbe6n あれから時間が経った。 格子窓からは人も見えなくなったし、喧騒も聞こえない。 「(一旦、撤収させたな)」 敵を感じないということは、これほどまでに安心するものなのであろうか。 月の様子を見た。 月は、自分のおなかに巻かれた手をいじくって遊んでいる。 可愛らしいものだ。 心地良い首もとの匂いをかぎながら、武義は語り始めた。 「私の尊敬する人物の話をします」 沈黙が破られ、遊びをやめる。 「月様。楠木正成公をご存知ですか?」 「……えっと 名前なら聞いたことある。どんな人だっけ?」 「・・・今から200年ほど前、室町に政権が誕生する頃のお話しです 彼は幾多の同士と共に、鎌倉幕府の打倒を狙っていました」 「うん」 490 :満月:2007/04/22(日) 23 36 58 ID KiMrbe6n 「正成公はお強いです。城をいくつも落としていきました だけど、幕府も黙ってはおりません。 反乱者として、鎮圧に向かいます。こうして戦況は膠着状態になりました」 「うん」 「数年たち、とうとう幕府側は本気で彼を倒そうとします 彼の本城である千早の城に百万といわれる大軍勢を派遣します」 「百……万?」 「はい。それに対して正成公の軍は僅か一千 勝敗の行方は誰の目にも明らかでした」 「………」 「千早城が難攻不落というわけではありません この若葉城と同じぐらいでしょうか しかし、正成公は数多の戦術を使い 一ヶ月、二ヶ月、そして三ヶ月と幕府軍を翻弄します」 「………」 491 :満月:2007/04/22(日) 23 37 54 ID KiMrbe6n 「この城は落とせぬとして、とうとう幕府軍は撤退しました こうして正成公は勝利します」 「………」 「同じ采配を振るう者として、私とはえらく違いますね」 少し自虐じみて言う。 「……そんなことないよ」 武義の温もりを感じながら、月は否定する。 「楠木正成より、ずーっと ずぅーっと立派だよ」 「・・・」 「武義は私のために、いろんな事がんばってくれたし うん。楠木正成より立派。私がそう決めたんだから」 「・・・」 「……なに?私の言うことが間違っているというの?」 「・・いえ・・・そうでは、そうではございません」 またさらに強く腕に力を込めた。 492 :満月:2007/04/22(日) 23 38 47 ID KiMrbe6n 時間が流れる。 武義はまだ眠っていないようだ。 愛する人に抱きしめられ、火照る体が夜風に冷やされて気持ちいい。 「武義……起きてる?」 「はい」 声が聴きたくて、質問してみた。 「武義……あのね……」 「はい」 「……私、子供が欲しかった」 「・・・」 「私の子供にね、剣の練習させるの」 「・・・」 「そしてうんと強くなって、武義なんか簡単にやっつけちゃうんだから」 「・・そうですね」 「もちろん、政治や文学も学ばせるよ」 「・・・」 「……そのときは、武義が教えてあげてね」 「・・・・はい わかりました」 「あとね……あとね……」 「・・・」 胸が締め付けられ、目頭が熱くなる。 そんな武義は、自分でも信じられない言葉を発した。 493 :満月:2007/04/22(日) 23 39 36 ID KiMrbe6n 「子供を・・作りましょうか」 「……え?」 「私と月様で子供を作ろうといったのです」 「……うん」 月が自分に恋焦がれていたことは知っていた。 家臣としての理性が上回り、こちらからの愛情表現はできずに居たが 今となっては、もう関係ない。 「月明かりのあるところへ移りましょう」 格子窓から唯一月光が入る場所へと抱き上げ移動させる。 その場所に小さな体を横たわらせた。丁寧に。 仰向けになった月は窓からの光に目を細める。 昨日より一段と丸い、満月だった。 「きれいなお月様ですね」 「……うん」 「月様もお綺麗ですよ」 「……うん ありがと」 あまりにも可愛らしくなり、胸元にそっと口付けをする。 少女の香りが頭の中を支配した。 494 :満月:2007/04/22(日) 23 40 31 ID KiMrbe6n 「とっても良い匂いがします」 「どんな……匂い?」 「女の子の、月様の匂いです。これ以上良い匂いは知りません」 「そ、そう」 はにかみながら微笑んだ。 「床は冷たいですし、下だけ脱がしますね」 簡素な麻の下着を少しずつ脱がす。 「……っ」 恥ずかしさのあまり、股を両手で隠す。 「そこを押さえられては、子供はできませんよ」 「だって、……恥ずかしいよぅ」 膝を立てて抵抗する月に対し、胸元に手を這わせる。 「……ぁあ……」 月の体にちょうど良い大きさの乳房は、とても柔らかだった。 さするたびに、吐息が漏れる。 「……ん……ぁ……」 何回か揉むと、緊張がほぐれたように見えた。 「下のほうにいきますね」 胸への愛撫をやめ、続いて月の両手をゆっくりとどかした。 495 :満月:2007/04/22(日) 23 41 14 ID KiMrbe6n 綺麗な割れ目が見えた。 その線に従って、上下に指を動かす。 「ひゃぁ、んぁ、ふぁぁっ!?」 こんな感覚は初めてだった。 そしてなんでここまでの嬌声がでるのかと驚いていた。 「ん、ふぁあ、くぅ、んああ!」 「月様。気持ちいいですか?」 「うぅん、いいぃっ、すごくっ、ああぁ、きもちいっっ!!」 「大好きです。月様」 「うんっ!はぁぅっ、わたしもぉ、だいっ、だいぃっ、だい好き!!」 吐く息も切れ切れになったところで、今度はその秘裂に口をあてがう。 「ぁぁ、そこは、おしっこする所だから、汚いよぅ」 「大丈夫です、汚くないですよ」 先程より、強烈な女の匂いのする場所に舌でつつく。 「んんああぁ!たけよしぃぃ!!たけよしいぃぃっ!!」 月は武義の頭をわしづかみにし、精一杯押さえつける。 「いいぃ、いぃいよおぉ!」 時間はたっぷりある。 永遠と攻め続けていようかと思ったが、 武義は早く月の中に入りたいという欲望に負けた。 496 :満月:2007/04/22(日) 23 41 59 ID KiMrbe6n 顔を強引に掴まれていたため、こちらも強引に引き剥がす。 「はっ! あっ! はっ! たけよしぃ?」 「そろそろ、貞操をいただいても、いいですか?」 「うんっ」 確認の言葉を貰うと、武義も下着を脱いだ。 月を想う気持ちが下半身に表れていた。 安心させようと頬に軽く口づけし、月の腰を抱えた。 湿り気を帯びた場所に狙いを定める。 「いきますよ、月様」 「武義、来て」 一気に破ろうとした。 だが、あまりにも狭すぎて前に進めない。 「……くぅぅっ!!」 相当きついのだろう。 閉じた目から、涙が流れていた。 いったん抜こうと考えたが、それは月に気づかれてしまった。 「駄目! 抜いちゃ駄目! 動いてっ!」 「月様・・・」 「これは命令だから。命令だからね」 月は、自分の体に欲情してくれる武義に、気持ちよくなって欲しいと思っていた。 497 :満月:2007/04/22(日) 23 43 15 ID KiMrbe6n 「分かりました。動きますね」 理性が全て吹っ飛んだ。 全ての体重を乗せ、前に進んだ。 「んんんっっ!」 何かが破れた感触がした。 一休止もはさまず、今度は腰を引く。 「はぁっ、んんんああ!」 腰を打ちつける。 「うあぁぁっっ!」 腰を引く。 「あああぁっっ!」 何度も何度も何度も、容赦なく律動する。 「はあぁん! ふぁああん! んんんんっっっ! あついいいぃぃっ! なんかぁっ、あつくぅぅ、気持ちよくうぅっ、なってきたよおおぉ! 二人とも全力で腰を振っていたので、限界が、絶頂が近づいてきた。 「気持ちいいぃい!気持ちいいよぉぅぅ!たけよしっ!きてええええ!」 「月様あ! 月ぃ! 月い!」 「ふああっ、んあああっっ、あああああぁぁ!!たけよしぃぃっっ!!たけよしいいいいぃぃぃっっ!!」 月の望んだ子供の素が、胎内に注ぎ込まれる。 「はぁああ、たけよしのがぁ、きている……」 幸せをかみ締めながら、月は意識を失った。 501 :満月:2007/04/23(月) 05 06 17 ID pxSJEd1X もうじき夜が明ける。 功をあせる早起きな者も、ちらほらと見えてきた。 昨日は夜遅い事もあって、身を隠すことができたが 今日は無理だろう。 「月様・・・」 やさしい表情で眠っていた。 「・・・」 月は間違いなく死ぬ。 さらし首にされるか、磔にされるか、 もしかしたらまた、散々辱めを受けてから・・かもしれない。 そうなるぐらいだったら、月の体を敵から隠した方が遥かにましだ。 「・・・」 すっと鞘から刀を抜く。 冷たい刃を月の首筋に近づける。 「・・・」 いくつかの選択肢がある。 この兵糧庫に火を放つか、掘った落とし穴の更に深くに埋葬するか、 周りの崖から飛び降りるか・・・ いずれにせよ、月にこれ以上の恐怖は与えたくなかった。 眠っている今なら・・・ 502 :満月:2007/04/23(月) 05 06 56 ID pxSJEd1X 「・・・」 寝顔を見つめる。 相も変わらず、優しそうな表情だ。 自然と涙がこぼれてきた。 寝顔が霞む。 袖でぬぐった。 寝顔がまたはっきりと見えた。 また・・涙があふれてきた。 「・・・」 悔しい。とんでもなく悔しい。 自分の責任で、月を死なせるのだ。殺すのだ。 溢れ続ける涙をそのままにして刀を構える。 月に教えてもらった上段の構えだ。 月に教えてもらった、いろいろなことを思い出す。 月に教えて差し上げた、いろいろなことを思い出す。 いっしょに領内を視察したときの事を思い出す。 いっしょにご飯を食べたときの事を思い出す。 「月様・・」 心を鬼にする。 握る手に力を込める。 「・・・御免っ!」 503 :満月:2007/04/23(月) 05 07 33 ID pxSJEd1X 刀は振り切られなかった。 首寸前のところで、太刀筋は止まっていた。 自分には月を殺せないことを悟った。 「月様・・・」 寝息をしているのが聞こえて安堵した。 目を閉じ、その寝息に耳を澄ませる。 すぅー すぅー と聴こえる いつまでも、こうしていたかった。 504 :満月:2007/04/23(月) 05 08 14 ID pxSJEd1X 朝が来た。 外が騒がしくなる。 「武義・・・どうするの?」 自分で自分に質問する。 やはり、この台詞は月でなければいけない。 言い方を替える。 「武義・・・どうするのだ?」 父に言われた気がした。 「(父上、私はどうすればよろしいのですか?)」 もう、この世にはいないであろう者を頼る。 ――考えろ。お前ならばできるはずだ―― 父の言葉が浮かんだ。 「(父上! そうは仰いますけど・・!)」 反論してみたが、意味のなさに気づいた。 「(そうです。その通りです。私がなんとかしないと)」 月がごろんと寝返りを打つ音が聞こえた。 「(考えろ。私ならばできるはずだ)」 505 :満月:2007/04/23(月) 05 08 59 ID pxSJEd1X 日が高くなる。 月はもう起きていて、武義に抱っこされていた。 昨晩と同じように、またお腹にある武義の手でごそごそと遊んでいる。 会話はなかった。 いつまで、ここにいるつもりなのだろうか。 志藤兵は太陽の恩恵を受け、大捜索を開始している。 武義は決心の息を深く吐いた。 「月様。出陣しますよ」 「………………うん」 武義は甲冑を身に着ける。 月は肌着の上から武義の振袖を羽織った。 大きくてぶかぶかだったが、仕方のないことだった。 「月様。私を信じて突き進んでください。分かりましたね」 「うん、わかったけど……私の得物は?」 「武器など無くて結構です」 506 :満月:2007/04/23(月) 05 09 36 ID pxSJEd1X 武義は抜け穴から下を窺い、兵糧庫に誰もいないことを確かめる。 「行きますよ」 ひょいっと下まで降りる。 月もあの夜からだを重ねあった場所を眺めた後、名残を振り切るようにして下に降りた。 兵糧庫の入り口から外を見渡す。 「うわっ こんなにいっぱい居たんだ」 「・・・そのようですね」 全軍が、この本丸に入っているのではないかというぐらい、ひしめき合っていた。 そのうちの一隊が、この兵糧庫目掛けて進んでくる。 「やれやれ、散々探したでしょうに・・」 「武義 くるよ」 天井裏に戻る気はなかった。突き進む。 「月様。走りますよ!」 「分かった。武義!」 507 :満月:2007/04/23(月) 05 10 09 ID pxSJEd1X 私たちは敵軍勢の中、一直線に走った。 矢張りというべきか、周りの敵兵全てが追いかけてくる。 「・・・・・・・・・・・!」 「・・・・・・・・・・・!」 「・・・・・・・・・・・!」 何を言っているのか聞こえない。 どうせ聞こえていたとしても、我々には最早関係ないことだ。 「もう少しです!月様!」 「うん!」 崖に向かった。その場に立つと立ち眩みがしてしまいそうなほどの高さがある断崖に向かった。 前から敵兵一人がやってくる。 508 :満月:2007/04/23(月) 05 11 11 ID pxSJEd1X 勝てないこともないが、構っていたら後ろに追いつかれる。 「うおおおお!」 残り一本の刀を投げつける。 「ひぃ!」 敵が怯んだ。 その間に、走る。 ひたすら走る。 とうとう崖の淵まで辿り着くことができた。 案の定、立ち眩みがしてきた。 下は森とはいえ、この高さからなら百命に一命も無い。 敵が迫ってくる。 考えている余裕は無い。 月の体を抱く。 そしてそのまま・・・ 飛び降りた。 509 :満月:2007/04/23(月) 06 57 07 ID pxSJEd1X 「それにしても、月さんの料理はどんどん上手くなるねえ」 「えへー まだまだお袋さんにはかないませんよ」 私は今、宴会の場にいる。 夜桜を楽しもうと、村の仲間たちに誘われたのだ。 「この団子って、月さんが作ったものかい」 「そうですよー おいしいでしょー」 「あっはっは 月さん見ながら、月見団子。風情があるねえ」 「おまえさん!これは花見団子じゃないのかね!?」 私にちょっかいがかかるのを見かねて、お袋さんが怒る。 私は桜を見上げた。 「(あれから、三回桜が咲いたね)」 誰に言うでもなく、胸の中でつぶやいた。 腕に目をやる。あの時ついた傷跡だ。 そこに手のひらを当て、目を閉じる。 「(なんで、私、生きていられたのかな)」 それは、今でも不思議に思うことだ。 510 :満月:2007/04/23(月) 06 57 47 ID pxSJEd1X ウワーン ウワーン 子供の泣き声が聞こえる。 「ははうえ~ だんご落としてしまいました」 そう言って、私に抱き甘えてくる。 「また、作ってあげるからね。男の子は泣いちゃだめ」 この子は、命を賭してまで私を守ってくれた人の忘れ形見だ。 ほら、口元の辺りとか似ているでしょ。 「おーい 月さーん 煮物くれー」 「はーい ただいま」 私が鍋のところまで行くとき、一陣の風が舞った。 雲が吹き飛ばされると、まあるいお月さまが出てきた。 あの時の事は決して良い思い出ではない。 だけど、悪い思い出でもなかった。 大切な思い出だった。 ――完――
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/662.html
春の足跡も聞こえてきそうな二月の下旬 暖冬だ? つってもまだまだ寒いんだよ! と、いうわけで冬に向かって逆ギレしながらベッドの中でぬくぬくと惰眠を貪る事にしていた俺なのだが… いきなり俺の部屋に入ってきた香憐ねぇに毛布までひっぺがされたかと思うと「兼房様がお呼びです」の一言と共に香憐ねぇの愛車で朝の国道を突っ走り、腕をつかまれて引きずられるがままに鳳条院グループ本社ビルまで拉致られていた 社員用とは別の特殊エレベーターまで俺を押し込むと最上階である四十階のボタンを押す香憐ねぇ まだ少し寝ぼけていた俺の頭もゆっくり覚醒し始め、ある疑問に行き着いた 「なぁ、香憐ねぇ…最上階は社長室だろ?」 「はい、そうですが」 「いや、俺を呼び出したのは御袋じゃなくてジジイなんじゃなかったか?」 普段社長室にいるのはジジイじゃない ジジイはグループの総帥であり、社長は別にいる では誰が鳳条院グループの社長なのか 今の会話からもわかるかもしえないが………俺の母親だ つまり社長室は俺の母親のオフィスとなっているはずなのだ 「伊織さん…いえ、社長はただ今会議中です。ですから兼房様は社長室をお使いになるのだろうと…」 最上階に到着 社長室の扉を開け、俺を中に入るよう促しながら香憐ねぇは先ほどの言葉を続ける 「ここ、鳳条院グループ本社においても博士の研究フロアと会議室と社長室の三つは最重要箇所です。他とは別格のセキュリティーですからね…」 …つまり俺を呼び出したのは結構重大な話があるって事なのだろうな 「んで、肝心の爺さんがいないんだが…」 「そう…ですね…」 香憐ねぇも困惑気味である 社長室は見事なまでにもぬけの殻と化していた 「わしならここにおるぞ?」 部屋を見渡していた俺たちに聞こえたジジイの声 しかし今だ姿は見えない 「ふぉふぉふぉ、ここじゃよ。ここ」 と聞こえた瞬間、部屋の奥にある社長椅子がぐるりと回る しかしそこにも爺さんの姿はない だがその椅子には景色が揺れるような違和感があった 「もしかして………ステルスか?」 「正解じゃ♪」 まるで椅子の上に転送されたかのように爺さんが現れる SFじゃないんだからよ…… 「どうじゃ? わが社の新技術、『ミラージュコロイド』じゃ!」 ついにボケたかこのジジイ… 「……なにが新技術だ。思いっきりパクッてんじゃねぇか…」 「心配するな。ちゃんとあちらさんには許可を取っとる。それに斗小野グループの國崎技研との共同開発品じゃ」 ほぅ、斗小野グループ…國崎技研…… 斗小野グループといえば昔、俺がまだ本家にいるときに無理やり出された社交界かなんかで斗小野会長に挨拶したことがあったな たしか俺より少し年上の孫娘を連れて来てたっけ… それに國崎技研… ファーストランカーの國崎 観奈ちゃんには俺も面識がある 彼女のお父さんの会社だ 「バーチャルとは違う。つまりはリアルリーグでも使えるというのが売りじゃ!」 「………そんで? それを自慢したかっただけなんて言うなよ。もしもそうなら実の祖父といえど、すぐさま葬式屋のお客にしてやるぜ?」 「心配するな。わしが棺桶に入るのはお前がこの会社を継いだ後じゃからな。ふぉふぉふぉ!」 口の減らないクソジジイが…… 俺が本気で仏様にしてやろうかと思っていると可憐ねぇがため息混じりに俺達の仲裁に入った 「兼房様…そろそろ本題に入られては…」 「香憐ちゃん、続きは私が話すわ。呼び出したのはお父さんだけど用事があったのは私だからね…」 そう言ったのはいつの間にか俺と香憐ねぇの後ろにいた… 「社長」 ここのトップである俺の母親、鳳条院 伊織 その人であった 「久しぶりね、明人……」 俺の母親だ、実際の年齢はソコソコになるんだろうが…どう見たって香憐ねぇより年下に見える 下手すりゃ葉月より少し上程度…我が母は若々しいの度を越えて…子供っぽかった (何故かマイスターを連想するのは俺だけか?) (いえ、社長には申し訳ないですが…私もです明人様…) 「もぅ明人! 聞いてるの?」 「ああ…っても、葉月の誕生日のときに顔出しただろう?」 「だってだって! あの時は私に挨拶もしてくれなかったじゃない!」 ぷんぷんという擬音が恐ろしいほど似合うような頬の膨らまし方をする御袋… ヤメテクレ…マジデハズイデス… 小学校のときの参観日の記憶がフラッシュバックする 「だったらそっちから挨拶でも何でもしてくりゃいいじゃねぇか…」 …なんだか頭が痛くなってきて俺は左手を額に当てた 「それは……はづちゃんの邪魔しちゃ…悪いじゃない…」 今度は小さな声でブツブツと何かを言いながら拗ねだした アンタホントに俺の親ですか? 「社長、お話がそれていますよ…」 またしても新たな声 その声の主には俺も香憐ねぇも予想はついていた そりゃそうだ、御袋とこの人はワンセットだからな… 「桜さん」 「お母さん」 「お久しぶりです若様。香憐も…」 香憐ねぇのお母さん、水無月 桜さんである 御袋よりも歳を取って見えるものの、それでも十分に若く見える(御袋が幼すぎるんだ…) 着ているレディーススーツも香憐ねぇの母親なだけあってバッチリ似合っている(ちなみに香憐ねぇもレディーススーツだがパンツスタイル、桜さんはスカートスタイルだ) 香憐ねぇの実家である水無月家は昔からウチの家、鳳条院家に仕えてくれている 香憐ねぇのお父さんも爺さんの専属執事として働いてくれているんだわ まぁ昔といっても爺さんが事業に成功してからなのだが…それでも両家の関係は深い 俺と香憐ねぇも姉弟のような関係だが… 「あ、いつの間に…ごめぇ~ん。ありがとね、桜」 「はぁ…いつものことですから」 この二人の関係も主人と従者と言うより無二の親友という風に見える そりゃそうだ 生まれたときからの幼馴染で小中高、さらには大学まで一緒というほどの年月を共にしているんだからな この母親の性格でこのどデカイ会社のトップを切り盛りできているのは有能な秘書である桜さんのサポートあってこそなのだろうとしみじみ思うぞ… ホントお世話になってます…桜さん… 「オホン! それでは本題に入ります…」 いまさら社長っぽく締めようとしてもムダな気がするぞ御袋 「明人、この時期になって貴方を呼んだことに思い当たる節はない?」 いきなりの質問である そう言われてもこちとら朝っぱらから香憐ねぇに拉致られてクタクタな訳だ いきなりそんな漠然とした質問されても答えがすぐに出るわけがない 「なんだよ藪から棒に…わかるわけねぇだろ…」 ぶっちゃけ俺、ただ今不機嫌 それにより口調がいつもより二割り増しで厳つい… 「う~ん…それじゃぁヒント。武装神姫関係」 「…………『武装神姫お花見ツアー』の企画会議?」 やる気なさげに思いついたことを言ってみる 言っておいてなんだがここは技術会社…そんな旅行ツアー計画あるわけないよな… 「…………あなたホントにファーストランカー? ってかホントに我が愛しの息子で鳳条院の次期跡取り?」 がっくりと肩を落とす御袋 「ずいぶんな言い草だなオイ…それにその二つは関係ないだろうが」 だいたい俺は継ぐ気なんかねぇし…… 「あるわよぉう;知ってるでしょ? 鳳凰カップ!」 痺れを切らして答えを述べる御袋 最初からそうしろよ…… ん? 鳳凰………どっかで聞いたような……… 「…………………………あぁ、アレね」 「そう、アレよアレ………」 《鳳凰カップ》 2035年から始まった鳳条院グループ主催の武装神姫バトルカップだ 会場は鳳条院グループ本社ビルから近いイベント広場 春と秋の年二回開催されていてそれぞれ〈春の陣〉と〈冬の陣〉と呼ばれている 会議中、発案者であるジジイがグループ役員に『何でこの時期なんですか?』との質問に対して… 『夏コミと冬コミに被らないからじゃ!!!』 …と、高々と宣言して全員を納得させたエピソードは社内や身内でも印象深かった それはさておき バトル形式は全試合バーチャルバトル 抽選によりA~Pまでの十六組に分かれての予選リーグ そこからは予選リーグを勝ち抜いた者達による決勝トーナメントだったっけ 毎年上位優勝者には多額の賞金と豪華副賞が送られる 確かテレビ中継もやっていて特番も組まれたりするんだっけかな? なんにせよメディアからの注目をバッチリ受けるもんだからランカーとして名声を受けることに憧れる神姫ユーザーや神姫にとっては登龍門となっているとか何とか… 武装神姫関係の各企業や研究所、私営の神姫ショップなんかと協力して企業ごとのブースを設けることで、バトルをしない神姫ユーザーにとってもお祭り気分で楽しめることもイベントの売りのようだ… 何にせよ鳳条院グループ社内総動員の一大プロジェクトなわけで、それも今年で三回目の〈春の陣〉を迎えようとしている ちなみに〈春の陣〉の日程は三月の中頃だそうだ 「そうえば若様は前年度も前々年度も鳳凰カップには参加しておいでではなかったですね…」 と桜さん 「確かにそうですねぇ…」 とうなずく香憐ねぇ 「なんでぇ!? なんで明人は出てくれないのぉぉぉ!!?」 「そうじゃそうじゃ!!」 「あぁ~止めろ! 御袋、抱きつくな!! ジジイは煽るな!!」 俺は腰の辺りにへばり付いて喚く御袋に悪戦苦闘中… 俺がこの大会に出ない理由は至極簡単 あれだよ、夏祭りで自分の家が出した夜店に誰が客としていくと思う? そりゃ誰もいかねぇわな普通… 「つか、そういうのって関係者は参加禁止だろうが」 「そんなもん関係ないわい!!」 ………い、いやいやいやいやいや!! 関係あるだろ!!? 「無論、香憐も葉月も昴もじゃ。ついでにアル嬢ちゃんとエリー嬢ちゃんもええぞ?」 ジジイの一蹴で俺、以下、いつものメンバーの参加は許可されてしまった…… それでいいのか鳳条院グループ!! 「と、いうわけで私たちの鳳凰カップ参加が許可されました」 時間は飛びに飛んでお昼前 あれから香憐ねぇは俺を引きずり二十二階、博士の研究所フロアへ移動 パソコンでデータ整理をしていたアルティと博士にお茶を出していたエリーの二人を拉致るなり俺共々自分の愛車に乗せて、来た道を華麗なるドライビングテクニックでスピード帰宅したのだった 途中で四輪ドリフトかましたときは流石に死ぬかと思ったぞ… んで、我が家に帰ってみると何故か昴と葉月がリビングで茶を飲みながら話していた 二人とも香憐ねぇに呼び出されたのだとか 何がなんだかわからないうちに俺の家にはマスターとその神姫たち…(葉月の前なのでインターフェイス組も全員神姫素体)が勢揃いしているこの状況…それから 「あっ」 っという間に香憐ねぇはアルティ達に今までのことをズバッと説明 「面白そうじゃねぇか」 話が一段落してから始めに口を開いたのは昴だった 「香憐ねぇ、言うなればお祭り騒ぎ&腕試しってこったろ?」 「まぁ、そのようなものですね」 それを聞くとニヤリと笑いランを見ながら昴は言った 「その鳳凰カップとやら、俺とランは参加するぜ。ラン、いいよな?」 「ええ、昴さんがそういうのなら……」 まずはアッサリと参戦決定の昴&ランスロット ペア 「ランスロットが出るとなれば手前も出ねばなりますまい…よろしいか、姫君殿?」 「う~ん…私は本来、会場運営を手助けしなければならないんですが…」 少し考え込む香憐ねぇ………だが 「お許し…いただけませんか?」 「………でも、兼房様からの折角のお許しが出ましたし………出てみますか、孫市」 少ししょんぼりした孫市の視線に数秒で陥落、香憐ねぇ&孫市ペア、参戦決定 「レイア、私達はどうする?」 「え?…あ、その………私は…参加してみたいです」 少し赤くなりながらも控えめなレイア 「そだよね! 燃えるよね! よっしゃ! いいトコ見せるぞ!!」 誰に? と聞きたくなったが香憐ねぇに拍手されている葉月はいつの間にか熱血お嬢様キャラと化していた…… これほど我が妹に声を掛けづらかったことはなかったぞ 世間で言う『妹萌え』ならぬ『妹燃え』とはコレいかに… 葉月&レイア ペア、参戦決定 「ふっ、負けてはおれんな。ミュリエル、私達も…って…ミュリエル?」 いつの間にかいなくなっているミュリエルを探し周りを見わたすアルティ そりゃいないわな…だってお探し中の相棒は何故か知らんが俺の前にいるんだから… 「ど、どうかしたのか? ミュリエル」 そう問いかけてみた俺にミュリエルは自分の小さな拳を頭の上に掲げ 「………ミュリエル…勝つ…」 と、気合満々の意気込みを見せてくれた それはいいんだが……え~っと………何故俺に? 「ミュリエル…お前…」 その一部始終を黙って見ていたアルは困惑気味の表情 アルの声に振り返り、ミュリエルは一言… 「…アル…戦場はいつも非情…」 なんだか少し挑発的に感じたのは俺の気のせいなんだろうか… アルティ&ミュリエル ペア参戦決定 「エリー、お前はどうするんだ?」 「ん~、僕らはいいよ。あの子達はあんまりバトルは…ね。それよりもお祭りを回らせてもらおうかな。他の企業の新作とかも出るみたいだし」 にっかりと白い歯を見せながら笑うエリー 「明人はバトルカップに出るんでしょ?誰でエントリーするの? やっぱりノア? それともミコ? あ、ユーナの経験値稼ぎにはいいかもしれないね~」 なにやら一人で勝手に話を進めておられますな… 「いや、俺は出る気はない」 と、言うことで明人&ノアールorミコorユーナ チーム、不参加決…… 「「「「え、ええぇぇぇ~~~~~!!!??」」」」 一斉に騒がしくなる橘家リビング… 「ちょ、待てよオイ! どういうこった明人?」 「何故だ! 何故お前らが出んのだ!?」 「明人様…まさか、メンドクサイ…なんて言いませんよね?」 昴には詰め寄られるわ、アルには胸倉つかまれるわ、香憐ねぇはお説教モードになりかけるわで散々だなぁ俺… つぅかアル! ちょ、顔近いって!! 「どういうことだ? アニキ」 「私もバトル大会でたいよぅ~;」 「私は別にかまいませんが…」 三人それぞれの意見を述べる我がかしましシスターズ ………ネーミングセンスが微妙? うっせぇ!! 「実家主催の大会に出るのはなんだかなぁ~って感じだからな。バトルカップ参加はパスだ」 俺は社長室で思ったことと同じ理由を述べた たとえ上位に入ったってあんまり嬉しくないような気がするんだよなぁ…… 「じゃあ…兄さんは大会に来てくれないの?」 いつの間にか『燃えモード』の熱が冷めている葉月が悲しそうに訊ねてくる 昴達もさっきまでのテンションはどこえやらと言った感じ… そんなに俺達が出ないことが残念なんだろうか? と少しの罪悪感を感じる 「いや、大会には行くつもりだ。御袋からバトルカップの解説者役を頼まれてるしな」 「あ、そう言えばそうでしたね…」 大体、今日本社まで呼び出されたのはそのためだったのだ ついでに知り合いのショップや関係者に宣伝してくれって言われたけど…どうしたもんかねぇこりゃ… 「でも明人様…たしか伊織さんにはお断りしてらしたじゃありませんか…本家の手伝いは遠慮するって…」 そりゃそうなんだがなぁ…… 自分の母親に泣きつかれて(子供の様にだがな…)聞かなかったことにするほど俺は鬼畜じゃねぇし… 「まぁ、ちょっとした気まぐれだよ、気まぐ…うわぁ!! むぐぅ…」 気がつくと俺は香憐ねぇに抱きしめられていた 「明人様…ご成長なされて…香憐は…香憐はうれしゅうございますぅぅぅ!!」 (ちょ、香憐ね…ぇ…息…息ができ…ねぇ…!!) 香憐ねぇは美人な上にスタイルもいい その大きめのバストに顔を押し付けられて俺と葉月は何回呼吸困難に陥ったことか… あれはちょっとした恐怖だぞ、死の恐怖… 「むぅ! むぐぐぅ!!」 早めに香憐ねぇの背中にタップして危険な状態であると必死のアピール 俺のSOSに香憐ねぇは我に返り、慌てて俺を解放すると「申し訳ありません…」と小さくなった 香憐ねぇは感動すると毎度コレをやる 被害者の俺や葉月はこのパターンにけっこう慣れてしまっているのだが 「ゴホッ、ゴホッ……あぁ~それにだな。皆が行くのにコイツラだけお預けってのも…なぁ」 涙目になりながらも三人のイベント参加を許可してやる 「よかったですね。お姉様方」 「私達は観戦だけどちゃんと見させてもらうわねレイア、ラン」 「は、はい! ノア御姉様!」 「おう、頑張れよ孫市!」 「は! ユーナ姉上、見ていて下され」 それから皆で大会についての雑談に花を咲かせる そんな中、突然ミコが俺に向かって走って来たかと思うと… 「うにゃぁ~~~ご主人様ダイスキ~~~!!」 という絶叫とともにテーブルから俺目掛けての大ジャンプ 避けるわけにもいかない俺の胸に両手でガシッとしがみ付いた 「あ、コラァ! アネ……キ……」 ミコに怒鳴ろうとしたユーナの声が何故か途中から小さくなっていく 不思議に思いその視線を辿っていくと… 「……え~っと…ミュリエル?」 俺の右肩に座り、俺の頬に体を預けてもたれかかっているミュリエルに行き着いた いつの間に………ってかなんで?? 「…ミコ、ユーナ……戦場はいつも非情…」 ミュリエルが放つ、またしても挑発的で勝ち誇ったようなニュアンスの台詞にショックを受けていたミコとユーナであった… 追記 「ご主人様、参加者募集活動をするんですか?」 「ん? あぁ、まぁな。集めるのはバトルカップ参加者とブース出展参加者の二通りだ。まぁ、ちらっと知り合いでも声かけてみるだけでいいんだとさ…なんとかなるだろ」 「………少し楽天的過ぎませんか?」 「それは俺じゃなくてジジイに言ってくれ」 続く メインページへ このページの訪問者 -
https://w.atwiki.jp/kaismasi/pages/42.html
春の足跡も聞こえてきそうな二月の下旬 暖冬だ? つってもまだまだ寒いんだよ! と、いうわけで冬に向かって逆ギレしながらベッドの中でぬくぬくと惰眠を貪る事にしていた俺なのだが… いきなり俺の部屋に入ってきた香憐ねぇに毛布までひっぺがされたかと思うと「兼房様がお呼びです」の一言と共に香憐ねぇの愛車で朝の国道を突っ走り、腕をつかまれて引きずられるがままに鳳条院グループ本社ビルまで拉致られていた 社員用とは別の特殊エレベーターまで俺を押し込むと最上階である四十階のボタンを押す香憐ねぇ まだ少し寝ぼけていた俺の頭もゆっくり覚醒し始め、ある疑問に行き着いた 「なぁ、香憐ねぇ…最上階は社長室だろ?」 「はい、そうですが」 「いや、俺を呼び出したのは御袋じゃなくてジジイなんじゃなかったか?」 普段社長室にいるのはジジイじゃない ジジイはグループの総帥であり、社長は別にいる では誰が鳳条院グループの社長なのか 今の会話からもわかるかもしえないが………俺の母親だ つまり社長室は俺の母親のオフィスとなっているはずなのだ 「伊織さん…いえ、社長はただ今会議中です。ですから兼房様は社長室をお使いになるのだろうと…」 最上階に到着 社長室の扉を開け、俺を中に入るよう促しながら香憐ねぇは先ほどの言葉を続ける 「ここ、鳳条院グループ本社においても博士の研究フロアと会議室と社長室の三つは最重要箇所です。他とは別格のセキュリティーですからね…」 …つまり俺を呼び出したのは結構重大な話があるって事なのだろうな 「んで、肝心の爺さんがいないんだが…」 「そう…ですね…」 香憐ねぇも困惑気味である 社長室は見事なまでにもぬけの殻と化していた 「わしならここにおるぞ?」 部屋を見渡していた俺たちに聞こえたジジイの声 しかし今だ姿は見えない 「ふぉふぉふぉ、ここじゃよ。ここ」 と聞こえた瞬間、部屋の奥にある社長椅子がぐるりと回る しかしそこにも爺さんの姿はない だがその椅子には景色が揺れるような違和感があった 「もしかして………ステルスか?」 「正解じゃ♪」 まるで椅子の上に転送されたかのように爺さんが現れる SFじゃないんだからよ…… 「どうじゃ? わが社の新技術、『ミラージュコロイド』じゃ!」 ついにボケたかこのジジイ… 「……なにが新技術だ。思いっきりパクッてんじゃねぇか…」 「心配するな。ちゃんとあちらさんには許可を取っとる。それに斗小野グループの國崎技研との共同開発品じゃ」 ほぅ、斗小野グループ…國崎技研…… 斗小野グループといえば昔、俺がまだ本家にいるときに無理やり出された社交界かなんかで斗小野会長に挨拶したことがあったな たしか俺より少し年上の孫娘を連れて来てたっけ… それに國崎技研… ファーストランカーの國崎 観奈ちゃんには俺も面識がある 彼女のお父さんの会社だ 「バーチャルとは違う。つまりはリアルリーグでも使えるというのが売りじゃ!」 「………そんで? それを自慢したかっただけなんて言うなよ。もしもそうなら実の祖父といえど、すぐさま葬式屋のお客にしてやるぜ?」 「心配するな。わしが棺桶に入るのはお前がこの会社を継いだ後じゃからな。ふぉふぉふぉ!」 口の減らないクソジジイが…… 俺が本気で仏様にしてやろうかと思っていると可憐ねぇがため息混じりに俺達の仲裁に入った 「兼房様…そろそろ本題に入られては…」 「香憐ちゃん、続きは私が話すわ。呼び出したのはお父さんだけど用事があったのは私だからね…」 そう言ったのはいつの間にか俺と香憐ねぇの後ろにいた… 「社長」 ここのトップである俺の母親、鳳条院 伊織 その人であった 「久しぶりね、明人……」 俺の母親だ、実際の年齢はソコソコになるんだろうが…どう見たって香憐ねぇより年下に見える 下手すりゃ葉月より少し上程度…我が母は若々しいの度を越えて…子供っぽかった (何故かマイスターを連想するのは俺だけか?) (いえ、社長には申し訳ないですが…私もです明人様…) 「もぅ明人! 聞いてるの?」 「ああ…っても、葉月の誕生日のときに顔出しただろう?」 「だってだって! あの時は私に挨拶もしてくれなかったじゃない!」 ぷんぷんという擬音が恐ろしいほど似合うような頬の膨らまし方をする御袋… ヤメテクレ…マジデハズイデス… 小学校のときの参観日の記憶がフラッシュバックする 「だったらそっちから挨拶でも何でもしてくりゃいいじゃねぇか…」 …なんだか頭が痛くなってきて俺は左手を額に当てた 「それは……はづちゃんの邪魔しちゃ…悪いじゃない…」 今度は小さな声でブツブツと何かを言いながら拗ねだした アンタホントに俺の親ですか? 「社長、お話がそれていますよ…」 またしても新たな声 その声の主には俺も香憐ねぇも予想はついていた そりゃそうだ、御袋とこの人はワンセットだからな… 「桜さん」 「お母さん」 「お久しぶりです若様。香憐も…」 香憐ねぇのお母さん、水無月 桜さんである 御袋よりも歳を取って見えるものの、それでも十分に若く見える(御袋が幼すぎるんだ…) 着ているレディーススーツも香憐ねぇの母親なだけあってバッチリ似合っている(ちなみに香憐ねぇもレディーススーツだがパンツスタイル、桜さんはスカートスタイルだ) 香憐ねぇの実家である水無月家は昔からウチの家、鳳条院家に仕えてくれている 香憐ねぇのお父さんも爺さんの専属執事として働いてくれているんだわ まぁ昔といっても爺さんが事業に成功してからなのだが…それでも両家の関係は深い 俺と香憐ねぇも姉弟のような関係だが… 「あ、いつの間に…ごめぇ~ん。ありがとね、桜」 「はぁ…いつものことですから」 この二人の関係も主人と従者と言うより無二の親友という風に見える そりゃそうだ 生まれたときからの幼馴染で小中高、さらには大学まで一緒というほどの年月を共にしているんだからな この母親の性格でこのどデカイ会社のトップを切り盛りできているのは有能な秘書である桜さんのサポートあってこそなのだろうとしみじみ思うぞ… ホントお世話になってます…桜さん… 「オホン! それでは本題に入ります…」 いまさら社長っぽく締めようとしてもムダな気がするぞ御袋 「明人、この時期になって貴方を呼んだことに思い当たる節はない?」 いきなりの質問である そう言われてもこちとら朝っぱらから香憐ねぇに拉致られてクタクタな訳だ いきなりそんな漠然とした質問されても答えがすぐに出るわけがない 「なんだよ藪から棒に…わかるわけねぇだろ…」 ぶっちゃけ俺、ただ今不機嫌 それにより口調がいつもより二割り増しで厳つい… 「う~ん…それじゃぁヒント。武装神姫関係」 「…………『武装神姫お花見ツアー』の企画会議?」 やる気なさげに思いついたことを言ってみる 言っておいてなんだがここは技術会社…そんな旅行ツアー計画あるわけないよな… 「…………あなたホントにファーストランカー? ってかホントに我が愛しの息子で鳳条院の次期跡取り?」 がっくりと肩を落とす御袋 「ずいぶんな言い草だなオイ…それにその二つは関係ないだろうが」 だいたい俺は継ぐ気なんかねぇし…… 「あるわよぉう;知ってるでしょ? 鳳凰カップ!」 痺れを切らして答えを述べる御袋 最初からそうしろよ…… ん? 鳳凰………どっかで聞いたような……… 「…………………………あぁ、アレね」 「そう、アレよアレ………」 《鳳凰カップ》 2035年から始まった鳳条院グループ主催の武装神姫バトルカップだ 会場は鳳条院グループ本社ビルから近いイベント広場 春と秋の年二回開催されていてそれぞれ〈春の陣〉と〈冬の陣〉と呼ばれている 会議中、発案者であるジジイがグループ役員に『何でこの時期なんですか?』との質問に対して… 『夏コミと冬コミに被らないからじゃ!!!』 …と、高々と宣言して全員を納得させたエピソードは社内や身内でも印象深かった それはさておき バトル形式は全試合バーチャルバトル 抽選によりA~Pまでの十六組に分かれての予選リーグ そこからは予選リーグを勝ち抜いた者達による決勝トーナメントだったっけ 毎年上位優勝者には多額の賞金と豪華副賞が送られる 確かテレビ中継もやっていて特番も組まれたりするんだっけかな? なんにせよメディアからの注目をバッチリ受けるもんだからランカーとして名声を受けることに憧れる神姫ユーザーや神姫にとっては登龍門となっているとか何とか… 武装神姫関係の各企業や研究所、私営の神姫ショップなんかと協力して企業ごとのブースを設けることで、バトルをしない神姫ユーザーにとってもお祭り気分で楽しめることもイベントの売りのようだ… 何にせよ鳳条院グループ社内総動員の一大プロジェクトなわけで、それも今年で三回目の〈春の陣〉を迎えようとしている ちなみに〈春の陣〉の日程は三月の中頃だそうだ 「そうえば若様は前年度も前々年度も鳳凰カップには参加しておいでではなかったですね…」 と桜さん 「確かにそうですねぇ…」 とうなずく香憐ねぇ 「なんでぇ!? なんで明人は出てくれないのぉぉぉ!!?」 「そうじゃそうじゃ!!」 「あぁ~止めろ! 御袋、抱きつくな!! ジジイは煽るな!!」 俺は腰の辺りにへばり付いて喚く御袋に悪戦苦闘中… 俺がこの大会に出ない理由は至極簡単 あれだよ、夏祭りで自分の家が出した夜店に誰が客としていくと思う? そりゃ誰もいかねぇわな普通… 「つか、そういうのって関係者は参加禁止だろうが」 「そんなもん関係ないわい!!」 ………い、いやいやいやいやいや!! 関係あるだろ!!? 「無論、香憐も葉月も昴もじゃ。ついでにアル嬢ちゃんとエリー嬢ちゃんもええぞ?」 ジジイの一蹴で俺、以下、いつものメンバーの参加は許可されてしまった…… それでいいのか鳳条院グループ!! 「と、いうわけで私たちの鳳凰カップ参加が許可されました」 時間は飛びに飛んでお昼前 あれから香憐ねぇは俺を引きずり二十二階、博士の研究所フロアへ移動 パソコンでデータ整理をしていたアルティと博士にお茶を出していたエリーの二人を拉致るなり俺共々自分の愛車に乗せて、来た道を華麗なるドライビングテクニックでスピード帰宅したのだった 途中で四輪ドリフトかましたときは流石に死ぬかと思ったぞ… んで、我が家に帰ってみると何故か昴と葉月がリビングで茶を飲みながら話していた 二人とも香憐ねぇに呼び出されたのだとか 何がなんだかわからないうちに俺の家にはマスターとその神姫たち…(葉月の前なのでインターフェイス組も全員神姫素体)が勢揃いしているこの状況…それから 「あっ」 っという間に香憐ねぇはアルティ達に今までのことをズバッと説明 「面白そうじゃねぇか」 話が一段落してから始めに口を開いたのは昴だった 「香憐ねぇ、言うなればお祭り騒ぎ&腕試しってこったろ?」 「まぁ、そのようなものですね」 それを聞くとニヤリと笑いランを見ながら昴は言った 「その鳳凰カップとやら、俺とランは参加するぜ。ラン、いいよな?」 「ええ、昴さんがそういうのなら……」 まずはアッサリと参戦決定の昴&ランスロット ペア 「ランスロットが出るとなれば手前も出ねばなりますまい…よろしいか、姫君殿?」 「う~ん…私は本来、会場運営を手助けしなければならないんですが…」 少し考え込む香憐ねぇ………だが 「お許し…いただけませんか?」 「………でも、兼房様からの折角のお許しが出ましたし………出てみますか、孫市」 少ししょんぼりした孫市の視線に数秒で陥落、香憐ねぇ&孫市ペア、参戦決定 「レイア、私達はどうする?」 「え?…あ、その………私は…参加してみたいです」 少し赤くなりながらも控えめなレイア 「そだよね! 燃えるよね! よっしゃ! いいトコ見せるぞ!!」 誰に? と聞きたくなったが香憐ねぇに拍手されている葉月はいつの間にか熱血お嬢様キャラと化していた…… これほど我が妹に声を掛けづらかったことはなかったぞ 世間で言う『妹萌え』ならぬ『妹燃え』とはコレいかに… 葉月&レイア ペア、参戦決定 「ふっ、負けてはおれんな。ミュリエル、私達も…って…ミュリエル?」 いつの間にかいなくなっているミュリエルを探し周りを見わたすアルティ そりゃいないわな…だってお探し中の相棒は何故か知らんが俺の前にいるんだから… 「ど、どうかしたのか? ミュリエル」 そう問いかけてみた俺にミュリエルは自分の小さな拳を頭の上に掲げ 「………ミュリエル…勝つ…」 と、気合満々の意気込みを見せてくれた それはいいんだが……え~っと………何故俺に? 「ミュリエル…お前…」 その一部始終を黙って見ていたアルは困惑気味の表情 アルの声に振り返り、ミュリエルは一言… 「…アル…戦場はいつも非情…」 なんだか少し挑発的に感じたのは俺の気のせいなんだろうか… アルティ&ミュリエル ペア参戦決定 「エリー、お前はどうするんだ?」 「ん~、僕らはいいよ。あの子達はあんまりバトルは…ね。それよりもお祭りを回らせてもらおうかな。他の企業の新作とかも出るみたいだし」 にっかりと白い歯を見せながら笑うエリー 「明人はバトルカップに出るんでしょ?誰でエントリーするの? やっぱりノア? それともミコ? あ、ユーナの経験値稼ぎにはいいかもしれないね~」 なにやら一人で勝手に話を進めておられますな… 「いや、俺は出る気はない」 と、言うことで明人&ノアールorミコorユーナ チーム、不参加決…… 「「「「え、ええぇぇぇ~~~~~!!!??」」」」 一斉に騒がしくなる橘家リビング… 「ちょ、待てよオイ! どういうこった明人?」 「何故だ! 何故お前らが出んのだ!?」 「明人様…まさか、メンドクサイ…なんて言いませんよね?」 昴には詰め寄られるわ、アルには胸倉つかまれるわ、香憐ねぇはお説教モードになりかけるわで散々だなぁ俺… つぅかアル! ちょ、顔近いって!! 「どういうことだ? アニキ」 「私もバトル大会でたいよぅ~;」 「私は別にかまいませんが…」 三人それぞれの意見を述べる我がかしましシスターズ ………ネーミングセンスが微妙? うっせぇ!! 「実家主催の大会に出るのはなんだかなぁ~って感じだからな。バトルカップ参加はパスだ」 俺は社長室で思ったことと同じ理由を述べた たとえ上位に入ったってあんまり嬉しくないような気がするんだよなぁ…… 「じゃあ…兄さんは大会に来てくれないの?」 いつの間にか『燃えモード』の熱が冷めている葉月が悲しそうに訊ねてくる 昴達もさっきまでのテンションはどこえやらと言った感じ… そんなに俺達が出ないことが残念なんだろうか? と少しの罪悪感を感じる 「いや、大会には行くつもりだ。御袋からバトルカップの解説者役を頼まれてるしな」 「あ、そう言えばそうでしたね…」 大体、今日本社まで呼び出されたのはそのためだったのだ ついでに知り合いのショップや関係者に宣伝してくれって言われたけど…どうしたもんかねぇこりゃ… 「でも明人様…たしか伊織さんにはお断りしてらしたじゃありませんか…本家の手伝いは遠慮するって…」 そりゃそうなんだがなぁ…… 自分の母親に泣きつかれて(子供の様にだがな…)聞かなかったことにするほど俺は鬼畜じゃねぇし… 「まぁ、ちょっとした気まぐれだよ、気まぐ…うわぁ!! むぐぅ…」 気がつくと俺は香憐ねぇに抱きしめられていた 「明人様…ご成長なされて…香憐は…香憐はうれしゅうございますぅぅぅ!!」 (ちょ、香憐ね…ぇ…息…息ができ…ねぇ…!!) 香憐ねぇは美人な上にスタイルもいい その大きめのバストに顔を押し付けられて俺と葉月は何回呼吸困難に陥ったことか… あれはちょっとした恐怖だぞ、死の恐怖… 「むぅ! むぐぐぅ!!」 早めに香憐ねぇの背中にタップして危険な状態であると必死のアピール 俺のSOSに香憐ねぇは我に返り、慌てて俺を解放すると「申し訳ありません…」と小さくなった 香憐ねぇは感動すると毎度コレをやる 被害者の俺や葉月はこのパターンにけっこう慣れてしまっているのだが 「ゴホッ、ゴホッ……あぁ~それにだな。皆が行くのにコイツラだけお預けってのも…なぁ」 涙目になりながらも三人のイベント参加を許可してやる 「よかったですね。お姉様方」 「私達は観戦だけどちゃんと見させてもらうわねレイア、ラン」 「は、はい! ノア御姉様!」 「おう、頑張れよ孫市!」 「は! ユーナ姉上、見ていて下され」 それから皆で大会についての雑談に花を咲かせる そんな中、突然ミコが俺に向かって走って来たかと思うと… 「うにゃぁ~~~ご主人様ダイスキ~~~!!」 という絶叫とともにテーブルから俺目掛けての大ジャンプ 避けるわけにもいかない俺の胸に両手でガシッとしがみ付いた 「あ、コラァ! アネ……キ……」 ミコに怒鳴ろうとしたユーナの声が何故か途中から小さくなっていく 不思議に思いその視線を辿っていくと… 「……え~っと…ミュリエル?」 俺の右肩に座り、俺の頬に体を預けてもたれかかっているミュリエルに行き着いた いつの間に………ってかなんで?? 「…ミコ、ユーナ……戦場はいつも非情…」 ミュリエルが放つ、またしても挑発的で勝ち誇ったようなニュアンスの台詞にショックを受けていたミコとユーナであった… 追記 「ご主人様、参加者募集活動をするんですか?」 「ん? あぁ、まぁな。集めるのはバトルカップ参加者とブース出展参加者の二通りだ。まぁ、ちらっと知り合いでも声かけてみるだけでいいんだとさ…なんとかなるだろ」 「………少し楽天的過ぎませんか?」 「それは俺じゃなくてジジイに言ってくれ」 続く メインページへ このページの訪問者 -
https://w.atwiki.jp/audreykw/pages/37.html
#41-45 放送回 放送日 内容 #41 10/07/17 ベキ山コメント ゲームバー くじら御殿 #42 10/07/24 DEROで陰毛 スイカ割り 春日父からゲイ疑惑 #43 10/07/31 春日山里とキャバクラ 天然若林母 電話でトリオ漫才 #44 10/08/07 ナイナイANNで童貞喪失詐称疑惑 贅沢若林 キレる春日 #45 10/08/14 春日夏の思い出 レッドカーペットの思い出 タマス #41 + OPトーク 北海道十勝にロケに行って春日がおみやげを買っていた 若林ジョーとカフェでサラダ ジョーがまだ彼女とのペアリングをしている 春日の土偶フラれ話 女性は引きずらない 若林がジョーの家の風呂を借りてた話 ジョ:助け合いじゃないですか 春日と若林は言えない 若林は春日に葬式に来てほしくない 若林宅でカスカスTV収録で春日が40半ばでばぁいすると問題発言 ANNはライフワーク ラジオはベンチャー企業起こしてもやる YOSHIKI:お断りします 若林:提供クレジット + ベッキーからコメント この番組でちょくちょくわたしの話題が出てるっていろんな人から聞きます 夢に出てきたってブログに書いてそこから始まったんですよね テクノキャットはテクノカットからだけど春日からではない オードリーのANN何回か聞いたことある 若様がいつものTVのキャラと違うのがステキ ベキ山という名前をつけていただいてうれしい 若様―今日もラジオがんばってー いつかぜひスタジオに呼んでください 来週新曲がリリースされる エメラルド ヒックとドラゴンのテーマ曲 曲:「エメラルド」ベッキー♪♯ 若林:ちょっと待って 春日:そんなすぐ曲かけないよ 昨日テレ朝で遠くの方にベキ山がいた気がして隠れた 曲:「エメラルド」ベッキー♪♯ CM + 春日と栗前がジム ジングル:トゥース トゥース 鬼瓦 オードリー大好きベッキーです オードリーのANN このあと~アディオス ベキ山ことベッキーでした 春日が昨日仕事終わって佐藤の阿佐ヶ谷ライブの前に時間があったのでジムへ スケベな気分になる 若林:みんなそう 男性ホルモンが出る 合宿で5泊くらいして春日と山を歩いてたらJDを見かけた春日が「女がいるぞ」 佐藤の報告会の前に女性の店に行ってから行こうと 中野にいい熟女パブがあるから 若林:おまえなんかゲスいわ CM + 春日と栗前でゲームバー 中野行ったけどやってなくて別の店 たまたまどっかの路地にゲームバーがあった サトミツライブよりゲームバーが買った 一番ハマったのがプレステ3のウィニングイレブン 前はやったことなくて栗に勝てなくて前にむかついてきた 阿佐ヶ谷に帰ってEDでサトミツライブに出ようとしたら5時前に終わってた お姉ちゃんのお店に行こうと電車で中野まで行ったら店が閉まってる 腹立ったからゲーム屋でウィニングイレブン買って帰った 若林:春日さんって前栗以外に友達いないんですか? 春日:いない CM + くじらとさんま御殿 さんま御殿でくじらが放送禁止用語 くじらは自分のことをイケメンだと思ってる 若林が高校の時くじらの家のビリヤード場に行っていた 店員が来て怒られたのがくじらだった くじらも覚えてた その5年後に初めて会った 芸人で初めて話しかけられたのがくじら キサラも一緒 オードリーとくじら(ゆうえんち)と一緒にライブ 相方がラー油 くじらが解散しようと思うと言ってきた話 オンエアバトルもタイミングが一緒 細かすぎるモノマネでジョーも一緒 若林がまだTVに出てない頃今まで出た番組名で山手線ゲーム 去年5月2人を呼んでまた山手線ゲームをやった くじら:大人げないぞ 春日:仲いいなあ CM + 『若林音頭を作ろう』 応募者に電話 あかね 青森 23歳 春日:ご陽気者だねえ ピンクに黒リボン 春日:ギャップがたまらんねえ CM + 『電話で全国調査』 次回は夏の燃え(萌え)言葉 BGM:「夏のお嬢さん」 CM 『未来辞典』 CM + EDトーク 春日:提供クレジット ベキ山が公式ブログでオードリーANNの実況 わたしも春日さん彼女いる気がする 春日:嫉妬してんじゃないよ テレビ局でオードリーを見かけたら勇気を振り絞って話しかけよう ベキ山さんが春日トーク途中で寝た 若林:春日さん前栗以外の話ってお願いできたりしますか 春日:友達いなんだよ クソぉ いろいろ顔出してみますか 若林:俺も今度山里さんと友近さんと3人で飲みに行こうって 春日:そういうの行った方がいいな 若林:ということなんで春日さん来週よろしくお願いします 春日:友達作りから始めましょう 若林:それではありがとうございました オードリー若林でした 春日:このあと~アディオス 上に戻る #42 + OPトーク 聴けば元気になるポジティブラジオ 暑いっすねえ 若林:俺らが子供の頃って31℃が限度じゃなかった? 春日がクン付けで女の子のタレント呼ぶのがいやだ 春日の中で一番親しみを込めた呼び方 DEROで春日がとんがってた とんがり警察出動 西川先生の前に陰毛を置いた JOYかもしれないしあなたかもしれないし安めぐみちゃんかも 女性のハァ?は怖い つまんないの方がまだマシ JOYは春日のもの 管理人の可能性もある 一番やりそう ANNの作家さんが多いので誰か一人減らそうという話で春日さんいなくなってもらって いいですかって話になった 春日:ベキ山の作戦にひっかかってる 若林:エメラルドを湯舟で歌っちゃった 春日:気を引き締めていきましょう そうはいかんぞと 若林:提供クレジット 曲:「心の羽根」チームドラゴン from AKB48 + 「ヒックとドラゴン」試写会招待告知 若林:「ヒックとドラゴン」 BGM:「エメラルド」ベッキー♪# 映画説明 春日:3Dは迫力が満点てやつですな 8月2日新宿ピカデリーで「ヒックとドラゴン」プレミア試写会オードリー舞台あいさつに オードリー枠1組2名をご招待 虎のかぶりものとOバックをはいてこないでください ダジャレを募集 来週、一般公開の招待券をプレゼント 「こいつが友達でよかったなと思った瞬間」を書いて応募 CM + 若林スイカ割り ジングル BGM:「さよなら大好きな人」花*花 若林:じゃその女の子を好きだったんだ春日さんは 春日:うんやっぱり春日はあの女の子の作品でした 2人:オードリーのオールナイトニッポン 若林:暑いですね コレアリロケで予定が早く終わったのでDと海行こうと車で鎌倉へ行った Dがデジカメをまわしてた スイカを買って砂浜に戻ってスイカ割りの棒がないので探す 重いベニヤ板で割ろうとする サングラスをかけて目を開けてたらバレバレだった 春日に差し入れに行った「今そういう空気じゃないから帰って」 24 30 CM + メール紹介 ジングル 若林:運命を変えて行け!ポジティブラジオで行きましょう メール R.N.陰毛太郎 R.N.乳首つね子 R.N.体位くさい 若林:この3つのうちのどれかが本物です それを判断するのはあなたたちです! CM + 春日、父からゲイ疑惑 春日父から退職のお知らせ手紙がきた 一言添えるのが好き 愚か者!スキャンダルは最大の敵なのだ! 犬が死んだ時詩を書いた「天国へ行った君へ」 実家に帰ったらいろいろ聞かれた 大家さん元気か うちの犬も8歳になったんだけどどうだ 家も建って5~6年経ってるけど 北海道旅行楽しそうだったな 「おまえそっちの気あるのか」 春日否定 春日父「あの写真はなんかあったもん同士の顔だしなあ」 若林:おまえは人と変わってる俺ホモなんですっていうとこある マネになろうとする春日父 独立してオフィス春日を作ろうとする春日父 若林:ヤバいねそれ バイトさせろ 深夜コンビニで CM + 『若林音頭を作ろう』 春日:若林さん攻めてる教育TV風のナレーションやめてください 民謡歌手決定 電話 先週出てくれたあかねさん 黒に紫の刺繍パンツ 福山とオードリーの割合10:0 春日:早くしないと夏終わっちまうぜ? 若林:いいセリフそれほしかった 夏終わっちまうぜ? 春日:2010の夏がよお? CM + 『電話で全国調査』 夏の燃え(萌え)言葉 「抱きしめたいくらい好きなんですけど」 若林:男子校に入れるからこんなことやってる 春日:このザマだよ リスナー:Dカップ 若林:Eまでいくともしかしたらナンみたいになってるんじゃねえかなって Fだと怖い 次回のテーマ「わたしを救ったポジティブな言葉」 BGM 「テクノキャット」ベッキー♪# CM + 『未来辞典』 「TOYOTAナッツ店」 春日:減税です ラクにいこうぜ ラクティィィス! CM 『どんだけ』 CM + EDトーク 春日:提供クレジット BGM:「ストーリー」ゆず 「ヒックとドラゴン」プレミアム試写会当選者発表 ダジャレ「ヒックンビクン」 若林:16歳って言ったらエロに興味があってしょうがない年ですね 春日:性別は変わらんだろうから レディースコミックを読み漁ってますよ 若林:誰がエロいんすか 西川さんはエロくなくて安さんがエロいんじゃないか 土屋アンナさんがエロくなくて皆藤愛子ちゃんがエロいってことでいいんですか 春日:いいですね あと福田萌ちゃんも エロいです その法則でいくと 若林:ということで事実が判明したところでお別れです オードリー若林でした 春日:このあと~アディオス 上に戻る #43 + OPトーク ベキ山さんCMのイニシャル話 付き合うならT 結婚するならW 春日:プラベはTだから 2人ともペロリパターンでしょ あの悪魔は距離の取り方がうまい ポジティブデビル オードリーANNは問題が多い 安さんの陰毛疑惑 今度ベキ山さんのコンサートに録音機持って行こう 春日:TVでベキ山さんを追っかけちゃってる 若林:提供クレジット 曲:「アイデンティティ」サカナクション ジングル:オードリーANNベキ山さんver + 「ヒックとドラゴン」プレゼント告知 「こいつが友達でよかったなと思う瞬間」のメール募集 応募者の中から鑑賞券5組10名、番組グッズを4名にプレゼント オードリーのラジオCMもお楽しみに CM + 春日、山里と中野のキャバクラへ ジングル:安さん陰毛疑惑 おとといコレアリの演出の方と山里と中野に飲みに 春日は前栗と一緒に 山里のホームのお店へ かつては中野の若旦那と呼ばれていた 席に着いたら店の奥からシャンパン 山:あれ、グラス空いてるじゃない 店員さんここの天使にドリンクをください 山里さんに勝てるわけない かっこいい シャンパングラスに指入れてまわしながら飲む ガクトさん以来 山:飲みよし 飲みよし 演出の人:飲みよしが出たら無敵 次は春日のホーム 春日は女子にドリンクを頼まない 水かエアーで乾杯 山里はチームで盛り上がる 春日側は個人戦 山:わかった 女の子のドリンク代俺が出す そっから全部持ってかれて最終的に春日のホームを奪われた 前栗も山里側へ 若林:なんでドリンク頼まないの 春日:もったいないからだよ 中野から歩いて帰った CM + 若林母と佐藤と家具を買いに行く 引っ越したので全部家具を変えた 春日:もったいない連絡ちょうだいよ 若林母が間取り図を忘れた 若林母:建物は全部通り沿いじゃない 実家の犬がおしっこを覚えない TVの箱にかけられてた 佐藤が若林母側についた 若林母の口癖「いいのよ」 風呂なし当時赤シャツばかり着ていたので赤シャツとあだ名をつけられていた若林 1LDKが初めてでオバケが怖い若林 炊飯器「保温が12時間を超えました」お風呂「お湯が沸きました」 春日:楽しんでるじゃないですか 若林:ちょっと楽しんでる CM + 「ヒックとドラゴン」友情メール紹介 若林:俺もおまえの左のアゴのほくろ取る金出してやろうか 春日:いいよ気に入ってんだから 高校の美術で春日が並木道の画を描いていてあと枝一本描いたら終わりという時に画を破った 春日が自分の机を壊してくれとアメフト部の前で投げる 春日:よぉおおおおおおし! デストラーデのガッツポーズしてぐるぐる回る + 『若林音頭を作ろう』 愛音さんが昨日ニッポン放送で歌を録音 青森から夜行バスで上京 チーム付け焼刃は? 浜谷:下衆の極み!下衆の極みです 若林:ハマちゃんもっと言って 愛音さんからメッセージ 若林音頭聴いてみましょう この後若林のナレを入れて携帯サイトで配信 イベントやりたい フリは基本腰を振る CM + 『電話で全国調査』 今週から読まれた方に合格鉛筆3本セットプレゼント テーマ「わたしを救ったポジティブな言葉」 春日:大体わかるの 若林:真矢みきみたいな 春日:あきらめないで! 来週は番組初!「男限定!夏の萌え言葉」 BGM:「よっしゃあ漢唄」角田信朗 CM 『未来辞典』 CM 『しんやめ』 CM + EDトーク 春日:提供クレジット 「ヒックとドラゴン」プレゼント当選者発表は発送をもって 来週は映画館へダッシュだ! どきキャン佐藤がポンコツだがこんな友達は佐藤しかいないと高いミルクティを渡した 若林:今日も聴いてくれてありがとうございました オードリー若林でした 春日:このまとまた 若林:え!? 春日:夢でお会いしましょう アディオス 若林:初噛みですね 上に戻る #44 + OPトーク 若林:今日気合い入ってますね 眉毛整えました? 春日:赤坂サカスのイベントの時メイキャップさんが眉を描いた 若林:もし整えてたらオードリー終わりだなって ここで交通情報 緊張している時こそ声色を変えない若林 ナイナイANN 春日が高校の時から聴いてて出たがってたラジオに2回出た若林 TKO木本 謝ってください→「すいませんの世界です」を若林が木本にふろうとするが 後日聞いたら結構木本がふりを待っていた 今日「赤坂ビッグバンバンバン」でまたTKOと 若林があまり謝るとこじゃないのにふる メール 若林さんは春日さんに初体験の年齢を偽っていたらしいですが ナインティナインANNの音源が流れる 若林:やさしい嘘 童貞を捨てたのが遅い方がネタ書いてるのはおかしい 若林はオフェンスキャプテンだったので指示出すやつが童貞だったら誰も聞かない 春日:一言あやまってくれって話ですよ 若林:やだよ 若林:提供クレジット CM + 『オールナイトニッポンライブ』告知 若林の好きなmoumoonさんも出る HP 第一弾は9月12日C.C.レモンホール、10月3日渋谷O-EAST 若林:時代の証人となるのは あなたたちです! 春日:どっかで聞いたことあるね あれでしょ 若林:俺たちが7連敗したやつ CM + 贅沢になりかけている若林 童貞を捨てたのが早い方から話すということで若林から 最近一人で回転寿司に行ったらあまり美味しくなかった 成城石井でアボカド ライム風味ペリエ トマトとモッツァレラチーズ 春日:マリエですね 急に居心地が悪くなってジョーを呼んで100円ショップ、ドンキ、松屋 美味しいものを食べると申し訳ない気になる 電気屋にiPadを買いに 店員:オードリー若林発見 今度iPad買って中野のキャバクラ行こう CM + 春日キレてもいいですか カスミンのンが消えた 若林:おまえ最近咳とかすごいしおっさんになってるな キレないで有名な春日が腹立った話 前栗虹鱒今田と朝方までカラオケ 春日が支払い中に隣の若者カップルが執拗に絡んでくる 春日:おまえいくつだ? 後からキレちゃったなあと後悔 若林:それキレてないですよ 中学の頃とんがってた春日 駄菓子屋で1円足りなくてキレた 若林:先に言っときます とんがってないですよ ゲームボーイで大工の源さんやってた 若林:先言っときますけどなつかしいですよ クリアできなくてキレて画面を殴って真っ黒に 訳わかんなくなって泣いた 若林:とりとめのない話ですよ 春日:いろいろパターンあるんですね CM + 『若林音頭を歌おう』 若林音頭が完成 愛音さんに電話 曲オンエア 歌入りとカラオケを来週から配信 白でピンクと黄色の花柄パンツ 若林音頭は平成のええじゃないかを目指してる CM + 『電話で全国調査』 「男限定!夏の燃え言葉」 ユウジ 20歳 「ごめん、好きになっちゃいそう」 若林:サークルの合宿俺も行かせて 浜辺で告白の練習 春日:ざーざーざぁ… 黒のボクサーパンツ CM 『未来辞典』 CM + EDトーク 春日:提供クレジット 曲:「君しか」ノースリーブス 若林のwikipedia 春日に童貞喪失を16歳と言っていたが(春日は18歳)本当は19歳であることが発覚した アメフトのチームのためにが抜けてる パブリックイメージで爽やかな王子系と見られていることに芸人として苦しみを感じている 相方である春日もそれを心配している これ消せよー ニッポン放送出ないぞー 若林:この後はmoumoonさんのANNです Rです こんばんはじゃねえや おやすみなさい 春日:このあと~アディオス 上に戻る #45 + OPトーク お盆で高速道路が混んでた 樹海ロケのワンボックスカーが揺れた 調布で突然花火 春日:ハァァ 写メを撮っていた キャバクラにハマっているのに認めない春日 若林:だからオードリーはダメなんだよ 下衆くなるならずぶりと行こう 春日の「ぽっちゃりさん好き」は変わってると思われたくて言ってるんじゃないか疑惑 若林:提供クレジット 曲:「ヘビーローテーション」AKB48 CM + 「ショーパブ祭り」告知 『ショーパブ祭り開催』 夏の終わり恒例 今年も再来週28日に開催 新宿のショーパブ「キサラ」出身オードリー 参加者:ビトたけし、バーモント秀樹、くじら ビトさんには浅草キッドを歌ってもらう くじらがさんま御殿で放送禁止用語を言ったので心配 三人に質問受付中 CM + 春日の夏の思い出 春日:夏ってなにかいいじゃない 初めてデートしたのも夏 お付き合いしたのも夏 キスしたのも夏 先日平成JUMPのコンサートで野太い声援を送っていた春日 毎年お盆にスケベな本を捨てに行っていた 春日が大学の時友人4人で大磯の海に行っていた話 CM + レッドカーペットの思い出 最初の頃はその一分で人生変わると思ってるから殺伐としてた 2年前の6月に初めてカムバックした放送の日に初めて銭湯で声かけられた 金玉がなぜ垂れ下がってるのか 春日:高校球児のタマスは戦々恐々としてる 若林は全部の回でトイレの個室でカムバック用のネタを練習してた 最後までベルトコンベアに乗ってはけるスタンスが決まらなかった 笑い合いが最初あまりウケなかった 若林:今だから言うけどちょっと本気で言ってた 若林が名前を芸名(せいきょう)にしようとしていた CM 『若林音頭を歌おう』 CM + 『電話で全国調査』 おじいちゃんおばあちゃんの笑える一言 若林が宇多田ヒカルのDVD見ていたら 若林祖母「これお姉ちゃんが歌ってるの?」 来週「この夏ぐっと飲み込んだ一言」 BGM:「言えないよ」郷ひろみ 春日:言えないよー好きだなんてー 鼻にかけたかったんでね声を CM + 『未来辞典』 若林:この前ロケで袴着て寝てたら異常に勃起してて脇差さしてるみたいに CM 『しんやめ』 CM + EDトーク 春日:提供クレジット BGM:「NaNaNa(太陽なんていらねぇ)」TOKIO レカペ最終回で一つの締め よく着ボイスをとった 上戸彩来てるぞってみんなで見に行った 若林が唯一一人で行ったのは卓球の四元さん 若林:春日さん誰かうれしかった人 すぐ出なければ終わりますけれども 春日:終わっちゃってください 若林:わかりました ありがとうございました オードリー若林でした 春日:このあと~アディオス 若林:誰かいないですか 春日:ちょっと来週まで待ってもらっていいですか 上に戻る
https://w.atwiki.jp/storyteller/pages/1207.html
サモンナイト4 part42-53~56,73~76(途中まで)→続き:part56-319,320 53 :ゲーム好き名無しさん:2008/10/13(月) 09 18 21 ID DtHY4ArP0 サモンナイト4、途中まで投下します 54 :サモンナイト4:2008/10/13(月) 09 20 53 ID DtHY4ArP0 ■世界観 ・舞台となるのは、人間の世界リィンバウム。リィンバウムを中心に、機界、霊界、鬼妖界、幻獣界が円をかくように隣接している。 ・リィンバウムだけが、他の世界から生物を召喚することが出来る。 召喚術はどの技術より珍重され、日々研究されている。 召喚士の派閥があり、蒼の派閥(マシ)、金の派閥(金儲け)、無色の派閥(極悪)などがある。 ・召喚された生物は、召喚士なしには、元の世界に帰れない。 リィンバウムだけが召喚術を使える、召喚格差が問題になっている。 ・リィンバウムでは、他の世界から召喚したものは、人であれ召喚獣と呼び、蔑視する。 この召喚獣を奴隷として酷使することによって、リィンバウムの文明的生活は成り立っている。 リアの石油問題とかと一緒で、無いと困るので「しょうがないこと」と人々は認識している。 ■主人公 【フェア(♀)/ライ(♂)】:弱冠14歳で、宿屋兼食堂「忘れじの面影亭」を切り盛りするしっかり者。 母は若くして亡くなり、妹の病を治す方法を探して、父と妹は旅に出ている。 幼かった自分を置き去りにして、何年たっても帰ってこない父を恨んでいる。 姉御/兄貴肌のカラっとした性格だが、ほんの子供の頃から自活してきたので、人に弱みを見せない強情な面がある。 料理の達人。父に仕込まれた剣術を今も修行していて、召喚術の素養もある。 55 :サモンナイト4:2008/10/13(月) 09 22 15 ID DtHY4ArP0 ■ストーリー (フェアで書きます。ライ派は脳内補完ヨロ) 第一話『流れ星、拾っちゃいました』(Welcome The Shootingstar) 【リシェル♀】:主人公のおさななじみ。町の名士、ブロンクス家のお嬢様。おてんばでわがまま。 機界と相性がいい、見習い召喚士 屋敷を抜け出しては、主人公の宿屋をしょっちゅう手伝っている。 【ルシアン♂】:リシェルの弟。真面目でおとなしい。 召喚術の才能に恵まれず、剣士を目指して修行中のおぼっちゃま。 姉と主人公に引きずりまわされつつ、フォロー役として頑張る毎日。 【ポムニット♀】:ブロンクス家のメイドさん。ほぼ朝比奈みくる。 子供達の世話もまかされており、厳格なテイラーとおてんばなリシェルの間で板挟み。 でも、リシェルとルシアンの事を、宝物のように想い、尽くしている。 【テイラー♂】:町の名士で、金の派閥の召喚士。リシェル達の父。ツンデレ紳士。 主人公の父の昔馴染みで、破天荒で自分本位な彼を、主人公と同じように嫌っている。 一人残された主人公に、自らスポンサーとなり、宿屋を任せ自活させている。 主人公フェアは、小さな宿場町トレイユの外れで、宿屋兼食堂を営んでいる。 おさななじみのリシェルとルシアンに助けられながら、なんとか店を切り回している。 オーナーのテイラーに小言を言われ、ポムニットさんに取り成されて、いつものように日が暮れた。 リシェルが、星を見に行こうと言い出して、3人で星見の丘へ行く。 無数の星を眺めていると、大きな流れ星が近くに墜落した。 見に行くと、それは、星ではなくて大きなタマゴだった。呆気に取られる3人の前で、そのタマゴが割れた。 そこから出てきたのは、可愛いちっちゃな竜のようなもの。(ポケモンのラティアス似。ここの選択で性別分岐) そこに、柄の悪い男達が声をかけてくる。 「それをこっちに寄越せ!」 フェアは、男達の一方的な態度と、怯える生き物を見て、渡さないことに決める。 男達は襲ってくるが、腕っ節に定評のあるフェアと、リシェルの召喚術、ルシアンの剣術で撃退する。 そして成り行きで、フェアはなんだかわからないものを引き取る事になった。 56 :サモンナイト4:2008/10/13(月) 09 25 06 ID DtHY4ArP0 第二話『この子どこの子、迷子の子』(You Little Dickens) 【ミント♀】:町に派遣されている、蒼の派閥の召喚士。きれいなおっとりお姉さん。 植物の研究をしていて、町に家を持ち菜園で野菜を栽培している。 主人公の宿に、おいしい野菜を安く提供してくれる恩人。 【グラッド♂】:町に駐在する帝国軍人。おまわりさんみたいなもの。 面倒見がよく、主人公達のお兄さん的役割。ミントさんに片思い。 槍使い。 拾った生き物を、竜の子供ではないかと仮定する幼馴染トリオ。 竜は、強大な魔力と膨大な知識を持つ、半ば伝説の生物。そこらへんに転がってるものではないはずだが… ゴタゴタと騒動があるが、結果だけ言うと ・テイラーに、ミュランスの星(ミシュランみたいなもん)を目指せと言われる ・竜の子が人間の子供に変身できることがわかる(でもしゃべれない。) 竜の子の半端ねぇ魔力に仰天した幼馴染トリオは、この子をどうするかで喧嘩になる。 大人たちに取り上げられたくない、けど私達だけでこの子を守りきれる保証はない…。 そこに、昨日襲ってきた男達の親玉がやって来る。 彼は、「剣の軍団」将軍レンドラーだと名乗った(スネーク似)。 竜の子を渡すのを拒むと、剣の軍団と戦闘になる。 こちらは子供3人。絶体絶命かと思われた時、ミントさんとグラッド兄がそこに駆けつける。 しばらく戦うと、レンドラーが笑い出した。 「剣筋を確かめてみて確信がもてた。貴様、あの冒険者の娘だな!!」 フェアの父が、彼らの計画を根本からブチ壊したらしい。 「あの男に与えられた耐えがたき屈辱の数々、いずれ娘である貴様につぐなわせる!」 そう言ってレンドラー達は撤退する。 どこまでも自分に迷惑をかける理不尽な父に、フェアは爆発する。 「クソおやじの、ばっかやろおおおおーっ!!!」 73 :サモンナイト4:2008/10/19(日) 17 39 44 ID AEzfWhqp0 第三話『ドキドキ、はじめての御使い』(A Cute Angel) 【リビエル♀】竜を守護する御使いの一人。霊界の、知を司る若い天使。ロリメガネっ子。 見た目は少女だが、人間より高齢…のはずだが言動は未熟で子供っぽい。 人間を見下しており、高慢に振舞う。弓使いで、霊界召喚に長ける。 ミントさんとグラッド兄が、理解者になってくれる。当面は、竜の子をこっそり育てることになる。 竜の子が何かを嗅ぎ取り、そちらに向かうと、幼い天使が機械人形達に襲われていた。 加勢して撃退し、天使を宿に連れ帰って手当てする。 目を覚ました天使は、「御子さま!ご無事だったのですね!」と喜んだ。 彼女の名はリビエル。この竜の子の親竜に仕えていた者で、この子を守る御使いだと名乗った。 人間を全く信用していないが、渋々事情を話してくれる。 この世界には、人間に虐げられ逃げ出した召喚獣が住む隠れ里が点在する。 最も強く古い隠れ里の一つが、呼吸する城『ラウスブルグ』。 そこを護る竜の、跡継ぎがこの竜の子だという。 親竜の元に送り届ければよいのだと分かり、一同は安心する。 しかし、フェアはリビエルが泣いているのを聞いてしまう。 「みつかいなんだから、しっかりしなくちゃ…ひとりっきりでも、もう帰るところがなくても…」 一体どういうことか問い詰めると、リビエルは動揺して飛び出していってしまう。 追いついて、あなたは御使いなんでしょと宥めるが、リビエルは泣き出す。 「もう意味がないもの…守護竜さまは、もういない…亡くなられたの」 敵が攻めてきて、守護竜は御子を託して死んだらしい。ラウスブルグは敵軍に堕ちてしまい、もう帰れない。 5人いた御使いも行方が分からず、一番未熟なリビエルだけ残ってしまった。 泣きじゃくるリビエルを、フェアが叱咤して、あんたは何なのと問う。 「私は御使い…守護竜さまに仕えるもの。私の使命は、御子さまを守り抜くこと…」 そこに、老人が機械人形達を差し向けてくる。 彼はゲック、「鋼の軍団」総帥と名乗り、竜の子を引き渡しを求める。 機械人形を撃退すると、彼もフェアの父の理不尽な強さを語り、娘のフェアと一戦交えようとする。 ゲックは凄まじく強い召喚士で、フェアはもはやここまでと観念するが ゲックがはりきりすぎて呼吸困難を起こし、鋼の軍団は撤退していった。 「姫さま」の為に、必ず竜の子を手に入れると言い捨てて。 これ以上、関係ない人間に迷惑をかけられないと言うリビエルに フェアは、自分の父親が関わっているからこちらの問題でもある、協力すると申し出る。 74 :サモンナイト4:2008/10/19(日) 17 45 01 ID AEzfWhqp0 第四話『素敵な若様、大暴走』 【セイロン♂】御使いの一人。鬼妖界の、龍人族の若様。 高貴な出の為、尊大な態度だが、達観しており人間に個人的な敵意は持っていない。 飄々としているが、実は責任感が強い。武術の達人で、鬼妖界召喚もできる。 【セクター♂】元帝国軍人で、今は町で私塾を開いている。主人公たちもそこの卒業生。 足が不自由なナイスミドル。今も恩師として主人公は頼りにしている。 他の御使いと合流できるまで、竜の子とリビエルをかくまうことになる。 守護竜は、亡くなる直前、全ての魔力と知識を自身の一部に込め、五つに分けて御使い達に託した。 それを竜の子に受け継がせれば、竜の子は古の竜が培ってきた力を一気に継承できる。 守護竜亡き今、御子を短期間で成竜にする為の強引な手段だ。 この守護竜の遺産こそ、御使いが狙われている理由であり、悪用されればとんでもないことになる。 しかし、全て継承して成竜になれば、フェア達が護ってやる必要も無くなる。 こうなれば、一刻も早く御使いが集結することが重要になる。御使いと御子が惹かれあう力にかけるしかない。 一つ目の遺産を継承した御子は、人の姿に変身し、喋られるようになる。 そして、フェアの事を、「お母さん」と慕うようになる。 御子を連れて町に買い物に出た日、御子が他人の奴隷召喚獣たちの綱を解いて逃がし、大騒ぎになってしまう。 宿に戻り、叱ると竜の子は反論する。 「みんな嫌がってたよ 人間に命令されるのはもう嫌だって 生まれた世界に今すぐ戻りたいって」 どうして助けてあげたらいけないの と言う御子に、みんな 「しかたのないことなんだよ。召喚獣は人間に召喚され使役されるものなんだから」 自分達が教えられてきた通りに答える 「どうして!?そんなのおかしいよ!」 見ないようにしてきた「しかたのないこと」を突きつけられて、人間たちは沈黙する。 フェアは、言い分はよく分かるけど、自分で責任が取れるようになってからやれと怒鳴る。 御子への責任を全部押し付けられ、振り回されてウンザリしていたフェアは、家を飛び出してしまう。 途中で、やたら態度のでかい男に声をかけられる。 「ここらへんで小さな竜を見なかったかな?」と聞かれるが、うさんくさいので誤魔化して逃げる。 セクター先生に愚痴をこぼし、諭されて家に帰り、御子と仲直りする。 リビエルに、御子のことを聞かれた話をすると 「うさんくさくて、エラそうといったら、その者はセイロンですわ!」と飛び上がった。 御使いの一人だったらしい。慌てて皆で町を探すと、セイロンは例の軍に襲われていた。 どうも余裕らしく、軽々と敵を退けているが、一応助太刀する。 セイロンは鷹揚かつ態度がでかく、人間の助力をあっさり受け入れ、宿にまた客分が増えた。 75 :サモンナイト4:2008/10/19(日) 17 45 49 ID AEzfWhqp0 ここで、竜の子の3分岐を 【リューム♂】青。やんちゃなガキ大将。 短気で喧嘩っ早く、主人公にも生意気な態度を取る。 他の2ルートより、明らかに主人公に殴られる回数が多い。 【ミルリーフ♀】ピンク。ぶりっこ系幼女。 心優しく、泣き虫で甘えん坊。主人公を「パパ/ママ」と呼ぶ。 男子主人公の時は、かなり露骨にリシェルを目の敵にする。 【コーラル?】黄緑。無口。無表情。こんな可愛い子が女の子なわけry系。 大人びていて、必要最低限の事しかしゃべらない。 主人公に対して、簡潔かつ効果的にツッコミを入れる。 76 :サモンナイト4:2008/10/19(日) 17 48 39 ID AEzfWhqp0 第五話『今はもう、戻れない場所』(Bye-bye Old Home) 【アロエリ♀】御使いの一人。幻獣界の、有翼亜人セルファーン族の戦士。インディアン系羽根付き美少女。 人間に強烈な憎しみを抱き、軽蔑している。 戦士としての誇りが高く、女扱いを嫌い、常に男らしい言動を取る。 尊敬する兄の行方を案じている。弓使い。 「剣の軍団」「鋼の軍団」は、「姫」を頭目とし、策士ギアンが率いる敵軍の一部だという。 敵軍が城に攻め入った時、御使い達を逃がすのに助太刀したのが、フェアの父だったそうだ。 二つ目の遺産を継承した御子が、御使いの魔力を感じ取り、皆で森に向かう。 そこでは御使いの一人、アロエリが魔獣たちと戦っていた。助太刀して、宿へ連れて行く。 彼女は、奴隷として虐待された亜人の子孫で、「ニンゲン」を嫌悪している。 リビエルが、「私達に手を貸してくれた冒険者の娘」だとフェアを紹介した途端、逆上したアロエリが主人公に襲い掛かった。 「放せ!殺してやるっ!!殺してやるうぅ!!!!! オレは見た!守護竜様の首をはねたのは、コイツの父親だ!!」 セイロンもそれを認めたが、事情があったとアロエリをなだめる。しかし彼女は聞かない。 「先代がご存命なら、ラウスブルグを護れたはずだ!何もかもを壊したのは、貴様の父親だ!」 アロエリは飛び出して行き、セイロンが事情を話してくれる。 敵軍は、ラウスブルグの民をたきつけて内紛を起こさせた。 長い間守り慈しんだ民に牙を向けるのが忍びなく、また敵軍の狙いが自分の力だと悟った先代は、自害を望んだ。 その介錯をつとめたのが、フェアの父だった。 アロエリが、御子を連れて出て行ってしまう。自分と御子様でラウスブルグを取り戻そうとしているらしい。 無謀な逃走の末、獣皇率いる「獣の軍団」に奇襲を受けてしまう。 そこにフェア達が追いつくが、アロエリが獣皇に殺されかかっているのに届かない。 フェアは、御子に「アロエリを守れ!」と叫ぶ。震えていた御子に力が宿り、獣皇をブッ飛ばした。 皆が驚く中、セイロンはフェアの発した不思議な力をいぶかしむ。 ポムニットさんが、アロエリの手当てをしようとしてはねつけられる。 「ニンゲンなんかに、哀れみの目で見られてたまるか!!!」 自暴自棄のアロエリを、セイロンが鉄拳制裁して叱り付ける。 囲んでフルボッコにしてやった獣皇が、もう一度立ち上がって襲ってくるが 空から笛の音が聞こえてきた途端退却していった。 アロエリは結局宿に帰ってくるが、フェアは何も言わず迎え入れた。 理不尽な状況と非力な自分に苛立って当り散らす。幼い頃の自分とアロエリがとても似ていて、怒れなかった。 319 :サモンナイト4:2011/05/06(金) 02 13 30.44 ID 93F+PHY30 サモンナイト4続きざっと書きます 紆余曲折の末、主人公は御使いたちに信頼されラウスブルグ陥落の真相を聞く ギアンがラウスブルグの民に暴露したのは城の秘密、異界へ航行する船として城が機能するということだった 城は守護竜と古の妖精達が力を合わせることで異界へ航行することが出来る しかし、妖精達が去った今となっては安全な航行は不可能だった だが元の世界へ戻りたいというのは民の悲願であり、説得し切ることはできない 先代の守護竜は、ラウスブルグの民を鎮めるため自ら死を選んだ。(介錯を務めたのが、フェアの父親) 「剣の軍団」「鋼の軍団」「獣の軍団」は、かつてそれぞれがエニシアに救われた過去があった。 彼らはギアンの非情なやり方に反発しながらも、エニシアの願いを叶えるためにギアンに従っている。 エニシアの願いは母親に会うこと。エニシアは妖精と人間のハーフ。詩人の父親は、妻が妖精だと知ると 自分の成功は彼女の能力によるまやかしだったと誤解して辛く当たるようになり、母親は失望して元いた世界に帰ってしまった。 母親を慕うエニシアは一目会いたいと別の世界に行く方法を求めている。 一方、エニシアを補佐するギアンの目的は別のところにあった。ギアンは高名な召喚師一族の出自だが、父親は召喚獣。 召喚師の祖父に「お前の父親は、むりやり召喚された腹いせに私の娘を乱暴して逃げた」と吹き込まれ虐待されてきた。 母親が早くに亡くなったためギアンはその話を事実を思い込んでおり、成長後は虐待した祖父を殺害して家督を奪取。 父親に復讐しに行くためにラウスブルグを動かそうとしている。 ギアンは自分たちから戦いを仕掛けている事などはエニシアに伏せており、軍団を指揮して都合よく動かしている。 320 :サモンナイト4:2011/05/06(金) 02 16 00.59 ID 93F+PHY30 エニシアは半分は人間なので、ラウスブルグを航行させるのは無理。 ギアンは実はエニシアを捨て駒にしてでもラウスブルグを動かそうとしている。 最終的にエニシアが母親に会うのを諦めて戦いを終結させようとする。ギアンは諦めず、 自ら龍に変身して事を成し遂げようとするが、失敗して堕龍という化け物になり果ててしまう。 主人公たち、エニシアも協力して堕龍を倒し、ギアンはきれいなギアンになる。 ギアンが肌身離さず持ち歩いていたお守り袋から、祖父の話は嘘で、ギアンは愛し合う両親から生まれてきたのだと分かる。 しかし力を使い果たしたギアンは消滅してしまう。 (2周目以降だと主人公のダメ親父が乗り込んできてギアンを助ける方法を教えてくれる) 竜の子は自分の意志でラウスブルグに戻る。エニシアは竜の子の協力で母親に会う事ができた。 主人公は相変わらずの宿屋経営を続け、最後に一番親しくなったキャラクターとエンディングを迎える。