約 3,643 件
https://w.atwiki.jp/dgrpss/pages/257.html
苗木君と、喧嘩した。 喧嘩と呼べるものじゃなかったかもしれない。 一方的に、私が怒鳴り散らしていただけだった。 声を荒げ、机を殴り、睨みつける。 そんな私に対して、始終と苗木君は困ったように黙っていて、それが癪に障って。 手近にあった、イン・ビトロ・ローズ。 インテリアに、と彼がくれた『ガラスの中の薔薇』。 私はそれを掴むと、威嚇するかのように、壁に叩きつけた。 「っ…」 苗木君は抗議の声もあげず、ただ悲しそうに、粉々になったガラスを見つめていた。 出ていけ、と私が言うと、逆らわずに席を立ち、 「…さよなら」 謝罪でも激昂でもなく、別れの言葉を口にした。 彼が去った部屋で、私はひとり、取り残されている。 怒鳴る相手を失って、私は静寂に、取り残されている。 一瞬だけ大きな音を立てたガラスの薔薇は、今はもう死んでしまったかのように、無音。 一言も抗議の声をあげなかった彼のように、無音。 「…馬鹿」 言い返して欲しかった。 今回のことは私に非がある。それはわかっている。 怒鳴り散らしてくれた方が、幾分か気が楽だった。 ああやって黙っていられる方が、罪悪感を掻きたてられる。 部屋に取り残されて、一人。 静寂に次いで私を襲ってきたのは、どうしようもない後悔の念だった。 「馬鹿、なんで、」 なんで、よりにもよって、彼が最初にくれたプレゼントを手にかけてしまったんだ。 失ってから気付くこともある。 私はこの小さなインテリアを気に入っていた。 霧切響子という無趣味な人間の部屋は、とんでもなく殺風景で、 彼がくれたその花だけが、唯一色を放っていた。 今となっては永遠に失われた、撫子色の一輪。 膝を曲げて屈み、床に散らばったガラスの破片を拾う。 チャリ、チャリ、と音を立てて、手の中で、思い出の残骸が山になる。 薔薇を失った部屋は、再び元の殺風景に戻っていた。 その、色も音も失った空間は、とても居心地が悪くて、 代わりの花を買ってこなければ、と、 そんな、馬鹿みたいな事を考えていた。 「代わりの、花を――」 ぼたた、と、大粒の滴が音を立てて、薔薇の花弁を弾く。 代わりなんて、あるものか。 あの小さな花と同じものなんて、世界中の生花店を巡っても見つかるはずない。 例え全く同じイン・ビトロ・ローズがあったとしても、 彼がくれたから意味があったんだ。 一時の激昂で、これほどまでに大切なものを壁に叩きつけて、 私は、何を失ってしまったんだろう。 「っ、ぐ――」 掌を押し当てて、嗚咽を押し殺した。 涙は止められなかった。 だからせめて、声だけは堪えなければ。 泣いていいはずがない。 勝手に怒鳴り散らし、自分でプレゼントを壊した私の方が泣いちゃいけない。 「ふ、ぅ――っ」 手に当てている方と逆の手で、ガラスの山を力の限り握り締めた。 ギ、と音がして、手袋越しに指が切れて、血が垂れる。 外気に触れた薔薇は、またたく間に萎れ始めていた。 長い間、私はそうしていた。 手のひらに収まったガラスの破片を、もう元には戻らないそれを、ひたすらに握り締めて、 肺に押し出され、唇から洩れる雑音を、ひたすらに飲み込んでいた。 薔薇とともに涙腺が枯れて、虚無感は少しも変わらないのに、涙だけが止まってしまった。 干上がった薔薇を、未練がましく拾い上げようとして手を開く。 鋭い痛みが、掌を突いた。 まあ、そりゃ全力でガラスの破片なんか握り締めていたらそうなるわけで。 ズタズタになった右手から垂れる血は、薔薇の代わりだと言わんばかりに、無色の部屋を染めていく。 保健室に行って、ガラスを抜いて。 そんな機能的な自己修復を果たすために、私の体はフラフラと立ち上がった。 頭の中は彼が部屋を出た時から止まっているけれど、体はそれでも動いてくれる。 手当は適当でいい。 傷はむしろ、残ればいい。 そうすることでしか、もう彼の思い出を、初めてもらったプレゼントの証を、残せない。 壊したのは、他の誰でもない私。 そうして、怪我をしていない方の手で扉を開けると、 「…っ」 「あ…」 気まずそうな顔をした彼と、ばったり出くわした。 苗木君は、目の周りが赤くて腫れぼったい。泣いていたんだろう。 たぶん私も同じ、みっともない顔をしている。 目を合わせられずに、私はちらちらと、盗み見るように彼の顔色をうかがった。 苗木君は赤い目で、私の右手をじっと見ている。 少しして、そこから滴る赤い液体が何か分かったようで、 途端に、苗木君は、 「…」 何も言わずに私の左手を掴んで、少し強引に、わき目もふらずに歩き出した。 「…」 私は逆らわなかった。逆らう権利もないし、逆らう気力もない。 辿りついた先は、保健室。 ピンセットと脱脂綿、消毒液を手際よく取り出して、彼は私を椅子に座らせ、自分は私の正面に膝をついた。 適当でいいのに、と思ったけれど、彼の手当ては驚くほど丁寧なものだった。 どうしたの、と、彼は右手だけを見て尋ねる。 自分で切ったことを、私は伝える。 「――」 一度だけ、彼は私の目を真っすぐに見て、 「馬鹿っ!」 そう、怒鳴った。 ああ、そうだ。 馬鹿だ、私は。 彼は、自分のためには絶対に怒らない。 彼が怒るのは、他の誰かが傷ついた時だけだ。 いっそ怒鳴ってほしい、だなんて、 怒りに身を任せて、そんな簡単な事も忘れてしまっていたなんて。 「…ごめん、なさい」 許してもらうためではなく、自分が楽になりたいから。 そんな、誠意の欠片もない謝罪が、ぽつりと口からこぼれた。 「…気にしてないよ」 私を怒鳴るために、険しい顔をしていたはずの彼の顔は、 もう、いつも通りの、頼りないけど気の和らぐ、優しげな笑みに変わっていた。 おかしいわね、と、私は独りごちた。 涙はさっき、枯れたと思っていたんだけど。 あの薔薇は、今はお気に入りの探偵小説に挟まれている。 花弁だけを取ってドライフラワーにして、透明なフィルムで挟み、オリジナルの栞にしたのだ。 「薔薇のイメージがあったから、あれを贈ったんだけど…本の栞の方が、霧切さんには合ってたね」 「あら、私には鮮やかな生花よりも、しなびた古本の方がお似合いということかしら」 「そんなこと言ってないってば。でも、そうだね…あのプレゼントに込めた気持ちには、似たようなものがあるかも」 「どういうこと?」 「生花はすぐに枯れちゃうから、さ。だから、ガラスに入れて贈ったんだ。 この学校を卒業したら、僕達はきっと離れ離れになるでしょ。僕はともかく、霧切さんはきっと、遠くに行くから。 だから、時々でも僕を思い出してくれるように、形に残るものを贈りたかったんだ」 この先もずっと、残る思い出。 それはあの綺麗な一輪でも、手に刻みつけたガラスの傷跡でもなく、 そんな即物的なものなんかじゃなくって、 こうしてあなたが隣にいてくれたという記憶なんだ、と。 そんな恥ずかしい事なんか言えるはずもない私は、 「…もう、馬鹿」 薔薇の花のように顔を染めて、そう照れ隠してみせるしかできないのだった。
https://w.atwiki.jp/dangan_eroparo2/pages/72.html
何度目の寸止めだろうか。 もう、「オシオキ」なんて生易しい響きで済ませていいものじゃない。 これは、拷問だ。 「ひや、ひやぁあああっ!!らめ、あぁあああああぁ…」 止められれば止められるほど、イくことへの欲求も、イく直前の快楽も増していく。 けれど、それらは決して解消されずに、フラストレーションのように体に留まるだけ。 ビクン、ビクン、と、処女が初めての絶頂を味わうかのように、体中が痙攣していた。 あそこは、火箸を突っ込まれたかのように熱い。 「なえぎ…くゅん…」 舌をずっとつままれ、こねくり回されているために、まともに喋ることもままならない。 逃げ場のない快感が、体中をはいずりまわる。 お預けに耐えきれず、とうとう私の体は、継続的に震えだした。 もうダメだ。これ以上は、耐えきれない。 「いぁっ、ひっぎ…うやぁあ、らめ…」 一度だけ。一度だけ、素直に認めよう。 この体が淫猥なメスで、心の底から絶頂を願っていることを、今の一度だけ。 彼の指はくすぐるように、私のあそこをなでまわしていて、それでも、それすらも耐えきる余裕はない。 「な、なえぎ、くゅん…!」 「…どうしたの、霧切さん」 尋ねながらも、彼は手を止めない。 指でクリクリと、やさしくクリトリスの周りをなぞっている。 「あ、あぁあ…も、もう、らめらから…がまん、れきないれす…」 ろれつが回らないのは、彼の指のせいか、あそこの疼きのせいか。 「いかへて…いかへて、くら…さいっ!!お、おねがい、ひまふ…」 言った。認めた。 それだけでもう、あふれ出んばかりの絶頂感が、体中を満たしている。 体中が、絶頂を待っている。やっと、この溜めに溜めた、気の狂う快楽を解き放てる。 「そ、そこ、もっと、ぐちゃぐちゃにしへ……あぁあああっ!」 求められてもいない言葉まで口走ってしまう、どうやら口も快楽で腐ってきたようだ。 もう、思考すらも、浸食され―― ダメだ、まともに考えられない。 イきたい、イきたいイきたいイきたい! 彼に自由を奪われた体で、私のことをわかると言っていた彼自身の指で、 もっと、もっと刺激を! 「あ、あぁ、あっあああぁああっあああああ…!」 ぴたり、と、 彼の指が止まった。 「…っ………い、やぁ……」 絶望。 同じことを繰り返されていたから、何が起こったかはすぐに分かった。 限界まで、ダムをもう少しで越えるまで高められた快感の波。 それは、越えることのないまま、留まらされた。 「いやっ…いやっ、いやぁああぁあぁあ…! なんで、なんでぇ…?」 ぬるり、と、彼がようやく私の口から手を離す。 つ、と引いた唾液の線を気にも留めず、私は泣き叫んだ。 「い、イかせてって、ちゃんと言ったのにっ、い…も、もう耐えられ、ないのに…っ! イきたくなったら言えって、い、言ったじゃない…」 「ああ、ごめんごめん…口に指が入ってたせいで、なんて言ってるかわからなくてさ… それに、イきたくなったら言って、とは言ったけれど、イかせてあげるなんて一言も言ってないよ」 「そんな…そんなぁあ…」 一気に、緊張していた体の力が抜けた。 ずるり、と、彼に預けていた体がずり落ち、 その拍子で、捕えられていた片方の腕が、偶然にも自由になる。 「あ…」 「腕、自由になったね」 彼はまるで、性交などしていない時のような調子で話す。 「…」 「さっき、『腕が自由になったら覚えていろ』って僕に言ったよね。自由になったけれど、どうするの?」 「あ…う…」 「反撃するのかな?それとも… エッチな霧切さんは、自分のあそこをひたすらいじりたいのかな?」 ドクン、と、心臓が驚くほど強く脈を打った。 彼の言葉が暗示や天啓のようにまで聞こえる。 自分で、好きなようにイっていいの…? 「腕は自由だよ。僕は霧切さんをイかせないけど、霧切さんがオナニーするなら、それは止めない。 霧切さんがどうしてもイきたければ、自分がそれほどエッチだって認めるのなら、好きにしていいよ」 「あ、あぅ…」 彼の言葉に屈辱を覚えながらも、私は自分の股間に伸びていく手を、止めることができなかった。 「あれ、あそこに…霧切さんの一番エッチな場所に、手が伸びているけど。反撃はしなくていいんだね?」 「うぅ…う゛ぅあぁああ…」 指が、触れる。 「ひ、ぎっ…~~~っ!!」 あまりにも強い感覚に、一瞬それを激痛かと思い違えるほど。 次いで溢れ出す、性感の奔流。 「あぅあぁああ…」 指が中に入り、奥を小突く。声にならない声が、口からだだ漏れる。 鏡には、それはエロチックな少女の姿が映っていた。 好きな男に足と片腕を絡めとられながら、秘部は自由の利く右手の指をいやらしく呑み込んでいる。 これ以上にない、というような至福の表情を浮かべて。 「あぁ…あぁあああぁ…」 いつもなら、反射的に足を閉じ、腰を引いてしまうほどの激しい快感。 けれど、 「大丈夫だよ。足も腰も、僕が押さえつけてるから、霧切さんの体は快感から逃げられない。 反射で止められることもないから、思う存分、自分をなぶっていいんだよ」 「あぁ…はぅう…あんっ、やっ、あぁん!あぅん、ふぁ、はぁぁあ!」 「しょうがないよね。気持ちいいもんね。僕がさんざん焦らすから、我慢できなくなったんだよね。 今だけは素直になっていいんだよ。どんどんエロくなって。僕はそれを見てる」 快楽がどんどん高まる。 もう、誰にも、自分自身にすらも邪魔されない。 そう思うと、奥から奥から液が溢れてくる。 私はいっそう、指の動きを強くした。 「う、あぁ…イく、イくっ…あっ、か、うぁっああぁあぁあっ…ひ、ぎぃ、ぃいいいいいいいい!!!」 ドクン、と 背骨が緩んだのか、とでも思うくらいの脱力感。 一瞬遅れて、電気のような強烈な快楽が、背中から全身に駆け巡った。 溜めに溜めた、何十回分の絶頂が、一同に私を犯す。 その快感に身をすくませることすら、体の自由を奪われた今の私には不可能だった。 「っ…!…っ!!…ぁっ…!」 もう、声すら出ない。 息を吸うことも、吐くことも叶わない。 目の前がバチバチと光り、まともな視界も失せる。 背骨が軋みそうなほどに大きく背中を反らせて、長く激しい絶頂を耐える。 時間にすれば10秒ほどだろうか、いや、もう少し短いかもしれないが、 私には途方もない長さのように思えた。 「つ…はぁあ…あぁ…」 絶頂が終わり、彼の体から解放されると、私はそのまま後ろに倒れ込んだ。 体は、後遺症とでも言うのだろうか、絶頂時の敏感さや疲労をずるずると引きずっており、 特に下半身は、足を少しでも動かそうものなら、それだけでまたイってしまいそうだ。 なんとなくだけど、と、私は鈍った頭で考えていた。 絶対そんなことあり得なそうだけど、もしかしたらこれは、彼流の荒療治かもしれない、と。 好きと言われても信用できない卑屈さ。心のどこかで、愛する人を疑ってしまうという行為。 全て、私が自分を信じていないから、大切にしていないから。 だから、自分で自分をイかせるように、自分に素直になれるように、そう仕向けたのではないか… いや、考えすぎだ。 口の次は脳みそまで、彼がくれる甘すぎる愛情で、腐ってきたのかもしれない。 ふ、と苗木君が、私の頭をなでた。 重い体を少しだけ持ちあげると、彼は優しくほほ笑みながら、そっと頬にキスをする。 子どものように扱われていることが、少し悔しかったけれど、なぜか嬉しくなってしまう。 反論の言葉や、この仕打ちに対する非難の言葉を考えようとして――やめた。 今はいいじゃないか。 あれだけ恥ずかしい思いをしたんだ。 素直に、彼なりの愛し方を受けていたって、バチは当たらない。 絶頂の余韻とも相まって、その幸福感の中で、私は目を閉じた。 『苗木の視点』 やりすぎたとは思っている。 正直、この麗しき彼女を、自分色にぐちゃぐちゃに染めてしまいたい願望はあった。 もちろん、今までそれを必死に抑えてきたし、こんなひどいことをしたのは今回が初めてだ。 自分でも、どうしたのかと思う。 そっと、頭をなでると、霧切さんは悔しそうにしながらも顔を赤くして、 その表情が本当に可愛くて、僕は心底彼女に惚れてしまっているのだ、と実感する。 頭をなで続けると、霧切さんはそのまま目を閉じて、眠ってしまった。 僕は霧切さんが大好きで、彼女も僕を好きだと言ってくれる。それだけなら話は簡単だったけれど、 彼女は僕の「好き」という気持ちを信用できないでいて、僕はそれがどうしても許せなかった。 余っていたからじゃない。なりゆきじゃない。 僕はそんな失礼な気持ちで、霧切さんを好きになったわけじゃない。 そう伝えたかったのに。 …どういうわけかその憤りは、普段から抑え込んでいる僕の異常(…なんだろうか、やっぱり)な性欲と仲良くマッチして、 歯止めがきかずに追いこんでしまったわけだけれど。 目を覚ましたら、まずどうしようか。 やっぱり、謝るのが最初かな。謝るくらいならやるな、と怒られそうだけど。 それから、ゆっくり話そう。 『霧切お目覚め』 夢とも幻覚ともつかない、もやもやとした眠りから覚めると、 彼は私が目を閉じる前と同じ場所で、同じ顔をして、私の頭を優しくなでていた。 「…え、えーと…おはよう」「おはよう…ずっと、そうしていたの?」 「うん、まあ」「よく飽きもしないで…」 「飽きないよ。霧切さんの寝顔、可愛かったし」「っ…」 いつもならここで、「馬鹿」だの罵声を浴びせたり、頭を小突いたりして、素直になれない代わりの照れ隠しに当てるのだけど。 いや、正直今も、彼をどつきまわしたいほど恥ずかしいし、彼もそれを察して、頭を庇っている。 でも… 「苗木君」「はい…」 「今日は…その」「…ぶたないの?」 「ええ…ちょっと、その…」「?」 彼が、あれだけ私にしてくれた。 だから私も、応えよう。 ここで退いたら、女が廃る。必死に、まだ恥ずかしがっている自分に言い聞かせて。 「…今日だけ、今日だけでいいから…明日からは、また普通に戻るから… 苗木君に迷惑や、押しつけがましい好意も、かけないから… その…思いっきり、苗木君に甘えても良いかしら…」 苗木君は、それこそポカン、という擬音がぴったりなほど呆けていて、 おそらく私の顔も、羞恥に耐えきれず、これ以上ないくらい真っ赤になっていることだろう。 「あ、あの、もちろんだよ!今日と言わず、毎日でも…」 一瞬間があって、それから彼はおおいに賛同してくれた。 「毎日は、さすがに無理よ…私にとっては、すごく、恥ずかしいことで… でも、自分の気持ちに嘘をついているのも、そろそろ限界なの… だから、今日だけ。今日だけ、私は自分を許す。そういう条件付きでなら、素直になれそうだから。 それと…本当にいいの…?私、ホントはもっとわがままで、感情的で…」 私の内面の醜いそういう感情を知ったら、やっぱり彼は、私のことを嫌いになってしまうんじゃないだろうか。 そんな疑心が、心を埋め尽くしている。 彼は私を信頼してくれるのに、私は彼を信頼できない。その不誠実さを自覚している。 罪悪感に悶え苦しみながら、 これが私が考えた、自分へと、苗木君へ提示できる、現時点での最大の妥協点。 やっぱり、彼は探偵の…いや、この場合はエスパーとでもいうのか。 私のそんな鬱屈とした感情を、読み取ってくれたようで、 「どれだけ霧切さんが我がままで、感情的だったとしても、それで嫌いになったりは絶対にしないよ」 私の肩にそっと手を乗せて、あの爆弾級の笑顔で、そう言うのだ。 「…見ていなければ、何とでも言えるわ。私がいかに自己中心的で、汚い心の持ち主か…」 「霧切さんがどんな欠点を持っていても、気にしないよ。 だって僕は、それに負けないくらい、霧切さんの良いところを知ってるから。 言ったでしょ?ずっと、見てきたんだから」 「…苗木君、その笑顔」 「え?」 「私があなたの笑顔に弱いって、知っていてわざとやってるんじゃないの?」 「そ、そんなこと…そうなの?」 照れながら困惑する彼が、これ以上にないくらいに愛おしい。 「ほら、見なさい。あなた、私を見てきたから、私のことを分かっているって言うけど、 あなたが知らないことなんて、まだまだたくさんあるんだから」 私はそう言って、勢いよく彼に口づけた。 「…ほ、本当にいいの?さっきまであんなにしてたのに…」「『あんなにしてた』のは、どこの誰だったかしら」 「う…」「正直言うと、まだ足に力が入らないわ。ちょっと腰も痛いし、ココもまだジンジンする」 「ご、ごめんなさい…」「謝るくらいなら、最初からやらなければいいのよ……ま、まぁ、悪くは、その、なかったけれど」 「あ、う…で、でも、それなら尚更止めた方が…僕なら、大丈夫だから」 これ以上ないくらいにギンギンにさせて、どこが大丈夫なのか。 男の子の性欲は分からないけれど、彼のそれは、もう爆発しそうなほどに腫れあがっていた。 「…さっき、甘えさせてくれるって言ったわよね。わがままでもいい、そう言ってくれたのは…」 「う、嘘じゃないけどさ…」 ホントに、この少年ときたら。 「…私は、苗木君のことが大好きで苗木君の笑顔とか真剣な目とか困った表情とかが大好物で 苗木君に触られると全身性感体になるんじゃないかってくらい敏感になる、変態…です。 苗木君が望むことは全部してあげるし、してあげたい。苗木君がいやだというなら絶対にしません」 鏡越しに、自分の顔を見た。真っ赤なんてものじゃない。 正直になれとあなたが言うから、言いました。 ここまで言わせて、恥をかかせるなんてこと、絶対にないわよね? 「…あっ、うぅ…」 「…ほら…幻滅、したでしょ?」 「してないよ!」 「ま、まあとにかく、今日の私は、その、とことん本音で行くわ。 …自分の心情を正直に話すことは慣れていないから…ちょっと変になってしまうこともあるかもしれないけど… さて、聞きます。苗木君、私の中に…入れたい?」 上目遣いで尋ねると、彼も私と負けず劣らず顔を真っ赤にさせた。 「う、うん…霧切さんに、入れたい…です」 「…はい、よろしい」 一度わがままな私を受け入れると言ったからには、 今日は苗木君にも、とことん付き合ってもらおうじゃないか。 私は彼に跨り、ゆっくりと、彼のそれを、私の秘部にあてがう。 「っ…ホントは、これ以上気持ちよくさせられたら、頭がおかしくなりそう…」 「あぅ…き、霧切さん、やっぱり…」 「や、めない、わ…あなたと繋がらずに終わるなんて、絶対あり得ない…」 ゆっくりと腰をおろし、中に彼のものを受け入れる。 ずぷ、ぬぷぷ、と、卑猥な音を立てて、彼が私の中に入っていく。 「あっ…んん!!」 「す、すごい…霧切さんの中、すごく熱い…」 「そ、そういうことは…」 言わないで、と言おうとして、私は思いとどまった。 今日だけは、本音。嘘をつかない。 「…もっと、言って」 「え?」 ああ、頼むから、聞き返さないで。 これでもまだ、本音を出すのは、顔から火が出そうなほど恥ずかしいのだから。 震える体になんとか根性を叩き込み、私は一気に足の力を抜いた。 「ふぅっ…!」「うぁあっ…!」 高さの違う、二つの喘ぎ声。 重力に身をゆだねた私の体は、そのまま沈み込み、最奥まで彼のモノを加えこんだ。 「はぁ、はぁ、っ…」「霧切さん…大丈夫…?」 「…響子」「え?」 「いつか、言ったでしょ…?交わっている間は、下の名前で、ぅ…呼んでって…」 彼の返事も聞かず、私は再び足に力を込める。 ずるり、と、あそこから内臓まで引きずり出されるかのような、激しく、少しだけグロい感覚。 「あ、あぁああぁ…」 いつも彼が動くのを、受動的に待っているだけだけれど、 自分で動けば、これだけ違うのか。 「あ、き、響子…」 「何?…誠君」 「あ、そ、その…すごく、エッチだよ、今の響子の姿」 ゾクリ、と、背筋が震える。 羞恥と快楽で赤く染まった彼の顔。 それらに耐えながら『もっと言って』という私の願いを、必死に叶えてくれた彼の健気さ。 そして、自分自身が彼の眼に、エロチックに映ってしまっているという羞恥。 「あ、はぁ…」 必死に力を込めて引き抜いている途中だったのに、意思とは無関係に彼のモノを締め付けて、 いっそうの快感が背筋をかけあがり、私の足から力が抜ける。 力が抜ければ、重力に逆らえないのが道理で、 「あ、あぁんっ!」 再び私は、腰を落としてしまうのだった。 「う、ぅ…イかせたいのに…今度こそ、っん…誠君を、イかせたいのに… 私が上になれば、好きに動けるはずなのに…なんで足に、力が入らないのかしら…」 「響子…っ」 彼が、私の尻を鷲掴みにする。 「え、え?」 そして、グイ、と引き抜いたかと思うと、 思いっきり膣内に、それを叩きつけた。 「はぁああぅっ!」 ゆるやかで断続的な快感から一転、激しく重い絶頂感が、またたく間に走り抜けた。 「あっ、あっあっ!イって、るの、誠君、イってるからぁっ!!」 「ご、ごめん…あんまり焦らされるから、我慢できなくて…っ!」 パン、パン、と、リズミカルな音を立てて、彼が腰をたたきつけてくる。 一突き一突き、そのたびに私は何度も絶頂に突き上げられる。 体も、快楽に素直になったのか。それとも、彼に文字通り体を許したのか。 子宮を小突かれ、飛んでしまいそうになる意識の断片で、そんなことを考える。 「ごめ、ごめん響、子っ…やめてあげたいんだけど、気持ちよくて…!」 「やめないでいい、やめないで、ぇっ、はぁああ!!私で、あぁぁああっ…わ、私で気持ち良くなって…!」 子宮がキュウ、と閉まる。 一つの絶頂が収まりきる前に、次の絶頂に押し上げられる。 あまりの快楽は頭の許容量を超え、もう思考が焼き切れそうだ。 でも、ダメだ。 もっと、もっと。 この先しばらくは、また彼に甘えられない、捻くれた私に戻るのだろう。 だから、今だけ。今のうち。 未来の分も前借して、精いっぱい彼を感じなくては。 「奥、おくぅっ!あぅううう!奥、弱いっ、から、もっと突いてぇ!」 「はぁ、はぁ、はぁっ…!」 もう、限界に近い。 中に入っている彼のそれが、いっそう大きく膨らみ、一突きが小刻みに、速くなってきている。 私は彼の背に手を回した。 「わ、かってると、思うけど…っ、あぁん、はぁんっ!!」 「うんっ…中に、出すから…!」 快楽の向こう側の、これ以上ない幸福感。 女に生まれてよかったと、心の底から思える瞬間。 彼が、グイ、とそれを中に押し付けて、子宮が思いっきり押し上げられた。 「ふっ…うぁああぁぁああああっ…!」 その絶頂の瞬間に重ねるように、 「響子っ…で、出るっ!!」 ビュクビュクと、その子宮に、熱いそれが注がれて、 「――――~~~~っっ!!!」 声もなく、息も出来ず、目も眩むような絶頂にやられ、 目いっぱいの力で、私は彼に抱きついた。 絶頂が収まると、体中から力も抜け、彼と繋がったまま引き抜くことも出来ず、 私はしばらく、舌を出したままのだらしない蕩け顔で、彼にもたれかかっていた。 「あ…っ…ひ、ぐ……」 苗木君の絶頂感も同じようなものだったらしく、ベッドに倒れ込みはしないものの、 私をこれでもかというくらいキツく抱きしめて、快感に耐えているようだった。 また、抱きしめたまま、苗木君が私の頭をなでる。 どうもその感覚に慣れず、もたれかかったまま、私は彼の耳元に口を寄せる。 ホントは面と向かってピロートークなんていうのも憧れなのだけど、今のこのだらしない蕩け顔はさすがに見せられない。 「人の頭をなでるのが、随分好きなのね」 「あっ、いやだった、かな…」 彼が遠慮がちに尋ねた。 ホントに、さっきまでの強気な彼はどこに行ってしまったのか。 今はもう、いつも見慣れている、気弱で少し頼りないけど、優しさに満ちあふれた少年になってしまっている。 もちろん、こんな彼が大好きなのだけれど、時々はさっきのような強引さも欲しい、と思ってしまうあたり、 やはり彼の前では、私はマゾヒズムに冒されてしまっているのだろうか。 「いや、じゃない…」 「そ、そっか」 いやじゃない、というのに、彼は私の頭から手を離した。 「~~っ、もう…」 私は再び彼の手を握り、むりくり自分の頭に押し付ける。 「えっ、えっと…」「なでて」 「へ?」「…」 やっぱりこの少年は、まだまだ私を知らないのだろう。 今の私の「いやじゃない」は、もっと分かりやすく言えば、 「あなたになら何をされてもいい」だ。 「なでてって言っているの」 自分でもどこから出たのか分からない、少し拗ねたような幼い声で抗議すると、彼は私をあやすように、優しく頭をさすった。 あなたが、私のことを分かっているというのは、やっぱり悔しいけれど、どこか嬉しい。 でも、私はあなたに話していないことが、まだたくさんある。 探偵小説の次に、恋愛小説が好きなこと。 暗闇が苦手だということ。 時々あなたが舞園さんを思い出しているのに気付き、嫉妬すること。 あなたがくれたイン・ビトロ・ローズが、誰にも言っていないけれど、密かに宝物だということ。 探偵という職業柄、知られることは恥ずかしいことだと、そう思ってきた。 知られたら負けだ、そんな世界で生きてきたのだから。 でも、あなたになら、負けていい。 だから、もっと私を知ってください。
https://w.atwiki.jp/kirukodqm/pages/139.html
配合で生まれた子供と選ばれなかったもう片方のステータス 特殊配合は子供固定の為、一人のみ 第二世代響×イブリース ♂ / ♀(花鳥) 天狼×貪狼 ♂ / ♀(テコ) ホイミン×ハーン ♀(マリン) プロキオン×ヒィッツ ♂(ゲンさん) / ♀ ケイゾウ×ユキカゼ ♂(ジョーカー) / ♀ タラバ×鶴姫 ♂ / ♀(籠目) 獣王×ドルドレイ ♂ / ♀(桜花) 第三世代ゲンさん×エトペン ♂(スカイ) / ♀ ジョーカー×桜花 ♂ / ♀(クラウン) テコ×ガイ ♂(マーカス) / ♀ 花鳥×ヘルベルト ♂ / ♀(風月) マリン×始 ♀(苗木) 籠目×Jr ♂ / ♀(暁) 孔明×シュガー ♀(スナドリ) ハル×ライラック ♂(ショッカー)/♀ 哲夫×Qちゃん ♂/♀(哲子) ガンメタル×不知火 ♂/♀(コクラン) 第四世代クラウン×ショッカー ♂(第六天) スカイ×リーゼロッテ ♀(ナイティンゲイル) 暁×マーカス ♂/♀(しろがね) アンドレ×ガーネット ♂(金剛)/♀ 風月×ビビ ♂(村正)/♀ 苗木×玄瑞 ♂(スザク)/♀ モッチー×ビックボディ♂/♀(かやこ) 第五世代村正×イザナミ ♀(刃鳴衛) しろがね×金剛 ♂/♀(光) ナイティンゲイル×アイオーン スタンダード/ギガボディ(ガルダイン) 第六天×哲子 第二形態♂/♀(テトラ) 人形♂/人形♀(バルチャー) スザク×ロザリー 両性(菖蒲)/♀ かやこ×ホームズ ♂(バニラ)/♀ ミルフィーユ×バッファローマン ♂/♀(ヒミコ) 透×電光戦車 ♂(インドラジッド) ユラ×タキオン ♂/♀(ユキ)
https://w.atwiki.jp/dangan_eroparo2/pages/122.html
「そうそう、スルーするのが一番だぜ」 「スルー…ですか?」 「そう。舞園ちゃんも、俺以外の男はぜーんぶスルーしてくれて構わないよぉー?」 「いえ、桑田君をスルーさせてもらいます」 「……オイ!なんでそーなんだよ!クソッ、かわいいからって…舞園!」 「きゃっ、な、何するんですか、桑田君!」 「苗木はいいよな、こんなかわいいアイドルと毎日ヤってんだろ?」 「ち、がっ、苗木君はそんな人じゃ…あ…」 「監視カメラも気にせずラブラブですかそうですかー………」 「やっ…あ…くわた…くん…」 「…あ?…おい、舞園っ…ちょっと触っただけで、もう下着ぐちょぐちょじゃねーか!」 「やめ…て…くだ……」 「どんだけ淫乱なんだよ、アホ!」 「いや、なのに…ぃ、いっつも、してきた…から…」 「アイドルになるために何でもしてきた、ってヤツか?気持ちと体がバラバラだぞ、舞園」 「ひ、あ…っ、や、首筋舐めないで…」 「こうやってよ!胸揉まれたら!イヤでも濡れるんだろ!?」 「ぁ、…んっ!……ん、んぅ…!」 「泣くなって、さやかちゃんはぁー、こう言うの好きなんでしょー?」 「んふ、んんぅ…!」 「声我慢したって無駄だぞ?ここがコリコリしてっからなぁ!」 「んぐぅ!んっ、んん!んっ!んー!!」
https://w.atwiki.jp/soumusya1994/pages/258.html
苗木を囲うビニール袋。 作業日誌(2010年3月21日)に戻る
https://w.atwiki.jp/dgrpss/pages/501.html
「どう……?」 テーピングの解かれた左手の指をゆっくりと開く、閉じるという動作を繰り返してみる。 握り拳を作るように力を込めてみたらピリッとした軽い痛みを覚える。 「何もしない状態は大丈夫だけど、力を入れてみるとまだ痛いかな」 「それじゃあ今朝もテーピングしておきましょう。苗木君はそこで待ってて、左手は洗面器に入れたままでいいから」 「はぁい。……つぅ!」 患部を冷やさないといけないということで、冷たい水の中に左手を入れると眠気が吹っ飛んだ。 「待たせたわね」 今度は湯気が漂う洗面器を両手で運んできた。肩には手ぬぐいのタオルが二枚。 「怪我がなければ朝風呂っていう贅沢なことが出来たんでしょうけど……」 そう言ってお湯というより温泉を汲んだ洗面器に手ぬぐいを入れて軽く絞る。 「じっとしてて……」 「いや、さすがに顔を拭くくらい一人で「ほら」……もがっ」 結局、僕は霧切さんのなすがままに顔を拭いてもらった。 最初は額から。 上から下へと流れるように目の周りをなぞられ、鼻・左右の頬が拭かれる。 そして頬から顎へ。最後に口の周りを撫でられるようにして表面の垢が拭われた。 「……ぷはっ」 「痛くはなかった?」 「うん、でもちょっと恥ずかしいな……」 「それでもスッキリしたでしょう?」 「う、うん……」 「よろしい」 どこか満足気な顔を浮かべながらお湯の洗面器に手拭いを入れて濯ぐ。 今度はもう一枚の手拭いを入れて軽く絞る。そして霧切さんは自身の顔を拭き始める。 手持ち無沙汰な僕は何となく彼女の手を眺めていた。 ――正確には、彼女の手袋を。 撥水加工がされているのだろう、お湯に浸かったタオルを触っても手袋に染みが一つもない。 おまけに表面の層は一つの綻びもなく、新品のように見える。 そして隙間なく指にフィットし、手袋が邪魔して動作に支障をきたすことはこれっぽっちもない。 ……以前、霧切さん本人からその手袋はオーダーメイドだった話を聞いたことがある。 もっとも、消耗品だから自分の部屋に予備の在庫はたくさんあるけど……なんて話も。 でも、どうして手袋をしているのかっていう理由を聞いてみたら、やんわりと断られて話を逸らされた。 まだ今の僕と霧切さんの距離では踏み込んではいけない領域なんだろう。 「……? 私の顔に何かついているの?」 「そ、そんなはずあるわけないじゃん!」 「そう、ならいいけど……。アイシングもそれくらいにしときましょう」 「うん」 あまり気にした様子もなく、洗面器のお湯と水を洗面台に流す。 次に僕の顔を拭いた手ぬぐいで左手の水気を吸って、使用済みのランドリーボックスに入れる。 「それじゃあ、朝食を摂る前に救急箱を借りてテーピングしておきましょう」 「わかった」 ミシミシと小さな音を立てる廊下を二人で歩く。 少しだけ僕の前を先に歩く霧切さんの後ろ姿を見て何となく思った。 いつか、霧切さんは僕にその手袋を付けることに至った理由を話してくれるだろうか。 そして手袋の奥にある手を見せることがあるのだろうか。 でも、隣同士の肩を並べて歩ける距離まで近づいたら、霧切さんの方から自ずと話してくれる気がした――。 ~ ナエギリ顛末記 1/2 ~ 昨夜と同じように、霧切さんからテーピングをしてもらって会食場に入る。 昨日僕らが座った同じ席に2人前の料理が既に並べられていた。 異なる点は、年配の宿泊客が数人違う場所で朝ご飯を食べていたことだった。 席に座ってみて並べられている朝ご飯の献立を見てみる。 バターロール2個、クルトン入りのコンソメスープ、ベーコンエッグに野菜サラダ、カットされたオレンジ。 飲み物にはストローを挿して飲む小さなパック牛乳。 あれ、何か違和感が…… そんな気がして僕らとは違う席で食べている宿泊客の献立をざっと眺めてみる。 ご飯にお味噌汁、玉子焼きなどといった典型的な和食だ。 なんで僕らだけ洋食なんだろう……? 「それは私の計らいよ。はい、これ」 封を破ったお絞りを渡しながら僕の疑問に霧切さんが答えてくれる。 「えっ、どういうことなの?」 「正確には昨夜救急箱を借りるついでに女将さんに相談しておいたの。 明日の朝食をスプーンやフォークで食べれるメニューに変更できないかって」 「スプーンやフォークで……?」 「和食は両手を使わなきゃ食べ辛い料理でしょう? ……ここまで言えばわかるわね、苗木君?」 「あ、左手を使えない僕でも食べやすいように……」 「その通りよ。さぁ、いただきましょう」 「いただきます」 先にお絞りを渡した理由も、パンとオレンジを手掴みにするということからで合点がいく。 バターロールを食べやすいように一つまみ。 口に運んでみると、どこかほんのりとした温かさを感じる。 「あったかい……」 「きっと近所のパン屋さんに頼んで、朝早くから用意してもらったんでしょうね」 同じようにパンを食べていた霧切さんが感想から推理をする。 「でも僕だけ洋食でも良かったんじゃない? 霧切さん、実は和食が苦手なの?」 「……そんなわけないでしょ。向こうのお客さんの料理が見えるかしら?」 霧切さんの向ける視線を一緒に追ってみると、黒いお鍋から湯気の立つ絹豆腐を掬っていた。 そしてツユの入った小鉢に浸してから口に運ぶ。 その人は「はふっはふっ」って熱さに耐えながら湯豆腐を堪能している。 ……まだ起き抜けで寒さの抜け切れてない体にホッカホカの料理か。 「……(ゴクリ)」 「ほら見なさい。別々にしたら苗木君のもの欲しそうな顔を見ながらご飯を食べる私の身にもなって」 「すごく、気まずいです……」 「そうね。いっそのこと、私が苗木君に湯豆腐を食べさせるってのもありかしら?」 「えっ」 そのシチュエーションを思い浮かべてみる。 『ふぅーっ。ふぅーっ。……はい、苗木君「あーん」して』 霧切さんの吐息によって程よい温度に冷まされた一切れの絹豆腐。 箸で摘まれた豆腐を落とさないように左手は下に添えて。 『あーーん……』 親鳥から与えられる餌を受け取る雛鳥のように僕は大きく口を開けて豆腐を迎え入れる。 『ほふっ、ふぅ、はふっ』 『美味しいかしら、苗木君?』 言わなくてもわかる質問を霧切さんは敢えて聞いてくる。 飲み込んだ過程で口の中、咽、胸の辺りが温まる感触を覚えながら僕は言った。 「うん、とっても」 「えっ!?」 「あ! いや、とっても恥ずかしいから別のメニューで良かったよ。本当だからね!」 「苗木君……」 真っ赤な顔をして答える僕にジト目な視線を向けてくる霧切さん。 「すいませんでした……」 どんなことを考えているかを聞かれる前に先に謝っておく。 でも、そんなことをやったら別の意味で熱々だよね……。 パック牛乳を飲んで頭に溜まった熱を冷やす。 その後はちょっと会話もし辛くなって、お互い無言のまま朝食を食べ終わる。 「ご馳走様でした」 「ご馳走様……」 時計を見ると7時20分を過ぎた辺りだった。 電車の時間を考えるとチェックアウトするまであと30分くらいだろう。 「お願いがあるんだけど、先に私が着替えていいかしら?」 部屋に戻ると霧切さんが言う。 「いいよ。その間に僕は食後の歯磨きをしてくるよ」 「ありがとう。もし早く戻ってきたら、私が出るまで入り口の前で待っててくれる?」 「もちろんだよ」 女の子の身支度は時間が掛かるって言う。 霧切さんも例外ないだろうから、ゆっくり時間を掛けて歯磨きをしておくようにする。 そして5分以上掛けて歯を磨き部屋に戻ってみると、入り口の襖を閉めて霧切さんは出てきた。 「あら、いいタイミングね」 白いブラウスの上に黒のカーディガンを重ねた上着。 丈の短い黒のスカートを補うように白のニーソックスを履いている姿。 浴衣姿ではない、約半日ぶりのよく見る霧切さんの姿だ。 でも髪型だけは違い、後ろにヘアゴムで纏めただけのポニーテールだった。 「私も歯を磨いてくるけど、一人で着替えられる?」 「大丈夫だよ。袖を通すだけなら左手は痛くないよ」 「そう。でも無理はしちゃ駄目よ?」 「わかってるよ」 霧切さんと入れ替わるかたちで僕は入り口の襖を開ける。 すると目の前に僕の着ていた服が折りたたまれた状態で置かれていた。 部屋の違いの様子を確認するように周りを見る。 部屋を出る前に広げられていた二つの布団は綺麗にたためられていた。 敷き布団の上に掛け布団、その真ん中に枕が置いてある。 「着替えだけじゃなく、布団の片付けもしてくれたんだ……」 そう言いながらも着替えるために入り口の襖を閉めて、丹前と浴衣を脱ぐ。 下着の半袖シャツを最初に着る。 次は保温効果の高い発熱素材のインナーに袖を通す。 そして問題の靴下。 両手を使わないと履けないけど、僕の履いていたのはスニーカーソックスの足先が短いタイプ。 何とかテーピングされてない親指と薬指、小指に力を込めて左足の靴下を履く。 ……よし、突き指した指もそんなに痛くない。 そのまま右足の靴下も履き終わり難関を突破した。 後はジーンズを履いてジッパーを上げ、ベルトを締める。 最後にパーカーの袖を通し、ジッパーを胸元まで上げる。 これで着替えは完了だ。 「霧切さんが戻ってきたら、片付けくれた御礼を言わなきゃな……」 そんな独り言をつぶやきながら、自分が先ほど脱いだ浴衣と丹前を折りたたむ。 そして布団の脇に置かれている同じようにたたまれた浴衣の上に重ねる。 ……あまり霧切さんが着ていた服って意識しないようにしながら。 「おや?」 枕元に挟み込むように一枚の紙切れがポツン、と置かれていた。 「霧切さんの落し物かな……?」 本人には悪いかもしれないけど、一つ折りにした紙を開いて中味を確認してみる。 開いた瞬間、コロリと白いモノが転がり落ちた。 拾い上げてみる。 「……これは、心付け?」 昨日、僕が作ったようなティッシュでお札を包んだ心付けがもう一個あった。 次に紙切れの中味を見るとメッセージが書かれていた。 手書きのメッセージで筆跡を見ると、霧切さん本人のモノだと断定できる見覚えのある筆跡だった。 そのメッセージには、こんなことが書かれていた。 『色々ご迷惑をおかけしました。 これはほんの少しばかりのお礼です。 そして、とても素晴らしいサービスをしていただき、 本当にありがとうございました。 是非、機会があればもう一度 足を運びたくなる素敵な旅館です。 霧切 響子』 この直筆のメッセージを見ると、コレは心付けというより後払いのチップなのだろう。 僕はそっとチップを挟んだ手紙を元の場所に戻した。 これが御礼の手紙とチップだとわかった瞬間、僕にはこの部屋でどんなことがあったのか手に取るようにわかった。 僕が洗面所でゆっくり歯を磨いている間、最初に霧切さんはメモ帳の一枚を使って御礼の手紙を書いていた。 次に自分の財布にあるお金から心付けを作ったんだ。 今度は僕らの布団を片付けた状態にして、枕元に心付け(チップ)を挟んだ手紙を置いた。 そして霧切さんは浴衣から私服に着替えた。 でも、着替えたのはいいけど三つ編みを結う時間がなかった。 下手に待たせすぎると僕の着替える時間も遅れ、電車に乗り遅れる可能性もある。 せめて簡単な身だしなみだけでも……と、いうことでヘアゴムを使ったポニーテールの髪型にした。 最後に僕の着ていた服をクローゼットから畳の上に置く。 そして僕と部屋の入り口で出くわした。そう、同じタイミングで。 これが、この部屋で起きた一連の出来事なんだ……! COMPLETE! トントン、と軽く襖を叩く音が聞こえ振り返る。 「そろそろいいかしら」 「うん。もう、いいよ」 OKの返事をして霧切さんを招き入れる。 「後は出発するだけね。忘れ物はない?」 「貴重品は確認したし、荷物はこれだけだよ」 ネックウォーマーを頭から被り、首元を覆う。 最後に上着のコートを着て僕の準備は完了した。 「待って、外はまだ寒いわ。ボタンを閉めてあげる」 「それくらい僕でも「いいから」 そう言って僕の正面に立ち、コートの丸ボタンを一つずつ閉めてくれる。 昨日から今日にかけての霧切さんの行動を振り返ると、ギャップに戸惑ってしまう。 学園でも探偵業の場においても、常にクールに振る舞って難題を解決する霧切さん。 それとは対称的に美味しいご飯を食べて頬を緩める姿、恥ずかしさから顔を真っ赤にする姿。 そして、怪我をした僕を優しく介抱してくれる姿。 お節介をしながらも、どこか嬉しそうな顔をする霧切さん。 それが僕には何だかこのイメージと重なるんだ……。 お母さんみたいだ → お姉さんみたいだ お嫁さんみたいだ 「お姉さん……」 「え?」 「何だか今の霧切さんがお姉さんみたいに見えるよ……」 「フフ、なかなか面白い喩えね」 「でも怪我をした僕の手当てをしてくれて、顔を拭いてくれたり、女将さんに頼んで朝食のメニューも変えてくれた。 今だって部屋の布団を霧切さんが先に片付けてくれた」 何だかこれって、同じクラスメイトや探偵と助手っていう関係を超越していると思うんだ。 もっと親密で、それでいて確固たる絆があるような。 「それが何だか家族のイメージと重なったんだ」 「家族……」 「そ、それに……」 「それに?」 今から言うことを聞いた後の霧切さんのリアクションが怖くて、先に彼女から目を逸らしてしまう。 「今朝だって、僕が寝惚けて霧切さんの布団の中に入ってしまった時も口頭で注意するだけだった。 あの時ばかりは引っ叩かれるか、嫌われるかを覚悟はしていたんだ」 「……わざとだったら張り倒した後に簀巻きにしていたわね」 それは怖いよ! ……じゃなくて。 「これでも結構戸惑っているんだ、兄と妹の関係はあっても姉と弟の関係は経験したことがない」 「私だって一人っ子だから、兄弟や姉妹がどんなものかって言われても正直わからないわ」 「そうだね。僕も戸惑うと同時に心地もよかった。 この一連の出来事が旅の思い出になるんだって考えると、貴重な体験だと断言出来るよ」 「苗木君……」 今度は真正面から霧切さんを見つめる。 「だから改めて御礼を言わせてほしいんだ、霧切さん。 ありがとう、今回の依頼に僕を助手として同行させてくれたことに」 「……よしてよ。本来なら今回の宿泊は予想外だったはずよ、トラブルがなければ昨日の夜には帰れた」 「確かに最初は"不運"なトラブルだと思ったよ。でも僕は少しだけ前向きなところが取り柄だ」 「それでも私は苗木君を必要以上に拘束させてしまったのよ?」 長時間の拘束も、観光と温泉旅行を満喫出来たと思えばあら不思議、"幸運"に早代わり。 それでも難色を示す霧切さんを見ていると少し困らせたくなった。 こう、お姉ちゃんの気を引こうとする弟のように。 「だったら霧切さんの気持ちも聞かせてよ。急に僕と温泉旅行することになったけど、楽しくなかったの?」 既に手紙の中味から霧切さんの本音が何なのかを知っている癖に、わざと知らないフリをして尋ねてみる。 「私の感想なんてどうでもいいことでしょう? ほら、長話をしていたら電車に乗り遅れるわ」 「やっぱり……。ホントは答えたくないくらい嫌だったんだ。霧切さんにとって僕は要らない存在なんだね」 「そ、そんなわけないでしょう。 私と苗木君は探偵と助手よ。万が一あなたに何かあったらどうするの……」 霧切さんの声がだんだん尻すぼみになり、悲しそうな顔を浮かべて俯いてしまった。 「ご、ごめん! つい調子に乗り過ぎちゃって……! で、でも楽しいって言ったのは……えっと、丸っきりウソって訳でもなくて……!」 「……ほら、簡単に騙されたわね」 「……え?」 「"要らない存在"なんて言葉……あなたが言うには無理のあり過ぎるセリフよ。 私が気付かない訳ないでしょう?」 「……え? じゃあ……」 だ、騙したと思ったら……騙し返されてた……? 呆然としている僕を無視して霧切さんは腕時計を見ると、自分のコートを羽織りショルダーポーチを肩にかける。 「頃合よ。行きましょう苗木君」 「あ、うん……」 そう言って、僕らは部屋を後にした。 ----- 「お姉さん、か……」 ミシミシと音を立てる床の音に紛れて、霧切さんがつぶやいた。 「あ、あれは思ったことを言ったまでで……」 「……別に不快になんて思ってないわ。 むしろ苗木君をからかうボキャブラリーが増えて嬉しいの」 「からかうって……」 「お兄さんの苗木君が、実は甘えん坊の弟タイプだった……。 舞園さんに言ったらどうなるのかしら?」 「それは誤解だよ! あとそういうのは勘弁してよ、霧切さん」 何を思ったのか霧切さんは階段の前で立ち止まり、後ろにいる僕の方へ振り向いた。 「そうね……。私と二人きりの時は言ってもいいのよ? "響子姉さん"って」 「えっ?」 「また、騙されたわね……。フフッ、フフフ……本当にバカ正直ね、苗木君は」 僕をからかったことで機嫌がよくなったのか、床板を軽快に踏みながら階段を下りていく。 また騙されて、また笑われた……。 だけど……珍しく声に出して笑っている。 霧切さんが本当に楽しそうに笑っている。 ……これってやっぱり僕と一緒で、この旅行が楽しいってことだよね? 僕も霧切さんに釣られるように軽い足取りで階段を下りていった……。 【続く】
https://w.atwiki.jp/kvdflkflvlk/pages/52.html
,,..、、-‐===‐- _ ,xf〔Ξ三ニ===--=ニ=- _ ,ィi{,.、rセだニニニニニニニニニミh、 ,ィi{γ//∧ニニニ二二二二ニニニニ)h、 , ィi{{,,{'////}}フ刀ファ'"゚~~~゚"''~ニニニニニム ,ィ㌻゙.....マ、,,,ィi{////ア ゙ -ニニ二ニム , 仁{.............゚,///, ヘ''゙ `寸二ニニム ┌―x}h、.........},'//........゚ ,__,,,..., マニニニ ゚,...........Y⌒'' .、ァ{.............゚,///} _ ' , 、ヽ``i二二 人........,j{...........j{人............} '// '´ ゚ , ,'゜...........}ニニ ,ィi{'//γ'从..........ノ ^'''冖〈_ノ/ , l.............j}iア'"~{ ゙<,,__,,{'///)h、.、rセ777 . '゙ ', L...,,,,..ノ」}.........} ァk'//(/)////ア ', '/ ] {........,゚、、、 √うぅ=∧'//ア゙ ./ 、 /, ' |i乂ノ//ア √,'///[Ν .′ / ゛ /, . |['/ト- ゛ ~"'''' "|.l | ; ,氛k` _,, ̄"' '/, l |['/| i|.l l ; ,゙'''゙ '^ ,,.、、、..,,_ '/, .l |[..ノ ]|.l | ,′ 弋茅ノ^ '/, ⅱ ,'^h,]|.l | ,′ ` `゙゙` ,必/,. i| { //]|.l | ,ih、 _,,_ ,ィ(. . . . /, | ∨/]|И ,妣,ィi{//}‘’ _,,.ィ(.......~."i'/, ! _,, ('//| 州i}////i==七だv.........゚ ,.......ノ. '/, ! `寸) /| ;//jj'////}}h、{..........゚ ,....... }K. . . . . /, , r=‐-i {///| l//ル}h、,'/j///Y,ィi〔刀7,ノ/_),,_. . . .i , , ヤ//,杁//| l////,゙....`寸//j,)'/////}}h、ぅ'/心,|/, .,,_ や/ / "'| l┴ .,,j.............マ,公、,'///ア//ム/〕h、 ,'∧∨ } ゙ / | l.........)h,),,__,,,.ィ///心,,ィ㌻//ア////゚,//} , , .、-―,. '⌒', 、ヽ、 /, ゙ 〉 | l、.........リ.....寸/}i/////} i///く'),'////},ノ. ゚,´,,. ゙ο.... ,゚. . . . . K. . . . .) /, ゙ / | ㏍k,,.イ..........`゙.}L> ''''寸/////}''-=┘∧ /,.゚,..............〉 . . . ノ. ゚,.,ィ(,,.、、.''"~"'~、 /, ゙ / | Γ;;}i;;;;L..,,,__,,..ノ_j...............};;寸_,シ ``<}i '/, '/...........................},゙ ;; ; } ,.、、 --- 、、 /, . ; ゙ ,゙ | 「 ; ⅲ;;;丁'////心、.........,゚; ; ゚ , `、 ``/, V,,_..................., ゙γ }ア゛ ,,. - 7. / ゙ ,; ゙ ,゙ | | ; ;,妣;;;i{/////)_j/)h、,心 ゚ , `、 /,. V..~"'~,⌒i ,゚ λ_,,.,_ ,. '´ _,,,」 /. ,; ; ゙. . ,゙ | |;;,州i i ヤ/////,ノ、'////j゚ , `、. . ` .、 /, 寸、、....)...{ { ,゚,..ニ.,"''ぅ、ヽ`八 ゚ , / ,; ; ゙. . ,゙ ;;| |,州 i ; 寸//ア}i ````` ゚ , `、. . . ` .、 ', ',寸 .ヽ ...}、゚, { ,j卩}K_、ヽ` ) ゙ /. ; ;゙. , . . ;;/ | l i i i /. ``` ⅱ ゚, ゚, `、. . . ` 、. ゚, '/, マ \..´ ,ノ }i ⅱ / / , ゙. , ;;/ /! '/ √ ⅱ ゚, , `、. . . ` ./, '∧'/ \.(,,_,,j,_,,j乂,,_,,ノ } / . .. . . . . ;/ , ゙¦ '/ √ }}i, ゚, ゚ , /, ', '.〈 \,,,....,,,__ .........ノ / . . . ;;/ , ゙ ¦i '/ √,゙ i;;', , ´, i , }i \........~"''~、.=-., ,; ,. . . . ,;. . , '゙ ,゙ | ]i ∨;;;i i;'/, , ゚ , | i |l、 \....... γ' ,γ .} ,. , , ゙ ,′ , | 圦 ∨; i;;'/, i ゚ , | | リ \、 ` 、叭,_,八_ノ ,. , ゙ / ; ; ! [公、. 〈! i;;;'/, ! `、 | ! , ′ \、 `、"''~"'' / , ゙ / ; ; 乂'/,,,_)h、.,,,_; i;;;;'/, ; `、 j , . . . . . ;\、 `、 【情報】 ・アビゲイル・ウィリアムズ(FGO) ・愛称:アビー、苗木誠の友人、Aランク上位の【神格者】 ・召喚制御一年生、クラスメイト、鳴上悠と並ぶクラスの双璧 ・『善意や好意でその人を傷つけるタイプ』 ・【神座】ゲームクリエイターだったら、クソゲー量産するタイプ ・入学当日に、苗木にウザ絡みされてマイフレンドに ・苗木に勉強を教えてと頼まれて”本音で話した”ため承諾し、性癖が拗れるレベルで勉強させた ・悠を覚醒させた事で、超ご機嫌になり、一度だけ窮地を助ける約束をする ・料理が下手なため、苗木に料理を習っている ・苗木の妹達とはとても仲が良い 例)『女巡りツアー』 『妹エピソード』 ・苗木と悠と一緒に【創神同盟】を結成した 【能力】 ・神格”異界の神” ・封神特性:詳細不明 【登場回】 ・第4話:https //yaruomatomex.blog.fc2.com/blog-entry-2422.html ・第12話:https //yaruomatomex.blog.fc2.com/blog-entry-2451.html ・第17話:https //yaruomatomex.blog.fc2.com/blog-entry-2456.html ・第63話:https //yaruomatomex.blog.fc2.com/blog-entry-2900.html
https://w.atwiki.jp/dgrpss/pages/274.html
―――――――――――――――――――― 弾丸論破 ナエギリSS 『女の子・2』 ―――――――――――――――――――― さて、一度気にしてしまうと、それ以降は気になってしょうがなくなるのが人間の常だ。 あの爆弾級のイベント…とはいっても、僕にとってのみ、だけど。霧切さんはそうでもないみたいで。 とにかく、そのせいで彼女の海外での生活を訪ねる機会を失ってしまった僕は、 ますます彼女のことを、知りたいと思うようになっていた。 『超高校級の高校生』。 それが、この学園に集められた生徒たちの呼び名。 アイドルや野球選手、ギャンブラー、同人作家、御曹司にプログラマー。 あらゆるジャンルでそのトップを獲得してきた、僕と同い年のはずのエリート達。 彼らは何も、高校生になってからその実績を重ねたわけじゃない。 言うなれば、生まれた時から宿命づけられたかのように、才人としての道を歩んできたんだ。 そこには、『幸運』だなんてわけのわからない特別抽選枠で入学したような僕とは、比べ物にならない歴史がある。 凡人・苗木誠が絶対に経験できないような、密度の濃い人生がある。 ある人は、自分の命をチップに賭け事に挑み、 ある人は、ものごころついた時から大人と殴り合い、 ある人は、血を分けた兄弟との争いを勝ち抜いてきた。 凡人には理解できない苦労や、書き記せばベストセラー間違いなしのエピソードもあるはずだ。 それを、知りたいと思ってしまう。 僕が凡百の人間というのなら、それに相応しく、外野として彼らのような偉人に触れてみたい。 野次馬根性に似た、漠然としたあこがれ。 それが、希望ヶ峰学園に入学する前の苗木誠。 …実際には、入ってしまえば良い意味で期待を裏切られたというか、想像の斜め上というか、 とにかく彼らも僕と同じ、高校生に過ぎないんだとわかってしまって、ホッとしたという話があるんだけど。 それとは別に、そんな下卑た野次馬根性とは別にして、 僕は今、一人の人間として、霧切さんが歩んできた道を知りたいと、そう思っていた。 ――――― 「えっと…」 午後の授業は移動教室に変更だったらしく、ほとんどクラスに人は残っていない。 時計を見れば、昼休みは残り五分。 割かし急いで次の授業の教科書を探す僕の目の端に、 「…霧切さん?」 机に突っ伏している、彼女の姿が目に飛び込んできた。 「寝てる…の?」 自分の席で、うずくまる様にして、両腕を組んで顔を伏せている。 近づいてみても、寝息のようなものは聞こえない。 その代わりに、 「…、んっ…」 苦しげなうめき声が、耳に届いた。 「なえ、ぎ…くん…?」 霧切さんが震えながら顔を上げて、僕の姿を探す。 その扇情的な仕種に思わずドキッとする。 喘ぐような呼吸とか、女性らしい背中のなだらかな曲線とか、汗ばんだ額とか。 いつもとは違う、儚げな霧切さん。 けれど、そんな不謹慎な気持ちが続いたのも、真っ青な彼女の顔色が目に入るまでだった。 「霧切さん…!?」 「…ぅ…」 即座に、事の切迫を理解する。 彼女の様子は、『儚げ』なんて綺麗な言葉で形容できないほど。 唇は、青というよりも紫色だ。 痛みに耐えてか、それとも寒いのだろうか、小刻みに震えている。 目を話した次の瞬間に、意識を失って倒れてしまっても不自然じゃないくらい。 「わた、しは…大丈夫だから、苗木君…授業に遅れるわよ…」 辛いはずなのに、僕の方を気遣ってくれる。 その声すら掠れていて、もう僕の頭からは、授業に遅刻しそうだとか、そういうどうでもいい情報は消え去っていた。 「え、と…保健室…というか、保体委員っ…!」 慌ててクラスを見渡すけれど、もうみんな教室を移動した後で、残されているのは僕達だけだった。 「っ…落ち着いて、苗木君…私より慌ててどうするの」 「あ、ご、ゴメン…声、響くよね」 「そう、ね…もう少し小声で話してくれると…」 助かるわ、と。 たいして大声をあげたわけでもないのに、霧切さんは不快そうに眉をしかめている。 こんな弱々しい霧切さんは、初めて見た。 イメージの中では、いつも毅然としていたから。 「参った、わね…午前中は、なんとか誤魔化せて、いたんだけど…」 「朝からずっと我慢してたの…!?」 「みんなや、あなたに…迷惑掛けるわけにも、いかないでしょ…」 そんなの、と、声を張り上げそうになって、ぐっと飲み込む。 大声を上げれば、余計に彼女を苦しめてしまうというのもあるけれど。 説教は、後ですればいい。 今は彼女を安静にさせなければ。 「霧切さん、立てる?とにかく、保健室まで行かないと…あ、肩につかまって」 目を伏せて、一度だけ首を振る。 「それには及ばない、わ…こうして、座ってれば…っ、勝手によくなる、から」 とてもそうは見えない。 たぶん、僕と話しているのも精一杯のはずだ。 会話を続けているから気を保っていられるのであり、少しでも緊張が緩めば気を失ってしまうかもしれない。 それなら、倒れてしまうのなら、こんな硬い机より保健室のベッドの方がいいはずだ。 それでも、変な所で強情な彼女は、僕がどれほど口で説得しても、意地でも聞かないだろう。 よし、と、覚悟を決める。 「…霧切さん、ゴメン。文句は後で聞くから」 「ちょっと、苗木君…何、を…っ!?」 抗議の声を無視して、少し強引に霧切さんの腕を取る。 それを僕の首に巻き付けて、背中から腕を回し、彼女の腰を掴む。 女性の腰を掴んだりなんて、ホント男子としてあるまじき、だ。 霧切さんにしても、自分より小さな男に支えられるなんて、きっと不快だろう。 けれど、いつもの僕ならそれだけで小一時間は悶々と悩めそうな諸問題も、今は後回し。 他に彼女を保健室に連れていく方法が浮かばないんだから、今はこれしかない。 「悪いけど…そんな具合悪そうなのに、ほっとけない。引きずってでも、保健室に連れていくから」 「…強引、なのね。病人には、優しくするように…と、教わらなかったの、かしら?」 憎まれ口を叩きながらも、彼女は僕に体重を預けてくれた。 口では必要ないと言いながらも、やっぱり横になりたかったのか、それとも抵抗する元気すらないのか。 僕より一回り大きいはずのその体は、驚くほどに軽かった。 「…辛い時は辛いって、ちゃんと言わないとダメだよ」 僕がそう言うと、耳元で彼女がクス、と笑う。 力ないはずのその声は、妙に楽しげに響いた。 「生意気ね、苗木君のクセに…」 ――――― 保健室の中には、養護教諭の姿はなかった。 ただ鍵だけは空いていて、保健室のあり方としてはどうかと思ったけど、今だけはその不用心に感謝。 ベッドまで彼女を連れていくと、まるで糸が切れたかのように、ドサ、と霧切さんは倒れ込んだ。 やっぱり、強がっていたけど、相当弱っていたんだ。 強引にでも連れてきてよかった。 さて、制服にしわが付く…のはこの際目をつむるとして。 とりあえず土足で寝ころばせるわけにもいかないし、と、ブーツに手を伸ばす。 「っ、ダメ…!」 「え?」 がばっ、と、力なく横たわっていたはずの霧切さんが起き上がった。 脱がそうとしていたブーツを、ひしと両手で押さえつけている。 「ブーツは、自分で脱げるから…」 「そ、そう?」 心なしか、顔が赤い。熱もあるんだろうか? 虚ろなジト目で見られて、なぜかすごくいけないことをしてしまったような気に駆られた。 よくわからないけれど、霧切さんがそう言うなら。 「…苗木君」 ブーツを押さえながら、観念したように霧切さんがささやく。 急に動いたからだろう、自分の出した声すら頭に響いているようだった。 「申し訳ないのだけれど…頭痛薬か何かがあれば、取ってきてもらえる?」 「あ、うん。任せて」 頼ってもらえるのは素直に嬉しいので、僕はいさんで薬が詰め込まれた棚に向かう。 幸いにも鎮痛剤はすぐに見つかった。 棚の中には、何の言語で書かれているかわからないようなラベルばかりで、頭痛薬は日本語表記でホッとする。 用法用量が分からない薬を、おいそれと勧めるわけにもいかない。 ひったくる様にして手に取り、それから備え付けの水道で水を汲んで、 ついでに役立ちそうな機器やら娯楽のための本やらを、手当たり次第に手に取ってみる。 「霧切さん、あったよ」 戻ってカーテンを捲ると、霧切さんは既に布団に潜り込んで、横になっていた。 僕が取ってきている間に脱いだのだろう、ベッドのわきにブーツと、折りたたまれたコートが置かれている。 「ん…ありがとう」 ふぁさ、と布団をまくると、霧切さんはワイシャツ姿。 絡まないようにするためか、髪はゴムで止め、後ろで束ねられている。 なんだろう、さっきの弱りきった姿もそうだけれど、 学校の制服で毅然としている姿しか知らないから、こういういつもと違う霧切さんを見ていると、 ちょっと、ドキドキする。 「あの…今、飲む?」 誤魔化すために、腕に抱えた薬瓶と紙コップを示した。 彼女の焦点はしばらく空を彷徨い、かなりの間を置いてから僕を捉える。 「…そうね、貰えるかしら」 さっきまで青白かった顔色は、一転して赤みを帯びていた。 たぶん、というかやっぱり、熱があったんだろう。 それでも、今の方が幾分か健康に見える。 布団に入って温まったことで、少しは体が落ち着いたんだろう。 やっぱり無理をしていたんだ。午前中はずっと我慢していた、と言っていたし。 僕は見付けてきた体温計を取り出し、彼女に渡す。 「熱も一応測って。解熱剤も取ってきたから」 「至れり尽くせり、ね」 霧切さんは困ったように笑いながら、体温計を受け取る。 そして、 その場でおもむろに、ごそごそと体温計を服の中に滑り込ませた。 「ちょっ…!」 ワイシャツの裾から白い肌が見えたところで、僕は慌てて下を向いた。 なんて、不用心。こちとら男子高校生だと言っているのに…! せめて、『向こうを向いてて』くらい言って、猶予の時間をくれたっていいじゃないか。 そんなこと目の前でされて、平静でいられるわけない。 ない、のに。 『やはり苗木殿の考えすぎな気もしますな』 昼休みに聞いた、山田君の言葉が浮かんだ。 僕の方が気にしすぎなんだろうか。 そうだ、別にやましいことをしてるわけでもないんだし。 もしかしたら彼女が僕を、そういう異性として見ていないってだけかもしれない。 それなら、別段気にすることもないか、と顔を上げて、 服の裾から、何かちらりと白無垢が見えた気がした。 それは彼女の素肌か、それとも下―― ごすっ 「…っ、つぅ…」 考えが及ぶ前に、嫌な音がして目の前に星が飛んだ。 くわんくわん、と、頭が揺れる。 「…?」 霧切さんが、不思議なものを見るような眼で僕を見ていた。 看病してくれていた少年が、いきなり目の前で自分の頭を殴れば、まあそういう反応になるだろう。 「頭、大丈夫?」 その『大丈夫』はどっちの意味だ、とはあえて聞き返さず。 「ああ、うん…ギリギリ」 適当に、あはは、と笑って返した。 危ない。 もう少しで、ちょっとアウトな想像をしてしまう所だった。 病人を前にして、あらぬ妄想を思いとどまるくらいの理性は残っていた。 ぴぴぴ、ぴぴぴ 空気を読んでか読まずか、電子音が鳴る。 「あ、もう終わったみたいだね」 「そうね」 今度は事前に、顔を下げておく。 案の定、すぐにごそごそと衣擦れの音。服の中から体温計を取り出しているのだろう。 うん、予防策さえ張っておけば、お互い(というより僕が一方的に)困ることはない。 衣擦れの音が止まって、もういいか、と顔を上げる。 霧切さんが僕に、はい、と、体温計を差し出していた。 「~~~っ…」 さっきまで霧切さんの肌に、直に触れていたソレ。 はい、じゃないってば…! 受け取りたいのは山々だし、彼女の体調だってもちろん本気で心配だけど。 それでもその前に、最低限自分の中のモラルは守りたい。 そう思ってしまう僕は、古臭いだろうか。 手に取ってしまえば、彼女の温もりを直に知ってしまう気がする。 いや、もうホント、こんなこと考えていること自体が不謹慎だってわかっているんだけど… 「…何度、だった?」 差し出された体温計に気付かないフリをして尋ねる。 「…37.5。反応に困る微熱ね」 特に気にした様子もなく、彼女はデジタルに表示された数字を読み上げた。 ふう、と、色々な意味で胸を撫でおろす。 ひとまず危機は去ったみたいだし、それに、 「解熱剤は、せっかくだけどいらないわ。このくらいなら、少し休めば治るから」 本当よ、と彼女は念を押した。 たぶん、さっきまでの僕がやたら過保護に映っていたんだろう。 横になったのがやっぱり良かったのか、先ほどまでの消え入りそうな様子から一変。 少しだけ眠たそうだけど、いつも通りの余裕のある霧切さんが戻ってきた。 「…ん。改めてありがとう、苗木君」 鎮痛剤とコップの水を飲み干して、微笑む。 「どういたしまして」 「…もう授業に戻って大丈夫よ。私はちゃんとここで安静にしてるから」 「どうかな、目を離したらまた無茶しそう。僕が帰った瞬間にベッドから抜け出したりとか」 「言ってくれるわね。あなたは普段から、私をそういう節操のない人間だと思っているわけ」 へーえ、と、底意地の悪い笑み。 うん、とりあえず。冗談を言う余裕くらいは回復したみたいで、ひと安心。 時計を見れば、もう授業時間は半分を過ぎていた。 今からわざわざ教室に向かっても、たぶん遅刻したことを義務的に怒られるだけ。得るものはないだろう。 『超高校級』と付いた高校生ばかりを集めた学校の宿命か、この学校は基本的に放任主義。 派手に学校に遅刻しようが、無断で授業を休もうが、校則を守っている限りは罰則はない。 だから、ここで僕が教室に戻ろうが、そのまま学校をサボろうが、そこに大した違いはないのだ。 それなら。 より有意義な時間の使い方をしたいと、僕は思う。 「えっと、霧切さんは…」 「私?」 唐突に切り出したので、また霧切さんが首をかしげる。 「眠たいとか、まだ頭が痛いとか、ある?…僕、もう出てった方がいい?」 ここに残るためには、彼女の許可が必要だ。 霧切さんは少しだけ、僕の言葉を吟味する。 そして、その意図をすぐに理解したのか、 「…そうね、特にはないけれど。迷惑をかけたついでに、もう一つお願いがあるわ」 「何?」 「このまま保健室で放課まで過ごすのも退屈だし、話相手を探しているのだけれど。心当たりはないかしら?」 僕の意を汲んで、凛として微笑むのだった。 「…、うん。コーヒーと紅茶、どっちがいい?」 「自販機で買うならコーヒー以外、淹れてくれるならコーヒーがいいわ」 「了解」 時間を潰すための飲み物を提案し、給湯室にはコーヒー用のドリッパーが無かったことを思い出す。 ポケットの中の小銭を確認して、僕は保健室を後にした。 ――――― 霧切さんは、とにかく自分に厳しい人だ。 目を離せば、また無茶をしてしまうかもしれない。 そうじゃなくても、ただでさえ病人だ。 辛い時に辛いと言える相手が、傍にいた方がいいだろう。 という、綺麗な建前。 本音は、せっかく二人きりなんだから、というずるい理由。 以前は聞きそびれた、彼女自身の話を聞きたかった。 これまで何を見て、何を知って、何を行ってきたのか。 何が好きで、何が嫌いか。何が楽しくて、何が辛いのか。 他のクラスメイトとするような話を、彼女ともしてみたかったのだ。 もちろん、無理強いは出来ない。 体調が良くなったと言っても病人だし、それに彼女が話したくないようなことは聞き出せない。 そういえば、海外の食生活の話は、あまり話したがらなかったっけ。 たぶんアレは、嫌だというより、本当に海外にいた頃は食事に興味が無かったんだろう。 だから話せるようなエピソードもない、と言ったんだ。 と、自販機の前で思い至り、 「…そういえば、コーヒー」 珍しく、彼女がこだわったものを思い出した。 いつもよく飲んでいるイメージは、確かにあったけれど。 缶コーヒーはダメで、淹れるコーヒーはいい、と、彼女にしては珍しく自分の趣向を主張したっけ。 きっとこだわりもあるのかもしれない。 そうやって今日の話題を思いついたところで、僕は自分用の紅茶のボタンを押した。 ――――― カララ、と、塞がった両手の代わりに、足で保健室の扉を開ける。 行儀が悪いのはご愛敬。 マナーなんて、人に見られてこそ意味があるんだから。 「お待たせ。ホットでよかった?」 「ええ。いくら?」 「…さすがに、病人から徴収するような守銭奴じゃないよ」 「わかってるわ。一応、礼儀として聞いてみただけ」 戸棚にあった本を読んでいたらしく、ベッドに背を預けて座っている霧切さんに出迎えられる。 小棚にレモンとミルクの紅茶を置いて、好きな方を、と示した。 彼女が取って、残った方を僕が貰う。 と、ついでに話の種も撒いてみたりして。 「霧切さんって、コーヒー好きなの?」 「…どうして?」 本当に意外だ、といった顔で聞き返しながら、彼女はレモンのパックを取る。 残ったミルクを僕が手に取り、ストローを差し込む。 「や、いつも飲んでるからっていうのもあるけど。さっき、缶コーヒーはダメだって言ってたでしょ」 「…ああ、そうね」 「コーヒーが好きな人って、缶コーヒーは邪道だって言うことが多いから」 ミルクティーのストローに口を付けると、既製品じみた甘さが口に広がった。 僕はこの、いかにも大量生産チックな糖分は嫌いじゃないんだけど。 この甘さが、玄人曰くコーヒーの風味を台無しにしてしまっているらしい。 『あんなのコーヒーじゃない!少し苦めのコーヒー牛乳だもん!』 と喚いていたのは、背伸びをしたいお年頃の我が妹だったりする。 「まあ、コーヒーが好きなのは認めるけれど…論拠としては不十分ね。それじゃ探偵業はやっていけないわよ、苗木君」 別に僕は探偵でもないんだから、そんな確実な論拠はいらないんだけど、と口をすぼめる。 口に出すとなんとなくまずい気がするので、とりあえず黙っておくけど。 「私は別に、缶コーヒーが嫌いなわけじゃないわ」 「あれ、そうなの?」 「確かに豆から挽いた方が美味しいけれど、コーヒーと名のつくものはだいたい好き…と言えると思うわ。インスタントでも缶でも。 カフェオレやカプチーノ、ダッチにウィンナーにアイリッシュ「それお酒だよね」細かいことは気にしないの。 あとはジェラートにゼリー…そうそう、向こうの夏は、フラペチーノが最高に美味しいのよ」 「ああ、うん。それは前に聞いたことある。確か日本のフラペチーノとは違うんだよね」 「ええ、こっちのはむしろシェイクに近いから。向こうはコーヒーと練乳を混ぜて、クラッシュアイスを豪快に入れて、シェイカーで…」 珍しく霧切さんは饒舌だ。 熱で浮ついているというのもあるのかもしれない。 でもたぶん、好きなものを語っているから活き活きしている、というのが大きいんだと思う。 僕も料理の話をしている時は、こんな感じなんだろうか。 もう少し霧切さんのフラペチーノ談を聞いていたいけど、その前に。 「――それで、結構甘いから子どもなんかにも人気があって、」 「あ、ごめん、ちょっといい?」 「何かしら?」 話を中断する形になってしまったけれど、さして気にしていないみたいなのでよかった。 「じゃあ、なんで今回は缶コーヒーはダメだったの?」 と、疑問を口にする。 「…ああ、それ。簡単よ、この時期は缶コーヒーは冷たいのしかないでしょう」 「うん」 「あなたが私のコーヒー好きを知っていたら、そっちを買ってきたかもしれないから」 それは、えっと…どういうことだろう。 「…もしかして、温かいのが飲みたいから、コーヒーって選択肢を消して誘導した、ってこと?」 「ご名答」 満足げに霧切さんが笑う。 えっと、すごい回りくどいというか、複雑。 そんな謎かけみたいなことしなくても… 「温かいのが飲みたいって言ってくれれば、ちゃんと買ってくるよ…もしかして、僕のこと試したの?」 「心外ね。信頼した、と言ってくれない?病人にキンキンに冷えた炭酸を飲ませるような、気の利かない男の子じゃないでしょ」 む、そう言えば聞こえはいいけど。 からかうように笑って、霧切さんは自分の紅茶に手を伸ばした。 ほう、と、一息。 温まるのがいいのか、ぼんやりと目を蕩けさせている。 「…早く良くなるといいね」 思ったことを、そのまま口に出した。 今日はこのまま放課まで大人しくして、それからタクシーで病院に向かえばいい。 入院まではいかないだろうし、点滴か、もしくは栄養剤を貰えばいい。 でも、霧切さんは、 「大げさね。放っておけば、勝手によくなるわ」 そんな不精な事を言う。 そんなのダメだ、と。 女の子なんだから、自分のことを大切にしないといけない。 僕がそんな反論を切り出す前に、彼女は続ける。 「…でも、今回ばかりはあなたが来てくれて、助かったわ」 「僕が来なかったら、ずっと意地張って我慢してたでしょ」 「…あなたはホント、私をなんだと思ってるのかしら?…と言いたいところだけど、否定できないわね。 毎度のことだから、いつも通り我慢していれば済むと思っていたんだけれど…」 「毎度のこと?」 そんな頻繁に風邪でも引いているのだろうか、と。 まだ平和に、そんなことを思っている僕の頭は、 次の瞬間、不穏な単語を耳にして、一気に冷めていく。 「――ええ、今月は特に重かったみたい」 相変わらず、こともなげにさらりと。 他人事のように、霧切さんは言った。 その、男子には馴染みのないフレーズが、やけに怖気を感じる。 第六感が、危険を告げる警鐘を鳴らしている。 アンタッチャブル。 これより先は封鎖されたし。即時待避せよ。 「と、とにかく…学校が終わったら、すぐ病院に行かなきゃダメだからね」 そう、無理矢理に軌道修正して、 「大げさね。ただの生理よ」 盛大に失敗した。 「……」 ああ、もう無理。もう今日は無理。 色んな出来事があって、ホントそれなんてエロゲ?なイベントもなんとか平常心で乗り越えてきた。 でも。 もう今日は、これ以上霧切さんの顔をまともに見ていられない。 「まあ、ただの生理、というのは言いすぎかもしれないわね。人によって辛さは…苗木君?どうかしたの?顔が赤いけど」 ええ、どうかしましたとも。 あなたのせいでどうかしてますとも。 こればかりは、霧切さんが悪いんだ。 そうやって臆面も無く恥ずかしい単語をバンバン連発される、こっちの身にもなって欲しい。 「…霧切さん、僕、」 「ええ、どうしたの?」 「ぅ…」 帰る、と言いだしそうになり、思いとどまった。 元々彼女に話し相手になってくれるよう頼んだのはこっちだ。 それを、僕の方から放り出すことは、流石にできない。 本当に珍しく饒舌な霧切さんは、挙動不審な僕を気にも留めず、話し続けている。 それをそらで聞きながら、帰りのホームルームを知らせるチャイムが鳴るまで数十分。 なんとも言えない気まずい気持ちのまま、僕はひたすらうつむいて、彼女の話に相槌を打つのだった。 ――――― 朝日奈さんが、すぅ、と息を吸ったのを見て、僕は襲い来る罵声を覚悟して目をつむった。 「苗木の、馬鹿っ!!!」 キーン、と。 かき氷の関連痛に似た金属音が、頭の中で響く。 流石、水泳少女は肺活量が違う。 けれど、朝日奈さんの憤りはもっともだ。 経緯はどうあれ、こういう場合は女性に恥をかかせだ男の方に非があると、相場で決まっている。 まあ、霧切さんが恥ずかしがっていたかどうかは、また別の問題だけど。 「まあ待て、朝日奈…」 「待ってらんないよ!苗木ってば、デリカシーなさすぎ!女の子にそんなこと言わせるなんて…!」 「話を聞く分には、霧切が自分から明かしたようだが」 「う…そ、それでも、男子ならそういう事情は、女の子が口にする前に気付くべきだよ!」 あの後、帰りのホームルームを言い訳にして、一旦教室に戻った僕は、 保体委員である朝日奈さんと、その日の日直だった大神さんに、事の経緯を説明した。 授業を休んだ理由と、霧切さんの体調の件を日誌に書いてもらわなければいけないから。 正直、日直が大神さんでホッとした。 彼女がいれば、怒り狂う朝日奈さんの手綱を握ってくれる。 朝日奈さん一人が相手なら、事情を説明する暇も無く、さんざん僕が罵倒されて終わりだろう。 「それに、苗木の話はまだ終わりではないのだろう…相談に乗られたからには、話は最後まで聞くべきではないか」 「あぅ…まあ、それはそうだけど…」 流石、大神さんは安定感が違う。 「うん…あの、今回のことは、確かに僕が不注意だったというか、気が利かなかったというか…それは反省してるんだけど」 朝日奈さんに報告する時、霧切さんの生理の話を誤魔化すことも出来たと言えば出来た。 そうすれば、怒鳴られることもなかっただろう。 けれどそれをしなかったのは、今回の件がやっぱりおかしいと感じたから。 「相談とは、苗木自身ではなく、霧切側の問題についてだな?」 「うーん…確かに、霧切ちゃんってそういうところありそうだよね…恥ずかしいことを恥ずかしいって思ってないっていうか」 例えこれが、僕の考え無しが招いた事件だったとしても。 やっぱり、ああいう女の子の事情なんかを、自分から口にしたりするのはおかしい。 「ちょっと天然…なのかな」 言いにくそうに、朝日奈さんが言う。 正面からの罵声はともかく、影で人を悪くいうのは馴れていないんだろう。 「む…これは我の推測に過ぎないのだが」 と、相談ごとに定評のある大神さんが口を開く。 「霧切は、苗木がそのように困っている姿を見たいがために、わざとあのように振舞っているのではないか…?」 「え?」 「苗木よ…そう仮定したとして、何か心当たりはないだろうか」 言われてみれば、確かに。 何度か交わした談笑の中で、霧切さんにからかわれた回数は数え切れない。 いじめともちょっと違って、ただ僕を困らせて、その反応を楽しむという、なんとも困った趣味だ。 敵意も害意も感じないし、僕自身も彼女とのそういう関係に、むしろ居心地の良さを感じていたけど。 「僕が困っているのを見たくて、わざとあんな…その、恥ずかしいことを言ったりやったりした、ってこと…?」 大神さんは無言で肯定、朝日奈さんは何やらうんうん頷いている。 確かに、そう考えれば辻褄は合う。 ちょっと悪質だけれども、これまでの彼女のからかいの延長にあるのが、今の現状だと。 でも、どうだろうか。 納得できないというか、何かが引っ掛かっている。 そういう節度のない冗談を言う人じゃない、という漠然とした信頼もあるけれど、それとは別に。 彼女のあの言動は、嘘や冗談の類ではなく、もっと素の反応のように見えていたんだけれど… 「ね、でもさ」 と、思い悩んでいると、それまでの会話の流れなんて全く無視して、 「それでいくと…霧切ちゃんって、苗木のこと好きなんじゃないの?」 朝日奈さんは、そんな爆弾を投下してきた。 「は、はぁ!?」 思わず、突拍子もない声を上げてしまう。 「な、なんで今の会話でそういう方向に派生するのさ…?」 「だってさ、そうじゃなきゃそんなきわどいちょっかいまで出さないでしょ」 と、こともなげに朝日奈さんは返す。 まるで、当たり前だとでも言うように。 大神さんも口をはさんでこないところを見ると、概ね反対意見ではないのだろう。 「だいたい、ありえないよ…霧切さんが、僕なんか」 照れているわけじゃない。 ただ、驚いている。というよりも、呆気に取られていると言った方が正しいかもしれない。 それぐらい突拍子が無い話だからだ。 重ねて言うけれど、この学校に集っているのは『超高校級の高校生』。 いわばエリートだ。 比べて僕なんか、平凡が服を着て歩いているような人間。 学力も容姿も能力も、その全てが人並で。 自分で言ってて悲しくなるけど、まあ、うん、そういうことだ。 霧切さんの気を引ける要素なんて、少しも持っていない。 「…釣り合わない、でしょ」 と、自分に言い聞かせるように。 すると、今度はそれまで黙っていた大神さんが口を開いた。 「…ふむ、朝日奈のいうような恋愛沙汰は流石に早計だが…霧切は苗木に一目置いている、というのは周知の事実だ」 「え?」 「苗木…自分では気づいていないのかもしれないが、霧切がまともに会話を交わす相手は、お前だけなのだぞ」 それは、違う。 声を出して否定したい衝動に駆られた。 霧切さんが話す相手が僕だけなんじゃない。 みんなが霧切さんと話そうとしないだけだ。 話しかければ、彼女はちゃんと応じてくれる。 無視したり、聞き流したりしない。 それをみんな、知らないんだ。 他人を避けているわけじゃない。 大人しくて大人っぽいけど、暗いってわけでもない。 みんな、そんな彼女の雰囲気に呑まれて、誤解しているだけなんだ。 と、自分で口に出さずに言って、 その『みんな』が、誰を指しているのだろうか、と疑問が浮かんだ。 「からかうにしろ、雑談するにしろ、霧切ちゃんが普通に相手するのって苗木くらいだよ」 だから、それは。 逆なんだ。 みんなが霧切さんを避けているんだ。 「それに、苗木と一緒にいる時の霧切ちゃん、よく笑ってるし」 僕をからかうのが楽しいから。 それ以上の理由なんてない。 「他の男子には、興味なさそうだしね」 だからと言って、イコール僕が好き、なんて結論はおかしい。 そう、否定すべきなのに。 否定しないと、彼女に失礼なのに。 「だから、霧切ちゃんは苗木のことが好き――」 「黙って聞いていれば、人のいない所で好き勝手言ってくれるわね」 と。 病院に行っていたはずの人間の声が、僕たち三人の後ろから響いた。 それはまるで、地獄から蘇って来たかのような声。 後に、大神さんは語る。 死を覚悟する程の殺気を感じたのは、あれが二度目だった、と―― 【続く】
https://w.atwiki.jp/dgrpss/pages/279.html
『ダンガンロンパ CHAPTER-1 Another』 信じられない映像が記録されたDVDをモノクマから渡された日の夜、舞園さんが僕の部屋を訪ねてきて一晩だけ部屋を交換して欲しいと言ってきた。 最初は妙に思ったものの、不審者に対する恐怖で顔が青ざめ、体を震わせる舞園さんを見た僕は彼女の頼みを受け入れることにした。 彼女の頼みで一晩だけとはいえ、舞園さんの使っていたベッドで寝るのは何だかラッキーなような気まずいような複雑な気分だった。 「う~ん、目が覚めちゃったな…。舞園さん、大丈夫かなぁ?」 一度は眠りについた僕だったが、舞園さんのことが気になって目が覚めてしまった。 時間は分からないけど、恐らく午前0時は回っているだろう。 「どうしよう。一度様子を見に行った方がいいかな?でも、舞園さんに余計な不安を与えたくないしなぁ…。………やっぱり見に行こう!」 少し考えた後、僕は一度舞園さんの様子を見に行くことにした。 舞園さんに余計な不安を与えてしまうかもしれないが、何事も無ければ謝ればいいだけの事だ。 だが、先程から妙な胸騒ぎがしてならなかった。何か良くない事が起きる前触れのような…。 僕はベッドから起き上がり、ドアを開けて廊下に誰も居ないことを確認し、舞園さんの部屋のすぐ隣にある僕の部屋の呼び鈴を鳴らした。 「舞園さん、もう寝てるよね…。と言うか、起きてても絶対開けないって言ってたっけ。」 呼び鈴を鳴らした後、僕は何気なくドアノブに手を掛けてみると、ドアに鍵が掛かっていないことに気が付いた。 あれほど不審者に怯えていた舞園さんが鍵を掛けていないのはおかしいと思った僕は、ゆっくりドアを開けて部屋の中へと足を踏み入れた。 「舞園さん。ドアの鍵、掛かってないようだけど…。」 「うああああああっ!!!!!」 突然、奇声と共にシャワールームの陰から何かが飛び出してきた。それは、右手に包丁を持った舞園さんだった。 「うわあああああっ!!!」 僕は咄嗟に舞園さんが突き出した包丁を躱したが、その拍子にバランスを崩して床に尻餅をついてしまった。 それに気づいた舞園さんはすぐさま僕に覆い被さって左手で僕の右腕を押さえ、右手に持った包丁を逆手に構え直し、その切っ先を僕に向ける。 その時の舞園さんの表情は、普段からは想像も出来ないほど鬼気迫るものだった。 僕は押さえられていない左腕で咄嗟に身を守ろうとしたが、包丁が僕の体を貫くことは無く、舞園さんは包丁を振り上げたまま固まっていた。 「なえぎ、くん…?」 両目を大きく開いてそう呟いた後、舞園さんは跳ねるようにして僕の上から飛び退いた。 僕はすぐに立ち上がり、壁にもたれ掛っている舞園さんの方を向く。 舞園さんは右手に包丁を持ったまま、滝のような汗を浮かべた真っ青な顔で震えていた。 「舞園さん…。どうして…どうしてだよ!?」 僕が声を荒げると、舞園さんはビクッと体を震わせ、その拍子に包丁を手から落としてしまい、包丁が金属音を立てて床に転がった。 「だって…だって、こうしないと…こうしなきゃ…外、出られないか、ら…。」 舞園さんは震える声で言葉を絞り出し、両手で頭を押さえながらその場にへたり込んでしまった。 今、こうしなきゃ外に出られないって言ったな…。まさか、舞園さんはここで誰かを殺すつもりだったの!? じゃあ、あの不審者の話も嘘で、部屋の交換を申し出たのは、僕の部屋を犯行現場にすることで僕に罪を着せる為だったってこと!? 舞園さんが僕を騙して、利用して、陥れようとした…。全ては自分が【犯人(クロ)】になって、この学園から【卒業】するために…。 信じたくない事実が瞬く間に僕の頭の中に溢れ、精神を侵食していく。そんな悪い考えを振り払うように僕は頭をぶんぶんと左右に振る。 「舞園さん、立てる?」 僕は床にへたり込んでいる舞園さんに歩み寄って手を差しのべるが、舞園さんは僕の手を取ろうとしない。 「舞園さん?」 「…さい。」 「え?」 「ごめん…なさい…。ごめんなさい…。」 舞園さんは一向に僕の手を取ろうとしないばかりか、聞こえるかどうか微妙なほど小声で謝り始め、同時に両目からポロポロと涙が零れ落ちていく。 「…舞園さん。謝るよりも先に、理由を聞かせてくれないかな?何で、誰かを殺そうだなんて考えたのか…。」 「………。」 舞園さんは顔を下に向けたまま答えようとしない。 正直に言って、こんな状態の舞園さんから真意を聞き出そうなんていうのは酷だろう。 しかし、だからってこのまま放っておくわけにはいかない。それでは何も解決しないから。 「舞園さん。本当に君が僕に対して罪悪感を抱いているのなら、話してくれないかな?」 「それは…。」 「大丈夫。僕は絶対に君を殺したりなんかしないから…。僕を…僕を信じて。」 「………はい。分かりました…。」 ようやく舞園さんが僕の手を取り、僕は彼女を立ち上がらせてベッドに腰掛けさせる。 僕は床に落ちている包丁を拾ってテーブルの上に置いた後、椅子をベッドの隣に置いて彼女と向かい合う形で腰掛ける。 それから、舞園さんは消え入りそうな声で全部話してくれた。 モノクマから渡されたDVDの内容も、今夜決行するはずだった殺人計画も、僕に罪を被せるために部屋の交換を申し出たのだということも…。 話を聞いた僕は、頭の中がグチャグチャになった。舞園さんが僕を騙し、人を殺そうとしただなんて嘘であって欲しかった。夢なら今すぐ覚めて欲しかった。 しかし、僕のそんな淡く儚い願望は容易く砕かれてしまった。僕が今日この部屋で体験したことは全て現実だった…。 僕が右手で顔を押さえて苦悶の表情を浮かべていると、舞園さんが口を開いた。 「苗木君の考えていることは分かります…。 例えどんな理由があっても、殺人なんてしちゃいけないって…。でも、私にはこうするしかなかったんです! 出口は無い!助けも来ない!いつ自分が殺されるのかも分からない!そんな状況でいつまでもここに居続けるなんてこと出来ません! 私には…私にはこんな所でグズグズしている暇は無いんです!早く…早く皆の無事を確かめないと!」 「まだここから出られないと決まったわけじゃない!まだ調べてない場所だって沢山あるし、皆と協力し合えば、きっと何とかなる筈だよ! それに、あのDVDだってモノクマの捏造かもしれないじゃないか!」 「そんな保証なんてどこにも無いじゃないですか!ここから確実に出るには誰かを…誰かを殺すしかないじゃないですか!」 舞園さんの言う通り、例え学園内の全てを調べたとしても出口や外との連絡手段が見つかる保証は無いし、DVDの映像が捏造されたものだという証拠も無い。 それに、この先舞園さん以外の誰かが殺人に及ぶ可能性や自分が狙われる可能性だって大いにある。 そんな異常な状況下での生活なんて一刻も早く抜け出したいと思うのが普通だ。 強靭な精神力の持ち主や外へ出ることを諦めた人でもなければ、次第に心理的に追い詰められ、いつ凶行に走ってもおかしくない。 「苗木君には分かりませんよ…。私が夢を叶えるために、どれだけ苦労してきたのかなんて…。努力して、苦労して、やっと掴んだ夢が、消えていく感覚なんて…。」 そう言われると、僕には返す言葉が無い。 確かに僕は夢らしい夢なんて抱いた事がないし、舞園さんが夢を実現するためにしてき事や、芸能界の実態なんて知らない。 以前、舞園さんは「夢を叶える為に嫌な事でも何でもしてきた」と言っていたけど、その「嫌な事」が何なのか僕には想像もつかない。 ただ、舞園さんは自分が苦労して掴んだ夢の結晶が壊れてしまうのが耐えられなくて、一刻も早く外へ出るために殺人を企てたのだという事は痛いほど伝わってきた。 けれど、だからと言って殺人が許されるわけじゃない。どんな理由があろうと、殺人を正当化しちゃいけないんだ!絶対に! 「舞園さん、これだけは正直に答えて。前に僕に話してくれた、舞園さんがアイドルを目指すようになった切掛け…。あれも、僕を抱き込むための作り話だったの?」 「そ、それは…。」 「もし嘘だったのなら、正直にそう言って欲しいんだ。それなら、騙された僕が極度のお人好しだったってことで済むから…。」 「………。」 僕は膝の上で拳を強く握り、舞園さんを睨みつけるように力を込めた視線を送る。 舞園さんは顔を逸らして僕の方を見ないようにしているが、僕は舞園さんから視線を動かさない。 舞園さんを本当に理解するためにも、僕は舞園さんと彼女が起こしたことから目を逸らしちゃいけないんだ。 しばらくそのままの状態が続いた後、舞園さんがようやく僕の方を向いた。 「あれは…あの話は…嘘じゃありません。 苗木君に話した通り、私がアイドルを目指す切掛けになったのは、子供の頃にアイドルに憧れたことなんです。 お父さんが仕事で居ない間、一人でお留守番をしていた私の寂しさを忘れさせてくれた、あのアイドルのようになりたくて…。 それで、ずっと必死で頑張って…やっと、やっと…。」 俯きながら服の裾をギュッと握り、舞園さんは言葉を紡ぐ。 舞園さんの両目に再び涙が溜まり、やがて頬を伝って落ちていく。 この言葉が本当なのか嘘なのかは分からない。けど、舞園さんは自分の夢に関しては嘘を吐かない筈だ。 だから、今の舞園さんの言葉は真実だと僕は思った。いや、思うことにした。 「なら、分かる筈だよね?舞園さんがしようとした事は、君の夢を最も穢す行為だって事くらい…。」 「…はい。」 「人を笑顔にするアイドルが誰かの笑顔を永遠に奪うなんてこと、絶対にしちゃダメだよ…。僕は舞園さんに…そんなことして欲しくない!」 舞園さんは辛そうな表情で僕の言葉を聞いている。 僕だって、こんな言葉を舞園さんに浴びせるのは辛い。だけど、僕は言わなくちゃいけない。舞園さんのために。 「………。そう、ですよね…。死んじゃったら笑うことも、悲しむことも、怒ることも、何も出来なくなっちゃうんですよね…。私…本当に、何てことを…。」 両手で顔を覆い、舞園さんは泣き崩れる。 僕は最初黙ってその様子を見ていたが、すぐに立ち上がって舞園さんに歩み寄り、彼女の肩に手を置く。 「舞園さん。もう少しだけ…もう少しだけ、頑張ってみようよ。保証は出来ないけど、皆と力を合わせれば、きっと何とかなる筈だから…。」 「…はい。私、もう少しここで頑張ってみます。苗木君と…皆と一緒に…。」 顔を上げて涙を拭い、舞園さんは僕の提案を受け入れてくれた。 その顔は涙と疲労のせいでお世辞にも綺麗とは言えなかったが、それでもさっきまでよりは遥かに良い表情になっていた。 「分かってくれてありがとう、舞園さん。」 「いえ、お礼を言うのは私の方です。私なんかのために…。あんな目に遭わせてしまったのに…。」 「だって、約束したじゃないか。何があっても、僕は舞園さんの味方でいる…って。だから、僕はこれからも舞園さんも味方だよ。」 「苗木君…ありがとう。本当に…ごめんなさい。」 舞園さんは腰掛けていたベッドから立ち上がり、僕に向かって深々と頭を下げる。 「それだけで十分だよ。もう人を殺そうなんて考えないって、約束してくれるね?」 「はい、勿論です。誰かを殺しても、裏切っても、私は自分の夢や大切な人達に顔向けできなくなってしまいますから。 それに、例え自分の大切な物の為にそんな事をしても、誰一人喜んでくれないって、痛いほど分かりましたから…。」 「舞園さん…。」 僕が安堵したような表情で舞園さんを見つめていると、舞園さんも黙って僕を見つめ返してきた。 目が合った瞬間、僕の心臓は今までにないくらい鼓動が早くなり、顔が熱くなる。舞園さんも頬がほんのり赤く染まっているように見える。 そのまま僕達は黙って見つめ合い、しばしの沈黙が訪れる。 ピンポーン! 部屋の呼び鈴が鳴り、沈黙は終わりを告げる。どうやら舞園さんが呼び出した人物が来てしまったようだ。 「どどど、どうしよう舞園さん!?」 呼び鈴の音を聞いた僕は我に返ると同時にパニックになる。 僕がここに居る理由はどうとでも説明出来るが、包丁はそうはいかない。絶対に見つけられてはいけないものだ。 「苗木君!包丁を持ってシャワールームに隠れて下さい!後は私が何とかします!」 「わ、分かった!」 舞園さんの素早い指示で、僕は急いでテーブルの上の包丁を掴んでシャワールームへ向かう。 建付けが悪いせいでドアを開けるのに少々手間取ったが、何とか部屋の入口が開く前にシャワールームへ隠れることに成功した。 先程とは違う意味で鼓動が早くなり、顔から汗が噴き出す。やがて、ドアの向こう側から話し声が聞こえてきた。 (いや~待たせちゃってゴメン!身嗜み整えてたら思ったより時間掛かっちゃってさ!それで、こんな夜中に俺と2人きりで話したいことって何?) あの軽い喋り方は間違いなく桑田君だ。まさか本当に来るなんて…。 そういえば桑田君、野球選手よりもロック歌手になりたいとか言ってたっけなぁ。 音楽という共通の話題があるから舞園さんも桑田君を標的にしたんだろうけど、桑田君の方は下心が見え隠れするのは気のせいだろうか? (はい。桑田君、芸能界に興味がおありのようだったので、お話を伺いたいなと…。) (はぁ?話ってそんな事?んだよ、期待して損したぜ…。でも、他ならぬ舞園ちゃんの頼みだし、せっかくだから俺の人生プランを聞いてもらっちゃおうかな~?) そう言って桑田君は自分が歌手になったらどうしたいとか、どんな歌を唄いたいとか、そんなことを上機嫌で話し始めた。 時々、舞園さんを口説いてるようにも取れる発言があったような気がしたけど、舞園さんはのらりくらりと受け流していた。 それから1,2時間ほどして舞園さんと桑田君の話が終わり、舞園さんがシャワールームのドアをノックして僕に合図を送ってきた。 その後、廊下に誰も居ない事を舞園さんが確認し、僕達は入れ替わったネームプレートと部屋の合鍵を交換し直して、それぞれ元の部屋へ戻ることにした。 「苗木君、今夜はその…ご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした。」 そう言って舞園さんは、もう一度僕に向かって頭を下げる。 「もう謝らなくていいよ、舞園さん。君が誰も殺さずに済んだ。それだけで十分だから。お休み、舞園さん。」 「苗木君…。ええ、お休みなさい。」 舞園さんが部屋に入った後、僕も自分の部屋に入ってベッドに横になる。心身共に疲れきっていたけど、この学園に来てから初めて心地良く眠れた気がする。 翌朝、朝食会が終わった後、僕は後片付けを買って出た。 その理由は勿論、舞園さんから預かった包丁を元に戻すため、誰にも怪しまれることなく一人で厨房へ入る口実を得るためだ。 石丸君が手伝いを申し出てくれたのだが、包丁を取り出すところを目撃されるわけにはいかないので、僕は丁重にお断りした。 そうやって厨房へ一人で入った僕は、上着の内側に隠してあった包丁を取り出し、元あった場所へと戻す。 「これでよし…と。ふぅ…。」 包丁を戻し終え、僕は大きく息を吐く。思えば今朝の朝食会はこれのせいで冷や冷やしっ放しだったからなぁ…。 目的を果たし終えた僕が食器を洗おうとした時、背後に人の気配を感じたので後ろを振り向くと、入口の方に舞園さんが立っていた。 「あ、舞園さん。どうしたの?」 「えっと…何かお手伝いしようと思いまして。」 「ありがとう。でも、僕一人で大丈夫だよ。」 「いえ!お手伝いさせてください!」 そう言って舞園さんは胸の前で両手をグッと握り、熱のこもった視線を僕に送る。 ひょっとして罪滅ぼしがしたいのかな? 「そうですね。罪滅ぼし…かもしれません。」 「え?僕、口に出しちゃってたかな?」 「………。」 いつもならここでお決まりの「エスパーですから」が出る筈なのだが、舞園さんは無言で首を横に振っただけだった。 「苗木君が私のことを責めていないのは分かっています。 でも、私が私自身を許せないんです。ですから、この先苗木君のお手伝いをして、少しでも苗木君の力になろうと決めたんです。自分を許せる時が来るまで…。 勿論、桑田君には機会を見て謝罪するつもりです。実行しなかったとはいえ、無関係な彼に殺意を向けてしまったのは事実ですし…。」 「分かったよ、舞園さん。それじゃあ、後片付けを手伝ってもらおうかな?」 「は…はい!」 舞園さんの顔がパアッと明るくなり、嬉しそうに僕の方へ駆け寄ってくる。 やっと…。やっと舞園さんに笑顔が戻ってきた。僕に元気と勇気をくれる、あの笑顔が…。 それから僕達は2人で朝食会の後片付けをし、それを終えた僕達は一緒に体育館ホールへ足を運んだ。 「思えば、あの時ここで苗木君にお話ししたんですよね。私の夢のこと…。」 「そうだったね。」 「例え外に出られたとしても、私はアイドルに戻れるでしょうか?自分を信じてくれた人を裏切って、無関係な人に殺意を向けてしまった私が…。 それに、昨夜のことは黒幕も監視カメラで見ている筈ですから、皆にバラされてしまうかもしれません。そうなった場合、私はどうしたら…。」 この先のことを考え、舞園さんは不安そうな表情になる。 声を大にして「大丈夫だよ」と言ってあげたかったが、軽はずみな発言は却って彼女を傷つけるだけだ。 あの性質の悪いモノクマのことだ。昨夜の一件を利用して殺人が起こるよう仕向けてくるのは時間の問題だろう。 でも、それでも僕は舞園さんの味方で居ると決めた。でないと、舞園さんは本当に孤独になっちゃうから。 「それは…舞園さん次第だと思う。でも、安心して。この先何があっても、僕は舞園さんの味方だから。それに、もしアイドルじゃなくなっても、舞園さんは舞園さんだよ。」 「ありがとうございます、苗木君。でも、アイドルの仕事は私の全てでした。もしそれが無くなったら、私には何も残りません。そう思うと…。」 「う~ん…。その時は…その時は僕と一緒に探そうよ!新しい夢を!」 ………。ちょっと待て。僕一体何言ってんの?うわ!メチャクチャ恥ずかしい!穴があったら入りたい! 舞園さんもキョトンとしちゃってるよ…。 「探す…。ふふ…そうですよね。今の夢が無くなっても、また新しい目標を立てればいいんですよね。どうしてそんな簡単なことに気付かなかったんでしょう!」 そう言って舞園さんはクスクスと笑い、少し笑った後で真面目な顔になる。 「私、苗木君の心の強さが羨ましいです。私は状況に負けて、良くない事ばかり考えて、どんどん自分を追い込んでしまっていました。」 「そんなことないよ。僕は舞園さんや他の皆と違って特別な才能なんてないし、取り柄といっても他の人よりもほんの少し前向きなだけだよ。」 「今と言う時では、その前向きさが一番大事ですよ。どうか、その前向きさを失くさないで下さいね。」 「うん。舞園さん、絶対に黒幕に勝とう!そして15人全員で、この学園から出よう!」 「はい!苗木君、今はまだ言えませんが、もし生きてここから出られたら…伝えたいことがあるんです。」 「伝えたいこと?一体何かな?」 「それはその時になってからのお楽しみです。うふふ…。」 舞園さんは悪戯っぽく微笑み、答えをはぐらかした。 彼女の「僕に伝えたいこと」が何なのか気になるが、今はここから出ることの方が先だ。だから、僕はその時が来るまで心の奥にしまっておくことにした。 絶対に生きてここから出てみせる!舞園さんと、皆と一緒に!僕は改めて心にそう誓う。 だが次の瞬間、そんな僕らを嘲笑うかのようなモノクマの校内放送が流れた。 『死体が発見されました!生徒は至急、体育館にお集まり下さい!繰り返します…。』 「苗木君、今の放送…。」 「死体って…。まさか、誰かが殺されたってこと!?そんな…どうして!?」 この閉ざされた学園から全員で脱出するという僕らの青写真は呆気なく消え失せてしまった。 そして、殺された人物を除いた僕達14人は、モノクマから【学級裁判】についての説明を受けることになる…。 『ダンガンロンパ CHAPTER-1 Another』 END
https://w.atwiki.jp/anipicbook/pages/3157.html
ダンガンロンパ The Animation A4クリアポスターセット A (苗木誠・舞園さやか・石丸清多夏) ダンガンロンパ The Animation A4クリアポスターセット A (苗木誠・舞園さやか・石丸清多夏) 発売日 :2013年9月15日 商品情報 ・本体サイズ:A4 (W210mm×H297mm) ダンガンロンパ The Animation A4クリアポスターセット B (十神白夜・江ノ島盾子・腐川冬子) ダンガンロンパ The Animation A4クリアポスターセット B (十神白夜・江ノ島盾子・腐川冬子) 発売日 :2013年9月15日 商品情報 ・本体サイズ:A4 (W210mm×H297mm) ダンガンロンパ The Animation A4クリアポスターセット C (霧切響子・桑田怜恩・不二咲千尋) ダンガンロンパ The Animation A4クリアポスターセット C (霧切響子・桑田怜恩・不二咲千尋) 発売日 :2013年9月15日 商品情報 ・本体サイズ:A4 (W210mm×H297mm) TVアニメ「ダンガンロンパ」 キャラポスコレクション BOX TVアニメ「ダンガンロンパ」 キャラポスコレクション BOX 発売日 :2013年8月31日 商品情報 ・ポスターサイズ:182×525mm ・1BOX=8個入り ・1個=ポスター2枚入り ・全16種類 ダンガンロンパ The Animation B2タペストリー ダンガンロンパ The Animation B2タペストリー 発売日 :2013年11月15日 商品情報 ・本体サイズ:W728×H515mm (B2)