約 6,956 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4743.html
前ページ次ページゼロな提督 ジョアン・レベロ。 元は同盟の最高評議会議員の一人で、財政委員長だった。 宇宙暦798年/帝国暦489年8月~翌年5月までのラグナロック(神々の黄昏)作戦で自 由惑星同盟が銀河帝国に敗北(5月25日バーラトの和約)した以後は最高評議会議長に就 任していた。 敗戦前においては有能な政治家であり、ヤンと協力すれば最高の組み合わせであろうと 言われていた。が、敗戦後という混乱期を乗り切れなかった。同盟の存続に固執する言動 をとり、視野の狭さを露呈した。帝国高等弁務官レンネンカンプの干渉に抗しきれず、自 分に似合わない権謀に手を染めてしまった。 ヤンを暗殺しようとした。 レンネンカンプはヤン・ウェンリー退役元帥を反和平活動防止法違反容疑で逮捕するよ う同盟政府に「勧告」した。この「勧告」には、証拠も法的権限も何もなかった。だがレ ベロは、帝国の怒りを買って同盟を危機に陥らせるより、ヤンを犠牲にして同盟を救う事 を考えた。 逮捕すれば反帝国派が暴発、帝国軍が彼等を一網打尽にして同盟を完全支配。逮捕しな ければバーラト和約違反で帝国の再侵攻。ヤンが国家を蔑ろにして、いずれは独裁者にな るのではないか…そんな不安を抱いてもいた。なら帝国軍の介入を受ける前にヤンを始末 しよう…この策謀をレベロは命じた。ヤンは逮捕され、中央検察庁へと身柄を移された。 秘密裏に暗殺するために。 国民的英雄であり、気の良い友人でもあった上官への暗殺を察知した彼の部下達は、陸 戦隊ローゼンリッターを筆頭に集結。同盟政府に叛旗を翻した。部下達への監視者と追撃 者を尽く返り討ちにし、レベロを誘拐し、中央検察庁で暗殺されかかっていたヤンを救出 した。その上、帝国高等弁務官府が置かれたホテル・シャングリラを襲撃、レンネンカン プを人質にして脱出した。 レンネンカンプ誘拐後、一気に心身とも憔悴したレベロ。最期は第2次ラグナロク作戦 の際、自己保身を図った軍部に射殺された。かつてヤンに対して行った事を、次は自分が 受けた。彼は自分が歴史上の悪役になった、と自覚していた。己の最期もヤンを謀殺しよ うとした報いと受け入れた。 ヤンはレベロへ怒りを向けたりはせず、同情すらしていた。それがレベロの私利私欲で なく、同盟存続の為の行動であり、そのような立場に追い込まれたのは彼のせいではない と理解していた。 そして今日、アンリエッタは国を捨て、自由を求めて逃げた。 望まぬ結婚から、王の重責から、城という牢獄から、逃げた。 第25話 その頃、舞台裏では 自分と何が違う?ヤンは考える。 客観的には違いすぎる。でも主観的には変わらない気がする。 ヤンは暗殺。それは民主主義国家、法治国家では許されぬ暴挙。 アンリエッタは政略結婚。貴族社会では当然の倣わし。 当人にとっては死、または死に等しい。少なくともアンリエッタは恋人を忘れられず、 見知らぬ中年男との家庭を築く気になれなかった。それは人生の放棄であり未来の死と感 じたろう。 …ゲルマニアの皇帝がどういう人か詳しく知らないが、極めて有能だろうし、それほど 異常な人ではないはずだ。幸せな家庭を築くチャンスはあったろう。ただ、その意思が無 かった。 ヤンは同盟存続のための生贄。だが同盟は既に滅亡へのカウントダウンに入っていた。 カウントを少し送らせても滅亡という結果に変わりはない。無意味な行為。 アンリエッタは軍事同盟のための生贄。これが為れば両国はレコン・キスタの侵攻に対 し強固な防衛体制を築ける。有意義な行為。 当人にしてみれば、同じ生贄。どうして自分が犠牲にされなければならないのか?小を 殺して大を生かす?殺される方が黙って殺される理由はない。だからヤンもアンリエッタ も逃げた。 …アンリエッタには「生贄になりたくない」と主張する機会くらいはあったんじゃない かなぁ?でも他人の言うなりになるよう育てられたし、彼女の意見なんか誰も聞かなかっ たろう。 ヤンが逃げた後、同盟は滅んだ。彼はイゼルローン要塞を再奪取。民主共和制の芽を未 来へ残すために帝国軍と渡り合い、皇帝を和平交渉の席に着かせる事に成功した…が、ヤ ンは暗殺された。 アンリエッタはどうするだろう?まず、ウェールズと結婚する。ハヴィランド宮殿で蝶 よ花よと大事にされる。たまに城や馬車の窓から手を振って、アルビオン国民の人気を取 る。トリステインは滅ぶ。レコン・キスタとゲルマニアが蹂躙し尽くした荒野に降り立ち 「苦難の時代は過ぎ去りました。これからは始祖への真の信仰を胸に、共に聖地を奪還し ましょう!」と宣言する。アンリエッタがいればトリステイン王家の芽は残る。トリステ インは復活する。傀儡国家として。 両方とも国を滅ぼし、更なる戦乱を起こし、死者を山と築くのは変わりない。王家の血 筋と民主共和制、それぞれの時代と社会に置いて一定の価値を持つものだ。 あ、ここは大きく違うな。 皇帝ラインハルトとの和平交渉が為れば永きにわたる戦乱が終結する、はずだ。アンリ エッタはトリステインを滅ぼしてからハルケギニア全土も戦火に沈めるんだ。悲劇の主人 公を演じる涙と共に。 僕が求めた和平交渉が上手くいけば、未来に平和が来る可能性がある。でもレコン・キ スタがハルケギニアを統一出来ても、今度はエルフとの絶望的戦争が待っている。しかも 聖地には召喚の門を中心としたクレーターがあるだけ。 そうそう、このことも考えなきゃ。聖地の消失は『虚無』の暴走が原因なんて、ハルケ ギニアの人々は絶対認めないだろう。「エルフが原因だ!」と決めつけ、信じ込もうとす る。結果、エルフとの抗争は果てしない泥沼へ突入し、力量差から人間側の壊滅という形 で終結する。 はぁ~…今になって、ホントにレベロの気持ちがよく分かるよ。 小を殺して大を生かす。でも小は死にたくない。同じく大だって死にたくないさ。 そして今回の結果は簡単。大は小に逃げられた。だから大が死ぬ。 トリステイン、ハルケギニア、ひいては貴族制度という大は、アンリエッタという小に 逆襲されたんだ。 「僕は民主共和制、アンリエッタはウェールズとの幸せな家庭…か。 ま、ここまでやったんだから、しっかり幸せになりなよ。僕は、ちょっと祝福出来ない けどね」 ヤンは右手にデルフリンガー、左手に祈祷書を持ち、そんな事を考えていた。 血だまりの中に浮かぶ王女の右手をぼんやりと見下ろしながら。 今や大を構成する一員になってしまったヤンとしては、アンリエッタに声援を送る事は 憚られた。 「ヤン…もしかして、それが例の指輪かい?」 背後からロングビルの声がした。彼女は濡れるのも気にせず水たまりの中に立ち、冷た い目で王家の右腕を見つめている。 「ああ、そのようだね。ほら、祈祷書もあるよ」 そういって左手の古い本を示す。 ロングビルはフンッとつまらなそうに鼻を鳴らし、ヤンの横に立つ。 そして無造作に、まだ暖かい右腕を拾い上げた。 「王家の秘宝、『水のルビー』…ハッ!何が王家だよ!やっぱり学院でひっくり返った時 に、トドメ刺しときゃ良かったのさ!」 毒づきながら、血で朱く染まったオーガンジーグローブで包まれた指から指輪を引き抜 いた。そしてポイッと用済みの肉塊を背後へ投げ捨てた。 ビチャッと水音を立てて水たまりに落ち、泥水にまみれた。 ヤンはロングビルの行為を咎めなかった。別に何の感慨も湧かなかった。人としての良 識だの、王家への敬意だの、そんなものは姫自身が捨てた。なら彼女の腕の扱いも気にす る必要は無いと感じていた。 「そうかもしれないね。僕も甘かったよ」 「ホントだ。あんたは甘過ぎだよ。…といっても、もうどうしようもない話だね」 「おめーら、結構ひでえなぁ」 右手のデルフリンガーが率直な感想を漏らす。 緑髪の美女は、ふぅ…と指輪の血をハンカチで拭きながら溜め息をつく。 真昼の太陽にかざすと、キラリと陽光に輝く。さっきまで王家の血に濡れていたのが嘘 のように。 水音を立てながら、シエスタもやって来た。そして水溜まりの中に落ちていたティアラ に目を向ける。 「これ、どうしましょう?お城に返しましょうか」 この状況では、随分と的はずれなセリフかも知れない。ロングビルにフフンッと笑われ た。 「んな必要は無いだろ?もうトリステインは滅ぶんだから。もらっちまいなよ」 遺失物取得を勧められたシエスタは、眉をひそめてしまう。 「ん~。でも元々が血まみれの斧なんですよね。こんな騒ぎがあったし、縁起悪いなぁ。 とりあえずほったらかしも何だし、持っておきますね」 シエスタは拾い上げてハンカチで水気を拭き取り、懐に収めた。 そして三人は聖堂の方を見る。 そこには、未だに茫然としている貴族達が残っていた。演技ではなく、本当に呆けてし まったかのようなオスマン。ひっくり返って気絶したままのグラモン家親子。肩を落とし て膝をつく公爵夫妻。その他、狼狽したままの司教や失神したままの淑女等、王家を支え て来た人々がいる。 そして、地面にしゃがみ込んだルイズ。うつむき、肩を落とし、小さな体がますます小 さく見える。 ヤンは左手の祈祷書とロングビルの指輪を見た。 「それじゃ、やろうか」 ロングビルは頷いた。 「最後の仕上げ、かい?」 「けじめってやつかもよ」 デルフリンガーもツバを鳴らす。 シエスタは黙って事の推移を見守る。 ルイズは、何も考えられなかった。考えたくなかった。 ずっとゼロとバカにされてきた。一人前のメイジになりたかった。ヴァリエールの名に 相応しい立派な貴族になるのが夢だった。 友達はいなかった。優しくしてくれたのはワルド子爵とちい姉さまだけ。みんな私を可 哀想な出来損ないと見下し、同情し、無視し、鬱陶しがってた。 でも姫さまだけは、私をおともだちと言ってくれた。 トリステイン貴族として王家に忠誠を誓っていた。姫さまのためなら、本当に地獄の釜 でも竜のアギトの中でも行くつもりだった。 その姫さまが、逃げた。 トリステインから、逃げた。 おともだちと呼んだ私の話を聞かずに、逃げた。 聖堂の貴族達へヘクサゴン・スペルを放った。皆殺しにしようとした。 民を捨てた。王家を捨てた。レコン・キスタやゲルマニアに滅ぼされるのを百も承知で 国を捨てた。始祖から授けられた王国を戦争の業火へ投げ捨てた。 自分一人が幸せになるために仕えてきた貴族を、平民を、トリステインを、ハルケギニ ア全部を放り出した。 小さな少女の前に三人の影がさす。 「ルイズ」 優しい男の声が彼女を呼んだ。でも、顔を上げる元気もない。 男は片膝をつき、少女の右手を取った。自分の薬指に指輪がはめられるのを、まるで他 人事のようにボンヤリと眺めていた。 次に男は左手を取り、古い本を乗せてくれた。少女は、やっぱりボンヤリ眺めているだ けだ。 「開いてごらん」 声に促され、のろのろとページをめくる。ただの紙切れなのに、重い。紙ってこんなに 重かったのかな…そんな事を考えてると、指輪と祈祷書が光り出した。 ルイズは光の中に文字を見つけた。 序文。 これより我が知りし心理をこの書に記す。この世の全ての物質は、小さな粒より為る。 四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの 系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。 少女の小さな手は、のろのろとページをめくった。 神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、更に小さな粒 よりなる。神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さな 粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。四にあらざれば零(ゼロ)。零す なわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん。 「虚無の系統…。やっぱり、私は虚無の系統だったんだ…」 虚ろに呟いてページをめくる。自分の系統が分かったと言うのに、伝説の虚無だという のに、胸に何も湧き上がらない。 ルイズの前に立つ三人は、けだるそうにページをくるルイズを黙って見下ろした。 生気の抜けた顔は俯いたままだ。 ただ、その青ざめた唇から、弱々しい声が漏れてくる。祈祷書を朗読しているらしい。 「・・・これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための 力を担いしものなり。『虚無』を扱う者は心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、 異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。『虚無』は強力なり。また、その詠唱 は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその 強力により命を削る。したがって我がこの書の読み手を選ぶ。たとえ資格なきものが指輪 を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、 この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ」 ヤンとロングビルは顔を見合わせ、頷きあった。シエスタも目の前で行われている事を 把握した。 やはり予想は正しかった。ルイズは虚無の系統であり、指輪が鍵であり、祈祷書が呪文 書であること。そして、ブリミルが歴史に名を残すに相応しい程の、神話級バカだという こと。 注意書きまで封印したら、注意書きの意味がない。おかげで虚無の系統に関する知識は 散逸し消失した。歴史上、どれだけの虚無の使い手が封印を解除出来ず、失意と絶望を胸 に苦難の人生を生きねばならなかったか。 ルイズがゆっくりと立ち上がった。 左手に祈祷書を開いたまま、右手に杖を取り出す。 その口からは、変わらぬ調子で言葉が漏れていた。 「以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』」 水に濡れたピンクのドレスは肌に張り付き細身のラインを露わにする。ピンクの髪から は雫がしたたり落ちる。そんな自分の姿にも気付かないかのように、ルイズの口からは低 い詠唱の声が漏れ続けた。 エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ 体の中をリズムが駆けめぐる。神経が研ぎ澄まされる。 オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド 何かが生まれ、行き先を求めてそれが回転していく感じ・・・。 ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ ルイズは、ゆっくりと杖を上げた。そして、何かに導かれるように一点を指し示した。 ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル…! 長い詠唱の後、呪文が完成した。その瞬間、ルイズは呪文の威力を、理解した。 そして、感じた。 今、自分が何を求めているのか。 何をしたいのか。 杖は、真っ直ぐに掲げられていた。 トリスタニア中央広場、この騒乱ですら荘厳にして神秘的な佇まいを見せる、ひときわ 大きな建造物。 サン・レミ聖堂へ、真っ直ぐに。 広場に残っていた全ての人が、見た。 トリスタニアの街にいる人々、大急ぎで荷物をまとめていた婦人も、荷車を引っ張って きた小麦商店の店主も、金貨を詰め込んだ袋を馬の背に乗せていた両替商も、慌てて走る 母に手を引かれた子供達も、城へと走っていた騎士達も、早くしろと侍女達を怒鳴りつけ ていた貴族達も、空を見上げた。 ヤンもロングビルもシエスタも、見上げた。 中央広場上に突如現れた、太陽を。 光が、聖堂を包み込んだ。 音はない。純粋な光だ。 目を焼く程の光が消えた時、聖堂は無かった。 周囲の建物には何の変化もなく、ただ聖堂だけが消えていた。 トリスタニアのブリミル教徒が集う信仰の中心サン・レミ聖堂は、吹き飛び、砕け散っ て、塵へとかえったのだ。 姫の暴挙に呆然としていた人々は、今度はサン・レミ聖堂の消失に呆然とした。 「・・・ふ」 ルイズの口から、息が漏れた。 「ふふふ、ふふふふ・・・」 それは、どうやら笑い声だったらしい。ただ、自分が魔法を使えるようになったことを 喜ぶ笑いには聞こえない。 バシィッ! 祈祷書は、地面に叩き付けられた。 ドスッ! さらに踏んづけられた。 「こぉんの…このっ!バカァーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」 ドスドスドスドスドスドスッッ!!!! 祈祷書は、これでもかと言わんばかりに何度も何度も踏みつけられた。 ボロボロの表紙は千切れ、泥水に汚れ、それでもさらに踏みつけられる。 「何が『虚無』よっ!!何が『聖地』よっ!!そんなの、そんなもの…千年前から無いの よっ!とっくに消えちゃったのよぉっ!! あんたの、あんたのせいで!!今まで、どんだけ!辛い思いをしてきたかっ!!」 ドスドスドスドスドスドスッッ!!!! 血走った目はつり上がり、こめかみに血管を浮かべ、汗を飛び散らせ、長い髪を振り乱 す。生気の抜けた視線が集まる中、怒りに我を忘れて始祖の秘宝を、虚無の呪文書を踏み つけ続けた。 茶色くくすんだ紙が散乱した足下、肩で息をするルイズ。 薔薇の蕾のように愛らしかったはずの口から、耳障りな歯ぎしりが広場に響く。 小刻みに震える手が、さらに天を突く。ルーンの叫びと共に、足下に散乱した祈祷書と 千切れたページへ向けて振り降ろす―― ――祈祷書へ向けられようとしていた腕は、男の手に掴まれて止められた。 「離してっ!」 男の右手は優しく、だがしっかりとルイズの腕を止めた。 「離してよ!ヤン、あんただって…あんただって!このバカのせいで!!」 「よすんだ、ルイズ」 ヤンは、ルイズをしっかりと抱き寄せた。 小さな主は執事の腕の中、しばらくは怒りに身を任せて逃れようとしていた。 しばらくして疲れたのか、もがくのをやめた。 「・・・うぅ・・・ふぇ、ううう・・・」 ヤンの腕の中から、押し殺した嗚咽が漏れてくる。 噴水の水と汗で濡れたルイズの顔を流れ落ちる雫が、さらに彼女を濡らす。 怒りに震えていた彼女の肩は、今は鳴き声と共に震えていた。 「うぁ、ああ、ぐす・・・うああ・・・」 小さな手でヤンの燕尾服に縋り付き、男の胸に顔を埋め、声を殺して泣いていた。 ヤンは彼女の背を、優しくさすり続けた。 シエスタは淡々と、散らばり泥まみれになったページを拾い集める。 水と泥を払い落とし、トントン、と一纏めにする。 メイドの手に束ねられた書を、ルイズは見ようともしない。 そんなルイズへ、シエスタはぎこちない笑顔を向ける。 「…サヴァリッシュの書は、タルブを豊かにしました。でも、同時にタルブを滅ぼしうる 危険な書です。 これ、虚無の呪文書ですよね?これも同じだと思います。使い方さえ間違えなければ、 きっとミス・ヴァリエールを助けてくれます。怒るのは分かるけど、怒りにまかせて本を 焼いたりしたら、必ず後で後悔すると思うんです」 だが、ルイズはシエスタの言葉に何も答えず、ただ泣き続けた。 ロングビルは腕組みしながら三人の姿を見ている。何も言わず、哀しい瞳で。 鞘に戻されたデルフリンガーは、ヤンの背で静かにしている。 そんな彼等の所へ、ようやく立ち上がった公爵夫妻がやって来た。 二人とも青ざめ、足取りも覚束無い。 公爵は、小刻みに震える唇から必死に声を絞り出す。 「る、ルイズ…ルイズや。ウェンリーも…今のは、今の、聖堂が消えたのは…?」 公爵夫人も、あの苛烈を極めた眼光を失い、一気に老け込んだかのような張りのない声 をかけた。 「まさか、ルイズ…?魔法が…でも、あんな大魔法は…一体、何の?」 まだ嗚咽が続き、口を聞く事が出来ないままヤンの腕の中で泣くルイズ。彼女に代わっ てヤンが答えた。 「我々の調査の結果、ルイズ様の系統は『虚無』であり、封印された状態にあると判明し ました。それが魔法失敗と爆発の原因です」 ウェールズに続いて飛び出した『虚無』の言葉に、公爵夫妻は目を見開く。 「ここにある王家の秘宝、『水のルビー』と『始祖の祈祷書』が解除の鍵でした。聖堂を 消した魔法がルイズ様の得た魔法です」 青ざめていた二人の顔に、生気が戻る。 老人の様に老け込んでいたかのような姿に力が戻る。 公爵は、今度は喜びに震えたまま、ヤンに抱きつくルイズへ手を伸ばす。 「ルイズ…魔法が、使えるように、なったのだね?」 その言葉にルイズはヤンの胸から顔を上げた。 涙と鼻水でクシャクシャになった顔を父へ向ける。 そしてぎこちなく、小さく首を縦に振った。 「おお…ルイズ、ルイズや…」 公爵はルイズを優しく抱き寄せる。 ルイズも、今度は公爵の胸に顔を埋めた。 そしてカリーヌもルイズの頭を抱きしめた。 「よかったわ・・・全てを無くしたかと思いましたが、そうではなかったのですね…」 母の喜びの言葉、だがルイズは再び激しく嗚咽しだした。 「こんな、うぐっ、こんなの!『虚無』なんかいらないっ!うぅええん…何が魔法よ!何 が、何が王家よ!!何が始祖よぉ・・・ふぇえぇえええっ・・・」 絶望に泣くルイズ。 それでも公爵夫妻は、魔法に目覚めた娘を祝福した。その瞳に涙を浮かべて。 「よいのだルイズよ。これで、お前は一人のメイジとして生きていけるんだ」 「そうですよ。母はあなたの、メイジとしての新たなる旅立ちを祝福します」 「何言ってるのよぉ…もう、もうヴァリエール家は終わりなのよ!これで、もう、トリス テインも、全部終わりなのよぉ・・・うええん、もう、遅いのよ!意味無いのよぉ!うわ あああん」 ルイズは完全なる絶望で、両親は絶望の中の希望を喜び、涙を流した。 今まで、ずっと腕組みしたままロングビル。 だが、その整った口元をようやく開いた。申し訳なさそうに、だが目の前の五人をせか すように。 「さて、泣くのはこのへんで終わりにしておくれ。 そして、これからどうするか、急いで考えようじゃないか」 デルフリンガーもヒョコッと飛び出してツバをせわしなく鳴らす。 「大急ぎで逃げた方がいいんじゃねえか?すぐアルビオンとゲルマニアの艦隊が来るだろ うからよ! あ、ゲルマニアは地上からも来んのか?東西から大変だな、こりゃ」 その言葉にヤンもシエスタも、抱き合って泣いていたヴァリエール家の三人も顔をあげ た。そして不安と困惑で彩られた視線をぶつけ合う。 同時刻、縦横40m四方、高さ30m程の巨大な空間の中。 鋼鉄で包まれた空間を見下ろす高みに司令席、大きなデスクはそのまま三次元ディスプ レイと操作卓を兼ねている。デスクを前に、素っ気ないが機能的な椅子に座っていた金髪 の青年が座っている。横には美貌の秘書、部屋の壁には警護兵達が整列している。 金髪の青年は立ち上がり。マイクを通さずとも広い部屋全体に響く声を発した。 「我らは何をすべきか、急ぎ答えを出さねばならん」 青年が問いかける先、下に見下ろす部屋の中央には、巨大な立体モニターが浮かんでい た。その下の投影装置をぐるりと囲むように、床を埋め尽くすモニターと端末を前にした オペレーター達が幾重にも並んでいる。さらにその周囲には、大勢の人間達が映像を食い 入るように見つめていた。 真正面の壁面を埋める平面巨大モニターには、別宇宙へうち上げた観測衛星からの映像 が、即ちトリステイン王国中央広場で顔を見合わせるヤン達を高度数百キロから撮影した 画像が表示されている。 他にも各種センサーが得た、室内に大量に設置されたモニター全てを使用しても表示し きれないほどの大量のデータが、肉眼では捕らえきれないほどの速度で表示されスクロー ルしている。これらのデータは青年が立つ司令席の下方、床から一段高い場所で低い唸り を上げ続ける三大の巨大コンピューターへ送られる。三角形に並んだ機械の頭脳は、高速 で衛星から送られてきた情報の収集・分析・記録・表示等の処理をし続けていた。 ところで、それが本当に同時刻と言って良いのか、現段階ではこの場の誰にも分からな い。何故なら、時間の流れは均一ではないのだから。 重力の強さと時間の流れの速さは反比例する。例えばブラックホールの極大重力下では 時間の流れが停止していると言っていいほど遅い。地上と周回軌道上の衛星でも重力差か ら時差が生じるため、常にこの時差を修正する必要がある。同一宇宙内ですら時間の流れ に差が出る。良く知られている事だが、物体を光速近くまで加速すると時間の流れが遅く なる。 異なる宇宙間で同一時刻という概念が存在しうるのか、いまだ調査を始めたばかりの彼 等には、結論を出せてはいない。 各種ディスプレイを見上げていた者達やオペレーターたちは、司令席から立ち上がった 人物、他に類を見ない程の美貌を持つ若き主君を見上げる。彼等の何人かが意見を述べる べく口を開こうとした。 だが部屋の右壁際、金髪の青年を主として戴かぬ人が先に声を上げた。 「考える必要はありません!我らが向かいます」 声を上げたのは、まだ少年のあどけなさを残す若い兵士。その周囲には同じ服を着た人 々が歓喜と焦りを顔に浮かべていた。 青年と、彼を主とする人々は、黒を基調として各所に銀色を配した服。そして若い兵士 と、彼の周りに集う人々は、白のスカーフを仕込んだ黒いジャンパーと白のスラックス。 彼等は二種類の制服に身を包む。 それは銀河帝国と自由惑星同盟の軍服。 指令席に立つ青年は、メイン立体ディスプレイの前で操作卓にかじりつく細身の男にア イス・ブルーの視線を送る。 「シャフト」 名を呼ばれた禿の男は、知的好奇心に目を輝かせたままディスプレイを凝視し、主の呼 びかけに答えない。かつてはビアホールの店主のように恰幅の良かった人物は、すっかり 痩せた体を手持ちの端末やコンソールの操作に集中しきっていた。 「シャフト!」 「はっ!はいっ!」 大声で呼ばれ、ようやくシャフトは慌てて、汗を飛び散らす程の勢いで振り返り、顔を 司令卓へ向けた。 「帰還方法は見つかったか?」 「い、いえ…件のゲート、『アインシュタイン・ローゼンの橋』は一方通行です。エネル ギーのみ双方向で」 「そんな事は分かっている!平行宇宙の座標算定は未だ不能、ゆえにワープによる帰還は 不可能、ゲートを一度通過したら、二度と戻れない。 だからお前に特例をもって恩赦を与えて監獄から呼び戻したのだ!」 「はいっ!しょ、承知しております。皇帝陛下の寛大なるご処置には感謝の言葉も」 「おべっかなど使っている暇があったら、さっさと帰還方法を考える事だ。それが出来な いのであれば、再び己の罪を監獄で償わせるのみ」 「は、はいぃっ!」 シャフトは再びディスプレイにかじりついた。ただし、今度は知的好奇心ではなく、自 らの命運を賭けた決死の覚悟を目に秘めて。 アントン・ヒルマー・フォン・シャフト。 元は技術大将で科学技術総監。工学博士と哲学博士の学位を有している。指向性ゼッフ ル粒子の開発責任者。かつてガイエスブルグ要塞に1ダースのワープ・エンジンを搭載さ せ要塞ごとワープさせる事に成功。イゼルローン要塞にガイエスブルグ要塞をもって対抗 させた。 ただし技術力より政治力に長け、策謀にてライバルを追い落とし、ゴールデンバウム王 朝から続けて科学技術総監部のボスに君臨した。横領・収賄・特別背任・軍事機密漏洩等 の罪状で逮捕投獄されていた。 今回の作戦では、ワープの専門家が必要とされた。そこで若き皇帝が記憶の端からたぐ り寄せたのは、彼がかつて直々に逮捕を命じ、「くずがっ!」と吐き捨てた人間だった。 皇帝は、同盟の軍人達を見下ろした。先ほどのシャフトに対する冷酷な視線ではなく、 敬意と冷静さを湛えた目だった。その視線を受ける同盟軍人に対し、長年に渡り帝国と鉾 を交えた優秀な軍人として、少なからず敬意を抱いていた。 「ミンツ司令官、そして同盟軍士官達よ。卿らの気持ちは分かる。いや、予とて同じ気持 ちだ。だが、それは許さん。これ以上の被害者を出すわけにはゆかぬ。帰還方法が確認さ れるまで待て」 被害者。その言葉を放つ時、皇帝は少なからず苦々しさを含んでいた。 だが、ミンツと呼ばれた若者は引き下がる気配を見せない。 「構いません!提督が、ヤン提督の生存が確認されたんです!帰還方法は後々考案して戴 ければ結構です。まず、我らが提督の身柄確保に向かいます!」 「そうだ!あんなものぐさでも、俺達にゃ大事な上司なんでな!」 「これからの人生を楽しく生きるためにも、ヤンは必要なんでね。それに、俺は独身だ。 別にあっちの世界でも構わないぜ」 「そうですな。なにせ、あのヤン提督ですら二ヶ月も生存できた世界です。私なら無事に 天命をまっとうできるでしょう」 居並ぶ士官達は、誰一人として救出の意思を翻そうとはしない。彼等の活力と歓喜に満 ちた声は、この中央司令室全体を震わさんばかりだ。 そのうち一人がシャフトに声をかけた。 「おーい!シャフト博士よ、要はワープ・インとワープ・アウトの座標が確認出来ればい いんだろ?それと、その近くに大きな重力源が無い事。 だったら、俺たちは提督を救出してくるから、そっちはゆっくり座標算定とかしてくれ ればいいんじゃねえか?艦を貸してくれれば、提督を助けてから勝手に重力圏を離脱する からよ」 その軽い調子の言葉に、シャフトは著しく気分を害したようだ。禿げた頭がみるみる赤 く染まり、憤慨した目が向けられた。 「君は、ポプラン中佐だったね?」 「おう!同盟の撃墜王だ。空戦でも、ベッドの上でもな」 「数だけだ。質では俺に及ばん」 隣の立派な体躯を持つ美男子からかけられた言葉を、ポプランは故意に無視した。 「で、どうなんだ?時間さえあれば出来るんだろ?」 シャフトの内包する憤怒は、一気に爆発した。不良生徒の無知で無責任で後先考えない 言葉を叱責する生活指導教師のように。 「そんなわけがあるか!一体、何度説明したら分かるんだ! いいか、そんな簡単な話なら、とっくにあの平行宇宙の原始惑星の空を、銀河帝国の大 艦隊が覆い尽くしている! たとえあの星の住人が、我らの偵察機や無人探査機を数千機、尽く破壊しつくす気象兵 器を持っていようが、分身の術を使うニンジャだろうが、大陸を何故か大気圏内に浮かし 続ける重力制御技術を持っていようが、一瞬で建造物を原子の塵に変える超能力者だろう が! 宇宙戦力を持たない以上、栄光ある銀河帝国の敵ではない!」 シャフトの形相は凄まじく、歴戦の勇者であるはずのポプランも科学者というより政治 屋兼犯罪者の矢継ぎ早な言葉に口を挟む隙を見いだせなかった。 彼等は見ていた。中央広場での戦闘を。 竜がブラスターで撃墜された。 人間が五体に分身した。 突然竜巻が起こった。 手に持った棒で人間の首を切り落とした。 突風をぶつけ合った。 地面から盛り上がった土の塊が人型になり歩き出した。 水の竜巻が人型を削り溶かした。 ヤンと隣の少女がブラスターで分身を撃ったら幻のようにかき消えた。 その二人は竜に乗った男が杖を向けると突風で吹き飛ばされた。 マントを着た人々が宙を飛んでいった。 とどめに、広場に面した教会らしき建造物は、少女が杖を向けると光に飲み込まれて消 えた。 管制室の人々は、開いた口が塞がらなかった。ヤンの生存に一瞬は驚き喜んだが、次々 に起きる異常現象に目を奪われた。 皇帝が立ち上がり声を響かせるまで、誰一人として口をきくことができなかったのだ。 その前から火山周囲を飛び回る竜の群れや、宙を飛ぶ巨大大陸に驚嘆した。だが、これ ら映像に示された現象が生む驚愕は、そんな比ではなかった。 シャフトは近くのオペレーターがデスクの上に置いていた水をひったくって一気に飲み 干す。荒い息づかいに上下する肩をどうにか押さえ、真っ赤な顔はそのままに、科学者と して話を続けた。 「そもそも平行宇宙とは、五次元空間という海の中に浮く四次元時空という名の島なので あり、平行宇宙間を移動出来るのは重力子だけなのだよ!君とて学校で習っただろう!こ の宇宙、4次元時空に存在する根源的な4つの力と、それを伝える粒子だ。 陽子と中性子を結びつけ原子核を作る『強い力』と『グルーオン』。中性子のダウン・ クォークをアップ・クォークに変えて陽子に作り替えたりする『弱い力』と『ウィークボ ソン』。電子と原子核をまとめ物質を作る『電磁気力』と『光子』。そして『重力子』、空 間の歪みが生む『重力』を伝える粒子だ! これら粒子は1cmの10のマイナス33乗の長さしかない紐の形状で、常に振動して いる。このうち最初の三つ、『グルーオン』『ウィークボソン』『光子』は『開いた状態』 にあり、この4次元時空、『ブレーン』と呼ばれる宇宙に両端が付着してる。本来離れる 事は出来ない!この宇宙を離れて別世界、平行宇宙へ移動出来るのは、粒子の紐が『閉じ た状態』にある『重力子』だけだ!輪を描く粒子である『重力子』は常に、無の空間であ る平行宇宙の狭間、五次元空間へ漏れている。巨大な惑星の重力下、小さな磁石が砂鉄を 吸い上げれるのはそのためだ。『重力子』が別次元へ漏れているため、小さな磁石の生む 磁力に負けるほど重力は極めて微弱だ。 そして平行宇宙を移動することは、これらの粒子を宇宙から、『ブレーン』から無理矢 理引きはがす事を意味する!当然、その瞬間に移動しようとした物体は支えを失い崩れ去 る!純粋なエネルギーへ戻り、次元の狭間に無となって、虚数の海を漂う一滴となってし まうんだ! 本来、ワープだって別次元を通過する事で宇宙をショートカットするものだ。だがワー プ・エンジンによってワームホールを造り、強引に『ブレーン』の任意の場所2点を繋げ る事でエネルギーへ還る事を防いでいる。厳密には異次元を通過せず、この宇宙の中を移 動しているんだ。 本来、座標の算定が不十分な段階で、空間が大きく歪んだ場所からワープすればどうな るか?時空の歪みに巻き込まれて次元の狭間に落ちる!しかも今回は平行宇宙だぞ!両宇 宙がどこにあるのか、どう並んでいるのか分からない、のではない!そんな概念が存在し ない五次元、高次元空間だ!どんな高性能のコンピューターを搭載していても移動は理論 上不可能!何故なら、移動する先を計算出来ないから、どこにワームホールを繋げればい いのか分からないからだ! よしんば座標の算定に成功したとしよう。それでも!本来はワープによる移動は出来な い!我らは一万光年のワープすら出来ないんだぞ!?今回は一万光年どころじゃない、別 銀河ですらない!別『ブレーン』だ!!本当なら、まともに考えれば出力が足らないと分 かるだろう?全人類のワープ・エンジン全てをかき集め、全て同時に稼働させても無理か もしれないんだ! 幸い、今回はあの『アインシュタイン・ローゼンの橋』、1600年も前にアンドレイ・リ ンデ博士が存在を予言した、ブレーン間を繋ぐ『時空のくびれ』という基準点がある。ど ういうワケかブラックホールでもないのに一方通行な、奇妙奇天烈摩訶不思議な、あの謎 のゲートだが、それでも座標の計算は不可能ではない。それに、既にゲートが通じている という事は、両『ブレーン』を繋ぐワームホールを造る為のエネルギーは意外に低く済む 可能性がある。 だがそれでも!座標の算定は困難を極めるんだ。何故なら、あのゲートの出入り口は両 方とも、重力圏内にあるからだ!入り口はイゼルローン回廊、出口は惑星の地上…何故か 惑星の自転・公転に完全同期している…おまけに巨大な衛星が二つもある!例えれば、数 人がかりで力の限り掻き混ぜられている池の水面上の小さな泡の一つを基準にするのと同 じだ! 私とて科学者のはしくれ、この現象に知的好奇心を抱かないわけがない。自分の自由の ためでもある。必ず算定は成功させてみせる!だが、すぐには無理だ!全力は尽くすが、 いつとは言えん。 それまではこれまで通り、見ての通り、全宇宙から艦船をかき集めて、改造ワープ・エ ンジンを交代でフル稼働させて、ゲートを固定させ続けるしかない!」 シャフトは一気に語り終えた。肺の中の空気を全て使い切って、肩の上下運動だけで鉄 の床を揺らすほどに。一体何度目なのか、何百人に同じ説明をしたろうか、あまりに同じ 事を繰り返したため、これほどの長い説明を詰まりもせず一気に出来てしまった…と、う んざりしながら。 そして改めて目の前の、軽口を叩いて科学者としての矜恃を傷つけた男を見てみる。 見なかった方が良かったろうか?これだけ力を込めて、本人としては可能な限り分かり やすく説明したにも関わらず、どうみても右耳から左耳へ素通りしたとしか思えない顔な んて。いやポプランだけではない。帝国同盟通じて、かなりの数の軍人がぼんやり呆けた 顔をしていた。 もっとも彼等は職業軍人であり、科学者ではない。自己の専門外な知識に関して完全に 理解しろ、というのは酷というものだろう。 「もうよい、シャフトよ。そう簡単に解決できるものでもない事は承知している。今は時 間が惜しい。作業に戻るのだ。追加のコンピューターもエル・ファシルから調達される予 定だ」 「はっ!」 皇帝に命じられ、獄中生活の間に痩せてしまった男はモニターへと視線を戻した。 次に皇帝は元同盟軍士官達を見下ろす。 「卿らも、気がはやるのは理解する。だが、千年に渡る怪奇現象、あの『橋』による数多 の失踪爆発事件を解決に導くべく我らは集結したのだ。独断専行も蛮勇も事態を悪化させ るのみと心得よ」 ユリアン達は明らかに不満と反発を示していたが、ここで暴発するほど浅はかなではな かった。視線を衛星からの映像に戻しつつ、ヤンの救出手段について協議を続けた。 そしてラインハルトも視線をデスクの立体モニターへと向ける。立体モニターの中には 多数の映像と文書、メインコンピューターからのデータ等が綺麗に整理されて表示されて いる。 映像の中に、宇宙空間に浮かぶ鏡のようなものを映すものがあった。光りを放つ鏡の背 後に、艦船の舷側が見えている。 その映像の隣には、鏡周囲に同盟と帝国の戦艦・巡洋艦が十隻ほど円を描いて並んでい る光景が映し出されていた。それは鏡に向けてワープ・エンジンを稼働させ、『門』を固 定する艦船だ。艦船に比べて鏡は極めて小さく、モニターでは星のような微小の光点にし か見えない。 そしてさらに隣の映像には、鏡を囲む艦船を上下左右前後、全方位から取り囲む艦船数 千隻が存在していた。そしてその宙域に急遽設置され、今も建設改造の途上にあるステー ション、『アインシュタイン・ローゼンの橋』監視観測司令所も映像の端に映っている。 数々の観測機器を搭載し、鏡を包囲固定する帝国・イゼルローン含めた全艦船への司令所 であるステーションの司令室に、銀河帝国皇帝ラインハルトはじめ帝国と同盟の高官達が 集結していた。 加えて別の映像では、鏡の一番近くに存在する有人惑星も映している。ただしそれは、 直径60kmの人工天体。流体金属で覆われ銀色に輝くイゼルローン要塞だ。 ステーション建築資材を運搬する多数の輸送船が出航し、オーバーヒート寸前までワー プ・エンジンを稼働させた戦艦の列が補給と整備のため帰港する。ただし、帝国同盟の区 別無く。 難攻不落の要塞イゼルローンは、今や、『門』を捕獲し管理するイゼルローン共和政府 と銀河帝国の前線基地として機能していた。 前ページ次ページゼロな提督
https://w.atwiki.jp/hoyatto/pages/18.html
ボスアクセサリ Lv ボス名 場所 アイテム名 効果 装備レベル 30 ブンブン クリスタル採掘場2F ブンブンのオニックスネジ 力+7 体力+7 敏捷+7 瞬発力+7 20 30 堕落した魂の守護者 悪霊の洞窟 守護者の閃光 敏捷+10 瞬発+10 回避+20 35 40 魔人ヘズワード ラウケ修道院2F 修道院長の祈祷書 知能+10 精神+10 魔法攻撃力+30 30 45 モレック 悪霊の洞窟 怪力の環 力+15 体力+5 近距離攻撃力+30 35 51 ブラッディーロード 悪霊の洞窟 ブラッディロードの目 知能+10 HP+250 命中+30 40 60 ヴィクトル男爵の亡霊 カロニアの古墳、黒竜の聖殿 堕落した騎士のペンダント 体力+10 敏捷+10 MP+400 50 65 リンドブルム 黒竜の聖殿 リンドブルムの狂気 体力+10瞬発力+10 HP+300 55 65 ニッドホッグ カロニアの古墳 ニッドホッグの怒り 力+10 敏捷+10 HP+300 55 65 暗黒の支配者 ラコン1階 虚無のカメオ 知能+15 精神+15 HP+200 55 70 アクエリオス ウォーターテンプルガーデン 神獣の魂 力+15 知能+15 敏捷+15 HP+200 60 70 アマデウス・デ・ロハ ラコン2階 荘厳なる死の翼 力+15 体力+15 敏捷+15 60 75 ヤヌス・ウネ・ロハ ラコン3階 黒い天使のスタッフ 体力+15 知能+15 精神+15 65 75 デスカイゼル ラコン4階 デスカイゼルの紋章 敏捷+30 HP+200 近距離攻撃力+100 物理防御+40 65 75 グロト ラコン4階 グロトの紋章 力+20 体力+20 敏捷+15 物理防御+30 65 75 バルシオン ラコン4階 バルシオンの紋章 体力+25 知能+20 物理防御+30 魔法防御+30 65 80 ヘルカルゴ ラコン4階 ヘルカルゴの紋章 知能+30 精神+30 MP+100 65 80 レビゲル ラコン4階 レビゲルの紋章 敏捷+25 瞬発力+25 命中力+30 回避力+30 65 80 ルインテ ラコン4階 ルインテの紋章 体力+15 近距離攻撃力+300 65 80 ストゥラトゥス ラコン4階 ストゥラトゥスの紋章 力+20 体力+20 近距離攻撃力+100 命中+30 65 80 ベルゼブ ラコン4階 ベルゼブの紋章 体力+10 敏捷+5 遠距離攻撃力+300 65 85 イグシルト ラコン4階 イグシルトの心臓 体力+20 HP+1000 MP+500 70 (c) 2009 ROHAN by YNK JAPAN Inc. All Rights Reserved. (c) 2005-2009 ROHAN by YNK GAMES Inc. All Rights Reserved
https://w.atwiki.jp/zeromoon/pages/111.html
前ページ次ページ魔眼の使い魔 「お前達の特技は何か!?」 「殺せ!殺せ!殺せ!」 「この試合の目的は何か!?」 「殺せ!殺せ!殺せ!」 「お前達は祖国を、トリスティン魔法学院を、糞ビッチのアンリエッタを 愛しているか!?」 「ガンホー!ガンホー!ガンホー!」 「よおし、いけいけいけ!」 「ニンジャ――――――――――ッ!!!」 トリスティン魔法学院とド・ポワチエ魔法士官学校の学生有志で行われる親善試合 通称ローズボウル 過去36回の戦績はトリスティン魔法学院の0勝36敗 そこで今年はメドゥーサが臨時コーチを務めていた 「嫌な予感がする激しく嫌な予感がする」 頭を抱えるルイズの横でメドゥーサは芋長の芋羊羹を茶菓子にほうじ茶を啜っている 「アンタ、選手達に脳改造とかドーピングとかしてないでしょうね?」 「そんな必要はありません」 厳しい表情で詰問するルイズにのほほんと答えるメドゥーサ 「【自己封印:暗黒神殿】を応用した一時間が一年になる結界の中で36時間 みっちりぬっぽり鍛えに鍛えました、ちなみにこれが使用したテキストです」 メドゥーサが差し出したのはA4のコピー用紙をホチキスで束ねた小冊子 広東語で「甲賀デスシャドウ流通信教育講座」と書かれている 「大丈夫なのあいつら?」 「問題ありません、もはや彼らは全員七色の音撃殺法を操る魔化魍退治の スペシャリストです」 「いやこれラグビーだから」 などと言っているあいだにもめくるめくセンス・オブ・ワンダーな方法で 血祭りにあげられていく魔法士官学校の選手達 「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリーデベルチッ!」 「ちょっとー!相手選手にジッパー生やしてるのがいるわよーッ!?!」 「はい、何度も死線を越えるうちに次々に新たな能力に目覚めていきまして。 いや、本当に生命は可能性に満ちています。 このSSのテーマが人間賛歌だと知ったら海のリハクも驚くでしょう」 「世を儚んで首吊ると思うわ」 ここで遂に仕官学校陣営は砲亀を投入 「ほう、歩兵戦闘で劣勢なので火力支援を要請しましたね」 「どうやって収拾つける気よ」 ジト目で睨むルイズ 「はい」 にっこり笑って水のルビーと始祖の祈祷書を差し出すメドゥーサ 「エクスプロージョンッ!」 力任せに爆発オチ 前ページ次ページ魔眼の使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/4056.html
64 名前: ティファニア式豊胸体操 [sage] 投稿日: 2007/09/18(火) 01 33 43 ID dQ2OoWrN 最近、ルイズの視線は大抵一点で固定されている。 転入生として魔法学院へやって来た、ティファニアの胸である。 彼女のふざけたサイズの胸と自分の地平線を見比べつつ、哲学的な思考にふけるのが、最近のルイ ズの日課であった。 (一体何なのかしらあれ。あんなの胸って呼んでいいのかしら。そもそも胸って何なのかしら。何で 男はそんなの重要視するのかしら。あんなお肉の塊を。そうよあんなの邪魔なだけなんだし、わた しには必要ないし) などと毎回同じ結論を出すのだが、才人がティファニアの胸をデレーッと見ているところを目撃し て、また思考が振り出しに戻ったりする。 (悔しいわ悔しいわ。あんな肉の塊に負けるなんて。わたしにはなんであの肉の塊がちょっとでいい からついてないのかしら。あの子からちょっと分けてもらえないものかしら) そんな風に考えて、ちょっと期待しながら始祖の祈祷書を捲ってみたりもするのだが、さすがの虚 無系統と言えども「他人の胸の肉を奪う魔法」は存在しないらしい。祈祷書に新たな記述が追加され ることはなく、本を開くたびに落胆のため息を吐くことになるのである。 ルイズは作戦を変えた。自分の胸に肉がなく、あの子の胸には肉がある。つまり二人のどこかに違 いがあるということである。ティファニアを一日中観察していれば、その違いも分かるだろう。同時 に、胸に肉をつける方法も分かるはずだ。 そんな訳で、ルイズはその日以来暇があればティファニアを観察していた。朝起きた後も授業中も 食事中も大浴場に入っているときも、ずっと。 「なんかよー、テファが最近一日中誰かの視線感じるって言うんだよなー。俺の世界じゃストーカーって 言うんだぜそういうの。お前も気をつけろよな、ルイズ」 才人がそんなことを言い出したので、この作戦もそろそろ止めにしなければならなくなった。 (でも、まだあの子とわたしの違いなんて少しも分からないのに) この数日間観察したが、食事も入浴法も就寝時間も、二人の間にはそれほど差はなかった。 では一体、この胸の肉の差はどこからくるのか。まさか彼女の体にエルフの血が混じっているのが 原因なのか。だとしたらもう手の打ちようがない。 歯噛みしたとき、ルイズはふと、ティファニアが奇妙な行動を取っているのに気がついた。 何やら、中庭の木の下で、奇声を上げながら妙な踊りを踊っているのである。不規則で乱雑な、見 たこともない踊りである。 (あれは一体……まさか、あれがあのふざけた胸の肉の秘密なの) どきどきしながらティファニアの踊りを見つめるルイズに、背後から静かな声がかけられた。 「あなたの推測どおり」 振り返ると、タバサがいた。静かな瞳でティファニアを見据え、指で眼鏡を押し上げる。 「エルフに伝わる豊胸の踊りに違いない」 「ということは、あれをやればわたしも革命的な胸の肉を得ることが?」 「そう」 「イヤッフゥー!」 喜びながらも、ルイズは怪訝に思う。何故このタバサが、自分にそんな情報を与えてくれるのか。 その疑問が相手にも伝わったのか、タバサはこちらに右手を突き出すと、黙って親指を立ててみせた。 「貧乳同盟」 ルイズは雷に打たれたような衝撃を受けた。貧乳同盟。なんと分かりやすい名前なのだろう。まっ 平らな自分とまっ平らなタバサ。目指すところは同じだったということか。 ビバ、友情。ビバ、貧乳同盟。タバサの知恵と自分の努力が合わされば、恐れるものなどなにもな い。目指すは山盛り胸の肉である。 「タバサ。わたしたち、頑張りましょうね」 ルイズはタバサの両手を握ってぶんぶん上下に振り、足取りも軽くその場から立ち去った。 65 名前: ティファニア式豊胸体操 [sage] 投稿日: 2007/09/18(火) 01 34 39 ID dQ2OoWrN ティファニアは悲鳴を上げて、大きくすぎる胸をばいんばいんと揺らしながら、必死で背中に手を 伸ばしていた。 しかし、届かない。あと少しのところで届かない。端から見れば奇声を上げながら踊っているよう に見えるだろうが、そんなことは気にしていられなかった。 そのとき、不意に背中に誰かの手が入り込み、すぐに抜き取られた。驚いて振り返ると、そこに見 知った小柄な少女が立っている。 その指先には、先程自分の背中に落ち込んだ毛虫が握られていた。小柄な少女、タバサはその毛虫 を無感動に地面に放ると、黙って親指を立てた。 「グッジョブ」 意味不明なまま、タバサは静かに立ち去った。 翌日、才人は聞きなれぬ物音で目を覚ました。 重い目蓋を押し上げると、ベッドから降りたルイズが奇声を上げながら変な踊りを踊っているのが見えた。 数秒ほどもその奇怪な情景を眺めたあと、才人は深々と嘆息し、また布団を被った。 (いろいろあって疲れてるんだなあ、ルイズの奴。生温かい目で見守ってやろう) ルイズの奇声は、それからしばらく続いていた。 朝焼けの空に浮かぶシルフィードの背中に跨って、タバサは「遠見」の魔法でルイズの踊りを眺め ていた。もちろんいつもの無表情である。 「ねえねえお姉さま」 「なに」 「どうしてあんな嘘吐いて、ルイズに変な踊りを躍らせてるの。理由を教えてほしいのね」 タバサは無表情のまま一言答えた。 「面白いから」 「きゅいきゅい。お姉さまってときどきすごくひどいのね」 これが、数百年を経た今も旧ヴァリエール公爵領に伝わる奇怪な儀式の始まりであったと、歴史学 者のノーヴォル・ヤマグッティー氏は語っているが、真相は定かではない。 なお、住民からこの逸話を聞き出したとき、同氏は 「とりあえず、おっぱいは大きい方がいいよね」 というコメント残している。まことに業が深い話である。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1617.html
宮中から戻ってきたルイズ一行。学院に戻ってすぐに、ルイズはオスマンに呼ばれて学院長室に向かった。 オスマンから始祖の祈祷書を渡され、その旨をルイズは聞かされる。 その際ルイズは、先程会話の途中に豹変したアンリエッタのことを思い出し、複雑な心境だった。 ゼロの奇妙な使い魔~フー・ファイターズ、使い魔のことを呼ぶならそう呼べ~ [第三部 未来への祈祷書] 第一話(16) 崩壊への序曲 その① 「僕のルイズー!クックベリーパイを持ってきたよー!」 学院長室から戻ってきたルイズを待ち受けていたのは、クックベリーパイを持ったマリコルヌだった。 「な、何よマリコルヌ。そんなもの持ってきて。」 暗くぼんやりとしたルイズが言う。 「きっと落ち込んでいるだろうと思って差し入れを持ってきたんだ。」 アンリエッタ云々の件はマリコルヌは知らない。 しかし信頼していたワルドに裏切られ、目の前でウェールズが肉塊になった。 マリコルヌはそれを考え、ルイズはきっと落ち込んでいるだろうと踏んだのだ。 「そ、そんなことされなくたって落ち込んでないわよ!ででで、でもね、折角持ってきてくれたんだから、たたた、食べないのは悪いわよね。 とっととと、特別に私といっしょに食べることを許可してあげるわ。ヴェストリの広場に行きましょう。」 「よ、よろこんで、僕のルイズ!」 ルイズはマリコルヌの行動に瞳を潤ませて感謝していたが、そんな顔を見られたくないので先頭をきって歩く。 ヴェストリの広場に到着した二人は、その場に腰掛けてクックベリーパイの皿をを地面に置く。 マリコルヌのマヌケな話を笑いながら食事をしている二人。 その様子を一人の人物が偶然目撃する。タバサだ。 (ルイズ…キュルケが死んだのに、仲の良い友人が殺されたっていうのに…貴女はどうしてそんなに笑っていられるの…。) キュルケの死が未だに頭から離れないタバサ。 キュルケの代わりにルイズを心配しようと考えていたその気持ちは、笑っているルイズへの憎しみへとかわっていった。 タバサはそのまま自室に戻り、キュルケのことを思い出し、眠った。 第一話(16) 崩壊への序曲 その② 「う~ん。まったくもって思いつかないわ。」 始祖の祈祷書と睨めっこをしながら、再び復活したFF下っ端に話しかけている。 その横にある窓からは、シルフィードに乗って出かけていくタバサが見える。 ただしルイズはそのことには気が付いていないのだが。 日はあけ、ワルド戦からは二日も経っている。 つまりタバサがプッチ神父と接触してから三日後だ。プッチとの約束の日である。 タバサは待ち合わせの魅惑の妖精亭に向かう。十二時という約束であったが、タバサはいても経ってもいられず、明け方に出発した。 勿論時間に余裕がありすぎるくらい早くついたので、そのあたりを散歩してから、約束の三十分前に店に入った。 するとそこにはあの男、プッチが既に座っていた。 タバサは警戒気味で椅子をひき、座った。 「これが解毒剤だ。」 タバサが座るとすぐに、プッチは液体の入ったビンを目の前に差し出す。 タバサは少し疑り深い目をしながら受け取った。 どうしてこのような物を持っているのか気になったが、それは口に出さない。 「それを飲ませれば君の母親はすぐに良くなるだろう。」 タバサは無言で頷く。 「次は父親の仇だ。実行するときは私を同伴しろ。そうすればいつでも討てる。」 「じゃあ今すぐ。それで条件は?」 タバサはことを急ぐ。何が何でも仇は早く打ちたかった。 「前に言ったと通り、天国に到達するための手伝いをしてほしい。そのためにまずは君に王位を継承してもらいたい。」 その後、話は纏まり、二人は魅惑の妖精亭を後にして、シルフィードでガリアに向かった。 第一話(16) 崩壊への序曲 その③ 「以上のことからマザリーニ枢機卿を幽閉します。賛同者は起立して下さい。」 ここは王宮の一室。アンリエッタ、マザリーニ、その他多くの貴族が今後のことで話し合っていた。 そしていきなりマザリーニの話になる。そこでマザリーニは全く身に覚えのない行為についての訴えを受けた。 横領しているだの、権力を好き勝手に使っているだの、貴重品の盗難の主犯だの言いたい放題だった。 そして話が続き、文頭の一文に繋がる。マザリーニ以外の貴族がみな、立ち上がる。 マザリーニは絶望したかのように力が抜けた。一体何が起こっているのかと。 アンリエッタの命で、扉を開け、兵が入ってきてマザリーニを連行する。 「さぁ、会議を続けましょう。」 アンリエッタの一声で、規律した貴族たちが座る。 彼らはリッシュモンとその息のかかった連中である。 「王党派のふりをしてトリステイン領を攻撃。その名目でアルビオンの内紛に参入。 そしてレコン・キスタと共同戦線。王党派と邪魔になりそうな者を相打ちさせる。わかりましたね。」 アンリエッタが話を進める。 「攻撃対象はタルブの村が候補地としてあがりましたぞ。」 「ご苦労様です、リッシュモン高等法院長。では軍役免除税を払った者はどうやって排除するのがいいと思いますか?」 「何か適当な罪をかぶせて幽閉するのが良いでしょう。戦争が楽しみですな、姫殿下。」 「ええそうね、とても楽しみだわ。ウフフフフフ。」 このあと、太后マリアンヌやアニエス・ミランなどが幽閉されていった。 第一話(16) 崩壊への序曲 その④ プッチとの約束のあった翌日、本日はシュヴルーズの授業である。 ガリアに向かったタバサは当然帰ってきていないので、無断欠席だ。 「タバサは一体どうしたのかしら?」 「そうだね、どうしたんだろう。」 ルイズはマリコルヌに話しかけていた。 同じ目的を持って旅をしたのだ。当然仲は良くなる。 それを見たシュヴルーズは、とてもルンルンで微笑んでいた。 そしてマリコルヌにいいところを見せる場面を用意してやろうとして、言った。 「ではミスタ・グランドプレ。みんなの大好きな錬金ですよ。やってみてください。」 それを聞いてルイズは思い出した。マリコルヌは現在魔法が使えないのだ。 マリコルヌがあまりにも明るかったので失念していた。ルイズはそう思った。 そして、前に出て魔法を使おうとしないで、と祈った。 だがマリコルヌは前に出て行く。そして錬金を唱えるが何もおきない。 周りは大爆笑だ。ルイズは、自分を庇ってその能力を失ったマリコルヌが笑われているのを見て、泣いて呟いた。 「ごめん、ごめんねマリコルヌ。私のせいで…。」 そんなルイズの声も聞こえないくらい野次が騒がしい。そしてある生徒がこんなことを言った。 「最近ゼロのルイズと仲が良いからなぁ。ゼロが移ったんじゃあねぇのか。ゼロのマリコルヌ!」 周りは更に爆笑する。しかし、そこで先程までシュヴルーズに心配そうに話しかけられたマリコルヌが、生徒のほうを向き声を荒げる。 「ルイズを侮辱するな!僕だったらいくらでもコケにしたまえ。だがルイズを馬鹿にするのは許さない!謝れ!」 そして静寂が訪れる。ここで何とかシュヴルーズが取り直し、授業は無事に再開した。 第一話(16) 崩壊への序曲 その⑤ 授業の後、二人は食堂にいた。 「ごめんねマリコルヌ。私のせいであんなことになったのに、私を庇ってくれて…。」 「泣かないでよ、僕のルイズ。当然のことをしたまでなんだから。それに最近泣いてばっかりだよ。笑っておくれ、僕のルイズ。」 この言葉にルイズは涙をぬぐう。そしてその後の第一声はというと… 「な、泣いてなんかいないんだから!そそそ、それに庇ってなんて一言も言ってないわ!私はあんなのまったく気にしてないんだからね!」 それをシエスタが微笑ましそうに見て呟く。 「いいなぁ、恋人がいて。それにしてもミス・ヴァリエールはどうして連れてこないんだろう。 フー・ファイターズさんとお話がしたかったのに。」 フー・ファイターズが食事を摂取しないということはすっかり忘れてしまっている。 しかし、直後に耳にしたことで、シエスタの周りは時が止まってしまう。 「おい、聞いたか、タルブの村の話。」 「ん、何かあったのかい?聞いたこともない村の名前だけど。」 「何言ってんだよお前、今は結構有名だぞ。」 「だから一体何なんだよ。」 シエスタはここまでの会話の流れで、龍の羽衣の噂でも広まったのかなぁ、なんて微笑んでいた。 だがそれは違ったのだ。 「昨晩なにやらアルビオンの王党派が、食料を手に入れるために襲ったんだとよ。」 「げぇ、本当かよ。いくら貴族派に追い詰められているからって、そんなことして貴族の誇りはねぇのかよ。こりゃあトリステインも敵に回したね。」 「そうなんだよ。村人も皆殺しにされたらしくて、姫殿下も途轍もなくお怒り、すぐさま討伐軍を編成したらしいぜ。」 「こりゃあ大変なことになったな。まさか貴族派の肩をもつなんて予想外の展開だね。」 シエスタは、持っている皿を床に落とし、その場に座り込んで泣いてしまった。 食事中の生徒たちは、何事かと一斉にシエスタを見たが、他のメイドたちがシエスタを奥の部屋に連れて行き、割れた皿を片し、生徒たちに謝ったので、何事もなかったかのように場は収まった。 to be continued…
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1442.html
第二十四話 『カントリーロード』前編 「さてと、皆さん」 コルベールは禿げ上がった頭をぽんと叩いた。彼は先日起きた侵入者の一件で、「フーケに続きまたしても!この学院は狙われていますぞ!」などと叫び怯えていたが、喉元過ぎれば何とやら。今ではすっかり調子を取り戻していた。 もっとも、あの侵入者たちの真の恐ろしさは実際に戦った五人にしかわからないだろうが。 そもそも彼は戦闘や争いと言った類に興味がないようである。興味があるのは学問と歴史、そして研究と言ったインドア派だ。 だから彼は授業が好きだった。自分の研究の成果を存分に開陳できる、いわば趣味と実益を兼ねた発表会みたいなものだった。 そして今日もまた、彼の奇妙奇天烈摩訶不思議奇想天外四捨五入な研究の賜物が机の上にその全貌を明かすのであった。 「それはなんですか?ミスタ・コルベール」 生徒の一人が指さした先には妙な物体があった。長い円筒状の金属の筒に、これまた金属のパイプが延びている。 パイプはふいごのようなものに繋がり、円筒の頂上にはクランクがついている。 そしてクランクは円筒の脇にたてられた車輪に繋がっており、さらにその車輪は扉のついた箱に、ギアを介してくっついていた。 いったいこれで何の授業をおっぱじめようと言うのかと、生徒たちは興味深くそのがらくたのような金属の塊を見ていた。 コルベールはそんな彼らの好奇の視線を受けてたいそう嬉しそうに笑うと、もったいぶった咳払いを一つしてから語り始めた。 「えー、『火』系統の特徴を、誰かこのわたしに開帳してはくれないかね?」 そう言うと教室を見渡す。教室中の視線がキュルケに集まった。 『火』のゲルマニアでも名門のツェルプストー家の出身であり、彼女自身『微熱』の二ツ名を冠する『火』の使い手である。 そんなキュルケは教室中の視線を髪を掻き上げて受け流すと自信たっぷりに答えた。 「情熱と破壊が『火』の本領ですわ」 「そうとも!」 自身も『炎蛇』の二ツ名を持つ『火』のトライアングルメイジであるコルベールは、にっこりと笑って言った。 「だがしかし、情熱はともかく破壊だけが『火』の司る本懐ではどうにも寂しいじゃありませんか。このコルベールは『火』は使いようだと考えております、諸君。使い方一つでいろんな楽しいことができるのが『火』なのです。いいかねミス・ツェルプストー。破壊するだけが――燃やし尽くすだけが『火』の本懐では決してない」 「・・・・・・・・・」 キュルケは意外にも真面目にコルベールの話しに耳を傾けていた。実際彼女はコルベールの授業に助けられたことがある。熱した鉄を冷却することで砕く。 もしこの授業を聞いていなかったら果たしてキュルケたちの命は文字通り凶刃の前に散っていただろう。 以前ならば話しも適当に聞いて爪の手入れでもしていただろうが、今のキュルケはコルベールに尊敬の念さえ抱いていた。 自分とは全く違った『火』――『情熱』を持った人間なのだと。 「でも、その妙なカラクリはなんですの?」 キュルケが興味深げに尋ねると、コルベールの笑みはますます嬉しそうになっていく。 「うふ、うふふ、よくぞ聞いてくれました。これは私が発明した装置ですぞ。油と火の魔法をつかって動力を得る装置です」 クラスメイトは口をぽかんと開けてその装置に見入っている。ウェザーもその例に漏れずに食い入るようにその装置を見ていた。 「まずこのふいごで油を気化して・・・」 コルベールがしゅこしゅこと足でふいごを踏む。 「すると、この円筒の中に気化した油が放り込まれる」 コルベールが円筒の横の穴に杖の先を入れて呪文を唱えると、断続的な発火音がが聞こえ、気化した油に引火したのか爆発音に変わった。 「ほら!見てご覧なさい!この金属の円筒の中では気化した油が爆発する力で上下にピストンが動いておる!」 すると円筒の上にくっついたクランクが動き出し、車輪を回転させた。回転した車輪は箱についた扉を開き、ギアを介してぴょこっ、ぴょこっ、と中からヘビの人形が顔を出した。 「動力はクランクに伝わり車輪を回す!ホラ!するとヘビ君がぴょこぴょこご挨拶!面白いですぞ!」 しかしコルベールの熱っぽい口調とは裏腹に生徒たちの反応は薄かった。熱心に聞いていたキュルケたちでさえ理解できずに置いてけぼりをくらっている。 この中であの装置の意味を理解できている者はコルベールとウェザーだけであろう。 「で、それがどうかしたんですか?」 誰かがとぼけた声で感想を述べた。コルベールは自慢の発明品がほとんど理解されず無視されていることに悲しくなったが、おほんと咳払いをして説明を始めた。 「えー、今は愉快なヘビ君が顔を出すだけですが、たとえばこの装置を荷車に乗せて車輪を回させれば馬がいなくとも進む!たとえば海に浮かんだ船の脇に巨大な水車をつけて装置で回せば、風がなくとも船は進むのですぞ!」 「そんなもの、魔法で動かせばいいじゃないですか。なにもそんな妙ちきりんな装置を使わなくても」 生徒のその一言はあっという間に教室中に伝播し、誰も彼もがそうだそうだと頷いた。 「諸君!よく見なさい!もっと改良すればこの装置は魔法無しで動かすことが可能になるのですぞ!例えば火打ち石を利用してですな・・・」 コルベールは興奮した調子で語るが、やはり生徒たちには受け入れてもらえない。 皆一様にその装置に対する興味を無くしていたが、そんな中で一人立ち上がり拍手を贈る者がいた。ウェザーである。 「それは『エンジン』だな?すごいじゃないか、それを独力で発明するだなんて!ノーベルものだなミスタ・コルベール!」 教室中の視線がウェザーに集まる。 「エンジン?」 コルベールはキョトンとしてウェザーを見つめた。 「俺のいたところじゃあそれを使ってあんたが言った通りのことをしている」 「なんと!やはり気付く人は気付いておる!おお、きみはミス・ヴァリエールの使い魔君だったね」 コルベールは彼が自分の発明を理解してくれたことと、『ガンダールヴ』であることを思い出し、ますます興味を持った。 「君がいたところと言っていたが、どこの生まれかね?」 コルベールが身を乗り出して聞いてくるのでウェザーはしまったと思いながらどうしようか迷っていると、ルイズが代わりに答えてくれた。 「ミスタ・コルベール。彼は、その・・・・・・東方の・・・ロバ・アル・カリイエの方からやってきたのです!」 「なんと!あの恐るべきエルフの住まう地を通って!いや、『召喚』されたのだから通らずともハルキゲニアにはこれるか。 なるほど・・・エルフの治める東方の地では学問や研究が盛んだと聞くが・・・君はそこの生まれなのか。なるほど」 コルベールは納得したように頷いた。ウェザーもここはルイズに合わせるべきだと判断して答えた。 「そう、俺はそのロバ・ネコ・トリイヌ・・・いや、これは音楽隊か・・・ま、まあそこからきたんだ」 コルベールはうんうんと頷くと再び教壇に立ち教室を見渡す。 「さて!では皆さん!誰かこの装置を動かして見ないかね?なあに!私がやったとおりにやるだけです。ちょっとタイミングにコツがいるが、慣れれば簡単ですぞ!」 しかし誰も手を上げなかった。コルベールはがっかりして肩を落とした。と、その時マリコルヌがルイズを指さした。 「おいルイズ!お前がやって見ろよ!」 「なんと!ミス・ヴァリエール!この装置に興味があるのかね!」 コルベールが食いついたのを見てマリコルヌが続ける。 「フーケに継いでまた盗賊を捕まえたお前なら朝飯前だろ?」 ルイズはマリコルヌが自分に恥をかかせる気なのだと気づいていた。マリコルヌは最近何かと噂になるルイズが気に食わないのだろう。 だがもちろんルイズもむざむざとマリコルヌの鬱憤につき合ってやるつもりはない。しかし、 「どうしたルイズ?やってみろよ、ゼロのルイズ」 その一言で理性がショートした。マリコルヌごときにナメられては黙っていられない。ルイズは立ち上がると一度ウェザーをちらりと見て、それから無言でつかつかと教壇に歩み寄った。ウェザーはそんなルイズの様子に軽くため息をついてから「りょーかい」と小さく呟いた。 コルベールもルイズが徐々に近づいてくるに連れて彼女から放たれるドス黒いオーラを感じ取り、同時に彼女の実力と結果を思い出した。 嫌な汗をだらだらとかきながら何とか説得を試みる。 「あ、いや、ミス・ヴァリエール。その、なんだ、うむ、また今度にしないかね?」 その言葉にルイズが下からぐるりとコルベールを見上げた。首が不気味に傾いており、瞳孔は完全に開いている。 コルベールの説得は物言わぬ恐怖の前にあえなく屈した。ただ天井を仰ぎ「おお、始祖よ・・・」と嘆くしかなかった。生徒たちも各々机の下に隠れ始める。 ルイズはそのままコルベールがしたようにふいごを踏み、気化した油を送り込む。大きく深呼吸をしてから杖を穴に差し込んだ。コルベールが祈るように目を瞑る。 ルイズが杖を差し込んだとき、机の下にいたマリコルヌに異変が起きていた。いきなり何かに机の上に押し出されてしまったのだ。 教壇ではルイズがもう詠唱を始めていた。 慌てて机に潜ろうとするが見えない何かに阻まれて跳ね返されてしまうのだ。もの凄く弾力のある、まるで空気を詰めた袋のような感触のものに。 マリコルヌがどうしようかと迷っている間にルイズは魔法を完成させた。期待通りの大爆発。 装置は粉々に爆発し、ルイズとコルベールは吹き飛んび、マリコルヌは光に飲まれ爆風で飛んだ。 しかも装置の中の油に火が燃え移り辺りに炎を振りまいたのだ。教室が恐慌状態になる。 しかしそんな中ルイズはケガもないようで、すっくと立ち上がった。あらかじめ用意して貰ったエアバッグで衝撃を殺したのだ。 とは言え、爆発のあおりで制服はボロボロ、顔中が煤だらけではあるが。 だがそんな格好でも、この教室の惨状を見ても、意に介した風もなく腕を組み、コルベールに言い放った。 「ミスタ・コルベール。この装置壊れやすいです」 そのコルベールは黒板に叩き付けられたために気絶していたので返事はなかった。代わりに生徒たちが口々にわめいた。 「お前が壊したんだろうがッ!いい加減にしてくれよ!」 「つか炎!燃え移ってるし!」 「消せ消せ!水だ水ーッ!」 おたおたする生徒たちの中、モンモランシーが立ち上がり呪文を唱えた。『水』系統の呪文、『ウォーター・シールド』であった。あらわれた水の壁が炎を消し止めた。 モンモランシー教室中からの喝采に満足そうな顔をしながら、勝ち誇ったようにルイズを見た。 「こんな爆発が使えるだなんてすごいわね。是非とも御教授・・・して欲しくないわね」 教室中から笑いが起こり、ルイズは悔しそうに唇を噛み締めた。 その後、もちろん例の如く破壊された教室の後片づけを命じられたルイズと手伝わされたウェザーが片づけを終えたのは夜だった。 以前よりも遙かに被害がひどく、ウェザーはルイズの爆発が成長したのではと思ったとか。 そしてくたくたになった二人が部屋に戻ろうとしたとき、気絶から回復したコルベールに呼び止められた。 ルイズは、すわ復讐か、とウェザーの後ろに隠れたがコルベールもコルベールでルイズからやや距離を取っているためになんだか珍妙な間合いになってしまった。 間に立つウェザーが話を促す。 「あ、ああ、そうだったね。オスマン学院長からの連絡なのだが、王宮から君たちを明日借り受けたいとの事でね。明日の朝には迎えの馬車が来るはずだから早めに休みなさい」 それだけ伝えるとコルベールは去っていった。ルイズとウェザーはお互いに顔を見合わせ、何で呼ばれたのかと話し合いながら部屋に帰って寝た。 どうでも良いこととして、マリコルヌはクラスメイトはおろか掃除をしたルイズとウェザーにさえスルーされ、たまに蹴り入れられて、起きたときには真夜中だったことに気付いて・・・新たなプレイに目覚めた・・・ 翌日、トリステインの王宮に一台の馬車がやってきた。王宮の前で止まると扉が開き、中から二人の人間が現れた。 黒い上下に角の生えた帽子を被った長身の男と、桃色が鮮やかな長い髪の小柄な少女である。 「いらっしゃい。ルイズ、ウェザーさん」 ルイズとウェザーと呼ばれた二人が声の方を向くと、白いドレスを纏った美しい少女と、青いコートを羽織った青年がこちらに向かってきていた。 そのどちらもが高貴な雰囲気を漂わせている。アンリエッタとウェールズだ。 ルイズはそんな二人にスカートの端を摘んで膝を曲げて礼を取った。 「本日は姫殿下並びに皇太子殿下にお呼ばれしましたことを誠に感謝いたします」 丁寧な口調でそう言った。しかしウェザーは頭を下げるでもなく片手をあげてフレンドリーに話しかけたのだ。 「よおご両人。ヨロシクやってるか?」 その瞬間神すら気付かぬ速度と角度でルイズのローキックがウェザーのすねに炸裂した。 「あんたは~~!姫様たちには敬語を使いなさいって言ったじゃない!」 しかしアンリエッタとウェールズは不機嫌な顔もせず、むしろ微笑んでルイズたちを見ていた。 「いいのですよルイズ」 「ああ。彼は命の恩人であり、大切な友人だからね。堅苦しい挨拶なんていらないさ。もちろん君もだ、ヴァリエール嬢。いや、ルイズ・・・でいいかな?」 「こ、光悦至極にございます!」 しかしルイズは余計にかしこまってしまい、そんな様子を見て他の三人は笑った。 「さ、立ち話もなんですわ。わたくしの部屋に来て話しましょう。美味しいクックベリーパイを用意してあるの」 ルイズはクックベリーパイと言う単語に涎で反応しかけたが、一つの問題点に気付いてアンリエッタに尋ねた。 「姫様のお部屋ではウェザーが入ることは出来ませんわ」 いくら友人だと言われてもさすがに私室に平民を招いては問題になる。ルイズは心配そうにアンリエッタとウェザーを見ていたが、ウェールズが前に出た。 凛とした声がよく通る。 「すまないがウェザーは僕が借りていくよ。色々と話したいことがあってね」 わずかにではあったが、アンリエッタに目配せをしたのをウェザーは見逃さなかった。しかし気付かなかったルイズはそれならばと納得したらしい。 四人は二組に別れて中と外へ向かった。 アンリエッタの部屋は白を基調として、落ち着いた色の上品な家具たちが居並び高貴な雰囲気を醸し出していた。 「どうしたのルイズ。早く座りましょう」 アンリエッタに促されてルイズは部屋の中央にある椅子に腰掛けた。 目の前のテーブルにはなるほど、アンリエッタが言ったとおりできたてのクックベリーパイが用意してあった。 見ているだけで涎が出てきそうなふっくらとした生地と香ばしい香りがルイズの唾液腺を突き続ける。 「まあルイズったら、相変わらずコレには目がないわね」 アンリエッタはクスクスと笑いながら手ずからルイズのさらによそってやった。 「さ、召し上がれ」 「はい、いただきます」 しばらくはそうしてお菓子やお茶を楽しんだり昔の思い出に花を咲かせたりして二人は笑いあい、懐かしい気持ちになった。 「はあ、本当に懐かしいわね。でも昔のことも良いけど今のことも聞きたいわ」 「?と言いますと・・・?」 ルイズは紅茶を啜りながら首を傾げたが、アンリエッタは笑顔のままだ。 「だから、ウェザーさんとはどこまで行ったのかしらってことよ」 その瞬間ルイズの口から盛大に紅茶が噴出された。 ちなみにルイズとアンリエッタは向かい合っていたわけで、不意打ちに噴出した紅茶を避ける術をアンリエッタが持っているはずもなく、もろにかぶってしまった。 ルイズはむせながら顔を赤くして立ち上がった。 「げほっ!けぽっ!ひ、姫様は何か勘違いしておられるようですが、あいつはわたしの使い魔であって恋人なんかじゃありません!」 ルイズが捲し立てるがアンリエッタは紅茶をかぶってなお笑顔のままだった。ハンカチで顔を拭きながらルイズに言って返す。 「あら、わたくしはあの方とルイズがこの国のどの辺りまで言ったことがあるかを聞いただけで、恋人だなんて言っていないわよ?でも、そう・・・あなたたちもうそこまで・・・」 「だだだだから違うんですって!」 必死に弁解するルイズだが、アンリエッタはおかしそうに笑うだけだった。その内ルイズもからかわれているだけだと気づいてそっぽを向いてしまった。 「もう!姫様なんて知りません!」 「あはは、そんなに怒らないでルイズ。悪かったわよ。でもね、ルイズ。どんな人であれ、好きになったのなら後悔のないようになさい」 その時ルイズはアンリエッタの顔にかすかな影が差したのに気付いた。 「・・・姫様?」 アンリエッタは俯いて唇を噛むと、意を決したようにルイズに向き直った。ルイズも姿勢を正す。 「あのね、ルイズ。今日あなた達を呼びだしたのは・・・・・・」 ウェザーとウェールズは王宮の庭を歩きながら話をしていた。 ウェールズを国内に置いておくことに反対する者もいたが、アンリエッタ誘拐の際に彼女を救ったことで一気に情勢は傾き晴れてトリステインに亡命とあいなったわけである。 「結構いい待遇受けてるんじゃないのか?」 ウェザーの問いにウェールズは苦笑しながら答える。 「まあ、置いてもらえているだけでも結構なものだよ。それに兵も三百ほど与えて貰った」 「三百?」 「まあ、与えられたと言うか借り受けたというかだがね。四分の三以上が平民か傭兵で残りも落ち目の貴族と、要するにていのいい厄介払いという感じかな。 噂というのは空からでも降って来るみたいでね、『三百で五万を退けたウェールズ殿ならばこれで戦果を十二分に上げられるでしょう』だそうだ。 覚悟はしていたが人に嫌われるというのはやはり辛いな」 しかしそう言うウェールズの顔からは屈辱や無念と言った表情は窺えない。しっかりと前を見ているのだ。 「言葉のわりには気にしてなさそうだな」 「まあね。貴族だけが力を持つわけではない。貴族に出来ないことが平民には出来る。それを証明して見せたのは君だ。ウェザー」 真面目な顔で言われてウェザーも何だか気恥ずかしくなってしまった。 「よせやい、気持ち悪い」 「ははは。照れなくても良いだろう。事実そうなのだから」 ふとウェールズが足を止めた。そこは王宮の裏にある更地で、兵隊たちの訓練場所なのだろう。事実そこでは兵たちが剣を振るっていた。 全員が同じ動きを乱れずに行うさまは圧巻ではあった。 「これが僕の兵たちだ。君に見せたくてね」 その中の一人がウェールズに気付いたようで手を休めてこちらにやってきた。短い金髪に青い目。なにより驚いたのがその兵が女性だと言うことだ。 「ウェールズ様、おいででしたか」 「ああ、アニエスか。練兵の具合は?」 「は、大分さまにはなったかと」 そこでようやくウェールズはウェザーが説明を欲しがっている事に気付いたのだろう。 「ああ、すまない。彼女は僕の隊で副隊長を務めて貰っているアニエスだ。剣や銃の腕前は他隊の者にもひけは取らない」 「勿体なきお言葉です。それで、失礼でなければそちらの方の名をお聞かせ願えませんか?」 「ああ、そうだな。彼はウェザー。君と同じで平民だが、僕の大切な友人だ」 しかしアニエスは友人という言葉に怪訝そうな顔をした。ウェザーも女が副隊長なのかと疑問に思う。 「なんだよその目は?俺がウェールズのダチだってことになんか不満でもあるのか?」 「貴殿も私に不満がおありのようだが?しかし奇妙な格好をしているものだな・・・帽子とか」 「あ?この帽子にケチつけるのかオメー!だったらオメーだって鎧なんぞ着込んで、どこぞでフリフリのお洋服でも着飾ってた方がお似合いだぜ」 「なに!私は軍人だぞッ!そんなもの着るはずがないだろう!」 「軍人だからって・・・かてえ野郎・・・もとい女だな。もっと頭を柔らかくしないと老化を早めるぞ」 「貴様の知ったことかッ!だいたい貴様こそその変な帽子、さては中身は禿げていてそれを隠すために被っているのではないか?」 「俺をどこぞのコッパゲと一緒にすんなッ!蹴り殺すぞッ!」 歯を剥き出してガルルルルと威嚇し合う二人の間にウェールズが割って入っり、引き離すように腕を張る。 「まてまて、こんな所で争うな!アニエス!彼は友人だと言っただろう!ウェザーも!挑発しないでくれよ」 ウェールズにそう言われたので二人はそっぽを向いて渋々承諾した。アニエスはウェールズに一言言ってから練兵に加わるために戻っていった。ウェールズは苦笑いだ。 「あれが副隊長ねえ・・・大丈夫かよ?」 「さっきも言ったとおり、彼女の強さは証明済みだ。組み手ではメイジにも勝っているし、周りにも気が配れる。隊長気質というか、人を纏めるのは上手いよ」 「俺は絶対あいつの下で働きたくないがな。で、あいつは四分の三のほうか?それとも少数派?」 「彼女は平民さ。魔法は使えない。だが、魔法もなく剣と銃のみでメイジに打ち勝つことの凄さは君ならわかってくれると思うが?」 「俺のいたところではもっと凄まじい女たちがいたがな・・・」 徐倫とエルメェスの顔を思い出す。いざという時にやるのはいつだって女なのだ。 「しかし平民が副隊長って・・・実力があったって男や貴族が黙ってるとは思えないんだが」 「だろうね。実際に文句は上がったが、ならば彼女に勝てる者がいるのかと言えば誰も名乗りは上げなかった。さっきも言ったとおり人を纏めるというか、面倒見は良いよ。 それに僕は能力ある者を登用すべきだと思う。ゲルマニアとは違うが、平民の能力にももっと目を付けるべきだと思っている。アルビオンを取り戻したのならもっと新しい風を吹かせなければ・・・」 ウェザーが空を見上げたのでウェザーもつられて見上げる。雲は穏やかにゆっくりと流れている。しかしこの空の上に敵はいるのかと思うと少しばかり雲が憎かった。気を逸らそうと別の話題を振ってみた。 「じゃあお前とアンリエッタが結婚したらトリステインもそうなるのか?」 「・・・・・・」 「あ、そうだお前、子供出来たらいの一番に見せろよ。名前が欲しいな。ウェールズとアンリエッタの子供ではイマイチ呼びにくい。このウェザーがゴッドファーザーになってやろう。 アルビオンとトリステインの間に吹く風と言う意味の『ドーバー』というのはどうかな?ってまだ気が早いか!ガハハハ!」 しかしウェザーの明るい声とは反対にウェールズは悲しそうに笑うと、ゆっくりとウェザーに向き直り、絞り出すように話し出した。 「実は君に大事な話があるんだ・・・・・・」 ウェザーとルイズ。二人は学院に帰る馬車の中、向かい合って座りながら別々の方を向いていた。ルイズが右の窓を見ればウェザーは左の窓。 ウェザーが天井を仰げばルイズが俯く。 徹底的にお互いがきっかけを作るのを避けているかのような仕草。嫌な沈黙がせまい馬車の中に重く沈殿していく。 その息苦しさにとうとう耐えきれなくなったルイズが切り出した。 「ウェザー・・・あのね、さっき姫様からコレを渡されたの」 ルイズはそう言って一冊の本を持ち上げて見せた。古びた皮の装丁がなされた表紙はボロボロで触っただけでも破れてしまいそうだ。 ルイズがぱらぱらとめくる羊皮紙でできたページはすっかり色あせておりその白さを失っていた。 茶色くくすんだ姿が歴史を感じさせるが、中身は何と真っ白なのだ。 「これね、『始祖の祈祷書』って言うの。始祖ブリミルゆかりの伝説の書物で国宝なのよ・・・トリステインの伝統で、王室の結婚式の際には貴族から巫女を選びこの本を持って詔を唱えなくちゃいけないのよ」 ルイズは白紙のページをゆっくりと一枚一枚、ウェザーの返事を待つかのように捲るが、ウェザーは外を向いたまま動こうとしない。その眼は外すら見ていないかのようだ。 「でね、今度の姫様の結婚式の巫女役にわたしが選ばれちゃったみたいで・・・詔を自分で考えなくっちゃいけないのよ。でもどうしたらいいのか・・・」 ルイズの声は徐々に小さくなっていった。肩も小刻みに震えている。 「でも・・・姫様のお願いなのにね・・・これは喜べないよぉ・・・」 その時ようやくウェザーはルイズを横目で見た。小さな体をさらに縮こめて拳を握り震えている。 いつもなら気の利いた言葉でもかけてやるのだが今のウェザーにそんな余裕はなかった。だからつい、尖った口調で言ってしまったのだ。 「そりゃアンリエッタとゲルマニア皇帝の挙式で巫女やるんだからな」 その言葉にルイズはウェザーを見たがすでに視線を外していた。 アンリエッタたちの話はこうだ。 「――――今日あなたを呼びだしたのはね、コレを渡すためなの」 「これは?」 アンリエッタが机の上に置いたのはずいぶんと古ぼけた本だった。年期というか歴史を感じさせるようなボロさを惜しげもなく振りまいている。 「これは『始祖の祈祷書』よ。知ってるでしょう?」 もちろん知っていた。国宝でありながら偽物が頻繁に出回っており、それらだけでも学校の図書館の書架くらいなら埋めてしまえそうなほどだ。 そしてその祈祷書が使われる場所も知っている。 「王族の結婚式では選ばれし貴族がこれを持ち詔を朗じるのです。そしてわたくしはあなたを選びました。ルイズ」 そう言って『始祖の祈祷書』をルイズに差し出す。ルイズはしばらくその拍子を見ていたがにわかに表情を明るくした。 「じゃあとうとうウェールズ様との婚姻が決まったのですね!」 しかし、はしゃぐルイズに対してアンリエッタの微笑みは苦悶に満々ていた。 「姫様?どうしたのですか・・・?」 ルイズが心配そうに尋ねるがアンリエッタは答えなかった。 それでも唇を噛み、何かをこらえるようにしてからゆっくりと話し出した。 「ルイズ・・・わたくしは・・・わたくしは・・・」 苦々しくアンリエッタはそう紡ぎだした。 「アンリエッタと結婚できねえってのはどういうことだ・・・?」 ウェザーが今にも怒鳴りそうになるのを必死に抑えながらウェールズに尋ねた。ウェールズも視線を外してしまっている。 「クロムウェルがアルビオン帝国皇帝を名乗り不可侵条約を結んできた。トリステイン・ゲルマニア両国において早期の同盟は必要不可欠だ。軍事同盟は締結したが、国と国が力を合わせるにはもう一押し必要なのさ」 「それが・・・それがアンリエッタの政略結婚だってのか・・・?」 「ふふ・・・おかしなものだな。僕はこうして生きているというのに、まるで世界から除け者にされたような気分だよ」 ウェールズは自嘲気味に笑った。なんとも渇いた笑いだった。 ウェザーは拳を強く握り、ウェールズに何かを言おうとしたが手で制され、ウェールズは首をやんわりと横に振った。 「君が僕たちのために動いてくれることは素直に嬉しい。ともがいると言うことは本当に良いことだ。でも今回はアルビオンの時とはわけが違う。 トリステインは滅び行く王家ではないんだ・・・この同盟が成立しなければさらに多くの民草が被害を被るだろう」 もとより自分に同盟を阻止してどうするのかという疑念はあったが、ウェールズの言葉で完全に疑念が心を覆ってしまった。 「君はよき友人だ。ルイズも・・・だからどうかアンリエッタを祝福してやって欲しい」 ウェザーは握った拳を振り上げて――――振り下ろした。力強く握られたそれが何かに触れることはなかった。 今ルイズの指には水のルビーが光っている。巫女を引き受けたルイズがアンリエッタからせめてもの報酬にとよこしたのだ。 その輝きがより一層馬車内の空気を悪くいていた。 「何とか助けられないかしら」 ルイズは指のルビーを眺めながらそう呟いた。それに窓の外に背さんを置いたままウェザーは答える。 「あるぜ」 「本当ッ!?」 「ああ。アンリエッタ結婚おめでとうって祝福してやるのさ」 「ちょっとウェザー・・・・・・それ本気で言ってるの?」 ルイズの声に怒りがあらわれたのが手に取るようにわかりながらウェザーはなおも調子を崩さなかった。 「他に何が出来る?それともお前はアンリエッタに『好きでもない人と結婚してあなたって本当に不幸な女ね』とでも言うのかよ。ああ?」 「そんなことするわけないでしょ!もっとまじめに考えてよ!」 「まじめさ。そしてまじめに考えるとやっぱり俺達には何もできないってことがよくわかるんだよ」 「そんな・・・じゃあ何のためにウェールズ様を助けたのよ!」 「・・・知るかよ」 心中は穏やかではなかったが端から見れば投げ遣りなウェザーにルイズはとうとうキレた。がたんと立ち上がって怒鳴りつける。 「なによそれ!あんたあの二人が幸せになって欲しくないの!?」 「うるせーなッ!俺だってどうにかできるもんならどうにかしてるよッ!だが今回のはワケが違うんだッ!ウェールズ一人担ぎ出せばいいもんじゃねえ!下手を打てばお前の祖国がなくなるんだぞッ!」 ウェザーもこのやるせなさをどこかに放り投げたかったためにルイズに爆発してしまった。あまりの剣幕にルイズが涙目になり必死に嗚咽を堪えようとしている。 ウェザーは一瞬しまったかと思ったが、やるせなさが勝り放っておくことにした。幸いにも馬車は学院に着いたらしく止まってくれた。 「ついたぜ」 ウェザーがそう言うと、ルイズは完全に停止する前に飛び出してウェザーに背を向けたまま宣告した。 「もういいわ!あんたなんかクビよ!わたしの部屋には入っちゃダメだからね!どっかそこらヘンで野宿でもすればいいわ!そうよ!それで野垂れ死んじゃえばいいわッ!」 それだけ言うと寮に向かって全力疾走で駆けだしていった。その後ろ姿を見届けたウェザーは無言で馬車から降りるとルイズとは反対の方向に歩いていった。 魔法学院東の広場。通称『アウストリ』の広場のベンチに腰掛け、ルイズは一生懸命に膝の上の『始祖の祈祷書』とにらめっこをしていた。 なんのかんの言ったところで自分は頼まれた以上詔を考えなければならないのである。 正直言えば祝福できたものではないが、国のためには仕方がない。三日前に王宮から帰ってくる時は気が動転していたのだ。 だからウェザーに怒鳴って、困らせて、挙げ句の果てにクビ宣言までしてしまったのだ。 自分にも非があるのを理解していながらもルイズは素直に謝れずにいた。そもそもあれから三日たつがウェザーの姿を一度としてみていない。 もともと行く当てはないのだから本当に野垂れ死んでいるんじゃないかと心配になるがプライドが足を動かすのを阻む。 「・・・・・・はあ・・・」 ルイズは盛大にため息を吐くと祈祷書の下から複雑に毛玉が絡み合ってできた歪な枕もしくは蓑虫の人形を取り出した。一応本人は帽子のつもりである。 本と睨めっこばかりしていても良い案は浮かばないだろうと趣味でもある編み物を始めたのだが、マフラーやセーターを作ろうと思っていたはずなのにふと気付くと帽子を作っている自分がいるのだ。 それに気付くと慌ててそれを祈祷書の下に隠して再び詔を考えるが、どうしても思考は三日前のことに戻り、ウェザーのことになり、で、帽子を編み始めてしまう。 「・・・はあ」 「なーにため息なんかついてるのよッ」 背後からの声にルイズは慌てて帽子を祈祷書の下に隠して振り向いた。キュルケが手を上げてたっていた。 「こんな晴れの日に本読んでるのはタバサだけで充分よ。で、何の本かしら?」 「これは『始祖の祈祷書』っていう、国宝よ国宝」 ルイズは自分がアンリエッタの結婚式で詔を詠みあげる事を話した。するとキュルケはすぐにトリステインとゲルマニアの同盟だと気付いたようで、笑いながらルイズの肩に腕を回してきた。 「じゃあこれで晴れてあたしたちも手を取り合って歩んでいくってわけねー。歴代の宿敵と肩を組める平和にかんぱーい」 しかしルイズはキュルケの腕を払いのけた。 「姫様は国のために好きでもない人と結婚させられるのよ?これが笑っていられる?あなただってもし自分が好きでも何でもないような人間といきなり結婚しなきゃいけなくなってもまだ笑っていられる?」 キュルケは思うところでもあるのか、あっさりと両手をあげて肩をすくめて見せた。 「そりゃあね、あたしだってウェールズ皇太子を救出した時いたわけだし、できることならアンリエッタ様とくっついて欲しいわよ。でも、あたしも一応ゲルマニア人でね・・・立場としては結構複雑なのよ」 そう言われてルイズはキュルケがゲルマニアからの留学生であったことを思いだした。宿敵ではあるが、共に任務をこなした仲間としてみればキュルケの立場は確かに複雑だった。 ルイズが深刻そうな顔をするのとは対照的にキュルケは面白いものを見つけた悪戯な笑みを浮かべる。 「ところでさっきまで何を編んでいたの?」 沈んでいたルイズが一気に浮上して頬を朱に染めた。 「な、なにも編んでなんかないわ」 「編んでたわよ。ほらここ」 キュルケは素早く祈祷書の下から毛玉の塊を取り上げた。ルイズも慌てて取り返そうとするが長身のキュルケが小柄なルイズの額に手を置いて突っ張るだけでルイズの腕はむなしく空をかくだけだった。 「ふみゃー!返しなさいよーッ!」 「これ・・・何?」 キュルケが取り上げたものは前衛的というか、破滅的というか、見ていると気持ち悪くなりそうな物体だった。 「ぼ、帽子よ」 「帽子?蓑虫のぬいぐるみにしか見えないわよ。だいたい帽子には頭入れるところがあるはずでしょ?これ、ないじゃない」 「こ、これからあけるのよ!」 ルイズはやっとの思いでキュルケの手から編み物を取りすと恥ずかしそうに俯いた。対照的にキュルケはにやにやと笑っている。 「・・・なによ」 「んー?いやね、プライドの高いあなたが使い魔に帽子を編んであげるだなんて今日は雪かしらって心配で心配で・・・」 「う、うるさいわね!あんなヤツなんかに誰があげるもんですか!」 「あなたも難儀な性格ね。そんなんだからウェザーに愛想尽かされて逃げられるのよ。あたし知ってるのよ。ここ最近ウェザーがあなたの側にいないこと。 とんがるのは勝手だけど、好きなら好きって言わなきゃ伝わらないわよ。はねつけるのもいいけどたまには包んであげるくらいじゃないと男は落ちないわ。これ、あたしの経験論ね」 「だ、誰が好きなもんですかあんなおじさん。好きなのはあんたでしょ?どこが良いのか知らないけど」 するとキュルケは頬を染めて手をそこに当てて体をくねらせた。 「そりゃあルックスはいいし背は高いし、謎が多くてミステリアスじゃない。頼りになるし経験豊富だし・・・ああんもう最高!あんな人ゲルマニアにもいなかったわ!」 キュルケの様子にルイズはムッとしたが、自分には関係ないんだと言い聞かせて溜飲を抑えた。そして何も言い返してこないルイズにキュルケは心底つまらなさそうに告げた。 「じゃああたしがウェザーを手に入れても文句は言わないでよね。好きでも何でもないんだからいいでしょ?」 「ええそうよ!どうぞご勝手に!」 ルイズのその様子にとうとうキュルケも匙を投げた。手を大仰に開き肩を竦めると背を向けて歩き出す。そして背を向けたまま言い放った。 「使い魔はメイジにとってパートナー。あなた勉強は出来た方だと思っていたけど、そんな基本もわからないようじゃいよいよ持って『ゼロ』ね」 ルイズは何も言い返せなかった。やり場のない怒りを帽子に込めて叩き付けようとしたが、それすら空しく思えてしまい、帽子に顔をうずめて静かに泣いた。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6700.html
前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア 48.トリニティ 「ほう……なるほど。大体分かった」 アニエスはシエスタの話を聞き終わり、ふんふんと頷いた。 シエスタは色々とぼかしながら話したが、 アニエスはそれらを細かく聞こうとはしなかった。 盗賊家業なのだ。漏らしてはならない情報も色々あることは、 誰だって考えがつく。 「お前が最近話題に事欠かない盗賊一味の一人で、 『よきしるし』を持つ者を二人知っているということだな」 よきしるしとは何か、シエスタはそれが何か分からない。 きょとんとした顔でアニエスを見ていると、 ああ、と合点がいったらしくアニエスは説明を始めた。 「よきしるしとは、はるか昔に始祖ブリミルがお作りになられた3つのルーンの事だ。 だが、ロマリアの者達は滅ぼされた邪神まで……」 またシエスタはちんぷんかんぷんですと顔で表現する。 あのオルゴールの歌の内容はティファニアから聞いたが、 それがどのような存在なのか、彼女は知らないのだ。 「あのー……邪神とは、何でしょうか?」 ああ、そうだった。とアニエスはため息をついた。 「初めから話そう。そのほうが分かりやすい」 長い、長い話が始まろうとしている。どちらかといえば眠くなる類の話だ。 「はるか昔、この地はロルカーンと呼ばれる神によって創られた。 そしてその神は様々な生き物を生み出したのだ。 その中に人間もいた。魔法が使える『マギ』と呼ばれる人々と、 魔法が使えない代わりに力が強く繁殖力が高い『ヴァリヤーグ』と呼ばれる人々だ」 だから今もメイジよりも平民の方が多いのか、とシエスタは話を聞きながら頷く。 「それからしばらくして、ロルカーンと同じ世界で生まれた生き物もこの世に現れはじめた。 エルフや翼手、そしてオルシマー。今ではオーク鬼やオグル鬼と呼ばれ、 それごとの体格もまるで違うが、当時はエルフの一種で美しい姿であったそうだ」 はぁ、とシエスタはあの化け物のどこら辺がエルフなのかを考えるが、 答えは出なかった。 「それからしばらくの間平和な時が流れるが、 ロルカーンは何を思ったか様々な厄災を招き、 生きとし生けるもの全てを滅ぼそうとした。ゆえにロルカーンは邪神となり、 それを倒し世界をお救いになられたのが始祖ブリミルと、 『よきしるし』を持つ3つの従者だ」 シエスタは形だけ感嘆の声をあげる。 「後に始祖はよきしるしの一つであるガンダールブを授かりしエルフの乙女、 サーシャと結ばれる。そしてその偉大なる血統は今も王家に受け継がれているのだ。 色々と省いたが、だいたいこんなものだな」 ぱちぱちとシエスタは手を叩く。 アニエスは少し照れたらしく、顔を赤くした。 コホンと咳を一つして、アニエスは続ける。 「さっきの話に戻ろう。古い文献に残っている四の使い魔は、 大昔にブリミル教を名乗る連中によってねつ造された物だ。 ロマリアの神学者共はそれを正しい物と認識している。 邪神を良きしるしに加えているのだ。ルーンも残っていないのに何故信用出来るのだろうな?」 アニエスは毒づき、シエスタはへぇ、と頷いている。 元々ただの平民であるシエスタは、そこまで神学に詳しくもない。 話は終わりらしく、アニエスは腕を組みシエスタを見ている。 シエスタは軽く手をあげた。 「なんだ?」 「さっき、ガンダールブのサーシャの事を『聖母』って呼んでましたよね?」 ああ、とアニエスはハイランダーの信仰対象について話し始める。 「そもそも、ロマリアの連中は神とその代弁者である始祖を崇めているが、 それ自体が間違いなのだ。我らは神を倒したからこそ今を生きることができる。 だから神を信仰しない。始祖ブリミルとその子である王家、そして子を産みしサーシャ。 この3つを同等に信仰するのが我々の教義だ」 アズラは神様にカウントしないのか。違いってなんなのだろうか。 シエスタにはあまり分からなかった。 「なら、精霊はどんな立ち位置なんでしょうか?」 「お前達とそこまで変わらないさ。侵してはならぬ領域にお住まいになられている、聖なる存在だよ」 ブリミル教は神と始祖を奉るが、精霊をないがしろにするわけではない。 教義としては、神や始祖の次に大事にされる存在である。 もっとも、その気まぐれっぷりから平民達には嫌われているようだ。 まだ何かあるか?とアニエスは聞き、シエスタは質問を続ける。 「やっぱり、レコン・キスタのやり方には異議があったりとか?」 瞬間、くわっとアニエスの目が開く。額にしわを寄せ、怒りのままにまくし立てる。 シエスタは禁止単語を言ってしまったらしかった。 「当然だ!『聖地』の武力による奪還。その上王家を倒すなどあってはならんことだ! 当然、私も王党派に馳せ参じ戦った。ウェールズ王子の命で傭兵は脱出船の警備に回されて、 結局私は死にきれず、今も生きている」 立派なお方だった。とアニエスはありし日のウェールズを思い出す。 信仰もあって本来より140%くらい美化されているが、気にしてはいけない。 「勇敢で聡明で……あのお方が王になられたら、国は良くなっていただろう」 実は生きてます。とは言えないシエスタは、はてと疑問を感じた。 「ハイランダーは戦いに参加していたんですか?」 アニエスの話を信じるなら、王家の為に彼らは戦うはずなのだが、 そんな話をシエスタは噂でも聞いた事が無かった。 アニエスはゆっくりとうつむいて手を組む。 その仕草は怒りが込められていると共にどこか諦めを漂わせていて、 一言で表すなら、あいつらきらいとでも言いたいらしかった。 「ハイランダーに、一度会いに行ったことがある。 排他的で、狂信的で、ブリミル教に染まった王家を崇拝対象として見ていなかった」 ハイランドの住民の一部がダングルテールに降りた理由は宗教観の違いである。 王家を崇めるか否かで揉めた結果、100年以上前に王家を崇める一派がアルビオンを降りたのだ。 その事を知らなかったアニエスはハイランドに行った時に理解したが、シエスタはそれを知るよしも無い。 「だから連中は戦いに参加していない」 とりあえず、一つの宗教にも色々と派閥があって問題もあるのだということは、 シエスタも理解できた。 「ところで……お前は盗賊ギルドの一員だったな」 頼みたい事があるとアニエスは告げる。シエスタは情報をもらったので、 その代価で働くことは当然だろうと引き受けることにした。 「ダングルテールの事件についての資料を、王宮から盗み出してはくれないか?」 アニエスは何がしたいのか。シエスタはその目をじっくりと見る。 好機が巡ってきた人間の目であった。そしてその好機は自身であり、 さらにいえば、自身がもたらす情報である。 アニエスは頷き、実はもう盗ってきてますと返す。 「そうか……なら、教えてくれるか?」 あれの主犯を。シエスタは出がけに聞いたリッシュモンの名を口にする。 「すまないが、奴が出来る限り少数か、もしくは従者を連れずにいる時間帯を調べてくれないか?」 アニエスが何をしたいのか、シエスタは理解した。 本来盗賊ギルドの方針からして人殺しの片棒を担ぐわけにはいかないが、 彼女は違う。曾祖父からの教えで、悪党を倒すのは使命だと考えている。 そしてリッシュモンの悪名は、シエスタも多少は耳にしていた。 ただ、証拠と呼べる物が無かったのだ。 「一週間以上かかりますけど、構わないですか?」 「恩賞として、それなりに金貨を頂戴している。しばらくは働かずとも食っていけるさ」 学院にお手紙を書かないと、シエスタは何か理由を作って学院をもうしばらく休むことにした。 「では、13日後にまたここで」 シエスタが武器屋から去る。アニエスは心地よい気分でそれを眺める。 顔は自然に微笑みが浮かび、思わず笑いたくなっている。 「なぁ、アニエス」 ずっと黙っていた武器屋のおやじが口を開いた。 「復讐なぞ、したところで……」 「それがなければ、復讐を思う心がなければ、わたしはとうの昔に死んでいました」 おやじは腕を組み、むっとした、しかしどこか悲しげな顔でアニエスを見る。 ようやく果たすことが出来る。アニエスは、 残りの人生を全てそれだけに捧げる気なのだということを、 おやじは、理解できていなかった。 オスマン学院長は王宮から届けられた一冊の本を見つめながら、ぼんやりとひげをひねっていた。 今朝の会議で正式に美女ガーゴイルの購入が否決された事もあって、 その姿は哀愁が漂っている。水パイプを吸う気力も起きないらしい。 あんなことやこんなことをさせるつもりだったのに、とコルベールを恨めしく見たが、 結果は変わらなかった。むしろ評価が下がった。 ふむ……と無気力な仕草でオスマン学院長はページをめくる。 どこまでめくっても、その本は真っ白である。 「懐かしいのう。あの頃の思い出はもはや悠久のかなた……。 しかしこんな事になってしまうとは、隠居もなかなかうまくいかんもんじゃな。 シェオゴラスは元気かのう。サングインは今も会いに行った時と変わらんじゃろうが」 学院長は、緩やかな笑みを浮かべてその本を眺める。 そして何も書かれていない始祖の祈祷書を、ていねいに閉じた。 「しかし、これから何が起こっても、それをどうにかするのはわしや古の英霊でなく、 今を生きる「存在」でないとの。マーティン君やヴァリエール嬢が、 その役を担う器になれば良いのじゃが……」 そう呟いたとき、ノックの音がした。綺麗なガーゴイルのネーチャンがいれば、 こんな事しなくて良いのに、と思いながら来室を促した。 「鍵はかかっておらぬ。入ってきなさい」 扉が開いて、一人のスレンダーな少女が入ってきた。 桃色がかったブロンドにも、人によってはただのピンクの髪に見え、 大粒のとび色の瞳、ルイズであった。 「わたくしをお呼びと聞いたものですから……」 学院長は立ち上がり、この小さな、いずれは英雄になるであろう来訪者を歓迎した。 そして、改めて、先日のルイズの労をねぎらった。 「おお、ミス・ヴァリエール。旅の疲れはいやせたかな?思い返すだけでつらかろう。 婚約者に裏切られ、戦場という死の淵をのぞき込んだのじゃからな。 だがしかし、おぬしたちの活躍で同盟が無事締結され、トリステインの危機は去ったのじゃ」 優しい声で学院長は言った。 「そして、来月にはゲルマニアで、無事王女と、 ゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われることが決定した。 きみたちのおかげじゃ。胸を張りなさい」 それを聞いて、ルイズはちょっとどうかと思った。幼馴染みのアンリエッタに恋をするウェールズは、 アンリエッタの二号さんになってしまうからだ。同盟のためにはしかたがないとはいえ、 ルイズはウェールズのやけ酒とそれから続く一連の騒動を思い出すと、 いや、これでいいかと思い直す。どっちともアレっぷりがひどいのだ。 多分、ゲルマニアで仲良くすることでしょうと納得して、 ルイズは黙って頭を下げた。当然、自分は正常だと考えて。 学院長はうんうんと頷いて手に持った『始祖の祈祷書』をルイズに差し出した。 「トリステイン王家の伝統で、王族の結婚式の際に選ばれた巫女はこの『始祖の祈祷書』を手に、 式の詔を詠みあげる習わしがあるのは知っておるかね?」 「は、はぁ」 ルイズはそこまで宮中の作法に詳しくはなかったので、気のない返事をした。 「姫は、その巫女に、ミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」 「姫さまが?」 「その通りじゃ。そして巫女は肌身離さずこれを持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬ」 「えええ!詔を私が考えるんですか!」 「そうじゃ。もちろん、草案は宮中の連中が推敲するじゃろうが……伝統というのは、 面倒なもんじゃのう。だがな、これは大変に名誉なことじゃぞ。王族の式に立ち会い、 詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」 アンリエッタは、幼い頃、共に過ごした自分を式の巫女役に選んでくれた……くれたのだろうか。 少し疑問が浮かぶが、ルイズはその疑問を叩き割った。アンリエッタは友人であり、 友人が大事な儀式の際に自分を頼ってくれたのだ。無下にするなど出来るはずがない。 ルイズはきっと顔をあげた。 「わかりました。謹んで拝命いたします」 ルイズは学院長の手から『始祖の祈祷書』を受け取った。オスマンは目を細めて、ルイズを見つめた。 「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろうて」 ルイズが退出して後、オスマンは背伸びをしてから立ち上がる。 水パイプを吸い、ぷはと息をはく。 「これから何が起こるか。誰が何を起こすのか……。 まーわしはただ眺めるだけじゃて。見つかったらめんどうだしの」 感慨深げに、魔法使いは水パイプの煙をたゆたわせるのであった。 前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8369.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第三十四話 最終戦争の一端 赤色火焔怪獣 バニラ 青色発泡怪獣 アボラス 岩石怪獣 ネルドラント 毒ガス怪獣 エリガル 古代暴獣 ゴルメデ 噴煙怪獣 ボルケラー 透明怪獣 ゴルバゴス 登場! 古代遺跡から発掘されたカプセルから蘇った、怪獣バニラ。 才人とルイズはウルトラマンAへと変身し、これを迎え撃った。 しかし、強靭な肉体とメタリウム光線をも防ぐ火焔を持つバニラの前に、エースはエネルギーを使い果たして倒れてしまう。 バニラの吐き出す火焔に包まれるウルトラマンA。 この、悪魔のような大怪獣を倒す方法は、はたしてあるのだろうか…… 「うわぁぁっ……」 バニラの火焔が作り出した山火事の中に、ウルトラマンAは沈んでいった。 かつて、ミュー帝国の街を蹂躙したであろう紅蓮の業火と同じ炎の中が、容赦なくエースを焼き尽くそうと燃え盛る。 このままでは、確実に死んでしまう。エネルギーが尽きかけたエースは、最後の手段をとった。 「ヌゥゥ……デュワッ!」 横たわるエースが、腕を胸の前でクロスさせ、大きく開いた瞬間、エースの体が白色に輝いた。 ちかちかと、光は燃え尽きる前のろうそくの炎のようにエースを包んでまたたく。そして、最後にわずかにまばゆく 発光したかと思われた瞬間、エースの姿は炎の中に溶けるように消えてしまった。 怪獣バニラは、勝利の雄叫びをあげるとくるりときびすを返した。燃え盛る森を背にして、いずこかの方角に去っていく。 後には、轟音をあげて燃え盛る森と、炎から逃げ惑う鳥や動物の悲鳴だけが残される。 ウルトラマンAは、死んでしまったのだろうか……? いや、そんなことはない。エースが倒された場所から、数十メートル離れた森の中に才人とルイズが横たわっていた。 あの瞬間、エースは残された最後の力を使って、変身解除と同時に二人をわずかな距離ながらテレポートさせて 炎から救っていたのだった。 しかし、バニラの起こした山火事の勢いはなおも衰えず、二人の倒れている場所にも次第に迫ってきた。 雨はなおも降り続いているが、炎はそれに反抗しているがごとく天高く黒煙をあげ、二人を狙ってくる。 生木を枯れ木同然に焼き、下草を燃やしながら炎は獲物を狙う蛇のようにうごめき、とうとう二人は火災の 中に取り残されてしまった。 業火の中、死んでしまったかのように、ぴくりとも動かず横たわる二人。 飲み込まれれば、人間など骨も残さず焼き尽くされてしまうだろう。 だがそのとき、炎から一つの影が浮き出るように現れ、その異形のシルエットを二人にかぶせていった。 一方そのころ。まだ異変の発生を知るよしもないトリスタニア。 遺跡を飛び立ってから、およそ二時間後。王宮において、アンリエッタに謁見したエレオノールは、 自身を呼び出したアンリエッタ王女から、耳を疑う知らせを受けていた。 「ルイズが伝説の虚無の系統? そんな、信じられませんわ」 単刀直入にアンリエッタの口から語られた真実を、エレオノールは最初信じようとはしなかった。しかし、 軍の正式な報告書に記された、想像を絶する魔法の炸裂と、水晶に浮かび上がったその映像。そして、 冗談などでは決してない、真剣な表情のアンリエッタの説明が、エレオノールに曲げようのない事実を 突きつけていた。 「信じられないのは無理もありません。わたくしも、今日まで虚無とはなかばおとぎ話だと思っていました。 ですが、現実はこのとおりであり証拠も揃っています。わたくしも考えましたが、ルイズの姉であり 優秀な学者であるあなたしか信用できる人はいないのです。どうか、信じていただけないでしょうか」 「ちょ、ちょっと待っていただけませんか! ルイズが、あのちびルイズが虚無? あの、あの……」 普段の彼女の凛々しさからは考えられないほど、エレオノールは狼狽していた。もはや、仕事中に 呼び出された不満も吹き飛び、頭の中は許容量を超えてしまった情報で混沌と化している。その末に、 目眩を起こして倒れかけたところへ、慌てたアンリエッタに抱きとめられた。 「エレオノールさま、大丈夫ですか!? お気を確かに」 「はっ! こ、これは無礼をばいたしました。どうか、平にご容赦くださいませ」 どうにか正気を取り戻したエレオノールは、謁見の間での失態に顔を赤くして謝罪した。 普段冷静な彼女だが、頭がいいことが災いして、自分の知識の及ばない出来事が起こると脳がフリーズ してしまうようだ。平謝りし、どうにか気を取り直したエレオノールは、頭の中で聞かされた事柄をまとめると、 自分に言い聞かせるようにアンリエッタに向かって復唱していった。 「……つまりは、ルイズがこれまで魔法が使えなかったのは、その系統が虚無ゆえで、あの子には聖地を エルフから取り戻すという使命が与えられたというのですね?」 「祈祷書に記されたとおりなら、そのとおりです」 「馬鹿げてるわ! 始祖ですらできず、数千年に渡って負け続けてきたエルフとルイズが戦わなければ ならないですって!? 悪い冗談にもほどがありますわ。姫さま、まさか貴女はルイズを旗手に聖地奪還の 戦を再開なさろうとしているのでありませんでしょうね? もし、そんな愚考をしておられるようなら!」 「落ち着いてください! まだ、そうなると決まったわけではありませんわ。ルイズの意思は確認しましたし、 わたくしも彼女に聖地を奪還させようなどと考えてはおりませぬ」 つかみ掛かってきそうなくらいいきり立つエレオノールを、アンリエッタはたじたじになりながらも必死に抑えた。 ルイズとともに、ヴァリエール家との付き合いは長く、エレオノールとも小さいころから何度も会っているが、 この気性の強さと迫力はいまだになかなか慣れない。 「はあ、はあ……申し訳ありませぬ。わたくしといたしたことが取り乱してしまいました」 「いえ、ご家族の人生に関わることです。怒られて当然ですわ。ともかく、この事実を知っているのは、 ルイズの友人数人とわたくしと、お姉さまのほかにはおりませぬ。しかし、虚無の存在を知れば、 今おっしゃられたとおりに悪用しようともくろむ輩も出てくるでしょう。実際に……」 シェフィールドと名乗る謎の人物に狙われていることを語ると、エレオノールは再び怒りをあらわにした。 けれど、アンリエッタから「ことがことだけに、わたくしも表立って助けることができません」と、苦悩を 告げられ、敵からルイズを守るためには虚無の謎を解き明かさねばならず、信用できて且つそれができるのは 貴女しかおりませんと頼まれると、自分の肩にかけられた荷の重大さを悟った。 「わかりました。微力ながらお引き受けいたしましょう」 「ありがとうございます、エレオノールさま」 「いえ、いくら出来の悪いとはいえ、妹のことを他人にはまかせられませんわ。わたくしを頼っていただけたことに、 こちらこそ感謝いたします」 二人は手を取り合って、それぞれ感謝の言葉を述べ合った。 「さあ、では具体的な話に入りましょう。指令をいただけても、今のままでは自由に動けませんわ」 それから二人は、これからのエレオノールの権限などについて話を進めていった。現在、アカデミーの研究員、 学院の臨時教諭と掛け持ちをしているが、これに虚無の調査も加えたらとてもではないが身が持たない。 だが、話がまとまらないうちに、突然謁見の間の扉があいさつもなしに開かれた。 「何事です?」 あらかじめ、ここには呼ぶまで誰も入れるなと人払いをしていたはず。なのに何か? まさか、今の話を 盗み聞きされたのではと二人が振り向くと、なんとずぶ濡れの騎士が蒼白の表情で駆け込んできた。 「ほ、報告……トリスタニア東方、三十リーグの森林地帯に……あ、赤い怪獣が出現。迎え撃ったウルトラマンを 倒して、トリスタニア方面に進行中」 「なんですって! ウルトラマンを、倒して!?」 想像もしていなかった報告に、アンリエッタは愕然とした。彼は、ミイラを追っていた魔法アカデミーの騎士の 一人だった。あのときミイラに撃ち込まれた『ライトニング・クラウド』によってバニラが復活し、その猛威から 命からがら逃げ延びた彼は、すべてを見た後でここまで駆けてきたのだった。 「怪獣は、あと数時間でトリスタニアまで到達するでしょう。は、早く手を……うぁ」 騎士は、息も絶え絶えの状態で、絞り出すようにそう報告すると倒れた。 「しっかり! 誰か、誰か!」 気を失った騎士にアンリエッタが駆け寄り、呼び起こしながら侍従を呼んで医者を手配させた。すぐに 宮廷の従医が呼ばれ、彼を担架に乗せて運んでいく。さらに、怪獣が接近していることが明らかになったので、 直ちに迎撃の準備を命ずる。今のトリスタニアは、結婚式典のために大勢の人間がやってきている。 市街地への侵入を許したら大惨事になるのは必然だ。 そしてエレオノールは、報告を持って来たのが魔法アカデミーの雇い騎士だったこと。現れたのが、 赤い怪獣だという内容から、一つの仮説を導き出し、全身の血が引いていく音を聞いていた。 「しまった……ヴァレリー!」 様々な思惑と錯誤、謎と現実が交差しながら、時の流れは残酷にその歩みを止めない。 場所を戻し、激しい戦いのおこなわれたあの森に舞台は返る。 一時は天にも届くほどの勢いで燃え盛っていた山火事も、天からの恵みには屈服し、炭と化した木々が 薄い煙のみを吐いている。その一隅の、雨を避けられるある場所に、才人とルイズは並べて寝かされていた。 「う、ぅぅ……」 かすかなうめきと、吐息が二人がまだ生きていることを如実に示している。しかし、怪獣バニラとの戦いで 大きなダメージを受けた二人は、いまだ無意識の世界……暗く、生暖かい不思議な空間の中をさまよっていた。 ”おれは……いったいどうしたんだろう” 浮いているような脱力感と、激しい疲労から襲ってくる眠気に耐えながら、才人の意識はただよいながら考えていた。 そこは、ぼんやりとものを考えることはできるけれども、体を動かすことはできない。例えて言うならば、 春の日差しの中でうたたねしているみたいな、夢と現実のはざまのような世界。そこで、夏の波打ち際に 体を預けているような心地よい感覚に、才人は身を任せていた。 「おれは……いったいどうしたんだろう」 もう一度、才人は同じことを思った。いや、もしかしたら一度だけでなく何度も同じことを考えていたのかもしれない。 現実感のない世界で、才人にできるのは考えることだけだった。いや、起きようと頭では思うのだけれども、 意識が現実に覚醒することがない。疲労で深い眠りについているというよりも、なにかの力で夢の世界に 閉じ込められているような、そんな気さえする。 ここは、強いて言うなら変身している際に、三人で意識を共有している精神世界と似ているような気もする。 しかし、エースなら不必要に二人の心に干渉するわけはない。ならば何故? と思っても、それを考えるだけの 思考力は得られない。 ふと、才人はこの精神世界の中に自分以外の誰かがいる気配を感じた。とはいえ、すぐに相手のほうから 呼びかけてきたから、確認する手間ははぶけた。 「サイト?」 「ルイズか?」 不思議なことに、二人とも意識がはっきりとしていないのに、相手の存在だけははっきりと理解することができた。 それが、自分たちが肉体と意識を共有しているかはわからないけれど、二人にとってはどうでもよかった。 寄り添うように手と手を重ねると、二人は安心したように力を抜いた。 互いのことを感じあえるところにいることで、緊張を失った二人の心は無意識のさらに深くへと沈んでいく。 ところが、閉じ行く意識の中で、才人とルイズの目の前に突如現れたものがあった。 「あれ、は……?」 ぽつりと、唐突に現れたそれを、二人は閉じかけた心のまぶたを開いて見た。沈んでいく水底のような世界の中で、 海底に沈んだ一粒の真珠のように、小さな、しかしはっきりとした光がはげますように二人の前に現れていた。 「なにかしら、きれい……」 消えかけた意識の中で、ルイズは自然に光に手を伸ばしていた。あの光からは、どこか懐かしいような、 どこかで見たようなそんな不思議な感覚がする。さらに、才人の意識もルイズにひきずられるように、二人は 手を握り合い、いっしょになって落ちていった。 「深い……サイト、わたしたちどこまで沈んでいくの」 「心配するな。どこまでだって、おれがお前についていってやる」 自分たち以外に誰もいない世界で、才人ははげますようにルイズの手を握った。 ひたすら、深く、深く。二人の心は沈んでいく。 光は、どれほどの深さがあるのか知れない深淵の底から、しだいに輝きを強めていく。 もうすぐ見える……期待と不安とが入り混じる。二人は、まもなく到達するであろう精神世界の最深部で、 何かの正体を見極めようと目を凝らす。そして、輝きを放っていたものがなんであるかに気がついたとき、 同時にそれの名前をつぶやいていた。 「始祖の……祈祷書?」 見間違えるはずもなく、それは始祖の祈祷書そのものだった。表紙の汚れも、破れ具合もすべて見覚えがある。 そして、祈祷書が間近にまで見えるようになったとき、ルイズの脳裏に不思議な声が響いた。 「呼んでる……」 「ルイズどうした? 呼んでるって、誰が?」 「わからない。けど、祈祷書がわたしを呼んでるの」 自分でも不可思議なことを言っているとはわかっている。夢の中だとしても、おかしいといわざるをえない。 でも、聞こえたことを否定する気にはならなかった。低い、おちついた大人の声で「来い」と言われた。 聞き覚えはないけれど、どこか懐かしいようなそんな声……わからないけれど、祈祷書を持てば、その答えが わかるような気がする。 「サイト……」 「お前の好きにしろ。どうしようと、おれはそれでいい」 わずかなためらいを、才人の言葉でぬぐい払うと、ルイズは祈祷書に手を伸ばした。触れたとたん、指先から まばゆい光があふれて二人を包み込んでいく。 「わあっ!?」 あまりのまぶしさに、二人は思わず目をつぶろうとした。しかし、ここは精神世界であるから、まぶたはあるようで 実は存在しない。光はさえぎるものなく二人の世界を白一色に染め上げ、やがて唐突に消えるとともに、 二人の目の前がさあっと開けた。 「これは……砂漠?」 突然現れた風景に、二人は周囲を見渡しながらつぶやいた。 今、二人は広大な砂漠地帯を見渡す空の上に浮かんでいた。 しかし、吹きすさぶ風も照りつける熱射の熱さも感じることはない。どうやら、自分たちはこの場所では幽霊の ようなものであるらしいと当たりをつけると、才人はルイズに尋ねた。 「ルイズ、ハルケギニアにこんな砂漠があるのか?」 「いえ、ハルケギニアに砂漠なんてないわ……いいえ、正確にはハルケギニアにはないけれど、そのはるかな 東方の世界には、サハラと呼ばれる大砂漠地帯があるはず。ここは、多分」 タバサまではいなかくても、様々な史書を読み漁ったルイズの知識の中でも、このような光景は他には 考えられなかった。サハラ……聖地に通じる、エルフの住まう場所。数千年の長きに渡って、聖地を奪還 せんものとする人間とエルフの果てしない抗争の続いた地。 はてしなく広がる砂の地には、人の影ひとつ、虫一匹の姿すら存在せず、ただ砂丘と吹き荒れる砂嵐のみが 擬似的な生命のように動き回っている。まさにこれは死の世界と呼ぶにふさわしい光景。 無の世界に戦慄する二人の見ている中で、景色は急速に流れ出した。砂漠をどんどん超え、地平線の かなたへと景色が進んでいく。まるでジェット機から地上を見下ろしているかのようだ。 やがて、砂漠が途切れて緑の山や平原が見えてくる。ここがサハラだったとすると、あれが恐らくは ハルケギニアか? ルイズはハルケギニア全土の地図を思い出し、サハラに隣接する場所に当たりをつけた。 「きっと、あれはガリアのどこかよ。人間とエルフは、ガリアの東端を国境線にしているの」 ルイズの説明に、才人もなるほどとうなづいた。二人の見下ろす先で景色はさらに流れ、砂漠から 草原や山岳地帯へと入っていく。このまま進めば、どこかの町も見えてくるだろう。そう二人は考えた。 しかし、結果からすれば、二人の思ったとおりに町……人の住んでいるところはすぐに見えてきた。 ただし、それは二人の想像していたものとは似ても似つかない形で現れたのである。 「サイト! ま、町が」 「怪獣に襲われている!?」 凄惨としかいえない光景が二人の前に広がった。 町が……いや、町だったと思われるところが怪獣によって破壊されていた。それも、一匹や二匹ではない。 少なく見ても五匹以上の怪獣が、せいぜい人口千人くらいの町を蹂躙している。 火炎や熱線が建物を炎上させ、元の町の姿はもう見受けることはできない。当然、人間の姿もどこにも見えない。 「ひどい……」 「くっ! こんなことになってるのに、この国はなにをやってるんだ!」 思わず怒鳴った才人の声も虚しく、二人の体はどんどんと流されていく。山を、川を飛び越えて山麓に 広がる次の町が見えてくる。赤い炎と黒い煙とともに。 「ここでもっ!? 怪獣が」 その町も、同じように怪獣によって蹂躙されていた。ざっと見るところ、街を破壊しているのは二匹、 全身が岩のようになっているのは透明怪獣ゴルバゴス。口から火炎弾を吐いて街を焼いている。 ドリルのような鋭い鼻先を持っているのは噴煙怪獣ボルケラー。口から爆発性イエローガスを吐き、 街の建物をけり壊している。 町は先程の町と同じように業火に覆われ、元の姿をうかがい知ることはできない。 けれど、ここでは先の町とは明らかに違う点があった。町は無人ではなく、まだ大勢の人間がいた。 ただし彼らは炎や怪獣から逃げるでもなく、その手には槍や剣、それに杖があった。彼らは二つの陣営に 分かれて、それぞれが相手に武器を向け合っている。 「戦争をしてやがる……」 それしか考えられる答えはなかった。そこにいる人間たちは、全身を覆う分厚い鉄の鎧に身を固め、 武器をふるい、魔法をぶつけあって互いを倒して炎の中へと放り込んでいく。目を覆いたくなるような、 大規模な凄惨な殺し合いの風景。それは、戦争と呼ぶ以外に表現する術はない。 だが、怪獣が暴れているというのに人々はそれには目もくれずに、ひたすら戦い続けている。そういえば、 ゴルバゴスやボルケラーは町は壊すものの、地上で戦う人間たちには目もくれていない。いや、そうではない と才人は二匹の行動を見て思った。 「怪獣たちも戦っている、のか」 町の惨状に幻惑されていたが、両者は確かに戦っていた。火炎弾やイエローガスの撃ち合いだけでなく、 ゴルバゴスの岩のような腕がボルケラーを打ち据え、負けじとボルケラーも風の音のような鳴き声をあげて、 巨大なハサミ状になった腕でゴルバゴスを締め付ける。 その怪獣同士の激闘は、町をさらに無残な状況へと変えていく。 「あいつら、やりたい放題じゃない」 「ああ……だけどなんであの二匹が……ハルケギニアだとはいえ、あれらは戦うようなやつらじゃないのに」 才人は、普通なら戦うことになるはずのない二匹が戦っていることに、大きな違和感を感じていた。 ゴルバゴスは山中に潜み、体を擬態して獲物を待つ怪獣。対してボルケラーは火山地帯に生息し、 大半は地底にいる怪獣、生息地が大きく違う上に、どちらも人里に下りてくるような怪獣ではないのだ。 「ねえサイト、あの怪獣たちの後ろにいるやつら、何かしら?」 「え? なんだ……あいつら」 ルイズに言われて目を凝らした才人は困惑した。二匹の怪獣の、それぞれ後ろに一人ずつ人間が立っていた。 そいつらは、戦っている人間たちが鎧兜などの重装備をしているのに対して、まるで休日の街中を散歩する ような軽装で、怪獣に向かってなにやら手振りしているように見える。 「もしかして、怪獣を操っているのか……?」 「まさか! 人間にそんなことができるわけが……」 ない! と言い切れない事例をこれまでに二人は嫌というほど目にしてきていた。よくよく見てみれば、 声は聞こえないものの、軽装の人間は兵士たちに向かってなにやら指示をしているようにも観察できる。 ならばあれが指揮官かということは容易に連想することができた。 しかし、怪獣を操って戦争の道具にするなどと、そんな恐ろしいことを……いや、宇宙人が地球を攻撃する ための手段として怪獣を使うのは、誰もが知っている常套手段である。ならば当然、兵器としての怪獣同士での 戦争などは、地球以外の星からしてみれば当たり前のことなのかもしれない。 ただ、状況は奇異につきた。あの、怪獣を操っているものが人間であれ宇宙人かなにかであるにせよ、 人間の軍隊までも率いて戦争している理由がわからない。怪獣どうしの戦闘のすぐ横で、槍や剣を使った ”普通”の戦争がおこなわれているアンバランスさ。それに、ルイズも確認してみたのだが、兵士たちは トリステインはおろか、アルビオン、ガリア、ゲルマニアのどの軍隊とも装備が違っていた。少なくとも、 今のハルケギニアの兵士は竜騎士など一部の例外を除いて、全身鎧などという化け物じみた装備を使わない。 目の前で起きていることの答えを見つけられぬまま、二人はさらに空を流されていった。飛びゆく先の空は、 夕焼けを悪意の色で塗りなおしたかのような、凶悪な赤で染まっている。それを見下ろせる空にたどり着いたとき、 不安と恐怖を編みこんだ予測の刺繍絵は、現実と極めて近い形で眼前に姿を現したのである。 「ここでも、あそこでも……なんなのよこれ。どうしてどこでもここでも殺し合いをしてるのよ!」 「暴れまわってる怪獣の数も尋常じゃねえ。それに、あれは人間じゃないな」 信じられないことに、戦いは人間や怪獣ばかりではなかった。 ある場所では、翼人の一団とコボルドの群れが。またある場所ではミノタウロスとオークの群れが斧を ぶつけあい、火竜がワイバーンや風竜と空戦をおこなっているところもある。 「自然の秩序にしたがって生きているはずの亜人まで……でたらめじゃない」 しかし、二人がこれが序の口に過ぎないことを知るのはこれからだった。 空を飛び、ゆく先々の町や村はすべて怪獣に襲われるか、襲われた後の廃墟として二人の目の前に現れた。 それだけではなく、移動する先々の山々や森林も焼き払われ、ひどいところでは砂漠化しているところまである。 そのどこでも、圧倒的な破壊がおこなわれた後……もしくは、それをおこなっている最中の破壊者の姿がある。 人間、エルフ、翼人、獣人、幻獣、怪獣……そして、それらを統率している正体不明の人間たち。 この世界のどこにも、平和はなかった。 「違う……これは、わたしの知ってるハルケギニアじゃないわ」 愕然とするルイズの言うとおり、どこまで飛ぼうとも、いくら戦場後を乗り越えようとも破壊の跡が視界から 消えることはなかった。それどころか、進むほどに戦火は激しくなり、まるで地上すべてがフライパンの上の 肉のように煮えたぎっているかのようにも思える。 空の上には翼人やドラゴンが、地上には人間の軍勢や亜人、そして怪獣たちが無秩序に暴れている。 いったいなんのために戦っているのか、それすらもわからない。 唖然とする二人。と、そのとき二人の耳に聞きなれた低い声が響いた。 「やれやれ……とうとう見ちまったか」 「その声は!」 「デルフか! お前、どこにいるんだ!?」 唐突に響いたデルフリンガーの声に、反射的に周りを見渡す二人。しかし、あの無骨な大剣の姿はなく、声だけが どこからともなく聞こえてくる。 「落ち着け、お前ら。いいか、今お前らは祈祷書に記録されているビジョンを見せられてるんだ。そこは、 かつて俺が生まれた世界……六千年前のハルケギニアだ」 「な……なんだって」 「この荒廃した世界が」 続く声もなかった。この、破壊と混沌にあふれた世界が、あの平和で美しいハルケギニアだとは。 絶句する二人の耳に、重く沈んだ様子のデルフの声が少しずつ入ってくる。 「ふぅ……嫌なこと、思い出しちまったなあ。ブリミルのやつめ、遺品にいろいろ細工してたのは知ってたけど、 よもやこんな仕掛けを祈祷書に残してたとは気づかなかったぜ」 「デルフ、もっとわかるように説明してくれよ」 「ああ、すまねえな。要するに、これは祈祷書に記録されていた過去のビジョンが、お前らの頭の中に投影 されてる光景らしい。六千年前、この世界は見ての通りに、いくつもの勢力が戦争を繰り広げていた。 今でも、エルフとかのあいだではシャイターンとかヴァリヤーグとか、そのときの勢力の名前のいくつかが 語り継がれているらしい。いや、これはもう戦争と呼べる代物じゃなかったな。人間にエルフ……世界中の、 あらゆる生き物を巻き込んだ、際限のないつぶしあいだった」 「いったい、なんでそんな無茶苦茶なことに……」 愕然とする才人の質問に、デルフはすぐに答えなかった。 「すまねえ、まだそこまで記憶が戻ってねえんだ」 いつになく沈んだデルフの答えに、才人とルイズは頭に血を登らせかけたものを押し下げた。六千年分の 記憶と一言にいえば簡単だけれど、それは地層の奥深くに沈んだ化石を掘り返すようなものだろう。 一気に掘り返そうとすれば、デルフが持たないかもしれない。発掘は、赤子の肌を拭くように慎重に 時間をかけなくてはならない。 「わかった。じゃあ、あの怪獣を操ってる連中はなんなんだ?」 いっぺんに聞くのをあきらめた才人は、とりあえず一番気になっていることを尋ねた。 「あれが、この戦いの元凶さ。エルフに悪魔と呼ばれてるのは、あの連中のことだ。あいつらは、この世界に 元々いた怪獣や、どっかから探してきた怪獣なんかを武器にして戦争やってたんだ。ちょうど、今のメイジが 戦争で使い魔を利用するみたいにな」 「怪獣を、兵器に……」 恐ろしい想像が当たっていたことを、才人は喜ぶ気にはもちろんならなかった。 地球人も、怪獣を兵器にという構想はすでにマケット怪獣で実用化の域にある。しかしそれを人間どうしの 戦争に利用しようなどとは考えられもしない。そんな愚かな時代は、かつて核兵器の脅威によって人類絶滅の 危機におびえた前世紀で充分すぎる。 「まあ、コントロールできなくて暴れるにまかせるしかなかったのも少なからずいたらしいが、この混乱の中じゃあ 些細なことだったろうな」 「いったい何者なんだ? 怪獣を操るなんて、並の人間にできるわけないだろう」 「わからねえ……いや、思い出せないんじゃなくて本当に知らねえんだ。俺が作られたのは、連中が現れてから しばらく経ってからのことらしいからな。ただ、なにかしらすさまじい力を誇っていたのだけは確かだ」 デルフの説明は、後半は余計だった。怪獣を操る時点で、手段はともかく常人のそれではない。 現在、二人の見下ろす先にいる怪獣は三匹、いずれも才人の知るところではない姿をしている。 一体は、全身を乾いた岩の色をした二足歩行の恐竜型怪獣。体はごつごつとしていていかついが、 顔つきはどこか柔和なものが感じられる。これは、才人の故郷とは違う地球で岩石怪獣ネルドラントと呼ばれている、 ゴモラなどと同じく古代恐竜の生き残りといわれている怪獣。 もう一体は、同じく二足歩行型で、顔の形がどことなくカンガルーに似ている怪獣。これも、毒ガス怪獣エリガルと 呼ばれてる種類の怪獣で、肩の部分にそのガスの噴出孔がフジツボのようについている。 最後の一体は、ここにキュルケかタバサがいたならば、その姿に記憶のページから同じしおりを選んでいただろう。 古代暴獣ゴルメデ……才人とルイズの知らないところ。エギンハイム村で、翼人たちの伝説に残されていた あの怪獣がそこにいた。 三体の怪獣は、ほかの怪獣たちと同じように、何者かのコントロールを受け、目に付く木々を踏み潰しながら 前進していく。本来ならば彼らにも意思があり、こんな戦いに加わるはずはない。才人とルイズは、道具として 操られている怪獣たちに、一抹の同情を胸に覚えると、デルフに問いかけた。 「なにがしたいのか知らないけど、ひどいことをしやがる」 「わたしは、戦いは名誉や国……なにかを守るためにするものだと教えられてきたわ。けど、この戦いには なにも感じられない。ただ戦うために戦ってるみたい。ねえ、この戦いの結末はどうなったの? いったい 誰が勝ち残ったっていうの?」 「誰も、残らなかったのさ」 「えっ!? うわっ!」 ぽつりと、恐ろしいことをつぶやいたデルフの言葉が終わると同時に、二人の視界をまばゆい光が照らした。 太陽ではない。まして、戦闘の戦火でもない。不可思議な極彩色の光に、二人がおそるおそる目を開けてみると、 そこには幻想的な光景が広がっていた。 「虹……? きれい……」 思わず口から出た言葉のとおり、空には虹色の光が溢れていた。しかし、それは虹などではなく、よく見たら 虹色をした蛍のような小さな光が、雲のような集合体をなしているものだった。 「くるぞ……この戦いを混沌に変えた。本当の悪魔が」 デルフの言ったその瞬間、虹色の雲から光の塊が地上に向かっていくつも降り注いだ。 「なんだっ!?」 それは、虹色の雲から流星が落ちたように地上からは見えたことだろう。流れ星は、まるでそれ自体に 意思があるかのようにネルドラント、エリガル、ゴルメデに吸い込まれていった。 「どうしたっていうのよ……えっ! なに!?」 「ただの戦争だったら、それが一番よかったかもしれねえ。けど、戦いの混沌につけこむように奴らは突然現れた。 そしてこれが、終わりの始まりになったんだ」 淡々と話すデルフの言葉を、才人とルイズは驚愕の眼差しの中で聞いていた。 夢の世界の中で、始祖の祈祷書が語ろうとしている歴史は、まだ先があるようだった。 だが、時を同じくした頃、魔法アカデミーではエレオノールが予感した最悪の事態が起ころうとしていた。 エレオノールに依頼され、ヴァレリーは青い液体の入ったカプセルの開封作業に入った。助手は、先日 アカデミーに入った中ルクシャナという新人研究員。性格的に少々調子のよすぎる感はあるが、入学以来 様々な分野で目覚しい実績を上げている彼女を、ヴァレリーは迷うことなくパートナーにすえた。 「ヴァレリー先輩、私に折り入っての仕事って何ですか? 先輩からご指名されるくらいですから、さぞや 重要な研究なんでしょうね!」 最初から期待に胸を躍らせた様子のルクシャナに、ヴァレリーは苦笑すると同時に頼もしさも覚えた。 彼女は若いくせに、自分やエレオノールに輪をかけた学者バカな気質なようで、男性研究者の誘いも 一つ残らず断って、毎日新しい発見があるたびに目を輝かせている。 「先日、あなたといっしょに遺跡で発掘した青い液体のカプセルがあるでしょう。あれの開封作業に入るわ。 あなたはいっしょに発掘された碑文の修復と解読を急いでちょうだい」 「ええーっ! そんなあ、どうせなら先輩のお手伝いをさせてくださいよ」 「わがまま言わないで、理由は言えないけど急ぐ仕事なのよ。それに、砕けた石碑を修復するには、 根気もそうだけど直観力も大切なの。あれが解読できたら遺跡の秘密にも一気に迫れるわ。一番頼れるのは あなたなの、引き受けてもらえるかしら」 「……わかりました。引き受けましょう」 最後には快く引き受けたルクシャナに、ヴァレリーは内心で素直ないい子だと感心した。彼女はあまり 自分のことを語りたがらないが、わずかに語ったところでは国に婚約者を待たせているらしい。きっと、 その男も彼女のそんなところに魅かれたのだろう。もっとも、それ以外の部分にはさぞ苦労させられているに 違いないが。 ルクシャナに碑文の復元を任せたヴァレリーは、さっそくカプセルの開封作業に移った。これまでの経過から、 物理的な衝撃や、『錬金』による変質も受け付けないとわかっていたので、それ以外の方法を模索する。 今までは内部の破損を恐れて、強行的な手段は避けてきたけれど、非常事態ゆえにヴァレリーは多少 強引な手段を用いてもカプセルを破壊することに決めた。 一方のルクシャナは、碑文の破片の復元作業のおこなわれている部屋にやってきていた。ここでは、 数千ピースに及ぶ石の破片を元通りにする作業が続けられている。これには、さしもの魔法も役には 立たないので、取り組んでいるのは雇われた平民が多数であった。 ルクシャナは、部屋に入るなり彼らに向かって告げた。 「これから、私が復元作業に当たることに決まったわ。あなたたちはご苦労様、ほかのところを手伝ってちょうだい」 命令を受けた平民たちは、ほっとした様子で速やかに部屋を出て行った。彼らとしても、延々と続く石くれとの 格闘には飽き飽きしていたのだ。そして、部屋が無人になったのを確かめると、ルクシャナは復元途中の石碑に 手をかざして、つぶやいた。 「蛮人はだめね。このくらいのことを、何日かかってもできないなんて。でも、私も精霊の力をこんなことに使って、 叔父様に怒られちゃいそうだけど、ね……さて、では石に眠る精霊の力よ……」 いたずらっぽく微笑んだルクシャナが呪文をつぶやくと、バラバラだった石碑の残骸が動き出し、まるで生き物の ように自然に組み合わさっていく。数分もせずに、残骸は一枚の石版の姿を取り戻し、さっそく彼女は書かれている 文字の解読に当たった。 「これは、私たちが使ってた中でも、もっとも古いとされている文字じゃない。これは興味深いわ、なになに……」 好奇心旺盛に、ルクシャナは碑文を読み上げる。 だが、読み進めるうちに彼女の顔からは急速に笑みが消え、読み終えたときには蒼白に変わっていた。 「いけない! そのカプセルを開けてはいけない!」 脱兎のように、ルクシャナは碑文の部屋を飛び出していった。 けれど運命は残酷に、破滅への秒読みを進めつつある。 「おう、ヴァレリー教授、どうやらカプセルが開けられそうですよ」 研究室で、実験台の上に置かれたカプセルに、微細なひびが入りつつあった。加えられているのは、 アカデミーの風のメイジの使用した電撃の魔法である。ヴァレリーはこれまでの実験結果から、高熱や衝撃では このカプセルには通じないと知っていたので、いくつかの可能性を吟味して電撃に賭けたのだ。 「やったわ! 成功のようね」 「おめでとうございます。ヴァレリー教授」 「ええ、これで中身の分析もできるわ。六千年も生きていたミイラの守っていたもの……もしかしたら、 本当に不老不死の妙薬かもしれない。もっとパワーを上げて、一気に砕くのよ」 期待に胸を膨らませて、ヴァレリーはひび割れゆくカプセルを見守った。エレオノールには悪いけれど、 大発見の一番乗りとして自分の名前が歴史に残るかもしれないという、むずがゆい快感もわいてくる。 ところが、ヴァレリーがさらに電撃のパワーをあげるように命令しようとしたとき、ルクシャナがドアを 蹴破らんばかりの勢いで部屋に駆け込んできたのだ。 「待ってください! そのカプセルを開けてはいけません。中のものは、悪魔なのです」 「なんですって!? 悪魔?」 ルクシャナの剣幕に驚いたヴァレリーは思わず聞き返した。そして、意味がわからないという顔をしている 彼女に、ルクシャナは震える声で説明した。 「文字の解読ができたんです。これには、こう書かれていました」 ”未来の人間に警告する。かつてこの地は大いなる災いによって滅ぼされた。 生き残った我々に残された文明も、いずれ消え去るであろう。 しかしその前に、我々は世界を破滅へと導こうとした、巨大なる悪魔たちの一端を捕らえることに成功した。 赤い悪魔の怪獣バニラ。青い悪魔の怪獣アボラス。 我々は彼らを液体に変え、防人とともにはるかなる地底の悪魔の神殿に閉じ込めた。 決してこの封印を破ってはならない。もしこの二体に再び生を与えることがあれば、人類は滅亡するであろう” 語り終わったときには、ヴァレリーもすでに顔色をなくしていた。もはや、どうしてこんなに早く解読が できたのかということなどは思考から消し飛んでいる。 「じゃあ、この液体は青いから……怪獣アボラス!」 愕然とつぶやいた瞬間、ひび割れたカプセルが卵の殻のように割れた。その傷口から、青い液体が どろりと零れ落ちる。 「しまった。遅かった……」 愕然とするヴァレリーとルクシャナの見ている前で、青い液体はどんどん広がっていく。 そして、液体から白煙があがり、流動する液体が何かの形を作りながら巨大化し始めた。 「いけない! みんな逃げてーっ!」 あらんばかりの声で叫び、ヴァレリーは出口へと駆け出した。しかし、怪獣が実体化する速度は彼女たちが 逃げ出すよりも早く、天井を突き破り、床を踏み抜いて研究塔を破壊した。 「間に合わな……きゃぁぁっ!」 ヴァレリーの足元の床が抜け、壁と天井が巨大な瓦礫と化して彼女の上へと降り注いでいった。 アカデミーの研究塔は一瞬のうちに崩れさり、中から青い体をした巨大怪獣が姿を現す。 青色発泡怪獣アボラス……その復活の雄叫びが、廃墟と化した魔法アカデミーに高々と鳴り響いた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/634.html
前ページ次ページとある魔術の使い魔と主 ルイズは魔法学院の東の広場にあるベンチに腰かけて、一生懸命何かを編んでいた。 時刻は昼休み、食事を終え、ぽかぽかの陽射しが降り注ぐ。ふわ~と小さい欠伸が出てきて眠くなった。 休憩を兼ねて手を休ませ、『始祖の祈祷書』をパラパラっと眺める。最初は何か書かれているものだと思ったが、 何も書かれていない。おかしいぐらいに何も書かれていない。 一体どうやってこれから姫の式に相応しい詔を考えなければならないだろ? と思うとため息が吐き出される。 しばらくして、まあいっかと気持ちを切り替えて、自分の作品の出来栄えを見る。 そこには、よくわからない作品があった。いや、彼女自身はセーターを編んでいたつもりだったのだが、 どこかで間違えてしまったようだ。と言い聞かせる。 そうは言っても現実は変わらない。失敗の作品は失敗である。 自分の不甲斐なさに、ショックを感じて再びため息が吐き出される。 周りの同級生達は魔法を使ってゲームをしていた。その楽しんでる姿を見て胸が苦しくなる。 (どうしてわたしは何もできないのだろ……) 当麻に助言を与えられても、不安は拭い切れない。 ルイズは、当麻にご飯を与えていたメイドの顔が思い浮かんだ。当麻は、ルイズにばれていないと思っていたようだが、彼女の目ははっきしとその光景を見ていた。 あの子はご飯が作れる。キュルケには美貌がある。自分は一体何があるのだろう? 当麻に言わせたら、「貧乳」とか「可愛い」とかきっと答えるに違いない。もっとも、ルイズが聞いたら怒るに違いないが。 どうしようかなぁ……と物思いにふけっていたら、ルイズの肩を誰かが叩いてきた。振り返るとキュルケが立っていた。 ルイズは目を大きく開き、慌てて『作品』を始祖の祈祷書を使って隠す。 「ルイズ、なにしてるの?」 ニヤニヤとキュルケは笑っている。どうやらばれているようだ。 しかし、ルイズはそんな事などわからずに嘘を突き通す。 「み、見ればわかるでしょ。読書よ、読書」 「でもその本何も書かれていないじゃないの」 「これは、『始祖の祈祷書』っていう国宝の本なのよ」 「なんでそんな国宝をあなたが持ってるの?」 ルイズは仕方なくキュルケに一から説明した。 アンリエッタの結婚式で自分が詔を詠みあげて、その際この『始祖の祈祷書』を用いる事、を。 「へぇ~、まあアルビオン新政府は不可侵条約をもちかけたそうだし、これもあたしたちのおかげかしら?」 キュルケは何となく察していたようだ。自分達の任務が、今の情勢に影響を与えていた事を……。 ルイズは少し面食らったように驚いたが、 「誰にも言っちゃダメなんだからね」 と言うだけであった。 言わないわよ、と答えると、キュルケは話題を変える。 「それで、話は変わるけどさっきまで何を編んでいたの?」 ビクッとルイズの体が震える。どうやら本気で隠しきれると思っていたようだ。 「な、何も編んでないわ」 「編んでた。ほら、これ」 そう言って、キュルケは始祖の祈祷書の下からルイズの作品を取り上げた。 「か、返しなさいよ!」 慌ててキュルケの手から取り返そうとしたが、片手一つで押さえられてしまった。 「こ、これなに?」 あまりの出来具合に、キュルケはポカンと口をあけてしまった。なんというか新しい時代を感じてしまう。 「セ、セーターよ」 ジタバタ手を動かすがキュルケに掠りもしない。 「セーター? ヒトデのぬいぐるみにしか見えないわ。それも新種の」 「そんなの編むわけないじゃないの!」 ルイズは必死にもがいて、なんとか編み物を取り返すと、恥ずかしそうに俯いた。 「あなた、そのセーターをどうするの?」 「あんたに関係ないじゃない」 「じゃあ当ててみようか?」 キュルケは、再びルイズの肩に手を回すと、顔をすぐ目の前へと近づける。 「使い魔さんに編んでいるのでしょう?」 「あ、編んでないわよ! ばかね!」 ルイズは、顔を真っ赤にして怒鳴った。 「あなたってほんとにわかりやすいのね。どうして好きになっちゃったの? どうして?」 「す、好きなんかじゃないわ。好きなのはあんたでしょ。あんなバカのどこがいいのかしらしんないけど」 ツン、とそっぽを向く。ホントにわかりやす過ぎて、キュルケは内心笑ってしまった。 「あのねルイズ。あなたって嘘をつくとき、耳たぶが震えるの。知ってた?」 ルイズは、はっとして耳たぶをつまんだが、震えていなかった。すぐにキュルケの嘘に気付き、慌てて手を膝の上に戻す。 「と、とにかく、あんたなんかにあげないんだから。トウマはわたしの使い魔なんだからね」 キュルケはまってましたと言わんばかりに、にやっと笑った。 「独占欲が強いのはいいけれど、あなたが今心配するのは、あたしじゃなくってよ?」 「どういう意味よ?」 「ほら……、なんだっけ。あの厨房のメイド」 ルイズの目が吊り上がった。 「あら? 心当たりがあるの?」 「べ、別に……」 そうは言っても視線が泳いでいる。キュルケは手をルイズの肩から離した。 「今、部屋に行ったら、面白いものが見られるかもよ?」 言うや否や、ルイズはすくっと立ち上がった。 「好きでもなんでもないんじゃないの?」 楽しげな声でキュルケが言うと、 「わ、忘れ物取りに行くだけよ!」 ルイズは怒鳴って駆け出した。 一方の当麻は、部屋の掃除をしていた。慣れた手つきでテキパキと綺麗にしていく。 前日の夜に至っては、ルイズは洗濯をすらしていた為、当麻の仕事が少なくなってきたのである。 さらに、ルイズの部屋にはもともと物があまり置かれていない。なので、掃除はあっという間に終わってしまった。 「さてと、特に不幸は起きずに……うぉぉぉおおお」 神さえも殺せる上条当麻に、今日も平和に過ごせるわけがない。 ドシーン! と本棚が何の予告もなしに倒れてきた。バサバサッ、と本が無造作に散らばる。 「……訂正、不幸指数百ってところですな」 なにもない部屋ではあるが、本棚にはぎっしり積められているので、その量は半端ない。 それでも、本棚に押し潰されないのは不幸中の幸いだろうか? 「しっかしまあ……何を読んでるんだ?」 当麻は散らばっている本の一つのを取り上げるとそれをパラパラッとめくるが、 日本語しかできない当麻になんて、もちろん読めるわけがない。 「いやまあ普通に考えてそうだよな……ってあれ?」 じゃあなんで俺たち普通に話してんだろうな、と思っていると、コンコンとドアを叩く音が耳に入った。 「あー、あいてるぜー」 ドアを叩くということはルイズではない。こんな所にわざわざ来るのはキュルケかなぁ~などと思っていると、 「し、失礼しま~す」 扉からシエスタがひょっこりと現れた。 ドキッと当麻の心臓が激しく鼓動する。昨日の事を思いだしたからだ。 「シ、シエスタ……?」 「うわっ! ど、どうしたんですかこれ!?」 この悲惨な惨状に、シエスタは驚きの声をあげた。 「いや不幸属性っていってもわからないよな」 「ほえ? あ、手伝いましょうか?」 ホントに? と聞く当麻に、はい、と満面の笑みを浮かべてシエスタは頷いた。 「ホントはご飯を食べて貰おうと思ったのですが……」 「うお、サンドイッチじゃないですか! それなら片付けアンド飯食べれるの一石二鳥じゃん」 シエスタが手に持っていた銀のお盆の上には、沢山のサンドイッチがずらりと並んでいた。 当麻はひょいとそのうちの一つをとると、口に放り込んでみる。 しっかり噛み締め、味を確かめる。 「おお、うまいぞこれ!?」 「ほんとですか!?」 シエスタの顔がパーッと輝く。 「ああ、後でレシピ教えて貰ってもいいかな?」 「え? トウマさんって料理作るのですか?」 意外そうな目で見られてちょっと当麻は自慢したい気分になる。 「まあなー、飯は基本自炊してたしな。といってもそんなにうまくないけど」 「それじゃあ今度厨房で教えてあげますね」 と言いながら、シエスタは散らばっている本を整頓し始めた。 当麻も慌てて作業に取り掛かった。 「そ、そういえばトウマさん!」 「ん?」 「この前のお話はありがとうございました! とっても楽しめました」 「ん、ああ」 適当な返事を返すが、実は緊張している当麻である。 (やっぱりあれ……冗談じゃないんだよな?) 今まで告白をされた事のない当麻にとって、先のできごとは冗談だと信じたかった。 それでも、体は素直であるといっていい程ガチガチに震えてはいるが。 「はい、特にあれがよかったです! ひこうき!」 「飛行機?」 「そうです! 魔法ができなくても空が飛べるってすばらしいわ! つまり、わたしたち平民でも鳥みたいに自由に空を飛べるってことでしょう?」 「まあなー、空を飛びたいから作られた乗り物だから、ここでもできると思うけど?」 「ここには魔法がありますから……」 そういうと、手をもじもじし始めた。顔をちょっとずつ赤くなっていき、はずがしがっている。 どうやら口にするべきか悩んでいるようだ。しかし、小さな手を胸にあて、一回深呼吸をすると、シエスタは身を乗り出してきた。 「あ、あのね? わたしの故郷も素晴らしいんです。タルブの村っていうんです。ここから、馬で三日くらいかな。ラ・ロシェールの向こうです」 ぴくりと当麻の体が動く。待て、この展開はなぜかわからないけど凄く予想ができちゃうんですけど!? 「なにもない、辺鄙な村ですけど……、とっても広くて綺麗な草原があるんです。春になると春の花が咲いて、夏には夏の花が……。今頃きっと綺麗だと思います」 シエスタは遠くを見るような目で、頭上を見た。 そして、当麻の方をちらりと見ると、手をもじもじさして頬を赤くする。 「あ、あの……当麻さん?」 わかる。次の言葉が予想できてしまう自分がなんか悲しい。いや落ち着け。もしかしたらがある。 「どした?」 「その……、よかったらわたしの村に来ませんか?」 わかっていた。この展開はこれしかありえない、と。 しかし、それでもだ。 「ええええええ?」 わかっていても、こんな漫画ちっくな展開ないだろーと感じてた部分もあった。だから、結局は驚いてしまうのである。 「大丈夫かなーシエスタ」 「大丈夫、大丈夫。私たちが全ての事態を想定して叩き込んだんだから!」 やっぱり犯人はこの二人であったりする。 「あのね、今度お姫さまが結婚なさるでしょう? それで特別にわたしたちにお休みが出ることになったんです。でもって、久しぶりに帰郷するんですけど……。 よかったら遊びに来てください。トウマさんに見せたいんです。あの草原、とっても綺麗な草原」 「あーいや、行ってみたいけどさ……」 でも俺使い魔だからいけないなー、と言う前に、シエスタはこちらに近づこうとした。しかし、一冊の本に躓いてそのまま当麻の体に倒れ込む。 「わっわっ!?」 「っとと……」 突然の事態に、当麻もそのままベッドに押し倒される。 シエスタの息が地肌に感じる距離まで接近した。意識をしていなくても、二人の顔が赤く染まり、視線を逸らす。 当麻はシエスタが立ち上がるのを待とうとしたが、 その前に、最高のタイミングでルイズが部屋に入ってきた。 固まる三人。沈黙が場を支配しているのだが、なぜかピキリという音が聞こえた感じがした。 「なにしてんのよあんたたち」 ルイズの声が、体が震えていた。表情が無表情だから余計に怖い。 「いや、えーっと……」 「人のベッドの上でなにをしようとしたの?」 「なにもしていませんルイズ様」 「そりゃあこれからやる予定だもんね」 「あー違うのですよ。落ち着いてくださいルイズ様。別にわたくしたちはやましいことなど考えておりませんよ」 「あ、あら? そうでしたっけ?」 ここにきて、シエスタが会話に参加してきた。 話をややこしくしちゃダメだー、と泣きたくなる当麻。何と言うか、ルイズの背後にオーラが漂っている。 「わたしは別に構わなかったですけど……」 ビキィ! とルイズのこめかみからよろしくない音が響いた。 (許せない。わたしが当麻の為と思って色々頑張っていたのに、その間にメイドといちゃいちゃしようとするなんて……) そう考えると腹が立ってきた。ギュウッと強く編み物を握る。 「……もういい」 ルイズはきっと睨みながら涙を浮かべた。 悲しさと悔しさ、それに怒りがその表情には込められている。 「あんたなんかクビよ!」 「……はい?」 クビって、ああ使い魔って辞めることのできちゃう仕事なんですか。と当麻は場違いな考えを浮かべている。 「クビよ! あんたなんか野垂れて死んじゃえばいいのよ!」 「あら……、それならわたしと一緒に来れますわね」 シエスタはにっこりと笑い、当麻の手を引っ張っていく。 なんというか、この場においても冷静なシエスタも怖い。 実は二人にルイズの対策をちゃっかり聞いてたりしているのだが、そんなのはルイズにも当麻にもわからない。 「勝手にしなさいよばか!」 「え? 何ですかこの急展開はー!?」 当麻の絶叫が、寮内響き渡った。 一人、ルイズは部屋にいた。 ベッドに倒れ込み、腹いせに枕を力一杯叩き続ける。 「トウマのバカ、バカ! バカー!!」 ボフッ、ボフッ、といくら叩いても怒りは減らない。むしろ自分でもわかる程増えていっている。 ルイズは当麻の為に編んだセーターを思いきり壁に投げ付けた。そして、叫ぶ。 「トウマなんかキライ! キライなんだから!!」 いつの間にか泣いていた。わからない。でもいつ泣いたかなんてどうでもいいのだ。 なんでこんなに辛いのだろう? どうしてこんなに悔しいのだろう? だって、自分で言ったではないか。野垂れ死んでしまえ! って。 そう望んだから言ったはずなのに、そう願ったから言ったはずなのに。 どうしてこんなにも後悔しているのだろう? 「ッ!」 ルイズは唇を噛み締める。こんな事を考えちゃダメだ。もっと違うこと……そう、詔を考えなきゃ。 ルイズは机に置いた始祖の祈祷書を取ろうとしたが、 何も見えなかった。 止まる事の知らない涙は、ルイズの顔を、視界をぐしゃぐしゃにしてしまった。 「なんで涙が……出るのよ! べ……別に、かな……悲しくないのよ!?」 答えてくれる使い魔はもういない。どれだけ叫ぼうと、どれだけ構ってもらおうと、この部屋には誰もいない。 また、一人になった。狭いはずの自分の部屋が突然広くなったような感触を覚える。 ここには、少年がいない。 自分の事を認めてくれた少年が、 自分の事を命懸けで守ってくれる少年が、 自分の悩みに対して答えてくれた少年が、 ここにはいない。もう、いないのだ。 「………………………………」 ひっく、と少女の喉が鳴咽を漏らした。 今のルイズには、顔を枕で隠すしか出来なかった。 もういいや、今の自分には何も考えられない。 だから、泣こ? 今まで溜めてた分だけ流そう? 一人、ルイズは恥じらいとか何も考えずに、ただただ泣くのみだった。 シエスタと当麻は、結局あのままタルブの村まで行く事になってしまった。 「あー、着いちゃったんですね」 「はい、着いちゃいました」 シエスタが悪意なく笑ってくれるのに、なんとなく罪悪感を覚えてしまう。 たどり着くまでの三日間、当麻はシエスタの積極的なアタックの回避に精一杯で疲れきっていたのだ。 なにせ胸をこちらの体に当ててきたのだ。困る。いや嬉しいといえば嬉しいのだが、なんか困る。 他にもキスを迫ってくるとか、大学生以上お断りの展開とかもされてきたが、全て適当な理由をくっつけて断った。 とまあ、当麻にしては珍しく幾多のシエスタフラグを回避してきた。といっても、その分シエスタに色々と迫られたり勘違いされてきたが……。 「あ、こっちです」 それでも別に気にしなかったシエスタは、当麻に見せたいといった草原に連れていった。手を握って引っ張られる当麻は、楽しそうにしているシエスタを見て小さく笑った。 そして視界が急速に開けると、 そこには絶景が広がっていた。 普段、学園都市で暮らしてきた当麻にとって、なにもないだだっぴろい草原は見た事がなかった。 所々に花があるだけ。向こうの奥の方にある山までどれだけの距離があるのだろうか? その山の近くに太陽が落ちかけていた。鮮やかな夕日が自分達を輝かせる。 感想の言葉などいらない。本当に綺麗な草原だった。 「どうですか? 綺麗でしょ?」 「ああ、こりゃあすげえな」 風がふわっと気持ち良くさせる。このまま倒れ込んで、寝てもいいぐらいだ。 よかった、とにこやかに笑うと、シエスタは両手を広げてぐるぐる回った。 今のシエスタの服は、いつものメイド服と違う、茶色のスカートに、木の靴、そして草色の木綿のシャツ。夕日をバックにしたせいか、凄く可愛く感じた。 「わたし、トウマさんとここに来れてよかったです!」 クルッとこちらに顔を向けてくる。純粋無垢な発言に、当麻はドキッとしてしまった。 この世界の人間であるなら、そのままこのルートに突っ走ってもよかったと当麻は思う。 しかし、それはできない。たとえどれだけ好意を向けられてもそれはやってはいけないのだ。 しかし…… それを言えない自分もいた。言ってしまったら、どうなるか予測できない恐怖に怯える自分も。 当麻は、黙って空を眺めていた。一体どうすればいいのかと。 「トウマさん?」 ひょっこりと、シエスタの顔が目の前に現れる。うおっ、と驚きながら重心を保てないまま尻餅をついてしまう。 「あ、ごめんなさい……トウマさんが反応しないから」 思わず差し伸べたシエスタの手を当麻は握る。 「気にすんなって、俺が悪いんだし」 「あ、そだ! もう一つ見せたいものがあるんですよ!」 当麻が立ち上がり、シエスタは空いた両手でパンと、胸に合わせて顔を輝かせた。 え? と尋ねる当麻に、シエスタは笑みを浮かべるだけであった。 「これです」 草原からそう離れていない場所に寺院が建っていた。どうやらその中に、ひいおじいちゃんが持ってきた道具が奉られているようである。 一体なんだろうなあ、と少し期待を持ちならがらもシエスタにていていった。 当麻は寺院の中に入る前からその形に懐かしさを感じた。 丸木で作られた門の形。石では泣くて板と漆喰で作られた壁。木の柱に、白い紙と縄で作られた紐飾り。 まさか、と思った当麻の足が自然と早くなる。いや、ありえないと頭の中で必死に否定してくる。 しかし、シエスタが指差した場所にあった物は、当麻の予想していたものであった。 ――即ち、自分のいた世界にある遺品であったのだ。 「ひいおじいちゃんはこれを使って空を飛んだらしいんですけど……みんな信じなかったそうです」 シエスタの言葉を右から左へと流し、遺品を乗せてある台座に書かれた字を見る。 『海軍少尉上条東野、異界ニ眠ル』 あれ? とこの字を見て当麻はある事に気付く。 上条当麻は記憶喪失であるが、知識は残っている。確かこの名前は戦時中行方不明になった俺の……ひい……じいさん…………? いやいや、さすがにそれはないでしょーと笑いながら否定する。しかし、脳は素直である。 でも、もしそうだったら? と語ってきた。むしろその可能性の方が高くないか? って事は俺とシエスタの関係って………… 又々従兄弟? 当麻は言葉を失った。 前ページ次ページとある魔術の使い魔と主
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8379.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第三十七話 三大怪獣、トリスタニア最大の決戦 ミイラ怪人 ミイラ人間 ミイラ怪獣 ドドンゴ 青色発泡怪獣 アボラス 赤色火焔怪獣 バニラ 登場! 暗雲に閉ざされ、住人のいなくなったトリスタニアで天空を揺るがす激戦が始まろうとしていた。 銀色の巨人と金色の怪獣、ウルトラマンAと星の守護者の怪獣ドドンゴ。 それに対する青い怪獣と赤い怪獣、すべてを溶かす青い悪魔アボラス、すべてを焼き尽くす赤い悪魔バニラ。 六千年の時を超えて現代に蘇った三体の怪獣と、新たに星の守りについた光の戦士。 一度は敗れた相手ながら、才人とルイズの心にはおびえも躊躇もすでにない。 (あんなビジョンを見せられちまったんだ。もうお前たちの好きにはさせないぜ) (始祖ブリミルのご意思、子孫のわたしたちが無駄にするわけにはいかない。はぁ、まったくとんでもないご先祖を 我ながら持ってしまったものね) 人間は、若者は敗北を乗り越えて前へ進む。命ある限り、停滞することなく彼らの進化は進む。 ウルトラマンAは、彼らを選んだことは間違いではなかったと確信していた。そして彼らなら、敵がどんなに強大で あろうとも、そこには希望があるであろうとも。果て無き闘争を求める者から、平和と人々の安息を守るために。 その恐れなく、まっすぐに敵を見据える雄姿を、怪獣ドドンゴと彼の背に乗るミイラは、その目に六千年分の 驚愕をすべて詰め込んだ視線で見ていた。 ”やはり来てくれたか……それにしても、よく似ている” 彼の姿は人とは違いこの時代の言葉も話せなかったが、その心の中身は人間と大きな差はなかった。 あのとき、バニラと戦うウルトラマンAの姿を見、敗れて変身が解除されたルイズと才人を見たとき、彼は六千年の まどろみから完全に目覚めていた。 ”そうか、この時代にも……” 記憶を蘇らせた彼は、最初自分の目を疑い、続いて懐かしさを感じた。 ”味方なのか……それとも” とまどいの中で、彼はどうするべきかを迷った。むろん、彼はウルトラマンAの正体などは知らない。彼の宿敵である バニラと戦っていたからといって、敵の敵は味方だと短慮を起こすわけにはいかない。しかし、ルイズの懐から 零れ落ちていた始祖の祈祷書を見たとき、彼の選択は決まった。 さあ、もはや天運を望む時は過ぎた。あとは、現世に立つ者の意思と努力がすべてを決する。 六千年前の破滅の再来を防ぐためには、勝利以外に道はない。 わずかな観客となったド・ゼッサールと魔法衛士たちは息を呑み、その時が訪れたのを知った。 「始まるぞ……戦いが!」 アボラス、バニラの咆哮がゴングとなり、決戦の火蓋は切って落とされた。 「トオーッ!」 最初に打って出たのはウルトラマンAだった。空中高くジャンプして、空中できりもみしながら急降下、猛烈な勢いを つけたキックをアボラスの頭部に炸裂させる。しかし、アボラスも巨体をいかしてこらえきり、巨大な顎を開いて 飲み込まんばかりにエースに噛み付いてくる。 (そうはいくか!) 噛まれる寸前に、エースはバックステップでアボラスの攻撃を回避した。才人の記憶から、アボラスの戦い方は すでに心得ている。初代ウルトラマンが戦った怪獣の中でも屈指のパワーファイターであり、初代ウルトラマンも 頭を押さえつけて噛まれないように防戦につとめたという恐るべき相手だ。接近戦に持ち込まれたら分が悪い。 ヒットアンドウェーで、間合いを操って敵の体力を削っていこうと、エースは突進してきたアボラスの勢いを利用して、 巴投げでアボラスを投げとばした。 一方、ドドンゴはバニラと正対していた。 目から打ち出す光線と、口から吐き出す高熱火焔が武器である両者は、それぞれの武器の威力が互角で あることを知っているために、にらみ合ったままで相手の出方と隙をうかがっている。しかし、そんな状況は 何秒も続きはしなかった。 ドドンゴが四本の足を蹴立てて頭から突進し、受け止めたバニラがドドンゴの首筋に噛み付いて出血させる。 だが負けじとドドンゴも龍のように鋭い牙が生えた口でバニラに噛み付き、バニラは悲鳴を上げながらドドンゴの 頭を殴りつける。 二匹の戦いは、まるで大熊の決闘のように肉弾相打つぶつかり合いとなり、小細工抜きの力と力のみがものをいう。 ”負けるな! さあゆけ!” ミイラの声がテレパシーとなってドドンゴの頭に響き、ドドンゴは雄叫びをあげてバニラの腹に頭をぶつけると、 そのまま首の力でかちあげた。 ミイラとドドンゴ、かつての地球でもこの二体が強い絆で結ばれていたことは知られている。主人と従者か、 あるいは友だったのか、それを伝える資料は残されてはいなくても、ミイラの呼ぶ声に応じてドドンゴが助けに やってこようとしたことから、彼らがかつては並々ならぬ関係だったのは疑う余地はない。 接近戦では体格差を活かし、バニラに得意の火焔を吐く間合いを与えまいとミイラはドドンゴに指示を飛ばす。 さらに、アボラスの相手をしているウルトラマンAも、アボラスを相手に五分以上の攻防を繰り広げていた。 (アボラスは頭がでかくてバランスが悪い。角をつかんで振り回してやれ! よっし、そこだチョップ!) 才人の言うとおり、エースはパワーと巨体を誇るアボラスを素早さで翻弄していた。なにせ、バニラと違って アボラスはウルトラマンと対戦した記録が残されている。初代ウルトラマンがアボラスを相手にどう戦ったのか? 弟が戦うことになっても、その戦訓は大いに役に立つはずだった。 「あっ! 口が開いた」 「エース避けろ! 溶解泡が来るぞ」 アボラスの口から放たれた白い霧状の溶解泡が、エースが飛びのいてかわしたところにあった建物を、 ドロドロに溶かして消し去ってしまった。ルイズが反応するのが一瞬遅れていたら、エースはまともに溶解泡を 喰らっていたかもしれない。あの溶解泡は、ウルトラマンの体を溶かすまではいかなくても、一気にエネルギーを 消耗させてしまう力を持っている。初代ウルトラマンも、ほぼ万全の状態から一度これを受けただけで、 カラータイマーの点滅がはじまってしまったほどだ。 切り札をかわされてしまったアボラスは、殴りかかり、尻尾を振り回し、さらには闘牛のように角を向けて一気に 突進を仕掛けてくるようになった。重い一撃の連打に、エースもはじきとばされてなるものかと目を凝らし、 敵の気配を全身で感じ取る。 力を力でねじ伏せようとするバニラとドドンゴ。アボラスの直線的な攻撃を受け流して、反撃の機会をじっと 待ち続けるウルトラマンA。両者の戦いは互角で、その戦いは高所からならば容易に見学することもできた。 トリスタニアでもっとも高いところにある、王宮のテラスからアンリエッタは激闘を見てつぶやく。 「また、この街が戦場となってしまった。いったい、いつになったら平和で活気に満ちていたあの頃が帰ってくるのでしょう……」 平和が戻ってきたと思っても再び怪獣が現れる。何度復興してもまた壊される。人々が戻ってきてもまた逃げ出さざるを得ない。 いくら怪獣を倒したところで、次々と新しい怪獣がやってくる。怪獣は倒しきれるものではなく、無限に沸いてくる天災の ようなものかもしれないのではないか。 アンリエッタが感じたその不吉な予感は、実は怪獣頻出期に地球の人々が感じていたのと同じものであった。 連日連週、地球を襲う怪獣・超獣・宇宙人の果てしなき来襲。西暦一九六六年に始まり、同年の初代ウルトラマンの 地球来訪から西暦一九八一年のウルトラマン80の地球防衛期間までの実に十五年間。実際には一九七五年の 円盤生物ブラックエンドから、一九八〇年の月の輪怪獣クレッセントまで五年ほどの休止期間はあるが、それでも 怪獣頻出期は十年もの長きに渡ったのだ。 その間で失われた人命や、破壊された財産は数知れない。幽霊怪人ゴース星人の地底ミサイル攻撃では 世界の主要都市の多くが破壊され、広島県福山市を壊滅させたベロクロン、一夜ごとに一つの街の住民を皆殺しに してまわった残酷怪獣ガモスなど、当時はいつ自分が怪獣災害の犠牲になってもおかしくない時代であった。 自分のやっていることは、実は雨粒をすべて受け止めようとしているにも似た不毛なものなのではと、アンリエッタは 薄青の瞳を曇らせた。幼い日、軽い気持ちでルイズを伴って幻獣を盗み出して遠出し、沼地の怪物にルイズの 命を取られかけたあの日から、自分のやることには責任をもとうと心に言い聞かせてきた。そして、実戦で戦っている ルイズやアニエスたちに少しでも報いようと、トリスタニアの改造にも取り組んできたのだが……それは無意味だったのだろうか。 気落ちした表情を浮かべるアンリエッタに、いつの間にやってきたのか枢機卿のマザリーニが顔を覗きこんで告げた。 「殿下、お気持ちはわかります。確かに今、トリステインが直面している危機は歴史上類を見ないものです。しかしながら、 殿下のなさっていることは決して無意味ではありませぬ」 「枢機卿!? あなた、わたくしの心が読めるのですか?」 「いやいや、伊達にあなたさまの三倍近く歳をとってはいないというだけのことです。それよりも、殿下のなさっていることは、 間違いなくこの国の民の命と幸福を守っていると、それだけは言っておきたく存じましてな。一部心なきものもおりますが、 多くの民はあなたさまに感謝し、信頼しております。でなければ、少なくとも利にさとい商人などはとうにこの街を去って いることでしょう。昨日まで、殿下がここから見下ろされていた街の活気がなによりの証拠です」 「……そうですわね。わたくしとしたことが、どうかしていたようです」 「わかられたなら結構。では、私も付き合いますゆえ、戦いの決着を見届けましょう」 「はい。彼は……ウルトラマンAはわたくしたちのために命を懸けて戦ってくれている。でしたら……」 せめて、彼の戦いを最後まで見届けるのが、わたしたちの義務でしょうからと、アンリエッタはテラスの手すりを 強く握り締めた。 銀と金、青と赤。遠目にもよく映えるウルトラマンと三大怪獣の死闘は、開始からいささかも勢いを衰えさせずに続いている。 アボラスの溶解泡をかわしたエースが、アボラスの顎を掴んで背負い投げを炸裂させる。 バニラの火焔で、背中の翼の一枚を焼かれたドドンゴが目からの怪光線をバニラの尻尾に当てて熱がらせる。 全力でのぶつかり合いは五分から、ややエース側が優勢に見えてきていた。このまま追い込めば、二大怪獣を 倒すことができる! ド・ゼッサールを含め、見守っていた人間たちは皆そうした明るい予感を持った。 だが、さらに攻撃を強化しようとしていたエースのカラータイマーが、突如激しい警告音を鳴らして点滅を始めたのである。 「そんな! まだ一分くらいしか経っていないぞ!」 彼らも何度もエースの戦いを見て、エースの活動限界がおよそ三分間であることは知っている。さらに、カラータイマーの 点滅はその危険を表し、約二分で点滅しはじめることにも見当をつけていた。しかし、今回はあまりにも点滅の開始が 早すぎる。しかも、エネルギーの消耗が大きくなってきている証拠に、エースの動きががくりと鈍くなってきた。 (やはり、バニラとの戦いのダメージが、まだ回復しきってなかったか……) エースは、急に重くなった体に抵抗しながら、心の中でつぶやいた。バニラに敗退してから、まだ半日も時間は経過 していないのだから当然といえば当然だ。むしろ、序盤でここまで善戦できたことが奇跡とさえいえる。 動きが鈍ったエースに、アボラスが気づくのには数秒と必要はしなかった。肉食獣が弱った草食獣を群れの中から 正確に見つけ出すように、エースの弱体化を察したアボラスは体をひねり、強烈な尻尾の一撃を加えてきた。 「ウワァッ!」 頑強な皮膚と重量から生み出されるパワーは、弱ったエースを吹き飛ばすには充分すぎるくらい強烈だった。 建物の中へ吹っ飛び、レンガとしっくいの破片でできた煙にエースは埋もれた。間髪いれずにアボラスは溶解泡を 吹き付けてとどめを刺そうとしてくる。 「ヘアッ!」 飛びのき、すんでのところでエースは直撃されるのだけは防いだ。けれど、凶暴なアボラスは攻撃を緩めるどころか、 エースが起き上がる前に突進してきて、彼の体を蹴り上げた。 「ヴッ、ヌォォッ」 そこは偶然、先の戦いでバニラから受けた打撲のある場所だった。普通に攻撃されたよりひどいダメージに、 耐えられない苦悶の声が漏れる。緒戦で飛ばしすぎたために、エネルギー切れの反動がいつもよりも大きかった。 エース、それに才人とルイズは短期決戦でアボラスを倒すつもりであったあてが外れて焦った。 万全であったなら、倒し方を知っている分だけこちらが有利であったはずなのに、それを活かしきれなかった。 アボラスは安全を確信したのか、ひざをついたまま立ち上がれないでいるエースを太い腕で殴りつける。 「グッヌォッ!!」 顔面を殴りつけられたエースは、ひとたまりもなく吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた。脳を揺さぶられる強烈な 衝撃で、視界が暗くなって一瞬体の自由も利かなくなる。アボラスの体は、怪獣の中でもトップクラスの腕力を誇る どくろ怪獣レッドキングと非常によく似た形をしており、軽くビルを叩き壊す恐るべき怪力を誇っているのだ。 (エース! 立ってくれ) (だめだ、体の自由が利かない……っ) バニラとの戦いでダメージを受けたところに、さらにダメージが加わったことが傷を致命的なまでに深めていた。 カラータイマーの点滅は加速度的に早まり、エネルギー以前に肉体のダメージがこれ以上耐えられないのは明白だ。 エースをこれで倒したと思ったアボラスは、次は当然のように本来の敵であるバニラと、バニラと戦うドドンゴに 矛先を向けた。組み合っている二匹に向けて突進し、ドドンゴを殴り倒すとバニラを押し倒そうと体当たりをかける。 むろん、負けじとバニラもアボラスを跳ね除けると、すかさず火焔で反撃を図る。この二匹には、敵の敵は味方などという 思考はない。目に映るものはすべてが敵でしかないのだ。 アボラスに殴られたドドンゴは、荒い息を吐きながらも起き上がった。ドドンゴの防御力はあまり高くはなく、科特隊の 携帯武器であるスパイダーショットでたやすくダメージを受け、スペシウム光線の一発で絶命してしまっている。 この戦いでも、バニラに与えたダメージの少なさに比して、ドドンゴの受けた傷は浅くはない。それでも、彼らは 立ち上がっていく。 ”まだ、戦えるか?” ”……” ”そうか……ありがとう” ミイラとドドンゴは、テレパシーを使い、彼らにしかわからない言葉で短く語り合った。彼らは、これが自分たちに 課せられた最後の使命だと知っていた。六千年という長きに渡って眠ることで生命を維持してきたが、この世に永遠の ものなどはありえない。延命の限界は、もう遠くはない。 ”すまない……私に付き合って、お前にまで過酷な運命を強いてしまって” ”……” ”そうだな。最後まで共に行こう……そして、あの人たちのところへゆこう” この身に代えても二匹の悪魔は止める。過去のあやまちの清算を、未来に先送りにしてしまった自分たちの、 それがせめてものつぐないなのだ。ミイラ人間とドドンゴ、人間から見れば恐怖を抱く異形の存在であっても、 心は外見の形に左右されることはない。 命を力に変えて燃やし尽くそうとしているかのように、ドドンゴは空高く雄叫びをあげて二大怪獣に立ち向かっていく。 「あの金色の怪獣、まだ戦おうというのか!?」 戦いを見守っていたド・ゼッサールたちも、傷だらけになりながら立ち向かうドドンゴを見て顔をしかめさせた。炎、爪、 打撃でこれでもかというほどに痛めつけられ、あれが人間ならばとうに意識を失っていても不思議ではないだろう。 それに、二匹の怪獣はお互い戦うのに夢中でほかに意識が向いていない。今ならば逃げ去ることも容易であるのに、 なぜそこまでして戦うのか? 彼らは、ドドンゴとミイラがこの時代の人々を守るために、過去から遣わされた 使者であることを知らない。 再び街を破壊しながら終わりのない戦いをはじめたアボラスとバニラに、ドドンゴは勢いをつけて突進攻撃をかけた。 バニラに背中から激突し、吹っ飛ばされたバニラはアボラスを押し倒して転げまわる。 「やったか!」 経験の浅い魔法衛士隊員の何人かはそう叫んだが、そううまくいくはずはなかった。むしろ、またも戦いの邪魔を されたことで怒りのボルテージが増し、二匹ともが同時にドドンゴへと敵意を向けてしまった。 目からの怪光線で先制するドドンゴ、しかし胴に直撃を受けたはずのアボラスはまったくダメージを負っていない。 それもそのはずで、アボラスの皮膚はスペシウム光線の直撃にも二度まで耐える頑強さを誇っている。 切り札もまるで通用せず、ドドンゴは一方的に痛めつけられていった。アボラスとバニラに噛み付かれ、殴られ、 火焔を受けて皮膚を焼け焦げさせて倒れる。溶解泡だけはなんとかかわしたものの、今度こそとどめを刺そうと 二大怪獣の魔の手が迫る。 「ヘヤァッ!」 間一髪、息の根を止められる寸前のドドンゴを救ったのはウルトラマンAの必死の体当たりであった。バニラの 横腹に打撃を加え、虚を突かれたアボラスの首根っこを掴んで上手に投げ飛ばす。 地響きの二重奏が鳴り響き、エースの戦線復帰にアンリエッタや魔法衛士隊の一部に喜色が浮かぶ。 しかし、これはエースにとってほんの一欠けらの余力を振り絞った、燃え尽きる前のろうそくの炎に過ぎなかった。 奇襲は成功させたものの、エースはそこまでが精一杯で立つのがやっとの有様だった。そこへ、余力たっぷりの アボラスとバニラが逆襲を加え、エースを再び地に横たえさせるまでにかかった時間は、ものの五秒足らずでしかなかった。 ウルトラマンAは倒れ、ドドンゴも断末魔の荒い息を吐いている。ミイラもドドンゴが倒されたときに地面に投げ出され、 即死はまぬがれたものの、すでに動く力は残っていなかった。 対して、アボラスとバニラは戦闘開始前とほとんど変わらぬ様子で、トリスタニアの街に君臨している。 「もう、トリスタニアは終わりか……」 絶望の声が、魔法衛士隊の中に流れる。ウルトラマンをも一蹴し、ひたすら破壊と戦いにのみ明け暮れる その姿は、まさに悪魔そのものだった。二大怪獣を止められるものはもうすでになく、トリスタニアが灰燼と帰すまで 一日もあれば充分だろう。 ウルトラマンAは変身が解除されるギリギリの体で、それでもなんとか戦おうとしていた。 (せめて……せめて、太陽があれば) ウルトラマンは光の戦士、太陽の子。太陽エネルギーがあればと、エースは空を見上げる。 しかし、空は雨の名残で厚い雲に覆われていて、太陽の姿は見ることさえできなかった。かといって、宇宙まで 飛行してエネルギーを補給する余力すら、今のエースには残されていない。 万事休すか……もはやどうするべきことも思いつかず、才人とルイズも心の中で歯軋りした。 変身解除まで、あと十数秒。それを過ぎればまた戦えるまで数日はいる。しかし、その間にトリスタニアは 完全に破壊されてしまう。 だがそのとき、終わりのときを待つばかりのエースを見上げていたミイラが、最後のテレパシーをドドンゴに送っていた。 ”頼む……ウルトラマンに、光をあげてくれ” その声がドドンゴに最後の力を与えた。もはや死を待つばかりであった頭がゆっくりと動き、空を見上げて 見開かれた目から、怪光線が空に向かって放たれたのだ。その光は暗雲を貫き、太陽を覆い隠していた 分厚い水蒸気の塊を拡散させ、直径数百メートル規模の巨大な風穴を開いたのだ。 (これは……太陽の光) 開かれた風穴から、まばゆい陽光がウルトラマンAへと降り注いだ。全身にさんさんと浴びせられる、金色の輝きを受けて、 エースの閉じかけていた目に光が戻る。 「ヘヤッ!」 エースは腕を胸の前でクロスさせると、降り注ぐ太陽の光を頭部の穴、ウルトラホールへと集中させていった。 エネルギー収束の機能を持つウルトラホールに集められた太陽光線は、エネルギーへと変換されてエースの 全身へと送り込まれていく。 力は満ちた! 太陽からもらった力を最後の一撃に必要なまでチャージしたエースは起き上がり、二大怪獣の 前へと立ちふさがる。 「シュワッ!」 雄雄しく立ち上がったエースの勇姿に、見守っていた人々から歓声があがり、アボラスとバニラは一瞬気おされて後ずさる。 しかし、カラータイマーの点滅は限界を示したまま回復してはいない。頑強な体と無限に近い体力を誇る二大怪獣を 撃破するには、限界ギリギリまで力を注ぎ込んだ一撃を持った、捨て身の一撃しかないことにエースは気づいたのだ。 「ヌゥン!」 エースは全エネルギーを振り絞り、腕を下向きにクロスさせた。一瞬放たれたすさまじい気迫が、本能の奥に眠っていた アボラスとバニラの恐怖心を呼び起こす。あの攻撃、あの攻撃を放たせてはだめだと声なき声がアボラスとバニラの 闘争心に訴えかける。 その瞬間、永劫の過去から現代に渡って殺し合いを続けてきた二匹の悪魔は、生涯初めて同じ行動に出た。 互いへの憎しみを忘れてエースへと飛び掛っていく。アボラスとバニラの共闘……誰もがありえないこととして、 考えられもしなかった幻の最強怪獣のタッグがここに誕生したのだ。 だが、完成すればまさに最強と呼ぶにふさわしかったかもしれないそのタッグも、すでに遅すぎた。 全力で襲い掛かってくる二大怪獣を恐れず見据えたエースは、両腕を斜めに高く掲げた。ウルトラホールに集中させた 全エネルギーが、両手の間で白い三日月形の光に変わる。 (これが最後だ!) 裂帛の気合が二大怪獣だけでなく、彼と同化している才人とルイズさえもおののかせる。 この技を使ったのは過去たった一度だけ。あまりの破壊力ゆえに、下手をすればエース自身の命をも削りかねない 最大最強の必殺技。両手を頭上で閉じ、全エネルギーが手のひらの間で一枚の光の手裏剣に変えられる。 見よ! ウルトラマンAの切り札を! 『ギロチンショット!』 超エネルギーをたった一枚にまで凝縮したギロチンが投げつけられ、アボラスの胴体を直撃した。不死身に近い 悪魔性を誇った分厚い皮膚も、なんの役にも立たない。腹から背中までをギロチンショットは薄紙のようにぶち抜く。 さらに、アボラスを貫通したギロチンショットはブーメランのように軌道を変え、愕然とするバニラの胸をも撃ち抜いた。 驚愕と憎悪、そして恐怖の光がアボラスとバニラの目に宿って、唐突に掻き消える。 敵の体を引き裂こうと、憎らしげに伸ばされていた腕が力を失って垂れ下がり、二大怪獣の体が前のめりに崩れ落ちた。 そして、命を絶たれたアボラスとバニラの体は魂の後を追うように、巨大な火柱をあげて砕け散ったのである。 (やっ……た!) (悪魔の、最期だ) ルイズと才人は、煙の柱と化した二大怪獣を力を失った目で見てつぶやいた。 本当に、本当に恐ろしい敵だった。蘇った時代が時代なら、本当にこの二匹によってハルケギニアの人類は 滅ぼされていたかもしれない。古代の人々がついに殺すことができず、封印するしかできなかったのもうなづける。 一説によれば、アボラスとバニラはともに宇宙から来た怪獣だと言われている。食物連鎖でも縄張り争いでもなく、 ただひたすら争うだけの関係など、地球の生態系では考えられないからそれも考えられる。 いまだ、人類の乏しい知識では氷山の一角すら解明できていない宇宙の生態系。もしかしたら、アボラスとバニラの 種族は今でも宇宙のどこかで、人間には知りようもない理由で戦い続けているのかもしれない。 魔法衛士隊の隊員たちが歓声をあげながら手を振ってくる。彼らも、必死の防戦がトリスタニアを守ったことを喜んでいる。 もしもここで敗れていたら、彼らの命も今日までだったかもしれない。アンリエッタもまた、彼女らしく優雅に手を振ってくる。 しかし、今日の戦いはエースひとりで勝てたわけではない。エースは、ゆっくりとした足取りで横たわっているドドンゴに 歩み寄ると、その傍らに片膝をついてかがみこんだ。 (すでに、事切れている……) ドドンゴの両眼は閉じられ、息は絶えていた。けれど、その顔には苦痛のあとはなく、むしろ穏やかに眠っているように見える。 きっと、アボラスとバニラの最期を見届けたことで、自分の使命は終わったと安心したのであろう。彼のなきがらから 少し離れた場所では、あおむけに横たわるミイラがエースとドドンゴを見上げている。 (ありがとう。この戦い、君たちがいなければ勝てなかった) 言葉が通じたわけではないが、ミイラが小さくうなづくのがエースには見えた。彼も大きく傷つき、あといくらも持たないだろう。 ウルトラマンAは、すがるようなミイラの眼から彼の最期の願いを読み取ると、横たわるドドンゴの遺体を渾身の力を込めて 持ち上げた。 「ジュワァッ!」 遺体を頭上に掲げたエースを、ミイラは満足そうに見上げてうなづいた。周りでは、魔法衛士隊の隊員たちがエースは なにをする気だと困惑しているが、ド・ゼッサールだけはエースの意思がわかった。 「全員静まれ! 敬礼しろ。戦友の、見送りだ」 どよめく部下を一喝して、ド・ゼッサールは見事な衛士隊式の敬礼を見せた。長年、多くの上司や部下や戦友の死を 間近で見てきた彼が、そのたびに戦場で感じていたこと。戦友のなきがらが、野ざらしにされて心無い者たちに 辱められるのは耐えられないという思い。 ド・ゼッサールたちはドドンゴがなぜ命を懸けて戦ったのかという理由は知らない。けれど、知らなくても命と引き換えにして エースを助けた献身は、彼らの心に確かに響いていたのだ。勇者への称えを贈られて、今ドドンゴは誰の手にも渡らない 世界へと送られていく。 「シュワッチ!」 ウルトラマンAによって、ドドンゴは宇宙葬によって送られた。この世界に、ウルトラゾーン・怪獣墓場がないのは残念で あるけれども、もはや二度と彼の眠りがさまたげられることはないに違いない。 戦いの役目を終えたウルトラマンAは星に帰り、もうひとりの勇者の最期を見とどける。 戦場跡、魔法衛士隊も引き上げて、完全に無人となったトリスタニアの一角で、才人とルイズはミイラを看取ろうとしていた。 「あなたが何者だったのか、わたしたちは知らない。けれど、あなたたちのおかげでトリスタニアが救われたのは紛れもない 事実……それなのに、わたしたちはあなたを救う手立てはない。こうして、見届けることしかできない。許して……」 頭を垂れて、ルイズはミイラに詫びた。彼は苦しそうに荒い息を吐いているが、それもしだいにか細くなっていき、 生命力が急速に失われていっているのがわかる。もう、どんな治療も手遅れだろう。なにより、彼がそれを望むまい。 才人は、今まさに消えようとしている命を目の当たりにして、決してそれから目を逸らすまいとしながら思った。 「六千年ものあいだ、アボラスとバニラを見張るために眠ってたなんて……すまねえ、おれたち未来の人間がアホだった ばっかしに、こんなことになっちまって。言葉が通じるなら詫びてえよ……おれには、とてもできねえ」 ミイラとドドンゴがいなければ、自分たちも今こうして生きていたかどうかすら疑わしい。かつて地球で、彼らと同種族の ミイラとドドンゴが現れたとき、彼らはあまりの力と意思の疎通ができないゆえに、危険なモンスターとして抹殺され、 記録にもそう残されている。だが、自らをミイラと化してまで延命するなど並の覚悟でできることではない。今となっては 知る術もないが、地球のミイラたちももしかしたらなんらかの使命を持って眠っていたのかもしれない。 結局、悪いのは昔も今も、不用意に彼らの眠りを妨げてしまった自分たち現代の人間である。 ミイラは、すまなそうにうなだれている二人をじっと見上げていた。青黒い皮膚からはさらに生気が消え、まもなく 本物のミイラとなるだろう。しかしその前に、彼はか細い息の中で片腕を上げると、ルイズの懐から覗いていた 始祖の祈祷書を指差した。 「えっ? こ、これ?」 ルイズは驚きながらも、恐る恐る祈祷書を差し出した。彼は、枯れ木のような手を祈祷書に伸ばし、指先を祈祷書に 触れさせた。指先と触れ合った部分が鈍く輝き、祈祷書を通じてルイズの心にミイラの記憶が流れ込んできた。 「あっ、うっ! こ、これは……!?」 例えるなら、グラスの中のワインを別のグラスに移し変えたように、流れ込んできた記憶がルイズの中を駆け回る。 それらは他人の記憶らしく漠然とぼけていたものの、彼の歩んできた道をルイズに伝えてくれた。 六千年前の最終戦争、彼はそこでドドンゴとともに戦っていた。そして、旅をしていた始祖ブリミルの一行と出会い、 紆余曲折の末に彼らとともに戦う道を選んだ。 行く先々で彼らを待っていた戦いの日々。当時、世界中を覆っていた戦乱の中を、ブリミルの一行は力を合わせて 生き抜いた。特に、リーダーであったブリミルの操った魔法の威力はすさまじく、彼らは何度もその威力で窮地を脱した。 仲間を増やし、時には逃げ、絶望的な戦乱の中を、彼らはある目的を果たすために戦い抜いた。 けれども、最終戦争の巨大さの中にあってはブリミルの力とて小さなものに過ぎなかった。 多くの仲間が傷つき倒れ、絶望的な旅路は永遠に続くかに思われた。だが、どんな絶望の中にあってもブリミルは明るく、 笑顔を絶やさずに仲間をはげまし続けた。もっとも、ときたま彼の使い魔の少女……祈祷書のビジョンで見た、ガンダールヴの ルーンを持つエルフの少女を、新しい魔法の実験台にしようとするなどの暴挙に出ることもあった。ただし、その度に 彼女の怒りを買って、彼女の友達のリドリアスにおしおきとして空高くつまみ上げられたりしたが、そんな光景も笑いとともに 仲間の心を和ませた。 そんな彼らだったからこそ、仲間たちは希望をたくしてついていった。 しかし、突如空から現れた悪魔の虹によって、わずかな希望も打ち砕かれた。 世界はあらゆる生き物に憑り付いて狂わせる悪魔の虹によって混沌に変えられ、ブリミルの仲間たちも次々犠牲となった。 そして、追い詰められたブリミルは禁じ手とされていた、ある方法をとることを選択する。 彼の記憶は、ここでいったん途切れた。 ”そうか、あなたも憑り付かれてしまって記憶が残ってないのね。でも、あなたは今こうしてここにいる。いったいどうやって、 あなたは悪魔の虹から解放されたの? 始祖ブリミルが選んだ禁じ手ってなんなの?” ルイズは、肝心なところで途切れた記憶の答えを問いただした。しかし答えは返ってこずに、再開された記憶のビジョンが 代わってルイズに語りかける。 ”この景色は、ラグドリアン……これは、わたしたちが祈祷書に見せられた戦いね” 見覚えのあるビジョンに、ルイズはすぐに合点した。空を舞うリドリアスと、三体のカオス怪獣にアボラスとバニラを 含めた怪獣軍団、それを迎え撃つブリミルたち。見たところ、彼らに以前と特に変わったところはない。それなのに、 彼らの表情は追い詰められて絶望に染まっていたときと一変し、悪魔の虹に憑り付かれていたはずのミイラやブリミルの 仲間たちも元に戻っている。 いったい、彼の記憶が途切れていたあいだになにが起こったのだろう? 今度こそ、この戦いの結末をとルイズは身構えた。 けれど、残りの記憶を渡す余裕はミイラには残っていなかった。指が祈祷書からこぼれ落ち、ルイズの見ていたビジョンも途切れる。 ルイズは、あと少しで謎が解けるのにと、歯がゆさからミイラに叫ぼうとして思いとどまった。彼の、なにかをやりとげた 満足げな目。そして、安心した表情から、ミイラが自分になにを伝えたかったのか、それを悟ったから。 「わかったわ。始祖ブリミルは、あなたの大切な仲間は、最後まであなたたちを守るために戦ったのね。虚無の力を 正義のためになるように……残りの謎は、わたしたちの手で解いていくわ。そして誓うわ、わたしもこの力を決して悪に 用いたりしない。だから、安心して」 ルイズはミイラの手をとり、次いで才人ももう片方の手をとった。 冷え切っていたミイラの手のひらに二人のぬくもりが伝わり、苦しげだったミイラの呼吸が一度、気持ちよさそうな ため息に変わった。 そして最後に、ミイラは二人を見上げてわずかに口元を動かすと、まぶたを閉じて永遠の眠りについていった。 「逝ってしまったな」 「ええ、六千年もの時間守り続けてきた使命から、やっと解放されたのよ。きっと今ごろ、昔の仲間たちに迎えられてるわ」 「だといいな。ところでルイズ、さっき祈祷書から何かを見せられてたみたいだけど、なんだったんだ?」 「後で話すわ。それよりも、彼の最後の言葉、あなたも聞いた?」 ルイズの問いに、才人は一度目を閉じた。そうして、空を見上げると、霊魂に誓うように答えた。 「ああ、聞こえたよ……『この時代を、頼む』ってな」 戦いは終わり、またひと時の平和がこの世界に戻った。 しかし、根本たる脅威が残っている以上、次なる敵が遠からずやってくるのは間違いない。 その日に備えて、人々は足を進める。 エレオノールたちは、古代遺跡に残っていた碑文の残りを解読しようとやっきになっている。 アンリエッタは、破壊された街の再建をすぐに準備させ、被災した住人の仮の住居を定めるように命じた。 数日後にまで迫ったウェールズとの結婚式典を、彼女はなにがあってもやりとげるつもりでいた。 自分のためだけではなく、人々にトリステインは決して怪獣などに屈しないと示し、希望を与えるために。 かつて、宇宙科学警備隊ZATがウルトラ警備隊以来の伝統であった秘密基地をやめ、都心に巨大な基地を構えたのも、 ZATはいつでもここにありということを人々に示し、長く続く怪獣頻出期の中の希望であるためだったという。 人間は、そう簡単に絶望なんかに屈したりはしない。 才人はミイラの遺体を背負い、トリスタニア郊外の小さな丘に埋葬した。 そこは、以前ワイルド星人を埋葬した場所で、見晴らしはよく、街道から離れているので人はめったにこない。 「ここなら、もう誰もあなたの眠りをさまたげはしない。安心して眠ってください」 「そして、できることならわたしたちを見守っていてください。わたしたちが、六千年前と同じあやまちを犯さないために」 二人の祈りが、小さな丘に流れる。悠久のときを戦い抜いた勇者たちへの鎮魂歌、それは虚空を越えてやがて 空のかなたへと吸い込まれていく。夕暮れを迎えた空に、ひとつの星と、それに寄り添う小さな星がまたたいていた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔