約 6,956 件
https://w.atwiki.jp/satoschi/pages/21.html
アルバニア語文字体系 |Indo-European languages|Albanian languages| 文字類型 ラテン文字 ギリシア文字 キリル文字 アラビア文字(オスマン・トルコ語のアラビア文字) 使用言語 ゲグ・アルバニア語【aln】アルバレシュ・アルバニア語【aae】トスク・アルバニア語【als】アルヴァニティカ・アルバニア語【aat】 アルヴァニティカ・アルバニア語【aat】 type Latin script Greek script Cyrillic script Arabic script(Ottoman Turkish script) spoken language Gheg AlbanianArbëreshë AlbanianTosk AlbanianArvanitika Albanian Arvanitika Albanian ISO 15924 【Latn】 【Grek】 【Cyrl?】 【Arab?】(Ottoman Turkish alphabet) 目次 contents アルバニア語文字体系目次 contents 概説 overview ラテン文字と発音 Latin alphabet and pronunciation標準文字 standard Albanian alphabet 追加文字(ゲグ・アルバニア語用)additional alphabet (for Gheg Albanian) 追加文字(アルバレシュ・アルバニア語用)additional alphabet (for Arbëreshë Albanian) Bashkimi alphabet Istanbul alphabet ギリシア文字と発音 Greek alphabet and pronunciationアルヴァニティカ・アルバニア語用 for Arvanitika Albanian トスク・アルバニア語用 for Tosk Albanian 人工文字 constructed script / artificial script / neography / conscriptエルバサン文字 Elbasan script Veso Bei ビタクキュ文字 Beitha Kukju script言語名別称 alternate names 参考文献 references論文 papers 書籍 books WEB 概説 overview 15世紀初頭 ギリシア文字の文書(Perikopeja e ungjillit të pashkës)2枚。14世紀に記されたギリシア語文書の中から発見。一方に「マタイによる福音書」27章62〜66節、他方に聖歌のアルバニア語訳。 1462 11 8 ドゥラス(Durrës)の大主教パル・エンジェリ(Pal Ëngjelli)(ラテン語名パウルス・アンゲルス(Paulus Angelus))がラテン語で記した教書中、アルバニア人向けに洗礼の作法(Formula e pagëzimit)を説明した箇所。“Vn te paghesont premenit Atit et birit et spertit senit”(現代式 Un te pagezonj pʼr emnit [tʼ] Atit e tʼBirit e tʼShpertit Shenjt)「我、父と子と精霊の名において汝に洗礼を施す」 1497 パレスティナへ旅行の途中でアルバニアに立ち寄ったドイツ人アルノルト・フォン・ハルフ(Arnold von Harff)が26個の単語、8つの文をドイツ語との対訳で書きとめた小辞典(Fjalorthi shqip-gjermanisht) 1555 アルバニア語で書かれた現存最古の文献は、北部アルバニア出身のカトリック司祭ジョン・ブズク(Gjon Buzuku, 16世紀前〜中期?)刊行のアルバニア語訳祈祷書Meshari(ラテン語聖書Biblia Sacra Vulgataからの抄訳)で、ゲグ方言を主体とし、カトリックの普及活動と関係していたためラテン文字で書かれている。 1559 キリスト教教理問答書。南イタリアに移住したアルバレシュ人の最古の文献。 1635 フラング・バルヅィ(Frang Bardhi 1606〜1643)の『ラテン語—アルバニア語辞典』 18世紀 南アルバニアでは、アラビア・ペルシアの即興詩をまねた詩人が輩出。その詩はアラビア文字で書かれ、トスク方言のコイネ成立に大きな役割を果たしている。 1740 ミサ用祈祷書 Meshari、ローマで唯一の残部が発見される 1844 ナウム・ヴェキルハルジ(Naum Veqilharxhi)が最初のアルバニア語の表記法を考案 1887 コルチャに最初のアルバニア語学校開設 1908 11 14〜22 マナスティル(Manastir)(モナスティル(Monastir)、モナストゥルとも。現マケドニア共和国ビトーラ(Битола))で行われた会議で、ラテン文字を用いる現在のアルファベットが確立。第二次大戦までは、ゲグ方言とトスク方言の両標準語が平行して存在。第二次世界大戦後、社会主義政権樹立に際し南部出身者が主導権を得たことから、トスク方言を基礎とする標準語制定の動きが優勢となった。 1910 プリシュティナで始まった蜂起は3ヶ月で鎮圧され、アルバニア語による学校教育と出版が停止された 1911 9 29 イタリア・オスマン帝国戦争(〜1912年10月18日)この戦争が始まったことで、オスマン政府は妥協を選び、学校の再開、ラテン文字によるアルバニア語表記を認める。 1912 11 28 ヴローラで国民会議開催、独立宣言発表 1913 7 29 ロンドンの列強外相会議、アルバニアの独立承認 1916 統一書き言葉を南ゲグ方言を基礎とする 1945以後 第二次大戦後、トスク方言を基礎に標準語と正字法を制定。 1958 ミサ用祈祷書Meshariのテクスト全文のファクシミリ版がヴァティカンにて刊行(Ressuli版) 1968 ミサ用祈祷書Meshariのテクスト全文のファクシミリ版がアルバニアにて刊行(Çabej版)プリシュティナ(Prishtinë)の会議で、ユーゴスラヴィア内のアルバニア人もアルバニアの標準語受け入れを決定し、単一の標準語が成立。 1972 標準アルバニア語の正書法が制定される(トスク方言主体) 1991年以降 政治的変化に伴い各分野でゲグ方言の復権が進んでいる。 2002 ムサ・アハメティ博士(Musa Ahmeti)がヴァティカン公文書館で1210年のものとされるシュコダルのテオドル(Teodor Shkodram)の手稿を発見。ただし真贋は不詳。 ラテン文字と発音 Latin alphabet and pronunciation 標準文字 standard Albanian alphabet 大文字 A B C Ç D Dh E Ë F G Gj H I J K L Ll M N Nj O P Q R Rr S Sh T Th U V X Xh Y Z Zh 小文字 a b c ç d dh e ë f g gj h i j k l ll m n nj o p q r rr s sh t th u v x xh y z zh 音価 /a/ /b/ /ts/ /tʃ/ /d/ /ð/ /ɛ/ /ə/ /f/ /ɡ/ /ɟ/ /h/ /i/ /j/ /k/ /l/ /ɫ/ /m/ /n/ /ɲ/ /ɔ/ /p/ /c/ /ɾ/ /r/ /s/ /ʃ/ /t/ /θ/ /u/ /v/ /dz/ /dʒ/ /y/ /z/ /ʒ/ 追加文字(ゲグ・アルバニア語用)additional alphabet (for Gheg Albanian) 大文字 Â Ê Î Ô Û Ŷ 小文字 â ê î ô û ŷ 音価 /ã/ /ɛ̃/ /ĩ/ /ɔ̃/ /ũ/ /ỹ/ 追加文字(アルバレシュ・アルバニア語用)additional alphabet (for Arbëreshë Albanian) 大文字 Á É Í Ó Ò Ú Ù Û Hj 小文字 á é í ó ò ú ù û hj 音価 /xʲ/ Bashkimi alphabet Albanian alphabet Istanbul alphabet Albanian alphabet ギリシア文字と発音 Greek alphabet and pronunciation アルヴァニティカ・アルバニア語用 for Arvanitika Albanian 大文字 Α Β Б Γ Γ̇ Δ D Ε Ε̰ Ζ Ζ̇ Θ Ι J Κ Κ̇ Λ Λ̇ Μ Ν Ν̇ Ο Π Ρ Ρ̇ Σ Σ̈ Τ Ȣ Υ Φ Χ̇ ΤΣ ΤΣ̈ DΣ DΣ̈ 小文字 α β b γ γ̇ δ d ε ε̰ ζ ζ̇ θ ι j κ κ̇ λ λ̇ μ ν ν̇ ο π ρ ρ̇ σ σ̈ τ ȣ υ φ χ̇ τσ τσ̈ dσ dσ̈ 音価 /æ/ /v/ /b/ /g/ /ɟ/ /ð/ /d/ /ɛ/ /ə/ /z/ /ʒ/ /θ/ /i/ /j/ /k/ /c/ /l/ /ʎ/ /m/ /n/ /ɲ/ /o/ /p/ /ɾ/ /r/ /s/ /ʃ/ /t/ /u/ /y/ /f/ /h/ /ts/ /tʃ/ /dz/ /dʒ/ ラテン文字転写 a v b g gj dh d e ë z zh th i j k q l lj m n nj o p r rr s sh t u y f h c ç x xh ※画像版【PNG】もあり。 Also available for a PNG version. トスク・アルバニア語用 for Tosk Albanian The Albanian-Greek Script ※Orthodox Tosk Albanians also used to write with a similar form of the Greek alphabet. (Wikipedia) Alte Schriften 人工文字 constructed script / artificial script / neography / conscript エルバサン文字 Elbasan script Alte Schriften Veso Bei Alte Schriften ビタクキュ文字 Beitha Kukju script Alte Schriften 言語名別称 alternate names Buthakukye ◆Omniglot。【独】語か? Veqilharxhi ◆@qvarieさんからの情報。(世界の特殊文字ウィキ) 参考文献 references 論文 papers 井浦伊知郎. アルバニア語における目的語重叙表現の統語論的研究. 学位論文, 2001 Christo, Van. The Long Struggle for the Albanian Alphabet. Speech before VATRA s Commemoration of 90th Anniversary of DIELLI, Southgate Tower Hotel, NYC, October 30, 1999Internet Archive Wayback Machineにもあり。 Elsie, RobertThe Elbasan Gospel Manuscript (Anonimi i Elbasanit), 1761, and the struggle for an original Albanian alphabet. Südost-Forschungen, Munich, 54, 1995, pp. 105-159【PDF】 Albanian literature in the Moslem tradition. Eighteenth and nineteenth century Albanian writing in Arabic script. Oriens, Journal of the International Society for Oriental Research, Leiden, 33 (1992), pp. 287-306【PDF】or scribd version Albanian Literature in Greek Script the Eighteenth and Early Nineteenth-Century Orthodox Tradition in Albanian Writing. Byzantine and Modern Greek Studies, Birmingham, 15 (1991), pp. 20-34【PDF】or scribd version 書籍 books 日本語直野敦. アルバニア語入門. 大学書林, 1997, 243p. 戸部実之. アルバニア語初級入門. 泰流社, 1997, 109p. 中津孝司. アルバニア語入門. 泰流社, 1989, 165p. 世界の文字研究会編. 世界の文字の図典 普及版. 吉川弘文館, 2009, 605p. 柴宜弘編. バルカン史. 新版, 山川出版社, 1998, 496p., (世界各国史, 18). 田中克彦, ハールマン, H. 現代ヨーロッパの言語. 岩波新書, 1985, 208p. 亀井孝, 河野六郎, 千野栄一 編著. 言語学大辞典セレクション ヨーロッパの言語. 三省堂, 1998, 576p. 井浦伊知郎. アルバニアインターナショナル―鎖国・無神論・ネズミ講だけじゃなかった国を知るための45カ国. 社会評論社, 2009, 391p. 英語Hutchings, Raymond. Historical Dictionary of Albania. Scarecrow Press, 1996, 280p. Skendi, Stavro. The Albanian National Awakening 1878-1912. Princeton University Press, 1967, 514p. Coulmas, Florian. The Blackwell Encyclopedia of Writing Systems. Blackwell Publishing, 1999 WEB 井浦伊知郎のアルバニア語入門 Wikipedia文字Albanian alphabet Latin-derived alphabet ラテン文字一覧 Arvanitic alphabet Elbasan script Beitha Kukju 言語Albanian language アルバニア語 Gheg Albanian ゲグ方言 Arbëresh language Arvanitika OmniglotAlbanian language, alphabets and pronunciation Arvanitic alphabets, pronunciation and language Elbasan script Beitha Kukju GEONAMES - Alphabets A to B The Arvanitic Alphabet【画像・GIF】 Alte SchriftenElbassan Büthakukye Veso Bei Albanisch-Griechisch
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6922.html
前ページ次ページ毒の爪の使い魔 凄まじい轟音が静寂が支配していた草原に響き渡る。 それを皮切りに断続的に響く音、音、音。 地面が砕かれる破壊音、鋭利な爪による斬撃音、そして何十発…何百発分もの打撃音。 誰も何も言わなかった…いや、喋る余裕すらなかった。 何しろ目の前の戦いの凄まじさに目を奪われてしまったから。 戦っているのは亜人と幻獣のたった二体だ。 なのに…目の前の戦いは最早一対一の戦いの枠を完全に超越してしまっている。 「オラオラオラ!!!」 ジャンガは叫び声を上げながら蹴りを繰り出し、爪を振り下ろす。 「それそれそれ!!!」 ジョーカーも叫び声を上げながら、太い両腕を鞭の様に振り回す。 両者の攻撃は幾度もぶつかり合い、弾き合う。 唐突にジャンガは大きくその場から飛び退くと、空高く跳躍。 空中から無数のカッターを連射する。 雨霰と降り注ぐ無数のカッターを、ジョーカーは長く伸ばした腕を素早く振り回し、片っ端から弾いていく。 唐突にジャンガは勢いを付けて回転し、特大のカッターを放つ。 ジャンガ自身の回転が加わった事で、カッターはその勢いを増す。 鋼鉄も切り裂かんばかりの威力を秘めているだろうカッターはジョーカーへと飛ぶ。 しかし、当のジョーカーは特に慌てた様子も無い。 振り回していた腕をクロスさせ、身体を前屈みの様な状態にする。 力を溜めているのだろう…、身体が小刻みに震える。 カッターが眼前に迫った。 そこでジョーカーは溜め込んだ力を、両腕を大きく広げると同時に解放した。 「シャアァァァッッッーーーーー!!!」 ジョーカーの叫び声が響き、衝撃波が放たれる。 それは迫り来るカッターを消し飛ばしただけに止まらず、地面を抉り、進路上に在るありとあらゆる物を吹き飛ばしていく。 当然、ジャンガにもそれは襲い掛かった。地面に爪を突き刺し両足に力を込め、それを凌ぐ。 衝撃波が過ぎ去ると同時に、ジャンガは駆け出す。駆けながら四体に分身する。 ジョーカーが大きく腕を振る。すると無数の火球が出現し、四体のジャンガに向かって飛んだ。 火球は次々と地面に着弾し、爆発音が上がる。 ジャンガと分身は着弾よりも一瞬早くその場を飛び退く。 そのまま四方から一斉に飛び掛る。 そこから始まる猛ラッシュ…、四体のジャンガによる怒涛のキック攻撃。 蹴る、蹴る、蹴る、蹴る! 繰り出される蹴りの嵐をジョーカーは両腕で頭を覆い隠し、文字通り亀の様に縮こまって受けている。 蹴る、蹴る、蹴る、蹴る! ジャンガのラッシュは終わりを見せない。 「うぬぬぬぬ……舐めないでほしいですネ!?」 叫び、ジョーカーは頭を覆っていた腕を大きく左右に広げるや、凄まじい勢いで回転を始めた。 回転の勢いに四体のジャンガは弾き飛ばされた。衝撃で三体の分身が消滅する。 ジョーカーの回転は止まらない。そのままの勢いを保ちながら、ジャンガ目掛けて突撃する。 高速で迫り来るそれをジャンガは紙一重で避ける。 ガガガガガッッ!! 背後で響いた音にジャンガは振り返る。 地面に縦一文字に巨大な溝が掘られている。ジョーカーの仕業なのは容易に想像できた。 恐らく今のジョーカーは高速回転する事により、巨大な円盤状の刃物と化しているのだろう。 それはジャンガの使うカッターとほぼ同じ。しかし、あれとは違って質量が有る。 あれだけの質量の塊を受け止める事など出来る訳が無い。 遠方に飛び去ったジョーカーが方向転換し、此方へと戻って来る。今度は縦ではなく水平だ。 回転速度は更に増している。触れればたちどころに切断されるのは間違い無い。 ジャンガは再度、寸前でそれをしゃがんでかわす。…だが、今回はそれだけで終わらない。 かわすと同時にジャンガはその側面――ジョーカーの腹目掛けて蹴りを放つ。 凄まじく重い蹴りだ、その一撃にジョーカーの回転が止まる。 「んぐっ!?」 苦悶の表情を浮かべるジョーカー。 そこへジャンガは更にもう一発蹴りを叩き込んだ。 ジョーカーの全身から一瞬力が抜けた。すかさずジャンガはジョーカーの横に回りこみ、その横っ腹を蹴り飛ばした。 蹴りの勢いのままに吹き飛ぶジョーカー……だったが、彼もやられてばかりではない。 吹き飛びながら腕を伸ばし、ジャンガの腰に巻きつける。 「ンなッ!?」 「やられてばかりではないですよーーー!?」 吹き飛ぶジョーカーに引っ張られ、ジャンガの身体も宙を舞う。 地面に背中から叩きつけられたジョーカーは、勢いの反動を利用し、腕を振り上げる。 腕は空中で大きく弧を描き、ジャンガはハンマーの様に凄まじい勢いで地面に叩き付けられた。 天高く舞い上がる粉塵。 腕を元の長さに戻し、ジョーカーは多少ふらつきながらも空中に浮かんだ。 そして油断無く粉塵を睨み付ける。 やがて粉塵が風に吹かれて晴れ、視界が利いてきた。 巨大なクレーターからジャンガが立ち上がってくるのが見えた。 今の一撃はよほど効いたのだろう…、見た限りボロボロだ。 だがジャンガは血の混じった唾を地面に吐き捨て、口を拭うとニヤリと笑みを浮かべながらジョーカーを見る。 「今のは効いたゼ、ジョーカー!」 その言葉にジョーカーも笑う。 「ジャンガちゃんの蹴りもですよ!」 互いの言葉に互いに笑い、再び両者は激突する。 お互い身体の事など気にも留めない。 とにかく今は一分一秒でも長くこの”ケンカ”を続けていたかったのだ。 「ええい、ミスタ・ジョーカーは何をしているのだ?」 うろたえた表情でクロムウェルが呟く。 その隣でシェフィールドも苛立たしげに眼下の様子を見ている。 クロムウェルが更に騒ぎ立てる。 「竜騎士隊も何をしているのだ? 何故攻撃を仕掛けない!?」 そう、先程から竜騎士隊はまるで動いていなかった。 今は攻撃を仕掛けるチャンスであり、更に友軍であるジョーカーを援護するのは当然の事だ。 なのに竜騎士隊は動かない。 ――否、彼等が動かないのではない。”竜”が動かないのだ。 ハルケギニア最強の幻獣である竜だが、最強であるが故に相手の強さにも敏感なのだ。 そう…、火竜達は怯えていた。眼下で繰り広げられる戦いに…、その戦いを起こしている”二人”に。 二人が発する猛烈な殺気と気迫は火竜達に強烈なプレッシャーとなっているのだ。 ――手を出せば殺される。 本能で実力差を悟った火竜達は、竜騎士が幾ら叱咤しても決して動こうとはしなかった。 遠くから二人の”ケンカ”を呆然と見ているルイズ達。 「な…何なのよ、あいつら?」 ルイズがようやく口を開いた。 ”ケンカ”とあの二人は言っていたが、始まってみればそれは”ケンカ”などとは絶対に呼べない代物だった。 二人が戦えば戦うほど、周囲の地形がどんどんどんどん変わっていく。 クレーターは数え切れない。 互いの傷も増える一方で、決して浅くない。 ”ケンカ”と言うより最早”死合”のレベルだ。 戦っているのは目の前の二人だけではないのではないか? と思えてしまうほどに凄まじい戦い…いや”ケンカ”だ。 「これをケンカって……どういう感覚をしてるのよ?」 今更考える事ではない気もするが、ルイズはそう呟いた。 タバサもまた呆然と二人の”ケンカ”を見ていたが、ルイズとはまた違った事を考えていた。 ジャンガとジョーカーは互いに相手を全力で攻撃している。 そう…”殺すつもり”で。 タバサはジャンガとジョーカーが睨み合った時から、二人が放つ殺気を感じ取っていた。 そんな高密度の殺気と殺意を込めた攻撃、そこからタバサは直感していた。 ――二人は”ケンカ”と言う名の”殺し合い”をしている。 本気の殺し合い…、命のやり取り…。 二人の中がどれ程の物かはタバサには知るよしも無い。 しかし、あれほどまでにジャンガに拘り続けたジョーカーがそう簡単に好意の対象に殺意を向けるだろうか? …いや、好意を向けていたからこそ、自らを拒絶された事で激しい憎しみと殺意が湧いたのかもしれない。 本の知識だけでなく、そう言った筋書きの物語を読んだ事もあったから良く解る。 …だが、目の前の二人は本当にそうなのだろうか? タバサはもう一度二人をよく見た。 二人からは間違いなく殺気を感じる。…だが、同時に気が付いた事もあった。 (笑ってる…?) そう、二人は笑っていた。それは相手を蔑み、嘲笑っているような物ではない。 楽しい事をしている時に、喜びを感じている時に浮かべるそれだと言う事をタバサは解った。 二人とも全身傷だらけであり、夥しい鮮血を流している。 攻撃も一撃一撃に殺意が込められており、相手の命を奪おうとしているのは良く解る。 …だが、それでも二人は笑っていた、楽しんでいた。 それは二人で遊戯をしているように見えた。 知らし合わせたかのようなタイミングの合った打ち合いは、見ればダンスを踊っているようにも感じる。 そこでタバサは再び気が付いた。 ――二人には”殺気”こそあれど、相手に対する”憎悪”が無いのだ。 本気で殺し合いながら互いに相手を憎悪していないとは…、何とも奇妙だった。 しかし、とタバサは思う。 「それがあの二人らしいのかも…」 …自分はあの二人の過去を知らない。どのような事をしてきて、どのような事を経験してきたのかを。 ただ…それがどんなに自分達にとっては酷い事であっても、二人にとっては楽しい事だったのかもしれない。 自分はジャンガの過去を見て彼の全てを知った気になっていた。 そして、昔の頃のジャンガこそ本当のジャンガなのだと思ってもいた。 …だが、それは間違いであったのかもしれない。 彼は彼…、その生き方を他人がどうこう言うのは失礼な事ではないのだろうか? まぁ、それを言ってしまったら、自分の復讐に対して色々と言ったジャンガも失礼だという事になるが。 いや…、そもそも彼の辞書に『失礼』などと言う言葉があるのだろうか…? …色々と腑に落ちない事も在るが、とにかく自分の価値観を相手に押し付けたり、当て嵌めたりするのは失礼だろう。 さっきのジョーカーとの会話でもそう。 自分は過去を知っているからと、ジョーカーの中のジャンガへの思いや価値観を否定したのだ。 …例えそれが事実だったとしても認めたくない物が世の中にはある。 自分だってジルに、ジャンガに、痛い所を指摘されて頭に血が上ってしまったのだから良く解る。 ジョーカーは言っていた…『後からでしゃばって来たくせに』と…。 そうだ……自分は後から割り込んできた部外者なのだ。 あの二人はそれこそ、ここ<ハルケギニア>に呼ばれる前からの付き合いだ。 だからこそ、ジョーカーは自分達の関係を崩される発言が許せなかったのだろう。 「…そうだよね」 タバサは考える…、自分も大切な親友と引き離されるような…、関係を崩されるような事を、 見ず知らずの相手に言われたら自分はどう思うかを…。 …まず間違いなく不愉快になる。そのような事を言った相手を許さないだろう。 そこまで考えてタバサは二人を三度見つめた。 未だ二人は打ち合っている。 殺気を放ち、一撃一撃に殺意を込め、互いを打ち合い、傷付け合う。 そして、一切の憎しみを抱かず、純粋に楽しみ合い、喜び合っている。 とても仲良く見えた…、羨ましい程に…。 これで何度目の打ち合いだろうか? もう数えるのもバカらしい位に続けている。 本来の目的を覚えているのかどうかも疑わしい…。 否、実際二人はもう他の事などどうでもよくなってきていた。 今している事が…”ケンカ”が楽しい。 こんなに自分を解放してぶつかり合った事が無いから余計にそう思えた。 殺気を放ち、本気で相手を殺そうとしながら…、それでいて心の底からそれを楽しむ。 これで死んでも本望だ…、二人は本気でそう考えていた。 知らし合わせたかのように同時にその場から離れ、相手と距離を取った。 互いに荒く息を吐き、苦しそうに呼吸する。 両者共に全身傷だらけで、夥しい鮮血を滴らせている。 体力も気力も既に限界は突破している、…もう長くは戦えないだろう。 そして…、それはこの”ケンカ”も終わりが近づいている事を差していた。 ジャンガとジョーカーは互いに見詰め合う。 ――この”ケンカ”が終わったら、次に会えるのはいつになるだろうか? ――また笑って話は出来るだろうか? ――そもそも、殺し合っているのに相手を無事に生かして終わらせられるのだろうか? 疑問は尽きない。でも、決着は直ぐそこだ。 ならば、後は結果が全て。 会う事が出来ないならそれまで…。話す事が出来ないならそれまで…。殺してしまったら…それまで…。 互いに後悔は無い…、だって…こんなに楽しい時間を過ごせたのだから。 …二人はこの瞬間、自分を呼び出したご主人に、楽しい一時をくれた相方に、心からの感謝を贈っていた。 ――太陽が月に完全に隠れ、辺りは一層の暗闇に包まれた。 「ジャンガちゃん! 全力で行かせてもらいますよーーーーー!!!」 「上等だ! 来な!!!」 ジョーカーは再び高速回転を始める。 だが、今度は先程のような体当たりではない。 回転を始めたジョーカーを中心に空気が渦を巻き、竜巻が発生する。 それは瞬く間に成長し、スクウェアクラスのメイジでも指折りしか生み出せないような巨大な竜巻になった。 それに留まらず、竜巻は徐々に赤みを帯び、遂には炎を噴出す。 ジョーカーが竜巻に炎を混じらせているのだ。 名付けて『フレイムトルネード』。 膨大な熱量と火力を含んだ赤い竜巻は、進路上の全てを飲み込み灰にする。 竜巻が動き出した。 それなりの速度でジャンガへと向かっていく。 ジャンガはニヤリと笑い、竜巻に向かって駆け出す。 ――ケリを付ける。 ただそれだけを考え、ジャンガは両腕を振り上げた。 左手のルーンが一層激しく、眩く輝く。 ジャンガは両腕をクロスさせる様にして振り下ろす。 同時にジャンガは速度を速める。 X字に飛ぶカッターが竜巻に当たった。 ほんの一瞬、カッターの当たった所に穴が開いた。 二つのカッターの衝突で一際穴が大きい中央にジャンガは飛び込んだ。 竜巻の内部へとジャンガは立つ。 予想通りの無風状態、台風の目のような物だ。 そこはまさに灼熱地獄…、サウナを何十倍、何百倍にも強めた様な猛烈な熱気がジャンガを襲う。 本来ならこの竜巻に飲み込まれた時点で黒焦げになるのだが、 ジャンガは耐火コーティングを施した特注のコートを羽織っていたのでそれは免れた。 上に目を向ける、未だ回転を続ける相方の姿があった。 「…チェックメイトだゼ」 飛び上がり、その腹に両の爪を振るう。 綺麗に並んだ赤い線が六つ、交差するように刻まれる。 回転が止まった。 すかさず、問答無用で全力の蹴りを連続して叩き込んだ。 ジョーカーは声の無い悲鳴を上げる。 息が続かず、ジャンガは蹴りを止め、地面へと着地した。 荒い呼吸を繰り返しながら、真上を見上げる。 ジョーカーはフラフラしながらその高度を徐々に落としている。 ――再び目が合った。 「…俺の一勝だ」 「のほ、ほ……そうです、ね…。ジャンガちゃん…おめでとう…ござい、ますネ…。 次は……負けませんよ…?」 「ああ…、負けるつもりは無ェがよ…」 「ジャンガちゃん……正義、ごっこ…、まだ……続け、ます…か…?」 「……飽きたらお前の所に行ってやる。…それまでせいぜい生きてろ」 「…待ってますよ…、ジャンガちゃん…」 互いに笑う。 「楽しかったゼ…、ジョーカー…」 「ワタクシも…ですよ…、ジャンガ…ちゃん…、のほ、ほ…」 次の瞬間、ジャンガの凄まじい蹴りがジョーカーの腹に打ち込まれた。 「のほほほほほーーーーー!!! ジャーーーーーンガちゃーーーーーん!!! アーーーーーディオーーーーース!!!」 叫び声を残しながら凄まじい勢いで吹き飛ぶジョーカーは、 上空の竜騎士を数名巻き込みながらレキシントン号の船底をぶち抜いた。 ショックでレキシントン号の船体が大きく揺らいだ。 ジョーカーを蹴り飛ばし、ジャンガは遂に精根尽き果てたのか……地面に大の字になって倒れた。 そこに戦いが終わったのを見届けたルイズ達が駆け寄ってくる。 「ジャンガ、しっかりしなさいよ!?」 ルイズが半分泣きそうな顔で怒鳴る。 ジャンガは元気の残っていない顔で無理矢理ニヤニヤ笑いを浮かべる。 「ケッ、ウルセェよ…クソガキ…。俺は別に…平気だってんだよ…」 「全然大丈夫じゃないじゃない!? ちょっとまってなさいよ…」 急いでモンモランシーが治癒を掛けるが深手だ。それにタバサやキュルケの応急処置で精神力を大分消費している。 意識が遠退きかけ…モンモランシーは治癒を使うのを止めた。 「これで限界…」 怪我は殆ど塞がっていない…、危険だ。 「わたくしにまかせてください」 そう言ったのはアンリエッタだ。 杖を翳し、ルーンを唱える。優しい水魔法がジャンガの身体を癒す。 「…やれやれだゼ。玩具に…助けられるたァな…」 そんなジャンガにアンリエッタは微笑む。 「あなたには色々と貸しがあります…、これ位は当然の事です」 その言葉にジャンガは笑った。 「要求…」 「え?」 「…俺の要求…、タバサ嬢ちゃんの母ちゃんの事だ…。守ってくれてありがとうよ…」 その言葉にアンリエッタだけでなく、ルイズやタバサも目を見開く。 当然だ…、彼はここに来るまで眠っていたはずなのだから、タバサの母の事を知るはずがない。 ジャンガはそんな一同の表情に笑う。 「キキキ……教えてもらっただけだ…。簡単な理屈だろ…?」 「誰によ?」 「…ンな事、どうでもいいじゃねェかよ…」 ルイズ達は顔を見合わせる。 「ンな事より……上の”アレ”…どうすんだ?」 一同は空を見上げる。上空にはまだ十数の竜騎士が飛んでいる。 レキシントン号は船底にジョーカーの衝突で出来た大穴が開いているが、未だ健在だ。 こちらにあの巨艦への攻撃手段は殆どない。グリフォン隊もマンティコア隊もほぼ全滅。 唯一、タバサのシルフィードはまだ飛べるようだが、如何せん戦力差が有りすぎる。 タバサもキュルケもギーシュもモンモランシーも精神力は殆ど打ち止め状態。 ジャンガは見ての通りの戦闘不能。…完全にお手上げだった。 「チッ…、あのデカブツ……とっとと沈んでりゃいいのによ…」 ジャンガが苦しそうに悪態を吐く。 アンリエッタの治癒で傷は大分塞がったが、それでもまだ大怪我のレベルだ。 「…クソが」 それでもジャンガは立ち上がろうとした。 ルイズとタバサは必死に制する。 「やめなさいよ!? まだ重傷なんだから!?」 「動くと傷が開く」 しかし、ジャンガは彼女達の制止を振り切って立ち上がった。 「死ぬまで終わらねェ…、死ぬまで負けじゃねェ…、死ぬ直前まで抗ってやる…。 認めねェ…認めねェぞ。俺の玩具箱を好き勝手に荒らされてたまるかよ!」 ルイズはそんなジャンガの姿を見ていて悲しくなった。 あんなに必死に戦ってようやく勝利したのに……敗北が確定しているなんて…。 本人が言っている通り、ジャンガは死んでも認めないだろう、そんな事は。 ルイズは徐に懐に入れていた始祖の祈祷書を取り出し、ページを捲った。 この辛い事実をほんの一瞬でも忘れたい…、そんな感じの現実逃避にも似た感情が起こさせた意味の無い行動だった。 …そう、意味の無い行動のはずだった。 「え?」 指に嵌めた水のルビーと始祖の祈祷書、そしてポケットに入ったある物が輝きだした。 慌ててポケットの中の物を取り出す。 「う、嘘?」 輝いていたのはヒーローメダル。輝きが収まるとそこには赤茶色に変わったメダルがあった。 他の皆も驚いていたが、アンリエッタが一番驚いた。 「ルイズ…どうして、メダルの色が?」 「わ、解りません。どうして…こんな事が…」 ルビーと祈祷書は未だ輝いている。 そして、祈祷書の光の中に文字を見つけた、…古代のルーン文字だ。 ――序文―― ――これより我が知りし心理をこの書に記す。この世の全ての物質は小さな粒より為る―― ――その粒に干渉し、影響を与え、変化せしめる呪文は『火』『水』『風』『土』の四の系統と為す―― ――神が我に与えし力はその四の系統の何れにも属せず、更なる小さな粒へと干渉し、影響を与え、変化せしめる―― ――四にあらざるそれは零、すなわち『虚無』。この力を我は『虚無の系統』と名づけん―― 「ちょっと…どうしたのよ、ルイズ?」 呆然と祈祷書を見つめているルイズが心配になり、キュルケは声を掛ける。 気になって横から祈祷書を覗き込む…が、何も書かれていない。白紙だ。 「何も書いていないじゃない…。こんな白紙の本を見てどうしたのよ?」 「虚無の系統…」 ルイズがポツリと呟く。 「え?」 「伝説じゃないの…、伝説じゃないの!」 突然声を荒げたルイズに全員が驚いた。 「どうしたのよ、急に大声出して?」 「これが驚かずにいられる!? 虚無よ虚無! この始祖の祈祷書に虚無の系統の事が書かれているのよ!」 「きょ、虚無?」 ルイズは再び祈祷書に目を落とす。 ――これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぎ、そのための力『虚無』を担いし者なり―― ――力の担い手よ、志半ばで倒れし我と同胞の為、異教に奪われし『聖地』を取り戻すのだ―― ――『虚無』は強力なり。強力ゆえ、その詠唱は永きにわたり、多大なる精神力を消耗する―― ――詠唱者は注意せよ。強力過ぎる力は時に己自身の命を削る―― ――故に我はこの書の読み手を選ぶ。資格無き者にはこの書は開かれぬ―― ――選ばれし者が『四の系統』の指輪を嵌めし時、この書は開かれる―― ――『ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ』―― ――以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す―― ――初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』―― 文の最後からは古代語の呪文が続いている。 ルイズは呪文を見ながら呆然と呟く。 「ねぇ、始祖ブリミル? あなたバカでしょ…、間違いなくバカでしょ? 指輪が無くちゃ『始祖の祈祷書』は読めないんでしょ? 意味無いじゃない。 普通、注意書きってのは解り易く書いてあるべきでしょ? 読めないんじゃ注意書きの意味が無いわよ。 そんなの子供でも解るはずなのに…だっさいわね」 半ばジャンガっぽい台詞を混ぜて呟きながらルイズは考える。 『エクスプロージョン(爆発)』と記された虚無の呪文。 以前、学院の襲撃事件が起きる前、練習の際に一度考えた事が頭を過ぎる。 ――自分の爆発は実は”失敗”ではなく、成功なのではないか? ――この爆発は伝説の”五番目の系統”ではないのか? その時はありえないと気にしない事にした。だが、現実に自分は祈祷書を読めた。 と、言う事は自分は担い手なのではなかろうか? ルイズは暫し考え込み、意を決して頷いた。 「タバサ、シルフィードをお願い!」 ルイズのその余りに唐突な言葉に一同呆然となる。――ジャンガは笑っていたが。 「ルイズ、何を考えているのです!? あなた一人であの大群に挑んでも死にに行くような物よ!?」 アンリエッタは必死な表情でルイズに言う。 当然だ、幾らなんでも無謀だ。ルイズの戦いを見ていたが、失敗とされている爆発は思ったよりも威力はあった。 それでも足場の無い空中で、竜騎士を相手にするには心細い。結果は火を見るよりも明らかだ。 だが、ルイズは揺ぎ無い決意を秘めた目でアンリエッタを真っ直ぐに見つめた。 「大丈夫です、なんとかしてみせます」 「何とか、つってもなァ~…、賞賛は在るのかよ?」 ジャンガが頭を掻きながら問い掛ける。 そんな彼を見つめてルイズは軽く笑みを浮かべる。 「何かね……選ばれちゃってたみたいなの」 「ったく…、まだかよ?」 ジャンガがイライラしながら背中越しに後ろを見る。 始祖の祈祷書を片手に、杖を掲げて詠唱を続けるルイズが目に入った。 ――散弾が飛んで来た。 ジャンガは即座にカッターを乱れ撃ち、散弾を切り裂く。 しかし全てを防ぎ切れず、数発が肩口に当たった。 「もう止めなさいよ!? いい加減限界でしょ!?」 「あなたの分はわたし達がカバーする」 キュルケとタバサの気遣う声にジャンガは鼻を鳴らす。 「冗談じゃねェ…、玩具にこれ以上……借り何ざ作るかよ」 現在彼等が居るのはタルブ上空。 ルイズが「何とかする」と意見を貫き通し、タバサのシルフィードで上空の巨艦へと向かっているのだ。 シルフィードにはルイズの他に、まだ精神力が残っているタバサとキュルケ、 そして傷付きながらも戦意を未だ失っていないジャンガが乗っている。 全員を乗せたシルフィードは戦艦へと向かって飛ぶ。 当然、敵もすんなりと近づかせてはくれない。艦砲射撃や生き残っている竜騎士の執拗な攻撃に晒されていた。 それらの攻撃からルイズを守るべく、キュルケとタバサ、ジャンガは残された力を振り絞る。 だが、流石にそろそろ限界が近い。 「クソッ…、また身体がダルくなって来やがった…。ルーンは有るのに……なんでだ?」 悪態を吐くジャンガにデルフリンガーが答える。 「そりゃ当然だ。ガンダールヴの活動限界が近づいてるんだからよ」 「何?」 「ガンダールヴは心の震えで力を増すってのは前に話しただろ? だけどよ…確かに力は上がるが、それだけ活動限界も早まるんだ」 「…活動限界なんざあるのかよ? メンドくせェ…」 「勘違いするなよ相棒? お前さん…ガンダールヴの役目は敵を倒す事じゃない。 ”呪文詠唱中の主人を敵の攻撃から守る”……ただそれだけだ。敵を倒す事が目的じゃないのさ」 ジャンガは思いっきり舌打ちをする。 「まぁ、相棒の強さは並外れてるし…、何だか解らないが…俺の知ってるのより力強い気がするし。 そこらのザコが相手なら、呪文詠唱が終わる前に片が付くだろうな。 けどな…今回ばかりは相手が……いや、状況が悪い。 あんなお前さんに匹敵するような化物とさんざドンパチやりあったんだ…、そりゃ限界も来るさ。 相棒…悲観する事ぁねぇよ。…お前さんは十分役目を果たしたさ」 「フンッ…、使い魔の役目を果たしたつもりはねェ…」 「それに安心しな。もう詠唱は終わるぜ」 長い長い詠唱…、古代のルーンを呟き続けるうちに身体の内から魔力が溢れ、ある種のリズムが生まれる。 身体の内で何かが生まれ、行き先を求めて回転する…、魔法を唱える者はそんな感覚を感じるらしい。 誰かが言ったその台詞を思い出しながら、その身体の内のリズムに従うようにルーンを口ずさんでいく。 ――シルフィードが竜騎士を振り切り、戦艦の上空へと達した。 その時、ルイズの長い詠唱は完成した。 しっかりと目を見開き、眼下のレキシントン号と竜騎士を見つめる。 選択肢は二つ…。殺すか、殺さないか。 「…二つじゃないわね」 散々自分達を痛めつけ、アンリエッタやタルブの人々を苦しめた連中に情けなど無用。 だが、敵とは言え…殺すのは何となく気分が悪い。でも、無傷で済ますのも納得がいかない。――ならば。 「間を取ればいいわね」 言ってルイズはニヤリと笑う。 その顔を見たキュルケとタバサは唖然となり、ジャンガは、ホゥ、と感心したような表情になる。 ――その時のルイズの笑顔は、ジャンガの浮かべる凶悪な笑みと瓜二つだった。 「半殺しで済ましてあげるわ…、慈悲深いわたしに感謝しなさいね…」 冷たく言い放ち、杖を振り下ろすと同時に叫んだ。 「くたばりなさぁぁぁぁぁーーーーーーーい!!!」 ――刹那、太陽と見間違うばかりの巨大な眩い光の玉が生まれ、レキシントン号と竜騎士の全てを飲み込んだ。 日食が終わり、暗闇に閉ざされた大地に光が戻った。 戦いは一応の終わりを迎えていた。 ルイズの放った『魔法』はレキシントン号を炎上させ、竜騎士を尽く黒焦げにした。 竜騎士や竜、レキシントン号に乗っていた乗組員は生きてはいるが酷い火傷を負っており、 動く事もままならない状態だった。今は生き残ったトリステイン軍に残らず捕縛され、必要最低限の応急処置を施されている。 そして、ルイズとタバサ、ジャンガの三人は今、川の字で眠っていた。 無論、ジャンガが望んでこうしている訳ではない。 最初に疲労が頂点に達していたジャンガが、地上に戻ったと同時にアウト。 それに続いてルイズが彼の右腕を枕に、マフラーの余った部分を首に巻いて添い寝。 それを見て羨ましがったタバサが残った左側をルイズと同じように確保。 …そして、現在の状況に至ったのだった。 ――そんな彼等は夢を見る。 一戸建ての一軒家。豪華ではないが、みすぼらしくもない綺麗な家。 家の中でソファーに座りタバサは膝の上に”タバサ”を置いてイーヴァルディの勇者を呼んでいる。 彼女の隣には薄ピンク色の毛をした猫の亜人の少女が座っている。 タバサはその少女に姉妹のように接しながら、優しい声で朗読を続ける。 テーブルの上ではルイズが編み物で悪戦苦闘していた。 それをピンク色の髪をした猫の亜人の女性が編み物を指導している。 必死に学び、編んでいくが上手くいかずルイズは、ムキー、と唸った。 そこへ扉が開き誰かが帰って来た。 それが誰かなど解りきっているかのように、全員が玄関へ向かう。 そこには待ち望んでいた相手が立っていた。 紫色のコートに長いマフラーを巻いたその相手にルイズとタバサ、少女は抱き付いた。 彼はいきなり抱き付かれ、困った表情を一瞬浮かべるが、すぐに満更でもない表情になる。 そして、そんな自分達の様子を見守っている女性に気が付く。 「ただいま」と言うと、「おかえり」と女性は返した。 「幸せそうな笑顔ね…」 結果として寄り添うような形で眠る三人を見つめながらキュルケは呟く。 三人の表情は眠った直後よりも心なしか微笑んでいるようにも見えた。 「どんな夢を見ているのかしら?」 「素敵な物には間違い無いだろうさ」 モンモランシーの言葉にギーシュが答える。 「今はゆっくりと眠らせてあげましょう。今回の戦…三人のおかげで勝てたような物ですから」 アンリエッタの言葉にキュルケ達は深く頷く。 そして、眠り続ける三人を温かく見守った。 ――同時刻、眠るジャンガ達の居る場所から離れた五千メイル上空。 「フン、とりあえず担い手の覚醒は成功か…」 男が呟く。遠い異国の服を纏った男だ。 その男は異型に乗っている。毒々しい紫色の体色をした異型に。 異型の背には傷だらけのジョーカー、そしてシェフィールドの姿が在った。 シェフィールドは悔しそうに歯噛みをする。 「ガンダールヴ…、またしても…」 「そう悔しがる事も無かろう? 最低限の目的は果たしたのだからな」 男が宥めるがシェフィールドの怒りは収まらない。 「このままじゃ済まさない…、絶対に…報いを与える。 わたしが味わった屈辱と、ジョゼフ様を侮辱した事への報いを…」 拳を強く握り締める。 それを見て男は頭を振った。 「まぁ、今は休むがいい。先も言ったが、最低限の目的は果たしたのだ。 ジョゼフも喜びこそすれ、お前を攻めなどしないだろう」 「…ジョゼフ様が赦そうとも、わたしは自分が赦せぬ」 「とにかく休め。何をしようにも、今はもう退く以外に手段は無いのだからな」 そう言って男は眼下の様子に目を向ける。 捕らえられたレコン・キスタの人間が次々に連行されていく。 男は鼻で笑った。 「まだアルビオンに戦力は残っている。足りなければ補充すれば良いだけ…、然程の事ではない」 「クロムウェルはどうした?」 「ククク、奴には最後の役目を果たしてもらったよ」 男は右手に握った槍の様な、杖の様な棒状の物を見せる。 それの先端は紅く濡れていた。 「そうか」 「哀れでいて実に滑稽な傀儡だったな。最後の最後まで踊らされ続けるだけ……少しは抗ってみてもいいものを。 まぁ…所詮は一介の司教、意志の弱い凡人。さすれば、人形として踊り続けていたのも一つの幸せだろう。 とりあえず、これでアルビオンの兵士への戦意高揚は図れる。 ジョーカーがこのようになったのは少々計算外だが……なに、ちょっとした修正が入るだけだろう。 事は全て上手く進んでいる…、定められた未来へと…絶望へと進んでいる」 男は大仰な仕草で演説するかのように言葉を続ける。 「人々の恐怖と絶望は、この上ない悪夢となりて闇を起こすだろう。ククク…そうだ、闇が世界を覆うのだ」 「嬉しそうだね?」 「グハハハハハ! 当然だ! 愚問だ! 今一度闇が…”ナハトの闇”が目を覚ますのだ! これを喜ばずしてどうする!? グハハハハハハ!!!」 男は笑った。堪えられないと言った感じで笑い続けた。 男の笑いは何処までも澄み切った青空に不気味に響き渡った。 前ページ次ページ毒の爪の使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2492.html
遠く戦場とはかけ離れ、未だ平和を享受して能天気な日常を送るトリステイン魔法学院の一角では、一人の少女が頭から煙を噴出しながら歩いていた。 抱えた“始祖の祈祷書”に挟んだ羊皮紙をちらちらと見ては、深く溜め息を付く。 任じられた王女殿下の婚姻の詔は、結局納得の行く出来に仕上がることは無く、とうとう期限としていた日が訪れたのであった。 「どうしよう、どうしよう、どうしよう……」 敬愛する姫殿下の頼みを達することの出来ない重圧に、ルイズはこのまま部屋に篭って何もかもから耳を塞ぎたい気分になっていた。 しかし、逃げるわけにはいかない。 本塔に繋がる渡り廊下から学院の入り口を覗いてみれば、そこにはもう婚姻式の出席者を待つ迎えの馬車の姿があるのだ。ルイズは、あれに乗ってゲルマニアで行われる式に出席しなければならないのである。 「き、きちんと専門の人が修正してくれるのよね?笑われたりしないわよね?ああでも、お父様やお母様も出席なさるのに、せっかくの晴れ舞台なのに、ちゃんと出来ないなんて……」 ぶつぶつと不安から来る独り言を呟いて、ルイズは渡り廊下を越えて本塔の階段を登る。 まずはオールド・オスマンに今ある詔の下書きを提出して、ある程度の添削を受ける必要がある。綺麗に形を整えてそれらしいものに仕上げる作業は、ゲルマニアへの道中で行われる予定だ。 しかし、オールド・オスマンはボケが始まってしまったし、専門職であっても、この自分で見ても相当酷い出来である詩を時間内に修正しきれるかどうかは、正直疑問だった。 「なんでこういう時に限ってミス・ロングビルは留守なのよ!頼りにしてたのに、ご家族と旅行だなんて……」 才人と喧嘩をしてからというもの、部屋に引き篭もって詔の文面を考えていたルイズは、食事のために食堂に出たときに、噂話としてロングビルの夫と子供が学院を訪問し、そのままロングビルが出かけてしまったと聞いていた。 学院で働く使用人達の口から広まったロングビル既婚疑惑は、既に学院全体に事実として認識されている。一時は噂を種に学院中が騒動となったが、年齢や見た目の良さ、学院長秘書という立場を考えれば別に不自然なことでもないと、密かな思いを抱いていた一部を除いて、すぐに受け入れられたのであった。 ルイズもまた、本人が聞いたら卒倒しそうな噂を信じている一人で、ミス・ロングビルには出来れば明るい家庭を築いて欲しいと本気で思っている。魔法の使えない自分をゼロだと馬鹿にしない、年の近いほうの姉に似た素晴らしい先生だと心の底から信じている。 ただ、今だけは自分の都合を優先して欲しかった。 「でも、資料は用意してくれたし、わたしがここまで出来ないとは思ってないだろうし……」 才能が無いのを理由に他人の家庭に亀裂を入れるほど、ルイズは傲慢ではない。草案を作るのに苦労しないだけの下準備を整えてくれたロングビルを責めるのは、まったくのお門違いであるということくらい、分かってはいた。 それでも、憂鬱であることに変わりはないのだ。 「失礼します」 いつの間にか到着していた学院長室の扉をノックも無しに開けて、いつも熱い茶を啜っている隠居間近の爺さんに顔を向ける。 そこでルイズは、信じられない光景を目にした。 「……え?」 ガリガリと削るような音が連続して、それが途切れたと思うと紙が宙を舞って部屋のあちこちに詰まれた紙の山の上に降下する。かと思えば、何かを叩きつけるような音が断続的に響く。 音の発生源は、執務机に並ぶ書類に猛烈な勢いで羽ペンと印章を叩きつけるオールド・オスマンであった。 「あ、あれ?」 ボケたのではなかったのか? 失礼なことを考えて、ルイズは固まった。 ロングビルの愚痴では、日向ぼっこと茶を啜ることしか出来なかったはずだ。いや、それ以前に、こうまで必死に仕事をしている姿など一度として見かけた覚えは無い。 ボケた人間が元に戻らないというのは、地球でもハルケギニアでも大体同じである。大昔では、始祖ブリミルが長生きをし過ぎた人間の心を御許に招いてしまったのだ、などと信じられていた時代だってある。 現在は脳の病であると解明されたが、それでも治らないものは治らない。 なら、目の前で精力的に働いている人間は誰なのか? そういう疑問にルイズの思考が行き着いたのは、ある意味仕方の無いことだった。 「あなた、何者!?本物のオールド・オスマンをどこへやったの!?」 抱えていた祈祷書を放り出して、スカートに挟んだ杖を取り出したルイズが、眼前の不審人物に問いかける。 学院に忍び込み、学院長の身柄を隠し、さらに入れ替わるなどという手際を考えれば、この老人は素人ではないだろう。いや、老人ですらないのかもしれない。 男か女かも分からない相手に、ルイズの喉が鳴る。 メイジの巣窟ともいえる学院に入り込んだのだ。それだけ実力に自信があるのだろう。もしかすれば、あのワルドに匹敵する相手ということも考えられる。 考えるだけでアルビオンで受けた数々の傷の痛みを思い出してしまい、ルイズは思わず体を震わせた。 「……は?なにを言っとるんじゃ」 書類処理の手を止めたオスマンが、ルイズに顔を向けて首を傾げる。 「白を切ろうとしてもダメよ!あなたが偽物だって、わたしには分かってるんだから!狙いは何?オールド・オスマンに化けて式に出席するつもり?そんなこと、このヴァリエール家が三女、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールが許さないわよ!!」 杖を突きつけ、ルイズは威嚇するように強く言い放つ。 だが、内心では恐怖と不安が渦巻き、手足の震えが表に出てしまいそうだった。 相手がワルドと同程度の力の持ち主なら、ルイズに勝ち目は無い。それは既に、アルビオンで証明済みだ。だが、敵を前にして逃げ出すなんて選択肢は、ルイズには存在しなかった。 とにかく、この不審者を倒して捕縛する。 ルイズに考えがあるとしたら、それだけだった。 「なにを勘違いしとるか知らんが、少し落ち着きなさいミス・ヴァリエール」 「あっ、動かないデゥっ!?」 ルイズが反応するよりも早く執務机に立てかけた杖を取ったオスマンが、空のインク壷を念動で飛ばしてルイズのおでこを強かに打ちつけた。 「うっ、うぅぅぅぅ!?いったあああぁぁぁぁいっ!」 額を両手で押さえてしゃがみ込んだルイズを呆れた目で見詰め、オスマンは水パイプの先を咥える。 ぷか、と煙が円を描いて空中に浮かんだ。 「痛くしたんじゃから、当然じゃ。そんなことよりも、詔は完成したのかの?」 オスマンは杖を再び振って、ルイズの足元に落ちた祈祷書を引き寄せる。そして、白紙の祈祷書から挟まれた羊皮紙を引き抜き、文面に視線を落とした。 「お、オールド・オスマン?」 「なんじゃ、ミス・ヴァリエール」 羊皮紙を読み進めながら眉の形を変えて、オスマンはちらりとルイズを見た。 「本物……、なんですか?」 涙目で疑惑の視線を投げかけつつ、ルイズは握った杖に力を込める。対するオスマンは、そんなルイズの態度を気にした様子も無く、また水パイプを吸って煙を吐いた。 「当たり前じゃろ。ワシはワシじゃよ。他の誰と間違えるというのじゃ」 「でも、こないだはボケて……」 「ありゃ、演技じゃよ」 暗にボケ老人呼ばわりしているルイズに、オスマンはなんでもないことのように否定した。 また、ぷかり、と煙が宙に浮かぶ。 「セクハラを禁止されたんで、八つ当たりにボケた振りしとったら、ロングビルがワシの代わりに仕事をぜーんぶ片付けてくれるのでな。このままボケ老人の振りを続けとけば、楽ができるんじゃないか?と思ったわけじゃよ」 と言っても、こうして裏切られてしまったわけじゃが。と言葉を続けて、オスマンは悲しげに笑った。 「ボケた振りって……、それはそれで問題があるんじゃ……」 「なあに、基本的なことは全部教えてあるでな。時たまこそっと、仕事がちゃんと出来ておるか確認しておったが……、うむ。ミス・ロングビルは、ワシより有能じゃの。おかげで、ワシのやることが一つも無い!……まったくない。ほんとに……、ひとつも無い。ひ、一つも無いんじゃよ!本当に、本当に一つも……!!ワシの仕事、一つも残っとらん!このままじゃ、ワシは要らないって言われてしまう!必要とされておらんジジイは、どうすればいい!?どこへ行けばいい!?ワシは……、ワシはああぁぁぁぁっ!」 机に突っ伏してオイオイと泣き出したオスマンに、ルイズは困ったように表情を崩した。 精力的に働いていたかと思ったら、実はただの書類整理だったらしい。印も朱肉は付けられておらず、気分を出すためだけに押していたようだ。 学院長の座はボケたふりをしている間にロングビルに奪われ、オスマンは今現在、雑用係の地位に落ちぶれていた。 「……えーっと」 このボケ老人をどうすればいいのだろうか。 困惑するルイズだったが、ふと手元の杖を見て、一つだけ対処法を思いつく。 自分の使い魔にもよくやっている、爆破処理。 実に効率的で、状況を変化させるのに向いている方法だ。 善は急げ、思いつけば即実行。 ルイズが杖を振り上げるのに、迷いは無かった。 「ファイアー・ボー……」 「オールド・オスマン!居られますか!?」 突然、学院長室の扉が叩かれ、魔法を使おうとしたルイズの肩が驚きに跳ね上がった。 「なんじゃ、騒々しい。ワシは惨めな老人の気分に浸るのに忙しいから、後にしてくれ」 「み、惨めな老人……?よく分かりませんが、緊急事態です!」 部屋に人が居ると分かると、扉の向こうの人物は入室許可も取らずに部屋に踏み入れる。 学院長を爆発させる現場を見られそうだったルイズが、ドッキンドッキンと鳴る胸を服の上から押さえて息を吐き、入室した人間の姿を目に映した。 王宮の人間のようだが、学院の入り口で待っている迎えとは別らしい。相当に急いでいたらしく、息が上がっているが、衣服の乱れは殆ど無い。トリステイン貴族らしい、見栄っ張りな性格がこんなところでも表れていた。 「緊急かね?少し待ちたまえ、ミス・ヴァリエール、退出を……」 「戦争です!アルビオンが、トリステインに宣戦布告をしました!既にタルブは陥落、アルビオン軍はラ・ロシェールに向けて進軍中です!」 オスマンの両目が開かれ、執務机にペンが転がった。 「なんと!?ついにやりおったか!し、して、王宮はなんと?」 「アンリエッタ王女殿下の指揮の下、王軍を立ち上げ、戦場へ向かっております!しかし、戦力は心許無く、諸侯及び勇士諸君は速やかに参軍せよとのお達しです」 「義勇軍まで立てるおつもりか……、となれば、最初の戦いこそ決戦となるな」 国中の戦力をかき集めての戦いを臨むのであれば、敗北はそのまま敗戦に繋がる。 アンリエッタは、アルビオンにこれ以上の侵攻を許すつもりは無いようだ。いや、港であるラ・ロシェールに橋頭堡を築かれれば、アルビオン軍を止められなくなることを悟ったのかもしれない。 二国間における戦いを、他国の援軍を待つことなく終わらせる意気込みが見えていた。 「お、オールド・オスマン?戦争って……」 「ミス・ヴァリエール。この事は他言無用じゃ。儂が然るべき時に、然るべき方法で皆に発表するでな。しかし、恐らくはこれを使うときは訪れまい」 ルイズの言葉に頷いて、オスマンは引き寄せたときと同じように始祖の祈祷書を念動でルイズに渡した。 アンリエッタがゲルマニアと結ぶ予定であった婚姻は、来るべきアルビオンとの戦いに向けた政略結婚だ。それがアルビオンの早期の侵略によって意味を成さなくなるのであれば、確かにルイズの考えていた詔の出番は無くなる。 胸に抱いた祈祷書とその間に挟まる詔を書いた紙を見て、これを出さなくて済むのかと一瞬ホッとしたルイズは、すぐに表情を硬くした。 流れは、アルビオン王ジェームズ一世の言った通りになっている。アルビオンは、ゲルマニアの勢力の介入が入る前にトリステインを制圧しようとしているし、ゲルマニアは漁夫の利を得る機会を窺っている。 やはり、トリステインは一国での戦いを強いられるのだ。 「オールド・オスマン。わたしは、これで……」 「うむ。あまり詳しくは聞かぬ方が良かろう。行きなさい」 ルイズが退室を望むと、オスマンはすぐに了承して杖を振った。 背後の扉が開き、ルイズは身を滑らせるように廊下へと出て行く。ばたん、と音を立てて閉まった扉から、鍵のかかる音が響いた。 「……あれは確か、ベッドの下に」 ジェームズ一世から渡されたものを思い出して、ルイズは強く祈祷書を抱き締める。 トリステインが孤独ではないことを、アンリエッタ王女に伝えなければ。 出立の準備の為、自室へ向かって駆け出したルイズの背後で、オスマンと王宮の使者とのやり取りは続く。 「学院の人間が、現地に居ると?」 「アストン伯からの報せによれば、そうです。男女合わせて8名。教職員と、生徒であると聞いておりますが……」 使者の言葉に、オスマンは空席となっている秘書官の執務机に目を向ける。 一応、休暇届のようなものは残されていた。 職員用の物には目的地や理由などが記されていたが、そこにラ・ロシェール地方に繋がる文章はひとつも無い。全て私情で埋め尽くされて、何処へ何をしに行ったのかはサッパリなのだ。 しかし、ボケ老人のフリをしている間に聞いた話の内容を考えれば、有能な秘書を含めた魔法学院の在籍者が戦乱に巻き込まれていることは容易に想像できた。 「学院の関係者であれば、迎えをやらねばならんのう」 言って、オスマンは溜め息を吐く。 多分、迎えと一緒に志願兵も送ることになるだろう。それが憂鬱なのだ。 使者がここに戦争の始まりと関係者が現地に居ることを報せに来たのは、参戦する人間をより多く集めるという魂胆があってのこと。戦場があり、そこに勲功を得るチャンスが転がっていれば、名を上げることに貪欲な若者達を止める手段は無い。 こう言ってはなんだが、簡単な扇動で学院の生徒達は戦場へ突撃するだろう。若い貴族は勲功を得ることを夢見て、戦場に出る日を今かと待ち構えている。 ならば、まだ何も知らず落ち着いている間に、オスマン自身が必ず生きて戻ってくると確信出来る者たちを選定した方がいい。 だとしても、選ばれなかった者の恨みを買ってしまうだろうし、犠牲が出ればオスマンの責任となる。どちらにしても、やりきれない選択であった。 「それでは、自分は他にも伝え歩かねばなりませんので……」 「うむ。ご苦労じゃった」 部屋を出て行く使者の背中に労いの言葉をかけつつ舌を出したオスマンは、執務机の隅に置いた湯飲みを取って、温い茶で喉を潤した。 自分で入れておいてなんだが、不味い。 ミス・ロングビルが嫌々ながらも入れてくれた茶の美味さを思い出して、オスマンはやはり見捨てられはしないと、部屋にある姿見に向かった。 「まずは、状況を知らねばな」 枯れ木のような杖を一度振り、姿見の鏡面に波紋を描く。 その向こうに、ここではない遠くの景色が映し出された。 アルビオンがトリステイン艦隊を撃沈し、宣戦布告をして二日。 竜騎士隊の全滅が響いたのか、それとも地上軍の進軍が遅れているだけなのか。アルビオンの軍勢は未だにラ・ロシェールに到着することなく、岩壁を切り出して作られた町は次々と到着するトリステイン軍の手によって着々と要塞化が進められていた。 岩を積み上げたような砦の壁には矢窓や砲門が覗き、殆ど完成している足場の確認の為に何人ものメイジや騎士が歩き回っている。空には召集された魔法衛士隊のグリフォンや竜が警戒の為に飛び回り、世界樹の港では軍艦に混じって、徴収された民間船に武装が施されている様子が見えた。 アルビオン軍の進軍が遅れれば遅れるほど、トリステイン軍は戦の準備を整え、より軍備を拡充していく。奇襲ともいえるアルビオンの攻勢は、ここに至って意味を失いつつあった。 そんな張り詰めた空気の流れるラ・ロシェールの街。その外側では、また別の戦いが繰り広げられている。 ぐうぅ、と鳴る腹の虫との一騎打ち。飢餓と死神を相手にした、生きるか死ぬかのバトルロワイヤルだ。 「し、死ぬぅ……、腹が減って、し、シヌ」 腹を押さえて悶えるように体を揺らしたホル・ホースが、痩せた顔に冷たい汗を浮かべていた。 場所はラ・ロシェールから伸びるトリスタニアに続く街道の脇。戦の臭いを嗅ぎつけた傭兵達のキャンプが並ぶ平野の端っこである。近くには水筒の水で必死に口の中を漱いでは吐き出しているエルザとミノタウロスの肉体に雑草を食わせている地下水、それに、ぽつんと立った樹木の陰で唇をカサカサに乾燥させたウェールズが、食欲を睡眠欲に無理矢理変えて眠っていた。 三人と一匹は、避難民と一緒にラ・ロシェールまでやって来たのだが、街に入る途中で兵隊に止められ、吸血鬼やミノタウロスを従えた怪しい人間を軍が陣を張る街の中に入れるわけにはいかないと追い出されたのである。使っていた馬も盗品疑惑が持ち上がって取り上げられてしまい、空っぽの財布では腹ごしらえも出来ず、こうして空腹と戦っているのだ。 「ああああぁっ!空腹に耐えかねて摘み食いなんてするんじゃなかった!口の中が油を飲んだみたいになっちゃったわ!傭兵なんて下品な職業の連中ってのは、血の味まで下品ね!」 タダでさえ空腹で貧血のホル・ホースから血を奪うわけにもいかず、周囲の傭兵のキャンプを襲って血を吸っていたエルザが、悪態を吐いて不満を顕わにする。 「八つ当たりに金目の物を奪って来ようかと思ったら、目ぼしいものは何にも無いし。警戒が強くなって別のを襲うのは難しそうだし……、踏んだり蹴ったりだわ!」 収穫といえば、二日前に放り捨てたまま行方知れずの帽子の代わりにと、布を一枚盗って来たくらいだ。頭に適当に乗せているだけだが、汚れ果てたドレスとは程よくマッチしている。 声が聞こえているのか、焚き火でスープを温めている近くの傭兵がエルザをじろりと睨んでくる。彼らも、仲間を襲われたとなれば黙っているつもりはないようだ。 が、そんな連中に地下水がミノタウロスの顔を向けると、すぐに目を逸らされた。流石にメイジ数人がかりでも梃子摺るような亜人と喧嘩をする度胸は無いらしい。 しかし、敵を増やすのも良くないと、地下水はエルザに注意を呼びかけた。 「声がでかいぜ、お嬢。襲撃犯と知られたら、この平野に群がってる傭兵達が全部に敵になるんだ。夜もおちおち眠れなくなるぜ……。うおっぷ、……もぐもぐ」 「反芻すんな!」 エルザの投げた木製の水筒が、ミノタウロスの頭に当たって跳ね返る。 ゴツン、という音と共に、空腹に悶えていたホル・ホースが沈黙した。 「牛の習性なんだから、仕方ねえだろ。体を操るってのは、肉体に適した行動を取るっていう面倒臭い作業もしなくちゃならねえんだよ」 黄泉路に旅立ったホル・ホースに気付いた様子も無く、地下水は話を続ける。 どうやら、ミノタウロスの内臓は人のものよりも牛に近いらしい。草木を食べる際には、繊維質を効率的に分解する為、反芻という摂食行動が必要なようだ。 ハルケギニアの生物知識に加えられる、偉大な新発見である。 「酸っぱい臭いが気に入らないから、我慢なさい」 「自分だってゲロ吐きまくってるくせに……」 「なんか言った!?」 「いいや、なにも」 機嫌の悪いエルザに小さく陰口を呟いて、地下水はまた別の雑草をミノタウロスの口の中に放り込む。 草に混じった石が噛み潰されて、硬い音が響いた。 「むぅ、この変な感じが治んないわね。……仕方ない、最終手段を取るわ」 ヘドロを口の中に詰め込んだような最低な不快感に耐えられなくなったエルザの目が、気絶したホル・ホースに向けられた。 「おいおい、本当に死んじまうぞ」 「大丈夫。ちょっとだけだから。本当に、ちょっとだけ……」 ちょっと、とは言っているが、瞳を欲望に輝かせていては説得力が無い。 そろり、そろりと近付いて、気絶したホル・ホースの首筋に狙いを定めると、エルザはそのままいただきますも言わずに噛み付いた。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7264.html
前ページ次ページ汝等、虚無の使い魔なり! 「は? 神様?」 「うむ」 場所はルイズの部屋、決闘騒ぎの後ギャラリーなど全て置いて部屋に戻ってきた3人。 紅朔はさっさと一人部屋に戻ってきて、ルイズのベッドでぐっすり。 勿論激昂したルイズではあったが、九朔が懸命になだめて落ち着かせた。 「あんた、さっきので頭打ったりしたんじゃ……」 「正気だ、そして先ほど言った事は全て事実」 「……本当に、……頭」 「打ってはおらぬ!」 「……いきなり神様何たら言われても、信じられないんだけど」 「神は信じず、始祖だけは信じると?」 「実際居たんだから信じるしかないじゃない」 「それを言えば始祖も同じであろう、その目で実物は見た事はあるか?」 「う……、そ、そう言うあんたは」 「ある、我等は旧神、親父殿と母上に我等が魂と、身と、道を、未来を救われた」 迷い無く、ただ真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐルイズの瞳を見据える。 そんな真剣すぎる九朔の瞳に、ルイズは一瞬で引き込まれた。 「……あ、あんたがそう言うなら、そうなんでしょうね」 「ああ、あの時の親父殿と母上の背中はとても……。 いつかはあの背中に追いつきたい、肩を並べたいのだ」 九朔は右手の拳を堅く握り、それを見つめる。 「……そう、お父様とお母様が居る高みに上るの。 そしてあのアバズレを……、ひき肉にぃ……」 とのっそり起き上がった紅朔。 アバズレと言うのは十中八九悪神の事だろう、必ずは滅ぼし尽くさねばならん仇敵。 「あばず……、誰なのよそいつ」 紅朔の怒気が篭った声におびえつつも、ルイズは誰の事を言ってるのか聞いた。 それを聞いた九朔と紅朔から表情が消える。 「『這い寄る混沌』」 「『無貌の神』」 「『闇に棲むもの』」 「『燃える三眼』」 「その存在は『ナイアルラトホテップ』」 「それが打倒すべき邪神の名よ」 最も凶悪な愉快犯、ありとあらゆる存在を嘲笑し続ける存在。 アザトースさえも冷笑する神柱、凶器と混乱を齎す有限にして無限の存在。 親父殿と母上が無限に続く無窮の果てに滅ぼし続ける存在、未来永劫負け続ける荒ぶる古き神。 「じゃしん? 邪悪な神様?」 「うむ、おぞましいほど性質が悪い存在だ」 「……本当にそんなのが居るの?」 「居なければ我等は今ここに居なかったであろうな」 「関係あるのね」 「ああ」 「我等の成り立ちもあの悪神が関わっておる……」 「あんたたち人間じゃない人間って言ってたわね、あれってどう言う意味よ」 「其のままだ、我等は人間の親父殿と、魔導書の精霊の母上の間に生まれた子だ」 「……せいれい?」 「うむ、先ほど言った旧神の子である。 神の子とは言っても神性があるわけではない、あくまで我等は『半人半書』なのだ」 「……なんか、よく分からないけど凄いわけ?」 「凄いかどうかは分からぬ、特異である事は間違いないが」 存在としては圧倒的に少ない、希少と言っても良い、もしかしたら世界に一人しか居ない存在かもしれない。 人間の男と、最高位の魔導書に生まれた精霊との間にもうけられた命。 「ふーん……」 「我等は元は一人だった、そして旧神の仇敵である邪神が目をつけ利用された。 其のとき我等は邪神の手によって二つに分けられ、闘争に導かれてしまった」 「は? 分ける? あんたたちを?」 「我の因果を、魂を引き裂き取り分けたのだ、そうして紅朔が生まれた。 そうして別った我等、己を取り戻したくば管理者<ゲームキーパー>を追え、そして紅朔を追えとな」 「そいつが邪神なのね?」 「そう、わたしたちはお互いを憎み殺しあった。 でも世界を何度も渡り戦ってきたけど決着は付かなかった、いえ、付いてはいけなかった、でしょうね」 「うむ、付いていればやはり我等はここに居ない所か、存在すらしていなかっただろう」 「そうして一つの世界に、わたしたちのお父様とお母様が居る世界へと辿り着いた」 あの出来事は胸に残る強烈な思い出、お父様とお母様の愛を知った掛け替えの無い思い出。 「そこでも起こった闘争の果て、そうして悪夢と戦い、全てを仕掛けた邪神を親父殿と母上と一緒に打ち滅ぼしたのだ」 「大円満じゃない」 「そう、大円満<デウス・エクス・マキナ>。 この物語はな」 この話はここで終わりなのだ、そうして直ぐにも新たなる物語が始まる。 終わらぬ、未来永劫繋がり続ける物語が。 「終わる事が無いのかもしれん、それを理解して親父殿と母上は物語を始めたのだ」 「永遠なる苦痛、終わりが無い終わり、永劫の時の流れが刹那、奇跡の上に奇跡が成り立ち、重ね上げる奇跡が最低条件の世界に足を踏み入れた覚悟を」 「我等はそこに足を、この身を沈めたい。 それこそが我等の幸せ、親父殿と母上の愛に報いるための意思」 「……本当にそれで良いの? 聞いてる話じゃ向こう側に来て欲しくないみたいだったけど」 「それで良いのだ、それが我等の目指す大円満<デウス・エクス・マキナ>なのだ」 「……大体わかったわよ、信じるかどうかは別にして」 「歪であるからな、信じられぬのも判る」 「あんたたちが人間じゃない人間だと言うのも理解した、でもそれが魔法を使えることと関係が有るように見えないんだけど」 「言ったでしょう? わたしたちは『半人半書』だと。 そして書に書かれている言語は『血液』。 『血』を媒介として魔術を操るのよ」 「……じゃあ」 そう、ハルケギニアの魔法は血に宿る。 貴族に流れる血を取り込み、理解して使いこなす。 それが魔法を使用できた筋書き。 「あんたがフライやゴーレムを作り出せたのも……」 「あの愚図から血を得たからよ、だから『土』の魔法を使えたの」 「……他の人と血を吸えば他の系統も使えるって事?」 「出来るだろう、素直に血を分け与えるような殊勝な者は居ないだろうが」 「じゃ、じゃあ私の……!」 血を吸えば何の系統か判るんじゃないか、と言おうとしたところに九朔が遮る。 「恐らくそれは無理だろう」 「な、なんでよ!」 「主殿から得た知識からすれば、主殿が系統魔法を使う事は恐らく出来ないだろう」 「……え? な、なんでよ? 何で使えないって判るのよ!?」 「貴女の血には魔法が宿っていないからよ」 その一言を聞いて、主殿から表情が抜け落ちた。 「つかえない? きぞくであるわたしが、まほうをつかえない?」 「系統魔法は恐らく、永遠に使えぬだろう」 「……まほうが」 完全な脱力、全てを失った抜け殻のように。 だがそれも直ぐに元通りになる。 「主殿は特殊であろう、血ではなく魂に宿る物。 我等はそう判断した」 「……え?」 「主殿の属性は恐らく『虚無』、魔法が何時も失敗するのは使用に適していない呪文を唱えているからか。 故に使えぬ、主殿から得た情報ではそれが一番濃厚な線だと思われる」 「貴女の血を手に入れても意味は無いのよ。 わたしたちは『血』を媒介とするのだから、『魂』を媒介とする魔法を使えないの」 紅朔が大きく欠伸をしながら背伸び。 「きょむ? わたしが、きょむ? あの、伝説の、始祖ブリミルが使ってた、あの『虚無』!?」 「その可能性が最も高い、しかし属性が判っても使うのはかなり難しいであろうな」 「何でよ!」 「『呪文』、どのような魔法があるか分からぬし、それを使用するための呪文をどうやって詠唱するのだ? 知らぬ物を唱えよと言われても出来はすまい、頂点に経つ始祖も抽象的な描写しか残されてはおらぬし、手に入れるのは絶望的だと思うのだが」 「……そんな、わたし、魔法が使えないの?」 「六千年、それだけの年月を経て残っている物など極小数、もしかしたら存在しないかもしれん」 「そ、んなぁ……」 ボロボロと、大粒の涙がルイズの頬を伝い始める。 すかさず九朔がハンカチを取り出して拭う。 「主殿、絶望するのはすべき事をしてからで十分間に合う。 まずは縁の品を探してみてはどうだろうか」 「……つ、う、すん、そうよ、ね……。 それからでも、遅くは無いわよね」 「わたしたちの出自を信じず、わたしたちが出した可能性は素直に信じるのね。 全く、愚かしいったらありはしない」 「うるさい! ちゃんとした魔法が使えるって言うなら何でもするわよ!」 「なんでも? なんでもしちゃうの?」 「な、なんでもよ!」 それを聞いて紅朔はにやぁっと笑みを作る。 「確か王家には『始祖の祈祷書』があった筈よねぇ」 始祖の祈祷書、数百数千の紛い物があると言われる書物。 ある豪商が、ある大貴族が、ある小国の王が、皆が本物だといって書を所持している。 本物だと主張しているだけで、それが本当に本物だと言う証拠を提示できていない時点で偽物だろうが。 トリステイン王国にある始祖の祈祷書も同類の物かもしれん、余り期待しない方が良いかもしれないな。 「国宝じゃないの、そんな物どうやっても手に入れられないわよ!」 「さぁ、どうかしら? 貴女は近い内にそれを手に入れるかもしれないわねぇ」 ククっと笑い、またベッドに寝そべる。 「なんですって!? どう言う事よ!」 「どう言う事かしらねぇ」 「恐らくは、何かあるかも知れぬと言う事」 「だから! 何があるってのよ!!」 怒鳴るルイズの声を聞き流しながら、九朔は物思いに耽る。 運命が回り始めた、いや、何者かが回し始めたか? そう考えて、此度の事も奴が関与しているのかとも考える。 「主殿、過去にも似たような人物が居たかも知れぬ。 無論、今の主殿のように魔法が使えなく、この世界の生物以外を召喚した事例が恐らくはあったであろう」 「………」 「その者たちはそこで終わった可能性が、いや、終わっていたのだろう。 虚無の呪文を知る術が無かったであろうし、生涯魔法が使えず主殿のように中傷され続け無念の内に没したはず」 「う……」 ゴクリと、ルイズが九朔の言葉に息を呑む。 ありありと想像できるのだ、ずっとこのままで、両親の期待に応えられず魔法が使えぬ『ゼロ』と馬鹿にされ続けて終わる人生が。 「その者たちと比べ、主殿の環境は『整っている』。 虚無であると言う可能性を告げる我等、そして姫と幼馴染であり、始祖の祈祷書を手にする事が出来る可能性が僅かばかりではあるが可能性がある。 さじ加減では主殿は虚無に目覚める可能性があるということ」 「じゃあ、じゃあ私は!」 「……それが問題なのだ、何故ここまで『整っている』のか。 六千年という膨大な時間の中で、何故他の『虚無のメイジ』が現れなかったのか。 始祖ブリミル以外の虚無のメイジが六千年の間に現れたという話は聞いた事無いであろう?」 世界が違う以上、邪神が介入出来ぬ因果が有る訳でも無し。 世界を覆う結界は何なのか、詳しく知られざる虚無とは何なのか。 持たぬ方がおかしい疑問が幾つか浮かんでいる、これが邪神の介入ではなくただ世界の謎としてあったならば良いのだが……。 「それはその人たちの運が無かっただけじゃない? 私がついているだけよ!」 「だと良いが、『何者』かの手によって『覚醒』するように仕向けられているようにしか思えないのだ」 「そんなの、どうやって運命なんて操るのよ!」 「……先ほど言った『邪神』、奴ならばこの程度幾らでも手を加えられる。 何か目的があって……いや、何も無いかもしれんか」 「考えすぎじゃない、何でもかんでもそいつのせいにするってのは良くないわよ!」 「杞憂であれば良いのだがな」 対象の面白い反応を見れるなら、嬉々として回りくどい手を打ってくる邪神。 奴の性根の悪さなど身に染みている、邪神が関わる可能性が露ほどにもあれば警戒せずには居れん。 「……あんたたちが魔法を使えるってのは分かったわよ、それじゃあ魔術って何なのよ。 魔法とは違うんでしょ? まさか呼び方だけが違うってんじゃないでしょうね?」 「魔術とは外道、異界の神々から知識を得るための物」 「げどう? 神々の知識?」 「本来人が扱えないモノを、扱えるようにした物だと思ってもらえればよい」 「例えば?」 「大衆的なものだと異形召喚などがあるな」 ズルリ、そう言った表現が似合う存在が九朔の影から這い上がってきた。 半透明のゼリー状、その表面に半分埋まる目玉が一つ。 「てけり・り」 その不定形な、軟体生物を見てルイズは一瞬で引き込まれた。 ぐにゃりぐにゃりと、軟体の理解不能で触手っぽい物を伸ばす奇形の小刻みに揺れて柔らかそうな這いずるオレンジ色で理解不能のプルプルギョロリと目玉が踊ってよく分からない向こう側が透けて見える理解できない何かがこっちを見て 「あれ?」 「主殿、気が付かれたか」 「……あれ? なに? 何か……」 気が付くとベッドに寝ていた、何とか起き上がり部屋を見回す。 『あれ』が居ない、その事にほっと安堵する。 ……『あれ』? 『あれ』って何? 「ショゴスで逸るとは思いもしなかった、申し訳ない」 「しょごす?」 「主殿が見た不定形生物だ、小さな狂気を孕んでいたが……予想以上に耐性が低かったようだ」 ばつが悪そうな表情の九朔。 狂気? 耐性? 「『あれ』、一体何なのよ。 なにか、よく分からない……」 気分が悪くて大きな声が出せない。 何かよく分からない、分かっちゃいけない。 上手く考えられない、なにこれ。 「人間ではない『古のもの』が作り出し使役していた奉仕種族、無論自然発生した生き物ではない」 「……あれなに? しょごす? ショご……、ショゴスね。 なにか、言葉にしにくいわ……」 「これが魔術の本質、理解できない物を理解し、人が通るべきではない道を通る、故に外道と呼ぶ」 「あんなのが一杯あるわけ?」 「あれは最も優しいものだ、深くなればなるほど狂気が満ちる。 もし間違って神柱にでも触れれば、一瞬で魂が犯されるだろう」 あれで優しい? これ以上ってのが全然想像できない……。 「プライドは鎧じゃないわ、ただの虚勢に過ぎない。 むき出しの魂を叩かれて平気な人間なんて居ないわ」 ベッドに寝たまま、背を向けて紅い方が言う。 「この世界は怪異が少ないのであろう、防禦を怠っても仕方が無い」 「良いことよねぇ、誰であろうと幾らでも覗き見ることが出来るしぃ、幾らでも仕込む事が出来るわねぇ……」 「紅朔、よもや……」 血を媒介にした『枝』。 紅朔が望む時に人を操る『枝』。 魔術的防禦所か、簡単な精神防壁すら薄いこの世界の住人。 『枝』が付けられた人間に、ほんの少し魔力を流すだけで簡単に人が堕ちる。 最強と名高い魔導書ネクロノミコン、その原書である『キタヴ・アル・アジフ』直下の写本であるダイジュウジクザクならば容易い。 「まだ付けてないわよぉ」 「知られぬからと言って無闇に覗くべきではない」 「情報はとても大切よ?」 「知られたくないものもあるだろうに、情報の取捨選択を徹底すればよかろう」 応えずひらひらと手を振る紅朔。 「はぁ……、全く。 主殿、少なくとも魔法は魔術より安全である事には違いない、好奇心で手を出すと必ずや痛い目に合う」 「……身に染みたわよ」 九朔が言う通り好奇心でどのような物か聞いた結果が前後不覚。 そんな危ない物に懲りず手を出すほど馬鹿ではなかったルイズ。 「……問題はどうやったら私が魔法を使えるかって事よ、あんたが虚無かもしれないって言ったんだから責任持ちなさいよね」 「確かにそうではあるが、実際問題呪文が記されている可能性がある祈祷書。 それを手に入れる可能性は我が動くより、主殿が行動したほうが手に入れやすいと思うのだが」 「姫様に『始祖の祈祷書ください』って言っても貰える訳ないじゃない!」 「ならば如何様に? 我に盗んで来いと?」 「……うーん」 「可能性を提示したからって、律儀に付き合う必要ないんじゃなあい?」 「しかし……」 「可能性は『可能性』、確率であって『確立』じゃなぁい。 実はこのピンクブロンドが虚無と言うのは嘘で、ただ弄んでいるだけだったらーって、ねぇ?」 ベッドから浮き上がりつつ、紅朔が哂う。 「は? なにそれ!?」 「いきなり怒鳴ってどうしたの? あるじどのは私たちの話を信じたんじゃなかったの?」 「っ! あんたが言うとイラつくのよ!」 「あらあら、騎士殿だけは信じるのね」 「うるさい! あんたはいい加減口を閉じてなさいよ!」 「こわいこわぁーい、魔法が使えない子はすぐ怒っていやぁねぇ」 「くっぬぅ!」 紅朔の軽い挑発にすぐ乗り、怒りに任せて杖をとるルイズ。 そんな様子を見て紅朔はキャハハと哂いながら飛び、窓から出て行く。 「主殿、制御が上手く出来ぬのであるから……」 「ファイアー・ボール! エア・カッター! 当たれ! 当たれ!」 追いかけるように窓枠に手を掛け、ルイズは数撃ちゃ当たると言わんばかりに杖を振る。 狙ってはいるものの全く狙う場所ばかり、つまり紅朔にかすりもしない。 あまつさえ学院の壁やら地面で爆発が起こっていた。 「……煽るなと申したのに」 窓の外から聞こえてくる爆発音と笑い声、それを耳に入れながらため息を付いた。 強大な怪異よりも、ルイズや紅朔を相手にするほうが精神的に疲れる九朔であった。 前ページ次ページ汝等、虚無の使い魔なり!
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1744.html
本塔と火の塔の間にある一画、そこに私とルイズ、そしてようやく完全に落ち着いたコルベールが立っている。そしてそろいもそろってある一つの建物を見ていた。 「ここが私の研究室だ」 「…………研究室?」 「ささ、中に入りたまえ。遠慮することはない」 コルベール曰く『研究室』。しかし私が見るにこれはただの草臥れたボロ屋だぞ。 ルイズも私と同じようなことを思っているのか少し顔を顰め呆れ顔でコルベールを見ている。無理も無いが。 「初めは、自分の居室で研究をしておったのだが、なに、研究に騒音と異臭はつきものでな。すぐに隣室の連中から苦情が入った」 当たり前だ。研究云々の前に常識を考えろ。 ドアを開き中に入っていくコルベールのあとについていきながら心の中で毒づく。 そして小屋の中に入ると辺りを確認するしない以前に、 「うっ!?」 あまりにも嗅ぎなれない異臭に鼻元を押さえ立ち止まる。なんて臭いだ。別に臭いとは思わないが妙に鼻をつく。 「なにこの臭い!?」 最後に入ってきたルイズは甲高い声を上げ鼻をつまんだ。私でも鼻に臭いが入らないように手で押さえてるんだ。当然の反応だな。むしろこの臭いが平気なら引くぞ。 しかしこんなところにデルフを持ってくるんじゃなかった。臭いがついたらどうしようか。 「なあに、臭いはすぐに慣れる。しかし、ご婦人方にはなれるということはないらしく、この通り私は独身である」 そんなもん聞いてねえよ!というかお前が独身なのは当たり前だ!こんなので女が近寄ってくるとでも思ってんのか! しかし、コルベールはそれを気にした様子もなく椅子に腰掛ける。そして手に持っていた壷の臭いを嗅ぎ始めた。 壷の中に入っているのはゼロ戦の燃料だ。ゼロ戦の燃料タンクの底にわずかにこびりついていたものを採取したのだ。 私とがここまで来た理由はコルベールが疑問に思ったことを答え、機嫌を取りゼロ戦の燃料を作らせるためだ。 さっきの様子から見て。コルベールなら機嫌を取らなくても嬉々としてやるだろうが、万が一途中で投げ出すなんてことも無いとは言い切れないからな。 そんなわけで、コルベールの研究室までついてきたのだ。いきなり自分の研究室で話そうとか言い始めたからな。 ルイズがついてきている理由はわからない。その場の乗りか、それともコルベールの研究室に興味が沸いたのか。まあ、どうでもいいけどな。 「ふむ……、嗅いだことのない臭いだ。温めなくてもこのような臭いを発するとは……、随分と気化しやすいのだな。 これは、爆発したときの力は相当なものだろう」 コルベールはそういいながら羊皮紙になにやらメモをし始める。 しかし、なんだかんだ言ってもさすが科学を研究している男だ。臭いを嗅いだだけでそこまでわかるとは。もしかしたら私が知らないだけかもしれないが。 それにしてもあの燃料何十年も前のものなんだよな。大丈夫なのか?普通なら化学変化を起こしていると思うんだが…… しかし、見た目は変化している様子はなかった。臭いもそうだ。燃料系の独特の臭いがした。特に変わった様子は見られなかった。 おかしくないか?何十年も前のものだぞ?化学変化していて当然じゃないか? そういえば、ゼロ戦には『固定化』の呪文がかけられていたんだったな。つまり魔法がかかっていたわけだ。 その『固定化』の呪文で燃料の科学変化が防がれたのか?これが一番可能性が高いな。やっぱり魔法って物理法則に反してるな。つくづくそう思う。 「これと同じ油を作れば、あの『セントウキ』とやらは飛ぶのだな?」 「はい、もちろんです。特に故障箇所も見られませんので燃料さえあれば飛ぶはずです」 「おもしろい!調合は大変だが、やってみよう!」 勝った……計画通り。…………って違う!私はこんなキャラじゃないだろう。またキラ違いな気がしたぞ。というかキラ違いってなんだ! 頭を振り払いそんな考えを頭から追い出そうとする。 クソッ!きっとのこの臭いで頭が少しおかしくなったんだ。早いとこここから出たいもんだ。 「きみは、ヨシカゲくんとか言ったかね」 不意にコルベールが何か意味不明な作業をしながら私に聞いてくる。 「ええ、そうですが」 「きみの故郷では『セントウキ』で空を飛ぶことは普通なのかね?」 「まあ、ある程度普及しつつはあります」 もちろん嘘だ。戦闘機で空を飛ぶのが普通なわけが無いだろう。飛行機で飛ぶのは普通だがな。 「素晴らしい。エルフの治める東方の地は、なるほど全ての技術がハルケギニアのそれを上回っているようだな」 「はっきり言ってしまえばそうですね。私たちの国から見ればこの国は随分技術の発達が遅れています。魔法の頼りすぎでしょう」 「そういえばヨシカゲの国って貴族もいないしメイジもいないんだったわね」 コルベールと話していると、突然ルイズが話しに入ってきた。 「それは本当かね?」 ルイズの言葉にコルベールは驚いたような顔をする。 ちっ!ルイズめ、余計なことを喋りやがって。極力喋りたくないというのに。仕方が無い。 「ええ。その通りです。そして私たちの国は魔法が使えない代わりに技術で国を発達させました」 「なるほど、ますますおもしろい」 は?おもしろい?一体どこがおもしろいというんだ。変人の考えは理解できん。普通驚きはすれどおもしろいなんて思わないと思うが。 「さっききみは言ったね。この国は魔法に頼りすぎたと」 あきれ半分でいると、コルベールが突然何時にも増して真剣な声で呟く。 「その通りだ。そしてトリステインだけではない。 ハルケギニアの貴族全体が、魔法をただの道具……、何も考えずに使っている箒のような、使い勝手のよい道具ぐらいにしかとらえておらぬ。私はそうは思わない。 魔法は使いようで顔色を変える。従って伝統にこだわらず、様々な使い方を試みるべきだ」 コルベールが私の目を射抜くかのように見詰めてくる。 「それが私の……、変わり者だ、変人だ、などと呼ばれようと、嫁がこなくとも、貫くべき私の信念だ!嫁がこなくてもね」 いや、その信念は立派だが、嫁がどうのこうのは明らかの余計だろ。色々台無しだ。というか強調するぐらいだから結婚したいのか? 「ヨシカゲくん、きみの知識は私に新たな発見を、私の魔法の研究に、新たな1ページを付け加えてくれるだろう!だからヨシカゲくん。 困ったことがあったら、なんでも相談したまえ。この炎蛇のコルベール、いつでも力になるぞ」 ああ、せいぜい利用させてもらうよ。 コルベールの曰く『研究室』、私曰く『草臥れたボロ屋』から退出し、私とルイズは自分たちの部屋に帰ってきていた。 「先生、気合が入ってたわね」 ルイズが旅の荷物を整理しながら私に話しかけてくる。 「そうだな」 ルイズはワインを暫らく見詰めていたがやがてしまう。そして古く大きな本を取り出した。始祖の祈祷書だ。 そして『水』のルビーを指に嵌める。 「ねえヨシカゲ」 「なんだ?」 「旅行、楽しかったわね」 「……そうだな」 ルイズが始祖の祈祷書を開く。そういえば詔は考えられたのだろうか?あの夕食のとき、ルイズは最高の詔を考えられると言っていたが。 「ヨシカゲ」 「……なんだ」 さっきからなんなんだ?ルイズの瞳を見詰める。ルイズはこちらを向いてはいない。目は始祖の祈祷書に釘付けだ。 しかし、その瞳には、何か悩みのようなものを秘めている。おそらく、ルイズは何か私に言いたいことがあるのだろう。 それを今、話すべきかそうでないかを迷っている。私の予想としては、あの草原でのことなんじゃないかと思っている。 きっとルイズはあそこであった真相を知っているはずだからな。 「……………………」 「……………………」 喋るなら早く喋れ。じれったい。 「……………………指の治療にでも行ったほうがいいわよ。もしかしたら手遅れになるかも」 「……………………マジで?」 こうして指の治療を受けに入った私は、思わぬ再開をすることになる。 語ることはない。しいて言うのなら、苦かった、とだけ言っておこう。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8835.html
前ページ次ページThe Legendary Dark Zero スパーダ達が魔法学院へと帰還してから三日後、正式にアンリエッタ王女とアルブレヒト三世皇帝との婚姻が発表された。 式は一ヵ月後に行われる運びとなり、それに先立ちトリステイン王国と帝政ゲルマニアとの軍事同盟が締結されることとなる。 同時に王党派の倒れたアルビオンにおいて新政府樹立の公布がなされたのはその翌日であった。 両国間には緊張が走ったもののアルビオンは自ら特使を派遣し不可侵条約締結の打診してきたため、協議の結果難なくそれは受け入れられた。 何しろトリステイン、ゲルマニアはいくら軍事同盟を結んだとはいえ未だ軍備の整わない状況であり、おまけに内戦が終わったばかりでもアルビオンの空軍艦隊に対しては対抗しきれないのである。 よって、その協定はトリステイン、ゲルマニア両国にとっては願ってもない申し出であった。 こうして、ハルケギニアには表面上は平和が訪れたのである。 ……そう、上辺だけの平和が。 ハルケギニアの裏側で暗躍し、この世界を狙う異世界の住人達の思惑に気づき、知る者はあまりにも少なかった。 アンリエッタ王女とアルブレヒト三世皇帝の婚姻が発表された翌日、王宮より学院長オスマンの所へ一冊の本が届けられていた。 古びた革の装丁がなされた表紙は触れただけでも破れてしまいそうにボロボロであり、中のページも色あせてしまっている。 本を訝しそうに眺めながら髭をいじるオスマン。ページは開けど開けど、どこも真っ白であった。 「始祖の祈祷書、かぁ……」 大きなため息を一つ吐き、オスマンは椅子に深くもたれかかった。 その本は6000年前、始祖ブリミルが神に祈りを捧げた際に読み上げた呪文が記されている、という伝承が残っている伝説の品であった。 オスマンもそれくらいのことは知っていた。だが……。 「いくらまがい物だからといって、これはあんまりじゃのぅ……。文字さえ書かれておらんじゃないか」 古今東西、そうした伝説の品には必ずまがい物が出回るものである。 本来ならばこの世に一冊しかないはずのその品は6000年という年月を経て何故か、ハルケギニア中に存在するようになったのだ。 各国の貴族や教会、寺院など、どこも自分の持つものこそが本物だと抜かしている。本物だろうが偽物だろうが、それらを全て掻き集めれば図書館さえできると言われている。 オスマンは頭を痛めた。偽物であることすら放棄したこんな品を王室が大事に保管しているとは……。 「なぁ、ミス・ロングビル? 君だったらどうするね? これを手に入れたりしたら」 相変わらず自分の机で淡々と仕事を続けるロングビルに声をかける。 彼女はそんな秘法などに興味はなかったのであった。 だが、オスマンは〝土くれのフーケ〟であった彼女ならばそのような触れ込みの品をどのように扱うのかが気になった。 「そうですね。鼻紙にもならないでしょうから、私のゴーレムで跡形も残らず破いてしまいますわ」 「怖いことを言うのぉ……」 だが、オスマンもこんなインチキ染みた本は思わず破いてしまいたくなるほどに馬鹿馬鹿しいと感じていた。 もっともこんな物でさえ国宝である以上、そんなことはできないのだが。 そんな時、部屋の扉がコンコン、とノックされる音が響く。同時に「失礼します」という少女の声も聞こえてくる。 席を立ったロングビルが扉を開けると、そこには学院の生徒であるルイズの姿があった。 扉の前で立っているルイズを確認したオスマンは頷き、ルイズはロングビルに部屋の中へと通された。 「旅の疲れは癒せたかな? 色々と辛かったであろうが、君達の活躍で同盟は無事に締結されたのじゃ。胸を張りなさい」 優しい声でオスマンは机の前に立つルイズの労をねぎらってきた。 その言葉にルイズの心はちっとも晴れやかにはなれなかった。だが、学院長がせっかくねぎらってくれているのだから、ルイズは無理に笑みを浮かべて一礼する。 同盟を結ぶということは即ち、幼馴染のアンリエッタが政治の道具として愛してもいない男などと結婚することを意味するのだ。 あの時、アンリエッタが浮かべた切ない笑みを思い出すとルイズも悲しくなり、胸が締め付けられる。 オスマンはしばらくルイズを見つめていたが、やがて先ほどの〝始祖の祈祷書〟を差し出していた。 「これは?」 「うむ。始祖の祈祷書じゃ」 ルイズは怪訝な顔でその本を見つめる。 国宝であるはずの〝始祖の祈祷書〟。その名前はルイズとて知っている。だが、何故その書物がこんな所にあるのかルイズは疑問に思った。 「トリステイン王家の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。 選ばれた巫女はこの始祖の祈祷書を手に、式の詔を読み上げる習わしになっておる」 「は、はあ」 「そして姫様は、その巫女にミス・ヴァリエール、君を指名してきたのじゃよ」 「姫様が……わたしを、ですか?」 「その通りじゃ。巫女は式の前より、この始祖の祈祷書を肌身離さず持ち歩き、読み上げる詔を考えねばならぬ」 「……へ? わ、わたしが考えるんですか!?」 いかにルイズでも宮中の習わしや作法などに詳しくなかったので驚いてしまった。 「まあ、大まかな草案は宮廷の連中が推敲するじゃろうがな。伝統と言うのは面倒なもんじゃのう。だがな、姫はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。 これは大変に名誉なことじゃぞ。王族の式に立会い、詔を読み上げるなど一生に一度あるかないかじゃ」 それを聞いて、ルイズの表情は真摯な態度へと変化していった。 アンリエッタは幼馴染である自分を式の巫女として自分を選んでくれたのだ。ならば、その思いに応えなければならない。 「分かりました。謹んで拝命いたします」 始祖の祈祷書はミス・ロングビルの手を経由して、ルイズの手に渡された。およそ300ページもあるボロボロの本はとても軽かった。 「うむ、頼むよ。姫様も喜ぶじゃろうて」 快く引き受けてくれたルイズを見つめ、オスマンはにこやかに頷いていた。 「時にミス・ロングビル」 「なんでしょうか?」 ルイズが退室した後、仕事に戻り始めたロングビルにオスマンが話しかける。 「君の年齢はいくつだったかね?」 「……」 いきなり何を言い出すのだ、このジジイは。ロングビルは微かに顔を引き攣らせた。 「……23ですが。それが何か?」 「ふぅむ。姫様は17で結婚じゃが、君はその歳でまだかぁ。婚期を逃すと色々と苦労するもんじゃな」 そこまで言った所で、ロングビルは冷たい表情のまま杖を手にしようとする。 「で、どうなのじゃ? その後は」 いつものように念力で本を投げつけてやろうかと思ったのだが、その言葉に手がピタリと止まった。 「何がです?」 「何じゃ。その様子ではまだまだか。難儀じゃのう」 一体、何の話をしているのかロングビルは分からず、顔を顰めていた。 「スパーダ君との進展はあれから何もないのか」 「……っ」 彼の名前が出た途端、ロングビルの頬は仄かに赤く染まった。 「彼が悪魔だからって躊躇う必要なんかないと思うぞい? まあ、彼自身はあまりそういう色恋沙汰には興味なさそうな気もするが、ぶつかり続ければ振り向いてくれるかもしれん」 ロングビルは何も答えられなかった。 スパーダはロングビルにとってかけがえの無い恩人だ。彼はこれまで何度となく彼女に救いの手を差し伸べてくれた上、大切な身内まで救ってくれた。 悪魔は本来、人間を甘言によって堕落させその命と魂を食らう存在だという。 思えば前に〝土くれのフーケ〟として、破壊の箱……パンドラという魔界の兵器の危険性を伝えようとしていた時の彼の態度は悪魔そのものであったと言える。 あの口から出ていたのが人間を堕落させるための言葉ではなかったというだけという話だ。あの時の彼が纏っていた恐ろしい雰囲気は今でも忘れられない。 正義に目覚め、人間を見守っているとはいえスパーダの悪魔としての本質は何も失われていないということだ。 しかも何千年という年月を生きているためか、極めて話術に優れている。悪魔らしく相手をいたぶるあの話術にロングビルは見事に嵌ってしまった。 もしもスパーダが人間を堕落させるための言葉を口にしたら、きっと何者であろうと抗うことなどできはしないだろう。 普段はあんなにも無口だというのに、その気になれば雄弁に語って人間を手玉に取ってしまうのだ。 (私ともあろうものが、お笑いだね) だが、スパーダははどの人間に対しても一定の距離を取ろうとしているのはこれまで彼と関わることで察していた。 そんなスパーダが自分なんかに振り向いてくれるとは思えない。 「何じゃい。弱気になるとは君らしくもない。相手が悪魔だろうと当たって砕けるくらいの意気は見せんと、彼は見向きもしてくれんぞ? そんな風じゃから、婚期を逃すんじゃぞい!」 珍しく沈んでいるロングビルを見かねてか、オスマンは熱く語りながら叱咤した。 最後に余計なことを言ってくれたため、今度はロングビルもしっかりと杖を振るって本を投げつけていた。 その日のスパーダはあまり人の立ち寄らないヴェストリ広場の隅に置かれているベンチに腰掛けていた。 午前中はこの三日間と同じように図書館に入り浸って調べ物をしていたのだが、まるで進展がない状況なのだ。 悪魔達は頻繁にこの世界に現れている以上、そうした文献か何かがあっても良いはずなのだが一文たりともそのような物が記されている本はなかったのである。 仕方が無いので、スパーダは当事者と思われる奴から話を聞くことにしたのだった。 スパーダは体内から篭手のデルフを引っ張り出すと、それを自分の隣に置く。 「いつまでそうしている気だ」 デルフはずっとスパーダに怯えている様子であり、いい加減に機嫌を良くしてもらわなければ困るために厳しく呼びかける。 こいつからは聞きたいことが山とあるのだから。 「なっ、何だよ相棒。……俺ぁ、怖いんだよ。ヴァリヤーグだなんて恐ろしい奴が相棒になっちまったんだからな……。悪い奴じゃねえことは分かるんだが」 「ヴァリヤーグとは何のことだ。……お前が知っていることを話してもらおうか」 このインテリジェンスソードであった精霊は明らかに悪魔達と関わりがあるらしい。 残念ながらデルフは肉体を持つ生物ではないため、時空神像の記憶から引き出すことはできない。よって、直接聞き出すしかないのだ。 「……分かったよ。しかし、その前に聞きたいことがある。相棒は始祖ブリミルやその宗教についてどれくらいのことを知っているね?」 「私は悪魔だ。そんなまやかしには興味がないが……基本的な話ならば調べてはある」 今回の調査の過程で始祖ブリミルの話について載っている本もいくつか読んでいたため、知りたくもない話までスパーダは知ることになった。 「強大な虚無の魔法を操り、私のこのルーン以外に三人の使い魔が共にいたそうだ。そして、そのブリミルらが聖地という場所を目指していたが、 先住魔法を操る砂漠のエルフとやらに阻まれて辿り着けなかった、と。ブリミル教徒の目的はその聖地とやらを奪還することらしいがな」 もっとも、数百年前にエルフと戦争を行ってから現在は膠着状態にあるらしく、あまり積極的に聖地を奪還する気がないように見えるが。 その聖地とやらに何があるというのだろうか。単なる領土争いとも違うような気もする。 「基本はしっかり押さえてやがるな。……ここだけの話だが聞いて驚くなよ。俺は6000年前、その始祖ブリミルと会ったことがあるのさ。 しかも、ブリミルが従えていた初代のガンダールヴがこの俺っちを握っていたのさ! すげえだろ!」 何故か自慢そうに話すデルフであったが、スパーダはあまり興味がなさそうな様子で頷いただけであった。 「……ま、今となっちゃあ神様扱いされてるブリミルだがよ、実の所そこらのメイジと対して変わんなかったね。 ニンニクが嫌いで食べられなかったし、俺を握っていた初代のガンダールヴを相手によく新しく編み出した魔法の実験を行なっては文句を言われるわ、鉄建制裁をおみまいされたりしてたもんなぁ」 昔を思い出しながら、デルフは揚々と語った。 その初代ガンダールヴは女性であったということは覚えているのだが、他はよく思い出せない。 ただ、その女性は人間ではなかったということは確かなのだが……。まあ、別にいいか。 「……で、だ。ある時、ブリミルは空間に穴を開けて別の空間同士を繋げるっていう魔法の実験を行なっていたんだ。実験そのものは成功だった。……けど、繋げた場所が悪かった」 深刻そうな口調で呟くデルフの話に、スパーダも真剣に耳を傾けていた。 「そこはこの世のものとも思えねえ、恐ろしい場所だったぜ。あれが地獄って奴なんだろうなぁ……。そこかしこに吸っただけで参っちまいそうな瘴気が漂っているわ、 見たこともない化け物達が互いを殺し合って喰らうわで、とんでもねえ所だった。おまけにそこは戦争の真っ最中だったらしくてな。 ははっ……人間同士やエルフとの戦争がまるで子供の喧嘩みたいに思えるほど凄まじかったぜ」 6000年前、スパーダはまだ魔剣士と呼ばれるほどの力は有していなかったどころか、どこの勢力にも属してはいなかった。過酷な魔界で生き残るのは相当辛いことだが、戦乱の最中にあればなおさらである。 当時は〝魔王〟と呼ばれていたムンドゥス、〝覇王〟アルゴサクス、〝羅王〟アビゲイルの三大勢力が中心となって戦乱が続いている状態だったはずだ。 「つまり、ブリミルとやらが魔法で繋いでしまった場所が魔界だったわけか」 「そういうことさ。その地獄みてえな場所からブリミルはすぐに戻ってきたんだが、魔界の連中はそのゲートを通ってこっち側になだれ込んできやがった。 ブリミル達はそいつらを〝ヴァリヤーグ〟と呼んで迎え撃ったのさ。相棒も何度か相手にしていた小物ばっかだったんだが、ブリミルも奴らには手を焼いたもんだよ。 俺もガンダールヴに振るわれて奴らを叩き斬っていたが……奴らほど斬って気分が悪くなるようなものは他にいねえ……」 デルフは声を震わせつつも己が体験したことを語っていた。 その声は怯えている証拠だ。事実、デルフが喋る度に金具が微かにカチカチと音を立てているのが分かる。 「で、最終的に魔界の連中を何とか全滅させたんだが、奴らがなだれ込んできた影響で魔界とこの世界を繋ぐゲートは拡げられちまった。 そうなっちゃあ、いくらブリミルでも完全に閉じることはできねえ。仕方なく、閉じられるだけ閉じてゲートのある場所を封印した」 「……この世界が我が主達に侵攻されなかったのは不幸中の幸いだったな」 「ああ。あんな雑魚じゃなくて、相棒みてえな強い悪魔が現われでもすれば、いくらブリミル達でも勝てなかっただろうな。本当、運が良かったぜ」 当時の魔界は三大勢力が覇権を争い合う戦乱の時代だ。他の異世界など気にかけている余裕はなかったのだ。 ……しかし、魔界のどこにブリミルは入り口を開いてしまったのだろうか。 ブリミルという奴が偶然、魔界の入り口を開いてしまったとしても6000年間、魔界と決別する前のスパーダはおろか魔帝ムンドゥスでさえ存在に気づかなかったのだ。 逆に力の弱い下級悪魔や魔界の魔物ばかりがハルケギニアに姿を現したということは、よほど辺境の領域にブリミルは出入り口を作ったのか。 何にせよゲートが未だに存在していることで、魔界とハルケギニアの次元の境界が薄くなっていることは確かだろう。 そのためにブリミルが残したゲートを通らずとも、悪魔達はこの世界を行き来することができるのだ。 「そのゲートとやらがどこにあるのか、覚えているか」 「悪いな。さすがにそこまでは覚えちゃいねえ。ただ、東の方だったってことだけは微かに覚えてるんだがな……」 「……まあいい。礼を言うぞ」 「いいってことよ!」 文献などによると、ブリミル教徒の目指す聖地とやらが東にあるという話だ。もしかしたらその聖地にゲートがある可能性がある。 だが、もしも聖地に魔界へのゲートが存在するのだとしたら、教徒達は何故ブリミルが封印した場所を目指すのか。 確か、聖地はブリミルが降臨した土地だという風に伝えられているということだが。 (どこもやることは同じだな) 宗教というものは大抵、真実が伝えられることは少ない。信者達を都合よく操るために虚構を作り上げるのがほとんどだ。 大方、宗教を後世へ伝えた者達がその事実を歪め、捻じ曲げてしまったのだろう。 「しっかし、その悪魔がガンダールヴになっちまうとはなぁ。さすがにブリミルも悪魔を使い魔にするなんて想定していなかったし、使い魔のルーンが効かないのも分かるぜ」 もっとも、たとえスパーダが悪魔でなかったとしてもルーンに己の魂を捧げることなど決してあり得ないが。 「ところで、この間相棒の中に新しい奴が入り込んできたようだがあいつはこれからどうする気だい」 「それはこれから次第だ」 ゲリュオンの力は空間に干渉して制御することだ。その力を借りてこれからの悪魔達との戦いに使うのも良いが……そのまま本体ごと呼び出して移動に使うのもいいだろう。 「俺っちももっと使ってくれよ。この際、篭手でも構わねえからさ。ずっと押し込まれたままじゃ退屈でしょうがねえ」 「考えておく」 懇願するデルフに生返事で答えると、不意に誰かに声をかけられる。 「あの、スパーダさん?」 顔を向けると、そこには学院のメイドであるシエスタの姿があった。 モット伯の屋敷から連れ出した件以来、どこかスパーダに対して躊躇いがちな態度になっていた彼女であったが、今日は珍しく自分からスパーダに声をかけていた。 「何をしてらっしゃるんですか?」 「相棒はこの俺を相手に談義に花を咲かせていたのさ。メイドのお嬢ちゃん」 「きゃっ! 何ですか、今の声は!」 どこからともなくスパーダ以外の男の声が聞こえてきて、シエスタは驚いた。危うく手にしていたトレーの上の物を落としそうになる。 「気にするな。それで何の用だ」 スパーダはトレーの上に乗っている物に目がいった。 ワイングラスの上に盛られたアイスクリーム、さらにホイップやいちごの果肉、シロップで彩られているそれは……。 紛れも無い、ストロベリーサンデーだった。 「は、はい。あの、実はトリスタニアにいる親戚からスパーダさんのことをお聞きしまして」 そういえばシエスタはジェシカの従姉妹だったことをスパーダは思い出す。 「それで、スパーダさんがこちらのデザートが好物だとお聞きしたんです。それで今日はそれをご馳走になってもらおうと思って。……あの、よろしければ食べてもらえます?」 「うむ」 即答したスパーダはトレーに手を伸ばし、サンデーが盛られたグラスとスプーンを手にする。 元々、ジェシカが作ったサンデーはこのシエスタが直伝したということだが、果たして。 シエスタはトレーを抱えたままもじもじしつつ、スパーダの返答に緊張している。 「悪くはない」 スプーンで一口を運んだスパーダは感嘆と頷いていた。 ジェシカが作ったものより少し味が薄いが、どちらかというとあちらは味が濃かったのでこちらの方が良い。 「そうですか。良かった!」 心を込めて一生懸命作ったデザートが気に入ってもらえて、シエスタの顔はパッと明るく輝いた。 あの日以来、シエスタはスパーダのことが頭から離れなくて仕方が無かった。スパーダのことを考えると、胸が熱くなる。 何しろ、スパーダは悪魔の血を引くシエスタを人間として認めてくれたのだ。……あの時、彼が口にした言葉が忘れられない。 ――Devils Never Cry.(悪魔は泣かない) 身分違いであることは分かっている。だが、それでもシエスタはスパーダにもっと認めてもらうべくこうして彼をもてなすことにしたのだ。 「相棒が甘党だったとはなぁ。意外だね」 「……ひょっとして、この篭手が喋ってるんですか? 変わってますね」 シエスタはベンチの上に置かれている変わった形の篭手に目を丸くした。 「おうよ。デルフリンガーっていうんだ。デルフって呼んでくれな」 「はい。よろしくお願いします、デルフさん」 スパーダは黙々とサンデーを食していたが、シエスタはそんな彼の姿を目にして嘆息を吐いた。 「スパーダさんが甘い物が好きだなんて、意外でしたね。こうしていると、この間の時のことが嘘みたいです」 「何のことだ」 「ほら、学院に大きな馬が入り込んできた時のことです。わたしもあれを見ていたんですよ。本当に緊張しました」 シエスタはあの時、ゲリュオンが学院に侵入した時に平民の給仕達はおろか貴族達よりも早くその存在を感じ取っていたのだ。 胸騒ぎがすると思って来てみたら、巨大な蒼い馬がタバサを追い回しているのだから驚いた。 そして、スパーダがあの馬を叩きのめしてしまうと、その姿に感服すると同時に何故か畏怖も感じてしまったのである。 目覚めてしまった悪魔の血と本能が、シエスタにこれまでにない感覚を与えていたのであった。 「親戚から話を聞いたんですけど、トリスタニアで悪い貴族を懲らしめたりもしたんですよね。 結構、話題になっているそうですよ。異国から来た貴族の剣豪がメイジを叩きのめしたって。スパーダさんには本当に感服しますよ」 あまり目立つようなことはしたくなかったのだが、あれは少々やりすぎたとスパーダは反省している。おかげでトリステインの宮廷に目を付けられることとなったのだ。 「美味かった。礼を言う」 サンデーを完食したスパーダは空のグラスとスプーンをシエスタに返すと、デルフを手に立ちあがる。 「またいつでもおっしゃってくださいね。スパーダさんのためだったら、何杯でも作ってあげますから」 「うむ」 ふと、スパーダはシエスタを見下ろしその顔をじっと見つめた。 シエスタはスパーダにこうもはっきりと視線を向けられて顔を赤く染めると同時に、睨まれているために少し怖く感じていた。 「……君の曽祖父のことだが」 「え、ええ? 曾おじいちゃんですか?」 いきなり予想していなかった話を振られてシエスタは慌てた。 曽祖父が心優しい悪魔であったとしても、もうシエスタは何も気にしないことにしていたのだ。曾おじいちゃんは曾おじいちゃん、それだけで充分である。 「何か村に残しているものはないのか」 彼女の曽祖父である中級悪魔のブラッドがタルブという村に現れたということは、その周辺にも何か手がかりがあるのではとスパーダは睨んでいるのである。 情報があまりにも少ない以上、些細なことであっても知っておくべきなのだ。 「うーん……聞いたことはないですね。ただ、曾おじいちゃんがいなくなってから少しして、村の近くの森で変な物が見つかったってことくらいしか……」 「変な物?」 その言葉にスパーダは微かに顔を顰める。 「はい。何の変哲もない大きな石版なんですけどね。村の人達はその石版が珍しいからって、拝みに行く人もいるんですよ。〝聖碑〟なんて名前を付けちゃったりして」 (聖碑、か……) ブラッドが村を去ってから見つかったという謎の石版……。それが一体、何なのかが気になる。 深刻そうな顔で俯き考え込むスパーダに対し、シエスタは何かを思いついたように顔を明るくさせた。 「そうだ! 今度、アンリエッタ姫殿下がご結婚なさりますよね。それでその一週間前に学院の給仕達もみんなお休みがもらえることになったんです。 わたしも帰郷するんですけれど、もしよろしければその時にわたしの村にいらっしゃいませんか?」 「……そうだな。では、その時になったら案内してもらおう」 シエスタは、まさかスパーダが即答で平民である自分の招待に応じてくれるとは思いもしなかったために驚いたが、それでも嬉しくなった。 「はい! よろしくお願いします!」 満面の笑みを浮かべて、深く一礼をしていた。 その日の夜、夕食を終えたスパーダとルイズは互いに寮の部屋へと戻ってきていた。 スパーダは図書館より拝借してきた本を手に椅子に腰掛け、ルイズはベッドの上で正座をしたまま始祖の祈祷書を開いている。 ルイズは白紙のページをじっと眺めながら式に相応しい詔を考え込んでいた。 「う~ん……」 ……が、元々ルイズはあまり文章を作ったりするのが苦手であり、事実魔法以外の授業で作文を書くという時には良い文が思い浮かばずに困っていたものである。 魔法はできなくとも座学だけは誰にも負けないルイズであったが、唯一の苦手な科目であるそれもまた悩みの種であった。 昼に祈祷書を受け取り、暇さえあれば詔を考えるのだが……未だ一文たりとも思い浮かばない。 ちらりと、ルイズはスパーダの方を見やった。 「ねぇ、スパーダ。姫様の結婚式が今度行なわれることは知っているわよね」 「ゲルマニアの皇帝とやらが相手だそうだな」 無関心な様子でスパーダは答えていた。手にする本から目を離さない。 その冷淡な態度が少しカチンとくるが、ルイズは話を続けた。 「それでね、姫様はあたしをその結婚式で詔を読み上げる巫女に選んでくれたの。でも、良い詔が浮かばないのよ……。一応、詩のような表現をすれば良いんだけど。 スパーダは人間の社会を何百年も見てきたんでしょう? 何か良い詩とか知らない?」 「私は詩人ではない。あまりそういうのも興味がなかったのでな。悪いが力にはなれん」 伝説の悪魔の知識と経験に少し期待していたルイズは不満そうに頬を膨らませる。 剣豪として剣を振るう時や威厳ある貴族として振舞う時などはとても頼りになるというのに。 いくらスパーダが人間社会を何百年と見てきたとはいえ、彼自身が興味を示さずに見聞や体験をしていない事柄に関しては全く頼りにすることはできないとは。 「娘っ子。第一、そういったことは大抵、宮廷の貴族達が内容を手直しをすると思うぞ。下手すっと、娘っ子が考えたのなんて跡形も残らないぜ?」 テーブルの上に置かれている篭手のデルフが口を挟んできた。 「そうだろうけど、一応伝統なんだからあたしもちゃんと考えなきゃならないのよ」 「まあ、あまり真剣になりすぎるこたあないと思うがね」 他人事のようにけらけらと笑うデルフの態度がムカつき、ルイズはテーブルの上の篭手を睨みつけた。 「姫様は幼馴染のあたしとの友情を思って、巫女の大役をくださったのよ。その思いに応えるためにもあたしもちゃんと考えなきゃならないの!」 「では何故、素直に王女を祝福しない」 唐突にスパーダが口にした言葉に、ルイズは息を呑んだ。 「そのような大役を与えられたにも関わらず、君はあまり王女の結婚を喜んでいるようには感じられんが」 悪魔は人間のあらゆる面を観察することで、その心に秘めている思いを看破するという。 スパーダの指摘に、ルイズは悲しそうな顔を浮かべて呟きだした。 「だって、姫様は本当は政略結婚なんて望んでいないのよ? ウェールズ殿下と結ばれたかったはずだわ。でもそれが叶わない以上、愛してもいない男の所へ行くだなんてそんなの辛すぎるわよ……」 帰還報告をアンリエッタにした際、スパーダがウェールズを説得していたことと最後の最後に生き残るように口添えをしてくれたことにはとても感謝していた。 命を落とした所を直接見ていないとはいえ、密かに探し出すということはしなかったが。 ウェールズ殿下はあれからどうしたのだろう。あれだけの大群……しかも悪魔達も相手にしてはただでは済まない。 できることなら、スパーダの言に従って生きていてくれればいいのだが……。 「そういえばこの国は長い間王位が空席だと聞くが。今は王はいないのか」 「そうよ。先代の王がお亡くなりになられた時も、マリアンヌ王妃様は喪に服すると言って即位することはなかったの」 スパーダは読んでいた本をテーブルに置き、新しい本を手にして開きながら細く溜め息を吐いた。 「……要は、その女が全ての元凶か」 「ちょ、ちょっと! 王妃様に対して〝その女〟って、なんて失礼なことを言うのよ!」 「アンリエッタ王女がそうして政略結婚に苦しむのも、この国がゲルマニアとやらに同盟を求めるようになったのもその王妃とやらが王族の責務から目を背けたのが原因ではないのか。……はっきり言う。この国の王族はただの飾りに過ぎん。衰退し続けるのも頷ける」 先々代のフィリップ三世という王は英雄王などと呼ばれるほどの武人であったそうだが、所詮はそれだけ。それ以外の政治能力はあまりにも乏しかったという。 王女は国民の人気こそあるものの、まだ政治の経験が不足している駆け出しの状態だ。そして何より……。 「私にはそのマリアンヌという女が娘を生け贄にしているようにしか思えん」 「い、生け贄って……!」 あまりにも無礼な言葉を口にするスパーダに、ルイズもベッドから降りて立ち上がっていた。 「その女が女王として即位をせずとも、再婚をするなりして新たな王を迎えていれば結果は変わっていただろう。だが、その女は私情に走り己の責務を娘に全て押し付け、自らは安穏の道へと逃げ込んだ。 ……実に虫のいい話だ。その女は王族も、母を名乗る資格もない」 人間界でそうした光景は何度も見届けていたスパーダは、容赦なくトリステインの王族を唾棄していた。 「……愛する人を失くすっていうのは本当に辛くて悲しいものなのよ! 王妃様も先王のことを思ってあえて即位をしなかったんだわ! だからこそ、アンリエッタ姫殿下に全てを託したのよ! その言葉……絶対に他で言っちゃ駄目だからね!」 悪魔としての冷酷な呟きに対し、ルイズは強く言い返す。 「独り言だ。気にするな」 「にしちゃあ、ちょっと言い過ぎだったんじゃないかねえ。不敬で打ち首にされちまうぞ?」 テーブルの上のデルフが呆れたように、そしてからかうように声を上げていた。 「と、とにかく! あたしは姫様のために詔を考えてみせるわ! スパーダもパートナーなんだから、何か良い言葉が思い浮かんだら教えてちょうだい!」 「うむ」 ぷるぷると震えていたルイズはベッド上に上がり、再び始祖の祈祷書を睨みつけていた。 (ウェールズ殿下が生きていれば……きっと、姫様と……) 前ページ次ページThe Legendary Dark Zero
https://w.atwiki.jp/darthvader/pages/32.html
433 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 01 25 41.43 ID yWhjJbHS0 ベイダー卿とミスタ・コルベールが研究室に姿を消した後、ルイズは早速学院長室に呼び出 された。アンリエッタの結婚式の件だ。 「入りなさい。鍵はかかっておらぬ」 ルイズが学院長室のドアをノックすると、中からオスマン氏の声が響いた。 秘書であったミス・ロングビルの正体が土くれのフーケだったため、今はこうした応対も本人が しなくてはならないのだ。 「失礼します」 扉を開け、敷居で一礼してから、ルイズは部屋の中に入った。 オスマン氏の机の上には一冊の本が置かれていた。 古びた革の装丁がなされた表紙はボロボロで、触っただけでも破れてしまいそうだった。 色あせた羊皮紙のページは、茶色くくすんでいる。 436 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 01 28 21.34 ID yWhjJbHS0 「これが『始祖の祈祷書』ですか?」 ルイズも、その皮革の表紙を覗き込んだ。 オスマン氏が頷く。 「うむ。トリステイン王家に伝わる秘宝じゃ。三日前に王宮から届けられたのじゃが、肝心の 巫女役が行方不明とあって、学院中が大騒ぎになったぞ」 その言葉に、ルイズは申し訳なさそうにシュンとなった。 「すみません、オールド・オスマン。おまけに、わたしへの請求まで学院の予算で負担して いただいたそうで……」 440 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 01 33 00.39 ID yWhjJbHS0 オスマン氏は微笑んだ。 「まあ、過ぎたことはよい。本来ならば、ミス・ヴァリエール、そなたは破談になりそうだった 同盟の締結を成功に導いた、救国の英雄じゃ。表沙汰にできぬ極秘の任務であったとはいえ、 その報いが請求書の山などという不面目ではあんまりじゃ。本来であれば、そなたの耳に 入る前に握りつぶしておくつもりだったのじゃが、事情を知らぬ王宮の連中がなかなか首を 縦に振らなくての。わしの力不足のせいで、いらぬ気苦労をかけた。すまんのぉ」 そう言い、ルイズに向かって深々と頭を垂れるオスマン氏。ルイズは慌てた。 「もったいないお言葉です、オールド・オスマン。どうかお顔をお上げください」 学院長であり、偉大なメイジであるオスマン氏にこんな態度をとられては、ルイズの方が恐縮 してしまう。 オスマン氏はやっと頭を上げた。 442 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 01 36 25.25 ID yWhjJbHS0 「かたじけない。……ところでミス・ヴァリエール、今回の件は引き受けてもらえるかの?」 ルイズはしばし逡巡した。詔は仕上げに宮中の担当者が推敲するとはいえ、草案は巫女で あるルイズ自身が練らなければならない。詩才に恵まれぬルイズには、少々荷が重い。 そしてそれよりも重苦しく、ルイズの胸を締めつけるものがあった。 任務の完遂とウェールズの死を報告した際、アンリエッタが無理をして浮かべた、寂しげな 笑顔……。 「浮かぬ顔じゃな」 ルイズのいらえより早く、オスマン氏が口を開いた。 ルイズはかぶりを振る。 「いえ、大変光栄なこととは思いますが……」 445 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 01 38 35.55 ID yWhjJbHS0 オスマン氏は片手を上げてその先を遮った。 「よい。事情を知るトリステインの貴族はみな、望まぬ結婚を強いられる姫殿下に同情を寄せ ておる。じゃが、フーケ討伐隊に志願することでそなたが貴族の義務を皆に示したように、王族 には王族の義務があるのじゃ。自分が義務を果たす舞台を親友の手で晴れやかに飾って ほしい、それがそなたのお友達の願いじゃと思う」 そのオスマン氏の言葉に、ルイズはハッとした。 そして、次の瞬間には眦を決し、ガバッと大げさな身振りでお辞儀をする。 「非才の身ながら、謹んで拝命いたします」 ルイズはオスマン氏の手から『始祖の祈祷書』を受け取った。 オスマン氏は目を細めて、ルイズを見つめた。 「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろうて」 447 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 01 40 58.37 ID yWhjJbHS0 ルイズは再び一礼し身を翻すと、学院長室を退出しようとした。 ドアノブに手をかけようとするその背に、オスマン氏が声をかけた。 「おお、そうじゃそうじゃ。ところで、あの使い魔はどうしておるかね?」 ルイズは振り返り、オスマン氏に向き直った。 「ベイダーですか? 今はタルブの村で手に入れてきた『竜の羽衣』っていう秘宝に夢中みたい で、コルベール先生と一緒に何やらゴソゴソやってますが」 「ふむ……うまくやっておるのじゃな」 ルイズはうつむいた。 「よく、わかりません……。正直なところ、ベイダーの力はハルケギニアの貴族のレベルを逸脱 しています。どうして魔法があ、あまり得意ではないわたしが、あんな使い魔を召喚してしまっ たのか……」 『あまり』のところでちょっと言いよどむルイズだったが、オスマン氏は突っ込まなかった。 455 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 01 47 44.08 ID yWhjJbHS0 「たしかに彼を使い魔としていることは、今のそなたには過ぎた力かも知れぬ。じゃが、決して それを怖れてはならぬぞ。最後までその力を制御する努力を放棄せぬことじゃ。『恐怖は暗黒 面に通じる』、そなたの使い魔はそう言ってはいなかったかね」 「……仰るとおりです、オールド・オスマン」 ルイズは頷いた。使い魔はメイジの分身にも等しいのだから、いたずらに怖れていてはメイジ 失格である。 そしてそれ以上に、メイジと使い魔は固い信頼の絆で結ばれていなければならないのだ。 今の自分はベイダーに全幅の信頼を置いているだろうか――ルイズはそう自問してみて、 ちくりと胸が痛むのを感じた。 (……そうよ。わたしが信じてやらなくて、誰があいつを信じてやれるっていうの) 「頼むぞ。トリステインの、いやハルケギニア全土の運命が、そなたとそなたの使い魔に かかっている……この老いぼれは近頃そんな気がしておるのじゃ」 「それはいくらなんでも買いかぶりすぎです、オールド・オスマン。それでは失礼します」 そう言い残し、ルイズは今度こそドアの向こうに姿を消した。 「本当に、ただの買いかぶりで済んでくれればいいが、の……」 一人残されたオスマン氏は、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。 458 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 01 52 25.42 ID yWhjJbHS0 それからの一週間、ルイズ、ベイダー卿、そしてコルベールは、それぞれの事情で多忙を極め た。 タンクの底に残ったジェット燃料を分析して『錬金』で複製するのに、コルベールはおよそ一週 間まるまる費やした。 成分的にかなり近いものはもっと早く出来ていたのだが、ベイダー卿の要求は厳しく、二度も 作り直しを命じられた。どうも気化する温度が一定の数値の範囲に収まっていないと、うまく 飛ぶことができないらしい。 ベイダー卿はコルベールやギーシュに『錬金』で作らせた部品をさらに手ずから加工して、 機体各部に修理を施していた。 この星で知られていない素材を作り出すのは、コルベールはともかくギーシュには難しい ようで、その成功率はあまり高くなかった。 それでも、幾度となく繰り返す内に、慣れてきつつはあるようだ。 467 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 01 58 15.52 ID yWhjJbHS0 とりわけ損傷の激しいエンジンなどは全体を分解する必要があったものの、部品さえあれば ベイダー卿にとっては朝飯前の作業だ。 操縦系統が電気信号ではなくケーブルや油圧シリンダー等を使ったシステムであることも、 修理が簡単に済む要因となった。 ゆえに、前日に製作された部品を使ってベイダー卿が修理を行い、早々とその日の分の作業 を終えると、また二人に新たに作るべき部品の指示を出しておく……そんな日々が繰り返さ れた。 当然一番の負担はコルベールにかかることになるが、徹夜続きで疲労の極みにあるにもかか わらず、その顔はやはり楽しげだった。 一方のベイダー卿は、作業を終えた後、引き続きタバサの部屋で文字と作文のレッスンを 受けていた。 アンリエッタの結婚式が五日後に迫ったその日も、事は同じような具合で進んでいた。 473 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 02 04 22.31 ID yWhjJbHS0 作業を終えたベイダー卿が寄宿舎の方に引っ込んだ後、ギーシュは竜の羽衣を見上げて いた。 外装の補修もほぼ終わり、後は細部の調整と改造を残すのみである。 燃料さえあれば今すぐにでも飛べる、とベイダー卿は言っていた。 そしてその燃料も、ミスタ・コルベールによれば既に量を揃えるだけらしい。 最初は汚損だらけでお世辞にも美しいとは言えなかったが、こうしてみるとなかなかの威容 である。 それに、こうして自分で関わってみると、ギーシュもこの機体に次第に愛着を覚えるように なってきていた。 480 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 02 11 16.95 ID yWhjJbHS0 「やあ、ギーシュ」 その背に声がかかる。振り返れば、太っちょのマリコルヌであった。 「相変わらずこいつにかかりっきりのようだね。いつになったら飛べるんだい?」 「もうすぐ、だそうだ」 「本当に飛ぶのかねぇ」 マリコルヌの問いかけに、ギーシュは肩をすくめた。 「さあね。僕だって半信半疑だが、ベイダー卿がそう言うんだから仕方がない」 マリコルヌは怪訝そうな表情を浮かべた。 「ギーシュ、きみはずいぶんあの使い魔の平民に参ってるんだね。一度決闘で負けたから って……」 「いや、マリコルヌ。きみもいつか一度ベイダー卿と冒険してみるがいいさ。ベイダー卿の力を 目の当たりに見たら、考えを改めるだろう」 ギーシュはそう言って腕組みすると、ひとり納得した様子でうんうんと頷く。 「そうかい。よくわからないけど。でも、この『竜の羽衣』、最初見た時には何も感じなかった けど、こうして見るとなかなか格好いいな」 ギーシュが得意げにまた頷いた。 「そうだろう、そうだろう。僕も最初はわからなかったけど、じっくり眺めていたらそんな風に 思えてきたんだ。なんていうか、男子の本能を直撃するフォルムだな」 二人の少年はそうやって、しばらくの間竜の羽衣を見上げ続けた。 484 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 02 14 33.58 ID yWhjJbHS0 一方、所変わってここはルイズの部屋。 ルイズは『始祖の祈祷書』を睨みながら、詔の草案を練り上げるために悪戦苦闘していた。 その傍らには、キュルケもいる。 二人はルイズのベッドに並んで腰掛けていた。 「しっかし、この『始祖の祈祷書』はひどいわね。まがい物にもほどがあるわ。文字さえ書かれ てないじゃない」 キュルケはルイズの手の中の本を覗き込み、呆れた声で言った。 彼女の言うとおり、六千年前に始祖ブリミルが神に祈りをささげた際に読み上げた呪文が記 されていると伝えられているのに、その紙面には呪文のルーンどころか、文字さえ書かれて いないのである。 そもそもこの手の『伝説』の品には、偽者が多い。 それが証拠に、一冊しかないはずの『始祖の祈祷書』は、各地に存在する。 金持ちの貴族、寺院の司祭、各国の王室……、いずれも自分の所有する『始祖の祈祷書』が 本物だと主張している。 本物か偽者かわからぬそれらを集めただけで、図書館が一つできてしまうと言われている くらいだ。 489 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 02 18 00.58 ID yWhjJbHS0 「黙ってて。考えがまとまらない」 ルイズは目を瞑りながら片手の人差し指をこめかみに当て、もう片方の手でキュルケを制した。 しかしキュルケはそれを無視し、焦れたような声を出した。 「いいから早くあなたの考えた詔とやらを詠みあげてみなさいよ。そのためにあたしを呼んだん でしょ?」 結婚式で巫女が詠みあげる詔には一定の形式があり、火に対する感謝、水に対する感謝…… と順に四大系統に対する感謝の辞を、詩的な表現で韻を踏みつつ詠みあげなければならない のだ。 最初に火に対する感謝の辞を詠みあげなければならないため、ルイズは身近で『火』系統の 魔法を得意とするキュルケに助言を請うたのである。 もちろん、キュルケに助言を求めるなど、ルイズにとっては屈辱以外の何ものでもなかったが、 背に腹は変えられぬ、というわけだ。 491 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 02 21 06.56 ID yWhjJbHS0 「わかったわ……。じゃあ、行くわよ」 こほんと可愛らしく咳払いをして、ルイズは自分の考えた詔を詠みはじめた。 「この麗しき日に、始祖の調べの光臨を願いつつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ ヴァリエール、畏れ多くも祝福の詔を詠みあげ奉る……」 それからルイズは、黙ってしまった。 「悪くないじゃない。続けなさいな」 「この先、なんも思いつかないのよ。詩的なんていわれても、困っちゃうわ。わたし、詩人なんか じゃないし」 「いいから、思いついたこと言ってみて」 キュルケが促すと、ルイズは困ったように、がんばって考えたらしい“詩的”な文句を呟いた。 「えっと、火は熱いので、気をつけること」 部屋の中に、キュルケの爆笑が響いた。 496 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 02 25 20.34 ID yWhjJbHS0 すっかりやる気を失ったルイズが、ぼてっとベッドに横になって枕に顔をうずめた。 その脇では、キュルケがまだ腹を抱えている。 「アハ! ごめ、ごめん……、も、もう笑ったりしないから、つ、つ、続き聞かせてよ……アハ ハハッ……! 苦しっ」 そんなキュルケの態度に、ますますふてくされるルイズ。 それから数分後、どうにか笑いの収まったキュルケに、思わぬところから声がかかった。 「キュルケ、少しいいか?」 書き物机から立ち上がったベイダー卿である。 ルイズたちがベッドに腰掛けていたのは、今日の分の作業を終えたベイダーがずっと机を 占領していたからだった。 500 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 02 27 26.33 ID yWhjJbHS0 「な、なに?」 キュルケがわずかに身を堅くする。 ルイズやタバサたちとは違い、キュルケはまだこの使い魔に気を許してはいない。 「今から読み上げる文章が、この星の文法に照らし合わせて大過ないか、教えて欲しい」 枕に顔をうずめていたルイズが、少し顔をずらして薄目を開けてベイダーを見上げた。 「いいけど……」 キュルケは曖昧に頷いた。 「よし。『きみの青い髪はあたかも流れ落ちる清流のよう、白い肌はあたかも降り積もる雪の ように美しい』……どうだ?」 キュルケは息を呑み、目を白黒させた。 507 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 02 29 27.07 ID yWhjJbHS0 「い、いいんじゃないかしら。ちょっと表現が生硬な気もするけど、気持ちは伝わると思うわ」 キュルケの声は珍しく裏返っていた。 彼女の動揺を誘ったのは、いつも流暢に言葉を発していたベイダー卿が、突然外国語でも 喋っているかのような発音で文章を読み上げたことではない。 むしろ、その文章の内容である。 517 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 02 32 38.28 ID yWhjJbHS0 「そうか。――マスター、少し外出する」 キュルケの言葉に満足したのか、ベイダーは驚きのあまりベッドから跳ね起きていたルイズに 声をかけ、部屋を出て行った。 手にした紙片を大事そうに折りたたんで。 残された二人の少女は、未だ動揺の覚めやらぬ顔を見合わせた。 とりわけ、ルイズの顔はあたかも降り積もる雪のように蒼白だ。 「なに、あれ……?」 「恋文? まさか、ね……」 アハハ、とキュルケは乾いた笑い声を上げた。 520 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 02 35 03.52 ID yWhjJbHS0 「だって、どう考えてもあの文章……」 ルイズは、読書好きで眼鏡をかけた、小柄な少女の姿を脳裡に描いた。 青い髪と、透き通るような白い肌……。 キュルケも同じ人物を連想していたようだ。 「だ、大丈夫よ。もし、そうだとしても、あの子が承諾するわ、け……」 そこで口を噤むキュルケ。ベイダー卿とタバサが何やらコソコソ二人でやっていたことが思い 出された。 ルイズがふらふらと再びベッドに倒れこんだ。 「だ、大丈夫だって。ね、ヴァリエール。……それにあなた、あの使い魔がやることはどうでも よかったんじゃないの?」 最初の動揺が収まってきたのだろう、キュルケがいつもの調子を取り戻してきた。 だがしかし、普段ならそれに食ってかかるルイズが、何の反応も示さない。 枕に頭を預け、ドアの方をぼーっと見るその瞳からは、一片の感情も窺えなかった。 「こりゃ重症だわ」 キュルケはそう呟いて肩をすくめると、「お大事に」と言い残して部屋を退出した。 523 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/06/13(水) 02 37 43.98 ID yWhjJbHS0 ルイズが自分とベイダーとの信頼の絆について懊悩と煩悶を繰り返していたちょうどその頃、 当のベイダーはタバサの前で、非現実話法の比喩表現を使った課題文の翻訳を読み上げて いた。 それを聞くタバサの頬がほんの少し上気していたことに、ベイダー卿は気づかなかった。 その腰のデルフリンガーが、やれやれと溜息を吐いた。 (まったく、相棒は思った以上に鈍い奴だねぇ) 表向きは平和そのものの内に終わったかに見えたその夜、港町ロサイスにあるアルビオン空軍 の工廠で、艤装と最終チェックを終えた『レキシントン』号以下の新生アルビオン艦隊が、出港 の準備を完了していた。 戦争が、始まる。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2105.html
メイジの、魔法使いの弱点はなんだ? そんなもの決まっているじゃないか。杖だ。杖が無ければ魔法使いは魔法を使うことは出来ない。 今まで見てきた魔法使いは残らず杖を持って魔法を使っていたし、ルイズに魔法使いのことを聞いたときに杖が無ければ魔法は使えないと明言していた。 あと、喋らせないという手もある。魔法は基本的に呪文が必要らしいからこれも結構有効な手段だ。 ただ、トライアングルやスクウェアになると、呪文を唱えなくても魔法が使える輩がいるだろうと考える。 もちろん確証はない。しかしドットやラインとは違って経験豊富なのは間違いないのだ。唱えなくても使えるということを前提に考えておいてもいいだろう。 他に弱点は? 戦いの最中でないのなら、真っ先に思いつくのが毒殺という手段だ。寝込みを襲うって手段もある。 とにかく、魔法使いを真正面から襲うというのはバカがやることだ。やるにしても相手が思いもしない行動をとるか弱点を突かなければ魔法使いは倒せないだろう。 魔法なんてまともな人間が使うもんじゃないんだからこの考えでも甘いかもしれない。 これから先魔法使いと戦うことがあれば、デルフとスタンドが無かったら銃がいくらあったって勝てる気がしないね。 今まで戦った魔法使いたちは全員が全員油断していた、もしくは弱かっただけだ。 ギーシュは拍子抜けするほどの雑魚で油断していたし、フーケはロケットランチャーを手に入れたと油断していた。 ラ・ロシェールで襲ってきたメイジも油断していた。 ワルドは正直言って倒せる要因が無かった。死に掛けていたのだからむしろ負ける要因しかなかったと言っていい。だが、奇跡の生還を果した。 つまり、これまでの戦いは全て運がよかったという事に他ならない。 デルフやスタンドがあっても絶対に勝てるとは言い切れない。普通の人間に比べたら圧倒的にすごい力を持っているのにだ。 前はそこまで危険視していなかったのだが、やはり虚無なんていう異常な魔法を見てしまうと考えが変わってしまう。 特に虚無を使う化物がそばにいてビクビクして暮らしているのならばなおさらだ。 ファンタジーの世界は本の中のように素敵な世界などではなく、実に危険な世界だ。 そんな危険な世界は本の中だけで十分だって言うのに、そんな世界に連れて来られてしまうんだから私も運が無い。 だが、戻れる手段が無いのだ。この世界で暮らしていくしかない。幸福になれさえすればそこがどんな場所でも構わないのだから。 体の疲れをとるのには眠るのが一番だと私は考えている。 しかし、ただ寝ればいいというものではない。それは自分にとって心地よい睡眠でなければダメだ。 心地よい睡眠を得るためには最低限として敷布団は欲しい。前に床や椅子に座って寝ていたときはつくづくそう思ったものだ。 だが、今はあの頃とは違う。何の気兼ねも無く、堂々と貴族が寝るのと同じベッドで眠っている。 ふかふかで暖かい毛布に包まれながら気だるい眠気に身を任せている。これがなんとも言えないほど心地よい気分にさせてくれる。 問題があるとすれば、このベッドは私だけが寝ているというわけではないのだ。 「くー……」 誰かの寝息が吐息と共に耳に入り込んでくる。吐息まで感じられるということは、よほど近い位置に顔があるのだろう。 それを証明するかのように、右半身に毛布とは違った人肌の暖かみを感じることが出来る。 この人物が誰なのか、という答えは考えるのも馬鹿らしい。 眠気に身を任せたいという衝動に鞭を打ち、こじ開けるように目を開ける。そして現実を見るために首を右に捻る。 「くー……くー……」 そこにあったのは桃色がかったブロンドの髪を持ち肌理細やかな白い肌をした少女の寝顔だった。 あと数cmも接近すればお互いの顔が接触するであろうという程の近距離である。普通なら慌てるだろうが、私には何一つ慌てる要素は無い。 何故なら普段から見慣れている光景だからだ。 この少女こそ私の今一番の悩みの種であり、私と一緒にこのベッドで寝ているものであり、このベッドの所有者であり、この部屋の主であり…… 私の『ご主人様』であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだ。 長ったらしい名前だし、『ご主人様』と言っても敬意など小指の爪の間に溜まる垢ほども持ち合わせていないので、私はルイズと呼んでいる。 そもそも『ご主人様』と言っても、私が強制的に使い魔にされたので敬意など持てるわけがない。 しかも最近じゃあどうやって殺すか、なんてことを考えているくらいだからな。まあ、近いうち本当に殺してしまうかもしれないが。 そんな『ご主人様』を起こさないように注意を払いながら、ベッドから下り靴を履く。 ルイズは寝たらなかなか起きないので、そこまで注意を払わなくてもいいのだが念には念を入れたほうがいい。 名残惜しくベッドから離れ、窓を見る。 外はまだ薄暗く、日もまだ昇っていない。しかしあと十数分もすれば日も昇り始めるだろうという、そんな時間。 この時間帯、貴族連中はルイズのように殆んどが眠りこけているし、メイドなどもそれほどの数は起きていない。 何らかの行動を開始するのには丁度いい時間帯だ。と言っても大抵この時間に起きる習慣がついているだけなのだが。 とりあえず机の上に置いてあるデルフを手に持ち、いつものように外へ出て行く。恒例の筋トレだ。 デルフを振りましたり、デルフと喋ったりするだけのことなのだが、さすがに人に見られるのは恥ずかしい。こんな早い時間に筋トレをするのも人に見られたくないためだ。 いつもの場所に着き辺りを確認する。 この前一回だけ他のメイドに見られたからな。貴族じゃなかったからあまり気にはしていないが、それでもいい気はしない。 よし。辺りには誰もいないようだ。 それを確認してデルフを鞘から抜き出す。体はルーンが反応し、羽の様に軽く感じる。 「おはよ相棒」 「ああ」 「相棒。俺はおはようって言ったんだぜ」 「だから?」 「普通あいさつを返すもんじゃねえか?」 デルフが言っていることは正論だ。そして私もデルフにおはようと挨拶を返したい。しかし、しかしだ。それはなんとなく気恥ずかしい。 そしてその気持ちをデルフに悟られたくはない。言葉に出そうとするとどうしても気恥ずかしさも一緒に出てしまう。 「剣に挨拶をすることが普通なのか?」 「なんてひでえ相棒だ。日頃よくしゃべってんのに」 「まったく、五月蠅い奴だ。わかったよ。おはよう」 「それでこそ相棒だぜ」 だが、しぶしぶ言いましたという態度をとればこちらの気持ちに気づかれることもあるまい。 ……やれやれ。この調子だと、普通に会話を出来るときが来るのはいつになるだろうか。 「それじゃあ始めるか」 そしていつものようにデルフを振り始めた。 デルフを振りはじめていくら経っただろうか。日が昇っているところから見ると30分位かもしれない。 このようにデルフを振っている時間は楽しくはない。が、ルーンのおかげでデルフと一体になっているかのようなこの感覚は心満たされるものがある。 そんな時間ももう終わりだ。日が昇ったということはこれからどんどん人が起きだす頃だろう。つまり今日の朝はこれで終わりだ。 というわけで、デルフを振るのをやめる。 「お、終わりか相棒」 「ああ、一応な」 そういえば、このデルフと一体になっているかのような感覚はガンダールヴのルーンの効果なんだよな。 そしてデルフが私を相棒と認めてくれているのはこのガンダールヴのルーンがあるからだ。少なくとも出会った当初はそうだった。 このルーンはルイズが私を使い魔にした事によって出来たんだよな?ということは、もしルイズを殺してしまったらこのルーンはどうなるんだ? そのまま残るのか?それとも消えるのか? …………どう考えても消える可能性の方が高い。 もしルーンが消えてしまったら、私とデルフを繋ぐたった一つの目に見える証が消える事になる。さらにガンダールヴとしての力も発揮できなくなってしまう。 なんてことだ。ルイズを殺せば、デルフという相棒とガンダールヴの力を失いかねないとは。 ルイズめ。どこまでも厄介な奴だ。まさかここまで私の足を引っ張るとは。絶対にただじゃ死なないつもりか。 「相棒」 「……ん?」 デルフの声により自分の世界から帰ってくる。随分と考えに没頭していたようだ。さっさと部屋に戻らないとな。 デルフを鞘に収めようとする。 「ちょっと待った。相棒に聞きたいことがあんだけど」 「聞きたいこと?」 デルフが私に?最近何かあったか?デルフにはタルブにいたときに色々と話したと思うんだが…… 「昨日のことなんだけどよ。なんだって相棒はあの貴族の娘っ子のことをバケモノ扱いしてたんだ?たしか虚無を使うからとか言ってたよな」 ああ。なんだそんなことか。 「ルイズが一人であの艦隊を墜としたからだ。あんな真似人間じゃできないね。そして、そんな化け物じみたことが出来るのが虚無だ。 ルイズが虚無を使えなかったら人間扱いはしてやるよ」 「おいおい相棒。心配しなくてもよ、この前みてえにでっかいのは一年に一度撃てるか撃てねえかだって、そういったじゃねえか」 「確かにそうかもしれないが、小さいのは使えるんだろ?それだけでも脅威だ」 「あの貴族の娘っ子が相棒に向かって虚無を使うって、そう思ってんのかね?」 「可能性がないわけじゃない」 「ふーん」 これでデルフの聞きたいことはなくなっただろう。そう判断しデルフを鞘に収める。デルフは何も言わなかった。 そしてルイズの部屋に戻りながら、考える。殺した後にルーンは残るか否か。とりあえずそれがわかるまでルイズを殺すのは後回しだな。 ほんと、最近は物騒なことを考えるようになったものだ。穏やかだった昔の自分が懐かしい。 そんなことを考えているうちにルイズの部屋に着き、デルフを机の上に置く。 「さて」 ルイズは当分殺せない。これは大きな痛手だ。ルイズを殺すことは私の幸福には必要なことだからな。大きな脅威があっては幸福にはなれない。 ルイズを殺す以外で脅威を取り除く方法は? 祈祷書を消すか?そしたらルイズはこれ以上虚無について知ることは出来ない。少なくとも今以上の脅威にはなるまい。 問題は、祈祷書が消えた場合のルイズの行動だ。祈祷書が消えたらルイズがどうするのか、なんとなくだが想像はつく。 きっと脅されるな。無くなったのはお前のせいだとか言って。そして地べたを這いずり回りながら探させられるのだ。その光景が目に浮かぶようだ。 最低限の想像でこれなのだから実際はさらに激しいに違いない。最悪虚無を使われるかもしれない。そんなのは真っ平ごめんだ。 というわけで祈祷書はだめだ。 だったら杖は?杖が無ければ魔法は使えない、つまり虚無は使えない。我ながらいい考えじゃないか! そうだ。いくら虚無が使えようが虚無が使えなきゃただの小娘だ。 ベッドで寝ているルイズへと近づき、その近くに置いてある杖を手に取る。そしてルイズに向かって放り投げる。 杖はルイズの上に落ちることはなく、落ちる前に小さな音と共に消滅した。 これでよし。とりあえずの脅威は無くなった。 あとは起きたときの反応が楽しみだ。
https://w.atwiki.jp/sinsougou/pages/1345.html
仮面ライダーW 第12話『危険人物B/WAKE UP OF ZERO』 ―前回のあらすじ― 戦争が起こると知ったシンとサイト。 二人はそれぞれの決意を胸に戦場へと向かう。 地上でシンが、空中でサイトがアルビオン軍と戦闘。 シンはシエスタ達と再会を果たすが、メモリを持つ男に戦いを求められる。 一方のサイトにも、再びワルドとの対決が待っていた。 「はっ!」 Wが走り、飛び掛って拳を振る。 ブレードドーパントはそれを見切って避ける。 蹴りを食らわせようとするが、ディフェンダーに弾かれる。 「ふん!!」 その際にできた隙を付かれ、左手〈グレートソード型〉がWを襲う。 「がっ、ぐわ!?」 その斬撃に耐え切れず、Wが吹き飛ばされる。 「まだまだ!!」 ブレードドーパントが突撃する。 Wの蹴りと拳を時にはディフェンダーでいなし、時にはカウンターで攻撃する。 「がはっ!!」 『シン、メモリをメタルに…』 「くっ、ああ!」 Wドライバーの左スロットのジョーカーメモリを引き抜く。 【METAL】 ブレードドーパントの攻撃を回避し、メタルメモリをインサート。 【CYCLONE/METAL】 「はあああ!」 ブレードドーパントが左手を振るうが、メタルシャフトによって受け止められる。 「何、ぐっ!?」 シャフトを掴み、振り向き様に横薙ぎを当てる。 「さぁ、いくぜ!」 「はっ、面白い!それでこそ戦い甲斐があるってもんよ!」 Wがシャフトを振るう。 ブレードドーパントはディフェンダーで受けるが、サイクロンジョーカーよりもパワーがあるサイクロンメタルに力で押される。 「どんどんいくぜ!」 Wが距離を取る。 【LUNA】 右スロットにインサート。 【LUNA/METAL】 ルナメタルとなり、伸縮自在のシャフトを振るう。 「そらっ!」 「ぬっ、ぐおっ!?」 ブレードドーパントが左手とディフェンダーで弾いていくが、手数の多さに苦戦する。 「おりゃあ!!」 「ぐっ、しまった!?」 Wがディフェンダーを弾き落とす。 さらに猛攻を浴びせる。 「ぐっ、さすがだな『仮面の戦士』、いや仮面ライダーWだったか」 「まだやるか?」 「ああ、ここまで楽しい戦いは久しぶりだ。お前のような強敵に出会えたことに俺の心が昂っている!」 「アンタ、根っからの戦闘狂だな」 「俺が求めるのは強者のみ!今、俺の前にその強者がいる!戦う理由などそれだけで十分だ!」 ブレードドーパントの右手が変化する。 大きくも無骨な大剣〈バスターソード型〉へと姿を変えた。 先ほどの基本形態 ベースフォルム〉から、攻撃形態 アタックフォルム〉となる。 「さぁ、もっとだ!もっとその強さを俺に見せてみろ!仮面ライダー!!!」 「そんな理由で戦う奴に負けてたまるか!!!」 シン、Wがブレードドーパントと戦闘している中、サイトは竜騎兵が乗る火竜を撃ち落としていた。 「そこだ!」 ゼロ戦の機関銃が轟音を上げて、竜の翼膜を撃ち貫く。 羽ばたけなくなり、火竜が落ちていく。 「あれで最後か?」 『ああ。とりあえずだがな、相棒』 最後の一匹を撃ち落とし、サイトは内心で安堵する。 その後ろで、ルイズが膝を抱えていた。 恐怖からか、膝を震わせて小さい体をさらに縮こませる。 「姫様、どうかサイトと私をお守りください……!」 この前の任務でアンリエッタから譲り受けた水のルビーを指にはめ、祈るように呟く。 そして、手に持っていた『始祖の祈祷書』を開く。 『始祖の祈祷書』とは、トリステインの国宝であり、王族の結婚式で巫女がこれを手に持ち式の詔を詠み上げる習わしがある。 アンリエッタはその巫女にルイズを指名したため、ルイズが今もその手に持っていた。 「(始祖よ、どうか私達を救って下さい…)」 始祖にお祈りをしようと、『始祖の祈祷書』を開く。 ページを開いた瞬間、水のルビーと始祖の祈祷書が光り輝く。 「えっ…?」 いきなりの事に、ルイズが目を開く。 だが、驚きながらもその光を放つページを見つめる。 「(何?…私は、この本を見なきゃいけない)」 頭に過ぎる直感を信じて、ページを見る。 その光の中に、文字が書き記されていた。 「(これって、古代ルーン文字!?)」 ページの文字は古代ルーン文字で書かれていた。 努力家であるルイズは、授業で受けたこの古代ルーン文字を読むことが出来た。 「(――序文 これより我が知りし真理をこの書に記す この世の全ては……………これ、もしかして!?)」 そこに記された文を見て驚愕する。 ――我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん―― 「虚無の系統って、伝説じゃないの。伝説の系統じゃないの!」 思わず呟く。 その中、サイトは矛先をラ・ロシェールの上空に浮かぶアルビオンの巨大戦艦へと向ける。 『相棒、あれが敵の親玉だ。あれを倒せばこの戦いは俺らの勝ちだ』 「ああ、分かってるよ」 デルフリンガーの呟きにサイトが頷く。 「まぁ、無理難題だがな」 「何でだよ!?」 『分が悪すぎる。あっちの大量の大砲に比べたら、こっちの武装なんざ豆粒程度だ。あの兄ちゃんがいればもしかしたらって位だ』 「でも、シンはいない。俺がやらなきゃいけないんだ!!」 そう言うと、サイトはゼロ戦のスロットルを全開にする。 フルブーストで、ゼロ戦が巨大戦艦に向かう。 『無駄だ相棒。勝ち目がねぇ』 冷静に、デルフが現実を突きつける。 だが、サイトはその言葉に耳を貸さない。 『分かっちゃいたが、相棒はアホだね』 ゼロ戦を戦艦に近づける。 瞬間、戦艦の右舷から砲撃音が響く。 途端、ゼロ戦に数多の鉛弾が襲う。 『相棒、散弾だ!!』 デルフが叫ぶ。 鉛弾はゼロ戦の機体を震わせ、傷を負わせ、風防を割りサイトの顔を掠める。 掠めた箇所から血が流れ、サイトは恐怖を感じる。 『第二波が来るぞ!!』 「くっ!?」 ゼロ戦を下降させることで難を逃れる。 「あいつら、大砲に銃弾詰めて撃ちやがったな!?」 『どうするよ相棒?』 近づくことも出来ずに、サイトは唇を噛む。 その轟音が響く中でも、ルイズは聞こえないかのように『虚無の祈祷書』を見入る。 そして、最後の文に目を向ける。 ――これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。 またそのための力を担いしものなり。 『虚無』を扱うものは心せよ。 志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。 『虚無』は強力なり。 また、その詠唱は永きに渡り、多大な精神力を消耗する。 詠唱者は注意せよ。 時として『虚無』はその強力により命を削る。 従って我はこの書の読み手を選ぶ。 例え資格無き者が指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。 選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。 されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩『エクスプロージョン』―― その後に、古代語で書き記された呪文が続けられている。 ルイズがそれを見て呟く。 「始祖ブリミル。あんた少し抜けてるんじゃないの?この指輪がないと『始祖の祈祷書」は読めないし、 その読み手ってのもいなきゃ注意書きの意味無いじゃない」 一人愚痴る。 だが、今はそんな場合じゃないと、頭の中が言ってくる。 直感が知らせてくる。 ―自分はその読み手、つまり『虚無の系統』の使い手なのではないか?― 文字は読める。 呪文もつづられているなら、この魔法を使えるかもしれない。 「迷ってる時間なんて無いわ!」 覚悟を決める。 「サイト!」 「何だ…って、大人しくしてろよ!バカ、前が見えねぇ!」 サイトの静止を振り切り、喋り始める。 「その…うまく言えないんだけど……私、何か…選ばれちゃったみたいなの」 「はぁ?」 「いいから、このひこうきとやらを、あの巨大戦艦に近づけて。詐欺かもしれないけど、何もしないよりはましだわ。 とりあえず、一泡吹かせるためにやってみましょう」 「いや、訳が分からんぞ?」 ルイズの言葉にサイトは唖然とする。 「近づけなさいって言ってるでしょ!私はあんたの主人!使い魔は、主人の言うとおりにしなさい!」 そう言われ、サイトはゼロ戦を巨大戦艦へと向かわせる。 だが、散弾がゼロ戦目掛けて宙を飛び交う。 「ちょっと、全然近づいてないじゃない!」 「無理言うな!あの中行くなんて自殺行為だ!」 「それを何とかするのがあんたの仕事でしょ!」 近づきたくても、戦艦は全大砲をゼロ戦へと向けている。 今、サイトに見えるのは戦艦ではなく、要塞が浮いているようにしか思えないのである。 「(何処かあるはずだ、こいつの死角が!)」 必死に探す。 「…ッ、分かった!!」 『おう、見つけたかい相棒』 そして、気づいた。 「『戦艦の真上!』」 大砲が上がらない位置、死角へとゼロ戦を浮上させる。 「少し肩借りるわよ」 「はっ?って、おい何してんだよ!?」 ルイズがサイトの肩に跨り、風防を開ける。 「私の合図までここでグルグル回ってて」 サイトに言い残し、目を閉じ、深呼吸をする。 そして目を開く。 『始祖の祈祷書』を持ち、そのページに書かれた呪文を読み上げる。 『相棒、嬢ちゃんに策があるらしい。ここは言う通りにしな』 「あ、ああ」 言われたとおり、ゼロ戦を戦艦の上で旋回させる。 『相棒後ろだ!!』 途端、デルフが叫ぶ。 その方向を見ると、一騎の竜騎士がゼロ戦目掛け、疾風のような速さで向かってくる。 「ようやく、ようやく俺の出番か!!」 「ワルド!?」 乗っていたのは、ワルドだった。 ゼロ戦を急降下させる。 「何だってアイツが!?今まで何処にいたんだ!」 『恐らく、雲の上で待ち構えていたんだろうな』 振り切ろうとゼロ戦を操縦する。 だが、ワルドが乗るのは風竜。 先ほどの戦闘で戦った火竜とは速度が段違いである。 ゼロ戦の後ろに張り付き、差を縮めていく。 ゼロ戦内にいるサイトとルイズを見て、ワルドがにやりと笑う。 「疼くぞ。貴様が、貴様が切り落とした左手が!!」 ワルドが呪文を詠唱。 「エア・スピアー」 右手に持つ杖が空気を纏う。 「空気の槍で、そのデカ物を貴様ごと串刺しにしてやろう!」 「くそっ、諦められるか!」 その時であった。 光弾が風竜に向かって撃たれる。 「何っ!?」 咄嗟に避けるが、ゼロ戦との差が開く。 「くそっ、忌々しいな『仮面の戦士』!!」 ワルドが悪態をつく。 「さっきのって、まさか…」 「赤鬼の兄ちゃんじゃないか?」 「(自分もライダーになってドーパントと戦ってんだろうに、難儀だなシン…礼を言うぜ!)」 再び撃たれる光弾に悪戦苦闘するワルドを尻目に、サイトは再びゼロ戦を上昇させた。 「さて、うまくいったかな?」 ルナトリガーとなったW、シンが呟く。 『貴様、何処を狙っている!ふざけているのか!』 ブレードドーパントが激昂する。 戦闘の中、目の前にいる相手が自分を見ない事に苛立つ。 「ふざけてなんか、いないぜ!」 銃口をブレードドーパントに向け、引き金を引く。 一つの光弾が放たれる。 『こけおどしか、真っ二つにしてやる!』 左手を振るう。 瞬間、光弾が分裂し、小さな光弾が無数となって襲い掛かる。 『何っ、グオッ!?』 驚愕するブレードドーパントに全ての弾が当たる。 『今が好機…!』 「ああ、一発かましてやるぜ!」 【HEAT/METAL】 ヒートメタルへと変身。 シャフトを構え、ブレードドーパントに突っ込む。 シャフトで横薙ぎ。 ブレードドーパントが両手で阻む。 『ふっ、なッ!?』 「おりゃああああ!!」 熱を纏う右の拳を顔面に当てる。 『がっ!?なんという力…そしてなんて多彩な技!』 ブレードドーパントが起き上がる。 『今まで戦った中で一番の興奮だ!もっとだ、もっとその力を見せてみろ!!!』 ブレードドーパントの足が変化し、両手の剣も形状を変える。 足がより鋭利となり、鉈のような形状となる。 両手はレイピアのような細い剣となった。 『この姿…なるほどな』 構える。 『はっ!!』 踏み込む。 一気にWの間合いに入る。 「なっ、速い!?」 『そこだ!』 左手が振るわれる。 「ぐっ、おりゃ!」 『遅い!』 シャフトを振るうが、ブレードドーパントは間合いから既に離れていた。 『相手は、攻撃を当てて直ぐに離れる戦法に変えている…』 「スピードを極限まで上げていやがる。だがその分、威力をかなり減らしている。手数で勝負するつもりだ」 『さぁ、見切れるか、この速さを!』 再び突進。 速さにかく乱され、幾つもの小さな火花が散る。 「ぐっ、ちまちま攻撃しやがって!」 『……』 突如、Wの両腕が動く。 「どうしたシャル?」 『私に考えがある…』 【CYCLONE/JOKER】 メモリチェンジでサイクロンジョーカーに変身。 『その姿になってどうするつもりだ?』 ブレードドーパントの言葉にWは答えず、静かにその場に佇む。 『何も言わないか。だったら、これで終わりだ!』 踏み込み、駆ける。 『(貰った!!)』 『左から…!』 『なッ!?』 すれすれで攻撃を回避する。 『まぐれか、もう一度!』 『…右!』 再び回避。 『馬鹿な、どうやって予測している!?』 『…風が、教えてくれる』 Wが備えている機能として、微量の吹く風をも感知することが出来る。 これを利用し、ブレードドーパントが動く際に流れる風を感知したのだ。 『くっ!』 ブレードドーパントが突撃する。 だが、Wは先ほどのように避ける。 【CYCLONE/TRIGGER】 同時にメモリチェンジ。 トリガーマグナムを向けて放つ。 「ぐおおお!?」 ブレードドーパントが倒れる。 「さぁ、まだやるか?」 瞬間、空に光が生じる。 白い、どこまでも白い小さな太陽のような光が。 「何だ、あれは?」 『…綺麗な光』 それは大きさを増していき、白い光はその場所を飲み込むように膨張する。 包み込むように膨れ上がる光。 「あそこは、戦艦がいた場所…」 音も無く、光が広がる。 そして、光が晴れると、何かが燃えていた。 『あれは…戦艦?』 戦艦が炎上しながら、力無く墜落していく。 『これは、撤退するしかないな』 ブレードドーパントが呟く。 『仮面ライダー。この勝負、一先ず預けておく』 そう言い残し、何処かへ駆けていった。 『…お疲れ様』 「ああ。ありがとな、シャル」 変身を解除。 予想以上に疲れたのか、その場に座り込む。 「強いな、アイツ…」 呟く。 シャルロットの機転が無ければ、やられていたかもしれない。 シンはそう考えていた。 「(まだまだ俺は、半人前か)」 一人では勝負にもならなかっただろう。 「(でも、だからこそ俺達は…二人で一人なんだろうな)」 二人でなら、どんな事も乗り越えられる。 そんな思いを抱いた。 「シンさーん!」 「「シン兄(兄ちゃん)~!」」 呼ぶ声が聞こえ、振り返る。 笑顔で走り寄るシエスタ達が見える。 「(…そうだな、今は…)」 ―生きられた事を、確かに感じよう― 「ルイズ、今の…もしかして」 さっき起きた出来事を、呆然と見ていたサイトが問う。 『虚無だ。虚無の魔法だ!』 デルフが興奮した様にカチカチと音を鳴らし喋る。 『懐かしいぜ!昔見たのと同じだ!いやーおでれーたおでれーた!』 「じゃあ、やっぱり…」 ルイズがサイトの肩から降りて振り向く。 「使えちゃった、みたい…」 自分でも信じられないという風に、ルイズが言う。 「間違い、じゃないと思うんだけど、何か…実感が湧かないっていうか…」 「ルイズ…」 「と、とにかく!戦艦は落としたわよ!」 「…そうだ、ワルドは!?」 サイトが気づく。 『大丈夫だ相棒。逃げてったみたいだ』 「えっ?」 『戦艦落とされちゃあ、アルビオンがこれ以上戦うのは無理だ。何より、あの男が表舞台に出ることは無さそうだからな。 そそくさとどっかに行きやがった』 「そっか…」 重く息を吐く。 「終わったんだな」 安堵と共に圧し掛かる脱力感。 抜けた緊迫感と入れ違いに現れる虚無感。 色々な感情がサイトの中で渦巻く。 「(やっぱ、怖いな…)」 戦場という場所に今一度恐怖する。 「…サイト、下を見て」 ルイズの言葉を聞き、下を見る。 そこには、旋回するゼロ戦を見て歓声を上げているトリステイン軍が見えた。 「サイトが守ったのよ。戦争からこの人達を、トリステインの人達を」 「(…そうだ、俺も何かを守れたんだ)」 ―コツンッ 不意に割れた風防から影が三つ。 ―キュイキュイ! ―ガガッ! ―シャカシャカ! シンが持っていたガジェット達であった。 よく見れば所々が汚れ、心なしかグッタリしている。 『おお、赤鬼の兄ちゃんが持ってた奴らじゃねーか!?』 「アンタ達もお疲れ様ね」 「…そうだな」 ―お疲れ様― ガジェット達はその言葉を聞いて、再び風防から出ていく。 「どこ行くのよあいつ等?」 「帰るんだろ、持ち主の所へ」 操縦桿を握る。 「さぁ、俺達も帰るぞ!」 学院に向かって、ゼロ戦は飛んでいった。 「くっ、忌々しい奴だ!あの赤鬼が!」 「そうかっかするな。この戦争はお前の負けだ」 とある山の中、ワルドとブレードドーパントである男が喋っていた。 「貴様!」 「おっと、俺は事実を言っただけだ。俺を恨むのはお門違いだろ?」 「貴様も赤鬼に負けておいてよくそんな口でいられるな?」 話題をそらすためか、嫌みったらしくワルドが吐き捨てるように言う。 「その話じゃ俺も勝てねぇな。だが、俺が負けたのは仮面ライダーに、だぜ?」 「仮面ライダー?」 「『仮面の戦士』が言ってたぜ。俺達はっても言ってたし」 「ふん、有名人気取りか。笑わせる」 「(ますます面白いぜ、仮面ライダーW。お前を倒すのは、この俺だ!)」 「行くぞ、『切り裂き貴族』」 うきうきとしていた男の行動が止まる。 ―その名で俺を呼ぶな― 気さくそうな男とは思えぬ程の冷淡な声。 「今の俺は唯の傭兵。強い奴と戦うことが俺の望み。そうは言った」 だが、と続ける。 「昔の俺を引きずり出すのは止めておけ。そうなりゃアンタも、」 ―切り裂き魔から逃げられないぜ?― ワルドが震える。 目の前にいる人物が放つ殺気に恐怖を感じる。 「ああ、注意しておく」 「あら、随分な言い草ね」 不意打ち気味の声に振り向く。 「アイシャ…」 「あら、そんなに私がここにいるのが不思議?」 アイシャが不敵に微笑む。 「前の失敗もあるのよ。これ以上無駄足を踏むと、何時か大きな落とし穴に落ちるわよ?」 「…分かっている」 「ま、その事は別として、貴方」 男を指差す。 「仮面ライダーと名乗った男、本当にいたのね?」 「ああ。その男とも戦った」 その言葉に、アイシャは微笑む。 先ほどのような温厚そうな笑みでなく、邪悪な笑みを。 「やっと、やっと見つけたわ。待ってなさい、タバサ…」 シンの相棒の名前を口にして、アイシャはその場を後にした。 ―日記― アルビオンとの戦争が終わり、トリステインはこの数日大忙しであった。 戦勝のパレードに、アンリエッタ王女…否、アンリエッタ女王の戴冠式。 その際にアンリエッタ女王は『聖女』として崇められ、ゲルマニア皇帝との婚約は解消となった。 その中で、俺達(シン・サイト・ルイズ)は女王殿下から直々に呼び出された。 扉を開けた瞬間に、女王はルイズに抱きついた。 曰く、女王としての職務が辛いらしく、今までどおりの親友でいてほしいらしい。 その後の話は、あの時の戦争の話。 あの時に見えた、白く、全てを焦がす太陽のような光の正体。 ここは極秘機密なため、記さない。 追記:トリステイン軍ではサイトが操縦していたゼロ戦を伝説の不死鳥『フェニックス』として 祀り上げているらしい。 その後の話として、女王は俺にこう言ってきた。 ―貴方は優しいのですね― 酷く、その言葉が残酷に聞こえた。 ……… …… … 「…優しい、か」 違う。 自分はそんな人間じゃない。 どんなに今を優しく生きたところで、自分の手は真っ赤な血で濡れている。 この手が、人を殺してきた。 自分は人殺しである。 軍人だったから、そんなのは言い訳でしかない。 そんな考えをしていると、 ―コツっ― 頭に小さな衝撃。 見ると、本(小突いた物)を手にしているシャルロットがいた。 「…また考え事?」 「ん、いや、その…」 「…貴方は深く考えすぎる」 「えっ?」 「それ以上に、自分の事を低く見すぎている」 そう言い、日記を見る。 「お、おいシャル…」 「…大丈夫、貴方は優しい」 その言葉にシンが驚く。 「以前に言った。私は貴方の過去を知らない。でも、知らないからこそ言える」 シャルロットが微笑む。 「貴方が持ってる優しさは、本当の物だから」 「……あ、ありがとな」 少し顔を赤くして、シンが礼を言う。 「(償えるわけじゃない。でも、こんな俺でも頼ってくれる人がいるなら…俺は、その人の力になりたい)」 改めて自分が出来ることを確認する。 今出来ることを、出来るようになったことを。 「あ、そういやここ数日のゴタゴタで言い忘れてたな」 「…?」 シャルロットへと向き直る。 「ただいま、シャル」 「…おかえりなさい」 この前の約束を思い出し、二人は互いを抱きしめ合う。 互いの存在を確認しあうように。 だが、忍び寄る暗く強大な力の存在を、今の二人は知るよしも無かった。 to be countinued.
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/185.html
前へ / トップへ / 次へ バビルの名を持つものは、異郷の地で故郷へ帰る日を夢見る運命にあるのか。 バビル1世は帰るために塔を作った。 だが塔は事故から消滅し、彼は異郷の土となった。 5000年後、バビル2世も同じく異郷にあった。 すくなくともバビル2世は故郷に帰りうる情報を手に入れた。 虚無の魔法使いと始祖の祈祷書―― 虚無の使い手はすぐ傍にいる。バビル2世の主となったメイジ、『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』である。 だが彼女はまだ未熟なメイジであった。まだ虚無の魔法を使いこなせてなどいなかった。 ゆえに、彼女を育て上げる手段が必要であった。 育て上げる手段、すなわち始祖の祈祷書である。 「始祖の祈祷書なら王室の宝物庫にも一つあったはずよ」 帰路、馬上でそれとなく尋ねると出てきたのは意外すぎる言葉であった。 「ちょっと待ってくれ。にも、というからには、まだあるのか?」 はあ、とため息をつくルイズ。 「あったり前でしょ?世界中にごろごろと『贋作』があるので有名な本じゃない。」 ルイズによると、世界中に散らばるその本は時の聖職者や魔術師が自分たちの教えに箔をつけるために作った書物であり、 自分たちに都合のよいように伝承等を解釈した内容が載っているだけのものばかりだという。口さがない連中は、この状況を かんがみて「始祖の祈祷書などもともと存在してなかったんじゃねーのか?」とさえ言っている。 「それで、王室所蔵のものというのは白紙なのかい?」 「らしいわよ。一ページもインク汚れ一つないらしいわ。ま、逆に本物ポイって言う連中もいるけどね。」 「奇天烈斎様が発明したインクを使っていて、特殊なレンズのメガネを嵌めないと読めないということはないのかい?」 「どこのキテレツ大百科よ!」 そーんな安易な落ちがあるわけないでしょ?やれやれと肩をすくめるルイズであった。 『土くれ』の二つ名で呼ばれ、トリステイン中の貴族を恐怖に貶めているメイジの盗賊がいる。土くれのフーケだ。 いちいち説明するのも面倒だが、その手口は大胆不敵にして繊細。風のように忍び込み、音もなく盗み出したかと思えば、 巨大なゴーレムで建築物を破壊したりもする。 手口に共通しているのは『錬金』を使うこと。 錬金で扉や壁を土くれにかえる。たとえ強力な固定化の魔法をかけていてもものともせずにである。 犯行現場に「秘蔵の○○、確かに領収いたしました。 土くれのフーケ」なるふざけたサインを残していくこと。 このせいで、「愉快犯ではないのか?」という推測もある。盗みであたふたする姿を見るのが目的なのではないか?と。 ただその主張には次の反論が寄せられる。そう、 「土くれのフーケはマジックアイテムばかり盗んでいるじゃないか」と。 「協力?」 「ああ。今、君は『破壊の杖』を狙っているのだろう?だが自分の力では外壁を破壊できない。だが我々のほこるロ………いや マジックアイテムならばあの程度の外壁、砂糖菓子のようなものだ。それを報告書のサービスにただでお貸ししようというのだ。」 白仮面の男が言う。日付はすでに虚無の曜日へ入っている。巨大な2つの月が学院を照らし出している。 「ただのサービスで、そんなものを貴方が貸すようには見えないけど?」 黒いローブを目深にかぶった女性が答える。土くれのフーケである。 「もちろん、条件がある。バビル2世をおびき寄せて、そいつでしとめて欲しいんだ。」 ピクと耳が反応する。表情一つ変えずに、 「なぜそのアイテムを使って、あなた自身で倒さないのかしら?」と問う。 もっともな疑問である。 「答えは明瞭だよ。そいつは土の魔法に反応するタイプでね。私では無理なんだ。」 もちろん、こいつに関しては別料金を払う、と続ける白仮面。じっと考えるフーケ。 「そんなに強力なアイテムだというのなら、わたしがそのまま失敬するという考えはなくて?」 「君が望むのなら、報酬とは別にそいつを譲ってもいいさ。」 好条件過ぎる。 たしかに白仮面は最初の約束どおり、あの程度の報告に対して前金あわせ金貨220という報酬を支払った。いったいあの少年は 何者だというか。 もっとも断る理由もない。話の内容に矛盾はないし、あの外壁を打ち破る手段を熨斗つきでくれるというのだ。見逃す手はない。 「………わかったわ。」 ただし、こちらの誘いにあの少年が乗らなかったときは諦めて頂戴。と続けるフーケ。かまわないよ、ということで商談は成立した。 「では、明日昼頃にお届けしよう。決行はいつでも良い。」 そう言って消える白仮面。 昼か。食後ならば、人間の本能として気が緩む。おまけに夜には警戒をしても昼は無防備になるのが人間だ。 うけとって、そのまま押し入るという手段はどうだろうか?そんなことを考えながらフーケはロングビルへと戻って、自室へと歩を進めた。 一陣の風が闇の中を疾っている。 わずかに身体は宙を浮いている。フライを使っているのだ。 ただフライ程度ではこんなスピードは出ない。大地を蹴って加速しているため、通常の3倍の速度が出ている。。 ただし、仮面は白かった。 白仮面である。黒いマントを羽織っているせいで仮面が宙に浮き、幽鬼のようである。 「む?」 前方に輝く怪しい光。 空中でぼうっと青白い光が燃えている。 急ブレーキをかける白仮面。近寄ると木の幹にたいまつが突き刺さっている。 「何者だ?」 警戒態勢をとって周囲を見回す白仮面。すると音もなく幹の上に人影が現れる。 「フッフフ」 現れたのは奇妙な格好をした男。見たこともない奇妙な服を着て、左の腰に方刃の剣を2本指している。 肩にかかるような黒い長髪。涼しげな口元に、糸目。 我々ならば、この男の身なりを見れば「まるで江戸時代の侍だ」と思うだろう。いや、間違いなくこの男の姿は侍であった。 「ジャキか。」 白仮面が警戒を解く。ジャキと呼ばれた男が地面に降りる。その間、一切物音がしない。 それは侍というよりは忍者のようであった。 「なぜ貴様がここにいる?」白仮面。 「それはわしのいう台詞だ。」ジャキ。 「トリスタニアにいるはずのお前がときおりいなくなっていれば、気にかかるのは当然だろう。つけてみれば行く先は魔法学校。 あそこにお前のいいなずけがいるとは聞いていたが、逢引とは思えぬでな。」 ジャキの目がギラリと光る。この男、躊躇なく人を殺めるタイプの人間と同じ眼光を有している。 「ふふ。別に隠していたわけではない。」と白仮面。 「実はな、あそこにはバビル2世らしき男がいるのだ。」 一瞬で凍りつく空気。「バビル2世だと?」と訝しげに聞くジャキ。 「いまだに確証が持てないので、ボスへ報告をおこなっていないがな。確証を得る手段を打ってきたところだ。」 ジャキに今までの経緯を説明しだす白仮面。 「お前も知ってのとおり、あの学院には私のいいなずけがいる。お前は知っているかどうかわからぬが、どうも虚無系統の才能を 有しているようなのだ。そのため、普段から監視を部下にさせてきた。そしてある日……」 「バビル2世らしき人間を召喚した、というのか?」 その通りだ、と頷く白仮面。 「バビル2世がこちらへやってくるかどうかは、我々の長年の懸案であった。そのため、それらしきものが現れたという報告を 受けては右往左往し、組織が振り回されてきた。なにしろボスはそのころはまだ完全に回復していなかったからな。 ゆえに召喚された男が本当にバビル2世なのかどうか確かめてから報告をする必要があると思い、いままで秘密にしていたのだ。」 なるほど、とジャキ。説明に矛盾はない。 ただ、「いかなる手段をとったというのだ?」 「フフ、ゴーリキを使うのよ。」 「ゴーリキを!?」 「ああ、ゴーリキをあの学院に偶然いたフーケに使わせる。もし男がバビル2世ならば、3つのしもべを呼び寄せるはずだ。 なぜなら、バビル2世はゴーリキの攻撃をかわせても他の生徒には無理。となればバビル2世はしもべをあやつって、ほかの人間に 被害が出ぬように戦うはずだ。3つのしもべならゴーリキに引けを取らぬ大きさだからな。」 「ふむ。」 腕組みをして考えるジャキ。そして、 「一つ聞くが、フーケにはいかように話してあるのだ?バビル2世は心を強制的に読むことができるという。万が一でも警戒される ような情報をフーケに与えていれば、バビル2世はわれわれに気づくかもしれないのだぞ?」 はっとした表情になる白仮面。 「そういわれればそうだ。つい、フーケにはバビル2世という名前と、写真を渡してしまっている。」 「むむむ。」 脂汗を流し、見詰め合う二人。何分経ったのか。時が早く動くようにも、遅いようにも感じる。 「ならばわしが…」 と先に声を出したのはジャキであった。 「万一バビル2世であったらばフーケは捕らえられるだろう。そのときは心を読まれる前にわしがフーケを始末しよう。」 おぬしは急ぎゴーリキを運んでくるがいい。と言って消えるジャキ。炎はおろかたいまつ自体が一瞬にして消えうせた。 ジャキは現れたときから消えるまで、声以外に一切物音を立てなかった。 「不死身のジャキか。いつ私の行動に気づいたというのか。」 なんとなく虫の好かぬ男だ、と思う白仮面であった。 一撃で分厚い壁が粉々になった。 特に力を入れさせたわけではない。数発を叩き込んで破壊する気だったのだ。 「なにこれ……すごい!こんなのはじめて!」 OH!YES!と歓喜の声を上げたのはフーケである。まさかこれほどの力だとは。 最初にゴーレムのようなものを渡されたときはからかわれているのかと思った。 だが自分のゴーレムと融合させて使うといわれしぶしぶ試すと、現れたのは通常の3倍近い強さを誇るゴーレム。 おまけに拳を鉄に錬金する必要もなく、やすやすと壁を打ち抜くとは! 「ゴーリキだとかあの仮面は呼んでいたわね…。でも、この姿はあえて言うならビッグ・ゴールド!そうよ、無敵のゴーレム、 ビッグ・ゴールドよ!」 頭から飛び降り、すばやくレビテーションを唱えて、破壊した壁から宝物庫へ侵入するフーケ。 こうなっては逆に宝物庫にかけた固定化が、フーケを守る鎧となる。ゆうゆうと目的の破壊の杖を探すフーケ。 「な、なにこれ!」 「……。」 「あ、あれは!?」 「ゴーレム!?」 空中と地上でほぼ同時に叫ぶ4人。いや一人は叫んでいないけれども。 腕が魔法学院の本塔外壁を貫いている。あの場所は…… 「……宝物庫。」 そうだ、宝物庫だ。賊が進入したのか。 「なんだ、あれは!?」 「わかんないけど………。巨大な土ゴーレムね。」 ルイズは思い出していた。ゴーレムを使い白昼堂々盗みを働くという、噂の盗賊「土くれのフーケ」のことを。 穴から腕をつたって、人影がゴーレムに飛び乗った。何か筒状のモノを抱えている。 ゴーレムが動き出す。ちょうど4人のほうへ向かって、防壁を破壊し、木をへし折りながら悠然と進む。 「くうっ!」 怯える馬の手綱を操って、回避するバビル。 風竜が傍に降り立ち、タバサとキュルケが降りてくる。バビル2世も降りるが、ルイズのことを忘れてしまいほったらかしだ。 「あいつ、壁を破壊したようだがいったいなにを?」 ルイズに話しかけるバビル2世。だがいないことに気づき辺りを見回すと、馬の上から般若のような形相で睨むルイズの姿が。 慌ててエスコートするが、降りた途端弁慶の泣き所を思いっきり蹴られてしまう。 「宝物庫。」 再びタバサ。 「あの黒ローブ、出てきたとき何かを抱えていたわ」 「すると盗賊か?強盗っていうべきだろうか。」 草原の真ん中を歩いていた巨大なゴーレムは、突然ぐしゃりと崩れ落ちた。 土の山と化したゴーレムの中から、岩の塊らしきものが飛び上がり、空の彼方へ消えていく。 慌てて小山の元へ駆け寄るが、ボタ山以外に何もなく、黒ローブの姿も形も、遺留品の一つも残さず消えていた。 前へ / トップへ / 次へ