約 406,273 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5969.html
涼宮ハルヒの切望Ⅷ―side H K― そこにはあたしが、ううんあたしたちが望む光景があった。 あたしの手をどこか感慨深げに、それでいて少し震えてつかんでいるキョンを正面に捉えている。 彼の足もまた、しっかりと部室の床を踏みしめていた。 戻ってきた…… 戻ってこられたんだ…… あたしの全身も感激に打ち震えている。 しばし見つめ合うあたしとキョン。 いつもならこんなことには決してならないんだろうけど。 でもこの雰囲気になれば次の展開はこうなって当然なの。 「キョン!」「ハルヒ!」 呼び合いながらあたしたちは抱擁し合う。 お互い強く深く力を込めて。 「このバカ……どこ行ってたのよ……」 「すまねえ……お前に迷惑かけちまって……」 抱きしめ合いながら、嬉し涙を浮かべているのに悪態付いてるあたしだけど、それでもキョンには本当のあたしの気持ちが届いていることが理解できる謝罪の言葉が聞こえてくる。 それが心から嬉しい。 キョンに向けられている有希、古泉くん、みくるちゃんの視線はあたしも嬉しい。 安堵、慈しみ、喜び。 この三つの視線は全部、あたしと同じ気持ち。SOS団は異体同心一蓮托生。それを再認識できて嬉しかった。 みんなキョンのことを本当に心配してくれていた。 それがあたしの感動をより一層大きくさせてくれる。 その余韻に浸ることしばし。 と言うか、ずっとこうしていたいくらいなんだけど―― 『感動の再会のところ悪いけど、一つ、留意してほしいことがあるの』 なんとなく少し遠いマイクでしゃべっているような声があたしの左後ろから聞こえてきて、反射的に、でもちょっとゆっくりと肩越しに振り向いてあたしは思わず目を見開いた。 うそ……まさか…… キョンと再会した感動とはまったく別の感情であたしの全身が震える。 端的に言うなら驚嘆もしくは愕然。 だって、そこにその人がいるなんて信じられないんだから…… でも絶対に忘れられない人だったから…… そこにはなんとなくノイズ走りまくりの古いテレビの画面みたいな感じで、去年の文化祭の時の有希みたいな恰好を、魔女っ子ファッションの少女に見える女性がいた。 「キョン……もしかして、あんたが行っていた世界って……」 「まあ、な……おかげでこっちの世界に帰してもらえたって気がしないでもない……」 言って苦笑を浮かべるキョン。後ろ頭も掻いている。 「あ……」 『もう悠長に話している時間はないから用件だけ言うわ。それに前も言ったとおり、私と、そして彼女のことは忘れちゃっていいから。んで説明は魔法の知識に抜きん出ている彼女にしてもらうね』 あたしが呼びかけようとして、しかし彼女は少し名残惜しそうな笑顔を浮かべていたけど遮って、 って、彼女? 誰のこと? 「ハルヒ……反対側だ……」 キョンの声もなぜか震えている。この震えはどちらかと言えば呆然に近いわね…… 信じられないものを見るような感じのもの。 と言う訳であたしは視線を今度は右後ろに移す。 そこには、 「えっ!?」 あたしが思わず声をあげてしまうのは無理ないってもんよ! だって、そこにもノイズ画像で一人、女の人が佇んでいたし! それもみくるちゃん張りに起伏にとんだプロポーションもさることながら、そのヘアカラーは筆舌しがたいものがあるわよ! いやまあ言葉にすれば簡単なんだけど実際、こんな色に染める人なんていないだろうってくらい鮮やかな桃色なんだもん! 「言っておくがハルヒ……あの人のあの髪の色は地毛らしいからあんまり好奇の視線を向けん方がいいぞ……」 キョンの何とも言えない苦渋に満ちた感じの注釈が聞こえてきたし。それも小声って。 ふと前を見てみれば、古泉くんとみくるちゃんは絶句しているみたいだし、有希は無表情に見えるけどどこかその漆黒の瞳がいつもより丸みを帯びている。 そりゃそうよね。あたしだっていまだに事態が飲み込めないんだもん。 『今、あたしたちがお互いに見えるのはこの異次元召喚術の魔力余波だから。でもそれは本当にしばらくの間。その余波がなくなればお互い見えなくなるわ。なんせ存在する世界が違う訳だからね。一時的にこの世界とあたしたちの世界が鏡を隔てて繋がっていると思ってもらえばいいのかしら。ちなみにこの場合の鏡は次元断層って意味よ』 異次元とか召喚術とか魔力て。なんか桃色の髪と魔女っ子マントスタイルがあいまって見た目通りの人なのかな? 「向こうの世界だと常識なんだよ。実際に俺も体験してしまったから今のあの人の言葉を穿って見れん」 「そうなの?」 キョンの苦笑にきょとんと返すあたし。 『キョンくん』 「あ、はい」 桃色の髪の人がキョンに呼びかける。 んで、なんかよく分からない理論を交えて説明しているんだけど…… 『――って、あら? どうやらここまでで限界みたいね。あたしたちから見えるあなたたちが急激に薄れていくから、そっちでもあたしたちが見えなくなってきたんじゃない? でもまあいいわ。言いたいことは全部言えたから』 「ちょ、ちょっと待ってください! 今の話本当なんですか!?」 あっけらかんと話を終えようとする桃色の髪の人にキョンが焦った声あげてるし。 んまあ、彼女の説明に意味不明な単語と理論は混ざっていたことはさておき、あたしにも彼女が言った意味が何かは理解できたわ。 と言うか何でそれで焦らなきゃいけないのよ。別に今までと変わんないじゃない。 『え? あなたたち、そういう関係なの? なぁんだ。だったら確かに変わんないと言えば変わんないか』 「認めんで下さい!」 『そうは言うけどさ。あれ以外にこっちにキョンくんを送れる方法なかったし仕方ないじゃない。それとも何? あたしたちの世界で生きられると思ってるの? あの取り乱した様子を見るとそうは思えなかったけど』 「うぐ……」 ぷぷっ、向こうで何やったのキョン? 「う、うるせえ! 単にこっちの世界に帰りたいって泣き叫んだだけだ! 悪いか!」 『まあそうなるのは仕方ないわよ。あたしも経験あるしね』 キョンの居直り言葉を聞いて桃色の髪の人が苦笑を浮かべている。 そっか。んじゃあからかっちゃ悪いわね。たぶん、あたしも元の世界に戻れないとなったら取り乱すだろうし。 「今回のことは感謝する」 有希が毅然と切り出した。 あ、そういえばそうよね。この人たちの協力がなかったならキョンはこっちに戻れなかったんだから。 『いいわよ。お互い様だから。私たちだってあなたたちの協力がなかったら彼をこっちに戻せなかったもの。それに私たちは以前、その二人に救われたことあったし、そのお礼の一環でしかないわ』 ――!! 「待って!」 あたしは思わず呼びとめた。 「あたしは――あたしは!」 悲壮感を漂わせたあたしは消えゆく二人に言葉になっていない言葉をかけるしかできなかった。 だって、あのことはあたしの所為なんだし…… 『事の真相は全部キョンくんから聞いた』 え……? 『でも同じことでしょ? 彼があなたのことを教えたから、あなたは世界創造を止めてくれた。もし彼が教えなかったらあなたは気づくことができなくて私たちの世界は崩壊してた。ならやっぱり私と私たちの世界を救ってくれたのはあなたたち二人。違う?』 『だからあたしたちの気持ちは変わらない。これまでもこれからもあなたたちへの感謝は忘れないわ』 こんな風に言われてもやっぱりあたしの中では彼女たちへの贖罪の気持ちが消えない。 ただ、なんとなく肩の重荷が少し軽くなった気がする。 それはどうして? と問われても答えられないんだけど。 『じゃあね――』 最後に二人がとびっきりの微笑みを浮かべると同時に、音もなく二人の姿はまるでこの部室に溶け込むかのように薄くなっていく。やがて目に見えなくなったとき、なぜか部室にさらさら流れる細いガラスのような結晶が降っているような幻覚が見えた気がしたと思ったら、二人の余韻すらもこの場から消滅した気がした―― ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ さて、ここからは後日談になる。 俺はこっちの世界に戻ってきて、昨日までとにかく色々な人に頭を下げて回った。しかもその度に俺の頭を押さえつけていたのは愛想笑いを浮かべて常に俺の横にいたハルヒだ。 当日は二年五組と鶴屋さん。 んでSOS団には土曜日に全員奢りという詫びを入れさせられた。つっても、これはいつもと変わらんか。 そして翌週水曜日。その日の放課後、おそらくは詳しい説明を聞けるであろう人物への元へととにかく急いだ。 なんでも今回の件で三日ほどのメンテナンスが必要になったとかでそいつは昨日と今日、学校を休んでいたから。実は土曜日も無理して来ていたらしい。 その証拠に昼食後、あっさり帰宅したもんな。 おっと俺は別にハルヒに聞かれたくなかったから急いだわけじゃないぜ。 と言うか、ハルヒはもう、俺がジョン・スミスで、長門が宇宙人で、朝比奈さんが未来人で、古泉が超能力者だってことを知ってしまっているんだ。 てな訳で、俺が部室に急いだ理由は単に逸る気持ちを抑えられなかった、ただそれだけだ。 なんたって最大の謎はまだ残されたままだったからな。 が、文芸部室に入って、朝比奈さんの生着替えを目撃してしまったものだから、朝比奈さんの悲鳴が外に漏れないように急いでドアを閉めて廊下で待つことしばし。 ひ、久しぶりだったのと事の真相を知りたかった探究心が勝ってしまっていたんだよ! ノックしなかったのは単に忘れていただけだ! 「ど、どうぞ……」 う、ううん……部室からまだ恥じらった声が聞こえましたね…… 俺は多少、後ろ暗い気持ちでドアをくぐる。 むろん、そこには朝比奈さんがまだ少し頬を赤く染められて困った顔して佇んでいらっしゃいました。 いや本当にすみません。 「いえ……あたしこそ鍵もかけずに……」 などと言う謝り合いの会話を交わした後、俺は目的の人物の傍に行った。 「今回の出来事は情報統合思念体の終末派が目論んだこと」 で、近づいた途端、普段は挨拶するまで物言わぬ文芸部長にしてSOS団の読書係はハードカバーから目もあげずに切り出してきたんだ。しかし何とも言えん寒々とした雰囲気はいったい何なのか? まあ今はいいか。とりあえず真面目に話をしておきたいからな。 「終末派だと? 確かお前から聞いたのは主流派、急進派、穏健派、革新派、折衷派、思索派ではなかったか? 終末派なんて初めて聞いたぜ」 「わたしも最近知った。今回のことで情報統合思念体が教えてくれた」 なぜお前に知らされなかったんだ? 「必要無かったから」 いやそれを言ったら身も蓋もないだろう。まあ確かにお前の任務はハルヒの監視であり、ハルヒの護衛だから…… って、最近って言ったよな? 知ったのはいつだ!? 「あなたが異世界に飛ばされた翌日」 なんとまあ、と言うことは今はその派閥を知っておく必要ができたってことだ。 「終末派は情報統合思念体の中でも異質。意味に齟齬を生むかもしれないが生命体が持つ根本的な感情が欠けた存在」 思念体を生命体と表現するのはまあ確かに変な感じはする。だが長門は俺に解るように説明するためにあえて使ったんだ。 「以前、説明した通り、我々情報統合思念体は派閥の志はどうあれ、自律進化を目的としている。それがわたし、朝倉涼子、喜緑江美里がこの地に存在する理由。主張は違うが皆、自律進化を念頭に置いている。それだけは同じ意志」 朝倉はもういないがな。 「しかし終末派は自律進化を放棄した意思。よってその思考は自らが滅ぶことしか念頭にない。そしてそれは生命体すべてが持っている思考とは真逆に位置するもの」 なるほどな。確かに俺たち人間は誰しも死にたくないと願い生きることに対して執着する。それは長門の親玉もそうなのだろう。放っておけば滅びの一途を辿るなら、藁に縋ってでもなんとか生き長らえる方法を模索するのは当然ってことだ。なんと言っても命の有無は別にして『生きている者』だからな。 つまり、終末派ってのは死にたがりの連中だ。自殺志願者と言っても過言じゃないかもしれん。 「涼宮ハルヒが世界を滅亡させれば自分たちも滅びることができる。だからあなたを別の世界へと追いやった。正確には別の世界ではなく次元断層に放り込んだ。なぜなら彼らも自らの意思を持って異なる世界には行くことができないから」 何で俺なんだ? 「あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。鍵がなくなればその扉に意味はない。扉は我々にとって新しい自律進化への道筋をつけるための指針」 そりゃまあ鍵のない扉なんて意味ないだろうな。鍵がなきゃ扉を付ける必要なんざないわけで…… って、まさか! 「その通り。鍵=あなたがいない世界では涼宮ハルヒは何も意味がないと考えた。だから滅亡の危機に瀕した。そしてこれが終末派の狙い」 う、ううん……なあ世界、本当にそれでいいのか? それも今の『世界』ってのは全宇宙を指しての『世界』なんだぜ? そんな、俺にはとっても理解できそうにない広大な世界が俺なんぞに振り回されてるなんて思いっきり理不尽としか思えんぞ。 と言うか、何で俺は次元断層に放り込まれただけで済んだんだよ。今のハルヒに世界を滅亡させたいなら俺の命を奪う方が早くないか? 現実に朝倉もそうやろうとしたんだぜ。 「次元断層に放り込んだ時点で有機生命体はほどなくその生命活動を完全停止する。だから生きていても死んでいても大差ない」 そ、そうですか……さらっととんでもないことを言う。 てっきり終末派とやらが情けをかけたのかとも考えたんだが全然違うらしいな。と言うか全く逆じゃないか。 ったく、死にたいなら自分だけ逝けっての。無関係の連中を巻き込むんじゃねえよ。 「土曜日にあなたと涼宮ハルヒが口論になったことを利用した。それゆえわたしも涼宮ハルヒの力によって一時的にあなたが消失した、と誤解した」 なるほどな。確かに俺はハルヒが『あんたの顔なんて見たくない』と聞いただけで『どこかへ消えてしまえばいい』という言葉聞いていないんだ。もっとも、あの言葉を意訳すれば『あたしの前から消えなさい』と受け取れないこともないわけでそれが長門を誤解させてしまったんだ。 「なあ、ひょっとして俺はこれからも朝倉や、今回の奴みたいな連中に襲われたりするのか?」 「大丈夫」 ここで初めて長門は視線を俺に向けた。その瞳には珍しく強い決意の炎が燃えている。 「わたしがさせない」 なんとも頼もしい言葉だね。しかしだな。言っておくが俺だって、お前やハルヒ、朝比奈さんを守りたいと思っているぜ。もちろん古泉もだ。 「そう」 長門がミクロ単位で頷き、そして続けてきた。 「わたしからも聞きたいことがある」 どうにもさっきの寒々とした雰囲気は完全に消え失せてしまったようである。 いったいさっきのは何だったんだ? 「頭髪が桃色の異世界有機体が言ったことは本当?」 って、ああ、あの言葉か。 「いやまあ……たぶん本当なんだろうぜ……」 俺は苦虫をつぶした顔をした。 そう言えば、どうして俺が戻ってこれたのかの詳細な説明がまだだったな。 それを今、少しだけ説明させてもらう。 まあ何だ。あの二人は召喚魔法を利用してこっちの世界と向こうの世界を一時的に連結させたんだ。 それはハルヒ、長門、朝比奈さん、古泉にあの二人の立ち位置が関係している。 俺を中心に長門が俺の真後ろ、ハルヒが俺の正面に立ち、あとの四人が中心から俺とハルヒ(長門でもいいぞ)の間隔で60度ずつずれて立つとどうなるか分かるかい? まあ答えを言ってしまえば正三角形を二つ重ねて丸で囲んだ形、すなわち六芒星魔方陣だ。これは二つの世界を隔てていたとしても効果があるとのこと。 なぜなら向こうの世界では召喚術を用いるときに使う呪紋だそうで主に悪魔や魔獣とかいう地底世界にいる輩を呼び出すものらしい。 んで、六芒星魔方陣は地底世界と地上世界を繋ぐ扉ということだ。 この理屈をあの二人は応用したんだ。 もっとも同一世界じゃなく異世界間なわけだから通常の召喚術で成功するはずがなかった。 ところが、あの時、俺とハルヒの持っていた小石が二つの世界を繋げていた。そして俺の予想通りで、異世界への扉を開くトリガーの力を持つSOS団のエンブレムと、異世界との境界線が著しく弱くなっている文芸部室の超空間とを利用してハルヒが無意識に、しかし一心に願ったからこそ、あの小石を通じて俺の元へと線を繋げることができたんだ。まあいくらハルヒでもそこまでが限界だったんだがな。んであの魔石を作ったのと魔力を吹き込んだのはあの二人だ。それがマジで呼応したらしい。つーことはあの二人は人間の身でありながら、その力を次元断層にまで及ぼせるってことか? まあそれくらいの力は持っているみたいだったが…… んで、その線が召喚の伏線になったんだ。 後は『同一意志』が『異空間に入り込んで』線を確認し、その線を利用して『空間を越えて』、向こうからも『道を繋ぎ』、召喚させるために『扉を開いた』って経過だ。 つまり、あの二人が使った魔法はテレポテーションと召喚術の合体魔法。 俺を元の世界に飛ばすためにテレポテーションを使い、呼び出すために召喚魔法を使ったってことだ。 ただ、確か胡散臭い本によれば六芒星魔方陣はもっと何か書いてあった気がするし、あんな小さいものじゃなかったはずなんだ、なんて考えたのだが、結構ガックリくる答えをあの二人は言ってくれた。 何の魔力も持たないごく普通の一般人に属する俺くらいなら簡易魔法陣で充分なんだってよ。複雑な魔法陣を利用するものは呼び出すモノが強力な魔力を持っていたり力があったりする場合でそれを服従させるためにより複雑な.呪紋が必要になるって説明だった。 なんかえらく馬鹿にされた気分だったぜ。 で、長門が聞いてきた俺が受けた留意事項というやつなんだが…… ああ分かったよ! 言うさ! たぶん、『召喚術』って言葉が出た時点で想像できたとは思うが、あの術には『呼ばれた側』は『呼んだ側』に絶対服従してしまうというルールがあるんだ。 言っておくが校則とか条例とか六法なんて甘っちょろい文面法律なんかじゃないぜ。あんなもの罰則とか罰金さえ気にしなければいくらでも破ることはできるんだ。まあできれば破りたくはないがな。 ところが今回の場合、なんだか潜在意識とか深層心理の部分で逆らえないんだ。 逆らうことにあからさまなセーフティーがかかってしまってる。これがどうい意味か分かるか? 俺はハルヒにこっちに呼ばれた扱いになったんだ。 もうお分かりだよな。 そうだよ。俺はハルヒの本気でやることなすこと命令することに愚痴は言えても行動としてはまったく逆らえなくなったんだ。 パンを買ってきて、と言われれば条件反射のように行ってしまうし、ジュースを買ってきて、と言われれば迷わず販売機へ向かう。 弁当を盗み食いされたときは「いいじゃない! 団長命令よ!」と言われてしまったときになぜか押し黙ってしまったんだ。 ったく、これはいったいどういう冗談なんだ。 というか冗談じゃないから始末が悪い。 何? それじゃ今までとあんまり変わらないんじゃないか、だと。 ……ま、まあ確かにそうと言われればそうかもしれんが……って、そうじゃなくて! 「それについては対処可能」 え? 長門、今何て? 「手を出して」 ええっと、ひょっとして傍若無人な鬼団長の文字通り走狗と成り果てたワタシめを救ってくださるのですか? 長門大明神様。 「あなたの体面に対情報操作用遮蔽スクリーンを展開させる。今、あなたに起こっている現象は涼宮ハルヒの力ではなく、召喚術の情報によるもの。だから対処可能」 ああ長門さまが女神に見えまする。 俺はうれし涙をあからさまに流しつつ、腕まくりをしようとして、 「遅れてごっめ~~~ん! みんな揃ってる~~~?」 とっても明るい挨拶とともに豪快にドアを開ける音が俺の行動を自制させてくれました。 ふぅ……危ない危ない…… ま、まあ処置は後からしてもらおう。 「まだ古泉が来てないぞ」 という訳で俺は努めて平静を装ってハルヒに声をかける。 「あらそうなの? じゃあ古泉くんが来てからにしないとね」 「何をだ?」 「ふっふうん♪ お楽しみに♡」 言って上機嫌な笑顔のまま、ハルヒは団長席にドカッと腰を落とす。 しかしまあ、こいつの『お楽しみに』ってのはたいてい俺にとっては碌でもないことなのだから、できればこのまま古泉が現れん方が―― 「どうも遅れてすみません。ちょっと掃除に手間がかかりまして」 って、もう来るか? で、毎度毎度常套句で申し訳ないが、先述通り『俺にとっては碌でもない』ハルヒの『お楽しみに』だが、やっぱり俺にとっては碌でもないことになったのである。 しかも今回は完全に俺のみだ。SOS団の他の団員には何も被害が及ばないたくらみだったんだ。 「あ、よし! じゃあ全員揃ったところでミーティングを始めるわよ!」 言ってハルヒがいつも通り団長席の椅子に仁王立ちに―― ならない? 机の前に来て口を開く。 「さて、今回はキョンがあたしたちに多大な迷惑をかけました! それも異世界の人たちを巻き込んでという犯罪に等しいくらいの迷惑を!」 うぐ……俺の所為じゃなくてお前に関わったばっかりに俺は目をつけられただけなのに…… 「ですが、今回はキョンのことは不問にします! だってキョンも反省してるでしょうから!」 へいへい分かりましたよ。もうそれでようござんす。 どうせ反論したってこいつは聞く耳持たないし、他の奴らは擁護してくれん。 「しかぁし! その中で今回、あたしとSOS団はとある人物によって大変救われました! その功績を讃えて、かの人物に我がSOS団の特別役職を進呈したいと思います!」 はあ? まさかあの二人の魔法使いにか? 言っておくが再会する可能性は完璧に極めてしまったくらい低くなったぞ。なんたってお前がそれを認識してしまったからな。となれば自由に行き来できる可能性は限りなくゼロになったってことだ。 まあ仕方ないjか。 長門に言われたらしいからな。 俺をこの世界に戻してくれた確率が奇跡を超越した偶然によるものだってよ。それにあの人にも言われたことをハルヒが受けれてしまっているんだ。 下手をすればすべての異世界へ行くことができなくなってしまったんじゃないか? などと心の中で呟いている俺を尻目にハルヒは、どこからともなくいつもの赤い腕章と油性のマジックペンを取り出してキュッキュッとなにやら書いている。 しばしの沈黙。 俺はだるそうに、古泉は無意味にニヤケながら、朝比奈さんは少し戸惑い気味に、んで、長門もハードカバーから目をあげてハルヒを見つめている。 そして、 振り返ったハルヒの表情には炎天下の真夏を思わせる赤道直下の笑顔が浮かんでいた。 バンとどうにも俺に突きつけているように見えるのだが、その腕章にはこう書かれていた。 『団長代理』 何で俺に突きつけているのか分からんが一つだけ分かっていることがある。それは俺に対してのものじゃないということだ。 「キョン、これ何て読む?」 「『だんちょうだいり』だろ? で、それを誰に進呈するんだ?」 「あら? 自分だとは思わなかったの?」 思う訳ないだろ。お前はさっき言ってたじゃないか。『俺が迷惑をかけた』って。 そんな奴にお前がそんな重大な役職を与えるとは思えん。むしろ雑用係からも降格させられるんじゃないかとビクビクしていたくらいだ。 「ふっふうん。ずいぶん殊勝な態度ね。でもまあその心意気は買ってあげるわ。今回は降格人事なしにしてあげる」 ありがたいこって。 「これはね! 有希に進呈します!」 「わたし?」 珍しく長門が疑問形の声を漏らしたぞ。 「そうよ。今回の有希の行動は、あたしとSOS団に対して多大な貢献をもたらしたわ。だからこれを受け取ってほしいの。有希がいなかったら、ううん、有希の冷静な判断と多才な知識がなかったらキョンはこっちに帰ってこれなかったかもしれない」 ハルヒが珍しく慈しむような、それでいて感謝している柔和な笑みを浮かべているだと!? 「そう……」 返事を返した長門はハルヒが差し出した腕章を静かに受け取った。 「さてキョン! よく聞きなさい! この『団長代理』がどんな役職かを!』 何で俺にだけ言うんだよ。だいたいSOS団の役職なら古泉と朝比奈さんにも効力を及ぼすんだろ? 「何言ってんの。古泉くんとみくるちゃんは注意しなくてもちゃんと聞いているから大丈夫なの。でも、あんたは話半分も聞いてないじゃない」 いや聞いているぞ。ただ単に聞き流しているだけで。 「この『団長代理』って役職はね」 という俺のツッコミは無視してハルヒは得意満面の笑みで続けた。 「団長のあたしと同じ権限を持つってこととよ! 分かる? SOS団を指揮してもいいってこと! 当然、あんたに命令するのもOK! まあそれでもあたしの命令の方が優先だけどね!」 だから何で俺だけに言うんだって―― って、今、何つった!? 「ん? どうしたのよ? 何か変な顔になってるわよ」 「変な顔は余計だ。今、長門にお前と同じ権限を持たせるって言わなかったか!?」 「言ったわよ。だって、今回の有希の行動は本来、あたしがしなくちゃいけないことだったんだから。でも、あたしは動転してほとんど何もできなかった。だから今後、そういう事態に陥った時に、ましてやあたしがその場にいなかったときに陣頭指揮する人が必要じゃない。それを有希にやってもらいたいって思うのは当然でしょ」 ハルヒの説明を終えて、俺は即座に長門に視線を移した。 そこには『団長代理』という腕章をやわらかく握りしめるいつも通り無為無表情の彼女が佇んでいるわけだが…… 「……」 「……」 この三点リーダは俺と長門のものだ。 しかし意味合いは全然違う。 俺は長門の涼やかな漆黒の瞳の奥に潜む感情に気付いてしまったからだ。そして俺の長門に対する洞察力が間違っていなければその瞳はこう言ってやがるのである。 『対情報操作用遮蔽スクリーンの展開を中止する』 「……」 「……」 再び、同じ三点リーダ沈黙で、しかしその内に秘めたる思惑はまったく違う感情で見つめ合う俺と長門。 が、先に瞳を逸らしたのは長門の方だ。 んで、 「分かった。『団長代理』の職、了承する」 なんとも珍しくはっきりした声で決意表明をしてくれる。 しかもなんとなくその声色にはどことなく、俺に対してほくそ笑んでいるような気さえしたんだ。 「ありがとう! 有希! これであたしのSOS団もまた安泰よ!」 ハルヒの歓喜の声に古泉と朝比奈さんの拍手が重なり、俺だけが暗澹たる気分を底なしの深淵の底へと沈めていた。 そうさ。長門は気付いたんだ。ハルヒの言葉が何を意味するかを。 ハルヒには本気で『為る』と思えばそれを現実にしてしまうはた迷惑な能力があるわけで、しかも『俺に命令するのもOK』と言ったんだ。 つまり、『団長代理』という肩書は見せかけではなく、俺は召喚術の後遺症で長門の命令にも絶対服従という責務を負ってしまったことになる。 という訳で長門の奴は対情報操作用遮蔽スクリーンを展開の中止を決断するに至ったんだ。 やれやれ。俺の心の平穏は何処に行っちまったんだ。これなら向こうの世界で暮らした方がマシだったんじゃないか? などと考える俺に、 「こらキョン! あなたも有希に拍手を送りなさいよ! なんたって晴れの儀式なんだからね!」 「祝福して」 ハルヒと長門の声が届く。 で、俺は今、二人に絶対服従の身なわけだから、ハルヒの命を受け盛大な拍手を送った後、長門に祝福のスピーチをかましたのである。 何? どんなスピーチだったかだと? むろん禁則事項だ。とても人に言えるものではない。 なぜなら語彙が乏しくてあまり気の利いた話になっていなかったかもしれんから内心忸怩たる思いを抱いたからな。 そうだ。内容はともかく周りの雰囲気がどうなったかくらいは言っておこう。 そのスピーチの後、ハルヒの機嫌が妙に悪くなり、しかし長門はある程度満足げな表情を浮かべて、朝比奈さんはガタガタ震え出し、古泉の携帯に緊急連絡が入ったんだったかな。 んで、俺は必死にハルヒのご機嫌取りに奮闘したのである。 まあ概ねSOS団の普段とそうは変わらんが。 な、君もそう思うだろ? 涼宮ハルヒの切望(完)
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1617.html
「今度の夏合宿は○○県横泉郷(おうせんごう)にいくわよ!」 ハルヒのこの一言により俺達の夏合宿はめでたくミステリーツアーに 決定された。 ここから電車とバスに揺られること数時間、山奥の閑静な村だそうだ。 避暑にはもってこいかもしれないが最近失踪事件が続いており それ系の業界ではミステリースポットとして有名らしい。 なんでわざわざこういう所を選ぶんだろうね、ホント。 「さあ今回の合宿はみんなで真夏の怪談を体験するわよ!」 そう言って目を輝かせるハルヒと対照的に他のメンバーが 浮かない顔をしているのが少しだけ気になった。 その後も準備やら何やらで色々あったが、あっという間に 時間は過ぎ去り今日はいよいよ合宿当日だ。 因みに旅の手配をした古泉が5人分しか部屋を確保できなかった為 今回の合宿はSOS団の面々のみで行う事になっている。 電車を乗り継ぎ、延々と山道を通ってきたバスを降りると そこは正しく夏と呼ぶに相応しい世界だった。 山奥という事で快適な避暑生活を期待したのが むしろこっちの方が暑いかもしれない。 だがそれさえ我慢すれば本当に閑静な所で雄大な自然の中 都会の喧騒を忘れるのには丁度良さそうだった。 途中ですれ違った村の人やこれから泊まるバンガローの オーナーもおおらかでここの土地柄が良く表れていた。 そんな状況なのだから誰しもせわしない日常を忘れゆったりと 過ごそうとするものだが、ここにそうは思わない心の貧しい奴がいた。 もちろんハルヒである。 「何言ってんのよ。早速噂のミステリースポットに行くわよ!」 やれやれ。そのミステリースポットとやらは俺達の泊まるバンガローから 歩いて1時間くらいの所にあるらしい。途中、村の人にも聞いてみたから 間違いないだろう。 炎天下の中、1時間も歩くのは想像以上にきつかったが 俺達はやがて開けた丘に辿り着いた。 丘の上には樹齢千年を超えていそうな大木がそびえ立ち その周りを等身大の石柱が取り囲んでいる。 大木と石柱は注連縄で結ばれており下向きに尖った三角に×印を 重ねたような模様が随所に描かれていた。 「噂じゃこの御神木にいたずらすると祟りに遭って失踪しちゃうらしいわ。 やっぱりここは定番通り落書きかしらね。」 おいおい、どこの小学生だよ俺達は。 「そうですね、ここはもう少し観察されてみてはいかがでしょうか。」 「いたずらは止めた方が良いと思います。祟りは怖いです。」 投げやりに突っ込んだ俺に古泉と朝比奈さんが同調した。 いつもはハルヒの太鼓持ちなのに珍しいな、古泉。 「もうみんな何言ってるのよ。多少のリスクは覚悟しないとこの世の 不思議になんていつまで経っても遭えないわよ!」 そう言ってハルヒは大木をバシっと叩いた。さして力を入れた様にも 見えなかったし、いくらハルヒが馬鹿力だからってそのリアクションは いかがなものかと思うのだが… 次の瞬間いきなり大地が激しくのたうち俺達は地面に打ち付けられていた。 痛てて… どれくらい動けないでいたのか分からないが俺は痛む体を起こして周りを見る。 みんな転んではいるが無事なようだ。 とりあえず一安心したが、俺はすぐ絶句する事になる。 なんとハルヒが叩いた所から大木が縦に裂け…真っ二つに…割れていたのだ!! どうなってんだ、これ。 「えっ!嘘っ、あたしはちょっとはたいただけで…」 珍しく狼狽するハルヒに古泉がフォローを入れた。 「きっと今の地震のせいでしょう。僕達が来ても来なくても こうなっていたと思いますよ。」 そして古泉は額に手を当てて熟考するような素振りを見せてから付け加えた。 「むしろ僕達はここに来なかった。ここに来る前に地震に遭い宿が心配になって 引き返した。そういう事にした方がいいでしょう。」 おいおい、そこまでしなくてもいいんじゃないか? 「僕達が原因ではないのですし、あなたも村人から要らぬ誤解を 受けたくは無いでしょう?」 「そうね、きっとその方がいいわ。せっかくミステリースポットに来たのに 残念だけど、村に引き返しましょう。」 流石に動揺しているのかハルヒはぎこちなくそう言った。 みんな立ち上がって帰ろうとする中、朝比奈さんがまだヘタリ込んでいた。 大丈夫ですか?と呼びかけたが反応が無い。腰でも抜かしてしまったのかと思い 近寄ると朝比奈さんは目を大きく見開いて何かを呟いていた。 声が小さすぎて聞き取れないが一定の動作を繰り返す唇を必死で追う。 「………チ………、 ………チ……タ、 ……レチ……タ、 ……レチ…ッタ、 …ワレチ…ッタ、 え?… 「 ノ ロ ワ レ チ ャ ッ タ、…」 !!!? 「呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、 呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、 呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、…」 お、落ち着いて朝比奈さん。今のはたまたま地震が起きただけで 俺達とは無関係ですよ。 俺は彼女をなんとか安心させようとするが朝比奈さんはガクガクと震えながら 声にならない声をただただ繰り返していた。目には涙まで浮かべている。 「ちょっとみくるちゃん、しっかりして!」 ハルヒも駆け寄ってきたが朝比奈さんはまるで気がつかない。 10分くらいは待っただろうか、それでも朝比奈さんの様子は変わらなかった。 「仕方ありませんね、とりあえずあなたと僕で朝比奈さんを支えて戻りましょう。」 「そうね、じゃあキョン、古泉君頼んだわよ。」 もう少し待っても良いだろうにとも思ったが、朝比奈さんが落ち着きそうにないのも 確かなので俺は古泉と共に朝比奈さんを両脇から支えて歩き出した。 結局、朝比奈さんはバンガローに着くまで同じ言葉を繰り返していた。 バンガローの前ではオーナーが俺達の帰りを待ってくれていた。 先程の地震で事故に巻き込まれてないか心配して見に来てくれたらしい。 でも最初は分かったその顔も分かれる時には影に染まってもう識別できなかった。 誰そ彼時とは言うがこんなにも分からなくなるものだろうか。 人間じゃないみたいだ…何故だかわからないが不意にそんな考えが浮かんで消えた。 翌日、昼前にまたオーナーが家で取れたからと野菜を一盛り持ってきてくれた。 ありがたく受け取りお礼を述べる。 「ええよ、ええよ。あんた方はシラハさんなんだからゆっくりしていってーな。」 シラハさん?この地方の方言だろうか? 「ああ、大事なお客さんってところだよ。 それと昨日の地震で崖崩れが起きて、麓への道が埋もれてしまったんよ。 あんた方、明日帰るって言ってたけど3、4日は麓まで行けんみたいなんよ。 もし当てがなければずっとここ使ってええよ。料金も前払いしてもらった分だけで ええから。」 それは有り難い。丁重にお礼を言っておく。 それにしても終始笑みを浮かべて気さくに話してくれているのに その表情は作り物めいていて薄気味悪さを感じてしまうのは何故だろう。 やはり後ろ暗い事があると萎縮してそんな風に感じてしまうのか…? 昨日は流石に大人しかったハルヒだが夜が明けるとすっかり いつものペースに戻っていた。 朝比奈さんは平静を装っていたが時たま黙り込んでは考え事をしている。 確かに昨日の様子は普通じゃなかったしね。 全くハルヒの奴も少しは大人しくなれば良いのに。 だがハルヒの横暴は止まらなかった。その夜はなんと怪談をやろうと 言い出したのだ。おいおい、朝比奈さんの事も考えろよ。 もう少し空気読む事を覚えてくれ。だがハルヒ以上に空気を読めない奴がいた。 「ちょっとここ横泉郷(おうせんごう)について調べてみたんですが 昔は別の名前で呼ばれていた様です。」 古泉だった。勿論ハルヒも興味津々で食いついた。 「へぇ、なんて呼ばれてたの?」 「横泉という字を分解すると、木、黄、泉に分けられます。昔ここは 黄泉山(よもつやま)と呼ばれ恐れられていました。文字通り死者の 住む山と考えられていたようですね。」 「なるほど。でもなんで横泉郷に変わっちゃったの?」 「ある時ここに天の神が降り立ちその身を御神木に変えてこの地を 平定したそうです。以来 木 の神によって平定された 黄泉 という事で 横泉と呼ばれるようになった様ですね。」 「えっ…その御神木ってまさか…」 流石のハルヒも顔を引きつらせる。 「はい、どうやら昨日のあの大木みたいですね。死者の地を平定していた神が 倒れた今この地はどうなってしまうのでしょう…とても興味深いところです。」 アホか。昨日の今日でよくこんな話ができるな。少しは空気を読め。 意外というか幸いだったのはこれを聞いても朝比奈さんが特に怖がらなかった事だが ハルヒといい古泉といいなんとかならんのかね、ホント。 古泉以外にネタを持っている人間が居なかったし、古泉の話で一気に クールダウンした為、怪談はそのままお開きになった。 バンガローには部屋が2つあるだけだったので、俺と古泉、女子3人で それぞれ1部屋という部屋分けになっている。 「あの話を敢えてしたのはあなたと涼宮さんに現状を知って欲しかったからですよ。」 部屋に戻ると古泉はそう切り出した。 おいおい、あの電波話が本当だと言うんじゃないだろうな? だが古泉は何も答えず両手をすくめただけだった。 …何が言いたいんだ、全くわからんぞ。 次の日もハルヒが虫取りをすると言って俺達は山の中を駆け回った。 全くどこからその元気は湧いてくるんだろうね。 夕方、晩飯までのしばしの間、俺はバンガローの窓辺で涼を取っていた。 だが蒸せるような暑さはいかんともし難く、間近に迫った山々から聞こえる セミ達の大合唱に意識は朦朧としていく。 まどろむ内に、どこからともなく子供達の歌が聞こえてきた。 「いたずらな わるいこは しらはのやがたてられる うそをつく わるいこは しらはのやがたてられる あやまらぬ わるいこは しらはのやがたてられる しらは さん しらは さん むらじゅう みんなに おいかけられる てんじんさまの そなえもの」 なんだ?何か引っかかる…しらはさん?この呼び名どこかで… …………………………………… ………………………… ……………… …… !!!!! そうだ、昨日オーナーが来た時確かに俺に向かって シラハさん と言っていた。 でもそれはただのお客って意味だって… なのに村中に追いかけられるってなんだよ!!! 確かにハルヒの奴は大木にいたずらをしようとしてた。 でも実際は何もしないうちに地震で大木は裂けてしまったじゃないか!! 別に俺達が嘘をついたわけじゃない… 謝る必要だって…無い筈だ!!! …いや単なる偶然だろう。昔の呼び名が変わり変わって使われる事だってあるさ。 そうさ、そうに…決まってる! ……… そう考えて何の気なしに、本当に何の気なしに窓の上を見上げて俺は戦慄した!!! そこには…刺さっていた… 装飾にしては余りにもおかしな突起物。 真っ白い羽根がバンガローの壁から生えていた… いや違う!壁に白羽の矢が突き刺さっていたのだ!!しかも2本!!! 慌てて隣のハルヒ達の部屋の壁も見てみる。 そこにもあった… 白羽の矢が… 3本…同じように壁から生えていたのだ!!! 俺は体調が悪いからと晩飯も早々に切り上げて部屋の布団に潜り込んだ。 とにかく今は寝よう。十分休息を取れば考えだってまとまるさ。 だが夢の中でも俺に平穏は訪れなかった… 誰かが呼んでる気がした。この声は………長…門? 「逃げて。」 長門!!?? おかしな話だが夢の中で俺は目覚めた。逃げろってどういう事だ? 「私ではダメだった。あなた達を守りきれなかった。だから…逃げて。」 ダメだったってどういう事だ!? 「もう時間がない…お願い、逃げて。」 おい、どういう事なんだ、長門!!闇に向かって呼びかけるが 長門の存在がどんどん希薄になっていくような錯覚に囚われる。 「また図書館に…」 前にも聞いたこの言葉。そうだ…あの時だって絶望的な状況だった。 だが俺達は無事帰ってきた!!なら…今回だって!!!! だが長門の言葉はこれだけでは終わらなかった。 「… … … …………………………………………いきたかった…」 っ!!!!!!???????!!!!!!! おい、長門。行きたかったってなんだよ!もう次が無いみたいな言い方は!! そんなのお前らしくないぞ!!! 俺は跳ね起きた。寝汗で体中ベトベトだったが今はそんな事はどうでもいい!!! 長門!!!!!無事でいてくれ!!!!俺は一目散に隣の部屋に向かっていた… 長門!!居たらここを開けてくれ!!長門!!! 俺は隣部屋の扉を乱暴に叩きつけながら声を張り上げた。 頼む…無事でいてくれ!! 「うっさいわね、今何時だと思ってんのよ。」 怒鳴り続けているとハルヒが不機嫌そうに答え、扉を開けた。 ハルヒ、長門は無事か!? 俺はすぐさま扉を押しのけハルヒ達の部屋に入る。 「ちょ、勝手に乙女の部屋に入らないでよね!」 緊急事態なんだ。そんなの構ってられるか!! 「ふえぇぇ。」 ズカズカと部屋に入ると朝比奈さんがビックリした表情でタオルケットを 握り締め俺を見上げていた。しかし長門の姿は…何処にも…無い! 「トイレにでも行ってるんでしょ。」 扉には鍵がかかっていたぞ!! 「じゃあ鍵を持っていったんでしょ。誰かさんみたいな変質者が 部屋に入ってくると困るしね。とにかく、寝ぼけるのもいい加減にしてよね。 今度あたしの安眠を妨害したら許さないんだからね!」 そう言うとハルヒは俺を部屋の外に押し出し、有無を言わさず扉を閉めた。 そんな………長門……どこに行っちまったんだ… 扉の前で呆然としているといつの間にか起き出していた古泉が声をかけてきた。 「トイレにも長門さんは居ないみたいですね。随分取り乱されてましたが 何かあったんですか?」 俺は部屋に戻るとさっき見た夢のことを古泉に話した。 「なるほど…単なる夢と片付けてしまうのは簡単ですが出てきた相手が 長門さんだけに気になりますね。たまたま散歩に出かけていた、という オチなら助かるんですが…」 この時間に散歩なんて不自然だろ!!また俺は声を荒らげていた。 「落ち着いて下さい。もし本当に何か起きているなら単独行動は危険です。 この時間に出歩くのもミイラ取りがミイラになりかねません。 それに本当に杞憂である可能性だって残っています。 …ひとまず今夜は休みましょう。」 反論しようと思ったが出来の悪い俺の口はついに言葉を紡ぐ事はなかった。 …俺は力なく布団に横たわる。 「逃げて。」 悲しげにそう言った長門の声がいつまでも頭から離れなかった… 気がつけばいつの間にか夜は明けていた。 結局俺はほとんど眠ることができなかった。 そして…朝になっても長門は戻っていなかった。 流石にハルヒもやばいと思ったのだろう村の人達にも応援を頼み みんなで方々を探し回った。 (俺は村人に得体の知れない何かを感じていたので、正直あまり村人と 接触したくはなかったのが、そうも言ってられない。 あと、長門が行方不明だと分かるやまた朝比奈さんが真っ青な顔で 錯乱状態になった為、朝比奈さんには宿で安静にして貰っている。) 日が落ちて捜索できなくなるギリギリまで俺達は村中を必死に 探し回ったが、ついに長門は見つからなかった。 肉体的疲労もピークに達していたし、何より長門が行方不明だという 現実が俺達をより一層疲労させていた。 仕方なく、重い足取りで俺達は宿に戻った。 俺が部屋に入り今後の事を考えようとした矢先、ハルヒの叫び声が聞こえてきた。 「ちょっとみくるちゃん、何やってんの!やめなさい!!」 俺は慌ててハルヒ達の部屋に飛び込む。 部屋の中を見ると朝比奈さんが壁際に座り込んで何かしていた。 …何を…してるんだ…? 朝比奈さんの方に近寄っていくと耳障りな音が聞こえてきた… カリ、カリ、ガリ、……… カリ、……、カリ、… カリ、カリ、カリ、………、ガリッ、… っ!!!!????!!!! 俺は一瞬自分の目を疑った。 朝比奈さんは…壁際に座り込み…模様を描いていた… 円に内接する上向きに尖った三角の模様…! それを…何個も!何個も!!何個も!!! それこそ壁がその模様で埋め尽くされるくらいにっ!!!! しかも自分の…爪を使って!!!!! 爪はボロボロに欠け…あるいは歪み…指先からは血が滲んでいる!! そしてその血は壁に赤黒く禍々しい陰影を…塗り込めていく!!!!! しかもまた声にならない声をひたすら繰り返して!!!! 「何ボケっとしてるよ!あんた達も手伝いなさい!!!」 ハルヒにそう言われやっと我に返った俺と古泉は 慌てて朝比奈さんの手を取る。朝比奈さん、落ち着いて!! どう言っても朝比奈さんは手を止めなかったので仕方なく両手両足を縛って 大人しくして貰った。これ以上あの白魚みたいな綺麗な手が 傷だらけになっていくのは耐えられないからな。 「なんで…こんな事になっちゃったの…」 「朝比奈さんは繊細な方ですからね。ショッキングな事件が連続で起きて 動転しておられるんでしょう。」 珍しく弱音を吐いたハルヒに古泉がフォローを入れる。 そうだな、朝比奈さんには刺激が強すぎたんだろう。長門が見つかったら すぐにここを引き払った方が良いだろうな。 「そうね、とにかく有希を見つけてできるだけ早く ここを立ち去りましょう。 明日も有希を探さないといけないし、今日はもう寝ましょう…」 そういう訳でその日はみんなすぐ床についた。 昼間の疲れもあって眠りの闇に落ちるのも一瞬だった。 だが、またしても俺に安眠は訪れなかった… 「起きて。」 この声は………… …………長門!!!!???? 俺は跳ね起きた!…勿論夢の中でだが。 「このままでは手遅れになる。早く起きて。」 どういう事だ? 「説明している時間はない。起きて。」 起きろって言われても…と困惑した俺だがどうやらなんとかなったらしい。 不意に俺は意識を取り戻した。 しかし、最初に目に入ったのは天井ではなかった。 ……古……泉…… なんと古泉の顔がすぐ間近に迫っていた。何やってるんだ気色悪……!? 古泉の様子がおかしい…親の仇にでもあったかの様な形相で俺を睨み付けている。 しかも、両手を…俺の首に…かけながら!!!!! は、離せ…!! 声を出そうとするが声にならない…くそっ!どうなってやがる!!! だが幸運の女神はまだ俺を見放していなかった。 「ぐふっ!」 理由はわからんが古泉が一瞬怯んだ。その隙を見逃さず俺は思い切り 古泉を突き飛ばした!! ごほっ、ごほっ… 俺は咳き込みながら立ち上がり電気を付ける。 そこでまた俺は信じられないものを目にした… 古泉は上半身裸だった。しかも胸には下向きに尖った三角に×を重ねた 模様の傷がくっきり刻まれており、今も…血が…流れ落ちている!!!! そこだけじゃない、喉と両手からも血が出ているところを見ると そこも同じようになっているんじゃないか!? 古泉…それ…自分でやったのか……!!!??? その問いに古泉は何かを答えた。だが喉が潰れているのか声にならない… それが分かったのか古泉は一音、一音、区切って口を動かす。 ……ツ……カ……エ…… ツカエ… 使え って言ってるのか? そう聞き返したが古泉は脂汗を浮かべながら懐かしさすら感じる あのニヤケ面で笑っただけだった。そしていつの間にか握っていたそれを 俺に放り投げて渡す。 これは………壁に刺さっていた…白羽の矢!!!??? 俺がそれに気を取られた隙に古泉は窓から飛び出して行った… どうなってんだ…一体…!? 疑問は尽きなかったが昨日も徹夜同然だったし今の事件も想像以上に 俺の気力を奪ったらしい。気が付くと俺は再び眠りの闇に落ちていた… 翌日、俺は目を覚ましてから後悔しまくった。 古泉が素直に逃げずにハルヒ達を襲うという可能性を完全に失念していた! ハルヒ、朝比奈さんどうか…無事で居てくれ!! また俺は隣部屋の扉を叩きつけてハルヒをたたき起こす。 ハルヒは今回も不機嫌だったが2人とも無事でホッと胸を撫で下ろした。 良く考えれば、あの後戻ってこられたら窓は開きっぱなしだったし 俺が一番危なかったんじゃなかろうか…今更ながらゾッとする。 古泉までトチ狂ったとは言いにくかったので 今朝起きると古泉も居なくなっていたとハルヒ達には伝えた。 その日、長門に続き古泉まで失踪したと村人に伝えると村は騒然とした。 俺達は勿論、村の人も昨日以上に人数を集めて2人の捜索に当たる。 …だが結局今日もなんの手掛かりも掴めないまま日が暮れてしまった。 満身創痍で宿に戻った俺とハルヒはそのまま部屋に戻っていた。 連日の疲労で足元がふらついていたんだろう、俺は足をもつれさせて 転んでしまった。 咄嗟にタンスを掴んだのでタンスがずれてしまった。 くそっ!悪態をつきながらタンスを戻そうとして 俺は声にならない声を上げた!!! タンスで隠れていた壁には… 一面に描かれていた…!!! 朝比奈さんが… 描いていた…円と三角のあの模様が…!!!! 壁一面にびっしりと!!!! しかも…ところどころ赤黒く染まっている!!! こっちも爪で血を流しながら描き殴ったに…違いない!!!!! なんだよ!!これっっ!!!!
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1846.html
涼宮ハルヒ無題1 涼宮ハルヒ無題1 2話
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5142.html
そして公園へと戻った俺は、別れ際の朝比奈さんの言葉を思い出して切ない気持ちを抱いていた。 ……いつかまた会えるといいな。あさく――、 「あ、先輩おかえりなさいっ。朝倉って人はどうでした? フフ、ちゃんとガツンとかましてきましたよね? 先輩を傷つけるような悪い人は……って、」 俺が唖然とした表情を貼り付けているのを見た朝比奈みゆきはポカンと、 「どうしたんですか? 呆けた顔しちゃってますよ?」 ……涙が出そうになった。 なぜ今まで気がつかなかったのか。そうだよ。この声と、この髪の色は――。 「――いや、朝倉は悪い奴なんかじゃなかったよ。とても人思いの奴で、良い奴だった。……ホントに、ありがとうな」 「ほえ?」キョトンとした後、「フフ、おかしな先輩。なんでわたしにお礼なんて言うんですか?」 「あ、いや、すまない。……なんとなく、な」 「んー、今度は謝るなんて、やっぱりおかしな先輩っ」 カラカラと笑う朝比奈みゆき。いや――お前は、朝倉だったんだな。 俺が輪廻転生という仏教思想を何ともなしに感じていると、 「こんにちは涼宮さん。古泉一樹です、よろしく」 「……あなたが超能力者なの? よろしくね」 古泉とハルヒが挨拶を交わしていた。幼いハルヒは俺をチラリと見ると、 「ふうん? 古泉くんって言ったっけ。あなたも中々カッコいいじゃない」 ハンサム仮面がハンサムだってことは否定できないが、惚れるなよ。 「なによ? もしかしてやきもち焼いてるの?」 「焼くか」 とは言いつつも、思えばこのハルヒが古泉に一目惚れする可能性も十分あったんじゃないかという考えが浮上してきた俺は、何となく複雑な心境になってしまった。 なぜそんな気持ちになったのかを考えようとして即中止したところで、 「……どうやら、万事上手いこと進んだようですね」 古泉が小声で囁いてきた。俺は、 「ああ、てゆーか古泉。お前は一体何をやってたんだ?」 「僕は……そうですね、説明の前に、一つ話をしてもよろしいでしょうか?」 余計な話が増えるのはご免だがな。と言うと古泉は笑って、 「人の人生を時間平面の連続という観点で捉えれば、それはまるで自分の物語が書かれていく一冊の小説みたいだとは思いませんか? そして僕は、長門さんにあなたの小説を覗いてきてもらったのです。僕の行動を端的に言い表すならばそういうことですね。もしかしたらこのことが、長門さんが読書家である理由となったのかも知れません」 俺の小説? 自叙伝を書くと言ってたのはお前だし、俺は日記を書くこともしちゃいなかったが。 という疑問が生じたが、まあ、何はともあれ結果は出たんだ。よく話は掴めないがまあいいだろ。考えるのも面倒だしな。 「それなら僕も助かりますが」 俺は微笑を湛えた古泉から周囲へと意識を移行させる。すると、 「あれ? 長門おねえちゃんは? まだ帰ってきてないんですか?」 キョロキョロと周囲を見渡す朝比奈みゆき。朝比奈さん(大)は、 「……長門さんも、そろそろ帰ってくるはずよ。安心してね」 ……すると牡丹雪のような淡い光の結晶が、一縷の光とともに複数舞い降りてきたかのような幻想的な模様が映し出され始めた。 そして収束した光が一気に放出されたようなまばゆい光の後、そこには、長門の姿が――。 「……て、眼鏡付きなのか?」 意表をつかれた俺に古泉が、 「……すみませんが、少々目をつむって頂いてもよろしいですか?」 いきなり妙なことを言いだした。よもや先程のドラマティックな光景に刺激されて、誰彼構わず口付けでもしたくなったのではあるまいな。そういや、前にもこんなことを言われた覚えがある。まあ、そのときはハルヒの精神の中へと飛び込む準備のためだったのだが。 「そう怖い顔をなさらずに。キスなどしませんよ。雪山での遭難の際、僕の部屋に入ってきたあなたの行動にかなり背筋を冷やした経験もありますので、僕にそちらの気はナッシングです」 「あたりまえだ」 と言いながら俺は古泉の言葉に従った。理由を聞く暇があったら、その時間を目をつむることにまわした方が効率的だからな。唇を狙っているわけでもなかったし、それくらいの要求なら何も言わずに受けてやるとも。 すると古泉は俺の頭にちょんと触れ、それはまるで俺の精神を引き抜いた際のような所作だったが、 「いえ、虫が止まっていたのでね。振り払っただけですよ」 まるで嘯くようなスマイルを浮かべて古泉が説明し、俺は古泉を横目に再度長門の方へと視線を移した。 そして長門はゆっくり眼鏡を外すと、 「……長門おねえちゃんおかえりなさいっ」 もはや突進としか言いようのないスピードで飛び込んできた朝比奈みゆきの抱擁を受けた。 「おかえりなさいっ」 朝比奈みゆきは二度歓迎の言葉をかけると長門の顔を覗き込み、 「良かった。この時代の長門おねえちゃんの雰囲気だ。フフ、うれしいです」 長門はニッコリと笑う少女の顔を見つめ、そして、雪解けのようにやわらかな笑みを浮かべて――ゆっくりと、帰還の挨拶をみんなへと向けた。 「……ただいま」 ……この笑顔を見るために、どれほど遠回りをしただろうか。 だけど、得たモノだって多いんだ。その中でも……この世界での長門の笑顔はとびっきりだろうな。 ――おかえり、長門。 そして、みんなが俺と同じような言葉をかけている中、 「長門さん、おかえりなさい。……良かった。帰ってきてくれて」 この朝比奈さん(小)の言葉に長門は顕著な反応を示し、朝比奈さんを自分のもとへと呼び寄せた。 そして己の右手を差し出すと、 「あなたに施された処理を解除する。掴んで」 「あ……そうでしたね。いけない、すっかり忘れちゃってました」 長門は朝比奈さんから差し出された手を引き寄せると、長門流のプログラム注入法である噛みつき行為にでた。まったく、これが健全だと思える日が来るとはね。なんせ喜緑さん流がちょいと衝撃的過ぎだったからな。 そう思いつつ喜緑さんの緩やかな笑顔を見ていると、 「忘れ物ならば、長門さんにもあるはずですよ。どうぞこれを」 古泉はやおら長門に近づくと、そういえば俺が古泉に渡していた長門の小説をすっと手渡した。 長門はそれを受け取ると文章に目を配り、ひとときの間をあけるといつもの無表情が映る顔を上げ、片腕でそれを胸元へと運んだ。その動作は長門が本を抱える際のものと一緒だったが、俺が先程のはまた意味合いが違うと感じたのは気のせいではないだろう。間違っても、もう捨てたりなんかするんじゃないぞ。 ――と、今までずっと長門が抱えていた問題も、これにて一応の終幕を迎えたことになるだろう。 長門の物語といえば、あいつの小説にはまだ意味的に残されたページがある。 そう、三枚からなる小説の第一ページ目だ。そこに登場する幽霊少女……前は朝比奈さんのように感じたが、今では――これも何となくだが――朝比奈みゆきのような気がする。そして他の二枚の内容は古泉曰く今回の出来事に繋がっていて、また、朝比奈さんの小説にさえも今回との関わりを感じたので、このページが無意味なものであろうはずがない。一体なんの意味があるのだろうか。 それに、異世界の問題だってある。これの解決の糸口も長門が握っているのだが……。 朝比奈みゆきからじゃれつかれている長門の姿を見ていると、せめて、今だけは……誰も口を挟もうなんて考えやしないのさ。 ふと、俺は隣に顔を向けてみる。 そこには長門を見つめるハルヒがいて、その表情からはどこか羨ましそうな感情が見受けられた。 そんなハルヒの姿を見た俺もまた、再度長門へと視線を固定する。そして――――、 「……なあ、ハルヒ」 「なに?」 「もし、自分の夢が何でも叶っちまう能力があるとしたら……お前はそれを欲しいって思ったりするか?」 ハルヒは顔をこちらに向けて俺と目を合わせた後、また正面を向くと、 「そんなの、誰かがくれるとしてもいらないわ」 またもやハルヒらしくないことをハルヒは言いだした。 「それは反骨精神からきてるのか? どんな願いも叶う力なんて、古今より世界中が欲しがってる代物じゃないか。フリーマーケットで大量に他人の要らんものを買い込むようなお前を知ってる俺としちゃあ驚きだ」 ハルヒはふんと鼻を鳴らすと、 「そんなんじゃないわよ。……だったら、あんたはどうなの? 欲しい?」 「いらねえな」 「なんで?」 なんで……と言われても、それは俺に必要のないものだし、そんなもんが俺に付加されちまったら俺じゃなくなっちまう。だからいらないのさ。 ふうん、とハルヒは呟き、あたしはね、と自分の理由を語り出した。 「さっきの出来事もそうだけどね、こんな人いなくなっちゃえばいいって思うようなことがあっても、その人を消すことは間違ってるってあたしは理解してる。だけど、そんな能力をもったあたしがそう思っちゃえばその人は消えちゃうのよ。だって、消えないでほしいっていうのはあたしにとって嘘でしかないんだもん。つまり何が言いたいのかって言えばね、あたしは人が自分を好きでいるためには、自分に嘘をつくのも大切なことなんだって思うの。だから、嘘がつけなくなるようなそんな能力なんていらないってわけ」 「……へえ」 「なによ?」 自分から聞いといて興味なさそうじゃないとハルヒに言われてしまったが、俺はハルヒの言葉に素直に感嘆していたのだ。 ……そして、一つ気になったことがある。 灰色の、憂鬱な空。――閉鎖空間。 ハルヒがそんな無人の世界を作っちまうのは……その能力で、誰かを消してしまわないようにするためなのだろうか。 「……やっぱり、お前はハルヒなんだな」 ハルヒはお手を求められたときの野良犬くらい何言ってんだといった表情を浮かべているが、これは褒めてるんだぜ。他の奴がこの台詞を言うときは決まってハルヒの素行に辟易してるときだが、俺のこの台詞には、やっぱりハルヒって奴は誰よりも常識的で、人のことを考えることが出来るやつなんだなって意味がこもっている。 それに、自分に嘘をつくってのも大事だって言ってくれるとさ……俺も、今までの自分を肯定できる気がするよ。 俺とハルヒがそんなやり取りを交わしていると、 「もう少しゆっくりしていたいけれど……規定事項はまだ終わりではありません。涼宮さんも元の時間平面に帰らなければなりませんし、それに、キョンくんたちとはあとでまた文芸部室で話すことだってありありますから」 そして朝比奈さん(大)は面をハルヒへと向けると、 「……そろそろお別れの時間です。そして涼宮さんが元の時空に回帰する際、ここでの記憶を行動以前のものに戻さなければなりません。……ですが、涼宮さんが今回体験したことは世界の歴史として残ります。そして、それは少なからずこれからのあなたの未来に影響を及ぼしてしまうの。それは、中学生の涼宮さんに辛い体験をさせてしまうことでもあります。だけど――」 「……みんなが待っててくれるんでしょ?」 ハルヒは申しわけなさそうに言葉を繋げる朝比奈さん(大)を遮り、 「高校生になったら、あたしがみんなを集めてSOS団を作るんだって聞いたもん。あなたたちにまた会えるのなら、あたしは何だって我慢出来る。朝倉って人との約束だってあるし、どんなことがあってもへっちゃらよ」 ……ごめんなさい、と言う大人の朝比奈さんに「それより、聞きたいことがあるんだけど」とハルヒは尋ね、「もしかして……あたしには、どんな願いでも叶える力があるの?」 不安げな少女に対し、教師風お姉さんはどうぞ安心してくださいと言わんばかりの笑顔を作り、 「今の涼宮さんにその力は生まれていません。その力は、あなたが元の時空で普通に過ごすようになって発生しますから」 「そうなんだ。……よかった」 よかったというのはどういった意味だろうか? と俺が疑問に思ったのと同時に、 「あなたに渡しておくものがある」 長門がいつの間にか俺の傍に立っていて、何か俺に渡すと言ってきた。なんだろう。 「涼宮ハルヒの状態を修正するプログラム。あちらの時空間であなたが涼宮ハルヒに使用し、それによって涼宮ハルヒの世界への復帰を図る」 すると長門の手に握られていたメガネがぐにゃりと変形し、別のモノへと変化した。それがどんな物体なのかを伝えるのに詳しい描写は必要ない。 「……針か?」 あえていうなら一般的なまち針程度の長さと細さの針だ。長門はそれを俺の手のひらにスッと落とし、 「先端にプログラムを塗布してある。今回は射出装置を必要としないと判断したため、この姿で創出した」 「…………」 なんというか……まあ、出来すぎている感も否めないな。 「眠り姫……ね」 俺はそう呟き、長門特製針は制服の衿下に刺して携帯することにした。 そんな俺の行動を確認した朝比奈さん(大)は、 「では、これからみゆきと一緒に過去の公園へと向かって下さい。みゆきちゃん、またお願いするね」 朝比奈みゆきの元気な返事の声が上がり、俺とハルヒは活発な少女の後に続く。 「ちょっと待って下さい」 ――と、急に声を出したのは古泉だ。古泉は歩き出した俺たちを呼び止めると、 「すみません。実は、今でなければ言えないことがありましてね。……涼宮さん。不躾なお願いかもしれませんが、あなたの能力で僕の願いを一つ叶えていただきたい。その僕の夢は、今この期を逃してしまえば実現することなどありえないのです」 「え……?」 古泉のイキナリな頼み事に、中学生のハルヒは微量の困惑を覗かせた。 「古泉? 何言ってんだ。お前らしくもない」 謙譲礼節の塊のような奴がえらく独善的な理由で主張している。ハルヒに願い事を叶えて貰おうなんざ、俺は自分でも驚く程考えやしなかったというのに。 呆れた表情を隠さない俺に古泉はイタズラな笑みを向け、 「むしろ、これは僕らしさを得るための願い事なのですよ。……では涼宮さん。どうか、これから話す僕の願いをお聞き届け下さい」 そう言うと、古泉はまるで主君から仕事を仰せつかった時の執事のように片手を胸元に吊り下げて頭を垂れ……粛々と言葉を連ねていった。 「――もし、あなたの心が憂鬱に染まり、あなたの世界が閉じられるようなことが起こってしまったとき……僕、そして僕と志を等しくする者たちにそれを打ち砕く力を与え、そこからあなたを救い出す騎士の役割をお与えください。……それがあなたに望む、僕の願いです」 ハルヒはキョトンと、 「……正義のヒーローってところ? よく分かんないけど……わかった。頑張ってみる」 という話が掴めない場合の常套句で古泉に返事をしていたが……何となく、俺には古泉の行動の意味が掴めていた。 古泉の超能力集団。それに属する人たちはみんな、子供の頃の古泉と同じ夢を持っていたのだ。 そしてこの古泉の言葉によってハルヒがそれを叶え、そして生まれたのが……『機関』というところだろう。 「……お前がナイトなら、ルークは長門、ビショップは朝比奈さん、ポーンは俺ってところだな」 何人分もの雑用を下っ端として受ける俺はまさにポーンだ。 「ふふ。そういうことになるでしょうね。ですが、クイーンの傍に座すのはあなたの役目ですよ」 古泉は俺のワニ目から逃れるようにハルヒへと向き返し、 「お引止めして申しわけありませんでした。それでは、三年後にまた会えるのを楽しみにしています。……お元気で」 こちらこそ、とハルヒは古泉の差し出した手を握り、そしてその二人の握手を最後に、俺とハルヒは朝比奈みゆきの運転するカメ型TPDDに乗って時の止まった公園へと向かったのだった。 「ところでさ、あんたには何か願い事ないの? 聞くだけならしてあげてもいいけど」 公園に着いてすぐハルヒがこう言ってきたので、俺は「庭付き一戸建てが欲しい」などとは言わず、 「そうだな。俺が子供の頃には宇宙人や未来人や超能力者と遊びたいって思ってたんだが……今はお前に、俺たちとまた会える日がくるまで待ってて欲しいって望む位しかないな。だから、それをお願いするよ」 夢がないとハルヒに言われてしまったが、俺にはそれで十分過ぎる程なのだ。 「まあいいけど」とハルヒは「じゃあ……今度はあたしの願いを聞いてもらう番よね」とか言い出した。別に構やしないのだが、俺がハルヒの願いを聞いたところで、何にも…………。 「ん、そうだな。是非聞かせてくれ」 そういえば、それが異世界の問題の答えに繋がるかもしれないんだった。これを聞かないわけにはいかないだろう。 するとハルヒは、不意に、どういった顔をしたらいいのか分からないときに作る仏頂面を浮かべ、 「――あたしね、やっぱり今日の出来事って夢だったんだって思うの。そしてあたしは今から目覚めることになるんだけど……白雪姫や眠り姫が起きるためにはさ、必要なことがあるじゃない? だから……」 ボッという音が聞こえた気がする。明らかにハルヒは顔を真っ赤にして、うつむき加減にボソボソと、 「……キス」 と言ったがちょっと待て。ここでそうなると、俺は元の時間に戻ってからも強制的にそれをやらされるハメになっちまうんだ。俺はその強制的というのが好かん。っていうか、突然何を言い出してるんだよお前は。……マジなのか? と、眼前のハルヒは慌てふためくという言葉をあらん限り体現しながら、 「――ち、違うわよっ! お別れするときの単なる欧米的挨拶よ! それに、あたしを思いっきり抱き締めてきたあんたにも責任あるんだからね!」 「な、」 ……見に覚えがないわけではない。思い返せば、朝倉からハルヒを守るときに無我夢中でそんな行為に及んじまったような気がする。 いや待て。だからってキスはないだろう。それはハルヒの言う無茶とはまた別系統の無茶だ。そういうのを言い合う関係がなんだか知ってるか? 教えてやる。爽やかカップルだ。 「あのな、俺は帰ったらまたお前と顔を合わすんだぞ。もしかして、俺を混乱させるのが目的なのか?」 ぐ、っとハルヒは言いよどむと、 「だって……また会える保障なんてないじゃない……。それに、あたしに能力が生まれちゃったら……キョンを……」 「俺を、なんだ?」 「う……。何でもないわよっ、馬鹿キョン!」 それっきり、ハルヒは開き直ったようにプイとそっぽを向いてしまった。 それをどうにかしようにも俺にはハルヒの言っていることが殆ど理解出来ないので、対処の方法など見つかりやしない。何処かにハルヒの言動に潜む謎を解き明かしてくれるやつが居ないか探さないとな。もちろん無償で。 だが。 目の前でぶすくれているハルヒが、この公園で最初に見つけた時とは明らかに違うというのは俺の目から見ても明らかだ。 どう違うのか、というより……このハルヒこそ、俺の知っているハルヒなんだよな。 「……ハルヒ」 俺の呼びかけに、ハルヒは不機嫌そうに横目で俺を見る。 「お前は静かにしてるより、そうやってる方が可愛らしいぞ」 「へ?」 俺はハルヒへと歩み寄り、目の前の、いつぞやの閉鎖空間のときよりも小柄な肩に手を掛ける。状況が飲み込めていないハルヒは、自分の肩に置かれた手、そして目前の俺の顔という順番で視線を移動させ、何かを言いたいが声にすることが叶わないといった様子で俺を見つめる。俺はそんなハルヒに、 「そろそろお別れだ。今日は色々とすまなかったな、なにぶん急な呼び出しだったし、お前を危険な目にだってあわせちまった。けど安心してくれ。俺たちはまた絶対に会える。なんなら、今からその約束をしたっていいくらいだ。……だからハルヒ。少しだけ目をつむってくれないか」 「あ……」 恐る恐る俺の話を聞いていたハルヒは、俺の瞳を見つめると体中の力を抜き、緩やかにその目を閉じた。 俺はそれを確認すると、制服に忍ばせておいた針を無音で取り出し、 「……すまないな。眠り姫は閉ざされた城の中で目覚めるんだ。お前には、高校に入ってすぐそのときがやってくる。そして俺はかならずそこに行くから――それが約束だ。……またな、ハルヒ」 そして俺は長門特製針をハルヒの手の甲につけ、見た目的にも眠り姫となった少女を公園のベンチへと寝かせた。俺はその幼い顔に七夕での出来事を想起しながら……みんなの待つ、俺の世界へと帰還した。 「どうです? お別れのキス位は済ませてきたのではないですか?」 帰還した直後、早速古泉の奴が何か言ってきた。なんのことかなあ。 「……もしやとは思いますが」 「するか。ハルヒだって言っても妹とたいして変わりゃしない年頃だし、それは違うだろ」 と言いながらも自分から古泉に意味ありげな反応をしてしまった手前、先程のハルヒとのやり取りをおおよそで説明してやった。すると古泉は健やかな笑顔を浮かべ、 「なるほど。つまり、あなたは涼宮さんに魔法をかけてしまったと」 「かけてない」 「いえ、身も蓋もない言い方であれば後催眠暗示のことです。以前閉鎖空間が世界と取り変わろうとした際、あなたは物語におけるお姫様の逸話になぞらえてそれを回避しましたね。しかし、何故その行為が突破口になり得たのか。それは先程のあなたが中学生の涼宮さんと約束をしたからで、それがあったからこそ王子のキスによって世界が開かれたのですよ」 「…………」 古泉の話を聞き、俺は谷口の話を思い出す。 あのハルヒは俺と再会する約束をしたが、世界が動き出したとき、ハルヒは約束した相手を忘れている。つまり、俺を知らないのだ。 だからあいつは誰かと会う約束をしているような気がしてもその相手が誰だかわからず、そのため、やってくる男たちを断らなかったのではないだろうか。この予測にもとづくならば、東中の眠り姫伝説もあながち間違いではなかったということになる。そして……、 「古泉。俺たちの世界のハルヒなんだが……本当に、宇宙人や未来人や超能力者の存在を知らないままで良いと思うか? なんてったって、それはハルヒの願いに違いないんだ。俺たちの都合でそれを叶えないってのは……ちょっと考えることだと思ったんだが、な」 俺は冗談など飛ばしていないにも関わらず古泉は何故か可笑しそうに、 「それは違いますよ。それらの存在と出会いたいというのはあなたの願望であり、涼宮さんが探していたのは、実は別の者たちだったのですから」 「どういうことだ?」 「中学生の涼宮さんが七夕の日に願ったことですが、あれは妙だとは思いませんか? あの願いを織姫や彦星に伝えたとして、涼宮さんは何を得るつもりだったのでしょう。それ以前に、願い事としても成立していません」 「……そう言われれば、不思議だな」 そして古泉は人差し指を空へ立てると、 「涼宮さんの願い。それは早く迎えに来て欲しいということであり、その相手とは、織姫や彦星、ましてや宇宙人でも未来人でも超能力者でもなく……王子であるあなたであり、長門さん、朝比奈みくるさん、そして僕だったのです。ですから、涼宮さんの願いは既に叶っているのですよ」 「ん……」 そうなると、中学でのハルヒの行動にも合点がいく気がする。 つまりあいつは俺たちと再開する日まで待っていられず、俺たちをずっと探し求めていたのだ。 そして見つからない相手、また会おうと約束した俺たちに対し……ハルヒはあの七夕の日、メッセージを送った。 『――私は、ここにいる』 「……じゃあ、ハルヒが中学時代、不思議を探して一人になっちまうのは……」 「ええ、僕たちのせいでしょうね。だから我々は責任を取らなければならない。僕たちとの出会いによって、彼女に望まぬ力を与えてしまったこと。そして、涼宮さんに孤独な時期を過ごさせてしまったことにね。そのためにやることは、いまさら言うまでもないでしょう」 「そうだな。……ところで古泉。俺さ、それにあたってSOS団の名前を変えようかと思うんだ」 「名称を……ですか?」 それはいかに、と聞く古泉に俺は言ってやった。 「――世界を大いに盛り上げる、涼宮ハルヒのための団。ってのはどうだ?」 実に結構かと、と古泉は笑顔を振りまきながら俺に同意し、あとは何かに満足したような面を浮かべていた。そんな目で俺を見るんじゃない、と言おうかと思ったが、俺はそれに気付かない振りをすることにした。 ――ここで思うことがある。 俺とハルヒとの出会いは、実のところ北校に入る前から始まっていたのだ。 ボーイミーツガールの物語。俺にとってそれは公園での憂鬱なハルヒとの出会いから始まり、先程の約束がアンドグッバイの部分にあたる。……そして、北校でアゲインを迎えるってわけさ。 そう。 こうして俺たちは出会っちまった。 しみじみと思う。この出会いは………… ――運命だと信じたい、と。 第十四章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4792.html
「ねえ、ちょっと」 くいっと俺の服が引かれ、 「なによ、あれ。何であんたがあそこに居るの? ここは何処なのよ?」 中学ハルヒは現状況の雰囲気だけは察知しているのか、息を潜めて俺に尋ねてきた。 「ここは……その、なんだ。北校の校門前で、あれは過去の俺だよ」 「過去のあんたは何してんの? あそこで、この長門って人に話しかけてるみたいだけど」 ん……それについては話してる暇が無さそうだな。と考えた俺は、 「とにかく……そろそろ事態は動き出すから、もう少し見守っててくれ」 「でもさ、あたしは何をやればいいの? 見てるだけ?」 ……どうだろう。朝比奈さんは何か知っているだろうか。 「あたしも、その、詳しくは聞いていません。知っているとすれば……」 と言いながら、自分の未来である女性の後姿に不安そうな視線を向けた。 「それと……」朝比奈さんは視線を落として、「……すみません。キョンくんに、何度もこんな場面を見せることになってしまって。そして、それを止めることが出来ないあたしも――」 確かに何度も見たい映像じゃないが、それを言うなら朝比奈さんこそ気の毒だ。単純に考えて俺の倍はこの場面に立ち会わなければならないのだから。 「あ、」 これは誰の声だか分からないが、ここにいる長門のではない。俺かハルヒか、朝比奈さんか。何故この声が漏れ出したのかと言えば、答えは簡単だ。 ――刺された。目の前の『俺』が、朝倉に。 「――キョンくん!」 朝比奈さんが慌てて走り出すと、すぐさま見えない壁にぶつかり「あ……!」っと前回と同じ行動を繰り返した。 「長門さん!」 朝比奈さんのセリフを合図に、俺も走り出す。 ……が、俺の足はすぐさま停止した。 「な……?」 ――長門が展開しているフィールドが、解除されていない。 「ちょっと……。あの女の人、あんたを――」 驚愕の色を隠せないハルヒが、こぼすように呟く。そして校門の前では、朝倉が倒れている『俺』に向かって何かを話している。何か、とは言うものの、その内容を俺は知っているのだが。 「えっ……長門さん!? 何してるんですか! 早くしないと……キョンくんが!」 こうしている間にも朝倉は『俺』へと近づき、ナイフを『俺』に突き立てんとしている。 と、そのとき。沈黙を貫き通していた長門が疾走し、朝倉のナイフを掴みにかかった。 「朝比奈さん! 俺たちも行きましょう!」 残されて呆気に取られている朝比奈さんに呼びかけ俺たちも駆け出し、数瞬遅れの俺たちが現場で見たものは、すんでの位置で朝倉のナイフを素手でホールドした長門の姿であり、朝倉は急に伸びてきた手に戦慄を走らせた後、 「誰!?」 と吃驚し、付近で腰を抜かしている眼鏡の長門はこの光景を目の当たりにすると、 「あ……?」 疑問符付きの小声を出した。その間に朝比奈さん(大、小)は刺された『俺』へとすがりついて、朦朧としている『俺』に話掛けている。この光景……朝比奈さん(大)が言っていたように、刺された俺が見ていたものそのままだ。こうして客観的に見ると、体験したときよりも事の流れが速いように思う。やはり、人は死が近づくと時間を長く感じるのだろうか。 「なぜ!? あなたは……!? どうして……」 と朝倉が叫んだところで、二人の朝比奈さんは、俺の記憶する言葉を『俺』に言い放っていた。 ……そして現在の俺は、この時の朝倉の言葉に続きがあったのを知ることとなる。 「そんな状態に、なっているの……?」 この言葉は朝比奈さんたちの言葉にかき消されて、刺された瞬間の俺には聞こえなかったのだろう。 俺は倒れている『俺』の側に転がる長門銃を拾い上げ、自分に向かって、 「すまねえな。わけあって助けることはできなかったんだ。(分岐点を作るために必要だったとよ)だが気にするな。俺も痛かったさ。(見ているだけで思い出せるね)まあ、後のことは俺たちが何とかする。(ハルヒだっている)いや、どうにかなることはもう分かっているんだ。(この問題を解決したから、あの三日間が生まれているらしい)」 そして俺の姿を死にそうになりながら確認しようとしている『俺』に、 「お前にもすぐ解る。今は寝てろ」 そうして『俺』は死の眠りにつくかのように気絶した。 ……俺の台詞は、思い出しながら復唱しておくまでもなくすらすらと出てきていた。やはり現在の俺の行動が、この日の基点になっているのだろう。 「ひょっとして、死んじゃったの?」 背後からハルヒの声がした。死んでるっぽいが、この俺は幽霊でも何でもないということから、こいつはまだ生きてると断言できるな。 「キョンくん! しっかり……!」 朝比奈さん(小)が『俺』を揺らし、三途の川の橋渡しをしようとしている。だから、あんまり揺らすと死んじゃいますよ? さて。これから俺は、朝倉が消えて世界が修正された前回とは違った結末を迎えなければならない。あの三日間に繋がるようにしなければならないのなら、長門銃――再修正プログラムは使わないのだろうか。 俺は朝倉と長門の姿を確認する。長門が掴んでいる朝倉のナイフはきらめくことなくズルリと抜け出し、朝倉は後方へと飛び退いた。長門はしゃがみ込むと『俺』の傷口に触れ、おそらく治療であろう行為を行った。そして朝倉の方へとにじり寄り、一定の間合いを保って得も知れぬ緊迫感の飛び交う拮抗状態を作り出す。倒れ込む『俺』は上半身を朝比奈さん(大)の膝の上に抱えられ、永眠に似た安眠を惰眠の如く貪っている。変わってもらいたいが、今は朝比奈さんの母性に甘えている場合じゃない。 朝倉、と呼びかけようとしたときだった。 「あんたたち、長門さんに何したのよ……」 愕然とした面持ちを下げた朝倉が、虚ろな長門を瞳に据えたまま言い放った。 「わたし……? なぜ……? どうし……て……」 眼鏡の長門はへたり込んだまま、この混迷した状況を把握出来ずに当惑している。朝倉はその長門の姿を確認すると、激情によりわなないていた蒼髪にフッと冷静さを戻し、 「……そっか。もう関係ないのよね。そこの長門さんがどうなっていたとしても。あなたが、長門さんなのだから」 関係ないわけがない。今の長門は長門であって長門じゃないが、そこの眼鏡姿の長門も……長門じゃないんだよ。 長門銃を片手に歩を進めた俺が朝倉に向かって話すと、血の付いたアーミーナイフを持ったそいつは秀麗な笑顔を作りながら、 「この子が長門さんなの」 すっと横へ歩き出す。俺の長門は右足を半歩前に出して距離を詰めようとするが、朝倉はそんな所作を気にもかけない。 「じゃあ聞くけど、あなたの言う長門さんって何? ここにいる、長門さんが望んだ姿の彼女が長門さんじゃないなんて、何を根拠にそう言えるのかしら」 「……長門が自分を作り変えた、ってのが根拠だろう」 俺は続ける。 「俺たちと一緒に過ごしてきた長門が長門だ。そして長門はさっき、そんな今までを消し去って別の長門に変わっちまったんだ。だから……ここにいる長門は、長門じゃない」 言いながら、不安そうな顔を眼鏡の下に貼り付けている長門を見て申しわけなく思っていると、 「どうして?」 朝倉は笑顔を崩さないまま、 「長門さんが望んだ自分の姿である彼女こそが、本当の長門さんじゃないの? あなたがこの長門さんを否定するのは、つまり長門さんの願望を押さえつけているのと変わらないわ」 「違う。人が変わるときってのはもっと別にある。こんな方法じゃありえない。これじゃ、何も変わってないのと一緒だ」 朝倉は一瞬呆けた顔を浮かべたが、すぐにまた余裕のある笑顔へと戻し、 「どういうことかしら」 俺は怯えている眼鏡の長門を一瞥し、朝倉に視線を戻すと、 「……俺はこの日があったから、自分の気持ちに気付いて変わることが出来た。それは俺が一人で過ごしていたら、気付かなかったことだと思う。人が変われるのは、そいつの側に人が居て、そして自分を自分で受け入れることが出来たときなんだ。自分を無理に変えちまうってのは間違いで、変わりたいなら、まずは自分のことを知らなけりゃならないんだ」 「自分のことって?」と聞く朝倉に、 「長門の場合はエラーだのバグだのと言っている部分がそうだな。それはこいつの感情なんだよ。その正体に自分で気付けなかったから、そして、俺もその大きさに気付かなかったから……長門は、世界を変えちまったんだよ」 ふふ――。朝倉は不意にくすぐられたかのような笑いを出し、その姿を見て疑問符を浮かべている俺に整然と、 「それは間違い。感情? そんなの、長門さんは持っていないのよ。長門さんが何を思ってこの姿に自分を変えたのか、あなたに分かる?」 う……。猛烈に否定したいことを言っているが、後半の部分には閉口せざるを得ない。……それを、俺はコイツに尋ねに来たんだ。朝倉は少し顔をしかめている俺に優しく諭すように、 「長門さんが今日の行動を止められなかったのには理由がある。それは、起こす理由があったから。だから彼女は世界を改変したの。その理由っていうのは単純。長門さんは人間になってみたかったのよ。でもそれは彼女の望みを叶えるためのもので、長門さんの望みは他にあるの」 朝倉は俺の長門のほうへと体を向け、俺のことなどまるで見向きもしないように、 「長門さんはね、『心』が欲しかったの。どうしてそんなものを彼女が欲しがったのかといえば……それは、あなたたちが原因」 立ちつくす俺や、大人の朝比奈さんをくるっと見回して、 「クリスマスなんていう記念日に浮かれるあなたたちを見て、長門さんは思った。わたしは、彼らのようにその日を楽しめるのだろうか、今、わたしは楽しいのだろうか。なんてことをね。そしてクリスマスという日の持つ意味が、長門さんを世界の改変へと走らせた」 「クリスマスの……意味だって?」 俺が言葉を出すと朝倉は穏やかに、 「人にとってクリスマスは、神様が人間の子として生まれ出たことを祝うとされている日。この国では、サンタクロースがプレゼントを与えてくれる日でもある。そこで長門さんは思ったの」 不意に朝倉の双眸は俺へと向けられ、俺の瞳を見つめながら……こう呟いた。 『わたしは……『心』が欲しい。その心というものが有機的な活動によって与えられるのならば、わたしは……人間になりたい』 長門の『望み』らしい言葉を言い終えると、軽い溜息を吐くように肩の力を抜き、 「だけどね、『人』になりたいと願った人外の存在が辿る顛末っていうのは、大抵相場が決まっているものなのよ。そして長門さんもその例に漏れなかった。つまり……」 一瞬。朝倉の姿が消失し、次に眼鏡の長門の背後へとふわりと登場したかと思えば、座り込んでいる長門の首元に両腕をまわし、後から抱きついた格好のまま、 「この子のように夢が叶い人間になるか……あなたが連れてきたそこの人形のように、壊れちゃうってこと」 「……ぐ」 それは違う――と言いたいところだが、異議となる言葉が出てこない。 ――くそ、なんて皮肉だ。そういう系統の物語のオチは確かにそういった末路を辿ることが多い。だが、どっちの結末を取ったとしても、長門にとっては―― 「わ……たし……? なんのこと……」 ふるふると小刻みに震える手を自分にからむ朝倉の両手に添え、背後へと向き返す眼鏡の長門。朝倉は長門の頬をスッと撫でつけ、 「あなたは、人の『感情』に魅せられてしまったのね。だけど人間の世界は、優しいあなたが生きるのには適していない。でも安心して? あなたはわたしが守ってあげる。願いを聞いてくれるサンタクロースなんてものがいない代わりに、わたしが長門さんの願いを叶えてあげるから」 「……どういうことだ」 朝倉は軽く目を閉じるとスッと立ち上がり、 「長門さんが欲しいと願う『感情』っていうものは、有機生命体がその脆い身体を守るために、進化の過程で形成されてきたプログラムだと思念体は捉えてる。自分にとって有益なものを選び、害をなすものは忌避するといった行動を取らせるためのね。一言でいえば、『死』を回避するプログラムってところなのかな。情報生命体である思念体には死の概念がないから、わたしたちはそんなものを持っていなかった」 眼鏡の長門を哀愁の目で見下ろしながらそう話すと、俺へと視線を戻し「そしてね、」と続けて、 「長門さん以外のわたしたちインターフェイスは、人類との相互理解の方策を打ち立てるために、涼宮ハルヒの能力発現から間もなく人間社会に溶け込んだの。そこでわたしは色んなものを知ったわ。人間の性質の特異性や、他の有機生命体との相違点。それらの情報を多様に組み上げながら、わたしは人間という存在に対応していった。そして長門さんは、それらがないままに涼宮ハルヒやあなたたちへと接触してしまったの。本来なら観察の役割しか持たなかった彼女が、あなたたちに触れられてエラーを起こすようになった。――そして今日、長門さんは世界を改変するに至ったの。それは自分の身の上に不満を持っているようなあんたに、元の世界がいいか、この長門さんが人間として生きる……あんたにとっての常識的な世界が良いかを選ばせるためでもあり、人間になった自分をあんたに見てもらうためでもあった。そしてあんたは、元の世界を選んだのよね」 「……ああ。その判断は間違っちゃいなかったと思うぜ。ただ、長門の望みを聞いてやれなかったのは最低だった。だから俺は長門のために、またここにやってきたんだ」 そう。と朝倉は興味がなさそうに言い、 「わたしは長門さんのために、彼女が人間に抱いた幻想を……現実のものにしてあげるわ。彼女を脅かす人間を消去して、この人間になった長門さんが笑顔で生きていけるための世界を作るつもり。それが、あたしから長門さんへの――」 ……恐らく朝倉はこの後、クリスマスプレゼント、と続けるつもりだったのだろうが、他のヤツが言葉をはさんだおかげで言うことが出来なかった。どんな台詞が飛んできたかといえば、 「バッカみたい」 これを言ったのはもちろんハルヒだ。ハルヒは自分より年上であるはずの女に向かって、 「あんた賢そうな顔してるけど、てんで分かっちゃいないわ。あたし思うんだけど、機械や人形や動物なんかが人間になりたいっていうとき、なんで自分の体を人間にするために行動するの? そりゃあ体も精神に影響するんだろうけどさ、心の結びつきを考えると、人か動物かなんていう違いってのは男か女かって程度の意味しかないはずなのよ。だからあたしは、動物が人間になりたがるのはとても動物的だと思うけど、逆にね、それが自分自身をちゃんと理解して、自分らしく人間と接している姿には、たとえそいつが何であろうと、あたしはそれにひどく人間味を感じるの。大事なのは中身なのよ。人間の体してたって人間じゃないような奴なんて沢山いる。結局体なんてね、自分という存在の入れ物にしか過ぎないってこと。この長門って人が宇宙人なら、それをネタにして人間と笑い話でもしてればいいじゃない。宇宙人だってのが気になるっていうんなら、相手はそんなの気にすることないって教えてあげればいい。宇宙人だろうが人間だろうが、その人たちの本質的な関係には何の意味もないんだから。それに……」 少し朝倉の姿を視認するような間を空け、確認が終わると、 「あんたも宇宙人なんでしょ? じゃあ、この長門って人も『心』を持てるはずよ。だって、あんたはこの人が心配で、この人のために動いてるじゃない。それって、『心』がないと出来ないことだから。あんたが『心』を持っているんなら、この人も……」 ――と、今度は朝倉がハルヒの言葉の終わらぬうちに、 「そうね。確かにわたしには『心』があるのかもしれない。でもね、あなたが正しいのはそれだけ。他は間違ってるわ」 ハルヒは片方の眉をピクリと吊り上げ、朝倉は不敵な笑みで、 「知ってる? 有機生命体独自の『心』っていうシステムの中でも、人間のそれは特殊なの。一言で言うなら、ウイルスと同じ。わたしに『心』が生まれたのは、人間同士のネットワークに繋がったことによって『心』が伝染したからに他ならないわ。そして長門さんは優秀な端末であるがために、そんなウイルスじみた『心』なんてものを持たなくて済んでいるの。長門さんが人の心を持ちたいのなら、人間になるしかないのよ。そして人間の『心』から生まれる感情の喜怒哀楽っていうのはね、人が社会に組み込まれたときを境に変質しちゃうの。それがどういうことなのか……わたしが教えてあげる」 朝倉はナイフをくるくる回し、その自分の手元に目線をやったまま、 「――人間は、何も知らない子供の頃には自分の周りがとても輝いて見える。世の中は何て素晴しいんだろうって、自分の周囲と人の綺麗な部分しか見えていない人間は思いさえするわ。だけど人が世界を知ったとき、自分という絶対的な存在が、人間社会の中で相対的なものへと変容したときに……その人が見ている世界は一変するの」 ハルヒは一瞬身じろぎし、苦い顔を呈した。そんなハルヒの姿を見て……俺はいつかのハルヒの野球観戦の話と、それに伴うハルヒの憂鬱な表情を想起した。 朝倉はチャッとナイフの柄を掴むと、 「他人の幸せと自分の幸せを見比べて、やがて、自分の幸せはとてもちっぽけなものだと感じるようになる。そして妬む。自分の存在や取り巻くものに不満を覚え、何故自分は……といった怒りを表すようになるのよ。そしてそんな自分を哀れみ、悲しみの中に身をおく。そして最後には……世界が、自分にとって全く楽しいものではなくなってしまうの。……そうね、涼宮ハルヒ。これをもとに、わたしがあなたの未来を予言してみようか」 シュッ、と血のついたナイフの切っ先をハルヒに向けて、 「世界に憂鬱を覚えたあなたは溜息をつくかわりに、そんな退屈な日常を変えるため、消失してしまった喜びを探すために暴走を始める。そしていつまでたっても何処まで走っても『それ』がみつからないことにあなたは次第に動揺を覚え始め、それが誰かの陰謀であることにも気付くことなく、行き場のない感情を抑えきれなくなって憤慨するの。それでもあなたは走り続ける。だけど、それは逃げるという行動に変わって、やがて分裂した道、二つの行き先へと辿り着くことになる。フフ。残念ながら、あなたがそれからどっちへ行くのかは解らないわ。だってさ……」 朝倉はナイフの背を肩にトントンと当てながら……冷めた声で、こう言い放った。 「――着いた先が天国か地獄かなんて、死んでみなければ分からないのだから」 ……ハルヒは面食らったように声を出さず、そのまま、一向に二の句を継げずにいた。そんなハルヒを見て俺は、何も言い返せない自分が……腹立たしかった。 俺とハルヒが押し黙っている――そのときだった。 「――違いますっ!」 この目一杯の否定の意味を込めた声を、俺は聞いたことがある。それは喫茶店で藤原の話を聞いていたときに、俺の朝比奈さんが放った言葉だ。つまり静まり返った俺たちのなかで、この渾身の否定句を飛ばしたのは朝比奈さん(小)だった。 「……あら、小さい未来人もいたの? 何が違うのかしら。教えて欲しいところね」 そういえば、朝比奈さん(小)の姿は朝倉には見えてないのか。俺から見える小さな朝比奈さんは視線を地面に落とし、 「……人は、やがて死にます。だけど涼宮さんは、それを逃げ道になんて絶対にしません! だって……」 そして朝倉を意気のこもった目で見据え……、 「涼宮さんの未来には、キョンくん……そして、SOS団のみんなが待っているから!」 ……どうやら、こちらの預言者の方が一枚上手だったようだな。気持ちいい位にナイスな啖呵だ。さぞかし朝倉も表情を歪ませて――、 と思ったがしかし、当の朝倉は呆れ返ったような風体で、 「何言ってるのよ。その涼宮ハルヒの作ったSOS団こそが現実逃避の最たるものじゃない。あの涼宮ハルヒもやがて気付くわ。自分の行動の虚しさに、そして自分が……いつも独りだったってことにね。その事実を知って驚愕することになるのは、自分勝手な彼女が受ける当然の報いよ」 朝倉は視認できない朝比奈さん(小)の代わりに大人の朝比奈さんを見つめ、 「あなたにとって涼宮ハルヒはどんな存在なの? あなたの未来は、彼女をいいように利用しているだけじゃない。情報統合思念体はね、彼女を進化の可能性の一つとしか捉えていないわ。そして機関とかいう人間たちも、常に他者の前では仮面をかぶり、自らを晒そうとはしない。涼宮ハルヒに限らず、それぞれが結局は自分のため、己のエゴによって行動しているのに過ぎないの。SOS団とかいう集団こそ、涼宮ハルヒを独りにしている原因なんじゃないかしら」 俺の朝比奈さんまでもグッと言葉をなくし、俺は目を細め、ハルヒは朝倉をキッとにらみつけ、長門は虚ろな瞳、朝比奈さんは震える眼で……目前で嗤う女の姿を捉えていた。朝倉は血みどろのナイフをスッと降ろすと、 「でも安心して。それは人として当然の動きなのだから。フフ。わたしが見てきた人間の正体を教えてあげよっか」 誰も答えることなど出来ずにいると、もとより返事など求めていなかったように朝倉は喋り出し、 「……他者と交わることによって歪んでしまった人間の感情はね、自分の中だけに向けられているときはまだいいの。だけど、それが他者に向けられたとき、人は自身の向上を忘れ、他人の評価を下げることによって自らを成立させようとする。人の失脚や誤ちに幸福を感じ、自分と違うもの、自分より優れたものを排除しようとする。人が他人のために悲しむのもね、結局は自分に不利益があるからなのよ。そして人は自身が楽をするために同じ人間である他人を利用し、その利益を搾取する。そんな『他』との関わり合いこそ、人間がここまで進化してきた理由」 このとき既に笑顔は消え、愛想をつかした者を見るような卑下した目線で……朝倉は語り出した。 「情報統合思念体は涼宮ハルヒという人間に進化の可能性を感じたのだけど、それは間違いだった。だって現状の人間の進化なんてさ、さっきわたしが言ったように、優秀な存在を残すはずの『淘汰』という現象が、現存するものを食いつぶすだけの行為に変わってしまったものなのだから。つまり、既に人間の進化も頭打ちなのよ。後は、自分たちが堕ちていくことに気付かぬまま身内同士潰しあっていくだけ。それに涼宮ハルヒの情報創造能力だって、現実を認めることが出来ない駄々っ子が創出した……とても幼稚な力。その程度の存在でしかない涼宮ハルヒになんて、情報統合思念体を進化たらしめるヒントなんてあるわけない。いえ、最初から思念体には、自律進化の閉塞状況を打破する方法なんてなかったんだわ。意思統一が不完全な情報生命体の集合であるわたしたち……いえ、彼等には、人間と同じように滅びの道しか残されていなかったの。それを考えてもね、長門さんが世界を作り変えたのは正解だった。元の矛盾だらけの偽りの世界より、長門さんの修正した世界のほうがずっと真実に近いから。でも、真実は常に正しい者に寛容というわけではないのも確か。むしろ、正しい行いをする者こそ馬鹿を見るような世の中なのよ。わたしは長門さんの世界から……そういった、人を笑いながら踏みにじるようなヤツを排除する。この世の悲しみを全部消せば、みんながみんな笑える世界になるはずなの。ねえ、あんたもそうだと思わない? だから、それは必要ないの」 朝倉はそう言うと片手を空にかざし――空気を、掴み取るとるような動作を始めた。 ……待て。これは……、長門が世界を変えたときの――。 「――まさか、そんな……」 小さい朝比奈さんが凍りつく。そして俺の手に握られていた長門銃は微小な光の粒へと姿を変えサラサラと消失していき、現在俺たちが置かれている状況を不穏に示唆していた。 ――まるっきり頭になかった。この世界も時間平面で出来ているなら、ハルヒの情報創造能力もどこかに存在するはずなんだ。 そしてその能力は、ハルヒにも、長門にも備わっていない。とすると、その能力の行き先は…………朝倉。あいつに……。 つまり朝倉は、ハルヒの能力でこの長門が作り変えた世界をさらに改竄するつもりだったんだ。この世界から悪人を消す――気の弱い眼鏡の長門が、他の奴らから傷つけられないために。 「フフ。何といっても、やっぱりこの能力には驚かされるな。その長門さんがまるで障害じゃないもの」 朝倉は勝ちを確信したような声調で、 「そこの『人形』の情報統合思念体との接続と、端末が有する情報操作能力もキャンセルさせて貰ったわ。つまり、もうあなたたちに切り札は残されていない。……わたしは今から、この情報創造能力で世界を整理する。誰もがみな平等で、孤独など存在しない世の中を作るために。わたしは長門さんのためにこれを行うのだけど、あんたらにとっても欣快にすべきことなのよ? 一人では決して生きていけない人間が、他者を食い物にすることなく歩んでいけるようになるのだから。それこそが人と人との繋がり方で、最も正しい――」 「――違う!」 俺の叫びに、朝倉は虚をつかれたように笑みを消した。 「……自分にとって要らないもんを消し去って、都合のいい世界を作るなんてのは絶対に間違ってる。それで良いわけがないんだ!」 当たり前だ。自分のエゴを人に押し付けるヤツは最低だが、そいつを消すなんてのも個人のエゴによる行動でしかない。例えそんな風に平和な世界を作ったとして……長門が、本気で笑顔になれるはずもない。誰だってそうだ。何故ならな、それこそ偽りの、嘘で塗り固められた土台に立つ、虚しいだけの世界でしかないからだ。 「じゃあ、」朝倉は冷ややかな視線で、「あんたは人間の関係をどう思ってるの? 弱者が強者に蹂躙されるのは仕方のないこと? 隙のある奴が悪くて、それを付けねらうのは当然? 小さい輪のなかで互いに傷を舐めあい、意味のない肯定を交わすのが弱者の生き方? あのね、人は誰しも心に壁を作っているのよ。それは、他者の侵入を許さないため。脆い自分を守るため。口ではどんなに仲間意識を語ってもね、絶対的に人間は孤独なの。だからわたしは、人が壁を作らなくてもいい世界を創造する。心の侵犯者を排除すれば、心に壁なんて必要なくなるわ。だって、世界に自分を傷つける者などいないのだから。そうなれば、みんな自分から外へと歩きだす。そして健やかな心を持つ人間がこの世界を調律していくのよ。歪んだ人間の感情なんて自身の進化においてはじゃまっけなノイズでしかない。自律進化を阻害する粗悪な遮蔽物でしかないの」 「……確かに、歪んじまった人間はいるさ。けどな、そんな奴らのために、歪んだ心を直すために、人は一人じゃないんだ」 俺は朝倉の整った顔に苛立ちを見出したが、構わず、 「足を引っ張り合うだけが人間じゃない。人が人と寄り添うのは、感情が後ろ向きになっていること、進むのをやめちまって立ち止まってることをそいつに気付かせるため、そして自分が気付くためなんだ! そうやって前を向き合って、互いに自分の道を歩いていくのが人間の繋がり方なんだよ! ――そしてハルヒ。俺は、お前に言っておきたいことがある」 幼いハルヒは哀切のこもる顔をなだらか俺へと向け、俺は朝倉を見やったまま、 「俺の知ってるハルヒは、いつも高らかに笑ってる奴なんだ。だからお前が他人の幸せを妬むようなとき、俺はそんなのは違うと叱ってやる。自分の存在がちっぽけに思えたときは、俺の中で、ハルヒというやつの存在がどれほど大きいものなのか教えてやる! そしてもしも世界が、お前の目にはツマラナイもののように映るんなら……」 ――俺は、お前が俺にそうしてくれたように……、 「俺がお前の世界を大いに盛り上げてやる!」 そして俺は眼鏡の長門を見て、 「長門。俺がこの世界が楽しいと言えるようになったのは、この日……お前のお陰なんだ。だから俺は……俺たちSOS団は、元の世界を、長門が泣いたり笑ったり、不満だって言えるような世界に変えていく。けどな、それは俺の親友の言葉を借りるなら、価値観の変容によるものだ。お前はもっと笑っていい。泣いていいんだよ。そうするために必要な、立派な心がお前にはある。――お前はただ、感情の出し方を知らないだけなんだから」 「……わたし、が――?」 眼鏡の長門は戸惑いを隠せず、震える声で小さく呟く。 ……気付いてくれ、長門。お前は、お前のままでいいってことに。 「長門。俺は、元のお前に戻って欲しい。長門は長門じゃなきゃダメなんだ。だから――」 「――ふざけたこと言わないで!」 逆上したような声を張り上げ、今までとは打って変わり怒りをあらわにした朝倉は、 「今まで自分たちの行動がどれだけ長門さんを傷つけていたかも知らなかったくせに、都合の良いことばかり彼女に吹きこむんじゃないわよ! そうやってまた長門さんを苦しめるつもり? わたしはそんなの許さない! ……そろそろ気付きなさいよ。あんたはそうやって長門さんを悩ましてるだけなの! 堕落した人間の馴れ合いなんか、彼女に求めないで……!」 激しい感情をぶつける朝倉に眼鏡の長門はびくりと体を強張らせ、朝倉の辛辣な言葉に俺もたじろぐ。 すると朝倉はまるで原発がメルトダウンを起こしたときのように急に静まり返り、体を少しずつ前へと進めながら話し出した。 「――そうよ。こうなったのも、全てあんたらが原因なの。あんたは長門さんを傷つける。死ねばいいんだわ。でも……」 ザッと足を踏み鳴らし停止した朝倉の体はハルヒへと向けられ、 「すべての始まりはあなたなのよね。あなたこそ死ぬべきよ。あんたが長門さんを傷つけるより先に、わたしがあんたに『死』と痛みを与えてあげるわ。涼宮ハルヒ、それがあなたへのクリスマスプレゼント。最初で最後のね。しっかり受け取って頂戴――」 朝倉はナイフを腰元に構えると、滑空するようにハルヒの元へと飛びかかる――! 「……ハルヒ! やめ――」走り出そうとした俺に急激な頭痛が襲来し、「う………」と堪らずよろめいた俺は片手を額に当てて停止した。 ――なんだ……!? 頭の中に、聞き覚えのある女の声が響きわたる――。これは、喜緑さん…………? 「な………」「あ………」 中学ハルヒと眼鏡長門は朝倉の突然なる凶行に、長門は文字通り腰を抜かしたまま、ハルヒは身じろぎ一つ出来ないで凍り付いてしまっている。くそ、このままじゃ……。 だが次第に俺の頭痛も激しさを増し、それに伴い喜緑さんの声が言葉となって明確になっていく――。 『パーソナルネーム『長門有希』へのアクセス要望を確認。自動解凍処理プログラム起動。制限解除コード解凍完了。解除コード××××。同期可能な状態への復帰を確認。当該対象への同期を開始します――』 「――ぐ。一体、何が起きて…………」 いや……。待て……。微かに他の声も聞こえる……? これは……アイツの――――。 そして俺の目の前で、朝倉は――――。 ノンタイトル・サード
https://w.atwiki.jp/gods/pages/62130.html
ブルオク キリスト教の守護聖人。 5/1の聖人。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4825.html
文字サイズ小でうまく表示されると思います 俺の日常から平穏という概念が抹消されて、早くも9ヶ月弱もの月日が流れた。 赤子に例えて言えば差し出される物全てに口を開いていた時期を過ぎ、離乳食の味に不満を覚えて口を閉じて拒否する事を 覚えだしている頃だろう。 結果、両親に小賢しい演技を要求しだす程の時間を経て俺が覚えた事はと言えば、ハルヒの行動は子供と極めてよく似てい るって事だ。つまり、予測しようとするだけ無駄ってもんで、目に付いた面白そうなものであれば何であろうともやってみな いと気がすまないのさ。 子供とハルヒの共通点はそれだけではない。 例えばだ、お気に入りのおもちゃを取り上げられた子供は泣いて叫んで不満を全力で訴えてくるだろう。 それがいけない事だとか食べられない物だなんて事は関係ない、常識やモラルなんて概念は言ったところで聞くわけも無く 興味が無くなるまでひたすら突き進むのみ。 もちろんハルヒも暴れるだろうな。ただ、決定的に違うのはハルヒの不満ってのは物理的にも精神的にも見境無しという点だ。 物理的な事は俺に八つ当たりする分にはまあいいさ、不幸にも矛先が朝比奈さんに向いてしまったのならフォローもしよう。 しかしながら、精神的な部分に関しては俺や朝比奈さん、もしかしたら長門でもどうにもならないのかもしれない。 「そこで僕の出番。と、いう事ですね」 そうなるな、世界を崩壊から守る為に頑張ってくれニキビ治療薬さんよ。 我ながら愚痴でしかない俺の話を、隣を歩く古泉は楽しそうに聞いている。 で、俺が言いたいのはさ。赤子が成長するにつれて我侭やいたずらをしなくなるように、ハルヒもいつかは大人しくなって くれるのか?それともあいつの精神的な成長期はすでに終わってしまっているのか?どうなのか?って事さ。 「それは僕にもわかりませんね。心の成長は出会いや経験次第で、時間の経過とは無関係に進む物ですから」 宇宙人に未来人、超能力者なんて非日常な連中に囲まれてる間はあきらめろって事か? 「さあ?どうでしょう。今、貴方が言った3人ではないもう一人こそが、涼宮さんの精神面に大きく影響を与えていると 僕は思うのですが?」 思わず返事につまる俺を見て、何か言いたげな顔で古泉は笑っている。 「僕も子供と涼宮さんの共通点に一つ心当たりがあります」 なんだよ。 俺と古泉の少し前を歩くハルヒ達へと視線を向けて、古泉の細い目がさらに細くなる。 「子供も涼宮さんも、どんないたずらをされてもつい許してしまう。そんな素晴らしい魅力を持っているという事です」 素晴らしい魅力ねぇ……。 そうだとするなら、俺が今ついたため息は育児に悩む母親のそれと同じなのかもな。 俺は現在の懸念事項となっている自分の手に握られた少し固めの紙で作られたチケットへ目を落とす。 チケットの枚数はこの場に居る人数と同じ5枚。 これは、巨大アミューズメントパークのプレオープン特別招待チケットなんだそうだ。 涼宮ハルヒの欲望 Ⅰ 「すみません、これも全ては」 ハルヒのガス抜き、ひいてはストレス解消の為だろ? ため息まじりに答える俺に、古泉はいつもの罪悪感とは無縁の笑顔を浮かべている。 「その通りです」 ハルヒのストレス解消=世界滅亡の危機を回避する為、我々SOS団一行は休日を利用して郊外に新設された「巨大アミューズ メントパーク」とやらに向かって歩いている。 古泉がいるにしても、美少女と言って過言のない女の子達と一緒にゲームセンターで休日を過ごす事に、俺のようなごくごく平凡な 高校生に過ぎない男には何一つ文句など無いさ。 問題なのはその3人が一人としてただの高校生ではなく、宇宙人に未来人、最後の一人はなんでも自分の思い通りになると思って いて、実際思い通りになってしまう、そんな神様みたいな存在だという事だ。 おまけに俺以外の男子である古泉にいたっては、超能力者を自称しているという念の入れよう。 むしろただの一般人でしかない俺が、このメンバーに含まれている事に違和感を覚えるね。 古泉、聞くだけ無駄かもしれんが確認しておくぞ。そこは普通のゲームセンターなんだろうな? 「アミューズメントパークです。まあメインはゲームセンターらしいですから、そう呼んでも間違いではありませんが」 ……普通なんだろうな? 普通という所を強調しておくぞ? 何故、俺がたかがゲームセンターを警戒しているかと言えば、このチケットが古泉がどこからともなく仕入れてきた物だからだ。 「さあ? どうでしょう」 俺の質問を楽しそうにはぐらかす所を見ると、どうやら何か企んでいるらしいな。 また孤島の時みたいにドッキリでも準備しているのか?まったくご苦労な事だぜ。 俺の不安をよそに、ハルヒ、長門、朝比奈さんの3人は楽しそうに……。 いや、二人は楽しそうだが長門は無表情なままという、いつもの状態でパンフレットを眺めて何やら話している。 今日は休日なのでみんな私服、いつもメイド服を着せられている朝比奈さんも今日は私服だ。 ……朝比奈さんの貴重な私服姿を見ることが出来たんだから、まぁいいか。 古泉が何を企んでいるかは知らないが、それで少しでも平和な日常を過ごせるなら協力しないでもない。 俺の視線に気づいたのか、前を歩いていた朝比奈さんが振り向いて極上のスマイルを振りまいてくれる。 これだけで今日という休日に意味があったと思えるのは、俺だけじゃないだろうな。 「キョン君、後でみんなでプリクラ撮りませんか?」 いいですね。 微笑む朝比奈さんを見ていると、俺が笑顔になるのは自然現象です。 偶然にも朝比奈さんと2人っきりでプリクラを撮る事になる妄想にふけようとしていると、 「みくるちゃん、ここ見てここ! この店のプリクラって衣装貸し出ししてるみたいよ!」 無情にもハルヒのでかい声が俺を現実に引き戻した。 「えええ?!」 朝比奈さんの驚きの声には、ある種の悲鳴に近いものが混じっている。恐らく、これまでの経験から自分の運命が決まって しまった事を理解したんだろうな……。 それでも僅かな望みを残しているのか、朝比奈さんはパンフレットの違う場所を指差し、 「す、涼宮さん! こっちにほらぬいぐるみコーナーってありますよ?」 「今日はプレオープンだからお客も少ないはずだし、こーなったら衣装全部借りてきちゃうしかないわね」 聞いちゃいねえ。 「あのあの! ええっと、ここにはアイスクリームが売ってるみたいです」 なんとかハルヒの意識をプリクラから逸らそうと健気に頑張る朝比奈さんだが。 「古泉君、悪いけど開店したら速攻で衣装全部確保してきて! いい? 全部だからね?」 やはり、失敗に終わったようだ。 「わかりました」 俺の隣で罪悪感の無い笑顔でうなずく古泉。 お前、もしかして朝比奈さんがコスプレさせられるのを楽しみにしてないか?朝比奈さんには申し訳ないが、俺はすこーししている。 「そんなぁ~」 切ない悲鳴が響く中、俺達はついに目的地であるアミューズメントパークに辿り着いた――のだが……。 誰も居ないな……。 目的の建物は確かにそこにあり「本日プレオープン!」などと書かれた立て札もそこら中にあるのだが、客どころか店員すら 一人も見えず無駄に広い駐車場にも一台も車は無かった。 「おかしいわね……ちょっとみくるちゃんと探検にいってくるから! みんなはここに居なさい! いいわね?」 そう言い終える頃には、すでにハルヒは走り出していた。朝比奈さんの手を握ったまま。 長門、招待されたのは今日であってるよな? 俺に聞かれて長門が取り出した――ハルヒが飽きて押し付けたらしい――パンフレットには、確かに今日の日付が書かれている。 チケットも念の為に確認してみるが、時間は多少早いが日付は間違っていなかった。 もしかしてオープンが間に合わなかったとか? しかし素人の俺の目には、建物は概観上はいつでも営業可能にしか見えない。 ……何かあったのかもしれないな。 「変」 ん、お前が相槌を打つなんて珍しいじゃないか。 改めて見てみると、私服の長門は制服の時と変わらず地味な感じだ。 ところで、お前の私服はいったい誰が選んでいるんだ?意識なんとかって奴の趣味なのか?もっとこう、明るい感じの服もいいと 俺は思うんだが……。 「確かに変です」 古泉も真面目な顔で何か考えているようだ……っておい、まさか 「お察しのとおり、ここは通常の空間では無いようですね」 俺はまだ何も言ってないぞ。 「貴方の顔を見れば、考えている事はだいたいわかります」 怖いことを言うな。 あ、もしかしてお前にはそんな能力もあるのか? 見た目は怪しい好青年に見えるがこの古泉、実は超能力者である。しかし力を使うには場所や条件が限定される為、普段は 普通の高校生と変わらないと言っていたが。 「いえ、以心伝心ってやつですよ」 じゃあ今日はこのまま帰ろうと思ってる俺の気持ちも察してくれよ。 まてよ。 おい古泉、さっきここが普通の場所かって質問に答えなかったのは……まさか 「確かにこの施設には僕の所属する機関が関わっていますが、空間を変異させるなんて事は涼宮さんや長門さんでなければ できません」 俺達の会話に自分の名前が出たせいかはわからないが、無言のまま長門が今来た道を戻っていく。 お~い、どこへ行くんだ長門有希。 もしかして俺が帰りたいって思ってるのを察してくれたのか? 無言のまま途中まで戻ってから、長門は行くのと同じペースで帰ってきた。 「空間が閉じていない、戻る事も可能」 じゃあ、帰れないって事はないんだな。 そう何度も異空間に閉じ込められるなんて経験はしたくない。 「涼宮ハルヒはこの場所で遊ぶ事をとても楽しみにしている。このまま帰るという選択肢によって閉鎖空間が生まれる可能性は高い」 長門は俺の顔を見ながら返答を待っている。 古泉も俺の方を見て何も言わないでいた。 おい、なんでいつも俺に決めさせようとするんだよ。そうやって俺に選択させて、結果的に責任を取らせようとしてないか? 「涼宮ハルヒは貴方の意見を聞く事は殆ど無い、でも貴方が先に帰ってしまえば彼女も帰るという選択肢を選ぶと予測される」 ……つまり、あいつの機嫌を損ねる覚悟でここで俺が帰ってしまえばここでは何も問題は起きないだろうが、後で散々愚痴を 言われて、おまけに閉鎖空間を発生させてもいいなら帰れって事なのか? 以心伝心なんてものを信じるわけじゃないが、俺は長門の目をじっと見てみた。 いつもは表情が殆どかわらない長門だが……なんというか、今日は楽しそう(?)に見える。 長門、お前もしかしてゲームセンターが楽しみなのか? 普通の高校生ならありえない事だが、ハルヒの監視役として毎日過ごしている長門の事だ、もしかしたら、今日生まれて初めて ゲームセンターに来たのかもしれない。 ……わかったよ、帰らない。 「そう」 そうこたえた長門の返事はいつもと同じだけど、僅かに暖かい感じがしたと思うのは気のせいだろう。 入口の自動扉は俺達の気配を感知してあっさり開いた。 扉に電源が入っていない、もしくは鍵がかかっていて入れないという展開を期待していた俺の願いは儚くも叶わなかったわけだ。 中にも誰も居ないんだな。 店内は様々なゲームが並べられ、電源も入っていて賑やかな音楽が混ざって流れているんだが、人の気配がないせいでどこと なく不気味な感じが「さー!さっそくプリクラにいくわよ!古泉君、今日は貸切みたいだから先に行かなくていいからね」 しないようだな。こいつには。 「わかりました」 俺達の声が不自然なほどホールに響いていく。 その時、ここに誰も居ない理由がなんとなくわかってしまった。 おそらく……俺のこれまでのハルヒとの付き合いで得た経験による推測によれば、だ。 ハルヒが無意識で望んだ事っていうのは、ゲームセンターを貸しきってみたいって事なんだろう。 もしも俺の想像通りならば、いつものような危険な空間って事はないだろうしそこまで気を張ってなくてもいいかな。 「キョン君……なんか怖いです」 脅えた顔で俺の後ろに隠れる、その反応こそが普通ですよ?朝比奈さん。 すがりつく腕に当たる柔らかな感触には、気づかない振りをしておこう。 「あの、どうして誰もいないんでしょうか?」 正直わかりません。でもまあ長門が言うにはですが、ここは閉鎖空間とは違うらしいので、出ようと思えば出られない事もない そうですよ。 いざとなれば逃げればいい、それだけでも俺や朝比奈さんみたいな実質一般人には救いになる。 「長門さんが……わかりました」 まるで苦い薬を飲む決心をした子供のように気合を入れる朝比奈さん。 「見つけた! みくるちゃんプリクラあったわよー」 早くも目標を発見したハルヒが手を振っている。 「あう……」 朝比奈さんの入れたばかりの気合が抜けていくのが見えるようだ。 抵抗する事をあきらめた朝比奈さんを掴んで更衣室に入っていくハルヒ。 扉に鍵がかけられるとすぐに 「ええ! こんなの無理です?着れません!」 「だ~いじょうぶ、絶対似合うから!」 「無理です~!」 「ああもう無駄な抵抗はやめなさい! これもSOS団の崇高なる広報活動の為なのよ!」 「プ、プリクラ撮るだけじゃないんですか?!」 「知らないの? 最近のプリクラは撮影データをメールで送れるの!」 「それだけはだめですー! あ~あ~? なんでそんな衣装があるんですか?!」 いったい中では何が起こってるんだ? なあ古泉。 「なんでしょう?」 お前らの機関がハルヒの為にわざわざ準備したってのは……もしかしてこのコスプレブースの事か? 俺の言葉に、古泉は笑顔のまま固まっている。 ……図星なのかよ。 「上の人は、とにかく涼宮さんの趣向に会う物を準備すればいいと思っている所がありまして……」 このまま、スケープゴートにされた朝比奈さんの悲鳴を聞き続けるのも失礼な気がする。俺達は2人を残して、 無人のゲームセンターを探索する事にした。 なんていうか、誰も居ないゲーセンって不気味だよな。 「夜の学校とは別の怖さがありますね」 わざとか。わざとだな? 嫌な事を思い出させるな。 最新型のゲーム機がデモを流しながら並ぶ店内を俺達はあても無く進んでみたが、やはりというか誰とも出会う事はなかった。 別にここでゲームをしてはいけないって事はないんだろうが、なんとなく何か変な事が起こりそうでその気になれない。 そういえば、古泉はゲーセンってよく来るのか? 「いえ、高校生になってからは初めてです。最近はおかげ様でアルバイトは減っていますが、こう見えて忙しいんですよ、色々とね」 ちなみに古泉の言うアルバイトとは、マックやコンビニの店員などではなくハルヒが無意識に作り出してしまう閉鎖空間をなんとか することだそうだ。 セールスマンの様なこの笑顔の下には、俺のような一般人には理解できないストレスもあるのかもしれん。 ちなみに、さっきから俺と古泉で話しているが長門も一緒についてきている。 いつものように無言の長門なのだが、珍しい事に回りを時々見回していた。 長門、何か変な所でもあったのか? 俺の質問に黙って首を僅かに横に振る。 こいつが危険を見つけない限りは、多分俺達も大丈夫なはずだ。 ……何か面白そうな物でも見つけたか? ありえないだろうが一応聞いてみると、長門はすぐにうなずいた。 こいつが興味を示すものっていったい……あ、マジックアカデミーとかか? しかし俺達が今居るのは大型の筐体が並ぶスペースで、見まわしてはみたがそれらしいものは見当たらない。 どれが面白そうなんだ? 無言のまま長門が指差したのは。 「意外ですね……」 店の一角を埋めるように作られたRPG体験ゲームだった。 俺もよく知らないが、内部にモニターがついているヘルメットをかぶってシートに座り。擬似世界で冒険をする……みたいな ゲームだったと思う。あれ? 俺はどこでそんな情報を知ったんだったかな……。 「おまたせ~!」 ハルヒが朝比奈さんを引きずって追いついてきた……ってお前。 「み、見ないでください……」 ハルヒの後ろに隠れる朝比奈さんはすでに涙目で、黒いバニーガールの姿に、蝙蝠の羽のような物を腰に付けたコスプレの 衣装だった。 制服越しでも直視すれば心拍数が上がってしまう様な朝比奈さんのスタイルが、今は所々狙ったかのように生地が足りない バニースタイルでさらに強調されている。 しかも羽付き。 こんな小悪魔が現れたら、魂なんていくらでも集まるのではないだろうかと思うね。俺だったら喜んで差し出す。 「もう、いつまで恥ずかしがってるの? 前にも着た事があるバニーなんだから恥ずかしくないじゃない」 お前は私服のままなんだから恥ずかしくないだろうよ。 「恥ずかしいです……これ、なんの服なんですか……? なんで羽がついてるんですか……?」 「知らないわ」 ハルヒ、いつもならお前を責める所だが今日は褒めてあげたい。俺は表情を変えないように努力しながら、さっきの話通りならば 今頃部室のPCに転送されているであろう朝比奈さんの画像を秘密のフォルダにコピーすることを心に決めた。 「あれ? 有希……めずらしいわね。あんたこれやってみたいの?」 長門は一人、筐体に置かれた説明書を黙々と読んでいる。 どうやら本当に興味があるみたいだな。 「へ~……たまにはこーゆーのもいいかもしれないわね……」 ハルヒが筐体のあるスペースの中に入って行ったので、俺達もそれに続く。 スペースの中の壁には、10個程のアンティークな扉が並んでいた。扉の間隔は狭く壁を見る限り奥行きもない、どうやら一部屋に 一人ずつ入る仕様らしいな。 扉の横に1ゲーム500円の文字とお金を入れる場所があるのを見て、ハルヒはさっそく財布から500円硬貨を取り出している。 やってみるのか? 「あんたもやるの! 多人数で遊ぶゲームっぽいしみんなで一度にプレイしたほうが楽しそうじゃない」 長門も財布から500円硬貨取り出している。 おいハルヒ、お前このゲーム知ってるのか? 「知らないわ、やって覚えればいいじゃない」 お前は説明書を読まないタイプだと思っていたよ。 「面白そうですね」 ここが普通の空間ではない事を覚えているのか忘れているのか、古泉もやる気だ。 朝比奈さんはと言えば少しでも早く個室に隠れたいらしく、すでに扉を開けようとしている。 ハルヒの500円硬貨が投入口に消えると、大げさな金属音がして扉の鍵が外れた。 扉の向こう側には大型のソファーとテーブルがあり、その上には色々ケーブルが付いたヘルメットが置かれている。 他には何も無い、モニターもキーボードもハンドルも何一つ無い。 「先にはじめてるから!」 壁越しにハルヒの声が聞こえる。 わかった! どうやら壁は薄いみたいだな、俺も大声で答えておいた。 他に選択肢もない以上こうするしかないよな。 俺は扉の鍵をかけて、さっそくシートに座ってみた。 ヘルメットはわかるが、これってどうやって操作するんだ?テーブルに置かれたヘルメットはフルフェイスになっている。 かぶる……しかないよな?多分。 「わー! すご~い……ヘルメットかぶるだけでいいんですね~」 どうやら朝比奈さんも問題ないようだな。古泉は少しはゲーム慣れしてるだろうし長門はゲームの説明書を読んでいたくらいだから 大丈夫だろう。 個室の中を探しても説明書らしき物も見つけられなかった俺は、ヘルメットをかぶってみた。 そういえば、このゲームってどこにもタイトルらしい名前が書いてなかったな……。 ん……なんだ……? ヘルメットで視界が隠されて真っ暗になると思っていたが、何故か視界は真っ白だった。 白い光に照らされているって感じじゃない。どんな理屈かはわからないが、外からの音や光は完全に遮断されている様に感じる のに視界には何も無い真っ白な空間が広がっていて、静かだが無音というわけでもない。。 「遅かったわね」 ハルヒの声に振り向くと、そこにはみんなはすでに集まっていた。 全員が筐体に入るときの姿のまま、つまり朝比奈さんは羽付きバニーガール姿だ。 ……っておい、俺は後ろを見ようと意識しただけだぞ? 意識のまま視界が動いていることに、俺は驚いていた。 「真っ白ですね」 ナレーションもなく音楽も無い、ただ真っ白な空間に俺達は立っている。 「もしかして、まだ調整中だったのかもしれませんね」 「えー! じゃあ遊べないの?」 古泉の言う事はもっともな気がする……が、時折わざとらしく送られてくる視線に嫌な予感が止まらない。 ハルヒに気づかれないようにそっと宇宙人の隣に移動して小声で聞いてみる事にしよう、できれば思い違いであって欲しい。 長門、これはもしかしてゲームなんかじゃなくて……。 「閉鎖空間」 わかりやすい返答ありがとう。 この時点で、俺は平凡な休日を楽しめる可能性を諦めた。 やっぱりそうなのか。 いくら最近の技術革新が凄いからって、複数のプレイヤーの外見を完全に反映した別空間を演出する技術なんて聞いた事もない。 ましてそんな技術があったとしても、500円1プレイなんて値段じゃないのは確かだ。 古泉もここが閉鎖空間だとわかっているらしく、ハルヒとのんびり話を続けながらもどことなく緊張している様に見える。 「キョン君、私ゲームって詳しくないんですけど……これってこの後どうすればいいんですか?」 えっとですね。 どうやら可愛い未来人さんはこれがゲームの世界だと信じているらしい。 なんて説明すればいいのか迷っていると、何か寂しげな音楽が流れ始めた。白い空間に音楽にあわせて文字が下から浮かんで くる。 ……これはなんだ? 俺達は流れ続ける文字をじっと目で追っていった。 世界の真ん中に立つ塔は 楽園に通じているという 遥かな楽園を夢見て 多くの者達が この塔の秘密に挑んで行った だが、彼らの運命を 知る者はない そして今、また一人…… 文字が最後まで流れきると、ただでさえ白い空間が一瞬光り俺達は見たことの無い街に立っていた。 見た感じ石造りの古い感じの街で、中世のヨーロッパって感じだろうか。見たことなんて無いから断言はできないが。 「ふぇ~……この時代のゲームって凄いんですね~」 「本当、凄いわね……壁も床もちゃんと触れるし」 朝比奈さんとハルヒは地面や壁に触れながら、純粋にゲームの世界を楽しんでいるようだな。正直羨ましいぜ。 って、朝比奈さん。今何気にこの時代とか言ってませんでした? 「困りましたね」 古泉はハルヒに見られないように苦笑いをしている、事情を知ってしまっている俺達は素直に楽しめそうにないな。 出られないのか? ハルヒ達に聞こえないように古泉に聞いてみた。常識が通用しない世界で頼りになるのはこいつか長門しか居ない。 「ここは僕の感覚では閉鎖空間に間違いありません、ですが何故かここには神人の気配がしません。それにいつもと違い色彩も 豊かですし……正直、状況がつかめません」 確かにいつもなら閉鎖空間はモノクロの世界だ。 これがハルヒの無意識から生まれた閉鎖空間だったら、神人を倒すことで元の世界に戻れるはずだ。だが、その神人が居ない ならどうすればいいんだ? 「どうやらここは涼宮さんの作り出した閉鎖空間では無いのかもしれません。となると、例の最終手段もここでは意味がないかも しれませんね?」 意味深な笑みを浮かべる古泉を睨んでおく。 こいつは古い事をいつまでも……。 長門、お前はどうだ? 頼りにならない超能力者から最終兵器元文芸部員へと視線を移すと、 「…………」 何故か長門は何も喋らない、いや喋らないのはいつもの事なんだが返事もしないのは珍しい。 それにまるで電池の切れた機械みたいにじっとしている。 長門? 俺は顔の前で手を振ってみたりかるく揺さぶってみたりしたが、長門はまるでネットゲームでモデムが再起動を始めたかのように 何も反応しなかった。 「何かお困りですか?」 俺達に話しかけてきたのは、優しい笑顔を浮かべた黒いスーツの男の人だった。 その人はいかにもゲームの世界の人物らしく、シルクハットなんて物かぶっている。 「友達が貧血を起こしたみたいなんです」 古泉の返答にうなずくと、 「この先に休めるところがありますのでよかったらどうぞ」 シルクハットの人が指差す先にはINNと書かれた看板があった。ここがゲームの世界だとするならば、宿屋みたいなものが あるはずだよな。 ありがとうございます。 軽く頭を下げる俺に、良識のある人シルクハットの人は会釈をしながら街の中に戻っていった。 いつのまにか居なくなっていたハルヒと朝比奈さんを探してみると、二人はすぐに見つかった。 町の人を見つけるたび、次々と楽しそうに話しかけていっている。 どうやらなんの疑いも無くゲームを楽しんでいるようだな。正直、うらやましくもある。 ハルヒ! ちょっと長門の具合が悪いんだ。 「え? ……あ、本当ね。有希、大丈夫?」 長門は相変わらずなんの反応も示さない。いつものように無表情だけど、見ようによっては辛いのを我慢しているように 見えなくも無い。 「長門さん、どうかしたんですか?」 朝比奈さんも心配そうに長門の顔を見ている。 「貧血じゃないですかね。そこに休めるとこがあるって街の人が言ってました」 「ん~……じゃあ、私とみくるちゃんでもう少し情報を集めてきてあげるから、キョンと古泉君は有希と休んでて」 よほどこのゲームが気に入ったらしい、俺がうなずけばすぐに走りだしそうな雰囲気をハルヒから感じる。 確かにハルヒと一緒に居たら、何に巻き込まれるかわからないから動けない長門はハルヒと別行動したほうがいい、が。 ついてるだけなら俺一人でもいいし、古泉も一緒に行ってこいよ。 俺じゃあ、何かあってもハルヒを止める事も守る事もできないからな――無茶をしないように見張っていてくれ。 「そうですね、僕も少しはゲームに詳しいですから涼宮さんに付いていきますよ」 俺の気持ちが本当にわかっているのか、ハルヒ達に見えないように古泉はウインクしてみせた。 「キョン、ふたりっきりだからって有希に変な事したら死刑だからね!」 するかよ……。 宿屋に俺と長門を残して、ハルヒ達は街に出かけていった。 そこは宿とは言っても広い空間にベットが規則正しく並んでいるだけの場所で天井すらないスペースだった。 どちらかというと野戦病院みたいな感じだな。それにしては屋根が無いのは致命的だと思うのだが、ゲームの世界には 雨は降らないのかもしれない。 ベットの上に座った長門は、相変わらずなんの反応も示さないでいる。 俺は長門の向かいのベットに座って、のんびり長門の回復を待つ事にした。 さてさて、これからどうなるんだろうな……。 今までの経験からすると、長門か古泉が状況を把握しない限り異常事態が解決した事は無い。となると一般人でしかない 俺にはのんびり待つしか選択肢がないよな……。 ベットに寝転んで雲ひとつない空を眺めていると、宿屋のすぐ傍に立つ巨大な塔が視界に入った。 その塔は物理法則を無視するかの様にどこまでも高く伸びていて頂上は見えず、まるで宇宙まで続いているかのようだ。 塔……そういえばどこかで聞いた気がするな。 「駄目」 突然聞こえてきた長門の声に起き上がると、向かいのベットの上にはさっきと寸分変わらぬ体勢の長門が居た。 何が駄目なんだ? 「統合思念体と限定的な形でしかコンタクトできない、情報連結は繋がっているけれど意思の疎通に無視できない障害がある」 相変わらずこいつの話す言葉は、普通の高校生でしかない俺には理解しにくい。 「……携帯の電波が悪くて、お互いの声がうまく聞こえないって感じか?」 長門は小さくうなずく。 おお、あってた。 それってまずいのか? 「私の基本方針は統合思念体の意思によって決められる、その意思が伝わらない時は状況を見て行動するように指示されている」 今日の説明はいつもよりはわかりやすいな。つまりいつもは言われるままに行動してるけど、今は好きにしてもいいって事か。 じゃあ今日は休日だな。 流れの無い湖底の様な揺るがない瞳が俺の顔を見つめている。 長門の好きに行動していいんじゃないか? 俺の返答に、長門は珍しく困ったような表情を浮かべているように見えなくもない……いや、やっぱり無表情か。 お前に好きにしろって言ったらずっと本を読んでるかもしれないが、それはそれでいいかもしれない。 ずっとハルヒの監視だけなんて高校生活じゃ面白くないだろうしな……ってまてよ、今はそんなのんきにしてていい状況じゃ なかった! 長門、お前はここから出ようと思えば出られるのか? 考えてみれば俺達は今、この世界に閉じ込められているんだった。 「出られない。統合思念体と正常にアクセスできない現状では、限定的にしか力を使えない」 マジかよ。 古泉も長門でも何ともならないなんて、これからどうすればいいんだ? 「この閉鎖世界は通常の空間とは別の次元に、ゲームのルールに従って作られている。ゲームをクリアする事で通常空間に 戻れるかもしれない」 クリア……か。 どうやらこのゲームはRPGのようだが、クリアにはどれくらいの時間がかかるんだ? しかも俺達はゲームの世界の人間みたいに、怪我をしても宿屋に泊まれば一晩で治るような特殊能力なんてないんだ。 怪我とかしないように慎重に進まないといけない……が、かといって時間がかかりすぎるとハルヒもここが普通の空間じゃない 事に気がついてしまうかもしれない。 ……まてよ? 長門、この世界がゲームの世界だっていうならさ。コンピ研の時みたいにデータを改変する事ってできないか? 「少しなら可能」 おお、望みが出てきたんじゃないか? そうだ、どうせならばいきなりクリアとかは。 「無理」 やっぱりそうだよな。 「ただいま~」 宿の入り口付近に騒がしい気配を感じると、ハルヒ達が妙にご機嫌で帰ってきた所だった。 とりあえずゲームをクリアするしか道が無いのなら、俺もハルヒみたいにゲームを楽しむのが正しいのかもしれないな。 現実逃避と言われても仕方ない発想だが、それしかないならそれが正道だろう。 何かわかったのか? 俺の言葉に、ハルヒは顔を輝かせて俺の後ろを指さす。 「それがね! あそこに見えているあの塔、あれって天界ってとこに通じてるんだって!」 嬉しそうに話し始めるハルヒの話を聞いているうちに、俺は少しだけだがこのゲームに興味を持ち始めていた。 ――3人が町で集めてきた情報によると、だ。 この町の塔は天界に通じているのだが、塔の鍵を玄武という魔物が英雄の像に隠してしまったらしい。 いかにもって設定だな。 後は、ここから南東に行くと町があるけれど、町の外はご丁寧にモンスターがうろつく無法地帯だそうだ。 「南東の町でもう少し情報を集めるしかないでしょうね」 その前に、装備を整えないとな。 わざわざ無法地帯とまで言うくらいだ、敵も出るだろう。 長門、もう大丈夫か? いつものように長門は無言のまま頷く。 「決まりね! まずは武器を買いにいくわよ!」 ハルヒを先頭に、俺達は宿屋を後にした。 「ちからのもと? ってこれ何、野菜?」 「HP200……キョン君、これって何ですか?」 店にはいかにもゲームのアイテムといった商品が並んでいる。店主もプログラムされた事しか話せないのか、何度話しかけても 「なんの ようだ!」としか答えてくれない。それにしても無愛想な店主だ。 俺もこのゲームは初めてだからわかりません。……長門、わかるか? 「HP200は体力の最大値を上げる薬、ちからのもとは力を上げる薬……」 すらすらと長門はアイテムの説明を話はじめ、それは店にある全てのアイテムの説明が終わるまで止まらなかった。 驚いた顔で固まる俺達、朝比奈さんはぱちぱちと手を叩いている。 「有希、このゲームやった事あるの?」 長門は首を横に振り。 「説明書に書いてあった」 と答えた。 「じゃあ、どれが私向き?」 店に並んだアイテムの中から長門がハルヒに選んだのは、細身の剣「レイピア」だった。 「あの~私はどれがいいでしょうか……」 長門はまるで規定事項のように朝比奈さんには弓を――俺には何故か盾を選んだ。 武器を選んで貰ったハルヒ達はさっそく武器を試してみている。 ハルヒと違って朝比奈さんは武器なんて触った事もないだろう。 まあ、俺もハルヒもないはずだが。 それとなく長門に聞いてみる。 まあ俺が盾なのはいいとしてだ、朝比奈さんに弓はまずくないか? あの人の場合敵に当てられないというより、味方に当ててしまいそうな気がするんだが……。 「オートロックオンモード。敵にしか当たらない設定、大丈夫」 視線の先で、朝比奈さんがおっかなびっくり構えた弓から勢いよく矢が飛んで行った。 「キョンく~ん! この弓凄いです! 狙ったとこに飛んでいくんですよ!」 町の壁には、朝比奈さんが放ったのであろう矢が一か所に何本も突き刺さっていた。 朝比奈さんは大喜びで手を振っている。 普通はそんなに弓が強かったりしないんですよ? なんて無粋ことは決して口にはしない。 ああそうか、野球大会の時みたいな感じなんだな。それなら自分の身も安心だ。 一方ハルヒはと言えば、そんなに軽そうには見えないレイピアを片手で華麗に振り回している。こいつには苦手な物などないのか? 長門と古泉はどれにするんだ? 「僕はこの世界では多少、力が使えるみたいです」 言いながら差し出した古泉の手の上に、例の赤い玉が現れる。 「ゲームの世界の能力。エスパーボーイって事でお願いします」 公然と能力が使えるのが楽しいのか古泉は嬉しそうだな。 古泉、長門の話だとどうやらこのゲームをクリアしないと元の世界には戻れないらしい。 「そうですか、じゃあ頑張らないといけませんね」 のんきな返答にしか聞こえないが、実際それ以外に方法は見つからない。 長門はどれにするんだ? 「大丈夫」 大丈夫って……。素手でいいのか? いつものように長門は無言のまま頷く。気のせいかもしれないが、その顔は少しだけ楽しそうに見える。 ちなみに、長門のデータ改変のおかげで店の売り物は全部無料だった。 「プレオープンキャンペーン中」 という説明でハルヒはあっさり納得したらしい。 ステータスアイテムもいきなり最大値まで使ったおかげで、長門によればよほどの事が無い限り怪我とかの心配はしなくても いいそうだ。 ご都合主義? 制作者には悪いが。先が見えないゲームの世界でルールなんて物にかまってられないのさ。 南東は……道が一方にしか伸びてないからこっちだろうな。 準備を終えた俺達は、さっそく南東の町へ向かって出発した。 「さー! モンスターでもなんでもいらっしゃい!」 物騒な事を言いながらハルヒが先頭を歩いている。 その後ろに俺、長門、朝比奈さんと続き最後尾は古泉だ。こうして歩いていると、いよいよ冒険の物語って感じがするな。 広い荒野には俺達しか姿が無く、遠くからは鳥の声が聞こえてくる。 「……おや、どうやら敵がきたようですよ?」 広い荒野に小さな影が見えたかと思うと、それはまっすぐこちらに向かって走ってきた。 小さな子供位の大きさで、手にはナイフを持つ醜悪な外見の怪物。 ゴブリンか? 「コボルトかもしれませんね」 いきなりホブゴブリンって事はないだろうな。 「名前はいいから!あれって倒してもいいんだよね?」 目を輝かせながらハルヒが聞いてくる。その闘争本能をスポーツにでも活かせばいいだろうに。 友好的には見えないから戦っていいぞ 俺が言い終わらない内にハルヒはゴブリン(仮称)を迎え撃ちに走りだした。 敵のナイフが届かない間合いを維持しながら、ハルヒのレイピアが敵を突き倒していく。 やれやれ、俺達の出番はないみたいだな。 「そうでもないようですよ?」 答えながら古泉が赤い玉を作り出て構える、その視線の先には5つ程の小さな鳥の姿があった。 それはこちらに近づくにつれて徐々に数を増やし大きくなっていく。 「朝比奈さん、援護をお願いします」 「は、はい!」 古泉の玉と朝比奈さんの矢が鳥に向かって飛んでいく、それは次々と命中していくが 「……これは間に合いませんね」 敵の数が増える方が多くて、近づかれる前には倒しきれそうに無い。 「キョン! そっちは任せたからね!」 ハルヒも多対一では余裕はないようだ。 とは言っても俺は盾しか持ってないんだが……。 矢と玉の雨の中を切り抜けてきた鳥が、まっすぐこっちに突っ込んでくる。 ええい! やるしかない! 俺は朝比奈さんめがけて急降下してきた鳥の進路に立ちふさがり、盾を身構えて鳥の突撃を防いだ。 ……ごんという鈍い音が響き、鳥はあっさり地面に落ちる。 「キョン君大丈夫ですか?!」 思っていたような衝撃も無く、怪我もない。凄いなこの盾、これにも長門が何かしてくれたのかもしれない。 大丈夫ですよ。 残りの鳥は古泉の活躍で撃墜され、ハルヒも最後の一匹に止めを刺した所だった。 残ったのは地面に倒れたまま動かない鳥が一羽、さてどうしたものかと思っているとここまでじっとしていた長門が歩いてくる。 何も言わないまま長門が鳥に触れると、鳥は跡形も無く消えていった。 「有希凄いじゃない! 今のなになに?」 「特殊能力」 「え~いいなぁ! 私も有希や古泉君みたいに何かすっごい能力とか使えないのかな?」 さっそく適当な名前を叫びながらレイピアを振っているハルヒはおいといて、だ。 長門にとって敵は所詮データに過ぎないから消去することもできるわけか。「ゲームの中という大義名分」がある以上、長門は いつも以上に無敵の存在かもしれない。 その後は何事も無く、俺達は南東の町に辿り着いた。 「ここは英雄の街さ」 入り口に立つ人が不自然な笑顔で話しかけてくる。 試しに何度か話しかけてみたけど同じ返答しか来なかった。やっぱりゲームの中に居る人は決められた事しか話せないみたいだ。 実写でゲームはやるもんじゃないって言ってた小学生がいたが、その通りだぜ。 ……あれ、そういえばあのシルクハットの人は普通に話せてたよな? もしかしてあの人はゲームの進行役というか案内係とかなのかもしれない。 「別れて情報収集するわよ、10分後にあの街の真ん中の像の前に集合!」 言い終えたハルヒは返事も待たずに走りだしていく。 この世界がハルヒのストレス解消の為に作られたのなら、大成功だと言わざるを得ない。 「では、僕達も行きましょう」 俺達はそれぞれ街の人に聞き込みをはじめた。 せっかく別行動にしたのだが、10分どころか5分もしないうちに情報収集は終わってしまった。街はとても小さな作りで、最初の街 同様に街の人も殆ど居なかったからだ。 「集まった情報をまとめると……この街の英雄の像を元の姿に戻せば塔に入れるようになるって事みたいですね」 その為には剣と盾と鎧を集めなければならない、多分3人の王様ってのが情報を持ってるか装備を持ってるんだろう。 やっぱり古典的な普通のRPGみたいだな。 「じゃあ別れて集めに行きましょう、くじ引きできそうな物……って何かない?」 またくじ引きか。流石にゲームの世界で爪楊枝は無いぞ。あるかもしれないが。 あ、そうだ。 これでいいか? そう言って俺が取り出したのはプレオープンのチケットだ、これなら人数分あるしいいかもしれない。 ハルヒがチケットに印を入れて順番に引いた結果。 俺と長門。 ハルヒと朝比奈さん。 古泉は一人。 という3つのパーティーが出来上がった。 何故かハルヒは不満そうな顔をしているが、文句があるなら最初からくじ引きじゃなくて、自分で決めればいいだろうに。 いつもなら団長命令とか言ってなんでも自分の好きに決めるんだ、何故くじ引きにこだわるんだ? 「……まあいいわ、じゃああたしとみくるちゃんは剣の王様から剣を奪ってくるから」 確かに盾と鎧はハルヒってイメージじゃないな。 物語の展開上そうなるなら仕方ないが、一応は交渉する方向でいけよ? お尋ね者にはなりたくない。 無駄になるであろう忠告をハルヒはさっそく聞き流している。 「それでは、僕は盾の王様に会いに行きますね」 古泉は一人なので、街から近い盾の王様に決まった。 残った俺と長門は鎧の王様。 集合場所をこの像の前に決めて、俺達はそれぞれの目的地へ向けて移動をはじめた。 「よくいらっしゃいました。2階へ行って王様の悩みを聞いてあげてください」 俺と長門は鎧の王様の城に辿り着くと、妙に愛想のいい兵隊に迎えられてさっそく王様に会うことになった。 ちなみに街から城まで3分とかかっていない、どうやらここは小さな世界みたいだな。 あなたが王様ですか? 2階には人目でそれとわかる豪華な鎧を着た人が椅子に座っていた。 「そうだ俗に言う恋煩いだ」 ……会話が噛み合わないのは俺のせいなのか? え……えっと恋煩いですか。大変ですね。 「うむ。南の村の娘でな。どうしてもうんと言ってくれんのだ‥‥」 ここは俺達がなんとかしますとか言うしかないよな? 俺は視線で長門に訴えてみたが、予想通りなんの反応もなかった。まあ、適当に話しても多分なんとかなるんだろう。 わかりました、とりあえず話を聞いてきます。 「望みの物をとらせよう」 ……最後まで話が噛み合わないまま、俺達は南の村とやらに向かうことになったようだ。 そういえばさっきから敵が出ないけど、お前がなんとかしてくれてるのか? 気になっていたことを、城からのんびりと南の村に向かいながら長門に聞いてみた。最初に敵が出てから一度も戦闘が ないってのは、ゲームバランスとしておかしい。 「エンカウント率は0にしてある、イベント以外の戦闘は回避」 なるほど、時間をかけない為にはそれしかないか。アイテムでドーピング済みだし、多分なんとかなるかな。 川をいくつか越えると小さな集落が見えてきた。どうやらあれが南の村らしい。 ――いままでが順調過ぎたのかもしれない。 俺達が辿り着いた時、南の村はスライムのようなモンスターでいっぱいだった。 これは……村がモンスターに襲われてるって事だよな。 モンスターを全滅させてくれってイベントなんだろうか。俺は盾を持つ手に力を込めた。盾でどうするってわけでもないが。 「違う」 長門は何も警戒しないままスライムの一匹に近づいて行った。 お、おい大丈夫なのかよ?仕方なく俺も盾を構えながらついて行く。 長門がスライムの目の前に立つと 「奥に居るのが村一番の美人だよ」 どこから話しているのか分からないが、スライムは友好的に教えてくれた。 ……これ、もしかして村人なのか? どうみてもモンスターにしか見えないが、多分そうなんだろう。村中にうごめくスライムの群れは、しばらく夢に出そうな光景だ。 朝比奈さんがここに来なくてよかったよ……ほんと。 ――色々あきらめつつ村の奥に行くと、一匹だけ一箇所で止まったまま動かないスライムが居た。 もしかして、これ、じゃなくてこの液体が……その あ、貴女が村1番の美人さんですか? 俺はどの部分に話しかけて良いのかわからないので、スライム全体に向かって話しかけてみた。スライムは俺の言葉に うごめいている。 「うなずいてる」 長門、こいつの動きの意味がわかるのか? 長門は当たり前とでも言うようにうなずいた。 ……もしかして、もしかしてだぞ? 宇宙人である長門から見たら、俺達人間もこのスライムもそんなに変わらない物なのか? その事について詳しく聞いてみたいのを我慢しつつ。俺は村一番の美人らしい物体との会話を続ける事にした。 あの、私的な事を聞いてすみません。俺達、王様に頼まれてきたんですが。どうして王様のプロポーズを断るんですか? 「盗賊に脅されているんです。嫁にならないと村を焼き払うって。村を犠牲にはできません」 どこに発声器官があるのか謎だが、悲しそうな声でスライムは喋っている。 ……声だけ聞けば綺麗な声だとは思う。もしかして、王様は目が見えないとか……まさかね。 村で盗賊の居場所を聞いた俺達は、さっそく盗賊が居るという洞窟に向かった。 そういえば他の3人は大丈夫だろうか? ゲームはそんなに問題ないだろうけど、ハルヒが無茶をして朝比奈さんを困らせてなければいいんだが。 洞窟の中は日が差さず、薄暗いのに何故か遠くまで見渡せた。この辺はゲームならではなんだろうけどありがたい。 朝比奈さんみたいなタイプなら、こんな場所だと怖がってしがみついて来そうな場所だ。 長門は特に表情も変えないまま俺の後ろをついてくるだけだった。 まあ、いつもの事だよな……だがまあ物は試しともいうし階段をいくつか下りたところで一応、男として言ってみる事にした。 長門。 俺に呼ばれて長門が俺に視線を向ける。 怖かったら手を掴んでもいいんだぞ? 長門の返答はなかった。 そのまましばらく待ってみたが、やはり返事はなかった。 すまん、俺が悪かった。 とりあえず謝って、俺はまた洞窟を歩き始めた。 再び俺の後ろを歩き始めた長門が、俺の服の端を掴んでいるのに気づいたのはしばらく後の事だった。 「誰が入っていいと言った!」 洞窟の一番奥に入ると、突然そんな声が聞こえてきた。 お、ボスキャラかな? 俺は盾を構えてさらに奥へと進む。声の主は、巨大な蛙みたいな何かだった。 えっと、村一番のスラ……美人さんから手を引いてくれませんか? どう見ても説得には応じない感じだが、対話と圧力で交渉してみる。 「やろう、ふざけるな!」 そうだよな、盾しか持ってない高校生なんか怖くもなんともないよな。現実の世界で居れば別の意味で怖いんだろうが。 大蛙はいきりたってこちらに向かって来た!やっぱり見た目の戦力がなければ、たとえ潜在戦力があっても圧力にはならない という日本の外交問題が意図せず露見されたわけだ……と適当に難しそうな言葉を並べてみる。 長門、頼めるか? 俺の言葉に長門は小さくうなずく。 俺は盾を構えて、まっすぐ突っ込んできた蛙の突進を受け止めた。やっぱりそうだ、なんでかはわからないがこの盾は衝撃を 完璧に消してくれるらしい。 頭から突っ込んできた蛙を盾であっさり押しとどめると、すかさず長門が横から蛙に手を触れる。 じゅっ! と焦げる音がして長門の手から煙が上がる。それと同時に蛙は跡形も無く消えていった。 な、長門大丈夫か?! 長門の手は、蛙に触れた部分が真っ赤に腫れあがっている。 「カウンター型の能力」 いや、俺はそんな事を聞いてるんじゃなくてだな? もうここには用はないはずだ。俺は長門を抱えあげて急いで洞窟の外に向かった。 汗だくになりながらもなんとか外に出た俺は、洞窟の近くにあった川のそばに長門を下ろした。 完全に息が上がってしまって、言葉にならない。 俺は長門に川を指差して、自分の呼吸が落ち着くのを待った。人間、必死になれば何でもできるもんだな……。 大きく深呼吸しながら草むらに仰向けに寝転んでいると、長門が川から戻ってきた。 俺のすぐそばに座って手を差し出してくる。 「水」 両手で水をすくってきたらしく、手の隙間から雫が落ちている。 あ、ありがとう。 人の掌から直接水を飲むっていうのは、なんというか気恥ずかしいが今は疲れていて気にならない。 上半身を起こして長門の掌に顔を近づけると。 あれ? 長門の手は、綺麗な白い肌に戻っていた。とりあえず水を飲んでからにしよう。 ……人の手から水を飲むのは以外に高難易度だった、機会があれば試して欲しい。 ありがとう、長門。 喉は潤ったが、まだ体は動いてくれそうにないな。とりあえずお礼を言って、俺はまた草むらに寝転んだ。涼しい風が 通り抜けていく。 このまま昼寝でもしたい所だが……そうもいかないよな。 長門、手は大丈夫か? 「平気」 洞窟で見た時はどうみても平気には見えなかったのだが、今はいつもの透けるような白い肌に戻っている。 考えてみれば、だ 全身を貫かれた時も、制服を含めてあっさり治して見せた長門には火傷なんてものは怪我のうちに入らないのではないだろうか? ……もしかして、俺よけいな事したか? 俺の顔を見ながら長門は顔を横に振った。 その顔はなんとなく嬉しそうに見えた……気がしないでもない。 「ありがとう」 鎧の王様の城に戻ってみると、そこにはすでに村一番の美人スライムが来ていた。 ゲームの世界とはいえ、スライムが好きな人が王様で国民はいいんだろうか?まあいいか。 いえ、どういたしまして。 「うむ。何が望みじゃ?」 相変わらず会話が成立しない……その辺は諦めるとして、とりあえずゲームを終わらせないとな。 王様は英雄の像が着ていた鎧をお持ちだとか? 「そうか。わかった!!」 何がわかったんだ?王様は俺と長門の目の前で突然鎧を脱ぎ始めていく。 次々と鎧を外していき、ついには下着姿になった王様を見ても長門は表情一つ変えなかった。 長門の前で堂々と鎧を脱ぐ王様も、ある意味すごいが。 キングのよろい を てにいれた。 ……まあいいか。 「あ、戻ってきましたよ!」 俺と長門が南東の町に戻ると、そこにはすでにみんな揃っていた。 「お疲れ様です」 古泉の手には大きな盾が 「遅かったわね」 ハルヒの手には身長と変わらない程の長さの立派な剣が――なんで片手で持てるんだ? 「キョン君、重そうですね」 俺の背中には、王様の着ていた鎧の入った木箱が重く圧し掛かっている……本当に中世の人はこんなのを着てたのか? 本当は飾ってただけなんじゃないかと俺は思うんだが? やっと荷物を降ろせた俺はそのまま地面に座りこむ。 「さあ、さっそくこの像に全部装備させるわよ!」 が、ハルヒの号令でさっそく像に鎧が着せられる事になった。 休ませてくれ……なんて聞くわけないよな。はいはい。 十数分後、ようやく鎧を着せ終えた俺はハルヒに見えないようにと少し離れた場所に座った。 後は剣と盾だから俺が休んでいてもすぐに終わるだろう。 「お疲れ様でした。キョン君の方はどんなストーリーだったんですか?」 力仕事なので朝比奈さんも休憩中だ。 なんというか、人の趣味ってのはわからないって感じでしたよ。 全部話してたらきりが無いので、俺は率直な感想を伝える。 「今度詳しく教えてくださいね、私と涼宮さんも大変だったんですよ」 朝比奈さんの笑顔で癒されていると。 「完成!」 ハルヒが像の上にまたがって剣を持たせたところだった。 ……そんな所に登ると色々下から見えるんだが。 と、注意したいが注意すればしたで怒るのは分かっているので見てない振りをしておくことにしよう。 ハルヒの声を待っていたかの様なタイミングで、立派な姿に戻った像の前に光り輝く黒い水晶が現れた。 おお、これがクリアアイテムって奴か? 呆然と水晶を見つめていると、地面が揺れだし俺達はそれぞれ武器を取って身構える。 そうだよな、普通はボスが居るもんだよな……。 「3つのアイテムを集める奴がまた出たか!」 突然その場に現れたのは、巨大な亀の化け物だった! 「あ!もしかしてこの亀が玄武ですか?」 嬉しそうに朝比奈さんが手を打つ。 「そういえば、玄武って魔物が像の中に塔の鍵を隠したってどこかで聞いたわね」 「ボスキャラ、でしょうね」 ハルヒと俺が前に立ち、朝比奈さんと古泉は後ろに長門は少し離れた場所で隙を窺っている。 じりじりと距離を詰める俺達に向かって大きく吼え、玄武が俺に向かって突進して来た! 一番弱そうに見えたのか? 正解だ。 だが悪いな、こっちにはチートアイテムがあるのさ! 人間の数倍はある玄武の突進は、俺の盾の前にまるで停止ボタンを押されたかの様にあっさりと阻まれた。 停止して隙だらけになった玄武に一斉に攻撃が降り注ぐ、ハルヒのレイピアは易々と玄武の甲羅を引き裂き、朝比奈さんの弓と 古泉の光球が玄武の勢いを止める。 俺の出番は終わりだな。 他にする事もない俺は長門に玄武が向かわないように、視界をふさぐように周りを逃げ回っていた。 俺にできることと言えば後は応援くらいだが、俺に応援されて喜ぶ奴もいないだろうし大人しくしている事にしよう。 その間もハルヒ達の攻撃は雨の様に続き、ついに玄武は動かなくなった。 「思い知った?これがSOS団の実力よ!」 「お見事です」 正しくはドーピングの力だろうがな。 空に向かってレイピアを突き上げながら、高らかにハルヒが勝鬨を上げている。 心底楽しそうなハルヒを見ると、このゲームが誰の意思で作られたのかは別として涼宮のストレス解消にはかなり役立ったような 気がする。 でもそろそろ終わりにしてもいいよな? 俺は長門に向かってうなずいて見せた。長門が玄武に近寄り体に触れると、その巨体がゆっくりと消えていく……。 「これで勝ったと思うなよ!」 最後に悪役らしい捨て台詞を残して、玄武は消え去った。 「ふん、けっこう面白かったから2が出たら遊んであげるわ」 ハルヒは黒い水晶を掴んで不敵な笑みを浮かべた。 製作者さんよ、できれば次回作は一人プレイにしてくれないか? 最初の街に戻った俺達は、さっそく中央にある巨大な塔の前にやってきた。 「おや、それはクリスタルですね」 やはり案内係なのだろうな。塔の前には、シルクハットの男性が待っていた。 「これクリスタルっていうの?このあたしが玄武を倒して手に入れたのよ」 嬉しそうにハルヒは答える。 倒したのは俺以外のみんなで、止めを刺したのは長門なんだけどな。 「それは凄い! それは貴重品なだけではなく、この塔の鍵でもあるんですよ」 やっぱりこの人だけは普通に会話できるみたいだな。 優しい笑顔を浮かべているシルクハットの人は、物静かな感じのする年齢のよく分からない人だ。 「情報通りね、じゃあさっそくいくわよ!」 「どきどきしてきました~」 クリスタルを手に、塔に向かってハルヒが歩き出すと爆発音と共に塔の扉がゆっくりと開いていく。 みんなで塔の中へと入っていくと、中には塔の上に続く螺旋状の階段が伸びていた。 これでクリアだと思うと、単調な階段を登る時間もなんとなく楽しかったりしてくる。 「やれやれ、これでクリアですね」 古泉が嬉しそうに息をつく。 こいつはこいつでずっと気を張っていたのかもしれないな。 「面白かったです~、キョン君ってこ~ゆ~ゲームをいっぱいやってるんですか?」 ここがゲームの世界だと最後まで朝比奈さんは信じているようだな。ここまで信じているのなら、本当の事は話さないでいいかも しれない。 いえ、俺もこの手のゲームははじめてです。 「そうなんですか~」 結構楽しかったようで、朝比奈さんは名残惜しそうだ。 「……」 長門は何も言わないが、満足そうな顔に見える。 色々あったが俺も楽しかったし、これはこれでSOS団の思い出の1ページになったと言えるだろう。 塔の扉を次々と開けていき、その先にあったものは……。 ――青い海、白い雲、そよぐヤシの木。 波の音と潮風の匂いがするそこはどうみてもゲームセンターではなく、これでゲームクリアだと思っていた俺達は、しばらくの間 その場で固まっていた。 涼宮ハルヒの欲望 Ⅰ ~終わり~ 涼宮ハルヒの欲望 Ⅱへ その他の作品
https://w.atwiki.jp/foresanc/pages/263.html
エルオラン国 概要 ローイア諸島にある国のうちのひとつ。王政国家。 現国王はトーライヴィス・E(エルオラン)・フォレットメリー22世。 王都の名前はカショカレーダ。山の中腹にあり、王族が住まう城を頂点に緩やかな斜面を描くようにして広がっている。 「エルオラン」と呼ばれる種族が住まう国。 戦争時代はこの種族しか住んでいなかったが終戦後ローイア諸島間での行き来が自由になった現在は他の種族も住んでいる。 そうは言うものの、この国の人口の殆どが「エルオラン」である。 またエルオランでは本名ではなく親しみをこめるために、平民も王家も例外なく愛称で呼ぶのが普通。エルオランの人々の名前が長いのはその為である。 (例:国王のトーライヴィスならば「トーリス」と呼ばれる) ウォッツホックマウンテン エルオラン国の観光名所のうちのひとつ。 常夏のローイア諸島にあるにも関わらず山頂付近は永久凍土となっている不思議な山。 この山の中腹にエルオラン国の城があり、そこから緩やかな斜面を描くようにして王都「カショカレーダ」は広がっている。エルオラン王都及びウォッツホックマウンテン付近は他所に比べて涼しく湿気も少ないため、避暑地として特に人気がある。 尚、中腹より山の上へ踏み入る為の入り口は城内にしかなく厳重に守られており、一般人は入ることが固く禁じられている。 名所となっているのは、正しくは『天を貫く程の雪をかぶった真っ白な雪山と荘厳なエルオラン国王城の風景』である。俗に言う景勝地。 どっしりと構えた雪山はさながら雪の王冠、それを被るエルオランの王城は威風堂々たる王そのもの。 偉大さを感じるほどの美しい風景は、近くの丘や高い所から見ることができ、この風景を求めてやってくる画家や写真家は後を絶たない。 山頂付近が永久凍土となっているのは、実は四聖獣のうちの一匹、「玄武」が鎮座しているからだと言われている。 旧要塞丘都市アスレドヴァルレッコ 王都から馬車で一時間弱のところにある内地の都市。観光地の一つ。 戦争時代は城塞都市であったが、現在はその名残である建物を残したまま、世界的なクリスタルガラスの名産地となっている。 標高300m弱の丘に上から下に連なるようにして都市は形成されており、上下の移動はエレベータが使用される。 上記の理由から「クリスタルの丘」という別称も。 内地にあるため海は見えないが景色は抜群。季節によっては夕日に照らされて金色に光る麦畑が見られたりする。 ここで作られるクリスタルガラスはお土産としても大変人気で、ポートワインと合わせて購入される為、特にワイングラスが人気である。 最近では他国の需要に答え、魔法的効果を施したクリスタルガラスポットやライトなんかも作られ始めている。 国章について 人に一対の角が生えているエルオランの姿そのものを示している。人の部分は「心」であるとも言われている。 己が本性、エルオランの生まれであることに誇りを持てという願いが篭められている。 その他 エルオラン関係の様々な名前のコンセプトは「長めでパッと見漢字にできないような長めの名前」だったりします(笑) だからこの国出身のデュランにもちゃーんと長い名前がござったりします
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3672.html
7.回帰 俺にできることはやった。後はハルヒの目覚めを待つだけだ。 大丈夫だ、ハルヒはきっと目覚めてもハルヒのままだ。 俺は自分にそう言い聞かせていた。 過ぎてしまった予定時刻。 俺は間に合わなかったのか。 苦々しい気持ちでハルヒの病院に向かった。 病院に着くと、朝比奈さんが出迎えてくれた。 「涼宮さんはまだ目が覚めないんです……」 うつむき加減で朝比奈さんが言った。 俺はますます不安になった。俺は間違っていたのか? その答えを考えるのはあまりにも苦しい。 「長門は大丈夫なんですか?」 もう一つの懸案事項を聞いてみた。 「そ、それが、一旦目が覚めたんですけど、『統合思念体による点検』 と言ってまた寝ちゃったんです」 点検ね。長門の今回のダメージが俺にわかるわけもないが、TFEIすべてを奪われた親玉としては、何かしらのメンテナンスが必要ということか。 まあ、それでも長門はもう大丈夫なんだろう。 「涼宮さんについて、長門さんは何かおっしゃってましたか?」 古泉が、俺が後回しにしていたことをズバリ聞いてきた。 返事を聞くのが怖い。ところが── 「それが、長門さんは一瞬だけ起きて、直ぐに寝ちゃったんです。 だからわたしにもわかりません……」 まだ答えは保留のままだった。 ハルヒの病室前に着いても、俺はまだためらっていた。 ハルヒが目覚めて、うつろな目で俺を見ていたら。 その目の中に、ハルヒを見つけられなかったら。 俺はどうすりゃいい? 「入らないんですか」 俺の後から歩いてきた古泉が、ドアの前で躊躇している俺に声をかけた。 振り向くと、真顔で俺を見つめていた。 その目の言わんとすることがわかってしまうのが癪にさわる。 『あなたの選択の結果を受け止めてください』 古泉はそう言っている。 俺は大きく息を吸い込むと、ドアを開いた。 ハルヒは変わらない顔で、規則正しい呼吸を続けて寝ていた。 期限はとっくに過ぎている。何故目覚めない? 古泉も真剣な面持ちでハルヒを見つめている。 この1週間、こいつの顔からはニヤケ面が消えていることの方が多かった。 こいつも辛かったんだろう。 「涼宮さん……」 朝比奈さんが呟いた。 俺たちは黙ってハルヒのそばに立っていた。 どれくらいの時間が経っただろう。 「すみません、機関の方に報告に行かなくてはなりません」 古泉が言った。 こんなときにか? 俺がなじるように言うと、古泉が顔をしかめた。 「すみません……僕もここから離れたくはないんです」 ああそうだな、わかってはいるんだ、副団長。 今回、機関とお前の協力がなければどうにもならなかったしな。 新川さんと森さん、多丸さんたちにもよろしく言っといてくれ。 「わかりました」 元の、とは言えないが、少しだけ笑みを浮かべて、古泉は出て行った。 「あの、わたしも長門さんのところへ行ってきますね」 何故か朝比奈さんも出て行った。 もしかしたら、朝比奈さんもハルヒの目覚めが怖いのかもしれない。 いや、間違いなく怖いだろう。 これだけ時間が経っているのに、まだ目が覚めないんだ。 俺も怖い。逃げ出したい。 だけどな。 「俺が逃げる訳には行かないんだよな」 ハルヒの頬に触れてみる。まだ、ちゃんと暖かかった。 そのままハルヒを見つめる。 こいつは大人しければ美少女なんだよな。まさにスリーピング・ビューティだ。 そこまで考えて俺は苦笑した。 これから俺がしようとしていることがあまりにもベタだったからだ。 まあ、誰もいないしな。深く考えるのはよそう。 俺は身をかがめて、ハルヒに口付けた。 これで目覚めるほど甘くはないだろう。どこのおとぎ話だ。 ところが、おとぎ話だったらしい。 ハルヒがゆっくりと──目を開けた。 「ハルヒ!」 思わず声をかける。ハルヒはきょとんとした目で俺を見つめていた。 その顔を見て、俺はますます不安になる。 「俺のことがわかるか? ……ハルヒ」 おそるおそる聞いてみた。 それを聞いて、ハルヒはガバッと跳ね起きると、俺を睨み付けて言った。 「何言ってるのよバカキョン! あんたあたしのことバカに……えっ!?」 最後まで聞かず、俺はハルヒを抱きしめていた。 「ちょ、ちょっと、あんた何してんのよ! 離しなさい! 離せ!!」 俺の腕の中でもがくハルヒを無視して、腕に力を込める。 「誰が離すかよ、バカ野郎!!!」 ああそうだ、誰が離してなんかやるもんか。 もうこんな思いはゴメンだ。 2度と離してやらねぇからな。 「ちょっと、キョン……泣いてるの?」 うるせぇ、泣いてなんかいねえよ。目にゴミが入っただけだ。 「バカ」 ハルヒはそれ以上何も言わず、俺の背中に手を回して抱き返してきた。 やっと帰ってきたな、ハルヒ。 長かった。たった1週間とは思えないほど。 俺が落ち着いてから、ハルヒは俺に色々質問をしてきた。 本当のことを言うわけにも行かず、かといって答えを用意していない俺は、四苦八苦しながらそれに答えていた。 ハルヒが階段から落ちたいう話はハルヒの家族にしてあるので、今更変える訳にはいかない。 俺はその線でごり押しした。 裏山探検隊もUFOもどきの隕石も全部夢オチだ。 1週間も寝てたんだから、それもアリだろ。 1年前の俺だって、階段から落ちた記憶がないことになってるからな。 実際に階段から落ちたりしていないんだが。 「あんたの二の舞を演じるとは、一生の不覚だわ」 ハルヒが顔をしかめて言った。 「だけど、あれが夢だとは思えないのよ。あんたと隕石を探しに行ったのは」 そりゃ、ほんとにあったことだからな。しかし── 「俺はそんなことしとらん!」 言い張るしかない。泥で汚れた制服も何とか綺麗にしたしな。 「第一そんな大ニュース、新聞もテレビも放っておく訳がないだろう。 なのにどこも報道してないんだぜ」 そう、実際、俺たち以外誰もあの隕石に気付いていないようなのだ。 これは後で長門に聞いてみよう。何となく答えはわかっているのだが。 ハルヒは渋々納得したようだった。 「ずっと夢を見ていたみたいね。やけに覚えてるけど」 ハルヒは残念そうに呟いた。 「長い夢だったわ──途中から悪夢よ。凄く苦しくて」 うんざりした表情で続ける。 そうだっただろうな。あれだけ閉鎖空間を生み出したくらいの苦しみだ。 「でも最後にキョンが出てきて──そうだ、キョン!」 急に生き生きとした顔になって、俺を見た。 「あんた、あたしに言うことがあるでしょ!」 やっぱり覚えてやがったな。当たり前か。 いや、別に俺も逃げるつもりはないんだが、いざとなるとやっぱり照れくさい。 ここまで来て何て言い訳しようかとチラッと考えた俺は、やっぱりへたれなんだろう。 「ああ、あるさ」 意を決して俺は言った。でも素直には言ってやらない。 「でも、何でお前がそれを知ってるんだ?」 「だって、あんた夢の中で言ったじゃない」 「お前の夢の中のことまで俺は知らん」 そう言うと、ハルヒは暗い表情になった。 しまった、ちょっと意地悪だったか。 「夢の中の俺が何を言ったかは知らんがな、俺は俺で前から言いたかったことがあるんだ」 悪い。心の中で謝りながら俺は続けた。 「ハルヒ、俺はお前が好──」 言いかけたとき、ドアがノックされた。誰だよ! 間の悪い! ハルヒもアヒル口になっている。 ドアが開いて入ってきたのは、朝比奈さんと長門だった。 「みくるちゃん! 有希!」ハルヒが笑顔で声をかけた。 「す、す、涼宮さぁぁぁぁぁん!!!!」 ハルヒが起きているのを見ると、朝比奈さんはハルヒに駆け寄って抱きつき、泣き出してしまった。 「バカね、みくるちゃん。あたしは大丈夫に決まってるでしょ!」 そう言いながら朝比奈さんを撫でているハルヒは嬉しそうだった。 ほんとにどっちが年上なんだかわからないね。 「長門、もう大丈夫なのか」 傍らにたたずんでいる長門に声をかける。 「大丈夫」 一言だけ返した長門は、ハルヒと朝比奈さんを見つめていた。 どこか眩しげに見えたのは、気のせいではないだろう。 やがて医者が来て、ハルヒは診察を受けることになり、診察室へと連れて行かれた。 結局俺は自分の思いを伝えられずにいる。 『あたしをこれ以上待たせるんじゃないわよ!』 閉鎖空間でのハルヒの言葉を思い出し、苦笑した。 やれやれ、このままじゃ罰金かな。 しばらくすると古泉が現れた。機関への報告とやらは終わったらしい。 「機関の人間は、総じてあなたに感謝しています」 ここのところ忘れていたようなニヤニヤ顔で俺に言ってきた。 「結局、機関に取っても最良の結果が得られました。あなたに判断を委ねたのは正解だったようです」 「勘弁してくれ」 俺は顔をしかめた。俺にとっては世界も機関もどうでも良かったんだよ。 ただ、ハルヒを助けたかっただけだ。 いや、助けるなんて気持ちより、俺がハルヒに会いたかっただけだ。 「自分の意志で動いたのに機関の思惑に乗ったと思うと面白くねーよ」 世界の行く末を俺1人に押しつけやがって。 どうにかなっちまったら俺に責任をなすりつけるつもりだったのか? 「まさか、そこまであなたに押しつけるつもりはありませんでした。 あなたに委ねると判断した時点で、機関にも大きな責任があります」 結果論では何とでも言えるよな。まあ、今回は機関にもお前にも大いに助けられたから不問としてやるよ。 「ともあれ、結局涼宮さんを根本から何とかできるのはあなただけなんです。 今回も、涼宮さんの力を自覚させることなく発揮させることに成功した。 あなたの他に誰も、そんなことができる人間はいません」 ああ、脳の容量いっぱいまで使って考えたぜ。『ジョン・スミス』以外でハルヒに力を使わせるなんてな。 正直もうゴメンだ。今後、シナリオライターはお前に任せる。 「承知しました」 そう言う古泉は、最後まで0円スマイルを顔に貼り付けたままだった。 いつもの古泉に戻ったな。 「ほんとに良かったです……」 朝比奈さんにも笑顔が戻った。 「でも、わたし、結局何もできなかった……」 少し俯いて溜息をつく。そんなお姿も絵になるお人だ。 俺は朝比奈さん(大)の言葉をまた思い出した。 『この時間のわたしにできることはないの』 俺はこの朝比奈さんに何も言わなかったのか? 言わずにはいれないじゃないか。 今度朝比奈さん(大)に会ったら絶対に聞いてやる。 覚えてないなんて言われたら結構ショックだぞ。 「何を言ってるんですか、今回の一番の敢闘賞は朝比奈さんですよ!」 俺は言った。殊勲賞でもいいくらいだ。いや、殊勲賞は長門か? 「ほえ?」 驚いた顔して俺を見る朝比奈さんに、俺は続けた。 「今朝、俺が橘に色々言われて気持ちが揺らいでいたのはわかってるんでしょう。 あのとき朝比奈さんがああ言ってくれなかったら、俺は橘の戯言に乗ったかもしれない」 絶望的な気分だったからな。橘にすらすがりたいくらいに。 そう、朝比奈さんの言葉と橘の表情。 それが、俺を正気に戻してくれた。 そう考えると、橘にも技能賞をやってもいいのかね。ちょっと賞なんて惜しい気もするが。 俺が与える資格もない三賞を誰にやるか考えを巡らせていると、それまで黙っていた長門が言った。 「わたしもあなたに助けられた。礼を言いたい。ありがとう」 朝比奈さんをじっと見つめている。 「差し入れ、美味しかった」 朝比奈さんは何故か頬を染めて俯いた。まだ長門に苦手意識があるのか、他の理由かはわからない。 しかし、何か勘違いしそうなシーンだな。 「何もできなかったのは私」 長門は続けて言った。相変わらずの無表情だが、俺には悔しそうに見えた。 「必要なときに機能停止。不覚」 「お前のせいじゃないさ」 俺は本心から言った。このSOS団一の万能選手は、いつも1人で解決しようとするからな。 「そもそも、今回はお前がいなきゃ何が起こったのかすらわからなかったんだぜ」 あの、隕石に触れたハルヒが倒れたとき、瞬時に来てくれた長門をどれだけ頼もしく思ったか。 「その後も、24時間ハルヒについていたのは長門だけだ。 ハルヒだって一番感謝してるさ」 好きなはずの本も読まず、必要がないとはいえ睡眠も取らずにハルヒのそばにいたんだ。 他の誰にもできることじゃないだろ。 「……ありがとう」 長門はそう呟いた。 「今回の黒幕は、やっぱり例の……天蓋領域だっけか? あいつなのか?」 「そう」 今回の騒動を説明してくれた長門のややこしい言葉を俺の頭でわかる範囲で言うとこうだ。 どうやらハルヒの能力を佐々木に移すことが目的だったらしい。 それが橘の機関と協力したのか、独自に考えたのかはわからない。 橘の機関は天蓋領域の決定を受けて独自に動いた可能性もある。 ところが、何故かハルヒの能力を佐々木に移すには、俺の協力が必要らしい。 俺が素直にうんと言うわけもないので、一計を案じたと言うことだ。 あの隕石が俺たち以外に発見されなかったのも無理もない。 最初からそう情報操作されていた。 「近くに周防九曜がいたはず」 長門は言ったが、俺は見た覚えがない。 何で佐々木に能力を移そうと思ったのかは情報統合思念体にもはっきりとはわからないらしい。 「推測はできる」 要は佐々木なら意識的に能力を発揮できるようになるということだ。 佐々木に力を移した上で協力してもらうつもりなのではないか、長門はそんな感じのことを言った。 そもそも天蓋領域がハルヒに目をつけた理由が、情報統合思念体と同じとは限らないそうだからややこしい。 俺なんかには理解できるわけもない世界だ。 「そう言えば周防は結局何をしていたんだ?」 機関の目を逃れるのは簡単だろうが、それにしても最初から最後まで現れなかったが。 「機関を始めとする対抗勢力の妨害。それと、照準」 妨害はわかるんだが、照準てなんだよ? 全く意味がわからん。 また長門はよくわからない用語で説明してくれた。 情報統合思念体のような存在は、地球上の一個人や一インターフェースをいちいち把握できないそうだ。 把握できるなら、ハルヒを監視するための長門のようなインターフェースも要らないと言うことになる。 だが、今回、長門たちの機能を止めたのは、周防ではなく天蓋領域そのものだった。 天蓋領域にインターフェースの存在場所などを特定させるために、周防は暗躍していたらしい。 まさに『照準』だ。 情報統合思念体もこの動きを察知していたそうだが、止められなかったらしい。 「概念が理解不能のとき、止める側より行動する側の方が有利」 何しようとするかわからないから、後手に回る。 まさに今回の事件そのものだ。 しかし、今回の事件が起こっている間、広い宇宙で激しい宇宙戦争が行われていたのか。 なんてこったい。 あまりにも壮大すぎて想像もつかないぜ。 しばらく宇宙情報戦争について思いめぐらせていたが、もう一つの疑問を思い出して聞いてみた。 「何でハルヒは直ぐに目覚めなかったんだ?」 長門の予告通りなら、どっちにしても13時前後には目が覚めたはずなんだが。 「精神負荷が大きすぎたためと思われる」 どういうことだ? 「1週間、涼宮ハルヒの精神は休まることはなかった。休息が必要」 ってことは? 「彼女は睡眠中だった」 そういうオチかいっ! どれだけ心配したと思ってるんだよ! ……て、まさか起きたとき俺がしたことに気付いてないだろうな。 「それではそろそろ失礼します」 古泉が言った。 おい、お前はまだハルヒに会ってないだろう。 「明日会えますよ。それより、あなたがしなくてはならないことがあるでしょう。 お邪魔はしたくないのでね」 そう言えばお前は閉鎖空間でどこにいて、どこまで聞いてたんだ? 「さて、どうでしたっけ」 とぼけるんじゃねぇぞ。 俺の問いかけもむなしく、にこやかに手を振って出て行きやがった。 後で覚えてろよ。 「わたしも帰りますね」 朝比奈さんも言った。 「がんばってくださいね、キョンくん」 何を頑張れというんですか、朝比奈さん。というか、あなたは何をご存じなんですか。 聞こうと思ったが怖くて聞けなかった。 朝比奈さん(大)ならともかく、何も知らないはずなんじゃ? 「見ていればわかる」 長門、お前もモノローグを読むな。いや、お前なら普通に読みそうだが。 「邪魔者は退散」 長門と朝比奈さんは連れだって部屋を出て行こうとした。 「おい、邪魔者って何だよ!」 俺の問いには答えず、長門は振り返ると言った。 「ごゆっくり」 何かまた性格変わってないか? 長門。 宇宙人と未来人は何だかんだ言って仲良くなっている気がする。 その割には、朝比奈さん(大)になっても長門が苦手なようだ。 これからまだ何かあるのかね。 「やれやれ」 呟いて、そばにあった椅子を引き寄せた。 ここで俺まで帰る訳にいかないよな。 ハルヒが怒りを通り越してまた不安になりかねない。 「疲れたな」 まったく。 朝から橘に悩まされ機関の本部に行き、閉鎖空間で自由落下しかけ、空中浮遊まで体験した。 いくらハルヒに振り回されるのに慣れた俺だって、さすがにキツイぜ。 さて、これからどうするか。 古泉に言われなくてもやり残したことがあるのはわかってる。 さっき朝比奈さんと長門に邪魔されたからな。 このまま誤魔化してしまうことは、ハルヒが許さないだろう。いや、俺が俺を許せなくなるね。 しかし、さっきより照れくさいぞ。 さっきだって恥ずかしさを乗り越えて勢いで言おうとして邪魔されたんだ、それをもう一度やらなきゃいかんのか。 「ハルヒが好きだ」 うわ、試しにとはいえ、あらためて口に出してみるとすげぇ恥ずかしい。 いっそ閉鎖空間で言っちまうべきだったか。 あのときはハイテンションだったからな。勢いで言えただろう。 そのとき──『お約束』と言えばいいのだろうが──ドアが開いた。 やけに静かに開いたので、長門辺りが戻ってきたのかと思ったが、やはりというか何というか、とにかくハルヒだった。 えーと、何でそんな真っ赤になってるんだよ。何て聞くまでもないな。 間違いない。聞こえてやがった。 「あんたねぇ……」 赤い顔をして、俺から視線を外したまま入ってきたハルヒは、そのまま文句を言い始めた。 「何誰もいないところで恥ずかしいこと言ってんのよ」 誰もいないから言ったんだよ。とは言えないが。 それより俺の告白は恥ずかしいことかよ。ああ、恥ずかしいよな。てか恥ずかしい。 「悪かったな」 もうそれしか言えん。 「だいたい、そういうことは本人に面と向かって言いなさいよ……」 何だかいつもの勢いがないが、それより面と向かってと言っているハルヒが顔を背けているんだが。 「そいつはすまんかった。だったらお前もこっち向け」 どうせさっき言いかけたんだ。今も独り言を聞かれちまった。今度こそ、ちゃんと言えるだろう。 だが、ハルヒは相変わらず顔を背けたままだ。 何か腹立ってきた。人に覚悟を決めさせておいてなんだそれは。 俺は両手でハルヒの顔を無理矢理俺の方に向かせた。 「ちょっと、何すん……!!!」 ハルヒは抗議の声を上げたが、俺は無視して唇をふさいだ。 「……好きだ」 唇をわずかに離して一言伝えると、再び唇を重ねる。 ハルヒは俺にしがみついてきた。 何だ、簡単なことだったんじゃないか。 今まで俺は何をしていたんだろうね。 誤魔化してきた気持ちが、一気に湧き上がってくる。 ──長いこと待たせて悪かったな。 不安にさせて悪かったな。 罰金、払うからな。 だから、もう離さないでいいか。 もう、離れないでいてくれるか。 やがて唇を離した俺に、ハルヒは微笑んで言ってくれた。 「あたしもあんたが好きよ、キョン……」 ──こうして、俺の長い長い1週間は、ようやく終わりを告げた。 エピローグへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4832.html
文字サイズ小でうまく表示されると思います 何故安価なのかは 33 33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 12 56 28.24 ID uEJYG+Qk0 いいわけ保守 なあハルヒ、このスレは本来SS投下をする為にあるんであって安価とかはまずいんじゃないのか? 投下が来た時の邪魔になるし、住人も良くは思ってないと思うぞ? 「そんな事はどうでもいいの! いい、キョン。この場合一番重要なのはプリンが生き残る事、それだけよ。 そりゃああたしだって、本当は投下を期待してF5押しながら支援カキコしてたいわよ。でも今は規制のせいで 住人が殆どいないじゃない!」 そりゃあ、まあそうだが。 「明日になればきっと誰かが戻ってくる、あたしはそう信じてるもの! だから私は意地でもここを存続させる から邪魔しないで!」 ……なあ、ハルヒ。お前、なんでそんなにプリンの存続にこだわるんだ。 「え?」 別に今もアナルは生きてるんだし、規制されてる人が帰ってきてからスレを立ててもいいだろ? 「……だって」 ん。 「だって……ここがなかったら、あたしとキョンのSS書いた人が投下してくれないかもしれないじゃない」 なんだ、声が小さくてよく聞こえな「うるさい!! バカキョン! いいから存続させるの! いいわね!」 1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 09 12 27.95 ID uEJYG+Qk0 8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 09 48 25.98 ID uEJYG+Qk0 適当にはじめてしまおう 何事もない日常が喜び。 ハルヒに振り回され続けてきた俺は、たまに本気でそう思う事がある。 でもまあ、ここまで退屈だと逆に何か起こってくれないかね? なんて思うのは 贅沢なのだろうか。 せっかくの休日だというのに今日は何の予定もなく、朝から何度も確認しみても 携帯の電源は入っているのに着信はない。 これは神様が俺に休憩しろとでも言っているどうろうか? だとしたらその余暇を楽しむ何かまで準備して欲しかったってのは、望み過ぎ なんだろうな。 10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 09 55 41.85 ID uEJYG+Qk0 出かけるあてなどないのだが、とりあえず着替えてだけおくか。 クローゼットの中の私服は、我ながらレパートリーが少ない。ああそうだ、買い物 に行くなんてものいいかもしれないな。 結局、着なれたいつもの服装に着替えた俺は―― 11 反応なければ適当にいきます 1 誰か誘ってみるか 相手指定可 2 今日は一人で行動しよう 11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 06 50.18 ID uEJYG+Qk0 適当~ 誰か誘ってみようか? そう思って携帯を開いてはみたが何となくその気にならない。 たまには一人で出かけてみるか。 俺は開いたばかりの携帯を閉じてポケットに入れると、自分の部屋を後にした。 休日だというのに、街に溢れかえっているのはスーツや事務服に身を包んだ人ばかり だというのはどうなのかね? 週に一度は魂の安息日があってもいいと俺は思うぞ。 そんな上から目線で、実際にファーストフードの2階席から歩道を見下ろしながら 簡単な朝食を済ませる。 12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 13 39.95 ID uEJYG+Qk0 一人だと相手を選んで店を決めたりしなくていいから気楽でいいな。 いつもの休日なら、気忙しく食べ終えて移動するだけの食事なのだが今日は違う。 多少冷えて適温になったコーヒーをゆっくりと飲みつつ、俺はゆったりとした時間を 楽しむ事にした。そういえばマックのコーヒーはおかわり実はできるらしいが、本当 なんだろうか? こんな小さなコップにおかわりってきついだろ、頼む方も持ってくる方も。 時間は……10時か。 手元のレシートで会計時間を見るとまだ20分しか経っていない。 14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 21 21.40 ID uEJYG+Qk0 やれやれ、気忙しいのは俺も一緒か。 嘘をついても仕方ない、早くもこののんびりとした時間に俺は退屈しはじめていた。 あてもなくぶらつくのもいいが、どうせなら何か――ああ、今日は服を買うんだったな。 空になったゴミが満載のトレーを片付けるついでに、俺は店にあったフリーペーパーを 一部もってきた。 今日の俺にはそれほど資金に余裕があるわけでもないし、何軒も店を回る気力もない。 よさそうな店が無いかページをめくっていくと、まあ俺でもなんとか手が出そうな店が 数軒見つかる。 それは ↓ 1 駅裏のアーケードにできた個人経営の店だった 2 最近人気のブランド物を扱う専門店だった 15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(dion軍):2008/09/14(日) 10 24 47.67 ID /F2MYmMC0 1 16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 29 22.74 ID uEJYG+Qk0 「あっれー? キョン君じゃないか!」 駅裏のアーケードの一角、つい先日できたばかりらしいその個人経営の店の前で、俺は やけに元気な先輩と出会った。額によくわからないインドちっく? なバンダナを巻いて 笑っているのは言うまでもなく鶴屋さんである。 「おんや? あれ? 何故だろう、鶴屋さんは俺を見つけて駆け寄ってきた途端、何かを探すようにオーバー リアクションで俺を起点にぐるぐると回っている。 どうかしたんですか? 「どうかもなにかも、キョン君。君、一人なのかい? ええ、今日は一人です。 俺の返答がよほどショックだったんだろうか、鶴屋さんの笑顔が一瞬固まる。 17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 35 41.93 ID uEJYG+Qk0 「え、あ。あっははー! その、うん。なんだ。人生は長いぞ少年!」 突然俺を抱きしめて、鶴屋さんは意味のわからん事をいいながら背中をばんばんと叩いて きた。 え? あのどうしたんですか? 「まあハルニャンは気まぐれな所もあったりするからさー、ちょろっと離れる事があっても 元通りになる時は磁石みたいにばちーんって一瞬だよ!」 あの、鶴屋さん。 ↓ 1 よくわからないが誤解を解こう 2 まあいいか、このままにしておこう 18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(神奈川県):2008/09/14(日) 10 36 54.51 ID RpStx02Y0 1 20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 46 14.02 ID uEJYG+Qk0 よくわからないが誤解を解こう ハルヒとは別に何もないですよ。今日はたまたま一人で買い物に来ただけなんです。 「へ? ……あ、そうだったんだ。ごっめんねー!」 とか言いながら俺の頭をぐりぐりと撫でる鶴屋さんを見て、うちの妹が大人になったら こんな感じになるんだろうか? と俺はシャミセンいじりに邁進する我が家の暴君の十数年後を 想像してみた。 「で、キョン君はあたしのお店の記念すべき最初のお客さんになってくれるのかな?」 へ? あなたのお店? 「あれー? 知ってて来てくれたんじゃなかったのかい? 本日12時オープンのファッション 雑貨『なまらすて』をよろしくぅ!」 持ってきていたフリーペーパーを見てみると、確かに店の連絡先の所に鶴屋という文字がある。 実は高校生向きファッションショップというカテゴリーと、駅から近いという理由だけで選んだ んだけどな。 22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 54 37.56 ID uEJYG+Qk0 なまら……すて、北海道の訛りなのか外国の挨拶なのかそのどちらもなのかよくわからない 名前だ。だが店の名前が意味不明なのに対して、店の商品は実にわかりやすい品揃えだった。 高校生向きと言うだけあって、俺でも簡単に手が出る値段の商品がそれほど広くない店内に 空間を意識しながら展示してある。 「開店までまだ1時間あるけどキョン君なら入っちゃってもいいにょろよ?」 それは、その有難い申し出だ。だがいいんだろうか? 「いいんだって、だって私店長さんなんだもんね!」 俺の返事を聞く気はないのだろう、さっそく俺の腕を掴んで鶴屋さんは店内へと案内というか 拉致してくれた。 流石は鶴屋さんといった所だろうか。店内に並んだ商品はどれもはずれがなく、適当に買って 帰っても後悔はしない様に見える。 「さーて、じゃあキョン君に似合いそうなのは……と」 どうやら一緒に服を選んでくれるつもりのようだ、 ↓ 1 せっかくだが一人で選ぼう 2 ここはプロに任せよう 23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 11 06 31.83 ID neBvtuvmO 2 24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 14 29.82 ID uEJYG+Qk0 ここはプロに任せよう。俺のセンスがどれ程のものかくらいわかってるさ。 「キョン君は無理にかっこつけた服よりも、ポイントでセンスが光る服の方が合ってると思うん だよね」 俺と服とを交互に見ながら、鶴屋さんは駄菓子でも買うかのような勢いで服を集めていく。 あの、それもしかして全部。 「もっちろん試着してもらうよ! さあさあ、とりあえずこれとこれで着てみて! こっちを 上に着るんだからね?」 試着室になかば押し込まれるようにして閉じ込められた俺は、まあ仕方ないかとため息をついて 見つくろってもらった服に着替え始めた。 ――これが、俺か。そうか。 数分後、全身が写る鏡の前に居たのは俺が見てもそれなりに見える外見の男だった。さっきまで の、延滞したビデオを返しに行く途中にしかみえない男はもうここには居ない。 服で印象が変わるなんて無いって思ってたが、選ぶ人によってはあるんだな。 「もーいーかいっ?」 あ、はいどうぞ。 「御拝けーん……おー! さっすがあたし、完璧じゃないかー!」 俺もびっくりしました。 25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 21 18.14 ID uEJYG+Qk0 次に着せようと持ってきていた服をあっさりと投げ捨てて、鶴屋さんは俺を試着室から引っぱり 出すってああ、待って下さい! 靴を履いてないんです! 「いやー、素材は悪くないと思ってたけどこれは予想以上。カツオがマグロになっちゃったねー!」 それってどっちが上なんでしょうか。 ちなみに外国だと、どっちもツナだったりするらしいですよ? 「ねえ、キョン君。これから一緒にどこかへお出かけしないかい?」 ええ?! って貴女はこのお店の店長さんなんでしょう? 「大丈夫だって! 初日だからバイトさん雇ってるし問題無いっさ!」 って、その ↓ 1 やっぱりまずいですよ 2 まあいいか 26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(新潟・東北):2008/09/14(日) 11 24 41.39 ID 3wOPtLBVO 2でお願いします 27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 38 07.56 ID uEJYG+Qk0 まあいいか、たまにはハルヒ達以外の人と遊んだっていいだろ? 俺は大人しく頷き、それを見た鶴屋さんは向日葵の様な笑顔を浮かべた。 「みくるから色々聞いてはいるんだけど、キョン君はどんな所で遊ぶのが好きなのかな?」 そう言われると、どことかは無いですね。 ティーンズ雑誌の表紙を飾ってもおかしくないレベル、つまりは道行く人の誰もしも振り返るような 外見の鶴屋さんと二人っきりで歩くのは、普段の俺ならご遠慮したい。 だが今の俺ならば、そんなに自分を卑下しなくてもすむはずだ。多分。 「あっれー? キョン君元気ないくないかい?」 鶴屋さんは、呼吸が感じられる程近くで覗き込んでくる。 思わずのけぞった俺の胸に指をあてながら、 「あたしが選んだ服を着てるのにそんな自信なさげな顔じゃだめさー? さあ笑って! ね!」 今更なんだけど鶴屋さんの喋りがよくわからない; 誰か鶴屋さんのセリフが多いSS知ってる人いないかい? 28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 48 14.40 ID uEJYG+Qk0 そう言って俺の頬をひっぱる鶴屋さんの顔に、何か言葉以上の感情があるような違和感を感じる。 ……あ、そうか。鶴屋さんは俺に気を使ってくれてるんだな。言葉の所々に感じるニュアンスと、時折 俺の顔を見つめてくる仕草が気になってはいたんだ。 鶴屋さんは多分、俺がSOS団の誰か。まあ、多分ハルヒとの間で喧嘩でもしてると思ってるんだろう。 そう思うのも無理もない程に、俺の行動にはSOS団の誰かが関わっていたからな。 ようやく俺に笑顔が戻ったのを見て、鶴屋さんは満足げに頬をつまんでいた指を離す。 「さ! 今日は記念すべきキョン君とあたしの初デートだよ! 気合い入れてエスコートして、彼女の ハートをがっつりお持ち帰りしちゃってね?」 えっと、それはどこから突っ込めばいいんですか? ……反応なし。おかしいな、俺の反論はどうやら鶴屋さんには聞こえない様だぞ。なんて便利な耳だ。 さて、とりあえず歩道で立っていても仕方ない。どこかへ行くとするか……。 ↓ 1 公園でいいかな? 2 図書館に行ってみよう 3 休みだけど学校に行ってみようか 29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 11 52 34.81 ID neBvtuvmO 1 34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 04 28.27 ID uEJYG+Qk0 言い訳書いてる暇がどこにあったのかと 休日の公園は騒がしい街とはうって変わって、子供連れの主婦が数人しか見えない。 俺の隣を歩く鶴屋さんは絡んでくる子供の相手をしたり、やれ空に浮かぶ雲の形が何に似ているだのと はしゃいでいる。 いいね、これこそまさに安息日ってやつだ。 俺は俺でそんな彼女の姿を目を細めながら眺めつつ、のんびりとした時間を楽しんでいた。が。 「ねーキョン君さ。……みくるが秘密を打ち明けた公園にあたしを連れてきて、どうしちゃうつもりなのかなー?」 平穏な時間はあっさりと終わった。 って今のはマジなんですか? まさか朝比奈さんは鶴屋さんに全部話してしまっているとか? ↓ 1 鶴屋さんも、朝比奈さんが未来人だって事知ってるんですか? 2 俺には、その。何の事だかさっぱりです 35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 13 09 22.03 ID UndwICEDO 2で つか爆睡かましてたらアナルが落ちてたorz 36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 23 16.93 ID uEJYG+Qk0 俺には、その。何の事だかさっぱりです。 いくら朝比奈さんがうっかりさんでも、禁則事項に関わるような事を口を滑らせるとは思えない。俺は冷や汗を かきながら鶴屋さんに嘘をついた。 しばらくの凝視の後。 「……そっかー。そうだよね、うん。ごめんごめん! ちょっとさ、みくるの様子が変だったから気になっててね」 え、朝比奈さんがですか? 疑う様だった鶴屋さんの眼差しが消える。 「みくるからキョン君の話を聞いてた時にね? この公園でキョン君に何か大切な事をお話したって所までは教えて くれたんだけど、それ以上先はどー頑張っても教えてくれなかったのさ~」 ……朝比奈さん、そこまで話したら誰でも気になると思いますよ? 「それで、もしかして君が何かみくるといけないお話でもしちゃったのかなって思ってね~。……ねえキョン君」 はい。 「みくるはさ~、なんていうかぼんやりさんでおっちょこちょいで目が離せない所ばっかり目立っちゃうけど、 本当は色々溜めこんじゃう娘なのさ。だけど人には言えない性格なのか、言えない内容なのかわかんないけど、 自分だけで頑張っちゃっててね~……そんなみくるもさ、キョン君には話せる事が多いみたいだから助けになって あげて欲しいな?」 最後の方は寂しそうな声で、鶴屋さんはそう言った。 39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 39 38.67 ID uEJYG+Qk0 俺にできる事なら。 もちろんこれは俺の本音だ。心のオアシスでもあり部室の天使でもある朝比奈さんの手助けになるなら、頼まれる までもなくなんだってするだろう。 パッと笑顔になる鶴屋さん。 「よろしく頼んだよ!」 そう言って鶴屋さんは背伸びをすると――冷たく柔らかい何かが触れる――素早く俺の頬にそっと触れるキスをした。 な、な。え? 驚く俺とは対照的に、鶴屋さんは平然とした顔で自分のポケットで振動していた携帯を取り出して何やら確認をしている。 そして急に顔をしかめて 「えー! そんなぁ~……残念だけどキョン君、あたし今すぐお店に戻らなくちゃいけなくなっちゃったよ。在庫が 尽きちゃって大変なんだって」 ええ? ってああ、俺の事は気にしないでいいですよ。 ところでさっきのはいったい、ってここは聞くべきなのか? 「ほんっとごめんよ? この埋め合わせは絶対するからー……絶対するからねー!」 手を合わせて謝ったかと思うと、すぐさま走り出し、何度も振り返りながら鶴屋さんは去って行った。 鶴屋さんの姿が見えなくなった所で、そっと自分の頬に触れてみる。 ……どうやら、さっきの白昼夢の類ではないらしい。 一人公園に取り残された俺は、自分でも意味のわからない溜息をつきつつ家路についた。 なんていうか、ハルヒとは別の意味で台風みたいな人だな。 42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 58 13.27 ID uEJYG+Qk0 その日、久しぶりに自室のクローゼットに新しい服が追加された。並べてみると、そこだけ自分の服じゃないみたいで なんだか変な感じがするな。 次の休日が待ち遠しいなんていつ以来の感情なのかわからない、俺はその日の出来事を思い出しながら眠りについた。 ――翌日、いつもなら気だるい通学路も普段の20%増し程度の元気で登り終え、平均より10分程早く教室に入った 俺の目に入ったのは机にのびているハルヒだった。 めずらしいな、あいつにしては。 俺が席についてもハルヒは動こうとしない、流石にここまでくると気になってくる。 おい、大丈夫か? 俺の声に数秒遅れて、ハルヒがゆっくりと顔を上げる。 「……ああ、キョン。いつ来たの?」 今さっきだ。 「そ」 再び机との同化作業に戻るハルヒ。 ハルヒ、体の調子が悪いのか? 保健室に行くならついて行ってやるが。 「いい。……昨日、親戚が1歳になった赤ちゃんを見せに来たんだけどね。その相手をしてて本気で疲れてるだけ」 そりゃあ……大変だったな。 お前の相手をしている俺達の大変さが少しはわかったか? なんて本音は言わないでやるよ。なんせ俺は充実した 休日だったからな。 「キョンは」 ん? 「キョンは昨日何してたの?」 ああ、俺か。 ……さて、ここで鶴屋さんの名前を出すべきか…… じゃあ安価で ↓ 1 やめておこう。昨日は買い物して終わったよ。 2 まあいいか。昨日は鶴屋さんの店で買い物してきた。 3 たまには驚かせてやるか。昨日は鶴屋さんとデートだったんだ。 43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(神奈川県):2008/09/14(日) 13 59 47.34 ID npWD+ams0 3 44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(dion軍):2008/09/14(日) 14 09 56.12 ID /F2MYmMC0 古泉君スタンバイ 45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 11 50.23 ID uEJYG+Qk0 たまには驚かせてやるか。 昨日は鶴屋さんとデートだったんだ。 「はあ?!」 でかい声をだしつつ即座に体を起こすハルヒ。 おでこ、真赤だぞ。 「えっあっ……ちょっとキョン。今のって本当なの?」 前髪でおでこを隠しながらハルヒは睨んでいる。 嘘か本当かと聞かれれば……本当なんだが、まあ古泉の気苦労を増やすのも悪い気がする。あいつに恨みがある訳でも ないしな。 冗談だ。昨日買い物してたら偶然あってな、服を選んでもらったんだ。それだけさ。 「……あ、あんまり変な事言わないでよ。でもまあ、よくよく考えてみれば鶴屋さんがあんたみたいなのとデートする なんて地球が逆回転を始めるよりありえない事よね。一瞬でも信じたあたしがどうかしてたわ」 そうかい。 ずいぶん安くなっちまったな、地球。 46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 21 37.98 ID uEJYG+Qk0 これでこの件は終了。 だったらよかったんだけどなー。それから時間は進み今は昼休み、どこかへでかけていくハルヒを見送り、のんびりと 弁当を広げていた俺の携帯が振動をはじめた。相手は……古泉? 箸を置いて、なんとなくその場で話すのを躊躇った俺は廊下に出てから受話ボタンを押した。 もしもし。 「何があったんですか?」 主語がないぞ、古泉。それにそれは俺のセリフだ。 「すみません、ですが答えて下さい。涼宮さんに何かしましたか?」 何かって……特に思い当たらないが。 「実は、ついさっきいつになく巨大な閉鎖空間が発生しました。これは涼宮さんにいきなり大きなストレスがかかったと しか考えられません」 落ち着けって、まあやばいのはわかった。でも俺はここ数時間ハルヒの頭を叩いたりもしなかったぞ?叩かれはしたが。 それに授業中だったから特に何かあったとは思えん。 「確かにそうですね……、ちなみに、貴方の言う物理的な理由では涼宮さんにストレスがかかる事は殆どありません。 ありえるとしたら……そうですね、貴方が涼宮さんの目の前で誰かとキスをする、そんな状況を見れば今のような閉鎖空間も 発生しえるでしょう」 古泉、ここは学校だぞ? そんな事がある訳……あ。 「ど、どうしました?」 49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 35 38.75 ID uEJYG+Qk0 あ、いや。実は昨日、俺は鶴屋さんと買い物をしてたんだが。 「はい」 そこでキスされたんだ。 「……」 痛いほどの沈黙が流れる。 で、でも、あれは不可抗力だったし昨日の事なんだから今回は関係ないだろ? それに俺はハルヒには、買い物中に 鶴屋さんと会ったとしか言ってないぞ。 「事実はともかくとして、もしも涼宮さんがその事を鶴屋さんに確認に行ったら」 古泉の言葉に、俺が想像した鶴屋さんのリアクションのどれもが、あっさりキスの一件まで伝えてしまう姿だった。 「すみません、僕は機関の仕事に戻ります。すみませんが涼宮さんの事をお願いします!」 おい待て古泉! お願いするったってな? ――ええい、切れてやがる。 別に俺はハルヒと付き合ってる訳じゃないのに、そこまで気をまわさなくちゃいけない理由ってのはなんなんだろうな? ああそうか、世界崩壊の危機だったな。……笑えねー。 ともかくだ、ここは ↓ 1 ハルヒを探そう 2 長門に相談しよう 3 朝比奈さんに話をしてみよう 50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 14 37 16.58 ID neBvtuvmO 1 52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 46 21.17 ID uEJYG+Qk0 ともかくだ、ここはハルヒを探そう。 鶴屋さんとハルヒが会ったっていうのが本当なら、多分2年の教室の近くに居るはずだ。 生徒で溢れかえる昼休みの廊下を、俺は世界を救うべく全力で走っていた。 そこら中から感じる奇異の視線。 そうだな、俺もこんな変なのが居たら目で追うだろうよ。 ついでに言えば入学したばっかりの頃のハルヒはこんな視線をいつも受けてたんだろうな。 幸運にも教師に見つかる前に、俺は2年の教室まで辿り着いた。 えっと、鶴屋さんは……しまったあの人が何組なのか俺は知らないじゃないか? 朝比奈さんに電話した方が確実なんだろうが、ともかく今は時間が惜しい。俺は順番に教室の中を覗き込みながら ハルヒの姿を探していった。 そんな不審行為を繰り返していると、 「あっれー? キョン君じゃないかー」 廊下を歩いて来たのはまさに渦中の人、鶴屋さんだった。 54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 55 44.12 ID uEJYG+Qk0 53 本当に言ってねー 鶴屋さん、ハルヒがここに来ませんでしたか? っていうか何か話しませんでした? 「ハルニャン? きたよー、昨日キョン君とチューしちゃったーって言ったらめがっさ怒って何処かへ行っちゃったにょろ」 ――世界が停止したかと思った。……古泉、最悪な方向にビンゴだぞ。 急な運動による胃痛と、止まらない頭痛に思わず頭を抱える。 あーくそう! なんで朝、俺はあいつにあんな事を言ってしまったんだ? そんな事言うつもりはなかったのに! 「ちょっと大丈夫かい? 顔色が真っ青だよ?」 ええまあ、これくらいなんてことないんです。はい。 これから起きるかもしれない事を考えれば、俺の体調不良なんて1ジンバブエドルと等価なんです。 それで、ハルヒはどこへ? 「あっちだよ。でもどこに行くかは聞いてなかったな~」 ともかく今は動くしかない、俺は疲れた体に鞭打って再び廊下を走りだした。そして間もなく階段の踊り場に辿り着く、 ハルヒは上か? 下か? 1 上 2 下 3 一人では探しきれない、誰かに助けを頼もう 55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 15 05 18.49 ID neBvtuvmO 上 59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 15 18 34.75 ID uEJYG+Qk0 書き手が一人の間はこれでもいいかもね 上に行ってみよう、なんとなくハルヒと言えば高い所にいるイメージがある。それに一度降りて上がるよりは、先に 上がって降りた方が体的にも楽だろう。 これで重労働は最後だと気合いを入れて階段を上った先には、ああそうだ、そういえばここだったんだな。 あの日、部活を作る事を思いついたハルヒに拉致されてきた屋上への扉があった。 鍵は……開いている。 勢いのままに扉を開けたそこには……、誰も居なかった。 一応ぐるりと回ってはみたが、広い校舎の屋根部分に簡単な柵がついているだけで誰の姿も隠れる場所も見当たらない。 くそっはずれか? 「おーい、キョン」 誰かの声が下から聞こえてくる。この声は、 「お前そんな所でなにやってんだ?」 グランドから叫んでいたのは谷口の奴だった。隣には国木田の姿も見える。 おい! ハルヒを見なかったか? 「涼宮? 涼宮ならさっき部室棟の方に歩いてたぞー? っていうかお前午後の授業さぼるつもりか?」 「キョンー。僕の机の上に置いてあったお弁当はキョンの机の中に入れておいたからねー」 二人の声を最後まで聞く事無く、俺は本日何回目かの全力疾走を自分の足に命じた。 62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 15 37 36.41 ID uEJYG+Qk0 じゃあとりあえず16:00で一回切れる様にごまかします 30分程の用事もあるし 詳しい言い訳は 33 俺の選択のどこに間違いがあったのか、それともそもそも俺の選択など何の意味ももたないのか。 昼休みが終わる鐘が鳴って静まり返った廊下を俺は必死に走っていた。 授業中のクラスの近くを通るのはなるべく避けながら、ともかく部室棟へと急ぐ。 中庭から見えるグランドでは谷口達がサッカーに興じているのが見える。 ああくそっ! いったい俺は何をやってるんだろうなーもー! 部室棟の中は当たり前だが静まり返っている、俺の階段をかけのぼる音だけが大きく響き、ようやく部室の前まで 辿り着いた時は、今度は俺の荒い息だけが響いていた。 頼むぜハルヒ、ここに居てくれよ? 会った所でなんて言えばいいかなんてわからないが、会わなけりゃアウトな事だけはわかる。 息を飲みながらドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。 扉の向こう、部室の中に居たのは…… 1 よかった、ハルヒがそこに居た。 2 古泉、なんでお前がここに? 3 長門、お前だけか。 4 すみません、間違えました。俺を見つめるいくつかの不審な目、間違ってコンピューター研の扉を開けていたらしい。 65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 15 47 07.84 ID neBvtuvmO 2 68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 15 56 34.43 ID uEJYG+Qk0 古泉、なんでお前がここに? 部室の中に居たのはハルヒではなく古泉だった。 「貴方こそどうして、涼宮さんを探していたのではないんですか?」 探して辿り着いたのがここなんだ。で、お前は? 「閉鎖空間の発生地点がここなんです、僕は外の状況を確認するために一度出てきた所なんですが……まさか、もしかして?」 古泉は驚いた顔で部室の窓を見つめる、……嫌な予感がする、しかもそれが的中してしまうような……。 まさか、ハルヒは。 俺の言葉に頷く古泉。 「どうやら、涼宮さんは自分で作った閉鎖空間の中へ入ってしまったようですね」 悪い予感ってのはなんでこう当たるんだろうな、誰か教えてくれよ。 「神人は広範囲に分散して現れていますが、万一涼宮さんが遭遇してしまったら終わりです。すみませんが……」 わかってるよ、俺も行けばいいんだろ? 「申し訳ありません」 今回は俺の不注意が原因みたいなもんだ、気にしなくていい。 74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 16 40 11.76 ID uEJYG+Qk0 なんだろう、ここ。 気がついた時、あたしは不思議な場所に居た。 そこは見た目はあたしのSOS団の部室なのに、一切音が無く窓の外は色が無い灰色の世界が広がっている。 この場所にあたしは……うん、きっとそう。ここに私は来た事がある。 ともかく誰か居ないか探さないと。 77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 16 59 05.25 ID uEJYG+Qk0 まるで気圧の違う場所に入ったかの様な違和感。 「もういいですよ」 目を開いた時、そこにあったのは数秒前と変わらぬ部室の風景。そして窓の外に広がる灰色の世界だった。 今の所、窓の向こうに青白く光り輝く巨人の姿は見えない。 「学校の傍の神人は閉鎖空間の発生した時に退治しました。ですが、神人が再び現れないとも限りませんので 急いで涼宮さんを探しましょう」 ……そうだ、簡単な方法があるじゃないか! 「え?」 俺は窓を開けて中庭を見回す、そこにハルヒの姿は見えない。が ハルヒー! 俺の声が静まりかえった校舎の隅まで響いていく、ええいもう一度だ! ハルヒどこだー! 再び響き渡る声に、返ってくる返事はなかった。 「……これは、盲点でした。確かに大声で呼べば早いですよね」 でもダメみたいだな、もう遠くに行ってしまってるのか? 「いえ。涼宮さんの反応がここで感じられる以上、少なくとも学校の敷地内に居る筈です」 なるほど ↓ 1 もう少しここで呼びかけてみるか 2 二手に別れて探しに行こう 3 僕となるべく離れないでください。神人が出現した時に僕が居なければ危険です。 78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 17 01 20.54 ID neBvtuvmO 2 79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 17 12 29.31 ID uEJYG+Qk0 なるほど、二手に別れて探しに行こう。ハルヒが学校から出てしまったら探しきれなくなる。 「了解です。何かあったら古典的ですが大声を出してください、すぐに駆けつけます」 ああ、その時は頼むぜ。 とりあえず古泉はまず部室棟を探し、終わったら本館の上階を。俺は本館の1,2階を探す事になった。 静かな本館の中、俺の歩く足音だけが廊下に響く。 途中までハルヒ出て来いよーなどと叫んでいた俺だが、今はそれにも疲れ、とにかく教室という教室を順番に 調べて回っていた。 ハルヒが何故出てこないのか? まあ理由は色々考えられる。 例えば、あいつがこの世界で寝ているとか気を失っているとかそんな理由で俺の声が聞こえなかった。まあ、 これならいいんだ。これなら。 問題なのは、俺の声が聞こえたけど出てこなかった……つまり理由はわからないが俺達から逃げていたら? そうなったらちょっと厳しいかくれんぼになるぞ、なんせ範囲は無制限なんだ、。 80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 17 20 14.76 ID uEJYG+Qk0 職員室を見た後、1階の各教室を順番に回ってきたが成果0。古泉の声も聞こえてはこない。 いったいハルヒは何処にいるんだ? とりあえず足は止めないが、俺はあいつが行きそうな場所を考えてみる事にした。 あいつが一人で行きそうな場所か……あ、そういえば校舎内をくまなく探した事があるって前に言ってたな。 それだけで全ての場所が候補になるってのはきついぜ。 でもまあ予測だけでも立てるとすれば、だ。 ↓ 1 あいつは屋上で何か投げてなかったか? 2 プールのふちに立ってるのを見た事がある気がする。 3 あ、音楽室はどうだ。前にピアノを弾いてた様な。 81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 17 25 59.37 ID neBvtuvmO 3 89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 18 21 06.58 ID uEJYG+Qk0 あ、音楽室はどうだ。前にピアノを弾いてた様な。 1,2階の捜索を終えていた俺は、とりあえず音楽室へと向かった。 「ねえキョン、なんだかすごい1年生がピアノの演奏してるんだって。見に行かない?」 そう国木田が聞いて来たのは入学式が終わって数週間後の昼休みの事だった。ちなみにそれはハルヒが ありとあらゆる部活に仮入部を繰り返してはどこにも入部しないという意味不明の行動に勤しんでいた時 でもある。 だから俺はそのピアノを弾いてる凄い1年ってのもハルヒの事だろうと思い、行くのを躊躇っていたの だが――あいつがピアノを弾く姿ってのは想像できないな――怖いもの見たさ、って奴だろう。 弁当を食い終えて重くなっていた腰を上げていた。 人だかりのできた音楽室の入口、開いたままの分厚い扉の中から聞こえてくるピアノの音。 俺が人垣の隙間から背を伸ばして見たのは…… あいかわらず上手いな。 俺の言葉と同時にピアノの音が止む。 あの時と同じ音楽室の分厚い扉の向こう、防音になった部屋の中で一心不乱でピアノを弾くハルヒの姿がそこにあった。 99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 10 49.37 ID uEJYG+Qk0 どうやら見つけたみたいですね。 本館の中を歩いていた時、そのピアノの音は聞こえてきた。それと同時に不安定だった涼宮さんの気配も 一瞬強くなり、また小さくなる。 なるほど、音楽室でしたか。これは盲点でした。 この建物に居る人の気配は僕と彼、そして涼宮さんだけ。となれば涼宮さんと一緒にいるのは彼しかいない。 何とか事態は解決に向かいそうですね――そう思って一息ついた古泉を待っていたかのように、グランドの中央に 神人はその姿を現した。 「……キョン」 どうやら本気で弾いていたらしく、ハルヒの息はあがっている。 なるほどね、気を失っていたのでも俺達から逃げていたのでもない。本当に声が聞こえない所に居たとは 予想外だったよ。 だが見つけたのはいいが、これからどうすればいいんだ? 「ねえ……」 そこまで口にして、ハルヒは黙ってしまった。ただでさえ物音がしない防音室の中に、痛い程の沈黙が広がる。 かといって俺から口を開こうにも、なんて言っていいのかわからないんだが。 101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 11 29.53 ID uEJYG+Qk0 これは……僕ひとりでは厳しいかもしれません。 グランドの上に現れた神人はサイズは小さいものの全部で3体、通常であれば能力者4人以上で対応するのが セオリー。だが今はそんな事を言っている時間はない、もしも涼宮さんに万一の事があれば文字通り全ては終わって しまうのだから。 赤い光が浸み出して光の球体が体を包み込む。 頼みましたよ? 近くの教室の窓から飛び出した僕は、一番近くに居た神人の左腕を切断しながら舞い上がった。 パサリと何か紙をめくる音がする、見ればハルヒは楽譜を取り換えてピアノの上に置く所だった。 ……さて、何を聴かせてもらえるんだろうね? 壁際に置かれた椅子を一つ取り、ハルヒが見える位置に置いて座ると流れるように音が溢れ出した。 俺にはピアノ曲なんてもののタイトルはわからないが、ハルヒが弾いたのは優しいメロディーだって事はわかる。 その曲に聞き惚れつつハルヒを見てみれば……楽譜の意味あんのか? ハルヒは俺の顔を見ながらピアノを弾いて いた。時折目を伏せたり、また見開いて見つめてきたりと表情を変えるハルヒに合わせるように、曲もまた変化して いく。 102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 12 09.77 ID uEJYG+Qk0 これは……いったいどういう事なんでしょうね。 神人を引き付けながら空中を浮かんでいた古泉が見たのは、突然静かになった神人達の姿だった。 これまでに数多くの閉鎖空間に入ってきたけれど、こんな事は初めてだ。 驚きつつも念のために距離を置いたまま様子を伺っていると、神人達の光量が緩やかに衰えていきやがてそのまま 消え去ってしまった。 「そんな? ありえない?」 神人は涼宮さんのストレスが無意識の中で実体化した物のはず、それが自然消滅するなんて事があるはずが……。 103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 12 44.86 ID uEJYG+Qk0 ……ん、何か冷たい物が頬に……。 おぼろげな意識の中でそう感じた次の瞬間。 「起きなさい!」 俺の脳天に叩きつけられる何か。衝撃と共に目に入ってくる光景は……。 部室か。 「あんたまだ寝ぼけてるの? 岡部がめちゃくちゃ怒ってるんだからさっさと来なさい!」 座った俺の隣でハルヒが怒鳴ってる……って事は、そう言う事か。 「古泉君は先に行ったわよ。いい、あたしはちゃんと起こしたからね? まったく、古泉君と二人で部室で寝てる なんてあんた達なにしてたのよ?」 そうかい、そいつは悪かった。 でもお前のおでこが赤いのはなんでなんだろうな。 まだ意識ははっきりしないが、なんとなくどうなったかはわかるさ。つまり古泉はハルヒも含めて俺達3人が この部室で寝ていた事にしたって事だろう。そしてハルヒだけを起こしてやれば誤魔化せるって事か。 俺は世界の存続を祝いつつ、力の入らない体に活を入れようと腕をのばした。 あくびをしつつ、ふと気がつく。 ハルヒ。 「何よ。急がないと怒られるだけじゃ済まなくなるわよ?」 お前、何か俺にいたずらしたか? 何か頬が濡れてるみたいなんだが。 急にハルヒが俺に背を向けて扉に向かって走っていく、っておいハルヒ? 「しっ知らない!」 バタン! ……そう言い残してハルヒは部室から出て行ってしまった。 ……なんなんだ? あいつは。 涼宮ハルヒの失踪 終わり その他の作品