約 3,140,717 件
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/30.html
<前4-4へ|次4-6へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」4-5 728 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 19 27 43.12 ID Xzdt3noP ――貴族子弟からの手紙、氷雪の女王宛 我が敬愛する氷雪の女王へ。 過日国元を出ましてからずいぶんな時が流れました。 大陸中央部はまだ秋の気配を残しておりますが 道を行き交う馬車の量は少なく、人々の表情は冴えません。 麦を初めとして物資の値段が高騰しているようです。 こちらに来てから多くの領主や貴族、王族の方に ご挨拶しましたが、顔色は三色。 戦の喜びに輝いているか、 決断の苦渋にしかめられているか この冬の民を思って憂いておられるか そのどれかのようです。 とはいえ、流石中央。 社交界は洗練されていますし、 流行のドレスは襟ぐりが深く悩殺されてしまいますね。 こちらに来てからリュートなども手すさびに始めまして、 楽しく過ごさせて頂いています。 まったく、国のお金で遊んでいるようで気が咎めるのですが 女王におかれましては、いかがお過ごしですか? 最新のドレスを一着、長手袋を2揃い送らせて頂きます。 すみれ色は女王にお似合いになるかと思います。 追伸.出来ましたら路銀の追加をお願いします。 追伸の追伸.そういえば、湖の国の女王が関税60%は きついって云ってました。秘密同盟とかすればよい ですよ、と云っておきました。他にも6領主が今年の 飢饉を乗り切るのが辛いとのこと。氷の国に甘えれば? などと適当な事を喋っておきました。そういえば湖の国 から木炭と毛皮を送ったそうです。着きました? 738 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/12(土) 21 09 42.28 ID Xzdt3noP ――冬の王宮、広間、対策本部 冬寂王「では、堅守を意識した布陣で」 女騎士「と、なれば騎兵戦力よりも、歩兵を。 特に槍兵を重視したいな。多少の工兵も必要だろう」 将官「防寒具も必要でございますね」 女騎士「揃うか?」 将官「それについては極光島の時に、 たっぷり中央に作ってもらいましたからね」 女騎士「すぐ手配してくれ」 勇者「わるいな。お守りのあとにはすぐに将軍で」 女騎士「いや、いいさ。 あの姉妹は無事に鉄の国に向かったよ。 いまこの状況では、戦場に近い冬の国よりも、 鉄の国にいた方が遙かに安全だろう?」 執事「……ふむ。暇を見つけて様子を見に行きましょう」 将官「おっぱい見たいだけですか?」 執事「にょにょにょっ。失敬な!」 冬寂王「これで、出来うる限りではある」 739 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21 11 04.12 ID Xzdt3noP 女騎士「わたしに任せろ、勇者。なるだけ誰も傷つけないさ」 勇者「でも、お前の愛剣って物騒だからなぁ」 女騎士「何を言うんだ。愛剣も愛馬も凶暴なくらいが丁度良いんだ」 勇者「無茶はするなよ?」 女騎士「もちろんだ! 必要とあれば1人も 怪我させることなくことごとく首をはねてみせるっ!」 執事「……」 冬寂王「将官。おまえも物資をとりまとめ次第、 後詰めとして補給持って合流、姫騎士将軍どのをお助けせよ」 将官「はぁ」 女騎士「中央の征伐軍か。総数はおそらく2万に迫るだろうな」 執事「聖鍵遠征軍以外で、ここまでの規模は類例がありませぬな」 冬寂王「こちらは、4500が良いところだろう」 勇者「……」 冬寂王「そんなに顔をしかめるな。 いずれにせよ、軍の指揮は勇者よりも将軍の方が 向いているだろう?」 女騎士「任せておけ! 腕が鳴る」 741 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21 13 33.11 ID Xzdt3noP タッタッタッタ! ガチャン! 伝令「伝令、伝令であります!!」 執事「何事だっ」 冬寂王「申すが良い」 伝令「南氷海より伝令っ! ま、ま、魔族です!」 勇者「っ!」 女騎士「!!」 執事「!!」 冬寂王「数はっ!?」 伝令「不明です。現在集合中。遠隔目視では最低1500!」 勇者「こんなタイミングでっ」 女騎士「魔族の侵攻……。魔王……」 勇者「こんな時にな。はぁぁぁ~。 ああ、俺が行く……。 あいつ、なにやってやがる。何かあったのかよっ」だんっ! 執事「勇者殿……」 冬寂王「勇者であれば……。相手が万の軍勢でも 平気なのかもしれぬが……。 すまぬ、これ以上の軍は割けぬのだ」 勇者「冬寂王」 冬寂王「ん?」 勇者「魔族ともやり合いたくないって云ったら呆れるか?」 742 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21 14 53.04 ID Xzdt3noP 冬寂王「……」 将官「そ、それは……」 冬寂王「どんなことをしてでも、二正面作戦は避けるべきだろう」 勇者「……」 執事「若……」 冬寂王「いまはそれしか云えないな」 勇者「そっか。ありがとう。って云うべきなんだろな」 女騎士「勇者、そ、その……。大丈夫なのか?」 勇者「余裕だぜ」 しゅわんっ! 女騎士「……」 執事「どういう事なのでしょう?」 冬寂王「……」 ガチャンッ! 伝令「伝令っ、伝令でありますっ!!」 冬寂王「何事だ! 魔族についてはすでに第一報がきているっ」 伝令「違います。早馬よりっ! 鉄の国に白夜王が軍2000が強襲っ! 一昨日の日付ですっ」 751 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21 34 07.96 ID Xzdt3noP ――冬の国、王宮、予算編成室 ダッダッダッダ! ダタン! ダッダ! 青年商人「なかなかに活気がありますね」 商人子弟「殺気立っているんです。騒がしくて済みません」 火竜公女「……」 青年商人「いえいえ、この状況ですから、お察ししますよ。 このようにお手紙を差し上げることもなく、 突然押しかけて申し訳ありません」 商人子弟「いえ、お待ちしていたところです」 青年商人「ほう」 商人子弟「確認させて頂きますが……」 青年商人「はい」 商人子弟「このテーブルでゲームをされていたのはあなたですね?」 青年商人「なぜそう思うのです?」 商人子弟「でなければ、いま、ここに訪れる意味がない」 青年商人「わたしは操り人形で、 本当のプレイヤーは背後に控えているかもしれない」 商人子弟「遠隔操縦で交渉を? それは時間が余っている時の手法でしょう。 こういった場合、交渉者に裁量権を与えない限り機能はしません。 そして、もしあなたが人形だとしてもこの場の裁量権を預かって、 ある程度自分の判断で交渉の可否を決定できるのならば、 それは傀儡ではなくプレイヤーの1人と認識します」 752 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21 35 00.73 ID Xzdt3noP 青年商人「ふふふっ」 商人子弟「もし僕なら自分で出向きます。物見高いですから」 青年商人「よく判ります。荷物に関税をかけたのはあなたですね?」 商人子弟「そうです」 従僕「はぅー」 商人子弟「ああ。お茶を頼むよ」 従僕「はいっ!」たたたっ 青年商人「可愛らしい少年ですね」 商人子弟「見習い、のようなものです」 青年商人「では、交渉とまいりましょうか」 商人子弟「……」ごくり 青年商人「今日の交渉は多岐にわたります。 要点をかいつまんでお話ししましょう。 第一点。三カ国同盟領内の通行権、この勅書を頂きたい。 現在の関税ですと、品物が出て行く時に貨物に応じた 額となりますね。これを『同盟』に限っては 特例を設けて頂きたい」 商人子弟「特例、とは?」 青年商人「それは三カ国通商内部で商いを行わない場合です。 持ってきた荷物を、ただ単純に通過させたい場合。 これならば通商圏内の経済には影響を与えないでしょう?」 商人子弟「それは……そうですね」 753 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21 35 53.82 ID Xzdt3noP 青年商人「第二に極光島の租借交渉です」 商人子弟「は?」 青年商人「極光島は地理的に云って冬の国の領内にありますね。 これを貴族領、もしくは荘園に準じたような形態で租借したい。 『同盟』が借り上げるのでもかまいませんが これについては第三者がおります。 この交渉は代理交渉であると理解して頂いてかまいません」 商人子弟「はぁ……。どこの誰です? あんな場所を」 青年商人「第三。『同盟』内部には銀行組織があります。 ご存じですか?」 商人子弟「知っていますよ。その銀行による 資金の流動化と集中が『同盟』の大きな武器の1つですよね」 青年商人「その銀行組織を含む、『同盟』の商館を 通商同盟三カ国の首都にそれぞれ構えたい。 この許可を頂きたい」 商人子弟「それは比較的有り難く、わかりやすい話です」 青年商人「第四に、わが『同盟』は三カ国通商同盟の備蓄する 全ての馬鈴薯を引き取る用意があります」 商人子弟「……は?」 青年商人「以上が本日の案件です。特記事項として、お察しか とは思いますが、現在『同盟』には金貨が殆どありません。 これらの交渉は金貨を用いないやり方でお願いしたい」 754 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21 38 16.40 ID Xzdt3noP 商人子弟「……」 ぱたんっ! 従僕「お茶をお持ちしましたぁ!」 商人子弟「ああ、お配りしてくれ」 従僕「はいっ!」 商人子弟「……」こくっ 青年商人「これは暖まりますね。ジャムを入れるのですか」 商人子弟「ええ、雪国ですからね」 火竜公女「ありがとう、坊」 従僕「えへへへ~」 商人子弟(あんなフードをかぶってるからどんな面相かと 思えば、ずいぶんな美人じゃないか) 従僕「あっ。お菓子も持ってきます!」 ぱたぱたっ 青年商人「落ち着く執務室ですね」 火竜公女「ええ、本当に」 商人子弟(どういう事だ……。考えろ。 一連の交渉に、どんな意図がある?) 759 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21 47 15.94 ID Xzdt3noP 商人子弟(まず、第一に銀行つきの商会、だ。 あんな言い方をする以上、銀行機能を解放…… 少なくとも、ギルドか国には解放すると云うことなのだろが。 それにどんな意味がある? そりゃ、いま人が増えている 我が国にとっては渡りに船の話だが……。 しかし、そんなことが公になったならば、 そりゃぁおおっぴらにではないだろうが、 中央や教会での『同盟』の立場が悪化するんじゃないのか?) 商人子弟(いや、そうか) 商人子弟(これは、順番が重要なんだ。つまり、三番目に 話した商会の話は、1,2を通した後のご褒美、と云った ところか……) 商人子弟(と、なると順番に考えないとな。 1は通行権の勅書か。これは容易いな。 そもそもあの関税は国内の物資流出を防ぐためのもの。 ただ通り抜けるなら、この商人の云うとおり、 我が国にはほとんど影響がない。 ……が。 何だろう、この違和感は) 商人子弟(次は2についてか。 相手が判らないと何とも云えない不気味さはあるが。 付近の漁業や海運に問題を生じないのならば検討の余地はあるな。 だが、誰が? 何のために? あの島で何を行うつもりだ? 塩か? 島の租借をしてまでそんなことをする意味はどこにある?) 761 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21 48 21.18 ID Xzdt3noP 商人子弟(3は良いとして、4か。 4についても順番としてはご褒美なんだろうが、意味が不明だ。 そもそもこの商人は三ヶ国がどれほどの 馬鈴薯を保有しているか把握しているのか? なまじっかな相手に売りさばけるような分量ではないんだぞ。 小国とは言え国家備蓄だ。 そもそも馬鈴薯が食料として通用する国はそこまで多くない。 通商同盟三ヶ国、それに湖畔修道会の元本拠地だった 湖の国やその隣国、梢の国。 その辺までは、多少広まったはずだが、現在の異端作物指定で どこまで買ってもらえるものか……。 だいたいその二ヶ国でさばける量じゃないはずだ。 いったい誰に食べさせようと云うんだ) 商人子弟(意味……誰……何処……。 どこ……? そうだ。1についても同様だ。 我が領内を通り抜けて何処に行くと言うんだ? 白夜の国だろうが、他の国だろうが、我が領内を 通らなくてもいけるじゃないか。 我が国を通り抜けることで圧倒的に輸送コストが 安くつくような航路があるのか? いや、新発見されたのでもなければそんな航路は存在しない。 氷の国か鉄の国で商売を? 意味がない。 その関税は通商同盟の内部では効力を持たない設定だ。 “三ヶ国から外に出る”が発生条件なのだから) 762 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21 50 41.54 ID Xzdt3noP 商人子弟(金貨がない、ということは今回の買い占めで 金貨を吐き出したと云うことなのだろうな。 無理もない。これだけの規模だ。 中央の物価上昇はすさまじい状況だろう。 国民は塗炭の苦しみだろうな。 ……一部の領主は財政出動、社会保障や公共工事によって、 民間に貨幣を回そうと頑張ったようだが、 大陸全土の貨幣、通商が繋がっている状態では焼け石に水だ。 どんなに貨幣をばらまいても、他国にも流れている限り、 自分の領地のインフレは、薄まらない。 大ダライの氷水を、スプーンの湯で暖めようとするものだ) 商人子弟(先生の話ではこの種の財政出動、財政政策は 状況によっては有効と云うことだがな。今回ばかりは 状況が酷すぎる。全領主が同時にするのでもない限りは。 ……財政政策。 銀行……? 金融? 金融……政策? 金融政策が無効なのは固定相場を採用? 先生の言葉によれ貨幣が一種しかないこの大陸は 完全固定相場を敷いてるわけだ。だからこそ財政出動が有効で) 商人子弟(あ、あ、あっ……) 商人子弟「あなたはっ。小麦を物資だとは見ていないっ。 現在、疑似通貨としてみているっ」 青年商人「ええ」にこっ 763 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21 52 08.75 ID Xzdt3noP 商人子弟「そしてその小麦を、 三ヶ国通商同盟に投資するおつもりかっ!?」 青年商人「ご名答です」 商人子弟「そ、そ、その心は……」 青年商人「心は?」 商人子弟「――二大通貨体制」 ぞくっ 青年商人「はい、そうです」にこっ 商人子弟「本気なのかっ!?」 青年商人「中央の成長能力は弱まっている。で、あれば 新興市場で成長が期待できる地域に投資するのは もっともな判断かと思いますが?」 商人子弟「我が国はその中央と戦争中なんだぞ!?」 青年商人「戦場で稼ぎたければ、火の粉が飛んでくる距離が良い。 ……我が師の言葉です。命をはるのは兵士ばかりではない」 商人子弟「それだけの成長保証が何処にあるんですかっ!?」 青年商人「1と2の中に」 商人子弟「……」 従僕「う-?」おろおろ 商人子弟「……っ!」 765 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21 55 11.16 ID Xzdt3noP 青年商人「そうです」 商人子弟「そ、そのようなことが出来ると思っているんですか? わたしたちは、やっとの思いであの島を取り戻したんですよっ」 青年商人「勝ったから出来るのです」 商人子弟「どうしてそんなことを思いつきます。 なぜそのようなことを実行しようとするんですっ!? あ、あなたは。我が国の領海を抜けて……。 魔族との通商を開始するおつもりだっ!」 青年商人「はい」 商人子弟「なぜ……。そんな……」 青年商人「わたしが商人だからです」 商人子弟「しょう……にん?」 青年商人「商人だから、魔族と取引できるのです。 この世界は敵と味方だけですか? 白と黒だけですか? そうであれば……勇者は何を苦労しているのですか? あの方は何を夢見ているというのですか?」 商人子弟「……っ」 青年商人「誰もが異なる正義を持っているのです。 我らは誰しもが、そうなのです。 正義ではわかり合えない我らは、誰しもが “もうちょっと幸せになりたい”とささやかな願いを抱いている。 ならばその一点で妥協し取引するのは、 我らが役目でしょう。ちがいますか?」 766 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 21 57 46.76 ID Xzdt3noP パサッ 火竜公女「妾からも伏してお願い申し上げる」 商人子弟「あ、そ……その……角」 青年商人「彼女は火竜公女。 現在魔界にて唯一、人間と魔族が共存する街、開門都市。 その自治政府の代表者です」 火竜公女「我らには塩が必要なのだ。 ……あの島を、貸して欲しい。 謝罪もしよう。代価も払おう。 我らは、あの島において敗者であった。 どうかどうかお願いする」 商人子弟「あ、あっ」がたがたっ 火竜公女「衛兵を呼ぶまでもない。 望むならこのまま虜囚にもなろう。 ただ、どうかこの件だけでも検討して頂けまいか?」 従僕「それ、つの?」 火竜公女「そうじゃ。坊。妾の自慢の薔薇水晶の角だ」 従僕「あの……」どきどき 火竜公女「?」 従僕「触って、良いですか?」 火竜公女「もちろんだ」にこっ 790 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22 18 34.28 ID Xzdt3noP ――南極海、ゲート周辺 しゅわんっ! 勇者「この辺か? ――“飛行呪”っ」 勇者「っと、こいつは目立つんだよなぁ。 特にこんな氷原だと。……あっちか?」 (戦争を終わらせるのが軍だとすれば 終わる着地点を模索するのが王の役目だ) 勇者「わりぃな。魔王。……魔王はさ、魔の王だけど 俺は王じゃなくて勇者だから。やっぱり着地点なんか 探せなかったよ。何でこうなっちまうのかなぁ」 (どうだ? 私の物にならないか? 私はあんまり我が儘は言わないぞ) 勇者「嘘つけ、お前会ってからこっち、 ずっと我が儘ばっかりじゃないか。 あれをする、これをする。 あっちに行きたい、何処へ連れてけ。 今度はあれやそれを作る。――そんなんばっかりで。 そのくせ、おれが魔界へ行く時もちっとも反対なんかしなくて。 我が儘言わなきゃいけないタイミングで 1回も我が儘言わなかったじゃないか」 791 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22 19 46.03 ID Xzdt3noP (『丘の向こう側』に一緒に行ってくれればそれだけで満足だ) 勇者「そんなのな」 勇者「そんなの俺だって絶対見てみてぇよ」 勇者「魔王と、俺と、女騎士と、爺と、王様と、 メイド姉妹にメイド長に女魔法使いに開門都市のみんな、 南部の国のみんな、冬越し村のみんなに、 実を言えば中央の連中にだって見せてやりたいよ。 魔族にだって見せたいよっ」 勇者「……だって」 勇者「だって、おれ。 壊したり殺したりするばっかりで 何にも作ってないじゃんね」 ヒュバァァァァァ!! 勇者「他人に見せられるような作品なんて 一個も作ってないじゃんね」 勇者「だからさ」 ヒュバァァァァァ!! 勇者「だからもう、やめろよっ。 俺には微塵も云えた義理はないけどっ。 壊したり殺したり、それで何かが達成出来り 偉いと思ったりするのさっ!!」 792 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22 20 49.56 ID Xzdt3noP ヒュバァァァァァ!! 勇者「あれかっ。蒼い肌……。蒼魔族の大型種。 長距離侵攻用の装備か、糧食もあるな。撤退させるとすれば アレを狙うか……」 「おうけい」 勇者「……?」 「……数に入ってた」 勇者「は?」 「……数にはいってたのは、すこし偉い」 勇者「え ……あ?」 女魔法使い「……」こくり 勇者「おまえ、何処にいたんだよっ!?」 女魔法使い「……出待ち」 勇者「はぁ?」 女魔法使い「……うそ。図書館」 勇者「『外なる図書館』かっ? どうやってもたどり着けなかったあの場所か!?」 女魔法使い こくり 793 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22 21 43.93 ID Xzdt3noP 勇者「それにしたって……」 女魔法使い「……あそこは一族しか入れない」 勇者「……?」 女魔法使い「あれ」ぴしっ 勇者「ん? ……ああ、魔族だ」 女魔法使い「まだ、ころしたい?」 勇者「……いや。さっぱり。ただ、止めたいだけだ」 女魔法使い「……判った」 勇者「は?」 女魔法使い「目をつむって」 勇者「……? 判った」 女魔法使い ぴとっ 勇者「ぅわ、ひゃっこいっ!!」 女魔法使い「……連絡回路を形成した」 勇者「通信魔法か?」 女魔法使い こくり 勇者「相変わらず、なんか昼寝してそうな雰囲気だな」 女魔法使い「きのせい」 799 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22 22 35.94 ID Xzdt3noP 女魔法使い「行って」 勇者「?」女魔法使い「……魔王が、待ってる」 勇者「魔王を知っているのか?」 女魔法使い「……待ってる。あなたのかわりは、わたしがする。 わたしがあいつらを始末したら……最大呪文で、ゲートを 壊して」 勇者「そんなことしたら、魔界へ行けなくなっちまうだろっ」 女魔法使い「……」 勇者「……壊せば、いいのか?」 女魔法使い こくり 勇者「どれくらい?」 女魔法使い「最強」 勇者「どんだけえぐれるか保証できないぞ!?」 女魔法使い「必要」 勇者「なにが?」 女魔法使い「勇者が、必要」 813 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22 40 47.36 ID Xzdt3noP ――南極海、ゲート直情 女魔法使い「魔族総数2670。距離測定開始」 女魔法使い「照準固定、圧縮術式解凍中」 女魔法使い「解凍15%……37%……59%……81%」 女魔法使い「指定範囲カレントエリア、コンフリクト解除」 女魔法使い「勇者の……」くわっ!! ぎりぎりぎりぎりぎりっ 女魔法使い「勇者を助けるためにっ、 こっちは連続圧縮で時間伸張してまで術式ため込んでるんだっ。 あぁん!? わかるか、お前らっ! こっちの年期と覚悟がっ!! 勇者に何かがあれば必ず駆けつけっ、 その願いを叶える。 その魔法使いがっ。魔法を使うあたしがっ! あの日。 あの夕暮れの中でっ! 何も出来なかったあたしのプライドがっ! どんだけ軋んだかっ! いくつの夜を歯ぎしりと共に過ごしたかっ お前らみたいなぁっ!! 三下のドさんぴんっ!! あ い て にぃぃぃぃ!! 出来るかよぉぉぉぉっ!!!!」 816 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22 41 48.80 ID Xzdt3noP 勇者「あいつ……また過激になってやがる……」 女魔法使い「消し飛べっ! このち○かすがぁっ!!」 ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! 勇者「転移っ!? まさか、こんだけの数を個別転移してるのか!?」 「……除去完了」 勇者「わ、わかった。行く。広域雷撃っ!!」 ごろごろごろごろ! ズガーン! 「たりない」 勇者「っ!? くっそぉ、魔力結晶! 超高域雷撃、撃滅呪文!!」 「もっと」 勇者「その声、テンション下がるんよっ。 いや、さっきのはいいです……。。うううぅ! 雷撃! 雷撃! 雷撃! 極大雷撃殲滅ッッ!!」 勇者「ど、どうだっ」 「……広域破砕を確認」 817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/12(土) 22 42 56.79 ID Xzdt3noP 「飛行呪で土煙内部に特攻」 勇者「おうっ!」 ヒュバァァァァァ!! 「あと25秒」 勇者「……我ながらやり過ぎたか? とんでもないクレーター出来ちまったんじゃないか?」 「臨海面接触」 勇者「え?」 「加速して突破」 勇者「おっ、おうっ!」 ヒュバァァァァァ!! パァァァァア! 勇者「明るいっ、な、なんだ。この風っ。何処に抜けたっ!?」 「ちかせかい」 勇者「え?」 「斥力光球に照らされた地下世界。 ……“魔界という別世界”は、存在しない」 916 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14 23 05.27 ID 6HXLExsP ――鉄の国、国境付近の街道、峠道 ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ! 片目司令官「駆れ! 駆れっ!」 将校「ハイヤッ! ドウドウッ!」 片目司令官「フハハハハっ。見せてやる、地獄を見せてやるぞ」 将校「はっ! 士気も上々でありますっ」 片目司令官「ふんっ。酒と女。略奪の褒美だ」 将校「ふはは。そうでありますな」 片目司令官「数と隊列は」 将校「は。軽騎兵1500! 歩兵500! 傭騎兵400、傭兵600。 徒歩の歩兵500は後方距離、1日。 傭騎兵400はあと一時間で合流っ。そのほか傭兵600のほうは 別ルートから森を抜けて進軍中」 片目司令官「用意しておいた軍使はどうなった?」 将校「はっ。捕虜の鉄の国兵士をつかいます。 明朝の夜明けとともに宮殿へ到着。 我らの宣戦布告を通達するでありましょうっ」 片目司令官「よっし、全軍停止!!」 軽騎兵「停止! 停止っ!!」 軽騎兵「止まれぇ」 将校「静聴っ! ただいまより司令官の指示があるっ!」 918 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14 24 58.50 ID 6HXLExsP 片目司令官「聞けっ! 白夜の騎兵達よ! われらは明朝、夜明けより1時間の後、鉄の国を強襲するッ!! 鉄の国は三ヶ国通商同盟なる愚劣な世迷いごとをほざく 背教者の一党である。 きゃつらは愚かにも光の精霊に背を向けた破門の輩となった。 これは聖なる戦であり、奴らの頭上には精霊の 怒りが降り注ぐだろうっ」 「――背教者に鉄槌をっ!」 片目司令官「我が軍は、この後しばらく並足にて移動、 森林近くで休憩、仮眠を取る。交代で休むが良い。 騎馬の世話を行え。明日は存分に働いて貰うぞ。 武器の手入れも怠るな。 血を吸う飢えた刃を愛でて眠るのだっ! 白夜の子らよ、貴様らに精霊の祝福あれっ」 「――おぉぉおっ!!」 将校「ふふふっ。奴らも仰天しましょう」 片目司令官「鉄の国のような弱敵、相手にもならぬ。 ぐぅっ!! ~っつぅ!!」 ぎゅっ 将校「ど、どうなさいましたっ!」 片目司令官「く、暗闇がっ! 燃えるっ。この瞳が燃えるっ。 囓るなっ、わ、わ、我を囓るなっ! 去れっ、悪魔の使いめっ! 我が瞳を、我が光を。グギャハハハっ。ああ、そうだ。 見返してやるぞ、冬寂王とやらっ。 忘れはしないぞ、裏切り者の砦将めっ。 我があの苛烈なる魔界の彷徨を決死の思いで抜け出た先に 魔族の伏兵を配した冬寂王っ。そのうえ、何の落ち度もないかの ように振る舞いおって。地獄の業火すら生ぬるいっ。 鉄の国は始まりに過ぎん。 我を侮辱した者どもに最高の恥辱を味あわせてくれるっ」 919 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14 26 50.37 ID 6HXLExsP ――鉄の国、国境付近の街道、山裾の平地 斥候「きっ! 来ました! 鏡光信号確認っ」 鉄国少尉「本当に来ましたね……」 軍人子弟「かえってすっきりしたでござろう。 長い間出番の待機するのは嘘偽りなく疲れるでござるよ」 斥候「詳しい情報は山中より鳩がくると思いますが……」 軍人子弟「なに。おおよそは判るでござる。 軽騎兵中心の高速機動戦力2000。 白夜の国の常備軍と傭兵の混合部隊。 出発は斥候の目視で確認済みでござるしね」 斥候「はっ」 鉄国少尉「2000ですか」 軍人子弟「もうちょっと多いかと思ってござったが。 まぁ、このタイミングでこの数と云うことは国内治安にも 不安が生じているのでござろう。 王宮内権力掌握のためか、農奴の反乱に備えるためか、 白夜王が手元にも多少の兵を起きたがった証拠と云えるで ござろうな」 鉄国少尉「しかし、こちらは冬の国へも兵力を送った関係で 訓練を受けた兵士400、開拓民をざっと訓練した即席兵が これも500とすこし……勝負になりません」 920 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14 28 56.29 ID 6HXLExsP 軍人子弟「笑うでござるよ」 にかっ 鉄国少尉「……そんな無茶な」 軍人子弟「おのおのがたっ!!!」 ざわざわ 軍人子弟「ただいま斥候により連絡があった! 百夜の国の騎兵約2000がここに向かっている!! これは非常によい知らせでござるっ! なぜなら百夜の国がこのような戦に 騎兵2000しか送ってよこさぬと云うことは、 百夜の国はもはや最低限の兵力しか 残っていないと云うことを示すからでござる! おのおのがた! さらに云えば、ここはおのおの方の国でござるっ! おのおの方のかけがえのない大地でござるっ! つまり、この一戦に勝利すれば、おのおのがたの故郷たる 土地も、家も、畑も、家族も守ることが出来るのでござるっ! 確かに敵の数は多い。 しかし、勝機は十分以上にあるでござるっ! おのおの方の中には、白夜の国から逃げてきたものもいれば 白夜の国に同胞とも友も呼べる身内を持つ者もいるでござろうっ。 この一戦は、彼らのために行うものでもあるっ! 馬鈴薯を食って、笑うでござる! 姫将軍、白き剣士……。我が師は云ってござった。 “苦しい戦いで笑えれば勝利は自ずと手の中にある”と。 敵の数は倍なれど、それ見据えて笑うでござる! 覚悟を決めよ! たった一つ断言するっ。勝つのは我らでござるっ!」 930 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14 38 59.48 ID 6HXLExsP ――鉄の国、国境付近の街道、峠の裾 ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ! 片目司令官「もはや国境も越えたっ、 今日の大地はたっぷり血の供物を受け取るだろう。あはははっ」 軽騎兵「司令っ! 前方、敵兵を発見っ!!」 将校「なんだって!? そんなっ。まだ殆ど夜明けだぞっ。 宣戦布告は届いていないか、届いたとしてもその直後のはずだっ」 軽騎兵「数は不明、街道で動揺している模様っ!」 片目司令官「狼狽えるなぁっ!!!」 ビリビリっ 将校「はっ!」 片目司令官「おそらく国境警備兵でしかないっ。 多少数はそろえているかもしれんが、多くて数百っ。 練度も一線とは比較にならぬっ。 鉄の国が中央との会戦に備えて兵力を供出している事実は 内通者を通じて入手しているっ」 将校「はっ!」 片目司令官「全軍全速前進っ! 前方の人影は敵兵だっ! 村ではないぞ、略奪には及ばぬっ! 残敵掃討は遅れてくる歩兵に任せておけっ。 一気に襲いかかり、蹴散らせっ!!」 将校「全速前進っ!」 軽騎兵「「「白夜の勇猛をっ!」」」 ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ! 931 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14 40 22.92 ID 6HXLExsP 軽騎兵「見えた、あいつらかっ!」 軽騎兵「はっ。なんだあれは!? 冗談なのか? 自分たちが掘った落とし穴に自分たちで勝手に落ちているのかっ! 鉄の国の兵士は馬鹿なのかっ」 軽騎兵「一気に行くぞっ!」 軽騎兵「「「おうっ!」」」 ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ! 軽騎兵「っ!?」 ドシャァ! 軽騎兵「落馬っ、間抜けが。あはははっ。 一番乗りはこの俺――ギャッ!!??」 軽騎兵「な、なんだっ!? 落馬、なぜっ!? 馬が暴れるっ。何をされているっ!?」 軽騎兵「どけぇっ! 馬にぶつかるっ。何をしているんだっ」 軽騎兵「これはっ、網だっ。……魚取り用の網が何で地面にっ」 軽騎兵「切れっ! 網くらいっ! 下馬して切るんだっ」 ジャッ 軽騎兵「くっ、この糞網めっ! 小細工をグフッ!」 ヒュダダン! ヒュダダンッ!!! 軽騎兵「弓だっ。石弓っ!? どこからっ!?」 932 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14 41 50.68 ID 6HXLExsP ――鉄の国、国境付近の街道、山裾の平地 軍人子弟「さて、講義の時間でござる」 鉄国少尉「こんな時にっ。敵は目の前ですよっ」 軍人子弟「我が師は教育を説いてござった。 何時いかなる時でも後続を育てなければ、と。 これは伝統でござるよ」 鉄国少尉「は、はぁっ」 軍人子弟「騎馬の持つ意味とは大きく三つあるでござる。 まずは高速移動。 これは戦場と戦場の間を早く移動すると云うことでござるね。 遠征などには重要な要素でござるが 今回のような場合にはあまり関係ござらん。 第二はその機動力でござる。 第一と混同されがちでござるが、これは戦場において、 敵の弱点に敵が反応し切れないうちに攻撃を行う能力でござる。 本質的に移動力と機動力は別の意味合いをもつでござるね。 機動力は敵の部隊に隙が存在し、それを見抜くことが出来る 司令官の下では強力な武器になるでござる。 この機動力に対抗するには情報遮断と、 こちらの軍の有機的連携が重要でござる」 鉄国少尉「は、はぁ……」 斥候「敵兵接近! 土埃が見えます! あと1分前後で 到着すると思われますっ!!」 933 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14 42 58.90 ID 6HXLExsP 軍人子弟「第三のポイント。 今回のような戦闘で、もっとも恐ろしいのは突破力でござる。 そもそも騎兵の攻撃力は高くないはずでござる。 なぜなら攻撃翌力の高い両手用の武器が使えないのでござるからね。 にもかかわらず騎兵がこれほどの戦闘能力を発揮できるのは、 まず、馬そのもの戦闘能力があり、 また馬に乗るという技術を習得できる階級が裕福であり 戦闘訓練を十分に得られるという事実。 そして高所からの攻撃による振り下ろし破壊力によるところが 大きいのでござる。 これらに馬の突進力が加わり、 騎兵は瞠目に値する高い突破力を有するのでござるよ」 鉄国少尉「その突破力がこちらに向かっているんですよっ!」 軍人子弟「慌ててはいけないでござる」 斥候「接触30秒前っ!!」 軍人子弟「おのおの方っ!! 石弓の準備をっ!!」 鉄国兵士 ガチャ、ジャキッ! 軍人子弟「第一射撃の優先目標! 立ち止まった兵馬。および下馬した兵士! 敵は速度重視の軽騎兵でござる。 石弓を防ぐ板金鎧の装備はないっ! 無理せずマトの大きい胴体を狙えっ!」 斥候「接触! あ! 混乱してますっ! 馬が転んだり ああ、突っ込んできた! ち、近いですっ!」 軍人子弟「まだまだぁっ! 引きつけよ……っ。斉射ッ!!」 934 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14 43 54.12 ID 6HXLExsP ヒュダダン! ヒュダダンッ!!! ヒュダダン! ヒュダダンッ!!! 鉄国少尉「命中多数! 倒れていますっ!!」 軍人子弟「喜ぶなっ!! 役目をこなすでござるっ! 即席兵っ! 射出済み石弓を受け取れっ! 装弾済み石弓を即座に交換っ! 鉄国兵士は照準っ!! そこっ! 頭を上げるなっ! 体勢を低くっ! 塹壕を信頼して、集中して作業を続けるでござるっ」 うわぁっ! これはっ、網だっ。……魚取り用の網が…… 切れっ! 網くらいっ! 下馬して切るんだっ 軍人子弟「第一射撃の優先目標! 馬を狙って混乱誘発! 引き寄せよっ。誘い込むでござるっ!」 鉄国兵士 ガチャ、ジャキッ! 軍人子弟「斉射ッ!!」 ヒュダダン! ヒュダダンッ!!! ヒュダダン! ヒュダダンッ!!! 鉄国兵士「やった! 落ちてるぞっ!」 即席兵士「装填完了っ。次をどうぞっ!」ごしごし、にかっ! 鉄国兵士「おお、どんどんいこうっ!」にやりっ ページトップへ <前4-4へ|次4-6へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/52.html
<前8-2へ|次8-4へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」8-3 318 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 23 29 21.46 ID 34eUyEEP 貴族子弟「ああ、いたって正気さ。 どうにも我が学院は、正気になれば正気になるほど 周囲から見て狂気に見えるという忌まわしい伝統が あるようなのだよ。困ったもんだ。 軍人子弟しかり、メイド姉君しかり。 そもそも師からして正気とは言い難い。 陰陽としか言えない胸のサイズだ。 きわめて正気なのに。悲しいことだなぁ」 傭兵隊長「……」 貴族子弟「隊長は知っていると思うけれど、 今あそこを支配している魔族は近々、 隣国である鉄の国に攻め込むはずなんだよ。 どれくらいの兵力で攻め込むかは判らないけれど 殆ど全軍を率いて出発すると僕の兄弟弟子は見ている。 すると、白夜国には殆ど兵力は残らないはずだ。 君ほどの統率力があれば、周辺に散在している 幾つかの武装集団もまとめることが出来るだろう? ……翡翠の国の辺境戦争と警備軍のことは聞いている」 傭兵隊長「貴様、どこでそれを……っ」 貴族子弟「貴族の社交界というのは思ったより広いんだよ」 傭兵隊長「……っ」 貴族子弟「だが、貴方ほどの指導力があれば この周辺の武装集団を組織化することも出来るだろう? 主力の出はらった白夜の国を開放することも不可能とは云えない」 320 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 23 30 34.68 ID 34eUyEEP 傭兵隊長「報酬は何だ?」 貴族子弟「おい、少年」 器用な少年「なんだってんだよっ!?」 貴族子弟「荷物を降ろして良いぞ」 傭兵槍騎兵「なんだ? 金ごと持ってきてるのか? 奪って欲しいとしか思えねぇ、馬鹿か、お前」 器用な少年「判ったよ、降ろすっ」 傭兵槍騎兵「開けますぜ隊長? ……なんだこりゃ」 器用な少年「これは……。なんだ」 メイド妹「ベーコンとジャガイモの、ホワイトクリームパイだよ」 傭兵隊長「なんでこんなもん……」 貴族子弟「食べろ」 傭兵隊長「何言ってるんだ、お前!?」 貴族子弟「良いから、黙って食え。それでなくても 開いたらどんどん冷めて行くんだ。早いところ食え」 傭兵槍騎兵「隊長……。良い匂いですが。毒ってことも」 メイド妹「ちがうもんっ! わたしはそんなモノ作らないもんっ」 傭兵隊長「一個よこせ」 傭兵槍騎兵「でも」 傭兵隊長「良いからよこせ。……ふん。むっしゃ、むっしゃ」 傭兵槍騎兵「じゃ、おれも……」 傭兵弓士「お、おいらも」おずおず 傭兵剣士「俺も腹が減ってるんだ」 322 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 23 32 38.25 ID 34eUyEEP 傭兵隊長「……美味ぇな」ぽつり メイド妹「うん! 頑張って美味しく作ったよっ!」 傭兵隊長「ああ、美味い。たいしたもんだ。 嬢ちゃんなのか? すげぇな。美味いよ。 ちっせぇのに。 ああ、なんだろう、こいつは。 なんだか応えるほどに――美味いなぁ」 貴族子弟「どうだ、すごいだろう?」 器用な少年「なんでこの兄ちゃんが威張るんだ」 貴族子弟「白夜国を救うと、こう言うのがずっと食えるようになる」 傭兵隊長「は?」 貴族子弟「ずっと食えるようになる」こくり 傭兵隊長「何言ってるんだ?」 貴族子弟「解放軍として、仕官しないか? 冬の国でも良いし、再興するなら白夜でも良い。 自分たちを地獄から救ってくれた英雄だ。 民は感謝するぞ。 “ありがとう”って云うぞ。 そういうふうにならないか? ただの野盗になるつもりなら 何で馬具の手入れを欠かさない? 何故武具を磨く? 君たちは、野盗じゃない。傭兵団だ。 しかも、いずれ故郷にたどり着く、希望を持った傭兵団だ」 傭兵隊長「本気なのか? 俺は戦場であんたらの所の 女将軍と追っかけ合ったこともあるんだぜ?」 326 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 23 34 43.94 ID 34eUyEEP 貴族子弟「この僕が責任を持とう。 僕は氷の国の氷雪女王の特使として、 また三ヶ国通商同盟の全権委任大使として あなたに依頼する。 当面の費用は氷の国が責任を持つ。 この森の中で自分の納得行く規模の師団を編制して 白夜の国辺境に潜伏。機を見て、その民を解放してくれ。 魔族を撃退してくれとは頼まない。 出来る限りの民を救い出してくれるだけで良い」 メイド妹「お願いしますっ」 傭兵隊長「……」 傭兵槍騎兵「隊長……」 傭兵弓士「お頭……」 貴族子弟「……」 傭兵隊長「もう一個貰っても良いかな」 メイド妹「うんっ。これはね、豚の脂身を入れてから 焼くんだよっ。熱いと、何倍も美味しいんだよっ」 傭兵隊長「へぇ。むっしゃ、むっしゃ。 へっ。美味ぇや。たいしたもんだよ。ああっ、たいしたもんだ。 はん。――いいだろうっ!!」 貴族子弟 にこり 傭兵隊長「こんなに美味ぇ前金受け取ったら働くっきゃねぇだろ! おい、お前ら! 付近の頭だった連中に渡りをつけろっ! 俺たちの戦が始まるぞっ。どうせどっかでのたれ死ぬのが 傭兵の運命だ。死ぬ前に1回、その“ありがとう”とか いうやつを拝んでやろうじゃねぇか!」 343 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 00 20 17.56 ID L1AOl7sP ――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地 斥候「来ましたっ!」 女騎士「構成は?」 斥候「中央に歩兵。我が軍に照らせば軽装ですが、 巨大な木製の盾を保持している模様っ」 冬国仕官「弓矢対策か」 斥候「さらに左右に軽騎兵および重装騎兵。 厚みのある陣容です。 前方突出部分だけで一万を超えている模様」 冬国軽騎兵「いち……まん……」 女騎士「ひるむなっ! よしんば敵が二万いようと こちらも7000はいるのだ! 一人三人の敵を倒せば済むっ」 冬国軽騎兵「はっ!」 女騎士「距離はどの程度だ」 斥候「尾根を下りきった地点。おそらく正午頃には会敵しますっ」 冬国仕官「指揮官は……」 女騎士「おそらく蒼魔の将軍だろう。 刻印の王が出てきたら全軍撤退だ。武器も放り出して逃げろ」 冬国仕官「……了解」 344 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 00 22 15.85 ID L1AOl7sP ――蔓穂ヶ原、尾根道を下った周縁地域 蒼魔上級将軍「陣形を整えよ。ここを後詰めとするぞ」 蒼魔近衛兵「はっ! 方陣形っ!」 ザッザッザッ!! 蒼魔軍歩兵「15番隊まで、整列完了しましたっ!」 蒼魔軍軽騎兵「軽騎兵完了」 蒼魔軍弓兵「弓兵、配置よしっ」 蒼魔上級将軍「さて、敵はどうだ?」 斥候部隊「報告位置より動いてはおりません。 中央部丘陵地帯に前衛陣地を置き、待ち受ける構え」 蒼魔上級将軍「どうやらあの部分が 最も足場がしっかりしていて、 敵の騎兵も使いやすいのであろうな」 蒼魔近衛兵「しかし、それはこちらも同じこと」 蒼魔上級将軍「それゆえ、あそこにたどり着く前に 弓矢でこちらの戦力を出来る限り減らすのが きゃつらの作戦だろう」 蒼魔軍歩兵隊長「だが予想済みでございます。 矢よけの大盾を装備すれば、接近前の矢など何ほどのこともなく。 人間などの思うとおりにはさせませぬ」 蒼魔上級将軍「いいや。ここはその心根を砕くとしよう。 だれぞあるっ!! 督戦隊をよべっ!!」 ばさっ! 蒼魔督戦隊長「ここにっ!」がばっ 蒼魔上級将軍「そのほうに先鋒を申しつける! 中央の丘陵地帯への突破口を開き、 我が蒼魔族の騎馬部隊を導き入れよっ!!」 345 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 00 24 16.72 ID L1AOl7sP ――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地 冬国軽騎兵「霧が出てきたな」 冬国槍兵士「ああ……」 冬国弓兵士「蒼魔族接近っ! 目視できますっ!」 女騎士「まだだっ。まだ撃つなっ。引きつけるぞっ!」 冬国仕官「全軍射撃準備っ」 冬国弓兵士 すっ 女騎士「……」 冬国仕官「まだか」 冬国槍兵士「有効射程の外ですが、こちらでも目視確認っ」 冬国弓兵士「思ったよりも大盾の装備は少ない様子。 臨時の装備だったようですね。 これならばこちらの弓矢でも効果は十分だ」 女騎士「……っ。まさか」ぎりぎりっ 冬国弓兵士「距離よしっ。姫将軍、号令をっ!!」 女騎士「……っ」 冬国弓兵士「接近します、どうか号令をっ」 女騎士「……構わんっ。撃てぇぇっ!!!」 びゅんびゅんびゅん! びゅんびゅん! びゅんびゅんびゅん! びゅんびゅんびゅんっ! 346 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 00 26 28.46 ID L1AOl7sP ――蔓穂ヶ原、中央部、接近中の蒼魔軍先鋒 奴隷歩兵「ぎゃぁぁぁ!!」 蒼魔督戦隊「進め! 進めっ!」 奴隷歩兵「ダメだっ! 弓矢が壁みたいにっ!」 蒼魔督戦隊「貴様らは敗北者の兵だろう! 奴隷なのだ!」 奴隷歩兵「俺たちは人間だっ。人間に剣を向けるなんてっ」 蒼魔督戦隊「はんっ! この間まで鉄の国と白夜国は 戦争をしていたと云うじゃないか! どの口がほざくっ! さぁ、立て! 立って戦えっ!」 奴隷歩兵「いやだぁ! 俺は死にたくないんだぁ」 蒼魔督戦隊「では死ね」 ドスッ! 奴隷歩兵「あ、ああっー!?」 蒼魔督戦隊「貴様らの背中はこの督戦隊が 狙っていることを忘れるなっ! 怖じけずいて逃亡しようとした奴らは、 この督戦隊がすぐさま射殺してくれるっ!」 奴隷歩兵「な、なんで。なんでこんなっ!」 蒼魔督戦隊「槍を拾え! 突っ込め! あの丘を奪うのだっ!」 353 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 00 33 10.13 ID L1AOl7sP ――蔓穂ヶ原、森林部、待機場所 ぶるるるっ 軍人子弟「馬に藁を咬ませるでござる。静かに」 鉄国歩兵「はっ」 軍人子弟「……」 わぁぁ キン、キン 鉄国少尉「開戦したようですね」 鉄国歩兵「……」ぎゅっ 軍人子弟「拙者達の役目はこちらでござるよ。 心配でござるが、我が師ならきっと持ちこたえるでござる」 鉄国少尉「はい」 軍人子弟「あと3時間も持ちこたえれば、 きっと勝機が来るでござる。それまでは……」 鉄国少尉「そうですね。わが護民卿の策です」 軍人子弟「はははっ。女騎士殿の考えでござるよ」 鉄国少尉「でも、殆ど同じコトを考えていましたね」 軍人子弟「我が師でござるからね」 鉄国少尉「俺……あー、わたしも。きっと護民卿に 師事して、その力を学ばせて貰いたいと考えています、ハイ」 軍人子弟「助けて貰っているでござるよ」 鉄国少尉「いえいえ、そんな」 斥候「将軍っ」 357 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 00 34 39.59 ID L1AOl7sP 軍人子弟「何でござるか」 斥候「後方から未確認の部隊接近」 軍人子弟「後方っ!? どうやって」 斥候「いや、大陸街道やら森の中からです。 しかし、魔族じゃありません。人間です」 軍人子弟「援軍でござるか? この時期に現われそうな 援軍は思いつかないでござるが……」 鉄国少尉「とりあえず伝令を出して所属を確かめませんと」 軍人子弟「そうでござるな。工兵の防御のためにも、 我が隊はここを離れるわけには行かないでござる。 斥候、済まないが、その部隊に確認を――」 ドゥゥゥーーン!!! 鉄国少尉「っ!?」 鉄国歩兵「な、なんだ……」 ドゥゥゥーーン!!! 軍人子弟「これは……」 鉄国歩兵「将軍っ! 将軍っ!!」 軍人子弟「落ち着くでござるっ!」 鉄国歩兵「我が軍の後方部隊、および開拓兵が 謎の軍と接触! 攻撃を受けていますっ! 謎の軍は轟音を発する射撃武器にて我が軍を蹂躙っ!!」 軍人子弟「なっ!?」 424 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 17 47 08.54 ID L1AOl7sP ――鉄の国、王宮、大広間 勇者「よっしゃ。いくか」 妖精女王「ええ、いつでも」ごくり 羽妖精侍女「チョット怖イ」 勇者「任せとけ。いざとなっても逃げるところまでは保証する。 それにさ、人間だっていつでも剣を振り回している 奴らばかりじゃないよ」 妖精女王「しっかりなさい。わたし達は魔王様に任されて ここにいるんですよ。期待に応えないと」 羽妖精侍女「ハイ……」 勇者「おっし。行くぜ」 ガチャリ 勇者「冬寂王。それにお二方。お待たせ」 鉄腕王「おお。勇者どの。どうした、こんな早朝に」 冬寂王「何か変事でも?」 氷雪の女王「まだ明け方は冷えるでしょう? さぁ、暖炉のそばにいらっしゃいませ」 勇者「えー。コホン。本日は遠来からの客人を同道しててな。 それで紹介しなきゃならないと思って。――うん、来たんだ」 妖精女王「初めまして」 羽妖精侍女「初メマシテ」ペコリ 425 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 17 49 25.10 ID L1AOl7sP 鉄腕王 ゴシゴシ 冬寂王「……」 氷雪の女王「え?」 勇者「えーっと。あっちは右から、鉄腕王。鉄の国の王様だ。 いまお邪魔しているこの宮殿と国の主。 蒼魔族と戦争の真っ最中の当事者だ。 中央にいるのが冬寂王。冬の国の王だ。 一応このあたりをとりまとめる 三ヶ国通商の盟主と云うことになっている。 左にいる女性は氷の国の女王だ。 氷の国は吟遊詩人のふるさととも云われている。 鉄の国と冬の国にはさまれた小国だが外交や文化は進んでいるな」 妖精女王「はい」 鉄腕王「え?」 勇者「で、こちらは。こほん。 魔界において、魔族大会議、忽鄰塔を構成する 九つの氏族のうちひとつ、 森に住む者、 夜明けと黄昏のはかなき者たち、 妖精族の長、妖精女王だ。おつきの侍女は羽妖精」 妖精女王「ご紹介預かりました、妖精女王と申します」 羽妖精侍女 ぺこり 冬寂王「……」 勇者「と、まぁ、魔界の中でも有力者なんだが、 今回はそういう意味で尋ねて来た訳じゃない。 彼女は忽鄰塔、つまり魔界の最高会議だな。 そこの代表者、特使としてきている。 会議だけではなく、この使者は魔王の意志でもある」 427 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 17 49 58.38 ID L1AOl7sP 鉄腕王「勇者殿、これはいったいどういう冗談」 冬寂王「冗談では、無かろう」 勇者「うん、さっぱり本気」 妖精女王「……」ぎゅっ 鉄腕王「魔族……」 氷雪の女王 がくがく 冬寂王「妖精女王よ。 よくぞ遠いところはるばるいらっしゃった。 まずは暖炉の側へどうぞ。 我らの間には深い溝があるが 炎を分かち合えないほどではないだろう」 鉄腕王「何を言うのだっ」 冬寂王「彼女は魔界での身分からすれば王族に当たる。 たとえ、敵対する国家であっても王族には王族の扱いがある。 そして、彼女は物見遊山に来たわけではない。 見ろ。あのひ弱そうな侍女以外誰一人として連れていない。 彼女は我らの信を得るために、わざわざ丸腰で来たのだ」 氷雪の女王「しかし……」 冬寂王「それに勇者が連れてきたのだ。彼を信ぜよ」 鉄腕王「それは確かに、そうだな。 ふんっ。鉄腕王ともあろう者が 女に怯えて話も聞けないとあっては末代までの笑いものだ」 勇者「何とか聞いてもらえるみたいでほっとしたよ」 妖精女王「ありがとうございます」 429 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 17 52 43.55 ID L1AOl7sP メラメラ、パチパチッ 冬寂王「聞こう」 妖精女王「沢山のお話があります。 まず、わたし達九氏族、いて……。 いまやまたもや八氏族となってしまいましたが、 わたし達は、人間世界の通行許可を求めています。 ……現実にはこのようなギリギリになってしまいましたが、 人間世界を旅するに当たって承諾を求めています」 鉄腕王「また人間の領土に攻め込もうってのか?」 冬寂王「……」 勇者「いや、まぁ。最初っから話さなきゃ判らないだろう」 冬寂王「それをいうならば、何故勇者が魔族を伴って 現われたのだ? 勇者は魔族と通じているのか?」 勇者「そのほうが正しいと思えば誰とでも話すさ」 氷雪の女王「それは異端ですよっ」 冬寂王「氷雪の女王。それを言うならば、 我らは皆すでに全員が異端なのだ」 氷雪の女王「……そうでした。しかし」 勇者「事の始まりは……そうだな。 どこまでも過去にはさかのぼれるけれど、 今回のことの始まりは魔王の長きにわたる怪我の療養。 そして忽鄰塔だった」 鉄腕王「くりるたい?」 妖精女王「ええ。忽鄰塔は魔族の大会議。 魔王様によって招集された、魔族の大きな氏族八つが出席し、 そのほかにも無数の氏族が集う最高の意志決定の場です」 431 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 17 57 14.10 ID L1AOl7sP 妖精女王「魔界は基本的には魔王の名と統治の元に動いていますが、 実際には多くの領民を抱える氏族の発言力が強く、 各氏族が覇を競って相争うような状態が 100年以上続いてきました。 しかし、魔界は未曾有の緊張、 つまり人間界からの侵攻を受けていたために 魔族同士の戦乱はこの15年の間は沈静化していたのです」 鉄腕王「侵攻? そちらから戦争を仕掛けてきたのに」 妖精女王「いいえ、ゲートの封印を解除し戦闘を 仕掛けてきたのはそちらです」 冬寂王「やはり……」 氷雪の女王「ええ」 鉄腕王「なんだ? どういうことだ?」 冬寂王「いや。以前から疑問には思っていたのだ。 なぜ、教会が派遣したただの調査隊があれほどの 武装をしていたのか? その調査隊が『聖鍵遠征軍』と呼ばれていたのか」 氷雪の女王「……」 妖精女王「今回は、その件について 話をしに来たわけではありません。 魔界は人間界との交戦状態に入った。 魔族は結束して……とは云えませんが、 各々が力を尽くして戦いました。 結果はご存じの通りでしょうが、我ら魔界は人間界の版図から 極光島を奪うことに成功しました。 しかし、その代わりに、我らが聖地である開門都市を 失うことになったのです」 433 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 17 58 49.31 ID L1AOl7sP メラメラ、パチパチッ 妖精女王「戦線は膠着したかに見えましたが、 その実は違いました。人間は戦略を変えたようでした。 勇者と名乗る少数の戦士集団の名前が魔界のあちこちで 囁かれるようになりました。 勇者達は魔界の様々な軍事拠点や古代の神殿を巡り 強力な魔法の武具を集めては、 我ら魔族の軍を撃破してゆきました。 彼らはあまりにも少人数で、それゆえに捕捉が難しく 魔族はいつも後手後手に回らざるを得ませんでした。 本来個体の能力では人間に勝っていると自負していた魔族は 次第に勇者という名前に畏怖と戦慄を覚えるようになって ゆきました……。 そしてある時とうとう、勇者は魔王様と一騎打ちとなり 両者は負傷、姿を消した。 ……その噂が魔界へと広まりました」 鉄腕王 ごくり 勇者「――」 妖精女王「魔王様は死んではいない。それはすぐに判りました。 なぜならば、人間の方々には説明しても 判ってもらえないかとも思うのですが、 魔界にとって魔王様は不滅の存在なのです。 もし魔王様が倒れればすぐにでも次期魔王選出が始まるはずです。 それが始まらない以上、魔王様は死んで射るはずがない。 しかし、現在の魔王様には一つの憶測というが 良くない評判がありました。それは戦闘が不得手で虚弱だ、 と云うことです。 もちろん魔王様は溢れる知謀で我らを導いてくれています。 わたし個人はいまの魔王様を歴代のどなたよりも 深く尊敬いたしていますが、当時はそのような評判もあり 氏族の長からは軽んじられていたと云うことは否定できません。 ですから“魔王は深い傷手を負って治療をしている” 噂は事実だったわけですがその期間は思いのほか長く続きました」 444 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 18 33 59.66 ID L1AOl7sP 氷雪の女王「そして一時の静寂が訪れたのですね?」 妖精女王「ええ、そうです。それから3年がたちました。 その間に人間界は、その版図である極光島を取り戻し わたしたち魔族は開門都市を回復しましたが、 それ以外の部分ではおおむね静寂が続きました。 勇者による各地の魔族被害も途絶えました。 もちろん人間界との戦争が終結したわけではありませんが 魔王様の指示を欠いたわたし達は決定的な団結を得られず 人間界への反抗作戦を立ち上げることが出来ませんでした。 誤解して欲しくないのは、魔界の全てがこの戦争に 賛成というわけでもないと云うことです」 冬寂王「と、おっしゃると?」 妖精女王「魔界は、人間界のように一人の神を崇めると 云うことがありません。 様々な氏族に、様々な教えもあり、様々な文化があります。 わたしを見てどう思われますか? この羽を。 蒼魔族とは似ていないでしょう? これだけ姿形が違うと共通の文化や意識は持ちにくいのです。 魔界は氏族という集団に分かれて暮らす、 無数の魔族によって構成された世界です。 当然、氏族ごとに様々な意見があり、 戦争に対してもそれは同様でした」 445 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 18 35 16.96 ID L1AOl7sP 妖精女王「もっとも、三年前のあの時期は、 魔族の中でもいくつもの神々の聖地とされた開門都市が 人間に奪われたことに不満を持たない魔族は少なかったでしょう。 それはいまも残っています。 多くの魔族は人間に反感を持っています。 そんな三年が過ぎ、魔王様は復活を宣言されました。 そして忽鄰塔を招集なさったのです」 冬寂王(……爺の報告とも符合するか) 鉄腕王「そうだったのか」 妖精女王「会議の話題は当然、人間との戦争をどのように 展開するか、になるはずでした。 少なくとも多くの魔族はそう考えていました。 しかし、中にはわたし達妖精族のように、戦争をしたくない。 そう考える者たちも少なくはありませんでした。 なぜならば、わたし達のような弱い氏族にとって 戦争とは常に巨大な災厄でしかなかったからです。 我ら八大氏族の長と魔王様は長い話し合いを行いました。 魔王様の意志は、どうやら停戦のようでした」 鉄腕王「停戦っ!? それは本当なのかっ!?」 冬寂王「……」 妖精女王「しかし、魔族の中でも有力な幾つかの氏族の意志は、 徹底抗戦でした。人間に対する反感もあったでしょうし、 人間界に溢れる領土や、魔界では取れぬ財宝を目当てにする 欲望もあったでしょう。十分に力のある魔族の目にとって 人間界は熟れた果実のように写っていたのです」 446 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 18 38 11.42 ID L1AOl7sP 妖精女王「会議は長い間続きました。 長い長い間、おおよそ一月にもわたって続きました。 魔王様の説得が功を奏し、忽鄰塔全体が停戦で合意を しようとした時に事件は起こりました。 蒼魔族が陰謀を巡らし、魔王様を攻撃したのです。 その陰謀のせいで、八大氏族は真っ二つに割れ、 人間との戦争は愚か魔族同士でも戦う戦乱の世が 再来しようかとも思われました。 しかし、幾人かの勇気と知恵溢れる長の活躍により 最悪の事態は回避されました。ですが結果として 蒼魔族は忽鄰塔、ひいては全魔界氏族の輪を離れ、 たった1氏族のみで独自の道を行く選択をしたのです。 蒼魔族は確かに戦闘に長けていて、 魔界でも有数の有力氏族ですが、獣人、竜族、鬼呼族などの 他の有力部族の連合軍を打破するほどの力はありません。 わたし達は蒼魔族に降伏と、忽鄰塔復帰を求めました。 蒼魔族はもはや自領土内に籠もって、自らの過ちを認めるか 全滅を覚悟しての戦を行なうかしかないのではないかと 魔界の氏族達は思っていました。 ですが」 冬寂王「蒼魔族は活路を人間界に求めた?」 妖精女王「その通りです。 蒼魔族は突如電撃の早さで人間の世界に侵攻し、 白夜と呼ばれる国を征服したと聞きます」 447 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 18 40 12.51 ID L1AOl7sP 鉄腕王「結局は、とばっちりってことか。気に食わんっ」 妖精女王「鉄腕王、銅の腕を持つ戦士殿のいうとおりです。 眼前の事態は我ら魔族の内輪もめの迷惑を人間界にかけた 形です、この件において、我ら魔界の者はその責を 負っていることを認めます」 鉄腕王「まったくだ」 氷雪の女王「いいえ、それはちがうでしょう。 逆に言えばそのような展開になったのは、 勇者が魔王を負傷させて長い間魔界の統治を不十分な ままにさせたせいとも云えるでしょう」 鉄腕王「だがそれは魔族が人間界を攻めたせいで」 冬寂王「後先の話をするのならば、我らが先の可能性もあるのだ」 氷雪の女王 こくり 妖精女王「我ら忽鄰塔の八大氏族は」 氷雪の女王「おまちください。 蒼魔族は忽鄰塔を脱退したのでしょう? では七氏族では?」 勇者「あー」 妖精女王「はい。話の本筋には関係ないかと思い省きましたが。 魔王様を蒼魔族の陰謀から救うに当たり重要な役割を 果たしたもう一つの新しい氏族が、 忽鄰塔大会議に加わったのです。 その名も衛門族。人間が率いる魔界唯一の氏族です」 鉄腕王「人間が率いるっ!?」 448 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 18 42 38.68 ID L1AOl7sP 勇者「それについては、俺が説明すべきなんだろうな。 冬寂王。開門都市にはさ、ほら2万からの 遠征軍駐留部隊がいただろう?」 冬寂王「そうだな」 勇者「それが、極光島の時にぴぃぴぃ逃げてきたじゃん?」 冬寂王「ああ。裏切りだとか、魔族の大反抗が開始されたとか。 それで部下の多くを失い、民間人も全滅し、 戦略価値が無くなったとかで極光島へと救援に 駆けつけたのだろう? 何の意味もなかったが」 勇者「やっぱり、どうも情報がずたずたになってるんだよなぁ」 冬寂王「しかし、その後の諜報で、開門都市が人間の住む 都市となっているのは知っている」 勇者「正確には、自治政府の治める自由都市だ」 氷雪の女王「それは人間世界で云うところの自由都市と 似たようなものですか?」 勇者「うん、同じだ。領主じゃなく、自治委員会が 治めているところだけが違うけれどな。 まぁ、開門都市が開放された事件で、駐留軍団は人間界に 撤退したわけだけど、その時民間人は全て置き去りにされたんだ。 そういった殆どの民間人は死んでないよ。 それは事故なんかで数人は死んだかも知れないけれど、 1万人以上の人間商人や、個人商店の持ち主が残っている。 開門都市は、人間と魔族が入り交じって暮らす街となって 生まれ変わったんだ。 そして、その都市の自治委員会は、 自分たちを魔界の氏族であると宣言した」 452 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 18 52 30.89 ID L1AOl7sP 鉄腕王「氏族? 氏族ってのは生まれが一緒の 一族じゃなかったのか?」 勇者「多くの場合そうだが、 そうじゃなきゃならないと云う法律はないらしいんだ。 だから連中は強引に宣言して、忽鄰塔に殴り込んだ。 俺たちは戦争には反対だ、ってね。 ――それが一つの切っ掛けになって、 会議全体はいまで停戦の意志に傾いている。 もちろん人間に対する疑いや反感は根強い。 停戦なんて実現できるのかどうか疑問視しているのも事実だ。 だが、戦争は失うものが大きく、もし開始したら どちらかの世界が、もしくは両方の世界が破壊寸前まで 疲弊するだろうという認識は、一致した」 鉄腕王「破壊か……」 冬寂王「うむ」 妖精女王「わたしは忽鄰塔、 新生八氏族および魔王の意志の代弁者としてこちらに伺いました。 もちろん人間世界が一枚岩で無いことは判っております。 魔界にしてからが、蒼魔族の暴走を 食い止められなかったわけですから……。 まず、第一に我らは蒼魔族を討ち取るべきだと考えます。 蒼魔族の暴走を許したのはわたし達の責任。 魔界の軍を蒼魔族の元へと向ける許可を頂きたい。 さらには、わたし達は、三ヶ国通商との停戦を求めます。 本当は人間世界全てとの停戦を求めているのですが 一部であっても、一つづつ解決するのが大事だと考えています」 羽妖精侍女 ぱたぱた 454 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/28(月) 18 54 05.40 ID L1AOl7sP 鉄腕王「……」 冬寂王「どう考える?」 氷雪の女王「そう、ですね……」 妖精女王「……」 羽妖精侍女「……ウー」 鉄腕王「魔族の軍を侵入させるとして数は?」 妖精女王「約一万です」 鉄腕王「いまの話が全て嘘で、蒼魔族に増援を送り、 人間の世界侵略を進める謀略ではないという証拠は?」 氷雪の女王「その可能性は否定できませんね」 妖精女王「大空洞から進み、この国の国境付近に 我が妖精族の乙女、千人をまたせております」 羽妖精侍女「ハイ……」 鉄腕王「乙女?」 妖精女王「魔界の軍が撤収するまで、 それら乙女と共にわたしがこの城で人質になると云うことで 信じてはいただけないでしょうか?」 鉄腕王「……」 冬寂王「謀略の有無は判らないが、この三年間の経緯や 魔界での勢力関係などは、冬の国の調査隊が送ってきた報告と どれも符合する。その部分までは信じても良かろう」 457 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 18 56 14.27 ID L1AOl7sP 鉄腕王「勇者殿」 勇者「ん?」 鉄腕王「勇者殿はどういうおつもりで、お引き合わせなのか?」 勇者「こっちにはつもりも思惑もあるけれど、 いまはそれよりも、損得の話をすべきかと思うが?」 鉄腕王「……むぅ」 冬寂王「そうですな。勇者殿は何も南部諸王国の臣下ではない」 氷雪の女王 こくり 勇者「あー。誤解してそうだから言っておく」 冬寂王「は?」 勇者「俺は人間世界の守護者でもない。 俺は勇者――“救いを求める世界全てを救う者”だ」 羽妖精侍女「……」ぎゅぅっ 鉄腕王「我らの味方ではない、と」 勇者「敵味方なんて話しはしていない」 冬寂王「我らが望めば、我らも救ってくださると?」 勇者「この力の及ぶ限り」 氷雪の女王「では、この報せが……」 勇者「そう。この邂逅がいま現在、南部諸王国の救いだと信じる」 481 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 19 31 54.65 ID L1AOl7sP ――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地 女騎士「ひるむな! 目をそらすなっ! 撃てぇっ!」 冬国仕官「ぅ、撃てぇ!!」 冬国槍兵士「し、しかしっ!」 冬国弓兵士「相手は白夜国のっ!」 女騎士「躊躇うなっ! 全ての責はわたしが負うっ! 彼らを見よっ! まっすぐに見よっ! 彼らは武器を持って立ち向かって来る兵士なのだっ。 彼らは兵士だっ。奴隷などではないっ。 彼らを背中からの矢傷で死なせるなっ。 もし諸君らが傷つき、後悔と痛苦に苛まれるならば その夜はわたしが諸君らに責められよう。 虐殺の汚名があるのならばわたしが受けようっ。 ――いまは考えるなっ。持ちこたえよっ!」 冬国仕官「我らが後方には20万人の三ヶ国開拓民が いるのだっ! 一歩退けば崩れるぞっ!」 冬国槍兵士「おお……。おおっ!!」 冬国弓兵士「う、撃てぇ!!」 びゅんびゅん! びゅんびゅん! びゅんびゅんびゅん! びゅんびゅんびゅんっ! 女騎士「右翼騎兵騎乗っ!」 冬国仕官「はっ!」 騎兵団隊長「準備よしっ!」 女騎士「一撃離脱! 三連攻撃準備っ。行けっ!!」 483 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 19 34 08.97 ID L1AOl7sP ――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、蒼魔軍 蒼魔上級将軍「ふむ。崩れないな」 蒼魔近衛兵「敵も良く持たせておりますようで」 蒼魔上級将軍「だがこちらの犠牲者はほぼ全て奴隷。 どこまでその意志が続くか見物だと云えような。 ……歩兵大隊!!」 蒼魔軍歩兵団長「はっ!」 蒼魔上級将軍「督戦隊に代わって奴隷どものケツを炙れ。 侵攻ラインを後方から押し上げよ。 人間族の奴隷を盾として、中央丘陵地帯に橋頭堡を築くのだ!」 蒼魔軍歩兵団長「はっ! 重装歩兵団っ!」 うぉぉーっ! ザガチャ!! ザガチャ!! 蒼魔軍歩兵団長「進軍開始! 頸鎧をあげよ! 五列縦隊三条をもって中央部に突撃っ! ザジャ、ザジャ、ザジャッ! 蒼魔上級将軍「軽騎兵!」 蒼魔軍軽騎兵隊長「はっ!」 蒼魔上級将軍「歩兵団の突撃を右翼より側面支援せよ! 被害を増やすな。戦列の押し上げは歩兵に任せて、 後方攪乱を狙え!」 蒼魔軍軽騎兵隊長「御命、了解っ!!」バッ 484 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 19 35 57.72 ID L1AOl7sP ――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地 女騎士「くっ! 第三弓隊、100歩後退っ! 槍中隊後退支援!」 冬国仕官「矢の補充を急げっ!」 わぁぁ! ガキン! ガシャン! 「蒼魔の力を見せよっ!」 「刻印王のためにっ!」 冬国槍兵士「なんて圧力だっ!」 冬国槍兵士「姫将軍のためにっ!!」 女騎士「この程度でひるむ南の勇士ではないぞっ!」 冬国仕官「奮い立て!!」 冬国槍兵士「おおーっ!!」 兵士達「我らが姫将軍のためにっ!!」 兵士達「我が故郷たる大地のためにっ!!」 冬国槍兵士「早く下がれっ! 補給をして戦列に戻るんだ」 冬国弓兵士「判った、任せたぞっ」 わぁぁ! ガキン! ガシャン! 「押せぇ! 押せぇ!」 「奴隷は下がっていろ! 長剣兵!」 女騎士「いまだっ!! 騎兵突撃っ!!」 冬国騎士「「「「オオオオーッ!!」」」」 ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ! ガキィィーンッ!! 女騎士「敵の重装歩兵の脇腹を突け! 混乱させよっ!!」 487 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 19 44 54.80 ID L1AOl7sP ――蔓穂ヶ原、森林部、待機場所 鉄国少尉「何が起きたっ!?」 鉄国歩兵「相手は、相手は人間ですっ! おそらく……」 軍人子弟「騎馬隊騎乗っ!」 ザザッ!! 軍人子弟「少尉っ!!」 鉄国少尉「はっ」 軍人子弟「当部隊歩兵全ての指揮権を委譲する。 この場所を死守せよっ! 砲声からして敵は少数っ。 拙者が後背を守るでござるよ」 鉄国少尉「はっ。……ほ、砲声?」 軍人子弟「いまは良い。おのれの任務を果たすでござるっ!」 鉄国少尉「しかしっ! この待機場所には騎兵は 100しかは位置されていませんっ! それでは護民卿の守りがっ!」 軍人子弟「数の問題ではござらぬ」にこっ ドゥゥゥーーン!!! 軍人子弟「騎馬隊、我に続けっ! 後方の敵を討つっ!!」 鉄国少尉「護民卿っ! 護民卿っ!!」 軍人子弟(マスケットが何故っ!? あれは紅の師が鉄の国の工房に試作を依頼し、 その後の異端騒動でとうとう実用化へとは 至らなかったはずでござる……。 まさか、まさかっ、鉄の国の者がっ!?) 488 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 19 45 52.49 ID L1AOl7sP ダカダッ、ダカダッ、 軍人子弟「騎馬隊隊長っ! こちらの数はっ!? 続いているかっ」 騎馬隊隊長「全騎続いておりますっ。数100っ!」 鉄国騎馬隊「はいやっ!」「せやっ!」 ダカダッ、ダカダッ、 軍人子弟「聞けっ! 敵はおそらくマスケット部隊っ! 石弓に似た鉄製の武器でござる。当たれば鎧は意味を持たぬ。 防御を考えていては後れを取るっ! しかし射程は短く 1回発射を行なえば数分は再発射が出来ぬと思って良い」 騎馬隊隊長「はっ!!」 ダカダッ、ダカダッ、 軍人子弟「我らはその部隊の側面より奇襲、 中央部で乱戦することにより友軍を救うでござるっ! 敵方に槍兵の準備があった場合は、 高速でスレ違いざまに攻撃を加えよっ! 事は一刻を争うっ」 騎馬隊隊長「はっ!」 鉄国騎馬隊「了解っ」「承知っ!!」 軍人子弟「現在森林部では鉄の国の工兵達が作業中でござる。 彼らは兵とは云っても名ばかりの開拓民のあつまり。 わずかばかりの土地と自由を求め、 長い旅に耐え抜いた我らが同胞っ。 決して見捨てるわけにはいかないでござるっ。 また、湿地帯中央で戦っている我が軍の総指揮官 女騎士殿も我らが工作を当てにしておられるっ。 身命を賭して、強行突撃を行なうでござるっ!!」 鉄国騎馬隊「「「我ら鉄国の衛士っ。この命大地のためにっ」」」 493 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 19 56 34.26 ID L1AOl7sP ――鉄の国、王宮、大広間 勇者「なぁ」 鉄腕王「……」 氷雪の女王「……」 勇者「おれは、魔界の中心に突っ込んでいった暗殺者だったよ。 魔王を殺せば、その側近を殺せば、魔界の強いやつを殺せば。 それで平和になるってな。そんな事を考えていたよ。 戦うことの意味も考えず 平和の意味さえ考えずに、ただがむしゃらに その実無責任に、ただ暴力を振るっていたよ。 でもな、もう、そういうのはやめた。 そういうので新しい世界へいけるだなんて夢はもう見ない」 妖精女王「黒騎士殿……」 羽妖精侍女「黒騎士……来タ……ッ!!」 勇者「ああ。判っている。 ――どうやら俺の出番みたいだなっ」 ズズズズズ! 妖精女王「どうかご武運を」 鉄腕王「な、なんだ!?」 ゴゴゴゴゴ! 冬寂王「何だ、この振動はっ!?」 勇者「俺は俺の役目を果たしに行く。 冬寂王、鉄腕王、冬の国の女王っ。あなた方に頼むっ。 そしてあなた方に続く幾多の王と、その民草に 間違った道を指し示さないでくれっ。 ……俺は、俺だって丘の向こうが見たいんだ」 しゅわんっ!! 496 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 19 59 57.69 ID L1AOl7sP ――鉄の国、王宮、上空40里 ヒュバァァーッ! 勇者「来たなっ」 蒼魔の刻印王「それはこちらの台詞だ」 勇者「……」ぎりっ 蒼魔の刻印王「この間のわたしだとは思わぬ事だ。 瞑想により我が魔力は格段の鍛錬を経ている」 勇者「だろうな」 蒼魔の刻印王「ふっ」 勇者「何がおかしい?」 蒼魔の刻印王「哀れなものだ。以前の“勇者”で あれば今よりも遙かに強かったであろうに」 勇者「……」 蒼魔の刻印王「――“落葉火炎術”」 ヒュバンッ!! 勇者「なっ! おい、つっけぇっ!! “氷結天蓋呪っ!”」 蒼魔の刻印王「はっ。防御が隙だらけだっ!」 ドゴォーンッ!! 勇者「ぐはぁぁっ!!」 蒼魔の刻印王「これで判っただろう?」 ページトップへ <前8-2へ|次8-4へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/44.html
<前6-7へ|次7-2へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」7-1 182 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14 11 37.45 ID OGIpmW2P ――魔王城、深部、魔王の居住空間 魔王「けふっ。けふっ。わたしを病人扱いするな」 メイド長「そんなこといたって、まおー様」 勇者「そうだぞ。お前病人だろうが」 魔王「これは怪我だ。病気ではない」 メイド長「はいはい。それは怪我ですけれどね」 女騎士「少しは大人しく、治癒の法術をうけろ」 勇者「そうだそうだ魔王。反省しろ!」 女騎士「お前もだ、勇者!」 勇者「痛っ。ったったった!?」 メイド長「あらあら、まぁまぁ」 女騎士「勇者だから死ななかったようなものを。 お前だって魔王に負けず劣らずの重傷だ」 魔王「ふっふっふ。のたうち回るが良い」 勇者「ったく。こんなの舐めておけば平気なんだよ。」 女騎士「治癒の通りが悪いな……」 勇者「密度の高い魔術だからな。このクラスになると ダメージと呪いとを一緒に撃ち込まれたようなもんだ。 回復能力や免疫系まで狂わされる」 女騎士「毎回思うが、勇者の身体は人間離れしているぞ」 183 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14 13 52.31 ID OGIpmW2P 魔王「そう……なのか?」 勇者「元気だからな、俺」 女騎士「風邪を引かない種類の元気さだ」 ペシンッ! 勇者「~っ!」 女騎士「毎回心配で寿命をすり減らす身にもなれ」 魔王「ふふっ。勇者も包帯でぐるぐるまきだ」 勇者「何で嬉しそうなんだよ」 メイド長「おそろいだからでしょう? 単純ですこと」 魔王「ちがうぞっ! わたしはただ単純に、勇者と境遇が似通うことにより、 しばらく親交を深めることが出来るという現在の状況に 密やかな愉悦を感じているだけだ」 メイド長「同じ事でしょうに」 女騎士「何か忘れているようだが、二人を救ったのも わたしの祈祷のお陰だぞ?」 魔王「感謝しておる。女騎士」 勇者「おお。さんきゅな」 女騎士「二人の治療のために、わたしもしばらくは 魔王城へとやっかいになる」 勇者「え?」 女騎士「仕方あるまい。まだまだ予後が不安定だ」 184 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14 15 07.78 ID OGIpmW2P メイド長「そうですよ。まおー様。 いくらなんでも今回は無茶が過ぎましたよ。 死んだふりするために治癒術を一時的にせよ止めるなんて!」 魔王「すまん……」 勇者「まぁ、今度からそう言う無茶は俺に任せておけ」 メイド長「勇者様もですっ」 女騎士「そうだぞっ!!」 魔王「あやつは……強かったのか?」 勇者「うん。まぁまぁかな」 女騎士(勇者……手加減していたのか? 体調でも悪かったか。 確かにすさまじい強さだったが、 勇者の本気ってあんなものだったか?) 魔王「こまったな」 勇者「どうした?」 魔王「これでは、勇者をもふもふ出来ないぞ」 勇者「そうな。まぁしかたないだろ」 女騎士「わたしは出来る」もふもふもふ 魔王「なんだと!?」 メイド長「あらあら。そんな事わたしだって出来ますよ」 もふもぷぱにょぱにょ 魔王「メイド長までっ! なんていうことをっ!」じたじた 勇者「ちょっ! えっと、すんませんすんませんっ。 うう、なんか良い匂いするしっ!?」 魔王「は、はなれろーっ!!」 メイド長「ふふふふっ。多少煽った方が 魔王様は早く完治しそうですからね」もふもふ 193 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14 44 25.10 ID OGIpmW2P ――聖王国南部の開拓地、光の子の村 ざわざわ……。 開拓民「何が始まるんだ?」 痩せた農奴「しらねぇ」 小柄な平民「俺たちは、村の司祭様にここにいけって」 少年農民「ここに行けば、とりあえず一日二回は パンを食べさせてもらえるって聞いたのです」 開拓民「それは俺も聞いた」 痩せた農奴「ああ。俺はもう、 パンさえ食えるなら、なんでも良いよ」 小柄な平民「おれもだ。何で麦を育てている俺たちが、 パンの一つさえ食えないんだ……」 少年農民「ぼくも。僕が家にいたら、小さな二人の妹が、 飢えて死んでしまうんです」 開拓民「……」 痩せた農奴「……今年の春は、麦はよく実ったけれど、 値段はちっとも下がる気配がない」 小柄な平民「俺たちは、あれを食べていたよ」 少年農民「……あれ?」 開拓民「ああ……」 痩せた農奴「“悪魔の林檎”だよ」 小柄な平民 こくり 少年農民「だってあれは!」 194 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14 46 05.98 ID OGIpmW2P 開拓民「……仕方ないじゃないか」 痩せた農奴「いくら異端の食べ物だって、 俺たちはこのままじゃ死んでしまうって云うところまで 追い詰められていたんだ。 俺の村、いや俺の国で、一度もあれを食べていない農民なんて 居ないのじゃないかと思うよ」 小柄な平民「そうだよな……」 少年農民「だ、大丈夫なんですか?」 開拓民「なにが?」 少年農民「だって、異端なんですよ? 身体に悪魔の印が浮かび出るとか、 手が山羊の蹄に変わるとか、狂い死にするとか」 痩せた農奴「俺の村ではそんなことはなかった」 小柄な平民「こっちでもだ……」 少年農民 ごきゅり 開拓民「馬鈴薯、美味かったよな……」 痩せた農奴「ああ、たっぷりの湯で茹でて、バターをかけてな」 小柄な平民「薄っぺらい土壁の中で食ったけれど、甘かった」 少年農民「そんな……」 ぐぅぅぅっ 開拓民「仕方ないさ。俺たちは結局」 痩せた農奴「ああ、上の云うことに従うしかないんだ」 小柄な平民「そうでなきゃ、なけなしの財産も 仕事も食い物も、根こそぎ取られちまう」 195 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14 47 14.12 ID OGIpmW2P ざわざわ……。 開拓民「あ」 司教「……静まりなさい」 痩せた農奴「司教様だ……」 小柄な平民「初めてみた」 司教「この地に集った聖なる光の精霊の信徒に祝福を」 がばっ、がばっ、がばっ 少年農民「し、司教様だっ! 司教様に祝福して頂いたっ!」 開拓民「なんてことだ。俺たちみたいな農民に司教さまがっ」 痩せた農奴「ありがてぇ、ありがてぇ」ぼろぼろ しーん 司教「汝ら光の子がこの地に集められたのは、 来るべき邪悪との戦いに備えるため。 この村には畑があり、汝らを養うだけの 食糧が備えられておる。 また、汝ら悪魔との戦いを指導する教え手もある。 汝らはこれから半年の間、この新しい村で生活し 光の精霊の子としての奉仕をせねばならぬ」 開拓民「え……戦い?」 痩せた農奴「俺たちには、そんなことは無理だ」 小柄な平民「でも司教さまの言葉なんだし……」 がやがやがや……。 196 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14 48 46.76 ID OGIpmW2P 司教「安心するがいい! 光の精霊の子らよ!」 しーん 司教「光の精霊は、汝ら光の子を嘉したもうっ。 慈悲深き彼の精霊は、決して我が子を見捨てることはない。 汝らには、汝らを脅かす魔族を倒す武器をお与えになった」 開拓民「……?」 痩せた農奴「武器?」 ガチャ、ガチャリ 司教「その鉄の杖を持つがよい。 この鉄の杖こそ光の精霊が魔を討つためにお与えになった マスケットなる武器。 この鉄の杖さえあれば、 汝らであっても歴戦の古強者がごとく、 戦場をかけることが出来るのだ。――みせよっ!」 精鋭銃兵「はっ!」 ちゃきっ! ジリジリっ! ダンッ!! バキンッ!! 小柄な平民「何だ、あれはっ!?」 少年農民「離れた鎧が!」 司教「この武器は50歩離れた鉄の鎧さえ打ち抜く力がある。 この武器を使えば、相手の爪も牙も、剣も槍も届かない 距離から敵を打ち倒すことが出来るのだ! 汝らはこの武器に習熟することにより、この大陸随一の 精兵となるであろうっ!!」 197 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 14 50 58.11 ID OGIpmW2P 司教「そして聞くが良い、精霊の子らよ! 祝福の使徒よ。 大主教殿が今回、汝らに助けを求められたわけを」 痩せた農奴「だっ、大主教様っ!?」 小柄な平民「た、助けってどういうことだ?」 ざわざわ……。 司教「汝らも知るであろう、 南の果て世界の凍える凍土に作られた監獄を! 魔界と呼ばれる地は精霊に定められた幽閉の檻でもあるのだ。 知るが良い。そこは教会の言葉に逆らう背教者が送られる 凍てつく極寒の流刑地。 魔族とはかつて精霊に逆らった罪人の裔なのだ」 開拓民「教会で何度も教えてもらってる話だ……」 少年農民「魔族はそれゆえ残虐な心しか持っていないのです」 司教「しかし、事もあろうにその背教者達は われらが光の子の宝を盗み、 今の今まで謀り続けてきたのだっ!」 小柄な平民「へ?」 司教「それは、光の精霊様の聖なる遺骸。つまりは聖骸である! やつら教えに背いた者どもめらは、光の信徒の希望、復活の象徴 聖骸を貶め辱めんがために、我らからそれを奪い、 押し隠してきたのだっ!」 開拓民たち「っ!?」「せ、精霊様をっ!?」「まさかっ」 司教「大主教様は御自ら仰られた! このような過ちを 我らは見過ごすわけには行かない。 たとえ自らの命を掛けてであろうと聖骸を奪還すると! これは聖なる任務であるっ! 光の子らよ! マスケットを持ち立ち上がれっ!! 光の信徒の力を今こそ結集させるのだっ!!!」 204 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15 21 24.70 ID OGIpmW2P ――――鉄の国、新興の開拓村 巡回軍曹「さ、ここだ」 難民一家の父「ここですか!」 難民一家の母「寒いですね……」ぶるぶるっ 難民一家の娘「でも、ひろいよぉ! 向こうの丘までずーっと道がまっすぐだよ!」 巡回軍曹「寒いのは仕方ない。南の国だからな。 がんばって働けば汗も噴き出すさ! さぁさ、畑の方にいこう。誰かいるはずだ」 難民一家の父「はい!」 ぎぃっ、ぎぃっ ざっざっざっざ 難民一家の父「さぁ、馬よ。ボロ馬車だが頑張っておくれ。 もう少しでたどり着くからね」 ぎぃっ、ぎぃっ 開拓民兵娘「おーうい! 軍曹さんじゃないかぁ」 巡回軍曹「おーうい! 調子はどうだい?」 開拓民兵「ぼちぼちですよ。 今週中にも、この丘の根っこは全部掘り返せる」 開拓民兵娘「そうすれば、一面の馬鈴薯畑にできるよ」 巡回軍曹「そうかそうか! 今日はまた新しい家族を案内してきたんだよ」 難民一家の父「川蝉の領地から来ました、よろしくお願いします 難民一家の母 ぺこり 難民一家の娘「よろしくなの!」 205 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15 22 54.75 ID OGIpmW2P 開拓民兵「へぇ! 川蝉! あんな遠くからよくぞ」 開拓民兵娘「ねぇねぇ、奥さんかしら? 顔が真っ青だよ」 難民一家の母「いえ、ちょっと寒くて……」 巡回軍曹「ああ。調子が悪そうだから わたしが付き添って、ここまで送り届けに来たんだよ」 難民一家の父「出来れば、妻を休ませてやりたいんです。 わたしが二人分働きますから、どうかお願いしますっ」 難民一家の母「そんな、あなた……」 開拓民兵「そうだなぁ、まずは集会所にでも」 開拓民兵娘「ったく! なに云ってるのよ! 見なさいよ。 ねぇ、奥さん。もしかして……お子様が生まれるの?」 巡回軍曹「え?」 難民一家の父「そっ、そうなのかおまえ!?」 難民一家の母「ええ……。はっきりとはしないけれど、 先月あたりからずっと。そんな気もするの、あなた……」 難民一家の娘「えー!? お母さん、ほんとっ!?」 開拓民兵娘「ほら見なさい! そんな時にこんな寒いところに 立たせておくなんてとんでもない! ましてや集会所だなんて」 開拓民兵「そ、そういうもんなのか?」 開拓民兵娘「だからあんたはいつまでたっても 嫁の一人も来ないのよっ!」 巡回軍曹「ど、どうすればいいんだ!?」おろおろ 開拓民兵「そうだよ大変じゃないかっ」おろおろ 206 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15 24 54.93 ID OGIpmW2P 開拓民兵娘「これだから男なんてのは!」 開拓民兵「お前だって子供なんて産んだこともないくせにっ!」 開拓民兵娘「女には女の口伝、ってもんがあるのっ! ほら、奥様。まずこの上っ張りを羽織ってくださいな」 難民一家の母「そんな。……こんなにちゃんとしたものを お借りするわけにはいきませんっ」 開拓民兵娘「これだって、軍の支給品なんだよ。 大丈夫、ちょっと貸すだけ。羊の毛だから暖かいよ?」 難民一家の父「ありがとうございます……」 開拓民兵娘「ね。村長の所までひとっ走りしてきてよ。 このご家族は、わたしの家の隣を使わせて貰おう。 薪と泥炭を運んでおくんだ」 開拓民兵「そ、そうだな! 俺はひとっ走り行ってくるよ」 開拓民兵娘「頼んだからね! それから、着るものと 食べる物もね! 村長の奥さんにも来てもらうんだよっ」 巡回軍曹「任せても大丈夫かな」 開拓民兵娘「もちろん! さぁ、行きましょう。 あんまり立派じゃないし小さいけれど、家があるんですよ。 まとめて建てたばっかりだから、 どれも同じ形で迷ってしまうけれど、 何だったら後で何か植えて目印にすればいいです」 難民一家の父「い、いいんですか? こんなに良くして頂いて」 難民一家の母 こくこく 開拓民兵娘「何言ってるんですか。これから沢山沢山、 この国の人も南の人もみんながおなかいっぱいになるまで ここで馬鈴薯を作ってもらう仲間じゃないですか」にこっ 巡回軍曹「鉄の国へようこそ! 開拓兵の一家の皆さん。 我が国も、我が軍も、あなたたちを歓迎しますよっ!」 211 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15 47 59.24 ID OGIpmW2P ――――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、仮設会議場 銀虎公「さて」 巨人伯「……集まった」 火竜大公「お集まりの族長方、ご足労に感謝する。 さて魔王どのから一時でもその全権を預かった以上、 その信頼に応えるためにも、一つの失敗もなく やり遂げなければならん。そうですな、黒騎士殿」 勇者「その件についてだが、 俺は少数氏族の権利について以外はなるべく 他の族長達の判断を優先し尊重するように釘を刺されている。 いってみれば外様だしな」 妖精女王「そのようなことはありませぬが」 紋様の長「魔界の、いや地下世界のことは我らで面倒を見よ、 と云う魔王殿の意志であろうな」 鬼呼族の姫巫女「うむ」 銀虎公「頼られて撥ね除けるは武人の名折れぞ」 碧鋼大将「今日は、何の話を?」 東の砦将「ふむ」 火竜大公「まず、各々の氏族の中のことは 今までどおり氏族の中で決めてゆけばよいと思う。 この会議の目的はあくまで今まで魔王殿が一人でやられて いたことの代行。つまり、我らが魔族および地下世界全てに 関わる問題の解決や、氏族間の利害、意見調整。 そして一つの氏族では解決できないような問題での協力の あり方についてであろう」 212 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15 49 33.84 ID OGIpmW2P 妖精女王「ええ、賛成です」 紋様の長「異議はない」 鬼呼族の姫巫女「妥当であろうな」 銀虎公「と、なると」 東の砦将「目下の問題は、蒼魔族についてですな」 巨人伯「……そうだ」 火竜大公「そのとおりだ。蒼魔族はすでにこの会議からも離れ、 独自行動に移ったようだ。 物見の報せに寄れば、蒼魔族の領地へと軍を返すために、 すさまじい速度で進んでいるらしい」 妖精女王「もし仮に蒼魔族が魔族全体を敵に回し 暴れ回るようなことがあれば、 我ら妖精族などはひとたまりもありません」 鬼呼族の姫巫女「われら鬼呼族は抗し得るだろうが それでも甚大な被害は免れ得ぬであろう」 銀虎公「それは獣人族も同じ事」 勇者「いや、まってくれ」 巨人伯「……なぜ? ……黒騎士?」 火竜大公「何かご意見でも?」 勇者「俺は蒼魔の新王と戦った。あいつの力は半端じゃぁ、無い。 いまの蒼魔族は強いぞ。おそらく想像以上に、だ」 紋様の長「ふむ……。先の乱世よりも その力は上がったと見るべき、ということでしょうな」 213 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15 50 33.26 ID OGIpmW2P 鬼呼族の姫巫女「黒騎士殿が云われるのならば、そうなのだろう」 火竜大公「で、あれば、蒼魔族については 一層この会議で取り扱わなければならぬ問題と云えよう」 銀虎公「そうだな」 碧鋼大将「他にも問題はあるでしょうが、 目下もっとも急を要するのはこの蒼魔族の問題でしょう」 巨人伯 こくり 紋様の長「ふむ、まずは問題を整理してみます、か」 鬼呼族の姫巫女「それはよい」 紋様の長「ひとつ。蒼魔族は新しい王を迎えた。 ひとつ、その新王、および彼に率いられた軍は 魔王に向かって弓を引き、忽鄰塔を離脱した。 ひとつ、その新王、および彼に率いられた軍は 現在、彼らが領土に向かっている。 ひとつ、その数は約1万数千。 ひとつ、蒼魔族の新王は魔王候補者の刻印を持ち その戦闘能力は極めて高い」 鬼呼族の姫巫女「そのような所じゃな」 碧鋼大将「きわめて的確な要約だ」 火竜大公「と、なると問題は」 妖精女王「蒼魔族全体の意志、ですね」 銀虎公「は? 蒼魔族は裏切り者だろうが?」 214 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15 52 21.41 ID OGIpmW2P 妖精女王「とはかぎりません。特に蒼魔族新王の即位は この忽鄰塔中に行われたきわめて異例かつ、急いだものでした。 今考えると、何らかの陰謀がなかったとも云えないでしょう?」 紋様の長「うむ」 鬼呼族の姫巫女「ことによると、蒼魔族の本国は、 新王が魔王を裏切ったことをまったく知らぬ可能性もある」 銀虎公「じゃぁ、いっそ蒼魔族の軍が、 奴らの都に着く前に攻撃しちまえばどうだ? そうすれば、もし蒼魔族の都が白でも黒でも問題はない。 白なら敵が減るし、黒でも敵軍の合流を避けられる」 碧鋼大将「それは名案だが、蒼魔族の行軍速度が速すぎる。 今から追いかけてはとても間に合わぬ」 巨人伯「……白か……黒、か……」 火竜大公「それは、わしには明らかなように思われるな」 紋様の長「どういうことです? ご老公」 火竜大公「この行軍速度が語ってくれているであろう。 つまり、蒼魔の軍は我らには是が非でも 追いつかれたくはないのだ。 戦闘になれば自らの領土から援軍が来るということならば ここまでがむしゃらに自らの都に急ぐ必要はあるまい。 つまり、きゃつらも己の都を掌握は出来ていないのだ」 妖精女王「一理ありますね」 215 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 15 54 04.24 ID OGIpmW2P 鬼呼族の姫巫女「と、なると我らが魔族全軍をもって 蒼魔族の都を包囲するのも逆効果と云えるでしょうね」 銀虎公「なんでぇ。だめなのか?」 鬼呼族の姫巫女「我らが魔族全軍を率いるとなると、 その数は5万を超えるだろう。 そこまでの数をそろえてしまうと、蒼魔の一族には絶望が広がる。 魔王に反逆をしたのが新王だろうと何だろうと、 すでに自分たちは魔界を裏切ってしまったのだ、とな。 となると、これは自暴自棄というか、 もはや新王に協力するしかないであろう。 蒼魔族は、全て袋の中に猛り狂った狼となり、血を見ずには済まぬ」 銀虎公「面倒くさいことになって来やがったな……」 碧鋼大将「そもそも蒼魔族は厳格な身分制度を持つ 軍政を引く一族だ。このような事態もあり得る展開だった」 巨人伯「ふぅ……む……」 東の砦将(また一方、最悪の場合、 蒼魔の新王が軍人以外の自らの氏族の命さえ人質に取る、 などという展開もありえるってこったな。 通常でならばとうてい想像さえ出来ぬような卑劣な手段も、 毒殺、暗殺さえも決意した連中だ。 追い詰めたならばあり得るかも知れねぇ。 こいつはショックすぎて魔族の皆様には言えねぇが……) 火竜大公「まず、蒼魔の軍が自らの領地に帰り着くのは 避けられまい。これはすでに過ぎたこととしよう」 妖精女王「はい」 紋様の長「そうですね」 221 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16 17 02.35 ID OGIpmW2P 火竜大公「そのうえで。で、あればこそ、 蒼魔の軍から目を離してはならぬ。今もっとも恐ろしく こちらがして欲しくないことは、蒼魔の軍が蛇のように、 この魔界の中を動き回り、哀れな犠牲者に噛みつくことだ」 鬼呼族の姫巫女「そうだな」 火竜大公「蒼魔一族の領域の外には偵察を張り巡らせ、 蒼魔の軍の動きをいち早く監視する必要があるだろう」 妖精女王「では、その役目は我ら妖精の一族が受けましょう。 我らは小さく力も弱いですが、夜の闇をも見通し、 小さな音も聞き逃しません」 紋様の長「もし妖精の一族が何かを見つけたのなら、 我ら人魔が一族がその情報をここまでとどけましょう。 人魔一族は氏族の中でもっとも数が多い。 古来よりこの魔界の中に伝令の“駅”をつくり 換え馬による情報のやりとりをしてきました」 火竜大公「各々がた宜しいか?」 東の砦長 こくり 紋様の長 こくり 火竜大公「では、この件は妖精の一族と、 人魔の一族に頼むとしよう。 手助けできることあれば遠慮無く申し出て欲しい」 妖精女王「承りました」 紋様の長「お任せを」 222 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16 18 27.41 ID OGIpmW2P 火竜大公「さて、一方蒼魔族が軍を発してきた場合」 銀虎公「それも決めておかなければ始まらねぇな」 碧鋼大将「どうする?」 銀虎公「先鋒は俺たち獣牙だ」 巨人伯「……むぅ」 銀虎公「俺たちは今回の件では大きな不名誉をおった。 是非先陣を務めさせて頂きたい」 火竜大公「よろしいか? 姫巫女どの」 鬼呼族の姫巫女「ふっ。……お見通しだな。 よかろう、先陣はゆずるとしよう。 しかし、蒼魔と一番長い国境を接しているのは、 我らが鬼呼族の地。ゆえに我らが第二陣だ。 また、蒼魔族が我らの地に突っかけてきたら 先陣を保証することは出来ぬ。その時は諦めてくれ」 銀虎公「承知した」 火竜大公「獣人、鬼呼の二氏族ならばおさおさひけは取るまいが 蒼魔族はなにやら得体が知れぬ。十分に気を引き締めて かかって欲しく思う」 紋様の長「心得た」 銀虎公「任せるが良い」 火竜大公「さて、我ら竜族も相応の義務を果たさねばなるまい。 お役目をお願いした四氏族には、我ら竜族から食料や 必需品を運ばせよう」 銀虎公「かたじけないなっ!」 224 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16 19 59.10 ID OGIpmW2P 紋様の長「そのようなところ、ですか」 東の砦長「もう2点お願いしたいことがある」 火竜大公「なんだ? 衛門の族長よ」 東の砦長「そいつは流民のことだ。 いっくら蒼魔族が他と交わらない、 内部統制で上意下達の氏族だと云ったところで例外はあるだろう。 あちこちの街に少数暮らしている連中がいるはずだ。 そいつらの保護をお願いしたい」 銀虎公「何故そのような細々としたことを。 たいした人数でもないではないか。 形勢に影響を与えるとも思わん」 東の砦長「戦に関しちゃその通り。 だが、こいつは戦が終わった後のためだ。 俺たちの方が蒼魔族をよってたかって滅ぼしたのでは“無い” ってことを、誰かに証人になって貰わなきゃ困る」 巨人伯「……ふむ」 東の砦長「今回の戦にしたってそうだ。 この世界から蒼魔族を一人残らず、女子供も皆殺しにするっ ていうのならそんな気を遣わないでも済むが、そうはいくまい? 俺たちは皆殺しとは行かないが、そんな無法は通らないからな。 だが残された蒼魔族は恨むぜ? 事と次第によっちゃぁ、 “何もしていない蒼魔族を恐れた他の氏族が よってたかって蒼魔族を攻撃した”って子々孫々まで語り継ぐ」 鬼呼族の姫巫女「そのようなことも、無いとはいえんな」 225 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16 22 35.33 ID OGIpmW2P 勇者(……こいつの統治センスってのは、切れ味あるな) 東の砦長「だから、そうではないってあたりを 今から意識しておかなきゃまずい。 蒼魔の一族だけなら、全面戦争になれば勝てない 相手じゃないのだろう? だったらなおさらだ。 なーに、面倒なことになりそうだったらまとめて開門都市に 送ってくれてもよい。 あそこは氏族も人種もごちゃごちゃだから、 迫害も大きくはないさ」 碧鋼大将 こくり 火竜大公「して、もう一点は?」 東の砦長「こちらの方が、ある意味重要でな。領民の安堵だ」 妖精女王「ふむ」 東の砦長「これも今云った話と関係あるのだろうが、 いったい今起きていることは何なんだ? 仲間内の利権沙汰のごたごたなのか、 それとも戦争なのか、小競り合いなのか。 どうすればこの状況は解決するんだ? ってな話だよ」 銀虎公「そもそも蒼魔族が不意の裏切りで 我らを攻撃してきたことから端を発したのだ。 この戦はその間違いを糾弾するのが目的であり、 そのようなことは自明であろうがっ」 碧鋼大将「そのとおり、そのような問い自体、 我らに向けられるべきではない」 鬼呼族の姫巫女「しかし、それでは領民の不安はどうする。 蒼魔族の責任を問う。それはそれで正論なれど、 我らが領民のその疑問に、蒼魔族が答えてくれるはずもない」 226 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16 24 43.40 ID OGIpmW2P 東の砦長「そう言うことだ」 銀虎公「……っ」 巨人伯「領民に……大きな声で……おしえる」 火竜大公「ふむ」 東の砦長「俺もそれが必要だと思うぜ。 今回の戦は、忽鄰塔中に乱心した蒼魔族の新王が父親を殺害し 一族の軍を率いて他の氏族を攻撃した、ってな」 銀虎公「父を殺害!? それは本当なのかっ!?」 東の砦長「いや、事実は知らないが。そのほうがいいだろう?」 火竜大公「……そうだな」 妖精女王「結果的に間違った推測では無いと思います」 紋様の長「それを領民に語って聞かせる、と云うのか」 鬼呼族の姫巫女「面白い考えだ」 東の砦長「俺たちの街は今必死で畑も作っているが、 度重なる戦で神殿も農地も壊されて、 すっかり疲れ果てちまっていたんだ。 戦も辛いが、民にとって一番辛いのは 何をやっているか判らないことだというな。 自分たちの国や軍が何をやっているか判らないと、 自分たち民では何の手も打てない気分がして、 自分が無力で取るに足りないちっぽけば存在に過ぎないと いう気分で、だんだんと腐ってゆく。 こいつは町も人も産業も腐らせるぜ? 何せ心の根っこが腐ってゆくんだからな。 そうなったら、街は酷い有様になる」 227 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16 27 01.55 ID OGIpmW2P 鬼呼族の姫巫女「……」 勇者「……」 東の砦長「そいつをどうにかするには、 何が起きたからこうなって、この状況はどれくらい酷くて、 またどれくらい希望があって、どういう風になれば 解決するんだってことを、教えてやらなけりゃならない。 まぁ、事が戦だ、全部教えるってわけにも 全部真実って訳にもいくまいが……」 銀虎公「ふむ、つまりはこういう事だろう? 全ての民も戦場に出ないだけの戦士だと。 将軍ならば士気を鼓舞するのもその手腕である、と」 東の砦長「そうそう、そういうことだよ。虎の旦那」 銀虎公「だが、ふぅむ」 銀虎公「そうとなると、いよいよ、我らが蒼魔族との一戦に どのような決着を望んでいるのかが重要になるだろう」 妖精女王「……決着」 紋様の長「そうだな。蒼魔族が自分の領地から 出てきたところを叩く。 それだけでは、永遠に決着などつかぬ。 何も攻め込んで征服しようと誘うわけではないが、 最終的にはどのようになればいいのか、と云う話にも通じる」 鬼呼族の姫巫女「そうだな」 (あるいは魔王殿は、我らが望む未来の我らを 我ら自身に考えさせたかったのであろうか……) 228 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16 29 01.42 ID OGIpmW2P 東の砦長「……それは俺には難しいな。 新参者の俺には、蒼魔族との戦が、 様々な氏族にどのような利害関係があるのか 感情的にはどのようなもつれがあるのかは判らねぇ」 鬼呼族の姫巫女「我ら鬼呼族は先の乱世において 蒼魔族と長い長い戦闘を続けてきた。 我ら氏族には蒼魔族とに対する恨み辛みが根付いている。 だがそれは領土や支配権に関わる問題で、 当時の魔界では日常的に起きていた抗争なのだ」 銀虎公「俺たちも人魔族との争いが絶えなかった」 紋様の長「当時は大小様々な氏族が入り乱れ、 この会議の席には来ていない、中氏族や戦闘氏族を 如何に取り入れるかと云う謀略も日常でした」 勇者「そうだったのか……」 火竜大公「ふむぅ」 巨人伯「まずは、知らせる……」 火竜大公「そうだのぅ。まずは、先のこと。 “蒼魔族の新王が裏切り、忽鄰塔を襲った”と云う事実を 領民に告げるとしよう。そして戦に怯える領民のために 蒼魔族は領地へと戻ったために、当面みんなが住まう場所は 安全であると云うことを伝えるのだな。 念のために警備兵の増強なども進めてゆくという、 いわば根回しを領民にするにはよい機会だろう」 紋様の長「妥当な対応でしょうな」 鬼呼族の姫巫女「戦の決着については、それぞれの氏族が よく考えて、その考えを持ち寄る必要がありますね」 230 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16 30 28.63 ID OGIpmW2P 銀虎公「では、当面の蒼魔族への対応はそのようで」 東の砦長「おう」 銀虎公「さっそく領地へと戻るとするか」 碧鋼大将「ふむ……。衛門の長どの、後で時間を。 商取引に関する話がある」 東の砦長「判った」 巨人伯「……かえって、声の大きいモノに、噂を広めさせる」 火竜大公「それで宜しいか? 黒騎士殿」 勇者「おお。見事にまとまったな。 大公殿、これからもよろしくお願いする」 火竜大公「なんのなんの! はぁっはっはっは」 紋様の長「そういえば、魔王殿の様子は?」 勇者「ベッドからでる事は出来ないが、 口先だけは元気になってきているよ」 東の砦長「そいつぁ、良かった」 勇者「今日の会議の結果も、早速伝えよう」 銀虎公「お願いいたす、黒騎士殿」 火竜大公「では、今回の会議はこれで終了とする。 何もなければ次の会議は40日の後、ということに。 蒼魔の動きは途切れず報告を入れ合うとしよう」 一同「心得ました」 233 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16 54 09.68 ID OGIpmW2P ――魔王城、深部、魔王の居住空間 女騎士「ほら。口を開けて」 魔王「……」 女騎士「何で嫌そうな顔?」 魔王「このシーンは、わたしと勇者が行うのが常識だろうに……」 女騎士「勇者は会議に出たり忙しいの」 魔王「だからといって……」 女騎士「あーん」 魔王「くっ」 女騎士「……あーん」 魔王「ううう。……」ぱくっ 女騎士「それでよし」 魔王「……なんだか屈辱的だ」 女騎士「友達だろうに。気にする方がおかしい」 魔王「そうか? そういうものなのか?」 女騎士「うん、そうだ」 魔王「女騎士は……。わたしやメイド姉妹と話す時は 言葉が少しだけ優しいな」 女騎士「……そうかな?」 魔王「うん、そうだ」 234 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16 55 15.98 ID OGIpmW2P 女騎士「これでも一応軍を率いていたりするからな。 男に舐められないようにしようとすると、 やっぱり言葉遣いもそうなってしまうんだろうな」 魔王「そういうことか」 女騎士「……やはり女らしくないと好かれないよな」 魔王「そんなことはない。女騎士は女らしいと思うぞ」 女騎士「……」ちらっ 魔王「?」 女騎士「魔王が言っても説得力がない」 魔王「む。そう言うことではない。わたしは……その。 確かにここのサイズは大きいが、包容力とか、母性とか、 細やかな気遣いとか……色気とかにかけていると よく指摘されるのだ。女らしさでは、女騎士に大きく劣る」 女騎士「そんなことはないと思うけれど」 魔王「そもそも、女らしさとはどういうモノなのかよく判らぬ」 女騎士「うん」 魔王「書物にあるらしい耳かきや添い寝なども試してみたが 勇者に大きな感銘を与えたようにも思えぬ。 ……そもそもちょっと隙を見せると、すぐに襲いかかってきて 場面は暗転、結ばれるのが男女ではなかったのか」 女騎士「わたしも相当に偏っている自覚があるけど 魔王はその比じゃないな」 魔王「ふむぅ……」 235 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 16 57 33.41 ID OGIpmW2P 女騎士「……よく判らないけど」 魔王「うん」 女騎士「わたし達は、ある側面では勇者に避けられてるんだ」 魔王「……」 女騎士「……」 魔王「この話は、止めよう」 女騎士「うん」 魔王「ああ。メイド妹の料理が懐かしいな」 女騎士「そうだな。もちろんこの城の料理だって最高だが」 魔王「そうだが、メイド妹の料理には、 最高の料理にも無いような、特別な味わいを感じるのだ」 女騎士「ああ。その気分は判るぞ」 魔王「パイが食べたいな」 女騎士「あははははっ。気持ちはわかる。 けど、いまはこれだ。ほら、あーん」魔王「むぅ……」 女騎士「ふふふっ」 魔王「やはり屈辱的だ」 女騎士「健康になってから復讐すればいいさ」 魔王「もちろんだ。このお礼は勇者にする」 女騎士「え?」 魔王「女騎士にはそれが一番よく効くって判っているからな!」 242 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/23(水) 17 14 13.25 ID OGIpmW2P ――聖王国、国境沿いの貿易の街 小麦の卸人「小麦! 小麦~! 大麦もあるよ、今朝入荷! 早いもん勝ちだ! ふっくらパンにも、オートミールにもぴったりだ! 一袋、新金貨7枚だ」 太った市民「旧金貨じゃ駄目なのかい?」 小麦の卸人「だめだめ。そんな金貨は聖王国じゃもう使えないよ。 そんなものが使えるのは、南の蛮族の国だけだ」 旅の商人「まだまだ市中には旧金貨が残っているというのに」 小麦の卸人「市の宿舎に行くんだね。そこで旧金貨と 新金貨を取り替えてくれるよ」 太った市民「だが、取り替えると行ったって旧金貨を350枚 持っていっても新金貨を100枚だけじゃないか……」 旅の商人「タイミングを逃したからさ」 小麦の卸人「さぁさ、おろしたての小麦! 小麦はどうだい?」 太った市民「……くそっ。そんな小麦、金持ち以外 食えるわけが無いじゃないかっ」 旅の商人「まったくだ」 がやがや……がやがや…… 酒場の店員「そう言えば聞いたことがあるかい? あの噂を」 太った市民「噂?」 243 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 17 15 58.88 ID OGIpmW2P 旅の商人「ああ、光の子の村の噂かい?」 酒場の店員「ああ、それだ」 太った市民「なんだい、それは?」 酒場の店員「なんでも、この聖王国を中心に、 大陸のあちこちに新しい村が作られているらしいのさ。 多くは森の中や山中や古く滅びた村があったような 戦場らしいんだが。 それらの村には沢山の小麦が集められていて、 食うには困らないらしいんだ」 太った市民「なんだいそりゃ、すごい話じゃないか!」 旅の商人「ああ、どうやらその噂は噂じゃないらしい。 教会が特別な任務のために、農民や開拓民を集めて 訓練を行っているそうなんだ」 酒場の店員「そいつが最新の話さ。 どうやら、その話のおおもとの所は『聖骸』にあるらしい」 太った市民「『聖骸』……?」 酒場の店員「そうさ。聞いて驚け。 なんと、光の精霊様のご遺体だ!」 太った市民「ええっ!?」 旅の商人「なんだって!? そんなものが本当にあるというのか?」 酒場の店員「さぁなぁ。噂だから俺にも本当のところは判らない」 太った市民「俺は精霊様って云うのは、もっとなんか、 風とか光みたいなものだと思っていたよ」 旅の商人「うーん」 244 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 17 18 19.64 ID OGIpmW2P 酒場の店員「だが、教会はその『聖骸』は 魔族に奪われたと云っているんだ。 魔族から『聖骸』を奪い返すために今までにない 精鋭兵が沢山必要とされる。 そのための『光の子の村』で訓練するんだって話だぜ」 太った市民「ふぅむ……。でも、飢えなくて済むんだろう?」 旅の商人「ああ、それはそうらしい。別の街でも聞いた話だ」 酒場の店員「光の精霊の恵みなんだとさ。 その村では、一日二回のパンの食事と、昼にはこってりした にんじんのシチューが出るらしい。しかも夜のパンは 真っ白いふかふかのパンだって云うじゃないか」 太った市民「白いパンが出るのか!?」 旅の商人「何とも豪勢な話じゃないか」 酒場の店員「ああ」こくり 「この話からつまり教会は どうやら随分本気なのじゃないかって云われているな」 旅の商人「本気……?」 酒場の店員「ああ、ここだけの話だが、こんなにも小麦が 値上がりしているのは、教会が買い占めを行って、 その『光の子の村』へと送っているせいじゃないかと。 そんな話があるんだ」 太った市民「!!」 旅の商人「そうか、そう言うこともあり得るよな」 酒場の店員「だろう?」 太った市民「でも、だとすれば、本気で戦争をするんだな」 旅の商人「そうだなぁ、だが、光の精霊のためなのだろう? ならば、それはそれで仕方がない」 245 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 17 19 31.43 ID OGIpmW2P 酒場の店員「ああ、まったくだ。精霊の恵みあれ」 太った市民「恵みあれ! 我が暮らしにもせめて黒いパンを」 旅の商人「だがそう言うことになると、見てみたいな。その村を」 太った市民「俺は見るよりも住んでみたいよ。 だってそうだろう? 光の精霊様のご遺体を取り返す、 つまり正義の戦いをするだけで、食事がもらえる。 飢えなくて済むなら俺だってそんな村に行きたいよ」 教会職員「無理な話ではありませんよ」 旅の商人「へ?」 教会職員「すみませんね、耳に入ってしまいました。 ……その『光の子の村』は増えているんです。 何せ卑劣な魔族との戦いの時が迫っていますからね。 教会へ毎晩の懺悔にやっていらっしゃい。 近いうちにまた『光の子の村』へと送られる優秀な人々への 祝福が始まると思いますよ。 最近教会は、この特別の祝福を求める方で ごった返しているのです」 酒場の店員「本当ですかい? 司祭様!」 太った市民「本当なんですか!?」 教会職員「わたしはまだ司祭などという身分ではありませんが 云っていることは嘘偽りはありませんよ。 今晩にでもまた新しい隊が荷物をまとめてこの街を発つでしょう」 太った市民「俺も行ってみたいぞっ」がたっ 旅の商人「それを言うなら俺だって!」 教会職員「では是非教会へといらっしゃい。 司祭さまが、あなたたちの献身を待っていらっしゃいますよ」 ページトップへ <前6-7へ|次7-2へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/48.html
<前7-4へ|次7-6へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」7-5 720 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13 51 01.37 ID W1zfwn6P ――葦の国、沼船 ~♪ ~~♪ 奏楽子弟「~♪ ……♪」 農夫「ほーい! 云い音色じゃね、楽士のお嬢さん!」 農夫の娘「お姉ちゃん、ほーうい、ほーうい!」 奏楽子弟「船ですかー? 渡してくれませんか~?」 農夫「どこまでいきなさるんねー? おいら達は、これから都まで大麦と酪を売りに行くんだがよぉ」 農夫の娘「お姉ちゃんも一緒に行く?」 奏楽子弟「ええ、お願いできるなら!」 農夫「ええですよ、乗りなせぇ」 奏楽子弟「ありがとうございますっ」 農夫「さぁ、その藁に腰を下ろしていいですけの」 農夫の娘「ねぇねぇ! お姉ちゃんは、どこの人?」 奏楽子弟「随分遠くから来たのよ」 農夫「おんや、まぁ。それは葦笛じゃねですか」 奏楽子弟「ええ。昨日教わったのです。 この国で人気のある楽器だと」 721 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13 51 58.85 ID W1zfwn6P 農夫「人気があるかどうかはわからねけど、 葦ばっかりの国だで、どこの村でも、 葦笛名人の一人くらいはいるすなぁ」 農夫の娘「わたしも吹けるよ!」 奏楽子弟「一緒に吹こうか?」 農夫の娘「うんっ!!」 ~♪ ~~♪ 奏楽子弟「~♪ ……♪」 ~♪ ~~♪ 農夫の娘「~♪ ……♪」 農夫「おーや、上手だねぇ」 農夫の娘「楽しいね、お姉ちゃん」 奏楽子弟「そうだねー。上手いね、びっくり!」にこっ ~♪ ~~♪ 農夫「ほーぅい、ほうい!」 牛馬車の農民「よーお! 都に行くのかぁ?」 農夫「そうだでよぉ」 農夫の娘「いってくるよー!」 牛馬車の農民「麦の値段を調べてきてくれよぉ!」 農夫「わかったよぉ!」 722 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13 52 54.61 ID W1zfwn6P ~~♪ ~♪ ~~♪ 農夫の娘「……すぅ」 ぱしゃん。ぱちゃん 農夫「おーや、寝ちまったみたいだな」 奏楽子弟「そうみたいですね」 農夫「最近はどこも大変だでな」 農夫の娘「……くぅ」 奏楽子弟「大変、ですか」 農夫「ああ。食うや食わずだから」 奏楽子弟「……」 農夫「楽師さんは、大丈夫だでか? ちゃぁんと稼げているかい?」 奏楽子弟「ええ、まぁ……」 農夫「楽師さんも楽ではねぇな。 まぁ、飢えちゃ音楽に金を払う人なんかいないだろうけどな。 それはしかたあるめぇよ」 奏楽子弟「そうですね。でも、まだまだ歩けますから」 農夫「楽師さんの音楽は、なんだか元気が出るものな。 元気を出す音楽のために 腹が減っててもにこにこしてるんだろうな。 私らにも、それは判るさ。ははっ!」 723 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13 55 23.61 ID W1zfwn6P 奏楽子弟 きゅるるー 農夫「ほら、黒パン食うべ」 奏楽子弟「いえ、そんな訳には」 農夫「大丈夫、半分こするだよ。 それにおいら達は貧乏で その綺麗な曲のお礼にお金も払えないだしな」 奏楽子弟「とんでもない! こうして船に乗せてくれたじゃないですか」 農夫「はははっ! まぁ、明日には都に着く。 それまでは、もう何曲か聞かせてくれると嬉しいだでよ」 奏楽子弟「ええ、もちろん。どんな曲が宜しいですか?」 農夫「宜しいですか、なんて云われっちまうと なんだかこそばゆいなぁ! でも、おいらたちは そんなに沢山の曲を知っている訳じゃないんだよ。 祭りの曲と、生まれ祝いの曲、年越祭の曲。 そんなもんだ」 奏楽子弟「じゃぁ、わたしの故郷の曲を弾きましょうか?」 ゴソゴソ 農夫「おんや、それは?」 奏楽子弟「竜頭琴ですよ。ちょっと珍しいでしょう?」 農夫「ああ、旅が楽しくなるような曲がいいだよ」 奏楽子弟「ええ、楽しい曲を弾きましょう。 これはわたしの大事な友達が、随分笑い転げた 歌がついているんですよ」 728 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 14 38 11.51 ID W1zfwn6P ――ごきげん殺人事件6 カップル斬りつけて開き直り殺人事件 「ごきげん剣士ななこっ!」 「ごきげん賢者すいかっ!」 二人の声が唱和する。甘く勇ましい少女の声と、声変わりを 迎えてはいないボーイソプラノの少年のハーモニーは夜の大気 を切り裂いて、闇の使徒を迎撃するのだ。 「わたしたちっ!」「ぼくたちっ!」 くるりと回って武器を構える二人。 「開示相手には情け無用の残虐ファイター! ノリと勢いで征伐執行! わがままいっぱい甘えんぼうっ! その名もっ“ごきげん殺人事件”っ!! 執行完了170秒前っ!」 「ふざけるなっ! 子供の遊びじゃないんだぞっ!」 固い装甲鎧を身につけた怪人は、恐れることもひるむこともなく 二人組の魔法戦士に叫びかえす。 「おじさんこそ、いい年して全身タイツに密着鎧なんて変態じゃ ないんですかー? いやん。ななこ変質者に虐められるー」 全くの棒読みの台詞は、11歳なりの洗練を秘めた罵倒として 傷つきやすいアリ怪人の精神をさいなんだ。 おろおろと動転する内股の少年が「ななこちゃん、大人の人に そう言うこと言ったらダメだよ?」と諭すのさえも無性に腹立た しくてならない。 そもそもこの装甲は鎧は金属ではなくアリをもした生体装甲な のだ。密着していない方が不都合ではないか。 彼は激しい苛立ちと共に蟻酸を拭きかける。異様な飛距離を 見せた強酸性の溶液は、素早く飛んで避けた二人が立っていた足 下を溶かす。 「なっ、なにをするんですかぁ」 「く、口から変な汁だしたぁっ!? ひゃぁ」 生意気なことを云ってばかりいるななこだが、その突然の攻撃 に足下が妖しくなり、いつもは気にならないはずのチェックのミ ニスカートが絡みついて、倒れ込んでしまう。 ちゅん。 「な、なっ。ななこちゃんっ」 子いぬのような瞳を持つ相棒の少年がアップで迫ったかと思う と、胸を締め付けるような甘いうずきと共に激しい恥ずかしさが わき上がってくるのだ。 730 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 14 44 14.26 ID W1zfwn6P ――冬越しの村、魔王の屋敷、居間 ぺらっ 魔王「……」 勇者「……」 めらめら、ぱちぱち 魔王「くっ。……ここで急激にドキドキ展開なのかっ」 勇者「まじで!?」 魔王「うむ、これは危険だ。シリーズ6作になって このようなご褒美シーンがあるとは」 勇者「……ほほう」 魔王「しかしこれは理不尽ではないかっ!」 ばたむっ! 勇者「どうしたんだよ、魔王」 魔王「わたしは作者に断固抗議したい!! この主人公は、11歳なのだぞっ!? 11際と云えばメイド妹よりも一つ下ではないかっ!!」 勇者「うん、そうだっけ? そのくらいかな」 魔王「それなのに、こんな嬉し恥ずかしい ドキドキシーンがあるとは! 偶然とは言え、その、唇と、くちび……。 ええーい! 断固抗議だ」 勇者「?」 731 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 14 45 10.06 ID W1zfwn6P 魔王「世界には遙かに年齢的に成熟した 二人が他にも溢れるほど存在するというのに なぜこのような子供達が うっかり偶然そんな幸運を得るのかと」 勇者「落ち着けよ」 魔王「……わたしは冷静だ」 勇者「そうかなぁ」 めらめら、ぱちぱち 魔王「勇者」 勇者「ん?」 魔王「本を置け」 勇者「わかった」 ぽすん 魔王「……おっほん」 勇者「?」 魔王「機嫌はどうだ?」 勇者「普通だぞ」 魔王「そ、そうか」じりっじりっ 勇者「どうしたんだ?」 魔王「なんでもない。半分開けてくれ」 勇者「ずれるけどさ」ずり 魔王 とさっ 勇者「?」 733 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 14 46 12.24 ID W1zfwn6P 魔王 ぺとっ 勇者「どした?」 魔王「なんでもない」 勇者「そうか?」 魔王「勇者。わたしの耳に触ってくれ」 勇者「ん?」むきゅ 魔王「んっ」ひくんっ 勇者「……うう」どきどき (魔王殿は口を濁されておられましたが、 やはり不安でありましょう) 魔王「……ふぅ」 勇者「えっと、魔王。さ」 魔王「ん?」 勇者「女騎士のことだけどさ。誓い受けちゃってさ」 魔王「くどい。それはもう良い」 勇者「う、うん。でも、魔王の耳は……かっ。かわいいからな?」 魔王「何を言っているんだっ。話が繋がっていないではないかっ」 勇者(……失敗した。何で俺はこうダメダメなんだ。 爺さん、やっぱり『ぱふぱふ道』じゃ 女の心はゲットできないのかもしれないんだぜ) 魔王「む」 735 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 14 47 55.48 ID W1zfwn6P 勇者「機嫌を直してくれ、魔王」 魔王「機嫌など最初から曲げてはいない」 勇者「そうかなぁ……」 魔王「もう一度耳に触れるのだ」 勇者「うん……」 魔王「んぅ」ひくんっ 勇者「うー」 魔王「もう一回」 勇者 なでなで 魔王 くたぁ 勇者「えっと、魔王?」 魔王「……んぅ?」 勇者「眠そう」 魔王「眠いわけではない」 勇者「そっか……。あのだな」 コンコンッ メイド長「まおー様~。カスタードシューが出来たそうですよ」 バッ魔王「そうか! あれは美味いな。頂こうっ」 勇者「ううー」 メイド長「勇者様、どうかなさったので?」 760 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 16 27 34.36 ID W1zfwn6P ――葦の国、その都、市場の外れ ~♪ ~~♪ 奏楽子弟「~~♪ 春の喜ばしい気配が近づいてくる。 春が勝利し、厳しい冬は逃げ去った♪ 春の精霊が麗しくやってきて、 森の小鳥たちは祝いさえずる♪」 街の市民「素晴らしい!」 奏楽子弟「~~♪ 恵みの太陽は笑いを与え、花々は咲き誇る。 麦の香り運ぶ西風は甘美な吐息もて芳香を放ち、 人間は愛のため、この恋歌のもと駆け回る♪ 森の兎が歌い、小夜啼鳥が甘く囀る。 花々は咲き乱れ、森には生命溢れ、 喜び満ちた乙女らの輪舞の輪が広がる♪」 女性市民「なんて演奏家なのかしら!」 農夫「はいなぁ! 大麦を半袋でございますね!」 農夫の娘「ありがとうございましたぁ!」 街の市民「俺も貰おう、にんじんを一袋だ」 農夫の娘「はいっ!」 奏楽子弟「ありがとうございます!」 女性市民「いえいえ、久しぶりよ、 こんな楽しくて綺麗な曲を聴いたのは!」 761 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 16 30 15.50 ID W1zfwn6P 裕福そうな市民「まったくだ、どこぞの宮廷にでも登れば 高い身分も与えられるかも知れないのに」 奏楽子弟「いえいえ、わたしはこうやって 街角で演奏しているのが一番好きなんですよ」 街の市民「また来てね、待っているわ」 農夫の娘「ありがとうございました~♪」 ――。 奏楽子弟「ふぅ、忙しかったですね」 農夫「いやはや、とんでもない。なんてお礼を言えばいいのか!」 農夫の娘「一杯売れたよ、いつもよりも高く売れたの!」 奏楽子弟「よかったね」にこっ 農夫「ありがとうございます。これは少ねぇけど」 奏楽子弟「いいのいいのっ! あ、いやいいんですっ。 美味しいパンをわけて貰ったから!」 農夫「しかし……」 農夫の娘「お姉ちゃん。じゃぁ、パンあげるね」 奏楽子弟「ありがとうねっ! またねっ!」 農夫の娘「また葦笛吹こうね!」 ぶんぶんっ 奏楽子弟「またあえたら一緒に吹こうね~♪」 765 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 16 57 52.10 ID W1zfwn6P ――開門都市、『同盟』の新商館、大執務室 青年商人「お役目、ご苦労様でした」 辣腕会計「お疲れ様でした。……冷えた紅壬茶ですよ」 火竜公女「ありがたい」 青年商人「どうでした? 会議のほうは」 火竜公女「流石に一回で決定というわけにはまりませぬが かなり良い手応えかと感じました」 青年商人「通りそうですか?」 火竜公女「おそらくは」 青年商人「この計画が通らないと、通商や他の諸々も なかなか通りませんからね。まずは道路、そして潅漑、水利」 辣腕会計「今回は随分と迂遠ですけどね」 火竜公女「この地下世界には、商売のための機構がなさ過ぎるゆえ」 青年商人「何より、余剰貨幣がなさ過ぎるのが問題です」 辣腕会計「ですね」 火竜公女「余剰貨幣?」 766 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 16 58 59.46 ID W1zfwn6P 青年商人「理屈は簡単です。 例えば、塩を二つ持っている人がいる。 さらに肉を二つ持っている人がいる。 塩と肉を一つずつ交換し合えば、二人は同じように 塩と肉を一つずつ持っていることになる。 これを食べて暮らせばいいわけですね。 この物々交換を行っている限り、貨幣は必要ありません。 地下世界では貨幣も用いられていますが、砂金での取引や 物々交換も盛んです。特に大規模な商取引は氏族の長や 指導者が中に立っての物々交換が多い。 余剰貨幣が生まれにくい構造なのです」 火竜公女「そうでありますな」 青年商人「しかし、我ら商人からすると、 もっと貨幣が出回り、様々な物資を貨幣で 売り買いできた方が商売の幅が広がる。 新しい仕事も作りやすくなる」 火竜公女「それは地上でも見てきましたゆえ。 金銭や貨幣は確かに弊害も多くみえまする。 しかし貨幣を用いた仕事は、行動が早い。 政治や氏族間の付き合いに流されやすい民の流れに比べて、 金銭は情が絡まず“流れやすい”性質があるように思えまする。 行き来が自在で、分割できる方が、時として安全で強力な 味方となりうると」 青年商人「言葉はわからずとも中身は判っているようですね」 辣腕会計「……ふむ」 青年商人「そこで、債を興す」 767 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17 00 56.71 ID W1zfwn6P 火竜公女「今回の企画かや?」 青年商人「今回のは特別に色々と工夫を凝らしましたが 債とは、ある種の借金のための仕組みです。 “後で一定の金銭を返すので、これだけの金銭を欲しい” そういう取り決めの、書面化ですね」 火竜公女「それが余剰貨幣を生み出すのかや」 青年商人「単純な例で考えてみましょう。 “金貨100枚をかえすので、金貨100枚を貸してくれ” この債券を作ったとします。この債券が無事に買われると わたしの手元には金貨100枚がやってきますね? そして相手の手元には“将来金貨100枚になる紙”が あることになる。 ほら、合計で金貨が200枚分の価値に増えたでしょう? 擬似的に貨幣が増えたことになる」 火竜公女「それはそれで、詐欺のような理屈に思えまする。 そもそも一定の期間のあとに、その金貨100枚は かえさなければならない、つまり消えるが理屈。 それを“増えた”とはおかしくありませぬか?」 青年商人「それはそれでもっともですが、 公女だって前回の小麦買い占めを見たでしょう? 大きな資金が手元にあれば、それだけ商売のチャンスは広がる。 我らはこの金貨100枚を、返すまでに150枚に増やせばよい。 そうすれば、元での費用は無しで金貨50枚の儲けです。 資金無しではそうはいかないでしょう?」 火竜公女「それはそうでありますが」 768 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17 02 28.15 ID W1zfwn6P 青年商人「これが本来の金貸しの機能です。 金貸しは、相手の信用を運用できる資金に変換しているんですよ。 この魔界ではまだ銀行という形ので組織は 成立しないようです。 魔王殿にも一旦の再考を求められましたしね。 そこで今回は、ちょっと迂回した方法で 開門都市にも参加して貰って、資金集めをしたわけです」 火竜公女「……」 青年商人「そう睨まないでください。 この件はこの都市にも魔族にも魔界にも一切の損害は もたらすつもりはありませんよ。 そもそも、これは勝ち負けではないですからね。 『同盟』が儲ければ、誰かが損をするというような 種類の活動ではないのですから」 火竜公女「ここは信用しておきまする」 青年商人「有り難き幸せ」くすっ 火竜公女「商人殿は、開門都市と衛門一族、さらには 竜一族が長である火竜大公、その娘の妾の立場を利用して その信用を資金に変えた。 そのように理解しましたが、いかがか?」 青年商人「……さて」 火竜公女「商人殿は云いましたね。 “財貨としての金と、道具としての金はまったく違う。 後者を美しく思う人間こそ商人を名乗れる”と」 769 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17 04 40.03 ID W1zfwn6P 青年商人「ええ、云いました」 火竜公女「では、妾の信用をもって得た財貨で どれほどのことを成し遂げてくれるか、 とくと見させていきましょう。 それくらいは許されるのでしょう? 妾は信用の貸し主ですゆえ」にこっ 青年商人「仰せ、誠にごもっとも」 火竜公女「楽しみにしていまする」 青年商人「やれやれ」 辣腕会計「はははっ。委員もたじたじですな」 火竜公女「妾だって負けっ放しでは、火竜一族の名折れですゆえ」 青年商人「さて、では事業の計画でも仕上げますか。……だれか」 辣腕会計「ああ、わたしが用意してきましょう。 紙にペンにインクに、壺いっぱいの濃いお茶。 資料は公女の集めていらしたもので良いのでしたね? この時間では職員も帰り支度でしょうし、 わたしの方が早く集められる」 青年商人「そうですか? たのみます」 辣腕会計「お任せあれ」 とっとっとっ、バタン 火竜公女「……」 青年商人「ふぅ」 火竜公女「商人殿」 770 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17 06 56.93 ID W1zfwn6P 青年商人「はい?」 火竜公女「……」 青年商人「どうしました?」 火竜公女「――もし妾が恐ろしい敵に捉えられ、 このままでは明日の朝日も浴びれぬ、となったらいかがいたす?」 青年商人「見捨てます」 火竜公女「……」 青年商人「というのは冗談ですが。……助ける見返りは何です?」 火竜公女「見返り抜きで」 青年商人「……それは新手の難問ですか?」 火竜公女「やもしれぬ」 青年商人「……」 火竜公女「……」 青年商人「“見返り抜き”という見返りでお助けしましょう」 火竜公女「え?」きょとん 青年商人「商人は報酬無しでは動きません」 火竜公女「……」 青年商人「しかし、あなたは機転が利くし、理解も早い。 何より冷静だし公平だ。取引相手としては不足がない」 火竜公女「それは……、一生?」 青年商人「云ったでしょう? 商人の戦いに終わりはないんです」 778 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17 36 42.39 ID W1zfwn6P ――湖の国、湖の畔の国境の森、小さな街の宿屋 ザァァァァアア! 奏楽子弟「すごい雨ね……。 下じゃぁこんな天気見たことがない。 にわか雨に、季節の雨くらいなのに。 それに、こちらは春なのに随分寒かったりするのね……」 カキカキ…… 奏楽子弟「ん。こんなもん、かな。 随分メモもたまっちゃったな。 ――『聖骸』についての噂も随分聞いたけれど、 やっぱり詳しいことは判らないか……。 うーん、知り合いが一人もいないって云うのは結構大変だなぁ。 どうしたものかしらねぇ」 ザァァァァアア! 奏楽子弟(……路銀はまだあるけど、節約しないと。 うーん。湖の国って云うことだし、 首都の方を回ってみるべきなのかな。 人が多いと、多少お金も稼げるみたいだし。 場合によってはどこかの大きな酒場で一ヶ月くらい 雇って貰うのも悪くないかも。 その方がうわさ話も集めやすいかな……) こんこんっ 奏楽子弟「はい?」 宿屋の店主「申し訳ねぇこってす、お客さん」 奏楽子弟「どうしたんですか?」 780 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17 38 31.77 ID W1zfwn6P 宿屋の店主「この大雨で、どうも渡しの船が 流されちまったみたいで。 昼過ぎに出たお客さん達が戻ってきたんですよ。 それで部屋が足りなくなっちまって。 良かったら相部屋をお願いしても良いですかね?」 奏楽子弟「相部屋?」 宿屋の店主「ええ、相手は女の人ですから。 男連中は男連中で別の相部屋にしますからね。 どうかお願いしますよ。 みんな足止めを喰らってしまってるんで。 宿代の方は勉強させて貰いますから」 奏楽子弟「もちろんいいですよ」にこっ メイド姉「すみません」 奏楽子弟「いえいえ、お互い様ですものね。 ずぶ濡れじゃない。早く着替えないと」 メイド姉「ええ、じゃぁ、失礼して」 宿屋の店主「んじゃ、小僧に言いつけて 湯と毛布を届けさせますからね。 お客さん、相部屋ありがとうございました」 奏楽子弟「はーい」 メイド姉「よくして下さって、ありがとうございます」 奏楽子弟「拭くものはあるの? えーっと」 メイド姉「メイド姉です。はじめまして。 ええ、ちゃんとあります。着替えてしまいますね」 奏楽子弟「わたしは奏楽子弟。 見ての通りの旅の吟遊詩人。というか、旅人ね。よろしくね」 782 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17 39 43.26 ID W1zfwn6P ザァァァァアア! 奏楽子弟「すごい雨ね」 メイド姉「ですね……。えっと、お茶を飲みます?」 奏楽子弟「え? うん。あれば有り難いけれど」 メイド姉「では入れますね」 奏楽子弟「でも、ここなにもないよ?」 メイド姉「お茶とカップくらいはあります。真鍮ですけれどね」 奏楽子弟「わ。本当だ。……すごいね。 お嬢様風なのに、旅慣れているって云うか」 メイド姉「お嬢様だなんてとんでもない。 南の果ての農家の娘ですよ」 とぽとぽ…… 奏楽子弟「ふぅん。……温かい」 メイド姉「お湯がもらえて良かったです」にこっ 奏楽子弟「ああ、あたし。堅焼きクッキーあるよ」 メイド姉「いいんですか?」 奏楽子弟「うん、半分こしようよ」 メイド姉「ありがとうございます」 ザァァァァアア! 奏楽子弟「あなたはどこへ行くの?」 メイド姉「とりあえず、湖の国の都へ」 奏楽子弟「どうして? 聞いて良ければだけれど」 783 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17 41 11.47 ID W1zfwn6P メイド姉「そこに湖畔修道院のかつて使っていた 文書館があるんですよ。いくつか気になることもありますし。 ……それはそれとしても、諸国を旅している最中なんです」 奏楽子弟「へぇ!」 メイド姉「色々見なきゃいけないものがあるんじゃないかって。 それで国を飛び出してきたんですけれど。どこも大変ですね」 奏楽子弟「うん、そうだね。……物価も高いし人も倒れているし。 北に行けば行くほどひどくなるような気がする」 メイド姉「はい……」 奏楽子弟「わたしの故郷じゃ戦争はあっても、 飢え死にって云うのはあんまり見なかったから……。 ああいうのは、見てるだけで辛いね」 メイド姉「そうですね……。詩人さんはどこから?」 奏楽子弟「ああ。えへへっ。もうね、すんごい遠いところから」 メイド姉「そうですか」 ザァァァァアア! 奏楽子弟「あのさ」 メイド姉「はい?」 奏楽子弟「その、文書館っていうのは、光の精霊の?」 メイド姉「ええ、そうですよ。修道院付属の記録が 収められていると聞いています」 奏楽子弟「わたしも、その。ついて行って良いかな?」 785 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 17 42 37.00 ID W1zfwn6P メイド姉「?」 奏楽子弟「実はわたしは、詩も戯作も書くんだ。 もちろん楽器も一通りこなす。舞台の脚本も書く。 それらは一緒のものだからね。 ……それで、どうしても興味が引かれて 『聖骸』についての噂を追って旅をしているんだ」 メイド姉「そうだったんですか」 奏楽子弟「詩想がね、迫ってくるような気がするんだ。 もうそこまで来ているような気もするんだけど……。 いやはや。 訳判らないよね」 メイド姉「良いですよ」 奏楽子弟「えっ?」 メイド姉「一緒に行きましょう」にこり 奏楽子弟「いいの? その……。わたしは旅人だし、 わたしが言うのも何だけど、あんまり簡単に人を信じると、 若い身空で事件に巻き込まれたりするよ?」 メイド姉「人間は生まれた時から世界に巻き込まれてるんです」 奏楽子弟「そりゃそうだけど。 ――ん。その言い回し良いな。メモしておこう」 メイド姉「ふふふっ」 奏楽子弟「え? ああ。ごめんごめん。職業病で」 メイド姉「いいんです。1人より2人のほうが 心細くないでしょう?」 802 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 18 14 12.05 ID W1zfwn6P ――大陸中央、霧の国、領主の館 ガシャーン!! 家令「ひっ! ひぇっ!?」 肥満領主「こっ、こっ、このたわけがっ!!!」 少女メイド「ヒッ」 肥満領主「聖光教会め! こ、こ、このようなことがっ!」 家令「どうされましたのでっ」 肥満領主「っ!!」 グシャグシャグシャ、ポイッ! 家令「これは……」 肥満領主「“小麦引き渡し証書”がいつの間にか聖光教会に 渡っておったのだ! これでは言い逃れも踏み倒しも 出来ないではないかっ! あの若造めぇっ!!」 ダダダダ、ガシャっ!! 役人頭「大変でございます! 領主さまっ!!」 肥満領主「ええい、どうしたというのだっ!」 役人頭「そ、それが! 実は城下や領内の村に、 教会の徴収使どもがあらわれましてっ!」 肥満領主「徴収使……?」 役人頭「そやつらめが、収穫したばかりの麦をどんどんと 取り上げて運び出しているのですっ!!」 803 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 18 15 37.72 ID W1zfwn6P ドンッ! 少女メイド「ヒッ!」 肥満領主「教会めぇ、そうであったか……。 よもやとは思ったがあの商人と結託し、 我ら地方領主の力をそぐのが狙いかっ」 役人頭「いかがいたしましょう?」 肥満領主「金はあるのだっ! 教会との交渉を開始する。 “小麦引き渡し証書”を買い戻すのだ。 すぐさまインク壺と羊皮紙を持て!」 家令「ははぁっ!」 肥満領主「くっ。何という屈辱だっ。 8代にわたりこの領土を完全に治めてきたこの男爵家が 何故このような奸計により、 誇り高き我が額を教会などに下げねばならぬのだっ およそ商売など貴族のすることではないわっ!」 役人頭「えー。そのぅ」 肥満領主「とっととその徴収使とやらを見張らんかっ! 麦の一粒でも多く持ち出すようであるならば、 たとえ教会の使いとは言え、打ち払えっ。 ええい、そうもいかんっ! 引き取って頂くのだ。ただし丁重になっ!」 役人頭「そっ、そんなっ」 肥満領主「とっとと行かんか! その頭を首の上に くっつけておきたいのならば、命じたことをするが良いっ!」 役人頭「は、はいぃいい!!」 肥満領主「このままでは……済まさんぞっ!」 805 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 18 16 29.57 ID W1zfwn6P ――鬼呼族の族長の館、青畳の書斎 鬼呼の忍者「――以上相違ありません」 鬼呼族の姫巫女「ふむ」 鬼呼執政「考えていたより、事態は深刻ですな」 鬼呼族の姫巫女「戦乱が長かったゆえ、か。 民の間にもここまで不満や欲求がくすぶっているとは」 鬼呼執政「ええ」 鬼呼族の姫巫女「魔族の血やもしれぬな」 鬼呼執政「悪いことばかりとも申せませぬ」 鬼呼族の姫巫女「うむ、目標があれば燃え、 それを見失えば失意と不満をくすぶらせる。 我らにしてからがこれなのだ。 獣牙の一族などいかばかりに血をたぎらせておるか」 鬼呼執政「で、あるからこそ、戦以外の目標を立てるべきです」 鬼呼族の姫巫女「――」 鬼呼執政「このたびの衛門族長からの提案、 わたくしから見ると悪くないように思えます」 鬼呼族の姫巫女「それはそうであろうが、 その工事が無駄に蒼魔族を刺激せぬとも限らぬゆえな」 鬼呼執政「場所を選んで着工すれば宜しいでしょう」 鬼呼族の姫巫女「場所、か」 鬼呼執政「こたびの債符なるもの、なかなかに面白い試み」 806 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 18 17 42.97 ID W1zfwn6P 鬼呼族の姫巫女「とは?」 鬼呼執政「送られたる計画をつぶさに調べたところ、 九本の道路それぞれに別種の債符が割り当てられております」 鬼呼族の姫巫女「ほう」 鬼呼執政「たとえば巨人族の都へと繋がる道の債符は そこを使用する商人しか買わないでしょうが、 鬼呼族のそれは多くの商人が必要とするでしょう。 より多くの人が必要とするのならば、 債符は多く売れ、工事は早く完成いたしまする」 鬼呼族の姫巫女「ふむ」 鬼呼執政「また言えば、鬼呼の地でおのれをもてあましたる 若者や兵士として職にあぶれていた者は、 他国へと出稼ぎに行っても道路を造る仕事がありましょう。 蒼魔族との戦闘が気になるのならば、 先にそれより離れたる、例えば機怪の地への街道を整えれば 良いわけです。 われら鬼呼は治水や潅漑などの技に生来優れております。 おそらくどのような国でも歓迎されるでしょう」 鬼呼族の姫巫女「……うむ」 鬼呼執政「いかがでしょう」 鬼呼族の姫巫女「普請の教え長を呼べ。彼ならば、家造りの 匠を良く心得ておろう。 100人班を編制して、普請組として立ち上げよう。 会議に諮って、我が鬼呼の技、高く買ってくれるところへ 売りつけようぞ」 鬼呼執政「ふぅむ。工事の傭兵でございますな?」 鬼呼族の姫巫女「血の香のせぬ、な。 これならば民も納得して、 わが鬼呼の力を魔界に見せつけてくれるだろう」 812 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 19 09 03.20 ID W1zfwn6P ――湖の国、首都近郊、さびれた文書館 ガチャガチャ……。ギィイイィィィイイ。 修道院司書「こちらでございます」 メイド姉「ありがとうございます」 奏楽子弟「すみません」 修道院司書「ここにあるのは古い時代のものばかり。 退光しますゆえ直接光に当てませんよう」 メイド姉「判りました」 奏楽子弟「すごい量と埃ね」 修道院司書「ご用がお済みの際には守衛室にお寄りください。 温かい茶など入れましょう。修道院長の話など お聞かせ願えれば、幸いです」 メイド姉「はい、是非に」 修道院司書「それではこれにて……」 ギィイイィィィイイ。コッコッコッコッ。 奏楽子弟「えっと、メイドさんってすごいんだね」 メイド姉「どうしてです?」 奏楽子弟「いや、修道院長って随分偉い人なんでしょう? そんな人の紹介状を持ってるなんて」 メイド姉「以前お世話になったんですよ。それに、それは 女騎士さんがすごいのであってわたしなんて全然」 奏楽子弟「そうかなー」 813 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 19 10 21.96 ID W1zfwn6P メイド姉「結構な量がありますね」 奏楽子弟「2、300冊? 巻物が多いね」 メイド姉「旧いと云ってましたしね」 奏楽子弟「わたしの目的は『聖骸』だけど、 そっちは何なのかな? お互い見かけ合ったら 相手に教えた方が効率が良いよね」 メイド姉「そうですね」 奏楽子弟「何を探しているの?」 シュルシュル、パラっ メイド姉「それが、判らないんです」 奏楽子弟「へ?」 メイド姉「上手く言葉に出来ないんですが『源流』を。 古い古い話を見たいんです。 知っている中で、もっとも古い話はここにありそうだったので ここを目指してやってきたんですよ。 別に古い話が目的ではないんですが、 新しくスタートをするのなら、 そもそもの最初の地点を探し出さないといけないと思って」 シュルン、パラリ 奏楽子弟「ふぅん、几帳面なんだね」 メイド姉「要領が悪いんですよ」くすっ パラッ 奏楽子弟「何だろう。古い羊皮紙ほど上質だね」 メイド姉「どうしてでしょうね」 814 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 19 11 15.10 ID W1zfwn6P パラッ 奏楽子弟「どう?」 メイド姉「いえ。『聖骸』も、それ以外も……」 奏楽子弟「こっちも、子供向けのお説教や、麦の収穫量の話だね」 パラッ メイド姉「貴重なものなのでしょうが」 奏楽子弟「うん。――ああ、これは賛美歌集だ。 こんなのは始めてみる……。メロディが判らないなぁ」 メイド姉「古いものですか?」 奏楽子弟「どうだろう」 メイド姉「こっちも古いですね」 奏楽子弟「なに?」 メイド姉「古い古い物語のようです。大地……精霊?」 奏楽子弟「ん? ちょっと見ても良い?」 メイド姉「ええ、どうぞ」 パラッ 奏楽子弟「……うーん」 815 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 19 12 53.81 ID W1zfwn6P ――崩れ去り書けた羊皮紙の詩 かつてありし光あふるる理想郷 其は精霊住みし失われた大地。 大地にありて輝くは五つの星。 森、水、大地、黄金、そして炎。 あい和合し時には乱れ、7の7乗の7乗倍、歳月を重ねる。 見よ炎に生まれし娘有り。 かつて無きその聡き額に見えない王冠はかがやき 幼き頃からその慈愛遍く万物を照らす。 見よ大地に生まれし少年有り。 異境より訪れし女と精霊の間に生まれた忌み子。 大地の魔峰を黒く汚し災いをもたらさん。 ふれあいし指先はやがて絡められ 幼き約束は胸焦がす誓いとなる 希望が解き放ち罪の名と大いなる翼の庇護の下 二つの魂は結ばれん。 もって神世は崩れ去り、理想郷は終焉す。 しかし少女は眠らずにその慈愛、遍く世を照らす 罪の名を知る人々の足下を。 816 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 19 14 14.94 ID W1zfwn6P ――湖の国、首都近郊、さびれた文書館 メイド姉「精霊の話……? 初めて目にしますが」 奏楽子弟「これ……。五大家?」 メイド姉「え?」 奏楽子弟「精霊の五大家の話だ。 こんなに古いのはわたしも見たことはないけれど」 メイド姉「どういう事ですか?」 奏楽子弟「まか……いや。あたしの故郷では。 えーっと。 大地に住む人々は全て。 何と言えばいいのかな……。 そう、伝説だね。 伝説の、その五大精霊家の血を引いているという 言い伝えがあるんだ。 例えばわたしの家だと、森の精霊家の血を引いている。 真実かどうかは判らないよ? 本気で信じている人だってもうあんまりいやしない。 でも、そう言うことになっているんだよ」 メイド姉「……」 奏楽子弟「でも、だからって、何でこんな所に……」 メイド姉「聖なる光教会……」 奏楽子弟「え?」 817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 19 15 35.69 ID W1zfwn6P メイド姉「聖光教会。その本拠地、教皇のお膝元、 大礼拝堂の地下図書館には、ここよりももっと多くの 書籍や古文書が眠っていると聞いたことがあります」 奏楽子弟「え? え?」 メイド姉「行ってみましょう」 奏楽子弟「そうはいっても、そこの紹介状も持っているの?」 メイド姉「いいえ」きっぱり 奏楽子弟「入れるの?」 メイド姉「普通は入れません」 奏楽子弟「どうするのよ~」 メイド姉「どちらにしろ、大礼拝堂があるのは 聖王国の中心部聖王都です。 噂を集めるにも、何かを見つけるにしろ 避けて通れる場所ではないと思いますし」 奏楽子弟「それも、そうか……」 メイド姉「わたしは脚を伸ばしますが、詩人さんはどうしますか?」 奏楽子弟「んぅー」 メイド姉「1人でも向かいますが」 奏楽子弟「乗りかかった船だ。行く。行きます。 『聖骸』についても、そっちのほうが詳しい情報が わかりそうだし。わたしも興味が出てきた」 メイド姉「はい、よろしくお願いします」にこっ ページトップへ <前7-4へ|次7-6へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/69.html
<前11-2へ|次11-4へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」11-3 618 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20 08 00.68 ID fsI5836P 老賢者「期待せよ。 ……いつか始まるお前の物語に。 そしていつか出会うお前の友に。 お前は馬鹿だが、けして臆病ではない。 だから、いつかは“あたりくじ”を引くことも出来ようさ。 暇があるのならば、守ってやってくれ。 人々を。――彼らは、馬鹿ではなく、無知で臆病なのだ」 勇者「なんでそんな事言うんだよっ」 老賢者「他に何をお前に云ってやれる?」 勇者「そう言うのは良いから、林檎食おうよ。魚だってさっ。 肉だって自分で取れるようになった! 街への買い物だって今なら一時も掛けずに行って帰ってこれる。 おれ、じじーに恩を返せるようになったんだよっ。 見てくれよっ」 老賢者「見えておるよ……」 勇者「そうじゃなくてっ」 ぽろぽろ 老賢者「ちゃんと、見ておるよ……」 勇者「そういうんじゃ、なくてさぁ……」 ぽろぽろ、ぽろぽろ 老賢者「……なぁ、勇者。若者よ」 勇者「……うん」 老賢者「わしは、わしで良かったな。 悔恨と失意に満ちた人生だったが、 最後になってやっと帳尻があった。 お前がいて、楽しかったよ。 ……わしはどうやら、時を得たようだ」 勇者「いやだってば、そんなのいらないってばっ!!」ぎゅうっ 老賢者「はははは。……甘えてばかりでは、ダメだ。 ねだっても、与えられはしない。 勇者、最後の教えだ。 期待は、するな。 しかし、与えて、勝ち取れ。 おまえの友を。お前の大事な人々を。 与えられた時間を有意義に使うが良い。 ――やがて行く闇の中には 思い出の他には何も持って行くことは出来ないのだから」 626 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20 38 18.39 ID fsI5836P ――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線 「急げ! 王弟元帥閣下の指示だっ」「切り出し運びました」 「ノコギリのヤスリはどこだっ!」「大天幕を持ってこーい!」 バサリッ! 参謀軍師「どの位置だ?」 斥候兵「このライン、距離にして、すでに4里に迫っております」 聖王国将官「4里……」 参謀軍師「馬ならば2時間もかかりませんね」 王弟元帥「ふふふっ」 参謀軍師「元帥閣下。迫ってくるのが、南部連合軍と聞いても あまり驚かれていないようですね」 王弟元帥「その程度の事は起きるさ。 これだけの戦だ。 それにあの娘が“次は戦争だ”と云ったのだ。 ――ならば援軍ぐらいは現われるだろう」 参謀軍師「……」 聖王国将官「準備は現在の方向で宜しいでしょうか?」 王弟元帥「よい。まずは馬防策だ。 南部連合となれば、予想される主兵力は歩兵だが、 騎馬兵力も過小評価すべきではないだろう。 問題なのは、率いているのが誰か、と云うことだな」 参謀軍師「冬寂王が軍中にあれば、南部連合は完全に本気。 この一戦に連合の命運をかけているといえるでしょう。 総司令に鉄腕王、もしくは南部連合のしかるべき王を 据えているのであれば、これも相当な入れ込みです。 負けるつもりはさらさらない。 どこかの将軍であるか、騎士隊長あたりが 率いているのであれば、とりあえずの出兵。 防備軍の寄せ集めであれば言い訳のための出兵、 と云うあたりでしょうか」 聖王国将官「その辺の報告はないのか?」 斥候兵「いえ、斥候ではそこまでは……。 それに、4里接近の報せを最後に、多くの斥候部隊との 連絡が途絶しております」 627 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20 40 34.08 ID fsI5836P 王弟元帥「いつか見た、あの女騎士将軍である可能性もあるな。 彼女は湖畔修道会を率いる英雄でもあるという……」 参謀軍師「あれが”鬼面の騎士”、”極光島の白薔薇”ですか」 聖王国将官「確かに非凡な用兵でしたね」 王弟元帥「まぁ良い。監視を……、いや、違うな。 斥候班を撤収させよ。撤収した斥候からは綿密な聞き取りをいたせ」 斥候兵「はっ! 失礼します」 ばさっ! 参謀軍師「ふむ……。今回の戦は、待ちですか?」 王弟元帥「攻守考えてはいるが、 我ら後方防備軍3万と都市攻略軍15万。 この間隙を突くのが奴らの基本戦略だろう。 奴らの数は3万にすぎぬ。 全てを相手にするとは悪夢の光景だろうさ」 参謀軍師「そうですね」 王弟元帥「で、ある以上、我らが突出をしすぎて、 本陣との距離が空けば空くほど、奴らには余裕が生じる。 実際に本陣から兵が派兵されることはなくとも、 その圧力を奴らに掛けつつ戦うためには、引きつける必要がある。 奴らに小細工や攪乱工作を用いらせないためにもな」 参謀軍師「それにしても、3万とは」 聖王国将官「ふざけた数字だ」 王弟元帥「いや、彼らは彼らの国力を精査した上で 判断したのだろう。 結成したての南部連合で、大規模な派兵は、 連合内部の不協和音に繋がりかねない。 また、本国に兵を残すことで、大陸の国家に対する圧力を 掛けることも出来る。現実的な判断であるとは思うが 果たしてその3万で、聖鍵遠征軍に何をしようと思うのか」 参謀軍師「考えが読めませんな」 王弟元帥「矛を交えれば、伝わってくるだろう」 630 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21 12 43.96 ID fsI5836P ――遠征軍、奇岩荒野、湖畔修道会自由軍 湖畔騎士団「以上でありますっ!」 女騎士「来たな」 副官「はい。しかも予想以上に早く」 執事「しかし、三万。ですか……」 女騎士「仕方がないさ」 獣牙双剣兵「なんの。三万の援軍があれば、 十万の兵でも打ち破れもうす」 湖畔騎士団「剛毅だな。お前達は。はははっ」 副官「俗に攻城三倍などといいます。あの開門都市には、 現在おおむね二万程度の戦闘可能な兵力が残っていますから」 執事「その人数で10万あまりを支えているのですから、 まさに五倍ですな。お見事という他ありません」 女騎士「さて、どうするか。だな」 副官「後方の南部連合軍と合流するのでは?」 執事「……」 女騎士「今わたし達のもつ7000あまりを加えれば、 確かに南部連合軍にとっては大きな力になるだろうが それでも聖鍵遠征軍全ては十五万を越えている。 合流してさえもばかばかしい戦力差だ。 南部連合軍三万。 都市内部の魔族軍二万。 我ら七千。 全て加えても五万七千。 三倍にもおよび、しかもマスケットを装備した聖鍵遠征軍を 相手にするにはまだまだ絶望的な状況が続いている」 631 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21 14 10.31 ID fsI5836P 副官「……」 執事「それにですな」 女騎士「うん」獣牙双剣兵「あの陣か」 執事「さようです。聖鍵遠征軍後方守備のあの陣地。 二重に引いた馬防柵は、細いがしなりやすい灌木の枝を 利用したもの。騎士の突撃は受け止められるでしょう。 そこにマスケットの銃撃を浴びせかける魂胆かと」 湖畔騎士団「なぜあの防御戦は波打ってるんでしょうね」 副官「それは判りませんが」 女騎士「おそらくは、密を作り出すためだ」 湖畔騎士団「密とは?」 女騎士「あの陣地に突撃をする場合、一定数以上の兵力で 突撃をすれば、陣の突出部分と後退部分のどちらにも 兵が入り込むことになる。 突出部分に性格に突撃した兵は、前方の敵に集中すればよいが へこんだ部分に入り込んだ兵は、前方に半円状の敵陣地を 持つことになる」 獣牙双剣兵「ふむ」 女騎士「あのへこんだ陣は、マスケットを生かすための殺戮部分だ。 へこんだ部分には、マスケットの射撃線が交わるように 設定されているのだろう。 こちらが密集隊形になればそれだけで命中率は跳ね上がる。 多数方向から銃撃を浴びせかけて、火力を一点集中させる工夫だ」 湖畔騎士団「そんな……」 副官「初めて見る戦法ですね」 執事「ではやはり……」 女騎士「うむ。この間の遊軍合流は、王弟元帥。 そしてその王弟元帥本人が、対南部連合を意識して、 後方防御軍の指揮に回ったのだろうな」 632 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21 16 20.70 ID fsI5836P 副官「王弟元帥、ですか」 執事「聖鍵遠征軍最大の軍事的才能でしょう」 女騎士「中央諸国家をまとめ、今回の遠征軍成立を働きかけた、 その張本人でもある」 獣牙双剣兵「敵の首魁か?」 湖畔騎士団「首魁というのとは違うだろうな。 だが、最大の将軍。もっとも力ある司令官と見て良い」 副官「……なぜか、切迫感を与える陣容ですね」 執事「その感覚は覚えておかれた方が良い。 司令官自身の気迫が全軍に伝わり、 緊張感を持った前線となっているのです。 あの陣地を突破するのためには生半可な手法では間に合いますまい」 女騎士「そうだな」 獣牙双剣兵「しかし、ずいぶん防御的だぞ?」 女騎士「それはおそらく、本陣と引きはなされるのを 嫌っているのだ。20万に迫る巨大兵力で十分に 可能だとは言え、聖鍵遠征軍は現在開門都市の攻略と 後方部隊への対処という、いわば二正面作戦に近しい状態にある。 これは軍事的に云えば、 消耗の大きい、あまり褒められない状況だ。 後方守備軍が突出しすぎれば、数にもよるだろうが 我が軍に取り囲まれ壊滅の危険もある」 獣牙双剣兵「ふぅむ」 湖畔騎士団「では、まさにおびき出せば!」 執事「それに乗ってくれるような男ではありませぬ。 あれで目から鼻へと抜けるような才気。 幼い頃から周囲の風景さえ違って見えたほどで」 633 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21 17 38.51 ID fsI5836P 女騎士「そうなると――。情報戦か」 副官「とは?」 女騎士「現在どちらも決定打に欠ける。 こちらから突っかかってゆけばマスケットの餌食だが 向こうも本陣からは離れたくないだろう。 と、なると、互いに相手の手の内を読み合う戦闘が始まる。 こちらの手を隠し、相手の手の内を読む。 そのためには情報が必要だ。 おそらく、契機は2つ」 副官 こくり 女騎士「1つは、開門都市の防壁がどれほど 持ちこたえられるのか? この情報だ。 我らは今、都市の内側と連絡を取ることが出来ない。 しかし援軍の接近を知らせて彼らの士気を高める必要がある」 副官「その通りです」 女騎士「もう一つは、聖鍵遠征軍内部の物資の量だ。 主に食料と、火薬だな。 この2つの量次第で遠征軍の戦術は大きな制約を受けざるを得ない。 いくら王弟元帥であっても空中から補給を取り出すことは 出来ないだろうからな」 執事「確かに」 女騎士「この2つの情報を手に入れる必要がある。 と、同時に、敵の情報を遮断する必要があるな」 湖畔騎士団「斥候の対処ですね」 副官「それならば、我らが適任ですね」 女騎士「頼めるだろうか?」 636 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21 19 21.41 ID fsI5836P 副官「お任せを。このあたりの地理はわたし達が 一番詳しいですし、何より精強な獣牙兵がついています。 斥候や偵察部隊なら、大規模軍と云うこともないでしょう。 また、付近には妖精族の者たちも身を潜めているはずです」 執事「では、わたしは敵の陣中に忍びますか」 女騎士「出来るか?」 執事「誰に仰るっ! この老執事今まで夜這いが発覚したことなど 一度たりとてありませんぞっ。侮辱してはいけませんっ!」 女騎士「……」 副官「……」 執事「あの聖鍵遠征軍の中にどんな娘さんがいるかと思うと にょっほっほっほ。……む、胸が苦しくてはち切れそうですぞ」 副官「……あの、この方は」 女騎士「何も云わないでくれ」 ドグワァッ!! 執事「なっ! 何をするのですか」 女騎士「妄想は良いからとっとと情報を集めてこい」 執事「恋する信者は執事さんのことを思うと いけないマスケット兵になっちゃうのかも知れないのですぞ!?」 女騎士「愛剣・惨殺大興奮が 老人の脳の実態調査に乗り出すぞ」 じゃきーん 執事「ふっ。余裕のない人ですね」 女騎士「良いから行ってこい」 執事「余裕のない逼迫した貧しく悲しいサイズですね」 女騎士「良いから行けーっ!!」 副官「なんだかよく判りませんが、色々お疲れ様です」 644 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 21 37 22.04 ID fsI5836P ――魔界のあちこちで 「忽鄰塔?」 「そう! 忽鄰塔!」 「人間族がまたもや開門都市に迫ってきているんだ。 魔王様が立てこもって必死に戦っているんだってさ」 「どこでやるのさ? また平原で?」 「ううん、今度はその開門都市らしいよ」 「もしかして、人間の軍と戦うための忽鄰塔なのかな」 「そうかも知れない」 「忽鄰塔か……。戦は怖いな」 「でも行かなきゃ。魔王様が読んでいる。もしかしたら 魔王様が助けを求めているのかも知れないよ?」 「ともあれ、伝令を伝えよう」 「銀鱗族へも、羽耳族へも」 「忽鄰塔……か」 「人間って、見たことある?」 「いいや、ないよ」 「人間が作った鍋を、こないだ竜族の商人が運んできたよ」 「人間かぁ。どんな奴らなんだろう?」 「こんなところまで攻めてくるんだ、戦争好きなんだろう」 「じゃぁ、獣牙みたいな感じかな?」 「蒼魔みたいな感じじゃないか?」 「そうかもな」 「ともあれ、忽鄰塔だ。長老にも知らせなきゃ!」 「そうだな、これは一大事だぞ!」 657 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 22 39 31.17 ID fsI5836P ――開門都市、防壁の上、補修部隊 ひゅるるる……どぉぉーん!! ひゅるるる……どぉぉーん!! 獣人軍人「はこべ! 石灰を運んでくれっ」 土木師弟「まずいな」 巨人作業員「いま、もってゆく……」 ひゅるるる……ぉーん!! 義勇軍弓兵「ま、また来たぞあいつらっ!!」 獣人軍人「~っ!!」 巨人作業員「だ、だめだ。……おれ……こわい」 義勇軍弓兵「無駄だって云うのにっ」 光の狂信兵「精霊は求めたもうっ!」 光の狂信兵「精霊は求めたもうっ!」 光の狂信兵「我らの魂は光の加護があある! 突撃っ!」 人間作業員「くっそう! 気が狂いそうだっ」 蒼魔族作業員「馬鹿な人間どもがっ」 獣人軍人「弓兵! 射撃!!」 義勇軍弓兵「くそったれ!!」 びゅんびゅんびゅん!! びゅんびゅんびゅん!!! 「ぎゃぁぁー!!」 「精霊に光りあれっ~!」 「精霊万歳!」 大主教猊下、ばんざーいっ!!」 どすっ! どすっ! ばた、ばたっ 659 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 22 42 43.62 ID fsI5836P 義勇軍弓兵「あ、あいつらあんなに……あんなに……はぁ、はぁ」 人間作業員「いくら防壁がそろそろ限界だからって、 その防壁に槍や剣で突っ込んで どうなるもんでもないじゃないかっ。あいつら、おかしいぞっ!」 蒼魔族作業員「なんの意味があるんだ、こんなのにっ」 獣人軍人「心を揺らすな! 監視と補修作業をするんだ」 義勇軍弓兵「おかしい。あいつらおかしいよ……」 ひゅるるる……どぉぉーん!! ひゅるるる……どぉぉーん!! 人間作業員「血が……。防壁にも血がべったりだ」 蒼魔族作業員「気にしたらダメだ。よし、こっちは終わった」 獣人軍人「市内へ行って交代班の編制を聞いてきてくれ」 義勇軍弓兵「はい、了解しました……」 ふらふら 土木師弟(限界だ……。防壁の強度もそうだけれど、 精神的な疲労もピークに迫りつつある。 防備軍は混乱しているが、あれは一種の恐怖戦術なのか。 考えたくはないが……。あいつらは命をなんだと思っているんだ) 蒼魔族作業員「監督、石の配置を」 ひゅるるる…… 土木師弟「おっ。おう。土嚢と混ぜるように、 壁の欠損箇所を補修していくぞ。おーい! 十人ばかり」 どぉぉーん!! どぉぉーん!! どぉぉーん!! どぉぉーん!! 巨人作業員「~っ!」 義勇軍弓兵「近い、下がれ! 待避だぁっ!!」 人間作業員「大将っ!」 土木師弟「なっ。総攻撃っ!? 何を考えてるんだ。 いきなり火力を集中してきたぞっ!?」 666 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 23 27 54.01 ID fsI5836P ――聖鍵遠征軍、中核陣地、だらしない天幕の群 ……ォォン! ……ドォォーン! 光の銃兵「はぁ……」 光の槍兵「腹が減ったな」 カノーネ兵「王弟元帥が食料を持ってきて くれるんじゃなかったのか?」 光の銃兵「持ってきてくれたさ。現に振る舞ってくれた」 光の槍兵「それじゃなんで……」 カノーネ兵「食料は貴族どもがかき集めちまったって話だ」 光の銃兵「灰青王は何をやっているんだ」 光の槍兵「教会に云われて、どうにもならないらしい」 カノーネ兵「また豆のスープか……」 斥候兵「たまには、温かくて白いパンを食いたいな」 光の銃兵「もうずいぶん長い間食ってないような気がする」 光の槍兵「ああ、そうだな……」 カノーネ兵「……」 斥候兵「……」 光の銃兵「……」 ……ォォン! ……ドォォーン! 光の槍兵「なあ……」 カノーネ兵「ん?」 光の槍兵「このスープ……」 カノーネ兵「うん」 光の槍兵「これって、悪魔の」 カノーネ兵「しぃっ!」 667 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 23 29 35.91 ID fsI5836P 光の槍兵「えっ? そ、そうなのか?」 カノーネ兵「食っちまえよ」 斥候兵「馬鈴薯さ」 光の銃兵 ご、ごくり 光の槍兵「いいのか? そんな物を食べてっ」 カノーネ兵「黙ってろよ。これは略奪品の中に入ってたんだ」 光の銃兵「い、異端の」 カノーネ兵「いやなら食うなよ。俺が食うから」 光の銃兵「い、いや……」 光の槍兵「これ、美味いんだよ。俺は向こうでも 食っていたことがある」 光の銃兵「そうなのか?」 光の槍兵「ああ」 ……ォォン! ……ドォォーン! カノーネ兵「こんな物でも食べなきゃやっていられないじゃないか」 斥候兵「ああ、そうだ」 カノーネ兵「集会に参加すれば、小麦がもらえるらしいけどな」 光の槍兵「いやだいやだ。俺は一度行ったことがあるけれど、 薄っ気味悪いところだぜ。二度と行きたくはねぇよ」 カノーネ兵「でも、パン……」 斥候兵「ああ」 カノーネ兵「俺は今晩にでも参加してみるよ。 懺悔集会なんだろう? 頭を下げていれば、それで小麦がもらえるなんて楽なもんだ。 いいや、どうせ俺はここに来た時から、 食わせてもらうためだったら何でもするつもりでいたんだからな」 676 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 23 54 16.64 ID fsI5836P ――聖鍵遠征軍、中核陣地、百合騎士団の仕官天幕 バサリッ!! 灰青王「百合のっ!」 百合騎士団隊長「あら?」にこり 灰青王「どういう事だ」 百合騎士団隊長「どうとは? 灰青王さま」 灰青王「なにゆえ、あのように無防備で 意味のない突撃をさせるっ!?」 百合騎士団隊長「意味のない?」 灰青王「あの防壁は、マスケットや騎馬突撃で破れる強度ではない。 ましてや、剣や槍でどうしようというのだっ!? 歩兵の集団突撃など愚の骨頂ではないか!」 百合騎士団隊長「いけませんわ。灰青王さま」 するんっ 灰青王「っ!」 百合騎士団隊長「あれらの献身は、精霊様に対する信仰の証し。 それを愚の骨頂であるとか、無駄などと云っては。 それは背教者の言いざまです」 灰青王「信仰など知ったことかっ!」 ダンッ!! 百合騎士団隊長「聖鍵遠征軍は信仰の軍なのです」 灰青王「だとしても、その前線指揮は 現在わたしが預かっているのだっ。 前線に無用の混乱を引き起こし、士気を瓦解させるような 戦術は司令官として見過ごすわけには行かないっ」 百合騎士団隊長「これは大主教猊下直々の御指図なのです」 677 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 23 57 37.96 ID fsI5836P 灰青王「~っ!」 百合騎士団隊長「そのように驚きになられなくても宜しいでしょう? 猊下は前線で苦しむ兵士の姿を拝見になられ その苦しみの何分の一かでもその身のお引き受けになろうと 自らの両目をお抉りになったのですよ?」 灰青王 ぞくっ 百合騎士団隊長「ふふふっ。あのような血と脳漿の中で 天に召された兵士達は、必ずや光の精霊の安らかなる胸の中で、 永遠の至福を味わっているはず」 灰青王「そのような戯れ言っ」 百合騎士団隊長「ふふふっ」 ちゅく。 灰青王「っ!?」 百合騎士団隊長「そんな表情をされなくても。 初めてではないくせに。もうお忘れに?」 灰青王「俺は何かをごまかすために、自分の意を通すために 心も寄せてない女を抱いたことは、一度もない。 これまでも、これからもだっ」 百合騎士団隊長「わたしにはあるのです」とろり 灰青王「……っ」 百合騎士団隊長「もはや私たちは、1つの船に乗っているのです。 この聖鍵遠征軍という船に。あの都市を落とせなければ、 あなたもわたしも漆黒の炎で焼かれるさだめ。 ふふふふっ。 あの都市を炎の中に沈め、わたし達の未来を照らす かがり火にしようではありませんか。 精霊は祝福されているのですから。うふふっ。 くすくすくすくすくすくすっ」 697 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00 18 49.24 ID quxpU4cP ――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、南部連合軍 女騎士「来てくれたのか!」 軍人子弟「当たり前でござるよ!」 鉄国少尉「お久しぶりですね! 騎士将軍」 女騎士「少尉も立派になられたな」 鉄国少尉「ははははっ。そんな事はないです。まだまだですよ」 軍人子弟「騎士師匠の軍は?」 女騎士「先行偵察で散っている」 軍人子弟「このあたりはどうでござる?」 女騎士「このなだらかなうねりを持った荒野が四方に続いている。 魔界では比較的豊かな土地だが、戦火で荒れ果てているし、 潅漑がされていないからな」 軍人子弟「……見晴らしが良いでござるな」 鉄国少尉「ええ」 女騎士「至近距離での奇襲など成功できる土地じゃないな」 軍人子弟「そうでござるね」 伝令「軍人子弟殿、後方部隊のとりまとめが済んだよし、 伝令であります!」 軍人子弟「よっし、護衛部隊とともに出発!」 鉄国少尉「我らは先行しても平気ですかね?」 女騎士「ああ、この辺に敵の小部隊は出ていない」 軍人子弟「では、王も呼んでくるでござるよ」 698 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00 22 49.99 ID quxpU4cP ――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、南部連合軍、丘の上 ビョオオオー! 女騎士「あれが、おそらく王弟元帥の引いた防衛線です」 冬寂王「むぅ」 鉄腕王「ふんっ。何とも小憎らしい」 軍人子弟「見事な防御戦でござるね。馬防柵に所々の土嚢、 簡単とは言え、物見櫓。消火用の砂山……」 鉄国少尉「その進撃速度から、電撃作戦を好む好戦的な 司令官だと思っていたのですが、そう言った雰囲気は 感じられませんね」 冬寂王「そこがかえって恐ろしいな」 鉄腕王「あの軍にもマスケットが配備されているのか?」 女騎士「確実に」 こくり 冬寂王「やり合うとなれば、相当の被害は避けられぬな」 鉄腕王「そうなるか」 軍人子弟「今回は先方に主導権を取られているでござる。 我らには戦場決定の自由がない。そして陣地を築くのは 向こうの方が早く、こちらに有利な条件は少ない」 鉄国少尉「……」 女騎士「そして、おそらくあの司令官はこちらを 甘く見ることも油断することもないだろう」 将官「では、こちらの勝機は薄いのですか?」 女騎士「薄いな」 700 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00 25 04.12 ID quxpU4cP 冬寂王「ふむ……」 鉄腕王「どうするのだ?」 冬寂王「どうする、とは?」 鉄腕王「今回わしをあえて戦闘の全権将軍にしたのは 何か思惑があるのだろう? 責任を逃れるためにそのようなことにするような王でもあるまい」 女騎士「……」 冬寂王「思うところはないではないが、まずは、魔族だ」 鉄国少尉「まずは、とは?」 冬寂王「そもそも今回の戦は、 魔界へと聖鍵遠征軍が攻め入って始めたもの。 攻め入ったのは人間、中央諸国家。 そして攻められたのは魔族の土地だ。 妖精族の領事館を通して支援要請があったとはいえ、 正式な宣戦布告をしたわけでもない。 どちらに味方をするかと問われれば、それは魔族だ。 これは南部連合会議の結果であり、変えることは出来ない。 しかし“どのように”助けるかと問われれば、 それは魔族側からの要求を第一に考えるべきだろう」 軍人子弟「……魔族、でござるか」 女騎士「魔王……」 冬寂王「その魔王だよ。 わたしは魔王がどのような人物なのかそれに興味がある。 これだけの魔界をまとめ上げ、 そしてあの人間界側から戦争を持ち込んだ 第二次までの聖鍵遠征戦争を経験しながらも、 対等な平和条約を結ぼうと努力できるその精神に興味があるのだ」 鉄腕王「では、このまま待つと?」 702 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00 27 14.95 ID quxpU4cP 冬寂王「そのつもりだ」 軍人子弟「そうなのでござるかっ!? 魔界まで来ながらっ!?」 鉄国少尉「まさかっ!?」 冬寂王「最大限犠牲を少なくなる手法を議会で確約しただろう。 我らは軍装を持ってこの魔界へと入ったが、聖鍵遠征軍ではない。 最初から相手を殲滅する意図を持って行動するのは 我ら南部連合の流儀ではないはずだ。 わたしは魔王の話を聞きたい。 その意志が、もはや聖鍵遠征軍はこの地上に存在すべきではない。 そういうのならば、人間としてその決定には一言言う必要がある。 また、もし聖鍵遠征軍が魔王の声を無視してただいたずらに 領土と血の供物を求めるのであれば、その行いを正す必要もある」 軍人子弟「しかし、そのための実力が我が軍にあるかと申しますれば」 冬寂王「だから、将軍を任せたのさ。将軍をしていては、 綺麗事を吐く時に口が鈍る」 鉄腕王「なっ。冬寂王っ」 軍人子弟「勝つ算段は現場でやれと!?」 冬寂王「どちらにしろ、今は時間が必要だろう? それは現場も上も同じ事のようだ。ほら、見てみろ」 鉄腕王「あれは……」 軍人子弟「望遠鏡を貸すでござる」 鉄国少尉「はっ」 軍人子弟「カノーネ、でござるね。 こちらに向けて、あんな風に姿をさらして」 冬寂王「寄らば撃つ。あれは示威だ」 女騎士「どうやら向こうもとりあえずは硬直を望んでいるようだな。 もし早めにけりをつけたいのであれば、あそこに構えたカノーネは 隠しておき、我らの突撃にあわせて不意に発射すべきだった」 冬寂王「魔王殿の意志が判るまでは、戦闘による被害をなるべく 押さえながらこの位置で圧力をかけ続けると云うことになるな」 708 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00 51 44.06 ID quxpU4cP ――5年前、梢の国、魔物の現れ始めた洞窟 パチパチ、メラメラ。 女騎士「なぁ、勇者」 勇者「なんだ?」 女騎士「勇者ってさ。どんな子供時代だったんだ?」 執事「そうですなぁ。そう言えば、聞いたことはありませんでしたな」 女魔法使い「……すぅ」 勇者「どうって……普通だったと思うぞ」 女騎士「そうなのか? なんかすごい英才教育を受けたりはしなかったのか? 毎日すごく苦い強壮剤をバケツ一杯飲まされたから強くなったとか」 勇者「どんな虐待家庭だよ」 執事「たしか、聖王国で暮らされていたんですよね?」 勇者「聖王国って云っても、国境の深い森の中に、オンボロ家だよ」 女騎士「ふぅん。森暮らしだったのか?」 勇者「うん。まーね」 執事「剣技や魔法は、どのように身につけたのですか?」 女騎士「興味があるな。勇者の剣は一件めちゃくちゃだが よく見ると、めちゃくちゃだ。……ちがった。 よくよく見ると、有るか無きかの品というか、 本格的な型があるように見える」 執事「剣はまだしも、魔術はある種の学問ですから、 我流で身につけるわけにも行かないでしょう?」 710 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/10/13(火) 00 53 10.33 ID quxpU4cP 勇者「……んー」 執事「?」 女魔法使い「……すぅ。……すぅ」 パチパチ、メラメラ。 女騎士「どうしたんだ?」 勇者「内緒なのだ。勇者72の秘密の1つだ。ぽんぽこぴー」 執事「そうなのですか」 女騎士「うーん。残念。……勇者は自分のことは話さないからな」 勇者「別に過去が無くたって、戦えるじゃん? どこで覚えた技だって、役に立てば問題ないってなもんだ」 女騎士「それはそうだけど」 執事「そう言うことにしておきますか」 勇者「ふわぁーぁ。もう、眠いよ。明日もあるし、寝ようぜ。 魔法使いなんてメシ食ったら30秒で寝てるじゃないか」 執事「はははは。彼女は眠るのが趣味ですからね」 女魔法使い「そして、爺さんはおさわりが趣味、と」 執事「それはもう良いではありませんかっ」 勇者「じゃ、俺も寝るよ。あそこの端っこの木陰、もらうな。 んじゃな! 見張りの交代になったら起こして良いからなー」 713 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00 54 55.77 ID quxpU4cP パチパチ、メラメラ。 女騎士「また、失敗してしまったかな」 執事「そんな事はないでしょう」 女騎士「勇者、聞かれたくなかったんじゃないかな。 でも、勇者は時々辛そうで、あんまりにも頑張り屋で。 みていられないんだ……」 執事「そうかも知れませんねぇ」 女騎士「……」 執事「でも、それでも良いのではないでしょうか。 世の中には、本人は尋ねられたくないことでも 尋ねた方が良いこともあると思うのです」 女騎士「どういうこと?」 女魔法使い「……古い」 女騎士「起きてたのか? 魔法使い」 女魔法使い「……古い思い出は、時に取り出して 空気に当てて、埃を払う必要がある。たとえ、痛くても。 自分がどこに立っているか、思い出すために」 女騎士「?」 執事「判らないでも宜しいでしょう。女騎士も、勇者も それに女魔法使いも、まだとてもお若いのですから」 女魔法使い「……としより」びしっ 執事「にょっほっほっほ。わたしは年寄りなんですけどね~」 714 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00 56 36.04 ID quxpU4cP パチパチ、メラメラ。 女騎士「わたしは、自信がないんだ。 わたしは湖畔修道会で騎士になり、 剣技も祈祷も人よりもずっと早く身につけてきた。 みんなはわたしにとても良くしてくれた。 天才だともてはやされもしたよ。 勇者の再来、いや、真実の勇者だとも云われた。 自分でも思っていた。 わたしは出来るじゃないかと。 相当にすごい力なんじゃないかって」 執事「……」 女騎士「でも、勇者に出会ってそんな考えは吹き飛んだ。 わたしがどんなに早く動いても、どんなに強く剣を振っても 勇者はその先にいっているんだ。 わたしが高速詠唱をする間に、勇者は無詠唱攻撃呪文を 2つは放っている……。 勇者の戦闘センスの鋭さはわたしのそれよりも高すぎて、 時には勇者がどんな連携を望んでいるか判らなくなる。 勇者の見ている世界が判らないんだ。 わたしは勇者に追いつきたくて必死だけど、 勇者はいつでも寂しそうで、わたしに優しくて わたしは自分の無力さに押しつぶされそうになる」 執事「そうですね……」 女魔法使い「……かんけーない」 女騎士「え?」 女魔法使い「……それでも、一緒にいればいい。それだけ。簡単」 女騎士「……」 女魔法使い「……最後まで一緒にいれば、勝ち。 今は判らなくても、いずれ判れば、勝ち」 女騎士「そう、かな」 女魔法使い「……勝つ気がないなら酒場に帰ればいい」 女騎士「そんなことはない」むっ 715 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 00 57 42.47 ID quxpU4cP 女騎士「最後までたっているのは得意だ。 重装甲に身を包んだ教会の騎士は全兵科のうち もっとも装甲の厚い、鉄壁の防御力を誇るのだからな」 執事「ぜっぺ」 ひゅばっ!! 女騎士「なにか?」 執事「いえ……。おほん、おほん」 女騎士「こう言っては悪いが、ただ立っているだけで、 あっちへふらふら、こっちへふらふらしているような 寝不足魔道士はわたしのような克己心や自制心は 望むべくも無いだろう」えへんっ 女魔法使い「……胸も、態度ほど大きくなればいいのに」 女騎士 かちん 執事「ま、ま! ここはひとつっ」 女騎士「ふっ。そうだな。光の神のしもべは くだらないことは気に掛けないのだ」 女魔法使い「……ゆずらない」 女騎士「ふんっ。それはこっちの台詞だ」 執事「これに気が付かないのですから信じられません。 それこそが勇者の資質なのかと疑うくらいですよ」ぼそぼそ 女魔法使い「……寝る」もそもそ 女騎士「何をしているんだ!? 勇者の次の見張りはわたしだ。 そこはわたしの場所だぞ」 女魔法使い「……けち」 執事「先が思いやられますなぁ」 732 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01 24 49.30 ID quxpU4cP ――開門都市、庁舎、執務室 鬼呼の姫巫女「――殿、――殿っ!!」 鬼呼執政「……どのっ」 鬼呼の姫巫女「魔王殿っ!!」 魔王「っ。すまない。続けてくれ」 鬼呼の姫巫女「……限界と見えるぞ。魔王殿。 睡眠し、食事を取らなければ」 鬼呼執政「お顔の色が真っ青ですよ」 魔王「元から戸外生活は苦手の屋内派なのだ」 鬼呼の姫巫女「そんな冗談を言っている場合ではない」 鬼呼執政「ええ。このまま魔王殿がお倒れになられては、 それだけでこの開門都市は陥落してしまいます」 ……ォォン! 魔王「……眠れなくてな」 鬼呼の姫巫女「あの大砲か。確かに恐ろしげな音だな」 庁舎職員「無理もありません」 魔王「……会いたい人に会えない。それだけだ」 鬼呼の姫巫女「――」 魔王「いや、忘れてくれ」 鬼呼の姫巫女「それは……」 こんこんっ 魔王「誰だろう?」 庁舎職員「見て参ります」 733 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01 26 48.84 ID quxpU4cP かちゃり 火竜公女「魔王どのっ。ただいま帰参いたしました」 魔王「公女。わたしは、あなたには落ちて頂こうと」 鬼呼の姫巫女「ふふふっ。こうなると思っていた。 公女、良く帰ってきてくれたな!」 青年商人「ご無沙汰していますね」 魔王「商人殿ではないかっ」 がたりっ 鬼呼の姫巫女「この方は?」 魔王「ああ、この方は」 火竜公女「人間界有数の商人の組織『同盟』の幹部の一人にして 人界の魔王とよばれるかた。商人殿でありまする」 魔王「え?」 青年商人「魔王とか勘弁してください」 火竜公女「妾の良人と紹介すればお気が済むのかや?」 青年商人「……この件が終わったら苛烈な報復を決意していますからね」 火竜公女「どのような仕置きでも受けましょう」 魔王「どういう事なのだ?」 火竜公女「魔王殿に頼まれていた、援軍でございまする」 青年商人「それにしても、しょぼくれていますね。 学士殿。 あの日のわたしに詰め寄ってきたあなたからは 想像もつかないほどだ。 手元にあれば、水でも掛けるところです」 736 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01 31 16.08 ID quxpU4cP 魔王「商人殿。それはないであろう。 いまや、開門都市の危急の際なのだ。 そもそも身なりに構ったことなど無いのだ、わたしは」 青年商人「そういう話ではありませんよ。 あまりにも狼狽しすぎていて、みっともないと云ったんです」 鬼呼執政「み、みっとも!?」 魔王「っ!」 青年商人「怒りましたか? 早く回転数を上げてください」 火竜公女「何を、商人殿……?」 青年商人「あなたが魔王をさぼっているから、 わたしのところにまで案件が持ち込まれているんですよ。 いい加減に本気を出して仕事をしてください」 魔王「している。しているではないかっ」 青年商人「出来ていません」 火竜公女「っ!?」 青年商人「そもそも魔王の仕事はなんですか? 都市防備の指揮ですか? 前線司令ですか? ただでさえあなたはそういう資質がないというのに。 人がいないというのならばともかく、 いながら使っていないだけではないですか」 魔王「……っ」 青年商人「あなたの持ち味は、無限にも思えるほど 遠くを見渡す視界の広さと、味方も敵もないほどに 透徹したバランス感覚。その冷たい論理とはうらはらに 呆れるくらいにお人好しで理想家で、本当は全員を助けたいと 死にものぐるいで願っている決死さだったのじゃありませんか? あなたは二番目に強力な絆は損得勘定だと云った。 それは一番が神聖だったからではないのですか? 正直、少しがっかりしました。 もっと回転をあげて思考速度を早めてください。 大事な臣下を失って、その痛みにすくんでいるのは判ります。 だからといって、あなたの歩いている道から 犠牲者がいなくなるなんて事はない。 その数を数えているくらいなら、 一人でも減らすために仕事を始める頃合いじゃないんですか? あなたのやるべき事は、目先の軍を防ぐことではない」 ページトップへ <前11-2へ|次11-4へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/39.html
<前6-2へ|次6-4へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」6-3 392 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 14 56 25.56 ID GDf918.P ――開門都市、小さな月桂樹の神殿 土木子弟「なんだよ、つく早々」 奏楽子弟「参拝よ、参拝」 土木子弟「なんだよ。神殿か? お前そんなに熱心だったっけ?」 奏楽子弟「別にそんなでもないけど。 せっかく音楽の神様の神殿もあるもんだからさ」 土木子弟「そうなのか?」 奏楽子弟「『開門都市』っていえば、神様の多い聖地だからね」 土木子弟「そっか」 奏楽子弟「一応その庭で商売しようってんだから 挨拶くらいしかないと気分悪いじゃない? 別に参拝くらい損する訳じゃないしさ」 土木子弟「そりゃそうかぁ」 奏楽子弟「さっ。きりきり歩くっ」 てくてく、てくてく 土木子弟「それにしても、神殿多いな」 奏楽子弟「そうねー。街を囲む丘には全部神殿有るんだって」 土木子弟「そうなのか、そりゃすげぇ」 奏楽子弟「大きいのは片目の神の神殿、雷霆の神の神殿、 光明神、欺きの神、闇の神ってあたりだけどね~」 土木子弟「で、音楽の神ってのは?」 393 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 14 57 23.40 ID GDf918.P 奏楽子弟「じゃん!! ここでーっす」 土木子弟「これ、神殿じゃなくて祠じゃん」 奏楽子弟「ぶーぶーっ! どっちだって同じじゃない」 土木子弟「建築の様式上、明らかに違うだろ」 奏楽子弟「信じる心の貴賎はないのよっ」 土木子弟「たいして信じてもないくせに」 奏楽子弟「さっ。軽く掃除しててよ」 土木子弟「お前はどうするの?」 奏楽子弟「奉納に一曲弾くっ」ぴしっ 土木子弟「で、俺は肉体労働?」 奏楽子弟「そのとーり♪」 土木子弟「まぁ、いいんだけどね」 奏楽子弟 ~♪ ~~♪ 土木子弟「それにしても、あいつ本当に音楽馬鹿の本馬鹿に なっちゃったなぁ。学んでいる時は色んな教科やってたのに」 奏楽子弟 ~♪ ~~♪ 土木子弟「人のこと云えないか。俺だって土木好きだもんな」 ざしゅざしゅっ 奏楽子弟 ~♪ ~~♪ 土木子弟「……せっ、っせ。結構土貯まってるなぁ」 394 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 14 59 08.54 ID GDf918.P ――開門都市、小さな月桂樹の神殿の前 奏楽子弟 ~♪ ~~♪ 土木子弟「んっと。こんなもんか」 土木子弟「それにしても……神殿か。見事なもんだなぁ。 二本の河と都市を囲む九つの丘、その丘の上に立つ神殿」 土木子弟「この都市を考えついたのは、相当な才覚の持ち主だぞ」 土木子弟「特に神殿が良いな。 どの神殿も優美な胸壁があるじゃないか」 土木子弟「えーっと。ん? まてよ。 どっかに紙あったかな、無いか。……地面でいいや」 がりがり 土木子弟「防壁、防壁内通路、胸壁だろー。 これって神殿って云うよりは砦みたいだよな。 形が美しいからそう見えないけど。 参拝路を支援物資搬入路だと考えれば、開放型の防御線なのか? いや、開放型とも云えないか……。 古代には防壁で繋がれていた可能性もあるもんな」 土木子弟「そもそもこれらの神殿はどれくらいの 古さの物なんだ? 随分堅牢な作りだけど……」 土木子弟「今考えれば、二本の河川も 護岸工事が為されていたようだし……。 そもそも俺たちが渡ってきたあの船着き場も、 随分高くて都合の良い曲がり角だと思っていたけれど、 古代の堤なのじゃないか? 石だの土塁だのを積んで作ったあとに、長い年月で 土が被さって植物が生えてああなったとか」 中年商人「ふむふむ」 395 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15 00 54.02 ID GDf918.P 土木子弟「だとするとー」 がりがり 土木子弟「こっちが北だから、こんなもんかな。 こんな風に街道があるけれど、 本来はこの山を貫く街道があってもおかしくない、っと。 いや、むしろ、南へ延びる動脈が必要なわけで。 そうじゃなきゃ辻褄が合わないだろう。 と、すると、この都市の本来の正門は南門なわけだ」 中年商人「ありますよ」 土木子弟「へ?」 中年商人「その方向には旧道があります」 土木子弟「ホントですかっ?」 中年商人「ええ、山を途中まで登って途切れていますけどね。 ゲートへ向かう新道から分岐してるんですよ」 土木子弟「広さは? 工法は!?」 中年商人「工法は判りませんけれど、 広さは人の身長の3倍弱ってところですかねぇ。 場所によっては石畳になっていますよ」 土木子弟「石畳……」 中年商人「興味があるんですか?」 土木子弟「すごく見たいな! 旧街道かぁ。 途切れている? それは何らかの災害のせいなんじゃないですか。 その災害で途切れて、山を迂回する新道が作られたとすれば 辻褄があうし。新道から旧街道が分岐したのではなく その逆が正しい物の見方だと思います」 396 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15 02 14.46 ID GDf918.P 中年商人「ふむふむ」 土木子弟「あ。すんません。見ず知らずの人を巻き込んで」 中年商人「あー。いえいえ、面白い話が聞けましたからね」 土木子弟「俺は土木子弟。見ての通り角つきの鬼呼族です」 中年商人「わたしは中年商人。この開門都市にやってきた 旅の商人って所ですね」 土木子弟「旅商人さんか。それで道に詳しいんですね」 中年商人「ええ、まぁ。随分あちこちに行きましたから」 土木子弟「それにしても興味深いな」 中年商人「……街路に興味があるんですか?」 土木子弟「ああ、おれは土木屋なんですよ」 中年商人「土木?」 土木子弟「聞き慣れない言葉ですよね。 堤防や街道を造ること、防壁や城を造ること、 水を生かして農業に用いる水利、木を植えたり、 災害に備えて山の形を変えたりもします。 そういう一人の手には負えない、大きなものを造るのが 俺の仕事なんですよ」 中年商人「街道も?」 土木子弟「街道もですね。獣道なんて云う言葉もあるとおり 道なんて放っておいても歩きやすい場所には 自然に出来上がっていくものだけど、 造るとなるとこれはなかなか奥の深い物なんですよ」 中年商人「橋なんてどうです?」 土木子弟「ああ。橋も重要ですね!」 397 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15 03 44.67 ID GDf918.P 土木子弟「橋というのは橋梁とも呼ばれて、 人や物が、谷、川、窪地などを乗り越えるための構造物です。 人が渡る物を橋、水を渡す物を水道橋なんて云いますね。 木造の物も多いけれど、石造りの方が主流じゃないかなぁ。 いやまてよ、この時代……。いやもっと先の時代なら 鉄製の物が出現する可能性もあるのかな? たとえばボルトのような物を……」 がりがり 中年商人「え、あ。いや」 土木子弟「となると、強度面での問題を負荷拡散して……」 がりがり 中年商人「もしもしっ」 土木子弟「あっ! いや、すいません! 話の途中で。 こういう事になるとすっかり夢中になっちゃって」 中年商人「橋と街道に興味がおありなら、 一度わたくしどもの仕事場を見に来ませんか?」 土木子弟「仕事場?」 中年商人「ええ。今まさに、橋を架けようとしているところです」 土木子弟「そうなんですかっ!? どんなです?」 中年商人「さぁ……。 見たこともないような、としか云えませんね。 なにせ、天と地が反転するような場所に橋を架けていますから」 401 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15 07 41.43 ID GDf918.P ――冬越しの村、冬の終わり、メイド妹の日記 「三度目の冬の終わりです。 この冬は使える香辛料が増えました。 肉荳蔀や胡椒、蕃紅花などです。こういうのは、 お兄ちゃんが魔界から持ってきてくれて、とっても便利です。 おにいちゃん万歳! 当主のお姉ちゃんは色々忙しいみたいです。 お兄ちゃんと一緒に、冬のお城に行くんだっていって 今日も出掛けています。 交易とか、通商とか、受け入れとかいっています。 お土産を沢山用意しないといけないんだって。 当主のお姉ちゃんは、魔界の王様もしているので お土産が沢山必要なそうです。 お土産で貧乏になるんだって。 大変だね。 本日は、ソーセージの平焼きパイを作ります。 胡椒が手に入ったので、胡椒味です。 お兄ちゃんはこれが大好きです。 血入りのソーセージのも作ろうっと。 村長さんへ届けると、喜んでくれるから。 もうすぐ、春です」 404 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15 53 28.16 ID GDf918.P ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、天幕で作られた街 勇者「おいおい、すげぇな」 メイド長「そんな風に覗かれると、不審に思われますよ」 勇者「それにしたってこれは。……街みたいだぞ」 魔王「まぁ、小さな街程度の人は集まっているだろうな」 メイド長「各氏族の主立った実力者、小さな氏族の者たち、 そういった忽鄰塔の参加者を目的に集まる商人や芸人、 売り込みに来た戦士達。 忽鄰塔には忽鄰塔に参加する何倍もの人数が詰めかけるのが 常のことですから」 勇者「……いよいよか」 魔王「ああ、いよいよだ」 勇者「勝算はどんなものだろうな」 魔王「決して良いとは云えぬ。が、時間はある」 勇者「そんなことを云っていたな」 魔王「全会一致が原則だからな。 わたしが首を振らなければ最悪引き延ばしは出来るわけだ」 勇者「ふむふむ」 魔王「とは云っても、無限の時間をかけられるわけでもない。 いくら長いとは言え、二月が限度だろう。 忽鄰塔においては前例が重視されるからな。 時には魔王の言葉よりもだ」 勇者「そうなのか」 魔王「ああ。だから二ヶ月。 その間に探り、交渉して事態を打開せねばならぬ」 405 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15 54 52.26 ID GDf918.P メイド長「本日の所は、開催宣言と挨拶程度ですね」 勇者「開催宣言は、魔王がするのか?」 魔王「そうだ」 勇者「俺はどうすればいい?」 魔王「どうするんだった? メイド長」 メイド長「えーっと、守護騎士の扱いですよね……。 魔王様が挨拶している間には、剣を抜いて地面に突き立て 右後ろあたりでぼーっと立ってればよいのではないかと」 勇者「なんだかえらく地味だな」 魔王「魔王直属の最強騎士、かつ将軍というシロモノだからな」 メイド長「ええ。ある種の権威付けと脅しですから。 ときたま“ギラッ!”とか無意味に殺気を放って 参加者連中に“こいつ、出来る!”とか思わせれば いいんじゃないでしょーか」 勇者「不安になってきたぞ」 魔王「初っぱなから不安になってはダメだ」 メイド長「そうですよ。体力消費しますよー」 勇者「それもそうだけど」 魔王「我らの天幕はこれと周囲の八つだ」 メイド長「そんなに必要ないんですけれどね」 勇者「俺らだけだしな」 魔王「とはいえ、後で貢ぎ物を届けられたり、 客人を待たせたりすることもある。 そもそも魔王の天幕がちんけでは示しが付かぬ」 406 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15 56 20.26 ID GDf918.P 魔王「さぁて、そろそろか?」 すくっ メイド長「お待ちください」 魔王「へ?」 メイド長「まさかその綿のシャツと巻きスカートに白衣 なんて出で立ちで開幕の演説に向かうおつもりでは ないでしょうね?」 魔王「だ、だめか? やっぱり」おどおど メイド長「何で小声になるんですか」 勇者「あはははっ。びびってやんの」 メイド長「勇者様」 勇者「はい?」 メイド長「しばらく背中を向けていてください」 魔王「だ、だめだっ! 勇者は外に出ているべきだっ」 メイド長「勇者様がいないと魔王様が抵抗するでしょっ!」 勇者「えー、はい。仰せの通りに」 魔王「だ、だめだというのにっ! わ、わかった。 脱ぐっ! 自分で脱ぐっ! ちゃんとするっ」 メイド長「まぁたこんな地味な下着を着けてっ」 魔王「暖かいのだ、良いではないかっ!」 メイド長「色の取り合わせをお考えください。 ほら黒ですよっ。ちゃんとつけて」 魔王「やっ。ど、どこに触るっ。苦、苦しいっ」 メイド長「脇から肉を持ってくるんですよ。 こんな時こそ駄肉でも活用しないとっ」 勇者 ……ぽたっぽたっ。 407 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15 57 48.85 ID GDf918.P ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、中央大広場 魔王「我が同胞(はらから)よっ! 我が臣民よっ!」 おおおおお! 魔王様だっ! 魔王様が演台にあがられたぞ! 魔王「まずは我が呼びかけにかくも多くの同胞が応えてくれたこと この魔王嬉しく思う。魔族の繁栄よ、とこしえなれっ!」 おおおおっ! 魔王「我が治世もはや二十年に達する。 人間族の強襲により突破されたゲートは、 長らく活動状態にあった。 起動されたゲートは魔力や法力により制御され、 我らが住むこの内側なる大地と、 人間族の住まう外側なる大地の間を隔て、 またつなげる関門としての役目を果たしてきた。 しかし、ゲートはその役目を終えた。 我が右腕にして守護の剣、 黒騎士によりついにゲートは消滅したのであるっ!」 メイド長「ほら、勇者様。一歩前へ。やり過ぎ禁止ですよ」 勇者「お、おうっ」 勇者 ザッザッザ、ガシャン!! く、黒騎士だ! あれが黒騎士……。魔王麾下の最強騎士。 光るらしいぞ? いや、俺は回るって聞いた。音も出るらしい……。 勇者 ギラッ☆ す、すごい殺気だっ! なんて恐ろしい気迫なんだ……。 409 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 15 58 34.99 ID GDf918.P 魔王「我が同胞(はらから)よっ! 我が臣民よっ! ゲートは消滅したっ。 これにより、内なる大地と外なる大地は、 今ひとつの大地となったのである! 我らの前に広がるのはもはや旧き日の我らが世界ではない。 新しい一つの世界であるっ!」 おおおお! 魔王! 魔王様! 魔界に栄光あれっ! 魔王「我が臣民よっ! 今こそ我らは岐路に立つっ。 この内なる大地に山積した諸問題にもけりをつける時が来た。 あまたある氏族の長なるものよっ。 参集に応えてくれて礼を言おうっ。 だがしかし、今はそのような儀礼に時を費やすことなく 我らが明日への道を探らねばならぬ」 おおおお! おおおおお! 魔王「我、三十四代魔王なる“紅玉の瞳”は ここに忽鄰塔の開催を宣言するものであるっ!」 おおおお! おおおおお! 魔王様! 魔王様~! 魔王様ーっ!! 魔王様!! 魔界万歳! 忽鄰塔万歳! 魔族の繁栄よとこしえなれっ!! メイド長「……ふぅ」 魔王「とりあえずはこのような物でよかろう 勇者「なんか、もう、えらい人数だなぁ」 423 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16 39 02.47 ID GDf918.P ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕 ――その夜 勇者「はぁぁぁ」 ぐってり 魔王「ううう。しんどかったな」 くたり メイド長「あらあら、まぁまぁ」 勇者「何でメイド長はそんなにタフなんだ」 魔王「ば、ばけものか」 メイド長「わたしがご挨拶に付き合った訳じゃありませんから」 勇者「あれから何人にあったんだ?」 魔王「さぁ……? 15組くらいまでは覚えていたが」 メイド長「48氏族でございますよ」 勇者「48!? よんじゅうはちって云ったか」 魔王「数千人はいたかと思ったのに」 メイド長「まぁ、一組の氏族さまが挨拶に見えられると 族長に何人かの有力な枝族のひとに、王子や王女や なんやかやにお付きの人なんかも来て、 結構な大人数ですからね」 勇者「それが一斉に喋ると、なんかこー。 うわーんと耳鳴りがするような……。すげぇな」 魔王「メイド長。茶を頼む。甘いやつ」 勇者「俺もだ。すげー甘いやつ」 メイド長「はいはい、お待ちくださいね」 424 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16 39 58.04 ID GDf918.P 勇者「なんだっけ、魔王」 くて 魔王「なんだ勇者」ずるずる 勇者「えーっと。八大なんちゃらってのは、挨拶来てたのか」 魔王「来てたぞ。真っ先に来てた」 勇者「よく判らなかった」 魔王「そうか。馴れないとなかなかピンとは 来ないのかも知れないな。どこの氏族も立派な挨拶をしていたぞ」 勇者「そうか。悪いけれど、今後のためにもざっくり解説 してくれないか? 今日の様子も含めてさ」 魔王「うむ、かまわんが。……メイド長、もう一杯たのむ」 メイド長「はい。畏まりました」 とぽとぽとぽ…… 魔王「まず、真っ先に来た使節は人魔族だな。 人魔族はもっとも数の多い魔族だ。 姿形は、人間族に似ているな。もちろん瞳の形や身体の各部分に 特徴のあるものもいるが、ちょっとした変装で人間社会で 暮らすことが出来るものが殆どだろう。 人魔族は数が多い上に、混交や、他の種族からの流入も多い。 生粋の人魔族は、紋様族や秘眼族くらいだろうな。獣人族や 鬼呼族のものが、人魔族と交わり、一員になっているケースは 珍しいことではない」 勇者「ああ、わかった。あの威厳のある貴族風のおじさんだな」 魔王「そうだな。あれでも斧を使わせると強いらしいぞ?」 425 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16 41 19.41 ID GDf918.P 魔王「彼らは人間界侵攻については、賛成でも反対でもないんだ。 というか、数も多いし、枝族も多いから そこまで統一された意見を持ちずらいというのが本音だ。 人間界侵攻に限らず、多くの問題に中庸の姿勢を取る。 まぁ、氏族としては煮えきれないんだが 個人個人は好奇心も強く、その場その場の状況に悪く云えば迎合、 よく言えば臨機応変に対応してゆける連中だ」 メイド長「都市居住の魔族は、特に人魔族が多いですね」 勇者「ああ。開門都市で出会う、ちょっと猫目だったり 腕が長かったりする連中は人魔族なのか」 魔王「そうだな。彼らは氏族としては、 良くも悪くも保守的で堅実だ。 と云うのも数が多くて、内部での 意見調整が付かないせいなのだがな」 勇者「ふぅん。……まぁ、会議では敵でも味方でもない感じだな」 魔王「そうだ」 勇者「ふむ」 魔王「次に来ていたのが、蒼魔族の連中だ。 肌が蒼くて、記章をいっぱいつけていた……判るか?」 勇者「ああ、判る。すっごいきびきびしてた連中だろう? 蒼魔族は知ってるぜ。何度か剣をあわせたこともあるし。 なんだろうな、エリートって感じだよなー。 実際弱い蒼魔族にはあったことがない」 魔王「そうだな。蒼魔族は強力な部族だ。 数としては人魔の半分もいないだろうが、 身体能力と魔力に秀でていて、個体能力が高い。 魔族の中でも優秀と云えば、優秀だ。 彼らもいくつかの枝族に分かれているが、 共通しているのは蒼い肌だな。瞳の色は金色から赤まで様々だ」 427 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16 43 18.32 ID GDf918.P 勇者「ふぅん」 魔王「彼らは結束力の強い氏族で、 氏族内部では完全な階級社会を築いているな。 蒼魔族の族長は、他部族の族長とは別次元の権限を持っている。 また戦士が尊ばれる軍人国家的な性格を持っているな。 彼らは純潔を重んじるために、他種族と交わることは 殆ど無い。親戚での結婚が奨励されるほどだ」 勇者「魔族もいろいろだな。共存についてはどうなんだ?」 魔王「彼らは人間界侵攻論の急先鋒だ。 もちろん領土的だったり経済的な野心も持っているが、 一番強いのはエリート意識だな。 その意識が発展に向かううちはよいが、 戦争に向かうとなかなか物騒な一族なんだ」 メイド長「実際、大きな軍事力も持っているから始末に負えません。 八大氏族の中ではもっとも多くの魔王を輩出しているという 自負心もあるでしょうしね……」 勇者「やっかいそうだなぁ」 魔王「やっかいついでに、開戦論のもう一方の雄が獣人族だ。 獣人族は、これまた様々な氏族に分かれているな。 獣の身体の一部を身体の特徴として持っている氏族だ。 いまの族長は銀虎公と呼ばれている。 彼らはあまり都市には住まない。山野に城塞などを作り、 そこに住むことが多いな。 森の中や自然の中で起居するものも多いようだ。 文明程度では遅れた氏族だが、その分戦士としては強靱だ」 勇者「あー。んー……。魔狼元帥とかやっちゃった……」 魔王「それは先代の大将軍だ……。やっぱり勇者がやったのか」 メイド長「まぁ、あの将軍も開戦論派でしたから……」 428 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16 45 27.72 ID GDf918.P 魔王「この獣人族も、開戦論派だな。 元々血気にはやった連中だし、地下世界では、 最近耕作面積が増えて、原生林の伐採や開墾が進んでいる。 新しい居住空間を求めて、地上世界を縄張りにしようという、 いわば偏向した領土欲求だな」 勇者「偏向してるのか?」 魔王「獣人族の概念では、縄張りというか領土は重複可能なんだ。 そもそも彼らの多く、まぁ肉食獣的な性向を持つ氏族は、 1人あたりに要求する空間が桁違いに大きい。 人間や農耕を行う魔族は、せいぜい一人が耕せる広さしか 要求してこないが、彼ら獣人族が要求するのは、 1人あたり数km四方の“狩り場”なんだ。 その上、彼らは彼らと文化の違う氏族、 つまり農耕をする氏族の縄張りと、自分たちの縄張りは 重なっていても構わないと考えてる。 なぜなら自分たちが行っているのは、 農耕ではなくて“狩り”だから、だとね。 これではいくら人数が少なくとも 他の氏族との関係はぎくしゃくするよ」 勇者「そりゃそうだ」 魔王「まぁ、そんな獣人族も最近は内部で穏健派が 育っていたはずなんだが……。 今は強硬派が息を吹き返しているらしいな」 メイド長「そうですねぇ」 魔王「さて、次は機怪族だ。魔族の中でも相当に 変わった連中だな。機械仕掛けの鎧みたいな連中だ」 勇者「ああ。うん、判った。いたな、そういうの」 魔王「彼らはからくりと魔力機関を育てている氏族でな。 時に技術者を輩出することでも有名だ。 もっとも彼らのからくりは、機怪族の身体と接合される 前提なので、魔界全土に広まることは滅多にないのだが」 429 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 16 47 23.47 ID GDf918.P 魔王「彼らもまた開戦論支持者だ。 もっとも機怪族は前の二氏族よりは随分冷静というか、 利己的で目的ははっきりしている。 彼らが欲しいのは金属資源なのだな。 それも希少土類が欲しいらしい。 彼らの研究欲を満たすためには新しい金属サンプルが必要で そのためには地上はもってこいの鉱山なのだろう。 また、彼らの領土の鉄鉱山は枯渇しつつある。 それも開戦論を支持する理由の一つだな」 勇者「やっと説得できそうな相手が来たよ」 メイド長「そうですね」 魔王「まぁ、だからといって油断は出来ん。 かれらは、八大氏族の中ではもっとも数が少なかったように思う。 そのため謎が多くてな。わたしにも実態は知れない。 どのような隠された目的や意図があるやも判らないのだ。 そもそも、彼らがどのようにして生まれて、 本当はどのような姿なのかも判らぬ。 あの大鎧のような外見が本物なのか からくりなのかも今ひとつ判然とせぬのだ」 勇者「ああ、あれはからくりだよ? 鎧の中には、クリーム色とピンクの、 何かどろっとした果肉みたいなのがつまってて、 その中に女の子が入ってるんだ。 中から魔力伝達糸と圧力シリンダで動かしてるって云ってた」 メイド長「……」 魔王「……」 勇者「え? どうしたの?」 437 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17 39 25.50 ID GDf918.P ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕 勇者「らからなんれもないのり……」 魔王「わたしも女騎士もいるのに、なんでそう 女子に好意を振りまいて生活するのだっ」 勇者「いや、あれは好意じゃなくて勇者の義務で……」 魔王「問答無用ぞっ」 メイド長「はぁ……」 魔王「連れ帰って紹介するくらいの覚悟があるならともかく、 それだけの覚悟もなく婦女子の裸体だけを見るとは何事か」 勇者「はひすひません」 魔王「まったく!」 メイド長「ほんとですよ。傷物にする順番を考えてください」 勇者「えらいすひまへんれひた」 魔王「……」ぷんすか 勇者「……」 魔王「……えーっと、どこまで解説したのだったか?」 メイド長「人魔族、蒼魔族、獣人族、機怪族までですね」 勇者「のこりは……4っつか?」 魔王「と、なると……竜族か」 勇者「ううう。竜なら少しは判るぞ」 魔王「そう言えば火竜大公とは面識があるのであったな」 勇者「開門都市の時に賭けをしたからな」 439 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17 41 58.71 ID GDf918.P 魔王「竜族もまた高い戦闘力と英知を秘めた氏族だ。 現在の長は火竜大公だな。 竜の姿と人の姿を行き来できると云われているが、 実際行うには高い魔力が必要とされるので 限られた血筋の才能有るものが可能にする秘術だ。 多くの竜族は、竜の角や鱗を秘めた人型の氏族だな。 彼らもまた山中に住み、あまり他の氏族と関わろうとはしない 孤高の氏族だ。だが決して愚かではないため、先々の 展開を読もうとするところは買えるな。 わたしとしては、今日火竜大公と話した感じでは そこまで馬鹿ではないと思った。 だがしかし、ひいき目に見ても氏族としての態度は保留、 中立であろうなぁ」 メイド長「そうですね」 勇者「まぁ、氏族を率いるなんて云う立場に成ると、 どんな決断でも軽々しくは下せないのかも知れないな」 魔王「次は巨人族か」 勇者「おお、あのでかい連中だな?」 魔王「うん、そうだ。とは云っても、 身長はわたしの3倍程度から倍程度の者が多い。 彼らはこの地下世界でも中央部から北方にかけて住んでいる。 多分に漏れず枝族にわかれていて、 山に住まう者、森に住まう者、丘に住まう者などがいて 性質も様々だ。 中には乱暴者もいるが、それも“乱暴”程度であってな。 凶暴とまではとても云えぬ。 話してみれば素朴で素直な連中だと云えよう」 勇者「じゃぁ、味方になってくれそうか?」 440 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17 43 32.48 ID GDf918.P 魔王「それはそれで、ちょっと難しい。 彼らの先祖は、どうやら地上世界に 何回か出た事があるらしくてな」 勇者「そういえば、巨人のおとぎ話は地上にもあるな」 魔王「どうも、人間には良い感情を持っていない。 “巨人を騙して無理矢理働かせる意地の悪い人間”というのは 巨人族全体で語り継がれている、 それこそ子供でも知っている物語なのだ。 彼らは地上世界に関わることを望んではいない。 どちらかと云えば放っておいて欲しい派閥だ。 しかし、あえてどちらかを選べ、と迫るならば 人間と共存するよりは戦争をすることを選ぶと思う」 勇者「人間のご先祖様何やってるんだよ……」 魔王「まぁ、仕方有るまい」 勇者「見るからにでっかくて気の良い連中っぽいのだけどな」 魔王「付き合ってみると、酒好きの良い奴らだ」 勇者「残りは?」 魔王「鬼呼族は角を持った氏族だ。 なかなか複雑な氏族だが地下世界の東側を領域としている。 魔族の中でも器用な連中で、法力を使いこなす者もいるな。 妖力を持ち、姿を消したり変えたりするのもお手の物だ。 ……魔物の中にも、動物とは言え、それなりに知恵を 持つ存在がいるのは知っているであろう?」 勇者「ん? ああ」 441 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17 45 04.60 ID GDf918.P 魔王「そういった魔物を使役する術も鬼呼族が得意とするものだ。 彼らは彼らなりのやり方で世界を見る。 彼らの傘下に収まっている小氏族も多いし、支配地域も広い。 あまり発言力は強くないが、それは彼らが魔族にもあまり 興味を抱いていないせいだな。 詰まるところは自分たちでバランス良くやっているのだ。 そのせいで、人間界侵攻には否定的。 だがしかし、共存したいわけでもない。 出来れば二つの世界は切り離したいという所であろう」 勇者「そうか。鬼呼族とは知り合いが居ないように思う」 魔王「開門都市のあたりには少ないだろうな」 メイド長「お酒が有名ですよ。それに米、ですね」 勇者「米?」 魔王「温暖で湿潤な地方で取れる農作物だ。麦に似ているが、はるかに生育条件の制約は厳しい。その代わり面積あたりの生産量は段違いに優れる」 勇者「そんな作物があるのか」 魔王「気候によるんだ。南部諸王国では芽さえでないだろうな」 勇者「で、ラストは俺でも判る。妖精族だ」 魔王「うむ。いまは妖精女王が治めるのが妖精族だ。 元来は森に住む小さな魔族の総称だったが、時を経るごとに だんだんと融和し、今では妖精女王の治める宮殿を中心に 協力して暮らしを営んでいるな」 勇者「妖精族は味方なんだろう?」 魔王「ああ、彼らは殆ど唯一と言っても良い 人間族共存派だ。聖鍵遠征軍からの被害にも遭っていないし 悪感情を持っていなかったんだろうな。 姿形に美しい者が多いので、 おそらく人間とも会話しやすいのだろう」 メイド長「妖精女王もなかなか英明な方のようですしね」 444 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17 51 42.78 ID GDf918.P 魔王「ま、あ妖精族は基本的には ちょっと悪戯好きだが、戦争嫌いの臆病な連中だ。 と云うのも彼らは魔力こそそこそこ有るが戦闘能力が低くてな。 魔族同士の戦乱の世ではまっ先に 犠牲になっていたという歴史があるからだ」 勇者「そう言えば、以前、人間との戦争の前は 魔族同士で争っていたって云ってただろう? あれはどんな感じだったんだ?」 メイド長「あれは乱世でしたね」 勇者「乱世……?」 魔王「基本は鬼呼族と蒼魔族の戦い、 人魔族と獣人族の戦いの二つが同時に起こっていた。 だがまぁ、至る所へ飛び火してな。 魔界の中に無関係と云えるような氏族や場所の 方が少なくなってしまった」 メイド長「血なまぐさい時代でしたね」 勇者「魔王は止めようとはしなかったのか?」 魔王「もちろんした。あのときも忽鄰塔を開こうとしていたのだ。 人間との戦争が開始されなければ……。 いや、それは云っても、仕方ないか」 メイド長「……」 勇者「まぁ、それはそれとしてもだな」 魔王「うむ」 勇者「やっぱり相当に辛そうだよな」 魔王「うーん」 445 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17 53 30.73 ID GDf918.P 勇者「だって、人間との共存を認めているのは 妖精族だけなんだろう? そんで、全会一致って事はそれ以外の氏族は 全部説得して人間との共存を認めさせなきゃならない。 7つの氏族をそれぞれに説得して回るってのは これは相当に難しい問題だろう。 ちょっと方法の想像さえ付かないぞ」 魔王「人間との共存は目指さないよ」 勇者「へ?」 魔王「共存じゃなくても良いんだ。 とりあえずの所は、戦争の停止だけで十分だ。 なんだったら限定的な鎖界、とかでもいい」 メイド長「鎖界とはなんですか?」 魔王「界を閉ざす。交流を断つってことだな」 メイド長「出来るんですか? ゲートのない今」 魔王「そりゃ完全なことは出来ないだろうが、 お題目としては有りだろう。 もちろん鎖界が戦争に繋がっては意味がないから 人間側の、まぁすくなくともいくつかの国とは 停戦協定をした上での鎖界と云うことになるだろうが」 勇者「そんなのでいいのか? 魔王は共存を目指してきたんだろう?」 446 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17 56 29.74 ID GDf918.P 魔王「それはそうだが、絵に描いた餅を眺めていても 仕方ないだろう。 目下は戦争を急いで停止することだ。 今のところはわたしが怪我で負傷をしたと云うことで 休戦状態にあるが、別に条約を交わしたわけでもなく “事実上の休戦”でしかない。 人間とは現在戦争中なんだよ。 この状況では、小さなきっかけからどこで火が付くか判らない。 現にこのあいだ蒼魔族が人間界に単独侵攻したけれど あれだって戦時下だから、魔王とは言えわたしにも なにも云えない」 勇者「そうか。……そうだな」 魔王「とりあえず、停戦を目指す。 平和とか交流は戦争を止めてから考えるしかない。 地下世界と地上世界の交流にはそれだけの価値があると わたしは思うんだ。だから、心配はしていない。 わたしは経済屋だしな」 勇者「交易で?」 メイド長「うん。地下世界から見れば、地上は宝の山だ。 塩や鉄や麦、羊や魚。欲しいものが沢山ある。 地上から見た地下も同様だ。香辛料や金、茶。 平和が来さえすれば、たとえ鎖界していたとしても 地下と地上は徐々に触れあってゆく。 当たり前だ。もうゲートはないんだからな。 人が行き来をすれば、感情的に行き違いがあっても 少しずつ傷も癒える。一口に魔族や人間と云ったところで 個人個人はいろんな存在がいるのだって判るようになる。 共存も出来るようになるさ」 447 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 17 58 52.13 ID GDf918.P 勇者「そっか。うん」 魔王「目指す結論が、一時的な停戦であれば 氏族の意見も中立で十分だ。 “共存はともかく、積極的に攻めなくても良い”程度でな。 積極的な抗戦論を展開している氏族は、 蒼魔族、獣人族、機怪族の3氏族だけだ。 この三者を口説き落とすか、鬼呼族を交流賛成にまで もっていって説得の側面支援に回ってもらえれば、 とりあえずの停戦は成り立つと思う」 勇者「そう考えれば……。さっきよりは無理じゃない気がしてきた」 魔王「であろう?」 勇者「そうだな。俺たちの代で全部やらなくても良いんだ」 魔王「なにをいうか。見届けるまでは……」 メイド長「まおー様」 魔王「あっ……」 勇者「……」 魔王「……」 勇者「まぁ、うん。とにかく随分目の前が開けたぜっ!」 魔王「……」 勇者「なんてツラしてんだよ。忽鄰塔を乗り切らなきゃ どっちみち明日も明後日もないんだぞっ。 そのみっつの氏族を切り崩す準備はあるんだろうな?」 魔王「む。それは、明日からの交渉次第だな」 勇者「作戦は?」 魔王「まずは時間稼ぎだ」 452 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 18 17 37.17 ID GDf918.P ――地下世界(魔界)、中央の交易都市、酒場 執事「クリッタイ?」 魔族の旅人「忽鄰塔、だよ。クーリールーターイー」 執事「忽鄰塔ですか。ほむ」 魔族の旅人「どこの山から下りてきたんだい、爺さん」 執事「し、失敬な! 田舎者ではございませぬぞ」 魔族の旅人「いや、どこからどう見ても田舎者だよ」 執事「そうかもしれませんが」しょんぼり 魔族の旅人「まぁ、良いってことよ。 暴漢から助けてもらったのは有り難かったしな! 爺さん、あんた強いなぁ!」 執事「これでも昔はぶいぶいいわせてたのですよ」 魔族の旅人「昔はか?」 執事「いまもぶいぶいですぞ。主にこんな」ぎゅいんぎゅいん 魔族の旅人「わははは! 爺さん若いなぁ!」 執事「にょっほっほっほ」 魔族の旅人「まぁ、お陰で荷物も無事だったよ」 執事「ところで、その忽鄰塔なるものは賑やかなのですか?」 魔族の旅人「ああ、そうだよ。大会議って云うくらいだからな」 執事「ほむ」 魔族の旅人「どれくらい賑やかなのかは 何十年に一度のものなんで行ってみなければ判らないが 主立った氏族の族長全ての魔王様まで出席だし 賑やかじゃないはずがないだろう」 453 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 18 19 02.00 ID GDf918.P 執事「魔王、ですか」きらっ 魔族の旅人「魔王様だろっ、爺さん」 執事「そうでした! 魔王様魔王様。にょはは」ぎゅいんぎゅいん 魔族の旅人「俺もここらで玉蜀黍を仕入れたら 忽鄰塔へと回ってみるつもりなのさ」 執事「おや、会議なのに今から向かっても間に合うのですか?」 魔族の旅人「忽鄰塔と云えば、一ヶ月は開かれているのが 普通だって話だぜ。たとえ会議が早く終わっても、 その場合は早く終わったことを記念して宴が開かれるはずさ。 そうなれば玉蜀黍も捌けるだろうし、 ああいう会合は東西から商人が集まるんだ。 何か面白い荷が買い込めるかも知れない。どうせ一人旅だしな」 執事「そうですか、それは良いことですぞ」 魔族の旅人「ま、そんなわけで乾杯だ!」 執事「乾杯!」 魔族の旅人「乾杯!」 執事「にょっはっは。これは美味いですな!」 魔族の旅人「だろう、このあたりは玉蜀黍で酒をつくるのさ」 執事「にょっほっほ。いけますぞ!」 魔族の旅人「おうおう、どんといけ!」 執事(……忽鄰塔。魔王もその姿を現すという魔族の 戦略会議……。情報の価値は無限に大きいでしょうな) 465 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 19 54 39.40 ID GDf918.P ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、騎馬の背 青年商人「配役に手違いがある気がしませんか?」 火竜公女「約束は、約束ですゆえ」 青年商人「適材適所という言葉があると思うんですが」 火竜公女「契約を捨てるかや?」 青年商人「……」 火竜公女「反故にするかや?」 青年商人「判りました」 火竜公女「殿方はそうでなければ」 青年商人「どこで間違ったかは反省の余地がありますね」 火竜公女「明日の朝日をみれるのならば 反省会には妾がとっくりと付き合って進ぜる」 青年商人「いや、そこでお酒を入れるのが間違いだと思うんです」 火竜公女「酒は百薬の長にして人生の友と云うゆえ」 青年商人「公女のそれは度を過ぎています」 火竜公女「“我が君”の言葉であれば聞きもしましょうが」ふいっ 青年商人「……はぁ」 火竜公女「殿御ぶりが下がりますよ」 青年商人「もう大暴落ですよ。中央金貨も真っ青です」 火竜公女「行ってらっしゃいませ」 青年商人「骨は適当に肥料にでもしてください」 466 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/19(土) 19 56 09.22 ID GDf918.P ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、竜族の天幕 さくり 火竜大公「誰ぞ?」 青年商人「こんばんは。お邪魔します」 火竜大公「何者だ? 近習、なにをしているっ」 近習「この男、公女殿下の紹介状を持っておりまして」 青年商人「よろしくおねがいします」 火竜大公「……良かろう。で、何者なのだ? 人間」 近習「にっ、人間っ!?」「人間ですって!?」 青年商人「判るものですか」 火竜大公「匂いが違うわ」 青年商人「ご慧眼ですね。竜族の長たる火竜大公。 わたしは青年商人。人間の世界で商売を営むものです」 火竜大公「商売とは?」 青年商人「あらゆるものを売り買いしております」 火竜大公「ふむ。まぁよい。 公女の紹介状ゆえ見逃そう。疾く去れ」 青年商人「そうはいきません」 火竜大公「何を言うのだ、人間風情が」ぼうっ 青年商人「いや、わたしだって去りたいんですけれどね」 ページトップへ <前6-2へ|次6-4へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/54.html
<前8-4へ|次9スレ目へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」8-5 723 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00 49 11.65 ID 1eGbtUQP 女魔法使い「……」 メイド姉「なんで、こうなるんですか?」 女魔法使い「……成り行き」 メイド姉「成り行きっ!? 成り行きでこんなにっ、 こんなに人が死ぬんですかっ。そんな事許されるんですかっ!」 女魔法使い「では、成り行き以外の何なら赦せるの?」 メイド姉「……っ」 女魔法使い「……」 メイド姉「……それは。そんなのは」 女魔法使い「異なる二つの存在があり、 複層化されたレイヤにおけるベクトル量が違う場合 概念的なレベルにおいて速度差が生じる。 もしその二つが接近しており、影響を与える場合、 その相対的な速度差によって、 より高速な側が外側となって巻き込むことになる。 これを散文的に表現すると、時代の回転という」 メイド姉「……」きっ 女魔法使い「時代が回転する時、その軋轢は血を要求する。 血塗られた曲がり角を経て、時代は回転する」 メイド姉「そうでなきゃならないんですかっ!? 嘘ですっ! 平和に曲がることだってあるはずですっ」 女魔法使い「例外はない。 仮に血が流れていないように見えても それは知覚できないだけ。 肉体の血ではなく、精神の、魂の血が流れただけ」 メイド姉「……嘘、です。そんなのっ」 724 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00 52 31.32 ID 1eGbtUQP 女魔法使い「嘘ではない」 メイド姉「……っ」 女魔法使い「ときに、人より多くの血を流せる個人が現われる。 何によってかそうなった彼らは、 数千人分。時によっては数万、数十万人分の血を流して 回転の要求する血量を一人で肩代わりする。 彼ら個人によっても、時代の要求した血量は隠蔽される。 まるで犠牲など、無かったかのように」 メイド姉「……」 女魔法使い「嘘ではない。なぜならその証拠に ――貴方は、それを知っている。ううん、感じている」 メイド姉「……」 女魔法使い「今ならば判る。学んだ今ならば、 ……魔界を征服するのは。それはそれで、回転だった。 しかし、その回転の必要とした血量は (魔王+勇者)と多少の+αでまかなえたはずだった」 メイド姉「何を言っているか判りません」 女魔法使い「……判る必要はない。貴方は知っているのだから」 メイド姉「っ」 女魔法使い「だから道を探していた。ちがう?」 メイド姉「だからって。だからって」 女魔法使い「“勇者は報われない仕事だ。 特にこの世界ではそうなのだろう。 救うまでは神のごとく崇められるかもしれないが、 去れば記憶に残らない。 魔物を倒せば目的に近づくが、 魔物をすべて倒せば存在意義が無くなる。 勇者とはまるで自分を消滅させるために 輝いている星のようだ”」 725 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00 54 40.87 ID 1eGbtUQP メイド姉「あなたは……まさか……」 女魔法使い「それも真実だ」 メイド姉「だとすれば、貴方は悪魔ですっ」 女魔法使い「自覚のある罪と自覚のない罪では罪科が代わると?」 メイド姉「そうですっ!」 女魔法使い「……だとすれば、無知は得だ。 知らなければ知らないほど、罪が減るのだろう?」 メイド姉「だって、あなたはっ」 女魔法使い「……」 メイド姉「血を、血の量をっ。誰かを生かすために、 こんなにも沢山の血をっ、見殺しにしているんですかっ」 女魔法使い「……それも一面の事実といえる」 メイド姉「……っ」 女魔法使い「気に入らないのか?」 メイド姉「当たり前ですっ」 女魔法使い「ならば、貴方は貴方の道で救えばいい」 メイド姉「……っ!」 女魔法使い「忘れるべきではない。貴方も同じ船に乗っている。 貴方もあの血の流れに救われている。血のながれる河の船の上で」 メイド姉「それでもっ! それでもっ!」 女魔法使い「……送ろう」 メイド姉「……っ」 女魔法使い「……貴方には、やはりこの図書館は、似合わない」 815 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 16 40 41.77 ID 1eGbtUQP ――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地 ゴウゥゥン!! ガウゥゥン!! 「う、うわぁぁぁ!!」「う、うしろにもっ!!」 女騎士(これは……なんだっ!?) 冬国仕官「堪えろっ! 南の勇士よっ! 騎兵隊、左翼の敵突出部隊を叩けっ」 ゴウゥゥン!! ガウゥゥン!! 冬国槍兵士「姫騎士将軍のためにっ!」 冬国弓兵士「我らが故郷のためにっ!」 蒼魔歩兵「助けてっ、何かがっ!」 ゴウゥゥン!! ガウゥゥン!! うわぁぁあ!! 見えない槍だっ、見えない槍なんだ! 女騎士「――っ! 仕官っ!!」 冬国仕官「はっ!」 女騎士「色狼煙をあげろっ! 合図だ! 前線を80歩後退っ!」 冬国仕官「何が起きているんですかっ!?」 女騎士「蒼魔族後方より無数の新たなる敵が現われた。 ――おそらく、教会の遠征軍、その本隊だ。 ここまで早いとは。 それに、あの音は何だ……。嫌な予感がする。 狼煙を三本あげろっ!!」 816 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 16 41 45.49 ID 1eGbtUQP 斥候「騎士将軍っ! 敵はどうやら聖教会兵、その数数万っ!」 冬国仕官「数万!?」 斥候「未知の武具で武装し、魔族、我々関係なく、 行き会う全てに攻撃を加えておりますっ!! 冬国仕官「そんなっ。蒼魔族だけでも2万からの軍勢がいるのに さらに数万だとっ!? こっ、ここまでなのかっ」 ゴウゥゥン!! ガウゥゥン!! 女騎士「いいやっ。まだ生きている。 まだ負けてはいないっ。 防衛ラインを崩すな、湿地帯へは近寄らせずに、堅持しろ! 午後も深くなった、気温が下がるっ。霧が出るぞっ」 冬国仕官「……くっ。了解っ!」 女騎士「傷病者搬送を急げ!! 戦場図記載の深紅のルート以外 今後一切の使用を禁止する!! 全軍に通達っ!」 冬国槍兵士「押せっ! 押しかえせぇ!」 冬国弓兵士「ここは俺たちの国だっ!」 女騎士(使う相手が変わる、か。 ……どこまで行けるか判らないが師弟合作だ。 蒼魔も教会も、付き合ってもらうぞっ) 817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 16 43 43.43 ID 1eGbtUQP ――蔓穂ヶ原、森林部、待機場所 鉄国少尉「あれはっ」 鉄国歩兵「色狼煙ですっ! 少尉っ! 数は三本! “全テノ関ヲ空ケテ放流セヨ”ですっ!」 鉄国少尉「判った。森の中の開拓兵に啄木で合図を送れっ!」 鉄国歩兵「はっ!!」 コーッン!! コーッン!! コーッン!! 鉄国少尉「すぐにでも来るぞ」 鉄国歩兵「はい。いや、……来ました」 鉄国開拓兵「水位が上がっていく……」 鉄国少尉「いいや、例年どおりに戻っていくだけだ」 鉄国歩兵「水路の様子はどうだ?」 鉄国開拓兵「はい……。大丈夫です! 湿地帯に流れ込んでいきます。 ものの20分もあれば、湿地帯はもとどおり ぐちょぐちょになりますよ!」 鉄国少尉「混合具合は?」 鉄国歩兵「良好。水面に浮いています」 鉄国少尉「こっちは任務を果たしましたよ。 護民卿、騎士将軍……どうかご無事で」 820 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 17 05 51.23 ID 1eGbtUQP ――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、混乱の蒼魔軍 蒼魔上級将軍「一時的撤退だっ!」 蒼魔近衛兵「ですがどちらへっ」 ゴウゥゥン!! ガウゥゥン!! 蒼魔上級将軍「北だっ! 歩兵部隊を円陣とし、 しんがりを持たせる。騎馬部隊から先に北方へと移動をしろ!」 蒼魔近衛兵「これはっ……」 蒼魔上級将軍「どうした! こんどはなんだっ!」 蒼魔近衛兵「湿地帯がいつの間にか水量を増しています。 これではこの平地が、水路で造られた迷路のように……」 蒼魔上級将軍「迷路? 水量が増したとは言え、 膝までではないか。恐れるな! 場合によっては 馬から下りて手綱を取るのだっ!」 ゴウゥゥン!! ガウゥゥン!! 蒼魔近衛兵「はっ! 行くぞ! 騎馬部隊! 先行して、敵の遊撃部隊を切り開くのだっ!」 821 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 17 08 03.86 ID 1eGbtUQP ――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地 女騎士「火矢を放てっ!!」 ビュンビュンビュン!! ビュンビュンビュン!! 冬国仕官「どうだっ」 ゴゴオオオオオオォォォォォォォォ!!!! 冬国槍兵士「っ!?」 冬国弓兵士「なっ!」 女騎士「全軍撤退!!」 冬国仕官「なんて光景だっ」 女騎士「設計された水路による半径五里四方の炎の迷宮だ。 蒼魔族の布陣が確定できなくて、 広めに範囲を取っていたけれど それが退却を助けてくれることになるとは……」 冬国仕官「これで我が軍の勝利……ですか……?」 女騎士「いいや。おそらく、峠道に教会軍の本隊は存在する。 これで倒せるのは先遣隊でしかないと思うけれど……。 とにかく退却するまでの時間稼ぎは可能だ。 急げっ!! 傷病者には付き添え!」 冬国槍兵士「はっ!!」 冬国弓兵士「おい、行くぞ。帰るんだっ!」 女騎士「炎が回る。……指定の地域からは離れるなっ!」 823 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 17 21 16.65 ID 1eGbtUQP ――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、乱戦地帯 聖鍵兵士「はぁっ! はぁっ!!」 聖鍵槍兵「こっちにはいない、進もう」 聖鍵銃兵「いや、まってくれ。装填しないと撃てない」ごそごそ 聖鍵中隊長「何をやっている、急げっ!」 聖鍵兵士「慎重に計量しないと……」 聖鍵槍兵「槍兵はそんな格好悪いことはねぇですよ」 聖鍵銃兵「うるさいっ。 ……マスケットを支給されない落ちこぼれが」 聖鍵中隊長「静かにしろっ」 ガウゥゥン!! 聖鍵銃兵「あれは……」 聖鍵中隊長「我々の右翼だ。129部隊だな」 聖鍵兵士「て、てっ、敵が近くにいるのか」きょろきょろっ 聖鍵槍兵「く、くるなら来いっ」ばっ 聖鍵銃兵「あと少し、もう少しで装填が。あっ」 がちゃがちゃ。ずるっ 聖鍵兵士「腰抜けっ」 聖鍵中隊長「早く起きろ、マスケットを濡らすんじゃない」 聖鍵銃兵「お、俺は選ばれたんだ。選ばれたんだぞっ! マスケットを持つ兵士として……。あれ?」 聖鍵中隊長「どうした?」 聖鍵銃兵「水に、ぬるぬるしたものが浮いてる……ひっ!!」 聖鍵兵士「炎がっ! 焔が駆けてっ!! ぎゃぁぁぁぁぁああ!!」 825 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 17 24 19.84 ID 1eGbtUQP ――蔓穂ヶ原、峠道の高台、本陣 ゴゴオオオォォォォォ!!!! 王弟元帥「ほう……」 聖王国将官「元帥閣下、これは」 王弟元帥「おそらく、三ヶ国側の罠だろう」 聖王国将官「それにしても……」 監視兵「報告いたしますっ! 眼前の炎はどうやら この平地東部の殆どを覆っている様子! 一辺が五里に及んでいます」 聖王国将官「いったいどのような仕掛けなのだっ」 監視兵「そ、それがさっぱり……」 王弟元帥「水路だろう」 聖王国将官「は?」 王弟元帥「午後になって霧が出てきたようだ。水路に特殊な 油を流したのだろう。その『特殊』の中身までは判らぬがな」 聖王国将官「くっ」 王弟元帥「良い。残存兵力を退却させろ」 聖王国将官「宜しいのですか?」 王弟元帥「ここへは三ヶ国通商を殲滅しに来たわけではない」 聖王国将官「はっ」 826 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 17 27 02.08 ID 1eGbtUQP 王弟元帥「白夜王国を制圧し、極大陸ゲート跡への 侵攻路を確保した。それが目的の第一だ。 第二に我らが光の信徒が魔族をこの地上から殲滅したと云う事実。 これにより、今後より一層、我ら聖鍵遠征軍への 支援と参加者が増えるであろう。 第三に、新武器であるマスケット部隊での 実践運用試験を行う事が出来た。 どのように高性能な武器であろうと自ずと長所と短所がある。 それらの特徴は実戦を経なければ判らぬ」 聖王国将官「圧倒的でしたな。元帥閣下の仰るとおりで ございました。目を開かれたような心持ちです」 王弟元帥「その結論は早い。今後部隊の損耗度の調査や 武器についての聞き取り、戦果の考察をしなければならぬ」 聖王国将官「はっ」 王弟元帥「勝利に酔っておのれの足下も見えなくなった時 敗北は足下に這い寄るのだ。 ……ふっ。あやつめの云いそうな台詞だが、な」 聖王国将官「すぐさま撤退を指示しますっ! おいっ! 伝令!!」 王弟元帥(……それにしても、 三ヶ国通商の司令官は女騎士と云ったか。 流石に勇者を支えただけのことはあるな。 見事な用兵だ……。 この火炎の罠の壮大な威力に目を奪われがちだが その時期を待って弓兵と槍兵を連携させ、 寡兵をもってあの中央丘陵を守り抜いた。 その粘り強さと前線に隙を作らぬ細心さは 並の指揮官の及ぶところではない。 これほどの才幹、我が麾下ではないとは、惜しい事よ) 835 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 17 44 14.10 ID 1eGbtUQP ――蔓穂ヶ原、周辺部、森林地帯、真っ赤に染まった夕日 軍人子弟「あ゛あ゛あ゛ぅぅぐぅ……」 鉄国将官「……」 軍人子弟「うううぐ、うぐっぅっ……」 鉄国将官「……」 軍人子弟「死んでしまったでござるよ……」 鉄国将官「……」 軍人子弟「死んでしまったでござる……」 鉄国将官「……」 軍人子弟「たくさんっ、たくさんっ」 どんっ!! 鉄国将官「……」 軍人子弟「拙者が駆けつけた時に、もう沢山の開拓民が。 それに拙者の部下達も。みんな、あの銃弾の嵐に飛び込んで。 拙者をかばって、仲間をかばってっ。 あんなに、あんなにっ一緒に過ごしたのに゛っ。 拙者の仲間だったの゛に゛っ!!」 鉄国将官「……」 軍人子弟「っ……。みんな、もう笑わないでござる」 鉄国将官「……」 836 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 17 45 15.08 ID 1eGbtUQP 軍人子弟「喋らないでござる……」 鉄国将官「……」 軍人子弟「酒を飲んで、下品な話をして、 拙者に向かって大きな口を開けて、 馬鹿みたいな笑顔で、敬礼してくれないでござる……」 鉄国将官「……護民卿」 軍人子弟「ちっとも護ってござらん」 鉄国将官「……」 軍人子弟「護ってござらんではないかっ」 鉄国将官「……」 軍人子弟「……っ」 鉄国将官「帰りましょう」 軍人子弟「……」鉄国将官「鉄の国には、まだ護民卿が護らなければならない 人々が、沢山います。――護民卿。 ……ここにいる俺たちの兄弟や友達が護った、 鉄の国のみんなが待っていますよ」 軍人子弟「……」 鉄国将官「……」 軍人子弟「……そうでござった、な」 鉄国将官「ええ」 軍人子弟「軍人として、恥ずかしいところを見せたでござる」 鉄国将官「ちっとも。ねぇ、護民卿」 軍人子弟「?」 鉄国将官「次は、勝ちましょう。勝って笑いましょう」 845 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 18 01 44.08 ID 1eGbtUQP ――大陸街道、強い風が吹く交差点 ひゅるぅうるるるる~ メイド姉「……」 奏楽子弟「……」 メイド姉「詩人さんは、見たんですか?」 奏楽子弟「……うん」 メイド姉「……」 奏楽子弟「見たよ。たぶん。……わたしはわたしだったけれど、 どこかでメイド姉さんも感じていた。 あそこにいたのは、わたしでもあった……と、思う」 メイド姉「……」 奏楽子弟「悲鳴だったね」 メイド姉「ええ」 奏楽子弟「怒声だった」 メイド姉「はい」 奏楽子弟「あの苦鳴も、この世界の音楽の一つなのかな」 メイド姉「……わかりません。わかりませんけれど、あれは」 奏楽子弟「……」 メイド姉「死でした」 奏楽子弟「うん」 メイド姉「数え切れないほどの。砂浜の砂粒ほどの、死」 奏楽子弟「ねぇ、メイド姉さん。気が付いていたんでしょう?」 メイド姉「はい?」 ふぁさっ 846 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 18 03 32.30 ID 1eGbtUQP 奏楽子弟「そのターバンは、あげる」にこっ メイド姉「詩人さん……」 奏楽子弟「ほら、この耳ね。ぴこぴこでしょう? わたしは、森歌族なの。 歌を伝え、語りを伝え、見聞きしては記録する。 今は遠きアールヴの末裔。 千年を千回繰り返してもけして忘れない一族。 うん。えへへ……。 魔族なんだ」 メイド姉「詩人さんは、詩人さんです」 奏楽子弟「そう言ってくれると思った」 ひゅるぅうるるるる~ メイド姉「はい」くしゃ 奏楽子弟「ほら、泣かないでよ」 メイド姉「だって」 奏楽子弟「わたしは行くよ。判ったから。見いだしたから。 わたしにもどうやらやらなきゃいけないことがあるみたい。 だから、ここでお別れ」 メイド姉「はいっ……」 奏楽子弟「耳を澄ませていて。 どこかの街角で、あなたがはっと顔を上げたのなら きっとそれはわたしの声。わたしの歌。わたしの想い」 メイド姉 こくり 奏楽子弟「あなたが、あなたの道を見つけることを わたしは祈っている。森歌族はずっとあなたの友達だよっ」 849 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 18 32 58.01 ID 1eGbtUQP ――白夜王国、宮城前広場、バルコニーから 王弟元帥「光の精霊の尊き御名に幸いあれ! 汝ら光の子らよ、選ばれし戦士達よっ!! 我らはついに白夜王国の奪還を果たしたっ。 身よ、この荒れ果てた都市を。 白夜王国はかつてこの大陸の盾として地上を護った 聖なる光教会文化圏の力強くも雄々しい盾であった! だがその栄華も卑劣なる魔族の奇襲をもって 落日を迎えてしまった。 諸君らの目に写る廃墟は魔族の暴虐と それを見過ごしたばかりか救いの手さえ貸さなかった 友邦と名乗るばかりの背教者達、南部三ヶ国の仕業である。 しかしっ! 我らはこの都市にやってきた。歓喜の声を上げよ! 沈む太陽があれば、必ず登り来る朝日があるのだ。 我ら光の精霊はその不死不滅の循環をもって 我らに勝利を運んでくださる。 汝ら光の子らよ、選ばれし戦士達よ。 諸君らが長駆、この大陸辺境まではせ参じ その力強き腕(かいな)をもって魔族を打ち倒すことにより ここに白夜王国は回復されたのであるっ!!」 うわああぁぁぁぁ!! うわああぁぁぁぁ!! 光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」 光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」 850 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 18 34 18.80 ID 1eGbtUQP 王弟元帥「見よ。ここは大陸の南端である! もはや眼前は海であり、その短き波頭を越えれば 局地は諸君らの眼前に現われる。 極大陸へと赴き、そこにある大空洞を越え、 いまこそ魔族を叩くべき時がやってきた! 諸君らの中には今までの度を思い返すものも あるだろうがここに断言しようっ! 魔族の一派こそ撃破したがその侵略経路たる大空洞は 放置されたままなのだ。 これを放置してはこのような悲劇が何度でも繰り返されるだろう。 諸君らが携えるマスケットは、我らが魂の導き手たる 聖光教会が精霊より賜りし炎の杖である。 その力は諸君らが誰よりも知るところとなった。 今こそが、光が我らに与えたもうた、最大の好機なのだ! もし諸君ら光の子が己の責務を果たして倦むところがなければ、 そしてもし今までの如くに最良の準備がなされるのであれば、 我らは必ずや次の事を証明するであろうっ! すなわち、我らは故郷たるこの大地を離れ、 戦乱の激動を乗り越え、たとえ何年たったとしても、 たとえ我らが最後の一兵になったとしても、 邪悪なる魔族の本拠地たる魔界の暴虐に打ち勝ち 地上は愚か、この世界全てに光の恩寵を広めることが出来る。 このことをわたしは深く信じるところである。 たとえ何があろうと、これこそ我らが行わんとするところであり すなわち、我らにマスケットを与えた光の精霊の意志なのだ!」 851 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 18 36 33.59 ID 1eGbtUQP 王弟元帥「諸君らの背後に耳を澄ますが良いっ。 遠く地平線の彼方まで続く勇壮なる靴音が聞こえるであろう。 今このときも、諸君らの同胞が、この白夜王国解放を祝い 続々と終結しているのである。 彼らは新しいマスケット、毛布、馬車に満載の小麦を積んで 来るであろう。彼らのためにも諸君らは船を造らねばならぬ。 この都を整えねばならぬのだ。 今宵より新生・白夜王国は大主教直轄地として 魔界攻略の前線基地となるのだ。 さぁ、葡萄酒を開けろっ! 勝利を祝おうではないかっ!! そして夜が明けたならばすでに半ばを終えた夏を追いかけ、 船を造るのだ! その道具はすでに用意がされている。 今宵我らは勝利した! 諸君らが万全の備えを行ない、精霊の導きに耳を澄まし 我ら聖鍵軍の主力として良く指揮に従う限り 今宵の勝利は永遠に枯れぬ花となろう!! 魔界へと向かうのだっ! そこにはかつてあり、 今失われし、我らが奪われた聖なる宝があるっ!」 うわああぁぁぁぁ!! うわああぁぁぁぁ!! 光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」 光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」 光の兵士「精霊はこれを欲し給うっ!!」 王弟元帥「精霊の旗のもとっ!! 我が同胞のためにっ!!」 854 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19 08 14.18 ID 1eGbtUQP ――鉄の国、中央広場、鈴なりの民衆の中で 鉄腕王「蔓穂ヶ原から帰った 我が臣民よ、勇敢なる将兵よ。ご苦労だった。 諸君らの帰還を、この鉄腕王はなによりも喜ぶ。 蔓穂ヶ原の戦いによって諸君らは、 良き友、良き夫、良き息子、そして良き恋人として戦った。 この場にはいないものもいるだろう。 しかし彼らもまた、この三ヶ国を中心とした南の大地の 忠勇なる戦士であった。 蔓穂ヶ原の戦いとはなんであったか? 隣国を占領した蒼魔族なる魔族は、 魔界で反乱を企て逃亡してきた一派である。 彼らは魔界で罪を犯した、いわば犯罪者であった。 だがそういった事情とは無縁に、我らはひたすらにこの大地を愛し 父祖の、そしておのれの開拓してきた大地を護らんと戦った。 そう、蔓穂ヶ原の戦いとは侵略者との戦いだったのだ! 我、鉄腕王はここに宣言をする。 失ったものはある。この戦いで倒れた二千余人の同胞は帰らない。 しかしなお、宣言しよう。 われらは穂ヶ原の戦いに勝利したのである! なぜならば、侵略者は撃退され、 この父祖の大地に我らはまだ立っているからであるっ。 この戦いをもって、対蒼魔族戦役は終了したっ。 彼らの魂に光りあれ。我らが故郷は護られたのだっ」 おおおおー!!! うわぁぁぁぁぁあ!! 855 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/29(火) 19 09 18.46 ID 1eGbtUQP 冬寂王「鉄の国の諸兄よっ! 聞いた頂きたいっ。 しかしその蔓穂ヶ原の戦いにおいて、重大な事件が起こった! それは中央国家による連合軍、 光の聖教会による聖鍵遠征軍の我らに対する無差別虐殺である。 確かに我ら三ヶ国は中央の諸国により異端と告発された。 それでも我らが信じる湖畔修道会もまた、 光の精霊の学舎であり、使徒なのだ。 いわば師とも兄とも慕う中央の諸国家によるこの仕打ちに わが三ヶ国の首脳部は流れる涙を抑えることは出来ぬ。 我らは確かに中央の諸国家に養われていた過去を持つ。 我らはこの大陸の養われっ子であった。 しかしそれもこれも、大地を脅かす魔族の脅威から 大陸を守るためであった。 我らの父祖は傭兵よ、戦しか知らぬ蛮人よと 蔑まれながらも防人としてこの南の地を護ってきた。 我らの魂は、常に大地と共にある! 諸兄らの隣を見よ。 そこにはかつて農奴だった我らが同胞の姿があるだろうっ! 諸兄らの胸に手を当てよっ。 その鼓動が自由の律をきざんでいるのが判るであろうっ! われらは自由の民として、今こそ大地をその足で踏みしめる 必要がある。その自由とは独立だ。 いや、もはや我らが魂は、独立していたのだ。 大地を耕し、荒れ果てた地を開墾したその日から 我らの魂は困難に挑む一個の独立した人格を有している」 おおおおー!!! うわぁぁぁぁぁあ!! そのとおりだーっ!! 我らの大地は、南の大地だーっ! 856 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19 10 21.01 ID 1eGbtUQP 冬寂王「想いおこして欲しい。 我らが何のために血を流してきたかを。 全ては大地のため。我らが護るべき同胞のためだっ。 我らは我らを脅かす侵略者と戦ってきたのだ。 我らはただひたすらにより善い、少しでも豊かな暮らしを求めて、 少しでも幸せになるために戦ってきたに過ぎぬ。 我らは他人をうらやみ、その財貨を奪うことによって 豊かになろうとしたことなど無いのだから。 我らの大地を大地を侵略するのであれば、たとえ相手が 魔族であると人間世界のどのような国家、どのような軍であろうと 我らは故郷を護るために、必死にこれと戦うだろう! しかし我らはまた戦しか知らぬ血に飢えた民ではない。 我らが願うのは平和と繁栄なのだ。もし我らはその必要があれば いまからでも中央の国家と手を取り合い、 あるいは魔族と停戦をすることでさえ躊躇わぬ。 我ら首脳部は、我らが大地と民の利益を護るために どのような艱難辛苦も、耐え難い決断さえするということを 諸君に知って貰いたい」 鉄腕王!! 鉄腕王!! 冬寂王!! 冬寂王!! 氷雪の女王「しかし、喜ばしき報せもまたありますっ。 皆さんもご存じでしょう。あるいはもうすでに接種を 受けたかも知れませぬが、あの恐ろしき業病、 痘瘡とも疱瘡ともいわれている天然痘。 おびただしい数の死者を出し、この地上を何回も何回も それこそ戦争などとは比べものにならない規模で脅かしてきた あの病への予防法を我々はとうとう発見したのですっ!!」 ざわざわざわ……。ほ、ほんとうなのか? ほんとうだ! おらぁ、もう接種を受けただ! おらの村で今年、ぶつぶつができた子供は一人もいないだよっ! 857 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19 12 28.26 ID 1eGbtUQP 氷雪の女王「わたしには、精霊の意志は判りません。 精霊の御心は深く、我ら人間には その全てを推し量ることなど出来ないとも思います。 しかし、皆さん覚えてください。 そして今晩、一人一人の胸の中で考えてください。 聖なる光教会は、火を吐き人を殺す杖を精霊から 与えられたと云います。 我らが湖畔修道会は、天然痘から人々を護る盾となる 薬を精霊様とその使者たるものから与えられました。 実際この薬は知恵深き学士の一族が、 魔界を旅して見つけてきた技術なのです。 二つの教会に、違った技が伝えられた理由を考えて 欲しいのです」 ざわざわざわ……。ざわざわざわ……。 冬寂王「この一事を持って理解して頂けるであろう。 われら、三ヶ国の首脳は平和と繁栄を求め、 出来うる限りの施策を今後とも行なっていくつもりだ。 もちろん我らが母なる領土を侵すものは、 これを許すつもりはない。 そして諸兄らには最も重大な報せを告げなければならぬ」 な、なんだ? なにがあるんだ? 冬寂王「われら三ヶ国通商同盟は本日をもって解散する。 我が同盟の理想を受け入れてくれる新たな友邦が現われたのだ!」 ほんとうか? どういうことなんだ!? なかまがふえるってことだぁよ。そうなんか! 仲間ってどこだべぇか。湖の国じゃないか? 858 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19 13 33.77 ID 1eGbtUQP 冬寂王「湖の国、梢の国、葦風の国、赤馬の国および 自由通商の独立都市七つが、我ら同盟の理念に共鳴し ゆくゆくは農奴解放を含めた目標を持つ共同体として 一歩を踏み出すこととなった。 我らはもはや三ヶ国ではない。 たった三ヶ国のみで、この南の果ての地で、 孤独に喘ぎながらも耐え続けてきた時は終わりを告げたっ。 我らは、大地を護って戦う。 我らは平和と繁栄を求め、 手を携えることの出来る相手とであれば誰とでも、 互いの繁栄を認め合う。 この世界の中に根を張り、共に明日を目指すために 新しい船出を行なう時が来たのだっ! わたし達は、我らが南部の魂っ 大地への深い愛と、同胞への共感、寛容と克己、努力。 そして何よりも自由と独立を愛する民の一人として ここに『南部連合』の樹立を宣言するっ」 ……南部連合? そうだ、南部連合だっ!! もう異端なんかじゃない、おいら達にも、仲間が出来るんだ! これで中央の奴らに見下されずともすむようになる。 鉄製品の売り先もずんと増えるに違いないっ! いや、それどころかいろんな商品が輸入されてくるぞっ!! 鉄腕王!! 鉄腕王!! 鉄腕王ばんざーい!! 冬寂王!! 冬寂王!! 冬寂王ばんざーい!! 氷雪の女王!! 女王陛下、ばんざーい!! 南部連合っ!! 我らが南部連合万歳っ!!! 860 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19 20 10.41 ID 1eGbtUQP ――月明かりさす大きなイチイの木の下で さくっ 勇者「……」 さくっ 魔王「勇者」 勇者「魔王」 魔王「……」 勇者「……」 魔王「隣に座っても良いか?」 勇者「うん」もそもそ 魔王「……」 勇者「……」 魔王「へこんでるな」 勇者「うん」 魔王「わたしもだ」 勇者「……」 魔王「……」 勇者「負けちゃったよ」 魔王「わたしも負けてしまった」 862 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19 22 01.98 ID 1eGbtUQP 勇者「良く、判らないな」 魔王「うん」 勇者「何で負けたのか、何で勝てていたのか」 魔王「うん」 勇者「魔王」 魔王「ん?」 勇者「後悔、してるのか?」 魔王「……」 勇者「話は聞いたよ。ブラックパウダーさ」 魔王「……うん」 勇者「……」 魔王「わたしのせいなんだ」 勇者「……」 魔王「……」 ガサリ 勇者「あ」 女騎士「苦労させられたぞ」 魔王「すまない……」 女騎士「でも、わたしも、ダメだった。負けてしまったよ」とさっ 864 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19 26 07.61 ID 1eGbtUQP 女騎士「戦っていると、疑問に想う。 今流れている血は何のためなのかと。 その血に相応しい代価を我々は得られるのだろうかと。 時に無為な犠牲なのではないかと疑う」 魔王「無くても良い犠牲だったんだ。 少なくとも今日の数千は。 わたしがもっと注意をもって扱っていたら、 無くても済んだはずの……」 女騎士「……」 魔王「……」 勇者「おい」 女騎士「?」 勇者「魔王、女騎士。……大事な話があるんだよ」 女騎士「なんだ?」 魔王「こんな時に」 勇者「朝露に濡れた葉を踏んで、草原を歩く。 空にはバラ色の朝焼け。世界はあらゆる方向に 繋がっているけれど、自分に判るのは、今まで歩いてきた道だけ。 担いでいるのは小さな荷物。どこにでも行けるけれど どこに行けとも命令はされていない」 女騎士「……?」 魔王「――」 865 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19 27 12.91 ID 1eGbtUQP 勇者「あの丘の向こうに何があるんだろう? そう思ったことはないか」 女騎士「何を言っているんだ?」 魔王「――」ぎゅっ 勇者「ただ単純にさ。あの向こうはどうなってるんだろう? そんな気分で旅に出る気はないかって話だよ。 もしかしたらすごく困難で、丘にたどり着かないかも 知れないけれど……。 でもそんなもんだろう? どっちを目指すにしたって。 街道は曲がりくねりながら谷に続いているように見える。 丘に登るには朝露に濡れたこの斜面を登らなければならない でも、登ったら何か見たことがないものが見えるかも知れない」 女騎士「……それって」 魔王「朝露じゃなくて、それは血かも知れない」 勇者「それでもさ」 女騎士「――」 勇者「だって、俺たち歩かないわけにはいかないじゃん。 歩かないように頑張ったって、勝手に背景のほうで 流れていくじゃん。……仕方ないじゃん。 だったら、やっぱり見たことがないものがみたいよ。 俺はずっと壊し屋だったから、 そうじゃないものが見てみたいよ」 女騎士「勇者……」 魔王「……勇者」 866 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19 29 12.22 ID 1eGbtUQP 勇者「なー。あのさ」 ひゅるるる~ 勇者「一緒に、行かないか?」 女騎士「――」 魔王「――」 勇者「恥ずかしい話だけど、 一人だと挫けちゃいそうなんだよ。 それに、丘の上に立った時、 一緒にそこから眺める相手が欲しいんだ」 女騎士 ちらっ 魔王 こくり 勇者「どうだい」 女騎士「よかろう。いや、むしろ今度おいていったら承知しないぞ」 魔王「勇者のほうがわたしの物なのだ。 置いていくならわたしが放置する。留守番が勇者だ」 勇者「うん。……うんっ」 女騎士「剣の主は心配性だ。自分だってへこんでいるくせに」 魔王「それが勇者の良いところだ。意地っ張りで愛おしい」 女騎士「愛おしい!? 抜け駆けは無しにしてもらおう、魔王!」 魔王「自分の持ち物を何と言っても構わないではないか!」がうがう 勇者「ううう」 女騎士「勇者。早速だがわたしと色んな契りを交わそう。 その方がいい。長期のお出かけには支度が肝心だ」 魔王「それが抜け駆けでなくてなんだというのだっ」 女騎士「湖畔修道会の宗教的な儀式だ」 魔王「自分の欲望のままに教義を改ざんするなど、恥を知れっ!」 勇者「いや、その……。仲良くね?」 872 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 19 39 02.00 ID 1eGbtUQP ――白夜王国、宮殿の最も豪華な一室 大主教「……黒騎士は……取り逃がしたか」 百合騎士団隊長「申し訳ありませぬ。あの飛び込んできた 薄汚い傭兵さえいなければ、必ずや捕縛した物をっ」 大主教「……良い……であろうかと。……思っていた。 その……ハエは……どうした?」 百合騎士団隊長「その場で斬首いたしました」 大主教「くふっ。身の程を知らぬ……。ことよ」 カチャン 従軍司祭長「大主教様」 大主教「……どうだ?」 従軍司祭長「こちらは、しかと」 大主教「……ふふ、ふふふ、ふふふふふ」 百合騎士団隊長「それは?」 従軍司祭長「この二つは聖別した……いわば宝石」 百合騎士団隊長 ゴクリ 大主教「はやく……早く、我が手に……」 従軍司祭長「ははぁ」 すっ 大主教「我が手に来たか……ふふっ……待ちかねたぞ この輝き……そこに満ちる雄々しき魔力…… 瑞々しき不滅の輝き……」 百合騎士団隊長 ガタガタガタガタ 大主教「……刻印の二つの眼球よ」 ページトップへ <前8-4へ|次へ9-1>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/73.html
<前12-1へ|次13-2へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」13-1 65 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00 10 20.35 ID EFPdgVwP ――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、後方戦線 ザァァァァアア…… 聖王国将官「負傷者を優先して大天幕に運び入れろっ!」 斥候兵「現在、連合軍は約半里ほど撤退、野営陣地内部にて 待機をしているものと思われます」 王弟元帥「……4000か」 参謀軍師「申し訳ありません」 王弟元帥「ずいぶんとやられたものだな。雨か?」 参謀軍師「はい。判っては今したが、ここまで脆弱化するとは」 王弟元帥「意識するにせよ、しないにせよ、マスケットに 頼り切った軍編成になっていたと云うことだろう。 わたしも、そして兵の一人一人もだ」 参謀軍師「マスケットの火薬は湿らぬように至急運び入れ させましたから、明日以降にでも挽回は可能かと」 王弟元帥「……」 参謀軍師「どうされました?」 王弟元帥「いや、なんでもない。それより、敵の新兵器だと?」 参謀軍師「はい。どうやらその数は多くないようでして、 おそらく30前後、100は無いかと思うのですが。 マスケットに似た武器だと思われます。 ただ、その射程はマスケットより遙かに長く、 二倍を下回ることはないかと」 王弟元帥「やってくれるな」 参謀軍師「はい。この情報は伏せさせておりますが」 王弟元帥「それに、装甲された馬車か。銃の特性をよく判っている。 敵の将は女騎士だったのか?」 参謀軍師「いえ、最前線で指揮をしていたのは まだ若い鉄の国の護民卿を名乗るものでして」 王弟元帥「ふっ。……貴族や王どもが目の前の餌に釣られて、 あの開門都市の強固な防衛軍に雨の中突撃を繰り返している間に その後方では南部の新しい才能が指揮を執るか。 ……皮肉なものだ。中央諸国と南部連合の勢いの差を 暗示するようではないか」 66 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00 12 31.55 ID EFPdgVwP ばさりっ 聖王国将官「再編成を進めさせております」 王弟元帥「判った。被害の総数がより詳しく判れば、報告せよ」 聖王国将官「了解いたしましたっ!」 王弟元帥「戦闘に参加した 将兵に十分に休みを取るように伝えさせよ。 中央に派遣した近衛が順次食料と、暴徒化しそうな 銃兵や貴族の私兵を送ってくる。 聖王国の騎士を隊長に据えて仮設で良いからどんどん 新造部隊を作ってしまえ。時間がないぞ」 参謀軍師「急ぎでしょうか?」 王弟元帥「今晩中だ。夜を徹して作業を続けさせよ。 名簿を作り、腕布でも任せて識別させるのだ。 天幕は余剰があったはずだな? 新規参加させた部隊は当面の間全て工兵として扱う。 天幕を作らせ、食糧配給をさせるのだ。 新しくやってきた兵には今晩は眠らせるな。 へとへとになるまで働かせ、飯を食わせるのだ。 余計なことを考えているようではつとまらんぞ、とな」 参謀軍師「了解いたしました……」 (しかしそのための糧食すら足りるかどうか……) ばさりっ 王弟近衛兵「中央陣地から、雨にずぶ濡れの兵が 押し寄せてきています」 王弟元帥「受け入れろ。手配は参謀殿がするさ。 このままでは軍の指揮系統が瓦解する。指揮系統の再編を急げ」 参謀軍師「どこまでたががゆるんでいるのですか」 王弟元帥「欲望にも飽和限界があると云うことか。 ふっ。色々なことを学ばせてくれるものだ。 中隊長以上を集め、二人ずつ我が元へ。 本日の戦場の様子と遠征軍内部の諸事情を聞き取りたい。 ――どうやら転換点に差し迫っているな。頼んだぞ」 71 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00 17 26.94 ID EFPdgVwP ――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、最前線、王族の天幕のひとつ ザアアアアアアア 霧の国騎士「灰青王っ! 灰青王っ!」 灰青王「怒鳴らなくても、聞こえるさ」 霧の国騎士「どうなさったんですか、このうち身はっ。 あの戦闘の中で見失い、わたしは、もう本当に王とは……。 会えないものかと。……灰青王っ!」 灰青王「男がピィピィわめくな。みっともない」 看護兵「見た目ほど、ひどくはありません。 折れている骨はございませんし。ただ、健や筋肉が ひどく痛めつけられ、伸びてしまわれていますから。 数日の間はひどくお痛みになるでしょう」 霧の国騎士「いったいどこに……。それに何がっ」 灰青王「俺が前線にいては都合の悪い輩がいたのさ」 霧の国騎士「魔族がっ」 灰青王「さぁて」 霧の国騎士「すぐにでも、このことをふれて、そして軍議の準備を」 灰青王「やめろ」 霧の国騎士「は?」 灰青王「俺の帰還は、伏せろ。 長い間じゃない、せいぜい明日までだ」 霧の国騎士「宜しいのですか?」 灰青王「ああ。私事さ。私事ではあるが……。 どうなんだろうなぁ、大主教さんよ。 あんたのも私事なんじゃねぇのかな? ……だとしたら、おれが私事で動いていけないという そういう道理も、有りはしないよな」 霧の国騎士「は?」 灰青王「いいや。誰にだって、 譲れないものは一つくらいはあるって話さ」 73 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00 27 01.39 ID EFPdgVwP ――開門都市、南側、瓦礫にまみれた廃屋 ザアアァァァ…… 勇者「なんだよ、それ……」 魔王「勇者は、終わりってなんだと思う?」 勇者「……終わり?」 魔王「うん、そうだ。 “終わり”ってなんだろうな? わたしは“丘の向こう”が見たかったけれど、 “丘の向こう”は“丘の向こう”であって“終わり”じゃない。 “終わり”というのは、文字通り、お終いのことだ。 その先がない。 全ての結末であると云うこと。 多分、わたしにとって、最初の終わりは、 勇者との出会いだったんだと思う。 魔王城の大広間で、勇者を迎えた。 勇者は炎のような瞳でわたしに剣を向けたよな。 ……あれが、多分、“終わり”の一つの形」 ザアアァァァ…… 魔王「勇者の剣がこの胸を刺し貫いて、わたしは息絶える。 それがあり得た終わりの一つの形だったんだ。 それを、魔法使いにも言われた。 あそこで終わるのが、あり得るべき本来の形だった、とね。 でも、わたしはそれを否定して、 そんなのじゃない明日を探して、勇者と旅をした。 色んな事をしたな……。 農業の技術改革、畜産の振興、羅針盤の改良と 風車や水車などの機械導入。 馬鈴薯、玉蜀黍などの新しい作物の栽培指導。 紙を作ると云うこと、教育への提言。 メイド姉が自由主義を唱えて、 魔法使いが種痘の技術的供与を行なってくれた。 そのほかにも、商人子弟は官僚制度を、 貴族子弟は中央諸国との関係改善を 軍人子弟は民兵組織や塹壕千などの軍事技術を。 その間にも、魔界では忽鄰塔の穏やかな改革による 間接的な民主主義を実験してきた。 さらには公共事業や銀行の概念、土木事業の充実まで。 勇者と二人は嬉しかった。 勇者と二人は楽しかった」 勇者「うん」 78 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00 32 00.39 ID EFPdgVwP 魔王「わたしが目指した“丘の向こう”は、 前にも云ったけれど、殆ど見たよ。 冬越しの村は胸が温かいという気持ちを わたしに教えてくれた。 開門都市は人間と魔族の新しい可能性を わたしにそれを見せてくれたと思う。 でも、わたしは欲深いから、丘を登れば 次の丘にも登ってみたくなる。 次の、その次のあの向こう側も知りたくなる。 丘の向こうには新しい明日があり、そこには様々な技術がある。 技術は人々を幸せにしてくれる。 でも、そうして生み出された技術、 例えば農業の技術は多くの生産物を産みだし、 余剰な人口を支えることを可能として、 溢れた富はさらなる欲望を喚起した。 火薬の技術は軍事的な野心を解放して、 こんな大遠征の軍馬も引き起こしてしまった。 とても沢山の人が死んでしまった……」 勇者「うん」 魔王「後悔は一つもしていない。 だって勇者にも云ってもらった。 一緒に行こうぜ、って。 だから後悔はない……。 この胸の痛みは、後悔ではない。 最初にしたこと――農業改革や馬鈴薯、玉蜀黍で 人を沢山救えたと思う。種痘も良かった。 まだ十分に広まったとはいえないけれど、 あれで救われる死者は数え切れないほどだろう。 みんなも喜んでくれたし、その笑顔が嬉しかった。 でも、だんだんと歯止めが利かなくなって、 制御を外れていくんだ。 良いことをするために考えた方策や技術が、 結果として災厄を引き起こす。 その災厄を回避するために考えた新しい技術が より大きな災厄を招いてしまう。 感謝されたくて始めたことではないけれど あの笑顔を裏切るのは身を切られるようだ。 なんでわたしはこんなに弱くて、 贅沢になってしまったんだろうって。 勇者はそれでも良いって言ってくれるけれど、 それでも……」 勇者「それでも」 魔王「それでも、どこかで終わりはやってくる。 だって、終わりのないものはないから」 80 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00 35 21.97 ID EFPdgVwP 勇者「……」 魔王「だから、内緒にしてたけれど云わなければならない。 この『開門都市』に終わりがある。 魔王に遺伝記憶で伝わる古い命令だ。 ――この都市の地下祭壇に勇者の骸を備えて、 天への橋を架ける」 勇者「その橋を渡りきった先には始原の人がいる。 胸に秘めた願いをつげて、光の彼方へ旅立つべし」 魔王「勇者……」 勇者「俺も勇者だから、そのことは知ってたよ。 俺たち二人が戦わないと、“伝説”は終わらない」 魔王「そうか、……勇者も知っていたのか」 勇者「でも、俺は戦うつもりはないからな」 魔王「わたしにだって戦うつもりはないっ」 勇者「こっちはいざとなれば命を投げ出す覚悟ぐらいある」 魔王「わたしだってそうだ」 勇者「魔王が塔を登るべきだ」 魔王「勇者が精霊に会うべきだろうっ」 勇者「判らず屋」 魔王「勇者こそっ――いいや、待とう。話が混乱している。 目下の問題点は、開門都市を包囲している遠征軍ではないか」 「……違う」 勇者「魔法使い!?」 魔王「魔法使いの声」 「それは、違う」 82 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage_saga]:2009/11/08(日) 00 39 24.33 ID EFPdgVwP 勇者「何が違うんだ?」 「……開門都市を包囲している遠征軍は、確かに問題。 でも、それは魔王の問題ではない。魔族と人間の間にある問題」 勇者「だったら俺だって魔王だって当事者だ」 魔王「そうだぞ」 「……それはつまり、関係者の一人に過ぎないということ。 全てを背負い、解決しようとするのが、すでにして、間違い」 ひゅぉんっ 女魔法使い「……」こくり 勇者「そんな理屈、あるかよ」 魔王「どういうことなのだ」 女魔法使い「……遠い昔、一人の女の子がいました」 勇者「?」 魔王「?」 女魔法使い「……女の子は頑張り屋さんなので、頑張りました。 とてもとても頑張りました今でも頑張っているそうです。 頑張り終わる明日は来ません。だって終わらないために 頑張ってる女の子を、終わらせるなんて誰にも出来ないから。 ――おしまい」 勇者「は?」 女魔法使い「……すぅ」 勇者「寝るなよ。判らないよっ」 魔王「それは。その伝説は……」 女魔法使い「……本当に救うべきなの? 何度も何度も世界を救うべきなの? この世界はそんなに情けない、救ってもらえないと滅ぶほど なんの力も自由意志も持たない箱庭なの?」 勇者「……」 魔王「彼女というのは」 83 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00 43 27.18 ID EFPdgVwP 女魔法使い「……すべきではない救済だったのではないか。 それを言うべき資格は、あるいはわたしにはないのかも知れない。 なぜならばわたしもまた救われた存在の子孫なのだろうから。 あの大災厄から魔族も人類も、自力で復興できたとは限らない。 あるいはそれほどに世界のきしみと 悲鳴は大きかったのかも知れない。 ……それでも、わたしは問わずにはいられない。 “あれは、救うべきではなかったのではないか?”と。 “あれは彼らの罪で、罰だったのではないか?”と。 彼女は、“わたしたち”から滅ぶという自由も、 出直すべき機会も奪い取ってしまったのではないかと。 彼女は優しくて、暖かい。 魔王に、ちょっぴり、似てる。 だから、魔王は選ばなければならない。 同時に、勇者も選ばなければならない」 勇者「……」 女魔法使い「魔界と人間界に与えるかどうか」 魔王「自由を?」 女魔法使い「機会を」 勇者「だって、そんな事出来るかよっ。死ぬんだぞ!? 目の前でっ! 一杯人が死ぬんだぞ。 それに手を伸ばすなんて当たり前じゃないかっ! 俺は勇者なんだ。勇者は人を救ってなんぼだろっ!」 魔王「……」 女魔法使い「救ってないかも知れない」 勇者「なんでっ!」 女魔法使い「魔王の言葉を思い出して。勇者。 あなたの戦闘能力は、もはや戦争を誘発するほどに高い。 あなたが人を救えば救うほど、諸侯や教会、王の欲望は高まり 新しい戦乱を呼ぶほどに。いま人間と魔族は対峙していて そのどちらに勇者が味方をしても多くの人が死ぬ」 84 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00 46 06.94 ID EFPdgVwP 勇者「だったらどちらにも味方をしない。 両方を締め上げてでも平和を誓わせる。 こうなりゃ力づくだ。 女魔法使いが止めたって聞きやしないぜ。 今はちょっと体力が落ちてるけれど、それさえ戻れば」 女魔法使い「わたしは勇者のためにならこの身を焼く。 だから、本当にそれで勇者が良いなら、それでも良い。 でも、ちがう。 勇者は、後悔をする」 勇者「後悔なんてっ!」 女魔法使い「する。だって、それは人間から光を取り上げるから。 あの娘は云った。辛くても、苦しくても、それでも成し遂げる。 自らを傷つけてでも、正しいことを為す。それが自由だと。 もう虫でいるのは止めると、彼女が言ったから。 ……勇者。 勇者は、彼女を虫だというの?」 勇者「……そ、れは。それはっ」 女魔法使い「……それを、勇者は奪うの?」 魔王「もう、手を出すなと?」 女魔法使い「……」 勇者「だってそんなのっ」 女魔法使い「……」 勇者「そんなのっ」 女魔法使い「知ってる。勇者がずっとそれを感じてきたことを。 魔王がずっとそれを感じてきたことを。わたしは知っている」 勇者「……」 魔王「……」 女魔法使い「その気持ちは“寂しさ”」 女魔法使い「もしかしたら、それは死よりも辛い認識だけれど。 自分が相手の役には立てないと知るのは苦しいけれど ……それだけなの。判って。 それは“それだけ”なの」 85 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00 48 20.94 ID EFPdgVwP 魔王「だめなのかなぁ」 ぽろっ 女魔法使い「……」 魔王「わたしがいちゃ、だめなのかな……」 女魔法使い「……」 魔王「みんな、みんな。すごく好きだった。 言葉には出さなかったけれど、好きだった。 メイドの姉妹は可愛かった。 年越祭りにプレゼントをもらったんだ。 竜族の兵士も、鬼呼族の醸造頭領も気の良い奴らだ。 妖精なんて、小さくて一杯一杯飛んでくるんだ。 森歌賊の歌は優しくて透明で涙がこぼれる。 冬越し村の村長も好きだった。 酔うとひょうきんな歌を歌ってばかりいる。 修道会の栽培技術者は、はにかみやだけど真面目で。 苗を植える時期については一歩も引かないんだ。 女騎士も、魔法使いも、青年商人も、冬寂王も メイド長も、火竜大公も、妖精女王も、鬼呼の姫巫女も 銀虎王だって……」 女魔法使い「……」 魔王「勇者と、わたしが、この世界にいては駄目なのかなぁ」 ぽろぽろ 女魔法使い「“彼女”の間違いを、繰り返すの?」 魔王「……っ」 女魔法使い「……」 勇者「魔法使い。教えてくれ。知っているんだろう? 何か手があるんだろう? 拡張と縮退する速度が均衡するって事に関係があるんだろう?」 女魔法使い「そう」 魔王「拡張と縮退……?」 女魔法使い「この世界の復元力、維持力。そういったもの。 魔王が余りにこの世界を拡張させようとしたので、 強力な反発力が現われて、この世界は崩壊の瀬戸際にある」 89 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00 53 14.93 ID EFPdgVwP 魔王「何を言って……」 勇者「解決策を、そろそろ教えてくれ」 女魔法使い「……全てを完全に幸せにするのは、不可能」 勇者「それでも良い。そんなの、当たり前だ」 女魔法使い「……多くの反発要素が出る。それらは全て放置する。 なぜならそれらはこの世界が負うべき問題でもあるのだから」 魔王「そして?」 女魔法使い「根源にアクセスをして、反発力の発生源を停止させる。 その根源は“彼女”。 “彼女”が世界を救いたいと、 平和にしたい、いつまでもいつまでも微睡みの中のような、 時がたつのも緩やかな緑豊かで 牧歌的な世界でいて欲しいと願っていること。 その願いそのものが、収斂要素の発生原因」 勇者「……精霊が。やっぱり、まだ待っているんだな」 魔王「炎のカリクティス。そんな伝説だったのか……」 女魔法使い「それが彼女の願いだったから。 自らの恋をも捨てて願った未来だったから。 でも、彼女のそれを正しに行くのならば、 勇者も魔王も同じ間違いをするわけにはいかない。 “世界を救う保護者”に“世界を管理する保護者”を 説得することが出来るはずもない。 そう。 いま――選択の時は来た」 勇者・魔王「……」 90 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00 56 33.43 ID EFPdgVwP 女魔法使い「かたや、永遠の世界。 それは永久を過ごす微睡みの世界。 もちろん完全な平和ではない。 戦争もあるし、人間と魔族は互いに滅ぼし合おうとする。 それでもそこはある意味理想郷。 無数の魔王と無数の勇者が現われて互いに戦い、 争いは常に伝説となる。でも、それは世界の背景。 普通の村人までもが戦で命を落とすことは少ない。 昔見た、小さなあの村は、いつまでもそのままに 人々は変わらぬ日々を送る」 勇者「変わらない……」 女魔法使い「人間は新しい技術を開発もせず、 王は王のまま、農奴は農奴のまま。 それが当たり前。“当然ゆえの幸福”。その永遠。 苦しみと不幸はそのままに、喜びと幸せもそのままに……。 決して破滅することのない日常が寄せては返す波のように。 彼女がかつて愛したその世界のそのままに、何度も繰り返される」 ザアアァァァ…… 女魔法使い「かたや、解放された世界。 闇の帷の中、明かりを持たぬ旅人のように心細く 未知の旅を強要される世界。 そこでは激しい戦が起きる。 新しい技術が開発され、世界は拡大し、変化を遂げ続ける。 産業や経済発展はおびただしい数の人間を幸せにするだろうけれど 同時におびただしい数の不幸な人々を作り出しもする。 わたしは伝承学者だから、詳しくは判らないけれど 全てが滅びる可能性も、少なくはない。 それはあるいは破滅への回廊なのかも知れない」 魔王「……」 女魔法使い「全ての美しいものは消え去り、 全ての優しかった思い出は壊れ 勇者も魔王も産まれず、 戦いは歴史となり、決して“伝説”になってはくれない。 なぜならばもはや救済はないのだから。 でも、それはありとあらゆる可能性の萌芽。 人々は幸福になるための希望を胸に旅をする。 不安と引き替えに手に入れるのが、その胸に点る希望。 そして、誰もが未来が判らないゆえに、全力で生きる。 昨日とは違う今日、今日とは違う明日を求めて。 それは彼女がかつて愛した世界ではない。 誰も見たことのない新しい世界。……新しい、明日」 91 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 00 59 03.94 ID EFPdgVwP 女魔法使い「前者を選ぶのならば、簡単。 どちらかがどちらかを殺し、『天塔』を登ればいい。 ううん、今やそんな手間を掛けることもない。 強大なる反発力が教会に結集したいま、 どうあっても前者に引き戻される流れが出来ている。 ――でも後者を選びたいのであれば」 魔王「『天塔』を登って、彼女を説得しなければならない」 女魔法使い「……そう。だけど、それは容易ではない。 彼女はもう何十人もの魔王や勇者の訪問を受けている」 勇者「それは、俺たち以外じゃ出来ない仕事だな」 魔王「そうだな」 女魔法使い「……選ぶの?」 勇者「そのつもりで準備してくれたんだろう?」 魔王「丘の向こうは、どうやらその塔の向こうにしかないみたいだ」 女魔法使い「世界の人々は、二人を憎むかも知れない。 肝心の時には助けてくれなかったと。 勇者のことも魔王のことも裏切り者だと思うかも知れない。 世界を滅ぼしたと云われるかも知れない」 ザアアァァァ…… 勇者「それは、きついけれど。でもさ」 魔王「全てが滅びる可能性がある世界ならば 全てが救われる可能性があるかも知れないだろう? 火薬が一万人の命を奪う世界には、 種痘が十万の命を救う歴史があるかも知れない」 勇者「全ては黒と白のモザイクなんだよな。 一つの瓶に入った色んな色のキャンディーみたいに。 赤いのだけ、とか、青いのだけは選べない。 “帳尻が合う”事を信じる」 女魔法使い「そう……」 92 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01 01 42.52 ID EFPdgVwP 勇者「残った片方が、なんとか落ちをつけるだろう」 魔王「勇者なら、きっと見届けてくれる」 女魔法使い「たとえ、それを選んでも どうにもならないかも知れない。 何らかのトラブルで祭壇が反応しないかも知れない。 反発力の妨害が発生し『天塔』を登れないかも知れない。 “彼女”に拒絶されて説得が失敗するかも知れない。 それでも? そのために、どちらかが確実に命を落とすとしても?」 魔王「どちらか、ではない。わたしだ。 そもそもこれはわたしの旅なのだ。 わたしはあの大広間で勇者に命を救われた。 わたしの命はとっくに終わっていたのだ。 勇者だったら確実に彼女を説得してくれる」 勇者「魔王の旅なら魔王が最後までやるべきだろ! 俺が塔を起動させてやるから、上で説得しやがれ。 そもそも説得はそっちの得意ジャンルじゃないか」 魔王「わたしはわたしの都合で勇者を犠牲にするつもりはないっ!」 勇者「都合の話を混ぜてるんじゃないってのっ!」 女魔法使い「……判った。最初の約束を守る」 勇者「約束……?」 女魔法使い「大丈夫。勇者も魔王も。 ……こんなところがゴールじゃないから」 94 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01 20 50.92 ID EFPdgVwP ――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、後方戦線 聖王国将官「夜明けまで、あと数時間もないな」 参謀軍師「まことに」 聖王国将官「王弟元帥閣下はいかがされる御つもりなのか」 参謀軍師「……」 聖王国将官「聖鍵遠征軍は規模こそ保っているものの その内側はシロアリのかじりつくした巨木のように 虚ろになりはてつつある。 このままでは日を置かずに倒れてしまうやもしれんのだ」 参謀軍師(そのとおりだ……) 聖王国将官「前方には、もはや城門を打ち破ったとは言え、 抵抗を続ける都市。後方には南部連合の得体の知れない軍。 ましてやここは異境、魔界のただ中、 補給も転進も容易くは行かぬ地で、兵にも怯えと動揺が走っている」 参謀軍師「ですな」 聖王国将官「だからこそっ!」 参謀軍師「しかし、だからといって、事ここに至っては いたずらに騒ぎ立てることは その崩壊を加速させてしまう結果にしかならぬのです」 聖王国将官「……いつからこんなことに。 全てが順調に進んでいたはずではないか。 我らがなんの手違いを犯したというのかっ!?」 95 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01 22 06.84 ID EFPdgVwP ばさりっ 王弟元帥「そうぼやくな」 参謀軍師「元帥閣下」 聖王国将官「多少はお休みに?」 王弟元帥「戦場だ。数日寝なかったところで、問題はない。 我らがなんの落ち度もなかったとて、状況は好転しない。 それもこの世の習いというやつだ」 参謀軍師「……は」 王弟元帥「しかし、どちらにせよ方針の大きな転換を 迫られるだろうな。聖鍵遠征軍の指揮系統は麻痺をしすぎた」 参謀軍師「その通りです」 聖王国将官「我らが後衛は王弟元帥閣下の元、 ほぼ完全な掌握を維持していますが、 本営ともなればどれほどの混乱があることか」 参謀軍師「……」 聖王国将官「これらも全て功を焦った貴族や王族軍と それらを感化している教会勢力の裏切りともいえる行為のせい」 王弟元帥「裏切り……かな」 聖王国将官「とは?」 王弟元帥「彼らにせよ、彼らの利、思惑で動いている。 それを裏切りと断じるわけにも行かぬのか、とな」 参謀軍師「……やはり教会の動きは不審ですね」 聖王国将官「聖光教会ですか?」 参謀軍師「ともすればこの戦役の失敗さえも 望んでいるかのような言動が目立ちます。 教会、と云うよりも大主教がですが」 96 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01 24 53.66 ID EFPdgVwP 王弟元帥「……」 聖王国将官「焦っているのでしょうか」 王弟元帥「焦っているのでは無かろう」 参謀軍師「“光の聖骸”ですか。その伝説を利用して 湖畔修道会に傾きかけた民の人心を引き戻したいと 云うことなのでしょう。 ……狂信を利用して信仰を引き戻す。 どちらもどちらですな」 王弟元帥「勇者は疎まれているのかもな」 参謀軍師「は?」 王弟元帥(あるいは、魔王も勇者もすげ替えて 新しい教会の支配体制を切り開くおつもりか。 ……しかしそれになんの利益がある? 教会はすでに十分な権力を持っている。 この上何を望むというのだ。 湖畔修道会とて、時間を掛ければ飲み込むことは けして不可能ではないだろうに。 時間……。 老齢ゆえの焦りなのか? その程度なのか、大司教は?) 参謀軍師「しかし、目下のところはなんとしてでも 目の前の膠着状態を脱却しなければなりません」 王弟元帥「うむ。――ことここに至っては、 我らの側にも誤りは許されん。 目前の戦の勝敗はともかく、 今後の展開を考えれば僅差での勝利などは大敗に等しい」 参謀軍師「はい。この魔界から生きて帰るための方策を 立てるべき時期です」 聖王国将官 こくり 97 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01 28 12.22 ID EFPdgVwP ばさっ 聖王国将官「これは」 参謀軍師「付近および防壁の詳細な見取り図です。 軍議には必要でしょう? しかし、なかなかに堅固な陣容ですね。開門都市も。 南部連合軍も。もちろん押しつぶすことは出来る」 聖王国将官「しかしこちらにも多大な犠牲を払う」 王弟元帥「そして、その犠牲は、魔界奥深くまで 攻め入ってしまった遠征軍にとって、 すぐさまの全滅ではないにしろ壊滅の予告に等しい」 参謀軍師「許される損害の許容ラインは、2万……でしょうかね」 聖王国将官「少ないな……」 王弟元帥(2万か。……南部連合軍には新式の銃があり、 一方開門都市は粘り強い司令官と、まだ左右の塔が残っている。 城門が破れてなお持ちこたえる士気の高さは何故だ……。 それほどまでに信任厚い指揮官が陣頭に立っているのか。 そして、我が遠征軍の内部には不破の火種がくすぶっている) 聖王国将官「……?」 王弟元帥「局所の戦術よりも、ここでは戦略的判断が 重要となるだろうな」 参謀軍師「はい」 王弟元帥「我らは四つの問題を抱えている。 一つ、開門都市の抵抗。二つ、南部連合軍。 三つ、遠征軍内部の士気の低下および、軍規の乱れ。 これは補給の問題を含んでいる。 四つ、聖光教会との協力関係の破綻だ」 参謀軍師「破綻、まで想定しますか」 王弟元帥「現在のところそこまで至っていないとは言え、 集まる報告はすでにそれを指し示しつつある。 ここでいう“我ら”は遠征軍そのものではなく、 この天幕の内側を指す。 聖光教会はすでに聖王国の支持、支援なくして 独自の方法で遠征軍を制御できると考えているようだな。 もしくは“制御の必要がないと判断をしている”」 99 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage_saga]:2009/11/08(日) 01 29 59.92 ID EFPdgVwP 聖王国将官「……そう思えます」 王弟元帥「我はこの四つの問題に対して、 全ての戦列で同時並列に勝利を収めることは この時点に至っては不可能であると考える。 何らかの手段を用いて、最低2つ、出来れば3つの問題に 足止めをくらわせ、膠着させなければならない。 ――もっとも望ましいのは、開門都市への戦力集中だ。 そのために他の3つの問題を一時的にでも 凍結させることが必要となる」 参謀軍師「しかしそれは難しいでしょう。 開門都市はもはや落ちかけた果実。 諸王国の王族や貴族、領主達が群がっています。 確かに数字の上で戦力をけしかけることは出来ますが それでは戦力を集中運用したとはいえない。 現に、昨日、跳ね上げ門を突破してから市街戦に持込んだものの その状態ですら一進一退を繰り返している。 これは明らかに前線の指揮系統が麻痺をして、 無駄な損害を増やしている状況です。 そこへさらに王弟閣下が出向いても、 貴族や領主どもからは 手柄を奪いに来たとしか見なされぬでしょう。 説得は不可能ではないでしょうが、時間がかかる。 短時間で説得を行なうためには、最低でも 遠征軍の士気の問題および、教会の態度の問題を 解決する必要があります。 さらに実際の都市攻略となれば後方の連合軍の追撃を 押さえなければならない」 聖王国将官「……では、南部連合軍を叩くというのは?」 参謀軍師「もちろんそれが正攻法で、教会や貴族達に 望まれていることでもあるでしょう。 しかし勝てはするでしょうが、どこまで損害が大きくなることか。 もし2万の損害を出せば、遠征軍そのものが 中期的に壊滅する恐れがあります。 仮に損害がそれよりも下回ったとしても、 その隙に諸王侯や貴族達が開門都市の占領に手間取り 犠牲を増やせば同じ事」 王弟元帥「なにより、南部連合とこの場で戦ったとしても、 我ら中央諸国家にとっても南部連合にとっても 手に入れられるものが少なすぎる。 ここは異郷なのだ。 兵を失うのは大きなダメージだが、その大きな傷手に見合うほどの 賠償金も領地も手に入れることは出来ないだろう。 得が、無い。しかし、その一方、我らに後列を任せた貴族達は 開門都市で略奪を行なうだろう。それこそ屍肉をあさるようにな」 参謀軍師「そうですね……」 100 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01 31 41.34 ID EFPdgVwP 王弟元帥「……」 参謀軍師「どうされました?」 王弟元帥(それも選択肢の1つか……) 参謀軍師「リスクは大きいですが、検討に値する策が1つあります」 王弟元帥「好ましい手法ではないな」 聖王国将官「は?」 参謀軍師「しかし、短期間に遠征軍の中枢を掌握しない限り 無意味な兵の損失は続くでしょう。 兵力の補充が聞かない上に、補給もままならないこの環境下で 指揮系統が乱れれば、それこそ遠征軍は 取り返しのつかないことになります」 王弟元帥「やはり指揮系統の一本化がもっとも重要であったのだ。 ……あのとき、軍を分割したことが指揮系統の二重化を招いた。 悔やんでも悔やみきれぬが」 聖王国将官「まさか……。それは」 王弟元帥「そうなるな」 聖王国将官 ごくり 参謀軍師「もとより我らが奉じているのは教会であって 大主教個人ではありません。 大陸の秩序を守っているのであって 教会の栄光を守っているわけではないのですから。 信仰の守り手と世俗の守護者では、自ずとその職域が違います。 戦の指揮とは、明らかに世俗の領域です。 その領域に立ち入れば利害が食い違うのは当然です。 この件の切っ掛けは教会と云って良いでしょう」 聖王国将官「それは仰るとおりですが。 そ、それでも、だ、だ、大主教ですよ? 精霊のもっとも高位のしもべである大主教を弑するだなんて……」 参謀軍師「損害を押さえられる可能性で語るべきです」 王弟元帥「それにしても、あの者は何を見ているのやら」 聖王国将官「は?」 101 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01 32 59.17 ID EFPdgVwP 王弟元帥「紅の学士、だったか。 ――あの燃える瞳の娘だ。 あの娘の打った手が、我をじわじわと苦しめている。 蒼魔族の居留地で補給を十全に出来なかったことが痛いな。 そして、あの地に釘付けになって失った一週間。 ここに来て、それが響いている」 参謀軍師「そうですね。意図してやったとは思いがたいですが」 王弟元帥「それはどうかな」 参謀軍師「とは?」 王弟元帥「あの胆力と知略は女にしておくには惜しいほどさ。 あの人材が中央に出でず南部連合に出てしまったことが 大きな変転の一端ではあるのだろうが。 しかし、あれで終わりと云うことはあるまい。 我らが教会とどのような関係を築くにせよ、 あの女は夜が明ければ戦場に現われるだろう。 どのような形だろうと援軍を率いてな」 聖王国将官「楽しそうですね」 王弟元帥「そのようなことはない。大陸の安定にとって あのような思想の持ち主は害悪以外の何者でもない。 必要あれば慈悲無く躊躇いなく刈り取るまで。くくくっ」 参謀軍師「必要、ですか」 王弟元帥「いくら我でも、死んだ者を生き返らせることは出来ない。 “あのとき生かしておけば”と後で思うくらいならば なるべく殺さずに利用したい。殺さずに済めば、な。 しかしあの娘。私に利用されることを肯んじるかどうか」 参謀軍師「そうですね」 王弟元帥「我であれば、そのようなことは許さないがな。 あの娘の誇りの高さと置き場所を試す戦場となるだろう」 聖王国将官「周辺警戒を厳命いたします」 王弟元帥「教会への対応、南部同盟軍との交戦、 そして、あの娘の勢力との戦い。 ……計画を立てられるような戦いにはなりそうもないな、これは」 バサッ! 伝令兵「王弟閣下ッ!」 王弟元帥「何事か」 103 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/08(日) 01 35 21.42 ID EFPdgVwP 斥候兵「はっ! 連合軍が、陣を移しましたっ。 いつのまにか東より回り込み都市に接近っ!」 バサッ! 光の伝令兵「ご注進です、閣下! ただいま、貴族領主軍の一部が 都市開門部分に夜襲攻撃を強行っ!!」 聖王国将官「ばかな!? あの都市は魔族の都市。 ろくに構造も判らぬ都市で強行夜襲による市街戦だと!?」 参謀軍師「功に焦りましたね」 聖王国将官「南部連合への距離は」 斥候兵「はいっ! 都市までの距離は5里。我が後衛軍の 当方2里を移動中。ただし幾つかの部隊に軍を分割して 行動をしているようで、詳細は不明ですっ」 参謀軍師「王弟閣下! 都市に入り込まれてはやっかいです」 聖王国将官「……いや、それは糧食の消費をはやめるだけでは?」 王弟元帥「この行動、もはや都市との連絡は成立していると 見て良いだろうな。夜明けも待たずに始めるとはっ」 参謀軍師「しかし、これでは、どこに軍が潜んでいるか。 都市に向かっていると報告された軍も虚偽の進軍、 実は連合軍の本隊は我が軍の南方から未だに 狙っているという可能性も」 聖王国将官「斥候を増やそうと決意した矢先に。機先を制された」 王弟元帥「かまわん。軍を再編。 こうなれば、遠征軍の本隊を巻き込んで、数の圧力で 一気に南部連合軍および、城壁周辺の魔族を叩くまでだ。 ただし市街戦は避ける。そこまでの余力はないっ。 魔族もこれがチャンスと出陣してくる可能性が高いっ」 参謀軍師「結局は力押しですか」 王弟元帥「数による飽和攻撃が我が軍最大の武器には違いない。 後は有機的な連携だが、今回ばかりは我も前線に出ざるを得ない。 ふっ。本気の遠征軍の底力、見たいというのならば見せよう」 ページトップへ <前12-1へ|次13-2へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/33.html
<前5-1へ|次5-3へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」5-2 409 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00 41 26.07 ID 498vELIP 片目司令官「お前に勝ち目はないっ! あはははっ! ぎゃははっ! 素直に命乞いをするかぁ? 許さんがなっ!」 ギィンッ! (相手と自分の弱点、長所を冷静に比較しろ。 戦争も剣戟も一緒だ。冷静になれ。 相手の長所をつぶして短所を攻めろっ。 お前の長所は何だっ? ――常に考えろ) キンッ! ザシュ!ガキン! 軍人子弟「――確かにっ。拙者は長所のない男でござるから 昨日ならば勝てなかったでござろうねっ」 片目司令官「いい謙虚さだっ!」 メイド姉「っ!」 ギィンッ!! 片目司令官「なっ! なっんだ、それはっ。なぜ手首が落ちぬっ!?」 軍人子弟「鋼鉄の矢でござるよ――。 籠手代わりに巻いてござった」 ザギンッ! 片目司令官「っ!」 軍人子弟「“ありがとう”。 そう言われたでござるよ。 落ちこぼれで、いつも不平ばかりだった拙者が。 ――“守ってくれて、ありがとう”と。 民間人を守る軍人にとってこれほどの誉れが他にあると? 拙者の覚悟は今日定まりました。 長所などそれ一つで十分でござる」 416 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00 47 40.57 ID 498vELIP ――大陸草原、雪の集合地 中央騎兵「くそっ!」 傭兵弓士「なんだこれはっ」 歩兵隊長「またマメの薄いスープ、それに固くなったパンの欠片」 中央騎兵「パンの欠片? これはクズって云うんだ」 傭兵弓士「何が起きているんだ?」 歩兵隊長「軍資金は十分だと云っていたじゃないか」 中央騎兵「貴族のテントでは毎晩のように饗宴」 傭兵弓士「我らは、この塩味のゆで汁だけかっ」 歩兵隊長「穀物の価格が上がっているとは聞いていたが」 中央騎兵「そうなのか?」 傭兵弓士「そんなことも知らないのか? 大陸中心部では早くも飢餓の兆候が広がっているらしいぞ。 だから俺たちはまだ物価も上がりきっていないという 今回の遠征に参加をしたのに」 従士「隊長方、これはここだけの話ですが……」 歩兵隊長「なにかあったのか?」 従士「どうやら、今回の遠征、軍資金はたっぷりとあるのですが、 食料は殆ど持ってきていないと云う話があるんです」 中央騎兵「……っ!」 傭兵弓士「なん……だと……?」 417 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00 48 48.10 ID 498vELIP 歩兵隊長「なんだってそんな」 中央騎兵「司令官達は正気なのか!?」 傭兵弓士「あー、いやだいやだ。お坊ちゃんどもはこれだ」 歩兵隊長「何が言いたい?」 傭兵弓士「考えても見ろ。これだけの人数が居たら、 食料を運ぶ馬車や従者だけでどれほどの人数になると思う? それだけ余計に食料が必要になるだろう。 食糧補給の望めないような場所にいくならまだしも、 勢力範囲の中で戦うなら 金貨を持っていった方が遙かに軽くて運びやすいってこった」 歩兵隊長「それはそうだが」 傭兵弓士「それにおそらく、貴族は焦ってたんだ。 金貨を持っていても食料がなければ冬は飢えるしかない。 だから、冬の前に決着をつけようとこの戦争を決意した。 まだ食料のある南部諸王国を狙ってな」 中央騎兵「そうだったのか……」 傭兵弓士「俺たちだって、隊長のその言葉を信じて 略奪のしがいのあるこの南の果てまでやってきたってのに。 くそがっ!」 ぺっ! カランカラン…… 傭兵弓士「こんな薄い茹で汁じゃ、戦になんてならねぇっ」 歩兵隊長「じゃぁ、すぐにでも敵陣に 襲いかかればいいじゃないかっ」 418 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00 50 19.13 ID 498vELIP 中央騎兵「いや、数日前から馬の調子が優れないんだ……」 歩兵隊長「なんだって?」 従士「本当です」 中央騎兵「それに、どうやら司令部の間でも意見が 割れているらしい。湖の国が魔法騎士団を撤退させる、とか」 傭兵弓士「はん。あんな軟弱な学者野郎どもに戦争が出来るか」 中央騎兵「その他にも、いざ南部諸王国を前にして、 南部諸王国を攻め落とした後の、 領土分割についてもめ事が起きているんだ。 どの貴族も、王族も自分の取り分を増やそうと 派閥を組んでは睨み合っている」 傭兵弓士「ふざけるんじゃねぇっ!」 歩兵隊長「……っ」 傭兵弓士「俺達は戦うために来たんだぞっ。 戦場で戦って、戦って、戦って。 真っ赤に染まった剣の血を洗い流して生き残って、 それで大串に刺した肉をあぶってしこたま強い酒を飲む。 それが傭兵の戦いだ。 女の腐ったみてぇに、奪ってもいやしねぇお宝の分け前で ぴぃちくぱぁちくするなんざまっぴらごめんだ。 分け前に文句がありゃぁ簡単だ。 剣で決めりゃぁいいんだ」 421 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00 51 42.80 ID 498vELIP 歩兵隊長「……」 中央騎兵「……」 傭兵弓士「あぁん!? 俺が言ったことが間違っているって 云うのかよっ! 文句でもあるのかよ、騎士様方はっ!」 歩兵隊長「それは……」 傭兵弓士「こんな薄いスープで一冬過ごせってのかよっ?」 中央騎兵「大司教様も来られている。話をまとめてくれよう」 傭兵弓士「ああ。はいはい。そういうこったね。 貴族はいつでもそうだ。 良いことは自分たちの手柄で、辛いだの苦しい事だのは 全部精霊様の試練だと? あほらしい。 ……俺は隊長の所に戻るよ。 これからのことを話さなきゃならねぇ。 俺たちだって報酬は金貨で貰ってるんだ。 このままじゃ飢え死にしちまう。せめて肉かパンで 給料をもらわねぇとな」 歩兵隊長「……」 従士「……」 歩兵隊長「仕方あるまい。立場が違う」 中央騎兵「ああ、我らは本当に困窮すれば領地から 多少の支援もあるだろうが、傭兵達は根無し草だからな」 歩兵隊長「だがこのままでは……」 従士「寒くなってきましたよ、皆さん」ぶるっ 425 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00 59 34.46 ID 498vELIP ――魔王城、下層、豪華な寝室 メイド長「いえ、良いですからっ!」 魔王「何を遠慮なんかしているんだ」 勇者「下手だけど頑張るから、ちょっとだけ我慢してくれ」 メイド長「いえ、そうじゃなくて。あんっ。だめですって! ま、まおー様がまだなのに、下僕たるわたしなんかが 勇者さまのをいただくなんて、そんな恐れ多いっ」 魔王「勇者がそんなに甲斐性無しに見えるのか?」 勇者「……いや頼りなく見えるのは知ってるけれど」 メイド長「そういうことではなくて、そっ。見えますし」 魔王「見えないのがいけないのだっ。これ! 暴れるな」 メイド長「暴れますよっ」 勇者「ちょっとだけだって。すぐ終わるからっ!」 メイド長「だめですっ! な、何をしてるんですかっ」 勇者「わ。足首……細ぇ……」 メイド長「どっ、どうにかしてください、まおー様っ」 魔王「手間をかかせるものではないっ」 勇者「押さえてるから、破いちゃってくれ。魔王」 魔王「心得た」 ビリビリィ!! 勇者「大丈夫、綺麗だぞ」 メイド長「あっ」 430 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 01 03 58.32 ID 498vELIP 魔王「どうだ? 腕は治療可能か? 繋がるのか?」 勇者「うん、切り口も綺麗だ。 これは……指向性の圧縮冷気か? 氷の刃、というよりは高速水流と冷気の複合技に見える。 見たことのない技だ」 メイド長「ううっ。じろじろ見ないでくださいっ」 魔王「3代ほどまえに“氷と悪夢の魔王”がいたというから、 その持っていた技なのかもしれんな」 勇者「何にせよ、傷口が凍り付いたせいで出血も見た目ほどじゃない」 魔王「えっと、こうか?」 勇者「角度を完全に合わせて……。神経接合が始まると 激痛だからな……。“催眠呪”……“小回復”」 メイド長「熱っ!」 魔王「メイド長、しがみついておれっ」 メイド長「すみませんっ」ぎゅっ 勇者「……いいなぁ、胸枕」 魔王「集中せんかっ!」 勇者「わぁってますよっ! メイド長、辛いと思うけれど 大きく息を吸って、ゆぅっくり吐きだして」 メイド長「……ぅ。ほぅ~」 勇者「そのまま」 メイド長「……ぅ。ふぅ~……ぅ。ふぅぅ~」 魔王「……」ぽむぽむ 432 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 01 05 59.41 ID 498vELIP 勇者「……催眠はいったかな。行くよ。……“再生術式”」 メイド長「っ! ふぅ~。……んぅ」 魔王「何とかなったのか?」 勇者「ああ、うん。しばらく握力不足とか、しびれが出るかも 知れないけれど。多分、傷口も残らない」 魔王「ありがとう」 勇者「いや、場所も良かった。間接部とか重要器官だったら 俺の呪文じゃ間に合わなかったかも知れない」 メイド長「……すぅ」 魔王「寝ておると、あどけないな」 勇者「しばらく寝かせておいた方がいい。 血液が減ったのはこの呪文じゃどうにもならないし」 魔王「そうだな……」 勇者「うん」 魔王「……」 勇者「ふぇぇ-。ちっと疲れた」ぺたっ 魔王「その」 勇者「?」 魔王「ありがとう」 勇者「あれは、敵の技との相性だよ。酸の技とかは治癒が辛くてな」 魔王「そうじゃなくて、その……。来てくれて、助かった」 勇者「あ……。うん」 435 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 01 08 14.58 ID 498vELIP 魔王「そ、その」 勇者「?」 魔王「疲れたであろう?」 勇者「……うん?」 魔王「おっ……。胸は、その。なんだ。 メイド長がしがみついているが。膝なら貸せるぞ?」 勇者「は?」 魔王「膝枕などどうだ? い、いまなら特別サービスだぞ」 勇者「……えっと、その。さすがにメイド長もいるし」 魔王「いらないのか?」 勇者「……」(熟考) 勇者「……」(黙考) 勇者「……えっと」(長考) 魔王「いらぬのか?」 勇者「あうっ! ……では、その。ちょ、ちょっとだけ」 魔王「うん」 勇者 ちょこん 魔王「何を膝の先っちょの方に申し訳なさそうに頭を乗せている」 勇者「いえ。いや。えっと? ち、違ったのか?」 442 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 01 11 09.78 ID 498vELIP 魔王「勇者ともあろうが、なぜ少年時代の ひどい虐めがトラウマになったかのような遠慮をしているのだ」 勇者「す、すんませんっ」 魔王「膝枕というのは、こんな具合におなかに 頭部が当たるような距離まで深く近寄ってするものだっ」 むきゅぅ 勇者「……っ。あ、あ、あっ」 魔王「も、文句でもあるのかっ!? ぷにとか言うなよ!」 勇者「いや無いけどっ! そうじゃないけどっ! 静まれ俺の勇者回路っ」 メイド長「……んぅ」すりっ 勇者「ってメイド長の太ももがっ」 魔王「太ももが良いなら頬の下にもあるであろうっ!」 勇者「ごめんなさい、ごめんなさいっ」 メイド長「……んー」 魔王「何を想像しておるのやらっ。勇者のくせに」 勇者「いや、勇者だってその辺の事情と耐性は 平均的な成年男子と変わらないわけで……」 魔王「……ふん」 勇者「……」 メイド長「……すぅ」 魔王「メイド長の呼吸音が落ち着いてきた」 勇者「ああ、もう大丈夫だ」 446 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 01 15 09.50 ID 498vELIP 魔王「……もふもふだ」なでなで 勇者「……うん」 魔王「どうしたんだ、勇者? 何かあったのか? あっちはどうなっている? みんな無事なのか?」 勇者「地上も色々大変だよ。大騒ぎだ」 魔王「……」 勇者「ん?」 魔王「そうか、知ってしまったんだな」 勇者「え?」 魔王「――“地上”と」 勇者「あ。うん……。魔法使いに聞いた」 魔王「彼女か。勇者の元仲間だというので、伝言を頼んだのだが」 勇者「何とかの図書館か?」 魔王「ああ、瀬良の図書館は我が一族の故郷にして本拠なのだ」 勇者「そこであいつ、ずっと魔法の本を読んでいたのか」 魔王「なにがあったのだ? 地上の世界で」 勇者「うん、何から話せばいいかな……」 魔王「……なにからでも。全てを聞こう」 勇者「結局、一通の書状から始まったんだ」 魔王「うん」なでなで 勇者「紅の学士は教会の教えに背いた異端者だってさ」 474 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12 16 41.00 ID 498vELIP ――大陸草原、雪の集合地、三ヶ国軍天幕 冬国兵士「将軍っ! 姫騎士将軍っ!」 女騎士「何事だっ!?」 冬国兵士「敵軍に動き有りっ!」 将官「なんだって? 会戦日の指定はまだ決着していないぞっ!」 冬国兵士「そ、それがっ。一部の傭兵団のみが移動しています。 独断で兵を進めている模様っ。望遠鏡と伝令により確認。 彼らは味方にも隠密で行動している模様っ」 将官「馬鹿なっ! きゃつら戦のルールも判らんのかっ」 女騎士「ルールなどあってないようなものだ。 彼らの判断は、なにも間違っては居ない」 冬国兵士「いかがいたしましょう」 将官「我が軍も早急に陣ぞなえを変更、三重連隊で 防御の陣をひき――」 女騎士「不用っ!」 将官「しかし、この戦では防御に徹せよと」 女騎士「大局を見ろっ」 将官「っ!?」 475 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12 17 58.34 ID 498vELIP 女騎士「たしかに傭兵どもは中央の考える教会と騎士道の 規律を破り戦を仕掛けてきた。 あとでなんらかの処罰があるかも知れないが、 彼らにも理由が――おそらく食料の不安があるのだろう。 しかし、その傭兵団との戦いが長引けば、 救援という名目を中央の軍二万に与える事になる」 将官「……それはそうですが」 女騎士「冬国騎士に通達、直ちに第一種軍装にて会戦用意っ。 無駄なものはいらぬ、速度を取れっ」 冬国兵士「はっ!」 将官「しかし、それではこちらは200も居ないではありませんかっ」 女騎士「敵だって傭兵団のみだろう? で、あるなら騎馬戦力は1000が良いところだ」 将官「無茶ですっ」 女騎士「おい、済まぬが具足と籠手を。盾はいらない」 女修道士「はいっ」 将官「姫騎士将軍っ!」 女騎士「戦ではない。この程度なら、な」 将官「そうではなく、鎖帷子は!? 胸甲はっ!?」 女騎士「重いだろう。つけるのに時間も掛かる」 476 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12 19 41.27 ID 498vELIP ――大陸草原、荒れ地の中央部 傭兵隊長「いいか! お前らっ! 良く聞けっ!」 ざわざわ ざわざわ 傭兵隊長「上の連中は頼りにならねぇ。 いつまでたっても戦も始められねぇ、とんだ玉なし野郎どもだっ! だが俺たちは違うっ! ちゃんと玉のついた男だからよ! あんな女子供の率いるへろっちぃ奴らと戦うには 何のためらいもねぇってもんよ!」 あはははははっ! 傭兵隊長「だがな、連中の数は数で、 ド田舎の三流国とはいえちょっとしたもんだ。 とくに対魔族の常備軍って事で、 槍兵、石弓兵あたりは随分鍛えられていると聞いている。 そこでだ、俺たちは風のように襲いかかり、 奴らの天幕をメチャクチャにして、さっと逃げる。 先方は、おい、槍騎兵。おめえだ!」 傭兵槍騎兵「はいっ! お任せくださいよ、叔父貴っ!」 傭兵隊長「よーし、よしよし。 切り裂いて、めちゃくちゃにしろ! 何でも構わねぇから踏み荒らしてやるんだ。弓騎兵!」 傭兵弓騎兵「はっ!」 傭兵隊長「火矢も使え。天幕を燃やしてやれっ!」 傭兵弓騎兵「わっかりましたぁ!」 477 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12 22 08.57 ID 498vELIP 傭兵隊長「だがしかし、おめえら! 俺はこの激突で長居をするつもりはねぇ。 さっと攻めて、さっと引き上げる。角笛が鳴ったら退却だ。 あいつらの数を俺たちだけで引き受けるのはちと辛い。 奴らの陣地をメチャクチャにして 体面に泥を塗ってやれっ! そうしたら引き上げてこちらの陣地まで引き寄せるんだ。 やつらはきっとケツにつっこまれたアナグマみてぇに 怒り狂って追いかけてくるだろう。 中央の貴族どもも巻き込んでやれ! そうすりゃ乱戦だ。 これだけの人数差、俺たちが負けるわけはねぇ!!」 あはははっ! 冴えてるな叔父貴っ! お前が大将だっ! 戦の開始だ! わかったぜ叔父貴っ! 傭兵隊長「なぁに。騎士道が何たらだと抜かす連中だって 本当はこのままじゃ埒なんて開かねぇってことは 判ってるんだ。 この件は何人かの貴族様にも司教様にも話は通してある。 悪いようにはしねぇってなっ!」 おう、それでこそ俺たちの叔父貴だっ! 悪知恵が働くことにかけちゃ叔父貴に叶うやつはいめぇ! 傭兵隊長「この腐れ豚野郎どもっ。こいつは悪知恵じゃねぇよ。 がはははっ。なんつったかな、そうだ。チリャクってんだよ! 戦の駆け引きだ。経験をつんでねぇ領主のぼんぼんどもに 遅れは取るなっ! 行くぞ、お前らっ!」 おうっ! おうっ! はいやっ! 行けっ! 傭兵騎兵「俺たちも行くぞっ! ――ん? あれは、なんだ?」 傭兵槍騎兵「~っ! 敵だっ! 敵襲~っ!!!」 479 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12 23 47.81 ID 498vELIP ――大陸草原、荒れ地の中央部 女騎士「では、打ち合わせどおり一撃翌離脱で行くぞ。 諸君!! 南部諸王国の勇士の力を期待する! 突撃っ!!」 冬国騎士「「「「オオオオーッ!!」」」」 ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ! ガキィィーンッ!! 傭兵騎兵「なんだっ!? こ、こいつら、どこから現われたっ」 傭兵弓騎兵「ぎゃぁぁぁっ!」 女騎士「戦果にこだわるなっ! 退けっ、右回転。槍交換っ!」 冬国騎士「はぁっ!!」 傭兵騎兵「なっ。なんて速度だ、反転っ! 後ろに居るぞっ!」 傭兵槍騎兵「いや、右だっ!」 傭兵弓騎兵「何処だ、見えないっ!」 女騎士「第二突撃、つっこめぇっ!!」 冬国騎士「「「姫将軍に勝利をっ!!」」」 傭兵騎兵「ギャァァッ!!」 傭兵槍騎兵「なんて突破力だっ。ば、化け物めっ!」 傭兵隊長「馬鹿野郎っ! 相手は少数だっ! 取り囲め! 広がって押さえちまえっ!」 女騎士「離脱っ! 陣形直せ! 16番集合っ! 直ちに第3陣形開始っ!」 冬国騎士「退けっ! 姫将軍の退却命令だっ!」 冬国騎士「イィィーヤッホゥ! お前らに捕まるかよっ!」 480 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12 25 12.61 ID 498vELIP 傭兵隊長「追えっ! 見たところ相手は300がいいとこだっ! 追いつけば一ひねりに出来るぞっ!」 傭兵槍騎兵「はっ! 追え追えっ!」 傭兵弓騎兵「つけあがりやがって、あの女っ!」 将官「第3陣形っ!」 傭兵騎兵「っ!?」 傭兵槍騎兵「ど、どうしたっ」 傭兵隊長「どうした、追えっ!」 傭兵騎兵「そ、それが、敵が二手に分かれました。 ど、どちらを追えばっ」 傭兵隊長「ただでさえ少ない兵を二つに? 狂ったか。 どうせ女のやることはそんなもんだっ。お前は右を追え! 俺は左を追うっ!」 傭兵騎兵「はっ!」 女騎士「ふむ、追ってくるか。可愛らしいものだ」 冬国騎士「ははははっ! 馬が本調子でもないでしょうにっ」 女騎士「そろそろ、行くぞっ!」 冬国騎士「了解っ!!」 傭兵騎兵「なっ! また二手にっ!?」 傭兵剣騎兵「どっ、どうするっ。どっちを追うっ」 傭兵騎兵「っ~! 舐めるな、もう数えるほどではないかっ! 再分割だっ! おまえは左の森の法へ追えっ! 俺は右を追うッ!」 傭兵剣騎兵「判った! 遅れは取るなよっ!」 傭兵騎兵「女子供に馬鹿にされてたまるかぁっ!」 482 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12 27 17.70 ID 498vELIP ――大陸草原、荒れ地、16番集合地点 ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ! 将官「何番隊だ?」 冬国騎士「8番隊です。ただいま集合しました」 伝令騎士「集合した隊は隊員を把握! 報告せよっ」 女騎士「どうだ?」 将官「はい。全ての隊が集合完了。 ただいま報告させていますが、軽傷者や骨折者が多少出た以外 大怪我を負ったものも脱落したものも居ない模様」 女騎士「二回撃ち込んだだけだからな。 敵の被害もさほどでもないだろう。……その敵は、どうだ?」 冬国騎士「はっ。迷走させましたので、 随分広い範囲に広がってしまっているかと思います」 女騎士「諸君っ! どうだ、疲れたかっ!?」 おおおお! 我らまだ意気軒昂! 姫将軍、ご采配を! 女騎士「よしっ。呼吸も整っているようだな。 では、再侵攻を開始する。今度は一丸となって行くぞ。 先頭はわたしが受けもとう」 冬国騎士「そんなっ」 「そのような軽装で万が一があれば……」 冬国騎士「姫騎士将軍は、シスターの服ではないですか」 冬国騎士「せめて騎士団中央部にっ」「我らが戦いますっ」 483 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12 29 10.09 ID 498vELIP 女騎士「そう思うなら戦果を挙げよっ!」びしっ 冬国騎士 びくっ 女騎士「ただし、今度は倒す必要はない。 出来るだけ落馬させよっ! 敵を殺すのは本意ではない! 彼らもまた精霊の教え子。 いまひと時は対峙しているが我らが同胞だっ。 やむを得ない時をのぞいて、なるべく殺さぬよう。 落馬させて戦意を奪えばそれで十分。 あまり倒してしまうとわたしが勇者に……いや、とにかく落とせ!」 冬国騎士「「「はっ!」」」 女騎士「敵の数は多いが、いまや散開につぐ散開を繰り返し 一つ一つの部隊の数は我ら以下、 おそらく半分にも満たないだろう。 一気に襲いかかり突進力で落馬させ、 残った相手は小刻みに移動しながらたたき落とせっ!」 冬国騎士「「「了解いたしましたっ!」」」 将官「行きますか」 女騎士「ああ、移動開始だ」 ザッカッ ザッカッ ザッカッ 冬国騎士「あ」 冬国騎士「おお」 将官「ん……?」 女騎士「来てくれたか」 将官「援軍ですか?」 女騎士「ああ。……雪だよ」 488 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 12 47 35.56 ID 498vELIP ――初雪 ちらちら…… ちらちら…… 「雪だ……」 「ああ、雪だっ」 「このままで戦闘が……」 「うむ、司令部で動きがあるかも知れん」 ちらちら…… ちらちら…… 「なんだって? ……そうか」 「招集! 招集! 梢の国の騎士よ! 士官用テントへ集まれ!」 ちらちら…… ちらちら…… 「王弟元帥がご決断為されたっ! 慈悲深きかの陛下は雪深きこの戦場で 騎士や従士などがひもじい思いをしているかと思い、 哀れみをおかけになられたのだっ! 一部の中流兵をのぞき、今回の征伐軍は春まで延期となるっ!」 「帰れる!」 「俺たちは故郷へと帰れるぞっ!」 493 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13 00 19.88 ID 498vELIP ――冬の国、官庁街、高級宿屋 タッタッタッタ。ガチャン!! 辣腕会計「委員っ!」 青年商人「どうしました?」 火竜公女「何か起きましたかや?」 辣腕会計「まったく。……昼からお酒を召し上がるなどと」 火竜公女「寒くて他にすることもありませぬゆえ」 青年商人「ご相伴していただけですよ」 辣腕会計「それより、委員。雪ですっ」 火竜公女「雪……」 青年商人「雪はご存じですか?」 火竜公女「ええ、ゲート付近では目にします」 青年商人「中央は退きましたか?」 辣腕会計「ええ。中央の征伐軍は、短期決戦を諦めた模様。 ある程度の兵を、現在の平原から少し進めて残し、 そこに簡易的な砦を作り、南部諸王国を睨みながらも、 大部分の兵は春になるまで、一旦国元へ戻る様子です」 火竜公女「戦争は回避されたのかや?」 青年商人「当面だけ、です」 495 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13 02 27.34 ID 498vELIP 辣腕会計「どうされます?」 火竜公女「……」 青年商人「どうやら天の機嫌も南部諸王国に 味方している様子ですね。 巨大市場を形成するなら、ここが好機でしょう」 辣腕会計 こくり 青年商人「すでに中央大陸中心部の貨幣の流れは 自壊のプロセスに入っています。 貨幣の再鋳造を始めたら一層の加速をするでしょう。 再鋳造の応急処置としての意味はあったかも知れない。 でも、応急処置は応急処置です。 根本的な農民の貧しさ。 通貨のぶれに対する信頼性の低下。 戦争と略奪に依存した未熟な生産性を 転換するだけの体質改善が本当は必要だったのに。 ここで貨幣に手を加えるには……」 辣腕会計「“信用”が低下しすぎていた、と」 青年商人「光の精霊を奉じる中央聖教会は 無限の信用と尊敬を受けている。受ける事が出来る。 無条件で全員が従うのだと、己の権威を過信していましたね」 火竜公女「では、ここまでですね」 辣腕会計「は?」 496 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13 05 08.36 ID 498vELIP 火竜公女「これは戦であったのでしょう? で、あるならば収めるべき矛というものがありましょう」 辣腕会計「しかし、この状況下ではまだ搾り取れるっ」 火竜公女「――天が下のすべての事には季節があり すべてのわざには時がある 生まるるに時があり 死ぬるに時があり 植えるに時があり 植えたものを抜くに時があり 殺すに時があり いやすに時があり こわすに時があり 建てるに時があり 泣くに時があり 笑うに時があり 悲しむに時があり 踊るに時があり 石を投げるに時があり 石を集めるに時があり 抱くに時があり 抱くことをやめるに時があり 捜すに時があり 失うに時があり 保つに時があり 捨てるに時があり 裂くに時があり 縫うに時があり 黙るに時があり 語るに時があり 愛するに時があり 憎むに時があり 戦うに時があり 和らぐに時がある」 青年商人「あなたは……そう思うのですね」 火竜公女「思うに、商人殿は商人としては純粋だが 時に危うくも見える。純粋なる鋼の脆さのように。 時にその非情を悔いておるようにも。 だからこの国へ来たのではないのかや? 最後の決断をするために。妾にはそう見えてならぬ」 青年商人「商いの道には情は禁物です」 火竜公女「流される情であるのならばそうでもありましょうが 情を武器に出来るだけの器量を持ちながら 怯えるなどとはらしくもない」 497 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/15(火) 13 07 11.53 ID 498vELIP 青年商人「……」 火竜公女「どちらに転んでも良いように準備していたのであろう?」 青年商人「……」 火竜公女「強情な殿方だの」 青年商人「強情ではなく慎重なのです」 火竜公女「妾は助けぬぞ。我が君、勇者のようには」 青年商人「……」 火竜公女「塩は欲しいが、それとこれとは別ゆえな」 青年商人「なかなか、心やすくは行きませんね」 火竜公女「当たり前であろう。 火の粉が飛んでくる距離が良いと云ったゆえ ここも戦場なのだ。心して戦わねば」 青年商人「判りました。聖教会の救援に向かうとしますか」 辣腕会計「……助ける、のですか?」 青年商人「商人なりのやり方でね。 そのそも二大通貨体制、拮抗体制は視野に入っていました。 対立二つがあるからこそ、 その間に入って“利”を得ることが出来る。 いま一気に搾取するよりも、持続的な商売を採用する。 そういう判断ですよ」 辣腕会計「はぁ……」 火竜公女「我が君を裏返したような殿方よな」 青年商人「商人子弟殿に冬寂王への面会を依頼してください」 辣腕会計「はっ」 青年商人「南部の英雄と話を固めるとしましょう」 501 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13 31 44.21 ID 498vELIP ――聖王都、八角宮殿、西の対の宮、奥深い一室 軍閥貴族「口ほどにもないではないか」 蒼魔上級将軍「ふんっ」 軍閥貴族「何が魔族一の軍勢だ。凍土を越えることも 叶わず引き返すとはっ」 蒼魔上級将軍「そうは言うが、ご自慢の中央の精鋭兵とやらは そもそも戦もせずに、食糧難でとって返したと云うではないか。 われらが南部諸王国の後背をついたとしても、 それでは軍略にならぬ。我らを陥れるおつもりだったのか?」 軍閥貴族「貴様、云わせておけばっ」 暗殺者「ふしゅるしゅるしゅる」 蒼魔上級将軍「騎士侯爵だなどと勇ましいことだ」 軍閥貴族「貴様ッ。そのような侮辱捨て置けぬ。 ここで銀剣の錆にしてくれても良いのだぞっ」 カーテンの影「……」 王室つき司教「おのおの方、その辺で一旦矛を 収めてはいかがですか?」 502 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13 33 31.91 ID 498vELIP 蒼魔上級将軍「……ちっ」 軍閥貴族「はっ」 王弟元帥「良い。初めから一筋縄でいくとは思っていない」 王室つき司教「さようで」 軍閥貴族「しかし、この冬の飢餓を考えれば 再軍備の目処もなかなかに厳しく、 また冬の間にきゃつらの巻き返しがあるやもしれぬのですぞ? 王侯や貴族の中には、南部に尻尾を 振る事を考える連中も出る始末」 蒼魔上級将軍「裏切り者か? 粛正すれば良いではないか。 戦うまえから投降を考えるような敗北主義者を 生かすような柔弱な姿勢が信念の所在を総括させぬのだ」 暗殺者「ふぅーっしゅっしゅっしゅ。 流石魔族の若君。云うことが血なまぐさい。歓喜の音色」 王弟元帥「いい加減にせぬか。 ――確かにあの雪の草原で南部三ヶ国同盟を打破できれば それに勝る事はなかったが、 かといってこの敗北で我らが失った物は多くない。 我らにはまだ大量の臣下、領土、物資、兵士が温存されておる。 考えてみれば、あの戦で失ったものなど、 たかが数百人の傭兵のみ」 王室つき司教「さようですぞ」 軍閥貴族「はっ」 蒼魔上級将軍「ふぅむ」 503 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13 35 05.85 ID 498vELIP 王弟元帥「通貨の高騰は『同盟』の仕業と判明しておる。 所詮奴らは時流になびくだけの商人よ。 甘い蜜、勅書、教会の権威を振れば尻尾を振ろう。 すでに新貨幣鋳造の準備は整っておる。 ――そうであるな?」 暗殺者「ふしゅるしゅるしゅる……。御意に。 魔界より開門都市を通して……砂金の調達も続けております」 王弟元帥「軍資金はこの新貨幣でまかなえばよい」 軍閥貴族「はっ」 蒼魔上級将軍「我らには無縁のこと」 王弟元帥「蒼魔族との約定は先の通り。 我らの悲願が達成された暁には、南部三ヶ国の領土を与えよう。 人間界に領土を持つ唯一の魔族として、 汝らは覇業へとのりだすのであろう?」 蒼魔上級将軍「いかにも。 そしてその後もずっと『教会の敵』をも演じましょう。 あなたたちが君臨し、君臨しつづけるためにもね」 軍閥貴族「……腰抜けが」 蒼魔上級将軍「口を控えて貰おう」 暗殺者「ふしゅるしゅるしゅる」 王室つき司教「考えてみれば、南部諸王国などと云う 無力な防衛のためにずいぶんな金を支出したものです。 制御できる脅威であれば十分でした物を」 504 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13 37 05.66 ID 498vELIP 軍閥貴族「しかし、それもこれも、 南部の跳ね返りものどもを始末しなければならぬ前提」 蒼魔上級将軍「その通りだ。珍しくもな」 カーテンの影「……教会は常に……一つ」 王室つき司教「さようで。我が教会は常に一つの教え、 一つの聖書、一つの頂点により構成されねばなりませぬ。 人を導くとはそう言ったもの。 我らが教会は堅固にして盤石。 その信仰心は金剛石よりも確か」 軍閥貴族「では……」 暗殺者「ふーっしゅっしゅっしゅ」 王弟元帥「第三回聖鍵遠征軍を招集する」 軍閥貴族「おおっ!」 王室つき司教「聖鍵遠征軍は貴族だけではなく、 聖なる教会の信徒全てに直接呼びかける人界最強の軍。 その軍を持って、三ヶ国同盟を打ち砕き、そのまま開門都市、 さらには魔王を目指す」 軍閥貴族「希有壮大な……」 暗殺者「ふしゅーるしゅるしゅっしゅ」 505 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13 40 10.47 ID 498vELIP 蒼魔上級将軍「ふふふ。その方が我らにとっても好都合。 魔王さえ死ねば次の魔王を選ぶための儀式が 早々に始まりますからな」 王室つき司教「その時の魔王は……。ふふふふ」 蒼魔上級将軍「われら蒼魔族のもの」 軍閥貴族「しかしあの広大な魔界の版図を如何に渡るか」 王弟元帥「今回は魔族の側にも協力者が居る。 詳細な地図の用意も出来た。そのうえ。ふふっ。 我が手には切り札がある。 ……あれを持て」 小姓「こちらにご用意してございます」 すちゃ 軍閥貴族「これは?」 蒼魔上級将軍「見慣れぬ鉄杖ですな」 王弟元帥「――マスケット。ふふふ。 魔力のないものでも中級炎弾を生み出す機械よ」 蒼魔上級将軍「――機械?」 王弟元帥「ブラックパウダーを推進力に変えて敵を討つ。 その最大の特徴は訓練だ。 弓兵を育てるには一年以上の教練が必要。 ましてや、中級炎弾を使う魔道士となれば5年以上が掛かる。 しかし、このマスケットは違うのだ。これさえあれば、 奴隷であっても二週間の訓練で軍を編制できる」 軍閥貴族「なんとっ!?」 506 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/15(火) 13 42 12.28 ID 498vELIP 王弟元帥「ふふふっ。これも異端の技。 鉄の国に住むとある腕の良い鉄職人がな……ふふふっ。 あの異端の魔女、紅の学士の依頼と指示を受け 昨年よりずっと開発していたものよ」 軍閥貴族「そのようなものが……」 王弟元帥「これの生産に成功すれば戦が変わる。 戦に用いることの出来る兵が十倍にもなるのだ!! 我らにもはや不可能などはない」 蒼魔上級将軍「……寝返りか」 王室つき司教「寝返りではありませぬ。 彼は光の精霊への正しい信仰に目覚め、 新たなる帰依の念を深くしたまで。 いまは精霊の愛に包まれて至福の境地にありましょう」 王弟元帥「この冬は我らにとっても恵みとなろう。 マスケットを量産するのだ。 職人を集め、宮殿に巨大な高炉をつくりだせ! 一切を秘密のうちに数千の武器を作りだし、 魔界をも駆け抜けようぞっ! 聖鍵遠征軍こそ我らが剣!」 王室つき司教「全ては精霊の御心のままにっ」 軍閥貴族「御心のままにっ」 暗殺者「ふーっしゅっしゅっしゅるしゅる」 507 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 13 43 33.16 ID 498vELIP カーテンの影「声が……。聞こえる……」 王弟元帥「……っ」ざざっ 王室つき司教「御お言葉を、お言葉を……」ざざっ 軍閥貴族「猊下っ」ざざっ カーテンの影「呼ぶ声が……」 王弟元帥「……」 カーテンの影「鍵を……手に入れよ。魔王の……身命を……」 カーテンの影「そして、開門都市にて……我が悲願を……」 蒼魔上級将軍「……」じぃっ カーテンの影「我らが、教会の……悲願を……」 王室つき司教「必ずや! 必ずやっ!!」 カーテンの影「我らが千年の万年の……」 暗殺者「ふしゅーっしゅっしゅっしゅ! ふしゅーっしゅっしゅ!」 カーテンの影「……光の……精霊の……聖骸を…… 必ずや、必ずや……手に入れるのだ……」 530 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/15(火) 18 48 46.50 ID 498vELIP ――冬の王宮、広間、対策会議 青年商人「お初にお目に掛かります。 南部諸王国の王侯の方々。 わたしは『同盟』所属の商人。 あらかじめ商人子弟殿を通して ご紹介して頂いたとおりのものであります」 辣腕会計「補佐を務める会計と申します」 鉄腕王「ご挨拶痛み入る」 氷雪の女王「雪の国の女王です。以後お見知りおきを」 冬寂王「畏まることはない。我らは王族とは言え、 もはやこの三ヶ国同盟において農奴は解放されたのだ。 もちろん我ら自身の誇りと名誉によって民のために 身命賭ける覚悟はあるが、我らはもはや王という 支配者ではない。同名の管理人にすぎぬ」 商人子弟(それこそが王の資質なんだと、 僕なんかにゃ見えてるんですがねぇ……) 青年商人「かたじけなきお言葉を賜り有り難く存じます。 では、時間も差し迫っていることかと思いますので、 手早く交渉に移りたいと思いますが……」 冬寂王「……」ちらっ 商人子弟 こくり 冬寂王「よろしくお願いする、青年商人殿」 532 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 18 49 56.19 ID 498vELIP 青年商人「まずは第1の話題です。 わたしども『同盟』は三ヶ国同盟が国家備蓄として 保持している馬鈴薯の全て。また春までに生産される 追加分全てを引き取りたい、と云う意向を持っています」 鉄腕王「全て……!?」 氷雪の女王「とてつもない量になりますよ? 船で運ぶのなら何十隻を必要とすることかっ」 冬寂王「何に使うつもりなのだ?」 青年商人「中央の諸国家に売ります」 鉄腕王「馬鈴薯は聖教会によって異端食物の指定を 受けているんだぞ?」 青年商人「中央は現在深刻な穀物不足です。 もっともわたしが『不足』などと表現すると、 色々問題もあるような気がしませんでもありませんけれど。 だがしかし、飢餓が目の前に迫っているのは現実。 この状況を打破するためには多少劇薬が必要でして」 冬寂王「それが馬鈴薯か?」 青年商人「飢えた腹で食べる馬鈴薯はさぞや旨かろうと思います」 氷雪の女王「……っ」 青年商人「飢えて死ぬよりは、馬鈴薯を食べますよ。 人間そこまで割り切れて生きれる物じゃぁ、無い。 意地っ張りも居ますが、この件では多数派ではないでしょう」 534 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 18 53 25.81 ID 498vELIP 冬寂王「しかし、中央諸国を全て救うほどの馬鈴薯は……」 青年商人「その辺はご心配なく。 高価格を維持する程度にコントロールして麦を放出します。 飢餓を起こすことが『同盟』の目的ではない」 冬寂王「我ら三ヶ国通商同盟に肩入れをしてくださると?」 鉄腕王「ふむ? 肩入れとはどういう事だ?」 青年商人「いえ、馬鈴薯を食べた国民が、 その味を理解しそれが悪魔の果実などではないと云うことを 自らを持って体験してしまう。 その結果、いくつかの国々が三ヶ国通商同盟の方へ傾く。 そんなことが仮にあったとしても、別にそれは 『同盟』が三ヶ国通商に好意を持っているという話では ありません」 氷雪の女王「……」 商人子弟「だがしかし、そうであってもわたし達には追い風です」 青年商人「それはもちろん。で、あればこそ交渉の余地がある」 冬寂王「『同盟』の意図はこの場合何処にあるのかね?」 青年商人「……」 冬寂王「もちろんそれが『同盟』の機密であるなら 聞くわけにも行かないだろうが……」 商人子弟「いえ、おそらくそれが今日の交渉の一つの本題」 ページトップへ <前5-1へ|次5-3へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/47.html
<前7-3へ|次7-5へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」7-4 577 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 20 32 00.41 ID jeE4iYgP 職人の長「はっ。恐縮でございます」 王弟元帥「で、どうなのだ」 技術者「その……」ちらちら 王弟元帥「構わない。余は能力ある者に敬意を感じる。 直答を許すから、詳しく聞かせよ」 技術者「では、その」 熟練技師「まずは、この『The genius's Manuscript』は 素晴らしいですね。まさに精霊様の下された天恵の書! 詳しい仕組みは判らずとも、残されたスケッチを見るだけで どんどんと新しいアイデアがわいて参ります!」 技術者「はい。このマスケットを中心に実に様々な考察が 描かれています」 熟練技師「たとえば、この石炭なるものは、 大地から掘れる石でありながら、燃えまする」 王弟元帥「ふむ、北の地で取れるというものか」 技術者「『The genius's Manuscript』には、この石炭を 蒸し焼きにして純度を高め、コウクスなるさらなる燃料を 作る方法が記されています。このコウクスをつかえば、 より強力な鉄を作ることが出来ます」 熟練技師「また『The genius's Manuscript』にはこのような スケッチがあり……これはわたしが大きく描き写し、 整理したものでございますが」 王弟元帥「これは……撃鉄周辺の構造か?」 熟練技師「殿下におかれましては、銃のことが判りますので!?」 578 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 20 34 49.79 ID jeE4iYgP 王弟元帥「おのれの指揮する軍の武器ぞ。判らぬでどうする」 熟練技師「はっ! 恐れ入ります。 では説明させて頂きますと、これはおそらく マスケットの改良と申しますか、 いわば後継にあたるものかと考えられます」 王弟元帥「ふむ」 熟練技師「撃鉄によって打ち付けられたこの部分には、 火打ち石がはめ込まれていまして、 これがそのすぐ下に作られた小さな部屋の蓋を破り、 打ち付けられます」 王弟元帥「この部屋はどれくらいのサイズなのだ?」 熟練技師「図では大きく描かれていますが、 実際には指先でつまめるほどのものです。 しかし、打ち破った蓋は開閉式に作られ、 直後にバネ仕掛けにより閉まります。 これにより、火うち石の火花が部屋に 閉じ込められることになるのです。 この仕掛けにより、火縄のないマスケットが開発できるわけです」 王弟元帥「ふむ」 熟練技師「えー……。お解りになられましたでしょうか?」 王弟元帥「理解した。運用と生産の問題点は?」 熟練技師「運用においては、私どもには今ひとつ 理解しかねますが、まず火口、火縄の必要がなくなり 発射の際の姿勢が自由になります。 さらには雨などの悪天候に強く、火縄がないせいで、 狭い場所での射撃が可能です」 王弟元帥「狭い場所……。密集隊形か」 579 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 20 38 03.39 ID jeE4iYgP 熟練技師「命中精度は多少下がると予想されます。というのも」 王弟元帥「時間差で引火するからだろう?」 熟練技師「その通りでございます。 生産においてはマスケットに比べてやはり精密な作業が 必要とされるために、一部の高度な技術を持つ職人を 導入する必要があり」 王弟元帥「つまりは、数多くは作れぬ、と」 熟練技師「はい」 王弟元帥「長」 職人の長「はいっ」 王弟元帥「量産する方法を考えよ」 職人の長「ええっ!?」 技術者「……」 王弟元帥「それが長の役割であろう」 職人の長「は、はぁ」 技術者「恐れながら、陛下」 王弟元帥「申すが良い」 技術者「これらの武器は様々な部品で作られております。 新しいアイデアの武器もそうですが、 全ての部品が全て高度な技術を要するわけではございませぬ」 王弟元帥「ふむ」 580 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 20 40 46.40 ID jeE4iYgP 技術者「そこで、現在のように職人が一丁一丁仕上げるのではなく、 たとえばある部品だけを作り続ける職人、別の部品を作る職人 と云うように仕事を分けるのはいかがでしょう?」 王弟元帥「おお!」 技術者「そうすれば、一人の職人が覚える仕事の量は 少なくても構わないと云うことになります。 中級程度の技術は必要ですが、 彼らも部品一個だけであるのならば、 腕利きの職人に比肩する速度で 仕事をこなせるようになるわけです。 また新しい職人の育成も早くなります」 職人の長「しかし、それではギルドの立場はどうなるっ! 長い間、技術の保全に努めてきた我らの立場は。 職人を育成して親方として束ねてきたギルドの利益を 害する考えだっ!」 技術者「はぁ……」 王弟元帥「ふっ。長殿。その件についてはわたしから 提案しようではないか。 この件で技術が仮に漏洩したとしても 聖王国の影響範囲内であれば、 全てのマスケット、およびその関連技術を取り扱うためには、 銅の国の鉄工ギルドの許可、もしくは親方証が必要だという 法律を作れば良かろう? 勅書でもよい」 職人の長「ほ、本当でございますかっ!?」 王弟元帥「ああ、この『The genius's Manuscript』は 鉄の国からもたらされたもの。 このままでは銅の国の技術は鉄の国に置いて行かれよう? ……それを考えれば、悪い話ではあるまい」 582 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 20 43 35.58 ID jeE4iYgP 王弟元帥「よし、では話は決まったな。 熟練技師、技術者、だったな?」 技術者「はいっ!」 熟練技師「はっ!」 王弟元帥「余は汝らの若い力に期待しておる。 これからも長を助け、改革し、作業にいそしんでくれよ」 技術者「こ、光栄でありますっ!」 熟練技師「身命にかえましてっ!」 王弟元帥「うむ。では、余は忙しい。残る話は次の機会としよう」 職人の長「お送りいたします、殿下っ!」 バタバタッ 王弟元帥「よい。作業があるであろう? 余は期待しているのだ」 聖王国将官「長どの、ここでよいですよ。 あとは技師達や作業者達と話をお詰め下さい」 ガチャン。 ――ザッザッザ、ザッザッザ 王弟元帥「将官」 聖王国将官「はっ」 王弟元帥「時期を見て、あの長は切れ。 若手に権力を握らせて工房の運転速度を最大化するのだ」 聖王国将官「心得ました」 587 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21 01 50.88 ID jeE4iYgP ――冬越しの村、魔王の屋敷、夜の執務室 さらさらさら…… メイド姉「……」 さらさらさら…… とさっ。 メイド姉(これで、二年分の整理はお仕舞い。 ……後は、今月の財務諸表の写しを) さらさらさら…… 魔王「……」 さらさらさら…… 魔王「メイド姉」 メイド姉 びくっ 「あっ。当主様!」 魔王「根を詰めすぎだ」 メイド長「ええ、身体をこわしてしまいますよ?」 メイド姉「それにメイド長様も……。すみません。えっと 何かご用でしたでしょうか?」 魔王「何を焦っておるのだ?」 メイド姉「……」 589 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21 04 47.72 ID jeE4iYgP メイド姉「いえ……」 魔王「ん?」 メイド姉「焦っているわけではありません。――当主様」 魔王「……?」 メイド長 こくり メイド姉「当主様にお願いがございます」 魔王「どうした?」 メイド姉「お暇を頂きたく思います」 魔王「……」 メイド長「――」 魔王「どこへゆくのだ?」 メイド姉「わかりません。けれど ――ここではないどこかへ」 魔王「妹には?」 メイド姉「話してあります。 あの娘には、ここでかなえる夢がありますから。 ……すみません、こんな我が儘を。 当主様やメイド長様に救って頂いた身でありながら。 本当に申し訳ありません」 魔王「そう……か……」 メイド長「まおー様」 590 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21 07 27.61 ID jeE4iYgP 魔王「判っている」 メイド長 こくり 魔王「……」ふわり メイド姉「あ……」 魔王「何を見るのだろうな、その二つの瞳で。 ……これがお別れではあるまい?」 メイド姉「はい、きっと……きっと戻って参ります」 魔王「では行くが良い。そなたには翼にはその力があるのだ。 おのれの運命と巡り会いに行くのであろう?」 メイド姉 こくり 魔王「ここを嫌って出て行くのでは、無かろうな?」 メイド姉「いいえっ。 この家は、わたしの生きてきた全部のっ 全ての中で、一番暖かくて、一番優しくて…… い、ちばんっ。……大事な、場所ですっ。 本当は出て行きたくなんて無かった、ですっ。 でも、そうしないと。 きっと、わたしは許せなくなります。 わたしは沢山の人に。……沢山の責を負っているから。 わたしが。――わたしが自分で歩くのを止めるのは、 ひどく不実なことに思えるんです……。 あの日、あの広場で叫んだから。 わたしには“叫んだもの”として、 やらなければならないことがあるように思うんです」 591 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21 09 06.84 ID jeE4iYgP 魔王「そなたが負うべき事などなにもない」 メイド姉「では、わたしが選びたいんです」 魔王「……」 メイド長「お行きなさい」 メイド姉「はいっ」 魔王「わたし達の教えを受けたものとして旅立ってくれるな?」 メイド姉「はい。ご厚情も、ご恩も忘れません。 きっと何かを見つけて帰ってきます」 魔王「何を」 メイド姉「たぶん――戦いの意味を見つけに」 魔王「……っ」 メイド長「――」 メイド姉「他の誰でもなく わたし自身が見いださないといけないのだと思います」 魔王「……止める言葉を持たないな」 メイド長「はい……」 メイド姉「大丈夫ですっ。 わたしは結局メイドにはなれなかったのかもしれませんが、 メイド長の授けて下さったものはメイドを超えると信じます。 当主様、勇者様、女騎士様、子弟の皆さん方……。 授かった数多の教えは、どんな黄金より勝る宝ですから」 592 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21 10 48.81 ID jeE4iYgP 魔王「……判った」 メイド姉「当主様、ここにある二年分全ての帳簿の整理は 終わっております。目録は全てこちらの小棚へと まとめておきました。諸表はこちらの引き出しです」 魔王「うむ」 メイド姉「えっと、僭越なお節介なのですが、 もし、他の方が作業されることも考えて、 仕事を引き継げるように覚え書きの帳がこちらにあります」 魔王「……ん」 メイド長「よくぞ、ここまでものにしましたね」 メイド姉「先生が優秀でした」 魔王「何時、発つのだ?」 メイド姉「夜明けと共に」 魔王「少しでも眠ると良い」 メイド姉「はい。失礼します。あの……」 メイド長「――」 メイド姉「お二人が、大好きです」 かちゃん。とっとっとっと 魔王「止められなかった」 メイド長「それが正しいのです」 魔王「メイド長……。手放させてしまったな」 メイド長「――いえ。何の問題があるでしょう。 どこにいても、何をしていても 彼女はわたしの自慢であることに何の代わりもないのですから」 610 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21 49 39.53 ID jeE4iYgP ――――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、仮設会議場 ギィッ 銀虎公「遅れたか? すまぬな」 火竜大公「いやいや、気にすることはない。 まだ時間ではないのだ。我らは妖精女王土産の茶を 飲んでおったのみだ」 妖精女王「はい」 巨人伯「……うま……い」 勇者「なかなかいけるぞ-?」 銀虎公「ではわしも一杯貰おうかな」 ギィッ 碧鋼大将「失礼いたす」 東の砦長「待たせて申し訳ねぇ」 紋様の長「おお、お二人も」 鬼呼族の姫巫女「これで揃ったようだな」 火竜大公「では、おほんっ。第二回の会議を始めるとするか」 妖精女王「今日のお話は?」 巨人伯「……まずは、前回の、続き」 紋様の長「そうだな、蒼魔族の件からとしよう」 東の砦長「どんな案配なんだ?」 鬼呼族の姫巫女「妖精族から報告して貰おうか」 611 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21 50 46.72 ID jeE4iYgP 妖精女王「はい。……まず、大きな動きはありません。 蒼魔族の少なくとも50名を越える規模での部隊は その領土から一回も出ておりません」 紋様の長「ふぅむ」 妖精女王「あの後、蒼魔の新王が都にたどり着いてから しばらくの間、蒼魔の領土には高い緊張感がありました。 蒼魔の新王の軍は蒼魔の領土全体を巡回していましたが、 現在は多少落ち着きを取り戻したようです。 もちろん各所にはかなり大人数の警邏が行われていますが」 東の砦長「つまり、戦時下って云う雰囲気かい?」 妖精女王「ええ、そうです。 少なくとも蒼魔一族は現在を交戦状態、つまり何時 奇襲をかけられてもおかしくない状態だと認識していることは 確かなことです」 巨人伯「おれたち、奇襲なんて……しないのに」 銀虎公「戦の準備とか軍備増強の様子はないのか?」 妖精女王「それは判りません。 いえ、偵察の妖精が訓練の様子などは見ていますし、 武装もしているようですが……なんといいますか。 蒼魔族ではそれが“日常”である可能性も否定できなくて」 鬼呼族の姫巫女「ふふっ。まさにそうだな」 妖精女王「今でも警戒は続けておりますが そのほかに特別な報告はないのです。申し訳ありませんが」 東の砦長「いやいや、動きがないのも重要な情報だろう」 612 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21 51 40.66 ID jeE4iYgP 紋様の長「と、なると、前回の続き。蒼魔族の処遇の問題か」 勇者「……」 銀虎公「俺から口火を切って良いか?」 火竜大公「うむ」 紋様の長「よろしく頼む」 銀虎公「我ら獣牙の一族は戦に生きる一族。 とはいえ、この世界の内側で暮らしていて、 事の理非程度は弁えているつもりだ。 戦で打ち破るならばともかく、 “蒼魔族を皆殺し”と云うのがいくら何でも 行き過ぎで無法な行いであると云うことは、判る」 火竜大公「しかり」 妖精女王「その通りです」 銀虎公「あー。我らは、上手ではないが、手紙を出すのだ。 どうだろう、手紙を出すというのは?」 妖精女王「手紙?」 巨人伯「……だれに?」 東の砦長「ああ、降伏勧告のことか?」 銀虎公「そうだ! そのカンコクだ。それが言いたかったのだ」 613 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21 53 00.20 ID jeE4iYgP 碧鋼大将「ふぅむ、それは考えてみなかった」 火竜大公「なるほど……」 銀虎公「その手紙には書くつもりだ。 お主達は、卑怯者だぞ、とな。 敵を討ちたければ戦場で堂々とすればよい。 文句があるのならはっきりと言えばよい。 それを影からこそこそと、それは武人のやる事ではない。 そのようなひねくれた態度では、もはやどこの一族からも 蒼魔族は、威厳のある一流の氏族とは認められぬだろう。 申し開きがあらば、即座にするが良い。 もしそれが望みであれば 戦場でお相手いたす。 ――そんな具合だ」 東の砦長「ふぅむ。考えたな。全面降伏しろって云う話 じゃないわけだ」 鬼呼族の姫巫女「ほほぅ」 銀虎公「全面降伏しろって云う話にするならば、 前回云っていた“蒼魔族全てが意固地になる” ってやつがあるのだろう? 領地を押し包んで総攻撃する! とか云うと、 蒼魔族は“自暴自棄”になるかもしれぬ」 碧鋼大将「うむ」 銀虎公「そこで、申し開きをさせてやろうというのだ。 ただ、申し開きは、ここでやらせる」 火竜大公「ほほぉ!」 614 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 21 53 55.26 ID jeE4iYgP 銀虎公「そうしたら、奴らももう一度会議に 出てこざるを得ないだろう? この会議は忽鄰塔に似ているが、そのものではない。 奴らの奇妙な前例を用いた策略は通用しない」 碧鋼大将「それはそうだな」 火竜大公「そして会議に出てきたら、奴らにはっきりと告げる。 お前達のやり方は無法で不愉快だ、とな。 もし詫びる気があるのならば、証明させる」 妖精女王「証明とは?」 銀虎公「まずは、親王と将軍クラスの首全てだろうな」 妖精女王「殺す……のですか?」 東の砦長「いや、それは仕方ないだろう。 ここは銀虎公殿が正しいと俺は思う」 鬼呼族の姫巫女「そうじゃな」 銀虎公「その上で、しばらくの間は、蒼魔族の領地に 我らのどの氏族か、混成でも良いが軍団を置いて様子を 見させるべきだろう。賠償金も取るべきかも知れないが 金の細かいことは俺には判らぬ」 碧鋼大将「悪くない案のように思えるな」 火竜大公「そうだな」 妖精女王「……ええ」 巨人伯「……のってくる……かな」 鬼呼族の姫巫女「そこが一番の問題であろうな」 623 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 22 26 49.01 ID jeE4iYgP 銀虎公「いやいや、そこはそれで考えてあるのだ!」 碧鋼大将「とは?」 銀虎公「前回、衛門族の長が言っておられただろう? 事が終わった後に理非の大事さが聞いてくると。 一回の警告もせずに攻撃をしたらそれは不意打ち。 ある意味、蒼魔族と同じだ。 この手紙を出すことにより、いわば“申し開きのチャンス”を あたえてやるのだ。その上で無視をするなり、 ご託を述べるようならば、 それは、奴らが戦争をしたいと云っているも同じだ。 その時はまさに合戦にて決着をつけるしかない。 もしかりに、蒼魔族の軍勢を戦場で滅ぼした後でも 蒼魔の都に戻り、その民に云うことが出来るだろう? お前達の長と軍は、斯く如くこのように無法を行った。 ゆえに氏族会議はこれを処断したが、 これはけして私心からではない。とな」 東の砦長(随分よく考えてきたじゃないか。虎の旦那。 俺はあんたをちっとは見直したよ) 鬼呼族の姫巫女「よく考えられた案であるな! 銀虎公どの」 銀虎公「はははっ! なんてことはない。 俺は考え事は苦手だしな。 そこで獣牙の長老会に知恵を求めたのだ。 久しぶりに頼られた爺どもは鼻血を流して喜んでな! 三日三晩議論をして考えてくれたのだ。 あやつらは腰抜けではあるのだが、こういう時には役に立つ」 625 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 22 28 18.80 ID jeE4iYgP 碧鋼大将「ははははっ! そうでありましたか」 銀虎公「やはり、いまひとつか? 爺の考えた手だからなぁ。 俺としてはもっとはっきりした策も好みなのだが 今回はこのような手段が良いとも思ったのだ」 火竜大公「いえいえ、立派な作戦でしょう」 妖精女王「はい」 紋様の長「よい部の民を抱えるのも、長の資質、器量です」 東の砦長(まったくだ) 鬼呼族の姫巫女「いかがだろう。ご老公どの、皆の衆。 このような対応がもっとも当面は妥当だと考えるが」 勇者 こくり 碧鋼大将「異議はない」 紋様の長「まったくもって」 火竜大公「では、そのような手紙を届けるとしよう。 書面については、そうだな……。 人魔の族長、紋様殿に頼むとしよう」 紋様の長「心得た」 東の砦長(それもよく考えた対応だ) 鬼呼族の姫巫女「鬼呼族からの書状だといらぬ感情を かきたててしまうでしょうしな」 碧鋼大将「さて、他にもあるかな」 626 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 22 29 11.27 ID jeE4iYgP 東の砦長「今回は、申し訳ないが衛門一族から 願いたいことがある」 鬼呼族の姫巫女「ほほぉ、どのようなことだ?」 東の砦長「その前に、我が街で重要な仕事を 行なっている担当者を一人を呼んでもかまわぬか? 今回の願いに関係があるのだ」 鬼呼族の姫巫女「かまわぬだろう?」 銀虎公「うむ」 火竜大公「よろしい認めよう」 東の砦長「よし、入ってくれ」 がちゃり 鬼呼族の姫巫女「ほほう」にやり 勇者「あー」 火竜大公「……このような場所にっ」 火竜公女「お召し頂き感謝しまする。 衛門一族の長よりのお招きに頂き参上いたしました。 我、火竜一族を出身とする火竜公女と申すもの。 いごおみしりおきくださいますよう」ふかぶか 勇者「うー」 銀虎公「これはこれは。……子煩悩で誰にも見せないって云う 話だったのではなかったのか」 火竜大公「うぉっほん!!」 ぼうっ 628 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 22 31 06.00 ID jeE4iYgP 妖精女王「して、お話とは」 東の砦長「まずは、わが衛門一族の本拠地、 開門都市の現状から述べさせて貰う。 まず我が街は……人間どもに荒らされてな。 俺もその軍の中にいたから、 このような言い方は好きではないし本来は出来ないのだが、 街はともかく周囲の農地や街道は めちゃくちゃになってしまった」 鬼呼族の姫巫女「うむ」 銀虎公「あのあたりは大規模な攻防戦が何ヶ月持つづいたからな」 碧鋼大将「さもありなん」 東の砦長「もっとも今では人の行き来も復活して、 もとより沼地やら山奥にあるわけでもない、 平野の都市だから、随分復興もしてきた。 そこは心配には及ばない。皆、明るく働いてくれている。 しかし、ここまで復興してくると、 今度は交易が盛んになってきてな。 元々交易の要衝であった街だ、無理もないのだが そうなると、踏み固めた程度の街道では馬車の旅に不足がある」 鬼呼族の姫巫女「ふむ」 火竜大公「で、あろうな」 東の砦長「もちろん我が氏族の領地のことであれば 我が氏族が総力を持って整えればよいのだが 事が交易となるとそうも行かない」 631 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 22 35 13.35 ID jeE4iYgP 鬼呼族の姫巫女「衛門一族の領地は確か……」 火竜大公「魔王どの直轄宣言だから、開門都市および その周辺馬で2日、くらいであろうな」 妖精女王「そのくらいでしょうね」 東の砦長「で、調べてみたところ、長い戦乱でこの世界の 街道という街道は荒れ果てて、 橋はあちこちで焼け落ちているそうじゃないか。 それを修理したり、何とかしたいという話だ」 鬼呼族の姫巫女「ふむ」 碧鋼大将「それは我が一族の願いでもあった、しかし」 妖精女王「そう、莫大な労力が掛かりますよ」 東の砦長「その辺は、専門家を連れてきたので聞いてくれ」 鬼呼族の姫巫女「ほほう」 火竜公女「はい。 今回開門都市自治委員会の依頼を受けて調査をしました。 この街道敷設は十分に利益をあげる、と思われまする」 碧鋼大将「は?」 銀虎公「おいおい、道を造るだけで何で利益が上がる」 火竜大公「話してみよ」 645 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/24(木) 23 14 48.53 ID jeE4iYgP 火竜公女「まず、我らは長い長い戦乱を過ごして参りました。 前魔王殿はそう言った戦乱を傍観したばかりか 奨励すらなさいましたゆえ。 また今魔王どのはご病気が続きました」 妖精女王「そう……ですね……」 火竜公女「第一に示すべき事は、 戦をする人手があって、道を造る人手がない などと云うことはあり得ぬ、と云うことです」 鬼呼族の姫巫女「それはそれで、道理よな」 火竜公女「新しい街道を造れば、人も物も流れまする。 物の流れは、豊かさへの第一歩。 何か足りない物があれば隣国から買えばよいのです。 あまりたる物があれば、隣国へ売ればよいのです。 そして、売り買いを行えば、税が入りまする」 紋様の長「税か」 勇者「……ふむ」 火竜公女「こたびの計画では、こちらの地図に示したとおり」 ばさりっ! 火竜公女「9本の本街道を考えまする。 これらは現在の旧街道を利用しますゆえ、 その長大さと比較して短期間で作れる見通し。 これを九族大路と称しまする。 さらには、今後の展開として、この九街道を補佐する 18の街道も視野にいれまする」 碧鋼大将「なんと壮大な!」 646 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 23 16 03.98 ID jeE4iYgP 火竜公女「これら街道は、必要があれば土を盛り上げ 谷を削り、可能な限り石畳で作りまする」 銀虎公「何故か?」 火竜公女「この世界を悩ませてきた、 大規模な河川の氾濫に対する備えとしてゆえです。 道の左右には一定の間隔で槐の木を植え、 この根を持って大地を抱き、土の流れを防ぎまする。 また、この九族大路の要所には水路を平行して作り 水利をはかりまする」 紋様の長「水利とは?」 火竜公女「これは受け売りでございまするが、 この地下世界、我らが故郷には、 水のある場所と無い場所の差が激しすぎまする。 ある場所は大河の氾濫に怯え、 無い場所では実りのない赤茶けた大地。 これでは豊かな場所を奪い合い、戦乱が生じるも必定。 水のある地域からは水を抜き安全を確保し、 無い地域へと水を少しでも運ぶ方策を練るべきかと」 火竜大公「……これだけの計画をどれだけの期間で 行おうというのだ」 火竜公女「九族大路を9年。 その後18枝道をもって18年」 鬼呼族の姫巫女「それだけの人手、金をどうする?」 火竜公女「今回のお願いはそれでございまする」 648 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 23 17 23.16 ID jeE4iYgP 銀虎公「とは?」 火竜公女「債符を興しまする」 碧鋼大将「債符?」 火竜公女「はい。債符は木の札のような物で、 番号が振ってあり登録が必要でありまする。 これを大量に作りますゆえ、買って頂きたい。 債符を持った商人は、債符ひとつにつき一台の馬車を あたらしく作った九族大路において税を払うことなく 通行させる、とすればいかがでしょう」 鬼呼族の姫巫女「ふぅむ、つまりは事前に税を集める訳か」 火竜公女「御意」 紋様の長「その債符は高いのか? 普通の商人では買えなくなってしまうのではないか」 火竜公女「あまりにも高い、つまり後で税を払った方が 安くつくというのであれば本末転倒。 ですがその場合、その判断も商人の才覚ゆえ あとから税を払おうと考える方は、それで宜しいでしょう。 しかし、税なり債なるものは その重さ軽さよりも、 不公平であることにがもっとも民の反感を買うと思いまする。 説明をし、街路の有用性を説き、上位に当たる者から 積極的に債符を買えば必ずや上手く行くと考えまする」 649 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 23 18 53.73 ID jeE4iYgP 火竜公女「また、これらの道が通るところは交通の要と なりましょう。 氏族の長がたならばお解りかと思いまするが、 小さき街は大きくなり、今はなにも無き村であっても 新しく街になる可能性もありまする。 水路が引かれた地にため池を作れば、新しい畑も作れましょう。 この計画は、必ずや子々孫々にわたる益をもたらしまする」 妖精女王「……」 巨人伯「……俺たち、お金は、少ない」 火竜公女「心得ておりまする。 巨人が一族の方には、逆にこちらから債符をお送りしたいほど。 資金の代わりに、その強き腕を街道敷設にお貸し下さい」 勇者「……魔王なのか? 誰が鍛えたんだこれ」 銀虎公「我が領土にも水が来るのか」 火竜公女「必ずや」 火竜大公「……」 紋様の長「わたしたち人魔一族は、通例を破ってでも、 この案には真っ先に賛成させて頂きましょう。 我ら人魔は雑多な族のあつまり。 あちこちの街に散らばって生きています。 これだけの街道があれば、我らが受ける恩恵は計り知れない」 東の砦長「かたじけない」 鬼呼族の姫巫女「面白い。即答は出来ぬが、国元へと帰り 急ぎその裏付けを検討させよう。前向きな答えを 期待してくれても良い」 火竜大公「娘よ」 火竜公女「火竜大公におかれましては、いかがでしょう?」 651 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/24(木) 23 20 43.76 ID jeE4iYgP 火竜大公「良かろう。支持しよう」 妖精女王「わたし達は、どのようなことが出来るか 検討してみるとします」 巨人伯「おれたちは……支持する」 碧鋼大将「我らは保留だ。鉄が来るのは有り難いが 我らがどれほどに受け入れてもらえるのかは 部の民に相談することなく、軽々に返事は出来ぬ」 鬼呼族の姫巫女「意見が割れた時は過半数、と云う話だったが この話は明確な反対があるわけでもない。 今しばらく時間を取っていただき、 氏族の中での意見も聞いてみたいが、よろしいか?」 火竜大公「うむ、それが適当であろう」 妖精女王「判りました」 巨人伯「おう……」 東の砦長「かたじけないな。長の方々」 鬼呼族の姫巫女「なんの。火竜老公の美しい娘御を みれて眼福であったぞ」 火竜公女「次回までには、今少し詳しい計画図をお持ちしまする」 東の砦長「助かったぜ。やつにも礼を言っておいてくれ」 火竜公女「承りました」にこっ 699 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13 09 31.80 ID W1zfwn6P ――――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、仮設会議場の表 パタタタッ 火竜公女「黒騎士殿」 勇者「はい」ビクッ 火竜公女「会議の際は知らぬふりをして申し訳ありませぬ。 あのような席ゆえ、馴れ馴れしくも出来なかったゆえ」 勇者「ああ。それは、うん。当たり前だよ。 すごく格好良かった。たいした計画だったよ?」 火竜公女「そのように云ってもらえて、妾も嬉しく思いまする」 勇者「おう」 火竜公女「ついでに、一つお願いしてもよいかや勇者殿」 勇者「出来ることならなんでも……ゆうしゃ!?」 こそこそ 東の砦将(アイコンタクト) ごめん、全部、ゲロった 副官(アイコンタクト) まことに、ごめん、なさい 火竜公女 にこにこ 勇者「……はい」 火竜公女「魔王殿に会いたいのです。連れて行ってください」 701 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13 11 05.13 ID W1zfwn6P ――冬越しの村、魔王の屋敷、廊下 勇者「……」 勇者「なんかさ。俺すげー虐められてね?」 勇者「火竜公女と魔王が話すのを廊下で 待たされてるって、どんだけサドなんだよ。 泣いて良いよね? 俺泣いて良いよね?」 勇者「……良いよね?」 しーん 勇者「勇者の自信なくなってきたぞ、こんちきしょうめ」 ぽつーん 勇者「……?」 「――。――――」 「――――――」 勇者「いやいや。それは駄目でしょ? 盗み聞きとか。 それは勇者じゃなくて、一人の男として終わってますことよ?」 「――――! ――!」 「――――――」 勇者「……えーっと」 702 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13 12 06.76 ID W1zfwn6P 勇者「うわぁぁぁ! だ、だめだぁ。 盗み聞きなんて良く無いのだぁぁ! 変態紳士の爺じゃあるまいしぃぃぃ!」 勇者「……」 「――。――――」 「――――――」 勇者「……」そろー メイド長「どうしたんですか? 勇者様」 勇者 ビクゥッ!! 「ナンデモナイヨ」 メイド長「そうなんですか?」 勇者 こくこくっ メイド長「あらあら、まぁまぁ」くすっ コンコンッ メイド長「まおー様。お茶のお代わりはいかがですか?」 ガチャ 勇者「あ」 魔王「いや、もう良い。それより勇者。 公女殿が帰られる。送って差し上げてくれ」 705 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13 27 25.32 ID W1zfwn6P ――魔界、開門都市、郊外の虹降りしきる丘 しゅわんっ! 勇者「よっと。……ついたよ」 火竜公女「ありがとうございまする、黒騎士殿」 勇者「いえいえ」 火竜公女「……」 さくっ、さくっ、さくっ 勇者「えっと、街まで送る」 火竜公女「いえ」 勇者「……」 火竜公女「黒騎士殿?」 勇者「はい」 びくっ 火竜公女「はっきりさせて頂くことがありまする。 妾はふられたのですよね?」 勇者「えっと……」 火竜公女「黒騎士殿の、一番大切な方はいらっしゃるのですよね」 勇者「うん……」 火竜公女「……」 勇者「大切って云うか、みんな大切なんだけど」 火竜公女「どれくらい大切ですか?」 勇者「すごく」 709 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13 30 13.23 ID W1zfwn6P 火竜公女「妾のことはどれくらい大切ですか?」 勇者「……」 火竜公女「答えてください」 勇者「危険があったら……身体を張って護れるくらい」 火竜公女「……ふふふっ」 勇者「?」 火竜公女「黒騎士殿は、その言葉で随分損をしていますゆえ」 勇者「そう、なのか?」 火竜公女「普通の殿方は、黒騎士殿ほど強くありませぬ。 故に、護れる女子は一人がよいところ。だからその言葉も、 護るという行為も、告白と同じ意味を持つのでありまする」 勇者「……」 火竜公女「努々、軽率にそのようなことを云ってはなりませぬ。 ……“餌は与えても野良は飼わない”。 そう言うことをしてはなりませんよ」 勇者「……」 火竜公女「黒騎士殿は妾を護ってはくれても、 妾と添い遂げてはくれないのでしょう?」 勇者「えっと……。個人的には、その」 火竜公女「父上が何と言おうと、 妾は一番でないといやでありまする。 また、並の女子相手では押さえられぬとも 思ってはいませんでした」 710 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13 33 02.19 ID W1zfwn6P 火竜公女「勇者殿」 勇者「……」 火竜公女「妾を振るにあたっては、傷心は無用にございまする。 妾もまた裏切りの徒。情けをかけられる一理もありませぬゆえ。 ただただお願いしたき義が」 勇者「うん」 火竜公女「大事な人がいるのなら、大事と仰いなさいませ。 勇者殿のお力があれば、幾百、幾千の女子の 命と安全を守ることが出来まする。 しかし、それでは、あなた様に限っては、 真心の証とはなりませぬ。 そのことはお解りになったでありましょう? なにも妾が、そこまで難しいことを 申しておるわけでもありますまい? 魔王殿は口を濁されておられましたが、 やはり不安でありましょう」 勇者「……」 火竜公女「妾が理不尽を云っておるかや?」 勇者「いや、そんなことはない……と思う」 火竜公女「では、云うべきです」 勇者「……」 火竜公女「……」 711 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13 35 12.85 ID W1zfwn6P 勇者「あー」 火竜公女「……」 勇者「……やっぱ、おれ、ダメダメだから。 人と魔族を殺すこと。田畑を焼くこと。 大地を砕いて、街を灰燼にかえすこと。 そのくらいじゃん、俺が出来るのって。 そういうやつって、なんかさ。 まぶしいっていうか。ダメっていうかさ。 よく分かんないけど。 ……幸せになっちゃいけない気がする。 うまく言えないけど」 火竜公女「臆病者」 勇者「……」 火竜公女「そんな気持ちで剣を取るのなら、 あなたはいつかきっと敗れまする。 そんなに強いことがいやですかや。 血に濡れた両手が厭わしいですかや。 好いた女子が由とするなら、それを持って由となさりませ。 自らの能力を押さえてなんとしますか」 勇者「……」 火竜公女「護るというのは敵を倒せば終わりですか。 勇者という名前は、そのように軽きものですかや」 712 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/25(金) 13 37 05.02 ID W1zfwn6P パシンッ! 勇者「っ!」 火竜公女「これは道違えたる妾からの最後の餞別」 勇者「……うん」 火竜公女「妾は幸せになりまする。妾は美しくなりまする。 あとで……我が君と最初に呼んだあなた様が振り向くたびに 後悔と妬心ではち切れそうになるほどに。 よろしいですかや? これは貸しでござりまする。 勇者殿は妾に大きな借りがございまする。 その返済は、貴方が幸せになることでしか返せぬ事 それをお忘れ無きように」 勇者「……」 火竜公女「……帰りまする」 さくっ 勇者「……」 さくっ、さくっ 勇者「……」 さくっ、さくっ、さくっ ページトップへ <前7-3へ|次7-5へ>