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1-1 1-2 1-3 1-4 1-5 1-6 1-7 第1章まとめ読み 2-1 2-2 2-3 2-4 2-5 2-6 2-7 2-8 2-9 2-10 2-11
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翌朝、ラムザを除く一行は、一足早く食堂に集結した。オーウェルは、もういつものオーウェルに戻っている。サマンサも、エリーの後ろで小さくなっており、昨日の決意の面影はほとんど感じられない。必然、場をリードするのはエリーになった。 「私とサマンサは、寝る前と起きてからと、もう一度話し合ったわ。私たちは行く。それでいいのよね、サマンサ」 小さくこくりと頷くサマンサは、もういつものサマンサだ。 「オレはもう、変えるつもりはなかったよ」 「ボ、ボクも……です」 バグシーとブランドルの決意は、固まりにくいが、一度固まれば揺るがない。それだけ、彼らが勇気を振り絞ったことが、痛いほど伝わってくる。 全員の目が、一斉にオーウェルに向く。サマンサでさえも、遠慮がちな視線をオーウェルに送った。もうオーウェルの決断しかない。仮にオーウェルが行かないという決断を下したとしても、今さら結論を変更する者はいないだろうが、少なくとも旅のモチベーションは変わる。厳しいようだが、オーウェル以外の貴族育ちに慣れすぎた一行にとっては、これから待ち受ける運命は過酷すぎる。命を落とすかも知れない。「経験者」の有無は、それだけ、パーティーの行く末に影を落とす。 「オーウェル!」 「オレは、戻るなんて一言も言ってなかったはずだがな。お前らみたいな足手まといと一緒に行くのが嫌だっただけだ」 エリーの拳が、オーウェルの頭に飛んだ。本気で殴ろうとした訳ではない。喜びと安堵が入り交じった鉄拳だった。 「もう、気を持たせるようなことばっかりして! このバカ!」 「うるせえよ、男女」 バカでも許されない世界に、オーウェルは生きてきた。しかし、賢かったからといって、許されてきたわけでもない。それならばいっそ、行けるところまでバカになってやろう。その結果として命を落とすならば、それも悪くない。オーウェルに芽生えた、暗くて明るい決意は、まだ誰にも伝わっていなかったが、彼らはこの時から、本当の仲間になれたのかも知れなかった。 前
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年度単位で作られたカレンダーの残り枚数が、もうあと二枚になった。教室の後ろの黒板には、黄色のチョークでこれみよがしに大きく描かれた「卒業まであと26日」の文字が躍る。「26」の部分は、前回の登校日から書き換えられていない。今日は本来なら、その数字は、もう十ばかりマイナスされていなければならない。 僕はその日、国公立大学の二次試験まで二週間を切ったということもあって、一人黙々と過去問題集に向かっていた。二月に入ってからは、登校してくる三年生はめっきり減ってくる。数度ある登校日を除いては、出席必要日数にカウントされなくなるからだ。とは言え、試験に向けて「アキレス腱」となる科目を抱える者にとっては、家で安穏と机に向かっているわけにはいかない事情がある。僕のそれは、英語だった。今さら予備校に行く気にもなれず、ここぞとばかりに英語教師を利用する僕は、ともすれば鬱陶しい生徒になっていたのかも知れなかった。 さっき一瞬目に付いたカレンダーに目を移す。三月一日まで、あと十六日。二月十三日かと思ったが、担任が前回の登校日の時に口にした、こんなクサいセリフを思い出した。 「今年は閏年やからな。お前らは、他の年より一日だけ長く、うちの生徒でおれるんやぞ」 この、もう中年と呼ばれるに何らの差し支えもない社会科の教師は、多分四年前にも同じことを言い、四年後にもまた、同じことを言うのだろう。ということは二月十四日か、と納得した。世間はバレンタインに湧いているのだろうが、僕には何の関係もないことだ。 再び、過去問題集に目を落とす。 「It s high time to face the issue on a global scale.」 何が書いてあるのか、さっぱり分からない。英語教師はもとより、他の国語、社会の二教師にも、英語で六割は確保したい、ということを言い含められている。六割、即ち合格スレスレのライン。「英語だけで落とされることがないように」という配慮は、痛いほど分かった。そのラインを目指す僕の前に、相変わらず、「イッツ ハイ タイム トゥ フェイス……」が立ちはだかる。 悩みながら、僕はふと、一ヶ月くらい前にここで勉強していた夕方のことを思い出した。 センター試験前々日の木曜日、その日も僕は一人、こうやって机に向かっていた。もしかしたら国公立狙えるかもしれんな、と担任からも進路部長からも言われていた。僕自身、最近の数度の模試で、何となく手応えはつかみ始めていた。年度当初は、中堅やや上の私学さえ絶望視されていた成績だったのが、夏を過ぎた辺りから面白いように伸び始めたのである。 「まあそれでも、試験は水物やけどな。油断するなよ。前原、お前のことやぞ。」 何度か失敗した生徒を見てきたのだろう。担任は、戒めるように何度も繰り返した後で、必ず名指しで僕を呼んだ。しかし、僕にとってその言葉は、何らの戒めにもならなかった。自分にチャンスがあるとすれば、その「水物」の所にしかなかったからだ。今している勉強は、どんな「水物」が来ても、それを受け流さずに如何に自分のものにしていくかという、それだけのためのものである。 五時を回ると、周囲の田んぼを浮かび上がらせていた日も、その姿を隠してしまう。僕は忙しく動かしていた手を止め、大きく息を吐いた。その時不意に、教室の前の廊下に立つ人影に気付いた。見慣れた制服―自分の学校だから当然なのだが―の女子が一人、所在なさげに立っていた。 「高神さん……」 僕は、相手に聞こえたかどうかも分からないような声で、そう呟いた。相手も、呼ばれたことに気が付いたのか、一瞬目を逸らしたが、すぐに向き直り、そのまま教室に入ってきた。 「図書館、終わっちゃって……」 彼女はそう言いながら、自分の席の方へと歩いていった。どうやら、置いてあった鞄を取りに来たようだった。僕は、その動きをあまり目で追わないように、もう真っ暗で何も見えなくなった中庭の方に目を遣った。 高神理絵。ほんの数ヶ月前までは、名前だけを知っている存在だった。呼びにくい苗字からか、周りにいる他の女子からは、りえちゃんとか、たかちゃんと呼ばれていた。 彼女の、名前以上のものを初めて知ったのは、忘れもしない、十月十日の放課後。 その日、補習が終わって駅へと向かって歩き始めた僕は、たまたま前を歩く彼女の背中を見つけた。同じクラスだということ、そして名前だけは知っていたが、それ以外は本当に何も知らなかった。話題は、あった。ついさっきまで、恐らく同じ教室で受けていた英語の補習。その最後に行われた、単語テスト。当然僕の出来映えは目も当てられなかったが、それはむしろ、話題になる。 僕の容姿は、お世辞にも格好良いとは言えない。それは遡れば、小学生の頃からのコンプレックスだった。自分から女の子に声をかけるなんておこがましい。後で、どんな風に言われるか分かったものじゃない。馬鹿な話だが、真剣に、そんな風に思っていた。 その時僕の背中を押したものは、一体何だったのだろうか。僕の足は、自然と彼女の背の方に向かい、口からはごく自然に、言葉がすべり出た。 「さっきの単語テスト、どうやった?」 時間にしてみれば、十秒にも満たない、短い短い言葉。その、溶けてしまいそうなほど淡い一瞬の言葉が、僕と彼女の間に小さな架け橋を作った。こういった関係を築くことに対して、晩生でもあり、また臆病でもあった僕の、何かが変わった瞬間だった。 話してみると、拍子抜けするほど、会話は弾んだ。その日以来、木曜日の放課後が待ち遠しくてならなかった。英語が得意な彼女と、少しでも話題の内容を共有できるようにと、単語テストの勉強に念が入るようになった。 もちろんこの件だけではないだろうが、僕の偏差値が目に見えて伸び始めたのは、ちょうどこの頃からであった。三ヶ月につき、1か2ずつ程度しか伸びていなかったものが、十一月の模擬試験で、前回の八月から7も伸びていた。 しかし、その結果が帰ってくるくらいから、彼女との間に少しずつ距離が出来始めた。原因は、他でもない僕にある。小さく脆い架け橋に、何を勘違いしたのか、大きな期待をかけすぎてしまったのだ。分相応、という言葉は、初めての経験ですっかり舞い上がってしまった僕の頭からは、ぽっかりと抜け落ちてしまっていた。橋脚を繋ぎ止める綱は、その負荷に耐えられえず、少しずつきしみ始めていた。 クリスマスに正月、一般に「受験生にはそんなものはない」といわれる種々のイベントを含んだ短い冬休みを経ても、僕と彼女の関係は元には戻っていなかった。それでもお互いに、もうそんなことを気にしている余裕はなくなっている。僕たちは、と言うより多分僕だけだろうが、そのことを上手く記憶の片隅に追いやりながら、志望の大学へ向けての追い込みに入っていた。そんな中で、この日、センター試験前々日の一月十五日の放課後を迎えた。 気まずい関係は、お世辞にも修復されているとは言えない。それでも、冬休みに入る前には完全に没交渉状態になっていた会話が、たった一言であっても成立した。そのことが嬉しかった。 何も見えない中庭の闇にしばらく目を泳がせていたが、彼女が帰る気配は一向にない。持っていた参考書とノートを鞄に入れるだけで済むはずなのに、いつまでもごそごそやっている音がする。僕はとうとうしびれを切らし、音の方にほんの少しだけ視線を向けた。 その時、何の悪戯か、彼女と完全に目が合ってしまった。彼女の方も、僕の様子を伺っていたのである。ここまでは、さっき彼女が教室に入ってきた時の様子と同じようなものだ。ただ、この後がさっきまでとは違った。僕たちは互いに目を逸らすことなく、見つめ合った。 「あ……」 何か言いかけて、音が重なる言葉。その一瞬の和音の後、すぐに訪れる静寂。それでも僕たちは、目を逸らすことはなかった。何ヶ月か前、一度は手に入れ、そして一度は手放してしまった時間を手繰り寄せるかのように。 「なんか……その……ごめん」 何について謝ったのか、当の僕にも分からなかった。また彼女と同じ時間を過ごしたい、という思いだけがあり、それが自然に言葉になって出てきたのだと思うしかなかった。 そしてこれは、不思議なことだと言うしかないが、その一言の謝罪だけで、僕と彼女の間にしばらく横たわっていた溝は、一瞬の内に塞がってしまった。僕たちは見つめ合ったまま小さく笑い、しばらく二人で勉強して、一緒に帰ろうか、という平凡すぎる結論に達してしまう。 「それやったらさ、ここ教えてくれへん? 現代文なんやけど、解答見てもさっぱりで……」 彼女はそう言って、さっきまで鞄に入れるのに手間取っていた参考書とノートを僕に示した。国語、こと現代文においては、僕の右に出る者はこの学校にはいない。あの、何かにつけて戒める担任の教師でさえも、その点だけは認めている。国立のトップ校の問題でも、僕にとってはさして難しくない。何故か、と聞かれると困る。ただ、分かる、としか言えない。 彼女が差し出した参考書に書かれた大学は、僕の目指す大学とは随分離れた所にある。だから何だというわけでもないのに、彼女はこの街を出て行くのか、と思うと、無闇に寂しい気分になった。 「ここ、第一志望なん?」 僕は、何となくそう聞いてしまった。彼女は少し逡巡した後、言葉を選ぶように言った。 「うーん、私学も受けるから、迷ってる。ここやったら家出なあかんし」 彼女が地元の私学に受かっている話は、何となく耳にしていた。そうか、迷ってるのか、と適当に自分を納得させた。 彼女に一通り国語を教えてあげた後、僕も英語を教えてもらった。彼女も、僕の国語と同様に、英語に関しては絶対の自信を持っている。そういう棲み分けが出来ている人と勉強するのは、効率も良く、何より楽しい。今この瞬間だけは、異性としてではなく、単純にそういう良きパートナーだとして意識した。 そうこうしている内に、時計の針は七時を回った。このくらいの時間になると、巡回の教師が回ってきて半ば強制的に校舎から出されてしまう。僕たちは、その憂き目に遭う前に、自発的に荷物をまとめて外に出た。夕日の残した微量の暖かささえとうに失った空気は、凍り付くほど冷たい。どちらから言い出すともなく、駅までのちょうど中間くらいにあるコンビニに寄り、そこで温かい中華まんを買った。かじかんだ指には、熱すぎるほどの肉まんの熱も、温かく感じられた。彼女が買ったのはあんまんで、肉まんよりも一回り小さかったが、彼女の小柄な身体にそれは、驚くほど合っていた。 「いよいよ、センターやな」 「うん……」 分かり切った会話は、長くは続かない。中華まんを頬ばる息づかいに混じって、沈黙が僕たちの間に流れる。途中、車道の横のわずかなスペースを通らなければならない場所を、僕たちは縦に並んで歩いた。後ろを歩いた僕には彼女の小さな背中が見えた。 できることなら、駅までの距離がもっと長ければ良いと思った。そうすれば、まだ彼女といられる。塞がった思ったと溝は、まだ案外残っている。できれば、もしかするとこれが最後になるのかも知れないのだから、完全に塞ぎきってしまいたい。それ以上に近づきたいなどというおこがましいことは言わない。ただ、もうこれ以上、離れたくはない。 駅の地下道に続く階段が、少しずつ近づいてきた。地下道には、二つの改札口がある。僕と彼女は、そのどちらかの改札を一緒にくぐった所で、別れなければならない。それぞれ反対側のホームに別れ、別々の方角に向かう電車に乗る。その時間はもう、すぐそこまで迫っている。 「……ありがとう」 何も言えなくなっている僕に代わって口を開いたのは、彼女の方だった。僕は、何に礼を言われているのかも分からないまま、何となく、いや、こちらこそ、と言った。 「私、前原君おらんかったら、ここまで成績伸びたか分からへん。他の人から聞いたんやけど、前原君って十一月くらいからめっちゃ成績伸びたんやろ? それって、ほんまにすごいことやと思うわ」 そう言って、私も実は同じくらいから急に伸び始めてん、と続けた。 志望校に急激に近づいていったのは自分ばかりではなかった。彼女の偏差値もまた、上昇カーブを描いていたのだ。彼女はそれを、僕のおかげだという。嬉しいと言うよりも、気恥ずかしさばかりが先に立った。 俺の方こそ、高神さんのおかげで、と言いかけて止めた。また、大きすぎる期待をかけようとしている。そんな自分が嫌で、その気持ちが、すんでの所で口をつぐませた。僕は、へぇ、とありきたりすぎてどうしようもない返答をした。返答にすらなっていないような、掠れた声だった。 「学校でさ、私が図書館から帰ってきた時、謝ったやんか? ……あれ、なんで?」 僕の足は止まった。その理由だけは言えない。それを言うと、必然的に、僕の気持ちまで言わざるを得なくなる。僕は卑怯にも、何も言わずにその問いを黙殺しようとした。 「私、びっくりしてん。何も謝られるようなことされてないのになぁって。それで、なんか笑っちゃった」 彼女は多分、全て分かっていたのだろう。その上であえて、こんな問いを僕にぶつけているのだ。それは別に意地悪でもなんでもなく、純粋に僕の口から聞きたいという、ただそれだけなのだろう。もしかしたら彼女は、その「気持ち」の部分さえ、聞きたかったのかも知れない。 「……ううん。なんか、あの黙ってる感じが気まずくて言っちゃっただけ。ごめん、変なこと言って」 そう言いながらまた謝っているのもおかしなことだが、僕にはもう、そんなことを気にかける余裕さえなかった。最後の言葉、それに、おつかれ、という一言を添えたものを言い捨てたまま、足早に改札をくぐり、ホームに向かう階段を上り始めた。この階段を上り始めれば、少なくとも翌日までは、彼女と話すことはなくなる。それは、これまでの経験から何よりも分かっている。この状態になることを少しでも遅らせるためにした、数々の涙ぐましい努力は、僕の愚かさの象徴のようなものだ。忘れるはずもない。 彼女は、わざとらしく足音を立てて階段を上っていく僕の背中に、二言、三言と言葉を投げかけていたが、僕がその言葉に足を止めることはなかった。階段を上り切った所にタイミングよく滑り込んできた準急に飛び乗り、いつもと同じように駅を後にした。 そんなことを思い出しながら、僕はいつのまにか眠ってしまっていた。換気のために少しだけ空かしてある窓からの冷たい風で、僕の思考は再び二月十四日の教室に戻ってきた。時計の針は、もう五時を回ろうとしている。 あの日から、明日でちょうど一ヶ月。あの三日後のセンター試験、僕の英語の点数は、どうしても越えられなかった百五十点の壁を軽く越え、百六十五点に達した。奇跡か、皮肉か、そのどちらかは分からないが、とにかく僕はそれで、念願の国公立を受験する段階に至った。 あの日、足早に階段を上る僕の背に彼女が放った言葉。聞いていないようなふりをしていながら、僕は全てを聞いていた。内容から声の感じまで、目を閉じるだけではっきりと浮かんでくる。 「一ヶ月後、二月十五日の夕方、また教室に来て。話したいことがあるから」 彼女が、何故一ヶ月も間を空けようと思ったのか。そして、そこで何が言いたかったのか。今となっては知る術もない。登校日を外し、受験まではまだ少し日があるから、その日を選んだのだろうか。それとも、そんな計算はなく、ただあの日の日付に一月を足してそう思っただけなのか。 僕は明日、学校に来る予定はない。指導を頼んでいる英語や国語の教師にも、その旨は伝えてある。次に来るのは明後日。その時までに、少し溜まってしまった過去問をやって来なければならない。幸い、明日は家に家族がいないので、部屋にこもってやってしまおうと思っている。 僕はもう、彼女に会いたくはない。会えば絶対に、一生忘れられなくなってしまう。そうなってしまえば僕は、彼女と共有する時間の獲得と喪失を繰り返したこの何ヶ月かを、一生なぞり続けることになる。それは、僕自身のためにはもちろんのこと、彼女のためにも、絶対に許されることではない。 そう決めたのに、僕の胸には、まだ未練がましく彼女の残影がある。明日会えば、もしかすると、昔かけた大きな期待がいとも簡単に叶えられるのかもしれない。そんな幻想が頭をもたげる。しかし、それではいけない。僕のエゴなのだろうが、僕はもう、彼女に会うべきではないのだ。 僕は席を立ち、教室後ろの黒板に向かった。白く粉が巻いた黒板消しで「26」の文字を丁寧に消し、黄色のチョークで「16」に書き換えた。卒業まで、あと十六日。その日を過ぎれば、僕も彼女を卒業できるのだろうか。この胸を締め付けるような思いは消えてくれるのだろうか。夕日に浮かび上がった教室で、僕は静かに泣いた。声はなく、嗚咽もない。ただ涙だけが一筋、二筋と、頬を伝って流れていった。
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ミルウーダにとどめを刺したのは、サマンサだった。別に誰かがそれを仕組んだわけでもなく、サマンサがそれを望んだわけでもない。ただ、どういう巡り合わせか、サマンサが魔法でとどめを刺さざるを得ない状況が出来てしまった。 ミルウーダ率いる骸旅団の一隊は、団そのものの求心力が低下していく中で、勇敢に戦ったと言って良いだろう。レナリア台地という、比較的高低差の激しい場所の高地に陣取ったという地形的有利も働いたが、その最期の戦いぶりは、ラムザたち士官候補生を苦しめるには充分すぎるほどのものだった。 「ちっ、強えな」 「ああ。盗賊の砦の時とは違う。守りきるんじゃなくて、勝って活路を開こうとしてる」 後方でサマンサの回復を受けながら、オーウェルとバグシーがそんな会話を交わす。その間に、ラムザやディリータ、エリーが前進し、傷つけばまた下がり、サマンサやオーウェルから回復を受ける。一気に攻め込むことのできない、膠着状態のような戦いが続いていた。 「ここで私は死ぬわけにはいかないのよ……革命の途中で……」 幽鬼迫る、といった表現がぴったりの形相で、ミルウーダが剣を振るう。妹をさらわれ、怒りに震えるディリータでも、易々とは倒させてくれない。 その時、前線にいたエリーが、黒魔道士の反撃に遭い、負傷。そこに、ミルウーダの追い打ちが迫った。 「……あ、ヤバイ、かも」 後方から、オーウェルとサマンサが飛び出す。一番に飛び出したのはオーウェルだったが、その後ろにサマンサが続いたことに、誰もが驚いた。 (オレがあの女を食い止めて、エリーはこいつに任せる) オーウェルは驚きながらも瞬時にそう決め、サマンサより一足早くミルウーダに対峙した。 しかし、ミルウーダの眼を見て、オーウェルは思わず怖れてしまった。それは何も彼が臆病というのではなく、それだけ、危険を察知する能力に長けていたということである。オーウェルに恐怖を感じさせるほど、彼女の眼は黒く濁り、見る者全てを喰い殺しそうな深さがあった。 気がつくとオーウェルは、負傷したエリーを抱え、退いてしまっていた。行きがかり上、ミルウーダに対峙するのはサマンサになる。 「あ……」 サマンサが硬直したのは、当然すぎることだった。飛び出した時点では、彼女もオーウェルと同じ事を考えており、よもやこうなるとは思いもしない。 サマンサにとって幸運だったのは、予期せぬ敵の出現で、一瞬ミルウーダが正気を取り戻したことだった。 「あなたも、上流貴族ね。分かるわ。前に戦った時もいたわね……」 ミルウーダは剣を引いたわけではなかったが、静かな低い声で、サマンサに語りかけた。正気を失っていた時とは違う冷酷さが、声にはこもっている。 「きれいなローブね。私は、そんなの一生着られない。私だけじゃないわ。そのローブに生涯一度も袖を通すことなく死んでいく人が、何人もいるの。あなたにその気持ちが分かる?」 オーウェルによって、わずかに回復を受けたエリーが、サマンサに逃げるように促した。しかし、サマンサはエリーの方を向くこともなく、ミルウーダの眼を見つめていた。 「……け、剣を引いて下さい。もう、勝負はついてます。話し合いましょう。そうすればきっと……」 ミルウーダの腕が、サマンサに向かって振り下ろされた。剣ではなく、平手打ちだった。 「ふざけないで……。あなたたちと何を話し合えと言うの? あなたたちはいつもそうやって私たちを騙そうとする。私は、革命に身を捧げた骸旅団の戦士。そんな甘言につられるものか……」 「革命を起こす必要があるんですか? 私たちがあなたたちを苦しめているんですか? 何がいけないんですか? 私には分かりません……」 「知らないということはそれだけで罪だわ。あなたが当然と思う世界は、あなたに見える範囲だけ。あなた一人が悪いとは言わないわ。でも、現状が変わらない限り、私はあなたと、あなたの向こうにある全てを憎む。あなたの存在そのものが私の敵よ」 存在そのものが敵。このミルウーダの告白が一行に与えた影響は殊の外大きく、ラムザもディリータも、剣を降ろして立ちつくした。弓を構えていたバグシーも、いつでも魔法を撃てるように準備をしていたブランドルも、思わず武器を引く。サマンサは、言葉を失った。 「おしゃべりは終わりよ……」 再び瞳に狂気を取り戻したミルウーダが、剣を両手で握り、上段に振りかぶる。一行の中で、唯一自分を失っていなかったオーウェルが、サマンサとミルウーダの間に割って入ろうとする。 しかし、彼の腰が上がった刹那、サマンサの杖先から放たれた閃光が、ミルウーダを直撃した。剣を振りかぶった姿勢のまま、崩れ落ちるミルウーダと同時に、サマンサもまた、その場にくずおれた。 エリーが黒魔法で負った傷が、そこそこ深かったのは、一行にとっては幸いかも知れなかった。ミルウーダを自らの手で殺した彼らのショックは大きく、このまま次の戦いに挑めば、全滅することは目に見えていたからである。無論彼らは、次に臨む相手が骸旅団の頭目ウィーグラフであることを、まだ知らない。エリーの回復という名目で、はやるディリータを抑え、一行はレナリア台地でキャンプを張ることにした。 「さっき、女のモンクが一人走ってったな」 「うん。本隊に報告しに行くんだろうね」 バグシーとブランドルがそんな会話を交わしながら、回復アイテムをエリーに施す。ラムザはディリータをなだめ、かつ慰めるのに必死で、それどころではない。サマンサの回復魔法を使えば早いのだが、彼女は、以前のように気絶こそしていなかったものの、放心状態で、草の上に腰を下ろしている。 「なあ、オーウェル。そろそろチャクラで回復してあげてくれよ」 手持ちの回復アイテムがなくなりそうになったため、バグシーがそう呼びかけたが、そこまで言って、彼は口を噤んだ。戦闘直後で気の立っているオーウェルに、気安くこんなことを頼んだ自分を悔やんだが、オーウェルは存外素直に立ち上がり、エリーの側に座った。 「おら、どけよ。世話の焼ける女だな、ったく」 相変わらず口は悪いが、オーウェルは少しずつ変わり始めているようだった。オーウェルの気が、流れるようにエリーの身体に注入されていく。畑違いのバグシーやブランドルから見てもその技は完璧で、思わず見とれた。 「見事なチャクラだねえ、相変わらず」 「うっせえよ」 そう言った後、オーウェルは少しだけ小声になり、話し始めた。 「……あの女のサンダーには驚いた。あの一瞬で、あんな正確に。ブランドル、お前あんなことまで教えたのか」 ブランドルは確かに気弱だが、士官候補生の黒魔道士としては、一流の部類に入る。その彼も、オーウェルの問いにはかぶりを振った。 「あんなの、ボクにもできないよ。ボクがあの人に教えたのは、ファイア、ブリザド、サンダーの基本だけだよ」 確かに、本職が白魔道士のサマンサが、一気に多くの黒魔法をマスターすることは出来ない。ブランドルが多くを教えなかったのは、当然と言えた。 「……そんなに気になるなら、本人に聞いてきたらどうなのよ」 「あ、もうしゃべれんのかよ、男女。……別に気になんかなんねえよ。どうでもいい」 エリーはうっすらと目を開け、半身になってオーウェルに向き直った。 「またまた。ケガしてる私を置いて、助けに行こうとしてたくせに」 「……お前が友達だろうが。お前が行ってやればいいだろ」 「私はまだ動けないもの。あんな状態のあのコを、ここに呼ぶわけにもいかないでしょ。ね、バグシー、ブランドル」 バグシーは、少し複雑な表情を浮かべて、エリーから目をそらした。ブランドルは、エリーとオーウェルの顔を見比べると、微笑を浮かべて言った。 「オーウェル。ボクも少しくらいなら白魔法できるから、エリーのことはボクに任せて。行ってあげなよ」 「……ちっ、ナマ言いやがって、泣き虫ブランドルがよ」 オーウェルはブランドルの頭をこづくと、渋々立ち上がり、サマンサの方へと向かった。バグシーは、先程の少し複雑な表情のまま、その後ろ姿を見送っていた。 「ちょっと見直したぜ、お嬢様」 お疲れ様とでも言ってあげればいいのだが、彼はまだそこまで素直にはなりきれない。そんなつもりはないのに上から目線に聞こえてしまう損な言葉とともに、サマンサの横に腰を下ろした。一拍置いて、サマンサがオーウェルの方を向く。 「……怖かったんです。あの人の目も、言葉も、何もかも。だから、何も覚えてなくて、その……」 絞り出した言葉は、かすれている。仲間の足手まといになりたくないと思っているのか、必死に弱さを隠そうとする姿は、申し訳ない言い方をすれば、哀れでさえある。 「それが、お前の選んだ道だ」 素直に慰め、抱きしめてあげればサマンサの不安も吹き飛んだだろうが、まだそこまでには至らない。相変わらずのぶっきらぼうな言葉が精一杯だった。 「……それで、えっと、杖を握ったら、勝手に魔力が集まってきて、気が付いたらあの人が倒れて、それで、あの……」 「それより」 最早ろれつが回っているかさえも怪しく、自分でも何を言っているのか分かっていないであろうサマンサの話を遮り、オーウェルは話の矛先を変えることにした。 「敵の真っ正面に立って、あんなにべらべら喋る奴があるかよ、バカ」 オーウェルの強引な勢いに押されたのか、サマンサはやや正気に戻り、ローブの裾を整えて座り直した。 「貴族だって平民だって、同じ人間ですから、話し合えば分かると思って……」 「それがバカだっつってんだよ。問答無用な敵だったらどうする気だ」 サマンサはまた、唇をきゅっと結び、拳を握った。それが、何も言い返せず、それでもそんな弱さを見せたくない時に彼女がする仕草だということをオーウェルが分かるのは、もう少し先の話になる。 「でも、オーウェルさんだってすると思いますよ」 そして、このように話の流れにほとんど関係なく、自分の言葉を口にするのは、彼女なりの反論であり、また気遣いでもあることも、オーウェルはまだ知らない。 「オレはそんなことはしない。敵は殺す。問答無用でな」 「残念ですけど、オーウェルさんはそんな人じゃないです」 何が残念なのか。コイツに何が分かるというのか。オーウェルは少しいらついた。自然、口調も荒くなる。 「そんなことしねえって、言ってるだろうが」 「オーウェルさんは、しますよ」 強情な女だ。オーウェルは心底いらついてきた。本気で何かに怒るなど、彼にとっては久しぶりの経験だった。怒りも笑いも悲しみも、真の意味で彼は、忘れていたはずだった。 「いい加減にしろよ! オレはそんなことはしねえ! そんな甘いことで、この先生き残っていけると思ってるのかよ!」 サマンサのさすがの強がりも、本気で怒ったオーウェルの前では長続きしない。じわりと涙を浮かべて、どうにか言葉をつなげた。 「じゃ、じゃあ、したらどうします?」 「あ? そんなことしたら、お前の言うこと、何でも聞いてやるよ」 「や、約束ですよ。覚えておきますから」 そう言い残して、サマンサはエリーたちの方に走って行ってしまった。そこでまた、なにやら話し込んでいるようだったが、オーウェルはそちらを見ないように、草むらに寝そべり、暗くなり始めた空に目を泳がせた。 前 次
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私の高校時代の親友に、Sという男がいた。今から二年前の夏、バイク事故で命を落としてしまったのだが、これがまたぶっとんだ男であった。 まず、身長186㌢、体重65㌔という超モデル体型。顔はあの「修二と彰」を足して二で割ったようなイケメン。当然女の子はキャーキャー大騒ぎで、バレンタインの前後など、大変なことになった。本人もその自覚はあったらしく、結構多くの女の子と遊んでいた(らしい)。 しかしこの男、顔に似合わず下ネタが好きで、しかも、イケメン的な部分で騒がれるよりも、面白いことを言ってウケを取ったりすることに至上の喜びを見いだす、困ったちゃんなのであった。 さて、私とこの男との間には色々なエピソードがあるのだが、その中で、私がこの男に対して底知れぬ恐怖を抱いたものを紹介する。 当時、高校三年生だった私は、補習か何かを受講した後、一人で家路につこうとしていた。記憶ではこの日Sは、補習を受けずに先に帰っている。 私は、昇降口まで来たところで、鞄の中に賞味期限の切れたコロッケパンが入っていることを思い出した。きょろきょろしながらゴミ箱を探していると、不意に、Sの下足箱のふたが若干開いているのを発見してしまう。私の心に悪魔が訪れた。 「……S、ウケ、取らしてやるからな」 そう呟きながら私は、コロッケパンの封を開け、Sの上履きの中に中身を入れた。 翌朝上履きに足をつっこんだSが、周りで見守る人々に向かって、 「あー、コロッケパンやー。美味しそうやなー……ってコラー!」 みたいなことを言ってウケを取る場面を想像し、「ああ、オレは何て友達思いなんだろう」などと思いながら、家路についた。 翌朝、私が学校に来てみると、Sはまだ来ておらず、下足箱も私が昨日仕掛けをしたそのままの状態だった。 (S、腕の見せ所やぞ) まるで運動会の代表リレーに出場する息子を励ますような気持ちで、私は先に教室に向かった。 約十分後、Sの足音が廊下から聞こえてきた。私としては、彼が教室に入ってきた時の反応まで想定していた。Sは恐らく 「上履きにコロッケパン入ってたんですけど! もー、誰よー?」 くらいのことを言うだろうから、私は「もちろんオレでしたー」と行こうと、待ちかまえていたのだ。 しかし、Sが教室の扉を開けた瞬間、私は凍り付いた。コロッケパンが見事につぶれた上履きを片手に持った、阿修羅のような形相の男が入ってきたからである。そのまま彼は、私の机に向かって歩いてきた。 「……おい、坂谷(私)。オレの上履きにコロッケパンなんか入れやがったヤツがいる。犯人捜し手伝え」 そう言うが早いか、Sは片っ端から男子生徒の胸ぐらをつかみ、「お前か!? コラァ!」とやり出した。彼が非常にけんかっ早く、しかも強いことを知っていた一同は戦々恐々。 結局、事件は迷宮入りとなった。 後で聞いたところによると、下足箱の所では、Sはほぼ私の想定通りの行動をとったらしい。しかし、ソースで湿った上履きと靴下で階段を上ってくる間に、怒りがこみあげ、教室でピークに達したのだという。冗談の線引きを学ぼうと、心から思った瞬間であった。
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オーウェルは低くうめいて、布団をはねのけた。横では何も知らないブランドルとバグシーが、低く寝息を立てている。背中は汗でじっとりとし、喉がカラカラになっていた。まだ寝入ってから二時間ほどしか経っていないのに、永遠にも等しいような悪夢の中に、オーウェルはさらされていた。 (久しぶりだな、この夢は……) 喉が渇いて、とてもではないが眠れる気がしない。上着だけを羽織り、部屋を出た。 雨は相変わらず、音が聞こえるほど降り続いていた。この分だと、レナリア台地に向かう道には、土砂崩れが起こっているかも知れない。先を急ぐディリータとラムザにとっては死活問題だが、決断に迷う一行のためには、ちょうど良いのかも知れなかった。 オーウェルは宿の裏にある井戸に向かった。暗がりにある井戸の水はいつも冷たく、彼の今の渇きを癒すには、格好の場所に思えた。 井戸へと繋がる扉は、わずかに開いていた。誰かが出入りしたのか、雨が室内に吹き込んでいる。オーウェルは傘も差さずに、走った。井戸の所は東屋になっていて屋根がある。そこまで行けば、傘は要らない。 想像通りと言うべきか、井戸には先客がいた。オーウェルは最初、エリーだと思った。しかし、雨の音に混じって微かに聞こえる、「こくこく」という水を飲む音は、エリーのような大ざっぱな人が、夜中の渇きを癒すにはふさわしくない、おとなしすぎる音だった。 「またお前か、お嬢様」 桶から小さな両手で水をすくい、喉に流し込んでいたのは、サマンサである。オーウェルはその前から桶を奪うと、井戸の中に降ろし、たっぷりとくみ上げた。 「オーウェルさん? 何してるんですか、こんな時間に」 それはオレの台詞だ、と言いかけたが、面倒くさいので黙殺し、桶から直接口に水を注いだ。水は思った通りの冷たさで、渇ききったのどに染み渡る。 「お嬢様は、お部屋のデキャンタに汲んである水を飲むんじゃないのか?」 「……その、お嬢様っていうの、止めて下さい。私だって、士官候補生です。みなさんと同じなんです」 仲間を「みなさん」なんて呼ぶのは充分お嬢様だ。サマンサは、芯からそのことに気付いていない。 「何してんだ、お前。自分であんなこと言っておいて、眠れないのか?」 サマンサはその問いに、唇をきゅっと結び、拳を握った。世間知らずで、気が弱いように見えて、芯は強い。寝る前のやりとりくらいから、オーウェルは何となく、それに気づき始めていた。自分が言ったことに、少しだけ後悔しているのを悟られたくないのだろう。 「オーウェルさんも、来て下さい。お願いします」 オーウェルの問いには答えず、サマンサは深々と頭を下げた。身に着けたローブの頭巾がふわりと舞い、洗いざらしの心地よい匂いが、オーウェルの鼻をつく。 「……まだ、返事はできん」 「明日の朝には決めなくちゃいけないんですよ。ティータちゃんだって、いつまで無事か分からない……」 粘るな、とオーウェルは少しだけ感心した。上流貴族なんてのは、普段は威張りくさっていても、自分が少しおどかし、一睨みすれば、すぐに折れるものだと思っていた。中流貴族であるエリーたちでさえ、一度はそれで折れかけたのに、サマンサは折れない。 「じゃあお前、今からオレと寝るか?」 顔を上げたサマンサが、瞳をぱちぱちさせる。オーウェルの言ったことが、とっさには理解できていない。 「お前がオレと寝るなら行ってやっても良い、って言ったらどうする?」 サマンサは、本当に意味を理解していないようだった。「寝る」という語が意味する所など、十六歳にもなればとうに理解していそうなものだが、彼女はただ、「そんなことで良いのか」といった顔つきで目をぱちくりさせるだけである。 「何処かの部屋で、オーウェルさんと朝まで一緒にいればいいんですか?」 オーウェルはよっぽど、露骨な単語を使ってやろうかと思ったが、もしかするとそれすら意味がないかも知れない。そう思うと、目の前の女を折れさせようとする気概が、潮が引くように冷めていった。 「馬鹿なこと言って悪かった。今のは忘れろ」 そう言い捨てて、井戸を後にしようとするオーウェルの上着の裾を、小さな手がつかんだ。 「……私だって、男の人と女の人が朝まで一緒にいたらどうなるかくらい、分かってます」 その時、雨が一段と激しさを増し、地面を叩く轟音が、二人の息づかいさえもかき消すほどになった。 オーウェルは上着に入れた煙草を取り出した。同時にマッチも出そうとしたが、雨で湿気てしまっている。別に今すぐに煙草を吸わなければいけない理由などはなかったが、雨が激しすぎて動けず、間を持たせるにはそれしかなかった。 「どうぞ」 思いがけない所から火が現れた。サマンサが指先に炎を灯し、オーウェルに差し出す。オーウェルはとりあえず、素直に受けることにした。 「白魔法のお勉強しかしてないと思ってたがな、お嬢様」 「私もそのつもりでしたけど、足手まといにならないようにと思って、ブランドルさんに少しだけ教えてもらったんです」 それにしても、指先だけに魔力を集めて小範囲で黒魔法を放つというのは、高等技術だ。「少しだけ教えてもらった」程度で会得できる技術ではない。 「オーウェルさんだって、もうチャクラとか蘇生とか、卒業年度にマスターするようなことができるんでしょ。エリーが悔しがってました。『私はまだまだだー』って」 エリーには「さん」を付けないのか、と、どうでも良いことがオーウェルには気になった。核心を外した会話は、長くは続かない。雨の音しか聞こえない時間が、すぐに戻ってきてしまう。 ふかした紫煙が、雨にけぶる。二人に何をさせたいのか、雨脚は強まるばかりである。 「おさまりませんね……」 「そうだな……」 二人は、少しだけ距離を置いていた。オーウェルは、さっきのサマンサの言葉が頭から離れない。もしかして、初めてじゃないのか。そんな下世話な妄想さえ、脳内を駆けめぐる。 「脱走に、何かあったんですか?」 何もない所から突然核心を突くことができるのは、お嬢様育ちのなせる技なのか。或いは、単に空気が読めないだけなのか。饒舌になったサマンサは、遠慮を知らない。 「ご、ごめんなさい。でも、私はバカで、本当に何も知らないから……。自分の言ったことが軽はずみなのかどうかも、分からないんです」 オーウェルは、すんでの所でサマンサの胸ぐらにつかみかかってしまう所だった。相手がサマンサでなければ、おそらくはそうしていただろう。 「……バカなら、許されるってのか?」 穏やかで、かつ冷酷ではない口調。言葉は嘘を吐けない。心情が自然と、口から流れ出るようにこぼれる。 「そうだ、お前は許される。突拍子もない発言も、戦いで気を失うことも、脱走も。何もかも許されるんだ。じゃあ、何でアイツは許されなかった? アイツはバカで、突然訳の分からないこと言い出して、その上弱くて、それでも許されなかった。何故なんだ? 何故なんだよ!」 サマンサには無論、アイツ、が誰を指すかなどは知る由もない。言いながら、雨の中に走り出したオーウェルの頬に伝うものが何なのかも、雨に混じってしまって、やはり、知る由もない。そのまま彼は終ぞ後ろを振り返ることなく、雨の中に消えていった。 前 次
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ティータ・ハイラルは、死んだ。「実の妹のように」、彼女を可愛がっていたベオルブ家の裏切りに遭い、至極あっさりと、その短い生涯を終えた。ボウガンの矢が刺さった胸から流れる鮮血が、ジークデン砦に積もった雪を毒々しく染め上げて行く。彼女が倒れた小さな橋からは、赤黒く染まった雪解けの水が、静かに一滴ずつ、滴り落ちた。 「ティータッ!」 ディリータの渾身の叫びでさえ、何処か遠い世界のように思える。 サマンサはもちろん、エリーもバグシーもブランドルも、あのオーウェルでさえも、凍り付いたように動かない。小説やお芝居の世界でしか見たことがないような、絵に描いたような裏切り、止め処なく流れ出る人の血液、兄妹の別離。ボウガンを打ったアルガスは、さながらヒールの親玉のようにしか見えず、平民育ちの熱血漢が主人公となり、妹の敵を討とうと剣を取る。そのどちらにもなりきれず、迷いながら剣を取る主人公の親友が、ラムザ。自分たちは、そこで進行される物語を、ただただ傍観するだけの観客も同然になっていた。 それでも、アルガスとディリータの間でしばしの会話が交わされ、アルガスが援軍を呼んだのは幸いだった。彼らはそれで、ようやく自らを現実に立ち戻らせ、目の前の敵と戦う決意を固めた。道中でミルウーダを討ち、骸旅団のリーダーウィーグラフをすんでの所まで追い詰めた一行は、少しだけ、強くなっている。 「相手は正規の騎士団だ。気ィ抜いたら、死ぬぞ。オレたちはまずアルガス以外の奴を倒すんだ。オレとエリーが前に出る。バグシーは援護射撃、魔道士二人は後方から支援だ」 「冷静ね、オーウェル。もしかしたらアンタが一番、リーダーには向いてるのかもね。さあ、行きましょう! 全力でやるのよ!」 事実、彼らは全力で戦った。持てる力の全てを駆使し、ただ生き残るために、目の前の敵を討つ。相手は確かに正規の騎士団で、単純な力の差であれば、士官候補生が逆立ちしても敵う相手ではないが、命を賭けて戦う彼らと、「仕事」で来ている者との間では、力の差さえも逆転してしまう。ほどなく、北天騎士団兵は一人、また一人と倒れ、残ったアルガスを追いつめた。 「オーウェルか。まさかお前が、この甘ちゃん側につくとは思ってなかったぜ」 アルガスの言うことは、当たっている。オーウェル自身、何故自分がラムザ側にいるのか、未だによく分かってはいなかった。 「お前は、どっちかと言えばオレの側だと思ってたけどな」 「オレをラムザと一緒にするな。もっとも、お前みたいなゲスとも全く違うけどな」 「ゲスか。言ってくれるな。お前らみたいに、貴族の間にある秩序を乱そうとしてる奴らこそ、オレに言わせればゲスだぜ」 オーウェルは、アルガスの腹を思い切り蹴り上げた。蹴られたアルガスは苦悶の表情を浮かべ、雪の上にうずくまる。激昂しきっているディリータでさえも、二人のやり取りに息を呑んだ。 オーウェルの怒りは、何処から来ているのだろうか。ゲスと言われることなど、とうの昔に慣れきっているし、アルガスの立場からラムザをゲスと呼ぶのも、ある面で真実だと思える。にも関わらず、彼はアルガスの腹を怒り任せに蹴り上げた。 腹を押さえ、咳き込むアルガスの背に、オーウェルは更に右足を突き立てた。アルガスの身体が、顔から雪の上に崩れ落ちる。 オーウェルは、サマンサに一瞥をくれた。彼女はよく戦った。ミルウーダとの再戦も、ウィーグラフとの死闘も。この戦いでも、大きな役割を果たした。今は少しだけ怯えた表情で、杖を両手で握りしめながら小刻みに震えているが、それは仕方ないように思えた。 「お別れだ、アルガス。お前にとどめを刺すのは、ディリータだ。お前が一番嫌っていた、家畜の剣であの世に行くんだな」 家畜、という箇所だけは、ディリータやラムザに聞こえないよう、意図的に声を小さくし、アルガスの前を空けた。その後ろから、間髪入れずディリータがアルガスに迫り、背中から剣を突き入れた。 「お、お前たち、軟弱者どもにやられ……」 最後の言葉が声になる前に、墓標のように立った剣の柄をオーウェルが一押しした。どろりとした血が、やはり雪を毒々しく染め上げる。血の色は、ティータの流したそれと、同じだった。 次
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二人が赴いた酒場は、「スラムの酒場」という評価しか付けられない、最低ランクのスタンドバーだった。オーウェルはそうでもないが、明らかに毛並みの違うサマンサの登場に、酒場全体が一瞬、妙な空気に包まれる。さすがのサマンサもその空気は察したらしく、びくりと身体をちぢこませた。 「怖いんなら帰れ、お嬢様」 「……一人で帰る方が、ずっと怖いから、いいです」 二人はカウンターの端に陣取った。オーウェルの酒に続き、サマンサがミルクを注文すると、マスターらしき男が鼻で嗤った。 「お嬢ちゃん、うちには酒と水しかねーんだがな」 フロアからの嘲笑の中で、サマンサは赤面しながら、出された水を飲み干した。お世辞にも、旨い水とは言えず、わずかに咳き込んでしまう。 「だから帰れっつったんだ、お嬢様」 サマンサはそれを無視して、今度は酒を頼んだ。安いバーボンか何かに、更に適当な酒を混ぜ、水で薄めただけのアルコール。それを口にした瞬間、先程の水以上に咳き込んだ。 「だから……」 「……オーウェルさん、やっぱり、私の言った通りでしたね」 言った通りとはもちろん、オーウェルがジークデン砦でアルガスに対してした行為を指している。もう酔っているのか、いつになく、強気な口調だ。 「うっせえ。約束は守っただろうが」 そう言って、オーウェルは安酒を一気に喉に流し込む。 「おい、オヤジ。薄めすぎだっつっただろ。もっと濃いの出せ、濃いの」 以前、エルムドア侯爵奪還任務の時、一行はドーターに一泊したことがあったが、その時もオーウェルはここに来ていたらしく、マスターもどうやら彼を覚えているようだった。苦々しい顔で、ほとんど水を入れずに次のグラスを差し出した。 「……許せなかったんだよ、何でかは知らねえけどよ」 グラスを傾けながら、一瞬深刻な目になって、呟いた。サマンサもグラスを置き、オーウェルを見つめた。 「何が、ですか?」 「だから、何でかは分かんねえっつっただろ」 サマンサは小さく笑い、上唇になすりつけた程度の酒を口に含み、また少し咳き込んだ。 「でも、許せなかったら、すぐに殺すんじゃなかったんですか?」 酔っているのだろう。殺す、などという、普段はおよそ口にしない言葉も、平気で口走るようになっている。 「呑みすぎだ、バカ」 「まだ一杯も飲みきってません!」 ぴしゃりと人を遮るような話し方は、敬体と常体の違いはあれど、まるでいつものオーウェルをなぞっているようだ。 「私は、分かってましたよ。オーウェルさんは、そんなことできる人じゃないって」 確かに、アルガスを前にして、彼は「べらべら喋」ってしまった。彼自身、戦いの後のゴタゴタでそれを考える間もなかったが、以前の彼なら、問答無用で殺していたはずだ。事実彼は、かつての骸旅団殲滅作戦の中では、目の前の敵を、冷酷に始末していた。そのどちらが彼の真実の姿かは、今は、サマンサだけが知っている。 「クズって言われたことが、許せなかったんですか?」 それはない、とオーウェルは思った。戦いの最中にも思ったことだが、自分が罵られることに対しては何も感じず、ラムザやディリータがそういう評価を受けたことも、ある面では真実であったからだ。たとえそれが、ラムザたちにとっては真実でなくとも、アルガスにとっては紛れもない真理だったのである。オーウェルはそれを、充分に分かっていた、 酒だけが、二人の間で進んでいく。サマンサはまだ、一杯目を飲み干してはいなかったが、すっかり酔いが回ってしまっている。一方のオーウェルは、既に七杯目に突入していた。酔いは回らず、ただ頭に鈍痛だけが増していく。彼は、損なタイプの酒豪だった。 「お酒って美味ひいれすね、オーウェルしゃん」 オーウェルは顔を歪めた。一体この女は何がしたいんだ。世間知らずでバカで、自分の身の程さえもわきまえていない。ラムザの方がよっぽどマシだと思えた。 「そんなに薄い酒で、そんなに酔うか、普通」 「酔うって、今の私みたいなことれしか? じゃあ、私、酔ってまし!」 そう言って、サマンサは声を上げて笑った。深刻な話をするために、付いて来たんじゃなかったのか。オーウェルは呆れたまま、八杯目を頼んだ。 「オ、オーウェルしゃん。そんなに呑んだら、だめれしよ。帰れらくなっひゃいましよ」 「……お前、もう黙れ」 「えへへ。ごめんなしゃい」 いつから、自分は酔えなくなった。いつから自分にとって酒は、ただの暇つぶしとストレスのはけ口になった。そんな自問自答を繰り返している内に、八杯目もすぐに底をつく。仕方なく、お代わりを繰り返した。 その時、三人組の酔客が、二人に近づいてきた。 「よう、兄ちゃん。可愛い女の子と一緒に呑んでるじゃないの。オレたちも混ぜてくれよ」 「いー匂いがすると思ったら、可愛い白魔道士さんじゃないの。いいねー、貴族の白魔道士なんてのは」 三人組の一人が、サマンサの肩に手をかける。酔いすぎて、足下もおぼつかなくなりつつあるサマンサの身体のバランスは崩れ、男たちの方に倒れかかりそうになった。 「おお、柔らかい。やっぱり違うな、貴族ってのは」 「だ、だめれすよ……私はそんな……」 そこで、サマンサを無理矢理引っ張ろうとする男の額で、安酒の入ったグラスが弾けた。 「痛え! 何しやがんだ、この野郎!」 「……オレの女に触んじゃねえ、ブタ野郎どもがよ」 底の見えない、深い闇をたたえた目が、酔客をにらみつけた。貴族にも平民にも出来ない、日陰者として生きてきた男の凍り付くような目に、三人組がたじろぐ。なおもオーウェルは、睨み続けた。 「帰るぞ、お嬢様……」 オーウェルは男からサマンサを引きはがし、手を引いて店を出た。男たちはうらめしそうな視線を送ったが、オーウェルの恐怖を知ってしまった彼らに、それ以上、できることはなかった。 サマンサは案の定足がもつれ、まともに歩くことさえできなかった。何度も足を引きずる彼女に、オーウェルがキレた。 「自分で呑んで、歩けねえ奴なんざ、置いていくからな」 そんなオーウェルを小馬鹿にしたように、サマンサは笑った。 「オーウェルしゃんはそんなことしませんよーだ。連れれ帰ってくれるの、分かってますからねー」 一度はサマンサを路上に放置して歩き出したオーウェルだったが、すぐに戻り、彼女の身体を背負い上げた。 「ねー、言った通りでしょ?」 多少酒臭くとも、純白のローブ越しに感じる肌の柔らかさは、やはり、紛れもなく上流階級のそれだった。 「ねえ、オーウェルしゃん……」 「どうした?」 「さっき、私のこと、『オレの女』って言いましたよね? 私、ちゃんと聞いてましたよー」 オーウェルは足を止めた。 「私、オーウェルしゃんの恋人になったんれすね。ふふふふ、うれしいなー」 「方便に決まってんだろうが、おめでたいお嬢様よ。オレも、酔ってたんだよ」 オーウェルの後頭部が、平手でぺちぺちと叩かれた。痛くはないが、うっとうしいことこの上ない。さりとて、止めるために片方の手を放せば、それだけサマンサの身体はずり落ちてしまう。 「前から言ってますけどねー、そのお嬢様っていうの、いい加減に止めてくだしゃい」 「酒に呑まれてるような半人前に『様』付けてやってるだけありがたいと思え、お嬢様」 「むー、また言うー」 「一人前になったら、名前で呼んでやる、半人前」 「あ、言いましたねー。約束れしよー。オーウェルしゃんは約束守る人ですから、私がんばっちゃいまーす!」 埒があかないと判断したオーウェルはそこで話を一方的に打ち切り、いつもの大股で宿への歩を進めた。サマンサは背中で「オーウェルしゃんは、自分が負ける約束ばっかりする人れすねー」などと呟きながら、悦に入っている。 前 次