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■永琳1 「永琳さん! 好きです!(゚Д゚)」 「二百年後に出直してらっしゃい(^ー^)」 「無理ッッッ!!。・゚・(ノД`)・゚・。」 1スレ目 59 ─────────────────────────────────────────────────────────── もう一刻程になるだろうか。 私は矢を引き絞ったまま硬直していた。 その描くべき軌道の先、竹林を背に、一人の男がやはり私に弓を向けている。 動けない。 私も、彼も。 緊張に染め上げられた沈黙は、永遠を生きる筈の私にすら、気の遠くなるほど永いものに感じられた。 ・・・どちらの根が先に折れるか。 この不愉快な永遠の終わりはその一瞬・・・・・・ ――にこっ 「?」 不意に、彼が笑った。 まったく予測外、まったく場に不似合いなその微笑に、刹那私の頭は白くなる。 口元を緩めた彼はそのまま構えを崩すと、くるりと背を向け、竹の合間に消えていった・・・・・・ 「前から聞きたいと思っていたのだけれど」 なんだ?永琳 「あのとき、どうして笑ったの?」 あのとき? ……さあ、何でだろうな。 「なんでだろうな、って……あなた自分のことよ?それも命がかかっていた」 まあ、おおかた。 「おおかた、何よ」 いい女だと思ったんだろ。 「……そんな理由?」 殺さず、ついでに死なず、なんとか仲良しになれないかなー、ってね。 「……あなた、ひょっとして馬鹿だったの?」 かもね。 1スレ目 73-74 ─────────────────────────────────────────────────────────── あからさまなバットエンドが少ないのでがんばってみた。 えーりん、えーりん、たすけてーりんww うはw、リアルえーりんキタコレ やっぱり地味w うそうそw怒るなって、何その笑顔、テラヤバスww 目が笑ってないww つーかオレスゴスギえーりんに話しかけられてる ついでにガンつけられてる、マジ怖!スゲ、スゲーヨ 俺チョーカンドー? おれもキモ過ぎwwっうぇ えーりん、えーりん、たすけてえーりんw ょぅι゛ょ、ょぅι゛ょ、キボンヌえーりんw えーりんの他にょぅι゛ょ 俺欲張りすぎww修正されるねww ん、何このクスリ、ぇwくれんの?ww wwwドクロ印だよコレ、あからさまに毒薬ww 即死って書いてある、苦しまない、えーりん優しすぎww えーりんからプレゼントもらえるって、俺幸せすぎて氏んでもいい 嘘、氏にたくないww え? あなたと同じ時間軸に存在するだけで不快です、消えてください? うはwwおkwww 俺えーりんのためなら氏ねるw えーりん、えーりん、えーりん、えーりん だって、君の事愛してる気持ちは本物だから! うはww刺された、踏まれた、俺とどめ刺されたwっうぇ 備考:ちょwwwwwwwwあからさますぎwwwwwwwwwwってけーねが言ってた。 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「ゲホッ、ゲホッ!……う、うう……いかん、死ねる……」 咳きこんだ拍子にずれてしまった額の濡れタオルを直しながら、一人ごちる。 ここは、訳も分からず竹林に迷い込んでしまった俺を拾って、居候させてくれている恩人達の住む、永遠亭……の、離れの一室。 何故こんな離れでひとり寂しく寝込んでいるかというと、話は昨日に遡る。 ………… 朝一番、永琳が俺を捕まえて、頼みたい事があると切り出してきた。 普段あまり入る事の無い彼女の部屋に通してもらい、話を聞く事になった。 「ワクチン?」 「ええ、冬が来る前に一通り兎達にと思って。 いきなりあの子達に調整していない薬を投与する訳にもいかないし、申し訳ないのだけど、臨床実験に協力してもらえないかしら」 曰く、去年の冬は、異常と言っていいほどの長きに渡り猛威を振るったらしく、 イナバの子達の多くが寒さに当てられてダウンしてしまったらしい。 ここ永遠亭の健康状態を掌握する永琳からしてみれば、確かに頭の痛い問題だろう。 「でも、人間の俺が実験台になって、意味あるの?」 「ええ。貴方には、人間と兎両方に害のある菌を担当してもらおうかと思うの。 結構馬鹿にならない種類があるし、貴方自身の免疫にもなるしね」 「そっか。そういう事なら、喜んで協力するよ」 さすがに兎よりは生命力に自信はあるし、死ぬような事も無いだろう。 俺の返事を聞いた永琳の顔が、花が咲いたように綻ぶ。 うむ、今日も綺麗だ。自分の頬に密かに熱がこもるのを感じた。 「ありがとう。それじゃあ、善は急げと言うし、早速腕を」 催促されるままに袖を捲り上げ、机の上に腕を投げ出す。永琳は机の上のケースから注射器を一本取り出…… 「でかっ!!」 思わず椅子ごと後ずさる。俺の腕と太さが変わらないではないか。 「それはもう、666種類のウイルスや抗生物質がてんこ盛りですから」 殺す気満々じゃないかこの最終鬼畜ナース! いい笑顔しやがって! ぶっちゃけ大好きだ!! 心の中で罵倒し、さりげなく個人的感情も織り交ぜてみた。色々な意味で口には出せないが。 詳しい事は分からないが、こういう薬は、そんなチャンポンにするようなものでは無いと思う。 「一度に済ませた方が、小出しにやるより、面倒が少なくて良いでしょう? 大丈夫、心配しないで。打ち込んだ分のウイルスの抗体は、全種間違いなく採取してみせるわ」 「いや、そっちの心配は元よりしていないんだけど、それより、何と言うか、俺の生命がですね……」 「その心配も無用です。私が見込んだ貴方が、細菌ごときに殺される訳がないわ」 「え?」 思わせぶりな台詞に一瞬意識を奪われた隙に、 「えい、隙あり」 「痛あっ!……って、あれ? 痛くなくて逆に不気味だよオイ!! あああ入ってくる入ってくる気持ち悪い!! やだやだ抜いて抜いてえっっ!!!」 「うふふ、あぁ、貴方の中、とてもいいわぁ…………薬の通りが」 外の世界のお父さん、お母さん、お元気でしょうか。 貴方達の息子は、境界の向こうで、またひとつ大人への階段を登りました。 ついでに地獄の釜の蓋も見えましたが、そこは流石に謹んで辞退させていただきます。 ………… そういう訳で、薬品投与後すぐにこの離れに隔離され、 昨晩から発熱・頭痛・腹痛・倦怠感・性欲を持て余す等、身体異常絶賛フルコース中な訳だ。 「入ってもいいかしら? ――よくなくても、入るわよ」 「うん?」 首だけを襖の方に動かして、本日初めての来客の姿を確認する。 「ああ、永琳」 「ん、ちゃんと生きてるわね……どうかしら、ご飯は食べられそう?」 そう言うと彼女は、左手に抱えた盆を少し掲げて見せた。一人用の小さな土鍋が乗っている。 「永琳が用意してくれたの?」 「残念、と言いたいところだけど。事情が事情だし、お礼も兼ねて今日は特別ね」 「それなら食べる」 いい女の手料理は、百薬に勝る最高の滋養だ。活を入れて、上体を起こす。 「ふふ、ありがたい返事ね。でもその前に、ちょっと成果をいただくわね」 左腕に採血用の針が通され、空の容器に血液が流れ込んでいく。 昨日注ぎ込まれた量と比べるまでも無い良心的な段階で採血は終了した。 「はい、おしまい」 「……ふう、しっかり役立ててくれよ」 「あらお言葉ね。言われるまでも無く、細胞一片たりとも無駄にはしないわよ」 それを聞いて安心した。これがイナバの子達の役に立ってくれるのなら、この苦しみにも意味があると、少しは我慢の足しになる。 「それじゃどうぞ、召し上がれ」 永琳が、すい、と盆をこちらへ進める。 だが、しかし。ここで素直に自分で蓮華を取るなどという行為を、今日の俺の、茹だり強まった脳は許さなかった。 ビバ高熱! 今まさに、俺は男の宿命の使徒だ。 「――永琳。実は激しい倦怠感で、俺の両腕はとても上がらないんだ。だから……」 じっちゃん、オラ、わくわくしてきたぞ。 「あーんってやってくれないと食べられn ごめんなさい調子に乗りました申し訳ありませんっ!!」 金属バットと見違える程の座薬がどこからとも無く取り出されたので、俺の野望はほんの五行で潰えた。 夢破れて真っ白に燃え尽きた俺に、永琳が呆れた風にため息をつく。 「……まったく。そういう事がしたいのなら、イナバの誰かにでも頼みなさい。中には貴方の事を慕っている子も少なからずいるわ。 そう言えばウドンゲも、今回の事を話したら目を輝かせて感動していたわね」 ――少し悲しくなった。よりにもよって、好きな女にこんな言い方をされたくはなかった……畜生、拗ねてやる! 「…………永琳じゃなきゃ、嫌なんだよ、俺」 精一杯の反抗の後、布団に寝転がって、彼女からそっぽを向く。 熱のせいだ、なんて言えないくらい、真っ赤になっているであろう今の顔を見られたくなかった。 「…………」 ……いや、そこで黙り込まないでよえーりん。 沈黙に居たたまれなくなって体をモジモジ揺すると、彼女の堪えきれずに漏れ出したような笑い声が聞こえた。 「……ふ、ふふふ……まったくもう、しょうがない人ね……ふふ、ほら、起きなさい」 カチ、と蓮華が鍋に当たる音が聞こえた。どういう気変わりだろうか。 戸惑いながらも、言われるままに体を捻って起き上がる。 ――永琳は、鍋から掬った蓮華を、自分の口に含んでいた。 まさに外道! 何てこった、自分で食べちゃってるよこの人! 抗議の声を上げようとした瞬間、永琳の目がふっ、と笑みの形に細くなり、 「んむっ!?」 彼女の唇が、俺の口に覆いかぶさった。 驚きに弛んだ口中に、粥らしきものが流し込まれる。 ただされるがままになって、永琳の口から移されたそれを嚥下する。……味はよく分からなかった。 飲み込むものが無くなってからたっぷり五秒ほど経って……ゆっくりと唇が離れる。 「……美味しい?」 そんな事を言って来た永琳の、ほんのりと朱が差した艶めかしげな笑顔を、呆気にとられて見つめながら、 「…………感染るよ」 そんな間の抜けた事しか言えなかった。 「感染らないわよ。蓬莱人の性質、前に話したでしょう?」 ああ、そうだった。彼女ら蓬莱人にとって、病は何の脅威にもならない。 と言うか、それは現状において、比較的どうでもいい話だった。今はそんな事よりも、だ。 「……どういうつもりだよ?」 「あら、ご不満だったかしら。可能な限り両者の希望に沿う形を採ったつもりだったのだけど」 予期せぬ言葉に、心臓が強く跳ねた。 ええと、両者の、という事は、それは、つまり。 「……本当に?」 「そんな質の低い冗談は言わないわよ。貴方、自分で考えているよりは余程見所のあるいい男よ」 「う……」 一体何なんだこれは。高熱に浮かされて、夢でも視ているのだろうか、俺は。 「永琳、俺を思いっ切りつねってくれ!」 「わかったわ」 ぎゅううううううううううううううっっっ。 「っっ痛でええええっっ!!!!! 目蓋をつねるなああああ!!」 「目は覚めたかしら? 女にあれだけ恥をかかせて居眠りとは、見上げた度胸ね」 「も、申し訳ない……どうにも信じられなくて……」 「はぁ…………それなら、一つ誓いを立てましょうか」 ようやく解放された目蓋の痛みに悶える俺に、永琳は苦笑いを浮かべながら、そう提案してきた。 「誓い?」 「そう、誓約。……これから貴方は、多くの事を学んで、強くなって、もっと私好みのいい男になりなさい。 貴方がその努力を怠らない限り、私は……そうね、姫のほんの少し次くらいには貴方を大切にすると誓うわ」 具体的な指針の無い漠然とした言い回しだが、想像する事はできる。 ……きっと道は、細く険しい。この幻想郷は、力を持たない者に対して、まるで容赦が無い。 俺のようなただの人間は、言うまでも無く「持たざる者、食われる者」に分類される側だろう。 だけど、それでも、欲しいものがある。俺の成長を望んでくれる人がいる。それで十分だ。 「ああ、上等だ。誓おう。いつか君に、『姫より貴方の方が大事だ』くらいの事は言わせてみせるさ」 ……痛みも倦怠感も、完全に麻痺していた。高揚した精神が、苦しみを押さえつけている。 今の俺にとってはこの程度の体調の不具合、そよ風程度の障害にもならない。 そんな俺の宣誓に満足したのか、永琳は嬉しそうに微笑み、俺の肩口に両腕を絡めてきた。 「そう……楽しみにしてるわ。それでは、改めて……誓いの証を」 美しく整った目蓋が、静かに閉じられる。 俺は彼女の背中に手を回し、そっと引き寄s ガラガラガラッッッ!!!!! いきなり襖が勢いよく開け放れたかと思うと、 「あっ、あのっ!! 不肖鈴仙、お見舞いに来まし…………ぁ……」 スー――――――……ピシャン いきなり襖が閉じられた。 「――うわあああああああああああんんっ!!!!! 師匠の恋どろぼおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ~~~~~~…………(フェードアウト)」 『………………………………』 何ともお寒い沈黙が、場を支配する。 「…………えーと……追わなくていい……よね?」 「ハクタクに蹴られて死ねばいいと思うわ」 「……酷いオチだ……」 1スレ目 625 ─────────────────────────────────────────────────────────── ―みんな潰れちゃったな。 「あなたも随分呑んでたみたいだけど、平気なの?」 ―ん? あー、これぐらいなら。ふらふらするけど。 「それじゃあもうちょと付き合ってもらえる?」 ―喜んで。でも君は酔えないとか言ってなかったっけ? 「それとこれとは別。こんなに月が綺麗なんだから」 ・ ・ ・ ―おい。 「なぁに」 ―酔わないんじゃなかったのか。 「酔ってないわよ~」 ―おまけに絡み上戸とは。やれやれ。 「だから酔ってないってば。ただ……こんなに月が綺麗なんだから、酔った振りぐらいさせてくれたっていいじゃない……」 2スレ目 83 ─────────────────────────────────────────────────────────── 薬学を学ぶに当たって重要な事は集中力である。 たった小さじ一杯が死を招いたり、効果を発揮しなくなったりする事も あったり無かったりする。 そう集中だ。集中するんだ俺。 「…ほら、こっちの方の分量が間違ってる。こっちも…まったく、もうちょっと集中しなさい」 そう。 隣で永琳さんも身体を押し付けてそう言ってるじゃないか。 集中しろ俺。 「って、集中できるかーっ!」 ガッチャーン 思いっきり叫び、薬品をひっくり返す。 「何やってるのよ?」 「…あ、あぅ、すいません」 薬学を学ばせてくださいと無理に言ったのは確かに俺だ。 しかし、まさかこんなやばい目に合わされるとは。 下手な精神修行よりも荒修行だぜ。 あらゆる薬を作るという噂を聞いて永遠亭に訪れ、 二番弟子は取らないという永琳さんにご教授願ったのは 他でもない俺だ。 一番弟子の鈴仙はどこか別の所に行ってるし。 なぜか研究室は薄暗くて、狭かった。 この広い永遠亭にしてはありえない狭さだ。 なぜ二、三人入っただけで満杯になってしまうのか。 「…聞いてるの?ほら」 狭い、それ以上に恥ずかしい。 いやでも永琳さんの近くに寄るはめになる。 そして寄ると、必要以上に密着する事になるし。 計り方が上手く行ってると 「…そう、上手いわよ」 と耳元に自然と息がかかり、真っ赤になるし 失敗していると 「もう、ダメじゃない…」 と、変に艶っぽい声を出してくる。 どっちにしても、変に精神修行になることは確かだ。 主に煩悩退散の。 「ほら…これを終わらせたら、気持ちよくなれるわよ」 部屋を出て外に出られるって意味ですよね? 空気が篭っているし。 「今度、ウドンゲも一緒に…ね」 ぷしゅー。煙が出てきました。 なんでえーりんさんは、いろっぽいんー? つきのたみですけどー イカン、電波が混じってきた。 これも永琳の罠だ。 それも私だ。 メインシステム、ウサ耳モード起動します。 思考回路がバグって来た。 目が回る。そんな俺が最後に見たのは 「うーん、ウドンゲもまだまだね」 妙に弟子の心配をする永琳師匠の姿だった。 「…起きたかしら」 「あ…はい?」 永遠亭のどこかで、俺は目を覚ました。 どうやら、あの部屋で俺は倒れてしまったようだ。 「その様子なら大丈夫ね」 「あ、はい…」 「…まぁ、ちょっと待ちなさい」 どこからか、永琳さんが薬を取り出す。 「後で飲んでおくといいわ。あなたに倒れられるのも迷惑だしね」 粉薬だった。 「…ありがとうございます」 「ふぅ、あとでウドンゲにはお仕置きしないとね」 「はい?」 「…何でも無いのよ」 にこりと、どす黒い笑みを浮かべて永琳さんは出て行くように行った。 「今度も二人っきりになると思うわ。逃げないように」 …どうやらこの苦難の道は続くようだ。 おまけ 「ウドンゲ、私が作れといったものは覚えているわよね?」 「はい、即効性の媚薬ですよね?何に使うかと思いました」 「…まぁ、修行の一環だけど、あれは失敗していたわよ」 「え~、本当ですか?」 「まったく、あれが出来ないなんて、あなたもアレねえ」 「…本当に何に使うつもりだったんですか?」 「まぁ、大人の事情ね」 時間はたっぷりある。彼には少ないが。 今度はどんな手段で彼をからかいながら、篭絡しようか? 永琳にはそれしかなかった。 だが、それは彼を気に入っていると言う事と、同義でもある。 永琳は気付いていない。 今は玩具程度にしか見ていないとしても、いつ恋に変わるか 分からないのだから。 ===薬包紙の裏=== えーりんに玩具にされたかった、ただそれだけなんだ。 ===薬包紙の裏ここまで=== あ……ありのまま、起こった事を話すぜ! 『おれは、永夜抄FinalA始めたと思ったら、いつのまにか永琳に萌えていた』 な…何を言っているのか分からねーと思うが、 おれも何が起きたのか分からなかった… 頭がどうにかなりそうだった… アポロ13だとか、ライジングゲームとか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ。 もっと恐ろしい萌えの片鱗を味わったぜ…。 …すいません、自分には永琳にこんなイメージがあるみたいで。 128 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「ししょー、『くりすます』ってなんですか? さっきてゐに普段の行いを悔い改める日だとかなんとか言われたんですけど」 「くりすます? その通りよ。字は『苦離済ます』って書いてね(怪しげな薀蓄30分)と、言うことよ」 「へぇ・・・珍しくてゐの言ってることが本当だった・・・」 「だって今日がその日ですもの。てゐだって今日ぐらいは心を入れ替えるわ」 なんていう場面を見た。 その後てゐと永琳が二人して親指突きあわせてたから、きっとグルになって騙してるんだろう。 その夜・・・ 「メリークリスマース、サンタさんだよ~(こっそり」 「こんな夜更けにレディの部屋に忍び込むなんていい度胸ね」 「うんごめんていうか俺が一方的に悪かったからその首筋の注射器を離してくださいお願いします神様仏様永琳様」 「はぁ・・・で、一体何の用?」 「ん? だからメリークリスマス」 「・・・わざわざそんなことを言うために忍び込むの?」 「それだけdイヤちょっと待っ、色とりどりの注射器仕舞って! お願い! 説明するから!」 「・・・(じとー」 「そんな目で見るなよぅ・・・ほら」 「お酒? これがどうしたの」 「クリスマスプレゼント。酔えなくたって味はわかるだろ? 今日のために必死で探してきたんだ。味は保証する」 「・・・」 「どうした、ぼーっとして。熱でも・・・あるわけ無いか」 「え? い、いえ、なんでもないわ」 「そっか。んじゃ、今度こそ用事はこれだけだから」 「あ、待って。一緒に飲まない?」 「んー・・・じゃあ誘われちゃうかな」 「ふふ。ありがとう」 あー、やっぱりリリーも電波も足りてない。糖分が絶対的に足りてない そんなわけで即興で作ってみた。所要時間30分(推定 最近師匠が可愛くて可愛くて・・・ ちなみに冒頭は某所からの流用です 313 ─────────────────────────────────────────────────────────── ここは永遠亭。ここに一人の人間(?)が来たことからこの話は始まる。 「れいせーーん!!」 地上の兎である因幡てゐが慌てた様子で永遠亭を走り誰かを呼んでいる。 「どうしたのてゐ?」 てゐが呼んでいたのは月の兎である鈴仙・優曇華院・イナバである。 「竹林で遊んでたら人間に会ったの」 「それがどうしたの?」 てゐの話を鈴仙は詳しく聞く 「その人間記憶がないみたいだから連れて来たの」 てゐは見ず知らずの人間を勝手に永遠亭まで連れてきてしまったと言う 「連れてきちゃったの?それでいまその人どこに?」 鈴仙は驚きその人間がどこにいるのかてゐに聞く 「永遠亭の前」 てゐは鈴仙にその人間を師匠のところに連れてきてと言われてその人間を部屋まで連れて行く。 「連れてきたよ!」 「ありがとう、てゐ。そこの方こちらへどうぞ」 鈴仙が言った師匠の名は八意永琳。月の頭脳と言われるほどの天才である 「師匠こちらの方が…記憶がないそうです」 「あ、あなた!……」 永琳はその人間を見るなり驚くとその人間が疑問に思ったのか永琳に尋ねる 「なにか?」 「いえ、なんでもないわ。ウドンゲ…姫様を呼んできて頂戴」 彼女は落ち着きを取り戻し、鈴仙に姫様…蓬莱山輝夜を呼びにいかせる 「あ、はい」 鈴仙は永琳に言われて部屋を出て行った 「それでは…聞きます。記憶がないと言っていましたが…どうやってここまで?」 「それは俺にもわからない。気がつけばあの竹林にいた…」 「……あなた、名前は?」 「わからない」 「…………」 それから暫くして、鈴仙が輝夜を連れて戻ってきた 「師匠。姫様を呼んできました」 「永琳どうしたの?そちらの方は?」 「姫様…こちらの者は記憶がないそうです」 永琳にそう言われて輝夜はその者の前に座る。 「……!!…そう…そこの方…大変だったわね」 輝夜もまたその人間を見て驚ている。人間はただ疑問に思うばかりだった 「それで永琳、この方をどうするの?」 輝夜の質問に永琳は一つの提案をする 「……記憶が戻るまでここに住まわせようと思います」 「ええ!?師匠いいんですか?」 その提案に鈴仙が驚く。永琳はどういう意味?と言わんばかりの顔をする。 「姫様さえよければ」 「いいわ。記憶が戻るまでここに居させてあげましょう」 永琳の提案に対して輝夜はその人間をここに住ませることを許した 「感謝する」 輝夜の許しをもらいその人間は礼を言う。 「自己紹介しておくわね。私は八意永琳。永琳でいいから」 「私は蓬莱山輝夜よ。そうね…輝夜でいいわよ」 二人の自己紹介が終わり、その人間は少し考え事をしていた。 …俺はこの二人を知っているような気がすると… 「………です」 その人間は考え事をしていたことで鈴仙の自己紹介を聞いていなかった 「すまない。聞いてなかった」 考え事をしていて自己紹介を聞けなかったのでその人間はもう一度お願いする。 「もう!鈴仙でいいです!」 鈴仙は怒りながらそう言った。 「私、因幡てゐ。てゐでいいよ」 四人の自己紹介が終わり、皆緊張が解れてくる。…元々誰も緊張してないかもしれないが… 自己紹介をし終えたてゐが質問をする 「ねぇこの人間なんて呼んだらいいの?」 てゐの発言により永琳が名が無い人間に名前を付けることにした。 「あなたはそうね……○○と名乗りなさい」 「わかった」 永琳の言葉にあっさりと承諾した。 ここに置いてもらう側の者なので文句は言えないと思ったのだ。 「それじゃあ………てゐ、この屋敷の中を案内してあげて」 永淋はてゐに○○を案内するように頼んだ 「は~い。それじゃあ行こう!」 「ああ」 そして二人が部屋から出て行く。 そして永琳が二人に話し始める 「……行ったようね…」 「師匠、私が案内したほうがいいんじゃないですか?」 鈴仙はてゐじゃ心配だと思い永琳に自分が行った方がいいのではないかと聞く 「…ウドンゲ気づかなかったの?それより姫さま…あの者」 鈴仙の言葉にため息をつき、輝夜に向き直り○○のことを話す 「わかってるわ…あの者…月の使者なんでしょ?」 「ええ!?」 月の使者と聞き鈴仙はただ驚く。 「ほんとに気づかなかったようね…まったくこの子は…」 鈴仙が驚く姿を見て永琳は呆れたように言って続きを話す 「断定はできませんがおそらくは……記憶がないのは単なる嘘かもしれません」 「それで永琳どうするの?何か考えがあってここに住まわせたんでしょ?」 永琳がここに住まわそうと言ったのは彼が月の使者の可能性が高いからである 「……下手に動かれるよりこちらの手元に置いておいたほうがいいと考えました。そして何か不審な動きをすればすぐに…」 「……わかったわ。それであの者…○○をどこに住まわせるの?」 「私の部屋です」 輝夜の問いに答える。監視できるのは私ぐらいしかいないと言わんばかりに 「…わかったわ。それじゃあ私は戻るわね」 話も終わり輝夜は自分の部屋へ戻って行く そのころ、○○とてゐは屋敷中…とはいかないがだいたいのところを案内し終える。 二人は少し休むことにした 「案内感謝する」 「いいよ~それよりなんかして遊ばない?」 休憩かと思いきやてゐが遊ぼうと誘う 「悪いが少し休みたいんだが」 ええーっと残念そうに言うてゐ。 そこへ、鈴仙がやってくる。 「てゐ、無理言ったらダメよ」 「ちぇ…」 「○○、あなたの部屋を案内するから」 「わかった」 鈴仙についていきある部屋の前に着いた。 そこは永琳の部屋。中にはもちろん永琳がいる。 「ありがとう、ウドンゲ。さあこちらへどうぞ」 「ああ」 永琳に言われて部屋の中へと入って行く。 その部屋は薬品のような物が大量にある部屋だった。永琳の机にも注射器などが散乱している。 「ここがあなたの部屋です。それと私の部屋でもありますがここで寝てもらいますから」 「わかった」 彼は自分が寝泊りする部屋を観察しながら返事をすると永琳は少し笑いながら話しかける。 「ふふ、あなたは女性に対して遠慮がないのね」 「すまない」 永琳に言われて自分はいけない事を言ってしまったんだと思いただ謝った。 そして彼は部屋の隅で目を閉じ正座をし始める。瞑想のようなものだ。 「……置物みたいですね。師匠」 「…ふふ、ほんとね」 鈴仙が言葉を漏らすと永琳も笑みを浮かべてそちらを見ていた。 暫くして、永琳が口を開く。 「そろそろ食事にしましょうか?」 永琳に話しかけられると目を開ける。 「ああ、わかった」 「それじゃあ、いきましょう」 永琳と共に部屋を出る。 そして広い…宴会場のような部屋に入る。そこにはすでに食事が出されていた。 彼は用意された食事を食べ終えて部屋に戻ろうとすると永琳に呼び止めらた。 「待って!○○、いっしょに戻りましょう」 呼び止められただ頷き彼女と共に部屋へ戻る。 部屋に戻り○○はまた部屋の隅で瞑想をし始める。 すると話しかけられ目を開いた。 「食事どうだった?」 夕食が口に合ったかの感想を聞かれて答える 「…うまいと思う」 「そう。それならいいわ……」 彼女はジッと彼を見ていた。それを疑問に思い聞く 「…なんだ?」 「あなたは感情を表に出さないのね」 「そのようだ」 あまりにも無愛想なのでそれを遠回しに告げる。 少し黙ってすまないと謝る。 「ふふ、、、、それより私はお風呂に入るけど…」 彼女がお風呂に入ると言っているので、わかったと答える。 何か言いたそうにしていたので彼は疑問に思って聞いた。 「……なんだ?」 「あなたもいっしょに入りなさい」 「わかった」 彼女の提案にあっさり乗るので、永琳は呆れて言う 「……あなたは女性に対する接し方がわからないようね」 「すまない」 自分が何かいけないことを言ったと思い謝った。 「それじゃあ、いきましょう」 「ああ」 そうして二人は部屋を出て浴場に向かう。 その途中で輝夜に出会う。 「永琳いまからお風呂?」 「はい。○○といっしょに」 永琳が輝夜にそう告げると輝夜は驚きを隠せない様子だ。 「お、お風呂までいっしょに?」 「ええ、そうです」 「…………」 永琳があまりにもハッキリ言うので輝夜は黙ってしまった。 「それでは、姫様」 「え、ええ」 輝夜を後にする。そして永琳と○○は浴場に到着した。 「ここが脱衣所よ」 「ああ、てゐに聞いている」 「そう。それじゃあ服脱ぎましょうか」 「ああ」 そうして彼は服を脱ぎお風呂場へ…永琳はそれを見てから服を脱いでお風呂場へ 体を流して永琳と交代するように湯船に浸かる 彼女も体を流して湯船に浸かった 暫く沈黙してから永琳が話しかける 「なにか思い出せた?」 「いや」 「…そう…」 「すまない」 「あなたすぐ『すまない』って言うのね」 「すまない」 彼の発言に永琳が笑う。そんななんでもない話をして二人は再び脱衣所へ 彼女が少し遅れて脱衣所へ行くとすでに彼は体を拭き着替え始めていた。 それに続いて永琳も着替え始める。 「少し待ってね」 「わかった」 「あ、ここで待ってね」 「そのつもりだが」 「……まったくあなたは…」 彼女はまた呆れて言葉を漏らす。 そして部屋に戻ると布団が敷かれていた。布団は一式で枕は…二つであった。 すると永琳が黙って一式の布団を見つめている。 「……?どうした?」 「え、それより布団が……」 「……?布団がどうした?」 永琳が布団を見つめているので彼もなんだ?と言う顔をして黙る。 「布団が一式しか敷かれていないわ……てゐの仕業ね。まったく」 彼はそんなことかと言い 「それなら俺は廊下で寝よう」 そう言って部屋を出て行こうとする 「いえ、いいからここで寝なさい」 「わかった」 「ほんとにあっさりしてるわね……先に寝てていいわよ。私はまだやることがあるから」 永琳がまた呆れている。 「わかった」 そう言って先に布団の中に入る。 「……」 「まさかもう寝たの?」 「……」 「……」 彼女は演技でもしてるのかと思い様子を見ていた。 それから二時間が経って、永琳が部屋を出ようとする。 「ほんとに寝てそうね…」 彼女は廊下に出て彼をウドンゲに見張らせ、輝夜の部屋へ向かった。 「姫様入ります」 「永琳…○○の様子は?」 「いまは寝ています。いまのところ不審な動きはしません。それどころか私に声を掛けられるまで何もしません」 「何もしないの?」 「ええ、部屋の隅に座ってずっと目を閉じて…瞑想とでも言うんでしょうか。まるで置物のようです」 永琳は一日彼がどのようだったのか輝夜に説明をする。 「置物みたいなの?一度見てみたいわね」 輝夜は置物発言に興味津々の様子である。 「気を許したらダメですよ」 「わかってるわよ」 「…それならいいんですが…」 永琳が何かを考えて輝夜に言う。 「…月人にあれほどの者がいることに驚きました」 「あれほどって?その前にまだ断定するの早いんじゃないの?」 輝夜のツッコミをスルーして永琳は話を続ける。 「感情を殺しています。訓練でもされているのかも知れません。もしかすると私よりも……」 「…そう」 永琳は少し不安な様子で語り輝夜もそれを感じてか不安そうな声を出す。 「あれほどの者が使者として送られて来るとは…ウドンゲをどうしても月に戻したいようですね。もしかすると私達も…」 「…そうね。でも」 「わかっています。それではそろそろお休み下さい」 輝夜はみんなでここに居たいと言おうとする。 永琳もそれを察してか輝夜に優しく語り掛けるように返事をした。 「わかったわ。それじゃあ、お休み…永琳…」 永琳は輝夜の部屋を出る。そして鈴仙と交代し部屋の中へ入る。 「……ちゃんと寝てたみたいね」 彼の様子を見て永琳も布団の中へ入り眠る。 朝になり先に目を覚ます。隣ではまだ永琳が寝ている。 「起こしたらまずいな…」 起こしたら悪いので部屋の隅で瞑想を始める。 彼女を起こそうものならまた女性に対してどうたら言われそうだと思ったのだ。 「ううーーん…と……あら?○○が居ない!!」 永琳が目を覚ます。そして隣に目をやるとそこには彼がいないので急に慌てだす。 「ここに居る」 「あ!ああ、ごめんなさい…ほんとに置物みたいね」 彼女がホッとした様子で置物発言をする。彼はまた瞑想を続ける。 それから朝食を済ませて部屋に戻る。彼はまた瞑想を始める。 「永琳入るわよ」 そこへ輝夜がやってきた。 「あ、姫様?」 目を開け輝夜を確認する…そしてまた目を閉じ瞑想をする。 それを見た輝夜は永琳に質問をする。 「永琳。○○はずっとこうしてるの?」 「私に呼ばれるまでずっとこうしています」 「ほんとに置物ね…部屋の一部みたい」 「…………」 輝夜にも置物発言をされるが彼は黙って置物になる。すると輝夜に声を掛けられる。 「ねえ、○○少し外に出ない?」 「わかった」 輝夜に呼ばれ目を開け、外にでることを承諾する。 永琳が驚いた様子で輝夜に詰め寄る。 「姫様!!」 「少しだけだから…いいでしょ?」 輝夜は二人で外に出たいとお願いする。 「…わかりました…少しだけですよ」 永琳に許しをもらい少しの間二人は外を歩く。 「どう?ここの暮らしは」 輝夜は永遠亭での暮らしの感想を聞く 「なに不自由ない。感謝している」 その答えに輝夜はなにやら考えて 「……そう…それにしてもあなた感情を出さないのね」 「すまない」 彼は昨日永琳にも同じことを言われたなと考えそして謝った。 「……謝らなくてもいいのに…」 そこへ鈴仙が二人を見てやって来る。 「あ!姫様と…○○!……まさか連れて行かれるんじゃ…」 「ち、ちょっとイナバ!」 「姫様を連れては行かせない!!」 鈴仙は輝夜が月に連れて行かれると勘違いし、いきなり彼に弾幕を浴びせた。 そして彼が目覚めるとそこは永琳の部屋だった。 部屋には永琳と鈴仙、輝夜がいた。 「俺は外にいたはずだが」 「本当にごめんなさい!!」 鈴仙が突然謝る。勘違いから攻撃してしまったんだから 「いや、かまわない」 それを思い出して許すが鈴仙はまだ慌てた様子だった。 「でも、でも…」 「気にされる方が困る」 彼がそう言うと鈴仙は黙り、永琳が口を開いた。 「ふう、大丈夫そうね…」 「ああ」 「……○○も大丈夫そうだし、私は部屋に戻るわね」 そう言って輝夜が部屋を出て行く。 「ウドンゲ。あなたももういいわよ」 「…はい」 そして鈴仙も部屋を出て行く 「まだ気にしているようだな…」 「あなたも他人を気にするのね」 「すまない」 彼はまた『すまない』と謝る。意味もなく 「……………後であの子に声でも掛けてあげてくれる?」 「ああ、わかった」 彼は永琳と共に食事を済ませる…と物思いにふける。 鈴仙に声を掛けたほうがいいな…そう思い鈴仙の隣に座る。すると永琳が 「声も掛けずにいきなり女性の隣に座るなんて…まったく」 …少し疑問に思う…なにかいけなかったのかと思いとりあえず謝る 「すまない。それより鈴仙」 「……なんですか?」 鈴仙は彼を見ない…まだ気にしているようだ… 「気にしなくていいと言っただろう」 「…でも…」 こういうときなんて言ったらいいのか彼はわからなかった。たすけてえーりんと言いそうになる。が自分で言わなきゃいけないと思い 「あれは…俺が悪い。すまなかった」 自分の責任にした。 「え?なんであなたが謝るの?」 「俺がお前に撃たれなければよかったんだ。だからお前は気にすることはない。鈴仙すまなかった」 「…………(ポカン)」 「…………(ポカン)」 二人はポカンとしながらしばらく止まる。 「…ふふ…なんですか、それ」 「ようやく笑ったな…それでいい」 鈴仙が笑って彼はホッとしたように立ち上がり部屋に戻ろうとする。 「あ、ああ、、、私もすぐ行くから待って…」 「わかった」 永琳に呼び止められていっしょに部屋へ戻る。 そして部屋に戻り…お風呂に行く時間になる。 「それじゃあ、お風呂に行きましょうか…」 「……」 「どうしたの?いっしょにいきましょう」 「昨日は接し方がどうとか言われたが」 「…でも二度目だし、もういいわよ」 「わかった」 彼はなんだもういいのかと不思議に思いながら二人で浴場に向かう。 そうして体を流し湯船に浸かる。そして永琳も浸かる。 「……」 暫く黙っていると永琳が笑い出す。 「……ふふ」 彼は不思議に思い聞く 「どうした?」 「いえ。さっきはウドンゲに声掛けてくれてありがとう」 「鈴仙のことか?あれは俺が悪いからな」 「ふふ、あの子元気になったわよ」 「そうか」 そして二人で部屋に戻ると布団が敷いてあった… 彼は…ん?またか…?と思い永琳を見る。 彼女が黙って布団を見ているとため息をついて 「また、あの子は…○○先に寝てていいから」 「わかった」 そう言われて彼は布団に入り眠りに就いた 「もう寝ちゃったのかしら?」 「……」 ほんとに寝る時はすぐに寝るのねと少し呆れながら言う。 そうして立ち上がり部屋を出る。また鈴仙に見張らせて輝夜の部屋へ 「姫様入ります」 「入って永琳。○○のことで思ったことがあるんだけど」 「なんでしょう?」 「本当に記憶が無いんじゃないの?イナバにもあっさり負けたし」 輝夜は今日起きたちょっとした事件の感想を彼女に話す 「…油断してはいけませんよ。演技かもしれません」 「うーん…でも」 「それに、その後は平然としていますし…まだ信用できません」 「わかったわ…」 永琳に一括されて輝夜もそれに頷き答える。 でも輝夜はもう一つ話すことがあった。 「あ、それとイナバ達も言っていたけど…」 永琳はなんでしょうかと聞く。 「○○は永琳の弟みたいね」 輝夜のその言葉に彼女はええ!っと驚く。 「ってイナバが言ってた…」 予想以上に驚くので輝夜は咄嗟にイナバ達が言っていたことにした。 「……でも自然とそう接しているのかもしれませんね」 永琳が少し考えて言葉を漏らすがすぐに輝夜に向き直る。 「それでは姫様…私はこれで」 「え、ええ。お休み永琳」 「あ休みなさい…姫様」 朝、また先に目を覚ます。いつも道理部屋の隅で正座をして目を閉じ置物化する。 もはやいつもの日課となっているようだ。 「うーん…おはよう。相変わらず早いわね」 「永琳…おはよう…」 お互い挨拶をして二人で朝食に行くことになる その途中…彼が永琳に話しかける。 「どうやら…記憶が戻り始めているらしい」 突然の暴露話に彼女は慌てて振り返る。 「え!!戻ったの?それより戻り始めてるってどういうこと?」 永琳が珍しく取り乱す。今言うなと言わんばかりに彼に怒り出した。 「まったく!とりあえず…ご飯食べましょう…話は後でゆっくり聞くわ」 彼女はいろいろ言って怒りを静めていき、とりあえず朝食を食べようと彼に話す 「わかった。永琳いろいろとすまない」 二人で食事を済ませ、部屋に戻る。 「永琳、輝夜は呼ばなくていいのか?」 「……いまは私に話して」 彼女に言われ彼はわかったと告げる。 「なにから話せばいい?」 「そうね……まずあなたはここに何しに来たの?」 「…それはまだ思い出せない…ただ永琳と輝夜に会いに来たような気がする」 彼女は黙ってそれを聞き、彼に質問する。 「他には?」 「いや、これだけだ」 「それだけなの?」 「すまない」 「……」 彼女は少し呆れ気味で 「またなにか思い出したら言ってね」 「わかった」 結局しょうもない話であった。すると永琳が思い出したように聞く 「あなたいつ思い出したの?」 「…鈴仙に撃たれたあと…その日風呂場で永琳の裸を見てからだが?」 「……」 それを聞いた永琳は黙って彼の頬にビンタする。ゆるしてえーりんと言いたくなるほど怖い顔で… その後暫くして鈴仙が部屋にやって来る。二人でなにかしているようだった。 彼は頬に手形を付けた状態で黙って置物化する。 「師匠これどうするんでしたっけ?」 「ウドンゲ…何度教えたと思ってるの?まったく…」 「す、すいません。えっと…えっと…」 彼は目を開け二人を観察する。 何かを作ろうとしているのか?薬の…調合か。と彼は興味深げにそちらに目をやる。 鈴仙はあたふたしていた。彼はその場を立ち上がり近づく 「鈴仙…ここはこれを使え」 「「え!?」」 二人はただ驚くしかできない様子 「そ、そうよ合ってるわ…なんでわかったの?」 「どうやら俺は薬学の知識があるようだ」 「……」 「……」 永琳は鈴仙に彼が記憶を取り戻し始めたことを告げる。 その後彼は永琳に薬の調合をやらされていた。 「これでいいのか?」 そう言って永琳に話しかけ、これで何回目かの調合を終える。 「…工程も合ってるし…分量も合ってるわ」 「す、すごい…」 鈴仙が驚いているようだ… 「……ウドンゲしばらく外してくれる?二人で話がしたいの」 「わ、わかりました」 永琳に部屋を出るように言われて鈴仙は部屋を出る 「いまの薬何かわかった?」 「…いや」 「さっき作らせたものは月人にしか作れない代物よ」 「なら俺は月人のようだな」 まったくこの子は…と永琳は彼を怪しむ。本当は記憶がすべて戻っているんじゃないかと 「とりあえずは…もういいわよ。休んでなさい」 彼女はどうせ何を聞いてもこの調子であることがわかっていたため詮索するのを止めて休ませる。 「わかった」 そう言って彼は部屋の隅で置物化する。 そろそろ夕食の時間になる。 いつも道理二人で移動すると彼がまた話しかける。 「永琳…すまない」 「どうしたの?」 彼が突然謝るので永琳も疑問に思い聞き返す 「…思い出したんだ」 「ええ!?」 またも移動中の暴露話に驚く永琳。すぐに落ち着きを取り戻して彼に話し始める。 「いまから、姫様の部屋へ行きます。いいわね?」 「…わかった」 そして二人は輝夜の部屋へ向かうことになった。 「姫様入ります」 「永琳?どうしたの?って○○も…」 輝夜は彼を見て思い出したのねと思い部屋に入れる 「なにから聞きましょうか…」 輝夜が何を聞いたらいいのか考えていると永琳が先に聞き始める。 「いままで本当に記憶がなかったの?」 「ああ」 「それで…ここに何をしにきたの?」 「俺は…永琳に会いに来たようだ」 まるで他人事のように告げる。 「私に?あなたはウドンゲを連れて行くためにここに来たんでしょ?本当のこと言わないと、どうなるかわかってるの?」 「鈴仙を連れて来いとは言われたが俺はそんな事どうでもよかった」 「(どうでもって)」 輝夜は少しポカンとしているが永琳は話を続ける 「じゃあ、私に何の用があって来たの?」 「俺は永琳を目標にしていた。だから一度会ってみたいと思ったから来たんだ」 彼の話を永琳は聞き考えている。たしかに薬学の知識はかなりある。それに嘘は言ってなさそうと考えるが彼の場合はわからない。 「私に会ったのならあなたはこれからどうするの?」 彼女にそう聞かれ彼は口を開いた。 「できれば…永琳の下にいたい」 「私の?」 「ああ、そうだ。それにここへどうやってきたかわからないから帰れもしない」 永琳は考え込むと黙って聞いていた輝夜が口を開く。 「いいんじゃない?ここに住まわせても」 その言葉に永琳は驚く。何言ってんのとした感じである。 「それじゃあ、いままで道理○○は永琳に任せるわ」 「…姫様がそう言うのであれば…」 そう言って永琳は彼の方を向き 「これからも監視するから…ね」 「ああ」 彼は二人に感謝の言葉を言った。 その後三人で朝食を食べることになった。 朝食を済ませ永琳はさっき聞けなかったことを聞く 「あなた、本当の名前は?○○じゃかわいそうだし」 「そうね。なんて名前なの?」 二人に言われて彼はすぐに口を開く 「いや、○○でいい。永琳が付けてくれた名だからな」 そう答え、その場を立ち上がる。と輝夜に話しかけられる 「あ、私のことは姫様じゃなくて輝夜でいいからね」 「ん?わかった」 そうして二人で部屋へ戻る。 「正直私からあなたに教えることはなさそうだけど」 ふと永琳が座り、話始める。 「それじゃあ、俺は不要だな」 「いきなりね…」 「すまない」 彼女が笑い始める…それを見て彼も笑みを浮かべる。 「初めて笑ってるとこ見たわ…」 「そうだったか?」 「それよりあなた記憶が戻っても今までと何も変わらないわね。『すまない』って言わないでよ」 「……」 先読みされて黙り込むそして彼は少し考えてから 「それよりいままで道理お風呂はいっしょなのか?」 「……」 部屋の空気が凍り…永琳は彼にビンタを一発…その音は屋敷中に響くほどの物だった。 それから数日が過ぎて… 鈴仙は永琳の部屋へ来ていた。否。連れ込まれた 「師匠の実験台なんて嫌ですよ!」 そう言って抵抗し始める。そこへ彼が口を開く。 「心配するな鈴仙。その薬は俺が作ったものだ」 鈴仙を落ち着かせるために彼は話す。 「じゃ、じゃあ飲みます…」 永琳はそれどういう意味よ!と二人に怒り出す。 結局○○は永琳の助手をする形となっていた。 「怒るな永琳。それより思ったんだが」 「どうかしたの?」 鈴仙もこちらも向く 「どうやら俺は永琳のことが好きらしい」 あまりの突然なことに鈴仙が薬を噴き出している。 永琳も呆れている 「ほんとにあなたは……でもまだ弟ってところね」 「ふふ、わかった」 鈴仙が彼を指差し笑ってると驚いていた。 <あとがき> ここまで読んでくれてありがとうございます。今回は永遠亭メインで書いてみました 話の流れがかなり速いです。文章を書く練習した方がいいのかな… 今回の主人公は第三次スパ○ボαの主人公の中の一人をイメージしました ってこういう主人公紹介いらないな……_| ̄|○ なんかこう…ストーリー作らないとSS書けない俺ダメぽだな… 今度はもっとシンプルなの書きたいと思う次第です。 441
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属性:弾幕 種族:人 価格:20000P 移動力:4 射程:2-7 攻撃力:10 防御力:8 最大SP:80 備考:回復能力1(DX版2) 生産可能ショーグン:咲夜、うどんげ、永琳、輝夜 永夜抄6A面ボス。6B面中ボスとしても登場。 長射程7と防御力8は弾幕ユニット中トップの数値。おまけに回復能力まで持ち、生存能力は非常に高い。 一応メイド妖精と同程度の移動力はあり、前線での運用もできなくはない。 攻撃力はパチュリーや神奈子に劣るが、そこは運用法の違いと割り切ろう。一般的に見れば攻撃力10は十分高い。 悪地形に持ち込めば実にいやらしい戦い方ができる。どれ位厄介かはキャンペーン22やトライアルで思う存分体験しているだろう。 レミリアクラスが相手でもピンピンし、永琳ショーグンならフランドールが相手でも先制で瀕死にできる。
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八意 永琳 カードテキスト 《八意 永琳》 コスト:7 タイミング:N UnitCard [F]①Act:射撃2 [F]指揮下兵1:治療2 [A]このユニットが負の値の能力修正を得る 場合、代わりにそれを得ない。 攻撃力6/防御力6 武勲2 統率4 コメント
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autolink TH-0027 カード名:八意 永琳 読み:やごころ えいりん カテゴリ:キャラクター 属性:月 EX:月1 コスト:月月無無無 登場位置: ●-● ●●● AP:4 DP:4 SP:3 陣営:永遠亭 基本能力:デッキ・ボーナス[相手のデッキを1枚破棄する。] 特殊能力: 蓬莱の薬屋さん[月月][味方キャラ1体を破棄する。] 自分のゴミ箱のカードをランダムに2枚、持ち主のデッキの一番下に置く。 (1ターンに1回まで使用可能) 性別:女 レアリティ:R illust:Riv 5コストのいわゆるファッティキャラではあるが、色の拘束が薄いので混色にも入れやすい。 SPが3と高めで、デッキ・ボーナスにより実質的な5点パンチャーでもあるのでスペックも及第点。 能力は、能動的に使って自分の場を空けたり、相手の除去に対応して使用することができる。 スペックで相手キャラに負けている味方キャラのバトル中に使用し、ただのチャンプブロックを2点の回復に変換するなどの使い方も可能。 もちろん、永琳自身を破棄することもできる。 河城 にとり等は能力により対象に指定することができないが、この能力はコストとして味方キャラを破棄するので問題なく使用することが出来る。 関連項目 八意 永琳(天呪「アポロ13」) 雪
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永琳4 3スレ目 564 「あれ、師匠……弓の手入れですか?」 「えぇ、大事なものだから念入りに やっているのよ」 「そう言えば。その弓、いつも肌身離さず 持っていますけど、それ程?」 「まぁ一応、初めて真面目に贈られた 物だしねぇ」 「家族にですか?」 「うーん、もう少し大事な人かしら」 「家族よりって……?」 「まぁ、ウドンゲにもいずれ分かるわよ」 「はぁ……それじゃ、失礼します」 「……本当に大事だったわ」 こんな状況を幻視する俺悲恋スキー 読みにくかったらスマソ 4スレ目 150 『永琳様、どのような実験でもお受け致す故、お側に置いて下され!』 …や、何人だよ。 4スレ目 163 えーりんに膝枕をして貰っている俺。 ふと、母親の事を思い出す俺。 唐突に軽いホームシックに見舞われ、涙を流す俺。 「今日は特別よ?」と言って頭を軽く撫でられる俺。 思わず涙腺が緩み、えーりんの膝の上で少しマジ泣きして格好悪い俺。 落ち着いた後柔らかい笑みを浮かべるえーりんを見て、思わず見とれる俺。 (男性は母親に似た女性に惚れるって本当なんだなぁ)とウトウトしながら思う俺。 次の日の朝、何時の間にか自分の布団の上で寝ている俺。 きっとえーりんが運んでくれたのだろうと解釈する俺。 (重かっただろうなぁ。母さんもえーりんも…)とちょっと悪い気がする俺。 押入れを開けて、中でスヤスヤと眠るえーりんを見て少し元気が出た俺。 押入れの下の段で寝ていた映姫様に勺でスネをぶっ叩かれて思わず悶絶する俺。 その日の朝、えーりんと映姫様が火花を散らせている中講義を受けにいく俺。 自分の思いの中だけでいいから、これだけモテてみたいものだ。 4スレ目 329-330 もう永遠亭で手伝いをしてどれほどになるだろう。薬師見習いとして八意先生の下で 実験台と言う名のモルモット生活を送って結構な時が経つ。八意先生はまぎれもない 天才ではあるが人格が・・・ちょっとアレな人だ。今その八意先生からのお呼びがかかったところだ。 「八意先生。なんの用ですか?」 「ん、来てくれたのね。実はまた新薬の・・・って逃げないの(はぁと」 言い終わらないうちに全力で逃げようとしたはずなのにコンマ一秒たつかたたないかの うちに首根っこをつかまれ取り押さえられる。 「やぁねぇ~私がただの一度でも調合に失敗したことがある?新薬の理論が 間違ってたことがある?今回も完璧な出来だから大丈夫よ~」 「だから嫌なんです!前回はナイトメアの改良型とか言って発狂しかけるほどの悪夢が体感時間で 半年も続くし!その前は右腕が自由意志を持った兵器になるし!その前は宇宙意思と対話がで きるようになるような薬だったじゃないですか!」 「改良型ナイトメアは実効果時間は三秒だし後者二つはおかげで大成功だったわ!」 「いばるな!」 「それだけ元気があれば大丈夫ね」 首根っこをつかんでいた手を顔面に写し鼻をつままれる。当然酸素を求め口は開かれる。 今回目に入ったのは小瓶に入った透明な液体。もっとも液体が入っているのを確認できた のは口に流し込まれるまでの数瞬だったわけだが。ほんのり甘い。 「ゲッホゲホゲホ!な、何飲ませたんですか!」 「はい。そんなことより私を見る。」 「はい?」 「見・る。」 ぢ~・・・・ 見詰め合うこと一分。何か期待したような表情。天才なのにどこか少女じみたような表情。 少し赤味が差した頬。心なしか目が潤んでいる。やっぱり美人なんだよな・・・。 「なんですか?一体。」 「なんにも起きない?」 「はぁ。特に。」 「ときめかない?」 「いや特に。」 少し強がってみたり。 「おかしいわね。この私に限って失敗なんて・・・材料も比率も手順も完璧・・・」 「・・・・?」 ふと気付くと先生の机の上には一枚の紙が乗っていた。間違いなく調合の手順書だ。 「ちょっと失礼。」 「あ、こら!勝手にもってかない!」 すぐさま取り返そうと抵抗されるがこれでも先生の下で修行した身。どんな薬か判別するには 一目見れば十分だった。 「これ・・・惚れ薬?」 「・・・・・!」 ポーカーフェイスを装ってはいるが明らかに狼狽しているのがわかる。こんな表情永遠亭に来て から一度だって見たことが無い。 「なんでこんなものを?」 「・・・・」 「先生・・・」 「だ、だって私○○が好きなんだもの・・・でも好きって言って断られるのが怖くって・・・ 私ずっとあなたを好き勝手使ってたし、ずっとわがまま言ってたし、それでも傍にいて 好きになってほしくって・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・こんなの間違っ てるってわかってたのに・・・」 「材料も比率も手順も完璧ですね」 「でも・・・失敗・・・しちゃった。肝心な時にね」 「いや。完璧ですよ。」 「え・・・?」 「これ対象の恋愛感情ベクトルを全て飲んだ直後に視認した人へ向けるものでしょう?」 「ええ・・・流石ね」 「それじゃあ効果ないですよ。俺の持ってる恋愛感情は完全に十割一部の隙も無く徹頭徹尾 一切の無駄も無く先生のものです。飲んでも何も変わらなかっただけです。」 「え、え、え、え?」 「愛してますよ。八意先生。」 うつむいているので表情はわからない。しかし今言った言葉に一切の偽りは無く。ただ目の前の 人が愛しくて仕方なかった。本心を全てさらけ出してしまった今ただ立ちすくんでいるだけなど間 が持たず、思わず微動だにしないその体を抱きしめる。 「○○・・・」 「先生・・・」 「えーりんって呼んで・・・?」 先生。いやえーりんの方からも抱きしめてきて、お互いに抱きしめあう形になる。互いの心臓の音が 心地よく、俺はこのときほど永劫の時間を欲したことはなかった。えーりんの胸が当たって息子がの っぴきならない状態だが今はそうも言ってられん。 「えーr」 「師匠ー?いますかー?」 唐突に部屋の外から呼びかける声がする。間違いなくウドンゲだ。・・・あとで報復が必要だな。いくら なんでもタイミング悪すぎだろ!なんで今なんだよ!運命のイタズラか!?だとしたら真紅の大悪魔 にも報復を考えないと! 「う・・・ウドンゲ!今ちょっと立て込んでるから!あとにしてもらってもいいかしら!?」 「すぐ済む用事ですのでー。言われたとおり床の用意済ませてあります。あとさっき頼まれた砂糖水 余ってるようなら持って行っちゃいますけどー?」 ……砂糖水?あれ?さっきの薬ほんのり甘かったけど気のせいだよな?さっきのアレって惚れ薬だった んだよな?いや実際に調合したって証拠もないけどアレが惚れ薬じゃないとするとさっきの仕草も台詞も 表情も調合書も全部伏線ってことに・・・ 「えーりん・・・?」 「あー・・・いやその・・・頭使うと糖分が必要に・・・って駄目?」 まるで恋する少女のようなあどけない顔で上目遣い。これに逆らえる雄などいるか?いやいない。 「愛してますよ。」 「へへ・・・私も。」 どう見ても一生尻に敷かれマンです。本当にありがとうございます。 4スレ目 361-362 (4スレ目 239-240の続き) ――明朝。永遠亭。 「……zzz」 「○○、起きなさい。着いたわよ」 「……zzz」 「…………」 ――ぷす。 「……うをっ!?」 首筋に鋭い痛み。割と本気で洒落にならないその痛みに、眠気眼も一気に覚醒。 蜂か何かに刺されたのか、と思い慌てて掃うも、何も無い。 「……気のせいか?」 いや、こういう台詞が出る時は、大抵気のせいじゃないんだけどな。 お約束って大事。 そして、そんな俺を笑顔で見下ろすのは えーりんさんこと八意永琳。 竹林から漏れ出る朝日と朝露が、その美しい笑顔と銀髪を引き立てる。 ……俺の家の周囲に竹は一本も無いけどな。 ていうか俺。移動中に起きろよ。寝るときかけてた筈の毛布も無いし。 「おはよう。いい夢は見れたかしら?」 「お陰さまで。三人のスペカで家と一緒に冥界まで飛ばされた夢を。妙に現実感溢れる夢だったけど」 「あら、心外ね。本当に冥界逝きになっても、私の薬で引き戻してあげるわ。強制的に」 だから安心しなさい。と柔らかく笑うえーりんさん。 先日のアレやこの発言はともかく、こういう笑顔をする彼女は結構好きだ。綺麗だし。 そして、さっきまで見てたあれは間違いなく飛行中の夢だと思う。妙に浮遊感があった。 ……しかし、えーりんさんはどうやって俺を運んできたんだ? やっぱりおんぶ? だっこ? 俺も男だから、正直お姫様抱っこは勘弁。 「…………」 敢えて、締められたように痛む前首を無視しながら妄想。 服が微妙に伸びてるのも全力で無視。 (ま、現実なんてそんなもんさ。特に幻想郷じゃあな) 無意味に悟る俺。 今なら仏陀ともタメを張れる自信がある。 勿論嘘だが。 「で、なんで俺は此処にいるんですか? 永遠亭ですよね、此処。後、俺今日仕事あるんですけど」 目の前の和風建築を見ながら問う。 他の可能性もゼロではないが、竹林の屋敷と言えば他に思いつかない。傍にいるのがえーりんさんだし。 「三人の中で私が最初に起きたのよ。あのままだと大変な事になるでしょう? 仕事は張り紙してきたから大丈夫よ」 なんでもないように言うえーりんさん。 つまり修羅場が帰ってくる前に離脱しよう、と。 でもえーりんさん。これは強制拉致、誘拐だと俺は思うんだ。 「あらウドンゲ。ただいま」 聞いちゃいねえし。いや、口には出してないんだけどさ。 そして裏口から出てきたのは、丁度薪割りを終えたであろう、鉈を抱えた鈴仙。 ……こんな朝っぱらでもやっぱりブレザーなんだな。まさか他の服は無いのか。 ――ごとん。 不意に、鉈が、手から、零れ落ちた。 膝が震える。寒さに耐えるように両の手で自分を抱く。兎特有の長い耳が垂れる。顔面は蒼白を通り越して土気色。 まるで、悪夢を、絶望を、見てはいけないモノを見たかのような。そんな反応。 ――その仕草自体は微妙に保護欲を掻き立てられるものの、残念な事に、次の台詞でそれも見事に吹き飛んだ。 「し、師匠が朝帰りで男の人と!? 嘘、うそですよね? ししょう……。うそだほいって、くらさい……。おながいですから……」 「「…………」」 ちょっと待て鈴仙。そのリアクションはありえない。 お前は自分の師匠を何だと思ってやがる。 「全く……これしきの事でうろたえるなんて。ウドンゲもまだまだ未熟ね」 瞬間、えーりんさんの姿が陽炎のように消えうせた。 だが俺は驚かない。だってえーりんさんが人外なのはいつもの事だし。慣れって怖い。 後、あれはうろたえる、というより錯乱と言った方がしっくりくる気がする。 ――ぷす。 神業とも言える速度で背後を取り、左腕で首を絞め固定。 そして右腕に持った注射器を以って獲物(鈴仙)を一撃で仕留める。 多分に暗殺技術が含まれてそうな治療法だった。 「これでよし」 「あばばばばばば」 「……うわあ」 いい仕事したわー、と笑顔を浮かべるえーりんさんの前で、白目でガクガクと壊れたように痙攣する鈴仙。 正直このコントラストは怖い。夢に見そうだ。 投与したのは鎮静剤か何かだろう。効果がそうは見えない上、注射器の中身が紫色なのが気になるが。 「……って、○○さんでしたか。失礼しました」 激しく取り乱し、彼岸に逝っていたであろうものの、俺の顔を見るなり青い顔で微笑む鈴仙。さっきの寸劇は無かった事にするらしい。後遺症が無ければいいが。 で、それはいいとして、その安堵はどういう意味なのか。問い詰めてみたくもある。 まさか俺は彼女の“男の人”のカテゴリに入っていないとでもいうのだろうか。それはそれでショックだ。 結局、その日は一日永遠亭の姫、輝夜の話に付き合わされたり、てゐに騙されてえーりんさんの部屋に入り生死の境を軽くさ迷ったり、鈴仙の愚痴に付き合ったりと永遠亭で楽しく(?)過ごし、夜は俺に宛がわれた部屋で眠った。 深夜に咲夜と文が来たらしく、ドンパチの音が聞こえたがまあ詮無き事だろう。俺の家じゃないし。 ――そして翌日。 「……あれ?」 目が覚める。 俺の家、ていうか俺の部屋だ。 いつ永遠亭から帰ってきたっけ? 不思議に思いつつもいつものように着替え、食事をし、仕事に行くために外に出る。 ――がちゃ。 ……ドアの向こうは、思いっきり屋内だった。永遠亭の。 「……いやいや、落ち着け俺。これは在り得ない」 夢、そうこれは夢なんだ。 だから早く起きろ。 いや起きてくださいお願いします。 目の前に佇む圧倒的な現実を否定し、藁にも縋る思いの俺の前に表れるのは、 「あら、おはよう。今日は随分と早いのね」 「俺はいつも早いんですよ……ってそうじゃなくて」 何処からとも無く現れるえーりんさん。 今の今まで誰もいなかったのに。 彼女なら“くうかんを きりさいた!”位は楽に出来そうだ。流石黒幕。 「えーりんさん。俺の家は?」 「そこにあるじゃない」 「いや、向こうの」 「無いわよ。そこにあるんだから当たり前じゃない」 随分と事も無げに言ってくれる。思わず閉口。 この人、マジで誘拐しやがったのか。それも家ごと。 「俺の仕事はどうすりゃいいんですか?」 「あら。ここからでも行けるでしょう? 飛べないなら教えてあげるわ」 確かに行ける。 元が紅魔館近所だからな。寧ろ人里に近くなった。 違う。そうじゃない。 「俺、今日からここで生活するんですか?」 「ええ。だってそこが貴方の家でしょう?」 成る程。概念的には確かにこのドアの向こうが俺の家だ。 そこ以外に俺の家は無い。 ……違う。大事なのはそこでもない。 「……戻してくださいって言ったら無理ですか?」 「弾幕ごっこで私を倒してならいいわよ」 おk、物理的に無理。 「……最後に一ついいですか?」 「ええ」 「鬼ですか?」 「残念。愛に狂った月人よ」 6スレ目 418 「ん、完成」 「何が出来たんだ?」 「服用者を強制的に発情期にさせる薬よ」 「今から被害者が哀れに思えてきたよ」 「まったくね」 れいせんは にげだした! しかし まわりこまれて しまった! 「毎度のことながら不憫だなぁ」 「そう思うならたまには助けてよ!」 「君に命の危険がありそうなら考えるけどね」 「この外道!」 「はいはい、ジタバタしないの」 「いや~ッ!」 「……あ」 「私が、飲んじゃった」 「す、すいませーーん!」 れいせんは にげだした! 「むむ、これはマズいかしら」 「おいおい、大丈夫か?」 「とりあえず手近なあなたを頂きしょう」 「は? え!?」 えいりんは いきりたって ○○におそいかかった! 「ちょい待て!」 「おとなしくして、しばらく付き合って頂戴」 「嬉しい申し出だが却下! これじゃ不本意だ!」 「なによ、私じゃ気に入らないの?」 「いや、その……だな」 「なによ?」 「俺はお前が好きだ、だからこんな形では嫌なんだよ!」 「双方合意の下でなら、問題ないわよね」 「……は?」 「ごちそうさま」 「ハメラレタ」 「ええ、ハメましたとも」 「……下品だぞー」 「そっちじゃないわ」 「やっぱりハメてたのかよ!」 うpろだ89 ―――12月25日博麗神社 酷い有様だ。酔いつぶれた少女達の屍が積み重なっている。 今日はクリスマス。例によって幻想郷の少女達は総出で宴会を開いていた。それも昨日のイヴからだ。 「……やっぱり、クリスマスともなると、凄まじいわね」 「……だからって、昨日から、ほぼ丸一日ぶっ通しで飲みつづける馬鹿がいますか?」 俺の問い掛けに永琳さんは深く溜息をつき、答える。 「いるわ。ここにいる連中みんな、よ」 爆睡している者、あるいは真っ青な顔で苦しそうに唸っている者。そして既に吐いている者とで、博麗神社の境内は地獄と化していた。 そんな中で、あのスキマ妖怪と亡霊の姫君はまだ笑いながら飲んでいる。恐ろしい。 「あらあら幽々子~、薬師御夫妻のお出ましよ~妬けちゃうわ~」 「そうね紫。羨ましい限りだわ~」 などとほざいているが気にしない。だが、永琳さんはそうはいかなかったらしい。 「どいて○○。邪魔。そいつら殺せない」 ちょー!永琳さーん!……俺は必死に止める。 「ムフフ。幽々子。あの調子じゃ○○、尻に敷かれるに違いないわ」 「○○には妖夢みたいな子が調度いいんじゃないかしら」 「いや、永琳みたいに引っ張って行くおねいさんタイプの方が良いかも知れないわ。つまりベストカッポー」 ああ……好き勝手言われてる……。永琳さんの怒りも限界のようだ。 「いい加減にしなさい!アポr」 「ストーップ!プリーズストーップ!」 ……もう駄目だ、わけわからん。カオスだ。 どうしてこんなことになったのかというと……。 幻想郷に流れ着く前に、薬剤師の仕事をしていた俺は、幻想郷に来た際永遠亭の住人に運良く拾われた。 そこにいた永琳さんは、俺が薬剤師の資格を持っていると知ると、快く雇ってくれたのだ。 彼女曰く「多分うどんげよりは使える」だそうだ。 そして今日は、大きな宴会ということで万が一に備えて永琳さんと俺は永遠亭で待機していたというわけだ。 その後姫様や鈴仙の帰りがあまりにも遅いので、駆けつけてみればこの有様である。 「ったく、あの二人はどうにもならないわ。○○。貴方はとりあえず吐いてる連中にこれを飲ませなさい。 寝てる連中は平気だろうから放っておいていいわ」 ようやく落ち着いた永琳さんはそう言うと、大量の薬を渡してきた。……何か向こうの世界で見たことあるような?液キy(ry 「……わかりました。永琳さんは?」 この際細かいことはキニシナイ。 「重症の連中の治療に当たるわ。ではよろしく頼むわね」 そう言い残して永琳さんは屍の山に向かって消えていった。 (あれほど飲み過ぎには気をつけろと…一回死んだほうが良いんじゃないかしらこの連中) とブツブツと呟いていたが、聞いてないことにしておく。 「ううう~、○○、ありがと、う……」 「助かった……」 とりあえず言われた通りに薬を投与していくと、流石八意印(?)の薬。次々と皆の容体が安定していく。 一通り投与すると、永琳さんが戻ってきた。実に不機嫌な顔だ。俺も疲れたよえーりんさん。 「疲れたわ……まったく。飲むなとは言わないから、適度に飲んで欲しいものだわ」 「……同感です」 酒は飲めども飲まれるな、だったか。よく言ったものである。 バタバタしているうちに、気がつけばもう一時間弱で日付が変わりそうだった。なんだかなぁ。せっかくのクリスマスなのに、ねぇ? 「○○。永遠亭に引き上げましょう。姫様達はここで寝かせておくわ。重症の連中も落ち着いたし、帰っても平気よ」 「そう、ですね。帰りましょう。疲れました」 「新年会はこれよりも酷い状況になるだろうから覚悟しておくように」 そんな殺生な……肩が重くなるのを感じつつ外に出る。 中で紫さんと幽々子さんがニヤニヤしながら手を振っていたが、キニシナイ。 永遠亭への帰り道。俺は空を飛べないので、永琳さんと歩いての帰宅だ。 妖怪たちもクリスマスを祝っているのだろうか。気配が全く無い。まぁ出てきたところで永琳さんにぶち殺されるのだが。 「悪かったわねぇ、貧乏クジ引かせて。貴方も参加したかったでしょ、宴会」 「いえ、あんな風にはなりたくないとです……」 素直に答える。あの風景はトラウマになりそうだ。 「ふふ。良い心掛けだわ……貴方がいてくれてよかった。とても助かったわ」 「はは、そう言ってもらえると嬉しいです」 沈黙。雪を踏む音だけが辺りに響く。 俺は、耐え切れずに口を開く。 「今年も、もう終わりですね。早いものです」 「そうね。本当に」 もうちょっと気の利いたこと言えよ、俺。はぁ。 雪が降ってきた。どこか向こうの世界の雪よりも綺麗に見えるのは気のせいだろうか。 永琳さんも空を見上げて、雪を眺めている。 「綺麗ね、雪。春になると溶けて消えてしまう儚いものだけれども、その儚さのおかげで綺麗に見えるのね」 以外にロマンチストなんですね。なんて言ったら殺されそうだ。 だが、目を細めて愛おしそうに雪を眺める彼女は、雪そのものよりもずっと綺麗だと思った。 永琳さんは俺が見ていることに気付いたのか、こちらへ目を向けたが、少し顔を赤くして目を逸らしてしまった。俺もそんな永琳さんを見て顔の温度が上がるのを感じた。 「○○」 「ななななな何でしょう?」 「……やっぱり何でもないわ。さ、行きましょう」 それからはお互い言葉を交わさなかった。 「ふぅー、やっとついたわね。炬燵にでも入って温まりましょうか」 「そうですね……あぁー生き返る。炬燵は良いですねぇ」 「まったくだわ」 そして、そんなこんなで、うだうだと永琳さんの愚痴(九割が姫様に対するもの)を聞いているうちに、気が付けば日付が変わっていた。今年も残すところあと五日だ。 「終わったわねぇ。クリスマス」 蜜柑の皮を剥きながら言う永琳さんは少し寂しそうだった。そこで俺は、宴会場でくすねた酒を取り出す。 「まぁまぁ、これでも飲みましょう。何でも、博麗神社に伝わる名酒みたいですよ」 「……実にナイスなのだけど、何で神社に伝わる名酒がワインなのかしらね」 ……そういわれてみればおかしい気もする。 「ま、まぁ細かいことは気にせずに。ささ、飲みましょう……霊夢には内密に」 ばれたら殺されそうだ。 「構いやしないわ。当然の報酬だもの」 そう言うと永琳さんは持ってきたグラスにワインを注ぐ。良い香りが鼻腔をくすぐる。 「んー流石神社に伝わる名酒。良い香りね。綺麗な雪を見ながら美味い酒を飲むってのも、乙なものだわ」 「そうですねぇ……さて、少し遅いですが……」 「……そうね。来年は、もう少しマシなクリスマスにしたいわ」 同時にグラスを持つ。今年一年、無事に過ごせたことへの感謝、そして互いへの労いを込めて、二人の声が重なる。 「「メリークリスマス」」 チンッ と、グラスとグラスの当たる音が部屋に響いた。 ―――ほぼ同時刻 「良い雰囲気ねぇ。でも、普通こんな状況なら押し倒すくらいしてもらわないと……イライラするわ」 「いやん下品よ紫。でも本当に良い雰囲気よ。羨ましいわあの二人。妖夢にも早く素敵な殿方が現れないかしら」 「……あの酒楽しみにしてたのに。ま、いいもの見せてもらったから良しとするか。まだまだ進展しそうだわこの二人」 博麗神社では紫と幽々子、そしていつの間にか復活した霊夢がスキマTVで○○と永琳の様子を実況中でしたとさ。 終 6スレ目 826 「えーりん、好きだよっ!大好きだ!」 「ふふふ、本当かしら?」 「冗談でこんなこと言えないよ。」 「じゃあ…そうね、この弓で、この矢を打ってみてくれる?」 「???」 「貴方の矢心(やごころ)を見せて。 貴方の気持ちが強ければ強いほど、その一矢は強い光を放ち、 貴方の気持ちがまっすぐであればあるほど、 その軌道もまたまっすぐなものになるはずよ。」 「わ、わかった…」 (ゴクリ…) 「さあ、的はあそこよ。」 俺は精神を集中し、永琳の指す的を目掛け、 彼女への一途な思いを示さんとその一矢を放った… (バキィ!) 「あら…♪」 「どうだ!」 その一矢は、その闇を切り裂く流星の如き光を放ち、 的に射るどころか、的を打ち砕く威力を見せた。 その威力も輝きも、まさに俺の彼女への思いを現すのに十分だった。 「うん、貴方の気持ち、十分に判ったわ。」 「それじゃあ…!」 「でも、何で5WAYショットが出たのかしらね?」 「(´∀`;)」 うpろだ240 答え② えーりんがきて助けてくれる 「……え?」 ―――― 一瞬の油断。 気づいた時には、俺の左腕から先がなくなっていた。 「ぐ……ああああああああああああああああああッ!!!」 苦痛の叫び声をあげる俺の前に、勝利を確信した捕食者が近づいてくる。 「わはー♪」 嫌だ…… 「おいしいー」 来るな…… 「いただきまーす!!」 「―――― ッ!!」 その時、それは死ぬ前に見ると言われる走馬灯の一場面だったのだろうか ふと、永遠亭にいた薬師のことが頭に浮かんだ。 以前、彼女に『危なくなったら私を呼ぶように』と言われたことを思い出す。 だから、俺は ―――― 最後の力を振り絞って叫んだ。 「たすけて! えーりん!!」 そして 「下がりなさい、小娘!」 その場に響く凛とした声が響いた ―――― ―――― 天呪「アポロ13」 ド ゴ ォ ォ ン ! ! 「はわーーーー!」 ルーミアが「アポロ13」を直撃で喰らい吹っ飛ばされる。 だが、俺にはそれを確認する力さえも残されていなかった。 「う……」 「しっかりしなさい! 今、手当てするから!!」 「永琳…さん……? ……助かった…ぁ……」 「目を開け…! 死な…いで!」 目が霞む 周囲の音がだんだんと聞こえなくなっていく 俺…死ぬの…かな…… そして、俺の意識は深い闇のなかへ落ちて行った ・ ・ ・ 「う……」 ひどくだるい気分の中で、俺は目を覚ました 俺、何をしてたんだっけ? 思い出せない…… 「…おはよう、気分はどう?」 「永琳さん……?」 ってことは……ここは、永遠亭? 「左腕は義手にしておいたわ。他に、どこか痛むところはない?」 俺は左腕に目をやると、そこには俺のものだった腕ではなく、作り物の腕があった。 血の気が引くと同時に、俺は 俺に何が起きたのかを思い出す。 「左腕……が……」 俺は、ルーミアに左手を喰われて…… 「……」 いきなり足元がガラガラと崩れ去っていくような感覚を味わっていた。 そして、打ちひしがれる俺に、永琳さんが―――― 「あなたは、少し軽率すぎるわ」 「え…?」 その時になって、俺は初めて彼女の様子がおかしいことに気づく。 顔がやけに青白く、生気がない。 だけど、そんなことを全く気にせずに永琳さんは―――― 「いくら夜雀を助けるためとはいえ……あなたが死んでしまっては何もならないでしょう!?」 予想もしていなかった強い口調で責められ、口を挟むことができない。 永琳さん……本気で怒っている。 「あなたは、なんの力もない普通の人間なんだから! もっと、自重しな…さ…………」 永琳さんの言葉は最後まで続かず……彼女はそのまま前のめりに倒れてしまった。 「え…永琳さん!?」 ベッドから飛び出て永琳さんを抱き起こす。 だが、かなり顔色が悪い……というよりも蒼白だ。 その時、部屋の外から声が響いた―――― 「―――― 師匠、○○さんの看病は私がやりますから、いい加減に休ん………って、し…師匠!?」 鈴仙が入ってくるなり、倒れた永琳さんに驚愕する。 彼女はすぐに永琳さんを俺が寝ていた寝台に乗せて、簡単な診察を行う。 そして…… 「……ただの過労ですね。ここ十数日間 ほとんど寝ずにあなたの看病を行ってましたから……」 「ほとんど寝ずに……!?」 「ええ…」 永琳さんが やつれ果てていたのはそのためだったのか…… 俺は……何をやっているんだろう。 みすちーを助けようと、自分の実力に分不相応な道を選択し。 こんなにも、俺を心配してくれている人に迷惑をかけて。 苦労をかけさせて。 心配をかけさせて。 悔しさとともに、俺の中にふつふつとある感情が湧きあがってくる。 そして、その感情とともに俺はあるモノを欲した。 「鈴仙さん…ひとつお願いがあります」 「はい、なんですか?」 「俺に、この世界で戦う術を教えてください」 「え?」 「俺、強くなりたいです。永琳さんに心配をかけないような……いいえ、逆に守ってあげられるくらいの力が欲しいんです」 もう、二度と永琳さんを心配させたくない、そして、迷惑をかけたくない。 この幻想郷は、弱肉強食の世界……それを俺は今回のことで痛いほどに理解した。 この世界で、生き抜くためには強くならなければならない。 俺を助け 自分が倒れるまで心配してくれた、永琳さんのためにただひたすら強くなりたかった。 「……師匠を…守ってあげられるような……ですか……」 「はい…!」 「……苦しい道のりになりますよ?」 「構いません!」 「病み上がりなんですから、体が回復してからでも……」 「鈴仙さえよければ…今すぐお願いします!」 「……」 鈴仙が少し考え込む。 その表情には、どこか寂しげなものも含まれてはいたが……俺は気づくことはなかった。 「……わかりました、そこまで決心が固いなら――――まずは、基礎体力作りから! 永遠亭の周囲50周です!!」 「はいっ!!」 ・ ・ ・ ○○が勢いよく走り去って行った数秒後。 「ここぞというときの意思は一人前ね……」 眠っていたはずの永琳が呟く。 「師匠……起きていたんですか?」 「ええ」 先ほどに比べると永琳の顔色もやや良くなっていた。 「しばらく休めば、本調子に戻れそうかしら」 その時、永琳を見ながら……鈴仙がぽつりと呟く。 「……師匠が…うらやましいです。あの人に守ってもらえて……」 その時の鈴仙の顔を、たぶん永琳は忘れることはないだろう。 彼女の、嫉妬と悲しみがないまぜになった表情を―――― 「ウドンゲ…あなた、あの子のこと」 「いいんです! それより、師匠…あの人のこと、見捨てないであげてください……!」 「ウドンゲ……」 「私は……あの人が望む力を与えてあげられれば……っ!」 それ以上、鈴仙は言葉を紡ぐことができなかった。 密かに淡い思いを抱いていた男に、自分自身が守られたかったという無念の想いの涙を流す。 「残念だけれど……ある意味では 見捨てることになるわ」 「っ! 師匠!?」 失望の声をあげる鈴仙。 「ウドンゲ、勘違いしないで」 「え……?」 「あの子は、ずっと私が守ってあげなければと思っていたけれど……でも、その必要はなくなったの」 永琳は笑っていた。 その表情は母親が子供の成長を期待するような笑み。 そして、一人の女性が愛する人の成長を期待するような笑みだった。 「いつまでも、待っててあげるわ。辿りついて見せなさい……私の高みまで」 ・ ・ ・ 数年後 ―――― 「姫様は大丈夫かしら?」 「ああ、防御結界を何重にもかけておいたから、あっちは心配ない」 永遠亭に正体不明の集団が攻め込んでいた。 それも異常と言えるはずの数が攻め込んでいる。 ―――― えーりんさまぁ! ○○さまぁっ! 大変ですよぅ! れーせん さまがやられちゃいましたぁ! 「――――!」 伝達係の兎から連絡が入る。 あまりに敵が多すぎて 鈴仙 では抑えられなかったらしい。 「ウドンゲ がやられるなんて……」 「ああ、でも 鈴仙 や他の兎達の命なら大丈夫だよ。倒される直前に 全員転送用の術で逃がしておいているから」 そして、転送先は永遠亭の医務室。 まあ、今頃 医療担当の兎たちが怪我の治療でてんやわんやしているだろうけれども。 「ふふ……相変わらず抜かりがないわね」 嵐の前の静けさ。 鈴仙が倒された今、えーりんと俺が待ち受けるこの場所に敵が来るのも時間の問題だ。 身を削られ、血反吐を吐きながら…左腕がないというハンデを抱え、それでも諦めずたどり着いたこの場所。 こうやってえーりんと一緒に肩を並べて戦えている姿。 何度、夢に見たことか。 「そういえば……」 「ん?」 「前から気になっていたけれど、あなたの弾幕やスペルカードは かなり防御に特化したものになっているのよね……なぜなのかしら?」 えーりんの言葉どおり、俺が長い研鑽ののちに得ることができた弾幕やスペカは防衛、回復、支援に特化……いや、極化していると言ってもいい。 何故か? 答えは簡単。 「俺の目的は、えーりんと俺自身を守ること。攻撃する分の弾幕やスペカはいらないよ」 「……質問ついでにもう一つ答えなさい」 何故か頬を赤く染めているえーりんが二つ目の質問を出す。 「なぜ、左手を再生させたのかしら? 私の作った義手に、何か不満でもあったの……?」 俺は自分の左手に目を向ける。 ルーミアに喰われた俺の手は今や完全に元の形を取り戻していた。 かなり手間がかかったが……自分の力だけで自分の腕を再生させることに成功したのだ。 ただ、別にえーりんの作ってくれた義手に不満があったわけではない。 正直、えーりんが作ったの義手はかなり性能がよく、下手をすれば元の腕よりも動きが良かった。 では、なぜ腕を再生させたかというと…… 「不満なんてなかったよ……でもさ」 えーりんを抱きよせ、唇を奪う。 「ん……っ!?」 最初は頑なだった彼女の体は、次第に次第に力が抜けていき…2秒も経つ頃には、彼女は俺にキスされるがままになっていた。 たっぷり30秒も抱擁と口づけを交わしたところで、俺は彼女を解放する。 「こーやって、えーりんを生身の両腕で抱きしめたかったからね」 「………ばか…」 真っ赤になっている えーりんが可愛い。 彼女のこんな姿、数年前までは誰一人見ることは叶わなかっただろう。 俺だけが、見ることを許される姿。 「惚れてくれるかい?」 「……ええ、惚れすぎて おかしくなりそうなくらいにね」 えーりんが、俺の首に両腕をまわし、しなだれかかってくる。 「頼りにしているわ、○○」 「ふふ、えーりんに頼られるような男になれて嬉し――――」 『『『ウオオオオオオオオオオ!!』』』 怒号とともに膨大な数の敵が向かってくる。 「……」 「……」 しばし沈黙、そして―――― 「……10秒でコナゴナにしてくれる!」 「いいえ、3秒よ……」 人の恋路を邪魔しやがって。 馬に蹴られて死んでしまえコンチクショウ! 「背中は預けたわよ」 もう、助けを呼ぶことはない。今度は俺が彼女を ―――― 「ああ、預かった」 ―――― 守る番だから!! えーりん Guardner End「たすけてあげる! えーりん!」 ……すべてのルートを制覇したあなたの前に、新しい道が開かれます。 Try to Extra Stage ! 『答え④ 小悪魔萌え』ルートが追加されました。 現在ロード中です。しばらくお待ちください。 うpろだ283 「そーらーを自由にとーびたーいな」 「はい。なんだかよくわからない薬」 そう歌いながら永琳の部屋に飛び込んでいったら、即座に薬を渡された。 もしかしなくてもこの女はエピタフ持ちなのではないのかしらん。 「……何の薬?」 「さあ。今出来たばかりの薬だし」 そういってぐぐっと手を差し出してくる永琳。 これは飲めということか。 「あ、俺用事思い出したから」 「あなたに特に仕事を頼んだ覚えは無かったけど」 言いながら更に腕をずずっと伸ばしてくる。 「鈴仙に仕事の手伝いを頼まれて」 「バンジステーク作りはやめなさいと言っておいたわよ」 そういって膝立ちで寄ってくる。 「あとてゐに新ネタ考案も頼まれてて」 「これを飲めば浮かんでくるかもしれないわねえ」 言いながら体を寄せてくる。 「いや、姫にACで対戦するように言われてるのよ」 「あらそう。じゃあブレーカー落としましょう」 「そこ切っちゃうの!?」 瞬間、バチンという音とともに部屋に点っていた緑色が消える。 ついで今つけたNMR-CTのコンソール画面、これがブレーカー落ちの原因だろう、も消える。 対してどこかから悲鳴のようなものが起こり、どたどたという足音が起こり、水音が起こった。 「あの……今姫が……」 「まあいいじゃない。さあさ、ぐいっといっちゃって」 「いや、アレはさすがにまずいんじゃ」 「ほらほら一気にいっちゃいましょうよ」 「見てきたほうがいいんじゃないですか? っていうか見てきます」 「何時までも薬飲まないと、こうしちゃうわよ」 そう言うと、永琳は薬をおもむろに口に放り込むと水を含み、空いた手で俺の鼻とあごを押さえつけると、 呼吸のために開けた口にまた口をつけ、そのまま薬と水を流し込んだ。 「おま、なにを……」 「ふふふ。これで次に起きたとき、あなたは……」 「起きたら何だよ! 何がおk」 「あらもう寝ちゃった。この薬大分効きが早まったかしら」 ……………… ………… …… , , '. 。 + ,.. '' + ,.. . ..; ', , ' . .; ' ' , '. .. ' , '. . ... '' '' .; .; ああ、こんな幸せな気分は初めてだ! 。 . 。 , '. 。 '+。 . .. ∧_∧ .. ' , '. , , '. ( ´∀`), ' '' + , ..⊂ つ + '。 , '. 。 .. . . ' , 'ノ ノ + 。 , .. . + . ... し し ~ 幸せ回路作動中 ~ …… ………… ……………… 「何じゃ今のは!」 がばっと起きる。 「おはよう」 動ぜず応じる永琳。 「おはようじゃないわい。ありゃ胡蝶夢丸か!」 「いいえ胡蝶夢丸NEOよ」 「どう変わったのさ」 「名前。あと薬効薬理ね」 「それはひょっとして別の薬って言わないか?」 いや、ひょっとしないでも別物だろう。 「じゃあ胡蝶夢丸EXにしておくわ」 「何がじゃあなの? 文脈に合ってないでしょ?」 「あら、DXのほうがよかった? それともSUPERとかのほうがお好みかしら」 「つける単語の問題じゃなくって、効果が違うんなら違う名前にしてよ」 息を切らしながら言う。何でこんなこと力説せにゃならんのだ。 「まあそれはそれとして」 「さらっと流さないでくれまいか」 「何か体におかしなところは無い? 火照るだとか漲るとか」 「特にそう言うのは無いなあ」 「そう? もうそろそろ効く時間なのに」 「何が効くのさ」 「もうひとつの効果よ」 笑みを崩さずに言ってくる永琳。正直かなり不気味である。 「だからもうひとつの効果って何なn」 すべて言い切る前に永琳にチョップを食らう。 対して痛いわけでもない一撃は、しかし体の自由の全くを奪い去った。 「あらどうしたの? 体が動かないの?」 「永琳?」 どうやら口は動くらしい。これだけ動いてもしょうがないが。 「ならこっちの部屋で一緒に休みましょう」 「あの……永琳さん?」 「しんぱいしないでもちゃんとかんびょうしてあげるわようふふ」 なにやら永琳の目付きがおかしい。これはヤバイ。 「メディコ! メディコ! 永琳が壊れた!」 「だいじょうぶこっちがかんごしつよすぐにかいほうしてあげるわ」 そうだここは医務室兼備の場所だった。 ざんねん!! わたしの ぼうけんは これで おわってしまった!! 7スレ目 824 「お前のためなら人としての生をすてる覚悟だ」
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永琳 加入条件:ステージ開始時に加入 初期装備:ぎんの弓 初期能力 Lv クラス HP 力 魔力 技 速さ 幸運 守備 魔防 移動 武器レベル 7 アーチャー 24 11 0 8 9 8 9 1 5 弓B 成長率(%)【試行回数100回】 HP 力 魔力 技 速さ 幸運 守備 魔防 50 41 0 52 62 39 18 5 ステータス上限 クラス HP 力 魔力 技 速さ 幸運 守備 魔防 スナイパー 60 24 ? 29 30 30 23 ? 特徴 初期値が優秀なうえ、バランスの良い成長が見込め、戦力の中核として運用可能。 専用武器もあるため、加入時期や成長率と合わせて考えるとアーチャーの中では比較的使いやすい部類に入る。 ver1.127から永琳の弓を使うと専用BGMが流れるようになった。 支援会話 メディスン (レベル3MAX時) 輝夜 (レベル3MAX時) 鈴仙 (レベル3MAX時) てゐ (レベル2MAX時)
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八意 永琳 初期レベル 5 仲間にする条件 永遠亭で永琳に話しかける 仲間にできる場所 永遠亭(強制) フィールド効果 なし スペル スペル名 MP消費 属性 効果 習得レベル 備考 天丸「壺中の天地」 25 特殊 味方全体 小回復 レベル5(初期) 生薬「国士無双の薬」 100 特殊 【連携】味方全体 全回復 全能力値上昇 イベント 鈴仙とのコンビネーションスペル、滝の洞窟2Fの休息部屋で習得 薬符「胡蝶夢丸ハピネス」 38 特殊 味方単体 中回復 レベル8 秘薬「仙香玉兎」 39 特殊 味方単体 状態異常全治療 レベル13 解説
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(やごころ えいりん) 「ついに…姫様が仕事を… 私の長年の努力がようやく実を結んだのね…」 キャラクター概要 東方永夜抄において6面Aルートボス、Bルート中ボスとして初登場。その後東方文花帖 LEVEL9ターゲットとして登場。 二つ名は月の頭脳(東方永夜抄)、街の薬屋さん(東方文花帖)など。 「あらゆる薬を作る程度の能力」を持つ天才。種族は月の民であるが蓬莱人でもある。 月の賢者として蓬莱山輝夜の教育係を務めており、輝夜の依頼で輝夜の能力により蓬莱の薬を作る。だが、その薬を飲んだ輝夜は月から追放され、地球へ落されることになってしまう。 月の使者のリーダーも務めていた永琳は、後に地上へ輝夜を迎えに行くが、その際に輝夜が月に帰ることを拒んだため、他の使者を皆殺しにして輝夜と月から逃げ続けることにした。 逃亡生活の果てに幻想郷、迷いの竹林に流れ着き永遠亭に隠れ住むことになった。 本作では永遠亭で医薬品の開発、販売をやっているが経営状態は芳しくない模様。 輝夜が働き始めたときいて一番喜び、お祝いとしてアイテムを渡してくれる。 余談だが、帰還編に登場する魔導に関する技術は永琳が提供した。
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永琳3 ─────────────────────────────────────────────────────────── 454 芽生え、花が咲き、そして散ってゆく。 朽ちて、風に融け、そして空に昇る。 やがて雨が降り、大地を潤し、新しい生命を芽吹かせる。 繰り返し、繰り返し。 周る星々と同じように、命もまた巡るものなのだ。 ・ ・ ~ January ~ ――最初から結果を知っているのなら、誰も間違いは起こさない。 元日からの三ヶ日もそれなりに平坦に過ぎ、年越しの浮かれた空気もやや薄れ始めた永遠亭。 その日、珍しく自ら材料の採取に出ていた私の師匠こと八意永琳は、ロクでもない拾い物をして帰って来た。 「……どうしたんですか師匠。それ」 ホクホク顔で帰って来た師匠の背中に、一人の人間の青年がグッタリと負ぶわれていた。 「ちょっとそこで拾ってね。折角だから持って帰って来ちゃった。 まあ、薬の実験台くらいにはなってくれるでしょ」 「は、はぁ……」 青年の出で立ちはこの幻想郷ではまず見られないもので、外からの迷い人である事を窺わせる。 (……可哀相に) よりにもよって師匠に拾われてしまうとは。 これなら、気絶している間にそこらの妖怪に喰われでもした方が、まだマシと言うものだ。 私は毒蜘蛛の獄糸に囚われた哀れな羽虫に、僅かな同情の念を抱いて視線を送り、そして、 「……なっ!?」 眼前のおぞましい光景に、言葉を失った。 「? どうしたの、ウドンゲ」 「い、いえ……な、何でもありませんよ。あ゛、あははは……」 ……何という事だ。 男は、気絶した振りをしながら師匠の髪の香りを嗅いで、幸せそうに鼻の下を伸ばしていた。 「?……変な子ねぇ。まあいいわ、まだお昼の残り物があるわよね? 取り敢えず、疲労と空腹意外におかしな所は無いみたいだから、叩き起こして食べさせてあげましょう」 「……はい」 脳の調子もおかしいのではないかと思ったが、混ぜっ返すのも面倒なので、大人しく師匠に従う事にした。 ――彼は哀れな羽虫などではなく、飛び切り性質の悪い毒虫だった。 後々私達――特に師匠は、それをある種の痛みとともに思い知る事になる。 屋敷に運び込まれた彼は、程無く師匠の高速往復ビンタ(秒間16連打)で目を見開いた。 残り物のご飯を振舞いながら、双方簡潔に自己紹介を済ませる。 話を聞くに、やはり外の住人だったらしく、此処にいる心当たりもまるで無く、このところ数日の記憶も酷く曖昧らしい。 ……スキマ妖怪の餌狩りから、漏れ出しでもしたのだろうか。 「ムシャムシャどうにか帰れないかなあガツガツ、ああ美味いゴクゴク、ありがとう助かったよモグモグ」 食べるか尋ねるか礼を言うか、どれか一つにして欲しい。 健啖そのものの彼の様子に師匠は満足そうに笑うと、いつもと変わり無い、平坦な声で答えた。 「心当たりはあるにはあるのだけど、冬の内はどうにも出来ないわね。 時期が来れば手は打ってあげるから、それまではウチで過ごしなさいな。 それなりの扶持と仕事は与えてあげるわ」 「……そっか、ありがとう。まあ、世話になった分はしっかり体で返すよ」 「…………『体で返す』……言ったわね、言ったわね、フフフ……」 彼の快諾を得た師匠が、唇の端を妖しく吊り上げた。 (……つくづく、可哀相に……) 口は災いの元とは、よく言ったものだ。 哀れ、実験台&隷属労働が確定した彼の表情をちらりと窺い見ると、師匠に負けじと妖しく笑っていた。 「ふふ……そうとも、『体で返す』……むふふ……ぐふっ」 取り敢えず、一発殴っておいた。 ………… 何が何やら分からぬまま流れ着いて来た、魍魎住まう幻想郷。 『行動力のある方向音痴』という非常に迷惑な性質を持つ俺が、曖昧に色の移ろう竹林を独力で抜けられる筈も無く、 手を打てる妖怪が居るには居るらしいが、現在冬眠中で、春が来るまでは当てには出来ないらしい。 人型の妖怪の癖に冬眠だのと言うくらいだから、さぞかし熊チックな大女なのだろう。 熊殺しは男の浪漫だ。会う日を楽しみにしておこう。 当然ながら行く宛てなど無いロンリーシングルな俺は、お言葉に甘えてこの永遠亭の人たちの世話になる事にした。 昨日あの後、この屋敷の姫様とやらをはじめ、ある程度の顔見せは済ませてある。 ――さて、今日は実質初日だ。俺が出来るナイスガイである事を、一発見せ付けてやるとしよう。 長い廊下を歩きながら、擦れ違う子たちに自己紹介のついでに道を聞き、永琳の部屋を訪ねた。 「おはよう、永琳」 「あら、おはよう。そっちの方から来るとは良い気構えね。体調はどうかしら?」 「元気ビンビン大事無い。……ところで、指し当たって俺は何をすればいいんだ?」 「そうね……いきなり大仕事になって悪いのだけど、今日は年末の大掃除で出たゴミを庭で燃やそうと思うのよ。 裏口に全部積んであるから、それをリヤカーで庭まで運び出してちょうだい」 「分かった、あつらえ向きの力仕事だな。任せてくれよ」 「まあ、頼もしい限りね……ふふ」 と、意気揚々と臨んだ初仕事だったのだが、裏口に出るなりいきなり挫けそうになった。 「…………何じゃこりゃ」 山のようなゴミ袋や家財道具、果てにはごっついボロ箪笥がまるまる一台。 横に鎮座している、幅だけでゆうに六尺は超えていそうな特大リヤカーが、随分可愛らしく見えた。 「え~っと……これを、俺一人で?」 「そうよ。まさか、嫌とは言わないでしょうね?」 「ぐ……」 確かに、タダ飯喰らいの店子である俺にはそんな強い事を言える立場も無い。 「仕方が無い、やってやるさ。お嬢さん、あまりの頼もしさに惚れるなよ?」 「ふふ、期待はしないでおくわ」 冗談めかした淑やかな笑顔に、それなりのやる気と、頬に少々の赤みが湧いてきた。 愚痴を垂れたところで荷が減る訳でもない。まあ頑張ろう。 ………… ――それからおおよそ二時間弱。 「え~んやこ~ら、せっと」 幸い裏口から庭までそう大層な距離がある訳ではなかったので、一度に運ぶ量を少なめにして、足を細かく動かす事にした。 「ほら、頑張りなさいな。もう少しで終わるわよ」 「ぐ……」 永琳は何か手伝ってくれる訳でもなく、細かな指示を出しながら、俺の横をただついて歩いていた。 妙な居心地の悪さに囚われながらも、何とかあと一往復、という位までゴミの山を切り崩したところだ。 そもそも元のゴミの量が半端ではなく、リヤカーそのものの重量もある。 いい加減限界を訴える両の腕に、これで最後と喝を入れた。 「ふふ、大丈夫? 随分辛そうに見えるけど、ここに来て降参かしら?」 小馬鹿にしたような嫌味ったらしい物言いが、俺の闘魂の炎を激しく揺さぶり上げた。 「あんまり馬鹿言うなよ。やっと準備運動が終わったところだ。 ヘイヘイ小粋なお嬢さん! 俺の愛車に乗って行くかい?」 頭をノリノリで振り回しながら、峠の田舎ヤンキーっぽく強がってみた。 「あらいいの? それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかしら」 ……どうやらこの畜生鬼には、俺の限界を慮り、可愛く遠慮する程度の優しさも無いらしい。 「あ~まあいいよ。ほら、乗りな」 足を止め、顎で指して永琳に荷台を勧めた。 今更女性一人程度の荷が増えたところで、大した違いは無いだろう。 それに少し想像を逞しくすれば、自転車の後ろに女の子を載せるようで、萌えるシチュだと言えなくもない。 「ふふ。では、遠慮なく。……よいしょ、と」 断りを入れると、永琳はリヤカーの縁に両手を掛け、ふわりと軽く跳んで、腰を荷台に落としてきた。 底板が軽くたわみ、パイプを震わせ両手に彼女の重みを伝えてくる。 「うっ! ……おも」 「ま、さ、か、『重い』だなんて言わないでしょうね?」 「……さを感じないくらい軽くてビックリしちゃう!!」 「よろしい」 まだ死にたくないので、余計な冗談は言わない事にした。 「さ、面舵いっぱ~~い」 向こうを指差しながら視せられた悪戯っぽい笑顔に、不覚にも胸が高鳴る。 「はいはい、月の向こうまででも行ってみせますよ、お客さん」 「う~ん……折角だけど、月は遠慮しておくわ。代わりに庭までよろしくね」 ………… ――ごとん、ごとん、ごとん。 のんびりと最後の往路を闊歩していると、行く先に人影が一つ見えたので、そこで一旦足を止めた。 鴉の濡れ羽色鮮やかな長髪が目を惹く、この屋敷の首魁、蓬莱山輝夜姫だった。 「あら、姫。おはようございます。もういい加減お昼ですけど」 「ん、おはようございます、姫様」 「おはよう二人とも。精が出るわね」 姫様は俺達の挨拶に軽く笑って応えると、荷台の上でニコニコとお姫様チックに鎮座している永琳に視線を送り、 「……永琳、歳を考えなさい。見てられないわ」 きっつい一言を浴びせかけた。 恐る恐る永琳の表情を覗い見ると、表面上は先程までと変わらぬ笑顔のままではあったが、奥歯がギリギリ軋む音がしてめっちゃ怖い。 「あらあら姫、お戯れを。精神にまで若々しさを亡くしてしまったら、女はお仕舞いですよ?」 「m9(^Д^)プギャーwwwwちょっwwwwwww若々しさとかwwwテwラwワwロwスwww自分の実年齢考えろっての wwwwwwwwっうぇ」 姫様、お願いだから日本語で話して下さい。 と言うか、トップの主従が朝からこんなアホな諍い起こしてて、大丈夫なのかこの屋敷。 「ほらほら貴方も言ってやりなさいよ。××年以上も生きてる因業ババアが男の後ろで少女座りとか恥ずかしくないのか、って」 具体的な数字を伏せたのは、俺のなけなしの良心からです。 さて、姫様が俺に話を振りやがりになられたので、極力角の立たない素敵な言い回しを考えてみた。 「いやそんな、俺は可愛いと思いますよ?」 「えっ?」 「なっ……ば、馬鹿言わないの!」 ――ごすっ。 「痛でっ」 場に角は立たなかったが、永琳が投げつけてきた木箱の角が俺の鼻っ柱に突き立った。 「な、何すんだよ! せっかく人が褒めたってのに!」 「いいからっ、早く進む!」 何故か永琳が顔を真っ赤にしてプリプリ怒っているので、仕方なく従う事にした。 「ったく……それじゃ姫様、また後で」 「え、ええ……」 呆然と手を振る姫様を尻目に、再びリヤカーを漕ぎ出した。 ………… 「…………驚いた」 永琳って、あんなに初心だったかしら。 ……そう言えば、永琳の事を『綺麗だ』と褒める奴は、男女問わず今までにも掃いて捨てる程居たが、 初見で『可愛い』と表現した奴は、ちょっと記憶に無い。 以前、弟子のイナバが同じような言い回しで永琳の服を褒めて、照れ隠しの張り手で十メートルくらい地面と平行にブッ飛んで行った事があった。 「……うん、気に入った」 少々退屈していたところに、見所のある玩具が増えたのかもしれない。 ひ弱な人間、それも外からの異分子の癖に、彼は私たちを畏れず、大した気負いも無く環境の変化に順応している。 余程の馬鹿なのか、はたまた余程の大物なのか。 この泥の大海に揺られるような永い航路に、少しは波を立ててはくれるのだろうか。 ………… 「鈴仙様~~、鈴仙様の分も焼けましたよ~」 「ん、ありがとう」 イナバの子から、ほかほかと湯気を立てるサツマイモを受け取った。 「熱つつっ」 手の中で転がしながら、ぺりぺりと芋の皮を剥き上げる。 紫色の皮の下から姿を現した黄金色の実に、少しはしたなく齧り付いた。 甘味を孕んだ熱の塊が咽喉を滑って腑を流れ、喉元に残った温かな薫りが鼻孔を抜けた。 「ふふ、美味しい」 やはり、焚き火と言えばこれが無いと始まらない。 庭のど真ん中で、集めた廃棄家具が火にくべられ、轟々と煙と炎を巻き上げている。 イナバの子達がワイワイと楽しそうに周りを囲み、暖を取ったり、棒で中を突付いて芋の焼け具合を確かめたりしていた。 火を畏れない獣というのはどうかという気もしなくは無いが、まあ些細な事だ。 ――少し向こうの方で、師匠と姫、それに居候の彼を加えた三人が、焼き芋を肴に歓談している。 今日これまでの半日で、随分と仲が良くなったみたいだ。 「う~ん、美味しいわ永琳。ね、もう一個いいかしら」 「構いませんけど、注意はして下さいね。引き篭もりで肥満体質な姫なんて、私は嫌ですよ」 「う゛……」 乙女心の軟らかい所を鋭く抉る師匠の一言に、姫様は一歩たじろいだ。 和装なので分かり辛いが、正月太りの兆候でも顕れているのかも知れない。 ……私も気をつけよう。 「なあ永琳。悪いけど、俺はもう一個貰えないかな。流石に腹が減って」 「いいわよ。今日は頑張ってくれたから、特別に私が密かに栽培していた、滋養たっぷりの取って置きをあげる」 控え目にお替りを要求する彼に師匠は軽く笑いかけ、焚き火から木串を一本引っ張り出した。 ――ずいっっ。 「うっ」 「おわっ……こ、これは……」 姫様と彼が、揃って顔を顰めて変な声を上げた。 随分と摩擦係数の小さそうな、ツルツルと真ん丸いサツマイモ色の球体が、師匠の掲げた木串に刺さっていた。 「いかがかしら? 永琳印特製の遺伝子超絶組み換え芋、『グリーングローブ』よ」 「……突っ込み所がいささか多過ぎる気もするが、オラすっげえわくわくしてきたぞ」 ……それでいいのか、か弱き人間。 そんな私の危惧を余所に、彼は師匠から受け取った母なる大地に、大口開けて勢い良く齧り付いた。 「……モグモグ。……うはっ、美味ええぇぇ!! どうですか、姫様も」 「そ、そうなの? それじゃ私も一口…………ぶはあぁぁー――ッッ!!! ななな何これすっごい不味い!! おのれ謀ったわねこの下郎!! おえっぷ」 「ぶははははっ、かかったなアホが! こんな不味いモン、俺一人で食ってられるか!! ぐえっぷ」 「あら、喧嘩はダメですよ、二人とも」 「「アンタが言うな!!」」 「…………はは」 二人同時に師匠に指を突き付ける姫様と彼の姿に、思わず苦笑が漏れた。 周りを囲むイナバの子達からも、どっと笑いが起こっている。 この屋敷にこれだけの大声が飛び交うのは、去年の永夜事変以来ではないだろうか。 「ま、みんな楽しそうだからいいか……」 師匠も姫様もイナバの子達も、彼の事をなかなかに気に入ったようだ。 現前でゆらゆらと棚引く炎と背後のドンチャン騒ぎを肴に、もう一口芋に齧り付いた。 ………… どうにかこうにか一月弱の日々を経て、この永遠亭での生活にも少しは馴染んできただろうか。 粗相を仕出かして即お肉、という危惧もまあ当初は無かった訳でもないが、今の所そのような気配は無い。 永琳は、俺の事を容赦無く扱き使い、悶死クラスの人体実験を平気でやらかしたりするが、根本的には優しい人……だよね? 姫様は、きっつい揶揄を浴びせてきたり難題を吹っ掛けてきたり、香霖堂でwebマネーを買って来いだのと何かとサドい人だが、 全ては親愛の裏返しである、と俺の常夏トロピカル脳が告げているので、概ね問題は無い。 イナバの子達も幸い俺と楽しそうに接してくれているし、鈴仙の短いスカートから伸びる白い脚は、まさしく月が生み出した奇跡だ。 俺の方も、ここでの生活が楽しいと思える程度には、永遠亭の人達の事を好きになっていた。 さて、今日は昨晩から降り出した雪が猛威を振るいまくりで、暴れ回る白雪が屋敷とその周辺一帯を真っ白に染め上げている。 イナバの子達は部屋にこもって布団で丸くなり、薬師師弟と姫様、俺を含めた四名は、居間の掘り炬燵を囲んで丸くなっていた。 「さ、寒い……」 炬燵に深々と潜り込みながらも、なおガチガチと歯を鳴らす鈴仙の姿が哀れを誘う。 まあ、寒さに強い兎というのも、あまり耳に入る話では無いが。 「うぅ……寒い……時が……時が視えるわ……」 どてらを二重に着込んで目を虚ろに泳がせている姫様に関しては、極力視界に入れない事で対処する事にした。 「だらしないですよ姫。それにウドンゲ、この程度で音を上げるような情けない弟子を持った覚えは無いわよ、私は」 「全くだ。炬燵の中で実はパンツ一丁になっている元気な俺を見習え」 「……居住まいを直すのと素っ裸で庭に放り出されるのと、どちらがお好みかしら?」 「ご、ごめんよぅ」 永琳の爽やかな笑顔が恐ろしかったので、慌てて倒錯露出プレイを中止し、炬燵の中でもぞもぞとズボンを上げる。 一人平気な顔をしている永琳に、鈴仙が恨めしそうに頬を膨らませた。 「ふんだ、師匠はいいですよね。胸にいっぱい脂肪が詰まってるから、寒くも何ともぎゃあああっっ!!! 痛い痛いっっ、足の指とは到底思えないこの握力!!」 炬燵の中で執行された制裁に、鈴仙が面白い顔をしながらギブアップを訴える。 程無く足指アイアンクローを解くと、永琳は硬く閉じた障子の向こう、外の景色を幻視するかのように、少し遠い目をした。 「確かに寒いのは難儀ではあるけど、雪っていうのは綺麗なものね。 月が地上に適わない、数少ない現象の一つだわ」 「……そう、ですね」 「…………」 相槌を打った鈴仙が一つ息を吐き、場に少し神妙な懐古の空気が流れる。 ここに居る三人は元来月の住人で、止む無き事情でこの幻想郷に移り住んで来たのだと言う。 三者三様に抱えているであろう胸の傷は、所詮他人である俺が触れて良い類のものでは無い。 要らぬ傷をうっかり抉らぬよう、大人しく黙り込んだ俺に、永琳は何事も無かったかのように笑いかけてきた。 「この分だと、明日は一日雪掻きね。頼りにしてるわよ」 「うへぇ……」 凡人であり他人である俺には、彼女の笑顔の裏にどのような感情が隠されているのかなど、分かりようも無い。 それを寂しい事だと感じてしまうのは、春にはここから姿を消す俺にとって、良くない兆候だと思った。 ………… 昨夜の内に降りしきる雪は勢いを無くし、夜が明ける頃には粉雪がぱらつく程度に天候も落ち着いていた。 とは言え、丸一日暴れ回った雪たちは屋根だの周辺だのにどっさりと鎮座し、屋敷の骨を密やかに軋ませている。 昨日の永琳の言葉どおり、今日はイナバの子達と協力して雪掻きだ。 「あれ? 随分と集まりが悪い気がするが」 「そうなのよ……昨日の寒波で、殆どの子が風邪を引いちゃって」 俺の疑問に、鈴仙が頭を掻きながら苦笑交じりに答えた。 「そっか、可哀相に。具合は大丈夫そうなのか?」 「今師匠が診て廻ってるけど、まあ大丈夫でしょ」 まあ体調を崩してしまったのでは仕方が無い。こういう時にこそ俺のような居候がしっかり働くべきだろう。 「さ、始めましょ。動ける私達が頑張らないと」 「「「は~~い!!」」」 鈴仙の音頭に、イナバの子達に混じって大声を上げた。 ………… 「おっ嬢さ~~ん、山男には惚れるなよ~~、っと」 作業を始めてから、どの位の時間が経っただろうか。 どっかと屋根に根を下ろした雪の山を延々とこそぎ落とし、ようやく屋根の上の雪を粗方降ろす事が出来た。 参加してくれたイナバの子達の体調も万全には程遠く、へばった子には作業を切り上げさせて屋敷に帰らせていく内に、 何時の間にか俺と鈴仙を含めて、両手で足りる程度まで頭数が減っていた。 少し目を放した隙に無断で居なくなっていたてゐは、かつて全米を震撼させたジャックハマーで雪の中に串刺しにしてやろうと思う。 「ふ~~、あとは落とした雪を固めて終了、ね」 長い髪を後ろに縛った鈴仙が、息を整えながら歩いて来る。 彼女も人手不足を補おうと懸命に動いてくれていたが、大体が雪掻きなんて、女の子にさせるような作業ではない。 表情にも疲労の色が濃く、普段は水饅頭のように艶やかな唇が、見る影無く青褪めてしまっていた。 「……いいよ鈴仙。後は俺一人でどうにでも出来るから、他の子達を連れて先に戻ってな」 「何言ってるのよ。私はまだまだ大丈夫」 「そんな真っ青な唇して何言ってやがる。大体君のその格好は、見ているだけでこっちの体温が一度下がる」 この銀世界に関わらずいつものミニスカートって、一体どこの世界のワカメちゃんだ。 「しょ、しょうがないでしょ。ズボンを穿こうとしたら、何故か師匠が怒るんだから」 「何と。……う~む……鈴仙も苦労してるんだな……」 俺の脳内で、永琳の宇宙人的セクハラに憤怒する天使を、大喝采を送る悪魔が一瞬で誅殺した。 「もういいから、今すぐ戻って風呂にでも入って、しっかり暖まりなさい。 俺の方もさっさと終わらせて、君の風呂を覗く事にするから」 「ばっ、馬鹿言ってるんじゃなー――――ックシュン!!!」 ――べちょべちょべちょっっ。 「…………」 いきなり間近で思いっ切りクシャミをかましてくれるものだから、俺の顔面に唾だの鼻水だのがかかりまくった。 「あっ、あああっ、ご、ごめんなさー――――ックシュン!!!」 ――べちょべちょべちょちょっっっ。 はい、もう一発追加~~。 「あわわっ、ほ、本当にごめんなさい……」 「…………う~む……」 こんな仕打ちを受けて興奮している俺は、人としては間違っているが、男としては間違っていないと思う。 「ちょっとジッとしてて。すぐ拭くから」 鈴仙は慌ててポケットからハンカチを取り出し、俺の顔面に刻まれた聖なる液痕を拭い取ろうとした。 「バカタレ!! 勿体無いから拭くんじゃありません!!」 「私がイヤなの!!」 ごもっともです。 ………… 結局は鈴仙の方が折れ、イナバの子達と共に屋敷に引っ込み、最後の仕上げは俺一人で行う事となった。 腕っ節にはそれなりに自信はあるし、残った作業も落とした雪を叩いて固めるのみ、という単純な力仕事。 時間は掛かりつつも屋敷の周りを何とか一周し終え、現在はもう一度屋根に上がって不備が無いか確認中、といったところだ。 「ん~~~~……問題無し、かな」 屋根の淵を一周して見回してみた分には、大きな問題は無いように視える。 今日のお勤め完了、という事だ。 「ふぅ」 一つ大きく息を吐き、梯子を降りようとして……少し、心変わりした。 下に落ちないように軒先に足を引っ掛け、その場に腰を落とし、顎を上げてぐるりと周辺を見回してみた。 永遠亭の近辺を万遍無く、雪にまみれた竹が埋め尽くしている。 ここの人達が外を行き来する為に拓いた獣道が僅かに覗く程度で、その景観は竹で出来た固牢じみていた。 「……」 あながち間違った表現でも無いと思う。 この永遠亭は、かつて姫様と永琳が追っ手の目を眩ます為にこしらえた、不可視の鳥籠だ。 今でこそ鈴仙やてゐ、イナバの子達が共に住まい、時折り来訪者も訪れて来るという比較的開かれた環境ではあるが、 この幻想郷に来た当初……たった二人きりだった頃、彼女達はどのような心境で日々を過ごしていたのだろうか…… 「…………やめとこ」 二人がこの場に到った事情を知らない以上、何をどう考えても下衆の勘繰りにしかならない。 それが話して良いような理由なら、俺がそれを聞くに値する存在なら、いつか彼女達の方から話してくれるだろう。 「あら、そんな所にいたのね」 「ん?」 不意に下方からかけられた声に視線を落とすと、永琳が小さな籐製のバスケットを両手にぶら下げてこちらを見上げていた。 「ああ永琳、お疲れ様。こっちはさっき終わったよ。イナバの子達はもう大丈夫なのか?」 「ええ、お陰様で。……ちょっと待ってなさい、私もそっちに行くから」 そう言って永琳は籐籠を右手に持ち替え、器用に体のバネを遣いながら、片手で梯子を昇って来た。 「……よいしょっと。隣、失礼するわね」 断りを入れてくると、籐籠を間に挟んで、俺と同じような体勢で隣に腰掛けた。 「ん~~冷たいっ。よく平気で座ってられるわね」 「ここまで冷えると、立ってても変わらんよ」 もうその辺の感覚は、とうの昔に麻痺してしまっている。 「まったく無理しちゃって。そんな可哀相な頑張り屋さんに、永琳お姉さんから素敵な差し入れよ」 永琳は苦笑いを浮かべると、いそいそと籠の蓋を開いた。 箱の中に敷かれていた蝋紙の上に、中華まんが三つ、ほかほかと湯気を立てている。 「おぉっ、ありがたい! ちょうどお腹も減っていたところでさ」 「喜んで頂けて何より。一つは私が頂くから、二つはご自由にどうぞ」 「ん。ありがたくいただきます」 「はい、いただきます」 二人で冗談めかして両手を合わせ、早速中華まんに齧り付く。 程好く張りのある皮とふかふかの生地の中に、熱々の餡子がぎっしりと詰まっていた。 「あ~~こりゃ美味いや。極楽極楽」 心地よい熱と糖分が四肢を巡り、凍えた体に再び力を与えてくれる。 「ふふ。お口に合ったみたいで良かったわ。自分で料理するだなんて、随分久し振りだったから」 「それはそれは、重畳の至り。この状況での錯覚を差し引いても、本当に美味いよ」 「ありがとう。日頃縁の無い手間をかけた甲斐があったわ」 俺の言葉が世辞ではない事を感じ取ってくれたようで、永琳は満足そうに相好を崩した。 「……ね、何でイナバの子達を帰したの? 皆結構気にしてたわよ」 「何でも何も無いよ。女の子に無茶をさせて体を壊しでもされた日には、男の立つ瀬が無い」 女性の体は、子を宿し未来を託す為の、大切な世界の宝だ。 こんな詰まらない事で台無しにして良いような粗末なものでは無い。 「あらあらご立派。でもね、外で働くのは男の役目だなんて言うのは、フェミニズムでも何でも無く、単なる男尊女卑よ」 「……酷い事言うなあ……」 「うふふ、冗談よ。……ありがとう。貴方のお陰で、あの子達に無理をさせずに済んだわ」 ふわりとした笑みを見せてから視線を前方に移した永琳に、俺も倣う。 変わり映えの無い竹の群れが、緩やかな風に煽られ、ゆらゆらと棚引いていた。 「……ねえ。此処での暮らしは、退屈じゃないかしら?」 視線を前方に向けたまま、永琳がそんな事を訊いてきた。 「そんな事無いよ。みんな良くしてくれるし、外に居た頃には出来なかった、新鮮な体験ばかりだ」 ――それと…… 「そう」 少し強い風が吹き、厚く束ねられた永琳の髪を軽く浮かせる。 ――出逢ってから共にした日々は、一月にも満たない程度の須臾でしか無いけれど、多分俺は……この人の事を。 「その感性、大切にしなさい。それは定命ある者にのみ赦された、とても貴いもの。 私みたいな、天の理に背いて左道に外れた外道には、酷く遠い揺らぎだわ。 あまり死の陰の無い生活が長くなるとね、どんどん感情の振れ幅が小さくなってくるのよ。 日の移ろい、四季の移ろい程度の変化では、ちっとも心が揺れてくれない。……悪い暮らしでは無いのだけどね。 『死が無い』と言う状態を、果たして『生きている』と表現して良いものなのやら」 そこまで詠うようにゆったりと語り上げると、竹林の更に遠くを見据えるように、眼差しを細くした。 憂いを孕んだ薄い笑みに滲んでいたのは何処か自虐めいた達観で、彼女の言葉どおり、俺に理解できる類のものでは無かった。 「……自分の事を外道だとか、あんまり悪く言うもんじゃないよ。 君を慕っている鈴仙やイナバの子達に失礼だし、俺だって悲しくなる」 そんな気の利かない事しか言えず、食べかけの中華まんを一気に口に放り込んだ。 それでも、しっかりと感情を込めた取り繕いでない言葉は、ちゃんと相手に届くもので。 「……そうね……ごめんなさい、少し軽率だった」 そう柔らかく微笑んだ彼女の頬が少し赤く視えたのは、寒気のせいか、はたまた俺の自惚れだろうか。 「それじゃ、嬉しい事言ってくれた色男さんに、出血大サービス」 一転悪戯っぽく笑うと、永琳は籐籠から最後の中華まんを取り出し、俺の方に差し出してきた。 「はい、あ~ん」 「…………マジで?」 「大マジです。それとも、姫やウドンゲじゃないと嫌だとか?」 「断じてそんな事は無い」 金メダル級のロケット即答。自分に正直なのは良い事だ。 「あら嬉しい。それなら遠慮しないで、はい」 「わ、分かったよ…………んぐ」 彼女の手の中の中華まんに齧り付いた瞬間、 ――パシャパシャ! 幻想郷に来て以来、初めて耳にしたシャッター音に振り向くと、 見慣れた頭部と初めて見る頭部の計二つが、大棟の向こう側からひょっこり覗いていた。 『凄いです!! とんでもない写真が撮れました!』 『ね、言ったとおりでしょ? 最近ちょっと怪しい雰囲気だったのよね~』 『うんうん、これはいい記事が書けそうです。 天才薬師と異邦人の、銀色のロマンス……あぁ、痺れるわ……』 『うんうん、でしょでしょ? それで、リークのお代の方は……』 『人里の激ウマ人参二十本でしたよね。それは後日必ず』 『ウササササ、お主もワルよのう、越後屋』 『いえいえいえ、御代官様には遠く及びませぬ。むふふふふ』 「…………殺るか」 「…………ええ」 ――ひゅんっ。 無言のままに永琳の手首が唸り、何処からとも無く取り出された鍼が放たれ、 ――すととんっっ。 二つの頭に、同時に突き刺さった。 「「う゛っっ」」 間の抜けた呻き声が二つ同時に上がる。 「うっ……動けない? い、一体何を……」 「ぬ、ぬかったわ……!」 身動き一つ取れない状態でもがく人影二つに、永琳と並んで詰め寄っていく。 「あらあら記者さん。何時から貴方の新聞は五流ゴシップ誌に成り下がっちゃったのかしら?」 「い、いや~、これは、その……」 「おやおやてゐ。みんなに仕事を押し付けて、一体何処で何をしていたのかな?」 「ひっっ、あの……か、堪忍して、ね?」 「ん~~? 最近の詐欺師は、性格だけじゃなく往生際も悪いのかい?」 いやいやと目を潤ませるてゐの体を抱え上げ、屋根の端の方につかつかと移動する。 「実はさ、昔から一度試してみたい技があったんだよなぁ……」 そして屋根の端まで辿り着き、てゐのお尻を高々と抱え上げる形で、変型パワーボムの体勢に入る。 (ttp //www.sumire.sakura.ne.jp/~ruriruri/nazenani/aoi/image/ore /last%20ride.jpg※例によって、良い子は絶対に真似しないで下さい) 「ちょっ! タンマ、それセクハラっっ」 「はっはっはっ!! 喰らえ男の憧れ、屋根からラストライド!!」 そのままの高さから、先程作り上げた雪垣の向こう側目掛けて、渾身の力で叩きつけた。 「てっ、ていかああああああああっっ!!?」 ――ぼすんっっっ。 くぐもった音を立てて、深く積もった雪の層に兎型の大穴が出来上がった。 「……ふっ、上がったり大明神。……Rest in peace……」 格好良くキメて後ろを振り向くと、あちらの方もまたどえらい事になっていた。 「ほら文、これで全部じゃないでしょう? 隠したフィルムとネガ、全部耳を揃えて出しなさい」 「そ、それだけは出来ま」 ぷすっ。 「ふああっっ!!?」 文と呼ばれた記者さんの抗弁が終わらない内に、これまた何処から出したのか彼女の腕に注射器の針が捻じ込まれ、一気にアンプルの中身が流し込まれる。 「あっ、あっ、あぁ…………」 「…………さぁて文、もう一度訊くわ。隠したフィルムとネガは?」 「ハイ、コレデ全部デス。ゴメンナサイ、永琳サマ。文ハ、イケナイ子デス」 ……おいおい。 瞳孔をだだっ開きにして、壊れたロボットのような抑揚の無い声を出す文に、永琳は素敵過ぎて目を背けたくなるような笑顔を見せた。 「よろしい。でも、これだけじゃ私の気が済まないから、貴方も飛んで逝きなさい」 そう宣言すると、文の体を飛行機投げの要領で担ぎ上げ、俺が先程てゐを投げた位置までのっしのっしと歩く。 「…………はっ? わ、私は一体!?……って、何この体勢!! ちょ、永琳さん、待っ」 正気に戻った文が拘束から逃れようと必死に体を捻るが、先程の鍼や薬が効いているのか、まるで力が入らない様子だ。 「いいえ待たない。その糜爛した出歯亀根性、真っ白な雪で洗い流して来なさい!」 口上をキメた永琳は、その体勢から下半身のうねりを加え、プロペラ回転をつけて文の体を放り出した。 な、投げっ放しバーディクト(旧F5)……!! 「れっ、れすなああああああああっっ!!?」 ――ぼすんっっっ。 俺がてゐを叩きつけた三メートル程向こうに、鴉天狗型の大穴が出来上がった。 流石は月の頭脳……惚れ惚れするほどに美しい、力学と腕力の結合技だ。 「……ふっ、天網恢恢疎にして漏らさず。さ、掃除も済んだし、戻りましょうか」 雪山に開いた大穴二つに背を向け、永琳と二人、勝者として花道を悠々と歩く。 ※メインイベント:時間無制限 雪中生き埋めデスマッチ TAG アンダー俺カー 5分18秒 ● 射命丸 文 バーディクトによる 八意 永琳 ○ 生き埋め葬 因幡 てゐ ――来週の新永遠亭プロレスも、どうぞお楽しみに! …………んで、その日の夕飯。 「本当に何でも無いんですか? 結構いい雰囲気だと思ったんだけどなぁ……」 生き埋めの状態から不死鳥の如く復活した文が、蕎麦を勢い良く啜りながらしつこく食い下がってくる。 今日の晩ご飯はイナバの子達の不調もあって、多く作るのも簡単でさらに食べやすい、質素な山菜蕎麦だ。 暖を取るにはちょうど良く、消化にも良い、賢明な献立だと言えよう。 「と言うか、何で文まで一緒に食べてるのさ……」 今宵夕餉を共にしているのは、姫様に永琳、鈴仙にてゐという定番のピラミッドに、俺と文、加えて比較的元気なイナバの子数名、といった感じだ。 ダウン中のイナバの子達は、可哀相だとは思うが別室に隔離中である。 「細かい事を気にする男性はモテませんよ。それよりも、ね、ね、どうなんです? お二人さん」 「……まったく、貴方も大概しつこいわね。何でも無いって、何度も言っているでしょう? 昼間のアレは、頑張った労働階級に、雇い主からのちょっとしたご褒美」 ……そう即座に上手い事否定されるのも、男として悲しいものがある。 少しムカついたので、この澄ました顔をギャフンと言わせてやる事にした。 「何だよ、誤魔化す事無いじゃないか。あの二人で熱く燃え上がった夜を忘れたのかい? 俺のラブリーナース」 「「ぶふぅぅー――――ッッ!!!」」 永琳と鈴仙が同時に吹き出した蕎麦が俺の顔面を直撃した。 ……永琳は初めてだから兎も角、鈴仙は俺の顔に物を吹き付けるのが趣味なのだろうか。 「何するんだ二人とも、勿体無い」 食べ物を粗末にするなんてのは、犬畜生でもしないような愚劣極まる所業だ。 顔面にこびり付きまくった蕎麦を、手で掬って美味しくいただいた。 「なっ!? そ、そんなの食べるんじゃありません!!」 「し、師匠っ、落ち着いて下さい! 鼻からお蕎麦が出ています!……と言うか、二人とも何時の間にそんな破廉恥なっ」 無様に慌てまくる師弟の姿に溜飲を下げていると、唖然としていた文が我に返り、俺の袖をぐいぐい引っ張ってきた。 「ちょっと、やっぱりそういう関係なんじゃないですか!! 詳しい話、聞かせて貰いますよ?」 「いいよ。隠すような話でもない」 そっと目を閉じ、あの忘れられない夜を回想する。 「あれは先週、永琳の新薬の実験に付き合った晩の事だった……」 「……(わくわく)」 『え、永琳……熱い……苦しい……後生だから、解熱剤を……』 『あら駄目よ。他の薬とチャンポンにしてたら、実験の意味が無いわ。 ……あぁ……凄い……貴方の体、どんどん熱くなってるわ……』 『なあ……五十度ってのは、人間が出していい体温なのか……?』 『ふふ、まだまだ。夜は永いわよ、ふ、ふふっ、うふふふふ…………』 「まったくもって、熱い夜だった……」 あの時の永琳の素敵な笑顔は、ちょっとやそっとの事では忘れられそうに無い。 熱帯夜の回想にうっとりとマゾい笑みを浮かべていると、文がプリプリ怒り出した。 「色気もへったくれも無い話じゃないですか!! 馬鹿っ、騙されたっ、私のわくわく返してっ!!」 「はっはっは可愛い奴め。別に最初から嘘はついていなかった筈だが」 「紛らわし過ぎます!」 からかい甲斐のあるパパラッチ天狗とギャースカ騒いでいると、永琳が冷たい瞳に怒りを孕ませながら俺の事を睨んでいた。 「……姫……彼を、この場で縊り殺しても構わないでしょうか」 「駄目よ。貴方が拾ってきたんだから、ちゃんと最後まで面倒見なさい。 ……そんな怖い事言いながら、実のところ貴方も満更じゃないんでしょう?」 そう切り返して姫様は袖を口元に当てて、意地悪そうにほくそ笑んだ。 と言うか、犬扱いか俺は。 「なっ!……わ、私はそのような……」 無二の味方である筈の主君の裏切りに、うろたえた永琳の頬が一瞬で赤く染まる。 「……あらら、結構奥手なんですね。天才薬師の意外な弱点発見です」 「そうなのよそうなのよ。いい歳してみっともないったら」 「ははは、あの良さが分からんとは、お子様だなぁてゐは。そこがまた可愛いんじゃないか」 「そうですよねぇ。ギャップが新鮮です」 ――がたんっ!! 文とてゐと三人で言いたい放題うんうん頷き合っていると、突然猛烈に立ち上がった永琳に、まとめて襟首を掴まれた。 「……ふ、ふふ……ここまでの屈辱、ちょっと記憶に無いわ…………貴方達、ちょぉっとお仕置きが必要なようね?」 顔は笑っているが、目から殺気光線が迸りまくっている。 「……あ~、永琳さん? 暴力反対ですよ?」 「そうよそうよ。図星指されたからって大人気無ぐふっっ!」 懲りないてゐの鳩尾に、容赦無く永琳の爪先がめり込んだ。 「……こ、怖ぇ……」 ――ずるずるずるずる。 蟹のように口から泡を吹いているてゐと文と三人、ズルズルと部屋の外へ引き摺り出される。 「……さあ貴方達……特別に、馬鹿につける薬を処方してあげるわ!」 屋上 アポロ三発 ――ちゅどどどどどどどどー―――んっっっ。 「「「うっひゃああああああっっ!!?」」」 「……平和ねぇ……」 「平和ですねぇ……」 「それにしても永琳ったら、あんなにムキにならなくてもねぇ……」 「結構お似合いだと思うんですけどねぇ……」 そんな姫様と鈴仙ののどかなやり取りが、弾幕飛び交う修羅道に投げ出された俺達の耳に届くような事は無かった…… ………… ~ February ~ ――だけど、全ての人は迷い迷い、心の欠けを補う何かを探しながら、その命の旅路を半ばにして終える。 暦は如月。一頃よりは大分過ごし易くなったとは言え、まだまだ厳寒真っ盛りといったところだ。 つい先日、八雲藍と名乗る、スキマ妖怪の式とか言うお狐様と初めて顔を合わせた。 「来月には目を覚ますと思うから、申し訳無いが、もうほんの少し辛抱してくれ」 そう謝りながらしきりに頭を下げてきた藍さんに、永琳がそっと胃薬を差し出す風景は、実に感動的なものだった。 しかしよくよく考えてみると、もし何の紛れも起きなければ、俺はとうの昔にスキマ妖怪とやらの肥やしになっていた筈で…… こうして無事に生き延びて、多くの人達に助けられながら楽しく暮らせているのは、僥倖だとしか言い様が無い。 ……藍さんの「来月には目を覚ます」という言葉が、不快を伴った靄となって胸中を満たす。 あと一月。 あと一月で、この奇跡のような生活ともお別れなのだ。 取り敢えず、餌にされそうになった事については断じて許す訳にいかなかったので、 藍さんにお土産として渡した散らし寿司を、俺のボロパンツを繋ぎ合わせて作った風呂敷で包んでおいた。 いい事をした後は、やはり気分がいい。 一月先の別れを今から思い悩むよりも、まずは今日が良い一日になる努力をするべきなのだ。 今日も一日、頑張ろう。 「永琳、今日は久々に妹紅で遊んでくるわ」 朝食を終えて箸を置くなり、姫様がそんな事を言い出した。 「あら。それならお供しますよ」 「要らない。何気に今年の初顔合わせだし、偶には一人で羽を伸ばしたいわ。お昼には戻るつもり」 これは珍しい……と言うか、姫様が単独で行動しているところを、少なくとも今日まで俺は見た事が無い。 「そうですか……くれぐれも、お気を付けて下さいね」 「もうっ、つくづく思うけど、永琳は心配性ね。……大丈夫よ、私達何があっても死にはしないんだから」 何だか姫様の物言いに引っ掛かるものを感じたが、それよりも気になる事があったので訊いてみた。 「あの、『もこう』って?」 「友達よ、友達。それはそれは永い腐れ縁」 「…………」 からからと笑う姫様に、無言で湯呑みを傾ける永琳。 食器の片付けをしている鈴仙やイナバの子達が、不安げに視線を俺達の方に彷徨わせている。 ……何だろう、この変な雰囲気。 後方で、てゐが食後の腹ごなしに太極拳を舞っているが、多分それは関係無い。 「姫、少し不用意ですよ」 「別にいいじゃない。私はこの人ともう少し仲良くなりたい。 だと言うのにこの馬鹿、普段は何かと慇懃無礼な癖に、こういう美味しい肝には絶対自分から食い付いて来ないんだもの」 「……それは当たり前でしょう」 無理矢理他人の傷み腹を突付くような趣味は無い。 そんな俺の及び腰な返答に、姫様はお得意の意地悪な微笑を見せた。 「そうね、そのメリハリの利いた距離感は貴方の美点でもある。 ……でもね、そうして地を這っているだけじゃ、雲の彼方に浮かぶ宝物は永遠に手に入らないわよ」 「む……」 それは一理ある。 何時までも気を使って腰を引かせていては、確かに深く相手を知る事は出来ない。 ……構わないから、もう少し踏み込んで来い、という事か。 先程の会話から察するに、姫様の台詞に何か糸口があったようなので、検証してみる事にした。 「むむむ……そうか!!」 「ど、どうしたのよ。急に大声出して」 お茶のお替りを用意してくれていた鈴仙が、俺の大声にビクリと体を震わせた。 「どうやら俺達はとんでもない思い違いをしていたようだ……鈴仙、先程の姫様の台詞を思い出してみてくれ」 「? ええっと、確か……」 『もうっ、つくづく思うけど、永琳は心配性ね。……大丈夫よ、私達何があっても死にはしないんだから』 ↓ 『 っ く く 、永琳は …… 私 が も んだから』 ↓ 『っくく、永琳は……私がもんだから』 「つまり、永琳の胸は姫様が揉んであそこまで大きくしたという事だったんだよ!!」 「「「な、なんだってー!!」」」 イナバの子達から一斉に驚愕の声が上がり、 「んな訳無いでしょう!!!」 ――どごんっっ!!! 永琳の蹴りが俺の延髄をブチ抜く音が、それを上回る大音量で響き渡った。 「かっ……」 体の髄を打ち抜く大衝撃に、目の前に大銀河が展開される。 「あ~らら……それじゃ、私は行って来るからね~~」 「……ボ、ボン・ヴォヤージュ……」 姫様の声を遥か遠くに捉えながら、あっと言う間に俺の意識は成層圏の彼方へと旅立って行った。 ………… さて、お昼までには戻るとか言っていた筈の姫様が、昼食の支度が終わったにも拘らず帰って来ない。 「どうしたんだ、姫様は? 今更反抗期とか言う歳でもあるまいし」 「万年反抗期と言う気もしなくは無いけど……」 俺の危惧に、鈴仙がなかなかに的を射た返事を寄越してきた。 「う~ん、大丈夫かな? 永琳」 「そうねぇ……」 人差し指でこめかみを叩きながら生返事をすると、永琳は一つ力の無いため息をついた。 「……いいわ、迎えに行きましょう。貴方も付いて来なさい」 「俺も?」 「ええ。……最初から、こうなりそうな気はしていたのよねぇ……」 ………… 永琳に襟首を掴まれた状態で竹林の上空を吊られ漂う事数分、程無く非常に分かり易い異常地帯を発見した。 視界の限りを埋める竹林に、クレーターのようにごっそりと抉られた一角があった。 「あれか。存外近かったわね」 「よ゛……よ゛か゛っ゛た゛……」 いい加減脳への酸素の供給が不足してきており、もう少しで首吊り人形に成り果てるところだった。 「うわ……酷いなこりゃあ」 降り立った場所の有り様を表現するのは、その一言に尽きた。 辺りの竹はぼろぼろに焼け落ち、露霜の名残を受けて湿っていた筈の土壌は、乾いた焼け土と化していた。 「ええっと、姫様は何処だ?」 「この辺りに居る筈だけど……」 きょろきょろと二人で辺りを見回していると、永琳がある一角を指差した。 「あ、居たわ。……ふむ、今日は姫様の勝ちかしらね」 永琳の指差した方に、確かに人影が二つ転がっていたのだが…… 「げっ!!? な、何だよアレ!!」 「何だよって言われても……姫様と妹紅だ、としか言い様が無いわね」 上半身の右半分を無くした姫様が、地べたに座りながら、俺達に向かって笑顔で残った左手を振っていた。 「お~~い、こっちこっち~~……」 「ふむ、自分で動ける程度には元気みたいね。何よりだわ」 「……アレは元気と呼んでいいのか……よく見たら、左足も膝から下辺りから無くなってないか?」 遊びに行ってあんな風になるとは、どんなダイハードごっこだ一体。 「細かい事は気にしないの。妹紅のあの姿に比べれば大分良心的でしょう」 永琳の指し示す先に、下半身だけになったモンペ姿が転がっていた。 「う~ん……これ、夢じゃないよねぇ……」 「夢も現も、所詮は何処かの誰かのちっぽけな妄想に過ぎないのよ。ほら、行きましょう」 「あ、ああ……」 俺達が辿り着くと、姫様は血の気の失せた蒼い顔をしながらも、容態にそぐわぬあっけらかんとした顔で笑った。 右肩から先は焼け落ちたような感じで無くなっていて、傷口の周辺や頬が、ケロイド状に焼け爛れている。 「遅くなっちゃって御免なさいね。蘇生に廻せる余力が無くて、動けなくなっちゃった」 「どうせそんな事だろうと思ってましたよ。さ、帰りましょう」 永琳は苦笑と共に姫様の手を取り、ぼろ切れのようになった体をそっと背負った。 ……月人の生命力って、凄いのなあ…… 「……ねえ姫様? 帰るって言っても、アレはどうするんですか?」 血まみれでスッ転がっている下半身を、恐る恐る指差す。 葬式以外の場で死体を生で見るのは初めての体験だが、顔が無い分、まだ恐怖感は軽かった。 「放っておいて構わないわよ。時間が経てば、勝手に元に戻るわ」 「げ。これで生きてるのかよ」 脳も無くし、心臓も無くしたような状態で死んでいないって、妖怪ってのはつくづく恐ろしいものだ。 「誤解しないで。私達も妹紅も、間違い無く人間よ。 朝にも言ったでしょう? 何があっても死ねないのよ、私達」 姫様が、俺の率直な感想をからからと笑い飛ばしながら、何だかとんでもない事を言ってきた。 「はい? 死ねない?」 まるで噛み合わない、俺と姫様の何処か滑稽な問答に、それまで黙っていた永琳が、観念したようなため息をついた。 「……帰ったら詳しい話を聞かせてあげるわ。まずは屋敷に戻りましょう」 「そうして貰えると助かるわ。ここは地脈が悪いのか、いまいち力の戻りが悪い」 「分かった……その前に、これだけ」 結局顔を見る事の叶わなかった妹紅さんの亡骸の傍らに、お土産として持って来ていた冥菓・揉み痔饅頭を置いておいた。 現在人里の一部で大ブレイク中の、極悪スパイスぎっしり血便間違い無しのニクい奴だ。 「何かしら、それは」 「いや、姫様の友人に失礼があってはいかんと、用意して来たんだよ」 俺としては、この姫様の友人という希少種がこの銘菓を食べてどんな顔をするのか、是非とも拝見したかったのだが。 「律儀なものね。……ありがとう、私の顔を立ててくれて」 ……姫様のこんな毒の無い優しい笑顔を、俺は初めて視た。 ………… 「♪そ~ら~を自由に、飛~びた~いな~♪」 「……はいはい、胡蝶夢丸~~♪」 「♪アン、アン、アァン とっても上手ね エリえ~もん~~♪」 「…………ツッコみませんよ、俺は」 右肩から先と左足の無い姫様と、彼女を背負って飛ぶ永琳の楽しそうな歌声。 そして、永琳の両腕からぶら下がっているのは、相変わらず襟首から吊るされている俺。 こんな所を文にでも見られたら、さぞ面白い事になるだろうねぇ…… 肌を刺すような寒空の下、正午より少し遅れて真上に昇った太陽の光が、瀕死でアンニュイな俺を慰めるかのように緩く照らしつけていた。 ………… 屋敷に戻るなり、出迎えてくれたイナバの子達が、スムーズな連携で姫様を寝室に運び込んだ。 誰も慌てた様子がないという事は、今日みたいなケースはそう珍しい事でも無いと言う訳か。 姫様の事をイナバの子達に一任して、永琳は俺を自室に呼び入れた。 「いらっしゃい。座って楽にして頂戴」 「ん」 勧められるままに簡素な木製のスツールに腰掛け、永琳が作業机に背を向ける形で、二人向かい合う。 「……さて、何処から話したものかしら」 「どうせなら、全部聞きたい。永琳が俺に話しても良いと思う範囲で構わないから」 遠回しにとは言え、折角姫様から許しを頂いたのだ。 いい機会だから、この永遠亭の人達の事をもっと深く知りたい。 「そう……分かったわ、聞かせてあげる。 あの子が永遠亭に流れ着いて来てから、私が今日まで一日欠かさずつけて来た、『ウドンゲ赤裸々観察日記』の全てを!」 そう力強く宣言すると、棚から百科事典と見紛うばかりの極厚日記帳が取り出された。 「いや、その……今は君の劣情猥雑師弟愛列伝を聞きに来た訳ではないのだが……」 ある意味、激しく興味を惹く内容ではあるが。 「冗談よ、冗談。……さ、本当に長くて厭な話になるから、覚悟して聞いてね」 「任せろ。詰まらん話なら、俺は容赦無く寝る」 「そしてそのまま目覚める事はありませんでした、と…………さて」 軽口を叩き合うのを合図に、月と地球と幻想郷を跨いで幾重にも刻み込まれた傷痕が、永琳の口から謳い上げられた。 ・ ・ 「…………というお話だったとさ…………ん~~~~~~っ」 本当に、本当に長い話を終え、永琳は可愛らしい唸り声を上げながら背を反らして、凝り固まった上体をほぐした。 聞かされた過去の重さに嘆息しつつも、俺は彼女の胸元が強調されるのをバッチリ見逃さなかった。 「さて、ご感想は?」 「おっぱ……じゃなかった、みんな苦労してるんだなぁ、と」 「……随分あっさりと片付けてくれるわねぇ……」 永琳ががく、と肩を落として苦笑を浮かべる。 「あぁ、違う違う。軽く言っているんじゃなくてさ。 昔苦労してきたから、今こんなに優しいんだろうなって思ったんだよ」 慌てて付け足した俺の弁明に、永琳はぱちぱちと、二回大きな瞬きをした。 「優しい? 私達が?」 「うん、永琳も姫様も鈴仙も、みんな優しい」 犯した罪の重さに悩み、痛みや悲しみに苛まれながら、こんな辺鄙な所まで流れ着いて。 それでもなお悩み、痛み、苦しみながら優しくなる事を選んだ、この永遠亭の強い人達が、俺は大好きだ。 「……呆れた。怖くなったとか、軽蔑したとか、少しは思わないの? 今貴方の目の前に居るのは不死身の化け物で、おまけに大量殺人犯よ?」 「思わない。そりゃ犯した罪は何を以っても贖えない、死ぬまで背負って行くべき十字架だろうさ。 でも、同じ過ちを二度繰り返すような馬鹿は、ここには居ないだろ? 今俺の目の前に居るのは命の恩人で、おまけにとても優しい素敵な人だ」 「……」 ――すっ。 俺の言葉を詭弁と咎めるかのように、永琳のたおやかな人差し指が、音も無く隙の無い所作で俺の喉元に突きつけられる。 「分からないわよ? 貴方が私達にとっての不具合になれば、今すぐにでもこの指が貴方の首を掻き切るかも知れない」 眼前の厚顔無恥な人間を嘲るように吊り上げられた唇から、おおよそ感情の覗えない淡々とした音が漏れた。 「姫様を逃がした時と同じように?」 「そう。月の使者達を謀り陥れ、鏖殺した時のように」 ……馬鹿馬鹿しい。 永琳が見せる外敵に対する容赦の無さは、身内への愛情の何よりの証なのだろう。 それなら、俺が彼女を恐れなければならない理由など、微塵も無い。 「いい加減にしろ馬鹿。俺は何があっても永遠亭の、君の味方だ」 出来る限りに強く言葉を放ち、突きつけられた彼女の手を、右手で強く掴んだ。 「っ…………何を……」 先月の雪掻きの時、永琳は自分の事を『左道に外れた外道』と評し、 また、自分が『生きている』と表現して良いか分からない、という風な事も言っていた。 「なあ永琳。ある程度自覚しているとは思うけど、あまり自責が過ぎるのも良くないぞ。 顔を合わせて一月程度しか経っていない、しかも今日初めて事情を知った俺がこんな事を言うのもアレだけど、 もう姫様も永琳も、十分に罰を受けたと思うんだ」 鈴仙もてゐもイナバの子達も、やがて時間の波に呑まれて永琳や姫様ら蓬莱人を追い越し、彼女達を残して朽ち消えていく。 得たものを時間と共に亡くし置いて行かれて、新しい思い出を手に入れる度に心太のように古い思い出はこぼれ落ちて。 それをただ眺めるしか出来ず、成長する事も退化する事も出来ず、永遠にその場に留まり続ける事しか出来ない、魂結びの牢獄。 この人達は、気が違いそうな程の永い間、こんな自壊してしまいそうな悲しい在り方を強いられてきたのか。 ……あんまりじゃないか。 「ちょ、ちょっとどうしたの。いきなり泣いたりして」 「はい?」 永琳に言われて自分の頬に手を当ててみて、初めて気付いた。 ……何だよ、俺、泣いてたのか。 残った左手で、慌てて目元を拭い取る。 「…………」 「あ~、悪い。こりゃみっともないや」 「……馬鹿ね。みっともなくなんて無いわよ」 永琳は初めて聞くような優しい声色でふんわりと微笑むと、 先程からずっと握ったままの右手はそのままに、残った左手を俺の頬に添えてきた。 「ありがとう。私の為に泣いてくれたのは、ウドンゲに続いて貴方が二人目。 ……でもほら、私の手、ちゃんと温かいでしょう?」 「…………ああ」 寒気に中てられ冷えた手の平の内から、確かな命のぬくもりが沁みてくる。 「貴方が心配してくれなくても、ちゃんと私は自分が生きているのを実感している。 ……そうね、以前使った表現は適切じゃなかったわ。 私達は道を外れてしまったのでは無くて、ただ蓬莱の薬に縛られて時間の渦に乗れないだけ」 「そうだな。永琳も姫様も妹紅さんも、俺達と同じだ」 昼間に姫様が言っていた事を思い出す。 『私達も妹紅も、間違い無く人間よ』 同感だ。 左道に住まう畜生鬼の手の平が、こんなに温かい訳あるものか。 「それにね? 確かに淵源は自責の念だったけれど、私は何もそれだけを理由に今の生活を選んだ訳じゃない。 姫様と此処に来てから過ごした、今日までの時間を切り出せば、私は間違い無く幸せだったと言えるわ」 「……そっか」 「ええ。……いい機会だから、もう一つぶっちゃけちゃいましょうか。 皆が私を慕ってくれているのと同じ程度には、私もこの永遠亭の人々を愛してる」 「…………そっか」 良かった。 全面的に鵜呑みにして良い言葉では無いが、少なくとも偽りでない事は、目の前の柔らかな笑顔を視れば分かる。 本人が幸せだと言っているのだから、ただの客分でしかない俺がこれ以上言える事は無い。 んで、気が緩んだ拍子に悪戯心が芽生え、 「じゃあさ、俺の事は?」 ……うっかりこんな事を口走ってしまった。 「へっ?」 素っ頓狂な声を上げると、永琳は穏やかな笑顔から一転、目を見開いて白黒させた。 「そっ、そそそそう来るとは思わなかったわ……」 先程の優しいお姉さんチックな出来た風格は何処へやら、顔を真っ赤にしておろおろと狼狽している。 これはこれで可愛いと思うので、俺としては何ら問題は無い。 「あ、あのね? 貴方の事もそれなりには気に入ってますけど、それはその、ね。……あぁ、困ったわ……」 どうでも良いが、未だに繋いだままの手をブンブン振り回すのは、俺の肩が今にも外れそうなので勘弁して頂きたいと思う。 周りの雰囲気が何時の間にやら平時の緩いものに戻っているのを感じ、体の力を抜くと、 ――ぎしっっ。 「「?」」 襖の向こうから、床板が軋む音と、幽かな話し声が聞こえた。 永琳と二人、耳を傾けてみる。 『あーもうっ、何やってるのよ永琳は! 薬学や術理ばかり達者で、自分の色恋沙汰にはてんで空っ下手なんだから』 『姫様ぁ、やっぱり良くないですよ、こんな覗き見だなんて……』 『黙らっしゃい! 折角私がこんな痛い目見てまで切っ掛け作ってやったってのに、何よあのヘタレ薬師! 大体彼の方も、何でそこで一気に押し倒さないのっ!! ひょっとして、EDか性病持ちなんじゃないの?』 『ちよっと姫、何言ってるんですか! イナバの子達も居る前で、そんな下劣な……』 『……ねぇねぇてゐちゃん、EDって何?』 『それはね、あいつの×××が××で×××だから役立たずって事でね、 永琳様の×××に××して×××××したりするには不適切って事なの』 『子供に詳細な説明をするな馬鹿てゐ! あ、貴方もそんな事不用意に訊かないのっ』 『え~っ、私子供じゃないもん。大人の魅力で、お兄ちゃんの事メロメロにするんだもん』 『あらあらあら、これは強敵出現ね。彼も隅に置けないこと。永琳も前途多難だわ』 『……あ、頭痛くなってきた……』 『そんな事より、二人ともこっちの方を見ている気がするんですが』 『あら、ひょっとしなくてもバレちゃったみたいね。みんな、退散よ!』 「…………殺るか」 「…………ええ」 永琳は作業机の引き出しを開くと、中に隠されていたスイッチを、 「ポチッとな」 ――ぶしゅうううううううううっっっ。 スイッチが軽く鳴った瞬間、廊下の方から激しいスチームの噴射音が聞こえた。 『ぐっ、げほっげほっ、一体何なの、これっ』 『な、何だか気が遠く……』 ――ばたばたばたっっ。 『ちょっ、ちょっとみんな!? くっ、恐るべし月の頭脳。何時の間にこんな仕掛けを…… しかし詰めが甘いわね。私達蓬莱人に毒は効かないっていう初歩をお忘れかしら?』 ――わらわらわらわらっっ。 『あら? イナバたち、もう起きたの?……って、きゃああああっっ!!? なっ、何でみんなそんな紫色の肌で私に詰め寄って来るのっっ!!?』 『『ガ、ギ……ヒ、ヒメサマ……ヒギル……』』 ――ぐちゃっ。ぬちゃっ。めりめりめりっっっ。 『ひっ、ひぎいいいいぃぃぃぃぃっっ!!?』 『『『らっせーらっ、らっせーらっ』』』 「うわぁ……」 襖に映る姫様やイナバの子達の影絵が、何やら生物学的にあり得ない形状になっているが、 基本的に自業自得なので気にしてはいけない。 「……あぁ、滅多に聞けない、姫様の珠玉の悲鳴……優曇華の花待ち得たる心地とは、まさにこの事ね……」 「月人の愛情って、随分歪んでるのなぁ……」 ※メインイベント:時間無制限 永遠亭内変則タッグタシーロマッチ ED性病男爵 1時間53分48秒 ● 蓬莱山 輝夜 バイオハザードによる with 八意 永琳 ○ イナバーズの裏切り イナバーズ ――来週の新永遠亭プロレスも、どうぞお楽しみに! ………… 「……と言う訳で、私は永琳と彼を是非くっつけたいと思います」 あの思い出したくも無い馬鹿騒ぎの後、姫様は珍しく私だけを自室に呼びつけて、そんな事を言ってきた。 「姫様も、懲りませんね……」 今私の眼前に在らせられる麗しの姫様は、全身をぞんざいな継ぎ接ぎと包帯まみれにして、ミイラの出来損ないみたいになっていた。 「これしきで懲りてなんかいられますか。大体永琳は、自責と自戒が強すぎる。 昔っからこうなのよ。何に於いても私より上にあってはいけない、私より幸せになっちゃいけない、って」 「……そうですね」 それは、端から二人の関係を見ていてもよく分かる。 師匠は常に己を抑え、後方から姫様を立てる事しか考えていない。 「ありがたい気構えではあるけど、度が過ぎると私が足枷になっているみたいでいい気はしないわ。 今回だってそう。折角いい拾い物したんだから、逃がす手は無いって言うのに」 「姫様は、また随分彼の事を気に入られたのですね」 「そうね。相当極まった変質者ではあるけど、肝は据わっているし、何より懐が深い。 イナバ達の彼への懐きようったら、無いでしょう?」 「はい。子供達なんかは、もうベッタリですね」 最近は『ぷろれすごっこ』とやらが主流らしく、この前庭で遊んでいるのを見かけた時には、 彼がてゐにせがまれて肩車をしようとした所を、見事にフランケンシュタイナーで返されていた。 あの後、怒り狂った彼がアックスボンバーでてゐの体を一回転させたシーンは、ちょっと忘れられそうに無い。 「……確かに、本能で動く彼と理屈で動く師匠、って言うのは良いバランスですよね。 二人とも何気に行動力は抜群なんで、手が付けられなさそうです」 「そうそう。永琳みたいな理屈屋には、あれ位奔放な馬鹿がちょうどいいのよ」 ここ最近というもの、師匠は今までに私が見た事の無かった表情を幾つも見せている。 それは間違い無く、外から来た彼が引き出したものだ。 「……うん、師匠と彼がそういう仲になってくれたら、私も嬉しいです」 「でしょう? まったく誰から見ても丸分かりだって言うのに、永琳も何を意固地になって否定しているのやら」 ……それは、貴方やてゐが面白がって弄繰り回すからではないかと…… 心の中でツッコミを入れた私を尻目に、すっかり姫様は盛り上がってしまっている。 「もうこのまま放っておいたら、春まで何事も無く彼は外の世界に帰ってしまうわ。 ここは私達で何か手を打ちましょう」 「はぁ、それは良いのですが……具体的にはどのような?」 「それは、貴方が考えなさい」 こ、このグータラ姫は……! 肝心な所で役に立たないダメ主君に憤ってみたが、すぐにそれを打ち飛ばす妙案が浮かんでくれた。 ……今月は二月。 もうほんの数日経てば、こういう色事に打って付けのイベントがあるではないか。 つい最近まで隠れて生活していた事、それに女所帯という事もあって通年は歯牙にも掛けなかったイベントだけど、今年はそうは言っていられない。 思い立ったが吉日、こんな所で姫様とチンタラ遊んでいる場合ではない。 「頑張ってね~~」 「うるさい、働け!!」 ニコニコと手を振る竹取ミイラ姫にうっかり本音を浴びせつつ、私は師匠の部屋に急いだ。 ………… ――すぱー―――んっっ!!! 「師匠ッッ!!!」 「わっ。……ウドンゲ? 驚いた、声くらいかけなさいな」 「そんな悠長な事言ってる場合じゃありません! ……はい師匠、問題です。二月十四日は何の日ですか?」 「何よいきなり、変な子ね。…………う~ん、二月十四日ねぇ……」 何処ぞの捻くれトンチ坊主のように、師匠は指でポクポク頭を叩きながらしばし瞑目すると、 「あぁ、はいはい。ジェームズ・クックが航海中、ハワイの原住民に殺害された日ね」 ダ、ダメだこの人。 「なっ、何でわざわざそんなキツい所を引き出すんですか!」 「冗談よ、冗談。バレンタインでしょ、聖バレンタインデー。 ……それがどうかしたの?」 「どうかしたの、って……師匠は、彼に何かあげないんですか?」 「…………そういう事か。……私個人からは何かを贈るつもりは無いわよ」 「ええっ!? そ、そんなっ。チョコにお得意の薬を混ぜて篭絡したり、 全裸にリボンを巻いて『うっふん、プレゼントはワ・タ・シ』とかやる大チャンスじゃないですか!!」 「ウドンゲ……いい物あげるから、少し落ち着きなさい」 ――ぷすっ。 「うっ」 首元に痛みも無く注射針が刺さり、一瞬で中の液体が流し込まれる。 「あっ……あぁ……」 「……落ち着いたかしら?」 「う、うぅ……ごめんなさい師匠……鈴仙は……鈴仙は、悪い子です…………」 「ありゃ、効き過ぎたわね。……ふむふむ要改良、と」 何とも抗い難い憂鬱な気分に襲われ涙をはらはらと流していると、師匠が私の額を人差し指で軽く小突いてきた。 「あ痛っ」 「馬鹿ね。私個人からは、って言ったでしょう? ……当日は皆でね、イナバの子達も全員入れて食べられる位のケーキを作ろうと思っているのよ」 「ケーキ、ですか?」 「ええ。その方が彼も喜ぶんじゃないかしら」 「……はぁ……」 卑怯な逃げ方だ、と一瞬思ったけど、そうかも知れない、とも思った。 以前、食事中に彼とした会話を思い出す。 ………… 『モグモグゴクゴク、あ~今日も美味いやムシャムシャ』 『……ホント貴方って美味しそうに食べるわね……そんなにここのご飯は美味しい?』 『ああ、最高だ。こんな沢山の人達と一緒に笑いながら食べるご飯が、不味い訳が無い』 『……そう』 『そうなの。モグモグ……ぶはああぁぁぁっっ!!! 不味うううううっっっ!!! だ、誰だこの餃子作ったの!! この死臭漂う大珍味は、流石の俺にもフォロー不可能!!』 『あら、私特製のワサビ納豆蜂蜜餃子はお気に召さなかったかしら』 『またアンタか姫様!! 折角いい腕してるんだから、ネタに走るの止めて下さいよ!』 『オホホホお断りよ。あぁ、これだから人の幸せをぶち壊しにするのは止められないわぁ~~』 『ぐっ、主君の過ちを糺すのも臣下の務め! その大外道、最早捨てては置けぬ!!』 『あらら、私に是非を問おうと言うのね、賤しき地の民が。面白い、表に出なさい!!』 『望むところ!! 当方に人間の尊厳あり!!』 ―ーちゅどー―――んっっ。 ………… 「…………」 随分と不要な事まで思い出してしまったけど、確かに彼には、団欒を非常に貴ぶ気質がある。 ……私達と同じように、彼にもそれなりの過去や思想があると言う事かな。 「……そうですね。いい案だと思います」 私達外野があれこれ手を焼いてみたところで、結局どういう道を選ぶのかは師匠と彼、当人達次第だ。 今回の事だって、師匠なりに彼の事を想ってこういう選択をしたのだろう。 「そう……それじゃウドンゲ、明日は一緒に里や紅魔館に行きましょうか。 材料の買出しと、あと調理器具を借りないとね」 「はいっ。みんなで飛び切り美味しいケーキを作りましょう!」 私の自慢の師匠と、その師匠の眼鏡に適った人だ。 心配なんてしなくても、きっと最高の選択をしてくれるだろう。…………多分。 ………… さて、今日は二月十四日。 俺の敬愛する、藤島親方(元大関・武双山)の誕生日だ。 聖バレンタインデーとか言う行事など、見た事も無いし聞いた事も無い。 昨晩悶々としてしまってなかなか寝付けず、うっかり昼前まで豪快に寝過ごしてしまったのは、 『ひょっとして今年は』などと期待に胸を躍らせていたという惰弱な理由からでは断じて無い。 ……ホントだよ? ホントだよ? …………さあ今日も一日、張り切って行こう! ――すぱー――んっっ!!! 「おはようみんなっっ!! 今日って何月何日だったっけ!!?」 勢い良く大広間の襖を開いたが、珍しく中はもぬけの空だった。 「……あれ? 誰も居ない?」 どでかい広間に、俺の物であろう朝食の残りらしき膳が一つ、ぽつんと置かれている。 そう言えば、俺の部屋からここに来る間も、誰とも顔を合わせる事が無かった。 「……ふむ」 まあこればかりは寝坊した俺が悪いので、膳の前に腰を落とし、遅い朝食を頂く事にした。 「…………」 齧り付いた卵焼きは、今日も複雑に味の染みた良い出来だったが、いつもと比べてどうにも味気無かった。 ………… 「……で、一体何なんだこれは」 一人寂しく朝食を終えた後、人影を求めて屋敷を彷徨っていた訳だが。 調理場に差し掛かる廊下に掲げられたバカでかい看板を前に、俺は立ち往生していた。 『男子この場より先に足を踏み入れるべからず』 「……」 廊下の向こう、調理場の中から、何やらわいわいとイナバの子達が楽しそうに騒ぐ声が聞こえる。 要するに、今日は永遠亭のみんなで何かを催していて、俺は除け者にされている訳か。 ムカついたので、看板の頭に『美』の文字を入れておいた。 『美男子この場より先に足を踏み入れるべからず』 「……そこまで言われちゃ、仕方が無いな」 まあ、こういう日もあるだろう。一人で燻ぶっていても仕方が無い。 この時間、屋敷の近辺なら危険も無いだろうし、たまには外へ羽を伸ばすとした。 ………… 「う~~、寒い。それにしてもこの辺りって、本当に竹や野草しか無いんだな」 それなりに長い距離を歩いた気がするが、基本的にある程度拓けた一本道しか通っていないので、帰りに迷う事も無いだろう。 竹の葉の隙間から降り注ぐ暖かみを孕んだ陽光に、来たる春の兆しを感じる。 ……もうすぐ冬が終わり、春が来る。 「…………はぁ」 一つ、気だるく白い息を吐く。 本来なら歓迎すべき新たな季節の訪れを、どうにも快く迎える事が出来ない。 何時の間にか、この幻想郷で……否、永遠亭で過ごしたほんの短い日々は、 二十数余の年月を過ごした外での暮らしと天秤に掛けても遜色が無い程に、俺の中で掛け替えの無い物になっていた。 ここには、甘えを叱責し、生きる糧を与えてくれる主君が居る。 ここには、孤独を埋めて胸を満たしてくれる優しい人達が居る。 ……ここには、誰より傍に居て欲しい、何より愛しい人が居る。 何をとって考えても、外の世界では手に入らなかったものばかりだ。 こちらを選んでしまうのが、一番良い選択肢のように思える。 だけど、今日まで幻想郷で得た物は、全て客人として得た物であって、あくまで俺は『外から来たお客様』に過ぎない。 家族との絆、過ごした時間、沁み付いた習性。 そうした外の世界との繋がりに当たるような何かが、今の俺と幻想郷との間には無かった。 「……何がしたいのか、何が欲しいのかね、俺は……」 宛ても無く一人ごちて、空から前方に落とした視線の先に、一人の少女がこちらの方に歩いて来る姿を捉えた。 ……まずいかも知れない。 妖怪の見た目からその能力、性質を判断出来ないというのは、何処より永遠亭で思い知らされている。 万一の事態に備えて持ち出しておいた発炎筒を、そっと懐から取り出した。 少女の方もこちらの方に気付いたらしく、気負った風も無く、悠々とこちらに歩みを進めて来ている。 「……南無三っ」 発炎筒のフックに指をかけ、力を込めた。 軽い抵抗と共に、火付けのフックが一気に引っ張り出され、 ――ばっっ。 「んなあっ!!?」 発炎筒からフックに伸びた紐に色鮮やかな万国旗が姿を現し、辺り一帯を紙吹雪が舞う。 万国旗の中の一枚に、可愛らしい兎のイラストと共に、こんな事が書かれていた。 『かかったなアホが! byプリチーお宇佐様』 「ふっ、ふざけるな馬鹿野郎!!!」 何の役にも立たなかった発炎筒もどきを思い切り地面に叩きつけて憤慨していると、すぐ傍まで来ていた少女が呆れた声を出した。 「……何やってるのさ、アンタ」 右手から下がった籠には、食用の野草。 その少女は、何処かで見たようなモンペにサスペンダーという、一風変わった出で立ちをしていた。 ………… 「へぇ、外から来たの。大変ねぇアンタも」 先程の醜態から敵意が無いのを感じてくれたのか、あの後妹紅さんは、俺を竹林の中の掘っ立て小屋に案内してくれた。 「まあゆっくりしてよ。何も無い所だけどさ」 「悪いな、お邪魔させて頂くよ、妹紅さん。」 「はは、妹紅でいいよ。……はい、出涸らしだけど」 「……ありがとう。頂きます」 目の前に置かれた湯呑みに手を伸ばし、散歩で乾いた喉を潤した。 最初はもっとおっかない人を想像していたのだが、いざ話してみるとまったく普通の女の子で、少々拍子抜けした感じだ。 「この前はお土産ありがとうね。あれ、アンタでしょ?」 「あぁ、あれか。どうだった?」 「うん、気に入った。お陰様で、私の火力も一割増しってもんよ」 「そうか……」 あの極悪冥菓を喜んで食べるとは、流石は姫様の旧知だけあって、なかなかの変態のようだ。 「……何か失礼な事考えてる?」 掲げられた人差し指に、ぽ、と一つ火の玉が灯る。 「いやいや滅相も」 慌ててもう一度湯呑みを啜ると、誰かが入り口の引き戸を開く音が響いた。 「――妹紅、居るか?」 「あぁ慧音、いらっしゃい。入りなよ」 慧音と呼ばれた来訪者の顔には、見覚えがあった。 向こうの方も俺の事を覚えてくれていたらしく、俺の姿を視止めて目を丸くした。 「あれ、お前は確か、永遠亭の……」 「覚えていてくれたんだ。あの後どうだった?」 彼女は先月の半ばに一度、永遠亭を訪れて大量の風邪薬を買って行った事があった。 「あぁ、お陰で助かったよ。 まったく、一人罹ってしまえば拡がるのはあっと言う間だから、風邪と言うものは困る」 「何だ、二人とも知り合いだったの。……ね、慧音。その袋、何?」 「これか? 森の古道具屋に寄ったら、何やらチョコレートの駄菓子が沢山置いてあってな。 お茶請けに良いと思って、少し多めに買って来た」 そう言ってその場に置かれた袋の中には、懐かしの天使vs悪魔なシール入りウェハースチョコがぎっしりと詰まっていた。 ……あぁ……遂にこのチョコも幻想郷送りになったのか…… 「じゃあお茶請けが増えた所で、仕切り直そうか。アンタも一緒するでしょ?」 「ふむ……それじゃ、遠慮無く」 立ち上がった妹紅に空になった湯呑みを渡し、袋の中のチョコに手を伸ばした所で、 「「そのチョコレート、待ったあああああ!!!」」 ――どがああああんんっっ!!! 入り口の戸をショルダータックルで粉々に吹き飛ばしながら、突然姫様とてゐが乱入して来た。 「な、何事だ!?」 「げっ! か、輝夜っ!? アンタわざわざ私の家まで、何しに来たのよ!!」 「お黙りなさいこの泥棒もこ!! 貧相な芋娘の分際でウチの客分を誑かそうとはいい度胸ねぇ。 生憎そいつはウチの薬師に売約済みよ」 「そうよそうよ。千年経っても脳味噌に皺一つ増えない炎上馬鹿と、牛乳臭いハクタクは引っ込んでなさい! …………って、そこの彼も言ってるわよ」 「言ってねえ!!」 暴言の責任を俺に擦り付けようとするてゐを、思いっ切り一喝した。 「……一体何を言っているのか分からないけどアンタ達、人の家を壊した責任くらいは取って貰うわよ?」 先程までの穏やかな雰囲気から一転、妹紅は殺意のこもった赤い瞳で、姫様とてゐを睨み付けた。 「責任なんて面倒なもの、誰が取るもんですか!! 喰らえ先手必勝!!」 不意を突き、腰を落とした低い体勢で突っ込んだ姫様が妹紅の腰に食らい付き、テイクダウンを奪った。 「なっ……!」 そのまま蜘蛛の如く隙の無い動きで妹紅の背後から足と首を絡め取り、一気に絞り上げる。 「存分に味わいなさい! イナバ達と編み出した対蓬莱人最終奥義、 STF(ステップオーバー・てるよ・フェイスロック)!!!」 「ぐっ!?……ぎゃああああああっっ!!! 痛い痛いっっ、死なない程度に痛いいいいっっ!!!」 ……まさに蓬莱殺し! 姫様の陰険な性格がよく滲み出た、非常に嫌らしい技だった。 妹紅の悲鳴に気を良くした姫様は、うっとりと無茶苦茶いい笑顔をしている。 「も、妹紅っ」 慧音さんが妹紅を助けに入ろうとするが、てゐが巧みに進路を妨害していた。 「ほらほら、あんたの相手は私、私」 「くっ……お前らっ……!」 姫様の極悪奥義を逃れようの無い角度で受けた妹紅が、涙目で苦しげな声を漏らす。 「……た、助けて、慧音……」 「!!」 ――どくんっっ。 外まで聞こえるような確かな音で、一つ心臓を強く鳴らした慧音さんの頭から…… ――めきめきめきっっ。 ……二本の禍々しい角が生えてきた。 「げっ!?」 「呼ばれて飛び出て満月フォー――――ッッ!!」 まるで妖怪のような姿に成り果てた慧音さんが、両腕を高々と上げ、両足をクロスさせて、見事なXポーズをキメた。 「なっ!? な、何でこんな真っ昼間にその姿にっっ!!?」 姫様の驚愕の声に、慧音さんは不敵な笑みを浮かべる。 「よくぞ聞いた! 妹紅が私を求めて流した一粒の涙が、偶然にも満月光線と同じ光を放ったのだ!!」 「んなアホな……」 もうグダグダだった。 「お前に恨みは無いが、私の妹紅を救う為! そこを空けて貰うぞ白因幡!!」 「ひっっ!?」 ――ぞぶっっ!! 神速のタックルにより、慧音さんの角がてゐの臀部を深々と貫き、その小さな体躯を高々と吊り上げた。 「ふ、ぐ、ぐぶぶ……」 見事に一本釣りにされたてゐが、白目を剥いてぶくぶくと口から泡を吹いている。 「う、うわ……えげつなぁ……」 「くっ、これは誤算だわ……ほら貴方っ、走りなさい!!」 「えっ? あ、ああ」 指示を受けた俺が外へ走り出したのを確認すると、姫様は妹紅を解放して飛び上がり、てゐを回収して脱兎の如く逃げ出した。 程無く俺に追い着いて襟首を掴むと、 「そぅれっっ、逃げるわよおおお~~~~!!」 ばびゅー―――んっっ。 そのまま高々と青空目掛けて飛び上がる。 「「に、二度と来るなああああ!!」」 下から大声で呪詛を上げる妹紅と慧音さんの姿が、みるみる小さく遠ざかっていく。 「…………ねえ姫様。俺を迎えに来てくれたのは分かるんですけど、もう少しこう、穏便には……」 「ふん、人が争うのに、大した理由なんて必要無いのよ」 「当人がそれを言うなよ……」 幻想郷で生きていくと言うのは、かくも厳しいものなのであった…… ………… ――すぱー―――んっっ!! 「ただいま~。ちゃんと連れて帰って来たわよ」 「「ただいま~」」 元気良く襖を開いた姫様にてゐと二人で続くと、大広間の中からカカオとクリームの噎せ返るような甘い香りが漂ってきた。 「あら、お帰りなさい。どうしたの、てゐ。そんな変な歩き方して」 「いや、その、大丈夫だから、あはははは……」 「変な子ねぇ……」 俺達を迎えてくれた永琳は、いつもの服の上に薄ピンク色のエプロンという完璧な若奥様ルックをしていた。 「まあいいわ。ほら、準備はもう出来てますから、早く始めましょう」 「了解。ほら皆、今日の主役のお帰りよ~」 永琳と姫様の背中を押された先、広間の中央にホール型のケーキが五つ、どんと鎮座していた。 「……なあ、これって」 「ふふ、今日が何の日か、知らない訳じゃ無いでしょう? 永遠亭の一同から日頃の感謝をこめて、貴方にプレゼント」 「……そうだったのか…………ありがとう」 少し照れくさそうな永琳の言葉が、じわりと胸に沁みる。 俺は、除け者にされたなどと詰まらない事を考えた自分の心の貧しさを、猛烈に恥じた。 辺りを見回すと、イナバの子達が小皿とフォークを手に、ケーキの周りをそわそわと取り囲んでいる。 「お兄ちゃん遅~い!」 「何処行ってたのバカ! ノロマ!」 「もうこんな鈍亀放っておいて早く食べようよ~」 みんなありがとう! 俺嬉しいよ( A`) 今日って確か『ケーキ食べ放題の日』じゃ無くて、『女性が大切な男性にチョコを贈る日』だった筈だよね…… がっくりと肩を落としていると、永琳が苦笑いを浮かべながら手を叩いた。 「はいはい、皆待ち切れないみたいだから、始めましょう。 ウドンゲ、切り分けるから手伝って頂戴ね」 「はい。ほらみんな、並んで並んで。順番順番」 「「「は~~~い」」」 結局ホール五つ分のケーキはものの見事に分配され、みんなで仲良く分け合う事となった。 俺の知っているバレンタインとはこんなイベントでは無かった筈だが、 美味しそうにケーキを頬張るみんなの幸せそうな笑顔を見ていると、そんな些細な疑問はどうでも良くなる。 辺りいっぱいの笑顔を肴にケーキを頂いていると、ふと横合いから袖を軽く引っ張られた。 「ん?……何だ、どうしたチビ助」 俺の肘を摘んでいたのはイナバの最年少で、特に俺によく懐いてくれている子だった。 「ね、お兄ちゃん。美味しい?」 「ああ、美味しいよ。……ありがとう。みんなで頑張って作ってくれたんだろ?」 「うん……よかった」 頭をわしわしと撫でてやると、彼女は幸せそうに頬を緩ませた。 「えへへ……ね、お兄ちゃん」 「何だ?」 「ずっと……ずっと、ここにいてくれる?」 ――ぴしっっっ。 場の空気が、一瞬にして凍りついた。 「「「……………………」」」 鈴仙や他のイナバの子達はフォークを咥えたままで瞬きさえ忘れて固まり、永琳は無表情でお茶を啜っている。 そもそもケーキに夢中で話を聞いていなかった姫様は、一人ご満悦な表情を浮かべていた。 自分の一言で周りの雰囲気が一変してしまったのを感じ取り、チビ助があたふた慌て出す。 「あ、あれれ? ねえ、私、何かおかしな事言ったかなあ?」 「…………いや、何もおかしな事は言ってないよ」 まったく、ありがたい話だ。 この程度の事で場がおかしくなる程度には、皆俺の事を気に掛けてくれているのだ。 「そうだな……ずっと居られたらいいな」 それこそ息を吐くような自然さで、そんな言葉が口を衝いて出てきていた。 「ホント? わぁ、嬉しい!」 無邪気に喜んで走り回るチビ助の姿に、ようやくみんなの口から安堵の息が漏れる。 ……ずっと居られたら、か。 方便などではない、自分の胸底から自然に出た、偽りの無い言葉だった。 胸の内の天秤は、とうの昔にこの永遠亭の方に傾き切っている。 あとは、秤を今の位置で縛り付ける為の、俺と幻想郷を繋げる絆が欲しい。 「……色々な事を考える必要があるな」 「例えば、今日の永琳様のエプロン姿について、とか?」 俺の独り言に、てゐが横から茶々を入れてきた。 「ああ。エプロン一枚衣服が増えたのに、何でいつもよりエロく視えるんだろうな……」 「知ったこっちゃ無いわよ……」 思考の切り替えの圧倒的な速さが、俺の自慢の一つだった。 ………… ~ March ~ ――だから、私が生きた世界のぬくもりを、思い出と言う慰めで良いから、私の胸に抱き留めていたい。 三月。 冬と呼べる程の寒気はとうに失せ、庭に聳える一本の桜の蕾も、随分と柔らかくなってきた。 ――春が来た。 その日の晩ご飯も、いつもと同じように賑々しく進んでいた。 「ねえ居候、ちょっと醤油取ってくれない?」 「あーはいはいどうぞ。姫様、たまには自分で動いて下さいよ……」 「嫌よ。他に動いてくれる人が居る内は、私が動く必要なんて無いじゃない」 「もう、姫様。怠け癖がつくのは良くないですよ?」 甘ったれまくりの姫様に、永琳が思わず苦笑を漏らした瞬間、 ――カラン、カラン。 永遠亭周囲に張り巡られた結界が反応し、来訪者を報せる柝の音が響いた。 「あら、お客様ね。イナバ、お願い」 「あ、はい。私が行きます」 率先して席を立った鈴仙に、イナバの子達が数名、ぱたぱたと後をついて行った。 ………… 鈴仙達の姿が消えてから数分して、姫様がぽつりと呟いた。 「来ちゃった、か……」 「…………はい」 苦笑いを浮かべる姫様と、何故か重々しく視線を落とす永琳。 「?」 お茶を一口啜り、どうかしたのかと口を開きかけた瞬間、鈴仙が神妙な顔付きをして戻って来た。 「……あの、姫様、師匠。来ました……スキマ妖怪が」 「呼ばれてないけどジャジャジャジャー―――ンッッ!!!」 「うおおっっ!!?」 鈴仙の台詞が終わるか終わらないかというタイミングで、俺の湯呑みから突然人影が飛び出してきた。 「ほっ、と」 軽やかに畳に降り立ったその金髪の貴婦人風味な女性は、和洋折衷だか中華風だか、よく分からない服装をしていた。 「はいはい皆さんお久し振りね、藍から話は聞いたわよ。 ……って、アレ? な、何でみんな私の事そんな白い目で見てるの?」 「普通に登場出来ないのかしら、貴方は……」 ええと、ひょっとして、この人が…… 「あら、貴方が藍の言っていた外の方ね。初めまして、八雲紫と申します」 「ああ、初めまして。……なあ永琳、想像していたのより、全然熊っぽくないんだが……」 「油断したら駄目よ。こう見えても人は喰うし、長い冬眠で腹の肉も増えているに違いないんだから」 「そ、それは怖いな……」 まったく、妖怪と女は見た目で判断する事が出来ない。熊さえ可愛く見える恐ろしさだった。 「……初見で随分失礼な人ねぇ。お腹の肉なんて、肥満と細身の境界を弄ればどうって事無いわ」 「そっ、そんなのズルイわっ!!」 何故か、姫様が憤慨していた。 「……さて、本題に入りましょうか。貴方、心の準備は出来ていて?」 「……あー、その……」 「だめっ!!」 ちょっと待って、と言いかけたところで、突然イナバの子達が数人俺の前に割り込み、両手を広げて紫さんの前に立ち塞がった。 「……お兄ちゃんを、連れて行っちゃダメ」 「あらあら、可愛いらしい騎士様達だこと」 チビ助達に睨みつけられた紫さんが、淡い苦笑いを浮かべる。 「……しょうがないわね。おチビちゃん達と、そこで怖い顔をしている薬師さんに免じて、今日のところは退散するわ」 扇子が振るわれた軌道に沿って、一拍遅れて空間に裂け目が生まれた。 「明日また来るから、そこで答えを頂戴。その次はもう無いわよ」 ウィンクを一つ残して、紫さんの体が裂け目の中に消えていく。 「それでは皆さん、良き選択を」 彼女の姿を呑み込むと裂け目は閉じて、その跡形全てをそこから無くした。 「……………………」 神妙な沈黙が、背中に重く圧し掛かってきた。 ………… あの後、味がよく分からなくなった晩ご飯を片付け、一人自室に篭もって思案に耽っていた。 バレンタインの日からずっと考えてきて、自分がどうしたいのか、結論はとっくに出ている。 だけどそれを実行に移すには、やはりそれなりの覚悟が必要だった。 何処に、絆を求める? 決まってる。この永遠亭に。 誰に、絆を求める? 決まってる。一目視た時から恋焦がれてきた、大好きな人に。 「…………よしっ」 頬を張って気合を入れ、勢い良く腰を上げた。 …………そして次の日。 ~ Last Note ~ ――誕まれて、生きて、死んでいく。 「…………」 「師匠」 「…………」 「師匠?」 「…………」 「……師匠!!」 「きゃあっ!? ちょ、ちょっと、驚かさないでよウドンゲ……」 「何言ってるんですか。私、ずっと呼んでたんですよ?」 昨日の晩から自室に篭もり、半日以上瞑目していたせいか、まるで気がつかなかった。 「そ、そう……」 「もう、一体どうしたんですか? 昨日からずっと引き篭もっていたかと思えば、朝食にも昼食にも出て来ないで」 「……何でもないわよ」 「嘘ばっかり。昨日あれから、彼と二人で話してましたよね。それ絡みじゃないんですか?」 「…………そうなのよねえ……」 もう取り繕っても仕方が無い。弟子の指摘を、己の未熟と併せて素直に認める事にした。 「……彼は、何て?」 ウドンゲの催促に、昨晩彼から受けた言葉を思い出す。 『君の事が好きだ。だから、俺がここに残るか外に帰るかを、君に決めて欲しい』 そう私に告げてきた彼の眼差しから感じたのは、 己の道さえ決められぬ弱さなどではなく、自分の未来を委ねても構わないと言う、私に向けられた強い愛情だった。 「まったく、女冥利に尽きるわ……」 「ふふ、いい話じゃないですか。で、師匠は何て返事したんですか?」 「……保留中」 「えっ? な、何でですか? あの、師匠も彼の事……」 「私は蓬莱人だからね」 「それはそうですけど……でも、彼はそんな事」 「そうね……きっとあの人はそういう事情まで考慮した上で、私を好いてくれているのでしょう」 間違い無く、彼は私や永遠亭の人達を幸せにしてくれるだろう。 ……問題は、私の方にある。 彼と接するようになってから、何時の間にか私の中に一つの恐れが芽生えていた。 長い時間を経て身についた、生きる上で必要な知識や習性、そして姫との経緯は、 どれ程の時間をかけても決して失われる事の無い、私を形作る原型と呼べるものだろう。 だけど、かつての月での生活や、この永遠亭に来てからの出来事……所謂『思い出』というものに関しては、その限りではない。 ある記憶は時間と共に風化して朽ち落ち、ある記憶は新たな出来事によって塗り替え抹消されて…… ふと自分の足跡を顧みて、思い出と呼べるものの大半が最早輪郭さえ留めず、私の中から失われている事に気付いたのだ。 ならば果たして、現在私を取り巻く永遠亭の人々……このウドンゲやイナバの子達、それに、彼の事はどうだろうか。 今となっては月で共に過ごした同胞の顔をまるで思い出せないように、 やがて天寿を全うし消えていく彼等を、私は新たな思い出を塗り重ねる事で無くしてしまうのだろうか。 …………嫌だ。 亡くしても、無くしたくない。 この幸せさえ擦り減らしやがて無くして、なおのうのうと笑っているであろう未来の自分が、酷く醜い生き物に視えてしまう。 ……改めて思い知らされる。 私は深い思慮も無く、こんな酷い生き方をあの二人に与えてしまったのか。 「ねぇウドンゲ……永く生きるっていうのは、こんなに悲しいものだったのね。 今こうして目の前に居る貴方の事も、私はやがて無くしてしまうのでしょう」 苦笑の表情を作ったつもりだが、実際にはどんな酷い顔をしているのか、自分でも分からない。 だと言うのに、目の前の不肖者の弟子は、 「何言ってるんですか師匠。私は、居なくなったりしませんよ」 そんな馬鹿な事を言いながら、私の鬱屈を笑い飛ばすかのような笑顔を視せた。 「……あのね。私の話、聞いてた?」 「はい、一語一句漏らさず。……私は確かにただの兎で、やがて師匠を置いて死んでしまうでしょう。 でも、子供が出来たら師匠に教えて頂いた事をその子に伝えます。 もし子供が出来なくても、私が残したものはイナバの子達が受け継ぎ、やがて子供達にも伝えてくれるでしょう」 そこまで一気に言って、彼女は一つ、大きく息を吸った。 「師匠が忘れてしまっても、気付かなくても、私はずっと……ずっと、師匠の傍に居ますから」 「…………」 ――眼前の風景が、目映く歪む。 三千年に一度しか開花しないと言われる、金輪王と如来の花。 戯れで名付けた筈のその幻想の花が、私の眼前で白く眩しく咲いている。 「……ウドンゲ」 そっと手を伸ばし、彼女の頭を胸元に抱き抱えた。 「わぷっ。……し、師匠? 苦し……」 「ねぇウドンゲ。……一度しか言わないから、よく聞きなさい」 私の胸に埋もれた小さな頭を、柔らかく撫でる。 ――今の私のこんな顔を、弟子になんて見せられるものか。 「…………はい」 「……ありがとう。貴方に逢えて、よかった」 ――決めた。 昨日からずっと考え、一つ辿り着いた私の望むもの。 私は、今ここにある幸せを、もう薄れさせたくは無い。 ……あの人が私に思いの丈を伝えてくれたように、私も全霊を以って伝えよう。 彼の真っ直ぐな情念とは比べるべくも無い、醜くおぞましい欲望ではあるが。 ………… ウドンゲと別れ、眦を決して彼の部屋へと向かう途中、縁側に姫の姿を視止めた。 姫は一人で縁側に腰掛け、齷齪と庭の手入れに勤しむイナバの子達を眺めていた。 視線を庭の方に向けたまま、鈴を鳴らすような声が静かに響く。 「…………腹は決まったかしら?」 「はい」 「そう。……それじゃ、私から言う事はあまり無いわね」 詠うように気負いの無い、だけど力ある荘厳な声で、姫は続けた。 「今までありがとう、永琳。 私は、貴方のどのような決断も受け入れる。 言いたい事は、ただ一つだけ…………」 「はい」 「……幸せになりなさい、八意永琳。 臣の幸せは、私の幸せでもあるのだから」 「…………はい」 ………… 「……入るわよ」 「ああ」 断りを入れて、襖を開く。 何も様子の変わらない部屋の真ん中で、彼はただ寝転がって天井を眺めていた。 何一つ部屋の片付けが行われていない事に小さな安堵を覚え、改めて彼からの信頼の深さを感じた。 「話があるの。少し表に出ましょう」 ………… ――ざっぱああああんっっ!! 「こんにちはお姫様~~。たまにはお昼に顔を出してみたのだけど、いかがお過ごしかしら? ……クシュン!」 「昨日は湯呑みからで、今日は池から、か。まったく、普通に玄関から来なさい、玄関から」 「う~~冷たい、今後考慮するわ。それよりも……あの人間は?」 「いないわ、お出掛け中」 「あらあら、逃げられちゃったか。 残念ねえ……外に帰るとか言うのなら、こっそり頂いちゃおうかと思ってたのに」 「やっぱりそんな所だったか。彼はもう此処の住人だから、これから手を出すのなら容赦はしないわよ」 「流石にそんな野暮はしないわよ。そう言えば、薬師も居ないみたいだけど……やっぱりそういう事?」 そう言っていやらしい笑みを浮かべると、紫は親指と人差し指で輪っかを作った。 「むっふっふ。そういう事、そういう事」 その輪っかに、人差し指をズボズボと突き入れてやった。 「「むふ、むふ、むふふふふ…………」」 「「「……………………」」」 周りのイナバの子達の視線が、とても痛かった。 ………… 「いい天気ねぇ」 そろそろ夕刻に差し掛かろうという頃合、僅かに茜の差した空を、 彼を初めて拾ったあの日のように、背中に負いながらゆるりと飛んでいる。 「痛いよ~~、痛いよ~~」 道中、体勢を直す振りをして私の胸を触ろうとした不届き者を、両肩の関節を外す事で制裁した。 竹林をとうに過ぎ、初夏から何度か行き来している鈴蘭畑を通り過ぎて、 やがて私達は、かつて彼岸の花に溢れていた、無縁の塚に降り立った。 ………… 『……ありゃ。これはまた珍しいお客さんだこと』 『ちょっと小町! またサボってる!』 『きゃんっ!? ちょ、ちょっと映姫様、いきなり後ろに立たないで下さいよ』 『何言ってるの。こんな所で一体、何をコソコソ……ゲエェー―ッ!! あ、あれは蓬莱人! こここ小町!! 塩っ、塩撒いて追っ払って来なさい!』 『まあまあ映姫様。……それよりも、一杯どうです? あの二人、いい肴になりそうですよ?』 ………… 「何とも辛気臭い場所だな。立ってるだけで気が鬱ぎそうだ」 入れ直した肩をぐるぐる慣らしながら、彼は呟いた。 「そうね……でも、ここじゃないと駄目なの」 天命を終えた人の魂、想いの逝きつく孤高の丘。 今の私には縁の無いこの塚こそ、始まりのテープを切るに相応しい場だと思ったのだ。 「……それじゃあ、聞かせてくれる? 永琳の話」 「……ええ」 もはや取り繕う必要も、余分な言葉で意味をぼかす必要も無い。 私の出した答えを、簡潔に彼に伝えよう。 ――私が彼に与える、一つの難題。 「実は……ね」 「うん」 「蓬莱を殺す薬を、作ろうと思うの」 「……………………そうか」 「ええ。だから……ね」 怖い。 怖い。 私の次の言の葉を受けた後、彼は一体どのような顔をするだろうか…… 「だから?」 「だから…………貴方に、蓬莱の薬を、飲んで欲しいの」 「…………」 「…………」 言葉として形にする事で、自分の出した答えのおぞましさ、浅ましさに、改めて痛烈な嫌気を覚えた。 私は、彼にこう言っているのだ。 ……一緒に地獄に堕ちてくれ、と。 禁忌である蓬莱の薬を殺すという事は、更にもう一つ先の禁忌を犯すという事だ。 これから着手するとして、どれ程の時間や犠牲を払う事になるのか、見当もつかない。 果たして薬を完成させ、再び時間の歯車を軋ませるその瞬間に、この人が隣に居ないのでは、まるで意味が無いのだ。 「…………」 「…………」 一瞬とも万年とも思える、凍ったような沈黙。 彼は私の言葉の裏、私の胸の内までを咀嚼するように暫し瞑目し、そして…… 「うん、分かった」 ……先刻のウドンゲを彷彿とさせるような、眩しい笑顔を視せてきた。 「……………………いいの?」 「ああ。日本男児に、二言は無い」 いつもの爛漫な笑顔そのままに、彼の手が私の方にそっと伸びて…… 「あっ」 ……引き寄せられるままに、私の身体が彼の腕の中に収まる。 「……いいの? 私、貴方が思っているより、ずっと怖い女よ?」 「怖くなんてあるもんか。俺を選んでくれた、誰より大切な人だ」 「…………きっと、永く辛い道になるわよ?」 「大丈夫だよ。姫様も居るし、妹紅も居る。鈴仙やイナバの子達も居るし……俺だって、ずっとついてる。 きっと、地獄だって楽しめるさ」 かつての私は、知っていたのだろうか。 ――人の腕の中が、こんなにあたたかいものだという事を。 「永琳」 彼の指が、私の顎をそっと上を向かせる。 「あ……」 少なくとも幻想郷に来てからは覚えの無かった潤みを目元に感じながら、私はそっと瞳を閉じた。 ………… ――矢を、放とう。 永い射線に迷い、切り裂く風の冷たさに凍て付き、林檎に刺さる頃には、朽ちてぼろぼろになってしまうかも知れないけど。 偕老同穴の誓いを乗せて、再び歯車を動かす為の、決して折れる事の無い命の矢を、二人で放とう。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「ウィ~ッ、こここ小町のヴワッキャロォォオオオオイっ。 クソッタレ蓬莱人でさえあんにゃに幸せそうにイチャイチャしてんのに、 ぬわぁぁんで私はお前みたいな阿婆擦れと酒なんて飲んでんだああああああっっ!!?」 「あ、あの、映姫様? 落ち着いて……」 「ああああたしゃ落ち着いてるってんだよこのパープリンがああああああ!! いいからとっとと酒追加しろってんだよおおおおぉぉぉ!!」 「ひいいぃぃっっ、しまったあぁ、あたいとした事がああああぁぁ~~~~……」
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■永琳2 芽生え、花が咲き、そして散ってゆく。 朽ちて、風に融け、そして空に昇る。 やがて雨が降り、大地を潤し、新しい生命を芽吹かせる。 繰り返し、繰り返し。 周る星々と同じように、命もまた巡るものなのだ。 ・ ・ ~ January ~ ――最初から結果を知っているのなら、誰も間違いは起こさない。 元日からの三ヶ日もそれなりに平坦に過ぎ、年越しの浮かれた空気もやや薄れ始めた永遠亭。 その日、珍しく自ら材料の採取に出ていた私の師匠こと八意永琳は、ロクでもない拾い物をして帰って来た。 「……どうしたんですか師匠。それ」 ホクホク顔で帰って来た師匠の背中に、一人の人間の青年がグッタリと負ぶわれていた。 「ちょっとそこで拾ってね。折角だから持って帰って来ちゃった。 まあ、薬の実験台くらいにはなってくれるでしょ」 「は、はぁ……」 青年の出で立ちはこの幻想郷ではまず見られないもので、外からの迷い人である事を窺わせる。 (……可哀相に) よりにもよって師匠に拾われてしまうとは。 これなら、気絶している間にそこらの妖怪に喰われでもした方が、まだマシと言うものだ。 私は毒蜘蛛の獄糸に囚われた哀れな羽虫に、僅かな同情の念を抱いて視線を送り、そして、 「……なっ!?」 眼前のおぞましい光景に、言葉を失った。 「? どうしたの、ウドンゲ」 「い、いえ……な、何でもありませんよ。あ゛、あははは……」 ……何という事だ。 男は、気絶した振りをしながら師匠の髪の香りを嗅いで、幸せそうに鼻の下を伸ばしていた。 「?……変な子ねぇ。まあいいわ、まだお昼の残り物があるわよね? 取り敢えず、疲労と空腹意外におかしな所は無いみたいだから、叩き起こして食べさせてあげましょう」 「……はい」 脳の調子もおかしいのではないかと思ったが、混ぜっ返すのも面倒なので、大人しく師匠に従う事にした。 ――彼は哀れな羽虫などではなく、飛び切り性質の悪い毒虫だった。 後々私達――特に師匠は、それをある種の痛みとともに思い知る事になる。 屋敷に運び込まれた彼は、程無く師匠の高速往復ビンタ(秒間16連打)で目を見開いた。 残り物のご飯を振舞いながら、双方簡潔に自己紹介を済ませる。 話を聞くに、やはり外の住人だったらしく、此処にいる心当たりもまるで無く、このところ数日の記憶も酷く曖昧らしい。 ……スキマ妖怪の餌狩りから、漏れ出しでもしたのだろうか。 「ムシャムシャどうにか帰れないかなあガツガツ、ああ美味いゴクゴク、ありがとう助かったよモグモグ」 食べるか尋ねるか礼を言うか、どれか一つにして欲しい。 健啖そのものの彼の様子に師匠は満足そうに笑うと、いつもと変わり無い、平坦な声で答えた。 「心当たりはあるにはあるのだけど、冬の内はどうにも出来ないわね。 時期が来れば手は打ってあげるから、それまではウチで過ごしなさいな。 それなりの扶持と仕事は与えてあげるわ」 「……そっか、ありがとう。まあ、世話になった分はしっかり体で返すよ」 「…………『体で返す』……言ったわね、言ったわね、フフフ……」 彼の快諾を得た師匠が、唇の端を妖しく吊り上げた。 (……つくづく、可哀相に……) 口は災いの元とは、よく言ったものだ。 哀れ、実験台&隷属労働が確定した彼の表情をちらりと窺い見ると、師匠に負けじと妖しく笑っていた。 「ふふ……そうとも、『体で返す』……むふふ……ぐふっ」 取り敢えず、一発殴っておいた。 ………… 何が何やら分からぬまま流れ着いて来た、魍魎住まう幻想郷。 『行動力のある方向音痴』という非常に迷惑な性質を持つ俺が、曖昧に色の移ろう竹林を独力で抜けられる筈も無く、 手を打てる妖怪が居るには居るらしいが、現在冬眠中で、春が来るまでは当てには出来ないらしい。 人型の妖怪の癖に冬眠だのと言うくらいだから、さぞかし熊チックな大女なのだろう。 熊殺しは男の浪漫だ。会う日を楽しみにしておこう。 当然ながら行く宛てなど無いロンリーシングルな俺は、お言葉に甘えてこの永遠亭の人たちの世話になる事にした。 昨日あの後、この屋敷の姫様とやらをはじめ、ある程度の顔見せは済ませてある。 ――さて、今日は実質初日だ。俺が出来るナイスガイである事を、一発見せ付けてやるとしよう。 長い廊下を歩きながら、擦れ違う子たちに自己紹介のついでに道を聞き、永琳の部屋を訪ねた。 「おはよう、永琳」 「あら、おはよう。そっちの方から来るとは良い気構えね。体調はどうかしら?」 「元気ビンビン大事無い。……ところで、指し当たって俺は何をすればいいんだ?」 「そうね……いきなり大仕事になって悪いのだけど、今日は年末の大掃除で出たゴミを庭で燃やそうと思うのよ。 裏口に全部積んであるから、それをリヤカーで庭まで運び出してちょうだい」 「分かった、あつらえ向きの力仕事だな。任せてくれよ」 「まあ、頼もしい限りね……ふふ」 と、意気揚々と臨んだ初仕事だったのだが、裏口に出るなりいきなり挫けそうになった。 「…………何じゃこりゃ」 山のようなゴミ袋や家財道具、果てにはごっついボロ箪笥がまるまる一台。 横に鎮座している、幅だけでゆうに六尺は超えていそうな特大リヤカーが、随分可愛らしく見えた。 「え~っと……これを、俺一人で?」 「そうよ。まさか、嫌とは言わないでしょうね?」 「ぐ……」 確かに、タダ飯喰らいの店子である俺にはそんな強い事を言える立場も無い。 「仕方が無い、やってやるさ。お嬢さん、あまりの頼もしさに惚れるなよ?」 「ふふ、期待はしないでおくわ」 冗談めかした淑やかな笑顔に、それなりのやる気と、頬に少々の赤みが湧いてきた。 愚痴を垂れたところで荷が減る訳でもない。まあ頑張ろう。 ………… ――それからおおよそ二時間弱。 「え~んやこ~ら、せっと」 幸い裏口から庭までそう大層な距離がある訳ではなかったので、一度に運ぶ量を少なめにして、足を細かく動かす事にした。 「ほら、頑張りなさいな。もう少しで終わるわよ」 「ぐ……」 永琳は何か手伝ってくれる訳でもなく、細かな指示を出しながら、俺の横をただついて歩いていた。 妙な居心地の悪さに囚われながらも、何とかあと一往復、という位までゴミの山を切り崩したところだ。 そもそも元のゴミの量が半端ではなく、リヤカーそのものの重量もある。 いい加減限界を訴える両の腕に、これで最後と喝を入れた。 「ふふ、大丈夫? 随分辛そうに見えるけど、ここに来て降参かしら?」 小馬鹿にしたような嫌味ったらしい物言いが、俺の闘魂の炎を激しく揺さぶり上げた。 「あんまり馬鹿言うなよ。やっと準備運動が終わったところだ。 ヘイヘイ小粋なお嬢さん! 俺の愛車に乗って行くかい?」 頭をノリノリで振り回しながら、峠の田舎ヤンキーっぽく強がってみた。 「あらいいの? それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかしら」 ……どうやらこの畜生鬼には、俺の限界を慮り、可愛く遠慮する程度の優しさも無いらしい。 「あ~まあいいよ。ほら、乗りな」 足を止め、顎で指して永琳に荷台を勧めた。 今更女性一人程度の荷が増えたところで、大した違いは無いだろう。 それに少し想像を逞しくすれば、自転車の後ろに女の子を載せるようで、萌えるシチュだと言えなくもない。 「ふふ。では、遠慮なく。……よいしょ、と」 断りを入れると、永琳はリヤカーの縁に両手を掛け、ふわりと軽く跳んで、腰を荷台に落としてきた。 底板が軽くたわみ、パイプを震わせ両手に彼女の重みを伝えてくる。 「うっ! ……おも」 「ま、さ、か、『重い』だなんて言わないでしょうね?」 「……さを感じないくらい軽くてビックリしちゃう!!」 「よろしい」 まだ死にたくないので、余計な冗談は言わない事にした。 「さ、面舵いっぱ~~い」 向こうを指差しながら視せられた悪戯っぽい笑顔に、不覚にも胸が高鳴る。 「はいはい、月の向こうまででも行ってみせますよ、お客さん」 「う~ん……折角だけど、月は遠慮しておくわ。代わりに庭までよろしくね」 ………… ――ごとん、ごとん、ごとん。 のんびりと最後の往路を闊歩していると、行く先に人影が一つ見えたので、そこで一旦足を止めた。 鴉の濡れ羽色鮮やかな長髪が目を惹く、この屋敷の首魁、蓬莱山輝夜姫だった。 「あら、姫。おはようございます。もういい加減お昼ですけど」 「ん、おはようございます、姫様」 「おはよう二人とも。精が出るわね」 姫様は俺達の挨拶に軽く笑って応えると、荷台の上でニコニコとお姫様チックに鎮座している永琳に視線を送り、 「……永琳、歳を考えなさい。見てられないわ」 きっつい一言を浴びせかけた。 恐る恐る永琳の表情を覗い見ると、表面上は先程までと変わらぬ笑顔のままではあったが、奥歯がギリギリ軋む音がしてめっちゃ怖い。 「あらあら姫、お戯れを。精神にまで若々しさを亡くしてしまったら、女はお仕舞いですよ?」 「m9(^Д^)プギャーwwwwちょっwwwwwww若々しさとかwwwテwラwワwロwスwww自分の実年齢考えろってのwwwwwwwwっうぇ」 姫様、お願いだから日本語で話して下さい。 と言うか、トップの主従が朝からこんなアホな諍い起こしてて、大丈夫なのかこの屋敷。 「ほらほら貴方も言ってやりなさいよ。××年以上も生きてる因業ババアが男の後ろで少女座りとか恥ずかしくないのか、って」 具体的な数字を伏せたのは、俺のなけなしの良心からです。 さて、姫様が俺に話を振りやがりになられたので、極力角の立たない素敵な言い回しを考えてみた。 「いやそんな、俺は可愛いと思いますよ?」 「えっ?」 「なっ……ば、馬鹿言わないの!」 ――ごすっ。 「痛でっ」 場に角は立たなかったが、永琳が投げつけてきた木箱の角が俺の鼻っ柱に突き立った。 「な、何すんだよ! せっかく人が褒めたってのに!」 「いいからっ、早く進む!」 何故か永琳が顔を真っ赤にしてプリプリ怒っているので、仕方なく従う事にした。 「ったく……それじゃ姫様、また後で」 「え、ええ……」 呆然と手を振る姫様を尻目に、再びリヤカーを漕ぎ出した。 ………… 「…………驚いた」 永琳って、あんなに初心だったかしら。 ……そう言えば、永琳の事を『綺麗だ』と褒める奴は、男女問わず今までにも掃いて捨てる程居たが、 初見で『可愛い』と表現した奴は、ちょっと記憶に無い。 以前、弟子のイナバが同じような言い回しで永琳の服を褒めて、照れ隠しの張り手で十メートルくらい地面と平行にブッ飛んで行った事があった。 「……うん、気に入った」 少々退屈していたところに、見所のある玩具が増えたのかもしれない。 ひ弱な人間、それも外からの異分子の癖に、彼は私たちを畏れず、大した気負いも無く環境の変化に順応している。 余程の馬鹿なのか、はたまた余程の大物なのか。 この泥の大海に揺られるような永い航路に、少しは波を立ててはくれるのだろうか。 ………… 「鈴仙様~~、鈴仙様の分も焼けましたよ~」 「ん、ありがとう」 イナバの子から、ほかほかと湯気を立てるサツマイモを受け取った。 「熱つつっ」 手の中で転がしながら、ぺりぺりと芋の皮を剥き上げる。 紫色の皮の下から姿を現した黄金色の実に、少しはしたなく齧り付いた。 甘味を孕んだ熱の塊が咽喉を滑って腑を流れ、喉元に残った温かな薫りが鼻孔を抜けた。 「ふふ、美味しい」 やはり、焚き火と言えばこれが無いと始まらない。 庭のど真ん中で、集めた廃棄家具が火にくべられ、轟々と煙と炎を巻き上げている。 イナバの子達がワイワイと楽しそうに周りを囲み、暖を取ったり、棒で中を突付いて芋の焼け具合を確かめたりしていた。 火を畏れない獣というのはどうかという気もしなくは無いが、まあ些細な事だ。 ――少し向こうの方で、師匠と姫、それに居候の彼を加えた三人が、焼き芋を肴に歓談している。 今日これまでの半日で、随分と仲が良くなったみたいだ。 「う~ん、美味しいわ永琳。ね、もう一個いいかしら」 「構いませんけど、注意はして下さいね。引き篭もりで肥満体質な姫なんて、私は嫌ですよ」 「う゛……」 乙女心の軟らかい所を鋭く抉る師匠の一言に、姫様は一歩たじろいだ。 和装なので分かり辛いが、正月太りの兆候でも顕れているのかも知れない。 ……私も気をつけよう。 「なあ永琳。悪いけど、俺はもう一個貰えないかな。流石に腹が減って」 「いいわよ。今日は頑張ってくれたから、特別に私が密かに栽培していた、滋養たっぷりの取って置きをあげる」 控え目にお替りを要求する彼に師匠は軽く笑いかけ、焚き火から木串を一本引っ張り出した。 ――ずいっっ。 「うっ」 「おわっ……こ、これは……」 姫様と彼が、揃って顔を顰めて変な声を上げた。 随分と摩擦係数の小さそうな、ツルツルと真ん丸いサツマイモ色の球体が、師匠の掲げた木串に刺さっていた。 「いかがかしら? 永琳印特製の遺伝子超絶組み換え芋、『グリーングローブ』よ」 「……突っ込み所がいささか多過ぎる気もするが、オラすっげえわくわくしてきたぞ」 ……それでいいのか、か弱き人間。 そんな私の危惧を余所に、彼は師匠から受け取った母なる大地に、大口開けて勢い良く齧り付いた。 「……モグモグ。……うはっ、美味ええぇぇ!! どうですか、姫様も」 「そ、そうなの? それじゃ私も一口…………ぶはあぁぁー――ッッ!!! ななな何これすっごい不味い!! おのれ謀ったわねこの下郎!! おえっぷ」 「ぶははははっ、かかったなアホが! こんな不味いモン、俺一人で食ってられるか!! ぐえっぷ」 「あら、喧嘩はダメですよ、二人とも」 「「アンタが言うな!!」」 「…………はは」 二人同時に師匠に指を突き付ける姫様と彼の姿に、思わず苦笑が漏れた。 周りを囲むイナバの子達からも、どっと笑いが起こっている。 この屋敷にこれだけの大声が飛び交うのは、去年の永夜事変以来ではないだろうか。 「ま、みんな楽しそうだからいいか……」 師匠も姫様もイナバの子達も、彼の事をなかなかに気に入ったようだ。 現前でゆらゆらと棚引く炎と背後のドンチャン騒ぎを肴に、もう一口芋に齧り付いた。 ………… どうにかこうにか一月弱の日々を経て、この永遠亭での生活にも少しは馴染んできただろうか。 粗相を仕出かして即お肉、という危惧もまあ当初は無かった訳でもないが、今の所そのような気配は無い。 永琳は、俺の事を容赦無く扱き使い、悶死クラスの人体実験を平気でやらかしたりするが、根本的には優しい人……だよね? 姫様は、きっつい揶揄を浴びせてきたり難題を吹っ掛けてきたり、香霖堂でwebマネーを買って来いだのと何かとサドい人だが、 全ては親愛の裏返しである、と俺の常夏トロピカル脳が告げているので、概ね問題は無い。 イナバの子達も幸い俺と楽しそうに接してくれているし、鈴仙の短いスカートから伸びる白い脚は、まさしく月が生み出した奇跡だ。 俺の方も、ここでの生活が楽しいと思える程度には、永遠亭の人達の事を好きになっていた。 さて、今日は昨晩から降り出した雪が猛威を振るいまくりで、暴れ回る白雪が屋敷とその周辺一帯を真っ白に染め上げている。 イナバの子達は部屋にこもって布団で丸くなり、薬師師弟と姫様、俺を含めた四名は、居間の掘り炬燵を囲んで丸くなっていた。 「さ、寒い……」 炬燵に深々と潜り込みながらも、なおガチガチと歯を鳴らす鈴仙の姿が哀れを誘う。 まあ、寒さに強い兎というのも、あまり耳に入る話では無いが。 「うぅ……寒い……時が……時が視えるわ……」 どてらを二重に着込んで目を虚ろに泳がせている姫様に関しては、極力視界に入れない事で対処する事にした。 「だらしないですよ姫。それにウドンゲ、この程度で音を上げるような情けない弟子を持った覚えは無いわよ、私は」 「全くだ。炬燵の中で実はパンツ一丁になっている元気な俺を見習え」 「……居住まいを直すのと素っ裸で庭に放り出されるのと、どちらがお好みかしら?」 「ご、ごめんよぅ」 永琳の爽やかな笑顔が恐ろしかったので、慌てて倒錯露出プレイを中止し、炬燵の中でもぞもぞとズボンを上げる。 一人平気な顔をしている永琳に、鈴仙が恨めしそうに頬を膨らませた。 「ふんだ、師匠はいいですよね。胸にいっぱい脂肪が詰まってるから、寒くも何ともぎゃあああっっ!!! 痛い痛いっっ、足の指とは到底思えないこの握力!!」 炬燵の中で執行された制裁に、鈴仙が面白い顔をしながらギブアップを訴える。 程無く足指アイアンクローを解くと、永琳は硬く閉じた障子の向こう、外の景色を幻視するかのように、少し遠い目をした。 「確かに寒いのは難儀ではあるけど、雪っていうのは綺麗なものね。 月が地上に適わない、数少ない現象の一つだわ」 「……そう、ですね」 「…………」 相槌を打った鈴仙が一つ息を吐き、場に少し神妙な懐古の空気が流れる。 ここに居る三人は元来月の住人で、止む無き事情でこの幻想郷に移り住んで来たのだと言う。 三者三様に抱えているであろう胸の傷は、所詮他人である俺が触れて良い類のものでは無い。 要らぬ傷をうっかり抉らぬよう、大人しく黙り込んだ俺に、永琳は何事も無かったかのように笑いかけてきた。 「この分だと、明日は一日雪掻きね。頼りにしてるわよ」 「うへぇ……」 凡人であり他人である俺には、彼女の笑顔の裏にどのような感情が隠されているのかなど、分かりようも無い。 それを寂しい事だと感じてしまうのは、春にはここから姿を消す俺にとって、良くない兆候だと思った。 ………… 昨夜の内に降りしきる雪は勢いを無くし、夜が明ける頃には粉雪がぱらつく程度に天候も落ち着いていた。 とは言え、丸一日暴れ回った雪たちは屋根だの周辺だのにどっさりと鎮座し、屋敷の骨を密やかに軋ませている。 昨日の永琳の言葉どおり、今日はイナバの子達と協力して雪掻きだ。 「あれ? 随分と集まりが悪い気がするが」 「そうなのよ……昨日の寒波で、殆どの子が風邪を引いちゃって」 俺の疑問に、鈴仙が頭を掻きながら苦笑交じりに答えた。 「そっか、可哀相に。具合は大丈夫そうなのか?」 「今師匠が診て廻ってるけど、まあ大丈夫でしょ」 まあ体調を崩してしまったのでは仕方が無い。こういう時にこそ俺のような居候がしっかり働くべきだろう。 「さ、始めましょ。動ける私達が頑張らないと」 「「「は~~い!!」」」 鈴仙の音頭に、イナバの子達に混じって大声を上げた。 ………… 「おっ嬢さ~~ん、山男には惚れるなよ~~、っと」 作業を始めてから、どの位の時間が経っただろうか。 どっかと屋根に根を下ろした雪の山を延々とこそぎ落とし、ようやく屋根の上の雪を粗方降ろす事が出来た。 参加してくれたイナバの子達の体調も万全には程遠く、へばった子には作業を切り上げさせて屋敷に帰らせていく内に、 何時の間にか俺と鈴仙を含めて、両手で足りる程度まで頭数が減っていた。 少し目を放した隙に無断で居なくなっていたてゐは、かつて全米を震撼させたジャックハマーで雪の中に串刺しにしてやろうと思う。 「ふ~~、あとは落とした雪を固めて終了、ね」 長い髪を後ろに縛った鈴仙が、息を整えながら歩いて来る。 彼女も人手不足を補おうと懸命に動いてくれていたが、大体が雪掻きなんて、女の子にさせるような作業ではない。 表情にも疲労の色が濃く、普段は水饅頭のように艶やかな唇が、見る影無く青褪めてしまっていた。 「……いいよ鈴仙。後は俺一人でどうにでも出来るから、他の子達を連れて先に戻ってな」 「何言ってるのよ。私はまだまだ大丈夫」 「そんな真っ青な唇して何言ってやがる。大体君のその格好は、見ているだけでこっちの体温が一度下がる」 この銀世界に関わらずいつものミニスカートって、一体どこの世界のワカメちゃんだ。 「しょ、しょうがないでしょ。ズボンを穿こうとしたら、何故か師匠が怒るんだから」 「何と。……う~む……鈴仙も苦労してるんだな……」 俺の脳内で、永琳の宇宙人的セクハラに憤怒する天使を、大喝采を送る悪魔が一瞬で誅殺した。 「もういいから、今すぐ戻って風呂にでも入って、しっかり暖まりなさい。 俺の方もさっさと終わらせて、君の風呂を覗く事にするから」 「ばっ、馬鹿言ってるんじゃなー――――ックシュン!!!」 ――べちょべちょべちょっっ。 「…………」 いきなり間近で思いっ切りクシャミをかましてくれるものだから、俺の顔面に唾だの鼻水だのがかかりまくった。 「あっ、あああっ、ご、ごめんなさー――――ックシュン!!!」 ――べちょべちょべちょちょっっっ。 はい、もう一発追加~~。 「あわわっ、ほ、本当にごめんなさい……」 「…………う~む……」 こんな仕打ちを受けて興奮している俺は、人としては間違っているが、男としては間違っていないと思う。 「ちょっとジッとしてて。すぐ拭くから」 鈴仙は慌ててポケットからハンカチを取り出し、俺の顔面に刻まれた聖なる液痕を拭い取ろうとした。 「バカタレ!! 勿体無いから拭くんじゃありません!!」 「私がイヤなの!!」 ごもっともです。 ………… 結局は鈴仙の方が折れ、イナバの子達と共に屋敷に引っ込み、最後の仕上げは俺一人で行う事となった。 腕っ節にはそれなりに自信はあるし、残った作業も落とした雪を叩いて固めるのみ、という単純な力仕事。 時間は掛かりつつも屋敷の周りを何とか一周し終え、現在はもう一度屋根に上がって不備が無いか確認中、といったところだ。 「ん~~~~……問題無し、かな」 屋根の淵を一周して見回してみた分には、大きな問題は無いように視える。 今日のお勤め完了、という事だ。 「ふぅ」 一つ大きく息を吐き、梯子を降りようとして……少し、心変わりした。 下に落ちないように軒先に足を引っ掛け、その場に腰を落とし、顎を上げてぐるりと周辺を見回してみた。 永遠亭の近辺を万遍無く、雪にまみれた竹が埋め尽くしている。 ここの人達が外を行き来する為に拓いた獣道が僅かに覗く程度で、その景観は竹で出来た固牢じみていた。 「……」 あながち間違った表現でも無いと思う。 この永遠亭は、かつて姫様と永琳が追っ手の目を眩ます為にこしらえた、不可視の鳥籠だ。 今でこそ鈴仙やてゐ、イナバの子達が共に住まい、時折り来訪者も訪れて来るという比較的開かれた環境ではあるが、 この幻想郷に来た当初……たった二人きりだった頃、彼女達はどのような心境で日々を過ごしていたのだろうか…… 「…………やめとこ」 二人がこの場に到った事情を知らない以上、何をどう考えても下衆の勘繰りにしかならない。 それが話して良いような理由なら、俺がそれを聞くに値する存在なら、いつか彼女達の方から話してくれるだろう。 「あら、そんな所にいたのね」 「ん?」 不意に下方からかけられた声に視線を落とすと、永琳が小さな籐製のバスケットを両手にぶら下げてこちらを見上げていた。 「ああ永琳、お疲れ様。こっちはさっき終わったよ。イナバの子達はもう大丈夫なのか?」 「ええ、お陰様で。……ちょっと待ってなさい、私もそっちに行くから」 そう言って永琳は籐籠を右手に持ち替え、器用に体のバネを遣いながら、片手で梯子を昇って来た。 「……よいしょっと。隣、失礼するわね」 断りを入れてくると、籐籠を間に挟んで、俺と同じような体勢で隣に腰掛けた。 「ん~~冷たいっ。よく平気で座ってられるわね」 「ここまで冷えると、立ってても変わらんよ」 もうその辺の感覚は、とうの昔に麻痺してしまっている。 「まったく無理しちゃって。そんな可哀相な頑張り屋さんに、永琳お姉さんから素敵な差し入れよ」 永琳は苦笑いを浮かべると、いそいそと籠の蓋を開いた。 箱の中に敷かれていた蝋紙の上に、中華まんが三つ、ほかほかと湯気を立てている。 「おぉっ、ありがたい! ちょうどお腹も減っていたところでさ」 「喜んで頂けて何より。一つは私が頂くから、二つはご自由にどうぞ」 「ん。ありがたくいただきます」 「はい、いただきます」 二人で冗談めかして両手を合わせ、早速中華まんに齧り付く。 程好く張りのある皮とふかふかの生地の中に、熱々の餡子がぎっしりと詰まっていた。 「あ~~こりゃ美味いや。極楽極楽」 心地よい熱と糖分が四肢を巡り、凍えた体に再び力を与えてくれる。 「ふふ。お口に合ったみたいで良かったわ。自分で料理するだなんて、随分久し振りだったから」 「それはそれは、重畳の至り。この状況での錯覚を差し引いても、本当に美味いよ」 「ありがとう。日頃縁の無い手間をかけた甲斐があったわ」 俺の言葉が世辞ではない事を感じ取ってくれたようで、永琳は満足そうに相好を崩した。 「……ね、何でイナバの子達を帰したの? 皆結構気にしてたわよ」 「何でも何も無いよ。女の子に無茶をさせて体を壊しでもされた日には、男の立つ瀬が無い」 女性の体は、子を宿し未来を託す為の、大切な世界の宝だ。 こんな詰まらない事で台無しにして良いような粗末なものでは無い。 「あらあらご立派。でもね、外で働くのは男の役目だなんて言うのは、フェミニズムでも何でも無く、単なる男尊女卑よ」 「……酷い事言うなあ……」 「うふふ、冗談よ。……ありがとう。貴方のお陰で、あの子達に無理をさせずに済んだわ」 ふわりとした笑みを見せてから視線を前方に移した永琳に、俺も倣う。 変わり映えの無い竹の群れが、緩やかな風に煽られ、ゆらゆらと棚引いていた。 「……ねえ。此処での暮らしは、退屈じゃないかしら?」 視線を前方に向けたまま、永琳がそんな事を訊いてきた。 「そんな事無いよ。みんな良くしてくれるし、外に居た頃には出来なかった、新鮮な体験ばかりだ」 ――それと…… 「そう」 少し強い風が吹き、厚く束ねられた永琳の髪を軽く浮かせる。 ――出逢ってから共にした日々は、一月にも満たない程度の須臾でしか無いけれど、多分俺は……この人の事を。 「その感性、大切にしなさい。それは定命ある者にのみ赦された、とても貴いもの。 私みたいな、天の理に背いて左道に外れた外道には、酷く遠い揺らぎだわ。 あまり死の陰の無い生活が長くなるとね、どんどん感情の振れ幅が小さくなってくるのよ。 日の移ろい、四季の移ろい程度の変化では、ちっとも心が揺れてくれない。……悪い暮らしでは無いのだけどね。 『死が無い』と言う状態を、果たして『生きている』と表現して良いものなのやら」 そこまで詠うようにゆったりと語り上げると、竹林の更に遠くを見据えるように、眼差しを細くした。 憂いを孕んだ薄い笑みに滲んでいたのは何処か自虐めいた達観で、彼女の言葉どおり、俺に理解できる類のものでは無かった。 「……自分の事を外道だとか、あんまり悪く言うもんじゃないよ。 君を慕っている鈴仙やイナバの子達に失礼だし、俺だって悲しくなる」 そんな気の利かない事しか言えず、食べかけの中華まんを一気に口に放り込んだ。 それでも、しっかりと感情を込めた取り繕いでない言葉は、ちゃんと相手に届くもので。 「……そうね……ごめんなさい、少し軽率だった」 そう柔らかく微笑んだ彼女の頬が少し赤く視えたのは、寒気のせいか、はたまた俺の自惚れだろうか。 「それじゃ、嬉しい事言ってくれた色男さんに、出血大サービス」 一転悪戯っぽく笑うと、永琳は籐籠から最後の中華まんを取り出し、俺の方に差し出してきた。 「はい、あ~ん」 「…………マジで?」 「大マジです。それとも、姫やウドンゲじゃないと嫌だとか?」 「断じてそんな事は無い」 金メダル級のロケット即答。自分に正直なのは良い事だ。 「あら嬉しい。それなら遠慮しないで、はい」 「わ、分かったよ…………んぐ」 彼女の手の中の中華まんに齧り付いた瞬間、 ――パシャパシャ! 幻想郷に来て以来、初めて耳にしたシャッター音に振り向くと、 見慣れた頭部と初めて見る頭部の計二つが、大棟の向こう側からひょっこり覗いていた。 『凄いです!! とんでもない写真が撮れました!』 『ね、言ったとおりでしょ? 最近ちょっと怪しい雰囲気だったのよね~』 『うんうん、これはいい記事が書けそうです。 天才薬師と異邦人の、銀色のロマンス……あぁ、痺れるわ……』 『うんうん、でしょでしょ? それで、リークのお代の方は……』 『人里の激ウマ人参二十本でしたよね。それは後日必ず』 『ウササササ、お主もワルよのう、越後屋』 『いえいえいえ、御代官様には遠く及びませぬ。むふふふふ』 「…………殺るか」 「…………ええ」 ――ひゅんっ。 無言のままに永琳の手首が唸り、何処からとも無く取り出された鍼が放たれ、 ――すととんっっ。 二つの頭に、同時に突き刺さった。 「「う゛っっ」」 間の抜けた呻き声が二つ同時に上がる。 「うっ……動けない? い、一体何を……」 「ぬ、ぬかったわ……!」 身動き一つ取れない状態でもがく人影二つに、永琳と並んで詰め寄っていく。 「あらあら記者さん。何時から貴方の新聞は五流ゴシップ誌に成り下がっちゃったのかしら?」 「い、いや~、これは、その……」 「おやおやてゐ。みんなに仕事を押し付けて、一体何処で何をしていたのかな?」 「ひっっ、あの……か、堪忍して、ね?」 「ん~~? 最近の詐欺師は、性格だけじゃなく往生際も悪いのかい?」 いやいやと目を潤ませるてゐの体を抱え上げ、屋根の端の方につかつかと移動する。 「実はさ、昔から一度試してみたい技があったんだよなぁ……」 そして屋根の端まで辿り着き、てゐのお尻を高々と抱え上げる形で、変型パワーボムの体勢に入る。 (ttp //www.sumire.sakura.ne.jp/~ruriruri/nazenani/aoi/image/ore/last%20ride.jpg※例によって、良い子は絶対に真似しないで下さい) 「ちょっ! タンマ、それセクハラっっ」 「はっはっはっ!! 喰らえ男の憧れ、屋根からラストライド!!」 そのままの高さから、先程作り上げた雪垣の向こう側目掛けて、渾身の力で叩きつけた。 「てっ、ていかああああああああっっ!!?」 ――ぼすんっっっ。 くぐもった音を立てて、深く積もった雪の層に兎型の大穴が出来上がった。 「……ふっ、上がったり大明神。……Rest in peace……」 格好良くキメて後ろを振り向くと、あちらの方もまたどえらい事になっていた。 「ほら文、これで全部じゃないでしょう? 隠したフィルムとネガ、全部耳を揃えて出しなさい」 「そ、それだけは出来ま」 ぷすっ。 「ふああっっ!!?」 文と呼ばれた記者さんの抗弁が終わらない内に、これまた何処から出したのか彼女の腕に注射器の針が捻じ込まれ、一気にアンプルの中身が流し込まれる。 「あっ、あっ、あぁ…………」 「…………さぁて文、もう一度訊くわ。隠したフィルムとネガは?」 「ハイ、コレデ全部デス。ゴメンナサイ、永琳サマ。文ハ、イケナイ子デス」 ……おいおい。 瞳孔をだだっ開きにして、壊れたロボットのような抑揚の無い声を出す文に、永琳は素敵過ぎて目を背けたくなるような笑顔を見せた。 「よろしい。でも、これだけじゃ私の気が済まないから、貴方も飛んで逝きなさい」 そう宣言すると、文の体を飛行機投げの要領で担ぎ上げ、俺が先程てゐを投げた位置までのっしのっしと歩く。 「…………はっ? わ、私は一体!?……って、何この体勢!! ちょ、永琳さん、待っ」 正気に戻った文が拘束から逃れようと必死に体を捻るが、先程の鍼や薬が効いているのか、まるで力が入らない様子だ。 「いいえ待たない。その糜爛した出歯亀根性、真っ白な雪で洗い流して来なさい!」 口上をキメた永琳は、その体勢から下半身のうねりを加え、プロペラ回転をつけて文の体を放り出した。 な、投げっ放しバーディクト(旧F5)……!! 「れっ、れすなああああああああっっ!!?」 ――ぼすんっっっ。 俺がてゐを叩きつけた三メートル程向こうに、鴉天狗型の大穴が出来上がった。 流石は月の頭脳……惚れ惚れするほどに美しい、力学と腕力の結合技だ。 「……ふっ、天網恢恢疎にして漏らさず。さ、掃除も済んだし、戻りましょうか」 雪山に開いた大穴二つに背を向け、永琳と二人、勝者として花道を悠々と歩く。 ※メインイベント:時間無制限 雪中生き埋めデスマッチ TAG アンダー俺カー 5分18秒 ● 射命丸 文 バーディクトによる 八意 永琳 ○ 生き埋め葬 因幡 てゐ ――来週の新永遠亭プロレスも、どうぞお楽しみに! …………んで、その日の夕飯。 「本当に何でも無いんですか? 結構いい雰囲気だと思ったんだけどなぁ……」 生き埋めの状態から不死鳥の如く復活した文が、蕎麦を勢い良く啜りながらしつこく食い下がってくる。 今日の晩ご飯はイナバの子達の不調もあって、多く作るのも簡単でさらに食べやすい、質素な山菜蕎麦だ。 暖を取るにはちょうど良く、消化にも良い、賢明な献立だと言えよう。 「と言うか、何で文まで一緒に食べてるのさ……」 今宵夕餉を共にしているのは、姫様に永琳、鈴仙にてゐという定番のピラミッドに、俺と文、加えて比較的元気なイナバの子数名、といった感じだ。 ダウン中のイナバの子達は、可哀相だとは思うが別室に隔離中である。 「細かい事を気にする男性はモテませんよ。それよりも、ね、ね、どうなんです? お二人さん」 「……まったく、貴方も大概しつこいわね。何でも無いって、何度も言っているでしょう? 昼間のアレは、頑張った労働階級に、雇い主からのちょっとしたご褒美」 ……そう即座に上手い事否定されるのも、男として悲しいものがある。 少しムカついたので、この澄ました顔をギャフンと言わせてやる事にした。 「何だよ、誤魔化す事無いじゃないか。あの二人で熱く燃え上がった夜を忘れたのかい? 俺のラブリーナース」 「「ぶふぅぅー――――ッッ!!!」」 永琳と鈴仙が同時に吹き出した蕎麦が俺の顔面を直撃した。 ……永琳は初めてだから兎も角、鈴仙は俺の顔に物を吹き付けるのが趣味なのだろうか。 「何するんだ二人とも、勿体無い」 食べ物を粗末にするなんてのは、犬畜生でもしないような愚劣極まる所業だ。 顔面にこびり付きまくった蕎麦を、手で掬って美味しくいただいた。 「なっ!? そ、そんなの食べるんじゃありません!!」 「し、師匠っ、落ち着いて下さい! 鼻からお蕎麦が出ています!……と言うか、二人とも何時の間にそんな破廉恥なっ」 無様に慌てまくる師弟の姿に溜飲を下げていると、唖然としていた文が我に返り、俺の袖をぐいぐい引っ張ってきた。 「ちょっと、やっぱりそういう関係なんじゃないですか!! 詳しい話、聞かせて貰いますよ?」 「いいよ。隠すような話でもない」 そっと目を閉じ、あの忘れられない夜を回想する。 「あれは先週、永琳の新薬の実験に付き合った晩の事だった……」 「……(わくわく)」 『え、永琳……熱い……苦しい……後生だから、解熱剤を……』 『あら駄目よ。他の薬とチャンポンにしてたら、実験の意味が無いわ。 ……あぁ……凄い……貴方の体、どんどん熱くなってるわ……』 『なあ……五十度ってのは、人間が出していい体温なのか……?』 『ふふ、まだまだ。夜は永いわよ、ふ、ふふっ、うふふふふ…………』 「まったくもって、熱い夜だった……」 あの時の永琳の素敵な笑顔は、ちょっとやそっとの事では忘れられそうに無い。 熱帯夜の回想にうっとりとマゾい笑みを浮かべていると、文がプリプリ怒り出した。 「色気もへったくれも無い話じゃないですか!! 馬鹿っ、騙されたっ、私のわくわく返してっ!!」 「はっはっは可愛い奴め。別に最初から嘘はついていなかった筈だが」 「紛らわし過ぎます!」 からかい甲斐のあるパパラッチ天狗とギャースカ騒いでいると、永琳が冷たい瞳に怒りを孕ませながら俺の事を睨んでいた。 「……姫……彼を、この場で縊り殺しても構わないでしょうか」 「駄目よ。貴方が拾ってきたんだから、ちゃんと最後まで面倒見なさい。 ……そんな怖い事言いながら、実のところ貴方も満更じゃないんでしょう?」 そう切り返して姫様は袖を口元に当てて、意地悪そうにほくそ笑んだ。 と言うか、犬扱いか俺は。 「なっ!……わ、私はそのような……」 無二の味方である筈の主君の裏切りに、うろたえた永琳の頬が一瞬で赤く染まる。 「……あらら、結構奥手なんですね。天才薬師の意外な弱点発見です」 「そうなのよそうなのよ。いい歳してみっともないったら」 「ははは、あの良さが分からんとは、お子様だなぁてゐは。そこがまた可愛いんじゃないか」 「そうですよねぇ。ギャップが新鮮です」 ――がたんっ!! 文とてゐと三人で言いたい放題うんうん頷き合っていると、突然猛烈に立ち上がった永琳に、まとめて襟首を掴まれた。 「……ふ、ふふ……ここまでの屈辱、ちょっと記憶に無いわ…………貴方達、ちょぉっとお仕置きが必要なようね?」 顔は笑っているが、目から殺気光線が迸りまくっている。 「……あ~、永琳さん? 暴力反対ですよ?」 「そうよそうよ。図星指されたからって大人気無ぐふっっ!」 懲りないてゐの鳩尾に、容赦無く永琳の爪先がめり込んだ。 「……こ、怖ぇ……」 ――ずるずるずるずる。 蟹のように口から泡を吹いているてゐと文と三人、ズルズルと部屋の外へ引き摺り出される。 「……さあ貴方達……特別に、馬鹿につける薬を処方してあげるわ!」 屋上 アポロ三発 ――ちゅどどどどどどどどー―――んっっっ。 「「「うっひゃああああああっっ!!?」」」 「……平和ねぇ……」 「平和ですねぇ……」 「それにしても永琳ったら、あんなにムキにならなくてもねぇ……」 「結構お似合いだと思うんですけどねぇ……」 そんな姫様と鈴仙ののどかなやり取りが、弾幕飛び交う修羅道に投げ出された俺達の耳に届くような事は無かった…… ………… ~ February ~ ――だけど、全ての人は迷い迷い、心の欠けを補う何かを探しながら、その命の旅路を半ばにして終える。 暦は如月。一頃よりは大分過ごし易くなったとは言え、まだまだ厳寒真っ盛りといったところだ。 つい先日、八雲藍と名乗る、スキマ妖怪の式とか言うお狐様と初めて顔を合わせた。 「来月には目を覚ますと思うから、申し訳無いが、もうほんの少し辛抱してくれ」 そう謝りながらしきりに頭を下げてきた藍さんに、永琳がそっと胃薬を差し出す風景は、実に感動的なものだった。 しかしよくよく考えてみると、もし何の紛れも起きなければ、俺はとうの昔にスキマ妖怪とやらの肥やしになっていた筈で…… こうして無事に生き延びて、多くの人達に助けられながら楽しく暮らせているのは、僥倖だとしか言い様が無い。 ……藍さんの「来月には目を覚ます」という言葉が、不快を伴った靄となって胸中を満たす。 あと一月。 あと一月で、この奇跡のような生活ともお別れなのだ。 取り敢えず、餌にされそうになった事については断じて許す訳にいかなかったので、 藍さんにお土産として渡した散らし寿司を、俺のボロパンツを繋ぎ合わせて作った風呂敷で包んでおいた。 いい事をした後は、やはり気分がいい。 一月先の別れを今から思い悩むよりも、まずは今日が良い一日になる努力をするべきなのだ。 今日も一日、頑張ろう。 「永琳、今日は久々に妹紅で遊んでくるわ」 朝食を終えて箸を置くなり、姫様がそんな事を言い出した。 「あら。それならお供しますよ」 「要らない。何気に今年の初顔合わせだし、偶には一人で羽を伸ばしたいわ。お昼には戻るつもり」 これは珍しい……と言うか、姫様が単独で行動しているところを、少なくとも今日まで俺は見た事が無い。 「そうですか……くれぐれも、お気を付けて下さいね」 「もうっ、つくづく思うけど、永琳は心配性ね。……大丈夫よ、私達何があっても死にはしないんだから」 何だか姫様の物言いに引っ掛かるものを感じたが、それよりも気になる事があったので訊いてみた。 「あの、『もこう』って?」 「友達よ、友達。それはそれは永い腐れ縁」 「…………」 からからと笑う姫様に、無言で湯呑みを傾ける永琳。 食器の片付けをしている鈴仙やイナバの子達が、不安げに視線を俺達の方に彷徨わせている。 ……何だろう、この変な雰囲気。 後方で、てゐが食後の腹ごなしに太極拳を舞っているが、多分それは関係無い。 「姫、少し不用意ですよ」 「別にいいじゃない。私はこの人ともう少し仲良くなりたい。 だと言うのにこの馬鹿、普段は何かと慇懃無礼な癖に、こういう美味しい肝には絶対自分から食い付いて来ないんだもの」 「……それは当たり前でしょう」 無理矢理他人の傷み腹を突付くような趣味は無い。 そんな俺の及び腰な返答に、姫様はお得意の意地悪な微笑を見せた。 「そうね、そのメリハリの利いた距離感は貴方の美点でもある。 ……でもね、そうして地を這っているだけじゃ、雲の彼方に浮かぶ宝物は永遠に手に入らないわよ」 「む……」 それは一理ある。 何時までも気を使って腰を引かせていては、確かに深く相手を知る事は出来ない。 ……構わないから、もう少し踏み込んで来い、という事か。 先程の会話から察するに、姫様の台詞に何か糸口があったようなので、検証してみる事にした。 「むむむ……そうか!!」 「ど、どうしたのよ。急に大声出して」 お茶のお替りを用意してくれていた鈴仙が、俺の大声にビクリと体を震わせた。 「どうやら俺達はとんでもない思い違いをしていたようだ……鈴仙、先程の姫様の台詞を思い出してみてくれ」 「? ええっと、確か……」 『もうっ、つくづく思うけど、永琳は心配性ね。……大丈夫よ、私達何があっても死にはしないんだから』 ↓ 『 っ く く 、永琳は …… 私 が も んだから』 ↓ 『っくく、永琳は……私がもんだから』 「つまり、永琳の胸は姫様が揉んであそこまで大きくしたという事だったんだよ!!」 「「「な、なんだってー!!」」」 イナバの子達から一斉に驚愕の声が上がり、 「んな訳無いでしょう!!!」 ――どごんっっ!!! 永琳の蹴りが俺の延髄をブチ抜く音が、それを上回る大音量で響き渡った。 「かっ……」 体の髄を打ち抜く大衝撃に、目の前に大銀河が展開される。 「あ~らら……それじゃ、私は行って来るからね~~」 「……ボ、ボン・ヴォヤージュ……」 姫様の声を遥か遠くに捉えながら、あっと言う間に俺の意識は成層圏の彼方へと旅立って行った。 ………… さて、お昼までには戻るとか言っていた筈の姫様が、昼食の支度が終わったにも拘らず帰って来ない。 「どうしたんだ、姫様は? 今更反抗期とか言う歳でもあるまいし」 「万年反抗期と言う気もしなくは無いけど……」 俺の危惧に、鈴仙がなかなかに的を射た返事を寄越してきた。 「う~ん、大丈夫かな? 永琳」 「そうねぇ……」 人差し指でこめかみを叩きながら生返事をすると、永琳は一つ力の無いため息をついた。 「……いいわ、迎えに行きましょう。貴方も付いて来なさい」 「俺も?」 「ええ。……最初から、こうなりそうな気はしていたのよねぇ……」 ………… 永琳に襟首を掴まれた状態で竹林の上空を吊られ漂う事数分、程無く非常に分かり易い異常地帯を発見した。 視界の限りを埋める竹林に、クレーターのようにごっそりと抉られた一角があった。 「あれか。存外近かったわね」 「よ゛……よ゛か゛っ゛た゛……」 いい加減脳への酸素の供給が不足してきており、もう少しで首吊り人形に成り果てるところだった。 「うわ……酷いなこりゃあ」 降り立った場所の有り様を表現するのは、その一言に尽きた。 辺りの竹はぼろぼろに焼け落ち、露霜の名残を受けて湿っていた筈の土壌は、乾いた焼け土と化していた。 「ええっと、姫様は何処だ?」 「この辺りに居る筈だけど……」 きょろきょろと二人で辺りを見回していると、永琳がある一角を指差した。 「あ、居たわ。……ふむ、今日は姫様の勝ちかしらね」 永琳の指差した方に、確かに人影が二つ転がっていたのだが…… 「げっ!!? な、何だよアレ!!」 「何だよって言われても……姫様と妹紅だ、としか言い様が無いわね」 上半身の右半分を無くした姫様が、地べたに座りながら、俺達に向かって笑顔で残った左手を振っていた。 「お~~い、こっちこっち~~……」 「ふむ、自分で動ける程度には元気みたいね。何よりだわ」 「……アレは元気と呼んでいいのか……よく見たら、左足も膝から下辺りから無くなってないか?」 遊びに行ってあんな風になるとは、どんなダイハードごっこだ一体。 「細かい事は気にしないの。妹紅のあの姿に比べれば大分良心的でしょう」 永琳の指し示す先に、下半身だけになったモンペ姿が転がっていた。 「う~ん……これ、夢じゃないよねぇ……」 「夢も現も、所詮は何処かの誰かのちっぽけな妄想に過ぎないのよ。ほら、行きましょう」 「あ、ああ……」 俺達が辿り着くと、姫様は血の気の失せた蒼い顔をしながらも、容態にそぐわぬあっけらかんとした顔で笑った。 右肩から先は焼け落ちたような感じで無くなっていて、傷口の周辺や頬が、ケロイド状に焼け爛れている。 「遅くなっちゃって御免なさいね。蘇生に廻せる余力が無くて、動けなくなっちゃった」 「どうせそんな事だろうと思ってましたよ。さ、帰りましょう」 永琳は苦笑と共に姫様の手を取り、ぼろ切れのようになった体をそっと背負った。 ……月人の生命力って、凄いのなあ…… 「……ねえ姫様? 帰るって言っても、アレはどうするんですか?」 血まみれでスッ転がっている下半身を、恐る恐る指差す。 葬式以外の場で死体を生で見るのは初めての体験だが、顔が無い分、まだ恐怖感は軽かった。 「放っておいて構わないわよ。時間が経てば、勝手に元に戻るわ」 「げ。これで生きてるのかよ」 脳も無くし、心臓も無くしたような状態で死んでいないって、妖怪ってのはつくづく恐ろしいものだ。 「誤解しないで。私達も妹紅も、間違い無く人間よ。 朝にも言ったでしょう? 何があっても死ねないのよ、私達」 姫様が、俺の率直な感想をからからと笑い飛ばしながら、何だかとんでもない事を言ってきた。 「はい? 死ねない?」 まるで噛み合わない、俺と姫様の何処か滑稽な問答に、それまで黙っていた永琳が、観念したようなため息をついた。 「……帰ったら詳しい話を聞かせてあげるわ。まずは屋敷に戻りましょう」 「そうして貰えると助かるわ。ここは地脈が悪いのか、いまいち力の戻りが悪い」 「分かった……その前に、これだけ」 結局顔を見る事の叶わなかった妹紅さんの亡骸の傍らに、お土産として持って来ていた冥菓・揉み痔饅頭を置いておいた。 現在人里の一部で大ブレイク中の、極悪スパイスぎっしり血便間違い無しのニクい奴だ。 「何かしら、それは」 「いや、姫様の友人に失礼があってはいかんと、用意して来たんだよ」 俺としては、この姫様の友人という希少種がこの銘菓を食べてどんな顔をするのか、是非とも拝見したかったのだが。 「律儀なものね。……ありがとう、私の顔を立ててくれて」 ……姫様のこんな毒の無い優しい笑顔を、俺は初めて視た。 ………… 「♪そ~ら~を自由に、飛~びた~いな~♪」 「……はいはい、胡蝶夢丸~~♪」 「♪アン、アン、アァン とっても上手ね エリえ~もん~~♪」 「…………ツッコみませんよ、俺は」 右肩から先と左足の無い姫様と、彼女を背負って飛ぶ永琳の楽しそうな歌声。 そして、永琳の両腕からぶら下がっているのは、相変わらず襟首から吊るされている俺。 こんな所を文にでも見られたら、さぞ面白い事になるだろうねぇ…… 肌を刺すような寒空の下、正午より少し遅れて真上に昇った太陽の光が、瀕死でアンニュイな俺を慰めるかのように緩く照らしつけていた。 ………… 屋敷に戻るなり、出迎えてくれたイナバの子達が、スムーズな連携で姫様を寝室に運び込んだ。 誰も慌てた様子がないという事は、今日みたいなケースはそう珍しい事でも無いと言う訳か。 姫様の事をイナバの子達に一任して、永琳は俺を自室に呼び入れた。 「いらっしゃい。座って楽にして頂戴」 「ん」 勧められるままに簡素な木製のスツールに腰掛け、永琳が作業机に背を向ける形で、二人向かい合う。 「……さて、何処から話したものかしら」 「どうせなら、全部聞きたい。永琳が俺に話しても良いと思う範囲で構わないから」 遠回しにとは言え、折角姫様から許しを頂いたのだ。 いい機会だから、この永遠亭の人達の事をもっと深く知りたい。 「そう……分かったわ、聞かせてあげる。 あの子が永遠亭に流れ着いて来てから、私が今日まで一日欠かさずつけて来た、『ウドンゲ赤裸々観察日記』の全てを!」 そう力強く宣言すると、棚から百科事典と見紛うばかりの極厚日記帳が取り出された。 「いや、その……今は君の劣情猥雑師弟愛列伝を聞きに来た訳ではないのだが……」 ある意味、激しく興味を惹く内容ではあるが。 「冗談よ、冗談。……さ、本当に長くて厭な話になるから、覚悟して聞いてね」 「任せろ。詰まらん話なら、俺は容赦無く寝る」 「そしてそのまま目覚める事はありませんでした、と…………さて」 軽口を叩き合うのを合図に、月と地球と幻想郷を跨いで幾重にも刻み込まれた傷痕が、永琳の口から謳い上げられた。 ・ ・ 「…………というお話だったとさ…………ん~~~~~~っ」 本当に、本当に長い話を終え、永琳は可愛らしい唸り声を上げながら背を反らして、凝り固まった上体をほぐした。 聞かされた過去の重さに嘆息しつつも、俺は彼女の胸元が強調されるのをバッチリ見逃さなかった。 「さて、ご感想は?」 「おっぱ……じゃなかった、みんな苦労してるんだなぁ、と」 「……随分あっさりと片付けてくれるわねぇ……」 永琳ががく、と肩を落として苦笑を浮かべる。 「あぁ、違う違う。軽く言っているんじゃなくてさ。 昔苦労してきたから、今こんなに優しいんだろうなって思ったんだよ」 慌てて付け足した俺の弁明に、永琳はぱちぱちと、二回大きな瞬きをした。 「優しい? 私達が?」 「うん、永琳も姫様も鈴仙も、みんな優しい」 犯した罪の重さに悩み、痛みや悲しみに苛まれながら、こんな辺鄙な所まで流れ着いて。 それでもなお悩み、痛み、苦しみながら優しくなる事を選んだ、この永遠亭の強い人達が、俺は大好きだ。 「……呆れた。怖くなったとか、軽蔑したとか、少しは思わないの? 今貴方の目の前に居るのは不死身の化け物で、おまけに大量殺人犯よ?」 「思わない。そりゃ犯した罪は何を以っても贖えない、死ぬまで背負って行くべき十字架だろうさ。 でも、同じ過ちを二度繰り返すような馬鹿は、ここには居ないだろ? 今俺の目の前に居るのは命の恩人で、おまけにとても優しい素敵な人だ」 「……」 ――すっ。 俺の言葉を詭弁と咎めるかのように、永琳のたおやかな人差し指が、音も無く隙の無い所作で俺の喉元に突きつけられる。 「分からないわよ? 貴方が私達にとっての不具合になれば、今すぐにでもこの指が貴方の首を掻き切るかも知れない」 眼前の厚顔無恥な人間を嘲るように吊り上げられた唇から、おおよそ感情の覗えない淡々とした音が漏れた。 「姫様を逃がした時と同じように?」 「そう。月の使者達を謀り陥れ、鏖殺した時のように」 ……馬鹿馬鹿しい。 永琳が見せる外敵に対する容赦の無さは、身内への愛情の何よりの証なのだろう。 それなら、俺が彼女を恐れなければならない理由など、微塵も無い。 「いい加減にしろ馬鹿。俺は何があっても永遠亭の、君の味方だ」 出来る限りに強く言葉を放ち、突きつけられた彼女の手を、右手で強く掴んだ。 「っ…………何を……」 先月の雪掻きの時、永琳は自分の事を『左道に外れた外道』と評し、 また、自分が『生きている』と表現して良いか分からない、という風な事も言っていた。 「なあ永琳。ある程度自覚しているとは思うけど、あまり自責が過ぎるのも良くないぞ。 顔を合わせて一月程度しか経っていない、しかも今日初めて事情を知った俺がこんな事を言うのもアレだけど、 もう姫様も永琳も、十分に罰を受けたと思うんだ」 鈴仙もてゐもイナバの子達も、やがて時間の波に呑まれて永琳や姫様ら蓬莱人を追い越し、彼女達を残して朽ち消えていく。 得たものを時間と共に亡くし置いて行かれて、新しい思い出を手に入れる度に心太のように古い思い出はこぼれ落ちて。 それをただ眺めるしか出来ず、成長する事も退化する事も出来ず、永遠にその場に留まり続ける事しか出来ない、魂結びの牢獄。 この人達は、気が違いそうな程の永い間、こんな自壊してしまいそうな悲しい在り方を強いられてきたのか。 ……あんまりじゃないか。 「ちょ、ちょっとどうしたの。いきなり泣いたりして」 「はい?」 永琳に言われて自分の頬に手を当ててみて、初めて気付いた。 ……何だよ、俺、泣いてたのか。 残った左手で、慌てて目元を拭い取る。 「…………」 「あ~、悪い。こりゃみっともないや」 「……馬鹿ね。みっともなくなんて無いわよ」 永琳は初めて聞くような優しい声色でふんわりと微笑むと、 先程からずっと握ったままの右手はそのままに、残った左手を俺の頬に添えてきた。 「ありがとう。私の為に泣いてくれたのは、ウドンゲに続いて貴方が二人目。 ……でもほら、私の手、ちゃんと温かいでしょう?」 「…………ああ」 寒気に中てられ冷えた手の平の内から、確かな命のぬくもりが沁みてくる。 「貴方が心配してくれなくても、ちゃんと私は自分が生きているのを実感している。 ……そうね、以前使った表現は適切じゃなかったわ。 私達は道を外れてしまったのでは無くて、ただ蓬莱の薬に縛られて時間の渦に乗れないだけ」 「そうだな。永琳も姫様も妹紅さんも、俺達と同じだ」 昼間に姫様が言っていた事を思い出す。 『私達も妹紅も、間違い無く人間よ』 同感だ。 左道に住まう畜生鬼の手の平が、こんなに温かい訳あるものか。 「それにね? 確かに淵源は自責の念だったけれど、私は何もそれだけを理由に今の生活を選んだ訳じゃない。 姫様と此処に来てから過ごした、今日までの時間を切り出せば、私は間違い無く幸せだったと言えるわ」 「……そっか」 「ええ。……いい機会だから、もう一つぶっちゃけちゃいましょうか。 皆が私を慕ってくれているのと同じ程度には、私もこの永遠亭の人々を愛してる」 「…………そっか」 良かった。 全面的に鵜呑みにして良い言葉では無いが、少なくとも偽りでない事は、目の前の柔らかな笑顔を視れば分かる。 本人が幸せだと言っているのだから、ただの客分でしかない俺がこれ以上言える事は無い。 んで、気が緩んだ拍子に悪戯心が芽生え、 「じゃあさ、俺の事は?」 ……うっかりこんな事を口走ってしまった。 「へっ?」 素っ頓狂な声を上げると、永琳は穏やかな笑顔から一転、目を見開いて白黒させた。 「そっ、そそそそう来るとは思わなかったわ……」 先程の優しいお姉さんチックな出来た風格は何処へやら、顔を真っ赤にしておろおろと狼狽している。 これはこれで可愛いと思うので、俺としては何ら問題は無い。 「あ、あのね? 貴方の事もそれなりには気に入ってますけど、それはその、ね。……あぁ、困ったわ……」 どうでも良いが、未だに繋いだままの手をブンブン振り回すのは、俺の肩が今にも外れそうなので勘弁して頂きたいと思う。 周りの雰囲気が何時の間にやら平時の緩いものに戻っているのを感じ、体の力を抜くと、 ――ぎしっっ。 「「?」」 襖の向こうから、床板が軋む音と、幽かな話し声が聞こえた。 永琳と二人、耳を傾けてみる。 『あーもうっ、何やってるのよ永琳は! 薬学や術理ばかり達者で、自分の色恋沙汰にはてんで空っ下手なんだから』 『姫様ぁ、やっぱり良くないですよ、こんな覗き見だなんて……』 『黙らっしゃい! 折角私がこんな痛い目見てまで切っ掛け作ってやったってのに、何よあのヘタレ薬師! 大体彼の方も、何でそこで一気に押し倒さないのっ!! ひょっとして、EDか性病持ちなんじゃないの?』 『ちよっと姫、何言ってるんですか! イナバの子達も居る前で、そんな下劣な……』 『……ねぇねぇてゐちゃん、EDって何?』 『それはね、あいつの×××が××で×××だから役立たずって事でね、 永琳様の×××に××して×××××したりするには不適切って事なの』 『子供に詳細な説明をするな馬鹿てゐ! あ、貴方もそんな事不用意に訊かないのっ』 『え~っ、私子供じゃないもん。大人の魅力で、お兄ちゃんの事メロメロにするんだもん』 『あらあらあら、これは強敵出現ね。彼も隅に置けないこと。永琳も前途多難だわ』 『……あ、頭痛くなってきた……』 『そんな事より、二人ともこっちの方を見ている気がするんですが』 『あら、ひょっとしなくてもバレちゃったみたいね。みんな、退散よ!』 「…………殺るか」 「…………ええ」 永琳は作業机の引き出しを開くと、中に隠されていたスイッチを、 「ポチッとな」 ――ぶしゅうううううううううっっっ。 スイッチが軽く鳴った瞬間、廊下の方から激しいスチームの噴射音が聞こえた。 『ぐっ、げほっげほっ、一体何なの、これっ』 『な、何だか気が遠く……』 ――ばたばたばたっっ。 『ちょっ、ちょっとみんな!? くっ、恐るべし月の頭脳。何時の間にこんな仕掛けを…… しかし詰めが甘いわね。私達蓬莱人に毒は効かないっていう初歩をお忘れかしら?』 ――わらわらわらわらっっ。 『あら? イナバたち、もう起きたの?……って、きゃああああっっ!!? なっ、何でみんなそんな紫色の肌で私に詰め寄って来るのっっ!!?』 『『ガ、ギ……ヒ、ヒメサマ……ヒギル……』』 ――ぐちゃっ。ぬちゃっ。めりめりめりっっっ。 『ひっ、ひぎいいいいぃぃぃぃぃっっ!!?』 『『『らっせーらっ、らっせーらっ』』』 「うわぁ……」 襖に映る姫様やイナバの子達の影絵が、何やら生物学的にあり得ない形状になっているが、 基本的に自業自得なので気にしてはいけない。 「……あぁ、滅多に聞けない、姫様の珠玉の悲鳴……優曇華の花待ち得たる心地とは、まさにこの事ね……」 「月人の愛情って、随分歪んでるのなぁ……」 ※メインイベント:時間無制限 永遠亭内変則タッグタシーロマッチ ED性病男爵 1時間53分48秒 ● 蓬莱山 輝夜 バイオハザードによる with 八意 永琳 ○ イナバーズの裏切り イナバーズ ――来週の新永遠亭プロレスも、どうぞお楽しみに! ………… 「……と言う訳で、私は永琳と彼を是非くっつけたいと思います」 あの思い出したくも無い馬鹿騒ぎの後、姫様は珍しく私だけを自室に呼びつけて、そんな事を言ってきた。 「姫様も、懲りませんね……」 今私の眼前に在らせられる麗しの姫様は、全身をぞんざいな継ぎ接ぎと包帯まみれにして、ミイラの出来損ないみたいになっていた。 「これしきで懲りてなんかいられますか。大体永琳は、自責と自戒が強すぎる。 昔っからこうなのよ。何に於いても私より上にあってはいけない、私より幸せになっちゃいけない、って」 「……そうですね」 それは、端から二人の関係を見ていてもよく分かる。 師匠は常に己を抑え、後方から姫様を立てる事しか考えていない。 「ありがたい気構えではあるけど、度が過ぎると私が足枷になっているみたいでいい気はしないわ。 今回だってそう。折角いい拾い物したんだから、逃がす手は無いって言うのに」 「姫様は、また随分彼の事を気に入られたのですね」 「そうね。相当極まった変質者ではあるけど、肝は据わっているし、何より懐が深い。 イナバ達の彼への懐きようったら、無いでしょう?」 「はい。子供達なんかは、もうベッタリですね」 最近は『ぷろれすごっこ』とやらが主流らしく、この前庭で遊んでいるのを見かけた時には、 彼がてゐにせがまれて肩車をしようとした所を、見事にフランケンシュタイナーで返されていた。 あの後、怒り狂った彼がアックスボンバーでてゐの体を一回転させたシーンは、ちょっと忘れられそうに無い。 「……確かに、本能で動く彼と理屈で動く師匠、って言うのは良いバランスですよね。 二人とも何気に行動力は抜群なんで、手が付けられなさそうです」 「そうそう。永琳みたいな理屈屋には、あれ位奔放な馬鹿がちょうどいいのよ」 ここ最近というもの、師匠は今までに私が見た事の無かった表情を幾つも見せている。 それは間違い無く、外から来た彼が引き出したものだ。 「……うん、師匠と彼がそういう仲になってくれたら、私も嬉しいです」 「でしょう? まったく誰から見ても丸分かりだって言うのに、永琳も何を意固地になって否定しているのやら」 ……それは、貴方やてゐが面白がって弄繰り回すからではないかと…… 心の中でツッコミを入れた私を尻目に、すっかり姫様は盛り上がってしまっている。 「もうこのまま放っておいたら、春まで何事も無く彼は外の世界に帰ってしまうわ。 ここは私達で何か手を打ちましょう」 「はぁ、それは良いのですが……具体的にはどのような?」 「それは、貴方が考えなさい」 こ、このグータラ姫は……! 肝心な所で役に立たないダメ主君に憤ってみたが、すぐにそれを打ち飛ばす妙案が浮かんでくれた。 ……今月は二月。 もうほんの数日経てば、こういう色事に打って付けのイベントがあるではないか。 つい最近まで隠れて生活していた事、それに女所帯という事もあって通年は歯牙にも掛けなかったイベントだけど、今年はそうは言っていられない。 思い立ったが吉日、こんな所で姫様とチンタラ遊んでいる場合ではない。 「頑張ってね~~」 「うるさい、働け!!」 ニコニコと手を振る竹取ミイラ姫にうっかり本音を浴びせつつ、私は師匠の部屋に急いだ。 ………… ――すぱー―――んっっ!!! 「師匠ッッ!!!」 「わっ。……ウドンゲ? 驚いた、声くらいかけなさいな」 「そんな悠長な事言ってる場合じゃありません! ……はい師匠、問題です。二月十四日は何の日ですか?」 「何よいきなり、変な子ね。…………う~ん、二月十四日ねぇ……」 何処ぞの捻くれトンチ坊主のように、師匠は指でポクポク頭を叩きながらしばし瞑目すると、 「あぁ、はいはい。ジェームズ・クックが航海中、ハワイの原住民に殺害された日ね」 ダ、ダメだこの人。 「なっ、何でわざわざそんなキツい所を引き出すんですか!」 「冗談よ、冗談。バレンタインでしょ、聖バレンタインデー。 ……それがどうかしたの?」 「どうかしたの、って……師匠は、彼に何かあげないんですか?」 「…………そういう事か。……私個人からは何かを贈るつもりは無いわよ」 「ええっ!? そ、そんなっ。チョコにお得意の薬を混ぜて篭絡したり、 全裸にリボンを巻いて『うっふん、プレゼントはワ・タ・シ』とかやる大チャンスじゃないですか!!」 「ウドンゲ……いい物あげるから、少し落ち着きなさい」 ――ぷすっ。 「うっ」 首元に痛みも無く注射針が刺さり、一瞬で中の液体が流し込まれる。 「あっ……あぁ……」 「……落ち着いたかしら?」 「う、うぅ……ごめんなさい師匠……鈴仙は……鈴仙は、悪い子です…………」 「ありゃ、効き過ぎたわね。……ふむふむ要改良、と」 何とも抗い難い憂鬱な気分に襲われ涙をはらはらと流していると、師匠が私の額を人差し指で軽く小突いてきた。 「あ痛っ」 「馬鹿ね。私個人からは、って言ったでしょう? ……当日は皆でね、イナバの子達も全員入れて食べられる位のケーキを作ろうと思っているのよ」 「ケーキ、ですか?」 「ええ。その方が彼も喜ぶんじゃないかしら」 「……はぁ……」 卑怯な逃げ方だ、と一瞬思ったけど、そうかも知れない、とも思った。 以前、食事中に彼とした会話を思い出す。 ………… 『モグモグゴクゴク、あ~今日も美味いやムシャムシャ』 『……ホント貴方って美味しそうに食べるわね……そんなにここのご飯は美味しい?』 『ああ、最高だ。こんな沢山の人達と一緒に笑いながら食べるご飯が、不味い訳が無い』 『……そう』 『そうなの。モグモグ……ぶはああぁぁぁっっ!!! 不味うううううっっっ!!! だ、誰だこの餃子作ったの!! この死臭漂う大珍味は、流石の俺にもフォロー不可能!!』 『あら、私特製のワサビ納豆蜂蜜餃子はお気に召さなかったかしら』 『またアンタか姫様!! 折角いい腕してるんだから、ネタに走るの止めて下さいよ!』 『オホホホお断りよ。あぁ、これだから人の幸せをぶち壊しにするのは止められないわぁ~~』 『ぐっ、主君の過ちを糺すのも臣下の務め! その大外道、最早捨てては置けぬ!!』 『あらら、私に是非を問おうと言うのね、賤しき地の民が。面白い、表に出なさい!!』 『望むところ!! 当方に人間の尊厳あり!!』 ―ーちゅどー―――んっっ。 ………… 「…………」 随分と不要な事まで思い出してしまったけど、確かに彼には、団欒を非常に貴ぶ気質がある。 ……私達と同じように、彼にもそれなりの過去や思想があると言う事かな。 「……そうですね。いい案だと思います」 私達外野があれこれ手を焼いてみたところで、結局どういう道を選ぶのかは師匠と彼、当人達次第だ。 今回の事だって、師匠なりに彼の事を想ってこういう選択をしたのだろう。 「そう……それじゃウドンゲ、明日は一緒に里や紅魔館に行きましょうか。 材料の買出しと、あと調理器具を借りないとね」 「はいっ。みんなで飛び切り美味しいケーキを作りましょう!」 私の自慢の師匠と、その師匠の眼鏡に適った人だ。 心配なんてしなくても、きっと最高の選択をしてくれるだろう。…………多分。 ………… さて、今日は二月十四日。 俺の敬愛する、藤島親方(元大関・武双山)の誕生日だ。 聖バレンタインデーとか言う行事など、見た事も無いし聞いた事も無い。 昨晩悶々としてしまってなかなか寝付けず、うっかり昼前まで豪快に寝過ごしてしまったのは、 『ひょっとして今年は』などと期待に胸を躍らせていたという惰弱な理由からでは断じて無い。 ……ホントだよ? ホントだよ? …………さあ今日も一日、張り切って行こう! ――すぱー――んっっ!!! 「おはようみんなっっ!! 今日って何月何日だったっけ!!?」 勢い良く大広間の襖を開いたが、珍しく中はもぬけの空だった。 「……あれ? 誰も居ない?」 どでかい広間に、俺の物であろう朝食の残りらしき膳が一つ、ぽつんと置かれている。 そう言えば、俺の部屋からここに来る間も、誰とも顔を合わせる事が無かった。 「……ふむ」 まあこればかりは寝坊した俺が悪いので、膳の前に腰を落とし、遅い朝食を頂く事にした。 「…………」 齧り付いた卵焼きは、今日も複雑に味の染みた良い出来だったが、いつもと比べてどうにも味気無かった。 ………… 「……で、一体何なんだこれは」 一人寂しく朝食を終えた後、人影を求めて屋敷を彷徨っていた訳だが。 調理場に差し掛かる廊下に掲げられたバカでかい看板を前に、俺は立ち往生していた。 『男子この場より先に足を踏み入れるべからず』 「……」 廊下の向こう、調理場の中から、何やらわいわいとイナバの子達が楽しそうに騒ぐ声が聞こえる。 要するに、今日は永遠亭のみんなで何かを催していて、俺は除け者にされている訳か。 ムカついたので、看板の頭に『美』の文字を入れておいた。 『美男子この場より先に足を踏み入れるべからず』 「……そこまで言われちゃ、仕方が無いな」 まあ、こういう日もあるだろう。一人で燻ぶっていても仕方が無い。 この時間、屋敷の近辺なら危険も無いだろうし、たまには外へ羽を伸ばすとした。 ………… 「う~~、寒い。それにしてもこの辺りって、本当に竹や野草しか無いんだな」 それなりに長い距離を歩いた気がするが、基本的にある程度拓けた一本道しか通っていないので、帰りに迷う事も無いだろう。 竹の葉の隙間から降り注ぐ暖かみを孕んだ陽光に、来たる春の兆しを感じる。 ……もうすぐ冬が終わり、春が来る。 「…………はぁ」 一つ、気だるく白い息を吐く。 本来なら歓迎すべき新たな季節の訪れを、どうにも快く迎える事が出来ない。 何時の間にか、この幻想郷で……否、永遠亭で過ごしたほんの短い日々は、 二十数余の年月を過ごした外での暮らしと天秤に掛けても遜色が無い程に、俺の中で掛け替えの無い物になっていた。 ここには、甘えを叱責し、生きる糧を与えてくれる主君が居る。 ここには、孤独を埋めて胸を満たしてくれる優しい人達が居る。 ……ここには、誰より傍に居て欲しい、何より愛しい人が居る。 何をとって考えても、外の世界では手に入らなかったものばかりだ。 こちらを選んでしまうのが、一番良い選択肢のように思える。 だけど、今日まで幻想郷で得た物は、全て客人として得た物であって、あくまで俺は『外から来たお客様』に過ぎない。 家族との絆、過ごした時間、沁み付いた習性。 そうした外の世界との繋がりに当たるような何かが、今の俺と幻想郷との間には無かった。 「……何がしたいのか、何が欲しいのかね、俺は……」 宛ても無く一人ごちて、空から前方に落とした視線の先に、一人の少女がこちらの方に歩いて来る姿を捉えた。 ……まずいかも知れない。 妖怪の見た目からその能力、性質を判断出来ないというのは、何処より永遠亭で思い知らされている。 万一の事態に備えて持ち出しておいた発炎筒を、そっと懐から取り出した。 少女の方もこちらの方に気付いたらしく、気負った風も無く、悠々とこちらに歩みを進めて来ている。 「……南無三っ」 発炎筒のフックに指をかけ、力を込めた。 軽い抵抗と共に、火付けのフックが一気に引っ張り出され、 ――ばっっ。 「んなあっ!!?」 発炎筒からフックに伸びた紐に色鮮やかな万国旗が姿を現し、辺り一帯を紙吹雪が舞う。 万国旗の中の一枚に、可愛らしい兎のイラストと共に、こんな事が書かれていた。 『かかったなアホが! byプリチーお宇佐様』 「ふっ、ふざけるな馬鹿野郎!!!」 何の役にも立たなかった発炎筒もどきを思い切り地面に叩きつけて憤慨していると、すぐ傍まで来ていた少女が呆れた声を出した。 「……何やってるのさ、アンタ」 右手から下がった籠には、食用の野草。 その少女は、何処かで見たようなモンペにサスペンダーという、一風変わった出で立ちをしていた。 ………… 「へぇ、外から来たの。大変ねぇアンタも」 先程の醜態から敵意が無いのを感じてくれたのか、あの後妹紅さんは、俺を竹林の中の掘っ立て小屋に案内してくれた。 「まあゆっくりしてよ。何も無い所だけどさ」 「悪いな、お邪魔させて頂くよ、妹紅さん。」 「はは、妹紅でいいよ。……はい、出涸らしだけど」 「……ありがとう。頂きます」 目の前に置かれた湯呑みに手を伸ばし、散歩で乾いた喉を潤した。 最初はもっとおっかない人を想像していたのだが、いざ話してみるとまったく普通の女の子で、少々拍子抜けした感じだ。 「この前はお土産ありがとうね。あれ、アンタでしょ?」 「あぁ、あれか。どうだった?」 「うん、気に入った。お陰様で、私の火力も一割増しってもんよ」 「そうか……」 あの極悪冥菓を喜んで食べるとは、流石は姫様の旧知だけあって、なかなかの変態のようだ。 「……何か失礼な事考えてる?」 掲げられた人差し指に、ぽ、と一つ火の玉が灯る。 「いやいや滅相も」 慌ててもう一度湯呑みを啜ると、誰かが入り口の引き戸を開く音が響いた。 「――妹紅、居るか?」 「あぁ慧音、いらっしゃい。入りなよ」 慧音と呼ばれた来訪者の顔には、見覚えがあった。 向こうの方も俺の事を覚えてくれていたらしく、俺の姿を視止めて目を丸くした。 「あれ、お前は確か、永遠亭の……」 「覚えていてくれたんだ。あの後どうだった?」 彼女は先月の半ばに一度、永遠亭を訪れて大量の風邪薬を買って行った事があった。 「あぁ、お陰で助かったよ。 まったく、一人罹ってしまえば拡がるのはあっと言う間だから、風邪と言うものは困る」 「何だ、二人とも知り合いだったの。……ね、慧音。その袋、何?」 「これか? 森の古道具屋に寄ったら、何やらチョコレートの駄菓子が沢山置いてあってな。 お茶請けに良いと思って、少し多めに買って来た」 そう言ってその場に置かれた袋の中には、懐かしの天使vs悪魔なシール入りウェハースチョコがぎっしりと詰まっていた。 ……あぁ……遂にこのチョコも幻想郷送りになったのか…… 「じゃあお茶請けが増えた所で、仕切り直そうか。アンタも一緒するでしょ?」 「ふむ……それじゃ、遠慮無く」 立ち上がった妹紅に空になった湯呑みを渡し、袋の中のチョコに手を伸ばした所で、 「「そのチョコレート、待ったあああああ!!!」」 ――どがああああんんっっ!!! 入り口の戸をショルダータックルで粉々に吹き飛ばしながら、突然姫様とてゐが乱入して来た。 「な、何事だ!?」 「げっ! か、輝夜っ!? アンタわざわざ私の家まで、何しに来たのよ!!」 「お黙りなさいこの泥棒もこ!! 貧相な芋娘の分際でウチの客分を誑かそうとはいい度胸ねぇ。 生憎そいつはウチの薬師に売約済みよ」 「そうよそうよ。千年経っても脳味噌に皺一つ増えない炎上馬鹿と、牛乳臭いハクタクは引っ込んでなさい! …………って、そこの彼も言ってるわよ」 「言ってねえ!!」 暴言の責任を俺に擦り付けようとするてゐを、思いっ切り一喝した。 「……一体何を言っているのか分からないけどアンタ達、人の家を壊した責任くらいは取って貰うわよ?」 先程までの穏やかな雰囲気から一転、妹紅は殺意のこもった赤い瞳で、姫様とてゐを睨み付けた。 「責任なんて面倒なもの、誰が取るもんですか!! 喰らえ先手必勝!!」 不意を突き、腰を落とした低い体勢で突っ込んだ姫様が妹紅の腰に食らい付き、テイクダウンを奪った。 「なっ……!」 そのまま蜘蛛の如く隙の無い動きで妹紅の背後から足と首を絡め取り、一気に絞り上げる。 「存分に味わいなさい! イナバ達と編み出した対蓬莱人最終奥義、 STF(ステップオーバー・てるよ・フェイスロック)!!!」 「ぐっ!?……ぎゃああああああっっ!!! 痛い痛いっっ、死なない程度に痛いいいいっっ!!!」 ……まさに蓬莱殺し! 姫様の陰険な性格がよく滲み出た、非常に嫌らしい技だった。 妹紅の悲鳴に気を良くした姫様は、うっとりと無茶苦茶いい笑顔をしている。 「も、妹紅っ」 慧音さんが妹紅を助けに入ろうとするが、てゐが巧みに進路を妨害していた。 「ほらほら、あんたの相手は私、私」 「くっ……お前らっ……!」 姫様の極悪奥義を逃れようの無い角度で受けた妹紅が、涙目で苦しげな声を漏らす。 「……た、助けて、慧音……」 「!!」 ――どくんっっ。 外まで聞こえるような確かな音で、一つ心臓を強く鳴らした慧音さんの頭から…… ――めきめきめきっっ。 ……二本の禍々しい角が生えてきた。 「げっ!?」 「呼ばれて飛び出て満月フォー――――ッッ!!」 まるで妖怪のような姿に成り果てた慧音さんが、両腕を高々と上げ、両足をクロスさせて、見事なXポーズをキメた。 「なっ!? な、何でこんな真っ昼間にその姿にっっ!!?」 姫様の驚愕の声に、慧音さんは不敵な笑みを浮かべる。 「よくぞ聞いた! 妹紅が私を求めて流した一粒の涙が、偶然にも満月光線と同じ光を放ったのだ!!」 「んなアホな……」 もうグダグダだった。 「お前に恨みは無いが、私の妹紅を救う為! そこを空けて貰うぞ白因幡!!」 「ひっっ!?」 ――ぞぶっっ!! 神速のタックルにより、慧音さんの角がてゐの臀部を深々と貫き、その小さな体躯を高々と吊り上げた。 「ふ、ぐ、ぐぶぶ……」 見事に一本釣りにされたてゐが、白目を剥いてぶくぶくと口から泡を吹いている。 「う、うわ……えげつなぁ……」 「くっ、これは誤算だわ……ほら貴方っ、走りなさい!!」 「えっ? あ、ああ」 指示を受けた俺が外へ走り出したのを確認すると、姫様は妹紅を解放して飛び上がり、てゐを回収して脱兎の如く逃げ出した。 程無く俺に追い着いて襟首を掴むと、 「そぅれっっ、逃げるわよおおお~~~~!!」 ばびゅー―――んっっ。 そのまま高々と青空目掛けて飛び上がる。 「「に、二度と来るなああああ!!」」 下から大声で呪詛を上げる妹紅と慧音さんの姿が、みるみる小さく遠ざかっていく。 「…………ねえ姫様。俺を迎えに来てくれたのは分かるんですけど、もう少しこう、穏便には……」 「ふん、人が争うのに、大した理由なんて必要無いのよ」 「当人がそれを言うなよ……」 幻想郷で生きていくと言うのは、かくも厳しいものなのであった…… ………… ――すぱー―――んっっ!! 「ただいま~。ちゃんと連れて帰って来たわよ」 「「ただいま~」」 元気良く襖を開いた姫様にてゐと二人で続くと、大広間の中からカカオとクリームの噎せ返るような甘い香りが漂ってきた。 「あら、お帰りなさい。どうしたの、てゐ。そんな変な歩き方して」 「いや、その、大丈夫だから、あはははは……」 「変な子ねぇ……」 俺達を迎えてくれた永琳は、いつもの服の上に薄ピンク色のエプロンという完璧な若奥様ルックをしていた。 「まあいいわ。ほら、準備はもう出来てますから、早く始めましょう」 「了解。ほら皆、今日の主役のお帰りよ~」 永琳と姫様の背中を押された先、広間の中央にホール型のケーキが五つ、どんと鎮座していた。 「……なあ、これって」 「ふふ、今日が何の日か、知らない訳じゃ無いでしょう? 永遠亭の一同から日頃の感謝をこめて、貴方にプレゼント」 「……そうだったのか…………ありがとう」 少し照れくさそうな永琳の言葉が、じわりと胸に沁みる。 俺は、除け者にされたなどと詰まらない事を考えた自分の心の貧しさを、猛烈に恥じた。 辺りを見回すと、イナバの子達が小皿とフォークを手に、ケーキの周りをそわそわと取り囲んでいる。 「お兄ちゃん遅~い!」 「何処行ってたのバカ! ノロマ!」 「もうこんな鈍亀放っておいて早く食べようよ~」 みんなありがとう! 俺嬉しいよ( A`) 今日って確か『ケーキ食べ放題の日』じゃ無くて、『女性が大切な男性にチョコを贈る日』だった筈だよね…… がっくりと肩を落としていると、永琳が苦笑いを浮かべながら手を叩いた。 「はいはい、皆待ち切れないみたいだから、始めましょう。 ウドンゲ、切り分けるから手伝って頂戴ね」 「はい。ほらみんな、並んで並んで。順番順番」 「「「は~~~い」」」 結局ホール五つ分のケーキはものの見事に分配され、みんなで仲良く分け合う事となった。 俺の知っているバレンタインとはこんなイベントでは無かった筈だが、 美味しそうにケーキを頬張るみんなの幸せそうな笑顔を見ていると、そんな些細な疑問はどうでも良くなる。 辺りいっぱいの笑顔を肴にケーキを頂いていると、ふと横合いから袖を軽く引っ張られた。 「ん?……何だ、どうしたチビ助」 俺の肘を摘んでいたのはイナバの最年少で、特に俺によく懐いてくれている子だった。 「ね、お兄ちゃん。美味しい?」 「ああ、美味しいよ。……ありがとう。みんなで頑張って作ってくれたんだろ?」 「うん……よかった」 頭をわしわしと撫でてやると、彼女は幸せそうに頬を緩ませた。 「えへへ……ね、お兄ちゃん」 「何だ?」 「ずっと……ずっと、ここにいてくれる?」 ――ぴしっっっ。 場の空気が、一瞬にして凍りついた。 「「「……………………」」」 鈴仙や他のイナバの子達はフォークを咥えたままで瞬きさえ忘れて固まり、永琳は無表情でお茶を啜っている。 そもそもケーキに夢中で話を聞いていなかった姫様は、一人ご満悦な表情を浮かべていた。 自分の一言で周りの雰囲気が一変してしまったのを感じ取り、チビ助があたふた慌て出す。 「あ、あれれ? ねえ、私、何かおかしな事言ったかなあ?」 「…………いや、何もおかしな事は言ってないよ」 まったく、ありがたい話だ。 この程度の事で場がおかしくなる程度には、皆俺の事を気に掛けてくれているのだ。 「そうだな……ずっと居られたらいいな」 それこそ息を吐くような自然さで、そんな言葉が口を衝いて出てきていた。 「ホント? わぁ、嬉しい!」 無邪気に喜んで走り回るチビ助の姿に、ようやくみんなの口から安堵の息が漏れる。 ……ずっと居られたら、か。 方便などではない、自分の胸底から自然に出た、偽りの無い言葉だった。 胸の内の天秤は、とうの昔にこの永遠亭の方に傾き切っている。 あとは、秤を今の位置で縛り付ける為の、俺と幻想郷を繋げる絆が欲しい。 「……色々な事を考える必要があるな」 「例えば、今日の永琳様のエプロン姿について、とか?」 俺の独り言に、てゐが横から茶々を入れてきた。 「ああ。エプロン一枚衣服が増えたのに、何でいつもよりエロく視えるんだろうな……」 「知ったこっちゃ無いわよ……」 思考の切り替えの圧倒的な速さが、俺の自慢の一つだった。 ………… ~ March ~ ――だから、私が生きた世界のぬくもりを、思い出と言う慰めで良いから、私の胸に抱き留めていたい。 三月。 冬と呼べる程の寒気はとうに失せ、庭に聳える一本の桜の蕾も、随分と柔らかくなってきた。 ――春が来た。 その日の晩ご飯も、いつもと同じように賑々しく進んでいた。 「ねえ居候、ちょっと醤油取ってくれない?」 「あーはいはいどうぞ。姫様、たまには自分で動いて下さいよ……」 「嫌よ。他に動いてくれる人が居る内は、私が動く必要なんて無いじゃない」 「もう、姫様。怠け癖がつくのは良くないですよ?」 甘ったれまくりの姫様に、永琳が思わず苦笑を漏らした瞬間、 ――カラン、カラン。 永遠亭周囲に張り巡られた結界が反応し、来訪者を報せる柝の音が響いた。 「あら、お客様ね。イナバ、お願い」 「あ、はい。私が行きます」 率先して席を立った鈴仙に、イナバの子達が数名、ぱたぱたと後をついて行った。 ………… 鈴仙達の姿が消えてから数分して、姫様がぽつりと呟いた。 「来ちゃった、か……」 「…………はい」 苦笑いを浮かべる姫様と、何故か重々しく視線を落とす永琳。 「?」 お茶を一口啜り、どうかしたのかと口を開きかけた瞬間、鈴仙が神妙な顔付きをして戻って来た。 「……あの、姫様、師匠。来ました……スキマ妖怪が」 「呼ばれてないけどジャジャジャジャー―――ンッッ!!!」 「うおおっっ!!?」 鈴仙の台詞が終わるか終わらないかというタイミングで、俺の湯呑みから突然人影が飛び出してきた。 「ほっ、と」 軽やかに畳に降り立ったその金髪の貴婦人風味な女性は、和洋折衷だか中華風だか、よく分からない服装をしていた。 「はいはい皆さんお久し振りね、藍から話は聞いたわよ。 ……って、アレ? な、何でみんな私の事そんな白い目で見てるの?」 「普通に登場出来ないのかしら、貴方は……」 ええと、ひょっとして、この人が…… 「あら、貴方が藍の言っていた外の方ね。初めまして、八雲紫と申します」 「ああ、初めまして。……なあ永琳、想像していたのより、全然熊っぽくないんだが……」 「油断したら駄目よ。こう見えても人は喰うし、長い冬眠で腹の肉も増えているに違いないんだから」 「そ、それは怖いな……」 まったく、妖怪と女は見た目で判断する事が出来ない。熊さえ可愛く見える恐ろしさだった。 「……初見で随分失礼な人ねぇ。お腹の肉なんて、肥満と細身の境界を弄ればどうって事無いわ」 「そっ、そんなのズルイわっ!!」 何故か、姫様が憤慨していた。 「……さて、本題に入りましょうか。貴方、心の準備は出来ていて?」 「……あー、その……」 「だめっ!!」 ちょっと待って、と言いかけたところで、突然イナバの子達が数人俺の前に割り込み、両手を広げて紫さんの前に立ち塞がった。 「……お兄ちゃんを、連れて行っちゃダメ」 「あらあら、可愛いらしい騎士様達だこと」 チビ助達に睨みつけられた紫さんが、淡い苦笑いを浮かべる。 「……しょうがないわね。おチビちゃん達と、そこで怖い顔をしている薬師さんに免じて、今日のところは退散するわ」 扇子が振るわれた軌道に沿って、一拍遅れて空間に裂け目が生まれた。 「明日また来るから、そこで答えを頂戴。その次はもう無いわよ」 ウィンクを一つ残して、紫さんの体が裂け目の中に消えていく。 「それでは皆さん、良き選択を」 彼女の姿を呑み込むと裂け目は閉じて、その跡形全てをそこから無くした。 「……………………」 神妙な沈黙が、背中に重く圧し掛かってきた。 ………… あの後、味がよく分からなくなった晩ご飯を片付け、一人自室に篭もって思案に耽っていた。 バレンタインの日からずっと考えてきて、自分がどうしたいのか、結論はとっくに出ている。 だけどそれを実行に移すには、やはりそれなりの覚悟が必要だった。 何処に、絆を求める? 決まってる。この永遠亭に。 誰に、絆を求める? 決まってる。一目視た時から恋焦がれてきた、大好きな人に。 「…………よしっ」 頬を張って気合を入れ、勢い良く腰を上げた。 …………そして次の日。 ~ Last Note ~ ――誕まれて、生きて、死んでいく。 「…………」 「師匠」 「…………」 「師匠?」 「…………」 「……師匠!!」 「きゃあっ!? ちょ、ちょっと、驚かさないでよウドンゲ……」 「何言ってるんですか。私、ずっと呼んでたんですよ?」 昨日の晩から自室に篭もり、半日以上瞑目していたせいか、まるで気がつかなかった。 「そ、そう……」 「もう、一体どうしたんですか? 昨日からずっと引き篭もっていたかと思えば、朝食にも昼食にも出て来ないで」 「……何でもないわよ」 「嘘ばっかり。昨日あれから、彼と二人で話してましたよね。それ絡みじゃないんですか?」 「…………そうなのよねえ……」 もう取り繕っても仕方が無い。弟子の指摘を、己の未熟と併せて素直に認める事にした。 「……彼は、何て?」 ウドンゲの催促に、昨晩彼から受けた言葉を思い出す。 『君の事が好きだ。だから、俺がここに残るか外に帰るかを、君に決めて欲しい』 そう私に告げてきた彼の眼差しから感じたのは、 己の道さえ決められぬ弱さなどではなく、自分の未来を委ねても構わないと言う、私に向けられた強い愛情だった。 「まったく、女冥利に尽きるわ……」 「ふふ、いい話じゃないですか。で、師匠は何て返事したんですか?」 「……保留中」 「えっ? な、何でですか? あの、師匠も彼の事……」 「私は蓬莱人だからね」 「それはそうですけど……でも、彼はそんな事」 「そうね……きっとあの人はそういう事情まで考慮した上で、私を好いてくれているのでしょう」 間違い無く、彼は私や永遠亭の人達を幸せにしてくれるだろう。 ……問題は、私の方にある。 彼と接するようになってから、何時の間にか私の中に一つの恐れが芽生えていた。 長い時間を経て身についた、生きる上で必要な知識や習性、そして姫との経緯は、 どれ程の時間をかけても決して失われる事の無い、私を形作る原型と呼べるものだろう。 だけど、かつての月での生活や、この永遠亭に来てからの出来事……所謂『思い出』というものに関しては、その限りではない。 ある記憶は時間と共に風化して朽ち落ち、ある記憶は新たな出来事によって塗り替え抹消されて…… ふと自分の足跡を顧みて、思い出と呼べるものの大半が最早輪郭さえ留めず、私の中から失われている事に気付いたのだ。 ならば果たして、現在私を取り巻く永遠亭の人々……このウドンゲやイナバの子達、それに、彼の事はどうだろうか。 今となっては月で共に過ごした同胞の顔をまるで思い出せないように、 やがて天寿を全うし消えていく彼等を、私は新たな思い出を塗り重ねる事で無くしてしまうのだろうか。 …………嫌だ。 亡くしても、無くしたくない。 この幸せさえ擦り減らしやがて無くして、なおのうのうと笑っているであろう未来の自分が、酷く醜い生き物に視えてしまう。 ……改めて思い知らされる。 私は深い思慮も無く、こんな酷い生き方をあの二人に与えてしまったのか。 「ねぇウドンゲ……永く生きるっていうのは、こんなに悲しいものだったのね。 今こうして目の前に居る貴方の事も、私はやがて無くしてしまうのでしょう」 苦笑の表情を作ったつもりだが、実際にはどんな酷い顔をしているのか、自分でも分からない。 だと言うのに、目の前の不肖者の弟子は、 「何言ってるんですか師匠。私は、居なくなったりしませんよ」 そんな馬鹿な事を言いながら、私の鬱屈を笑い飛ばすかのような笑顔を視せた。 「……あのね。私の話、聞いてた?」 「はい、一語一句漏らさず。……私は確かにただの兎で、やがて師匠を置いて死んでしまうでしょう。 でも、子供が出来たら師匠に教えて頂いた事をその子に伝えます。 もし子供が出来なくても、私が残したものはイナバの子達が受け継ぎ、やがて子供達にも伝えてくれるでしょう」 そこまで一気に言って、彼女は一つ、大きく息を吸った。 「師匠が忘れてしまっても、気付かなくても、私はずっと……ずっと、師匠の傍に居ますから」 「…………」 ――眼前の風景が、目映く歪む。 三千年に一度しか開花しないと言われる、金輪王と如来の花。 戯れで名付けた筈のその幻想の花が、私の眼前で白く眩しく咲いている。 「……ウドンゲ」 そっと手を伸ばし、彼女の頭を胸元に抱き抱えた。 「わぷっ。……し、師匠? 苦し……」 「ねぇウドンゲ。……一度しか言わないから、よく聞きなさい」 私の胸に埋もれた小さな頭を、柔らかく撫でる。 ――今の私のこんな顔を、弟子になんて見せられるものか。 「…………はい」 「……ありがとう。貴方に逢えて、よかった」 ――決めた。 昨日からずっと考え、一つ辿り着いた私の望むもの。 私は、今ここにある幸せを、もう薄れさせたくは無い。 ……あの人が私に思いの丈を伝えてくれたように、私も全霊を以って伝えよう。 彼の真っ直ぐな情念とは比べるべくも無い、醜くおぞましい欲望ではあるが。 ………… ウドンゲと別れ、眦を決して彼の部屋へと向かう途中、縁側に姫の姿を視止めた。 姫は一人で縁側に腰掛け、齷齪と庭の手入れに勤しむイナバの子達を眺めていた。 視線を庭の方に向けたまま、鈴を鳴らすような声が静かに響く。 「…………腹は決まったかしら?」 「はい」 「そう。……それじゃ、私から言う事はあまり無いわね」 詠うように気負いの無い、だけど力ある荘厳な声で、姫は続けた。 「今までありがとう、永琳。 私は、貴方のどのような決断も受け入れる。 言いたい事は、ただ一つだけ…………」 「はい」 「……幸せになりなさい、八意永琳。 臣の幸せは、私の幸せでもあるのだから」 「…………はい」 ………… 「……入るわよ」 「ああ」 断りを入れて、襖を開く。 何も様子の変わらない部屋の真ん中で、彼はただ寝転がって天井を眺めていた。 何一つ部屋の片付けが行われていない事に小さな安堵を覚え、改めて彼からの信頼の深さを感じた。 「話があるの。少し表に出ましょう」 ………… ――ざっぱああああんっっ!! 「こんにちはお姫様~~。たまにはお昼に顔を出してみたのだけど、いかがお過ごしかしら? ……クシュン!」 「昨日は湯呑みからで、今日は池から、か。まったく、普通に玄関から来なさい、玄関から」 「う~~冷たい、今後考慮するわ。それよりも……あの人間は?」 「いないわ、お出掛け中」 「あらあら、逃げられちゃったか。 残念ねえ……外に帰るとか言うのなら、こっそり頂いちゃおうかと思ってたのに」 「やっぱりそんな所だったか。彼はもう此処の住人だから、これから手を出すのなら容赦はしないわよ」 「流石にそんな野暮はしないわよ。そう言えば、薬師も居ないみたいだけど……やっぱりそういう事?」 そう言っていやらしい笑みを浮かべると、紫は親指と人差し指で輪っかを作った。 「むっふっふ。そういう事、そういう事」 その輪っかに、人差し指をズボズボと突き入れてやった。 「「むふ、むふ、むふふふふ…………」」 「「「……………………」」」 周りのイナバの子達の視線が、とても痛かった。 ………… 「いい天気ねぇ」 そろそろ夕刻に差し掛かろうという頃合、僅かに茜の差した空を、 彼を初めて拾ったあの日のように、背中に負いながらゆるりと飛んでいる。 「痛いよ~~、痛いよ~~」 道中、体勢を直す振りをして私の胸を触ろうとした不届き者を、両肩の関節を外す事で制裁した。 竹林をとうに過ぎ、初夏から何度か行き来している鈴蘭畑を通り過ぎて、 やがて私達は、かつて彼岸の花に溢れていた、無縁の塚に降り立った。 ………… 『……ありゃ。これはまた珍しいお客さんだこと』 『ちょっと小町! またサボってる!』 『きゃんっ!? ちょ、ちょっと映姫様、いきなり後ろに立たないで下さいよ』 『何言ってるの。こんな所で一体、何をコソコソ……ゲエェー―ッ!! あ、あれは蓬莱人! こここ小町!! 塩っ、塩撒いて追っ払って来なさい!』 『まあまあ映姫様。……それよりも、一杯どうです? あの二人、いい肴になりそうですよ?』 ………… 「何とも辛気臭い場所だな。立ってるだけで気が鬱ぎそうだ」 入れ直した肩をぐるぐる慣らしながら、彼は呟いた。 「そうね……でも、ここじゃないと駄目なの」 天命を終えた人の魂、想いの逝きつく孤高の丘。 今の私には縁の無いこの塚こそ、始まりのテープを切るに相応しい場だと思ったのだ。 「……それじゃあ、聞かせてくれる? 永琳の話」 「……ええ」 もはや取り繕う必要も、余分な言葉で意味をぼかす必要も無い。 私の出した答えを、簡潔に彼に伝えよう。 ――私が彼に与える、一つの難題。 「実は……ね」 「うん」 「蓬莱を殺す薬を、作ろうと思うの」 「……………………そうか」 「ええ。だから……ね」 怖い。 怖い。 私の次の言の葉を受けた後、彼は一体どのような顔をするだろうか…… 「だから?」 「だから…………貴方に、蓬莱の薬を、飲んで欲しいの」 「…………」 「…………」 言葉として形にする事で、自分の出した答えのおぞましさ、浅ましさに、改めて痛烈な嫌気を覚えた。 私は、彼にこう言っているのだ。 ……一緒に地獄に堕ちてくれ、と。 禁忌である蓬莱の薬を殺すという事は、更にもう一つ先の禁忌を犯すという事だ。 これから着手するとして、どれ程の時間や犠牲を払う事になるのか、見当もつかない。 果たして薬を完成させ、再び時間の歯車を軋ませるその瞬間に、この人が隣に居ないのでは、まるで意味が無いのだ。 「…………」 「…………」 一瞬とも万年とも思える、凍ったような沈黙。 彼は私の言葉の裏、私の胸の内までを咀嚼するように暫し瞑目し、そして…… 「うん、分かった」 ……先刻のウドンゲを彷彿とさせるような、眩しい笑顔を視せてきた。 「……………………いいの?」 「ああ。日本男児に、二言は無い」 いつもの爛漫な笑顔そのままに、彼の手が私の方にそっと伸びて…… 「あっ」 ……引き寄せられるままに、私の身体が彼の腕の中に収まる。 「……いいの? 私、貴方が思っているより、ずっと怖い女よ?」 「怖くなんてあるもんか。俺を選んでくれた、誰より大切な人だ」 「…………きっと、永く辛い道になるわよ?」 「大丈夫だよ。姫様も居るし、妹紅も居る。鈴仙やイナバの子達も居るし……俺だって、ずっとついてる。 きっと、地獄だって楽しめるさ」 かつての私は、知っていたのだろうか。 ――人の腕の中が、こんなにあたたかいものだという事を。 「永琳」 彼の指が、私の顎をそっと上を向かせる。 「あ……」 少なくとも幻想郷に来てからは覚えの無かった潤みを目元に感じながら、私はそっと瞳を閉じた。 ………… ――矢を、放とう。 永い射線に迷い、切り裂く風の冷たさに凍て付き、林檎に刺さる頃には、朽ちてぼろぼろになってしまうかも知れないけど。 偕老同穴の誓いを乗せて、再び歯車を動かす為の、決して折れる事の無い命の矢を、二人で放とう。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「ウィ~ッ、こここ小町のヴワッキャロォォオオオオイっ。 クソッタレ蓬莱人でさえあんにゃに幸せそうにイチャイチャしてんのに、 ぬわぁぁんで私はお前みたいな阿婆擦れと酒なんて飲んでんだああああああっっ!!?」 「あ、あの、映姫様? 落ち着いて……」 「ああああたしゃ落ち着いてるってんだよこのパープリンがああああああ!! いいからとっとと酒追加しろってんだよおおおおぉぉぉ!!」 「ひいいぃぃっっ、しまったあぁ、あたいとした事がああああぁぁ~~~~……」 454