約 39,014 件
https://w.atwiki.jp/fulvicmicrobe/pages/39.html
波動原理・ゼロ点効果の纏めサイト - 放射能除去法纏めサイト 無数の除去事例や超常的現象、量子の共鳴効果による意識・社会・環境の改善 万物における波動情報の原理・作用・効果・影響・意味合いと形成・発展・永続化 量子(電子・陽子・中性子・光子・ニュートリノ)=波動(気)・ゼロ点(Zero Point Field)・電磁波・プラズマ・幾何学的形態・物質(珪素・量子水・酵素)・微生物・コイル・波動器具・波動農法や意識・言葉・パワースポットなど、波動原理の各種効果(超科学・超能力・元素変換・健康・意識覚醒・自然環境の浄化・森羅万象の好転) *************************** 項目6⑩:波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い 森羅万象の形成・発展・永続化、意識・社会・環境の浄化・改善 【波動原理と超能力と脳機能の根源】 ●右脳左脳 ●脳と間脳 ●ミラーニューロンと共感・共鳴 ●波動的な治癒能力、自己・他者・森羅万象の修復 ●松果体・第三脳室とクリプトン・希ガス、波動原理と超能力の根源的原理 ●磁気と超能力 ●バイオフォトンと生体リズム ●波動・意識・電気の媒質としての水分・神経 ●ツボ・経絡について ●チャクラと関連する身体器官 ●右脳左脳 「大脳」の「左脳」「右脳」について、「右脳の働き」は「左半身を制御」「左視野を認識」、「左脳の働き」は「右半身を制御」「右視野を認識」します。「右脳・左脳」から発した神経は、「延髄」の「錐体交叉」などで交叉して、「右半身・左半身」へ伸びていきます。何故交叉するかは諸説ありますが、詳しくは不明です。「右脳:感覚」「左脳:分析・論理」とはよく言われる所で、「右脳:現在が全て」「左脳:過去と未来が全て」と評される事もあります。 「左脳」と「右脳」には、次のような特性があるとも言われます。 ・「左脳」:「論理」「考える・思考・分析・計算」「理屈・理論・仕組み」「階層性(階層構造)」「ミクロ構造」「言語(声・音の認識/会話/読み書き)」「意識」「写実的」 ・「右脳」:「情緒」「感じる・感覚・創造・直感」「感性・発想・イメージ」「統合性・体系化」「マクロ構造(俯瞰)」「独創性」「芸術」「図形の読み取りと処理」「空間認識」「音楽等を聞き取る能力」「絵画的」 これは「陰陽」であり、「知的生命体に必要な性質が、対照的性質の二群に区分けされ、左右の脳を処理装置と成した」というように解釈できます。ただ「右脳左脳論は誤り」とも言われます。しかし「何らかの分野(芸術など)で、活発に動く脳部位がある」というのもあります。 諸説を総合すると「局在的な脳機能は無い」「このような行為が行われる際には、左脳・右脳のどちらかだけが働いている訳でなく、脳が全体的に活性化して働いている」「その中で、○○の行為・処理では、××が主導的に働いている、というように最も働く部位がある」とのようです。脳とは宇宙であり複雑系の世界なので、包括的に存在しているのでしょう。 「論理⇔感性という陰陽の極性」における意味での「論理(左脳的)の性質」が過多であると、「論理方向の過多」→「階層性過多」→「還元主義・唯物思想の弊害」「分断的思考法の社会での蔓延」「巨視的思考や融合的概念の軽視」という状況を招きます。近年の世界における傾向には、この背景が存在して、これは「従来科学の基本的観念の、 要素還元主義への偏重」に準拠した物だともいえます。 「両脳が同時に働くとバランスが改善、脳波はアルファ波以下に低下して、精神的・肉体的に安定的になり、ストレスが軽減する」と言います。「論理と感性」「左脳と右脳」は共に大事であり、何事につけても「陰陽の両方の働きの中間にバランスを置くこと」が重要なのでしょう。 ●脳と間脳 《脳の主要部位の位置》 間脳 ・大脳半球と中脳の間。 ・左脳・右脳の間。 脳幹 ・延髄と橋、中脳と間脳を合わせて脳幹と呼ぶ。 ・狭義の脳幹(下位脳幹)は、延髄・橋・中脳で構成され、間脳の下部にある。 中脳 ・狭義の脳幹(下位脳幹)のうち、もっとも上の部分。 小脳 ・大脳の尾側に位置。 ・大脳最後部(頭部最後部の奥)にある後頭葉の下部。 大脳(終脳) ・大脳皮質、白質、大脳基底核で構成される。 ・左右両側の大脳半球を「左脳・右脳」と呼ぶ。 「脳幹・小脳・脳下垂体」は、思考などに携わる表面部の大脳新皮質に比べ、より「生命活動の基幹部分」に携わっていて、「根源的な脳」「動物的な脳」「爬虫類脳」などと呼ばれます。 「間脳」は「大脳の一部位」「視床・視床下部・脳下垂体・松果体・乳頭体の総称」「自律神経の中枢」で、「左右の脳機能の統合的処理」を行っています。特に「統合的感覚・統合性」「超感覚」などを司っていて、正中線上にある脳部位であり、チャクラ活性化・波動上昇がされると、特にこの部位が活性化します。 では、どのようにすれば間脳が活性化するかですが、これは「正中線と間脳への意識を持つ」「体の硬直・歪みを解消する」です。正中線・間脳は周囲の硬直・歪みにより、収縮した状態にあります。拠って体の硬直・歪みを解消しないと、本来の大きさより小さいままとなり、波動の循環が阻害されるので、能力は発揮されません。また、その位置も把握し難くなって、正中線・間脳の意識が持ち難くなります。 間脳の一部の「視床(ししょう)」は、 嗅覚以外の、「視覚・聴覚・体性感覚などの感覚入力を大脳新皮質へ中継する」という重要な役割を担っています。この後部に、下記の「松果体」があります。 「脳幹」は「延髄・橋・中脳・間脳の総称」「中枢神経系を構成する器官集合体」であり、無意識下で行われる呼吸など、「生命の根幹部分を担う役割」があります。 「小脳」は「小脳虫部・小脳半球・小脳片葉・小脳核などの総称」、主要機能は「知覚と運動機能の統合」で、障害が起きると精密な動作や平衡感覚が失われます。 「脳下垂体」は「成長ホルモン」をはじめとする「多様のホルモンの分泌」を行う「内分泌器官」です。「甲状腺・副腎皮質・性腺などのホルモン分泌器官」に対して、「分泌器官を刺激してホルモンを分泌させる為のホルモンを分泌」しています。いわば「ホルモン分泌の元締め器官」といえる存在です。 脳の中心部の周囲の「古皮質」は「感情を司る古い脳」「両生類から見られ」、これを取り巻く「大脳新皮質」は「大脳の部位のうち、表面を占める皮質構造のうち進化的に新しい部分」「合理的で分析的な思考や、言語機能を司る」「いわゆる下等生物では小さく、高等生物は大きい傾向がある」「人類では、中脳、間脳などを覆うほどの大きさを占めている」という性質があります。 「大脳」は、脳の中部・上部を占める大きな部位、「大脳皮質:表層の灰白質」「白質:大脳皮質の下にある神経線維の束」「大脳基底核:大脳中心部で間脳の周囲を囲むように存在する神経細胞の集まり」で構成されます。 「大脳皮質」は「知覚、随意運動、思考、推理、記憶など、脳の高次機能を司る」「神経細胞は規則正しい層構造をなして整然と並んでいる」「両生類から見られる古皮質と、哺乳類で出現する新皮質がある」という性質を有し、「前頭葉:外側溝より上側で、中心溝より前側の部分」「頭頂葉:外側溝より上側で、中心溝より後側の部分で、頭頂後頭溝から角回あたりより前側の部分」「側頭葉:外側溝より下側で、角回あたりより前側の部分」「後頭葉:頭頂後頭溝あたりより後側の部分」「島皮質:外側溝が内側にくぼんで広がり、外からは見えなくなった部分」「内側面:大脳縦裂に面し、左右半球が向かい合っている面」「下面:眼窩や小脳に接している面」に分かれています。 「大脳辺縁系」は「情動の表出、意欲、そして記憶や自律神経活動に関与している複数の構造物の総称」です。「大脳辺縁系で多くの欲望が生み出される」とも言います。 「海馬」は「大脳辺縁系の一部である、海馬体の一部」「記憶や空間学習能力に関わる」「虚血・心理的ストレスに対して脆弱」という部位です。他に「特徴的な層構造を持つ」「神経科学の分野では、海馬体の別の部位である歯状回と海馬をあわせて海馬と慣例的に呼ぶことが多い」という性質があります。 「頭頂葉」は、主に知覚のうちの「体性感覚・平衡感覚」「動作の決定」「複雑な動作」「計算(などに携わっています。 「後部頭頂葉」は人間で特によく発達しているぶで、「立体的な関係の把握・理解」「身体の空間認知」「異種感覚統合」「記憶の想起(後述)」「痛みの短期記憶」「自己超越傾向(後述)」「高い注意力・集中力(後述)」を司る領域とされます。「記憶の想起に、海馬に代表される内側側頭葉だけでなく、後部頭頂葉の働きが関与する」「海馬傍皮質は内側側頭葉の後部、頭頂葉、後頭葉との結合が強い」という事が判明しています。「不安刺激」→「後部頭頂葉」→「高次視覚野」という経路があり、後部頭頂葉の高い集中を齎す機能により、恐怖・不安を起こす視覚刺激に優先して目を向けるようになります。「後部頭頂葉は自己超越傾向に関する部位」だと示唆する研究結果が、記事①「脳に神の御座みつかる?」にあり、「直感力での情報処理」→「論理的思考をしない(考えずに感じる)」→「周囲との一体感の感覚」→「上後部頭頂葉の硬直の悪影響の、脳の自己と非自己を区別する機能が弱まる」という作用原理のようです。ここの障害は「失書(自発的に字を書くことも書き取りもできない)」「失算(暗算も筆算もできない)」「手指失認(指定された指を示せない)」「左右失認」「道順障害」という症状を起こします。 「前頭前皮質」は「前頭葉の前側の領域で、一次運動野と前運動野の前に存在する」という場所です。機能は「機能を表す最も典型的な用語として、実行機能がある。実行機能は対立する考えを区別する能力の他、現在の行動によってどのような未来の結果が生じるかを決定する能力、確定したゴールへの行動、成果の予測、行動に基づく期待、社会的な"コントロール" (もし行ってしまったら、社会的に容認できないような結果を引き起こすような衝動を抑制する能力)に関係している」「多くの研究者は、人々の個性と前頭前皮質の機能との間には欠かすことの出来ない繋がりがあることを示唆している」です。纏めると「認知力」「判断力」「思考力」「行動の抑制力」が機能です。 「前頭前野」は「前頭連合野」とも呼ばれ、「高次機能を司り、人間における発達が顕著」です。「脳の活動性の調節に重要な役割を果たす」「記憶や学習と深く関連している」「特に初めて体験する作業などで、この領域の活動が必要であり、慣れてくると別の脳の領域に任されるようになる」「不快なストレス刺激や不安感により、活性化される」「前頭前野に障害を来すと、前頭葉症候群となり、周囲に対し無関心になる」「また、抽象的な思考ができなくなり、記憶障害や知的機能障害、痴呆(認知症)などが起こる。うつ状態でも、この領域の代謝や脳血流量が低下している」とされます。纏めると「認知力」「判断力・決定力」「感情の制御」「創造性」「理性」が機能です。「人を人たらしめているのは、前頭前野である」とも言われているそうです。ここは「遅くに成長、早くに衰える脳部位」です。前頭葉が老化・損傷すると「思考の硬直」「感情の抑制が出来ない」「切り替えが利かなくなる」「集中力低下」という症状が現れます(項目6⑪)。 「前部前頭前野」は「前頭前野の最前部の領域」「特に人間における発達が顕著」であり、「信念を形成する部位」とされます。 「特徴統合理論」という理論があり、「初期段階でいくつかの単純な視覚的特徴の処理」→「複数の特徴マップとして表象」→「顕著性マップとして統合」という段階を経て、「興味の対象となる領域へ注意を向けるためにアクセスがされる」とされます。特徴統合の脳内機構は「後部頭頂葉や前頭前野前部など、 複数の領域がネットワークとして機能している可能性が示唆されている」という研究結果があります。「人間でよく発達している後部頭頂葉・前頭前野前部の両部位は、特徴統合という高次機能で特に機能を発揮される」「知的生命体を特徴付ける代表的な高次機能に、高い注意力・集中力がある」とも考えられます。 人間でよく発達している脳領域は「前頭前野・後部頭頂野・側頭野」で、前頭前野が成熟するのは25才ごろ、「現生人類は、成長を遅くさせることで高度な脳機能をより発達させるように進化してきた」との説があります。 視覚について、最終的には「後頭葉」にある「視覚野」の「一次視覚野(V1)」で、物を見ています。目に入った光の情報は、眼球の奥の「網膜細胞」を刺激、「視神経」「視索、外側膝状体(間脳の一部)」「視放線」を経て、大脳皮質の一番後ろの一次視覚野に入ります。ここから前方の「視覚前野(V2・V3・V3A・V4・V5で構成)」に入り、「見たものを理解する」となります。右眼と左眼の眼球から入った情報は、途中で一緒になりますが、視野の左半分は右の後頭葉が処理、視野の右半分は左の後頭葉が処理します。 「延髄」は「脳幹の一部」「後頭部と頸部の境目あたりに位置する」という器官です。この「頭部と頸部の境目周辺」は、一気に狭窄化する場所で、ここの「後頭下筋群」は硬直しやすく、「頭痛の最大の原因」となっています。 延髄付近の血管には「血液脳関門」があり、「不要物質が脳に入るのを阻止する」という働きがあります。 Wikipediaには次のようにあります。「血液と脳(そして脊髄を含む中枢神経系)の組織液との間の物質交換を制限する機構」「実質的に、血液と脳脊髄液との間の物質交換を制限する機構(血液髄液関門)でも」「脳室周囲器官(松果体・脳下垂体・最後野など)には存在しない」「これは、これらの組織が分泌するホルモンなどの物質を全身に運ぶ必要があるためである」「毛細血管の内皮細胞の間隔が極めて狭いことによる物理的な障壁である」 これらを纏めると、脳中央部は「間脳は正中線・脳の中央に位置、体・精神・波動における根源的機能と、統合性を司る」、額の奥は「前頭前皮質のうちの、前頭前野は高次脳機能に強く関る」「前部前頭前野は特に、意識その物である信念を形成する」という役割が見て取れます。 現代人は、全身の正中線の機能が良くなく、間脳の機能が充分に発揮されていません。ストレスが掛かったり、虐待を受けたりなどにより、前頭前野や前頭葉の機能が低下しています。根源性と高次性を司る2つの領域が揃って機能低下していて、この回復が特に重要です。それには「脳中央部や額の奥が、リラックスしつつ、且つ集中しているような意識を形成する」というのが必要です。 読書・速読の時の意識集中法について、「後頭部の後頭大隆起の後方のやや上方に、意識を集中する」という方法論があります。これは「後頭葉の視覚野で視覚は処理される(物を見ている)」という点とも符合、「俯瞰」の意識に近いと思われます。この状態では、目だけで物を追っていく時の疲労や緊張から脱却でき、落ち着いて物が見れるでしょうし、視野も広がるでしょう。思慮深さにも通じてくるとも考えられます。 これらを考えると「意識緩和(遠心力)と集中(求心力)のバランス」「意識の大部分は、脳の大部分は、また全身的にはリラックスして、必要な部分だけ集中する」というのが重要であり、具体的には「後頭部に意識をおいてリラックスさせ、必要に応じて対象物に意識集中=前頭葉を活性化させる」という方法が考えられます。これにより「波動・気・神経情報が、余計なノイズを受けずに、斉一性(コヒーレント状態)を保ちながら、効率的に全脳・全身に浸透する」と推察されます(後述)。 そして「大脳新皮質など脳の周辺部位は、人間特有な高次思考を司るが、ストレスを受けやすい」「そうなると、脳の正中線や中心部にある脳部位=直感や統合機能を司る脳は、本来の機能を発揮できない」「こうして脳機能が全体的に弱くなる」「なので、新皮質などの周辺部位を、晴れ渡ったようにスッキリした感じにさせ、脳の中心部を、その締め付ける圧力から解放する」という解釈もできます。 「脳」と「脊柱(背骨)」は「脳脊髄液(のうせきずいえき・髄液)」によって保護されています。「脳脊髄液」は「脳室」と呼ばれる空洞と「クモ膜下腔満」の内部を満たし、「側脳室・第三脳室・第四脳室」で生成されます。 「第1次呼吸」という「体のバイオリズム」があり、「第2次呼吸=肺呼吸」と対の概念、「閉じる開く・縮む伸びる、という運動を体がしている」「脳脊髄液を頭と足の両方向に、循環させる波動を生み出す」という運動です。これには「CRI(8~14回/分):脳脊髄液・体液の流れ」「ミッド・タイド(2.5回/分):潜在力・体液・組織の一体化」「ロング・タイド(1回/100秒):生命の息吹・生体電気場」という3種類のリズムがあり、カイロプラティックなどで重視されます。「人は受精卵の時点から1次呼吸のリズムに従うような動きをしながら胚から胎児の姿に成長していく」とされ、然し受精卵には筋肉は無く、このリズムの発生源は不明です。 脊柱最下部の「仙骨」は古来重視されてきた骨で、「骨盤の中央・お尻の真ん中の、手の平ほどの逆三角形の骨」「人体最大の坐骨神経叢の隣接部位として、仙骨神経叢がある」「バランサーのような役割で、そこで宇宙の波動が感知される」「身体の土台で、歪むと体のバランスも歪む」などと言われます。仙骨と、その上の「腸骨」の間に「仙腸関節」という稼動域が小さい関節があり、「脊柱の回旋運動」を司り、運動で重要視されます。「骨盤の歪み」は、多くがこの3箇所が歪みます。 脊柱の最上部には「環椎(第一頚椎)」「軸椎(第二頚椎)」があります。「環椎」は「頭の左右・上下・捻じりの動作を操作する」「後頭骨に隠れるので外部から触れられない」という部位です。 その上に「頭蓋骨」の23個の骨と、脳・脊髄を保護する「髄膜(硬膜・クモ膜・軟膜)」があります。「硬膜」の中で「脳脊髄液」が循環、「脳脊髄液は頭を捻ると多く生産される」とされます。頭蓋骨最下部の「後頭骨」は「頭蓋骨や脳の台座」のような位置にあり、後頭骨内部の「大後頭孔」にある「環椎後頭関節」で「環椎」と繋がっていています。「蝶形骨」とは「蝶形後頭軟骨結合」を通じて接しています。 頭蓋骨中央に位置する「蝶形骨」は、非常に重要視されます。「眉間・目・こめかみ・鼻の両脇」にあり、殆どの場所は頭蓋骨の奥にあります。大翼と呼ばれる部位が「こめかみ」に伸び、唯一「こめかみの窪み」で、「頬骨」との接合部位として露出しています。蝶が羽を広げたような形で、非常に複雑な構造を持ち、縫合線を介して多くの頭蓋骨と接し、そこに「小脳・中脳・間脳・橋・延髄」が収まっています。内部に副鼻腔の1つとして、2つの大きな「蝶形骨洞」が存在、内部は粘液を分泌する細胞で覆われています。 仙骨の宇宙の波動は、蝶形骨に伝わり、蝶形骨が調整されると仙骨が調い、互いに共鳴しているとされ、「蝶形骨と仙骨は、体の前後方向のエネルギーの極」とも言います。整体などでは「蝶形骨の位置・波動を調整すると、頭蓋骨・頚椎の歪みが解消され、波動が上昇する」とされます。歪みは「目・視覚」「鼻」「耳・聴覚」「間脳」に影響を与え、特に「頭痛・めまい・吐き気・集中力と思考力の低下・顔の歪み」などを引き起こします。頭痛の時に「こめかみを抑える」のも蝶形骨の歪みによります。また「気道・食道」などの「管状の膜構造」の上部(口腔上部)に蝶形骨があり、「蝶形骨が歪むと膜構造が緊張して、横隔膜まで歪む」「多くが筋膜で構成される呼吸機能にも関る」とも言いいます。 その体表側の「篩骨(しこつ)」は「目と鼻筋の間の骨」「前頭蓋窩正中部に1つ存在し、鼻腔、脳頭蓋、眼窩を隔てるほぼ方形の骨」「副鼻腔の篩骨洞がある為に、骨内に多数の空洞で、体積に対して非常に軽い」「背骨と、その延長の骨の中で、最も波動が高い」「人体で最も磁鉄鉱が多く、磁場・指向性に関係する」「尾骨に共鳴し、身体の上下方向のエネルギーの極」「深遠で重要な機能を持つ、精神面の入り口、瞑想の中心になる場所とされる」「奥に第三脳室がある」などとされます。 「口蓋骨」は「顔面の中心部、上顎骨の後方に左右対称に2つ存在し、内側縁で正中口蓋縫合により互いに骨縫合している」「腸骨に共鳴し、身体の左右方向のエネルギー的な極」とされます。 (以下●深層脳と表層脳で後述します) 記事1: 脳に神の御座みつかる? 雑誌Neuron2月号に掲載された論文によると、脳のガン除去手術を受けた88名の患者に対し、手術の前後にいくつかの質問をしました。その中には、自己超越傾向をみるための質問もありました。例えば、自分に、寝食を忘れて何かに没頭してしまう傾向があるかどうかとか、他人や自然物に対して、強い精神的つながりを感じることがあるかといったものです(参考:トランスパーソナル心理学)。手術前の結果では、側頭葉や頭頂葉を含む後頭葉にガンをもつ患者において、先の質問にYesと答える傾向が、前頭葉にガンをもつ患者よりも高く出ました。そして、これらの傾向は、手術の後、さらに強まったというのです。脳のどの領域に、この自己超越傾向と関連がある領域があるのかを、さらに詳細に解析した結果、後部頭頂葉(図の赤い場所)が最も可能性が高いという結果になりました。 この場所は、健常人では、自己超越傾向を抑制するが、ガンによるダメージや、ガンの除去による喪失により、その抑制がはずれ、自己超越傾向が高まったというわけです。それは、すなわち自分が何か超越的な存在によって、この世に生かされていて、自分の人生は、その存在、つまり簡単に言えば神様のお導きだと考える傾向が高まったということです。 ただ、実際にこの後部頭頂葉という領域は、身体の空間認知を司る領域と考えられていて、そこがダメージを受けると、自分の存在を確信できなくなり、自分やそのまわりの実在に対する現実感がなくなるのではと推測する研究者もいるようです。また、他の研究では、この領域が、祈りや瞑想といった精神状態にあるときに活性化している(理屈からすると逆のようにも思えるのですが)ことがわかっています。 http //blog.livedoor.jp/science_q/archives/1048473.html ●ミラーニューロンと共感・共鳴 脳には「ミラーニューロン」と呼ばれる脳神経細胞があり、「前頭葉」の「前運動野」「下頭頂葉」「下外側前頭前野(ブローカ野の一部・44野)」の何れかに存在するとされます。 「他人の意図・行動の理解・共感・模倣に重要な役割を果たしている」とされ、「モノマネ細胞」とも呼ばれます。「相手と同じ気持ちに、自分を同化させる・引き上げる」という働きを持っていて、これにより「意思・想いの伝達・理解」「コミュニケーション」「他人の行動のシミュレーション」が実行・促進されます。この働きの前提には「自己と他者の区別をしない」という、この細胞の独特の性質が存在します。また、その働きの大小は「対象への心理的距離」に依存します。 この細胞は、人類だけでなく「霊長類」全般に存在して、「鳥類」にも存在するとされています。更に「リズムと身体が同期したミラーニューロン」は「人類」「鳥類」「一部の鯨類」が持っているとされ、これは「音楽・演劇」などに不可欠の要素とも考えられます。脳波の「μリズム」は「何かを自分でしたり、他人がしているのを見たり、イメージを浮かべたりすると抑制される」という性質があり、「μリズムが少ない時:ミラーニューロンが働いている時」とされます。 「ミラーニューロン」は「共感能力・共感脳の神経細胞」とも、また「量子もつれ(共鳴)を促す細胞」「魂振りを促す細胞」「融合性・調和・共存を生み出す細胞」「人類の"共"的な事象・感覚・概念に纏わる細胞」とも看做す事ができます。こういった働きにより始めて「言語」「文明」などは存在できるので、ミラーニューロンはこれらの発生にも纏わるとされます。この働きにより、社会という「互恵的な共存環境」を作り出され、人類は環境に適応しながら暮らして、または「親族・知り合い・他人の行動・様子への理解・共感」から「劇・物語・映画・ドラマを見て、その情感や喜怒哀楽を感じる事」「文化・芸術の内容・題材への思い入れ」まで、日常の多くの場面が構成される事になります。 「ミラーニューロン」は「共感する事で活性化する」ので、上記のような状況や、「人とのコミュニケーションが生じた場面」、又は「赤ちゃんの行為を真似してあやす(ごっこ・ふり)」などの場面で、「思い入れを深める・心を込める」ことによって、その活性化は促されます。 ●波動的な治癒能力、自己・他者・森羅万象の修復 「人間の他人に対する、波動的な治癒行為・ヒーリング行為」には「自らは媒介となって、何らかの波動(高次元など)を相手に流す」「自らのエネルギー自体を相手に流す」という2種類があります。「波動的な相手への治癒能力」というのは、人によりそれぞれです。また「共感能力」とは「相手の意識・心の波動へのチューニング能力」とも理解できます。「人間・意識の波動的の構成要素」は無数にあって、「共感能力」はその一部です。なので「共感能力」というのは、「他者への治癒能力・修復能力」「環境修復能力」の重要な要素です。 「オキシトシン」は「幸福ホルモン」と言われ、「視床下部の室傍核と視索上核の神経分泌細胞で合成され、下垂体後葉から分泌されるホルモン」です。その働きは「脳・精神の疲労回復・安定化・ストレス減少」「心臓機能安定化・血圧抑制」「人への信頼感・親近感向上」「幸福感向上」「長寿命化」です。また「神経伝達物質」で、「精神安定効果・鎮静効果」のある「セロトニン」とも密接に関っています。 「東北大震災での陸上自衛隊員」は「ベトナム戦争での米帰還兵」に比べて「PTSD罹患者が遥かに少なかった」という統計データがあり、事態の背景が異なる物の、しかし「国民からの感謝による充実感の違い」も大きいとの分析があります。社会心理学の理論「努力─報酬モデル」では、「一生懸命やった努力が報われればストレスはたまりにくいが、モデルが崩れ、努力した分の報酬が得られないとストレスは過大になって跳ね返る」とあります。これは「想いの連帯感」の重要性を表していて、これにより「心も社会も自然環境も修復される」ようになります。 「共感能力」が高いと「オキシトシン」などの分泌が盛んになり、「自己や他人への波動的な治癒能力が上昇する」となります。「共感能力」は「他者・他の存在との意識の共有を促すもの」であり、これにより「社会広範にわたる、多くの意識・人々の連帯」が醸成されます。更に「社会や自然環境に対しての、波動的な修復・改善能力も上昇する」ようになり、また「社会・自然環境への波動的な修復・改善への意識・想いは、意識の覚醒・向上と共に高くなる」となります。 こういった能力は「調和的意識・融和的意識」「愛情・思い遣り」などの感覚により、「その能力がより向上する物」であり、こういった意識においては「自己を癒す」「他者を癒す」「他の全ての存在を癒す」「全てと融和的・共存的に存在する」というように、「気持ちの向く方向」が一体的に繋がっています。そしてこのような能力は、後述の「各所に光の柱を立てていき、環境と社会を浄化して、社会を覚醒させ、素晴らしい世の中にする」という、「ライトワーク」の行為には不可欠な能力です。またこれは「人類の始原的な方向へ帰還する回帰的な行為」でもあります。 しかし、幾ら元々の能力値としては「共感能力」が高くても、「他の部分が低い」のであれば、あまり「共感能力」は有効に作用されず、その「波動的な共鳴の効果」は「社会に対して、より否定的・悪化方向へと向かわせる物」となるでしょう。「社会に問題がある場合に、その空気・常識に同調してしまう」「周囲の人の否定的行動を真似る」という、負の側面をも生むとも考えらていれます。これは「同調圧力」であり、また「個の抑制」「集団第一主義全体主義」「自己中毒的な社会状況」とも繋がります。「低意識も量子もつれで共鳴して増加する」ので、ミラーニューロンは「社会の空気を、その良性・悪性の方向に応じて、更にその方向へより推し進める働きを持つ」とも考えられます。 現代日本人は心身が疲労していると言いますが、この社会的背景により、多くの人には「良性の共感能力や相互的信頼感の低下」「オキシトシンなどの分泌量低下」があるとみられます。「ミラーニューロン・共感能力」などは、元々は「社会を良い方向に導き出す側面」の方が強いと思われ、また「日本人に発達している」という可能性も考えられますが、「日本社会の各種状況・方向性・力学・空気」などを見ると、現代においては非常に悪い方向に作用していると思われます。状況が大きく変われば、大きく活躍してくれると思われ、そう願いたい物です。そして結局は「全ては意識レベルで決する物である」となります。 ●松果体・第三脳室とクリプトン・希ガス、波動原理と超能力の根源的原理 「松果体」は「間脳」の一部で、{「頭部・脳の中央部」「眉間の奥」にあります。脳の深部静脈に囲まれ、また脳の深部に到る3つの神経節細胞と連結していて、その一つは脊髄の巨大なニューロンとも結合しています。ています。「松の実のような赤色をした0.1~0.2グラムほどの器官」「様々なホルモンの分泌腺」であり、この点について後述します。 動物の多くにも「松果体」はあります。爬虫類・魚類・両生類には、頭頂部に「頭頂眼(第3の目)」がある種があって、これは「光受容器」であり、「光・明暗」を感知しますが、松果体と類似の器官とされます。松果体で「磁場」も感知できる生物種もあり、「鳥類」は地磁気を捉え、これにより渡り鳥が渡りを行います。 「松果体」は非常に小さいながらも、昔から哲学・精神世界では重要視され、「創造主(神)と直接交信する器官」などと言われてきました。それは「脳の最も奥深くの中央にある」「受胎して約3週間で完成する(最も早く完成する器官)」「子供では大きく、思春期になると縮小する」からです。松果体に対応する「眉間」は、「第6チャクラ(アージュニャー)」であり、中医学では「天目(てんもく)」と呼ばれます。また「天の気を受け取る」とされる、頭頂部の「第7チャクラ(サハスラーラ)」と結び付けられる事もあります。 「山伏」の「頭巾」、インド女性の額の赤丸印の「ビンデー(Bindi)」など、松果体に纏わると言われる物が多数あります。古代の「仏像・仏画」「神像」には第三の目が描かれ、「空海」は「瞑想中に天目に太陽が飛び込んできて覚醒した」と言われます。 「松果体の内壁」 は「目の網膜の構造と非常に似た細胞組織」で構成されています。これは「量子の受容器」です。 松果体が発達すると、各種の像が見える「ビジョン系の能力」が発達、「透視・遠隔視」などが行えるようになります。「電磁波=光子」であるので、「電磁波」=「電場と磁場)」を見る事も可能になるでしょう。「波動が上がると万物は微細化する」という効果がありますが、究極的には「松果体のビジョンは量子レベルの大きさまで見る事が可能」でしょう。 また「松果体のビジョン」には、頭部後方の出っ張ってる部位「後頭大隆起」周辺にある「視覚野」の働きも重要です。そしてこのビジョンは「360度の視野がある」という特徴を持っていて、「寝入りばな」など「高度に脱力した状態」「無の状態」において見られる事があります。波動状態がそこにまで至っていないと、視野は限られます。 「松果体」の中核はごく微細な「水晶質」で構成され、ここで「波動の増幅・増加」を行っています。 「水晶」は「二酸化ケイ素(SiO₂)」が結晶してできた鉱物で、「石英」の中でも特に無色透明な物を呼びます。結晶構造は「DNA」と同じ「二重螺旋」、「記憶能力が高いパワーストーン」であり、波動器具に用いられたり、またパワースポットの地下には水晶の鉱脈があることが多いと言います。「水晶」の際立った特性に「圧電効果」が存在し、これは「力を加えると分極(表面電荷)=電位差が発生する」=「電子と陽子が別々に大量に発生する」という現象です。 「松果体の波動拡大能力の原理」とは「意識の集中」→「水晶に波動(量子)や力が加わる」→「圧電気の発生」→「意識の波動の拡大」という作用原理による物であり、そしてこの効果を促進する為には「体が柔軟であり、平時において、松果体の水晶に掛かる外力が少ない」=「コヒーレントな波動状態(斉一性が高い波動状態)」という環境が求められます。また後述のように「松果体の浄化・拡大」も必要で、これは「拡大には、脳の硬直・歪みの解消が必要で、この状態では松果体への外部からの応力が減る」からです。 松果体の能力の大きな要因に「松果体が脳や頭部の中心部にある」ことがあります。「人体」「頭部・脳」「オーラ」とは「幾何学的形態」「結晶体」であり、頭部・脳の中心部にあるという事は、「松果体」=「ゼロ点」「波動が集中する場所」だという事を示します。 このように「松果体」は「人体最大のゼロ点」「体内外と波動を送受信する最大のアンテナ」「体内外の波動を拡大(増加・増幅)する器官」「様々なビジョン(像)を映す器官」です。また「松果体の活性化は、寿命・若返りに大きく影響する」と言います。 圧電効果(あつでんこうか) ・「ピエゾ効果」とも言う。 ・物質(特に水晶や特定のセラミック)に圧力を加えると、圧力に比例した「分極(表面電荷)=電位差」が現れる現象。 ・この電気を「圧電気」や「ピエゾ電気」と言う。 ・これは「表面弾性波(物体表面に集中して伝播する振動)」である。 ・逆に電界を印加すると圧電体自体が変形する現象は「逆圧電効果」とも言われるが、この現象も含めて「圧電効果」と呼ぶ場合もある。 ・これらの現象を示す物質は「圧電体」と呼ばれ、ライターやガスコンロの点火、ソナー、スピーカー等に「圧電素子」として幅広く用いられている。 ・「圧電体」は「誘電体」の一種である。 ・圧電効果は、ある物質が機械的応力の応答として生ずる電気的ポテンシャルである。 ・ピエゾ電気は、結晶格子を通る電気的変化の分離として生ずると考えられている。 ・物質が(電気的に)ショートしていないならば、かかる変化は、物質を通る電圧を誘導する。 ・圧電性の結晶内では正と負の電荷が分離している。 しかし、対称性が広範囲に及んでいるため、結晶全体では電気的に中性である。 ・これら各々のサイトは、電気的に双極を形成し、近くの双極は、「ワイス・ドメイン」という領域でお互いに一直線に並ぶ傾向がある。 ・ドメインは通常不規則に方向を定めているが、強い電場を材料を横切って、通常温度上昇を伴い、かけるという工程、すなわちポーリング(磁気ポーリングとは別)の間は一直線に並びうる。 ・機械的応力をかけると、この対称性は広範囲に及び、電荷の非対称性が材料を横切る電圧を生む。 ・例えば、1cm片の石英立方体に正確に2kN(500lbf)の荷重をかけると12,500Vの電圧が生ずる。 ・ピエゾ電気物質はまた、電場をかけると結晶に機械的変形を引き起こす、「逆のピエゾ電気効果」と呼ばれる正反対の効果を示す。 ・「水晶振動子(水晶発振子)」は、水晶の圧電効果を利用して「高い周波数精度の発振」を起こす際に用いられる受動素子の一つである。 ・水晶片を用いた「発振回路」は、その固有振動数の発振出力が得られる。 ・その固有振動数に近いある特定の周波数帯でのみ、コイルのように誘導性リアクタンスをもつものとして動作する。 ・その周波数は「10のマイナス6乗オーダー(100万分の1)=メガヘルツ(100万ヘルツ)レベル」の精度が容易に得られ、他に類を見ないものであることから、周波数や時間の基準として広く用いられている。 ・水晶片の発振周波数は振動子の厚みと相関にあり、薄いほど高周波を発振できる。 ・クォーツ時計、無線通信、コンピュータなど、現代のエレクトロニクスには欠かせない部品となっている。 「松果体の拡大と浄化」「第三脳室と脳脊髄液の浄化」は、波動改善や波動的能力に非常に重要です。 「松果体」は、最重要視されるホルモンの「メラトニン」や「セロトニン」「ドーパミン」「アセチルコリン」「βーエンドルフィン」を分泌、松果体を基点に脳内から「20種類以上の脳内ホルモン」が分泌されるとも言います。 また「DMT(ジメチルトリプタミン)」を分泌、これは強烈な幻覚作用を起こすことから「スピリットの分子」とも呼ばれ、死の間際に多く放出されます。アマゾンのシャーマンが服飲する「アヤワスカ」に含まれ、静脈注射実験では「被験者の半数近くが地球外生物に遭遇した」と報告されています。 「メラトニン」の機能は、「波動上昇・人体の修復」「概日リズム(サーカディアンリズム)の修正」「強力な抗酸化効果・がん予防」「核DNA・ミトコンドリアDNAの保護」「免疫力向上」「自律神経の恒常性維持」「成長ホルモンの分泌」「鎮静作用・催眠作用・深部体温低下作用」「精神病治療・不眠症」「性腺抑制作用(子供の性的な成熟を抑制)」などです。 「セロトニン」は「神経伝達物質」「心を安定させる」「筋肉の収縮」などの働きがあって、主に「腸」から、そして「松果体」からも分泌されます。松果体からは夜には「メラトニン」が、昼には「セロトニン」が主に分泌されます。 松果体の活性化は、食生活においては「メラトニンと、その材料になる物」を摂るのが良く、体内では「トリプトファン→セロトニン→メラトニン」の順で合成されます。「セロトニン」は「バナナ」に多量に含まれ、「米」には「メラトニン・セロトニン・トリプトファン」が三種とも含まれています。松果体は水晶で構成されているので、「珪素」が重要であり、食物繊維に多く含まれます(項目6③珪素の項)。 「体の部位と同じ形状の食べ物は、その部位に良い」との説があり、松果体には「アーモンド」が良いと言います。「松の実」は、漢方で脳に良いなどとされます。「胡桃(くるみ)」は、脳の形に似ている事から、昔から脳に良いと言われ、また「メラトニン」が豊富に含まれています。「ヨウ素」は体内からの「フッ化物(フッ素・後述)」の排泄に有効とされ、「海草」に多く含まれます。そして「良質な睡眠:メラトニンが最も放出されるのはAM0時~2時」「ストレスを無くす」「酸化状態(低波動状態)を避ける」のが必要です。 「松果体の反射区」が「足の親指の内側・人差し指側の、指先から1cmほど下の部分」にあります。後述のように、「反射区」は「体の各部位と気脈が通じている部位」で、ここを刺激(揉む・押す・手当てなど)すると、松果体が活性化します。 「松果体の状態悪化の主因」として「人工的な電磁波・人工放射能」「重金属(水銀・アルミ・パラジウム・鉛等)」「フッ素・塩素・臭化物などハロゲン化合物などによる硬化」「水晶質の石灰化(カルシウム沈着)」「酸化アルミニウム」が挙げられます。「石灰化」については「大人になると松果体は石灰化する」「アルツハイマー症患者は石灰化が進行している事が多い」という傾向があります。状態悪化の要因については、日頃から重々避けるように気をつける必要があります。 「人体の浄化・正常化」は、意識エネルギーで行える事ができるので、日頃の波動改善と共に、「浄化・正常化の意識付けや、その言葉を言う事・書く事」が大事です。 「第三脳室」は、松果体の前方(或いは周囲)にあって、「左右間脳に挟まれた空間」「左右の大脳半球を繋ぐ場所」「左右の視床を隔てる幅の狭い空間」「下方に視床下部がある」「中枢神経系の中にある」「正中に沿って広がる左右に平べったい隙間」「脳脊髄液に満たされた部位」です。 「脳脊髄液」は「脳室系」「クモ膜下腔」を満たしていて、「リンパ液のように無色透明な液体」「弱アルカリ性であり、細胞成分はほとんど含まれない」「脳室系の脈絡叢から産生される廃液であって、脳の水分含有量を緩衝したり、形を保つ役に立っている」されます。交通事故での鞭打ち症などで起きる「脳脊髄液減少症」は「硬膜から髄液が漏れる症状」で、漏れる部位は「脊椎硬膜外腔」、酷くなると「高次脳機能障害」で日常生活が困難になります。対策として、硬膜の損傷箇所に自己の血液を入れて、その凝固で穴を塞ぐ「ブラッドパッチ」が有効です。これは「脳脊髄液は単なる廃液でなく、高次脳機能に関連する物質である」ことを示唆しています。 「脳脊髄液」は「不要物質」が溜まると、「頭痛」ほか各種悪影響が発生、その浄化が必要です。「涙」「泣く事」には「脳脊髄液の浄化の効果」があるとも言われ、「脳脊髄液が汚れてくると、自然と泣きたい気持ちになってくる」という説があります。 「頭部を回旋させると、脳脊髄液が生成される」という説があります。頭部の回旋は、頭蓋骨最下部にあって、頭蓋骨と頚椎を繋ぐ「後頭環椎関節・環軸関節」が担っています。これは「一杯に満たされている脳脊髄液は、日々硬膜・骨髄から漏出する」「特に激しい動きがある脊椎硬膜外腔付近からの漏出が多い」「拠って頭部を回旋させると対策として、脳脊髄液が多く生成される」という推論が考えられます。 目と鼻筋の間の「篩骨(しこつ)」には、副鼻腔の「篩骨洞(しこつどう)」があり、「第三脳室」はその奥にあります。「呼気」は「篩骨洞で第1次呼吸と出会う」「そこでは、第三脳室にある第6チャクラの波動との関わりが起きる」などとも言います。 古代エジプトのシンボル「ホルスの目」は、初期に「ウァジェト」「月の目」、後に「ラーの目」とも呼ばれました。これは何の形象か分かっていなかったのですが、近年「松果体と第三脳室の形状」と言われています。「ホルス神」は「ハヤブサの頭部を持つ太陽と天空の神」「その右目は太陽を、その左目は月を象徴」、「ラー(レー)」は著名な「太陽神」であり、両神は習合すると「ラー・ホルアクティ」と呼ばれます。これは「松果体」の性質だけでなく、「第三脳室」の性質も示唆します。 「第三脳室(の脳脊髄液)」や「視床下部」からは「クリプトン」が見つかっています。これは大気にごく僅かしか存在しない「希ガス」で、また非常に稀にしか化学反応しない「不活性ガス」であり、重い原子で、嘗てはその波長が1メートルの長さの基準にも用いられました。不活性ガスですが、何故か「キセノン」と共に麻酔作用を持っています。 第18族元素 ・長周期表第18族の、「ヘリウム」「ネオン」「アルゴン」「クリプトン」「キセノン」「ラドン」「ウンウンオクチウム(未承認で、性質も推定)」をいう。 ・大抵は「希ガス(稀ガス)」や「貴ガス」と呼ばれる。 ・常温では気体。 ・原子における最外殻電子が閉殻となっていて、ヘリウムは2個,そのほかは8個の価電子をもつ安定な電子配置である。 ・この為、化学的に非常に不活性で、普通の条件では化合物をつくらない。 ・励起状態では酸化物,フッ化物や塩化物などの化合物をつくるものがある。 ・ヘリウムを除いて、常圧かつ凝固点以下で「弱いファンデルワールス結合による結晶(単原子分子による分子性結晶)」を形成する。 ・イオン化傾向が非常に小さい。 実験結果から「クリプトンは受信機として機能していて、ヘリウムと協調・共鳴して、記憶とテレパシーに介在している」「クリプトン原子中の電子は、意識に先んじて量子飛躍の現象を示し、これはクリプトンが肉体などに指令を出している事を示す」「これは知的生命体のみで見られる現象である」とする説があります。次のような記述があります。 (転載) ・脳の皮質下構造の中にクリプトン原子の連鎖を見つけた。 ・視床下部でのクリプトン原子の存在は、決してランダムにはならない。 原子が連鎖していることで、ある程度の立体空間秩序に加え (これは、それぞれの原子間を繋ぐ価電子が、存在しないのに、 原子どうしが固まっているのが説明のつかないことであるが)、 ・その原子連鎖の最外殻電子は、素粒子物理学の不確定性原理に従わない。 クリプトン原子の鎖(OEMVUAUFB)は、唯一の情報の搬送体である。 ・BUAWUAA (魂)は、情報を処理したり、考えたり、情報を計算したりできないが、 保存だけをするものである(WAAMの中では”次元”が無い)。 ・IBOZSOO UHUUのネットワークは、脳と、B.B.から来る知的感情的情報を”凍結”する。 感覚器官を通して環境の情報を収集する。 ・即ち見かけ上連続した実際は、宇宙からは、個別にか量子化された情報が来る、情報のモジュールを、 (低木の眺め、樟脳の香り、石の硬さ)の宇宙から、神経構造を通して、生化学のモジュールに変換するが、 神経構造は更にそこから生電子モジュールを通して、大脳皮質に変換する。 ・これは、クリプトン原子のネットワークにより構成されている。 これは、情報の伝達の単純なチャネルである。 http //is.gd/Q5ZHRS (転載) 最初、このコード化した運動は神経インパルスによるものと解釈されたが、この完全にシンクロしている量子飛躍は、実は人間の体の意識的な行動に対して約1マイクロ秒進んでいるとがあとで実証された。このことはクリプトン原子中の電子が肉体の行動に指令を出していると言ってもいい。しかもこの現象は知的生命体だけに起こるもので、他の動物たちには、自然界のすべての原子に共通な確率理論的機能に従った運動以外で、どのようなコードも法則も検知されなかった。 このあと長年にわたって研究が続行され、とうとうクリプトン原子の中には、受信機として機能しているものがあることが発見された。つまり計算された量子飛躍が意思行為よりも先に生じて受信機の役目をしているものもあることを発見した。そしてこの大脳皮質にある希少ガスの正確な役割を突き止めた。例えばこの情報の中にはヘリウムが何百万とかかわっていることが解明された。 外界の刺激が感覚器官に接続されたニューロンにキャッチされてできあがる視覚・聴覚・臭覚などのすべてのイメージと、記憶されたすべてのイメージや精神の発達は、大脳皮質のニューロン・ネットワークの中に見出される。ここでは、化学的熱反応によって熱を放出しながらヘリウム自由電子ネットワークの量子状態が刺激される。つまりモールス信号(デジタル信号?)のようなものが生じ、それがヘリウムに伝わっていく。 するとヘリウム原子の電子環とクリプトン原子の間に共振現象が発生し、次にこのクリプトン原子によって受信されたコードが人間の魂に理解できるコードに変換される。そこからまだ地球上で発見されていない神経器官が熱伝対(以下参照)に似た動きをし、さらにこれがニューロン・ネットワークによって整理誘導されて神経インパルスになる。 これらの神経器官は二つの前頭葉の運動野の中に配置されている。ユミットはそのあと、この視床下部にある別のクリプトン原子が他とは違う働きをしていることを発見した。すなわち、あらゆるユミットに対してこれらの原子はシンクロしていた。つまりすべてのユミットが同じ指令を受け取っているか、同じタイプの情報を発信しているかだ。 二人のユミットがどれほど離れていようとメッセージは同時に受け取られ、同時に発信される。まさにテレパシーによる交信なのだ。例えそれを遮断するメカニズムが働いたとしても、すなわち同通信と関係のないユミットに伝わるのを妨害したとしても、受信されることに変わりがない。従って意識的なテレパシー交信がなされなかったとしても、その信号は同時に受信され、伝播されるのだ。 http //is.gd/uw5YLf http //is.gd/YIjZma http //is.gd/XuL7WP この「クリプトン」「ヘリウム」などが持つ性質は、これら原子が「量子跳躍・量子的飛躍(quantum leap/quantum jump)」を起こしやすい原子であることに起因します。これにより量子は、波長が揃った「単一波長・コヒーレンス状態」となり、「量子もつれ」が起きやすくなります。 「量子跳躍」について、現在の科学定説とやや異なり、繰り返しになりますが、概略を記述します。 「原子」には中心部に「陽子」と「中性子」があり、これは「原子核」と呼ばれます。原子核の周りには「電子」が「地球の公転」のように周っています。原子は「陽子の数=電子の数」「陽子の電荷(陽電荷)=電子の電荷(負電荷)」となっています。「電子の軌道」は通常は一定の場所を通っていて、これを「定常状態」と呼びます。 「軌道」は、最も軽い原子の水素のように「1つの軌道の物(s軌道・s電子)」と、「3つの軌道の物(p軌道・p電子」「5つの軌道の物(d軌道・d電子)」「7つの軌道の物(f軌道・f電子)」があります。これら「軌道に収容できる電子数」は、原子によって「2個・6個・10個・14個」と異なります。そして「全ての軌道は、規則的に飛び飛びに存在」しています。 時折起こる「電子が別の軌道へ瞬間移動する現象」を「遷移(せんい)」と呼びます。この時に「光を含む電磁放射線の放出」がされます。「遷移」は、エネルギーが増加した「励起(れいき)」状態になると起こりますが、何故遷移するのかは不明です。 それぞれの「原子の物理的・化学的性質」は、主に「最も外側の電子軌道(最外殻電子の軌道)」で決まり、「第1族元素~第18族元素まで、同じ族に属する同族体の元素は、性質が類似する」のはこの為です。「希ガスは最外殻の電子がいっぱいになって安定な電子殻になっていることで、価電子による結合力がなく、いわゆる弱いファンデルワールス力しか結合力がなくなっていることがその性質をきめている」とされます。 「量子跳躍」とは「原子内の一つの電子がある量子状態から別の状態へ不連続的に変化すること」であり、これは「遷移」によって起きます。上記リンクなどの情報によると「キセノン」は「最も量子跳躍が起きやすい原子」と考えられます。 (転載) 更に、松果体から分泌される「DMT(ジメチルトリプタミン)」は、「スピリットの分子」と呼ばれます。 「自然界に発生する幻覚剤である。熱帯地域や温帯地域の植物、ほ乳類、ある種のヒキガエルやヒトの脳細胞、血球などに存在する。抽出または化学合成される。」 「古くからアマゾン熱帯雨林の中部と東部ではDMTや5-MeO-DMTを含む嗅ぎタバコやアヤワスカと呼ばれる飲料を摂取する習慣がある。モノアミン酸化酵素阻害薬 (MAOI) であるハルマリンを含む植物を一緒に煮込む飲料であるアヤワスカは、アマゾンのシャーマンに儀式にとってかかせないものとなっている。」 「1965年にはヒトの血液や尿中にDMTが存在することがわかり、さらに脳や髄液からも発見された。」 「ニューメキシコ大学の精神医学教授リック・ストラスマンによれば、1995年までに合計60人以上の被験者に対し400回以上に渡って、DMTを静脈注射で投与したところ、被験者の半数近くが地球外生物に遭遇したと主張している。実験は米国食品医薬品局の許可を得て行われた。ストラスマンは、人間の脳内にある松果体においてDMTが 神経伝達物質の一種として生産され、宗教的な神秘体験や臨死体験と関連していると いう推論を唱えている。幻覚剤の研究家であるテレンス・マッケナによれば、DMTはエイリアンのいる異次元に誘う作用があるということである。(Wikipedia)」 松果体は現代医学の見地からでも全てが紐解かれていない神秘的な器官の内の一つです。 その機能の中で最も注目されている分泌物は、神秘の物質、またはスピリットの分子と呼ばれている「DMT」です。 「DMT」の研究者であるテレンス・マッケナ氏は「人間が死の際を迎えると松果体から「DMT」が放出される」と話しています。 DMTが発見されている「血液」「尿」「脳」「脳髄」というキーワードが示唆しているのは体内で生産されたDMTは、血管を通じて頭部へと移動するということです。 先に述べたテレンス・マッケナ氏は、幻覚をもたらす植物と幻覚剤に関する研究家と思想家として知られる方で、「DMTは人間の意識をエイリアンが存在している異次元へと誘う作用がある」と話しています。 ハーバード大学でLSDなどの幻覚剤による人格変容の研究を行った故人ティモシー・リアリー氏もテレンス氏と同じように1973年にグループでの幻覚剤を使用した意識の変容を通じた異星人とのテレパシー的なコンタクトの研究も行っています。 凄いですね。 大学教授でもある科学者でさえ異星人とのコンタクトを研究していたわけです。 異星人が存在する領域へ意識を上昇させることが可能だと言われるDMTは松果体から放出されるわけですが、それが起きるのが死の際です。 アセンションで意識が異星人の存在する階層まで上昇するのを助けるのが、松果体から放出されるDMTで、これは体内で生産され、松果体へ集められ、普通では死の際でのみ放出されます。 ここで見えてくるのが「なぜ松果体は死の際でしかDMTを放出しないのか?」という疑問です。 そこで現れるのが松果体がどのように機能しているかになります。 以下が松果体に関する医学的な観点 松果体は上頚神経節から交感神経支配を受ける。 蝶口蓋動脈と耳神経節からの副交感神経による支配を受けている。 いくつかの神経線維が松果体の軸を貫いている(中央の神経支配)。 神経ペプチドを含む神経線維によっての三叉神経節のニューロンによる支配を受ける。 これを簡単にまとめると、松果体は神経系の影響を受けるて機能しているという図式が現れます。 松果体がDMTを放出しないのは、神経支配を受けていることが主な原因だと言うことです。 では松果体を様々な神経支配から解放させるために必要な要素は何でしょうか? それがアセンションの行程の中で出現する神経伝達物資=エンドルフィンです。 http //is.gd/YnJkSk 以上から「第三脳室の波動的機能」とは、「クリプトン・ヘリウムを含む脳脊髄液が得た波動情報を松果体に伝える」「松果体の波動情報を、脳脊髄液→呼吸を介して全身に伝える」「体外の各種波動と高レベルの波動的な情報送受信を行う」「大規模な波動の増幅・増加を可能にする(量子的飛躍から)」と推測されます。そして「第三脳室」とは「超能力に密接に関わっている部位」「人間を知的生命体足らしめる非常に重要な部位の1つ」です。 「波動原理と超能力の根源的原理」の仮説 ・「第三脳室」は「松果体」と共に、「記憶」「テレパシー」「各種超能力」に関係している。 ・各種の波動情報のうち、特に重要な(独自性のある)情報は、 脳の中心器官の「松果体」や、自律機能の調節を行う中枢器官の「視床下部」と関係しながら、 特に「第三脳室」に「脳脊髄液」として蓄えられる。 ・そして左右にある「側脳室(第一脳室・第二脳室」と、下部にある「第四脳室」にも運ばれる。 ・この「情報の在り処・蓄積場所」から情報を随時読み取って、 「意識(明確な)」「無意識下での身体各所への情報指令」などが形成・実行される。 ・その1つに「第1次呼吸」があり、体液と波動を体中に循環させている。 「第三脳室」の波動情報が、副鼻腔の1つで、目頭の下にある「篩骨洞」へ齎される。 「鼻腔から入った呼気」は、「篩骨洞」で波動情報と出会い、 その効果の1つとして「第1次呼吸」が形成される。 ・「クリプトン」はこれに関る最重要物質で、強い「量子もつれ(共鳴)」を発生させる原子である。 特に「連鎖状」になっている時に、この効果が発生する。 そしてこれが「波動原理」と「人間の超能力・超意識」の鍵を握る。 ・クリプトンと協調して働いている「ヘリウム」も、非常に重要な物質である。 ・これら効果は、クリプトンなどが持つ「量子跳躍」の起き易さという性質に起因する。 量子跳躍は、量子に「単一波長」を起こさせ、これが「量子もつれ」を生じさせ、諸効果を起こす。 「クリプトン」はその中でも、最もこの性質が強い原子である。 ・「量子跳躍」は、原子内の「電子」によって起きる物である。 これは、「電子」の性質により「波動原理上の効果の高レベルの発現」が左右される、 「電子」が「情報蓄積」か「情報移転(量子もつれ)」の 何れかの能力が高い、という事を示すとも考えられる。 ・波動原理と超能力などの根源に纏わり、脳では次の現象が起きる。 ・脳の情報は「ヘリウムの自由電子ネットワーク」に刺激を起こし、情報が付加される。 ・「ヘリウム原子の電子環」が「クリプトン原子」が共鳴して「クリプトン」にも情報が移る。 ・「クリプトン」から「波動情報」に「コード変換」されてる。 ・この波動情報が神経細胞などを伝って、全身・意識に移される。 ・「クリプトン・ヘリウム・希ガス」や「他の原子」「量子」は、 この期間において「量子もつれ」を起こすので、 これにより「超能力」「テレパシー」「意識の現実化効果」が発生する。 ・「クリプトン・ヘリウムなどが起こす現象」のうち、 上記部分は「知的生命体」などで特異的に発現する。 ・「DMT(ジメチルトリプタミン)」は松果体から分泌される、幻覚物質である。 異次元体験や、死の間際に多量に放出される事から、臨死体験に関ると見られる。 その分泌には、多幸感をもたらすホルモン「エンドルフィン」が鍵を握る。 ・脳室の「脳脊髄液」は「高波動」「高次脳機能と超能力に関る」という性質を持つ液体である。 ・逆に、頭部の「低波動の量子・物質・液体」は、 「副鼻腔」のうちの、口角上部・ほうれい線上部の「上顎洞」に送り込まれる。 副鼻腔は4つの部位ごとに機能が異なる。 「鼻水」の多くは、「上顎洞に溜まっている低波動物質を流す為の廃液」 「周辺の各部位の細胞に溜まった不要物質・有害物質・コリの元になる物質」である(後述)。 ●磁気と電磁波と超能力 一般的な場所なら、量子エネルギーが湧出している場所なら、何処にでも磁場あります(地磁気を除いても)。「磁力」とは、「電荷の運動によって引き起こされる基本的な力(電子か陽子の存在する場に存在)」「磁性は電荷を持つ粒子が運動をすればいつでも現れる」「磁性は電流の中の電子の運動によって発生して電磁気と呼ばれたり、電子の量子力学的な軌道運動やスピンによって生じ、永久磁石の力の源となったりする」、「磁場」とは、「空間の各点で向きと大きさを持つ物理量(ベクトル場)であり、電場の時間的変化または電流によって形成される」という物です。 あらゆる生物は磁気(磁性)を発していて、「生体磁気」と呼ばれます。「赤血球(ヘモグロビン)」は強磁性の鉄イオンを含み、体内を巡ることで起電力が発生、ツボへの効果やコリ解消などの磁気健康法は知られています。現代生活では、人間の浴びる磁気が減少、これが多くの病気の原因になっていると言います。コンクリートに囲まれた生活だと、地磁気が減殺されてしまいます。 「ゼロ磁場」は「磁場がゼロになっている場所」「ゼロ点(ゼロ場)であり、そういった場所はパワースポットで、健康に良い場所です。一般的には、どこでも量子の流れがあって、それに伴って磁場も発生、また地磁気もあります。ゼロ磁場は「大断層が衝突する場所」などで、「大きな力を持つベクトルが衝突・相殺される場所=ゼロ点」→「量子の一方的な流れがない(湧出する)」また「量子の状態としてエントロピー(乱雑性)が少ない」→「磁場がなくなる」と考えられます。 「クリプトクロム(Cryptochrome, Cry)」という「紫外-青色帯域を吸収する青色光受容体タンパク質」があり、植物・人間・動物・昆虫などに存在、数種のCryがあります。「人間では全身に存在、特に網膜の桿体(かんたい)細胞に多く、松果体にはCRY4がある」「植物では光に基づく花芽形成、伸長、概日リズムなどの調節に関与している」「動物では概日リズムに働く2タイプのCryがある」「ほ乳類のCryは光受容能力はなく、CLOCK/BMALの抑制に働く」「キイロショウジョウバエのCRYは青い光を受容して概日リズムをリセットするが、抑制能力はない。ただし蝶, ミツバチ, ハマダラカなど他の昆虫ではほ乳類型とショウジョウバエ型の両方のCryを持っている」という物質です。 下記①の記事は、「鳥は目にあるクリプトクロムを用いて、磁場を見ている」「光子がクリプトクロムの電子を励起、量子もつれ状態の電子2個の状態差で、磁場を検知」「理論上は、鳥類の目の全体で生じるこうした化学反応の多くが、地球の磁場を、さまざまに変化する光と影のパターンとして描き出していると考えられる」という事を解明した、という内容です。これにより渡り鳥は渡りをしている、としています。 ②の記事には、「オオカバマダラ(蝶)やショウジョウバエは、クリプトクロムで磁場を検知している」とあります。そして「ヒトのII型クリプトクロムも、ショウジョウバエのI型クリプトクロムと交換可能であることが示された」「これによってヒトにも、磁気感受活性のあるクリプトクロムが立派に存在することがわかった」「恐らくヒトの場合、クリプトクロムそのものには問題なく、正しく磁場を検出しているにも関わらず、そのあとの磁場シグナルの伝達機構に問題があるため、磁場を感じることができないのだろう」とあります。 青い光は、クリプトクロムを通じて「IGF-1」を増加させるメカニズムがあります。IGF-1は「インスリン様成長因子(IGFs)」の一種で、高波動状態で増加、「体の殆どの細胞、特に筋肉・骨・肝臓・腎臓・神経・皮膚・肺の細胞に影響を及ぼす」「主に肝臓から生成される」「インスリン様効果がある」「細胞(特に神経細胞)の成長・発達、細胞DNA合成を調節を行う」という物質です。神経の成長に効果があり、 また、人間の脳には「磁鉄鉱(マグネタイト)」が含まれていて、「磁気器官は、鼻孔後側の上方にあり、脳下垂体の前にある」とされます。この役割は、一説に「磁気メモリの役割を果たす」「頭脳と記憶力を良くする」などと言います。生体磁石は各種生物に存在、「鳥や魚には磁性を持つ耳石が耳石器内にあり、これが地磁気を感知してナビゲーターの役割を果たす」とされます。 波動が強い場所では「方位磁石などの不正常な動きが観測される」「グラッと三半規管に来るような眩暈を感じる」「空間の歪みのような物を感じることがある」「木々の生え方が螺旋状・捻じ曲がっている」といった現象がよくみられます。超能力を明確に示せる人、念力の強い人、ある種の手品師は、そういった行為を行うと、これも同様の現象が起きる事があります。 電磁波は、「電気と磁気の性質を持つ波長」「真空中でも伝わる」「電磁波の電場と磁場の振動方向はお互いに直角であり、また電磁波の進行方向もこれらと直角である」「基本的には電磁波は空間中を直進するが、物質が存在する空間では、吸収・屈折・散乱・回折・干渉・反射などの現象が起こる」「重力場などの空間の歪みによって進行方向が曲がることが観測されている」「電磁波は線型な波動であり、 したがって重ね合わせの原理が成り立つ。そこで、 電磁波を特定方向に振動し, 特定方向のみに進む正弦波(平面波)の重ね合わせに分解して考えることが多い。そのような正弦波は、波長、振幅、伝播方向、偏光、位相という属性で完全に特徴付けられる」という性質があります。 《電磁波は、以下の種類に分類される》 電波 ・ 周波数が 3 THz 以下(下限の周波数は規定されていない)の電磁波を指す。 ・さらに波長域によって低周波・超長波・長波・中波・短波・超短波・マイクロ波と細分化される。 光 ・波長が 1 mm から 2 nm 程度のものを指す。 ・波長域によって赤外線・可視光線・紫外線に分けられている。 X線、ガンマ線 ・元々はX線は電子励起(及び制動放射等の電子由来の機構)から発生する電磁波、ガンマ線は核内励起から発生する電磁波というように発生機構によって区分けされている。 ・しかし、大雑把に波長が 1 nm 以下のものをX線、さらに短い 10 pm 以下のものをガンマ線と呼ぶ事も多い。 「放射線」は「一部の電磁波と、粒子線全部」の総称、「主にアルファ線・ベータ線・ガンマ線・エックス線・中性子線の5種を指す」という物で、「電磁波」は「空間そのものの振動」、「粒子線」は「原子・分子の流れ」です。「放射線が物質中を通過し、中性の原子や分子から電子を弾き飛ばして電離させる作用」「電磁波の一部と粒子線の持つ、原子を陽イオンと電子に分解する作用」を、「電離作用」と呼びます。「放射線」は「電離作用を起こす波」であり、「電離放射線が物質に放射」されると「電離作用により原子が分解され、化学変化が発生する」となります。 人間は元々、磁気・磁場を感じる能力を持っていると考えられ、波動上昇による様々な能力獲得と共に、「磁場の感知」も再獲得していくのでしょう。波動上昇して、超能力を発揮している状態であると、必然的に体から強い磁気が発せられます。 波動が高い人の中には、電磁波や放射線を感知できる人(感知能力が高い)もいます。能力により、その影響・害を、ある程度消去できる人がいるとも言います。 波動が高い人は、恐らくは「量子(=波動・気:電子・陽子・中性子・光子・ニュートリノなど)の量・性質」「電気・電場」「磁気・磁場」「電磁波」「放射線」など全てを、感知できると考えられます。そして、これらを発する能力も高く(放射線以外)、それは超能力の発現と共に現れたりするのだと考えられます。 ①:「鳥は量子もつれで磁場を見る」:数学モデルで検証 http //wired.jp/2011/02/03/「鳥は量子もつれで磁場を見る」:数学モデルで/ 渡り鳥は磁場が見える:青色光受容体と磁気の感知 http //wired.jp/2009/06/30/渡り鳥は磁場が見える:青色光受容体と磁気の感/ ②:ヒトも磁場を「見る」ことができるか http //www.su-gomori.com/2011/06/magnetic-vision.html ●バイオフォトンと生体リズム 「バイオフォトン((biophoton)」とは、「生物光量子」とも訳され、「全ての生物が発する光である"生物発光"のうち、蛍などが発する光よりも、数桁小さい光についての呼称」です。「波長は200から800ナノメートル」「光量が多いほど健康体」であり、これは「量子エネルギーの光」です。一番多く放っているのは「人間の人体」で、特に「手・手の平」です。 バイオフォトン ・全ての生体は「光を放ち、光を吸収し、光を貯める」という性質を持つ。 ・全細胞は「1秒に10万回以上光を放つ」。 ・「健康な細胞」は「持続的に光を放つ」、「不具合のある細胞」は「断続的に光を発する」。 ・これらの光信号は「体や細胞内での生体化学反応」に密接に関係する。 ・全生体は「固有の発光サイクルや発光状況」を有している。 ・蛍が一斉に光を点滅するように、「波動的な共鳴効果によって、複数・多くのの個体の発光周期は同期・同調する」。 ・人体では「夏にフォトン発光量は最大に達し、秋は最低になる」。 ・「最大の発光元」は「手」であり、一日を通して一定量でない。 ・「早朝では、上半身と下半身、右半身と左半身で、発光量が完全に均等になっている」。 ・日が暮れるにつれて、フォトンの放射は活発になる。 この時間帯では「健康な体は、いつも均等にバランスしている」「病気罹患者は不均等になる」。 ・「右側と左側」を比べると、「どちらかがいつも高い発光量」を示す。 ・「高齢者」は「放射量のバランスが崩れている」。 ・「発光量のバランスが崩れている場合、何か重大な不具合を体が抱えている」。 ・「黒ずんだ皮膚の人」は「皮膚からの発光が少ない」。 ・細胞は死ぬ間際に青い光を発光し、最大強度になると共に死に、すぐに光が消える。 この発光は「アントラニル酸がを閉じ込めていた細胞膜が壊死と同時に破れて、細胞内の酸性コンパートメントからアントラニル酸が放出される」というメカニズムで起きる。 「バイオフォトンの光源」は「DNA」が有力視されていて、「毎秒数十億回のDNAの収縮・拡大に伴って発生する」「バイオフォトンはDNAの全情報を帯びている」「4メガバイト以上の情報を蓄えることができる」「それが全身に伝播されている」「細胞とチューブリン(結合組織にある光伝導分子)が光情報を受信する」「チューブリンは、情報を乗せた光のインパルスを受け取り、それを光速で全身に伝える」「この情報が各細胞で受信され、特定の代謝性酵素を活性化するか、不活性化するかを決める」という論説があります(記事①)。 「発光周期の同期・同調」がされれば、これは「量子エネルギーの光」であるので、共鳴効果で「バイオフォトン放出量と、その効果は乗数的に増加する」ようになります。その為には「体の硬直・歪みの解消と、細胞・組織の配置の均整化・斉一化」が欠かせません。 「最大の発光元」の「手」を用いて、「手当て」「手かざし」を行うと、各種の「治癒効果」「波動効果」が発現します(後述)。「植物」も発光していますが、「念」「手かざし」により発光量が増加します(記事②)。「植物の種子」に対して「手で包む」「ポケットなどに入れておく」「良い言葉や想念を送る」「祝詞を相乗する」などをすると、発芽数や成長度が有意に増加します(項目6①)。「バイオフォトン」は、医療・健康法に取り入れられています。 「生物時計(体内時計)」について、「鳥類」では「松果体」、「人類」では「視床下部」「視交叉上核(バソプレシン)」「松果体」が担っています。「松果体」は「目や皮膚が感じた光刺激」に応じてメラトニンを分泌、これで「生物時計・概日リズム」を修正しています。メラトニンは深夜0時~2時に多量に分泌され、「有毒物質・ストレス・生活リズム問題などによる松果体の機能低下」により分泌量は低下します。 「光(バイオフォトンを含む)」は「眼」だけではなく、「松果体」「皮膚細胞」や、更に「多くの種類の細胞」で感じることできます。これら細胞を培養すると、独自にリズムを刻んでいきます。この発光を含めた「生体リズム」を統括するのが「松果体・視床下部」の役割です。 「睡眠時」は「波動調整(チューニング)」「体内外との波動の交信」を盛んに行っていると言われています。波動調整とは「松果体などからの指令・情報で、体の各部位の波動を最適数値に修正すること」「体内外(体とオーラ)の波動を引き上げること」などとされます。これは「非常にリラックスした状態(筋肉の緩和・神経や脳の沈静)」によって齎されると言われます。また睡眠時の「身体の各器官や脳・心・精神の回復」「夢見」にも、「心身の安静状態」が欠かせません。 記事1: バイオフォトン http //is.gd/it9HMj 記事2: 超心理学会見聞録 しかし、不思議なのはここからで、何と切断直後のキュウリ切片に対して、30分間「念」を送った後、その間何もしなかった陰性対照切片と並べてバイオフォトンを測定すると、その発光量に差がでるというのです。 この「念」というのは、演者らが非接触ヒーリング(手かざし治療)と呼んでいるもので、超心理学では古くから知られている、ある種の超能力のようです。つまり、キュウリ切片に対して、非接触ヒーリングを行うと、キュウリ断面から放出されるバイオフォトンの発光強度が変化するという現象が観察されたということです。 http //is.gd/Og1KkF ●波動・意識・電気の媒質としての量子・水分・神経 《「情報の伝播の媒質としての量子の多寡」について、次のように説明できる》 ・「意識(思考・感覚)」「各部位の情報」「DNAの情報が乗ったバイオフォトン」 「オーラ」「自己以外の波動」など、 生体には様々な「波動的な情報」が必要であり、またそれら波動が行き交っている。 ・波動とは、即ち「量子」であり、 「血管」「リンパ管」「気脈(経絡・ナディなど)」「神経線維」などを通じて運ばれている。 ・「高波動:調和的・生物や物質の寿命を永らえさせる」 「低波動:非調和的・生物や物質の寿命が短くなる」という性質がある。 ・「量子が多い状態」且つ「波動が高い状態」だと、 「多数の有用情報が全身を駆け巡る」「エネルギー源・栄養源が増える(副作用無し)」 「共鳴効果で量子が更に増える」という効果を齎す。 ・「量子が少ない状態」「波動が低い状態」だと「有用情報はあまり巡らずに、不要な情報が多くなる」 「エネルギー源・栄養源が減る」「寿命の早期化、傷病の多発、修復機能低下など生命力が低下する」 「低波動である精神的緊張・体の硬直状態を、更に進行させ、波動情報・神経情報の伝播し難くなる」 「情報の伝播し難さ、緩和の命令の増加、傷病の状態伝達の為に、伝えるべき情報は増加するが、 伝播し難いので、より大量の神経情報が必要になり、神経が磨り減る」という効果を齎す。 ・「高波動の状態・飲食物」は「情報伝達の円滑化・省力化や情報量の拡大」「心身の健全化」、 「低波動の状態・飲食物」は「情報伝達への阻害・注力や情報量の縮小」「心身の不健全化」を齎す。 「電気・電子の通りやすさ(電気抵抗の大小)」を示す「電気伝導性・電気伝導率」について、「高周波での導電率>低周波での導電率」「完全な純粋は絶縁体」「一般の水は、塩など不純物が持つ量子を電気が通っていくので、電気伝導性が高い」「高波動の状態(体・物質)や、量子水(高波動の水)は、量子が多い状態なので、電気伝導性が高い」「海水の電気伝導度は河川水に比べて数十倍高い」という性質があります。「電気伝導率(μs/cm)」は「水道水:100~200」「純水:1」「超純水:0.1」です。 「電気のためやすさ・引き寄せやすさ」を示す「誘電率」について、「人体は誘電率が高い」ので「電気(電子)・波動は人体に引き寄せられる」という性質があります。「人体の電気伝導性」は、各器官・組織ごとに大きく異なり、「血管(血液)・筋肉・骨は高く、脂肪は低い」「細胞内液は細胞膜より高い」です。「水や電解溶液は電気伝導性が高い」ので「血液・リンパ液・脳脊髄液・汗・尿などは電気伝導性が高い」です。「最も電気伝導性が高い器官」は「神経」です。 「電気抵抗」は「血液(37度):約0.0002~0.000MΩ・cm(1.4Ωm)」「100Ω「骨格筋の繊維の方向:約3Ωm(直角方向:約7~10Ωm)」「皮膚や脂肪組織:数10~数100Ωm」となっています。水分含有率が「筋肉:70%強~8割弱」「脂肪:20%」であるので、「筋肉は電気伝導性が高い」「脂肪は電気伝導性が低い」です。 「血液などの電解溶液の含有量が多い臓器ほど、抵抗は小さくなる」という性質があり、「脳・心臓・小腸は電気伝導性が高い器官」です。血管が拡張すると、血流増加が起こり、毛細血管に血液が行き渡るので、「血管が拡張した状態、体温が高い状態では、人体の抵抗は低下」します。電解質の血液の流れの殆どないような、「乾燥した皮膚の抵抗は、非常に高い」です。皮膚の抵抗は「乾燥状態と多発汗時」で「数10kΩ~数MΩ」となっています。「皮膚は電気抵抗は高い」「皮膚より下の組織は電気抵抗は高くない」です。 「高波動(量子が多い状態)・柔軟・微細・高い意識」であると、「電気伝導性が高く、波動や神経の伝達に際しての無駄が少ない」「遠い部位まで速やかに、ロスがなく、波動・神経情報が伝わる」「微量の波動・情報でも有効利用できる」「無駄がなくなり、疲労の減少や、他の行為にエネルギーを振り向けられる」「エントロピーの少なさで、障害が少なくなり、バイオフォトンの情報が行き渡り、修復能力が高まる」「細胞の寿命が延び、細胞分裂の必要性が低下、生命を生き長らえさせる」となります。「気(気脈)・血(血管)・リンパ液(リンパ管)・脳脊髄液・神経情報(神経線維)は、波動・意識・電気の媒質・媒介である」と言えます。 ●ツボ・経絡について 「経絡(けいらく)」は「気の通り道」です。「ツボ」と「経穴(けいけつ)」は同物、「気血のエネルギーの通り道の経絡上にあって、気血が出入りし、経絡が合流したり分枝したり、特異的に反応を示す重要な所」です。全身のツボの多くは「骨の窪み」にあって、触ると分かりますが、位置は常に動いていて、専門家ごとに施術場所が微妙に異なります。 東洋医学では、人体には「気・血・水」の流れ道があるとされます。「気:波動(量子)」「血:血液」「水:リンパ液」に相当します。「経絡」は体の表面と内部を流れ、体表では「経穴」を通り、内部では「臓腑(内臓と機能的に主に関る部位)」を複雑に結んでいます。 「経絡」の「径」は「経脈:縦の脈」、「絡」は「絡脈:横の脈」「経脈から横へ枝分かれした脈」です。「体に走る縦線の径」のうち、「正経(せいけい)」が「全身には十二経、左右に二十四経あり」、「奇経(きけい)」が「全身に八経」あります。「正経は陰陽で分類され、陰は太陰・少陰・厥陰の三陰に、陽は太陽・陽明・少陽の三陽に分けられ、手・足それぞれに三陽三陰の属する経脈が割り振られている」「陰経は臓に属して、陽経は腑に属する」「奇経の中では任脈と督脈だけが独自の経穴を持っている」とあります。「奇経」は「常経である正経に対して特異な性質を持っている」「十二経には、気血が行くが、満ち溢れると、奇経に流入する。放水路のように常経の洪水を防ぐ働きをしている」とあります。 「任脈(にんみゃく)、」は「奇経に属する体の前正中線を流れる経絡」、「督脈(とくみゃく)」は「奇経に属する体の後正中線を流れる経絡」です。「任脈・督脈」は「正中線・体の中心線を通る経絡」であり、「チャクラ」は「任脈・督脈」に沿って存在しています。「チャクラの活性化」とは「正中線・体の中心線の任脈・督脈の活性化」でもあります。 精神世界の一部には、次のような説があります。体には、心に邪念がないと「縦縞(たてしま)」、邪念があると「横縞(よこしま)」が入り、「横縞」は「邪(よこしま)」に通じる。これは、「体に走る縦の線」の「経絡」や、左右にあることの多い「拮抗筋による気の阻害」によるのかもしれません。 「圧痛点(あっつうてん)」は「トリガーポイント」とも呼び、「身体を診断する際、指などで圧迫したときに強く痛みが出る点」「疾患によって特定の部位に痛みを感じるため、重要な診断要素の一つ」です。「ツボは「圧痛点」であり、また「圧痛点はツボには無い要素も含む」という物です。 「ツボ」は「電気伝導性が高い場所(良導点)」だと判明しています。これは「量子エネルギーを送受信する場所」という事を表しています。ここは「神経・気脈が密になっている場所・交叉する場所」と考えられます。 「ツボの細胞膜の内部に、電子などが過剰な状態だと、疼痛を感じる」という説があります。ここから「気血水・神経の循環が悪いので、良導点に過剰に量子が溜まり、他の場所では不足した状態が、体の不調である」「波動改善や体の柔軟化などで、経絡・気血水・神経を円滑に循環させる事が、量子の偏在と不足を防止し、心身の健康を保つ鍵である」という可能性が推測できます。「量子・波動・気・プラーナ・マナ・オーラ」「ツボ・チャクラ・圧痛点」「気脈・経絡・ナディ・セン(タイ)・アクシオトナールライン」などは、場所が異なる物の、意味合い・作用においては、基本的に同じ物でしょう。 「全身の波動が高い状態」となれば、「ツボ押しと同じ効果」が「ある程度ながら、常時体に齎され続ける」ことになります。また「ツボ押し」は「刺激による活性化・気血水(波動・血・リンパ)の循環改善」を意図する施術行為です。なので「押さなくても、ツボ周辺が活性化されれば、近い効果が得られる」訳であり、「手当て」「摘む」などの各施術法も、ツボ押しと基本的に同じ事です。要は「ツボ・チャクラの周辺を活性化させること」が大事です。 ●チャクラと関連する身体器官 「チャクラ」は「人体でもとりわけ波動が高い場所」「外界と体内の気(エネルギー)の交換を行う場所で、体内の気の循環の結節点」です。古代インドに発する「アーユルヴェーダ」の概念で、伝統中国医学の「ツボ(経穴)」に類似した場所で、両方とも「電気伝導性が高い場所(良導点)」という性質があり、しかしチャクラの方が数はずっと少ないです。「陰陽原理」を考えると「体の中の幾つかの中心的な場所は、波動が高い」と考えられます。チャクラは「センター」とも表現され、そのような場所だと考えられます。ツボなどと同じで「量子エネルギーが多い場所」「量子エネルギーを発している場所」「量子エネルギーを送受信する場所」、多くの現代人のチャクラは休眠状態にあります。 チャクラには「固有の波動」があり、「ビージャ・マントラ(種子真言)」と呼ばれ、また、各チャクラ毎に特定の数があり、総計50の音があるといいます。「マントラ」は「呪文」「本質を表した音」、「曼荼羅」は「本質を表した色・形」、この3つは「本質」という類似性を持つ概念です。ヨーガでは「人体の頭部、胸部、腹部で、輪または回転する車輪のように光っているように感じられる箇所」とされています。 「プラーナ(prana)」は「気」に相当する名称です。「ナーディー」は「プラーナが通る管」「経絡に類似する器官」であり、「気道」とも呼ばれます。人体には「72000本」のナーディーが通っているとされ、中でも特に重要な三つの管があり、「スシュムナー管」「イダー管」「ピンガラー管」と呼ばれます。チャクラは「ナーディーの要所」として存在しています。 「タイ伝統医学」では、アーユルヴェーダと同じく、「72000本の生命エネルギーの経路」があるとしていて、これを「セン」と呼び、この循環で4大元素のバランスを保ちます。タイマッサージは、このうち「10本」を主要な経路「センプラターン」と呼んでいます。 《チャクラは、最も多い説によると「7箇所」あるとされる》 第1チャクラ:ムーラーダーラ ・尾骨、又は 会陰(えいん) ・赤 ・性機能、排泄機能 ・上半身・下半身の中心 第2チャクラ ・スワーディシュターナ ・丹田(たんでん)、又は 仙骨(せんこつ)、又は 陰部 ・朱色・オレンジ色 ・腸機能(小腸・大腸)、栄養の吸収機能、排泄機能 ・小腸は第二の脳で、丹田・腰は重心の中心 第3チャクラ:マニプーラ ・鳩尾(みぞおち)、又は 臍(へそ) ・黄色 ・胃、内臓機能全般 ・太陽神経叢は体幹の神経の中心 第4チャクラ ・アナーハタ ・胸 ・緑色 ・心臓 ・心臓は心と血液運搬の中心 第5チャクラ:ヴィシュッダ ・喉(喉頭・咽頭)、喉の窪みのツボの天突(てんとつ) ・青色 ・呼吸器機能、 ・首はバランスの中心 第6チャクラ:アージュナー ・眉間、又は 松果体、又は 額 ・藍色 ・間脳と脳幹の深層脳 ・人体の波動・意識の中心 第7チャクラ ・サハスラーラ ・頭頂、百会(ひゃくえ)のツボ ・紫色・白色 ・脳全体 ・天と人の境(中心) 「第7チャクラ(サハスラーラ)」は「頭頂」にあります。頭頂の「百会(ひゃくえ)」のツボは非常に有名なツボで、「百種類の経絡が集まる」という意味、「大天門」とも呼ばれ、「正中線と両耳の一番高い場所を結んだ線の交点」にあります。「督脈に属す第20番目の経穴」「多くの経絡が会合するところの意味」「実際には督脈と膀胱経、三焦経、胆経が合流する(交会穴)」とあります。効能は「頭痛・目眩・耳鳴・不眠・鬱・各種精神衰弱・過緊張」「脳血管障害・その後遺症である半身不随・言語障害」「てんかん・自律神経失調症・不眠症などの神経・精神の症状」「夜尿症・痔核」とあります。 「第6チャクラ(アージュナー)」は、一般的に「眉間」にあるとされます。「第6チャクラ」は「第7チャクラ(頭頂)」と一体的に存在するともいわれ、眉間の奥には波動の鍵を握る「松果体」があります。「眉間の中央」には「印堂(いんどう)」のツボがあり、効能は「頭をスッキリさせる・集中力や記憶力向上」「ストレス症状・精神安定」「風邪」「鼻炎」「目の疲れ・眉間のしわ・くま」「不眠」「皮膚の状態」です。 「波動は、額・眉間・印堂や、頭頂部から入ってきて、太陽神経叢に至り、丹田で溜められる」とも言います。印堂は「命宮」とも呼ばれ、人相学などで「眉間の広さはその人の度量と比例する(広い方が良い)」「直感力・洞察力・精神性の高さ・理想・寛大さ・気力・運気などを司る・現れる」「吉凶・願望・快・不快などが全て表される、決定の場所」「陽の気が集まる」などとされます。また「印堂」は「鼻を高くするツボ」とも言われ、これは「眉間・鼻筋をはじめ、顔面の中心線から左右両側へと開かれていくと、圧力低下と緩和が起き、中心線周辺の気血水(波動・血・リンパ)の循環が良くなる」「顔面の中心線の活性化と、左右に開かれた事により、中心線や鼻筋のラインが通ってくる」という事を示しているとみられます。 「第5チャクラ(ヴィシュッダ)」は「喉(咽喉・咽頭)」にあります。第5チャクラは「呼吸器機能:喉・気道・気管・肺など」「内分泌線:甲状腺・副甲状腺」「組織:筋膜・結合組織」に対応するとされます。首はバランスの中心、首が硬くなると「呼吸機能悪化」「筋肉(筋膜)・内臓・各組織の硬直」に結び付くようで、最も歪み解消・柔軟化を心掛けたい部位です。 喉の「天突(てんとつ)」のツボは、「正中線上で、頚窩(喉の窪み)の中央」「左右の鎖骨の中間の窪み」「胸骨の上端のあたり」にあります。「喉を司るツボ」であり、「任脈に属する第22番目の経穴である」「武道・武術では秘中穴という」「天は上部、突は突出のことで肺の気が咽頭中を通ることもあり名づけられた」とあります。効能は「せき・喘息・喉の痛みなど、呼吸器の病気」「風邪」「いびき・過呼吸・呼吸困難」「言語障害・顔面充血」などです。 「第4チャクラ(アナーハタ)」は「胸」にあり、「心臓」は、「心の在り処」と言われます。「人体各所に血液を送るポンプ」であり、言わば「人体の最大の発電所」です。「心臓」には「ICNシステム(心臓内固有神経系)」という神経ネットワークがあり、これにより心臓は脳から独立してに活動をしています。また心臓と脳は信号を送りあっています。ここには、脳の様々な皮質下の中枢のと同じ神経細胞があり、「記憶」が備わっています。「固有の神経系の存在の理由」については、「生命の危機など突発事態に際し、脳の指令を待たずに、心拍・血圧上昇などの信号を出す」という説があります。「胸に手を当てて考える」というのは「心を静め、落ち着いて考える」という意味で、「胸と意識に纏わる慣用句」は多数あります。 「胸の中央部」のツボ「膻中(だんちゅう)」は「元児」「上気海」とも呼ばれ、下記の「中丹田」の場所です。気が集まる「気会(きえ)」のツボで、また「心臓を司るツボ」であり、真裏周辺の背中にある「神道(しんどう)」と共に、その硬化は「ストレスの現われ」とされます。効能は「気力向上・ストレス症状」「血液やリンパの循環改善」「胸の痛み・胸苦しさ・息切れ」「咳・喉の痛み」「バスト関連」です。 「第3チャクラ(マニプーラ)」は、一般的に「鳩尾(みぞおち)」にあるとされます。また「鳩尾」については、「第3チャクラ」を「へそ」として、「鳩尾」には「最高の第8チャクラ、ブラフマーが存在する」という説もあります。付近には「胃」があり、代表的な消化官で、胃が痛むと鳩尾が痛み、主に「胃腸の異常」「ストレス」で痛みます。奥の「腹腔神経叢」は、別名「太陽神経叢」と呼ばれ、多数の「交感神経」が太陽(光線が広がる)のように集中しています。「副交感神経の迷走神経」「交感神経としての大・小内臓神経」を統括、これら「自律神経」により「内臓器官」の自律的調節を行います。チャクラは重要な神経叢の近くにありますが、太陽神経叢を「第ニの脳」とする表現もあります。 「鳩尾(きゅうび)」と読む場合は、奇経に属し、前正中線を流れる経絡「任脈」のツボで、「沈静化・動悸抑制」「安眠」「胃腸の正常化」などの効能があります。「感情と、それに伴う情動は、太陽神経叢で生まれる」という説もあります。英語の「guts(ガッツ)」は「勇気・根性」の意、単数形「gut」は「腹・内臓」「感情・本能」を意味します。この付近は、頭部からの波動が全身を巡っていくに際して、重要な経路とされます。 「第2チャクラ(スワーディシュターナ)」は「丹田(たんでん)」にあるとされます。しかし「丹田」は、正確には「上丹田(眉間奥)」「中丹田(胸の中央)」「下丹田(ヘソ下3寸)」の「三丹田」があり、一般的には単に「丹田」という時は「下丹田(ヘソ下3寸)」を指し、「正丹田」とも呼ばれます。(当サイトでもこの用法を用います)。「丹田(三丹田)」は「全身の精気の集まる場所」「気を集めて煉ることで、霊薬の内丹が作り出される部位」であり、「上丹田は神(しん)を蔵し、中丹田は気を蔵し、下丹田は精を蔵す」とされています。 「丹田(下丹田)」について「気が溜められる」「気力が集まる」「健康と勇気を得る」「小腸を司るツボ」「五臓の中心に位置する」「別名を腹・肚と書いて、はらと呼び、身心一如の境地に至るための大切なポイントとなっている」です。「丹」は「朱色・心臓の色」で、「赤色・火などの性質と関連する」とされます。「丹田」は「東洋医学」「武道・古武術」「技芸・伝統芸能」「歌・発声」「芝居・演劇」など各分野で非常に重要視され、「丹田に全神経を集中する・力を込める」「丹田に重心を置き、他の余分な力は全部抜く」「腹式呼吸や呼吸のコントロールに重要な部位」などとされます。 「丹田(下丹田)」は「関元(かんげん)」のツボに相当、他に「大中極」「気海」など別名は10個以上あります。「関元」は「小腸の経気の集まり、異常があると反応が出現する」とされます。効能は「ストレス症状」「体力増強・虚弱体質・息切れ」「倦怠」「腹痛・下痢」「泌尿器関連」「生理不順」「物忘れ」などです。 「丹田と臍の中間」には「気海(きかい)」があり、文字通りの「気の海」です。「気海」と、「丹田と気海の中間」の「石門(せきもん)」は、「臍下の丹田周辺のツボ」として一体的に捉えられてもいます。「気海」の効能は「体温上昇」「気力増強」「強壮」「呼吸器異常」「腎炎・糖尿病」などです。「石門」の効能は「腎臓を始め、体温を上げて、冷えを緩和する」「ストレス症状」「疲労」「睡眠問題」「内生殖器の血液循環」などです。 「丹田」の奥には「小腸」があり、「十二指腸・空腸・回腸」の3箇所に区分されます。「小腸」は多様なホルモンを分泌する事などから「第二の脳」と言われます。ホルモンの「セロトニン」は約90%が小腸に存在、「神経伝達物質」と呼ばれ、「幸福感・癒し効果・抗ストレス効果」ほかの効果があります。「腸内環境改善」がされると「免疫向上」「毒物・低波動物質などへの抵抗力向上」「沈静化・幸福感向上」「思考力向上」などの効果があります。「千島学説」では「平常時の造血器官は小腸の絨毛(断食時などでは骨髄)」「赤血球が食物によって造り出され、やがてそれが白血球へと変化し、白血球が体細胞へと変化する」「体細胞の母体である(体細胞と赤血球は可逆的に分化する)」としています。また「ウイルス・細菌の生体内自然発生説」「生命の波動と螺旋性」も説いています。「腸内環境・腸相は生体活動のバロメータ」であり、「腸内温度が高いと健康、低いと不健康」とされます。 「腸」は「消化官」、栄養は腸からのみ吸収できます。原始的な「多細胞動物」は「腸」だけで出来ていて、「人は一本の管である」との比喩があります。「免疫細胞」の6割に腸は存在、これで食物中のウイルス・毒性物質などに対処しています。腸は「脳の次に神経細胞数が多い臓器」「首から下の神経の50%以上が腸にある」「腸壁の腸管神経系は、第2の脳と呼ばれる」という性質があります。「腸の働き」は「自律神経」に支配され、「副交感神経」が優位なリラックス状態で、よく働きます。腸には「100兆個・100種の腸内細菌」が生息、ストレスが多い・低波動だと「悪玉菌」が増加、「日和見細菌」も悪い働きをして、ストレスが少ない・高波動だと「善玉菌」が増えます。腸は「水分が多い場所」ですが、「便秘」だと水分が減少していて、また便秘は「低波動・高エントロピーの物質が溜まった状態」と言えます。 「丹田(第2チャクラ)」「みぞおち(第3チャクラ)」「胸(第4チャクラ)」「眉間(第6チャクラ)」は、それぞれ「小腸」「胃・太陽神経叢」「心臓」「松果体」が、根源となる部位だと考えられます。「喉(第5チャクラ)」はそのまま、「頭頂部(第7チャクラ)」は「脳」その物、「第1チャクラ」は「陰部の諸機能」が、根源の部位でしょう。拠って「7つのチャクラ」は「脳全体」「松果体」「喉」「心臓」「胃・太陽神経叢」「小腸」「陰部の諸機能」が「根源となる部位・身体機能」と考えられます。 Wikipediaには、次のようにあります。 ・チャクラは脊椎に関連するエーテル体にあるエネルギー・センター(渦)で、肉体の7つの内分泌腺及びメンタル体、アストラル体、肉体の調整と活性化を司り、意識の中枢と各身体の中継点としての役割をはたしている。 ・体表のチャクラや、体表のツボは、単にチャクラからのプラーナ(気)の出入口としての役割を、果たしているに過ぎないが、そのルートが浄化されていることが心身の健康とチャクラの覚醒の上で重要であるため、ヒーリングの分野において重視されている」「伝統的なヨーガが伝えているチャクラは、体表のチャクラではなく、人間のエーテル体に存在するほぼ脊柱に沿った7つのチャクラで、ここではこれを脊髄のチャクラと呼ぶことにする。 ・古代のヒンドゥー教のヨーガでは、脊髄のチャクラがチャクラとされてきた。 ・本来のチャクラは神経叢と脊髄のチャクラであり、神経叢のチャクラは、身体の交感神経系を支配するナディーと関連し、身体の運動的な活動を司っている。 ・脊髄のチャクラは、身体の副交感神経系を支配するナディーと関連し、精神的な活動を司っている」「神経叢のチャクラと脊髄のチャクラは対になっており、意識の拡大の過程を通じて、下位のチャクラから順に覚醒していく。 「第1チャクラから第5チャクラまで」は「肉体要素」、第6チャクラは「心」、第7チャクラは「宇宙知性・高次元」に関係すると言います。「第1チャクラの深く」には「クンダリーニ」という「エネルギーの貯蔵庫」がありますが、「エネルギーバランスの崩れ」や、それによる「精神的問題」で、あまり下半身のチャクラから開発しない方が良いとされます(当項目は、主に鳩尾以上の第4チャクラ~第7チャクラについてです)。 チャクラの箇所は「7箇所(メイン・チャクラ)」とするのが最も一般的ですが、6箇所~10箇所とする説もあります。この場合は「膝」「脛(すね)・脹脛(ふくらはぎ)」「足裏」などが含まれ、これらも「波動が高い重要な部位」です。また「頭上のオーラ」にチャクラが「5箇所」あるとも言い、これも数える場合、メインチャクラとの合計だと一般的に「12箇所」になります。 「チャクラ」は、足の物を数えない場合(6箇所・7箇所)、その全ては「正中線」「体の中心線」に沿って存在します。 当サイトの項目 項目1:波動原理と放射能除染の概略 (メニュー1) 項目2:波動器具・一部農法・一部機器等による除染法 (メニュー2) 項目3:量子水・還元水素水・水酸素ガスによる除染法 (メニュー3) 項目4:フルボ酸・微生物等による除染法 (メニュー4) 項目5:珪素・炭素同素体・ナノ物質・竹炭等による除染法 (メニュー5) 項目6:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」目次(メニュー6) 項目6①:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー7) 項目6②:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー8) 項目6③:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー9) 項目6④:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー10) 項目6⑤:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー11) 項目6⑥:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー12) 項目6⑦:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー13) 項目6⑧:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー14) 項目6⑨:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー15) 項目6⑩:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」(メニュー16) 項目6⑪:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」(メニュー17) 項目6⑫:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」(メニュー18) 項目6⑬:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」(メニュー19) 項目6⑭:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」(メニュー20) 項目6⑮:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」(メニュー21) 項目6⑯:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」(メニュー22)
https://w.atwiki.jp/info_fukushima/pages/191.html
福島で「チェルノブイリで起こった甲状腺がんの増加」が起こらないと推測できる理由 ツイート 関連:下記関連ページも御覧ください。 放射能による甲状腺癌・甲状腺への影響・甲状腺調査 チェルノブイリ事故で甲状腺癌が増えた理由:放射性ヨウ素による内部被曝 チェルノブイリ事故で甲状腺癌が増えた理由は、事故直後、食品(特に牛乳に関して)内部被曝の対策がとられず、周辺住民が放射性ヨウ素に数千ベクレル/kg以上の牛乳を飲んでしまったため、内陸部の周辺住民が慢性的に体内のヨウ素不足だったことも手伝い、甲状腺に放射性ヨウ素が蓄積してしまい、結果癌が増えたということです。 1000mSv (1Sv)で年間0.03%増える甲状腺ガン 年間0.02または0.03%の甲状腺ガン発症を上乗せするとされているのは1Sv(=1000mSv)。 チェルノブイリでは数Sv(数千mSv)だったが、福島の飯館などの調査で子供の等価線量が最大で30mSvと推定されているので全く違うレベル。 甲状腺被曝(等価線量)は最大で約30mSv程度 福島の甲状腺等価線量はチェルノブイリとは桁が違う 早野龍五氏の推定は飯館などの1080人のデータから最大で30mSvと推定。弘前大学のグループは最大で33mSvと推定。 くわしくはこちら http //www47.atwiki.jp/info_fukushima/pages/283.html チェルノブイリで分かった甲状腺ガン発症リスクと比べてみる チェルノブイリでの解析結果:甲状腺等価線量が1000mSvで甲状腺ガン発症リスクが年間、1万に2人か3人上乗せ。 福島の飯館や浪江町では、甲状腺等価線量 最大で30mSv程度。(平均、中央値はさらに低い) チェルノブイリ事故の解析結果に依れば、甲状腺が1Svの被ばくを受けた場合(つまり、甲状腺等価線量が1Svの場合)、甲状腺ガン発症のリスクが、年間、1 万人あたり 2ないし3 名上乗せされるとなっています。(文献;P. Jacob et al., Thyroid cancer risk to children calculated、Nature 392, 31 (1998)。) http //radi-info.com/q-1648/ 教訓を生かして、日本は対策をした 日本ではその教訓が生かされ、事故直後の放射性ヨウ素対策は取られました。(詳細は後述)また、同様な甲状腺がんが増えないと推測される根拠は以下のとおりです。 1)日本では事故後ただちに福島周辺で生産される牛乳を出荷停止とした。さらにその後出荷された牛乳は放射性ヨウ素を検査してもほとんど検出下限値以下であった。これはチェルノブイリの数千ベクレル/kgのレベルと違う。 日本での牛乳に関する対策 2)チェルノブイリ事故時の周辺住民は内陸部であったために慢性的に(放射性でない)ヨウ素不足で、放射性ヨウ素が甲状腺にたまりやすい環境にあった。しかし日本人は昆布やワカメなどから(放射性でない)ヨウ素を海産物などから摂取しているために、甲状腺には(放射性でない)ヨウ素がすでに充分あったために放射性ヨウ素が蓄積される量が少ないと推測される。 3)放射性ヨウ素の半減期は8日であるために2ヶ月後にはほぼゼロになる。なので事故直後に放射性ヨウ素で内部被曝していない限り影響は考えられない。また、現在、放射性ヨウ素が有意に原発から放出されてはいない。※被曝を検討するならば、第一にセシウムからの被曝を検討するべき。 甲状腺がん(wikipedia) http //ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B2%E7%8A%B6%E8%85%BA%E7%99%8C ※チェルノブイリ事故と比べて今回の原発事故が同等以上とする人がいるのですが、実際にチェルノブイリ事故の実際については、無用に不安を煽る独自解釈の自称専門家の言説ではなく、責任をもってまとめられた学者の論文を調べたほうがいいです。 http //www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-03-01-13 事故直後以降、有意に放射性物質が出ていない根拠など http //www47.atwiki.jp/info_fukushima/pages/49.html ナンセンスだが、不安なら牛乳や乳製品は避ければいい。 ※もちろん、現在でも科学的にありえない危険性も排除したい。というのは構わないと思います。どこに住むのも何を食べるのも自由ですので。また、放射性ヨウ素が怖い。牛乳を飲みたくない。飲ませたくない。という人は自分の考えで対策すれば良いと思います。 ただし、神経質になりすぎる余り、栄養不足で健康を害しないように。現在の科学では低線量被曝よりも野菜不足や飲酒や喫煙、またはストレスのほうが健康リスクがあるとされています。 さまざまなリスクを比較する ー「放射能のリスクを生活の中のリスクと比較する」関連図表http //www.gepr.org/ja/contents/20120416-03/
https://w.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/3056.html
福島の子どもたちはこの人物のhostage げんざい福島の子どもたちの運命を一手に握っている男の一文です。 この男が構想に加わってると思われる、「疫学調査計画」が報道されています。問題になってる年間20ミリシーベルト以下圏内の、園児、児童、生徒は最初から除外され、健康調査の対象からも外されています。 なぜ、この男を国会喚問もしくは参考人聴取しないのか不思議です。 ※標題の、『「正しく恐れる」ことが大事』は、近藤宗平氏の受け売りのようです。放射線影響学会を牛耳る「学者」たちのスローガンになっています。この言葉を使う者は、「100mSvまでは身体に何の影響もない」の主張者といってよいでしょう。 福島の子どもたちはこの人物のhostage 放射能を「正しく恐れる」ことが大事チェルノブイリと福島の決定的な違い 放射性ヨウ素は本当に危険なのか 原発被災者支援センターを福島に 月刊「潮」2011年7月号 p146-151 【特集】「原発事故」と放射能 放射能を「正しく恐れる」ことが大事 人類の叡智を施した人工物が破綻した。 この未曾有の事態をどう受け止め、行動するべきか。 山下俊一 やました・しゅんいち(長崎大学教授) 一九五二年長崎県生まれ。長崎大学医学部卒業。同大学大学院医歯薬学総合研究科長。チェルノブイリ、セミパラチンスクでの被曝者治療に携わる第一人者。二〇〇五年から二年間、WH0(世界保健機関)ジュネーブ本部放射線プ回グラム専門科学官として活躍。 チェルノブイリと福島の決定的な違い 私がチェルノブイリ原発事故の被曝者治療に取り組み始めてから、今年でちょう ど二〇年になる。私の母親は、十六歳のときに長崎の原爆で被爆した。被曝者診 断と治療に取り組み始めたきっかけは、私が被爆二世だからというわけではない。 三十八歳で長崎大学の教授になったときに、私は初めてチェルノブイリの被曝者 と向き合った。自分の意識とは無関係に、被曝者治療の道を歩むべく人生が準備 されていたのではないか。不思議な運命を感じた私は、一九九一年から一貫して 被曝者治療と調査研究の仕事に取り組んできた。 その仕事が二〇年という区切りをつけたとき、福島第一原子力発電所で深刻な事 態が発生した。三月十一日に起きた東日本大震災に伴い福島第一原発で相次いで 事故が起きたのだ。一・三・四号機の建屋は水素爆発によって損壊し、一~三号 機の炉心は損傷を起こしている。 人間には、人生において一人ひとり与えられた仕事があるのだろう。三月十九日、 私は福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーを打診された。これまで人間関 係を培ってきた母校の先輩や研究者の仲間たちは、福島で働く私をサポートして くれている。本当に有難いことだ。 私が福島入りする前に、長崎大学病院国際ヒバクシャ医療センターの医師や看護 師が三月十四日から福島に入った。十五日の夕方には、福島市で雪が降った。若 い研究者が放射線測定器で数値を測ったところ、二〇マイクロシーベルト(毎時) という数字が観測された。 この段階では、原発から二〇キロの範囲内ですでに避難勧告が出されている。三 十キロ圏内には屋内退避勧告が出されていた。放射線が測定された福島市は、原 発から六〇キロ離れた場所だ。決して高い数値ではないものの、放射性物質の飛 散距離が優に三〇キロを超えているのは明らかだった、福島県立医科大学を含め、 医療関係者は不安に襲われた。 三月十九日に福島県知事に会ったところ、知事が憔悴しきっていることに驚いた。 ただでさえ地震・津波の被害が大変なのに、事故のせいで原発の近くの被災地に 入れない。放射線についての知識も乏しい。そうした非常事態の中で、福島県職 員は奮闘していた。 チェルノブイリ原発事故と福島第一原発の事故を重ねる人がいるが、私は同一視 すべきではないと考えている。八六年四月に起きたチェルノブイリ原発事故では、 稼働中の第四号機が爆発して瞬時に大量の放射性物質を世界中にまき散らした。 この事故が起きた八六年は、ソ連崩壊直前の時代だった。ソ連は原発事故をひた 隠しにしようとしたものの、事故翌日の四月二十七日の段階でスウェーデンが異 変を察知し、ヨーロッパ全体が非常事態に陥っている。 ところが、ソ連国内では放射線の危険性についてまったくアナウンスがなされな かった。その証拠に、四月二十六日の事故から一週間後の五月一日(メーデー)に は、大勢の市民が街頭行進をしている。原発事故の情報が封鎖されていたせいで、 多くの市民が被曝をしてしまった。 チェルノブイリ周辺では、土壌汚染も深刻だった。牛の原乳には、放射性ヨウ素 が濃縮される特徴がある。その牛乳を長期間子どもたちが飲み続けたせいで、小 児甲状腺ガンの患者が激増してしまったのだ。国から裏切られ、事実をまったく 知らされることなく住民が被曝し続けた。これがチェルノブイリの悲劇だ。 では日本はどうか。福島第一原発では、原子炉の水素爆発は起きていない。放射 性物質が飛散しているといっても、あくまで限定的な数値だ。日本政府は、微量 の放射性物質が含まれる原乳や野菜を流通から排除した。乳幼児や妊婦が放射性 物質で汚染されないため、安全管理は充分なされている。「福島でチェルノブイ リと同じことが起きている」とパニックに陥るべきではない。 放射性ヨウ素は本当に危険なのか 福島第一原発から放出された放射性物質の七~八割は、放射性ヨウ素と放射性セ シウムだ。 放射性ヨウ素とは、甲状腺ホルモンの原料であるヨウ素が放射性を帯びた物質で ある。大人は心配ないものの、○歳児から十五歳くらいまで、つまり乳幼児から 中学生くらいまでは注意が必要だ。もちろん、妊婦も注意しなければならない。 放射性ヨウ素は、乳幼児の甲状腺に蓄積されやすいからだ。 チェルノブイリの原発事故では、この点をきちんとアナウンスしなかったために、 小児甲状腺ガンが増えてしまった。放射性ヨウ素に汚染されたミルクや食べ物を 口にしなければ、甲状腺を守れる。甲状腺さえしっかり守れれば、放射性ヨウ素 については心配要らない。 もっと言うならば、放射性ヨウ素の半減期(放射線量が半分になるまでの期間)は わずか八日だ。体の中にいったん放射性ヨウ素が入ったとしても、尿によって排 出されることだってある。原発近くの地域から逃げさえすれば、心配は要らない。 放射性セシウムは、半減期が三〇年だ。三〇年と聞くと、気が遠くなるような長 い時間に感じる人もいるだろう。だが、これはあくまで物理学的な説明に過ぎな い。放射性セシウムの放射線量は、体に入ってから六〇~七〇日で半分にまで減 る、放射性ヨウ素と同じく、尿によって体外に排出されるのだ。放射性セシウム については、放射性ヨウ素以上に心配は要らない。 「放射性セシウムが危険だ」と言う学者も大勢いるが、放射性セシウムのせいで ガンにかかったという例を私は聞いたことがない。唯一心配すべきは、放射性ヨ ウ素による甲状腺ガンの発症のみだ。 放射線は目に見えない。匂いもせず、音も聞こえない。大切なのは、放射線を 「正しく恐れる」ことだ。最も恐ろしいのは、一〇〇〇ミリシーベルト以上もの 大量の放射線を俗びて急性放射線障害にかかる確定的影響である。これについて は、原発で復旧作業に当たっている作業員以外に心配する必要はない。 周辺地域で暮らす住民に起こりうるのは、先ほど申し上げたように小児甲状腺ガ ンしかありえない。それとて、一〇〇ミリシーベルト以上を一度に被曝しない限 り心配ない。では、一〇〇ミリシーベルト以下の被曝についてはどうなのか。 「健康に影響があるのかないのかわからない」。これが答えだ。 世界中どこでも、人間は年間に二~三ミリシーベルトの放射線を浴びながら生活 している。放射線によって遺伝子に傷が入ったとしても、損傷は修復される。人 類は常に微量の放射線を浴びながら、地球上で生き永らえてきたのだ。 国が定める食品や水、牛乳の安全基準値は、相当に厳しく定められている。ごく わずかな放射線が含まれる牛乳や水をちょっとずつ飲んでも、いきなり一〇〇ミ リシーベルト以上も被曝することはない。一度に一〇〇ミリシーベルト以上もの 被曝をするような事態でない限り、過剰に放射線を恐れる必要などないのだ。 それに、考えてもみてほしい。原発の放射性物質によってガンにかか三人に一人 がかかる病気だ。確率論的に誰にでも起こりうる病気なのに、「放射線のせいで ガンにかかる」と心配して生活を台無しにしても仕方がない。人間は一生のうち に交通事故にも遭うし、危険因子はほかにもたくさんある。もっと冷静になるべ きではないだろうか。 原発被災者支援センターを福島に 私が福島入りしたのは、三月十八日のことだ。翌十九日には、福島県知事から放 射線健康リスク管理アドバイザーに任命された。アドバイザーとして大切なのは、 福島の人たちと膝を突き合わせて対峙することだ。 そこで三月二十日のいわき市を皮切りに、福島市や飯舘村、郡山市、白河市、田 村市、磐梯町、伊達市などを連日訪問し、一般住民に福島県の現状について説明 していった。罵声や怒号が飛び交う場面もあったが、当然だと思う。誰もが不信 と不満に苦しんでいるからだ。だから、とにかく誠実に対応していった。 日本人には広島・長崎の原爆の記憶もあるし、チェルノブイリ原発の大事故の印 象も強い。放射線に対する恐怖心が募るのは当然だ。被曝と聞くと、ガンにかか ってすぐ死ぬという先入観や偏見をもってしまうのだろう。 まずは福島県内の放射線量を測り、安全のレベルを理解することが極めて重要だ。 だが残念ながら、大半の住民は「ミリシーベルト」「ベクレル」といった単位の 意味さえわからない。政府から基準値の何千倍、何万倍の放射線が観測されたと 聞けば、誰だって驚いてしまう。 住民の不安を払拭するためには、誰にでもわかりやすい楡えが必要だ。科学の専 門用語を使って難しい説明をしても仕方がない。だから私は、単純にこう説明申 し上げた。 「原子炉は火山のマグマです。ドーンと爆発したときに近くにいれば、ヤケドも するし、火災も起きて危ない。ちょっと離れたところにいても、火の粉が飛んで くる。もっと離れても、灰が飛んでくるかもしれない。充分離れた場所に移動し てからは、灰の心配をすればいいのです」 放射線は熱線と同じエネルギーだから、距離を保っていれば心配要らない。健康 被害を及ぼす被曝を心配するのは、原発のすぐ近くで働いている作業者だけだ。 こういう説明をすると、「濃度が高くないからといって、放射線を浴びても大丈 夫なのか」と尋ねる人がいる。そんなとき、私はこう答える。「灰でヤケドをす ることはないでしょう。それと同じように、避難区域の外にいたり屋内退避して いる限り、放射能汚染でヤケドすることなどないのです。一〇〇度の熱湯に、触 れば誰だってヤケドしますが、四〇度や三〇度だったらどうってことはないでし ょう? 放射線の安全基準はものすごく厳しく作ってありますし、人間がヤケドす るレベルではないのです」 広島・長崎に原爆が落とされた当時「一○年や二〇年は草木が一本も生えないだ ろう」と言われた。だが、被爆地からはすぐに植物が生えてきた。広島・長崎に 大量の放射線が降り注ぎはしたが、大半は雨が洗い流してくれたのだ。 チェルノブイリの周辺には、肥沃な大穀倉地帯が広がっている。だから、放射性 物質が土壌に滞留してなかなか流れていかない。日本は山紫水明の地だ。私は、 福島の復興にとって「雨」がキーワードだと思っている。もうすぐ梅雨がやって くる。この恵みの雨が、福島に降り注いだ放射性物質を洗い流してくれることを 願う。 そしてもう一つ、ハイテク技術にも期待したい。科学が犯した過ちは、科学が克 服すべきなのだ。原子力工学や物理学、医学といった科学だけでなく、政治・経 済、さらには宗教のような価値観までもが、すべてこれからの福島に関わってく る。 震災の復興と同時に、原発事故の復興も同じように大切だ。事故によって生じた 環境汚染を、どこまで排除できるか。国内外の叡智を結集した、福島の支援セン ターを作るべきだ。住民の健康被害の分析などをする拠点を、福島に早急に作ら なければならない。 福島だけでなく、岩手・宮城に広がる三陸地方も大変な状況にある。しかし、東 北は絶対に復興する。これだけ恵まれた山林があり、海洋資源だってあるのだ。 この恵まれた自然の中で、人間の智慧を発揮していきたい。 福島第一原発で事故が起きてしまった背景に、危機管理や安全管理についての人 間の騎りがあったことは否めない。リスクゼロの社会はない。自然の脅威を受け、 人間の叡智を施した人工物が破綻を来した。天災と人災の二種類がぶつかったこ とが、今回の地震・津波に伴う原子力災害の本質だ。 だが、原子力災害がどんなに困難なものであったとしても、科学の力をもってす れば必ず復興できる。この未曾有の事態に際し、古来やまとの国と呼ばれてきた 大いなる和の国は、必ず復興しなければならない。私は医学者・科学者としス福 島の復興のために全力を注ぐ覚悟だ。 長崎大・山下俊一教授の『語録』
https://w.atwiki.jp/argent-chat/pages/28.html
結局はバランスの良い食事が一番良い カリウムやカルシウムなどのミネラル、ビタミン、アミノ酸など バランスの良い食事をすることで健康状態も良くなり 更に放射性物質の吸収も抑える事が出来ます。 サプリメントの項目で放射性セシウムはカリウムを、放射性ストロンチウムはカルシウムを それぞれ安定的に摂取することで吸収を抑える事が出来ると言いました。 しかし、サプリメントを子供に与えたくないという親御さんもいらっしゃいますし カリウムなどは摂取が過剰になると逆に健康被害が起こる事があります。 大切なのは放射性セシウムやストロンチウムは、{カリウムやカルシウムが明らかに不足した状態にあると 身体に取り込まれ易く、その影響も長い期間に渡る可能性が高くなる}ということです。 つまり、野菜や果物、納豆などでカリウムやカルシウムを適度に摂取してカリウムの不足した状況になければ それほどのセシウムは身体には取り込まれません。 そのため、日々の食生活において ミネラルが不足しない様なバランスの取れた食事をしていればサプリメントもいらないのです。 サプリメントは生活の中で足りない栄養を補充するためのものですから。
https://w.atwiki.jp/argent-chat/pages/43.html
NaIシンチレーションスペクトロメーターに関する資料集 緊急時における食品の放射線測定マニュアル 平成14年3月 厚生労働省医薬局食品保健部監視安全課 http //www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001558e-img/2r98520000015cfn.pdf 原子力あるいは放射線緊急事態におけるモニタリングの一般的手順 放射線医学総合研究所 緊急被ばく医療研究センター 線量評価研究部 訳 IAEA 1999年6月 IAEA-TECDOC-1092 http //www.nirs.go.jp/hibaku/kenkyu/te_1092_jp.pdf 放射線測定に関するガイドライン 平成23年10月21日 文部科学省 日本原子力研究開発機構 http //radioactivity.mext.go.jp/ja/important_imformation/0006/111021Radiation_measurement_guideline.pdf NaI(Tl)シンチレーションスペクトロメータ機 器 分 析 法 昭和49年 文部科学省 科学技術・学術政策局 原子力安全課防災環境対策室 http //www.kankyo-hoshano.go.jp/series/lib/No6-1.pdf http //www.kankyo-hoshano.go.jp/series/main_pdf_series_6.html NaI(Tl)シンチレーションスペクトロメータを用いて測定した結果を適切に評価するために(初心者編) 平成23年12月7日 農林水産省消費・安全局消費・安全政策課 http //www.maff.go.jp/j/kanbo/joho/saigai/pdf/guidance.pdf
https://w.atwiki.jp/info_fukushima/pages/293.html
リスク認知 書きかけ 知らない・わからない・慣れている 放射能リスクは分からないというか見えない部分もあるので不安があるでしょう。人間というのは知らなければリスクを感じることはできません。リスクの存在を知ってしまうがその程度や確率が分からないと不安になりリスクを大きく感じます。逆に慣れているリスクは小さく感じます。 知らない:知らなければリスクを感じない 知らなければ、リスクを知らないので、不安もありません。当然です。以前から人間は自然から放射線を受けて被曝していました。外部被曝も内部被曝も両方共です。 INDEX 放射線量について http //www47.atwiki.jp/info_fukushima/pages/39.html 「自然放射線と人工放射線、人体に与える影響は違う」という誤解 http //www47.atwiki.jp/info_fukushima/pages/48.html つまり、私達は「常に放射線を浴びている」ということを意識してなかったのです。 わからない:未知のリスク認知は大きくなる 原発事故によって被曝を気にするようになりました。被曝をしていることに気づいたのだけど、被曝したらどうなるのか「わからない」状態になると、リスクを強く感じる(認知)するようになります。これが不安に繋がります。 知らなかったリスクに気づくけれどそのリスクについて詳しくない(分からない)とリスクを強く感じます。 大切なのはリスクを定量的に知ることです。 慣れている:経験したことのあるリスク認知は小さくなる 人間は「慣れ」によって、リスク認知(感じ方)が小さくなります。車を運転する人は運転しない人より概ね「交通事故のリスクを低く見積もる」ことが多いでしょう。
https://w.atwiki.jp/info_fukushima/pages/256.html
福島と他地域との甲状腺調査の比較 福島の甲状腺検査と比較できる他地域の検査結果はある。なぜか「福島で甲状腺の異常がみつかるはずだ」と思い込んでいる人が散見されるが、他地域の甲状腺検査と比較してみると「福島で異常がある」という結果は見つけられない。 福島県と青森、山梨、長崎3県の比較 しこりの割合本県低く 4県の子ども甲状腺検査 福島民報 2013/03/30 http //www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2013/03/post_6779.html 環境省は29日、東京電力福島第一原発事故に伴う福島県の甲状腺検査結果と比較するため青森、山梨、長崎3県で実施した甲状腺検査の詳細結果を発表した。6~18歳の各年代で小さなしこりなどがある「A2判定」(2次検査の必要なし)の割合はいずれも50%台後半で、40%台前半~50%台前半の福島県の方が低かった。 くわしくはこちら[青森・山梨・長崎の甲状腺調査結果は福島県と変わらなかった] http //www47.atwiki.jp/info_fukushima/pages/267.html 東京との比較 東京での甲状腺検査3千人「福島の子どもの嚢胞は放射線の影響とは考えにくい」 http //www47.atwiki.jp/info_fukushima/pages/210.html 東京の病院で約3千人に行った検査でも、同程度に嚢胞が見つかった。伊藤病院(東京)の岩久建志医師らが30日、日本甲状腺学会で発表した。専門家は「原発事故前のデータも含めて比較されており、福島の子どもの嚢胞は放射線の影響とは考えにくい」と話している。 神戸との比較 神戸での調査は小規模なもので単純に比較はできませんが、福島より神戸のほうがむしろ甲状腺の異常が覆いということは福島で発見された異常が放射線由来でない可能性が高いことになります。 Togetter:神戸での小児甲状腺コントロール調査について http //togetter.com/li/413554 神戸の甲状腺調査結果を福島のものと比較しています。 + (以下、Togetter作成者のコメント) (以下、Togetter作成者のコメント) 神戸での小児甲状腺コントロール調査について http //j.mp/TgdsKD 原発事故による放射線被害の及んでいない神戸での少数ながらのコントロール調査であったが、小のう胞を含めた有所見率は福島同様高く、高解像度の装置による今後の大規模調査でも同様の結果が予想される このような「病的」とは言えないのう胞の「自然歴」を明らかにすることが、今後の放射線影響を考える上で重要となってくるであろう それがコントロール調査対象であっても、丁寧かつ冷静な説明と報告がもとめれる 東京・伊藤病院でも、「2003年から今年8月まで甲状腺の超音波検査で、36%の子に嚢胞が見つかった」と… http //j.mp/TBOyFC スライド:http //bit.ly/UGQIa6 長崎県・西諫早病院でも、甲状腺外科医「独自に96人の子どもの甲状腺検査した結果、福島県のデータとほとんど変わらなかった」(11/21)と… http //j.mp/SAuw0s DrMagicianEARL氏のツイート + ... http //twitter.com/DrMagicianEARL/status/272898943262801920 福島での甲状腺スクリーニングの対照群としての神戸の小児甲状腺検査結果が公表.神戸は福島より嚢胞を多く発見(66%).福島での甲状腺異常は現時点では放射能との因果関係は乏しい可能性 http //t.co/DiZbsfvl 背景因子のlimitationはあるが,まあ予想通りの結果 http //twitter.com/DrMagicianEARL/status/272905189290299393 神戸での小児甲状腺コントロール調査はろっこう医療生協が神戸の小児102名に施行した.結節・嚢胞なし:福島56.3%vs神戸32.3%.5mm以下結節や20mm以下嚢胞:福島43.1%vs神戸66.7%.5mm以上結節や20mm以上嚢胞:福島0.50%vs神戸0.98% https //twitter.com/DrMagicianEARL/status/272908365510893568 神戸と福島の結果について,正常・異常で分けてχ^2検定を行ってみたらp 0.0001で有意に神戸の方が異常が多い.ただし,この比較は背景因子の違いが考慮されていない,集団数が少ないなどのlimitationあり.現時点では福島の甲状腺異常は放射能との関連性は低いという仮説になる. 根拠無く「怪しい」という人たち かねてから私(管理人)が注意するべき人物としている二名も登場するTogetterまとめ。小杉中央クリニック 布施純郎氏とオペレーションコドモタチの横川圭希氏が登場しますが、この調査の比較について「印象操作」することしかできていません。 もし調査やその見解について問題があるなら具体的に指摘して説明するべきで、あたかも調査がおかしいような印象を流すのは、なんらかの意図があると思われてもしょうがありません。
https://w.atwiki.jp/argent-chat/pages/25.html
何を食べるといけないの? 放射性物質は食べ物の中に入り込みます。 一度身体の中に入り込むと出ていくのに時間がかかり その間身体の中でずっと悪さをするので、汚染された食べ物は食べてはいけません。 リスクを回避するためには汚染地域で栽培された農作物は食べないことです。 セシウムに関してですが、今のところセシウムが溜まりやすい物として 山のものならば ・川魚 ・キノコ ・クリ などの汚染が報告されています。 特にキノコは沢山のセシウムを濃縮するので特に気を付けてください 海ならば ・貝類 ・ヒラメ ・カレイ などの海底に住みつくものの汚染が報告されています。 え?じゃあ、一体どうすればいいの? 九州や沖縄産のものは汚染されていない、もしくは「比較的」汚染が低いので安全性が高いです。 なので九州産や沖縄産で食材を固めると安心して食べれそうです。 海外産はどうなのか はっきり言って、安全性は疑われるものばかりです。 狂牛病や抗生物質、農薬などの問題があります。 身体に悪いのは放射性物質だけではないため、気を付けなければなりません。
https://w.atwiki.jp/fulvicmicrobe/pages/46.html
波動原理・ゼロ点効果の纏めサイト - 放射能除去法纏めサイト 無数の除去事例や超常的現象、量子の共鳴効果による意識・社会・環境の改善 万物における波動情報の原理・作用・効果・影響・意味合いと形成・発展・永続化 量子(電子・陽子・中性子・光子・ニュートリノ)=波動(気)・ゼロ点(Zero Point Field)・電磁波・プラズマ・幾何学的形態・物質(珪素・量子水・酵素)・微生物・コイル・波動器具・波動農法や意識・言葉・パワースポットなど、波動原理の各種効果(超科学・超能力・元素変換・健康・意識覚醒・自然環境の浄化・森羅万象の好転) *************************** 項目6⑬:波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い 森羅万象の形成・発展・永続化、意識・社会・環境の浄化・改善 ●波動原理を阻む社会的要因 波動医療は人智学創設者ルドルフ・シュタイナーの影響もありドイツで普及し、ホメオパシーは多数の国で広く浸透しています。ロシアは旧ソ連以来の「現代科学と異なる領域の科学・境界科学の研究蓄積」があり、科学界の志向自体が既成概念の枠内に囚われていなく、波動関連も含めて既に実用可能な物も多数存在します。米国は極秘研究の知見を高度に蓄積しています。 翻って日本では、東洋医学と波動の高い親和性という元来の良質な土壌と、静電三法や軍関連組織の研究(米国が強奪)など戦前で既に進んでいたのにも拘らず、現状はこのレベルで、一般病院に波動器具を用いた療法はほぼ存在しません。これは保険等の技術論より「権威・枠組側による排除」「そのまま下達されるのみ」など社会バランスや根本部分の問題で、潜在的可能性・資質を国・一部社会の在り方が封殺、日本を長年に亘り劣化させてきた一例です。 よく言われる個人・中小企業の資質は、「個人・小集団レベルの波動関係の勉強研究・解明進化・普及度」に通じています。「日本独自とも言える手法・方法論・概念・製品・研究」「高い波動効果を齎す国産手法・製品(公的組織以外が開発した物)」は過去~現在にわたり多数存在、元々は「波動原理に適した素地」があり、「楢崎皐月・政木和三・千島喜久男」など優れた研究者も多くいました。 然しながら日本では集団化した時に「ムラの圧力亢進」「異質・多様性への排除・寛容度低下」「ガラスの天井」「過剰同質性の横行」が顕在化し、「社会の上層部・主流・公的組織」においては、長年日本は諸先進国に比べて「波動的な物・研究・成果が、最も排除されてきた国」で在り続けました。この要因は「明治以来の国・社会上層部の全体・統制・閉鎖主義志向、個・自由思考・可能性の抑制・埋没化」「戦後、自主変革を逸し続けた事による社会構造・個人・思考の経年硬直化、上層部の属性固定化(男性・東大等)、寄らば大樹・親方日の丸・談合体質」「海外・関係国・近隣国からのバランスを欠いた理不尽な対応や、不公平な国際的構造や二国間の関係性への、日本側の縮小・受動・無自己・短視眼・誤魔化し対応」、以上への心理防御の「大衆の諦観の蔓延」「感覚・思考・視野・関心範囲の矮小化」「過度な集団思考・過剰同調・迎合・家畜人間化・奴隷化・事勿れ主義」「個の連帯による改善運動の不足・忌避・揶揄・無関心」など複合的でしょう。この構造はまた、「巨視・複眼・能動・建設・柔軟・水平思考に欠け、周囲・世間・お上・与件・圧力・因習・空気に従うように訓練された画一的ロボットの量産」「非公僕の公務員・非選良の政治家・ジャーナリズムの無いマスコミ・現象自体の無視を貫く科学界・非公器な経済界の跋扈」を促すか如くに働いています。 あらゆる事柄は相互関連して全体構造を醸成し、「事故後の現代科学体系外の手法の全否定・無視」も「国・社会の在り様」の中で起きています。「過度な常識論・横並びと自縄自縛な視野狭窄の経年化」は、この事態においてさえ「前例主義や形式論などの硬直思考」を齎し、蟻地獄のように人々の思考・行動・選択を縛っています。「異端排除の圧力(大学・公的機関での異端科学の研究費配分は海外と比べ非常に低く、排除される)」と、「除染・実験実施には検査機関・ガイガーの計測数値低減では足りず、一般・科学界の理論認知が必要」との「上層部・象牙の塔・同調者の掟」は、「除染や真理や社会改善との目的論」より「ドグマ固執・権威や権力構造への同化・斉一性依存」を優先させています。「日本・日本人を最終的に守るべく存在する政官」は、超長期被害確定という一般認識状況にあって、あらゆる除染可能性を探り続ける義務を履行せず、多くの提案は不可解にも却下され続けています。政官公について、ほんの一部の政治家・公務員・公的組織関係者や(福島県などの)一部現場組織だけがたまに耳を傾けるのみで、それも大きな動きにならず、組織論や絶対的空気の中で排斥され、大状況はいつもの政治屋・官僚主義的行動が続くのみです。「国・公・社会上層部・科学界レベル」で見れば、実験など費用が殆ど掛からない額と言え、初期要員や手間も僅かで済み、たったそれだけで事の真偽は概ね分かるのにも拘らず、しかし行おうとせず、考慮しようとしません。これは「官僚体質の行き着いた果ての姿の終末的な集団浅慮」であり、原子力ムラの「事故は起きないから対策無用」「赤信号、皆で渡れば怖くない」と全く同じ空気です。そして「事故前(=客観的な時点)では超悲惨と認識した状況」にも拘らず「正当化・無視する圧力」が覆っています。 つまり「"従来より遥かに良い方法・新事実"の存在可能性という客観状況(論理的反駁が不能)においても、超過酷事態を修復し得る物でも、それを検証・解明する機能が、この国・社会には無い」「大勢の国民と数多の公的部署・組織と巨額の公金がありながら、必要な物・感覚が無い」「既存観念・手法の踏襲のみで、過去と全く異なる状況に対応できない」「代替論・多面性・改善論への側面支援機能や、全体的な修復機能や柔軟性が無く、"たったそれだけの事"さえ"しない・出来ない・拒否する"ほどに、あらゆる分野を硬直性・類型思考が支配している」「公・体制の存在意味が不明な無責任体制」「本来の責任・義務・本分を全うする主体が存在しない」という構造です。 そして現地では「有志による時間・頭脳・労力・費用を割きながらの懸命な除染研究」が続いています。そこで得られた知見も含め「除染事例や成功・確立した手法の報」は次々と積み重なっていて、その全ては「従来科学と異なる普遍的科学原理」を指し示しますが、しかし「これに対応する社会構造自体」が存在しません。その構造さえあれば、如何に否定論者が多くても「実験・検証→事実と確認→各地での実施と広範な議論の場の形成」というサイクルが起きるので「とうに広域除染や様々な知識・原理・技術の普及が進んでいた」でしょう。 このような状況において理想は等閑にされ、「金や声が大きな集団や負の側面」に未だ支配され、「一般社会・会社・学校・マスコミ・ネット・未成年その他、集団・分野・属性」が「社会的に規定された固定観念・役割モデル・典型的思考様式」に囚われ、個々の属性が狭く分断され、「個人と社会の関係性が切れているのに、同時に全体主義的であり、個人がマニュアル通りの駒や歯車のように存在」しています。近年の日本が世界的に見れば繁栄していたのも、決して「公・体制など上部構造」の為でなく、「個人レベルの特質と(自縄自縛も含め抑圧下ですが)、環境や歴史で織り成された日本に宿る"地霊"とでも言える物」の為でしょう。しかし「この2つの能力・効果が年々低下」して、逆に「公・体制は悪化」したので現況にまで至りました。日本では「上層部の全体主義・個の抑制・大衆の無関心化」により、「社会構造の改善・全体主義からの離脱」が今まで果たされなく、却って「改善せぬままの経年→空気の常識化→無謬・従うべき物」という流れによる「社会構造の硬直化」が進みました。「手法は多数あり、後は簡易な実験・検証だけなのに、検証・考証は科学・真理の基礎なのに、徹底的に否定・拒否するという観念」を見てもそうですが、人々の意識自体が変わらなければ、集合意識も波動効果も何もかも変わりようがありません。 元々「健康と長寿」「最大多数の幸福と安寧」「そして出来るならば自然環境維持や調和」などが社会の初期の目的や共通認識な筈ですが、何故か途中から大きく逸脱して、訳の分からない物を自己目的化して突き進んでいるのが日本と世界の現状です。過去を見れば一目瞭然ですが、独善的な我田引水は、許容すると全体状況が悪化し、個人や全体の利益を大きく損なう社会が返ってくるだけで、固執の目的の一つの「子供・孫への利益委譲」は「金銭面でも、そんな社会に生きる子孫の不幸という、そもそも論においても」意味が無くなり、波動的にも因果応報としてカルマを積み上がり続け、結局何の益も齎さない世の中になり、害悪と共に破綻していくのみです。今の社会は「色々な物を壊し穢して、将来につけを送っている、際限無き椅子取りゲーム」のような物ですが、このゲーム脱落への恐怖が「自己が存在できる現状や優位性を保てる状況・ルールの墨守」へと走らせ、多数がこれを行う「負の方向性の空気化」が社会を歪ませています。そして逆の「善性や建設的意識」は疲弊して、多くが「何かが物凄くおかしい」と感じつつもどうすれば良いか分からなく、「過度な競争論と蹴落とし」「心を無視する方が生き易い」という攻撃的な世情で精神的に磨り減っています。でも幾ら生きるのが大変な事だらけだとは言え、「子供達・赤ちゃん・未来世代の為に良い世の中を築く意思・行動」が欠落しているならば、「地球・社会に対する大人達の存在意義は無い」「自己の存在・生存目的があるのみ」でしょう。人類や社会という「大きい存在」は何の為に存在しているのか、利益や利己ばかり求めるのが良いのか、社会自体に何らかの使命は無いのか、ある意味もっと楽で適当で、それでいて調和的であり、概ね幸せで豊かだという世の中は、それこそ簡単に作れる筈でしょう。 「家庭・地域・幼稚園・保育園・小学校・学童保育」において、幼い子供には「思いやりを持った子になってほしい」と思い、「調和的な環境で、皆に暖かく接して」いきます。「手のひらを太陽に」の歌詞には「ミミズだって、オケラだって、アメンボだって、みんなみんな生きているんだ、友達なんだ」とあります。何故そういう風に接するのか、こういう歌を子供に教えるのか?それは「そういう感受性を持った子になってほしい」「思いやりを持ってほしい」と考えているからでしょうし、そして「本来はそういう社会であってほしい」「こういう観念を普通に持っているのが理想的な社会」だと深層心理では思っているからではないでしょうか。そうでないならば、子供にだろうと何だろうと、そのような事を教えないでしょう。「そう接するのが、教えるのが当たり前だから」という要領不明な理由でなく、「そんな世の中で、子供達には暮らしてほしいね」と感じているから、そう行っているのです。 要するに今の世の中は「そういうのが理想だろうけど、現実の世の中は違うし」「そんな事考えてたら馬鹿にされる・置いてけぼりを食う」「まぁ単なる夢だろ」「自分とは関係ない・どうでもいい」という感情が先に立ち、理念を忘れ去ってしまっているのではないでしょうか。過去において「大人になる」とは「柔軟性・感受性を捨てて、世間の常識や理不尽さに従う」ことでした。そうでしたが、では「それが未来永劫続く」「それが理想」と考えているのでしょうか。そうでないなら、別に「未来永劫続く訳でもない」「不変普遍の心理でもない」「理想でもない」ならば、今すぐに変えていけばいいだけの話です。そうすれば明日は変わらなくても、10年後には社会は大きく変わっているでしょう。しかし「硬直性・隷属思考・物質的思考・上下関係・有象無象」に囚われている現在の世の中では、「どうせ変わらない・無理・自分には関係ない・どうでもいい」「それより趣味のOO」「学校・会社で話題の××」「組織内で認められるらめの○×」「友達・同僚と話をあわせるために芸能界・ファッション・遊びの×○」という想念が先に立ってしまい、その中で、また毎日の社会が虚無的に繰り返されています。 また脳による「他者への共感⇔分析的思考」「右脳・感覚⇔左脳・論理」の両立は困難とされます。ただ高度に両立できる人もいて、また「(上記○○××など)空虚な対人・対社会・対物の関係性に依拠、その為の分析思考を終始働かす」など、現代社会は「過度で偏った分析・論理思考の重視」を強いています。そしてこれにより「共感能力・共感志向の低下」「不必要な序列・競争重視」「環境・対社会・対人への破壊・非建設的な方向性」へと導かれています。 そういう空気により「精神や気を病む・荒む・疲弊」「虚無感・投げやり」「健康や生活環境を害する」ことが多くなり、また「即物的感覚や金・モノ優先主義に塗れる」「権威・権力・力を振りかざす」「利己主義・自分本位になる」「何らかの他者基準に従属する」・・・など、社会全体の荒廃が止まらずに、「この酷い悪影響が、様様な場所で、様々な症状として顕在化」しています。このような意味において、「現代社会の個人レベル・社会各所の問題は、現代社会の抱える(先述後述の)問題点により生じている」「このような状況・方向・空気・力学がなくならない限り、その悪影響はなくならない」と言えます。そして「大衆意識を支配する空気・人々の行動原理」がこういう物である限り、「口でどう言おうと、どうお題目を唱えても、どう法律・規則・暗黙のルールで縛ろうと、どうやって繕おうと・根絶しようとしても、"(例えば)違法にならない程度の、低意識・荒廃的な行動"が蔓延するのは当然であり、悪貨が良貨を駆逐し続けるだけ」です。それは「世の中がそういう価値基準なのだから当然の帰結であって、至極当たり前過ぎる事」です。 少子化の原因のアンケートでは、経済的理由以外に、「生き難い」「社会に将来性・展望姓がない」「将来幸せになると思えない」などが上位に来ますが、「現状の社会状況では当然」「この方向が続くなら、多数がそう感じるという状況は変わりようもな」のであり、それは「本質的に生き難い世の中」「厭世を感じさせる社会状況」ということです。日本の自殺率は先進国最高水準ですが、これは途方もない不幸であると同時に、膨大な経済的損失であるのも社会・経済的常識で、この数字の影には「ごく日常的で、甚大な不幸・不利益」が積み重なっています。経済・権威重視の人でも、これら理由で疲弊しきった人や、子供を作らない人は多く、要するに「自分が向いている方向を、多くの人が向く事で、結果として生き難いと感じる」のであり、では何の為の経済のでしょうか。全く以って、あまりに不合理です。 これらの社会状況・方向を俯瞰すると、「"金・モノ・権威などの重視"と、それ進める為の、或いは副作用としての"個の抑制・空気への従属の高い同調圧力"などの社会的方向が、結果的に重度の経済悪化や社会閉塞を招いている」という異常な状況を呈しています。それでもなお「「金・モノ・権威」「個の抑制・同調圧力」を望むのか、「それにより、その目的たる経済的利益・国際的地位云々を低下させている」という状況を招いていてもでしょうか。そしてそもそも経済云々以前に、それは「個人の内面・社会・自然環境など全てを破壊」「不幸・生き難い世の中の再生産」をするのみであり、「幸せな世の中への方向」「全体の幸福の実現」へ向くことは決してありません。 普通に考えて「理想的な社会="金・物質・権威・争いなどが優位でない社会(金・物質は手段であっても、目的ではない)」はずで、拠って「現代社会は理想的ではない」「その空気・方向性は理想的方向性を有してない」という認識が妥当でしょう。また「理想社会=持続不可能な社会構造」の訳はなく、拠って「理想社会・理想的方向性=自然環境や対人・対社会や将来世代・後代への負荷において、持続可能な社会構造である」のは至極当然です。そのような社会では、例えば「ゴミの環境投棄がない」「環境破壊がない」「人々が自然に相互尊重・共存している」「人々の自然な・自主的行動の結果、そういう状態になっている」でしょうし、そうなるには「人々の認識・行動の基盤としての、調和的な社会認識論・環境認識論が不可欠」です。「人々の認識→人々の行動→社会に起こる結果」という「自明の流れ」により、このような「調和的認識論」=「理想社会・理想的方向性・社会改善・人々の幸福・良好な生存環境」という表裏一体性も明白です。また上記「自明の流れ」により、そもそもとして「社会広範の調和的認識論なしに、理想・幸せな社会になる事は到底不可能」です。 社会は段階的発展を遂げてきて、現代はこの段階という事自体はおかしくないですが、問題は「科学・社会の発展により現代社会が齎されたのであり、"そもそも科学・社会の発展とは、この方向の物なのだ"」「この方向を進んでいけば・突き詰めると、豊かさ=望んでいる社会がある」「多少不利益があっても仕方ない、不利益は幾らかだけ、どうでもいい事(精神・自然など)が犠牲になるだけ」という暗黙の観念・力学が、社会広範に覆っていることです。これらは「現代の基本的力学・空気・固定観念・常識」となっていて、先述の理由により「この方向性は、理想的方向に反する事は明らか」ですが、然しながら「金・物質・権威・競争論・・・を志向する主体にとり都合が良い事」「空気・力学・固定観念・同調圧力・隷属志向・ぬるま湯的思考・・・」により「この根源的・甚大な誤りについて、多くの人が気付かない・重視しないまま」という状態が続いています。そして「この思考においては、当然の如く、精神・自然環境・伝統等々は蚊帳の外」ですが、これらは「金・物質・権威・競争論にとり都合が良い」「固定観念の上での常識」なだけで、「このような破壊性・非調和性・物質優先主義・欲望重視は、どの側面から見ても、理想社会・理想的方向性と整合しない」のは明らかでしょう。 これらの「常識論・固定観念による思考」は「現代社会の構造的問題を内包した、枠(社会的枠組み・思考的な枠)の絶対視」→「"その社会的・構造的問題点を当然視"という思考範囲を抜け出さない・枠内に終始」、「個の抑制・過剰な同調圧力など」→「自律的思考力の低下」→「問題点に気付かない・疑問を持たない・空気や常識論への隷属志向を続ける」→「その外側の妥当性や可能性・在るかも知れない真理を見ようとしない」という悪循環を起こし続け、「知らず知らずに現状悪化・問題点残存の歯車と化す」という状況が続いています。そして現代社会は「これら矮小化した思考が積み重なる合成の誤謬・集団的迷走」により、方向性が大きく捻じ曲がり、余りに甚大な悪影響を日々齎し続け、余りに多くの事を破壊し続けています。 また「仮に再び経済発展が起きた(可能性は少ないが)」としても、それは「大規模な環境破壊、すべきでない公共事業や民間の乱開発、神域・重要遺跡の破壊」「大規模な格差」「それが招く様々な固執、金銭・物質第一主義、功利主義、権威主義・権力志向、人心荒廃、不安感、犯罪の社会的要因」「ギスギスした雰囲気」「冷たい空気と冷酷な社会関係の増加」「本質的には無意味な仕事や労働・過剰労働」「余裕の無さ」「災厄発生要因」「健康状態や寿命への悪影響・医療費高騰」「社会・国土に蔓延した状態に伴って起きる物」であり、「汚職・利権強化」「ムラ社会や支配構造の固定化」「不誠実な在り方・やった物勝ち」「従属志向・合成の誤謬・自家中毒」「内面の空洞化・空虚化」「無関心化・好奇心低下・関心範囲の狭窄化(社会・自然など、外部への関心度低下)」「低質な物の蔓延」など「従来社会の問題点が修正されないまま」でしょう。「経済上、不要な原子力(と暴力性・破壊性)も温存されたまま」とも考えられ、「環境破壊・構造的問題の後代への悪影響は拡大し続ける」ので、「修復不可能な永久的壊滅、大規模な破壊性、非調和・非共存という、根源的・核心的な問題性は残存し続けるまま」です。このように「経済優先志向・物質主義という、現代社会の方向性における、最も良い未来予想図」でさえも、それは「公共事業の需要予測よりも、遥かに到達可能性が低い物でしかない」にも拘らず、「この程度の"本質的観点の上では酷い社会状況"しか描けない」のであり、そもそもがこの「現代社会と、その延長線上の方向性」という物自体が「理想社会・理想的方向」「大多数が充足感を感じる社会」とは二律背反した物でしかありません。これは「本来人類が到達可能な領域に比べれば、足元レベルとしか言えない物」であり、「現行の方向性⇔理想・幸福、という2つの社会状況の両立は絶対に不可能」です。 この思考を延々と続けるならば仮に「現代社会は、段階的発展における当該発展段階(だから仕方ない)」と捉えるとしても、当然ながら「将来も現代社会レベルの方向性のまま」で在り続ける訳で、「いつまで経っても、現代社会の構造的問題を内包した、枠(社会的枠組み・思考的な枠)の奴隷で居続けるまま」「そこには発展性・建設性・改善・理想は何ら存在しない」「子供・将来世代に、破壊された環境・国土・世相を残すのみ」であり、更に「この方向性は非調和的・破壊的方向なので、様々な大事な事・物を延々と破壊し続けるのみ」です。 {現在の日本社会には、次のような「空気・力学」が重く横たわっている 大衆: ・「自分の事でない」 ・「関係ない」 ・「誰かがやる」 ・「そんなのより日々の有象無象のこと」 常識論・空気: ・「科学者・専門家・お上の定説なら、それが正しいんだろう、常識だ」 専門家: ・「誤りを認めたくない」 ・「持論見直しに至らせるような、動機が存在しない」 ・「見直せば不利益になる」 ・「大体四の五の言ってる連中は、世の中を・常識を分かってない、 観念論ばかりの連中だし、構うことはない」 ・「別に真剣に考慮する訳ないし、通り一遍に、頭ごなしに否定しとけばいい」 政治・官僚・公的部門・権力側・既得権益側: ・「票・権力・金・利権・組織拡大に寄与しない物に、真面目にやる訳がない」 ・「そもそも邪魔になる物は排除して当然」 ・「ムラのやり方・慣習に楯突く敵対勢力は除外」 ・「権力基盤を阻害する連中は邪魔者」 ・「下層階級・下々が、対等な立場で物言いするな」 ・「本当に日本・社会・世界の為になるか、本当に良い事か、という観点は判断基準ではない」 ・「権威主義に裏付けされた無謬性志向」 マスコミ: ・「ジャーナリズム精神の無さ」 ・「ムラ感覚」 ・「権力との共存」 ・「スポンサーや公的保護など、常にメリットデメリットを天秤にかける、損得感覚の優先思考」 ・「ぬるま湯感覚」 ・「本音と建前・偽善性(例えば格差是正を言うが、自らは社会上層部として維持されるべきとする)」 「現代社会の支配的力学」とは「システムの奴隷」「空気と同調圧力」「権威主義と従属」「徹底した集団主義・組織論」「自由思考と理想志向の放棄」「精神・感覚・自然の無視」「利害感覚の重視」「集団的無関心・迷走・暴走」」「丸投げ・責任放棄」が蔓延した物であり、これに「世の中全体に重く圧し掛かる集団的感覚」に覆われ、同化しきっていて、「酷い状況しか招かない悪循環」が続いています。 この強い空気・力学の中で、「どこかで疑問を持っても、次の諸事によって忘れ去ってしまう」「そういう無知化・無関心化に繋がる忘却を、世の中の空気が強力に後押ししている」「この世の中の空気に浸りきり、空虚に流される」「質の低い常識論や、利益追求に伴った情報・力学のみが、世の中を振り回す」というように「良い方向性は潰され、悪い方向性が助長される」と状況が、日本中津々浦々で刻一刻と繰り返されています。 また「あまりに既存常識や現行体制を巨大視、前提視し過ぎている」「空気至上主義」である為に、「一つ一つの良心や感覚・言動も、その好循環・発展的可能性が、社会の各所で悉く潰されていってしまう」という状況にあります。この原因は「茫漠とした不安感(DNAから日本人に強いといわれる)」など各種要因がありますが、そもそもが「個が確立されていない・抑圧してきた」ことによる物で、例えば「"おかしい物はおかしい"という当然の感覚を抑え込み、自己の思考・感覚を矮小化させる」「集団心理への過剰同調により、"仕方ない"などと意味不明な諦めをするように導かせる」という典型的様式こそが、最大の悪しき要因です。「"小さな疑問と、建設的・発展的思考による解決"という方向へ導く、当然の感覚さえ失わせて、ロボットのように右に倣えをさせ続けてきたこと」こそが「日本社会に特徴的な諸悪の根源」であり、「原発事故」「地霊の低下」「男女格差や閉鎖的なムラなど」「乱開発・自然破壊・景観悪化」「利権・利害が過剰に支配的力学になっている事」「潜在力・努力に比して、状況が醜悪」という「日本の近代~戦後~現代までの負の状況」の圧倒的最大の要因です。 一見「教条主義・硬直性」と「無原則・無定見・場当たり・客観基準不在」は対立概念に見えますが、実際はこの二つには親和性もあり、「教条主義・硬直的で、且つ、無原則・無定見・場当たり・客観基準不在」との空気は「日本中の各ムラ・組織・界隈」に溢れ返っています。それは「空気・力学という主体」「権威・権力」「利益固執」「組織論・組織肥大化」にとっては「教条主義+無原則の組み合わせは、ご都合主義+利益最大化+責任回避ができるので、最も有効な行動原理」だからであり、この思考は「ある時には、規則・掟・前例を楯に、杓子定規に拒否」「ある時には、違法でないから、お偉方のお墨付きがあるから・・・云々との理由で、多数の声・潜在懸念を無視、前例・規則に則らず、場当たり的に押し通す」「その時々の自己利益に応じて、詭弁的にやり方・言質を変えて・使い分けて、利益固執・権威最大化・ムラの論理のごり押しをを図り続ける」といった根本的原理に貫かれています。 「教条主義」「無原則」は「端的な悪い所どり・駄目な部分の組み合わせ」であり、現実として「戦後日本の上層部・中枢部・ムラ・組織・・・の空気・力学」は、このような方向性に支配されてきてしまいました。その結果が「原発(ご都合主義に観測結果・意見・規則・利権配分を使い分け・取捨・隠蔽)」「街並み(各分野に細則=利権・役所の管轄はあるも、ゾーニングや美観向上の条例・合意は不施行。法・規則の不執行分野の存在)」「経済重視といいつつ、同勢力が天下り法人等を野放しにする(天下り法人の多くの分野=無駄な仕事・金・手間・人的資源浪費)」「政治用語・官僚用語・霞ヶ関文学(規則押し付けと、自在な規則すり抜けの、両得を目的とした不誠実さ)」「サービス残業・過剰労働(規則の有名無実化と、組織論の斉一性押し付け。経済重視で放置されるも、合成の誤謬で社会閉塞・余暇産業減少→経済停滞・少子化を招いている)」です。勿論これらも氷山の一角で、その影には無数の「日本各所・地方の報じられない、酷い・おかしな出来事」があり、また、その下にも「ごく日常の理不尽さ・不合理」が積み重なっています。 例えば「科学界界隈の元素変換による放射能除去の否定論の思考様式」は「様々な観測結果を、実質的思考を経ずに全否定(思考感覚の硬直性・視野狭窄・水平思考の無さ)」→「共同検証を拒否(これ無しに、真理追究は不可能)(独善性・非実質性)」→「自らは真理追求の義務・責任を負わない(第三者的立場を維持・立場上上位と匂わす)(無責任・非相互的・一方的関係性・権威主義・粗暴性)」→「理由は常に、科学的に有り得ないから・トンデモだから(原理主義・非客観性・非論理性・類型思考・空気への従属)(感覚・直感の否定=個の抑制)」→「だが自らは科学的思考・論理性的論証をしない(利己主義・優越思想・非対称性)」→「その上で、従来見解による否定論を繰り返す(非建設性・無謬性志向・社会の硬直化)」→「真理の追求ができない・状況が改善しない(問題の固定化・非改善・悪化)」という物で、これは上述の「社会の空気・力学と作用と結果」と全く同じです。 このような思考法は「持論・結果の正誤(例えば環境中の元素変換があるかどうか)」以前に、「物事への姿勢・対峙の仕方として誤っている」物であり、そして「原理主義的思考法(論理・感覚を無視して、一方的論理を主張)」その物なので、「非論理的・一方的で、何を言っても通じない」というのが現状です。そしてこれは何も科学界に限らず「現代社会の誤った・不誠実な支配的空気の、一つの界隈における現れ」にしか過ぎません。 結局これらは「意識の低さ」から起き、即ち「波動が低い」のであり、この「低波動の空気・力学」により戦後日本は異様に捻じ曲げられてきました。同時に、特に日本に特徴的な問題要因として「それに気付く、気付きをもたらす前提としての、自由思考・自律思考・水平思考・柔軟性などの抑制」が長年行われてきたので、丸で「奴隷・家畜がその状況を当然と思う」が如くに、「多くの問題点に際し、その原因にさえ気付かない・問題の在りかが分からない・問題とさえ思わない」との状況を招き、「更なる隷属化・閉塞化という悪循環」を招き続けています。そして、その結果としての現況が「社会自らの在り方により、因果として巡ってきたのが、現代社会の無数の問題・社会病理」「意味不明・不合理な空気・空気支配による、自己中毒的な停滞・閉塞化」です。 日本は毎度毎度「訪米・訪欧・国際政治舞台」で「手土産」を持参して、無視され・ぞんざいに扱われ、日本人の大マスコミばかりの記者会見で自賛して、マスコミは「緊密な日米・日欧関係云々・・・」などと伝えます。「ジャパンパッシングという言葉の頻用自体」が「隷属思考・主体性の無さその物」「空洞化した・内面が存在しない日本の在り様その物」で、こういう「固定観念・硬直思考」「一面的で矮小な思考の枠」「上下関係的思考(欧米を絶対的価値・基準とする観念、その下で良い位置を得たいとする権威翼賛)」に完全に囚われていて、そこに疑問の余地さえ存在していません。 政治家は「公費の海外視察旅行」をよく行いますが、渡航先は大概「欧米」で、外交官が主要任務として便宜を図ります。しかし、視察で得た「海外の高度な政治・社会の制度など」「それを政治の場で、日本社会に如何に適用するか」については、殆ど「報告されず、実際に適用されず」といった状況です。政官は「欧米の社会体制・構造が、日本よりかなり良いと認識、だから視察に行く」はずで、その上で始終視察しているならば「もう既に日本の政治・官庁の構造・体制は、かなり高度になっているはず」「欧米ほかの"社会制度の良い部分"は、積極的に導入されている筈」ですが、そのような痕跡は見えず、殆ど導入されていませんし、「日本の政治・官庁などの構造は、悪い意味び守旧的な部分や、既得権益を維持した物が多い」です。 そもそも「大金をかけて行くほどの熱意・意欲」があるならば、「たった今から書籍・ネット・詳しい人・多様な意見から良い物を選び、因習・悪弊・非効率を改善すればいい」だけの話です。でもそれは「既得権益」「"欧米に公費視察できるほど、便宜供与されるほど、先生と尊敬されるほどに、偉い自分の既得領域"」の放棄になるので、制度を改善しようと思いません。そして世の中を良くする事が主眼で無いので、止めようと言えば村八分になります。 また「より高次元と看做される欧米の制度は、地方議員の報酬は手当て程度(地公務員は民間平均を下回る)、権益は少ない」ので、公費視察をするなら先ずこの制度を取り入れるべきであり、「地方議員・天下りなど各方面に多額の報酬を払わなくても、"高度な政治・社会の制度"が存在しているほど、体制が成立している点」こそを見習うべきであり、先ず根本的に見ている方向がおかしいです。 類似の主張に「選挙には金が掛かる」がありますが、ならば掛からない制度を導入すれば良いだけの話です。公費視察に行くなら「欧米の金の掛からない地方自治」を学んで、そっくり導入すれば良い話です。「日本は馴染まない」というのは毎度の詭弁で、それは「日本・日本人は根源的に程度が低いから出来ない」と言っているのと同意、要するに「大きなムラの既得権益の基盤が崩れるから拒否する」という低意識の賜物のだけです。地方財政は深刻で、超長期不況だが、自らや取り巻きの利益はしっかり手当て、このような状況で選良も公僕もあった物でありません。「最重要な点を完全無視して、界隈の空気や、ご都合主義な利益・保身・権威ばかり重視する」からこうなってしまうのであり、「高いレベルの欧米の制度を公費で見に行く人ほど、よりレベルが低い議員」となっています。 これらは何を示しているかと言うと「政官に高い意識が無い」「改善意識が無い」「権威・慣習・空気への隷属意識が高い(国内外問わず権威に対して隷属或いは振りかざす)」「主体性が無い」「下々に対しては権威主義思考である」「内的規範が無い」「税金・公的権力を私物化・権力拡大の道具にしている」「非常に次元が低い構造・体制」「極端な制度疲労」「合成の誤謬(どう良く見積もっても)」「自家中毒的」「非常にムラ的・閉鎖的な構造」「考える・感じる・想い、などなどが存在しない」「自浄能力が無い」などです。 そして、より根源的には「全体主義と権威主義を志向、拠って金・物・権力の方向性の制度の維持に固執する」「その反対側の制度を拒否、拠って改革が行われず、低意識が蔓延する」「国中に低意識が広がり、低波動となり、不幸になり、災厄が増加し、抜け出せなくなる」ということです。長らく「日本の政治状況とその背景の低意識は、日本の不幸・災厄・低波動化の元凶となってきた」と言えます。 浜岡原発の危険性は簡単な言葉では言い表せないほどの物ですが、端的に「世界中で飛び抜けて最も危険な人工的構築物」です。「最も昔から指摘続けられてきた東海地震想定震源域中央部に位置」「岬の先端にあり、海域で発生するとされる震源域の直近の陸地」「近年危険性が言われる3連動地震」「直下に幾つも活断層がある」「嘗て広く知られた湿地帯・脆い砂地を埋め立て作った」「静岡沖地震(2009)で非常に大きな揺れがあったが、揺れが増幅される立地にあるとの説が根強い」、その他多くの危険性が指摘されています。3連動地震では「超巨大津波が来る」「各地で甚大な被害が起きる」「東西交通網が寸断される」「日本が麻痺する」とされ、東北大震災より非常に危険な状況が幾つも上積みされます。「震度6弱で壊れた浜岡が、桁が幾つも違う超巨大地震に耐えられる、その後の事故防止の為の物資・人的資源補給も万全」などと、どのように考えたら言えるのでしょう。浜岡は停止後に、炉が壊れていたので膨大な海水が流入、これが実際の地震時だったら?と容易に想像が出来ます。そして「原発の壊れは、普通によくある事」です。 若し浜岡と同等な危険度を持つ原発が他の先進諸国にあったら、その国でどんな議論・反応が起こるか、容易に想像が付きます。あらゆる方面・場所で猛抗議が起き続け、すぐに廃止され、後々も「それが存在した事自体」に対して、重大な議論が起こり続けるでしょう。それは「あまりにも危険で、ありえない物」だからです。翻って日本では、云わばこの程度です。しかしこれほどの何重にも極端な危険性を持つ浜岡の停止についても、「拙速(この言葉の詭弁的・欺瞞的用法の多さは既述の通り)」「問題ないし安全なのに止めるな」「騒ぎ過ぎ」「普通に対処できる」等等の反応が多数存在しました。これは思考の自由云々を超えて、ただ只管に「原理主義」「無思考・無感覚」「権威性」「過度な経済・金銭偏重」「子孫や後代の事の無視」などです。そしてこういう反応は先進諸国では多数起きるとも思えず、また、日本では「自己規制・自己中毒的な個の抑制と集団第一主義」が末期化しているので、云わば「横並び的な表現の不自由」が存在して、「素直な持論・想い・疑義が主張できない、更に何も考えない方が良い・正解」という状況が存在、日本での各種社会的議論や個人の思考が低い質量に留まっているのと比例して、原発関連でも同じ事が起きています。ここに日本上層部が志向して来て、それを実際に行ってきた「戦後・明治以来の統治体制の行き着いた果ての姿」を見て取る事が出来ます。残念ながら、従来・近年の日本は「そういう国」でした。 特に日本のマスコミは、先述・後述のように「公器たる気概」「ジャーナリスト精神」「柔軟思考・水平思考」「非権力的な草の根思考」「開放的思考・非ムラ的思考」など様々な物が欠けていて、高度に「資本主義的・物質主義的」「政治・芸能・スポンサーほかの各ムラ・ムラ的構造」「論拠不明のエリート意識と、その表裏一体の隷属志向」「格付け重視・ブランド志向・権威翼賛」に支配されています。そしてそこから流される情報は、後述しますように、先進諸国のマスコミと比して「次元が低い」「(情報量・情報価値・独自性)/(時間・記事量)という観点で見て、中身が薄い」物ばかりです。それらを延々と流し続けていているので、「日本中で流れている主要な情報」は「中身が無い物、次元が低い物、決まりきった視点の物、お約束的・予定調和的・空気至上主義的な物、酷く形式主義的な物、非常に資本主義的・広告至上主義的な物だらけ」になっています。 専門家・研究者は御用学者に典型的に見られるように、「真理・学問の探究」「知識・技術・認識・社会の前進」「社会的視野・公正性・妥当性」は蔑ろにされ、学問・科学に名を借りた「空気・界隈の論理の重視」「組織・分野・持論の正当性固執・保身」が横行しています。例えば「食べないでも生き続ける人」は、昔から多数存在、NASAも実験で「食べずに生き続ける人の存在」を確認しています。これは現代科学上では不可能で、という事は「現代科学に根本的誤認が存在する可能性が非常に高い」となります。ですが一般的に科学界では「よく分からない・・・」「何か仕掛けがあるんじゃ」「別の科学的仕組みがあるのかも」といった程度の言動を更に超えて、「OOのような原理が存在するのでは」「この実験が示すのは現代科学と異なる、XXの原理があるという事だ」などと言うと、途端に「嘘・トンデモ・インチキ・科学的におかしい・科学的素養が云々」などと言われ出します。これは「ある枠組みの外側に対し、思考を最初から放棄している・思考自体を行わない」「絶対的に枠の中が正しくて、外は全て間違っている」という「完全にドグマ的な思考法」です。そして「ドグマなので論理は通じない」という状態であり、その上で「科学=論理として、自らのドグマは原理主義的に主張する」という事を繰り返しています。 「ネズミのテレパシー実験(項目6①の記事⑫)」のような事例に対して、科学界・科学通が繰り返すのが「査読・偽科学・科学的素養云々」です。しかしそもそも最初から、そして現時点も全真理を分かっている訳ではなく、時折は実験・観察・精査して、事実・真理を確かめていかないと、「間違う可能性がある」「事実誤認をする可能性がある」「誤りが放置され続ける可能性がある」「それが原理主義化・ドグマ化する可能性がある」のは至極当然の事です。この種の実験は他にも手法・事例は多数ありますが、科学的にはかなり簡易実験の部類で、「非主流の研究者だけでなく、科学界・科学者有志が、既に何度も行っていないとならない物」ですが、殆ど行われていません。 それは一つに「査読を通っていない」からですが、そもそも最初から査読済みの物など存在しなく、このような事例・報告例(往古の物も含め)が存在するにも拘らず査読査読と繰り返すのは、「科学界全体が循環論法を繰り返している・それを当然視している」「非常に硬直的・原理主義的で、無謬性の妄信をしている」という事を如実に現しています。そして311以後は「日本の破滅的事態」「炉の破壊度・風向き・雨・他の原発の状況など、より酷いならば完全破滅」という状況でした。そういった何か切っ掛けになる事柄・時というのは幾らでもありますが、それでも「疑問に感じたり、真剣に調べたり検査したり」「真に何かの解決の可能性を考えたり・探ったり」「では改めて、多方面と研究・解明する」などという事はしません、何故ならば「それは教科書に載ってないから」「教科書に載ってない事は嘘だから」「そう決まっているから」「常識や空気は正しいから」「それに従う物だし、外れるの馬鹿だから」「査定に響くから・予算がなくなるから」「村八分にされるから・他の人の目が怖いから」「自分と関係ないから」。「真理の追求である所の科学という存在」からしてこのような状態で、しかも日本では「前例・空気・権威の威光・統制力は非常に強い」ので、社会全般についても推して知るべしです。 日本では近年、「何でも新しくしないと、新しい物でないと気が済まないような観念」が支配的になり、常に「中身の無い情報・広告で流されて、新しい物ばかりに飛びつく」「やたらと金の掛かる工事を進め、箱物などを新調する」という状況が繰り返されています。然しながら「新しい思考や、(状況を良くする物でも)現状を変える改善提案は拒否する」という「何でも古くないと・低きに固執しないと気が済まないような観念」が同時に存在、正に「在るべき状態を採らず、在るべきでない状態を採る」という醜悪な状況が近年続いています。そして「"日本伝統の中核とされる物"以外の伝統・歴史に属する物」について、「金・イデオロギーで推進された定型化された物」以外は、「社会の隅々にある古き良い物」は守らずに、例えば「昔ながらの良い風景・情感豊かな風景」などは守らずに、「日本中至る場所が酷い風景だらけ」になっています。「伝統など、色々な物を守っている人」は多数いますが、「公・政官において、そういう部分は金にならないので、票目当ての何がしか以外は、大体無視される」のが通例です。 「邦楽の音楽業界(音楽ムラの各種組織)」に見られるように、「しっかりとした文化創造(=歴史の蓄積と創造)は行わないが、因習・悪弊は守りきる観念だけは、異常なほど発達・常識化・絶対化している」「全く理想図・改善思考・長期ビジョンが存在せず、寄せられるそういう物を無視する」「状況改善の展望や、外部から見た時の未来性が全く無い」「文化や日本にとり良い事かどうかでなく、権利・ムラの領域にとり資するかどうかが判断基準」といった状況を続け、そして尚且つ「その状況・体制・やり方を徹底固執、改善思考や外部の人を排除」します。その中で「高度に"物質至上主義・ムラ界隈的思考"に偏重した手法で、製作された物・売り込まれた物」「非自己表現・非芸術的な手法を駆使した広告物」が世の中に溢れ返っています。 「歌詞サイトのからのコピペができない世界唯一の国」「日本語が分からない人・外国人が歌詞を理解する方法がほぼ無い唯一の国」であるばかりでなく、「Twitterに歌詞を流してほしくないと広報する」「それが違法になるがずっと検討してきた」という、世界中で飛び抜けた異様さです。これを「世界で最も進んだ著作権擁護」などと言うのでしょうが、別に文化創造をしたい訳でも、音楽が好きな訳でもなく、天下り役員などが横行するムラ社会のやり方・思考法というだけです。そしてこれは日本の縮図で、似たような光景がそこら中にあるので、日本には世界に類を見ない「異様な構造・掟・ムラ」が多々あります。金にならないと何かを導入するという事はしないので、「街作り規制(ゾーニング)・開発規制」はあまりありません。逆に利権に繋がる物は容易に導入されるので、先進諸国では認可されていない・あまり導入されていない「化学物質・添加物・遺伝子組み換え食品・医療用物質・医療行為」などは溢れ返っています。 教育制度は問題だらけですが、兎に角「画一的思考・行動をするように訓練されたロボットの大量生産」のような「管理教育」の在り方が最大の問題点です。「学歴システムとその延長の就職・社蓄化」は、「面接で全員が黒スーツ着用」という奇怪な光景を、これもまた世界唯一の物として生み出しています。その最たる物は「運動会・卒業式などの予行練習の長さ」で、これは「集団秩序の形成の教育」ではなく、「集団・掟・お上・空気に従う事の教育」であって、とても教育などと呼べる物で無く、「ただ只管にそんな物だとして従う人を生産する為の制度」「過剰同調と、更に同調競争を育む制度」です。こんな事をするなら、幾らでも他に有意義な事が出来る筈で、無駄どころか害悪でしかありません。更に「頻繁にされる日本の教育制度の問題点の議論」に際し、この点への言及が少ない事は、如何に日本が視野狭窄と過剰同質性に陥っているかの証左です。塾には様々あって、効果や学べる事も多いですが、然し「枠や単一基準・それに付随する物」「やる物でなく、やらされる物」が日本に多い」とは言えます。そして「思考の組み立て」「複合的・発展的な思考」「哲学的思考」を育てるのではなく、「暗記重視」です。 よく日本の学生が「論理的思考・分析力・客観性や能動的思考が無い」「答えの無い物・未知の事に対処できない」と言われますが、幼少期の年代の導入教育として、これらと共に「単一基準の評価」「個性抑制」ばかりしていたら、「水平思考の無さ・視野狭窄」「感受性・精神性の摩滅」や、「無思考・無感覚・無興味の進行(或いは)非論理的な抑圧・社会的不合理への加担・従属」がされていくだけです。根源的に日本の教育は「自主的な思考・感受性や個性を伸ばす物でなく、枠・類型・基準に嵌める物として存在」しています。拠って「枠・類型・基準」「常識・通念」から「外れた物に視点が向かないように訓練され、視野狭窄・無関心にさせていく」という悪循環を形成させています。日本人・日本の子供は「他人と見比べることが多い」「多様性が少ない」「創造性が低い」「外れる事を嫌う」と言いますが、こんな「外部基準・マニュアルに沿う事」ばかり始終してたら、そうなるのは当たり前です。 日本では流行・ファッションは「みんながしてるから・他の人もやってるから」という理由で広がった物が非常に多いです。インタビュー時に「横の友達に"じゃない?""だよね"などと同意を求めながら話す人が多い」というのもあります。ファッション(装飾)・音楽などの「芸術的側面」を見ると、それは「自己表現・世界観の発露」ですが、これは「自己という物がない」「空洞的な存在」と発露しているのと同じです。同じような格好をして、同じような物を見て聞いて、同じように話さないと、流行モノを付けてないと爪弾きにあったり、空気が読めないとされます。 どの地方都市に行っても「似たような無個性で、美観的に優れていない空間」が広がっていて、これは「紐付き補助金・高度に画一化された役人感覚」で「似た箱物・設備が量産される」ことで、より強く推し進められています。このように学校~組織・集団~見る光景~流行から、「類型的な物・枠に嵌められた物」「規制の枠・外部基準の枠による物」が溢れ返っています。 でも一般の社会には、「これらを疑問に感じる心と、そのように至らしめる思考・感受性」自体が、「空洞化・内面が存在しない」「横並び・過剰同調」「権威や空気への隷属」「主体性の無さ」により「生まれて来ない」ので、「何時まで経っても、日本社会の酷い状況が終わらない、悪循環が終わらない、この状況の酷さにさえ気付かない」ままです。そして「マスコミに思考・感覚を委ねている」「テレビ・広告や、その延長の中身の無い会話によって得られた情報が自己の全てで、そのような世界だけが自分が存在する社会の全てである」ので、何ら「深く考える・感じる」「疑念が湧く」「改善思考・創造的思考を持つ」という事もありません。 世界的には一般的に、社会が声を上げることで、何かが規制・導入される事が多いですが、日本ではそういう仕組み自体があまり機能していません。なので諸先進国以上に、「社会全体に良い事かどうか」でなく「利権・思想・特定集団にとり良い事か」という観点が「社会を動かす・方向付ける力学」になっています。そして「この力学は非常に強く、多数が隷属している」ので、「非常に融通の利かない、硬直的な社会」「自ら修正ができない社会」となっています。然し大昔から日本がこうだった訳では全く無くて、例えば江戸時代以前は世界的にも色々と進んでいた部分が多かった訳で、これらは特に「近年において、自縄自縛的・自己中毒的に社会が停滞・悪化して、その中で顕在化してきた諸症状」です。 現代社会・現代科学では「エントロピー拡大(=乱雑性・破壊性の拡大)」の方向である「物質至上主義的・非共存的・強圧的にしているのが正解」であり、「組織集団が重視する共通語は金・権威・ムラ・組織論」なので、「人々の意識・関心や社会的方向は、常に低きへ流れていくように仕向けられている」という状況にあります。もうこれはが「家畜人間」「無自覚で自己中毒的な監獄社会」「無限の隷属・奴隷・権威の循環」と言われるような状況でしょう。ただ根は総じて真面目なので、これが根源的な部分で崩壊を防いでると言えるしょう。 何故このような事がいけないのか、波動原理による側面も含め、次のように説明できます「生物は生存本能があり、生存の為の最低限必要な自我なども存在する」「同様に人々の集合的な意識である集合意識も"生存本能的な性質"を持っている」「真理に沿わない集合意識が強くなると、その"歪んだ集合意識と生存本能"は拡大していき、それに人々は飲まれていく」「そしてその社会的悪弊・病巣は、益々怪物化していく」 これについては「利権の為」に、こう欺瞞的に言わないとならない。これは「核の為」に、こう言い換えないといけない。これは「利益集団の為」に、こう嘘を言わないとならない。これは「圧力団体の為」に、こうごり押ししないといけない。これは「権威の為」に、こう捏造しないとならない。これは「都合悪い為」に、徹底して無視しないとならない。これは・・・ そもそも職業の多くは「実入りがいいから」「安定しているから」「華やかだから」「コネがあるから」「そこしか入れなかったから」「何となく」という感じで選択した物が多いのが実態です。しかし組織に入ると「組織の利益・拡大・維持・正当性が絶対的な物」となり、「社会・日本・世界・地球レベルにとり良い事・成すべき事は、軽視・無視される」のが日常茶飯事です。 「非常に多種類・多量の有害物質」が「利益・金銭・組織・思想」の為にばら撒かれ続けていて、人体~環境~地球全体が汚染され・蝕まれ破壊され続けています。出来るだけ費用の掛かる事はしいのが、利益計上の前提で、「地球環境・人々の幸福と引き換えにした金銭的利益」は。過度な資本主義的社会において破壊的に顕在化します。この「負の費用」を考慮に入れない事で、様々な組織・人は距離を得て、それらは全て人・生物・環境・地球に押し付けられています。現代社会の力学では「金銭・組織死守」が「社会の為になる事」より上位概念で、「企業価値=金銭・株式価値=企業・人々の行動原理」であり、この世の中はそういう社会構造を基盤として存在しています。 このように現代は「全体利益・全体の幸福と、自己利益・狭い集団内の利益の、利益相反が起きた時」において、「例え日本が壊滅するような危険性が非常に高くなる選択肢でも、自己利益の為ならば、そちらを選択する」という事が、当たり前にように起きてしまう状況にあります。これはごく全く前提なしに考えるならば、「あまりに異常な状況」です。凄く単純な言い様でもありますが、全く字義通りに、誇張抜きに「あまりに異常な状況」です。 日本では個が尊重されていないので、会社・組織に忠誠心を尽くさせる、馬車馬のような働かせ方が横行しています。サービス残業も含めて労働時間は異常に長く、「そう決まっているから、上司・周りががそうやってるから」というので定時・先に帰れなく、「意味が良く分からない無給労働」を課されている事が往々にあります。家族との時間・自分の時間も無く、ただ只管に「労働の為・会社の為」に存在しています。 いつも「斉一性」「歯車になる事」「外部基準に従う事」が求められています。何故なら「そういう物だから」「それが常識・世間だから」「過剰同調しなくてはならないから」です。みんなで同じ事をしなくてはならないので、この社会というのは自らが、視野が狭くなる方へ、選択肢を狭める方向へ、未来を閉ざす方向へ追い込んでいます。それは「真の何らかの意味」「社会という物の存在意義」とは反対の方向でしょう。 長年のアンケート結果では「幸福度の実感度」が、世界平均と比べてもかなり低いと示されています。収入は先進国最下位レベル、少子化・価格叩き合いなど過剰労働の負の影響は各所に顕在化、然しながら「過剰労働の目的は経済・収入」で、正に完全な矛盾です。しかし「全体主義的方向」と「過剰労働」「ロボット化・隷属化」は一致、これは「ある体制」には「そうあるべきとする方向性」「都合が良い事」なのでしょう。 日本で起業が少ない理由には「"非本質的な事柄への要求基準"が非常に高い(因習の踏襲など)」「投資家の金銭的見返りへの要求度が高い事(アメリカは面白さ・独自さ・社会の役に立ちそうな事への投資が多いとの事)」「感覚のロボット化(他人と同じでないと不安)」「社会に遊びの要素が少ない(負の生真面目さ)」という要素もあります。「もっと財産があれば幸せか」を尋ねた9ヵ国アンケートで「日本は同意者の割合が高い3ヵ国の一つ(65%)」「6ヵ国は同意者は3割以下」、但しこれは超長期不況の影響も多いでしょう。 311後のブータン国王夫妻が訪日時、「日本を賞賛した事が多く報じられた」「然し現在の日本に、賞賛した(過去の日本の)事柄が残っているか」「ブータンは国民幸福度が非常に高く、自然を守り、伝統を守っている。これは意識・矜持が素晴らしいと褒めた」「では近年の日本は?褒められた事に浮かれ、ブータンは素晴らしい・好感度が上がったなどと言っているが、ならば今の日本をどう思うのか、変えようとしないのか(勿論全く開発しないなど有り得ない、適度なバランスが重要)」という状況がありました。311後には「金銭万能主義・物質的価値観・経済至上主義・利己主義・欲得への執着などの無常さ・無意味さ」が多方面から言われましたが、また以前の状況に戻っています。方丈記(鴨長明)には、元暦大地震(1185)の後の状況について次のようにあります「地震が起こった直後は、人々は皆「はかない」などと言って欲に塗れた汚い心も少しはきれいになっているように見えたけれども、年月を経るうちに、そういう言葉を口にする人もいなくなった。」 このように日本では長年、特に政官業など社会上層部では「論理(論理的な思考・議論・説明・提案)」が蔑ろにされ、しかも「感覚(精神・感受性・自然環境への親和感も含まれる)」も蔑ろにされ、この「人間・社会が持つ二大方向性:論理と感覚」の双方ともが蔑ろにされてきました。では何が重要視されてきたか?それは「空気・常識」「組織・集団・横並び」「権威と隷属」「金・利害・資本主義的志向を持つ諸々の事」「自己抑制・ロボット化・空洞化」等等です。元々の日本は決してこんな物ではなく、というよりもかなり素晴らしい物が多くあった筈ですが、然しながら「戦後若しくは明治維新以来、上部社会構造の根源的力学たるこのような方向性に、日本社会が徹底的に振り回されてきた」ことが、このような今日の異常な・惨憺たる状況を招いてきました。 これらはそもそも論として、「現代社会の根幹自体が、決定的且つ根源的な問題を抱えている」という事であり、このような社会が「幸福になったり、持続可能な状況で永続したりする」などという事は有り得ません。それどころかごく当然のように、「このような社会体制」であれば、「永続的に幸福・豊かなど、理想とする状況になる確立」よりも「原発事故・放射能を始め、様々な可能性による、日本完全壊滅の発生確率」の方が、「当然のように発生確率が、そのような状況になる蓋然性が、遥かに高い」です。この「あまりに異常な社会構造」を、「付け焼刃による状況改善」など有り得なく、「お為ごかしのやり方・発言」など全く無意味です。破滅を回避するには、「現代社会の在り様自体を根本的に変える」、これ以外に方法論はありません。 「波動原理の非公然の現況も数多の社会問題も、問題の根は基本的に同一」「偏りは必然的に意図を超えた悪影響を波及させ続ける」のであり、例えば「全体主義傾向の人が認識する社会問題の多くは、社会の全体主義傾向により悪化している」と言え、更に硬直性が伴えば社会矛盾・空洞化が促進、破綻へ向かいます。全体主義・権威主義なりの傾向を持つ人が、幾ら"これはおかしい"と言っても、その人の好む状況も「社会的偏向で生じる物」である以上、「個別意見は説得力が薄い」「全体意見は論拠・合理性が欠如」します。また幾ら"これで良い"と認識論で糊塗しても現実は不変で、根本的に在り方自体を変える以外に改善法は存在しません。結局の所「不公平な状況で、特定集団・思想だけ優位を保ち、社会が成功し続ける」ことは有り得なく、社会の改善には「各観念を超越、万事公平な視点を持つよう努める」しかありません。また「社会的方向・国家政策が真理と反する物」だと「溜まり続けたカルマによる社会の低波動化」を招き「地震など大災害での解放」が起きます。例えば「歴史的に柔軟に物事・思想を取り入れてきた(量子水に見られる親和性に近似)」事など、日本は元々良い面が多数ありますが、それらは「芯・軸の消滅・空洞化」「硬直化」により急速に摩滅し、また個々の事象の改善無しに全体状況が改善する訳が無く、現実に諸外国の進展に比べ後退化を繰り返し、自ら無駄に、そして非常に状況を悪化させています。これらが「近年の停滞・硬直化、利益維持・強化、社会分断化」を招いたのは明白で、また「日本は先細りする・衰退する」との認識が一般的である以上、ここから脱却するしかなく、若し固執すれば「大衆が無関心化・諦観・空洞化した、全体主義的な衰退国家」と化すでしょう。 「自然・大地・空気」は「生物にとって欠く事のできない物」「全人類・全生物・地球上全ての物の共有物」です。「相互尊重・互助」「愛情」などは「これなくしては、人間関係・社会関係がまともに機能しないほど重要な物」「人間として根本的に持っているべき物」です。例えば「何らかの勢力だけが有利になる事がない」ような、「常に社会が良い方向へ改善していく」ような「良い社会体制」は、「本来ならば、当たり前のように構築されているべき」「そうでない社会は常に歪さを抱えて、多くの人や環境に犠牲を出し続けていく」のは必然です。 これらの「全人類や全生物・地球全体が共有している領域」というのは、全ての人々の物であり、これは「共有領域・共有域」と呼べます。この「共有領域」こそが「人間や社会として最も大事な部分」「高度に達成すべき部分」です。 しかし現代社会は「共有領域は「等閑(なおざり)にされている」「個利個略を選択するのが当たり前になってしまっている」ので、社会全体が「共有領域と、それが存在し得る社会基盤を破壊するような方向にある」(あり)ます。それどころか「全くどうでもいい物とする」「既得権益を脅かす物とする」「対論側がよく使う概念だから」など「あらゆる理由・意図」で、「共有領域や、その状態改善の試みに対する阻害行為」「共有領域を、丸でゴミ捨て場や掃き溜めのように扱う」ような行為・言動が、非常に多く存在しています。 「共有地の悲劇(コモンズの悲劇)」という経済学用語・法則があり、「多数者が利用できる共有資源が乱獲されることによって資源の枯渇を招く」という現象を指します。自然環境は常に軽視・無視され、「共有地の悲劇(コモンズの悲劇)」により破壊されてきました。上記のような思考法・現象は「意識・精神面での、共有地の悲劇(コモンズの悲劇)」であり、「意識の劣化現象」「粗暴な利己主義」その物です。これは正に現在の社会が以下に酷いかを端的に表している現象で、このような社会がまともに存在できる筈はありません。当たり前のように、低意識だらけの状態(=低波動・破壊的波動)になる筈で、実際に現在の社会はそういう状況です。 「男性性:陽」「女性性:陰」と言え、「男性性」とは元々は「攻撃性」ではなく、本来は「活動的・創造的・実行」にあるのです。しかし社会があまりに酷く、そして過度な男性偏重の世の中が延々と続いてきた事で、バランスが極度に崩れて「善なる男性性が、攻撃性・攻撃的な集合意識へと変質、破壊性を帯びた波動となり」、その捌け口が様々な方向に向かって、人体・精神・人間関係・社会・地球を壊し続けてきました。 全ての人間の本質とは精神的な物である「魂」にあり、「魂」とは「不老不死」「神的な存在」であり、それは本来「高尚」「自由」「平等」な物です。外身の物質的肉体を持った人間は、その魂の「内在」「内発性」によりより高みに到達し、社会もこの部分を重視しなくては、決して高みに到達しません。況してや、その反対の方向の有象無象に依って生きていたら、低きに行くだけです。 明治時代、田中正造は「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし。古来の文明を野蛮に回らす。今文明は虚偽虚飾なり。 私慾なり、露骨的強盗なり。」と語っています。南方熊楠は神社合祀政策に対して、往古から地域に根付いてきた基層文化の破壊と共に、鎮守の森が育む固有の生態系の破壊を危惧して、反対を訴えました。この運動には柳田國男なども参加、政策撤回を実現させています(多くが合祀された後ですが)。その後、社会は誤った方向へ行ってしまいましたが、こういった偉人のお陰で、どうにか現状程度には環境や文化が残されています。人間-社会-自然環境という関係性を考える場合、こういった観念こそが大事でしょう。 人間というのは「"社会的に規定された類型的な役割モデル"の中から何れかを無意識に選択して、それを演じながら大人になり、社会でそう生きている」、そんな風に社会心理学などで言われます。これは「集団」も同じで、「世界中の人間・集団は、世界的・社会的に規定された役割モデルを演じている」「世界・社会からの認識のされ方によって、その人・集団の思考・行動の様式は、かなりが規定される」と言えます。 この「世界構造の中で定義付けられた型」という物は「現在の世界的秩序や各国・各集団を大きく規定」していて、このマクロ的視点抜きに「各国の状況・構造とその背景」を正確に把握する事は出来ません。世の中の多くの事柄は両義的に存在していて、「自らの在り方・方向性」も「自らが選択できる物」であり、同時に「外部的に規定される物」「大きな流れが方向付けられている物」です。これは波動原理からも、そのように説明できます。 現代世界では欧米人は世界の主人で、例えば映画に登場する欧米人=「善人・悪人・一般人・スター・・政治家・芸術家・哲学者・社会運動家など、全てを兼ね備えた万能的な面々」として描かれています。そしてこれは「単にそういう物」というのではなく、「数多の背景と、重大な悪影響を帯びつつ存在」しています。このような【現代世界の「統治体制」「社会的認識・秩序」「人種・国ごとの役割論・ヒエラルキー」】は、自然と世界中の社会へ浸透、ごくごく一般の人々もこれに影響され、各種の基本的認識論が形成されていきます。 この世界構造により齎された物の1つに、【ある国・地域・人種の人々・事柄は「主人公的な集団・人種(Master Race)で、世界を統治する集団である」「良い事も悪い事も世界中で主要な事柄として報道される」「世界中を気に掛ける人々、改善する役割でもある」「他集団の人或いは世界は、その集団に従うようになっている」という無意識の世界的認識論・世界的体制ができている】という「現代世界の基本的・絶対的な構造・通念」があります。これにより【その集団には「広い視野で柔軟性を持った、世界中の問題点に目を向け改善しようとする、意識の高い人々」も多く生まれるように、方向付けられている】となっています。 逆に「下位ヒエラルキーとされた諸集団」というのは、【世界秩序・世界的体制の中で、何の役割も与えられず、云わば透明人間として扱われている】と言えます。そして【その国・地域・人種の人々・事柄は「良い事も悪い事も世界中で主要な事柄として報道されない」「世界中に影響力の無い人々」「更に言えば存在してもしなくても同じようだとされている人々」「上位構造の集団や、その集団が構築する世界構造に、従うようになっている」「絶対的なガラスの天井があり、その下部にしか存在していない」】となっています。 下位構造は半ば「無力・無意味」とされ、人々は「どうせ自分達は意味がない」「何を考えてもやっても同じ」と思い、既述の社会的流れと同様に【現在の世界構造は、下位構造の集団に対して「社会・人々の意識・在り方・諸状況を徹底的に低下させる」方向に働くように存在】しています。具体的には【社会広範や人々の「無思考・意識低下・無関心化」「或いは芯の無さを嫌がって、何らかの依拠する軸を欲して、権威主義が横行する」「無思考・無感覚の中で放置された存在として、非論理的構造が跋扈する」「世界秩序の面から、無思考化や視野狭窄の方向に訓練されてるので、何時まで経っても、問題の根源的な部分とその改善法に気付かない」「拠ってその社会は変わらず、低きへ流されたままになる」というように方向付けられている】というように顕在化していきます。 育児・教育での「DV」の1つとして「育児放棄(ネグレクト)」があります。赤ちゃんに対して父母が無関心であると、それはその時点でDVであり、多大な悪影響を発生させていきます。これは何も赤ちゃんに対してだけでなく、社会においても普遍的に発生する現象です。【世界秩序・国内構造・社会構造において「無関心な・大して扱われない分野・集団・事柄」が存在すると、多大な悪影響が発生する」というようになっていて、これは「社会心理学・集団心理」「マクロ的視点」から「人間・社会という物はそのように出来ている・形成されていく」と指摘できます。 拠って「現代の世界秩序」という物は、【下位ヒエラルキー集団の間・社会では「環境・自然」「社会・世の中の諸々の事」「世界中の自然・環境・生物・人々・物事」に対して「無関心化」「どうでもいい存在と思うような心理」を助長する物として存在】しています。そして上下関係意識の下では「上位構造の国・地域・人種の事柄より、下位構造の物事は無価値とされている」ので、「各種問題を下位構造に押し付け、厄介払いする」「下位構造・邪魔な存在に押し付ける事で優越感を感じる」という思考・行動が世界中で茶飯事として起きています。更に先述のように「低い意識においては、"共有領域"を尊重しない・蔑ろにする」という基本的傾向があるので、「自然・環境なり、精神的な物なり、共存に必要な諸事なりは蔑ろにされる」という状況が進んでいき、更に人々の心を荒廃させていきます。 このように【現代世界の構造・秩序という物は、その存在の方向性自体が「人々の意識を低質化させる方向性を有している」「世界・社会を悪い方向へ向かわせる」「これが顕在的に現れた国・地域・集団の間では、特に酷い状況を惹起、更に悪循環を起こさせる」ような物として存在している】となります。これを背景として【人々は無意識のうちに「世界秩序や、国内の社会秩序の、悪しき部分に様々に流されてしまっている」「意識を低下するように、視野狭窄するように、非柔軟・硬直的になるように方向付けられている」「これにより利己的になったり、問題の在り処に気付かないようになる」「世界的或いは社会的な集団意識(波動原理を含む)により、自縄自縛的に酷い状況・方向から逃れられないように仕向けられている」というように、様々な悪影響を現象面として齎されています。 この「人種間・集団間の役割モデルの社会構造」は、近現代を特徴付ける最大の認識論・構造の一つです。長年、国内の社会構造により隷属意識を植え付けられた日本でも、この認識論は非常に強固であり、メディア・街角などあらゆる場所でその光景が見られます。そして、日本とアジアなどは「世界構造の中で下位ヒエラルキーなので、低湿な意識・状況へ方向付けていく効果が齎されている」、更に日本は国内固有の問題点により「自己中毒的に在り方・思考・状況が悪化している」となっていて、世界中において「国内外で下位構造への問題押し付けは、際限なく続いている」となっています。 「自民族優位思想・文化優位思想」は、「若しも他国で生まれたら・他民族として生まれたら、その国・民族・文化を超越的として、他を蔑視する」という物で、波動原理的に「人間は多くが転生して、他国に生まれる事は茶飯事」なので、「国・民族が違うだけで、後は全部同じで、意識の低さも同じ」です。当然「国・社会により、その平均的思考の妥当性・誤りの程度は異なる」ものですが、でもそれは国・地域の事であって、やはりそういう思考の人は、個人として意識が低いです。そしてこれらの点は「その国・社会の意識の高低や成熟度を端的に表す物」です。 これら「世界構造の問題」「各国国内の大構造の問題」「社会・小集団・個人レベルの問題」ともに、その問題がある部分については、究極的には「全ては意識を低下させる物として存在」しています。社会とは人々の集合的な意識により決せられるのであって、人々の集合意識の低下とは即ち「この世を破壊に導く物・破綻へ追い込む物」です。結局の所、現代社会の在り方とは「長期的に社会を破綻させる方向として存在」しています。 そして意識低下とは、「非論理・非精神的・非感受性」「視野狭窄・非水平思考・非客観思考」「硬直性・非柔軟性」「過剰な利己性・資本主義的感覚」「物質至上主義」「破壊性」「非共存的」のような方向性を持ち、日常的に様々な状況において顕在化していきます。 日本においては、左右を含め各所に、非常に原理主義的・硬直的な思考が横行していて、例えば右側はネット・組織、左側は政党・組織に顕著に見られるように、「自分側でない物や論、相手側と見做す物は無条件に否定する」という論説・言い様が横行しています。例えば「XX新聞だからアウト(事実報道・事実報道に準じる報道でも完全に門前払いとする主張)」「OO="議論抜き・実質的考慮"抜きに"絶対悪・絶対善・絶対的事実・絶対擁護すべき事"とする主張」などが、無数に散在しています。 これは「非客観的・硬直的・視野狭窄」「物事を峻別して考えなく、全てを十把一絡げにしてレッテル貼りをしてお終い・攻撃する、という一方的思考」「公正に・整合性を以って考えなく、更にそれを同一思考の人々が原理主義的・或いは居丈高に主張するという基本的感覚」による物です。少なくともこのような「諸先進国の主流のネット言論の場ではあまり見られない物」は、それらの国より遥かに多く、拠って日本のネットでの主張のかなり多くは「非常に偏向且つ非論理的な物」が多くなっています。そしてこれは、特に近年顕在化してきた現象です。これによりネット・論壇その他において、まともに議論が成立せず、客観的思考がなされず、「全く非客観的・整合性が無い主張」「都合の良い部分を都合の良い解釈だけした主張」が横行し、これが(ここでも)自家中毒化して「先進諸国では"あまり無いような・極端な思考の人が行うような"主張の繰り返し」が行われています。 例えば左側の思考の根源は「日本は国内外で過去に多くの酷い事をした」「その構造は未だに残っている」「だから過去に日本が国内外で行った事は、大概が酷い事だ(ここから論理飛躍と原理主義化・非客観、以降思考が働かない)」「当時の世界の平均的状況と照らしても酷い」「これに反する論は問答無用で間違い」「そう言ってる人達がいるからそうだ」などという物です。右側の思考の根源は「日本が国内外で過去に行った事は良い事か、当時の世界においては平均的な事が多い」「だから日本も幾つもの国もここまで良くなった」「だから過去に日本が国内外で行った事はほぼ全て良い事だ(ここから論理飛躍と原理主義化・非客観、以降思考が働かない)」「これに反する論は問答無用で間違い」「そう言ってる人達がいるからそうだ」などという物です。 両側の論は部分的には正しく、その論には真剣に考慮すべき事や妥当な事が複数存在します。然しながら全体的には明らかにおかしく、片側からしか見ない偏向に満ちて、思考か硬直化しています。「諸先進国においては、社会の主流論の機軸的思考について、ここまでの硬直性はみられない」のであり、日本だけが突出して硬直していて、これで議論や思考が成り立つとも思えません。 これは「事実・真理を見極めようとする思考・感覚ではなく、ただ只管に教条主義・ドグマ的思考」です。このような非論理的な言説は、当然ここだけにあるのでなく、日本の各所に散在していて、 これで分かるのは、特に日本では問題は左右の何れかでなく、「日本に多い思考法・議論法」にこそあるのであって、それを齎す「日本の根源的構造」その物にあると言う事です。日本の問題の根源は飽くまでも「非論理的思考・非客観的思考・非水平思考・・・」などにあるのであり、結局は「(先述の)日本の問題点の根源的要因と、全く根は同一」です。 ここでも見られるように【日本固有の問題点とは、本質的に「個の抑制」「過剰な集団優先主義」「右へ倣えばかりをさせ続けている」という所に存在している】のです。だから「論理的思考が苦手」「官僚用語(海外の官僚と比しても明確)やディベート時にみられるように、判で押したステレオタイプの意見が多い」などの顕在的状況となっていきます。 日本は歴史的にずっとこうだった訳ではなく、これは「日本の近代以後の統治体制の負の部分が、長年かけて齎した状況」です。そしてこれは、日本人の個人レベルの性質というよりも、「日本において集団時になった時に、特に顕在化する状況・症状」です。それこそが「集団第一主義・個の抑制の、典型的な症状の現れ方」です。 この日本の根源的問題点故に、「物事を細部に、客観的に、水平思考的に見る事をしない」→「論理的思考をする、感覚も伴わせるという事もしない」→「(どこかの・何らかの思想の)紋切り型の類型的思考・同質的思考にばかり依拠・同化する」→「幾つかの類型的な論説が、原理主義的に各思想を持った支持者に称揚される」→「この原理主義的論説の数説が、まともに相互議論される事も無く、同時並行的に存在する」→「各論説と思想が原理主義的・硬直的になり、暴走・怪物化していく」→「一方、集団優先主義であるので、常識・空気至上主義も横行していく」→「まともな議論・思考が存在しないので、"何かしらの権威"が跋扈して、非権威の一般人はそれに隷属する」→「これらにより日本の様々な場所で、自己中毒的に原理主義思考・硬直的思考や、低レベルな非論理的思考・空気優先主義・権威が横行する」→「"個"の部分を否定しているので、"過剰な集団思考が惹起する無思考・権威隷属という日本の根源的問題点"にいつまで経っても問題の根源に気付かない」→「自己中毒的に社会全体が歪み続け、各種の末期的現象が現れ始める」という経過を辿って、社会広範において意識・状況を低質化・悪化させています。 長年日本では「一般社会でも芸能界でも、やたらと若い子をチヤホヤする」「それを利用し、媚を売ったり、ある種痴的性を武器にする子が多い」と言われ、その奇妙さは諸外国からも指摘されてきました。この影響により「(伝統的分野でない分野の)文化的成熟や、思考・感覚の高度化がなされない」「奇妙で幼稚な幼児性の蔓延(人間の中の子供的・少年少女的部分でなく、ある種痴的である事を、モノ的に持て囃し、年をとると使い捨てる)」という事が蔓延してきました。 然しながら逆に「政治家・社会上層部やその実力者は、高年齢層の人で長年固められてきた」「男性・高学歴・高年齢・ムラ住人」「同じような様相・容貌・界隈の用語」というように、「社会の逆の位置の部分」はこのような感じの一色で固められてきました。これにより「非常に硬直的・融通が利かない」「実質より肩書き・権威・ムラでの評価実力」「界隈特有の論理の横行」「改革志向の否定・ムラと利権の増殖化」が行われてきました。 この極端なほどの差は、正に「長年の日本の低質な部分の丸写し」であり、長年の「非実質性・空虚さ」「虚構性・本音と建前」「非論理性と非感覚性(論理的に考えておかしなシステムで、精神・心から見ても異様で、それらを蔑ろにしている)」等々によりもたらされた、非常に異様な状況です。 これは先述からの「世間や空気による支配」における「一つの究極的な姿」であり、「ある面においては、例えば社会中枢では、非常に権威主義・硬直的・観念的」であり、また「ある面においては、例えば資本主義の悪い側面が露呈する部分では、非常にカネや物質志向に偏重(常に消費性向の高い層・若年層向けに、空疎な情報を垂れ流し、それが常識だと認識させ埋没させる。これによりTV・メディアなど視認性の強い部分は、やたらと空疎な若い子向けの情報が蔓延)」という力学に支配されています。これは「悪しき2つの力学が合一した社会システム」であり、「カネ・物質(と白痴化)と、権威・権力に基く各界隈の空気が、社会各所を支配する・従属させる」ことにより完成された「日本社会の自己中毒的な病的状況」です。「(海外権威も含め)あらゆる各種権威への従属」も「同様の思考・空気・力学・システムによる物」であり、「権威構造の上層部・中枢と、それを利用して地位・権威・利権に安住しようとする寄生的中間層と、権威システムの下部構造の従属者による維持・強化」「自己・内面を無くさせる事による、社会の無脳化・空洞化」が起きています。 しかし、若しもここで「個人個人の個の部分(感覚・精神・思考)が重視・尊重されている社会」であったら、「こんな硬直性も、空疎な情報も嫌だ、そんな物に従属したくない」「どこかのムラ・界隈にとって都合の良い、カネ・物質や、権威・権力よりも、中身・真に意味のある物でしょう」という認識が、当然の事として草の根的に広がっていき、こんな様相には決してなりません。これら「カネ・物質と権威・権力を妄信」「空気に従属させよう・しよう」という社会的力学は、「このようなシステムを社会に作り上げ」「このような思考・認識・状況にさせ」「更に空気を絶対的主体とさせる事で、それに反駁させないようにさせていきながら、且つ内面も空洞化させ」「この低質の状況を、硬直的に固定させる事で、社会を疲弊させ」「破綻の方向へ」と追い込んでいます。 「それらが当たり前の世の中」ならば、どんな酷い・おかしい事でも「常識・前例・権威・空気・お約束」が「絶対的基準」であり、どんなに正しかろうと「対論側・異端・改善論」「思考・認識・方法論・体制に変革をもたらす物」は「排除」されます。しかも現代社会は「社会の行動決定要因は利害感覚」になっているので、尚更酷い状況になっていくのは至極当然、これらを「思考の基準・行動規範・絶対的価値・マニュアル」としてたら、社会がおかしくならない訳がありません。 これが「諸悪の根源」「世界中全ての問題の最大の要因」であり、更には「日本に特に酷く蔓延る諸悪の根源の要因」です。そして「当たり前の事を言う事、行動する事、その内発的動機の、考える・感じる・思うという行為を抑圧させ続けてきた事」、これこそが「諸悪の根源の、更に根源的な問題点」「諸悪の根源中の根源」です。 社会の回復には「持続的改善機能の内包」が不可欠であり、今必要なのは、過去の縛りの含意がある絆よりも、「より良い未来や可能性を見据えた、建設的な意識の広範な連帯」であるべきです。認識論は急変し得ても、制度変更は時間が掛かりますが、旧弊的な物の比率を徐々に下げて、より良い制度や在るべき状態へと徐々に移行して、中期的に概ね変える事は容易にできます。また、波動原理普及の確定後の考え方として、従来は割合的に「個人・個々の属性より、社会の全体的バランスに帰する問題」が多かったので、拠って「全体的バランスや多様な社会的機能をどう担保するか」「統合的視野により、国・社会・人々の資源の効果を最大化する方法論(権利・ムラ固執から大同へ)」「社会が抱える間違え易さをどう補正するかという機能」「個人・共同体・社会・国・環境・全体の相互関係性をどう考え、良い状態に保つか」「空気支配を止めて、"感覚と論理""個と社会"の両方を重要視する」など全体論が重要だと思います。 あらゆる波動は「全量子はそれぞれの波動情報を保有」「波動はその事物の情報その物」「波動は"ホログラム・周波数パターン…"などとも表現される」→「全量子は他の量子と影響・共鳴しあっている」→「"一帯の周波数上昇、体内波動の上昇、意識上での特定波動・高波動への焦点合わせ・・・"などにより、高波動の情報が、他の対象に投影・転写される」→「共鳴が起き、"一帯・場・体内・意識・・・"の波動が上昇する」とのように波動上昇していきます。そして「波動原理の基礎」は「距離が近い物は密接に共鳴・関連しあう」「同時に非常に遠くの物とも関連しあう」「共通要素が多いと密接に関連しあう」「全体は有機的に連繋しあって存在している」「2つの対象間の波動的関連性や、他の対象に与える波動的影響力は、"距離×波動の強さ×共通要素"」という物です。また「高波動・良質な波動と共鳴すれば、波動は上昇する」「低波動・低質な波動と共鳴すれば、波動は低下する」「低波動の環境・言葉・意識・・・に囲まれていると、それらの波動が体内・意識に投影され、DNAに刻まれる」などの作用を齎し、「波動低下は、天災・カビ・病害虫・物質劣化・心身の病・酸化など様々な現象として顕在化」します。 この波動原理を敷衍して考えると、「波動の特性と同様に・近似して、物事や世の中も存在している」と言えるでしょう。例えば、物事は「波動に近似する本質性と、現代科学に近似する現象界での概念の、双方が両義的に存在する」「100か0かでない」「デジタル的でなくアナログ的に存在している」「各要素(構成する波動)に別れ、関係する要素と影響しあい、更に全体とも繋がっていて、状態が流動的に変化していく」「人間と人間以外の意識が全てを決している、未来の状態は意識で変わる」「論を展開する時は、波動の組み合わせで場が存在するのと同様に、個別論拠提示と統合的論述の必要がある」と言えます。 また「主たる基底状態・ホログラム・事実、イデアとしての過去・歴史・往古・原始や理想的・完全な状況」「従たる認識論・短期的現象・現状、意識による状態変化とブレ」「本来的には事物・生命は対等に存在しているが、現象界では概念の認識上の問題として、序列化がある程度必要になる」「本質性と現象界での概念の方向性が相反する場合、本質性が優位であるだろう」など、万事における認識法の進展・整理も進むでしょうし、今迄存在しなかった概念も沢山必要になります。そして「周辺地域や自国の事は先に解決すべき事項として大事」ですが、同時に「地球・世界全体も大事で、自分達の事」であり、しかし物事は「本人達の主体的な覚醒がなくては上手くいかない(能動的に高波動へ意識を合わせる)」物であり、そして「地球や世界全体の状況が改善して始めて上手くいっていると言える」でしょう。 斥力・半重力は「重力的・重し的な力学と対照的に、人・社会を固定観念や縛りから解放する方向性として存在している」と言えます。従来社会は「従来科学に近似して、重力の特性により、低層方向への固定化の力学が強かった」ですが、これからの社会は「波動原理のゼロ点・斥力に近似して、様々な縛りから解放され、社会構造が開放的になり、意識が上昇・覚醒する」と想定されます。先述のように「波動や量子水に見られる性質」を考えると「親和性・柔和性・柔軟性・融合的・共鳴的・相互的・・・」=「高波動の状態」「波動原理に沿った在り方」ですが、上述の「社会的硬直性や原理主義的思考法は低波動状態によって起きていた」と言えるでしょう。 神道の基礎概念に「穢れ・禊」がありますが、これは「人間・社会・環境は穢れやすい」「禊=浄化が必須」だからです。「穢れ」=「低意識が齎す低波動」+「低波動・低波動の物質(汚れた事物)」と言えますが、「穢れ」は「物質的な汚れ」より「低い意識・人為的」との意味合いに近く(罪は人為・汚れは現代物理的・穢れはこの中間)、正に「低意識が齎す低波動」「社会が陥っている問題点とその要因」を指していて、「金・利己主義・物質主義・権威・力・抑圧・不公正・不公平・理不尽さ・・・の横行・押し付け」は「穢れその物」です。そして「波動原理・量子論的に、穢れという物・概念は、科学的に存在する」「社会が穢れていると、短期的~超長期的に、甚大な悪影響を及ぼす」「拠って社会は穢れた物ではあってはならない」「穢れた社会構造は、禊・浄化・改善により解消して、常により良い社会を構築していかなくてはならない」といえます。 最重要の観点は「普遍性」「普遍性という基軸」だと思います。個人の思考・感覚・意識と社会の中心軸において、これがあれば・重視されていれば、あまり大きな問題は起きなく、状況は改善してゆくでしょうし、良い物・素晴らしい物が沢山生まれてゆくと思います。波動的な科学を基に考えると「面白み・知的好奇心・遣り甲斐・必要性を感じる事柄は今までより遥かに多い」「それらが全て繋がっていく」ので、これらを次々と繋げていって「有意義な意識・行動・興味の拡大再生産」が永久的に続いていくでしょう。 「真の科学」の上では「人間は崇高な役割」=「個人~社会~地球・宇宙の波動上昇と全ての幸福」があり、本来は「善性」「関心・興味」「環境や社会の構築・改善」が連鎖していき、人はその中に「肯定的な意識・生き甲斐・充足感」「楽しみ・面白み・興味関心」を見出していく永続的循環が起きている筈です。しかし「従来科学の甚大・根本的な欠陥・誤認と、これに基く個人・社会の認識論」の影響により、「目的喪失・虚無感・アイデンティティークライシス」「利己主義・権威主義・物質的価値観万能主義」「低波動の意識の共鳴」という負の連鎖に陥って、社会・心が疲弊・荒廃していきました。人や社会は「生きる意味・生まれてきた理由・存在する意味」を探す物ですが、従来社会の多くの問題点は「積極的・肯定的意味はない、ただ存在するのみ」との結論へ導かせ、「狭い範囲の興味関心や独善的思考」「物質や欲望による心の隙間の穴埋め」へ向かわせがちで、「モノが沢山無くては、刺激が強い物に囲まれてなくては、欲望を次々叶えなくては充実感が無い、そればかりを求める」「やった者勝ち・言った者勝ち」という状況を産んでいました。 「競争論」とは必然的に「何らか"物質的価値観・上下関係志向・権威・力などの価値観・判断基準"の絶対化」「基準への隷属化」を招き、「競争的概念にそぐわない概念・事物(自然・草の根的な社会末端部の伝統や歴史・その他)の軽視・破壊・消滅化」を起こさせます。「競争」とは「自己と他の存在を区分け」「その上で、他より上回る」という概念であり、「己の側は"自己のみ・同じ属性のみ"と看做す」「"狭義的な自己を優先"=利己的」「物質的な判断基準・力的概念の信奉」「自然などを"他の存在・どうでもいい存在"と看做す(=他者・第三者的存在の軽視)」「自分には関係ないという思考(関係ない=共感能力低下=共鳴能力低下現象)」「硬直的思考・原理主義的思考("自論>対論・柔軟な実質思考"との固定観念)」を助長させる方向性を持っています。 「社会基盤=競争論」であると、「金・権威・注目度の獲得」が関心の中枢を占めるような思考様式が多くなります。これにより「社会全体に不利益になる事(汚職・暴力・コネ・ごり押し・中身の無い宣伝」等々がそこら中に横行して、「不正義・軽薄化・虚無化・不安化・厭世」など否定方向の力学を与え続けます。この概念は「際限なき破壊・欲望・闘争の繰り返し」を起こさせるだけであり、結局「競争論・物質的価値観が蔓延する社会では、真の幸福・改善・調和・理想の実現は絶対不可能」です。競争は「任意の時・場所において、競争に同意した人同士で行うだけで充分」であり、これを社会の機軸にするのは間違っています。永らく日本・世界はこれらの概念を機軸に廻り続けていて、そこでは「破壊性の横行」「調和の蔑ろ」が当たり前の事として起き続け、これが「心・社会・人生・世界・地球・自然環境・真の価値」を蝕み続けてきました。 また(項目6③マスコミや音楽の段にあるような)「時代性・新規性等の過大視」「普遍性・本質性の軽視」は「自然な姿より、金を掛けたコンクリート漬けの人工化」というような社会的力学の原動力となっていて、「どんどん金を産み、消費し、また金を産み、競いあい、変えていって、新しくなければ気が済まない」という果てしない社会状況へと追い立てています。「今まで人々が奥底に感じていた"理不尽さ・馬鹿馬鹿しさ・白け・虚しさ・やるせなさ・諦念・厭世・鬱屈・怒り"の多くは、これらに起因する」と言えます。 「社会・経済・企業の歴史と現況」を見ると「企業寿命は25年50年と言われ、100年以上続く物は僅か(100年でも地球・人類の歴史から見れば僅か)」「近い将来世界同時デフォルト・日本政府デフォルト・大国やEUのデフォルト・世界大恐慌のいずれか、又は全てが高確率で起きると予想されている」「そうなると企業利益や、多少の経済変動(例えば原発稼動分)どころでない」「そうなると多くの富豪も貧民になったり、資産が激減する」「いつの時代も相続税・借金等で遺産は大幅に減る」「金銭・権力固執の大要因は遺産残しだが、上記理由で殆ど後代に資産継承されない」「仮に継承されても直系・長男への継承で、次男以下・女性には大して残らない、その子孫に継承されない」「拠って低い確立で資産継承できても、直系子孫以外は全員貧民化する」と客観的に言えます。そして「直系子孫も資産・地位維持に苦労する」「その固執の為に、利己的行動・思考を行う必要が出てくる」「意識も低めにする必要もある」とも言えます。 それでも尚「金銭・権力や遺産残しの固執に大きな意味がある。他を犠牲にしても行うべき」でしょうか。あらゆる要素を比較考量したならば「固執は非合理的」「多数がこれを行うと社会は悪化するのみ」と言えます。その上で、果たして「本当に子孫にそのような社会を残したい・残すべき」と言えるのでしょうか。人間・人類・社会は「何かしら意味ある事をしたい」「良い物を築きたい」「子孫達には良い社会・暮らしを残したい」と思う物ですが、「そのような社会が理想なのか?」という事です。とは言え「個人単位では資産が無い事の不安(生きていける程度の)」もあり、拠って「社会全体が金銭・権威等によらない物になる」以外に解決法は無いでしょう。 また利権に固執する人達がいたとして、「その利権の維持を社会が認めるならば、他のあらゆる利権を認めないと整合性が保たれない」「世の中が利権だらけになれば、あなた方にとっても、全体的には経済的損失の方が大きい」「若しあなたが利権を失ったとして、そのような世の中に暮らしていると、経済的損失は莫大になる」「理不尽さなどから来る、精神的ストレスは常に甚大である」「そのような世の中は、経済的にも社会的にも存続不可能で、精神的に厳しい」「それでも従来社会、そういう仕組みだったので仕方なかったが、これからの世の中は、金銭・経済に過度に依存しなくても、充分に暮らしていけるだけの"社会的基盤となる技術・科学原理・思想・体制"が築かれていく方向にあるのは、波動原理の意味合いからみて間違いない」「今後の社会はどう進もうとも、結局の所は"利権が存在し得る社会的基盤"自体がなくなっていくので、目的たる金銭・権威も得られなくなっていく」「どうせ無駄なら、元々気分的にも嫌な事なのだし、早めに止めた方がいい」となりますが、それでも尚且つ利権に執着したいでしょうか。 「自らの先々と、親族と、(自分の血を継いだ)子供や孫など、ごく少数の内輪の範囲」で考えても、そのような世の中になってくれた方が、「貧しくなる可能性はないし、病や不本意な事柄で落伍する可能性もないし、無駄にキツい労働(強度)に追われて人生が終わらなくて済むし、気楽だし、興味深い事や面白い事が沢山有りそうだし・・・」などメリットだらけで、デメリットは「(永続不能な)自己の優位状況の放棄」「従来のネガティブな思考法の放棄(否定的な関係性を他の対象に押し付ける事・対等性や相互性の拒否)」くらいの物です。大体「否定的な思考だらけという人はごく僅か(誰しも、自分の一部にそういう部分があるだけ)」「それも、好き好んでそういう事をやっている訳でもない」のだから、そんな状況になるなら願ったり適ったりで、別にそんな世の中を否定する意味もありません。結局「社会が現状方向に、物質主義・権威重視・破壊方向が過剰な状況が続いていく限り、これら根源的疑問・苦悩や悪影響は永遠に続く」と確定的に言え、「この方向から社会全体が完全脱却する」以外に、良い未来など有り得ようがないです。 人・集団は「自分・自分らだけが損をする」と思うと立場を固執しますが、「全ての立場・思想・論が公正な視点から判断される」「右⇔左・保守⇔革新・上⇔下・国内⇔海外諸国の全ての論が、それが不合理であれば、著しく脆弱化する」訳で、そして社会が上手くいって建設的に進むのであれば、大方が「それならば、まぁいいか」と受け入れると思われます。「311後の状況」「茹で蛙・赤信号みんなで渡れば怖くないとの表現」に端的に現れているように、「皆が不利益を蒙っているなら、それを齎す社会情勢を間違いを受忍してしまう」という心情がありますが、「一人だけ損するのは絶対拒否」「全体状況が変わる中で、自分だけ劣後するのは不安」というのも心情です。「何もかも変わり、良くなっていくという社会全般の感覚」「何処にどのような社会的欠陥・問題要因があったのか、如実に認識される世の中」「個々人に省みる事を促す雰囲気」「問題行動をし辛い世の中」「社会も周りの人も変わり、波動も上がり、固執すれば自分だけ取り残される状況」を前にして、「何年・何十年もずっと固執し続ける人がどれだけいるのか」という心理問題でもあり、「波動理論から認識すれば答えは自ずと明らか」「従来社会のどこを改善すべきか分かりやすく明示される」「明快で簡単で当たり前の事」です。また金・利権の固執は「自らの蓄財以外に、子・子孫への遺産残しが理由」ですが、「三代経てば資産は無くなる」「あの世に金は持っていけない」と言い、今後は「金があまり要らない」「金銭的価値感の低下」に向かいますが、結局の所「3代以上先の子孫は裕福でなくなる」訳で、「金で充足感が決まる社会に生きたいのか」「そのような社会を子孫に残したいのか」という問題は残り続け、「何の為に固執するのか意味不明・自ら疑問を感じる」との状況が年々深まります。更に「カルマ・転生・子孫への影響」を考えると「利権・金・権威への固執の無意味さ・弊害」を痛感し、そのような人は激減していくでしょう。 「非調和的な思考・状態」「社会の硬直化や各種の壁」は「日本の波動低下・程度の低下・疲弊」を引き起こし、これが「原発事故・事故後の状況・各種の社会的悪状況」を起こしました。先述の「社会上層部・中枢部(政官財その他の多く)」「原子力ムラ」「科学界ムラ」「マスコミ・テレビ・芸能・音楽etcのムラ」などに見られるように、「硬直性」「組織力学横行・組織論踏襲」「過剰同質性」「個の非確立」「自由思考の少なさ・類型的思考・視野狭窄」の度合いが高い界隈は「状況悪化・後退化」「金・利権・権威などへの固執」「閉鎖性・非建設的思考・非改善思考」「どん詰まり感」などが顕著で、どの業界・界隈を見てもこの相関関係は完全に一致しています。これは「これらの傾向が日本の最大・根本的な問題である事」「業界・界隈・組織のあり様による自家中毒的な悪化」を如実に示していて、更に「他の業界・界隈との相乗的な悪化」「日本上層部の在り様を硬直化」させています。 そして中でも「著しい男女格差(各種統計で常に先進国最下位・世界的にも下位)」は「社会の硬直化や各種の壁の最大要因」であり、即ち「原発事故を含めた各種悪状況の最大の社会的遠因」です。当然の事ながら「在るべき状況や高波動の社会」と「男女格差・他の全ての理不尽な格差」は完全に背反し、「自己集団に優位な状況の押し付け」とは「相手集団への独善的思考・行動の強要」「相手集団の存在自体の非受容」で、「特定集団の優位状況」とは「格差その物」であり、「このような意識・状態が蔓延るだけでも天災や各種状況は悪化する」ので「理不尽な全格差の是正」が必須です。各種事柄が理不尽かどうかは個別判断が必要で、理不尽でない差も有り得ますが(社会は必然的に段階的発展があり、相互性も必要)、「論拠の無い優越思想・独善性・利己主義・権威主義」に基く「男女格差」「日本に先住するヤマト民族・琉球民族・アイヌ(その他先住少数民族)の間の格差」は「明白に理不尽その物」です。 例えば「母性=愛情・優しさ」「女性性は共感脳が発達している」と言われ、「豊饒な実りを齎す母なる大地」「地母神」と言う表現・言葉があります。これは波動的に考えると「人・生命・自然・大地・地球に対して、調和的・愛のある波動を発している」となり、それは高波動となって、「健康・人間関係・社会の改善」「有用生物の増殖」「自然環境の改善・浄化」「災害抑制・穏やかな環境にする」「世界・地球の状況の安定化・向上」を齎します。世界は永らく男性の圧倒的優位で、「女性の存在・権利は、本来の人口比(50/50・或いは51/49)を、大いに逸脱した分しか認められていない」という状況が続いてきました。あらゆる「理不尽な格差」は、波動原理からみると「社会・世界・地球の大幅な波動低下」を齎し、「精神状態・人間関係・社会状況の歪な状態」「自然環境悪化」「災害増加」など「あらゆる不利益・不幸・災厄の拡大」を招きます。このような波動的な状況を是正するには、その一つとして「あらゆる理不尽な格差の是正」が絶対に不可欠です。それ無しには「いつまでも人類・社会は、自らが作り出した不幸に苛まれる」でしょう。例えば、波動原理に沿って考えれば「浜岡を停止したから、3連動地震や富士山噴火がまだ起こらずに済んでいる可能性がある」と言えますし、しかしカルマは溜まっているので、まだ日本が破壊されるような危機が起きる可能性は充分にあります。 そして「有象無象のどうでもいい事」に終始したり、「何かを破壊して利己的・虚無的に何かを得ようとする観念自体」が減少していき、「不合理さや理不尽さに割かれてしまう時間・思考・労力・面倒」も減少していき、これらは最終的には無くなるでしょう。どう紆余曲折しても「悪も善も、もう隠れるところなくなるぞ(日月神示)」という方向に変わりないので、20~30年単位で見れば、そのような行動自体が殆ど表に出て来なくなるでしょう。云わば「現在は原始的社会レベルの最終段階にある」と言え、「波動原理の存在と意味合い」「この因果律が未来永劫、宇宙の全ての場所で不変だと認識される」「人々の認識論の形成のされ方」を考えると、「一旦レベルが大きく上昇すると、もう大きく低下する事は無い」と考えられます。そして「人間が本来的に望んでいた"善性が主導する世の中""良い世の中を実現化への貢献"」への流れが加速、、何時の日にか、遂にはそれが実現する日が訪れます。 「あらゆる立場上・体面・危害などの利得損害や上下関係」⇔「善性・壁を設けない思考・集合的叡智」という方向性において、従来では前者に引き摺られる傾向がありましたが、「宇宙全てを決定付ける因果律の原理」「その存在と意味合い」が認識されれば「後者が上回る傾向に導かれる」のは当然で、また人は「無意味な事より意味がある事」「生きる意味を感じ、社会を良くしたい」と根本的に望む物であり、「それが叶えられる世の中」になれば「趨勢が前者に戻る事は無い」でしょう。そして「遅かれ早かれほぼ全ての人が分かる」ようになり「急速に人々も社会も意識が向上する」でしょう。 今までは「科学原理と作用と因果律を知らなかった」訳ですが、「皆が知った後は、違うように生きれると知った後は、今までと違っていても社会が成立すると知った後は、そして物事を俯瞰して見れるようになった後は」、人々はどう考えるようになるでしょうか。どうせなら「永続的ではない有象無象」「刹那的存在のカネ・モノ・コト」「子孫・後裔に残る訳でもない金・資産」「力だの権威だの地位だの体面だの」「誰かにとって都合よい考え方」に依って生きるより、「普遍的なコト」「自分にも・周囲にも・他の人にも・社会にも・子孫にも・自然環境にも悪影響を与えない物」「精神性・内面性」の近くに在る方がいいな、と思うようになるでしょう。そして、若し多くの人がそうなれば、その方が「自分のとっても、他の人にとっても、嫌な思いをせずに、嫌な事をせずに済む」「不要な緊張・精神的磨り減りがなくなる」「ある意味緩くて、でも深くて」であり、「社会が無理なく発展」「他所・後代への悪影響も残さない」「最大多数の最大幸福」「自分にも・周囲にも・他の人にも・子孫にも・自然にとっても幸せ」です。 また従来は「赤ちゃんの高波動状態から、年齢と共に波動低下・低意識に同化」していきましたが、特に「波動がまだ高く、感受性が高く、思考が柔軟な子供・未成年世代」の変化が真っ先に現れ、世の中が良い方向に塗り変わっていくでしょう。「思考・感覚の可塑性・柔軟性が高い」時期の子供達は「あらゆる知識分野や周辺環境」を「統合的に認識しながら物心が形成されていく」ので、「人文系・理数系ともに、勉強に際して従来よりも分かりが良くなる」でしょう。これは初期認識から「幾何学的な形態は、数学上の○○は、こういう物質は、歴史・伝統上の○×は、言葉・文字・想いは・・・このような意味を持ち、こういう効果を生じ、こういうふうに影響していき、森羅万象を形作っていく」という状態で成長していくので、「あらゆる事物を有機的に連繋して認識」「事物の意味合い・性質・立ち位置」「概念の把握(数学的・空間認識など)」を獲得し易いからです。従来のように「波動低下・硬直化」「非感覚・非論理」「非調和性」「過度な物質性・暴力性」に染まらずに、成長過程で「高波動を持続し、高次な意識・認識を獲得」すれば「個人・社会において、このような方向性が形成されていく」のは必須です。 時代を経ると、端的に「覚醒後は、一定レベル以下の思考行動を、愚かしい・虚しい・意味ないと感じる」「中身が無い物に興味がなくなる」ようになるでしょう。これは別に「仙人じみた感じになる」などというのでもなく、例えば「普通に娯楽も享楽も好きだけど、でも一定レベル以下の事には興味ない」「関心が移動する」という具合でしょう。「量子・波動が穢れる」→「DNA・魂的な物・自らその物が物理的に穢れる」→「転生・子孫・周囲に後々、重大問題が生じる可能性が高くなる」という認識と、「積極的につまらない事に興味を持つ」という感覚は両立しません。そしてこのような感覚においては、社会に対して「金銭・物質⇔精神・自然」「力・権威⇔調和・共存」のどちらを望むのかは自ずと明白で、後者の方向を見据えながら、社会・環境・心を回復させていくでしょう。 「自らの思考・自らの言った事・自らの行動は、量子・波動上に記憶される」「それらは量子上・波動上の情報として、ずっとついて回る」「それはずっと、少しずつ、何らかの影響を及ぼし続ける」「その影響とは、云わば因果応報的で、どのような現象として現れるにしろ、全ての事は自らや周囲に返ってくる」というのが、科学的原理によって、宇宙のあらゆる場所で起こされる効果・現象です。 だから「真理から明らかにずれた事を、悪意もこめて言った」として、「その言葉・行動は自らの波動に記憶される」「その穢れは自らの一部になる」ので、「言い捨て・書き捨て・行い捨て」という事はできません。どんなに「強引に誰かを言い包めた」「押さえ付けたと」「社会に誤った政策を実現させた」としても、それが真理とずれているならば、「それは波動的には、間違った物として、低質な波動・情報として記憶される」だけです。何をした所で「否定的なことを、言って・やって・思って、当座の精神的満足を得た」ことに過ぎず、然しながら「引き換えとして、波動にやった事が記録される」ので、全然割に合いません。 そして更に「真理が社会的中心軸になった時代以降の世において、覚醒した状態にある後代の人達に、客観的・俯瞰的に判断される」「後代から白い目で見られる、愚かだと思われる、どうしようもない思考だと看做される」という物でしかありません。その種の行動は結局の所、「自己・周囲、同質の思考・イデオロギーに対して、長い目で見れば、自縄自縛の行為している」「その時期になるまで、自らカルマを溜め続けている」「何れ何倍にもなって返ってくる行為をしている」ことにしか過ぎず、「後世になれば、それら全ては反面教師として見られる」「こういうことは良くないね、という考慮材料とされる」だけです。それは「世界中の歴史的事象の幾つかへの、現代人の視線と似ていて、更に真理を通した透徹した視線で、ブレがない物」でしょう。例え今、何を言っても、無理に何かを押し通しても、「全ては未来の高い意識の人々、真理に沿った人々に判断される」だけで、更に「意識体(魂・目には見えない存在)」「宇宙人(若しいるならば)」「真理・普遍性」からも、同じように判断をされています。拠って「どんな言質も誤魔化しは不可能であり、様々な存在と歴史と真理から、全ての欺瞞は見透かされているだけ」「誠実である事が大前提」です。 そのような時代になれば「低質な思考・言動は、応分に自らの身に降りかかり、戻って来る」というように帰結され、その後も量子・波動・DNAに情報として残ったままとなります。そこに刻まれたからこそ、人は過去を思い出します。そして「そのように低下してしまった波動を向上させる」には、「それが早かろうが遅かろうが、結局は自らが向上していく、心底・根源的に考え方を改めていく、という事でしか、実現はできない」のであり、「時期は遅くても波動向上は可能だが、嘘・虚飾・欺瞞を伴いながらの向上は不可能」です。結局の所、普遍的な物・巨視的な視点から言えば「何を誤魔化しても、程度が低い物は低い」のであり、そして「誰しも内心、そんな事は分かってる」のだから、「付け焼刃で、心が伴ってない改善行為では意味がない」というのは分かろうという物です。 また現代社会には、あらゆる思想・イデオロギーの保持者が考える所の「嘘・欺瞞・不正義」があり、それらは実際ほぼ全てが「大きな問題点を有した物」でしょう。ただ「思想・イデオロギー」により「主として問題だと思う分野」が違うだけです。しかし「波動原理の一般化以後」の時代は、「左右・保守革新・その他あらゆる思想の持ち主が問題だと思う点」について、「そのような問題点は、後の時代において、罷り通らなくなる・もう通じなくなる」ので、しかも「そもそも、それが通ってしまう社会的背景自体が消滅する」ので、何も問題は無い筈です。そもそも問題点は「それが通ってしまう社会的背景・社会的構造」自体にあるのであって、その根本が修正されないと、単に顕在的現象である「左右・保守革新・その他あらゆる思想の持ち主が問題だと思う点」も、根本的な修正がされる訳がありません。「問題点が通ってしまう社会的背景・社会的構造自体が消滅」すれば、「どんな問題だろうと、永続的に・長期的に残るという事は有り得ない」「逐次修正・改善され、問題点が持続されない社会的構造になる」のは必然です。 そして「問題点が通ってしまう社会的背景・社会的構造自体が消滅」するような世の中になるには、一般の認識論の激変が必要であり、それは【「波動原理の一般的認知」と、これによる「"因果応報・善因善果・悪因悪果の法則"の根本的原理の認知(自己・周辺・将来世代・国や世界の未来・転生後への悪影響)」「社会的力学の修正による人々の行動原理の変化」「金・物質・利己・権威からの離脱」という社会的認識論の変化】以外では、はっきりと不可能だと思われます。何故なら「一般的認識論と社会的構造を変化させる」には「尋常ならざる、普通では想像もできないような、何かが齎される・起きることが必要」ですが、それでは「そのようなことを齎す・起こす物は、他にはどういう物が可能性として考えられるか?」と考えてみると、やはりそんな物は存在しません。他に方法論が全く存在しないので、即ち「波動原理の一般的認知による、認識論の変化」以外に、「問題点が通ってしまう社会的背景・社会的構造自体が消滅」「社会が大きく改善していく」「まともな世の中になっていく」ことは有り得ないです。 従来ありがちだった「統一的規制や美的感覚が無い乱雑な開発」「けばけばしい・やたらと人工的な光景・観光地」について、当然都会は「人工的な物を極め、賞賛・観光する」のがあって然るべきで、「人工を極めた物は素晴らしい」ですが、「人工物に相応しい場所」もある訳で、しかし従来は「何処も彼処も同じようにする」「自然環境の過度な人工化」「都市計画・ゾーニングの無さ」「過剰な資本主義的概念・金銭主義の暴走」「自然を壊したり・税金を浪費するほど自己利益になる」という状況が横行し、これに歯止めが利かず、例えば「堰堤の乱造などで、自然河川が殆ど存在しない非常に異常な状況」へと突き進んでいました。そして「自然本来の環境、古くからの里山の光景を出来るだけ残す」「そこに人の手を適宜加えて、利便性向上や、自然と人間の両立を図る」という観念は非常に薄い物がありました。「観光=光を観る」にとり、「自然界の高波動がもたらす"見えない光"を観る・浴びる」「心身を洗う」のは非常に大切な事です。しかし物質的価値観万能主義が横行した従来社会では、都会地域以外の観光地でさえ低波動の環境・風景で溢れ、「高波動の光を観る」事はあまり出来ませんでした。 元々日本には、山紫水明と呼ぶに相応しい自然の美しさ・豊かな変化があり、、先進諸国に比べて国土における森林域の割合は非常に高いです。これは「温暖で多湿」「地形が複雑で、開発し難い地域が多い」という理由の他に、「縄文時代やそれ以前からの、自然との共生思想」「古神道や原初的感覚に基く、八百万の神々という概念・感覚」が大きく影響していると言われてきました。しかし近年、「自然との共生観」は蔑ろにされ、各地で散々に誤った環境破壊が繰り返されてきました。日本は先進諸国に比べて「税支出中の公共事業の割合」が突出して高く、これは「欧米より近代化時期が遅かった」「複雑な地形など、経費増加の基礎条件が多い」との理由もありますが、そもそもが「利権・ばら撒き」「事業が必要かどうかを、費用対効果、地域の基幹的インフラかなど、客観的・大局的・論理的判断によらず、力関係・情実などで判断する」という事が多かったからであり、これは長年指摘されてきた「日本型の公共事業システムの根本的問題」です。この結果が日本中での「コンクリート護岸・堰堤(有効性に疑義がもたれている)」「無駄な・需要の低い箱物・橋・工業団地・・・」を始めとした異様な光景です。これは先進諸国に比して、日本に特徴的に見られる国土における光景です。 しかし「自然と共生して、自然を生かしながら、開発に適した地域において、真に有効な事業を、最善の形で行う」というのは、やろうと思えば出来る筈であり、また「自然の修復・自然環境改善も見据えた、自然と人間との共存の為のインフラ作り」ももっと行えるはずです。これで充分に「地域の経済・雇用も支えながらの公共事業施行」を果たせて、「持続可能な税金支出構造」なので「公共事業減少→地域経済壊滅」という「単純・低レベルな地域社会構造構築からの脱却」「税収・税支出のバランス化による基礎的経済条件の改善」ができ、「持続可能な環境・社会構造」であるので「持続可能な地域社会」の構築ができます。これは単に「当たり前の事をする」だけの事ですが、従来はそれが行われてこなかったのであり、それは「金・物質・利権・権威への従属」「空気・力学・ムラの論理第一主義」「俯瞰的・巨視的視点の欠如」「真に何が大事かを考えるのをしてこなかった事」「自然との共生や精神性といった観念の蔑ろ」による結果です。これらは「元々は日本人の精神性は高いレベルにあった」「しかしいつの頃からか、それが大幅に低下した」「または、良くない状態を変える為に必要な精神性・気概・気力を失った」という事を示しているのでしょう。 これからは「自然環境」「歴史・伝統・伝承・風習」「信仰・遺跡」「地形・地質」・・・等々への「個人的・社会的な関心・感じ方・意味合い・位置付け」は劇的に変わり、そういう物が大事になるでしょう。自然豊かな場所への観光に際しても、「金・物質至上主義の欠片」ような物は必要と思わなくなる、あってほしくないと思うようになるでしょう。例えば「散歩・ポタリング・ドライブで地域を周り、地形・地質・植生を観察しながら、先々の神社へお参り、折を見て片付け」「前後に色々と調べる」として、「自身~周囲の人~地域~日本・国~世界・地球~宇宙」へと繋がり、同好の人は次々と増えていくでしょうし、そして「それらの思考・行動」だけで「広域の波動向上に幾ばくか貢献」していて、「破壊性・暴走・弱肉強食とは逆方向」「建設的・親和的・調和的な物」です。 今までにあまりに多くの事を失ってきましたが、例えばここ10~20年だけでも「不要の工事」「必要以上の人工化」「開発すべきでない場所の開発」により、どれだけ多くの「美しい自然・里山・山林・森林・湿原・河川・海域」「波動的な重要地域」が破壊されてきたか分かりません。「神社・神域・祭祀跡・重要遺跡・古墳」は「波動が情報を時間を超越して記憶する効果」「祭祀用具・遺物の波動効果」により「地域・社会・国土・世界・地球の波動維持・上昇に、常に大きな役割を果たしている」という重要な役割を有していますが、「明治以来の膨大な神社合祀と、重要遺跡・古墳の消滅」の上に、近年の「神社の神域や重要遺跡の破壊・神社の遷座」という状況が積み重なっています。「これにより近代以降、また近年、波動の劇的な低下・悪質化と、国土・社会の弱体化を招いた」のは間違いありません。 今後波動原理が一般的に認知され、この事実を認識すると心底愕然とするでしょうが、その時に「今後はもう行ってはならない・修復しなくてはならない」と思うでしょうし、それが困難な経験から得た社会的合意になると思われます。「現代科学・物・金・権威=破壊的」⇔「建設的・修復的・共存的=自然・精神・心・感覚・非物質的価値観」という関係性において、「現代社会の基軸・最重要事項たる前者にとり不必要」「金や物や科学に無関係」と切って捨てられている「自然・精神・心・感覚・非物質的価値観」こそが、最も重要な存在・価値観であるとなっていくでしょう。それはオセロゲームさながらに全てが逆転していき、そして在るべき状態に正常化していきます。 今後の時代は「急速に波動原理・理論に沿った世の中になっていく」と言えますが、これは波動が「全ての根本・基礎・中心に位置する」「意識も含め森羅万象に関係する、あらゆる事は波動と切り離して考える事はできない」「強烈な因果律を持っている、数十年後でも数百年後でも確実に因果が返ってくる(遅効性でも確実に因果は巡っている)」からです。そして(先述のように)「波動は空気にように存在」「空気のように重要な役割を果たしている」とのように存在している以上、「一般に認識された絶対的科学原理の効果・影響を押し留める事は不可能」「それは空気の効果・影響を無くさせる行動と同レベルで、全く無意味・無効果」です。「全ての大河は、どのように経由しても、結局は海に至る」のと同様に「宇宙は、その最重要の科学原理に沿って存在する」のであり、「宇宙の最重要科学原理=波動」である以上、早晩に「波動が中心軸・基盤となるのは必定の帰結」です。そして社会は上記各理由により「無意味・空虚な権威・常識に囚われなくなる」「調和・妥当性を志向する」ようになります。波動は「ごく当たり前の存在・認識の基礎中の基礎」となり、その上で「個人個人の志向・感覚の違い」が存在、更に「波動=最上位構造」「波動的に良い状態=調和状態」であるので、「個人個人の多様性があり、且つ全体が調和している状態」「個が確立されていて、連帯しあっている」となっていくでしょう。 表のメディア社会と違う所で、世界中で話題になっている「ディスクロジャー(情報開示)」「アセンション(上昇)≠量子的飛躍(quantum leap・非連続の飛躍)」とは「波動原理や超科学全般の原理・現象・技術の情報開示」「その一般化による人類の全体意識向上・社会改善」を指しています。「非連続の飛躍」とは正に今後起きる事を示した言葉で、通常の「問題の改善度に比例した、比例的・漸進的・線形的な社会進化」に比べ、「波動原理一般化・技術や認識の進化」は「飛躍的・非線形的な覚醒・発展・正常化」を齎します。 今後更に「従来科学理論と異なる現象・放射能除去事例の報告例」が増加しますが、それらは「波動理論を唱える人達・幾つかのサイトの論と同一線上で起きた・その理論で説明できる」物でしょう。そしてどの時点かにおいて「従来科学と全く異なり、効果が即効的・劇的で、視認性・視覚効果の著しい物・手法(例えばUFO)」が公然になるでしょうが、それは別に「科学的知見に沿って、無理のない考えをしていくと、そう考えられる」だけで、言ってみれば自然な成り行きでしょう。あまりの事に呆然とするでしょうが、それでも「ただ内面を見つめて、素直に思考・感覚をしていけばいい」だけの事でしょう。 これらや「効果的手法・危険物質など多数の情報」は調べれば知る事・認識を得る事ができ、「社会的共有により当該認識・事物は普及・淘汰」していきますが、これは「少しの意識転換で事態改善していく」事を示し、「最大の健康法と除染法と社会の改善法は、このような社会全体の意識改革」です。波動も社会も「大概の問題の根本は共通している」のでしょうし、先述の全ての問題も「同一の根っこから発した本質的に同種の事柄」であり、そして「物事は、基本的在り方・対峙の仕方次第で極度に変わる」物なので、ここをしっかり見て変えない事には何も良くならなく、この基本軸が一番大事な事なのでしょう。 ようやく地球の人類は「波動原理の存在と基本的意味」「因果律が未来永劫、全宇宙で不変普遍である事」を認識して、「これを基にした全認識論の再形成」が起き、「全体の意識向上、大きく覚醒する段階」に達します。気が遠くなるような時間と紆余曲折を経て、遂にその入り口が見えてきました。 一人になった時、人は「"集団・組織・群れにおける世間的常識・関心・考え方"の比重が自己内で低下する、それらと距離を置く」「内省的になる、精神的な物に関心が向く」「自己や社会の誤りの部分に気付く」ようになりやすいです。現代の政治・企業社会などは、大局的観点では間違っていても、自己保身の意識が先行、まともに省みずに正当化して、それを押し通す事が多いです。でも一人になった時、多くの人はそういうのから距離を置き、「本当はこうあるべきだ」と考えたりします、同時に「仕方がない・一人じゃ変えられない・従属するしかない・・・」などと思いながら。 現在社会は「個人の思考・感覚・精神」は蔑ろ、それを抜きに「ただ集団ありき・組織ありき」「空気ありき・力学ありき」という方向に偏重しているから、そういう集団思考が積もり積もって「間違った方向に捻じ曲がり、硬直的になり、自己修正する事ができない」「自分の思考で考えられない、自分の感性で感じられない」「問題のありかにさえ気付かない」「指摘・改善しようとすると、ムラや従属者に排除・攻撃される」というようになっています。 全く愚かしい自縄自縛をしていて、集団的に破綻方向へ進んでいっています。そしてこれを後押ししているのが「金・権威・力」「空気優先主義・同調圧力」「非調和的思考」などです。「個人個人でみれば、個人単位においては、もっと高みにいる」のであり、「個人を大事にして、個人同士が相互に連帯している」ようになれば、このような状況は早期に変わるでしょう。 従来社会は「人間の独裁、自然・他の生命は蔑ろ」「金・物質第一主義」「権威と従属・上下関係・力」「空気・斉一性」「思考・論理と感覚・精神・心の抑圧」「ムラ・因習」「硬直性・閉鎖性」「非実質性(左記傾向により非実質的な物が横行)」という方向性にありました。 波動原理の一般化以後は、永久に「人間同士と、人間と自然・生命の、対等な関係」「相互尊重」「調和性」「精神性優先志向」「自由な思考・感覚・心」「個人性・内面の確立」「柔軟性・開放性」「実質性(左記傾向により実質や真理を重視)」という機軸に沿った社会になります。 人は自分だけと思ったり、金や寿命が無くなったら・終わったら何もかも終わりと思い、恐怖心から自己保存・自己保身に走り、それが社会で流れとなって行きます。でもあらゆる物に「不老不死である魂(意識・霊性・神的な物)」があって、自分もその一部だと思えば、そういう物も無くなり、憑き物が取れたように気楽になっていくでしょう。そして全員が、全ての生命・物・物事が同じと思うことで、森羅万象と共存可能で、楽でありつつ覚醒された世の中になると思います。 以上、「波動・量子的性質の真実の認知」は「科学・技術・認識論・教育・衣食住・人々の日常的な思考行動・その他社会の全て」に「未曾有の影響・衝撃を与える事は間違いない」、そして「全てが劇的に変化する」と言えます。 故に「一旦広範に認知・普及され始めると流れは加速し、何を以ってしても止まらなく、全ての人が知るようになり、早期に社会認識は一変する」「閾値を越えると全体状況が急変し、有象無象の阻害要因は無効化して、旧来的価値基準・負の影響力・明白に非調和的な思想は過去の遺物と化していく」「多くの常識・認識論が崩壊し、旧弊の中枢構造・論・論者の説得力が無くなる。特に311以後の言動は考慮材料となり、因果応報的に反面教師と看做されていく」「固定観念が崩れ、相対的思考が増して、以前の状況を俯瞰的・客観的に見れるようになる」「権威・力・金で維持されてきた物が価値低下して、独善や粗暴なやり方が通らなくなり、対等な視点が波動論で重みが増して社会の中心軸となる(旧弊で縛れなくなり、そこに依拠すると立場が弱くなる。対等な議論では旧来思考の劣位は明確である)」「食品選び・購買、自身・周辺・子供の能力向上、企業・商材の製造過程・広告など、常に波動が考慮要素になる社会趨勢化が必至」「守旧派も自身・家族・子孫に無駄にカルマを積みたくなく、飲食物を気にするなどにより気持ちが離れる。強弁しても低波動な事に変わりなく、離脱者続出で梯子を外される」「どのような経過を辿るにしろ旧弊・利権の先細りや、将来的な廃絶は間違いなく、金が万能の社会の終焉も見えるので、執着する意味・動機がなくなる。寧ろ波動原理を考えると離れたくなる」「旧弊⇔波動原理上の事物同士の、"波動・能力・健康への影響度、普遍性・合理性・経済性の差"を目の当たりにする」「波動原理に沿って考えると、従来社会の問題点が、どこにどのような問題があったのかが如実に分かる」「特に子供・未成年・将来世代は真の科学と、その意味・波及範囲を早期吸収して基礎認識化する。事の性質から因習に囚われ難くなり、普遍的感覚を重視し覚醒していく。囚われている人は旧勢力化していく」「これらは時間経過と共に比例的・不可逆的に明確化する」という点です。そして「多くの史実や過去の風潮への現代の認識論」と同様に、後代の人達は「近年~現代の多くの風潮・言動を、今はこうでなくて良かったと思う」のでしょう。現在は「その大転換期の直前」で、如何に「この閾値まで早期に持っていくか」が重要です。 日本の近現代の状況 ・「日本の社会上層部」は明治維新後・戦後、「個の抑制・統制主義・同質化」を「国家的基軸」とした。 これは永年の末に次の現象・力学・結果を招いた。 (これらは"個人・社会のある側面・要素"であって、全て丸写しというのは少ない)】 ・「個の抑制」=「個人個人の思考・感覚・行動の広がりを抑制する事」なので 「国家・社会・政官財・マスコミ・大組織(上層部・中枢)」という物自体が、 常に「自由思考・感覚の無さ、思考・感覚の矮小化と類型化という方向性」への 「方向付けの圧力として存在」「国体自体がそのように存在する」ようになった。 ・この「国・社会自体の前提・お約束・空気のような物」は 常に巨大な圧力として「集団・組織・個人・社会隅々」に対してのしかかり、 「あらゆる時・場において、思考・感覚・概念・在り方を規定・規制」していった。 ・「人間は思考・行動に際し、何らかの軸を有している」ものだが 「個や自由思考・感覚の抑制」をしたので「代替の軸」として 「主流の風潮・論」「権威・ブランド」「金・力・社会的力学」 「世間・他人」「他律的基準」を軸とする風潮をもたらした。 ・そして「自律的」「発展的・創造的・建設的」「革新的」思考・感覚を封じさせた。 ・「個・個々人より集団の優先」「集団で存在すべき」という思考・方向に誘導された。 ・「集団=統制的に思考し、個・個別意見を抑える」「集団とはそういう物だ」 という「思考様式・捉え方・存在形態」が奥底に深く刷り込まれた。 ・「個の抑制」は「集団思考の強化」「既存論と異なる思考の排除」 「既存常識・慣習の踏襲」「横並び志向」に働くので、上記の力学を更に強化させた。 ・これら「組織論の浸透・強化」「組織の権威化」により 「組織論・集団の力学」が「社会の最上位の存在・力学・空気」と化した。 ・また「各組織の上位にある社会上層部(の組織・思考・概念)の絶対化」 「組織内外の階層化・格差・ヒエラルキーの強化」が強まった。 ・これにより組織論が「社会の隅々や人々の潜在的思考に浸透」して 「人々の公共的な思考("政治・会社について"など、個人以外の物について捉え方・思考)」 「政治」「会社」「各組織」についての捉え方が「先ず組織・組織論ありき」になり、 「個」「個々の人間」を「社会・組織の駒・歯車」「モノ的」としか捉えなくなっていった。 ・「集団・組織・社会上層部」は、「自分らに資する物」「自らを正当化する物」である 「組織論・権威主義」「権威付け」という方向性を志向した。 また「実質による序列」「序列の参考」ではなく 「恣意的基準による序列」「序列の絶対化」を志向した。 ・同時に「自らの存在価値」に反する「個」「個々人の尊重・調和」への排除意識を持ち続けた。 ・権威とは「中身・実質」より「外見・イメージ」であるので 「お上」「政官財」「学歴」「ブランド」など、権威と看做された対象は 権威自体が一人歩きして、それに従属する価値観・隷属意識も社会広範に量産した。 ・「権威従属志向」にとり「世界的権威・海外の権威・欧米の権威」は 「より上位の権威」「最高の他律的基準」なので、これを「最大価値・絶対的基準」と看做す。 ・これにより「欧米・欧米の事物」を上位概念と看做し、 「国際的ヒエラルキーに自ら同調・従属」した。 ・権威主義思考は「自らの属する物を優位と看做す」「他より優位に立とうとする思考」なので、 「欧米に非従属的」である事も多いが、「権威自体を重視しない」という思考法は持たない。 ・仮に「自然発生的な権威や賞賛・草の根的な崇敬や序列」 「権威付けられた・宣撫された・示威的な権威」があるとして、権威主義者は後者を志向する。 ・力とは「権威に直結」「組織維持・強化の力学」なので、 「力の信奉」と「これらの志向」は一体的・表裏一体である。 ・権威・組織力学を押し通すには「論理・感覚(草の根感覚)」は邪魔なので、これらを軽視・排除、 「ごり押し」「力・金・権力など使える物は使う」を良しとして 「非論理・非感覚」「物質的価値観」と親和感を持つ。 ・この循環で「集団・組織・社会上層部」が非常に強い存在となったので、 「組織論・権威主義」が横行して、「個」「個々人の尊重・調和」が排除された。 ・個人の内面においての「内的な他者(自己や自論を客観視する側面」たる部分が減少、 「客観性の減少」「議論・ディベートの下手さに象徴される論理思考能力低下」を招いた。 ・また「柔軟な感覚を持つ人・組織」「創造的思考能力」 「思考・感覚の奥行き・広がり」も減少させた。 ・この状況下で「硬直的な思考・組織」「金太郎飴のような思考様式」 「出る杭は打たれる的な感覚」が蔓延・拡大再生産し続け、 「社会・思考の同質化傾向・同調圧力」 「多様性低下・多様化への進行の遅れ」に益々に拍車をかけた。 ・これらと「組織論横行」があいまって 「社会の硬直化」「改革改善の遅れ・停滞化・後退化」が進行した。 ・「上述・後述傾向を持たない人」も多数いるが、 結局は「社会の雰囲気・流れの中で埋没・流される」という状況が続き、 「ぬるま湯・茹で蛙的に停滞状況のみが進行」していった。 ・このような社会状況は、社会広範に「しょうがない」「諦め・白け」「無関心」 「鬱屈状態・どん詰まり感」という意識を助長させ、更に意識を刷り込ませた。 ・しかし協調性・同質性は賞賛されるので、 「権威・組織・常識・流行・他者基準への従属意識」が強くなった。 ・「"個の確立・尊重"が大事」との意識は、「公共意識低下」 「狭い私的興味範囲」「利己的思考」の助長へと逆方向へ変質していった。 ・これらは「自律思考・自由思考」「社会意識」「改善意識・疑義を感じる意識」を著しく阻害、 「隷属意識」「横並び意識」「付和雷同」「ロボット化」「空洞化」「空虚化」が進行した。 ・上記各事項は「物質的価値観」「利己主義」のどちらかと(或いは両方と)親和性があるので、 「経済至上主義」「金銭主義・欲得」を助長させ 「資本主義の否定的側面」による「各種悪状況の進展・暴走を招く力学」とならさしめた。 ・これにより「自然環境の軽視」が助長され、「自然破壊・乱開発・過度な人工化」が横行した。 ・「マスコミ・テレビ・芸能界」「政官財・業界組織」等では、「物質主義・金銭主義」「功利主義」 「空虚化・軽薄化」「格差志向・序列志向」「権威志向」「ムラ化」「権益集団化」が進行した。 ・「硬直的・原理主義的思考」は「政官・論壇・マスコミ・社会」に次のような現象を齎した。 (例示でテレビ・マスコミ業界が多いのは、この界隈で特に顕在化した為) ・建前と本音「政治官僚用語の連発と非実践・糊塗、言葉と実際の乖離、政官の不毛さに直結」 ・教条主義「左・右・○○ならこう考える・言うべきの様な。非実証的で認識・状況が進展しない」 ・強度に固定化された属性・様式「20~30代の大政党上層部はまずいない、いても2世政治家だけ そもそも2世政治家だらけ。新卒以外は大企業への就職の門戸は厳しい。様々な壁により、 大企業・親方日の丸・既得権側でない組織は参入し難い。など、社会の中核部分の属性・思考は 非常に一面的・類型的、参入排除の不文律がある。世の中には老若男女いるので、 多様な意見が反映される社会で、誰でも参入可能なら、各分野に老若男女・様々なタイプが いるようになるのが自然、だが排他性・優位思想・独善性・斉一性志向ゆえ、これを否定する」 ・非実際性「大組織・親方日の丸思考に端的に見られる、例えば"NHK⇔BBCなど先進諸国の 公的放送のサイト"の内容・充実度・スタイリッシュさ・使い易さ・その他あらゆる差」 ・力学・空気の横行「民放の報道・サイト⇔海外民放の報道・サイトの知的レベル差。NHKは化石的 民放は資本主義的な物に偏向。在り方等の自律思考がなく、ムラの力学・風潮ばかり顕在化」 ・公的存在である事を無視「先進諸国のマスコミのサイトは、殆どが過去記事を閲覧できる。 これは記事は社会の重要資料・公的位置付けの物として、社会的責任を全うする立場による。 だが日本では一定期間後に削除、課金制度となか、制度が無くても過去記事は閲覧できない。 報道・公器・社会その物に対する思考・深慮が無く、公的感覚も無いが、私的権利を主張する。 閉鎖的・業界的感覚や拝金感覚が横行、視野狭窄した典型的ムラ感覚の一端の事例である。 当事例のみならず、同感覚により、社会は根源的部分に目に見えぬ重大な打撃を受けている」 偏った権利主張と損得計算の蔓延「日本の新聞・テレビは公器との建前で、再販価格維持制度 低い電波料やで膨大な利益を享受している。公器=報道=健全なジャーナリズムが必須だが、 損得計算・タブー等で"非報道領域が"が広く、上記事項・記者クラブを始め、主流マスコミに 健全なジャーナリズムは存在しない。にも拘らず、公器なのに、既得権益を主張し続ける」 ・テーゼ・教条の絶対化「組織・界隈の決まりきった典型思考・やり方を踏襲、疑問さえ抱かない」 ・人工無脳化「自律思考が無く、柔軟な思考・感覚を持たなく、定型的思考・行動法しか持たない」 ・マニュアル依存「公式・マニュアル・条文によると・・・などの思考法。事実よりこれらを重視する」 ・外部・他律的権威の重視「何かしら権威による意味付けに依存、それにより納得・充足感を得る」 ・権威の威光が強化「上記の思考により各種権威の威光が強化、社会において権威が重視される」 ・不合理な分断化「ネット⇔マスコミが著しく分断、主流論(ノイジーマイノリティーも含め)・ 内容が全く違い、マスコミはネットの論・現象を取り上げない。そこでネットの一部は自分ら アンタッチャブルと認識、極論・暴論・非論理的言動を垂れ流し、益々低質方向へ純化していく。 諸先進国ではここまでの分断は無く、各論・論点は、全てがマスコミ他で相互議論される」 ・言質や責任所在の不明瞭化「鵺的空気が主体で、論理面から尻尾を掴ませてはいけなく、 責任は取りたくないので、わざと意味が不明瞭な言葉を選択し続ける。 "誤魔化し→いつの間にかそういう流れになっていた"という状況作りに腐心。 ある判断・実行・在り方等が間違っていたと判明しても、何処に責任所在があるのか 分かり難くする為に、わざと複雑な組織形態・法律・省令などにする」 ・状況の不明瞭化「上記理由で、社会の各場面で、どういう状況か掴み難い様相になった。 全体状況・意味合い・立ち位置を把握し難いので、"状況指摘の困難さによる改善の遅れ" "界隈に通じた、妙な専門筋・事情通等の跋扈""一般大衆の忌避・無関心化"などを招いた」 ・忠誠心を高きを置く「非論理で、柔軟性・客観思考・改善思考・多様性が無いので "重用評価基準=如何に鵺的空気・力学・ムラの掟に高濃度に染まっているか"となる」 ・低質化「改善思考・精神性・美意識を蔑ろ、金・力学・空気・流れが幅を利かすので、 ゾーニング規制議論が抑制され、虫食い開発・宣伝看板など、街並みが汚くなっていく。 また規制されるべき対象が残り続ける」 ・形骸化「マスコミ・TVは男女平等を報道で言うが上層部の女性比率は低く、だが一応公器ゆえ "女子アナ=実質性皆無の飾り物や人形・男性司会者や御意見番の頷き役・意見は言えない" という役の設定で繕った。"格差の役割モデルの固定化役"と化し、益々形式主義・格差が悪化」 ・形式主義「実質的思考がなく、型に嵌った"空気・前例"に依存、実質より形式・体裁を優先する」 ・縦割り構造・ヒエラルキー強化「思考・空気・役割の固定化・硬直化→属性毎に分断・壁の固定化」 ・バランスの悪さ「教条・形式・常識に囚われるので、各種社会活動に色が付き、 "自由・客観的に真実の方向を追究、改善へ繋げる"等の感覚を持つ広範な社会運動が起きない」 ・対個人へも含め、思考・感覚に次のような影響を齎した。 ・前例踏襲の横行「自由思考が無いのでムラの論理に斉一化、前例踏襲のみで発展性が無くなる」 ・空気の絶対化「建設的思考・改善論を封殺、非論理的な鵺的空気が場を支配、非従属者は排除」 ・責任・論理・原因所在の不明確化「主体は鵺敵空気で、その実施主体・基盤論理等が分からない」 ・ロボット化「決まっている・常識・流行っている・そういう物、だからそう考える・行動する」 ・隷属志向「自律思考・感覚が無いので、空気・権威・金・力・周囲・他律的基準に常に従属・同調」 ・他律的基準の絶対化「仲間内の空気に従属、世間と外れる事を嫌う。思考・感覚=世間・仲間内」 ・内面の空洞化「精神的側面(自己内外の精神的な物)の比重低下、空疎な有象無象のみ関心」 ・芸術の非芸術化・自己表現の他律化「例えば"音楽・装い"は本質的に自己表現から発するが、 "個・自律思考・内発性"が無く"ブランド・宣伝物・流行り物・流行らせたもの"等が絶対化する」 ・思考範囲の矮小化「自律思考の経験・錬度が無く、類型的常識・与件の範囲内の思考に終始」 ・思考停止・放棄と思考能力低下「狭い思考の後に思考停止・放棄、本質的思考にまで至らない」 ・非水平・非客観思考「思考・感覚が常時何らかの常識・基準に依拠、多様な視野から見ない」 ・前提ありきの思考「"○○だから××と決まっている"と考え、他の要素・観測結果は無視」 ・思考・感覚時に、高い壁を設ける「常識・空気・自論と異なる要素を無視、縦割り思考をする」 ・非建設的思考・感覚「"壁の向こう側に存在するかもしれない真理・妥当性・目指すべき方向" を上記要因により無視、"ムラの因習・従来社会の問題点"を当然視する」 ・社会の否定的方向・退化を固定化・強化する歯車となる「上記要因で否定的要素を受忍、 同調圧力に晒され次第に無自覚に同化、その力学・空気を固定化・強化する歯車・存在と化す」 ・集団的浅慮・合成の誤謬の自己中毒化「この悪循環を抜け出そうとするする感覚や 疑問に思う感覚さえ、"個の抑圧・思考感覚の空洞化"により奪われているので、 自己中毒的に集団浅慮・誤謬が固定・拡大、拠って各分野で問題点が残り続け、改善しない」 ・非主流意見や寛容な意見の排除「主流論や急進的な論が大手を振るい、 非主流異見のみならず、寛容・相互性にある考え方を排除していく。 例:"検証実験受け入れ""国家主義・民族原理主義に不利益な事実の認定"等を否定」 ・科学界でも「閉鎖化・蛸壺化」「ムラ社会化」が進行し、 「従来概念」「常識・典型的思考法」「欧米の学会の通論」などの権威の絶対化と、 「自由思考・物事への小さな疑問」「非主流論への真摯な検討・対峙」 などの否定(=非権威の否定)という空気が蔓延した。 ・これにより、「元来日本の多くの概念は波動原理に親和的で、 市井研究家の手法・物も多い」という状況にありながら、 「日本学界は欧米学会に従属しているが、欧米社会の力学は日本より自由なので、 欧米の公的組織は日本の公的組織より、境界外科学の研究・成果が多い(日本ではほぼ皆無)」 という奇妙な捩れ状況を産んだ。 ・上記諸傾向・意識は「それが招く社会状況」「心理」「波動原理」どの面においても、 「硬直的」「非柔軟」「原理主義的」「破壊的」 「非調和」「非建設的」「上下感覚・格差助長の方向」である。 ・これらにより「感覚・精神・心」 「非金銭的・非権威的な価値」「自然環境」を軽視する風潮を招いた。 ・「多くの有志」「善性」「改善論」は 「組織論・ムラ的力学」により「排除・分断化・無効化」された。 ・「これらの力学・空気」が日本中に蔓延し、 「組織の方向性や個人の思考」への大きな影響要素となった。 ・更に副次的現象として、このどん詰まりを打破する為に 更なる「権威主義・統制主義の強化」「権力への翼賛」で対処しようという主張・意識が増えた。 ・この意識層と、これを忌避する層に別れ、 更に他の各種要素も加わり、多種の「(主にネット上の)思想的属性」を産んだ。 (これら新規思考的属性の論には、従来の世間上の論(多くはマスコミ・政界などが提供した)より 客観的な物も多数あり、従来社会の欠陥部分を補う役割も果たしている、との側面もある) ・「以上のような状況・力学」は、「放射能除去関連」においては、 社会上層部の「無関心」「無責任(自分や組織に関係ない・管轄範囲外とする)」 「不可能・トンデモとの決め付け、検証をしない硬直的思考」 「組織論横行により、組織内の個別有志の意識の掻き消され」を招き、 政官などの除去活動実施への決定的障害とならしめている。 ・これらの傾向は世界中のどの国にもあるが、 特に日本は「個の抑制・過剰同質性」「過剰同調の強要」 「自由思考放棄を求める社会構造」により「自家中毒的症状」が著しくなった。 ・「これらの思考・力学」によらない「草の根的な個・組織・意識」は何時の時代にも存在、 「より調和的だった縄文時代」「八百万の神々」など日本の原初的感覚に近く、 後代の「地方の様々な文化・習俗・信仰」「町人・農民文化」「寺子屋」等と同一線上にある。 ・「元素変換による放射能の除染活動」「波動原理の研究」をしている人は 「このような人・組織・意識」「調和的社会実現の希求心が高い」という傾向がある。 ・しかし、日本人は世界的にも遺伝子的に「不安を感じやすい民族」だと判明していて これが「不必要な前例踏襲・常識重視・空気迎合」→「権威化・絶対化」→ 「集団の力の強化・個の弱体化」→「各種のおかしな制度・在り方」→ 「崩壊的状況」という流れになったとの面は大きいとも思われる。 これは「意識の低さ」に起因する物でないので、因果応報な物とも言い難い。 言わば「日本人のある種の不運さ」という側面も大きい。) - 今後の時代に必要になるであろうこと ・「波動理論や手法の早期発展と普及」 ・「環境負荷の低い技術確率」 ・「フリーエネルギーとエネルギー価格の無料化」 ・「斥力を利用した浮上運輸装置・UFOのような乗り物」 ・「超科学全般」 ・「超能力・超感覚・波動感覚」 ・「森羅万象の波動改善」 ・「地域~地球の環境と自然回帰」 ・「重要な自然環境や神域・遺跡など、各地域の波動的に重要な場所の保全と環境改善。古からの伝承・記憶・歴史・伝統の記録保管・継承(知られていない・教育で教えられていない・軽視により、現状では多くが放置されている。時間と共に消えていく物も多く、早期保全と認知化が必須)」 ・「各地域や地元の環境や街並み・共同体等の改善と再構築」 ・「歴史・伝統・文化や往古の基層(日本では縄文の文化や思想)」 ・「先住民の歴史・文化・伝統・信仰の保護継承」 ・「信仰、地域の伝統的・往古の信仰形態の復興・継承、信仰の自由、信仰とは個人に帰する事」 ・「祈り・真摯な気持ち」 ・「心・感覚・感受性・精神性」 ・「調和・温かさ・慈愛・相互尊重」 ・「共存・共有」 ・「相対性・対等性・相互主義」 ・「本質・普遍性・哲学」 ・「水平思考・広い視野」 ・「木も見て森も見る複眼思考・要素還元思考も内包した統合的視野」 ・「壁や障壁を取り払った思考法・社会」 ・「柔軟性・自由感覚・自由時間」 ・「芸術全般・自己表現・世界観」 ・「男女同権化と障害者・少数民族・性的少数者・その他全属性の対等化、従来の父権型偏重から父権型母権型の中央値への世界的なバランス移行」 ・「個の広範な連帯」 ・「旧弊を排した、自由で公正で広い視野の議論の場」 ・「分野の俯瞰的認識を可能にさせる、統合的な研究・議論・認識・知識蓄積の場」 ・「旧来の認識論が妥当なのか、どのような認識論が妥当なのか、あらゆる分野で広範な議論を重ねる事」 ・「秩序崩壊・摩擦増加・強圧的(従来科学上の熱エネルギーによる加熱変性のような)でなく、会話と賛同と共通認識化という過程(波動の浸透共鳴と素材価値の最大化)を経てからの施行」 波動原理の世界的な認知後は、以下の理由で経済・貨幣の重要度が大幅低下していくでしょう ・「精神的価値の大幅上昇と物質的価値の低下(精神性価値に資する物品・サービスや調和社会に資する企業製品への購買意識増加)」 ・「"叡智・科学・最先端=モノ(欲求充足の為のモノ)という構図の崩壊"→"大量生産大量消費=善という社会からの離脱"」 ・「"モノ・施設・工事>自然"→"自然回復・維持=叡智や科学的結論"との状況になり、"自然破壊や物質的欲求で最重要事項たる経済を回す"という図式が成り立ち難くなる」 ・「穢れた金より綺麗な金を望む感情」 ・「世界中で環境破壊が止まり、自然回復が始まる事の印象効果」 ・「金や働き詰めより、波動上昇・人生の価値や幸福・自由時間・趣味や探求や習得・家族や周辺との時間・奉仕活動を望むようになる」 ・「経済も含めた競争論より、共存が重要だとの科学的証明」 ・「共有の概念と手法の一般化と、所有の概念の減少」 ・「殆どの物品・サービスのコスト低下(フリーエネルギー、農業・食品産業での効果、必要資材・設備の減少(項目6④の記事⑦)、劣化防止効果など多様な波及効果)」 ・「浮上運輸装置の一般化で道路網・鉄道網や、居住地域・工業地域以外の中間地点の開発が不要化し、輸送網・付帯設備・付帯行為を集約でき、そのコスト・労働力が不要になる(物資の空間運輸で道路が不要化、高度集積化や分散居住が容易化)」 ・「移動の拘束時間の大幅減少」 ・「無料・無公害のエネルギーで、海など多くの場所からの資源回収が容易になるので、コストが劇的低下する」 ・「ゼロ点環境では置いておくほど改質され、食品が劣化し難くなる。大量廃棄は食品が最も顕著だが、廃棄食品が減り、品質維持に要する行為も減る・無くなる。更に体が高波動だと内臓が丈夫になり、少々の腐敗物では大丈夫になる。特に過剰品質を求める日本では、廃棄物減少の印象効果は強く、小売店~社会広範に浸透する」 ・「必要な生活費の低下と可処分所得上昇」 ・「"既存インフラ改修や既存知識+波動手法"で事足りる事柄の増加」 ・「医療需要の大幅減少・長寿命化・健康化による労働人口増加に伴う公的支出減少」 ・「非常に多くの業態・物品・サービスの需要消滅(特に金融・博打)」 ・「公金支出・徴税の適正化」 ・「利益配分機能の無意味化・分配機能や利権を握っている体制の圧力からの解放・利権消滅」 ・「社会の互助機能が高まる・老後の心配の低下」 ・「生産消費の国内・地域内での完結化と貿易減少」 ・「地方での自給自足型共同体の増加(収量増加とコスト低下で農業参入しやすくなる)」 ・「"仕事の内容・目的が"金を稼ぐ"→"公共に資する"へ変化。またそれを行える状況になり、そのような仕事・組織も増える(NPOや共同体の増加)」 ・「学びの意味の変化・教育機関の質的変化・大学の存在意義低下(生涯学習の増加、間口が広く草の根の勉強研究組織の増加、就職予備校の意味消滅)」 ・「軍事費減少」 ・「まだ多数が洗脳・正常化バイアス・社会的圧力の下だが、自己や社会の固定観念と権威が崩れ、広域除染や世界的変化を見て解放され始め、完全破滅危機だった311・原発事故と、自宅・地位等が全て終わる瀬戸際だった事を考えた時に、金・経済・権威・因習など非普遍的概念の相対化が起きる」) 【波動原理の世界的な認知後は、以下の理由で軍事・戦争の意義が消滅していくでしょう ・「暴力・酷い行為を行うと、何れ個人・子孫・国に因果応報で不利益が返ってくる事が認識化される」 ・「無駄に自分の魂・子孫・国へカルマを増やす行為はしたくなくなる」 ・「戦争・軍事は非調和その物で、科学的に著しく低波動だと周知される」 ・「波動上昇による攻撃性低下と厭戦意識増加で、軍事解決や示威行為を阿呆らしいと看做すようになる。そのような思考の旧世代化」 ・「ピラミッド型序列・ヒエラルキーの崩壊・無意味化」 ・「世の中=奪い合い・我田引水、という潜在的認識論の終了」 ・「社会的な思考行動原理が"国益の追求というエゴ剥き出し"→"論拠の多寡""本来的なあり方"と変化し、妥当な結論を下すようになる」 ・「領有(所有)との概念の減少("自然的に・歴史的に・先住して住んでいた""業を営んでいた"・・・ので、普通の事としてその地を治めている、というような認識論)」 ・「経済の意味低下と貿易減少により、不要な摩擦を生む対外関係が減少(類似の波動同士の交流が増え、それ以外とは減る)」 ・「平等感覚が増して、優越思想が低下して、相手を抑えつける行為を忌避するようになる」 ・「対個人・集団・人種・国家で、自他を対等と看做す感覚が増す」「国家主義からの離脱(郷土を大事に思う気持ちは高まり、国家主義はなくなっていく)」 ・「対外の破壊意識・優位思想より、自国の環境・歴史・文化・伝統・信仰・郷土などの保護・復興・関心・探求・習得など、有意義な方向の意識が増加する」 ・「同時に世界中・他国・他民族の環境・歴史・文化・伝統・信仰も尊重する」 ・「世界的な既存認識論の崩壊と共に、現在の国内・対外・国際社会・人種間の、抑圧的で一方的な支配構造・上下関係も崩壊する」 ・「権威主義・従属意識の減少(対外的・国際間・人種間の、不当な関係性や歴史への透徹した視点・議論が増え、従属からの離脱・解放が起きる)」 ・「世界的な有志の連帯が増加して、草の根で起き、先行きの圧力低下方向が感じ取れるので、安堵感が広がる」 ・「競争型から共存型への移行(軍事や社会のみならず、例えばスポーツでも自然一体型の登山・ハイキング・マリンスポーツ・ウインタースポーツ・カヌー等が増加するでしょう)」 ・「原発・核廃止による印象効果」 ・「各属性の同権化が進むが、戦争・権威等を忌避する傾向は、世界的に一般平均より"従来の社会的ヒエラルキーの下層属性"の方が高く、これが反映される」) 当サイトの項目 項目1:波動原理と放射能除染の概略 (メニュー1) 項目2:波動器具・一部農法・一部機器等による除染法 (メニュー2) 項目3:量子水・還元水素水・水酸素ガスによる除染法 (メニュー3) 項目4:フルボ酸・微生物等による除染法 (メニュー4) 項目5:珪素・炭素同素体・ナノ物質・竹炭等による除染法 (メニュー5) 項目6:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」目次(メニュー6) 項目6①:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー7) 項目6②:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー8) 項目6③:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー9) 項目6④:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー10) 項目6⑤:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー11) 項目6⑥:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー12) 項目6⑦:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー13) 項目6⑧:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー14) 項目6⑨:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」 (メニュー15) 項目6⑩:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」(メニュー16) 項目6⑪:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」(メニュー17) 項目6⑫:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」(メニュー18) 項目6⑬:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」(メニュー19) 項目6⑭:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」(メニュー20) 項目6⑮:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」(メニュー21) 項目6⑯:「波動情報と共鳴の原理・作用・効果・影響・意味合い」(メニュー22)
https://w.atwiki.jp/argent-chat/pages/21.html
半減期ってなに? 「半減期」という言葉を聞いたことがありますか? 「半減」という言葉の意味は「半分に減ること」で、「期」は「期間(時間)」を示しますから「半減期」とは半分に減少するまでにかかる時間を意味します。 では、半減期30年というものを想像してみてください。100個が50個になるのは何年かかるでしょうか? 答えは30年です。100個が半分の50個に減るまでに30年かかります。これはわかりますね。200個が100個になるのはどうでしょう? 答えはこれも30年です。200個が半分の100個に減るまでに30年かかるのです。では、200個あるものが60年経ったらどうなるでしょうか?0個になるのでしょうか。 答えはこうなります。200個―(30年)→100個―(30年)→50個。なんと60年経っても、最初の1/4にしかならないのです! 例えば、ヨウ素の減り方をグラフに表すとこのようになります。 放射性物質は、このような決まりごとに従って減少していくのです。 放射性核種の半減期をいくつかまとめてみました。 核種 半減期 核種 半減期 ヨウ素131 8.04日 水素3 12.3年 コバルト60 5.27年 ストロンチウム90 28.8年 セシウム137 30.0年 ラジウム226 1600年 プルトニウム239 2.4万年 ウラン238 45億年 半減期は学術用語としてよく使われますが、よく使われるものに「物理学的半減期」と「生物学的半減期」というものがあります。 物理学的半減期とは、ある物質の数が半分に減るのにかかる時間のことで、生物学的半減期とは、身体の中に入ってしまった物質が半分に減るまでにかかる時間を指します。 食べたり、飲んだり、息を吸い込んだときに一緒に身体に入ってしまった放射性物質はこの生物学的半減期が適用されます。