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前ページ風の通り道 第7話 晴らさなければ気が済まない 学院の宝物庫からお宝を盗み出すことに成功したマチルダ達は、すぐに隠れ家の小屋へと戻る。 追撃による共倒れを防ぐ為に途中で別れ、別々のルートで逃走をはかるという念の入れようで。 だが、すぐに学院からの追手が来ることは無かった。 「あんなに簡単に破れるとはねえ。ほんと、デカブツ様様だよ」 順調な事の運びに機嫌を良くするマチルダ。 それもそのはず、今回の盗みで一番の懸念材料だった部分が、あっさりと解決してしまったからだ。 彼女が懸念していた部分とは、宝物庫の守りである。 本塔の中階に位置する宝物庫は、思いつく限りの防犯対策が施されている。 天井や壁、床、入口の扉は全て物質硬化魔法で強度が極限にまで高められており、並大抵の物理衝撃では傷一つ付けられない。 さらに『固定化』の魔法によって、燃焼や酸化などの状態変化にも対処しているので、魔法による攻撃で破壊することも難しい。 ただ、高レベルの攻撃魔法を連続で浴びせ続ければ、時間はかかるが破壊することも不可能ではない。 もっとも、その頃には魔力感知魔法で侵入者の存在を嗅ぎ取った教師達によって阻止され、撤退を余儀なくされることになるだろう。 このように、当初は宝物庫の攻略は暗礁に乗り上げたと思われた。 ところが、マチルダがウエストウッド村に一度帰った時にゲイナーと出会ったことにより、そこに一筋の光が差す。 彼女はキングゲイナーの持つ光の輪の形成能力に突破口を見出したのだ。 シルエットマシンは駆動の際、余剰となったフォトンマット(シルエットエンジンの燃料となるエネルギー)を外部に放出する。 中でもオーバーマンは可視できる程、フォトンマットの放出量が多い。 この可視部分は輪の形を形成することからフォトンマットリングと呼ばれ、これを使用してオーバーマンの飛行や慣性制御を行うことが可能である。 また、リング自体を攻撃や防御に転用することもできる。 マチルダは村を発つ前に、この話をゲイナーから聞いた。 初めて聞く単語の連続に、話の内容は半分も理解できていない。 だが、リングは金属でできた堅い壁も簡単に貫通するということを知った時、彼女に妙案が浮かぶ。 フォトンマットリングを使えば、宝物庫の外壁も簡単に突破できるのではないかと。 そしてそれは実行に移され、見事外壁に穴を開けることに成功する。 流石の強固な守りも、フォトンマットリングの貫通力の前には赤子も同然だったのだ。 「あー、もちろんゲイナーにも感謝してるさ」 「それはどうも。それより、早く中身を確認した方がいいと思いますけど」 「うるさいね。んなこたぁ分かってんだよ」 喜びに沸く心に水を差す一言。 マチルダは浮ついた気持ちが急速に萎えていくのを感じ、僅かに苛立ちを覚えた。 いつものようにキレなかったのは、今回の仕事の成功が彼女の精神に余裕を与えていたからだろう。 それでも少しばかり頭を小突いてやろうと思ったが、すぐに考え直して止める。 冷静になって考えてみれば、ゲイナーの言うことも一理あるからだ。 今回盗んだお宝は『破壊の杖』というマジックアイテムで、その証拠を残してきている。 『破壊の杖は確かに頂きました 土くれのフーケ』と書かれた紙切れを。 それだけ格好をつけて盗み出したというのに、獲物を間違えてしまいましたでは盗賊としていい笑い者になってしまう。 今回に限って何故その場で箱の中身を確かめなかったのかといえば、それは少しでも早く撤退したかったからだ。 モット卿の屋敷程度の規模なら、警備の人数もそれ程多くはない。 よって、お宝の中身を軽く確認する程度なら余裕でできる。 だが、今回襲撃したのは魔法学院だ。 学院長や教師、そして生徒に至るまでの全てがメイジ。 その数は三百人余りにのぼり、さらに生徒達の使い魔の中には竜やグリフォンといった強獣までいる。 夜中で大半の者が寝静まっているとはいえ、これだけの脅威が集まる場所ではあまり時間をかけたくはない。 だから箱の中身も碌に確かめず、早々と撤退を決めたのだ。 とりあえず、すぐに撤退した理由を語るのはこのくらいにしておこう。 逸る気持ちを抑えながら、マチルダは破壊の杖が収められている箱に向き合う。 蓋の部分は施錠ではなく、材質そのものが接合されていた。 恐らく錬金の魔法によるものだろうが、土系統のメイジである彼女の前では意味を成さない。 こちらも錬金の魔法で対処する。接合部分はいとも簡単に解けた。 「魔法って凄いんですね」と感心するゲイナー。 「お前がそれを言うか……」 あのデカブツの方がよっぽど凄いだろ、と心の片隅で呟きつつも、既に意識は箱の中身に移っていた。 いよいよ破壊の杖とのご対面である。 ところが―― 「これが、破壊の杖……?」 中から出てきたのは金属製と思われる細長い物体。 同じ材質であろう短い円筒形の物体が横に取り付けられており、その部分を除けばワンドタイプの杖に見えないこともない。 もちろん出所など分かる筈もないが、『破壊の~』と名付けられているくらいだ。 特殊な攻撃能力が付加されているマジックアイテムだと考えれば、相当な値打ち物に違いないだろう。 どうしてもこの杖の詳細が知りたい。何とかならないものか…… 「これ、スナイパーライフルですよ」 「はあ?」 ゲイナーの口から出た聞き慣れない言葉に、マチルダは眉根を寄せる。 「何だよ、そのスナイなんとかってのは」 「ええと、簡単に言えば銃ですよ」 マチルダは手にしていた杖を横にしてみる。 確かにゲイナーの言うとおり、銃だった。 ハルケギニアで広く流通しているタイプとは見た目が異なるが、細い方の先端部分に銃口が存在することや、引き金があることが何よりの証拠だ。 彼は何故すぐに破壊の杖が銃だと分かったのだろうか。 それは見た目こそ若干異なるものの、ゲイナーが元いた場所にこれと同じ性能を持つ銃が存在しているからだった。 彼の話によれば、これは遠く離れた相手を狙い打つ時に使うのだという。 銃の上部にある小型の短眼鏡は、照準器としての役割を担っている。 有効射程距離は(ゲイナーの世界の物で言えば)およそ千メイル。 ハルケギニアの一般的な銃が百メイルに満たないところからすれば、驚異的な性能である。 破壊の杖の正体が平民の使う武器だと知って落胆していたマチルダも、その凄さには素直に関心せざるを得なかった。 「へえ、やっぱり凄いモンだったんだねえ」 未だに嬉々とした表情で破壊の杖を眺めるマチルダ。 余程気に入ったのだろう。 ゲイナーの「僕にも見せてください」という申し出にも、全く耳を貸そうとしない。 「やかましいねえ。横取りしようったってそうはいかないんだよ」 「ち、違いますよ。僕はただ確かめたいことがあるだけで……」 「信用できるか、そんなこと。あーもうやめやめ、この話はこれで終わり」 ゲイナーとの話を一方的に打ち切り、破壊の杖を元の箱に丁寧に仕舞う。 そして、勝手に開けられぬよう、再び錬金の魔法で蓋の部分を接合した。 不満げな表情を僅かに残すゲイナーが口を開く。 「それで、次は何を狙うんですか? ロングビルさんのことですから、もう決めてあるんですよね」 「ああ、そのことだけどね。まだ終わりじゃないんだ」 破壊の杖を手に入れた時点で今回の仕事は終わった筈だ。 盗賊という職業上、常に追跡の手が及ぶ可能性があるわけだから、本来なら早急にここから立ち去るべきだろう。 だが、彼女にはもう一つやらなければならないことがあった。 心の中に渦巻く復讐の念を晴らす為に。 ◇ フーケの襲来から一夜明けた今も、トリステイン魔法学院は混乱の渦中にあった。 とても授業を行うどころではなく、今日一日は全面休校となることが既に決まっている。 突然降って沸いた休みに喜ぶ不届きな生徒も中にはいたが、全ての人間が休めるわけではない。 使用人達が平常通りに働かなければ、メイジである教師や生徒達の生活が成り立たないし、教師達は教師達で朝から緊急会議に借り出されていた為、気が休まる状態ではなかったのだ。 会議の議題はもちろん、フーケに奪われた『破壊の杖』奪還の策を講じることである。 だが、これまでにこれといった打開案は出てきていない。 ここは王宮に捜索隊を要請すべきだと誰かが言えば、そんな悠長なことをしていたら逃げられてしまうから駄目だ、と別の誰かが斬って捨てる。 そうかと思えば昨晩の当直は誰だという声で、会議の流れが責任の所在の追及に移り変わる。 それが仕舞いには悪いのはお前だ、いや私は悪くないといった、言った言わないの水掛け論へと発展する。 これでは事態の解決など望める筈がない。 それでも尚、会議はこのまま混迷を極めていくのかと思われたが…… 「おぬしら、意味の無い言い争いも大概にせい!」 多少しわがれていて、それでも確固たる意志を感じさせる強い声が、会議の場として宛がっている部屋に響き渡る。 それは、教師達の不毛なやり取りを今まで黙って聞いていた学院長のオスマンが、初めて開いた口から出た言葉であった。 場の空気が、一瞬で張り詰めたものに変わっていく。 「生徒達にものを教え、日頃の行いの模範となり、悩み迷っている時には道標となるのがおぬし達の役目じゃろうが。それを何じゃ、己の保身に走ることばかり考えおって。生徒の目の前だというのに、あまりにも情けないとは思わんのか。少しは恥を知りなさい。のう、ミス・ヴァリエール」 そう話しかけられた桃色髪の少女――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、控えめな表情で「いえ」とだけ答える。 はっきりと肯定できないのも無理はない。 周りにいるのは彼女よりも年上で、しかも普段から教えを受けている者達ばかり。 人間関係における身分や立場の順列を何よりも重んじる彼女が、教師達の見せた失態を嘲笑うことなど出来るわけがないのだ。 ちなみに、オスマンや教師達以外でこの場にいるのはルイズだけではない。 他に彼女の使い魔である黒髪の少年――平賀才人と、同級生の赤髪の少女――キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーも同席している。 彼女達は昨日のフーケ襲撃の際、偶然にもすぐ側で犯行の様子を目撃している。 その為、当時の状況を詳しく知る証人として、この会議への参加を命じられていたのだ。 先ほどのオスマンの言葉によって、それまで騒々しかった教師達は皆、一様に静まっていた。 しかし、状況は平行線を保ったまま。 進展しなければ意味はない。 そんな時、誰かが促されるでもなく口を開く。 「そいうえばミス・ロングビルの姿を見ませんが、どうしたのでしょうな」 それは誰もが抱いていた疑問だった。 オスマンの秘書である彼女がこういった場に出席することは当然であるというのに、今は姿が見えない。 議論が白熱していたとはいえ、今まで誰も挙げなかったのが不思議なくらいだ。 「オールド・オスマンはご存知ないのですか?」 「うむ。いくら何でも私的なことにまでは踏み込めんからのう」 オスマンの返答に、その場の誰もが意外だという顔をする。 昼間は行動を共にすることが多い秘書の行方を知らないというのも可笑しな話だが、これには歴とした理由がある。 オスマンはロングビルに対して、常日頃から軽度のセクハラを繰り返していた。 その度に控えめそうに見えて、実は気の強い彼女から仕返しとして殴る蹴る等の暴行を受け続けても一向に懲りることなく。 だが、流石のオスマンも彼女のプライベートにまで踏み込むことは躊躇するらしい。 彼が助平だということが学院内に広く知れ渡っているだけに、かなり意外に思えたのだ。 それはともかく、一番身近に接している人間が知らないのであれば、これ以上の追求はできないだろう。 会議の流れが秘書の所在から別の方向に移ろうとしていた時、部屋の扉が勢い良く開け放たれた。 ノックもなしに。 「遅れてしまって申し訳ありません!」 突然入室してきた為に皆の視線を一手に受けることになったのは、つい先程まで話題に上っていたロングビルその人であった。 肩で息をしている様子が、いかにも急いでやって来たことを端的に表している。 だが、それが彼女の演技であると気付く者はいなかった。 前ページ風の通り道
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序・由香里の日記 由香里と隆志 感想その他あったらコメント欄に書いてね! 名前 コメント
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前ページ次ページ風の通り道 第1話 テファとゲイナー 人類の繁栄に反するかのように、悪化の一途を辿る自然環境。 そこで人々は自然環境を回復させる名目で、今まで住んでいた温暖な土地を離れ、本来余り人が寄り付くことのなかった極寒の地や砂漠に『ドームポリス』と呼ばれる都市国家を建設。 自らそこに移り住んだ。 ドームポリスでの生活が当たり前となって長い年月が過ぎた頃、人々の間では先祖が住んでいた温暖な土地への回帰――即ち『エクソダス』を行おうという声が高まる。 それはシベリアに所在するドームポリス『ウルグスク』も例外ではなかった。 ウルグスクに住む少年、ゲイナー・サンガはあることが切っ掛けで、エクソダス請負人のゲイン・ビジョウという男と出会う。 この時から彼の日常は一変し、半ば巻き込まれる形で豊穣の地『ヤーパン』を目指すウルグスクのエクソダスに参加することになる。 最初の頃こそエクソダスに否定的で、周囲に反発していたゲイナーではあったが、旅の中で様々な人と出会い、時にぶつかり合い、そして時に励まされながら大きく成長していく。 そんなある日、ゲイナーが何の前触れもなく忽然と姿を消すという出来事が起こる。 エクソダスを阻止せんとするシベリア鉄道警備隊や、セントレーガンを幾度となく退けてきた『相棒』とともに…… ◇ 「あの……大丈夫ですか?」 正面から聞こえてきた人の声にゲイナーはふと我に帰る。 目の前には心配そうな顔でこちらを見つめる一人の女性がいた。 腰の辺りまで垂れたブロンドヘアから覗く耳は長く尖っていて、胸はアデット先生よりも大きい。 年の頃は十代後半くらいに見えるから、少女――いや、その妖精を思わせるような可憐な姿は『美』少女と呼んでも可笑しくはないだろう。 それにしてもここはどこなのだろうか。 分かることと言えば、ここが木造の建物の一室で何だか暑いことくらいだ。 「本当に大丈夫ですか? どこか怪我してるんじゃ……」 (そうだ、この娘に聞けばいいじゃないか。僕のことを気遣ってるようだから、少なくとも敵意は持ってないだろうし) そうと決まれば話は早い。 まずはこの少女に安心してもらう為、怪我をしていないことを伝えようとしたその時―― 「な、何だよ、これ……」 少女の背後には窓があり、その向こうに広がる光景にゲイナーは言葉を失っていた。 無数の樹木が立ち並んでいて、辺り一面を深緑に彩っている。 これが以前、本か何かで見たことのある本来の『森』という奴なのだろうか。 先程から感じる暑さと合わせれば、少なくともここがシベリアのような寒冷地帯ではないことは明らかだった。 (待てよ? ってことは、もしかしてここはヤーパンで、この娘はヤーパンの先住民なのか?) 確かにゲイナーもヤーパンへのエクソダスを目指すピープルの中の一人だったので、もしそうなら目的は達成されたことになる。 しかし、それなら何故、ここには彼だけしかいないのだろうか。 他の者の姿が見えないのも可笑しい。 とにかくこの少女に聞いてみるしかない。 次々と沸いてくる疑問の洪水に焦ったゲイナーは、少女の白くて細い両肩をがっしりと掴んだ。 少女の表情が怯えを含んだ驚きの色に変わる。 「ねえ! ここってヤーパンなの!? もしかして、君はヤーパン人!? なんで僕だけがここにいるのか教えてくれ!」 「えっと、あの……だから、その……」 一刻も早く状況を掴みたかったからなのだが、そんな彼の鬼気迫る勢いに少女はすっかり怯えてしまったようだ。 答えにならない言葉をうわ言のように繰り返している。 今にしてみれば彼はこの時、もっと冷静になるべきだったと思う。 そして、もっと周りに注意を払うべきだったことも。 「やめろぉ! テファねーちゃんをいじめるなぁ!」 子供のものと思われる叫び声が横から響いたかと思うと、ゲイナーの右の脇腹に鈍い痛みが突き刺さった。 叫び声の主がやったことは明白なのだが、そのは暫くの間、彼を行動不能にさせるのに十分な一撃だった。 (い、痛い……) ◇ 「痛みは引いた?」 「う、うん、もう大丈夫だよ」 「よかった。本当にごめんなさいっ」 「いや、気にしなくていいよ。僕の方こそ悪かったから」 ゲイナーが脇腹に痛みを抱える原因を作った張本人、それはやんちゃそうな小さい男の子だった。 ゲイナーが少女を苛めていると誤解したらしい。 少女は男の子に誤解であると言い聞かせると、男の子共々、ゲイナーに向かって懸命に謝った。 焦っていたとはいえ、ゲイナー自身もやり過ぎだったことは自覚している。 そう取られても仕方がないだろう。 彼はこのことで少女達を責めるつもりはなかった。 もっと重要なことが他にあるからだ。 少女は男の子を外に遊びに行かせると、再び先程と同じ勢いで謝り始めた。 「ごめんなさいっ。本当にごめんなさいっ」 「いや、それはもういいって」 ゲイナーが求めているのはそういうことではない。 彼はひたすら謝り続ける少女を制し、現状の説明を求めた。 少女の名前はティファニアといい、そんな彼女が言うには、ここは『アルビオン』という国の中にある『ウエストウッド』という名の村らしい。 ヤーパンという名前は聞いたことがないとのこと。 ヤーパンというのはあくまでもゲイナー達が勝手にそう呼んでいるだけなので、彼女が知らなくても可笑しくはないだろう。 更に話を進めていくと不可解なことを耳にする。 それはゲイナーが突然、この場所にいた理由を聞いた時のことだった。 「私、魔法は使えないと思っていたんだけど、ニコルが……あっ、ニコルっていうのはさっき、あなたのことを誤解してた男の子のことね。それで、ニコルがどうしても召喚の魔法が見たいってせがむから、試しにやってみたら、あなたを呼び出してしまったの。その、ごめんなさい……」 ゲイナーにはティファニアの言っていることが理解出来なかった。 そもそも魔法というのは実在するのだろうか。 彼もゲームの中でしかお目に掛かったことがない。 だが、ヤーパンには忍法という怪しげな術を使う人間がいるというくらいだから、魔法があっても不思議ではないのだろう。 勝手な推測ではあるが。 それから呼び出された理由については色々と言いたいことがあるのだが、そこにばかり時間を掛ける訳にもいかなかった。 ゲイナーとしては皆のところに帰れればそれでいい。 だから彼女にそのことを頼んだ。 別に高望みをしたつもりはない。 それなのに―― 「あなたの言う他の人達のことは知らないし、それに、あなたを元の場所へ帰す方法も分からないの」 「ええっ!?」 ティファニアの言葉にゲイナーは耳を疑った。 冗談にしては度が過ぎる。 彼は真偽を問い質すべく、再びティファニアに詰め寄る。 先程よりも凄い勢いで。 「ちょっと待ってくれよ! 帰れないってどういうこと!?」 「だから、あなたを帰す方法が分からないの。召喚の魔法で呼び出した人を帰す魔法なんて知らないから」 ティファニアが心底申し訳なさそうな顔で言葉を返す。 「こんな時に嘘なんかつくなよ!」 「嘘じゃないわ。お願い、信じて」 「嘘じゃなくたって、勝手に呼び出したのはそっちなんだぞ! あまりにも酷いじゃないか!」 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」 また謝り続けるティファニアの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。 (ちょっと待て、これじゃあ、僕が悪者みたいじゃないか。悪いのは百パーセント彼女の方なのに……あーもう! 分かりましたよ! 彼女に八つ当たりするのをやめりゃいいんだろ! そりゃもう、済んだことをいつまでもグチグチ言っている僕だって大人気ないさ!) ゲイナーは心の中でついている悪態をなるべく表に出さないようにしながら、穏やかにティファニアを宥める。 その結果、今にも泣き出しそうだった彼女はどうにか落ち着きを取り戻してくれた。 彼は思う。こういった場面で平静を保てないところは自分の短所であると。 そして、もっと慣れないといけないことも。 それより、これからのことを考えると気が重くなって仕方がない。 結局、この日はティファニアの厚意に甘え、彼女の家に泊まることになった。 ◇ ゲイナーは生まれてから今迄で、それまでの日常を一変させる出来事に三度遭遇している。 一度目は両親がエクソダス反対派の濡れ衣を着せられ、何者かに殺された時。 それが原因で彼は引きこもり、エクソダスに対して強い嫌悪を抱くようになった。 二度目はエクソダスの請負人、ゲイン・ビジョウとの出会い。 この男と出会ったことで、彼は嫌っていた筈のエクソダスに巻き込まれる羽目になった。 ただ、これに関しては自分が成長する切っ掛けを与えてくれたので、ゲイナー自身、全て悪いとは思っていない。 どことなく感じが軽いのと、女ったらしなところに目を瞑れば結構頼りになる男だ。 そして、三度目は今回のティファニアとの出会いだ。 インパクトの度合いで言えば今回が一番大きいだろう。 何せ目指していた場所に突然着いてしまったのだから。 しかもゲイナーだけが。 夢にまで見たヤーパンに遂に辿り着いた――そこだけを抜き出せば素直に喜ぶべきだろう。 しかし、それはエクソダスに参加しているピープル全員で成し遂げてこそ生きてくるものであって、ゲイナー一人だけでは意味がない。 それなら彼が取るべき選択肢はただ一つ。 皆のところに帰ればいい。 一足先にヤーパンの地を踏んだ感想という手土産付きで。 一瞬にしてこちらに引っ張ってこられるのだから、元に戻す方法だってある筈だと思った。 だが、そんな彼の甘い考えは、ティファニアの口から告げられた驚くべき事実にいとも容易く打ち砕かれてしまった。 ――あなたを帰す方法が分からないの。 正直、ゲイナーは落胆した。 「ときに人間は無力な存在だ」などという言葉があるが、それは今の彼にぴったり当てはまる言葉だと思う。 ◇ あれから一週間。 当初はこの場所がヤーパンだと信じて疑わなかったゲイナーではあったが、その考えは揺らいでいた。 その原因となったのは夜空に浮かぶ月。 シベリアの地から見た月はたった一つで黄色だった筈。 それがここでは赤と青の二つであった。 月が見える場所によって色や数を変えるということは有り得ない。 天文関係に詳しくなくても分かることだ。 まさか、異世界に飛ばされたっていうオチじゃないだろうな、と考えてもみたが、確証を得る手段は無い。 それどころか、皆のところに帰る手段すらも見当がつかなかった。 他に頼る当ても無ければ、見知らぬ土地で一人で生きていく自信も無かったゲイナーは、暫くの間、ティファニアの家に厄介になることを選んだ。 それで彼は今、何をしているのかというと―― 「……ふんぬっ!」 薪割りをやっていた。 他人の家に居候する以上、タダ飯ばかり食べているのも気が引ける。 ティファニアはそんなことは気にしなくてもいいと言ってくれるが、やはり何もしないのは気まずい。 だから彼も何か手伝おうと思い、簡単に出来そうな薪割りを買って出た。 だが、それは間違いだった。 薪を割る為に用いる斧は思っていたよりも重く、バランスが取りにくい。 狙いを定めて振り下ろしても上手く薪に当たらないのだ。 それでも途中で投げ出す訳にはいかないから、ふらふらになりながらも薪と格闘していると、近くで遊んでいる子供達の声が聞こえてきた。 「嘘つくなよー」 「嘘じゃないやい!」 声を荒げたのは、初日にゲイナーの脇腹に正拳突きをお見舞いしたニコルだった。 何やら他の子供達と揉めているようだ。 「ちゃんと見たんだよ! 白と青の変なゴーレムが洞窟の近くに落ちてたのをさ!」 ティファニアから聞いた話によると、『ゴーレム』とは魔法で作り出した土の人形のことで、作った者の意のままに操ることが出来るらしい。 と言っても、ゲイナーはまだ実物にお目にかかったことが無いし、ゴーレムといえばセントレーガンが所有しているものを真っ先に思い出すのでいまいちピンと来ない。 「そんなの信じられるかよ」 「信じないならもういいよ! ばーか!」 ニコルは悔しそうに吐き捨てると走り去ってしまった。 他の子供達は諦めたのか、追いかけずに別の方向に去って行く。 その場にはゲイナー一人が残される形となった。 ゲイナーはニコルの言う『白と青』という色に何か引っかかるものを覚える。 だが、薪割りの疲れで思考が鈍っていた彼に、ニコルの後を追いかけるなどという単純な考えは思い浮かばなかった。 仕方なく薪割りを続けようと思っていると、そこへティファニアがやってきた。 「どうしたの? 子供達の騒ぎ声が聞こえたんだけど」 「単にじゃれあってただけだよ」 「それならいいんだけど。でも、喧嘩してるようなことがあったら、出来るだけ間に入って止めてあげてね」 さっきは見てることしか出来なかったけど、やっぱりそういうところは気にかけた方がいいんだろうな。とゲイナーは思った。 彼一人で生活しているのではないのだから、そういったところは協力し合わなければならないだろう。 「ところで、薪割りの方はどう?」 「いや、見てのとおり、あんまり……」 ゲイナーの視線の先には、まだ割られていない薪がうずたかく積み上がっている。 それは決して薪割りが順調に進んでいないことを端的に表している証拠でもあった。 一方のティファニアは、そんなことを気にする様子もなく言葉を返す。 「そのくらいの大きさの薪だと斧じゃ手に余るから、鉈を使った方がいいよ。裏の物置小屋にあるから」 「そっか。ありがとう」 「うん。それじゃ、晩御飯の支度があるから。また何かあったら呼んで。それと、あまり無理しないでね。別に急がなくていいから」 ティファニアは他にも薪割りに関するアドバイスをゲイナーにいくつかすると、家の中に戻っていった。 ここ、ウエストウッド村はティファニアよりも年上の大人が一人もいない。 彼女と、彼女よりも年下の子供が十数人いるだけである。 『村』と名乗るにはあまりにも寂しい有様で、まるで何かに怯えて暮らしているような感じさえした。 そんな中で彼女は年下の子供達を纏め、良くやっていた。 初めて会った時は儚げで頼りなさそうな印象があったけど、僕よりよっぽど立派だ。とゲイナーは思う。 (それに比べて僕は……おっと、そういう考えはよそう。イジけているだけじゃ何も変わらないって、今まで散々学んできたじゃないか。何事も前向きに考えなきゃ) 薪割りの方はティファニアのアドバイスのおかげで割りと順調に進み、日暮れ間際にどうにか終えることが出来た。 頃合いも良いので家に戻ることに。 ところが、そこでゲイナーが見たのものは、顔を蒼白させるティファニアと不安がる子供たちの姿だった。 ティファニアの話によるとニコルが昼に出て行ったっきり、まだ帰ってきていないらしい。 ただ、問題はそれだけではなかった。 「この辺の森はよく狼が出るのよ。だから、一人で遠くに行っちゃ駄目だっていつも言ってるのに、あの子ったら……」 「何だって! 早く探しに行かなきゃまずいよ」 「でも、どこに行ったのか分からないわ」 見当が付かなければ探しようがないし、かといって虱潰しに探しまくる訳にもいかない。 いつ狼に襲われるかもしれないことを考えれば尚更だ。 (一体どこに行ったんだよ、まったく……まてよ……) ゲイナーは昼間、ニコルが洞窟の側で変なゴーレムを見たと言っていたことを思い出した。 もしかしたらそのゴーレムのところに行ったのかもしれない。 そうだという保障は無いが、行ってみなければ分からない。 そのことをティファニアに伝えるとニコルを探しに行くというので、ゲイナーも迷わず同行した。 出会ってからまだ一週間。 打ち解けているとは言い難い。 だが、見過ごすことなど出来ない。 ――だから無事でいてくれよ、ニコル。 前ページ次ページ風の通り道
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前ページ次ページ風の通り道 第6話 二度目の遭遇 「……暇だなぁ」 誰に聞かせるでもなく、ゲイナーは独り言を呟く。 明らかに手入れがされていない木製の床は、快適な座り心地を与えてはくれない。 だが、マチルダが戻るまで待っていなければならない以上、無闇に動くわけにもいかない。 今日はトリステイン魔法学院の宝物庫に眠るお宝を頂く日。 決行は皆が寝静まった頃となっている。 別にキングゲイナーのある能力を使えば昼間でもお宝を頂くことは十分に可能だが、マチルダが一度学院に顔を出したいという理由で夜に行うこととなったのだ。 これは彼女の正体がばれることを少しでも回避する為である。 マチルダが不在の間にフーケが現れたからといって、すぐに彼女をフーケだと疑う者はいないだろう。 しかし、どんなに小さいことでも盗みに支障をきたすと思われる要素は排除する。 一つ一つは些細なことでも、それらが積み重なれば事態を根底から覆してしまう程の大きな事象となるからだ。 今日までの数ヶ月間、慣れない秘書の仕事に耐えながらただひたすらチャンスをうかがって来たというのに、ここに来てつまらないミスを犯してしまっては今までの苦労が全て水泡に帰してしまう。 もうすぐお宝が手に入る今だからこそ、一層慎重になる必要があるのだ。 と言うわけでマチルダと離れている現在、ゲイナーは学院から少し離れた森の中――と言っても馬を走らせても二時間はかかる――にぽつんと建っている小屋の中にいる。 小屋自体はボロボロの荒ら家で、周囲の静けさと相俟って"不気味"としか言い表せない代物だ。 マチルダは一時的な隠れ家として使う為に見つけたものだと言っていた。 確かにここなら人目に付くことはまずない。 キングゲイナーの隠し場所としても最適だと言える。 ゲイナーがマチルダから言い付けられたことは、彼女が夜になって戻ってくるまでこの小屋で待機していることだ。 待っている間の水と食料は置いていってくれたので、喉の渇きや空腹に悩まされることはないだろう。 ただ、暇を潰すことだけには苦労しそうだ。 何せ、一人ではすることが何も無いのだ。 かろうじてあるとすれば、森の中を散策することぐらい。 だが、何かあった時のことを考えると小屋からあまり離れることは出来ないし、そもそも散歩は趣味じゃない。 ティファニアによってこの世界に連れて来られた直後は、生まれて初めて直に見る緑の世界に感動したものだが、今では少々飽きが来ている。 ネットワークゲーム漬けの生活を送っていた頃に懐かしさを感じてしまっている程だ。 やはり慣れというものは恐ろしい。 (このままじゃ、暇で死んじゃいそうだ……) 何もすることがない状況は人を無気力にさせる。 このままでは今夜のお宝の入手に支障をきたしかねない。 失敗してマチルダから制裁を受けたくないゲイナーは、何か暇潰しになることは無いかと考えを巡らせてみる。 ふと、傍らに放り出したままになっている一冊の本に目が留まった。 赤を基調とし、金糸や宝石を惜しげもなく使った派手なカバーがかけられている本。 分厚くは無い。 マチルダがモット卿の屋敷で手に入れたお宝の一つで『封印の書物』と呼ばれているものだが、彼女は本の内容に興味が無かったらしい。 惜しげもなくゲイナーにくれてやったのだ。 暇な時にでも"使って"みれば、という台詞とともに。 優しいところもあるんだな、と彼女を再評価しつつ、何気なく本を開くゲイナー。 だが、その表情は直ぐに凍りついた。 「!?」 中に書かれていたもの、いや、写っていたのはどれも艶やかな表情をした若い女性の姿だった。 どれも下着姿や、体に布を巻き付けただけの格好ばかり。 中には一糸纏わぬあられもない姿のページもある。 『封印の書物』などという大層な名前が付いているが、実際は単なるヌード写真集に過ぎなかったのだ。 マチルダが"読む"ではなく"使う"と表現したのも、そういう意味に違いない。 そう思うと納得…………するわけがない。 ゲイナーは無言で本を床に叩きつける。 部屋中に乾いた音が響き渡った。 ゲイナーも言うなればお年頃。 この手の物に興味を抱かないと言えば嘘になる。 だが、だからといってマチルダに言われるがままに"使う"気にはなれなかった。 彼女に弄ばれているような気がして悔しかったからだ。 そんなことをしているうちに何だか眠くなってきてしまった。昼間なのに。 そういえばマチルダと出会ってから、ここ何日かは完全に彼女のペースに巻き込まれている。 そのせいで疲れが溜まっているのだろうか。 ならちょうどいい、昼寝でもしようじゃないかと思い、ゲイナーは床が固いのにも構わず寝ころがった。 先程までは退屈過ぎて逆に鬱陶しかった静けさも、今では快適な眠りを与えてくれる環境にその姿を変えている。 まさにこれ以上は無いというくらいだ。 そのおかげか、ゲイナーはいつしか深い眠りに落ちていった。 ◇ (このガキ……) 辺りがすっかり暗くなった頃。 小屋へと戻ってきたマチルダが最初に見たものは、床に寝そべったゲイナーの姿だった。 ランプの光に照らされる間抜けな寝面。 誰がどう見ても夢の世界に旅立っている最中だ。 人がこの後の為に今日一日朝から動き回っているというのに、このガキは何をのん気に寝ているのだろう。 わき腹を思いきり蹴りたい衝動にかられたが、そこで踏みとどまる。 今回のお宝を頂くにはキングゲイナーの力が欠かせない。 それなのにゲイナーに怪我を負わせてしまっては、キングゲイナーの力を借りることが出来なくなってしまう。 そのせいで盗みに支障が出てしまっては元も子もない。 ここは怪我をさせない程度に優しく起こしてやろう。 マチルダはやや力を抜いた足でゲイナーのわき腹を蹴った。 「ぶほっ!?」 わき腹に走った衝撃に慌てて目を覚ますゲイナー。 突然の出来事に、小動物の如くキョロキョロと周りを見回している。 やがて、自分がランプの光に照らされていることに気付いた彼は、その先に待ち続けていた人物の姿があることを認めた。 「あ、ロングビルさん。いつの間に戻ってきたんですか?」 「いつって、たった今だよ。それよりお前、今まで寝てたろ」 「え? ……って、見りゃ分かりますよね」 「大丈夫なんだろうね。そんなんで」 「大丈夫です。もう眠くはありませんから」 眠気のことを心配したのではない。 あまりに緊張感がないのが心配になったのだ。 自分の意思が正しく伝わらなかったことに、マチルダはため息をついた。 だが、一仕事行う前にこれだけの余裕を見せているのだから、ある意味肝が据わっているとも取れるだろう。 緊張で縮み上がっているよりは遥かにマシだ。 「ま、いいさ。それより、今からブツを頂きにいく。ヘマしないようにしっかりやりな」 「ええ、がっかりさせない程度には頑張りますよ」 「そうかい。じゃ行くよ」 世間を騒がせる女盗賊と眼鏡の少年。 でごぼこコンビの獲物狩りが再び始まろうとしていた。 ◇ 「ねえ、眠れないの?」 「ううん、違うの。もうちょっとしたら寝るから」 トリステイン魔法学院には教室や食堂がある本塔や、教員や生徒の寮がある別塔の他に学院で働く使用人専用の宿舎がある。 その宿舎の三階、とある一室。 既に床についていた同室のオドレイからの気遣いの声に、シエスタは控えめな笑みで答えた。 オドレイが「そう。でも、なるべく早く寝なよ。明日も早いんだから」と言って眠りについたのを見届けた後、再び窓の外に目をやる。 シエスタは元々、この学院に使用人として奉公している身。 それが数日前、王宮の勅使として学院に現れたモット卿に買われることになった。 拒否する権利は最初から無い。 彼女の故郷の村はモット卿の領地内にある為、断れば村がどうなるか分かったものではないからだ。 家族や村の皆に迷惑をかけるわけにはいかないシエスタには、選べる道が一つしか無いように見えた。 ところが彼女は今、再びこの学院で働くことが出来ている。 それもあの『フーケ』のおかげで。 二日前の夜にフーケが見たことも無いゴーレムを連れてモット卿の屋敷に押し入った際、モット卿の私室に閉じ込められていたシエスタを外に連れ出したのだ。 シエスタのフーケに対する認識は世間と同様である。 だが、この一件以来、彼女に対する見方が少しだけ変わった。 フーケには盗賊以外の別の側面があるのではないかと思えるようになったのだ。 うまく言い表せないが、何か人間としての温かい部分が。 そうでなければ、わざわざ儲けにならないような平民のシエスタを助けたりなどしないだろうから。 まあどちらにしろ、今となっては真相を知る術は無いのだが。 「いい加減離しなさいよ! ツェルプストー!」 「それはこっちの台詞よ。あたしはダーリンと夜の散歩を楽しみたいだけなんだから」 「それが駄目だって言ってるのよ! この好色魔!」 「あら、随分な言い草ねえ」 「な、なあ、二人とも、もうその辺にしてくれよ……」 突如として聞こえてきた人の言い合う声。 シエスタはその方向に視線を向ける。すると、そこには本塔の壁に寄り付くようにして、二人の少女が一人の少年を取り合っていた。 二人の少女のうち、一人はややクセの付いた桃色の髪を持つ小柄な娘。 それに対してもう一人は長身に、燃えるような赤い髪と褐色の肌という神秘的な容姿の娘。 桃色髪の身体つきが細いのに対し、赤い髪の方は『少女』と表現するにはいささか無理のある女性らしい成熟した身体つき。 桃色髪が怒りをぶちまけているのに対して、赤い髪は余裕綽綽。 外見も表情も対照的な二人である。 だが、シエシタの視線はそんな二人を避け、真ん中にいる少年に注がれていた。 「サイトさん……」 シエスタがその名で呼ぶ少年は少々複雑な事情でこの学院に身を置いており、また、彼女がよく知る人物でもある。 桃色髪によって召喚された、学院の歴史上初めての人間の使い魔。 慣れない洗濯に戸惑っていた彼に手ほどきをし、一緒に手伝ったこともある。 主人から食事を与えられず、腹をすかせて困っていた彼にご馳走したこともある。 自分の不手際からとある男子生徒の怒りを買ってしまい、責められていたところを庇ってくれたこともある。 二日前にモット卿の屋敷から学院に戻ってきた時、真っ先にシエスタの元へ駆けつけてくれたのも彼だった。 初めの頃は桃色髪にいつも虐げられてかわいそうだから、だとか、髪の色が自分と同じことによる親近感程度だった彼への意識が、最近では別のものに変わりつつあることをシエスタは自覚するようになっていた。 故郷で暮らす家族に向けるものとはまた違う想い。 これってもしかして、恋? (わたしが、サイトさんを? ……わ、わたし、なに考えてるんだろ……) 恥ずかしさのあまり、頬に手を添えてはにかむ。 恋に恋してしまいそうな純真無垢乙女ワールド全開のシエスタ。 彼女の様子を見ていた人間が一人もいなかったことが、せめてもの救いか。 甘酸っぱい想いを一通り堪能した後、ふと我に返る。 (もう寝なきゃ) 好色貴族に汚されることなく戻って来れたとはいえ、喜んでばかりもいられない。 彼女はこの学院に雇われている身なのだ。 当然、明日も朝早くから山のように仕事がある。 寝不足で影響を及ぼすようでは、それこそ意味がない。 惜しみつつも、未だに二人の少女から取り合いの餌食にされている少年から視線を引き剥がそうとした時、彼らの様子がおかしいことに気づいた。 少年達は空の方を見上げ、ひどく慌てている。 シエスタも彼らの様子が気になり、眠る為に自分のベッドへ向かうという思考を一時中断してまで、彼らが見上げている空に目を向ける。 少年達が慌てふためく理由がシエスタにもはっきりと分かった。 モット卿の屋敷で見たあの空飛ぶゴーレムが、光の輪を後光のように纏わせながら上空に浮かんでいたからだ。 少年達はその場から逃げようとするが、ゴーレムは微動だにしない。 彼らを襲う気は無いようで、そればかりか彼らを意に介さないと言わんばかりにその巨体を本塔の中腹付近の壁に向ける。 壁の側まで来ると、それまで纏っていた光の輪を前方に展開。 そのまま壁に向かって進み始めた。 見るからに頑強そうな石の壁が、光の輪によって綺麗に削り取られていく。 ある程度進んだところでゴーレムが後退すると、壁には大人一人が余裕で通れそうな大きな穴が出来上がっていた。 すると、今度はその時を見計らっていたかのように、長身の人影がどこからともなく現れて壁の穴に飛び込む。 あの時、ゴーレムと行動を共にしていたローブ姿。 土くれのフーケだった。 何故、フーケがここに? 助けてもらったという恩義からフーケへの見方が少し変わっていたシエスタ。 とはいえ、自分の慣れ親しんだ場所に盗みに入られたという事実は、彼女に少なからずショックを与えていた。 一方、そんなシエスタの思惑など知る由も無いフーケは、目的の品の入手に成功したようだ。 身長の半分はありそうな大きな箱を両手で大事そうに抱え、外で待機していたゴーレムの手に軽々と飛び乗る。 ゴーレムは最初と同様に光の輪を纏わせつつ、夜空の彼方へと飛び去っていってしまった。 ゴーレムが現れてからここまでで、十分もかかっていない。 見事な手際だった。 「うるさいなあ。ねえ、外でなにかあったの?」 外の騒がしさに眠りを妨げられたオドレイが、やや不機嫌な様子で尋ねてくる。 だが、当のシエスタは未だにショックで放心してしまっている。 だから、オドレイの声が届く筈もなかった。 前ページ次ページ風の通り道
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前ページ次ページ風の通り道 第5話 噂の二人組 アルビオンが空に浮かぶ島国だと聞き、真相を確かめるべくキングゲイナーで飛び出したゲイナー。 だが、結局はその通りだったことを思い知らされる。 ここはヤーパンでもなければシベリアでもない。 地球とは異なる世界だったのだ。 その後、意気消沈したまま村に戻る途中、マチルダという名の女性と出会ったことにより、世界各地を回る彼女の仕事を手伝うことになる。 これは元の世界に戻る手掛かりを探す絶好の機会でもある為、ゲイナーにとっても好都合であった。 彼女が泥棒を生業としていて、しかもそれをティファニア達に隠していることには閉口したが、かと言って彼もあまり人のことを非難できる立場ではない。 キングゲイナーは今でこそ彼の愛機であるが、元々はウルグスクの統治者、メダイユ侯爵が美術品としてコレクションしていたものである。 ウルグスクから脱出する際、どさくさに紛れてゲインと二人で勝手に持ち出したのだ。 こんな高性能なオーバーマンを眠らせておくのは勿体無い! だったら俺達で有効に使わせていただく、と言えば聞こえはいいだろうが、それでも他人の所有物を盗んだことに違いはない。 規模は違っても、ゲイナーは彼女と何ら変わらないのだ。 ただ、マチルダはそのことに対して開き直っているところがあり、事実の一つとして受け止めているゲイナーよりたちが悪いのだが。 さて、とりあえず出発は次の日の夜中に決まった。 昼間でないのはキングゲイナーを使う為。 外にはハルケギニア大陸とを行き来する商船、周辺を巡回する軍の竜騎兵など、あまり出会いたくない連中が山ほどいる。 その意味でも、夜の闇に紛れて行動した方が何かと都合がいいからだ。 そして翌日。 ゲイナーは一人、出発を前に空に浮かぶ双月を見上げていた。 既に見慣れている筈なのに、今日ばかりはその姿も感慨深い。 これからのことについては期待と不安が入り混じっている。 だから、いつもよりしみじみと感じてしまうのだろうか。 「ゲイナー」 不意に自分の名が呼ばれたことに気付き、声がした方向を見やる。 そこには家の中から出てきたティファニアの姿があった。 「寝てたんじゃなかったの?」 「うん、でもゲイナー達がもうすぐ出発するのが気になっちゃって」 「そっか」 「隣、座ってもいい?」 「あ、ああ、いいよ」 ゲイナーが座っているのは、横倒しになったまま放置されている丸太。 ティファニアは彼の傍まで歩み寄ると、その隣に腰を下ろし、彼と同じく双月を見上げ始める。 しばらくの間、二人は無言のまま静寂に身を委ねていたが、その静寂を先に破ったのはティファニアの方だった。 「ゲイナー、お願いがあるんだけど」 「なに?」 「ゲイナーが前にいた場所のこと、もう一度教えて欲しいの。ダメかな」 ティファニアが〝もう一度〝と付け加えている通り、その話は何日か前にしているので今更する必要は無いと思う。 だが、別にゲイナーが彼女の要求を断る理由はどこにもないし、断るつもりもない。 だから、もう一度話してやることにした。 ウルグスクで暮らしていた時と、そこから抜け出してヤーパンを目指していた時の話を。 一通り話し終えた頃、それまで静かに耳を傾けていたティファニアがポツリと呟く。 「わたしも行ってみたいな。そのヤーパンって呼ばれてる場所に……」 「え……?」 ティファニアの過去や現在の境遇を鑑みれば、彼女がそう望むのも無理はない。 彼女にしてみれば、新天地を目指す旅は希望に満ち溢れたものに映るだろう。 だが、不便で窮屈ながら、それでも最低限の生活が保障されているドームポリスと違い、旅の最中の生活環境は全て自分達の手で維持していかなければならない。 さらに、シベ鉄のようなエクソダスを認めない敵対勢力の脅威が常に付きまとう。 そのせいで中には途中で諦めてリタイアする者や、エクソダスの集団そのものが全滅してしまうケースも少なくない。 ウルグスクのピープルはゲイン・ビジョウという優秀なエクソダス請負人がいたからこそ、ほぼ無事に旅を続けていられるようなものだ。 やはり幸福を得る為には、それと釣り合わないほどの危険に自ら飛び込まなければならない。 エクソダスとはそれほど過酷なのだ。 もし、当事者達が今のティファニアを見たら、彼女のことを甘ったれた嬢ちゃんだと笑うだろう。 彼女の方がよほど安全で平和的な暮らしをしているからだ。 だが、ゲイナーはそうは思わない。 ティファニアの内情を知っているからこそ、逆に彼女をヤーパンに連れて行きたいと思っている。 まだ何の手掛かりも掴めていないが、それでも彼女の願いを叶えたいという気持ちが帰還への原動力になることは間違いないだろう。 だから、ティファニアの為にも必ず元の世界に帰ってみせる。 ゲイナーが決意を新たにした瞬間だった。 と、そこに彼の体に何かが寄りかかるような感覚が。 隣のティファニアだった。 無言のまま、安心しきったかのようにもたれかかっている。 それだけでゲイナーの心臓は早鐘を打っていた。 (ど、どど、どうしよう……えーと、こんな時は……) 対処の仕方が思いつかない。 オーバーマンの扱いではゲームと現実の両方で『キング』の称号を持つゲイナーも、同年代の女の子相手となるとランキングにエントリーすらされない。 まったく情けない話である。 とりあえず抱き寄せるくらいのことはしておいた方がいいと思い、最大級の勇気を振り絞って震える手を動かそうとしたその時、「すう……」、と聞こえてくる彼女の寝息。 ……ロマンチックな気分に浸っているわけではなかった。 その様子に胸を撫で下ろすと同時に、少しばかり残念にも思うゲイナー。 未だ自身は狼狽しているが、ここに寝かせたままにしておくことも出来ないのでどうしようかと思案していると、背後から誰かの視線を受けていることに気付く。 慌てて振り返ると、窓からにやけた顔でこちらを見ているマチルダと目が合った。 「な、何やってんですか。そんなところで……」 「何って、いたいけな少年の微笑ましい恋の様子をただ見守ってただけさ。さ、あたしのことは気にしないでとっとと続けるんだ」 「からかわないでくださいよ。だいたい、そんなんじゃないんですから。まったく……」 「ゲイナー君が言うなら、そういうことにしといてやろうか。ま、そんなことより」 今まで笑っていたマチルダの顔が、急に真面目になる。 「そろそろ出発しようか」 「ええ、そうしましょう」 「よし、テファはあたしがベッドに運んどくから、お前はデカブツをいつでも動かせるようにしときな」 頷いて去っていくゲイナーを横目に、マチルダはティファニアを抱きかかえて寝室まで運び、ベッドの上に横たわらせる。 「じゃあね。行ってくるよ、テファ」 彼女の寝顔を優しげな瞳で一瞥すると、静かに寝室を後にした。 ◇ ウエストウッド村を発った二人が向かった先は、ハルケギニアを構成する国の一つ、トリステイン王国。 その国内に所在する『トリステイン魔法学院』という施設に、珍しいマジックアイテムが保管されているという。 マチルダの今回の目的は、そのマジックアイテムを盗み出すことにある。 その為に彼女は学院長秘書の肩書きで内部に潜り込み、数ヶ月も前からマジックアイテムの在り処を探っていたのだ。 そのかいあって、ターゲットの所在は既に突き止めてある。 後はそれが保管されている宝物庫の強固な護りをどうやって突破するかが問題なのだが、キングゲイナーのおかげでそれも解決したといっていい。 一体どういった方法で切り抜けるのかは、後の話の中で語ることにしよう。 さて、学院までの道のりは概ね順調……いや、むしろ早過ぎるといえた。 一定のコースを常に外れることなく移動するアルビオン大陸は、最もハルケギニア大陸に接近する時期がある。 その時にフネでトリステインの港町ラ・ロシェールに渡ったとして半日、さらにそこから学院までは早馬で丸二日かかる。 だが、キングゲイナーはその手前までをたったの一晩で走破してしまったのだ。 夜通し操縦し続けたゲイナーが疲労困憊に陥るという代償と引き換えに。 そこでゲイナーの疲労回復も兼ねて、学院へ続く街道の途中にある宿場に宿をとった。 マチルダが宿代をケチったせいで食事は付かないが、近くに飯屋があるから心配ない。 二人はそこでやや遅めの昼食にありついていた。 「で、この後はどうするんです? 僕としてはこのまま休めれば有難いんですけど」 「いかなる理由でも、それは認められませんわねえ」 注文した料理をつつきながら、二人が話しているのは今後の行動についてだ。 マチルダが休暇を終え、学院に戻る予定の日までまだ二日ある。 だが、彼女はその二日間暇を持て余すつもりはなく、既に別の予定を考えているらしい。 それは彼女の仕事に関係あること。 つまり、どこかの貴族の屋敷で一仕事行おうというのだ。 「分かりました。じゃあ、詳細を教えてください」 「ここでは都合が悪いですわ。場所を変えましょう」 昼時とあって、店内はかなりの賑わいを見せている。 その喧騒の中でなら、少々彼女の仕事の話をしたところで周囲にばれることはないだろう。 しかし、仕事に関してはいつ如何なる時でも隙を見せないのがマチルダの流儀。 つまらないところでミスを犯してしまっては、一流の盗賊としての名が廃るというものだ。 「あ、そうですね。すみません、マチルダァンッ!?」 ゲイナーは突然足を襲った痛みに顔を歪める。 マチルダの名を出そうとした途端、彼女に脛を思いっきり蹴られたのだ。 「言った筈ですよ。ここではその名前で呼んではいけませんと」 ――村の外ではあたしのことを『マチルダ』と呼んだり、その名前を出したりするのは一切禁止。もし破ったら殺す。 村を発つ際、彼女から一方的に言い渡された決まりごとなのだが、うっかり忘れていたのだ。 カモフラージュの為に穏やかな表情と口調を装っている分、普段より余計に怖い。 まだ死にたくないから気を付けなければ、とゲイナーは気を引き締めた。 「りょ、了解です。ロングビルさん……」 ◇ 時は流れてその日の夜。トリステインの王都トリスタニア。 ここは言わずと知れたこの国の要衝であり、その一画には高級貴族達の別邸が立ち並ぶ区画が存在する。 今、土くれのフーケことマチルダはその中の一つ、ジュール・ド・モット伯爵の屋敷の側にいた。 彼女は周囲に人がいないことを確認しつつ、自分の背丈の三倍近くはあろうかという外塀に足早に近づく。 再度、人の気配が無いことを念入りに確かめた後、まるで独り言を呟くように小さく言葉を発する。 「こちら〝フーケ〝だ。聞こえてるか? 〝キング〝」 『こちら〝キング〝。ちゃんと聞こえてます』 マチルダが被っている兜のような丸い帽子――ガウリ隊のヘルメット、その上からフードを深めに被っているので少々不恰好――はゲイナーから借りたもので、口元に伸びた針金のような細い管から相手に声を送ることが出来る。 また、相手の声は帽子の耳に当たる部分から聞こえてくるので、これがあれば遠く離れた相手とも会話が出来る。 会話の相手はもちろんゲイナー。 『キング』というのはコードネームのようなもので、本人がそう希望した。 何故それにしたのかは知らないが。 「じゃあ、作戦開始だ。手順はさっき話した通り。抜かるんじゃないよ、いいね?」 『分かってますよ。では後ほど――』、と残して交信は途絶えた。 (あいつ、本当に大丈夫なんだろうね) ゲイナーは彼女に加担してはいるが、全幅の信頼を置いているわけではない。 ちゃんと働いてくれるのか、裏切ったりはしないのか、などという思いがマチルダの頭の中を過ぎる。 パートナーに疑いの目を向けることはそれだけで致命的と言えるのだが、彼女にとってはパートナーを持つこと自体初めてのことだから、今回ばかりは仕方がないのかもしれない。 だが、そんな彼女の心配を消し去るかのように、キングゲイナーが独特の飛行音を響かせながら、屋敷の向こう側に飛来する。 一拍置いて、突然の闖入者に驚いたであろう者達の怒声が次々と聞こえてくる。 屋敷の高さのせいで、マチルダからは向こう側で起きていることの全てを窺い知ることは出来ない。 それでも警備のメイジが放ったであろう巨大な炎の塊を、予想していたかのように難無くかわすキングゲイナーの姿が屋根越しに見えた。 奴らの注意は上手いこと向こうに行っている。 陽動の担い手としては申し分ない。 (あたしもそろそろ、行こうとするかね) 目指すはモット卿の私室。 奴は高価な物や、珍しい物に目がないことで有名。 しかも事前に得た情報によると、奴は自分の好きなものを手元に置いておきたがる性格だという。 ならば、それらは奴が屋敷の中で一番長い時間いる場所、つまり私室にあるのではないかとマチルダは踏んだのだ。 ちなみに私室の場所は、これも事前に入手した屋敷の地図で把握済みである。 まずはフライの魔法で外塀を足がかりに飛翔、そのまま目指す部屋の窓に張り付く。 窓に鍵は掛かっていない。 マチルダは警戒したまま、そこから滑り込むようにして内部への侵入を果たす。 彼女に矛を向けてくるような輩がいなかったことに、少々拍子抜けしながら。 ただ、そうでない人間なら一人だけいた。 「ひっ……」 それは部屋に置かれた豪華なベッドの上で、マチルダの姿を見て震えている一人の少女。 ハルケギニアでは珍しい黒髪をやや長めのおかっぱにし、そこから覗く表情は少女から女に変わりかけの時のあどけなさを残している。 身に着けている薄物は肩や胸元、太腿が大きく露出しており、それだけで奴がこの少女に対して、これから何を行おうとしていたのかが想像できてしまう。 (そういえば、こいつ……) マチルダはこの少女に見覚えがあった。 確かトリステイン魔法学院で働いている使用人の平民で、名前は……シエスタといった筈だ。 詳細は知らなくても、顔と名前くらいは一致する。 そうでなければ偽りでも学院長秘書は勤まらない。 モット卿は王宮の勅使という立場を悪用して様々な場所に出向いては、そこで気に入った平民の若い女を無理やり屋敷に連れ込み、自分の元に侍らせているという。 マチルダが休暇と称して学院を離れる前はよく見かけたので、離れている間に奴に連れてこられたのだろう。 そのシエスタが恐怖におののきながら、声を搾り出す。 「あ、あんまり蓄えはありません……でも、時間が掛かってもちゃんと払いますから……どうか、どうか命ばかりはお助けを……」 何か凄く誤解されているような気がする。 人を殺めてまで金品を巻き上げるような真似など、今まで一度もしたことはない。 そういう目で見られていたことは正直ショックだが、ここで落ち込んでいても時間の無駄だ。 マチルダはシエスタに見切りを付け、部屋の中を物色し始める。 やはり彼女の狙い通り、目当てのものは備え付けのクローゼットの中に収められていた。 煌く色の大小様々な宝石、指輪やネックレスなどの装飾具、豪華な装丁が施された一冊の本。 それらを用意した袋の中に手当たり次第に放り込んでいく。 あらかた取り終えて満足したマチルダは、ゲイナーを呼ぼうとする。 もちろん脱出する為だが、そこでふと、未だベッドの上で身を竦ませているシエスタと目が合った。 このまま好色貴族に囲われ続けたとして、この先少女が自由の身になれるかどうかなど分からない。 かといって、マチルダにとってはせいぜい同じ学院で働く者程度の認識。別に助ける義理は無い。 だが彼女同様、この少女にも帰るべき故郷があり、そこに愛すべき家族がいる筈だ。 自分を慕う子供達の姿が、一瞬過ぎる。 ――こんな時にあの子達のことを思い出しちまうなんて…… 自分の甘さに内心苦笑しつつ、シエスタに向き直る。 「一緒に来い」 「え? ……」 「出してやると言ってんだ。それとも嫌か?」 「いえ、そんなことは……」 「なら言う通りにしろ」 シエスタが驚きながらも頷いたのを認めると、マチルダは丸帽子を介してゲイナーに話しかけた。 「〝キング〝、生きてたら応答しろ」 『こちら〝キング〝、お望み通りピンピンしてますよ。で、今度は何です? 余裕が無いんで早くし……うわっと!』 「大丈夫か!?」 『ええ、ご心配なく。それで何です? もう帰れるんですか?』 「そうだ、場所は北西の角部屋。明かりが目印だ」 『了解、すぐ行きます――』 交信を終えたマチルダは顔を見られないよう注意を払いながら、シエスタの扇情的な姿をベッドのシーツで覆い隠す。 ちょうどその時、窓の外にキングゲイナーの姿が現れた。 得体の知れない存在の登場に、シエスタは言葉を失っている。 「来たか」 『あの、もう一人いますけど』 「一緒に連れて行く。文句あるのか?」 『い、いえ、別に』 マチルダはシエスタに一緒に来るように促す。 彼女は戸惑っているのか中々応じようとしなかったが、遂には業を煮やしたマチルダによって強引に連れ出されることとなった。 二人を腕に抱きかかえたキングゲイナーは、シエスタの悲鳴とともに夜空に舞い上がり、屋敷からの離脱を図る。 彼女達に負担を与えない為に急な加速はかけられないが、それでも追手を振り切るには十分な速さだった。 その後、学院から少し離れた場所にシエスタを降ろし、マチルダ達は宿への帰路につく。 その道中、マチルダはキングゲイナーの腕の中で肌に受ける風に心地よさを感じつつ、一仕事終えた後の余韻に浸っていた。 今回の成果は、大の字を付けても余裕でお釣りが来るくらいの成功。 それ程ゲイナーの働きぶりは素晴らしかった。 ここは彼にも褒美を与えてやらねば。 『マチルダさんって、やさしいんですね』 ゲイナーが話しかけてきた。 丸帽子を通してではなく、キングゲイナーから直接。 「どういう意味さ」 『さっき黒髪の子を助けたじゃないですか。やっぱり、普段の強気な感じは照れ隠しなんじゃないかと』 「あ、あのなぁ……」 前言撤回。やはりこいつには何もくれてやらん、とマチルダは考えを改めるのであった。 前ページ次ページ風の通り道
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前ページ次ページ風の通り道 第2話 ゴーレムなんかじゃない 赤と青、二つの月明かりがまばらに差し込む闇夜の森。 その中を一筋の光――ランプの明かりを揺らしながら、二つの人影が足早に歩を進めていた。 ランプを掲げながら先を行くのは、この辺では見慣れない服装をした眼鏡の少年、ゲイナー・サンガ。 そして後に続くのは、長く尖った耳を持つ美しい少女、ティファニア。 今、二人が歩いているこの辺りの森は、夜になると腹をすかせた狼達が獲物を求めて活発に動き回る。 そんな危険極まりない場所にわざわざ近寄る理由は他でもない。ニコルの捜索である。 いつ狼に襲われるかもしれないという恐怖はあるが、絶対にニコルを連れて帰るという決意に比べればたいしたことはない。 「ごめんね、ゲイナーまで巻き込んじゃって。ほんとは私がもっとしっかりしなくちゃいけないのに」 ティファニアの発した言葉がゲイナーの背中に弱々しく届く。 その声からは、心から申し訳無さそうにしている様子が感じ取れる。 ゲイナーがニコルの行き先に見当をつけた時、ティファニアは自分一人でニコルを探しに行こうとした。 確かに年下の子供達と家族同然に暮らしてきたティファニアが、ニコルを心配するのは当然のこと。 それにこの辺りに土地勘のある彼女の方が、ゲイナーよりも捜索役に適していると言えるだろう。 だが、ゲイナーはそんな彼女を慌てて止め、ニコルの捜索に同行することを望んだ。 例の白と青のゴーレムが気になるというのもあるが、もっともな理由は彼女を一人で行かせることなど出来ないと思ったからだ。 彼女の姿を見ていると理由も無く守りたくなる。 何故だろう。彼女の外見だけでは推し量れない美しさに惚れたのだろうか。 (そ、そんなことあるもんか。第一、僕が気になるのはサラだけだ。決してテファのことを好きになるなんてことは……) 「どうしたの? さっきから黙ってるけど」 「へ? い、いや、何でもないよ。ははは」 不思議そうな眼差しをゲイナーに向けるティファニアに対し、彼は笑って誤魔化す。 ゲイン達がこの場にいなくて本当に良かったと思う。 もし、彼らに今の場面を一部始終見られていたら、向こう一ヶ月はからかわれ続けることになるだろう。 ゲイナーの脳裏に褐色肌の美丈夫の顔を始め、ともにエクソダスを続けてきた顔ぶれが次々と浮かんでは消える。 そういえば皆は今ごろ何をしているんだろう、と、ゲイナーは歩きながら考えを巡らせた。 仲間が突然姿を消してしまったのだから、きっと自分のことを心配して必死に探しているに違いない。 そう思えば思うほど、早く戻りたいと焦る気持ちと、それが叶わない現実とがぶつかり合い、ゲイナーの心を強く締め付ける。 それはエクソダスに参加する以前の、少なくとも現実では他者とのかかわりを拒み続けていたころの彼からは、想像出来ない程の心の変化であった。 ゲイナーは服のポケットから小さな金属片を取り出すと、それを見つめながら心の中で呟く。 (せめて、あいつがそばにあれば、それだけでも心強いのに――) ――アオォォォォォン。 ゲイナーの心の呟きは、遠くからのあまり聞きたくはない響きによって遮られる。 それは紛れも無い、狼の遠吠えであった。 「テファ!」 「急がなきゃ!」 二人は行く先にニコルがいることを強く信じ、勢いよく走り出した。 ◇ 程なくして洞窟の前に辿り着いたゲイナー達。 そこで二人を待っていたのは―― 「ニコル!」 「テファねーちゃん……うわぁぁぁぁぁん!」 洞窟の入口近くにある大きな岩のような物体に身を預けるようにして蹲っていたニコルが、ティファニアの姿を認めた途端、大きな泣き声を上げてその胸にすがりついた。 「日が暮れてから外を歩くのは危ないからっていつも言ってるのに、だめじゃない」 「ヒック……だって、あいつら僕のこと嘘つき呼ばわりするんだもん。ゴーレムのことだって全然信じてくれないし、悔しかったんだよ……だからもう一回確かめたかったんだ」 「でも無事で良かった。さあ、みんなが心配してるから帰ろ」 「でも……」 未だに涙を流しながら、不満げな顔でティファニアを見上げるニコル。 彼女はその涙を優しく拭ってやった。 ニコルを安心させるように。 「心配しないで、お姉ちゃんは信じるから。だってニコルは今まで嘘ついたことなんか無いでしょ?」 「うん。でもあいつら信じてくれるかな……」 「じゃあ今度明るい時にみんなでここに来ようよ。それでニコルがみんなにゴーレムのことを教えてあげるの。そうすればみんなニコルのことを嘘つきだなんて言わなくなるわ。だから今日は帰ろ」 「うん……そうする」 絵になりそうな感動的な再会を果たしている二人のそばで、ゲイナーは一人孤立していた。 さすがに水を差すような無粋な真似は出来ない。 彼の視線は、自然と二人の背後にある岩のような物体に向けられることとなった。 (あれがニコルの言ってたゴーレムかぁ) その物体は以前ティファニアから話で聞いたゴーレムが、地面に座っているように見えなくもない。 だが、夜暗のせいで離れたところからではその正体を窺い知ることは出来なかった。 もっとよく確かめようとして物体のそばに近づき、ランプの明かりでその姿を照らす。 その途端、ゲイナーの目が驚きの色を帯びた。 「こいつは……ゴーレムなんかじゃない」 更なる確証を得ようとあちこちに明かりを行き渡らせる。 深い青の胴体に、それとは対照的な白銀の四肢。 仮面を思わせる頭部から伸びた髪の毛のようなパーツ。 銃としての機能を併せ持った一振りの剣。 それは紛れも無い。ゲイナーとともにエクソダスを阻止しようとする者達から、ウルグスクのピープルを守り抜いてきたオーバーマン、キングゲイナーであった。 意外な形での相棒との再会に、ゲイナーは嬉しさのあまり声を張り上げる。 普段は感情を表に出すことが比較的苦手なゲイナーも、これには喜びを露にせずにはいられない。 ただ、あまりにも夢中になっていた為、ティファニア達の呆気にとられた視線に気付くには少しばかりの時間を要した。 「そのゴーレム、ゲイナーのだったんだ。すげえや」 「まあ、正確にはゴーレムじゃないんだけど」 ゴーレムじゃなくてオーバーマンだ、と訂正したいところだが、そうなるとオーバーマンのことはおろか、ゲイナーが元いた場所のことまで詳細に話さなければならないだろう。 村に残っている子供達に余計な心配をさせない為にも、これ以上の時間はかけたくない。 だから、今はゴーレムのままで通すことにした。 詳しいことは追々明かしていけばいい。 「それで、このゴーレムどうするの?」 ティファニアがもっともらしいことを聞いてきた。 「ここに置きっ放しにはしたくないから、村に持って帰りたいんだ」 「それは構わないんだけど、動かせるの? ゲイナーはメイジじゃないんだよね?」 これは魔法で作られた操り人形ではなく、オーバーマンである。 その点の心配は無用だ。 「大丈夫。こいつは魔法で動いてるんじゃないから、僕でも動かせるんだよ。今から証拠を見せるよ。危ないから離れて……テファ?」 ゲイナーはふと、ティファニアの顔が青ざめていることに気付く。 そして怯えていることも。 不思議に思い、彼女が顔を向けている方向に視線を向かわせる。 そこでようやく、彼女を怯えさせているものの正体を知る。 (ヤ、ヤバい……) それは、獲物を目の前にして舌なめずりをする狼の群れであった。 だが、それに対してゲイナーは意外と冷静を保っている。 それは今、自分達が直面している危機を退けられるだけの手段を得ているからに他ならない。 ゲイナーはその手段を実行に移す為、キングゲイナーの胸部装甲を押し上げ、腹部のチャックを開く。 中からコックピットが露出した。 「何やってるのよ、ゲイナー」 ゲイナーの行動が奇行に見えたのだろう、彼に向けたティファニアの言葉には、焦りからくる苛立ちが僅かに混じっていた。 「何って、狼を追っ払うんだよ。こいつで」 「このゴーレムで?」 「ああ。だから、早く乗って!」 「でも……」 ティファニアは彼の言うことに素直に従うべきか迷っていた。 遭遇して間もない白青二色のゴーレムに戸惑いを抱くというのもあるが、それだけではない。 奇行に見えてもゲイナー自身はふざけておらず、いたって真面目なのである。 そんな彼の意図が、ティファニアには分からなかったのだ。 確かにゴーレムの中に逃げ込めば、狼に襲われる心配はないだろう。 だが、それは相手が諦めて去るまで身を潜めていただけであって、こちらが積極的に退けたのではない。 それをわざわざ「追っ払う」などと大仰に言うのだから、何か策があるのだろうか。 それとも単なるハッタリなのか。 ゲイナーのことを信頼していない訳ではないが、それでも彼の突拍子もない言い出しに不安を抱かずにはいられなかった。 「時間が無いんだ! ニコル、テファを中に入れるの手伝ってくれ!」 「お、おう!」 ニコルと協力して、躊躇するティファニアを強引にキングゲイナーの中に押し込める。 対する彼女は大した抵抗も出来ず、「ひ、ひゃああ!」という何とも間の抜けた悲鳴を上げるのが精一杯だった。 最後にゲイナーが中に入り、チャックを閉じる。 これで狼に襲われる心配は無くなったが、これで終わりではない。 ゲイナーは懐から小さな金属片――キングゲイナーの起動キーを取り出し、それを使ってシステムを始動させる。 聞き慣れた起動音が唸りを上げ、全天周囲モニターが外の様子を映し出す。 壁だと思っていた部分が急に外の風景に変わったので、ティファニアは驚いて短い悲鳴を上げた。 (機体、システム共に正常。武器やポシェットも異常無し……よし、いけるぞ!) 動作と装備を素早く確認し、異常が無いと分かるや、ゲイナーはキングゲイナーを本格的に稼動させる。 今、ここに『キング』の称号を持つ少年と、彼によってその名を与えられたオーバーマンの揺ぎ無きコンビが復活した。 「いくぞ、キングゲイナー! あいつらを追っ払うんだ!」 キングゲイナーは狼達が成す列に向かって一歩一歩、確実にその距離を詰めていく。 ただの岩の塊だと思っていた巨人が動き出したのを認めた狼達は、怯み、後退りを始める。 先程までの威勢は既に無い。 もはや形勢は逆転していた。 ――こいつに関わってはいけない。 更に距離を詰めるキングゲイナーに、本能が危険を知らせる。 本能で行動する者は、決して己の本能に逆らうことはしない。 狼達もその例に漏れず、一目散に逃げ出した。 「やったぁ!」 キングゲイナーのコックピットでニコルが歓喜の声を上げ、ゲイナーがピンチを乗り切ったと安堵の息を漏らす。 不安げに成り行きを見ていたティファニアも、ホッと胸を撫で下ろした。 張り詰めていたものが解き放たれ、楽になった筈の彼女の心にある想いが影を落とす。 それはゲイナーに対する負い目。 あの時、自分達を助けようとしていたゲイナーを疑ってしまったのだ。 それがほんの僅かだったとしても、彼女にとっては許せるものではない。 人々から恐れの対象とされるこの姿ゆえ、ティファニアは今まで人里離れたこの森で静かに暮らしてきた。 それでも一緒に暮らす子供達と、そんな自分達を支えてくれるたった一人の姉がいてくれたからこそ、彼女は希望を失わずに済んだ。 だから、彼女は誓ったのだ。 疑うのではなく、信じようと。それなのに―― 今更こんなことを思うのは我侭かもしれないけど、それでもゲイナーに謝りたい。 そう思うティファニアの意識は、自然と彼の方に向いていた。 「ゲイナー、ごめんね」 「え……?」 コックピットのシート越しから、ゲイナーが意外な顔でティファニアの顔を覗く。 「わたしね、さっきゲイナーが狼を追い払おうとした時、少しだけあなたのことを疑っちゃったの。まさかこのゴーレムを動かせるだなんて思ってもみなかったから……でも、どんなことがあっても人を疑うのはよくないよね。だから、ごめんなさい」 その言葉を聞いたゲイナーは暫し驚きの顔を見せていたが、やがて気を取り直してこう返す。 「いや、何ていうのかな……そのさ、テファの言ってることは尤もだと思うよ。もし僕が君と同じ立場だったとしても、疑いを抱いてたと思う。でも、大事なのはそこから先なんじゃないかな」 それは何かと思い、ティファニアがゲイナーを見やる。 「疑いを持ってしまったけど、それでも君は逃げずに素直な気持ちで自分自身と向き合った。それが出来る君はとても立派だよ。もっと自信を持ってもいいと思う」 「ゲイナー……」 「偉そうなこと言ってごめん。僕だって人に説教できるタチじゃないんだけど」 そんなことはない。 ティファニアにはその言葉だけで十分だった。 素直な言葉が彼女の口から自然とこぼれる。 「ありがとう、ゲイナー」 気恥ずかしそうに黙りこくってしまうゲイナー。 コックピットを沈黙が支配する。 その沈黙を破ったのはニコルだった。 「ねーちゃんもゲイナーも何さっきからシーンとなってんだよ! 腹へっちゃたよ。早く帰ろーぜ」 「そ、そうね、帰りましょう」 「じゃあ、しっかりつかまってて。このまま村まで飛んで帰るから」 「え? 飛ぶ……?」 疑問を抱くと同時に、ティファニアの体がフワリと宙に浮くような感覚に包まれる。 慌てて周りに目を向けると、地面がどんどん遠ざかっているのが見えた。 感覚ではない、本当に宙に浮いているのだ。 「すっげえ、このゴーレム飛べんのかぁ」と、ニコルが目を輝かせる。 「テファ、村の方向はこっちでいいの?」 「う、うん、だいたい合ってるわ」 「そうか、じゃ、行こう」 キングゲイナーが加速し始める。 「ひゃ、ひゃああああああああああ!!」 ゴーレムが空を飛ぶ。 彼女にとっては非常識な事態だけに、ティファニアはただ悲鳴を上げることしか出来なかった。 前ページ次ページ風の通り道
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前ページ次ページ風の通り道 第3話 土くれ姉さん 過去に自然環境の破壊という、自らの存続すらも危ぶめてしまう程の過ちを犯した人類。 同じ過ちを二度と繰り返さないと誓った彼らは、戒めのごとく自らに枷をはめる。 温暖な土地を他の動植物に明け渡し、自らは砂漠や寒冷地といった過酷な大地に移住したのもその一つ。 ただ、はめた枷はそれだけではない。 彼らは環境破壊の原因となった、自らが生み出した技術を次々と封印していったのだ。 だが、一旦慣れきってしまった便利さを手放すことは容易ではない。 特にドームポリスがある場所のような過酷な環境下では、エネルギーの生産を自力で賄えるだけの代替手段が必要だった。 そこで人々は自然環境に悪影響を与えない、新たな動力機関『シルエットエンジン』を生み出す。 これはマシンの外装や骨格を動力(エンジン)と一体化させ、外装や骨格そのものからエネルギーを発生させる仕組みである。 パーツそのものが動力装置となっているので、旧来のエンジンでは難しかった生物のような複雑な動きや、悪路でも走破性の高いマシンの製造が容易に行える。 さらに別個にエンジンを搭載する必要がない分、内部構造に余裕を持たせたり、マシンそのものの小型・軽量化が可能になった。 また、シルエットエンジンは太陽光から直接変換した光子(フォトン)をエネルギーとしている。 熱効率においては石炭や化石燃料よりも遥かに優れているので、地球温暖化の抑制にも一役買っている。 まさに理想的な技術であった。 一般的にシルエットエンジンの原理で稼動する装置はそのままの名で呼ばれるが、人が乗り込んで操縦するタイプのものは『シルエットマシン』、それらの中でも特に大型に属するものは『シルエットマンモス』と呼ばれる。 また、キングゲイナーのような、シルエットマシンをさらに発展させた『オーバーマン』と呼ばれるものも存在する。 シルエットエンジンがドームポリスのピープルの生活に欠かせない存在であるように、キングゲイナーもゲイナーには欠かせない存在であった。 その意味でもオーバーマンを入手できたことは重要である。 皆のところに帰る為の手段を探すには、何よりも情報の収集が不可欠。 だが、この村にはゲイナーが思わず「なんて原始的なんだ」と内心密かに思ってしまった連絡手段(伝書鳩ならぬ伝書フクロウ)しかなく、当然シルエットマシンも存在しない為、それを生身だけで行うのは困難を極める。 その点、オーバーマンがあれば行動範囲が大幅に広がるし、戦闘もこなせるのでいざという時には心強い。 なので、帰還に向けての期待も大きく膨らむ筈――だった。 この地の本当の姿を知るまでは。 ◇ ゲイナー達がニコルを無事に救出し、村に帰った日の翌日。 村の子供達は広場に置かれることになった、未知のゴーレムに真っ先に興味を示した。 「ほんとに青と白だー、変なのぉ」 「違うよ、白と青だよ」 「どっちだっていーだろ、そんなの」 「でも、ニコルの言ってたことは嘘じゃなかったんだね。今まで嘘つきなんて言っちゃってごめんね」 「ごめんな、ニコル」 「ごめんごめん」 一人が謝ったのを皮切りに、子供達が次々とニコルに侘びを入れる。 だが、当のニコルは少々不満げな顔で頬を膨らませたままだ。 「ちぇ、みんな調子いいなぁ。あんなに疑ってたくせに」 「ほんとにごめん。なっ」 「じゃあ、みんな、俺に晩メシのおかず一皿ずつくれよ。そしたら許してやってもいいぜ」 「……それ、調子乗りすぎー」 白青二色のゴーレムの周りで楽しそうにはしゃいでいる子供達の様子を、ゲイナーは少し離れた場所から見つめていた。 頼りになる相棒と再会できた筈なのに、その表情はどこか浮かない。 それは昨晩、キングゲイナーで村に帰った後のこと。 ゲイナーはキングゲイナーのコックピットにこもり、あることを試みていた。 それは仲間達への連絡である。 通常、シルエットマシンやオーバーマンには、味方と連絡をとる為の通信装置が備わっている。 これを使って仲間達に自分の現在位置を知らせれば、すぐにとまではいかなくても確実に合流できる筈だ。 ちなみに今になって行おうとしているのは、先に食事をとっていたからだ。 腹が減っていたというのもあるが、この村では食事は皆で揃ってとるという、共同生活をする上では欠かせないであろう決まりがある。 別に守らなくても何か罰を受けるわけではないが、そのかわり拗ねたティファニアを宥めるという余計な仕事を背負い込むことになってしまう。 これがなかなか大変なので、ゲイナーは気をつけるようにしている。 それはさておき、早速通信を試みる。 ゲイナーも所属するガウリ隊の専用回線だ。 ところがつながらない。 雑音混じりで声が聞こえづらいのならまだしも、全く応答が無いのだ。 その後、他のいくつかの回線も試してみたが、やはり結果は同じ。 距離が離れすぎていて通信自体がつながらないのかもしれない。 次に現在位置を確認してみる。 キングゲイナーのシステムにはヤーパンまでのルートと、その周辺のマップデータが登録されている。 さらに自分とヤーパンの天井本隊の位置も表示されるので、位置把握は容易である。 しかし、それもかなわなかった。 システムから返ってくるのはサーチ失敗の結果だけ。何度やっても変わらない。 どうやら現在地の情報がマップデータに無いらしい。 通信もつながらなければ、現在位置も分からない。 これが昨晩、ゲイナーが試してみたことの顛末である。 双月に続き、これらの事実が彼の中にある、自分が本来いる筈の無い別の世界に来てしまったという疑いを、半ば確信に変えつつあった。 だが、完全な確信を得るにはまだ何かが足りない。決定的な何かが。 (はっきりと分からなきゃ、何をしたらいいか決められないじゃないか……ん? 何だ? あれ……) その場に腰を下ろし、雲一つ無い抜けるような青空をぼんやりと眺めていたゲイナーの目が、遥か空の向こう、森との境界線すれすれの位置にある一つの物体を捉える。 遠目には分かりにくいが、それでも底面は流線型で、上部に突き出た巨大な柱に白い布のようなものを張っているのが分かる。 (あれって、確か……) 自分の中の記憶を必死に漁った結果、あれは『船』であることを思い出す。 もちろん、生まれてからエクソダスに参加するまで、ウルグスクの外に出たことが無いゲイナーは実物の船を見たことが無い。 ネット上に出回っている船の画像を見た程度だ。 それと照らし合わせると、あれは今の鉄製のではなく、大昔に使用されていた木造船のそれに近い。 ここがヤーパンにしろそうでないにしろ、空を飛ぶ船まであるとは驚きだ。 「ゲイナー、何さっきからぼうっとしてんの?」 不意に耳に届く小さな子供の声。 視線を空から戻したゲイナーの傍に、いつの間にかニコルが立っていた。 先ほどまで賑やかだった他の子供達の姿は、今はもうない。 「いや、あれが気になってさ」 ゲイナーは例の空飛ぶ船を指差す。 「ただの『フネ』じゃん」 「いや、だって、空飛んでるんだけど」 「フネが空飛ぶのは当たり前だろ。アルビオンじゃ常識なのに知らないのかよ。なぁ、ゲイナーってどこの生まれだよ」 『アルビオン』というのは、ティファニアによってこの場所に呼ばれた時に聞いたことのある名だ。 それが空飛ぶ船と何の関係があるのだろうか。 いくら考えても関わりが結びつかないから、ここは素直にニコルに聞いてみる。 「アルビオンは空に浮かんでるんだから、フネが無かったら他の国と行ったり来たりできないだろ……って、お、おい! どこ行くんだよ、ゲイナー!」 言葉を聞き終わらないうちに、キングゲイナーに乗り込んで勢い良く村を飛び立つゲイナー。 ニコルの言うことが本当かどうか、確かめてみようというのである。 彼は嘘つきではないが、それでも自分の目で見てみたい。 その先にあるものが辛い事実だったとしても、自分から向き合わなければ新たな道を切り開けないのだから。 ◇ 空の上を飛び去っていく奇妙なゴーレム。 それを森の中、ほとんど獣道と呼んで差し支えない小道から見上げていた人の姿があった。 「なんだい、ありゃ」 フード付きの外衣を纏っている為、顔を窺い知ることは難しい。 だが、その声色から女だということだけは分かる。 女は奇妙なゴーレムがやって来たであろう方向を見やる。 その先に何があるのかを理解した途端、軽く舌打ちをした。 (とうとう、見つかっちまったか。急がなきゃ!) 女は内心吐き捨てると、僅かに覗く口元に苛立ちと焦りを浮かべながら小道を駆け出していく。 太陽はかなり高いところにあるにも関らず、森の中は所々に木漏れ日が差し込む程度の薄暗さ。 時折聞こえるのも、吹く風を受けて擦れあう枝葉の音や、鳥の鳴き声のみ。 まるで、この森の全てが人の侵入を拒んでいるようだ。 だが、女はそんなこともお構いなしにひたすら道を突き進む。 尚も走り続けてしばらく経った頃、それまで続いていた木々の連なりが突然終わりを迎える。 入れ替わるようにして女の視界に飛び込んできたのは、あのウエストウッド村だった。 村といっても粗末な家屋が数軒と、住人達の分の食料を賄うだけで精一杯そうな小さな畑があるだけ。 その中の一軒の家屋の煙突から、一筋の煙が昇っている。 今はちょうど昼頃だ。食事の準備をしているのだろう。 女はその光景に安堵したのか、大きく息を吐く。 先ほど頭上に見かけた妙なゴーレムは、この村の方向から飛んできた。 もしや、そのゴーレムに村が襲われたのではないかと女は心配になったのだが、それは杞憂だったらしい。 女は被っていた外衣のフードをおろし、左右に分けられた薄緑色の髪を露にさせる。 その顔からは身一つで旅をしているわりに、そこはかとない気品が感じられた。 めかし込んで微笑みの一つでも湛えていれば、世の殿方は黙っていないだろう。 と、そこへ―― 「あ、マチルダねーちゃん」 「おかえりーっ」 近くで遊んでいた子供達が、彼女の元へ嬉しそうに駆け寄ってくる。 「ああ、ただいま。ちゃんとテファの言うこと聞いて良い子にしてた?」 「うんっ!」 マチルダと呼ばれた女は子供達の頭に手をやり、軽く撫でる。 「偉いぞぉ。ところでテファはあそこかい?」 「そうだよ」 「そうか。じゃ、姉ちゃんはテファに用事があるからね。お前達は遊んでな。あんまり遠くに行くんじゃないよ」 「はーい」 マチルダは子供達と別れた後、煙突から煙が昇っている家屋へと足と向けた。 「ただいま」 静かにドアを開け、片足を踏み入れると同時にお決まりの言葉を吐く。 この家は入口から見て、左手の奥まったところに台所がある。 そこに目当ての人物、ティファニアがいた。 釜戸の上に置かれた大きな鍋をかき回している。 彼女は食事の支度に夢中で、マチルダの存在に気づいていないようだ。 それに入口から姿が見えるといっても、ここから台所までは少し離れている為、普通の大きさの声で帰ったことを告げても彼女の耳には届かないだろう。 そこでマチルダは少しいたずらっぽい笑みを顔に浮かべ、気配を殺しながら彼女の背後に近づく。 そして彼女の長い耳元で「ただいま」と囁いた。 「ひゃっ!? だ、誰?」 「あたしだよ、あたし。姉さんの顔も忘れちまったのかい?」 「あ、姉さん……おかえりなさい……」 言葉を返すティファニアの表情は半分固まっていた。 突然の姉の帰宅に驚いているのか、それとも意表を突かれたことに驚いているのか、それはティファニア自身もよく分かっていないと思う。 「いきなり帰ってくるなんて珍しいね。いつもは事前に連絡をくれるのに」 「急に短い暇が貰えたんでね。連絡してる余裕が無かったんだよ。それよりこいつさ」 マチルダは自分の荷物から取り出した革袋を、食卓の上に静かに置く。 革袋には中身が入っているらしく、ジャラリと小気味良い音を立てた。 「開けてみな」 姉に促されるまま、ティファニアが袋を結わいている紐を解く。 中にはアルビオンでも広く流通しているエキュー金貨がずっしりと詰まっていた。 「こ、こんなに? すごい量じゃない」 ティファニアはその量に驚く。 今のティファニア達の生活規模なら、使い切るのに二、三年はかかる額だ。 「仕事が忙しくなりそうなんで、今までのようにまめに仕送りできなくなるかもしれないんだ。だから纏めて持ってきたのさ」 「こっちにはどの位いられるの?」 「なんせ短いからねぇ。明後日の朝には発たなきゃならない」 「そう……」、とだけ答えて俯くティファニア。 「なにこの世の終わりみたいなツラしてんのさ。もう二度と会えないってわけじゃないんだよ。それとも、姉さんが信じられないってのかい?」 「……ううん、そんなことないわ。でも……」 「心配するなって。たとえ離れてても、あんた達のことは一時も忘れたりはしないさ。だから、テファもあたしを信じな。それが家族ってもんだろ」 「そうよね、私も信じなくちゃ。ありがとう、姉さん」 ティファニアは柔らかく微笑む。マチルダの励ましが彼女に届いたようだ。 励まし方としては少々ぶっきらぼうだが、そんなことはこの二人には関係ない。 形式や過程がどうであれ、強い絆で結ばれた者同士なら想いは伝わるものだ。 「そうこなくちゃな。やっぱりテファは笑ってる方が可愛いよ」 マチルダは励ましの仕上げの意味を込めて、ティファニアの背中を軽くパンと叩く。 彼女は「ケホッ」、と短く咳き込んだ。 「もう、姉さんったら……それより、お昼まだでしょ? あと少しで出来上がるから待ってて」 「そうかい。じゃ、あたしはチビ達を集めてくるとするかねぇ」 「ええ、お願い」 「ああ、任せな」 ◇ 家族全員で食卓を囲んでの昼食。 ティファニアや子供達は皆、久しぶりに帰ってきた姉との食事を楽しんでいるように見えた。 が、マチルダはそこに何か違和感を感じ取る。 まるで、自分がいない間に家族が一人増えたような感覚を。 そして、食事が終わった後。 「そういえばさ」 ティファニアとともに、食事の後片付けをしていたマチルダが話を切り出した。 「なに?」 「ここに来る途中で、妙なものを見たんだよ」 「妙なもの?」 「ああ、実はね……」 マチルダはあの時に見たゴーレム――色は白と青、限りなく人の形に近く、頭部からは髪の毛のようなものを何本も生やしている――のことを彼女に話す。 その途端、今まで笑みを浮かべていたテファニアが神妙な面持ちになった。 それだけでマチルダは直感した。やはり自分のいない間に何かあったのだと。 「何か知ってるようだね。話してみな」 「わ、私は別に隠してるつもりじゃ……」 「それは分かってるよ。でも、こういうことはなるべく透明にしておきたいんだ。あんた達を守る為にもね。だから、正直に話してごらん」 「分かったわ、姉さん」 ティファニアはマチルダが村を留守にしている間に起こったことを語った。 サモン・サーヴァントでゲイナー・サンガという名の少年を呼び出してしまい、今は村で一緒に暮らしていること。 ゲイナーが元いた場所に聞き覚えが無いこと。 ゲイナーを呼び出してからおよそ一週間後、近くの森の中で彼の所有と思われる変わったゴーレムを見つけたこと。 そのゴーレムはマチルダが見たゴーレムの特徴と一致していた。 名はキングゲイナーというらしい。 名付けるならまだしも、それが自分の名前をそのままってのは一体どういうセンスをしてるんだ? ――それがマチルダの率直な感想だった。 「それにしたって、なんてこったよ……」 ティファニアの話を聞き終えたマチルダは頭を抱える。 自分の留守の間に村の秘密がばれかねない事態が起こっていたからだ。 彼女達は何も好き好んでこんな辺鄙な場所で暮らしているわけではない。 それはある理由により、ティファニアを人目に晒せないからであった。 理由の一つは、彼女が普通の人間と異なる容姿をしているから。 ティファニアは人間と『エルフ』の間に生まれた子である。 エルフとはここより遥か東に位置する砂漠に居を構え、さらにその先にある『聖地』という名の場所を封印していると言われる種族。 特徴としては人間より長く尖った耳を持つ。 多くの者は人間を蔑んでおり、また、『先住魔法』という人間側の魔法とは全く異なる系統の魔法を使用する為、人間達からは脅威と見なされ、忌み嫌われる存在なのだ。 それはエルフの血を半分受け継いでいるティファニアも例外ではない。 もちろん、彼女が人間に対して負の感情を抱いているわけではないことをマチルダ自身良く知っている。 しかし、何千年にも及ぶ両種族の歴史の中で、互いに染み付いてしまった嫌悪的感情を取り払うことは一筋縄ではいかない。 自分や、そういった背景を知らない年下の子供達は何の偏見も無く彼女と接している為、それがどこかもどかしく感じられるのだ。 そして、二つ目の理由はティファニアの特殊な生い立ちにある。 彼女が人間とエルフのハーフであることは先ほど述べた通りだが、片親はアルビオンの現国王ジェームズ一世の実弟に当たる人物。 つまり、(純血ではないが)エルフでありながら、彼女は人間の王族の血をも受け継いでいるということになる。 だが、忌み嫌う種族の血を引く者が一族の中にいることが周知されれば、それだけで王家の沽券に関わるというもの。 そのことを恐れたジェームズ一世は、ティファニアと母親のエルフに国外退去を命じる。 ティファニアの父親は当然の如く反発するも、それが逆に兄王の怒りを買い、彼の手の者に妻共々殺されてしまったのだ。 また、ティファニアの父親に仕えていたマチルダの父親も、忠誠心からエルフの母子を自らが治める領地内に匿っていた罪で、王家からお家取り潰しを受けてしまう。 ティファニアと幼い頃から姉妹のように親しかったマチルダは、王家の手の者から逃れる為に、彼女と共に今の村がある森の中で暮らすようになる。 その後、ある仕事をするようになり、それで稼いだ金をティファニアや、後に村に連れてきた孤児達に生活費として送っていたのだ。 自分に出来ることはこれくらいしかないが、それでも彼女達を守る者としての務めは果たしたい、という意味を込めて…… こうして今に至るわけだが、二つ目の理由として懸念すべきことは他にもある。 今から二年程前、突如としてオリヴァー・クロムウェルなる人物が、『聖地』奪還と貴族による共和主義の実現を目指すという大義を掲げ、表舞台に現れる。 彼はその大義の元にアルビオン貴族の大半を抱き込み、『レコン・キスタ』という名の組織を興して王家に反旗を翻したのだ。 それから今日まで、両者の間には小競り合い程度の戦いが幾度か生じた程度だったが、巷では近いうちにレコン・キスタ側が大攻勢をかけるという噂が流れていた。 もし、レコン・キスタが王家を滅ぼすようなことがあれば、王族の血を引くティファニアにも奴らの手が及ぶ可能性がある。 そんな頭が痛くなるような時に降って沸いたのが、例の少年とゴーレムである。 「ごめんなさい……姉さんの気持ちも知らないで、わたし……」 悲痛な面持ちで深謝の言葉を搾り出すティファニア。 「もう落ち込むのはやめな。そんなんじゃいつまでも進展しないからね」 「姉さん……」 ティファニアの行いは確かに迂闊だったが、マチルダにはそれを責める気などない。 既に終わったことに目を留めて責め続けるより、その先のことを考える方が余程大事だと思うからだ。 今回のことでいえば、ゲイナーを呼び出してしまったティファニアの責任より、ゲイナー自身のこれからについて考えることの方が重要だということ。 彼が何者なのか分からないのは釈然としないが、少なくともあのゴーレムをこのまま村に置いておくわけにはいかない。 王家やレコン・キスタの手の者が狙っているのかもしれないというのに、あんなものにうろつかれていては目立って仕方が無いからだ。 ならばいっそのこと、彼をここから追い出すか。 コントラク・サーヴァントはまだ行っていないようだから、そう難しくはない。 ここは自分が凄みを効かせてやれば、わりと簡単に……いや、やはりできない。 心優しいティファニアがそんなことを望むだろうか? 彼女の悲しむ姿が容易に浮かぶこの案は、自動的に却下された。 何か他に手は……、と考えを巡らせていたマチルダは、そこであることに気付く。 あのゴーレム、自分の仕事の役に立つのではないかと。 それなら村から引き離すこともできるし、追い出すわけではないのでティファニアが悲しむこともない。 彼に接触を試みてみよう。 何者かなどは二の次。ついでに聞けばいい。 「さてと、ちょっと出掛けてくる」 「今から? どこへ行くの?」 「ただの散歩さ。日が暮れる前には帰るよ。じゃ、あとはよろしく」 「え、ええ、気をつけてね……」 顔をきょとんとさせるティファニアを残し、マチルダは部屋を後にした。 ◇ (さてと……あれにしようかね) 村から少し離れた森の中へとやって来たマチルダ。 人が乗っても丈夫そうな枝の生えた大木を見つけると、手にしていた指揮棒のような杖を振り上げ、『フライ』の魔法を詠唱し始める。 詠唱が終わったところで杖を軽く振ると、重力を無視したかのように体がフワリと浮き上がった。 そのまま先ほど見つけた大木の枝に軽やかに降り立ち、幹に寄りかかる。 準備完了。あとはあのゴーレムがやってくるのをしばしの間、見張りながら待つ。 ティファニアが言うのは、朝には確かにいた筈のゲイナーとキングゲイナーが、いつの間にかいなくなってしまったのだという。 彼がいなくなった理由は不明だが、ふらりと一人で旅に出てしまったとは考えにくい。 ゲイナーは元の場所に帰りたがっているらしいが、今のところ具体的な手が見つからないから村に留まっているとも聞く。 それだけでも彼が、考えを纏めてから行動に移すタイプの人間であることが窺える。 村を出て行くにしても、十分な情報を集め、それを元に周到な準備を施す筈だ。 今回いなくなったのも、情報を集めに行ったからではないだろうか。 ならば、彼は必ず戻ってくる。 それから時折、辺りを見回すこと小一時間。 目当てにしていたものが、日が西に傾きかかった空の向こうから現れる。 先ほど頭上に見えたのと同じ姿のゴーレムである。間違えようも無い。 マチルダは再び杖を手に取り、今度は別の魔法の詠唱を行う。 すると、近くの地面が山のような勢いで隆起し、巨大な土の人形を形作る。 マチルダが最も得意とする、ゴーレムを作り出す魔法である。 彼女は枝からゴーレムの肩に軽快に飛び乗ると、一言呟く。 「さあ、あんたの力を見せて貰うよ」 白と青のゴーレムが空中で静止する。こちらの存在に気付いたらしい。 マチルダは、自ら作り出したゴーレムの矛先をそちらに向けた。 前ページ次ページ風の通り道
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☆★部隊交流★☆ Bカセバナナ国のいろいろな部隊への道 『ライス』 部隊 カタリナさん率いる『ホワイトライス』をはじめ6部隊で構成されている部隊連合です。 悪の結社ルーティア もうほとんど馴れ合いサイト ダメージ1万越えを目指すページ 弓でとても参考になるページです。 お役立ち情報 ファンタジーアース ゼロ公式 FEWiki カセドリア連合王国専用 Wiki
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厄神様の通り道 ~ Dark Road 作品:東方風神録 〜 Mountain of Faith. シーン: データ BPM 156 拍子 4/4 再生時間 調性 使用楽器 コード進行 ZUN氏コメント 2面のテーマです。 1面とは対照的に暗めな曲です。良い感じに西洋的とも東洋的とも取れる曲だと思います。 ボスがゴスロリ風なので、こんな感じの曲になりました。 少しミステリアスなイントロから、視界が開けるサビへと移行する部分は、かなり気持ちが良い物です。 解説 【イントロ】 |F#-7 G#7|A△ G#7|C#-7 A6|A△ G#7| 【A】 |F#-7 G#7(♭9)|A△ G#7|C#-7 A△/C#|A△ G#7| 【B】 |D△ E7|F#-7 E7|D△ E7|F#-7| |D△ E7|B-7 C#-7|D△ E7| (1)|F#-7 C#7/F| (2)|F#7|〃| コメント この曲の話題なら何でもOK! 名前 コメント すべてのコメントを見る
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深夜の見滝原は無論、昼間よりも人気がないものの。今夜に至っては騒がしい。 他にもサーヴァントが暴れており、消防車か救急車か。どちらか分からない音色が響き渡る。 ある程度、足先を進めていた少女・桂木弥子は周囲を警戒し、順調に自宅へ向かっていた。 弥子の傍らで共に並ぶアーチャーの箒に、洗濯物を干すみたいに少年・アイルは乗せられている。 非常に開けた場所で、誰かが居ればアーチャーの宙を浮く箒に注目する恐れがあった。 弥子はいよいよ立ち止まり、アーチャーと深い眠りに沈むアイルを振り返る。 不安を帯びて弥子が尋ねた。 「このまま大丈夫かな……?」 アーチャー……霧雨魔理沙は険しい表情で周囲の感知をする。 「サーヴァントも使い魔の気配もないぜ。少なくても私達の近くに限ってだが」 「この人のサーヴァントも?」 アイルを横目にやる弥子に問いかけ。 それに対しても、魔理沙が表情を崩さずに答えた。 「本当にアサシンだったら気配遮断で感知は出来ない。何とも言えないな」 「そっか……」 「まぁ、少なからずサーヴァントと出くわす覚悟はした方が良いぜ」 弥子は思案する。 彼女も奇妙な体験をした身、聖杯戦争で決断一つが重要である事を承知していた。 サーヴァント同士の戦闘。 改めて、平凡かつ普通の弥子にはついて行けない現実が突き付けられた。 しかし。 彼女の腹の虫が訴えるかの如く、耳障りな音を静寂の夜を切り裂くように長々と響かせた。 桂木弥子は、空腹だった。空腹、よりもエネルギー不足だろう。それも生命の危機に瀕するレベルの『空腹』である。 魔理沙が用いた魔力消費や、サーヴァント同士の戦闘から離脱できた安心感のせいか。 腹が鳴る音は異常を極めていた。 流石の魔理沙も呆れではなく、深刻気味に唸った。 「悪い、つまみ食い用のキノコはさっきマスターが食べた分で終わりだぜ」 「だよね。うう……食べるしかない………」 涙を浮かべつつ弥子は、クーラーボックスを開けて釣りあげた魚――大き目の鯉を一匹手に取る。 魔理沙は慌てて静止する。 「おいおい! そのまま食うのはやめろって」 「もう限界!!」 「こんなんに魔力を使いたくなかったけど――ホラ、これで魚を焼くぞ」 魔理沙が取り出したのは『ミニ八卦炉』。 戦闘でも加速装置っぽい活躍をしたマジックアイテムを、コンロ代わりにするとは夢にも思えない話だ。 実際、ミニ八卦炉は魔理沙が放出する火力を加減出来るので、食料を焼くのは最適である。 味付けも無いに等しいが、とにかく食べなければ動きようもない弥子は仕方ない。 パチパチと鯉が見事に焼けて行く音が、最先端の近未来都市の一角。 誰の姿もないヨーロッパ基調を彷彿させるレンガを敷き詰めた道なりの途中で響いた。 鯉を焼き終えた頃合いには、一旦二人は物影に腰をおろして。 申し訳ないが、寝入っているアイルも道に横たわらせ、一時的な休息とする。 数分も経たない内に、弥子は鯉を完食した。 「ハァ……やっと落ち着いた。ごめん、アーチャー……」 「なら良いんだけどな。他のサーヴァントもこっちに気付いちゃいなかったし ……いや、気付いてても戦いに専念してたんだろうぜ」 戦闘。聖杯戦争は刻々に展開を広げている。 無我夢中に弥子が鯉を食している内に、一体どれほどのサーヴァントが己が思惑を胸に行動していた。 死者がいないことを願いたいものの。 弥子達は、重大な危機――飢饉に陥ろうとしていた。 そもそも戦闘が無ければ、最低でも一日分の食料を確保する予定でいたのだ。 また日を改めて釣りに……いや池の釣りは難しい。沿岸側で試みる他ない。 何より。 今日一日食料はどうするべきか。圧倒的に『足りない』。 主催者が提供した主従関係を深める為の準備期間で、すでに残金は0に近いほど使い果たしてしまったと言うのに。 先を見据えると、更に悲しさが増す弥子。 誰かに食べ物を恵んで貰いたいものの、欲する量が圧倒的に『普通』を凌駕している。 彼女へ救いの手を差し伸べる者はいるのだろうか? 「……つくづく理解できない点が多い」 そう誰かが語る。 アイルでもない、弥子じゃないし、魔理沙でもなかった。 なら、これはアイルのサーヴァントの声か? 「『この』見滝原と呼ばれる街は、聖杯戦争の為だけに用意された舞台装置でしかない。 幾人かのマスターやサーヴァントの行動から分かる通り。 僕達は犯罪行為を禁止事項であるとは一言も注意していないにも関わらず…… 桂木弥子。君は人間特有の『良心の呵責』で食料を盗むのを躊躇し続けている。死に直面する状況であっても」 トコトコ、そう効果音を鳴らし歩んでいる風な一匹の白い獣が現れた。 猫?に近いだけで、異なる生命体だろうが、少なくとも弥子や魔理沙の知識にもない存在であった。 白い獣が語り続け。 そして、気配もなく出現した獣を、弥子と魔理沙は注目せざる負えない。 困惑と警戒を渦巻く彼女達を余所に獣は愛想良い態度で告げた。 「僕の名前はキュゥべえ。君を助けに来たんだ、桂木弥子」 ☆ 生生しい現実だが『キュゥべえ』と自称する謎の獣が差し出してくれたのは『現金』。 基本的に、一個人を擁護する行為は主催側は行わない。不公平だからだ。 だが、桂木弥子の救済措置は『彼女の不公平』を他のマスターと公平にする為に行うらしい。 「僕達は常に見滝原全土を監視し、観察し、状況を把握している。 検討の結果。桂木弥子、君は肉体の燃費消耗が平均よりも異常に悪いと判断させて貰った。 この『食料資金』は存分に使用して貰って構わない。食料問題に再び直面した際も、最低限のサポートはすると約束しよう」 「え……えっと。ありがとう、ございます……?」 可愛らしいマスコットにお礼を述べるのを、弥子は現実味ない感覚で戸惑い気味だ。 魔理沙は、如何にも怪しんでキュゥべえをジト目で眺める。 「後から高額請求しないって保証はあるのか。大体、ホントにお前……主催関係者?」 「そうだね……」 キュゥべえは意味深に間を置いてから答えた。 「まず、君のマスター・桂木弥子のサポートに関しては十全に行うと誓おう。 この事を次の定時通達に触れておこう。それで信用してくれる筈だ」 「なら昼までは分からんな。じゃあ、さっきお前もベラベラ喋った通り、 私達が食べ物を盗む可能性もあった。それを待たなかったのは何故だ?」 「君たちが食料を盗む可能性は0に等しいと判断したまでだ。最もこれは『僕達』の意見ではないのだけどね」 呑気に毛づくろいする仕草を見せ、キュゥべえは続ける。 「僕達は聖杯戦争を完遂させなければならない。 その過程で『マスターの餓死』と言うイレギュラーな脱落は、最低限回避したいんだ」 「完遂ねえ……率直にお前たちの目的を聞かせて欲しいんだが」 「ちょ、アーチャー」 直球な問いかけに弥子も驚く一方。 キュゥべえそのものが、特別目につく反応を起こす事は無い。不気味なほど淡々と。 感情らしい素振りも見せずに、機械的な返答をした。 「残念だけど、その質問は答えられない」 「ふうん」 「誤解しないで貰いたいから、これだけは教えよう。僕達の目的を君たちに明かしても格別支障はない。 むしろ、明かした方が君たちは納得して貰えると推測している」 「お前の言い分がますます分からん」 「ある事情で君たちに情報を開示する事が出来ないんだ」 キュゥべえの言葉を聞いても、弥子と魔理沙は理解と納得に無理がある。 恐らく、キュゥべえも彼女達の心情を察しているだろう。 ただ、如何なる手段を用いても情報開示は叶わない意志表示だけは明白だった。 これ以上、何を質問しても『無駄』だと。 「僕の役目も終わった。向こうに戻るとするよ。桂木弥子、君の健闘を祈る」 闇に溶け込むように踵返す獣を、魔理沙は見届けるだけにする。 主催側の存在とはいえ、まだ仕掛ける時じゃない。 弥子の食料事情が皮肉にも改善された以上、無理に敵対してはならない相手なのだ。 ポンと呆気ないほど容易く増えた現金を眺め、キッチリ仕舞い込んでから弥子は魔理沙に聞く。 「アーチャー……さっきの生き物?に覚えはある……?」 「キュゥべえ? いや無い。アレこそ使い魔っぽい印象はあるな。口ぶりからして背後に誰か居るんだろう」 キュゥべえは主催側を称していたが、どうやら異なる存在――黒幕がほのめかされていた。 実際、少し言葉を交わしただけであっても。 弥子はキュゥべえが『言葉通じるだけ』の生物で。 まるで個々の中身もない、量産された人工知能と対話するような印象を抱いた。 魔理沙が改めて尋ねる。 「マスターはどう思う」 「……キュゥべえは聖杯戦争の主催側の存在だと思うよ。他のサーヴァントの使い魔って感じはしない。 ただ。なんだろう。変だけど、本当に嘘はついていないんじゃないかな」 弥子の言葉は、極々稀に鋭い部分もある。 彼女はキュゥべえを純粋に『一つの生命』として注視した視点で語っていた。 使い魔風情程度。勘触る程度にも扱わない人造人間(ホムンクルス)に扱う魔術師のような感覚では想像に至れない領域。 ごく普通の人間だからこその視点。 だが、深く考えても答えは導き出せない。 キュゥべえの、主催者の思惑を無視は出来ないが……それ以前にやらねばならない点が多かった。 弥子は魔理沙に真剣な表情で頼んだ。 「そういう事だから、アーチャー。――――残りの魚、全部焼いて欲しいんだけど」 「おい」 ☆ 呑気に魚を焼いてる場合じゃないが、手元に十分な現金を確保した意味で、弥子は安心の空腹を感じたらしい。 ただ、調理に時間を裂く訳つもりはなかった。 食料確保ばかりを重視し、空腹で頭が回らなかったからこそ、弥子は冷静に状況を見定める。 今日まで、割と色々あった事を思い出す。 アヤ・エイジアへの犯行予告……相手はよりにもよって怪盗X。 悪の救世主の集会。それは明日、市民ホールで開かれる。果たして彼の救世主は現れるのか? そう……救世主。 弥子はある程度、焼き終えた鯉を半分ほど平らげた段階で、ピンと脳に一筋衝撃が走った。 討伐をかけられていた救世主。 ――ソレに酷似した少年と、昼間に出くわした事を思い出す。 咄嗟に『人違い』で終わらせてしまったが……残った鯉を食べ終えて、弥子が言う。 「ねえ。昼間に会ったセイヴァーに似た人……何だったんだろう」 「あの良く似た奴? 少なくともサーヴァントじゃないけどな」 魔理沙も遅れて反応した。 しかし、実際に彼がマスターだったとしたら。 人気多い商店街で戦闘になりかねない状況だったし、聖杯戦争開始前に戦闘を行えば、あのキュゥべえに指摘されていたかも。 禁止、とは明言されてなかったが。 後から面倒事に成り得る雰囲気も少なからずあった。 魔理沙以外のサーヴァントが、嫌がおうにも大人しかったのは暗黙の了解に近しい。 改めて空腹が落ち着き、弥子は周囲の取り巻く状況に対し考える。少なめの、魔人に言わせればミジンコ並の脳で。 「アヤさんの事は放っておけないよ」 怪盗Xの変身能力は異端でイレギュラーだ。 よっぽど勘の優れた、あるいは看破能力を秘めた英霊でなければ、一度でも騙されること間違いない。 脅威であり、弥子は奇跡的に非現実な事態でXと対峙した事があったからこそ。 対処法を模索しろ、と言われても。 対処のしようがない、が最適解だった。 マスター・弥子の考えを分かるからこそ、魔理沙は頭を抱えた。 「アヤって奴を探すか? Xは探そうにも姿形を変えられるんじゃあなぁ」 「そうしたいけど、アヤさんがどこに居るのか分からないし。全然情報も無いんだよね……だから悩んでる」 「んー……テレビ局で接触する方が確実って事か。あとは―――『暁美ほむら』だな。 しかし、コッチも見滝原中学はマスターが侵入できない。私は霊体化なり、侵入したって良いけど」 考えに考えた結果。残念ながら、妙案は浮かばない。 むしろ、弥子はどうも最初の『謎』が脳裏に過るのだった。 再度確認として討伐令の写真――『セイヴァー』の姿を見直す。 ……似ている? むしろ弥子が出会った少年が……例えば『成長したら』。セイヴァーに近付くかもしれない。 似ているんじゃあない。 ひょっとして―――まさか『同じ』? 弥子は「ねえ」と魔理沙に呼びかけてセイヴァーの写真を見せた。 「アーチャーが会った『時を止めたサーヴァント』と似ている? それとも……同じ?」 「んん?」 妙な質問だ、と魔理沙は思うが。改めて写真を眺め直す。 「…………『似ている』だな。同じとは思えない。アッチの方が細身だったけど」 「細身?」 「見かけよりも雰囲気が違う気がする」 「そっか」 全ての、最初の謎は『セイヴァー』が関係しているんだろう。 聖杯戦争の根本と関係あるかは不明で、だけど……弥子が巡り合った彼と似た少年も。 魔理沙と対峙したサーヴァントも。 似ているか、同じにしろ。無関係ではないのだ。 最も、討伐令に関する問いかけをキュゥべえが返答してくれる訳がない。 そして……弥子は一つの決断を下す。 ★ 「―――報告は以上です。ボス。ですが、奴らが『わざと』間違った情報を流している可能性もあります」 電話(捨ててあった折りたたみ傘)を耳に当てながら、一人の少年が言う。 アサシンの別人格・ドッピオ。 彼もまた、特殊な気配遮断により姿形を完全に消し去っている状態にあった。 ドッピオは、弥子達の情報をボス……即ち、主であるディアボロに伝えている。 彼女らは「ひょっとしたら周囲にアイルのサーヴァントが居るかもしれない」と考慮している筈。 『電話』ごしのディアボロは、冷静に答えた。 『奴が本当にアヤ・エイジアと交流ある人間ならば「まだ」利用価値がある……… 良いか、ドッピオよ。奴らは取るに足らない、聖杯戦争に反旗する側だからこそ「隙」が生じる 恐らく……奴らは「セイヴァー」との接触を優先する筈だ』 「な、何故セイヴァーに!? まさか、アヤ・エイジアに関する警戒はフェイク……あっ、ボス!」 物影より弥子たちの様子を伺っていたドッピオは、彼女達の動きを見た。 相変わらず、アイルを箒に乗せ。 弥子と魔理沙は徒歩だが、確実にどこかへ向かおうと足先を向けている! 「奴ら、どこかへ向かうようです! こっちの尾行を撒くつもりだ!」 『いいや。違うぞ、ドッピオ! 奴らの行き先は分かる……「見滝原中学」だ』 「え……奴らが? 一体どうして」 『奴らは「情報」を得ていないのだ。アヤ・エイジアの居場所、怪盗Xの所在……話に挙げていた セイヴァーに似た連中に関する手掛かりも。奴らが唯一知るのは討伐令にかけられた「暁美ほむら」!』 弥子たちから新たに『セイヴァーに似たマスター』という忌まわしき情報が浮上したが。 アヴェンジャーは間違いなくディアボロ達の追跡を行わず撤退。 彼の行方も不明のままだ。 しかし、あの戦闘からしばらく経過した今まで『時間停止』は幾つか発動されている。 魔理沙とディアボロが出くわしたアヴェンジャーは、理屈に合わず『5秒しか』時を止められない。 逆にセイヴァーは『5秒以上』。 『入門』が容易な時間停止……恐らくマスター側が発動していると思しきものは、何秒どころじゃあない。 アレは魔力次第では数分も簡単な筈。ディアボロの敵ではないが…… 一番の問題は『長時間の時間停止』を行ったサーヴァントだった。 どうもソレがセイヴァーの『時間停止』とは比較にならない、高度な宝具だと分析出来るほど。 レベルが違う。 ディアボロの警戒する更なる脅威が浮上したのだ。 (今は確実な脅威の一つ、セイヴァーを抹消しなくては………) 『ジョバーナ』の一族とディアボロが嫌悪する彼らも、あの宝具を黙認する訳がないと想像できるが。 それとこれは別だ。 魔理沙たちを『利用』するように、誰かを味方につける甘い考えは取らない。 『このまま追跡をしろドッピオ! セイヴァーが現れた時、この私がそちらに向かい「倒す」!! 分かったな』 「わかりました……」 ディアボロとの電話が切れる。 手にしていた折りたたみ傘を放り捨て、ドッピオも一つ考えていた。 彼は別人格である以上、彼自身の思考もある。 「ボス……嫌な予感がするのは僕だけですか………『顔が似ている』とか『能力が同じ』とか どうしてこうも『セイヴァー』と似た奴がいるのは『何故』なんだ……?」 キュゥべえなる謎めいた使い魔。 大概、胡散臭い雰囲気を隠し切れていないせいも含まれているが。 ドッピオは新たな不安を抱き始めた…… ☆ 「実際、どうなんだろうな」 魔理沙がぼやく。弥子の『暁美ほむら』との接触を悪くはない。 ただ肝心の暁美ほむらは、見滝原中学に現れるのだろうか? 弥子は、申し訳なく思いながら邪魔になる釣り道具を、あのまま放置して、記憶を呼び起こす。 見滝原中学校。携帯端末で場所を確かめる。 先ほど弥子たちから近い位置で謎の白煙が上がったりして、戦闘の恐れもある方角だ。 避けて、見滝原中学へ向かう場合、遠回りになる。 アイルを連れてゆくなら、尚更ルートはソレで行く事だろう。 「でも……私達に今できる事は、これしかないよ」 「だな。他のサーヴァントとも会えるのを期待するか」 新たなる期待を胸に彼女達が向かう先、そちらに希望なるものがあるとは限らない。 【B-3/月曜日 未明】 【桂木弥子@魔人探偵脳噛ネウロ】 [状態]魔力消費(小) [令呪]残り3画 [ソウルジェム]有 [装備] [道具]携帯端末 [所持金]数十万 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争の『謎』を解く 0.見滝原中学へ移動する 1.セイヴァー、あるいは暁美ほむらとの接触 2.アイルとは話をしたい 3.キュゥべえについては…… 4.時間が近づけば、アヤの救出に向かいたい [備考] ※バーサーカー(玉藻)を確認しました。 ※セイヴァーに酷似したサーヴァントが時間停止能力を保持していると把握しました。 ※アサシン(ディアボロ)に関する記憶は完全に忘却してます。 ※主催者側の存在、キュゥべえを知りました。 ※セイヴァーに酷似した存在達に何らかの謎があると考えています。 【アーチャー(霧雨魔理沙)@東方project】 [状態]魔力消費(小) [ソウルジェム]無 [装備]魔法の箒 [道具] [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:弥子の指示に従う 0.そっくりさんは三人居るってもんだよな 1.見滝原中学へ移動する 2.時を止める奴は信用しない。 3.キュゥべえも胡散臭いな…… [備考] ※バーサーカー(玉藻)を確認しました。 ※アヴェンジャー(ディエゴ)を確認しました。時間停止能力を保持していると判断してます。 ※アサシン(ディアボロ)に関する記憶は完全に忘却してます。 ※アイルのサーヴァントがアサシンではないかと推測してます。 ※主催者側の存在、キュゥべえを知りました。 【アイル@グランブルーファンタジー】 [状態]魔力消費(小)精神疲労(大)熟睡 [令呪]残り3画 [ソウルジェム]無 [装備] [道具] [所持金]親(ロールの設定)からの仕送り分 [思考・状況] 基本行動方針:元の世界に戻る 1.セイヴァーの討伐報酬を狙う [備考] ※ライダー(マルタ)のステータスを把握してます。 ※バーサーカー(玉藻)を確認しました。 ※ボーマンに乗っ取られている間の記憶はありません。 【アサシン(ディアボロ)@ジョジョの奇妙な冒険】 [状態]ボーマンに対する苛立ち、ドッピオの人格で行動中 [ソウルジェム]有 [装備] [道具] [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:聖杯の獲得 1.見滝原中学へ向かう 2.ボーマンの件もあり、現時点ではアイルの周囲に留まっておく 3.セイヴァー(DIO)の討伐を優先にする 4.時間能力を持つサーヴァントは始末する [備考] ※アヴェンジャー(ディエゴ)の時間停止スタンドを把握しました。 ※セイヴァー(DIO)はジョルノと『親子』の関係であると理解しています。 ※アヴェンジャー(ディエゴ)はセイヴァーと魂の関係があると感じました。 ※ホル・ホース&バーサーカー(玉藻)の主従を確認しました。 ※弥子&アーチャー(魔理沙)の主従を確認しました。 ※『長時間の時間停止』を行うサーヴァント(杳馬)の宝具を認知し、警戒しています。 ★ 「さて……君に言われた通りにしたよ」 キュゥべえ。 と、可愛らしい名称を名乗った生物だが、実際は『インキュベーター』なる名を持つ彼らに格別感情は無い。 外なる生命体。死すら感覚に無い、我々人類が『宇宙人』と呼ぶに相応しい存在。 先ほど弥子たちと接触した個体は、見滝原ではない別空間に移動していた。 見滝原で行われている聖杯戦争の観測場。 あらゆる現象、あらゆる状況、あらゆる情報が集束・解析される所。 ここは一種の『干渉遮断フィールド』だ。 無数のインキュベーターがそこに集い、聖杯戦争の観察を続けている。 一方で、見滝原に一度移動したインキュベーターの一体が、ある者に話す。 「僕達としては、桂木弥子の餓死が発生したところで支障はない。 何故なら、彼女の召喚した『霧雨魔理沙』の情報は戦闘を通して凡そ89%回収し終えていたからね」 それでも弥子の支援を施したのは? 件のインキュベーターが語る。 「むしろ僕達にとって想定外なのは『君が付け加えた』討伐令だ。 正直、セイヴァーの討伐令を取り下げたいのだけど……どう交渉しようが、君は受け入れないだろうね……」 だから仕方ない。 インキュベーターは感情があれば呆れ、やれやれといった振舞いを見せる。 無意識に挑発する生物に対し、相手が問いかけた。 ん? とインキュベーターが振り向いて、露骨のつもりは無いが、誤解を与える印象を残す態度で答えた。 「セイヴァーの観察は既に終えていないのか、だって? ああ、君には説明してなかったね。僕達の観察に関心がないとばかり――……」 相手の反応を見て、更にインキュベーターは悩ましく。 「やはり『人間』はいつもそうだね。少し説明が遅れただけなのに、決まって同じ反応をする。訳が分からないよ」 瞬間。 そのインキュベーターはパン!と風船が破裂したように、体が無残に四散する。 周囲に座るインキュベーターも、残酷な光景を目の当たりにしたうえで。 鳴き声一つ漏らすどころか。 淡々と聖杯戦争の観察へと行動を切り変える。 異常極まりない光景と世界に、誰も正義や正気の在り方を投げる声は一つも無かった。