約 3,071,688 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3678.html
■シーン1「虹がまいおりて」 暑くもなくさむくもない季節の、うららかな陽気の午後のひととき。ひなたぼっこをするにはうってつけの日よりです。 ですが、SOS団の団長である涼宮ハルヒは、ひまそうに部室でパソコンとにらめっこしています。 「なんてたいくつなの。せっかく授業が早くおわったっていうのに、なんにも楽しいことがないなんて」 ほおづえをついて、きげん悪そうにしていると、コトリと湯のみが置かれる音がしました。SOS団のマスコットである、みんなと一つ学年が上の朝比奈みくるが、いつものようにおいしいお茶をくんできてくれたのです。 「涼宮さん、そういう時はお茶でもゆっくりのんで、おちついてください。たまにはこういうのもいいと思いますよ」 「ありがと、みくるちゃん」 そう言われてハルヒは、ほどよくあついお茶をずずいと飲みながら、部室をぐるりと見わたしました。 お茶をもってきたみくるちゃんは、いつものふんわりとしたメイド服。動いているだけでも、部室の中があたたかくおだやかになります。 部屋のすみっこでは、同じ学年で、もともと文芸部員として部室にいたユッキーこと長門有希が、ゆったりともの静かに本を読んでいます。 パソコンのモニターのむこうでは、やはり同じ学年で、SOS団の副団長をつとめるキリリとりりしいイケメンの男子、古泉一樹くん。 そしてハルヒと同じクラスで前の席に座り、SOS団の雑用係をさせられているキョンが、公民館のえんがわで、のんびりしているおじいさんたちのように囲碁をしていました。 ハルヒの目の前では、まったり、ゆっくりとした時間が、春の小川のように、たゆたゆとながれているようでした。 けれども、ハルヒにはそれがたいくつでたいくつでしかたがありません。顔をむすりとしてしまうと、自分ひとりだけおいてきぼりにされた気分になりながら、さっきから何度更新しても、全く画面が新しくならないインターネットのニュース画面を見ていました。 (もう、たいくつでたいくつで、今にも干からびてしまいそうだわ!) その時、ぐうぜん目にとまったのは、ニュースの記事にのっていた、大きくてきれいな虹の写真でした。 それを見ていると、むかし絵本で読んだ、虹の下に、宝ものがうまっているというおとぎ話を思いだしました。 「こんなおっきな虹の橋が、どかーんと、今すぐここにあらわれたりしないかしら」 今日は雲も少ないおだやかな日より。雨なんてどこにもふっていないのに、大きな虹が出てくるはずがありません。 いつもなら、そんなことがあるはずがないと、どこかうたがいながら思ってしまうことです。 でも今日のハルヒは、たいくつすぎて、強く、強く、本当におこったらいいなと思ってしまいました。 その時でした。 「ひゃぁ!」 みくるちゃんのかわいらしい、小鳥のような悲鳴が部室にひびきます。 「どうしたの、みくるちゃん?」 「す、涼宮さん。う、うしろ……」 「ハ、ハルヒ、まて!まつんだ!」 キョンがよびとめましたが、ハルヒはすでに後ろをふりむいたあとでした。 「な、なによこれ?!」 それを見てしまったとき、ハルヒの目は、ぎっしりつまった宝石ばこの中身のようにキラキラとかがやきました。 後ろの窓にあらわれていたのは、部室と同じくらいはばのある虹でした。それも、さわれそうなくらいハッキリしたものです。 ハルヒは急いで窓をあけて、身をのりだそうとしました。ですが、だれかがハルヒの体をはがいじめにしてしまいました。 「ちょっとエロキョン!なにしてんのよ!どこさわってんのよ!」 ハルヒは力まかせにあばれます。ですが、キョンはしっかりと組みついて、手をはなそうとしません。 「やめろハルヒ。とびおりる気か?!あぶないだろうが!」 「なに言っているのよバカキョン!ここにしっかりと虹があるのが見えないの?!」 キョンは必死に見えないと言いはっていましたが、ハルヒの目の前にははっきりと虹が見えていました。それにみくるちゃんにも見えているようです。古泉くんとユッキーはだまったままでした。 ハルヒはキョンのうでをふりほどくと、窓から身をのりだして虹に手をふれました。 「すごい、すごいわ!この虹、ほんとうにさわれるのよ!」 ハルヒはみくるちゃんの手をつかんで虹にさわらせます。びくびくとおびえたようすのみくるでしたが、ほんとうにさわれるとわかると、ぱあっとバラのつぼみがほころぶような笑顔を見せたのです。 「ほ、ほんとうにさわれちゃいましたぁ」 みくるの次は古泉くんとユッキーです。二人の手をつかむと、ハルヒは強引にふれさせます。二人とも、その虹がさわれることをみとめると、ハルヒは勝ちほこった顔でキョンを見下ろしました。キョンは顔をおさえたいつものようすで首をふっています。 「キョン、アンタもこれにさわって、この圧倒的な現実をみとめなさい!」 ハルヒは強引にキョンをひっぱりあげると、むりやり虹をさわらせます。 「わかった。もうわかった!」 とうとう、キョンもその現実をみとめてしまったようです。 さっきまでのふきげんを、とおいとおい宇宙のむこうになげすてたハルヒは、つくえの上に立ち上がって、声高らかに言いました。 「この虹の橋のむこうには、きっと見たこともない世界が広がっているのよ。そしてこのSOS団は、そんな世の中のふしぎを、ときあかすために設立された団体なのよ」 「で、どうするんだ?」 もう、どうにでもなれと言いたそうに、キョンはつぶやきます。 「当たり前のことを言わせないで!これからさっそく出発するに決まっているじゃない!」 こうなったハルヒには、世界中、いえ、宇宙中のだれもさからえません。 みくるちゃんは、ハムスターのようにおどおどしながら。 古泉くんはいつものあいそ笑いをうかべて。 ユッキーはいつものポーカーフェイスをくずさずに。 そしてキョンは、やれやれとあきらめた顔をして、虹の橋を先頭に立ってつきすすむハルヒのあとを追っていったのです。 「どうします?これはゆゆしき事態ですよ」 すこし顔をくもらせながら、古泉くんはキョンに耳うちします。 「どうするもこうするもねえよ。こうなったら、やらせるだけやらせて、てきとうなところで言いくるめるしかないだろう」 ほかにどうすることもできないと、キョンはあきらめてしまったようでした。 「さあ行くわよ!これからわたしたちの、大ぼうけんがはじまるのよ!」 ■シーン2「ハルヒの大ぼうけん」 おもいえがいた大きな虹の橋が、本当に現れてしまう。その事をきっかけに、ハルヒは気がついてしまいました。ハルヒが心の底から、なんのうたがいももたずに願ったことは、本当に現実になってしまうことに。 ながれ星が雨のようにふってほしいと願えば、本当に空いっぱいに星がふりそそぎました。 魔法の使える世界に行きたいと願えば、たちまち魔法の世界に行けましたし、SF映画のように宇宙をとびまわるのも思いのまま。 小人のように小さくなったり、怪獣のように大きくなってみたり。 今まで読んできた物語の世界や、自分が思い描いた世界だけではありません。 自分では考えつきもしない、ふしぎな世界を冒険したりもしました。 ハルヒはSOS団のみんなと、時がすぎていくのもわすれて、夢のように楽しい世界を、思うぞんぶん遊びまわったのでした。 「さあ行くわよ。今度のあいては見た目はどうしようもなく弱そうだけど、ずるがしこくて見た目よりずっと強い、異次元大魔王よ!」 まっ白い全身タイツを着たような体に、幼児のらくがきのような顔をした、手ぬきにしか見えないような姿の異次元大魔王が今度の敵です。 見た目とちがって、大魔王は宇宙全部をふるえあがらせるほど強く、その強さの前に、たくさんの勇者たちがたおされてしまっていました。 でもハルヒのSOS団は宇宙最強です。 なんといっても今のハルヒは、ウルトラでスーパーにグレイトな“超”勇者さまです。 みくるちゃんはハルヒが作った映画と同じ、戦うウエイトレスに。 古泉くんもエスパー戦士イツキになり、ユッキーも宇宙人で大魔法使いになっていました。 ただ一人、キョンだけは一般市民の代表としていつもと同じでしたが、とにかくSOS団はぜったいに無敵なのです。負けるはずがありません。 SOS団は、大魔王のずるがしこくて、あくどいワナに苦しめられながらも、あらゆる困なんを、 みんなの知恵と勇気でのりこえて、とうとう大魔王の場所までたどりつきました。 大魔王の強さはウワサ以上で、今まで出会ったことがないような、ものすごい敵でした。 みんなはボロボロになって、今にも負けてしまいそうなくらい追いつめられてしまいました。 「みんなあきらめないで、みんなの力をわたしに全部ちょうだい!それがあのへちゃむくれのちんちくりんを、こてんぱんにやっつける最後の方法よ!」 「わ、わかりましたぁ……」 「私たちの最後の力を、涼宮さんにあずけます」 「……、うけとって」 なんの力ももたない一般市民代表のキョン以外の三人の力が、超勇者ハルヒにあつまります。そして、最後の力をふりしぼってハルヒにあずけた三人は、力なくその場にくずれ落ちてしまいました。 「みんなの力、みんなの想い、たしかに受けとったわ!異次元大魔王、これでもくらいなさい!」 ハルヒはみんなの力を剣の先にあつめて、異次元大魔王につき立てます。 ですが、魔王は固いバリアをはってしまい、剣がなかなかささりません。 「こんのぉ!」 その時です。 ハルヒだけではどんなに力をこめてもやぶれない、固いバリアにヒビが入りました。 だれかがハルヒの背中を後押ししてくれたのです。 「いくぞ、ハルヒ。これで終わらせるぞ」 「うん!」 全宇宙で最強の超勇者ハルヒと、一般市民の代表のキョンが力をあわせれば、たおせない相手はいません。 二人でにぎった剣はバリアをつらぬき、大魔王にせまります。 大魔王は必死にヤリをとばして反撃しますが、二人の勢いをとめることはできません。 グサリ! 「ぐえぇぇ!」 異次元大魔王は、悲鳴をあげてたおれ、ぶくぶくとあわのように消えていきました。 この宇宙に、ついに本当の平和がよみがえったのです。 ■シーン3「大ぼうけんとひきかえに」 「やったわ、キョン!やったわ、みんな!」 うっすらと笑顔をうかべたキョンの顔をみて、ハルヒがうなずいたとき、おどろおどろしい大魔王の部屋は消え去りました。 そして気がつくと、そこはまっ赤な夕陽にてらされた、どこかものさびしい丘の上に変わっていました。 「やれやれ、やっと終わったな」 キョンはその場にすわりこんで、そばにあった大きな岩にもたれかかります。 顔をむすりとふくらませて、ハルヒはキョンにつめたく言い放ちます。 「ちょっとキョン。このくらいでへばってどうすんのよ!?まだまだこれからよ。これからが本気の本番なのよ!」 「そうか。そうだったな。そいつはすまなかった」 ふうと、大きなため息をついてへたりこむキョンにがっかりしたハルヒは、近くにいるはずの三人を探す事にしました。 ハルヒは大魔王をやっつけて手に入れた、七色にかがやく大きなくん章をもっていました。 いつも無口なユッキーはとにかく、みくるちゃんも古泉くんも、きっといっしょによろこんでくれるはず。 足どりも軽く、ハルヒはパタパタと元気よく走り回りながら、三人をさがしました。 「みくるちゃーん!ユッキー!古泉くーん!どこー?!」 やがてハルヒは、丘の中ほどでなかよさそうに寝そべっている二人の姿を見つけました。みくるちゃんと古泉くんです。 「ちょっとちょっと!二人とも、いつのまにそんなになかよくなっていたの?!」 二人をひやかそうと、かけよってきたハルヒでしたが、ようすがおかしい事に気がつきました。 二人とも、返事どころかピクリとも動こうとしないのです。 ハルヒは寝そべっている二人のようすをよく見て、手にしていたくん章を落としてしまいました。 「みくるちゃん?古泉くん?」 あわててかけよったハルヒは、みくるちゃんの体をゆすりました。 でも、何の反応もありません。 同じように古泉くんの体もゆすってみましたが、みくるちゃんと同じように、身動き一つしないのです。 「ちょっと二人とも、冗談でしょう?!」 ハルヒはあわててみくるちゃんのうでをつかみ、脈をとりました。 でも、なにも感じられません。 今度は胸に耳をおしつけてみました。 マシュマロのようにやわらかい胸からは、服ごしからでもまだ、あたたかい温もりは感じられるのですが、心臓が動いている音がしないのです。 そしてそれは、古泉くんも同じでした。 そうです。異次元大魔王をやっつけるためにハルヒにわたした力は、本当に残っていた力の全てだったのです。 そして力を出しつくしたその直後に、みくるちゃんも古泉くんも、こと切れてしまっていたのです。 「いやぁぁ!」 ハルヒの悲鳴が、あたりにひびきました。 ハルヒは必死になって、二人に心臓マッサージをほどこします。 けれども二人は息をふきかえすどころか、体がどんどんつめたくなっていくばかりです。 その時です。ハルヒの前に人影がさしました。 思わずハルヒが見上げると、そこに立っていたのはユッキーでした。 「ユッキー、よかった。無事だったのね!わたしといっしょに、みくるちゃんと古泉くんに、心臓マッサージをするのよ!」 けれども、静かにユッキーは首を横にふりました。 「もう手おくれ。この二人にも、私にも、残されている時間はない」 「ユ、ユッキー?何を言っているの?」 ぼうぜんとおどろいているハルヒに、ユッキーは静かに続けます。 「でも、今ならまだ間に合う。だから、あの人のところに行ってあげて、涼宮ハルヒ」 それを言いおわると、ユッキーはハルヒに人さし指をむけて、何か信号のようなものを頭の中に送ってきました。 そしてその直後、ユッキーは光のこなつぶになって、ゆっくりとふきながされるように消えてしまったのです。 「ユッキー?ユッキー?!ユッキー!」 ハルヒはぶんぶんと手をふり回して消えていくユッキーをつかまえようとしました。 けれども、ユッキーは影さえのこさずに消えてしまったのでした。 たてつづけにおこる、わけのわからないできないできごとで、ハルヒの頭の中は、ぐつぐつとにえたぎるスープのようになってしまいました。 けれども、ユッキーが最後に伝えた言葉は、ぐさりと胸につきささっています。 その時、ハルヒははっとしました。ユッキーが伝えたかった言葉の意味がわかってしまったのです。 ハルヒは必死になって来た道をかけ上がっていきました。 「キョン!ちょっと返事しなさい!キョン!」 ぜいぜいと息をつきながら丘の上にあがると、先ほどと同じような様子で、キョンは岩にもたれかかっていました。 「バカキョン!ちゃんと返事しなさいって言っているでしょう!」 その時、ハルヒはキョンのまわりに、不自然な水たまりができている事に気がつきました。 ついさっきまで、そんなものはどこにもありませんでしたし、雨がふったあともないのに。 「キョン?!キョン!」 水たまりを無視してあわてて駆けよると、パシャパシャと足元ではねたしぶきが体にかかります。 するとハルヒの着ていたまっ白な超勇者のバトルドレスに、まっ赤なはん点もようがえがかれてしまいした。 しずんでいく、まっ赤な夕陽にてらされて、水が赤い色になったのではありません。 それはまちがいなく、キョンの体からながれ出た血でした。 キズ口は右足のふとももの辺りから。 ハルヒをかばって異次元大魔王の攻撃をうけたとき、右の太ももの太い血管をヤリでつらぬかれていたのです。 「バカキョン!何やっているのよ!」 ハルヒはスカートのすそをやぶり取ると、キョンのキズ口をしばります。 けれども、ながれ出てしまった血はあまりにも多く、すでにキョンの体の温もりはほとんど失われてしまっていました。 キョンはハルヒがもどってきた事がようやくわかったようでしたが、そのひとみはぼんやりしてさまよっており、もう何物も見ていないようでした。 キズ口をきつくしばりあげ、必死にキョンの体をゆするハルヒ。 目から涙がぼろぼろとながれ落ち、体もガタガタとふるえています。 そんなハルヒに、キョンは苦しそうにのどを動かしながら、かろうじて一言を、しぼりだすようにつぶやきました。 「ハルヒ……、すまねぇ」 必死にキョンをおこそうとよびかけるハルヒでしたが、それはまったくむだでした。 泣きじゃくるハルヒの目の前で、キョンのまぶたはゆっくりととじられてしまい、か細くあえいでいたのどは、とうとうその動きをとめてしまいました。 一般市民の代表で、SOS団の雑用係のキョンは、その大切なつとめを終えて、ハルヒのうでの中で息を引きとったのです。 「いやあぁぁ―――!」 ハルヒの痛々しいさけび声が、血のようにまっ赤な夕陽にてらされた、だれもいない丘の上にすいこまれていきました。 ハルヒは、SOS団のみんなの死を受け入れることができませんでした。 これはなにかのまちがいだと、かたく信じ、みんなを元にもどそうとしました。 何といっても、ハルヒの力は無限です。かなわない願いなんてあるはずがありません。 いままで何度も、バッドエンドをむかえてしまった物語をハッピーエンドに書きかえてきたように、ハルヒはその力をおしみなく使います。 まばゆく、あたたかい光が世界中にあふれ、さびしい丘はここちよい春のにおいがたちこめる、花いっぱいの場所に変わりました。 キズだらけになって、ボロボロだったみんなも、よごれ一つないきれいな服と、どこにもケガのあとがない、健康な体にもどりました。 「さあ、みんなおきて。また、ぼうけんの続きをしましょう!」 でも、だれも返事をしてくれません。 たしかに、目の前に寝ころんでいるみくるちゃんも、ユッキーも、古泉くんも、そしてキョンも、みんな体は元どおりになっています。 でも、どんなにゆすってみても、耳元でさけんでみても、頭から水をかけてみても、だれも目をさますことはありませんでした。 「みんなひどい!そうやって活動をストライキしようなんて虫がよすぎるわよ!」 怒ったハルヒは、ずぶぬれになって寝ころがっていた、キョンのほおをいきおいよくはたきます。 けれども、それでもキョンは目をさまそうとしません。 ハルヒはおそるおそる、キョンの胸に耳を当ててみました。 そして、キョンの胸から何の音も聞こえてこないことに気がつくと、大きな悲鳴をあげて、もう一度世界を光につつんでしまいました。 ■シーン4「ひとりぼっちにしないで」 それからハルヒは、何度も何度もみんなをめざめさせようとしました。 みんなが好きそうな世界を用意したりもしましたし、見ただけでとろけてしまいそうなくらいおいしそうな料理を、うでによりをかけて用意したりもしました。 ほかにも時間をまきもどしてみたりもしましたし、とにかく思いつく全てのことをためして、ハルヒはみんなを起こそうとがんばりました。 でも、どんなことをしても、どれだけハルヒががんばってみても、みんなが目をさますことはありませんでした。 それでもハルヒはあきらめずに、みんなを起こそうとがんばりつづけたのでした。 ハルヒはほおにつめたい光を感じて、まぶたをあけました。まわりは墨でぬりつぶしたようにまっ暗です。 小高い丘の上、ひゅうひゅうとおだやかな風の音がきこえてきます。 ここがどこであるか、一瞬、ハルヒにもわかりませんでした。 SOS団のみんなといっしょに学校をとびだして、数えきれないくらいドキドキするような大冒険や、夢のように楽しい時間をすごして、最後に悪者をみんなでやっつけて……。 それが終わったあと、どのくらい時間がたったのでしょう。 気がつくとハルヒはここにいました。 まわりには草木もなく、ぽつり、ぽつりとくちてしまった建物のあとがのこっているだけの、つめたい月の光にてらされた、さびしい丘の上です。 ハルヒは歯をくいしばり、おきあがると、かたわらの少年をだきおこしました。 キョンのなきがらです。 何度も、何度も、もう数えきれないくらいハルヒは、みんなをおこそうとがんばりました。 でも、どれだけみんなの体を健康にしてあげても、それはたましいの入っていないぬけがらのままでした。 そして、ぬけがらは、あっという間に、なきがらになってしまいます。 どんなにがんばっても、みんなはなきがらのまま、目をさまそうとはしません。 それでもハルヒは、SOS団のみんなの、一番大好きなキョンの死を、受けとめられずにいました。 キョンはまだ生きていて、いじわるく眠っているだけだと、そう信じているのです。心から。 「こんなにさむいんだから、おきなさいよキョン。こんなところで、いつまで寝ているつもりなのよ。本当にカゼひいちゃうわよ」 返事をしないキョンに話しかけ、たちあがろうとしてよろけて、たおれてしまいました。 一瞬、気を失ってしまいましたが、何とか目をあけます。 空を見あげると、ふりそそぐような満天の星がかがやき、月がきれいにまるく見えました。 ハルヒがみんなでいっしょに見上げるために、星をいっぱいあつめて作った、だれもみたこともないくらいロマンチックな星空です。 ハルヒは寝ころんだまま、キョンにだきよりました。 「キョン見て。とっても星がきれいよ」 ハルヒが話しかけても、キョンはまぶたをとじたままです。 キョンのつめたくかたい体をだきしめながら、ハルヒはふるえていました。歯の根があわず、がちがちと鳴ります。 しかし、しばらくそうしていても、いっこうにキョンの体にぬくもりはもどってきません。 ハルヒのほおに涙が伝い落ちました。 「返事をしてよ。キョン!」 ハルヒは大声でさけびました。 こらえきれなくなったハルヒは、思わずキョンの体にのりかかって、首に両手をかけてしまいます。 けれども、手で直にふれたキョンの体からは、呼吸も、脈も感じられません。 それどころかキョンの体は、ハルヒの手の方がこってしまいそうになるくらい、つめたく、かたくなっていました。 「キョン!みくるちゃんも古泉くんもユッキーも死んじゃったのに、どうして、わたしをひとりぼっちにするのよ!目をあけて―――!」 ハルヒは泣さけびました。 「みくるちゃん、古泉くん、ユッキー!キョンをめざめさせて。わたしを助けて。ひとりぼっちにしないで」 声をしぼりだし、夜空にむかってさけびつづけました。しかし、もちろん返事はありません。 「みくるちゃん、古泉くん……」 ハルヒはあらためてみくるちゃんと古泉くんの最後のすがたを思いだしてつぶやきました。もう、涙もかれはてました。 「ユッキー……」 光のつぶになって消えてしまったユッキーのことを思いだすたび、ふかい穴をのぞくような気持ちにおそわれます。 そのときでした。ユッキーが消えていく前にもらった最後の信号が、はっきりと頭の中に光景になって見えてきたのです。 ハルヒが見た光景。それは、自分以外の四人が話しあっているところでした。そしてそれは、ハルヒにとって、とても信じられないものでした。 「もう、だめです。ぼくはこれ以上たえられない……」 泣きくずれ、うずくまってふるえていたのは、いつもクールな表情を変えない古泉くんでした。 みくるちゃんは、いっしょに半べそになって、背中からだき支えながら、けんめいに小泉くんをはげましています。 「これ以上の……、ニンムのケイゾクハ、困難と判断する……。このインターフェイスはともかく、ワタシの能力はもう、ゲンカイ」 ユッキーはもっと信じられないことになっていました。 声はこわれたラジオのスピーカーのように割れてしまい、体のあちこちから、パチパチと放電の火花をちらせながら、映りの悪いアナログテレビのように、体が何まいにもわかれてブレてしまっていたのです。 「みんな、まだだ!まだこらえてくれ!」 そんな三人に、必死によびかけていたのはキョンでした。 「たしかに、オレたちは体は大丈夫でも、心はもう限界だ」 そうです。ハルヒは楽しかったことの、特に楽しかったことだけをおぼえていましたが、細かいことは、きれいにさっぱりわすれていしまっていました。 でも、ほかのみんなはちがっていたのです。 みんなはハルヒから、そこなしの元気を受けとって、つかれ知らずの体になっていました。 だからハルヒに、気がとおくなるような、とてつもなくながい時間をつれまわされても、なんとかついていくことができたのです。 でも、体は大丈夫でも、心はちがっていました。みんなはそのながい時間の記憶をもったまま、ハルヒの遊びについていっていたのです。 そのつらさは人間はもとより、宇宙人のインターフェイスとしてつくられていた、ユッキーの限界さえこえるものだったのです。 そのつらさにとうとうたえられなくなって、みくるちゃんは泣き出し、古泉くんも、ユッキーも、とうとうこわれてしまったのです。 ですが、それでもキョンだけはがんばっていました。 「これだけハルヒが好きかってに世界をいじくってしまったんだ。ハルヒにオレたちがつらい顔を見せて、きげんを悪くしてしまったら、本当にとりかえしがつかないことになっちまう」 そのキョンの言葉を、だまって三人は聞いていました。 「だから、本当にハルヒがあきてしまうまで、オレたちはいっしょに笑顔で遊んでやらなきゃならないんだ」 それを聞くと、みくるちゃんは、もっとポロポロと涙をこぼしてしまいました。 「それに……、もしかしたらハルヒは、これからずっと永遠に、こんな力を持ったまま生きていかなきゃならないのかもしれない。何となく、そんな気がするんだ」 「たしかに、その可能性は高いと思います」 ようやく、古泉くんも顔をあげました。 「長門はどう思う?朝比奈さんも、どう思いますか?」 ユッキーは返答できないと無言のままでした。みくるちゃんはおずおずとうなずきます。 「だったらオレたちは、あいつを一人ぼっちにさせないようにできるだけいっしょに遊んでやらなきゃならない。あいつをひとりぼっちにしてしまったらどんなことになるのか、考えたくもない」 その言葉を聞いて、三人はキョンのところに集まりました。 「了解した」 「やりましょう。われわれ、SOS団の全員の力がかれはてるまで」 「みんなでいっしょに涼宮さんと遊びましょう!」 「よし、いくぞ!」 ハルヒがしらないところでおこっていた光景が目に、ハルヒが知らなかった、みんなの言葉が耳に焼きつきました。 みんな、むりにむりを重ねて、自分といっしょに遊んでくれていたのです。 そして体ではなく、心の、たましいの力を全て使いはたしてしまったせいで、みくるちゃんも、古泉くんも、ユッキーも、そしてキョンも、二度と目をさますことはないのだと、ハルヒはわかってしまったのでした。 「すまねえ、ハルヒ」 キョンが最後に口にした言葉が、胸のおくからわきあがり、ハルヒは胸をえぐりとられるような痛みにおそわれました。 どんな時でも、どんな場所でも、それが夢の中であったとしても、一度も自分を見すてなかったキョンが、そんな言葉を口にしてしまった事の重さ。 とても受けとめられるものではありません。 「いやぁ―――!」 ハルヒは髪の毛をぐしゃぐしゃにかきみだして泣きさけびながら、みんなにあやまりはじめました。 「みくるちゃん、もうお人形がわりにして遊んだりしません。古泉くん、お金をいっぱい使わせるようなおねがいごとばかりしてごめんなさい」 「ユッキー、文芸部の部室をかってに乗っ取ってしまってごめんなさい。お母さん、お父さん、ほかのみんなにも、ひどいことをいっぱいしてごめんなさい」 もう、いなくなってしまった三人に、今までめいわくをかけてきた人たちに、ハルヒは泣きながらあやまり続けました。 「ごめんね、キョン。今までむちゃくちゃなことや、めんどくさいことを全部おしつけて、いつもこまらせて……。ゆるしてなんて言いません。でも、おねがいだから目をさまして。わたしをひとりにしないで!」 どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。 何がいけなかったのでしょうか。 なんでも自分の思うとおりになればいいと、願ってしまったのがいけなかったのでしょうか。 やがて、ながす涙も、さけぶ力もなくなったハルヒは、キョンのつめたくかたい体にすがりつきました。 キョンの体に、自分の体温が全てすい取られていくようでしたが、それでキョンがおきてくれるのならそれでもかまいません。 もしだめなら、このまま自分も凍えて死んでしまってもいいんだと、ハルヒはそのまま、ふかい、ふかい、ねむりの底にしずんでいきました。 ■シーン5「そして、いつものあの場所に」 「……なさい、ごめんなさい。ごめんなさい」 おえつをもらしてうつぶせに机にふせていると、背中のむこうから、小さくとおく、チャイムの音がきこえてきました。思わずハルヒは顔をあげます。 「ふえ?」 ビクリとしておきあがると、ハルヒの目に、電源が落ちてまっ黒になっていた、パソコンの画面が目にとびこみます。 あと少しでしずみきってしまう夕陽にてらされて、まっ黒な画面には、ハルヒの顔がうつっていました。 見れば顔は涙でぐしゃぐしゃ。まくらにしていたうでも、ぐしょぐしょにぬれていました。 「ゆ、夢だったの?!」 ハンカチをとりだして顔をふこうとしたとき、肩にかけられていた男ものの上着が、すとんとすべり落ちました。 だれかがそのままではカゼをひいてしまうだろうと心配して、かけてくれていたのです。 そのだれかは、すぐわかりました。キョンです。 いつものようにうつぶせではなく、パイプいすに、うとうとともたれかかりながら、キョンは気持ちよさそうにねていました。 もちろんいつものシャツに、ゆるくといたネクタイの姿で。上着がだれのものであるのか、ほかに考える必要はありませんでした。 部室を見わたしましたが、ほかにだれかがのこっている様子もありません。 みくるちゃんも、古泉くんも、ユッキーも、みんなほかに用事があって帰ってしまったのでしょう。 そしてキョンは、ハルヒを起こすのもかわいそうだし、一人にしておくのもあんまりだからと、のこって、起きるのをまってくれていたのにちがいありません。 「キョン……」 さっきまで見ていた夢のことが、ありありと目にうかんできます。いえ、もしかしたら、今もまだあの夢の中なのかもしれません。 キョンのおだやかな寝顔を見ていると、ハルヒの心に太陽が、いえ、銀河がうまれたみたいな気持ちがわきあがってきました。このまま思い切りだきしめてしまいたい気持ちで心も体もいっぱいです。 でも、そのときでした。 「……、かわいいぞ」 そのキョンの寝言をきいたとき、ハルヒはカチンと固まってしまいました。キョンの口から、今まできいたことのない女の人の名前がとびだしてきたからです。 じつは、その名前はキョンの妹ちゃんの名前で、キョンは妹ちゃんが七五三のときのことを思い出していただけだったのですが、ハルヒにはそんなことはわかりません。 ハルヒの心に、めらめらと怒りのほのおが、もえあがってきました。 せっかくまっていてくれたのなら、きもちよさそうに寝ているのを、じゃましないでまっている気づかいをしてくれるのなら、どうして自分が悪夢でうなされていたのに、おこしてくれなかったのだろうと。 こうなると、愛しさあまって憎さ百万、いえ一億倍です。 ハルヒはかけてもらっていた上着を、きれいにたたんで机の上におくと、あどけない寝顔をしているキョンの後ろに立ちました。 そして油断どころか無防備そのものの、キョンの背後から、するどいチョークスリーパーを、万力のような力で首すじにガッチリ決めたのです。 「オトメの痛み、思い知れ!」 悲鳴にならない悲鳴をあげて、キョンはくずれ落ちてしまいました。 ハルヒは、ぐしぐしとそでで目元をぬぐうと、泣きはらした顔を見られないよう足早に、部室からたちさってしまいました。 かわいそうなのはキョンです。 自分一人で勝手にふてねしてしまったからといって、このままカゼをひいたらかわいそうだと、 せっかく上着までかけてあげて、おきるまでまってあげていたのに、この仕打ちです。 むりやり夢の世界からひきずりおろされ、げほげほとむせこんで、息もたえだえになってしまったキョン。 苦しさのあまり、部室のゆかの上で、いも虫のように転がり続けていました。 「まったく、下っぱなんだから、おきて、まっておかないキョンが悪いのよ!」 うつむいたまま玄関まで走りぬけ、靴をはきかえながらハルヒはつぶやいていました。 そして校門をはしりさりながら、キョンの首すじに、技を決めた感かくを思い出していました。 それはやわらかくてあたたかく、脈も息もあって、ここちよいにおいのする生きている人の体でした。 「そうよ。やっぱり、あんなのは夢に決まっているわ!」 でも、夢の中のはずの、みんなの体がつめたくてかたかった感じを、はっきりと体はおぼえていました。 「ただいま!」 いつもの言葉づかいで、家のドアを乱ぼうにあけると、ハルヒはお母さんを無視して自分の部屋にまっすぐむかい、制服もきがえずに、ベッドに顔をうずめてしまいました。 (あんなところで寝ちゃったから、あんなひどい夢をみちゃったのよ!ちゃんとしたところで、ちゃんと寝れば、ちゃんといい夢を見られるんだから!) こうしてハルヒは、自分の家に帰っても、学校でのつかれから、そのまま寝てしまいました。やっぱりあれは悪夢だと決めつけて。 でも、あれは本当に、ただの夢だったのでしょうか? 「がはっ!ごほっ!っつ、ハルヒのやつ……、なんてなんてことしやがる」 ようやく息をととのえたキョンは、ようやく現実の世界に帰ってきました。すると、キョンの携帯電話に古泉くんから連絡が入ってきました。 「古泉、てめえ、よくもオレだけおきざりにしやがったな」 どうやら古泉くんたちは、キョンにだまったまま、三人で部室からはなれたようでした。近くのファミリーレストランからかけてきたようです。 「どうした?また閉鎖空間が発生したって言うんじゃないだろうな?それともほかになにかおきたのか?!」 「いえいえ。涼宮さんと、どう進展されたのか気になったので」 「進展もなにも、こっちは寝てただけだったのに、あやうくしめ殺されるところだったんだぞ!」 キョンはかんかんに怒っていましたが、古泉くんはゆるやかにそれをうけながします。 どうやら三人によると、この日は閉鎖空間の発生が少しあったものの、時間をまきもどしたあとも、情報操作がおきたようすもなかったようです。 もう、これ以上のこっていても仕方がないと、キョンは部室の戸じまりをして帰る事にしました。 まどのカギとパソコンの電源が落ちているのかをチェックして……。 「ん?なんだこりゃ」 キョンはハルヒのすわっていた足元に、なにかが落ちているのに気がつきました。 それは、ずいぶんと古ぼけた、大きな金ぞくの円ばんでした。よくみると、おもちゃのくん章のようにも見えますが、キョンにはそれがなんだかわかりません。 「またハルヒのやつ、へんなものもってきてたんだな」 ハルヒがもってきたものでしょうから、それがなんなのかキョンにはわかりません。 しかし、正体がわからない以上、すてるわけにもいきません。ですので小物入れの中に、そのくん章をかたづけてしまいました。 「まあ、こいつがなんなのか、明日にでもきいてみるか」 ですがキョンは、ハルヒにかけられたチョークスリーパーのことで頭がいっぱいになっていて、そのくん章のことは、きれいさっぱりとわすれてしまったのでした。 ☆おわり☆
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1944.html
プロローグ 日常生活の回想 「なぜ、俺たちはこんな所で怪物と戦っているんだ?」 「今はそれを気にしている余裕は無い、目の前の状況をなんとかするべき」 確かに長門の言う通りだが、 今の状況を受け入れられていない、 俺にとって長門のセリフには非常に不安を感じていた まず、今の状況を話そう 簡単に言えばゲームのRPGの世界に迷い込んだというな感じだ そこで、スライムらしき物体と、いかにも凶暴そうな狼と戦っている 俺は剣を持っているが、正直戦闘は初めてで不安だ 長門が後ろから情報操作(魔法?)で援護してくれているが 長門の情報操作による回復もできなくなりそうで、非常にやばい状況だ 朝比奈さんと鶴屋さんはどこに居るのか? それにハルヒをこれからどうするのかもわからない 「長門!狼は倒したが、このスライムまったく攻撃が効かないぞ!!」 「解析の結果、火に弱い事が判明、こちらで攻撃する。」 そういったあと長門はまたあの呪文を唱えた 「bmobemalfcigamedomlliks」 スライムが蒸発していく・・・ とりあえず助かったみたいだ。 落ち着いたところで、なぜこんな事になったのか、昨日を思い出してみるか 金曜日の放課後 俺と古泉はチェスをしていた 今のところは俺の優勢だがまだまだ油断はできない状況だ、 そういえばさっきから視線を感じるのだが・・・ ふと横を見ると長門がチェス盤を見ていた いつの間に横に居たんだ、お前は 「なんだ、長門もやりたいのか?」 「見てるだけ」 「あなたの番ですよ」 「じゃあ、ここにポーンを動かして・・・」 ばーーーん!! 部室のドアを勢い良くあけたのは・・・ 「明日は怪物を探すわよ!!」 ハルヒだ・・・ いつもこいつに振り回されている しかも話が急すぎる!! 「おいハルヒ、怪物探すってあてがあるのか?」 「もちろん!この近くの森に怪物が出たって噂が流れてきたのよ」 やれやれ・・・ 誰だ?そんな噂をながしたのは? 「あなたは重大なミスを犯している。それに気付かなければ、あなたはこの勝負に負ける」 え?俺がミスしているって?そんなはずないのだが・・・ もう一度戦況を確認してみる・・・ 「ちょっと、きいてるの!?」 「あの~、お茶はいりましたけど~」 半ば無視してるようにみえるが メンバーみんながちゃんと内容を把握してる場合が多い なぜだろう?ハルヒの言う事は大して価値が無いのに 「さーてこれから計画を話すわよ」 「なにぃぃぃ!?そこから攻めてくるのか!?」 「明日は、森の中を探索して」 「まだ驚異ではない。攻められた所を守るべき」 「おやおや、汗が出てますよ」 「ハァハァ・・・あせって興奮しただけだ・・・」 「弁当は絶対必要ね、後は何が必要かしら?」 「今度はこちらが攻められていますね」 「そうだ、双眼鏡がいるわね、あとは・・・」 「あつい・・・帰ってシャワー浴びなきゃな」 「おや、本格的にやばくなってきましたね」 「いまはキョンくんが攻めているんですか?」 「こら!!あんたたち聞いてるの!?」 「聞いている」 俺が口を開く前に先に口を開いたのは長門だった 「何がどう聞いているのか説明してみなさいよ」 「明日森で弁当と双眼鏡をもって探索」 少ない文字で、必要な事を言う長門にはいつも助けられている ハルヒは話が長いんだよ!! 「やっほー、みくるいるっ?」 そういいながらドアを勢い良く開けたのは鶴屋さんだ 「あれ?みくるはいないにょろか?」 鶴屋さん・・・ドアの後ろ・・・ 「いたいですぅ・・・」 「にょろーん・・・」 めがっさ空気が和んだ・・・って何言ってんだ俺は!!! 非日常的なシーンに何度も巻き込まれているせいか精神が若干不安定なようだ・・・ 明後日ゲーセンでも行くか・・・ 「そうだ、鶴屋さんも明日、森の探索に行かない?」 「おい、ハルヒ何も巻き込む必要ないじゃないか」 「別にいいにょろよー、明日ちょうど一人で出かけようと思ってたっさ」 なんか、俺のことなんてまったく気にせず会話してるな・・・ その後、鶴屋さんが来てから話がとんとん拍子に進み、あっという間に計画が決まった どうやら鶴屋さんは話をまとめるのがうまいらしい とりあえず、古泉をチェスでとどめを刺し、 ついでに長門を相手に戦ってみたが、流石宇宙的アンドロイド、俺の戦略はまったく通じず 三個しか駒を取れなかった上ポーンでとどめを刺された 「さーて、明日は森の前公園に10時集合!!遅刻したら罰金よ!!」 次の日、地獄のような日になるとはこのときの俺はまだ知らなかったんだ。 公園の名前が適当だが、作者の都合と言う事で勘弁してくれ 次の日・・・ 集合場所に一時間前に来たおれはみんながまだ来てないのを見て少しほっとしていた 罰金だけは避けたかったからだ もうポケットマネーがそこを尽きた・・・ 十分後ハルヒと鶴屋さんが来た 「やっほー」 「あなたにしてはめずらしいわね、さては金がなくなったんでしょ。」 いちいち気に障る事いうなよ 「あっ、誰か来たわよ」 振り返ると朝比奈さんが走ってきていた 「はぁはぁ・・・、最後ではないですよね?」 「まだ二人が来てませんが、僕たちもさっき来たばかりですよ」 それから三分後 古泉が余裕の表情で歩いてきていた こいつにはあせる状況というものが無いのか? さらにその十分後、長門が来た。 珍しい、長門が遅刻する事なんて無かったのに まあ、厳密に言えば遅刻じゃないのだが 「バスが遅延した」 「バスが遅れた理由は?」 長門は何も言わずポケットからペッパーとかかれたビンを取り出した なるほど、胡椒したのか・・・ って、誰がうまい事言えって(ry 長門の冗談はさておき 森の探索を始めた俺たちだが あたりには木がうっそうと生えており いかにも何かが出てきそうな雰囲気だ 本当にでてこないよな!? 「ここ、怖いですぅ・・・」 朝比奈さんが手を握っているがそれを気にしている余裕が無かった 冗談抜きで怖いぞ 一番前を歩いていたハルヒが突然止まった 「何か居る・・・それも只者じゃない・・・」 「明らかに私達とは仲良くしてくれなさそうですね。」 冷静な解説をするのはやめてくれ しかもさっきから恐怖が胸の奥から沸いてくる。 ここは危険、そんな言葉が頭をよぎっている 「ここは嫌な感じがするにょろ・・・」 「怪物を怒らせちゃったんじゃないか?今からでも遅くない、戻ろうぜ。」 しかし足が動かない。 ほかのみんなも同じみたいだ 周りを警戒しながらその場から動かない 完全に動きを封じられている・・・そのまま五分くらい経っただろうか? ダメだ恐怖でおかしくなりそうだ メンバー皆も不安な顔や真剣な表情で周りを見ている 「フハハハハハハ!!」 誰だ、不気味な声をあげたのは? 後ろを振り返ると ハルヒがナイフを持ち、長門がそれを受け止めているという光景が目に入った どこかで見たことあるぞ、このシーン 「あなたは、肉体は涼宮ハルヒしかし、人格は別人格、何らかの方法で操っていると推測される」 「なにがどうなってるさっ!?」 「おい、長門!どうなってる!?」 「原因は不明。しかし現在の涼宮ハルヒはまったくの別人格。」 「閉鎖空間が発生!!急速に拡大しています!!」 「こんな事既定事項にはないですっ!」 さっぱり状況が理解できない。 唯一わかるのはいままで一番最悪な状況だということだ 急展開すぎだろ!! 「この力、大いに使わせてもらうわ。」 「この状況を何とか出来んのか!!」 「今の涼宮ハルヒは別人格とはいえ肉体は彼女そのもの。傷つける事は出来ない」 どうすれば良い!! 一体どうすれば!? パシーン!! 「目を覚ますにょろ!!」 鶴屋さん・・・ 今の状況を簡単に説明すると鶴屋さんが,横に回り頬を叩いたという状況だ(わかりにくいな 「気が変わったわ・・・この先の小屋で待ってる。覚悟が出来たら、来なさい。」 ハルヒはそのまま森の奥に消えていった いや、別人格なんだからこの表現はおかしい ハルヒ(偽)とでも呼ぶべきか 「今の状況はまずいですね・・・閉鎖空間の拡大はしてないものの、涼宮さんが何者かの手に落ちるとは思っても見ませんでした」 「情報統合思念体も、今の状況に絶望している。これから彼女を正常化に向かうのが最優先。」 状況がいまいちわからない鶴屋さん(俺もだが)は少し困惑している様子だったが 「じゃあ、ハルにゃんにも一度会いにいくにょろ!!」 といつもの元気な声に変わっていた しばらく森を進んでいくと、いかにも崩れそうな小屋があった。 こんな所で何をするんだ? 「長門、ハルヒは一体どうなったんだ?」 「先ほどから異常空間の発生を確認している。それが涼宮ハルヒの精神に直接アクセスしたと考えられる」 「長門さんは、涼宮さんの精神に何者かがいると考えているようです。」 「解説するのはいいんだが、顔が近い!離れろ!」 その後、長門と古泉の解説を聞いていたのだが長すぎて半分くらいしか理解できん まあそれでもいいほうだと思うが。 俺なりに話をまとめてみると、 ハルヒは何者かに操られている 原因は異常空間の先の何者か 相手はハルヒの能力が目当て じゃまになる俺たちをさっき葬ろうとしていたなどなど・・・・ 「じゃあ何故、偽ハルヒはこんな小屋に呼び出した?」 「私達が、只者じゃない事に気付いたのでしょう。そこで別の方法を考えたのでは?」 「彼女の正常化がされなければ、この問題が解決することはない。」 とりあえず俺たちは小屋に入る事にした。 がちゃ・・・ 誰も居ない? 全員が小屋の中に入ったが、ハルヒが現れる様子は無い もしかして・・・ バタン!! 後ろで大きな音を立ててドアが閉まった。 しまった!罠だ!! 次の瞬間には変なにおいがして、皆が倒れていくのが見えた。 そしてそのまま俺の意識もブラックアウトした・・・ プロローグ終わり 第一章に続く
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1877.html
言わせて貰うなら、セックスなんてのは単なる行為のひとつに過ぎない。少なくともあたしはそう思ってる。 愛情がなくったって出来るし、何の証明にもならない。セックスしたから彼はわたしの物♪なんて、おかちめんこな考え方は噴飯物だ。一時の気の迷いで、そうひょいひょいと人の所有権を移動させないでほしい。 結局その考えは、あたしこと涼宮ハルヒが実際にセックスを経験した後も、特に変わる事はなかった。だからやっぱり、セックスなんてただの行為なのだ。 「おっそーい! キョンの奴!」 一年を4分割するのなら9月は秋に分配されて然るべきはずなのに、その日は朝から猛烈に暑かった。残暑なんてものは馬の尻尾にくくりつけて、そのまま蹴っ飛ばしてしまいたい。 実際にはくくりつける事も蹴っ飛ばす事も出来ないので、あたしは腕組みをして駅前広場の時計を睨みながら、ひたすら不機嫌な声を張り上げていた。 「ホントにもーっ、何やってんのよ!」 「まあまあ涼宮さん。まだ待ち合わせ時刻から10分ほどしか経っていませんし」 「他のみんなはもう集まってるでしょ!? せっかくSOS団の末席に加えてあげてるっていうのに、団員としての自覚が足らないわ! だいたいね? 下っぱのキョンが団長であるこのあたしを待たせるだなんて、まったくの論外よ! ロンのガイよ!」 あたしの怒声に、古泉くんは参りましたねと肩をすくめるばかりだった。あー、何か違う。やっぱり古泉くんが相手だと何かこう、しっくり来ない。これはもう今日は徹底的にキョンの奴を吊るし上げなけりゃだわ! 「うス。すまん、遅れた」 噂をすれば何とやらね。しょぼい顔してやってきたキョンを、あたしは出来うる限りの厳しい眼光で迎えてやったわ。 さー、どうとっちめてやろうかしら。明らかに寝不足っぽい顔しちゃって、どうせまたつまんない理由で夜更かしでもしてたのよきっと。 「理由…言わなきゃダメか?」 「当ったり前でしょ! あんた一人のせいで、あたし達がどれだけ迷惑したと思ってんの!」 「あのぅ、涼宮さん…わたしはそれほど迷惑とは…」 「みくるちゃんは黙ってて!」 「ひゃ、ひゃいっ!」 「これは団の規律の問題なのよ。さあ、ちゃっちゃと吐きなさい、キョン!」 ゲームか漫画か、それとも深夜映画にでもハマってたのか。わくわく気分で問い詰めるあたしに、キョンはむっつりした顔で、こう答えた。 「昨日、中学の同級生だった奴の葬式に行ってきたんだよ」 「そうですか、海難事故で」 「ああ。夜釣りの最中に高波にさらわれて、朝、浜に打ち上げられた時にはもう冷たくなってたとか。人間なんて本当、はかないもんさ」 古泉くんに素っ気なく応じると、キョンはずちゅーとアイスコーヒーをすすり上げた。事故の件を話すのがつらいというより、喫茶店に移ってきてまでこんな暗い話題で雰囲気を盛り下げたくない、といった感じだ。 まあ確かに、日曜の朝に聞きたい類の話じゃない。正直、気分が滅入る。ああ、だからキョンはさっき言いたくなさそうにしてたのか。…って事はなに? 今のしんみりした空気って、ムリヤリ聞き出したあたしのせい? 「でも、キョン! そもそも昨日の時点で用事がお葬式だってこと、なんであたしに言わなかったのよ!?」 なんだか責任転嫁のような感じで、あたしは話を蒸し返していた。そう、本来は昨日の土曜日に定期パトロールが行われる予定だったのに、直前になってキョンが用事があると言いだしたから、一日ずらしてみんな集まっているのだ。 でもってキョンの奴は、あたしが訊いても口をもごもごさせて、何の用事かははっきりと言わなかった。今朝からあたしの気分が優れなかったのも、半分くらいはそーゆーキョンのぐだぐだした態度にイラついてたせいだ。結論、うんやっぱりキョンが悪い! 「最初は、葬式に出る気なかったんだよ。つい直前までな」 あっさりと、キョンはそう白状した。…おかしい、どうも今日は調子が狂う。 いつものキョンなら吊るし上げをくらっても、なんだかんだとあたしに抵抗しようとするのに。その往生際の悪さが見てて楽しいのに。 「1、2年の時に同じクラスだったってだけの奴で、すごく仲が良かったわけでもなかったし。高校も結局、別の所に行っちまったしな。 俺が行って手を合わせた所で、奴が生き返るはずもなし。でも国木田の奴に、焼香くらいは、って誘われてね」 国木田か。なるほど、付き合いのいい方ではあるわね。でも、ちょっと待って? 特に仲が良かったわけじゃあない? 見回せばあたし同様、キョン以外のみんなが頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた(有希はパッと見、そうとは分からないけど)。それならどうして、寝不足になるくらい思いつめたりすんのよ。 「別に今生の別れに一晩中泣き明かしたりしたわけじゃねえよ。ただ、なんて言うかな…。 葬式のあとで、国木田が言ったんだ。なんだか全然、現実味がないねって」 まるでそういう風に話すよう造られた自動人形みたいに、キョンは淡々と語っていた。 「家に帰ってから俺、卒業アルバムを開いてみたんだ。そしたら確かに、一緒の頃の思い出の方が生々しくって、あいつが死んじまったって現実の方が絵空事みたいな感じなんだよ。 でもやっぱり、あいつが居ないこの世界の方が現実で」 ふう、とキョンがひとつ息を吐くと、微かにコーヒーの匂いが漂った。 「実は俺、ほんのしばらく前にそいつと話してるんだよな。下校途中にサンダル履きのあいつと、ばったり出くわしてさ。そのままコンビニの前で30分ばかりくっちゃべってた」 「その人、何か特別な事でも言ってたの?」 「いや、全然。今じゃ内容さえ憶えてないような、そんな程度の会話だった。 でもそれは、あいつとは逢おうと思えばいつでも逢える、話そうと思えばいくらでも話せる、そう思ってたからで。それが気が付いたら、そうじゃなくなってて――。何だろうな、こういう感じ。心にぽっかり穴が空いた、とでも言うのか?」 「ふん、ボキャブラリーが貧困ね」 わざときつく揶揄してやったのに、あいつはムッとした表情さえ見せなかった。やっぱり変だ。やっぱり今日のキョンは、何かおかしい。 「そりゃ失敬。じゃあ教えてくれよ、こういう気分ってなんて表現するべきなんだ?」 「何って、それは…」 「………虚無感」 「おお、さすが長門。ん、まあそんな感じだな」 有希に向かって大きく頷くキョンの顔を、あたしはストローの先のクリームソーダを最大肺活量で吸い上げつつ、仏頂面で眺めていた。 キョム感ね、キョンだけに。…いろんな意味で面白くない駄ジャレだわ。 「そのぅ、えっと…元気出してくださいね、キョンくん…」 「おお、この俺の身をそんなに心配してくれますか! いやあ、朝比奈さんは本当に心優しいお人だなあ」 今のキョンはみくるちゃんの掛けた言葉に、やけに愛想良く受け答えてる。みくるちゃん相手にはやたら調子がいいのはいつもの事だけど…今日はなんだか特に造り物みたいな笑顔ね。無性にはたきたくなるわ。 そんな風に思っていると、キョンの奴は不意にこちらを向いた。 「ま、そんな事がありましたよって事で。人間なんて明日どうなってるか分からないから、みんなもせめて事故とかには気をつけろよな。特にハルヒ」 ちょ!? なんであたしだけ名指しなのよ! 「お前が直情径行の向こう見ずで、後先考えずに動くからだ。 さて、それじゃ不思議探索パトロールに出掛けますかね、と。今日はもう俺の罰金で確定なんだろ?」 恒例のクジ引きで同班になったみくるちゃんをいざなって、キョンは伝票をひらひらさせながら会計へと向かった。 むー。つまんない。あたしは『キョンに罰金を払わせるのが』ではなく、『罰金を払わされる時のキョンの情けない顔が』楽しいのに。つまんないつまんない! 「どうかしましたか、涼宮さん?」 よっぽどあたしはむくれていたのだろうか。喫茶店を出るなり、古泉くんがそう声を掛けてきた。 「ねえ有希、古泉くん。今日のキョン、なんかおかしいわよね?」 遠回しな物言いは好きじゃない。あたしがズバリ訊ねると、古泉くんと有希はしばらく顔を見合わせて、それから二人揃って頷いた。古泉くんはともかく、有希も肯定しているからにはやっぱりそうなのだ。 「そうですね、これはまあ概念的な事柄なのですが。 人は大なり小なり、明日への不安を胸に抱いているものです。もしかしたら大地震が起こるかもしれないし、空から隕石が降ってくるかもしれない。はたまた、悪意を持った異星人が大挙して地球を侵略しに来たりするかも…」 いきなりそんな事を語り始めたかと思うと、古泉くんはしばし、あたしと有希の顔をちらちらと見比べた。今の間は何なんだろう、一体。 「…とまで言ってしまうと、さすがに何でもありになってしまいますが。不慮の交通事故などは、誰の身にだって起こり得るわけです。 さて、そんな時。たとえば明日死ぬかもしれないという時に、やりたくもない宿題をやる気になる人が居ますか? いえ、それどころか自分にとっての宝物さえ、もしも明日無になるとしたら、途端に色褪せて見えるのではありませんか?」 「えっ? でもだって、そんなのは…」 「はい、その通りです。予測できない不幸、というのは可能性としてはあり得るのですが、それを気に病みすぎていては何も出来ません。 だから人は基本的に、その可能性を無視しています。もしくは保険に加入するなどの次善策を用意するか、ですね。しかしながら“死”というのは、人が逃れえない宿命のひとつでして…」 と、ここで一度言葉を止めた古泉くんは、ああまたやってしまったとでも言いたげな微苦笑で頭を振った。まあ、古泉くんのセリフが芝居がかってるのはいつもの事だけど。 「結論を述べましょう。今の彼は、軽い躁鬱病の状態にあると思われます。 ご友人のように、自分も明日にはいなくなっているかもしれない。ならば自分の生に一体何の意味があるのか――そんな問答に囚われてまんじりともできないでいる、といった所でしょうか」 「有希の言ってた、虚無感って奴?」 「おそらくは。実を言えば僕自身、まだ同年代の人間の死に直面した経験はないもので、先程の彼のお話には、多少なりともショックを受けました。もしかしたら『大人になる』というのは、こうしたショックに慣れていく事なのかもしれませんね」 ショックだった割には、いつもと同じ笑顔で話してる気がするけど。そうね、古泉くんが言いたい事はだいたい分かるわ。 でも、だったらあたしは敢えて大人になんかなりたくないかな。親とか身近な人を失くす悲しみに慣れるだなんて、そんな事は………え? 失くす? 誰を? その時のあたしは、どんな顔をしていただろうか。ともかく、気付けばこんな言葉があたしの口をついて出ていた。 「あのさ、有希、古泉くん。ちょっと話があるんだけど」 「はあ、午後の調査を彼と二人で」 「…………」 その、別にヘンな意味じゃないのよ? ただキョンの奴のスッポ抜けぶりが見るに見かねるというか、ほら、団長の責務として…! 「素晴らしい。さすがは涼宮さんだ」 「へ?」 「僕達も彼の不調が気にかかってはいたのです。しかしながら、いかんせんどうやって励ましたら良いものか、妙案が浮かばないものでして。 ですが、団長自らがケアをなさってくださるというのなら、もう安心ですね。どうぞ彼の事をよろしくお願いします、涼宮さん」 ま、任せときなさい! 団員の心の悩みを受け止めてあげるのも団長の務め! 一切合財あたしに預ければ、全てこれ解決よ! と、あたしがガゼン張り切っていると。 「ふむ、ですがそうするには…長門さん、ちょっといいですか?」 古泉くんが有希を道端に連れてって、ひそひそ相談を始めた。ん? この光景、なんとなく前にも見たような覚えがあるんだけど。市民野球大会の時だっけ? それともデジャビュって奴かしら。 「お待たせしました。では、午後のクジ引きは長門さんにお願いする事にいたしましょう。実は彼女、少々手品の心得があるそうで」 「へえ、それ初耳。有希、本当に出来るの?」 「………可能」 「公平公正なゲームを愛する僕としては、こういうインチキはあまり推奨したくはないのですが。 しかしながら彼はある意味、涼宮さんの対極というか、石橋を叩いて渡らないような、非常にアマノジャクな性格の持ち主ですからね。変なお膳立てをしてしまうと、かえって反発しかねません。ここはあくまで偶然を装うとしましょう」 古泉くんの言に、あたしは大きく頷いた。まったく、キョンの奴があたしのナイスなアイデアに、素直に賛同した事など一度もない。いつもつまらない常識論を持ち出して、あたしの発展的行動に難癖を付けたがるのだあいつは。 あんたみたいな奴の事を、これだけ気に掛けてあげるのはあたし達くらいのものよ? 友に恵まれた事をせいぜい感謝なさい、キョン! 「素直じゃない、という点ではどっちもどっちというか、お似合いなんですけどね」 「何か言った、古泉くん?」 「いえ、別に何も」 「ふうん? まあいいわ。今回はウソも方便って事で、有希、お願いね」 あたしの依頼に、有希は黙って頷いた。沈黙は金だとかいうけど、本当にいざという時には頼りになる娘だ。キョンの数千倍は役に立つわね。 って頷いた後も有希はしばらく、深遠の瞳であたしを見続けていた。ん、なに? 「彼の言っていたのはある面での、真理」 彼って、キョンのこと? 「そう。価値観は主に相対性によって生ずる。最初から何も無かった状態に比して、あるはずだったものをなくしてしまった際の喪失感は、絶大」 「あんたにも、そんな経験あるわけ?」 「11日前、帰宅すると作り置きのカレーが、全て痛んでいた。その日はお茶だけ飲んで過ごした。カレーに黙祷を捧げた…」 「そ、そう」 カレーと人命を同列に語っちゃうのもどうかしら。ああ、でも自炊してる人にとっては食料問題は死活ラインなのか。よく分かんないけど。 「決まりですね。では、我々も出発しましょうか」 「あ、うん、そうね」 なんだか分からない内に古泉くんに促されて、あたし達もまた午前のパトロールに出立した。うーむ、やっぱりどうにも調子が狂ってるぽい。いつもなら当然のように、このあたしが号令を掛けているはずなのに。 結局、午前の部はただひたすら暑い中を歩き回るだけに終始した。不思議を探すより何より、あたしの心には踏んづけたガムみたいに、さっきの有希のセリフがべたりとこびり付いていたのだ。 『彼の言っていたのはある面での、真理』 あるはずだったものを失くしてしまって、心にぽっかり穴が空いたようだ、とキョンは言っていた。有希はそれを真理だと言う。古泉くんは、人は大なり小なり、明日への不安を胸に抱いているものだと言っていた。 そうだ、今のあたしも多分、何かしらの不安を抱えている。でも、それは…一体なんだろう? あたしは何を失くす事を恐れてるの? そんな疑念が、歩くたびに靴底で耳障りな音を立てている、ような気がした。 「珍しいな、この組み合わせってのも」 「あー、うん、そうかも、ね」 キョンの何気ない呟きに、午後のあたしはちょっとばかり居心地の悪い気分で頷いていた。本当の事を知ったら怒るかな、キョン。 「つか、古泉の野郎が羨ましい」 前言撤回。このバカ相手に、罪悪感など微塵も感じてやる必要なんか無い。あたしは渾身の力でキョンの尻をつねり上げてやった。 「神聖なSOS団の活動を一体何だと思ってんのあんたは!」 「うぐあっ!? い、いやスマン、冗談だ…」 だいたい古泉くんは、午前もあたしと有希で両手に花だったでしょうが!? どうしてあの時は羨ましがらないで今は………あ、いや。いやいや。 あ、あたしが怒ってるのはそんな事なんかじゃないわ! そう、キョンの奴がここでもやっぱり素直に謝ってるからよ! だから、調子が狂うって言ってるでしょ! いや言ってないけど! いつものあんたなら、もっとこう…その、歯応えがあるっていうか…そこいらのくだらない男連中とはちょっとは何かが違うっていうか…。 「どうしたんだ、ハルヒ? どこに向かうんだか、さっさと決めてくれよ」 こここ、この鈍感男めぇ! 人がこんなに気を揉んでやってるのも知らないでッ! あたしはよっぽど、公園の砂場を掘り返してこの唐変木を頭から埋めてやろうかと思ったけど、今世紀最大の自制心を働かせて、なんとかそれを堪えた。いけないいけない。古泉くんの言によれば、キョンの奴は今、ちょっとばかり精神を病んでいるのだ。団長として大目に見てやらなければだわ。 ――治ったら覚悟しなさいよね、このバカキョン! 「いいからっ! あんたは黙ってあたしについてきなさい!」 「へーへー、団長様の仰せのままに」 とりあえず、そういう事にして歩き始めたけど…はてさて、これから一体どうしたらいいもんだか? 実の所あたしは、本当に有希の手品とやらがうまく行くのかなーとか、行ったら行ったでキョンの奴、あたしとペアの組み合わせをどう思うのかなーとか、そんな事ばかりを考えてたもんだから。具体的にどうやってキョンを元気づけたげようとか、全く考えてなかったのよ! うそ、どうしよう。まるで小堺一機のお昼の番組にいきなりむりやり出演させられて、サイコロ振らされたような気分だわ。何が出るかな♪何が出るかな♪ ちょっとドキッとした話、略して「ちょドばーなー」って、だから何も用意してないんだってばっ! 『団長自らがケアをなさってくださるというのなら、もう安心ですね。どうぞ彼の事をよろしくお願いします』 プレッシャーが具現化したのか、さっきの古泉くんのセリフが耳にこだまする。あたしは空の彼方に浮かんだあの爽やか笑顔に、無言のパンチを打ち込んだ。 『おやおやひどいですねフフフ』 ええい、回想なんだからさっさと消えなさい! 「おい、どうしたんだハルヒ。道端でいきなり拳振り回したりして…?」 「虫よ! 虫がいたのニヤケ虫が!」 語気も荒く振り返って…あたしはキョンの背後の壁に、ふと一枚の看板を発見した。 (あ、やだ…。やみくもに歩き回ってたら、こんな方向に…) 途端、あたしの頬が熱を帯びる。そこは駅の裏手辺りにありがちな一画で、男女がペアで歩いてたりしたら、いわれのない誤解を受ける可能性が非常に高い場所というか何というか…。あーっ、もう! ハッキリ言ったげるわ! あたしにはやましい点なんかこれっぽっちも無いし! ホテル街よホテル街! そこはいわゆるホテル街だったのよ! 次のページへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2779.html
・・・10日目だな。 ・・・ ・・・・・・!? 俺は飛び起きた。 叫びたくなったが自重しておこう。ハルヒに気づかれたらたまったもんじゃない。 時計を見る。まだちょっと早い。もう少し寝ようか、いやだめだ。寝れんだろう。 別に大したことじゃない筈なのに何でこんなに動揺してるんだろうか。 俺は今日夢を見ていない。 そうだ。昨日見た夢がもう2年以内の最近のことだったから見せるに値する夢が無かったのかもしれない。 とにかく何か知らんがもう夢を見ることは無いのかもしれない。 でもいくら俺が開き直ったとはいえ、いきなり俺だけに奇妙な現象が起きていきなり終わってしまうとなると、理由がどうしても知りたくなる。推理小説において犯人の動機を知りたくなるのと一緒でな。 といっても考えてもどうしようもないのはわかっているので俺はいつも通りの行動に徹することにした。 ハルヒと共に朝食を食べて仕事に出る。夢を見ていない他に何一つ違和感は無かった。 「ただいま」 俺は雑念疑念がどうしても尽きないまま帰宅する時間を迎えた。 晩飯が用意してあった。まだ温かい。作りたてだろう。 ハルヒはまた居間で寝ていた様子だか、俺の声を聞いて起きたようだ。 「キョン?おかえり・・」 「ったく居間で寝るなって言っただろ。」 「5分ぐらいしか寝てないわよ。ほらさっさと食べるわよ。」 「お前の分が無いんだが。」 「だからダイエットって言ったでしょ。」 「おい、いくらダイエットとはいえ食事抜きは健康に悪い。やめとけよ。」 「デザートは食べるからいいの」 やれやれなんと理不尽な言い訳だ。なんだかハルヒの様子を見るとやせるというよりやつれてしまうのではないかと心配だ。 ハルヒは太っている事を気にしている様子なぞ見たことが無いし、それ以前に太ってなどいない。完璧なプロポーションを保っているというのにそれを崩すのは誠にもったいない。明日にでもやめさせてやる 。 ひょっとしてこれも夢に関係が・・・いやまさかだな。もう夢は終わったんだ。今更考える必要は無いだろうと自分に何度も言い聞かせただろうが。 食事を終えるとハルヒがデザートを持ってきてくれた。 デザートは久しぶりなので心が躍る。それもハルヒの手作りときたもんだ。 「ありがたーく頂くことね。あんたの好きなプリンだから。」 いや、プリンが好きなのはお前だろうに。まぁ俺もだがな。 こうしてハルヒと横に並んで座りながらデザートを頂いた。 相変わらずなんて美味いんだ。俺は夢中で食べてしまった。 ハルヒはそんな俺をちょっと呆れた視線で眺めていた。もっと味わって食べろってことか。 ハルヒより先に食べ終わった俺は適当に感想を言ってみる。 「ほんとにお前の作るもんはどうしてこんなに美味いんだよ。」 「もう、だったらもっと舐めるように味わって食べてよね。」 「すまんな。」 ここで俺はふっと頭に蘇ってきたあの日を思い出した。 最初に見たあの夢。俺とハルヒがまだ意地を張り合っていたあの日だ。 あの時もハルヒは俺にプリンを作って様子見してたんだっけ。 俺がプリンを好きだと言ったから。ハルヒの作ったプリンを食べたいと言ったから。 そしてそれは今現在にも繋がっている。 急に衝動がこみ上げてきた。急に言葉を伝えたくなった。いつも思っていることだ。俺もハルヒも解りきっていることだ。それでも・・・ ハルヒは俺が黙り込んだのを見て変な視線を向けてくる。 俺はいつも心の中で呟いている事をそのままハルヒに向かって言った。 「いつもありがとう。愛してるよ、ハルヒ」 突然の俺の言葉にハルヒは呆然としてしまった。 考えてみると空気もへったくれもないこの場でいきなり言うのはNGだったか。 もういいか。ハルヒも解りきってることだしこんなタイミングで言うのは可笑しいよな。 はぁ?いきなり何言ってんの とかいう声が今にも聞こえてきそうだ。 俺がごちゃごちゃ考えて顔やら頭やらから煙が出そうだとかもうわけわかんなくなっている間も、ハルヒはずっと黙り込んでいた。止まってるのか?再生ボタンはどこだい?さっきもう・・って本当に落ち着け俺。 ハルヒは依然として黙り込んでいた。 「ハルヒ? おいハルヒ・・?」 「・・・」 表情を読もうとする俺を阻むようにハルヒは俯いた。 まさかと思う間も無くハルヒは手で顔を覆って肩を振るわせ始める。 「ハルヒお前、泣いてるのか!?」 「・・・泣いてないわよおおー!!!」 そう言っているハルヒはどう見ても泣いているようにしか見えなかった。 俺は動揺した。俺はハルヒを泣かせるつもりで言ったんじゃないし、第一ハルヒが俺の前でこんなになるまで泣きじゃくったのだって記憶には無い。疑問が次から次へと湧いてくる。もうお手上げだ。 なので泣き止むまで待つなどどいう紳士的行動よりも疑問を口にしてしまった。 「俺のせい・・なのか。」 ハルヒは顔を覆って肩を震わせたままだ。いかん。鼻をすする音が大きくなってきた。 「だから言ったんだ。何でもいいから何かあったら言ってくれと・・」 「そうよあんたのせいよ!何でいきなりあんなこと言うのよ!!」 「何で・・て別に大したことじゃない。いつも思っていたことだ。だから・・」 「別に泣きたくて・・ッ・・泣いてるわけじゃないのよ!!勝手に・・涙が・・っ!!」 こんな時まで素直になれないところが逆に愛しいのはもうハルヒ病の証拠かね。 俺の前で感情を素直に吐露していくハルヒを俺は思わず抱き寄せた。そうせずにいられるかよ。 「泣いてくれよ。」 「・・へっ・・・」 「お前が何考えてるのか俺には全部は理解できないけどさ。泣きたくなったら怒ったり遠まわしにしたり怖がったりないで俺の前で泣いてくれよ。そういう時の素直なハルヒはすごく・・・なんというか綺麗で美しい・・からさ。」 「へんなこと言わないでよ・・余計に涙がああ・・」 「嬉しいときは嬉しいって言うんだ。特にこういう時はな。」 「バカ・・バカキョン・・嬉しいわよぉ・・!」 ハルヒはそう言って俺の腕の中で泣き続けた。俺はひたすらハルヒが落ち着くまで背中を撫でてやる。 いつも好きだと思っていても、相手がそれをわかっていても、言葉として言わないと伝わらないことがある。 愛しているなんてまさにそうだ。俺自身だってこんな恥ずかしいセリフ言うのに多少の勇気がいる。性格が性格だし、相手はハルヒだ。 でも言わなきゃだめなんだ。もしかしたらハルヒは俺が仕事で忙しいから、特に今は試験なるものもすぐそこだからな、自分と関わると俺に迷惑がかかるんじゃないかと思ってたのではないか。 俺と共に過ごす時間が俺にとって不都合なんじゃないかって。そうやって必死に我慢して、どこかループな毎日を送って、絆が薄れていく のが怖かったのではないか。 たとえ毎日でも愛の言葉が欲しかったんじゃないだろうか。そしてそれを言えるわけが無い自分の性格と葛藤し続けてきたんだ。 何でもっと早く気づかなかったんだ・・・! 「何よ。キョンの心臓・・バクバクじゃない。」 少し落ち着いたハルヒが呟いた。 「ああ、すごく動揺した。ハルヒが俺の前で初めてこんなに泣いてくれたんだからな。」 「・・・何言ってんのよ。あたしがあんたのせいでどれだけ泣かされたかわかってるの?」 「そんなに罪な男か、俺は。」 「なんなら列挙してあげるわよ。最初に覚えてるのはずっと前にあんたが今日みたいにあたしのプリンを勝手に食べてそれを誉めてくれた日。なんで涙が出るのかわからなかったけどね!」 もうこの時点で俺は気がついた。 「次はあんたがSOS団を楽しいとさりげなく言った日。なんで気持ちに気づかないんだろうって思ってたから!」 ハルヒは顔を上げて叫ぶように言い挙げていった。 「それとあんたに告白された日!あんたと付き合ってから初めて喧嘩した日!初めてあんたに抱かれた日!あんたがその日のうちに必死に仲直りしようと深夜にあたしの部屋に押しかけた日!あんたがあたしに料理を作った日!」 ハルヒの腕に力が入った。 「あんたにプロポーズされた日!あんたが夜遅くに出張から戻ってきた日!理由は全部違うけど全部あんたに泣かされたわよ!!」 ハルヒは思いつく限り全てを列挙したのだろう。 もう見事とでも言うべきか知らんが、全てに俺は心当たりがあった。 なるほどね。喧嘩話が多いのはそういうことだったのか。 夢に結婚式関連が来なかったのはハルヒが泣いていなかったから。 やっと繋がった。そうだったのか。 ここ数日俺を悩ませていたハルヒとの思い出が夢として再現される現象。 つまりハルヒは今でも俺に好きだと言われたかったんだ。 たまには俺に甘えたかったんだ。 俺の前で素直に泣きたかったんだ。 どこまで遠回りすれば気がすむんだよ。 得意の無意識下が能力を発動してしまうまでに自分を追い詰めるなよ。 俺に心配をかけさせたくないと思うなんてお前らしくないんだよ・・・。 「キョン?あんたもひょっとして泣いてるの?男のくせに。」 「知ら・・ねえよ・・っ・・」 そうして俺たちはお互いの顔を見て笑いあった。 久しぶりに交わした長くて甘いキスはかすかにプリンの味がした。 それはどこかとても懐かしい味だった気がする。 加えて、ここからは就寝時の話になる。 「ハルヒ、明日は久しぶりにデート探索するぞ。」 「えっ・・でも・・」 「有給取ったから。」 「ちょっと・・何考えてんのよ。」 「俺が、お前と過ごしたいんだ」 「・・仕方ないわね。丁度行ってみたかった所があるのよ。」 「やっぱりな。」 「明日はこのあたしに任せなさい!」 俺からの誘いなのにハルヒはリードする気のようだ。 やっぱハルヒはハルヒだな。 俺はこの日本当に久しぶりに気持ちよく眠りについた。 ハルヒも、これでもかってほど幸せそうな顔をして眠っている。 全て終わったんだ。 そう、すべて終わった。俺はそう思っていたんだ。 だってそうだろ?ハルヒが不安定になるのは今に始まったことじゃない。 だから俺はそもそも何でハルヒが能力を使ってしまうほど不安定になったのか・・・ その理由を追究しなかったんだ。すまんがこればっかりは仕方ないと言わせてもらおう。 俺は安心しきって寝ている。 これはこのとき別の言い方をすれば、油断しきっていたのだった。 ・・・11日目だな。 もう数える必要が無いのに習慣とは恐ろしい・・ と言ってる場合ではない。 俺は飛び起きた。 心臓がまたバクバクいってやがる。なんてこった・・。 「キョン?あんた今起きたの?」 「ハルヒも今起きたのか。」 隣で寝ていたハルヒも起こしてしまったようだ。 いかん。落ち着け俺。 夢を見てしまった。 それも普通の夢じゃない。あの独自の臨場感は間違いなくハルヒが見せるものだった。 1週間以上も同じ感覚を味わったから分かる。問題はそこじゃない。 今見た夢の内容は、俺とハルヒの思い出ではない。 でも確かに内容は俺とハルヒが共に過ごした日だったのだ。 いや、あれはもう間違いなく過去というより・・・ 「キョン、あたし用事を思い出したわ。ちょっと出かけてくる。」 「えっ・・!?」 「すぐ戻るから!!」 そう言うなりハルヒはすばやく着替えて車を飛ばしてどこかに行ってしまった。 こんな朝早いとコンビニぐらいしかやってないぞと言おうと思ったが、時間を見れば昼前だった。 そういや有給取ってゆっくり寝てたんだったな。 とりあえず俺は着替えたり新聞を読んだり、ついでに朝飯を用意する。 久しぶりのゆっくりとした朝だったからな。 だけど俺は落ち着かない気分になった。理由は考えない方がいい気がする。 どうも手がパソコンに向かいたいようで、仕方が無いので俺は電源だけ入れた。 自分に対してわかっていないフリをしている気分だが、そうなのかね。 そろそろハルヒが出て行って結構経ったなと思ったところで、玄関の扉が破壊される勢いで開かれた。 俺が驚いて玄関に行くとハルヒは息を切らしながら大声で叫んだ。 「キョン!!信じられない!!子供が出来たわ!!あたし達の子供よーーっ!!!」 ・・・つまり、こういうことだ。 ハルヒが気分を悪くしていたのは吐き気だった。 これは世間一般におめでたい病気といわれる『つわり』の一番わかりやすい症状だ。 俺が仕事に出ている間にもハルヒはこれで悩んでいた時があったという。 妊娠初期に訪れるつわりの複雑な症状は他にもいろいろあるわけで・・・ ハルヒがダイエット!と言ってたのはやっぱり食欲不振で(正確には好き嫌いの変化) 寝坊したのも単純に眠気に襲われるという症状だった。 そして心理不安定。これが今回の夢騒動の引き金となってしまったわけだ。 しかもハルヒはこれらの症状を本当に風邪の一種だと思い込み、全部俺に隠そうとしたという。 もう何でそこまでして俺を庇おうとするのか理解しかねる。ほんとに何で・・・ 何かを叫びたくなったが、言葉が脱力してしまう。やれやれとは言わないがな。 ということは何だ。もしかしたら長門はわかっていたのか。ひょっとしたら古泉も。 朝比奈さんもわかっているだろう。わかってて皆揃って俺が気づくのを待ってたのか。畜生め。 まぁしかしこれでようやく全てが解決したわけだ。 大変なのはこれからだけどな。 「ほら!!あんたも喜びなさいよこの偉大な発見を!!」 「発見じゃねーだろ!!それと暴れるな!体を大事にしてくれ!俺は喜んでるから!!あと病院行くなら俺も一緒に・・」 「今日はSOS団でパーティよ!!キョン!!ほらちゃっちゃと準備するわよ!!!」 やっぱり聞いてない。でも俺は凄く懐かしい感じの会話をしている気分になった。 俺の手を取って喜び回るハルヒを見ているとそんなことすらどうでもよくなっちまうんだがな。 その夜、まるでわかっていたかのように迅速に集合したSOS団と後々加わった準団員でハルヒの懐妊パーティが開かれた。 今からこんな調子で大丈夫なのかね。 まぁ俺自身が、何よりハルヒが楽しそうな様子を見ていると俺は安堵してしまうわけだ。 近い未来の出来事を色々想像しながら、俺は一人格好つけて誓ってみた。 二度とハルヒに不安を抱かせるものか、とね。 「キョン!何そこでボーっとしてんのよ!!早くこっち来なさい!!」 ・・・さて。 気分も季節もとてもあたたかい。 そんな休日に俺達は花見を兼ねて少し広い公園に来ている。 あまりにも気分が良かったので昼飯を食べた後、そのまま軽く眠ってしまったようだ。 子供のはしゃぐ声でぼんやりと目が覚めた俺は思わず心の中で呟いた。 なるほど。今日はX日目か。 Xデーという呼び名もあるみたいだが俺の法則に従えばそうなのだろう。数年前の法則だがな。 それにしてもなんと元気なことよ。元気すぎて今にも転んでしまうのではないかとちょっとハラハラする。 子供が2人、一人はどうも俺に似ているような気がして、もう一人はどうもハルヒに似ている。 まぁ俺の当たらない勘でしかないんだけどな。 「起きたの?キョン」 隣でのんびりしていたハルヒが語りかけてきた。 「すまん、ついウトウトしちまった」 「別にいいわよ。いつものことでしょ」 そう言って前を向く。そんなハルヒに俺は語りかけてみた。 「なぁハルヒ」 「何?」 「信じられるか。実は俺、この光景を夢で見たことがあるんだぜ。」 「ふぅーん。」 「もうずっと前の話だけどな」 「・・・残念でした!」 「ん?」 「実はあたしも見たことがあるのよ。でもいつだったかは秘密!」 そうかい、と返事を返し俺も前を見る。 一緒の日だったらいいかもな。 ---THE END---
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3906.html
6 章 出社するとハルヒが雑誌を読んでいた。 「フフン~」 やけに上機嫌だ。雑誌を眺めるハルヒは、野郎がえっち本を見るときにでもしないような気味の悪いニタニタ笑いをしていた。見たところ、OggiとかMOREとか、ふつーに本屋の店頭にありそうな女性ファッション誌だが。 「なんか面白い記事でも書いてあったのか?なんでゴム手袋なんかはめてんだ?」 恐る恐る尋ねてみる。 「まあね、ちょっと見てよこれ」 二つ目の質問には答えてないぞ。なんだ、俺には女性誌を見るような趣味はないんだが。俺はハルヒの脇から雑誌の写真を覗き込んだ。 「あ、触っちゃだめよ。指紋つけないで」 「なんだ、いつから潔癖症になったんだ」 「このモデルの後ろに写ってる車、トヨタの新型よね」 「あーん?こんな流線型の車見たことねえぞ。プロトタイプとかじゃねえの?」 「そりゃそうよ。まだ出てないもの」 ハルヒはそう言って雑誌の表紙を見せた。モデルの服装は前衛的といか超機能的というか、シンプルというかそっけないというかそんな服だった。最近の流行ってこんななのか。と、どうでもいいような感想を述べようとしたところ、ハルヒはそんなことはどうでもいいのよという感じで発行年月の数字を指差した。 「おい、なんだこりゃあ、十年後だぞ!」 「あーもう、指紋つけないでって言ってるのに」 「未来の雑誌なんてどこで手に入れたんだ」 「あたしに頼んで送ってもらったのよ」 なるほど、頭いいな。 「未来の情報はおいそれとはあげられないとか言ってたから、せめてファッション誌くらい見せなさいと手紙を書いたの」 「それでこのファッションデザインなのか。どうりで時代離れしてると思った」 まあそれくらいの情報なら問題ないだろう。 「それだけじゃないのよねえ」 ハルヒはまたさっきと同じニタニタ笑いを浮かべた。机の上には化粧品のパウダーっぽいやつ、虫眼鏡、なんだか分からない液体の入った小瓶があった。 「なんだそれ?」 「まあ見てなさい」 ハルヒは卓上ライトをつけて、雑誌の表紙を覗き込んでアイシャドウの粉をふり撒いていた。化粧用の小さなブラシっぽいやつ、虫眼鏡を見ながら粉を塗っていた。それから雑誌を持ち上げてふっと吹いた。 「ぶ……ぶえっくしょん!!は、鼻に、えーくしょい!!」 ひとりでなにやってんのお前。ずずっと鼻をかんだハルヒが見せたものは、表紙に浮かび上がった指紋だった。ハルヒは黒いシールみたいなやつを取り出し、透明の部分を指紋の上に貼ってゆっくりとはがした。ゼラチン紙とかいうらしい。 「どう?バッチリでしょ」 そういや長門もやってたな、あんときはエンピツの芯の粉だったか。 「ああ、エンピツの粉は白いモノについた指紋を取りたいときね」 「やけに詳しいなお前」 「当然でしょ、あたしが名探偵だったのを忘れたの?」 探偵バリに推理を聞かされたことはあったが、まさか鑑識をやるとは聞いてないぞ。 「キョン、あんたの指貸しなさい」 「お、俺がなにかの犯人みたいじゃないか」 「いいから見せなさい、はぁやくぅ」 ハルヒは俺の腕をむんずと掴んでガラスの板に押し付けた。 「古泉くん、有希、あんたたちも見せてくれるわよねぇ」 ハルヒがニコニコ顔で言うと、古泉は苦笑しつつ、付き合ってやるかとしぶしぶ承諾した。ハルヒを名探偵に仕立て上げたのはそもそもこいつなんだからな。長門はなにも言わずに指紋を取らせた。 「うーん、キョンじゃないわねぇ。有希でもない。どう見てもあたしの指紋しか、ああーっ!!」 熱心にルーペを覗き込んでいたかと思うと奇声を上げた。 「どうした!?」 「古泉くんの指紋発見!!」 「え……」 別に驚くようなことじゃないんじゃないか?古泉が読んでたのかもしれんだろ。 「問題はそこでしょ。古泉くんがなぜ女性誌なんか手にしたのか」 「し、知りません。僕にはまったく心当たりありません」 当たり前だろ。なに焦ってんだ、返って怪しいぞ。 「古泉くんの指紋、右の親指ねこれは。切り傷があるわ、かなり深い。予言するわ、古泉くんは十年以内に親指に怪我をする」 それは予言じゃなくて指紋検出の結果を述べただけだが。古泉はまじまじと自分の親指を眺めた。そんな十年先の指の具合なんて今から心配してもはじまらんだろうに。 「そういうわけだから、親指には注意してね古泉くん」 「ご忠告ありがとうございます」 古泉はまた苦笑を浮かべた。こいつが親指をザックリ切っちまうのは、まだ先の話だ。 ハルヒがなにごとか思い立ったように出て行った隙に、古泉が耳打ちした。 「もしも僕が怪我をしなかったら、どうなるでしょうね」 「それくらいの未来は変わっても問題なさそうだが」 「もしもこれが既定事項なら?どんな些細なことでも変更すると大変なことになります」 ハルヒと入れ違いに朝比奈さんがやってきた。 「ごめんなさーい、遅れちゃって」 「朝比奈さん、ちょうどいいところへ。これを見てください」 俺はハルヒの机の上にある雑誌を指差した。 「これファッション誌ですよね。ふつうに本屋にある。わたしもときどき読んでますよ」 「ええ。十年後の発行ですけど」 「あらあら、まあ。どうしたんですかこれ」 「未来から送ってきたらしいんです」 「涼宮さんにも困ったものね。いくら雑誌でも未来の情報には変わりないのに……へー、こんなの流行ってるのね」 朝比奈さんがパラパラとめくりはじめた。そこで立ち読みしないでくださいよ。 「それにしても、なんで僕が女性誌なんか持ってたんでしょうかね」 古泉がいつまでも首をかしげていた。ドアが開いてハルヒが戻ってきた。 「あら、みくるちゃん来てたのね」 「おはようございます、遅れちゃってごめんなさい」 「それより見て見て、未来の雑誌よ。流行の最先端の百歩くらい先を行ってるわ」 先を行き過ぎて道を踏み外しそうだがな。 「見ました。こんな服、わたしも欲しいなぁ」 「タイムマシンが完成したらみんなで買い物に行きましょう」 「あ、いいですねぇそれ」 素直に賛同してみせている朝比奈さんが冷や汗を垂らしていることは、俺にはお見通しだ。 ハルヒがジャラジャラと音がする布袋を置いた。小銭の音か? 「なんだそれ、小銭の貯金か」 「銀行に行って五万円を五百円玉に両替してもらったのよ」 「な、なんでそんな大量に」 「未来に買い物リストとお金を送って買ってきてもらうのよ」 「なんで五百円玉なんだ。お札でいいじゃないか」 「バカね、十年も先ならお札のデザイン変わってるかもしれないじゃないの。こういうときはデザインの寿命が長い補助貨幣のほうがいいのよ」 なるほどな。って五万円分は重いだろう。 「まあまあいいから。あんたたちも買って欲しいものがあったら五百円玉よこしなさい」 俺は、と考えてはみたが別に欲しいものなんてなかった。ほんとに欲しけりゃ朝比奈さんに頼めばいい。 「なあ、思ったんだが、別に現金でなくてもいいんじゃないか?」 「どういうことよ」 「十年先くらいなら銀行に預金して通帳かカードを送ればいいだろ」 「あ……」 さすがにそこまでは頭が回らなかったか。突っ込みどころが的を得ていたらしく、ハルヒは顔を赤くして重たい袋をえっちらおっちら背負って出て行った。また銀行に行ったらしい。 「たっだいまぁ!」 「おう、おかえり。通帳にしたのか」 「普通預金はやめたわ。銀行の人が十年動かさないなら長期国債がいいっていうからそれにしたわ。これもひとつの投資よ」 猫型ロボットの漫画でそういうネタがなかったか。 「買い物頼むだけじゃなかったのか」 「あたしへの投資よ。利子の分はあたしのお小遣いよ、キヒヒヒ」 俺はハルヒが持ち帰ったパンフレットを読んだ。年率にして0.85パーセントくらいか。ハルヒがタイムトラベルを使った財テクに走り始めたな。よくない傾向だ。俺はこっそり朝比奈さんに尋ねた。 「これまずいですよね」 「いいんじゃないかしら?銀行の定期預金に十年眠らせておくのとあまり変わらないでしょう」 「それはそうですが。金儲けのためにタイムトラベルを使うのは問題がある気が」 「まあ会社は金儲けのためにあるわけだし、それにまだ時間移動管理の組織が生まれるまではいいんじゃないかしら」 未来人の朝比奈さんがそうおっしゃるならいいんですが。 「わたしは知らなかったことにしますね」 朝比奈さんは人差し指を立ててウィンクしてみせた。そ、そんな。なんだか犯罪の共犯っぽいことをしてるようで俺は不安になった。今に未来警察とかがやってきてガサ入れされるんじゃないだろうか。 「うーん、株を買うのもいいかもねぇ」 ハルヒのブツブツいう声が聞こえて俺は朝比奈さんを見た。朝比奈さんは困ったような顔をして笑っていた。 ハルヒはまだ虫眼鏡で雑誌を調べている。 「まだやってんのか。なにか分かったか」 「ふふっ。あたしはあたしの経営者としての能力を甘くみてたようね」 なんか微妙に矛盾してないかそれ。 「こういうファッション誌は四半期くらいで流行ネタが変わるから、このデザインをまねして売れば儲かるわよ。パリコレを先取りできるわ」 「なんという盗作」 「人聞き悪いわね。まねをすることは最高のお世辞なのよ」 まあ服飾業界の流行ってのは、誰かがはじめてみながそれをまねして広がっていく感じだろうけど。 「ちょっと生地を買いに洋裁店に行ってくるわ。有希も一緒に来て」 副社長にして我が社のコスプレイヤーはいそいそとハルヒについていった。次はどんな衣装になるのか楽しみである。 「おはようございます」 「朝比奈さん、どうしたんですその格好は」 「これがどうかしたかしら?」 「だって昨日までOLっぽい服装だったでしょう」 それまで新聞を広げて読んでいた俺は、古泉と朝比奈さんのやり取りに目を上げた。そこには流行を二十年くらい先取りしそうな、フィギュアスケートとゴスロリを合体させたようなきわどい格好の朝比奈さんがいた。 「朝比奈さんはもうコスプレしないんじゃなかったですか」 長門のコスプレがあんまり似合うんで考え直したのか。 「これはコスプレじゃありません、時間常駐員の制服ですよ。昨日もこの格好だったじゃないですか」 朝比奈さんが怒ったように言った。 「え、いつからそんな」 「いつからって、わたしが十五歳のとき常駐員になってからずっとですよ」 いつもと違う朝比奈さんに妙な違和感を覚えて、俺は禁則中の禁則を破る質問をしてみた。 「ちなみに今は何歳なんですか?」 「今年で二十五よ」 俺とその他二人は顔を見合わせた。朝比奈さんの年齢って確か禁則事項だったんじゃないですか。 「そんなことはないわ。二二九二年三月九日生まれの二十五歳。ほら、ね」 図らずも急に解禁になった鮎漁を知った釣り人でもここまで驚いたりしないくらいに、正直、俺は驚いた。朝比奈さんの歳は俺にとっちゃ鉄の壁だったのに。 ちょうどそのとき、ドアが開いてハルヒが出社した。 「おっはよ。有希、新しいドレスできたわよ」 打ち合わせで遅れるとか言ってなかったかこいつは。 「いいじゃないの、これが新しい事業展開になるかもしれないんだし」 ハルヒがトートバックから取り出した長門の新しい衣装は、漆黒のワンピースに白の派手なフリルを飾りつけたものだった。 「……」 「これ、あたしが苦労して縫ったのよ」 見るからに未来の雑誌からパクったもんだが、これは萌えるに違いない。アニメのキャラクタが着そうなド派手で誇張されたデザインだった。 「あれれ、みくるちゃん。その衣装どうしたの?似てるわね」 ハルヒが長門のために縫製したというドレスに非常によく似ている。スカートの丈が短くなっただけで、そこは進化したと表現するべきか。え……、進化? ハルヒは早速長門に着せて、朝比奈さんと並べてみた。 「二人とも似合うわ。アニメキャラの姉妹みたいね」 「確かに。長門さんはボリュームのある衣装が、朝比奈さんは露出度の高い衣装が似合いますね」 「露出度って……あんまりはっきり言わないで」 朝比奈さんが裾を押さえて顔を赤くしていた。もう古泉も遠慮なしだな。 このとき、なにかがおかしいということに俺たちは気がついていなかった。 次の日のことだ。 「あ、朝比奈さん、その髪いったいどうしちゃったんですか!?」 あの美しい、少しだけカールした長い髪がバッサリと短くなってしまっている。もしかして失恋でもしたんですか。 「やだキョンくんったら。わたしは元々この髪型でしょ」 朝比奈さんが苦笑した。俺は口を開いて、もっと長かったでしょうと言おうとして、「も」のところでやめた。これはまずい。平安京でうぐいすが鳴かない規模の歴史を書き換える事態が起こっている。古泉と長門の表情を見ると、同じ危険信号が浮かんでいた。頭に回転灯を乗せたら黄色いやつがピコピコ回りそうだ。これはいったい何が起こっているんだ。 「朝比奈さん、その髪型が短くなった経緯を教えていただけませんか」 「ええっと、時間常駐員はみんな短めなんです。長い人は束ねるか、結うかしないといけないの」 「その規則が出来たのはいつなんです?」 「わたしがこの仕事に就いたときにはこうでした。生まれるずっと前のことだと思うわ」 「敢えてお聞きしますが、この会社は未来ではどうなるんです?」 「時間移動技術を管理していますよ。一社独占で涼宮さんが初代社長です。わたしはそこの社員です」 この言葉が朝比奈さんの口から出てくるとは。俺たちが知る朝比奈さんと一致しない。 「もっと早く気がつくべきでした……」 古泉が思案げに言った。 「どういうことなんだ?俺にも分かるように説明してくれ」 「……因果律が歪んでいる」 「僕たちが知っている朝比奈さんから、様子が少しずつ変化しています。つまり歴史が書き換わっていると」 それってハルヒのタイムカプセルのせいなのか。 「……それはまだ不明」 「原因を突き止めないといけませんね。朝比奈さんはこの時間平面に泊まっていないんですか?」 「ええと、夜は未来に帰って日報を出して、次の日の朝また時間移動でここに来ています。時差ボケにならないように」 「ということは帰った後の朝比奈さんが時間の歪みの影響を受けているということになりますね」 「なにか変なことありました?」 「ええ。いろいろと、僕たちが知っている朝比奈さんとはだいぶ変化しているように見受けられます」 朝比奈さんの赤道上にはクエスチョンマークの衛星がいくつも回っているようだった。時間の歪みの渦の中にいる本人が知るはずもあるまい。 「みんなぁ、おっはよ!」 全員がそっちを見た。ドアを開けて満面の笑顔で入ってきたハルヒの髪は、バッサリと短く切られた上に、目も覚めるようなオレンジ色に染め上げられていた。 「ハルヒ、何があったんだ。その髪どうしちまったんだ!?」 「なによ、雑誌に載ってたヘアスタイルにしてみただけよ」 美的レベルAランク以上の女三人がそろってショートカットになるという、前代未聞のハプニングを見たわけだが、俺と古泉は三人を見比べながら、これはこれで趣があっていいななどと呑気に感想を述べ合っていた。 「おはようございます」 「あらキョンくん、おはよう」 翌朝、珍しく朝比奈さんが一番に出社していた。メガネをかけてパソコンの雑誌を読んでいる。ハイヒールを脱いでこともあろうに俺の椅子の上に足を乗せていた。もしかしてこれもコスプレの一種なのだろうか、細い銀縁のメガネをかけたちょっとインテリっぽい朝比奈さんは萌えた。 「キョンくん、お茶お願い」 「え、は、はいはい」 もしかして今日はすごく機嫌悪いのかもしれないと、俺は給湯室でお茶を入れて朝比奈さんに差し出した。 「お、お口にあいますかしら……」 なんで俺が朝比奈さんの口調をまねしてるんだ。 「ありがとう。うん、よく煎れてあるわ」 ホッ。よかった。突然、ぬるい!とか叫んで湯飲みを放り投げられたらどうしようかと。 朝比奈さんは読んでいた今日発売の雑誌をぽいとくずかごに放り込み、パソコンのモニタに向かってタッチタイプでカタカタとなにかを入力していた。未来にはこんな古い技術のネットワーク機器は存在しなくて、いまいち使い方も分からないとか言ってませんでしたっけ。 「おは……」 「おは、」 「……」 長門に勝るとも劣らぬ超タイピングスピードでキーボードを叩く朝比奈さんを目にして、ハルヒも古泉も、それから長門も、ドアを開けるなり言葉を失っていた。いったい何事が起こったのかと俺に尋ねる視線をくれるが、肩をすくめるか首をかしげてみせるしかなかった。 全員が呆然と朝比奈さんを見つめるなか、まあそういう日よりなのだろうと各々の机で自分の仕事に目を戻した頃、部屋にうっすらと煙が漂い始めてそっちを見た。俺は我が目を疑った。こともあろうに朝比奈さんがくわえタバコでキーボードを叩いている。 あれ、ここ違うわ、これじゃ効率悪いわね、などとブツブツ呟いていた朝比奈さんが、灰皿がわりの空き缶にタバコを押し付けてから長門に言った。 「長門さん、バグ直しといたわ」 ええっ。今なんとおっしゃいました。 「……そんなはずはない」 「いえ、ここの入力のところね、引数の型にひとつだけ例外があるのよ」 「……むぅ」 「あらごめんなさい、余計だったかしら?」 「……あなたは正しい。修正に感謝する」 「ほかのソースも見ておくわ。余裕あったらリファクタリングもしといてあげる」 いったい何が起こったのであろうか。文系の俺のために自ら説明すると、リファクタリングというのはすでに動いているプログラムのソースコードを修正して、見た目の動作はそのままにパフォーマンスを上げたり最適化したりする手法を言う。つまり一度誰かが書いたプログラムを再設計して、もっと効率を上げようというとてつもなくめんどくさい作業なのだ。最初に書いた人も、自分が書いたソースコードを勝手にいじりまわされるのは感情的に嫌らしい。 ともあれ、問題は朝比奈さんが今までやったことがないようなことを平気でこなしていることである。 「朝比奈さんってプログラマだったんですか?」 「あら失敬ね。わたしはこれが本業じゃない。ソフトウェア開発技術者の資格も持ってるわ」 斜に構えた朝比奈さんは、いつもと違って新鮮だ。ってそういう問題じゃない。 「知らなかった。いつからそうなんです?」 「あれ?だって専攻で情報工学を勧めてくれたのキョンくんじゃない」 「そうでしたっけ?」 これはなんだかおかしいぞ。そんな歴史、どう考えてもありえん。 「朝比奈さ~ん、ケーキお持ちしました!」 開発部の連中が近所で買ってきたらしい箱入りケーキを朝比奈さんにうやうやしく献上した。 「あらありがとう。気が利くのね」 「いえいえ、朝比奈さんのためならたとえ火の中水の中」 お前らいつから朝比奈さんの親衛隊になっちまったんだ、長門はどうした長門は。と、長門のほうを見ると、うさぎに畑を荒らされて頭を抱える農民のようなありさまで机に突っ伏していた。 俺は緊急会議を開いた。 「朝比奈さん、たいへん申し上げにくいんですが、どうやら歴史がかなりの部分で歪んでいるようです」 「あら、それはどういう意味かしら?」 眉毛をピクリと持ち上げる朝比奈さんに、どういうと問い詰められて俺が言葉に詰まっていると古泉が助け舟を出した。 「まだTPDDは持っていますか?」 「TPDDってなにかしら」 あれれ、TPDDのない朝比奈さんってただの人じゃないですか。あ、今のは言い過ぎました。 「僕たちの知っている歴史では、朝比奈さんは未来から来た時間調査員のはずなんです」 「またそんな冗談を。古泉くんらしくないわ」 一笑に付す朝比奈さんだった。 「僕は至極まじめです。いいですか、このままですと朝比奈さんの存在そのものが危うくなってしまいます」 古泉の気迫に押されたのか、朝比奈さんは笑うのをやめた。 「ええっと、TPDDって何の略かしら」 「確かタイムプレーンデストロイドデバイス、だったと聞いています」 「タイムトンネル、なら知ってるけど」 「それは時間移動するためのものですよね?」 「ええ。未来では電車みたいにあちこちにターミナルがあって、そこから乗るの。でもわたしは調査員なんかじゃなくて、プログラマの仕事に来ただけよ」 「妙な具合になってますね」 「どういうことかしら?」 「朝比奈さんの記憶が大部分において変わってしまっている、ということです」 「なぜそんなことに?」 「たぶん涼宮さんのタイムマシンのせいではないかと」 古泉は同意を求めるように長門を見た。 「……そう。未来からの情報が漏洩したため、この時間軸の延長線上にある新しい過去が交錯している」 「長門さんまで。みんな、本気なのね」 「……涼宮ハルヒのワームホールが、未来におけるTPDDの開発を阻害している」 「ってことはワームホールが時間移動技術の代表格みたいになっちまうのか」 「……そう。STC理論のような技術理論は廃れてしまう未来になる」 困ったな。ハルヒが会議室の壁に穴を開けちまったときやばい予感はしていたんだが。 「しかし、今になってハルヒにやめろと言うとまた神人が暴れだすぞ」 長門は一言だけゆっくりと噛んで含めるように呟いた。 「……わたしが、守る」 「守るって、どうやるんだ?」 「……ワームホールを閉じる」 「閉じてもたぶん、涼宮さんは何度もワームホールを作るでしょう」 「そうだな。あいつがあきらめることはまずない」 「……ワームホールを二重化する」 「つまり?」 「……一旦向こう側に届いた物質は、即時に別のワームホールを通って戻ってくる」 「郵便があて先不明で戻ってくるアレか」 「……そう。……?」 俺の例えが微妙にズレていたようで、長門は首をかしげていたが。 「朝比奈さんにTPDDがないとすれば、どうやって未来へ行けますか」 「あら、タイムトンネルのターミナルはこのビルの屋上にもあるわ。わたしがパスを持っているから入れるわよ」 「そ、そうだったんですか。いつの間にそんなものが」 「パスがないと入り口が開かないようになってるの。過去から侵入されると困るらしいから」 なるほど、そのへんは用心しているわけだ。 「じゃあこうしよう。長門と朝比奈さんが未来へ行ってワームホールを閉じる。俺と古泉がワームホールに手紙を入れて確かめる」 「……分かった」 「その場合、時間移動技術の歴史上でワームホールの利用が終わってしまいますが、お二人は無事戻ってこれるんですか?」 「……問題ない。この流れが修正されれば、TPDDが戻るはず」 長門がOKを出したので俺たちはさっそく穴の封鎖に取り掛かることにした。長門と朝比奈さんを見送るために屋上まで行った。 ビルの屋上はガランとしてなにもなく、乾いた冷たい風が流れているだけだった。朝比奈さんがブレスレットをはめた左腕を空中にかざすと、丸いシャッターのような円盤が現れて真っ暗な穴がぽっかりと開いた。覗き込むとはるか下のほうに青白い光が渦巻いている。俺と古泉は底なしの穴に足がすくんで、うわと声を上げた。 「タイムトンネルよ。行き先を入力したからそのまま飛び込めばいいわ」 「えらく簡単なんですね。この技術が消えてしまうのはちょっともったいない気がしますが」 俺はいまさらなにを言ってるんだという目で古泉を見て、二人をせかした。 「朝比奈さん、じゃあよろしくお願いします」 「分かったわ」 「時計を合わせましょう。今から五分くらいしてからワームホールを閉じてください。長門、後を頼む」 「……分かった」 二人が穴の中へ飛び込むと、シャッターを切るように入り口は閉じた。その空間を手で触っても、もうなにもなかった。 「俺も行けばよかったかな」 「同感です。もったいないことをしましたね」 まあしょうがない。誰かが残って確かめないことには。 俺と古泉は会議室に戻った。 「ハルヒ、個人的にタイムカプセルの実験をしてみたいんだが」 「もう、あたしは洋服のデザインで忙しいのに」 計画どおり大理石を埋め込み、パテで隙間を詰めた。なんとかごまかしてハルヒにかしわ手を打たせ、部屋の外に追い出した。今ごろ向こうでは長門と朝比奈さんが、この同じ空間でワームホールを閉じているに違いない。どうだろう、ちゃんとうまくいっただろうか。 それから五分くらいして、白く光る人の形をした影が現れ、長門と朝比奈さんが戻ってきた。いつもの服装に戻っているところを見ると、どうやらTPDDは戻ったらしい。 「ただいまキョンくん、わたしなにかいろいろ変なこと言ってたそうね」 「いえいえ、たまにはああいうのもいいんじゃないでしょうか。新鮮でよかったですよ」 などと言いながら、もうあんな朝比奈さんは二度とごめんだという表情を隠し切れない俺だった。 「実は未来で長門さんに会ったの。わたしたちを待っていたみたい」 「なにか言ってましたか」 「……」 長門は俺の顔を見つめ、なにか言いたいことがありそうなのに言葉にならないような、複雑な表情をして口を開けてはやめ、口をパクパクしてなにかを言おうとしている。それ、禁則事項? 「長門、どうしたんだ?未来でなにかあったのか」 長門はいきなり走り寄り、飛び上がって俺に抱きついた。細い腕を背中に回してきつく抱きしめてきた。 「きゃっ、長門さんったら」 朝比奈さんが信じられないという様子で口に手を当てている。 「これはこれは、お熱いですね」 古泉がカメラを取り出して写真に収めようとしたのだが、朝比奈さんに睨まれてやめた。 「な、長門、み……みんなが見てるって」 かつてないほどの激しい長門の衝動に俺は戸惑って、顔が真っ赤になるのを感じた。でも、こういうところを長門が見せるのは嬉しかった。長門は俺の肩に顔を埋めてピクリとも動かない。俺はそのまま長門の体を抱えて、会議室のドアを背中で押して外に出た。その間にも長門は離れようとはしなかった。 ハルヒがぽかんとした表情で俺たちを見ていた。俺と目が合うと、顔を真っ赤にして、 「あ、あたしタバコ買ってくる。あたし吸わないんだったわ。じゃあハッカパイプとかシガレットチョコとかキセル乗車とか……」 意味不明なセリフをつぶやいて出て行った。 俺は長門が落ち着くまでじっと抱いていた。ほんのりとリンスの香りがする薄紫色の髪をなでた。未来でなにを見たんだろう。もしかして、俺が死んでたとか。 「なにを見たのか、話してくれ」 「……自分の、未来」 七年前、長門は自分で選択して異時間同位体との情報リンクを断った。それが久しぶりに未来を見たということなのだろう。 「なにを見たんだ?」 「……あなたと、わたし」 なるほどな。未来の俺が死にでもしたらたぶん、長門は今ごろ暴走している。この長門の反応は、俺が描いている二人の未来に近かったんだろう。俺は長門の耳元でささやいた。 「じゃあその未来は、俺には内緒にしといてくれ」 俺は俺で、自分の未来を作る。 「……分かった」 俺は唇で長門の頬に軽く触れた。どうやら感電はしなかった。 会議室のドアを開けると朝比奈さんと目がかち合った。俺も朝比奈さんも顔が真っ赤になった。 「あ……朝比奈さん」 「あ、あの、ごめんなさい、別に立ち聞きしてたわけじゃなくて……」 「すいません。長門が未来の俺たちを見て感激したらしくて」 「わたしも見ました。ちょっとうらやましかったですよ」 なにを見たのか気になるところだが、知らないほうがいいだろう。 「それで、わたしたちは涼宮さんに遭遇してしまったんです」 「見られたんですか」 「ええ。ちょうどタイムカプセルを開けようとしたところを見つかっちゃいまして」 「ありゃ。それで、うまくごまかせましたか」 「いいえ。向こうの涼宮さんはわたしたちがやっていることを既に知っていたみたいです。因果律が壊れ始めていることを伝えると、分かってくれました」 「ハルヒにしては物分りがいいですね」 「ええ。もうタイムカプセルを使って対話するのは中止することになりました」 「それはよかった。ハルヒも多少は成長したみたいですね」 「それから、これを言付かりました」 朝比奈さんは例のメモリカードを差し出した。 「未来の涼宮さんからの、最後のメッセージです」 俺は一度内容を確認したほうがいいかとも思ったが、いちおう私信なのでハルヒの机の上に置いておいた。 「返事が来たわよ!」 ハッカパイプを吸い込みながら戻ってきたハルヒが素っ頓狂な声を上げた。 「みんな、再生するわよ。はやく見に来なさい」 これを待ちあぐねていた四人がハルヒのパソコンの前に集まった。映像に映るハルヒは、いつもより少し落ち着いて見えた。 『あんたと話すのはこれが最後よ。実は社屋を引っ越すの。今度新しく研究施設を建てたの。SOS団時間移動技術研究所よ。ここのタイムカプセルは大家さんに見つかる前に埋め戻さないとね。ああ、別のタイムカプセルをまた作ろうなんて考えてもだめよ。未来の情報はタダじゃないの。あんたが自分で、苦労して手に入れるものよ』 未来の自分から説教めいたことを言われて、ハルヒは眉間にしわを寄せた。余計なお世話だと言いたいのだろう。 『でも安心しなさい、あんたがほんとに欲しがってたものはちゃんと手に入れたから。ねっ』 画面の中のハルヒは、カメラのこちら側にいるらしき誰かに向かって親指を立て、ウインクした。映像を見ていたハルヒの顔がぱっと輝いた。 「よかった。やっと手に入れたのね」久しぶりに見るハルヒの笑顔だった。 『ほら、恥ずかしがってないであんたも映りなさいよ。過去のあたしに見せてやりたいの』 そこからの映像は途切れて砂の嵐になっていた。ハルヒが画面をガンガンと叩いた。 「もう!いいとこなのに。どうなってんの、このパソコン」 「おい、そんなに叩くと液晶が割れるぞ」 「キョン、なんとかしなさい。続きを見たいのに」 ハルヒは夕方五時アニメの続きが待ちきれない子供のように俺をせかした。ファイルを開こうとするが、読み込みエラーが表示されるだけだった。どうやらメモリカードそのものが壊れているようだ。俺はなんとかならないだろうかと長門を見たが、そっぽを向いて我関せずを決め込んだ。あの映像の続きには、なにか見てはいけないものがあったらしい。 朝比奈さんにも聞いてみた。 「映像の続きは見ました?」 「いいえ。メモリカードを受け取っただけで」 「カメラのこっちにいたの、誰なんです?」 「分かりません。あらかじめ用意してあったみたいなの」 結局、ハルヒが欲しがってたものがなんだったのか、ハルヒ以外の誰にも分からずじまいだった。 「キョンくん、ひとつ忘れていました。メモリカードの中に時間移動基礎理論の論文が入っているはずなんです」 その後、メモリカードはどこへということもなく消えた。ロッカーにしまっておいたはずなのだが、なくしたのか誰かが持っていったのかは分からない。俺が覚えている限りでは、さらに過去へとタイムトラベルしたのだろう。あれがいつ誰を経由してハカセくんの元に戻ってくるかは分からないが、今現在はとりあえず必要ないんだと思う。 エピローグへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2852.html
遅刻ぎりぎりで門をくぐった俺は、玄関で靴を履き替え駆け出した。 しかし、靴箱に例の朝比奈さん(大)からの指示文書が入ってなくてよかったなと思う。 読む時間など、今の俺には皆無だからだ。いや、もしかしたら時間など忘れて読んでしまうかもしれんが。 人影も無く、教室からの談笑が聞こえるのみの物寂しい廊下を駆け抜け、一路教室を目指す。 なんてことはない。すぐに到着してしまった。 戸をガラガラーっと開けると、岡部教諭が来たのかと勘違いした奴の目線がこちらに向かってきたが、すぐに元に戻った。 こういうのって気まずいよなー・・・となんとなく思いつつ、ぽっかり空いている俺の定位置に腰掛けた。 と同時に、後ろから奴の声がする。そいつは頬杖をつきながら外を見つめ、横目でこちらを見ながら、 「遅かったわね。あんたが遅刻なんて珍しいじゃない」 と話かけてきた。まぁ分かるとは思うが、涼宮ハルヒだ。 態度でも分かるが、声のトーンが少し低いからして、あまり機嫌は良くないらしい。 「寝坊しちまったんだよ。高校入学以来初だ」 わざわざ振り向いて言葉を返してやったというのに、ハルヒはちっともこちらを向こうとしない。 「どうした、ハルヒ。窓の外に怪しい人物でも発見したのか?」 「別に。ただ、あのあたりであんたがニヤケ面のまま歩いてきてたな・・・って思っただけ」 ・・・ちょっとまて。俺はそんな顔してたのか?全く自覚が無いが。 「自覚してないわけ?ま、みくるちゃんの新コスプレを考えてたときほどじゃないけどね」 バニー、メイドと来たら・・・っていろいろと考えてたんだよな。 結局その後初めて着たコスプレは何だったかな・・・凄く似合ってたんだが・・・えーと・・・、 「・・・・ニヤケ面」 「お前が朝比奈さんの話を出すからだろうが」 朝比奈さんの姿を思い浮かべて微笑むことのない男子など、この世にはいないと思うぞ。ホモ以外でな。 「まぁいいわ。それより、あんたと一緒にいたのって昨日部室に来てた子じゃないの?」 あぁ。お前の話を(唯一)熱心に聞いてた子だよ。 「やる気があるのは結構なことだけど、なんとなく不思議さが足りない気がするのよね・・・」 「俺は不思議でもなんでもないだろうが」 不思議的存在でないのは俺だけだ。SOS団の構成員の中で唯一の普遍的存在が俺なんだよ。 「あんたは雑用係なんだから関係ないのよ。不思議を見つける手助けをする役目なの。それよりね」 それより? 「・・・あんまり団と関係の無い子とそーゆー誤解されるような行動をするのは慎みなさい」 いきなり何だよ。恋愛感情やらその辺のことにはことさら無関心なのがお前じゃないか。 「別に、あんたが誰と付き合おうとあたしの知ったことじゃないけどね」 「そういう行動ばっかりしてると、SOS団がただのお遊びサークルだっていう風に誤解されるのよ」 実際、そのとおりだと思うんだがな。SOS団もお遊びサークルのようなものだ。 いまだにSOS団の活動で不思議を(ハルヒが)目の当たりにしたことなんて皆無だし、 夏休みに孤島に合宿に出かけたり、夏祭りに行ったり、プール行ったり、 冬休みに雪山で遭難しかけたり(これは事故のようなものだが)、春に花見したりっていうのはそういうサークルのやることだ。 イベント好きという点ではSOS団団長も、お遊びサークルの長も一緒らしいな。 目的がそもそも違うが。 「ま、そういうことだから。あんまりいろんなところでニヤケ面晒すんじゃないわよ」 「ニヤケ面は余計だ。第一、俺にそんな下心はだな・・・」 俺が不機嫌そうな声で言った時にやっとハルヒはこちらを見据え、 「いいから。とりあえずそういうのは無しよ。いいわね?」 反論などできん。したらハルヒの怒号が教室中に響きわたることだろう。このエロキョン!!とかな。 そんなことを言われたら、この教室に居づらくなる。 しかし、ハルヒがこのような反応を見せたのは意外としか言いようがなかった。 いままで、男女関係に対する興味など皆無だったあいつが、団がどうのと言いながらも口を挟んできたことがだ。 俺と渡が特別何かをしたわけでもないのに。 . . . . . 疑念の尽きないまま授業を受け、そうするうちにお昼時となった。 いつもどおり、国木田と谷口と一緒に食べる。 始めはいつもどおりのたわいも無い雑談だったのだが、途中でアホの谷口が余計なことを口走った。 「ところでよー、キョン。朝のあれは何だったんだ?」 箸の先をやや俺側に向けながらそう言いやがった。 「さぁな。(モグモグ)・・・俺にもわからん。いつもは『恋愛感情なんて精神病の一種よ』とかいうやつなんだが」 やけに塩辛い焼き鮭を頬張りながら答える。 「あいつらしいな、その言葉は。んで、キョン」 気持ち悪いくらいにニヤケた面をした谷口は、 「俺にはなんとなく読めるぜぇ、あいつの考えてることがな」 自分でニヤケている時には自覚がないが、他人のニヤケ面というのはここまで不快なものなのであろうか。 「もっとも、あいつの思考回路が一般的な女子高校生と同じものだったらの話だけどな」 ハルヒの精神分析は古泉の得意分野だ。 その古泉曰く、あいつの思考回路は実のところまともらしい。 真実はプロである古泉の口から聞くことにして、冗談半分で谷口の仮説も聞いておくことにするか。 ハルヒが教室内にいないことを確認し(今日は学食だな)、谷口に命令する。 「言ってみろ」 焼き鮭を全て飲み込んだ後で本当に良かった。 そうでなければ噴き出していだろうからな。 ・・・谷口の出した回答は、それだけの意外性と破壊力を持っていた。 「簡単なことだ、涼宮はお前が他の女とイチャついてたら面白くないんだ。要するに・・・キョン。あいつは、」 ―――あいつは? 「お前のことが好きなんだよ」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4385.html
ゆっくりと扉を開けて俺たちは部室に戻ってきた 中ではそれぞれがそれぞれの指定席に座り、…朝比奈さんは立っているのが指定に近い感じがするのだが いつもどおりの、古泉は微笑、長門は無表情、朝比奈さんは怯えた表情をしていた …あれ?いつもどおりじゃない人間が一人いるな、たまになら見るが、朝比奈さんは何に怯えているんだ? …あぁそうか、そうだよな 朝比奈さんは俺にキスしたんだった そりゃ、ハルヒに何されるかわかったもんじゃない ま、予想どおりといったところだろうか、ハルヒが朝比奈さんの方を向いて話し掛けた 「みくるちゃん」 それは普段のハルヒからは想像しがたい優しい声だった まるで母親が自分の子供をあやすような それでも朝比奈さんはびくっとしていたがな 「ありがとう、ね」 いったい、何がありがとうなんだ? 誰か俺に説明してくれ …あとで古泉にでも聞くか それを受けた朝比奈さんは溢れんばかりの満面の笑みで元気よく 「はい!」 とだけ言った そのあとだが、恐らく今回は大体を知っていたであろう未来人・朝比奈さんが持っていたバスタオルで体を拭いたあとハルヒは朝比奈さんの、俺は古泉の持ってきていた着替えに着替え、団活を開始した この準備の良さをみると、古泉も知ってやがったな 八つ当りとは言わないが、いつもどおり、俺は古泉とのボードゲームに連勝し、長門は本を読みふけ、朝比奈さんは給仕にいそしみ、ハルヒはネットサーフィンに興じている 対戦中、何度かハルヒと目が合ったのは心にしまっておこう やはり、いつもどおり長門が本を閉じる音で部活が終わる なんかいつもどおりの一日だったな、確かに世界は急に色を変えないよな それが変わっていたら8割方ハルヒのせいだ 部室をでたあとハルヒが手を握ってきた 俺は少し慌てたがもう3人とも知っているんだろうな、と考えそのままにした 5人で歩く帰り道、いつもは先頭にいるハルヒは一番後ろの俺の横で少しはにかみながら歩いている 代わりに先頭を行くのはハードカバーを文庫本に持ちかえ、それを読みながら歩いている長門で、その後ろで古泉と朝比奈さんが談笑しながら歩いている 幸いにも雨は止み、控えめに赤い太陽が顔を出している 横を見れば顔を朱に染めたハルヒがちゃんといる 俺はハルヒに耳打ちしていた 「そっと抜け出さないか?二人で」 ハルヒは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに100Wの笑顔に戻すと大きく頷いた 長門にはバレていただろうが、いやもしかしたら全員にバレていたかもしれない 前の3人に気付かれないよう、こっそり脇道にそれた そのまま歩いて辿り着いたのは、この春休みに思い出深い、花見と、ハルヒの告白と…長門のマンションの近くの公園 桜達は、すでに花びらを落とし、早くも来たるべき夏に向けて準備をしていた しかし、抜け出してきたのはいいが、いったい何をしたらいいんだろうな とりあえず、ラブラブしたらいいんだろうが、そんな経験がない俺には何をもってラブラブというのかわからん 「おっ!キョン君にハルにゃんじゃないかっ!!」 突如後ろから聞き慣れた元気な声が聞こえる 振りむけばやはりというか鶴屋さんだった 「手なんかつないじゃって、ラブラブだね!お姉さん少し羨ましいにょろよ?」 ハルヒは照れている 顔が真っ赤だ 恐らく、冷静に観察してる俺も真っ赤だろう 「ええ、付き合うことになったんです」 それでも俺は某3倍早いMSのように赤いであろう顔に押さえ込まれないよう、できるだけ冷静を保って言葉を出す しかし、それも無駄な努力だったようで鶴屋さんは腹を抱えて大笑いしていた 「あっはっはっは!…そんな真っ赤な顔で…ぷぷ…真面目に言われてもねぇ…はっはっは…まぁ末長くお幸せに!これは鶴にゃんからの贈り物っさ!」 鶴屋さんはそう言って何かを俺の手に握らせる 「ハルにゃんを泣かせたらあたしが承知しないよ~!」 走りさりながら手を振る鶴屋さんを見送ったあと俺は手の中のものを確認した それを見た俺は苦笑する以外に選択肢はなく、覗き込んできたハルヒは顔をさらに赤くしていた 鶴屋さんはなぜ、こんなものを持ち歩いてあるのだろうか 俺はその0.03㎜の贈り物を使う日がいつ来るか考えていた
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2747.html
このノートに名前を書かれたものは死ぬ と言うノートを死神が人間界に落とし 退屈な天才少女 涼宮ハルヒがノートを拾い、 犯罪者を一掃し、犯罪を世の中から消し、 犯罪のない世の中を築こうとする、 皆からはキラと呼ばれていた しかし、その行く手を弾むもの、 世界の名探偵Sが動き出す、 ハルヒはKを殺すため Sはキラを捕まえるため 天才VS天才の勝負がはじまる。 本編(作者.やべ酉きえたんだ^^;) 第一話 始まり 外伝(下記は編集自由) デスノートででてきた者を置きまくってます _________________________________________________________________________________________________________
https://w.atwiki.jp/yaruodaiteikoku/pages/57.html
/ / / / ___ \ \ ヽ \ / / / . /;ァ‐ 7 ¨丁 \ \ `<\ \ l ヽ /―=テ^/ . / / { { \ \. 丶.ヘ Vー― ┐ /≦≠ア/ . / ..{.......| . | . ヽ ヽ ハ ', V≧、___ / / / ,'. l l | . | ... l . l . l l ∨\ ハ 〆 /\ l | 厶 ハ i\ .. . l .. | j;ィ|' | . l \ / / /7| l / ト{、小 . ! \ . . iイl /.l | . |メ´ l \\ ∨ //| l l { ,.ィ≠ミk\\ヽ X´;ィ=≠く リ |\\ . \! l l | //_j ハ l代〃 ハヾ ` \、 "f〃下 ハ | |、 \\ l | l | { {/│ ヽ ', Vヘ j.| |rヘ j.リ '゙ | l、} lヽ/! | l | V !^| \ヽゝ-‐' , ゝ‐-' | l_ノ .| | l | | l l `l . f` _____ ,' ハ . l | l | l ハ ! l ヘ ∨ リ / / / l l | ヽ! ヽ ヽ ヽ l.\ / ,. ィ/ / / / /l リ \ \ゝ ヽ ハ fヽ、 ー ' イ | / イ /\/ノ リ X ヾ lヘ .ヽ l >ー< 〃 / l / /\ \\ j リ \V l_`ヽ x‐/イ |〃 / /\ { \ \V /゙\フ⌒!==、,ィ=≠/( `>ーヽ{/ / ス′ l \ / / `〈. ー-v-一/ /⌒ヽ ∨ / } ! >/ _,/ /¨ヽー-v-‐/〃 \ \_ ヽ <_ / |  ̄ { _ イ / ヽ /⌒ヽ `ー } / 涼宮ハルヒ(出展:涼宮ハルヒの憂鬱 原作:平良英知) □プロフィール(暫定) 日本が一番主義の女性 どんなことでも日本が一番で、自分の団体SOS団(世界を大いにこき使う涼宮ハルヒの団)の団長 これでも、海軍の結構偉い人なので、誰も文句は言えないんです ふんもっふ □キャラ情報 日本帝国本土防衛艦隊長 一時的に本土防衛艦隊を離れやる夫の下に所属 植民地をエイリスやガメリカと同じように扱うように提案 名前 指揮 戦力 武力 政力 指揮能力 特能1 特能2 特能3 特能4 01 涼宮ハルヒ 650 15 4 12 全+15 SOS団 名称 発動 内容 SOS団 常時 自身の攻撃力と防御力+10% 戦闘時 自身の攻撃力+20% 治安時 自身が治安回復要員となった場合、有益な情報を持ってくることがある 特殊 コミュでの行動選択安価でお願いすることで、次ターンの敵情報が特殊能力込みで100%になる
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4482.html
「……無事に出発されたようですね」 「ええ。キョンくんとみゆきなら、無事に涼宮さんを連れて来てくれるはずです」 ――古泉一樹。朝比奈みくる、異時間同位体。 「そして……これからの古泉くんの行動ですが、あなたには長門さんの思念体を過去のキョンくんの元へと送り届けて欲しいの。その、古泉くんはこちらの意図を理解してくれていますよね?」 「概要は掴めているつもりです。僕の有するファクターと過去への時間遡行、そして長門さんの記憶を取り戻すという事柄から、僕の行動は必然的に導き出されていますから。つまり、僕の精神探訪の能力をもって時間を止められている彼の精神領域へと長門さんの思念体をダイブさせ、そして過去……去年の七夕から、長門さんには彼の目を通して世界を見てきてもらう。彼女が抱える自分自身の悩みを、まさしく第三者的客観を通して見つめ直してもらうためにね。もしかして、彼を長門さんの部屋に寝かせたのはそのためだったのでは?」 「はい。この初期状態の長門さんには、過去から現在までの情報を直接人の目を通して取得してきてもらいます。そしてその対象となる人物は、SOS団の殆どを見てきたキョンくん以外にはあり得ません。でも、これはキョンくんの私生活も長門さんに見られることになっちゃいますけど……」 「でしょうね。ですが、彼がこの案を聞いたとして拒否をするはずもありませんよ。しかし、この計画を実行するということは、既に彼の中には……あの七夕から、今までずっと長門さんが存在していたということになる。……長門さんは、今このときも自身の問題を解決していないのですか?」 「……ええ。長門さんが自分の問題を解消するのは、これから向かう《あの日》の中で、と聞いています」 「そのようでしたら、わたしが持つ長門さんの同期制限の解除コードを、圧縮した状態で長門さんの中に含ませておきましょう。もし彼女がそこで同期を求めるような事態があった場合、その行動を制限されないように」 「ええ。よろしくお願いします」 「……あの、古泉くんは、あたしが長門さんの部屋に連れて行ってもいいですか?」 ――喜緑江美里。朝比奈みくる。 「うん。頼みますね。わたしはちょっと……その、キョンくんたちが帰ってくるといけないから……」 「良かったぁ。実はあたし、ちょっとだけでも元気な長門さんに会いたくて」 「では……僕は小さな朝比奈さんに長門さんの部屋へと送り届けてもらい、一旦隣室へと身を隠した後で、時期を見計らい行動を開始する。ということでよろしいのですね?」 「はい。ですが行動の実行については、小さなわたしが再びやってくるまで控えておいて下さい」 「了解しました。では……そろそろ僕も、発表会の準備をしなければ」 「わかりました。じゃあ古泉くん、目をつむって下さい。長門さんもこちらに」 ――長門。長門有希、『私』。 「タイムトラベル……色々思いを馳せたいところですが、そんな悠長なことは言ってられませんね」 「ふふ。時間酔いに注意してね。……じゃあ、行きます――」 ――TPDD動作開始。TPDDによるエキゾチック物質の射出を確認。時間連結平面帯に対する破壊及び再構築を確認。指定時空間座標域への一時的ワームホール形成終了。パーソナルネーム朝比奈みくる、古泉一樹の有機データ変換開始を確認。同個体の情報変換処理における誤差…………――――――― ――ここは何処だろう。……暗い、色のない部屋。 この部屋には氷の棺桶が置いてある。その上には一人の男が座っていて、他には何もない。 「こんにちは」 彼は私に言う。笑っていた。 こんにちは。 私も彼に言う。私の表情はわからない。 彼はここで何をしているのだろう。そして、私も何故ここにいるのだろう。 私がしばらく考えていると、 「遅れてしまいました」 闇の中、男の後ろに白い布が舞い降りた。淡く光っている。 「そちらの方は、無事に完遂されたようですね」 男が言う。嬉しそうに、微笑みを浮かべながら。 「やっぱり長門さんに助けられちゃいましたけど、ちゃんとみんな無事でしたっ あとは、ここにいる長門さんを導くのみです。中学生の涼宮さんも、公園で古泉くんを待ってますよ!」 白い布から声がする。中にいるのは少女のようだ。声で解った。 「それはよかった」 男が低い声で笑った。男は私を見つめると、 「発表会はまだ始まっていません」 男は氷の上から動かない。 「まだ、時間はあります」 発表会。 私は思い出そうとする。私はここで何を発表するのだろう。焦る。思い出せない。 「時間はあるのです」 男は言う。私に微笑んでいる。白い少女のオバケは嬉しそうに舞っている。 「待ちましょう。あなたが思い出すまで」 少女は言う。私は氷の棺桶を見つめた。 一つだけ、私は目的を覚えていた。 私の居場所は氷の中だった。 私はそこで眠っていなければならなかったのだ。 そこから出た私は、再びそこに戻るために帰ってきたのだろう。氷の棺桶には男が腰掛けている。彼が立ち退かないと、私はそこに入れない。 「あなたが発表を終えて、それでもなお望むなら」 入りたがる私に男が答える。 しかし私には発表することがない。発表会に参加する資格がないのだ。 「あなたが主役なのです。みんなは、あなたの歌を聴きたがっています」 歌。それが私の発表するもの。だが、私は何を歌えばいいのだろう。私は知らない。 「あなたの記憶であり、あなたの『旋律』です」 私の記憶。それが歌になるのだと男は言う。 「えっと、大きなカマドウマさんとか……夏と冬の合宿もっ」 「それにコンピ研とのゲーム対決や、文化祭でのあなたの演奏。あなたの名前が題された映画も撮影しました」 男は低い声で歌い始めた。白い布も、踊るように歌っている。 「そして……クリスマス。《あの日》のこと」 そこで二人は歌うのをやめた。 私はその歌を知らない。きっと覚えていないのだろう。思い出してみたい。私はすぐに発表したいのだ。 彼が立ち退かないと、私はそこに入れない。 「これからあなたには、自分自身をこの部屋の『窓』を通して見つめていってもらいます。そして発表会の日、あなたが発表すべきことをみんなに伝えてください」 この部屋の窓からは私が見える。男はそう言った。 ならば、私は見ようと思う。この部屋から見える私の姿を。 ――そして私は、窓辺に立つ。 その時まで、私は一人ではなかった。多くの私がいる。集合の中に私もいた。 情報統合思念体。その情報生命の一つが私だった。 私は仲間に、様々なもの全てを見ることを許された。それが私の存在。 仲間は私に学ぶことを許さなかった。それは当然のこと。見たものをそのまま伝えるには、私というものは邪魔にしかならない。見るだけの行為、それだけが私に許された機能だ。 私が見ていた世界では様々なものが生まれ、壊れていった。そしてまた何かが生まれる。その繰り返しの果てには、何があるのだろう。きっと何もないのだ。すべての現象は意味を持たない。偽りの世界に私たちはいる。 しかし、やがて私は意味を見つけた。涼宮ハルヒ。自律進化の可能性。 彼女の存在は我々にとってそれだった。私は彼女を見るために地上へと舞い降り、『私』という存在の証明を手に入れた。 物質と物質は引きつけ合う。それは正しいこと。『私』が彼女に引き寄せられたのも、それがカタチをもっていたからだ。 『私』は彼等と出会い、それぞれと交わった。この窓から見える『私』に、この部屋の主は言う。『私』には、感情がある。 それは、私にもそう思えることだった。私にその機能はないが、そうしてもよいかもしれないことだった。 そして発表会。 この部屋の主は言う。『私』が変えた世界は、私の望んだ世界なのだと。 しかし、それは私が存在する意味を失ってしまう偽りの世界。私はそれを望まない。 今の私は、彼等と一緒に過ごす『私』の姿をもっと見ていたい。それが、彼等との日々を見てきた私の望み。 じゃあ、『私』は何を望んだの? 『私』に降り積もるエラー。それは感情なのだと、私も彼と同じようにそう思っていた。 でも、それは間違いだったのかも知れない。 『私』は世界を変えた。それは見るという機能しか持っていない私が、人の感情に触れて起こしたバグだったのだろうか。 もしそれが真実だとしたら、私は棺桶の中で眠らなければならないだろう。しかし、今の私はそれを望まない。 この部屋の主は、『私』が変えてしまった世界の中で苦しんでいた。彼は自分を無力だと言うが、何処にも逃げない。それはとても価値のある意識。私にはないもの。 私は発表会に出られなかった。私の歌を、思い出すことが出来なかったから。 舞台に上がれなかった私には、もう発表する資格などありはしない。 窓の外では、優しい人たちが『私』のそばにいてくれる。『私』の未来は、彼等と共にある。それはきっと幸せなこと。 そう。それが『私』という物語の結末なのだ。 『私』の願いは、いつか彼等が見つけ出してくれる。 残された私には、いつかその日がやってくることを信じて待つことしか出来ない。 ――だけど、もし私にも願いが一つだけ許されるのなら……。 発表出来なかった私の歌を、どうか一冊の本にして欲しい。 その本を私は、この窓辺で――――。 ……長門が変えちまった世界から帰還した俺は、古泉が手配してくれた病院での入院生活から復帰し、文芸部室もといSOS団本部の扉を前にして立ち尽くしている。 この奥には長門がいる。出来るだけ、普段通りの俺でいよう。そう、それが俺たちが取り戻したものなんだ。 息を一つ吐き決心すると、俺は扉を開いた。 「長門……。寝てるのか」 定位置にいる長門は、寝顔をこちらに向けて眠っていた。微かに開かれた唇からは、スウスウと寝息が立っている。 俺は抜き足で自分のパイプ椅子へと向かい、腰を落としてその心地を一身に感じて脱力する。そしてそのまま首を長門の方へ捻りやり、長門の整った顔を覗いてみた。なんだか、こうして見ていると―― 「……長門も、普通の女の子と変わらないな」 同時に俺の胸の中で、以前に感じたことがあるようなモヤモヤが沸きあがった。 それは三年前の長門の部屋で、俺たちを見送る長門の言葉を受けて発生したモヤと同じだった。事件に夢中で一度はうやむやになったが、今なら、その正体が分かる気がする。 やはり長門にとっても、孤独は寂しいものなんだ。きっと。 しかしあれだな。食欲も睡眠欲もあるんなら、こいつも………恋とかするんじゃなかろうか? そんな考えが今までより確かな感覚でよぎった俺は、再度意識を長門の寝顔へと向ける。 ――いかん。変に意識したおかげで、寝息を立てている長門のふんわりした口元に目がいっちまう。 不純だぞ。それは。恩人の長門に対して向ける視線じゃない。 それに、こんな思念を『アイツ』が変態的シックスセンスで感知して飛び込んでこんとも限らな、 「……おわっ!」 「…………」 いつの間にやら長門はパチリと瞼を開いて、黒メノウの様な瞳を覗かせていた。 「起きてたのか?」 「いま」 長門はするりと身体を起こし、面だけをこちらの方向へと修正させ、俺と視線を合わせながら沈黙している。………何故だか、妙に気まずい。 「長門、お前も眠ったりするんだな。思わず見入っちまったよ」 俺が沈黙を破ろうと何とか絞りだした言葉に、長門が淡々と応じる。 「通常は睡眠を取らない。わたしにはその必要性がない」 「じゃあ、さっきは何で寝てたんだ?」 「……異常動作以後、わたしの内部に新たなバグが発生した可能性が確認されたため、デバックを実行」 長門は視線を僅かに下降させ、それっきり押し黙ってしまった。バグ……ね。 「長門。そんなことはしなくていい。それよりもお前は、眠ろうと思えば睡眠だって取れるんだよな?」 こくり。長門が示す肯定のサインだ。 「だったら、普段から眠ってみないか? 俺やハルヒ……皆と同じように」 「何故?」 何故か。……それは、健康とは違った意味で、四六時中起きてるよりは眠ったほうが良いからだ。 しかし俺はそれを口には出さず、 「……いや。まあ、俺の都合なんだけどさ」 「そう」 あと、だ。 「お前、自分の行動を……思念体とやらに制限されてたりするのか? 例えば、そうだな。好きなことをやったりだとか、睡眠だってそうだ。それに笑ったり泣いたり、感情を表す行為なんかを」 俺の質問に長門は相変わらずの無表情で、 「本来はそう。元よりわたしには、そのような機能は備わっていない。だが現在、その規制は緩和状態にある。私がそれらの当該行為を行ったとして、涼宮ハルヒの観察に支障がなければ特に問題はないと思う」 つまり、長門がそういう振る舞いをしても誰も文句を言わないんだな。もし言う奴が居たとしても、俺はそいつを黙らせてやるつもりだったんだが。 じゃあ、と俺が言葉を放とうとしたときだった。 「でも、一つだけ、情報統合思念体から禁令が下されている」 「……何なんだ? その一つは」 「それは、」 ここで長門は一呼吸の間を置き、 「死にたいと願うこと。有機体独自のこの死の概念が思念体内に組み込まれた場合、多細胞生物に観測されるアポトーシス、オートファジー、ネクローシスなどといったプログラム細胞死、いわゆる自殺因子が、情報生命体、つまり情報の寄り集まりによって構成されている情報統合思念体に何らかの惹起を招き、予知出来ぬ障害が発生する恐れがある。わたしや喜緑江美里などの思念体によって創造された有機アンドロイドは基本的には生物学的な死に至ることはない。だが、有機体を素地としているわたしたちの情報構成に死の概念が発生しないとは限らない故、事前にそれが禁止されている」 「なるほどな」 なるほどなんて言いながらも、長門の話は最初の句読点までしか分からんかったが。 でも、それだけで十分だ。 「つまり、死にたいなんて思っちゃいけないってことだろ? そんなことを言うなんて、長門の親玉も思いのほか良い奴なのかもな」 長門はどこか的を得ていないような無表情を浮かべて、ただ、俺の顔を見つめていた。 次いで、俺はさっき言いそびれた言葉を話し出す。 「じゃあさ、長門。これからは、お前が望むように過ごして見ないか? ハルヒの観察が目的だからって、他には何も出来ないなんてのはない筈だろ」 「わたしが、望むこと?」 今度は明らかに困惑した色を浮かべている。……というか、そりゃそうだよな。いきなり今までにないことをやれなどと言われたら、俺でも困るだろう。 「すまなかった、言葉が足りなかったな。まだ自分のやりたいことが見えてこないなら、まずは俺が長門に望んでみてもいいか?」 ――そして、それは恐らく長門が自ら望んでいる事と同じだ。 「長門が少しでも何かを感じたら、それを俺たちに伝えて欲しい。思いを言葉にするだけでも良いんだ。……まずは、それからだな」 そうだ。そうやって段階を踏んでいけば、いずれは長門も感情を面に表せるようになるだろう。 なんてったって長門も、心の底じゃそうなることを願っているんだから。 今の俺には、それは間違いないと断言出来る。絶対だ。俺は、そう望んで、そうなった長門の姿を見てきたんだしな。 つまり長門も、《人間らしく生きてみたいと思っている》んだ。 「……了解した」 「ああ。長門、無理はしなくていいんだぞ」 『―――私の願望は、人のように生きること?』 そうなのだ。私は、いつしか……人間になりたいと望んでいた。 彼等のように行動し、彼等と共に生きてみたかった。 そして心が有限の命から生まれたものであれば、私も彼等のように……。 死を、迎えたかった。 だから私は、氷の棺桶の中を望んでいたのだろう。氷の中での、目覚めのない眠り。 しかし、私は此処にいる。 たとえ私が氷と一緒になっても、その存在が消えるわけではない。 ならば、もう少しだけ。 私がこの窓辺で、彼等を見つめることを許してはくれないだろうか。 仮に許されるなら、私はそうするだろう。 待ち続ける私に、奇跡は降りかかるだろうか。 ……立ち続ける『私』に、笑顔は舞い降りるだろうか。 ほんのちっぽけな奇跡。 「……ところで、藤原くんの話には様々な理論が連なっていたが、キミは、あらゆる理論の中での最強の理論というものは何だか知っているかい? それはね、実は矛盾した理論に他ならないんだ。矛盾した理論というのは、ありとあらゆるものを無差別に証明出来てしまうので、そんなものに打ち勝つ理論は存在し得ないのさ」 「……イマイチ話が掴めんのだが、そりゃどういうことなんだ?」 「煎じ詰めて言えば、ココアをコーヒーじゃないと信じて疑わない僕には、誰が何を言っても無駄だという話だね」 「どうしようもないじゃないか」 「そう、まるでどうしようもないんだ。まるで、恋愛感情といったものの存在を否定していた以前の僕ようにね。キョン、僕は自己の矛盾を知ったことで、感情が持つ本来の姿を垣間見た気がしている。恋愛感情というものは、生物学的な連鎖から脱却し、人間らしく歩むために存在するんじゃないかな。感情が自律進化を阻害してしまうのではなく、むしろ逆で、そのプログラムこそが人間を人間たらしめてきた自律進化の可能性だったというわけだ。……ああ、それと、」 「なんだ?」 「コーヒーをご馳走様。お陰で最後の心残りもなくなった。涼宮さんも一緒だとよかったけど、贅沢は言わないよ。さて、僕たちもそろそろ店を出よう。最後に握手でも交わしてお別れをするのはどうかな?」 「……佐々木、一ついいか?」 「ん、なんだい?」 「確かに握手ってのは別れ際にするもんだと思うんだが、それに含まれる意味を知ってるよな?」 「……ああ、確かに未練がましい行為だ。すまないキョン。僕はもう、キミとは――」 「佐々木。そうじゃないだろ?」 「…………?」 「――また会おう。これからもよろしくな」 「……うん。こちらこそ」 ――感情による、他の存在との共感。それが自分を形作り、進化への道を歩ませるものなのだろうか。 そう。移りゆく世界もきっと無意味ではないのだ。全ては繋がっている。 涼宮ハルヒに進化の可能性が秘められているのは、特別な能力を持つからではない。彼女の生き方にこそ進化への光は存在するのだろう。 手を取り合い、互いを認め合うことで人は前に進めるようになる。 それが心という情報の進化を促すのなら、我々もそうすべきなのだ。 しかし、私が感情に惹かれたのは進化のためではなかった。私が望んだこと。それは……。 『私』も、みんなと一緒に―――。 ……そう願って今の私が手を伸ばしてみても、窓にそっと触れただけで止まってしまう。 そうだった。私はもう、彼等に触れることなど出来ないのだ。 それに気付いた私の頬を伝うのは、水じゃなくて、もっと寂しい―――。 「……結局体なんてね、自分という存在の入れ物にしか過ぎないってこと―――」 「……人はやがて死にます。だけど涼宮さんは、それを逃げ道になんて―――」 「――SOS団のみんなが待っているから!」 「……SOS団とかいう集団こそ、涼宮ハルヒを独りにしている原因じゃないかしら――」 「……情報創造能力だって、現実を認めることが出来ない駄々っ子が創出した……とても幼稚な―――」 ――違う。それは……現実を認められなかったのは、本当は俺なんだ。 サンタクロースを信じていなかった俺が、宇宙人や未来人や超能力者たちもこの世に存在しないのだと知った日……俺はきっとハルヒよりも、そんな常識を心の深いところでは認めきれてなどいなかったのだ。 そんな気持ちを納得させようと俺は次第に自分へと嘘をつくようになり、そうやって生きる俺は自分をごまかすのが馬鹿みたいに上手くなっていた。 この世界に俺は満足している、宇宙人や未来人や超能力者など何処にもいやしない――。 そう自分に言い聞かせているうちに、いつしか俺はそれが自分に対する嘘だったということを忘れ、本当の自分の気持ちを知らずに覆い隠してしまっていた。そう、自分の気持ちを無理に押さえ込み、押さえ込んでいることすら忘却の彼方へと放り投げて、俺はあの日までを過ごしていたんだ。 ――ハルヒと出会った、あの日まで。 あいつは俺が諦めちまったこの世の不思議を本気で探し求めていた。 いつだって自分に正直で、思ったままを素直に行動へと移すハルヒやSOS団の皆と一緒にいることで、俺の中では……自分でも気がつかぬうちに色んなものが変わっていたんだよな。 そして長門の暴走というこの日があったことで、俺はいつしか自分についていた嘘が本当のものになっていたということに気付いたんだ。それは、宇宙人や未来人や超能力者が現実のものになったことじゃない。出会った当初のハルヒが散々漏らしていた、この世に対する不満についてだ。今の俺なら、心の底から叫ぶことだって出来る。 この世界は楽しい!と。 だが、まだ俺は自分に嘘をついていた部分がある。俺の……佐々木への気持ちに対して。 あいつは自分の気持ちに気付いていなかったが、俺は、本当はそうじゃなかったんだ。 俺は自分の目の前にある佐々木への気持ちに気付いていながら、それは違うものなんだと真実を歪めてしまっていた。なぜそんなことをしてしまったのか、今の俺になら解る。佐々木が嫌いだったわけでも、恋愛に対して嫌悪感を抱いていた訳でもない。 俺は、自分の心があらわになることが怖かったんだ。 正義のヒーローが物理法則と常識によって敗北を喫してしまったとき、純粋にそれを信じていた俺の心は無防備のままに深く打ちひしがれてしまい、それ以来、俺は心の深いところを開け放つことが出来なくなってしまったのだろう。 だから佐々木への気持ちを誤魔化し、好意を抱いていたがゆえにそれを完全に押さえ込んでしまった。そうなんだ。やはり俺は中学の頃、本当はあいつのことを―――。 ……そして、それに今まで気付かなかった原因はもう一つある。 俺が佐々木に抱いていた気持ちは別の方向へと向き、その先にいるのは別の奴で、しかもまたもや俺はその気持ちに気付いていなかったのだから、佐々木への気持ちに気付けるわけがなかったんだ。 ああ、そうだよ。――俺は今、ハルヒのことが………。 そしてSOS団、いや、この世界に広がる全てのものが俺は大好きなんだ。 世界も人も変えるものではなく、受け入れることで変わっていくものだと佐々木は俺に教えてくれた。だから――― 「今まで自分たちの行動がどれだけ長門さんを傷つけていたかも知らなかったくせに――」 「堕落した人間の馴れ合いなんか、彼女に求めないで……!」 ……違う。私は、彼等と共にいることが好きだった。傷つけているのは私なのだ。 それは私が一人でいたから。繋がり合うことを知らない私が、手を差し伸べてくれるみんなを傷つけてしまっていた。 私は発表会に出なければならない。私の気持ちを、心配してくれるみんなに伝えるために。 『――あなたの望みはなんですか?』 ……私は元の世界、『わたし』として生きることを選択する。輝くように笑う彼等と歩いて行きたいから。 だから、あなたがくれた氷の棺桶を私は解かしたい。 私が歌うために必要な力を、その箱から取り出して与えてくれないだろうか。 『それがあなたの望みなら与えましょう。あなたの手が、皆さんへと届くように』 そう。私も、彼等へと手を伸ばさなければいけないのだ。『わたし』の好きなものを失ってしまわないように。 彼等がわたしの手を、きっと掴んでくれると信じて――― 第十二章