約 20,658 件
https://w.atwiki.jp/azum/pages/56.html
「あっついよー。なんでこのクソ暑いのに炎天下の公園に来なきゃ行けないわけ?」 「ああ、私もこんなとこ来たくなかったさ。誰かさんが大声で騒いで、涼しいマグネに いられなくなったから仕方なく来たんだ!」 「ほんとにしょうがないヤツだね神楽は」 「……あー、神楽、殴っていいぞ」 言い争う智と暦をまあまあ、とちよがなだめる。いつもの光景のようだった。ただ、 いつもと大いに違うところもあった。 「あ、神楽はこっちか。どうも慣れないな」 いまだ入れ替わったままの榊と神楽。もちろんこれから再び元に戻る方法を探しにいく つもりだが、その前に智と暦の二人が話を聞きたがったため、マグネトロンハンバーガー の近くの公園に来ていた。ここに来る道中、暦は【神楽】と【榊】に、英単語の問題だの、 歴史の問題だのを出題した。そして、それに【神楽】は答えられず、【榊】が答えられる ことで、二人が入れ替わっていることを納得していた。 「分かることを分からないと言って答えないことは出来るが、分からないことの正解を 言うことは出来ないからな。もしそこまで考えて、神楽が必死に勉強したんだったら 私の降参だ。だまされてやるよ」 と暦は言い、さらに話を聞きたがったのだ。 「あのさー。私がああやってネタふらなかったら、よみは二人が入れ替わってるの 信じなかったでしょ」 智がふくれた。 「他にもやりようはいくらでもあるだろうが!」 智を怒鳴りつけておいて、暦は【榊】と【神楽】の方を向かって言った。 「これから、どうするつもりなんだ?」 【榊】と【神楽】はお互いの顔を見合った。 「どうするって、元に戻る方法を探すんだよ」 ややあって、【神楽】が言った。【榊】も、うん、とうなずく。 「元に戻る方法だと? そんなの見つかるのか?」 暦はあくまで冷静に言い放つ。【神楽】が、さっそく噛み付いた。 「見つかるのかって、なんか見つけない方がいいみたいな言い方だな。やな感じだぜ」 きゃあ、もう、よみちゃんったらイヤミ! などとはやし立てる智に軽くチョップを 食らわせておいて、暦が言った。 「そうじゃない。だいたい人の意識が入れ替わるなんて漫画や小説ぐらいでしか聞いた ことがないぞ。そんなことをちゃんと治す方法なんて、探す見当もつかないじゃないか」 まだ何か言いたそうな【神楽】を抑えて、 「確かにそうなんだ。どこをどう探したらいいのか、誰に尋ねればいいのか、 全然分からない」 と【榊】が肩を落とす。暦はうなずくと、 「まずは、状況を整理して、あの時何があったのか、原因を考えてみたらいいんじゃ ないか?」 と言った。おおー、と二人も納得した。 「よみちゃん頭ええなー」 大阪は素直に感心した。だが。 「でも神楽ちゃん。神楽ちゃんは元に戻りたいん?」 大阪の素直な疑問。智も同調した。 「そうだそうだー! 神楽、榊ちゃんになってればバカがばれないぞー!」 「うるせぇ!」 ぶち切れる【神楽】に関せずに大阪が首を傾げた。 「神楽ちゃん、榊ちゃんがうらやましーって前に言うとったやん。これから神楽ちゃんは 榊ちゃんになれるかもしれんのやで」 それを聞き、【神楽】も、【榊】も、ああ、と納得した。誰でも考えることは同じ。 だけど。 「それはな、そーゆーのは、うーんと、うまく言えねーけど」 神楽の目が、しばし中空を泳ぐ。 「そーゆーの、結局うまく行かねーし、うまくいったとしてもなんにもなんねーんだよ。 きっと、な」 【神楽】と【榊】が目を合わせ、互いにうん、とうなずきあった。 「なあにそれ! 二人ともなんか見つめあっちゃってあやしーぞー。もしや入れ替わって からなんかあったな? きゃー! いやん、もう」 はやし立てた智に【神楽】の拳が飛ぶ。ドタバタする二人。まきこまれるちよと つっこむ暦。大阪はただマイペースに、にっこりと笑うと 「そーなんか」 とだけつぶやいた。 「そうなんだ」 【榊】もつぶやいた。しばしの沈黙。後ろでは相変わらず智と【神楽】が ドタバタしていた。 「もう一つ、重要なことを聞きたいねん」 「……なんだ?」 急に真剣な顔をして訪ねる大阪に【榊】も緊張した。 「あんな、結局胸はどっちが大きいん?」 大阪の素直な疑問その2に、【榊】の顔は真っ赤になった。 結局6人はちよの家にやってきていた。 「はぁー。やっとクーラー!」 智が全員の気持ちを代弁した。何しろ外は暑いのだ。 アイスティーが各自に行き渡った。一息つきたかったが、あまりのんびりもして いられない。さっそく暦が質問を始める。 「とにかく、なんでもいいんだよ。気絶する前に、何か変わったことやらなかったか?」 【榊】は黙って首を振り、【神楽】も思い当たる節はない、と答えた。いくつも質問が 続いたが、答えも手がかりも出てこなかった。 「頭ぶつけ直したら直んじゃねーの?」 智はごろ寝しながら適当なことを言った。そんなことはもうやってる、と【神楽】が ぶち切れそうになったが、暦が止めた。 「そんなの相手にしてたらもたないぞ。ま、最後の手段でやってみる価値はあるかも しれないがな。ところで、本当に二人とも何かないのか? この際、変わったこと じゃなくていいよ」 「別に私は……」 【榊】がうなだれた。だが、【神楽】は、あっと声を上げた。 「そーいや、夢を見た。何で今まで思い出せなかっただろう」 「夢?」 「話してみろ」 全員【神楽】に注目する。 「うーんとな、猫が出てきた」 「猫?」 「ああ、でもなんか変な猫で……あ」 【神楽】は大阪がさっきまで枕にしていたぬいぐるみを拾い上げた。 「こんなのが出てきた」 ぬいぐるみを振ってみせる【神楽】に、智が 「それだけ?」 と不満をあらわにする。 「それだけだよ。文句あんのか? あんまり詳しく覚えちゃいないよ」 【神楽】はふてくされた。 「うーん、これじゃ夢診断ってワケにもいかないか」 「そーですねえ」 暦とちよが困った顔をした。困った顔をしながら暦がなんとなく部屋の中を見回すと、 【榊】の様子のおかしいのに気がついた。 「榊?」 【榊】の顔は驚愕の表情で固まり、目はじっとぬいぐるみを見つめている。突然、 【榊】の目が光った。 「神楽っ!!」 そう叫ぶと、【神楽】の肩をテーブル越しに引っ掴んだ。 「神楽、このぬいぐるみなんだなっ! いつ見たんだ!!」 突如取り乱した【榊】に、一同は呆気にとられる。 「さ、榊。どうした? ぬいぐるみ……」 「大体でいいっ! その夢をいつ見た?!」 暦の言葉も【榊】に聞こえていなかった。【榊】の声はすでに金切り声に近くなっている。 「あ、あの、気絶から目が覚めるちょっと前……」 【神楽】がおずおずと答えた。それを聞いたきり、こんどは【榊】は黙り込んでしまった。 【榊】の沈黙が場を圧倒し、誰もしゃべれない。そして、【榊】はあることを思い付いた。 戻るための方法を。 (確証はない。そもそも都合よく「あの方」に会えるか分からない。それでも、やってみる しかない!) 【榊】は、 「来い!!」 と叫んで、【神楽】の手を引っ張り廊下に連れ出す。呆然とした4人だけが部屋に残される。 「榊、なんだっていうんだ。どうしたんだよ。落ち着いてくれよ、頼むからさー」 【神楽】もどうしたものかさっぱり分からない。ただ、【榊】が取り乱すのを見て、 不安になっていた。 「神楽、一緒に寝よう」 【榊】のこの言葉に、【神楽】は自分が絶望の底に突き落とされたような気がした。 とうとう【榊】が参ってしまったと思うと泣きたくなってきた。 「榊、いいよ、もう休もう! 疲れてるんだよあんたは。早く戻ろうなんて言わない。 だから、だからしっかりしてくれよぉ……」 【榊】はしまった、と思った。自分は説明をしていない。これじゃ、心配されるのも 無理はない。焦っちゃダメだ、焦っちゃダメだ。だが、気は急いて止まらない。 「神楽、きみの夢に出てきたという、その猫、私もよく知っているんだ。きみがその猫の 夢を見た時、私は何をしていたか。きみと、保健室で寝ていたんだ。昨日の晩も私は きみと同じ部屋で寝ていたが、ちよちゃんもいたし、体の方向がそろっていなかった。 方向をそろえればあるいは……」 【榊】は説明したつもりだが、【神楽】には理解できるはずもなかった。 「なあ榊。マジでもういいよ。少し休んで、そうだ、気分転換にテレビでも」 「聞いてくれっ!!」 【榊】が【神楽】の肩を掴み、目を見据える。【神楽】は、本来の自分の瞳に 射すくめられた。喉が渇く。暑くて出たわけじゃない汗が、首筋をすっとつたい落ちる。 「……元に、戻れるかもしれない」 【神楽】を射すくめたまま、静かに【榊】が言った。空気が張りつめ、息が 詰まったかのように苦しく感じられる。やっとのことで、【神楽】は言葉を絞り出す。 「マジ……か」 「正確には戻してもらう……それはこの際どうでもいい。ただ、絶対じゃない。戻れるか どうかは分からない。でも、きみがその夢を見たのなら、あの方に頼るしかない。 ……いや、猫なんだけど……と、とにかくだ。二人で同じ夢を見ればいい」 【神楽】は決意した。何のことやらさっぱりだが、ウソやおちゃらけは言ってない。 それは断言できる! 「よく分からんが、信じる」 「……よし」 そう言うと、【榊】はドタドタと、ちよたちを残してきた部屋に駆け込んだ。 しばらくして、問題のぬいぐるみを抱えて出てきた。 「寝室を借りた。少しでも可能性を増やすように、このぬいぐるみも借りた。行こう」 「ああ」 二人は寝室の一つのベッドの中に潜り込んだ。 「眠るんだ」 「分かった」 【榊】は必死に意識を闇の中に落とそうとし、【神楽】は一心不乱に羊を数えた。 数十分後、寝室には二人の寝息だけが響いていた。 (ここは……) 何もない、だだっ広い空間に【神楽】は立っていた。相変わらず、体は榊の体だった。 目の前に、もう一人人物がいる。 「榊……」 本来の自分の姿をした少女だった。 「神楽もちゃんと来れたか。ここまではいいとして、はたして、来てくれるかな……」 【榊】はつぶやいた。すると。 「もう来ているよ」 いつの間に現れたのか、奇妙な猫がそこにいた。ぬいぐるみと同じ形の猫が。 「え?! なに?!」 驚く【神楽】に、【榊】は 「失礼のないように……」 と言って、本題に入ろうとした。 「あのっ……」 「いやぁ、言わなくても分かるよ。戻りたいんだね」 猫の声に、【榊】は力強くうなずく。 (こいつ何者? 動物? 人間?) 【神楽】はあぜんとしていた。が、 (いや、戻してくれるならこいつの正体、誰だっていい。頼もう!) と思い、 「戻してほしい!」 と叫んだ。 「うん、私はずっと見させてもらっていたんだよ。君たちは、自分達の力で、自分達の 答えにたどり着いた……。実にすばらしい! そう、たとえ色が変わるとしても、 自分は大切に……ああ、こっちの話だよ。いや、いつも私は皆の悩み事を聞くだけ だったのでね。解決もしてあげた方がいいんじゃないかと思ってやったんだが…… とんだ誤算だったよ。神楽君の悩みを聞いてあげている時、榊君は夢の中でも 気絶していてねぇ。赤いものを食べ過ぎるから……げふん、ああ、なんでもないよ。 ……くれぐれも詮索するんじゃないよ。とにかく、焦って願いを叶えてしまったから、 こうなってしまったんだ。君たちが戻りたがっているのは分かってたんだが、 昨日の晩はちよもいたからねえ。早く君たちがお膳立てをしてくれればすぐにでも 出て来れたんだよ。私は多忙なのに……猫なのに……多忙でっ……!」 妙な猫の体色が目まぐるしく変わる。 「す、すみません! 気がつかなくて……」 あわてて【榊】が頭を下げた。つられて【神楽】も頭を下げる。 「い、いやー。いいんだよ。謝らなければいけないのは、勝手なことをした こっちの方なんだから。そう私が勝手なことをしたばっかりにね。事実、神楽君は私に 悩みを話してくれただけなわけで、肉体を入れ替えてくれなどとは一言も言って ないわけだが……。しかし私としてはこれが出来る限りの最大限の努力だったわけで! 人の苦労が報われないというのはっ……! しかし私は猫な訳だが! そもそも神楽君も 榊君に一言の相談もなしで……!」 一度静まったかに見えた変な猫だったが、再び色が代わり妙な音を立てる。 「か、神楽! 謝れ! お父さんに謝るんだ!」 「あ、ええと、その、すみませんでした!!」 あまりに無気味な猫と、【榊】の剣幕に慌てて【神楽】が最敬礼をした。 「はあ、はあ、うん、本来謝るのはこっちなんだよ。別に怒っているわけじゃ ないんだが。ああ、話が脱線してしまったね。戻らなければいけないわけなんだが……」 ようやく落ち着いた妙な猫が、これまた妙なものを取り出す。それはいわゆる家電用 電気コードだった。だが、コード部分の途中二個所が、ビニールがなく導線がむき出しに なっている。 「君たちはこの、金属が出ている部分を持ってくれないかね? ビニールがはがれている 金属の部分だ。くれぐれも、間違えないで欲しい」 そう言うと、妙な猫は【榊】と【神楽】に向けてコードを差し出した。 「え? これが何で?」 【神楽】は首を傾げた。しかし、【榊】に 「言う通りにするんだ。せっかくのチャンスなんだ」 と諭され、納得はしなかったがそれぞれコードの導線がむき出しの部分を握った。 「それではじっとしててくれたまえ。くれぐれもコードを放してはいけないよ……」 そう言うと、妙な猫はおもむろに、いつからあったのか、なぜか空中にぽつんと浮かんで いるコンセントにコードのプラグを差し込もうとした。 「うわーっ!! バカ! バカ! 何やってんだよ!!」 【神楽】が驚いてコードを手放してしまった。 「コードを放してはいけないと言ったではないか……」 奇妙な猫は、やれやれ、といった感じで神楽をたしなめた。 「こ、こんなの握ってたら感電するだろ!!」 【神楽】がつめよったが、動じずに奇妙な猫が言う。 「しかぁし、これが元に戻る一番手っ取り早い方法なんだ。くれぐれもコードを放しては いけないのは、放すと危険だからなんだよ」 「放すと……」 「危険?」 【榊】と【神楽】が聞き返した。 「私がコンセントにこれを差し込んで、その後もしどちらかが放してしまうと 危険なんだ。放した方が、じゃなくて相手の方がね。……相手の精神が、 入るべき体がなくて」 奇妙な猫は、コンコン、とコンセントを叩いた。 「こっちに吸い込まれてしまうかもしれないんだ。だから、終わるまでちゃんとコードを 握っていて欲しいんだ」 【神楽】は言葉を失った。つまり、一歩間違えれば、さっき【榊】の心が自分のせいで なくなってしまったかもしれなかったのだから。そして、【榊】がコードを放して しまえば、自分の心がなくなってしまう。相手の心を殺してしまうかもしれないし、 自分の心が殺されてしまうかもしれない。その恐怖に、【神楽】はすくんでしまった。 (どうしよう……) 【神楽】が唇を噛んだ、その時だった。 「……神楽」 声のした方を見下ろすと、いつも見上げていたヤツがいた。 「……放さない」 【榊】の手に、きゅっと力がこもるのが分かった。 (そうだった。何をビビってたんだ。私は、あんたに遅れをとるわけにはいかない) 【神楽】も、コードをしっかりと握りしめた。 (そして、あんたなら。信じられるぜ) 妙な猫の目を見据えた。 (私だって放すもんか!! この勝負、乗った!!) 「やってくれ!!」 【神楽】の声からややあって、プラグがコンセントに差し込まれた。 「ああっ!」 「くっ!」 コードを握りしめたまま、二人の意識は薄らいでいった。 ベッドに寝ている二人の少女。そのうちの一人、背の低い方の少女が目を覚ました。 彼女は、しばし天井を見つめた後、ゆっくりと起き上がり、隣で寝ている少女を ぼんやりと見つめた。数秒の後、寝ている少女を見つめる背の低い方の少女の大きな目が、 さらに大きく見開かれ、そして。 「あ、あ、あ……」 背の低い方の少女は、口をぱくぱくさせながら自分の全身を手のひらでべたべたと 触り回った。そして、いきなりベッドから飛び下りると、きょろきょろと 部屋中を見回す。小さな置き鏡を見つけ、少女はそれを手に取り覗き込んだ。 「ふ、ふふふ……はは……あはははは!」 背の低い方の少女の口から小さな笑い声がもれ、それがどんどん大きくなっていく。 その笑い声に、背の高い方の少女が起こされた。二人の少女の目が合った瞬間、 背の低い方の少女がベッドに駆け寄り、飛び込み、そして背の高い方の 少女に抱きついた。 「榊! 戻ってる! 戻ってるよー!!」 背の高い方の少女に抱きついて大はしゃぎの背の低い方の少女。背の高い方の少女が 悲鳴を上げた。 「……神楽、苦しい! 痛い! やめて神楽! 神楽! ……神楽?」 背の高い方の少女は、目の前の少女の顔をまじまじと見つめる。 「そうだよ榊! 戻ったんだよ! 私達元に戻ったんだよ!」 背の低い少女、いまは体も心も正真正銘の神楽の声に、こちらも体も心も 元に戻った背の高い少女、榊は、 「ああ……」 とつぶやくと涙を流した。 「あはははは! よかったー! よかったー! 戻ったよぉ榊!」 神楽も、榊を抱きしめたまま、笑い、そして泣いた。そして、そのまま二人は しばしの間抱き合ってお互いの体に戻れた喜びを噛み締めあった。 ばん! 不意に扉が大きな音とともに開かれ、どやどやと少女達がなだれ込んできた。 「どうしました?!」 「大声がしたけど、何かあっ……」 暦が、何かあったのかと訊こうとして、そのまま固まった。他の三人も、 同様に固まった。四人の目は、ベッドのうえで固く抱き合っている二人に 釘付けになっていた。 「あー」 固まっていた四人のうちの一人、大阪がようやく声を出した。 「邪魔してもうたみたいやな……がんばってや」 大阪はくるっと向きを変え、部屋を出て行こうとする。 「お幸せにー」 「女同士は絶対ダメだなんて固いことは言わないが、もう少し場所と状況を考えた方が いいんじゃないのか?」 「あ、あの、どういうイミ……?」 残りの三人も次々にに部屋を後にしようとする。ようやく自分達が誤解されていることに 気がついた榊と神楽があわてて四人を引き止める。 「ち、違う……!」 「バカ! そんなんじゃねえ! 私たち元に戻ったんだよ!」 神楽のその言葉に、 「ほ、本当ですか?」 とちよが振り向き、二人に駆け寄った。 「ああ、本当だぜ! ほらほら!」 神楽はベッドから飛び下り、腕をぶんぶん振り回してみせた。榊は涙をぬぐい、 床にひざ立ちになってちよの肩に両手を置くと、 「ちよちゃん……ありがとう」 と言い、ちよを抱きしめてまた涙を流した。 「榊さん、神楽さん……。私もうれしいです」 ちよも涙を流した。心地よい、安堵の空気が部屋には満ちていた。窓の外には、 夏の夕暮れが静かにたたずんでいた。 「どうだ? 体の調子は?」 「問題ない。そっちは?」 「快調快調! いやー、メシのうまいことうまいこと!」 翌日、二人は学校の正門にいた。日曜日なので授業はないが、 神楽は水泳部の練習がある。もちろん、榊は来なくても良かったのだが、 やはり改めて元に戻った喜びを二人で感じたくて、神楽の登校に付き合うことにしたのだ。 「なあ、榊」 神楽は榊の横顔を見上げた。そう、榊は自分にとって「見上げる」存在に戻ったのだ。 そんな感慨に浸るが、不思議と以前の見上げていた時のような焦りや、 劣等感は起こらなかった。 「せっかくここまで来たんだから、ちょっと泳いでいかないか?」 神楽は握った手の親指で背後に見えるプールを指差した。 「ごめん。いつもすまないとは思ってるけど」 榊は、静かだが、しっかりした意志を感じさせる声で神楽に詫びた。 「いや、いいんだよ。榊がそんなこと思わなくてもさ。ま、黒沢先生はちょっと 残念がるかもしれねーけど」 神楽は頭の後ろで手を組み、空を見上げた。夏の空がいっぱいに広がっている。 まだ九時にもなっていないのに、太陽は校庭をからからに焼き、熱風が二人をなでていた。 だが、本当の夏はまだこれからだ。 「榊。ありがとうな。あんたの冷静さがなかったら、私はきっと とんでもない目に遭ってたと思うんだ。本当に助かったぜ。へへへ」 榊に向かい、神楽が白い歯を見せて笑った。 「私もお礼を言うよ。神楽のおかげで、私は諦めなかったんだ。 本当に、本当にありがとう」 榊は背の高さでこそ神楽を見下ろしていたが、その視線は見下ろすと言う表現が 似合わないほどの優しさをたたえていた。 「困った時はお互い様だな。しっかし、あんだけ短い間だったのに、 まるで何か月も自分の体から離れていたような気分だなー」 「ああ。だけど、普通の生活の何か月分も、大事なことが分かったような気がする」 二人は花壇の前まで歩き、そこでしばらく夏の花を眺めた。会話はなかったが、 二人はゆったりとした満足感に包まれていた。 「神楽……本当に覚えていないのか?」 急に花壇を見つめていた顔を上げて、榊が尋ねた。 「うん。最初に見たって私が言ったらしい夢も、二人で戻る直前に見たって夢も、 全然覚えてねーんだけど。まあ、私は昔から夢とかあんまり覚えないタイプだから」 神楽は、奇妙な猫の夢を全く思い出せなくなってしまっていた。 入れ替わっている間の記憶の中で、そこだけが抜け落ちてしまっていた。 「そうか」 無理に思い出す必要もない。思い出したくなったらその時思い出すだろう。 そう考えて、榊はそれ以上奇妙な猫の夢の話をするのをやめた。 「そろそろ時間だ」 神楽が立ち上がった。 「行ってくる」 神楽が手を挙げた。榊も立ち上がり、黙って手を挙げた。すれ違い様に、 二人の間でパン、とハイタッチの音がした。それだけで良かった。 神楽の後ろ姿を見送ると、榊は正門の方に向けて歩いていった。 「ま、私にとって理想的だからって、何もかも幸せってことはないんだよな」 水泳部の部室に向かう道筋で、神楽はぼそっとつぶやいた。こんな当たり前のことに 今回のことがあるまで気付かなかったのかと、自分につっこんで苦笑いをする。 それでも、体格に恵まれた人の感覚と言うものを身をもって知れたこと、 これだけでも大きな収穫だ、と神楽は思った。本来なら絶対に知ることのできない、 ライバルの肉体を知ることができた。そして、精神も。 「榊は、榊のやりたいこと、やり方があるんだ」 それを無視して、自分の好きなことを押し付けがちだった私を、少し反省しよう。 そして。 「私は、私のやり方で、私らしくやってみせるさ」 決意はできた。後は前に進むだけだ。 その一歩を踏み出そうと、部室のドアに手をかけた時、後ろから声がかかった。 「神楽センパーイ! おはようございますー!」 「おう、西山。おはよー」 西山部員が駆け寄ってきた。神楽が一人なのを見ると、小首を傾げた。 「あの……榊先輩は……」 「ああ、やっぱり断られた。仕方ないさ。榊だって大変なんだ」 「神楽先輩……やけにあっさりしてますねー。いつも一度断られると二、三日は 悔しがってるのに……」 驚く西山部員に、 「私だっていつまでもうじうじしてられないんだよ」 と笑いながら言い、 「さて、がんばろうぜ」 と扉を開けた。 「あ、先輩、忘れるところでしたー」 更衣室で着替えを終え、さて、プールサイドに上がろうかという時に、西山部員が 紙袋を取り出して神楽の前に差し出した。 「頼まれていたものですー」 神楽は、紙袋の中を覗き込んで、呆気にとられた。 「何だこれ?」 「ねここねこグッズとー、その他もろもろですがー」 紙袋の中には、ファンシーグッズがいっぱいつまっていた。軽いめまいを覚えつつ、 神楽が紙袋を突き返す。 「こんなもの頼んだ覚えはないぞ」 「え? 忘れたんですかー? おととい、もらおうって言ったじゃないですかー。 限定品や非売品もたくさん入ってるんですよー」 西山部員が怪訝そうな顔をした。神楽は記憶をたどった。おととい、おとといだと……? 「あーっ!! 榊だな!!」 思わず大声で叫んでしまった。辺りにいた部員が一斉に神楽に注目する。 「あのー、榊先輩がどうかされたんですかー?」 「いや、なんでもない……」 (榊、人の体で何やってたんだよぉ! そりゃ私もあんまり人のことは 言えねーけどさ……) 心の中でそう愚痴る神楽に、西山部員は紙袋を押し付けるようにして、 「これからもいいのあったら持ってきますから、楽しみにしてて下さいねー! じゃー、私はこれでー。大会、頑張って下さいねー!」 と部員みんなに聞こえるような大声で言うと、他の部員とともにさっさとプールサイドに 上がっていってしまった。 「ちょ、ちょっと待て!」 誰も待ってくれなかった。 (恨むぞ榊……。どーすんだよこれ!) ただ一人更衣室に取り残されて神楽は困り果てた。ため息をつきながら、 なんとなくねここねこグッズの一つを取り出して、手のひらに乗っけて眺めてみた。 「悪くはないかもな……」 神楽は、紙袋を自分のロッカーに押し込むと、一つ深呼吸をして、 自分の向かうべき戦いの場に上がっていった。 榊は、正門に向かって歩きながら、自分の手を見つめた。神楽のものに比べて、 格段に大きな手。この大きな体が大嫌いだった。でも、この体を人に渡しても、 何の解決にもなりはしなかった。 (小さい体に生まれたかったなんて考えるのは、逃げでしかなかったのかもしれない) そして、自分の嫌いな体をうらやんでいた友人を想う。 (この体が神楽を苦しめていたのなら、私はその分だけ、この体で頑張らなければ) 引っ込み思案で、ただ夢見がちで、自分の作った自分のイメージに縛られ、 おびえていた。だけど。 「少しずつ……少しずつだけど、諦めずに、逃げずに」 無口で、かわいくない体に戻ってしまったけれど、そうすれば、もう少し、 神楽に、みんなに、自信を持って向き合えるかもしれない。 拳にきゅっと力を入れ、小さく掲げた。まだ手の中には、神楽の手の熱さが 残っているように思えた。 いきなり、風が榊を追い越し、榊の行く手を塞ぐように止まった。 何事かと目を丸くする榊を指差し、風たちが怒鳴る。 「見つけたぞ榊君!」 「やっぱり犯人は現場に戻ってくるのね!」 目の前にいきなり現れた夏用のトレーニングウェア姿の男女に見覚えがなく、 榊は尋ねた。 「あの……すいません、どこかで会いましたか?」 その榊の台詞に、女子の怒りが爆発した。 「あんた、あれだけのことをしておいて忘れたですってえ! ますます許せないわ! ほんとに何様のつもりよ!」 キーキーとわめく女子を抑えて、男子が一歩進み出た。 「改めて自己紹介をしよう。俺が男子陸上部の部長、こっちが女子陸上部の部長だ。 榊君、君はおととい、陸上部の練習に乱入し、女子陸上部を完敗させた上、 男子陸上部の何人かの部員も破った。練習中に勝手に神聖なトラックに入るだけでも 許しがたいが、多くの部員を破ってくれたおかげで我が部の士気はがたがたに 落ちている。俺たちは、正直な話君が憎い! だが、悔しいが君の力は俺たちからしても うらやましいほどだ。味方に付けばどんなに強力なことか。だから恥を忍んで お願いする! 俺たちと一緒に走ってくれ! そうすれば今までのことは水に流そう! 心配しなくても今からでも秋の大会には……」 男子陸上部長の長台詞を聞きながら、榊は頭を抱えた。神楽がやったというのは すぐに見当が付いた。ああ、あのとき意地でも保健室を飛び出した神楽を 止めておくんだった。 「さあ、ここに名前を書くんだ!」 気がつくと、目の前には入部届けが突き出されていた。男女陸上部長は殺気だっていて、 断れば血の雨が降りそうな勢いだ。 「え……あの、その……」 それでも、勇気を振り絞って榊が拒絶の言葉を口にしようとした時だった。 「ぐほおっ!!」 砂埃と悲鳴が上がり、男子陸上部長が2メートルぐらいふっ飛んだ。 「な、なに!?」 突然のことに、女子陸上部長が動揺する。砂埃の中から聞こえてきた声は、 榊には良く聞き覚えのある声だった。 「榊さーん!! ご無事ですかー!!」 「か、かおりん!?」 かおりんは、例によって榊を監視していて、そして榊のピンチに駆け付けたのだった。 男子陸上部長に助走をつけたドロップキックを見事決めたのだが、かおりんの 口の端からは血がたれていて、どう見てもかおりんの受けたダメージの方が大きかった。 しかし、かおりんは気合いで立ち上がっていた。 「あ、あんたなによ! こんなことしてただですむと思ってるの?!」 ようやく我に帰った女子陸上部長がかおりんを威嚇した。だが、かおりんは それを完全に無視して榊に向かってしゃべり出した。 「ああ、榊さん……。本当にご無事で良かった! 榊さんの言葉使いが 悪くなってたのも、榊さんが冷たくなったのも、みんなこいつらにたぶらかされていた せいなんですね! でももう大丈夫ですよ榊さん! 私は榊さんのためなら この命を投げ出す覚悟だってできているんです! 悪の陸上部は、天文部の誇りと 私の想いにかけて、必ず退治して御覧にいれます! さあ、覚悟しなさい陸上部!」 かおりん対女子陸上部長の激しい攻防が始まった。榊はいよいよ頭が痛くなってきた。 「榊さん!!」 「榊!!」 「榊君!!」 榊を目指して伸ばされた三つの血みどろの手。榊は、それにくるりと背を向け……。 全力で走り出した。後ろから叫び声と悲鳴が聞こえるが、振り向かないことにした。 (逃げないって決めたけど) 榊は走りながらプールの方に目をやった。 (こういうのからは逃げてもいいよね、神楽) プールには既に水しぶきが上がっていた。 終
https://w.atwiki.jp/azum/pages/68.html
闇が吹雪いていた。暗い雪の底で。ちよと榊、彼女たちに夜が明けることはついに無かった。 「どう……し……て……」 神楽は泣いていた。榊の遺体にしがみついて。一片の陽の光も差し込まぬ中、 ただ、激しくガラス戸を打つ吹雪だけが、世界の輪郭を顕わにしていた。 智は暗い面持ちで大阪を見やった。 「――大阪……何があったか聞かせてくれないか」 「……うん」 大阪がおもむろに語りはじめる。頭には痛々しげに包帯が巻かれていた。 「私らは、よみちゃんについていって、西側の廊下を歩いとったんや……。真っ暗で、 どの部屋に誰が潜んどるか分からんかった。みんな、気ぃつけよっていって……。それで、 よみちゃんが懐中電灯を手に先頭にたっとった。三番目の廊下をまがって、そのときやった。――誰かが廊下を横切ったんや」 部屋に、大阪の静かな声が響いた。もう三人だけになってしまった部屋に。 「確かに、みたんや。誰かが横切るのを……。私らはすぐに追いかけた。でも、みんな走っていくやろ。 私は足が遅いから、ついていくうちに遅れてしもうて……。それで二人が先に角をまがったとき、 悲鳴があたがったんや。あたしはあわてて角をまがったんやけど、誰かに後ろから殴られて、そのまま……」 「それで、よみがどうなったかは?」 大阪は首を振った。 「そうか……」 「よみだ」 不意に神楽が呟く。 「なんだって?」 「よみが殺したんだ!」 「なに……!?」 智が目を見開く。すぐにその顔が激情に歪んだ。神楽の襟首を掴む。 「おい、おまえ今何といった!? もういっぺんいってみろっ!」 「よみが殺したんだよ、榊を、ちよちゃんを!」 「ふざけるな! 何でよみが二人を殺さなくちゃならないんだ! でたらめもいい加減にしろ!」 「だってそうじゃないか!」 神楽が負けじと大声を出す。 「あいつも一緒に襲われたのならなぜ姿を現さない!? 怪我をしているならどこかから 私たちに助けを求めるはずだろう? あるいは、もう殺されているのだとしたら、 どうしてよみの死体が見つからないんだ? 忽然と消えちまっているなんて可怪しいじゃないか!!」 「それは……」 智が言葉につまる。確かに、暦の姿が消えてしまっているのは不可解だった。 ちよと榊を殺した手口といい、犯人は殺害の痕跡を隠そうとはしなかった。 誰かが来るかもしれない中、わざわざ暦の死体を運んで隠す理由が分からなかった。 「あいつが油断させておいて榊を刺したんだ。そして、あとからついてきた 大阪の頭を後ろから殴った。だけど殺し損ねて、それでどこかへ隠れたんだ」 「いいかげんなことを言うな!」 智が怒鳴り散らす。 「じゃあ聞くが、よみに、ちよちゃんと榊を殺す何の理由があるってんだ? いってみろ!」 「理由ならあるさ――よみは榊を憎んでいたんだ」」 智が口をあけたまま固まる。 「――何だって?」 短く、驚きの声が漏れた。 神楽はそんな智を冷ややかな目でみていった。 「よみの奴は前々から榊を忌々しく思っていたんだ」 神楽が言葉を続ける。 「美人でスタイルがよくって、男子にも人気があり、スポーツは万能。頭だって悪くない。 あいつはそんな榊を妬んでいたんだ。よみは別のグループとも付き合いがあるだろうが? 実はあいつ、陰で榊の悪口を言いふらしていたんだよ。こそこそとな。お前、かおりんが なぜ私らのグループから離れていったか知ってるか? 榊が嫌いなあいつとはそりが合わず、あいつに追い出されたんだよ」 「そ、そんな……」 襟首を絞める力が弱弱しくなっていく。 「クラスの中で孤立している前は知らないだろうがな」 ふん、と神楽は鼻を鳴らした。 「――実を言うとよ、私もお前が大っ嫌いだった」 「え?」 智の口からかすれた声が漏れた。 「勘違いするなよ。私は榊といるためだけによみたちのグループにいたんだよ。それだけさ。 だけどお前のことは本当にうざかったぜ。はっきりいって大嫌いだった。榊と一緒にいるために我慢して、 適当に調子を合わせていたよ。だけど、たまにマジで殺したいと思った。お前はクラス中から嫌われてるんだよ。 私らのグループ以外の女子は、いや男子も、誰もお前のことなんか相手してなかったろうが? 話しかけても無視されたとき、何かの気のせいだとでも思って自分に言い聞かせてたのか? ハハハッ! 大笑いだな。 よみだけは幼馴染の腐れ縁でしぶしぶお前の面倒をみてたようだけど、それでも半ばうんざりしてたぜ」 智は一点を凝視し、死んだように固まって、残酷な言葉を聞いていた。 神楽が構わずに立ち上がる。手提げの中に水の入ったペットボトルと、食料の一部を詰め込んだ。 「私は、勝手にさせてもらうぞ。もう、うんざりだ。いまさら、お前なんかと一緒にいるつもりはない」 戸口に立ち、そうやって大阪に振り向く。 「大阪、お前も私と来い。こんなやつと一緒にいるとロクなことないぞ」 智は固まっていたが、はっとして面を上げた。哀願するようなまなざしで大阪をみる。 大阪はなにやら考えているようであったが、智と目を合わせようとしない。 「――私も、神楽ちゃんといく」 そういうと、智を振り返ろうともせずに部屋を出て行った。 智はただ一人取り残された。二人の死体が残るその部屋へ。 頭の中がぐちゃぐちゃになり、神楽のさっきの言葉が何度も意識の面に出ては消えていった。 ふと手を見ると、榊の遺体を運んだときの血糊がべっとりとこびりついていた。 「なんで、こうなってしまったんだろうな――」 自分では泣きたくなんかないのに涙が溢れてきた。 拭っても拭っても、とめどもなく溢れてきて、ポタポタと畳の上に染みをつくった。 智は立てひざに顔をうずめてなきじゃくった。 「よみが殺したんだ!」 その言葉が反芻される。 本当に暦がちよや榊を殺したのだろうか。確かに、老人が犯人だと強く主張していたのは暦だった。 そして、二手に分かれて老人を探しに行かせたのも。 それが、疑いを老人に向けさせ、皆を分散させる手段だとしたら―― 「違う! そんなはずはない!」 智は激しくかぶりをふった。自分と死体以外誰もいない部屋に叫び声が響き渡る。 「よみは、よみはずっとあたしの友達だったんだ。そんなことするはずなんて、あるわけ……」 幼稚園からずっと、暦は同級生だった。どんな時でも一緒だった。 中学校のとき、智は陰湿なイジメにあっていた。そのとき、智は今からは想像がつかないほど、 内気で無口な生徒だった。そこをつけこまれて、気の弱くて頭もよくない智はイジメのターゲットになっていた。 毎日が地獄だった。死のうとも考えた。そんな智の唯一の友達が暦だった。暦がいなかったら智はとうに自殺していただろう。 高校に入り、智は自分を変えようと必死になった。もういじめられるのはまっぴらだと。 明るく元気な強い自分に生まれ変わるのだと。必死に勉強して暦と同じ高校に入ると、 中学のころの自分を忘れるかのように強気に出た。しかし、それは裏目に出た。 はしゃいで皆のウケを狙おうといろいろとふざけてみた。だが、本質は昔のいじめられっこままの、 まるで空気が読めない彼女のやることは、皆からひかれ、疎まれるだけだった。 智はいつの間にかクラスで孤立していた。そのことに智は気づかないふりをしていた。 それを認めてしまえば智の心はどん底までおちてしまうから。そうして暦のグループで はしゃいでるときだけが生きていると実感できた。暦だけが智の心の支えだった。 それなのに、暦が犯人だなどと―― 「そんなはず、ない……」 智はただ俯いて泣きじゃくっていた。 ――どれほど時間がたったろう。再び、屋敷に響き渡った。誰かの悲鳴が。
https://w.atwiki.jp/azum/pages/45.html
【神楽】は目を覚ました。暗い部屋。窓とカーテンの隙間からわずかに光が 差し込んでいる。月明かりだろうか。それとも水銀灯の明かりだろうか。 部屋の中を見回す。そうか、ここはちよちゃんちだっけ。【榊】がベッドで 寝ているちよちゃんと平行して床の布団の上に寝ている。自分はちよちゃんの 足の側、部屋の入り口の方に入り口と直角の向きに寝ている。寝る前、 ちよちゃんが足を向けてしまってすみません、としきりに謝ってたっけ。 気にすることないのにな。こっちは泊めてもらってるんだし。時計を見る。 文字盤の蛍光塗料が光っている。窓とカーテンの隙間の光と相まっていやに 妖しく見える。12時9分。まだ床についてから2時間程度しか経っていない。 疲れていたので普段より早く寝た。疲れていただけあってすぐに寝入ってしまった。 だが、変な時間に目が覚めてしまったようだ。やはりいろいろあって無意識の うちに眠りが浅くなってしまったのだろうか。私らしくもない。 (ひょっとして!) 期待の感情が生まれ、慌てて自分で自分の体をまさぐる。だが、自分の頭の後ろ、 長い髪に触れた所で期待は消えた。 (寝て醒めたら、悪い夢だったって、笑い話にできりゃ良かったのにな……) 【神楽】はまだ榊の体に宿っていた。はぁっ、とため息をつき、 「どうしたもんかなぁ」 とつぶやいた。 「起きているのか」 不意に闇の中から声がして【神楽】は声を上げてしまうかと思うくらい驚いた。 だが、すぐにその声の主の名前が分かった。今、「自分の声」を出せる人物と 言えばあいつしかいない。 「榊こそ、起きてんのか?」 ああ、と闇の中からまた声がした。その声に向かって【神楽】は言う。 「急に目が覚めちゃってな。あんたもそうなのか?」 「いや……全然眠れなくて」 「ずっと起きてたのかよ……不安でか?」 ごそっ、と音がした。【榊】が身じろぎしたらしい。 「不安……そうだな。寝ようとするんだけど、考えが止まらないんだ」 「考え?」 「うん、悪いイメージばっかり次々と出てきて」 「そうか……」 遠くの方から、パトカーのサイレン。たくさんのバイクがエンジンをふかす音。 バカをやってる奴らがいるらしい。気楽なもんだな。私達はこんなに大変な目に あってるってのに。 「なあ、榊……」 「一生元に戻れなかったら……」 同時に声がした。ひとしきり譲り合った後、【榊】が先に喋ることになった。 「……一生元に戻れなかったら、やっぱり私は、神楽としての人生を生きていく ことになるのかな」 「どういうことだよ」 「つまり、『神楽』として水泳の大会に出て、『神楽』として大学を受けて、 『神楽』として大学に通って……最後まで、『神楽』で」 「それは……」 「だから、思ったんだ」 数瞬の沈黙。 「神楽の夢を、人生の目標をきちんと聞いておきたい」 「……なんだよそれ」 榊は何を言ってるんだ。ユメ? モクヒョウ? そりゃ、ないことはないが、 そんなこと聞いてどうするつもりなんだ? 「目標って、大体私見てたらわかんねーか?」 「水泳絡みってことは分かるけど、大体じゃなくて、しっかりと聞いておきたい。 私は『神楽』として暮らしていくんだ。きみが、心も体も『神楽』だった頃、 目指していたもの、それを目指す義務が、私にはあるんじゃないかと思うんだ……」 「義務、だと?」 「たとえば、このままいけば、私は水泳の大会に出ることになる」 「それは……確かに頼んだけど……」 「神楽のやりたいことを、やりたかったことを私はやらなきゃいけない。だって 私は『神楽』なんだから」 「……何となく分かってきたぜ。つまり、あんたは私の代わりをやるってのか。 今だけじゃなくて、ずっと」 「そう。だって周りから見れば私は神楽なんだから。今は演じているけど、 いずれ本当の『神楽の人生』を生きなきゃいけない。だから、神楽が実現したいことを 今のうちに聞いておいて、実現できるように……」 「やめろよ!!」 大声を上げてしまった【神楽】。ハッとちよが寝ていたことを思い出した。起こしは しなかっただろうか? 「……すぅ……すぅ」 ちよは安らかな寝息を立てていた。改めて、【神楽】は【榊】に小声で抗議する。 「なんでそんなこと考えてんだよ。そんなの、元に戻れなくても自分のやりたいこと やればいいじゃねーか。つーか今決めたぜ。私はちゃんと自分のやりたいことをやる。 榊の周りの人びっくりさせて悪いが、私は水泳をやるからな。体が何だろうと」 「……その気持ちがずっと続けばいいんだけど」 「何だと? いいかげんにしねーとマジで怒るぞ? そりゃ私は最初人に ばらすなって言ったさ。でもなぁ、演技するのも1日か、3日か……せいぜい 1週間が限度だ! 一生演技なんてやってられるかよ!! つーか最初にあんたの 言った通りさっさと誰かに話して普段の自分通りにしてりゃよかったぜ……」 「声が大きいよ……」 「あ、悪い」 【榊】はここで、体を起こし、たいていの人の寝るときの位置取りのように、 部屋の入り口の方に自分の足を向けていた姿勢を、180度ぐるっと回転させた。 入り口側が頭、奥側が足になる。これで天井でなく、神楽に向かい合って話が出来る。 期せずして北枕になってしまったが、話をするだけの間だから関係ないだろう。 向きを変えた【榊】は話を続ける。 「入れ替わってから、何か、肉体的なものじゃなく精神的なもので何か 違和感を感じないか?」 「違和感? わからん」 「私……おしゃべりになってないか?」 「え……? あ、ああ、そういえば、普段の榊よりよく喋る感じが…… でもこれぐらい別に何でも……」 「いや、確かにこの異常な状況がさせているのかもしれないが、入れ替わる前より ずっと喋りやすいんだ。普段は会話が苦手で会話の糸口を探すのに苦労しているのに、 今はすらすら言葉が出てくる。それに、普段の私よりも行動が大胆になっている と言うか……決断力がある気がする」 「でも、榊は榊だろーが。あれだよ。環境が変わって……火事場のバカ力ってやつ?」 「気のせいならいいんだけど……神楽はなにか気づかないか?」 「別に……なんともねーぞ」 「私が忠吉さんを撫でてたとき、どう思った?」 「入れ替わってるのがばれたらやばいなあ、と」 「自分も撫でたい、とか思わなかった?」 「そりゃ、ちょっとは思うけど……こんなことで何が分かるんだよ」 「いや……ごめん、これじゃ何も分からないな。忘れてくれ」 「だーっ。話を途中で止めるなよ。最後まで言ってみろ」 【榊】は一瞬考えて、 「全然間違ってるかもしれないけど……」 と話の続きを始めた。 「全然間違ってるかもしれないし、思い過ごしかもしれないけど。私ときみの 体が入れ替わっていることで、運動能力が普段と異なっているのは分かると思う」 「そりゃー、昼間試したもんな」 「けど、それは運動能力だけなのか? 私ときみの、頭脳も入れ替わってるんだ。 私は神楽の、神楽は私の脳を使っていまこうして話している」 「……私の脳を使ったらバカになったと言いたいのか?」 暗闇の中でも、【神楽】がちょっとぶすっとした顔になったのが 【榊】には分かった。 「違う……説明しづらいけど……なんて言ったらいいんだろう。 ……私が可愛い物好きなのは、私の脳がそういう風に出来ているから」 「それはあんたの性格だろう」 「性格を作っているのは脳だ。今の神楽の脳は普段は私の思考をしていた。 そこに今神楽が入っている。今の所は神楽の性格が出ているが、そのうち神楽の 考えが私の脳に引きずられないかと言うことだ」 「???」 「脳という器にあわせて、性格の形が変わってしまわないかって心配してるんだ。 今神楽が使っている脳は、『榊的』思考をしやすくなっているから、そのうち それに合わせて『榊的』に神楽が変わっていってしまうのじゃないかって」 「そうなのか?」 「あくまで私の考えだから、証拠も保証もない。でも、入れ替わってから私が 喋りやすくなったのは事実だ。神楽の脳は、思ったことを口にだすのが得意なんだろうな」 「ほめられてんだかそうじゃねーんだかわからんぞ」 【神楽】はぽりぽりと頭をかいた。 「大事なことだ……ちゃんと自分の思ったことを言えるってことは。私はいつも……」 一瞬、それまで不安に覆われていた【榊】の顔が、それに加えて、悲しそうな、 寂しそうな顔になった。【榊】はそれを自分で打ち消し話を続ける。 「いや、そんなことはいいんだ。それよりもう一つ。やっぱり性格は外側の影響も 大きいんじゃないのかな。毎日鏡を見るとそこには他人がいる。でも、最初は他人って ことが分かっていても、そのうち今の自分が本来の自分だった、って思いこむように なってしまわない保証はどこにもないよ。特に私の場合」 「それは、あんただけじゃなくて私もそーだろーさ」 そこで【神楽】は改めて感心した調子で、 「でもすげえなぁ。そんなことまで分かるなんて。あんた心理学者か?」 と言った。 「だからあくまで私の勝手な想像だ。あまりあてにならない……。でも、だから、 今の気持ちがずっと続くといいんだけど、と言ったんだ。私だったら、神楽の脳で、 神楽の外見で、ずっと暮らしていくわけだ。そうやって、私はだんだん『神楽』に なっていくんだと思うんだ。私が消えて、神楽になる。意識して演じようと、 そうでなかろうと。そう思ったから、完全に『神楽』になったときに神楽の夢が 叶っているように……」 「夢を今のうちに聞いておくってわけか」 口を挟んだ【神楽】。【榊】が半泣きでうなずいた。喋っているうちに、 これからゆっくりと自分の中から自分が消えてしまうことを改めて予感して悲しく なったからだ。しかし、これで納得してもらえたと思った。が。 「そんなんじゃ、教えてやれねーな」 【神楽】の反応に【榊】はびっくりした。 「それって最初から諦めてるだろ。私は諦めねーぞ。何とか戻る方法を 見つけてみせる! たとえ体が元に戻んなくても、私は私のままで生きる!」 そこまで言って、【神楽】はひと呼吸置いた。【榊】の方にもそもそと ちょっと近付いて、続ける。 「流されないように、自分をしっかり持ちながら行くさ。最後はダメだったと しても、最初から諦めるなんて私はしたくねーんだ。だいたい、榊は自分で これは想像だっていってたじゃないか。必ずそうなるわけじゃねーんだろ? だから、榊も諦めるな。そういうこと考えたらすっげー不安なのは分かるけどさ。 大丈夫、榊なら出来るさ。私のライバルだからな。だから、もうそんなことは 考えるな。元に戻るってことだけを考えようぜ。」 「ちよちゃんにも同じことを言われたんだ……。きっと元に戻れるから、 元気を出してって……。なのに私はこんなことばかり考えて……」 【榊】はぽろぽろと泣いていた。【神楽】は何も言わず、 ただ落ち着くのを待っていた。 「……ごめん。きみだって話したいことあったのに」 ようやく【榊】が落ち着いた。【神楽】は軽く笑って、 「かまわねーさ。榊の話すことに比べりゃ、まあ、あれだからな」 と言い、話を始める。 「私の言いたいことってのは、その、なんだ、謝ろうと思ったんだ。 ……こんなことになった原因って、私のせいなのかなっって。」 「原因……?」 「私さぁ、実は結構自分の体格とか性格に不満もあってさぁ。なんとか…… 榊みたいになれないかって思ったりしてたから。それが、今回叶っちゃったわけだ。 つまり、……私のせいかもしれねーって思ってさ」 ここまで言って【神楽】は気づいた。慌てて自分に自分でツッコミを入れる。 「あはは、んなわけねーよなぁ。榊みたいになれますようにって思って、本当に 榊になれるなんてあるわけねーよなー。ごめん、変なこと言って」 テレ隠しに笑う【神楽】に、榊が言う。 「それが原因だって思うなら、私だって一緒だよ。私だって神楽はうらやましかった……」 「そうか。あーあ、お互いうまくはいかねーよなー」 「そうだな。でも入れ替わったとしてもうまくはいかない……」 「うん……ま、そんなもんなんだろうな。さて、言いたいことも言っちゃったし、 もう無理にでも寝ちゃおうぜ。明日、っていうかもう今日になってるけど、 戻る方法を探すんだからな」 「ああ」 (つづく)
https://w.atwiki.jp/azum/pages/48.html
次の休み時間、よみの姿が教室になかった。 よみめー、逃げやがったか。 でも、あいつは甘ちゃんだ。お前がどこに隠れているかなど、この智ちゃんにはお見通 しなのだ。お前の考えはワンパターンだからな。 どうせトイレだろう。中学のときに私が邪魔をして、よみがトイレで隠れて本を読んで いた事を忘れたのか。 まぁ、そうやってまた同じ事を繰り返すんだから、あいつは面白いんだけどな。よし、 トイレでからかってやるか。 智は確信を胸に教室を出て、トイレへと向かった。 トイレのドアを開け、智は中へと入った。しかし、中には誰もいなかった。扉が閉めら れた奥の個室以外は。 ははーん、よみはここに隠れてるなー。 智はゆっくりとよみが隠れているはずの個室へと歩き出し、ドアをノックした。 しかし、無愛想にノックをし返す音が聞こえた。 ふっ、私をトイレを使おうとしているほかの女生徒と勘違いしているのか。まぁいい。 智はまたノックし返した。しかし、同じようなノック音が返ってきただけだった。 ふっ、私だと全く気付いてないなんて、何ておめでたい奴だ。 智はそう思いながら、よみが中に入っている個室のドアににじり寄った。 「よみ~、そんなところに隠れても無駄だ~。出てこ~い」 と、低い声で叫んだ。 「なっ、何でここがわかったんだ?」 智がそう言った直後、よみの少し焦った声が返ってきた。智はよみのそんな焦った声を 聞いて、思わず笑みがこぼれた。昔のことを忘れて同じことをしていたのだからな、こい つはお笑いだといった具合に。 「お前がトイレに逃げ込んで、本を読むなんてお見通しだ~。お前は本当にワンパター ンだなぁ。中学のときにも同じ事をしたのを忘れたのか?」 智がそう言った後、まだしばらく沈黙が続いた。しかし、少しして、 「くっ…」 と、ドアの中で悔しがっているよみの声が聞こえた。 智はよみに対して勝った気分がした。さーて、もっとからかってやるか。 「出てこないのか~。3秒以内に出ないと犯人の名前を言うぞ。さーん」 ドアの中からは何の反応もなかった。このまま言ってしまってもいいのか? 「にー」 おや、徹底的にシラを切るつもりか?お前はもう包囲されているんだ。早く出てこない と犯人の名前を言っちゃうぞ。 「いー…」 その瞬間だった。突然ドアが開くとともに、間近にいた智の頭にぶつかり、ゴンという 音が響いた。 「痛ってー…」 智はあまりの痛さに、額をおさえてうずくまった。 「バカタレが!天罰だ!」 智がうずくまっている間に、よみはそう言い捨てて、トイレから出て行った。 智はフラフラと立ち上がり、まだ痛みの残る頭をおさえながらよみが出て行ったトイレ の入り口のドアを見つめた。 「くそー、不意打ちとは卑怯だぞ!このままで終わると思うなよー」 と、叫びながら。 (続く)
https://w.atwiki.jp/azum/pages/47.html
休み時間、智は大阪と話をしている様子のよみを見つけた。 「さーて、またよみをからかってやるか~」 智はそう思いながら、よみの近くへと近付いた。 どうやら、よみは何か本を読んでいるようだ。なになに、『東万ヶ岳の殺人』だと?聞い たことがあるぞ。えーと…、そうだ。前にちよちゃんから教えてもらった本だ。でも、途 中を読むのが面倒くさくて最後の犯人のところだけ読んだんだっけな。ほぅ、よみは今そ の本を読んでいるんだ。 智はよみと大阪のそばで二人の会話を聞いていた。 「大体どの辺りまで読んでいるん?」 「うーん、真ん中辺りかな。これから物語が佳境に入って来て面白いところなんだ。も う、犯人が誰なのかドキドキものだよ」 何だと!…ってことは、よみはまだこの本の犯人を知らないんだな?これは面白そうだ。 智は不敵な笑みを浮かべ、 「おっ、よみー。お前、その推理小説を読んでいるのか?」 と言って、よみのすぐそばへと近付いた。 よみが自分を見て、迷惑そうな顔をしていた。 智はよみが何を考えているのかは大体察しが付いている。前に、よみが推理小説を読んでいるのを邪魔した前科があるからだ。 「今、すごくいいところなんだ。悪いけど今はこの本を読ませてくれ」 よみが自分の方を見向きもせずに言った。 お前がそういう態度を取るほどこっちは邪魔したくなるんだよなー。しかも、その本の 犯人を知っているだけにさっ。 「別にいいけどよ、その小説私ももう読んだんだー」 智は何気なしにボソッと呟いた。 「なっ、なんだって!」 その言葉によみは相当驚いているようだ。本当にリアクションが素直な奴だ。 「だって、その小説、ちよちゃんに教えてもらったんだろ?私もちよちゃんに教えても らって、その本読んだんだよ。いやー、面白かったなー」 「おい!絶対に犯人が誰だか言うなよ!」 よみの口調は必死だった。そりゃそうだろう、犯人の名前を言ったら、それでもうこの 話の興味は尽きてしまうんだからな。でも、それをしたいんだよなぁ~。 智はいたずらっ子のような意地の悪い笑みを浮かべた。 「うーん、どうしよっかなー。言うななんて言われると、余計に言いたくなちゃうんだ よなー。犯人はー…」 「ダブルチョーップ!!!」 智が犯人の名前を言おうとした瞬間、よみのチョップを頭部に食らってしまった。かな り本気なのか、いつもよりも数倍痛かった。 「絶対に言うな!言ったらただじゃ済まさないぞ!」 「痛たたた…。もう、ただじゃ済んでないだろう」 智はチョップを食らった頭をおさえながら言った。しかし、内心ではもう少しこのネタ でからうことができそうだと感じていた。 (続く)
https://w.atwiki.jp/azum/pages/30.html
神楽を徹底的にたたきのめした翌日の放課後、私はどんな手段で追い詰めて そして壊してやろうか考えていた。それを止めようとする自分の声が聞こえるが、 壊してやりたい衝動を上回るのを感じていた。しかし・・・ 「榊ちゃん?これから予定あるん?」 聞いてきたのは関西の言葉を喋る私の友人の一人春日歩だった。皆からは「大阪」 と呼ばれている。私はそう呼ぶのに抵抗があるので呼んでいない。 「いや、特にない。」 「そうか~。なら、ちょっと体育館まで来てくれへん?大事な用があるんや。」 体育館?一体何の用だろう。今日はどの部も使ってないので、行くのは構わないの だが・・・・しかし、大事な用と聞かれては断るわけにもいかない。 「分かった。」 「まいど~。そーゆう訳で神楽ちゃん、ちょっと榊ちゃん借りるで~」 「え?あ、ああ。」 私と一緒に帰ろうとした神楽は呆気にとられながら返事した。私達は体育館 に移動した。 「で、大事な話って?」 何の用だか知らないが、早く済ませて欲しいものだ。すると、いつになく真剣 な表情で春日は振り返った。 「榊ちゃん、もし今のままやったら榊ちゃんは自分で自分の身を滅ぼすで~ あたしはそれを止めにきたんや。」 言ってる意味がさっぱり分からなかった。自分の身を滅ぼす?止める? どういう事だ? 「榊ちゃん、あたしと勝負せえへん?バスケットボールで。」 「勝負?」 「そーや、時間は15分。それで相手より多くゴール入れた方が勝ちや。単純やろ?」 「何で私が君と勝負しなきゃならない?」 「言うたやろ?榊ちゃんの暴走を止める事やて。」 そこまで言われてピンときた。つまり彼女は私が神楽を潰すのを阻止する為に こんなとこに連れてきたのだ。 「今のまま進んだら、榊ちゃんも神楽ちゃんも破滅するだけや。それは自分 でも分かってるやろ?」 「・・・・・・・・分かった。ただし、どうなろうと責任は持たないぞ。」 それを聞いて春日はニッコリ微笑んだ。私達は体操着に着替え、コートに立った。 正直春日を潰したいとは思わない。私がボロボロにしたくなるのはスポーツを 必死になってやっている人間、そう神楽のような人間だ。 しかし、春日にはそれが感じられない。 でも勝負を挑むからには容赦はしない。己の無力さを嫌というほど味わわせてやる。 心の中の黒い部分が私を突き動かす。 「ほんじゃ、私から行くで~」 春日がドリブルをした。しかし、全然サマになっていない。私はその春日の ボールを簡単に奪い、先制点を決めた。 「さすがやな~榊ちゃん。」 笑いながら春日は言った。その笑いいつまでもつかな?15分たつころには君の 顔は泣き顔でぐしゃぐしゃになっている事だろう。 私はその調子で10ゴール決めた。その間、春日は私に触れるどころか追いつく 事すら出来なかった。 しかし、それでも春日の表情は変わらない。相変わらず笑みを浮かべている。 「榊ちゃん、やっぱすごいわ~。あたしも本気出さな~」 本気?私は耳を疑った。運動神経はちよちゃんと同じくらいにない君が? 笑えない冗談だ。 「ほな、行くで~」 春日がドリブルを始める。私はすかさずボールを取りにいく。しかし、私の手は 空を切った。目的の人物は私の背後におり、そしてゴールを決めていた。 「初ゴールや~」 嬉しそうにはしゃぐ春日。 油断していた。そうとしか考えられない。でなければゴールを決められるはずはない。 今度は私の攻撃だ。全力で春日を抜く。しかし、すぐに春日にボールをカットされ、 そのままゴールを決められてしまった。 「2ゴールや~」 見えなかった。今までの本気じゃないというのは嘘ではなかったのか? それからの私は春日に翻弄されっぱなしだった。攻撃を止めようにもあっさり抜かれ、 攻撃しようにもすぐにボールをカットされてしまう。あっという間に同点にされてしまった。 私の中で焦りの感情が生まれた。こんなはずはない。私の方が優れているんだ。 落ち着け!冷静になるんだ!!何度も自分に言い聞かせる。 しかし、そんな思いも空しくあっさり逆転されてしまう。 「どないしたん?あたしを倒すやないんか?」 (カチン)春日の余裕に満ちた態度、人をバカにした表情に私の中の何かが はじけた。気付くと私はドリブルし、カットしようとした春日の眉間に肘を ぶつけていた。倒れこむ春日。 それを見て私は「調子に乗るからだ。」と心の中で罵った。段々と闇の部分 が強くなるのを感じる。しかし、春日は額から血を流しているものの何事も なかったかのように立ち上がった。 「別に怒ってへんよ~。スポーツに事故はよくある事や~。さ、再開しよか~」 笑いながら春日はゲームを再開した。 あとはもう一方的だった。そう、昨日私が神楽にした事を今春日に私がされているのだ。 10分たった時には点差はもう絶望的にまで開いていた。 私の中の何かが突き崩されてゆく。これまで誰にも負けた事のなかったスポーツで ここまで打ちのめされるのは屈辱だった。しかももともとスポーツをやっていた 人間ならまだしも、相手は自分以上にスポーツに縁の無い人間である。 恐らく誰かがこの場にいたら、私の表情が焦燥と絶望に満たされているのに気付いた だろう。ガラガラと崩れ落ちる自信とプライド。 自分が今までしてきた事をされて初めて気付いた。私に潰された相手は皆こんな 気持ちだったのか? いや、それ以上かもしれない。そして、気付いた。春日もまた私と同質の人間なのだと。 「無様やな榊ちゃん。潰される側に立つのはどんな気持ちや?」 これ以上にないくらいに嫌な笑みを浮かべながら春日は言った。私と春日の 決定的な違いは私は時間をかけて潰すのに対し、春日はその場で完全に叩き潰す事 である。 「ハァハァ・・・・ま、まだ終わっていない。」 その言葉を言えば言うほど空しくなる。私に見えるのは深い暗闇だけだった。 春日がドリブルしてくる。私は何とかキッチリマークして春日の進路を塞いだ。 しかし、次の瞬間私は春日に吹き飛ばされていた。ショックだった。自分よりも 小柄な人間にパワーですら負けた事に。 「やる気ないんちゃう?つまらへん。」 春日の言葉がグサグサと私の胸を突き刺す。直後に春日は顔面目掛けて思いっきり 投げ付けてきた。よける事すらままならずボールは私の顔面を直撃した。うずくまり 鼻を押さえる。鼻血が出たからだ。目からは涙も出ていた。 「ホンマ情けないな~かおりんが見たら失望するで~」 もう何も言い返す気力も残っていなかった。もういい、何もかもどうでもいい。 神楽を壊す事も、春日を倒す事も、もういい。このまま消えてしまいたい。 どうせ遅かれ早かれ私は壊れる運命だったんだ。なら、ここで壊れても構わない。 そんな思いが頭の中をぐるぐると駆け回っていた。 「何やってんだよ!!」 体育館の入口から聞き覚えのある声がした。そこにいたのは神楽だった。 「何ってバスケットの勝負やで。見ての通りあたしの圧勝や。」 「うるさい、大阪は黙ってろ!!」 物凄い剣幕で神楽は春日を睨む。春日は特に気にした様子もなくそっぽを向いた。 そして、神楽は私に近づいてくる。 嫌だ!!来るな!!こんな姿見られたくない!!その思いで頭が一杯になり 私は後ずさりした。 神楽はそれに構う事なく私に近づいてくる。そして、私を抱きしめた。 やめろ!!私に触るな!!私は神楽から逃れようと必死になって暴れた。 「離せ!!離せ!!」 それだけを繰り返し叫んだ。しかし、神楽は動じない。むしろ抱く力が強まる。 「榊、もういいんだ。」 優しく微笑みながら神楽は言った。さっきまで渦巻いていた負の感情が溶かされていく。 涙がより一層溢れた。 「どうして・・・・私はお前に・・・あんな事をしたのに・・・・今の今までそれを繰り返そう としたのに・・・・どうして・・・・」 言葉がうまくつながらない。涙のせいでうまく声が出ない。 「言っただろ、気にしてないって。だってあたしらライバルで友達だろ?」 私の心の一番奥にその言葉は響いた。闇が消えてゆく。 「榊ちゃん、神楽ちゃんにここまで言わせたんや。榊ちゃんの気持ちも聞きたいわ。」 春日がこちらに向き直って言った。その表情はいつもの優しい顔だった。 まるで悪魔から天使に生まれ変わったかのように。 「神楽・・・・私を嫌いにならないで・・・ずっと友達でいて!!お願い!!」 一杯に声を張り上げて私は嘘偽りのない気持ちをぶつけた。 「何言ってんだ。お前を嫌いになんてなるもんか。私らずっと友達だ!!」 神楽は私の頭を撫でてくれた。私は声をあげて泣いた。こんなに泣いたのは 何年振りだろう。でもそうせずにはいられなかった。 気付いたから。神楽の優しさに、自分で汚れ役を引き受け私の暴走を止めに きた春日の勇気に・・・・ 「良かった。あたしのようにならんでホンマに良かった。危険な賭けに出て 良かったで。」 と春日は言った。その目には私同様涙が溢れていた。 私の気が落ち着いた後、春日は自分の過去を語ってくれた。 「私もな、榊ちゃんと同じで何もしなくてもスポーツできたんよ~ で、あたしは自分の実力を見せつけ、次々にスポーツに一生懸命な人間のプライド を傷つけそして壊してきたんや。あたしは榊ちゃんと違って良心も存在せへんかったん や。潰れる奴が悪い、そーゆう考えやったんや。」 何処と無く寂しそうに語る春日。 「そして、前の学校でとりかえしのつかない事になったんや。あたしと一番仲のええ 子やった。その子が自殺したんや。何でやと思う。あたしのせいや。もうあたしは歯止め が効かなかった。スポーツをやめさせるだけじゃ収まらなくなっとった。そして死んでしまい たい思うぐらい追い詰めなきゃ満足出来んようになった。あたしはその友達を大事に思う反面、 潰したいという願望ももっとった。そして、越えてはいけない一線を越えてしまったんや。」 重い、ずっしりと重い告白だった。 「その時、あたしは初めて自分が取り返しの付かない事をした事に気付いたんや。 あたしの精神は一度ボロボロに壊れた。世界の終わりが来たくらい闇に堕ちた。 あたしの担任や家族があたしを励まして続けてくれなければ、私は二度と立ち直れ なかったやろな。それでも今の様になるまで随分時間がかかった。そのことがあって からあたしは自分の運動能力を封印したんや。」 昔を思い出したのだろうか?春日の声が震えていた。 「ここに来てからはうまくやってけるようになった。友達も出来た。でも、昨日の 榊ちゃんの行動を見て背筋が凍る思いやった。それはまさに以前の自分そのものやったから。 このままにしてたら榊ちゃんはあたしと同じ運命を辿る。そう思った私は今日この 手段に出たんや。一歩間違えれば榊ちゃんを潰してまう。 あたしは神楽ちゃんの友情に賭けた。そして神楽ちゃんはあたしの期待に応えて くれた。嬉しいであたしは。」 喋り終わった後、春日は座り込んだ。緊張の糸が切れたのだろう。 「そうだったのか。大阪、その友達の中には私も入ってるんだよな?」 「私もか?」 「当たり前や。」 そう春日が言うと私と神楽と春日は抱き合った。私と春日の溢れていた闇が 消え、光が照らされてゆくのを感じた。 「帰ろうぜ、榊、大阪。それとここであった事はみんなには内緒だぞ。」 「うん。」 私と春日は一緒に返事をして、体育館を後にした。私はひとつの物を失い、それと 引き換えに何者にも変えがたい物を得たのだった。 その光景を近くで見ていた者がいた。にゃもである。 「やれやれ、私の出番なしか。ま、あれを見せられたら出るに出れないわね。 さて私も帰るか。」 にゃももその場を後にした。 LOVELESS END
https://w.atwiki.jp/azum/pages/9.html
関連ブログ @wikiのwikiモードでは #bf(興味のある単語) と入力することで、あるキーワードに関連するブログ一覧を表示することができます 詳しくはこちらをご覧ください。 =>http //atwiki.jp/guide/17_161_ja.html たとえば、#bf(ゲーム)と入力すると以下のように表示されます。 #bf
https://w.atwiki.jp/azum/pages/18.html
ロックンロール・ネバー・ダイ 1 ロックンロール・ネバー・ダイ 2 ロックンロール・ネバー・ダイ 3 ロックンロール・ネバー・ダイ 4 ロックンロール・ネバー・ダイ 5
https://w.atwiki.jp/azum/pages/38.html
「ボレロって…ホンマかわえぇなぁ…。」 自室で,学校へ行く準備のさなか,春日歩はボレロに袖を通しながらつぶやいた。 小さいころからあこがれていた「ボレロ」。セーラー服が覇権を利かせ, ブレザーがその勢力を伸ばしている女子高生の制服の中でも, ボレロは採用している学校が少ないだけに,格別の扱いだ。 そのボレロを制服として採用している名門進学校,「菊仙女学院」。 難関と言われる名門へと,ほぼ奇跡に近い合格を, 彼女は二人の親友とともに果たした。 今まで努力した結果が,現在の今に至っている。 そんな満足感に浸りながらも,学校への準備を着々と進めていく。 「歩~,はよしないと純ちゃんとまーやちゃん来るで~。」 「はいはいは~い。」 台所からおかあちゃんの声がかかる。 中学校の頃はいつもおかあちゃんのこの声で起こしてもらっていた。 だけど高校に入ってからは,今まで,学校に行く日は自分からちゃんと起きている。 こんな小さな事の積み重ねが,高校に受かった実感を盛り上げていくものだ。 ダイニングへ行くと,既に妹の翔が4人がけのテーブルについて, 朝ご飯の白味噌汁をすすっていた。 手間がかかる二つの編み込みお下げを結い終わり, 糊で直線的なラインのシルエットを持つ, 洗い立てのセーラー服を着込んでいた。 つい先月まで,歩が着ていたセーラー服のお下がりだ。 この春から中学生になる翔の現在の体格は, 比較的成長の遅い歩とほとんど同じで,身長も,座高も,ウェストも, ただ,胸のサイズが歩に輪をかけて小さい以外は, それでこそ双子と見間違えるほどそっくりだ。 歩も翔の隣に席につき,箸を手にとり, 小鉢に盛られたほうれん草のおひたしに箸を伸ばした。 アジのひらき,ほうれん草のおひたし,白味噌汁。 関西系味付けを好むの春日一家の朝は大抵は和食から始まる。 ただ,歩も翔も寝坊した日は早く摂れるトーストやシリアルで済ませる事もある。 あめ色に漬かった奈良漬をかじりながら翔は黙々とご飯を口に運ぶ。 藍く飾り絵の施された男性用の大きめのお茶碗を右手に, 少々長めの朱色の塗り箸で,テンポよくご飯を平らげる翔。 ウサギのプリントのついた子供用のお茶碗を左手に, カエルのプリントの入ったプラスチックの箸でご飯を食べる歩。 容姿,体格こそ似ている二人であるが, 性格や趣向など,ほとんど中身は別物といっても差し支えは無いかもしれない。 食事だってその一つだ。早食い,大食いで辛いもの好きの翔に比べて, 歩は甘い物好きで食が細い。だから時々,歩が妹に間違われることもある。 「PLLLLLLLLLLLLLLLL!」 電話から,無機質な電子音がダイニングに響き渡る。 昨日水に漬けておいた食器を洗っていたおかあちゃんが手を止め, エプロンで水気をふいて壁に掛けてある受話器を取る。 「はい,春日です。」 先ほどまで歩と翔を送り出す朝の修羅場に身を投じていたとは思えない, 社交的な明るい声でおかあちゃんは電話に出た。 「あ,おとうちゃん?…うん…わかった…歩と翔にもゆうとくわ…はい~。」 「おとうちゃんから?」 おかあちゃんに負けず劣らない明るい口調で,翔がおかあちゃんに問い掛けた。 おとうちゃんは最近は出張続きで家に帰ってこない, たとえ帰ってきたとしてもほとんど夜遅く。 だから歩や翔とはぜんぜん親子の会話を持つ機会が無い。 歩も翔もおとうちゃんの事が好きという,ほぼ理想的な父娘関係なので, 今現在の状態みたいに親子の会話が持てないのは非常に残念だ。 だからこそ,おとうちゃんからの電話の内容が気になるし, 電話口から聴くには,歩と翔にも何かメッセージがありそうな雰囲気だ。 おかあちゃんは受話器を静かに置いて口を開いた。 「おとうちゃん,今日は5時ぐらいに帰ってこれるって。 久しぶりに歩と翔と話ができるんやって。」 「きゃほ~!」 満面の笑顔で,翔は隣の歩にハイタッチを求める。 素直に笑顔で応じる歩。乾いた音がキッチンを駆け抜ける。 そして何事も無かったのかのように,再び食事に戻る二人。 「ごちそうさま!」 まったく同じタイミングで歩と翔が最後の味噌汁のひとすすりをした後, テーブルから離れ,翔はソファーにおいてある真新しい学生カバンを手に, 歩は同じくソファーにおいてある背掛けカバンを背に少し遅れて玄関へと向かった。
https://w.atwiki.jp/azum/pages/34.html
私は今、学園生活が楽しくて楽しくて仕方が無い! こないだから私は、友達を一緒にバンドというものをやっている。 とは言え、まだ楽器が無くてできなかったんだけど。 だがしかーし!それも今日まで! 「…ついに今日、自分達のための楽器を手にしたのだったー!」 「うるさいなぁもう」 よみが鬱陶しそうだ。 「それにこれは私達のじゃないです。あくまでも借り物ですよ?」 「確かにそうだ。各員自分の楽器を買う事!」 「お金あらへんで~」 「ううむ世の中金か…貯金の無いやつはバイトする事!」 「智ちゃんはお金あるんですか?」 「ううう、私はバイト組だ~」 ちよちゃん痛いところ突いてくるなぁ…とほほ。 「…で、今からどうするんだよ」 「どうしよう。弾けないもんな」 「とりあえずみんな、音を出してみたら?はじめて触るものだから ひとまず慣れてみるといいかも」 「さっすが先生!」 先生がみんなの所を回って、スイッチを付けたり線を繋いだりしているうちに、 「先生、これはどうやって持つんですか?」 よみと榊ちゃんが聞いている。 「これはピック。人差し指を曲げて、上から親指で挟み込むの。」 「こう…ですか?」 「そうね。ちょうど100円玉を自販機に入れる時のように。」 先生教え方うめ~ 私でもわかるぞ。 急に後ろから、綺麗なピアノの音が聞こえてきた。 ちよちゃんがキーボードを弾いているのだ 「ちよちゃん、すげ!」 「…これは…『エリーゼのために』…」 「榊ちゃんよく知ってるな」 「知らない方が珍しいぞ。」 「え?そ、そうなのか!?ちきしょー騙されないぞ!」 よみはいつもあんな言い方するが、実は物知りだから悔しい。 そうしてる間にちよちゃんが弾き終った。 「ブラボー! 「ブラボ~」 大阪は笛を口に咥えたまましゃべろうとするので変な音が出ている。 ん…ちよちゃんのピアノの音が出てたスピーカーから音が出てるぞ? 「すごいなちよちゃん」 「えへへ、小学校の時少しやってたんです。」 それは頼もしい。 「でさ、大阪は一体どうやったらそんな所から音が出せるんだ?」 大阪も困った顔をしている 「それがな、私もわからへんねん。そもそも笛の音ちゃうしー。」 「それはね、その笛の音じゃないの。」 先生が言う。 「え?でも大阪が吹くと鳴るよ?」 私の言葉を聞いて大阪が笛を吹く。変な音だ。 「ぷはぁ!」 相変わらず息が短い。 「実はこれの音なの。」 先生が指差したのはでかいスピーカーの上に置いてある小さな機械だ。 機械だよ何かかっこいいよ。 「それから音が?」 「そう。ほらこれを見て?」 先生が手で電線を持つそれはその機械から大阪の笛に繋がっている。 「ほんとだ!」 「これはコントローラなの。」 先生が大阪の持っている笛に指して言う。 「このコントローラでこの機械を操作してるの。で、この機械はそれに従って音を出す仕組み。」 なんだかよくわからないけどすごい! 「なるほど!これがあったら夜でも笛練習できますね、大阪さん!」 「そうなん?ちよちゃん~」 私もちよちゃんの言ってる事がよくわからん。このへんはちよちゃんい任せるとしよう。 「そうね。これを使えばヘッドフォンを使って音を聞けるわね。」 「へぇー…」 「で、どうしてちよちゃんの音が同じところから?」 よみが聞く。そんな事忘れてたよ。 よく見るとちよちゃんのキーボードからも、大阪のそれと同じような電線が その機械に繋がっている。これだ! 「これだ!」 私は電線を掴んで先生の顔を見た。 「そうね。ちよちゃんの弾いていたのもピアノじゃなくてコントローラだから それだけじゃ音は出ないの。」 「へへーんすごいだろ」 「お前は凄くねぇよ」 「ちぇー」 よみは厳しいな。少しくらい甘やかせてくれたっていいのにさー。 「で、よみと榊ちゃんはどうなんだ?」 二人はそれぞれギターとベースを抱いている。 背が高いからカッコいいなぁ。 「いくぞ榊」 「…うん。」 二人で一斉に弾き始める。かっこいい! …が、音がムチャクチャだぁ。 「どうにかならないの?それ」 「しょうがないだろ!やった事無いんだから。」 榊ちゃんも顔を真っ赤にして下を向いてしまった。 「智も何か歌ってみろよ」 「えっ!?」 そうか、私ボーカルか。 「そうやで、みんな弾いたんやし、智ちゃんも早くー」 「そうか、よし、みんな聴いて驚くな~」 「ト~ラ~ンクひと~つ~だ~けで~ 浪漫飛行へ~インザ~スカ~イ 飛び回れ~この~マイハ~」 …アカペラ恥ずかしっ!! 変な汗かいちゃったじゃないか! 「おおー!」ぱちぱちぱち 大阪の拍手 途端に全員がわっと沸く。 「え…?」 「音も無しになかなか大声が出せるものじゃないわよ。」 先生が言う。 「智ちゃんすごいじゃないですか!」 そうなのか?そうなのか? 私やっぱりボーカル向きか 「はっはっは!これが私の実力だ!」 「でも音程がまだまだね。」 なにぃ! 練習してやる、練習してやるぞー!