約 16,698 件
https://w.atwiki.jp/oshika/pages/18.html
牡鹿半島についての建築系wikiです。 数値情報 範囲 宮城県牡鹿郡女川町及び旧牡鹿町(2005年より石巻市に合併) 面積 女川町:65.79㎢ 旧牡鹿町:72.98㎢ 地区 宮城県牡鹿郡女川町 宮城県石巻市網地浜・鮎川大町・鮎川浜・鮎川浜丁・大原浜・給分浜・十八成浜・小網倉浜・鮫浦・清水田浜・泊浜・新山浜・長渡浜・谷川浜・寄磯浜 住民の意見 アンケート http //www.city.ishinomaki.lg.jp/mpsdata/web/7347/enqete0603.pdf 宿泊施設 http //www.i-kanko.com/3-2.html 商工会 http //www.oshika.miyagi-fsci.or.jp/profile.html http //www.miyagi-fsci.or.jp/link/index.html 非公式情報 http //wiki.chakuriki.net/index.php/石巻市 http //fenv.jp/archive/ayukawa-report/index.htm 交通問題 http //kifusuru.com/articles/view/151.html 陸上交通-バス http //www.miyakoujikoku.com/routemap/frame2.asp?MapKey=11 GE=20110426 海上交通-観光船 http //fenv.jp/archive/ayukawa-report/index.htm 地図情報ソースリスト 被害把握状況 宮城県のHPより 『宮城圏HP−東日本大震災・災害情報−』http //www.pref.miyagi.jp/ 石巻市のHPより 『石巻市HP:東日本大震災関連情報』http //www.city.ishinomaki.lg.jp/hishokoho/zisinn2011_5.jsp そのほか 人口・集落情報 地区別 女川町:10,051人(平成22年度国勢調査) 石巻市東部:4,533人(平成23年2月末日、牡鹿総合支所) 産業 地区別 女川町 漁業 町内には女川港を含め、全部で13の漁港がある。サンマの水揚げが日本で1、2位。他にもカツオ、マグロ、カレイ、イカなどが揚がり、養殖ではギンザケの生産が日本一を誇る。 漁や養殖業に従事する人の割合は、全就業人口の17%に及び、二次・三次産業でも水産業関連の加工や流通、サービスに携わっている者が多い。 女川原子力発電所 東北電力管轄の原子力発電所で、女川湾に位置する。3号機まであり、形式は全て沸騰水型軽水炉である。東北電力の管理する原子力発電所の中では、最も早い時期に建設されたものである。主要施設の標高は14.8m 旧牡鹿町 漁業 旧牡鹿町においても、女川町と同様に漁業が中心となっている。カキ、ホタテ、などが揚がる。また、江戸時代ごろから捕鯨産業があったと言われており、現在も続いているが、ピーク時の1970年代に比べると頭数は半分以下に減っている。 また、近年は漁業だけでなく観光業も盛んになりつつあった。 歴史 地区別 女川町 旧牡鹿町 牡鹿町は、旧鮎川村と旧大原村が1955年 3月に合併してできた町で、宮城県の東北部にあり、牡鹿半島の中央部及び先端部を占めている。 14世紀頃、紀州から船で下ってきた船乗り達が半島の各地に住み着いたと言われている。その後、鮎川地区を中心として捕鯨文化が栄えた。20世紀初頭から徐々に人口が増え始め、20世紀中頃には1万人を超えるようになったが、1970年代頃から人口が減りはじめ、現在は5000人を下回っている。また、東北地方で古くから信仰の島として親しまれてきた金華山は、牡鹿半島の観光の中心となっている。 古文書 女川町誌(1960年) 牡鹿町史 中巻・下巻 陸の道のプロット 海の道のプロット(広域) 政治上の特徴(党派や長の特性) 地区別 女川町 女川町長:安住 宣孝 無所属 女川町議会議員:無所属13、共産2、公明1 石巻市 石巻市長:亀山紘 無所属 今、地域で話題のこと 今ニュースとして出ている復興計画案 地区別 女川町 1,「女川町公式HP:東日本大震災に関する女川町の最新状況について」 2,「焦点/津波被災の沿岸中心/宮城、17市町が復興計画」2011年5月15日、河北新報 3,「東日本大震災:高台移住計画に漁業の町から反発の声」2011年5月22日、毎日新聞 4,「防災強化し港町再生」2011年5月2日、河北新報 5,「地方港湾の再編検討 宮城県、雄勝、女川など対象」2011年5月11日、河北新報 石巻市 1,『石巻市復興計画案』 基本理念1:災害に強いまちづくり 全市民の約8割が被災し、電気、水道などのライフラインの寸断を引き起こした今回の震災の教訓を踏まえ、単なる「復旧」にとどまらず、防災基準・防災体制を抜本的に見直した市民の命を守る災害に強いまちを念頭に、新たな視点での都市デザインを描いたまちを構築するとともに、ライフラインの補完や快適な生活空間として新エネルギーを活かしたまちづくりを目指します。 基本理念2:産業・経済の再生 基幹産業である紙・パルプ製造業、飼肥料製造業、合板製造業及び食を支える重要産業である農林水産業などが壊滅的な被害を受けた中、今後の産業の連携・融合も含めた在り方を検討し、再建・復興を促進するとともに、地域資源を活かした産業振興基盤づくりを図ります。 基本理念3:絆と協働による共鳴社会の構築 人と人との結びつき・「絆」を大切にするとともに、市、企業、地域が総力を結集し、新たなまちづくりに向かって「共鳴」しながら、豊かで支えあう地域社会の構築を図ります。 2,「がれきで沿岸部に丘、「被災者カルテ」導入、沈下地盤かさ上げを」2011年5月17日、読売新聞 3,「石巻市が新都市構想」2011年4月30日、河北新報 4,「震災復興へ安住氏に聞く」2011年5月19日 5,「石巻復興に向け有識者懇談会 専門家、市民参加を提案」2011年5月16日、朝日新聞 @wikiへようこそ ウィキはみんなで気軽にホームページ編集できるツールです。 このページは自由に編集することができます。 メールで送られてきたパスワードを用いてログインすることで、各種変更(サイト名、トップページ、メンバー管理、サイドページ、デザイン、ページ管理、等)することができます まずはこちらをご覧ください。 @wikiの基本操作 用途別のオススメ機能紹介 @wikiの設定/管理 分からないことは? @wiki ご利用ガイド よくある質問 無料で会員登録できるSNS内の@wiki助け合いコミュニティ @wiki更新情報 @wikiへのお問合せフォーム 等をご活用ください @wiki助け合いコミュニティの掲示板スレッド一覧 #atfb_bbs_list その他お勧めサービスについて 大容量1G、PHP/CGI、MySQL、FTPが使える無料ホームページは@PAGES 無料ブログ作成は@WORDをご利用ください 2ch型の無料掲示板は@chsをご利用ください フォーラム型の無料掲示板は@bbをご利用ください お絵かき掲示板は@paintをご利用ください その他の無料掲示板は@bbsをご利用ください 無料ソーシャルプロフィールサービス @flabo(アットフラボ) おすすめ機能 気になるニュースをチェック 関連するブログ一覧を表示 その他にもいろいろな機能満載!! @wikiプラグイン @wiki便利ツール @wiki構文 @wikiプラグイン一覧 まとめサイト作成支援ツール バグ・不具合を見つけたら? 要望がある場合は? お手数ですが、メールでお問い合わせください。
https://w.atwiki.jp/chaina_battle/pages/500.html
愛国社(あいこくしゃ)は、 明治時代の自由民権運動前期の政治団体。 昭和時代初期の右翼団体。 1. 愛国社 (1875年-1880年) 明治8年(1875年)2月22日、大阪会議に参加した板垣退助が、大阪で旧愛国公党の同志に再結集を呼びかけ創設した。愛国社に参加したのは、西日本の士族層で、これを板垣など高知県の立志社員が中心になって運営にあたった。本社を東京に置き、愛国社に加盟する各地方の政社からは、委員を本社に送って中央と地方での情報収集及び相互連絡に当たることになっていたが、結成後間もなく、板垣が参議に復帰した上、参加者のうち、西南戦争に西郷軍に参加した者も多く、自然消滅した。 西南戦争後、自由民権運動は、武力による専制政府打倒から、言論と大衆組織による運動へと転換することになる。明治11年(1878年)4月に立志社が中心となり、愛国社の再建を決定。9月に石川、愛知、和歌山、愛媛、香川、高知、岡山、鳥取、福岡、佐賀、大分、熊本各県から13社の代表が大阪に集まり愛国社再興会議を開催した。翌明治12年(1879年)11月に開催された第3回大会では、国会開設実現を目標とする全国規模の請願運動を組織することを決定し、こうして愛国社は全国的な国会開設運動の中心となっていった。 こうして、国会開設を目標とする全国運動は、同時にそれまで士族中心だった運動が、新たに豪農豪商を出身の県会議員を指導者が指導する形に転換していった。これに伴い愛国社についても、立志社中心の運営に対する批判が高まり、ついには、明治13年(1880年)3月第4回大会において、愛国社とは別個に国会期成同盟の大会が開会される事態に陥った。この後、愛国社は、旧立志社系統の人々によって継続するが、明治13年11月26日、東京において解散が論議された記録を最後に歴史の舞台から退場した。 2. 愛国社 (1928年-) 昭和3年(1928年)岩田愛之助により創設される。機関紙は「愛国新聞」。中国及び満州に関する問題に積極的関与、各大学で反共産主義右翼学生の組織化を企図した。田中義一内閣打倒や農村での青年に対する実践教育などを行っていたが、一躍、愛国社の名を広めたのは、昭和5年(1930年)ロンドン海軍軍縮条約をめぐる統帥権干犯問題で、愛国社社員の佐郷屋留雄が東京駅において浜口雄幸首相を狙撃し重傷を負わせた(このときの傷がもとで、浜口は死去)ことによる。後に大日本生産党に参加した。 青年組織として愛国社青年連盟(俗に「愛連」とも「浅草愛連」とも呼んだ)があり戦前はファッショの片棒を担ぎ、戦後も斯界の大物である大沢武三郎団長が反共暴力団として名前を売った。 出典 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』_ 2008年9月9日 (火) 04 17。
https://w.atwiki.jp/oshika/pages/19.html
位置範囲 宮城県牡鹿郡旧牡鹿町(2005年より石巻市に合併)[および女川町] 面積 旧牡鹿町:72.98㎢ [女川町:65.79㎢] 海辺総延長 行政単位 石巻市 http //www.pref.miyagi.jp/kanzai/gouchou/gouchouichiran.htm 広域石巻圏 http //www.pref.miyagi.jp/et-sgsin/kouiki/ 石巻市牡鹿総合支所 http //www.city.ishinomaki.lg.jp/osika/osika.jsp 〒986-2523 石巻市鮎川浜鬼形山1-13 TEL0225-45-2111 地区 宮城県石巻市網地浜・鮎川大町・鮎川浜・鮎川浜丁・大原浜・給分浜・十八成浜・小網倉浜・鮫浦・清水田浜・泊浜・新山浜・長渡浜・谷川浜・寄磯浜 足りないような気がします [宮城県牡鹿郡女川町] <地名読み> 牡鹿 おしか 鮎川浜 あゆかわはま 十八成浜 くぐなりはま 谷川浜 やがわはま 大谷川浜 おおやがわはま 網地浜 あじはま 給分浜 きゅうぶんはま 小淵 こぶち 小網倉浜 こあみくらはま 新山浜 にいやまはま 泊浜 とまりはま 寄磯浜 よりいそはま 鮫浦浜 さめのうらはま 長渡浜 ふたわたしはま 清水田浜 しみずだはま 大原浜 おおはらはま 金華山 きんかざん 清崎 きよさき 黒崎 くろさき 山鳥 やまどり 御番所 ごばんしょ 荻浜 おぎのはま 渡波 わたのは 女川 おながわ 石巻 いしのまき 田代 たしろ
https://w.atwiki.jp/kotokoto2/pages/3262.html
所在地宮城県牡鹿郡女川町大字浦宿浜 開業日1956/2/12 接続路線石巻線 隣接駅沢田(石巻線:小牛田方面) 女川(石巻線:女川方面) 訪問日2004/5/5 戻る
https://w.atwiki.jp/taronja/pages/4049.html
武田晃平は元コバルトーレ女川所属のMF 基本情報 国籍 日本 名前 タケダ コウヘイ 生年月日 1994年9月15日 出身地 北海道 身長 168cm 体重 58kg ポジション MF 所属クラブ 2010年 - 2012年 札幌新川高校 2013年 - 2016年 仙台大学 2017年 - 2020年 コバルトーレ女川 個人成績 シーズン クラブ 番号 リーグ リーグ リーグカップ オープンカップ 昇格プレーオフ 通算 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 2015 仙台大 他 - - 0 0 - 0 0 2017 女川 25 東北1部 13 1 - - 3 0 16 1 2018 JFL 16 0 - - - 16 0 2019 元 東北1部 14 1 - - - 14 1 2020 5 1 - - - 5 1 通算 日本 JFL 16 0 - 0 0 - 16 0 日本 東北1部 32 3 - 0 0 3 0 35 3 日本 他 - - 0 0 - 0 0 総通算 48 3 - 0 0 3 0 51 3
https://w.atwiki.jp/taronja/pages/5855.html
田原伊織はコバルトーレ女川所属のMF 基本情報 国籍 日本 名前 タハラ イオリ 生年月日 1996年12月12日 出身地 福岡県糸島市 身長 168cm 体重 65kg ポジション MF 背番号 28 所属クラブ 2012年 - 2014年 長崎日本大学高校 2015年 - 2018年 九州産業大学 2019年5月 - 2021年 FCバレイン下関 2022年 - 現 在 コバルトーレ女川 個人成績 シーズン クラブ 番号 リーグ リーグ リーグカップ オープンカップ オープンカップ 通算 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 2019 下関 22 中国 14 3 - - - 14 3 2020 24 4 0 - 1 0 - 5 0 2021 15 0 - 1 0 3 0 19 0 2022 女川 28 東北1部 12 2 - - 3 0 15 2 通算 日本 東北1部 12 2 - 0 0 3 0 15 2 日本 中国 33 3 - 2 0 3 0 38 3 総通算 45 5 - 2 0 6 0 53 5
https://w.atwiki.jp/taronja/pages/5334.html
吉田悠人はコバルトーレ女川所属のMF 基本情報 国籍 日本 名前 ヨシダ ユウト 生年月日 1997年12月25日 出身地 栃木県真岡市 身長 170cm 体重 63kg ポジション MF 背番号 16 所属クラブ 2013年 - 2015年 武南高校 2016年 - 2019年 作新学院大学 2020年 - 2021年 沖縄SV 2022年 - 現 在 コバルトーレ女川 個人成績 シーズン クラブ 番号 リーグ リーグ リーグカップ オープンカップ 昇格プレーオフ 通算 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 2018 作新学院大 71 他 - - - 2020 沖縄SV 25 九州 - - 0 0 0 0 0 0 2021 2 2 - 0 0 0 0 2 2 2022 女川 16 東北1部 5 2 - - 3 0 8 2 通算 日本 東北1部 5 2 - 0 0 3 0 8 2 日本 九州 2 2 - 0 0 0 0 2 2 日本 他 - - - 総通算 7 4 - 3 0
https://w.atwiki.jp/taronja/pages/3535.html
和田篤はコバルトーレ女川所属のDF 基本情報 国籍 日本 名前 ワダ アツシ 生年月日 1990年11月17日 出身地 青森県 身長 180cm 体重 70kg ポジション DF 背番号 3 所属クラブ 2006年 - 2008年 七戸高校 2011年 青和塗料クロノスFC 2012年 - 2015年 七戸SC 2016年 - 現 在 コバルトーレ女川 個人成績 シーズン クラブ 番号 リーグ リーグ リーグカップ オープンカップ 昇格プレーオフ 通算 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 2012 七戸 - - - 2013 - - - 2014 青森1部 - - - 2015 4 東北2部北 16 3 - - - 16 3 2016 女川 3 東北1部 1 0 - - 1 0 通算 日本 東北1部 1 0 - 0 0 1 0 日本 東北2部北 16 3 - 0 0 - 16 3 日本 青森1部 - 0 0 - 総通算 - 0 0
https://w.atwiki.jp/taronja/pages/2537.html
山内晴貴はコバルトーレ女川所属のDF 基本情報 国籍 日本 名前 ヤマウチ ハルキ 生年月日 1992年2月9日 出身地 鹿児島県 身長 181cm 体重 79kg ポジション DF 背番号 6 所属クラブ 2007年 - 2009年 アミーゴス鹿児島U-18 2010年 - 2013年 東海学園大学 2014年 - 2015年 ツエーゲン金沢 → 2015年 松江シティフットボールクラブ(レンタル移籍) 2016年 - 2018年 JAPANサッカーカレッジ 2019年 - 現 在 コバルトーレ女川 個人成績 シーズン クラブ 番号 リーグ リーグ リーグカップ オープンカップ 昇格プレーオフ 通算 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 2014 金沢 27 J3 0 0 - 0 0 - 0 0 2015 松江C 中国 5 1 - 2 0 1 0 8 1 2016 JSC 3 北信越1部 10 0 - - - 10 0 2017 14 1 - - - 14 1 2018 9 0 - - - 9 0 2019 女川 6 東北1部 15 2 - - - 15 2 2020 3 1 - - - 3 1 2021 0 0 - - 1 0 1 0 2022 7 2 - - 2 0 9 2 通算 日本 J3 0 0 - 0 0 - 0 0 日本 東北1部 25 5 - 0 0 3 0 28 5 日本 北信越1部 33 1 - 0 0 - 33 1 日本 中国 5 1 - 2 0 1 0 7 1 総通算 62 7 - 2 0 4 0 69 7
https://w.atwiki.jp/taronja/pages/3252.html
泉田圭太はコバルトーレ女川所属のGK 基本情報 国籍 日本 名前 イズミダ ケイタ 生年月日 1986年10月6日 出身地 栃木県 身長 178cm 体重 82kg ポジション GK 背番号 21 所属クラブ 2002年 - 2004年 帝京高校 2004年 - 2007年 YKK APサッカー部 2008年 - 現 在 コバルトーレ女川 個人成績 シーズン クラブ 番号 リーグ リーグ リーグカップ オープンカップ 通算 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 2004 YKK JFL - - 2005 - - 2006 - 2007 - - 2008 女川 東北2部南 - - 2009 - - 2010 21 東北1部 1 0 - - 1 0 2012 東北2部南 13 0 - - 13 0 2013 東北1部 17 0 - - 17 0 2014 18 0 - - 18 0 2015 - - 通算 日本 JFL - 日本 東北1部 - 日本 東北2部 - 総通算 -