約 99,374 件
https://w.atwiki.jp/divine_revelation/pages/49.html
目次 1.イエスの復活の姿は、霊能者以外でも見ることができた 2.現代に私が肉体を持って復活したらどうなるか 3.私の復活は、霊言を世に送ることである 4.どんな偉大な人でも、地上において悟れる範囲は限られている 5.高級諸霊たち一致団結による救世運動 6.神理はどんなにやさしい言葉でも語ることができる 7.経典の本当の内容は、釈迦とその弟子との対話篇であった 8.本当の救済者が現れた時には、必ず高級諸霊たちの言葉が臨む 9.私は十歳の頃からさまざまな神秘体験をした 10.事業を拡張しようとしていた矢先、モーゼから天命を知らされた 11.私には時間がなく、焦ったため、初期に霊的な混乱があった 12.私の第一段階の使命――釈迦仏教の再現 13.私の第二段階の使命――天上界からの地上の人びとの指導 1.イエスの復活の姿は、霊能者以外でも見ることができた さて本日は、今回の霊言の第1章にあたる部分で、「新復活」という題を私はつけました。新復活というと、まるで自分をイエス様になぞらえているみたいじゃないかと、まあ、おっしゃる方もいらっしゃると思います。クリスチャンでなくても、復活と言えば、そうした印象を持つ人も多いでしょう。 しかし実際の話として、イエス・キリストの時代においては、墓の中に葬(ほうむ)られたイエスが肉体のごとき姿をとって、弟子たちの前に現れたと言われています。そういう現象が見られました。それも一人、二人の前ではなく、さまざまな弟子たち、あるいは漁師たち、あるいは町の学者たち、数百人、数千人の前に姿を現したというふうに聖書では語られています。 ただこういう復活というのは、それほどイエス特有のものではなくて、イエスがやったような復活というのは、あっちこっちであるのです。イエス様のような高級霊を例にとって、幽霊が出たなどということを言っちゃいけませんけれども、イエスの復活というのは、実は肉体として甦(よみがえ)ったわけではないのです。十字架にかかって生命を奪われたイエスが肉体として出てきたわけじゃないんです。 その証拠に、イエスは数百人、数千人の人たちの前に、現れた後、昇天していっています。天上界に昇っていっています。肉体が天上界に昇っていくことはないのです。 そういうことで、聖書の中では、イエスが葬られて何日か後に墓穴を開けてみると、中にいなかったという記述になっていますけれども、これは実は、イエスを信じる人たちの一部が、イエスの遺体を運び出したというのが真相なのです。そして、そうした何と言いますか、ローマ兵たちが警備をしているような、墓穴にほうり込んでおくのではなくて、ちゃんとした埋葬をしたかったということが、その真意なのです。 ところがイエスは、復活して出てきたわけです。それは霊として復活したわけですね。しかし通常の人間は、霊の姿というものを見ることはできません。霊の姿を見ることができる者は霊能者です。霊視ができる者に限られています。 けれどもイエスの復活は、そうではなかったわけですね。霊能者だけが見えた復活ではなくて、いろいろな人たち、旅行く人たちにも見ることができた復活だったのです。 2.現代に私が肉体を持って復活したらどうなるか それでは高橋信次だって、生前の顔と体でね、じやあ、もう一回肉体を持って出てこいと言われれば、幽霊として出て来ることができるのです。 ただ高橋信次が幽霊になって出て来ると、あまりいい結果は出ないのですね。たいていは、みんな逃げ惑うのです。恐ろしくなってね。私がネクタイを締めて、服を着て弟子の前に出てきたら、弟子のたいていは腰を抜かすか、みんな逃げていきます。私が痩(や)せる前の肥った体で背広を着て、のこのこっと大森の実家に出て来ると、女房は絶対逃げ出します。あるいは失神します。 佳子という娘がおって、この娘が青山かどこかのマンションにいるんだけれども、そのマンションに私が赤いネクタイを締めて、縞(しま)がらの洋服か何かを着て、「いや、こんにちは。復活したよ」と、出て来ると、まあ多分風呂の中か何かでひっくり返るのは、間違いないんです。 そういうことで、現代では、そういうふうな原始的な復活をやると、化けて出たと言われるのは必定(ひつじょう)なのですね。間違いないのです。 ですから、私もちょっとは賢くなっていますから、そういうことはしないのです。そういうものを見て平気なのは、目が見えない方たちだけなのです。普通の人はとても堪(たま)らないのです。 私が肉体を持って、物質化して出て来ていろいろな弟子の前に現れて、握手したり話したりすると、まあ、その人の頭がおかしくなるか、その人の話を聞いた人がみんなおかしくなっていきます。ですからイエスの時代は、あれでよかったかもしれないけれども、現代の復活というのは、そういうふうなわけにはいかないのです。 3.私の復活は、霊言を世に送ることである そういうことで、私はもっと巧妙な方法をとることにしました。それは私の霊言を世に出す前に、『日蓮聖人の霊言』とか、『空海の霊言』とか、『キリストの霊言』とか、さまざまを世に問うてくれました。そして世の中の評判もそこそこ、いいようです。こういうふうに下準備をした上で、はじめて私は出てくることにしたのです。 いきなり私が霊言を送って『高橋信次の霊言』なんてやりますと、たいていの人は気持ちわるがりますから、それではいけないということで、まず下準備として、高級霊たちの霊言を世に送ったわけです。そうして、世の人たちが、確かに、これは素晴らしいと認めて、はじめて、では、じやあ、生(なま)なましいのを一発やってみましょうということで、できたてほやほやの幽霊、『高橋信次の霊言集』を世に送ったわけです。これが第一集目だったわけですね。こうして私は、現代における復活、新復活を果たしたわけです。 皆さんは私の言葉を聞いたら、生きている高橋信次が話していることと、そっくり同じだということを感じることでありましょう。また前回の霊言集が出て以降、さまざまな手紙が、寄せられたようです。私も霊の体でチョコチョコ行っては、手紙を読んだのでありますが、かつての我が弟子たちは、間違いなく、かつての師、高橋信次の声というのを感じとったようです。 なかには高橋信次霊言集を読めば、目の前に、光が散乱する姿が見えたとか、あるいは感激しました、という人もあれば、なつかしい、嬉しいというような言葉を漏らしてくれた人も数多くあります。私は、これらの声に接して非常に嬉しいです。あの世でじーっとこの機会を待っていたんですね。そして第一集を出して、私の真意が分かってくれる人たちが数多く出て来てくれたことを私は非常に嬉しく思います。 しかし高橋信次の復活というのは、そう簡単に終らないんです。皆さん、私はそんなに簡単に諦(あきら)めないんですよ。しつこく、しつこく神理というものを地上の皆さんに、これでもか、これでもかと、畳(たた)み掛(か)けていきたいと思います。 4.どんな偉大な人でも、地上において悟れる範囲は限られている どんなに偉大な人であっても、地上において悟れる範囲というのは非常に限られたものなのです。たとえば、どれだけその人が頭がいい人であっても、一生の間で読める本の数は限られています。 学者さんで、せいぜい本を読んで一万冊、こんなもんしか読めません。それ以上読むと目が悪くなって眼鏡屋へ入って眼鏡を新調しなければなりません。そうすると経済的負担に耐えられなくなって困るから、学者さんでも一万冊読めばいい方です。 この一万冊の本の内容というものを見れば、たいてい地上の人間が書いたものですね。地上の人間で本を書くような人のレベルというのは、普通のレペルよりも高いけれども、やはり中身は玉石混交(ぎょくせきこんこう)なのです。 とくに神理の本なんていうのはね、玉石混交で、玉よりも石の方が非常に多いというのが現状であろうと思います。こういうものを何百冊、何千冊読んだところで、本当に悟れるかというと、悟れるはずがないのです。 ですからどんな偉大な人であっても、地上に出て、自分の得ることができる経験というのは非常に限られたものですし、また読書によって得られた知力、知識というものも、また範囲が限られるのであります。 ところがいったん、あの世の世界、すなわち私たちが住んでいる実在世界に還ってくると、もう自由自在です。私たちには無数の家庭教師たちがついているからです。つまりどんなことでもね、知ろうとすれば、すぐ知ることができるんです。なぜなら、こちらの世界では、肉体的に束縛がないために、一瞬にして他の人間が考えていることを読みとることができるし、一瞬にして、過去の歴史、現在、それから未来、こうしたもののすべてを読みとることができるからです。 それは生きている人間の気持ちであっても同様で、その人の過去世の姿、未来世の姿、全部分かります。あるいはそれだけではなくて、人類の過去、現在、未来、こういうものが、いっペんに分かってしまうのです。私たちは、そういう世界に住んでいるのです。 こういう世界に来て、今、高橋信次があなた方に話をすることができるのですから、これはどんなに地上に優れた人がたとえいたとしても、その人が知ることができないような内容を語ることができるのです。 5.高級諸霊たち一致団結による救世運動 けれども、こうしたあの世からの通信ということは、そう簡単にできることではないのです。たいていの霊界通信というのは、不明確なものです。不明確で、不明瞭(ふめいりょう)で、なかなか、知性と理性のある人たちが受け入れることができない内容です。ところが、今、私たちが送っている内容というのは、現代人の知性と理性に照らして、また感性に照らして、おかしくない内容、そうしたものを送り続けているのです。擬(まが)い物が多い現代において、真実のものを数多く出していこうというのが、私たちの真意なのです。 今、天上界では、宗派を超えて、宗教を超えて、高級諸霊たちが集まって、日本を中心に一大宗教改革、一大救世運動を起こすべく、全員が一致団結、力を合わせて、地上の皆様方にメッセージを送っているのです。高橋信次が出たからといってGLAの続きだけを言ってるわけではないのです。それ以外にもキリスト教系の諸霊たちも、仏教系の諸霊たちも、儒教、道教の諸霊たちも、そういうものがみんな出てきています。 昔の古い霊たちの言葉というものは、いかに内容がいいものであっても、本当に本人が言っているかどうかということが、分からないのです。そういうことで読む方も、語る方もともに不安感が残ります。 ところが、現代の日本に生きた人の霊言というのはこれは隠しようがない。高橋信次の個性というのは隠せないのです。どんなに私がいい格好をしても、どんなに私が二枚目俳優を気取っても、そうじゃないことが一発で分かってしまうんですね。 それは通常の人間は一冊の書物分だけ話をすれば、その人の中身というのは全部分かってしまうからです。私においても同じです。私がどういう霊格を持った、どういう霊人であるかということが、私の霊言を読めば、地上の人たちはみんな分かるはずなのです。またかつて我が教えを、肉声を聞いた者たちはすべて分かるはずです。そのために、私は敢(あ)えて言っておるのです。 皆さんは私以外にも、たとえば生長の家の総裁であった谷口雅春さんの『谷ロ雅春霊言集』を読まれたことがあるはすです。帰天後、わずか一年数カ月の方の霊言です。本物か偽物(にせもの)か、はっきり分かるはすです。 私もその霊言を収録する時に立ち合っておりましたけれども、こちらに来て一年早々の谷口雅春先生が、原稿用紙に書いてね、あの世の原稿用紙というのは、ちゃんとあるのです。あの世の原稿用紙にね、三百枚ぐらいを書いて、一生懸命しゃべっておったのを私はじっと見ておりました。そして霊言集の手本を見せていただきました。ああいうふうに体系だって語れば、地上にいる人たちも否定できないような、内容ができるのですね。 6.神理はどんなにやさしい言葉でも語ることができる ところが前回の私の霊言集は、思いつきでしやべりましたので、あっちへ飛んだり、こっちへ飛んだりしましたので、今回はもう少し内容を引き締めていきたいと思います。 なかには読者から手紙が来て、『高橋信次霊言集』というのが出たけれども、高橋さんて何考えているのか分からないと。一体何を考えているのですかと。あんな幼稚なことをしゃべって、女、子供を相手に説法しているようじゃだめですと。高橋さんの本を一生懸命読んでみて、あれだけご尊敬申し上げておったのに、こんな内容じゃ、がっかりした、なんて手紙をよこした人もおりました。 そこで、私は、前回の『高橋信次霊言集』の意図について簡単に言っておきたいと思います。私の意図は、こういうところにあるのです。つまり、神理っていうのは、どんなやさしい言葉ででも、語ることができるものだということです。神理というのは、そんな学者みたいに勉強しなけりゃ学べないことじゃないんです。そういうふうに勉強に勉強して、学者みたいに学んだ結果、はじめて悟れるというようなものの考え方が、仏教の堕落(だらく)を招き、キリスト教の堕落を招いてきたのです。 キリスト教においてもそうですね。聖書のどの部分に何か書いてあるのかというものを訓語学(くんこがく)のようにつっついて、つっついて、やっている。そして、牧師さんていう商売が成り立っているのです。 あるいは仏教においてもそうです。今、お経を読んで一般で分かる人はいないです。絶対分からないでしょう。その上、専門の学者たちはサンスクリット語をやったり、あるいは漢文を勉強したりして、解釈して一日を過ごしておるわけです。しかし、そんなところに本当に仏教の真意があったかどうかということをよーく考えねばいけない。 7.経典の本当の内容は、釈迦とその弟子との対話篇であった 仏教というのは、今から二千六百年近く前、お釈迦様がインドの地において、まわりの衆生(しゅじょう)たちに説法した記録なのです。そして当時は、現代のように、テープレコーダーがなかったために、そういう話を記憶しておって、後で結集してまとめた話なのです。いわゆる話し言葉であって、書き言葉ではなかったのです。仏法というのはね。 ですから、お経の本当の内容というのは、対話篇だったわけです。お経というのはそういうもので、本当は対話篇なのです。釈迦と、その弟子との対話篇だったわけです。 そして釈迦の言葉というのは何かというと、生きていた人間釈迦、人間としての釈迦の頭脳で考えた言葉だけが、すべてではないのです。お経の中の釈迦の言葉というのは、そうじゃないんです。現代、私たちがこういうふうに語っておるように、今から二千数百年前の、釈尊(しゃくそん)の言葉の中には、高級諸霊たちの言葉がいっぱい混じっておるのです。 釈迦の言葉の中には、まあ、口幅(くちはば)ったいですけれども、生まれる前の高橋信次の言葉だってお説経の中には入っております。法華経だの、何とか経だのいっぱいありますけれども、その中の釈尊の言葉の中には、あの世から指導していた私の言葉もあります。あるいは、イエスの過去世の方の言葉も入っています。モーゼの言葉も入っています。そういうふうに、いろいろな方がたの聖霊の言葉が釈尊に臨(のぞ)んで、語っておったのです。 8.本当の救済者が現れた時には、必ず高級諸霊たちの言葉が臨む 地上の人たちには、これがなかなか理解できないでしょう。ただ、こうしたことはいわゆる霊媒現象(れいばいげんしょう)とは違うのです。そうではないんです。本当の救済者が現れた時に、天上界の諸霊たちはこぞって、そのメッセージを地上に伝えていくんです。 ま、イエス様でもそうです。イエスは、そのお弟子たちを教育して、各地に伝道のために派遣しました。その時に弟子たちは、「イエス様、私たちは、地方に行って、人びとに何を語ったらいいか、その言葉が分かりません。どういうように言って説法すればいいのですか」、そういう質問をしました。その時イエスが言った言葉は、「汝ら、何を語るかということを悩むなかれ」と。「行く先ざきにて汝らの語るべき言葉が、汝らのロよリ出ずるであろう」。そういうことをイエスは言いました。 それはどういうことかというと、まさしく説法しようという時には、そのイエスの弟子たちに高級諸霊の言葉が臨んで、彼らが語ってくれるということなんです。ですから本当の救済者たちが出た時には、必ず高級諸霊たちの言葉というものが、その中に入っておるということです。 9.私は十歳の頃からさまざまな神秘体験をした さて本日の講演の目的は「新復活」ということでありますから、それについて、今しばらく話をしたいと思います。私は自分のことを自己紹介も兼ねて、少々話をさせていただくとすれば、昭和のはじめに長野県に生まれて、それから戦前、戦中、戦後という時代を経てきました。戦後の混乱期を経験し、独力で、電気関係の事業というものを起こしました。まあ、コンピューター機器関係ですけれども。そうしたものを起こしてコンピューター技師としても、仕事をしておりました。また事業家、実業家として、何十年かの人生を生きてきました。 そうした中において、十歳の頃からさまざまな霊的な現象というものに見舞われました。十歳の頃から、何度も死ということに見舞われました。私の両親は、毎晩私が死んでしまうというような現象に見舞われて、大変心配していました。毎晩八時頃になると私の呼吸が止まってしまって、意識が急速に薄れていく。そしてもう一人の自分というのか、自分の肉体から抜け出して、この地上を見渡しているという経験を何度もしました。 もう一人の自分が、寝ている高橋信次から抜け出すと、私の父や母が大変心配して、お前、どうしたんだと言って揺り動かしている姿、あるいは医者を呼びにやっている姿、ほっぺたをつねっている姿とか、いろいろなものが見えました。そういうふうに肉体と魂の分離ということを、私は十歳の頃から経験しました。そうして、さまざまな神秘体験を経ていきました。しかし、まだ私は悟れませんでした。 二十代の頃にはよく予言が的中しました。いろいろな予言をしました。そういうこともありましたし、さまざまな霊的現象も身のまわりに起きてきました。しかし、まだ私は悟れませんでした。そして事業家としてだんだん事業欲を出して、いろいろなことをやってきました。 10.事業を拡張しようとしていた矢先、モーゼから天命を知らされた やがて浅草に八起(やおき)ビルを建てて、これからいろいろな事業をやろうと思っていた矢先に。高級霊からの厳しいメッセージを受けました。とくにワン・ツー・スリーと名乗るモーゼの霊に、非常に厳しく叱りつけられて、「高橋信次よ、お前の使命は、そんなところにあるんじゃない。お前は、電気屋や風呂屋になるために生まれたんじゃないぞ。お前の使命っていうのは一大革命、一大宗教改革であり、救世のための露払いの役がお前の役割であるぞ。お前は、それを果たさずして電気屋で還って来たんでは、お前は打ち首だ。イエス様は生きていた時に地上で打ち首になったけれども、打ち首じゃなくて十字架にかかったけれども、高橋信次はあの世に来てから十字架にかけてやる。覚悟しろ」と、こういう言葉が私に臨みました。私はびっくりしました。これは大変だと。 今までは会社さえ大きくすればいいと思っていたのが、それではすまないと言われました。「お前は、人間の心を究明して、世の人びとを救いなさい」と。こういうことを言われました。そして四十一、二歳からだったでしょうかね、四十八歳で亡くなるまでの七年間、足掛け八年ぐらいになりましょうか。その間、私の伝道というのが始まったわけです。そしてさまざまな著書を出し、講演をし、個人相談をし、神理の種というのを播いていったわけです。 11.私には時間がなく、焦(あせ)ったため、初期に霊的な混乱があった ただ私には時間がなかったということと、焦ったということのために、十分な法というものを説けなかったという点が残念に思われます。完全なものではないのです。やはり、こうした霊的なものというのは、周到な準備をし、準備期間を置いてから伝道を開始すべきであって、霊の囁(ささや)くことをそのまま受け取っているのでは、まだ十分ではないのです。 三年、四年の準備期間を置いてはじめて、霊的なものということの自覚ができるのですね。それをせずして、私は伝道を開始したために初期の混乱がたくさんありました。 たとえば私自身はゴーダマ・ブッダ釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)ではありませんでしたけれども、私は初期において、ゴーダマ・ブッダ釈迦牟尼仏であるかのように自分で思っていた時があります。 なぜそう思ったかというと、自分自身、不思議でありましたけれども、過去世の釈迦の姿というのが目に見えたわけですね。二千数百年前のお釈迦様がインドにおいて修行されて、悟られて、伝道されたようすがありありと見えたわけです。つまり、霊視し、見ることができたわけです。そうして当時の模様とか、当時の弟子たちと話した言葉というのが手に取るように分かったわけです。 こういうことがあったために自分自身、釈迦だと思っていた時期がありました。しかし、そうではなかったのですね。これは天上界の指導霊たちの力によって、釈迦の過去世というのを見せられとったわけです。つまり私は、『人間・釈迦』という本を書きましたけれども、そういう本を書くために釈迦の過去世を見せられておったわけです。 12.私の第一段階の使命――釈迦仏教の再現 つまり、私の今世の使命、地上での使命というのは、本来の釈迦仏教を広めることだったのです。原始の釈迦仏教の本当の姿を現代の日本で再現するのが、とりあえず私の第一段階の使命だったわけです。こうして露払いの役割をするということであったわけです。 そうして第二段階の使命が、地上を去った後、天上界に還ってから、高橋信次として、こういうふうに霊言を続けていくということだったわけです。 かくいう私は、かつてモーゼを天上界から指導したことがあります。モーゼという人が三千二百年も前に出て、「出エジプト」をなして、カナンの地を目指して旅をしていた時に、モーゼに十戒(じっかい)を与えたのは私です。またそれ以外にも、マホメットがイスラムの地に生まれた時に、アラビアの地の洞窟の中において、マホメットに啓示を与えたのも私です。あの『コーラン』のもとになった啓示を与えたのは私です。そういう十戒とか、コーランを与えた私が、今また、高橋信次の霊言を伝えようとしておるのです。 かつてのものは古いものです。しかし、現代のものは内容も新しい。新しい教えというものを説いていくつもりです。そのために私は、現代の日本に肉体を持ったのです。肉体を持った私として語ったことは、私の考えのすべてではないのです。私は高橋信次という生命体があるということを、地上の皆さんに知らせる必要があったのです。私は実在界においては、アール・エルランティと呼ばれておりますけれども、エルランティという魂があるということを教えるために、知らせるために、私は現代の日本に肉体を持ったのです。 13.私の第二段階の使命――天上界からの地上の人びとの指導 そして次なる私の仕事は、天上界にいて地上の皆さんを指導すること。この第二段階目の仕事が、私の本来の仕事なのです。このために私は地上に肉体を持ち、このために私は四十八歳という働き盛りに短い人生を終えたわけです。 そして第二段階として、私の後に偉大な指導霊を出したわけです。彼自身でも十分、法を説いていく力があるけれども、それにもまして、その前の段階から出た私が、天上界から直接のメッセージを送ることによって、その力を二倍、三倍にしようというのが、今回の計画だからです。そして私は、その本来予定されていた事業に今とりかかりつつあります。これが私の本来の目的だったからです。 私の死後GLAにおいていろいろ混乱があったと、その後、取り沙汰(ざた)されています。けれども、皆さん、それは混乱のための混乱ではないのです。私が新しく復活するための、新復活の前の混乱であったということなのです。 イエスが十字架にかかったのち、混乱した弟子たちの前に現れたように、高橋信次がまた甦(よみがえ)ったのです。新復活をなしたのです。これから私の復活の言葉は続いていきます。 地上の皆さんは、私のこの真実の声を、どうか真剣に受け止めていただきたいと思います。本当の意味で、あの世の世界があるということ。そしてあの世の指導霊たちがあるということ。高級霊たちがあり、神近き霊たちがあって、地上の人たちを見守っているということを私は実地に、それを皆さんに示すつもりです。 霊言集も一冊、二冊ならその真実性を否定する人もいるでしょう。しかし、五冊、十冊続いたならばこれを否定できますか。これが創り物だといえますか。どうか地上の皆さん、これが本物かどうか、よーく読んで、とくと考えてみて下さい。 私の霊言は今後も続いていきます。以上がとりあえず、今日の第一日目の「新復活」についての講演です。
https://w.atwiki.jp/divine_revelation/pages/214.html
目次 1.私は人の心を通し理想国家(ユートピア)の実現を唱えた 2.私の愛弟子は、子路(しろ)、子貢(しこう) 3.私が再誕するときは新文明を創る時 4.中国の現代思潮は一つの波 5.地球圈人口の増加は異星人、新人類転入による 6.人種相違の原理 7.日本を中心とした最終ユートピア建設の基礎づくりに励め 8.後輩の異星霊団に遺(のこ)すユートピア、エデンの園 9.天変地異は十次元以上のハイスピリットの作業 10.新霊文明は日本からオセアニアを経て東南アジア大陸へ逆流移動する 11.高次元霊には本体(本流)あり各分身意識はこれに付随する 12.男女はエネルギー体の陰陽別、肉体器管の発達は環境による 8.後輩の異星霊団に遺(のこ)すユートピア、エデンの園 ―― ユートピアと申しましても、これはそう簡単に出来るものではありませんので、まずこの世界の仕組みと申しますか、こういうことがまず第一番に人々の認識の上にのぼって、人間は肉体だけではなく、本来霊的存在であるということを知ることが第一なのですが、先程のお話にもありますように、この現在の地上に生まれている人類というものがすべてが、たとえばあなたがおいでになられたC霊団ならC霊団から来られた方ばかりでないということからして、私共が百万言を費やして「神法」を説いても頑として肯(がえん)じないという方々も居られるということも確かだろうし、百パーセントそれが短時間に理解されるということは、むずかしかろうと思いますけれども、長い時間を通して全人類が「神法」に目覚めていくのではなかろうかと思いますが、その過程の一点を私達は歩んでいるものと心得ております。 そこで私が先般、天上界より゛エリヤ゛様という方がお越しになられた際、お話を承ったのですが、地球人類の将来の寿命というものは、たかだか二千年ぐらいまでの歴史しかないようなお話を伺って、私はちょっと意外に感じたのですが、地球それ自体の星としての寿命は、今少し永いものではなかろうかと思うのでありますが、それにもかかわらず、人類のこの地球での寿命が、近々僅か二千年程で終わるのかということに矛盾を感じたのですが、これはどういうことでしょうか。 孔子 いま私は譬え話で、今の地球霊団にはA霊団、B霊団、或いは私達のC霊団が居ると話しましたが、このC霊団の使命はもう終わりつつあるのです。私達の霊団、私達三億年前にこの地球に降りて、この地上にユートピアを創って来ました。そして最終ュートピアというのは、私達霊団としての最終ユートピアなんです。私達は、もうこの地上での修行が終わりつつあるのです。そしてエリヤも申しましたかも知れませんけれども、我々はもうそう遠くない将来に、この地球を離れていくのです。そしてまた他の惑星へと、他の天体へと移っていく予定であります。であるからこそ我々はこの地上にユートピア建設をしようとしているのです。 意味は分かりますか、というのは今たとえば、アフリカとか、インド、中国に大量の人間が生まれて来ていると言いました。これは霊的な意味において他の霊団ですね、たとえばD霊団、D霊団が今霊として地球に集まってですね、また未熟な魂が生まれて来ているということです。大量に、というのは彼らはこれからですね、この地球を磁場として修行を重ねていくのです。何万年もまた重ねていくわけです。彼らはまだ霊的には未熟なのです。そういった後輩たちのために、私達が最終ユートピアを築いておくのです。 ですから、あなた方が築くこのユートピアが、彼らにとってのエデンの園になるのです。いいですか、彼らが始めて地球に出て来たときに、当初エデンがありました。こういった神話になるのが私達のユートピアなのです。私達はまた他の星へと移って行きます。エリヤが言いましたように、ここ、もう千年、二千年のうちに私達は移って行くでありましょう。しかし私達が遺した文明というものが、また彼らにとっての理想となるわけです。彼らはここで、また修行していくでしょう。そのためにこそ、仕上げとしての最終ユートピアであり、彼らに対する手本であるわけなのです。 そういうふうにいつも宇宙というものも、星の中での人類というものも、新陳代謝が行われているのです。そういう意味では私達は、私達の霊団としてはもうそう永くはこの地球には居ないのです。新たな者達が、だから今地球に生まれ変わって来ているということです。彼らの時代がやってくるのです。 ―― そういう意味では、地球それ自体の生命というのはまだあるわけですね。 孔子 地球の生命自体はまだまだあります。C霊団としての使命が今終わりつつあるというわけです。だから我々としては、われわれのできるだけのことをして、後輩達に、良いものを造して去って行きたいと思っているのです。ですからこうして我々は総力を挙げて今努力しているのです。 ―― そうでしたか、それではじめてエリヤ様がわれわれに予言されていることが合理的に理解されました。あの方のあの折りのお言葉だけでは、今後二千年以内に人類の転出、そして地球の寿命の終焉(しゅうえん)、というように理解されたのですが、それにしては地球もまだ生成以来五十億年という壮年期にあると聴くし、まだ消滅するには早過ぎると考えておりましたが、われわれの霊団がこの地球での修行の課程が終えるということで納得がいき非常に参考とさせて頂きました。ありがとうございました。 孔子 このような形で一つの星を中心として幾つかの星の霊団が混じるということによって、また星と星との間、要するに宇宙意識ですね、宇宙としての霊団が雑(まざ)りあうということによって、宇宙全体が進化していくということなのです。進化した霊団というのは、劣った霊団の処へ行ってそれ自体を引き上げる。或いは進化した霊団が住んでいる所へ、劣った霊団が来て、その後をうけ継いでいく。こういった形での教育というものが行われているのです。 ―― 今後、それも近々数年、或いは十数年の間に人類が受けねばならぬ゛試練゛ということ、人為的災害、戦争、或いは天災、空前の天変地異が起きるであろうということにつきましては、これはやはり、神の ゛人間教育゛のご意志にもとづくものでありましょうか。それは未発達の魂にも、また優れた魂にも一様同時に行われるということでしょうか。 孔子 私達が当初この地球に来て、それから様々な文明を築いていきましたが、その途中においてあなた方がノアの洪水として知っているような大洪水が何回もあったわけですね。そういう試練に文明は遭って来たわけです。ですから新たな地球人類達、新たな後進の者達もまたまたそうしたノアの洪水の洗礼を受けていくということです。 ―― まあそういった災害を受ける人達の間には、優れた魂の雲団の人類群も入っているということですね。 孔子 勿論そうです。私達は肉体ではないのです。私達は肉体である時期というのはほんの一瞬なのです。よくお考え下さい。 ―― あなた様は二千数百年前に中国にお生まれになって居られますが、それ以前にも何処かでお生まれになっておられましょうか。 孔子 勿論生まれたことはあります。ただ現代の文明の中には生まれておりません。それ以前の文明に生まれたことはあります。あなた方がムーと称んでいる「ムー大陸」或いはムー文明といわれていた時代に私は生まれております。 9.天変地異は十次元以上のハイスピリットの作業 ―― あのムー大陸は全体が沈んで行ったのでしょうか。 孔子 ムーに関しては、たとえば一夜にして没したというようなわけではありません。何段階かに別れて沈んで行きましたし、その一部分は今でも太平洋の中での島として残っているわけです。 ―― やがて天変地界が起こるということをエリヤ様も申されておりましたけれども、そういうことの直接の原因であるマグマの対流、地殻変動というものの方向、激弱のセットは天上界の最高霊域に居られる方々のご意志によって行われるのでしょうか。 孔子 そういう場合もありますが、どちらかというとそれは、地球の意識そのものによって動いているのです。 ―― その地球の意識そのものを司って居られるのは十次元の ―― 孔子 九次元、九次元以上と言うべきでしょうが、というよりも具体的に言えば、地球というものも、これはまあ地殻もあり、マグマもあり、いろいろのものがありますけれども、これも一つの人体なのです。地球というものも生きているのです。これも細胞なのです。大きな、でこれに地球意識というものがあるわけです。細胞である以上勿論生命体としての動きがあるわけです。息を吐いたらそれが火山の爆発になったり、地殻変動なり様々な現象になっているわけです。けれども地球としての意識があります。私達の意識も勿論ありますけれども、私達は地球という大きな生きものの上で、今こうやって人生修行をさせて頂いているわけです。彼自身、地球自身の考えというのもあるのです。神は決して人間のようなものだけを生きものとして造ったのではなくて、地球のような天体もまた生き物なのです。 10.新霊文明は日本からオセアニアを経て東南アジア大陸へ逆流移動する ―― 二十一世紀を迎え、日本は東西文化の結節点となり、新たな霊文明建設の主導的役割を担っていくことになると思いますが、やがてその新たな霊文明が繁栄と、一国ユートピアが実現したならば、日本の国土の寿命も終わり、新たな大陸の出現と交替に沈没していくようになるのでしょうか。 孔子 日本列島もやがては沈下陥没していきましょう。しかし、今地上に生存している人間がそういう時期を経験することはまずありません。全世界的な範囲において地殻変動はいくつかありましょう。しかし日本がここ数十年の間に沈没し無くなってしまうようなことはありません。しかしやがては勿論無くなっていきます。そして、あなた方が説かれて興ってきた文化文明は、やがて海を渡ってオセアニアの世界へ、そしてまた遅れてきた東南アジア大陸へと逆流移動していくことになりましょう。 ―― 非常にスケールの大きなお話で私共としては、その新文明の様相まで、直(じか)に肌に感得することはできませんが、いずれにいたしましても設定された新時代の構想実現に向かって、私共の上にも今までかず多くの諸聖賢のご指導が与えられているものと存じます。が、更にあなた様の他に何人(どなた)か ― 人間の歩むべき道、特に時代を主導する日本人の役割 ― ということについて、角度を変えたお話を頂けるようなお方はございましょうか……。 孔子 それはみんな出てくるでしょう。出てきて語る予定になっています。ただ私は先程も霊的な指導というものは、経験が無いということを申しました。というのは、私の仕事というものは、この地球計画、地球の計画というものを樹てるということが私の今の仕事なのです。私の世界(宇宙界)に住んでいる、たとえばイエス様。或いはモーゼ様、それから今は居りませんけれどもお釈迦様というものも居ります。こういった方は同じ次元に居りますが、この方たちは、主としてこの地上に「法」を広めるためにいま、日夜努力しておりますが、私は今はたとえて言えば、無任所大臣ですね、そういった役目から離れて、地球の計画を司る、そういったことをやっているわけです。それで私がいろんな計画を樹てて、それをまた下の階の者へと伝えていく。下の者はそれを実行に移していく。そういった仕事をしているのですね。そういうことで私は地球計画そのものを司っているために、いまあなた方を直接に霊的な指導をする、ということはないわけです――。 11.高次元霊には本体(本流)あり各分身意識はこれに付随する ―― あなた方の九次元界には、リエント・アール・クラウドという方も居られるわけですね。 孔子 勿論居ります。 ―― この方もやはり根本法を説かれる方のお一人ですね。 孔子 そうです。 ―― この方には先般お教えをうけたまわったのですが。 孔子 釈迦の意識体のまあ一部ですね、私達はただ、人間というような、一人一人の人物としているわけではなくて、意識体しかないのです。はっきり言って意識体しかなくて私、今語っていますが前半語った私と、後半の私とでは違うと思うのです。というのは、私が前半語ったのは私、孔子としてのエネルギー体の一部ですね。昔中国に降りた時の肉体を持った時の意識体、これを使っていたというのが前半ですね、で、後半においては、私の「孔子」としてのエネルギー体の本流が今語っているというわけです。 ―― 言語の分離ということがはっきり出来るようになっているわけですか。 孔子 そういうことです。今はいわゆる本体、本流が語っているわけですね、前半は私のうちの一部分の意識、孔子という名前で、地上で肉体修行をしたことのある意識の部分が語ったわけです。 ―― そうしますと、私が未だ解明できないことですが、魂の間ですけれどこの本体というものの一つの魂があってそのうちの或る時点、時点で一子、二子、三子、四子、五子というふうに交替で出てきてまた元の本体(魂塊)の中に帰って行くというような形でしょうか。 孔子 これはですね、今のあなたにどれだけ分かって貰えるかは困難ですが、たとえば私達の次元、九次元においては、アール・クラウドも言ったかも知れませんけれども、一つの意識体でしかないわけです。この意識体は一万にも、一億にも、幾つにでも分かれることができるのですね。私の意識の一部分を使って肉体修行をすることもできれば ―― ですから本体分身が五人とか六人とかいうわけではなくて、もう一億にでも一千億にでも分けられるのです。このように巨大な意識体がありまして、この意識体をその目的に合わせて様々な作用として分光していくのです。このエネルギー体が分光していくのです。ですから本体分身というものは有って無きが如しです。様々な役割ができるのです。意識なんです。一つの巨大な、これがですね、この九次元からだんだんこの意識が下がってくるとだんだん固まってくるのです。この意識、融通無碍なこの意識というのがだんだんに固まってくるのです。ですから九次元から八次元に降りていくと、もう少しこれが固まったものになって来ます。意識としても幾つかの分かれた意識になってくるのです。で、八次元の人も、勿論哲学でいう一即多、多即一でありますが、幾つかの役割を果たせるわけですね。同時に霊界で修行しながら地上界へ出たり、様々なことを如来界の方もできるわけです。けれども彼らができる範囲というものは、かなり限られてくるわけです。限定されてくるわけです。というのはその意識体としての役割がかなり物体化してきているんです。ですから五つとか六つの分かれ方しかできなくなってくるのです。作用の仕方として、その如来界に在る霊体の動きが五つ六つに分かれるのですがこれは人によって違いますが、こういった分かれ方でしか作用ができなくなってくるのです。 ですから如来界に在る或る人の意識が地上で修行するといっても、これはその人のうちの、たとえば本体分身の様な考えでいくなら、五分の一なり、六分の一の意識、個別性の意識があるわけですね。それぞれ、親指、人差指、中指、薬指、小指と、こういった意識の差、個性の差があるわけですね。 ところが私らになれば、九次元の霊の意識というのは、ここに手があれと念えば手になり、足あれと念えば足になり、胴体あれと念えば胴体となる。頭あれと念えば頭になってしまうような、こういう形の無いものなのです。想念どおり顕われる意識体なのです。ところが、如来界になると、たとえば親指として現れる。人差指として現れる。中指として現れる。こういったふうに或る程度個性化が進んでくるのです。 そういう意味において意識が或る程度物体化してくるのですね。いいですか。いま言った如来界というのはどちらかというと、菩薩界に近いものです。如来界であるとも少し違いますね。如来界ではもう少しいろんな分かれ方ができます。ところがこれがだんだん固定化してくるわけです。菩薩界ぐらいになってくると、この魂のグループというのがはっきりしてきて、或る意味では人間として個性が出て来ているわけです。人間としての個性の差です。霊的な役割の分担というよりは、菩薩界ぐらいでは人間としての個性の差が出て来て、個人というのがだんだんと独立してくるわけです。それから下の世界になるとだんだん個人主義になってくるんですね。元は一つであったものがもうバラバラになってきて、個体として単独に行動しはじめるわけです。こういったことなのです。 私らとしてはもう一人であるか、一万人であろうか分らないというような、こういう意識です。意識としていろんな形で現れているのです。これがもうだんだんそういう自由がきかなくなって岐れてくるんですね。だからたとえば私たちとしては孔子 ―― 一億人分に分かれることができる孔子があるとすると、下へ来るとだんだんその人数は減ってくるわけです。如来としては、まあ薬師如来だか何如来だかそれはわかりませんけれども、一万人の人を救えるような作用を持っている。それがだんだん普通の人間となっていくわけです。 こういうふうに本体分身というものも一つの考えではなくて、次元に相応した概念なのです。次元によって概念が変わってくるのです。ですから霊界とか幽界の人達になってくると元々は同じ魂が岐かれた人達が沢山居るのですけれど、もう繋(つなが)りがなくなってそれぞれ個人個人で生きているわけです。 ―― そうしますと九次元に生きて居られるあなた様とか、アール・クラウドとか、イエス様とかいわれる方の個性というものは別なのでしょうか。 孔子 個性は別です。たとえば意識体として色があるわけですね。また、色が幾つかあるわけです。イエス様としての色、イエス様の意識体としての色、まあ白なら白という意識体の色ですね。これがあってこの意識体のうちのイエス・キリストの部分というのが地上に出て、ナザレに出て、ナザレのイエス様として還って来た。で、あなた方と話する時は、そのままでは分からないからナザレのイエスの個性でもって、これを出してきて話をしているわけです。これ以外の部分ではあなた方認識ができないから ―― そういうことなのです。 ―― では先般アガシヤーという方が……。 孔子 ですからそのイエスとして、白色なら白色のエネルギー体の中にアガシヤーの部分があって、そのアガシヤーという部分が出て来られます。これは魂の兄弟でもなんでも本当はないのです。意識体の一部なのです。 ―― ではイエス様とは同じ意識体ですね。 孔子 同じ意識体です。ただナザレのイエスとしての経験を意識化する場合、アガシヤーとしての ―― アガシヤーもかつて肉体を持った人間です、アトランティスにおいて ― ですからその経験を意識化する場合と違ってくるわけですね。記憶の領域が違っているわけです。ですから私は今本流の意識で話をしていますが、当初、「孔子」という者の意識を使って語ったということですね。 ―― アール・クラウドという方と釈迦とは同じ意識体でしょうか……。 孔子 意識体としては一緒です。そしてその意政体の中の一部分がクラウドとして残っているというわけですね。今釈迦の一部の意識体が現象界のこの日本に出て、いま魂修行をやっているということです。ですからこれもすべてではないのです。意識体の一部分なのです。本流の一つが今地上に降りているということであるから、私達とこうやって話ができるということです。しかしすべてが来ているわけではないのです。クラウドとか、他の部分が残っているわけです。意識体としてはね。そうしたクラウドとか、他の残っている意識体がですね、たとえば「高橋信次」という方が地上で修行した時に、様々な力を与えたりしているわけですね。彼は自分自身を「釈迦」と思っていた時があったはずです。彼自身は釈迦ではありませんでした。しかし、釈迦の意識体の残っている部分が彼を指導したりしていたわけです。こういうことができるのです。これが九次元世界です。もう人間というような一つの個性あるものではないのです。 ―― では゛高橋信次゛という意識体の本流というものも別にあるわけですね。 孔子 別にこれはあるのです。しかし彼も人間として生まれた以上、その意識体をくっつけて還ったようなものですね。こういっては失礼ではありますが、あなた方のように人間として生まれてくると、その意識の部分、個性ある、経験ある人間の意識の部分というのは、それに付随した一部です。この部分を掴(と)らえて゛子路゛と言ったり゛釈迦゛と言ったり゛高橋信次゛と言ったりしているのです。 ―― ゛孔子゛という名を持ったお方もそうなのですね。 孔子 そうです。 ―― 現在では天上界におけるお仕事が重要だから、それ以外の名前では出て居られないということですね。 孔子 そうです。出ていないということです。 ―― わかりました。釈迦の意識体の部分は、今自己の魂修行のためだけでこの現象世界に下りて来ているのでしょうか。 孔子 自己修行のためではありません。やはり天上界の計画をこの地上で実現するためです。 ―― 天上界の計画を実現する手段として、特にこの日本に派遣されているということですね。 孔子 そうです。その意識体を地上に出してこないと、私達の居る高次元のものとの意志の交流ということはできないのです。ですからもうあなた方、人間としてね、同じ人間が生まれ変わるとかどうとかいいますけれども、確かにあなたの魂は生まれ変わるたびに、或る程度同一人物としての個性を持っているのです。多少は違う面も持っていますけれど、同一人物としてのアイデンティティといいますかね、自己確認ができるようになっているのです。けれどもそれ以上になってくると、だんだん自己確認ができなくなるのです。ま、いわば人体でいうと、あなた方は自由自在に身体を動かせますが ―― 行動していますね。 例えば右手が鉛筆を持つと、これは右手であるというふうに意識し、足が何かを踏むと、またそういう意識をもちながら動かしている。゛融通無碍(ゆうずうむげ)゛にね、私というものがいろんなことをしているのだというふうに認識している段階と、右手が今動いている。左足が動いていると、こういうふうに個別に認識している段階とがある、こういった認識の段階差なのです。ですからあなたならあなたというのは、あなたの意識体の中の右腕なら右腕がね ―― いつもやっているということを、あなたは意識しながらやっているわけなのです。こういうことなのです。 12.男女はエネルギー体の陰陽別、肉体器管の発達は環境による ―― いま一つお伺いしたいのですが、人間には男女の別がありますが、まあ肉体的には当然理解できることですが、問題は魂についてですが、この魂の傾向にも男女の差があるように思われるのですが、これはやはり神が、初原から別のものとしてお作りになられたのでしょうか……。 孔子 そうです。というよりは、本当はエネルギー体の中にプラスのエネルギー体、マイナスのエネルギー休、正と負がありますね、或いは陰極、陽極、エネルギーというのは必ず両極あるのです。これを神が作ったものといえば恐らくそのとおりです。私達もやはりエネルギー休である以上必ず陽の部分と、陰の部分を持っているのですね、これを個性化し、人霊化していくと、陽の部分が出ると男となり、陰の部分が出ると女になるんです。こういうことなのです。ですからそういう意味では菩薩(七次元)から下の部分にいくと男と女というのがはっきり別れているわけですね、或る程度、ところがもう如来(八次元)宇宙界(九次元)になってくると、もう男も女もないんです。いわば中性です。無くなっているんです。 ―― 人類の人種別による肉体器管の相違というものは先天的なものでしょうが、或いは後天的な要素によるものでしょうか。 孔子 あなた方はあくまでもこの地上に降りている肉体舟に乗って旅行しているのです。こんな肉体の条件というのは、あなた方にとってはほんの一部分の被服に過ぎないんです。一部以下です。たとえばその時に驢馬(ろば)に乗ったとか、騾馬(らば)に乗ったとか、サラブレットに乗ったとか、ヤクに乗ったとか、こういった違いでしかないのです。人体は元々人間が地上での修行をしやすいように、神はお造りになったわけですが、この地上生活に適用するような形で人体は勿論変わって来ております。それはそうでしょう、あなた方生きている時でも、力仕事をすれば力瘤(ちからこぶ)ができるでしょう。掌も大きくなるでしょう。ピアノを弾いていると指も長くなるでしょう。生きている人間一代の間でもこういったことがあるのです。そうであるなら地球という生活環境の中で、何代も人類が生きているならそれに適した肉体になってくるはずです。 ―― いろいろと、まだ私の理解の届かぬ高度な問題についてのお教えを賜わり天上界の地球計画につき全く認識を新たに致しました。恐らく全日本人はもとより世界人類の方々も、孔子様に対する認識を新たにすることであろうと思います。本日はまことに高いところから態々ご降下賜わりありがとうございました。
https://w.atwiki.jp/tenj/pages/1913.html
■コンセプト 天上碑世界において、現在の奇人は最終クラスの位置づけとなっており、 外見デザインは最終段階と位置づけておりました。 この目標のない状況を改善し、奇人まで努力したプレイヤーへの 新しい目標として、このデザイン・機能は提供されます。 ■奇人 変身アイテム仕様 奇人の外見及び能力は、下記アイテムを通じ変更可能となります。 各アイテムの能力は下記の通りです。 ■天上奇經仕様 開設 1)奇人クエストをクリアした直後のデザインは、天上奇經(護)です。 2)他の天上奇經への変身は変身用アイテムを通じて行います。 3)他の天上奇經への変身用アイテムは、奇人クラスのみが利用出来ます。 4)天上奇經は全部で3種用意され、それぞれの変身状態には 特殊な追加機能が追加されています。 ※なお、変身タイプは今後さらに追加される予定です。 5)変身後、変化した姿・能力は永久的に維持されます。 6)該当の変身用呪符は、洛陽城の施設NPC「西域呪符術士」にて ポイントで販売されます。 ■天上奇經仕様 ○天上奇經(護) 機能 :職業相剋追加ダメージを5%減少させる。 備考 :奇人クエスト終了後、このデザインとなる。 入手方法 :ポイントショップにて入手 価格 :3,000 Point アイテム仕様:取引:○ / 保管:○ / 捨てる:× / 販売:×/消費アイテム 天上奇經(護)-男 天上奇經(護)-女 天上奇經(護) 男 天上奇經(護) 女 ○天上奇經(覇) 機能 :必殺打撃値発生確率が5%上昇する。 備考 :クリティカル攻撃の発動が上昇。 入手方法 :ポイントショップにて入手 価格 :3,000 Point アイテム仕様:取引:○ / 保管:○ / 捨てる:× / 販売:×/消費アイテム 天上奇經(覇)-男 天上奇經(覇)-女 天上奇經(覇) 男 天上奇經(覇) 女 ○天上奇經(巧) 機能 :移形換位の発生確率が5%上昇する。 備考 :奇人特有の特殊攻撃の発動が上昇。 入手方法 :ポイントショップにて入手 価格 :3,000 Point アイテム仕様:取引:○ / 保管:○ / 捨てる:× / 販売:×/消費アイテム 天上奇經(巧)-男 天上奇經(巧)-女 天上奇經(コウ) 男 天上奇經(コウ) 女 ■備考 導入及び仕様につきましては、予告無く変更・取り消しが 行われる可能性が御座いますので、予めご了承下さい。 ■対応状況 2005年07月26日 情報の更新
https://w.atwiki.jp/mosstudy/pages/29.html
アイヌ 「世界文学 アイヌ」をタグに含むページは1つもありません。 フランス 「世界文学 フランス」をタグに含むページは1つもありません。 イギリス James Augustine Aloysius Joyce(ジェイムズ・オーガスティン・アロイジアス・ジョイス)
https://w.atwiki.jp/divine_revelation/pages/145.html
目次 1.クリスマスヘの魂の郷愁 2.雪の降る聖夜に、イエスは誕生した 3.聖霊たちは、神の子イエスの誕生を祝福した 4.日本にも救世の星が輝くことは預言されており、今、そのときが来ている 5.現代の聖地エルサレムとは、現在の東京である 6.おおいなる救世のときに、同時に生を受けられた人びとよ、誇りに思いなさい 7.今後、ヨハネの黙示録で語られたことが実現する 8.悪魔に唆(そそのか)された予言者に気をつけよ 9.今後、東京は、全世界に福音を伝える聖都となろう 10.日本は、やがて文明の中心となり、その文化が全世界へと流れてゆく 11.今、東京を中心に大きな光が輝きはじめ、人類の曙が近づいている 12.あなた方に敵が現われたときに、聖霊たちの力が守ってくれることを忘れるな 13.あなた方は、真実を述べ伝える預言者となりなさい 14.危機は、現代の物質文明にまちがいがあるために生じるのである 15.第三次大戦後、エホバの手が激しく地を打つ 16.新たな福音を信じるとき、人類の道は開ける 17.私は、神理に至る道を開くための水先案内人である (一九八六年十二月二十日の霊示) 1.クリスマスヘの魂の郷愁 内村鑑三です。私の話もすでに七日目になります。そこで、今日は、「新エルサレム」という演題でお話をしたいと思います。地上の時間では、今日は一九八六年の十二月二十日土曜日です。この季節になるとクリスチャンたちは、だんだんに胸が騒ぎはじめます。クリスマス・イヴまであと四日、クリスマスの当日まであと五日、言うまでもなく、十二月二十五日とは、イエス・キリストの生まれた日です。 私も地上を去って何十年にもなりますけれども、クリスマスの頃になると、なつかしい思いに駆られます。そして、クリスマスが近づいてくると、やはり地上の人たちの生活ぶりを雲の上から見たくなってくるのです。町にクリスマス・キャロルが流れ、サンタクロースの像が並び、長靴のようなもののなかにいろいろなお菓子を入れて飾ってあったりします。また、デコレーションケーキが街角に並びはじめたり、会社の帰りの父親がそのケーキをさげて帰っているのを見たりすると、何とも言えず、なつかしいほのぼのとしたものを感じます。 とにかく、キリスト教について勉強したことがある人というのは、このクリスマスというのを、毎年一年の区切りのように思い出すものです。新年とかお盆とかいうことではなくて、クリスマスなんです。クリスマスに魂の郷愁というものを感じるのです。 なぜそのように、郷愁を感ずるかというと、結局、どこかでイエス・キリストの教えを受けたか、教えの禄に触れたことがあるからだと思います。過去世においてナザレの地で教えを受けていなかったにしても、天上界のどこかで、そのお話を受けて聞いたり、あるいは、輪廻転生の過程のなかで、イエスの弟子たちの教えを聞いたり、あるいはまた、過生世のイエスに教えを受けたこともあったのかもしれません。 ともあれ、私は、クリスマス・キャロルの曲を聞くと、非常になつかしいし、「聖しこの夜」のメロディーが流れてくると、何とも言えない神秘的な感慨深い思い出にふけるのです。 2.雪の降る聖夜に、イエスは誕生した 今から二千年ほど昔、ベツレヘムの小さな町で、イエス・キリストは生まれました。十二月ニ十四日の夜、イエスの母のマリアが、用事があって知りあいのところへ行こうとしていたときに、急に産気づいて、旅の途中で子供を生まなくてはならなくなった。といっても、産婆がいるわけではないし、近くの農家の納屋を借りて、そこでお産をしたわけです。 貧しい農家の納屋の飼葉桶(かいばおけ)のなかに寝かされていた。それが、後に救世主と呼ばれるようになったイエス・キリストだったのです。このときの情景を、私も、天上界から見ておりました。イエス・キリスト生誕の前から、私たちキリスト教系の聖霊たちは、その誕生の瞬間というのをじっと見守っていたのです。 マリアがイエスを身篭(みごも)ったときには、大天使ガブリエルが、マリアの夢枕に立って、「マリアよ、我はガブリエルなり。汝が生む子は神の子なり。汝が子は世を救うために生まれるなり」という受胎告知をしております。そして、イエスが生まれたときには、さまざまな聖霊たちがマリアのもとに、神の御子の誕生の祝いに駆けつけました。 今、霊的な目で二千年前の風景を振り返ってみると、そのベツレヘムの小さな農家の馬小屋のなかに、聖霊の光が燦爛と輝いているのが見えます。何と清らかな、何と聖なる夜でありましたでしょうか、十二月二十四日の夜は。外には、雪が降っておりました。午前中から雪が降りはじめて、かなり大きなボタン雪となりました。そして、夕方の五時半頃まで降ったでしょうか。大きな雪だったので、地面に十センチぐらいも績りました。そうした夜にイエスは生まれたのです。寒い寒い夜でした。まさに、聖夜そのものでした。そして、天上界からは、祝福のメロディーがいろいろに奏でられたのです。私は、その情景を今でも目にありありと思い浮かべることができます。 3.聖霊たちは、神の子イエスの誕生を祝福した 私たちは、その運命の主人公、すなわち、神の子の一生を、心から祝福しました。わずか三十三歳で十宇架に掛かってこの地上から去る人。しかし、その死が全人類の罪を背負う死であり、全人類を悔悟させ、懺悔(さんげ)させ、そして、悔い改めさせ、神の国への導きとなる死であるということ。そうした運命の子イエスの安らかな寝顔を見て、私たちの胸にはさまざまな思いが去来しました。私たちは、かつて、旧約の預言者として地上に出ましたけれども、やがてイエスが出て来ることは、何人もの人たちが預言していたのです。ですから、その瞬聞がきたということです。十二月二十四日の夜、その聖なる夜は、過去二千年前から予定されていた運命の夜だったのです。 4.日本にも救世の星が輝くことは預言されており、今、そのときが来ている こうしたことは、現代にも言えるのです。つまり、現代の日本にもイエス誕生と同じことが起きるわけです。現代の日本にもこうした救世の星が輝くことは、もう二千数百年前から預言されていたのです。すなわち、インドの地において釈尊は、次回、東の国において、おおいなる救世の法が説かれるということを預言しておりましたが、今、そのときがきているのです。 その手伝いを、また私たちがすることができ、イエス誕生のときにガブリエルがその受胎告知をしたように、今、私たちが天上界から、日本の地に新たな救世の法が説かれるということを、霊言という形で、世の人びとに伝えられることを、私は嬉しく思っております。 地上の皆様は、私の言葉を聞き、私の書を読んで、これは単なるひとりの人間の考えであり、単なる物語のように感じるかもしれません。しかし、このようなことはもう二度とないことであり、このような瞬間は二度とはこないのです。一九八六年十二月二十日土曜日、五時五十分です。夕方の五時五十分です。このときに、内村鑑三が地上の皆様にこうした福音を述べ伝えることができるということ、こういう機会は、もう二度とこないでしょう。 私は、かつての預言者たちが人類救世の人が出ることを預言してきたように、今、天上界からこのような声を地上の人たちに伝えることによって、これから新たな教えが、人類への福音がはじまるということをお教えしているのです。私たちの言葉は、後の世にとっては、クリスマスソングのようなひとつの調べにしかすぎないかもしれません。しかし、たとえ調べの一部分であったとしても、それを私が、今、こうして奏でることができるということを、私は、非常に光栄なことだと思っております。 5.現代の聖地エルサレムとは、現在の東京である さて、本日の演題は、「新エルサレム」についてです。エルサレムというのは、言うまでもなく、現代でも宗数的な聖地であり、歴代イスラエルの首都だったところです。エルサレムというのは繁栄の都であり、イエス・キリストがその法を説いた場所であり、その命を断たれたところであり、また、復活した都であります。そういう聖なる地なのです。ですから、かつて、キリスト教の教えを受けた者にとっては、エルサレムという響きは、何とも言えぬ神秘的な響きがあります。エルサレムとは、聖地という意味です。マホメットにおいてメッカという地が聖地であったように、イエスにおいてはエルサレムが聖地であり、聖なる都なのです。 さて、現在、一九〇〇年代後半の日本において、このエルサレムにあたるのが東京です。日本の人びとよ、私の言葉をよく聞いていただきたい。あなた方は、現代のエルサレムに生きているのです。そして、あなた方は、エルサレムに生まれ、生き、そしてまた、奇蹟の時代に生きているのです。このことを忘れてはなりません。 今、あなた方の目の前に、さまざまな聖霊たちの霊言が繰り広げられていることと思います。こうした霊言は、これからの教千年の間、人類の心を肥やすための福音となっていくのです。魂の糧となり、また新たな新約聖書となっていくものなのです。そして、その新約聖書が、現在、同時進行形で、あなた方の都において語られているのです。そこで、こうした大きな事実ということを、どうかあなた方は忘れないでいただきたいと思います。 6.おおいなる救世のときに、同時に生を受けられた人びとよ、誇りに思いなさい 人間は、何度も転生輪廻を繰り返していきます。しかし、そのなかにあっても、こういったおおいなる救世のとき、偉大なる聖者が生まれるときに、同時に生を受け、その顔を見、その声を聞くことができるということは、めったにあり得ることではありません。よほどの縁があるか、よほどの修行を積んできたか、あるいは、よほどの計画のもとに出なければあり得ないのです。かつてのイスラエルの民たちが、選ばれたる民と呼ばれたように、選ばれた神の民イスラエルと言われたように、現代の日本も、現代の日本人も、また、選ばれたる民であることを誇りに思わねばなりません。 あなた方は、過去何千年、何万年の間、幾転生を繰り返してきたのです。その幾転生のなかで、あなた方はさまざまな時代に生まれて来た。あるときはアフリカに、あるときはギリシャに、あるときはエジプトに、あるときはアラブに、あるときはフランスに、イギリスに、アメリカに生まれて来たのです。そして今、この東の国、日本において、世紀末に生まれて来ております。 この世紀末の時代は、大変な時代です。人類の価値観が大逆転を起こすような時代であり、危機の時代だと言えます。しかし、同時に光明の時代でもある。そうした緊張感に溢れた時代なのです。 7.今後、ヨハネの黙示録で語られたことが実現する 皆さんは、聖書のなかの黙示録というのをお読みになったことがあるでしょうか。黙示録には、ヨハネが幽体離脱をして、天上界で見せられた人類の未来史が描かれています。これを聖書で読まれた方もいるでしょうし、聖書で読まなくとも、さまざまな形で知った方もいるでしょう。ともあれ、この黙示録で語られた未来史が、今、実現すべきときがくるのです。 黙示録のなかで、ヨハネは、さまざなな災いが人類に起きる、その最後のときを霊視しました。その災いのときとは、まさしく二十世紀の後半にあたるのです。これから数十年の間に、人類は、さまざまな苦難、艱難(かんなん)を味わうでしょう。いくつかの大地は沈み、いくつかの都市は津波に襲われ、また、いくつかの熱帯は寒帯に変わり、寒帯が熱帯と変わるはずです。そうした時代が訪れます。あなた方が生きているうちに、そうした現象に出会うはずです。 嵐が起こり、地響きが起こる。雷は天から落ちる。そうした末世的な時代となっていくのです。また、北極や南極の氷が熱帯や亜熱帯と言われた地域にまで流れ出した姿を見るでしょう。あるいは、文明を誇っている最先端の都市が、一夜にして崩れ去っていく姿をまのあたりにするかもしれません。この世的に見れば、悲劇と思われるかぎりの悲劇が、ここ数十年のうちに起きてくるでしょう。 黙示録のなかで、ヨハネは、人類のほとんどが絶滅するようなことを言っておりますが、全滅はしません。ただし、かなりの数の人びとが、この地上から姿を消していくことは事実です。そうした時代に、あなた方は生まれているのです。 そのような激動の時代のなかにあって、ある人は天を呪い、運命を呪うかもしれません。なぜ、このような暗き時代が到来したのかと世をうらむ人もいるかもしれません。しかし、こうした災いのときが、近い将来、必ずやってくるのです。 8.悪魔に唆(そそのか)された予言者に気をつけよ これからの時代には、さまざまな予言者が並び立ち、競い立ってくるはずです。そして、不幸を予言する人たちが、たくさん出て来る。そのなかには、聖なる預言者もいれば、悪魔に唆されて人びとを煽動する予言者もおります。まちがった予言者たちは、人びとを恐怖と混乱のなかに陥れ、この地上にますます地獄絵をもたらすでしょう。そうして、「世はもう少しで終わるのだから、人びとよ、一日一生を生きるのではなくして、一日何かを必ず楽しめ」と、そうした悪魔の囁(ささや)き、すなわち、享楽欲というものをそそるようなことをしはじめるようなことも出てくるはずです。 しかし、人びとよ、そうしたサタンの声に耳を傾けてはなりません。確かに世は混乱をし、世の中は乱れ、末法の世がきた、末世がきたように見えるかもしれません。実際、最期の審判のときがきたと騒ぎたてるクリスチャンもいるでしょう。しかし、この世はまだ滅びてはゆきません。 なぜ滅びゆかないか。すなわち、新たな救世の光が降りてきているからです。救世の光が地上に降りているということは、もちろん、この地上の人びとを救うために降りてきているのです。ですから、人びとよ、暗闇のなかにも、大きな光が降りてきているのだということを疑ってはなりません。 また、私たちは、天上界から、かつて、フランスにノストラダムスという予言者を送って、さまざまな予言をさせました。今世紀終わりまでの予言を、ノストラダムスにさせたのです。ノストラダムスは、西暦二〇〇〇年以降の予言は何もしておりません。なぜならば、今世紀末までの予言をすることが、彼の使命だったからです。 しかし、今後は、ノストラダムス以後の予言がなされていくはずです。そして、そのなかには、人類の希望の原理が、福音が、おそらく述べていかれるでしょう。 9.今後、東京は、全世界に福音を伝える聖都となろう 地上の皆さん、これからさまざまな不幸が起きるでしょうが、それをこの世の終わりだとは思わないで下さい。そのなかに、希望の光が、必ず見えてくるということです。かつて、ベツレヘムで光ったと同じ大きな光が、今、日本にも光っております。 日本の東京は、かつてのエルサレムなのです。そして日本の東京に生きている人たち、このなかで神理を学び生きている人たちのなかには、二千年の昔に、エルサレムの都において、イエスの姿を見たことがある人たちもたくさんいるのです。すなわち、あなた方は、時代というものをつくり出すために、この地上に降りて来た人たちなのです。いつの時代にも、そうした恵まれた時代に、恵まれた地域に出ることを神に感謝せねばなりません。 東京は現代のエルサレムとなり、今後、全世界に福音を述べ示えるための聖なる都となっていくのです。ですから、あなた方は、今、この聖なる都に住んで、生きているということを神に感謝しなくてはなりません。 そして、あなた方は時代の中心にあり、地球の中心にいるという自覚を強く持つべきです。なぜならば、世界を救うのは、新エルサレムにいるあなた方だからです。すなわち、あなた方のなかに起きる文明が、あなた方のなかに起きる文化が、また、あなた方のなかから発する福音が、これからの世の中を救っていくのです。日本の民はもちろんのこと、全世界の民を救っていくのです。これは新たな福音であり、あなた方は選ばれたる民なのです。 あなた方の多くは、かつて、ユダヤに生まれ、選ばれたる民イスラエルとして砂漠の地帯を彷徨(さまよ)ったことがあります。さまざまな預言者たちを送り出して来た民なのです。その優秀な民が、今、日本の国に数多く生まれて、この地でさまざまな魂修行をしているのです。あなた方は、かつて、このような瞬間に何度も立ち会ったことがあります。そして、偉大な都エルサレムは、これからあなた方が築いていくのです。 世界は、これから約百年間、日本を中心に輝いていくはすです。何度も繰り返しますが、日本の中心・東京は、新しきエルサレムとなります。ですから、このエルサレムに住んでいる人たちは、自信を持って、誇りを持って、勇気を持って、生きてゆかねばなりません。そして、あなた方は、選ばれたる民として、あなた方が受け取った福音を、あなた方だけのものとするのではなくて、世の人びとに伝えてゆかねばなりません。それが、あなた方の使命です。 10.日本は、やがて文明の中心となり、その文化が全世界へと流れてゆく 日本という国は、これからだんだんに時代の中心となり、文明の中心となっていきます。今後、日本からアメリカ、中国、ソヴィエト、アフリカ、中近東、東南アジア、あるいは、オーストラリアヘと、さまざまな文化が流れ出してゆくはずです。歴史を振り返ってみても、いつも文化は高いところから低いところへと流れております。それと同じように、あなた方の文化の高みが、やがて全世界へと流れていくようになっていくでしょう。 そのときに、あなた方に誇りあれ、あなた方に誉れあれ、あなた方に栄誉あれ、あなた方に名誉あれ、あなた方に神の光あれ、あなた方に神の栄光あれ。あなた方は、神の栄光を受けるべき民なのです。ですから、どうか勇気を持っていただきたい。そう思っております。 いつの時代にも、新しい文明が栄えるときには、一部の人の核というのがありました。まず核があって、そのまわりにさまざまなものが広まってゆく。ユダヤの地にはイエス・キリストという核があって、十二弟子がいた。そして、その核から広がった教えが、エルサレムに、そこからまた、ローマの地に、ギリシャの地に、さらには、中東の地へと伝わっていったのです。 仏教においても、同じことが言えます。つまり、二千数百年前にゴーダマ・ブッダがインドに生まれて、インドで法を説いた。その法が、やがて中近東に伝わり、山を越えて、ヒマラヤの山脈を越えて、中国へと移っていったのです。そして、またセイロンに移り、セイロンから東南アジアヘと伝わっていった。このように、いつの場合においても、ある中心があって、そこから教えが広がっていくのです。 11.今、東京を中心に大きな光が輝きはじめ、人類の曙が近づいている 今、私たちの住んでいる世界から地球というものを見てみると、地球にはかなり暗い想念の雲というものが掛かっています。いろいろなところに暗い雲が掛かっている。しかも、想念の雲は、主として大都市を中心に掛かっているのです。 しかし、一方では、今、日本の東京を中心に、大きな光が輝きはじめています。曙です。人類の曙が、今、近づいてきていると言えます。今後、この日本の東京を中心とした教え、文化、文明が、やがて、インドのときの釈尊の教えのように、ナザレの地におけるイエス・キリストの教えのように、あるいは、カナンに向かったモーゼの教えのように、全世界へと席捲(せっけん)していくのです。 同時代の人には、なかなかその高さがわからないこともあるでしょう。しかし、今、あなた方は、全地球的な時代に生きているのです。わずか十数時間あれば、地球の裏側まで行ける時代です。日本列島ならば、どこからどこまででも、その日のうちに動くことができる。こういう便利な時代なのです。 イエスの時代には、イエスがいくら健脚だったとしても、全世界を伝道して廻ることはできませんでした。パウロが、ローマヘ伝道するのでさえ、当時は大変な難事業だったと言われています。しかし、現代では、ユダヤの地とローマは、ほんの目と鼻の先の距離にすぎません。ですから、もし、パウロが現代に生まれたとするならば、おそらく現代のパウロは、日本からアメリカヘ、中国へ、ソ連へ、イギリスヘ、オーストラリアヘと布教の足を広げていったことでしょう。 このように、あなた方の教えも、あなた方が生きているうちに、あなた方の弟子たちによって、日本からアメリカヘ、ソヴィエトヘ、中国へ、東南アジアヘ、アフリカヘと必ず伝道されていくはずです。そして、こうした地球的な時代であるだけに、あなた方の目の前で、そうした大きな教えというものの広がりを見ることになるでしょう。こうしたことは、かつては、同時代には経験できなかったことです。 12.あなた方に敵が現われたときに、聖霊たちの力が守ってくれることを忘れるな あなた方の教えが、全地球的に広がっていく過程には、もちろん、さまざまな争いや軋轢(あつれき)もあるでしょう。また、まちがった新興宗教家たちが、あなた方の前に立ちはだかることがあるかもしれません。 しかし、そのときに、あなた方は思い出してほしいのです。かつて、エジプトの地において、モーゼたちが、パロ、国王たちの軍勢によって攻められようとしたときに、エホバの神が、モーゼたちを救った。そのことを思い出してほしいのです。 あなた方は、過越(すぎこし)の祭としてキリスト教国にだけ広がっている祭りのことを憶えているでしょうか。今から三千百数十年前、モーゼたちがエジプトを脱出しようと計画していたときに、王の軍勢、軍隊たちは、イスラエルの民たちのなかで、その子供たちを殺そうと計画しておりました。そのとき、エホバの神がひとつの正義の神となって、強く悪を叩く、つまり正邪を分かつ力となって、地を覆ったことがあります。 現在、儀式として、伝説として残っているのは、イスラエルの民たちの門口には仔羊の血を塗っておき、エジプトの王の家来たちの家々には、そうした印(しるし)がないということです。ですから、あの当時、エホバの神は、イスラエルの民たちの戸口を過越して、彼らを襲わなかった。王の家来たちだけを襲ったのです。そして、それらの子供たちの命を奪った。こういう話が伝説として残っております。 これが事実どおりのことであるかどうかは一考の余地があるとしても、あなた方に敵が現われたときに、かつて、エホバの神がモーゼたちを救ったように、大きな聖霊たちの力が、必ずあなた方を救ってくれる、守ってくれるということです。そのことを忘れてはなりません。 この世の人間は、自力、自力ということで、要するに、自分たちだけの力で教え広めよう広めようという気持ちがあります。しかし、教えというものは、自分たちの力だけで広まるものではありません。教えを広めていくためには、教えに共感する人たちの出現が予定されていなくてはならないのです。また、もうひとつは、教えを攻撃する者たちに対する守り、砦(とりで)というものが必要だということです。 13.あなた方は、真実を述べ伝える預言者となりなさい 今後、あなたたちに対して、さまざまな批難や攻撃をする人びとが出て来るでしょう。私が、過去世のエレミヤだったときに、偽の預言者ハナニヤという者がおりました。ハナニヤは、世の中に、まちがった教えを、預言を説いていたのです。私は、エホバの預言を伝え、つまりヤーヴェの預言を伝え、「バビロンが攻めてくる、そして、まちがった教えに帰依している人たちは連れ去られる」ということを何度も警告しました。 しかし、偽預言者であり、現実妥協主義者のハナニヤは、「そんな極端なことを言うと、民たちから攻撃を受けるから、お前はそんなことを言うもんじゃない」と私に告げた。そして、エホバの神はそんなつらいことを決して人びとにもたらすわけがない、神様は私たちを守って下さるにちがいないというようなことを言って、民の歓心(かんしん)を買いました。 しかし、あなた方は、民の歓心を買うようなそういう預言者であってはいけません。ばかの歓心を買うのではなくて、やはり真実だけを述べ伝えるべきです。ですから、危機が来ているときには、危機が来ていると言わざるを得ないと思います。危機は来ない、危機は来ないと言って、民の人気を博しておきながら、ある日、ある瞬間に舞台の上から登場人物が姿を消すようなことであってはいけないのです。 14.危機は、現代の物質文明にまちがいがあるために生じるのである 危機は来ます。では、なぜ危機が来るのか。なぜ人類の危機が来るのか。つまり、それは、現代の物質文明にゆきづまりがあるからです。人類の考えのなかに、まちがいがあるからです。人類の考えのなかにまちがいがあるから、危機が来るのです。 現在、二十世紀後半の人類の心のなかに巣くっている考えとは、一体何でしょうか。それは、ものが万能、つまり、物質が万能の世の中であり、科学がすべてを制覇したような迷妄であり、霊的なものを一笑に付すような風潮だと言えるのではないでしょうか。 日本の教育にしても、まさにそうです。正規の教育のなかに、神とか霊とかいうものを教えてはならぬような風潮があるのではないでしょうか。宗教を求める人は特殊の世界のなかの人であり、そのなかで、とくにもの好きな人たちだけが霊的なものを求める、と。そういう形になっているのではないでしょうか。 私は、そういった風潮をとても悲しんでおります。知的に優れた人たちが無神論者であり、また、唯物論者であることを自慢するような世の中を、非常に悲しいことだと思います。そして、本来の世界観、ほんとうの世の中の仕組みを知らない人たちが、日本のなかにおいて、世界のなかにおいて、高位高官、そういう位(くらい)を占めて幅をきかしている。こういう世の中を大変悲しいと思っております。 こうしたものは、こうした世界は、もう一度遣(や)り直しをしなくてはならないのです。地上の人たちをひとりひとり教えて教化するだけでは、間にあわない。ですから、やはり、もう一度洗濯をする必要があるのです。地上の生きている人たちをクリーニングし直さなくてはならないのです。 あなた方は、かつて、ノアの洪水というのがあったということを記憶しているでしょう。ノアの洪水は、何度も何度も人類を襲いました。そのたびに、古い文明が消えていったのです。そして、その代わりに、新たな文明が誕生して来ました。つまり、新たな文明が起きて来るためには、古い文明はやはり消してゆかなくてはならないということです。現代の文明は非常にまちがった方向へと来ています。ですから、まちがったものに対しては、いったん、徹底的な衝撃を与えなくてはなりません。まちがったものを強く叩いて、そして、新たなものをつくりあげていく必要があるのです。 15.第三次大戦後、エホバの手が激しく地を打つ 現在は、そうした時代の端境(はざかい)期であり、変わり目となっているのだと言えます。エホバの手は、大きく伸ばされて、激しく地を打つでしょう。そのときに、逃げまどう人がたくさん出るでしょう。しかし、それを見て恐れることはないのです。それは、新しき文明の、新しき時代の先触れなのです。そのことを忘れないでいただきたいと思います。 かつての過越しのときのように、人びとよ、自らの戸口に仔羊の血を塗りなさい。仔羊の血とは、もちろん、生ける羊の血ではありません。この仔羊の血とは、あなた方の心のなかの血なのです。すなわち、真実の教えであり、真実を信じる信仰心であり、正しき心です。つまり、ひとりひとりが住んでいる戸口に、正しき心を掲示しなさいということなのです。 そうすれば、地を打たんとするエホバの手は、それらの家々を過越していくはずです。ですから、あなた方の戸口に、正しき心を探究しているあなた方であるという表札を掲げなさい。そういう表札があれば、エホバの手は、あなた方を打つことは決してありません。 ただし、エホバの手は、地表をかなり激しく打つことになるでしょう。ですから、ノアの洪水のときのような大きな動乱が起こることになります。しかも、その動乱が起きる前に、人類は、自らの手において、大きな戦争を起こしていくでしょう。私は、はっきりと預言しておきますが、やがて、第三次世界大戦がはじまるはずです。近々、まずその前哨戦があって、そして、世界的な戦争にエスカレートしていきます。 人類がこうしたおろかな殺戮(さつりく)を繰り返したあと、エホバの手が激しく地を打つのです。人びとは、そうした天変地異を見て、おそらく、神の怒りのように感じるかもしれません。しかし、それは新たな文明が訪れるための足音でもあるのです。それを忘れてはなりません。 エホバの手は、強く地を打つでしょう。それは人間がまちがった方向へ進んで、自らの魂の兄弟たちを、核戦争などによって滅ぼそうとするような暴挙に出るからこそ、神は地を打たんとするのです。それを単なる天罰だとまちがえてはいけません。それは新たな時代が起きる前の大掃除であり、また、時代の洗礼だということです。 16.新たな福音を信じるとき、人類の道は開ける しかし、そうしたことがすべて起きても、この時代は過ぎゆきはしません。この時代に、新たな福音もまた説かれていくのです。この福音を信じなさい。この福音を信じるなかに、あなた方は永遠の生命を得る道があるのです。その福音を信じるとき、あなた方の道は開かれ、あなた方は神理の門を叩くことができるのだと言えます。神理の門を通っていくことができるのです。ですから、この神理に至る道をまっすぐに付いて行きなさい。 17.私は、神理に至る道を開くための水先案内人である 私たちは、そのための、すなわち、神理に至る道を開くための道しるべなのです。誘(いざな)いなのです。また、水先案内人なのです。私は、内村鑑三として明治、大正、昭和の日本に生きました。私は、水先案内人として、この地上に降りたのです。ですから、私は、水先案内人としての使命を、今後ともはたしていくつもりです。地上を去って、肉体を去った私ですが、天上界から、またこうした形で霊言を世に伝えることによって、ひとつの水先案内人であり続けることができると思っております。 私は水先案内人です。ですから、私の照らすカンテラに付いて来なさい。皆さんの乗っている船は、私の指す舳先(へさき)のほうへ向かって進んでいきなさい。私はまた、浜辺に、岬に立つ、灯台の光です。ですから、霧の夜には、私のこの光をごらんなさい。そして、どこにあなた方が進んでいけばいいのか、あなた方の港がどこにあるのかということを確かめなさい。これからますます霧が濃くなっていくでしょう。霧も深くなっていくでしょう。そうしたなかにあって、私の光を、私の灯台の光をどうか見失わないでいただきたいと思います。なぜならば、これは真実の光であり、愛の光であり、あなた方の導きの光だからです。 イエスの言った、「我は真理なり、道なり」ということは、今も不変です。私もまた、イエスの僕(しもべ)です。そして、イエスの僕として、真理であり、正しい道であるその方向を、あなた方に指し示そうとしているのです。 迷える仔羊たちよ、私の説く方向へと付いて来なさい。そして、新たなエルサレム、新エルサレムを築いていこうではないですか。神の都、聖なる都を築いていこうではないですか。この日本に、この東京に。私は、それを祈っています。
https://w.atwiki.jp/divine_revelation/pages/2.html
メニュー トップページ メニュー 書籍別メニュー 天之御中主之命 +... 天之御中主之命の霊訓 新・運命の開拓第一章 光の賛歌 第二章 神の栄光 第三章 生命の本質 Part1 第三章 生命の本質 Part2 第四章 神々は集う 第五章 運命の開拓 Part1 第五章 運命の開拓 Part2 第六章 向上の原理 Part1 第六章 向上の原理 Part2 第七章 積極的人生の方法 幸福瞑想法第9章 幸せの瞑想 谷口雅春 +... 谷口雅春霊言集第1章 天上界に帰る 第2章 生命の実相を語る 第3章 光明思想の本義 第4章 神の子人間の本質 第5章 光一元の神秘力 第6章 本来病なし 第7章 言葉の創化力 第8章 真理は汝を自由にする 谷口雅春霊示集第1章 人類幸福化の原理 第2章 唯神実相哲学 第3章 人類無罪宣言 第4章 真説・神想観 第5章 本来肉体なし 第6章 光の行軍 第7章 日本神道の秘密 谷口雅春の大復活第1章 生死を超越せよ 第2章 霊格の向上とは何か 第3章 女性の本質 第4章 発展の構図 第5章 霊界見聞録 第6章 久遠の今を生きる 第7章 愛と性を超えて 第8章 内在する叡知の発見 谷口雅治 光はここに第1章 実相としての光 第2章 輝ける日々 第3章 祈りとは何か 第4章 経済問題解決の法 第5章 神の子の健康法 第6章 信仰と奇跡 幸福瞑想法第10章 希望の瞑想 悪霊撃退法第7章 谷口雅春の章 天照大神 +... 天照大神の霊訓 天照大神の降臨第一章 美しき国 第二章 わが教えの根本 第三章 秩序の原理 第四章 神の愛する人間像 第五章 日本を憂う 第六章 信仰の優位 幸福瞑想法第8章 光の瞑想 出口王仁三郎 +... 出口王仁三郎霊示集第1章 神のまたの名 第2章 月の時代と星の時代 第3章 天女の舞い 第4章 神通力 Part1 第4章 神通力 Part2 第5章 七曲がりの丘 第6章 天狗と仙人 Part1 第6章 天狗と仙人 Part2 第7章 大仏への道 第8章 お立て直し Part1 第8章 お立て直し Part2 出口王仁三郎 悪霊撃退法 卑弥呼(日向) +... 卑弥呼の霊言卑弥呼の霊訓 卑弥呼の霊訓2 弟橘媛 +... 卑弥呼の霊言弟橘媛の霊訓 紫式部 +... 卑弥呼の霊言紫式部の霊訓 小桜姫 +... 新・神霊界入門第1章 神霊界入門 Part1 第1章 神霊界入門 Part2 第2章 地獄界と竜宮界 第3章 天上界の秘密 Part1 第3章 天上界の秘密 Part2 第4章 天使の役割 第5章 女性論・人生論 Part1 第5章 女性論・人生論 Part2 第6章 六次元神界の実相 Part1 第6章 六次元神界の実相 Part2 第7章 小桜姫の新霊言 高橋信次 +... 高橋信次の霊言集第1章 人生の目的と使命 Part1 第1章 人生の目的と使命 Part2 第2章 反省、瞑想、祈りについて 第2章 質疑応答 第3章 悟りについて Part1 第3章 悟りについて Part2 第4章 真の幸せ、真の安らぎ 第5章 足ることを知る Part1 第5章 足ることを知る Part2 第6章 心と肉体の関係 第7章 自力と他力 第8章 心の仕組み 高橋信次の新復活第一章 新復活 第二章 人類救済の原理 第三章 愛と慈悲の世界 第四章 正義の時代 第五章 大宇宙と神理 第六章 心と科学 第七章 地獄界から高級霊界への旅 第八章 神理問答集 高橋信次復活の原点 永遠編第1章 新創世記 第2章 甦る仏教 第3章 永遠の生命 第4章 心の法則 第5章 運命を超えて 高橋信次復活の原点 天使編第1章 天使の再来 第2章 ポスト・ノストラダムスの時代 第3章 神は光なり 第4章 幸福への道標 高橋信次復活の原点 希望編第1章 悟りへの段階 第2章 人類の夜明け 第3章 神々は招く 第4章 希望の光 第5章 不退転の心 高橋信次復活の原点 太陽編第1章 生死を超えて 第2章 未来への遺産 第3章 目覚めへの道 第4章 啓示と宗教 第5章 太陽の心 高橋信次復活の原点 新生編第1章 生命と進化 第2章 中道とはなにか 第3章 心と行い 第4章 新経済学 第5章 神理文明論 高橋信次の天国と地獄第1章 愛とは何か Part1 第1章 愛とは何か Part2 第2章 悪霊と憑依 Part1 第2章 悪霊と憑依 Part2 第3章 守護・指導霊の役割 Part1 第3章 守護・指導霊の役割 Part2 高橋信次のUFOと宇宙第1章 UFOは実在する 第2章 宇宙空間の神秘 第3章 宇宙人と人類の歴史 第4章 人類の起源 第5章 科学の本質 第6章 地球の使命 第7章 大宇宙の構造 第8章 宇宙人の考察 高橋信次の新幸福論第1章 幸福の本質 Part1 第1章 幸福の本質 Part2 第2章 快楽の分析 Part1 第2章 快楽の分析 Part2 第3章 心と安らぎ Part1 第3章 心と安らぎ Part2 第4章 結婚と家庭 Part1 第4章 結婚と家庭 Part2 第5章 幸福への自己実現 高橋信次の新ユートピア論第1章 ユートピア原論 第2章 ユートピアの基礎 第3章 愛とユートピア 第4章 ユートピア思想の源流 第5章 ユートピアの建設 第6章 ムー文明の解明 第7章 アトランティス文明の解明 高橋信次の大預言第1章 救世の予言 第2章 新世紀創造 第3章 運命と自由 第4章 人格向上の原理 第5章 人類の未来図 Part1 第5章 人類の未来図 Part2 第6章 真説大予言 高橋信次の心の革命第1章 心の革命 第2章 悪霊となるな 第3章 反省しかないのだ 第4章 光の物理学 第5章 八正道の新展開 第6章 闇との戦い 第7章 天使よ、強くあれ 第8章 革命の時代 高橋信次の愛の賛歌第1章 夫婦調和の法 Part1 第1章 夫婦調和の法 Part2 第2章 三角関係解消の法 第3章 セックス・トラブルの巻 Part1 第3章 セックス・トラブルの巻 Part2 第4章 親子の葛藤 第5章 離婚・再婚を乗り切る法 第6章 愛の賛歌 高橋信次のやる気の革命第1章 やる気こそすべてだ 第2章 意識改革の方法 第3章 自己変革の原理 第4章 徹底的自己管理 第5章 積極型人生論 Part1 第5章 積極型人生論 Part2 第6章 理想の人間像 幸福瞑想法第4章 満月瞑想 第6章 足ることを知る瞑想 悪霊撃退法第6章 高橋信次の章 モーゼ +... キリストの霊言第3章 モーゼの霊訓 Part1 第3章 モーゼの霊訓 Part2 新・モーゼ霊訓集第1章 暁の章 第2章 科学の章 Part1 第2章 科学の章 Part2 第3章 太陽の章 Part1 第3章 太陽の章 Part2 第4章 星の章 第5章 大自然の章 Part1 第5章 大自然の章 Part2 第6章 希望の章 第7章 ダイヤモンドの章 悪霊撃退法第5章 モーゼの章 大天使ミカエル +... 大天使ミカエルの降臨1第1章 ミカエル見参 第2章 正法とは何か 第3章 ミカエルの使命 第4章 魔軍との戦い 第5章 人類に明日はあるか 第6章 光の奔流 第7章 危機の時代 第8章 勝利はわが手に 大天使ミカエルの降臨2第1章 イエス・キリストの願い 第2章 ミカエルの知恵 第3章 ミカエルの誓い 第4章 真実の愛 第5章 神の目から見た宗教像 第6章 霊界の建設 第7章 聖母マリアの願い 第8章 愛と知を超えて 大天使ミカエルの降臨3第1章 暗黒の時代 第2章 知恵と勇気 第3章 正しき職業観 第4章 地獄の将来 第5章 太陽界の秘密 第6章 キリスト教の大改革 第7章 光の大軍 第8章 永遠の神理 悪霊撃退法第1章 ミカエルの章 イエス・キリスト +... キリストの霊言第1章 イエス・キリストの霊訓(Ⅰ) 第2章 イエス・キリストの霊訓(Ⅱ) 第2章 イエス・キリストの霊訓 質疑応答&余聞 イエス・キリスト霊示集第1章 愛の復活 第2章 神の愛 Part1 第2章 神の愛 Part2 第3章 祈りと生活 Part1 第3章 祈りと生活 Part2 第4章 キリストの使命 Part1 第4章 キリストの使命 Part2 第5章 新時代の精神 幸福瞑想法第11章 自己実現瞑想 スウェーデンボルグ +... スウェーデンボルグ霊示集第一章 我が人生観 第2章 霊界と結婚 第3章 キリスト教と私 第4章 私の見た地獄界 第5章 転生輪廻のしくみ 内村鑑三 +... 内村鑑三霊示集第1章 キリスト教と日本 第2章 無教会派について 第3章 日本を憂う 第4章 イエスの働き 第5章 新しき時代への警鐘 第6章 七大天使の働き 第7章 新エルサレム 第8章 未来への福音 エドガー・ケイシー +... エドガー・ケイシー霊示集第1章 リーディングとは何か 第2章 治病の原理 Part1 第2章 治病の原理 Part2 第3章 現代人の健康法 第4章 宗教の諸問題 第5章 ケイシー霊による個人相談 Part1 第5章 ケイシー霊による個人相談 Part2 第5章 ケイシー霊による個人相談 Part3 第5章 ケイシー霊による個人相談 Part4 悪霊撃退法第2章 エドガー・ケイシーの章 ナイチンゲール +... 卑弥呼の霊言第6章 ナイチンゲールの霊訓 Part1 第6章 ナイチンゲールの霊訓 Part2 ヘレン・ケラー +... 卑弥呼の霊言第7章 ヘレン・ケラーの霊訓 Part1 第7章 ヘレン・ケラーの霊訓 Part2 アモン +... キリストの霊言第4章 アモンの霊訓 リエント・アール・クラウド +... キリストの霊言第5章 リエント・アール・クラウドの霊訓 ゼウス +... ゼウス霊示集第1章 ゼウス登場 第2章 神々の饗宴 第3章 新しき神となるために 第4章 ゼウスの悟り 第5章 ギリシャ的精神の起源 第6章 大いなる光の最期 第7章 ゼウスの復活とアポロンの使命 ソクラテス +... ソクラテスの霊言第1章 ソクラテスの霊訓(一) 第2章 ソクラテスの霊訓(二) カント +... ソクラテスの霊言第3章 カントの霊訓(一) 第4章 カントの霊訓(二)Part1 第4章 カントの霊訓(二)Part2 幸福瞑想法第12章 頭の良くなる瞑想 ニュートン +... ニュートン霊示集第1章 科学の本質 第2章 光とは何か 第3章 エネルギーの源泉 第4章 私の見た世界 第5章 人間を科学する 第6章 宇宙の秘密 第7章 未来科学の姿 エジソン +... ソクラテスの霊言第5章 エジソンの霊訓 Part1 第5章 エジソンの霊訓 Part2 ピカソ +... ピカソ霊示集第1章 ピカソの霊示1 Part1 第1章 ピカソの霊示1 Part2 第1章 ピカソの霊示1 Part3 第2章 ピカソの霊示2 Part1 第2章 ピカソの霊示2 Part2 ゴッホ +... ピカソ霊示集第3章 ゴッホの霊示 ベートーベン +... ピカソ霊示集第4章 ベートーベンの霊示 シェークスピア +... ピカソ霊示集第5章 シェークスピアの霊示 ダンテ +... ピカソ霊示集第6章 ダンテの霊示 松雄芭蕉 +... ピカソ霊示集第7章 松雄芭蕉の霊示 仏陀 +... 幸福瞑想法第1章 幸福瞑想法とは 第13章 宇宙即我の瞑想 空海 +... 空海の霊言第1章 空海・弘法大師の霊訓 Part1 第1章 空海・弘法大師の霊訓 Part2 天台智顗 +... 空海の霊言第2章 フワン・シン・フワイ・シンフォーの霊訓 Part1 第2章 フワン・シン・フワイ・シンフォーの霊訓 Part2 第2章 フワン・シン・フワイ・シンフォーの霊訓 Part3 第3章 天台智顗大師の霊訓 Part1 第3章 天台智顗大師の霊訓 Part2 幸福瞑想法第5章 止観瞑想 恵果阿闍梨 +... 空海の霊言第4章 恵果阿闍梨の霊訓(一) 第5章 恵果阿闍梨の霊訓(二) Part1 第5章 恵果阿闍梨の霊訓(二) Part2 無門禅師 +... 道元禅師霊示集第2章 無門禅師の霊訓 日蓮 +... 日蓮聖人霊示集第1章 職業の悩み Part1 第1章 職業の悩み Part2 第2章 病気の悩み Part1 第2章 病気の悩み Part2 第3章 恋愛・結婚の悩み Part1 第3章 恋愛・結婚の悩み Part2 第4章 夫婦問題の悩み 第5章 人生の諸問題の悩み Part1 第5章 人生の諸問題の悩み Part2 第6章 神理伝道の悩み 幸福瞑想法第7章 対人関係調和の瞑想 道元 +... 幸福瞑想法第2章 禅の瞑想 道元禅師霊示集第1章 道元禅師の霊訓 Part1 第1章 道元禅師の霊訓 Part2 第1章 道元禅師の霊訓 Part3 第1章 道元禅師の霊訓 Part4 白隠 +... 道元禅師霊示集第4章 白隠禅師の霊訓 Part1 第4章 白隠禅師の霊訓 Part2 栄西 +... 道元禅師霊示集第3章 栄西禅師の霊訓 良寛和尚 +... 道元禅師霊示集第5章 良寛和尚の霊訓 Part1 第5章 良寛和尚の霊訓 Part2 孔子 +... 孔子の霊言第1章 孔子の霊訓 Part1 第1章 孔子の霊訓 Part2 孟子 +... 孔子の霊言第2章 孟子の霊訓 Part1 第2章 孟子の霊訓 Part2 老子 +... 孔子の霊言第3章 老子の霊訓 Part1 第3章 老子の霊訓 Part2 幸福瞑想法第3章 無為自然の瞑想 荘子 +... 孔子の霊言第4章 荘子の霊訓 Part1 第4章 荘子の霊訓 Part2 リンカーン +... ソクラテスの霊言第6章 リンカーンの霊訓 ガンジー +... ソクラテスの霊言第7章 ガンジーの霊訓 聖徳太子 +... 天照大神の霊言第7章 聖徳太子の霊訓 坂本竜馬 +... 坂本竜馬の霊言第1章 坂本竜馬の霊訓 Part1 第1章 坂本竜馬の霊訓 Part2 第2章 坂本竜馬の霊訓 Part1 第2章 坂本竜馬の霊訓 Part2 悪霊撃退法第3章 坂本龍馬の章 吉田松陰 +... 坂本竜馬の霊言第3章 吉田松陰の霊訓 勝海舟 +... 坂本竜馬の霊言第4章 勝海舟の霊訓 Part1 第4章 勝海舟の霊訓 Part2 西郷隆盛 +... 坂本竜馬の霊言第5章 西郷隆盛の霊訓 福沢諭吉 +... 坂本竜馬の霊言第6章 福沢諭吉の霊訓 Part1 第6章 福沢諭吉の霊訓 Part2 木戸孝允 +... 坂本竜馬の霊言第7章 木戸孝允の霊訓 Part1 第7章 木戸孝允の霊訓 Part2 真説・八正道 +... 第2章 正見 第3章 正語 第4章 正業 第5章 正命 第6章 正思 第7章 正進 第8章 正念 第9章 正定 第10章 総論 ユートピア価値革命 +... 第1章 新時代の展望 第2章 ユートピアとは何か Part1 第2章 ユートピアとは何か Part2 第3章 ユートピア価値について 第4章 未来型人間とは 第5章 ユートピア価値革命 第6章 ユートピアと経済 第7章 理想的ユートピア論 太陽のメッセージ +... 第1章 いま神理の太陽が昇る Part1 第1章 いま神理の太陽が昇る Part2 第2章 魂の世界とその真実 Part1 第2章 魂の世界とその真実 Part2 第3章 愛の力・愛の神秘 Part1 第3章 愛の力・愛の神秘 Part2 第3章 愛の力・愛の神秘 Part3 第4章 悟りとは何か・その極致とは Part1 第4章 悟りとは何か・その極致とは Part2 第4章 悟りとは何か・その極致とは Part3 第5章 神理文明の流転と黄金の時代 Part1 第5章 神理文明の流転と黄金の時代 Part2 第6章 新しき世紀へ獅子のごとく Part1 第6章 新しき世紀へ獅子のごとく Part2 第6章 新しき世紀へ獅子のごとく Part3 更新履歴 @wiki @wiki @wikiご利用ガイド ここを編集
https://w.atwiki.jp/divine_revelation/pages/231.html
目次 1.神道も仏教も本源なる神より発した教え 2.新たな霊文明「宇宙船地球号」の船長、日本 3.偉大な政治的指導者を日本の国へ送り出す 4.最初の小さな歯車を廻す力は小さくてよい 5.悪天候の日にこそ灯台の灯が必要、法燈をこそ護れ 6.日本国憲法は抜本的に改正される 7.私の十七条憲法は神から授かった゛法゛であった 8.今後は仁徳高き者が政治的指導者に選ばれる 9.ユートピアの実現は日本から始まる 10.今後偉大な神霊が指導しよう 11.明治維新は私らの計画、光の指導霊を降下させた 〈天上界では、如来界高位に居られ、シュバン・ツェルと称ばれている。シュバン・ツェルというその名で知れるように、ミカ・エル、ガブリ・エル、ラファ・エル、ウリ・エル、パヌ・エル、といった方がたと並ぶ方の一人で、日本の国創りが肇まる以前には他の役割に従いておられました。〉 (1985年8月18日の霊示) 1.神道も仏教も本源なる神より発した教え 善川 聖徳太子様であられますか。 太子 そうです。 善川 かねがね、一度お招きし、お教えを賜わりたいと存じておりましたが、本日、ご多忙中にもかかわりませず、わざわざ私どもの中へお出で願いましたことを、ありがたくお礼申し上げます。 太子 あなたの前に現われるのはこれが初めてでありますが、実は、もう今から三年ないし四年前に、ここに居ります〇〇〇〇とは既に話をしたことがあります。このような機会のもとに私をお呼び頂いたことを感謝いたします。 善川 太子様には今を去ること千数百年前、この日本の国で政治を司って居られたということを史書により学んでおりましたが、現在天上界におかれましては、どういうお立場で、どのようなお仕事を主としてなさっておられますか。 太子 あなたも既にご存知のことと思いますが、さまざまの霊の中には、たとえばあなた方のように、いろいろの国に転生輪廻を重ねて゛正法゛を受け継いでいる方がたも居れば、たとえば、日本という国において国創りという使命を与えられて、国造りのために奔走している霊もあるのです。 私もこの日本の国に降りて国造りのために、布石を敷いた人間の一人であって、その後もこの日本という国を興隆発展させるために、陰になり日向になって、あなた方日本の国民の皆様を指導しております。これもこの、日本という国に、やがては――やがてというのは、私が生まれた時からみてやがてということでありますが、やがてこの国が世界の仏法の中心になる日が来るということを私は知っておりましたから、まずこの国を栄えさせねばならない。そのような使命のもとに千年余に亘って活動してまいりました。 善川 現在天上界におかれては、どのようなお方がたとご一緒にお仕事をされておられますか。 太子 天之御中主之神、この方は主として日本の国の宗数的指導を担当して居りますが、同じく如来界において私は、この日本という国の基礎となる政治、経済、文化の面を主として担当しております。私と天之御中主、それ以外にあなたのご存知ない方も居られますけれども、そうした数名の方が主に、日本という国の国造りのための桂となっておられます。 善川 天照大神もご一緒であられますか。 太子 少し違うところに住んでおられます。 善川 この方は、女神様であられるために、女神様の地域においでになるということですね。 太子 そうですが、しかし私たちの仲間であることは変わりありません。 善川 この方もやはり日本の国造りにお働きになられた方ですね。 太子 そうです。今からおよそ三千年程前のことになりましょうか、神のご計画のもとに、われわれ諸霊が、諸神霊集まりまして東の国日本において新たな神国を創らんとする計画が立てられました。その時に最初の中心として集まったのが私たちでありました。 善川 太子は日本の国造りということに力を尽くされたということでありますが、しかし、日本神道糸とは若干違ったお働きをされたように思いますが。 太子 もちろんそうです。私は生前、仏法の移入と申しますか、仏法をわが国に伝えるために努力いたしました。本来ご存知のように、仏教といい神道といっても根は一つでありますから、例えば私の前にもちろん日本の神々の信仰というのはあったのですが、大きな意味において、日本という国にどのような宗教を根づかせるかということが、私たちの使命であったということです。 善川 そこで天之御中主之神が指導されている日水神道糸の惟神(かんながら)の道という教えと、仏教の教えとでは相容れないものがあったのではないですか。 太子 そうでもありません。日本の今の宗教というものをよく見てごらんなさい。仏教と、神道とが混和一体となって、さまざまな文化が作り出されているはずです。神道だけでもありません。仏教だけでもありません。そうしたものが集合した神社といい、仏閣といい、日本の文化というものを作り出してきたのではないでしょうか。私たちはそのどちらもが必要なものとして思われたのです。 よくよく考えてごらんなさい、いま日本という国は文化的には発展しておりますが、その基礎となったのは一体何でありましょうか。その基礎となったのは、われわれの先祖を大切にするという敬畏の念、敬いの念、これを中心とする日本神道の流れと、或は外国から、印度、中国、日本へと渡って来た、いわば先端的な学問でもあり、宗教でもある仏教という流れ、この二つが底流となって日本の文化を作っているのであって、どちらか一つでは成り立ってはいないのです。 仏教は、日本の国においては宗教というよりも、ここ数百年、千数百年の間、主として学問という意味あいをもっていたと思われます。ですからあなた方は、いまご自分たちの立場に立って仏教もまた神の教えであり、神道もまた神の教えであるということをご存知ですが、主として仏教は、日本においては一つの儀礼であると共に学問としての流れでもあったと思うのですが、神道糸の方は主として先祖の霊、先祖の神々を敬うということに力を注ぎましたが、学問的な発展ということは余りなかったのであります。 ですから、日本の国を造った指導的な理念は、神道糸における「敬」、敬うという理念ですね。先祖、神々、これを敬うという「敬」の理念と、仏法によってつくられた「慈悲」の理念、「敬の理念」と「慈悲の理念」、この二つの理念が綾をなして日本の国を造って来たのです。これに、近代キリスト教の「愛」の考えが流れ込んで来ております。これはまだ日本の国においてはそれ程大きな力を持っては居りませんけれども、「敬の理念」 「慈悲の理念」「愛の理念」この三つの理念が一つとなって、本当の意味での「正法」というものが成りたっていくのです。 2.新たな霊文明「宇宙船地球号」の船長、日本 善川 特に太子様は、日本の国の今後の政治、文化、こういった方面についてのご経綸と申しますか、指標というものについてのお考えを何かお持ちになっておられますか。 太子 もちろんです。現在までの日本を造るために、ずいぶん苦労をして来ました。さまざまの戦乱もありました。その間に多くの人達の血が流れて来ました。これは私たちにとっては、好ましいことではありませんでしたが、けれども来たるべき新しい現代社会を造るためには、やむを得ない外科手術であったということであります。いま、私たちは、日本という国をこの次元にまで持ってくることができました。そして私たちがいま考えていることは、日本はいま科学において、経済において、世界の一流国となりました。そしていまあなた方数名、数十名、まとまって日本という国に出られて、日本という国に新たな霊文明の夜明けと申しますか、黎明を告げんとしています。これからの日本に新たな霊文明ができていくでしょう。その霊文明を基礎として、今度は日本という国が、世界の政治、経済、文化において、この宇宙船「地球号」の舵とりをする役割を担っていくのです。霊文明ができて、はじめてその後、世界文明の中心として舵とりをしていくのです。 3.偉大な政治的指導者を日本の国へ送り出す 太子 そのために私は、あなた方の後に出す人達もいま計画しております。あなた方が霊文明をつくっていきます。宗教を創っていきます。その後に私たちの世界から偉大な政治的な指導者を送り込むつもりであります。 善川 現在の日本の経済はかなりの発展をみるに至りましたが、政治におきましては、ご承知とは思いますが、まだ精神的な大きな進歩というものは、いまの為政者にはそうみうけられないように思いますが、近々に政治の理念の改革ということについて何かお考えでしょうか。 太子 考えております。私たちの考えていることは、まずこの科学文明、物質文明の上に、あなた方の雪文明というものを重ね合わせて、この霊文明と、科学文明との融合した一つの世界、一つの文明を作った上で新たな指導者は、本来私たちの世界で指導者であるべきものが、三次元世界でも指導者となるような、そういった世界を創るつもりなのです。いまあなた方の三次元世界での指導者といわれる人はどうでしょうか。実在界においても指導者といわれる方がたでしょうか。断じてそうではありません。彼らは死後地獄に堕ちたり、或は幽界や、霊界に止まっている霊たちであります。そのような者が国というものを引っ張って行こうとしているのですから、これはどうしても正しい方向にいくわけではありません。ですからそうしたものたちの跳梁を許さないためにも、文化の基礎として霊文明というのを確固たるものにしなければいけないのです。そして霊的に優れたものが、政治的にも経済的にも、指導者となっていけるような基礎を私たちは造りたいと思うのです。 ですから今後また、神代の時代とは違った意味における祭政一致の指導者が出てまいります。昔は占いをしたり、或は祈祷をするような人が政治の中心であった時代がありました。それとは時代が変わっています。科学的霊文明の中において、最高に霊的に優れた人が、最高の政治的、経済的指導をするというような、そういった時代が訪れます。 霊的に優れていることが、指導者の条件であるというような世界が出来てきます。そのために、そのためにもあなた方が基礎づくりをしているということ、その時にはじめてこの池上も、仏国土、ユートピアになるということです。そうではありませんか。天上界において人びとを指導している人達が、この三次元においても人びとを指導していく体制こそが、本当の意味での仏国土ではないでしょうか――。 善川 現在、ご承知のように同じ宗教団体におきましてもわが国では、神道系宗教団体、或は仏教系宗教団体でありましても、それぞれかなりの地力を持っておりますが、こういう中から政治の部面へ進出して活動しておりますが……。 太子 そうではないのです。そういうものでなくてですね、あなた方もそうですが、これから数十年かかって新たな精神文明を造っていくのですが、その中から政治家達が出てくるということであって、既存の宗団の中から出てくるというわけではないのです。ですから、いまあなた方は、自分たちだけの小さな仕事をしているかも知れないけれども、これだけ壮大な計画が出来上がっているということなのです。大いに勇気と自信を持って頂きたいと思います。 4.最初の小さな歯車を廻す力は小さくてよい 善川 私たちもみな様方のご指導によって、そういうわれわれの任務というものが明らかになりつつあると自覚するものでありますけれども、この三次元世界にあってはいろいろな制約がありまして、これが実行の緒にはなかなかつかないというような状態でありますが、近々のうちに何らかの方法で踏み出すということができましょうか。 太子 あなたは、歯車というものを知っているでしょう。歯車は、同じ大きさだけではないのです。ここに小さな歯車があるとします。その横にもっと大きな歯車があります。その隣にもっと、もっと大きな歯車があります。その隣には、もっと大きな歯車があります。最初の歯車は小さいのです。これを廻すのはそれ程困難なことではありません。この最初の歯車が廻ると、更に次の中くらいの歯車が廻ることになり、さらに大きな歯車が廻り、さらにもっと大きな歯車が廻る。最初の歯車を廻す力は小さくともよいのです。この力がやがて数十倍、数百倍にと動いていくのです。 善川 そういう意味で私どもも、その小さな歯車の、いうなれば刻まれた歯の二齣(こま)となって何とか努力したいと思ってやっておりますが、これは今後のわれわれの努力と、皆様方のと支援とによってこの歯車が動き出すかどうかということにかかっておりますが、さて、そこで私がいま案じますのは、果たして歯車は廻転するとして、その後日本という国が一応世界の精神面での指導的な役割を持つであろうと、皆様が申されているのでありますが、これは建設的な面での希望的な観測でありますけれども、ここに一方、裏面から見ますと゛破壊゛的な現象が同時に併存している大変な時代の到来を迎えるということについて、人類はこれらを切り抜けていけるでしょうか。 5.悪天候の日にこそ灯台の灯が必要、法燈をこそ護れ 太子 私はあなたに申しあげます。灯台の灯が必要なときはどんなときでしょうか。海が凪ぎ、景色が明るい時に灯台の灯は必要でしょうか。必要ではないのです。灯台の灯が必要な時は、闇夜であります。悪天候の日にこそ灯台の灯は要るのではないでしょうか。晴れてよく見晴らしのよくきくような海の凪いだ時に、灯台などはあろうがなかろうが意味はないのであります。それは景色の一つでしかありません。けれども、悪天候、荒天の時にこそ、涛が逆巻く時にこそ、真っ暗な時にこそ、月も出ず星も出ない時こそ、舟は、漁師たちの舟は、大きな船も灯台の光を頼りにして進むのではないでしょうか。 あなた方、その混乱というのが理不尽に思える時があるかも知れないけれど、大時化(おおしけ)の時こそ、灯台の光は必要であるということを肝に銘じて頂きたいのであります。 晴れた日には、灯台はいりません。平和な時が流れていくならば、あなた方の仕事もないのです。 善川 過般出られました、イスラエルの旧約聖書中の予言者、エリヤ様のお話によりますと、大体「七つの予言」として述べられたのですが、この時期に人類は進化を目指して、大きな地球的規模の変動を体験すると申されましたが、その中で日本という国が、どのような関わり方と経験を経なければならぬのか、まあその時代と時期には、日本においては正法神理の理解も根づき広まっていようとは思いますが、私たち自身がその間、どのような心づもりで進まねばならぬかということであります。 太子 どうか、もうそんなことはお考え頂かないようにお願いいたしたいと思うのです。そのような現象的なことばかりの恐怖心を世の人々に伝え、あなた自身もまたそのような恐妬心に陥るような人間であってはならないはずです。そんなことは関係ないのです! どんな条件があろうとも、灯台の灯を守るということが大事なのです! 法燈を絶やさないということです。大時化があったところで、地球に穴が空くわけでも、空がなくなるわけでもないのです。時化はやがて止むのです。海はやがては凪ぐのです。けれども、海が荒れたといっても、島が流れてしまうわけではないのです。あるべきものはちゃんとあるのです。そのような弱い心でどうしますか!たとえ現象として日本の国が災害の中に入ろうとも、どんなことがあろうとも、法燈を絶やすことなく、点すということがあなた方の使命なのです。 起こるべきことは起こるのです。それを止めることも、どうすることもできないのです。ただ、その中であなた方が、どのように生きるかという方向を、人びとに示さなければいけないということなのです。凡百の予言書などを読んでいるようなつもりで、私達の説を聴いては相成りませんぞ! よろしいですか! 善川 はい。そのことにつきましては、今までいろんな方からお話を伺っておりますが、私ども、それだけのこころづもりをして世の人びとに語り伝えていかねばならぬと思っております。いま、太子様から力強いお言葉を賜わって、私どもは心新たにいたした次第です。 太子 要するに不動心を持ちなさい。正法伝道の基礎にあるべきものは、゛不動心゛であります。鉄壁の不動心であります。金剛不壊のあなた方の力というものを、存在というものを、信じなさい。ささやかな現象に左右され、不動心をもって事に当たらないと、何事も成就いたしません。不動心を持って行きなさい。たとえ槍が降ろうとも、鉄砲の弾丸が飛ぼうとも、核ミサイルが飛び交おうとも、その中において、あえて、正法を説き続けるというような、不動心を持ち続けていきなさい。この勇気、不動心こそが、後世を照らす光となるのです。己れ一人の、僅か五尺、六尺の身体を惜しいと思うな、そのような生命を守ろうと思うな! 6.日本国憲法は抜本的に改正される 善川 ところで、日本という国の問題ですが、日本は外国と違いまして、独特な国体をもっておりますけれども、このような形が永続していくのでありましょうか。 太子 国体とは如何なる意味であるか。 善川 たとえば、日本においては、かつては万世一系の天皇の親政が行なわれてきたという経過がございます。現在は新憲法において、天皇は一応国の象徴的な元首というかたちになっておりますけれど、しかしその内容におきましては、人びとはやはり天皇というものを崇拝して、そして国を固め守っているというかたちでありますが、こういう形態が今後も好ましいすがたでありましょうか。 太子 日本国憲法は、いずれは抜本的に改正されます。ただし、天皇に関しては、今のような象徴的な形となりましょう。日本国憲法の特殊性は何かといえば、政治の上に、象徴的な意味で宗教があるということであります。神的なものがあるということであります。これは、日本国憲法の中に唯物的な志向が相当流れているにもかかわらず、折中的な形として、精神的な支柱が必要だというすがたをとっているのであります。しかしながら起草者たちは、本来の意味において、どのようなありかたが正しいかということを知らずに作っております。これは現行の憲法です。しかし、やがて日本国憲法は改正されるでありましょう。そしてその中に、支柱として出てくるものは、正しい゛法゛というもの、これを敬うような国体というものを作っていくでありましょう。 善川 現在問題になっています第九条につきましては、これはどうなるのでありましょうか。 太子 そのような小さなことを私は言っているのではないのです。第九条自体は、もう既に実質的改変失条されております。もう戦争やる気でおります。 善川 これもみなあなた方のご指導によるのでしょうか。 太子 このような小さなことは、私たちの指導ではないのです。そのような浅はかな人間知によって作られたものがどうかとか、その解釈がどうかとか、このようなことは関係ないのです。 善川 まあしかし、いま仰られたように、いずれはあなたが最も理想とされるような日本国憲法ができるわけでしょうか。 太子 本来、憲法の場にあるべきものは、これは変な契約説などではないはずです。そんなものを採って、人聞知で作っているのです。人間が作った法、人間が作った最高法であります。そうではないはずであります。 「法」はもともと神から与えられるべきものであります。今の憲法は神から与えられていますか。人聞知を寄せ集めて作ったものであります。その中には勿論よくできている部分もあります。けれども、根本的に神の法ではないということであります。 7.私の十七条憲法は神から授かった゛法゛であった 太子 「法」の源は、何でしょうか。ユダヤのモーゼの律法が法の源になっております。あれは神から授かった゛法゛であります。その後さまざまな契約がでてきました。西洋においてもさまざまな法規範がでてきました。それを日本でも移入して作っておりますが、日本の憲法自体は学者が集まって、政治家が集まって、作ったようなものでありますし、西洋のそれも同じであります。神から与えられたものは現在何一つ残っておりません。 私の十七条憲法は、どうだったでありましょう。これは私が作ったと思われますか。そうではないのです。私もあなた方と同じように霊的能力を持っており、私は生存中に天上界の方がたの、諸如来、諸菩薩の方がたと交流しておったのです。そして私の十七条憲法も、もちろん当時の時世に合った作り方をしておりますが、けれどもこれは、神仏、神から与えられた法なのです。神というよりは、神の使いですね。諸如来、諸菩薩から与えられた諸規範なのです。内容的には古くなっているかも知れませんけれども、その中に流れている精神は、現在日本国憲法など足元にも及ばないようなものがあるはずです。それは、私の法は神から与えられたものであるからです。 現在の法律はそうではありません。法律学者や、政治家が決めたものであります。十七条憲法は古くなりました。しかしながらこのような正法に沿った、神法に沿った、憲法というものがやがて作られていきます。そのためにはあなた方の霊的な文明ができていかなければいけないということです。あなた方の文化の中に霊的生活というものが進んでいかなければいけない。霊的生活というものが浸透していかなければいけないということです。そうしてはじめて素地が出来あがってくるのです。 今後出来上がる憲法は、「正法」に基づく憲法であり、神より与えられた憲法になっていくはずであります。そうでなければならないでしょう。そうではありませんか。現在の憲法は素晴らしいことを書いているかも知れません。文章としては素晴らしいことを言いているかも知れません。しかし心がないのです。人間は何を守らなければいけないか、それは神より与えられた法を守らなければいけない。そうですね。その法とは何かということが、現世の方がたには分からなくなっているのです。 私は例えば十七条憲法の中に『和をもって尊しとせよ』ということを言いました。これは人間が守るべき法であります。このような条項が、日本国憲法に現在ありますか。ありません。憲法とは、本来はそうした正しい心と行ないの法でなければならないのです。 私は、また言いました、『自分のみが正しいのではない。他の者の意見も正しいものである。お互いに゛議論(あげつら)゛っても、他人の非を゛論(あげつら)゛ってはならない。よくよく相談して物事を決めていきなさい……』と。そういう合議制というものを、私は述べました。人間はともすれば、自分だけは正しくて他人は間違っているということになってしまいます。ところが他人にはまた一分の理があるのです。向こうからみればこちらも完全に悪いわけではなく一分の理があるのです。同じことが相手にも言えるのです。こういう根本の法ですね。人間生活における根本の法を私は十七条憲法の中に盛っているのです。しかしながら私の十七条憲法そのものは、その成立後、千数百年に亘って正しく理解されていることはありません。なぜならばそれを研究している人達が宗教家でないからであります。歴史学者がいくら私の十七条憲法を説明したところで、理解しようとしたところで、分かるわけはないのです。その十七条憲法の裏にあるのは、神の法であり、これは本来の意味における宗教家でなければこの意味がわからないのであります。ですから今後、日本の国の憲法というものも、正しい神の法を具現したものとなっていかねばなりません。そのために、私は最初に申しあげたはずです。あなた方の霊的指導、活動、行動、宗数的な物事、これの成就した後に、政治的な、経済的なリーダーを私たちの世界から送り込むつもりであると、私は申しあげました。こういうことであります。 8.今後は仁徳高き者が政治的指導者に選ばれる 善川 それは複数の方がお出になるのですか。 太子 もちろんそうです。やがて宗教をも体験し、政治をも体験したような人が出てくるでありましょう。本来ならば一国の大臣となり、首相となるような人達は、政治的にも才覚が優れていることは勿諭でありますし、知識も秀れていることは勿諭でありますが、人間として人びとの範となるような人でなければならいなはずであります。ところが、日本の今の政界をみてどうでしょう。あなた方、政治家の何方(どなた)をみて、人間の範として足る人が居るでしょうか。彼らは大きな力を持っています。器もあるかも知れません。行動力もあるかも知れません。発言力もあるかも知れません。しかし、一歩ひき退って、人間としての゛器゛を眺めたならば、彼らのうちのどこに、人間として手本とすべき範がありましょうか。今後期待される政治家は、政治に関与する人達は、人間として生きても超一流であって、あなた方が範としたいような人達であります。そうした人達が「政(まつりごと)」をやってはじめて国は治まるのであります。 本来上位にあるべきものが下位にあり、下位にあるべきものが頂点に立って支配しようとするからこそ経済も、政治も、国も乱れるのであります。本来上に行くべき人達、霊的にも優れた人達が範となって、模範となって、政治をする時代がくるのです。来なければいけません。けれどもその前の段階において、宗数的な大革新をやっておかなければ、今のような政治状態においては、徳ある人が居ても政治家となって、一国の長となっていくことは非常に困難であります。 善川 政治的な分野においては今のところ、そういう方がおいでになるようには見渡せないのですが、一方経済界においては、ある程度と申し上げては失礼ですけれども、進んだ考えを持っておられる方が出ておられると思うのですが。 太子 出ております。 善川 かなり複数の方が出ておられますか。 太子 出ております。今後も出てまいります。 9.ユートピアの実現は日本から始まる 善川 しかしこういう方の中から政治家が出られるというのではないのですか。 太子 そうではありません。天来の指導者が出てまいります。いわば「哲人政治家」のような方が出てくるということであります。人びとから、国民から尊敬をうけるような、神仏の法を知り、この世のことも知った偉大な人がやがて出てくるでありましょう。あなた方は、その前段階として主として宗数的な面を整備するために出ている霊です。 わたしたちの目的は、この日本という国を、最高の仏国土、ユートピアにするということであります。そして私たちの計画もいま最終段階に近づいているということであります。私は二千有余年前からこの日本という国を見てきました。そして自らもこの間、肉体を持って生まれたこともあります。その後も日本を指導しておりました。そうして二千年の歴史をふり返ってみる時に、どうやら日本という国も、最終段階の完成期に近づいているということです。 善川 その完成期の作業が了ったその後はどうなるのでしょう。それが永遠に続くのでしょうか。 太子 ハハハ――またまたそのようなことを考えるけれども、言っておきますが、過去の歴史がそうであったように、日本が成熟し、゛正法゛がそこで栄えた後は、また、正法は他の地域へと移っていくのです。それはやむを得ないことです。そしてあなた方もまた、他の地域へと転生していくのです。 そうではないですか。その方が楽しいでしょう。その方が素晴らしくはありませんか。日本という国に降りて、日本という国に正法を栄えさせ、神の国を造り、そして成功した。また「正法」が他の国に流れて行く。そこへまた生まれて行って、新たな仏国土をそこに造っていく。これは素晴らしいことではないですか。同じ日本という国に五回も、十回も生まれてやったところで、あなた方の魂の進化もないし、民族集団としての進化もありません。ですから、すくなくともこの日本という国は、いま最終段階に入りつつあるということです。 善川 ということは、そういう段階においては、天上界にある皆様方も、やはり新たな世界で、新たな計画を始められるということになりますか……。 太子 もちろんそうですが、とりあえず、現在やることは、日本の国において、新しい建設をやるということです。ただこの正法の運動も、四十年、五十年、六十年と続いていきます。後半においては、政財界の立て直しのために活動する人たちも加わってまいります。ですから当初においてはもちろん宗数的な運動であります。けれども後半においては、政財界の浄化、革新というようなこともその中に入ってくるでありましょう。 善川 その時にはそういう人達が集まって来られるというわけですね。 太子 そうです。つまりあなた方の弟子筋の人達の中から、そういう偉大な人達が出てくるということです。 10.今後偉大な神霊が指導しよう 善川 お聞きするところによると、天之御中主之命は、私たちをご指導して頂けるようなお立場にあるようですが、そうでしょうか。 太子 そうです。 善川 これは宗数的な方面でのご指導でしょうか。 太子 そうです。やがてまた他の神霊があなた方を指導していくようになっていきます。 善川 他とは、日本神道糸の方がたでしょうか。 太子 まだあなた方が接していない神霊で、偉大な使命を持っておられる方がたがおられます。 善川 そちらの方(ほう)にですか――。 太子 そうです。それらの方がたもやがてあなた方を指導されるようになるでしょう。物事には順序があり、あなた方の学習にも進度があります。ただ私は、外部から一言申しあげておきますが、あなた方は、あなた方の守護指導霊の方がたに対する感謝の念が足りないように思います。彼らがどのように苦労されておられるかということを、もっと、もっとよく考えなさい。あなたが彼らの立場に立ったなら、彼らと同じだけの指導ができるかどうかを、よく考えてみなさい。どれだけの苦労をしておられるか、あなた方は、肉体を持っているというハンデは承知の上ですが、それにしてもあなた方の不甲斐なさ、学習の遅れ、これは非常なものであります。彼らは大変苦労をしております。 善川 いや、それはつくづく感じているわけでありますが、いかんせんこの三次元の世界で、しかも神代の時代でなく高度に発達した近代物質文明社会に生活しなければならないという身にとっては…… 太子 すくなくとも私が、彼らの言葉を代弁するならば、守護指導霊は言わないでしょうが、私が代弁するならば、彼らはこう思っているのです。彼らがどれだけいい教えをあなた方に説いてそれを他の人達に伝えようとしても、あなた方が救われていなければ、一体どれだけの力がありましょう。何年もにわたってあなた方に教えを説いて、それを他の人に伝播しようと思ってもあなた方が素直に受け入れなければどうしようもありません。守護、指尊霊達の苦しみ、悲しみが、どれだけのものかということを、よく考え反省してみなさい。すくなくとも毎日一度は感謝の念を持ちなさい。すくなくとも日一日と進歩するあなた方でありなさい。すくなくとも年毎に進歩するあなた方でありなさい。今年のあなたは、去年のあなたより進歩したあなたでありなさい。今日のあなたは、昨日のあなたより、今月のあなたは、先月のあなたより進歩しているあなたでありなさい。もちろん事業という面において、着実に成果を収めていくことも大事でありますが、あなた方ご自身の心の状態、精神の状態が一歩々々前進する状態でありなさい。 あなた方の歩むべき道は、神への道であり、目標ははっきりしているのであります。その階梯(きざはし)を一歩々々確実に登って行きなさい。ですから心の中に、悪い心や、迷いや戸惑いが出た時には、今のあなたは、昨日のあなたに比べて進歩しているか、一年前のあなたに比べて進歩しているかどうか、立ち止まってよく反省をしなさい――。 11.明治維新は私らの計画、光の指導霊を降下させた 善川 太子様は明治の維新時におきましても当時の人々をご指導されたのでありましょうか。 太子 そうです。明治維新の時にもまた私たちは、毎日忙しい日日を送りました。私たちの世界から多数、何十人もの光の天使達をこの地上、日本の国に送り込みました。そしていろんな計画を立て、いろんな事業を成してきました。それもまた主として、私が中心でやったことであります。あなた方の知っている人では、たとえば、勝海舟という人がおります。坂本竜馬という人がおります。或は、岩倉具視という人がおります。その他さまざまな人々がおります。いずれも私達の世界から派遣していった人達です。径済界にも基礎を作るために大いなる人を送り込んでおります。 善川 木戸孝允という方もそうですか。 太子 もちろんそうであります。 善川 それから明治天皇もそうであられたのですか。 太子 少し違いますが、彼も彼なりの使命を果たしました。ただ私達の仲間ではありません、諸如来、諧菩薩の中にはおられる方ではありません。 善川 そうでありますか。坂本竜馬という方は、最後は非業の最期を遂げられたのですが、ああいう方でも高級霊であられたのですか。 太子 イエス・キリストの最後と比べてごらんなさい。 善川 私たちは、あの時代の先輩の方がたの行動、労苦に較べればまるでぬるま湯につかっているような状態で過ごしているような気がして反省させられてなりません。 太子 ですから、私達の計画をよく見て頂きたいのです。千八百年代中頃から後半にかけて、開港という状況を踏まえて、まず、政治的な運動が起きました。その次に経済的な交流ということが起きてきました。その次に、こんどは宗教というか、精神的交流がいまあなた方の時代ですよ。第三段階ですよ。近代における、政治における解放、次は経済における解放、最後は精神における解放、精神の段階にいま来ているわけです。その後に、政、財、宗教、文化、すべてが統合した世界が出来上がっていくわけです。このような大きな計画があるわけです。ですからまず宗教者たちを出す前に、明治維新の頃に改革家達を次つぎと日本の国に送り込んでいったのです。これからあなた方の事業がはじまり、その後は先に申しあげた通りの展開で時代が発展して行くのです。 善川 本日は、太子様にはお忙しいところ私たちのためにご高説をたまわりまして、まことにありがとうございました。特にこれ以上のご指導はなかろうかと思いますので… 太子 もう一人だけあなた方と、お話をしたいという方が来ておられますが、話をされますか、どうします。 善川 ああそうですか、どういう方でしょう。 太子 イエス・キリストと言われる方です。 善川 ああそれは是非、お待ちいたしておりました。 太子 それでは、私の出番はこれで終わりのようですから、私はこれで還らせて頂きます。 善川 ありがとうございました、どうも――。
https://w.atwiki.jp/waretada/pages/202.html
少林方丈と話をし、崑崙 炎天魔帝を倒すように言われる。 崑崙山にて、炎天魔帝を倒し、少林方丈と、会話すると、 奇人クエスト「天上之碑」がスタートである。 少林方丈にて「天上之碑」で会話。 入ると、受付僧がいるので、会話すると2Fへ飛ばされます。 突入したと同時に7,200秒のタイマーが作動 天上秘洞 2階 小熊 (血殺鬼) x 1 小熊 (血殺鬼) x 2、熊 (羅刹鬼) x 1 熊 (羅刹鬼) x 3、黒熊 (千毒鬼) x 1 黒熊 (千毒鬼) x 4、熊皇 (破天鬼) x 1 13匹倒すと、画面右の階段からいつでも 3階へ進めます。 天上秘洞 3階 カラス (黄土魔人) x 1 カラス (黄土魔人) x 2、カラスの群れ (氷雪魔人) x 1 カラスの群れ (氷雪魔人) x 3、ハクトウワシ (黄土夜叉) x 1 ハクトウワシ (黄土夜叉) x 4、八色鳥 (氷雪夜叉) x 1 八色鳥 (氷雪夜叉) x 5、鵬 (青海魔王) x 1 19匹を倒しきると、画面右の階段からいつでも 地獄絵図へ進めます。 最初は「魔佛降臨」×1と、「うわばみ」×5匹がいます 人面血蛾の湧き方 30秒後… 1匹 60秒後… 2匹 90秒後… 3匹 120秒後… 4匹 魔佛降臨 体 力 80,000:攻撃力 20,000: 耐 性 5,755 魔佛降臨だけ倒せば、クリアです。 奇人クエストについては、天上布武・狐火が秀逸すぎるので、そちらをご覧下さい。
https://w.atwiki.jp/divine_revelation/pages/311.html
目次 1.天上界の計画 2.未来文明の計画 3.宇宙人とのコンタクト 4.宇宙文明との融合 5.地球的正法統一の鍵 6.大救世主再臨の予言 (1988年6月19日の霊示) 1.天上界の計画 はい、高橋信次です。みなさんこんにちは。今日はこの大予言の締めくくりですが、やっぱり最終章がくると嬉しいんですね。うーん、やっぱり喜びというものがあるもんですね。天上界の霊にもこういう制作の喜び、創造の喜びというのがありまして、いよいよ出来あがるなーと思うと、やっぱり嬉しいですね。顔がほころんできます。みなさんわかるでしょう。私の喜びが。 とうとうこれで何冊目になりましょうかね、もう私の本としては十冊目ぐらいかと思いますが、ワーワーワーワー言っててとうとう十冊までこぎつけた。こういうことで私の計画は果たせました。 当初はまだこの時点で十冊出来るとは思っていなかったんで、予定より早くなった。やっぱり自力の神様は自力で道を開いていく。まあ、そういうふうに思っていただいていいと思いますね。だから、その自力の神様が予言のことを言うのはおかしいんじゃないか。そのように言う方もいらっしゃると思いますが、それはそれでね、まあ適当に考えておいてください。 それで本章は、最終章ということなんでね、表題に偽(いつわ)りがあってはいかんので、大予言を中心に話をしたいと思います。 ただ予言は予言ですが、何年何月何が起こるという予言はあまりしないでくれという依頼があるもんですから、私も信頼が薄いもんでね。生前過去世をいっぱい教えて間違ったということがたたりまして、「お前が予言してもたぶん的中率が三割ぐらいじゃないか。」と言う人もいるかもしれない。まあ、三割打者っていうのはプロ野球だったら食っていけますが、予言で三割だとちょっと食っていけないかもわからない。そういうことで、神様への信頼感が薄れるから何年何月どこそこに誰が攻め込むなんてこんな話はしないでくれと、こう言われたので、しかたなく抽象的に、黙示録のヨハネふうにボーッと言いたいなと思っています。 そこで、まず最初は、私は「天上界の計画」ということで話をしたいと思います。天上界では、どういうふうな計画を立案して、一体それがどういうふうに実践と言いますか、実行に移されているか。こういうことを言っておきたいと思うんです。 じゃあ未来の計画というのはあるのか、ということですね。人類の未来計画というのは、一体あるのかないのかということですが、計画はやはりあります。それは、会社なんかで事業計画があるのと一緒です。そういうことでそれぞれに担当があって、持ち寄って計画を立てています。九次元に十人いると言ってますが、それぞれ役割分担があって担当がありますけれども、みんながやっぱりそれぞれの担当についての計画を立ててきて、それを持ち寄って計画を作っています。そしてある程度の計画の大綱(たいこう)が出来ると、それを八次元以下の方に降ろしていって具体的実行に委(ゆだ)ねる。そういうふうになっています。 ただこの時の実行の際に、やはり高級霊界も非常に人口が多(おお)ございまして、諸霊の意見は必ずしも一致はしていないということがあって、実行の段階では多少ズレが出ることはあり得ます。そういうことはあると言ってよいでしょう。 それはたとえて言えば、キリスト教系の霊であるならば、やっぱりキリスト教系はそれなりの予言の成就とか、キリスト教の広がりというのが、うまくいくように予言をもっていきたい気持は多少あるし、高橋信次であれば我が復活を中心に全世界がまとまるようにいきたいと思うしね。日本神道系であれば、日本神道の日本という名前を外(はず)したい。世界神道という名前に変えていきたい。そういうことで、アメリカとヨーロッパも光一元の思想で染めてみたい。こういう気持も多少あるでしょうから、なかなかそのものズバリというふうにはいかないんですね。 結局ね、みんなこういうふうに考えてもいいと思うんですよ。万国博ってあるでしょう。万国博っていうのがあって、たとえば日本で筑波(つくば)博だとか、大阪の万国博だとかいっぱいあったけど、ああいう政府が音頭とって、そしてまあ通産省でしょうかね、具体的には通産省が立案して、そしてやりますね。そして立案は通産省がやってるけれども、実際にやるのはどこかっていうといろんな企業でしょう。企業がパビリオン出してやるんだよね。あるいは世界各国から展示が出ますね。そういうもんで、実行はいろんな民営業者と言いますか、民間の人たちに任されているんですね。だけどもその統一づけを通産省がやっている。まあこういうことがありますね。 だから、天上界の計画もそういうところがあるんですよ。お店屋さんはみんな違うんだな。お店屋さんて言ったら悪いかも知れないけども、それぞれの業者がいるわけですね。高級霊界にも業者がいて、彼らの力を使いながらその計画を実施していく。したがって、そういうことで意見の調整をしながらやっているんですね。 そして大きな目で見ると、天上界の計画にはどの程度まであるのか。もちろん神様には、地球の計画というのもおそらくあるでしょう。四十五億年の歳月が地球が出来てから経ってますが、今後地球が消滅していくまでの間、あと何億年か何十億年かわかりませんがあるわけで、これについての大体の計画はおそらくあると思います。 そうした計画が、おそらく億年単位での計画が立っていると思います。おそらくこの五億年ぐらいはいろいろ繁栄させて、残りの五億年はまたちょっと衰退させて、そしてまた新たな五億年をつくってというぐらいの大きな波で、たぶん神様は考えておられるでしょう。 そういうことがあると思いますが、我々人格を持った僕(しもべ)の霊たちとしてはですね、まあそういう大きなことばかりでも計画できないんで、もうちょっと小さく分割して考えています。 そして私たちの計画によると、大きめの計画、長期計画はだいたい一万年ですね、一万年計画ぐらいでだいたい一つの文明の盛衰をみています。一万年計画ぐらいで大きな計画をつくります。それから後は、二、三千年おきぐらい、すなわち救世主が出てくる周期ですね、周期二、三千年おきぐらいの中計画をつくります。そして小計画としては、やっぱり数百年単位ですね。 これはたとえば、そうした大救世主が二千年ないし三千年に一回出たとして、その法、次の法が出るまでの間のつなぎですね。宗教改革であるとか、あるいはいろんな菩薩を送り込んで、いろんなそういう宗教の高みをつくったり、そういうことをする。何百年かおきの周期の小計画ね、この程度まで私たちがタッチしています。 そしてその具体的な実践は、下(お)ろしていくわけなんですね。そういうことで、宗教改革的なそういったことは、如来界、菩薩界なんかで実践における相当具体的なことを練っています。しかし、大救世主の降臨なんかということは、これは九次元界で決めている。そういうふうに言ってもいいでしょう。 これ以外に、天変地異だとかいろんなものが起きたりしますが、これらも計画がないかと言えば、もちろん多少ないことはない。知っていることは知っている。全部地球意識のせいにしていたらやっぱり怒られるのであって、多少社長の決定というには部下からの稟議(りんぎ)が上がっていくことは事実ですね。誰かがやっているのは事実なのです。 そうすると、じゃあどの辺がどういうふうにやっているのか。霊言集なんか読んでもわかると思いますが、孔子様なんかは宇宙のなかでの地球計画、そういう進歩計画を今やっていると言ってますね。たとえば銀河系のなかでそれぞれの星が、人類が住んでいる星があるわけだけれど、それぞれの進歩、進化の度合が違う。で、地球の位置づけはどの程度であって、今後どういう計画を立てないと地球はこういうところまで行かないと、こういう大きな見通しを立てているね。そういう計画立案をやっている。 もともとこれは、エル・ランティという人がやっていたんですが、その人が地上に出ている間に孔子様がやるようになって、取られとるんですね。これを取り返さねばと思っているんですが、そういう仕事をやっています。 それからあとマイトレーヤーという大如来がいるんですが、これはまあ女性霊じゃない方の大マイトレーヤーなんですが、これも非常に計画と関係があります。この方が今、結構力を持ってやっていますね。孔子様がたとえば宇宙のなかでの地球の進歩、進化のあリ方を計画しているとすれば、このマイトレーヤー如来というのが具体的な、この何と言いますかね、環境、それからどういう人を出してどうしていくかという調整役を今やっておりますね。そうした役割をしています。 そして新文明建設の実践部隊っていうか、実際のことをやっているのがゴーダマ・ブッダ・釈迦の意識体、これが文明建設中心にやっていますね。 また今、イエス様がとりまとめというかね、意思決定の領域をやっている。 そしてモーゼが地獄担当で、地獄で土方作業を中心にやっていて、なんとかしてあれを暗いところからはい上がってくるように今やっていますね。そういうふうにやっています。 ゼウスさんなんていうのは、文学、芸術の方を中心に今やっています。 ゾロアスターというのは、だいたいなんと言いますかね、善と悪との二元論じゃないけれども、何を道徳とするか、この世での善は何か、悪は何かというと、時代趨勢(すうせい)のなかで善悪の理念をつくるという、そういう役割をしています。 それからクート・フーミーって言われていますが、ニュートンですね、ニュートン如来、大如来の意識体があって、これは科学の光線ですが、これが非常に推進されていますね。今、頑張っているわけです、結構ね。やがて霊言も出ると思いますが、このニュートンの意識がこの新文明を創るために相当活躍しています。そのうち出てくるでしょう。そして科学の行方について話をすると思います。 高橋信次は、何をやっているかと言うと、とりあえず霊示集をつくることが私の今の仕事でして、これ以外に仕事がないんです。そういう意味でみなさんにご協力願いたいと思うんですが、とりあえず私はこれが仕事なので、復活してそして霊文明というか、霊的文明を教えること、道を開くことが私の仕事なんで、これを取ったら私は仕事がなくなるんですね。無任所大臣みたいなもので、今ちょっと還ったばかりでほされとるもんですから、仕事がないんでどうか霊示集出さしてくださいね。 これ出ないと仕事なくなって、私行くとこないんですね。出口王仁三郎さんの世界へ行って「裏じゃ裏じゃ裏じゃ」と言って遊ばなきゃあいけなくなるんで、なんとか仕事させていただきたいと思っています。 そういうのがだいたい天上界のあり方、計画のしかたというところですね。 2.未来文明の計画 さて、それではその九次元にいる十人が仲良くやっていることはわかった。では未来文明は一体どういう計画のもとにあるのかと、そういうことが次は聞きたいでしょうね。じゃ未来文明の計画はどうなるのかということですね。 これはね、現代の人からどこまで物事が見えるかっていう観点がひとつにはあるんですが、とりあえず短期的な視野で考えるとね、結局こういうことがあるんですね。近代化の路線と霊的な目覚めというのは、そのまま、自然のままにしておくと二律背反(にりつはいはん)と言いますかね、お互いに背を向け合う傾向があるんですね。近代化が非常に進むと霊的なものが薄れていく。霊的なものが進むと近代化がちょっと遅れていく。こうしたことがありがちなんですね。 それはどうしてかというと、結局人間の主体的な行動、積極性のところに原因があるんですね。すなわち、人間が自分たちの力というものを重視して、物事をつくっていこう、開柘していこうという進取の気性が強くなる時には、文明が非常に進展するんですね。その反面そうした時には、神のお陰とか恩寵(おんちょう)とかいうことが無視されやすいんです。こういうことがあって、非常に難しい面があるわけなんです。したがって、これからの文明にもそうした両面がやはりつきまとっていると思います。 ただどっちが大事かというと、やっぱり主と従ははっきりしているんです。私も生前から、宗教と科学は本来ひとつのものである、唯一のものである、同じところから出ているんだと、こういうことを主として説明してきたわけなんだけれども、神様の目から見たらどうかというと、やっぱり科学の方はどっちかと言ったら従であることは事実ですね。やはり霊的な文明、霊的な世界、霊的な目覚めの世界があって、それから科学とかそういうものがあるんですね。 すなわちエジソンなんかも、便利さを提供するのが科学で、そのお陰で濃密な魂修行ができるってなことを言ってましたが、それはその通りでね、結局科学というのは、そういう魂修行に奉仕するためにあると考えてもいいと思うんですね。人間に新たな経験を与えるための奉仕だと思います。 だから、今の時代じゃなければ飛行機なんて飛ばないしね、飛行機が飛ぶからこそ外国の人と話ができる。そういうことによって魂経験が広がっていくと、こういうことですね。だからこそハワイに遊びに行ったり、ロンドンに遊びに行ったり、いろいろそういうことができるわけですね。夏休みは北欧で過ごそうとか、こういうことができる理由は、やはりそうした科学技術文明の進化ですね、それがあるからそういうことができる。 これができなきゃ、またね、もう日本のどこかの汚いゴミ洗い海岸、芋洗い海岸で甲羅(こうら)干しするのが関の山ですよ。それがアラスカヘ行ったり、北極へ行ってペンギンと遊んだり、北極にペンギンはいなかったかね、南極かね、そういうふうにしてペンギンと遊んだりできるのは、これはまあ文明の恩恵だね。 そのことによって何が言えるかっていうと、経験範囲が広がるね。そういうことによって、魂が磨かれる可能性が増えるということだね。だから一回の人生で、まあ過去五転生、十転生したぐらいの経験量をつかむことができ得るというのが、現代の特徽なんだ。それゆえにこそ、現代多くの人が生まれ変わってきているんだね。そういう便利な時代に、さまざまな珍しい魂経験ができるから、いっぱいいろんな人が出てきた。そういうことが言えるでしょう。 したがってね、今宗数的な文明と科学的な文明が別なようになっているけれど、これがやがて合一してくるし、やっぱり宗数的なるものがイニシアチブをとっていくようになるでしょう。そして昨日(きのう)も言ったけれど、アインシュタインの特殊相対性理論とか一般相対性理論の話もしたけども、物理学の進化によってね、この本来の世界がはっきりしていくでしょう。 私たちが四次元以降の世界、九次元、十次元、十一次元とパーッと話してるけれども、科学の方ではまだね、物理学の方では四次元世界があることぐらいわかっているけれども、どういう世界か具体的にはつかめない。それを現に住んでいる人たちが、こうだよ、ああだよと言っているわけで、これに学問がついてこなきゃいけない。まあこういうことだね。 したがって、おそらくみなさんも予知されることと思いますが、科学文明が霊文明を押し上げる形の文明計画があるということですね。これらが背反しない、背中合わせにならない文明計画、そういう計画があるということ。 それと霊的なるものの実証の世紀であることは事実なんですね。二十、二十一世紀というのは霊的実証の世紀で、昔二千年前、あるいは三千年前に起きたいろんな霊的奇跡、今は昔物語になっている奇跡が現代に起きる時代である。だから日本でもいろんなちまたの宗教がいっぱいあるけども、まあこれらも一概に悪とするのではなくて、それらもまた霊的世紀出現のためにいろんなことをやっている、こういうふうな観点から見ていただければ結構です。 3.宇宙人とのコンタクト さて、この未来を考える際に無視できない問題としては、「宇宙人とのコンタクト」ということがあります。これは、先般出た『UFOと宇宙』という本のなかでも宇宙人のことをずいぶん語っておきましたが、いよいよそういう時期が来るっていうことですね。 今、アメリカだ、ソ連だ、日本だ、中共だと言ってやっているけれども、外の星から宇宙人が来て、本当に正式に乗り込んで来始めたらそれどころじゃなくなりますね。もうどうするかと言ったら、人間の本能から言ったら、いち早くもうこれは地球の意思統一をしなければいけない、なんとかしてみなさんで話し合いして、どうやって宇宙人対策をつくりゃいいかね、それをやらねばいかん。 だからH・G・ウェルズなんて「火星人の来襲」だなんだ言って、本を書いてますね。みなさんもどっかで読んだことあるでしょう。タコみたいな火星人が出てきて、地球に降りてきてどうこうするっていうのね。そういうのがあるでしょうが、ああした予言小説、科学小説を書かしているのも単に人間の創作レベルだけでなくて、やっぱり天上界からの指示もあったんです。そして書かしているんですね。 ああいう宇宙人もの、特にSF系統が多いかもしれませんが、宇宙人への意識というのがやっぱりあれは一種の現代の予言なんですね。旧約の時代に予言者が出ていろんなことを言ったかもしれませんが、ああいう宇宙人とのいろんなものが出るっていうのは、ひとつの現代の予言です。そういうことで意味があってやらしているのですね。 あるいはスピルバーグ監督かなんか知りませんが、いろいろやってるんでしょう。宇宙人もので「未知との遭遇(そうぐう)」、それから「E・T」もそうかな、私はよく知らないけれど、まあそんなのいろいろやっとるんでしょう。宇宙人ものをやっている。だからこれなんかもまあ予言の一環としてやらされているわけでね、やがてそういう時期が来ることのために頭を慣らしているんですね。そういうことなんです。 したがって、宇宙人の出現はあっちこっちに起ってきてますし、アダムスキーなどの話もあると思いますが、現実に相当来ています。そして時期を見ています。だからおそらくね、世界的な調和の時代が来た時に彼らとの本格的なコンタクトが始まります。だからおそらくはみなさんが生きているうちに、宇宙人とのコンタクトっていうのを本当に見ることができるかもしれません。 テレビなんかが世界各国にネットワークをつくっていますが、どの地域に現れるかそれはまだ予断を許しませんけれども、本当に円盤が着陸してコンタクトを求めてきた場合ね、まあ地球人は馬鹿だからミサイルとか、戦車とか、いっぱいそんなもので取り囲んでいくでしょうが、どこかの空港にでも降りて来たらね、戦車隊とかいっぱい来て取り囲むかもしれないけれども、そういうのを中継でおそらく見られるようになるだろうなあと思いますね。 だから世界戦争なんかが起きるかも知れませんが、そういう時に宇宙人なんかが登場してね、「君たち止(や)めなさい。」なんて言って来るかもしれないね。仲裁でね。そういうことがあるかもしれませんよ。だから非常に面白い姿、光景を見られるかもしれません。だから平均年齢より若い人ね、人類の平均年齢、養老年金もらっている人は駄目ですね、まあそれらの人は見られないですが、若者の世代は見られる可能性が非常に強い。そう思ってくださいね。この宇宙人とのコンタクトということに際して、人類の意識はひとつのコペルニクス的な転回をすることになっていきましょう。 そうしてなんて言いますかね、私たちは地球のなかで、今こんな争いをやっている時じゃないんだ。地球的にどうするっていうことではなくて、やっぱり宇宙の一員としての地球というものを、もう一回考え直す必要があるんだ。そして他の惑星の人たちの意見を聞いて、自分たちがどういう進化レベルにあるのか、どうしたところに目標があるのか。これを知るようになるのですね。 かつて浦賀沖にペリーの軍艦が来て、そして日本の開国を迫(せま)ったように、そうした宇宙人が地球の開国を迫ると言いますかね、地球の鎖国をおそらく解きに来るでしょう。その際にどうするかだ。考えてみてください。どうするかだ。 そりゃ、みんな、国運なんてもう大変なことになりますね。これをどうするかと。まあそういう問題で一生懸命になるでしょうね。そのなかで「やっつけてしまえ。」というような強行派も当然出るだろうし、「やっぱり受け入れるべきである。」あるいは宇宙人が地球に住みたいと言ったら、「いや、奴らを住まわすと何するかわからない。」と、アメリカ人の基地が日本のなかにあるようなもんでね、それに反対している市長さんもどこかにいたけれども、そういうことも起きるかもしれない。ひとつのショックはショックだね、カルチャーショックですが、ただ先進国たちがまとまるきっかけにはなるでしょう。そして私たちは、まだまだ未知なる部分が相当あるということを知るようになるでしょう。 実はこうした宇宙人とのコンタクトについても、私たち霊界の人間たちは計画しています。それは他の星にいるメシヤたちがいるわけですが、そうした円盤が来ている星のメシヤたちとは、私は、あるいは私たちは結構知り合いなんですね。知っております。だから話をしているのですね。九次元世界というのは結構つながっています。別名を宇宙界って言うように、他の惑星ともつながっているのですね。したがって、それらの星のメシヤたちとも話をしています。 時々、ビジネスランチを食べながら話をしているのですね。「お宅のUFOはいつ頃上陸させますかー。」って、「いやいつ頃だ。」「そりやあショックが大きいからこの辺にしてください。」と言って話をしているんですね。そうした宇宙人をよこすことによって、多少人類の意識を変えさせようと思っています。だから、地球的に救世主を出して改革運動をする一方、宇宙人とのコンタクト、宇宙人刺激ですね、そういうカルチャーショックを与えて地球を変化させたい。そういうふうに今考えているところです。 4.宇宙文明との融合 さて、そうした宇宙人とのコンタクトが間もなく始まってくるわけですが、その時に宇宙文明とどう融合をつけていくか、これが大事になるんですね。『イエス・キリスト霊示集』なんかにも出ていたようですが、宇宙人でも価値観がすいぶん違う。 だから、ある人が来たら食べ物はもう手づかみで食べていい。地球にもそんな人どっかにいるけれどもね。お金なんかいらない、食べ物はみんなの共有だって言って、食べ物見たら手を出して食べるというような人もいるかもしれないし、子供は共有だって言うような人がいるかもしれないし、女性は共有していいっていうような人もいるかもしれない。まあ、これは地球人でもいっぱいいるね。そしたら魂が宇宙人かもわかんないよ、そういう人はね。そういう人もいるし、いろんな価値観があるだろう。 そして人類が長年、法律なんかでこれは真理だ、正義だってやってたのが本当かどうか、もう一回根底から揺さぶられるね。ひとつのショックはショックですよ。だから、私たちが地球的正義という名で呼んでいたものが、本当のものであるのかどうか、これはやはりひとつの方便ではなかったかどうか、これを地球的レベルでもう一度見せられることになるんですね。 本当に、たとえばある惑星が光一元の惑星もあるでしょう。そういう惑星から来た人から見れば、戦いということを信じられないというかもしれませんね。争いがあることは信じられない。みんな羊みたいな人たちばっかりでね、羊がヘルメットかぶってメェーメェーメェーメェーと言って、円盤から出て来ちゃったりしてね。「何してるんですか。メェーメェー。」なんて言うかもしれませんね。争いがあるなんてことは信じられない。そういう人もいるかもしれない。 あるいは凶悪なところであれば、意見言って逆らえばすぐ殺すって、こんなのもあるかもしれませんね。「逆らって生きていけると思うのか。」ってね、そんなところもあるかもしれません。「眼(がん)つけしたな。」ブスッなんてね、こういうところもあるかもしれません。いろんな星があるでしょう。 こうした宇宙との融合ですね、文明の融合、これをどうしていくかね、これは大事で、これが今、まあイエス様の再降臨も予言されていますが、その頃に中心になってくるだろうということですね。 したがって、これからの方向性としてね、まあ地球的にある意味での価値の確立はしていくわけだけれども、多様なる価値観というのはやっぱりどうしても要るよ。これは地球的に多様なだけでなくて、宇宙的に多様さっていうのが有り得るっていうことね。これを知らなければいけない。 それから宇宙人のなかには、まことに奇妙な話だけれども、この世の人かあの世の人かわからん宇宙人もいるんですね。みなさん方はちょっと信じ難いかもしれないけれど、UFOが突然消えたり現れたりしますが、宇宙人のなかでも何次元存在かわからない宇宙人がいるんですね。 まあみなさんは、一日のうち十六時間起きていて八時間だいたい寝ていると思いますが、八時間寝ている間に、まあ半分ぐらい霊界行ったりしていますが、こういう姿が全部だと思っちゃあいけない。だから宇宙人のなかには、一日のうちの半分は霊界に住んでいる人もいるんです。霊界の方が本家本元で住んでいて、一日のうち一定時間だけ地上に出てくる、三次元に出てくるというこういう人もいるんです。これがまた非常に高度に進化した形なのですね。 地球的な転生輪廻やっていて何が欠陥かって言うと、要するに地上に生まれて死ぬまでの間、七十年、八十年の間、まったく切れちゃいますね、実在界から。この実在界から見たら、地上に魂を、生命を持つということは死ですね、ひとつの死です。向こうの守護、指導霊は非常に心配していますね。そして七十年やった結果が「ああ失敗した、地獄だー。」とかね、「ああ意外に成功した。いいとこ行った。」と、こういうことになりますが、これがもっと進化した形態なら、そういうふうなことをやめようと、両方通じながら生きていけるようにしようじゃないかと、こういうこともありうるわけね。 そうすると、いわゆる私たちが修行しているような肉体舟が要(い)らなくなる進化度合にある人たちもいるんですね。そうするとどうするかっていうと、霊界に住んでいるのが普通で、一日のうちの一定時間は地上界に姿を現さねばいけない。だからそういう星の住人は昼間だけ姿があって、夜になったら姿が消えるというようなこういう住人ですから、ゴーストタウンですね、まるでね。昼間だけはオフィスでいろいろ仕事しているのに、夜になったら赤提灯じゃないですよ、赤提灯に消えるんじゃないですよ、「じゃあね。」って言ったらすぐ消えちゃう、誰もいなくなってゴーストタウンになっちゃうようなところがあるんですね。この世とあの世の両方で仕事をしている。 こんなのが実際にいて、魂の修行としては確かにその方が上かもしれない。忘れないからね。実在界のことは実在界でやっておりながら、この世の経験をやる。結局これは、柔道をやりながら剣道もやっているような感じだろうね。両方やってるっていうような、そういう格闘技の勉強に似ているかもしれないけれども、そうした魂もいるっていうことね。みなさん知らなきゃいけないよ。だから地球的なあり方だけが本当だと思ったら大間違いですよ。 もうひとつ違うのはね、何が違うかと言うと、地球なら人間なら人間と生まれたらその一生だろう、ねえ。男は男、女は女で一生生きてくけれども、途中で生物体が変わることがあるということね、これは有り得ますよ。 みなさん、なんて言うんですか、青虫がサナギになって蝶になるでしょ。生物のなかでもそんなものがあるでしょう。おんなじように宇宙人のなかには、そんなのもいるっていうことを知らねばいかんですよ。幼少時は、子供の時は一定の姿とっているけれど、ある時から姿が変わるというのがありますよ。こんなのオドロ木モモの木サンショの木です。もうびっくりしちゃいますよ。 あるいは子供の時は動物かと思ってたら、人間になってくるというのがあるんですね。みなさんこんなの信じられましょうか。ウチのポチだと思って飼っていたら、まあ二年過ぎて急に人間に変わってくるなんて言ったらあなた、びっくりしましょう。どうです。ポチポチってミルクやってたらね、二年過ぎたら急にあれっと思ったら、なんか色気出てきたなと思ったら、女性になってきたなんていったら大変なことになりますね。ただこういう生物もいるっていうことですね。 これは一回の人生を効率化するために、実在界で半分、この世で半分生きるようなそういう宇宙人もいれば、一回の人生でいろんな経験をしてみるというような宇宙人がいるのですね。動物も人間もやってみる。人間でも男女両方やってみるというのがいるんですね。ある一定の時期は男性で、あと女性に変わっていくとかね。女性が男性に変わっていくというような、一回の人生でね、こういう宇宙人もおりますよ。 こんなのいたらどうしますか。結婚式やる時に女性だと思って結婚したら、五年したら男性に変わったなんていったらどうするんですか。離婚するんでしょうか。どうするんでしょう。こうした問題がある。そうすると地球人の言う結婚観、これも狂ってきますね。男女の倫理が狂ってきますね。どうしましょうか、ね。 子供産む時だけ女性で、子供産み終わったら男性に変わる。こういうことがありますね。さあどうするかね。そうしたらどうするか。そうしたら、男性となったらこの人はどうするかと言うと、女性で子供産んでそのあと男性になったら、男性がまた次に女性と結婚して子供産めるんですね。その女性がまた男性になっていく。そうすると一生のうち両方の役割ができる。こういうことがあり得るんですね。こんなことがあるんですよ。こういう宇宙人もいるんですよ。だから地球的なものだけが本当だと思っちゃあいけない。 宇宙文明との融合の話、参考になりましたでしょうか。どうでしょうか。ショックだけ受けたかもしれませんが、そうした宇宙人、宇宙文明があるっていうこと。それは私たちにとってはひとつのカルチャーショックではあるけれども、神の創造ということを考えたら有り得ることだという観点を、持ってみていただきたい。そういうふうに思いますね。 5.地球的正法統一の鍵 まあ、そういうことで、宇宙の文明がいろいろあるっていう話をしましたが、そうしたことはね、実は地球でも過去にあったことなんですね。過去に大きな霊団が何回も分けて地球に移って来たという話をしました。 もともとはお釈迦様の意識が金星から地球に来た。その後イエス様やモーゼ様、孔子様、こういう意識体が九次元神霊として地球に移って来た。その後、アール・エル・ランティっていう人が、三億六千万年ぐらい近い昔にベーター星という星から六千万人の人を、大編隊を率いてやって来た。そして最初の人類の肉体先祖をつくった。その後、何回かに分かれて霊団が地球に飛来しました。肉体舟を持ってきたこともあるし、霊として、霊団で飛来したこともある。 こうしたことがあって、地球という星でここ四億年ぐらいの間に、さまざまな星団から人が移って来たのは事実。そしていろんな教えが入り交じって、生き方が入り交じって、なんとか地球的なものをつくっていこう、地球という国に統一的なものをつくっていこう、こういうふうに考えてきたんですね。 たとえばアメリカ人というのは、もともとはイギリス人でしょう。イギリスから出て来たけれど、イギリス人とアメリカ人じゃもう今は国民が違うって感じになったでしょう。それはわずかここ三、四百年のことだね。もともとはイギリス人が出て来て、植民地であったアメリカが独立してアメリカ人になっちゃったね。こうしたもんでしょう。こういうふうに出て来た国から他の方へ移っても、まったく違った国が出来てきますね。イギリスとアメリカじゃ国が違いますね。英語は英語でも国は違います。こうしたもんですね。 こういうふうに、他の星へ行って文明を創るっていう楽しみは、新たなるものがそこで出来るということがあるんですね。新たなるものが出来る。で、それが面白いんだよね。魂が非常に飛躍、進化できる。 だから教えの多様性や、考え方の多様性がありますが、その理由は結局もとを正せばいろんな惑星星団から来ている人たちがいるということね。けれどもその惑星星団から来ているということを、単に差別でもって考えてはいかんのであって、もともと、唯一なる神から分かれてきたものが、それぞれのところに住み分けしているうちに魂が変化してきたということですね。 これは地球で見てもそうでしょう。アフリカの住民とヨーロッパの住民じゃだいぶ違いますね。そういうふうに長年住んでいるうちに変わってくる。地球レベルでもそうですから、星レベルだともっと変わってきますね。こういう異質な考え方がいっぱい入ってきて、四億年間地球的な統一的見解をつくるために努力をしてきた。こういうことを言うと、多少信仰心が薄れるかもしれないけれども、これが実際にあったことは事実なんですね。 そして多数派を形成してきたのがエル・ランティ、釈迦、イエス、モーゼも入れてやってもいいけれどね、入れてやろうかな、まあ入れてやってもいいね、こうした人たちの考え方がだいたい主流、彼ら三者、四者の合意がね、だいたい主流の地球の正法をつくってきたということは言えることだと思います。だからそうした発展、大いなる発展形態でもって、地球のその神理の進化というものを知らなくてはいけないね。 だから、地球的正法の統一の鍵として、私が言えることは、結局鍵は三つだと思う。それは三つです。 ひとつ目の鍵は愛だね、イエス様のラブですよ。愛という鍵がひとつだと思います。それからもうひとつの鍵は、お釈迦様の慈悲だね。慈悲というやっぱり天から来る恵み、上のものが下のものを優しく指導をする、包みこむというそういう優しさの面ね。こういう慈悲の面。それから三つ目の鍵がモーゼ的な正義、善と悪を分ける正義ね、だからこの三つの鍵が結局、地球的正法の統一の鍵だと思いますね。 その鍵を結んでいるのが私と言いたいんだけれど、まあ納得しないかなあ、私でなくてもいいや。だから、愛と慈悲と正義とこの三つの鍵がだいたいありますということですね。そして愛と慈悲と正義を実現しながら、統一した調和を創り出していくということが大事だったのだね。こういうふうに考えてくれればいいと思います。 6.大救世主再臨の予言 さて、いよいよ最後の最後になりました。「大救世主再臨の予言」とつけました。これだけは言っておかねばならんということですね。 まあ、二十世紀には、もうこれからあと新たな大救世主というのは出てこないでしょう。しかし、今後少なくとも西暦二千年代になったら、イエス・キリストが出てくることだけは、これは間違いないです。日時までは限定できませんが、おそらく西暦二千四百年前後、西側のある国に出てくる。これはもうほぼ決定です。 まだ四百年ぐらい先ですが、イエス様は早くももうその作業計画と、それから誰を連れて出るかの計画のリストアップを一生懸命してますね。あとは下着を詰めたりね、洗面道具を詰めたり、あとシャンプーにリンスに、それからなんでしょうかね、ドライヤーですね、ヘアドライヤーを入れて、それからあんまり長期間の旅行だから、下着持っていくと不便だから、紙おむつかなんかを入れていくとかね、いろいろやっぱり考えねばいかんですね。あるいは洗剤もちょっと持っていこうとかね。まあこういうことを今計画中ですね。 これは実際に起きるでしょう。だから早目に地上を去って、去る人は去って、四百年後もう一回出るように工夫しておいた方がいいと思いますね。これは絶対確実ですね。 あとは孔子様がね、「出るかもしれない」って言ってるんですね。かもしれない。出ないかもしれないね。『黄金の法』なんかにも書いてあったけど、オーストラリアの方に出るんじゃないかってね。 孔子様は、今度は何でしょうかね、イエス様が羊飼いやったから、カンガルー飼いなんかするのでしょうかね。カンガルーでも飼うんでしょうか。そして「我がカンガルーよ、我が子カンガルーよ、子羊の代わりに我が子カンガルーよ。」「汝ら袋のなかに子供を入れるように、そのように人を愛しなさい。」なんて言うんでしょうか。「親カンガルーが子供のカンガルーをお腹のポケットのなかに入れるように、そのように優しい気持でもって人を慈(いつく)しめ。」なーんて教えるんじゃないかと思ったりするんですね。 で、「親は親として子供を守り、子供は親のお腹のポケットのなかに入る。これが秩序というものだ。この秩序を守って生きていきなさい。」まあこういうことを教えるのじゃないかと思ったりするんですが、それが二千三百年かあるいは二千六百年か、まだちょっと時期的にはね、そんなにはっきりしていないようですよ。はっきりしていない。 というのはこれは高橋信次の復権と関係してくるんです、この辺がね。私が今自分の出てくる前の仕事についていないのですね。恥ずかしながらちょっと予定が狂っていて、もともとは地球計画、宇宙計画は私の仕事であったのだけれど、留守の間は孔子様がやっていた。で、還って来てすぐ取り上げるつもりでいたのだけれど、ちょっと私がいろいろとね、地上にいた時にガタガタしたもんですから、あとこの収拾をつけて、この大復活運動を起こして大救世運動を成功させて、そしてもとの位置に収まれば孔子様はいらなくなるわけですね。 理論的にわかるでしょうか、みなさん。いらなくなるんですねえ、二人はいらないんですね。そうするとその分を地上に送り込む、これはよくある手ですね。いやな奴は海外に飛ばしたり、あなた国内支店に回したりするのはよくある話ですね、会社のなかでも。こういう話はまあ別ですが、いやいやじゃありませんけども私がもとの場所に戻れば出ていいと、まあこういう感じになっていると思ってくださいね。 あとはその後、二千年代の後半二千七、八百年頃かなんか知りませんが、あとモーゼがもう一回出ると言ってますね。杖(つえ)持って出るそうですから、もう一回。そして超能力文明を創っていって、仙人界をもっと広げるそうですからね。そういう時代が来るでしょう。 このように、西暦二千年から三千年の間にイエス、孔子、モーゼ、このあたりは生まれ変わる予定になっています。だからまあできるだけ生まれ変わりのサイクルを多くして、いろんな地域に生まれ変わっていればどれかの時期に当たることもありますから、よくやってくださいね。 なかなかそれがね、霊界の人はみんなわかるかというと、わからないのですね。あの世の世界でも幽界や五次元霊界、六次元神界ぐらいにいるあたりでは、なかなかその九次元霊がどこに出てくるかね、知らないことが多いです。そこまで計画は漏れていないです。そんなにね。結構上の方だけの計画になってるんでわからないですね。だから数多くいろんな地域に出ることです。そしたら一回ぐらい当たるでしょう。 高橋信次の再臨はあるかっていうことですが、今のところ予定がないと言っておかざるを得ないと思います。ただ気が向いたらまた出てもいいと思うけれども、その時には、この次に私が出る時には予言をさせますからね。 今回、地上に出た時、私が出る予言がなかったんで非常に寂(さみ)しく思いました。その結果、私はバプティスマのヨハネの役割になってしまって、救世主の降臨を予言する役割になって予言者になっちゃいました。で、バプティスマのヨハネが首を切られたように、高橋信次も四十八で首を切られました。こういうふうになりましたね。だから次回私が出る時は、かつて高橋信次と言われた霊が甦(よみがえ)る、こういうふうに予言者に言わせて出たいと思っています。ではまた次の本でお会いしましょう。
https://w.atwiki.jp/divine_revelation/pages/76.html
目次 1.表面意識の働き 2.インスピレーションの湧く時 3.真の霊能者と霊媒はどう違うのか 4.人類の地球への登場 5.初期のエデンには天国しかなかった 6.地獄界はどのようにしてできたのか 7.想念帯を打ち破れ 1.表面意識の働き 皆さん、今日は。今日は第八回目です。「心の仕組み」についてということで、お話を致したいと思います。「心」っていうと、なかなか言葉が広くて、心って一体何だろう。何でもかんでも、心、心って言われますから何かわかんない。また、日本語で、心を心と言ったり、精神と言ったり、或いは、魂と言ったりします。似たような言葉を使って、心を精神、魂、或いは霊魂、ハハハ霊魂、幽霊の霊とか、霊魂とか、或いは光子体だとか言ってますね。ややこしくなって、なかには、神智学系統の人なんかは、光子体と肉体とかいうふうには分けないんです。光子体、または幽体、または色々ナントカ体って分けちゃうんです。エーテル体だとか、コーザル体だとか、様々な霊体を何種類かに分けちゃって。要するに、肉体の中に入ってる霊っていうのは、一種類じゃなくて何層もの衣を、まとっているのです。一人の人間って言いながら、実は、肉体の下に、或いは、外でもいいですけれども、十二単衣(ひとえ)みたいに何枚も何枚もの肉体をまとっている、或いは、霊体をまとっている、こういうふうに見る人もいるんです。これは、あまり言うと、難し過ぎるんで、私も深入りはしないんですけれど、ただ、実際はその通りなんです。人間の中には、確かにこういうふうな何層もの霊体っていうか、霊層があり、そういうものをまとっています。 これは、目に分るように、心の仕組みということで図解すると、心というのも、大きな円を描くと同心円が幾つかできるんです。そして、同心円の一番外側の部分、これが表面意識です。表面竟識の部分です。円を書いてみて下さい。コンパスで、一つ定点を決めて、そして直径いくらでもいいですけれど直径一㎝ なら一㎝ で、一㎝の円を、二㎝の円を、三㎝、四㎝、五㎝、六㎝、七㎝、八㎝、九㎝、と、こういうふうに円を切ってほしいんです。そして、一番外側にある円っていうのが、これが一番大きくなりますけれども、これが表面竟識です。一番外側の円の薄い円のところ、これが表面竟識で、心の表面竟識なんです。あなたがたが、日常生活をしている時に、この表面竟識でもっていろんな判断をするんです。 今日は暑いから扇風機を回そうとか、この扇風機はよく聞いたことのないメーカーの扇風機だから、動かないんじゃないかしらとか、故障しやすいんじゃないかしら、もっと有名な目立とか東芝の扇風機にしようかしらとか、目立、東芝にしようと思ったら、機種が大きすぎて部屋に置くにはちょっと合わないとか、あるいはブンブン音が煩(うるさ)いわとか、こんなことを考えてるのは、みんな表面竟識です。また、麦茶を一杯飲もうとか、計算が合うとか合わないとか、こんなのみんな表面竟識です。夕食にうなぎが食べたいがどうかしらとか、これも表面意識ですが、なかには、潜在意識、あなたの守護霊、指導霊、或いは、私も指導霊に入るなら高橋信次の言葉があって、今日はうなぎにしなさいとか、うなぎのかば焼きにしなさいとか、まあ。指導霊の指導のもとに、うなぎのかば焼きをたまにはすることもあるけれども通常は、晩御飯のおかずは何にしよう、こういうのはみんな、表面意識の働きです。 ですから人間は、目が覚めて、朝、パチッと目が開いて、そして「何をしようかな」とまず考え始める。或いは、「もうちょっと寝てようか。」とか考えます。この辺は、まず表面意識の第一声です。「おはようございます。」の代りに、「ああ眠いな、もうちょっと寝たいな。ああ、今日は会社をさぼりたいな、風邪にでもならないかな」とか、「風邪だって言えないかな」とかね。或いは、「もう仕様がないから起きようかな」とか、「布団万年床にしとこうかな」とか、こんなことをまず考えます。これが表面意識です。そして、ボーッとしながら、起き上がってきます。そして歯を磨いたり、用を済ましたり、そして、朝御飯を食べながら、まだボーッとしてます。これは、まだ潜在意識がようやく離陸してきてるところなんです。まだ夢の続きなんかだったりしています。 2.インスピレーションの湧く時 だから、昔から、よく、何て言うんですか良いアイデアを得る時に、まだ表面意識がはっきりしていない時がいいと言うような説があるんです。通常、サラリーマンみたいに朝ボケてる人なんて、朝起きてトイレまたがってたって、いい着想なんか出てきゃしないんです。昔からよく三上っていいますね。馬上、馬上っていうのは馬の上です。枕上(ちんじょう)、枕上っていうのは枕の上。或いは、厠上(しじょう)。昔は、厠(かわや)の上って言ったんですが、今だったら何でしょう。トイレの上ですね。こういうふうに昔から、馬の上、枕の上、つまり寝ながら、それから、厠で用を足している時、この三ヵ所が、よくインスピレーションが湧くところと言われているんです。何故インスピレーションが湧くか、その時に、それはよくよく見てみると、表面意識が、要するに、あんまり考えごとしていない時なんですね。馬の上、馬上って言いますけれど、馬の上に乗って、ハイドハイドやって走っているうちに、要するに馬が一生懸命走ってるもんだから、下で馬が揺れてて心地よく寝てるわけですよ。これ馬上って言えば、現代風に言えば、バスの中かもしれない。電車の中かもしれませんよ。馬上っていうのは電車の中でしょうな。電車に乗って釣皮を持ってブラブラ揺れているうちに、何となくフッと思いついたり、今度いい小説の構想が湧いたとか、あ、なんか詩の文句が浮かんだ。或いは作曲家であれば、釣皮にぶら下ってフッと外見ると、軒先に風鈴がぶら下っている。チリンチリンという音を聞きながらメロディが浮かんでくると。こういうのは、大抵電車の中とかこういう時です。どういうことかっていうと要するに、心が、表面意識がちょっと離れてて、もうボーッとしている時ですね。放心状態みたいな時、こういう時にインスピレーションが湧いてきます。或いは、枕上、要するに夜ね、寝てる時、朝でもいいけど、朝は夢のお告げなんて言って、夢の中でお告げを受けたとか、それから何ですか、アメリカで有名な人がいますね。ドクター・マーフィーですか、マーフィー博士と言って眠りながら成功する法、眠りながら大金持ちになる法だとか、マーフィーの何とかの法則とか、潜在意識の法則ということで、この人に言わせたら、夜寝る前に枕もとに正座して手を合わせて、神様、或いは、私の潜在意識様、どうか明日、朝日が覚めるまでに、夢の中のお告げで、問題を解決させて下さい。どうか年内に一億円儲かりますように。どうか、現在破産寸前ですけれど、この破産から逃れる良い方法を思いつかせて下さい。どうか、素晴しい恋人に巡り合わせて下さい。こういうことを夜寝る前に祈って寝ると、夢の中でちゃんとお告げがありまして、ありありとそういう夢を見て、答えを得られる、こういうことを言われてます。こんなのを枕上って言えましょう。 脱線して、マーフィーさんについて、ちょっと言っておきますと、この人の考え方はそう間違っていません。この人は、潜在意識の実際の法則っていうのをよく知っています。非常によく知っています。ただね、正法は知らないですね。法則は知っているけれど、心の物理学者です。マーフィー博士は心の物理学は知っているけど、心の道徳学はあんまり知らないようです。「お金儲けをする方法を言って、お金持ちになって、億万長者になってそれからどうするんですか。どうするんですか。」と言われた時に、ハタと困るんですね、そこまで考えていないから。金持ちになるだけでいいわけないですよ。あなた方のように、神法を伝道しょうなんて思ってる人が、大金持ちになれば、それなりの使い道があるけれど、お金持ちになっても屋形船(やかたぶね)なんか作って浮かべていたら駄目なんです。そういうバカなことをすれば、それまでです。そういうふうに、心の教えはないけれど、マーフィー博士は心の法則を説いた方です。 夜寝てる時、それから朝起きた時、こういう時にインスピレーションを受けます。これを枕上と言います。表面意識を使うのは、あなたの計算が合うとか合わないとか、おかずを何にしようかとか、或いは他人の言葉、他人が入ってくるとか、こないとか、あまり考えなくてもいいような時なのです。隣りにカアチァンが居たりして困ることもあるけれどこういうのは別にして、一人で寝ると考えれば……(ここで間違い電話がかかる) そういうふうに、例えば間違い電話が入って、想念帯が破壊される、こういうのは表面意識を使ってる時です。ですから、夜寝る前に寝静まる前とか、朝起きたてと言うのは、他人の邪魔をうけない、間違い電話がかかってこない、こういう意味において、表面意識が大分離陸、要するに浮揚しているから、インスピレーーションを受けやすいのです。 また何上(なにじょう)って言うんですか。厠上(しじょう)ですか。これも難しいですけれど、トイレ上っていうんですか。こういう時も、要するにボヤーッと十分ぐらい座っているからインスピレーションが湧くのです。この間、新聞読んでたりする人もいるけど、こんな人は何も湧いてこないですね。また映画の雑誌読んだりしてる人もいたりして、本の好きな人になってきたら、物語の本読んだり、源氏物語読んだり、お風呂の中で、あなた、古典の本読んだりする人もいますから、今は。そういう人は別にして、トイレの上とか、お風呂の中なんかそうでしょうね。こういう時にインスピレーションが湧いてくるとよく言われています。何でかと言うと、やっぱり開放感があるんです。 こういうふうに、インスピレーションが湧いてくる時というのは、いつも開放感があります。ということはどういうことかというと、表面意識というのは、要するに、この世的な、現実的な物事の処理をてきぱきとするために使われているんです。 これに対して表面意識下、つまり、今の同心円でいうと、外側の第九層の部分ですね。九層めの内側の部分で第ハ層以下の部分というのは、そういう現実的処理能力とは違った意識が働いているということなのです。 3.真の霊能者と霊媒はどう違うのか それでいよいよその潜在意識の話になってくるわけですが、要するに、今の譬えで解ったように、人間として生きている時には、どうしてもその外側の表面意識以外は全然使わないで生きています。ただ、世の中には霊能者とか、霊的な人達、まあ、あなた方もそうだけれど霊能者みたいのがいまして、こういう人達、霊能者って何かって言うと、結局、そういう表面意識と潜在意識というふうに分かれているが、それがうまく切り替わる人、普段の時にも、表面意識でも潜在意識でもどちらでも使えるようになってる人、それが霊能者なんですよ。 だから、霊能者っていうのは、扇風機で言えば、あなた、あの強風、弱風、中風(ちゅうふう)。中風っていうと中風(ちゅうぶう)みたいでこれはまずいか。強風、弱風、涼風ですね。このくらいに自動的に切り換えできる人のことをいうんです。これは、普通の人っていうのは、扇風機を要するに、回すか止めるしかできないんですよ。止めるとだんだん暑くなってくる。汗がジーッとにじんでくる。そして入れると身振いする。どっちかしかないと。だから、切り換えがうまくいかないんです。ところが霊能者たちっていうのは、これをスムーズに適当に組み合わすことができるんです。 そして巨大霊能者になってきますと、表面意識を使いながら同時に潜在意識をフル回転できるんです。ですから、今、大川隆法なんていうのは、自分の声帯を使って高橋信次が出て、今、しゃべっているけれど、彼自身の表面意識は全然眠っていません。高橋信次の意見を聞きながら、緻密に批判をしとるわけです。こいつ大したこと言ってないなどと本当は思ってるんです。私は分ってるんです。大したこと言わないなと、譬えもたいしたことない、どうも頭も悪いんじゃないかと、俺の方が頭がいいなんて、大川は思ってるんですよ。私は分っているんです。分っているんですけど敢えて言っているんです。聞いてるうちに、本人も何か感じるところがあるでしょう。彼は彼で、声帯を貸して話をしながら、彼の意識は別にちゃんとあって、私と彼とは対話することもできるし、しなくてもいいし、どうでもできるんです。こういうふうなもので、完全に支配されてしまうというようなもんじゃないんです。ところが霊能者でもレベルが低い場合、霊媒みたいになっちゃうんです。霊媒っていうのは、そういう霊が降りてくると完全にそれに支配されちゃって、自分の表面意識がどっか行ってしまって、霊がかかって、喋っている時は、自分が何しているのか全然わかんない。そして霊が去って初めてハッと気がついて「アッ私は何をしてたんですか。」「イヤーッ、今ね、何とかさんに、御先祖が降りて、おばあちゃんが降りて、喋ってたとこなんですよ。みんな涙を流して喜んでたんですよ。」「ああ、そうですか。全然覚えてません。」こういうのが、よくいう霊媒、あるいは、おがみ屋、あるいは、イタコさんなんです。 これと正法行者、神理、神の法を知って行じてるうちに心の知恵が開いて、心の方向が開いて霊能を持った人と、これとは違ってくるわけです。こういうふうな体質的に霊媒体質の人と心の秘密を知って鍵を開けて知った人とは違ってきます。ですから、これは霊媒者とは言いません。これは霊道者、あるいは何といいましょうか、まあ、真人ですね、真の人っていいますか、いわゆる超能力者とはちょっと違いますけれど。けれどもこういうふうな霊道っていうのは、本当の意味での人間の本来のあり方なんです。 4.人類の地球への登場 本来、人間っていうのは、この地上に今から三億年近い前、ベータ星というところから円盤に乗って渡って来ました。その時の初期に移って来たのは、約六千万人です。こういう方が、三億年ほど前に六千万人程の人が第一陣として、この地上に降り立ちました。今のナイル川が流れている三角州です。今でいうエジプトのあたりです。今は砂漠地帯になっていますが、この時は、今から三億年前はエジプトのあたりは非常に肥沃な土地で緑の多い素晴しい楽園でした。ここで人々は最初の楽園を築こうとしました。これがエデンと言われました。 エデンというのは、いろんな国に、各地に、理想郷の話がありますけれど、もともとは、この三億年前に人類が円盤で宇宙から飛来して最初に造った町、これがエデンだったんです。理想郷で、その時は神の心に調和した社会っていうのを人々は造ってたんです。この頃の人々の心は、神と同通していまして、まず六千万人が地上に来たわけですけれど、それ以外に、霊体として地球霊団へと移って来た人達がいるんです。当初、三億年前に地球に初めて肉体舟を持って六千万人の人達が地球に来た時には、地球にはまだ高度な知的動物はおりませんでした。しかし、その頃、すでに動物たちは住んでおりました。それは神の創造でそういうものを造ってたんですけれど、それからそろそろ人間が出てくる時機だというんで、他の惑星から魂が分かれて地球に移って来ました。そして、地上に生活するようになりました。それで地上に生活をして、その時は人間は今のように七十年なり八十年なりの人生でなくて、百年二百年も生きた人もいたし、なかには千年もいる人もおりました。当時は寿命というのが長かったから。そして、やがて地上を去る人が出てきて、天上界に霊界というのを造りました。国造りは地上だけにあったんではなくて、霊界に、あの世でも国造りが始まりました。そして、あの世でも磁場がだんだんできてきまして、様々の人の心の段階に応じた世界というのがはっきりしてきました。これが天上界の構成です。 それはもちろん普通の人間だけの力じゃなくて、そういう惑星霊団が地球へと移ってくる時に、高級霊たち、宇宙の中の、例えば宇宙の中の高級霊団というのがあるんですが、彼らが霊団ごと移って来ますから、地上で肉体で六千万人が降りただけじゃなくて、心の世界ですね、魂の世界においても高級霊団が一斉にこちらに移って来るわけです。まず高級霊団が天上界に移ってきます。これは魂で移って来ます。魂で移って来た高級霊たちが天上界で待ち受けていて、死んで地上から戻って来た人達を教育し、それぞれの行くべきところの霊層に住み分けをさせました。こういうことをさせました。そしてやがて、地上に男女の交わりで子孫が増えていって、それじゃ俺たちも出ようかなと順番に出てくるようになったんです。ですから、天地創造、人間の創造なんてよく言いますけど、最初はやっぱり肉体舟で来たんです。そして意識として、地球霊団へ相当の魂が移って来て、そのうち人類の子孫が増えていくに従い、魂が地上に降りていくと、こういう歴史だったわけです。 5.初期のエデンには天国しかなかった 初期のエデンの頃の話をしたいんです。その頃には人の心っていうのは、とても綺麗で皆天使のような心を持ってました。そして、百歳、二百歳、五百歳っていう人がいたんですけれど、地上に生きながら心は非常に天上界に同通していまして、生きながら天上界の人達と話ができたんです。そうして、先に地上に来た人達が他界して、あの世で、四次元で、あるいは五次元で、いろんな国を造ろうとしてたんです。 今、あなた方が死んであの世へ行けば、すぐそこに町もある、建物もある、図書館もある。天国も地獄もちゃんとできてますが、元々はでき上ったもんじゃないんです。初め、例えばあなたが地球に来て死んで、あの世へ還った時には、そこには何もありませんでした。霊界っていうのは単なる砂漠みたいなものでした。何もなかったんです。ですから、天地創造じゃないけれども、あの世にも人間たちの努力によって町造りができたんです。そしてこれじゃいけないっていうんで、あの世でも地上に習った世界を造ろうというんで、この辺に山を造ろうか。ここに海を造ろう。ここに川を造ろう。あの世でも天地創造をやってるんです。元は単なる砂漠みたいな、だだっ広い世界だったのです。これではいけないっていうんで、あの世へ帰ったいろんな人達が地球はどうだった、地上はこうだったと言って天地創造をやっているんです。 ですから今、地上を去ってあの世へ行った人は「あっ、こんなのが天国かな、これは地獄かな」なんて言ってるけれど、そんなのはみな、人が造ったものなんです。そのうち、初期のエデンには天国しかなかったんです。そしてあの世へ還って天国造りに励んでる人達の通信が、生きてる人のところへもきたんです。 何でもいいですが、アブラハムでもいいですけれど、アプラハムが天国へ還って、なんか五次元霊界を今創ってるらしいといって、それで山を造ればいいだろうと教えられて、アブラハムが天上界で、「ああそうか、キリマンジャロって山があったな、あれに真似て造ろう」と、こんなことやって天上界と地上が共同して作業してたんです。こういう世界でありました。ですから丁度、今から三億年位前のエデンの園においては、人々の心はみな調和されて、天上界と話ができたんです。丁度今、大川隆法が私たちとも何の差支えもなく、電話かけてるかなんかの感じで話してますけれども、こういう感じでみんな話ができたんです。そして初期の国造りが地上だけでなくて、天上界でも天国造りがずい分ありました。ですから、この頃には地獄はありませんでした。四次元というのは三次元より素晴しいものでした。 そして四次元以上にもうちょっと進化した人達ができて六次元を造る。七次元を造る。八次元を造る。こういうふうにいろんな次元を造っていったんです。心の段階の違いによって、こういう世界を造って、一番上に九次元世界を造ったんです。約十名位の如来界のトップたち、大如来と言いますか、太陽界、宇宙界と言いますか、そういうふうに如来たちを指導する大如来と言いますか、そういう大マイトレーヤですが、こういう人達が今約十名おります。こういう人達がまあ中心になって、地上界造りと天上界造りを始めました。そして、もともと地獄なんて何もなかったんです。(大川注。話の運び方として、四次元、五次元、六次元、七次元、八次元、九次元の順で地球霊界ができたようにもとれるが、真実は、九次元、八次元、七次元という具合に、神近き高級霊界から順番に創造が行われた) 6.地獄界はどのようにしてできたのか ところが三億年前から様々な人が地上に降りて修行しているうちに、当初のような調和した人々じゃなくて、だんだんに変な人が出てきたんです。もちろん他の惑星集団から来て、地上に肉体を持った人、こういう人たちがこの世的な、三次元的な物質的な欲望っていうのをずい分身につけてしまい、三次元こそ本当の楽園だっていうような気になって、三次元的に生きて、そして様々な闘争と破壊、本当は調和された世界だったとこに、闘争を持ち込み、破壊を持ち込み、そして堕落というのが始まったんです。これが楽園からの追放です。アダムとイブの追放じゃないです。 こういうことによって、こういう人たちがやがて肉体舟を去って帰って来る時に、四次元に帰って来ました。けれども四次元は調和された世界です。調和された世界で、先に帰って来た人は皆幸せそうに生きています。そうすると住む場所がないんですね。住む場がなくて仕様がないから、こういう不調和な方々のための別の世界を造り始めたんです。これが地獄界というもんです。ですから今は、地獄界もずい分繁盛しちゃって何十億入もいるんですよ。元は一人もいなかったんです。これがだんだん、だんだん転生輪廻重ねるうちに地獄界が増えちゃって四次元の中でも地獄の方が多くなったんじゃないかっていうぐらい増えてしまって、もともと四次元はそういう世界でなくて素晴しい世界だったんです。 長い歴史の中で、地上で建物を建てるが如く、地獄界ってのを造っていったんです。そして地獄界の中に長いこと住んでるうちに、だんだん容貌も変わってきて悪魔みたいになってきたり、それから鬼みたいになったり、様々にその地獄に向いた生き物に生体が変わってきます。顔、形も変わってきます。 そうしたうちに、今からどれ位前でしょう。一億二千万年ぐらい前でしょうか。一億二千万年前に、私たちの仲間の光の大指導霊の中で、ルシフェルというのが居たんですが、これが地上に肉体を持ったんです。この時に彼は、地上界の様々な欲望の虜になってしまい、またその頃、地獄の霊たちの通信、そそのかしをそのまま受けて、地上で地獄のような生活を展開していました。彼が還った時に地獄の大悪魔となりました。これが今言われるルシフェルという存在です。またこれはもとは知性がある天使だったために、地獄で大変な活躍をしまして、地獄界の一大革新じゃないけれど、大変地獄造りに貢献したんです。地獄の組織化、力の関係、階層化、どっちが強いとか弱いとか、偉いとか偉くないとか、こういう力関係、地獄の組織を造ったのが、このルシフェルなんです。 このルシフェルというのは何故そういうのを造ったかっていうと、天上界にいる私たちの意見を聞かなかったんです。自我が強くて私たちの意見を聞かず、刃向かったんです。よくあるでしょう。あなた方にも独立しようなんて言って刃向かっちゃう人がいるでしょう。創始者団体から離れてやると思って反旗ひるがえして、同じ業界にうって出て、そして昔の恩も忘れて同業者になってしまって、その肋けてくれた人や自分を育ててくれた人達に反旗をひるがえし、親会社を潰(つぶ)してやろうなんていう人達と全く一繕なんです。要するに権力者になりたかったんです、ルシフェルというのは。それで地獄を造ってやり始めました。可哀相なんです。一億二千万年地獄におるんです。そして様々な人を誘惑によってまた地獄に呼び戻してるわけです。こういう世界になってきました。それで私たちは光の天使を次々に地上に送り出して、正法を説く、神理を説くということをやり始めたんです。 7.想念帯を打ち破れ ですから、心の仕組みということについて今日は話してたんですが、ずい分大きな話になってしまいましたけれども、そういうふうに心というのは表面意識と潜在意識とあって、本来もともと心は表面意識と潜在意識が同通してたにもかかわらず、そのように今では人間は切り離されたものになっています。ところがそもそもは同通していました。 そして、私は同心円で説明しましたけれども、一番外側の部分が要するに表面意識で、二番目の層との間を想念帯というのができまして、これが三次元的な心と四次元的な心とを分けてしまいました。この想念帯という部分が、この同心円でいうと二番目の円との間に想念帯ができました。この部分が、人間が地上生活をしていた時に作った心の様々な思いです。想念の集積です。三億年間の集積っていうのがあります。 これは良い思いも悪い思いもあります。地上的に作った思いです。これが一つのバンアレン帯みたいに、地球を囲んでいるバンアレン帯というのがありますけれども、こういうふうなバンアレン帯みたいにぐるりと囲んでいるんです。この想念帯の雲があるために、四次元以降、つまり同心円でいくと中心部分ですが、中心部分の意識と同通しなくなってきたんです。この曇りがあるためにバンアレン帯があるために通じなくなってきました。 そして、バンアレン帯の内側には、いわゆる四次元の世界、五次元の世界、六次元、七次元、八次元、九次元、そして中核にあるのは神の意識です。こういうふうな心の構造になってるんですが、この中核と全く意識が通じなくなった。そして、このバンアレン帯を取り除くために、私たちが色々な正法神理というのを説いているんです。私は反省が大事だと言ってます。瞑想的反省をして、人を怒ったり妬(ねた)んだり謗(そし)ったり愚痴ったりした心、人を悪く言う心、こういう地上的な想念を、悪想念を払いなさい。そして反省によって、その曇りを取り除きなさい。そうすれば神の光は射してくると私は言いました。けれどもこういうふうな反省を通さずして、この想念帯の曇りは取れないんです。これを取った時に初めて、いいですか、神の光が射してくるんです。 そして神の光が射すってどういうことか、というと、表面意識と潜在意識が同通するんです。そして、その心の潜在意識の部分に、実はあなた方の守護、指導霊も住んでいるんです。守護、指導霊というのは、外に住んでるんではなくて、あなた方の心の中に住んでるんです、実は。だから、あなた方はどうしても物体的に物を捉えるからいけないんですが、守護、指導霊というのは心の中に住んでいるんです。その中の四次元、五次元、六次元、七次元、八次元、九次元こういった心の中のどこかの部分に住んでいるんです。守護、指導霊が。こういうことなんです。これが心の仕組みなんです。 で、払たちはその表面意識と潜在意識、三次元意識と四次元以降の意識と隔ててしまったバンアレン帯、そういう想念帯の曇りですね。これを取るために、いいですか、地上にあなた方を出して、そして神理の伝道をさせているんです。 ですから、本来の人間は三次元から九次元まで同通している意識、神の意識です。神の子としての意識、こういうものを取り戻して頂きたい。そういう清らかな心に戻って頂きたい。このための方法論を徹底的にあなた方に考えて頂きたいし、そのために今、私たちはこうして霊界通信という形で、あなた方に膨大なメッセージを送っているんです。今後もこのメッセージは続いていきます。今後もずっと続いていきます。そのために私たちはやっているんです。 今日は心という話からずい分離れたかもしれませんが、木当の意味での、心って何か、あなた方の心っていうのは単に胸の中にあって、ポコッと浮かび上って物を考えてるような「彼が好きよ。」なんて言ってるような心、そんな心じゃないんです。非常に深い潜在意識まで入った大きな心、そしてこの心の中には全宇宙まで入っちゃうんです。それ程大きな心ですよ。心っていうのはそれ程大きいんだっていうことを、知って頂きたいと思います。今日の私の話はこれで終わりたいと思います。