約 19,247 件
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/1278.html
「お」 イカ娘が言った。 「どうした、なにか見つけたか?」 「見るでゲソ栄子。でっかいエビでゲソ」 「エビ?」 イカ娘の視線の先には、たしかに大きなエビがあった。――ぬいぐるみだが。 グロテスクなはずの触手は丸っこくデフォルメされ、黒いつぶらな瞳は可愛いと言えなくもない。 「あれで三等を当てればもらえるのでゲソ」 「福引か」 即席の屋台の前に、派手な色合いのスロットマシーンがある。 「スロット……ちょっと魂がうずくな」 「栄子の魂がうずくということは、あれはゲームでゲソ?」 「お前知らないのか。これはこう……あ、一回お願いします」 「はい、500円分のレシートをお見せください」 「こう回して……」 「絵が動いたでゲソ!」 「こう……止める!」 「チェリーが揃ったでゲソ!」 「これが目押しだ」 「おめでとうございます、二等が当たりました!」 デパートの福引係が小さな券を差し出した。 「これは、なに?」 「倉鎌キャンプ場のサービス券になります」 「へえ、子供のころ行ったなー。 ってイカ娘は?」 「お連れさまはお会計に行かれました」 「もう買うもん買ったっつうのに……」 「500円分のエビポテトを買ってきたでゲソ! スロットやらせてもらおうじゃなイカ!」 「はい、レシートをお見せください」 「スイカ、セブン、チェリー! これはなんでゲソ!?」 「ポケットティッシュになります」 イカ娘はもらったティッシュをじっと見つめた。 そして。 脱兎のごとくかけ出した。 「落ち着け、イカ娘! 予算オーバーだ!」 「エビが欲しいでゲソ! エビポテト買ってくるでゲソ!」 「ったく、仕方ないな」 栄子が財布からレシートを取り出した。 「姉貴からの頼まれものだが、レシートはいらないだろ。 もう一回引けるぞ。エビが出たらお前にやる。 ただし……」 「ただし、なんでゲソ?」 「スロットはわたしにやらせろ」 「栄子のゲーム好きも相当でゲソ……。 とはいえ、その取引はわたしに得でゲソ、やるがいい、栄子!」 「よっしゃ!」 「チェリー、チェリー、チェリーでゲソ! エビでゲソ?」 「いや、さっきも出たろこれ…… キャンプのタダ券だよ」 「わたしはエビがいいのでゲソ!」 「わかってるよ。ちょっとミスっただけだ。 ところでお姉さん、さっきのレシートだけどさ」 「はい」 「1000円買ってるだろ。これ、分割して引けないかな」 「買われたお店でレシートを再発行していただければ……」 「よし、行って来いイカ娘!」 「エビ! エビ!」 かけ出したイカ娘は5分ほどで戻ってきた。 「再発行してもらったでゲソ! スイカが揃えばエビゲットでゲソ! スイカでゲソよ……」 「わかってる、スイカだな……いまだ!」 「またチェリーでゲソ……」 「……イカ娘」 「はあーエビとは縁がなかったでゲソかね」 「イカ娘!」 「なんでゲソ?」 「わたしの小遣いをくれてやる。これで500円ぶん適当に買ってこい!」 「栄子が燃えてるでゲソ!」 「おっかしいなあ腕が落ちたかなあ。スイカは見たところ1回転につき3つはあるし、そりゃチェリーはもっとたくさんあるけどさ…… ん? なんで二等のチェリーのほうが三等のスイカより多いんだ?」 栄子はデパートのお姉さんを見つめた。 お姉さんは笑顔を絶やさず、その顔にスキは見られない。 「イカ娘。 強敵かもしれん。万が一のためにもう1000円分何か買ってこい。 レシートは分割でな」 (栄子の財布は大丈夫なのでゲソ……?) 「それで? 結局5000円もスロットにつぎ込んだの?」 夜。 夕食の席で千鶴が言った。 その顔は笑顔を絶やさず、スキは見られない。 「うう……面目ねえ」 「あの女、倉鎌市の回し者だったでゲソ! 人を呼び込むためにキャンプのタダ券ばかり用意してたでゲソ!」 「でも、イカサマはしてないわ。ああいうのはつぎ込んだものの負けなのよ」 「耳が痛え……」 「結局エビは取れないし、こうなったら、 明日はわたしの触手で挑戦するでゲソ!」 「やめなさい」 「でも……エビ……」 「エビよりももっと素敵なものが待ってるわよ」 「エビよりも素敵なものなんてないじゃなイカ! エビは命より重いでゲソ!」 「イカ娘ちゃんはまだキャンプに行ったことはなかったわね(山登りはしたけど)」 「キャンプってなんでゲソ?」 「明日になればわかるわよ」 つづく
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/1282.html
「狼娘ぇ?」 「その通りだワン」 バーベキューの準備で大騒ぎだったテント前が、一気に静まった。 少女はその沈黙をどう受け取ったのか、満足げな表情で周囲を睥睨している。 狼娘(と、悟郎とシンディーに名乗ったらしい)はハネた黒髪のショートカットの少女で、 夏だというのにファーのついたジャケットを羽織っている。ファー以外、特に狼な部分は見当たらない。 「恐怖で声も出ないようだワンね……」 「いやいやいや」 栄子が三回にわたって首を振った。 「考えてただけだよ。どこがどう狼なのか」 「えっ……」 狼娘は目をぱちくりさせた。 「……えっと、 ここの髪のハネ具合がイヌ耳みたいだワン!」 「それ、普通の人間でもありうるだろ。 わたしと姉貴の髪もなんかハネてるし」 「毛皮がついてるだワン!」 「ファーで再現できるだろ」 「け、犬歯が鋭いだワン!」 「どれどれ……。いや、これ、人間でもありうる範囲じゃね?」 「えっと……」 狼娘はうつむいた。 「まあまあ栄子ちゃん。そんなにいじめないの。 狼娘ちゃんだったわね? よかったら、あなたもバーベキューに参加するといいわ」 「別にいじめてねえよ。当然の疑問だろ。 まあ、お前もどうせすることもないんだろ。 肉、食ってけよ」 「お前『も』……?」 狼娘の目線がさまよい、イカ娘の前で止まった。 「そう、こいつの名はイカ娘。 相沢家の居候にして海の家れもんのエース候補だ。 まあ、お前のイカ版……みたいなもんだな」 「そうだったワンか……」 狼娘がわなわなと体を震わせた。 「お主みたいなどうしようもない先輩がいるから、 わたしが怖がられないワンね? どうしてくれるワンか!?」 「ど、どうしようもないとは失礼でゲソ!」 イカ娘が狼娘に指を突き付けた。 「お主みたいなポッと出に言われたくないでゲソ! だいたい、わたしは渚にはちゃんと怖がられているでゲソ! 触手とか発光とか、人間離れ度でもお主の上を言っているでゲソ。 怖がられないのは、単なる実力不足じゃなイカ?」 「なにを! こっちだってさっきの悟郎とかいう人間には怖がられているだワン!」 「いや、あれはいきなりだったから驚いただけで、いまは怖くない……すまんな」 「なんと!」 「じゃ、バーベキューするか」 栄子の言葉に、みんな三々五々準備を始めた。 炭火がたち、肉が焼け、独特のにおいが立ち込める。 はたはたと走り回るみんなの中で、狼娘だけが一人取り残されていた。 「もし……ちょっと、そこの」 作業の合間を見計らって、狼娘がたけるに声をかけた。 「なあに、イヌお姉ちゃん」 「イヌじゃなくて狼だワン! じゃなくて、ちょっと協力してくれないかだワン」 「協力?」 「わたしの恐ろしさを見せてやるだワン。 ちょっとわたしに噛みつかれてほしいのだワン」 「噛みつかれるのはちょっと……」 「そんな!」 しょぼんとしてしまった狼娘の肩を、とんとんと叩くものがあった。 長月早苗である。 つづく
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/1307.html
千鶴=狼娘の姿は見えない。 ただ、たたたたとタイプライターを叩くような足音と共に、周りの土が削れ飛ぶ。驚異的なスピードで周囲を旋回しているのだ。 土埃だけでもダメージを受けそうなほど、その勢いはものすごい。 「これでどちらからくるか分からないはず。 さっきのようには行かせないだワン」 石ころがひとつ、正面から栄子に向かって飛んできた。 栄子はそれをつかんだ。 「お主が今のリーダー格とみた。 まずはお主から、倒させていただくだワン」 土埃の範囲が狭くなってきた。そしてやがて。 ある一方で土が大きくはじけ飛んだ。跳躍だ。 「作戦B……」 栄子がつぶやく。 「くらえっ」 千鶴=狼娘の貫き手が、栄子の肩を貫いた。 その瞬間、栄子が叫ぶ。 「今だ! 悟郎、来い!」 ばさっという音がして、悟郎の姿が中空に現れた。 木の枝から飛んだのだ。テントの素材だった鉄棒を振りかざし、千鶴=狼娘を狙っている。 「千鶴さんを返してもらうぞ!」 同時にまわりにいた他のメンバーも銘々投石や包丁の一撃の用意に入る。 「空中と地上、全方位。囲んだ!」 「行けえっ」 千鶴=狼娘の姿が消えた。 全方位を囲んでいたはずなのに? 空中にいた悟郎がむなしく着地する。渚の投げた石が正面の木に当たって鈍い音を立てる。 「しまった」 一番近くにいた栄子は、事情を了解していた。 「あいつ、地中へ!」 「ぷはっ」 みんなの輪から少し離れた場所で、千鶴=狼娘が息継ぎをした。 素早く地面を掘削してあそこまで逃げたのだ。千鶴=狼娘が勢いよく地上に飛び出してくる。 「地面が柔らかくて助かっただワン。 やはりこの山々は、わたしに味方してくれているのだワン。 ……さて、」 千鶴=狼娘がにやりと笑った。 「作戦Cはなんだワン? 準備があるなら、待ってやってもいいだワンが……」 「なめやがって、みんな、作戦C……だ……」 栄子の体が揺れて、地面に膝をつく。出血によるショックだった。 「栄子! もう無理よ!」 早苗が栄子の体を支える。 「ゲームオーバーだワンね」 千鶴=狼娘が、くるりと踵を返した。 そのとき。 千鶴=狼娘の背後から、低いエンジン音が聞こえてきた。 それはだんだん大きく、スピードを上げて迫ってくる。 「まさかっ」 千鶴=狼娘が再び振り返った。その目に、 護送車のライトが映った。 護送車は茂みをなぎ倒しながら前進し、ひときわ大きな大木にぶつかって止まった。 後部座席のドアが自動で開く。ゆっくりと滑るように。そして中から、小さな人影が姿を現した。 白い帽子に青い髪、青の模様が入ったワンピース。 イカ娘の登場だった。 「あ、タコ姉ちゃん」 たけるが護送車に駆け寄る。運転席では梢が、エアバッグに埋もれてもがいていた。 「運転って……、ぷはあ、意外と難しいのね……」 「もしやとは思ったが、やはりやったことがなかったでゲソか」 たけるの力を借りて梢が運転席から這い出てくる。いつの間にか知り合いになっていたらしいたけるの、携帯による誘導で、この場所にたどり着いたのだ。 「へへ……、コンティニューがあったみたいだな」 栄子が言った。早苗に支えられ、その顔色はどんどん青くなっている。 「栄子、その傷は……」 イカ娘が言った。 「なあに大丈夫。 とはいえもう動けないみたいだ。 イカ娘、わたしのかわりに、そいつをぶっ飛ばしてやってくれよ」 イカ娘は指で了解のサインを作った。 その表情に、迷いはない。 「ぶっ飛ばしてやると聞こえただワンが」 「お主はやりすぎたでゲソ」 イカ娘と千鶴=狼娘は対峙した。 「わたしは……、深海から地上を侵略するために来た。 最初はお主と同じく、近づくものをみんなひざまずかせる決意だったでゲソ」 (本当に最初だけだったけどね……)と、誰かが思った。 「でも、今のわたしは、それだけじゃないことが分かっている。 栄子や千鶴に働かされたり、たけるや侵略部のみんなと遊んだり……、 早苗に追いかけまわされることでさえ、わたしを構成する一部分だったでゲソ。 狼娘。お主はわたしの同志でゲソ。 でもお主が『わたし』を否定するなら、戦ってでもお主を止めなければならない」 「磯崎を派遣して叩いてやるつもりが、逆に火をつけてしまったようだワンね」 千鶴=狼娘が言った。 「お主の侵略とわたしの侵略、どちらがより優れたものか? ここで決めてみるのもいいだワン」 その細い目が鋭くなった。 「正々堂々否定してやる」 つづく
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/1313.html
相沢千鶴はイカ娘の天敵だった。 イカ娘が海の家れもんに来た当初、触手を華麗に切断されてから、ずいぶん時が経ったが、 千鶴がイカ娘に後れを取ったことなど、一度としてない。 相沢千鶴の特徴は、まずその人の目に映らないほどのスピード。 一度などは監視カメラをも欺いた。 そして体力。 軍隊仕込みとも噂されるが、千鶴がどこでそれを身につけたか誰も知らない。 そして何より、その手刀の切れ味である。 腕は細腕。手のひらを眺めても、普通の女性と変わりない。 しかし、おそらく超スピードによるのだろう、手刀の威力は常軌を逸している。 単純計算で5倍の物量を誇るイカ娘の触手を、いとも簡単にさばききった。 柔らかな身のこなしから繰り出される一撃は、自身を傷つけることなく、何度振るわれてもサビることはない。 相沢千鶴は、常にイカ娘の上位に立っていた。 だから、初の直接対決といえる今でも、その風格に"負け"の気配はない。 なによりも意外だったのは、 二人が全くの互角だったことだ。 3分、経過した。 イカ娘は疲れていた。ボクサーが試合に感じる疲れと似ている。 千鶴=狼娘は、いつもの表情のままである。 その点だけみれば千鶴=狼娘が有利だが、 イカ娘の健闘ぶりはムードを変えていた。 「いい加減に……しなイカ!」 イカ娘の触手が伸びる。その先端が千鶴の肩に食い込んだ"狼娘の牙"に触れそうになったところで、 千鶴=狼娘の手刀が切り落とす。 この攻防は3分の間に何度も繰り返されていた。 違うのは、"切り落とされて"イカ娘がにやりと笑ったことだ。 触手が、いつの間にか地面から、千鶴=狼娘の足元に絡みついていた。 「隙ありでゲソ!」 続いて触手が伸びる。 手刀の最大の弱点はリーチだ。地面の触手に対応しながら正面の触手を落とすことはできない。 が、しかし千鶴=狼娘は初めて足を使った。 触手の絡みついた足を、ハイキックするように持ち上げ、あえて正面の触手にささげたのだ。 二つの触手がぶつかり合い、ちぎれてはらはらと地面に落ちた。 イカ娘は舌打ちをすると、触手を再生させる。 千鶴=狼娘も、からまった触手の切れ端を取り払い、ジーンズのすそを直した。 「互角……、互角じゃないか」 「イカちゃん、千鶴さんとあんなに戦えたの?」 「イカ娘の最大の弱点はメンタルだからな」 栄子が事態を解釈した。 「本気を出せば、もともとあれくらいやれたんだ。 幸か不幸か、今まで一度も本気を出さなかった。 いや、出せなかったってだけで」 「でもまだ十分とは言えない」 梢が戦況を見据えた。 「触手はイカスミと同様、合成のたびに体力を消耗するわ。 対する千鶴さんは体力の塊。互角というだけでは勝ち目はない」 「あんたが加わったら勝てるんじゃないか?」 悟郎の問いに、梢はにっこり笑って、 「わたし、絶賛車酔い中なので……」 (ウソだ) (絶対ウソだ) (ていうか、あの人誰?) (タコ星人……) 長期戦となれば不利。 しかし、イカ娘は焦っていなかった。 (狼娘よ……、お主には弱点がある) 千鶴=狼娘の手刀を、触手の物量で防ぐ。 そうしながらも、機会をうかがう。 (お主の野生の勘も見事でゲソが……、 やはり千鶴のような注意深さはないでゲソ。 千鶴は背後から襲いかかっても、なぜか見抜いていたでゲソからね……。 いわば、操縦者の年季!) 大量に配備した触手を、千鶴=狼娘がひとつひとつ切断していく。 それがイカ娘によって準備された動きだとも知らずに。 (わたしは地上に来て釣りというものを知ったでゲソ。 魚の鼻先でエサを躍らせてやるでゲソ) 千鶴=狼娘が、ついに用意された一本を切断した。 「今でゲソ!」 イカ娘はいっせいに、触手を再生させた。 生い茂る木の枝のように張り巡らされた触手は、総勢9本。 エサとした一本を除く全て。今までで最大規模の攻撃だった。 「一本は正面からの一撃……、 一本は背面」 触手の檻の中で、狼娘は戦慄したように立ち止まる。 「二本がそれぞれ側面を、 二本が地中、二本は空中、残る一本は遊撃隊でゲソ」 栄子たちの"作戦B"は、地中を計算に入れていなかった。 知ってか知らずか、イカ娘はそれをカバーしている。 「全方位攻撃でゲソ! かわせるものならかわしてみるがいい!」
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/1315.html
千鶴=狼娘に向かって、触手の網が投げかけられた。 矢の雨のように、無数の槍のように、その突撃は苛烈で、容赦ない。 しかし、その切っ先を前にして、 狼娘は笑った。 「……かわさない!」 千鶴=狼娘は足を踏み出した。 手刀一閃。正面からの一撃を強引に突破する。 そのまま猛スピードで、イカ娘に向かって突進した。 遊撃隊の触手が、千鶴の肉体に突き刺さる。 残る7本の触手が体を切り裂いても、歩みが止まることはなかった。 ついにイカ娘に到達し、小さな体を強引に持ち上げる。 「お主の狙いは――ここだワン?」 千鶴=狼娘が血まみれの左肩をトントンと叩く。 「わたしの牙。 牙を抜くことを目的とした攻撃は傷つける意思に欠ける。 かわさなくても、所詮致命傷にはならないのだワン」 再び戦闘に参加しようとした悟郎たちを、千鶴=狼娘が目で制する。 「わたしはこの体を使い倒すつもりだワン。 傷つくのは痛いことは痛いが、我慢できる。 対するお主は、自分の貧弱な肉体をかばい、千鶴の肉体をかばい、 まわりの仲間たちをかばいながら戦っている。 やはり、守るべきものを持ったのは失敗だったのだワン! わたしの侵略、一人の侵略が正しいのだワイカ娘ちゃん」 "千鶴"の声がした。 その声は血まみれの肉体から発せられたとは思えない、優しい音色だった。 声が言った。 「大丈夫よ。戦って。 わたしの体を、侵略に使わせたりしないで」 抱え上げていたイカ娘を、千鶴が下ろした。 「だ、だけど、わたしがッ、 千鶴に勝てるわけないじゃなイカ……」 泣き出しそうになるイカ娘を、千鶴の胸が包んだ。 「優しい子ね。 でも、そんな優しさがあるからこそ、あなたは強いの。 たぶん、わたしよりも」 魔法は解けた。 千鶴=狼娘はイカ娘を突き飛ばし、急いで距離を取った。 「――操作が乱れただワン。 お主の攻撃が牙をかすっていたのか……」 千鶴=狼娘が左肩をなでた。 イカ娘の触手が再生を始める。 「まだやる気だワン? 何度やっても同じ、わたしの侵略のほうが強いのだワンよ」 「千鶴はそうは思っていないでゲソ。 だからわたしも千鶴を、わたし自身を、信じてみるでゲソ」 「……」 千鶴=狼娘は構えた。今まで棒立ちだった狼娘が初めてとった、戦闘の構えだ。 イカ娘は目を閉じた。その周囲に10本の触手が、柔らかく広がる。 狼娘がつぶやいた。 「お主はやはり危険だったワン」 そして、跳躍した。 狙い撃ちになることも辞さない、勢いを乗せた最後の一撃に賭ける。 イカ娘は触手を放った。両脇の髪からの二本の触手が、狼娘を真っ向から迎え撃つ。 「無駄だワン! もはや最高速! すべての触手を突き破ってお主の喉を貫く!」 すべての触手を? しかしイカ娘は触手を束ね、巨大な一つの槍として千鶴=狼娘目掛けて突っ込ませた。 「うおおお!?」 先頭の触手は、狼娘に切り払われた。 空中でくるくると華麗に舞い、二本目の触手、三本目の触手とちぎり捨てる。 しかし、そこまでだった。 強靭な触手の槍は、構成繊維を二、三本切り取られても、止まることなく、 千鶴=狼娘の左胸に命中した。 千鶴=狼娘の体が地に落ちる。 その周囲を、みんなが囲んだ。 最後にイカ娘が、ちぎれて半端なショートカットになった触手を直す力もなく、 狼娘の前に立った。 「良かったのか? 狼娘を見逃して」 運転席の悟郎が聞いた。 「千鶴が助かった時点でわたしたちの関わり合いはおしまいでゲソ。 それに狼娘の本体のありかは、本人しか知らないでゲソ」 「わたし、森の木々に聞けますが……」 鮎美が言った。 「……でもいいでゲソ! 狼娘の目的は、それはそれで応援したいでゲソ。 やり方を間違えたらまた叩く、それでいいじゃなイカ!」 それよりも、とイカ娘が笑う。 「見たか? 自分でも気付かなかったけど、わたしは千鶴に勝利するほどの実力者だったでゲソ。 おまけにその千鶴は今はケガ人でゲソ。 侵略の好機じゃなイカ!」 「ひい! 最大の弱点だった千鶴さんを克服したイカさんが侵略を! もう勝てない! 人類はおわりだぁ!」 渚が悲痛な叫びを上げた。 「イカ娘ちゃん、渚ちゃんを怖がらせないの」 後部座席の千鶴が、寝転がったまま穏やかに止めた。 「ふっふっふ、もう脅しは通用しないでゲソよ」 「そうかしら……」 千鶴の細い目が、ゆっくりと開眼される。 同時にイカ娘の勝ち誇った表情が、ゆっくりと恐怖の色に変わる。 「ごめんなさいでゲソ……。怖い顔しないでくれなイカ」 (メンタル、戻ってるー!) 数週間後、相沢家に一通の手紙が届いた。 差出人は、道の駅「くるみ」。 道の駅を映した写真とともに、名産のワインがどうとかいう宣伝が入っている。 ダイレクトメッセージのたぐいだと思って、捨てようとしたが、 写真の隅に映っていた狼娘の姿を見て、捨てるのをやめた。 夏だというのにファーのついたジャケットをまとっている。 その上から、葉っぱのマークの入ったエプロンをつけて、暑そうだが似合っている。 道の駅の店員が一人、狼娘を呼び寄せようと手を差し伸べ、 狼娘は腕組みをして、仕方ないといったように写真の隅に入った。 どういう経緯で狼娘が道の駅「くるみ」で働くことになったのかは分からない。 お腹をすかせて拾われたのか、 イカ娘のように侵略に入った先でなし崩し的に働くことになったのか、 狼娘は手紙には何も書かなかった。 どういう意図で手紙を出したのか。 それも何一つ書かれていない。 だからイカ娘は考えるのをやめた。 いつものように丸い飾りのついた靴をはき、 いつもの町へ出る。 「いい天気でゲソね。 今日は何が待ちうけているでゲソか」 外はまだまだ、もうずいぶん経った気がするが夏休みだ。 おわり
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/1302.html
イカ娘は一人、川でサンダルの足を冷やしていた。 「このサンダルもこの間、早苗にもらったものだったでゲソね……。 わたしはこれからどうなるのでゲソか?」 今のイカ娘は一人言が多い。 一人だからだ。 「来たときは騒がしかったのに、静かでゲソね」 イカ娘はサンダルの足でバタバタと水をかいた。 と、それに混じって、石を踏んだようなジャリっという音がした。 「誰でゲソ!」 弾かれたように振りかえったイカ娘の前に、見覚えのある黒い影があった。 「磯崎……」 磯崎辰雄は水着姿で、その肩には狼娘のもう一方の牙が刺さっている。 「何故でゲソ!」 イカ娘が叫び、触手を構えた。 同時に磯崎がイカ娘に襲いかかる。 「何故わたしを攻撃する? わたしは敵じゃないでゲソ!」 磯崎がワンピースの襟をつかむ。 悟郎ほどではないが、鍛えられた肉体は、イカ娘の体を簡単に持ち上げた。 「いそざ……狼娘!」 そのとき、何かがぶつかるような衝撃が走った。 磯崎=狼娘がイカ娘を離し、暗い瞳で一方を見ている。 イカ娘もそちらの方角を見た。 「お……お主は、田辺梢!」 梢はイカ娘に微笑んで見せると、丸い帽子の下から触手(そう、触手だ)を繰り出し、またたく間に磯崎=狼娘を片づけてしまった。 「オート操作か、動きが鈍いわね」 「た、タコ娘ェ」 目に涙を浮かべて駆け寄ってくるイカ娘に向かって、田辺梢は静かな笑みを浮かべた。 「あなたは一人じゃない」 二人は昼にバーベキューをした広場に、並んで腰かけた。 もう空は藍色になっていて、遠くには虫の声が聞こえる。 のどかな景色だ。今、ここだけは。 「どうしてこんなところに来たのでゲソ?」 イカ娘が聞いた。 「それはスロットで当たったから」 「……あの女、そこらじゅうにチケットをバラまいてるでゲソね。 でも、会えてよかったでゲソ」 梢はイカ娘の顔を覗き込んだ。 「前に合ったときと比べて、少し変わったわね。 でもまだ、心の中に、分裂してしまっている部分がある。 侵略者のあなたと、相沢家のあなたに」 「分裂――その通りでゲソね……」 イカ娘は暗い空を見上げた。 「侵略者としてのわたしは、狼娘の味方でゲソ。 あやつの目的は否定できないでゲソ。 でも、相沢家の一員としてのわたしは……、 寂しいでゲソ。今、とても」 胸のつかえが取れたような感触があり、イカ娘の目に涙がにじんだ。 梢はイカ娘から視線を外さない。 その瞳は優しいけれども、込められた力は強く、逃れられない。 「誰にだってそういうジレンマはあるものだと思う。 ひょっとしたら、時間が解決してくれるのかもしれない。 ただ、あなたは、今。 選ばなければならない」 「今、でゲソか? なぜ?」 「それは戦いがもう始まっているから。 すぐに終わるわ。狼娘ちゃんの勝ちで、ね」 イカ娘は気圧されたように沈黙した。 「そこで」 梢が右手を目の前にかざした。 その手には大きなカギが握られている。 「磯崎さんが乗っていた護送車のカギをちょうだいしておいたわ。 これに乗って栄子さんたちを助けにいくこともできるし、 このまま帰ることもできる。 運転はわたしがするわ。 あなたのいきたいところに連れて行ってあげる。 ただ、決めるのはあなたよ」 「わたしが……」 イカ娘の脳裏に、走馬灯のように、みんなの顔が浮かんだ。 栄子、たける、千鶴、清美、悟郎、早苗、渚、シンディー、鮎美。 そこに倒れている磯崎や海の家の経営でここには来ていない「南風」のおっさん。 侵略部の面々に今も研究所で何か作っているであろう三バカ科学者。 悟郎の母やりさちゃん、ショウちゃんといったチョイ役まで、余すところなく浮かんできた。 そして最後に、狼娘の姿も。 水を掛け合って遊んだあのときの姿だ。 栄子たちが遠巻きに見ている。その表情は楽しそうだ。 あんな時間が訪れることは、もうない。 そのことは残念だが、イカ娘はどちらかを選ばなければならなかった。 「わたしは……」 つづく
https://w.atwiki.jp/doradorama/pages/12.html
主要メンバー モブとか動物 ドラえもんズ 裏方的存在 F組のみんな 大長編悪役 大長編悪役2 大長編悪役3 大長編味方 大長編味方2 大長編味方3 いろいろな人たち いろいろな人たち2 いろいろな人たち3
https://w.atwiki.jp/anirowakojinn/pages/1852.html
「のび太さん………、ドラちゃん、みんな、……リルル…。」 源静香は、殺し合い開始から四時間が経過しても、開始直後の場所から動かなかった。いや、正確には“動けなかった”。 彼女は至ってふつうの少女だ。多少の大事件には巻き込まれても、人死になど見たこともない。 彼女の手には、『空気砲』が装着されているが、これでは人は殺せないだろう。 静香が苦悩する中、聞き覚えのある声がした。 「……………静香ちゃん?」 「スネ夫さん!無事だったのね!?」 弾けそうな笑顔になり、スネ夫に駆け寄ろうとする。しかし。 「動くなぁっ!僕は殺し合いに乗る!死にたくないんだよぉ!」 ワルサーPPKの銃口を静香に向け、大声で叫ぶ。静香は一瞬信じられない、といった表情を見せたが、すぐに軽蔑するような視線を向ける。 「最低っ!自分だけ助かればいいって言うの!?」 「ああそうだ!僕は……死にたくないんだよぉぉおおおッ!」 涙でぐちゃぐちゃになりながら、スネ夫は適当に引き金を引く。 弾丸は静香のわき腹を撃ち抜き、血があふれ出す。気絶した静香を見おろしながら、ただスネ夫は絶叫する。 「ンだァ?何シケた遊びしてンだァ君ィ」 白い怪物、一方通行が張り裂けそうな笑みでスネ夫を見つめていたのだ。 スネ夫は何の躊躇いもなく引き金を同行者の京子に向けて引く。だが一方通行は冷静に京子の前に左手を突き出し、弾を反射する。スネ夫のワルサーPPKを破壊し、更にその手すらも抉る。再度の絶叫と、走り去るスネ夫。 一方通行は追わなかった。静香の傷が明らかに致命傷だからだ。 能力で血管を繋ぎ、精密な治療に入る。 京子は呆然としていた。完全に油断していた。一方通行が助けてくれなければ死んでいただろう。 「……………。」 京子はわずかに赤面していた。 【一日目/夜明け/b-1山林】 【源静香@ドラえもん】 [状態]脇腹に銃創、気絶 [装備]空気砲 [所持品]基本一式、不明1 [思考・行動] 基本:殺し合いには乗らない。 1.………。 ※致命傷です 【一方通行@とある魔術の禁書目録】 [状態]健康 [装備]なし [所持品]基本一式、不明2 [思考・行動] 基本:フィアンマに凱旋する。 1.目の前の少女(源静香)を助ける 【京子@これはゾンビですか?】 [状態]健康、赤面 [装備]なし [所持品]基本一式、不明1 [思考・行動] 基本:優勝して夜の王に安らぎを与える。 1:何で私を助けたんでしょうか? 骨川スネ夫は、包帯で止血していた。銃は失ってしまった。 彼は適当にデイバックから物を取り出す。しかし二個とも当たりといううまい話はなく、出てきたのはキッチンタイマーだった。 理不尽な運命を呪いながら、スネ夫は更に堕落する。 【骨川スネ夫@ドラえもん】 [状態]右手首に傷(処置済み)、精神不安定 [装備]なし [所持品]基本一式(包帯と水半分消費)、キッチンタイマー [思考・行動] 基本:皆殺しちゃえ。 1:もう何もかも嫌だ。 疾走する魔術師のパラベラム 投下順 遙か彼方-僕らのstory- 疾走する魔術師のパラベラム 時系列順 遙か彼方-僕らのstory- GAME START 源静香 はじめてのぜん Devils 二人の悪人 一方通行 はじめてのぜん Devils 二人の悪人 京子 はじめてのぜん 精神崩壊観測 骨川スネ夫 どこまでも過負荷に振り切れて
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/1279.html
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11~20
https://w.atwiki.jp/battler/pages/8690.html
Mr・Hが執筆するちょっとした単編と小説の置場。 ま、ゆっくり読んでくれ。あと執筆状況はその作品に書いておくよ。 単編系 長くて短い連休のお話 小説系 バトロイ版新・桃太郎伝説 ロボ戦記小説inバトロイ バトロイ大長編・Mr・Hside バトロイファンタジー・アストレイ 第2次バトロイ大長編 第3次バトロイ大長編? 帰る