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外伝Ⅱ 不帰順領域 第1話 鴬が世界の終りを歌い出す、 神は友として狂女のトリロでものを言う。 心に清い一撃が石弩から飛び出して その鴬を枯木から打ち落とす。 『傷ついた祈り』(コクトー) このところ上杉中将の悩みの種は、しだいに酷くなっていた。帝國空軍総司令官である彼は、司令室に掲げられた地図の一点を見据えため息をついた。それに、タイミングを計ったように内線の電話が鳴った。 「中将、氷室技監がお見えになりました」 「通してくれ」と答えるとドアが開き、助手の大林を従えた氷室技監が「やぁ」と挨拶した。 「おひさしぶりですな、上杉中将」 「ああ、悪いが挨拶は後にしてくれ、いろいろとこちらにも用事がある」 正直に言えば、あまり長い時間会っていたくない。氷室のような人間は、上杉の最も苦手とするタイプだった。面と向き合って対峙するだけで、息が詰まる思いがする。 「それはそれは好都合。我々も用事が詰まってますので」 軽いジャブで返し、氷室は皮張りの応接席にドンと慇懃無礼な態度で座ると、両手を顎の下で重ね不敵な笑みを見せた。 「では、用件をお聞きしましょう?」 「三ヶ月前占領したローディス教国を覚えてますか?」 「あいにく、僕は技術畑の人間でね。帝國の戦略にはノータッチだ。でも覚えてはいるよ。とるに足らん小国だったけど更なる進軍の輸送路の確保のために、モノはついでと占領した。閣下は嘆いていたよ。あんなところ三個師団で十分だった、弾の無駄使いをしてしまったと」 小国とはいえ、一国を滅ぼしたというのになんという言いぐさだろう。しかし、彼の脳内にはその程度のこととしか認知されていないのだ。 「二週間前の事です。旧同国領土のガルカイオ高地で異常な事が起こり始めたのは」 「ほぅ、異常な事、それはなんですか?」 「ガルカイオ高地は主用輸送路の側面に位置しています。しかし、道が険しいため陸軍による警備が困難となり我々空軍が哨戒に付いてましたが、その哨戒任務に出していた部隊が相次いで消滅する事態が起こっております。現時点で五個飛行中隊がこのエリアで消息を断ちました」 「まるでバミューダ・トライアングルですな。何かの妨害にあったのでは?」 「妨害源があるとすれば、原生獣のワイバーンぐらいでしょう」 「魔獣ワイバーン、空を支配する飛龍。飛行隊はそれにやられたのではないのかな?」 上杉は、その質門には「いえ」と強く否定した。 「ワイバーンは確かに強力な魔獣ですが、我々の主力機であるP-51ムスタング、P-47サンダーボルトで十分に駆逐できるはずです。もっとも近いフントゥア飛行場に所属する部隊は空軍全体でもかなり練度が高い」 氷室は、まったく関心が無い様子で「ふん」と鼻を鳴らす。 「それで、一体我々にどのような協力を求めているのです?」 「明日、最後の哨戒部隊を出します。その任務に独立観測航空隊も同行調査をしてもらいたい」 「独立観測航空隊とは随分奥ゆかしい言い方ですね。あなた方が、いつもの言う『実体のある幽霊機』でいいですよ。しかし、あれは戦闘機でも偵察機でもありません、ただの観測機です。もし、Ta152E改がワイバーンに襲われたらどうします? あれは我々にとっても貴重な情報源なのですが」 「出撃部隊には出きる限り護衛せよと厳命します。しかしTa152E改は非武装機では無い。製造記録によればTa152Hと同じ、30ミリ機関砲MK108、20ミリ機関砲MK151ともに搭載されてますね?」 「うん、まぁ、確かに積んではいますけど。なぜ、うちのTa152E改を? 空軍にも彩雲という偵察機があったでしょう?」 「15000メートルの高高度を750キロの高速で飛ぶ事が出きるのはTa152E改だけです。もはやアプローチをおこなっていない手段はそれしか無い。もしこの作戦が失敗し、このエリアを制圧できないのなら、我々は“E・プラン”を実行するつもりです」 E・プランという言葉に氷室がぴくんと眉を動かした。 「なるほど、わかりました。協力しましょう」 空軍指令部を出た氷室は肺に詰まった空気を全部吐き出すような大きな深呼吸をした。一応、威厳を保つような、なるべく堅い喋り方をしていたのでへんに肩がこった。 「総監」 今まで黙っていた大林が初めて口を開いた。「なんだい?」と氷室がくだけた口調で応じる。 「なぜ、協力を? 独立観測航空隊は強化人間部隊の追跡調査のために全機稼動スケジュールが決まってます」 「そんなの、スケジュールを詰めて一機空きを作ればいいだろ? 調整は君に頼むよ。もう約束しちゃったんだ。断われない」 大林が心中でやるかたないため息をついた。たぶん、そのスケジュール調整作業で自分は今夜、徹夜だ。結局、氷室が了承した理由はわからなかった。もっとも、意味など無く、ただ気分次第で決めたのかもしれないが。 「上杉中将の言ったE・プランとはなんの事です?」 氷室は口元を歪め笑って、「EはエンドのE、それで全て終わり」とだけ答えた。 遥かな空を飛ぶ烏は、とても美しかった。 細くすらりとひきしまった身体に、大きく広げられ風をやさしく撫でる羽根。瞳は、下界の全てを見透かすように漆黒に輝いている。そのクチバシには僅かな大気を掴み、そして掻き出す幅広いプロペラが付けられ、その心臓、Jumo213E液冷エンジンは、MW-50水メタノール噴射装置とGM1亜酸化窒素式強化装置を携えている。 独立観測航空隊所属、フォッケウォルフTa152E改、コールサイン『レイヴン』、高度15000メートルの高空を時速750キロで駆ける孤独な烏。 「WP・オスカー82、通過」 与圧キャビンのコンピットで、パイロットの有川祐二が酸素マスクに付けられた通信機に向けて告げた。「チェック」と後席から応じる声、オペレーターのデネブ・ローブが後席コンソールから次の指示を呼び出す。 「高度を下げて現在地を確認しましょう。フントゥア飛行場が見えるはずよ」 「了解」と有川は答え、降下機動を開始。スロットルをスロー、プロペラのピッチ角をゼロへ、そして操縦幹を倒す。雲の中へ入り、視界が真っ白になる。その雲を抜けると広大な高原地帯が広がっていた。 「旧ローディス教国領か」 「綺麗なところね、今度はピクニックで来たいわ」 デネブが呟く。たしかにどこまでも続く雄大な地平線のパノラマは行楽でくるなら良い所だろう。しかし、その先では、陸続と戦線の続く戦場だという事を二人は知っていた。 「簡単な調査任務さ、観光みたいなもんだ」、ブリーフィングで氷室が言った。 簡単だって? 帰還する事が任務の独立観測航空隊に、簡単も難しいもない。 観光だって? 前線部隊の戦闘機を連れてか。 だが、Ta152E改はブリーフィングの一時間後には空にいた。彼らに拒否する権利など無かった。 帝國空軍の哨戒部隊と共に、旧ローディス教国領ガルカイオ高地にて調査活動をおこなう。それが今回の彼らの仕事だった。 「見えた。フントゥア飛行場だ」 高原地帯に、まっすぐな線が引かれているのが見える。おそらく滑走路だろう、その右側にハンガーが連なり左側には燃料タンクが置かれていた。典型的な野戦飛行場だった。 「レイヴン、こちらフントゥア管制だ。確認したか?」 「こちらレイヴン、確認した」 「まもなく戦闘機隊が上がる。リーダー機はコールサインは『ドロシー』」 滑走路の端に4機のP-51ムスタングが待機している。ダイヤモンドの隊形、おそらく先頭が『ドロシー』機なのだろう。 「ドロシーより、レイヴン。実体のある幽霊機と組む機会があるとは思わなかったが、今日は付き合ってもらうぞ。全機離陸開始」 「スケアクロウ、了解」 「ブリキマン、了解」 「ライオン、了解」 4機の戦闘機隊が離陸する。素早くギアを上げ、鋭く急上昇。 ベテランの連中だな、と有川は思った。基地が強襲された際におこなう戦闘機動だ。第二次日米戦争で311thSQに所属していたときもよくやった。スロットルの加減、操縦幹を引くタイミング、フラップ操作、一朝一夕で身に付くものではない。空中集合も早く、すぐさま編隊を整えた。 「ドロシー、スケアクロウ、ブリキマン、ライオン、変ったコールサインね?」 統一性のみえない名前にネーミングにデネブが首を傾げる。 「TACネームだろう。オズの魔法使いさ。ドロシーはどうやら俺と同じ異邦人らしい」 「オズの魔法使い? あなたの前にいた世界にも魔法使いがしたの?」 「御伽噺だよ。嵐で魔法の国に飛ばされたドロシーは、元に世界に戻るため、途中で出会う仲間、脳の欲しいスケアクロウ(案山子)、心の欲しいブリキの木こり、勇気の欲しいライオンとともにオズ大王のもとへ向う御話」 「まるで、あなたと一緒ね。仲間になった私は一体なにを望んでいるのかしら?」 ムスタングとTa152E改を中心に編隊を組み直す。ドロシー機が有川達に近づき軽く手を振った。有川はそれに頷くだけで応じながら、ふと思う。 彼らは、どこへ行くのだろう? ここは魔法の国だが、この空はエメラルドの都へ続かない。 山をいくつか越えると目指すガルカイオ高地に到着した。周りより400メートルほど高い、山の上に広がる丘のような土地だった。 その上をWの文字を書く様にムスタングとTa152E改が編隊を組む。しばらく、五機で森の上を飛んだ。とくに異常は見られない、眼下に川が流れており、それを辿ると湖が見えた。湖の上を飛んだが、動いているモノは見つけられない。人も獣も見当たらなかった。 「こちらドロシー、何も見当たらない。お前たちはどうだ?」 戦闘機隊も探している。向こうは4機もいるから、それぞれの受け持ちの視界に集中すればいいので、より注意して探せるはずだ。それなのに見つけられないというのは、何もいないからなのだろうか? 編隊に緊張が走ったのは、その数分後だった。 「ライオンよりドロシー、四時方向に3、いや4、5。こちらに向ってくる」 「ドロシー、了解。タリホー、間違いないワイバーンだ」 有川も首を回してそちらを見る。少し霧がかかった空を背に、羽ばたく影が5つ。ワニのような顔に、堅い皮膜に覆われた翼、そして特徴的な長い尾、魔獣ワイバーンだ。 「スケアクロウ、ブリキマン、上昇して上をおさえろ。ライオン、俺と来い。レイヴン、すまないが数が多い、全力で当たるから離れていてくれ」 「レイヴン、了解した。グッドラック」 有川が答える。 「グッドラックか、久しぶりに聞いたよ」 ドロシーは懐かしそうに言うと、機速を上げワイバーンの群れに挑みかかった。 「珍しいわね」とデネブが言った。 「有川が、あんなことを言うなんて」 「ああ、地上にいたら言わないだろうな」 地上にいるときは、自分は感情を閉ざしている。 『実体のある幽霊機』と呼ばれる自分は、誰の味方でもなく、時に正規軍の部隊が全滅しようとも傍観しかしない。地上にいるときはその事でよく詰られる。感情を閉ざす事は、ある種の自己防御なのだ。もとより、飛鳥島の戦いで仲間を失ってしまった有川は、正規空軍にいたころから、とりつくしまもないと言われていた。 飛ぶという行動からくる浮遊感のためだろうか、開放感のためだろうか。人間は飛ぶようには出来ていない、出来ていないモノがやっているのだから、違った感性が生まれるのだろう。 それともただの地上にいるときの反動かもしれない。 「上昇する」 スロットルを押し、Ta152E改は速度を上げながら上昇、戦闘エリアを巧みに避けながら観測活動を開始する。その間に戦闘機隊はドロシー、ライオンがワイバーンの群れと交差。そのまま飛び抜けてダイブするドロシー、ライオンにワイバーン達が首を振った。刹那に、空が紅くに染まる。ワイバーンが火を吹いたのだ。ファイヤーブレス。ワイバーンが魔獣といわれる由縁の攻撃魔法だった。 しかし、ドロシー、ライオンのニ機は咄嗟にラダーを蹴り、左右に分かれ焼けつく火球を避けた。 「スケアクロウ、やれ!」 上空にいた残りのニ機が全開降下で加速を付けワイバーンに迫る。肉迫しての射撃、12.7ミリ弾がワイバーンの背中に刺さる。銃撃されたワイバーンが断末魔の叫びをあげながら森へ落ちていった。 「よし!」 ドロシーが反転、ライオンが後に続く。ワイバーンの群れがバラバラに砕けた。 その様子をTa152E改はレーダーと望遠カメラを使い、遠目から眺めていた。いつの間にか、雲が張りだしたため、高度10000メートル以上の高高度へは上がらなかったが、戦闘機隊の善戦ぶりを見ている限りでは、雲の下でも安全だった。 やはりドロシーは自分と同じ向こうの世界の人間のようだ。小隊を二個のエレメントに分け、一個を攻撃に、もう一つを防御に付かせ敵にプレッシャーを与える。典型的なドッグファイトの編隊機動だ。 「もう一匹やったみたい、残りは引き上げていく」 2匹のワイバーンが倒されたところで、残りのワイバーンは遁走を始めた。戦闘機隊は、それを追撃するような事はしなかった。編隊を組み直し、自分達の損害を調べる。 「残りは逃げ出したようだ。各機、被害は?」 「こちらブリキマン、スケアクロウの尾翼が一部溶けてます」 「スケアクロウ、どうだ?」 「ラダーの効きが悪いですが、大丈夫です」 「ドロシー了解、ブリキマンはスケアクロウを連れて先に行け、ライオン、俺達はレイヴンを連れてゆく」 2機に減った戦闘機とTa152E改は、哨戒を続けたが再びワイバーンの現れる気配は無かった。 「霧が出てきたか・・・」 圧迫感を感じて、有川が呟いた。先ほどのワイバーンの出現と同時に現れた霧が編隊の周囲を覆っていた。 「デネブ、レーダーはいいか? これ以上霧が濃くなると目視界が狭くなる」 「ノイズが出始めているけど、離脱するスケアクロウとブリキマンまでは映ってる。レンジブースターを使う?」 後席コンソールに備えられたPPIスコープを覗き、デネブが尋ねる。 戦略偵察機並の能力を持つTa152E改には、動目標を捕捉するドップラー・レーダー、マッピング用の合成開口レーダーから、魔法の発動を感じ取るセンサまで、目にみえないモノを捕らえる機材も多く載せられている。 飛鳥島科学技術研究所の粋を集め作られた観測機だった。 「いや、ノーマルレンジでいいだろう。あと30分でなにも現れなかったら、俺達も帰投する」 「わかった、・・・えッ!?」 デネブが小さく叫ぶ。「どうした?」と有川。 「スケアクロウとブリキマンが消えた・・・!」 有川が、すぐさまコクピットのMFDにレーダー画面を再生させる。一スイープの間に帰投コースにいた二機の輝点が消滅した。ノイズは低レベルで、エコーも無い。二機のP-51ムスタング戦闘機は完全に消え去っていた。 「レイヴンより、ドロシー。応答せよ」 「レイヴン、こちらドロシー。何があった?」 「帰投コース上でスケアクロウとブリキマンが消えた」 「なに!? そちらの見間違いか故障ではないのか?」 バック・ミラーにうつるデネブが首を横に振る。 「いや、ちがう」 「了解した。・・・クソッ、霧がひどい」 ドロシー、ライオンが全速力で仲間が行方不明になった場所へ向う。Ta152E改もそれに続いていくが、それは捜索に加わるのではなく、この事態を解明するためだった。 「もう少し先に行ってみる。ライオンはこの下を探せ」 ライオンが低空に下りて八の字に飛びながら、スケアクロウとブリキマンを探す。その上空ではTa152E改が合成開口レーダーを作動させ、目視で捜索できる出来る以上の範囲を一気に走査した。 「駄目だ、墜落痕すら無い。一体どうなっているんだ?」 「消えた、としか言えないわね」 「レイヴンより、ドロシー。そちらはどうか?」 「こちらドロシー、まもなく高地を抜ける。まだ何も発見出来ない。いや、待て・・・、なんだこれは・・・?」 無線から聞えるドロシーの声が恐怖で引きつっていた。 「空が閉じる・・・!」 ドロシーの機影がレーダーから消失。スケアクロウとブリキマンとまったく同じ状況だった。 「空が閉じる。なんの事だ・・・?」 「有川、離脱しましょう。私達だけでどうにかなる事態じゃないわ」 デネブの口調は、まだ冷静さを失っていなかった。有川はそれに微かな安堵を覚えながら「わかった」と返し無線を切り換えた。 「ライオン、ドロシーが消えた。緊急事態につき、至急空域を離脱する」 「ラ・・・ライオン、了解した」 たった一機残ったムスタングを連れ、Ta152E改が離脱コースを取る。霧がさらにひどくなって、しめった空気が機体を舐めた。ムスタングとの空中衝突を警戒し、翼端灯をパッシングする。ムスタングがそれに合わせ、お互いを視野に入れられる距離で編隊を組んだ。 空が閉じる。 ドロシーは一体何を見たんだ? 空では、何が起こっても不思議でない。しかし、ベテラン・パイロットですら狼狽するほどの事態とはなんなのか、有川はそれがひどく気に掛かった。 腹が締め付けられる様に痛い。不可思議な事態の連続で混乱しそうだ。 だが直後、有川は目が覚めるような感覚に襲われた。すべての雑念を打ち消してしまうような鋭い戦慄。 「有川、後ろ!」 デネブの声が、そのまま引き金となりラダーを蹴っ飛ばす。刹那に、右翼後方を飛んでいたムスタングが爆発し、衝撃でTa152E改のコクピットが揺れた。 「ライオンが・・・! ワイバーン!?」 ファイヤーブレスが直撃したのだ。 なおも旋回を続けながら、周りに視線を走らせる。霧は、濃霧となっていた。その向こうから次々とブレスが襲い掛かってくる。 「デネブ、レーダーで奴の位置を教えてくれ!」 「何も映ってない!」 「じゃあ、探知装置だ。あのブレスが魔法なら探知装置でわかるだろ!?」 「駄目! モニターがノイズで何もみえない!!」 霧がスポンジ状になれば、それがレーダー波を吸収してしまうことがある。しかし、対魔探知装置は一種のパシッブセンサーなので、ノイズ妨害は受けないはずだ。訳がわからない、しかし今は考えているときじゃない。 「だったら逃げるぞッ!!」 MW-50を使いTa152E改が急加速で離脱を図る。と、有川はとてつもない圧迫感に駆られた。元より、この霧に呑まれてから何かに囲まれている感じはしたが、まるで目の前に見えない壁があるような気配だった。 ほとんど、無意識に機体を動かしていた。予期しなかった機動にデネブが「わっ!」と悲鳴をあげるが、有川は構っていられなかった。左主翼の翼端が引っ掛かっている。しかし、何に引っ掛かっているかわからない。そこには濃い霧があるだけだった。 これはただの霧じゃない。 有川は直感した。 「デネブ、高度をあげる。酸素マスクをしろ」 「どうしたの?」 「わからない。でも、このままじゃまずい!」 自分も酸素マスクを装着し、Ta152E改の得意とする高々度まで一気に駆け上ろうと、スロットルを開き上昇した。 雲を付き抜けた瞬間、有川は「空が閉じる」といったドロシーの最後の言葉を理解した。 「そんな、空が・・・!!」 雲の上に、さらに雲が掛かっていた。しかも、ただの雲でなく、あの霧と同じ圧迫感を持っている。唖然として上を見上げる有川に、後ろを見張っていたデネブが叫んだ。 「下から、来た!」 機体を横に滑らせ、下から撃ち上げてくるファイヤーブレスをかわす。 反転してスパイラルを切ったが、まだ追撃してくる。 「何匹だ?」 「三匹! きっと、さっきのワイバーンね」 有川は確認する暇がなかったが、デネブの目は元戦闘機乗りの有川より良い。信じてもいいだろう。 「こちらが浮き足立ったの見て逆襲ってわけか、降下で振り切ってやる!」 Ta152E改が全力降下、速度が800キロを越え設計限界速度が近づき、機体が喘ぐように震動する。急角度のまま再び雲へダイブすると、雲中で進路変えてワイバーンを撒いた。 ようやく雲からでると、先ほどの湖のところまで飛んでいた。ワイバーンの姿は見えない。 「振り切った・・・?」 デネブが廻りを見渡しながら尋ねる。有川が返事をしない。うな垂れながら、操縦幹にしがみ付いていた。 「・・・デネブ、どうやら俺達は何かに閉じ込められたらしい。空が何かに塞がれている」 「空が塞がれている? どういうこと?」 「わからない。けど、ここから出られない。そんな気がする・・・」 「燃料も続かないし、ともかく下りましょう。あの川沿がいいわ」 デネブは、湖に注ぎ込む川と辺りを覆う森の間に延びる野原を指差した。斜面じゃないかと思ったが、以外と平地で降りる事はできそうだった。 「川沿か、軟弱地でないといいが・・・」 もし、地面が柔らかすぎれば降りたが最後、Ta152E改は足をすくわれ二度と飛べなくなる。それだけは考えたくなかったが、いつワイバーンが現れるかを考えれば選り好みしているわけにもいかなかった。 その地点を一度大きく旋回し、フラップ、ギアを降ろして着陸態勢を取る。目標を正面に捉え、機首を立てながら降下、失速速度ギリギリまでスピードを落とす。 タッチダウンの衝撃と同時に、機体をバラバラにするような振動が襲ってくる。未舗装の道路をスポーツカーで飛ばしているような感じだ。しかし、なんとか持ちそうだった。途中でギアが折れないかとヒヤヒヤしながら制動を掛ける。 300メートルほど滑走して、Ta152E改が止まった。エンジンをカットし、有川がふぅと溜息を吐いた。機体を降り飛行帽を脱ぎ捨てる。気が付くと額が汗でびっしょり濡れていた。 「有川、いったいどうしたの?」 後席から身を乗り出したデネブが主翼の付根を足掛かり機体を降りた。 「あれは、空じゃなかった。まるで鳥篭の中にいるみたいだった・・・」 有川が力無く呟く。気力を失ったように、ひどく弱い声だった。 「ただの霧じゃないことは確かでしょうね」 「まるで壁だ」 壁という言葉を聞いて、「もしかして・・・」とデネブ。 対魔探知装置は、レンジ全域に魔法の反応を捕らえていた。まるで、この森全体で魔法を使っている様子だった。自分の感が正しければ、有川の言うとおり今のままでは自分たちはここから出られないだろう。 「有川の判断は間違いないかもしれない。たぶん、私達は閉じ込められたのよ」 「閉じ込められた?」 「・・・、そう」 霧のせいか、空気はひんやりしていた。 デネブはその空気に何かを感じ取るように、手をしなやかに動かし霧の流れを紡ぐ。 「結界の中に」 前項 表紙 次項
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第二十七幕 外交 帝國暦二一年一一月一八日 インビンシブル大帝國 南部国境地域 南方臨時司令部 大会議室 臨時の交渉の場にしては広々として立派と言うに相応しい作りとなっている大会議室。 今現在この場にはダルフォード大帝国の外交使節団を迎え入れており、それに対する形でインビンシブル大帝國の外交官たちが相手をしている。 しかし、肝心の交渉が遅々として進まず、三時間もグダグダと話し合っているために両者共に相当な疲労を蓄積させていた。 「……我がダルフォード大帝国の力はご存知でしょう? その傘下に入るのを何故そこまで拒絶するのですか?」 疲れているはずなのに平然とした表情で言うダルフォード側の代表。 彼ら使節団は貴族には珍しい理性的なメンバーを集めてきたようで中々に忍耐がある。大抵は苛々が蓄積して爆発する。 しかし、この場で何かしでかす事は明らかに自国の不利益になると認識しているのだろう。少し、厄介な相手だ。 「何の見返りも無しに傘下に入るわけにはいきませんし、我々にも矜持というものがあります。それに我がインビンシブル大帝國だとて貴国に負けてはいない力を持っている」 自信満々に言い切る。 こういう場では舐められたらおしまいだ。だから、どんな事でも自分たちの方が優れているという態度を取り続ける必要がある。 無論、相手も同じだろう。 「恩恵は与えられますとも。今ならば様々な優遇措置が取られる事でしょう。しかし、貴国が我が国に負けていない力を持っているというのは過信し過ぎなのではありませんか? 我が国は大陸最強と言われる国なのですぞ?」 「過信などではありません。我が国は貴国と同等以上の国土を有していますし、また軍も精強です」 弱気にならずに真正面から突っかかっていく。 ズイッと身体を前に出して、さながら喧嘩を売るような視線を浴びせる。 「国土が同等以上なのは認めましょうとも。北方主要四ヶ国、及び中小国七ヶ国を纏めた領土は実に広大、我が国の国土を僅かにでありますが超えているでしょうな。そして、それらを手にする事を可能にした軍事力は恐るべきものがあるでしょう。しかし、それが我が国に匹敵するというのは信じられないし、有り得ない」 挑発じみた行動には乗らずに淡々と述べる。 ――やはり冷静で理性的。表面だけを繕ったものではない。 「まぁ、確かに正確に我々も貴国の軍事力を調査したわけではありませんから、基準に誤差がある可能性は高いでしょう。しかし、仮に匹敵していないにしてもです。それでも無視できない戦力を我が国が有しているという事は認めてくださいますでしょう?」 この言葉に眉を寄せて少し言い辛そうにする。 何かしら発言する言葉を選んでいるのだろう。慎重なヤツだ。 「それは……まぁ、認めざるを得ないでしょうな。しかし、それは兎も角として我が国の傘下に入っては頂けないのでしょうかね?」 「それに対する返答は変わりません」 結局適当な言葉がなかったのか、あちら側の代表はこちらの言い分を認めた。が、すぐに話を最初のものに切り替えて流す。こちらも無遠慮な返答で流したが。 まぁ、認めさせたからには後々でそこを突ける機会があれば突いてしまおう。 しかし、流石に問答無用な無遠慮な返答にカチンときたのか今度は向こうが挑発的な行動を取ってきた。 「たとえ我が国と敵対する事になっても……ですか?」 目を細めて言ってくる。 だが、温い。そんなブラフは通用しない。 「これはおかしな事を。貴国が我が国と敵対するはずが無いでしょうに」 「ほぅ? それはまた何故?」 「貴国の最大にして不倶戴天の敵である大デルフリード帝国に隙を見せることになる、という理由では御不満ですかな?」 この発言にどうやら驚いたらしく、使節団のメンバー全員が目を見開く。 我々が何の情報も持っていないとでも思っていたのか? いや、多分そうではなく、行動範囲が北方限定だと思われていたのかもしれない。 ならば、大陸中央部に位置するダルフォード大帝国や大陸南部に位置する大デルフリード帝国に関する情報入手は出来ていないと考えるが道理。 しかし、他国に侵攻し、併合した際に色々な情報も獲得できると考えるのが普通ではないのか? ……この大陸では普通ではないのだろうか? だとしたら、微妙なところで抜けているとしか言いようがない。――いやいや、重要な情報などは処分するに決まっている。 しかし、おそらくそれは時間があればの話だ。体勢を整える暇も何も与えずに電撃的な侵攻をされてしまえばそんな事をしている時間などない。逃げる準備をするのが精一杯だ。だからこそ、我々は普通は破棄されてしかるべきものを手に入れることができたのだろう。まぁ、あくまで推測での話だが。 そんな事を思考していると、ゴホン、というあからさまな咳払いがあちら側の代表者から聞こえてきた。 どうにも仕切り直しらしい。そのままこちらを見てくるとふっと溜息をついて喋り始める。 「……認めたくはありませんが、その通りです。貴国がこのレイジェンス大陸の事情を知らないだろうと考えての交渉でしたが当てが外れたようです。意外によく知っている」 「意外という言葉はあまり受け入れたくはありませんが、まぁ、一般的にはそう考えるのも当然かもしれません。何せ我々は貴族ではありませんから」 当てつけのように言う。いや、むしろ当てつけそのものか。 しかし、相手は意外な応対をしてくる。 「少なくとも私個人は貴族だなんだで人を区別する事はありません。全てはその人の能力次第と思っています」 ――なんとも厄介な人物だ。 改めてそう感想を抱いた。こういう人物がトップに立たれると我が国の大義が薄れる。それに適切な改革を行えそうだ。 個人的には好感が持てるのには違いないが……早めに消しておきたい人物にあたるのは間違いない。 「……珍しい方だ。ここには貴方以外にも貴族の方がいらっしゃるのに明け透け無くお答えなさる。よく迷惑を被ってはいませんか?」 「ここにいる面々も私と同じような考えですよ。それと迷惑は度々被ってます。今も外交交渉に駆り出されて難儀している最中です」 苦笑しつつ言う。 確かに。おそらくこいつは今さっきの交渉が上手くいかないことを読んでいる上でここに来ているな。 となると、何か別の目的があるのか? 「なるほど。……それで結局交渉はどうなさるおつもりで?」 話を戻して本音を聞き出すことにする。 適当に鎌をかけて罠に嵌めてくれる。これでも外交官育成マニュアルを完璧に覚え、何年も実践的練習を積んでいるし、心理学もキッチリと勉強しているのだ。 そして、その成果がここで先程からはっきりと示されている以上、不可能な事ではない。 改めて意気込み、相手の返答を待つ。 「続けますとも。まぁ、傘下に入る入らないの交渉はやめます――我がダルフォード大帝国と不可侵条約の締結を貴国に申し入れたい」 ……何? 「不可侵条約? ……確かにそれならばまだ考える余地は幾らでもありますが……」 これが本音か? 引き出してやろうと思っていたのにこんなにあっさりと出した? 嘘? 虚言? 難しい顔をしながら思考の渦に飲まれかける。相手は真剣な表情で、 「是非前向きに検討して頂きたい」 と、告げる。 ――……いいだろう。せいぜい不可侵条約が締結できるように頑張ればいい。 貴様の言った事が本音かどうかも確かめてやる。 「……不可侵条約のみについてならば条件次第では受諾しても構いません」 「それはどのような条件でしょうか?」 「ええ、その条件は――……」 インビンシブル大帝國 帝都ノーブルラント デオスグランテ城 皇帝執務室 「引き伸ばしは順調のようだな」 「はい。不可侵条約締結に中々厳しい条件を突きつけましたから。予想通り本国に一端帰還してあちらの皇帝の意見を仰がなければならないそうです」 榊原がそう言って満足そうに頷いていると、九条もまた少し安堵した表情を見せる。 九条と榊原はある程度の時間を稼げた事にそれなりに満足していた。しかし、今回は引き伸ばせたが次回もそう上手くいくとは限らない。注意は怠らないようにしなくては。 ちなみにインビンシブル大帝國が外交使節団に突きつけた条件は以下の通りである。 条件内容 一、奴隷の解放。全ての奴隷を市民とし、少なくとも富裕層の人間と同格に扱う事。 二、奴隷の解放によって法整備を行う必要があるため、それにインビンシブル大帝國も介入させ、提示される全ての案件を飲む事。 三、奴隷に対する補償をする事。今まで虐げてきた分の代価として金銭や物を無償提供し、自分達のしてきた事を全面的に謝罪する事。 四、ダルフォード大帝国はインビンシブル大帝國と接している国境部分を非武装地帯とすること。その非武装地帯はダルフォード大帝国の領内とすること。 五、ダルフォード大帝国は毎年ダルカッド金貨を五○○枚インビンシブル大帝國に提供する事。 六、インビンシブル大帝國に隣接する西方二ヶ国の領有を認めること。 とても飲む事のできない内容だ。 奴隷は彼らの産業基盤を支えるもの。それを解放すれば混乱状態に陥るのは間違いない。 しかも、その混乱を抑えるために法を制定しようとしてもインビンシブル大帝國に介入される。そうなれば自分たちの立場が無いし、またその地位を追われかねなくなる。 それに付け加えて、奴隷に対する補償となればその財政支出は膨大。とてもじゃないが払い切れる金額ではないに決まっている。 非武装地帯についても自国領のみというのが頂けないだろうし、ダルカッド金貨を毎年五○○枚というのもとんでもない。 ダルカッド金貨というのは大陸で流通している中でも最も金純度が高く、価値も歴史もあるものでとてもじゃないがそれを五○○枚、それも毎年なんて揃える事はまず出来ない。 ただ最後のインビンシブル大帝國に隣接する西方二ヶ国の領有を認めることについては唯一問題ではないだろう。 しかし、これはどう見てもダルフォード大帝国の社会を破綻させるための要求であった。 明らかに不当過ぎる要求であり、普通ならば当然の如く大激怒するだろう。だが、ダルフォード大帝国の皇帝は頭がキレる。交渉にあったように大デルフリード帝国の巻き返しに危機感を持っているからこそ不可侵条約の話を持ちかけてきたのだ。 それに一から三は飲めないにしても四から六については検討する余地が十分にあるのだ。ダルカッド金貨についても枚数を減らすように交渉すればいい。 よって、お互いに落とし所を探りながらの長期の交渉になるに違いない。それに交渉の間は双方とも派手な動きはできないから、事実上その間は両国が不可侵条約を締結している状態に近くなる。その間に決着をつけることが可能ならば、それで十分とするのもまた有りだ。 尤も、時間を稼ぐのを望んでいるのはダルフォード大帝国よりもインビンシブル大帝國の方だが。 「このまま時間を稼げれば航空機の数も十分に揃う。その時こそが好機」 「全くです。このままいけば我らの勝利は間違いありません」 全ては予定通り。多少の誤差が出ようと修正できる。 インビンシブル大帝國によるレイジェンス大陸統一まで時間の問題だ。 そして、その後は――……世界征服だ。 前項 表紙 次項
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帝都防空1942・前編 「・・・正面上、黒点一つ」 副機長の声で、佐上宗太中尉は顔を上げた。 「いや、二つだ」 佐上中尉もそれを見とめる。 遥か遠方に見える黒点は二つに増えていた。 「例の補給船のかな?」 「ここまで来て送り狼はごめんです」 「一応防空態勢にしよう。銃座は配置に付いてくれ、通信何か言ってきてないか?」 「今来ました。マ・イ・ド・ド・ウ・モ」 「マイドドウモ?」 副長が訝しげな声で言った。たしかに無電では聞き慣れない言葉だ。 「まいどどうも、ね。彼ららしい言い方だ」 黒点に見えていた機影は、徐々にその姿を成していき一度佐上たちの左右をパスすると反転して両隣に付いた。それは機首の尖がった日本海軍では見慣れない機体だった。日の丸も付いてはいない。それどころか国籍を示すマークがなく、唯一所属マークだとわかるのは、尾翼に描かれた鳥の絵ぐらいだろう。 一機が佐上たちの前に出てきて「付いて来い」と言うように翼を振った。先ほどの弱出力の無電といい、ここが日本の制空権内では無いため、可能な限り無線は使わないつもりらしい。 「これはまた・・・」 眼下に見える船影に佐上は呟いた。 「どうみても空母じゃないか?」 事前に渡された識別表を見たときも思ったが、実物を見るとますます空母にしか思えない。フラットにされた飛行甲板に左舷に張り出した煙突と一体となった艦橋、そして何より自分達をここまで連れて来た艦載機。どうみても空母だが、海軍ではこれを空母と言ってはいけないらしく、かわりに航空商船と名乗らせていた。 「左舷、飛行艇着水します」 ウイングの見張り員の声が伝通管を伝いヤクト・ヒュッテに入ってきた。 「ナンバン、舵を預けます。飛行艇の横に付けなさい」 海図盤の後ろに置いた席にすわる霧神が指示を出す。成瀬社長がいないため、今は霧神が飛鳥の指揮を取っていた。 「ちょっと、止まってくれ」 無粋な声がして、霧神は内心溜息を吐く。 「我が海軍の飛行艇ならば、横付けぐらいやってのける。待っていればよい」 窓際で飛行艇の着水を見ている青井宏海軍中佐は、自信に満ちた表情で言った。 「中佐、たしかに海軍パイロットの技量を持ってすれば、飛行艇側からこの船にコンタクトすることは容易いでしょう。さきほどの着水、大型飛行艇とはいえ、波の高い外洋であれほど安定した着水が出来る技量というのは称賛すべきものがあります。それに敬意を表し、我々から接触しようとしたのです」 「なるほど、そういうことならば吝かではないな」 青井中佐が、満足そうにほほ笑むと、霧神は目で持って操舵手に合図を出した。 このところ、飛鳥の船内では今のような調子が続いていた。 開戦より、はや五ヶ月。 その間に日本軍の攻略作戦は順調に進み、一月二二日にはラバウルを占領、二月初頭にはシンガポールが陥落し、そして今月四月にはついにフィリピンのコレヒドール要塞の攻略により、南方侵攻作戦第一段は完了を見せた。 しかし、その影で米機動艦隊による南太平洋諸島への攻撃が相次いでいた。 二月十四日、ギルバード諸島北方より米艦載機部隊が襲来、それを皮切りにマーシャル、クェゼリンなどが空襲され被害を出している。その十日後には猛牛の異名を取るハルゼー提督率いる空母エンタープライズを中心とした機動部隊がウェーク島に対し空撃、砲撃を行い、その後追撃を振り切ると、今度は大胆にも、東京から1000海里しか離れていない南鳥島に対し攻撃を行った。 これに対し日本も無策だったわけではない。潜水艦部隊による哨戒はもちろんの事、民間の漁船を徴発した特設監視艇による哨戒も行っていた。しかし、広い海洋では、これでも哨戒不足とされ今回のような飛行艇による哨戒活動もたびたび行われていた。 今回のルフト・クーリエルの業務は、その飛行艇部隊への洋上補給だった。本来なら、これは秘匿性に優れた潜水艦や、大量の物資が持てる特設船で行うべきである。飛鳥は確かに名目こそ商船ではあるが、実体は軽空母とかわらない。それでも、今回海軍が飛鳥にこの任務をおわせたのは、用途に合わせたというより、都合にあわせたという色が濃いからだった。 開戦当初、コタバル上陸作戦とマレー海戦に深く関与した飛鳥は、軍部の中にも関心を持つものが出始めていた。それは好意的解釈ならば飛鳥の実力を認め始めたといえるが、もう一つの解釈では飛鳥に対する不快感を強めていた。とくに同じ海を生業とし、マレー海戦で出鼻を挫かれる形となった海軍部では後者の方が多かったが、もっとも心配されたのが飛鳥をこのまま陸軍に独占させることだった。なんとか彼らに『海軍』の仕事をおわせようさせた結果が、今回の業務となったわけだ。 名目上ながら「商船」を名乗っている飛鳥としても断れず受け入れることになったが、本土から500海里も離れた外洋にて活動することになるというため、艦載機材の提供を具申し海軍と妥協した。 青井中佐とは、この仕事を請け負ったさい海軍が出向かせてきた人物だった。今回の業務では、飛行艇部隊の航法ルートや暗号無線などの機密を多く扱いため、それを管理する将校として名目は補給作業の監督であるのだが、事ある毎に口を出すため船内では煙たがられていた。もっとも、現在船の実質的指揮官である霧神は、早々にこの厄介な外部者を受け流す方法を見出していたが。ようは、彼の自尊心に介入しなければいいのだ。 今飛鳥は霧神が指揮していた。成瀬も則武は不在である。 「まったく、こんなとき社長達は何処をほっつき歩いているんだ?」 その様な事が船員達の間で囁かれていたが、青井中佐の茶々以外で船内の様子はとくに代わりがなかった。しかし、本来艦長たる人物や、副長まで不在で、かわりにまだ若い女性の霧神が船を指揮していると言うことは、青井中佐の心情にすくなくない影響を与えていた。生粋の海軍軍人である彼から見れば、この船はいささか変則的過ぎたところがある。青井中佐からしてみれば、霧神ぐらいの年齢の女性なら、さっさと結婚して家庭を守るべきだと思えるだろう。 しかし、青井中佐がそれを口にしないのは、飛鳥の船内の空気がそれを言わせないからだった。商社の代表である霧神がそう表す事はなかったが、船員達の青井中佐に対する態度には現れていた。 なにしろ船員達にとって、霧神の主計と言う役職は、給料から食事まで管理する部署だ。つまりあまりに彼女の機嫌を損ねると自分達にとっては、精神的にも物理的にもマズくなる。 あまり露骨ではなかったが、青井中佐にとってはこの半径500海里に味方が一人もいない現実を考えると、それは十分な牽制になった。 微妙な均一を保ちながら飛鳥は、飛行艇に接舷した。 初めて会った時、その人は甲板の上で映えて見えた。 周りが男衆ばかりで、唯一の女性だったからかもしれないけど、街中の人ごみのなかでもきっとそうだっただろう。 彼女には、それぐらい自分の気を引く魅力があった。 「・・・ありゃ、グレイス・オマリの生まれ変わりですね。おっかない」 隣にいた副長がぼっそっと本人に聞こえないぐらい小声で呟いた。 グレイス・オマリとは、アイルランドの女海賊のことだ。オフハラティの男達を率いて海に乗り出し、英国のアイルランドへの侵略に対しても立ち向かい、英国女王エリザベス1世とも対等に渡りあったこともある女傑だった。 たしかに、甲板で次々と指示を出す彼女は、毅然として十分に船長としての素質を見せていた。 「おっかない、はないだろう。副長」 「おや、もしかして惚れました? たしかに見くれはいいですけどね」 「からからうのはよせ」といって、片手を振る たしかに彼女は美人だった。 けど、そのことは彼女自身意識していないだろう。 艶のある黒髪なのに邪魔にならないようにとだけひっつめにしたままにしているし、白い肌だが化粧気があるわけでもない。けど、その整った顔立ちは理知的に見える。もっとも、彼女のなかで特徴的だったのが、その双眸だった。すこしきつめだが、大きくて気丈そうな瞳は、凛とした彼女を表している。 それだけだと、たしかに副長の言うように、「おっかない」という印象を受けるかもしれない。 ただ、自分には、彼女をそれだけで表すには惜し過ぎる気がした。 「佐上中尉」 突然呼ばれ、我に返ると副長の姿がなくなったかわりに、彼女が自分の前に立っていた。 「ルフト・クーリエル社、航空商船飛鳥代表の霧神明日香です」 敬礼の変わりに、ぺこりとお辞儀する。 「横浜海軍航空隊の佐上です」 多少、ギクシャクした返事になった彼女は慣れた様子で、手に持った書類を渡し説明を始めた。 「準備が整いましたので、これより補給作業に入ります。なにか申告はありますか?」 「とくには・・・」 何か話すことはないかと考えてみたが、さっぱり思いつかない。 そうこうしている間にも、自分の大艇の補給作業はきびきびと進んでいた。航空商船飛鳥と二式大艇との補給には、飛鳥の甲板から大艇の主翼の上にラダーや燃料ホースを降ろしおこなわれる。燃料を補給している間、エンジンの簡単な整備もおこなわれた。なにしろ、この飛行艇はすでに10時間以上の長時間飛行をおこなった後なのだ。エンジンのチェックは必要だった。 「内地は、どうだったでしょう?」 ようやく出た質問は、あまりに陳腐で言った後でしまったと思った。 「それなりに、軍の戦果には喜んでいる人は多いですよ」 霧神は表情を変えず答えた。あまり長続きしそうにない会話は、そうして途切れた。 「あなたはどう思います?」 しばらくして、次にでた言葉は、前回に輪を掛けて愚かだと自分でも思った。それを取り繕うように、次の言葉を考えた。 「自分は、一度アメリカに渡った事があります。その時は軍人ではありませんでしたが・・・、それで・・・」 「それはこの戦争に関してのことですか?」 霧神は佐上に顔を向けて質した。 「えぇ・・・。アメリカは強大な国です。たしかに我々はハワイで太平洋艦隊に大損害を与え、フィリピンを取った。けど、それだけで終わる気がしないのです。あの国なら、艦隊を再編するのに長くは掛からないでしょう。全て新造しても有り余る国力を持っています。それに比べ、我が国は保有艦隊がほぼ全力で闘っています。それだけでは足りず、あなた達まで動員している・・・。 すみません、こんなこと言って、あの中佐には黙っていてくださいね」 はにかみ笑いを漏らすと、意外にも彼女の表情が緩んだ気がした。 「そうですね。その話は、私達では及びのつかない所の話ですし」 補給作業が終わり、二式大艇のエンジンが一発ずつ始動され始めた。僅かだが整備された火星エンジンは、快調そのものの爆音を轟かせる。 離舷準備が整った直前で、佐上は慌てて霧神に駆け寄った。 「あの、これを貰ってもらえませんか!」 爆音のなかで佐上が渡そうとしたのは、小さな香水瓶だった。 突然の事に、霧神がきょとんとした顔をする。佐上は押しつけるように、香水瓶を渡すとすぐに大艇の翼に降りた。 ヨーイングを使い二式大艇は飛鳥から離れると、高らかに爆音をどろかせ海面を離れ、雲中へと消えていった。 「霧神にねぇ・・・」 事務所の社長室兼物置で定時連絡として送られる飛鳥からの電文を呼んだ成瀬社長は、独り言のように呟いた。 「間が悪かったな、成瀬。相手のツラが拝めなくて」 則武がからかう様に笑って言った。 「なんで、俺があいつと付き合おうなんて考えるヤツの事気にしなきゃならないんだよ?」 「ほぅ、随分寛大じゃないか?」 「当たり前だ。俺は、あいつの事をどうこう言える立場じゃない。お前だってわかっているだろ?」 「まぁ、いい。俺はそいつのツラをちょっと拝んで見たい気もするけどな」 珍しく成瀬が、ムスっと顔を顰めた。 「逢えるんじゃないか? 渡したのは香水瓶なんだろ」 「ああ、パイロットの香水瓶だ」 霧神に気のあるらしい海軍パイロットが、なぜ香水瓶なんてをもっていたのか、同じく空を飛ぶ二人はうっすら気付いていた。 「・・・多少、重たい気もするけどな」 パイロットの中には香水瓶を懐に忍ばせる者もいる。それは、最後の気遣いだった。空から落ちるというのは、恐ろしく破壊的な事だ。人間の身体など簡単に四散し、死体は見るに耐えないものになる。墜落死というのは、世の中でも屈指の悲惨な死に方の一つだといえた。だから、パイロットの中には、香水瓶を持ちせめて死臭ぐらいは薄めようという者達もいるのだ。 「死ぬ気が無いってことだろう?」 と則武。 「生きてさえいれば、会う機会もあるさ。そうえば、俺も明日、福生に行ってくる」 「福生? 飛行場か?」 「各務原で世話になった新居大尉が来ているらしいんだ。一応、挨拶ぐらいはしておこうと思ってな」 「ハッ、何年の付き合いだと思ってるんだ? お前が挨拶回りなんてするタマかよ。おおかた、その大尉が乗ってる新型機が目当てだろ?」 「当然それもある。けど、期待するなよ、新居は陸軍だから飛鳥に乗せられる機材があるとは思えないからな。お前は筑波に行くんだったな」 「あぁ、松田博士に会ってる。フィリピンで使った新型対空砲弾は、動きの鈍い中型爆撃機には有効だったが信管の調整が手間だ。あれじゃ、艦爆みたいな小型機に対抗できるとは思えん。そのヘンの事を相談してくる。正直、今の態勢でままでは、対空戦力に不安がある」 成瀬がため息を付き、「ところで・・・」と話題を変えた。 「例の海上護衛総隊の話しはどうなった?」 「まぁまぁ、って所だな。最初は旧式駆逐艦と二等海防艦だけで不安だった。かなり増強される事になった。俺達のせいか、空母を編入するそうだぞ」 「空母? 例の商船改造の鷹型か?」 「それもあるが、大型が一隻。そいつを旗艦兼司令部にするそうだ。それとあと試作艦と大型特設艦が数隻編入される」 「随分気前がいいな」 「赤レンガの奴の話しだと、辻何某とかいうマレーの時にいたらしい陸軍中佐が、散々言い回ったらしい。けどな、こりゃ連合艦隊の奴ら、艦隊決戦以外は全部やらせようって腹だぞ?」 「司令長官は誰になるんだ?」 「最初は及川大将だったが、変更で若木とかいう少将がになったらしい」 「若木だって?」 「知ってるのか?」 「海兵で俺と同期だった奴だ。ハンモックは俺とどっこいだったはずだぞ。なんで将官なんかになってるんだ・・・?」 「そうだな、お前と一緒なら、いっても大佐ぐらいのはずだろう」 「なんか、ヒドイ言われ方だが・・・、そのはずだ」 フムンと息を洩らし、則武が眉間にしわを寄せた。 「これは穿った考えだが、ようは人身御供にでもされたってことか? 適当な奴を差し出して、一応なりだけ整えようと」 「その可能性がないわけじゃない。しかし、よりによって若木か・・・」 成瀬は懐かしそうな顔をしながら、心の奥からくる笑いを押し込めた。 海軍の奴らも、とんでもない奴を出してきたものだ。 「今日で哨戒も終わりだな」 特設監視艇第23日東丸の艇長、志津曹長は両手を口元に当てたまま、吐息まじり呟いた。 ハワイ作戦の後と南方作戦の後、連合艦隊が危惧したのは米艦隊による逆襲だった。そのなかでも、ハワイ作戦同様、敵の中枢を狙うような作戦は、自分たちが成功したのと米空母をまだ一隻も屠っていないという事によって、一部海軍内部の中に哨戒を増やすべしという声が上がるようになっていた。 しかし、哨戒を増やすと言っても海軍艦船にもさほど余裕があるわけではない。まして、今の海軍艦船は稼働率が8割を越え、オーバーワークとなっているのが現実である。 そこで海軍は民間の漁船を徴用し、無線や僅かな武装を取りつけ特設監視艇として第5艦隊に編入され、哨戒任務についた。特設監視艇に乗り込んでいるのは志津曹長のような海軍人のほかに元の漁船の乗組員も軍属として乗り込んでいた。 「やっと釧路に帰れますね」 やや疲れたような声で、民間航海士の島田が言った。 特設監視艇に徴用されるのは、80トンから120トンクラスの遠洋漁業用につかう船舶なので、波の荒い海では木の葉の様に翻弄される。そのため、海に慣れたはずの海軍軍人や漁師であっても、いつも帰港するころには疲労の色が隠せずにいた。 「やはり、一度南に下るか。波が穏やかになれば少しは楽になるからな」 暖流の流れるところまで下れば、波も穏やかになり、なにより防寒着を着なくてもすむ。凍て付く寒流海域で任務に付いていた者達にとってはなにより嬉しい事だった。 第23日東丸は暖流を求め南を目指す。だが、その前方の水平線上に突如として黒点が浮かび上がった。 「艇長! 前方に艦隊がいます!」 「なんだとッ!」 見張り員の声に、志津曹長は咄嗟に首に下げていた双眼鏡を持ち上げた。 船影は明らかに民間船とは異なるシルエットをしていた。なにより数が多い、そして大きさも様々だった。 米国艦隊が、こんな所に!? 「空母がいます!」 海軍軍人の見張りが声を上げた。 米機動艦隊、出現!! 志津曹長は体が強張るのを感じ、擦れた無理やりな大声で叫んだ。 「米機動艦隊出現ス! 現在地を含め、至急打電しろ」 日東丸の通信は、飛鳥でも受信していた。 「・・・近い」 呟きながら霧神は、チャート台の前に歩み、第23日東丸が送ってきた地点にコンパスを刺し、半径300海里の円を描いた。相手が空母を有する機動部隊なら、相手は艦載機となる。米軍は主にSBDドーントレスで索敵爆撃するため、それを考えた数値だった。 飛鳥の現在地として置かれた駒はその内側に入っていた。 「警戒体制を第二段階にあげます、見張り員を倍に」 「それと直援を二機上げさせよう」 そう言ったのは、ルフト・クーリエル社常務兼飛鳥艦載機艦攻隊隊長の佐倉一輝だった。彼と、今本土にいる成瀬、則武がルフト・クーリエル社の実質的な運営者たちだった。 やれやれと言った調子で佐倉が頭を掻いた。 「このまま進むと本土だろ? 連中も大胆な事をするもんだ。空母から本土までの距離は?」 「約700海里です」 「連中の艦載機では到底届かない距離だ。入っても帰って来れない。おそらく奴らも明日明後日の作戦を予定していただろう」 「引き下がるでしょうか?」 「どうかな?、どうだい向こうも無茶な作戦だとわかっているはずだ。無理にでも押してくる可能性もある。三十六計なんとやらだ。ケツまくれるうちに、まくっておくか」 「撤退の準備を始めます」 指示を出すため、霧神が伝通管のほうを向いた。 「ちょっとまってくれ」 背後の声に、霧神の眉が一瞬つり上がった。なんとか自制して振り返ると扉の前に立っていたのは、今一番いてほしくない人物だった。 「敵機動部隊が現れたらしいな、ならば我々は全力でこれを叩かねばならん。違うかね?」 「青井中佐、本船の業務は二式大艇部隊への補給であり、米軍の空母と闘うことではありません」 空母と言う部分を強調して霧神が反駁する。航空商船の飛鳥も空母といえば空母のカテゴリーに入るが、米軍の正規空母と飛鳥では、排水量で戦艦と軽巡ほどの違いがあり、艦載機も米空母が約100機近いのに対し、飛鳥は常用24機と約4倍の差がある。 「しかし、こちらが敵の位置をある程度把握しているのに対し、敵はまだこちらの位置を掴んでない。日東丸の犠牲はあるが、これは好機ではないかね? 聞けば君達はマレーではたいそう活躍したそうじゃないか? しからば今回もまた、我々に協力してもらいたい」 これは青井中佐の意見もたしかにある。敵の位置は日東丸から伝えられていたし、飛鳥は受信を行っただけなので電子的にもまだ位置を掴まれていない。 だが、飛鳥が攻撃を行わない理由はそれだけではなかった。 「今回の場合、本船の戦闘機では航続距離がありません。攻撃したくとも、そのためには敵艦隊に接近せねばならず、それはこちらの位置を秘匿するという利点を失うことになりませんか?」 霧神が静かに告げた。 飛鳥に積まれているHs112戦闘機は航続距離が約1000キロ程で、弾薬類の装備を考えると、これを割り込むことになる。敵艦隊までの距離を300海里と想定しても、行って帰る程度しか出来なかった。艦攻隊の九六式艦攻ならば、航続距離1600キロとあり攻撃範囲内だが、霧神がそれを言わなかったのは、「ならば艦攻だけでいけ」という発想に繋がせないためだった。 攻撃したくとも、アシ(航続距離)がないという事実を告げられても、青井中佐はまだ余裕の表情を崩さなかった。むしろ、攻撃する気があるというのを間接的にも引き出せ打ただけ、彼には僥倖と言えた。 「本船には、我々の機材を乗せたはずだ。虎の子の零戦と新型艦爆はこのためのものだぞ」 「どちらも一機ずつしかないじゃないですか!?」 今回の業務に合わせ、飛鳥には零戦と空技廠が新しく開発した新型の艦爆が搭載されていた。どちらも航続距離は1500キロ以上あり爆撃行に十分な性能を持っていた。ただし、霧神が叫んだ通りどちらも一機しかない。 これは、海軍が本気で零戦や新型艦爆を使う機会はないだろうと思っていたためだった。今の所、ルフトクーリエルは自社であつめた戦闘機と艦攻機を使っている。だが、ルフトクーリエル社が、このまま営業を続けて行くのなら、彼らとて何時までもその機体を使い続けていけるわけではない。その時、ルフトクーリエルが頼るべきなのは、当然海軍機と言うことになるだろうが、そのための布石としてこの二機を飛鳥に積み込ませたのだった。 「たとえ二機だろうと敵の隙を突ければ、それが一撃必殺と成り得る!」 断言する青井中佐に、霧神は少しだけ目を細め冷たく言った。 「それでも駄目です」 「なぜだ!」 「本船には、航法士がいません」 「なんだと!?」 たしかに飛鳥のパイロットは、海軍のパイロットのような洋上航法の能力を完璧に会得してはいない。それは飛鳥と空母部隊の運用の違いだった。空母部隊が、母艦から遠くは慣れた場所に攻撃を仕掛けるのに対し、本来船団護衛を目的としている飛鳥では母船から遠くは慣れると言うことを考えていない。 それに洋上航法訓練のための膨大な航空燃料を振り分けてくれなかったのは、ほかならぬ軍だった。 「これで本船が航空攻撃を行わない理由がお分かりいただけましたか?」 「ならば・・・」 どうしてこんなことになったのだろう・・・、と七宗は心の中で自問した。 ここは飛鳥の航空甲板、そして彼の前には、短なスパンの翼に、細面の胴体は液冷特有のとがった機首をもつ艦載機が整備士達の手によって発進準備を進められていた。 今回の出撃は、前回のマレー沖以上に泥縄式できまったものだった。なにしろ出撃が決まったことすらわずか10分前のことである。 「七宗、ちょっと来てくれ」 げんなりした気持ちで、発艦作業を待っていると、爆弾倉に中に入っていた年嵩の女性から声を掛けられた。 「なんです。祢々子さん」 整備長の加納祢々子は、編んだ髪をかき上げ艦載機の方を振り返った。 「今回の機体についてだよ。ちょっと厄介なんでね」 彼女が受け持ったのは、まだ海軍でも試作の域を出ない代物だった。実用機としてまだ完熟したとは言いがたく、はっきりいえば出来損ないだ。それでも、発進させるまで持っていったのは、偏に彼女の腕のおかげだろう。 「発動機がねぇ、どうもご機嫌斜めなんだよ。こりゃヘタすりゃ、途中で止っちまうかもね」 「そんな・・・、他人事みたいに言わないでくださいよ」 「あたしだって、こんな機体で送り出したくないよ。けど、今回はスポンサー様がねぇ」 今回の出撃は、ほぼ海軍のごり押しで進められたものだった。出撃する機体も指定されている。それが、今回七宗が乗る十三式試作艦上爆撃機だ。99式艦爆の後継で、護衛機のいらない高速艦爆を目指して開発され、海軍機として初の液冷発動機を搭載し、翼幅も短めながら、航続距離は2000キロを越えている。 しかし、それだけ求められた性能のゆえに開発は難航し、とくに国産エンジンの不具合が顕著で稼働率が低かった。 「まぁ、とりあえず飛ぶよ」 祢々子の本心としては憤懣だったが、それでも一通りのことはやったつもりだった。 「トラブルの対応策は?」 「危うくなったら速めに着水することだね。水偵を出しとく。装備は六番爆弾を三点ラックで縦列に二基付けた計6発。うちにはそれしかないからね」 対艦攻撃なら二五番か五十番爆弾が欲しいところだが、主に対潜作戦を前提としている飛鳥には、対潜用の6番の小型爆弾しか搭載されてはいなかった。 「さっさとバラ撒いてきます」 溜め息を吐き、七宗は恨めしそうな目で十三式艦爆の隣の機体を見た。 「鵜沼は零戦にのれていいよなぁ」 十三式艦爆と共に海軍が持ち込んだ零戦二一型は、護衛機として鵜沼が乗ることになっていた。これは二人で、くじ引きをして決めたモノで、七宗は己のくじ運のなさを呪った。零戦といえば、中国重慶での衝撃的なデビュー(13機で倍以上の敵機27機と交戦し、全機撃墜、被撃墜無し)を皮切りに各地で多大な戦果をあげ、海軍の代名詞となっている機体だ。その噂は飛鳥にも届いている。本来戦闘機乗りの七宗としてもぜひ乗ってみたい機体なのに、自分は弾薬庫どころかエンジンにも爆弾を抱えた爆撃機だ。 そして、七宗の気を重たくするものがもう一つあった。 「機体の準備は出来たかね?」 声のするほうを振り向くと飛行服を来た青井中佐が立っていた。七宗のもう一つの心痛だ。十三式艦爆は複座機、つまり後ろにもう一人乗る。それが今回は青井中佐だった。 「まさか、自分が行くとは思いませんでした」 飛鳥の島型艦橋で発艦作業を見下ろしながら霧神は呟いた。 「一応、技術はあるようだが」 隣に立つ佐倉が言う。長距離の洋上航法が出来る航法士がいないという理由で盾にする霧神に対し、青井中佐は「ならば自分が航法士として攻撃に参加する」と言って強引にこの出撃を実行させた。どうせ出撃機も2機しかない。零戦には、十三式艦爆の直援として随行させるつもりらしい。 飛行甲板では二機の航空機が、カタパルトに据え付けられるところだった。 「ところで、なぜ俺を行かせなかった?」 佐倉が質した。その声は不満ではなく、すこしトゲのある疑問のようなものだった。青井中佐に、霧神は「航法士はいない」と言ったがそれは嘘だった。その時、同じ部屋にいた自分は、元艦攻乗りであり洋上航法もできることは彼女も知っているはずだった。それに彼女もまたマレー沖で洋上航法を行った経験があった。 「この船に航空攻撃に出せる航法士はいません。私は、今はこの船を預かる責任がありますし、佐倉さんは航法士であると同時に今はこの船で最もベテランのパイロットとしてやって貰う事がありますから」 「ほぅ、なにをさせる気だ?」 「船の直援です。私が米空母部隊の司令なら、全周囲に向けて索敵機を放ち、残りの特設監視艇を探している頃でしょう。艦戦隊の指揮をお願いします」 「なるほど」と佐倉がうなずく。 「では、撤収の準備を始めます」といって霧神は艦内の戻ろうとした。 「あの二人は人身御供か?」 「あの二人は腕はありますが、ベテランではありません。こちらはどの道断れませんので、リスクと果報を期するなら妥当だと思います」 「じゃあ、あの二人が俺より腕があれば、俺を送り出したかい?」 「もちろん」 カタパルト要員が腕を振り降ろす。 たった二機の攻撃隊は、強烈な油圧カタパルトによって空へと放たれた。 新居大尉は、訪問者の顔を見ると呆れたという顔で苦笑した。 「ひさしぶりだな、大尉」 そう則武はいい、乗っていたバイクを降りた。 「よくここがわかりましたね・・・」 「蘇原少佐はよろしくといってたよ。まぁ、陸軍大尉が厚木にいるってのも奇妙なもんか」 「多少は自分は慣れたつもりですがね。今でも外から来た海軍さんに会うと奇妙な顔されますよ」 新居大尉は従兵に、則武のバイクを運ぶように言うと飛行場内の兵舎に案内した。 それは厚木基地に新たしく作られた建物で、工場で造られたパーツを組み合わせることで短かな工事期間で建築するされたものだという。従来の建物のように柱や梁といった軸組で支えるのではなく、フレーム状に組まれた木材に板を打ち付けた壁や床で支えるという新しい構造を採用したもので、工兵資材の試験目的でここに立てられたものだという話だった。 二階建て構造の一階部分にある簡易の応接室で、新居大尉はお茶を出した。 「それで今日は何の用件でしょう?」 「用件ということのほどじゃない。見学だよ、見学」 「ご冗談を」と新居は一笑した。岐阜基地でキ-61の開発と平行して、ルフトクーリエルに付き合った新居大尉は、彼らの性格をある程度見抜いているつもりだった。 「しかし、まさか陸軍の誇る敏腕のテストパイロットを、海軍の基地に送り込むとは航空審査部もずいぶん大胆なことをするな」 「煽てても何も出ませんよ。陸軍からの出向といっても、私を含めてほんの数人だけです。海軍の機材から我々に適合する機種を選べが建前、本音は海軍機の粗探し、まぁ海軍さんは見え張って、いろいろ見せてもらえるんで私としては面白いといえば面白いですけどね。あぁ、機材を勝手に渡すわけにはいきませんよ。私だって、ここでは居候の身なのですから」 「陸軍機もいたようだが?」 「ええ、キ-61と二式複戦を持ってきました。しかし、キ-61は危なかったですね。彼方に言われたとおり、応急的にオリジナルに切り替えておいてよかったですよ。なにしろあちらさんもDB601のライセンス版には手を焼いているみたいですからね」 「海軍の液冷機というと例の新型艦爆か」 「戦闘機の護衛の要らない高速爆撃機なんて夢の産物です。連中、大陸で痛い目にあったのにまだ懲りてないみたいで」 「おいおい、二式艦爆は、今うちの船に積んでるんだぞ・・・」 「あぁ、これは失言でした。しかし何でまた?」 「まぁいい、高速艦爆じゃ対潜哨戒には向かないだろうしな。なに、海軍が幅を利かせたがってるのさ、お宅も早くしないと心変わりされてしますぞ?」 「だから無理ですよ。これから陸軍で渡せるような資材は、せいぜい機載品ぐらいでしょう。陸軍空母構想でも、艦載機は海軍のもの使うという意見が多くなってますし」 「ならいずれ、うちも海軍機に乗るわけか」 「ああそうだ、海軍がやたら誇大している零戦ですが、あれもなかなかピーキーな代物ですね。なにしろ防弾板がなくて骨組みに穴まで開けてるわけですから。たしかに機動性はありますけど、降下じゃ直ぐに皺がよってしまって」 「零戦も積んでるんだが・・・」 則武の呟きに、おっと、と新居が口に手を当てる。則武は気にするなという風に手を振った。 「そうえば、マレーでは随分活躍だったそうですね」 「まぁ、実際やったのは社長達だ。俺は単に通報しただけさ」 ふと、則武は妙な違和感に気づいた。 「ん? なんで大尉がそのことを知ってるんだ。マレー沖海戦は海軍の手柄になってるはずだぞ?」 世界初である戦闘航海中の戦艦部隊を航空隊のみで撃破するという、後の海戦史に戦いであったマレー沖海戦だったが、そのなかでの飛鳥の活躍は、海軍は軍事機密上という理由で封印されているはずであった。それは飛鳥側も承諾し、報奨金と引き換えに緘口令を敷き外部には漏れないようにしてある。もっもと、一聞すれば民間商船が戦艦を撃破したなんて与太話など誰も信じないだろうが。 「それは人の口には戸口は立てれぬという奴です。それに私もここには陸軍海軍の垣根はあっても、個人的には付き合いの良い奴もいますから」 「なるほど、大尉と気が合うとは、同じテストパイロットか?」 「えぇ、鶴野という奴ですが、なかなか面白い機体を考案しています。もっとも海軍の関心はまだ薄いようですが」 「ほう?」 「あ、ダメですよ。あれは空母には降りれません、陸上用です」 「局地戦機というやつか、しかし空母に降りられないということは双発かなにかか?」 「いいえ、単座単発です。まぁなんといえばいいか・・・、実際見てもらえばわかりますよ」 新居は一息つくように湯呑みを持ち上げた。 突然、天井が落ちてくるかと思うような爆音が部屋の中に響き、則武は耳を塞ぐ。「あちッ」と持っていた湯呑みを落とした新居が手を押さえた。 「畜生、また中島親父の酔狂か!」 新井が布巾で手を拭いながら毒づいた。がなり立てていた轟音が、ドスンと鈍い音を上げ止まった。 「なんだ今のは?」 耳鳴りのする頭を抑えながら則武が尋ねると、新居大尉は「アレですよ」と言って窓の外さした。 滑走路の上に一機の零式輸送機が止まっている。しかし、よく見るとその零式輸送機の背中には、剥き出しの巨大なエンジンが背負われるように乗せられていた。 「ハ54・・・、2000馬力エンジンをカリカリにチェーンしたものを串繋ぎにして5000馬力にした無茶な代物です」 「じゃあ、あれが例のZ飛行機機とかいうやつかい?」 零式輸送機の周りに人が集まりだし、背中のエンジンを見上げている。格納庫の隅のほうから牽引車らしき車輌が現れ、零式輸送機を引っ張っていった。 「うまくいってないようだな」 「はたしてモノになるかどうか。米国本土を叩ける超長距離爆撃機、あいつのお陰で、我々戦闘機乗りはずいぶん皺寄せをくらいましたよ」 「Z飛行機の予算は、陸海軍の両方から出ているんだろ?」 「それでもです。機体、艤装、発動機、すべて新規ですからね。とても単独でやれるものではないし、両軍併せたところで負担軽減にも限界があります。おまけに予算捻出のために、航空部門の統一化なんて与太な話まで出てくる」 「なるほど、そうでなければわざわざ陸軍が次世代機の選定に海軍機まで範囲に入れるわけないか」 「気づいていたんですか?」 「キ-61が難航している以上、陸軍は一式戦の後継に苦労しているわけだろう? 二式戦だけでは足が短すぎる」 やれやれという顔で新居は茶を啜った。正直なところ、いくら軍に関わりがある人物とはいえ、民間人である彼にどこまで話してもいいものか。いや、そもそも彼はどれぐらいのことを知っているのだろう。岐阜にいた頃から、なんとも胡乱な連中だったが、少なくても自分の上司らと何やらの関わりがあり、海軍にも口を出しているらしい。とはいえ、さすがにこれ以上軍機に触れる話をするものまずいだろう。 「大尉なら、件の海軍機をお勧めするかな?」 「それもおもしろいですね」 新居は零したお茶の代わりを入れながら、何の気なしに答えた。しかし、考えてみるとそれは良い考えかもしれない。あの機体には奇抜な発想ながら、発展性はなかなかある。今の切り詰めた設計の一式戦や零戦では遠からず限界がくるだろう。その時、ポストゼロの役割が果たせる機体としては適していると思えた。 もっとも、ものが海軍機だけに陸軍が採用するのはいろいろ齟齬がありそうだが。 新居の思考は、基地中に鳴り響いたサイレンによって吹き飛ばされた。 「そんな馬鹿な!」 急須どころか机まで倒しそうな勢いで立ち上がる。則武にいたっては、既に外へと駆け出していた。 そのサイレンはパイロットを本能的にそうさせた。 なぜなら、そのサイレンはパイロットをもっもと刺激させる音だったからだ。 「空襲警報!」 前項 表紙 次項
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第十三幕 奇襲 飛鳥島 第二十五特別防御区画 要塞司令官執務室 「そうか……予定通り勝ったか」 ギシリ、と自分の体重を預けている椅子が軋みを上げる。 机を挟んで目の前にいる榊原が手に持った書類を眺めながら続けた。 「はい、それも完全なる圧勝の模様です。作戦は順調に次の段階へと移行されました」 九条は満足そうに頷く。だが、決してその顔は晴れやかなものではなかった。ギラギラとした目と不気味に歪んだ唇が目立つ、酷く恐ろしい顔をしていたのだ。 普通はその表情から来る恐怖と見えないプレッシャーのようなもののせいで後退りくらいしそうなものだが、榊原は特に気にする事無く平然としたままでその場に佇んでいた。 「流石は紫芝、という事なのかな」 「彼は多少人格に問題はありますが許容範囲です。能力的には優秀な部類に入ります」 九条の単なる呟きとも取れる問いに榊原は淡々と答える。 全くの無表情のままで言うその姿は冷たい機械を連想させる。 「途中で暴走したようだがな。危うく『材料』の確保に失敗するところだったのは手痛いところだ」 「結果的に確保に成功したのですからそれは置いておきましょう。それにしてもよく『材料』の確保なんてものを認めたものですね。元帥閣下はもっと御優しい方だと個人的に思っていたのですが」 「優しいとも。あくまで身内に限るがね。詰まる所、『材料』の確保は私の部下たちを守るために必要な措置で、それ故に認めるのも当然、という事だ」 理解したかね? と、九条は言葉を続けた。ようするに自分たちの生存を最優先し、そのために必要ならば手段は選ばないと言っているのだ。 九条のこの発言にも榊原は動じるどころか、むしろ肯定的な考えだった。人道としてはどうだか知らないが、現実的に考えてその必要性を認めているのだ。 「まぁ、それは置いておくとして……我々もそろそろ行かねばなるまいな」 「はっ、準備の方は既に整っております」 九条は無言で頷き、机の引出しから拳銃と弾倉を取り出して自分の懐に仕舞い込むとスッと椅子から立ち上がる。 カツカツと執務室のクローゼットまで歩いて慣れた手つきで開くと、そこからハンガーに掛かっている服とズボンを取り出す。軍服の正装だ。 白を基調としたカラーリングで清潔感を与えてくれる。一見すると豪華で華やかな正装だがデザイン自体には何処と無く古さを感じさせる。しかし、古き良き伝統を思わせる良い意味での古さだ。 九条は無言でその正装に着替え、クローゼットの扉に付いている鏡を見ながら服装を正した。 そして、自分特有の元帥杖もクローゼットの中から出して片手に持つと榊原の方をクルリと振り向いて言った。 「さあ、榊原。ここからが正念場だ。民衆の心を私のものにするぞ」 ザーブゼネ王国 王都セルビオール 「むふぅ……そろそろ余の忠実なる臣下が叛徒どもを蹴散らした頃か?」 玉座に座ったままだというのに多少息が荒い。自分の肉が肺を圧迫しているのだろう。 でっぷりと太った身体を窮屈そうに動かしながら国王は近くの臣の一人に言った。 「ははっ、直に王都にも吉報がもたらされるかと」 「うむうむ、それは楽しみよなぁ」 国王は自分の膝の上においた入れ物から果実を取り出してはムシャムシャと食べていた。 食べ終わった果実は用済みと言わんばかりに床に次々と捨てていく。 あらかた食べ終わり一息つこうとしたところで誰かが血相を変えて慌しく広間に駆け込んできた。 「も、ももも、申し上げますッ! み、民衆の反乱軍が王都の目と鼻の先に……ッ!!」 「な、なんだとぉッ!!?」 いきなりの事に広間に待機していた臣下たちがワタワタと慌てふためく。 その様は鎮圧に向かわせた軍勢が右往左往したものと同じような光景であった。 「み、味方の軍勢と見間違えたのではないのかッ?!」 「いや、それは無かろう! 国内にいるのは今回叛徒ども鎮圧に向かわせた軍勢だけだ!」 「で、では、本当に民衆の反乱軍だというのか? そうなると我らが向かわせた軍勢はどうなったのだ?!」 ざわめきが大きくなるばかりで静まる気配を見せなくなった。 それを非常に不快と思ったのか、玉座に座った国王はその肉の塊である身体の底から大声で叫んだ。 「静まれィッ!! 高貴なるものである我らがそのような些細な事で動揺してどうするかァッ?!!」 この大声に一気にざわめきが消える。あまりの声の大きさに驚いて思わず会話をするのをやめてしまったのだ。 国王唯一の長所とも言えるかもしれない。 「しかしながら、事は些細という話で済まされるものではありませぬ……」 「些細だッ!! 如何に反乱軍が来ようとも無力な民衆に過ぎぬ!! 我ら貴族には魔法という下賎なものどもに天罰を与える裁きの力があるではないか!!」 怒涛の勢いで叫ぶ国王。その国王の言い分に周りのものも段々そうかもしれないと自信が沸いて来る。 そうだ、我々は貴族なのだ。たとえ圧倒的多数の民衆と戦う事になっても碌に戦った事など無い奴らなど簡単に捻じ伏せられるのではないか。 そもそも国王陛下の言うように我々には魔法がある。この力を見せ付ければすぐに瓦解するだろう事は疑いない。 この時点でも彼らは自分達の戦っている相手に対して圧倒的に優位に立っているものと信じていた。 相手が恐るべき軍事力を有した巨人であるとは想像する事すらできなかったのだ。 そして、その巨人の力をすぐに己の身をもって思い知る事になる。 「さあ! 我ら貴族の力を思う存分見せて――……ん? なんだこの音は?」 何処からともなく聞きなれない音がしてきた。虫の羽音に近いが、それにしては大きすぎる。 どうにも音源は外のようだった。それに気付いた者たちが窓に駆け寄ってキョロキョロと外を見回すと――声を失った。 空中に見た事の無い『何か』が飛んでいて、それがゆっくりと城の中庭に幾つも降りてきているのだ。 そして、その『何か』から漆黒の鎧を纏った人らしき者たちが続々と現れた。 誰もが唖然としたままの状態で何の行動も起こさずに彼らを眺めていた。だが、しばらくしてその中の一人がハッとした様子で慌てて叫ぶ。 「え、衛兵ッ! 王城に不届きものが進入しているぞォッ!」 この叫びに唖然としていたものの大半が正気を取り戻す。 だが、彼らの破滅が止まる事は決してなかった。 「よし。我が隊は予定通り城内に突入。抵抗するものは容赦なく殺せ。但し、女子供、老人は出来得る限り無傷で無力化せよ」 「我々はこの庭の安全確保にあたる。引き続き行われる部隊の降下を助けるのだ。敵が近づいてきたら血祭りに上げろ。だが、女子供の殺傷は禁止する。行動を束縛するに留めよ」 「我々も他の隊に追随して城内に突入を開始する。反撃させる暇を与えずに殺し尽くせ。しかし、分かっていると思うが女子供に手荒な真似をすることは断じて許さん。絶対に無傷で捕らえよ」 『ヘリ』から降り立ったところでそれぞれの部隊の隊長が機敏に動きながら命じる。 いずれも女子供などの弱者に対しては傷つける事無く捕虜の扱いにするつもりだ。 基本的に飛鳥島の軍隊は戦争狂いではあるのだが、妙なところで騎士道や武士道精神が出てくる。 これは当時、占領地の統治における問題を解決するために軍隊で叩き込まれたせいだ。 占領地の統治において最も大切なのはその占領地の民意を得る事。千年以上の昔からそれは変わらない。 兵士の一人一人が聖人の如く振舞う事ができれば、自然と民意を掌中に収める事ができる、そのような考えの下で騎士道と武士道を『利用』した。 元々、騎士道や武士道というものは男子には好まれる傾向にある。それ故に叩き込むのも比較的労力を必要としなかった。 この事から飛鳥島にいる人間は戦争狂にして弱者に対して紳士的行動をとるジェントルマンでもある。 正直かなりの矛盾を含んでいるようだが、人間とは元から矛盾だらけの生命体。極めて『些細』な事だ。 「おい! 貴様ら一体何者――!!」 「撃て」 やってきた衛兵がたったの一言で集中攻撃を喰らう。発砲音と共に身体を銃弾が噛み千切り、血と肉片を飛び散らせる。 城内から続々とやって来ていた衛兵たちは、撃たれた彼の末路を見てポカンと魂が抜けたように動かなくなる。どうにも実戦慣れしてないようだった。 そして、その隙を逃すほどこちらは馬鹿ではない。 慈悲も情けも一片たりとて持ち込まずに撃って撃って撃ちまくる。何が起こったかさえ認識できずに死んでいく衛兵たち。弾け飛ぶ指、吹き出す血、剥き出しになる骨、飛び出る内臓…… 瞬く間に地面に血の池が広がり、屍が散乱する。鼻につく異臭が吐き気を誘う。だが、彼らは装甲強化服のNBC防護機能により、その異臭を全く気にする事無く屍を踏み越えて先へ進んだ。 中庭から城内に警戒を怠らずに進入していく。長い廊下に施された豪華な内装に部隊の多くが一瞬感嘆の声を出すが、すぐに気を引き締める。 ここは敵地、それも本拠地なのだ。他事に気を取られていては足元をすくわれる危険性がある。今は任務に集中する事が一番大事だ。 しかし、城の見取り図の入手ができなかったため、かなり迷ってしまう。相互にデータを送り、マッピングするが結構な時間が掛かりそうだった。 この王都セルビオールは厄介極まる大きさをしている。現在攻略中であるこの白亜の王城もまた極めて大きい。 王都の大きさを上空から偵察機で計測した大体の値は、東西に四千五百メートル、南北に五千二百メートル、周囲に約二十キロメートル、そして面積がおよそ二十三平方キロメートル。 例として比較対象に東京ドームを出して考えるとその巨大さがよく分かる。東京ドームを百個集めて四捨五入しても五平方キロメートルの大きさ、その数倍の面積をこの王都は持っている事になるのだ。尤も、この値は外に広く出た堀を含めた数値であるため、それを考えると制圧する王城への労力は許容範囲ではある。 しかし、それでも広いものは広かった。後から後から随時部隊がヘリによって送られてくるが、まだまだ制圧するのに人員が足りそうになかった。 「敵襲ッ! 敵襲ッ!」 「王城に敵が侵入したぞ!!」 「武器を持って、中庭の方に向かえ!」 所々で大声が廊下に響いて聞こえてくる。我々に対する迎撃を呼び掛けているようだ。 ――それが間違いだという事を教育してやろう。 声のする方に忍び足で向かう。自分達の目元にある多機能ゴーグルを操作して『熱感知モード』に切り替える。 視界が、世界が一気に変わる。周りのもの全てがそれぞれの熱量によって色付けされる。これを使った最初の頃は驚いたものだが慣れれば別にどうという事は無い。むしろ、壁の向こう側まで見えるようになるのだからこれほど便利なものは無い。 廊下のT字路に差し掛かったところで左の方の角から何人かがやって来るのがよく見える。味方であれば、特殊な信号を出して区別をつけるため、信号を出していないこれは明らかに敵だ。 その場で待機して相手が角から出てくるのを待つ。 一歩、二歩、三歩…… 着実に進んでくる。警戒しているのか少々ゆっくりとしている。 だが、どう足掻こうともその一歩一歩は自ら地獄へ逝こうとするものだ。 だって、ほら、ようやく角から出てきた彼らに我々は銃弾の雨を浴びせているのだから。 頬の肉が抉れて歯が剥き出しになる、額を撃たれて脳漿をぶちまける、足から神経そのものが見えるようになる、胸の胸骨を砕かれながら抉り込むように貫かれる…… 簡単だった。とても簡単だった。人の命を奪う事になんと労力のいらない事か。 正直言って手応えが無い相手は『つまらない』。もっと我々を楽しませて欲しい、もっと我々を興奮させて欲しい、もっと我々を『笑顔』にさせて欲しい、もっと、もっと――…… 次なる敵を求めて、湧き出す欲望に従って、血に酷く酔って――我々は屍を踏み砕いて前進する。 前項 表紙 次項
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外伝Ⅰ 実体のある幽霊機 しかし大鴉はひとり静かに胸像の上に止まり、 その魂を一言こめたがごとくに、あの言葉を吐いたばかり。 それから何も言わなかった、またいささかも羽博かず― やがて私は僅かに呟いた、「たの友達はむかし去つていつた― 明日になればあれは私の許を去るだろう、私の希望がむかし去つていつように」 この時烏はないた、「またとない」 『大鴉』(ポー) 「レイヴン、フォックス・ツー、フォックス・ツー!」 日本空軍第311飛行隊所属、有川祐二中尉は背後を取った敵機に向かい、躊躇わずレリーズを押した。間を置かずしてパイロンから滑り出した2発の短射程ミサイルが、弧を描き敵機へ吸い込まれる。敵機は旋回と同時にフレアを撒いて対抗するが、IIRホーミングのミサイルをかわす事はできなかった。主翼の付け根部分に命中し、一瞬でバラバラになり燃え尽きる。 有川は「命中」とだけ短く言い、首を左右に振った。次の獲物を探す為、そして自分が獲物になら無いために。 「どれが敵で、どれが味方やら・・・」 いくつも航跡が飛び交い、爆発が起き、HUDの中のコンテナ・マークが消える。その瞬間、誰かが撃墜された。次は自分かもしれない。レーダー警戒装置が引っ切り無しに悲鳴を上げ続けていた。 この戦争・・・、日本は再びアメリカと戦争をおっぱじめたのだ。原因なんて、星の巡りが悪かったとしかいえない。どうだい、今はそんなことを考えているときじゃない、少しでも長く生き残る為に、戦うことに全てを集中させなければならない。 ただ、一つ言える事は対米戦争の最終戦は、ここ飛鳥島だった。 「アスカGCI、こちらレイヴン。311thSQ(飛行隊)の位置を教えてくれ!、僚機はどこだ!?」 「アスカGCIよりレイヴン、311thSQは全機撃墜された模様、残機はあなただけだ」 アスカGCIの応答に「くそ・・・」と毒突く。自分の飛行隊はいつの間にか壊滅していた。 レイヴン。渡り鴉。空を飛ぶことに憧れてつけたコールサインだ。 第311飛行隊は、第2次真珠湾航空戦から戦友達だった。一緒に酒を飲み、喧嘩もしたりしたが、気のいい奴らばかりだったな・・・、今はもう顔を見る事も無い。俺も、向こうにいったら会えるのか? 「レイヴン、帰投を許可する。飛鳥島に降りて、こちらの部隊と合流してくれ。グランド・パス(着陸進路)には確実に従え、対空弾幕の餌食になるぞ」 「・・・了解した」 交戦空域を離脱。残燃料は、すでに帰投出来るぎりぎりまで減っていた。それほど時が経つほど戦っていた。体力も限界で、ナビに従ってコースを取る以外、何も考える事が出来なかった。仲間を失ったことに、涙一つ零れやしない。それを不思議に思った。いや、わかっているのに実感が湧かないのだ。滑走路へ降りれば、すぐに集まってきて出撃前に半分だけ飲んだコーヒーの残りを勧めててくれる。それが有り得ない事だとわかっていても、そんな気がしていた。 飛鳥島へ引き返す途中、レーダーが引っかき傷のようなエコーをつけた。電子戦による影響かと思ったが、有川には何故か気になった。島に近い。 「なんだ、こいつ?」 次のスイープ走査では消えている。周波数を変えてみるが変化はなかった。 「アスカGCI、島に何か接近している。方位、1-5-0」 「確認出来ない。こちらのレーダーにはなにも映っていない」 「いや、何かいる!」 アフターバーナーに火を入れ、スナップ・ロール。進路を変更し、追跡に移る。 「レイヴン! 危険だ、対空弾幕に撒き込まれるぞ!」 GCIが警告するが、言われなくてもわかった。目前には、猛烈な対空戦闘をおこなう飛鳥島が見えた。対空砲から放たれる幾重もの火線が、まるで波立つのように空を覆い、その合間をミサイルが飛び抜けてゆく。ここに飛び込むのは、悪魔の口の中に飛び込むのと同じだった。 上等だ。どうせ飛行隊は俺一人しか残っちゃいないんだ、全滅したってかわりない。最後にこいつの正体だけ見極めたい。高度を下げ、対空弾幕を縫うように飛鳥島の上を音速で疾駆する。あのエコーが敵機なら、おそらく同じコースを辿っているはずだと思った。 レーダーが再び目標を捕らえる前に、レイヴンは自分の目で見つけてしまった。巨大な黒い影が目の前に迫った。急上昇し、あやうく追突を逃れる。 「そんな・・・!」 振り返り見たものは、巨大な蝙蝠が翼を広げているような姿をした爆撃機だった。B-2A『スピリット』ステルス爆撃機、スピリット・オブ・アナハイムだ。巨大な爆撃機がそこにいた。 アスカGCIが、急に喚き散らしだした。水平を保っていたスピリットが、今度は急に旋回を始める。いつの日か航空学校で見た、エノラ・ゲイ号と同じ動きのような気がした。核爆弾投下行程の避難機動だ、まさか・・・ 限界Gで旋回。プレッシャースーツが身体を締め上げ、視界が狭くなる。ブラックアウト寸前で、旋回を緩めた。正面にスピリットがいた。スピリットのパイロットが目を向いて驚いている。距離が近すぎた。ウェポン・セレクターをガンに合わせ、トリガーを引く。 うねった曳航がスピリットのコクピットからエンジンにかけて突き刺さった。ラダーを蹴り機体を捻って、スピリットの下方に滑り込む。次の瞬間、スピリットのエンジンが火を吹き、スピリットがバンクを回復せぬまま海面に落ちて行く。 しかし、レイヴンは自分が手遅れだった事を悟った。スピリットの後方で降下していく戦略核爆弾を、レイヴンは見逃すことしかできなかった。 眼下では、熾烈な地上戦がおこなわれていた。 インビンシブル大帝國の機甲部隊が楔隊形を組み、砲撃で敵を圧しながら突き進んで行く。その上空を同じく楔隊形で進む飛行隊があった。Ju87スツーカ(急降下爆撃機の意)、この電撃戦には欠かせない『空飛ぶ砲兵』である。 「こちら雷鳴、対戦車壕を確保した」 「こちらカエデ、着弾地点を前に移せ」 「こちら鋲1、前進!」 「アドラーからフラウ、攻撃されたし」 地上からの支援要請を受けたスツーカ隊が、目標へ向けて降下を始めた。命中率が高い急降下爆撃は、目標から50フィートと外さず着弾する。地上では次々と重なって爆発が起き、敵の火砲が沈黙して行く。 爆撃を終えたスツーカが、再び編隊を整えようと集まりだした。と、次の瞬間、編隊の最後尾にいたスツーカが突然爆発した。 「バーニング・スフィアだ!」 スツーカの編隊長がすぐさま散開を命じる。その間にも2機目の犠牲者がでた。火球が、次々とスツーカに襲いかかる。 バーニング・スフィア(発火する火球)とは、いま最もインビンシブル大帝國軍に損害をあたえている敵の戦力だ。いわゆる魔法と言うやつで、戦車の装甲ですら時に突き通す熱量がある。直進性があり、速度も早いので狙われると、装甲の薄い航空機などひとたまりも無い。法陣も、術士の姿も見当たらない未知の攻撃だった。 空は地獄と化した。 その遥か上空、高度45000フィートの誰にも辿りつく事の出来ない高度に、一機のレシプロ機が飛んでいる。 出力増加装置付き液冷倒立V型12気筒エンジンを収めた細長い胴体に、その1.4倍の翼幅を持つ長大な翼、その姿はまるで十字架を思わせた。すべては高々度を飛ぶ為には必要なものだ。 『Ta152E改』高々度観測機、インビンシブル大帝國が大戦機での空軍を造る際に、サンプルとして製造された『フォッケウォルフTa152H高々度戦闘機』を改造した航空機だった。 しかし、この機はTa152シリーズの純粋な複製ではない。搭載機材は機体に似合わず、合成開口レーダーから夜間観測も可能とする高感度パノラマカメラまで搭載された戦略偵察機並の装備をしている。 その複雑化した機材を操作する為、このタンクTa152E改は従来の単座ではなく複座にされ、パイロットとオペレーターが乗っており、その他にも、要所要所で改造された部分があるが、基本的な性能はタンクTa152Hと同じだった。 15000メートルという、途方もない空の高みから下界を見下ろしている。 「今日は4割りがやられたわ・・・」 オペレーターのデネブ・ローブの呟きが、酸素マスクに付けられたインターカムを通じて聞えてくる。少し憐憫の感情の入った言葉だった。パイロットは、それに黙って頷く。 しかし、損害は想定範囲だ。帝國軍の電撃戦は、とどまる事無く続いている。 想定範囲・・・、兵士にとってたった一つしか無い命も、エントロピーの法則が支配するこの場所では単なる統計上の数字でしかない。 「帝國陸軍、目標地点に到達、確保。作戦目標の達成を確認。有川、戻りましょう」 今度はハッキリとした声でデネブが告げた。「了解」とパイロットの有川祐二は答え、ラダーを踏む。Ta152改が、浅いバンクを掛け旋回、戦場から離脱する。これから飛鳥島までの長いフライトだった。 彼らは、自分達の存在を地上部隊や他の空軍に知らせない。誰何された場合にも「敵ではない」の一点張りで、戦闘に参加せず、観測活動をおこない帰ってゆく。 口の悪い奴には『実体のある幽霊機』と呼ばれていた。 誰の味方でもなく、戦場に紛れ込み、人知れず去って行く。その仇名通り幽霊みたく存在しないかのように振る舞う観測機だった。 Ta152E改は、巡航スピードで飛鳥島を目指す。デネブがようやく収集した観測データの処理を終え「ふぅ」と人心地つき、目頭を押えて揉み解した。 「目が痛い・・・」 まるで徹夜でレポートを仕上げた残業明けみたいな言い方だな、と有川は思った。このTa152E改の後席コンソールには、パソコンのディスプレイが、そのまま埋め込まれている。観測機材を操作する為に載せたもので、タッチパネルで操作するが、使い慣れないデネブは人差し指で一つずつ操作している。 「画面までの距離が近すぎるんだよ。デネブ、今日昨日乗ったわけじゃないんだ。タイピングを覚えれば楽になる」 デネブ・ローブは、この世界の人間だった。この世界、どう表現すればいいのだろう。あの時の事は、ハッキリと覚えていない。気付いたときには、この世界にいた。 「貴方達って前の世界では、こんなもの使っていたの?」 「使える奴らはな。しばらく、遠くを見ていろ。目を悪くするのは損だ」 もうすぐ夜を迎える時間だ。太陽は西の水平線にその姿を隠し、東の空から闇が広がってきている。有川はそのコントラストが気に入っていた。 西の空は、まるで上等な葉でいれた紅茶のような色をしている。一日を終える時に、こんな紅茶を飲みながら終えれたら最高だろう。 「何かいる・・・」 デネブがコクピット枠に手をつき、下界を覗き込んだ。有川もそれに習う。注意して見ると、雲の上に浮かぶ、小さな点が見えた。あんなもの、よく見つけるものだ。もしかして、デネブは自分より視力がいいのかもしれない。 「上昇してきた。こっちに来る気?」 「こちらに構うなと言っておけ」 デネブが無線で交信を試すが、向こうからの応答は無い。 「まだ昇ってくる。無茶やるわね」 「まったくだ」 いまのTa152E改は高度13000メートルだ。空軍のMe262ジェット戦闘機でも無理だろう。P-51ならタンク博士がやったように、GM1を使って振り切ればいい。 正体不明の影が、徐々にTa152E改の方へ近づいてきた。 「奴は・・・、戦る気か?」 自分達の任務は、観測した情報を飛鳥島まで持ち帰ることだ。そのためなら、味方ですら敵に回す。 「可能性はあるわ。このままだと、こちらの飛行進路と重なる」 「機種を判断できるか?」 「翼がMe262に似てるわね。でも、エンジンが付いてない。機首に大穴があいてるわ。まるで葉巻みたい」 「ジェットか、・・・もういい引き離すぞ、GM1・オン」 GM1出力増幅装置を作動させ、Ta152E改が加速する。速度があっという間に時速760キロを越え、アンノウンは追いつけない。正体は気になったが、これ以上の接触は危険だと判断した。 戦闘は自分の任務ではない。 飛鳥島 レシプロ特有の軽快なエンジン音で奏でながらTa152E改は着陸した。駐機場に機体を止め、整備員の用意したラダーで地面に降りる。飛行帽を取って振り返ると、デネブがデータの入ったブルーディスクを取り出し降りてきた。 デネブ・ローブは有川とコンビを組んで長くなる。元は教会でクレリックをしていたという話だが、なぜこんなところに来たのか、有川は尋ねた事は無い、これからも尋ねる気もなかった。 「やぁ、おかえり。有川、ローブ」 軽い声を掛けたのは科学技術総監の氷室清一郎だった。九条元帥の馴染で、飛鳥島の科学者、技術者達の元締め、そしてマッドサイエンティスト。一部の人間からは、敬意と畏怖から『探求者』と呼ばれている。 「お土産はあるかい?」 「バーニング・スフィアの新しい画が撮れてます」 デネブがブルーディスクを渡すと、氷室が顔をにんまりとほころばせた。 「うん、さすがだね。わざわざ上杉中将から引き抜いたかいがあるよ」 上杉中将とは、自分のもと司令官だった男だ。図体はでかいが、気の弱い将軍だった。飛鳥島が転移した当初、有川は上杉の率いる空軍に再編入されていたが、全滅した飛行隊でたった一人生き残ったパイロットの宿命なのかタライ回しにあっていたところ氷室に拾われたのだ。 有川とデネブの所属は、氷室が長官を務める飛鳥島の研究所に所属する『独立観測航空隊』だった。空軍でない空軍。各地の戦場を駆け回り、情報を収集し、後の研究に反映させる。Ta152E改高々度観測機は、そのための翼だった。 「ところで、何かあったかい?」 氷室が薄笑いを浮かべて尋ねる。 有川とデネブは顔を見合わせたが「いいえ」と素っ気無く答えた。独立観測航空隊の任務は、活動区域で定められた観測活動を行い、確実に持ち帰る事だ。それ以外は関係無い。たとえ観測活動中に、巧妙に隠された敵の司令部や物資集積場などを発見し、戦況を覆すような情報を得ようと、彼らはそれを帝國軍部隊に知らせるような事はしない。 「そうか、ならいいよ。お疲れさん」 氷室があっさりと引き下がり、手を振りながら立ち去った。 「あの人は苦手だわ。何を考えてるのかわからない」 氷室の後ろ姿を見ながらデネブが小声で言った。 「別名『探求者』だ。我が道を行くってやつだろう」 デブリーフィングをおこないレポートを提出すると、デネブとはパイロットルームの前で別れた。これから施設内の礼拝堂に行くのだという。長らく教会にいた癖で、今でも主に今日も無事に戻れた事への感謝と、明日の飛行を祈るそうだ。 飛行機乗りがゲンを担ぐのは珍しい事じゃない。有川も、これから自分なりの儀式で今日の無事を祝福するつもりでいる。 飛鳥島内の娯楽エリアに向かい、バー『ギムレット』の一番隅の席でワイルドターキーを飲んだ。有川が落ちついて座る席はTa152E改のコクピットを除けば、この席だけだった。 バー『ギムレット』は珍しく混んでいた。島にいた部隊が大陸へ向かってから、いつも客は少なく静かにローレライを流す店だったが、今日は随分と大入りだった。 「何かあったのかい?」 ツマミを運んで来たウェイターに尋ねる。 「新設された飛行隊の編成式があったそうです」 「なるほど、ここは二次会の会場にされたわけか」 パイロットジャンパーに真新しいワッペンが付けられている。騒いでいる連中に一瞥だけ目を遣り、ワイルドターキーを口をつけた。楽しそうだとは思わなかった、騒いでいるだけだ。帝國正規空軍の様だが、戦闘飛行隊だろうか? 爆撃飛行隊だろうか? はたまた、偵察、輸送、連絡・・・? まぁ、いい。彼らと戦場で会う機会はあっても、関わる機会は無いだろう。そう、自分は・・・ 「独立観測航空隊か、あんた?」 騒いでいる連中の一人が宴の輪を離れ、有川に近づき話し掛けた。途端に、店中の注目が有川に注がれる。 「戦場を遥か上空から見下ろし、どんなに苦戦していようとなんの手助けもせずに帰ってゆく。まるでそこに存在しない様らしいじゃないか? 本当に実体のある幽霊機だな」 「所属が違うからな」 ぼそりと有川は答えた。実際、有川の見ている前で全滅したインビジブル帝國軍の部隊も少なく無い。そんな時にも、『実体のある幽霊機』は何もせず「全滅しました」と報告しただけだった。 「あんたの持ち返った観測情報は空軍の統合情報作戦部にはこない。ここの科学技術部に入るだけだ」 「わかっているじゃないか。アンタ達と俺は違う、それだけだ」 「とりつくしまもねぇな」と吐き捨て、正規空軍の兵士は宴の輪に戻った。 「いたいた。やっぱりここだったか」 バーのドアが勢い良く開き、思いがけない人物が入って来た。科学技術総監の氷室だった。とんでもない大物の登場に、騒ぎ掛けた店内が一瞬で静かになる。 「ああ、みんなそのままでいいよ。僕はちょっと、そこのパイロットに用事があるだけだから」 満客の店内を掻き分け、なんの挨拶もせず有川の前にどんと腰を下ろし、なんの前置きも無しに言った。 「Ta152E改にね。新しい装備を乗せたんだ」 またか? 有川はさして興味も無い様子で応じた。Ta152E改は、常に改造され続けている。はじめは航空カメラを数台載せただけの観測機だったが、後にそれは夜間も観測可能な赤外線カメラとなり、マッピング機能を搭載された合成開口レーダーが追加され、後席が設けられ、エンジンは出力アップのチューニングが施されている。 「今度はスゴイぞ。魔法の発動を事前に見つける装置だ」 氷室が、わくわくした声で説明をはじめる。「今度はスゴイぞ」は毎度のセリフだ。 「魔法が発動されるときに、エーテルの波動に若干の乱れあることがわかった。どうやら、魔術者が術を使う時に出るある種の脳波が影響してるらしいんだけど、そこから先はまだわかっちゃいない」 有川は黙ってワイルドターキーのグラスを傾けた。別に聞き逃しているわけじゃなかったが、自分のTa152がまだいじられるのかと思うと、すこし気がふさぐ。デネブに、あとで説明に行かないとな・・・。 「明日の任務を言っとくよ。空軍の第509爆撃航空軍のB-17フライングフォートレス爆撃機が、アケステース砦を爆撃する予定だ。たぶん、バーニング・スフィアの迎撃もあるだろう。君にはこの感知装置がバーニング・スフィアに対応できるか調べる為に、第509航空群に随行してエーテル感知装置を試してもらいたい。 ああ、現場レベルの反応を知りたいから、高度はいつもの高々度じゃなくて、爆撃機と同じにしてね」 「爆撃機の編隊に混じって、射的の的になれってのか?」 Ta152E改は、その上昇性能でバーニング・スフィアに対応して来た。高々度を飛ぶ事でバーニング・スフィアの射程外から観測活動を行うのだ。だが、B-17フライングフォートレス爆撃機の飛行高度に合わせると、その利点をみすみす失うことになる。 「いつもより低く飛ぶ。うまくいけば、バーニング・スフィアに付いてまた何か判るだろう」 「帰ってこられれば」 有川はワイルドターキーを飲み干し、すっと席を立った。 「吉報を期待してるよ」 氷室の気のない応援を受け、バーを出た。そのまま、その足で明日も命運を共にする仲間が、翼を休める格納庫へ向かう。 照明の絞られた薄暗い格納庫には、デネブもいた。Ta152E改の後席に篭り、新しく追加された装備をさっそくチェックしている。有川に気付くと、軽く手を上げて挨拶した。 「明日の事、氷室の部下から聞いたわ」 「奴にとっちゃ、俺達は翼の生えたモルモットさ。この装置は使えるかな?」 「試してみた。魔法を使う瞬間に反応するなんて嘘もいいとこ、思ったより鈍いわ」 「試した? どうやって?」 デネブは「フフッ・・・」と笑うと、有川を指差して「酒くさい」と注意した。 「今まで飲んでたからな。臭うか? 酔ってるつもりは・・・」 デネブが顔を近づけふっと息を吹き掛けると、僅かに残っていた酩酊感が身体から溶け出すように引いていった。遅れてエーテル感知装置が警告音を鳴らす。ボリュームを絞っているのか小さな音だった。たしかに反応が遅い。 「驚いた、魔法が使えたのか? 治癒というやつか」 「これでも元クレリックなのよ」 「氷室達には黙っていた方がいい。連中、魔法が使えれば野良猫だってさらっていくぞ」 「そうね」とデネブが微笑む。 Ta152E改とデネブ・ローブは、有川に残された最後の仲間だった。たとえ他の味方が全滅しようと、自分たちは生き残らなければならない。たとえ味方から攻撃されても、自分たちは生き残らなければならない。 有川にとって味方は、インビジブル帝國軍でも飛鳥島の科学技術研究所でもなく、この二人だけしかいない。 今度は、二日酔いになった時に頼もう。 翌日 アケステース砦までの飛行進路を3分の1ほど消化した辺りで、別の飛行場から離陸したB-17フライングフォートレス爆撃機の編隊と合流した。 今回の任務で一番変わっていたのは、Ta152E改の飛行高度ではなく、同行部隊との通信量だった。編隊の中に入るので、編隊間隔や進路変更など、編隊長機から細かい指示を受ける事になる。Ta152E改のコールサインは『レイヴン』だった。 黒い鴉が、大鳥達の群れの中に紛れ込む。 有川が隣に並ぶB-17のコクピットの方を向くと、B-17のクルー達がこっちを指差して、何かを話していた。 きっと、― 「珍しいな、独立観測航空隊がこんな高度を飛んでるぞ」 「どこを飛んでたって、俺達に無関心なのは変わりがないさ。空気みたいなものだと思え」 「接触の危険がある分、編隊の中にはいられるのが邪魔だな」 と、でも話しているのだろう。 手ぐらい振ってやるか? あるいは、武運を込めて敬礼でもするか? いや、そんな事はしなくていい。編隊を組むというだけで、それ以上に関わる事は無い。 さらに飛行を続けると、B-17が密集編隊の隊形を組み始めた。Ta152E改も、編隊長機の指示を受け、編隊内の所定位置へ移動する。 「有川、まもなく境界線を越える。ここからは敵の迎撃があるわよ」 「不安か? デネブ」 オペレーターの僅かな変化を感じ、有川が声を掛ける。 「まぁね・・・、いつもと一緒、とは言えないでしょ」 実を言うと、自分も不安だ。任務内容は、はじめての事ではない。しかし、デネブの言うように『いつもと一緒』でも無い。しかし、帰投すれば、後仕事を片尽け、『ギムレット』でワイルドターキーを飲んで、寝る。いつもと一緒だ。帰っても同じ事の繰り返し、たまには変化をつけてもいい。 「デネブ。無事に帰ったら、今日はお祈りは別の礼拝堂にしないか?」 「別の礼拝堂なんてあったっけ?」 「昨日、君の秘密を教えてくれただろ。だから今日は俺の秘密の礼拝堂を教えてやるよ」 「どんなところ?」 「そうだな、教壇と長椅子は無いけど、カウンターとボックス席があり、牧師の代わりは気難しいマスター、主様の像はボトルの列、BGMはパイプオルガンの讃美歌じゃなくて、ジュークボックスから流れるローレライ」 「いいところね。楽しみにしいるわ」 昨日は宴会だったのだから、バー『ギムレット』は今日は静かにレコードを流してくれるだろう。いつもより強く、帰る理由が出来た。自分はその約束を守る為に全力を尽くせる。 「ところでさ」 「なに?」 「有川って、アルコール教団の布教者だったの?」 有川が、思わず吹き出す。 「ボンバーより、レイヴン。進路変更だ、応答せよ」 編隊長機の通信士は、回線ボタンを押した途端、仰天してイヤーパッドを落とした。通信卓の上に転がったイヤーパッドから漏れた音は、明るい人間味のある笑い声だった。 end 前項 表紙 次項
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外伝Ⅳ 幻影の艦隊 前編 どこをわたしは彷徨っていたのか。 望みはどこに失せ、どれほど躓き、思想に迷いを生じ、生涯に罪を犯したことか。 ―――なんということだろう、わたし自身の記憶がそれを忘れていたのだ。 風のように、誇りが私を運んだ。 魂を焦がす炎は、わたしを蝕むことなく、むしろ力と勢いを与えてくれた。 世界の闘いを、晴れ渡った高みから谷間にただよう霧を眺めるように、わたしは眺めていた。 わたしは寡黙な、誇り高い、人生の客人だった。 『エクス・ポント』(イヴォ・アンドリッチ) 彼らが現れて、もう二十数年ほど経っているだろう。 彼らは、突如として大陸の東の果てに現れ、瞬く間に旧国を打ち崩し、自らの国を建国した。 『インビンシブル』 それが彼らの帝國の名前だ。 その国が生まれた当時、私はまだ小さな子供で辺境の小さな村に住んでいた。それでも時々に村に来る旅人や商人達を通じ、大人達はその事を知っていた様子だった。 「なにやら王都では・・・が起こり、解放者が・・・、貴族達は・・・」 難しい話だと、子供の私はそのときは理解するのを諦めていた。しかし、ある雪の降った日に鉄の馬車が村に現れた日のことは今でも鮮明に憶えている。大人達が外に出て行き、その様子を窓から眺めていた私はなにか得体の知れない感情に身を強張らせた。毛布を被り、風邪を引いてはいけないと暖炉の傍へ寄ったが、あの身の強張りはけして寒さだけではなかったと思う。 数年後、私は優良学生に選ばれ帝都の学校へ行くこととなった。それは彼らがおこなった新しい教育体制の一環で、たとえ地方でも成績優秀な者は帝國へ招き、より高度な教育を受けさせる。こうして人材を育成し、帝國の発展に活用していた。 だが、私は少々ひねくれ者だった。 最終学科を終えた私は、卒業と同時にさっさと奨学金を返し、そのまま帝國の官僚になってゆく学友と別れ、新聞記者になった。まわりはそのことを奇妙に思い、嘲笑いもしたが、たいして気にはしなかった。 新聞記者になったのには理由がある。 無論、それを職として自立するためだが、それは彼らの帝國に近づくためでもあった。あの時の身の強張りの正体を、私は知りたかった。そのためには、帝國を外側から見る事が出来る立場でいる必要があった。 いや、違う。 私は、彼らの正体を知らぬまま自分が帝國に取り込まれるのが恐かったのだ。だが、恐れ、遠退くというわけにはいかない。 やはり、私は彼らを疑っているのだろう。 その噂を聞いたのは従軍記者として帝國陸軍の補給部隊に同行していたときだった。上空を前線へ向う航空機達が駆け、何気なくそれを見ていた私は、それよりずっと高い所に一機だけ単独で飛んでいる機影を見つけた。 『実体のある幽霊機』 兵士達はその名を口にするたびに毒づいた。戦場の空に現れ、自分達を見下ろし、そして何もしない役立たずの臆病者だと。だが、私はまるで群れからはぐれた小鳥のような寂しさを感じた。 それから時々空を見上げるようになった。そして探す。果てしない空の中を。まるで姿の見えない妖精を探しているようだと友達に笑われた事もあった。 『実体のある幽霊機』は、正式には『独立観測航空隊』に属すフォッケウルフ・Ta152E改と呼ばれる観測機の事だ。彼らの事は「帝國の20年」に記したが、その為の資料収集は容易ではなかった。Ta152E改の写真すら、私の手元には一枚しか存在しない。それは、あるP-51Dムスタングの操縦士から手に入れたものだった。高々度へ昇ったときに偶然ガンカメラに映り込んだものというものだが、Ta152の飛行性能は凄まじく、その後彼のムスタングはたちまち引き離されたという。 その写真には、断雲へ入り込む寸前の朧ろげな機影が僅かに映っているにすぎない。それでも、その飛行機の姿は見て取る事が出来た。P-51D、P-47といった他の帝國空軍とは、明らかに異なる機体だ。尾翼に振り返る黒い鳥の紋章が描かれている。しかし、それは機械であるはずなのに、まるで本物の鳥のようだ。心情的と笑われるかもしれないが、美しい鳥だった。 しかし、彼らが飛ぶ空の高みでは、鳥は飛ぶことが出来ない。成層圏とは、生き物の存在を否定する領域だ。 故に彼らは、孤独な鳥だった。 今、私は帝國海軍の観艦式の取材の為に海の上にいる。十数隻の艦船が隊列を取り波間を往く姿は、帝國海軍の実力を見せつける圧倒的な効果を持って事だろう。そもそも、観艦式や軍事パレードというものは、緩やかな表現の脅しなのだ。 しかし、私なりの考察を踏まえれば、今回の場合帝國海軍が威勢を示す相手は、他の二軍、陸軍や空軍では無いだろうかと思われる。つまり、この観艦式は帝國海軍の予算獲得ためのデモンストレーションということだ。 この観艦式の主役は、私の乗るこの度コープス海軍工廠で新造されたシシバ級攻撃型正規空母三番艦『エウロパ』だ。基準排水量5万3500トン、全長302.9メートル。その艦載機の総数は140機にのぼる。輪形陣を組む帝國海軍が保有する艦船でも最大級の大型艦である事は間違いない。 艦隊司令のダゴン・ヴォルフ中将は、まず取材陣を艦内に招き入れ、操艦・通信・航法・そして艦載機などについて説明し、この艦の優秀性について語った。ヴォルフ提督は、艦橋に上がってからも上機嫌で我々記者団と接していた。はしゃいでいるといっても良いかもしれない。記者達の質問にオーバージェスチャーで答え、質されずとも口を開いた。しかし、艦内の空気は、それと逆でピリピリとした緊張に包まれていた。空母『エウロパ』の艦長、ジャン・リュック・レオン大佐はそんな空気を読み取り、すれ違うクルー一人一人に声 を掛けながら、本来自分の居場所である航海艦橋へ入ると、航海図と今後のスケジュール表を見比べ思案した。 「副長、そろそろかね?」 「タイムスケジュールの誤差は許容範囲です」 二つのタイマーを首に下げたライヤー副長が答える。 「よろしい」とジャン艦長は言い、右手を上げ、落ちついた口調で指示を出す。 「エンゲージ」 飛鳥島。数時間前。 「九条元帥? ああ、今は皇帝か・・・」 科学技術総監執務室に呼ばれた有川は、無関心といった表情で氷室に答えた。有川はツナギの作業服を着て、足元に雑巾の入ったバケツを置いていた。久しぶりに、愛機でも洗おうと思っていところを呼び出された為だった。すぐに来いと言う事だったので、小汚い格好だとは思ったがそのまま行く事にした。 「九条皇帝のお呼び出しだよ」というのが、総監執務室にいた氷室の第一声だった。 「それで皇帝閣下にどんな用事がある?」 「今日は、帝國第七艦隊の観艦式をやるそうだ。その視察に行くんだけど、送ってほしい」 「Ta152E改は複座だろ?」と付け足し氷室が言った。有川の表情が雲る。 「なんで、Ta152E改で九条元帥を送らないといけないんだ?」 「そりゃ、F8Fや、AD-1は単座だからさ。まさか閣下に操縦させるわけにはいかないだろ?」 「偵察機の彩雲は三座じゃないのか」と有川。それ以外にも、練習用の機ならば複座改良型がいくらでもあった。 「独立観測航空隊は幽霊機部隊だ。生きてる人間が乗るもんじゃない」 「そうだ。これは幽霊や妖精でなければやれない仕事になるのさ。やれやれ、ミルクをおごるから行ってくれないか?」 「何を言っている?」 「ブラウニーなら、どんな仕事をしても報酬には一杯のミルクしか貰わない。いい奴だ」 「そんな奴と一緒にするな」 「じゃあ、バンシー(霊魔)かい?」 有川は鼻で笑った。 自分達は死を看取るが、手を叩いて泣き叫びもせず、月夜の晩以外にも現れる。 まったく、ろくでもない悪霊だ。 「氷室、いったいどういうつもりだ?」 「盤石の帝國も、一皮剥けば人の集まりってことさ」と、氷室は呆れたというポーズを取った。 「帝國軍の予算配分は知っているかい?」 有川は首を横に振る。 知る訳がない、俺には関係ない。 「海軍の配分率は、陸空海の三軍中、最も下位にある。まぁ、確かに今は大規模な制海権の確保は必要ないし、戦争が大陸内で行われているうちは海軍の重要性は低い。 しかしだ。彼らだって上をみたいのさ」 「そんなこと、勝手にやってればいい。俺達はどう考えても蚊帳の外だ」 「それで埒が開かないから、実力行使に出たのだろう」 氷室は数枚の書類を、テーブルの上に投げ出した。観艦式関係の書類だった。実施海域、参加艦艇、スケジュール、賓客名簿など。 「近年稀に見る大規模なもんだ。よくもまぁ、これだけ資金やら物資やらを集めたものだね」 「知っている。情報を集めたのは俺達だ」 こいつのおかげで独立観測航空隊はここ数ヶ月間、トラックの列を追い、海軍司令部の通信に聞き耳をたて、港のコンテナの数をかぞえ、望遠カメラで撮影した人物の特定に駆け回る羽目になった。 「観艦式の目的は、海軍のプレゼンスの確保が目的なんだろ? それがどうした」 「それだけならいい。競争関係によってお互い切磋琢磨するのは良い事だ。だが、皇帝まで利用する気なのは少々度が過ぎている。すこしは溜飲を下げさせねば、ってことでココへお鉢がまわってきた」 有川はようやく察しがついた。つまり、海軍に利用されそうな皇帝閣下は、自分がどれだけの権勢をもっているか再確認させようと言うのだな。独立観測航空隊は、理に属さないと言われている。そうでなければ、戦場の空を、散ってゆく命を、まるで他人事の様に見下ろし、悠然と飛べるはずがない。 「あの何物にも無関心で通す幽霊機さえも従わせる皇帝、どうだい絵になるとは思わないか?」 「そんなことで俺達が? 独立観測航空隊が? 実体のある幽霊機がか? 何が妖精だ、ずいぶんと俗じゃないか」 「だからさ。君には関係ない、だから“行け”と命じられる。君にはなんの利害もない」 「俺には、な。お前は、どうなんだ氷室?」 「それはまぁ、ね」と氷室は答えず、不敵に笑う。 有川がやるかたないため息をついた。 「くれぐれも、粗相の無いようにしてくれよ」 「どうするんだ? 『はい閣下、光栄であります』とでも言っていればいいのか?」 「それもいいだろう。任せるよ、アガシオン(姿の見えない使い魔)じゃないだろ? 実体はある」 話はこれで終わりだ、といって氷室は準備するよう命じた。詳しいフライト・プランはブリーフィングルームに用意してあるという。 有川は足元のパケツをもって総監執務室のドアを開けた。 有川の愛機、Ta152E改、識別名称『レイブン』は、すでにピカピカの新品のように綺麗になっていた。塗装は塗り直され(重ね塗りではなく、一度前の塗装を落とし、再び塗る。塗装の重量も航空機ではバカに出来ない。着艦時の衝撃に備えてか、オレオも変えられ、タイヤもいつもより太いものがついている。もしかすればエンジンも新品に換装されているかもしれない。 尾翼に後付けされたアレスティング・フックが目に止まった。 「着艦、か・・・」 有川は空軍の兵士だったが、着艦の経験があった。好きでやったわけじゃない。対米戦争当時、被弾し損傷したため、空母『瑞鶴』へ着艦を試みた。自分はなんとか成功したが、僚機は駄目だった。オーバーランを起こし、復航が間に合わず海へ落ちた。『瑞鶴』は、それを引っ掛けバルパスバウを破損した。 ともかく、あの戦争はケチがつきまくった。 頭を振って、有川は嫌な感傷を振り払う。今更思い出してどうなる? あんなこと・・・ Ta152E改の後部座席で、ごそごそ何かが動いた。誰何しようとする前に、後席の人影がこちらに気付き顔を上げた。 「デネブ。何をしている?」 「片付け」と答え取り外した電子機材をだかえたデネブが、ラダーを降りて来た。 「すこしは広くなったと思うわ。私のサイズに合わせていては皇帝には窮屈でしょうから」 「皇帝を乗せるなら、こいつも妖精扱いされるそうだ」 有川が皮肉っぽく言った。 「妖精?」 「ああ、こいつは妖精かもな」 Ta152の翼に触れる。Ta152は、不遇な運命に弄ばれた戦闘機だった。究極のレシプロ機と呼ばれながらも、その登場は遅く、HoenJagerと意味を持つその翼が天空を統べる事なかった。その存在自体が、消えてゆく炎の残滓のように淡く幻のようなものだった。 「けど、俺は幽霊だ・・・」 デネブは機材を置いて横目でTa152E改を見上げる有川を見た。飛ぶ前の有川は、なかなか表情には出ないがいつも上機嫌でいるのに、今はそれがどこか浮かない表情をしていた。事情はどうあれ、今回の飛行は有川は気にくわないモノだと思っているだろう。その気持ちは、デネブはわからないでもなかった。 「拗ねてるわね」 「拗ねてる? ・・・ああ、そうかもな。腹を立ててるのかも知れない。こいつをこんな事に使われるのが、悔しいよ」 「有川、この機体は誰の物?」 デネブがTa152E改を指して尋ねる。何が言いたいのかわからず、デネブの心意を掴み損ねた有川が「レイブンのことか?」と聞き返した。 「いえ、Ta152E改よ」 「独立観測航空隊・・・、いや、飛鳥島研究所・・・、違うな。・・・帝國、か」 難解だと思っていた問題が、たやすく解けてしまったように有川は脱力した。たやすく解けた答えはなんともやるせないものだった。 「そう、Ta152E改は有川の物じゃない」とデネブが続けた。 「けど、飛ばすのは有川でしょ? 皇帝のものは皇帝に、主のモノは主に、返せば良いのよ」 「わるいけど、俺は主を信じてない」 デネブは苦笑して「なら、ポケットにでもしまっておきなさい」とスキットル・ボトルの入っていた右胸のポケットを叩いた。不思議と有川は、それですこし落ちついた気分になれた。ようは、心持ちだ。レイブンを俗な権力争いやら予算確保の建て前にされるのは気にくわない事だが、そんな些細な事空に上がれば忘れてしまうだろう。 それでいい、と思う。九条という奴が皇帝だろうが、元帥だろうが、自分はそいつを目的地まで送ればいいだけだ。与えられた仕事に何か関係することなどない。 有川はいったん格納庫を出て、飛行服に着替えた。ブリーフィングを受け、ラダーを上がって乗り込み、前席の操縦席に落ち着く。チェックリストを読み上げ、機付きの整備員にエンジンを始動のサインを送る。エナーシャが回されエンジン始動。10分ほどアイドリングをおこない、車輪止めを外して滑走路まで移動する。 管制の許可を得て、滑走路内へ進入、離陸前にも一時停止。フル・フラップ、フル・ブレーキの状態で、一度エンジンを吹かしてやり点火栓の汚れを払う。レイブンは離陸準備を完了。再び管制から離陸許可を貰い離陸。フライトプランではまず帝都へ向い、皇帝をピックアップすることになっている。それから観艦式へ向い空母『エウロパ』に降りれば終わり。往路は皇帝閣下は彩雲でお帰りになるそうだ。だから、こちらはそのまま飛鳥島へ帰ればよい。所詮、引き立て役というのはそんなもんだ。 しばらく、真っ白な雲海の上を飛んだ。見上げれば、どこまでも青くて深く、心が満たされる。雲の切れ間から時々海が見える。それも、もうじき陸地にかわるだろう。喜びを感じる時間はすぐに過ぎてゆくものだ。 帝都が近づき、高度を下げた時、鉛色の淀んだ空気が見えた気がした。 帝都の飛行場に着陸したTa152E改は、燃料補給を受けながら皇帝が来るのを待った。 有川は機外に降りて給油作業をする整備兵の様子を見ていた。いや、監視していたというほうが正しいだろう。有川にとってはそちらの方が重要だった。 九条星夜皇帝は、いかにも高級車らしい大型の車に乗ってTa152E改のところまで来た。すでに飛行服を着ている。整備兵達が飛び跳ねるように立ち上がり、直立不動で最敬礼する。一緒に降りたこの空港の職員らしい男が、やけに丁寧な口調で飛行中の諸注意について話した。有川と九条をあまり接されたくないらしいという雰囲気だった。有川とTa152E改の存在はこの場所では、あまりに異質な物として認知されていた。 「では、行ってくる」 「はい、閣下」 榊原が会釈して見送った。 帝都の上空を抜け、森と所々に集落が点在する地帯に入る。その向こうは海だった。九条は、しばし眼下に広がる領土と眺めていたが、それも海ばかり続く様になると、前席に座るパイロットに声を掛けた。 「さっきから、君はなにをキョロキョロしている?」 「えっ?」と我に返ったように有川。どうやら自然と見張りをしていたらしい。行きや帰りは、比較的規則のゆるい飛行が許されていたが、この間の飛行だけは、フライトルートや高度、中継ポイント、到着時刻などが厳密に指定されていた。とくに高度については、皇帝に煩わしい酸素マスクなど付けずにすむよう、高度3000フィートまでしかない。Ta152にとっては、まるで地面を這っているような飛行だ。これだけ規則があるのは、逆に危険だと有川はブリーフィングで指摘していた。まるでわざわざ不意打ちを食らわせようとする為の陰謀じゃないのか、とすら思えてくる程の徹底ぶりだったのは、呆れを通り越して感心するほどだ。 「あなたの安全に」と答えた。 結局、それが空を飛ぶ者と、そうでない者達の差異なのだろう。飛行機を見る事しかしない人間には搭載機銃の口径やらエンジンの馬力を知りたがる。だが、飛行機に乗る人間はなにより視界の良さを知りたいと思う。気付かないのではなく、概念として存在するか否かだ。 「ふむ・・・ 有川祐二元空軍中尉だったかな?」 皇帝が自分の名前を知っているのは以外だったが、事前の資料が渡ったのだろうと有川は考えた。 「元311飛行隊か・・・」 その言葉に有川はすこし表情を曇らせる。九条皇帝は、ふと思い出したように「あの日・・・」と呟いた。 「B-2を落とし損ねた戦闘機も311の所属だったな。君は誰なのか知っているか?」 「落とし損ねたのは俺です。俺以外は、すでに311SQは全滅していた」 有川は正直に答えた。あれどうしようもない負い目だ。それを清算しようとする為に、自分はとんでもないモノまで犠牲にしてしまった。今更、取り繕う気になどなれはしない。 「懲罰はなんでありますか」 「懲罰? 何を言っている。どうせ死に掛けた世界だ。この世界に来れたことを私は感謝しているよ。君はどうなのだ。元の世界に戻りたいと思うか?」 「俺には、なにも残ってはいなかった。未練も、後悔も、心残りになるようなことは全部戦争が焼き捨ててくれた」 皇帝が「ふむ」と頷く。 「もとより玉砕覚悟の防衛戦だった。覚悟は出来ていたのだろう?」 「生き残るなんて考えてなかった」 有川の言葉は、九条には感情を切り捨てたように感じられた。まるでタイプライターが喋っているようだ。デオスグランテ城のスタッフの話す事務的な喋りの方のほうが、まだ人間らしく感じる。 「あまり、嬉しそうじゃないな。まるで、生きていることが誤まりだと言っているように聞える。それは間違いだ、有川。先に逝った者達を悲しませるだけだぞ」 「皇帝、あなたみたいな人が、俺なんかを気にしてどうするんです?」 「今は、九条星夜という一人の人間として言っている」 「この幽霊機に乗るのは幽霊ですよ。今はたまたま、あなたを乗せているだけだ」 「君は・・・、自分が人間ではないと言うのか? ふむ、独立観測航空隊、実体のある幽霊機、地上の出来事を我関せずと傍観する人でなしの航空隊・・・。孤独なんだな、君は」 「あなたが気にすることではない。あなたは指揮官だ」 「指揮官だと、なんだと言うのだ?」 「指揮官は、部下にあまり深く関わってはいけない。バランスを崩すかもしれません」 九条とて、日本軍にいたころは元帥まで昇りつめたベテランの指揮官だ。有川の言わんとしている事はどことなくはわかっている。確かに、指揮官に仲間とよべる者達など存在しないだろう。指令部につめる参謀スタッフ達は部下であり、実際に戦場で死ぬ兵隊など書類の上でした読み取る事の出来ない存在でしかない。それを皆、同じ人間なのだと本気で考えていては気が滅入ってしまう。意識するにしろ無意識にしろ、どこかで切り捨てなばならない。 「孤独なのは私か・・・。同情でもしてくれたのか?」 「いいえ。それはあなたのつとめだ。元帥でも、皇帝でも、変わりはない」 どうやら、普段とはあまりに価値観の違う相手に途惑っていたらしい、と九条は自嘲ように笑った。 しぱらく、会話が途絶えた。九条が口をつくんだのだので、有川もなにも喋らなかった。九条と話している間でも、有川は見張りは怠らなかった。 東の空に芥子粒のような小さな黒点。注意していなければ、すぐにでも見失ってしまいそうなほど小さいものだったが有川には十分だった。 「御迎えだ。エウロパからだな」 「どこだ?」と九条。指を指してやるが、なかなか見つけられないらしい。この手の見張りには独特の感が必要だ。 「じきに来る」 有川の言葉通り、空母『エウロパ』から発艦した四機のF8Fベアキャット艦載戦闘機はTa152E改に対してアプローチを行ってきた。隊長機らしい一機が前に出て先導役をつとめ、二機がTa152E改の背後につく、最後の一機は後右上方を取って全体的な援護をするらしい。 「まるで包囲されているようだな」と九条が言った。 「今回の観艦式の目的を知っているかね?」 「氷室から聞いている」と有川。短い言葉だったが、意味を伝えるには十分だった。 「君は、曲芸飛行などは出来るのか?」 「曲芸?」 「このまま誘導されるのは癪だろう?」 他者が現れた事で、九条は再び皇帝としての威勢を取り戻した気がした。この観艦式は海軍がそのプレゼンスを確保する為に行われているものだ。皇帝である自分を呼ぶ事もその一つである。だが、このような行動が今後頻繁に行われるようでは、どんな弊害や確執が生まれるかわからない。そこで釘を指す為に、海軍の用意した航空機でなく、実体のある幽霊機とよばれるTa152E改を使う事にした。ただ、その事もこの包囲されたような状態では、足りない気がするのは否めない。 「曲乗りは負荷がきつい」 「三文芝居に付き合ってくれた礼だ。好きに飛ぶがいい」 「了解した」と答え、パイロットの表情が変わったように見えたとき、九条は有川について一つだけわかった気がした。この男の生き甲斐はこれだったのだ。 有川は、操縦桿を右に倒しスロットル・ダウン、同時にラダーを踏む。Ta152E改が瞬時に水直横転。揚力剥離によって一気に沈下する。後ろにいた二機のベアキャットの視界から、Ta152E改の姿が掻き消える。スロットル・ハイ、プロペラ・ピッチ適性、スピン防止の当て舵を行いながらズーム上昇、二機のベアキャットの間を抜ける。返し刃を振るうような鋭い逆落としで、今度は先導役のベアキャットを追い越し、Ta152E改はさらに加速。 少し離れて後右上方にいた四番機のベアキャットのパイロットは、この事態に驚愕すると同時に恐ろしいまでの幽霊機の機動に戦慄を覚えた。 今のが実戦なら・・・、三機のベアキャットが一瞬で屠られていたに違いない。 「な、なんだ、あいつ! 無茶しやがって!!」 三番機のパイロットが動揺を押えながら吠える。負け惜しみにしか聞えなかった。あいつは・・・、Ta152E改は怪鳥だ! 「ともかく追うぞ! ついてこい」 隊長機が、すぐさま指示を出す。 ベアキャット隊が一斉に加速。だが、Ta152E改には追い付けない。速い。 あれが同じ飛行機なのか、彼らは疑った。まるで異世界からきた幻の鳥のようだ。 レイブンは、海面を滑るように空母へ向かってゆく。 前項 表紙 次項
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自己紹介 構成員が1人しかいないのにもかかわらず、勝手に司令長官を名乗っています(笑 所有艦艇リスト 合計33隻、WoTみたいに増えていくのだろうか・・・(笑 (日):日本 計12隻 (米):アメリカ 計14隻 (ソ):ソ連 計4隻 (英):イギリス 計1隻 (独):ドイツ 計2隻 Tier 空母(1隻) 戦艦(8隻) 巡洋艦(15隻) 駆逐艦(9隻) 国別数量 日本:0隻アメリカ:1隻ソ連:- -イギリス:- -ドイツ:- - 日本:3隻アメリカ:3隻ソ連:- -イギリス:1隻ドイツ:1隻 日本:6隻アメリカ:5隻ソ連:3隻イギリス:- -ドイツ:1隻 日本:3隻アメリカ:5隻ソ連:1隻イギリス:- -ドイツ:- - 1 Hashidate (日) Erie (米)Orlan(ソ) Hermelin (独) 2 Mikasa (日) Chikuma (日) Chester (米) Umikaze (日) Sampson (米) 3 Kawachi (日) SouthCarolina (米) Tenryu (日) St.Louis (米) Aurora (ソ) Wakatake (日) Wickes (米) 4 Ishizuchi (日) Arkansas (米) Kuma(日) Yubari (日)Phoenix(米) Isokaze(日) Clemson (米) 5 Bogue(米) Murmansk (ソ) Nicholas(米) Gremyashchy (ソ) 6 NewMexico(米) Warspite (英) 7 Atlanta (米) Sims (米) 8 Tirpitz (独) Atago (日) 9 10 黒字はkira_558がメインで使う艦です。 青字 は教習艦です。マップ検証・艦長養成用です。 緑字 は予備艦です。kira_558の気が向いた時に登場します。 オレンジ色の字 の艦は、動かす時にどこからか適当に艦長を連れてくるプレミアム艦・課金艦です。 太字は最終段階まで開発が完了した艦、または当初より開発不要な艦です。
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第五幕 邂逅 長い列を組んで多くの人々が北へ北へと向かっていた。少なく見積もっても、千人か二千人は確実にいるようだ。 しかし、その多くは老人や女子供ばかりで、屈強な男性は全くいなかった。 彼らは重そうな台車を必死の思いで引きながら、川を越え、谷を越え、戦渦の免れる事のできる土地を目指して、ただひたすら北に向かっていった。 もう何日も何ヶ月も歩き続けて……。 そして、ある夜。 野営にちょうどいい場所を見つけた一行はそれぞれテントを張った。体力の消耗が激しいものは、そのまま毛布を適当にかぶって、テントの中で眠り始めたか、地面の上で横になった。 地面の上で横になったものは、テントの数が足りないか、何かあってもすぐに逃げれるように心掛けている人間だ。 そして、体力にまだ余裕があるものは、火を焚いて獣に襲われないように準備をし、消えないようにじっと見張りをする。 「ねぇ……もういいんじゃないの? いい加減、ここまで来れば戦禍には巻き込まれないわよ……」 「何言ってるのさ! そんな手緩い考えだから巻き込まれるんだよッ?!」 「そうよ。もっと北に行かないと……」 誰かが焚き木をしている場所に集まって話し込んでいた。 薄暗くてよく見えないが、高い声からして全員女性であることが分かる。 「だけど、これ以上は無理だよ……皆、疲れきってる。それに食料だって、もうあんまり無いんだよ?!」 「わかってる! けど、頑張ってもらうしかないじゃない……あの山を越えるまでは……」 「うん、そうね……。皆も限界だし、あの山を越えて住みやすい土地を見つけたら予定通りそこに村を作ろう。元の村より立派で豊かな……」 三人は目の前に見える山の向こうに希望の光を見出していた。その山は小さかったが、彼女たちにはまるで巨大な壁のように立ちはだかっている様だった。 しばらく話し合うと三人のうち二人は横になって眠り、一人は火の番をする。 そして、数時間交替で火の番を代わっていった。 翌朝、一行は朝食を済ませるとテントを片付け、再び歩き出す。 できるだけ急ぎたい。今日中にこの山を越えておきたい。 しかし、深い森で覆われた山は一行の壁となる。今、進んでいる道も獣道で人が台車を引きながら進むのはかなり辛い。 昨日の三人は山に入ってから、先頭に立って檄を飛ばす。どうにもこの一行のリーダー格らしい。 「皆頑張って! あと少しだから!」 「この山を越えたら、もう大丈夫!」 「これが最後の難関! もうここを越えたら私たちの新天地だよ!」 昨夜はその容姿を見ることができなかったが、眩しい光を放つ太陽の下、その姿がはっきりと確認できた。 三人とも少々の違いはあるが、背は160cmぐらいでほっそりとした体型をしている。 見た目から考えてだが、まだ年齢は十代の後半であろうか。形のいい眉、凛とした紫色の力強い瞳を三人とも持っていた。 よく見ると顔立ちも若干の違いはあるが非常に似ている。恐らくは姉妹なのだろうが、その容姿は非常に美しかった。 ただ、そんな彼女たちも髪型とその色は全く違っていた。 一人は長い髪をそのままにしたロングヘアで色はルビーのように赤い色をしていた。 もう一人は茶色の長い髪の毛をポニーテールのように後ろで纏めていた。 最後の一人は二人とは違って髪が短いショートヘアで、色は金色をしていた。 彼女たちの声は後に続いて行く者たちの心を支える。 もう少し。あと僅か。すぐそこだ。 その想いが足を動かさせ、前へ前へと進む原動力となる。 気が付いた時には、空高く輝く太陽がもう沈みかかっていた。 だが、既に一行は山を下り終わる寸前だ。彼女たちの長い旅もようやく終わろうとしていた。 「やっと山を越えれたね! シーラ姉さん、シェラ姉さん!」 金色の短い髪を夕焼けで輝かせて彼女は言う。 その姿は活発な女の子といった印象を見るものに与えるだろう事は間違いない。 「うん、少し心配だったけど、誰も脱落することがなくて本当に良かったわ」 シーラと呼ばれた赤い髪の女性はにこやかにそう答える。 こちらは深い母性を感じさせてくれる。寂しがり屋な男性に人気がありそうだ。 「浮かれるのもいいけど、気を抜いて馬鹿な事やらかさないでね、シルフィ」 一方、シェラと呼ばれた茶色い髪の女性は金髪の女性、シルフィに勝手なことをしないように釘を刺す。 ただ、何処となく嬉しそうに見えるのは見間違いではないだろう。 自然と、弾んだ会話がそこかしこでされ始める。 今までずっと張っていた緊張の糸が緩んだようだった。 山からずっと続いていた森を抜けて平原に出た。 そこから少し歩くと目の前に小高い丘が見え始めた。 「ちょっと先見てくるね!」 「あっ、コラッ! ……もう勝手なんだから!」 はしゃぎながら走り出すシルフィ。シェラはいきなりの事に止めることができずにその後姿を見つめるが、安心感からか口元が自然と緩んでしまう。落ち着きのない妹だ、と。 「無邪気なものね」 「あ、姉さん」 シェラは、いつの間にか横に来たシーラに僅かに驚く。シーラはそんなシェラに微笑みながら語しかける。 「あんなに、はしゃぐシルフィを見るのは本当に久しぶり。こっちまで楽しくなってきちゃうわね」 「あんまり甘やかすのは良くないと思うけどね……たまにはいいけど」 「あら、私もだけど、貴方も十分甘いわよ?」 クスクスと笑いながら言うシーラに、シェラは軽く溜息をつくと「そうかもね」と、返事をしてシルフィの走って行った方を見て微笑むのであった。 「ふっふ~ん、あたしが一番最初に新天地の姿をこの目に焼き付けるんだから」 金色の髪を風に撫でられながら丘を登る。期待に胸を膨らませ、一歩一歩着実に登っていく。 そして、ようやく頂上に到達して辺りを見回した。 そこには広大な大地が広がっていた。夕焼けで真っ赤に染まったその大地は自然の美しさというもの表しているようだ。 シルフィもその光景を純粋に美しいと感じた。 「う~ん、いい眺……め………?」 シルフィは途中で言い淀んだ。 何か目の前の広大な大地を疾走してこちらに向かってくるものがあるのだ。 しかも『それ』は一つや二つではない。幾つも向かってくるではないか。 『それ』が来たと思われる方向に目を向けてみて言葉を失った。 遠くの方に明らかに人の手によって作られた建物が立ち並んでいたからだ。 なんと言うことだろう、自分たちはまだ人の手が入っていない未開の場所に来たのではなかったのか。 足がガタガタと震える。いけない、戻って皆に伝えなきゃ。 そう思っても動けない。動かないのではなく、動けない。 言い知れぬ恐怖に襲われてしまって束縛されてしまっているのだ。 シルフィは僅かに動く口で、思いっきり力を込めて唇に歯を立てた。 「……ッ!?」 血がタラリと流れ、鋭い痛みで束縛が解かれる。 そして、後ろを向くと急いで走る。急げ、急げ、もうすぐ何か得体の知れないものがやってくる。 シルフィは懸命に走りながら大声で叫ぶ。 「逃げてええぇぇぇッ!!」 「なに!?」 「シルフィの声だッ!」 いきなり聞こえたシルフィの切羽詰った叫び声に和んだ空気が一転して緊迫感に満たされる。 辺りがどよめきの声で五月蝿く埋められた。 「皆、落ち着いて!」 シェラが大声で言うがそれで収まれば苦労はしない。それでも何とかしようと呼びかけるが効果は薄かった。 そうこうしている間にシルフィが息を切らしてこちらにやってくる。 「シルフィどうしたの?! 何があったの?!」 シーラがシルフィに慌しく問いかける。シェラもシルフィの方に顔を向けて答えを待つ。 そんな姉達にシルフィは呼吸を落ち着かせながら自分の見てきたものを伝えようとする。 「丘を越えた向こうの方に大きな建物が幾つもあったの! まるで町みたいで……!」 「「町……?!」」 二人はその言葉に驚きを隠すことなく動揺する。 だが、シルフィにはそれを気に止めている暇は全くなかった。 もっと別に伝えることがあるのだから。 「それよりも大変なの! 何かよく分からないものがこっちに向かってるの!!」 そう言った時、丘の向こうから『それ』が現れた。 一つ、二つ、三つ……幾つも幾つもかなりのスピードで一行の目の前に来て、止まる。 何か『それ』の先頭の方にある丸い所から光が放たれていた。 先程は遠距離だったためによく見えなかったが『それ』は何か箱のようなものだった。 足の部分には車輪と思われるものが付いている。これは生き物では――無い。 じっと『それ』を見ていると、いきなり人らしきものが出てきた。 真っ黒な鎧で全身を覆い、手には剣や盾、弓などではなく、何か杖のようなものを持っていた。 そして、こちらを見るなりそいつはこう言った。 「こちら第二十二偵察中隊、異世界人を発見。予定通り保護する」 大陸派遣軍臨時総司令部 中央指揮所 「さて、とりあえず異世界人の確保には成功したが、これからどうしたものか……」 周りが忙しなく働いているのを尻目に机に頬杖をついて考え込む紫芝。 赤子の手を捻るが如く容易い、と九条元帥に言ったからにはきちんとした結果を出さなければ拙い。 九条元帥は自分のことを高く評価してくれているし、それ故に無茶な頼みも大抵聞いてくれる。 しかし、今回の事で失敗すれば、その評価が落ちることは間違いない。それに自分の事を敵視している将軍たちも決して少なくない。彼らが攻撃してくることも覚悟しなければならないだろう。 まさしくターニングポイントと言ったところか。 「閣下、第二十二偵察中隊が異世界人御一行を引き連れて戻りました」 前の方にいるオペレーターがコンソールを叩きながら言う。 「わかった……それにしても数が予定より多いな」 「はい、千人程度と連絡されていましたが、その倍は確実にいます」 単純に誤っただけか、それとも職務怠慢か……。 まぁ、森林地帯を異世界人が抜けている事から考えて前者だろう。 兎に角、面倒事が増えた事には違いあるまい。 「さてと、あちらにも代表がいるはずだ。応接室に連れてくるように連絡しておいてくれ」 「御会いになられるので?」 「勿論だとも。色々と有益な情報を引き出せと命令を受けているからな。まぁ、私がやる必要はないが、好奇心というものがどうにも刺激されてね」 異世界人というものが一体どういうものなのか。実際にこの眼で見て、話しをしてみたい。 そういう欲求が今の自分に生まれてしまっている。 だが、それ以上に別の、彼と『同種』の者にしか分からない何かに惹かれていた。顔の傷が疼きだす。 「くれぐれもお気をつけて」 「心配してくれて有難う。その心配を解消するために一応歩兵小隊を護衛につける事にさせてもらおうか。連絡を頼むぞ」 そう言うと、私は中央指揮所から出ていく。 コツコツと硬い廊下を歩いていくと自然と顔に笑みが浮かぶ。 地獄のような書類仕事から解放されて楽ができるというのもあるが……それ以上に楽しくて仕方なかった。 「久しぶりに匂うなぁ……フフフ、実に楽しみだ。この『闘争』の芳しい香り……ククク、血の雨が降るぞ」 運命という歯車が、ギシギシと軋んだ音を立てていた。 前項 表紙 次項
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トップページ イベント攻略 [部分編集] 報酬 勝利回数 1 Hard ★5 R・カールス VeryHard ★6 R・カールス Extreme ★7 R・カールス [部分編集] Hardの編成 敵戦力:26600 陣形:梯形陣 重油消費:30 時間・天候:昼・晴 敵構成 : 戦艦、戦艦、軽巡、軽巡、駆逐、駆逐 敵旗艦技 : 艦隊戦の達人4(火力 +10%) 敵戦艦戦技 : 艦隊の防壁、不沈の黒城、金剛不動の構え、ブリティッシュアーマー 技能 : 敵軽巡戦技 : 鉄鳥刈る爪、身封じの雷幕、制裁の足枷、天羽々矢、艦隊のワルツ、駆巡りし稲妻 技能 : 敵駆逐戦技 : 無終の反旗 x2、、 技能 : 未分類技能 : 雷撃上昇5、対潜上昇5、戦技発動上昇5 VeryHardの編成 敵戦力:88664 陣形:梯形陣 重油消費:30 時間・天候::昼・晴 敵構成 : 戦艦、戦艦、軽巡、軽巡、駆逐、駆逐 敵旗艦技 : 艦隊戦の達人4(火力 +10%) 敵戦艦戦技 : 艦隊の防壁、不沈の黒城、金剛不動の構え、ブリティッシュアーマー、超究大和砲 技能 : 敵軽巡戦技 : 鉄鳥刈る爪、身封じの雷幕、制裁の足枷、天羽々矢、艦隊のワルツ、駆巡りし稲妻 技能 : 敵駆逐戦技 : 無終の反旗 x2、、 技能 : 未分類技能 : 火力上昇5、雷撃上昇5、対潜上昇5、戦技発動上昇5 Extremeの編成 敵戦力:126669 陣形:梯形陣 重油消費:30 時間・天候:昼・晴 敵構成 : 戦艦、戦艦、軽巡、軽巡、駆逐、駆逐 敵旗艦技 : 艦隊戦の達人4(火力 +10%) 敵戦艦戦技 : 艦隊の防壁、不沈の黒城、金剛不動の構え、ブリティッシュアーマー、超究大和砲、リヴァイヴ・エタニティ 技能 : 敵軽巡戦技 : 鉄鳥刈る爪、身封じの雷幕、制裁の足枷、天羽々矢、艦隊のワルツ、駆巡りし稲妻、閃雷の迎撃 x2 技能 : 敵駆逐戦技 : 無終の反旗 x2、呼応する覇気、雷滅の制射、黒嵐の追雷 技能 : 未分類技能 : 火力上昇5、雷撃上昇5、対潜上昇5、戦技発動上昇5 ↓コメント等 名前 閲覧数 今日: - 昨日: - 合計: -
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「我らが刃よクルーグを思い出せ!七柱の真鍮神が我らと共に在らんことを!」 "Today our blades remember Kroog! May the seven brass gods be with us!" 兄弟戦争 【M TG Wiki】 名前