約 1,721,360 件
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/203.html
艦砲射撃によって産み出された闇が薄らぎ、後続のグレイファントム達越しに海が見えてきた。 「林っ!下がれっ!」 その声に呼応するように、150ミリ速射砲を持った“赤兎(せきと)”が塹壕に滑り込んだ。 ズンズンズンッ! その“赤兎(せきと)”に襲いかかるように、無数の砲弾が雨霰と塹壕の付近に着弾。激しい爆発の連鎖を引き起こす。 「後方でMLRSが発砲!」 「よしっ!」 目視出来る限り、ほぼ全てのグレイファントムが塹壕の中に飛び込みつつある。 戦車部隊は塹壕を避け、その間近に近づくことさえ出来ないらしい。 「これほど上手くいくとはな」 “赤兎(せきと)”部隊を率いる李少佐はほくそ笑んだ。 子供時代、苦労して仕掛けたイタズラが成功した時を、ふと思い出した。 李少佐の見る限り、グレイファントム達の射撃精度はそう高くない。 グレイファントムは、ML(マジックレーザー)装置の配置の問題から、塹壕からML(マジックレーザー)を発射出来ず、速射砲に頼っているせいだ。 元来が砲弾をばらまくために作られた速射砲だから、命中精度を求めるのもどうかとは思うが……。 対する中華帝国軍は、単発とはいえ、命中率の高い狙撃砲を多数に配備しているし、センサーの配置から、ML(マジックレーザー)も余裕で撃てる。 さらに、メサイアではないが、機動性の高いジープにガドリング砲を搭載した自動車部隊が頑張っている。 口径は20ミリと、装甲目標相手には小さいが、それでも速射性の高い機関砲が歩兵達と共に必死に撃ちまくっている。 メサイアのセンサーにでも当たればこれでも十分アウトだ。 おかげで、グレイファントム達は、塹壕から頭を上げることさえ出来ない。 ―――頃合いだ。 李少佐は思った。 おい米兵達よ。 その塹壕を掘ったのは俺達だ。 俺達がその塹壕を放棄したと思っているのか? それとも、お前達にくれてやるために掘った? ありえないね! さぁ―――教えてやる。 そいつはな? “赤兎(せきと)”達の後方。 小高い丘に小さく目立たないように土嚢を積んだだけの陣地に陣取っていた中華帝国の士官が後方に控えた兵士に手で合図した。 兵士の手には、ポケットサイズのウィスキーのビンによく似た装置が握られている。 キャップの上に取り付けられたTの字のレバーを、兵士が捻った。 すると――― 敵の砲撃が緩んだ。 「さぁいくぞっ!」 マックスは野太い声で怒鳴った。 その声を合図にしたかのように、グレイファントム達が一斉に塹壕から飛び出そうとした、まさにその瞬間――― ドンッ! 美奈代は、その光景を目の当たりにした。 「なっ!?」 光の柱が地面に走った。 そう思った次の瞬間、この世の物とは思えない程の爆発音が光をかき消し、地面を揺すぶるほどの爆発が発生した。 「何が!?」 「―――やられた」 二宮は唸るような声に、美奈代は思わず訊ねた。 「な、何が起きたんですか!?」 「中華め……塹壕に、爆薬をしかけていたんだ」 「爆薬?」 「予め爆薬を仕掛けた塹壕を用意しておく。敵をそこに誘い込んで、頃合いを見て爆破する」 塹壕だった跡からは朦々とした黒煙が立ち上る。 「爆発の規模と特徴から見て、1トン爆弾クラスにハイパーナパームのカクテル攻撃でしょう」 牧野中尉が言った。 「狭い中を駆け回った爆発エネルギーとナパーム……無事では済みません」 「グレイファントムの反応は?」 「消えました」 「これで、戦力の半分以上を喪失―――」 二宮騎のMC(メサイアコントローラー)、唯は悲鳴に近い声をあげた。 「高熱源体複数接近!」 「何だ!?」 「空中で爆発―――クラスター砲弾っ!?」 上陸部隊はもう死に体だった。 グレイファントム部隊を喪失。 他部隊も、子爆弾を無数にばらまくクラスター砲弾の連続した飛来を前に、軽装甲以下の車両にも乗れずにいた歩兵達は逃れる術さえないままに挽肉にされた。 生き残った戦車達でさえ、メサイア達の放つ砲撃の前には単なる的でしかなかった。 美奈代達が“鈴谷(すずや)”に撤退する中、塹壕の淵に立つ“赤兎(せきと)”達が、塹壕の中でもがくグレイファントム達に速射砲を乱射する光景が開始された。 上陸部隊司令部はすでに全滅。 その機能は揚陸艦司令部に委譲。 揚陸艦司令部は、即座に撤退を命令した。 結局、美奈代達はこの日、ボルネオ島の土を踏むことはなかった。 米軍上陸部隊第一波の全滅はこうして現実のものとなったのである。 「ぼさっとしているヒマはないぞ」 “鈴谷(すずや)”の飛行甲板に着艦しただけで、騎体から教え子達に降りることさえ許さなかった二宮は言った。 「で、ですけど……」 さつきは恐る恐るという口調で言った。 「な、何千人と死んでるんですよ?」 「被害集計はまだだが、軽く見積もって三千という所か」 「三千って……」 さつきは目を丸くした。 「ウチの村の人口より多いじゃないですか!」 「だからどうした?」 「ど……どうしたって言われても」 「三週間戦争では、一度の戦いで万の単位で戦死者が出るのが相場だった」 「……」 「米軍も、三千人の兵隊殺されて黙ってるはずがない。斬り込み隊はやられたが、本隊がその仇を討つ」 「うっ」 「“伊吹”一隻で何人死んで、我々がどう動いたか考えろ」 「攻撃は、いつです?」 「金剛級の弾薬補給が終了してからだから……おそらくはあと6時間後だ」 「急げっ!」 海岸周辺は、中華帝国兵が汗だくになって動き回っていた。 上空を友軍の戦闘機が警戒に出ている。 たった1機にすぎないが、それでもいるといないとでは大違いだ。 空から襲われたらシャレにもならない。 「地雷は二重に埋めろっ!」 「そこっ!対戦車地雷はもう少し間隔をあけるんだ!」 砂浜をシャベルで掘る兵士達に指揮官は矢継ぎ早に命令を下す。 その背後、あのメサイア用塹壕の周囲では、あらたな爆弾の埋設や、グレイファントム達の処理が続いている。 パンッ パンッ メサイアや重機の音に混じって、乾いた音が響く。 歩兵隊第二班指揮官の一人、治軍曹は、その音に顔をしかめた。 砲撃で開いた大穴の辺りだ。 「よう治」 休憩に出ていた第三班指揮官の悟軍曹がズボンのベルトを直しながら意気揚々と近づいてきた。 恐ろしくすっきりとした顔をしていた。 「交代は30分後だったな」 「……」 悟軍曹が何をしてきたか知っている治軍曹は、無言で部下を見張っているフリをした。 「何だよ」 ポンッ 悟軍曹は、楽しげに治軍曹の肩を叩いた。 「米兵の女も悪くなかったぜ?」 「……お前」 「おいおい。そんな怖い顔すんなよ―――なんでも、初物だったらしいぜ?米国の女って、9歳位で体売ってるって聞いてたけどな」 「……」 「しょうがねぇだろ?メサイア一気に仕留めた対戦車攻撃班が一番手柄だ。捕虜の女一番にヤれたって。あー畜生っ、俺が30人目だったおかげで、女の反応悪い悪い」 「捕虜虐待って言葉、知ってるか?」 「オトコの方は皆殺しだぜ?」 悟軍曹は驚いた顔をした。 「女も、始末が始まっている。早くしろよ?残ってるのはそう多くない。我慢出来ずに、メサイアから死体引き出してヤってるヤツもいる……この気温だ。腐るの早いから気を付けろ?」 治軍曹は、そう言い残して部隊に戻る悟軍曹の背中に毒づいた。 「地獄に堕ちろ―――この馬鹿者が」 正直、朱少将達は捕虜の処遇に構っている余裕は全くなかった。 憲兵隊が処理してくれるだろう程度にしか考えていなかった。 よもや、憲兵達が金をとって、捕虜になった女性を兵士達に強姦させることで、私腹を肥やしているとは全く予想さえしていなかった。 前線各地で無数に発生した事態ではある。 耐えられず、舌を噛みきったり、抵抗してその場で殺された女性捕虜の正確な数は、戦後いつまでたっても、いや、永久にわからないままだろう。 第一、朱少将にとって、問題は次に来るだろう米軍上陸部隊に対する備えをいかに構築するかだ。 すでにこちらの手の内は一度、明かしている。 いくら米兵でも、二度も三度も引っかかるほど愚かではないだろう。 効率的に敵を殺す方法を考えなければならない。 「敵のメサイアの数はどの程度だ?」 「スパイの情報では、斬り込み隊の2倍です」 参謀は答えた。 「斬り込み隊に戦力を集中し、メサイア隊だけで戦局を決めるのが米兵の腹づもりでしたが」 「我々が、それを覆したというわけか」 クックックッ……朱少将は楽しげに頷いた。 「よろしい。久々に楽しい気分だ」 「ただし、メサイアの戦力差は、それでようやく均衡がとれたにすぎません」 「―――そういうことになるか」 「まぁ」 参謀は目をつむって頷いた。 「手は打ちました。後は―――」 「そうだな」
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/196.html
グレイファントムM14 それは、大統領警護騎士団向けに開発された重装備型グレイファントムM64を高機動強襲型に改造した特殊騎中の特殊騎だ。 騎体の上半身を若干小型化し、装甲がM64より薄くした分、防御性能は落ちるが、軽い分の機動性の向上と、任務にあわせた様々な改装が可能なのが強みだ。 一世代前の“征龍改(せいりゅうかい)”で勝負になる相手ではない。 最悪なことに、その数は美奈代達の倍を超えている。 メサイアの手が持つ小型速射野砲(ハンド・キャノン)のタクティカル・レーザーがなめ回すように美奈代達の騎体を走る。 相手騎の性能は圧倒的だ。 下手に戦えばひねり潰されるのがオチだ。 ―――どうする? 背中を、嫌な汗が流れたのを感じながら、美奈代は自問を続ける。 ―――どうする? 下手に動くだけで小型速射野砲(ハンド・キャノン)で蜂の巣にされる。 広域火焔掃射装置(スイーパーズフレイム)のリキッド・タンクにでも喰らったら火だるまの究極形態にされてしまうだろう。 ……。 ……え? ……火だるま? 「おい、待てよ」 美奈代が自問する中、動いたのは都築だ。 横を見ると、武器を下げた都築騎のコクピットハッチが開き、中から都築が出てきた。 唖然とする美奈代の前で、モニターにズームされた都築は、両手をあげて薄ら笑いを浮かべていた。 「そっちの隊長さん。名前、なんて言ったっけ……まぁ、いいや。聞こえているか?」 「―――聞こえている」 ウォーレン中尉は答えた。 「ちなみに、私はウォーレン中尉だ」 「ああ。そうそう、ウォーレン中尉だ」 都築は手を広げたまま、頷いた。 「若い頃のヴァル・キルマーかと思ったよ」 「―――その態度の目的は何だ」 ……少しはノレよ。 小さくそうつぶやいた都築は言った。 「こいつを収めたいだけさ」 「収める?」 「要するに、ことの発端は―――」 都築の右手が染谷騎を指さした。 「ホームズかマーロウだか、とにかくそこのバカが、名探偵だか、タフ気取りのアホ刑事になっちまったのが原因だ」 「……」 ウォーレン中尉は無言だが、“フッ”という鼻息が小さくスピーカーに入った。 「マーロウとは、フィリップ・マーロウのことか?」 「そうだ。俺の憧れさ」 都築は楽しげに言った。 「奴にならケツ貸しても良い」 「たいした心酔ぶりだ」 ウォーレン中尉は苦笑混じりに言った。 「だが、奴は私立探偵だ」 「検事局元捜査官だろ?」 「……ふむ」 ウォーレン中尉は都築の答えが気に入ったらしい。 「よろしい。話は聞いてやろう。何がしたい」 「シールドの修理費と消耗した弾薬の請求書は、染谷に送りつけてくれ」 都築は答えた。 「最初から無かったことにして欲しい」 「出来ると思うか?」 「―――何」 ウォーレン騎のタクティカル・レーザーが都築の腹部を照射する中、都築は肩をすくめた。 「ここにいるのは、どうせ俺達とあんた達だけだ。あんた達は、あのコンテナもって帰れば手柄になるし、俺たちは帰って染谷袋だたきにしてウサ晴らせば、なべて世界はこともなしで回るんだ」 ウォーレン中尉は、少しの沈黙の後、訊ねた。 「―――名は、なんと言ったかな?」 「都築だ」 「ツヅキ……そうか。冥途の土産に覚えておけ、若造」 都築の体が、ぴくりと動いた。 「我々の任務は、反応弾の回収ともう一つ、貴様等の口封じだ」 「俺達が帰らなければ、“鈴谷(すずや)”が黙っていないぜ?」 「お前達を始末したあと、ゆっくり料理させてもらうことになるだろう」 「……はぁっ」 都築は盛大なため息をつくと、大きく手を振り上げ、興奮した口調になってわめきだした。 「何が気に入らなかったんだよ!おっさん!何か金になるようなブツが欲しいのか?それならはっきり言えよ!」 コクピットにも潜り込んだ都築の駆る“幻龍改(げんりゅうかい)”が突然、美奈代騎の広域火焔掃射装置(スイーパーズフレイム)のリキッドタンクを掴んだ。 「―――泉、タンクをはずせ」 突然、レシーバーに入ってきたのは都築の小声。 「え?」 「いいから、責任は俺がとる」 「……」 普段なら反論もしただろう。 だが、その真剣な声を聞いた美奈代の手は、広域火焔掃射装置(スイーパーズフレイム)の整備用着脱スイッチを押していた。 「サンキュ」 都築は言った。 「お前、普段からそれ位素直なら可愛いんだよな」 「なっ!?」 都築騎が、広域火焔掃射装置(スイーパーズフレイム)のリキッドタンクを片手で持ち上げ、まるでウォーレン達に見せつけるかのようにちらつかせた。 「どうだ!?日本製の特殊リキッドが入った火炎放射装置だ!リキッドの成分は非公開だから、こいつ一つ、横流しすれば大もうけ出来るぜ!?」 都築は広域火焔掃射装置(スイーパーズフレイム)を何気なく地上に置いた。 「まだ不満か?―――なら、こいつもつけてやる!」 次に都築が取り出したのは、腰のサイドスカートにマウントされていた手榴弾の入ったウェポンラックだ。 都築はそれを広域火焔掃射装置(スイーパーズフレイム)の下に置いた。 「どうだ!?これだけでもかなりの金額になるはずだ!それとも女か!?そこの騎にいる泉って女なら、いくら楽しんでくれてもいいぜ?どうせ嫁のもらい手なんて期待出来ない女だ!」 「……き」 「これで見逃せ!それでいいだろう!?」 「……き、貴様ぁっ!!」 そんな声が挙がったのは、美奈代ともう一人。 ウォーレン中尉だ。 交渉を持ちかけられたはずのウォーレン中尉は、モニターの中で顔を真っ赤にしていた。 顔に浮き上がった血管と皺ですさまじい形相になったウォーレン中尉が、レシーバーが悲鳴を上げたほどの声量で怒鳴った。 「貴様、それでも軍人かぁぁっっっ!」 美奈代は、今までの人生の中で、ここまでの怒鳴り声を聞いたことがなかった。 「敵に機密兵器を渡して助けろだと!?貴様、軍人としての矜持はないのか!?日本軍はそんないい加減なことを認めるのか!?」 その怒鳴り声を聞いて、ウォーレン中尉が教官向きの人物だと思ったのは、何も美奈代だけではない。 「私の部下ならたたき殺している発言だ!取り消せ!」 「交渉持ちかけられて取り消せって、あんたどういう神経してるんだ?」 「こんなものは交渉ではない!」 「じゃあ、どんなのが交渉だと?」 「そんなことは自分で考えろ!」 「……はぁっ」 都築はわざとらしいほど盛大なため息をついた。 「……交渉決裂ってわけ……か」 その時、都築はちらりとウォーレン中尉を見た。 「広域火焔掃射装置(スイーパーズフレイム)、もう一発オマケしてあげるけど?ダメか?」 返答は、ウォーレン中尉騎からの一発だった。 「おいおい」 皆が武器を構える中、攻撃を受けた都築騎だけが、両手を広げて見せた。 「その返答も、ずいぶん、金がかかってるじゃねぇか」 「―――次は外さん」 ウォーレン中尉は夢に見そうなほどドスの効いた声で言った。 「覚悟しろ。このクソガキ」 「はいはい。せいぜい、覚悟します―――よっ!」 ドンッ! 突然、都築騎の背後でそんな音がしたかと思うと、何か巨大な物体が都築騎の背後から鍾乳洞の天井めがけて飛び上がったのは、都築騎が背負ってた広域火焔掃射装置(スイーパーズフレイム)のリキッドタンクだ。 「―――逃げろっ!」 都築の短い怒鳴り声を受け、美奈代達は一斉に脇穴の中へ飛び込んだ。 「逃がすかっ!」 M14が持つ小型速射野砲(ハンド・キャノン)が一斉に火を噴いたが、飛び上がった広域火焔掃射装置(スイーパーズフレイム)に気をとられた一瞬が命取りになった。 その射撃はシールドで防御され、美奈代達が全騎、脇穴に飛び込むのを止めることは出来なかった。 「クソッ!」 獲物を逃したウォーレン中尉が舌打ちした。 その頭上で鈍い爆発音がした。 「ち、中尉っ!」 「―――ん?」 不意に、頭上が明るくなったことに気づいたウォーレン中尉は、目の前で発生した光に包まれたのを、確かに感じた。 「なっ!?」 粘っこい、腹に響く音が背後から迫る。 「染谷、山崎っ!撃てっ!天井を壊せっ!」 都築がそう怒鳴ると、手にした機動速射野砲を、逃げてきた鍾乳洞の天井めがけて乱射する。 「落盤させて通路を塞ぐんだ!」 「そんなことしたら」 「し損なったら死ぬぞ!」 真っ青になって怒鳴る染谷に、都築は答えた。 「それが狙いなんだよ!」 速射野砲の砲撃で、天井から剥がされた幾枚もの巨大な岩盤が逃げてきた穴を塞いでいく。 「?」 何事が起きたかと怪訝な顔をする美奈代の目の前。 落盤の煙を照らし出す光が穴を走ってくるのが見えた。 それは、炎の塊だった。 炎が通路一杯に自分達めがけて走ってくる。 「なっ!?」 美奈代はそれが何だかすぐにわかった。 広域火焔掃射装置(スイーパーズフレイム)のタンクが爆発した炎だ。 美奈代騎と都築騎の2騎分のリキッドタンクの爆発が生み出した炎が、広大な“大聖堂”を舐め尽くし、まだ獲物が足りないと、美奈代達めがけて襲いかかっているのだ。 あの炎がどれほどの破壊力を持つかは、使用者である美奈代には骨身にしみている。 「―――ひっ!」 美奈代が小さく悲鳴を上げた、丁度の瞬間、今までで最大の落盤が発生。 美奈代の目の前で、洞窟が完全にふさがれた。 カシム大鍾乳洞が完全に崩落したのは、美奈代達が脇穴から鍾乳洞を脱出してからすぐのことだった。 崖を遮蔽物にして騎体を隠した美奈代達は、生きた心地さえしない。 「頭上と目の前でリキッドタンクが爆発したんだ」 都築の声がレシーバーに入った。 「目の前で火のついたリキッドが飛び散る。避けても頭上からもリキッドが降り注ぐ」 クックッ……続きは楽しげに言った。 「どっちにしても、あの中尉達が無事のはずがねぇ」 「……だ、大丈夫か?」 美奈代は訊ねた。 「何が」 「相手は米軍だ。それを」 「イギリス軍に偽装していたんだ」 通信に割り込んできた染谷が言った。 「それに、彼等自身は、自分達をアメリカ軍とは名乗っていない」 「……っ」 「あくまで国籍不明の部隊として処理出来る」 「もとを正せば」 都築は怒鳴った。 「染谷っ!貴様がヘンなことしなければよかったんだ!」 「へ、ヘンな事?」 「あんな尋問じみたことしやがって!あれであの中尉、バケの皮剥がされて怒ったんだ!」 「そ、そんな!」 「それは違うだろう」宗像が言った。 「どう考えても、あれは都築、お前にコケにされたからだ」 「俺は普通に話していたぞ?」 「……どこがだ?」 「―――ちょっと静かにしてください」 言い争いになりかけたのを止めたのは、牧野中尉だ。 「“鈴谷(すずや)”と通信を回復させています」 「“鈴谷(すずや)”は無事ですか!?」 「通信が……」 「ま、まさか!」 最悪の事態が脳裏に浮かぶ美奈代に、牧野中尉はたしなめるような口調で言った。 「悪い方へ悪い方へ考えるのは、候補生の悪い癖ですよ?」 「す……すみません」 「こちら宗像騎、桜庭」 宗像騎のMC(メサイア・コントローラー)、桜庭優(さくらば・ゆう)の声がレシーバーに入った。 「すぐ近くで戦闘音」 「どこだ?」 「はいお姉さま。11時方向。騎数は複数。エンジン音の特性から、主体は魔族軍メサイア部隊と思われます」 「―――何?」 戦闘はそれから数分の後も続いていた。 行くか。 無視するか。 選択肢を巡って部隊は割れた。 結局、様子を見て判断することになって、斥候に出たのが美奈代と都築だ。 メサイアから降りて、崖を駆け上がった。 鍾乳洞の中にいたせいで、時間の変化に気づかなかったが、外はすでに真っ暗になっていて、月の青白い光が世界を照らし出していた。 美奈代達は、コクピットから出た時に目印にしていた一番高い崖の上に出た。 アフリカの夜の景色がパノラマとなって美奈代の目の前に広がる。 夜は闇。 その先入観がある美奈代の目の前は真っ暗なはずなのに、月の明かりで信じられないほど世界がはっきりと見える。 「頭が高い」 都築に言われ、景色に見とれ始めていた美奈代はとっさに伏せた。 乾ききったアフリカの土の感触が戦闘服ごしに伝わってくる。 ズーン ズーン 鈍い音がする。 メサイアの戦闘音だと、すぐにわかった。 「俺が状況を確認する。お前、周囲を見張ってくれ」 腹這いになって暗視装置付きの双眼鏡を構えた都築に言われ、 「了解した」 美奈代は素直に従った。 二人で双眼鏡をのぞき込んでいて、振り向いたら妖魔に頭からかじられていたなんて、想像さえしたくない。 美奈代は、コクピットから引っ張り出してきたM14の弾倉にフルメタルジャケット弾を装填した。 さっきのメサイアもM14だったな。 美奈代はそんなことを思いながら、周囲を警戒することに専念した。 だが、美奈代の目にもはっきりと映るものがあった。 棒状に伸びた幾本もの光だ。 軽く見積もっても10本以上。 その中でも一本の光の棒が最もよく動く。 そして、その棒状の光が動くたびに、まるで花火のような、短い光が生まれ、最低でも一本の棒状の光が消える。 「何だ?」 目を凝らす美奈代に都築は言った。 「一本は間違いねぇ」 だめだ。壊れている。 都築は双眼鏡をケースに戻しながら言った。 「斬艦刀だ」 「斬艦刀?」 「ああ。夜間訓練の時、斬艦刀の光を遠くで見ると、あんな感じだった」 「じ、じゃあ」 「そうだ」 都築は頷いた。 「俺達以外にも、このアフリカに派遣されていた部隊があるってことさ」 二人の目の前で、再び棒状の光が動いた。 「―――戻るぞ」 都築は言った。 「ここで見物している位なら戻っていい」 「加勢しなくていいのか?」 「加勢が必要か?あれで」 都築が顎でしゃくった先。 すでにあれだけあった光は、ほんの2、3本になっていた。 「下手にかかわると厄介だ。下がろう」 「う……うん」 崖を降り始めた都築に、美奈代は黙って従うことにした。 美奈代の背後で、月明かりに照らされた世界から、鈍い戦闘音だけが聞こえてきた。
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/204.html
メサイア隊による上陸作戦が開始されたのは、斬り込み隊の全滅から約7時間後。 グレイファントム達が、海面をホバー移動して突撃する。 海岸線には敵の姿はない。 グレイファントム達は海岸に上陸に成功、一気に内陸を目指す。 沖合では、上陸部隊本隊がようやく上陸用舟艇を発進させつつあった。 メサイア隊が、艦砲支援の元、上陸部隊の揚陸をのんきに待ち続けていたことが、敵に反撃の余裕を与えたというのが、米軍司令部の判断だ。 だからこそ、今回、メサイア隊は一気に敵陣地に攻め込ませ、その敵の戦力をメサイア隊に集中させる。その間に上陸部隊は揚陸を完了させる手はずになっている。 実際、グレイファントム12騎で構成される“ゴースト・ライダー”隊は、海岸からあの悪夢の塹壕を一気に飛び越え、“赤兎(せきと)”達が待ちかまえる塹壕への斬り込んだ。 塹壕同士の距離は約1キロ。 塹壕に籠もり、速射砲や狙撃砲を構える“赤兎(せきと)”達からの反撃はない。 “ゴースト・ライダー”隊の誰もが自分達の勝利を確信した。 グレイファントム達が半ばまで来た時だ。 ズンッ! 激しい爆発音がして、ホバー移動していたグレイファントムが2、3騎、脚部を吹き飛ばされ、ホバー移動のスピードのまま、大地を激しく転がった。 それが合図だったように、“赤兎(せきと)”達から速射砲や狙撃砲、そしてML(マジックレーザー)による攻撃が開始された。 右へ左へとホバー移動で移動するが、それが逆に彼らの寿命を縮めることになった。 そのランダムな動きは、地面に仕掛けられていた対メサイア用地雷への接触の可能性を高めるだけだ。 足を地雷で吹き飛ばされ、大地に転がったところのもう一発で胴体に風穴を開けられ、そこに火砲を叩き込まれる騎が続出。 “赤兎(せきと)”達の塹壕へと無傷でたどり着けたグレイファントム達は、一騎もいなかった。 「ど、どうするんです!」 その光景を目の当たりにしたのは、“ゴースト・ライダー”隊の後続に命じられた部隊。つまり、美奈代達だ。 右足が吹き飛ばされ、何とか動こうと藻掻くグレイファントムが、集中砲火を浴びて目の前で沈黙した。 「このままじゃ!」 「全騎っ!」 パニック寸前の教え子の声を遮るように、二宮ば怒鳴った。 「おとなしくしてろっ!艦砲が来るぞっ!」 ギュィィッ! ギュィィィッ! その背筋が寒くなるような音の後、何かが雨のように目の前に降り注いだかと思うと、連続した爆発が辺り一面で発生した。 「―――時雨弾」 美晴のポツリとした言葉が、通信機に入った。 「時雨弾?」 「海軍が開発した集束砲弾だ」 二宮は怒りを込めた声で言った。 「泉―――座学で教えたはずだぞ?」 「……え?」 「いつもいつも座学で寝ているからだっ!」 「そういうことじゃなくて!」 美奈代は慌てて怒鳴った。 「目の前、わかってますか!?」 「―――ちっ、泉、後で覚悟しておけ」 「グスッ……戦死したい」 「全騎っ!地雷は吹っ飛んだ!これから斬り込むぞ!」 「艦砲支援は!?」 「都築、吹き飛ばされたいのか!?」 「―――くそっ!」 「長野だ。各MC(メサイアコントローラー)は攪乱弾幕準備。発射タイミングを二宮騎に同調させろ。ジャマー散布開始とタイミングを同じくしてブースター突撃する」 「こちら二宮騎―――攪乱弾幕発射……今っ!」 バンッ! 各騎に背部ラックに装備されていたロケットランチャーから数発のロケットが飛び出した。 強力な攪乱幕を展開する特殊魔法が施された重粒子が詰め込まれたそのロケット弾は、“赤兎(せきと)”達の狙撃によって、その頭上で爆発した。 その途端、美奈代の目の前、戦術モニター上に並んでいた“赤兎(せきと)”達の反応が一斉に消えた。 「攪乱幕の効果は3分だ」 二宮は言った。 「それまでに始末する。陣形楔、全騎―――続けっ!」 美奈代達は、二宮騎を先頭に一騎に敵陣に向けてブースター全開で飛び込んだ。 ホバー移動の機動性はないが、それでも突撃のスピードはこちらの方が早い。 攪乱幕でモニターにまで被害が出た“赤兎(せきと)”達に、その突撃から逃れる術は無かった。 スクリーン一杯に迫り来る“赤兎(せきと)”。速射砲を構え直すヒマもなかったらしい。 人間の顔が付いていたら、唖然としたいい表情が見えるだろう。 二宮はふと、そんなことを考えつつ、“赤兎(せきと)”めがけてシールドエッジを叩き付けた。 “赤兎(せきと)”の喉元に命中したその一撃で、“赤兎(せきと)”の頭部が吹き飛ばされ、宙を舞った。 二宮騎がシールドを構え直すよりもはやく、その教え子達もまた、目の前の敵に食らいついた。 さつきの槍が連続した突き技で一気に2騎の“赤兎(せきと)”の喉に命中した。 「よっしゃっ!」 2騎目の喉に、槍を命中させたさつきは歓声をあげた。 槍が引き抜かれると同時に、“赤兎(せきと)”が力無く塹壕に転がる。 「次っ!」 その横では美晴騎が薙刀を振るっていた。 塹壕に飛び込むこともなく長いリーチを活かせる長物を使える2騎は、このような戦場では圧倒的に有利だ。 美晴の薙刀が一降りで2騎の“赤兎(せきと)”の首を切り落とした横から山崎騎が塹壕に飛び込んだ。 「―――ふんっ!」 その斧で片端から“赤兎(せきと)”を切り刻む。 僚騎が脳天から騎体を真っ二つにされたのを見た“赤兎(せきと)”が速射砲を逆手に持って襲いかかってくる。 ガンッ! 速射砲がへしゃげ、斧との力押しの勝負になる。 「このぉっ!」 山崎が力押しに負けまいとSTRシステムに力を込める。パワーがレットゾーンにまで一気に飛び込み、“赤兎(せきと)”の脚が塹壕にめり込もうとしていた。 「山崎君っ!」 山崎の耳に、美晴の鋭い声が響く。 途端、 山崎は自分の騎体に背後から何かがぶつかった衝撃を受けた。 「くっ!」 山崎は、力押しの勝負になっていた目の前の“赤兎(せきと)”の腹を蹴りつけてバランスを崩し、ふりかぶった斧で、一気にその頭部を粉砕した。 ふりかえった山崎が見たモノは、自分の騎にもたれかかるようにして倒れる“赤兎(せきと)”だった。 塹壕の上からは、美晴のアリアが薙刀の切っ先を降ろした格好で、自分を見下ろしていた。 攪乱幕の影響で、恐ろしく接近しないとセンサーが作動しない。 前にばかり神経を集中して、後ろを疎かにした自分の醜態だと思うと、山崎は恥ずかしくなった。 「美晴さん」 「貸しておくね♪」 そのあっけらかんとした声が山崎にはありがたい。 「それはどうも」 山崎はそういうが早いか、美晴騎の脚を掴むと一気に塹壕に引っ張り込んだ。 「きゃっ!?」 山崎騎が塹壕に落下してくる美晴騎を右手で受け止めると、左手で美晴騎から薙刀を奪い、そのまま塹壕の上に突き出した。 ガンッ! 薙刀の石突が美晴騎の背後から襲いかかろうとした“赤兎(せきと)”の装甲の隙間に飛び込んだ。 石突が動力バイパスに重大な損傷を与えた“赤兎(せきと)”は、斧を振りかぶった姿勢で動けない。 山崎は美晴騎を立ち上がらせると、薙刀を手渡した。 「―――これで勘弁してください」 「勿論♪」 ガンッ! 美晴の一撃が、“赤兎(せきと)”の両脚を切り払ったのはその直後だ。 ザンッ! “赤兎(せきと)”を袈裟切りに切り倒した二宮は、自分のパートナーである唯に尋ねた。 「戦況は!?」 「この一帯は制圧。後続のグレイファントム隊が続きます」 攪乱幕が引き始めている。 ブラックアウトしていたモニターに情報が次々と戻りつつある。 「くそっ。美味しいところだけ独り占めするつもりか?」 二宮は、ちらりと海岸から接近しつつあるグレイファントム達を恨めしそうに睨んだ。 「バカ娘達は?」 「かなりスコア稼いでいますが……あっ!」 「どうした?」 「都築騎が奧へ入り込んだ模様。泉騎がその支援に」 「奧?」 「敵、後詰め部隊のいる方角です」 「あのバカっ!」 二宮がそう怒鳴った途端だ。 ズンズンズンズンズンッ! 二宮騎だけではない。 塹壕周辺にいたメサイア達の周囲で一斉に爆発が発生した。 「何だ!?」 「トーチカです!」 唯が怒鳴った。 「トーチカからの重砲撃。ここは十字砲火交差地点ですっ!」 「―――戦艦部隊へ通報!」 即座にそう命じた。 トーチカを潰すだけの装備は持ち合わせていない。 「了解」 二宮は、トーチカからの火砲を避けるため、塹壕の中に飛び込もうかと考えたが、直前になってやめた。 横で飛び込もうとした長野騎を押しとどめ、怒鳴る。 「万一のことがある―――下がれっ!」 教え子達が塹壕に飛び込んでいないことを確認した二宮は、35ミリ速射砲を塹壕の中めがけて乱射した。 ズズズズズンッ!! 地面が激しく揺れた程の爆発が連続して発生。塹壕から大量の土砂とメサイアの残骸が吹き上がった。 「なっ!?」 「ゆ、友軍の塹壕にしかけたというのか!?」 ビュンッ! 騎体の真横を砲弾がかすった。 一々感慨に浸っている場合ではない。 二宮は塹壕に騎体を飛び込ませた。 「どうします?」 横に滑り降りた長野が訊ねた。 「このまま行きますか?」 「いくら何でも、トーチカの火砲をMC(メサイアコントローラー)がコントロールしているなんて冗談はないだろう」 喉で笑ったつもりだが、二宮はうまく笑えなかった。 二宮の目の前。 小高い丘に過ぎないと思っていた場所は、よく見ればコンクリートで固められた砲塔が並ぶ立派なトーチカだった。 「くそっ。情報が違いすぎる」 二宮が、そう恨めしそうに呟いた次の瞬間、 金剛達が放った40センチ砲弾がトーチカ一帯に降り注いだ。
https://w.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1128.html
第1 家永三郎著『太平洋戦争』による不法行為について 第1 家永三郎著『太平洋戦争』による不法行為について1 本件書籍一『太平洋戦争』について 2 問題記述の名誉毀損性について 3 原告梅澤の精神的苦痛(1)はじめに (2)謝罪等要求書(甲B27) (3)平成17年12月26日付陳述書(甲B1) (4)平成18年8月26日付陳述書(甲B33) 4 摘示事実の真実性と相当性について(1)抗弁について (2)真実性について (3)相当性について 5 まとめ 1 本件書籍一『太平洋戦争』について 被告岩波書店発行の家永三郎著『太平洋戦争』(甲A1)は、1968年(昭和43年)に発行された初版本(甲B7)を訂正して1986年(昭和61年)に発行された第2版が、2000年(平成14年)に岩波現代文庫に収載されたものであり、第二版の序に歴史家である著者自らが記しているように「一五年戦争の全体像を提示するのを目的」(甲A1pⅴ)とする一般向けの歴史書として著述されたものである。 その300頁には、「座間味島の梅澤隊長は、老人・こどもは村の忠魂碑の前で自決せよと命令し、生存した島民にも芋や野菜をつむことを禁じ、そむいたものは絶食か銃殺かということになり、このため30名が生命を失った。」との記述があり、原告梅澤が住民に対して自決を命じたとの事実摘示がなされており、その事実摘示による名誉毀損の不法行為の成否が、本件書籍一『太平洋戦争』にかかる争点である。 なお、初版本(甲B7)にあった「沖縄の慶良間列島渡嘉敷島守備隊の赤松隊長は、米軍の上陸にそなえるため、島民に食糧を部隊に供出して自殺せよと命じ」との《赤松命令説》の記述 は、1985年(昭和60年)に「今日の学界の到達水準からすれば不適当または不十分と思われる部分が生じていること」(甲A1pⅳ)から改訂された第二版において削除されている。 2 問題記述の名誉毀損性について 岩波現代文庫所収の本件書籍一の『太平洋戦争』の前記記述は、原告梅澤から座間味島の住民に対して「老人・こどもは村の忠魂碑の前で自決せよ」との命令が出され、「生存した島民にも芋や野菜をつむことを禁じ、そむいたものは絶食か銃殺かということになり、このため30名が生命を失った」という事実を摘示するものであり、この点争いはない。 それらの摘示事実は、不特定多数の読者に対し、座間味島の守備隊長だった原告梅澤が、部隊の食糧を確保するため平然と住民の生命を犠牲にした冷酷な鬼のような人物であるという印象を与え、原告梅澤個人の人格を非難し、その社会的評価としての名誉を毀損し、もってその名誉権と名誉感情を侵害するものであることは明かである。 3 原告梅澤の精神的苦痛 (1)はじめに 『太平洋戦争』に記載された《梅澤命令説》の記述は、同じく《梅澤命令説》を記載した『鉄の暴風』や『沖縄ノート』等の記述と相まって、事実として広く流布し、原告梅澤に対し、部隊が生き延びるために平然と住民を犠牲にした鬼のように冷酷で無慈悲な殺人者としての烙印を押し、その名誉を長年にわたり著しく毀損し、原告梅澤に耐え難い精神的苦痛を与え続けてきた。 その苦痛が如何に深く、周囲への影響が甚大なものであったかは、次の内容から十分に看取出来るものである。 (2)謝罪等要求書(甲B27) 原告梅澤は沖縄タイムス社に対し、昭和60年12月10日付の手紙で『鉄の暴風』等の訂正と謝罪文掲載の要求を行っている(甲B27)。 その中で同人は、その積年の思いを次のように吐露し、切々と訴えている。 「私及び家族は多年此の屈辱の為その受けた精神的その他の 被害は極めて甚大であります。」(2枚目1~2行目) 「永年に亘り此の問題につき苦悩して参り家族共々大変な精神的打撃受け又職務上種々支障を生じ口惜しき極みであります。」(2枚目最終行~3枚目1行目) 「私は大悪人として今や小学校の教科書に載ってるそうですね。そうではなかった。私は死んではいけない、共に持久してがんばろうと云った、しかし彼等は淋しく死んで行った。」(4枚目4~6行目) 原告梅澤はもとより、その家族までもが長年にわたり屈辱を受け、甚大な精神的苦痛を受けたことが明らかである。 尚、当該謝罪等要求書は、直接には『鉄の暴風』を発行した沖縄タイムス社に対するものであるが、同じく《梅澤命令説 》を記述した『太平洋戦争』を発行した被告岩波書店に対してもそのまま妥当するものである。むしろ、それが被告岩波書店から文庫本として著名な歴史家の著述として出版され、多数の読者に《梅澤命令説》を事実と思わせてきたことを考えれば、その被害は『鉄の暴風』によるものよりも遥かに甚大かつ深刻である。 (3)平成17年12月26日付陳述書(甲B1) 原告梅澤は当該陳述書の中でも、その苦痛の深さを次の通り述べている。 「愕然たる思いに我を失いました。一体どうして、このような嘘が世間に報じられるのかと思いました。たちまち我が家は。どん底の状態となりました。人の顔を見ることが辛い状態となりました。実際に勤めていた職場に居づらくて仕事を辞める寸前の心境にまで追い込まれました。妻や2人の息子にも、世間の目に気兼ねした肩身の狭い思いをさせる中で生きることになりました。」(甲B1p4「4」) 「凡そ言葉で語り尽くせない暗澹たる日々。『何故』、『どうして』と只々終りのない自問自答を繰り返す自分自身…」(甲B1p4「6」) (4)平成18年8月26日付陳述書(甲B33) 更に原告梅澤は、本件訴訟提起後も出版が続けられ、しかも訴訟において縷々歪曲された事実が主張され続けている状況について、次のようにそのやるせない気持ちを吐露している。 「裁判所に私の陳述書(甲B1)をお出しした後、被告らから色々な主張や反論が為されております。しかしながら、それらの内容は、真実が捻じ曲げられたり、ありもしない事実が作り出されたりしており、私自身とても耐え難く、毎日例えようのないやるせなさを味わっております。」(甲B33p1冒頭) 「戦後60年が過ぎ、元号も平成に変わりました。世の中も信じられないくらい豊かになりました。その中で、一体、私はいつまで苦しみ続けなければならないのでしょうか。一体、いつになると私に終戦が訪れるのでしょうか。」(甲B33p10「4」) 以上の通り、『太平洋戦争』の出版によって、原告梅澤は深刻な精神的苦痛を被っているのであり、その出版が継続されている現在も尚、その名誉権ないし人格権は甚だしい侵害を受け続けているのである。 4 摘示事実の真実性と相当性について (1)抗弁について 事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和41年6月23日判決・民集20巻5号1118頁、最高裁昭和58年10月20日判決・裁判集民事140号177頁参照)。 『太平洋戦争』の前記記述にかかる名誉毀損の不法行為の成否は、それが摘示している事実の重要な部分、すなわち、原告梅澤が「老人・こどもは忠魂碑の前で自決せよ」との命令を出したという事実について、それが真実であることの証明(以下「真実性」という)があるか、真実と信ずるについて相当の理由(以下「相当性」という)があるかにかかっている。 (2)真実性について 原告梅澤が「老人・こどもは忠魂碑の前で自決せよ」という命令を出したという事実はなく、それを内容とする《梅澤命令説》が根拠のない風聞にすぎないものであり、本件訴訟においも被告らが《梅澤命令説》の真実性についての証明を全くなしえていないことは、本書の第3(座間味島における隊長命令の不在)において詳述するところである。 (3)相当性について 岩波現代文庫『太平洋戦争』は平成14年7月16日に初刷が発行され、第2刷が平成15年2月14日に発行されているが、初刷発行当時、《梅澤命令説》を覆した宮城晴美著『母が遺したもの』(甲B5)が平成12年12月に発行され、平成13年には第22回沖縄タイムス出版文化賞を受賞するなどして、その座間味島の集団自決は原告梅澤の命令によるものではないというその内容は、広く知られるようになっていた。因みに、受賞を報道する沖縄タイムス紙の見出しには「偽りの証言の真意明かす」とあり(甲B93の1)、「集団自決を命じたのは座間味村役所の助役だった」ことが事実として記載されている(甲B93の2)。 被告岩波書店は、平成14年7月6日に『太平洋戦争』を岩波現代文庫として出版するにあたり、そこに記述されていた《梅澤命令説》の記述を真実と信ずるについて相当な理由があったと言えないことは余りにも明かである。 5 まとめ 『太平洋戦争』の著者家永三郎は、昭和61年(1986年)に初版を改訂した第二版において、当時の歴史研究の水準に照らし、初版に記載されていた《赤松命令説》を削除したが、これを岩波現代文庫に収載した平成14年7月16日には、《梅澤命令説》もその根拠が失われていたのであるから、これを削除して発行するのが、同書が標榜している「学会の到達水準」に沿った措置であった(それがなされなかったのは著者の家永三郎が平成14年11月に89歳で死去したことと無関係ではあるまい)。 岩波現代文庫『太平洋戦争』の当該記述が、その出版当時から原告梅澤に対する名誉毀損の不法行為を構成するものであることは明かであり、現在もその販売を続けている被告岩波は直ちに出版を停止すべきである。 もどる
https://w.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/323.html
兵は凶器なり15年戦争と新聞メディア <2004年8月> 『兵は凶器なり』(37)15年戦争と新聞メディア 1935-1945 http //www.u-shizuoka-ken.ac.jp/~maesaka/021226_contents/nannkinnjiken2_040811.pdf 検閲され新聞で一切報道されなかった南京大虐殺 前坂 俊之(静岡県立大学国際関係学部教授) 南京に入城した日本軍は、「南京アトロシティ」(南京大虐殺)として知られる事件を引き起こす。中国兵、捕虜や、「便衣兵」の処刑、住民も無差別に殺害、婦女子へのレイプ、殺害、略奪と放火が繰り返された。当時の外務省東亜局長・石射猪太郎は、1938年1月6日の日記に、「上海から来信、南京に於ける我軍の暴状を詳報し来る、掠奪、強姦、目もあてられぬ惨状とある。鳴乎、之れが皇軍か」と記述している(伊藤隆・劉傑編『石射猪太郎日記』中央公論社)。「南京アトロシティ」は日本側の新聞は厳しく検閲され、一切報道されなかったが、中国側の新聞やアメリカ、ヨーロッパの新聞報道で虐殺の状況が細かく報道されており、日本の新聞もそれを知っていた。 外国出版物の取り締まりは新聞紙法や出版法により国内出版物とほぼ同じであった。外国から各税関を通し、また、郵便物として郵便局を通して国内に入ってきた外国出版物は、内務省図書課にすべて集められて検閲された。 一九三四(昭和9)年十二月二十一日、内務省警保局長は各県知事に「外国出版物ノ取締二関スル件」を通達、厳しい取り締まりを指示した。満州事変以来、外来出版物の禁止件数がうなぎのぼりに増大し、とくにわが国の国策を批判する外国の新聞、雑誌が目立ったため、国民の目に一切ふれさせないように取り締まりを強化した。 南京虐殺に関連した日中戦争関係の外国出版物の禁止処分状況を『出版警察報』(第111号)でみると,一九三八(昭和十三)年一月中は次のようになっている。 「皇軍ノ威信失墜二渉ルモノ」-25件 「皇軍ノ尊厳冒清二渉ルモノ」「我対外国策ヲ曲説シ抗日鼓吹二渉ルモノ」各三件など 計33件。 この中で「皇軍ノ威信失墜」の具体的内容は「我軍ガ無事ノ人民二惨虐ナル行為ヲ為セル如ク曲説スルモノ」が9件、「我軍ガ国際公法違反ノ戦闘手段ヲ行使セル如ク曲説スルモノ」5件などである。 南京大虐殺は、この「無事ノ人民へノ惨虐行為」に該当するが、翌2 月の統計では一挙に増えており、大虐殺があったことを裏付けている。 南京大虐殺は一九三七(昭和十二)年12月中旬の南京陥落から翌年1月にかけて行われたとみられており、新聞、雑誌発行の時間的なズレから2月に数字となって表われる。2月の禁止処分は「皇軍ノ威信失墜二渉ルモノ」が109件と一挙に4倍以上に激増し「植民地独立闘争ノ煽動二渉ルモノ」11件など計135件と増えた。 この中で皇軍の威信失墜は「我軍ガ無事ノ人民二惨虐ナル行為ヲ為セル如ク曲説スルモノ」は54件と一月に比べると6倍に急増している。 また、「我軍将士ノ行動ヲ曲説シ甚シク之ガ侮辱二渉ルモノ」も16件を数えた。 翌三月は少し減ったものの「皇軍ノ威信失墜二渉ルモノ」48件が発禁となった。このうち「無事ノ人民へノ惨虐行為」は29件と相変らず多い。以上が数字からみた皇軍の残虐ぶりだが、今度は発禁になった記事の中から、南京大虐殺に相当すると思われる具体的な個所を拾ってみよう。 この中には虐殺のほか、強姦、幼児までの無差別殺りくなど日本軍の行為があますところなく示されており、思わず読む手も止まるほどだ。発禁の記事全体があれば、どんなにすさまじいものか. ●南京大虐殺の実態が一層明白になるであろう。 『シャンハイ・イブニングポスト』では 「南京入城後、殺人鬼と化せる日本軍は数日間にわたり、無闇矢鱈に殺害し、掠奪し強姦せり。同市在住の外国人は至る所に死体を目撃せり。安全地域においてすら、市民は殺害せられ銃剣にて突殺される光景が見られた」(上海、1937年12月25日発行)。 『汗血週報』には 「北平城内に侵入した多数の日本軍は東城の鉄獅子胡同、両城の福壇寺及城南の天壇、新世界、東西大森里其の他園芸場に駐屯し、群を為しては民家に侵入し、掠奪を窓にし、或は婦女を凌辱し児童に暴行している」(上海、民国二十六=同年10月30日発行)。 『抗戦情報』 「丘城及其付近)で殺された群集は数百人に及び多数の年若い婦女は姦淫され、遂に姦死されし者ありと……敵は曲陽に在りて二十歳以下の小女を従軍公娼となし、城郭に偶々小女が居るのを見出すと門前に紅旗を立て目印とした、強姦されて姦死させられた者が甚だ多かったと民衆の憤恨は極点に達し……」(上海、民国二十六年11月4日発行) 『循環日報』(香港発行)の同年十二月二十七日号では 「南京ヨリ来港ノ西洋人、日軍ノ南京蹂躙情況ヲ憤慨シテ語ル」と題して、次の記事を載せた。 「日本軍が入城と共に市民は続々と避難したが、 日本軍はこれらの避難民を捕え、一列にならばせ一斉射撃をもって、ことごとく銃殺してしまった。かくて斃れた避難民の死体は山をなしたが、殊に老若、婦女、幼児の叫び声は天を震わし、人をして見るに耐えざらしめた。…… 又、日本軍の将校及兵士の家には凡て支那の婦女が見られるが、これは日本軍が えて行って姦淫しているのである。ある婦人は懸命に反抗したので剣で頭を叩かれ、倒れた」 『申報』(上海発行)の同年10月14日号では、 「朔県来の某氏の語る所によれば、敵軍は朔県の盤据せる際、民衆二千余人を殺害したがその時、朔県県長、及び県役人らは体に石油をかけて、焼き殺されたとの事である。……又、日本軍は朔県の婦女を真裸にして町歩かせて散々、もてあそんだ」。 『大晩報』(上海発行)の同年10月14日号では 「敵騎兵が羅店鎮付近の村落に侵入した際、その中の多数の上級将校がわが戦闘区内における青年を脅迫し、村内の婦女を差出させ、姦淫した。そこで、もしこれを拒めば直ちに殺されるのである」 『婦蕩報』(漢口発行)の同年11月23日号では 「敵軍は婦女の姦淫をなした後、その婦女に対して 『お前には夫があるか』と尋ね、もしあると答えれば、その夫を探し出し、その妻の面前で殺すのである。西門内外にはこういう訳で死体が充満し、死人を埋める所がない位である」 ●これらは南京入城までの虐殺についてである。 『中山日報』 (広州発行) の民国二十七=1938年2月3日号の「陥落四十四日広徳獣蹄禽蹄録」と題する記事では、目をそむけたくなる強姦、婦女暴行の内容を具体的に記している。 「最も見るに忍びなかったのは我が女子同胞の(ぼんやりしてはっきり見えなかったが)両股の間に尺余の木材を挿んでいるそれであった。一度敵の手に落ちて敵軍司令部となった孫正和北号の戸板上にあった敵に銃殺された裸婦の如きは、両方の乳は明らかにえぐり取られ、頸部陰部は血痕が斑に着いていた。瓦礫中にも、また男子の屍体が乏しくはなかったが、肛門をガラスビンやハクサイ、ダイコンの様なもので塞いであった。かくの如き暴虐は実に前古未聞の事で野獣蛮夷といえどもなさない所である」 「日軍の南京に於ける姦淫掠奪は其の限りを尽し殺害されたる支那人総計1万人以上、姦淫されたる婦女数は8千及至2万に達し、小は11歳より老は52歳の婦女に到るまで姦淫された者少なからずと(下略)」(『中山日報』広州発行、民国二十七年一月二十三日発行) など『出版警察報』の中にはこうした記事がたくさん報告されている。 以上は中国の新聞、雑誌などである。発禁になった外来出版物の外国語別では、何といっても中国語のものが圧倒的に多かった。 一九三八(昭和13)年2月では中国語の新聞、雑誌が142件、英語86件、ロシア語9件、日本語8件などの計260件となっている。 ●次に米国で発行されたものをみてみよう。 『ニューヨーク・タイムズ』や『ライフ』で南京大虐殺が一早く取上げられたことはよく知られている。『アメラシイア』(ニューヨーク発行)1938年2月号でも、以下のように書いている。 「非戦闘員のは広く行われた。水曜日市内を歩き回った外人達は町毎に惨死せる一般市民を見た。被害者中には老人や女子供あり、巡査消防は特に攻撃の目標であった。被害者は多く銃剣で刺され負傷者中には暴虐無残なものがあった。……日本軍の掠奪は殆んど全市を侵すに及んだ。殆んど全建築物が上官の目前で日本軍に侵入され、兵は恣に掠奪を行った。日本軍は支那人に強いてその掠奪品を運搬させた」 これは日本語新聞だが、『ニュース(ファッショ脅威下の日本)』(シアトル発行)の一九三八年1月12日号では、次のようにも指摘している。 「今事変、南京占領の際、過去の日本軍には見られなかった掠奪、強姦、虐殺が大量的に行われたので、外人目撃者は非常に驚いて『南京攻略は日本戦史に輝かしい記録として残るよりも、その大量的虐殺の故にかえって、国民の面をふせる事件として記憶に残るであろう』との見解をもらしているが、 かくの如き惨虐行為が大々的に行われた原因について橋本大佐以下のファッショ将校の下克上の勝手気儘な行動が処罰されないような状態にあるから、これが一般兵卒にまで悪い影響をあたえ、軍規が全くみだれてこんなことになったのであるという結論に達している。一説には今回の戦争に大義名分がないから緊張味を欠くのだともいわれている」 兵士の質の低下、大義名分のない戦争など虐殺の原因についても分析している。 「日本国民は世界の大文明国および国民が日本の対支侵略、残虐な婦女子爆撃を非難しているということを知れば、心が暗くなるであろう。日本の国民は支那における日本の陸海軍の目も当てられぬ残虐行為を知っておらない。日本の爆撃は故意に何等の警告もなしに、支那の最も人口過密な都市の真中に落とされつつあり、日本軍のファシスト将校共の残忍なる命令によって幾千の非戦闘員、老幼男女が虐殺されつつあるのだ」(『大洋新報』サンフランシスコ発行、-九三七年十月三十日発行) これは「大衆ヲ目的トシ全面平易ナル筆致ヲ以テ反軍思想ノ宣伝ヲナスモノニシテ」の理由で禁止になった。 こうした虐殺の記事は内務省の手によって抹殺されたが、結局は秘密文書で今に伝えられていることは、皮肉なことに歴史の真実は、消し去れないことの証明でもあろう。 内務省警保局図書課が勝手に禁止したこの中のほんのわずかなセンテンスを読むだけで、虐殺のすさまじさの一端が浮かび上がってくる。 外来出版物にこれだけの日本軍の残虐非道が数多く報道され、国内にも入ってきていたことは、多数の人が当時からすでに南京大虐殺については知っていたことを意味する。 軍部はもちろん、政府、警察、マスコミ、海外在住者らは目にしていた。それが一般国民へ広く知られることを恐れて内務省は発禁にし、厳しく取り締まったのである。 『朝日』の元論説主幹、森恭三は一九三七(昭和12)年から四一(同16)年12月の開戦までニューヨーク特派員だった。森は南京大虐殺について、こう回想している。 「日本軍による南京虐殺はアメリカの新聞に大々的に報道され、ニューヨーク特派員として当然、これを詳細に打電しました。ところが、東京から郵送されてきた新聞を見ると一行もそれがでていない。そればかりでなく、東京のデスクからは、たとえば『台湾の基地を発進した海軍航空隊は中国本土にたいする渡洋爆撃に成功した。これは画期的な壮挙である。これにたいするアメリカの反響を至急打電せよ』といった種類の指令を送ってくるのです。私は出先と本社のズレを痛感せざるをえませんでした」(1) ●『News week』(1937 年12月20号)の『南京陥落、蒋介石は逃亡』は次のように書いた。 「東洋では、メンツは生命以上に大切なものとされる。日本軍の勝ち誇った軍靴の響きは、13世紀以来の中国の歴史に最も屈辱的な一頁を刻み込んだ。それはジンギスカンが中華帝国の大都市群を羊の牧草地に変えてしまって以来の出来事である。そして南京の陥落は、日本の東アジア侵略の第一段階が終わったことを告げた」 (つづく) <引用資料・参考文献> (1)『私の朝日新聞社史』 森恭三 田畑書店 一九八一年刊 24P 兵は凶器なり15年戦争と新聞メディア
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/184.html
敵は3騎。 長野大尉騎もまた、別な敵騎と交戦している。 助けに来た以上、今更“助けてください”はとても言いたくない。 「このっ!」 美晴騎が120ミリ速射砲を放つが、敵騎はそれをあっさりと回避。 美晴騎に肉薄する。 「来るなっ!来るなぁぁぁっ!」 120ミリ戦車砲弾の直撃をものともせずに飛び込んでくる敵騎。 その光景に本能的な恐怖を覚えながら、美晴は後先考えずにトリガーを引き続けた。 ピーッ! カチッ! アラームの後、トリガーの感覚がなくなった。 「―――弾切れっ!?」 美晴は一瞬、残弾を確認しようと視線を動かしてしまった。 近衛のメサイアは、騎士に必要な情報を網膜に直接投影するため、視線の移動を必要としない。 敵から一瞬でも視線を外せばどうなるか――― 美晴は、視線を敵騎に戻した時に、それを悟らされた。 「美晴っ!」 さつきの目の前で、美晴騎の両腕が、シールドと速射砲ごと吹き飛んだ。 シールドと速射砲を×の字状態で組み合わせたのだが、それさえも敵の戦斧はモノともしなかった。 敵の攻撃が弱かっただけだ。 美晴は警報が鳴り響くコクピットで、妙に冷静に状況を判断していた。 間合いを間違えたんだ。 もし―――間合いが正確だったら。 背筋を、冷たい汗が流れた。 私は―――死んでいた。 「美晴っ!」 呆然として動かない美晴騎を敵騎は蹴り飛ばした。 3騎で攻めてきながら、実際に手を下すのは一騎のみ。 両腕を破壊された柏騎を前に、さつきは嫌なことを思い出した。 高校時代のケンカだ。 弱い相手と知るや、たった一人で複数を相手にいきがるチンピラ共―――。 やっていることは、それと同じだ。 本人はかっこいいつもりかもしれないが、端から見れば最低だ。 騎士同士の戦いとはとても思えない。 それでも、それを許してしまう自分たちも十分――― 「くっ!」 さつきは、右腕で剣を構えた。 「候補生っ!」 MC(メサイア・コントローラー)が怒鳴る。 「後退を!左腕の喪失で戦闘力は半減していますっ!」 「冗っ談っ!」さつきは怒鳴り返した。 「一方的にやられてはい終わり!?ふざけないでよ!」 「ですがっ!」 「いくら私が女だからって、戦いまで受け身でたまるもんですか!」 さつきは、美晴騎を踏みつけて悦にいる敵騎に斬りかかった。 「さつき―――加勢するっ!」 宗像騎から通信が入る。 二騎同時なら―――もしかしたら! さつきは、その可能性に賭けた。 敵騎が、まるでズームしたように、スクリーン一杯に迫ってくる。 宗像騎とさつき騎は完璧なまでに同時に敵騎に斬りかかった。 ―――が。 ガンッ! 攻撃が命中したにしては奇妙な感覚がSTRシステム越しに伝わってくる。 「―――え?」 さつきは、自分の騎体に何が起きているのか、正直わからなかった。 ギギィィ……ッ 腕が―――動かない。 ギッ……ギッ…… 「な……何?」 腕が、振り下ろされる途中で止まっている。 STRシステムを力任せに押しても何も変わらない。 何? 何で? その理由を知った時、さつきは、自分が賭けに負けたことを悟った。 敵が、2騎同時に、完璧に同じタイミングで、しかも同じ方法で襲ってきたとしたら? それはある意味必殺の攻撃と思われるかもしれない。 だが、攻撃方法が同じならば、一つの攻撃を崩す方法を単に2騎に応用すればいい。 それだけだ。 敵騎が何をした? 振り下ろされようとしていた2騎の腕を掴んだ。 それだけだ。 後は力押し。 そして―――その面でも、さつき達に勝ち目はなかった。 「離せぇぇっっ!」 さつきはコクピットで満身の力をこめる。 宗像でさえ、エンジン音からして同じことをしているだろう。 2騎同時に暴れているというのに、全く歯がたたないなんて!! ミシッ……ミシミシミシッ…… 掴まれた腕から奇妙な音がし始めた。 腕の装甲に亀裂が走る。 ベギィッ!! 背筋が寒くなるような音がして、さつき騎と宗像騎の腕から剣が落ちた。 腕は明後日の方角にねじ曲がった。 敵騎の握力の前に、握りつぶされたのだ。 「なんてパワーだ!」 普段、冷静沈着な宗像でさえ、我を忘れて叫び、思わずコクピットの中で身を乗り出してしまった。 「これほどの握力を確保するなんて、一体、どういう仕組みだ!?」 その返答は、二騎同時に襲ってきた敵騎の回し蹴りだ。 2騎は同時に横に吹き飛ばされた。 派手にスライディングして、2騎が並んで大地に転がった。 さつき騎は両腕を失い戦闘能力を完全に喪失。宗像騎も脇腹に受けた一撃でシステムがすべて飛んだ。 スクリーンもパネルもすべてがブラックアウトしたコクピットで、宗像はそれでもシステムの再起動を試みた。 システムのリカバリーにどれほどかかるか? いや。 敵がどれほど待ってくれるか。 絶対、待ってはくれないだろう。 そう思うと、今、自分がやっていることが馬鹿馬鹿しくなってきた。 足掻いている所を殺されるなんて、ごめんだ。 死ぬならきれいに死にたい。 そう思う宗像は、再起動する手を止め、目をつむった。 ―――やるならやってくれ。 誰となく、そうつぶやいた。 ―――私は、負けたのだ。 宗像の気持ちがわかるわけではないだろう。 戦斧を構える敵騎に襲いかかる2騎のメサイアがいた。 「このぉぉぉぉっっ!」 上空から戦斧を構える敵騎に襲いかかったのは美奈代騎だ。 着地する寸前に長剣を振り下ろした。 それまで、“征龍改(せいりゅうかい)”や“幻龍改(げんりゅうかい)”の装甲や武器を切り刻んだその戦斧が、真っ二つに切断された。 狼狽する敵騎に、美奈代は容赦なく襲いかかった。 「よくも―――こいつぅぅぅっっっ!」 逆袈裟切りで敵騎の胴体を真っ二つに切断し、返す刀で脳天を唐竹割にした美奈代は、敵騎を文字通り4つに切り刻んでしまった。 近衛軍の最新鋭兵器―――斬艦刀の威力だ。 「す……すごい」 その光景に目を見張ったのは敵だけではない。 使用した側の牧野中尉も同じだ。 歴戦の猛者である牧野中尉でさえ、こんな光景は見たことがなかった。 「装甲を……こんなにあっさりと……」 それまで傍観を決め込んでいた2騎がハルバードを構え、同時に襲いかかってきた。 「候補生っ!」 「仲間を守りますっ!」 美奈代は怒鳴った。 「私を仲間はずれにした落とし前つけてもらうまで、死なせてたまるもんか!」 美奈代騎は接近する敵騎2騎に逆に襲いかかった。 守勢に回ると思っていた敵騎が突然、攻勢に転じたため、タイミングを失った2騎は、それでも振り上げたハルバードで美奈代騎を攻めた。 一騎が袈裟切りに。 もう一騎が横薙ぎの一撃に攻めた。 美奈代は、あえて突撃速度を早めると、ハルバードの懐に入った。 ハルバードは槍に斧をつけたような武器だ。 先端部である斧の内側に入れば―――。 ガガンッ!! 鈍い音が連続してスピーカーから聞こえてくる。 そして―――舌をかみそうな衝撃。 数瞬の間を置いて、 ズズゥゥンッ!! 何か、大質量の物体が地面に叩き付けられた音がした。 「やったぁぁぁっっ!」 “さくら”の歓声がして、牧野中尉は自分が死んでいないことに初めて気づいた。 「―――えっ?」 恐怖のあまり、つむっていた目を恐る恐る開いてみる。 見慣れたMCR(メサイア・コントローラー・ルーム)が目の前にある。 「あ……あれ?」 手であちこち触れてみる。 感覚がある―――つまり、 「私……生きてる?」 「マスター、すごぉぉぉいっ!」 “さくら”が飛び跳ねて喜んでいる。 「2騎同時キルなんて勲章モノだよぉっ!」 2騎同時? 牧野中尉は、戦闘記録をあわてて再生させ、そして絶句した。 「あの敵を2騎同時に仕留めた!?」 染谷騎の“鈴谷(すずや)”収容を見届け、“鈴谷(すずや)”と接触して初めて事態を知った二宮と共に、教え子の救援に向かおうとした長野は、その報告を最初は信じようとしなかった。 「何かの間違いでしょう!?」 本気でそう言ってのけた。 二宮でさえ一方的に叩かれたあのバケモノ共を3騎撃破。そのうち2騎は同時に撃破したなんて、候補生のやっていいことじゃない。 大破した“幻龍改(げんりゅうかい)”や“征龍改(せいりゅうかい)”達の回収作業が終わり、美奈代騎の戦闘データを見るまで、長野自身、何回、「冗談だ」とか「嘘だ」と言ったかわからない。 「まぁ、そう言うな」 長野をたしなめる二宮の視線の先には、仁王立ちになって怒鳴りまくる美夜と、正座させられて小さくなる美奈代がいた。 結局、美晴達は全員医務室送り。平野艦長の説教は、共謀者扱いされた美奈代一人がうけるハメになっていたのだ。 すでに、“鈴谷(すずや)”はこれ以上の戦闘は不能として、海上を移動。 アラビア半島へと移動を開始していた。 「勝手に出撃して、おかまいなくとは何事だ!」 美夜はカンカンだ。 説教はしばらく続くだろう。 「自業自得はいえ、少し気の毒だな……」 ぼやく二宮に、 「中佐」 整備兵が近づくと、二宮に一枚のディスクを手渡した。 美奈代騎の戦闘記録だ。 「……とりあえず」 二宮は長野にそのディスクを手渡した。 「これを見れば、いろいろとわかるだろう」 「絶対、何かの間違いですよ」 長野はディスクを胡散臭そうに眺めながら言った。 「もし本当だったら、俺は死ぬまで泉に逆らいません。誓ってみせますよ」 “征龍改(せいりゅうかい)”が突撃。 ハルバードの懐に飛び込むと、右から横薙ぎに襲ってきたハルバードの柄を右肘部装甲で、左から袈裟切りにきた方の柄は、シールドで受け流し、両方の柄をレールのように滑らせながら、何の躊躇もなく敵騎に襲いかかる。 右側の騎がハルバードを操作して対処を試みるが、もう遅い。 次の瞬間には、斬艦刀の切っ先が右側の敵騎の胴体を貫通し、同じタイミングでシールドのエッジが左側の敵騎の胴体に深々とめり込んでいた。 戦闘記録を元に、コンピューターが割り出した戦闘の光景が、3Dポリゴンで詳細に再現される。 戦闘再現システムといい、パイロットである騎士やMC(メサイア・コントローラー)でさえ見たことのない、第三者としての視点から敵味方の戦闘時の動きがわかる優れものだ。 そのシステムが割り出した戦闘の光景を前に、言葉を失ったのは長野だけではなかった。 完璧すぎる。 長野が見たことすらない完璧の上を行く機動が示されていた。 メサイアの機動教本に掲載すべき内容だ。 「ぶ……武器の性能が……」 長野は口の中で言いかけて、その言葉を無理矢理飲み込んだ。 違う。 そんな簡単な話じゃない。 武器の性能ではない。 それなら敵騎の方が圧倒的に有利だと、自分でも嫌という位味わっている。 それに、泉は俺と同じ騎に乗っていたんだ。 では? 「これは……」 長野の口から出たのは、そんな言葉でしかない。 何と言うべきかは、長野自身が思いつかない。 映像が繰り返されるたびに、あちこちで驚嘆と歓声が上がる。 戦闘再現システムの映像は、余程の負け戦でもない限り艦内に筒抜けになる。 3Dポリゴンの映像の美しさと、自分たちが命がけで運用している、メサイアの戦闘記録は、乗組員達の丁度よい娯楽になるのだ。 「―――まぁ、長野大尉」 二宮は、ポンッと長野の肩に手を置いた。 「さっきの話は、聞かなかったことにしてあげます」 「か……感謝、します」 空にはアフリカの星が瞬いていた。 星座のことなんてこれっぽっちも知らない。 ただ、きれいだと思った。 男は、擱座したメースの黒こげになった騎体の上に寝転がった。 目の前に広がる満点の星空。 欲しいな。 そう思った。 こんなにたくさんあるなら、一つくらい、手に入れることが出来るんじゃないか? そっと手を伸ばしてみるが、届くはずもない。 「星を掴むような……か」 彼の故郷では、“あり得ない話”という表現だ。 故郷とは全く違うのに、美しさだけは変わらない。 見るだけで、心が安らぐ。 彼は、まるで星空を抱きしめるかのように、目を閉じた。 ―――ブロロッ 不意に、ガソリンエンジンの音がした。 光を感じたものの、彼は目を閉じたままだ。 ―――ギギィッ 耳障りな音がする。 「少佐」 そんな声がしたのは、エンジン音にまじってのことだ。 「ご無事で?」 「……遅いぞ」 彼はのっそりとした動作で起きあがった。 「勘弁してくださいよ」 横たわったメサイアの下に停車した立つ士官が肩をすくめた。 「メサイア部隊はまだ何もかもが整っていないんですよ?何しろ、士官の俺でさえ、移動用にって、人類が残したこんなシロモノ割り当てられてるんですから」 士官は、ウィルスジープのボディを拳で軽く叩いた。 「部隊を前線に送るなら、回収部隊もそろえて送るもんだろうが」 「“メースを送れ”と言えば、我々回収部隊がオマケでついてくると思っているんでしょうよ」 士官は手を振り下ろした。 すると、背後から強い光が走り、横たわったメースを照らし出した。 擱座したメースの回収を任務とする回収部隊だ。 「……派手にやられましたな」 「油断した」男はニヤリと楽しげに笑った。 「よくもまあ、ここまでやってくれたもんだよ。敵さんも」 男の駆るメースは、確実に敵騎を追いつめた。 あと一歩という所で、謎の爆発に巻き込まれ、騎体はこのザマだ。 「失礼しますよ」と断ってからメースによじ登り、ハッチを開いた士官に、男は訊ねた。 「なおるか?」 「我々は野整備部隊じゃないんで」 士官はハッチから顔を出さずに言った。 「……まぁ、何とかなるんじゃないですか?」 「通信装置まで破壊され、部隊の他の連中と連絡がとれない。通信装置を貸してくれ」 男はそう言うと、メースから飛び降りて、士官が乗ってきたジープに向かって歩き出した。 「ご存じなかったんですか!?」 士官は目を丸くした。 「―――何がだ?」 「少佐の部隊は……」 士官は、メースの上に立ち上がり、うなだれたように頭を垂れた。 「……全滅です」 「―――何?」
https://w.atwiki.jp/ayano01/pages/208.html
夜の帷が白く染め上げられていく。 川面を白い靄が走り、梢から羽ばたいた鳥達が軽やかな歌声で新たな一日の始まりを告げる。 そんな中、朝靄をかき分けるようにして川を移動するメサイア達の中に、美奈代がいた。 二宮は「メサイアが一騎ようやく通れる」と言っていたが、実際の所は2騎が並んで通れる広さがあるところがほとんど。 情報部はいい加減だから困る!と怒りっぱなしの二宮と美奈代が前衛を担当し、後衛に長野がついていた。 眠い。 美奈代は心底ゆっくり寝たいと思いながら、重い瞼と格闘していた。 「センサーの反応なし」 牧野中尉が事あるごとに話かけてくれるが、有り難いような迷惑なような、美奈代には何とも言えない。 メサイアのコクピットはシートすら満足にない設計だ。 シートの代わりになるのは腰部固定装置だけ。 ソファー顔負けと賞賛されるMCL(メサイア・コントローラー・ルーム)内部のMC(メサイアコントローラー)用のフローティングシートとは訳が違う。 コクピットで寝ろというのは、立って寝ろと命じられたのと変わらないのだ。 おかげで睡眠不足も甚だしい。 ―――これで戦ったら絶対死ぬ。 美奈代には、その自信があった。 「宗像より二宮教官」 通信機に宗像の声が入る。 一体、どうしたらそんな平然としていられるのか教えて欲しかった。 きっと、MC(メサイアコントローラー)と一緒に寝たとかいうとんでもない理由が帰ってくるだろう。 「チームは私と早瀬でよいのですね?」 「いい」 二宮が言った。 「柏と山崎、都築は長野大尉と組め」 ―――あれ? 美奈代はそこで気づいた。 私は? 「泉は私とだ」 「―――へ?」 美奈代は思わず素っ頓狂な声をあげた。 「私と教官……ですか?」 「イヤか?」 「め、滅相もない」 「とりあえず、隊列はこのまま―――全騎、注意しろ。センサー類がまともに作動していない」 その言葉に、美奈代はセンサー系統を表示する戦術モニターを見た。 いくつものセンサー類がブラックアウトしているのにようやく気づいた。 「敵のジャミングかもしれない。気を付けろ」 「泉准尉」 牧野中尉が言った。 「極めて濃い霧です。ジャミングもあって前方の様子がわかりません。注意してください」 「了解」 美奈代は目をこすると言った。 「斬艦刀、準備願います」 それから3分ほどで谷間の半ばまで来た。 谷川の流れが、大きく、くの字に曲がる所。 谷から転げ落ちたんだろう。 出っ張った大岩が邪魔でメサイア1騎がようやく通れる幅しかない。 ザン ザン ザン 歩く度に、メサイアの脚部が水を切る音が響く。 ザン …… ザ……ン ザ…………ン 「……あら?」 不意に騎体の移動が停まったのは、牧野中尉がこっそりレーションの封を切った時だ。 センサー類は異常を捉えていない。 「どうしました?」 「……しっ」 モニター越しの美奈代は人差し指を口元に当てた。 「……」 美奈代が視線をさまよわせ、頭部保護のヘッドユニットにセットされているイヤホンを耳に押し当てる。 ―――音だ。 牧野中尉は、美奈代が何をしているのか、それでわかった。 メサイアの耳が拾ってくる音は、自騎から発せられる音と、後続の騎の音がせいぜい。 他の音は谷間を走る川の激しい流れの音でかき消されてしまう。 牧野中尉も、耳を澄ませてみたが、何も判らない。 ただ、騎体がそっと斬艦刀を背部に格納し、光剣に切り替えたのだけはさすがにわかる。 武装 光剣 モード キル 出力 アイドリング 備考 最大出力即時待機 抜刀こそしないものの、スイッチ一つですぐに光の刃が伸びて相手を倒すことが出来る体勢がとられている。 一体、美奈代が何をしようとしているのか、牧野中尉にはわからない。 救いを求めるように、精霊体の“さくら”を見るが、“さくら”自身もわからないという顔で首を横に振った。 スクリーンの向こうは、濃い霧ばかりの世界。 川岸の岩以外、何も見えない。 「……あの?」 どうしました? 牧野中尉がそう問いかけた直後だ。 グンッ! 弾かれたように騎体が動いた。 「―――えっ?」 左腕が何かを掴み、無理矢理重い物を引っ張ったような感覚が走る。 そして、右腕が動いた。 騎体が、濃霧の中から何かを引っ張り出した。 そんな感じだ。 何を引っ張り出したのか、牧野中尉はすぐにわかった。 霧の中から現れたのは、自分の騎に腕を掴まれた“帝刃(ていば)”だった。 胸部から背中にかけてを光剣に貫かれた“帝刃(ていば)”の眼から光が消えた。 光剣が引き抜かれ、“帝刃(ていば)”が力無く崩れ落ちようとする。 美奈代騎が動いたのは、その時だ。 撃破した“帝刃(ていば)”を担ぎ、一気に谷を曲がった。 ズガンッ! ―――バッシャァァァンッ! “帝刃(ていば)”同士がぶつかり合う音がして、一騎の“帝刃(ていば)”が川面に転がった。 美奈代騎は躊躇せずにその“帝刃(ていば)”を踏みつけると、光剣を頭部に突き刺した。 光剣の熱が容赦なく“帝刃(ていば)”の頭部装甲と、その中身を溶解させる。 光剣が貫通した感触を感じた美奈代は、即座に光剣を消した。 辺りは濃霧。 光を消すと数メートル先がわからなくなる。 光剣に貫通された“帝刃(ていば)”のMCL(メサイア・コントローラー・ルーム)に開いた破孔から川の水が流れ込んでいく音でさえ、川の流れにかき消されてしまう。 「……」 美奈代は、じっとスクリーンの向こう側を食い入るように見た後、呟くように言った。 「敵は2騎……後続なし。二宮教官」 「……」 通信モニター上の二宮は、ポカンとした顔をしていた。 「二宮教官」 美奈代にもう一度、名前を呼ばれ、ようやく自分が呼ばれていることに気づいた二宮は、やや裏返った声をあげた。 「あ、ああ!私!?」 「このまま、移動を継続しますか?」 「え?……そ、そうね」 二宮はとってつけたような声で言った。 「このまま移動しましょう……谷を抜けたら、分散して移動。それでいいわね?」 「了解です」 “帝刃(ていば)”を踏みつけ、美奈代騎が移動を開始した。 ●ボルネオ島 米軍呼称“ルート66”A地点 ガンッ! 鈍い金属音が響く。 グレイファントムのメースが“赤兎(せきと)”の胸部装甲に命中した音だ。 “赤兎(せきと)”の動きが鈍る。 メースの打撃がコクピットにまで達した証拠だ。 「よしっ!」 ミッキーがコクピットで歓声を上げた。 「とどめっ!」 振り下ろしたメースが“赤兎(せきと)”の頭部装甲を粉砕し、“赤兎(せきと)”は大地に倒れた。 「セラ、次は!?」 「2時方向、グレッグ騎が押されています」 「よし」 ミッキーの右前方で斧同士でしのぎを削っている騎がいた。 「グレッグ!そのままでいいっ!」 「すまんっ!」 ミッキーのメースが“赤兎(せきと)”の脇腹に命中し、“赤兎(せきと)”の姿勢がくの字に歪む。 グレッグ騎の斧がその顔面を捉えたのは、その直後だった。 「ふぇぇっ……焦ったぜ」 「貸しにしておく」 「了解だ―――指揮官(コマンダー)」 グレッグ騎が不意に動き、斧をミッキー騎めがけて―――いや、正確にはその背後めがけて投げつけた。 ミッキー騎の真後ろで斧を胸部装甲にまともにくらい、斧を振り下ろそうとした姿勢のまま、“赤兎(せきと)”が後ろへ倒れた。 「ミッキー、利子はついてないだろうな?」 ●ボルネオ島 中華帝国軍司令部 「“赤兎(せきと)”隊、被害甚大」 「後退命令を出せ」 朱少将は言った。 「可動機はすべてだ」 朱少将はシートにもたれかかり、深いため息をついた。 「……世代の違いとはいえ」 倍する戦力を持ちながら、“赤兎(せきと)”隊は一方的に倒されたとしか言い様がない。 グレイファントム達を相手に撃破の戦果が挙がっていてないのに、大破騎が投入戦力の3割に達している。 司令官として、これ以上の損害は看過出来ない。 戦いはまだ続くのだ。 徒に貴重な戦力を浪費すべきではない。 「本土からの返答は?」 「飛行艦隊が重い腰を上げてくれました」 参謀は言った。 「この島の鉱物資源を、飛行艦で安全に運びたいというのが本心でしょうが」 「戦場に空荷で来る馬鹿もおるまい」 朱少将は参謀からコーヒーを受け取った。 「負傷兵は集めておけ。本国へ後送する。それと」 コーヒーの香りに満足げな笑みを浮かべた朱少将は、参謀に訊ねた。 「メサイアが確認されたというのは、どこだ?」 「はっ」 参謀は島の地図を指さした。 「島東南部。偵察隊が発見しています。近くでは島北東部でも」 「回せるメサイア部隊は?」 「夕刻までお待ち下さい」 参謀は言った。 「本国から教導隊が到着します」 「教導隊?」 怪訝そうな朱少将に、参謀は自信げに答えた。 「“帝剣(ていけん)”の運用部隊です」 ●ボルネオ島北東部ジャングル 時折、中華兵に見つかるように動くだけでいい。 中華兵が時折思いついたように小銃を発砲するが、メサイア相手では豆鉄砲にすぎない。装甲を傷つけることさえ出来ない。 その前に当たらない。 美奈代は島の北東部でそんなことをしていた。 モグラ叩き。 その任務をそう評したのは、精霊体の“さくら”だ。 「ねぇマスター」 騎体をジャングルの中に潜ませた時、“さくら”が訊ねた。 「この後、どうするの?」 「この後って?」 「この島、いつ出ていくの?」 「今、二宮教官が洋上に出て“鈴谷(すずや)”と通信を試みているが……」 美奈代が戦況モニターに目をやると、二宮騎が戻ってきた。 ジャングルの上空すれすれを飛んで音もなくジャングルの中へと潜り込むという、恐ろしいほど高い操縦技術の手本を見たような気がした。 「つながったぞ」 二宮の声はどことなしに嬉しげだ。 「日没と同時に、ここに来る」 その言葉に、美奈代は時計を見た。 日没までの時間は3時間30分 「ここへ?」 「オトリだ」 二宮は言った。 「我々が通過したルートを通って別動の米軍のTAC(タクティカル・エア・カーゴ)部隊が兵士達の救出に向かう。“鈴谷(すずや)”はその間のマト担当だ」 「……被害……担当艦」 ゴクッ 美奈代は自分の口から出てきた言葉に思わず唾を飲み込んだ。 戦闘において一方的に被害を受け持つことで友軍を有利にする、それが被害担当艦だ。 艦が沈むことで、戦闘に勝利する人柱に近い立場だ。 「よく平野艦長が認めましたね」 それが、信じられない。 乗組員千人の命を預かる身が、あまりに軽率にしか見えない。 「あいつが認めたんじゃない」 二宮は言った。 「認めさせられた―――いや、それさえ違う」 「……」 「“命じられただけ”というのが正しいな」 「そんな!」 美奈代は目を見開いた。 「命じられたら、部下と一緒に死ぬとでも言うんですか!」 「泉」 二宮はため息混じりに言った。 「軍隊だけではない。組織の中間管理職とはそういうものだ。自分が望む望まないお構いなしに仕事を押しつけられる。部下と共に死ぬし、時に部下を殺す」 「……私」 美奈代は言った。 「そんなんなら、一生ヒラで結構です。組織になんか加わりたくないです」 「フン……お前はヒラでは済まないよ」 「え?」 「お前は絶対、私を越えるからな」 通信モニター越しに自分を見つめてくる二宮の声は、不思議と自信に満ちあふれた誇らしさが滲み出ているように見えた。 それは思い上がりかも知れない。 そう思った美奈代は、コンソールを見る振りをして視線を外した。 ―――二宮教官が、私のような問題児を評価してくれているはずがない。 そう思う。 ―――だけど それでも、 ―――もし、そう思ってくれているなら、何という嬉しいことだろう。 そう思えてしまうのだ。 「“鈴谷(すずや)”の上陸地点はここなんですか?」 美奈代は不思議なほどはやる心を抑えながらそう訊ねた。 「ああ。このジャングルの上空を移動することで敵を引きつける。先に海上で別れた米軍のTAC(タクティカル・エア・カーゴ)が正反対の方角で動くことになる」 「なら皆を集合させますか?」 「ポイントCでのランデブーが3時間後だ。30分もあれば十分だろう。そこでいい。というか、下手な通信は逆に危険だ」 「そ……そうですね」 「我々の任務はこの北東部に敵を誘い出すこと。そのためにやることがある」 「米軍が相手にしている敵を背後から叩く?」 「その通りだ」 二宮は楽しげに頷いた。 「ここに誘い出し、後は頃合いを見て撤退。今夜は、“鈴谷(すずや)”でゆっくりシャワーが浴びられるぞ」 二宮の楽しげな声に、美奈代も顔がほころんだ。 「楽しみです」
https://w.atwiki.jp/lord_of_vermilion/pages/1918.html
前バージョンの写しだと思いますが、Re 3でA200、D200に下方修正されています。 -- (名無しさん) 2015-12-20 08 05 27 これ使って見れば分かるけどリミットになったときの移動速度低下かなりきつくて高コスディフェンダーのスロウ食らった並みになるから敵タワーどころか自タワーorゲート付近にでもいない限りかなり帰還時間かかるので注意。 -- (名無しさん) 2016-12-03 01 19 54
https://w.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1446.html
Google 検索語ボックスの中に 「(検索語) site (検索対象サイトのドメイン)」 の2つを入力します 沖縄タイムス site www.okinawatimes.co.jp 琉球新報 site ryukyushimpo.jp msn産経 site sankei.jp.msn.com 産経iza site www.iza.ne.jp 読売新聞 site www.yomiuri.co.jp 朝日新聞 site www.asahi.com 毎日新聞 site mainichi.jp 東京新聞 site www.tokyo-np.co.jp 中日新聞 site www.chunichi.co.jp 中国新聞 site www.chugoku-np.co.jp 沖縄戦の記憶・本館 site hb4.seikyou.ne.jp/home/okinawasennokioku 沖縄戦の記憶・分館 site hc6.seikyou.ne.jp/home/okisennokioku-bunkan 自由主義史観研究会 site www.jiyuu-shikan.org 新しい歴史教科書をつくる会 site www.tsukurukai.com 林博史研究室 site www32.ocn.ne.jp/~modernh 15年戦争資料@wiki site www16.atwiki.jp/pipopipo555jp (未作成) site (未作成) site (未作成) site (未作成) site (未作成) site (未作成) site (未作成) site (未作成) site
https://w.atwiki.jp/crisis_earth/pages/11.html
EASY EASYは全5ステージで、SPECIALステージがありません。 1ステージはHOSPITALで敵兵も居ません。 一番奥の建物の屋上にGOALがあります。