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私は小松生まれの小松育ちです。 今は仕事の関係で関東に働きに出ていますが、生活の軸は小松にあります。 私は小松が目茶苦茶好きです。 数年前から沖周辺の開発が始まる、という話を噂話程度聞いていましたが ここ1,2年話がどんどん具体化され、誘致する企業や規模が明らかになってきました。 北国新聞のWebサイトによると http //www.hokkoku.co.jp/_today/H20071009103.htm イオンやアルペン、沖の説明会の話を聞くとホームセンタームサシや病院が 誘致されるようです。 私は嫌です。 私は実際沖の説明会に出席してないのでどのような街になるか知りませんが、 金沢や野々市、加賀にあるような幹線道路沿いに大型店舗を並べる商業地区の コピーがまた一つ増えるのだろうと・・・気持ちが沈みます。 たった唯一の白山の風景を消してまで商業地区の量産をしたいのでしょうか? もちろん小松の経済的発展を考えれば必要な面もあるかもしれませんが、 今後長いスパンで考えた際、本当に商業地区をつくってみんな幸せになるのでしょうか? 大きな道路に大きなイオンやアルペンがある街が自ら誇れる街なのでしょうか? もう一度皆さんに考えてほしくWikiを立ち上げました。 当方Wiki初心者のためよちよち歩きながら 情報共有やコンテンツ増加に努めていきます。 よろしくおねがいします。 test -- test (2007-11-26 01 36 38) 早く完成しないかなぁ~ -- タツヨシ (2008-05-02 06 48 22) 西友進出の時は商店街と共存を図ろうって気があったけど。。。イオンは地域社会や地域文化を日本中で崩壊させてます。もともと文化なんかに縁のない若杉町あたりの百姓の買い物には都合がいい施設なのかもね。イオンって儲からないってわかるとすぐに去っていきます。あとにはペンペン草も生えません。昔ながらの伊勢商人です。 -- 木本直樹 (2008-05-02 10 48 12) イオンと駅前が共存可能かどうか考えてみた。駅前からイオンまでLRTで結ぶのはどうだろうか。イオンの駐車場にクルマを止めて、LRTで駅前に買い物に来てくれる人。電車で小松にやってきてイオンに向かう車に乗れない高校生や高齢者。モデルケースになると思うが。 -- 神田隆弘 (2008-05-02 14 53 01) 街作りって観点だとイオンは最低評価だからね・・・ -- 佐藤 浩 (2008-05-02 21 45 57) また無駄な道路ができる・・・ -- 名無し (2008-05-04 16 44 54) シコシコ したい -- 木本直樹 (2008-08-05 21 40 34) ちんぽ痛ェー -- 木本 (2008-08-07 21 40 30) 木本直樹 -- 自作自演です (2008-08-09 03 13 33) しこ しこ しこ しこ しこ しこ -- 木本直樹 (2008-08-11 05 54 09) インキんたむし -- 木本直樹 (2008-08-11 05 56 00) わたしは、梅毒です -- 木本直樹 (2008-09-08 17 11 38) チャンペにぶち込みたい。 -- 御園たつよし (2008-11-29 03 20 40) 千代野小学校の側に住んでるゼンズリよっすんです。 -- 津幡義之@白山市千代野ニュータウン (2008-11-29 03 21 52) あそこにも毛がなかった。 -- ナオキの元彼女 (2008-12-03 13 58 49) 計画は白紙に戻ったかもしれません… -- 情報筋」 (2009-01-22 00 59 56) イオンができたら働こうかな -- ひjきこもり (2009-02-20 17 11 50) イオンにアートネィチャーの店ができるのかな? -- 木本直樹『若杉町」 (2009-03-22 21 18 05) やっぱり変態オカマバーしかない。 -- オカマの御園 (2009-06-08 06 47 09) 俺のちんぽなめて -- 木本直樹『若杉町」 (2010-04-12 16 10 52) 2か月前新潟方面へ研修にゆきました -- 名無しさん (2010-06-11 10 48 53) 2か月前新潟、長岡、新発田に研修にゆきました。バイパス等公郊外には決まり切って大型ショップ、ドラッグストア、ファミレスなど同じ町並みばかり。非常につまらない。まちとふるさとの良さを破壊しています。世界的に見て伝統的な建物、構築物などを残している街はやはり魅力がある。お隣の中国をみても北京、上海なども開発を推し進めて古きよきものが壊されています。イタリーのフイレンツェに見習うべきではないでしょうか?最近多くの方々が「田舎暮らし」を望んでいるのは、これら古きよきものを破壊している現象に因ることが多い。環境、少子高齢化、伝統を大切にする心等に対応している「まち」は必ず市民から支持され定住化されたまちへと発展する。 -- tushu.s (2010-06-11 10 58 10) つまらないと吐き捨てられた新発田出身の者です。新発田の歴史的建造物が残っているのをちゃんと観たの?新発田城、足軽長屋、升潟など・・・バイパス沿いは地元の生活や町中を通らずにスムースに通過するだけに貢献する新しい開発の賜だろ。古きものは壊されちゃいない、よそものが”まちとふるさとの良さを破壊しています”なんて断言すんなよ! -- 知らないくせに (2011-02-25 01 00 43) 私も小松好きですが、今回の計画は賛成です。小松での閉店が最近目立っています。それも地元の者が金沢までショッピングする傾向にあるからです。イオンを筆頭にいろんな店が出来れば、逆に金沢市民が小松にショッピングしに来るようになるかもしれません。そうすれば活気にあふれ景気もよくなるでしょう。この計画なくして、小松での開業に未来はないと思います。 -- 名無しさん (2012-02-09 16 38 44) なんだかんだ言って結局2,3年は来ない、と聞いてます。 -- ぴろ (2012-04-06 12 41 49) イオンモールが出来て早や2年、すでに撤退した店舗もある -- 木本直樹 (2020-10-11 13 19 52) 今、御経塚に白山イオンモールを建設中である。石川県はイオン帝国に成り下がった。我が小松市にも2店舗のイオンがある。俺は鮮魚が好きなので買い物は安宅漁港まで買い出しに行く。安宅町の町道に木綿のパンティが落ちてて、周りを見渡し慌ててポケットに入れた。この宝物は毎晩オナニーのオカズにして重宝してる(笑)いい匂いがするんだなこれが。ちょいアンモニアの匂いが俺の息子を刺激する -- 木本直樹 (2020-10-11 13 32 32) 名前 コメント
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@wikiにはいくつかの便利なプラグインがあります。 アーカイブ コメント ニュース 動画(Youtube) 編集履歴 関連ブログ これ以外のプラグインについては@wikiガイドをご覧ください = http //atwiki.jp/guide/
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八戸市の過去の復興計画カルテ(2011年9月、都市計画遺産研究会作成) 戦前期の法定都市計画 八戸工業地帯土地区画整理事業 「青森県施行八戸工業地帯土地区画整理地区現形並予定図」(国立公文書館蔵) 望月信治「青森県施行八戸都市計画事業 八戸工業地帯土地区画整理」『区画整理』、6巻10号、1941年10月 望月信治「新興都市大八戸市建設途上にある三大新興事業起工式に就て」『区画整理』、7巻7号、1942年7月 国立公文書館デジタルアーカイブ 「八戸都市計画街路決定ノ件」「八戸都市計画地域決定ノ件」(「公文雑纂」昭和11年・第44巻・都市計画9) 「八戸都市計画土地区画整理決定」(「公文雑纂」昭和15年・第84巻・都市計画9) 「八戸都市計画工業専用地区指定決定ノ件」(「公文雑纂」昭和18年・第152巻・都市計画16) その他の資料 「八戸都市計画区域決定参考資料」 戦後、1960年までの都市計画 尻内土地区画整理(昭和33年3月3日認可) 湊第一海浜土地区画整理(昭和34年12月28日認可) 「湊第一土地区画整理図」(佐々木興平「八戸市の土地区画整理事業について 湊第一地区を主題として」、『区画整理』、3巻3号、1960年3月) 以降、現在までの特筆すべき都市計画 新産業都市 日本地域開発センター編(1966)『新産業都市研究班中間報告書 昭和40年度 -八戸地区-』の中の「三 建設計画編」 白銀火災復興土地区画整理(知事施行)昭和36年7月19日〜昭和49年8月31日・37.7ha 「白銀火災復興土地区画整理計画図」(桜田正「火災復興事業の概要と経過 八戸市白銀地区」、『区画整理』、pp.2-7、1962年10月) 作成者用ガイド @wikiプラグイン @wiki便利ツール @wiki構文 @wikiプラグイン一覧 まとめサイト作成支援ツール
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大船渡市の過去の復興計画カルテ(2011年9月、都市計画遺産研究会作成) 大船渡市の都市計画/復興計画史に関する論考 甘竹勝郎「大船渡市における津浪防災対策」『都市の危機管理 協働・参画と総合対策/(全国都市問題会議 ; 第72回) 』、pp.82-86, 2010年 1933年三陸津浪からの復興計画 大船渡市の復興計画については、内務大臣官房都市計画課『三陸津浪に因る被害町村の復興計画報告』、1934年に、図版番号24「吉濱村本郷」、図版番号16「末崎村泊里」、図版番号17「末崎村細浦」の各集落の飛行写真測量図並びに計画図が収録されています。 『三陸津浪に因る被害町村の復興計画報告』は、津浪デジタルライブラリィ(津波ディジタルライブラリィ作成委員会)に全頁がアップされています。 アドレス http //tsunami.media.gunma-u.ac.jp/xml_tsunami/xmlindex.php?info=19 reportmetatab reportsectab ※上記、reportmetatab reportsectabまで含めてコピーした上で、直接ブラウザーにペーストして移動して下さい) 参考 栃内吉胤「町のハイキング 大船渡点描1」『岩手日報』、1935年2月8日夕刊 栃内吉胤「町のハイキング 大船渡点描2」『岩手日報』、1935年2月9日夕刊 戦前期の法定都市計画 国立公文書館デジタルアーカイブ 「大船渡都市計画街路決定」「大船渡復興土地区画整理決定」(「公文雑纂」昭和18年・第157巻・都市計画21) 戦後、1960年までの都市計画 下船渡赤﨑土地区画整理(市施行):昭和35年9月16日〜昭和49年10月11日:86.1ha:災害復興 大船渡土地区画整理(昭和27年6月10日認可) 大船渡盛土地区画整理(昭和31年2月28日認可) 白土貞一郎「岩手県大船渡市の土地区画整理事業について」『区画整理』、2巻1号、pp.8-11、1959年11月 1960年代チリ地震津波後の復興計画 チリ地震津波水害復興土地区画整理事業(大船渡市施行 下船渡・赤崎区画整理(昭和35年9月16日事業認可)) 「大船渡市災害復興都市区画整理事業(写真)」 「下船渡・赤崎区画整理設計図」(「広沢登米夫「大船渡市チリ地震津波水害復興土地区画整理事業について」『区画整理』、pp.2-7、11巻8号、1968年8月) 防災都市建設計画 金野菊三郎編『チリ地震津波大船渡災害誌』、1962年 「第7章防災都市建設計画」 第1節 基本計画 第2節 実施計画 「津波災害復興計画業位置図」 以降、現在までの特筆すべき都市計画 金野秋男「大船渡市の土地区画整理事業」、『区画整理』、21巻10号、pp.79-89、1978年10月 甘竹勝郎「大船渡市における津波防災対策」『都市の危機管理 協働・参画と総合対策/(全国都市問題会議 ; 第72回) 』、pp.82-86, 2010年 作成者用ガイド @wikiプラグイン @wiki便利ツール @wiki構文 @wikiプラグイン一覧 まとめサイト作成支援ツール
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関連ブログ @wikiのwikiモードでは #bf(興味のある単語) と入力することで、あるキーワードに関連するブログ一覧を表示することができます 詳しくはこちらをご覧ください。 =>http //atwiki.jp/guide/17_161_ja.html たとえば、#bf(ゲーム)と入力すると以下のように表示されます。 #bf
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アーカイブ @wikiのwikiモードでは #archive_log() と入力することで、特定のウェブページを保存しておくことができます。 詳しくはこちらをご覧ください。 =>http //atwiki.jp/guide/25_171_ja.html たとえば、#archive_log()と入力すると以下のように表示されます。 保存したいURLとサイト名を入力して"アーカイブログ"をクリックしてみよう サイト名 URL
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宮崎県延岡市の「無駄で危険な大規模盛土・宅地造成事業」その2 -- 延岡太郎 2008-05-13 22 35 47 1.なぜ、延岡市は両地区を区画整理するのか。理由は、この両地域を通過する都市計画道路とその周辺を一体的に区画整理すれば、①道路補助金 ②用地買収の省略など、行政側に都合のよい状況が生まれるからである。この区画整理を求めているのは、延岡市などの行政と一部住民とこれに与する地元議員である。当地は道路も広く、一般住民は区画整理がなくとも何も困らない。 2.なぜ岡富・古川地区を「盛土」するのか。盛土する理由は、道路一体型区画整理の要件を満たすためである。当地域を通過し、山地側へ上る「都市計画道路」は、遥かに高く盛土される。その道路に、地区内道路をムーズに接続するには、地区全体を盛土せざるを得ないのである。無駄な区画整理事業に無駄な盛土事業が重なり、無駄な事業費が膨らむ。本来は、高架式の道路にすべきだが、それでは道路一体型の区画整理ができない。 3.住民不在で推進された「岡富・古川区画整理事業」 市は、一部の賛成住民からなる「区画整理推進委員会」を結成する。委員長には、山林や田畑を所有する区長を据える。住民には情報を与えず、形式的な事業説明の後、都市計画審議会に持ち込み決定する。 4.この区画整理事業の被害者。350戸の地域住民は、水害が悪化し、そして、地震災害が拡大する軟弱地盤へ強制換地させられる。減歩や、仮住まい、2回の引越しは、特に高齢者世帯には辛い。「自殺したい」と呟きも聞く。「高齢者いじめ」である。多くの不満が渦巻くが、表に出ることもなく同意者として扱われる。 延岡市民も被害者である。財源が減り、市民が望む福祉などに金が回らなくなる。 「まちづくり交付金」も、「岡富・古川区画整理」には50億円が充てられるが、駅前中心市街は壊死状態のまま放置される。 5.無駄事業は、決定、または、着工されても止めるべきである。 決定された無駄事業が、廃止されることはない。だからこそ、行政が、市民や住民を蚊帳の外において、一部の人間と連携し既成事実を積み上げ、事業決定を急ぐ。かくして、地方各地で巨額の無駄事業が行われることになる。 着工後にも係わらず、中止になった栗東市の新幹線の新駅は、単なる無駄事業だが、延岡市の場合は、無駄であると同時に、住環境を劣化させる有害事業である。道路一体型の区画整理し事業をやめ、道路単独事業へ修正すべきである。 延岡市長には嘉田知事以上の英断を求めたい。 今現在公的資金の使い道についていろいろ考えても2 3○億金が浮いてもなんの意味もないんでしょう ガソリンで税金がいっぱい入ってもタバコで税金がいっぱい入ってもなんのたしにもならん 国民は収入十万円以下の生活を強いられるばかり -- けどまあ 結局のところ (2008-07-02 15 41 21) 名前 コメント
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戦前の都市計画 新興工業都市計画 「塩竈都市計画多賀城工業都市土地区画整理計画予定図」(国立公文書館蔵) 国分浩「仙塩地方開発総合計画に就いて」、『区画整理』、6巻8号、1941年8月 『仙竈地方開発計画概要』、仙竈地方開発既成会、1942年 渋谷徳三郎(仙台市長)「仙竈地方開発総合計画樹立に就て」/ 金森誠之(内務省仙台土木出張所長)「仙竈地方開発総合計画に就て」/「仙竈地方工業立地条件」/「仙竈地方開発総合計画図」 国立公文書館デジタルアーカイブ 「塩竈都市計画多賀城工業都市建設土地区劃整理決定」(「公文雑纂」昭和17年・第128巻・都市計画19) 「仙台及塩釜軍都都市計画施設及同事業並その執行年度決定の件」(都市計画及び都市計画事業の決定書類等・昭19・国土都市計画・138冊・宮城) 戦災復興都市計画 塩竈戦災復興土地区画整理(市長施行)昭和22年3月27日〜昭和30年3月31日・8.9ha 「塩竃罹災状況図」 「塩竃復興都市計画図」 「塩竃復興土地区画整理設計図1」 「塩竃復興土地区画整理設計図2」 何れも建設省編『戦災復興誌 4巻 都市編1』(1957年)に収録されています。 戦後、1960年までの都市計画 玉川土地区画整理(昭和28年4月7日認可) 桜井武司「塩釜市の土地区画整理事業 <玉川土地区画整理組合を主題として>」、『区画整理』、2巻7号、pp.16-20、1959年7月 以降、現在までの特筆すべき都市計画 塩竃市都市改造事業(1962(昭和37)年度~) 「都市改造事業計画図」(水川金苗「宮城県都市計画の問題点」『新都市』16巻10号、pp.10-15、1962年) 「塩釜都市計画北浜区画整理平面図」(菅原斅「塩釜市の都市改造事業」『新都市』16巻10号、pp.74-77, 1962年) 作成者用ガイド @wikiプラグイン @wiki便利ツール @wiki構文 @wikiプラグイン一覧 まとめサイト作成支援ツール
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各市町村の法定都市計画概要 戦前期の都市計画関係の資料は、国立公文書館デジタルアーカイブにて、閲覧が可能です。 青森県 都市計画法適用 都市計画区域認可 都市計画決定 事業決定 事業内容 資料等 八戸市 昭和6年12月1日 ○ ●都市計画街路(昭和11年4月14日) ●用途地域(昭和11年4月16日) ●土地区画整理(昭和15年4月20日) ●工業専用地区(昭和18年5月8日)" ●都市計画街路事業(昭和16年4月14日)●土地区画整理施行((昭和15年5月2日認可) ●都市計画街路事業6街路(事業変更有)●工業地帯土地区画整理(県施行)昭和15年5月2日〜昭和37年5月5日・392ha:新興工業都市計画事業 ●組合施行土地区画整理(小中野第一[8.9ha]:昭和10年9月4日〜昭和32年8月27日・災害復興)(鮫駅前[10.5ha]:昭和13年3月22日〜昭和19年11月14日)" "●「八戸都市計画街路決定ノ件」「八戸都市計画地域決定ノ件」(「公文雑纂」昭和11年・第44巻・都市計画9) ●「八戸都市計画土地区画整理決定」(「公文雑纂」昭和15年・第84巻・都市計画9) ●「八戸都市計画工業専用地区指定決定ノ件」(「公文雑纂」昭和18年・第152巻・都市計画16) ●「八戸都市計画区域決定参考資料」 ●「青森県施行八戸都市計画事業八戸工業地帯土地区画整理−発端より事業認可まで−」(区画整理6−10) ●「新興都市大八戸建設途上にある三大振興事業起工式に於て」 (区画整理7−7)" 階上町 岩手県 都市計画法適用 都市計画区域認可 都市計画決定 事業決定 事業内容 資料等 洋野町 久慈市 野田村 普代村 田野畑村 岩泉町 宮古市 昭和10年5月28日 昭和10年5月28日 ●都市計画街路(昭和17年4月15日) ●都市計画街路事業(昭和18年3月31日) ●都市計画街路3路線 ●駅前広場拡築 ●「宮古都市計画街路決定」(「公文雑纂」昭和17年・第124巻・都市計画15)●「宮古都市計画街路事業及其ノ執行年度割決定ノ件」(「公文雑纂」昭和18年・第145巻・都市計画9) 山田町 大槌町 釜石市 昭和8年7月28日 ○ ●都市計画街路(昭和18年3月24日) ●「釜石都市計画街路決定」(「公文雑纂」昭和18年・第145巻・都市計画9) 大船渡市 昭和14年3月14日 ○ ●都市計画街路(昭和18年11月13日)●大船渡復興土地区画整理(昭和18年11月13日) 土地区画整理(昭和19年3月1日認可) ●大船渡土地区画整理(町施行):昭和19年3月1日〜昭和26年11月19日・9.1ha:災害復興 ●「大船渡都市計画街路決定」「大船渡復興土地区画整理決定」(「公文雑纂」昭和18年・第157巻・都市計画21) 陸前高田市 宮城県 都市計画法適用 都市計画区域認可 都市計画決定 事業決定 事業内容 資料等 気仙沼市 昭和9年5月17日 昭和10年4月11日(気仙沼) ●都市計画街路決定(昭和19年内務省告示302号)●南気仙沼駅前土地区画整理(昭和19年内務省告示303号) ●組合施行土地区画整理(気仙沼町[3.3ha]・昭和14年4月20日認可) ●「都市計画及び都市計画事業の決定書類等」昭18・国土都市計画・宮城230冊 南三陸市 昭和12年6月11日 昭和12年6月11日(志津川) ●志津川都市計画土地区画整理決定(昭和13年2月18日)●建築線指定(宮城県告示第55号) ●土地区画整理事業 ●志津川都市計画街路事業(昭和20年内務省告示46号) ●志津川土地区画整理(町施行):昭和14年12月26日〜昭和29年12月:7.1ha:災害復興 ●「志津川都市計画土地区画整理決定」(「公文雑纂」昭和13年・第53巻・都市計画2) ●「宮城県 志津川都市計画街路及び同事業並にその執行年度決定の件」(「都市計画及び都市計画事業の決定書類等」・昭和20・国土都市計画73冊・宮城県) 石巻市 昭和8年5月10日 昭和10年4月11日(石巻)" ●石巻都市計画街路決定(昭和13年2月18日)街路変更有 ●石巻都市計画街路変更及同事業並にその執行年度決定の件(昭和20年内務省告示第45号) ●組合施行土地区画整理(渡波駅前[5.5ha]:昭和13年6月8日〜昭和15年)●組合施行土地区画整理(鮎川地区〔旧牡鹿町〕昭和19年4月15日〜昭和27年5月16日・1.1ha) ●「石巻都市計画街路」(「公文雑纂」昭和13年・第53巻・都市計画2) ●「石巻都市計画街路変更ノ件」(「公文雑纂」昭和14年・第71巻・都市計画4) ●「石巻都市計画街路変更及同事業並にその執行年度決定の件」(都市計画及び都市計画事業の決定書類等・昭和20年・国土都市計画・73冊・宮城県) 女川町 昭和9年5月17日 昭和9年5月17日(女川) ●都市計画街路決定(昭和14年3月22日) ●女川都市計画街路事業及その執行年度決定(昭和20年内務省告示47号) ●組合施行土地区画整理(女川[2.4ha]:昭和14年4月4日〜昭和15年):災害復興 ●「女川都市計画街路決定ノ件」(「公文雑纂」昭和14年・第71巻・都市計画4) ●「女川都市計画街路事業及その執行年度決定の件」(都市計画及び都市計画事業の決定書類等・昭和20・国土都市計画74冊・宮城県) ●「付 女川都市計画図」(内閣東北局関係書類・陳情書綴・昭和10) 東松島市 松島町 昭和20年5月5日 昭和20年5月5日(松島) ●「宮城郡松島町に対し都市計画法適用並に同区域決定の件」(都市計画及び都市計画事業の決定書類等・昭和20・国土都市計画・74冊・宮城県) 利府町 昭和10年8月30日(塩竃) 塩竃市 昭和8年12月4日 昭和10年8月30日(塩竃) ●塩釜都市計画街路決定の件(昭和19年内務省告示300号) ●塩釜都市計画防空施設及同事業並にその執行年度決定の件(昭和20年内務省告示第43号) 組合施行土地区画整理(本町[0.8ha]:昭和11年6月30日〜昭和15年) ●「塩釜都市計画街路決定の件(都市計画及び都市計画事業の決定書類等・昭19・国土都市計画・138冊・宮城) ●「塩釜都市計画防空施設及同事業並にその執行年度決定の件」(都市計画及び都市計画事業の決定書類等・昭19・国土都市計画・138冊・宮城) 七ヶ浜町 昭和10年8月30日(塩竃) 多賀城市 昭和10年8月30日(塩竃) ●工業都市建設土地区画整理決定 ●仙台及塩釜軍都都市計画施設及同事業並その執行年度決定の件(昭和19年内務省告示301号) 多賀城土地区画整理(県施行)昭和18年1月18日〜昭和21年・15.3ha:新興工業都市計画 ●「塩竈都市計画多賀城工業都市建設土地区劃整理決定」(「公文雑纂」昭和17年・第128巻・都市計画19) ●「仙台及塩釜軍都都市計画施設及同事業並その執行年度決定の件」(都市計画及び都市計画事業の決定書類等・昭19・国土都市計画・138冊・宮城) 仙台市 大正12年7月1日 大正14年3月7日(仙台) ●都市計画街路決定(昭和2年6月20日・変更有)●用途地域(昭和4年7月11日)●風致地区(昭和9年11月21日・追加指定有) ●原町工業都市建設土地区画整理(昭和16年4月5日) ●都市計画街路事業(昭和3年11月17日・当初5路線・事業変更有) ●区画整理事業(昭和16年度〜仙台市原町新興工業都市国庫補助街路事業竣功認定の件) ●仙台及塩釜軍都都市計画施設及同事業並その執行年度決定の件(昭和19年内務省告示301号) ●原町第一土地区画整理(市施行):昭和16年5月〜昭和27年3月29日:26.7ha ●原町第二土地区画整理(市施行):昭和16年5月〜昭和27年3月29日:32.4ha ●原町第三土地区画整理(市施行):昭和17年2月21日〜昭和46年7月31日:60.7ha ●組合施行土地区画整理(東仙台:昭和7年5月24日〜昭和11年3月31日・54.2ha):災害復興 ●「仙台都市計画区域決定ノ件」(「公文雑纂」大正14年・第22巻・都市計画) ●「仙台都市計画街路決定ノ件」(「公文雑纂」昭和2年・第31巻・都市計画3) ●「仙台都市計画事業並執行年度割決定ノ件」(「公文雑纂」昭和3年・第41巻・都市計画3) ●「仙台都市計画区域内ニ於ケル市街地建築物法第一条ノ規定ニ依ル地域指定ノ件」(「公文雑纂」昭和4年・第25巻・都市計画) ●「仙台都市計画風致地区指定ノ件」(「公文雑纂」昭和9年・第45巻・都市計画8) ●「仙台都市計画原町工業都市建設」(「公文雑纂」昭和16年・第90巻・都市計画13) ●「昭和16・17年度仙台市原町新興工業都国庫補助街路事業竣功認定の件」(都市計画及び都市計画事業の決定書類等・昭20年・国土都市計画・73冊・宮城県) ●「都市計画宮城地方委員会議事速記録」各回 ●「仙台都市計画参考資料」 ●「仙台都市計画概要」 名取市 岩沼市 亘理町 山元町 雑誌『区画整理』東北関連記事 5巻8号(1939年5月号 東北地方特集) 5巻8号 その1 5巻8号 その2 5巻8号 その3 6巻2号(1940年2月号 「東北六県都市計画協議会」) 6巻8号(1941年8月号 国分浩「仙塩地方開発総合計画に就いて」) 6巻10号(1941年10月号 望月信治「青森県施行八戸都市計画事業 八戸工業地帯土地区画整理」) 7巻7号(1942年7月号)望月信治「新興都市大八戸市建設途上にある三大新興事業起工式に就て」 8巻6号(1942年6月号 国分浩「東北地方の区画整理」) 作成者用ガイド @wikiプラグイン @wiki便利ツール @wiki構文 @wikiプラグイン一覧 まとめサイト作成支援ツール
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■中央防災会議災害教訓の継承に関する専門調査会報告書『1960 チリ地震津波』、2010年 本報告書は中央防災会議災害教訓の継承に関する専門調査会のウェブサイトで全文閲覧可能です。)に全頁がアップされています。特に第8章、第9章が復興計画に関連する事項を扱っております。 目次 第1章 チリ地震津波とは何であったのか 第2章 チリ津波の発生から日本到達まで 第3章 日本沿岸でのチリ津波 第4章 津波開始時の人間行動 第5章 気象庁の対応 第6章 被害の実態 第7章 市町村・県・国の緊急対策 第8章 構造物主体の津波対策の確立とその後 第9章 チリ津波とその後の対策に関する教訓 チリ津波後の復興に関する論考、報告 飯沼一省「担江私語 チリ津波におもう」『新都市』、14巻6号、1960年 佐藤泰一「岩手県下のチリ地震津波災害と今後の対策」『新都市』、14巻9号、1960年 建設省国土地理院『チリ地震津波調査報告書-海岸地形とチリ地震津波』、1961年 関連サイト @Wikipedia 1960チリ地震 主な復興計画・事業 大船渡市の復興土地区画整理 大船渡市施行 下船渡・赤崎区画整理(昭和35年9月16日事業認可) 「大船渡市災害復興都市区画整理事業(写真)」 「下船渡・赤崎区画整理設計図」(「広沢登米夫「大船渡市チリ地震津波水害復興土地区画整理事業について」『区画整理』、pp.2-7、11巻8号、1968年8月) 志津川町(現南三陸町)の復興土地区画整理 町施行、昭和35年7月21日〜昭和44年7月15日・28.3ha:災害復興 「志津川町市街図(昭和12年復興区域、災害復興区画整理区域図示)」 出典:宮城県「志津川町の津波災害による復興土地区画整理」『新都市』16巻10号、1962年 「志津川町災害復興土地区画整理事業計画図」 出典:水川金苗「宮城県都市計画の問題点」『新都市』16巻10号、1962年 志津川町災害危険区域制定条例 雄勝町(現石巻市)の地盤嵩上げ 作成者用ガイド @wikiプラグイン @wiki便利ツール @wiki構文 @wikiプラグイン一覧 まとめサイト作成支援ツール