約 50,302 件
https://w.atwiki.jp/bizarre/pages/171.html
「………ん」 僕が目を覚ました時に先ず目に入ったのは見覚えの無い天井。 そして貫禄と寛容を兼ね備えた紳士風の男性の、僕を覗き込む顔だった。 「おぉ、気付いたかね」 「ココは?……ッ!」 身を起こそうとして、余りの激痛に再びベッドに沈む。 「無理をしてはいかん!君は今、ひどいケガを負っているのだ」 倒れた僕に毛布を掛けなおし、男性は言葉を続けた。 「此処は杜王グランドホテルの一室。君はホテルの前で倒れていたので此処まで運び、手当てさせて貰った。 運び込んでから君は1時間ほど気を失ったままだった。君の置かれた状況をざっと説明すると、こんな所だ」 「あ、有難う御座います。 僕の名は花京院典明。宜しければ貴方のお名前を聴かせて頂けますか?」 「私の名はジョージ・ジョースター。花京院君の事はポルナレフ君より聴いているよ」 「!!」 ジョースター卿のこの言葉に、僕は一瞬体の痛みを忘れた。 ジョースターさんの姓を名乗るこの人の名にも驚いたが、それ以上に… 「ポルナレフが居るんですか!?」 遂に信頼出来る仲間に会えたのだ! そしてその時、扉が開き一人の男が入って来た。 「ジョースターさんよぉ。タオル血まみれだったんで捨てといたぜ。 洗う水すら勿体無いからな」 「!!ポルナレ………フ…?」 そしてその男を見て、僕は愕然とした。 中に入って来た人間は、或る意味ポルナレフと対極に位置する人間だったのだから。 そして入って来た人間に対して警戒を強める。 「ホル・ホース!!」 「ゲッ!起きたのか!!」 「貴様…!」 上半身を起こし、ハイエロファント・グリーンを出現させた所で、2つの声に遮られた。 「わ~っ!!待て待て待て待て!」 「ん?ポルナレフ君がどうかしたのかね?」 「…え?」 ジョースター卿は、ホル・ホースの事をポルナレフだと思っている? 「ポルナレフ…?こいつが、ですか?」 「うむ。彼も怪我をしていたのだが君より一足先に目を覚ましてね。 君の手当てを手伝ってくれたのだよ」 僕の手当てを!?コイツが? 混乱している所に、ホル・ホースが僕の首へ腕を回し、耳元で囁いてきた。 「詳しい話はあのおっさんが居ない所でしようや。 取り敢えず俺はアンタに危害を加えねぇ。 だからアンタも、今は名前をバラさないでくれ」 「…」 「頼む」 整理に時間が掛かりそうな状況だが、 ホル・ホースのおかげで一命を取り留めた事は事実のようだ。 「分かった」 そう告げ、ジョースター卿に向き直る。 「ジョースター卿は、今までずっと、ポルナレフと一緒に?」 …ポルナレフ、済まない。 「あぁ、実は…」 そして、ジョースター卿と“ポルナレフ”から今までの経緯を話して貰った。 「…で、その時戦闘機型のスタンドに襲われて…」 「!!」 そこまで聴いて、僕は傍と思い出した。 「そうだ!あの少年は!?」 突然声を上げたことに二人は面喰らったようだった。 「少年って」 「その戦闘機型スタンド使いの少年です。僕の付近で倒れていませんでしたか?」 「君の周りも何も、君の事で手一杯でとても付近の事は…」 「助けに行かなくては!」 立ち上がろうとする僕を、ホル・ホースが制す。 「おいおい、俺はそいつに攻撃されたんだぜ?おまえだってそうだったんだろうがよ。 敵を助ける義理が何処にある?」 「彼は僕を殺そうとはしていなかった。自分が生き残ろうとしていただけなんだ」 「つまり近付いたら殺されるって事だよな」 「だからって…!」 始まった僕とホル・ホースの言い合いを止めたのは、ジョースター卿の言葉だった。 「分かった、私が行こう。君達は此処で休んでいてくれ」 「え?」 「何だって?」 彼の言葉に二人して驚き、振り向く。 「二人とも怪我を負っている。特に花京院君、君は人の救助が出来る体では無い。 だから此処は私が行こう」 「ジョースター卿…」 僕らに言葉を続けさせず、ジョースター卿は部屋を出て行った。 * * * 私が少年を見付けた時、彼は瓦礫に埋もれ意識を失っている、或いは死んでいるように見えた。 「君!大丈夫かね!」 慌てて駆け寄り、少年の生死を確かめる、 「…」 良かった。どうやら生きているようだ。 が、一安心し瓦礫を取り除こうとした所で、上の岩盤が崩れ落ちて来た。 「…ッ!!!」 間一髪落ちる岩盤を支え、少年の頭上へ落ちるのを防いだが、この岩盤を落ちないよう支える事しか出来ない。 その所為で私も全く身動きが取れなくなってしまった。 今、私に出来る事は少年に気付いて貰う事だけだ。 「君!しっかりしたまえ!君!!」 岩盤を両手で支えながら声を掛ける。 暫く全くの無反応だった少年は 「しっかりしたまえ!!」 「……ん…」 何度目かの声に漸く応じた。 「あ………れ?」 「気が付いてくれたか」 ほぼ全身が埋まっている少年は、首だけ回しキョロキョロしている。 そんな少年に私は告げた。 「済まないが私はこの岩盤を支えるので精一杯なんだ。君、自力で抜けられないかね?」 * * * 瓦礫に埋められた後俺は気を失い、 気が付いたら瓦礫が崩れようとするのを目の前のオッサンが防いでいた。 そして 「済まないが私はこの岩盤を支えるので精一杯なんだ。 君、自力で抜けられないかね?」 と言って来た。 何だぁ?コイツ、動けない俺に止めを刺そうってのか? 一瞬そう考え、エアロスミスでこのオッサンごと瓦礫を吹き飛ばそうとも思ったが、すぐにそれが勘違いである事が分かった。 このオッサンは俺の上に落ちる瓦礫を支えてるんだ。今、俺はオッサンに助けられている。 オッサンを撃ち殺そうものなら瓦礫に今度こそ潰される。 だから言う通り、必死になって抜け出ようとした。 が、 「ダメだ、体がうごかねぇ」 「そうか、ならポルナレフ君か花京院君を呼んでくれないかね? あのホテルの中に居る」 「呼ぶって?」 「大声で叫んでくれれば良い」 何故かオッサンは俺を助けようとしているみたいだ。 自分が助かる為なら手を離して後へ一歩引けば良い。 そうすればオッサンは助かるし、敵(俺の事だ)も一人消せる。 なのに何で…? 「声も出せない状態なのかね?」 オッサンの声に俺は現実へ引き戻された。 「あ、あぁ。声なら出る」 「ならば頼む」 「分かった。…良し」 そして俺が声を出そうとした時、 「!!」 オッサンの後に二人の人間の姿が見えた。銃を持った男とカバンを持った女の二人組。 俺はそいつらに向かって叫んだ。 「てめぇら、誰だ!」 俺の言葉に、オッサンも首だけ後ろへ向ける。 二人組は俺達から50mほど離れた所で立ち止まった。 そして女の方が男へ喋る言葉を聴いて、俺は驚いた。 「ジョンガリ・A。こいつらどうする?」 「!!」 ジョンガリ・Aだって? DIOの言ってた一人じゃねぇか! 「ジョンガリ・A?お前がジョンガリ・Aなのか?」 銃を持った男は俺の言葉に反応した。 「俺はお前を知らんが」 「DIOからの伝言があるんだ!!助けてくれ!!」 * * * ジョンガリ・Aに連れられてどれ位東へ歩いたのか、どでかい建物の前に人が居た。 そしてそのうちの一人、瓦礫の下敷きになっているガキがとんでもない事を叫び、あたしは仰天した。 「DIO…だと?」 DIOといえばプッチ神父の仲間、つまりは敵じゃねえか。 やはりコイツ、ジョンガリ・Aは敵… ドン!! そこまで考えていたあたしの思考は、隣から響く銃声によって遮られた。 * * * このゲームが始まってから最大の衝撃だった。 DIO様が私に伝言を残していらっしゃる。 この小僧からの伝言を聞くだけで、恐らくDIO様の下へ辿り着く事が出来る。 それより何より、DIO様は私を必要となさっている、という事実が俺を歓喜に奮わせた。 その後の俺の決断は迅速だった。 今の言葉を聴いた時点で、F・Fには敵だと認識された筈。 思ったより早い始末となったが、最早不要の存在となったF・Fを撃ち殺し、 『ライク・ア・ヴァージン』の親機を手に入れる。 そして瓦礫の下敷きになっている小僧から伝言の内容を聞く。 その筈が…。 「エメラルドスプラッシュ!!」 俺の弾丸は、降り注ぐ無数の緑石に弾き落とされた。 「何ッ!?」 瞬間、俺は気付いた。 この場にはまだ他に人間が居たのだ! * * * ここまで僕を担いできたホル・ホースに僕は告げる。 「じゃあ、約束通りホル・ホースは少年の救出を頼む」 「ったく、余計な事しなけりゃいいのに…」 ジョースター卿が部屋を出た後、僕はホル・ホースから話を聴いた。ヤツはこう言っていた。 「俺は生き残りたい訳よ。ただそれだけ。でも、DIOがこの世界に来てどう考えると思う? まさか、皆で協力してアラキを斃してメデタシメデタシを考えてます、とでも?」 「いや、全員皆殺しにした後荒木も殺す、と云った所だと思う」 「正解正解。つまりDIOの下に着いた時点で俺の生き残りは無いって事。 だったら、犠牲者少なくアラキを斃そうというジョージのおっさんに味方した方が、生き残れる確率は高い訳だ」 「…」 コイツらしいと云うか、相変わらず日和った考えだ。 そう考えていた時、外から声がした。 様子を見ると、何とジョースター卿が落盤を支えている。 しまった!彼が身動き取れないように瓦礫を積んだ為、崩れたか! 「助けに行かなければ!」 「え~っ?おめぇのスタンドであの岩砕きゃいいじゃん」 「そんな事したら、ジョースター卿たちが砕けた瓦礫の下敷きになってしまう」 「って事は…」 「ジョースター卿と一緒に岩盤を取り除く。お前も手伝え」 「力仕事かよ」 そして愚図るホル・ホースを叱咤し玄関に辿り着くと、状況は更に変わっていた。 ジョースター卿達に接近する、男女二人組を捉えたのだ。 「おい、どうするよ?」 ホル・ホースが訊ねて来たので返答する。 「少し様子を見よう。ジョースター卿達が危ないと感じたら、僕が割り込む。 その間にホル・ホースはジョースター卿達を助けてくれ」 「おいおい、そいつはゴメンだぜ。何でそんな危険な事しなきゃ…」 「じゃあ、お前があの二人を相手にするか?」 「ったく、テメェは命の恩人を何だと思ってんだ。 分かったよ。ジョースターのおっさんを助けに行かせて頂きますよ」 ブツブツ言っているホル・ホースを尻目に外の状況を見ると、銃を持った男が動き出していた。 「エメラルドスプラッシュ!!」 次の瞬間、僕は銃目掛けてエメラルドスプラッシュを放った。 ホル・ホースはジョースター卿の下へ走って行った。 「(さて、僕もやるべき事をやるか…)」 少年を助けるまであいつらの注意をこちらに向けなくてはならない。 まともに歩けないので壁に寄り掛かりながら、 薄れ掛けている意識を必死に繋ぎ止め、 それと同時に、消え掛けるハイエロファント・グリーンを、力を振り絞って出現させた。 せめて、この闘いで犠牲が可能な限り少なくて済ませるよう、自身に誓いながら…。 投下順で読む 前へ 戻る 次へ 時系列順で読む 前へ 戻る 次へ キャラを追って読む 62 テリトリー×テリトリー(前編) 花京院典明 66 激戦(中編)~反射する凶弾と消滅する結界~ 62 テリトリー×テリトリー(前編) ナランチャ・ギルガ 66 激戦(中編)~反射する凶弾と消滅する結界~ 62 テリトリー×テリトリー(前編) ホル・ホース 66 激戦(中編)~反射する凶弾と消滅する結界~ 62 テリトリー×テリトリー(前編) ジョージ・ジョースター1世 66 激戦(中編)~反射する凶弾と消滅する結界~ 51 それはまるで乙女のように F・F 66 激戦(中編)~反射する凶弾と消滅する結界~ 51 それはまるで乙女のように ジョンガリ・A 66 激戦(中編)~反射する凶弾と消滅する結界~
https://w.atwiki.jp/61122/pages/160.html
悪魔軍総本部研究所第2話旅立ち(前編) 天使軍基地におくられたゼロ達 ピーピーピーピー ガチャ ドクター・デル「きこえるか?デルゼロ」 デルゼロ「はい」 ドクター・デル「よしこれからミッションのことを話す」 ドクター・デル「ミッションは天使軍の移動法と大量生産のわけだわかったな?」 デルゼロ「はい」 ドクター・デル「あとおまえはミッション行動中コードネーム「ゼロ」だ」 デルゼロ「はい」 ガチャ 天使軍護衛兵「おい!おまえ知らない顔だな?新人か?」 ゼロ「はい新人のゼロと申します」 天使軍護衛兵「ほぅそうかまぁいいいれてやれ」 ゼロ「ありがとうございます」 ヘレック「ん?おまえが新人か?」 ヘレック「うわさにはきいていたがまぁまぁな装備じゃないか」 ゼロ「そうですか?」 ヘレック「よし俺がひとつテストしてやろうついてきな」 ゼロ「ここは?」 ヘレック「練習所だよ」 ゼロ「いまからなにをするんですか?」 ヘレック「よーくみてないまからおまえもおなじことするんだ」 ゼロ「はい」 うぃーんがしゃんと音とともに的が動き出した ドン ドン ドン 玉はすべて的にあたっている ヘレック「まったく楽だなぁこれは」 ヘレック「さぁやってみな」 第Ⅱ話 完 -第Ⅲ話 旅立ち(後編)
https://w.atwiki.jp/kimo-sisters/pages/996.html
304 三つの鎖 16 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/02/12(金) 19 36 03 ID q62zt04w 三つの鎖 16 僕は生れてはじめて学校をさぼった。 学校を飛び出し走る。雨がぽつぽつと降る中を傘もささずに走った。 病院まで走り受付に飛び込む。春子と僕が入院した病院。夏美ちゃんのお母さんが告げた病室の部屋番号は奇しくも春子が昔入院した部屋と同じ。 僕は夏美ちゃんの病室まで走りぬける。 夏美ちゃんがいる病室を確認する。個室の病室。 春子が青い顔で静かに眠っている姿が脳裏に浮かぶ。 僕は唇をかみしめた。 夏美ちゃん。どうか無事で。 僕はドアを開けた。 夏美ちゃんはそこにいた。 「あれ?」 ベッドに座っている夏美ちゃんは驚いたように僕を見た。 「お兄さん?学校はどうしたのですか?」 いつもと全く変わらない様子と声。顔色もいい。病人服である事以外は何も変わらないいつもの夏美ちゃん。 僕は安堵のあまりその場にへたり込んだ。膝をついて大きく息を吐いた。 よかった。無事で。 夏美ちゃんは僕を不思議そうに見つめた。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「あらららー。そうなのですか」 事の顛末を話した僕に夏美ちゃんは申し訳なさそうな顔をした。 「心配をさせてすいません。見ての通り私は全然平気です」 「いや、僕こそごめん。夏美ちゃんのお母さんの話を詳しく聞かずに来ちゃったから」 夏美ちゃんはおかしそうに笑った。 「どうしたの?」 「いえ、お兄さんっておっちょこちょいな所もあるんですね。家事万能で文武両道の完璧人間ってイメージでしたから」 今度は僕が笑ってしまった。夏美ちゃんが膨れた顔をする。 「ぶー。私そんなにおかしい事を言いましたか」 「違うよ。夏美ちゃんがそんな風に僕を思っているなんて思いもしなかったから」 「何言ってるのですか!それ嫌味ですよ!」 夏美ちゃんがぷんぷんする。膨れた顔がちょっとかわいいと思ってしまった。 「そうじゃないよ。昔の僕は家事なんて何もできなかったし、授業は寝てばかりでついたあだ名が赤点キング。栄養は身長に回って頭に回っていないとかいろいろ言われていたよ」 昔の僕は本当におバカなお調子者だった。それは今でも変わらない。 「その話はよく聞きますけど、本当なのですか?今のお兄さんを見ても信じられませんよ」 夏美ちゃんはくすくすとった。僕も笑ってしまった。 「でも夏美ちゃんが無事で本当によかったよ」 僕は立ち上がった。夏美ちゃんの無事を確認できたし帰ろう。授業をさぼるのは良くない。 「お兄さん。もう帰っちゃうんですか?」 夏美ちゃんが寂しそうに言う。そんな顔をされると帰りづらい。 「夏美ちゃんの無事を確認できたし、そろそろ帰るよ」 「あの、その、えとですね」 もじもじする夏美ちゃん。恥ずかしそうに下をうつむく。 「どうしたの?」 「えとですね、実は私すごく林檎を食べたい気分なんです」 机の上にはお見舞いの品か果物が置いてある。リンゴと果物ナイフもある。 「でもですね、そのですね、わたし今は体の調子がおもわしくなくてですね、そのですね」 夏美ちゃんは顔を真っ赤にして上目使いに僕を見た。 「その、お兄さんに林檎の皮をむいてほしいな、なんて思っちゃたりしてですね」 僕は苦笑して夏美ちゃんの隣に座った。もう少しぐらいいいか。果物ナイフを鞘から抜き確認する。きれいに手入れされている。僕は林檎に刃を当てて皮をむく。 「おおー!お兄さん上手ですね」 夏美ちゃんが感嘆の声を上げる。僕はゆっくり皮をむいた。少しでも一緒にいられる時間が増えればいいと思って。 「はい夏美ちゃん」 僕は切り分けた林檎の欠片を夏美ちゃんに差し出した。 「ありがとうございます!」 手を伸ばす夏美ちゃんの手を僕はひょいとかわした。 「あれ?」 夏美ちゃんがきょとんとして僕を見る。 305 三つの鎖 16 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/02/12(金) 19 37 49 ID q62zt04w 「夏美ちゃん。あーんして」 僕は夏美ちゃんの口元に林檎を近づけた。 「え?ええ?」 目を白黒させる夏美ちゃん。顔が徐々に赤くなっていく。 「ふえ?ひゅえええ?」 夏美ちゃんは口元を手で隠し奇妙な悲鳴を上げた。林檎よりも顔が真っ赤だ。 「そそそそっそそそそっそそんな恥ずかひい事できまひぇん!!」 だめだ。新しい世界に目覚めそうだ。楽しすぎる。 春子が僕をからかって恥ずかしがらせる気持ちがよく分かってしまった。 「だって林檎の皮をむけないぐらい調子が悪いんでしょ?」 「うー!うー!」 可愛く唸る夏美ちゃん。ついに観念したように林檎を見た。 「…うむゅー」 夏美ちゃんは小さく口を開けて林檎にかぶりついた。真っ赤な顔でもぐもぐと食べる。僕は夏美ちゃんが飲み込むたびに新しい林檎の欠片を口元に持って行った。 最後の一つを口元に近付けた時、夏美ちゃんはその林檎の欠片をひったくった。 「お、おお、おお、お、お兄さん!」 夏美ちゃんは赤い顔で奪った林檎の欠片を僕に突き付けた。 「あ、あ、ああ、あーん」 赤い顔。震える手。そわそわする瞳。 「く、口を開けてくだひゃい!」 うわっ。これはちょっと恥ずかしい。頬が熱を持つのが分かる。 僕は控えめに口を開けた。夏美ちゃんは目を閉じて林檎を突き付けた。 「え、えい!」 林檎は僕の鼻に突き刺さった。 「ひばっ!?」 僕は衝撃にベッドから転げ落ちた。受け身も取れずに無様にお尻を打つ。痛い。 床から見上げると夏美ちゃんは赤い顔で目を閉じたまま手をつきだした姿勢で固まっていた。林檎の欠片は砕けてバラバラになっている。 「あんた達何やってるの?」 あきれたような声が病室の入り口から聞こえた。 夏美ちゃんに良く似た女性が面倒くさそうに僕たちを見ていた。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 僕たちは床に散らばった林檎を片づけた。 「君、なかなか素質があるね」 入ってきた女性は僕を見てそう言った。 「ありがとうございます」 素質って何のだろう。 「こけっぷりが素晴らしかった」 何の素質ですか。 「ただ惜しむべきは、断末魔の悲鳴だ。あそこは『あべし!』と言うべきだった」 至極真面目な顔で意味不明な事を話す女性。 あべし?阿部氏? 「『あべし!』がいやなら『ひでぶ!』でもいい」 何を言っているか全然理解できない。 「お母さん!変な事言わないで!」 夏美ちゃんが顔を赤くして叫んだ。 やはりこの人は夏美ちゃんのお母さんか。 夏美ちゃんと同じように小柄で、顔立ちが良く似ている。活動的なショートの髪も同じだ。だけど面倒くさそうな表情が夏美ちゃんと違う。 「で、この子が夏美の彼氏?」 夏美ちゃんのお母さんが気だるそうに言った。夏美ちゃんは顔を真っ赤にしてうつむいた。 「申し遅れました。加原幸一と申します。夏美さんとは親しくさせていただいています」 僕は立ち上がって挨拶した。 「へー。今時珍しいぐらい礼儀正しい子ね。夏美。あんたにはもったいないわよ」 「お母さん!」 夏美ちゃんが顔を赤くして抗議した。 「夏美さんのお母様でしょうか?」 「堅苦しい言い方は好きじゃないから洋子さんでいいよ。今日の朝電話くれたよね」 「はい。その節はお騒がせしました」 「え?お兄さん今日電話してくれたのですか?」 306 三つの鎖 16 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/02/12(金) 19 39 24 ID q62zt04w 夏美ちゃんのお母さん、洋子さんが胡散臭げに夏美ちゃんを見た。 「夏美。あんた彼氏をお兄さんって呼んでるの?」 洋子さんは僕を面倒くさそうに見た。 「君ってまじめそうに見えて変な趣味ね」 僕は苦笑した。 「お母さん!違うよ!私がそう呼んでいるだけだから」 「なんなの夏美。そんなに兄が欲しかったの?」 「だーかーらー!友達のお兄さんだからそう呼んでいるだけなの!」 「何で名前で呼ばないのよ」 「それは、その、なんていうか」 「相変わらずシャイねー。名前を呼ぶのが恥ずかしいんだ。それで彼氏をお兄さんって呼ぶの。はっ、ガキくさ」 「うみゅー!」 顔を真っ赤にする夏美ちゃんと気だるそうな洋子さん。性格は似てないけど、仲の良い親子のようだ。 不思議に思う。何で別居しているのだろうか。お父さんと仲が悪いのだろうか。 「今日あの家に行ったら肉じゃがあったけど、あれってもしかして君が作ってくれたのかな?」 洋子さんは気だるそうに尋ねた。 「はい。作り置きに料理したものです」 「へー。おいしそうだったから全部食べちゃった。すごくおいしかったよ」 「ありがとうございます」 「ちょっとお母さん!お兄さんの手料理全部食べちゃったの!?」 「まともな料理食べたのは久しぶりだったからね」 「うー!私の心の栄養源がー!」 洋子さんは夏美ちゃんの頭を撫でた。どう見ても馬鹿にしているようにしか見えない。 「ありがとうね。この子カレーしか作らないからまともなもの食べているか心配してたのよ」 それでもそう僕に言う洋子さんの顔は確かに母親の顔だった。京子さんが脳裏に浮かんだ。 「お母さんとお父さんもカレーとシチューしか作れないじゃない」 夏美ちゃんはプイっとそっぽを向いた。 ちょっと待って。今聞き捨てならない事を言わなかったか? 「そうなのよねー。おかげで昔の我が家の食事は毎回カレーかシチュー。いや、シチューだとすぐになくなるからほとんどカレーなのよね」 想像するだけで鳥肌が立つ。なんて恐ろしい家だ。 「ま、私も旦那もこの子もカレーは大好きだからあまり問題ないけどね」 あります。 「旦那のプロポーズが毎日カレーを作ってあげるだったのよ」 夏美ちゃんのお父さん。漢です。 「お二人がよければ他の料理を持っていきます」 僕は決心した。夏美ちゃんは育ち盛りだ。カレーだけだと栄養が偏る。 「楽しみにしているわ。で、夏美。あんた何で救急車で運ばれたの」 洋子さんが気だるげに尋ねた。そういえば僕も知らない。あまりに元気な夏美ちゃんを見て失念していた。 「そのね、何があったか覚えてないの。昨日の夜に帰ってきたときに階段から落ちて頭を打ったみたいで。深夜にマンションの人に発見されて気が付いたら病院のベッドの上だったんだ」 夏美ちゃんは恥ずかしそうに笑った。 「あんたねー。ま、無事ならいいか」 洋子さんはため息をついた。 「大した事がなくてよかったけど、お母さんびっくりしたんだからね。しっかりしなさい」 「ごめんね」 「お父さんに連絡したらびっくりしてたよ。今こっちに向かっているって」 「え!?そうなの!?」 夏美ちゃんの顔が輝く。洋子さんのチョップが夏美ちゃんの頭に炸裂した。 「きゃん!?」 「何喜んでるのさ。お父さん香港から来るんだよ?文字通り飛んできているんだからね。いや、今はこっちに走っているか」 「でもお父さんに会うの久しぶりだもん」 嬉しそうな夏美ちゃんを洋子さんが複雑そうに見る。娘を一人置いて別居している身としては胸の中は複雑なのだろう。 「お父さんはいつごろ来るの?」 「もうすぐ着くと思うよ」 親子の会話に不吉なものを感じる。 「そろそろ失礼します」 さすがに夏美ちゃんのお父さんと顔を合わせるのは気まずい。 「えー。お兄さん帰るのですか」 「ついでだし旦那にも紹介するよ」 引き留める親子。 「いえ。久しぶりの親子の再開に水を差すつもりはありません」 307 三つの鎖 16 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/02/12(金) 19 40 55 ID q62zt04w 僕は立ち上がった。 「あ!お兄さん待ってください」 ベッドの上の夏美ちゃんは身を乗り出し僕に手を伸ばすけど届かない。そのままバランスを崩す夏美ちゃんを僕は支えた。 「大丈夫?」 顔を真っ赤にする夏美ちゃん。 「あらあら。こんな場所で大胆ね」 洋子さんはにやにやしながら言った。 その時、病室のドアが開いた。一人の男が茫然と僕たちを見ている。 最初の印象は、とにかく大きい。僕と同じぐらいの身長だけど、横幅は1.5倍はありそうだ。 「意外とはやかったね。あれがうちの旦那の中村雄太よ」 洋子さんは面白そうに言った。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「てな訳よ」 洋子さんは呆然とする雄太さんを座らせて夏美ちゃんが運ばれた件を説明した。僕の事は何一つ言わなかった。 「そう。無事で何よりだよ」 心あらずといった様子の雄太さん。 「お父さん。心配掛けてごめんね」 夏美ちゃんは申し訳なさそうに言った。 「ところで、この人はどちら様かな?」 雄太さんが僕を見た。胡散臭げな目。帰りたい。 「夏美の彼氏よ」 雄太さんの目が見開かれる。 「はじめまして。加原幸一と申します」 続きを口にする前に雄太さんは立ち上がり天を仰いだ。座った僕からは見上げるような身長。顔を両手で覆い何も言わない。 「あの」 なんて呼べばいいのだろう。雄太さんでいいのかな。 洋子さんが僕の耳元で囁く。 (おとうさんって呼んであげな) 「あの、おとうさん」 雄太さんは僕を睨んだ。 「君にお父さんと言われるいわれはない!」 ええええーーー。 洋子さんを見るとものすごい素敵な笑顔。 「よくも僕の可愛いお姫様に手を出したな!ゆるさん!」 「お父さん!恥ずかしい事言わないでよ!」 顔を赤くして叫ぶ夏美ちゃん。 「うちの旦那ねー、いっつもあんな感じで痛い事を言うのよ。夏美が変にテンション高かったり恥ずかしがり屋だったりするのは間違いなく旦那の影響なのよねー」 まるで他人事の洋子さん。 「昔はお父さんのお嫁さんになるって言ってくれたのに!」 「今もそうだと困るでしょ!」 「洋子さーん!どうしよー!」 話を振られた洋子さんは面倒くさそうにため息をついた。 「あんたねー、そんなんじゃ夏美に嫌われるわよ」 「そんな!むむむ。加原君といったな!うちの夏美をたぶらかしてどうするつもりだ!」 「お父さん!お兄さんの事を悪く言わないで!」 顔を赤くして叫ぶ夏美ちゃん。 「え?お、お兄さん?」 目を白黒させる雄太さん。洋子さんが面白そうに口を開いた。 「あれね、加原君の趣味らしいよ」 「違います!」 僕はすぐに否定した。 「愛する可愛い娘の恋人が変態とは!」 聞いてないよ。 「お父さんもお母さんもいい加減にして!」 夏美ちゃんが顔を赤くして叫んだ。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 308 三つの鎖 16 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/02/12(金) 19 43 10 ID q62zt04w あの後、夏美ちゃんは検査のために病室を出た。 僕と夏美ちゃんのご両親は改めて自己紹介をした。 「加原君。先程は見苦しいとこを見せてすまない。僕は娘の事が絡むとどうしても冷静になれなくてね」 落ち着いた声。先程の姿は微塵も感じさせない。目の前にいるのは一人の落ち着いた父親。 僕は自分の父親を無意識に思い浮かべた。普段から無口で感情の起伏の乏しい父。 「夏美は電話でいつも嬉しそうに君の事を話すよ。お世話になっているようで申し訳ない」 「いえ、僕も夏美さんにはいつもお世話になっています」 夏美ちゃんのおかげで梓と仲直りできた。屋上で見た梓の笑顔が脳裏に浮かんで消えた。 「夏美に寂しい思いをさせている身としては頭が下がる思いだ。本当にありがとう。まあ父親としては複雑だけどね」 そう言って笑う雄太さん。その明るい笑顔は夏美ちゃんを連想させる。 「全く。いつもこの調子なら間違いなくいい男なのに」 「洋子さん。そんなこと言わないでよ」 からかう洋子さんと困った顔をする雄太さん。小柄な洋子さんが大柄な雄太さんをからかうのは滑稽なようだけど、その一方で見ているだけで頬が緩むような愛嬌がある。 不思議だ。何で別居しているのだろう。 「ねえ加原君。君は疑問に思わないわけ?」 洋子さんは面倒くさそうに僕を見た。 「何のことでしょうか」 「私たちが何で夏美と離れて暮らしているかよ。加原君はお人よしでお節介な感じがする。それなのに何も聞かないが不思議でね」 「洋子さん」 雄太さんが洋子さんをたしなめた。 「本人が相談してきたならともかく、そうでないなら例えお付き合いしている身でも他の家族の問題に口出しする資格はありませんし必要もありません」 夏美ちゃんの輝くような明るい笑顔が脳裏に浮かぶ。 「それに夏美ちゃんを見ればどのような方のもとで育ってきたかは分かります。私は今の夏美ちゃんを育てたご両親を信じています」 僕は今日初めて夏美ちゃんのご両親に会った。性格には驚かされるものがあるけど、夏美ちゃんのご両親と聞いても納得するだけのいい人だと思う。 「娘に男を見る目があるようで安心したよ」 「夏美にはもったいない彼氏ね」 褒められるとて少し照れる。 「ま、加原君には一応伝えておくけど、別に仲が悪いわけじゃないよ」 洋子さんが面倒くさそうに言った。 「うちの家は旦那の稼ぎだけでも十分に食べていけるけど、私も仕事をしている。旦那は商社の営業で海外にもよく行く。私はプラント建設のマネージメントをしている。こう見えても責任のある立場でね。ま、その分稼いではいるけど。 旦那は海外を飛び回らないといけないし、私は私で担当しているプラントが完成したらまた次のプラントって具合に色々飛び回る。それで小さいときから夏美は旦那や私の両親に預けることが多かった。 ま、それで両方から色々言われて正直まいってね。夏美も両方の祖父母に色々言われて嫌な思いもした。旦那が一生懸命庇ってくれるのも申し訳なくなってね。それで別れようと思った」 「あの時は本当に大変だったね」 懐かしそうな顔をする雄太さん。 「この人が泣きながら別れないでくれって頼むから別れるのはやめたけどね。夏美がまだ小さい時さ。 でだ。私達は二年前から別居している。正確にいえばこの人は香港に海外転勤、私は新型のプラント建設でアメリカに転勤になった。 で、夏美をどうするかでこの人と喧嘩してね」 「僕は日本に残した方がいいと思った。中学生から海外の学校に行くのはいくらなんでもなじめないと思ってね」 「私はどちらかが連れていくべきだと思った。もし日本に残したらまたどちらかの祖父母の家に預けることになるし、私と雄太の両親はすでに高齢だった。今はもう鬼籍に入っているぐらいだしね。 またあの祖父母に預けるのは可哀そうだと思った。それで夏美に選んでもらおうってことになった」 「あの時の僕たちは本当に駄目な両親だった。最低な選択を夏美に迫ったわけだ」 雄太さんは自嘲した。洋子さんもため息をついた。 309 三つの鎖 16 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/02/12(金) 19 45 10 ID q62zt04w 「夏美はどちらも選ばなかった。あの子からしたら母親か父親どちらか選べって言われたようなもんだからね。どちらも選べなかったわけだ。それで夏美は寮のある女子校に転校するって言い出した。 今時そんな学校は金もかかるし編入試験も厳しい。まあお金はいい。嫌な言い方だがうちはお金はある。あの子は成績が悪いから試験に受からないと私は思った。だから試験に落ちたらどちらかを選ぶって条件で編入試験を受けることを許したのさ。 そしたらあの子は合格した。頭が悪いなりに努力したみたいでね。で、夏美は日本に残った。中学を卒業したらどうするか聞いたら、今の家に住むって言い出してね。私達の家を守るって。 せっかくいい中学に受かって内部進学で高校も上がれるのに、夏美は結局今の家に戻って一人で暮らしているわけさ」 気だるそうに洋子さんはそう言って僕を見た。 「何も聞かないんだ」 「洋子さんがいま日本にいるのは何故ですか?」 笑う洋子さん。 「そこを聞くのか。まあいい。昨日から打ち合わせで日本にいるだけさ。さすがにアメリカからここまですぐに来られる距離じゃない。それよりも聞きたい事はないのかい」 雄太さんは心配そうに洋子さんを見た。 「洋子さん。どうしたんだい」 「いやね、加原君の澄ました顔を見ていると本音を聞きたくなるだけさ。気にならないの?仕事と夏美で仕事をとる私達の事情」 雄太さんが申し訳なさそうに僕を見た。付き合う事はないと眼が告げている。 「気にならないと言えば嘘になります。しかし、お仕事と家庭の事情は別問題だと僕は思っています。何かしら事情があるのでしょう」 父さんは警察官で、京子さんは看護師。二人とも家にいる事は少ない。それでも僕は二人の事を尊敬している。誰かがやらないといけない事を二人はしている。 「この人に関してはそうさ。有能なのにお人よしでね。しかも人望もある。私が惚れるぐらいだからね。おかげで色々なしがらみに囚われている。私は違う。今の仕事が楽しいだけさ。仕事と娘を秤にかけて仕事を選んだ最低な母親だよ」 洋子さんは憑かれたようにしゃべり続けた。雄太さんはそんな洋子さんを心配そうに見つめた。 「失望しただろ?夏美の母親がこんな女で」 僕は首を横に振った。 「それでも夏美さんが病院に運ばれたと聞いて飛んでくる優しいお母さんです」 僕は産んでくれた母親の記憶は無い。母親の代わりは京子さんと村田のおばさんだった。二人とも忙しい人だけど、僕が風邪をひいたときは忙しいなか時間を見ては看病してくれた。 洋子さんも同じ。子を大切に思う母親。 「ねえ洋子さん」 雄太さんが口を開いた。 「夏美は僕たちを責めていないのは分かっているでしょ?それを加原君に八つ当たりするのは筋違いもいいところだよ」 「うるさい。雄太のくせに私に意見を言うの」 「僕は洋子さんの旦那だから」 洋子さんは深呼吸して立ち上がった。 「加原君。すまない。久しぶりに見た夏美が本当に私を恨んでいないのを分かってイラついた。あの子には私を責める権利があるのに。あの子は本当にお人よしだ」 深々と頭を下げる洋子さん。その姿が夏美ちゃんとかぶる。僕の家に泊まりに来た夏美ちゃんも、目的は僕に謝るためだった。 親と娘の絆を感じた。 「やっぱり親子ですよ」 「?」 「夏美さんと洋子さんです。行動が同じですよ」 きょとんとする洋子さん。それを見た雄太さんは笑った。 「何がおかしいの」 そう言って夏美さんはほっぺたを膨らませた。その仕草も夏美ちゃんに似ていた。 戻る 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/708.html
そして、そんないつものSOS団活用内容とさほど変わらないモラトリアムな時を過ごしながら、俺は辺りが段々とオレンジ色の光に包まれつつあるのを感じていた。 昨日別れた時刻に近づいてきたな。ていうか、そろそろ帰らなきゃ帰りのバスもなくなっちまうんじゃないのか、ハルヒ? 「えっ……何?」 「だから、こんな時間までここにいて帰りのバスは大丈夫なのか?」 「だ、大丈夫よ! あんたがそんなこと心配する必要ないわ」 「そうかい、……ところでハルヒ」 俺はいつになく真剣な面もちでそう呼びかけた。 ハルヒはどことなく顔を赤らめつつ、 「な、なによ?」 と、ぶっきらぼうに返してきた。 「俺……トイレに行ってくる」 「あっそういってらっしゃいごゆっくり」 と、今度はえらくぞんざいに返してきた。 一応断っておくが大きいほうではないからな、と心の中でつぶやきながら俺はトイレへとたった。 トイレをすませた俺は全速力でハルヒのもとへと走っている。 なにもハルヒの顔を今すぐに見なければ死んでしまう病にかかったとかそういうわけではない。 事の始まりは妹からの電話だった。 似たような台詞を前にも使ったが、この際そんなことはどうでもいい。 妹からの電話はマジで笑えない内容だったからな。 トイレをすませ(くどいようだが大ではない)、俺は鏡を見ながら適当に髪を整えていた。 まあ別に大した訳もなく何の気なしに携帯を手にすると、それと同時にバイブレーション機能が発動し危うく落としかけた。 適当に携帯をとったらちょうどよく着信するってよくあるよな。 んでその発信源が自宅であり電話の向こうには妹がいたわけだ。 「もしもし」 「あっ! キョン君!? よかったぁ……ぅぐっ……ひぐっ」 妹は泣いていた。 「どうした我が妹よ。友達とケンカでもしたのか?」 俺の可愛い妹を泣かせた奴は一体どこのどいつだ! と、内心甚だしく業腹であったのだが、俺の半分冗談の混じった言葉に対する妹の深刻かつ悲壮感溢れる返事を聞いたとき、 俺はTPDD使用時に伴う空間把握能力の著しい欠如によるあの不快感にも勝るとも劣らない吐き気というか目眩というかそんなものを感じた。 「おかあさんが……ぅぐっ……ひぐっ……おかあさんが」 「お袋がどうかしたのか!?」 「いまね、救急車がきてね……ぅぐっ……ひぐっ……キョンくぅん……ひぐっ」 妹の言葉から察するにお袋になにかあったのは間違いない、それにこの様子はただ事じゃない。 「分かった。すぐ帰るから……大丈夫だ、大丈夫だからそんなに泣くな。兄ちゃんがすぐ行くからな」 「ぅん……ひぐっ」 俺はハルヒにこのことを伝えるために全速力でダッシュした。 「キョ、キョン!? どうしたのそんなに慌てて? 紙が無かったとか?」 だから大ではないと何度言えば……ってそんなことはどうでもいい。 「……ハルヒ、すまないが俺今すぐ家に帰らなきゃならん」 「え!?」 ハルヒは途端に悲と惑の二文字で彩られたような表情になった。 「……じゃあハルヒ。俺もう行くわ」 俺はハルヒに背を向け全速力ダッシュを再び繰り出そうとした。 よし行くぜ待ってろよ我がいもうt ガクン ???? 「……」 無言のハルヒが俺の襟を掴んでいた。 「あのなぁハルヒ、俺は家に帰らなきゃならんのだ。どうかその手を俺の襟から離してくれんかね」 「……嫌よ」 ハルヒの声はあまりにも小さすぎてマジで聞き取れなかった。 「何だって?」 「嫌だって言ってんのよ!!」 次こそ聞き取ろうと耳に全神経を集中させていた俺はハルヒのバカデカい声に恥ずかしいくらいひるんでしまった。 いくらなんでもそりゃ不意打ちだ。 「キョン、今日はあたしに一日中付き合う約束だったわよね!? だから帰っちゃだめよ! これは団長命令だわ! 何が何でもあんたを帰らせたりはしn」 「ハルヒ!」 俺はハルヒを落ち着かせるべく声を荒げてハルヒの名を呼んだ。 「な、なによ!? 団長様に意見しようってわけ!? そんなのだめよ。団長であるあたしの意見より平団員のあんたの意見が通ることなんてまずないわ。だから諦めて今日はずっとあたしと一緒に」 「おい、ハルヒ!」 俺はさっきより数段デカい声で、怒鳴った。 「……」 ハルヒはようやく静かになった。 「……実はな、さっき妹から電話があったんだ。妹の話によると俺のお袋が病院に搬送されたらしい。 ……いつもは笑ってばっかのアホみたいな妹がな、家で一人で泣いてるんだ。だから俺は家に帰らなきゃならん。わかってくれ、妹のためにも俺は」 俺の言葉は遮られた、 「わからないわ」 俯いたハルヒの淡々とした言葉によって。 「……ハルヒ?」 ハルヒの様子は明らかにいつもと違った。 「……いやよ……あたしだって……今日のために……覚悟だって……そんなことで」 俯きながらのハルヒの言葉はボソボソとしていて聞き取ることができなかった。 「おい、ハルヒ?」 「……いやよ……ぜったいにいや………あたしが……そんなやつに……あたしの……」 「ハル……ヒ?」 「……そんなやつ……キョンの妹なんか……いなくなっちゃえば」 「っ!」 今ハルヒは何て言った!? 俺の妹がいなくっちまえばだと!? 確かにそう聞こえたぞ!? 「おい、ハルヒ! 今お前何て言った!? 俺の妹がいなくっちまえばだと!?」 思ったことが口に出ていた。 「え……いや……そんなこと」 「その言葉今すぐ訂正しろ! 俺の妹はいなくなるべきではないと心から思え! ほら、早くしろよ!」 俺はハルヒの肩を鷲掴みにしながら怒鳴った。 完全に動揺しきっていて自分でも何言ってんだかわけがわからなかった。 「い、痛いわよ!」 「そんなことはどうでもいい! 俺の妹はいなくなるべきではない! 早くそう思え!」 「わかった、わかったから手を離して……本当に痛いのよ」 俺はハルヒの肩から手を離し、できるだけ冷酷な口調で告げた。 「……今度そんなこと考えでもしてみろ。俺の家族に何かしでかしやがったら、いくらお前でも容赦しないからな」 そう言い残し俺は急ぎバス停へと向かった。 「なんで……どうして……あたしはただ」 ハルヒが何かつぶやいているようにも感じたが、気のせいだろう。 帰りのバスはあった。俺はそのバスに乗り急いで家へと向かった。 ……雨? さっきまであんなに晴れていた空には一面の暗雲が立ちこめポツリポツリと生み出された雨がアスファルトを濡らしていた。 前編5
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/729.html
そして、そんないつものSOS団活用内容とさほど変わらないモラトリアムな時を過ごしながら、俺は辺りが段々とオレンジ色の光に包まれつつあるのを感じていた。 昨日別れた時刻に近づいてきたな。ていうか、そろそろ帰らなきゃ帰りのバスもなくなっちまうんじゃないのか、ハルヒ? 「えっ……何?」 「だから、こんな時間までここにいて帰りのバスは大丈夫なのか?」 「だ、大丈夫よ! あんたがそんなこと心配する必要ないわ」 「そうかい、……ところでハルヒ」 俺はいつになく真剣な面もちでそう呼びかけた。 ハルヒはどことなく顔を赤らめつつ、 「な、なによ?」 と、ぶっきらぼうに返してきた。 「俺……トイレに行ってくる」 「あっそういってらっしゃいごゆっくり」 と、今度はえらくぞんざいに返してきた。 一応断っておくが大きいほうではないからな、と心の中でつぶやきながら俺はトイレへとたった。 トイレをすませた俺は全速力でハルヒのもとへと走っている。 なにもハルヒの顔を今すぐに見なければ死んでしまう病にかかったとかそういうわけではない。 事の始まりは妹からの電話だった。 似たような台詞を前にも使ったが、この際そんなことはどうでもいい。 妹からの電話はマジで笑えない内容だったからな。 トイレをすませ(くどいようだが大ではない)、俺は鏡を見ながら適当に髪を整えていた。 まあ別に大した訳もなく何の気なしに携帯を手にすると、それと同時にバイブレーション機能が発動し危うく落としかけた。 適当に携帯をとったらちょうどよく着信するってよくあるよな。 んでその発信源が自宅であり電話の向こうには妹がいたわけだ。 「もしもし」 「あっ! キョン君!? よかったぁ……ぅぐっ……ひぐっ」 妹は泣いていた。 「どうした我が妹よ。友達とケンカでもしたのか?」 俺の可愛い妹を泣かせた奴は一体どこのどいつだ! と、内心甚だしく業腹であったのだが、俺の半分冗談の混じった言葉に対する妹の深刻かつ悲壮感溢れる返事を聞いたとき、 俺はTPDD使用時に伴う空間把握能力の著しい欠如によるあの不快感にも勝るとも劣らない吐き気というか目眩というかそんなものを感じた。 「おかあさんが……ぅぐっ……ひぐっ……おかあさんが」 「お袋がどうかしたのか!?」 「いまね、救急車がきてね……ぅぐっ……ひぐっ……キョンくぅん……ひぐっ」 妹の言葉から察するにお袋になにかあったのは間違いない、それにこの様子はただ事じゃない。 「分かった。すぐ帰るから……大丈夫だ、大丈夫だからそんなに泣くな。兄ちゃんがすぐ行くからな」 「ぅん……ひぐっ」 俺はハルヒにこのことを伝えるために全速力でダッシュした。 「キョ、キョン!? どうしたのそんなに慌てて? 紙が無かったとか?」 だから大ではないと何度言えば……ってそんなことはどうでもいい。 「……ハルヒ、すまないが俺今すぐ家に帰らなきゃならん」 「え!?」 ハルヒは途端に悲と惑の二文字で彩られたような表情になった。 「……じゃあハルヒ。俺もう行くわ」 俺はハルヒに背を向け全速力ダッシュを再び繰り出そうとした。 よし行くぜ待ってろよ我がいもうt ガクン ???? 「……」 無言のハルヒが俺の襟を掴んでいた。 「あのなぁハルヒ、俺は家に帰らなきゃならんのだ。どうかその手を俺の襟から離してくれんかね」 「……嫌よ」 ハルヒの声はあまりにも小さすぎてマジで聞き取れなかった。 「何だって?」 「嫌だって言ってんのよ!!」 次こそ聞き取ろうと耳に全神経を集中させていた俺はハルヒのバカデカい声に恥ずかしいくらいひるんでしまった。 いくらなんでもそりゃ不意打ちだ。 「キョン、今日はあたしに一日中付き合う約束だったわよね!? だから帰っちゃだめよ! これは団長命令だわ! 何が何でもあんたを帰らせたりはしn」 「ハルヒ!」 俺はハルヒを落ち着かせるべく声を荒げてハルヒの名を呼んだ。 「な、なによ!? 団長様に意見しようってわけ!? そんなのだめよ。団長であるあたしの意見より平団員のあんたの意見が通ることなんてまずないわ。だから諦めて今日はずっとあたしと一緒に」 「おい、ハルヒ!」 俺はさっきより数段デカい声で、怒鳴った。 「……」 ハルヒはようやく静かになった。 「……実はな、さっき妹から電話があったんだ。妹の話によると俺のお袋が病院に搬送されたらしい。 ……いつもは笑ってばっかのアホみたいな妹がな、家で一人で泣いてるんだ。だから俺は家に帰らなきゃならん。わかってくれ、妹のためにも俺は」 俺の言葉は遮られた、 「わからないわ」 俯いたハルヒの淡々とした言葉によって。 「……ハルヒ?」 ハルヒの様子は明らかにいつもと違った。 「……いやよ……あたしだって……今日のために……覚悟だって……そんなことで」 俯きながらのハルヒの言葉はボソボソとしていて聞き取ることができなかった。 「おい、ハルヒ?」 「……いやよ……ぜったいにいや………あたしが……そんなやつに……あたしの……」 「ハル……ヒ?」 「……そんなやつ……キョンの妹なんか……いなくなっちゃえば」 「っ!」 今ハルヒは何て言った!? 俺の妹がいなくっちまえばだと!? 確かにそう聞こえたぞ!? 「おい、ハルヒ! 今お前何て言った!? 俺の妹がいなくっちまえばだと!?」 思ったことが口に出ていた。 「え……いや……そんなこと」 「その言葉今すぐ訂正しろ! 俺の妹はいなくなるべきではないと心から思え! ほら、早くしろよ!」 俺はハルヒの肩を鷲掴みにしながら怒鳴った。 完全に動揺しきっていて自分でも何言ってんだかわけがわからなかった。 「い、痛いわよ!」 「そんなことはどうでもいい! 俺の妹はいなくなるべきではない! 早くそう思え!」 「わかった、わかったから手を離して……本当に痛いのよ」 俺はハルヒの肩から手を離し、できるだけ冷酷な口調で告げた。 「……今度そんなこと考えでもしてみろ。俺の家族に何かしでかしやがったら、いくらお前でも容赦しないからな」 そう言い残し俺は急ぎバス停へと向かった。 「なんで……どうして……あたしはただ」 ハルヒが何かつぶやいているようにも感じたが、気のせいだろう。 帰りのバスはあった。俺はそのバスに乗り急いで家へと向かった。 ……雨? さっきまであんなに晴れていた空には一面の暗雲が立ちこめポツリポツリと生み出された雨がアスファルトを濡らしていた。 前編5
https://w.atwiki.jp/kimo-sisters/pages/932.html
273 三つの鎖 8 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/05(土) 00 55 54 ID tRtYc6li 三つの鎖 8 あの日。多くが変わった日から次の登校日。 僕はいつも通り早朝から家事を行っていた。思った以上に平静でいられるのが自分でも意外だった。 もしかしたら習慣になっていることを行うことで平静を保とうとしているだけかもしれない。 もちろん分かっていた。やらなくてはいけない事は春子と梓と話すこと。 二人の行動の理由を聞かなくてはならない。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 兄さんが朝食の片付けをしているのをしり目に私は風呂場に向かった。朝食が終わって父さんと京子さんは出勤する前に私はシャワーを浴びるために風呂場に入った。 あの日。兄さんはおかしかった。見た目こそいつもと変わらないがかすかに動揺していた。何があったのか。 推測する材料はいくつかある。 一つ。兄さんは自分のベッドで寝なかった。 あの日、兄さんと夏美が玄関で話している間、私は兄さんの部屋の布団にもぐりこんだ。兄さんの匂いはあまりなく、洗濯したてのシーツに匂いしかしなかった。 二つ。お風呂が念入りに掃除されていた。 私がいつも通り朝のシャワーを浴びるために浴室に行くと、なぜか念入りに掃除されていた。前日お風呂に入る前に私が掃除したのに。 三つ。兄さんと夏美の間に何かがあった。 朝食のとき、夏美はちらちら兄さんを見ていた。兄さんと目が合うと恥ずかしそうにうつむいた。 結論。夏美は兄さんと寝た 沸騰する感情の中、私は意外と冷静に考えていた。寝たとしたらどこで寝たのか。夏美と春子は同じ部屋で寝ていた。他に人が寝られるスペースも布団もない。 ならば風呂場でやったのだろうか。それならばお風呂が念入りに掃除されている理由も説明がつく。しかし証拠がない。 私は手っ取り早く確かめるために兄さんに質問した。兄さんは何も答えなかった。 それが私を苛立たせた。私が兄さんの足を払いのしかかったのも、関節を決めて無理やりにでも聞き出すつもりだったからだ。 だけど兄さんの唇を見た瞬間、我慢の限界を超えた。夏美か春子が兄さんの唇を奪ったと思うだけで感情が爆発した。 私は兄さんの唇を奪った。久しぶりの兄さんの唇は兄さん以外の味が微かにした。 頭をふり私はシャワーの温度を下げた。熱くなった体に冷たいシャワーが心地よい。突き止めなくてはならない。兄さんが誰とキスしたのか。 浴室を出て時計を確認すると思った以上に長い時間シャワーを浴びていた。手早く準備をする。今日は自分で簡単に髪を手入れした。髪を下ろしリビングに入った。 兄さんはいない。二階の掃除をしているのだろう。キッチンの弁当を鞄に入れ家を出た。 いま兄さんと顔を合して冷静でいる自信が無かった。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 兄さんに髪をすいてもらわなかった分、学校には早めに着いた。 教室にはすでに夏美がいた。ぼんやりとしている。私はすぐに分かった。恋する女の顔。 「夏美」 私は名前を呼んだ。びくっと震え夏美は私の方を見た。 「あずさー。おはよう!」 にっこりと笑う梓。笑顔が嘘くさい。私は椅子に座った夏美を見下ろした。 「この前は私の家で面白い事をしてくれたわね」 夏美の顔色が変わる。もちろん、私は何があったかは知らない。だけど、夏美の反応だけで十分だ。 「ばれてないつもりなの?」 自分の唇にふれる夏美。 兄さんの唇を奪ったのはお前か。 「兄さんの唇はどうだった」 全身の血液が沸騰する感覚を押さえ私は夏美に尋ねた。夏美の頬が赤くなる。 気持ち良かったんだ。嬉しかったんだ。そうでしょうね。私の兄さんだもの。ゆるせない。 「その、えと、あの」 夏美は赤い顔でもじもじする。その顔を引き裂きたい。 「ご、ごめん!隠すつもりじゃなかったの」 ふざけるな。殺してやる。 「まあいいわ」 私は熱い息を吐いた。今は何があったか聞き出すのが先決だ。制裁はその後でも遅くない。 「よかったら詳しい話を教えてくれない?」 私が夏美に囁くと、夏美はさらに顔を赤くした。 「言えないの?」 夏美が私を見上げる。発情した雌猫の表情。苛々する。きっと兄さんにもこんな表情で迫ったに違いない。 「そのね、お兄さんに、その、告白、しちゃったんだ」 恥ずかしそうに言う夏美。 いつだ。二人でアイスを買いに行った時か?朝食の後か? 274 三つの鎖 8 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/05(土) 01 00 41 ID tRtYc6li 兄さんは夏美の告白を受けたのか?断ったのか? 「あの兄さんのどこがいいのか理解に苦しむわ」 お前に私の兄さんの良さが分かるのか。 「で?兄さんは何て言ったの?」 夏美は恥ずかしそうにうつむいた。 「私が返事は後でいいって言ったから、まだ返事はもらってない」 少し意外な気がした。キスまでしたのだから兄さんは夏美の気持ちを受け入れたと思ったのに。まだ返事をしていないなんて。兄さんに今まで告白した女は何人かいるが、後から聞いた話では兄さんは全てその場で断ったらしい。 これは吉か凶か。 「そうなの。だから兄さんも夏美も眠そうにしていたのね」 「ううん。私はすぐに寝ちゃったんだ。緊張して疲れちゃって」 夏美の目を見る。まっすぐで綺麗な瞳。嘘をついているようには見えない。兄さんはあの日の夜、どこで寝たのか。どこにいたのか。 「私はてっきり春子と話し込んでいると思ったけど。一緒の部屋だったのでしょ?」 春子と夏美は同じ部屋で寝ていたはず。 「うん。でも私はすぐに寝ちゃって」 そういえば夏美は春子に連れられて来た。 「家に泊まりに来たのも兄さんに告白するのが目的だったの」 もしそうなら春子も共犯。 「違うよ」 夏美は頭を振った。 「あの日の放課後にハル先輩に会ったんだ。ほら、私あの日のお昼にきまずかったじゃない。春子先輩が協力するって言ってくれたんだ。お泊まり会するから一緒に来ないかって」 ますます分からない。 あの日のお昼の夏美を見れば、兄さんに気があるのは一目で分かる。春子はその場にいた。つまり春子は夏美の気持ちを知った上で連れて来た。 春子は夏美に協力した。夏美は兄さんに告白してキスまでした。夏美は夜寝ていた。 じゃあ兄さんは夜どこにいた?誰かといた?もしそうなら誰といた?そして何をしていた? おそらく兄さんはお風呂にいた。そしてなぜか掃除した。 消去法でいくと春子といたことになる。しかし春子は夏美に協力していたからそんな事をする理由が無い。 考えられるのは夏美が嘘をついている可能性。 「春子も相変わらずおせっかいね。兄さんがちゃんと夏美に優しくキスできたか心配だわ」 夏美は顔を真っ赤にした。 「そのさ、私、ファーストキスだったから、よく分からないよ」 夏美が嘘をついている可能性は低そうだ。夏美は良くも悪くも単純で考えがすぐに顔に出る。 「意外ね。夏美ってもてそうなのに」 夏美は可愛くてノリがいい。男が寄ってくるだけの魅力は十分にある。 「私さ、いつもはテンション高く見えるかもしれないけど、すごく恥ずかしがり屋なんだ。お兄さんに髪をすいてもらっている時とか恥ずかしくて頭が変になるかと思った」 顔を赤くする夏美。その表情から羞恥と喜びが読み取れる。殺したい。 「梓ってすごいよね。毎日お兄さんに髪をすいてもらってるんでしょ」 「別に毎日ってわけじゃないわよ」 嘘。毎日の楽しみだ。今日はまだだけど。 「私は無理。嬉しいけど恥ずかしすぎるよ」 夏美はため息をついて机にへばりついた。 「わたしさー、梓とかハル先輩とか羨ましいと思ってたんだ。梓はお兄さんと一緒に住んでるし、ハル先輩はお兄さんにいっつもべったりしてるし。 でも好きな人とずっと一緒にいたりべったりするのってすごく大変だと思う。髪の毛さわられるだけで初めて寝る布団で熟睡しちゃうほど疲ちゃったよ」 そんなものなのかな。私は好きな人の側にずっといたいけど。 「兄さんは夏美の告白を受け入れそう?」 私は一番気になることを尋ねた。 「うーん。分からない」 夏美はため息をついた。切なそうな表情。むかつく。 他のクラスメイトが教室に入ってきた。私たちの会話はここで途切れた。 とりあえず夏美の事は放置しておいて大丈夫だろう。告白してキスしただけのようだ。それだけで万死に値するが。そうせ兄さんは夏美をふるだろうし。 私は夏美を見た。顔を微かに染めてぼんやりしている。兄さんの事を考えているのだろう。 怒りに頭が沸騰する。よくも私の兄さんを穢したな。私だけの兄さんを。兄さんは私のものなのに。 私は教室を出て屋上に向かった。怒りで頭が変になりそうだった。 屋上から校門を見下ろす。大勢の生徒が登校している。その中に春子を見つけた。 そうだ。春子も問い詰めなくては。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 僕は一人で登校した。 梓は僕が二階を掃除している間にお弁当を持って家を出た。これは今日は話しかけるなということだろう。 275 三つの鎖 8 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/05(土) 01 06 04 ID tRtYc6li のんびりはしてられないが、お昼に梓の教室に行っても梓は不機嫌になるだけで話を聞かないだろう。 夏美ちゃんの顔が浮かんだがすぐに消した。まずは春子と話そう。 春子との情事が脳裏に蘇る。なぜ春子はあんな事をしたのか。 ずっと僕と梓のお姉さん代わりだった春子。いつも僕と梓の世話を焼いてくれたいちばん身近な女性。何があったのか。何を考えているのか。そんな事を考えながら教室に入った。 春子は黒板を拭いていた。 思わず身構える僕。春子は僕に気がついた。 「おはよう幸一君」 いつもより控え目な笑顔。また黒板を拭く。 僕は驚いた。いつもの朝なら僕に抱きついて頬ずりしてくるのに。釈然としないまま自分の席に座った。 耕平が話しかけてきた。 「村田としっかり話合ったみたいやな」 違う。 「村田は納得してくれたんか?」 僕はあいまいに笑った。チャイムが鳴る。ホームルームが終わって一時間目の授業が始まる。 授業中にノートの切れ端が僕に回ってきた。 『話したいことがあるからお昼に二人でご飯を食べよ 春子』 春子を見ると視線が合った。断る理由はない。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ お昼休みに耕平が話しかけてきた。 「飯どないするん?」 「春子と話があるから、生徒会準備室で食べる」 生徒会準備室は人が来ない。聞かれたくない話をするにはいい場所だ。場所を耕平に告げたのは、万が一春子に拘束された時の用心。 「そか。俺は学食行くわ」 春子が話しかけてきた。 「どこで食べる?」 「生徒会準備室に行こう」 春子は頷いて歩き出した。僕はその後ろを歩く。春子に先導させるのは春子に背中を見せないため。 僕と春子は生徒会準備室に入った。この部屋は人が通ることのない廊下の先にある。生徒会準備室とは名前だけで、不便な場所にあるため物置として使われている。 それを春子は掃除し、整理した。僕も手伝わされた。滅多に使う事がないため湿っぽい匂いがするが、整理され清掃されている。 特に目につくのはなぜかベッドがあることだろう。保健室の余りなのか、放置されていた。春子は布で飾り立てホテルのベッドのようにした。時々ここでお昼寝しているらしい。 昔の事が脳裏に蘇る。春子に生徒会の仕事を手伝ってとこの部屋に呼び出された時、春子はベッドの下に隠れていた。 ベッドはスチールの骨組だが、春子の改造でベッドの横にカーテンのように布が垂れていて下は見えない。僕は全く気がつかなかった。ベッドの下から春子が這い出てきた時は文字通り飛び上がって驚いた。そんな僕を見て春子は嬉しそうに笑った。 昔の事を脳裏から追い出す。僕は椅子だけを出して春子と少し距離をとって座った。 「心配しなくても何もしないよ」 笑う春子。僕は黙殺した。油断はできない。 「それにお姉ちゃんが何かしても無駄だよ。幸一君は同じ失敗はしないもん」 春子が僕を拘束しようとするなら、何らかの薬品か手錠やスタンガンなどの道具。手の届く範囲にいてはいけない。 二人でお弁当を無言で食べる。 「梓ちゃんに話した?」 春子は内容を言わないが、何なのかは分かった。僕は頭を横にふった。 「あの日はね、お風呂に入っている幸一君を私が背中を流してあげようとお風呂に突撃して、私の裸を見た幸一君が鼻血を出してお風呂を掃除することになった。その後幸一君は怒って私とずっと話合って、私は反省して幸一君にべたべたしないと約束した」 すらすらと春子は話す。 「そういう事にしておいてね。梓ちゃんにもそう言ってね」 「あの時、何であんな事をしたんだ」 僕は春子を見た。いつも僕を見守ってくれた明るい笑顔。その笑顔に嫌悪を感じてしまう。 「幸一君を愛しているから」 「あれが春子の愛し方なのか」 春子はお弁当を置いて椅子から立ち上がった。僕も警戒して立ち上がる。 「幸一君はお姉ちゃんの体良くなかった?」 恥ずかしそうに春子は言った。脳裏に春子の白い裸体が浮かぶのを無理やり追い出した。 「あんな状況でなければ別の感想もあったかもしれない」 「そんな状況ありえないよ」 春子は断言した。 「幸一君にとって私はお姉ちゃんだもん。もし私が幸一君を好きって言っても幸一君は断るよ」 「そうかもしれない」 春子は僕にとって一人の女性というより家族としての気持ちの方がはるかに大きい。 「でも、だからってあんな事をする理由にはならない。それに春子は僕をふったじゃないか」 まだ僕が中学の柔道部で天狗になっていた頃、僕は春子に告白したことあがる。春子は僕をふった。 276 三つの鎖 8 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/05(土) 01 07 46 ID tRtYc6li 「あの時の幸一君は本気じゃなかったじゃない」 春子の言う事は正しい。あの時の僕は単に彼女が欲しいと思い、春子なら断らないと思ったのだ。柔道の腕を鼻にかけ愚かで最低な昔の自分。 「それにあの時の幸一君は少なくとも誰のものでもなかった。付き合ってまで独占する必要はなかったよ」 言い方が引っかかる。 「まるで今は誰かのものみたいな言い方だな」 春子は僕を見た。見たことのある表情。どこだ。 「嘘だよ」 思い出した。春子が僕にくっついているのを見て不機嫌になった梓の表情に似ている。 「分かっているでしょ?今の幸一君は梓ちゃんのものだよ」 春子の言う事が胸に突き刺さる。 「梓ちゃんはずるいよ。あんな方法で幸一君を手に入れるなんて」 「梓は僕の妹で僕は梓の兄だ」 春子はうつむきながらスカートの裾を両手でつかんだ。僕は身構えた。スカートの下に何かを隠しているのか。 しかし春子はそのままスカートをゆっくりたくしあげた。白い太ももと黄色い下着が徐々に姿を現す。 罠だ。 僕は春子の全身を視界にとらえた。視線を逸らすと襲いかかってくるに違いない。 春子が顔を上げる。その顔は恍惚としていた。恥ずかしそうに、嬉しそうに僕を見つめる。濡れた視線が僕に突き刺さる。 「幸一君覚えてる?まだ幸一君のが入っている感触があるよ」 春子は白い太ももを悩ましげにすり合わせた。もじもじと何かを我慢するように。艶めかしい動き。 「昨日の休み幸一君はなにをしてたの?お姉ちゃんはね、幸一君とのセックスを思い出してずっと一人でシてたよ」 恥ずかしそうにうつむく春子。桜色に染まった頬。震える肩。切ない吐息。男の劣情を誘う女の仕草。 自らスカートをたくし上げ下着をさらしうつむく春子は壮絶な色気を放っていた。 「幸一君のが何度もお姉ちゃんの膣をこすりあげる感覚が気持よすぎて、思い出すだけでお姉ちゃんあそこがビショビショになるんだよ」 すでに春子の黄色い下着は見て分かるほど濡れていた。 「春子。やめろ」 「必死に我慢する幸一君の表情が可愛すぎて、お姉ちゃん興奮したよ」 恍惚とした表情で僕を見る春子。僕にのしかかり嬉しそうに腰を振る春子の姿が脳裏に浮かぶ。僕は唇を噛み締めた。 「腰を振る度にお姉ちゃんの膣がこすられて頭が真っ白になって」 春子は白い太ももを悩ましくこすり合わせた。長くて綺麗な素足が付け根まで露わに動く。春子の視線は僕の股間にくぎ付けになっている。 「幸一君がイってお姉ちゃんの膣に熱い精液を出したとき、やけどするかと思うほど熱かったよ」 大きく息を吐き出して春子は床にへたり込んだ。 「お姉ちゃんの膣で幸一君のが震えながら精液を出す度に、頭が真っ白になって何も考えられなくなったよ」 女の子座りのまま僕を見上げる春子。震える肩。濡れた視線。スカートから白い脚がはみ出る。 僕は動かない。 「ふふ、幸一君のが少し大きくなってるのがここからでも分かるよ」 春子の視線は僕の股間に向けられる。屈辱的だが、春子の言うとおり僕の剛直は少し大きくなっていた。 「その手には乗らない」 「ふふっ、幸一君すごいね。お姉ちゃん自信をなくしそうだよ」 「目をそらしたりしたら襲いかかるつもりなんだろ」 春子は笑った。嬉しいのか悲しいのか分からない笑顔。 「幸一君はお姉ちゃんの自慢の弟だよ。そんな手にはもう引っ掛からないよ」 「その弟を犯したのは誰だ」 感情的になっている自分。落ち着け。 春子はベッドの上に腰をかけた。スカートをたくし上げ、胸を強調するように突き出し上目使いに僕に濡れた視線を向ける。 「ねえ幸一君。お姉ちゃんとシよ」 「断る」 僕は即答した。 「ちぇっ。まあいいや。お姉ちゃんはいつでもいいからね」 春子は立ち上がりスカートを払った。 「幸一君もどろ。お昼休みが終わるよ」 教室まで戻る途中、僕たちは無言だった。僕はますます春子の事が分からなくなった。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 午後の授業で再びノートの切れ端が回ってきた。 『放課後屋上に。私が先に行くから少し経ってから来て 春子』 春子を見ると目が合った。僕はうなずいた。 一体春子は何を考えているのか。春子は僕を好きだったのだろうか。 確かに昔からずっとからかわれていた。僕の世話を焼こうとする春子と僕はよく夫婦とからかわれた。春子は姉弟とのんびり訂正していたが。 でも春子が僕を好きなら、何で夏美ちゃんを応援するような事をする? 277 三つの鎖 8 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/05(土) 01 09 32 ID tRtYc6li あの日に夏美ちゃんを連れてきたのは春子だ。夏美ちゃんの様子を見ればどんな鈍い僕でも好意に気づく。春子も分かるはず。訳が分からない。 そして梓。 何を考えているのか。梓がキスをしてきた時は本当に驚いた。小さい時は何度もキスしてきたが、子供同士のじゃれあいの範囲だ。 梓に他の誰かとキスしたのかと聞かれた時、見られていたのかと思った。しかし、二階の階段から僕と夏美ちゃんがキスした玄関は見えない。どうやってキスしたことを知ったのか。 梓は僕にキスをして、その後に僕が他にキスしたのかと尋ねた。小さい時に何度もキスをしたから、僕以外のキスの味が分かったとでも言うのか。まさか。そんな事はありえない。 ならば何で僕にキスしてきたのか。梓が何を考えているのか全く分からない。 ふと春子の言葉が脳裏に蘇る。 (分かっているでしょ?今の幸一君は梓ちゃんのものだよ) 思いついた考えに戦慄する。 まさか梓は僕を独占したいと思っているのか。だから僕が誰とキスしたか知ろうとしたのか。 自分でも何でそんな考えを思いついたのか分からない。僕と梓は血のつながった兄妹なのに。意味の分からないおぞましい発想。 でもそれ以外の理由は思い浮かばなかった。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 放課後。春子はすぐに教室を出た。 耕平が話しかけてくる。 「お昼に村田と何を話したん?」 「…家庭の事だよ」 間違いではない。耕平は信頼できる男だが、とても話せる内容ではない。 「耕平」 「何や?」 「春子が僕の事を好きというのはあり得ると思う?」 耕平は少し考えた。 「正直可能性は低いんちゃう。可愛がってるのはよく分かるけど、あいつ昔お前の告白を断ったやろ」 耕平は大体の事情を知っている。 「まああの時の幸一は嫌な奴やったから仕方ないかもしれへんけど」 僕は怒らない。耕平の言っている事は正しい。 「それにや、高校に上がってから何度かお前に女の子紹介したやろ?」 何度か女の子から春子に頼んだ事があったらしい。結局、友達以上の関係になることはなかった。 「もしホンマに好きやったらそんな事はせえへんやろ」 それもそうだ。 「ただ女はホンマに何を考えているか分からん奴やから、もしかしたらはありえるで。二人を見てると何があっても驚かへん」 この前の事を知れば耕平でも驚くだろう。 「ありがとう耕平」 「いや。なんか結局答えにならんかったし。んじゃ俺帰るわ」 耕平は余計な事を聞かない。でも気にはしているだろう。解決したら、耕平に話そう。 僕は春子を追って屋上に向かった。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 屋上には意外な人物がいた。夏美ちゃんだ。 「あれれ?お兄さんじゃないですか」 目を丸くする夏美ちゃん。 「あの時はお世話になりました」 ペコリと頭を下げる夏美ちゃんの髪が揺れる。髪をすいた感触が脳裏に浮かぶ。 「こんな場所でどうしたの?」 夏美ちゃんは頭に手を当ててえへへと笑った。 「実はハル先輩に話があるって言われたのですよ」 「僕もだ」 「え?そうなのですか?」 「僕たちに何か話したいことがあるのかな」 「何でしょうね」 にっこり笑う夏美ちゃん。その唇に思わず目が行く。僕の目線に気がついたのか夏美ちゃんの顔が赤くなる。 「…ごめん」 「いえいえいえいえ!めっそうもないです!むしろ意識してくれて嬉しいです!」 顔を勢いよく振る夏美ちゃん。ちょっと可愛いかも。 気まずい沈黙。 「お兄さん。その言わなくちゃいけない事が」 「どうしたの」 278 三つの鎖 8 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/05(土) 01 12 45 ID tRtYc6li 夏美ちゃんは顔を真っ赤にしている。大丈夫かな。 「私がこ、こ、こ」 「夏美ちゃん」 「こけこっこー!」 ごめん夏美ちゃん。突っ込めない。 「いえ、そのですね、あの」 「夏美ちゃん落ち着いて」 「はい、はいっす」 深呼吸。 「今日の朝ですね、私が先輩にラヴな気持ちを伝えたのが梓にばれました」 その言い方告白より恥ずかしいよ。 「そう。仕方ないよ。気にしなくていいよ」 「随分あっさりっすね!」 突っ込む夏美ちゃん。 「隠せることでもないよ」 顔をさらに赤くする夏美ちゃん。夏美ちゃんは僕の胸に額を当てた。夏美ちゃんの髪からふわりと良い香りがする。 「お兄さん男らしすぎですよ」 僕の頬に血が昇る。 「そんな事はっきり言われると」 「言われると?」 夏美ちゃんが顔を上げる。視線が絡み合う。 「照れる」 吹き出す夏美ちゃん。そんなにおかしかったかな。 「本当だよ」 「笑ってごめんっす」 夏美ちゃんは頭を下げた。 「…告白の事だけど」 「こ、こここここ」 「あ、ごめん。ラヴな気持ちの返事だけど」 この言い方、恥ずかしいというよりも色々な意味で痛い。 「は、はいっす」 夏美ちゃんは緊張しているようだ。 「まだ返事はできない。本当にごめん」 ほっと溜息をつく夏美ちゃん。安心したような残念そうな表情。 「いいですよ。私も突然でしたし」 「本当にごめん」 待たせるのは失礼にあたるのに、僕はまだ決断できずにいた。昔同じような事があった時はその場で断れたのに。 「じゃあ一つだけお願いしていいですか」 夏美ちゃんが僕を見上げる。 「私にキ、キキ、えと、唇を奪ってくれたら許しちゃいます」 顔を真っ赤にして言う夏美ちゃん。僕は夏美ちゃんのあごに手を添えた。 「え?え?え?」 「それでいいの?」 「そそそそそその、えとあの」 「僕はまだ夏美ちゃんを愛してるか分からない。それでも夏美ちゃんが望むならキスする」 自分でも言ったことに驚いた。付き合ってもいない女の子にキスをしてもいいと自分が言うなんて。いいのか。いや、駄目だろ。 でも夏美ちゃんを見ていると、僕もキスしたいと思ってしまう。 夏美ちゃんは顔を真っ赤にして目をつむった。僕は夏美ちゃんの唇に軽くキスしすぐに離す。 「あっ」 夏美ちゃんが目を開ける。少し残念そうに見えるのは気のせいだろうか。 「あの、お兄さん」 僕の頬を夏美ちゃんの両手が包む。白くて小さい手だが、頬にふれるそれは熱い。 「あの時みたいに、激しくしてほしいです」 「いいの?」 「はい」 熱っぽく僕を見上げる夏美ちゃん。 もう一度キス。 目を閉じて受け入れる夏美ちゃん。唇を何度もついばむ。 「ひゃんっ、ちゅ、はんっ、ちゅっ、ちゅっ」 夏美ちゃんの唇に舌を入れる。 279 三つの鎖 8 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/05(土) 01 14 27 ID tRtYc6li 「ん!?んんんん!!」 僕は夏美ちゃんの歯を割り口腔をなぶる。 「ん、んん、じゅっ、ちゅっ、ちゅっ、んっ」 柔らかくて熱い。 「ちゅ、んっ、じゅっ、ちゅ、んんんんっ、はむっ」 されるがままの夏美ちゃん。 夏美ちゃんの背中に手をまわし抱きしめる。 「んっ!?ちゅっ、じゅっ、ちゅる、ちゅっ、んんんんんん!」 夏美ちゃんの舌を舐めまわす。僕の腕の中で震える夏美ちゃんが愛おしい。 「あむっ、ちゅっ、じゅるるっ」 びくっと震える夏美ちゃんを抱きしめる。 「ちゅっ、ちゅっ、じゅる、はっ、ちゅっ、んんんんんんんんんんんんんんんんんんん」 何度も痙攣するかのように震える夏美ちゃん。 僕はゆっくり唇を離した。切なそうに僕を見上げる夏美ちゃん。唇から涎が落ちる。 「夏美ちゃん。涎」 僕はそれを指で拭った。 「はむ」 夏美ちゃんの口の端までぬぐった瞬間、夏美ちゃんは躊躇なく僕の指を口にした。夏美ちゃんの口の中の熱い感触に心臓が跳ね上がる。 「ちゅっ、ぺろっ、ぴちゃっ、ちゅっ」 陶然とした表情で一心に僕の指をなめる。 「ちゅぱっ、ちゅっ、はんっ、んんっ、んふ」 夏美ちゃんはびくっと震えると、へなへなと腰を落とした。顔を真っ赤にして息も荒く肩で呼吸する。 「夏美ちゃん大丈夫?」 「はー、はー、ひゃい、だいひょうふでふ」 返事をできる状況じゃなさそうだ。僕は夏美ちゃんの背中に手を当てた。震える夏美ちゃん。そのままゆっくりとなでる。 「はんっ、ひゃっ、おにい、さんっ、くすぐったい、ひゃ!」 「ごめん」 手を離す。安心したような名残惜しそうな顔をする夏美ちゃん。 「落ち着いた?」 「あ、はい」 夏美ちゃんに手を差し出す。手をつかんで引き上げた。足元が揺れる夏美ちゃんを支える。 「ご、ごめんなさい」 顔を赤くしたまま僕にもたれかかる夏美ちゃん。夏美ちゃんの体温が伝わる。温かい。 寄り添う僕と夏美ちゃん。気恥ずかしいけど心地よい。落ち着く。 そうしていると、携帯が振動した。メールだ。開くと春子から。 『急用で行けなくなっちゃった。ごめんね。夏美ちゃんによろしく』 「春子からだ。急用で行けなくなったって」 夏美ちゃんが不思議そうに僕を見る。 「結局何だったんでしょう」 もしかしたら僕と夏美ちゃんを合わせるのが目的だったのかもしれない。 僕と夏美ちゃんに普段の接点はない。たまに昼食お弁当を食べるぐらいだ。 しかし、もしそうとすると春子の行動がますます分からない。 「あのっ!お兄さん!」 夏美ちゃんが僕の手を勢いよくつかむ。小さくて柔らかい手。 「メアド交換しませんか!」 「はい」 勢いに押されて頷いてしまった。 「やったー。メアドゲットだぜー!」 飛び跳ねる夏美ちゃん。スカートから白い太ももが見える。僕は視線をそらした。 「おにーさん。途中まで一緒に帰りませんか?」 僕は状況に流されるのはあまり好きじゃない。いつも自分を律したいと思う。 でも。 「うん。僕でよければ」 今は流されてもいいと思ってしまう。 「行きましょう」 夏美ちゃんの笑顔がまぶしい。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 280 三つの鎖 8 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/05(土) 01 16 35 ID tRtYc6li 「でね、幸一君にすごく怒られちゃった」 春子はしょんぼりと肩を落とした。 私は怒りを必死で抑えつけた。 「変態シスコンにしては紳士的ね」 私は感情を抑えて吐き捨てた。 「それで約束したんだ。もうべたべたしないって」 春子は寂しそうに言った。 私は放課後に春子に呼び出された。私も春子に聞きたいことがあったから好都合だった。 そこで春子はあの日に何があったかを教えてくれた。私には不愉快極まる内容だった。 シャワーを浴びていた兄さんの背中を流そうと風呂に入って、春子の裸を見た兄さんが鼻血を出したと。それで風呂を洗い、兄さんに怒られたらしい。 「梓ちゃん。お姉ちゃんちょっと寂しいかも」 「もういい年なんだし自重したら」 「幸一君と同じこと言うね」 春子は寂しそうに笑った。 「幸一君がすごく真剣に言うんだよ。もう高校生なのだしこんな事をしてたらダメだって」 私には好都合だ。春子が兄さんにべたべたするのは私の精神衛生上良くない。 「春子は」 私は春子を見た。物心ついたときから私の傍にいた人。いちばん身近な家族以外の人間。 「兄さんの事が好きなの?」 私は常に思う疑問をぶつけた。 高二にもなって幼馴染とはいえ異性にべたべたするのは気があると思われても仕方がない。もしそうなら私にとって不都合だ。 春子はうーんと首をかしげた。 「ええとね、確かに好きだよ。でも恋人になりたいとか、そういう好きじゃない」 「なんで?」 「幸一君は私にとって弟みたいな存在だから。恋愛の対象じゃないのかな」 胸が痛い。私は兄さんを恋愛の対象に見ている。 「春子は何で夏美に協力するの」 春子はまじまじと私を見た。何を考えているのか分からない微笑みに苛々する。 「夏美はいい子よ。あんな変態シスコンには似合わない」 私は感情がこもらないように必死に我慢した。 春子がほほ笑んだ。寂しそうな笑顔。 「私はそうは思わないよ」 私の頭をなでる春子。温かくて柔らかいのが不快だ。 「夏美ちゃんはね、まっすぐなの」 そうは思わない。夏美はいい子だが単純なだけだと思う。 「飾らない等身大の自分を見せる事ができる子だよ。お姉ちゃんには真似できないよ」 私にもできない。兄さんにありのままの私を見せると、兄さんを不幸にするだけだ。 そうだ。夏美は私から兄さんを奪おうとしている。私にとって誰よりも大切な兄さんを。兄さんの事を一番好きなのは私なのに。血がつながっていないだけの女が兄さんにすり寄っている。ゆるせない。 夏美。私から兄さんを奪うなら。 殺してやる。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「おいしーですねお兄さん」 ソフトクリームをおいしそうに舐める夏美ちゃん。僕たちのいる公園は静かで誰もいない。 二人でベンチに並んで座ってのんびりソフトクリームを食べていた。 僕と夏美ちゃんは寄り道していた。何となく別れがたいものを感じた。 「おにーさん?」 夏美ちゃんが僕を見上げる。 「夏美ちゃんは」 こんな事を聞くのは卑怯だと思う。 「何で僕が好きなの」 僕はまだ保留しているのに。 「何ででしょうね。私にもわかりません」 人を好きになる理由なんてそんなものなのか。僕は恋をした事が無いから分からない。 「何で僕を信じられるの」 何も知らないのに何でそんな事を言えるのだろう。僕自身も梓にゆるされる日が来るとは信じられないのに。 夏美ちゃんが僕を見上げた。 「お兄さんは信じるに値する人だからです」 まっすぐな瞳。 281 三つの鎖 8 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/12/05(土) 01 22 27 ID tRtYc6li 「何でそんな事を言えるの」 僕は夏美ちゃんを見つめる。夏美ちゃんは僕の視線を受け止めた。 「僕でも信じられないのに」 「お兄さんはお兄さん自身の事をあまり分かってないのだと思います。梓の事も分かってないです」 「そんな事はないよ」 いや、そうかもしれない。僕は梓が生まれた時から一緒にいるけど、いまだに理解できない。 でも、血を分けた兄妹でも分からない事を、夏美ちゃんに何が分かるのか。 「梓はいつか必ずお兄さんをゆるします」 僕もそれを望んでいる。でもそんな日が本当に来るかを信じられないでいる。 「私が信じているのはお兄さんだけじゃなくて、梓もです」 ほほ笑む夏美ちゃん。僕は意表を突かれた。そして納得した。夏美ちゃんは僕だけでなく梓も信じてくれる。 「梓は必ずお兄さんをゆるします」 そう言って夏美ちゃんはのんびりソフトクリームのコーンをかじった。 変な子だと思う。ノリがいいように見えて恥ずかしがり屋だったり、変わったことを言ったりする。僕を好きと言ってくれる夏美ちゃん。 僕はこの子を一人の女性として愛していない。 それでも思う。 「夏美ちゃん」 不思議な感情。 「今、僕は夏美ちゃんを一人の女性として愛してはいない」 「そうですか」 夏美ちゃんは残念そうに肩を落とした。 「でも夏美ちゃんを好きになりたいと思う」 びっくりする夏美ちゃん。 「僕でもよく分からない。好きになりたいのはどっちなのか。好きと言ってくれる夏美ちゃんなのか、信じるといってくれる夏美ちゃんなのか。あるいはそんな事は関係なく好きになりたいのかもしれない」 夏美ちゃんが自分の口を両手で押さえ震える。目尻に涙が浮かぶ。 「僕が好きだと確信できるまで、そばにいたい」 涙をぽろぽろ落とす夏美ちゃん。 「僕と付き合ってください」 夏美ちゃんは僕の胸に額を当てた。 「恥ずかしくて顔を見れないですから、このまま答えさせてください」 僕に背中に夏美ちゃんの手が回される。小さな温かい手。 「私でよければ喜んで」 夏美ちゃんは顔をあげた。涙でぐちゃぐちゃの笑顔。 そのまま僕たちはキスした。唇に柔らかくて温かい感触。 目を開ける。 恥ずかしそうに笑う夏美ちゃん。 夏美ちゃんの奥。 視界の端。 公園の入り口。 梓がいる。 僕たちを見つめている。 遠くて表情は見えないのに、感情は伝わってくる。 ゆるさないと。 戻る 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/kimo-sisters/pages/1144.html
375 三つの鎖 26 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/08/24(火) 20 49 22 ID TxEfSWj7 三つの鎖 26 白衣を着た中年の男が頭から血を流して倒れている。 僕は跪いて倒れている男の脈拍と呼吸と確認した。 異常は無い。頭を打って意識を失っているようだ。 頬を軽くたたく。起きない。 「耕平。救急車を呼んで。頭を打って意識を失っているって。梓は先生を呼んできて」 「了解や」 「…分かったわ」 準備室を出ていく二人。 僕は立ち上がって夏美ちゃんと向き合った。僕の学ランの襟を握ったまま震えている夏美ちゃん。 叩かれたのか少し腫れた頬、上のボタンの取れた襟。 何があったか明白。 僕は夏美ちゃんを抱きしめた。 「大丈夫?」 「…はい」 震える声で答える夏美ちゃん。僕の背中におずおずと腕をまわし抱きつく。 「私は大丈夫です」 「何があったか、話せる?」 びくりと震える夏美ちゃん。 「嫌なら話さなくていい」 「…中本先生が、お父さんが死んで寂しいだろうって」 僕の背中に回された手が震える。 「先生の事をパパって呼んでごらんって言って抱きついてきて、止めてくださいって言ったら胸ぐらを掴まれて頬を叩かれて」 怒りが沸き起こる。 何という卑劣な行為。 「抵抗したら、中本先生こけて、頭を打って動かなくなって」 僕は震える夏美ちゃんはぎゅうっと抱きしめた。 「大丈夫だから」 しゃくりをあげる夏美ちゃん。僕は夏美ちゃんの涙をそっと拭った。 えらい事になった。 あの後、救急車が来て中本を運んで行った。頭を打って脳卒中らしい。 自業自得や。いや、夏美ちゃんに迷惑をかけたんは許せへん。 今、中本が運ばれた後の理科準備室で幸一と梓ちゃん、夏美ちゃん、俺と教頭がおる。 俺はこの教頭が嫌いや。口うるさくて権威主義者。 夏美ちゃんは真っ青になりながらも健気に何があったかを説明した。 中本の奴、あんなアホみたいな噂を信じて夏美ちゃんに迫るなんて、頭がおかしいんちゃうんか。 教頭は渋い顔で黙っている。 こいつの考えていることが手に取るように分かる。この不祥事をどうやって隠そうか。 「中村の言った事は本当なのか」 渋い顔で口を開く教頭。 「中本先生の勤務態度は真面目そのものだ。中村の言うような事があったとは信じがたい」 黙っている夏美ちゃん。 「自分に都合のいいように言っているんじゃないのか」 握りしめた手を震わせる夏美ちゃん。 「私、嘘は言っていません」 「どうだか。案外、自分で誘惑したんじゃないのか」 幸一の目がすっと細くなる。こらあかん。 「あー。教頭先生」 俺は口を開いた。 「教頭先生は知らへんのですか。中本先生、女の子をいやらしく見るので有名やで。確かそれで問題になった事もあったはずですよね。保護者から抗議でしたっけ」 押し黙る教頭。 俺は幸一に目配せした。頷く幸一。 頼むで。ここで爆発しても夏美ちゃんの印象が悪くなるだけや。 「どちらにしても、中村が言った事が起きた証拠はない。これはれっきとした傷害事件だ。厳正に対処する必要がある」 酷薄な視線を夏美ちゃんに向ける教頭。 こいつ、全部夏美ちゃんに責任を押し付けるつもりやな。 「教頭先生。夏美ちゃんの頬と襟を見てください。どう見ても夏美ちゃんが被害者ですよ」 「そんなもの、いくらでも自作自演できる」 376 三つの鎖 26 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/08/24(火) 20 50 30 ID TxEfSWj7 このクソ野郎。 教頭は夏美ちゃんを睨みつけた。 「中村。正直に言ったらどうだ。今なら警察に言わずに対処してもいい」 「私は言うべき事は全て言いました」 静かに答える夏美ちゃん。教頭のこめかみがぴくぴく動く。 …しゃあない。 ここは警察に連絡して夏美ちゃんを保護してもらった方がええ。学校の中やと教師の権力が強い。このままやと夏美ちゃんに全ての責任が被せられる。 幸一の親父さんは警察官やからある程度は夏美ちゃんのために手助けしてもらえるかもしれへん。気はすすまへんけど、弁護士の両親も警察とパイプがある。 教頭は軽蔑したように夏美ちゃんを見下ろした。 「ふん。父親が殺されて寂しさのあまり教師を誘惑した挙句、傷害事件を起こすとは。死んだ父親の教育がなっていないんじゃないか」 こいつ。なんて事を言うんや。 夏美ちゃんは真っ青になって震えている。 口を開こうとして、やめた。 幸一が夏美ちゃんを庇うように一歩前に出た。 梓ちゃんと同じ無表情やのに、背筋が寒くなるような激情を感じさせる瞳。 幸一はでかい。その身長でその瞳を向けられたら、洒落にならへん迫力がある。 ビビったように一歩下がる教頭。額には汗が浮かんでいる。 「幸一」 俺は幸一の肩を掴んだ。ここでキレたら、夏美ちゃんの印象が悪くなるだけや。 「大丈夫」 そう言ってほほ笑む幸一。笑顔やのに、洒落にならへんほど恐い。 「先生。訂正してください」 静かな声。それなのに背筋が寒くなるほどの激情を感じる。 額に汗を浮かべ押し黙る教頭。 沈黙はノックの音に遮られた。 「誰だ」 「生徒会の村田です。お客様をお連れしました」 村田の声。何でここに。 返事を待たずに扉が開く。 村田とスーツ姿の男女。 男の方は知っとる。幸一の親父さんや。 「警察から来ました加原です。こちらは同僚の西原です」 無言で会釈する若い女性。ぴしっとした姿勢。間違いなく婦警さんやな。 せやけど、誰が連絡したんや。 「生徒さんから婦女暴行未遂が起きたと連絡を受けまいりました」 梓ちゃんか?村田か? いつの間に連絡してたんや。 「先生。生徒さんとお話しさせていただいてよろしいですか」 幸一の親父さんの口調は丁寧やけど、お願いやなくて確認やった。 教頭は渋い顔でうなずいた。ここで断ったらまずい事があったのを認めるのと同意義やからや。 「西原。私は先生からお話を聞く。西原は中村さんからお話を聞いてくれ」 「分かりました。先生、隣の教室をお借りしますね」 若い婦警さんは夏美ちゃんの肩をそっと押して準備室から出て行った。 心配そうにその後ろ姿を見つめる幸一。 「先生。お話を伺えますか」 教頭は渋い顔で説明し始めた。 生徒に知らされてここに来ると、中本が頭から血を流して倒れていた事。 そのそばには夏美ちゃんが茫然と立っていた事。 恐らく、夏美ちゃんが中本を誘惑した挙句、拒絶した中本を突き飛ばして怪我をさせたと私見を伝えた。 こいつ、警察にまで夏美ちゃんが悪いと伝えるつもりか。 「先生のおっしゃった事を裏付ける証拠はありますか」 「中本先生の勤務態度は真面目そのものでした。また、中村の父親は殺されて、父親の面影を中本先生に見ていたと聞いています」 無言でメモをとる幸一の親父さん。 「加原さん。生徒がこの様な問題を起こしたのは悲しい事ですが、厳正な対処をお願いします」 そう言って頭を下げる教頭。 「まだ何とも言えません」 「何故ですか。これだけ証拠がそろっています」 「全て推測でしかありません」 あくまでも夏美ちゃんに罪を背負わせようとする教頭。今のところ幸一の親父さんは教頭に同調してへんけど、どこまで安心してええのか分からへん。 「あのー。ちょっといいですか」 377 三つの鎖 26 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/08/24(火) 20 51 49 ID TxEfSWj7 村田が手を挙げた。場にそぐわないのんびりとした口調。 「あれってビデオカメラですよね。動いているように見えるんですけど」 村田が指差した方に視線が集中する。 色んな標本が置かれた棚に隠れるようにビデオカメラが設置されている。 近づこうとする教頭を幸一の親父さんが制した。 手袋をつけビデオカメラを持つ幸一の親父さん。 見たところテープに保存するタイプ。少し旧型っぽい。 「まだ録画中ですね」 そう言って幸一の親父さんは機器を操作した。録画を止め、巻き戻し、再生モードにする。 側面のディスプレイに、中本と夏美ちゃんが映っている。 夏美ちゃんに抱きつき、頬ずりする中本。身をよじって抵抗する夏美ちゃん。中本は逆上し、夏美ちゃんの胸ぐらを掴み、頬を叩く。 抵抗する夏美ちゃんに突き飛ばされ、こけて動かなくなる中本。 幸一の親父さんはビデオカメラを止めた。 真っ青になって震える教頭。 「生徒さんの無実を証明する証拠として警察で預かっておきます」 「待ってください。それは中本先生の私物です。本人の承諾なしに押収するなど、許されません」 抵抗する教頭。何て見苦しい。 「大体、加原さんは幸一君と梓さんのお父上ですよね。中村さんは幸一くんの恋人で、梓さんは友人です。そのような方だと、公正な捜査を期待できません」 まくしたてる教頭。 「私達教師はあなた達警察と違って、生徒の未来に責任を持つ身です。公正な捜査を期待できないなら、生徒のためにも協力できません」 こいつ、ホンマに人間の屑や。 何が生徒のためや。学校の不祥事を隠すためやろ。 「私達教師は、生徒の未来のためなら、あえて鞭を振るう事もあります。それに比べあなた達警察はどうですか。息子の恋人が関係した事件の捜査を担当するなど、警察の良識を疑います」 勝ち誇ったように幸一の親父さんを見る教頭。 「もし加原さんの息子さんが犯罪に関わったら、加原さんは警察の使命を果たすことができるのですか」 「無論です」 静かに答える幸一の親父さん。 「警察官の使命は家族の絆に勝ります。例え血を分けた子供だろうが、その親友だろうが、恋人だろうが、罪を犯せば逮捕するのが私の職務であり役目であり使命です」 静かな言葉だけに、幸一の親父さんの気持ちが怖いほど伝わる。 本気だと。 「な、ならば、もし幸一君が罪のない市民を人質に取ったら、加原さんは息子を射殺できるのですか」 「それ以外に人質の命を救う方法が無いなら、実行します」 腹に響く言葉。 「ただ、現実的なお話をしますと、警察官の関係者が事件に関わった場合は担当を外されるのが普通です。そういう意味では先生のおっしゃる事は正しい。私はここにいる幸一と梓の父です。そのような立場だと捜査に疑いを持つのは当然です」 ちょ!何言うとんねん! 露骨に安心した表情をする教頭。 「ではこのビデオは学校が保管します」 「それには及びません。別の同僚が向かっている途中です。もうすぐ到着する事でしょう」 「もう着きましたよ」 ドアが開き、スーツ姿の男が入ってくる。細身で長身。年は恐らく30過ぎ。 「警察の岡田です」 警察手帳を取り出す男。 「加原に代わりまして、私が担当します。私は今回の関係者とは何の接点もありませんので、ご安心ください」 そう言ってニヤリと笑う男。 「では先生、改めてお話を伺えますか」 結局、俺たちが解放されたのは放課後になってからやった。 警察は夏美ちゃんには何の咎も無い事を納得してくれた。 とりあえず安心や。 ただ、教頭の俺らに対する印象が悪くなったのは間違いない。まあしゃあないか。 一つ残る疑問。 結局、警察に電話したのは梓ちゃんと村田のどっちやったんやろ。 「田中君」 振り向くと、幸一の親父さんが立っていた。 「今日はありがとう」 「いえいえ、こちらこそお世話になりました」 「君のご両親とは仕事で何度かお世話になった事がある。よろしく伝えてほしい」 「分かりました。ところで、加原さんに連絡したのは誰だったのですか?」 「娘だ」 梓ちゃんが連絡したんか。 378 三つの鎖 26 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/08/24(火) 20 52 47 ID TxEfSWj7 意外っちゃ意外や。 幸一の親父さんは視線を逸らした。その視線の先には幸一と、梓ちゃんと、夏美ちゃんと、村田がおる。 っと。時間がヤバイ。 「アルバイトがあるんで失礼します」 「気をつけて」 幸一達に挨拶しようと思って止めた。 寄り添う夏美ちゃんと幸一。 邪魔するのは気が引けた。 「ちょっといいかな」 振り向くと、スーツの男女がいた。 さっきの警察官。男が岡田さんで、女が西原さんやったと思う。 岡田さんが近づく。細身に見えるけど、相当鍛えているのが分かる。 「もう帰るのかい?」 「ええ。アルバイトがありますので」 「よかったら送るよ」 西原さんに目配せする岡田さん。西原さんは背を向けて歩き去った。 「駅前でいいよね?」 「…何で知ってるんですか?」 「田中先生ご夫妻には何度もお世話になっている。ご子息が駅前の居酒屋でアルバイトしているって聞いたよ」 俺は天を仰いだ。警察に俺のこと知られてるんかいな。 「文武両道だと聞いているよ。素晴らしい」 「それはさすがに持ち上げすぎですよ」 「高校で柔道部に入らなかったのは何でだい?中学では主将を務めたと聞いたが」 胸が痛む。 確かに俺は中学で柔道部の主将やった。大会でも公立にしてはいい結果を出した。柔道で有名な高校から誘われた事もあった。 それを、引退してからやめた。手を引いた。 「野暮な事を聞いてすまない」 俺がこの話題を好まないのを察したのか、岡田さんは目を伏せた。 「警察官の習性でね。気になる事があると聞いてしまう。申し訳ない」 「いえ、気にしてません」 大した理由は無い。 幸一と俺はライバルやった。いや、俺が一方的にライバル視しとった。その幸一は中学の途中で辞めた。その後、幸一は市民体育館の稽古に参加するようになって信じられへんほど腕をあげた。 気がつけば、柔道をする気を失くしてた。 俺は中学で柔道を頑張った。血反吐を吐く思いで努力した。その結果が公立にしては優秀な結果。 それでも、幸一の足元にも及ばへん。 軽くクラクションが鳴る音。 振り向くと、車を運転する西原さんが目に入った。多分、覆面パトカーやな。 岡田さんは後ろのドアを開けて俺を見た。 「ささ。座って」 できれば前の席に座りたかった。俺は仕方なしに後ろの席に座った。当然のごとく岡田さんも後ろの席に座る。 「西原。駅前まで頼む」 「分かりました」 車は動き出した。 「岡田さん」 「何かね」 「ええ加減に本題に入ってくれません?」 にやりと笑う岡田さん。 「さすが田中ご夫妻のご子息だ。話がはやくて助かる」 岡田さんという警察官がわざわざ俺を覆面パトカーに乗せて送る理由。 俺に今回の事件の事を聞くか、あるいは他に用事があるか。 「ふむ。どっちだと思う?」 俺の心を読んだかのように尋ねる岡田さん。 くそったれ。警察官ってこんなんばっかかいな。 西原さんが小さくため息をつく。 「岡田さん。田中君を脅さないでください。駅前まででしたらあまり時間がありませんよ」 「すまない。田中君。聞きたいのは中村さんの最近の様子だ」 何で警察が夏美ちゃんの近況を俺に? 「あらかじめ言っておくが、私も西原も中村さんのお父上の捜査には関わっていない」 胡散臭い。意味が分からへん。 再び西原さんがため息をついた。 379 三つの鎖 26 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/08/24(火) 20 54 32 ID TxEfSWj7 「田中君。ごめんなさいね。岡田さんが質問すると尋問になっちゃうのよ」 「…そうかな」 肩を落とす岡田さん。 「岡田さん。私から話します」 西原さんは運転しながら話しだした。 「今回の件は私達にとって屈辱的な事件なの。夏美さんのお父上だけじゃなく、勤務中の警察官二名が殉職し、駆け付けた非番の警察官も殺害された。にもかかわらず犯人は捕まっていない。 同じ警察官が命をかけてまで中村さんのお父上を守れなかった。犯人を逮捕しない限り、彼らの魂は報われない」 「それと夏美ちゃんの近況がどう関係あるんですか?」 「私達警察は夏美さんのお父上の命を守れなかった。ここで娘の夏美さんまで守れないとなれば、殉職した警察官に顔向けできない」 真剣な表情の西原さん。ルームミラーに映る西原さんの表情は使命感に溢れていた。 隣の岡田さんが口を開く。 「田中君。実は今日の学校の件も、私達が志願して向かった。正直言うと、今回の件に関して言えば私が捜査に関わるのは不適切だ。私は加原さんのご子息と柔道の稽古を通じて付き合いがある。それを隠して捜査に加わったのは、中村夏美さんの事を思ってこそだ」 「梓ちゃん、いえ加原さんの娘さんは警察に連絡した際に夏美ちゃんの事を伝えていたのですか」 「加原さんはそう言っていた。何でも、中村夏美さんに濡れ衣をかぶせる奴がいるから、力になって欲しいと」 皮肉な事や。教頭の言う事は半分当たってた。 岡田さんの言う事が全て真実なら、今日来た警察官はみんな夏美ちゃんの味方なわけや。 俺の表情から考えていることを読みとったのか、岡田さんは苦笑した。 「無論、捜査に私情を加えたりはしない。捜査は公正に行う」 「それは幸一の親父さんに言われましたよ」 思い出しても怖い。仮に俺が罪を犯したら、幸一の親父さんは俺を問答無用で逮捕するに違いない。 「中村夏美さんの近況を聞く理由を納得してくれたかな」 笑みを浮かべて尋ねる岡田さん。 「半分は納得しました」 俺の言葉に不思議そうな表情をする岡田さん。その表情から動揺は見えない。 警察官ってのは役者ばっかかいな。 「半分、とはどういう意味だい?」 「お二人が夏美ちゃんの事を心配して力になろうとしてくれているのは分かりました。ですが、それだけではないですよね?」 「何を根拠に?」 「俺よりも適任がいますよ。幸一に梓ちゃんです。 幸一は夏美ちゃんの恋人ですから、夏美ちゃんの最近の様子をよく知っているはずです。親父さんが警察官だから、警察に抵抗は少ないはずです。岡田さんとは知り合いらしいですから、聞き出すのに都合もいいです。 梓ちゃんは夏美ちゃんのクラスメイトです。少なくとも俺よりも夏美ちゃんの様子に詳しいはずです。 にも関わらず俺に聞く。おかしくないですか?俺は普段は夏美ちゃんと接する機会はほとんどないですよ」 苛々する。こいつらの考えが読めてしまう。 岡田さんは笑顔を浮かべた。人の良さそうな笑み。その裏にあるものはなんやねん。 「それは勘違いだ。実はね、加原さんのお子さんからはもう既にお話をうかがっている。それに加えて参考になる様に田中君からもお話を聞きたいだけだ」 「嘘ですね。幸一はつい最近まで体調を崩して家にいました。梓ちゃんから話を聞いたかは分かりませんけど、少なくとも幸一から話を聞いたってのは嘘です」 これはハッタリや。学校の外で幸一と警察が話をしていたとしても、俺には分からへん。 無表情になる岡田さん。 「さすが田中先生ご夫妻のご子息だ。頭の回転はご両親譲りだ」 俺のハッタリはきいたみたいや。その事実は俺にとって嬉しくない。 なぜなら、俺の考えが当たっていることを示しているからや。 「私達が田中君に聞きたい事も分かっているようだね」 「…夏美ちゃんのお父さんを殺した犯人として、幸一を疑っているんですね。夏美ちゃんの事を聞くのは建前で、聞きたいのは幸一の事ですね」 無表情に俺を見つめる岡田さん。西原さんは沈黙を保っている。 「ここからは正直に言おう。私と西原が夏美さんのお父上の件に関して捜査に関わっていないのは本当だ。加原さんのお子さん二人からお話は伺っていない。無論、村田春子さんからもだ」 幸一の交遊関係は把握しているみたいや。 「何で捜査に関わっていないお二人が何で捜査のまねごとを?」 「中村夏美さんのお父上の件は、不可解な事が多いの」 口を開く西原さん。 380 三つの鎖 26 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/08/24(火) 20 56 39 ID TxEfSWj7 「厳重な緘口令が引かれ、捜査に関係ない警察官は一切の情報を知らされていない。外からの応援も不自然なほどに多い。一般的にね、外からの応援が多い時は単純に人手が足らないという理由もあるけど、その地区の警察官が信用できないという理由の場合もあるのよ。 例えば、不祥事を身内ぐるみで隠蔽している場合とかね」 確かに、現役の警察官の息子が警察官を殺害したとなれば立派な不祥事や。 「にもかかわらず加原さんは捜査に加わっている。一般的にね、警察官の身内が事件の関係者の場合、その警察官は捜査に加わらないのが普通なの。それなのに加わっている。これは加原さんを泳がしていると考えるのが自然だわ」 西原さんの言葉に胸糞悪くなる。 「お二人はこう考えているわけですね。 外からの応援が不自然なほどに多い。これはこの地区の警察内部で不祥事があった可能性がある事を示している。 その不祥事は何なのか。夏美ちゃんの親父さんの事件に関係するなら、警察関係者が犯人か、あるいは犯人を手助けしているかのどちらか。 捜査に加わっている面子を見ると、何故か幸一の親父さんがいる。被害者の娘の恋人が息子なのに、捜査に関わっている。 息子が恋人のために警察官である父親に捜査の内容を聞く可能性があるのにもかかわらず、捜査から外されていない。 その理由は何か?」 俺は吐き捨てた。 「幸一が犯人と思われるけど証拠がない。だから父親をあえて捜査に加え、息子のために何かアクションを起こすのを待っている。そういうわけですね」 無言の二人。痛いほどの沈黙。 沈黙を破ったのは岡田さんだった。 「…君は田中先生ご夫妻をこえる弁護士になれる。私が保証する」 その言葉を他の機会に聞けば嬉しかったに違いない。 でも、今聞いても何も嬉しくない。 「はっきり言っておきますけど、幸一が犯人のはずありません」 「正直なところ、私もそう思う」 岡田さんは無表情に口を開いた。 「重傷を負った非番の警察官はオリンピック候補に選ばれるほどの腕前だ。幸一君の腕前は高校生とは思えないほどだが、それでも到底勝てない。動機もない。知る限りでは、中村夏美さんと幸一君の仲は良好で、中村ご夫妻も幸一君を高く評価している。 何よりも、幸一君が殺人を犯すなど思えない」 岡田さんは疲れたようにため息をついた。 「私は幸一君と何度も稽古をした。まっすぐな少年だ。その幸一君が恋人の父親を、警察官を殺害するなんて考えられない」 重傷を負った警察官の試合をテレビで見た事がある。 はっきり言って、幸一よりも遥かに上や。 幸一の腕前も大したものや。もしかしたら百回試合すれば一回ぐらいは勝てるかもしれへん。 それでも、無傷で、何の証拠もなく殺害するのは不可能や。 「田中君。いいかしら」 西原さんが口を開いた。 「私達が私的な捜査を行っているのは、加原さん親子の疑いを晴らすためでもあるの。私は幸一君の事は知らないけど、加原さんの事は知っている。警察官の鏡よ。その加原さんにあらぬ疑いをかけているとしか思えない今回の件。 許容できる事ではないわ。殉職した警察官の魂も報われない」 「…他にも疑わしい点はある。四人も素手で殺傷しておいて何の証拠もないなど、ありえない。犯人につながる何らかの証拠があるはず。にもかかわらず捜査の内容は一切公表されていない。進展も発表されていない。 今回の事件は警察に対する批判は多い。二人も殉職している。事件からこれだけの日がたっても犯人は捕まっていない。にもかかわらず、捜査に加わっている者たちから焦りは感じられない。 何が何だか分からないといのが私達の正直な考えだ」 俺はため息をついた。とりあえず、この二人が幸一の敵やない事だけでも確認できた。 「分かりました。可能な限り協力します。ですけど、お話はまた今度にしてください」 怪訝そうに俺を見る岡田さん。 「理由を聞かせてくれるかい?」 「バイト。遅刻です」 多分やけど、西原さんは話を聞くためにわざと遠回りしていたのだろう。 おかげでバイトには完全に遅刻していた。 381 三つの鎖 26 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/08/24(火) 20 58 15 ID TxEfSWj7 苛々する。 青い顔で震える夏美ちゃんを寄り添い支える幸一くん。 「幸一」 振り向くと、幸一くんのお父さんがいた。 「田中君は帰った。よろしく伝えて欲しいと」 そう言えば耕平君がいない。気がつかなかった。興味がないから、仕方がない。 「夏美ちゃん。僕の父です」 「幸一の父です。いつも息子がお世話になっています」 淡々と自己紹介するおじさん。 「え、えっと、中村夏美です。お兄さん、いえ、加原先輩にはお世話になっています」 「中村さんは自炊しているのですか?」 「え?ええと、カレーばかりです」 「中村さんさえ良ければ幸一に料理させましょうか。こう見えて、なかなかの腕前です」 気まずそうに頷く夏美ちゃん。いつも幸一くんに作ってもらっているもんね。 「幸一。中村さんを送って行きなさい。今日の晩ご飯はいい。私も京子も外で食べる」 頷く幸一くん。きょとんとする夏美ちゃん。分かっていないみたい。 要するに、夏美ちゃんと食事をしていいという事。 今日は大変な事があったから、できるだけ夏美ちゃんの傍にいるように、って事だろう。 おじさん、気を遣っているんだ。 「春子ちゃん。よかったら梓と一緒にご飯を食べてきてくれないか」 眉をひそめる梓ちゃん。 「分かりました。任せてください。今日は父も母もいませんから、助かります」 「いつも本当にありがとう。私は署に戻る。気をつけて」 そう言って背中を向けるおじさん。 「あ、あのっ!」 夏美ちゃんの声におじさんは振り向いた。 「その、今日はありがとうございました」 「警察官として当然の事をしたまでです」 言いづらそうにうつむく夏美ちゃん。 「その、お父さんを殺した犯人は、捕まりそうですか」 夏美ちゃんの握りしめた手が震えている。 私は梓ちゃんの表情を横眼で確認した。相変わらずの無表情。何を考えているか、推し量れない。 幸一くんの表情を確認する。眉一つ動かさない。それでも、握りしめた拳は微かに震えている。 「必ず捕まえます」 断言するおじさん。静かな声なのに、力強さと頼もしさを感じる。 それだけ言っておじさんは去って行った。 残される四人。少し気まずい。 「じゃあ僕たちは行くよ」 「今日はありがとうございました」 そう言って幸一くんと夏美ちゃんは去って行った。 寄り添う二人の後ろ姿。 胸が痛い。 梓ちゃんは無表情に去りゆく二人を見つめていた。瞳は形容しがたい感情を放っている。握る拳が震えている。 「梓ちゃん。行こうよ。今日はおいしいご飯にしよ。やけ食いしちゃおうよ」 私は歩き出した。梓ちゃんも何も言わずについてきた。 今日もお父さんもお母さんもお仕事でいない。 私の家で梓ちゃんと晩ご飯を食べた。 二人で食べたのは本当に久しぶりだった。 食後のお茶を梓ちゃんに渡す。梓ちゃんは無言で受け取った。 梓ちゃんの足元にはシロが寝そべっている。 「梓ちゃん」 私の問いかけに視線で応じる梓ちゃん。 「何で警察に連絡したの?」 あの時、警察に連絡しなかったら、夏美ちゃんは退学になっていたかもしれない。 そうなれば、梓ちゃんは学校で幸一くんを一人占め出来たのに。 「何となくよ」 言葉短く答える梓ちゃん。 理由は大体想像できる。もし夏美ちゃんが退学になれば、幸一くんはますます夏美ちゃんに構うようになるだろう。それは梓ちゃんにとって楽しい事ではない。 もちろん、私にとっても。 382 三つの鎖 26 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/08/24(火) 20 59 16 ID TxEfSWj7 「春子は何でビデオカメラを指摘したの」 今度は梓ちゃんが質問した。 理科準備室に隠すように置かれていたビデオカメラ。 「おじさん気がついてたよ。多分、後でこっそり回収するつもりだったんじゃないかな」 そうすれば、今日みたいに教頭と手間のかかるやり取りをする必要が無くなる。勝手に持ち出すのは良くないけど、悪いのは学校側だから強く言えないだろう。 だから私はビデオカメラの存在を指摘した。どうせ後で警察の手に渡るなら、幸一くんに恩を売った方がいい。 「春子」 梓ちゃんは私を見上げた。 「何であんな噂を流したの」 心臓の鼓動が微かに大きくなる。 「春子でしょ。夏美が化学の中本に父親の面影を見ているっていう噂を流したの」 何で分かったのだろう。 確かに私だ。それとなく噂になるように、噂のもとが私だとばれないように細心の注意を払った。 噂の対象をあの教師にしたのは、あの教師が生徒に欲情する変態だと知っていたからだ。この噂を耳にすれば、きっと夏美ちゃんに迫ると思った。 あの教師がこんなに早く行動を起こすのは予想外だったけど。 梓ちゃんは無言で私を見つめるけど、やがて飽きたように立ち上がった。 「帰る」 そう言ってリビングを出る梓ちゃん。シロもその後ろをついて行く。 私は玄関まで見送った。 「じゃあね」 私の言葉を無視して梓ちゃんは去って行った。 自分の部屋に戻りベッドにうつ伏せになる。 噂を流した理由。 夏美ちゃんをもっと幸一くんに依存させるため。 父親を殺され、クラスで孤立し、教師まで信じられないとなれば、夏美ちゃんはもっと幸一くんに依存する。幸一くんはそんな夏美ちゃんを見捨てられない。傍にいるだろう。 そうなると、梓ちゃんはきっと爆発する。夏美ちゃんを傷つける。 夏美ちゃんのお父さんを殺したみたいに、夏美ちゃんを殺すのが理想だ。そうなれば、幸一くんのお父さんが容赦なく逮捕するだろう。 そうならなくても、夏美ちゃんと幸一くんの仲は今まで通りにはいかないだろう。 どちらにしても、私に損は無い。 寄り添う幸一くんと夏美ちゃんの姿が脳裏に浮かぶ。 夏美ちゃんを支えるように寄り添う幸一くん。幸せそうな夏美ちゃん。 苛々する。 梓ちゃん、はやく爆発しないかな。 私の方が先に爆発しそう。 戻る 目次 次へ
https://w.atwiki.jp/abobo/pages/290.html
32話 危機を脱する秘策!前編
https://w.atwiki.jp/hachinai_nanj/pages/370.html
本当の笑顔が浮かぶ時 前編 メイン報酬 【迷い募る歩道橋】直江 太結 (遊)【SR】 ココロのカギ(小) ココロのカギ(中) 期間 2017 12/4(月) 17 00~2017 12/14(木) 12 59 後編 2017 12/8(金) 12 00~ 復刻 2018 1/18(木) 17 00~2018 2/1(木) 12 59 注意 【迷い募る歩道橋】直江 太結 (遊) 【SR】は前編 専用覚醒素材は後編でしかドロップしない ステージ攻略のコツ 名鑑イベントの敵校は決闘・物語イベントより協力!今回の敵校は低ミート高パワーのぶんぶん丸揃いです。 自チームの守備を固めたり、球速やコントロールが高い投手を編成して試合を有利に進めましょう。 キャラ入手方法 【迷い募る歩道橋】直江 太結 (遊) 【SR】 累積報酬、全ステージのドロップ報酬 専用覚醒素材 後編 ココロのカギ(中) 初回クリア報酬、累積pt報酬 ココロのカギ(小) 累積pt報酬 初回クリア報酬 上級 ココロのカギ(中) 2 超上級 ココロのカギ(中) 2 極級 ココロのカギ(中) 2 難易度 ドロップ 個数 累積報酬一部抜粋 10000pt ココロのカギ(小) 1 200000pt ココロのカギ(小) 1 300000pt ココロのカギ(小) 1 400000pt ココロのカギ(小) 1 600000pt ココロのカギ(小) 1 700000pt ココロのカギ(小) 1 900000pt ココロのカギ(小) 1 1000000pt ココロのカギ(小) 5 1100000pt ココロのカギ(小) 1 1200000pt ココロのカギ(小) 1 1300000pt ココロのカギ(小) 1 1400000pt ココロのカギ(小) 1 1500000pt ココロのカギ(小) 1 1600000pt ココロのカギ(小) 1 1700000pt ココロのカギ(小) 1 1800000pt ココロのカギ(小) 1 1900000pt ココロのカギ(小) 1 2000000pt ココロのカギ(小) 10 ココロのカギ(中) 1 2100000pt ココロのカギ(小) 2 2200000pt ココロのカギ(小) 2 2300000pt ココロのカギ(小) 2 2400000pt ココロのカギ(小) 2 2500000pt ココロのカギ(小) 5 2600000pt ココロのカギ(小) 3 2700000pt ココロのカギ(小) 3 2800000pt ココロのカギ(小) 3 2900000pt ココロのカギ(小) 3 3000000pt ココロのカギ(小) 4 3100000pt ココロのカギ(小) 4 3200000pt ココロのカギ(小) 4 3300000pt ココロのカギ(小) 10 ココロのカギ(中) 1 4000000pt 直江 太結【迷い募る歩道橋】 1
https://w.atwiki.jp/55syota/pages/187.html
409 :前編 1/6:2009/03/24(火) 21 01 14 ID k2YFiZGb 「仕事だ」 シャワー中にまた、そんな宣告をされる。さっき一人が終わったばっかりなのに。 「……………はい。」 お尻のなかでぼくの腸をぱんぱんにしていた汚液を、やっと掻き出し終えたと思えば、すぐこうだ。 「……いっ………」 さっきの客に剥がされた生爪に、流水が染みて鈍痛が走っている。 本当は激痛なのかも知れない。こんなことにも、ぼくの不浄の体はもう慣れ切っていた。 ぼくを買うのは、いつもいつもおぞましいサディストばかりだった。 この娼館で一番安い値の付けられているぼくは、その価格に相応しい、薄汚い人間しか買ってくれない。 痛いのも苦しいのも嫌だから、もっと小さい頃は泣き喚いて許しを乞うていたぼく。 それが間違いの始まりだと気付いたのは、ほんの最近だった。 どこから評判が付いたのかは分らない、もしかしたら、店が広めているのかも知れない。 ぼくを嬲るのに、予約待ちまでしているみたい。 仕事をするのが嫌で嫌で仕方がない。痛いのは嫌だけど、僕の仕事は与えられる激痛に泣き叫ぶことだけだった。 そんな惨めな物体は、他の『高い』お兄様方からは、「ごきぶり」という通称で呼ばれている。 黒くて艶のある、おかっぱに切り揃えた髪が、それによく似て見えるみたい。 実際、ぼくという生き物の価値はそれぐらいで、お似合いだと思う。 だって、糞だって食わされたこともあるのだから。 ぼくを呼びに来た番頭さんは、痩せぎすの体格の、ナイフみたいにおっかない人だった。 逃げられないように手錠を嵌められる。首輪に鎖を通されて、 僕はギロチン台へ歩む死刑囚みたいに、真っ青に歪んだ表情をしてとぼとぼと歩いた。 何も考えてはいけない。きっとすぐに終わる。終わればきっと、休めるんだ。 いつものように、体の反応するままに叫んで、泣いて、痙攣していればいい。 痛いのは仕方ない、仕方ないんだ。 ひとり、二人、三人……四人。傭兵みたいな体格のおっかない男達を、ぼくだけで四人も相手をするのか。 今までにない酷い客だ。今すぐにでも、恐怖で心臓が押し潰されそうになる。 あんたらお金持ちのくせに、どうしてぼく一人なんだ!ぼくが一番安い子なのに! 心の中だけは威勢が良くても、言葉として出て来るのは命乞いばかりだ。だって、死にたくないから。 「よ よろしく おねがいします だんなさま……がた」 すっかり怖くて、ぶるぶる震えながら俯いて、涙声で囁いた。 自動で閉まるドアが働いて、ぼくの逃げ道は無くなった。ぼくが生き延びるただ一つの答えは、彼ら全員を満足させる事だけだ。 とぼとぼと、自分の足で歩いて行った。 後ろに回った一人が肩を抱いてくれたと思ったら、ベッドの上に投げ飛ばされる。 ぼくをうつぶせにして組み敷いて、簡単に着ているだけの手術用みたいな薄布を、背中から片手だけで引き千切る。 「……汚え躯だな。ぼろ雑巾みてえだ。安いだけあるわ。」 「でもよ、ケツは小せえな。俺さぁ、ヤる相手のハラ、一度ぶち破ってみてえんだ。」 「それは最後にしろよ。まずはクソ淫売のエロガキをイキ狂わせてやろうぜ。」 ぼくはその言葉を聞いて、無言のまま両目から涙を溢れさせた。 410 :前編 2/6:2009/03/24(火) 21 02 39 ID k2YFiZGb ずぼおっ!! ぐぼおぅっ!! ずぼん!!!ずぱん!!ずぱん!!ずぱん!!……… 「いだい!いだいいぃ!だずっ!だずっ、げでぇ!おにゃがっ、やぶれ、でるっ!!いだい、いだいよぅ!!いだいぃぃぃーー!!!……」 ぼくのお尻は、どんなにローションを塗していたって、程度の差こそあれ必ず裂けていた。 だらだらと破瓜みたいな血を下腹部から垂れ流して、血塗れになった男の剛直に為されるままにされ続ける。 ぼくはいつものように、突かれている間はずうっと、声を張り上げて泣き叫ぶ。 男の人たちは、みんなこれが目当てでぼくを買う。 どこにも逃げ場なんてない。後ろ手に嵌められた手錠に天井から吊るされて、足元は床から遠く、 宙吊りになったまま腰や脚を掴まれ、太すぎる男根に揉みくちゃに刺し貫かれる。 まるで、世界がだんだん小さくなって、ぼくを押し潰そうとしいるような気分になる。 腸粘膜を軽々と突き破っておちんちんの根本の内側に叩きつけられる剛直の衝撃は、尾てい骨へ男達が打ち寄せる下腹の殴打も加わり、 背骨をつんざいて脊髄を電流で焼きながら、その勢いは脳髄も揺らして、ぼくを激痛の渦中に捕えて逃さない。 男が放出を始める頃には、ぼくはもう瀕死のなめくじみたいだった。 憔悴しきった顔面は脂汗でびしょびしょになり、歯をかちかちと鳴らす生理現象は、背筋に走る寒気のせいだ。 これから解体される豚肉みたいだ。ぼくは天井から吊るされて、食べやすくなるように血抜きをされている。 「いたい……いたいよ…、ひっく、いたい……ひっく、……ひっく……」 血みどろになって挿れ易くなった孔を目掛けて、辛抱堪らなくなった新たなペニスが宛がわれる。 精液と血で紅白のマーブルになったお尻の割れ目に、ペニスがゆっくりと上下運動を始めて、 天然のローションを塗し始めたとき、ぼくの顔はくしゃくしゃに歪んで、真っ青で、唇をきゅっと結んですすり泣いていた。 そんなぼくの顔を、それはそれは嬉しそうなにやけ笑いで覗き込む男達も居る。 「う……うう……ひっく……ぐす、…うう……ひっく……」 じゅぶっ、ぎぢり……ぶづん!ぶぢぶぢぶぢぶぢぃぃぃぃぃぃ!!!!!!! 「いぎゃあああああああああああ!!!!!!!………ぁ………ぁ………」 やがて屈強な男達は、だいたい二人がかりでぼくを食べるようになった。 後回しの二人はお酒を飲みつつ、コンビーフやサラミを適当に摘んで食べて、煙草をくゆらせて、思い思いの一服をしている。 ぼくを使って、発情した二人が営々と排泄欲を満たす。硬さの薄れたおちんちんを引き抜けば、また次が始まるんだ。 たっぷりと休憩を取った新たな二人が、衰えを知らない劣情を何度でもぼくに注ぎ込む。 お尻を串刺しにしている肉の槍が、どうかぼくの心臓まで貫いてくれればいいのに。 ぼくの髪を掴んで振り回して、喉の奥を抉っているヘドロの噴射機が、ぼくの脳までミンチにしてくれればいいのに。 このまま、何も無い空っぽの世界に没入しながら冥府に行ければ、それがぼくの望む幸せな最期だった。 「……つまんなくなってきたな。」 ぼくはまだ、その言葉が耳に入っていなかった。入れたくなかった。 今まで通り、もっとずうっと、ぼくの何時も通りの輪姦だけで、男達には満足して貰いたかった。 天井から吊るす鎖が降ろされる。飽和する苦痛で半狂乱のぼくは、全身に痙攣を纏ったまま床の上でのたうち回っていた。 ぼくは馬鹿だから、その時はもうこれで終われると早合点していたんだ。そんな事、ある訳がなかったのに。 411 :前編 3/6:2009/03/24(火) 21 03 59 ID k2YFiZGb 男たちが新しい『プレイ』を思い付いて、これが三人目だ。 『やめて』とか『許して』とか、『助けて』なんて言葉。ぼくはここに来て、それを何百回、何千回と叫んだことだろう。 ぼくの言葉は、動物が鳴くのと同じだった。ただ、そういう鳴き声を上げるというだけの家畜でしかない。 それでもぼくは鳴くんだ。そうすれば痛みは和らぐ。苦しさを、叫んだ一瞬だけ忘れられる。 その哀願が、男達を悦ばせているスパイスの一味だなんて、まるで知らなかったから。 「やめ やめで ぐだざい」 涙と、涎と、鼻水と、脂汗と、精液のせいで、ぼくの顔中はぐちゃぐちゃだ。 髪の毛を掴み上げられても、痛みなんて、もう感じる余裕すら無かった。 「よし、“締めろ”」 喉が引き攣って、反射的にお尻を食い締めた。でも、その時合図を掛けられたのは、ぼくじゃない。 ぼくの目の前で、ぼくの狂態をニヤニヤ愉しんでいた男が、ぼくの喉に両手をかけて…… 「ぐ、……ぎぃ!………………!?!?」 苦しい!苦しい!苦しい!苦しい苦しい!息ができない!死んじゃう!本当に死んじゃう! もの凄い握力で喉全体を締め上げられて、呼吸なんて贅沢な事はできない、目の前が真っ赤で、真っ青だ。 口を一杯に開けて空気を取り込もうとして、それが何になるんだろう。 「はっ……、…が……………」 「おぃ~~見ろよぉ、このツラ!ガキとは思えねえバケモノ顔だ!」 「ぶうぉぉぉぉーー!!締まるぅ!ケツが締まるっ!ぐふううう!!ケツマンコが締まるぅーっ!!」 お尻を鈍器で殴られているような感じがする。大きな硬い木杭をハンマーで叩きかれ、打ち込まれているんだ、きっと。 四つん這いになっているから、ぼくの足の裏は晒されて、全くの無防備だ。 高温で熱せられて、じんわりと赤みを帯びた金属棒が、そこに押し当てられた。 「……………っっ!!!!!!……ぁー…!…ぁ、ぁー……か、…っ、は……ふ……ぐ……」 暴れても無駄なんだ。今は何よりも酸素が欲しい。 火傷の齎す強烈な痛みは反射的に尻をぎちぎちに締め上げて、根本まで埋まる男のペニスに今夜最高のご奉仕をしていた。 体中が、熱くて、痛い。 「ぐぶふううおぉう!!ふごおおおおーーーーぅっ!!!!」 後ろの方、とても遠くの方から昂ぶった咆哮が聞こえて、ドロドロになるまで熱く焼けた鉛が、僕の内臓を黒焦げにする。 はちきれんばかりに猛り狂い、膨らんでは跳ね回って、ぼくのお腹に焼けた鉛の射精を続けるペニス。 雄叫びを上げて、迸る排泄の快楽に浸る、その主の大男。 「スゲェーー!ガキが白目剥いてやがる!こいつマジで死ぬんじゃねえかぁ!?」 ゲラゲラ笑いながら、半死人のぼくを嘲笑う男達。 殺して、殺してよ。もう嫌だよ。死にたいよ。殺して。 喉が塞がれていて、声が出ないのは、ある意味で確かに救いだったのかも知れない。 思った事を本当に口に出していたら、ぼくは本当に挽き肉にされてしまうのだから。 412 :前編 4/6:2009/03/24(火) 21 05 03 ID k2YFiZGb 饐えた臭いのするアルミ板の床に、顎を強かに打ち付けられた。 凶器が腹から抜け出て行って、次の何かがぼくの腰を掴み、押し入って来るまでの間が休憩なのだろうか。 身体中がとても寒い。震えが止まらない。歯はかちかち鳴り続け、冷たく重い水銀の中に肩まで浸かってるみたいだ。 喉の奥は、自分の唾とあぶく立った汚液で塞がれていて、喉輪が解けたというのにまともに息ができない。 肺を飛び出させる勢いの咳で、喉に詰まったものを吐き出すだけで精一杯だ。 息をする前に、またぼくは髪で吊り上げられた。お尻はまた軋み、悲鳴を上げる。 あばらの奥や腹の皮の内側にあるぼくの内臓の位置は、もしかしたらひしゃげているのかもしれない。 ぼくのお尻を壊したがっている、次の男が肛門を引き裂き始めると、首に掛かった手にも力が篭められたようだった。 目の前がばらばらになって、ぐちゃぐちゃになった。 この部屋に居る、ぼく以外の人間は、みんな笑っていた。とても楽しそうじゃないか。 「ああ、こりゃダメだ。マジでもう死ぬんじゃねえのか。次の呼ぼうぜ、寝覚めが悪くなる。」 「てめえは出したばっかだからそんな寝言がコケるんだ。オラ!ブタガキ!起きろぉ!次は俺だぁ!」 「構やしねえ、人間一匹ぐらい殺してからが俺等は一人前だ。後が支えてんだ!早くぶっぱなせよな。」 「へへ、明日からお前の通り名は『男娼殺しのアンシル』か、こりゃケッサクだな!」 お尻にはまた、復活したのか、それとも別の誰かのか、コンクリートみたいに硬い男根が押し入ってくる。やっぱり、大きくて、太い。 またぼくの腸が裂けてしまった。ありえない位ぬるぬるが溢れてるから、分かるんだ。 ぼくの背中には、また焼けた石炭が載せられる。痛いと言うより、背骨が折れそうな衝撃が走った。 「がぎゃああああああ!?!?あぎいいいいいい!!!ぎひぃ、ぐぎぃいいぃぃーー!!!!」 ぼくの意識なんて関係ない。激しい苦痛と痙攣が、後から後から背骨をつんざいて、男の剛直を愉しませる。 哄笑と、咆哮。マグマでぐずぐずになった体内の熱さ。焼け爛れて、剥がれ落ちそうな皮膚の熱さ。 ぼくは生きながら、火焔地獄に落とされたのだろうか。 彼らは人間なのだろうか。そもそもここが、地獄の底なのかも知れない。 助けて 誰か 助けて 413 :前編 5/6:2009/03/24(火) 21 06 47 ID k2YFiZGb 体が寒い……寒い、痛い……冷たい? ぼんやりと目を開けると、睫毛から水気が滴った。……いつの間にか、終わってたんだ。 何回目かは分からないけれど、ぼくが目覚めてからもう一度、上から冷水の塊が降ってくる。 冷たい水は、冷え切った体には痛いほど効いた。傷口に染みて、ほんとうに痛くもある。 体のほとんどが動かせない。足の裏と背中の痛みは、お尻の鈍痛を打ち消して三倍になった。 「……………………。」 目の前に台車がある。鉄板の下に四足のローラーが付いてて、手の高さまで伸びたパイプで転がすやつだ。 でも、何をされても、こうしてぼうっとしていたい。とても疲れた、疲れたんだから。 ばじいっ! 「ぎゃう!!」 首の後ろに、弾けるような衝撃がつんざく。いつものスタンガンだ。 なんとか動かせる上半身だけを使って、ずりずりと這いずるように台車に乗った。 1メートルも動いていないのに、噴き出す脂汗が止まらない。 台車がごろごろと動いて、ぐちゃぐちゃになった僕を運ぶ。見付からないように、ぼくは親指の先を咥えて泣いていた。 こんな風にびしょ濡れだったら、きっとばれないよね。汚いぼくを、誰も見ないよね。 ぼくが過ごしているいつもの場所に辿り着くと、台車が傾いて、床に転がされる。 体中が冷たくて、痛い。 廊下の突き当たり。そこは部屋ですらない。薄汚れた金属の衝立が立てられていて、 そこに隠された空間が、ぼくと呼ばれる何か可笑しな生き物の棲息地だった。 痛む体を引き摺って、衝立の陰に隠れた。少しだけほっとする。 洗濯続きでよれよれだけど、新しい毛布が支給されていたから。 ……ごはんを、ごはんを、食べなきゃ。 背の低いお皿のビニール蓋を取ると、白く澱んだ塩辛いスープが冷え切っていた。 嫌な物を思い出して、目の前がぐにゃぐにゃに歪む。 右手でお皿を掲げて、左手で鼻を摘んで、スープを口の中に入れる。 精液特有の青臭い不快な悪臭が口にも鼻腔にも充満して、猛烈な吐き気がした。 スープは塩辛いだけなのに、喉まで絡んだ濃厚な精液が汁気を与えられて復活して、大暴れしているんだ。 大量の精液を飲まされているみたいだ。飲まされてるんじゃなくて、飲んでるんだ、自分から。 「はっ………はっ………はぁ………」 全部を飲み下すと、気持ち悪い汗と痩せ我慢の涙で、顔がびしょびしょになる。 鼻を啜って、他に何かあったらって、祈った。 祈りは通じて、パンが切れ端がある。どうしてだろう。今日はそんなに頑張れたのだろうか。 パンに味なんてものはない。カラカラに干乾びたパンは口の中に張り付くけれど、お腹が膨れる素敵な恵みだ。 週に二回も食べれれば、もっと嬉しいのに。 背中の痛みが酷い。足の裏はまだましだ。熱が出ているみたいで、額が燃えるように熱かった。 それでも、休まなきゃ。こんなぼくにだって、また明日は来るんだ。毛布に包まって、ぎゅっと目を閉じる。 なんだか天使みたいに奇麗な歌が聞こえたけれど、まだ御迎えじゃないよね。 ぼくより高い他のお兄様方は、唄でお客様を惹き付けたりもする。 馬鹿だから、真似しようと思ったんだ。口はもごもごと動いたけれど、馬鹿だから、駄目だから、 ぼくは子守唄も聞いたことがないのだから。 414 :前編 6/6:2009/03/24(火) 21 08 24 ID k2YFiZGb 一番古い僕の思い出は、どんよりと曇った空だった気がする。 冷たい風の吹く、枯れた森をじりじりと歩いて、水汲みと薪拾いに勤しむ。 僕は確か、末の子だった。 上のお兄さんとお姉さんはみんな大きくて、畑仕事ができたり、近所に嫁いだりしていたのに。 自分の家に余裕がないなんて分かり切っていたから、棄てられないように一生懸命だった。 ちゃんといい子にして、どんな言いつけでも守った。我儘も言わなかった気がするのに。 それでも僕は、家で一番の役立たずだったから。 数字として並ぶたくさんのクレジット。 糧食と生活必需品が詰まった袋を開けて、嬉しそうに綻ぶ皆の顔は、よく覚えている。 あんな幸せそうな表情なんて、僕に見せてくれたのはその時の一度だけ。 その笑顔も、僕ではなくて、代金に向けられていたもの。 僕はもうその時から、ヒトじゃなかった。 顔をくしゃくしゃにして、どういう言葉を振り絞って彼らに泣き叫んだだろう。 僕の言葉は豚の鳴き声みたいに聞こえたのだろうか。 とても怖い男の人の、凄い力で襟首を曳かれて、大きなおんぼろ小屋みたいなトラックに容れられて、 最後にお陽様を見たのは、錆び付いた鉄扉を閉められた時。 それからの僕は、まともにお陽様を浴びていない。 すごい金属音がしたから、ゆっくりと瞼を開く。 衝立が蹴飛ばされたのかな。黒いかっちりしたブーツが目の前にあった。 「起きろ。仕事だ。」 恐ろしい言葉を聞いて、視界が黒ずんだ。 ぼくはどれだけ休ませてもらえたの?頭が痛いよ、熱もあるよ。傷も治ってなくて、おなかはぺこぺこなのに。 それなのに僕は、機械のように、ちゃんと半身を上げていた。恐ろしい宣告を告げた人を真っ直ぐに見つめて。 「番頭さん お願い 助けて。」 感情は動いてないのに、何故か頬に小川が流れる。泣きたい気持ちじゃない。 泣いたら殴られるから、泣きたくないのに。 番頭さんは無言で衝立を蹴飛ばす。金属の軋む音と共に、ぼくの心は断末魔の悲鳴を上げた。 ぜえぜえ喘ぎながら進む廊下は、無限の距離があるように感じられる。 ギロチンに使う拘束具みたいに、首と両手首を枷に嵌められて、それは鎖で繋がれて、先端は番頭さんの掌中にある。 こういう役目なんだ。きっとぼくは、こうされる為に生まれて来た生き物なんだ。 生まれ変わってもこんな人間になるのだろうか。それぐらいならいっそ、本物のごきぶりにして貰いたい。 「なんだそれは。死に掛けじゃないか。」 「ですから、今夜ばかりはお安くしますよ。通常の70%で如何でしょう。」 「帰ると言った筈だ。死んだら料金は三倍だろう。屍姦の趣味も無い。世話になったな。」 大柄な男性は、不機嫌さを隠そうともせず、コートを翻して自動ドアの向こうへと消えて行った。 「………………。」 残されたのは、NIOHさまみたいな顔をして警棒を握り締める番頭さんと、 出て来たばかりなのに息絶え絶えで、顔を真っ青にして喘息みたいな呼気を漏らす、役立たずの男娼。 「愛想良くしろっつったろぅ!穀潰しのクソガキ!俺の言った事が守れねえか!」 ……もう駄目だよ。どうにもならないよ。 体はきっと殴られているのに、重い圧迫感と鈍い衝撃しか感じない。ちっとも痛くない。 ぼく、本当に死んじゃうよ。休めるよね。商品が生ゴミになったら、番頭さんもイヤだよね。 何かが潰れる嫌な音と、誰かの叫ぶ、罵りの怒号がだんだんと遠くなる。ぼくは深い海に沈んでゆく。 ああ、休める。休めるんだ。休、め……る…… -:後編-1