約 822,556 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5949.html
前ページ次ページ絶望の使い魔 トリステイン魔法学院の本塔の最上階、学院長室では鏡に向かっている老人がいた。 オールドオスマンと呼ばれ、生きた年は200や300とも言われている怪老である。 普段は飄々としており深刻さを出さない人物だが今は眉をしかめていた。 視線の先の鏡には何処かの屋敷の様子が高い場所から俯瞰しているように映し出されている。 風竜に乗った人物が裏門の警備員を殺している場面であった。 表の門に二人、庭にも二人と羽の生えた犬が2匹。すべて死んでいると分かる。 それを行った人物は館の中に入ってしまい、外にいるのは先ほど裏門で殺人を行った風竜に乗った者だけ。 屋敷にはなんらかの力が働いているのか遠見の鏡の視点を中に移すことが出来なかった。 オスマンは鏡でその屋敷の外観の様子を見ることしかできなかった。 最初はどんなことをするのか楽しみであった。あまり感心できない趣味をもっているとはいえ、 宮廷ではかなりの権勢を誇るモット伯からメイドを救おうという心意気に、 オスマンも心躍らせたものである。 風竜を使い魔とした少女を伴いどのような活躍を見せてくれるのか。 ところが蓋を開けてみればいきなりの殺戮。 始祖の属性である虚無を発現させるであろうメイジが行った凶行に言葉も出せない。 これは問題どころではない。とんでもないことをヴァリエールはやらかしてくれた。 これが公になればヴァリエール公爵家と言えどもその家名は地に落ちるであろう。 それどころかルイズを預かっていた学院もまた責任を取らされるであろうことは間違いない。 オスマンからこの話をすれば知っていたのに止めなかったのかという問題にもなる。 そして、オスマンが一番危惧するのがルイズが虚無の属性であろうことが宮廷に発覚することであった。 ガンダールヴと共に大規模な争いの火種になる可能性がある。 そうオスマンが考える一方、ルイズ自身は争いを求めているのに関わらず、 自身の能力の発覚を恐れているのはなんとも滑稽であった。 事が事だけにすぐに事件事態は広まる事を覚悟しながらも、オスマンは真相を闇に葬ることにする。 何か決め手となるような証拠があってはいけない。自身の遍在を作り出しモットの館に送った。 オスマンの遍在が館に着いた時にはすでにルイズとタバサは帰った後であった。 風の魔法で姿を消しながら内部に足を踏み入れる。玄関ホールには死体が折り重なっていた。 兵士と思われる死体は剣や魔法で素早く殺されたらしく間抜けな顔を残している者もいる。 使用人などは逃げ回っているところを狙われた様で顔の表情は酷く歪んでいた。 館を探索しているとまだ生きている住人に気がつく。自身の使用人室に閉じこもっていた者がいるようだ。 ルイズが皆殺しではなく、自分の姿を見た者だけを始末したことを知り少しだけ安堵する。 すでに館の騒ぎが収まってそれなりに時間が経っている。 部屋に篭っている者もそろそろ様子を見ようと外に出てくるだろう。 一通り見回り証拠らしい証拠を残していないことに驚きながらも金庫があった部屋に行く。 錬金の魔法を掛け金庫の扉を崩し、中の金塊や秘薬、証文を取り出す。 それらをさらに錬金の魔法で塵にし、風で窓から吹き飛ばした。 これで強盗のために入ったように見えるだろう。オスマンはそこで遍在を消した。 学院の方ではすでにルイズ、タバサの両名は学院に帰ってきており自室に入っている。 オスマンはルイズが就寝したことを確認し溜息をついた。 ルイズの凶行は使い魔の影響を受けてのものである事は間違いない。彼女の使い魔は危険すぎる。 始祖の使い魔であるガンダールヴの課した力にルイズは飲まれている。 魔法が使えないルイズでは御せないのか、それとも力への時間的な馴れが解決してくれるのかわからないが どちらにしてもルイズにはまだ早すぎることには違いない。ルイズ自身が元に戻るかはわからないが、 かの使い魔を始末すれば、虚無が宮廷に漏れることはないだろう。 これは慎重に行う必要がある。 使い魔は眠っているとしてもルイズが黙っているわけがない。 彼女は毎日一度は使い魔のいる医務室に顔を出している。 なにか異変を感じ取れば学院内ならすぐに駆けつけることもできる。 館での惨劇を見たオスマンは、ルイズが尋常ならざる力を手に入れていることをよく理解していた。 ルイズが暴れた結果で生徒に死者が出れば、それこそ問題になり、虚無が漏れることになるだろう。 ルイズが何か、首都へ買い物にでも・・・いや、それなりの準備を行うなら、もっと時間が欲しい。例えば実家である公爵領に帰る、これは使い魔を伴う可能性が高いので無理かもしれんが。 一番は国外に行くような事があればよい・・・ オスマンは顰めた顔を揉み解しながら背もたれに身体をあずけた。 そんなオスマンが悩んでいた頃、 ある部屋で青い髪の小さな少女がベッドにもたれかかりながら床に座っていた。 タバサはこの夜に自分が行ったことを思い返えす。 自分の目的は第一に母を助けること、第二にジョゼフに対する復讐。 心を水の秘薬で壊されたであろう母を助けるため、 先住魔法を行使しているように思われるルイズに力を貸してもらうことも選択の一つだと考えていた。 そして折りよく、ルイズが目を掛けていたメイドがモット伯に連れて行かれたことで貸しを 作るチャンスも得た。そして助ける手伝いを申し出る。ここまではいい。 だがあれはなんだ?あれは断じて人が放つ気配ではない。相対するだけで死を予感した。 心臓を握られたかのような感覚の中で問いただされ、自分のことを話してしまった。 母を治せそうならともかく館へ行く段階で話してしまうという愚を犯してしまった自分。 そして、トリステイン王宮勅使であるモット伯の暗殺の片棒を担がされてはもう逃げ場はなかった。 ・・・だが手応えはあった。ルイズは確かに自分の使い魔なら母を助ける事ができるだろうと言った。 彼女の使い魔、あの亜人は人では行使できない先住魔法を系統魔法さえ使えなかったルイズに伝えるほどだ。 亜人が感情を糧にする云々は話半分としても、確かに母を治すことには期待が持てそうだ。 タバサは自分にそう言い聞かせながら目をつぶった。 シルフィードは自分の主人に取り付いた闇のピンクを恐れていた。 あれは本能の奥から自分達を揺さぶる者、自分達を支配する者だと感じる。 ピンクから遠くにいれば大丈夫だが、近くに寄ると酷く怖くて乱暴な気持ちになる。 ピンクを乗せている間はそれに耐えるのに必死だった。そして、お姉さまはピンクの言葉に篭絡された。 お姉さまからピンクを引き離すのは自分しかいない。シルフィードは人知れず決意していた。 夢を見た。 ルイズの目の前ではモット伯を片付けたこの夜が再現されている。 ルイズは自分が行っている凶行に満足していた。 モットの館の使用人たちが恐怖に引きつらせた顔をして逃げ惑うのを狩るのは楽しかった。 きっと使い魔も満足してくれる。 すべてが終わった後、目の前が闇に満ちる。凝り固まった闇が近づいてくるのがわかった。 その闇に包まれるとゆっくりと知らないはずの知識が入ってくる。 闇に抱かれながらルイズは安寧を感じていた。 翌日、ルイズは問題に直面していた。 いや、最初から気付いていた問題だったのだが先送りにしていただけだ。 もう着れる学院の制服が1着しかなかった。 衣装ケースには赤く汚れた制服が1着、同じく目立たないが赤く汚れたマントが2着、 制服とマントを2着づつしか用意していなかった。 これらは血で汚れたものを持っておくのはまずいと思いながらも始末できずに隠していたのだ。 とりあえず血の付いていない制服を着てから昨日タバサに洗ってもらった汚れがましなマントを羽織る。 白い制服に付いた血は取れないだろう。首都の仕立て屋注文しよう。 間接的に注文するには学院側になぜ制服が使えなくなったかを報告しなければいけない。 もちろん理由を言えるわけがないし、誤魔化して人を遣るにしても勘ぐられるのもあまり歓迎できない。 自分が直接トリステインの城下町まで行ったほうがよいように思う。 思い立ったが吉日、今日は授業をさぼろう。 使い魔の服を調べていた先生に話を通せば外出許可は簡単にとれるだろう。 首都に着いてから大剣を背負っている魔法学院の生徒というのが珍しいのか、注目を浴びていた。 むしろ前回のスリの件が効いているかも知れない。 大通りに面した贔屓にしている店に入る。 微笑みながら応対してくれる売り子は直接注文に来たことを不思議そうにしていたが 制服のマントで隠れる目立たない所を少し改造してほしいと言うと喜んで受けてくれた。 改造制服はこうやって作られているのだろうことが窺い知れる。 できてから学院のほうに小包として送るかと訊かれたがちょうど虚無の曜日に出来るとの事なのでその日に取りに行くと返事をする。 店から出ると複数の視線が感じた。そのまま大通りからはずれ、人気のない路地裏に入っていく。 ちょうど空き地があったのでその中央まで入り振り返ると背の低いぼろを纏った浮浪者がこちらを見ていた。 しかし浮浪者とは思えないほど眼に力がある。ゆっくり近づいてきたが5歩の距離を残して立ち止まる。 「こんにちは。先日は貴方を攫うために馬車まで用意したというのに皆殺しにされてしまいました」 その言葉で理解したこいつは浮浪者ではないことを理解する。以前町で潰したスリ、 そしてその後学院の帰り道で皆殺しにしたゴロツキ共の仲間・・・・ 「まあ、我々としてもあれだけの人数、しかもかなり使える奴らを失ったのは痛手でした。 そして、今回はその穴埋めをしようと思いまして」 ここまでくるとこの男が何を言いたいのかルイズも理解していた。 「金?私をどうしようと言うのかしら?」 「はい、今回の人員の損失でトリステインに置ける我々の立場が大変危うくなっております。 いままで押さえつけられていた者たちが我々に牙を向けようしていて眠れない夜が続いているのです。 ですのでここらで見切りをつけて最後に多額の金銭を稼いで逃げようと考えました。 つまり身代金目的の誘拐をしようと思っております」 「貴族にそんなことして逃げ切れると思っているのかしら。あなた、縛り首じゃ済まないわよ」 「もちろん大丈夫ですよ。我々は成功と同時にさっさとこの国から逃げる算段を付けております。 貴族様は体面を気にしますからね。金銭で解決するなら魔法を使えない自分の娘が誘拐された等と 貴方のお父様は外にはもらさないでしょう」 ルイズが魔法を使えなかったことをしっかり調べられていることに目を剥くと、 それに気を好くしたか浮浪者はさらに続ける。 「情報収集に抜かりはありません。貴方についてはしっかりと調べましたよ。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、かのヴァリエール公爵家の3女。 学院での二つ名は『ゼロ』、これは魔法が使えないからだそうですね。 しかしこの春の使い魔召喚の儀式で大物を呼んだとか。 確かに貴方の使い魔は我々の仲間を皆殺しにするほどすごいようですが今は連れては居ないでしょう? 貴方が何も連れずにここまで来たことはわかっています。 魔法も使えない子娘一人くらい簡単に攫って見せますよ」 使い魔・・・その単語が出た瞬間心臓が大きく波打ったが、 よくよく考えるとルイズの使い魔は眠ったままだ。 こいつらは仲間を私の使い魔が殺したと勘違いをしている? そうだ女一人であれだけの人数を殺せるとは普通は思わないし、 まして私は魔法が使えないことになっている。 そこで使い魔が出てくるのか・・・ 背中のデルフリンガーの柄に手を掛ける。 浮浪者の格好をした者は特に緊張した様子も見せずこちらを見ているだけだ。 いざ闇の衣を纏おうとしたとき、視界が歪み、猛烈な眠気に襲われた。 眠りの魔法、スリーピングクラウドだと頭に思い浮かべながらルイズは膝から落ちるように地面に突っ伏した。 ルイズの位置からは死角になっていた路地から町人風の服を着た杖をもった者が2人出てくる。 ルイズの杖と剣を取り上げた後しっかり縛り、ちょうど人一人入れられそうなズタ袋にルイズを詰め込む。 「我々としてもあれだけの被害を負っては貴方を侮ることなどできません。 剣で殺された連中もいましたし、町の武器屋でのあなたの行いも調べました。 あなた自身かなり使えるのでしょうね。 しかしスリーピングクラウドを二重に食らえば何もする暇はないでしょう。 使い魔も連れていないのは感心できませんが、そのおかげで貴方を攫うことができます」 すでに意識のないルイズに言い聞かせるように話す浮浪者は満面の笑みであった。 男達はルイズを入れた袋を担いでそのまま馬車を使って町を出て行った。 王都から荷馬車が飛び出したのを観察していたモノがいた。 それは自身の主が荷馬車に乗っていると感じ取っており、何時も通りそれの後を追う。 不幸にも馬車に乗っている者達はそのモノに全く気付かなかった。 __________ ・・・頭が痛い。 眠気を無理やり押さえつけて起きたような痛みでゆっくりと覚醒したルイズが瞼を上げると 木目が並んだ天井があった。 呆けて居るうちに自分が眠る前にあったことを思い出し眠気が飛ぶ。 ズキリと痛む頭に手を遣ると瘤ができているのが確認できた。落ち着いてくると自分の現状を確認する。 自分の四肢は縄で縛られ背中のデルフリンガーも無ければ杖もない。 周りを見たところ木で造られた建物の一室であることがわかる。 家具は椅子と机しかなく、部屋の隅には埃が貯まっておりあまり使われていないようだ。 しかし、誘拐した者たちの気配もない。物音一つせず静まり返っているのはどういうことだろうか。 闇の衣を纏い即座に縄を引きちぎると扉に向かう。 その途中で窓から外を見るが森しか見えない。場所の判断はできそうになかった。 日もずいぶん高くなっている。下手をすればすでに午後どころか日付をまたいでいるかもしれない。 さっさとチンピラ共を片付けねばなるまいが血を制服に付けて学院に帰ると怪しまれる。 血が出ないように殺さなければと考えながらゆっくり扉に隙間をつくると 最近になって嗅ぎ慣れてしまった鉄の匂いが漂ってきた。 扉の隙間から外を伺うと一人の人間が足を投げ出し壁にもたれかかっているのが見える。 服装から例の浮浪者の姿をした者だと判断できたが、その粗末な服が赤黒く染まっていた。 何時もの夢遊病のように自分が寝ている間に殺ったのだろうか? しかしさっきまで縛られていたのだから出来るはずもない。 そのまま慎重に外を伺いながら部屋を出ると、先ほどの部屋より大きなリビングのような場所であった。 今入ってきた扉の他に2箇所ドアがある。一方は上がり小口があるので外に通じているのだろう。 3つの部屋だけで構成される小さな小屋といったところか。 こちらの部屋はよく掃除が行き届いているのか塵もほとんどない。 その代わりとでも言うように六体の死体が転がっていた。 生きている者が居ないことを確かめてからすべての死体をじっくり観察する。 六人の内、四人は喉に杭で穿たれたような穴がある。残り二人は頭蓋骨が凹んでいるのと 首が曲がってはいけない方向に曲がっている事がそれぞれの死因であろう。 さらに部屋を見ていると、先程は気付かなかったが微妙に床が濡れていたり、 壁に鋭い傷が付いていたりと魔法で戦闘を行ったであろうことが見えてくる。 もう一度死体を見ると喉に穴の開いた死体の近くに杖が落ちていることに気付くことが出来た。 ここで何があったのだろうか。6人の内少なくとも4人ものメイジが揃っているというのに殺されている。 これ以上は時間の無駄と判断したルイズはさらに探索を続ける。 残った最後の部屋に入るとデルフリンガーが机の上に何枚かの紙といっしょに置かれているのを発見できた。 机の引き出しにはルイズの杖が入れられており、すべての武器を取り戻すことができた。 机の紙はどうやらルイズを誘拐した旨を綴ろうとしている痕跡が見られる。 チンピラ達はこれをヴァリエール領の本邸に届けようと考えていたのだろう。 デルフを鞘から抜いて何があったのか聞けばいいことに今更ながら気付いてしまった。 「ぷはぁー!やっとしゃべれるぜ」 がちゃがちゃと口に当たるのであろう部分を動かしながらデルフがしゃべる。 それを無視して死体のある部屋に行く。 「さっき目が覚めたところだから情報が足りないわ。どのくらい時間が流れた? あとここで何があったの?」 「って、娘っこが殺ったんじゃねぇのか?・・・ええっと何処から話せばいいのかね。 まず時間はおまえさんが眠らされてから4時間ほど経ってる。 おまえさんが眠らされた後小屋まで運ばれたんだが、この部屋で離れ離れ。 俺にできた事はさっきの部屋に置かれてから陰気な奴が手紙書いてるところを見る事だけだったよ。 一時間ほど経った頃に少し騒がしくなったからてっきりお前さんが暴れたとばっかり思ってたんだが。 さっき起きたって言うしな」 「こいつらを始末したのは私じゃないわよ」 「わかってるよ。よく見ればこの死体の喉に空いた穴。ぶっとい槍で串刺しにされたんだろうぜ。 そんなの娘っこは持ってねぇしな」 「この傷、エアーニードルか何かじゃないの?」 「違うね。それならもっときれいな穴が開いてるだろうぜ。魔法なしで 六人相手に立ち回って速攻で勝負を決めたんだ。メイジでなくとも恐ろしい使い手だぜ」 そうこうしていると外から馬の蹄の音が聞こえてくる。 窓から外を伺うと町人風の服を着ている男が馬を下りているところだった。 その後に続くように3台の馬車が止まる。デルフによると最初の男は見たことあるとのこと。 どうやら死んだチンピラ共の仲間らしい。 馬車からは武装した人間がどんどん降りてきて周囲を警戒し始めた 全員で19人ほどか・・・しっかり杖を持っている者もいるようだ。 杖剣と見られるものを装備した3人がゆっくりとこちらにに向かってくる。 「まずいぞ。あの三人、めちゃくちゃ強い。娘っこじゃかなり苦戦するぞ」 デルフがそう警告するのなら本当にそうなのだろう。 そして油断のないこの人数を相手にするなら間違いなく怪我を負い、制服が血に染まる。 ルイズはまずいと感じながらも詠唱の無い魔法の先制攻撃以外思いつけない。 悲鳴が上がった。小屋と逆方向の森の陰から巨大なオークが武装した者たちに襲い掛かってきたのだ。 そのオークは流れるような動きで最も手前に居たメイジに接近するとその手に持った槍で喉を見事に突く。 続く蹴りでその横に立っていた男が地面と平行に10メイルほど飛んだ。 こちらに向かっていた3人も身を翻してオークに向かっていく。 中途半端な魔法はその体毛で跳ね返し、詠唱の長い魔法では素早い動きに付いていけない。 範囲魔法を放とうともすぐにその範囲から抜け出してしまう。 「ありゃあ娘っこが遺跡から連れ出したオークの親玉だな」 デルフリンガーがとんでもない事を言っている。それ以外にもルイズはこのオークに覚えがある。 確か魔法の練習を行ったときに出会った奴だ。間違いない。あの巨体を見間違えるはずがない。 8人目が殺されたところで先程こちらに向かっていた3人がオークを取り囲む。 3人とも風のメイジなのかエアニードルを剣に纏いかなりの連携でオークを苦しめ始めた。 オークはその囲いから抜け出せず攻撃を防御することに手が一杯になってしまっている。 そうなると他の者も落ち着きを取り戻し始める。 まだ生きているメイジ全員が改めてラインやトライアングルのスペルを唱え始める。 3人が抑えているうちに土メイジの魔法がオークの足に纏わりつく。 続いて詠唱していた魔法が一斉に放たれた。 オークは避けることもできずにすべてをまともに受けてしまったようだ。 膝を付き、槍を杖のように寄りかかることで何とか膝立ちの体勢を保っている。 その身体は焦げや深く入った切れ込みなどがあり正に死に体であった。 様子を見ようと考えていたルイズもかなりの槍さばきを魅せたオークが 連携の取れた3人に翻弄されていたことで一人で彼らを相手にするのは苦しいと考える。 オークに注目が集まっている内に一人を殺しておこうと、 デルフを完全に抜いて外への扉を開けた正にその時、声が響いた。 「ザラキ」 瀕死でありながらしっかりと力の込められたその声を聞いた瞬間、 ルイズは背筋が凍ったかのような錯覚を受けた。全身から汗が吹き出る。 しかし全く体に異常がないことに安堵したところでオークを囲んでいた3人の内2人が糸の切れた人形のように突然倒れた。他にも3人ほどが倒れている。 残った6人は何が起こったのかわからず呆然としている。 「ベホマラー」 さらに声が響いた後、瀕死であったオークが立ち上がった。 何時死んでもおかしくなかった怪我が一瞬で動けるまでに治っていることにルイズは目を剥く。 このオークの先住魔法!なんと強力なのだろうか! オークを囲んでいた3人組みの一人が倒れている2人にふざけている場合かと声を掛けている内にオークが近寄り心臓を一突きにする。連携が取れていなければ呆気ないものであった。 そこでやっと事態を悟った残りの5人が悲鳴を上げて逃げ出した。 恐怖に駆られた人間はその恐怖の根源であるオークから一番遠い方向、 つまり小屋のあるルイズがいる方向に向けて走り出す。 5人はルイズを見ると血走った目で走り寄ってきながら詠唱し始める。 「貴様さえ殺せば使い魔の契約は解ける!」 すでに彼らの中ではオークはルイズの使い魔であるようだった。あの三人がいないならどうとでもなる。 訂正することはせずにちょうど綺麗にまとまってくる連中を冥土に送ってやることにする。 「ヒャダルコ」 詠唱も無く突然出現した氷の嵐に抵抗もできずに凍ったひき肉になる。たまたま2メイルほどのゴーレムを出した土メイジだけがそれを壁として生き残った。 運よく生き残ったというのに全くうれしそうでないその男にルイズは微笑みかける。 天使のような微笑に男も釣られたかのように引きつった笑みを浮かべ、杖を放り出し命乞いをし始める。 オークを見れば傷の大半を先住魔法で癒し終わったらしく、 ルイズから少し距離を置き、座って槍の手入れをし始めている。 どうやらこちらに敵意はなさそうだ。小屋の中を片付けたのもあのオークで間違いないだろう。 一応オークにも注意を向けながら男に向き直る。 チンピラ達のことについて質問すると、よほど恐ろしいのかオークをちらちら見ながら 能弁に話し始める。小鳥のように囀るというのはこのことだと感心したものだ。 ルイズを前にして男はとにかく喋った。死にたくなかったから・・・ 身持ちを崩した貴族たちが集まって起こした庸兵集団。その名は血管針団。それがチンピラ達だった。 名前の由来は昔リーダーが魔の遺跡で盗掘に励んでいた時、仲間であった冒険者たちと使っていた技らしい。 名前の由来を聞いたときビビンと興奮気味に話すリーダーにちょっと引いたのは内緒だ。 他の経験豊富なメイジや庸兵も納得していたことからその名前に決まってしまった。 すでに守るべき名誉もない20人近いメイジを核とした集団はどんなことでもやった。 今では庸兵というよりもトリステインの掃き溜めと呼ばれるまでに成長し、すっかり裏側を仕切っていた。 依頼による任務はもちろん、生活が苦しくなると盗賊の真似事までした。 そんなある日仲間の一人が魔法学院の女生徒にスリを働こうとして失敗した挙句、血祭りに上げられた。 その女生徒こそルイズである。 その出来事は裏に素早く広まり、裏の顔としての実力や信用がひどく損なわれることになりそうだった。 さすがに貴族相手はかなり危ない橋を渡ることになる。しかし、これまでのクライアントや他の悪党、庸兵たちへの信用を回復するためにもやらなくてはならない。 貴族の娘はどこかの奴隷市で出品すればいい値が付くかもしれないから楽しみでもあった。 ここで想定外の事態が起こる。攫いにいった仲間がなかなか帰ってこないのだ。 そして明け方に皆殺しにされたという報が届く。向かった奴の中には手練のメイジもいた。 失敗するはずがなかったというのに。 もちろん信用の回復どころではなかった。そして、これに伴う戦力の低下が周りの動きを活性化させた。 いつの間にか庸兵団への包囲網が出来上がっており、これまで下についていた者たちが追い落としにくる。 手配されていた仲間の幾人かが役人に垂れ込まれて捕まるに至り、 このままトリステインにいたら全員が不味い飯どころか縛り首になるかもしれなかった。 そこで最後に大きいことをして金を稼いで逃げようと皆が考えていた時、ルイズの調査報告が入ってくる。 調べた結果思ったよりも大物貴族であった事に皆浮き足立ったがリーダーはがっぽり稼げるとほくそ笑む。 ルイズの誘拐身代金計画が始まった瞬間であり、俺達の運命が決まった瞬間だ。 「すでに逃げる先は決めている。アルビオンだ。すでにトリステインと仲のいい王党派は風前の灯。 間違いなくレコンキスタが政権を取るだろう。 レコンキスタに庸兵として紛れ込むことこそ生存への活路」 そう断言されると消極的だった者たちにも自信が湧いて来たのだ。 そして決行した。 「で、見事に皆殺しになったわけね」 「そ、そうです。小屋が貴方の使い魔に襲われたと聞いて戦闘要員は全員馬車に乗って来ましたので 残っていません」 必死になって取り繕っているのがわかるが墓穴を掘っている。 ルイズは必死な男の頭を万力のような力で固定し目を合わせる。 「あなたで最後ってわけね」 「命だけはご勘弁ください!どうか!どうか!」 「仲間の仇を取ろうと言う気概もないのかしら」 「仲間って言っても皆から俺は馬鹿されてきたんだ!要領が悪いってラインなのにドットからも笑われた。 団を抜けるなんて怖くて言えねぇし・・・」 その言葉から男が本当に冷遇されてきたことが感じ取れた。 目と鼻から水を垂れ流しているのを見て満足気に頷くとルイズは宣告した。 「あなた、私に雇われなさい」 何を聞いたのか分からないといったような顔でこちらを見る男。 「あなたの組織、戦闘要員は残っていないと言ったわね。なら他の人員は何のためにいるのかしら? 一応庸兵団名乗るなら貴方達も情報に気を使ってたんじゃない? 私が欲しいのはその情報を得るための人員よ」 男が何度も頷く。確かに残っている者の中には目端が利く情報を集める奴もいる。 もちろん今回の誘拐計画以前にさっさと団を見限った奴も多いがまだまだ残っている。 「あなたのやることは庸兵団でそういう諜報に使える奴を勧誘して新たに組織を作ること。 けっして損はさせないわ。私の実家がどこかはよく知っているでしょう?」 「組織を立ち上げるなんて・・・お、俺じゃリーダーみたいにはできねぇよ・・・」 普段からあまり褒められたり、頼られたりしていないのだろう。 聞けばリーダーは小屋の中で死んでいた浮浪者風の男らしい。 しかし雇うのはしっかりしている者ではいけない。 ルイズが支配できる精神的に不安定であり、古巣に愛着がない者こそ使うのだ。 戸惑っている男にルイズは殊更にやさしく諭していく。 「あなたはさっきの死地を生き残ったのよ。きっとそれには意味があるわ。 幸運はいまあなたに味方してる。そしてこの提案も貴方を見込んでのことよ。 これまでどんな苦労を背負ってきたのか私は見てきたわけじゃないから知らない。 けれど自信を持ちなさい。その苦労があなたを生かしたの。あなたを馬鹿にしていた連中は死んだわ。 いまここからあなたの本当の人生が始まるのよ」 死にたくない一心で追い詰められているところで突如掌を返したかのような優しさで包む。 ルイズの言葉はこれまで冷遇されていた男の脳を侵すように響いてくる。 しかし、それ以上に奇怪なことが起こっていた。それを見ているのはオークだけだっただろう。 男の顔を固定しているルイズの手から闇の衣と呼ばれた黒い靄がゆっくりと男の耳、鼻、口から 体内に入っていた。 「あなたならどんなことでもできるわ」 一応現在の予算と報告方法を決めた後、しばらく放心したような焦点のない目をしていたが 突然目に力が戻り男は直ちに町に帰って行った。 男がしっかり仕事をするかはわからないが、こんな方法で情報源が手に入るならいくらでもやってやろう。 とにかく自分の目がほしい。アルビオンの戦況を知りたいのだ。 ここで残ったもう一つの問題に視線を向ける。 巨大なオークが仲間になりたそうにこちらを見ている。 デルフリンガーが言っていた遺跡からルイズが連れ出したとの発言、そしてこれまでの行動。 すべてルイズに危害を及ぼすことはせずに今回など助けられた。 下手をすると起きた目が覚めたときにはすべてが終わっていた後だった可能性も否定できない。 そしてなによりも気になったのはあの先住魔法だ。 一言で発現する様子といい。今ルイズが使っているものに似ている。 オークが魔法を使うなど聞いたことも無い。体の大きさといい、こいつは別の種族ではないか? 竜と韻竜が違うように特別な存在ではないか? 話しかけてみるが人語を解しているが話すことはできないようだ。 使っていた魔法について質問するとブヒブヒと地面に絵を描き出す。 それはオークが描いたとも思えないような遠近法まで使った無駄に綺麗な絵であり、 それは間違いなく本に見える。 オークにその魔道書を貸してくれないかというと胡坐を止めて跪き、 まるで臣下の礼を取るような仕草の後、走って行ってしまった。 まだ聞きたいこともあったが喋れないなら仕方がないかと諦める。 しかしあのオークは自分には従うだろう。 モンスターを従える力もすでに持っており、そう遠くない内に自分の中に見つけられる。 そんな確信がルイズに芽生えていた。 それよりも外出許可は取ったが外泊許可は取っていない。そろそろ帰らなければ。 「・・・どこよ、ここ・・・」 この日、魔の遺跡に駐留していた軍を外からの奇襲で通り抜け、 遺跡に入ってしまった巨大なオークがいたことは別の話であり、 さらにその後、遺跡からモンスターがあふれ出し、それに紛れてオークが包囲を突破したことも 語られることも無い話である。 前ページ次ページ絶望の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9173.html
前ページ次ページ暗の使い魔 「ちょっと、何してるのよ。さっさとしなさい!」 「五月蝿いな、こんな人ごみじゃ仕方ないだろう」 細い路地にいるルイズからの催促に、官兵衛が答える。 ごった返す人ごみを掻き分けながら、ずた袋を引っさげた官兵衛がようやっとルイズの元にたどり着いた。 路地に入り込んだ二人は、元来た道を見返す。と、そこには見渡す限りの人の波。 幅5メイル程の街道に所狭しと人が並んでいた。 ここは首都トリスタニアのブルドンネ街、その大通り。 虚無の曜日――魔法学院の生徒にとって休日にあたるこの日。 官兵衛とルイズはある買い物をするために、ここ首都トリスタニアまで出てきていた。 事の始まりは、昨晩の会話である。 「この野良犬―――っ!よりにもよってツェルプストー相手に尻尾を振るなんて!」 あの後、ルイズに部屋まで連れ戻された官兵衛は、いきなり犬呼ばわりされた。 キュルケとの現場を最悪のタイミングで押さえられたためだ。挙句、鞭で散々叩かれそうになる始末。 「落ち着けお前さん――って、犬呼ばわりか!一体何だってんだ!」 ルイズがなぜキュルケとの接触をこれほどまでに怒るのか。それは、官兵衛にとっては何も関わりの無い因縁のせいであった。 聞けば、ツェルプストー家とヴァリエール家は国境を挟んでの隣同士。 トリステインとゲルマニアの戦争の度に殺しあった因縁の仲なのだとか。 さらには、ルイズにとってはこちらが重要らしいが、先祖代々ヴァリエールはツェルプストーに、散々恋人を奪われてきたらしい。 曰く、ひいおじいさんの妻が奪われた。曰く、ひいひいおじいさんの婚約者を奪われた、等々である。 とどのつまりは、これ以上ツェルプストーには小鳥一匹だって渡すわけにはいかない。そういうことらしい。 「わかった!?とにかくツェルプストー家は、ヴァリエール家にとって不倶戴天の敵なの!」 「へいへい。要は小生が近づかなきゃいいんだろう。あのキュルケに」 官兵衛はやれやれと手をすくめた。しかし、それには一つ問題がある、それは。 「向こうから接近してきたらどうする?強行手段に出られたらさっきみたいに監禁されかねんぞ」 「そうね、それにキュルケを慕う男達も黙ってはいないでしょうね」 ルイズが顎に手を当てながら言った。官兵衛も腕に自信が無いわけではない。しかしながらこの枷である。 闇夜に不意打ちでもされたらたまったものではない。何れにせよ、なにかしら身を守る手段が必要であった、そこで。 「わかったわ。あんたに剣を買ってあげる」 「えっ?」 ルイズが意外な提案をしてきた。官兵衛が素っ頓狂な声を上げる。 「確かにキュルケに好かれたら命がいくつあっても足りないわ。降りかかる火の粉は自分で払えるようにしなさい」 ルイズがツンと上を向いて言った。 「いやしかしだな!小生のこの枷で剣なんかあっても……」 「でもあんたこの前言ってたじゃない。剣があればもっと手早く済むって」 そうであった、と官兵衛は天井を仰いだ。確かに彼は、ド・ロレーヌとの決闘の後、そんな言葉を口にしたのだ。 「まあ無いよりはマシでしょ?」 「そりゃそうだが……」 「決まりね」 そんなこんなで、ルイズと官兵衛は剣を買うために、はるばる首都まで出てきた訳である。 因みに官兵衛の枷と鉄球と鎖は、白い布に包まれている。 流石にあのままでは目立って歩きにくい、と考えたルイズが用意したのだ。 傍から見れば、白い大きなずた袋を担いでいるようにしか見えず、上手くカムフラージュされていた。 ブルドンネ街の大通りを抜け、狭い路地を入る。 やがて四辻に出、そして剣の形をした看板の店を見つけると、ルイズと官兵衛はその中に入っていった。 その様子を、二つの影がそっと見ているのに気付かずに。 暗の使い魔 第七話 『魔剣とゴーレム』 ルイズと官兵衛が入ると、そこは、狭い屋内に様々武具が並んだ、薄暗い店であった。 カウンターの奥に座った店主が、こちらに気付き、胡散臭げな目で官兵衛達を見た。 「貴族の旦那。うちは全うな商売してまさあ。お上に目をつけられる事なんかとは無縁でっせ。」 「客よ」 ドスの聞いた声でそういう店主に、ルイズが一言で返す。と、店主は驚いたようにルイズを見やった。 「こりゃあ驚いた。若奥様が剣なんぞ握られるんで?」 「使うのは私じゃないわ。こいつよ」 ルイズが官兵衛を目で指す。店主は納得いったように手を打った。 「ははあ成程。近頃は下僕に剣を持たせる貴族の方々も多いようで」 相手が客だと分かると、店主は商売っ気たっぷりに愛想を振りまきながらそういった。 「剣をお使いになるのはこの方で?はあ、これはまた逞しいお方で。鍛え上げられた肉体が岩のようでさあ」 店主が、まじまじと官兵衛を見ながら、世辞を述べる。 そんな店主の言葉を、ルイズは煩わしく思いながらも静かに先を促した。 「このような方がお使いになる剣といえば、かなり大振りなものになりやすが?」 「構わないわ。私は剣の事なんて分からないし、適当に選んで頂戴」 「へい、かしこまりました」 そういうと、店主はいそいそと店の奥へ引っ込んだ。 こりゃ鴨がネギしょってやってきたわい、と内心ほくそ笑みながら。 そんな中、官兵衛は店内に置かれた刀剣類一つ一つを手に取り眺めていた。 しかし、まともな使用に耐えるような物はこの店ではそうそう見つからないようであった。 官兵衛が短くため息をつく。その時、店の倉庫から店主が大剣を油布で拭きながら現れた。 「こいつなんかどうです」 店主がドンと大剣をカウンターに置いた。 見ればそれは、なんとも煌びやかな大剣であった。所々に宝石が散りばめられ、両刃の刀身が鏡のように輝く。 刀身も大きく、1,5メイルはあろう大きさであった。成程、貴族の従者が腰に下げるにはもってこいの逸品らしかった。 官兵衛も傍により、手にとってまじまじと見た。 「こいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金術師シュペー卿で。魔法だって掛かってるんで鋼鉄なんか一刀両断ですぜ」 官兵衛が熱心に見てるのをいい事に、早速売り込もうとする店主。ルイズも満足したように、その剣を眺めている。 「おいくら?」 ルイズが早速店主に値段を尋ねる。店主が淡々と値段を告げた。 「エキュー金貨で二千。新金貨で三千」 「立派な家と森つきの庭が買えるじゃないの!」 ルイズは声を荒げた。いくらなんでもこれではぼったくりではないか、と抗議するも。 「名剣は城に匹敵しやすぜ。屋敷で済めば安い方かと」 店主が笑いながらそういった。その言葉に、困ったように黙り込むルイズ。 しかし、まじまじ見ていた官兵衛がようやっと口を開くと。 「こんなナマクラで金とろうなんて、たしかにぼったくりが過ぎるな。お前さん」 店主に向かってそう言った。 「な、なんでい!いい加減な事言うなド素人が!」 今度は店主が顔を赤くして、官兵衛に怒鳴った。しかし官兵衛は冷静に言う。 「鋼鉄だって斬れる?こいつじゃあ土塊にすら劣るぞ」 そう言いながら、官兵衛は興味なさそうに大剣をカウンターに戻した。 「斬れないな。飾りだ」 そう言われると、店主は怒ったように剣を引っつかみ、店の奥へと消えていった。 官兵衛も、落ちぶれたとはいえ一介の武将である。刀剣の良し悪しを見る目は確かであった。 加えて彼は、小田原城主北条氏政より賜った名刀『日光一文字』を所有していたこともある。 名刀を見分ける目は玄人であった。 ルイズがだまされた事を悟り、わなわなと震える。 「貴族相手にナマクラを売りつけようだなんて!」 「落ち着け。向こうも商売人だ」 官兵衛がルイズを宥める。といっても今回のは流石に度が過ぎるとは官兵衛も思ったが。 「とりあえず出るか」 先程から店主も戻って来ないし、このままでは埒が明かない。と、店の外に出ようとしたその時であった。 「よう兄ちゃん!おめえ結構いい目してるじゃあねえか!」 唐突に狭い店内に声が響いた。 官兵衛とルイズが見回すも、辺りには誰もいない。 「どこ見てんだよ。こっちだこっち」 とりあえず声のする方向へ目を向けるも、積み上げられた剣があるのみ。人影らしい人影はどこにも無かった。 「おめえ!やっぱり目は節穴か!」 その時、官兵衛は驚き目を見開いた。なんと声の主は、一本の剣であった。 乱雑に積みあがった剣の束の中の一本の剣。正確に言えばその柄の部分から声が発せられていたのだ。 ガサゴソと乱暴にその剣を引っつかむ。 「おいおい!慌てんなって。もう少し優しく扱いな」 口と思わしき柄の部分がカタカタと震えた。 「それって、インテリジェンスソード?」 ルイズが戸惑いながら、その剣を見やった。 「いんてりじぇんす?」 「海を隔てた南蛮の――じゃない、魔法によって意志を与えられた剣の事よ。珍しいわねこんな所で」 ルイズが妙な電波を受信しながら、官兵衛に説明する。 「何でも有りか、魔法ってのは」 剣が喋るという事実にも驚きである。しかし何よりも、物に意志を与えるというデタラメな魔法の力に官兵衛は舌を巻いた。 「やいデル公!またおめぇは!」 いつの間にかカウンターに戻ってきていた店主が、手に持った剣をみるやいなや怒鳴った。 「デル公っていうのか?お前さん」 「ちがわ!デルフリンガー様だ!」 「へぇ、名前だけは立派ね」 ルイズがデルフリンガーをじろじろ見ながら言った。確かに名前は立派だが、当の剣はさび付いていてボロボロである。 長さは先程の大剣と大して変わらないが、それでも先程のものから比べると大分見劣りした。 それでも官兵衛は興味深げに、デルフリンガーを見回す。 「おいお前さん。喋れるってことは色々知ってるのか?」 「剣に尋ねる時はテメエから名乗りやがれ」 「それもそうだな、小生は官兵衛。黒田官兵衛だ」 「そうかいカンベエ、俺の事はデルフでいいぜ。」 なにやら嬉しそうに剣に話しかける官兵衛を、ルイズは怪訝な顔で見つめていた。 「なによあんた、その剣気に入ったの?もっと綺麗なのにしなさいよ」 彼女がそう言うも、官兵衛はデルフとのおしゃべりに夢中で取り付く島もない。 仕方無しにとルイズは店主に向き合う。 「あれはいくらなの?」 「あれなら100で結構でさ」 「あら安いじゃない」 「こちらからしたら厄介払いみたいなもんでして。何しろそのデル公と来たら、客にケチ付けるは罵るわ、ともう散々で」 「え~」 ルイズは再び嫌そうな顔をする。しかし官兵衛はあの調子だ。 「カンベエ!どうするのよ!」 「ん?ああ、買うぞ」 ルイズは肩を落とした。官兵衛が懐から袋を取り出し、カウンターの上に中身をぶちまける。 店主が、慎重に金貨を数え終わると、頷いた。 「毎度」 ルイズは深く深くため息をついた。 「よろしく頼むぞデルフ」 「こちらこそな、いやしかしおでれーた!こんな所で『使い手』に拾われるたぁな!」 「使い手?」 なにやらまだ官兵衛と剣はおしゃべりしているようだが、ルイズはさっさとこの店を出たかった。 さっさと出るわよ、と官兵衛を無理やり店の外に押し出すと、ルイズもそれと同時に出て行った。 薄暗い店内が再びしんと静まり返る。 「やっと厄介払い出来たか」 店主がカウンターに頬杖をつきながら、短くそう呟いた。やれやれ、と言いながらパイプを吹かす。 パイプの煙が天井に届くのをぼぅっと見る。 「まあせいぜい元気でやれよ。デル公」 店主は何とも言い知れぬ静けさに、そんな言葉をつぶやいた。 店を出てから、ルイズはずっと機嫌が悪かった。官兵衛が理由を問えば。 「本当にそんなので良かったの?」 と、剣についての文句しか言わなかった。 町に繰り出したは良いものの、さび付いた剣一本しか手にはいらなかった事が余程腹に据えかねたのだろう。 「思ったより丈夫そうだ。剣として使う分には問題ないだろう」 「同じ剣でも喋らないのが沢山有るじゃない、なんでわざわざそれにしたのよ。」 加えて、インテリジェンスソードなどという迷惑な代物であった事も一因していた。 「喋るからいいんだろうが。こいつなら色々情報を持ってるかも知れんしな」 「ふ~んそう」 官兵衛の言葉に、ルイズは心底つまらなそうであった。 二人がそんな会話をしながらブルドンネ街を練り歩いていた、その時であった。 「あれ、なんの人だかりかしら?」 ルイズが通りの正面を指差した。官兵衛もそちらを見る。 すると、そこにはおびただしい数の人々が何かを囲んでいるのが見えた。 このまま行くと間違いなくあの群衆にぶつかるだろう。しかし通りの人の流れは激しく、回り道をしている余裕などない。 ルイズ達は仕方なく、前へ前へと進んでいった。 「ええい、見世物ではない!散った散った」 ざわめきに混じって衛士が怒号を飛ばしているのが聞こえる。 そして人ごみの隙間から、衛士達が木でできた担架で、布に包まれた何かを運んでいくのが見えた。 一体何なのかと、一番後ろに並んだ男性に話を聞く。すると、驚くべき答えが返ってきた。 「ああ、メイジの死体が出たんだとさ」 男性はルイズに答える。その言葉にルイズは息をのんだ。 「死体って、殺されたの?」 「どうやらそうらしいな。今月に入って二件目だとさ、ひでぇ話だ」 あまりに物騒な話に、ルイズは顔色を変えた。 「なんだってメイジが殺されるんだ?この世界じゃ貴族を手にかけるなんざ重罪じゃないのか?」 官兵衛がルイズに問う。 もちろん貴族でなくとも殺人は重罪である。 しかし官兵衛は、この世界の頂点に君臨する貴族がなぜ殺されたのか疑問に思ったのだった。 「わからないわ。今回殺されたのは貴族なの?」 ルイズが再び男に話を聴いた。 「いいや、貴族じゃない。身元知れずのメイジさ」 成程、確かに殺されたのが貴族であったのなら、このような騒ぎでは済まない筈だ。 しかし、官兵衛は男の答えに疑問符を浮かべた。 「メイジが全員貴族なわけじゃないのか」 「そうね。メイジにも色々あって傭兵に身をやつしたり、泥棒になったりするケースがあるわ。 貴族は全員がメイジだけど、メイジ全員が貴族じゃあないのよ。それにしても――」 官兵衛の問いに答えた後、ルイズは考え込んだ。 「メイジが立て続けに二人も殺害されるなんて、いったいどうしてかしら?」 メイジ同士のいざこざであろうか。 身元不明のメイジであれば大方盗人の類であろう。つまりは、裏社会の事情によるものかも知れない。 もしそうであれば、自分たちには関わりの無い事だ。ルイズはそう思った。しかし、彼女は何かが引っ掛かっていた。 現場処理が終わり、人の群れがまばらになってきた所で、官兵衛とルイズはようやく歩き出した。 「はぁ、大分遅くなっちゃったわね。帰りましょう」 「おう」 二人は馬を預けている駅へと向かった。 ルイズと官兵衛は、馬で約三時間の道のりを走り、学園へ戻ってきた。 その頃にはすでに日が落ち、辺りには夜の帳が降りていた。 官兵衛はまずルイズの部屋に戻るなり、デルフリンガーを鞘から出して会話を始めた。 彼がデルフを選んだ理由は主に二つ。一つは勿論武器としての役割。もう一つは情報収集であった。 こちらに来てからまだ一週間。官兵衛は、この世界の世情について疎い部分が多くあった。 勿論シエスタ達との会話や、日ごろの授業から情報を得ている。 しかしながら、それらの情報源だけでは得られるものに限りがあった。 図書館の利用も考えたが、そこは貴族専用で自分のような平民は入る事すら許されない。 そんな時、彼はデルフリンガーを見つけたのである。 トリステイン中心部の武器屋に眠っていた、意志を持った魔剣。何かしらの情報が得られると官兵衛は踏んでいた。 彼は日本に帰る為にも、一つでも多くの情報を欲したのであった。しかし―― 「なぜじゃあああああああっ!」 「まあまあそう騒ぐなって相棒」 「誰が相棒じゃ!」 またしても切ない叫び声が夜空に響いた。頭を抱え、その場にうずくまる官兵衛。 「おいおいどうしたってんだよ相棒。そりゃたしかに俺様は忘れっぽい。長い間眠ってたからな、うん。 でもそれがどうした?それを差し引いても俺様はそこらの名剣に劣らないぜ。後悔させねえ、絶対」 「後悔だらけだこの錆び錆び!何聞いても忘れた、知らねぇだの、お前さんを買った意味が半分無いじゃないか!」 「よくわかんねぇが、半分あるならいいじゃねぇか。仲良くやろうぜ」 官兵衛はガックリと肩を落とした。官兵衛は肝心の情報を、デルフリンガーから全く得られなかったのだ。 忘れっぽいと言うことは思い出す可能性も無きにしも非ず。だが、今のところそれには期待できそうになかった。 「だから言ったじゃない。もっと普通の剣にしときなさいって。」 ベッドに腰掛けたルイズが頬を膨らませてそう言う。 と、その時であった。 「はーい!ダーリン!」 キュルケが突如、ルイズの部屋のドアをこじ開けて現れた。官兵衛を見るや否や抱きつく。 そして後から、青い髪の少女が本を読みながら入ってきて、ちょこんと官兵衛の隣に座った。 「ちょっとツェルプストー!何勝手に人の部屋に入ってきてるのよ!」 ルイズが立ち上がり、がなり立てる。それに対して、ルイズに今やっと気がついたかのようにキュルケはニッコリ笑う。 「あらルイズこんばんは。生憎だけど今日は貴方に用は無いの。私はダーリンに用があって来たのよ。ねっ、ダーリン」 「だ、だありん?よく分からんが小生に何の用だ?」 官兵衛がおずおずとキュルケに尋ねる。 しかし、昨日の今日で随分なアプローチの仕方だ。恋のためならどこへだろうと現れる。他人の部屋だろうとこじ開ける。 これがツェルプストー流の恋の方法だとしたら、本当にとんでもない家系だ。 官兵衛は、二の腕に押し付けられる胸の感触に苛まれながら、そう考えた。 キュルケがシャツをめくり上げ、スカートの中から何かを取り出した。それは一冊の本であった。 頑丈そうなカバーに包まれ、丁寧に鍵まで掛けられている。随分と重要そうな書物だった。 「これをね、ダーリンに・あ・げ・る」 キュルケが色気たっぷりに、その本を手の中に包ませた。 「な、なんだコイツは?」 「フフ、これはね、『召喚されし書物』って言う代物なの。我がツェルプストー家に伝わる家宝よ」 「何!召喚された書物!?」 官兵衛が驚愕し、手の中の本を見やる。 「そうよ。もしかしたらダーリンの助けになればいいなって。私からのささやかな贈り物よ」 バッと頭上に書物を掲げる官兵衛。目を輝かせ、彼は肩を震わせた。 もしこの書物が日本から、いや官兵衛の世界から召喚された物なら、大きな手がかりであった。 彼が元の世界に帰るための、これ以上ない程の。 「どういうつもりよキュルケ」 「あら、貴方こそ。ダーリンに剣なんかプレゼントしちゃって」 「何よ、使い魔に最低限必要なものを買い与えるのは、主人である私の務めよ」 「必要なものねぇ」 キュルケがチラリと官兵衛の横に置かれた、錆び付いた剣を見やった。ぷっと吹き出しながらルイズに向き直り。 「大方お金が足りなくてあんなものしか買ってあげられなかったんじゃあないの?」 「違うわ!カンベエがあれでいいって言ったのよ!必要なら私がもっと立派な剣を買ってあげたわよ」 「あら、それはダーリンが気を使ったのでなくて?お金の無い貴方に。 まったく使い魔にお金の心配をされるなんて、主人として情けないわね?」 ルイズの眉が釣りあがった。握り締めた拳がわなわなと震え出す。 と、突如ルイズは官兵衛の持つ本をバッと取り上げた。 オイ!と官兵衛が抗議する間もなく、ルイズは本をキュルケに突っ返した。 「いらないわよこんなもん!」 「それは私がダーリンにあげたの。貴方にあげたんじゃないわ」 「使い魔の物は私の物。私の物は私の物よ!あんたからは砂粒ひとつだって恵んで欲しくないんだから」 官兵衛が横でふざけんな!と抗議するが聞く耳持たずである。 「全く、こんなんじゃダーリンが可哀想よ。 彼は貴方の使い魔かもしれないけど、意志だってあるのよ?そこを尊重してあげなさいな」 そうだぞ!と官兵衛が繰り返す。キュルケが再び官兵衛に寄り添った。 「ねぇダーリン、こんな自分勝手なルイズより私のほうがいいわよね?私なら貴方に何だって望むものを与えられるわ。 勿論、貴方を送り帰す方法だって」 キュルケの言葉に官兵衛はハッとして、彼女を見やった。 何故それを知ってるんだ、と言葉が出かかったが、フレイムとの感覚共有のことを思い返し口を閉ざした。 「何よ余計なお世話よ!それにこいつを送り帰すのは主人である私の勤めよ!ゲルマニアで相手にされなくなったからって、 トリステインに越してきた色ボケは引っ込んでなさい!」 「言ってくれるじゃない……」 キュルケの目が据わった。ルイズが勝ち誇ったように言う。 「何よ、本当の事じゃない」 二人の視線がバチバチと火花を散らした。二人が同時に杖に手を掛けた。 すると、それまでじっと本を読んでいた青髪の少女が、すっと杖を振るった。つむじ風が舞い上がり、二人の手から杖を吹き飛ばした。 「室内」 表情を変えず、少女が淡々といった。おそらくはここで杖を抜くのが危険だと言いたいのだろう。 「なにこの子、さっきからいるけど」 「あたしの友達よ。タバサっていうの」 タバサは再び座り込むと、官兵衛のとなりで相も変わらず本のページをめくり始めた。 官兵衛はタバサを見やる。年の程は13~4程だろうか。赤い縁の眼鏡を掛けた、幼そうな顔立ちの少女であった。 官兵衛の視線を気にも留めず、彼女は淡々と読書をしている。 「(随分無口な娘っ子だ、だが――)」 官兵衛はこの少女の立ち振舞いに違和感を感じていた。そう、何者をも寄せ付けない雰囲気。 彼が日ノ本で幾度と無く感じた、あの冷たい気配。例えるなら、豊臣秀吉の左腕として活躍していた男、石田三成。 それを思い出させた。 ふと、タバサがこちらを向いた。それに対して慌てて目を逸らす官兵衛。 「(気のせいか……)」 見ればまだ表情あどけない少女である。自分の感じた違和感は気のせいだろう。そう思うことにした。 「止めなくていいの?」 「えっ?」 タバサがすっと前を指した。見るとそこには、怒りをむき出しにして睨み合う二人の少女がいた。 「「決闘よ!」」 二人が同時に叫んだ。 「おいおい何言い出すんだお前さん達――」 「「カンベエ(ダーリン)は黙ってて!」」 二人の少女、いや鬼女に凄まれて官兵衛はすごすごと引き下がった。 「いいこと?勝ったほうがダーリンにプレゼントを贈るのよ!」 「上等よ!絶対負けないんだから!」 女同士の決戦の火蓋が切って落とされた。 「でだ……何で小生がこうなるんだあぁぁぁぁっ!」 官兵衛は気がつくと、学園内の本塔の上からロープで吊るされていた 先程部屋で急に眠くなり、意識が無くなり、気がついたらこのザマであった。恐らくは魔法で眠らされたのだろう。 自分の遥か下に地面が見える。そこは学院の中庭であり、キュルケとルイズが官兵衛を見据えて立っていた。 そして上空には巨大な竜が舞っているのが見えた。タバサの使い魔のシルフィードであった。 彼女は、シルフィードに乗りながら吊るされた官兵衛の真上を旋回していた。官兵衛の落下に備えてである。 「いいこと?先にロープを切ってカンベエを落とした方が勝ちよ」 「わかったわ」 キュルケとルイズが杖を構えた。 「いやいやお前さん達。決闘したい理由は分かった、譲れない訳がある事も。でもな、こんな形で小生を巻き込むなっ!」 官兵衛が精一杯叫ぶも、皆どこ吹く風であった。 「降ろせ!降ろしやがれ!」 「ハァーイ!待っててダーリン。今私が降ろしてあげるわ!」 キュルケが官兵衛に目配せする。 「ちょっとキュルケ!先攻は私よ!」 ルイズが杖を構えながら言う。 「わかってるわよ、ヴァリエール」 ルイズは官兵衛が吊るされたロープを慎重に見やった。 風によって左右にゆらゆら揺られるロープを切るには、最適な魔法は何であろうか。 いや、最適な魔法以前に自分が魔法を成功させられるのだろうか? ルイズは考えた、しかし考えるだけでは埒があかない。 ルイズは意を決すると、慎重に詠唱を始めた。呪文が完成し、杖をロープ目掛けて振るう。 「(あたって!)」 ルイズは祈った。だがしかし、どおんと爆発の音が響き渡った。 見るとルイズの狙いは外れ、本塔の壁に大きな亀裂が走っただけであった。 キュルケが壁を指差しながら笑う。 「あっはっは!ルイズ!貴方ってば本当に爆発しか起こせないんだから」 ルイズが悔しさに唇を噛み締めた。 「じゃあ次はあたしの番ね」 そう言うと、キュルケが余裕たっぷりに前へ進み出た。 そのまま手馴れた様子で詠唱を始める。すると、杖の先に徐々に炎が集まり、30サント程の炎の塊となった。 膨れ上がった炎をロープ目掛けて放つ。そして、ボッという一瞬の音と共にロープに命中した。 「やったわ!」 キュルケが喜びの声を上げる。ルイズはそれを歯噛みしながら見ていた。 炎が命中した部分のロープが一瞬で炭化する。そのまま重力に従い、官兵衛は真っ逆さまに地面へと落下していった。 「うおぉぉぉぉっ!」 風竜に乗ったままタバサが急降下し、即座に官兵衛に『レビテーション』の魔法を唱える。 と、官兵衛の身体は空中で一瞬止まり、徐々に地面に降りていった。 「くそっ!お前ら、あとで覚えてろよ!」 地面に無事着地した官兵衛は、忌まわしげにそう言った。 と、その時であった。 「ちょっと!何あれ!」 キュルケが官兵衛とは反対側の方角を指差した。即座にルイズが振り向く。タバサの視線が鋭く捕らえる。 官兵衛が驚愕に目を見開いた。 彼らが見る方向、そこには見るも巨大な影が、地鳴りとともに形成されていく光景が映っていた。 見る見るうちに隆起し、巨大な人型を形作る。やがて影は、30メイルはあろうかという高さにまで成長した。 それは非常に巨大な、土で形作られたゴーレムであった。 「ゴーレム!」 ルイズが叫んだ。それと同時に、ずしん!と辺りに振動が走る。巨大な人型がゆっくりと、その歩みを始めた。 そしてその歩みは、着実に本塔の壁に入った亀裂へと進んでいた。 「おいおい!冗談じゃないぞ」 未だ縛られて動けない官兵衛の元に、巨大な塊がゆっくりと迫ってきていた。 「おい誰か!こいつを解いてくれっ!」 官兵衛が叫ぶも、その声を誰も聞いてはいない。 キュルケは足早に逃げて行ってしまった。タバサは空に見当たらない。しかし、ルイズは。 「ちょっと!何で縛られたままなのよ!」 いち早く官兵衛の元へと駆けつけた。 「お前さんらのせいだよ!」 相も変わらず理不尽な主人に抗議しながら、官兵衛は迫ってくる巨大な塊を見やった。 「こいつはまさか、メイジが動かしてるのか?」 「そうよ!あの大きさ、少なく見積もってもトライアングルクラスのメイジの仕業ね。 ってそんな事より何で解けないのよっ!」 ルイズが焦りながら言う。ずしいん!とより近くで振動が走った。ゴーレムはもう目と鼻の先に接近してきていた。 そして、とうとうルイズと官兵衛の上に影がかかった。ゴーレムがゆっくりと片足を上げた。 「お前さん!逃げろ!小生なら大丈夫だ!」 「いやよ!使い魔を見捨てるメイジなんてメイジじゃないわ!」 ゴーレムの足が上から迫る。天が落ちてくるようなその迫力に、官兵衛とルイズは成すすべなく頭を伏せた。 と、突如二人の間に風が吹きぬけた。体が持ち上がり、上昇する感覚に二人は頭を上げた。 「タバサ!」 気付くと、二人はタバサの操る風竜の背中に居た。間一髪でタバサが使い魔を降下させ、二人を救い出したのだ。 「ありがとう!助かったわ」 ルイズが礼を言う。タバサは短く頷くと、ゴーレムに目をやった。 ゴーレムは亀裂が入った本塔の壁の前に立っていた。 ゴーレムはゆっくりと拳を構えると、その拳を目一杯強く本塔の亀裂に叩き付けた。拳が衝突の瞬間、鋼鉄に変化する。 どおん!と凄まじい衝撃が、本塔全体に広がった。亀裂の入った壁は耐えられず、ガラガラと無残に崩れ落ちた。 「いったい何なのあのゴーレム!本塔の壁が粉々じゃない!確かあの場所って――」 ルイズが動揺しながら言おうとした言葉を、タバサが短く引き取った。 「宝物庫」 と、突如壊れた壁の中から、黒いローブにフードを被った人影が現れた。 腕に何か筒状の物を抱えており、それを持ったままゴーレムの肩に飛び乗った。 「あの人影!あれがゴーレムを操っているメイジね」 ルイズが言うと、それを証明するかのように人影が杖を振るった。 すると、ゴーレムは足早にその場から逃げるように移動し出した。そのまま城壁を跨ぎ、森の方へと歩き出す。 「逃がしちゃダメ!あいつ、今何かを抱えてた。きっと宝物庫から盗み出したのよ」 そのまま風竜で追跡を始めるルイズ達。しかし―― 「あれ?」 突如、森に入る手前でゴーレムがぐしゃりと崩れたではないか。 「一体どうしたのかしら?メイジは?」 ゴーレムだった土山の上を、風竜で旋回する。しかし、あたりに人影らしい人影は無い。 「どうなってるの?」 「消えた」 タバサが短く呟く。 ルイズが目を凝らしながら辺りを見回すも、無駄であった。 「まんまと出し抜かれたな」 官兵衛が未だ縛られたままで言った。ルイズが悔しそうに口元を歪ませた。 翌朝、大騒ぎする教師達は、宝物庫に空けられた巨穴をあんぐりとしながら眺めていた。 そして次に、宝物庫の壁に書かれたメッセージに憤慨していた。 壁に書かれたメッセージはこうであった。 『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』 前ページ次ページ暗の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6776.html
前ページ次ページ滅殺の使い魔 「な、何だったのよ、あいつ……」 ギーシュとの決闘を終え、広場の生徒達がまばらになっている頃……、ルイズは自室へと向かっていた。 頭の中には、豪鬼への疑念が渦巻いていた。 平民。 自分が召喚した、ちょっとごつい平民。 みすぼらしい服を着て、それでも超人的な力を持つ。 一体あれは何者? メイジでは無いらしい。 異世界から来たとか言っていたが、本当なのか? 途中キュルケに話しかけられたりもしたが、上の空で返事をしたから覚えていない。 でも……ギーシュを倒した時、ちょっとすっきりしたかも。 そんなことを考えながら部屋に着く。 ドアを開け部屋に入る。 ――居た―― 「ご、ゴウキ、ななな、なんで居るのよ!?」 鍵は掛けたはず。 そう思いながら、急いでルイズがドアを見ると、ドアの鍵が壊れていた。 「あ、あんた……鍵壊したの!?」 「ぬ……あのような物、有って無いようなものよ」 ふん、と豪鬼が鼻で笑う。 ルイズは、自分に必死に落ち着けと言い聞かせながら、あくまで笑顔で質問する。 「ね、ねえゴウキ?」 「何用だ」 「ギーシュのゴーレムを倒した、あの、なんて言うの? あれ、何だったのよ?」 「……技」 「わ、技ぁ!? いや、そんなはず無いでしょ、どうやったら技で青銅を真っ二つにするのよ」 「笑止。 日々鍛錬の賜物よ」 「あ、あんたねえ……」 どうせこの使い魔のことだ。 本当の事は教えてくれないのだろう。 本当かもしれないが。 そう考えたルイズは、しかし諦めきれない。 「ね、ねえゴウキ? 本当の事を教えて頂戴?」 「嘘は言っておらん」 なんか段々腹が立ってきた。 そういえば、こいつはさっき自分を馬鹿にしたでは無いか。 そういえばあの時も、あの時もと考えたルイズは、その理不尽な怒りを豪鬼に向けた。 「あんた、ちょっと調子に乗ってるんじゃない?」 「笑止」 なにかあれば笑止、笑止。 そんなに笑うのを止めたいのか。 溜まりに溜まった怒りが遂に沸点に到達してしまったルイズは、豪鬼に罰を与える事にした。 いや、気付いたらやってしまっていた。 「あ、あんた、何かにつけて私を馬鹿にして~~! もういいわ! あんたは一回使い魔という自分の立場を思い知る必要があるのよ!」 ルイズはドアを指差した。 「これからずっと、外で生活しなさい!」 次の日の昼間。 「ぬう……」 ルイズの部屋の前にいる豪鬼は困っていた。 と、言うのは、今、自分の隣に自分の胴着を必死に銜えて引っ張ろうとしている火トカゲ……フレイムが居るからである。 もう今日の朝からずっとそうして、豪鬼をどこかへ連れて行こうとしていたのだ。 それこそ、食事の時も、洗濯の時も。 「うぬは一体……」 いくら豪鬼とて、獣の言葉は理解できない。 そんな訳で、豪鬼は困っていたのだ。 とは言え、この火トカゲ、かなり必死である。 何故ここまで必死になったのか、という疑問と、これ以上は胴着が耐えられないという理由で、豪鬼はそれに引っ張られていく。 ……筈も無く、豪鬼はフレイムに一発拳骨をくれてやると、今日の修練に向かった。 豪鬼がフレイムの意識とフラグを拳骨でへし折ったその頃……。 学院長室では、ロングビルが黙々と仕事をこなしていた。 仕事を一段落させると、視線をオスマンへと向ける。 オスマンは居眠りをしている。 よし、と小さく呟くと、すばやくサイレントの魔法を唱え、自身の足音を消す。 そして、薄ら笑いを浮かべながら学院長室を出るのであった。 実はロングビルは決定的な間違いを犯していたのだが、それに気付くことは無く……。 ロングビルが向かった先は、学院長室の一階下に位置する、宝物庫がある階だった。 宝物庫。 そこには、学院始まって以来の秘宝が納められている。 それ故、扉には巨大な鍵前で守られていた。 ロングビルは杖を取り出し、詠唱を始める。 詠唱を終え、杖を振る。 しかし、錠前には何も変化が起こらなかった。 ロングビルはまた違う魔法を掛けるが、それも効果を表すことは無い。 ロングビルは小さく舌打ちをすると、呟く。 「スクウェアクラスのメイジが、『固定化』の呪文をかけているみたいね」 『固定化』の呪文の前には、あらゆる化学反応から保護され、そのままの姿を永遠に保ち続けることが出来る。 『錬金』の魔法も効力を失う。 ただ、呪文をかけたメイジが、『固定化』の呪文をかけたメイジよりも実力で上回っているのであれば、その限りでは無い。 しかし、トライアングルクラスのロングビルに、スクウェアクラスのメイジに実力で上回れるはずも無く。 ロングビルはメガネを持ち上げ、扉を見つめていた。 そんな時、誰かが階段を下りて来ている事に気付く。 慣れた手つきで素早く杖をしまう。 現れたのは、コルベールだった。 「おや、ミス・ロングビル。 ここで何を?」 コルベールは、間の抜けた声で尋ねる。 ロングビルは、愛想の良い笑みを浮かべた。 「はい、宝物庫のの目録を作っているのですが……」 ロングビルは、困ったように笑う。 「あいにく、鍵を持っていないんです。 オールド・オスマンはご就寝中でして……」 「なるほど。 確かにあの方、寝るとなかなか起きませんからな。 では、僕も後程伺うことにしよう」 コルベールが歩き出す。 それを、ロングビルが呼び止めた。 「待って!」 コルベールは一瞬びくんと大きく反応すると、ぎこちなく振り向いた。 「な、なんでしょうか?」 ロングビルはもじもじとした仕草で、上目遣いでコルベールを見つめる。 「あの、よろしければ……、昼食を一緒にいかがでしょうか……?」 コルベールはその言葉に、満面の笑みで答えた。 「は、はいっ! 喜んで!」 二人は並んで歩き出した。 「ねえ、ミスタ・コルベール」 「は、はい! なんでしょうか!」 ロングビルから誘いを受けたと言う喜びと驚きと緊張でがちがちに見えるコルベールは、つい大声を出してしまう。 そんなことは気にも留めず、ロングビルは微笑む。 「宝物庫の中に、入ったことはありまして?」 コルベールは、ああ、と言うと、顎に手を添えた。 「ありますとも」 ロングビルが、ニヤリと笑う 「では、『悪夢の書』をご存知?」 「ああ、あれは、奇妙でしたなあ」 ロングビルの目が光る。 「と、申されますと?」 それは……、とコルベールが言うと、コルベールは急に真面目な表情になった。 「なんと言いましょうか……、あの巻物を見た瞬間、いや、あれが視界に入った瞬間、言いようも無い恐怖に襲われまして……。 何よりも不思議なのは……」 「不思議なのは?」 コルベールがごくりと唾を飲み込む。 顔には、冷や汗が流れていた。 コルベールは、一言一言かみ締めるように、恐怖に耐えるように言った。 「私はあれを見たとき、確かに、そう、確かに『悪夢』を見て、そして、いつの間にか、『死』を、あの場で、死んでしまうことを、覚悟していたんです」 ロングビルも、緊迫した表情になる。 「では、それはまだ、宝物庫に?」 「ええ……」 「でも、あの宝物庫には強力な『固定化』がかかっているんでしょう?」 「ええ。 しかし、宝物庫にも、一つだけ弱点があるのですよ」 「はあ」 「それは……。 物理的な力です」 ロングビルの目が、また光った。 前ページ次ページ滅殺の使い魔
https://w.atwiki.jp/yaruoperformer/pages/1596.html
_,ヘr-_r-、_ ,、-- ⌒ヽ| } ヽH l L ,、 '´ _〈 ̄ ., 、‐====‐ 、V/ /⌒ / ノ / `' ‐-、/'―i / ` ' / i i \) /. /.l ./. /l . . .l . . .l. \ ,'. . . . |. l . . .l. 7 ̄l ̄ フ'ト.l. . . . .| ヽ |. . . . . . | ハ . . ィム--式ス、.l.|ヽ. . ,/ / l. l |. . . . . . . . .l| ヽ. .Kr'f' ;;;オ'`` ! .|. ./癶 . |. | |. . l. . . . . .i. . `ト マ__フ レ=く. |. . /ィ. .l |. . l. . . . . .l .l | /;;(,リイ. ノ/|. / |. . l. . . . . .|. . .l. .l ,. 'ミ' .ハレイ レ L_|. . . . . |. . . . ',.l r- ,. /. l . l | /⌒ヽ `‐-、 |;; . . . .|'ヽ `´ /. . j l |. / ヽ、\ __i>、 |.__\.、__ ィ升. . . . ,'./lj r'´ /⌒ヽヽ、 ∨ `┘ `7Lri \. . .// ,リ ノ /. . . . . . . . ..l l `rr―――〈i V | `y/ (__/. . . . . . . . . . . | | ヽl ` l_L -‐、___ ,、-‐|. . . . . . . /マノ__ ノヽ、 ` =-|l;;; .l__ ヽ \\ {  ̄|. . . . . .\7_\、 / ___ヾ,_ノ¨ / ヽ.ヽ ) ノ. . . . . . . ..\. . .)ヽー‐ァ-イ'7 ス¨\| | .|. `‐(. . . . . . . . . ノノi } / ./ .i |/ | 「T´ -r-r‐'´ ―――――― ノノ ノ\ ./ i|l ヽ \  ̄「\ 名前:シエスタ 性別:女 原作:ゼロの使い魔 AA:ゼロの使い魔/シエスタ.mlt ヒロインの一人。トリステイン魔法学院で働くメイド。 曾祖父が日本人のため、トリステインでは珍しい黒髪黒瞳をしている。 とある事件を切っ掛けに才人に好意を寄せるようになり、かなり積極的にアプローチを仕掛ける。 そのため、ルイズとは何かにつけて対立するが、同時に身分を越えた友情関係を築く。 AAはほとんどメイド服のため、メイド役で起用されることが多い。 キャラ紹介 やる夫Wiki Wikipedia アニヲタWiki ニコ百 ピクペ 登場作品リスト タイトル 原作 役柄 頻度 リンク 備考 ゼロの使い魔最終巻発売決定記念にせっかくだからゼロの使い魔のループものをAAでやってみる ゼロの使い魔 本人役。逆行組の一人私服姿のAAは萩原雪歩で代用されている 常 まとめ 予備 あんこ時々安価でクトゥルフ神話TRPG クトゥルフ神話TRPG シナリオ「延命病棟」に登場する病院に勤める看護師 脇 登場回 wiki R-18G 安価あんこ 異世界に転生したカズマは悪徳領主になるようです オリジナル 雪代伯爵家のメイド。巴についてサトウ家にやって来る 脇 まとめ 予備 完結 誠はバッツのようです ファイナルファンタジーV サーゲイトのメイド 脇 まとめ やる夫Wiki エター 短編 タイトル 原作 役柄 リンク 備考
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9247.html
前ページ次ページ暗の使い魔 ギーシュとの決闘を終え朝食を取った後の時間、官兵衛はぶらりと気ままな時を過ごしていた。 練兵場の隅っこに座り込んで、抜き身のデルフと向き合う。 時間は昼ごろになろうか、練兵場には日が差しており、石の地面を熱々に照らしていた。 そんな熱を嫌ってか、官兵衛は日陰を選んで座っている。 日差し自体は嫌いではない、むしろ秀吉に穴倉送りにされてからは望んで止まないものだ。 しかしそれでも、長年洞窟に篭っていた性か、官兵衛は暗がりを好んだのだ。 「ハァ……貴族ってのは面倒極まりないな、デルフ」 「そうだねえ」 乱雑に置かれた樽をどけ、鉄球に座り込みながら官兵衛はぼやいた。デルフが気の無い返事をする。 そんな相槌を気にする訳でもなく、官兵衛は続ける。 「ちょいと誇りが傷つきゃあ、躍起になってそれを取り戻そうとする。決闘だの何だの言ってな。 こっちの事情なんざお構いなしだ。あー嫌だ嫌だ」 「でも相棒、なんだかんだ言って付き合ってやったんだろ?おまけに密やかに助言までしてな。結構なお人よしだねぇ相棒は」 デルフがカタカタと震える。どうやら笑っているようだった。それを聞いて官兵衛が黙り込む。 と、その時だった。 「やあ、ここに居たのかい?」 よく通る声が、練兵場に響いた。黒いマントをたなびかせ、長身の男がこちらに歩み寄る。ルイズの婚約者のワルドだった。 暗の使い魔 第十七話 『亀裂』 「ごきげんよう、使い魔くん」 つば広の帽子を片手に、ワルドは官兵衛の目の前に立って挨拶をした。座り込んだ官兵衛を鋭い目が見下ろす。 『使い魔くん』、その言い方に嫌味な何かを感じた官兵衛は、その挨拶を無視した。 そんな官兵衛の様子に、ワルドは困ったように首をかしげる。たが、すぐに気を取り直すと官兵衛に言った。 「こんな所で何をしてるんだい?日和はいいし、じっとしてるには勿体無いんじゃないかな?」 「そうかい、生憎だが小生はこの枷だ。無駄に動けるほど元気じゃないんでね……」 ワルドの言葉に、面倒臭そうに返す官兵衛。それを聞いてワルドが言う。 「ハハハ、つれないなぁ。トリステインの未来を左右する崇高なる使命、それを共にする仲間じゃないか。もう少し仲良くしてくれてもいいだろう?」 ワルドが笑う。しかし、官兵衛はそれに対して一言も言葉を発さなかった。両者の間に沈黙が流れる。 前髪に隠れていたが、官兵衛は視線を鋭くしてワルドを見据えた。 がっしりした長身の体格に、逞しい口ひげ、精悍な顔立ち。だが表情はどこか作り物感があり、視線も冷たさを感じる。 厳しい訓練と出世を勝ち抜いてきた道のりが、その様相を形作ってきたのだろう。しかし。 気に入らないな、つま先から髪の毛の一本まで。 官兵衛はそう思った。 官兵衛のそんな視線を受け止めたワルド。彼は官兵衛に対して、一瞬射るような視線を感じさせたが、すぐにニコリと笑うと、こう切り出した。 「君は伝説の使い魔、ガンダールヴなんだろう?」 その言葉に、官兵衛は首を傾げた。 「あん?何言ってる……」 ワルドの言葉への反応を隠すように、官兵衛はとぼけた。 官兵衛がガンダールヴである事を知ってるのは、今のところ学院長のオールド・オスマンただ一人の筈だ。 それを何故ワルドが知っているのか。ワルドはその理由を喋りだした。 「とぼけるのは止してくれたまえ。君については、悪いとは思ったが調べさせてもらったよ。フーケから尋問したルーンを元にね」 ワルドが得意げに語る。 「トリスタニアの王立図書館は歴史と伝説にまつわる文献が豊富なのさ。そこで君のルーンを調べる末にガンダールヴへと行き着いた。そういう訳さ」 それを聞いて、官兵衛は「そうかい、わざわざご苦労なこった」と返した。 とりあえず、話を聞く限り矛盾は無い。あの騒ぎだ、フーケにもルーンを見られていたかもしれない。 それにワルドも王宮の人間であるからして、珍しいルーンに執着して調べ上げる事に何の疑問も無かった。だが―― 「それで、そんな大層な小生に何の用があるってんだ?」 官兵衛は内に秘めた猜疑心を一先ず抑え、ワルドに尋ねた。するとワルドは。 「あの『土くれ』を捕まえた君の腕を知りたいんだ。手合わせ願いたい」 真っ直ぐな視線で、官兵衛にそう言った。成程、と官兵衛は思った。 「決闘か」 「ああ、そうだね」 またもや面倒臭い事になった。官兵衛はうんざりして首を振った。 「お断りだ」 「どうしてだね?」 ワルドが不思議そうに首を傾げる。 「最初に言ったはずだがな?小生は無駄に動くほど暇でも、体力が有り余ってるわけでもない、と」 官兵衛が立ち上がってワルドに言う。ワルドと官兵衛は丁度同じ背丈であり、視線が交差する。 「それに、小生の実力ならもう見せたがな?コソコソした覗き見じゃあ満足出来なかったか?子爵」 その言葉に、ワルドは目を細めた。ギーシュとの決闘を見ていた事を看破され、若干だが動揺したのだ。 その様子を見て満足した官兵衛は、抜き身のデルフと鞘を引っつかむ。ワルドの隣を抜けようとして呼び止められた。 「逃げるのかい?」 官兵衛の歩みが止まる。 「なんだと?」と官兵衛が振り向かずに言う。 互いに背を向けたままで、会話が続いた。 「魔法衛士隊隊長であるこの僕を前にして、怖気づいたのかい?」 ワルドは口元に笑みを浮かべて続けた。 「仲間の申し出を断り、互いの実力を知ろうともしないとは。 君にとって損な事は無いはずだがね?『本物のメイジ』の実力を推し量る、又とない機会だ」 ワルドは振り向いた。そして振り向かない官兵衛の背に向けて言葉を投げかけた。 「そんな貴重な機会をみすみす棒に振るとは。『伝説』にしては見通しが利かないな、君は。そんなんでこの先の任務を乗り越えられるのかな?」 官兵衛の肩が震え始めた。ワルドは自分の言葉が官兵衛を揺さぶったと見て、益々笑みを浮かべた。 さあ僕の申し出を受けろ、そして怒りのままにかかってこい。その時は、主人の前で恥をかかせてやる。 ワルドはそう思った。しかし、その時だった。 「クックック!」 官兵衛が突如振り返り、わざとらしく笑いだした。 彼は肩を揺らし、口元を妖しく緩めながらワルドを見据えてこう言った。 「ダメだなお前さん。それで小生を誘い込んだつもりか?」 なんだと?とワルドは目の色を変えた。 「そんな安い挑発に乗るほど、小生は甘っちょろくないんだよ」 官兵衛のその目には余裕の色がありありと浮かぶ。 「それに実力を推し量るのに又とない機会だと?そいつは違うな」 官兵衛がワルドに歩み寄る。 そして、やや顔を近づけながら、こう言った。 「これから殺りあう機会なんざ、いくらでもある。違うか?」 低く、唸るような声色だった。 不意なその言葉に、ワルドは息を詰まらせた。頬に一筋の汗が流れる。 官兵衛の視線はうかがえないが、それがかえって圧力を増す。 まるで蛇に睨まれた蛙のごとく、ワルドは固まった。 しばしのにらみ合いが続く。が、数秒の後、官兵衛が笑みを浮かべて遠ざかった。 「冗談だ、子爵……!」 再び忍び笑いをしながら、官兵衛は踵を返した。 ワルドは固まったまま微動だにしない。 そんなワルドを置いて練兵場を出ようとすると、扉の陰からルイズが現れた。 「ワルド?用があるって言うから来たけど。カンベエも一緒?」 ルイズがきょとんとして二人を見比べた。それに対してワルドは何も言わない。 官兵衛は現れたルイズと、彼女が発した言葉から、ワルドの意図を察した。 成程な、と聞こえるように呟く。そして。 「気に入られたきゃあ、花の一つでも摘んでくるんだな。そっちの方が似合いだぞ、子爵!」 官兵衛はそう言い放って、建物の中へ消えていった。 後に残ったのは、状況を飲み込めず疑問符を浮かべるルイズ。それと俯いたまま一言も発さないワルドだけだった。 その夜。官兵衛達は、アルビオンに渡る前の最後の夜だと、一階の酒場で酒盛りを行っていた。 酒の席には全員が揃っている。高級な貴族の食卓だけあって、その様相は上品で静かだった。 ある二人を除いては。 「ご馳走じゃあっ!食いまくってるか?青いの!」 「……美味」 石で出来たテーブルの一角に陣取る、大と小の二つの背中。 ソースがたっぷり塗られた肉にかぶりつきながら、官兵衛はワインをあおる。 ほどほどに租借し飲み込み、こんがり焼きあがった黄金色のパイに手を伸ばす。 それらを平らげると、官兵衛はふう、と腹を押さえながらのけぞった。 官兵衛の隣ではタバサが、なにやら熱心に妖しい香りのするサラダをほお張っている。 ものの十数分で、テーブルの上の食事は大半が消えていた。 そんな二人の食べっぷりを見て、二人の向かいに座ったギーシュがげんなりしたように喋りだした。 「き、君達……よく食べるね」 タバサは答えずサラダをほおばり続ける。官兵衛が代わりに答えるように言った。 「そういうお前さんは随分食が細いな?」 見ると、ギーシュの目前の皿の料理はほぼ手付かず。珍しくあまりワインも飲んではいなかった。 「いらないならもらうぞ?」 「あっ!ちょっと……」 ギーシュの前の食事をひょいと手で取る官兵衛。がつがつと音が出そうな程の勢いでそれを平らげた。 「食べるのに一生懸命なダーリンも可愛いわぁ」 すると、彼の隣に寄り添うキュルケが、がっつく官兵衛を見て頬を染めながらそんな感想を述べた。 「か、かわいい?」 突然の言われ慣れない言葉に戸惑う官兵衛。キュルケがうっとりしながら見るので、官兵衛は思わず食事の手を止めた。 「そうよ?ダーリンったら身体は大きいのに、仕草や態度が子供っぽくてすごいカワイイの」 「こ、子供っぽい!?」 上ずった声が思わず出る。続けざまに自分にふさわしくない言葉が出てくるので、官兵衛は戸惑うばかり。 そのうち、キュルケが官兵衛の顔にそっと手を伸ばしてきた。そして頬についたご飯粒をそっと取ると、フフッと笑った。 「おべんとつけてるわよ?ダーリン♪」 色っぽい仕草で粒を口に運ぶキュルケを見て、官兵衛は僅かながら頬を染めた。 気恥ずかしさを紛らわすように、官兵衛は続きを口の中へとかっ込んだ。 そんな官兵衛の様を見て、ルイズはため息をついた。その後、恨めしげに官兵衛を見やる。 「(なんだ?)」 食事をリスのように頬張りながら、官兵衛はそんなルイズの視線をいぶかしんだ。 「なんだ、ご主人様よ」 官兵衛が耐え切れなくなって話しかける。しかしルイズは。 「……別に」 口を尖らせながら、ぶっきらぼうに一言で済ました。明らかに不機嫌な色をその目に宿しながら。 おかしい、自分が何かしただろうか。キュルケに色目は送られたが。 ルイズの無性に何か言いたげな視線は、とてもではないが居心地の良いものではない。 その時、そういえば、と官兵衛は思い出したのだった。 思えば官兵衛は、トリステイン魔法学院を出てからルイズとほぼ口を利いていない。 それは、学院を出る前の喧嘩のせいもあった。 しかし、ルイズは道中ワルドのグリフォンに跨り、会話に花をさかせていたように見えたし。 それに、宿についても即部屋に泊まり、その間も婚約者と二人きりだ。 婚約を交わした以上、それが普通だろうと思っていたし、そこは官兵衛も気にもとめていなかった。 会話を交わす機会が無いのは仕方なかっただろう。しかし。 「(それで妙に不機嫌なのか?)」 官兵衛は、やれやれとため息をついた。 大方、自分を従者として傍に置いておけないゆえのフラストレーションがたまっているのだろう。 ルイズが食事を済ませ、さっさと上に上がっていく。そんな様子を見て、官兵衛はめんどくさそうに肩をすくませた。 「(まあ、ご機嫌とっておくか。)」 そう胸中で思いながら、官兵衛は階段を上がっていった。 「おい、ご主人」 乱暴にルイズの部屋の扉をノックする官兵衛。 純白に塗りつぶされた扉が、いかにも高貴な貴族の部屋を思わせる。 そんな扉の向こうから、ルイズの返事が返ってくるのに、それほど時間は掛からなかった。 「……カンベエ?ちょっと待って」 官兵衛の声に、意外そうに返答するルイズ。ギイと扉が開き、中から普段の制服姿のルイズが現れる。 ワルドは現在、一階の酒場に居るため、部屋にはルイズ一人だ。 「カンベエ、何か用?」 「何か用があるのはお前さんじゃないのか?」 いつもどうりの気だるげな様子で、官兵衛がルイズに尋ねた。 それを聞くと、ルイズはやや俯いた様子で、部屋から出てきた。 普段と違ったしおらしい様子で、ルイズが言う。ここではまずいから、とルイズは官兵衛の部屋へ行く事を提案した。 官兵衛の部屋で二人は、窓辺に置かれた座椅子に寄りかかりながら話を始めた。 言うか言うまいか悩んでいたルイズだが、やがて意を決したように話し出す。 「昼間、ワルドと何を話していたの?」 ルイズが言うのは、あの練兵場での事だろう。 正直、離れ離れになっていた事を責められると思って身構えていた官兵衛は、肩透かしを食らった。 ルイズが不安そうに尋ねるので、官兵衛は渋々口を開いた。 「何って、ただの世間話だよ。他愛もない話だ」 官兵衛は平静を装う。そしていつも通りのぶっきらぼうな態度で返した。しかしルイズは。 「嘘。あんた、何かいつもと違う雰囲気だったわ」 いぶかしんだ表情で官兵衛を追求した。 「じゃあいつもと違う雰囲気の会話だったんだろうさ」 官兵衛はルイズの指摘にめんどくさそうに、適当に返す。ルイズはますます表情を険しくした。 「じゃあって何よ!どんな会話してたのよ!あんたまさか、ワルドと喧嘩してたんじゃないでしょうね!」 「お前さんにゃ関係ないだろう」 「あるわよっ!!」 ルイズがバンッと机を叩いて立ち上がった。 「あのね!これは姫様から賜った重大な任務なのッ。仲間同士で争ってる場合じゃないの!」 ルイズがまくし立てるように言う。 「ねえカンベエ。あんた私の使い魔でしょう?喧嘩より先にやる事があるんじゃないの?主人の私を気にかけたり――」 「お前さんの大事な婚約者様のご機嫌を伺ったり、か?」 ルイズの言葉を割って、官兵衛が喋りだした。 なっ!とルイズの言葉が一瞬止まる。官兵衛の言葉に、ルイズが顔を逸らして喋りだす。 「ワ、ワルドは関係ないじゃない……」 呟くようにルイズがそう言った。 「だ、大体なによ!彼の何が気に入らないのよ!ワルドは昔からの幼馴染よ! 優しかったしそれに、魔法の才能だって私とは比べ物にならないくらいで――」 そうだ、ワルドは幼い頃からの自分の憧れだった。中庭の小船で泣いている私を、いつも迎えにきてくれた。 そしてワルドと自分の両親の間で交わされた約束。 婚約、それは大好きな人とずっと一緒にいられる、そんな甘い想像だった。 だが月日が経って、とうに婚約など解消されたと思っていた矢先、彼は帰ってきた。そして―― 『ルイズ、この旅が無事終わったら、僕と結婚して欲しい』 昨晩の事だ、ルイズはワルドにプロポーズされたのだ。 嬉しかった。でも、彼女は心に何かが引っかかるのを感じた。 どうしてだろうか、あんなに幼い頃から憧れていた子爵が、自分を求めてくれたのに。 結局ルイズは返事を先延ばしにした。ワルドは優しく、急がないよ、と言ってくれた。 そしてその笑顔が、チクリと胸に刺さった。 彼女は、引っかかって前に進めない自分の心を、整理したかった。 なぜワルドを受け入れる気にならないのか、知りたかった。 誰かに思いを打ち明けることで。そう、ある誰かに―― 「おいご主人?」 官兵衛の言葉が耳に届いて、ルイズははっとした。 目の前を見るとそこに、不思議そうな表情の官兵衛が居た。 「どうした?急に黙り込んで」 ワルドの話をしている途中で急に黙り込んだルイズを、官兵衛は怪しんで顔を覗き込む。ルイズは頭を振った。 「な、なんでもないわよ!」 官兵衛に覗き込まれ、自分の顔が赤くなるのを感じる。頬に手を当て、そっぽを向く。 何故だろう、今の表情を官兵衛に見られたくはない。 そんな思いが彼女の頭いっぱいに広がっていった。 官兵衛は、そんなルイズの様子を見てハァと息をついた。ゆっくりとルイズに問いかける。 「そんなにあの子爵が恋しいか?」 「なっ!違うわ!」 官兵衛の言葉に慌てて顔を上げる。ルイズは困ったような顔をして、官兵衛を見やった。 しかしそんなルイズの態度を肯定ととったのか、官兵衛は続ける。 「ま、そうなるのも当然だろう。子爵は魔法なんちゃら隊の頭だ。 式典の時の声援や装いからも、その人気っぷりが窺える。それに加えて顔も実力も揃い踏みときたもんだ。 お前さんが必死になるのにも頷けるよ」 官兵衛が喋り続けるのを聞いて、ルイズは一言も口が利けない。 「まあ白状するよ。あの子爵とひと悶着起こして悪かったとは思ってる。だが心配いらん、あの子爵はお前さん一筋だよ」 違う、とルイズは思った。 そんな言葉が聞きたいんじゃない、官兵衛の口からはもっと―― 「やめて……」 ルイズが呟く。しかし聞こえなかったのか、構わず官兵衛は喋り続ける。 「安心しろ。小生とどう険悪になろうと、お前さんとの結婚に支障はない」 やめて欲しい、人の気も知らないで、とルイズの肩が震えた。 自分はこの結婚をして良いかどうか悩んでいるのに。 ワルドの気持ちを何故か受け入れられなくて悩んでいるのに。 官兵衛が何かを喋り続ける。 「まあ、小生もお前さんが結婚するまでにはおさらばしてやる。その辺は気に――」 その言葉に、ルイズは弾けたように叫んだ。 「やめてっ!!」 「ッ!?」 ルイズの剣幕に、官兵衛はビクリと肩を震わせた。 ルイズが顔を真っ赤にして、息を切らす。小さな肩が激しく上下する。彼女は立ち上がり、思いのまま叫んだ。 「なによっ!人の気も知らないで!あんたなんかに私の結婚のなにが分かるっていうのよっ! こっちの気も知らないで!適当な事ばっかり言って!」 叫び続けるルイズに圧され、官兵衛は押し黙る。 「そうよ!あんたのせいよ!あんたが私の使い魔だからよ!あんたみたいなのが居るせいで私は結婚に踏み切れないんだわっ! あんたのせい!あんたのせいなんだから!!」 そこまでまくし立て、ルイズはハッとした。自分は何を言っているのだろう。 今、目の前で話をしている官兵衛に何を喚いているのだろう。叫びの所為か、喉の奥がジンジンする。 官兵衛は口を半開きにしたまま、ルイズを見上げていた。彼女の胸中に後悔がよぎる、そして。 「ッ……!!」 叫んだあまり歯止めの効かなくなった感情が、波のように押し寄せてきた。 ルイズはくしゃりと顔を歪めると、わき目も振らず駆け出した。 扉を開け放ち、外へと飛び出す。背後で自分の名を呼ばれたような気がしたが、ルイズは振り向かなかった。 廊下を滅茶苦茶に走る。幾度そうしたか、彼女は自分とワルドが泊まる部屋に辿り着く。 ワルドは戻っておらず、部屋は真っ暗だ。 ルイズは飛び込むように大きなベッドに倒れみ、うつぶせになる。 拳を振り上げ、何度も毛布を叩いた。 叩いて叩いて、耐え切れなくなって、彼女は真っ白いシーツに顔を埋めた。 自分は、あんな事を官兵衛に言うために彼を呼んだんじゃない。 そして、ワルドとの昼間の騒ぎを問い詰めるために官兵衛を呼んだわけでもなかった。 そうだ、自分は相談したかったのだ。官兵衛に結婚の事を、プロポーズの事を。 自分はどうしたらいいか、自分の引っかかってる心は何なのか。官兵衛なら答えをくれるような気がしたから。 それを自分はフイにした。そしてあろうことか、官兵衛の思いやりの言葉を跳ね除けて―― にじむ涙をベッドに押し付けながら、彼女は声を押し殺して泣いた。 時間にして十数分、だが彼女にとっては無限のような後悔の時間が、そっと流れていった。 ルイズがそんな時間を過ごしてから一刻が過ぎた頃だった。 キュルケとタバサ、そしてワルドは、一階の酒場で異様な気配に身構えていた。 月が一つになった闇夜、宿の外はやけに静かだ。 この時間、人通りはまちまちの筈だが、それらが全て払われたかのような静寂。 闇に何かが潜んで、息を殺しているようであった。 どうしたね?とギーシュが三人に尋ねる。 しかし皆は答えず、そっと手で杖の位置を確認する。 互いに目配せし、頷く。その時だった。 入り口の闇から狂うように、無数の矢が飛び込んできたのだ。 「ッ!?」 ギーシュが目を見開いた。タバサが素早くルーンを唱え、風のシールドを作り出す。 弾かれた矢が酒場の天井や床に突き刺さるのを見て、他の客が声を上げた。 「なんだ!?」 「襲撃だああああああっ!」 無数の叫び声が室内に響き渡った。 ワルドが瞬時にルーンを唱える。杖が風の刃と化し、床と一体となったテーブルを切り倒し、盾とした。 削り出しの大理石机に、矢が当たって跳ね返るのを見て、ギーシュは身震いした。 「やっぱり来たわね!」 キュルケがファイヤーボールを唱え、外に向かって放つ。炎弾が闇の一部を照らすと、そこに無数の武装集団が映し出される。 夕べ官兵衛達を襲った、貴族派の刺客。それを思わせる軍団が、ざっと100人以上、そこに構えていた。 「あらまあ、随分沢山のお客さんだこと」 あまりの歓迎ぶりに、キュルケがおどけた調子で言った。 ワルドが矢を逸らしながら喋る。 「貴族派も手が早いな、昨日の今日でもうこれほど兵を集めるとは。何が何でもアルビオンに行かせない気だな」 テーブルの影に身を潜めながら、四人は顔を見合わせた。 「どうするの?敵は多勢、いくらこっちがメイジでも、魔法が切れたら終わり。即突入してくるわ」 「そ、そうなったら僕の新生ワルキューレで!」 ギーシュが薔薇をくわえながら勇む。それを手を広げながらキュルケが言う。 「あなた精神力は?」 ギーシュがうっ、と言葉に詰まった。そして何故知っているんだ、とキュルケに問う。 「だって朝あれだけドンパチしてれば、ねぇ?」 キュルケの言葉に、タバサも頷いた。彼と官兵衛の戦いは、どうやら見られていたらしい。 「ダーリンとの戦いで四体使ったでしょ?あと出せるのは三体。それじゃあ一個小隊も相手になんないわよ?」 ましてや相手はメイジ相手に手馴れた集団だ。先程から魔法の射程外から矢を放ってくる事から、それが窺える。 それを聞いて、ギーシュは静かになった。 「とりあえず、ルイズと使い魔君が気になるな」 ワルドが階上を見上げながら言う。 「ルイズはともかく、ダーリンは大丈夫よ」 キュルケがそんな事を喋ると、ややあって扉の外から轟音がした。 それと同時に、傭兵達の悲鳴が上がり、激しい剣戟の音が響き渡る。 剣戟の音に混じって、聞きなれた怒声が聞こえてきた。 先程から雨あられのように飛んできた矢が、ピタリと止んだ。 「ほらね?」 キュルケがニコッ、と笑いながら言った。 次にととと、と階段を降りてくる軽い足音を聞き、ギーシュがテーブルから顔を出した。 足音の主を見て、一同は声をあげた。 「ルイズ!」 二階に続く階段から、ルイズが汗を流しながら駆けて来た。やんだ矢を見計らって、ルイズがテーブルの陰に合流した。 ワルドがすぐさま彼女の傍に寄る。 「ルイズ、良く無事で」 「ワルド……」 即座に彼女の手を取り、安堵の表情を浮かべるワルド。 そんな最中、ギーシュがルイズに、彼は?と短く尋ねた。 ルイズが外を見ながら言った。 「私は三階から、傭兵が押し寄せるのを見つけて。それで後から駆けつけたカンベエがそのまま飛び降りて傭兵の群れに……」 「飛び降りた?三階から!?」 ルイズの言葉にギーシュが驚き声を上げた。 フライも使えない平民が三階もの高さから跳ぶなど、自殺行為もいいところだ。 それを平然とやってのけ、傭兵の集団に突っ込むなど常軌を逸し過ぎている。 と言う事は、先程外から聞こえた騒ぎは――。 そこまで考え、彼は傭兵集団の方向に目を向けた。 なにやら先程と同じ、聞きなれた叫び声が響いてくる。 だんだんと大きくなり、こちらに近づいてくる音源。 やがて、扉の向こうから大きな人影が転がり込んできた。 「うおおおおっ!」 手枷に鉄球、汚れた羽織。黒田官兵衛が、入口の段差にずっこけそうになりながら現れた。 「カンベエ!」 「ルイズ!無事降りたか!っととと!」 官兵衛がルイズに声を掛けると同時に、再び矢が飛んでくる。 それを転がって避けながら、官兵衛もテーブルに逃げ込んだ。 「ちくしょう!少しは休ませろってんだ!」 間一髪で矢の雨から逃げ切った官兵衛は、小さくごちた。 ワルドが、メンバーが揃った事を目で確認しながら口を開く。 「全員揃ったな、それでは作戦だ」 ワルドの言葉に、全員が顔を寄せ合った。 ワルドの提案はこうだった。 まず数人がこの場に残り、集団を、派手に足止めする。傭兵をひきつけている間に残りが裏口から桟橋に向かう。 船の出港時刻ではないが、ワルドは風のスクウェアメイジなので、船の航行を助ける事が出来る。 それにより船を予定より早く出航させ、敵を振り切ってしまおう。そういう作戦だった。 ワルドの作戦を聞き終えた一同は顔を見合わせた。 タバサが本を閉じ、自分とキュルケとギーシュを指して囮、と言った。 次にワルドとルイズ、官兵衛に桟橋へ、と告げた。 ワルドとタバサの合図で、全員が腰を上げようとした、その時だった。 「駄目だ」 短く鋭い一言が、場の空気を破った。 驚いて全員が振り返る、そこには。 「カンベエ?」 ルイズの使い魔、黒田官兵衛が静かに鎮座していた。 「どうしたの?ダーリン」 キュルケが目を見開いて尋ねる。それに対して速やかに官兵衛が答えた。 「この行軍、危険だ。この場でやり過ごす」 突然の提案に、皆が固まった。しばしの沈黙、我にかえったギーシュがあわてて喋りだす。 「なにを言うかね!こんな時に!」 矢が降りしきる中、彼は焦りながら言った。 「子爵も言っただろう!僕らは囮で、君らは目的地へ!分かれて速やかに作戦遂行しなければいけない時に君は――」 「分断は敵の思う壺だ」 ギーシュの言葉を打ち消して、低いうなるような声色が通る。ビクリと肩を震わせたギーシュが押し黙った。 続けるように官兵衛が言う。 「いいか、敵は大群で奇襲、にもかかわらず裏口の包囲は薄い。明らかに罠を仕掛けてる」 官兵衛の言葉に皆が静まり返った。 「逃げ道を作り、分断させ、出たところを仕掛けて一気に切り崩す。戦の常套手段だ」 ギーシュやルイズ、キュルケさえもその気迫に押し黙った。 「このまま出るのは危険すぎる。明るくなるまで待って桟橋へ向かう」 官兵衛が無表情で言い放った。有無を言わさぬ態度。 それを見ていて、ルイズは驚きを隠せなかった。 今の官兵衛からはいつもの暢気な様子も、気だるげな態度も感じ取れない。 前髪で隠れた表情から、鬼気迫るものを感じる。目の前の人物は本当に官兵衛なのだろうか? そう疑うような変わり様だった。 これまで沈黙を守っていたワルドが口を開く。 「待ちたまえ、使い魔君」 ずいと前へ進み出て、官兵衛と向かい合うワルド。 「君の言う事は推測に過ぎない。危険があるという確証がどこにある?」 静かに落ち着いた様子で、官兵衛を見据える。 その表情は僅かに笑みを浮かべているように見えるが、目元が鋭い。 いつもよりややトーンの低い調子で、彼は喋った。 「いいかね、これは急ぎの任務だ。朝まで待つ?馬鹿げている。そうしている内に目的はすり抜けていくだろう」 王党派は明日をも知れぬ身だ。官兵衛らの到着が遅れれば軍は崩れ、手紙の回収などままならぬ。 さらに言えば、急いで出航して敵を欺かないと、この状況すら切り抜けられないかもしれなかった。 ワルドは語調を強くして言った。 「なあ使い魔君。平民の君にはわからないかもしれないが、こうした状況では半数が目的地に達すれば成功なのだよ。 罠の確証が無い以上、これが最善だ」 諭すような口ぶりである。 「それとも危険が待ち構えているという証拠でもあるのかね?」 尚の事ワルドは問いかける。その鋭い眼光が官兵衛を捕らえる。ギーシュがオロオロしながら、二人を見比べた。 ややあって、官兵衛はゆっくりと言葉を紡いだ。 「証拠は、無い」 否定の言葉がその口から出る。 それを聞くとワルドは、ふぅと肩を下ろした。やはりな、といった表情であった。 「では決まりだ。諸君――」 「だが、確信はある」 ワルドの言葉を遮る官兵衛。それを聞き、ワルドが言う。 「君の確信など当てにならない。何を根拠にそんな事を」 「ここまで襲ってきたのは平民だ。必ず裏にメイジが居て隙をうかがってる」 ワルドの言葉に即座に反論する。ワルドが忌々しそうに口元をゆがめた。 「だからそれも君の推論だろう。その白仮面が待ち構えているとなぜ言えるッ」 ワルドが語調を強める。官兵衛が目を光らせ、冷静に言い放った。 「読みだよ。賭けるに値する読みだ」 二人のそのさまに、ルイズは不安な気持ちを大きくした。 どちらも普段の調子からは予想がつかないほど恐ろしい。 普段暢気な官兵衛は、これ以上なく真剣だし。優しいワルドは、苛立ちを隠せずに居る。 自分の使い魔と、婚約者がいがみ合っている。ルイズにはその状況が嫌でたまらなかった。 「や、やめて」 か細い声でルイズが言う。しかし二人の耳には届かない。 「賭けだと?僕らの使命は博打じゃないッ」 「戦は博打だ。草履か木履か選ぶように動くのが戦だ」 二人の熱は高まる一方だ。 「なにを言うか!平民風情が知った風な口を利くな!」 「平民だろうが貴族だろうが、読み間違えたら一巻の終わりだろうが」 そして、官兵衛の言葉にワルドが勝ち誇ったように言う。 「成程、さては恐ろしいんだな?」 何?と官兵衛が顔を上げた。 「君のそのザマ、その手枷。それではとてもルイズを守り通す事は出来ない」 何を言っている、とばかりに官兵衛が首を傾げる。 「もっともらしい事を言っているが、君はただ恐れているだけだ!万にひとつでも主人を守れない可能性に!」 ワルドが突如手を広げた。 「だから危ない橋を渡らずに無難な選択で乗り切ろうとしている!ふふ、成程ね」 口元に手をやり、短く笑ってみせるワルド。その様子に官兵衛もカチンと来た。 「心配はいらないよ、使い魔君。ルイズは僕が守る。君はせいぜい危なくないよう、こっそり着いてくるがいい」 そんなワルドの言葉に、官兵衛が悪態をついた。 「はん……誇りまみれの箱庭育ちが。お国さんは丸裸だな、こんなヘナチョコが護衛隊長なんだからな」 「何?」 ワルドの顔から表情が消える。そしてゆらりと杖を引き抜いた。 「いま何と言った?」 ワルドに杖を向けられながら、官兵衛が立ち上がる。彼は矢が飛び交う室内で、堂々と屹立すると。 「オラッ!」 その場で豪快にも鉄球を振り回した。暴風を巻き起こし、大量の矢の雨を元の方向へと跳ね返す。 跳ね返って来た矢に、恐れおののいた傭兵達は、射撃を一時中断した。 矢が止んだ室内で、官兵衛はゆっくりとワルドを見下ろす。 そのとてつもない迫力に、口を挟む物は誰も居ない。 官兵衛が言い放った。 「何度でも言ってやる、お前さんはヘナチョコだ。状況も読めず、無謀と勇猛の区別もつかず、挙句の果て女を奪おうと躍起になる」 無表情のワルドの頬が、ピクリと動いた。 「腕っ節と誇りに溺れて、部下や味方は一目散に死に向かわせられる。隊の頭が聞いて呆れる」 官兵衛に突きつけられた杖の切っ先が、わずかに震える。 それを見て、官兵衛は薄く笑った。 「お前さんはなにも掴めんさ。ツキも、勝ちも、惚れた女もな」 息を目一杯吸い込む。そして、大声でワルド目掛けて言い放った。 「そんなんで使命なんざ百年早い!帰って母親の顔でも拝むこったな!」 「貴様ッ!!」 官兵衛の言葉にワルドが激高した。 杖から魔法が飛び出す。昂ぶったワルドの精神力が膨れ上がり、スクウェア以上の風圧が生み出される。 台風と見紛う巨大なウィンドブレイク、それが発動した。 「!!」 暴風が吹き荒れ、壁が根こそぎ持っていかれる。 人が塵あくたのように舞い、どこかへと消えていく。 バーにあった酒瓶や椅子は紙切れのように飛び上がる。 恐るべき光景であった。 数分か数秒か、長いか短いかわからない時間が過ぎる。 ガクガクと震えながら地面に突っ伏していたギーシュが、ちらりと目を開ける。 キュルケも、おもわず伏せていた顔を上げ、それを見やる。 タバサは、飛ばないよう本を押さえていた手をどけた。 風が止み、静寂が訪れる。 彼らの視線のその先には、見るも無残に破壊された宿の入り口。 扉ごと根こそぎ持っていかれた壁は、部屋の三分の一を占めていて、ぽっかりと外の闇を覗かせていた。 入り口に溢れん程にいた傭兵達は、かけらも姿が見えない。ワルドの魔法で、跡形もなく吹き飛んだのだろう。 脅威の威力だった。ワルドが水平に杖を構えたまま息を切らす。 ゼェゼェとその切っ先を虚空に向けている。 そして、その切っ先のすぐ隣に、官兵衛は立っていた。 顔の真横のスレスレを、ワルドの杖が指す。 暴風で乱れた髪を気にするでもなく、官兵衛はその人物を見ていた。 その視線の先には、杖を持ったワルドの腕にすがりつく、桃色の髪の少女。 ルイズが、必死の表情で杖の切っ先を官兵衛から遠ざけていた。 「……ルイズ」 ワルドが無表情でその名を呼ぶ。 肩で息をし、顔面を蒼白にしながらルイズは静かに言った。 「やめて、二人とも……!」 ふるふると小刻みに震えるルイズ。彼女は怯えた表情で、ワルドの行動を押し留めていた。 嫌だった、もうたくさんだった。 憧れの人が、命の恩人が、醜く言い争い、傷つけあう姿が。 ワルドが呼吸を静め、ゆっくりと杖をしまう。吹き飛んだ羽帽子を拾ってかぶり直し、服についた埃を払った。 一方で官兵衛はコキコキと首を鳴らし、周囲を見回す。 女神の杵亭の壁ごといなくなった傭兵集団を確認すると、深くため息をついた。 睨みあう官兵衛とワルド。 ルイズがその間に入り込むと、両手を広げて二人を制した。 ワルドのほうを向きながら、ルイズは強い眼差しで訴えかける。 その美しい鳶色の瞳に見据えられたワルドは、息を吸って、官兵衛に向けてこう言った。 「この僕を侮辱した事。ここは僕の婚約者、ルイズに免じて受け流そう」 それを聞くと官兵衛は、つまらなそうに鼻をならした。 そんな官兵衛をルイズが睨みつける。主人の視線を受けて、頭をぽりぽり掻きながら、官兵衛は歩き出した。 「ルイズ」 官兵衛を見つめるルイズの背中に、唐突に声がかけられる。 見ると先程から一変、やわらかい優しげな表情に戻ったワルドが、彼女の後ろに立っていた。 そして真剣な眼差しで、こう言った。 「これからどう行動するか、君が決めてくれ」 えっ、と呆気に取られるルイズ。彼女の肩にやさしく手がかかる。 「君はこの任務の第一人者だ。僕よりも、彼よりも、行く道を決める権利がある」 ルイズは困り果てた。先程言い争っていた行動を、自分が決めるのだ。 それは、どちらかを選んで、どちらかを選ばない。そういう事だ。 ちらりと横目で官兵衛を見やるルイズ。 偶然にも官兵衛と目が合うと、その目は好きにしろ、と物語っているように思えた。 自分が決めるしかない。彼女は意を決して、口を開いた。 「桟橋へ、ただし行軍は皆で行くわ。何が待ち構えているかわからないから慎重に!」 強い口調で言い放つ。それは、官兵衛とワルドの案を考慮した、譲歩案だった。 どっちつかずとも取れる決定だったが、キュルケをはじめ、ギーシュ、タバサも納得したように頷いた。 全員が、壊れた壁を通り抜けて外へ出る。ガレキの山を踏み越えながら、一同は桟橋を目指した。 「はあ……まったく一時はどうなる事かと」 ギーシュが顔を蒼白にしながら、ようやく口を開いた。 隣を悠々と歩く、キュルケとタバサ。二人は先程の事など何も無かったかのように振舞いながら、目的地を目指していた。 「なあ、君達?」 ギーシュの声かけに、無言の二人。 「なあって!」 そんな二人にしつこく話しかけ続けるギーシュ。 「なぁによ、うるさいわね」 面倒くさそうにキュルケが口を開いた。しかし気にした素振りもなく、ギーシュは喋りだす。 「彼らさ、カンベエと子爵。一体どっちが正しかったのかな?」 歩きながら、ギーシュはそんな事を口にする。それを聞くとキュルケは、下らなそうに手を振った。 「知らな~い。ああいった言い争いに興味はないわ」 「でも、もしかしたら僕らの生死を左右するかも!考えておいて損はないだろう!?」 しつこく食い下がるギーシュ。しかしキュルケは、やれやれと肩をすくめるとこう言った。 「あのねえ、あの二択はもう終了したの。今はあの子の計らいでこうして歩みを進めている訳だし、ほじくり返す必要ないの。おわかり?」 「うっ!まあ確かに、そう、だけど……」 しょんぼりするギーシュに、さらにキュルケが言う。 「下手にほじくり返して、またあの二人が決闘!なんて事になったら困るでしょ?」 本当、男って子供なんだから、と付け足すと、彼女は足早に歩き続ける。 ギーシュはやきもきした気持ちのまま、彼女の後を着いて行ったのだった。 「(でもまあ、ダーリンの策だったら別に何でもいいかも)」 彼女の内心思ってる事は露知らずに。 闇夜の中、桟橋である大樹ユグドラシルを見渡す家屋の屋上に、四人の影があった。 一人は長身で杖を下げ、白い仮面をつけた男。そして残り三人。 「ようやくか」 「待たせるな」 「全くだ」 それぞれが思い思いの言葉を発する。 三人は重い甲冑を一様に着込んでおり、動くたびにガチャガチャと音が鳴り響く。 その甲冑は白と黒で彩られた風変わりな物であった。 そして顔には、ドクロを思わせる白色の惚面をつけており、三者とも目元のみしか判らない。 さらには武器である。 一人はその手に、東方から伝わる剣、太刀を。 二人は身の丈以上ある薙刀を、それぞれ携えていた。 そんな奇妙な出で立ちの三人は、かちゃりかちゃりと、不気味なまでにリズミカルに得物を鳴り響かせる。 鋭い眼光を隠そうともせずに、仮面の貴族と向き合っていた。 「よいな。予定は狂ったが、手筈どおり邪魔者を消せ。俺は土くれを探す。はっ!」 仮面が合図のように跳躍する。すると、重い甲冑を纏ってるにも関わらず、三人も高々と跳躍した。 重なりし月をバックに、四のシルエットが浮かび上がる。 そして音無く着地した四つの質量は、屋根づたいに駆け出した。 背後を一糸乱れず着いてくる三人を見て、仮面の貴族はほくそ笑んだ。 仮面は三人を一瞥すると、激を飛ばした。 「行け、死神共!その刃に血を存分に吸わせ、事を成せ!さあ行け!」 そういうと、三人は恐るべき速度で地を駆け、まっすぐにユグドラシルに向かって行った。 「行け、ミヨシ……三人衆」 仮面がその背中を見て、静かに呟いた。 必殺非業 三好三人衆 暗躍 前ページ次ページ暗の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1228.html
前ページ次ページ絶望の使い魔 夢を見た。 最初に暗闇にいるのは昨日と同じ。 前に闇の塊があり、やはりなにかを喋っているが聞き取れない。 だが自分がしなければいけないことはわかる・・・・ 眠りからゆっくりと自分が覚醒していくのがわかる。 寝返りを打つと顔に直接朝日が差し込み、目蓋の裏を赤く染める。 頭が活性化してくると昨日のことを思い出し、シーツを蹴飛ばして起き上がり仁王立ちする。 このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールはついにメイジとして生まれ変わった。 心の中で宣言したルイズは一度出たベッドに戻りうつ伏せに寝て、枕で頭を押さえながら足をぱたぱたさせる。 さらにシーツも巻き込みぐねぐねと動いていたが唐突に夢だったのではないかと不安になる。 時計に目をやり朝食までまだかなり時間があることを確認すると、魔法の練習をすることにした。 さすがに自分が先住魔法を使うことを、他の者に知られるわけにはいかないので学院ではできない。 起きて着替えるといつものようにデルフリンガーを背負い、メイドに洗濯を頼みに行く。 最近、懐いてきたメイドがいる。名前は知らないが何かと世話をしようとしてくる。 そのメイドがちょうどこちらに向かってきていた。 「おはようございます。ミスヴァリエール」 笑顔で挨拶してくるメイドに、にっこり微笑みおはようと返す。 「じゃあ、これお願いね」 「かしこまりました。では終わりましたら後ほどお部屋の方へお届けします」 別れてから厩舎に向かう。さっきのメイドの笑顔をいつか自分が恐怖に染める様を想像し悦に浸る。 今の内に好感度を上げておけば、それは一転裏切られた時の絶望を増加させてくれる。 抱く希望は大きい方がよいと夢で使い魔も言っていた・・・・ 馬に乗り近くの森に着く。馬を手近な木に結び、森に入っていく。 木々が倒され、少し凍っている所が残っている小さな広場に出る。間違いなく昨日魔法を使った場所だ。 まだ私はつかえるのだろうか。手のひらを木の根元に向けて呪文を唱える。 「ヒャド」 木に30サントほどの円錐形の氷柱が5本突き立つ。 そしてそのまま突き立った場所から半径1メイル程を軽く凍らせた。 使えた。夢ではなかったと実感しながら、身体が飛び跳ねようとするのを抑える。 精神力を外に噴出し、身体を宙に浮かす。バランスが難しいが飛べている。 早く飛ぶよりこうやって同じところに留まる方が難しいというのは、 系統魔法におけるレビテーションとフライの難しさが逆になっているようで苦笑する。 魔法が使えることも確認でき帰ろうとしたとき、 槍を持ったオークがこちらを見ていることにやっと気がついた。 普通のオークよりも大きい。それでいて、こそっとも音を立てることなく、 ルイズにあと10メイルほどの距離まで近づいていた。 警戒心が湧き上がり一気に黒い靄を身に纏う。間違いなく相手は強い。 デルフリンガーの柄に手をやり相手の出方を待つ。 オークはこちらが警戒したことに驚いたように目を見開いたが、頭をかきながら森の奥に姿を消した。 オークが去った後周囲を警戒しながら戻る。呆気なく森の外まで出れてしまい首を傾げる。 学院でオークを使い魔にしたという生徒はいなかったはず。間違いなく野生だ。 あのオークは何がしたかったのだろうか。考えても答えが出ない。 学園に戻り朝食を取り、授業に行く。 風の偏愛者ギトーの授業の時、授業の内容を聞かず、ルイズはこれからのことを考えいた。 これまで漠然としていたが魔法が使える様になったルイズはかなり強くなったと言っていい。 しかし国家に対抗できるわけがない。どのような力が必要なのだろう。 やはりモンスターの大群か。しかし昨日引き連れた魔物は討伐されてしまったようである。 下手に魔物を暴れさせると警戒されてしまう。遺跡に軍が駐留するようになったのがよい例だ。 いや、別に魔物を使う必要はないのではないか。 国という枠組みに対抗するなら国をぶつければいい。ちょうど内乱を起こしている国があるではないか。 あの内乱が成功すれば反乱軍はどうするのだろう。確か聖地の奪還を掲げていたはずだが、 まちがいなく余勢を駆ってトリステインに攻めてくる。 そうなれば遺跡など二の次になる。そこでモンスターを引きつれ治安を悪化させる。 ただでさえ戦争状態であるのに魔物まで暴れてはトリステインは地獄になるだろう。 内乱の起こっている国、アルビオンに行き、いや行かなくとも反乱軍に支援すればよい。 いまのアルビオンに行くのはどう考えてもおかしく、目立ってしまう。 支援だけでもかなり難しくなる。アルビオンとトリステインは朋友。 反乱軍に支援しているのがばれれば死罪は免れない。やはり他人に任せることはできない。 だからと言って自分は行けないし、行ったところでトリステイン貴族が反乱軍に接触できないだろう。 ルイズは自分が何もできそうにないのがもどかしく唸った。 案の定教師に指摘されたが完璧に無視し通し、ギトーの頭の血管をピクピクいわせた。 昼食の後メイドから紅茶をもらっていると視線を感じた。 あれはたしかモット伯だったか。平民で遊ぶというあまりよいとは言えない趣味を持つ嫌われ者だった。 しかし立ち回りはうまく、宮廷に置いてかなりの地位を持つ。 前の自分なら毛嫌いしていたが今では特に思うことはない。 しかし視線はルイズではなく隣に立っているメイドを見ているように思える。 モットが消えてからメイドが呼ばれて連れられていった。 ……嫌な予感がする。 夕食の時間、メイドが来なかった。眉間に皺がよるのを止められない。 食事が終わるとすぐに厨房に向かう。ちょうどコック長のマルトーが出てきたようだ。 「コック長、少し聞きたいんだけど」 「ミスヴァリエール?どうしました?」 「メイドのことよ」 自分の名前を貴族嫌いのマルトーが知っていることに疑問を持つがほうっておいてメイドの事を尋ねる。 マルトーは悔しそうに顔を歪める。 「ミスヴァリエール、シエスタから直接聞かなかったのですか?」 そのときルイズは自分に懐いていたメイドの名前がシエスタだと初めて知った。 「聞いてないわね。ただモット伯が見てたから嫌な予感がしたのよね」 ますます歪めて怒っているのか悲しいのかどちらか分からない顔をマルトーは取っている。 「シエスタが貴方のことを話しているときはそれはもう楽しそうでした。 言わなかったのは貴方に迷惑をかけないためでしょう。アイツはモット伯に連れてかれちまいました。 相手は貴族なんですから我々はどうすることもできません。・・・ちくしょう!」 マルトーの様子は観ていて気分がいいが、それよりもモット伯の行動が許せなかった。 トンビに油揚げを掻っ攫われる・・・まさにそれだ。 口の端を無理やり引きつり上げ笑顔を作る。その顔を見たマルトーは先ほどまでしわくちゃにしていた顔を 引きつらせ青くしていた。 ルイズはゆっくり厩舎に向かう。途中で風竜を見つけた。となりに小柄な者がいる。 タバサであった。どうやらルイズを見ていて話はだいたいわかっているみたいだ。 「馬よりこの子のほうが速い」 すばやく打算する。ガリア出身のトライアングルの風のメイジ。 使い魔は風竜―シルフィードである。 彼女とはそんなに親しくはないから友情からの手伝いではない。 メイドを助けようという正義感の持ち主であったか?答えはNO。 つまりなにかルイズに求めていることになる。 「あなた、私がこれから何をするかわかっているのかしら?」 そこで初めてタバサがルイズの表情を判別できる距離になる。 タバサはそれを見て杖を構えそうになる。そして自分の思い違いに気付いた。 モット伯に交渉をしに行くと思っていたがとんでもない。あれは殺すつもりだ。 それをタバサは知ってしまった。もう逃げられない。もし自分が協力しなければ躊躇なく殺しにくるだろう。 協力すれば自分も同罪。喋ることはなくなる。ガリア出身とはいえ罪を犯すのはダメージが大きい。 しかもタバサの場合、犯罪者となると、タバサを始末する格好の口実を叔父に与えることになる。 そうなると、このルイズを止めることが一番よいのだろう。しかし相対してそれが不可能だとわかる。 これまでいろんな任務で亜人と戦ってきたが、このルイズは桁違いだ。 生き残れるかわからない。私は目的も果たさず死ぬわけには行かない。 「モット伯の殺害。私はあなたの使い魔に興味がある。 可能性でしかないが私の問題を解決できるかもしれない」 できるだけ簡潔に答え、助ける理由も入れる ルイズの視線にタバサは唇が乾いてくるのを自覚する。 むしろ使い魔のことを出した瞬間に強くなった気がする。 すべてを説明すれば納得してくれるかもしれない。どうする。背中の汗がゆっくり落ちる。 つばを飲むと喉が鳴る音が響く。逃げるにも逃げられる気がしない。 「わかったわ。じゃあお願いね」 一気に場の空気が弛緩した。額に汗を掻いてしまう。 よく考えればここは魔法学院の中だ。戦えば人が集まってくるだろう。 それは自分もルイズも本意ではない。 「タバサ。モット伯の館まであなたの問題って奴の詳しい説明をお願いするわ」 それにタバサは頷く以外なかった。 シルフィードに乗り、ルイズの視線に晒されながらタバサは語った。 自分がガリアの王族であること。父が伯父に殺されたであろうこと。 母が心を壊す薬をタバサの代わりに飲んだこと。母の心を戻す、そして伯父に復讐するためなら なんでもする気がある。シュバリエの爵位は自分を合法的に殺すために伯父が任務という名の死地に送って、 それらの任務を達成していたら勝手に付いていたこと。これまでいろんな薬で母を治そうとしたができず、 先住魔法の薬ではないかと思っていたところに、ルイズが系統魔法と思えない黒い靄を使いフーケのゴーレムと 戦っていた。キュルケはルイズの性格が使い魔召喚から少し変わったと言っていたから、 使い魔は先住魔法を使えるのではないか?そして母の心も治せるのではないかと希望を持ったこと。 その話を聞き、ルイズはすばらしい人材だと感じた。 フーケ戦で有能なのはわかっていたが、これほど闇を抱えていたとは。 話が終わると同時にモット伯の館に着く。 シルフィードで斥候したところ、門番が正門に二人裏門に一人。館周りを巡回しているのが四人、 二人づつに別れ犬を連れているらしい。正面からルイズが派手に乗り込み、巡回を引き付け、裏口の一人はタバサが始末する。 ルイズはそのまま館に突入、タバサは他に逃げようとするものを上空から監視することに決まった。 抜かれるデルフリンガー。 「おいおい、今日もやる気満々なのね・・・ 嬢ちゃんに付き合っていると倫理観がおかしくなりそうで怖いなぁ」 全身に闇を纏い疾走する。雑談している門番の頭を一振りで2つ飛ばす。門を蹴り飛ばし中に入る。 ずいぶん派手に音が出てしまった。犬が吠えている。 番犬が来たか。どんどん近づいてくる。飛びかかってきた犬が2匹、片方を剣で開きにし他方の喉を握り潰す。 走ってきた巡回の四人も後を追わせる。館の扉を切り開く。 ぼけっとこちらを見ている兵士が四人いた。奥のほうに二人と手近に二人。 「ヒャド!ヒャド!」 魔法を奥にいる二人に唱えながら近くの一人を切り捨てる。奥の二人が頭と身体から氷を生やしたところで、 四人目がやっと状況を悟る。笛を鳴らそうと口に入れると同時にデルフリンガーも一緒に入れてやる。 兵士が詰めていると思われる場所に行くとカードゲームの最中のようで何人かがカードを持っている。 テーブルの上には掛け金と思われる小銭がおいてあり、 盛り上がっているのか他の者は立ち上がって勝負の行方を見ている。 こちらを見ている者は一人もいない。 「ヒャダルコ」 カード勝負を見るために固まっていて狙いやすい。 50サントほどの氷の塊が飛び交い、脳漿や内臓をぶちまけて殺した後、部屋を凍りつかせる。 館を練り歩くがなかなか人と出会わない。 門を蹴り飛ばした音、そして先ほどの魔法の音が大きかったせいか、 何か起こっていると思った平民の使用人は部屋に逃げているようだ。 時折出会う者はすべて殺していく。 今日仕入れたメイドと寝室に行こうとしたところでやっと館での異常に気付いたモット伯は、 メイドを寝室に入れてから雇っているメイジと腕の立つ親衛隊5人といっしょに階段を降りていく。 これからお楽しみの時間であったのにそれを邪魔されたのだ。この代償高く払ってもらおう。 降りた先には桃色の髪の少女がいた。着ているのは魔法学院の制服ではないだろうか。 なんということだ。これはおもしろいことになりそうだ。平民での遊びはそろそろ飽きてきていたところだ。 「おい!君!私が誰か知っておるのかね?」 「血袋に名前がいるの?」 「そう!私は血ぶくrっじゃない!私は・・・」 名乗ろうとしたところで親衛隊の一人が前に出て制してくる。 何をやってるんだと睨むが他の護衛も同様な判断を下したのか真剣な様子で娘を見ている。 「モット伯、すぐに逃げてください。奴は普通ではありません」 何を馬鹿なとよく見てみると娘は全身に黒い靄を纏い、持っている剣からは血が滴り落ちている。 そしてはっきりとした殺意が見える笑顔。一気に寒気が襲ってくる。 モット伯は護衛に任せたと言うとすぐに最上階にある隠し階段に向かう。 メイジと親衛隊二人が残り3人がモット伯についていく。 モット伯は自分の執務室に戻り本棚を動かす。裏にあった扉に護衛といっしょに入っていく。 残った剣士二人はかなり剣の腕が良さそうだ。二人はメイジが詠唱する時間を稼ごうとしている。 唱え終えるのを待つ気はない。ルイズは左手で持った杖を振り上げる。 唱えておいたファイアーボールを天井に向けて放つ。護衛たちはファイヤーボールに備えていたが、 天井がいきなり爆発するのには備えられなかった。護衛はメイジも合わせて床に叩きつけられる。 倒れているうちに後衛のメイジ以外の首を狩る。 メイジを見ると倒れながらもすでに詠唱を終えていたようで笑みを浮かべていた。 「ライトニングクラウド!」 目の前で稲妻が走りルイズに向かう。まともに受けると一撃で人を殺せる威力を持つ。 食らったルイズは微動だにせず、笑みを貼り付けた顔だけを護衛のメイジに向けている。 自分の放った魔法が効いていないことにメイジが気付き飛び退きながら詠唱する。 さっきまでメイジがいた場所を剣が抉る。 メイジはルイズには勝てないと悟っていた。これはもう護衛のためでなく自分が逃げるために 距離をとらねばならない。そして彼は気付けなかった。 ルイズが剣を振り上げたところでメイジは呪文を解き放つ。 「エアハンマー」 ルイズは意に介さずそのまま頭蓋骨を潰した。 隠し階段は最上階から一階まで抜けられる。 抜けた先には地下通路につながる入り口が取り付けられている。 モット伯が一階まで着いた時隠し階段の上層の入り口が吹き飛ばされた音がした。 螺旋階段になっていて、空いていた中央から本棚ごと隠し扉が落ちてくる。 地下通路の入り口を開けようとするが空かない。 いくら引いても空くことがないのでモット伯は固定化の掛かっていないはずの扉に錬金を使った。 錬金できない。水の魔法で無理やり破ろうとしても全く効果がない。 いったい誰が固定化の魔法を掛けたのかとモット伯が怒鳴る。 頭に水をかけられた。落ち着くことができたが同時に怒りも湧く。 護衛を睨み付けようとすると護衛の顔から剣が出ていた。水のかかった髪を触ると手が赤くなる。 他の護衛は皆頭から氷柱を出している。顔から剣を生やした護衛が倒れると笑みを浮かべる少女がいた。 「つ ぅ か ま ぁ え た」 タバサは上空から監視していたが館からは誰も出てこない。 壊れた入り口を見ると外に出ようとしている兵士と使用人が何人かいた。 しかし何かにぶつかっているようで外に出られないようだ。異様な光景だった。 必死に何もないところで立ち往生するその様は鬼気迫るものがある。 館に近づきディテクトマジックを使うが特に反応を示さない。 相手を逃がさないようにする先住魔法だろうか。 シルフィードが話しかけてくる。前から同じことばかり言う。 曰くルイズとその使い魔に近寄ってはいけない。 しかしもう引き下がれないところまできてしまった。 「闇を身体に着てる人間なんてもう人間じゃないのね。あれはいけないものなのね。 きっとなにか企んでるのね。きゅいきゅい」 闇を着る・・・なるほどとタバサは感じた。 そのうち入り口にたまっていた者を皆殺しにしルイズが出てきた。 タバサは血まみれになっているマントを脱ぐようにルイズに言う。 魔法で水を作り出しその場で洗濯する。そして風を起こし乾燥させる。 返されたマントをルイズが着ると何がしたかったのか悟る。 湿って重いが血の匂いがかなり薄れていた。血まみれのマントの処理は簡単ではないことを 町のゴロツキを始末した時の経験からルイズは知っていたのでタバサに感謝した。 ルイズが黒い靄を消し、シルフィードに乗る。タバサはそれを見て呟く。 「闇の衣服か」 「・・・うまいこと言うわね」 ルイズはそれに反応する。 「そういえば名前なんて考えもしなかったわね。 ん~、闇の衣服・・闇の服・・・闇の羽衣・・・闇の衣・・・」 最後に言った名前にひどくしっくりくるものを感じる。 これからはこの力を闇の衣と呼ぶようにしよう。 シルフィードに乗って帰りながらルイズはタバサを抱き込むために話す。 「タバサ、私は貴方のお母様を治す方法は知らないわ。 でも私の使い魔ならわからない。あいつは私に夢の中で先住魔法の使い方を教えてくれたわ。 人間である私に先住魔法を使わせる事ができるほど魔法について詳しい。 そして私の使い魔は物を食べる必要はないわ。 だから今のまま寝ていてもやせ衰えることはない。なぜだがわかる? あいつはね、生き物の感情を糧にするらしいのよ。 つまり人が生きている限り飢えることはない。 嘘みたいだけど本当のことなの。まるで精霊のような存在。 つまり言ってみれば人の内面に対してなら何でもできるかもしれない。 そう、それが薬により壊されたものだとしてもね」 タバサはその話に耳を傾け、拳を握り締めている。 ルイズはその様子を見ながら楽しむ。どうやらタバサは大きな希望を抱いたようだ。 これで使い魔が目覚めるまでは一人使える配下ができた。 タバサに嘘はついてはいない。ただ感情と言っても我が使い魔が糧とするのは負の感情のみだ。 そして魔道については恐ろしく見識がありそうだからタバサの母を治せるかもしれない。 ただし治すかどうかは知らないが・・・・ ・・・・抱かせる希望は大きければ大きいほどよい。そう使い魔も言っていた・・・・・・・・ シルフィードは背中で為される会話でタバサが食われていくような錯覚を受けた。 タバサに念話で呼びかけるが反応はなく、深く考え込んでいるようだ。 このピンクは危ない。その使い魔はもっと危ない。 そう理解しているが、感覚的な物でしかなく、それではタバサを説得できない。 このピンクは何をするつもりだろうか。絶対に気を許してはいけない。 翌日モット伯亭の事件は、同館で部屋に篭っていた使用人たちが トリステイン城下に逃げ込んだことで発覚した。 犯行現場にはところどころに氷塊や氷付けの人間が発見されたことから 犯行グループには水のトライアングル以上のメイジが一人以上いたとされ、捜査されることになる。 ちなみにシエスタは無事に学院に戻ってくることができた。 マルトーはシエスタのことをルイズに話したときの反応から、ルイズが仲間を集めてやったのではないかと 勘ぐるが、平民のために動いてくれた貴族になにかするつもりはなく自分の胸に秘めることにした。 ただシエスタにだけは伝えておいたことでシエスタはルイズの更なる信奉者となってしまう。 前ページ次ページ絶望の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2641.html
前ページ次ページゼロの使い魔人 ――鼓膜をつつき回す電子音が、沈み込んでいた彼の意識を『現実』へ引き揚げる。 (う……) ぼやけた目を一、二度しばたたかせた龍麻は、更に指で軽く瞼の上から揉んで視界をはっきりさせる。 「…俺は、――そうだったな」 回転を始めた脳細胞が、彼自身が置かれた状況を余す所無く伝えて来る。 龍麻はその事実に一つ溜め息を付くと、腕時計のアラームを止め、その場で上体を伸ばした。 被っていた毛布を畳んで側に置くと、ブーツの紐を締め直し、相棒たる黄龍甲を腕に着け、立ち上がるとおもむろに部屋を見回した。 ――十二畳程の室内。机に本棚、来客用の椅子と小テーブルやクローゼット、天蓋付きのベッド…。 そのどれもが、手の込んだ細工と意匠が施された、上質な代物であるのは一目で解る。 そして…寝台で穏やかな寝息を上げている、龍麻にとっての疫病神といえる、部屋の主たる少女。 …時刻は5:30過ぎ。以前なら中距離走を始め、瞑想も含めた体力、技倆維持の各鍛錬に当る時間なのだが―― 「――洗濯しろとか言ってたな。場所は…、適当に誰か捕まえて聞くか」 床に散らばった服と自前の洗面具を手に、龍麻は静かに部屋を出た。 廊下を通り、階段を降りた所で、視界の端に人影を見つけ龍麻は足を止めた。 「…ん?」 即座に後を追いかけ、視線の先…10m程前を歩く後ろ姿を確認する。 ――肩で切り揃えた黒髪に、エプロン姿の少女である。両手に抱えた籠には、洗濯物らしき一杯の荷物。 渡りに船とばかりに、声を掛ける龍麻。 「待ってくれ。忙しそうな所を悪いが、少し聞きたい事があるんだが」 「はい?」 すぐに立ち止まり、こちらへと振り向いた少女に龍麻は歩み寄る。 「――どなたですか?」 「色々あってな、昨日から此処で厄介になる事になった者なんだが」 それを聞いた少女の顔に、何か閃いたかの様な色が浮かぶ。 「――もしかして、あなたミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 「前に、やむにやまれずが付くけどな。…知っているのか?」 「ええ。なんでも、召喚の魔法で平民を呼んでしまったって。噂になってますから」 「そりゃまた…」 悪名なんとやら、かと内心ぼやく龍麻。 「それで、何かご用件でも?」 「ああ、洗濯をしろとか言い付かったんだが、それに使う道具やら場所がわからなくてな。出来たら、教えて欲しいんだが」 「それでしたら、私の後に付いて来て下さい。私もこれから洗濯を始める所ですから」 「そうか。なら宜しく頼む」 「はい」 笑みを浮かべつつ、頷いた少女は踵を返し歩き出すと、龍麻もそれに続く。 「――っと、まだ名乗ってなかったな。俺は緋勇龍麻。緋勇が姓で、龍麻が名前だ。宜しくな」 「変わったお名前ですね……。私はシエスタといいます。あなたと同じ平民で、貴族の方々を お世話する為に、ここでご奉公させて頂いてるんです」 「そうなのか」 それで会話は終わり、建物の裏手に置かれた、洗い場に案内される。 井戸から汲み上げた水を洗濯桶に張り、洗濯板と石鹸で汚れを落としに掛かる。 そういった作業をシエスタを始めとする大勢の使用人達と共に、黙々とこなし終わりが 見えかけた頃には、結構な時間が経過っていた。 後片付けも含め、一切を終わらせた所で、ルイズの居室へ戻る。 「入るぞ。起きてるか?」 ノックをし、呼び掛けるを何度か繰り返すも反応は無く、中へと入れば、当の部屋主は龍麻が起き出した頃と変わらず惰眠を貪っていた。 「……。ぐうたらしてないで、さっさと起きろ」 肩を掴んで強く揺すりつつ、(抑えた)声を掛ける。 「もう、なによ…。朝からうるさいわねぇ……」 「うるさいも何も、起きる時間だ。遅刻したいのか?」 「はえ? それはこま…って、誰よあんたは!?」 と、半ば寝ぼけた顔と声で叫ぶルイズに、ジト目を向ける龍麻。 「誰も何も、アンタに召喚ばれたばかりに人生棒に振った、不運な男だ」 「ああ、使い魔ね。そうね、昨日、召喚したんだっけ」 ……そこから着替えに関する意見と認識の相違で、両者はまたも舌鋒を交えたが、 ともあれ、着替え終えたルイズと龍麻が部屋を出た所で、隣室のドアが開いた。 ――鮮やかな赤髪と彫りの深い顔立ちに長身、褐色の肌と恵まれたスタイルが特徴的な若い女性である。 服装はルイズと同じ…つまりは貴族であり、この学院で学ぶ魔術師であろう…と、龍麻は見て取る。 「おはよう、ルイズ」 「おはよう、キュルケ」 前者は愉快そうな笑みを見せつつ、後者は露骨といっていい嫌悪を込めての挨拶である。 「あなたの使い魔って、それ?」 「そうよ」 龍麻を指差し、ルイズの返事を聞くや、遠慮もなにも無い笑声を廊下に響かせる。 「ほんとに人間なのね! 凄いじゃない!」 (まるきり珍獣扱…否、晒し者だな、こりゃ…) 「『サモン・サーヴァント』で、平民喚んじゃうなんて、あなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」 「うるさいわね」 最後の一言に、只でさえ不愉快そうなルイズの顔に、更に皺が寄るのを龍麻は見た。 「あたしも昨日、召喚に成功したのよ。どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。来なさい、フレイム」 との、キュルケの自慢気な声に合わせたかの様に、室内から這い出したのは…。 「――只のでかいトカゲ…、な訳無いか」 コモドドラゴン以上の体躯を持ち、それ自体が炎の塊で出来ている尻尾に、口腔の端からも時折、炎が洩れ出している。 (流石にあの旧校舎地下や天香遺跡でも、こんな奴は棲息でなかったな……) 「これって、サラマンダー?」 凝視する龍麻を余所に、ルイズが悔しそうに聞くや、そうよー、火トカゲよー、と、ひとしきりキュルケがその火 トカゲの出自や価値を自慢し、そこからやり取りを重ねる度に、ルイズの表情と声はますます不機嫌さを増す。 と、不意にキュルケは龍麻へと視線を向けた。 「あなた、お名前は?」 「緋勇龍麻だ」 「ヒユウタツマ? ヘンな名前」 予想通りの答えに、小さく肩を竦めてみせる龍麻。 ここに居る間、際限無く掛けられるだろう台詞に、逐一反応するだけ精神エネルギーの無駄である。 「じゃあ、お先に失礼」 そう言ったキュルケは外套を翻し、颯爽たる足取りでフレイムを引き連れ、部屋を後にする。 その姿が廊下の向こうに消えると、ルイズは憤懣やるかた無しな顔で叫ぶ。 「悔しー! なんなのあの女! 自分が火竜山脈のサラマンダーを召喚したからって! ああもう!」 「………」 無言を保つ龍麻だが、ルイズの癇癪は治まらない。 「あんたは知らないだろうけどね、メイジの実力を測るには、使い魔を見ろって言われているぐらいよ! なんであのバカ女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ!」 「そりゃお互い様だ。しかしな、召喚のやり直しが出来ん現状、今居る奴が人間だろうが何だろうが、 そいつと組むしかないだろう。無い物ねだりしても、仕方無い」 「メイジや幻獣と平民じゃ、狼と駄犬程の違いがあるのよ」 ルイズは憮然たる表情で言い捨てる。 「駄犬呼ばわりかよ。…そういや、さっきゼロのルイズとか言われてたが、何か曰くでもあるのか?」 「ただの渾名よ。…あんたは知らなくていい事だわ」 ルイズはバツが悪そうに言う。 「そうか。忘れろっていうなら、忘れるさ。ゼロだなんだの、俺にはどうでもいい事だしな」 深く突っ込まない方がよし、と見て取った龍麻は、その単語を意識の隅へと放逐する。 「ほら、食事に行くわよ。さっさと付いて来なさい!」 「了解」 ――龍麻を引き連れたルイズは、学院の敷地内で一際大きい本塔の中に作られた、『アルヴィーズの食堂』へと入った。 ルイズが道々、説明する所によると、総ての学院生と教師陣は此所で食事を取るのであり、 又、『貴族は魔法をもってしてその精神と為す』をモットーに、魔法に止どまらず、貴族としての 教養や儀礼作法等も学ぶ…と、いった事を龍麻に語る。 「わかった? ホントならあんたみたいな平民は、この『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」 「別段、入れなくとも一向に構わんけどな。食うだけならどこも同じだ」 「そう。なら次からは外で食べなさい。使用人達にはそう伝えておくわ。――ほら、椅子を引いて頂戴。 気の利かない使い魔ね」 「そいつは失礼。……で、俺の分はどこにある?」 既にテーブルに並べられ、湯気と芳香を立ち昇らせる質と量を満たした料理の群れに目もくれず龍麻が尋ねると、 着席したルイズは、無造作に床を指す。 「あんたのはそこ。何を騒いでも、それ以外は出ないし出さないから」 床に置かれた皿には、黒パン半切れと薄いスープが一皿だけである。 「……やれやれ」 口にしたのはそれだけで、龍麻は床に胡座を掻く。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ、今日も…」 と、室内に祈りの声が響く中、龍麻は龍麻で… (予め、マトモなモノなぞ出ないと予想はしてたが、残飯で無いだけマシか。…しかし、 『コレ』が続く様なら、外で現地調達でもして、食い扶持は自力で確保すべきだな……) 祈りを済まして食事を始める生徒達だが、龍麻もさして時間を掛けず空にした皿を手に、立ち上がる。 「ご馳走さん。外で待っているぞ」 卓上に空にした皿を置いた龍麻は、ルイズの返事を待たずに食堂を後にした。 前ページ次ページゼロの使い魔人
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6734.html
前ページ次ページ滅殺の使い魔 ――森の一角。 「ティファ、薪割りが終わったが」 金髪の壮齢の男が少女に話しかける。 赤いタキシードを着こなす所にダンディズムが感じられる。 「あ、ありがとうルガールさん。 もういいですよ、休んでいて下さい」 ティファと呼ばれた少女は、料理をしながらルガールに言う。 「そういうわけにもいかんだろう、君のような少女が一人で働いていると言うのに」 ルガールは困り顔で肩を竦める。 そんなルガールに、ティファはクスッと笑うと、遊んでいる子供達を見る。 「なら、子供達の相手をしていて下さい」 「ふむ、わかったよ」 ルガールはそう言うと、子供達の中へ向かった。 「あー! ルガールおじちゃん!」 「ああ、何をしているのかな? 私も混ぜてもらいたいんだが」 そういって子供達に混ざっていく。 ルガールは考える。 何故、自分はこんなにも穏やかに日々を送っている? いや、それ以前に、何故自分は生きているのか? あの時、自分は死んだ……、いや『オロチの力』に体を乗っ取られた筈だ。 豪鬼との死闘の末、その殺意の波動を奪い、しかし、その力を使いこなせずに……。 その他にも疑問はあった。 果たして自分は、こんなにも穏やかな性格だっただろうか? 否。 断じて否だ。 『悪』こそが自分の全てだ。 では、なんの影響だ? オロチ? 否。 殺意の波動? これも違うだろう。 二つの力の反応? 否定は出来ないが、可能性は薄い。 ではやはり……。 このルーンの仕業か。 朝―― 朝早くに豪鬼は目覚める。 ルイズを起こす為では無い。 修行の為だ。 まだ日は昇りきっては居ない。 修行しよう、と考えた後に豪鬼は気付いた。 道知らねぇ。 つまり、洗濯にはかなりの時間がかかる。 道に迷うことも視野に入れなければならないのではないか。 結局、豪鬼は今日のところは何もしないことにした。 と、言うわけで、もう少しボーッとしていた訳だが。 しばらくして、日がかなり昇ってきたので、豪鬼はルイズを起こすことにした。 「ルイズ、朝だ」 ……反応を示さない。 「ルイズ、朝だぞ」 ……反応を示さない。 ルイズがあまりに起きないので、豪鬼は毛布を引っぺがした。 「な、何!? 何事!?」 「朝だ、ルイズ」 「はえ? そ、そう……。 って、誰よあんた!」 「豪鬼」 「あ、そうだ、昨日召喚したんだ」 ルイズは起き上がり、部屋を見渡す。 豪鬼は何も用意していないようだ。 そして豪鬼に命じた。 「服」 そう言うと、いつの間にか椅子にかかっていた服が豪鬼の手に握られていた。 「ま、魔法!?」 「いや、普通に取ってきただけだ」 いつもならかなり気にするところだが、そこは寝起きの頭である。 「下着」 「どこだ」 「そこのクローゼットの一番下」 場所を言うと、またいつの間にか豪鬼の手に 下着が握られていた。 豪鬼には基本恥じらいなど無い。 「服」 「渡したぞ」 「着せて」 豪鬼は、なるべく力加減を覚えるように着せた。 問題は無かった。 ルイズとともに部屋を出る。 すると、すでに一人の女子生徒が廊下に出ていた。 豊満な胸に、それを強調するような服の着方をしている。 普通の男であれば、否応無しに胸に目が行く所だが、そこは豪鬼である。 巨乳の女は他に見たこともあるし、全員鍛えぬいた体をしていた。 そんな訳で、豪鬼には目の前の少女の胸はただ肥え太った不摂生の賜物にしか見えなかった 彼女はルイズににやりと笑いかける。 「おはよう、ルイズ」 それに対して、ルイズはあからさまに嫌そうな表情になった。 「おはよう、キュルケ」 「あなたの使い魔って、それ?」 「そうよ」 「あっはっは! ほんとに人間なのね! すごいじゃない!」 豪鬼は密かに、それには感謝している、と心の中で呟いた。 「『サモン・サーヴァント』で、平民を呼んじゃうなんて、さすがはゼロのルイズね」 ルイズは頬を染めながら、キュルケを睨む。 「五月蝿いわね」 「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。 勿論、一発で成功したわ」 「知ってるわよ」 「どうせ使い魔にするなら、こういうのが良いわよね~。 フレイムー」 キュルケが勝ち誇ったような声で使い魔の名前を呼ぶ。 すると、キュルケの部屋から虎ほどの大きさの赤いトカゲが現れた。 辺りを熱気が包み込む。 ルイズは息苦しそうな表情になる。 豪鬼は動じない。 「あら? 怖がらないの? 度胸あるのね」 豪鬼がそのトカゲを見る。 よく見ると、その尻尾には炎がついているではないか。 豪鬼は少し驚き、兄の弟子の金髪を思い出した。 更に、学生服の男も思い出した。 インド人も思い出した。 「これってサラマンダー?」 ルイズはかなり悔しそうだ。 「そうよー。 火トカゲよー。 見て? この尻尾。 ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? ブランド物よー。 好事家に見せたら値段なんてつかないわよ? あたしの二つ名は『微熱』。 相応しいと思わない?」 未だに二人は何やら競っているが、それを尻目に豪鬼はフレイムを見つめていた。 こいつと死合いたい。 かなり好奇心が刺激されていた。 そうして豪鬼が必死で自分と死合っていると、キュルケが豪鬼に話しかけてきた。 「あなた、お名前は?」 「……豪鬼」 「ゴウキ? 変な名前」 「……ふん」 すると、キュルケは豪鬼の体をまじまじと見つめながら言った。 「うーん、でも、かなりいい体してるじゃない。 逞しい殿方は好きよ?」 キュルケは豪鬼を誘惑した。 豪鬼はそれでも揺るがなかった。 「それじゃあ、お先に失礼」 キュルケは、フレイムと共に去っていった。 キュルケが居なくなると、ルイズは悔しそうに拳を握り締め、呟いた。 「くやしー! 何であんなのがサラマンダーを召喚できて、わたしはこんななのよ! メイジの実力をはかるには使い魔を見ろって言われてるぐらいなのに~!」 そう言いながら拳を豪鬼に向かって振った。 勿論そんなものが豪鬼に当たるはずも無く。 「かわすな!」 「当てて見せい」 そんなやり取りをしながら、豪鬼はふと思った。 そういえば、まだルイズの魔法を見たことが無い。 あの火トカゲと『微熱』という二つ名を見る限り、あのキュルケとか言う女は火を使うのだろう。 モグラを召喚している小僧も居たが、あれは土か? では、ルイズは? まさか『殺意』などと言う属性は無いだろうが、では何だ? 自分が使う属性に似たものは……。 『灼熱波動拳』しかない。 とすると『火』か? では『ゼロ』とはなんだ? まさか、あの光の剣を使う者という意味ではあるまい。 少し気になるが、まあ良い。 力を振りかざすのは弱者のみ。 あのキュルケとか言うのは弱者だろう。 「ほら、わたし達も行くわよ」 落ち着いたらしいルイズは、すでに前方を歩いていた。 「うむ」 豪鬼達が食堂に着くと、既に多くの生徒達が集まっていた。 ルイズによると、朝昼晩全てここで食事を取るらしい。 全てのテーブルには、豪華な飾りつけがなされていた。 「愚かな……」 無駄に権力を振りかざしているのがありありと分かり、豪鬼は少し失望していた。 これが人の上に立つ者として正しいとでも言うつもりか。 見たところ、相応しそうな人物など数人ではないか。 そんな豪鬼の態度を見て、ルイズは何を勘違いしたのか、得意げに豪鬼に説明した。 「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけではないのよ」 「……ほう」 「メイジはほぼ全員がメイジなの。 『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族足るべき教育を、存分に受けるのよ。 だから食堂も、貴族の食卓に相応しいものでなければならないのよ」 豪鬼は、心の中で舌打ちをした。 貴族足るべき教育? これがか? これでは傲慢な人間が増え、格差が広まる一方ではないか。 相応しい食卓? 下らん。 何故こんな贅沢の限りを尽くすものなのだ? 貴様はこの食事に相応しい人間か? 否、断じて否。 色々と腹は立ったものの、腐った人間などそれこそはいて捨てる程見てきた(強者ではあったが)ため、それくらいで済んだ。 「わかった? ほんとならあんたみたいな平民は『アルヴィーズの食堂』には一生は入れないのよ。 感謝してよね」 「……ふん」 「もっと感謝しなさいよ! ……まあいいわ、いいから椅子をひいてちょうだい。 気が利かないわね」 「ああ」 虫唾が走る思いで椅子を引く。 「じゃあ、あんたはそれね」 ルイズが床を指差す。 「特別に、ここで食べさせてあげる。 床だけどね」 皿を見てみる。パンが二切れ、肉が申し訳程度に浮かんだスープが一皿。 格闘家は体が資本である。 故に豪鬼は、断食したことなど無いし、一日として食事を抜いたことは無い。 瞑想や修行で知らないうちに食事を忘れていたことならあるが。 朝はこの程度で十分だろう。 そうおもった豪鬼は、少々野菜が少ないことを不服に思いながら平らげる。 パンを食べ終え、スープに手を付けようとした時、ルイズが鳥の皮を入れてきた。 「ほら、肉は癖になるからだめよ」 「要らん」 豪鬼の言葉を無視し、ルイズは自分の食事に戻った。 鳥皮などという油の固まりは、豪鬼にとって毒でしかない。 入れられてしまったものは仕方が無いと、豪鬼はスープを丸々残した。 豪鬼とルイズは教室の掃除をしていた。 ルイズが魔法を失敗し、教室を滅茶苦茶にしたからである。 事の成り行きはこうだ。 豪鬼とルイズが教室に入ると、一斉に生徒達が二人の方を向き、クスクスと笑った。 キュルケも男子達の中に居た。 多くの男をはべらせている様だ。 下衆が。 豪鬼はそう思ったが、やはり下衆の相手をする気はなく、ルイズの隣に座った。 教室内を見回すと、珍妙不可思議な生物がたくさんいた。 見回す中でルイズに視線を向けると、ルイズが不機嫌そうに豪鬼を見ていた。 豪鬼はそれに構わずに再び教室を見回し始める。 ルイズももう諦めたようで、何も言ってはこなかった。 授業中、ルイズが口論を始めたりはしたが、豪鬼は構わず、時間を瞑想に使っていた。 しかし、興味があるものが耳に入ると、それをやめ、授業に耳を傾けた。 「では、この練金を……、ミス・ヴァリエール、やって御覧なさい」 「え? わたし?」 「先生! やめた方がいいと思います! 危険です!」 キュルケが立ち上がり、叫ぶ。 教室の中の殆どの生徒が頷く。 「やります」 それに反応したのか、ルイズは何か決意したように言う。 つかつかと黒板の前に向かっていくルイズ。 すると、殆どのの生徒が机の中に隠れる。 その中でも、キュルケだけは隠れずにルイズを見つめていた。 さっきまで必死にルイズを止めていたのに、いざとなるとちゃんと向き合うとは、実は少しはやれるのではないか、と豪鬼は思った。 少なくとも、このときキュルケは豪鬼の中での『下衆その一』という位置づけからは脱していた。 ルイズが呪文を唱え、杖を振り下ろす。 刹那、爆発。 目の前の机を吹き飛ばし、破片を飛ばす。 豪鬼はそれに反応した。 丁度いい。 「ぬぅん!」 飛び散る破片や机を全て叩き落す。 「あ……」 キュルケだけがそれを目撃した。 豪鬼のお陰で大きな被害は出なかったものの、生徒達はルイズを睨む。 ルイズは全く悪びれる様子も無く、こう言った。 「ちょっと失敗しちゃったみたいね」 「ちょっとじゃないだろ!ゼロのルイズ!」 「いつも成功の確率、ゼロじゃないか!」 豪鬼は、ルイズが何故『ゼロ』と呼ばれているのか理解した。 今日の「滅殺!」必殺技講座 灼熱波動拳 波動拳に炎を付加(?)し、放つ技。 この波動拳は、多段ヒットする上、威力も高いものとなっている。 その代わり、発射前に大きな隙がある為、使いどころが難しい技となっている。 コマンド「(右向きの時)逆半回転+パンチボタン」 「んんん、ぬぅん!」 「どうやって火付けてるのよ」 「知らん」 「はぁ!?」 前ページ次ページ滅殺の使い魔
https://w.atwiki.jp/rainingendlessbattle/pages/30.html
使い魔の性質及び技のページ 性質の書 書物名 性質名 効果 補正 盗人LV1 ぬすっトド 盗みの心を持つトドの使い魔。対人でのアイテム獲得率が少し上がる。 - 鎧亡霊の書TYPE-A セルアーマー 防具をはじく鎧の亡霊の使い魔。対人での防具獲得率が少し上がる 魔法:3000 精神:0 鎧亡霊の書TYPE-B クロムアーマー 武器をはじく鎧の亡霊の使い魔。対人での武器獲得率が少し上がる - 鎧亡霊の書TYPE-C チタンアーマー 魔法をはじく鎧の亡霊の使い魔。対人での魔法獲得率が少し上がる。 - 死の書LV1 死蝶霊Lv1 死の使い魔。魔法ポイントを強化する。 魔法:6000 精神:0 紅蝙蝠の書LV1 サーヴァントフライヤーLv1 紅蝙蝠の使い魔。相手に与えた物理ダメージのうち一定割合を回復する。 - 星屑の書LV3 スプレッドスターLv3 星の使い魔。与えた魔法ダメージのうち5%を使い魔ダメージにまわす。 魔法:12% 精神:5600 六道の書Lv2 六道怪奇Lv2 霊の使い魔。与えた物理ダメージのうち6%を使い魔ダメージに回す。 魔法:5% 精神:8% 技の書 書物名 技名 効果 大鎌の書 死符「死者選別の鎌」 大鎌を振り下ろす。外しやすいが威力は高め。 再生の書 蘇生「ライジングゲーム」 ダメージを与え、一定割合をプレイヤーのHPに還元する。 喪心の書 喪心「喪心創痍」 ダメージを与え、一定確率で混乱を与える。 力の書 力業「大江山颪」 とにかく力で押す。 詐欺の書 筒粥「神の粥」 表示ダメージよりも実際にはダメージが大きい変な技。 奇跡の書 奇跡「神の風」 たまに神のご加護を得て威力がアップする。 洪水の書 水符「河童のフラッシュフラッド」 洪水を発生させる。雨なら威力上昇。 怨霊の書 呪精「ゾンビフェアリー」 相手に纏わり付く怨霊を具現させて攻撃する。相手の熟練度が高いほどダメージが上がる。 想起の書 想起「テリブルスーヴニール」 相手の思い出したくない記憶を引きずり出す。相手の精神が高いほど威力が上がる。 核熱の書 核熱「ニュークリアエクスカーション」 核暴発。ダメージを与え、一定確率で硬化を与える。 焔星の書 焔星「十凶星」 ダメージを与え、たまに天候を強制的に快晴に変更する。 果物の書 奇跡「ミラクルフルーツ」 フルーツ(笑)何故か呪い状態になる。 本能の書 本能「イドの解放」 抑制「スーパーエゴ」が無いと発動しない。 抑制の書 抑制「スーパーエゴ」 本能「イドの解放」が無いと発動しない。 鉄槌の書 拳骨「天空鉄槌落とし」 大空から相手に向けて拳を振り降ろす。天候に応じて威力が変わる。 誘導の書 ホーミングアミュレット 相手の位置を自動的にサーチして攻撃するお札。必ず発動し、必ず相手に10の魔法ダメージを与える。 変化の書 変化「百鬼妖怪の門」 手下とした魑魅魍魎を呼び寄せる。呼びだした怪物に応じて威力と追加効果が変わる。 反応の書 反応「妖怪ポリグラフ」 相手の深層心理を読み取る。相手の攻撃回数が多いほど威力が上がる。 火のグリモワール イラプション 相手の真下に小さな噴火口を呼び出し攻撃する。 水のグリモワール スプレッド 相手に湧き上がる水をぶつけて攻撃。 風のグリモワール エアスラスト 風が舞う空間を作り出し、敵を切り裂いて攻撃。 地のグリモワール グレイブ 最初の一撃で敵をのし上げ、続けて他の刃で追撃する。 光のグリモワール フォトン 小さな光の爆発を起こして攻撃する。 闇のグリモワール ダークスフィア 相手を巻き込むように小さな闇の魔法陣を出して攻撃。 幻のグリモワール カオティックフォース 攻撃時に属性ルーレットをし、相手属性と被ればダメージがアップする。 木のグリモワール チャージ 使い魔がプレイヤーのMPを回復させる。 氷のグリモワール アイストーネード 氷の竜巻を巻き起こして攻撃。 雷のグリモワール スパークウェブ 電撃の網を作って相手を閉じ込める。 時のグリモワール 幻符「殺人ドール」 相手を追尾するナイフを大量に放つ。 月のグリモワール エナジーボール 月の光を集め、四方に拡散させて攻撃する。 癒しのグリモワール ファーストエイド プレイヤーのHPを小回復する。 白紙:ぜんめつ 全滅の巻物 「白紙の巻物」を主書物に置いているとき、それを消費して相手を即死させることがある。失敗もある。 補助技の書 書物名 補助技名 効果 シールトリートメント 封印治癒 戦闘時プレイヤーの封印を治癒することがある。 コールドトリートメント 凍結治癒 戦闘時プレイヤーの凍結を治癒することがある。 パラライトリートメント 麻痺治癒 戦闘時プレイヤーの麻痺を治癒することがある。 気質発現-○○ ○○発現 たまに天気を○○にする。 夢陣の書Lv1 夢符「封魔陣」 相手の使い魔にセットされた攻撃技をランダムに1つ、その戦闘では発動しないようにする。 夢陣の書Lv2 夢符「八方鬼縛陣」 相手の魔法をランダムに1つ、その戦闘では発動しないようにする。 促進の書 天気「緋想天促」 天気の変化に激烈に影響する力を放出する。時々天気を普通に戻す。 苦痛の書 グローイングペイン 自分の与えた技ダメージを1割水増しする。 魔眼の書 魔眼「ラプラスの魔」 相手の動向を観察する謎の目を設置。自分の与えた使い魔ダメージを1割水増しする。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8351.html
前ページ蒼炎の使い魔 あれからギーシュと一旦別れて自室へと戻ってきたルイズとカイト。 その二人はとてもとても大切な事を話していた。 「さて、それじゃあ聞かせて貰いましょうか?」 ルイズは鞭を軽く振りながらカイトに微笑みかけている。 穏やかな表情をしていたが、眼は笑っていない。 笑顔とはこんなに恐ろしいものだったのだろうか。 「シエスタの所に、何の用事があったの?」 「……ハァァァァアアア」 デルフを取り出して、訳を言ってもらう。 単にシエスタに料理を振舞って貰っただけだと。 「本当に? それだけ?」 心なしか鞭を振るスピードが速くなっているのはきっと気のせいじゃない。 僅かに身震いをしたカイトを見て居た堪れなくなったのか、通訳をしていたデルフが口を挟んだ。 「あ~…、カイトの言ってる事は本当だぜ。 俺が証人、いや証剣だ。」 デルフの言葉にカイトはコクリと頷いた。 その仕草にルイズは少し追い詰めすぎたかな、と思いながらカイトの傍へと寄っていった。 「……はぁ、前から言おうと思ってたんだけど。」 鞭を下ろしながら、言う。 カイトはホッとしながらもルイズを見る。 「アンタは大事な事を省略しすぎなのよ。 それとそのまま直訳するデルフも。」 俺も!?、とデルフは叫ぶがルイズは無視してカイトを見る。 「……」 カイトの表情は動かない。 だが、彼の脳内では思考をひたすら巡らせていた。 「アンタはね、頭は良いし理解力も速い。 だけど、応用する事が出来ない節があるわ。」 ルイズは単純な思考を持っている時があるが馬鹿ではない。 カイトがシエスタの所に行った、と聞いた時も何をしていたか、大体アタリはつけていた。 それでも怒った素振りを見せたのは、まあその場のノリだ。 カイトからすれば堪ったもんじゃないが。 「良い? 次からは、ちゃんと『誰と』、『何処で』、『何をしていたか』言いなさい。 漠然とした言葉じゃ解らないから。」 その声は、何処か子供を諭す親のようで。 「……ハアァァァアァア」 カイトは静かに頷いたのであった。 (やっぱり、こっちの方が良いのかな…。) ルイズは目の前で理解を努めるカイトを見てそう思った。 確かにあの時、カイトがシエスタの所に行ったと聞いた時は、怒りがこみ上げた。 だが、その後ギーシュと共に怒鳴り散らした後、急激に頭が冷めて、こう思った。 幾らなんでも大人げが無いんじゃないか、と。 確かにカイトは訳がわからない存在である。 だが、人と同じ機能を持っている事は漠然としたものだが理解できる。 そして、何処か幼い一面を持っていると言う事も。 そんな彼に無闇やたらと怒鳴り散らしてあれこれと頭に叩き込ませるのは、何か違う、と感じていた。 確かに使い魔と主の主従関係は絶対だ。 だが、生憎カイトは普通の存在ではないし、あのギーシュとの決闘の時も自分を庇ってくれた。 それに対して、ただ怒るだけと言うのは貴族としてではなくルイズ個人として間違っていると感じていた。 ルイズには姉が居る。 一人は厳しく、幼かった彼女にとっては恐怖の象徴だったが、 もう一人は何時も自分を慰めてくれた優しさの象徴だった。 ならば、自分がするべき事は何か。 優しく接してみよう。 使い魔としての扱いでは無く、カイトとしての扱いとして。 主従関係は絶対だが、信頼関係はソレよりも圧倒的に勝る。 そう思い始めたルイズだった。 あの後、仮眠を取っていたルイズが目を覚ます。 「ん……」 目をこすりながら、窓の外に目を向けると日は降りており、薄暗くなり始めた頃だった。 そして、時間を確認する。 作戦時刻まであと1時間30分だ。 「っ……」 時間を確認した瞬間、ふるりと彼女の体が震えだした。 自分を抱きしめるように腕を回すが、体の震えが止まらない。 正直、怖い。怖くて怖くてたまらない。 これから2時間後に更に暗くなる外へと行くのだ。 買い物やピクニックに行くのとは訳が違う。 命を懸けた戦いが始まるからだ。 カイトは強い。それこそ土くれのフーケすらにも負ける事はないだろう。 ギーシュだって、陸軍元帥の父がいる。初めてとはいえ、上手く立ち回れるだろう。 ならば、自分はどうだろうか。 全ての魔法が爆発に変換される。 運動神経だってあまりよくは無い。 命を奪い合う戦いなんて対岸の火事の出来事だ。 (なんで、あんなこと、言っちゃったのかな……) ルイズはあの時の事を深く後悔していた。 もしも、あの時手を上げなかったら。 もしも、あの時口を出さなかったら。 もしも、あの時プライドよりも自分を優先させていたら。 それのせいで、ギーシュまで巻き込んでしまった。 ギーシュは自分に借りを返したいと言った。 ならば、自分が行かなければ、ギーシュもきっと手を上げなかっただろう。 体の震えがさらに大きくなる。 体に回す腕にも更に力が入る。 目は強く閉じられ、息が荒くなり、歯はカチカチと鳴っていた。 「~~~~~~~っ……」 今、怖いから逃げ出したいと学園に言えば、きっと学園長は別のものを手配してくれるだろう。 だけど…… (逃げたくないっ…) 貴族としてではなくルイズ自身の小さなプライドがそれを邪魔していた。 使い魔は、カイトはギーシュとの決闘の際に、逃げなかった。 自分がアレだけ必死に命令しても、カイトは応じなかった。 決闘の当事者であるギーシュに言われたのだが、あの時カイトはギーシュの陰口に対して怒りを見せたという。 陰口を言われた、と面と向かって言われると腹が立つ。 だが、その苛立ちが霞むほどに、カイトが自分の為に怒ってくれたというのは、正直、かなり嬉しかった。 もっとも、素直になりきれないルイズはカイトに対して強く当たってしまうのだが。 そんな彼を裏切りたくない。 自分をゼロと呼ばなくなったギーシュを裏切りたくない。 そして何よりも… (自分を裏切りたくない……! 裏切りたくない… 裏切りたくない…… 裏切りたくない………!!) そんな言葉を頭の中で繰り返していると、ふと後ろのほうで布が動く音がした。 カイトが起きたのだ。 「!!」 カイトの特徴的な瞳がゆらゆらと暗い部屋にゆれている。 ルイズは慌てて、明かりをつけて、何時もどおりを装ってカイトを見た。 「お、おはよう…!」 「……」 カイトは無言でルイズの傍に近づいて行く。 そんなカイトにルイズは少しだけムッと来た。 声を出して叱ってやろうと口を開こうとした瞬間。 「ダ@ジョウブ?」 「えっ?」 カイトがルイズの目元に手を伸ばしたのだ。 「ちょ、ちょっと!」 何するの、と言う前にカイトの指がルイズの目元を拭ったのだ。 「え、あっ…」 ルイズは泣いていた。 泣いていた事にすら気がつかなかったのだ。 それほどまでに、彼女は追い詰められていたのだ。 「っ……」 その手を振り払う事も出来ず、かと言って、離せと命令する事も出来ず、ルイズはカイトのなすがままになっていた。 ルイズはカイトの目を見た。 そして、見てしまった。 その不気味な瞳が、自分を心配しているかのようにルイズを見ていたことを。 カァッとルイズの頬が赤くなる。 使い魔が主を心配していたことに対する苛立ちか、 はたまた、ある意味純粋な瞳で見られていたということに対する羞恥心か。 「aasdvカラ…」 「え?」 「ルイズヲ、a34fgsafvカラ。」 「……」 「マモルカラ、シンパイシナイデ。」 ルイズの目が見開いた。 きっとカイトは解ってしまったのだろう。 今、自分が不安と恐怖に包み込まれている事を。 そして、デルフを介してではなく、自分の口から言った事。 ルイズはカイトの指を払い、俯いた。 「……?」 そんなルイズにカイトは首を傾げた。 こういう時は、大体彼女が怒り出す予兆だ。 その瞬間、カイトの脳内で怒る彼女の映像が映し出された。 そして、その映像と同じように目の前のルイズが手を上げて… ぽん、と背の高いカイトの頭にルイズの右手が乗せられた。 「……?」 訳がわからない、とカイトはルイズを見る。 「ばーか。 心配なんてしてるわけ無いでしょ。 アンタは私と一緒に動けば良いのよ。」 ルイズは笑顔になってそのままぐりぐりとその右手はカイトの頭をなでた。 その手はもう、震えては居なかった。 前ページ蒼炎の使い魔