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404 名前: ◆kaGYBvZifE[saga] 投稿日:2013/07/18(木) 21 31 05.92 ID UrDXlaAQ0 [4/19] ―――――――――― 「地上の都市がカースに乗っ取られただと?」 思わずおうむ返しにしてから、オーバーロードは報告書を一瞥した。 「例の財閥経由の情報です。首謀者は不明ですが、都市全体がカースによって封鎖されていると」 情報部所属の士官が応え、オーバーロードは報告書をつまむ指に力を込めた。 この公邸の執務室で受け取る報告に、よい報告があった試しはない。 櫻井財閥経由でもたらされた情報の発信源は、日本政府やGDFに潜むアンダーワールドシンパの議員か、 それとも散発的な紛争と緊張関係を望む軍需産業のロビイストか。 どちらにせよ、断片的ではあるが情報の精度は悪くない。アンダーワールド政府が地上に放っている 諜報員からの情報と照らし合わせても大きく異なっていたことは今のところない。 しかし、今回の一件は寝耳に水の事態だ。 地上人の犠牲者が何人出ようとそれ自体はどうでもいいことだが、問題はカースの肉体を構成する呪詛の 泥による土壌汚染と、それによる地底への影響だ。 最新の研究報告によって、カースの泥による汚染が土壌や地下水にも及ぶことがわかっている。 特に水資源への影響は、アンダーワールドでは死活問題と言ってよかった。 「アンダーワールドへの影響は?」 「我が方のテクノロジストらに試算させていますが、ただちに影響があるとは……」 「これほどの大量発生は過去に類を見ない。例のGC爆弾とやらが投下された際の発生数をすら超えている。 前例がないということは、何が起こるか読めないということだ。用心にしくはない」 「はっ、失礼いたしました」 テクノロジストの研究の完了を待ち、結果を浄化施設の各種機材に反映させるには時間もコストもかかる。 しかし、今期予算の赤字と十数億のアンダーワールド人の安全を天秤にはかけられない。 三十秒ほどで試算を終え結論を導き出したオーバーロードは、太い首をわずかに傾けて言う。 「研究所のテクノロジスト達に連絡を取り、状況を督促しろ。対策は急がねばならん。 それから、状況によっては次の中央議会で特別予算の編成を提案することになる。資料作成を頼む」 ともすれば眉をひそめたくなる心持ちではあったが、オーバーロードは努めて無表情を装った。 どうせもっともらしい渋面を作るのであれば、議会の場で対立政党の議員や、御身大事の利権亡者どもを 相手取るときにすればいい。 指示を受けた士官が「はっ!」と短い声で応じて執務室を辞した後、オーバーロードは執務机の端末の 横に置かれたフォトフレームを手に取った。 観葉植物の鉢が置いてある以外は何も飾られていない殺風景な執務室の中で、愛娘のナターリアと 撮った一葉の写真が彼の心の慰めだった。 あまり身体の強くなかった妻は、娘を出産してすぐに死んだ。ナターリアは母親を知らずに育ち、 自分は妻の死後間もなく行われた選挙に当選し史上最年少のオーバーロードに選出された。 以降は四度の再選を繰り返し、現在に至るまで長い任期をこなしている。 オーバーロードとして多忙を極める生活の中でも、なんとか娘との時間を作るよう心がけた。 それは娘のためでもあったし、何より自分のためでもあったのだろう。愛する娘との語らいの時間は、 自分の背負っているもの、守るべきものを再確認するための儀式でもあったのだから。 (ナターリアは優しい子に育ってくれた。この父に似ず、まっすぐに育ってな……) ふと、オーバーロードの強い髭面に愛嬌のある笑みが浮かぶ。 アンダーワールドの子供達が幸せに、豊かに暮らせる未来。そのための礎になることこそ大人の役目だ。 だが、地上人とアンダーワールド人すべてを受け入れるには、地球はどうやら狭すぎる。 だからこそ、近い将来地上人を排除し、地上を奪還しなくてはならないのだ。 どれだけ多くの血が流れることになっても、成し遂げなければならない。 いつか子供達が歩く地上の道が、大人達の血と屍で舗装されることになるのだとしても、その罪は 自分達の世代で終わらせなければならない。 (……救われんな) 笑った瞳の奥の仄暗い光がフォトフレームのガラスに映り込んでいるのが見え、オーバーロードは 顔の表皮を機械的に苦笑させた。 ―――――――――― アンダーワールド首都のアップタウンにある、私立のジュニアハイスクール。 広い教室に扇状に配置された長机の一角に、ナターリアは座っていた。 教壇に立つ壮年の教師が、眼鏡の位置を直しながら朗々と声を上げている。 課題の易しさからそれなりに人気のある教師だったが、それと比例するかのように授業は退屈だった。 「――であるからして、今年から人工太陽の照明ユニット改修のための工事が始まりました。 改修と言っても、実質的には造り替えに近い大規模計画で、工事完了までに10年を予定しています。 まずは最も老朽化の激しい第四ユニットから着手して、それから第一、第二と続く予定ですね」 個人用ノートパッドのバーチャル・ディスプレイに、教師用端末から配布されている資料画像が ずらずらと表示されていく。ノートパッドは机に備え付けられた差し込み口とケーブルで接続され、 学校の内部ネットワークに接続されているのだ。 アンダーワールドでは、電話やネットは有線での使用が基本になっている。 その背景には、先人達が地底という過酷な環境を整備していくにつれて、人の住む地域が精密機械の 集積体と化していった事情がある。浄化施設などの生命維持に直結するシステムは勿論、建物の中の 空調や発電設備などの誤動作を防ぐために、電波の取り扱いが制限された結果だった。 デジタルデータの破損に備えて、重要なデータはプリントアウトしておくのも習わしである。 テクノロジーが高度化し複雑になっていく一方、どこかをアナログ化しておいた方が都合のいい場合もある。 数百年前の時代を復古する懐古趣味的なムーブメントが数十年周期で起こり、現在もアナログ志向の人間が 一定数存在するのも、そうした歴史の必然なのかもしれない。 「この計画は現オーバーロードが発案し、7年に及ぶ議論の末、ようやく始動したものです。 同様の人工太陽改修計画は600年前にもありましたが、その時は予算の関係と野党の反対から 小規模な補修工事に留まっており、その結果、電力系統のトラブルから第二~第五ユニットが 一ヶ月近く機能を停止したという事故が起こってしまったわけです」 無味乾燥な年表の羅列と、当時の事故の模様を物語る映像資料がディスプレイに浮かんだ。 一ヶ月も太陽が動かず光がないというのは、どれほど不便なのかとナターリアは考える。 空のないアンダーワールドの夜はあまりにも暗く、そもそも人工太陽がなければ昼夜が存在しないのだ。 きっと不安で、寂しくて、心細くて、何よりあるべきものがなくなってしまったような喪失感があるのだろう。 ナターリアがそうであるように、600年前の人々もそうだったはずだ。 四角くて細長い太陽が天蓋に設置されていて、毎朝6時になると唸り声のような振動音を上げながら 照明ユニットに電力が通い、光り輝く太陽がアンダーワールドを照らし始めるというのが当たり前の 日常だったはずなのだ。 (……パパのやるコトは、全部ナターリア達のためなんだナ) そして、今年から始まる人工太陽改修のための10ヶ年計画は、父がその当たり前の日常を守るために、 アンダーワールドに住まうすべての人のために始めたことなのだという認識が、ナターリアの心を暖かくした。 ナターリアは社会科や数学のような暗記科目は苦手だったが、父の為したことにはやはり興味を禁じ得ない。 物心ついたときには父は既にオーバーロードの座についていたし、自分が生まれてからの14年間ずっと オーバーロードとしての任を全うしていたというが、ナターリアは父の口から直接仕事の話を聞いたことは ほとんどなかった。 週に一度か二度あるかないかという父との語らいの時間では、父は聴き手に回ることが多かった。 ナターリアの話す色々なことを、ただ優しく微笑みながら聞いてくれる。 ナターリアの抱える迷いや不安を、正面から受け止めて一緒に悩んでくれる。 そんな父の姿に誠実さを感じる一方、仕事のことを話したがらないのだと見て取れたのも覚えている。 確かに難しいことはよくわからないが、父のしている仕事をよく知りたいと思うのも子供心だ。 人伝に色々聞いたりすることはあっても、いつか父の口から直接話を聞きたいとナターリアは思っていた。 「ここ数年、人工太陽の照明ユニットの不具合や誤作動はたびたび報じられてきましたが、 だからといってアンダーワールドを捨てて地上へ逃れようなんてことは許されませんよ。 シビリアン以下の労働者は勿論、ジェントルマンでさえも、地上へ渡ることは許されていませんからね」 教室の窓の外は、昼過ぎのうららかな陽気だった。 中庭には綺麗に手入れされた芝生が広がり、背の低い樹が何本か植樹されている。中庭の向こうにある グラウンドでは、トレーニングウェアに身を包んだ生徒達が球技に興じていた。 遠い昔に戦争で犠牲になった人達がいて、この地底を照らす太陽を造るのに人生を捧げた人達がいて、 地底世界を人の住めるように整備した人達がいて、彼らの遺産によって自分達は生かされている。 そして父は、現在を生きている自分達と、さらに未来の人達を生かすために仕事をしている。 その中で生きている自分は所謂『戦争を知らない子供達』で、今日と同じ明日が訪れることに疑いを 持つことはない。人工太陽の明りが消えても、すぐに復旧されて次の日からは問題なく動くと思い、 よほど運が悪かったのだと思えば他人事と呑み込むことができる。 それがいいことなのか悪いことなのか、今のナターリアには判断がつかなかった。 ―――――――――― 「知ってる? 地上で今、カースってのが暴れてるんだって」 昼休み、クラスメイトの女子が、ノートパッドにニュース画面を表示させながら言った。 どうやら社会科の講義の際、外部サイトからダウンロードしていたらしい。 カースという怪物が黒い泥の身体を震わせながら、人間を襲っている様子が映っている。 画像の不鮮明さが不気味さを際立たせており、本文には現在アンダーワールドでカースが出現したという 報告は今のところないとも書かれている。 それを見たクラスメイト達は口々に感想を漏らし、論を交わし合っていた。 「それ、俺も知ってるぜ。ヒーローとかいう奴らがカースを狩ってるってさ」 「うわ……これがカース? キモーイ」 「……地上ってやっぱり危険なところなのかなぁ。先生もさ、地上は大気汚染がひどいって言ってたろ」 「そんなの、私達を地上に行かせたくなくてわざと大袈裟に言ってるのよ。地上がそれほど危険なら、 どうして地上人が生きていけるわけ?」 「そりゃあ、地上人は地上人で変な進化をしてるのかもしれないだろ?」 「でも実際にこんな化け物が出るんだし……危ないことには変わりないわ」 「なあ、ナターリアはどう思う?」 急に話を振られ、ナターリアはドキッとしながら振り向いた。 「エート、なに?」 「聞いてなかったのかよ? これだよこれ、カースってやつ」 「お父さんから何か聞いたりしてないの?」 「ウゥン。パパ、ナターリアにはお仕事の話しないヨ」 ナターリア個人としては、父のオーバーロードとしての仕事ぶりはニュース配信や議会中継などで 見られる範囲内のことしか知らない。だから地上で『カース』なる怪物が暴れているらしいことは ほとんど初めて知ったし、それについて父がどう考えているのかもまるで知らない。 父が普段から仕事の話をしたがらないのだから、仕方のないことではあったが。 「地上のコトもそんなに……アッ、でもスシは食べたことあるヨ! スシ!」 「スシ……? 何それ?」 「地上の料理だヨ! ニギったコメの上にサカナが乗ってるんダ」 「米の上に魚って……ライスボールかカナッペみたいなもの?」 「なんか想像つかなーい。それって美味しいの?」 「ウン! 細長くテ、ノリ巻いてあるのもあるヨ!」 ナターリアのクラスメイトは皆、アンダーワールドの貴族であるジェントルマンの子弟ばかりだが、 さすがに地上の料理を食べたことのある者は少ない。アンダーワールドは公には地上との交流はなく、 レシピや調理技術が伝わってこないからだ。 「スシはとってもおいしくて、お口がとろけテ、ほっぺた落ちちゃいそうだったヨ♪ それからスシ職人もすっごくカッコよかったナ! イタマエっていうノ!」 「職人? 職人っていうと、テクノロジストみたいな……」 「スシって作るのにすごい技術が要るのか?」 クラスメイト達がナターリアから聞いた断片的な情報から想像したのは、レストランの厨房で、白衣を着て 防護マスクをつけたスシ職人が、植物工場で生産された米を炊いて四角く成形したものに、地底湖で養殖 されている脂の乗った地底魚のソテーを乗せているというおかしな光景だった。 「う~ん……」 「地上人はヘンテコなものを食べてるんだなぁ。母さんの作るモグラウサギのパイの方が美味そうだよ」 「ナターリアも最初は驚いたヨ。でもすっごくおいしいんダ! ミンナも食べてみたらわかるヨ!」 「へぇ……ナターリアさんがそういうなら、私も食べてみたいかな?」 「どちらにせよ、そうそう食べられるものじゃないわよ。私達が地上に行くことなんてないんだし」 「でも何ヶ月か前、どこかの名家の娘が地上に行ったって噂になってただろ」 「アッ、ナターリア知ってるヨ。イブキっていう名前の、カレッジの学生だっテ」 「噂は噂でしょ?」 「火のないところに煙は立たないし、人の口に戸は立てられない。まったくデタラメな話でもないと思うな」 「……しかし、わざわざアンダーワールドを出てどこに行こうってのかな」 「ああ、理解に苦しむよ。僕はアップタウン以外に住みたいなんて思わないね」 男子の一人が切って捨てる声音で言う。 実際、この場にいるほとんどの人間が同じ思いを共有していただろう。 アンダーワールド人の常識として、自分達が地上の追放者の末裔であることは誰もが知っていることだが、 2000年前の怨恨を連綿と受け継いでいる者もいれば、先人達の努力によって開拓され整備された世界を 故郷と想い慕う者も同じだけいるのだ。 ジェントルマンという特権階級に属する少年少女達は、そういった意味では愛郷心豊かな存在だった。 確かにアンダーワールドは楽園と呼ぶにはあまりに不十分な世界だ。 だがその中で不自由なく暮らすことができ、大切な家族や友人がいるのならば、それで十分ではないか。 どうして今の暮らしを壊してまで住み慣れない地上に出る必要があろうか。 「土地とか食糧とか、色々なものが足りなくなるかもしれないって言われてるけど、今までだって 技術を進歩させて乗り越えてきたんだしさ。増えすぎた人口もなんとかできるさ」 こうした彼らの感性は自分達が「増えすぎた人口」のうちに含まれないという無根拠な確信に基づいて いるものではあったが、ミドルタウンやダウンタウンに住むシビリアンにしたところで、実体のない理念や 理想や信条よりも、現実の生活を優先するはずだ。 だが逆に言えば、政府がまっとうな仕事と生活を保障してくれるのであれば、彼らは間違いなく地上への 移住を支持するだろう。大衆とは常に、ごく短期的な視座においては誰よりも利口な者達なのだから。 「地上になんて行きたがるのは、食い詰めたアウトレイジやスカベンジャーばっかりじゃないか? そうでなけりゃよっぽどの物好きか」 「どこかのバカなテクノロジストが、地上人に、『ジェントルマンみたいな暮らしをさせてやるから アンダーワールドの技術を寄越せ』って言われたのかもよ」 「でも、地上に行くような奴がいたとして、もうアンダーワールドに帰ってこられなくなるってのは わかってるのかな」 地上への渡航が全面禁止され、公的に鎖国状態にあるアンダーワールドにおいて、無許可で地上へ行くのは れっきとした犯罪だ。違法出国者がノコノコと戻ってきたところで当局が黙っていまい。 アンダーワールドでの身分も暮らしも捨ててしまえるほど地上が素晴らしい場所なのか、確証はない。 それだけの知識も情報も子供達は持ち合わせておらず、そうしたいとも今のところは思っていない。 畢竟、パンドラの箱の蓋を開ける勇気も力もないと言えばそれまでだが、それはそれでひとつの見識だ。 今までの日常を躊躇いなく投げ捨ててしまえるのは果たして正常な神経の持ち主と言えるだろうか。 「そうだナ……ナターリアもスシは食べに行きたいケド、帰ってくるのはアンダーワールド以外にないヨ」 ナターリアの認識もまた明瞭だった。 生まれ育った故郷を去ることの恐れと悲哀は、多分、地上から追放された始祖達も同様だったに違いない。 ―――――――――― 天頂に横たわる太陽の基部では、青いジャンプスーツを着た作業員や白衣を着たテクノロジストが慌ただしく 動き回り、第四照明ユニットの改修工事に従事していた。 膨大な熱と光でアンダーワールドに朝をもたらす人工太陽のひとつは、工事が終わるまで稼働することはない。 当然、この第四ユニット直下にある区画には工事終了まで太陽光が一切届かなくなるため、該当する区画に 住む者達には代わりの住居があてがわれ、ひと月前にはすべての住人が引越しを終えていた。 休憩時間に喫煙室で紫煙をくゆらせる技師長も、二ヶ月ほど前に家族総出で余所の地区に引っ越した ばかりだった。 妻も息子もすぐに引っ越しを承知してくれたのはよかったし、地上車の共同駐車場が近い物件だったのも もっけの幸いだったが、息子の転校や住所登録の変更など、煩雑な手続きに追われてとても忙しかったと 妻が愚痴を漏らしていたものだ。 「第四ユニットの工事が終わるまで半年か一年か……こんな大計画には付き物の弊害かもしれんがね」 慨嘆と共にタバコを吹かし、技師長は寝癖のついた頭を掻きむしった。 もう一週間以上アパートに帰っておらず、技師宿舎のベッドを第二の家と決め込んでいるのは彼に限った ことではない。向こう何年こんな生活を送る羽目になるやらと考えると、実に憂鬱だった。 「大変ですね、技師長。俺は独り暮らしだからその辺はスムーズに行きましたけど……」 工専を卒業して間もない新米のテクノロジストが、新しいタバコをケースから取り出して言う。 「でも、研究所や現場からも遠くて大変ですよ。こんなことなら元のアパートに留まりたいです」 「朝も昼もない暮らしでもか? あの区画は電力供給が制限されるから街灯もつかないぞ」 「それはそうなんですけどね……」 各々のくゆらせる紫煙が束の間たゆたい、喫煙室に備え付けられた空気清浄機に吸い込まれていく。 タバコはアンダーワールドの歴史の中で一度は絶滅しかけたが、今日に至るまで生き延びていた。 人体や精密機械への影響を最小限に留める低タール低ニコチン化や、化学剤と遺伝子組み換えによる 低温度燃焼葉の発明、空気清浄機の不断の改良などによってなんとか生存し、シビリアン以下の階級に ある者達の様々なストレスを軽減する慰めとなっている。 政権が代わるごとに酒やタバコやドラッグに関する規制案が議会の俎上に上がり、タバコも全面禁煙を 呼びかける団体は多いのだが、彼らが人類の歴史から抹消される日は遠いらしかった。 現に、彼ら現場の人間の楽しみとして受け入れられているのだから。 「考えてみりゃあ、太陽を修理するってとんでもない話ですよね。壮大っていうか」 「おいおい。それなら、その太陽を造ったご先祖はもっと壮大だろう」 「なけりゃあ不便なものだってのはよく理解してるし、俺もこのプロジェクトに参加できてよかったですけど、 思ってたよりずっと大変でしたよ」 「まだプロジェクトは始まったばかりなんだぞ。気持ちはわかるがな」 歴史的な大事業に臨む誇らしさはあるが、生活の不便はまた別の話だ。 技師長も新米テクノロジストも、突き合わせた顔に偽らざる本音が書いてあった。 「さて、そろそろ休憩時間も終わりだ。お前もワーク・ロボットの整備に戻るんだな」 「了解。あーあ、俺も技師長みたいに新型核融合炉のテストに参加してみてぇなぁ」 「お前にはまだ早い。さ、行くぞ」 灰皿にタバコを押しつけ、灰と吸殻が自動で吸引されるのを確認してから、二人は喫煙室を辞した。 そして戸口をくぐる際、技師長は喫煙室の戸口で新米の背中を大きな掌で叩いた。 「お互い環境の不便はあるけどな。それでもこのプロジェクトは大きな意義がある。わかるよな?」 「は、はい。勿論」 新米は軽く咳き込みながら応えた。 「世界には常に改善の余地があるが、同時に適材適所って言葉もある。そうだろ?」 「ええ。俺らみたいなのがアンダーワールドを支えて、将来のことはお偉いさんやガキどもが考えるんでしょ。 技師長、いつもその話するじゃないですか」 「大事なことだからさ。そのうちお前にもわかるよ」 ニッと笑った技師長につられて、新米もまた口元を緩ませて笑った。 それ以上交わすべき言葉もなく、二人のテクノロジストはそれぞれの持ち場に戻っていった。 ―――――――――― その頃。 穢れと呪いに満ちた街に降り注ぐ清浄な雨が、徐々に、だが確実に、街を浄化しつつあった。 だが地表に溶け出した澱みと歪みは、厚い地層を通り抜け、固い岩盤をもすり抜けて、今、地底深くへ 到達しようとしていた。 数百数千体に及ぶカースの残滓――おぞましい呪詛を湛えた泥が、地球そのものを汚染し始めていたのだ。 そして―― 地底世界アンダーワールドに、未曾有の異変が起きようとしていた。 イベント情報 ・アンダーワールドでは憤怒の街の情報が100%伝わっていません ・アンダーワールドでは現在、人工太陽改修計画が進行中です ・カースの泥による汚染が地底へと到達しようとしている……? ジェントルマンの子供はおおむね現状に満足してるけど、アウトレイジやスカベンジャーはその限りではないよねという話
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チューニング 薄暗い部屋の中で 時刻はすでに夜十時を回っていた。学園都市西区画の中央に聳え立つ歪な建造物の集合体――九龍城砦。その幾つもある屋上の中でも一際高みに位置する一つに、二人分の影があった。 一つは東洋人にしては比較的高い身長のシルエット。身長の割に手足は細長く、見るものには針金、あるいは夕方の細く伸びた影法師をイメージさせる。律儀にも返り血を浴びたかのようなくすんだワインレッドの燕尾服に身を包み、肩には同色のマントを掛けている。肩ほどまでの黒髪をぞんざいに一つに束ねているが、頭頂部では特徴的な二本の毛――いわゆるアホ毛とか、アンテナとか呼ばれるものが、風にゆらゆらと揺れていた。 「しかし解せんな。第六管弦楽団に召集が掛かるならばまだしも、団長たる私と副団長たる君しか呼ばれない、というのはどういうことだ? ……まぁウチのメンバーは正式な団員でもないからそれはそれで当然なのかもしれんが」 長身痩躯の男は、傍らに佇むパートナーに声を掛けた。 相方は「んー」と小さく唸りながら彼を見上げる。男と比べると頭一つ半ほど小さな身長。男とは対照的な深い海のような青のコートを纏っている。そのコートは左の肩口から先が綺麗に切り取られており、下に来ている白のブラウスの袖が覗いていた。さらに左手には同じく白の手袋が嵌められている。男も燕尾服に合わせて白い手袋をしていたが、こちらは見ようによってはむしろ手を隠している、といった印象を受けた。 男のものより一本少ないアンテナが、顔を動かすのにあわせてゆらりと揺れる。 「確かに不思議だけど……でも他でもない大団長の命令だったんでしょ? あの人のことだから、きっと何か考えがあるんだよ」 鈴の鳴るような、という比喩がまさしく当てはまるような声で女が語る。 「それにどうやら、呼ばれているのはウチらだけじゃないみたいだよ? この前七重ちゃんとメールしてたら、七重ちゃんたちも呼ばれてたみたいだし」 「君の交友関係に口を挟むべきではないのかもしれないが……それでも友達は選んだ方がいいと思うぞ」 そういう男の方も、あまり人のことは言えない立場にあるわけだが。 まあ、と男は会話を切り上げ眼前に据えられた、ヘリコプターを眺める。 「大団長直々の命令――否、指揮だというのなら、指揮者にして奏者たる我々が従わないという法はないな。状況を飲み込めていない【無能】のまま舞台に上がるのはいささか気に食わないが……開演時間は差し迫っているようだ」 「プログラムもタイムテーブルも一切ない、ぶっつけ本番の演奏会ね。即興曲は得意じゃなかったっけ?」 男はふん、と軽い笑みを零しながら、相方の手を取ってヘリの上へといざなう。 「しばらく奏者としては活動してなかったからな。上手くいくかはわからんが」 そして自分も、長い足をもってひらりとヘリの搭乗席に飛び乗る。 「だが……たまにはこういう演奏会も、一から十まで完膚なきまでに重畳だ」 「オーケー。それじゃあ始めようか」 ヘリのドアを閉め、本部から派遣された操縦者によってその巨体が浮かび上がる中、二人は声を揃えて見栄を切った。 【エターナルコンダクター(悠久の指揮者)】澪漂・二重。 【アルカディアラバー(理想郷の恋人)】澪漂・一重。 それが、世界の中でもある程度の高みにいる人々がその名を聴くだけで戦慄するほどの、裏業界屈指の殲滅屋組織・澪漂交響楽団、その第六管弦楽団団長及び副団長であり、そしてさっきまで他愛のない会話を繰り広げていた二人の名である。 時期としては、学園都市トランキライザーにおいていわゆる連続誘拐事件が起こり始めた頃。二重と一重の両名は交響楽団を統括する大団長【コンダクターオリジン(指揮者根源)】の澪漂・千重の命を受け、とある戦場へと向かおうとしていた。 正直な話、この段階で二人はこの戦争を別段特別なものとして認識してはいなかった。しかし、澪漂・千重を始めこの舞台の裏側で動いている者たちにとっては、この戦争は大きな意味を為している。 そうでなければ、澪漂が擁する各管弦楽団のトップが何人も集められる必要はないし、あの狂人が物語に関わることもないだろう。何より、こうしてここにこの戦争を記述する意味がない。 これは、澪漂の音楽家たちが演じ奏でる交響曲。指揮者が、闘争者が、虐殺者が、思案者が、生存者が、恋人が、鉄壁が、深淵が、虚無が、鼓動が、死神が、狂人が、企業が、囚人が、兵士が、『交わり』『響く』物語。 物語の中心は、澪漂・二重。彼の言葉を取って、この交響曲を【無能】と名づけよう。 交響曲第一番 【無能】 「「澪漂の、開演だ」」 ♪ ――その部屋は闇に包まれていた。 比喩でなく、まさに光の粒子が一粒でも入り込めないほどの、完璧なまでの防光設備の中、しかし確実に『それ』はそこに存在していた。 『それ』は、常人ならば三十分で発狂してしまうであろう真っ暗闇の中で、音楽を聴いていた。旧世紀の偉人が作り上げた、寸分の過ちも見当たらない完璧なまでの『クラシック』を、飽きることなく延々と何十曲も聴き続けている。 闇の中、という都合上視覚を使った娯楽など全くの無用の長物であるということからも、『それ』がそこで音楽を聴いているということ自体はまあ当然のことなのかもしれなかった。年代も作曲者も主義主張も全く無視した完全にランダムな選曲で、『それ』は音楽を聴き続ける。まるでそれが『それ』にとっても義務であるかのように。 機械的に音楽を聴きながら、『それ』はふと、過去を思い出していた。自分がこのような生活を送ることになった、そのきっかけを。 その出会いは、『それ』がまだ赤子だったころのことである。常識的に考えれば幼少期を通り越してまだ乳児に過ぎなかったころのことなど、覚えているはずもないのだが――現に『それ』は物心付く以前のそれ以外の記憶は一切持ち合わせていなかった――しかしその出会いだけは、どういう訳か『それ』の中にしっかりと根を張っているようだった。 その時、『それ』は今のような暗闇でないにせよ、外界とは完全に隔離された小さな部屋にいた。一応は揺り籠に入れられているが、それでもおよそ赤子を一人放置するような部屋ではない。家具のようなものは一切なく、もちろんこの年の子どもが遊べるような玩具もない。 大人たちは皆、『それ』を認識しようとはしなかった。否、認識というのは語弊があるかもしれない。なぜなら大人たちは認識はおろか、『それ』を知覚さえしていなかったのだから。 ただ一人、『それ』の母親だけが、『それ』を知覚し認識していた。もっともその母親も周囲の手によって狂人のレッテルを張られ、ついにはこうして自らの赤子と引き離されてしまっている。 自らを庇護すべき母親を失って、『それ』はただ死を待つばかりの状況だった。最も赤子にすぎない『それ』に自分の状況を正しく認識することなどできるはずもなかったが。 すると、誰もが知覚していないはずの『それ』がいる部屋に、一人の女性が入ってきた。 もちろん『それ』の母親ではない。女性は東洋風の肌に艶やかな漆黒の髪を腰の辺りまで伸ばしていた。服装は、何を考えているのか純白の燕尾服――それはそう、現在の澪漂・二重の立ち姿にどことなく似ている。そしてその純白の燕尾服は所々が真っ赤な血で汚れていた。文字通り花が咲いたかのようなその染みは、不思議と綺麗なアクセントとして彼女を彩っている。 彼女はツカツカと大股で、部屋の中央にある『それ』が入った揺り籠に近寄ってきた。そっと、中を覗き込む。 「……あぁ、いたいた。こんにちは、名無しさん? 私は……うーん、サンタクロースみたいなものかな? まぁサンタにしては白地に赤って逆だけど、きゃはははは!」 折り目正しい格好の割にはおちゃらけているその女性は、眼を丸くして自分を見つめている『それ』を抱き上げた。 「んー、いい眼だ。私はさ、一緒に音楽をしてくれる仲間を探してるんだ。君、その綺麗な瞳はきっと素晴らしい芸術家としての才能を秘めてるよ。うん、きっと秘めてる。秘めてるんじゃないかな? きゃはは」 自信がないのか。 「うん、だから私は君を迎えにきたんだ。大丈夫、つまらない思いはさせないよ。『音楽』ってのは『音』を『楽しむ』って書くんだから。きゃははは!」 一方的に、実に一方的に『それ』の運命を結論付け、彼女は『それ』を抱えたまま部屋を後にした。今にして思えば、実にショッキングな出会いだっただろう。誘拐と言って差し支えない。 しかし『それ』は彼女との出会いを実に肯定的にとらえていた。少なくとも、自分は救われたと思っている。今となっては覚えていないが、きっと部屋から連れ出される『それ』の顔は安心の表情に包まれていたに違いないからだ。 そこまで思い出したところで『それ』は暗闇の中顔を上げた。目線はこの部屋に通じるドアがあるはずであろう方向に向けられている。『それ』は慣れた手つきで傍らに置かれた再生機器のスイッチを切る。すぐにでもこの暗闇に入ってくるであろう彼女を迎えるために。
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ヴァネッサ・オースティン/Vanessa・Austin 年齢:24 職業:闇医者 性別:女 レベル:7 メイン:聖職者 サブ:魔導博士 エクストラ:背教者 追加サブ:- 種族:魔族 参戦回数:-回 タグ:帰3 身長 - 体重:- PL名:ペンネ イメージソング:月光花/紅空恋歌 「死んで無いなら私の患者だ。死神に手出しはさせねえよ。たとえ犯罪者だろうがな」 外見 病的なほどに青白い肌、脱色したかのような白髪を持つ妙齢の女性。 鮫のようなギザギザの歯と、よく浮かべている愉悦を感じさせるような笑みは見るもの不安にさせる。 外出時は黒い長袖の、顔を隠すようなフードを夏でも着込む。その服の内側にはメスや鉗子などの医療器具が並んでいる。 診療所内ではもっぱら清潔な白衣に身を包んでいる。外出時でも白衣の時でも、胸に掛けられた銀のロザリオを外すことはない。 黒衣の下に隠された背には、巨大な魔法陣を模した烙印が押されている。 人物 空島で活動する闇医者。その診療費は高額だが、法外というほどでは無い。 旧市街の元診療所らしき施設を勝手に借りて医療施設を開いている。 患者が悪人だろうと貧乏人だろうと、動物だろうと不死者であろうと決して選り好みをせずに治療を行う。ただし、悪魔だけはお断りの看板を掲げている。 性格はざっくばらんとしており、口調も荒く開放的。不敵な笑みをいつも浮かべ、患者に対しても丁寧な対応をすることはない。 魔法使い免許も医師免許ももたない正真正銘の犯罪者だが、そのことはまるで感じさせない雰囲気を持った女傑である。 料理は得意だが、自分の食べる分についてはひたすらに雑。3食ニョロニョロで済ませることもある。地上にいた時は3食携帯食料だったのでこれでも改善されている。 オースティン診療所 旧市街に文字どおり生えている一軒家の診療所。 見た目はボロいが内部は清潔。2人までなら入院できるスペースが設けられている。 待合部屋にはヴァネッサが持ち込んだ聖母の彫像が堂々と置かれている。朝早くに訪れたのならば、その像に祈っているヴァネッサの姿を見ることもできる。 ヴァネッサは2階で生活している。ただし、その部屋は雑多で足の踏み場もなく、食べ物のパッケージが転がっていることなどザラ。 本人曰く「3か月に一回ぐらいは大掃除しているがいつの間にか散らかっている」とのこと。 診療スペースは同一人物の住居と思えないほどに片付いている。 来歴 小学生の頃まで暁月市に住んでいたが、下校途中に悪魔崇拝者の教団に誘拐され、生贄の烙印を押される。 そして2年間を囚われの身のまま過ごす。数か月に一人ずつ減っていく同じ境遇の者たちを虚ろな目で見続けてきた。 2年目の「ある日」。教団のアジトに教会所属の対悪魔戦用異端審問組織"オルレアンの火刑台"によって、教団は壊滅する。 悪魔の生贄の烙印を押されたヴァネッサもまた、いずれ悪魔に魅入られる者として消される……はずだった。 ヴァネッサを発見した"オルレアンの火刑台"の一員、壮年の騎士ロッソ・シャルトルージュはヴァネッサの存在を隠蔽。彼自身も"オルレアンの火刑台"を抜け、背教の逃亡者となる。 組織を抜ける者には死を。その鉄の掟を破ってまでヴァネッサを助けた理由は、彼自身の最期まで決して伝えることはなかった。 その後、ロッソに匿われて暁月市へと帰り着いたヴァネッサが見たのは、かつて自身が過ごした街に存在する巨大なクレーターだった。 帰るべき場所を亡くした彼女は、その後も半ば無理やりのようにロッソに追従した。 自分に付いてくるといずれ教会の追っ手に殺されるとして、何度も置いて行かれそうになったがその度に何をしてでも見つけ出し、ついて行った。 根負けしたロッソは、ヴァネッサに最低限身を守るための聖職の術と、かつて学んだ医術のすべてを伝える。 そして何よりも、神の教えを。 ある日も、「ある日」も。 それから月日が過ぎて、「その日」。 ヴァネッサは、寄り添うべき人も失った。 教会から背教者として見咎められ、もはや身一つとなった彼女は、かつて自分が過ごした場所の果てで、自らの信念を貫く。 ただ一人の師の教え通りに、命を繋げるために。 +活動記録 +ゴリラVSオバチャン 患者1名入院。早急な対処の必要あり。延命治療を行う。 違法使い1名を捕縛。 +蹴球怪獣 何も変わらなかった。 +天国に一番近い島 不死者を抹消。 +ワタシハカモメ 盗賊団を排除 死神と遭遇 +不正の温床 ランデルの一員を排除 感謝状を受け取る。違法使いカモフラージュのために診療所に飾る。 +仄暗い旧市街の中で 違法使いを排除 義肢を作成する +偏執病のストロベリー 負傷者の治療 患者(ともだち)のケア +G R4 ”闇医者”シオドアの後悔 緊急オペを一件 同類を一人殴る +不死者達の王都記録 第六話 「拝啓 母上様」 不死者の殺害 不死者の救済 +カルテ 夜桜クロエ 共犯者。エキノコックスに注意。 百鬼冀求 偏食の傾向あり。希望の中毒には気をつけろよ。 ベル ただの常識知らず。 長谷川 要注意。九城出身者。肝臓の検査が必要。考えが読めない。これだから探偵ってやつは。 とみかみ 零落神。栄養不足の可能性あり。国生みは私のいないとこでならやってくれていいぞ。 アスタ 苦労人。サービスしておいた。 シュバルツ 警戒。ああいう目は見たことがある。 百合谷葵 暁月市出身者。過去の思い出にすがりついても何も変わらねえんだよ。 青空真昼 バカなガキ。人を見る目は養ったほうがいいぞ。 林崎壮真 青いガキ。早死にしないうちに帰るんだな。 デス穂 死神、安楽死が得意、悪魔使い。役満だ。 名無しの赤毛 詳細不明。注意。 ステラ 無知。暴力に訴えやすい。 久遠レイ 英雄志望。素質はある。 風祭左京 元男性。死亡する度に何かを奪われていく。 月門之人 大食い。健康体。 槇島亮治 最大警戒。ランデル勤務。可能な限り近づくな。警戒はされていない様子。この調子を継続する。 エコー 警戒。ランデル勤務。猫。アイスを食う時はゆっくりとだ。 ユーリ 要注意。傭兵気質。警戒されているようだ。薬学の知識あり。 日陰 狐っぽい。エキノコックスに注意。 天都 冷静。使える人物になりえる。 アイン 少年に見えるが老成している。本質はどんなものやら。 芦原凪 警戒中。飄々として見えるが実際は異なる。 定礎 ……よく、分からない。建築系の魔法なのか? カモミール 常識人。いい目を持っている。独自の交友を持つ。 魂魄 警戒。殺人鬼。患者。 カスガイ 不明。妙な違和感がある。 デビット・小林 無頼。太刀筋は見事。 PickUp +あの日 「あの日」は美しい月の夜だった。その横顔を朱に染めることに罪悪感を覚えるほどの。 異端審問組織"オルレアンの火刑台"の一員、ロッソ・シャルトルージュは本日の目的である、教会を思わせる建造物の前で深いため息をつこうとして、慌てて口を閉じた。 そのような府抜けた姿、あのおっかない上司であるセレスに見つかりでもしたら大事だ。周囲に自分以外の人間の姿はないが、気を付けるに越したことはない。 「怒らなければ美人なんだがね……」 ぼやきながら、任務について頭の中で確認を行う。今日の任務は悪魔崇拝の教団の殲滅。いつも通りに処理し、いつも通りに帰って、いつも通りに質素な食事、風呂を済ませて本を読んで就寝する。それだけだ。 そのために、彼は十字架を模した歪な形の銃を構え、ヘッドセットのスイッチを定刻通りに入れた。 「時間だ。アンデレ1はポイントCへAhead。アンデレ2はその場で待機」 「jud.」 凛と張り詰めた声が耳元に響き渡る。予定通りの伝達と応答。指示されたとおりに進撃し、指示されたとおりに古めかしい扉を開ける。 教会裏手の……悪魔教団の拠点を教会と認めたくはないが、裏手の扉を開いた先には一人の男性がいた。 「だ、誰だおま――」 「悪いね」 男性が声を上げる前に、慣れた手つきで首筋にナイフを突き刺す。男の口から風切り音のような声が漏れて、一呼吸後に鮮血が噴き出す。男は何が起こったのかを把握することもできずに一瞬で絶命した。 対魔法使い戦で気を付けることは、相手に状況を把握する時間を与えないことだ。魔法使い、特に上位の相手はいかなる状況に対しても必ず対応してくる。だが、対応できるがゆえに、完璧な対応を行おうとして思考の隙が生まれる。彼ら悪魔・魔法使い専門の異端審問官にとってみれば十分すぎるほどの隙だ。彼らは、人がいれば誰であろうと殺す訓練しか受けていないのだから。 異端審問組織"オルレアンの火刑台"。 大聖堂直下の暗部組織であり、公に知るものこそいないが存在だけはまことしやかにささやかれている。 その任務はただ一つ。魔法、悪魔に関するものを全て殺しつくすこと。 それは目撃者とて例外はなく、彼らの処理した事件が伝わるのは、失敗したときだけだ。 その組織の一員たるロッソは、人を一人殺した後だというのに表情一つ変えることなく交戦を報告して周囲を確認する。 件の悪魔教団の人数は14人。たった殺害したのが仲間だとするならば、残り13人。 もっとも、彼らにとって数は意味を成さない。何故ならば、彼らの殺害対象は「この場にいる自分たち以外の全員」なのだから。 周囲に見えるのは釜土に大鍋、包丁など。水場もあり、どうやら厨房のようだ。 悪魔的儀式に使えるようなものも見えるが、いかに悪魔崇拝教団といえど、外部からドア一枚隔てた場所で儀式を行うことはないだろう。ならばやはり厨房か。 視界内のクリアを確認し、彼は二つある扉の片方を選択し、先へと進む。施錠されていたが、たやすく解除する。 経験上、厨房の付近には悪魔儀式場が多い。「生贄」をより楽に保存でき、「解体」も容易だからだ。先に儀式場を潰すために、彼は教会の中央へと向かうルートは選択せずに端を回るような扉を選択した。 ビンゴ。正直言うと当たってほしくなかった。地下へ続く階段だ。鍵がかかっていたことからも分かっていたが、どうやら儀式場か生贄の保管所が近いらしい。血と鉄、そしてカビの混ざり合った嫌な臭いが深淵を思わせるような深い階段の底から湧き上がってくる。 慎重に階段を下りる。一歩降りるごとにひんやりとした空気が体を冷やす。 「頼むから何も出ないでくれよ……」 先ほど一人の人間を躊躇無く殺した人間と同一人物とは思えない、情けない声を出しながらゆっくりと降りる。狭い階段では前後からの奇襲に気を付けなければならない。同時に襲い掛かられでもしたら最悪だ。慎重に慎重を期すぐらいでちょうどいい。 結果だけ言うのならば警戒は杞憂に終わった。彼は拍子抜けするほどにあっさりと最下層にたどり着き、周囲に敵影が存在しないことを確認した。 そう、敵影は。 「……敵であったほうが、助かったんだけどね」 呟きながら覗きこむのは鉄格子の奥。地下は鉄格子がいくつも並ぶ空間になっており、どう見ても地下牢だった。床にこびり付いた黒色の染みの意味は、考えないほうがいいだろう。 その牢屋の一つの中にいたのは、一人の全裸の少女。年のころは12,3歳といったところだろうか。 頬はやせこけており、元は美しかったであろう黒髪も、脂が浮いてギトギトになっていた。 落ち窪んだ赤い瞳は、ロッソのことすらも視界に入らないというように虚空を見つめている。 そして何よりも目を引くのは、病的なまでに白い肌を持つ背に浮かんだ、火傷の跡。 「生贄の刻印、か」 生贄の刻印。それは、悪魔使いが用いる禁術の一つ。魔法に適性がある子供に刻み込むことで、悪魔との親和性を高める忌むべき魔術。刻み込まれた対象は通常1か月も持たずに発狂して死亡するが、彼女の状態を考えると幸いにも……幸いといっていいのかは分からないが、親和性は高かったらしい。 「…………」 ロッソは、支給品の銃に魔弾を込める。魔弾の名は"獄炎弾アイム"。26の軍団を率いる公爵、アイムの力を封じた魔弾であり、その殺傷力は彼の持つ魔弾の中で最も高い。 せめて、苦しまずに――。神の信徒である前に背教者であるロッソが彼女のために祈れることは、それだけだった。 "オルレアンの火刑台"の掟に例外はない。出会ったものは、一人残らず殺す。悪魔の生贄として連れてこられた一般人であろうと彼らが躊躇うことはない。それも刻印持ちとなれば猶更だ。いずれ、大きな悪魔召喚の触媒にされるか分かったものではない。 だが、引き金に指をかけようとしたところで、狭い地下牢にか細い声が響く。 「……あ」 少女の目に、光が差したように見えた。幻影だ。そう割り切って、ロッソは引き金を引こうとする。しかし、背教者として鍛えた聴力は、続く少女のか細い声までも詳細に聞き取った。 「……帰り……たい」 あと数mm、指を動かせば弾丸は少女を焼き尽くすだろう。だが、引けない。ロッソの頬を汗が伝う。 "オルレアンの火刑台"の掟は絶対だ。背教者としての機密中の機密の力と情報を持つ彼らには命令違反も脱退も許されない。死ぬまで神のために尽くす。それが彼らの選んだ道だ。 罪なき子供を、殺害してでもその道を外れることは、できない。 「長い間、幽閉されていた。正気のはずがない」 「……生きたい」 独り言を。自分を納得させるための独り言のつもりだった。返答されるとは思ってはいない。 「僕は味方ではない。君に終わりを与えに来たものだ。神を信じているのならば、天国での幸福は約束されるだろう」 「死に、たくない」 何故、この少女はこのような状況で、生きる活路を見出しているのだろうか。ロッソには、理解ができなかった。 「どうして生きたいんだ?」 故に、ロッソは問いかけた。肉体も精神も完全に疲労しきっている少女に対して。当然、まともな答えなんて期待していない。どのみち、もう少女を殺すつもりだ。 しかし少女は、小さく蚊の鳴くような声であったが確かに答えた。 「まだ、死んで、ないから」 地下室に轟音が轟く。音は反響し、少女とロッソの鼓膜を揺らす。 ロッソの銃からは煙が立ち上がり、眼前の鉄格子を焼き尽くしている。 煌々とした火の明かりが、少女とロッソの姿を鮮明に照らし出した。 「ロッソ」 「ロッソ・シャルトルージュ。僕の名前だ。君の名前は?」 一言一言、区切るように少女に向かって告げる。屈み込み、少女の手を取って。 「……ヴァネッサ」 「そうか。いい名前だ」 いうが早いか、ロッソはヴァネッサの身体を自分の外套にくるんで肩に担ぐ。人の命とは思えないほどに軽い。 「ああ、セレスに怒られてしまうね。やれやれ、とんだ拾い物だ」 そして、一足飛びに階段に向かって駆け出す。ヘッドセットはその場に放り投げた。カツンといい音がして滑って行った。 「謝罪の言葉を考えておかねばならないか。もっとも、聞いてくれるかは疑問だが」 そう言って走る彼の顔には、闇の中だというのにくっきりとした微笑が浮かんでいた。 +ある日 「三食カップ麺はやめろって言ってるだろ!」 断崖絶壁に周囲を囲まれた丘の上の一軒家。そこに大声が轟いた。 「いや、聞いてくれヴァネッサ。最近のカップ麺は体にいいんだ。そういう研究結果が出ていてね」 「んなわけねーだろ! お行儀よく汁まで飲み干してよお! どんだけ塩分含まれてるのか知らねーのか! 今に高血圧で死ぬぞ!」 「全ての食べ物は神の恵みだ。残すなんてとんでもない」 「飲みたいだけだろ! 都合のいい時だけ神様出すんじゃねーよ!」 子供のように言い合っているのは、50は過ぎているであろう壮年の男性と高校生ほどの年齢の少女。少女の前には食べつくされたカップ麺の空き容器が積まれている。二人の様子を見守るように、石で出来た中型のマリア像は微笑んでいる。 少女は全身を隠すような長い袖のフード服に身を包んでおり、机を叩いて怒りながらもどこか楽しげにしている様子がうかがえる。 「だ! か! ら! 今日からカップ麺禁止な! 神に誓えー! 早く誓えー!」 「!? 待ってくれ、それじゃあ僕は明日から何を食べればいいんだ」 「……わ、私の手料理、とか?」 「主よ……」 「泣くほどか!? 泣くほど嫌なのか!?」 大げさに両手を組んで祈りを捧げる壮年の男性、ロッソ。二人の様子はどこにでもいるような親子にしか見えなかった。 「まあ、仕方がない。ヴァネッサの料理の才能が開花するか、僕の胃が敗北するかのどちらかに賭けるとしよう」 「よっしゃ! 言い方は気に入らねーけど神に誓えよ! 破ったら罰な!」 勝ち誇ったように笑顔で腕を組むヴァネッサ。未だ血色は悪いものの、年相応に成長した体はいまや美人といって差支えのないレベルに達していた。 「罰か。どんな罰かな?」 その言葉を待ってました、と言わんばかりにフフンと鼻を鳴らし、ヴァネッサは意気高く指をロッソへと突きつける。 「魔弾の使い方教え「駄目だ」 最後まで言い切る前に、ロッソの言葉が割り込む。 「何でだよ! 教えてくれたっていいじゃねーか!」 再び強くテーブルに両手のひらを叩きつけるヴァネッサ。テーブルが揺れ、花瓶が横倒しとなる。花が茎まで露出し、澄んだ水が流れ落ちる。 「駄目なものは駄目だ。この技術は、人を殺すためのものだ。絶対に教えられない」 ロッソは強い口調で言い切る。その迫力は、先ほどまでの情けない男性の姿とは違う。威圧感に、ヴァネッサは多少怯んだが、続けて言葉を紡ぐ。 「んだよケチ! 魔弾があれば、悪魔殺せるんだろ!」 「悪魔を殺せるなら、悪魔なんていなければ私は皆とあんな別れをせずに済んだんだ! そうすれば今頃は!」 色素の薄い肌に朱が混じる。明らかに激昂しているが、本人は気が付いていな。それに対してロッソは穏やかな様子で告げる。 「今頃、皆と共に暁月市の事故に巻き込まれて死んでいるだろうね」 ヴァネッサが固まる。赤い瞳に映るのは、言いようの無い憤怒。 構わずに、ロッソは続ける。 「いいかいヴァネッサ。僕は君を犯罪者にするために、ましてや死なせるために助けたんじゃない。君がそう求め訴えた。それに答えたんだ」 「目先の欲望にとらわれてはいけない。その先に待つのは、破滅だ。かつての僕がそうであり、今なお歩んでいるこの道が――」 「くそったらああああああああああ!」 花瓶が、カップ麺の容器が宙を舞う。ロッソをして、テーブルがひっくり返されたのだと気が付いたのは花瓶の水を頭から被ってからだった。 「んだよくそっくそっくそおおおおおおおお!!!」 叫びながら、服の中に手を突っ込んで取り出したのはメスや鉗子などの医療器具。本来はケガや病気の治療に使うそれらだが、乱雑に投げただけでもそれなりの殺傷能力は発揮される。ヴァネッサは遠慮なくそれを全力でロッソに投げつけた。 「ま、待ってくれ、危ないから」 それらを片手でいなすが、数が数であるのでヴァネッサに近づくことができない。 「死んでたって、いいんだよ! あそこに帰れないなら別に、生きてたってなあ!」 叫びながら、メスの一本を投擲する。それは弧を描いて天井にぶつかり、弾かれた勢いでもって軌跡をある方向へとむけた。 部屋の中に静かに陳列されているマリア像へと。 「あ……」 ヴァネッサがそれに気が付くが、既に手を離れたそれを同行することは彼女にはできない。 瞬間、疾風が走る。 ロッソが前傾姿勢をとり、コンマ1秒にも満たない時間でマリア像の前に移動する。そして、片腕をガードするように突き出して、メスを腕で食い止める。 メスは勢いよく刺さり、僅かに血が滲む。 ヴァネッサは、何も喋れないでいた。ロッソがマリア像を大切にしていたことは知っている。だけど、謝ることもできずに口を開いて閉じてを繰り返しているだけだった。 「死んでたっていい、か。その言葉は、聞きたくなかった」 ケガをしているのに、気にした様子一つ見せないロッソに腹が立ったのか。それとも売り言葉に買い言葉、未だ収まらぬ腹の虫を沈めたかったのかは分からない。普段の彼女であったのならば、ロッソ譲りの医療の知識をひけらかすために颯爽と包帯を取り出しただろう。 「ンだよ……そんなに神様が大事かよ」 言ってはいけない言葉だと分かっていても、彼女には止めることはできない。 「いいんだよ死んでたって! 私は、どうやら神様にも見放されてるみたいだしな!」 「くたばれクソジジイ!」 真っ赤になった顔で、瞳に感情を溜めながらヴァネッサは駆け出した。 追いつこうと思えば追いつけるだろうが、ロッソは後を追おうとしない。その事実が杭のようにヴァネッサの心に突き刺さりながら、彼女は自室の扉を開き、全力で閉めた。 扉が閉まる大きな音を聞きながら、ロッソはゆっくりと地面に腰を下ろす。 「やれやれ……年柄もなく興奮してしまったようだ」 興奮した様子など露ほども見せていなかったロッソだが、実際の心境は異なっていた。 彼もまた、ヴァネッサの発言に聞き逃せないところがあったのだ。 「……また、三食カップ麺生活かな?」 ヴァネッサが落ち着いたらまた話をしよう。そう考えながら、ロッソは部屋の片づけに取り掛かった。 +その日 ページが破り取られている キャラクター情報 https //docs.google.com/spreadsheets/d/1kNev0OilrL_8fElwBMrlnseGqM3Og-6g7yappXdSP9Q/pubhtml#
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ぐちゃり、ぐちゃりと耳障りな音が断続的に響く。 男は耳を塞いでしまいたかったが、両腕は震えて力が入らない。 仄暗い闇の中でやけに眩しく見える緋色が弾ける。 男は目を瞑ってしまいたかったが、瞼は凝り固まって動かない。 尻餅をついたまま声も出せず、男はただ悔いることしかできなかった。 思えばなんて軽率だったのだろう。己のサーヴァントが別のサーヴァントの気配を感知したと聞いて、すぐさま向かったのを男はひどく後悔していた。 男はそれなりの魔術師であったし、それ故にセイバークラスを引き当てたということがどれほど聖杯戦争においてアドバンテージになるのかを理解していた。 まさかその無意識な自信が驕りとなって牙を剥くとは、喜々として無防備なサーヴァントを倒しに向かう頃の彼は夢にも思わなかっただろう。 サーヴァントの気配は入り組んだ裏路地のどこかであったから、神秘の秘匿にも都合がいい。街灯もないから月明かりに頼るしかないが、それは相手も同条件だ。 つまるところ男は、自分の勝利を信じて疑わなかったのだ。 セイバーである騎士甲冑の女性を前衛に、サーヴァントを探して細い路地を探索する男の顔が満月に照らされていれば、さぞ愉快そうに歪められているのが分かるだろう。 そしてその表情が苦痛に移り変わるのは、ほんの一瞬のことだった。 十数分は路地を彷徨っただろうか。男もセイバーも、いまだ気配はあるが一向に遭遇できないことに苛立ちが募りつつある頃合いだった。 気の緩みもあったのだろう。右へと折れる曲がり角に差しかかったとき、彼らは僅かに警戒を怠っていた。 飢えた獣はその油断を見逃さなかった。 前を歩くセイバーがまさに角を曲がろうとしたとき、まるでその瞬間を狙いすましたかのように黒い影が躍り出た。 至近距離からの奇襲。だがそれに反応してみせたのだから、さすがは最優というべきか。 咄嗟に右手に握る剣で襲撃者を切り払わんとするセイバーの背中は、男に安堵と勝利の確信を与えるに十分だった。 そこから先の戦いはあまりにも速く刹那のものだったから、男にはなにが起こったのか分からなかった。 もしそこでうなじに宿っている令呪を使っていれば、男の運命もまた違ったものになっていたのかもしれない。 しかし薄暗い視界では敵サーヴァントの姿もはっきりとは見えず、魔術でのサポートも難しかったから、ただ数歩下がったところで見守るしか男にはできなかった。 誰かが息を飲む。ぶちり、となにかがちぎれた。悲鳴。舞い散る液体。 そうして男がなにが起こったかをやっと悟ったときにはもう、敗北が確定づけられていた。 あの音がやんだ。語るも悍ましい行為がようやく終わったのだ。 セイバーだったモノが少しずつ薄れていく。引きちぎられた四肢と、大きく抉られた腹部。自分も今からこうなるのだろうと、男は確信していた。 それでも身体は動かなかった。足は笑って立ち上がることもできない。呼吸すら忘れそうになる。股間が湿って生温かい。 向こうに見覚えのある剣が、持ち主の腕に握られたまま転がっている。反射する男の顔のなんと無様なことだろうか。 これは死を前にしたせいではないと男は自覚していた。死を恐れないわけではない。それ以上に男は、目の前の存在が恐ろしくて仕方がなかったのだ。 爛々と光る金色の瞳が男を射竦める。口元からだらしなく垂れる紅い雫が顎を伝う。 影がゆっくりと近づいてくる。もはや逃げる気力も、一矢報いようという気概も男にはなかった。 せめて苦しまずに殺してくれるようにと、切に祈るしかできない。もっとも相手に人語が通じるかは甚だ疑問ではあるのだが。 ああそうだ、これはきっと殺し合いではない。 獣が本能に任せて駆る、一方的な狩りなのだ。 その夜は美しい満月だった。 月光は眠る京都市の街並みを静かに照らし、全てを優しく包み込むように降り注ぐ。 それはある高層マンションの一室でも変わらなかった。最上階をまるまる一戸としたその部屋は、開け放たれたカーテンから射しこむ光にぼんやりと浮かぶ。 もし部屋を訪れる者がいるならば、まずその異様さに目を剥くだろう。ところ狭しと並んだ本棚に、それこそいっぱいに本が詰まっているのだから。 その様は前に立つ者を威圧するかのように荘厳で。よく見れば並ぶ背表紙の言語は日本語や英語、ラテン語など様々だ。 そして本の壁を抜ければ、その先に待つ者に誰もが息を呑むだろう。まるでこの世のものとは思えない、あまりに美しい少女がそこにはいた。 神の手を持つ人形師が全てを賭けて造り出したような、あまりに人間離れした顔。流れる銀髪は床を這い、月光を受けて神秘的に煌めく。 床に直接座る少女を中心に、フリルをふんだんにあしらった真っ黒なドレスが広がって花開く。その周りを輪になって囲むのは広げられた5、6冊の本で、どれも一冊読むのに1日はかかりそうなものばかりだ。 少女は重いものなど持ったこともないだろうかわいらしい指で、それらのページを次々と捲っていく。その手の甲にはあまりに不自然な、聖杯戦争の参加者たる証が刻まれていた。 幼い外見に似合わないもう片方の手のパイプのせいか、白煙が月明かりに揺らぐ。まるでこの部屋だけ下界から切り離されてしまったような、夢幻と神秘に満ちた空間がそこにはあった。 「随分と遅かったな」 不意に、静寂が破られた。およそ少女のものとは思えない、老婆のように嗄れた声。 その先には誰もいない。否、虚空が一瞬揺らいだかと思うと少年が姿を現した。 見た目だけならば少女よりもいくつか年上であろうか。フードを目深にかぶったその少年がその場に増えただけでぴん、と空気が張り詰める。 爛々と獰猛な気色が覗く琥珀色の瞳。ズボンと呼べるかも怪しいぼろぼろな布を穿き、引き締まった身体には直接パーカーを羽織っている。 不機嫌というには些か嫌厭を潜ませた眼差しを向ける彼こそが、少女――ヴィクトリカが引き当てたサーヴァントだった。 「やる事は済ませたんだ、構わねェだろ」 吐き捨てるように少年が返す。その様子にまたか、とヴィクトリカは思った。大方食事に時間をかけたのだろう。 このサーヴァントには少々悪食のきらいがあった。とはいえその性質があったこそ、彼はこうしてアヴェンジャーとしてここに現界しているのだが。 ヴィクトリカはアヴェンジャーに自由行動を許す代わりに、いくつかきつく言いつけている。その1つが食事についてだ。 よほど余裕がない時でもない限り、サーヴァントとそのマスター以外を獲物としないように。 そうも言ってられなくなったならば、いなくなっても大事にならない独り身を選び、誰の目につかない場所で、骨も残さず喰らいつくせと。 それはきっと非情な決断なのだろう。それでもヴィクトリカは、この戦いで勝ち抜くための駒を失うわけにはいかなかった。 なんとしても帰らなければいけないのだ。身体に刻んだ、大切な人を待つべき場所へ。例えそのために、彼に侮蔑されるような行為に手を染めなくてはならないとしても。 少し、胸が痛んだ気がした。 黙っているヴィクトリカに痺れを切らしたのか、アヴェンジャーが再び口を開いた。 「それで、明日からどうするんだ」 ヴィクトリカがふん、と小さくかわいらしい鼻を鳴らす。いかにも狂犬といった風体だが、その実マスターには忠実なのだから思わず唸ってしまいそうになる。 実際はその根幹には聖杯への渇望しかないことを知っていたから、そんなことは断じてしないのだが。 「いつも通りだ。朝に出てマスターを探して、可能なら夜に襲う」 ヴィクトリカがアヴェンジャーを召喚してからは、ずっとその繰り返しだ。これまでも何組かをそうやって仕留めてきた。 今日もそうだ。暖房が十分に効いているはずのカフェテリアで、マフラーを巻いたままの男性を見かけたからしばらく様子を窺った。 動作の端々に不遜な態度が滲み出ていたのを見て取ったヴィクトリカは、離れたところで待機していたアヴェンジャーに指示を出したのだ。 そこからはアヴェンジャーの仕事だ。夜を待って入り組んだ路地に誘き出して、反撃する隙も与えずサーヴァントを無力化する。 もちろん正面からぶつかればこちらもただでは済まない。そのために一計を案じていた。 まず彼らと遭遇しないように立ち回り、苛立ちと油断を誘った。そのついでにサーヴァントの足音から武器を持つ手を確認し、その方向に曲がる角で待ち伏せをする。 細い路地だからサーヴァントが先行するのは当然と言えた。あとはサーヴァントが通りかかるタイミングを狙って、利き手を速やかに奪えばいい。 アヴェンジャーが聴覚に優れているからこそ成せる計略だった。 マスターを探すのはヴィクトリカ、敵を排除するのはアヴェンジャーだ。どちらかの存在が誰かに認識されてもいい。ただ、彼らが主従であることが明らかになるのは避けたかった。 幸いヴィクトリカの役割(ロール)は、フランスの由緒ある大手企業の社長の令嬢というものであったから、金と時間だけは不自由しなかった。 こちらに来てからまだ顔を合わせていない父は随分と放任主義らしい。ヴィクトリカとしては複雑な気持ちだが、社会的立場で優位に立てるのは大きかった。 「またかよ、まどろっこしィな」 「言ったはずだ。君は目立つと少し面倒だからな、序盤はできるだけ敵を作らないでおきたい」 アヴェンジャーが性に合わない、とでも言いたげにアンバーの瞳で睨めつける。大の大人でも震え上がってしまいそうなその冷たい眼光を、ヴィクトリカは本から目を離さないままこともなげに受け流す。 このような態度をとれるのは、彼が憎悪を向けるのは自分だけではないと知っていたからだ。そもそも他の者がマスターであれば、召喚した時点で彼の不興を買って聖杯戦争は終わりを告げていただろう。 そういった意味ではこのサーヴァントは、ヴィクトリカにとって当たりだったと言える。むしろアヴェンジャーにとってマスターが当たりだったと言うべきか。彼の特性はこの戦いをまともに勝ち残るには少々癖が強すぎた。 もしかすると、とヴィクトリカは時々考える。ヴィクトリカが時間さえ超えて異邦の地に招かれ、この哀れな獣を召喚したのは最早必然だったのではないだろうかと。少なくともそう思わせるだけの強い縁を、ヴィクトリカは奥底で確かに感じていた。 「それは勝つためか?」 振り絞るようなアヴェンジャーの声。まるで餌を前にして鎖に繋がれているような、強い焦燥と苛立ちを隠そうともしない。 初めて、ヴィクトリカが顔を上げた。視線がぶつかっておよそ主従とは思えない緊張を生み出す。 ヴィクトリカとて思いは同じだ。だから期待を裏切る答えも、知らず呻き声となって返る。 「当たり前だ。私達は絶対に、最後まで勝ち残る」 沈黙。 パイプから零れる白煙さえも動きを止めたかと思わせる、刹那とも永遠とも思える時間。 「……そうかよ」 先に口を開いたのは従者の方だった。諦観のようで、しかし確かに勝利への意志を籠めた呟き。 「勝利に貪欲ならそれでいい。テメェがそう在り続ける限り、俺はなんでも聞いてやる」 同じやり取りだった。数日前、主従が引き合わされた時と。 違うことと言えば、彼がヴィクトリカを喰らおうとしていないことだろうか。あの時はアヴェンジャーがヴィクトリカを人間と認めるや否や、マスターと分かっていながらもその爪で引き裂こうとしたのだ。結局はその寸前で、アヴェンジャーがヴィクトリカの異常性に気が付いて事なきを得たのだが。 それは彼が自分を同類と認めた証左でもあるが、まだ小さな仔狼はそのことに気がつかないふりをしていた。 この主従は優勝という目的だけで成り立っている。令呪でさえアヴェンジャーを縛る鎖にはなりはしないとヴィクトリカは悟っていた。例え自害を命じようとしても、果たされる前にこちらも食いちぎられてしまうだろう。 勝ちたい、願いを叶えたいのではない。勝たなければならない、願いを叶えなければならないのだ。その野望が一致しているから、この契約はどうにか形を成している。 とはいえ普通のマスターであれば、その覚悟を通わす前にアヴェンジャーの復讐の糧になっていただろう。ひとえにヴィクトリカが仔狼――灰色狼の血を引く者だったからこそ成し得た主従関係だった。どうやら見境のない餓えた獣にも、同族を尊重する程度の分別はあるらしい。 話は終わりだとばかりにアヴェンジャーが背を向ける。ほんの僅かにその輪郭が揺らいで、ふとヴィクトリカを振り返る。 「取り繕ってるつもりだろうがなァ、やっぱりテメェも獣だよ」 その顔に浮かぶのは部屋に戻って来てから初めて見せた、それでいてどこか悲しげな笑みだった。 それだけ言うと今度こそアヴェンジャーは姿を消した。おそらくは霊体化して屋上にでも行ったのだろう。今日は月もよく見える。 また白煙が揺らぎだす。一人残された少女はふう、と大きく息をつく。少年がいた場所からは陰になっている幼い手が、ぎゅっと強く握られていた。 彼を見ていると、どうにもかつての自分を見ているようで落ち着かない。親の欲望を満たすためだけに産み落とされ、全てを取り上げられてただ無為に日々を過ごすだけだった時の自分にどうにも重なってしまう。 だがヴィクトリカは大切な出会いを得て、あの獣はたった一人で闘って果てた。近いものを感じるというのにどうしてこうも違ってしまったのか、その答えを見つけるのは彼への最大級の侮辱のような気がした。 いつか異母兄に言われた言葉を思い出す。今なら彼の気持ちも少しだが分かる。きっと今ヴィクトリカがアヴェンジャーに抱くもどかしさは、あの男がかつてヴィクトリカに向けていたものと同じものだ。 けれどアヴェンジャーはもう怨嗟に囚われてしまった。復讐の奔流となった彼とあの亡霊達は、もう慈しみを知ることは叶わないだろう。その前に相手を噛みちぎって飲み下してしまうだろうから。 彼の復讐の先になにがあろうと、ヴィクトリカは興味がない。けれど自分もああなってしまっていたかもしれないのだろうかと思うと、知らず胸がきゅっと締め付けられる。 「――ぅ」 小さく、届かない名前を呼ぶ。彼女の心臓でもある、大切なことを教えてくれた、なによりも愛しい人。 二度目の嵐に引き裂かれて以来、片時も忘れたことなどない。もう一度逢うために多くの人の手を借りて、この時代より遥か昔の日本へとどうにか辿り着いた。あとは無事を祈って待つだけだったはずなのに。 ただ逢いたかった。けれどあの東洋人はこの街にはいない。「知恵の泉」は時空を超えて帰る方法を教えてはくれない。 だからヴィクトリカは生き残らなければならないのだ。勝って、あの場所へと戻らなければいけない。 しかし、僅かな恐怖もあった。それがヴィクトリカを、勝利に向かってひたすらに走る四つ足にするのを寸でのところで押しとどめていた。 あのアヴェンジャーがではない。血を血で洗う戦争がでもない。 ただヴィクトリカは、自身がなによりも恐ろしかった。あの復讐の獣に引っ張られて、かつての自分がまた現れてしまいそうで。 もう獣には逆戻りしたくなかった。目的のために他の全てを駒として扱うような、冷徹にして非情な獣には。 再び獣へと戻ってしまったヴィクトリカをあの愛しい人は受け入れてくれるだろうか、それが少女は不安で仕方がないのだ。 「――それでも私は、帰らなければいけないのだ」 言い聞かせるように呟く。数秒、目を瞑る。 宝石のような碧眼は迷いなど初めからないかの如く澄み渡っていた。 【クラス】 アヴェンジャー 【真名】 ギシンゲの狼 【ステータス】 筋力A 耐久C 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具EX 【属性】 混沌・悪 【クラス別スキル】 復讐者:A 復讐者として、人の怨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。怨み・怨念が貯まりやすい。 周囲から敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情はただちにアヴェンジャーの力へと変わる。 人々に恐れられ、虐げられた獣達の憤怒の表れ。 忘却補正:EX 人は恐れを喪えば忘れる生き物だが、獣の執念は決して衰えない。 忘却の彼方より襲い来るアヴェンジャーの攻撃は、獣の恐怖を忘れた者に痛烈な打撃を与える。 自己回復(魔力):C 復讐が果たされるまでその魔力は延々と湧き続ける。魔力を微量ながら毎ターン回復する。 【保有スキル】 複合獣性:A アヴェンジャーは怒りに打ち震える狼の群れであり、また個でもある。 その内に蓄積された経験と本能はただ、人に剥くためだけに磨き上げられた。 Aランク相当の直感、怪力、勇猛を得る。 精神汚染:B 見た目こそ人の形をとっているが、その精神性はどうしようもなく野獣そのものである。他の精神干渉系魔術を高確率でシャットアウトする。 人ならざる者、特に自身と近い獣性を持つ者でなければ意思疎通が成立しない。 会話自体は可能だが、相手が人間であればマスターであろうとアヴェンジャーの餌食となるだろう。 アヴェンジャーは人間を信用することはなく、ただ己の恩讐のためだけに吼える。 半人半獣:A 人と狼、両方の因子を持つ「ギシンゲの狼」としてのスキル。 見た目は人間だが体の一部は異形である。狼の耳と尻尾を持つ。鋭い牙は動物の骨さえ容易く噛み砕き、研がれた爪はどんな名刀にも劣らない。 聴覚や嗅覚は獣のそれと同等。どんな音も残り香も、アヴェンジャーは見逃さない。 【宝具】 『凶暴兇狼狂想曲(ゾーンデアヴォルフ)』 ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:2~99 最大捕捉:99人 アヴェンジャーの霊基を構成する、復讐に駆られた名もなき狼達を召喚する。 人を憎む怒れる獣は一旦敵を認めれば、どちらかが息絶えるまで執拗に追い回し、骨すら残さず喰らいつくす。 その数はこれまで人に狩られた数に等しく、魔力切れでも起こさない限り際限なく湧き続ける。 喚び出される種族も多岐に渡り、大狼から人狼まで、人に虐げられた歴史と逸話を持つならば彼らは喜々として仇の肉を喰らうだろう。 ただし膨らんだ憤怒はアヴェンジャー自身にも制御しきれず、眼前から全ての敵が失せるまで解除することはできない。 『狼は奔る前に満月に吠える(ウンターデムヴォルモンド)』 ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1 人喰い狼として人々に恐れられ、歪められた獣達の在り方が宝具として昇華されたもの。無辜の怪物に近い性質で、常時発動型。 人やサーヴァントを喰らう、すなわち魂喰いで得られる魔力量が大きく増え、一時的にステータスが上昇する。また常に人型特効が付与される。 デメリットとして、定期的に魂喰いを行わなければBランク相当の凶化が付与されてしまい、人を喰らう以外のことを考えられなくなってしまう。これは魂食いによって解除される。 【人物背景】 1817年、スウェーデンに子狼を柵の中で飼育していた人物がいた。この狼は逃げ出し、1820年12月30日から翌年の3月27日にかけて31人を襲い、内12人の命を奪った。 犠牲者のほとんどは子供。遺体には部分的に食べられた形跡があったことから、人喰いとして恐れられた獣。それがギシンゲの狼である。 その正体は、とある物好きな魔術師によって生み出された、人間と狼を掛け合わせたホムンクルス。監禁され家畜以下の扱いを受けていたところを逃走し、残虐な事件を引き起こすに至った。 彼が人、特に子供を狙って襲ったのは飢えを満たすためだけではない。本人には自覚がないが、囚われ虐げられていた自分とは違い、外で親の愛を一身に受けて育つ彼らへの嫉妬がそこにはあった。 そしてそれらを上回ったのが、自身を造った魔術師への復讐心である。己の欲望のためだけに造り、挙句物のように扱った魔術師を彼は決して赦しはしないと決意。 人を喰らって力を得た彼は怨敵を殺すべく動き出すが、事態を重く見た地元の魔術組織が先んじて討伐隊を派遣。復讐を遂げることなく狩られることとなった。 このアヴェンジャーは正当な英霊ではなく、人に殺された狼の怨みが概念として昇華されたものである。 彼らの狩りは草食動物の数の調整、すなわち生態系の維持に繋がっていた。しかし人間の生活圏の拡大、家畜への被害によって人による狼駆除が活発になっていく。 こうして殺された名もなき獣達の集合体がアヴェンジャーであり、その表層がギシンゲの狼。怨嗟が積み重なり、ようやく現界に値する霊基を得た。 現界においては、マスターが最も恐ろしいと思う狼がその表層となって表れる。フェンリルや人狼のような有名どころの場合が多く、ギシンゲの狼としての現界は非常に稀なケース。 【特徴】 目付きの鋭い少年。膝丈までのゆったりとしたぼろぼろのズボン。素肌に直接黒のパーカーを羽織り、フードを深くかぶっている。 長く手入れしていない肩までの灰褐色の髪に琥珀色の瞳。狼の耳と尻尾を持つがマスターの指示で隠している。 【聖杯にかける願い】 自分を産んだ魔術師をこの手で殺す。 【マスター】 ヴィクトリカ・ド・ブロワ@GOSICK 【能力・技能】 非常に頭脳明晰で知識が豊富。他人が集めた情報だけで事件の全貌を推理してしまう、いわゆる安楽椅子探偵。 曰く、「混沌(カオス)の欠片」を溢れる「知恵の泉」が再構成するらしい。 妖精か人形かと見紛うほどに美しい容姿の持ち主でもある。 【人物背景】 身の丈ほどもある銀の髪に碧い瞳の、いつもフリルがたくさんのゴスロリを着ている少女。外見にそぐわない、老婆のような嗄れた声で話す。 ヨーロッパはソヴュール王国の生まれで、名門である聖マルグリット学園に生徒として住んでいた。 「灰色狼」の一族であるコルデリカ・ギャロの娘。その力を求めたブロワ侯爵に「オカルト兵器」として生み出される。 幼少期は屋敷の塔に一人軟禁される。学園に移されてからも基本的に外出は許されず、授業にも出なかったため孤独な日々を送っていた。 初めてにして唯一の友人と出会い、彼との絆を育んでいくが第二次世界大戦の勃発に伴い離れ離れになってしまう。 ブロワ侯爵によって監獄に収監され、薬物投与によってその頭脳を利用されていたが母が身代わりになる形で逃亡。 自らの体に入れ墨した彼の住所を頼りに日本へと辿り着き、彼の姉とともに彼の帰りを待つ。 参戦時期は原作8巻後半、日本に渡り瑠璃の元に辿り着いてから。 【マスターとしての願い】 なし。さっさと帰りたい。 【方針】 優勝狙い。今のところは情報収集を重視、勝機があれば戦闘に臨む。
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犬神サーカス団 ムック 人格ラヂオ メトロノーム Plastic Tree deadman
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572 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2008/02/09(土) 04 14 49 ID GNlcg+jn 上の剣道部=家族の話してたあたりで思ったんだけど、 もしもコジローがタマ入部でも覚醒せず、ダメ教師のままだったら… きりのんがものすんげえ可哀想な事になってたような気がした。 と言うわけで以下そんな感じの妄想。 ……… 「い~んだよ部活なんて面白おかしく適当にやれてりゃ。 あ、俺今日ちょっと用事あるんで剣道部ちゃんと、やっといてくれな?」 「も~またっすかあ?どうせ今日も先輩と飲みいくとか吉河先生とゲームしたりそんなんじゃ」 「ば、バッカ、ちげーよ!!用事…そう用事だよ!そんじゃな!」 「あっ…もう!」 あたしが部長になって、もう半年が経とうとしている。 なのにこの部は、まだ何の実績も得られてない。 「キリノ先輩…今日も先生は?」 「ユージくん…うん、ダメ。来られないって」 「そうっすか…」 「…あはは、それにしても殺風景だねえ、ここの道場は」 道場の壁は見事にキレイさっぱり掃除されていて、飾る賞状の一枚も無い状態だ。 タマちゃんや皆が入部してくれて、一瞬変わったかに見えたコジロー先生は、でもすぐに元のダメ教師に戻ってしまった。 サヤも復帰してから最初の内は熱心に道場に来てくれてたけど、最近はまた相変わらずの悪癖が顔を出したか、姿を見せない。 ユージくんとダンくんにミヤミヤ、タマちゃんと、後から入部してくれたさとりんも真面目にやってくれてるのに… 肝心の部長のあたしが、この子達を試合に出してあげられない状況を生んでいるのが辛い。 コジロー先生の舵取りを上手くやれないあたしが悪いんだ… 「キリノ先輩、次の練習試合の事とか、先生は…」 「うぅん、なぁんにも。任せる、って…」 ツテも何にも無いあたしじゃ、練習試合なんて組もうにも限界がある。 大会に出るのだって、勿論手続きが必要だ。でも肝心の先生がアレじゃあ… おかげで大きな目標も見つけられずに、折角みんな才能があるのに それを磨く機会を与えてあげられないまま、ただ、だらだらと時間を過ごしてしまった。 全部あたしの責任、なんだよね… 「…先輩、ちょっと話があるんですけど…」 慙愧の念に駆られていると、 それまで普通のトーンであたしとお話していたユージくんがやけに深刻な表情をして、立っていた。 ……… 「…卓球部?」 「ええ、だから卓球上手なキリノ先輩もできたら一緒にって…」 ユージ君の話はこうだ。 ユージ君の説得で剣道を続けてくれてたダンくんだったけど、 そろそろ自分の好きな卓球をやってみたいから自分で卓球部を作ろう、という話になって。 そして一年生のみんなも、剣道部は一旦置いて、そっちに協力するのがもう決まっているらしい。 懇意にしてくれる、熱心な顧問の先生も見付けてて、何でもさとりんのクラスの副担任なんだとか。 ユージ君は最後まで剣道を続けたかったそうだけど、それは川添道場でも出来るし、何より… 「…それに、こんな所に居ても、何も出来ませんよ、キリノ先輩だって…」 その言葉が胸に突き刺さる。 自分がこれまでこの子等に何をして来たか、何をしてこなかったか。 今のこれは、その痛いしっぺ返しを受けているのだと。そんな風にしか、理解できなかった。 でも、今のあたしには、差し伸べられた暖かい手を取る資格は無いし、何よりも。 「…ごめんね、あたし剣道、好きだから」 ……… 「えいっ!」 「てえぃっ!」 「たぁっ!」 こうしてまた、今度はついに一人きりになった道場に、相手の無い素振りの掛け声が響く。 4月から半年が経ち、もう季節も寒くなりかかる初秋の道場で、 目標もなく、従って理由もなく、あたしはひたすら竹刀を振り続ける。 「剣が何かを教えてくれる」だとかの境地は分からないけど、他にする事も見つからない。 ただ、こうして竹刀を振り下ろすたび、一瞬でも楽しかったあの春先の頃が記憶として甦る気がして。 そんな日が更に何日か続いたある日。その突然の来訪者はけたたましい足音と共にやって来た。 「…こんちゃーすっ!!あれ?キリノひとり?」 「サヤ!?どーしたの?」 「うん久々に剣道やろっかなーってねー …どしたの?」 来訪者―――サヤにこれまでの一部始終を話す。 「そっか…そりゃ大変だったね、キリノ。ご苦労様」 「ううん、全部あたしが悪いんだし…いいんだよ。 今は、サヤが戻って来てくれただけでもよしとしなくちゃ」 「あたしは、オマケかい…」 「えーっ、そんなつもりじゃないのになあ?ふふ」 久々に交わす、親友との取り止めの無い会話に思わず心が緩む。 嬉しさに思わず泣き出しそうになる気持ちを抑えて。 「ねーサヤ、じゃあ早速稽古しよう!勝負だよ勝負!」 「おーっ久々の実戦だねえ、いいねぇ~」 サヤが倉庫の奥にある自分の防具を引っ張り出す。 あっという間に防具をつけ終わり、正対し、いざ勝負! 「メーーンッ!!小手っ!どぉっ!小手ェッ!!」 「ちょ、ちょっとストップ!キリノぉ!?あたし、ブランクあるんだから手加減してよ~」 「へへへぇ、サボってる方が悪いもんねっ!」 「むきぃぃぃ、もう絶対サボらないよ、キリノに勝つまでは!」 「…そうだよ!ずっと一緒にいてよね!?」 「それって、負けないって事!?くっそぉ~絶対勝ってやるっ!」 ――――うん、大丈夫。 もし、また一人だけになってしまっても。 サヤがいつか帰って来てくれて、こうして一緒に練習できるなら。 取り敢えずは、それがあたしにとっての剣道部って事で、あたしは大丈夫。 「たははは…つくづく、”待つ女”って奴なのかもねえ、あたしゃ」 一人ごちるあたしを訝しげに覗き込むサヤ。 「ん?キリノ、松がどうかした…??」 「何でもない何でもない…よ~しもう一本いくよお!」 「おおぅっ!」 終わる
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284 名無しさん@ピンキー sage 2010/02/10(水) 02 52 01 ID qa1yn+0V 私が兄貴への思いを告げられずに、鬱屈した日々を送り続けて何年がたっただろうか。 窓の外を見れば、マンションの真下から藻岩山のてっぺんまで、この北の街は一面の雪景色に染まっている。 もうすぐ冬の街で始まるであろう恋人たちの季節。朝のニュース番組が盛んに喧伝するそれに私は一抹の嫉妬と侮蔑を込める。 「何がクリスマスイブのデートスポット情報だっつの、お台場ごと吹っ飛べ。畜生」 兄貴はカリカリになるまで焼いたベーコンを口に含みながら毒を吐く。 「モテないからって変な嫉妬しないの」私はトーストに白桃のジャムを塗る。 父さんは何も言わずに、黙々とバターを塗ったトーストを齧っていた。 やがて父さんはトーストとベーコンエッグの朝食をすべて食べきると、椅子にかけてあったコートを羽織りはじめる。 「今日、少し遅くなる」父さんはそう言って鞄を取ると、食堂の外へと出て行った。 どうせまた、母さんのところだろう。 本人曰く「終業時刻になると仕事が残っていても強制的に終わらせられる」職場に務めている父さんが遅くなると言うときは、決まって母さんのお墓に行く時だ。 父さんはよく母さんのお墓に行く。 なのに、それでもたまに母さんがそこにいるのように振舞う。 兄貴は父さんが静かに狂ってると言っているが、私はちがうとおもっている。 父さんはきっと、今もずっと母さんのことを愛しているんだと思う。 だから、母さんを忘れたくないがために、いつまでも母さんを感じれるように振舞って、母さんを愛していると言う事実を深く刻んでいるのだろう。 まるで手首を切って生きている証を刻みつけるように、そうやって生々しく母さんを刻みつけて、絶対に母さんを忘れないようにしているんだ。 私にはうっすらとだが、父さんの考えていることはわかった。 決して叶うことの無い、切なすぎる片想い。父さんは、私なんかよりもずっと深い悲恋を抱えているのだ。 「そら、俺たちも行くべ」 兄貴は私の分の食器も軽く流しで洗うと、食器洗浄機の中に突っ込む。 そして私たちはコートを羽織って家を出ると、すっかり冬の様相を呈した、雪の街へと踏み出した。 今日は十二月二十四日。世間ではクリスマスイヴとカップルたちが大手を振って闊歩するためのような日だが、私たちにとっては終業式と言う嬉しいイベントを兼ねた日でもあった。 夜のうちに積もった新雪を踏みながら、私たちは電停にたどり着く。 「兄貴」私は裸のまんまの兄貴の手を、きゅっと強く握った。「手ぇ、寒いでしょ」 「ん、ありがと」兄貴は頬を染めながら答える。 ここ数カ月で、兄貴は完全に私のことを異性としてみてくれるようにまでなっていた。 私の裏工作の賜物なのか、それとも元から私を異性として受け止めていてくれたのかは分からないが、私にとっては嬉しい半面、なぜか、どこか寂しい感じもしたのだった。 やがて、眩しいほどに朝陽を受ける雪を舞い上げて、深緑色のの連接車が滑り込んでくる。 私は兄貴の握った手を離すこと無く、連接車へと乗り込んだ。 285 名無しさん@ピンキー sage 2010/02/10(水) 02 53 17 ID qa1yn+0V 「冴えない顔だな、千歳」 今年最後の放課後、まだ賑やかな教室の俺の席の付近の蒸気暖房に寄りかかっていた健史が言う。 「ああ」俺はふるふると手を振った。「センター試験が近いのが憂鬱でな」 「……それでもお前は第一志望C判定だろうが」 「C判定だからこそどう転ぶか怪しいんだよ……」 健史はぐっと伸びをして、蒸気暖房から体を離すと千歳の席の前を離れていった。 「……はぁ」俺は深くため息をつく。 センター試験、受験、そしてそらの事。俺の中での問題は山積みだ。 特に深刻なのはそら。 あいつはきっと完全に俺を異性としてみているのだろう。ここ数カ月の態度が、何よりの証拠だ。 そして、俺自身もそらを女として見始めている……。 『人を裏切るのは妹とセックスするようなものだ』 少し前にテレビの洋画劇場でやっていた、コメディ映画の主人公が確かそう言っていた。 有名洋画のパクリとバカらしい演出だらけの映画の中で、俺は主人公が真剣な様子で言ったそのセリフだけが何故か印象に残っていた。 直訳すれば、妹に恋愛感情を抱くようなヤツは人間の屑だ。と言うこと。 俺は果たして屑なのだろうか。それとも人間として踏みとどまっているのだろうか。 窓の外を見ると、白に染まった校門と電車通りがあった。ああ。深緑色のボギー車が今電停についた。 俺は配られたプリントを全て鞄に突っ込むと、席を立った。 無性にどこかに行って、静かに考えたい。そんな気分だった。 昇降口と校門を抜け、電停の前の赤信号で立ち止まる。 まるでタイミングを合わせたように、道路の端の方から路面電車が雪の電停めがけてゆったりと走ってくるのが見えた。 やがて信号が青に変わり、電停へとたどり着いた俺の目の前に深緑色の丸っこいボギー車が止まった。 俺は電車に乗り込み、まるで屍肉を見つけたハイエナのごとく我先に空席へと群がる生徒を横目に、つり革へと手を伸ばした。 電車はいくつもの電停に停車を繰り返し、ふと俺が気がつけば既に終着であるすすきのの電停に停車していた。 「全線定期券でよかった」 俺は電車を降りると、当てもなく、単に小腹がすいたと言う理由でそのまま近くのマクドナルドに足を運んだ。 どこかの動画サイトでさんざっぱらネタにされ続けてるピエロのポップに出迎えられると、俺はそのままカウンターの前へと進む。 「ホットアップルパイとフィレオフィッシュ。あと水ください」 俺はそれらを抱えて二階の客席へと上がっていく。 客席は多くの席がうまっており、中には同じ制服の連中も何人か混じっていた。俺は適当な席につくと、チーズバーガーの黄色い包みを開けて、噛り付く。 少し安っぽい味が口の中に残った。 「やっぱこんなんじゃそらの作る昼飯にはかなわんか……」 もしかすれば今頃そらは家で俺の分の昼食も作ってるかもしれない。 何も言わないでふらっと出歩くなんて、悪いことをしたな。そう思いながら俺はチーズバーガーを食べ切り、そのまま次のフィレオフィッシュへと手を伸ばす。 「あれ?千歳さん?」 フィレオフィッシュを半分ほど食べたところで、俺は突然声をかけられる。 見上げると、同じようにトレイを持った眼鏡の少女、里野藍がそこにいた。 286 名無しさん@ピンキー sage 2010/02/10(水) 02 53 43 ID qa1yn+0V 「ふぅ……」 路面電車から降ろされた俺は、電車通りから裏通りへと入ってゆき、古ぼけたマンションの玄関をくぐる。 西日のせいで仄暗い共用のホールを過ぎると、いつも通り重苦しい雰囲気の、密かに俺が『囚人護送用』と呼んでいるエレベーターに乗り込んだ。 階数ボタンを押して扉を閉めると、エレベーターはゆっくりとした速度で、本当に死刑台に囚人を送り出すかのように昇っていった。 「せつないよぉっ……! あにきぃっ……もっと……っ!」 私のエッチな声が昼下がりの居間にわんわんと響いている。 指は次々に私の弱点を攻め上げて、時には酷く乱暴に引っ掻き回す。 だが、そんな痛みも、私の快楽と切なさにふやけた頭が、妄想の中の兄貴が与える快感に変えてしまう。 「もっと……もっとはげしくしてぇっ……!」 私の言葉通り、私の指の動きは激しくなる。 「ああっ! いいよぉっ!!」 もう私は、まるでシチューにつけた食パンのように、オナニーの作り出した妄想にじっとりと浸っていた。 それと同時に私の頭はこの虚しくも素晴らしい世界を維持すべく、触覚と快楽神経以外の外の世界へ通じる全ての感覚器官をシャットアウトしてしまっていた。 『囚人護送用』エレベーターはすぐに我が家の階に到着した。 窓の一つも無いために、真昼でも酷く薄暗い廊下を革靴を鳴らして歩いてゆく。 そして我が家の、これも刑務所のごとき重い鉄扉を開ける。 いつもならばそらがゲームでもやっていて、その音が玄関の方にまで漏れてくるのだが、今日だけはそれは違った。 「あにきぃっ……おにいちゃん、おにいちゃぁんっ! わたし、もうだめ、もうだめだよぉぉっ!!」 ラストスパート。指はこれでもかと言うまでに私の女の子の部分を磨り上げ、指が食い込むほどに胸を鷲掴みにする。 ぐちゅ、ぶちゅとひどくえっちな音が耳元で何度も鳴り渡る。 「おにいちゃぁぁんっ! すきっ! すきぃっ! だいすきぃっ!」 そう叫んだ矢先に、私は声にならない絶叫を上げながら、自分でも驚くほどに激しく悶えながら果てた。 最終区間を走りきった駅伝ランナーのごとくはぁ。はぁ。と肩で息を切りながら、私はソファに横たわったまま天井を仰ぐ。 そこにはいつもと変わらない、ヤニのせいで薄黄色く変色した天井と、プラスチックカバーの黄ばんだ照明があるだけだった。 どさ。 廊下の方から聞こえた突然の物音に、私は勢いの付いたワンタッチ傘の如く飛び上がった。 私の視線の先にあったのは、何が起こったのかわからない。いや、何が起こっていたのかは理解できたが信じられない。と言わんばかりの、呆気に取られた顔で立ちすくむ兄貴の姿と、どうやら音の主らしい、床に落ちた兄貴の鞄。 オナニーのあとの、虚しさを伴う余韻もあってか、私の頭は混乱することも、戸惑うことも無く、ただ酷く冷めていた。 「いや、見るつもりは無かったんだが、どうも凄い声がしたんで来てみたら……」 兄貴が必死の弁解を手を振って遮ると、私ははだけ気味だったブラウスをそのまま脱ぎ捨てる。 「兄貴、全部聞いてたでしょ」 ぱさり。とブラウスの落ちる音。 そして私はそのまま無防備な兄貴に抱きついた。 「そうだよ。兄貴も絶対気づいてたと思うけど、私ね、兄貴のことが男の子として好きなの」 兄貴は嫌悪感が混じる顔をそっとそらす。対する私は兄貴の顔をじっと見つめていた。 「もちろん兄妹で好きあったりエッチしたりするのはのはいけないことだってわかってるし、私のこと気持ち悪い妹だって思ってるかもしれない。だけど私は兄貴が、お兄ちゃんが大好きなの! お兄ちゃんがいいの! お兄ちゃん以外じゃダメなの!」 次々に私の口から吐き出される、包み隠すものも無い率直なまでの本音。 「そら……」 「お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃんっ!」ぎゅうっ、とお兄ちゃんの背中に私の指が食い込んでゆく。 口火を切ったように、私の中で感情がのたうち回って暴れてゆく。 もうその激流は私にも止められなかった。 「お兄ちゃん、もう私の気持ちはわかったと思うんだ。だから、ずっと思ってたこと……していいよね」 私はお兄ちゃんの耳元でささやく。 「エッチ……しよ」 287 名無しさん@ピンキー sage 2010/02/10(水) 02 54 36 ID qa1yn+0V そこから先はまるで全自動だった。 俺はそらの言葉のとおりにそらの体を包む制服のスカートと下着を剥ぎとる。 何年かぶりに見たそらの体は、あまり肉付きは良くない、小ぶりで、乱暴にしてしまえば壊れそうな印象を受けた。 俺はそらのつつましい胸に手を当てる。 俺の頭の中に罪悪感とか、道徳観念とか、そういうものは不思議と浮かばなかった。 このとき北見千歳と言う男の中は、先程俺に「好き」を連呼させてみせた妹を受け止めてやろうとする父性と保護欲、そして少しばかりの好奇心と性欲の混じった、よくわからない感情でいっぱいだった。 「ぁっ……」そらがかすかな嬌声を上げる。 俺はその生めかしいとは程遠い、切ない声をあげる林檎色の唇を自身のそれでふさいだ。 お互いに舌を入れたり、とかそういう技巧なんてなく、ただひたすらにちゅう、ちゅう、とお互いの口内を貪ることだけに夢中になっていた。 「はじめてのキスはレモンの味っていうけど」そらは、混ざり合ってどちらのものか分からない唾液のたれた唇を開く。「お兄ちゃんのキス、りんごの味がした」 「そりゃさっき食ったホットアップルパイの味だ、バカ」 「お兄ちゃんは私のキス、どんな味がした?」 「……ケチャップっぽい味だった」 「それ、お昼のチキンライス味だよぉ」 そらは、俺も今までに何度かしか見たことの無いような、最高の笑顔で、俺に笑ってみせた。 「キスって、癖になっちゃうかも」 そして、そらは唯一そらの体を守っていたショーツに手をかけた。 「うわ、ぐっちょり……」 脱ぎ捨てたショーツがフローリングの床に、ぺしょ。と水っぽい音を立てて落ちる。 目の前のそらは、産まれたままの格好で、はにかむように上目遣いで俺のことを見上げてきた。 「どう……私のハダカ、きれいかな」 俺は、ああ……としか答えられない俺自身に正直ムカついた。 「じゃ……するね」 そらは俺のスラックスのジッパーに手をかけると、それを一気におろして、中に手を入れる。 やがてお目当てのものを見つけて手を引き抜くと、ひんやりとしたそらの手に収まった少しばかり大きくなり始めた俺のものが顔を出す。 「これがお兄ちゃんの……」 手のひらで包み込まれながらも肥大化するそれを、しげしげと眺める。 さっきまではちょっとだけかわいいかも。と思ってたお兄ちゃんのおちんちんはむくむくと膨れ上がり、私の手に収まりきらなくなるほどまでになった。 「こんなのが私の中にはいるんだ……」 そう考えただけで、下腹部がきゅぅっ。と反応する。 ちょっとしたコンプレックスになってる、ぷっくりと膨らんだ股間の裂け目からは、お兄ちゃんが欲しい、欲しいとだらしなく涎を垂らして待ち焦がれている。 いつの間にこんなえっちな体になったんだろうか……正直すぎる体に私は自嘲する。 ちょっと調子にのって、私は猫なで声でお兄ちゃんに言った。 288 名無しさん@ピンキー sage 2010/02/10(水) 02 56 09 ID qa1yn+0V 「お兄ちゃん、ほら。いつでも大丈夫だよ」 「大丈夫……って」戸惑うお兄ちゃん。その仕草も、全部が可愛く見えてしまう。 私はお兄ちゃんを更にからかってみる。 「お兄ちゃんは普通に私の上になってしたい?それとも私が上になった方がいい?」 お兄ちゃんは赤面しながらああ、とかうう、とかしどろもどろになっている。 「私は、私が下になった方がいいなぁ」 そう言って私はごろんとソファに寝っ転がる。 そして手を軽く握って前に出し、足を広げて、足の付根の小高い丘を見せつけるようにした。 「えっへへ、ふくじゅーのポーズ……」 犬が自分より格上の相手に服従の意を持ってみせるポーズ。 もし私に犬の尻尾があるなら、千切れるくらいにぶんぶん振ってるに違いない。 お兄ちゃんは顔を真赤にして視線をそらしたが、おちんちんだけは正直にびくん、びくんと私の痴態に痙攣する。 「……本当にいいんだよな」 「全然大丈夫だよ」 「避妊とか大丈夫なのか?」 お兄ちゃんはまだ心配そうに聞いてくる。 「今日危なくない日だもん、全然大丈夫だよ」 大体、お兄ちゃんの赤ちゃんなら妊娠したいくらいだよ。と私は心のなかで付け足す。 「じゃ……いくぞ」 その宣言とともに、お兄ちゃんは私に覆いかぶさり、おちんちんが私の入り口にあてがわれた。 ずぷずぷ、とおちんちんは吸い込まれるように私のお腹の中に吸い込まれて行く。 だが、お腹の中の引っかかる感触と共に、途中でおちんちんは動きを止めた。 「これが……処女膜ってヤツか?」 「うん……たぶん」 破っていいよ。と私はお兄ちゃんに告げる。自分で誘っといてここでやめちゃうのも卑怯だし、なにより私の初めてはお兄ちゃんに破って欲しかった。 ずんっ! と付き入れられる感触。 そして、おなかが千切れそうなほどの激痛。 「―――――――――ッッ!!」 余りの痛みに私は声にならない声で叫んでいた。 「大丈夫か?」 「ものすっごい痛い」私はものすごい涙目で、呼吸を荒らげながらお兄ちゃんを睨んでいた。 マンガとか体験談だと処女でもそんなに痛そうな感じも無くイチャイチャエッチしてたのに、やっぱりすごく痛い。嘘つき。と叫んでやりたかった。 「でも……続けてくれなきゃやだ」 「本当に大丈夫なのか?」本当に心配そうなお兄ちゃんの声。 「痛くても……我慢するから……!」 こくり、と心配そうな顔を立てに振るお兄ちゃん。 そして腰の抽送がスタートされる。 破けた膜にいちいちおちんちんが引っかかり、お兄ちゃんが動く度に顔をしかめてしまう。 (私から誘ったのに、気を悪くしたらやだな……) ゆるやかなピストン運動は徐々に激しくなってゆき、そのうちに痛みもだんだんと薄らいでゆく。 正直、結構時間が経過してもまだ痛かった。それでも下腹部からじんじんと伝わってくる熱が、私に一匙の幸福感を投げかける。 「ぁっ……っ……」 ぐちゅ、ぐちゅ、とはしたない水音。ぱんぱんと腰のぶつかり合う音。そして私とお兄ちゃんの押し殺したような吐息。静寂に満ちたリビングは、私たちのエッチな音で占領されてしまっていた。 289 名無しさん@ピンキー sage 2010/02/10(水) 02 56 35 ID qa1yn+0V 「く……」 ごつごつとおちんちんは私の一番深いところをノックし、そのたびに子宮が熱を帯びてきゅうきゅうと震える。 「……そら、もう限界……」兄貴はばつの悪そうな顔で、私の中からおちんちんを引き抜こうとする。すかさず私はお兄ちゃんの上で足を交差させ、ぎゅっとお兄ちゃんを足の間で挟んだ。 「おい、そら!」 「……いいよ……出してもいい!」 お兄ちゃんの背中に手を回して、お兄ちゃんを抱きしめる。 「お兄ちゃん! 好き! 好き! 大好き!」 その瞬間、じゅわっ、と熱くなった下腹部が震え、きゅぅっとお腹が震えた。 「そら、そらっ、そらぁっ!」 「お兄ちゃん! お兄ちゃぁぁんっ!」 そして、お腹が震えたと同時に、私の一番深いところにお兄ちゃんのおちんちんから放たれた熱い迸りが降り注いだ。 「おにぃ……ちゃん……えへ……」 下腹部に感じる多幸感とお兄ちゃんの温かさ、そして行為の疲れの気だるさは、ゆるやかに私を包んでゆく。 今はずっと、このままでいて欲しかった。 290 名無しさん@ピンキー sage 2010/02/10(水) 02 57 13 ID qa1yn+0V 窓の外では茜色の陽が名残惜しそうに夜の世界へとかき消されてゆく。 そらはいつの間にか普段着に着替えて、台所に立っていた。 俺はといえば、リビングの真ん中で、ぼおっと夕方のワイドショーを何の気なしに眺めていた。 内容なんて全然頭に入ってない。 ただ、怖かったのだ。 流されるがまま、そらと結ばれてしまったと言う事実が。 もしそらが俺の子を妊娠していたらと言う仮定が。 今更俺にそらを拒絶することなどできない。いや、する資格がないし、できたとしても絶対にできやしない。 俺に拒絶されたそらがどうなるかなんて、絶対に俺は見たくない。 だが、俺にそらをこの世界の正義とそれに便乗した悪意から守れるだけの強さがあるかといえば、そんな強さも無い。 むしろ俺の方が逃げ出したいぐらいだ。 『人を裏切るのは妹とセックスするようなものだ』 ああ、そうさ。俺は裏切り者さ。 妹とヤっておきながら、その責任も取れないような最低の裏切り者さ。 だからなんだよ畜生。どうすればいいんだよ。 そらを捨てて逃げろってか? 「兄貴?」そらが顔をのぞき込む。「どうかしたの?」 どうかしたって?お前のせいだよ!そう叫びたかった。 「いや、何でもない」俺は立ち上がると廊下へと続く扉の方へと向かう。「ちょっと部屋戻ってる」 「うん……」 鋭い針を突き刺すように冷え込んだ廊下を早足で抜け、自室の扉を開くと、俺はそのまま電気も付けずに自分のベッドに潜り込んだ。 何も思わずにベッド脇に眼を移すと、愛用のDSが枕元に放り出されている。 「そういや、ちょっと前までよく協力プレイとかしてたっけ……」 つい何ヶ月か前、そらと俺がまだ普通の兄妹だった時期。まだそれほど経っていないはずなのに、酷く遠く、懐かしい時期。 「いったい、どこで間違ったんだろうな」 俺は枕に突っ伏す。 何分経っただろうか、外の明かりだけに照らされた薄暗い部屋の中に、くぐもった振動音が響く。 携帯のバイブ。俺はベッドから降りると、机の脇に放り出されたバッグを開ける。案の定音の発信源は俺の携帯だった。 すぐさま携帯を開くと、痛いほど明るい液晶画面に記された「着信 里野藍」の文字。 俺はすぐさま電話を取った。 291 名無しさん@ピンキー sage 2010/02/10(水) 02 59 22 ID qa1yn+0V 「兄貴ー」私は一通り料理を作り終えると、兄貴を呼びに行く。 兄貴と結ばれた。ようやく兄貴に思いを伝えられた。私はもう上機嫌だった。 寒い廊下もものともせずに、一路部屋まで足取りも軽く歩いてゆく。 部屋のドアは閉まっていた。 「あー……」ドアをノックしようとしたその時、ドアの向こうから聞こえる話し声。 電話してるんだ。私はノックしようとした手を収めた。 「ああ……やっぱそうか……うん。じゃあ、そらには黙っておいてくれよ」 私のこと?兄貴は誰と話してるの? 「それじゃ、色々とありがとう。里野」 もしかして、電話の相手って藍? いったい何の話をしてたの? 私ははやる心を抑えながら、数秒ほどおいて、ドアをノックした。 「兄貴、ご飯だよ」 おー、今行く。と兄貴の声。 何の電話だったんだろうか……と私の心の中は、少しだけ、ざわついていた。 292 名無しさん@ピンキー sage 2010/02/10(水) 02 59 51 ID qa1yn+0V ご飯の後、兄貴がお風呂に入ってる間を見計らって私は携帯を取り出す。 リビングの時計はもう九時を少しばかり回っていた。 電話帳の「里野藍」の文字を押し、通話コールを聞かされること数十秒。 『はい、里野です』 「私、北見そら」 ああ、そらちゃん。といつもの調子で電話の向こうから帰ってくる藍の声。 「ちょっと聞きたいことがあったんだけど」私は少し声を強めた。 『何?』 「さっき兄貴と何電話してたの?」 『え?千歳さんに借りてた本の話……』 「嘘」 ぎり、と歯ぎしり。電話を持つ手にも力が入る。 「私に内緒って言ってたの、聴いたんだから」 え?と藍は戸惑ったように電話口でうそぶいていたが、すぐに声が帰ってくる。 『なぁんだ、わかっちゃってたんだ』 「いったい何の話してたの! 答えて!」 『べつに?』楽しそうな藍の声が電話口ので踊る。『ただ、ちょっとかわいそうな千歳さんを慰めてあげただけですよ』 「かわいそう?」 『うん。実のお兄さんのことが大好きな気持ちの悪い妹に初めて奪われた挙句既成事実まで作られたって困ってたから、それを慰めてあげてたんです』 私は言葉を失った。 全身から血が引いてゆく、貧血の時に体が冷える嫌な感じが私の全身を包む。 その間にも電話口の藍の声は嬉々として残酷な言葉を綴る。 『千歳さんのこと思ってお兄ちゃん、お兄ちゃんってオナニーしてたんでしょ?千歳さん本当にそらちゃんの事嫌がってましたよ。 だからわたしが言ってあげたんです。千歳さんを慰めてあげて、そらちゃんの事なんか忘れさせてあげますよって言ったら、千歳さんすっごい喜んでましたよ』 うるさい。 うるさいんだよ。 『まぁ、千歳さんはそんなワケで私がいただきますから、そらちゃんはひとり寂しく泣きながらでもオナニーに勤しんでて下さいよ』 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい 「……るさい」 『へ?』 「うるさい! 黙れ畜生!」 私は人生で一番の大声を出したんじゃないかと思うような叫び声を通話口に叩きつけ、乱暴に電源ボタンを押して、通話を切る。 そしてそのまま私は携帯電話をソファに叩きつけた。 ホワイトパールの携帯電話はぽうんとソファの上をバウンドすると、そのまま軽い音を立てて床に落ちる。 荒い息を立てながら、私はやり場の無い怒りを抱えて、その場に立ち尽くしていた。 「おい! どうしたんだそら!」 叫び声を聞いて、パジャマ姿で慌てて飛んでくる兄貴。 私は兄貴をこれ以上無いまでに敵意を込めて睨みつける。 「……どうしたんだ?」 「……何でもない」 「何でもないって……あんな大声出してて何でもない訳ないだろ」 「関係ないでしょ! 兄貴には!」 私は兄貴の側にまで詰め寄って、パジャマの襟を引っつかんで、引き寄せた。 「こんな気持ち悪い妹、嫌なら構わなきゃいいじゃない! 私なんか消えればいいんでしょ! 消えればすむんでしょ!」 は?ととぼけたふりをする兄貴。 白々しい。余計に怒りが湧いてくる。 「もういい! 兄貴の望みどおり私は消えてやりますから! どうぞ後はご勝手に藍にでも慰めてもらえばいいじゃない!」 一通り叫び終えると、私は落っこちていた携帯を持って部屋に帰っていった。
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久しぶりにME狩りしようかなーと思いつつ、ニブルヘイムにある秘境の村までお散歩してきました★ 暗い森の中...ちょっとドキドキであります(=ω=) オバケ出そう~... 出そう~...じゃなくて、出まくりですね(>ω<;) 今日のお散歩ファッションは退魔仕様でございます。 服も帽子も黒系で、シックにきめてみました(=ω=)b ウンバラから、イグドラシルの幹を伝ってニブルヘイムにやって参りました。 そこには暗い森と、不気味な霧の立ち込める不思議な空間が広がっていました(=ω=) 崖の上から森を眺めた1枚です★ あたり一面の木は枯れ果てて、まるで死を連想させる光景です。 崖の対岸に吊り橋が見えます。 丘の上に墓地があって、丘同士をつないでいるようです。 キモ試しにはモッテコイのスポットですね~(=ω=;) 暗くてコワイ印象のMAPですが、それだけに冒険の予感がわたしたちを待っているのかもしれません★ またお散歩しながら、てくてくと観察してまわるのです(`・ω・´)b 2011年 11月 22日 このページを見てもらった回数: - 今日は: - 昨日は: -
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暗い力"ゲートホルダー"「リナ・タチバナ」 読み:くらいちから"げーとほるだー"「りな・たちばな」 カテゴリー:Chara/女性 作品:Rio RainbowGate! 属性:闇 ATK:2(+2) DEF:3(+3) [自動]自分の OS:Rio RainbowGate! のカードが手札に戻った場合、戻ったカード1枚につきカード1枚を引いてもよい。 この空では雲は掴めませんが、運は掴める筈 illust: Rio-032 C 収録:ブースターパック 「OS:Rio RainbowGate! 1.00」
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339 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/24(金) 00 47 51 ID g6UM6UEf 薄暮の迫る時分、ジャンはいつもの如く馬車に揺られながら、自分の寝泊まりしている宿場へと戻ってきた。 街の空気は相変わらずで、冷たい風が路傍を吹き抜ける音がする。 この地方を包む冬の寒さはジャンも十分に理解していたが、街を覆う空気が嫌に冷たく感じるのは、季節のせいだけではないだろう。 この街は、自分の家族を追い出した街だ。 そこに留まることが決して望ましいことでないというのは、当然のことながらジャンにもわかっていた。 だが、ここで全てを投げ出して、ルネに何の贖罪の意思も示さないというのは気が引けた。 「つきましたよ、ジャン様。 しかし……今日は、本当に驚きましたよ。 まさかジャン様が、お嬢様の身体を治すなどと言われるとは……」 「別に、そう誉められたものじゃないよ。 医者として、病に苦しんでいる人を助けたいって言うのは本当だし……これは彼女を傷つけた事に対する、僕なりの贖罪だからね」 「贖罪、ですか……。 なるほど、確かにジャン様のお気持ちは分からないでもないですが……くれぐれも、無理だけはなさらないでください。 私が最も辛いと感じるのは、お嬢様の笑顔が見られなくなることです。 ジャン様に何かあれば、私は今度こそお嬢様に顔向けできませんので」 「ああ、気をつけるよ。 でも、クロードさんも無理はしないで。 ルネに求められて血を与え続ければ、今にあなたの身体だって持たなくなりますよ」 「ええ、それは承知しております。 ですが、私はお嬢様のために死ねるのであれば、それも本望と考えております。 全ては我が主であらせられるテオドール伯と……ルネお嬢様のためですから」 一点の曇りもない眼差しを向けながら、クロードはジャンにそう告げた。 その顔には珍しく、微かな笑みが浮かんでいる。 機械のように感情を見せないこの男――――何度も言うが、彼の心はあくまで男である――――が、こんな表情を見せたことに、ジャンは少し驚いた。 「それじゃあ、今日はここでお別れですね。 ルネにはクロードさんからも、よろしく伝えておいてください」 馬車を降り、自分を送り届けてくれたクロードに一礼すると、ジャンは軽い溜息をついて肩を下ろした。 吐き出された息は白い霧となって、その一部はジャンの眼鏡をうっすらと曇らせる。 レンズについた霞を指で払い、ジャンはそのまま宿場の裏手にと回って行った。 「ただいま……」 別に、自分の家でもないのに、そう挨拶して入るのが日課になっていた。 借り暮らしの身であることが、無意識の内にそうさせていたのだろうか。 遠慮がちに、足音を立てないように気をつけつつ、ジャンはそっと階段を上がって行った。 従業員用の通用口から大声を上げながら中に入るのも気が引けたし、何より、リディのことがある。 ジャンが帰って来たとなれば、仕事そっちのけで迎えに出て来る可能性があるのだからたまらない。 下手に宿が忙しい時分に帰宅すると、それだけで他の宿泊客の迷惑になっているような気がして頭が痛かった。 340 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/24(金) 00 48 15 ID g6UM6UEf 「あっ、ジャン! 帰ってたんだ!!」 噂をすれば、なんとやらだ。 ジャンが帰って来たことに気がついたのか、早速リディが姿を見せた。 片手にレードルを持っているところを見ると、夕食の準備の最中だったのだろうか。 だとしたら、何もそれを放ったままにして出迎えに来なくてもよいのに、とジャンは思う。 昨晩のことがあるだけに、ジャンは今のリディに対しても後ろめたさが残っていた。 今朝、朝食の際に「気にしなくてよい」と言われたが、どうにも納得のゆかない何かが心の中で燻っている。 幼い頃のリディは、確かにジャンに頼っているような節のある少女だった。 物静かで大人しく、家が貧しいことを周りから馬鹿にされても何の抵抗も示さない。 彼女をいじめっ子から助けるのは、いつもジャンの仕事だった。 だが、十年という歳月は、一人の少女を確実に大人に変えていた。 あの日、初めてこの街に帰って来た日にジャンが見たリディは、一人でも立派に宿場の経営をする自立した女性だった。 少なくとも、ジャンにはそう思えたのだ。 しかし、だとすれば、昨晩のあの行為はなんだったのか。 悪ふざけにしては程が過ぎるし、何よりジャンは、あんなリディの姿を見たことがない。 いったい、自分はどこまでリディのことを知っているのだろうか。 幼馴染であることで安心していたが、彼女もまた、ジャンの知らない全く別の顔を持っているということだろうか。 それとも、いつもジャンに見せている顔の方が偽りであり、本当のリディの性格は、心の奥底に隠されているとでも言うのだろうか。 居候に近い関係を続けながらも、相手の本心が見えない不安。 そのことが、ジャンのリディに対する態度を妙に固くさせていた。 今の彼女はジャンの知るリディなのか、違うのか。 それがわからないまでは、迂闊に話をすることも憚られる。 「なあ、リディ……」 何から話そうかと考えながら、ジャンは少し遠慮がちにしてリディに尋ねた。 対するリディは、いつもと代わり映えのない顔をしてジャンが次の言葉を言うのを待っている。 どうやら今のリディは、ジャンの知っている彼女らしい。 「前に、この街には長く留まらないって言ったけどさ……」 慎重に言葉を選びながら、ジャンはリディに向かって話を続けた。 気さくな女性になったはずの幼馴染に、なぜここまで気をつかわねばならないのかが、自分でもわからない。 「今日、伯爵の家で新しく仕事が入ってね。 当分、この土地に留まることになりそうだ」 「えっ!? そ、それって本当!?」 「ああ、本当だよ。 もしかすると、今年はこのままこの場所で、年を明けることになるかもしれない」 「そうなんだ……」 341 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/24(金) 00 49 00 ID g6UM6UEf 気持ちを押し殺しながらも、リディは嬉しそうな顔でジャンを見てきた。 そんな彼女の顔を見ると、次に告げる言葉を言うべきかどうか迷ってしまう。 「まあ、詳しくは言えないんだけど、新しく診なければならない患者が増えたからね。 往診の時間も今まで以上にかかるだろうから、帰りは遅くなることも多いと思うよ」 「帰りが遅いって……。 それ、どれくらいの時間なの?」 「たぶん、夜までかかると思う。 だから、これからは夕食も要らないよ。 僕はいつも通り裏口から入るから、悪いけど、そこの合鍵だけ貸してくれないかな?」 「う、うん……。 ジャンがそう言うなら、私は別に構わないけど……」 先ほどまで太陽のように明るかったリディの顔が、一瞬にして曇り空になった。 ここ最近、ジャンの世話をすることに、リディは妙な生甲斐を感じていたようである。 献身的と言えばそれまでだが、やはり自分がジャンのためにできることが減るのは、彼女としても不本意なのだろうか。 「まあ、そう言うわけで、今までよりもリディに迷惑をかけずに済みそうだよ。 基本、部屋には寝に帰るだけになるからね。 僕のことは気にしなくていいから、君は君で、自分の仕事に専念してよ」 「そっか……。 でも……そういうことなら、仕方ないよね……」 リディの視線がジャンから逸れ、少しだけ俯いたような姿勢になる。 予想していたことだけに、ジャンもそれ以上は何も言わない。 それに、この先も居候のような生活を続けさせてもらうのであれば、それこそリディの世話になり続けるのはよくないと思った。 願わくは、年明けにでも新しく自分が暮らす場所を見つけ、そこで一人暮らしでもした方がよいとさえ考えていた。 何も言わないリディの横を通り過ぎ、ジャンは三階へと続く階段を上る。 ぎし、ぎし、という木の軋む音に混ざって、階下の酒場から賑やかな話し声も聞こえてきた。 その後ろからリディが灰色に淀んだ瞳でジャンを見上げていたが、ジャンがそんな彼女の視線に気づくことはない。 人の声が遠ざかってゆくにつれ、徐々に自分の寝泊まりしている部屋が近づいてくる。 部屋の扉を開けると、少しばかり冷えた空気が外に漏れて足にかかった。 薄暗い部屋の中、ジャンは備え付けられたランプに灯りをともし、鞄を置いて椅子に腰かける。 先ほどのリディの様子も気になったが、今はそのことについて考えている余裕などなかった。 342 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/24(金) 00 49 30 ID g6UM6UEf ジャンの心の中にあるもの。 それは、他でもないルネのことだ。 クロードの手前、彼女の身体を治すと言ってしまったものの、その方法に見当がついているわけではない。 人の血を啜ることでしか渇きを癒せない、原因不明の奇怪な症状。 ジャンが旅先で診てきた患者はもとより、彼の持っている本からも、そんな症例はお目にかかったことはない。 悪いのは身体のどんな部位で、それを治すために何が必要なのかさえも、これから探ってゆかねばならないのだ。 (このままだと……下手をすれば数年は、この街にいることになるのかな……。 でも、僕は決めたんだ。 僕がルネのためにできることをするんだって……) 先の見えない不毛な戦いだということはわかっていた。 しかし、ルネの身体の治療法を見つけることでしか、ジャンには彼女に贖罪するための術が見つからなかった。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 翌日は、久しく晴々とした天気だった。 宿泊客が起きるよりも早く目を覚ましたジャンは、朝食を摂ることもせずに宿場を出た。 昨日、ルネの身体を治すと心に決めただけに、何か身体を動かしていないと不安だった。 宿場を離れ、ジャンは珍しく街の中央にある図書館へと足を運んだ。 いつもは買い物以外で街中を歩きたいと思わなかったが、今回ばかりは話が別だ。 ルネの症状は、ジャンの中にある知識でどうにかできるものではない。 大して役に立つ本があるとは思えないが、それでも僅かな望みに賭けてみたくなるのもまた、人間の性である。 この街に古くからある図書館の蔵書にならば、ルネの症状についてのヒントくらいは載っているかもしれない。 そんな微かな期待に賭けてのことだった。 朝は図書館で本を漁り、昼から伯爵の屋敷に往診に向かう。 伯爵の診察と薬の処方を終えた後、ルネの身体のことについて自分なりに調べてゆく。 そんな生活が、しばらく続いた。 朝が来て、夜が来て、また朝が来る。 時間だけが刻々と過ぎて行き、気がつけば十二月も半ばに差し掛かっていた。 「はぁ……。 やっぱり、僕一人の力でルネの身体を治すことなんて、無理だったのかなぁ……」 薄暗い地下の一室で、ジャンは溜息交じりにそう呟く。 ルネを助けると言ったことに後悔はなかったが、早くも焦燥感が現れてきたのは紛れもない事実だ。 今、ジャンのいる部屋は、テオドール伯の屋敷にある地下室だった。 もともとは物置小屋として使われていたような場所だが、ジャンの話を聞いた伯爵は、その部屋を彼に貸し出した。 ルネの病の正体を探るための、研究室に使ってくれというのだ。 343 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/24(金) 00 49 57 ID g6UM6UEf 四方を石で囲まれた地下の部屋は、日中でもランプがなければ辺りの様子がわからないほどに薄暗い。 陽の光に弱いルネにとっては好都合な場所なのだろうが、さすがにジャンも、こんな湿っぽい場所にルネを閉じ込めておこうとは思わない。 この部屋は、あくまで自分がルネの病を調べるための部屋である。 そんな風に割り切っていた。 だが、例え部屋を貸し出され、必要な道具まで一通り揃えてもらったとしても、それでルネの病の正体がわかるわけでもなかった。 図書館から借りてきた本は、この数日で全て読み漁った。 が、そこに書かれていた知識は、どれも今のジャンが欲していたようなものではなかった。 馬鹿馬鹿しいと思いつつも、ジャンは吸血鬼にまつわる話の書かれた本も借りてみた。 ルネのことを吸血鬼だとは思っていなかったが、もしかすると、伝説の中に何かのヒントが隠されているかもしれない。 そう願ってのことだった。 しかし、そんな彼の願いも虚しく、本に書かれていたのは下らない迷信のような話ばかり。 しかも、本によって記述が実にまちまちで、何が嘘で何が真実なのかさえもわからなくなりそうだった。 特にジャンが馬鹿らしいと思ったのは、吸血鬼の誕生に関する話のうちの一つだ。 ――――吸血鬼に血を吸われた者は、吸血鬼になる。 そんな下らない内容のことが、さも真実であるかのように書かれているから嫌になる。 そもそも、吸血鬼は人間にとって、数少ない捕食者であると言えるだろう。 しかし、捕食者が獲物を捕食した結果として新たな捕食者が誕生するとなると、これは実に困ったことになる。 食事の度に仲間が生まれるとなれば、当然のことながら、吸血鬼の数はねずみ算式に増えてゆく。 結果、瞬く間に捕食者の数が被捕食者の数を上回り、この世界のバランスが簡単に崩れることになるだろう。 本の記述が正しければ、今頃はこの世界の殆どの人間が吸血鬼になっていてもおかしくはないのだ。 それに、クロードの様子を見る限り、彼は――――その身体の特徴以外は、であるが――――至って普通の人間だった。 ルネのように血を求めることもないし、太陽の下も平気で歩ける。 クロードはルネの求めに応じて血を与えていたようだが、彼が吸血鬼になっているような様子はない。 やはり、これは病気なのだ。 そう信じて、ジャンはルネの身体を調べることにした。 344 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/24(金) 00 50 27 ID g6UM6UEf 定期的に血を求める衝動に襲われること。 怪我をしても瞬く間に血が固まって、傷の治りも他人よりも極めて早いこと。 何かにつけて血に関する事柄が目につくことから、ジャンはルネの抱える病の原因が、彼女自身の血にあるのではないかと考えていた。 彼女の血を摂り、それを調べること。 何から調べてよいのかも見当がつかなかったが、とりあえずはそこから始めたい。 そう思ったジャンだったが、研究は遅々として進まなかった。 採血が済み、地下室へと運ぶまでの短い間で、ルネの血液はいとも容易く凝固してしまう。 そうなった血は単なる巨大な瘡蓋の塊であり、何かを調べるには適さない。 結果、ルネを地下室に呼んで血を摂ることになったが、それでも状況は好転しなかった。 血が固まるまでに調べられることは限られていたし、ジャンの知識も不足していた。 固まった血を戻す方法なども考えたが、ルネの血は、ジャンの持っているどんな薬にも反応しない。 血液の巡りを良くするという東洋医学由来の薬も煎じてみたが、それを飲ませたところでルネの体質に何か変化が見られたわけでもなかった。 ルネの抱えている病の正体は、いったい何なのか。 その原因はどこにあり、何をどうすれば、彼女の体質を普通の人間と同じものにできるのか。 あまりにわからないことが多過ぎて、ジャンは独り地下室で頭を抱えた。 クロードの話では、ルネが血を求めるようになったのは、落石事故の後だったという。 彼女は生まれつき、今のように人の血を啜っていたわけではない。 だが、ルネの身体に現れた変化は、果たして本当に病なのだろうか。 もしかすると、彼女は本当に伝説の吸血鬼ではないのか。 そんな疑念がジャンの脳裏を掠めたとき、彼は地下室の扉が開く音を聞いて我に返った。 「失礼いたします……」 部屋に現れたのはクロードだった。 その手には、銀のトレーに乗せられた夕食がある。 夜遅くまでルネの病を治す方法を研究するジャンに、伯爵が出させたものだった。 「クロードさんか。 もう、夕食の時間になったんですね……」 「はい。 お食事は、いつもの場所に置かせていただきます」 「助かるよ。 でも……正直なところ、なんだか申し訳ないな。 あの日、あなたと約束をしてから一週間以上も経つのに、僕はまだ何も解決の糸口を見いだせていない……」 「そうですか。 しかし、そう簡単に事が上手く運ぶとは、私も思ってはおりません。 それよりも……私はむしろ、ジャン様のお身体の方が心配です。 お嬢様のために色々と調べていただけるのはありがたいですが、あまり無理をなさりませんよう……」 345 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/24(金) 00 50 51 ID g6UM6UEf 珍しく、クロードはジャンの身体のことを心配するような素振りを見せた。 感情を殆ど表に出さず、テオドール伯とルネのためだけに生きているような男の口から出た言葉としては意外である。 もっとも、そのことをジャンが問うたところで、クロードは「あなたの身に何かあれば、お嬢様が悲しみます」としか言わなかったが。 「ところで……」 机の上にある道具を片付けながら、ジャンはクロードに言った。 「あなたこそ、身体の方は大丈夫なんですか? いくらルネが求めてくるからと言って、彼女に血を与え過ぎれば、いずれはあなたの方が先に死にますよ」 「それは承知の上です。 しかし、仮にそうなったとしても、私は本望ですよ。 お嬢様のために死ねるのであれば、己の命など惜しくもありません」 一寸の迷いもない口調で、クロードはきっぱりと言い切った。 この男――――しつこいようだが、彼の心は正真正銘の男である――――にとっては、自分の命よりも伯爵やルネの喜ぶ顔の方が大切なのだろう。 そのためならば、己の命さえ簡単に投げ捨てる。 そんな彼の心を知ってか、ジャンもそれ以上は何も言わなかった。 静寂が、再び部屋を包む。 クロードが去り、地下室にはジャンが独り残された。 運ばれてきた食事を適度に片付いた机の上に置き、ジャンは本を片手にそれに手を伸ばす。 パンを口に運びながら読んでいるのは、古今東西に存在する血の病について書かれた本だ。 血の病と一口に言っても、その種類は実に様々である。 怪我をしてもなかなか出血が止まらないような病気もあれば、どこかにぶつけたわけでもないのに身体に紫斑が現れる病気もある。 また、脱水症状の結果、血が濃くなり過ぎて身体に変調をきたすような病気などもあった。 もっとも、それらの病のどれ一つとて、ルネの抱えている症状に合致するものがないのが悩みの種だったが。 薄暗い、ランプの灯りに照らされただけの地下室で、本のページをめくる音だけが響いている。 いつしかジャンは夕食を口にすることさえ忘れ、自分の手の中にある医学書を読み続けることに専念していた。 「ジャン……。 まだ、そちらにおられますか?」 突然、ジャンの後ろで声がした。 扉の開く音さえも聞こえなかったため、いささか驚いた顔をしてジャンは振り返る。 先ほど、夕食を置いていったクロードが再び現れたのかと思ったが、そこにいたのはルネだった。 346 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/24(金) 00 51 17 ID g6UM6UEf 「なんだ、ルネか。 どうしたんだい、こんなところに一人で」 「いえ……。 私は、ただ……ジャンのことが心配になっただけですわ。 こんな暗い部屋に毎日閉じ籠っていては、きっと身体にもよくありませんもの」 「確かにね。 でも、僕は決めたんだよ。 君の身体を治す方法を見つけるまでは、この屋敷で研究を続けようってね。 それが僕にできる、君に対しての贖罪さ……」 自嘲気味な笑みを浮かべてジャンは言ったが、ルネは笑わなかった。 彼女にとっては病を治すことなど二の次で、ジャンと一緒にいられることの方が嬉しかったのだ。 ジャンが再び自分のところへ戻って来てくれた。 自分の本当の姿に一度は恐れを成しながらも、それでも理解を示そうとしてくれた。 その事実だけで十分だった。 自分のためにジャンが苦しむ。 それは、ルネにとって最も望ましくないことである。 ジャンは贖罪と言っていたが、そんなものをルネは望んではいなかった。 今までのように、父の往診に来てくれたついでに、紅茶を飲みながら他愛もない話ができればそれでよかったのだ。 だが、そんなルネの気持ちを知ってか知らずか、ここ最近のジャンは地下室に籠りきりだった。 当然、ルネと会話をする機会も減り、彼は何かにとり憑かれたようにして研究に没頭している。 これでは例えジャンが毎日屋敷を訪れたとしても、ルネにとっては彼と引き離されているに等しい。 彼女の血を求める衝動は、ここ最近になって更に強まってきた。 ジャンと一緒にいられる時間が減ってゆくほど、ジャンに会えないと思う気持ちが強くなるほど、その衝動は更に高まった。 クロードはルネの衝動に合わせて血を与えてくれたが、それでは既に満足できなかった。 血の渇きは多少和らぐことはあっても、それ以外の渇きがまったく満たされない。 このままではいけないと思っているのに、吸血という行為に縋ることでしか感情を抑えられない自分が嫌だった。 「あの……」 遠慮がちに、それでも可能な限りの勇気を振り絞り、ルネはジャンに語りかける。 「なんだい。 もしかして……どこか、具合が悪いとか?」 「いいえ、そうではありません。 ただ、少しばかり、ジャンに私の我侭を聞いていただきたいと思いまして……」 「我侭? まあ、内容しだいでは聞いてあげられないこともないと思うけど……。 いったい、何をして欲しいんだい?」 「はい、実は……」 胸の中に大きく息を吸い込んで、ルネはジャンに自らの願いを告げた。 それは、普通の人間から見れば、取るに足らないものだったかもしれない。 だが、彼女のような身体を持つ者にとっては、それはあまりにも無謀かつ大胆な願いだった。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 347 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/24(金) 00 51 44 ID g6UM6UEf 夕暮れ時の厨房で、まな板を叩く音がする。 しかし、それは決して軽快なリズムではない。 コン、コンと、まるで途切れるような感覚で、まな板だけを叩く音が響いていた。 あの日、ジャンが街に残ると告げた時から、リディは家事に力が入らなくなっていた。 宿場の掃除や客のための夕食作りは辛うじてできるものの、いかんせん、自分自身のことに身が入らない。 今日も自分のための夕食を作ろうとしてみたものの、結局何もできずにまな板を叩いているだけだ。 今まで自分は、ジャンのことを考えて夕食を作っていた。 いや、夕食だけではない。 朝食も夕食も、ジャンが喜んでくれそうなメニューは何かを考えて、常にそれを作るよう心がけていた。 そんなジャンだったが、彼は彼女の前から姿を消した。 同じ街に住まい、未だ宿場の三階に居候をしているものの、最近の彼は寝に帰って来るだけだ。 朝食も夕食も外で済ませ、リディの作った物を口にする余裕はない。 その上、何やら思いつめているようで、リディのことなど眼中にはないといった様子だった。 ――――トン……トン……トン……トン……。 光を失った仄暗い瞳で、リディはまな板を叩き続ける。 ジャンは今、どこでなにをしているのか。 そればかりが頭をよぎり、まともに夕食のことを考えるだけの余裕がない。 考えても仕方のないことだとわかっていたが、それでも頭が勝手に考えてしまう。 そして、そんな彼女の気持ちを代弁するかのようにして、無常な包丁の音だけが部屋を支配する。 どれくらい、そうしていたのだろうか。 気がつくと、リディの後ろには一人の女性が立っていた。 厨房に入ってきた人の気配を感じ、包丁を握っていたリディの手が止まった。 振り向いて顔を確かめずとも、それが誰なのかはリディにもわかる。 宿場の一階を借りて、酒場を経営している男の妻だろう。 348 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/24(金) 00 58 52 ID g6UM6UEf 「まったく……。また、こんなところにいたんだね……」 半ば呆れたような顔をして、恰幅のよいその女性は言った。 腰に手を当て、ともすれば怒ったような視線をリディに向けて来る。 「リディちゃん……。 あんた、また夕食を食べてないんでしょ? お客さんのお世話で大変だってのは、私にもわかるけどさ。 こう何日も夕食を食べない日が続くと、さすがに身体に毒だと思うよ」 「すいません、おばさん……。 でも……なんだか、どうしても自分の分を作る気が起きなくて……」 「まったく、しょうがない娘だねぇ。 でも、そろそろ店も忙しくなってきたからね。 悪いけど、こっちも厨房を使わせてもらえないと困るんだよ」 「それでしたら、どうぞ……。 私は部屋にいますんで、何かあったら言って下さい……」 どこか遠くを見るような視線のまま、リディは呟くようにして言った。 その声にあまりに生気がないことに、酒場の店主の妻もぎょっとして目を丸くする。 虚ろな目をしたリディが隣を通り過ぎた時、思わず冷たいものが背中を走った。 「ま、まあ……それでもリディちゃんは、今まで一人でよく頑張ってきたからね。 たぶん、疲れも溜まっているんだろうし、今日はゆっくりしな。 賄いでよければ、食事は私が部屋まで届けておくからさ」 慌てて後ろから声をかけたが、リディは返事をしなかった。 こちらに背を向けたまま頷いたようにも見えたが、はっきりとはわからない。 いったい、リディはどうしてしまったのか。 年末が近づき忙しくなっていることはわかっていたが、それにしても、あんな顔のリディは今までに見たこともない。 しかし、いつまでも考えていたところで話は始まらない。 酒場の客に出す料理を作るため、店主の妻はリディに代わって厨房に立つ。 一通りの調理器具と贖罪を揃え、腕まくりをして気合を入れた。 「さあて……。 それじゃあ今日も、一仕事させてもらうとするかね」 包丁を握り、まな板に乗せたハムにその刃を当てる。 数枚のハムを切り出したところで、店主の妻は、ふと隣にある鍋に目がいった。 いつもであれば、リディが作った夕食が入っているであろう鍋。 だが、今日に限っては、それもない。 厨房に籠る時間が増えている割には、リディはまともに自分のための家事をすることがなくなっていた。 宿場の客の世話はするものの、後は全てどうでもよいといった感じである。 「やれやれ……。明るく元気なところがとりえだったって言うのに……最近のあの娘は、どうしちまったんだろうねえ……」 厨房を出るときのリディの様子を思い出しながら、店主の妻は独り呟いた。 今まで、何があっても負けることなく宿場の経営を続け来たリディ。 そんな彼女の中に生まれつつあった闇に、何も知らない店主の妻が気づくはずもなかった。