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第七章 「で、何でここにいる?」 一人と一匹に問いかけた。 「入れてもらった。大丈夫。情報操作でこの部屋は防音室。」 「いや、そうじゃなくてさ……」 「彼女は私を連れて帰ってくれたのだ。感謝したまえ。」 そういえば、また忘れてたな。 「ハルヒ。簡単に説明………ってあれ?」 ハルヒはのびていた。 「これまた好都合。」 全然、好都合じゃない。 「要件は?」 「答えは出た?」 「俺は帰らないつもりだ。」 「やはりな。」 何でお前まで知っている。 「それは、キミと一緒に話を聞いたからだ。」 つまり、お前は俺が取り憑いた時の事を覚えていると。 「無論そうだ。」 「古泉一樹もあなたがそう答えると予測した。朝比奈みくるは、逆の予測を立てた。」 「そうか。それを言いに来たのか?」 「違う。もっと大切な事。」 何だ。言ってみろ。 「お腹が空いたのだが。」 下行って妹に餌でもねだれ。 「ここは、あなたが想像する改変世界ではない。」 どういう意味だ? 「正確に言うと、朝倉涼子が創った情報制御空間。時空間を改変してはいない。 彼女は、あなただけをこのオリジナルに似せたこの空間に閉じ込めたと思われる。」 そんな事出来るのか? 「涼宮ハルヒの力を少し使えば可能。」 しかしあいつは、メモリ不足だって言ってたのだが。 「無いなら作れば良い。少量のメモリの増強は簡単。 それに、彼女が消える直前、自分の能力を多少捨てれば尚更の事。 他にも数種類の方法があると思われる。 わたしはあなたの話を聞いた後、色々と調べていた。 すると奇妙な事に、時空震の痕跡が見つからなかった。 朝比奈みくるに問い合わせても、やはり見つからない。」 そういう風に改変したとかは? 「その可能性があったので、ある実験を試みた。」 何だ、それは。 「実際に過去に遡れるかどうか。 朝比奈みくるの力と、あなたが前に使った緊急回帰プログラムを古泉一樹に使用した。」 結果は? 「成功。約1日以上遡れなかった。」 それが何を示唆するのか分からないのだが。 「この世界が改変されたのなら過去はある。しかし、この世界は過去が無い。 だから遡れない。 何故なら、この世界は昨日創られたから。」 「つまり、朝倉涼子君が創ったこの空間は過去が無い。そう言いたいのだな?」 ししゃもをくわえたシャミセンが横にいた。 「今日の夕食はししゃもだそうだ。キミの妹が言っていた。」 「そう。」 「シャミ。まさかお前妹に話しかけたのか?」 「いいや、キミが前に指導した通り、みゃーで済ませた。」 「そうか、悪いな。有難う。長門もな。」 「いい。」 そう言って長門は立ち上がる。 「気が変わったらまた。」 あぁ、何にせよまた会いに行くからな。 「出来れば、あなたには戻って欲しい。 涼宮ハルヒから進化の可能性を見つけたい。 また図書館にも行きたい。」 長門……… 「それじゃあ。」 「待て。ハルヒに話さなくていいのか?」 「………やっぱり今はまだいい。」 長門は帰って行った。 「キミは謝らなくてはならない。」 誰にだよ。 「元の世界の仲間達だ。」 元の世界? 「元の世界の仲間は、この世界と違い、キミの為に働いた。自分の使命に背いてまで。 そして、元の世界のキミの彼女が、キミの帰りを一番待っている筈だ。」 ハルヒが俺を待っている。 「私に宿る仲間も言っている。キミは戻るべきだ。そして、仲間に感謝しろと。」 宿る仲間? 「珪素がどうだとか言ってたな。」 阪中の犬のあれか。 「とにかく、もう一度考えろ。」 「有難うシャミ。」 「礼には及ばない。それより、これを取って欲しい。苦しくてたまらない。」 長門の付けたバイリンガルを煙たそうに引っ掻く。 「いいのか?もう話せないぞ。」 「構わない。」 「そうか。本当に有難うな。元の世界に帰ったら、高級キャットフードをやろう。」 「私には関係ない話だ。」 「そうか。横のボタンを押せ。」 「ここか?」 シャミセンがボタンを押すと、バイリンガルが取れた。 「みゃー。」 シャミセンは下に降りて行った。 さて、生理的なもので、俺も眠くなる。 ハルヒはそのまま熟睡して、いびきをかいていた。 このままこの世界にいると迷惑かけるな… ふと、家族や仲間達の顔を思い出す。元の世界の人々はどうしているだろう。 長門が上手くまとめているといいんだが。 無性に恋しくなる。 しかし………「この」ハルヒをどうする。 ふと、雪山で遭難した時に古泉が言った言葉を思い出す。 「僕が恐れているのは、これが消去プログラムではないかということです。」 「僕たちがコピーされ、シミュレーションによって存在させられているのだとしたら、 わざわざこの異空間から出ていく必要はありません。 オリジナルが現実にいるのであればそれで充分ですからね」 「………さて、ここで変化のない満ち足りた人生を歩むのと、 いっそのことデリートされてしまうのと、あなたはどちらがいいと思いますか?」 前は、俺まで消えてしまうかもしれないという異世界だった。 今度は、俺だけがオリジナルの世界の住民で、この世界の奴らはコピーの住民だ。 消せるか?「この」ハルヒを。 どうするよ俺? 「現実をみろ。」 現実?何処だよ。それは。 「元の世界だろ?長門が連れて行ってくれるさ。」 長門が信用出来るか?この世界の長門は、俺達を殺すきっかけを作ったんだぜ? 「今のお前に何の価値がある。死人に口無しだ。既にお前は利用価値は皆無だ。それに、何故この空間があると思う。」 知るか。そんなもん。 「おいおい、しらを切っても無駄だぞ。なんせ、俺はお前だ。お前の事なら全部分かる。」 あぁ、そうだとも。此処は俺の牢獄だ。 なんかムシャクシャする。 自分自身にこんな形で腹を立てるなんて滑稽極まりない話だ。 「どうせ、失う物なんて無いんだろ?この世界はお前の桃源郷じゃないんだ。」 「ハルヒと誓ったんじゃないのか。やる事があるはずだぞ。」 「足掻けよ。ウジ虫。」 「もう昼か。」 時計を見てハッとした。 ハルヒはまだ眠っていた。そろそろ起こすか。 「起きろハルヒ。もう昼だ。」 「ん、あと4年……」 そんなに眠っていては困るので、俺の自慢の歌で起きていただこう。 「おおーおきろー♪おきろおきろおきtッ……おきろー♪」 「うるさーい!!」 「昼だ。起きろ。」 「んー?もうそんな時間?たしか昨日は………」 あ、まずい…… 「キョン。有希と何があったの?正直に話しなさい。」 ハルヒは引きつった笑みを浮かべる。このままでは、俺は至上の苦しみを味わうだろう。 長門は宇宙人だと言って通じるわけないし、言い訳、何か良い言い訳はないのか!? 「えーと、長門は元々霊感の強い家系の生まれなんだ。だから、最後に何か話そうと思って………」 「ふーん。有希だったらありそうね。 ところであんたの猫、喋ってなかった? いいえ、喋ってたはずだわ。これは調べる価値があるようね。」 ハルヒは一目散に駆け出して行った。 「やれやれ。」 1時間程経っただろうか。ハルヒは不満そうな表情で帰ってきた。 「どうだった?」 「ダメね。うんともすんとも言わないわ。」 「だろうな。」 内心ほっとした。 「いいわ!!行くわよキョン。みんなに最後の挨拶しなきゃ。」 「あぁ。」 「どうしたの?元気ないわね。」 「………いや、何でもないさ。行こう。」 外に出る。今日はいい天気だ。雲一つ無い。 「ほら。」 何だ。 「手。繋いであげる。」 「ありがとう。ハルヒ。」 「ふん、どういたしまして。」 俺達は学校へ歩む。 太陽は俺を嘲笑うかの如く照りつけ、俺の心に陰を作る。 忌々しいが、どこか温かいかけがえのない存在者。 それはまるで、現在俺の横で鼻歌混じりで歩いている奴みたいだ。 「着いたわ。」 真っ先に部室棟へ向かう。 「待ってた。二人共。」 「有希!!」 ハルヒは長門に飛びつくが、虚しく体をすり抜ける。 「そっか……死んでるんだった。あたし。」 「朝比奈さんと古泉は?」 「もう直ぐ来る。その前にこれに入って。」 長門の指した先、二体の人形があった。 「これって……」 あぁどう見ても俺とハルヒそっくりだ。 瓜二つと言っても過言ではない。 「入って。」 ハルヒは混乱状態だったので無理矢理押し込んだ。 俺ももう一体の方に入る。 「え……あたし、生き返った!?」 人形に入ったハルヒが喋り出す。 「通常の有機生命体と同じ作り。内臓等の器官もほぼ100%一緒。」 そんな事いいから服くれ。今頃素っ裸な事に気付いた。 「あたしはみくるちゃんのでいいわ。」 「俺のは?」 「無い。」 「どうも。おや………これは。」 スマイルがにやけに変わった古泉がそこにいた。 よう、古泉。悪いが服くれ。 「僕はこのままが興奮しますがね。残念ですよ。本当に。」 と言いながらジャージを俺に手渡した。 「こんにちは、長キャー!!」 しまった。遅かったか。急いでジャージを着る。 「では、始める。」 「待て。お前らは、消えて良いのか?」 「愚問ですね。僕は世界の味方です。偽りの世界ではなく、本来在るべき世界のね。 あなたがこのままこの世界の住人を希望するなら、力ずくで押し返してあげますよ。」 「わたしは、キョン君と涼宮さんが幸せになる未来が見てみたいな。」 「わたしもあなたが生存した世界を望む。わたしのために。」 みんな、すまない。俺は、お前らの希望する世界を創る。絶対お前らの期待を無駄にしない。 どんな困難も乗り越える。2人……いや、SOS団全員で。 「そちらの僕達に言って下さい。」 「大切な仲間を。」 「裏切るな。」 あぁ、伝えとく。 「ハルヒ。悪いがお別れだ。」 「いやよ。」 銀色の斬撃が走る。 俺は、間一髪逃れる。 「いやよ。ずっとキョンと一緒なんだから。」 どこから出したのだろう。ハルヒの手には、ナイフが握られていた。 「キョンはあたしだけのものよ。だれにもわたさない。」 これが俗に言うヤンデレというやつか。よくは、知らんが非常に怖い。 「猿芝居は止して欲しい。わたしの目は誤魔化せない。」 長門の一言に、ハルヒの手が止まる。 「あら、またバレちゃった。 いかにもあたし、いや、わたしは、涼宮ハルヒでありながら、朝倉涼子でもあるわ。」 どういう事だ。 「まず、朝倉涼子の能力を使い、情報制御空間を造る。 そして、涼宮ハルヒの能力を使い、空間内部を現実そっくりに構築したわ。 その時、涼宮ハルヒと朝倉涼子を同化させれば良い。 そしてこの空間が生まれたの。分かってくれたかな? それにしても、あなた達がわたしの予測通りに行動しなかったのは、誤算ね。 まだ力が上手く制御出来ないみたい。」 ハルヒの容姿をした朝倉涼子は微笑んでいた。 くそったれ。俺はこんな奴と2日間連んでいたのか。吐き気がする。 「……わたしは、あなたにここに居て欲しいの。」 またハルヒの起こす情報爆発とやらを観測する為か? 「今のわたしは情報統合思念体から外れ、一個人として動いてるの。もうそんな必要は既にないわ。」 「なら、何故こんな事をした。」 「あなたを守るためよ。」 「意味分かんねぇよ。守る?殺すとの間違えじゃないのか?」 「先にこれを見てもらおうかしら。」 部屋が一気に暗くなり、壁や床に映像が映る。 そこに映るのは、平和な日常。俺がいる。 「これはあなたが生存した場合の未来。」 映像はだんだんとスピードをあげ、早送り状態となる。 途中から少しずつゆっくりとなる。 「ふえぇぇぇ!?」 「朝比奈さん。見てはいけません。」 古泉が朝比奈さんの目を塞ぐ。 「こりゃあ……なんと………まぁ。」 グロ表現たっぷりの映像だった。俺も見るべきではなかっただろう。 風貌から見て、数年後。ハルヒは暴走する。 俺や宇宙人、未来人、機関の人々が止めに入るが俺は死に、全て無駄に終わる。 正気に戻ったハルヒだが、自分の行いに苦悩し、発狂。 再度暴走を始め、世界中の人々を巻き込む。その後、誰か知らない野郎にハルヒは殺される。 世界は改変され、俺達は蘇る。だけどそこにハルヒはいない。 世界は改変され、俺達は蘇る。だけどそこにハルヒはいない。 「これはわたしの計算が導き出した未来。」 「冗談だろ?」 「情報統合思念体も同じ考えのはずよ。」 もしや、今まで長門の親玉が黙ってたのは…… 「彼女が確実に起こす情報爆発を待ち望んでいるからよ。 あなたを殺すつもりは無かった。長門さんが助けに来る事や、わたしが消される事くらい分かってた。 それでも、あなたにはこんな未来を歩んで欲しくない。 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースじゃなく、 あなたを想う『人』としての希望なの。」 「それでも俺は帰る。」 俺は、約束したんだ。こいつらと元の世界のハルヒに絶対帰ってやるって。 「ダメ、絶対。後悔するのはあなたよ?この世界で安穏と暮らした方が良いんじゃない?」 「ハルヒがいないこの世界で俺に何が出来る?止めるならお前をぶっ飛ばす。」 「……そう。分かっているの?今のわたしに勝てる人はいない。例え倒しても、同じ方法で再生するだけよ。」 「「長門さん!!」」 朝比奈さんと古泉が叫ぶ。 「僕達に任せて行って下さい。」 「ここは、わたし達が死守します。」 「無理。この空間はただの情報制御空間ではなく、空間の隙間に強力なファイアーウォールが張ってある。 これを破るには、涼宮ハルヒの能力が必要。しかし、彼女が抵抗する今、それは不可能。」 2人からは諦めの表情が見える万事休すか。 その時、俺の頭のどこかがプッツンと逝ってしまった。 なんで俺がこいつ等に人生を制限されねばならん。 確かにハチャメチャな人生も良い。良いがそれは人間の基本的な倫理観においての話。 自分の今後の生活を脅かし、死亡時期まで決められちゃ困る。うざい。非常にうざい。 とりあえず、目の前の朝倉が一番邪魔だ。 「どけぇぇぇぇ!!!」精一杯のパンチをお見舞いした。 朝倉は一瞬怯むが、すぐ体制を整え、俺の首を絞める。 「女性に手をあげるなんて最低じゃない?」 苦しい。呼吸が出来ない。俺は朝倉を睨む。 「残念ね。いっそのこと、今すぐ楽にしてあげるからね。」 機械のように笑っている。顔はハルヒだが、こんな表情はしない。 急に力が緩み、解放される。俺の顔に血潮がかかる よく見ると、朝倉の手が切断されている。 グロい。血が脈打つように吹き出てる。 「わたし達が守る。」 その瞬間、長門が俺の目の前に青白い半透明の膜を張る。 膜はちょうど部室を2等分し、片方に俺1人の状態。 「よく聞いて。」 朝倉の相手をしながら長門は話す。 「あなたに会えて良かった。あなたはわたしに任せる。あなたは、彼女を守って。」 「何言ってるんだ?」 「さようなら。」 「待て長門!!」 「流体結合情報凍結。」 終章へ
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涼宮ハルヒの感染 プロローグ? 涼宮ハルヒの感染 1.落下物? 涼宮ハルヒの感染 2.レトロウイルス? 涼宮ハルヒの感染 3.役割 涼宮ハルヒの感染 4.窮地 涼宮ハルヒの感染 5.選択 涼宮ハルヒの感染 6.《神人》 涼宮ハルヒの感染 7.回帰 涼宮ハルヒの感染 エピローグ
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結局のところどうなんだ。 世界は静まったのか。春にあった佐々木の件が本当に最後なのか。 そんなもんは解らん。古泉にだって解らんのだから、スナネズミ並の思索能力しかない俺ごときに解るわけがない。 ないのだが。 世界が静かすぎるのか? 俺の胸には妙な焦燥がある。晴天の霹靂なんて恐ろしい言葉を思いついちまったが、まさか今の静かな状態が台風の目から見える青空のようなつかの間のものではないだろうな。そうであってはならん。せっかくSOS団内外にごろごろしてた問題が一段落したってのに、それは実は暴風域の中心に入っただけですよなんてのは俺が断るぜ。 特に長門には絶対休養が必要なんだ。 俺が気を遣っていることは遣っているが、そんな程度のことが長門のような宇宙存在の気休めになってくれるとは思いがたい。できることなら、一日でもいいからあいつをハルヒの監視任務から逃れられるような快適な状況を作ってあげたいんだけどな。あの読書マニアのことだからどうせ図書館に一日中いるというのがオチだろうが、長門がいいならそれで構わん。 とにかく、休養が必要なときに九曜みたいなヤツが現れて長門のライフゲージを削るようなことをされては困るのだ。この際台風の目でもいい、せめて長門が飽きるくらい存分に読書できるまで待っててくれ。それか、世界がこのまま収まってくれるのなら俺は迷わずそっちを選ぶぜ。 長門じゃなくても、朝比奈さんにしても古泉にしても、七面倒くさい設定に束縛されずに生活できるんだろうからな。 * 「七夕よっ!」 七夕である。 「願い事は考えてきたでしょうねえ?」 といって、特別何かがあったわけではない。朝比奈さんに放課後部室に残っていてくれと頼まれることもなく、全員がその日のうちにどこぞの神様に対する要望を羅列した短冊を笹の葉にひっつけることができた。 今年も去年と同様に理屈からひねり出したような屁理屈を並べ立てたメモ用紙をハルヒが団長机に立って音読し、俺たちはそれぞれ十六年後と二十五年後に叶えて欲しい願い事を短冊に書かされた。 「あたしたちは将来のことについてもっと考えるべきなのよ。こらキョン、ちゃんと聞いてるの? あんたの将来なんか特に悲惨よ。もっと将来のことを真面目に考えるなさい!」 どっかの街頭演説並に無駄な熱意を込めて喋るのはいいとして、ハルヒに我が将来を心配されるのは業腹である。高校に行ってまで謎な部活動を設立して謎な活動しかしない奴なら、人の将来でなくて自らの将来を案じるべきだ。いっそのことUMA捕獲隊にでもなって一攫千金を目指したらどうだろう。チュパカブラあたりならわりと現実味がありそうだぜ。 『地球の公転を逆回転にしてほしい』 さて、これがこのヒネクレ女の一枚目願い事である。 精神年齢を成長させるべきだ。こんな願いが万一ベガやアルタイルにでも届いちまったら腹を抱えて大笑いするだろう。そうでなくてもこんなのを笹にひっつけて現世界で衆目にさらすこと自体が恥ずかしくて見てられん。 で、もう一枚は、これは少し意外だったのだが、 『SOS団メンバー全員が二十五年後にはそれなりの生活を送れるようにしなさい』 なるものだった。 何だ、精神年齢を成長させるべきだとか言ってしまったが、もしやハルヒも内面的に成長しているのか。それに、それなりの生活とはハルヒらしからぬ文ではないか。徹底主義者のこいつなら大富豪とか社長とか書きそうなものを。 俺が指摘すると、ハルヒは得意げに返答した。 「あんたがどうがんばったって二十五年後に大富豪や社長になってるわけないもん。そんな傲慢な願いは神様だって叶えてくれないし、あたしが神様だったらやっぱりあんたをそんなお金持ちにはしないわよ。だからあたしは叶ってくれそうな現実的な願い事を書いたつもりなの。よかったわね、これであんたも二十五年後には路頭に迷わずにすむわ。これから毎日朝昼晩三回ずつあたしに向かって手を合わせなさい」 何というか、団長ってのは団員を気遣うものらしいからな。それだけ団長の自覚が芽生えたってことで感謝するべきだろう。崇めるつもりは毛頭ないが。 朝比奈さんはまた、 『もっとおいしいお茶が淹れられるようになりますように』 『みんな幸せに過ごせますように』 と、後半部分など感涙モノの心の広さで、俺は改めて幸せに過ごさねばなるまいと心持ちを新たにしたのだった。笹の葉に吊した短冊に向かってパンパン手を叩いて黙祷する姿も、なかなか可愛らしいですよ。 『世界平和』 『平穏無事』 かのような高校生にしては無益に老成しているように見受けられる四文字熟語を書き殴ったのはやはり古泉で、何となく古泉の苦労を暗に窺わせる願い事である。古泉は吊してから時折吹き込む風に揺られる願い事を哀愁漂う表情でしばし眺めていたが、俺の視線に気づくと鼻を鳴らして肩をすくめた。俺とどっちが苦労してるかは微妙なところだな。 長門は、 『保守』 『進展』 何やら無味乾燥なくせに意味ありげなことを完璧な明朝体で書き、若干背伸びして笹の葉に吊していた。棒立ちで自分の書いた願い事を動物園のパンダを見るような目つきで眺めている。 「十六年後とか二十五年後に、お前はまだ地球にいるのか?」 俺は気になって、まだ竹の前から離れようとしないショートカットに訊いてみた。もちろんハルヒには聞こえないよう、声をひそめて。 長門は俺の言った意味を確かめるように二、三秒間をおいてから、 「地球上にいると断定することはできない。それを決定するのはわたしではなく情報統合思念体だから」 そりゃまた、あの宇宙意識を罵るネタができたもんだな。 「ただし」 長門は補足するように言った。 「わたしという個体は存在し続ける。有機生命体の機能を持っているとは限らないが、情報生命体、あるいは単なる情報体として銀河系のどこかに必ず存在しているはず」 長門にしては力強い言葉であった。 俺は何となく、文芸部冊子を作ったときの長門の幻想ホラーを思い返していた。 綿を連ねるような奇蹟は後から後から降り続く。 これを私の名前としよう。 そう思い、そう思ったことで私は幽霊でなくなった。 ――ほんのちっぽけな奇蹟。 ふむ。やっぱり長門には有機生命体のままでいてもらいたいもんだよな。 「夏休みまでは吊しとくからねっ」 というように、今年のSOS団の七夕は変な雰囲気をまとうキミョウキテレツなイベントとなった。 それぞれの組織の思惑が多分に含まれているであろうこの神に向けた願掛けも、ハルヒの意見によってしばらくはこの部室に居座りそうである。 ベガとアルタイルにもしこの文字群が見えたなら、ぜひそうしてやって欲しいもんだ。少なくとも、長門と朝比奈さんと古泉の願いくらいはな。あとハルヒの二十五年後に向けた願いも叶えてやって欲しい。十六年後に地球の公転が逆回転になってしまった場合地球にどんな影響が及ぶのかはいまいち解らんが、非現実的で傲慢な願いは神様も叶えてくれないだろうというハルヒ説に基づくのなら実現しないから大丈夫だ。俺が案ずるまでもなく地球は安泰さ。 ああ、誰か忘れてるな。 俺だ。 こんなのは真面目に書いたって物資的にサンタクロース以下の利用価値しかないだろうが、何も書かないのもどうかと思うしこの集団の中でウケ狙いの願い事を書いても古泉の苦笑が返ってくるだけのように思えたので、とりあえず思うままに書いてみた。去年の俺は俗物を頼んだために、どうせ未来の俺は金には困っていないだろう。だったらと思ってこう書いた。 『俺の身の安全を確保しろ』 『俺の知り合いに死人またはそれと同意の状態になる奴を出すな』 * 突然だが、SOS団という部活以下同好会以下の課外活動を何を持って終了して下校するかというのは実はほとんど決まったパターンである。 長門が電話帳ではないかと思うほど分厚いハードカバーを閉じると、その音を合図として誰からともなく席を立つことが習慣化されているのだ。おかしなことで、この暗黙の了解はハルヒにも通用しており、その日のハルヒがどんなに不機嫌オーラを発していても長門が本を閉じると自然と通学鞄を手にするのである。 ただし珍しいこともあるもんで今日は違った。今日は長門ではなく古泉が「ああ、もう時間ですね」と言ったのが終了の合図となったのだ。なるほど校内でも下校を急き立てるBGMが流れ出している。俺と古泉は廊下に放り出され、まもなく着替え終わった朝比奈さんと共にハルヒも出てきた。 「有希、早くしなさい」 驚いたことに長門はまだ部室内にいるようだった。ハルヒの呼びかけに中から小さく「わかった」という声がしたが、出てくる気配はない。読んでいる本が修羅場でも迎えたのか。 「校門のとこで待ってるけど、いい? いいなら戸締まりもやっといてくれるとありがたいんだけど」 再び「わかった」という声だけが聞こえた。ハルヒは妙な顔をしながらも他の団員を引き連れて階段へと歩き出す。俺は戻るべきかハルヒの金魚のフンと化すべきかしばし逡巡していると微苦笑の古泉が耳打ちしてきた。 「行ってあげたほうがいいでしょうね。いえ、もちろん僕ではなくあなたです」 「何か思惑があるのか?」 「さあ。もしかすると、あれは彼女なりの意思表示かもしれませんよ。あなたと二人だけの状況が欲しかったという、ね」 何か言い返してやるべきかと思ったが、古泉が気色悪くウインクなぞするので俺は黙って部室へと舞い戻った。一人で。 呆れたもので長門はまだパイプ椅子に座ってハードカバーに目を落としていた。 俺は何となく頬が弛みそうになるのを感じながら、 「長門、最近調子はどうだ」 長門は読みかけの本から漆黒の瞳を上げると首だけ俺のほうにやった。 「どう、とは」 「何かおかしなことが起こってたりしないかって意味だ。具体的に言うと、この間の宇宙野郎が暴れてたりしないか、とか」 「そう」 無論俺は長門の口から「ない」という二文字が出てくるに違いないと思っていた。古泉に教えられたこともあるし、さすがに九曜のヤツも少しは黙っててくれるだろうと。何よりあいつは情報統合思念体の監視下にあるんだ。そういうのは情報統合思念体の得意技なはずである。 だから、長門が無感動な声で当然のように、 「ある」 と答えたときには俺は反応に困った。 「えーと、あるってーと、おかしなことが起こっているということなのか?」 「そう」 そんなおはようの挨拶くらい簡単に言われても。 「どんなことなんだ。やっぱりあの、テンガイナントカってヤツがからんでるのか?」 「彼らに新たな動きが見られた」 長門は俺に視線を固定したまま、 「天蓋領域が、彼らのインターフェースを地球上から退去させた」 インターフェースの退去。 それがいったいどんな意味を持っているのかを理解するのに、俺はしばらく時間を要した。天蓋領域のインターフェース。長門とは違う種類の宇宙意識。 「九曜のことか」 「そう。情報統合思念体の把握能力では、現時点の地球において周防九曜と呼称されるインターフェースの存在を感知できなくなっている」 長門の淡々とした声が俺の鼓膜を震わせ、脳に届いて情報を理解したのと同時に俺は戦慄とも安堵ともつかぬ何かが身体を走り抜けていくのを感じた。 「地球からいなくなったってのか?」 「そう」 なんと。 周防九曜が地球からいなくなった。長門を何度となく攻撃してきたSOS団にとっての強敵は目の前から消え去った。 嬉しいことのはずである。あんなのが地球にいてメリットがあるとは思えん。あれに比べればタコ型火星人のほうがよっぽど庶民的であって友好的である。 だというのに、俺はいまいち喜べなかった。いろいろありすぎたせいで疑り深くなっているのかもしれん。 驚いた。俺はどうやら疑念を抱いているようだった。 なぜ九曜が地球からいなくなったのだろうか。 目的を諦めたのか。ハルヒの力だか佐々木の力だか知らないが、それを諦めて宇宙に帰っていったのか。 そんなことはありえん。 よもや長門並の力を持つあいつらがそんな簡単に折れるとは思えない。地球から出ていったのは目的を諦めたのではなく、何か他の目的があるからではないか。 捉えようによっては悲観的な考え方にも思えるかもしれんが俺は妥当なところだと思うね。俺の頭も経験値を着々と増やしているのさ。ま、何でいなくなったかと訊かれても俺は答えられんのだが。 こういうときは解ってそうな奴に訊くのが一番である。 「何故だ」 俺は訊いた。 「何で九曜が地球からいなくなったんだ」 「解らない。天蓋領域の思考パターンは我々には理解不能なもの。また、彼女がいなくなることによって情報統合思念体と天蓋領域との唯一の接点も失われたた。我々が彼らの意思を読みとることはできない」 あんなヤツでも一応唯一の情報源だったわけだしな。 それがいなくなったってのはますます怪しいじゃないか。ようするに、九曜がいなくなれば長門たちが天蓋領域の行動を把握できなくなるということだ。橋渡しをしていた九曜を地球から退去させることで、天蓋領域は情報統合思念体に意思を読まれることなく行動できるようになったわけだ。露骨に怪しすぎるだろ。 「それで、お前のところはどうするつもりなんだ。まさかそのまま放っておくのか?」 「天蓋領域の持つ力は情報統合思念体とほぼ互角だと判明している。退去の理由をはっきりさせないまま放っておくのは危険。今、情報統合思念体が総力を挙げて天蓋領域の位置特定を行っているところ」 宇宙の概念だけの存在が同じく概念だけであろう存在の居場所をどうやって特定するのかは古泉でなくとも興味があるが、そこは後日ゆっくり聞かせてもうらうことにしよう。 「お前はどうなんだ。何か、役割とかないのか?」 長門は俺を見て数回瞬きし、 「わたしに与えられた役割は、他のインターフェースと協力してあなたたちを保護すること」 無感動な声でそう告げた。 「安心していい。天蓋領域からの攻撃はわたしたちがガードする。危害は加えさせない」 他のインターフェースってのは喜緑さんのことだろうか。確かに、彼女と長門、それに古泉と朝比奈さん(小)(大)がいてくれるのならそれほど心強いことはないだろう。 しかしな、何度も言うが守られるだけってのも決して居心地がいいもんじゃないんだ。ハルヒみたいに無自覚ならともかく、俺のように何かが起こっていると知りながら何もできないのはけっこう苦痛だぜ。俺だってハルヒ爆弾の導火線に火をつけることぐらいはできるのだが、それを爆発させたことはほとんどないし、十二月に世界が変わったときは導火線に火をつけることすら不可能だった。あの時の喪失感はさすがにもう充分だ。 「長門、俺らを守ってくれるのはありがたいけどな、絶対に無理はするなよ。苦しくなったら何でもして俺か誰かに伝えてくれ。栞に書いて本に挟んでくれるだけでもいいし、ちょっと表情を変えるだけでもいい。あんまりお前にばっかり苦労をかけるのは嫌なんだ。お前も俺もSOS団の団員なんだからな」 「そう」 長門は表情一つ変えずに俺の顔を直視しながら、 「了解した」 * その後、俺はようやく本を閉じた長門と一緒に校門に向かった。さすがにもう待っていないかと思ったが校門前ではハルヒが律儀にも不機嫌面をして立っており、ついでに朝比奈さんと古泉もいた。 「遅い! 罰金!」 ハルヒは俺が駅前集合に遅れたシチュエーションとまったく同じトーンで言ってのけ、二人っきりで何をしていたのかさんざん言及されたあげくに結局俺が今度の市内パトロールで喫茶店代を奢ることになってしまった。長門はいいのかとツッコみたいところだが、どうせそんなことを言っても俺が喫茶店代を奢るのは日常茶飯事であり、長門にはいろいろ世話になってることもあるしたかが喫茶店代くらいでぶつぶつ文句を言うほど俺はできていない人間ではないつもりなので俺は口をつぐんだ。 そんなこんなで、ハルヒのUMAの話に付き合ったり古泉のややこしい宇宙理論の話を聞き流したりしているうちに駅前に着いて解散の運びとなった。下校途中も無言だった長門は、ハルヒに「じゃあね有希」と言われると聞こえないような声で「そう」とだけ回答した。マンションの方向にすたすたと去っていくセーラー服の小さな後ろ姿を何ともなしに眺めながら、俺は終わりそうにないハルヒのUFOがどうとかいう話に耳を傾けるのだった。 * さて、ここらへんでこの話の一旦の区切りがつくことになる。 今は知る由もなかったなどという常套句があるが確かにその通りであり、この静けさは嵐の前の静けさだったらしい。台風の目はいつまでも俺たちを庇ってくれはしなかった。 起こるべくして起こるのか、それともどこかで糸を引いているヤツがいるのか。どっちでもいいが、俺はそいつらに言いたい。 ふざけんな。
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事態は深刻。北高創生以来一番の大事件が起こっている。 事の発端は30分程前に遡る。我等SOS団がいつもの活動――まぁオセロやパソコンくらいだが――を部室でしていた時の事だ。 突然放送が鳴り、俺らは仰天する。 「ここの学校の放送室は乗っ取ったぁぁ!放送委員4人が人質だぜ!!」 明らかに高校生らしくない、中年男性の声がする。乗っ取った?…放送室を? 「これは強盗からあたしたちへの挑戦ね!!受けて立とうじゃない!!」 勝手に解釈するな!…言うと思ったけど。 「しかし涼宮さん。これはさすがに少々危険では…」 「古泉くん!この学校を救えるのはあたしたちしかいないの!あたしたちがやらなきゃ誰がやるの!?」 「そうですね。分かりました、やりましょう。」 そして勝手に納得するな古泉!ハルヒの奴が調子に乗るぞ。 俺らが放送室に向かおうという時に放送が鳴る。 「とりあえず金と酒を用意しろぉー!さもなくばこいつらの命はねぇぞ!!」 …この強盗、馬鹿か?何故金と酒目的で学校なんだ?しかも放送室って… そうこうしつつも放送室前に到着。そこには既に大勢の先生方が集まっていた。 岡部が放送室の中へ聞こえるように叫ぶ。 「金と酒は用意した!!どうやって引き渡すんだ!!」 用意周到なこった。っておいおい、酒があるのは問題なんじゃないか? 「生徒一人が入ってきて渡しに来い!!」 と、犯人の声。さっきの放送の声とは違うところから考えると、強盗は2人組らしい。 「あたしが行くわ!!」 さすがにハルヒの危険を感じた俺はハルヒを制止する。 待てハルヒ!ここは俺が行く。 「あんたはここで待ってなさい!言ったでしょ!この学校を救えるのはあたししかいないのよ!」 さっきは『あたしたち』だったような気がするが、まぁそこはスルー。 用意された金と酒(酒はビール瓶2本のようだ)をハルヒが受け取り、放送室の戸の前に立つ。 「さぁ、開けなさい!!」 ガチャという鍵の開く音。ハルヒは中へ入っていき、戸は閉まった。 緊張する一同。まるでドラマのワンシーンのようだな。 突如、中から騒音と奇声が聞こえてきた。 『バリーン!!』 「うわああぁぁ!!」 「くたばりなさい!」 『バリーン!!』 「ぐおっ」 「さぁ、あなたたち逃げて!」 「待てぇっ!」 「あんたはそこで倒れてなさい!!」 「ぎゃああぁっ!!」 しばらくすると戸が開いた。すぐに人質の放送委員4人が出てきて、その後に泡を吹いてる強盗2人をハルヒが鷲掴みにして出てきた。 「フンッ!ざっとこんなもんよ!」 いやあ、素直に感心したね。本当にたった一人でこの学校を救ってしまうとは。 その後警察が駆けつけて強盗2人を逮捕。ハルヒは警察から感謝状をもらっていた。 そうしてまたSOS団の歴史に新たな1ページが刻まれた。この活躍の象徴となる感謝状は、団長様の机の中に大切に保管されている。 end
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おいおい、何なんだこれは…………… やれやれ、非常識な事に慣れたとは言えこれはパニックになるぞ。 俺は額に手をやり、ため息をついた。 朝、今日は妹のうるさい攻撃が無いなと思い。 やっとあいつも大人しくなったかと思って体を起こすと、毎朝見慣れている俺の部屋ではなかった。 かといって閉鎖空間っぽい雰囲気の学校に飛ばされたわけでもなく、 時間を越えたわけでもないし、別世界に行ったわけでもなさそうだった。 上の3つはまぁ、俺の希望的観測であるだけな訳だが。 目の前には見る限り生活感のない殺風景な部屋、俺が知る限りでは長門の部屋以外には考えられなかった。 なんで俺がこう皮肉臭く言っているのかというのであれば、体がどうもその部屋の主の姿になっているようだったからだ。 そう、俺は長門になってしまったらしい。 俺が長門になっているなら、俺はどうなっている。 そう思った俺は、学校に登校することにした。 どうやら長門は制服のまま寝ていたようで、着替える手間がかからなくてありがたかった。 学校に着いた俺はすぐさま、俺がいるはずの自分のクラスへ足を向けた。 教室をのぞくと、その席は空席のままだった。 教室で話しているやつを捕まえて、聞いてみたが 「まだ来ていない」との事だ。 ついでにハルヒも来ていないかと聞いたが、同様の返事が返ってきた。 とりあえず、この状況を打破したい俺は教室から背を向け。 その足をいけ好かない笑顔の超能力者のいるクラスへ向けた。 1年9組に足を運んだ俺は、古泉がいるかと教室の入り口側に立っていたやつに聞いた。 「あー、古泉君?いるよ、ちょっと待っててね」 そういうとそいつは、古泉くーん女の子が呼んでるよーと叫びながら 古泉の場所へ向かっていった。 目の前に来た人物は、いつものへつら笑いをせず無表情のままであった。 それをみて俺はこの非常識な現象をあと3回見るのであろうなと盛大にため息をついた。 「お前は長門か」 「……………」 しばし沈黙の後、ある意味もう見ることのできないであろう 無表情の古泉はこくんと頷きこう言った。 「…………そう」 「とりあえず、昼に部室に行こう ほかのやつらもどうなっているかわからないしな」 「……………」 古泉の姿をした長門は、もう一度頷きおそらく古泉の席であろう場所へ戻っていった。 それを見届けた俺も長門の教室へ行き、教えてもらった席へ座り一通り授業を受けた。 幸か不幸か、普段から無口な長門の振りをしたまま授業を受けるのはそう難しくなかった。 授業の合間の休憩時間にもクラスメートから話しかけられる事は皆無だ。 休憩時間中に自分のクラスに行きたい衝動に駆られたが。 時間が短いこの時間ではやれる事も少ないので、昼休みまで俺はじっと我慢をした。 4時間目のチャイムが鳴り終わったあと、席を立ってすぐさま部室へと足を向けた。 長門ととりあえず話をするためだ。 まぁ他のメンツにも異常が起こっているなら、部室へ来るだろうと思ったのもあるわけだが。 部室を開けようとドアノブに手を触れようとした時こちらに向かって走ってくる人物がいた。 朝比奈さんだが、何かが違う。 「有希~~~~~!大変よ大変!!」 大変と言いつつもその目はキラキラと輝いている、この顔をする人物を知っている。 「あたし、みくるちゃんになっちゃったみたい!! もしかして、有希も違う誰かになったりしているの!?」 息を弾ませながら、こちらを見る。 たしかに、朝比奈さんはこんなハイテンションにならないからな。 こんな朝比奈さんを見るのも、おもしろいがそれではダメだ。 俺の朝比奈さんはおっとりしてて、ちょっとドジで、ほんわかとした笑顔を振りまいてくれる朝比奈さんじゃないといかん。 ハルヒ……………、お前は朝比奈さんになったんだな。 「って、キョン~~~~~!?」 朝比奈さんの姿で絶叫した声は、外で歩いている人物がビックリするほどの大きなものだった。 「なんでこうなっちゃったのかしらね!!」 「キョンと私と有希が入れ替わったって事は、古泉君とみくるちゃんも変わったかもしれないわね!」 「そうだ!みくるちゃんの格好だし、コスプレしてみようかしら!」 etc、etc……… 弾丸のように朝比奈さんの声で、俺の耳に入ってくる。 長門は姿が変わっても、部屋の隅で本を読んでいる。 古泉の姿でやられるのは、不気味とも思えた。 やれやれとため息をついていると、ガチャと扉が開いた。 入ってきたのは妙におどおどしてなみだ目のハルヒと、いけ好かない笑顔をしている俺だった。 「ふぇぇ………、一体どうなっているんでしょう」 泣きそうなハルヒ、いや朝比奈さんか。 一生で見られるか見られないか判らないような珍しい光景を今日一日で一生分見たような気がしてきた。 「いやはや、これは5人が入れ替わってしまったみたいですね」 俺の姿をした、古泉は笑顔を崩さずにそう言った。 どうでもいいが、俺の顔でそんな顔をすると気持ち悪いからやめてくれ。 「おやおや、と言われてましても困りましたね」 「そんな事どうでもいいじゃない!! いまはどうやって元に戻るのかが大事よ! みくるちゃんの体もいいけど、やっぱ自分の体が一番だしね!」 と会話しているところに、ハルヒが大きな声でみんなを制す。 「おい、これは一体どういうことなんだ」 俺は小声で古泉に話しかける。 「さぁ、僕にはわかりかねますが。 おそらく何か外因的な要素の所為で入れ替わってしまったんだと思います」 俺はその外因的な何かが何なのかと聞いているんだが。 「詳しい事はわかりません、涼宮さんが願ってしまってこうなったのかもしれませんし。 精神を入れかえてしまって、涼宮さんの能力を無効化してしまおうと情報思念体の急進派が行ったことかもしれません」 俺は本を読んでいる、長門の方に体を向けた。 「お前はこの現象はどうなのか説明できるか?」 「……原因不明。 情報思念体とコンタクトも取れない」 じゃあ俺が取れるってか? 「おそらくそれも不可能………。 長門有希としての個体能力は、一般人並になっている。 そのため情報思念体としての能力は使えない」 「なるほど、長門さんの精神を別の固体に入れることで能力を封印させているわけですね」 古泉がそれに返答をする。 長門なら何とかしてくれると思っていたんだが、この分だと古泉の超能力にも朝比奈さんの力も使えないんだろう。 その事実に俺は愕然とした。 「何こそこそ話してんの!! とりあえず、ここでグダグダやっていても仕方ないし放課後にもう一回集合しましょ!! じゃあ授業終わったら、みんなここに集合ね!」 わくわくした様子のハルヒがそう言って、みんな部室を後にした。 とりあえず午後の授業を受けて、今後のことを相談するんだそうだ。
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後編 3月1日。桜並木の下で同じ学年の女子たちが泣きながら友人たちとの別れを惜しんでいた。 今日は卒業式、あたしは式の後すぐに部室棟へと向かった。朝のうちにみんなに言ってある、式が終わったら部室に集合するように、と。 あたしが扉を開けたときにはもうみんな集っていた。 みくるちゃんは一年前に卒業してたけど、今日はあたしたちの式を見に来ると言っていたので部室にも呼んでおいた。みくるちゃんは一年ぶりの懐かしいメイド服を着てみんなにお茶を配っていた。 有希は相変わらず座って本を開いていた。キョンと古泉くんは会議用の机に着いて話をしていたようだった。 あ、古泉くんのブレザーのボタンが一つ外れてる。やっぱり古泉くんだし、女子に目を付けられてたんだろうな。きっと第二ボタンを寄越せと迫られたに違いない。 キョンは、やっぱりボタンはきちんと全部付いたままだ。そりゃあ古泉くんはともかく、キョンがそこまで女にもてるはずないもんね。 それからあたしたちは学校を出て、みんなでSOS団最後の市内探索を行った。 その後はカラオケに行ったりして日が暮れるまで遊びつくした。 楽しかった。今日だけじゃなく、このSOS団のみんなと過ごした高校の3年間全てがとても楽しいものだった。 それだけに、これでお別れになってもうみんなと会えないと思うと、胸が痛くなるほどに心苦しかった。1年生の頃、夏休みが終わらなければいいなと思ったことがあった、あれを何倍にも強くしたときのような気持ちになった。 でもまた高校の3年間を繰り返したいとは思わなかった。輝かしい思い出はもうそれだけであたしの心を一杯にしてくれた。 古泉くんも、みくるちゃんも有希も、キョンもみんな掛け替えの無いあたしの友達。一緒に過ごした月日はあたしが忘れない限りいつでもあたしの中にある。だからもう一度繰り返す必要なんてない。あたしはもう満足だった。 別れ際、キョンの制服のボタンを一つ貰っておいてやった。どうせ誰にも欲しがられなかったあまり物でしょ、哀れだからあたしが貰ってあげるわと言って。キョンはぶつぶつ渋りながらも、制服のボタンをちぎってあたしに差し出した。 もうみんなと、キョンと会えないんだ。だから一生大切にするよ、キョンの第二ボタン。 それから月日は流れた。あたしはその間いろいろな事があったように思うが、実は悲しいほどにほとんど何もなかった。 卒業して大学に入ってから、あたしはすぐに大学での生活に物足りなさを覚えた。 何も面白いことなんてない。 新入生歓迎の合同コンパではたくさんの男が言い寄ってきたけど、どいつもこいつも判を押したみたいに同じ顔をしていた。男も女も、私の目には八百屋の店先に並んでるカボチャぐらいにしか映らなかった。 授業が退屈なのは高校までと一緒だけど、自由な時間が多いのがあたしにとってはかえって苦痛だった。どうせ一緒に遊ぶ友達なんていないからだ。 大学のサークルには全部仮入部してみたが、これも成果なし。どれもこれも普通すぎるくらい普通の人間が集っているだけだ。 なければ自分で作ればいい。そう思っても、その言葉を伝える相手すら今のあたしにはいなかった。こんなことなら、大学のランクを下げてでもキョンか古泉くんと同じ大学に行ってればよかったかもしれない。 そう、あたしにとって大学のネームバリューなんてどうでもいいことだった。別に将来出世してお金持ちになりたいわけでもないんだから。 あたしにとって大切なのは人生を楽しむことだったはず。それもただ娯楽に酔うだけの楽しみじゃない、もっともっと素敵な物を見つけて、この世界で誰もできないような愉快な体験をすることがあたしの目的だったはずだ。 なのになんで今あたしは一人でいるんだろう。これじゃあの頃と、高校に入ってSOS団を作るまでの一人ぼっちだった頃となにも変わらない。 高校でも結局宇宙人も未来人も超能力者も見つからなかった。 でも、あの3年間はそんなこと気にならなくなるくらいに楽しくて、毎日が輝いていた。 それはなぜ? 真っ暗だったあたしの世界に光を与えてくれたのは誰? 孤独な世界で一人立ち尽くしていたあたしに手を差し伸べてくれたのは一体誰? 気づけばあたしはまた一人ぼっちだった。 あたしは朝起きなくなった。起きたくなかったから。 大学にも行きたくなかった。ずっと一人でいたかった。 本も読まなくなってテレビも見なくなった。身の回りの全部に対して関心が持てなくなっていた。 3月、後期の授業が終わって留年の告知を受けたとき、もう大学は中退することにした。 家では部屋に閉じこもって、食事も母さんに部屋の前まで持って来させた。 なにやってんだろう。こんなの駄目だよ。はじめはそう思っていたが、やがて自分の事にすらあたしは関心を失っていた。 そこから先の数年間は毎日同じことの繰り返しだった。 起きては寝るの繰り返し。ネットの遊びを覚えてからは退屈しなくなったが、結局は同じこと、あたしは動物園のオリの中にいる動物と同じように、ただ毎日起きては部屋の中だけで動き回ってまた眠ることを繰り返していた。 ある日父さんが怒ってあたしに出て行けと怒鳴った。 あたしは言われた通りに、何も持たずに家を出た。 玄関の扉に向かって小声でごめんなさいと呟いたが当然返事は戻ってこなかった。 あてもなく街をぶらついた。 寒かった。寂しかった。辛かった。 もういっそ死のうかと思った時だった。あたしはその光景を見て最初夢を見ているんじゃないかと思った。もう頭がおかしくなって、幻覚を見てるんじゃないかと考えた。 キョンがいた。ちょっと身長が伸びてたけど、顔つきもしゃべり方もあの頃と変わらないままで、キョンがあたしに話しかけてきた。 そして、キョンはあたしと一緒に暮らしたいと言った。彼の優しさが身に染みて、あたしは思わず泣き叫びたいほどの気分になった。夢なら覚めないで欲しかった。 それからの生活はあたしにとって楽しいものになると思った。 だけど、実はそうじゃなかった。 辛かった。すごく苦しかった。 両親になら迷惑をかけるのも気にならなかった。怒鳴られて家を追い出されても構わないと思えた。 でもキョンの迷惑になることはあたしにとってこれ以上無く心苦しいことだった。 もしキョンがあたしを怒って、もうどうでもいいと放っておかれたらどうしようと考えた。それはあたしにとって最も恐ろしいことだった。そうなったらあたしはきっと生きていく気力すら無くしてしまっただろう。 何度も頑張ろうとした。何度も何度も、あたしの壊れた心に火を灯そうとした。早くキョンに迷惑をかけないで済むようにしようと思った。 だけど上手く行かなかった。部屋に引き篭もっている生活を楽しいと思ったことは一度もない。だけどそれ以上の事をする気力がどうしても湧いてこなかった。 でもキョンはそんなあたしを一度も怒ったりしなかった。あたしはキョンが眠った後、彼に向かって何度も頭を下げて感謝した。こんな優しい人、世界中探してもキョンだけだ。こんなにあたしを大切にしてくれる人なんてきっとどこにもいない。 部屋の掃除をしろと言われたときも、彼があたしのためを思って言ってくれているとわかった。だから頑張ろうと思った。頑張って、キョンを喜ばせたいと思った。 だけど、いざ片付けを始めようとしたとたんに体から力が抜けていった。信じられない、ただ床に落ちたゴミを掃除しようとしただけで、強烈な倦怠感と疲労に襲われて動けなくなってしまった。 何事に対しても気力が続かない、これがあたしの病気、以前両親に連れて行かれた病院でのカウンセリングで言われたことを思い出した。 『無気力疾患』そう呼ばれる状態だそうだ。あたしは今、心の燃料が全くゼロになって、何もすることが出来ない状態でいると医者から聞いた。その事を改めて思い知らされた。 あたしは泣いた。声を上げてわんわん泣いた。こんな、落ちてるゴミを拾ってゴミ箱に入れるという簡単な事すら満足にできないのがどうしようもなく情けなくて。 あたしが何も出来ずにいる間にもうキョンが帰宅する時間になっていた。必死の思いでなんとか部屋中の物を全て集めて見つからないように隠した。こんな子供みたいな手段で誤魔化せるわけないと知りながらもそれ以上のことがあたしには出来なかった。 もう殴られてもいいと思った。キョンにとことんまで怒られて、呆れられて、そして家を追い出されればいいやと思っていた。こんなあたしに生きてる価値なんてないと理解していたから。キョンにも見捨てられていいと思った。 そうなったらもうあたしがこの世界で生きていく理由なんてない、だからひっそり誰にも見つからないように死んでしまおうと決めていた。 だけどキョンはあたしを許してくれた。あたしに対して怒る気持ちが無いわけじゃなかったんだと思う。それでもキョンはあたしに手を上げることも、出て行けと罵ることもしなかった。 それからもキョンはあたしのために色々なことをしてくれた。あたしは彼のおかげで変われた。救われた。もう全く役に立たなくなって、捨ててしまうしかないと誰もが思うだろう壊れたあたしを、キョンは拾いあげてぴかぴかに磨いて修理してくれた。 いくら言葉を尽くしてもこの恩を伝えることはできないと思う。あたしのキョンへの思いを伝えようとしたら愛しているという言葉すら軽すぎるほどだった。 告白しようと思っていた。 こっそり仕事を探していた。それが見つかって働けるようになったら初めての給料でキョンにプレゼントを買って、好きだって、ずっと一緒にいたいって伝えようと思っていた。 そんなある日、両親が訪ねてきた。 あたしを連れ戻しに来たと言った。当然あたしはそんなのに聞く耳を持つつもりなんてさらさらなかった。 あたしは今の生活に満足している。キョンが帰れというならいざ知らず、父さんと母さんがなんと言おうと関係ない。絶対に帰らないつもりでいた。 キョンだってきっとあたしとの生活をまんざらでもないと思っているだろうとあたしは感じていた。あたしは迷惑の掛けっぱなしだが、それも最近ではだいぶキョンのために色々なことが出来るようになってきた。 だからキョンさえ「いいよ」と言ってくれるなら、あたしはいつまでもずっと一緒にいたいと思っていた。 でもキョンはあたしを両親の元に引き渡すと言った。あたしは愕然とした。世界が足元から崩れていくような感覚があった。 キョンはあたしといて楽しくなかったの? あたしはずっとキョンと一緒にいたかった。でもキョンはそう思ってなかったの? でもそれも当たり前だ。あたしがキョンにしてることなんて、生活の全てをまかせきりにしてキョンに負担と迷惑をかけることだけだった。 キョンもひょっとしてずっと我慢してたのかもしれない。別にあたしのことをどうも思ってなくて、本当にこれでようやく解放されると思っていたのかもしれない。 あたしは大人しく両親に連れられて家に帰った。久しぶりに見たあたしの部屋はきれいに片付けられていた。でも、あたしにはここが自分の家とは思えなかった。あたしの帰る場所はもうキョンの元だけだと思っていたのに。 でもそう思っていたのはあたしだけ。キョンはあたしに家に帰ったほうがいいと言った。 元の生活に戻ってからは全てが順調だった。 会社に入った時は、中途採用ということで紹介され、その日にあたしのための歓迎会まで開かれた。 大学生だった頃、朝起きて大学に行くことが苦痛でしょうがなかったのに、今あたしは普通に早起きして出勤していた。 職場の人たちもみんないい人ばかりだった。働いてお金をもらえることにはとても充実感を感じられたし誇りに思えた。 だけど、全然幸せじゃなかった。 今だからわかる。人って絶対に一人では生きていけない生き物なんだ。 野生のウサギは一匹でもたくましく生きていけるが、人に飼われてかわいがられたウサギは、ある日いきなり一匹だけで放置されると寂しくて死んでしまう。 あたしもそう。中学生のとき、一人で尖がってたときは孤独なんて全然平気だったけど、人のぬくもりを覚えてしまったから、もう一人ぼっちの孤独には耐えられないんだ。 たとえこうやって働いてお金を稼いで、色んな人からよくしてもらっても辛かった。もう一度あの頃に、無力なあたしだった頃に逆戻りしても、またキョンと一緒にいたいと思った。 そうだ。それがいいよ。全てうっちゃって、会社も辞めて、家を飛び出して、またキョンのところに戻ろう。きっと優しいキョンはまた暖かくあたしを迎えてくれる。 ねえ? いいよねキョン。あたしキョンのことが好きなの。もう一人ぼっちで生きていくのはいやなの………… 『俺はお断りだ。なんでまたお前の世話をしてやらにゃならんのだ面倒臭い。もうニートなハルヒの世話をするのは懲り懲りなんだよ』 キョンの声が聞こえた気がした。 そんなひどいことをキョンがあたしに対して言ったことは一度もない。でも内心はずっとそう思っていたのかもしれない。 キョンはあたしに言った、実家へ帰るべきだと。つまりもう一緒にいたくはない、と。 本当はすごく迷惑してたんだ、あたしが気づかなかっただけで、キョンはあんな生活ちっとも楽しくなかったんだ。 じゃなかったら引き止めてくれたよね。でもそうじゃなかった。キョンはあたしを手放した。あたしはキョンがいなくちゃ生きていけない、けどキョンにとってあたしは必要なかった。 気づいたら部屋に入ってきた母さんが金切り声のような悲鳴を上げていた。あれ? なんであたしの腕からこんなに血が出てるんだろう? どうしてあたしは右手にカッターナイフなんて握ってるんだろう? なんでもいいか。だってもう生きてたって辛いだけだもん。みんなに迷惑かけるだけだもん。 もっと早くこうしてればよかったのかな。 キョンもあたしの事なんて早く忘れて、いい女の子を見つけて幸せになってね。 あたしの意識はそこで途切れた。 俺の聞き間違いでなければ、電話口から響いたハルヒの母親の言葉は確かにこう聞こえた。『ハルヒが自殺した』と。 公衆電話から掛けているようだった。俺が落ち着いてください、何があったのか詳しく話してくださいと言うと、母親はひどく取り乱してまた泣き出してしまった。 ぶつりと電話が切れた。俺はどうしていいかわからなかった。 とりあえずハルヒの家に掛けてみたが誰も出ない。 受話器を置いてしばらくその場で立ち尽くしていると、また電話が掛かってきた。すぐに出た。電話口から聞こえてきた声はハルヒの父親のものだった。 「久しぶりだね、妻はだいぶ混乱しているようだ…………まあ私もそうだが……まさかこんなことになるなんて思ってもみなかった…………」 「ハルヒはどうしたんです!? その……自殺したと、聞いたんですが…………」 「医者の話では命に別状は無いらしい。部屋で手首を切って血を流しているハルヒを妻が見つけたんだ、すぐに病院に連れて行った、今は眠っている。妻は腕から血を流すハルヒを見たショックでだいぶ錯乱しているようだ」 ハルヒは生きている。それを聞いて俺は腹に溜まった息を吐き出した。 だがよかったとは言えないだろう、ハルヒが手首を切って自殺しようとしたという話だ。 「一体……何があったんです……?」 「…………わからない。私には何もわからない。ハルヒは会社に勤めるようになって、全てが順調だったのに……。昨日だってハルヒは朝早くに働きに出て夕方に普通に帰ってきたんだ……なのになぜ…………?」 「とにかく俺も今すぐそっちに向かいます。ハルヒがいる病院は市立病院でいいんですね?」 父親は「ああ」と言った、それだけ聞いて俺は電話を切った。そして服も着替えずに家を飛び出して駅に向かった。新幹線に乗れば今日中には向こうに到着できるだろう。 その時、俺がどうしてハルヒのいるところに行こうと思ったのかはよくわからない。ただ、俺が行かないといけない気がした。 病院に着いたときにはもう夜も遅かった、その日はもう面会時間を過ぎていたが、身内だと言って入れてもらった。 個室のベッドに横になったハルヒは腕に軽く包帯を巻かれているだけだった。傍らにはハルヒの両親もいた。ハルヒは仰向けになっているが眠ってはいないようだった。 「ほらハルヒ……、キョンくんが来てくれたわよ……」 「……………………なんの用?」 ハルヒは天井を見たまま口だけ動かして言った。 とりあえず大事ではないようでよかった。自殺未遂の原因も今はどうでもいい。ただハルヒが無事だったことが嬉しい。 「あたしの事を聞いてわざわざ向こうから来てくれたの? ご苦労なことね……」 「当たり前だろ。お前が怪我したって聞いて家でのんびりしてられるか」 そう、当たり前の事だ。電話してやれば古泉や長門も朝比奈さんもすっ飛んで来るに違いない。 「…………大きなお世話よ……」 ハルヒはぷいっと寝返りを打つようにして、俺に背中を向けた。 「ちょっとハルヒそんな言い方……!」 「キョン、あんたにとってあたしって何なわけ? 別に家族でもなんでもない、高校の同級生でただの友達ってだけでしょ?」 「そ、そりゃあ……そうだが…………」 違う。そうじゃないだろう俺。ハルヒは俺にとって特別な存在だ。決してただのお友達だとかいう関係じゃなかったはずだ。 「あんたにも色々迷惑かけたわね、もういいから、帰ってよ。あたしの事なんてほっといて…………」 俺は大人しく病室を後にした。今日はハルヒも精神的に参ってるんだろう。明日また出直そう。今日は実家の方に泊まることにするかな、最近親と妹にも会ってなかったからな。 そう思って病院を出ようとした時だった。何もないはずの場所で何かにぶつかって俺は足を止めた。 「うぷっ……」 なんだこりゃ? 病院の出口には見えない透明の柔らかい壁みたいなものがあった。 振り向いてカウンターを見ると受付の人がそこにいた、ただし眠っている。さっきまで今日の診察に関係したものと思われる書類を眺めていた受付係の人は机に突っ伏すようにして寝息を立てていた。 よく見ると、その奥には床に転がって眠っている看護師の姿もあった。どうして? 手術用の吸引麻酔がガス漏れでも起こしたのか? まさか……。いや、まさかじゃない、間違いなく原因はハルヒだ。俺は走ってさっきまでいたハルヒの部屋へと戻った。 しかし、そこにハルヒの姿はなかった。いるのは椅子に座ったまま目を閉じて眠っているハルヒの両親だけだ。 「どこに行ったんだハルヒ……」 心当たりはあった、思いつきたくも無かったが……。ハルヒは自ら命を絶とうとしている。それもきっと突発的な理由じゃあなく、本当にどうしようもなく死にたいと思っていたんだ。 だからあいつはきっとまた死のうとしている。だったら向かう先は大体見当が付く。屋上だ。 俺は廊下を思いっきり走った。病院内では走らないで下さいとの立て札が見えたが無視した。どうせみんな眠っちまって起きないんだから。 エレベーターが動いていた。それも一直線に上へ上へと進んでいる。乗っているのはハルヒで間違いないだろう。俺は階段を使って上がることにした。 1段抜かしで階段を駆け上がりながら俺は思った。なんで俺だけ眠らされていないんだ? 他の人たちはみんな寝ていた。それはハルヒが自分のすることを邪魔されたくないと思ったからだろう。 なら俺は? なんで俺だけをハルヒは無意識のうちに邪魔者の中から除外していたんだ? さっき部屋で会ったときも、あれほど邪険に扱って、さっさと帰れと文句まで言っていた俺をなぜ? そんなの決まってる。ハルヒはきっと本当は俺に帰ってほしくなんかなかったんだ。そして、本当は死にたくもないんだ。俺に止めてほしいと、助けてほしいと願っているんだ。 毎日デスクワークばかりで運動不足だった俺の体が屋上階に辿り着いたときには、ハルヒの乗ったエレベーターはとっくに屋上へと着いた後だった。 まだ手遅れじゃないはずだ。外への扉を開けたとき、ひんやりとした空気が流れ込んできた。空には月も星も見えない、その真っ黒な空の下、安全用に張られたフェンスの向こう側にハルヒの姿があった。 「ハルヒ!!」 俺が声を掛けると、ハルヒは振り向いて俺を見た。 「なによ……まだいたの?」 半分だけ開いた気力の感じられない目を向けて、小さな声でハルヒが言った。 「ハルヒ……聞いてくれ。俺はお前が好きだ、本当はずっと一緒にいたかった。だから死ぬな。また一緒に暮らそう」 「…………キョン、ありがとう。でも無理しなくていいよ。今、あたしが死にそうだから、それを止めたくて言ってるだけなんでしょ?」 ハルヒは目に涙を浮かべて、自嘲するようにして言った。 そう思うのも無理はない。だが本心から思っていたことだ。俺はハルヒが好きで、ずっと一緒にいたいと思っていた。 今のハルヒは何を言っても聞く耳を持ってくれないだろう。だから、俺は言葉じゃなくて別の方法でハルヒに俺の気持ちをわからせることを選んだ。 「……っ!? ちょっとキョン! あんた何してんの危ないわよ!!」 俺はハルヒの立っている場所から離れたところのフェンスを乗り越えて外側の縁に足をかけた。 下を見ると吸い込まれそうになった。滅茶苦茶高い。落ちたら間違いなく即死だろう。たとえすぐ目の前が病院でも関係ないくらいの大怪我をするに違いない。 そう、神様が奇跡でも起こしてくれない限り。 「ハルヒ、俺はお前を愛してる。その証拠としてここから飛び降りてやる」 「はあっ!? 馬鹿言ってんじゃないわよキョン! 昔のアホなドラマの見すぎなんじゃないの!? なんであんたが死ななきゃいけないのよ!!」 大丈夫、多分助かる。ハルヒが本当に俺に死んでほしくないと願っているなら、絶対に死なないはずなんだ。 とはいえ、本能的な恐怖は拭い去れない。足元に広がる光景はあまりに説得力を持って俺に死の予感を訴えかけてきた。勝手に足がガタガタ震えているのがわかった。 「ね、念のため聞いておくが、ハルヒも俺の事嫌いじゃないよな? 好きとまでは行かなくても、死んでほしいと思うほど嫌っちゃいないよな!?」 「な、なに言ってんのよ……!? そりゃあ、あたしだって……あたしだってあんたのこと好き! 大好きよ! 本当はずっと一緒にいたいって思ってるわよ!! でも……それじゃあんたが迷惑するだろうと思って…………!」 「そりゃあ嬉しいな。だけど、ひょっとして今俺が死にそうだから、無理して嘘ついてるんじゃないだろうな?」 「なに言ってんのよバカ! 本気よ! あたしはあんたとずっと一緒にいたいって思ってたのよ!!」 「だったらそこで見てろ! もしお前が本当にそう思ってるなら、俺は助かるはずなんだから!!」 こんなことしてなんになる? しかし滅多にありゃしないぜ、お互いがお互いを本当に想っているかを確かられることなんて。俺は覚悟を決めてロープ無しバンジージャンプを決行しようとした。 だがその時ハルヒの様子が変わった。ハルヒは俺の頭がおかしくなったことを嘆く意味か、それとも本気で俺のことを心配してか、ついに声をあげて泣き出してしまった。 「う……うええ、ひぐっ、わかったわよ。あたし信じる、キョンのこと信じるから、死なないで……お願い…………」 「は、ハルヒ……」 ハルヒは金網を掴んだまま、その場に泣き崩れた。 「す、すまないハルヒ……その、少し悪ノリが過ぎたかもしれん」 考えてみればハルヒは俺が落ちたら当然に死ぬと思っているんだ、そりゃあ泣くだろう。俺の安全がハルヒの力によって保障されている(かもしれない)ことをハルヒは知らないんだから。 「バカ……本当にバカ。死んじゃったらどうにもならないじゃない……このバカキョン……」 ハルヒ、今まで飛び降りようとしていた奴の台詞じゃないぞそれ。 俺は慎重にフェンスをよじ登って内側に戻った。ハルヒも同じ様にして戻ってきたが、こっちを見るなりいきなりダッシュで向かってきて、俺に体がくの字に曲がるほどの強烈なボディーブローをかましてくれた。 「うごっ!?」 「それはあたしを心配させて泣かせた分の罰よ! ドロップキックじゃないだけ有り難く思いなさい!」 今までのしおらしい態度は全部フェイントかよ、せめて平手打ちくらいにしておいてほしかったな。 そう思って顔を上げると、そこには涙を浮かべて真っ赤になったハルヒの顔があった。 「でも……嬉しかったわ。……だから、これはその分のご褒美よ…………」 そう言って、ハルヒは俺に顔を近づけた。 『ベタ』 「平べったい」が語源、誰もが予想できる展開やオチを指す。「ベタな話」「ベタなギャグ」など、お約束とも言われる。まあ具体的には今俺がやってることだ。 昔、ハルヒと共に迷い込んだ灰色世界での事を思い出した。しかし閉じた目を再び開いたときの俺の視界に映ったのは、夢オチを知らせる自分の部屋の天井ではなく、頬を赤らめてこっちを見るハルヒの顔だった。 それからの事を端的にまとめて話そう。 ハルヒは会社を辞めた。会社側としてはハルヒの仕事の能力を高く評価していたから、引っ越してもそこから近い支社にいてほしいと要求したとの話だった。 だがハルヒは自分の意思で退社することにした。給料は一年目にして俺よりも遥かに高額だったのに勿体無い。ハルヒがいらんならそのポストを俺によこせと思ったほどだった。 そしてハルヒはまた無職となって、俺と二人で暮らすようになった。 まあただ今のハルヒは世間的にニートと呼ばれる部類の人間ではなくなった。とあるところに永久就職することになったからだ。もちろんその職場に定年退職なんてない。死ぬまで一緒にいること、それが俺とハルヒの共通の仕事になった。 そういうわけで当初の目的とは全く違った形ではあるが、俺のニートハルヒ更正プログラムはこうして終わりを告げたのだった。 完
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夜にハルヒと会話しSOS会話を発生させさえすれば、失敗しても、次へいける。
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「なんじゃ貴様はー!」 ブサイク男の闖入は、江田島の怒りにいっそう火をつけた。ちゃんと入り口があ るのにわざわざ窓から入ってくるなど、普通の客はまずやらない。 「貴様は客かー!」 絶対に違うと思うが、江田島は一応聞いてみた。 「押忍! 自分の名前は田沢であります!」 ぜんぜん質問の答えになっていない。江田島は田沢を客ではないと決めた。 「客じゃないのでさよーならー!」 「ゴバルスキー!」 田沢は江田島の張り手で、入り口のドアから外へぶっ飛んでいった。その田沢と 入れ違いに、別の男が入ってきた。 「塾長ー! 松尾でありますー!」 やはり汚い学ランを着て、クリームパンを3つ頭にくっつけたような髪型をして いる。とてもカッコ悪い。しかしこいつはちゃんと入り口から入ってきた。客かも しれない。 「貴様は客かー!」 「押忍! 自分は男塾の塾生であります!」 「いちばん奥の席にどーぞー!」 江田島は松尾の襟首をつかんでぶん投げた。松尾は店の奥まで飛んでいって、そ のまた奥の窓から外に落ちた。男塾という塾など、江田島は聞いたこともない。し かもそこの塾生だからなんだと言うのか。江田島にはさっぱり訳が分からない。 「塾長ー! ここが男塾ですかー!」 また別の学ランが出現した。江田島のイライラは募るばかりだ。 「うがー! 男塾ってなんじゃー!」 「塾長ー!」 「塾長ー!」 「塾長ー!」 「塾長ー! ズゴゴゴゴー!」 入り口から、窓から、天井から、次々と学ラン姿の男が沸いて出た。最後のズゴ ゴゴゴーは店の床を突き破って生えてきたのだが、あまりに頭が大きすぎて顔の上 半分しか見えない。田沢と松尾も戻ってきた。 「ふーん。これで全員?」 江田島はソファに横になって、コップ酒を呑みながら聞いた。意味不明の度が過 ぎて、かえって落ち着いてしまった。 「押忍! 全員であります!」 田沢が答えた。どうやら田沢がこの集団の代表らしい。 「あっそ。ところでワシ店長なんだけど、なんで塾長って言うの? あと男塾って なに?」 「押忍! あちょー!」 いっぺんに2つの質問をしたので、田沢の脳みその限界を超えた。替わりに床の デカい男が答えた。 「真の男を養成する男塾というのを作って、アンタがそこの塾長になる。オレ達は 塾生としてアンタについていく。そういう誓いを交わしたハズだが覚えてないか」 「あーん?」 まったく全然覚えていない。江田島はイカの燻製をかみちぎりながら、これまで の記憶をたどってみた。宇宙。地球。恐竜。北京原人。人間。江田島オギャア。ガ ハハハ。初恋。筋トレ。東大。戦争。野グソ。ノースウエスト。野グソ。。アカギ。 セワシカレーおいちいおいちい。 「塾長! そこであります!」 田沢は江田島のおでこを指さした。「。。」という文字が浮かんでいる。そうい えば野グソとアカギの間に「。」が2つあった。 「ほほー。ここか」 江田島はおでこをさすりながら、対局を見物していたギャラリーの一人を呼んだ。 「そこのお前、こっちゃこい」 「ボクすかー」 胸に7粒のトウモロコシをつけた男が歩いてきた。ケンシロウといって、普段は 居酒屋の店員をやっている。諸般の事情でゾンビになった。 「写せ」 「ほわたー!」 ケンシロウは右手の人差し指と中指を、江田島のおでこの「。」と「。」の間に 突っ込んだ。そして壁の方を向いて、両目のプロジェクターで江田島の記憶を再生 した。ゾンビなのでこういう事ができる。 「ガハハハハー!」 江田島が日本酒の瓶を持って笑っている。どこかのキャバレーらしい。江田島の 記憶なのに江田島が写っているのは、自分が大好きだからだ。 「お前ら全員ワシの家来じゃー!」 「江田島先生、バンザーイ!」 田沢や松尾ら、学ラン軍団もいる。江田島と一緒になって、浴びるように酒を呑 んで大騒ぎしている。頭のデカい大男も、やっぱり顔の上半分だけだして鼻から酒 を呑んでいる。 「ワシ、塾つくる! お前らみたいなバカをいっぱい集めて、戦争ゴッコとか殺し 合いとかして男の中の男にしてやる! 名づけて男塾じゃ!」 「男塾バンザーイ!」 「江田島塾長バンザーイ!」 みんなで輪になってバンザイをしているところに店長がやってきて、江田島に伝 票を渡した。江田島は伝票を見て、黙ってテーブルの上に置いた。 「まずはこのクソ店を血祭りじゃー!」 「イエス塾長ー!」 そこで映像は終わった。江田島はすべてを思い出した。 「おー。あの時の貴様らか」 「そうであります塾長!」 田沢は嬉しそうに言った。そしてアカギをギロリと睨みながら続けた。 「だからそこのクソガキがどんなに汚い麻雀を打とうと、塾長には負けてほしくな いんであります! 塾長が負けたら、自分は死ぬまで童貞を貫く覚悟であります!」 「そこなんだが、一つ確認したいことがある」 田沢の童貞は顔を見れば分かる。そうではなくて、さっきの映像の事だった。 「巻き戻せ」 「はいっすー」 ケンシロウは江田島のおでこに刺した指をグリグリした。江田島たちがバンザイ をしたところまで巻き戻った。 「アップにせい」 画面の端っこに写っていた男を真ん中に持ってきて拡大した。アカギだった。江 田島の後ろの席に座っている。 「再生せい」 「せいせいせいっす」 江田島がバンザイをした時に、江田島のゲンコツがアカギの後頭部に当たった。 弾みでアカギのビールがこぼれてズボンが濡れた。アカギは無表情で江田島を見て いる。ずっとずっと見ている。江田島はここで映像を止めた。 「アカギくん。聞きたいことがある」 「ククク……」 聞いた江田島は落ち着き払っている。聞かれたアカギも笑っている。 「アカギくんがワシを目の仇にするのは、この時の恨みか?」 「ククク……」 「はいならククク、いいえならチンピョロスポーンと答えなさい」 「ククク……」 「器が小さーい!」 江田島の怒りに再び火がついた。ソファから飛び上がって、一人クルクルチェン ジで雀卓に舞い戻った。 「あの場でワシに文句を言えばすむことを、その時はなーんも言えずに今になって みじめったらしく仕返しか! 貴様のようなヤツは男塾には絶対入れてやらん!」 「誘われたって入らん」 「開き直るなー!」 「あの場で文句を言ったら、お前は素直に謝ったか」 「言い訳するなー!」 アカギの戯言など、煮えたぎる江田島の耳には一切入らない。江田島はアカギの 顔よりも大きく口をひらいて叫んだ。 「貴様の腐った性根を叩き直してやるわい! そう!」 後ろの学ラン軍団を一度見て、またアカギに向き直った。 「男塾全員の力で!」 自分一人では闘わないらしい。東一局三本場、親はアカギ。7巡目、江田島ツモ。 「ツモ切りじゃー!」 「ロン」 八八八(11888)456888 アカギのロンだった。 「クルクルチェーンジ!」 江田島と田沢と松尾が飛んだ。つられて飛んだのはのび太とドラえもんとギャラ リーのKだった。 「うへー!」 Kとはキアヌ・リーブスの略である。ノースウエストにはのび太の知り合いが全 員集まっているので、当然キアヌもそこにいた。Kは松尾と入れ替わって、学ラン の群れの中に着地した。 「グッバイ!」 Kは学ランにバットで打たれて星くずになった。東一局四本場、親はまだアカギ。 「ロン」 四五六七八九22 (9999)←暗カン 東東東東←暗カン アカギ、江田島からロン。ドラは東と九筒だった。 「クルクルチェーンジ!」 江田島と田沢と松尾、そして変なマジシャンみたいな男が飛んだ。のび太とドラ えもんとのび太のパパとママが飛んだ。アカギがピクリと体を震わせた。 「三人で仲良く暮らそうー!」 パパとママも学ランに放り出されて空に消えた。パパは古びたダッチワイフを抱 えていた。このダッチワイフも三人の中に入っているらしい。 「ワシは負けんぞー!」 江田島はアカギに振り込み続けた。しかしそのたびにクルクルチェンジで危機を 脱した。点棒は他の卓から持ってきたので全然減っていない。アカギの額から一筋 の汗がしたたり落ちた。 東一局十五本場、親はずっとアカギ。ギャラリーは誰も残っておらず、卓の四人 と学ラン軍団だけになっていた。 「ロン……」 アカギ、江田島からロン。 一一 九九九九←暗カン (9999)←暗カン 1111←暗カン 9999←暗カン 「貴様ら、根性入れろー!」 「うおー!」 「スーパークルクルチェーンジ!」 江田島と学ラン軍団全員が飛んだ。のび太もドラえもんも、アカギも飛んだ! 「クククー!」 こらえにこらえていたクルクルチェンジだが、ついにつられた。アカギは着地し て、倒れそうになるのをかろうじてふんばって言った。 「順位を……教えろ……」 「そんなもんは死ぬほどどうでもいいわー!」 江田島は店の雀卓すべてを窓から投げ捨てて、すぐ後に大量の手榴弾を落とした。 こちらを振り向いた江田島の背後ですさまじい量の爆音と光があふれて、江田島の 姿は光に溶け込んで見えなくなった。勝負の女神が、江田島を選んだ瞬間だった。 「ククク……」 アカギはゆっくりと倒れた。のび太とドラえもんはなんかもうバカらしくなって 家に帰った。 「勝ったー!」 「塾長が勝ったー!」 学ラン軍団の勝利の凱歌と共に夜が明けた。江田島は紋付の羽織を脱いでアカギ にかけてやって、そして学ラン軍団に言った。 「ノースウエストは店じまいじゃ。今日からワシは、男塾の塾長になる!」 「おー!」 「ワシが男塾塾長、江田島平八であーる!」 「江田島塾長、バンザーイ!」 「いくぞ貴様ら! 邪鬼もいいか!」 「押忍」 ここまでクルクルチェンジに参加しなかった、頭のデカい大男が答えた。 「ファイナルクルクルチェーンジ!」 江田島塾長と男塾塾生は一斉に大空へ飛び立った。邪鬼もクルクルチェンジに参 加したので、ノースウエストのビルは床も壁もすべてが砕けて崩壊した。江田島た ちの行く手には空がある。太陽がある。果てなき大地がある。そして、汲めども尽 きぬ男たちの夢とロマンがある。
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「長門…もう一回言ってくれないか?誰だって…?」 「藤原。」 …… 嘘だろ? 「長門!何かの間違いじゃないのか!?」 「あなたがそう思いたくなるのもわかる。でも、これは事実。」 事実 事実 事実 事実 事実 事実 事実 事実 事実 …頭の中でこだまする二字熟語…今にも目の前が真っ暗になりそうな俺。 「おい…だっておかしいだろ??仮にも朝比奈さんは以前、藤原たちに誘拐されかけたことあるんだぞ? 被害者だぞ?なのに…何でその被害者が藤原と連絡とってんだよ!?」 「落ち着いてくださいキョン君…我々も気持ちは同じです…。」 …そうか。そういうことかよ。 「長門…お前ら二人が話をためらってた理由、ようやくわかったぜ。昼のときお前らが話さなかったのは… 単に俺がハルヒのとこへ行こうっていう意志を、朝比奈さんの話題で潰したくなかったから…だよな?」 「…そう。」 「そして今躊躇ったのは…未来人犯人説に朝比奈さんを、否応にも結び付けたくなかったから…そうだよな?」 「…そう。」 「でもな…それでも俺はいまだに朝比奈さんは仲間だと信じてる。疑おうなんて微塵も思わない。」 「しかし、彼女には犯人と疑われても仕方がない多くの側面をもっている。」 「長門…お前まさか朝比奈さんを…!」 …また、何熱くなってんだ俺…これじゃさっきの古泉の二の舞じゃねえか。長門だって本当はそんなこと 思いたくねえんだ…可能性を示唆こそしているが、本人だってつらくてそれを言ってる…それを察してやらねえと。 「いや、何でもない、続けてくれ長門…その側面とは何だ?」 「…涼宮ハルヒが倒れた時、もっとも彼女の近くにいた未来人…それが朝比奈みくる。」 「ちょっと待て長門…朝比奈さんはハルヒが倒れたとき、 俺たちと一緒に部室にいた。それはお前も見てるだろう?」 「それだけでは朝比奈みくるを無実とするには到底成しえない。 例の電磁波にしても、遠隔操作等使えば涼宮ハルヒの側にいなくとも何とでもなる。」 …… 「…他には?」 「朝比奈みくるが涼宮ハルヒの家の場所を知っていてもおかしくないということ。 さらには、未来経由でステルス機材をも入手できる環境にあるということ。」 「…ハルヒのあとをつけてた犯人まで朝比奈さんだと言うのか?」 「もちろん確証はない。しかし、彼女にはそれが可能。」 …… 「そして、極めつけは未来人藤原との会話記録。」 …こればかりはどうしようもねえな…。 「言いたいことはこれで終わり。あなたにはつらい思いをさせていまい、本当に申し訳なく思ってる。」 「いや…お前だって相当苦しかったろう。多々に渡る説明、ありがとな長門。…古泉もいろいろとありがとな。」 「いえいえ…とんでもないです。」 …… 慣れないな…これはあまりにショックが大きい。ついさっき 『氾濫する情報の取捨選択に徹して、なんとしてでもハルヒを守り抜く』と決心したばかりだってのに…。 情報の取捨選択だと?一体何が正しい情報で何が間違ってる情報なのか…俺にはもうわからない…。 ハルヒを守り抜く… っ!ハルヒを一人にさせておいたんだ…!それも、随分長いこと長門や古泉とは話してたから 相当時間が経ってしまっている。…嫌な汗が流れた。不審者がいないか見て回ると言い外へ出ただけに、 俺がそいつにやられてくたばったとか…妙な勘違いを起こしててもおかしくないんでは…!? せめて家にいることを願いつつ、俺は急いでハルヒに電話をかけた。 「もしもし、俺だ。」 「…キョン!?キョンなのね!?あんた…どこ行ってたのよ!?襲われたとか、そういうのじゃないわよね??」 案の定、最悪のケースを想定してたらしい。 「あのな、襲われてたら今こうやって悠長に電話かけたりはできないだろ?」 「じゃあ、今何してんのよ??」 「ええっと…なに、散歩してただけさ。」 「…呆れた。心配して損したわ!すぐ戻ってくるって言ったくせに…っ」 「とりあえず、今すぐ戻る!だから…機嫌直してくれ、な?…もちろん、お前は今家にいるんだよな?」 「当たり前でしょ?っていうか、そういう連絡はもっと早くよこしなさい!?本当キョンってバカなんだから…!」 「わかったわかった!すぐ戻るから、家でじっとしててくれな。」 俺は電話をきった。 「涼宮さん大丈夫ですかね?今の調子だと、だいぶ焦ってるようでしたが…。」 …お前もそう思ったか古泉。そりゃ、威勢だけはいつものハルヒだったよ。 だが、何か取り乱してるような感じがしたのは、決して気のせいじゃないだろう。 「そうであるならば、あなたは一刻も早く行ってあげるべきですね。」 「もちろんだ。だがな、お前らもくるんだよ!そもそもだ、こんな公園で待機しとかなくても… ハルヒに断って家に入れさせてもらえばよかったんだろうが!ハルヒだって、決して拒否はしなかったはずだぞ?」 「あなたと涼宮ハルヒが二人きりでいるところを私たちは邪魔したくなかった。それゆえの話。」 …… 変に配慮を利かせてたんだなお前ら…。 「とにかく、もうそんなことはいいから俺と一緒に来い! みんなと一緒のほうがハルヒだって喜ぶさ!仲間だろ?SOS団だろ!?」 「…その通りですね。我々も行くとしましょう、長門さん。」 「了解した。…しかし、それでは…SOS団は揃わない。」 …長門の言うとおりだ。 …… 俺は朝比奈さんのことをどう思ってる?あんな情報を聞いてしまった上で、一体どう思ってる? …敵? …… バカ野郎が!仲間が仲間を信じてやれないようでどうすんだ!? そうだ…朝比奈さんは、俺たちの仲間だ! 「長門、今朝比奈さんはどこにいる!?」 「!?本当に彼女を涼宮さんのところへ連れて行くつもりですか??」 「古泉よ…気持ちはわかる。でもな、それでも俺は朝比奈さんを仲間だと信じたいんだ。 愚かな人間だと笑い飛ばしてくれても構わない。それでも…俺は信じたいんだよ…仲間だと!」 「…そこまで言うなら、僕からは特に何も言うことはありませんよ。むしろ、あなたの考えに 賛同させていただきます。彼女のことを仲間だと信じたい気持ちは、僕も同じですから。」 「私も…仲間だと信じたい。だから、彼女を呼ぶことに異論はない。朝比奈みくるは…ここから近くのスーパーにいる。」 …俺とハルヒがカレー粉を買った所だな。よし、早速電話だ。 「もしもし。」 「もしもし…って、あれ?キョン君ですか!?どうしたの?!」 「今からSOS団みんなと一緒にハルヒの家へ行ってやろうと思ってましてね。朝比奈さんも一緒にどうですか?」 「も、もちろん行きます!そうだ、私今スーパーにいるんで お菓子やジュースを買ってそっちに持っていくね♪」 「それはさぞかしハルヒも喜びますよ!」 「だといいな…って、そういや私涼宮さんの家どこにあるか知らないんです…どうしよう…。」 「本当ですか!?ええっと、そうですね…そこのスーパーから一番近くにある公園はご存じですか?」 「え?ああ、黄色いベンチや象さんの滑り台がある公園のことですよね?わかります!」 一旦電話から口を遠ざける俺。 「古泉…すまんが、ここの公園で朝比奈さんを待っていてはくれないか。」 「お安い御用です。しかと導きますから、ご安心を。」 再び電話に戻る俺。 「ええっと、もしもし。古泉がそこの公園で待っているんで、 合流したらそいつと一緒にハルヒの家まで来てください!」 「ありがとう!後で古泉君にも礼を言っておきますね。」 「じゃ、そういうことで!」 「あ、はい♪」 …… ふう… いつもの朝比奈さんだ。電話なだけに声しか聞こえなかったが… それにしたって、あれはいつもの朝比奈さんだったように思う。 「じゃあ古泉、任せたぜ。」 「承知しました。」 古泉に一時の別れを告げ、俺は長門と一緒にハルヒ宅へと向かう。もちろん、走ってな。 「…長門さ、俺にはやっぱ朝比奈さんが犯人のようには思えねえわ。 さっきも電話で言ってたしな、ハルヒの家がどこかわからないって。」 「…でも」 「ああ、言いたいことはわかる。彼女が嘘をついていたとしたら?だろ。だがな、朝比奈さんに限ってそれは ありえねえよ。あの方に巧妙な演技が務まると…お前は思うか?仮に嘘をついていたとしたら彼女のことだ、 取り乱したり動揺したりだのですぐばれちまうさ。つまりだな、『涼宮さんの家どこにあるか知らないんです…』 ってのを自然体でしゃべった時点で、すでに彼女のシロは確定しちまってるんだよ。」 「!」 「…?どうした長門?」 「朝比奈みくるに関して…私は数時間かけて熟考したが確固とした答えは出せなかった。対して、 あなたはたった数分の会話一つで物の見事に彼女の白黒を判断してしまった。私はそれに驚いている。」 「なーに、難しいことじゃないさ。単に朝比奈さんの人柄を考慮したってだけの話よ。」 「…人柄。」 「そうだ、人間ならみんなもってるぜ。あ、もちろんお前にもな。」 「…そう。」 さて、着いたぞ。 カギは閉めるように言っておいたからな…インターホン鳴らすとするか。 「ハルヒ…俺だ!」 …… 玄関へと向かって走ってくる音が聞こえる。そしてガチャリと…カギの開く音がする。 「…キョン!!遅すぎッ!!覚悟はできてんでしょうね!?」 やはりハルヒは怒っていた。当然か…。あんな状況で一人残し、散歩に行った(ってことにした)んだからな…。 「本当にすまん…別に悪気があったわけでは」 「言い訳なんか聞きたくないわ!ホント、何が『すぐ戻ってくる』よ??」 「…まことに弁解の余地もない。」 言葉通りだ。何にせよ、結果的に嘘をついたのは間違いない。叱咤されても文句は言えんだろう? 「待って。彼を怒らないであげて。」 「ゆ…有希!?え?ど、どうしてキョンと一緒に!?」 俺の後ろから発せられた声に、ようやくハルヒはその存在に気付いたらしい。 「先程、外を歩いていたところを偶然彼と出会い、あなたの相談を受けていた。」 「あたしの相談を??」 「そう。そして、その答えというのが、SOS団の集合。」 ハルヒはポカンとしていた。何が起こったのかわからない、といった顔をしている。 …実は俺もその一人だった。長門よ?密談していたことを…奴に話しても大丈夫なのか?? 事情が事情だっただけに、ハルヒには本当のことを言わない方がいいと思ったのだが… 当たり前だが、知れば奴は大混乱である。 「SOS団って…みんながこれから集まるってこと!?こんな夜遅くに??ど、どうして??」 「彼はあなたに元気になってほしかった。だからみんなをこの家へと呼んだ。 もうじき古泉一樹と朝比奈みくるも来る。彼が戻るのが遅くなってしまったのは、このため。」 「…キョン?有希の言ってることは本当なの??」 「あ、ああ。そうだ。だから遅れちまって…」 「…そうだったんだ。」 なるほど、そういうことか。言われてみれば、俺も最初から長門のように取り繕えばよかったのか。 言ってることは事実だが、別段それが俺たちにとって不都合となるような情報は、彼女は一切話してない。 言うなれば、過程をすっとばして結論だけ述べたようなもの。実際問題、俺は古泉・長門との話し合いを重ねた上で 結果として、朝比奈さんを加えたSOS団全員でハルヒに会いに行こうって、そう結論付けたのだから。 「…バカキョン。そうならそうと言えばよかったのに。」 「なんというか、つい照れくさくてな。とりあえず…お前が思ったより元気でよかった。」 「当たり前でしょ!?あたしを誰だと思ってんの?」 「2人とも仲が良さそうで何より。」 …今日の長門はどこかおしゃべりだな。はて、こんなにお茶目な奴だったか? 「有希も変なこと言わないッ!別にそんなんじゃないわ!…とりあえず、せっかく来たんだから 上がっていきなさい!キョンも、いつまでもそこでボサっとせずさっさと入りなさい!」 「へいへい、わかりましたよ。」 まったく、ホント人使いが粗い団長様だ。その様子だと、俺がいない間に変なことがあった ってわけでもなさそうだな。とりあえず、家にいてくれただけでもよかったと言っておこう。 …今更ながら思った。外へ出ず、家でおとなしくしてくれてたその行動…これって、直情実行型のハルヒにしては かなり頑張ったほうなんじゃないか??一体…どういう心境で俺の帰りを待っていてくれたんだろうか。 電話越しの、あの微かに震えてた声を思い出す。…ハルヒには無駄に心配させちまったのかもな。 「ええっと、古泉君やみくるちゃんも来るのよね?なら、みんなの分のコップも用意しておかなくちゃ!」 そんなハルヒはというと…もはや隠すつもりもないのか、それはそれは生き生きとした表情をしていた。 さっきまでの様子がまるで嘘のごとく。…そんなにみんなが来てくれるのが嬉しかったのだろうか…? そのままキッチンへフェードアウトしていくハルヒを見送りながら、俺も不思議と気分が高揚していた。 …奴がいないのを確認し、俺はそばにいた長門にボソっとつぶやいた。 「長門、さっきはありがとな。正直、お前がフォローしてくれて本当に助かった。」 もちろん、先程の件である。 「礼を言われるようなことはしていない。私はただ、事実を言っただけ。 涼宮ハルヒのことを考えての行動、そして決断。それらは決して後ろめたいものではないはず。違う?」 「…いや、違わないな。まったくもってお前の言う通りだ。…たまには正直に言ってみるもんだな?」 「そう。」 その後、遅れて古泉と朝比奈さんもやってきた。5人ともなると、さすがに雰囲気的にも賑やかだ。 「ところでさ、みんなはもう夕食は食べた??…9時過ぎてるからさすがに食べてるんだろうけど。」 ハルヒが口を開く。 「いやー、実はまだ食べてないんですよ。」 「わ、私もです…。」 「私はどちらにせよ問題ない。しかし、何か食べられるに越したことはない。」 古泉…お前が公園で食ってた弁当って…ありゃ昼飯だったのか?それから9時まで…飲まず食わずで ずっと公園で待機していたというのか?…とりあえず乙と言わせてもらおう。一体どこの特殊部隊だ。 朝比奈さんもまだなのか。となると、あのとき彼女がスーパーにいたのは、 大方夕食の食材でも買う段取りだったってとこなんだろう。で、そこに俺が電話をかけてきたと。 長門は…まあ…その、なんだ、情報操作とかいうインチキまがいなことをすりゃ、食さずとも生きていける体質では あるんだろうが…。『食べられるに越したことはない』って発言が彼女の食事に対する甲斐性を裏付ける。 基本大食いだからな長門は。食べることに人間とは違う… 一種の喜びみたいなものを感じてるのだろう。 「それはよかったわ!せっかく来てもらったんだし、今からみんなにカレーをご馳走するわ!」 「それは恐縮です。感謝して、いただくとしますよ。」 「涼宮さんのカレー… 楽しみだなあ♪ありがとうございます涼宮さん!」 「カレー……っ …ありがたくいただくとする。」 各々が感謝の意を言葉に含ませているわけだが、一人だけ 異色のオーラを身にまとっているように見えるのは俺の気のせいだろうか。 「ハルヒ、あのカレーはまだ残ってたのか??」 「もともと4、5人ぶんの分量はあったからね。 明日にでも帰ってきた親に振る舞おうと思ってたんだけど…この際どうでもいいわ!」 どうでもいいのかよ!って突っ込みは無しだ。何よりも、 俺たち仲間のことを大事に思ってくれていることの表れだろう。 「火にかけてくるからちょっと待っててね。そうそう、これあたしだけが作ったんじゃないのよ? キョンとの共同作業の賜物!だから、ま、楽しみにしててね~」 「え、キョン君も一緒にカレー作ってたんですか!?ますます楽しみです♪一体どんな味に仕上がってるのかな?」 「あなたが料理ですか。いえ、特に他意はありませんよ。 涼宮さんと家で何をしているのかと思えば、夕飯の手伝いをしていたというわけですね。」 「あなたが作ったカレー…気になる。」 おいおいハルヒさんよ…何が共同作業だ。そんな誇れるようなもんをやり遂げた覚えはねえぞ… 単に野菜を切って退場したってだけだろ!? …しばらくして古泉、長門、朝比奈さんの眼前にカレーが運ばれてくる。 「さー、召し上がってね!麦茶と紙コップここに置いとくから!」 「では、ありがたくいただくとしましょう。…ふむふむ、色合いが良いですね。なかなか整ってます。」 「にんじんやじゃがいもの形が個性的です♪もしかして、これキョン君が切ったんですか?」 「朝比奈さん!?どうしてわかったんです??」 「ほーらキョン!だから言ったでしょ?この大雑把な乱切りはキョンらしさが出てるって!」 「そうやるよう指示したのはお前だろが!」 「でも、そのほうがキョン君らしいですよ♪」 朝比奈さん。その発言の真意は何でしょうか…?プラスの意味ってことで取っていいんですよね? そうに決まってる。なんせ、あの朝比奈さんだからな。 「味のほうも…悪くないです。十分おいしいですよ涼宮さん、そしてキョン君。」 「私も同感です♪」 「ありがとう、古泉君にみくるちゃん!」 だから…俺はそこまでこの料理に介入していないのだがな…。 ふと長門のほうを見る。 「……!」 何やら目を丸くしている。あれは…何だ?驚いているのか? 「長門?どうした…まさか口に合わなかったか?」 「…たまねぎの形が、ユニーク。」 ! 「え、やはりこの小さなツブツブした物はたまねぎだったんですか!通りで、何かそんな味がすると思ってました。」 「言われてみればそうですね…!」 長門の言葉を受け、それに古泉と朝比奈さんが呼応する。 「ゴメンね、みんな。キョンがみじん切りしちゃったみたいなの… でも、これもキョンの趣味らしいから許してあげてね!」 ちょっと待てハルヒ 「キョン君はカレーを食べる時たまねぎはいつもこんな感じなんですか!? …あ、いや、個性があって私はいいと思いますよ♪!」 「なかなか独特な感性をお持ちですね。御見それいたしました。」 「…ユニーク。」 ハルヒよ…いくら俺のせいだからとはいえ、その仕打ちはあんまりだ…。見よ!すっかり朝比奈さんと長門には 誤解されてしまっているではないか!?古泉は空気を読んだ発言をしただけで、誤解はしてない感じだが。 とにかくだ…彼女たちにジョークが通じないというのは、お前もわかっていたはずだろう…!? あ、わかってたからこそ敢えて言ったのか。鬼の所業だ… 「あ、そうだ…私お菓子やジュースを買ってきたんです!みんなで食べましょう♪」 おお、これは…なんとも豪勢だ!チョコレートに砂糖菓子、おつまみにスナック、マシュマロ、クッキー、そして ファンタ、カルピス…選り取り見取りとはこのことだ。さっきの鬼の所業云々についてなど、もはや忘れたぜ。 しかし…これだけの量、少なくとも1000円はしただろう。さすがに、彼女に全額支払わせるわけにはいくまい。 「皆さん、お代のほうはいいですよ?私、基本いつも皆さんのお役には立てませんから…これくらいいいんです。」 「何言ってんのよみくるちゃん!?役に立たないなんて…いつどこの誰に言われたのよ!?」 「あ、いえ、そういうわけじゃぁ…」 「なら別にいいじゃないの!そんなこと言うやつがいたら…あたしがぶん殴ってあげるから安心しなさい!」 「涼宮さん…。」 同感だハルヒ。俺もそのときは助太刀してやろう。 「レシート見せて、みくるちゃん。」 「あ、はい。」 「…みんな、みくるちゃんに300円ずつ渡して!」 「ふぇ、ふぇえ!?これ5人で割ったって240円とか250円とか、そのへんですよ? これじゃ私だけ額が余っちゃいます!」 「そんな誤差気にしない!余った分はあたしたちからの気持ちだと思っときなさい!」 ハルヒ…良いこと言うじゃねえか。SOS団メンバー全員揃ったおかげか、すっかりハルヒは 団長様気分で元気を取り戻している。朝比奈さんも呼んだのは正解…いや、そもそもこの考えがおかしい。 彼女は俺たちの仲間だから呼ばれて当然の存在だ。そうだろう? とりあえずハルヒの号令に従い、俺たちは朝比奈さんにそれぞれお金を渡した。 「皆さん…ありがとうございます。」 「いいっていいって!じゃ、みんな飲むわよ~食うわよ~!!」 飲み物がジュースで結果的に助かった。もしこれが酒やビールでもしたら… おそらく俺たちは朝まで酔いつぶれてしまっていただろう。…それくらいのテンションだった。 …… しばらく食うだの話すだので盛り上がってた俺たちだったが… 急に立ちあがる二人。長門と古泉だ。 「ん?どうしたの二人とも?」 「夜風に当たるべく外に出る。」 「僕は…ちょっとコーヒーを自販機で買ってこようかと。」 「ちょ、ちょっと待ちなさい!あんたたちキョンから事情は聞いてるんでしょ?? 外はやめたほうがいいわ。誰かいるかもしれないし…。」 「?」 何のことかわからず、きょとんとする朝比奈さん。 そういや彼女にはまだ話してなかったんだっけか…適当な時に彼女にも話すとしよう。 「大丈夫ですよ涼宮さん。何かあったらすぐ戻ってきますので…同様に、長門さんもね。」 「そ、そう?ならいいけど…。」 そう言い残し、颯爽と外へ出ていく二人。 …… 「…古泉君がコーヒー買いに行くって言ったの…おそらくあれはウソね。」 おお、ハルヒもそう思うか。それもそのはず、飲み物なら朝比奈さんの買ってきたジュースで十分事足りるからだ。 それでいてこんな寒い中買いに行くなど…重度のコーヒーオタクでもない限り、まずないだろう。 もちろん、古泉がそういう性癖をもってるとの記憶もない。つくづくウソをつくのが下手なやつだ。 「あたし的にはね…有希と一緒に外に出てったってのがポイントなのよ!」 そうだな…普通の人間ならともかく、それが長門となれば話は別だ。彼女の場合、外出という行動一つとっても たいてい何かしらの意味は孕んでいる。そして、それを古泉は察した。で、ヤツも同様に外に出てったと… まあ、そんなとこだろう。 「有希と古泉君…いつから仲が良くなったのかしら?最近よく一緒にいるわよね?」 この辺りからか、俺とハルヒとで思惑が違うことに気付く。 「もしかして…二人ともできてちゃったりして。」 え? 「ふぇえええええええええ!?」 何いいいいいいいいいい!? 驚愕する俺と朝比奈さん。ハルヒよ…その発想はなかった。一瞬反応が取れなかったじゃないか。 「だって、こんな夜中に男女二人が適当な理由つけて外に出るなんて… それくらいしか思いつかないじゃないの!」 …言いたいことはわかる。…ただし、それが一般人の男女であるならの話だがな。 「団員は恋愛禁止とか言っておいたのにあの二人ときたらまったく…。 ま、別にいいわ。あの二人お似合いだと思うし!」 おいおいおい…話を勝手に、いや、妄想を勝手に進めるんじゃない! 「ほ、本当に長門さんと古泉君は付き合ってるんですか??私、今の今まで気が付きませんでした!!」 「だー!朝比奈さん、ハルヒの言うことを鵜呑みにしないでください!ヤツは何か勘違いをしてるだけです!!」 まったく…、一体ハルヒはどこまで本気で言ってるのやら…。 それにしても、二人は本当になぜ出て行ったんだろうな?ハルヒの横から聞こえてくる 暴論はほっといて、とりあえず俺は落ち着いて考えをめぐらせてみるとする。 …そもそも、俺たちが今日ここに集まったのは外敵からハルヒを守るためだ。 それがまず最優先事項のはず。とすれば、二人が外へと出た理由は何だ? …… 敵の迎撃…? だとすると、今ってもしかして非常に危険な状況なんじゃ… だが、もしそうなら長門…ないしは古泉が俺にそのことを伝えるはずだ。いや…ハルヒがこの場にいたから 話せなかったのか?…もしかしてアレか、俺も一緒に外へ来いってことか?で、そこで事情を話すと。 「ねえねえ、みくるちゃん!有希と古泉君ってお似合いよね!?そうよね??」 「そ、そんなのわかりませえええーん!」 「みくるちゃんさ、愛を確か合う方法って知ってる!?」 「ななななななな、何でそんなこと聞くんですかああー!?恥ずかしいですうぅー!」 …相変わらずのんきな会話である。もはや朝比奈さんをからかってるようにしか見えないのは…決して 気のせいではないだろう。どうやら今のハルヒにとって、古泉と長門の関係はさほど重要なものではないらしい。 …… うーむ…外に出て二人に話を伺ってきたいとこだが、さすがに俺まで行ってしまうのはまずい気がする。 3人もの人間が外へ出たとなると、間違いなくハルヒも異変に気付き外へと出てしまうだろう。 ここは…おとなしく静観しとくとするか。それに、長門と古泉なら何かあったって大丈夫だ。 それだけの知識と能力を、あいつらは身に付けているからな。 …ん?電話が鳴ってる。玄関のほうからだ。 「あら、誰かしら。ちょっと行ってくるわね。」 リビングを出るハルヒ。 「二人になってしまいましたね、朝比奈さん。」 「そうですね~」 「まったく…ハルヒは本当にけしからんヤツですな。 さっきの会話、もしあいつが男なら間違いなくセクハラで訴えられますよ。」 「ははは、いいんですよ。確かに恥ずかしかったですけど、涼宮さん楽しそうでしたし…私も私で面白かったですし。」 「なら、いいんですけどね。」 …… 「ねえキョン君…私って本当にみんなの役に立ってるのかな…?」 …今日の朝比奈さんはどうしたんだ?何か気持ちが滅入るようなことでもあったのだろうか。 まさか、未来のほうで何かあったか?? 「そんなことないですよ朝比奈さん。あなたは十分俺たちの役に立ってます… いや、役に立つ立たないの問題じゃない。いて当然なんですよ。」 「……」 「何かあったんですか?俺でよければ話を聞きますが…。」 「…昨日の晩、私は力になれたかしら…?」 昨日の晩とは…俺たちがファミレスにいた時だ。 「世界が危機に瀕してる…そんなとんでもない状況なのに私は昨日あの席で… 長門さんや古泉君に説明を任せっぱなしで、自分自身は何一つ重要なことはできなかった…。」 …そういえば長門と古泉によるマシンガントークの嵐だった気はする。 「しかし朝比奈さん…それは相手が悪すぎですよ…、例えば長門なんかは人間的能力を超越してる時点で すでに論外ですし、古泉も古泉で…長門ほどではないですが一高校生としては異常なくらいの博識の持ち主です。 一方の朝比奈さんは普通な人間であると同時に、何より未来人だというハンデがあります。 最近のことを知らないのは当然ですし、逆に未来のことを話そうとすれば禁則事項がかかってしまう。 俺としては、朝比奈さんは凄く頑張ってる方だと思いますよ。だから…どうか気を落とさないでください!」 「キョン君ありがとう。でも、慰めならいいの…実際昨日どうだった? 私はいてもいなくても同じじゃなかったかしら…?」 朝比奈さんの目は真剣だ。 …あのとき、本当に朝比奈さんはいてもいなくてもどうでもいい存在だったのか? いや、そんなはずはないだろう…よく思い出せ…! …… 『私も頑張りますから、キョン君も一緒に頑張りましょう!』 『ちょっとくらいなら良いと思いますよ私は♪息抜きには、こういうのも必要だと思います。』 『あ、キョン君もう飲んじゃったんですね。私が新しいの汲んできましょうか?』 『はい、キョン君!白ぶどうです♪』 『…キョン君、大丈夫ですかぁ?きついようでしたら仮眠でもとります?』 『そうですよ。私たちも協力しますから!絶対にそんな未来になんかしちゃいけません…!』 「…朝比奈さん。」 「は、はい?」 「あなたには…長門や古泉には無い物があります。俺が二人の難解な説明を聞いて頭を悩ましているとき… 朝比奈さんが投げかけてくれた言葉の数々は、俺の疲れを随分と癒してくれましたよ。もしあなたがいなかったら… 二人の説明を本当に最後まで粘り強く聞けていたかは…、正直自信がありません。ですから、 本当に感謝してます。変に力まずにただ…自然体のままで。それで十分なんですよ。」 「キョン君…。そう言ってくれると嬉しいです…、でも私…」 …… 「いや、なんでもないです!…私を励ましてくれてありがとう。」 よかった…幾分か調子を取り戻してくれたようだ。 「自然体か…、じゃあ昼にあそこまでやっちゃったのは私らしくなかった…のかな。」 「昼?何かあったんですか?」 「あ、え、ええっとですね。」 「ああー!ようやく終わった…まったく、久々の長電話だったわ…!」 電話が終わったらしい。ハルヒさんが再び戻ってきた。 「おお…ハルヒか。相手は誰だったんだ?」 「…親よ。今日は何食べただの、どこ行っただの、誰と会っただの聞かれたり…あと、 冷蔵庫や戸棚に入ってるおかずやオヤツの位置を教えてくれたりだの…ホンット、面倒な親よ!」 …大変だったんだなハルヒ。 「まあ…しかし裏を返せば、それほどお前は親に大切に思われてるってこった。 娘を一人で家に残せば、そりゃそうなろうて。」 「ふーん…そういうもんなのかしらね。」 …そういや、朝比奈さんの話を聞きそびれてしまったな。話の文脈上から察するに…昼の時間帯、 いろいろと何かを頑張ってたみたいだ。その『何か』…が聞けなかったわけだがな。 …ん?昼? …… 『今日の午前11時47分、朝比奈みくるがこの世界の時間平面上から消滅した。』 『午後1時24分、彼女は再びこの時間平面上に姿を現した。』 『行き先はもともと彼女がいた世界…未来だということは判明している。』 …そういや、ちょうどこのとき、彼女は未来へと時間移動してたんだっけか。 しかし、そこ(未来)で何をしてたかまではわかっていない。…今ハルヒが来なかったとして、 果たして朝比奈さんはその暗部を、俺に打ち明けてはくれたのだろうか?それともくれなかっただろうか? くれなかったとしても、それは打算的なものではないと…俺は信じている。 大方いつもの禁則事項とやらであろう。だが… 『この世界は危機に瀕してるのですよ。我々だって…最悪の場合死ぬかもしれない。 そんな時期に際してまでも、彼女は我々より【禁則事項】とやらを優先しようとするわけですか?』 あのとき、俺はこの古泉の発言に対し取り乱してしまったわけだが。あいつは…朝比奈さんを悪く 言いたかったんじゃない、仲間であるなら話してほしいと…信じたかったのだ。ただ、それだけの理由。 今更だが…ヤツのあのときの気持ち、少しはわかった気がする。 「あれ、そういえばまだ有希と古泉君帰ってきてないの?いい加減戻ってきてるとばかり思ってたけど。」 …あの二人はまだ外にいるわけか。一体全体何をしているのだろうか。 …… ん?俺の携帯が鳴ってる…メールか。差出人は…古泉か。どれどれ。 (長門さんが敵に対して一斉攻撃を始めます。急ですみませんが…涼宮さんを連れて逃げください。) …… は? 何かの冗談か? …… …マジで言ってんのか…? 一斉攻撃??この住宅街で今から攻撃??敵??敵って誰だ?? ……?? あまりに急すぎて思考が働かない。 …… ただ、事の重大性は理解していた。ハルヒをここから連れ出してやらねえと!! …だが、行動に移すには間に合わなかった。 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ オオオオオオオオオオオオオオオン…… 「「「!?」」」 突然の爆発音 慌て慄く俺たち 「な……何よ!?今の音!?」 「そ、外から聞こえましたよ!?!な、何ですかぁ今の!??」 …… 長門…マジで始めやがった。 「あたし…外見てくる!」 玄関へ向かって走り出すハルヒ…っておい!ちょっと待て!お前は行くな!! …しかし、あまりに凄い爆音だったせいか…体が怯んでしまったのか。 思うように四肢が動かせない。…くぅ…情けねえ…!それでも…俺はハルヒの後を追う。 「す、涼宮さん!?キョン君!?」 一人残されるのが不安だったのか…同じく俺たちの後を追いかける朝比奈さん。 外に出て唖然とする俺たち。 …隣の家がまるでダイナマイトで爆破されたかのごとく…木端微塵になっている。 辺りには火の粉や粉塵が蔓延している。 「な…長門!?これはいくらなんでもやりすぎだろ!? 隣に住んでる人はどうなったんだよ!?まさか殺したのか!?」 長門に詰め寄る俺。事態が全く呑みこめず、その場に立ち尽くすハルヒと朝比奈さん。 「そもそも、もともとあの家屋にいた住人は情報の操作と改変で…今はいないことになっている。」 「それは…長門がやってくれたのか??そりゃよかったぜ…。」 「私ではない。やったのは敵。」 「…どういうことだ??」 「住人の存在を情報操作によって消すことで、彼らはこの家への潜伏を可能とした。 そして、私が隣家にただならぬ気配を感じたのは先ほどの午後9時21分のこと。」 「僕が長門さんと一緒に外へと出て行ったのは…このためです。敵を掃討すべくね。」 ふと、側に古泉がいることに気付く。何やら…大きな鉄の塊を両手に抱えている。 「こ、古泉…それは…本物か…??」 「ええ、正真正銘、本物の…機関銃です。」 さっきの大爆発といい今はっきりわかった。こいつらに【手加減】の文字はない…本気で殺るつもりでいる。 「しかしだな…いきなり爆破はやめてくれないか…?心臓が止まりそうになったぜ!? 警告のメールも前もって送ってくれ…いくらなんでも直前すぎだろ??」 「それに関しては謝ります…すみません。その証拠に、 涼宮さんを連れ出すこともできなかったようですね…あそこで唖然としている彼女を見ると。」 …… 「仕方がなかったんですよ…というのも、敵に動き出そうとする明確な気配が感じられましたので。 やむをえず、長門さんからの提唱で先手を打たせていただきました。あのメールも… 僕なりに速く打ったつもりなんです。どうかご勘弁を。」 「…それについてはわかった。で、もう終わったのか?? そりゃそうだよな?さすがに、今の攻撃喰らって生きてるなんてことは。」 「先ほどと同数の熱源を確認している。つまり、敵はまだ生きている。」 ふと気づいた。大破した家屋の破片が宙を舞っている。 なぜ? 次の瞬間 それらは弾丸のごとく 雨となり 俺たちに降り注いだ 「……!?」 何が起こったのか、一瞬よくわからなかった 「…とっさの迎撃で対抗しましたが…、くそ!!守りきれませんでしたか…!!」 来襲する破片めがけ機関銃をぶっ放した古泉。おかげで今、俺は無傷でいる。 だが …… 角膜に映しだされている光景を、俺は夢だと思いたかった ハルヒと朝比奈さんが …… 血まみれで伏しているというのは 一体どういう冗談だ…? 目の前が真っ暗になった
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6.《神人》 機関の本部ってのは始めて来た。 何の変哲もないオフィスビルの一角だった。普通の会社名がプレートにはまっている。 「もちろん偽の会社です。機関の存在目的を世に知らしめる訳にはいきませんから」 古泉はそう言って笑った。 しかし、何の仕事してるかわからん組織に良くオフィスを貸してくれたよな。 「このビルは鶴屋家の所有物ですから」 なるほど。 俺の計画は簡単だ。《神人》を通してハルヒに話しかける。 ハルヒの元に声を届ける場所が他に思いつかない。 「どうでしょう。《神人》に理性があるとは思えません。 あれは、涼宮さんの感情の一部が具現したものだと思われますが」 古泉は疑わしげだ。無理もない。閉鎖空間については古泉の方がよっぽど詳しい。 何度も訪れているんだからな。 俺だって確証なんか何もない。 だがな。 「お前は閉鎖空間でハルヒが俺を呼んでいる、と言っただろう」 前に古泉が言ったことを持ち出した。 この言葉が俺を決心させた要因の1つだ。 「確かに閉鎖空間に入るとそう感じますが……」 古泉はまだ納得行かない、という顔をしている。 「俺はこの1週間、何度もハルヒに話しかけたんだぜ。でも全く反応がなかった」 当たり前っちゃ当たり前だけどな。 「現実世界ではハルヒに声は届かない。 閉鎖空間でハルヒが俺を呼んでいるなら行ってやるしかないだろう」 俺としては、古泉始め機関がこの可能性に思い当たらなかった方が意外だ。 「なるほど。解りました。どのみち、僕はあなたに委ねたのですからね」 誤解を招くようなセリフはよせと言っているだろうが。どういう意味だ。 朝比奈さんも一緒に閉鎖空間に行かないかと誘ったのだが、古泉が止めた。 朝比奈さんは、病院でハルヒと長門についている、と言った。 「今回は神人に近づかなければいけません。危険ですからね」 ハルヒなら朝比奈さんに危害を加えるわけはないと思ったが、結局俺が折れた。 「万が一と言うこともあります。僕としても、1人ならともかく、2人も守れるか自身がありません」 そう言われたら仕方がない。 「わたしも、長門さんも気になりますから病院に行きますね」 朝比奈さんはそう言った。 長門は相変わらず眠ったままらしい。 こんな状態じゃなければゆっくり休んでくれ、と言いたいところだ。 俺は朝比奈さんに2人をよろしくお願いしますと言うしかできなかった。 「まず、あなたにお礼を言わなくてはなりません」 「お礼?」 何のことだかわからん。俺はまだ何もしていない。これからしようとはしているがな。 「いえ、橘京子のことです。1回目の接触で、ある程度目的は予測できていました」 まあ、あいつが俺に用があるとしたら1つしかないよな。 「ですが、そのときはまさかTFEIがすべて活動を奪われるとは予測していませんでした。 前日に連絡を取った際には、何も起こってなかったんですからね。 今朝の時点で、機関内部でも佐々木さんに頼るという案すら出たくらいですよ」 まじかよ! 機関はハルヒを神としているんじゃなかったのか。 「その案を指示したのはごく一部の人間です。でも情報のつかめない宇宙存在よりは 佐々木さんに力を託した方が安全。そういう考え方もあります」 胸くそ悪い、と思ったが俺も人のことは言えない。 一瞬でも、そっちに気持ちが動きかけたのは事実だ。 「結局、我々はあなたに選択を委ねたのですよ。 何とか最後まであがいてみるか。この場合、危険が伴います。」 古泉は大げさに首を横に振った。 「──それとも、佐々木さんに世界を委ねるか。 機関としては好ましくないのですが、仕方がありません」 そう言って肩をすくめた。 「結局、機関は何とかできるのはあなただけだという結論に達しました。 それが涼宮さんに選ばれた鍵の役目だと。 世界がどうなるか、それを決めるのはあなたです」 おいおい、勘弁してくれよ。そんな大げさなことを考えていた訳じゃないぜ。 だいたいそんな大事なことを俺個人の感情で判断していいのかよ。 だが、もう俺は選択しちまった。 「僕個人としては、やはり最後まであがいて見たかったので。 ですからお礼を言わなくてはなりません。ありがとうございます」 お前のためにやったんじゃねぇよ。勘違いするな。 「やれやれ」 もうそれしか言うことがない。 「とにかく、今は少し休んでいてください。今のところ閉鎖空間は発生していませんから」 「時間までに閉鎖空間は発生するのか?」 これが一番の懸案事項だ。他にハルヒと話せるかもしれない場所はない。 それすらできるのかどうか怪しいもんだ。古泉だってそんな経験はないんだからな。 いっそ、去年の5月にあったあの閉鎖空間を作ってくれりゃいい。 だが、そう上手くは行かないだろうな。 「実をいうと、最初の頃より発生頻度は下がってきてはいるんですよ。 その分、僕の感じる涼宮さんの不安感は増えているんですが。 それにしても、まもなく発生しますよ。単なる勘ですけどね」 「お前がそう言うなら間違いないだろうさ」 閉鎖空間のスペシャリストだろうからな。 俺のセリフに古泉は苦笑した。 「しかし、発生する数が減ってるってのはどういうわけだ? それで不安が増してる?」 長門が言うには、この探索とやらを実行中は、ハルヒにかかっている負荷が大きく変わる訳ではないらしい。 だったら、閉鎖空間も同じ頻度で発生するもんのような気がするが。 「はっきりとわかってるわけではありません。ただ、苦痛は慣れるということではないかと」 思案げな顔をして、古泉が言った。 俺がここで考えたってわかるわけもないか。 時間だけがただ過ぎていった。俺はイライラしながら閉鎖空間の発生を待った。 朝1で来たってのに時間は10時半を回っている。 わざわざ車を回してもらう必要もなかったな。橘から簡単に逃げられはしたが。 古泉は何かと用事があるらしく、俺は通された部屋で1人待っていた。 森さんが顔を見せてくれるかと思ったが、かなり忙しいらしい。 「まだかよ」 もう何度目になるかわからない独り言をつぶやく。 まさか閉鎖空間の発生を心待ちにする日が来るとはね。 あんな灰色空間は好きになれないはずなのにな。 だいたい、上手く行くのか? 何の確証もないんだぜ。 橘の戯言に乗った方が確実なんじゃないのか? 後のことは後で考えればよかったんだ。 1人で考えていると、どうもマイナス思考になる。 いかんいかん、俺は首を横に振った。 長門の診断と予測、古泉の言ったこと、朝比奈さんの忠告。 俺は全部信じているんだろ? だったら──俺は俺にできることをするだけだ。 「お待たせしました」 やがて、古泉が俺を迎えに来た。 「来たか」 待ちわびたぜ。 今行ってやるからな、ハルヒ。 閉鎖空間が発生したのは、前回と反対側の県庁所在地のある都市だった。 全国的にお洒落な街というイメージがあるらしい。 同じ県内にもかかわらず、俺は数えるほどしか来たことがない。 街に出る、というと前回の大都市に出る方が多いからだ。 駅前から続く花の通りとか名付けられた道の海側から、閉鎖空間は広がっていた。 ん? この位置だと、東側から入ればもっと早かったんじゃないのか? 「なるべく《神人》が現れる場所の近くから入りたかったので」 なるほどな。 「それでは行きます。目を瞑ってください」 あのときと同じように、古泉は俺の手を取った。 そういやどうして目を瞑らなければならないのか聞いてないな。 朝比奈さんとの時間旅行のように目が回る感覚などない。 何か違和感を通り過ぎる、という感じか。 ──キョン── 一瞬、ハルヒの声が聞こえた気がした。 いや、聞こえた気、じゃない。 はっきり聞こえる。 「もういいですよ」 古泉の言葉で目を開けたが、相変わらずハルヒの声が頭に響く。 ──バカキョン!── ──バカ! いつまで待たせんのよ! 罰金!!── えーと、ハルヒ? うるさい、お前の怒声は頭に響く。いや、文字通り響いているんだが。 俺は決死の覚悟でここに来たんだが、歓迎の言葉がこれか? 思わず溜息をついてうなだれると、古泉が心配そうに顔を覗いてきた。 「大丈夫ですか? どうかしました?」 古泉には聞こえてないのか。 「何がです?」 「ハルヒの声」 古泉は目を見張って俺を眺めた。 「俺の頭がどうにかなっちまった、って可能性もあるけどな」 そんな目で見られると自信がなくなってくる。 「そうではないでしょう。 前に言ったとおり、僕にも涼宮さんがあなたを呼んでいるのは感じられます。 ただ、感じているだけで聞こえている訳ではなかった」 そう言うと、少し考えるようなポーズを取った。わざとらしいが様になる。 「どうやら、あなたが正しかったようです。涼宮さんはあなたを閉鎖空間に呼んでいる、 それで間違っていなかったようですね」 悔しいがこいつにそう言ってもらえると安心する。 そんな会話をしながらも、俺の頭の中にはハルヒの怒声が続いている。 バカだのアホだのマヌケだの罰金だの死刑だの、ほんとに勘弁してくれ。 「呼んでいるっていうかな、さっきからずーっと怒鳴りつけられている訳だが」 俺が溜息をついて言うと、古泉は少しだけ笑顔に戻って言った。 「それはそれは。こういう状態になっても涼宮さんは涼宮さん、ということですか」 まったくだ。 「おい、ハルヒ、いい加減にしてくれ!」 俺たち以外誰もいない灰色の空間に向かって呼びかけてみる。 だが、何の返答もなかった。 俺の頭の中には、さっきからハルヒの罵声が響いてて、いい加減嫌気が差してくる。 なんつーか、今朝の俺の決意をすべて喪失させる気か、この野郎。 今朝まで深刻に悩んでいた俺がバカバカしくなってきた。 後で朝比奈さんに、今朝あたりの俺宛にでも伝言を頼むか。 『悩むだけ損だぞ、俺』なんてな。 そうは言っても、俺がそんな伝言受け取っていないことが既定事項ではあるが。 俺がそんなげんなりした気分になっていると、古泉の真剣な声が聞こえてきた。 「始まりました」 何度見ても現実感がない光景が広がった。 青い巨人──《神人》がゆらりと立ち上がった。 相当距離があるのに、その巨大さからかなりはっきり見える。 あれは新幹線の駅の辺りだ。 そして、前に見たとおり、周辺の建物を破壊し始めた。 「……………」 俺が無言なのはその光景に飲まれたからではない。 ──このバカキョン!── ズガァァァァン ──こんなにあたしを待たせるなんて許し難いわ!── ドカァァァァン やれやれ、間違いない、あの《神人》は確かにハルヒのイライラそのものだ。 《神人》の動きと俺の脳内音声が、完全に一致している。 しかも、俺に向けられているらしい。 「古泉、何でか知らんがあの《神人》は俺にむかついているらしい」 溜息とともに吐き出すと、古泉は一瞬不思議そうな顔をしたが、フッと笑って言った。 「なるほど、それがおわかりですか。ならあなたの計画も上手く行きそうですね」 しかしハルヒ、ずるいぞ。俺にだけ一方的に声を届けるなんてな。 お前に声を届けたいのは俺の方だよ。 「かなり遠いな。まさか歩いて行くのか?」 「いえ、それでは時間がかかりすぎますから。ちょっと失礼します」 そう言うと、古泉はいきなり俺を羽交い締めにするように抱えた。 「おいっ! 何しやがる!」 思わず反論した俺に、古泉は軽口で返しやがった。 「おや、正面から抱き合った方が良かったですか?」 「ふざけんな!」 アホなやりとりをしている間に、目の前が赤い光でに染まった。 古泉が例の赤い球になったらしい。内部はこうなってるのか。 なんて考えた次の瞬間、ものすごい勢いで飛び立った。 「うおぉ!?」 早い、何てもんじゃない。生身で飛行機に乗っているようなもんだ。 ただし、赤い光のおかげか、風圧は全く感じられない。 眼下に流れていく景色を見て、思わず身震いする。古泉にばれたな畜生。 しかしこれはかなり怖い。こいつはいつもこんなことをやっているのか。 《神人》の近くにたどり着くまで、1分とかかっていない。 時速何キロだったのか、誰か計算してくれ。俺は考えたくない。 《神人》は、手近な建物から破壊を始めていた。 近くで見ると大迫力だ。映画みたいだ。 そんなのんきなことを考えている場合じゃない。 あの《神人》がハルヒの精神と繋がっているなら、声が届くのはここしかない。 《神人》の少し上を飛んでもらいながら、俺は大声で叫んだ。 「ハルヒーーーーーーーーーー!!」 しかし、俺の声は全く届いていないように、《神人》は破壊活動を止めない。 俺の脳内音声もますます活発だ。 いくらハルヒの怒声に慣れていても、さすがに凹んでくる。 時折少し離れて休憩を入れながら、俺たちは何度も《神人》に近づいた。 俺は何度かハルヒを呼んだが、《神人》は変わらず、何も起こらない。 周りの建物を殴りつけ、蹴倒し、踏みつけている。 閉鎖空間も広がっている、と古泉が言った。 畜生、やっぱりダメだったのか!? だんだん焦ってくる。 ──何やってるのよキョン! このへたれ!── あーもう、ハルヒ、うるせぇ少し黙れ! お前どっかで見てるんじゃないだろうな。俺が何をしたっていうんだよ。 「すみませんがそろそろ限界です。これ以上《神人》の破壊活動を放置すると厄介です」 古泉が焦った声で言った。 ここで《神人》を倒してしまっては俺がここまで来た意味がない。 次の閉鎖空間を待つ時間もない。 もしかしたら、次の閉鎖空間は生まれないかもしれない。 どうする? 俺は悩んだ。 ハルヒは俺を呼んでいるくせに、俺がここにいることに気がついていない。 いや、識域下では気がついているのだろう。だから俺に声を届けている。 今回は表層意識に残らないと意味がないのか。 仕方がない。一か八かだ。無理矢理意識を引っ張り出すほどのことが必要だ。 俺は最後の賭けに出た。 「古泉、最後にもう一度《神人》の頭の上を飛んでくれ! これが最後でいい!」 「承知しました」 《神人》の上に来ると、俺はもう一度頼んだ。 「古泉、俺を離してくれ!」 「何を言っているんですか!?」 「いいから離せ!」 「無理です!」 「大丈夫だ、ハルヒが、俺が死ぬことを望むわけがない!」 俺だけじゃなくて、お前もな、とは言ってやらなかった。 「わかりました」 しばらく悩んだ古泉が苦しそうに言った。 「ただし、あなたを離したら僕も一緒に下ります。危険と判断したら助けますから」 「悪いな」 確かに、古泉の飛行速度を考えたら、自由落下より先に俺の下に回り込めるだろう。 「たたきつけられて潰れるのは俺もごめんだ。頼んだぜ、古泉」 古泉に助けられなくても大丈夫だと思いたい。 古泉が俺を離して──俺は落下を始めた。 ハルヒ、信じてるからな! 恐怖を感じている暇はなかった。俺は目一杯大声で叫んでやった。 「聞こえてんなら俺を助けやがれ、ハルヒーーーーーー!」 俺の体は更に落下していく。背筋がぞくりとした。 このまま落ちたら、体なんか残らないんじゃないか──? ふわり。 衝突の衝撃もなく、いきなり俺の体は止まった。 ふぅーっと溜息が出る。さすがに緊張していたらしい。汗びっしょりだった。 今どこにいるか、確認するまでもない。 足下も、俺の目の前も青く光っている。 俺は神人の手のひらの上にいるらしい。 まるでお釈迦様の手のひらにいる孫悟空だな。 差詰め古泉はキン斗雲か。 気がつくと、俺の脳内ハルヒ音声もストップしていた。 聞こえていた方が会話しやすいから好都合だったんだがな。 それとも、こいつとまともに会話ができるようにでもなったのか? 俺は目の前にいる《神人》を見上げた。結構怖いのは秘密だ。 古泉は赤い球になったまま、俺の隣に来た。 「まったく、あなたは無茶をしますね」 ああ、自分でも驚いてるぜ。 「よう、ハルヒ」 俺は目の前の《神人》に普通に話しかけてみた。……ハルヒも《神人》も無言。 「なんか、俺が遅くなって怒ってるみたいだな。わりぃ。俺も色々あるんだよ」 相変わらずの無言。 「腹が立ってるんだったら、こんなとこで暴れてないでいつも通り俺にぶつけてみろよ」 我ながら恐ろしいことを言っている。こんなことをハルヒに言ったら最後、俺はどうなるか誰にもわからん。 そして、やはり俺は言ったことを少しだけ後悔することになった。 《神人》が、さらさらと崩れ始めた。 そう、俺を襲った朝倉が長門によって情報連結を解除されたときのように。 俺は呆気にとられてそれを眺めていたが、状況を悟ってめちゃくちゃ焦った。 おい、俺の足場も崩れてるぞ!!!! 古泉があわてて俺の腕を掴んだ。 しかし、俺の足下の青い光がなくなっても、俺はその場に留まっていた。 古泉は腕を掴んでいるが、ぶら下がるわけでもなく、まるでそこに立っているように。 すげぇ、俺も宙に浮いているぞ! この空間は何でもありか?? 「《神人》と我々超能力者の存在だけ考えてみても、何でもありでしょう」 古泉が言った。 《神人》が完全に消え去ると、俺の目の前に──── やっとだな。 たった1週間とは思えないほど長かったぜ。 一気にいろんな感情が俺を襲う。 いろんな思いが混じり合った溜息をひとつついて、俺はそいつに声をかけた。 「久しぶりだな、ハルヒ」 目の前に現れたのは、間違いない。涼宮ハルヒだった。 感慨にふけってる暇もなく、俺は先ほどまであった脳内音声の続きを聞かされることになった。 「こんの……バカキョン!!!!」 やれやれ、再会の第一声がそれかよ。ま、声はさっきから聞いていたんだが。 「遅いのよ、遅い!!! あたしがどんだけ待ったと思ってるのよ!!」 「いや、だから悪かったよ。さっきも言ったけどな、俺も色々あるんだよ」 「うるさいっ! あんたは団員としての自覚が足りないのよ!!!」 だから悪かったってば。しかし何だって俺はこんなに怒られてるんだ? そもそも、ハルヒは今の状況を疑問に思っていないのか? 古泉に聞こうと思って振り返ると、そこには誰もいなかった。 ──逃げやがったなあの野郎。 「凄く怖いんだから、不安なんだから! 何でだかわかんないけどっ!」 ハルヒは言いながらぼろぼろ泣き出した。 俺は黙って聞いているしかできない。 「あ、あたしが、あたしじゃなくなるみたいで、凄く、怖いんだから……」 「……もしかして、今もか?」 ハルヒは過去形でしゃべっていない。今もその恐怖と闘っているのか。 「そうよっ! でも、あんたがそばに居れば何とかなる気がして、ずっと待ってたのに……」 いや、俺はできる限りそばにいたんだよ。それが伝わらない場所でな。 俺だけじゃない。長門は文字通り四六時中そばにいたし、朝比奈さんもできるだけ一緒にいたんだぞ。 伝えられなかったけどな。俺もどうすればいいのかわからなかったんだよ。 やっと今朝、ギリギリになって気がついたんだ。 遅くなってごめんな。 しかし、こんな素直なハルヒを見るのは初めてだ。 どんなに怖い思いをしても、それを誰かに悟られるのを何より嫌いそうな奴だ。 今回のことはよっぽど怖かったんだろう。 辛かったんだろう。 「悪かった、ハルヒ」 そう言って俺は、泣いているハルヒを抱きしめた。 誰だってそうするだろ? こいつは不安と恐怖相手に独りで闘っているとき、俺にそばにいて欲しいと望んでくれたんだぜ。 それに答えないのは男じゃない、そうだろ? いくら俺がへたれだと言われても、それくらいはできるさ。 しばらく俺はハルヒが泣くままにしていた。 今まで我慢していた分、目一杯泣けばいい。 いや、閉鎖空間でストレス解消していた訳だから我慢はしてないのか? ま、でも泣けるなら泣いた方がいいのさ。 しかし、大事なことをまだ伝えていない。 ハルヒを助けるためには伝えなければならない。 この時点で、まだ俺は悩んでいた。 ハルヒの力を自覚させる俺の切り札。『ジョン・スミス』をここで使うか? それとも、今ここで使うべきではないか? 近い将来、この切り札が必要になるかもしれない。 もし、ここで俺が『ジョン・スミス』だと言わずに話ができれば、それに越したことはない。 俺は脳の普段は使わない部分まで動員する勢いで、急いで考えをまとめた。 「ハルヒ。聞いてくれ」 ハルヒは涙目で俺を見上げた。 「これは夢だってわかってるんだろ?」 さすがにこの異様な空間で異常な状況だ。 なんせ俺たちは宙に浮いているんだからな。夢だとでも考えなきゃおかしい。 「そうね……こんな灰色の世界、前にも夢に見たこと……」 そこまで言って顔を背けた。何か思い出しやがったな。 「俺は現実のお前と会いたい。だから、願ってくれ。現実の世界で俺に会いたいってな」 「キョン……?」 不思議そうな顔をして俺を見上げるハルヒに、俺は更に続けて言った。 「俺だけじゃない。長門や古泉に朝比奈さん、SOS団のみんなに会いたいだろ?」 ハルヒの表情が少し変わった。目に輝きが戻ってきたような気がする。 「ハルヒが本気で願えばかなうさ。こんな灰色空間じゃなくてな。 ちゃんと“現実の”あの部室で、みんなで会おうぜ」 しかし、ハルヒは目を伏せると意外なことを言った。 「あんたは本当にあたしに会いたいと思ってるの?」 おい、さっきからそう言ってるだろ。だからわざわざこんな灰色世界まで会いに来たんだぜ。 「そうね、でも……わからないわ。あんたの気持ちが」 俺の気持ち? ハルヒが何が言いたいかわからなくて、俺は黙っていた。 「どうせ夢だし、この際だから言っちゃうけど、あんたあたしにあんなことしたくせに、何も言ってくれないじゃない」 あんなこと……って、あれだよな、やっぱり。 だけどな、あれはお前が先にしただろうが! 「そうだけど、そうなんだけど、あんたが何であんなことしたかハッキリさせたいのよ! ハッキリしないのは嫌いなんだから」 「………」 とっさに言葉が出なかった。 ハルヒがわがまま、とかそう言うのではなく。 いや、わがままなんだけどな。先にキスしてきたのはお前だ、と声を大にして言いたい。 だけどな。つまりだ。 ハルヒは、1週間前まで俺が暢気に味わっていた中途半端さに嫌気がさしてたってわけか。 正直、俺はハルヒが俺の言葉を信じてくれると思っていた。 だから、この閉鎖空間でハルヒと話さえできれば、何とかなると思っていた。 くそっ 俺が俺の首を絞めているわけだ。 自分の暢気さがつくづく恨めしい。 ああ、1週間前の俺を本気で殴ってやりてぇ。 「すまん、ハルヒ」 ハルヒの目を真正面から見つめた。 「俺は自分をごまかして、このままでもいいかなと思ってたんだ。時間はまだあるってな」 ハルヒは俺を睨み付けていた。 こいつは未だ不安と恐怖がある中で、こんな表情ができるんだ。 やっぱりたいした奴だよ、お前は。 「この先は、ちゃんと現実でお前に会ったときに言いたい。だから、帰ってきてくれ」 「夢の中のあんたに約束されたってしょうがないじゃない。 だいたいどうやって帰ればいいのかわかんないわよ」 「だから、夢じゃなくて現実の俺と会いたいと願ってくれればいいんだよ。 大丈夫だ、現実の俺もお前に言いたいことがあるはずだ。夢でも現実でも、俺は俺だ」 わかるだろ? 前の夢の後のこと、あの部室でキスした日のことを思い出せばな。 ハルヒは少し考えてから笑って言った。 「いいわ、信じてあげる。あたしをこれ以上待たせるんじゃないわよ!」 やっと笑顔が見れたぜ。 そのセリフを最後に、ハルヒも先ほどの《神人》と同じように消えていった。 思い立ったら即実行だ。何ともハルヒらしい。 「ああ、待ってろ!」 消えていくハルヒに、俺はそう言ってやった。 「うわああああ!?」 ハルヒが消えると、俺の体も宙に浮いてられなくなったらしい。 おい、ハルヒ、最後のつめが甘いぞ!! さっき助けてくれたのにこれじゃ意味がないだろうが!! そのとき、古泉が俺の腕を取った。 「大丈夫ですか?」 ニヤケ顔で俺に聞いてくる。なんか含んだ顔でむかつく。礼を言うのがためらわれる。 「何か言いたげな顔だな」 精一杯渋面を作って言ってやった。 「いえいえ、見せつけてくれたなと思っただけです」 どこで見てやがった、この野郎。 俺と古泉は近くのビルの屋上に下りた。 「我々が神人を倒す必要がなかったのは初めてのことですよ」 古泉が大げさな感情を込めていった。 「機関から表彰したいくらいですね。ありがとうございます」 そんなもの要らん。 「これから閉鎖空間が生まれたら、あなたに来て頂きましょうか」 ふざけんな。今回は緊急事態だ。いつもそう上手く行くもんでもないぜ。 「それもそうですね」 閉鎖空間はすでに崩壊が始まっており、前に見たとおりに空にヒビが広がっている。 「まったく、あいつは思い立ったら即実行で、後のことなんか考えちゃいねぇ」 俺が文句を言っている間にもヒビが広がり……やがて一気に現実世界に戻った。 日常の喧噪が耳に響く。 何とかなったのか? 日の高くなった空を見上げて一息つく。 しかし、古泉の真剣な声が俺の安堵感を帳消しにした。 「13時20分です──長門さんの予告を最小でも5分過ぎています」 ──遅かったか? 7.回帰へ