約 1,037 件
https://w.atwiki.jp/trpgonsekouza/pages/25.html
■どどんとふ入門GM編:シナリオのチャットパレット登録 ここでは、作成したシナリオをチャットパレットに登録する手順を説明します。 まず、シナリオをできるだけテキストファイルなどで作成します。 テキストファイルを作成するのには、メモ帳などでもいいですが、サクラエディタのようなフリーの便利なテキストエディタがオススメです。 作成したテキストファイルから、チャットパレットにシナリオをコピーペーストします。 1番目のタブはGM発言用で、名前欄を空欄にしてあります。 2番目以降のタブはNPCや敵の発言用で、NPCの名前とセリフ、敵データ等を登録します。 実際にどのように登録するのか、サンプルのチャットパレットファイルを以下に置いておきますので、 ご自分のどどんとふで読み込んで確認してみてください。 サンプルチャットパレット(ZIP圧縮) ZIP圧縮ファイルですので、解凍後、中に入っている拡張子.cpdファイルをチャットパレットの「ロード」ボタンから 読み込ませてください。 以下、冒険企画局のインセインというTRPGで使用したシナリオのテキストを掲載します。 ここまで作りこまなくてもいいですが、敵データ等はできるだけテキストに起こしておく事をオススメします。 ■鬼胎屋敷の怪異(おにはらやしきのかいい) ------------------------------------- ◆諸注意 ・チャットセッションなので相手の反応がわかりづらいです。 かっこいいRPやいいプレイ、良いダイス目などには積極的に おー!とか、かっこいー!とか相槌を打ちましょう。 ・チャットの流れを止めないようにしましょう タイプが遅かったり、長い文を打つときは、短めに文を区切ってタイプするといいです。 ・名前を呼ばれたらまず返事。その後行動宣言。終了したら終了を宣言しましょう。 ・あまり気負わず、タイプした文字を消しては書き消しては書きしないように。 多少の誤字やタイミングのずれは気にせずENTER押しちゃいましょう。 ・インセインと今回のシナリオの特性で個別シーンが多くなるかもしれませんが、 登場していないキャラもPL発言でちゃちゃを入れてかまいません。 というか推奨です。雑談タブの使用は非推奨です。 ぜひ、ぎゃー!とか、げー!とか良いRPだね!とかちゃちゃを入れてください。 その時は、立ち絵が表示されないように、「PC名(未登場)」と チャットパレットに名前を入力したタブを作って、そこから発言してください。 ------------------------------------- ▼共通ハンドアウト(今回予告) 静岡県御前崎市、険しい山道を越えたところにある岬の突端に建設された、 西洋風の大豪邸、鬼胎屋敷。 一ヶ月前、この屋敷で数十億の遺産を残し当主鬼胎泰三が首を切断され殺害された。 不可解な事にその死体と凶器と部屋の鍵は完全に密室である書斎の書庫室に取り残されていた。 メディアはこぞって大豪邸で起こった密室殺人を報道した。 そして3日前、泰三の遠縁にあたるPC達の下に泰三からの招待状が届く。 「この招待状を受け取った者に鬼胎の遺産を配分する。 九月×日に鬼胎屋敷に参集せよ。 鬼胎泰三」 不可思議な事に泰三の招待状の消印は泰三の死後三週間後のものであった。 君たちは様々な事情により、この招待を受ける事にした。 インセイン―シナリオ 「鬼胎屋敷の怪異」 惨劇の幕が今開かれる。 ※)リミット(サイクル数最大数)は3を予定。ただし、展開によっては 2サイクル目途中でクライマックスに突入する可能性あり。 NPCを殺すときは早めにね!☆ミ ※)鬼胎屋敷は携帯が通じません。圏外です。外部との連絡手段は、応接室にある黒電話だけです。あらかじめご了承ください★ミ ▼ハンドアウト ●PC1 推奨職業:学生(性別指定:♂) 君は泰三とは遠縁であるが、数度、鬼胎屋敷を訪れている。 鬼胎屋敷に住むPC2とは面識があり仲が良い。 君は招待状を受け取り、謎と遺産を求めて再びこの屋敷にやってきた。 君の【使命】は泰三の死を解き明かし、できるだけ多くの遺産を手に入れる事である。 【秘密】ショック:PC2 1月前、君は泰三に呼ばれ密かに屋敷を訪れた。 泰三は何故か君を殺そうと西洋剣を持って迫り、 止む無く書斎にあった西洋剣で泰三の首を刎ね、撃退した。 その後の記憶が混濁している。だが君は気づかれる事なく脱出し日常に戻ったはずだ。 君の【真の使命】は泰三が何故君を襲い、何を計画していたのかを突き止め、 その計画の遺産を手に入れる事だ。 PC2は君になぜか好意を持っている。利用できるだろう。 ●PC2 推奨職業:学生(性別指定:♀) 君は泰三とその何回目かの妻、祥子との間の一人娘である。 本来ならば、祥子の次に遺産相続の権利を持っているはずである。 そんな君の元に泰三の招待状が届く。 祥子によれば、遺産は招待状を持っている者だけに与えられるという。 祥子は遺産を手に入れるため君に期待をかけている。 君の【使命】は泰三の直系として遺産をできるだけ多く手に入れる事、 親しい間柄のPC1にできるだけ協力する事である。 【秘密】ショック PC1 2年前、君は屋敷を訪れたPC1に結婚を申し込まれた。 だが、PC1はそれを忘れているように見える。 君は彼の事を狂おしいほど愛しており、 彼と結ばれる為には手段を選ぶべきでは無いと思っている。 君の【真の使命】は、PC1と結ばれる事であり、 それを妨害する人物を全て殺害する事だ。 PC1に嫌われてはならない。 だがもし彼と結ばれる事ができないのならば、PC1を殺し、 自分の命を絶つ事で来世で結ばれる事だ。 ●PC3 推奨職業:学者(性別指定:なし) 君は泰三の遠縁にあたるオカルトを研究する学者だ。泰三は生前、財産を傾けオカルトを研究していたという。そして君の元に「招待状」が届いた。君の【使命】は遺産をできるだけ多く手に入れ、そして泰三のオカルト研究の正体を明かす事だ。 【秘密】ショック:全員 君の正体は死んだ鬼胎泰三の魂が憑依した死体だ。 一皮向けば腐敗した肉の塊だ。 ただし、憑依の際に記憶の一部を失っている。 だが、君は「深淵に眠るもの」を復活させる為に必要な犠牲者を集めるために、 君は泰三の筆跡でPC1,2,4、そして自分にも招待状を出した。 君の【真の使命】は、PC4を除くPCとNPCを全員死亡させ、 「儀式の間」で生贄にささげ「深淵に眠るもの」を復活させる事だ。 その後はPC4は不要だろう。 ●PC4 推奨職業:なし(性別指定:なし) 君は泰三の遠縁にあたる人物だ。つまらない犯罪を犯し、入獄していたが、今月になってやっと出所する事ができた。一文無しの君の下に一通の「招待状」が届く。これによれば、君は大富豪の遺産を相続する資格があるという。君の【使命】は遺産を出来るだけ多く手に入れる事である。 【秘密】ショック:全員 君は生まれついての殺人狂だ。 人を殺すことと富と力手に入れる事が最高の喜びである。 君はこの屋敷に大いなる存在「深淵に眠るもの」を復活させる手がかりがある事を知っている。 「深淵に眠るもの」が復活すれば、世界規模のカタストロフが発生し、 君は神にも匹敵する大殺戮者となるだろう。 君の真の目的はPC3と協力し、出来る限り人間を殺害した上で 「深淵に眠るもの」を復活させる事だ。その後はPC3は不要だろう。 ▼登場人物 ・鬼胎 泰三(おにはら・たいぞう)81歳♂ 故人 鬼胎屋敷の主人にして大富豪の老人。その遺産は数十億円に上るという。 故人。一月前に書斎で首を切断されて死亡している。 晩年はオカルトに深く傾倒しており、人を寄せ付けなかったという。 今回の事件は死んだはずの泰三からの遺産相続会議への招待状(消印は1週間前)を 受け取ったPC達が鬼胎屋敷に集合する所から始まる。 ・鬼胎 祥子(おにはら・しょうこ)34歳♀ 泰三の何人か目の妻。現在の鬼胎家当主。 泰三の死後、自衛と称して常にショットガンを携行している。 ・如月 花音(きさらぎ・かのん)17歳♀ 鬼胎屋敷の住み込みのメイド。美音の双子の姉。温和でやさしい性格。 ・如月 美音(きさらぎ・みおん)17歳♀ 鬼胎屋敷の住み込みのメイド。花音の双子の妹。きつめで厳しい性格。 ・要道 源吾(ようどう・げんご)72歳♂ 鬼胎屋敷の執事。泰三の友人であった。厳格な性格でメイド達を躾けている。 ■導入フェイズ ■鬼胎屋敷へ ---------------------------------------- 2013年9月x日 高級なベンツのサスペンションでも吸収しきれない揺れが、 車内の5人の人物を揺らしている。 ここは静岡市御前崎市の郊外、険しい切り立った崖に挟まれた山道である。 山道の左右には初秋の花、ヒメジョンの白と黄色の花が、咲き乱れている。 ハンドルを握るのは、鬼胎屋敷の執事、要道源吾である。 助手席と後部座席に分乗しているのは、鬼胎屋敷に招かれた、4人の遺産相続候補者。 つまり、君達だ。 源吾 「道が悪くて申し訳ありません。この山道はがけ崩れが多いのです」 「その為舗装を直してもすぐ痛んでしまいまして。」 「乗り心地が悪いのをお詫び致します。」 「もうすぐ、お屋敷に到着します。いましばらくのご辛抱を」 5分ほどすると、ベンツは開けた岬に建つ大豪邸の前へとたどり着く。 ベンツはゆったりと屋敷の前に止まると、源吾が車を降り、 ドアを開けて4人を屋敷の玄関へといざなう。 鬼胎屋敷は豪壮な洋風屋敷であり、源吾によれば、建築は50年前に遡るという。 一代で莫大な財産を築いた、前鬼胎家当主、鬼胎泰三がその財を投入して 建築させた、大豪邸である。 いつのまにか、2人の少女メイドが君達の荷物をトランクから運び出している。 花音 「メイドの花音でございます。遠路、お疲れ様です。お客様方、そして唯お嬢様」 美音 「美音です。お客さまのお荷物はお部屋に運んでおきます…」 2人のメイドは丁寧に礼をすると荷物を屋敷に運び入れる準備を始める。 その時、メイドのうち、おとなしそうな娘、花音は恭司と視線が合うと 頬を染めて、下を向いてしまう。 花音 「………。」 美音 「姉さん、どうしたの? 早く荷物を運ぼう」 花音 「…。うん。美音ちゃん。失礼しましたお客様…」 花音はそそくさと一礼して荷物と共に屋敷の中へと消えていく。 美音は冷たい視線を恭司に向けたあと、やはり屋敷の中へ姿を消す。 源吾 「応接室で奥様がお待ちです。皆さま」 そう言って、源吾は君達を鬼胎屋敷の中へと誘う。 明るい初秋の空に少しだけ冷たい風が吹いた。 ぽっかりと口を空けた豪奢だが暗い玄関は、 文字通り鬼の胎内のようであり、君達を飲み込むかのように感じられるのであった。 ---------------------------------------- ■謁見 ---------------------------------------- 君達は応接室に通された。 源吾がドアを開けると、赤い絨毯を敷き詰めた部屋に、一人の中年女性が立っていた。 祥子 「ようこそ鬼胎屋敷へ。『遺産相続資格者』の皆さん?」 「私は、鬼胎祥子。あなた達に遺産を横取りされる事になった哀れな女です」 祥子はめいいっぱいの皮肉をこめて、君達に慇懃無礼な挨拶をする。 祥子の年はまだ30代半ばだろう。美しいが刺々しい雰囲気の女だ。 そしてなにより目を引くのは、彼女が手にしている物々しい猟銃である。 君達が、驚いた表情をみせると、祥子は言い訳がましくまくし立てる。 「この家には殺人鬼が住んでいますの。」 「だから護身のためにこんな野蛮な物を持っているのですわ」 「私の愛する夫、鬼胎泰三はこの屋敷で、首を切断されて殺されました」 「この屋敷には殺人鬼が住んでいるのですわ…!」 そういって、祥子は脇にはべる源吾を睨みつける。 「何も信用できない。泰三も、使用人たちも」 「私が信用しているのは、唯、あなただけよ?」 祥子はすがるような目つきで泰三の直系の娘、鬼胎唯を見つめる。 「あと1時間で昼食になります。一度お部屋に行って荷物を解くと良いでしょう」 「会食の場で、泰三の遺言を発表します。皆さんに損なお話ではないはずです」 そう言いきると、祥子は疲れ果てたように椅子にへたり込む。 「(あの日からろくに眠れやしない…。私はどうすればいいの…)」 祥子は顎で源吾に合図をすると、4人を部屋から下がらせる。 源吾 「奥様はお疲れです。皆さんを客室にご案内いたしますのでしばらくお待ちください」 そう言って、源吾が君達を応接室の外へと誘った。 ---------------------------------------- ■遺言状 ---------------------------------------- 君達は鬼胎屋敷の客室に案内された。 客室は良く手入れされており、居心地が良さそうだった。 そして、1時間後、花音のノックに呼び出され食堂へと集まる事になる。 食堂は大きな西洋風のシャンデリアが飾られた広々とした部屋であり、大豪邸である鬼胎屋敷の名に恥じないものであった。 テーブルの最も上座は空席になっている。恐らく泰三の席であったのだろう。 その脇に祥子が座り、目の前に猟銃と一通の封筒が置かれている。 下座に君達4人が着席すると、花音と美音が食事を運んでくる。 フレンチを中心とした高級料理である。 祥子 「では、お客様。いいえ『遺産相続権利者』の皆さま。お食事をどうぞ」 祥子は返事も待たず、食事に手をつけることもなく窓の外を見つめはじめる。 窓の外は先ほどの秋晴れが嘘のように、暗雲が立ち込めてきており、 突風が庭の花々を風に散らしていた。 食事が始まって10分程。 激しくなりつつある風雨がガタガタと屋敷を揺らす。 祥子がいきなり立ち上がり、こう告げる。 「では、宴もたけなわな事ですし、鬼胎家当主の遺言を発表しますわ」 祥子は封筒の封を震える手に持ったペーパーナイフでもたもたと切ると、 一枚の便箋を取り出す。 「…。」 「妻、祥子には遺産相続の権利は無い」 「我が死後の遺産に群がるゴミ虫どもよ」 「我が遺産を与えるに相応しい資格を示せ」 「我が娘、鬼胎唯。遠縁にあたる、須藤恭介、伊集院蒼、菊島沙焚。この四名だけが我が遺産を受け取る資格をもつものである」 「死は平等に誰にでも訪れる」 「上記四人のうち、死の試練を乗り越えた者だけに我が遺産と大いなる力を授けよう」 「平成25年8月21日 鬼胎泰三」 : 「…」 「以上です。これだけしか書いてないわ」 「ああ、当主様は何を考えておられたのか…」 震える手で便箋を握り締めた祥子は椅子に倒れこむ。 源吾 「奥様、お気を確かに」 脇にはべっていた源吾が祥子の下に駆けつける。 「薬を。いつもの薬を持ってきて頂戴。源吾」 源吾 「申し訳ありません。あの薬は切らしておりまして」 祥子 「何をしているの!当主の妻が心痛で苦しんでいるのよ!」 ばしっ! 祥子が源吾に張り手を見舞う。 祥子 「今すぐ町に出てあの薬を買い求めて来なさい!これは命令よ!」 源吾 「はっ。今すぐに」 そういって唖然とする君達を残し、源吾は食堂を後にする。 祥子はもはや君達の事が目に入っていないようだ。 二人のメイドは冷め切った食事のお代わりを沈痛な表情で配膳している。 こうして、泰三の遺言は発表された。 食事会は気まずいまま終り、君達客人は客室に戻る事になる。 ---------------------------------------- ■惨劇の始まり ---------------------------------------- 午後6時半。 君達はそれぞれの客室に閉じ込められたままである。 嵐はさらに激しくなり、屋敷を打ちつけ、時折凄まじい雷鳴の轟音が屋敷を揺らす。 花音の話によれば、午後6時に夕食が振舞われるという事であったが、 一向に呼び出しがかかる気配は無い。 その時、絹を裂くような悲鳴が屋敷中に響き渡った。 花音 「きゃああああああああ!」 どうやら悲鳴は食堂からのもののようだ ---------------------------------------- ---------------------------------------- 食堂に駆けつけると、入り口に花音が顔を涙でぐしゃぐしゃにして、へたり込んでいる。 花音 「お、奥様・・・奥様がっ!」 「奥様が! 恭司様っ!うわあああああああああああああああああ!」 恭司の姿を見つけた花音はすがりつくように恭司に抱きつく。 そして、少し落ち着くと食堂を指差す。 花音が指差した先には…。 テーブルは真っ赤な鮮血に染まっていた。 泰三の席であったと思われる上座に、祥子が座っている。 祥子は手にした猟銃の銃口を口に咥え、そのまま引き金を引いたように見える。 頭部を貫通した銃弾が祥子の脳髄を食堂の奥の壁に裂く鮮血の花を作り出したようだ。 祥子は明らかに死んでいた。 後から駆けつけた源吾と美音も絶句して、言葉が出ないようだ。 こうして惨劇の幕は上がった…。 いや、1月前の泰三の死の時点で、惨劇は始まっていたのかもしれない。 ---------------------------------------- ---------------------------------------- 源吾の提案により、君達は一度応接室に集まる事になった。 源吾は青ざめた、しかし落ち着いた表情で語る。 源吾 「奥方様は脳天を自ら打ち抜かれ、恐らく即死されておりました」 「まずい事に、私が奥方様のお薬を買い、車で戻ってきた時に土砂崩れが起きたのです」 「山道は通行が出来ない状態です」 「そして、その影響だと思われますが、電話が通じません」 「外界にこの屋敷の事が伝わるまで数日はかかるでしょう…」 「奥方様をあのような状態で放置しておくわけには参りません」 「とりあえずという形ではありますが、私が地下室に安置してまいります」 「皆さまは、どうか心をしっかりと持たれて、客室にお戻りになってお待ちくださいませ」 そう言って源吾は応接室を後にする。 泣きはらした花音と、冷静を努めて装っている美音が君達を客室に案内する。 惨劇の第一日目はこうして幕を閉じる。 その夜は、皆、眠れぬ夜を過ごすこととなる。 ---------------------------------------- ■マスターシーン:夜忍び寄る ---------------------------------------- 君は眠れぬ夜を過ごしていた。 雷鳴が轟き、豪雨が屋敷に叩きつける。 しかし疲れていたのか、君は気がつくと眠っていたようだ。 任意の知覚特技で判定 失敗: 君は特に気づかず朝になる。 成功: 君はふと目を覚まし、客室の壁を見る。 透明な泡がぶつぶつと壁に浮き出てくる。 泡は段々と量を増やし黒い色のついた長いつめの生えた腕のような形を形成し始める。 そして君の方へと腕が伸びてくる。 怪異:暗黒で恐怖判定をする事。 気がつくと、黒い腕は消えており、壁にはその跡もない。 君はまた深く沈むような眠りに落ちていく…。 ---------------------------------------- ■第一サイクル:惨劇第二日目 ---------------------------------------- 調査項目 ・泰三の死について 鬼胎泰三は1月前に死んでいる。 密室で首を撥ねられており、他殺であると思われる。 ---------------------------------------- 【秘密】:ショック:なし:拡散情報:泰三の死について:泰三は書斎で首を撥ねられ殺害されたと思われる。 警察の検証と源吾達使用人の目撃情報によれば、書斎に大量の血痕が残っていたためである。 しかし、泰三の死体は書斎の中にある小部屋、書庫の中に凶器と思われる西洋剣二本と、屋敷に一つしかない書庫の鍵と共に転がっていた。 屋敷を調査に来た警察はこう語ったと言う。『まるで首を撥ねられた死体が歩いて鍵をかけて閉じこもったようだ』と。 泰三の死体は、警察の検証のあと、屋敷の地下にある地下墳墓に葬られたという。 調査項目:屋敷の地下墳墓への入り方が調査可能になる。 ---------------------------------------- ・祥子の死について 祥子は惨劇1日目の午後6時~6時半の間に死亡したと思われる。 祥子は遺産が自らの手に入らない事を国しており、 情緒不安定になっていた。発作的に手にした猟銃で自ら命を絶ったように見える。 ---------------------------------------- 【秘密】:ショック:なし:拡散情報:祥子の死について:祥子は君達が目撃したとおりの死に方をしている。遺体は腐敗を防ぐ為、温度の低い屋敷の地下にある墳墓に安置されている。 調査項目:屋敷の地下墳墓への入り方が調査可能になる。 ---------------------------------------- ・源吾について 源吾は数十年に渡ってこの屋敷に仕える老執事だ。 態度は慇懃にして厳格であり、名執事であると言える。 祥子の死を目の当たりにした源吾は動揺を抑えつつ、 その死体を処理した。 ---------------------------------------- 【秘密】:ショック:なし:拡散情報:源吾はどこか不可思議な雰囲気を纏っている。 どこか浮世離れした存在である。 それは源吾が泰三に拾われた経験が元になっているのかもしれない。 68年前、中国戦線で泰三に命を救われた源吾はそのまま泰三に仕えるようになったのだと言う。 それほど長い付き合いではある源吾にも泰三は書斎の書庫の鍵は渡していなかった。 その他の部屋のマスターキーは源吾だけが所持している。 ---------------------------------------- ・花音と美音について 17歳の美しい双子のメイド。屋敷を襲う惨劇を恐れているように見える。 花音は優しい性格で、恭司を慕っているように見える。 美音は厳しい性格で、恭司を憎んでいるように見える。 ---------------------------------------- 【秘密】:ショック:全員:彼女達は自分達を「素材人形」であると言う。 素材人形とは、何か。 それは泰三のオカルト研究によって生み出された、擬似生命。 つまり、ホムンクルスである。 花音は素材人形の身を嘆いており、人を愛する事を覚えた。 恭司を狂おしいほど愛している。 美音は自分の存在に諦めを抱いており、 姉花音の心を奪った恭司を激しく憎んでいる。 マスターシーン:花音の告白が発生する ---------------------------------------- ・遺産について 数十億に及ぶという鬼胎家の遺産。手に入れたらヒャッハー! ---------------------------------------- 【秘密】:ショック:なし:泰三は遺産を屋敷のどこかに金の延べ棒として隠したらしい。 だが、驚くべき事に泰三の遺産はそれだけではない。 泰三の晩年のライフワークであったオカルト研究の産物。 それは数十億の金の延べ棒よりもはるかに価値があり、力を持つモノであるらしい。 ---------------------------------------- ・屋敷の地下墳墓への入り方 鬼胎屋敷には大きな地下室があり、そこは源吾の話によれば地下墳墓になっているという。 ---------------------------------------- 【秘密】:ショック:なし:地下墳墓の入り口は、薔薇園となっている中庭にある。 厳重な鉄の扉で封印されており、地下墳墓の鍵を持つ者しか立ち入る事は出来ない。 ---------------------------------------- ■マスターシーン:花音の告白 ---------------------------------------- 雨の降りしきる鬼胎屋敷の庭。 そこに恭司が花音からの手紙で呼び出される所からシーンは始まる。 他PCも登場可能。ただし花音に見つかれば、花音は話をやめてしまうかもしれない。 (庭には隠れる場所が多数あり、他PCは話を立ち聞きする事ができる) 花音 「恭司様。私は罪を犯しました」 「素材人形の身でありながら、恋をしてしまったのです」 「このお屋敷は私にとって鳥かごでした」 「旦那様は杖で私を打ちました。」 「奥様は私の仕事のミスを冷たい言葉で罵られました」 「ごく稀に屋敷を訪れてくださる恭司様だけが私の心のよすがでした」 花音は気がつくと雨の中でもはっきりと分かるほど涙を流していた。 「恭司様。私を抱きしめてはくれませんかっ?!」 「お願いです。それだけが私のたった一つの望みです…!」 そういって、花音は恭司の胸に飛び込んでくる。雨はざあざあと降りしきる。 「ああ、暖かい。恭司様の胸はこんなにも温かいのですね」 「優しい香りがします…」 気がつくと泣きはらした顔で花音は目を閉じ、恭司に顔を向けている。 ■キスする 短い接吻の後、花音はほぅとため息をつくと、 「私はもうすぐ死ぬでしょう。でも、もう何も怖くありません」 「私は幸せ者です。素材人形の身で貴方の様な素敵な方に愛して頂いたのですから…」 ■キスしない 「す、すみません!申しわけありません! 私のような素材人形が出すぎた真似を!」 「ありがとうございました。恭司様の胸の温かさを知っただけで私は幸せです」 ■その後 花音と恭司が立ちさたった後、美音が草陰から現れる。 美音 「ねえさんのバカ。あんな下衆な男に心を奪われるなんて…」 そうつぶやいて美音も屋敷の中へと消えていく…。 ---------------------------------------- ■第一サイクルの夜:惨劇第二日目の夜 以下の行動が可能。GMに秘話で行動を宣言する事。殺害を行う場合は簡単に手口も。 ・NPCを殺害する (他PCに気づかれる事はない。他PCには自室待機しているように見える。 条件によって殺害が失敗する事もある。 またこの方法で殺害した場合、NPCの秘密は入手できない) ・他PCと感情を結ぶ (他PCの客室を訪れ、感情判定を行う事ができる。 他PCにも様子がわかるRPシーンとして扱う。プレイ時間が短いので手短に!) ・何もしない(自室で待機する) ★源吾は部屋におらず、殺害する事ができない。 ■マスターシーン:夜忍び寄る ---------------------------------------- 君は眠れぬ夜を過ごしていた。 雷鳴が轟き、豪雨が屋敷に叩きつける。 しかし疲れていたのか、君は気がつくと眠っていたようだ。 任意の知覚特技で判定 失敗: 君は特に気づかず朝になる。 成功: 君はふと目を覚まし、客室の壁を見る。 透明な泡がぶつぶつと壁に浮き出てくる。 泡は段々と量を増やし黒い色のついた長いつめの生えた腕のような形を形成し始める。 そして君の方へと腕が伸びてくる。 怪異:暗黒で恐怖判定をする事。 気がつくと、黒い腕は消えており、壁にはその跡もない。 君はまた深く沈むような眠りに落ちていく…。 ---------------------------------------- ■第二サイクル:惨劇第三日目 ---------------------------------------- 雨はより激しさを増す。 ---------------------------------------- ★NPC殺害が起こった場合、その詳細をPCに伝える。 この日からPCの秘密を調査できるようになる。 また、二日目に追加される調査項目は以下の通り。 ・泰三のオカルト研究 泰三は晩年財産を傾けてまでオカルト研究に没頭していた。 その内容を調べる。 ---------------------------------------- 【秘密】:ショック:全員:泰三の研究は人口生命を生み出し、新たな世界を作り上げる事であった。 その実験はある程度成功している。花音と美音は泰三の実験によって作り上げられたホムンクルス、人造人間である。 しかし、この研究の途中、泰三はある狂気に取り付かれた。 大いなる存在と交信し、それはこの歪んだ世界を破壊し、全てを滅却することである。 源吾もその為の実験台になったようだ。 源吾の正体が調査可能になる ■マスターシーン:美音の襲撃が発生する ---------------------------------------- ・源吾の正体 源吾は厳格な執事に見える。だが、何かがおかしい。 ---------------------------------------- 【秘密】:ショック:全員:源吾は泰三がオカルトで交信していた大いなる存在によって変異している。 源吾の燕尾服に隠された体にはまるで魚の鱗のような模様が浮かんでいる。 源吾は泰三の意志を継ぎ、儀式の素材を集める為に祥子を自殺に見せかけて殺した。 なお、変異は源吾だけでなく、泰三にも及んでいた模様だ。 泰三の不可解な密室での死は、首を撥ねられてなお、凶器その他を運んで密室まで歩いて移動した泰三の人間離れした生命力、あるいは死霊の力がその原因である。 儀式は、惨劇四日目に地下墳墓で行われる。 地下墳墓の鍵は源吾が所持している。 ■マスターシーン:源吾の覚醒が発生する ■マスターシーン:美音の襲撃 ---------------------------------------- 美音がランダムにPCを襲撃する。 素材人形である自分の使命を果たすためであると彼女は言う。 「素材が。生贄が必要だ! 死ね!」 美音はPCを人間とは思えぬ素早さで短剣を使って切りつける。 選ばれたPCは生命力に1点のダメージを受け、《刺す》で恐怖判定をする。 PCを殺せなかったことに気がつくと、美音はその喉を突いて果てる。 事件を見たPCは全員、《死》で恐怖判定をする。 ---------------------------------------- ■マスターシーン:源吾の覚醒 源吾がPC達を襲撃する。 遭遇時、PCは怪異:深海で恐怖判定をする事。 ---------------------------------------- 「深淵に眠るもの」と呼ばれる邪神に仕える魚人。人と交配して仲間を増やす。その子は幼少期は人と変わりが無いが、成長するにつれ魚人へと変貌していく。 深きもの:源吾の成れの果て 脅威度2 属性:怪異 生命力:7 好奇心:知覚 特技:《刺す》、《手触り》、《深海》 アビリティ:基本攻撃:《刺す》:目標一人を選んで命中判定を行う。命中判定が成功し、目標が回避判定に失敗すると1D6点ダメージ。 アビリティ:かばう:《手触り》:自分がプラスの【感情】を持っているキャラクターがダメージを受けたときに使用できる。ただしこの効果によってダメージを0以下にすることはできない プライズ:地下墳墓の鍵 ---------------------------------------- ■クライマックスシーン PCの誰かが地下墳墓の鍵を開け、中に侵入するとクライマックスシーンが開始される。 ---------------------------------------- 階段を下りると、暗い、深々とした暗黒が待ち受けていた。 君の目は何も捉えることができない。 しかし、臭いが。そう圧倒的な血の臭いと死臭がそこには充満していた。 (なんらかの方法で光源を用意する) 血に塗れた魔法陣にうずたかく積み上げられた人間の腕、足、手、胴、首。 バラバラに切断された人間の死体が積み上げられている。 いや、しかし、その中には人間のものとは思えない奇怪にねじくれた奇形の死体のパーツも含まれている。 ああ、あの服は祥子のものだろうか。胴体だけしか、確認できない。 ああ、あの髪型は恐らく花音のものだ。彼女の生首はどんな表情をしているのだろうか。あまりにも多くの死、むごたらしい殺戮の現場を見て、 君達は湧き上がる吐き気を堪える事が出来ない。 怪異:死で恐怖判定 少し落ち着いて、周囲を見回すと、祭壇の周囲には壁になるほどの黄金の延べ棒が積み上げられている。これがどうやら鬼胎の遺産であるらしい。 そして、魔法陣には祭壇があり、そこには一冊のノートがある。 どうやら筆跡は泰三のものであるようだ。 「死を捧げよ。死をささげよ。」 「深淵に眠るものを呼び起こせ」 「それは全てを飲み込み、全てを無に帰す」 「世界を憎み、己を憎め。愛するものを生贄に捧げよ」 「深淵なる物の真の名を叫べ。」 「『クトゥルフ』と」 ノートはそこで途切れている。 ---------------------------------------- PVP開始 ----------------------------------------------------------------------- クトゥルフが復活する条件 ・生き残りPCが2人になる 魔法陣が光を放ち始め、途轍もない轟音が遥か遠くから聞こえてくる。 ・生き残りPCが1人になるまたはPC1,PC2だけになる。 クトゥルフが復活する。 魔法陣の光は消える。鳴動はより激しくなる。 地下墳墓を出ると、屋敷のラジオが何故かスイッチが入っており、 『緊急津波警報』を流している。 「ピコン!ピコン!緊急津波警報。緊急津波警報」 「全世界規模の超大型津波が太平洋で発生。静岡県西部には数百メートル規模の津波が押し寄せる可能性があります。」 「ただちに高台に避難し、安全を確保してください」 「ただちに高台に避難し、安全を確保してください」 「これは訓練ではありません」 見れば、屋敷の裏側、岬の先に白く途轍もなく巨大な津波が見える。 そして、君達は確かに見た。 津波の背後に立ち上がる、数百メートルに及ぶ宇宙的存在、目覚めた深淵なる物の姿を。 恐らく津波が屋敷を襲うまで1分程度しかないだろう。 怪異:深海で判定に成功すれば、生き残る事ができる。 また、自分が成功した場合、自分を犠牲にしてもう一人の生存者を助ける事ができる。 ----------------------------------------------------------------------- ■エンディングロール インセイン―シナリオ 「鬼胎屋敷の怪異」 ■リザルト■ ▼鬼胎 泰三(おにはら・たいぞう)81歳 死亡 惨劇の一ヶ月前に鬼胎屋敷書斎書庫室にて首を切断される。 ▼鬼胎 祥子(おにはら・しょうこ)34歳 死亡 惨劇の第一日目、自ら猟銃で頭を打ち抜いて死亡。 ▼如月 花音(きさらぎ・かのん)17歳 死亡 惨劇の第二日目、死亡。 ▼如月 美音(きさらぎ・みおん)17歳 死亡 惨劇の第三日目、死亡。 ▼要道 源吾(ようどう・げんご)72歳 死亡 惨劇の第三日目、死亡。 ▼霧島 沙焚(きりしま・しゃたく)32歳 ▼伊集院 蒼(いじゅういん・あおい)25歳 ▼鬼胎 唯(おにはら・ゆい)19歳 ▼須藤 恭司(すどう・きょうじ)19歳 死と狂気、疑心暗鬼と恐怖のゲームは終わった。 鬼胎屋敷は深淵に眠る者の大津波にのみこまれ、深海へと消えた。 全世界規模の大災害をもたらした事件は発端でしかない。 眠りを覚ました深淵に眠るものは世界を滅亡へと導く事になる。 津波の去った、ガレキだらけの岬の突端に小さなリボンが落ちていた。 それは、花音の身に着けていた愛用のリボンである。 それは人として生まれる事を得ず、人でありたいと願った少女の生きた証であった。 インセイン:「鬼胎屋敷の怪異」 終幕
https://w.atwiki.jp/storytellermirror/pages/996.html
戦場のヴァルキュリア3 ※タイトルロゴでは「戦場のヴァルキュリア3 UNRECORDED ◆ CHRONICLES」と表記されている 以下は本スレではなくこのページに直接投稿されたもの 征暦1935年 架空のヨーロッパ 大陸の覇権を懸けて対立する東ヨーロッパ帝国連合(帝国)と大西洋連邦機構(連邦)は遂に開戦。全面戦争となった。 物語の舞台であるガリア公国は、両国の狭間に位置しているラグナイト鉱石の豊富な小国家である。ラグナイトはエネルギー、医療品、爆薬などに使われる万能鉱石で、ラグナイトの需要でガリアは小国家ながら潤っていた。 1935年3月、ラグナイトを狙って帝国はガリアに宣戦を布告。ガリア領内に侵攻を始めた。 後にガリア戦役と呼ばれる戦いの始まりである。 この戦いはガリア義勇軍第3中隊第7小隊を中核とする部隊の活躍で国内から帝国軍を排除することに成功、勝つには勝った。 それでものっけから不利を強いられた。 戦力で劣るガリア軍は国境の拠点ギルランダイオ要塞を落とされ、同時に国境近くの街ブルールを占領され敗走。首都ランドグリーズの目前の都市ヴァーゼル市まで追い詰められていた。 第1章 NAMELESSへ 1935年4月15日、ガリア義勇軍第3中隊第7小隊隊長ウェルキン・ギュンター少尉の奇策で一度は奪われたヴァーゼル市を奪還。これを機に本格的な反攻作戦が始まった。 しかし、ヴァーゼル市北東に展開する帝国軍の戦力は多く、にらみ合いになっていた。 新兵ばかりの部隊で、上官から指揮を任された新任の少尉が、ヴァーゼル市近辺の帝国軍先遣勢力の排除作戦の説明を始める。 彼の名をクルト・アーヴィングという。 ランシール王立士官学校を首席で、しかも歴代最高で卒業するという成績を持つ彼は、不安に駈られる新兵を前に 「この戦い、我が軍の勝利は決まっている」と言い放った。 同期生も唖然とする中、立案した作戦を説明する。 敵前面に少数の兵力を置いて、主力は背後に迂回。前面から牽制射撃と後方の主力が突撃をかけて、敵戦力を駆逐する。 作戦内容に皆懐疑的だったが、事実うまくいった。 前面を少し下げた結果、前面を主力と睨んで追撃した帝国軍は完全に側背を見せる形になり、一方のクルトが率いているがリア軍部隊は全くの無傷で敵先遣部隊を全滅させた。 ヴァーゼル市近辺の守りを固めるため、部隊が集結して来る中、クルトは見慣れぬ軍服を着た部隊の姿を認めた。 様子を見るに、正規軍撤退の殿(しんがり)として、一個小隊で機甲部隊の足止めを命じられ、壊滅的被害を被ったらしい。彼らの前にリエラの腕の中で戦死した隊長が横たわっている。異様なのは軍服だけではない。皆ナンバーでお互いを呼んでいた。 同期生に聞くと、422部隊、通称ネームレスという。軍規違反者や犯罪者を集めた懲罰部隊とのことで、捨て駒同然の作戦を命じられるらしい。命令拒否は銃殺刑で、拒否権は皆無である。 彼らを横目にクルトは通り過ぎる。 クルトに声をかける人物がいた。カール・アイスラー少将はクルトの作戦指揮を認め、激励に来たのであった。司令部でもクルトの名は知られており、期待されているという。 アイスラー少将の執務室を訪ねる時、明らかに民間人がクルトとぶつかり、去って行った。民間人が落とした手紙にはアイスラー少将の署名が入っていた。執務室でアイスラー少将に落とした手紙を届けると、二三激励の言葉をもらった。クルトが執務室を出た後、アイスラー少将は届けられた手紙を見て何か考えているようであった。 上官に呼ばれ、士官室に入ったクルトは何の説明も無く、422部隊への転属を記した辞令を渡された。自分には反逆罪がかけられているという。一方的に転属を命じられ、唖然とするクルト。 これからの上官はガリア軍諜報部のラムゼイ・クロウ中佐になるとだけ説明され、士官室を出たクルトは全く納得がいかなかった。 新しく上官となったクロウ中佐に説明を求めても、「知らん」と一言だけ言われ、クルト・アーヴィングではなく『No.7』と名乗るよう命じられた。 422部隊の行動は一切記録にされないため、所属する隊員に名前を持つ必要は無い。名前ではなく、番号で管理されるのでネームレスという。 クロウ中佐によれば、恩赦をもらうことで転属が可能らしい。未だ実例は無いが。 早速作戦を命じられたクルトは、クロウ中佐の適当振りに呆れつつ、422部隊の移動宿舎に来た。作業をしている女性隊員に声を掛けた。彼女は目にも留まらぬ早業でクルトの喉元にナイフを突き付けたが、クルトが「この隊ではこれが挨拶なのか?」と言って気がついたらしく、慌てて謝った。 騒ぎを聞いて他の隊員も集まって来る。隊員の一人はクルトの話を無視して立ち去り、さっきのナイフを突き付けた隊員は再び謝ってその場を逃げ出して行った。 残ったNo.6と名乗った隊員にこれまでの経緯を話すと、彼も身に覚えの無い反逆罪でここに転属させられたそうだ。 渡された作戦指示書には、今日中にヴァーゼル市に接近する偵察部隊を駆逐することが書かれていた。正規軍の援護は無し。一個小隊で規模不明の敵勢力と交戦しろ、とのこと。 422部隊の隊長は前の作戦でリエラに看取られて戦死。隊長不在のまま今日までいたようだ。部隊の中で最高階級であるクルトは、No.6の勧めで指揮を執ることになった。 ナイフを突き付けた女性隊員、もといNo.13の偵察報告で楽に包囲殲滅できると思って現場に向かって唖然とする。 隊員のほとんどが作戦をサボタージュして、僅か3人しかいないのである。その内の一人No.1は指示とは違う配置に待機している有り様だった。混乱したクルトは懐から飴を取り出してかじり始めた。昔から彼は気持ちの不安定収めるために飴をかじる癖がある。不思議と落ち着くらしい。 落ち着いて再度配置し直す。No.6の戦車とNo.1で左翼から突撃、友軍の方へ逃げると踏んでクルトとNo.13は右翼に回り込んで待機する。逃げてきた偵察部隊を待ち伏せで叩く狙いだ。 No.1が命令無視もいいところの大暴れをしたお陰で、待ち伏せも上手くいった。作戦に懐疑的だったNo.6は感心した様子であった。No.6自身、責任逃れでクルトに指揮を任せたつもりだったが、予想以上の戦果に驚いていた。彼はクルトに「なぜ4人でも戦おうと思ったのか」問うた。 その問にクルトは「どうして最高の結果を求めようとしない?逃げて何が生まれるんだ?目の前にある問題をどう解決するか、追及したくないのか?逃げた先にもっといい答えがあるのか?無いと思う、俺は」と答えた。 クルト・アーヴィングはこういう男である。クルトの人柄にも感心したNo.6は本名のグスルグと名乗り、クルトの指揮で戦うことを誓った。 この部隊では、自分の認めた相手には名前を教える、ネームレスの流儀だという。 隊員のサボタージュに頭を悩ませていると、かつての同期生が声を掛けて来た。今回の作戦の戦果は全て、後方で引っ込んでいた正規軍のものになるということであった。自分を捨て駒呼ばわりする同期生にクルトは 「戦力不足のガリア軍に捨て駒などあってはならない」と答えた。 その一言に腹を立てた同期生は、クルトを殴り倒した。彼はクルトを汚物でも見るような目で一瞥し、「名無しのネームレス」と罵倒して去っていった。 雨が降り始め、湿った地面から立ち上がったクルトは、嘲笑を浮かべる同期生ら正規軍を尻目に、必ず名前を取り戻す決意を胸に歩き始めた。 第2章 72時間の戦い 話を進める前にこのネームレスと呼ばれる部隊について知っておく必要がある。 正式な名称422部隊の起源は20世紀初頭の第一次ヨーロッパ大戦に遡る。 通常の部隊では手が回りにくい特殊作戦に従事する目的で、この部隊は創設された。所属が諜報部に配置してあるのもこのためである。 敵の後方で破壊工作や諜報活動によって後方撹乱など、敵中に飛び込むような難易度の高い危険な任務を少人数で行うため、死亡率は極めて高かった。 創設当初は、正規軍のベテラン兵が任務に当たったが、そもそもこういう類いの作戦思想自体がガリア軍内で未確立のために、精鋭を湯水のように使う結果になった。 正規軍は正規兵の消耗を極端に嫌う節がある。貴族出身の軍人ダモンが軍司令に就くと、上の性格はますますひどくなった。今戦役で正規軍よりも義勇軍の活躍が目立つのもそのためである。正規軍が後方に下がり、義勇軍が矢面に立って敵を駆逐する、その後で正規軍がやってくる。表面上の手柄は正規軍のものとされた。プロパカンダに使えるからだ。ガリア正規軍のモラルはこの国の軍組織で最も低劣な部類に入るだろう。422部隊は一応正規軍の所属ではあるが、その立場は今や義勇軍よりも低い。 自然、422部隊には軍規違反者や刑法犯罪者が送られ、任務も無茶な命令が指示されるようになった。 その422部隊の印象をクロウ中佐は質問している。 クルトは一言だけ言った。 「最低です」 懲罰恩赦を頂くことが現時点での彼の目的であった。クロウ中佐の口からアイスラー少将の伝言を聞いたが、かまうことはなかった。 クロウ中佐から次の作戦の指示が出された。遊撃戦と中部アスロン市の攻略である。 遊撃戦、とは本隊から離れて大多数の敵に立ち向かうことである。 多くの場合、敵に対してこちらの戦力は少ない。出来ることは嫌がらせ攻撃だったりと、規模も小さい。何度も言うようだが、422部隊の実戦的戦力は一個小隊である。 が、司令部が422部隊に命じているのは中部の小都市アスロンの奪還と敵戦力の殲滅である。敵の戦力は一個中隊かそれ以上。 一個小隊単独で出来る仕事量ではない。しかも制限時間が付いていた。 72時間である。 制限時間はともかく、部隊を立て直してまともな部隊にするにはいい機会かもしれない。クルトはそう考えてクロウ中佐の士官室を出た。 作戦事項を部隊に伝え、作戦を実行してもらわなければならない。前回のヴァーゼル近郊戦のように、またもやサボタージュされては部隊そのものの運用性が下がり、自然作戦成否による生存率の向上も望めない。 クルトは、その点を不安視していた。 彼はグスルグに相談した。 グスルグによると、現時点で動ける実動部隊の隊員の数は10人。その中で5人、彼の計らいで協力的、と思える面子を集めてもらった。No.15、No.21、No.24、No.32、No.56である。 集まって早々、クルトに辛口の意見が飛んだ。とりあえずナンバーと前回の作戦でサボった理由を聞いた。グスルグの出した助け舟で、皆何とか口を開いてくれた。聞くと、死にたくないだの仲間を失いたくないだの止められただの嫌だから逃げただの、終いには隊長不在による参加義務が発生していないために不参加だった隊員もいた。どうやらこの部隊では隊員の推薦と承認で隊長が決定される。全員が懲罰で配属されてナンバーで呼び合っている以上、この部隊におよそ上座と下座は存在しない。命を預けるためには、隊員が信頼し得る者をトップに据えなければ生き残ることは出来ない。隊員たちが慎重になるのも無理はない。クルトがこの部隊に着任してまだ1週間も経っていないのだ。グスルグはクルトに作戦指揮を任せたが、隊員の過半数が承認していなかったために隊長命令の強制力が発生していなかったのだ。 現時点で隊員たちはグスルグを推していた。この中では最も聡明で、目の配り方も器用であった。しかし、当のグスルグ本人が固辞し続けていた。彼はダルクス人である。 ダルクス人の悲劇は、伝説上の神話「ダルクスの災厄」に端を発す。 このヨーロッパで暦がまだ確立していない頃に、大陸にダルクス人が侵入。邪法を用いて100の都市と100万の人畜を焼き払い、大陸は荒廃した。そこへ強大な力を持った古代ヴァルキュリア人がダルクス人を制圧。ヨーロッパは救われ、ダルクス人は大陸を焼き払った罪から姓と職業の自由を奪われ、今日までヨーロッパ中で差別され続けている。古代ヴァルキュリア人がその後文献上から姿を消したため、伝説とはされているが、ガリア公国中東部に位置するバリアス砂漠には「ダルクスの災厄」で焼き払われたと思われる家屋が点在しており、ダルクス人が現存している以上単なる伝説とは片付けられない。このバリアス砂漠の遺跡もダルクス人差別の一助になっているのもまぎれもない事実だ。 就職の自由がないダルクス人は肉体労働、主に大陸で激しくなりつつある産業革命で勃興する工業の労働者として働いていた。機械を扱うことが多いことから、ダルクス人は「油臭い」と蔑まれた。一方で彼らは工学知識に富み、優れた工学博士を輩出してきた歴史を持つ。ダルクス人工学技術者で最も有名なテイマーはダルクス人であろうがなかろうが憧れる者は多く、その後も彼のように仕官して立身出世する若者が現れた。 ダルクス人の特徴として、彼らは濃紺色の髪と身体のどこかに特徴的な模様の衣類やストールを身につけている。グスルグの場合は革製ジャケットの胸と背中に工具のマークとダルクスの模様を縫い付けていた。見た目ですぐ分かるように、ダルクス人は自身の民族の正当性を決して卑下したりしないのである。 また、ダルクス人はどれだけ差別的な扱いを受けても決してやり返すようなことはしてはならないという教えを持っていた。 「ダルクス人は報復しない」 同じ事を行えば、同じ事が繰り返されて、閉じた円環の中で永遠に差別が続くことを説いているのである。 だが、現実はダルクス人に対する差別感情は根強く続いている。 ヨーロッパ全体に目を向ければ、これと言って差別的な感情を持っていない人間もいるが、極端なものでは道を歩いているだけで殺してしまう者もいる。 余談が、過ぎた。 差別されているダルクス人を部隊のトップにしたらどうなるか、グスルグには容易に想像がついた。おそらくはダルクス人を理由にあらゆるサボタージュが部隊に仕掛けられるだろう。今よりひどい任務を押し付けられる危険もある。その先に待っているのは部隊の全滅である。かといって他に部隊指揮が出来る人間もいない。グスルグはクルトが適任であると、彼を推した。次の作戦を彼の指揮下で戦ってみることを隊員に勧めた。納得できないなら自分が指揮を執ってもいい。グスルグの言葉に、皆納得してクルトの作戦会議を聞いた。 アスロン市はガリア中部に位置しており、ヴァーゼル市を取り戻したガリアにとっては、アスロン市を奪還することによって中部戦線を押し広げ、北部と南部に展開した帝国軍に分断の脅威を与えて牽制を行いたかった。だが、手元には中部方面に出せる駒がない。ヴァーゼル市奪還の立役者ギュンター少尉ら第7小隊を含めた第3中隊は南部へ派遣が決定していたし、もちろんのこと正規軍は出せない。と言うより、出さない。 結局お鉢が422部隊に回ってきたことになる。422部隊にしてみればいい面の皮である。 アスロン市郊外西部の草原地帯に陣取る帝国軍部隊の攻撃に成功した後、作戦が思いのほかすんなりと、しかも戦死者ゼロで終わったことに、参加した隊員たちは驚きを隠せなかった。 No.15、No.24、No.32はクルトの指揮能力を認め、それぞれエイミー・アップル、アニカ・オルコット、ジュリオ・ロッソと名乗ってくれた。だが、まだNo.21とNo.56はクルトを認めておらず、軽々に名乗るべきでないと言った。 クルト本人もこの戦闘一回のみで認めてもらおうなどと、欲は出さずに上の両名には保留とした。 あと、気になるのはNo.1とNo.13の両女性隊員であった。No.13は一言二言言ってその場を逃げ出し、No.1に至っては完全無視でいなくなってしまった。クルトを認めた上記の隊員も特にNo.13との作戦出撃を躊躇しており、クルトが理由を質すと彼女には「死神」と言う呼称がついて回っているのだと言う。後は本人に聞くしかなかった。 この部隊を率いるには、まだ不足している要素があることを感じ、先にNo.13の問題を解決することにした。 その夜No.13に会って話をした。 彼女は元々義勇軍兵士であった。彼女の部隊は開戦直後の撤退戦の中で帝国軍の猛攻を受け全滅、彼女だけが生き残った。これだけなら奇跡的な生還と言えよう。 しかし、彼女の部隊の全滅と生還は5回繰り返された。 彼女だけが毎度生き残るので、あるとき彼女を「死神」と呼んだ者がいた。 それが定着し、結果厄介払い代わりに422部隊に送られたのであった。
https://w.atwiki.jp/kenkaku/pages/97.html
一期一会は世の常なれど―◆L0v/w0wWP. ◇ 「ふはは。なんだこれだけ酒があれば浴びるほど飲んでも飲み足りないくらいじゃないか!」 断りも無しに酒蔵あがりこみ、樽を叩き割って枡で酒をまさに浴びている この褌一丁の小山のような男に、先客である石川五ェ門、細谷源太夫は辟易していた。 特に源太夫は、なまじ見事斬り死にする覚悟を固めた後だけあって、口を開けて呆けてしまっている。 もっとも、五ェ門は重症を負い、源大夫はかつての剛健ぶりは露ほどにも伺えぬほど衰えている。 問答無用で切りかかられなかっただけましと言うべきか。 「どうした?君たちも飲まんのかね?安物のドブロクだがなかなか美味いぜぇ、これは」 「―!!!」 蔵の隅で息を潜めていた二人はおずおずと暗がりから姿を現す。 「なぜ分かった…」 「フン、これほど酒と血の臭いをプンプンさせてれば嫌でも分かるわな」 巨漢はその面相に似合わぬ人懐っこい、それでいてからかいを多分に含んだ笑みを浮かべる。 もっとも五ェ門たちもこのまま、隠れ通せるとは最初から思っていなかったが…。 「まぁ、なんだ…こんなところで話し込むのもアレだからな。蔵の裏手に屋敷があった筈だ。そこへ来たまえ この格好では寒くてかなわんしな…グァハハハハハハハ!!!」 勝手に一人で決めると男はその場にあった大徳利二つを酒樽に静めた後、 笑いながら乱暴に引き戸を開け放って、男は蔵から出て行った。 傍若無人ぶりに顔を見合わせた二人は仕方なくそれに従った。 ◇ ◇ 酒蔵の裏手に備え付けられた小屋の板間で、車座になっていた。 芹沢は、やや丈の足りない町人の着流しを身にまとい、ふてぶてしくも 上座にどっかと腰を下ろしている。その向かって左に源太夫、右に五ェ門。 細谷がまずは各々を素性を知りたいと細谷が述べた事から、 言いだしっぺの細谷から簡単に己らの素性を話そうという事になっていた。 しかし、細谷の話の長いこと長いこと。 主家が取り潰された敬意から、青江たちとの騒々しくも懐かしい日々、 妻や子供たちとの思い出、再び禄を失い、無様に老いさらばえている事等等。 細谷の見栄っ張りな性分から多少の潤色はまじっているのだが、それらを熱っぽく語る 細谷はついに感極まって泣き出してしまった。これには芹沢が細谷に勧めた酒のせいもある。 はじめは最早醜態は晒せぬと頑なに拒んだ細谷だったが、もはや全身に酒毒が回ってしまった身。 誘惑に勝てず杯に口をつけてから、もう十回はそれを干している。当然、先ほどの決意が曇ったわけではないのだが 五ェ門はその姿にやや呆れてしまった。しかしそれは別に五ェ門は口には出さねど 大いに首を傾げていたのだが…。 「…たのだ!それを馬鹿にしくさったのだぞ、あの生臭坊主は!許せん!断じて許せん!」 「あ~もうわかったわかった。そのくらいで良かろう御老体。」 「なにをっ!まだ話は終わっていないぞ!」 「俺が聞きたく無いと言ってるんだよ!」 「――ッ!!!」 突如語気を荒げた芹沢が始めて見せた鋭い目つきに源太夫はすごすごと引き下がってしまう。 伝鬼坊相手に見せた漢気はどこへやら…五ェ門はさらに頭を抱えた。 「次、君話が給え」 これまたここで調達した粕漬けを齧りながら芹沢が顎で五ェ門に促した。 この態度にはさすがに五ェ門も腹を立てる。自分と腐れ縁のあの男も 傍若無人な性分だが、ここまでではなかった。 「断る!」 「なにぃっ!?」 「お主が何者かは存ぜぬが、人に名を訪ねるのならば自らなのるのが礼儀というもの」 芹沢と五ェ門が睨み合い、源太夫が心配そうな顔で両者の間で目線を泳がせる。 だがその睨み合いは芹沢が突如破顔した事により終わった。 「ヘヘッ…死に損ないにしてはいい度胸じゃないか!」 「なにっ!?」 「いちいちいきり立つんじゃねえよ。傷に触るぜ」 どこまでも人を馬鹿にした態度に五ェ門は怒りを露にした。 「いいだろう。その度胸を買って名乗ってやろうじゃないか!俺…いや 我輩は新撰組筆頭局長!尽忠報国の壮士!芹沢鴨だ!」 「かも?新撰組…?」 「なんだとっ…!?」 源太夫は首をかしげ、五ェ門は目を見開く。 「なにかね?どこかで会ったかな?」 「いや…思い違いだ」 「そうかい」 芹沢は怪訝な表情を浮かべ、それ以上追求をしなかった。 「で、言うとおり俺は名乗ったぜ?お前さんも名乗るのが礼儀だろう」 「うむ、拙者は石川五ェ門と申すもの…」 「石川…ご・え・も・ん~ッ!?プハハハハハハッ!!!なんだ、おめぇ盗賊か?」 「せ、拙者はそのようなものではない!」 五ェ門は頬を紅潮させ否定するが、悲しいかな鴨の指摘は殆ど当たっていたりする。 「まぁ、冗談だ。許してくれたまえ、石川君」 「む、むぅ」 「それにしても君も随分大胆だな。まぁ、俺…いや我輩の鴨という名乗りも奇妙だ奇妙だと言われるがね」 そう言って鴨は再び大笑した。 「で、なんなのだ。その新撰組とは?」 その間に源太夫が疑問を差し挟んだ。 「なんだ、御老体はしらねぇのかね?まぁ、それも当然か。名前を変えたばかりだからな。 まぁ、俺としては誠忠組の方がよかったと思うのだが…会津公からの拝命というならば致し方あるまい」 「ほぉ、貴殿は会津の出か」 「いや、俺は水戸脱藩よォ。今は都で真の尊皇攘夷をおこなうべくだな…」 「そんのーじょーい…?」 首を傾げる源太夫に、鴨は飽きれた顔をして語った。 「なんだ御老体。いくら隠居とはいえそのようなこともわからぬか。 酒ばかり飲んで引きこもっていてはいかんよ」 「わ、わしとて無位に日々を送っているわけではないぞ!確かに以前ほどの腕はもう無いが用心棒としてだな…」 「あー、わかったわかった!どの道御老体は存ぜぬようだから、教えて進ぜよう。」 大徳利の底が抜けんばかりに床に叩きつけ、芹沢が熱っぽく語りだした。 「掻い摘んで言うとだな…かの唐土の忠臣・岳鄂王、文天祥、袁崇煥、鄭成功のようにだな、 今危急存亡の日ノ本を犯さんとする南蛮紅毛の夷狄どもを打ち払い帝を守り立てんとするのが我らの指名よ!」 「…な、南蛮人が日ノ本を!?なんと、そんな大それたことになっておるのか?!」 「ほれみろ、やはり何も知らないじゃないか」 酒が入っているせいか、二人はそのままギャーギャーとお互いの主張をぶつけ始めるが、 とても収拾の尽きそうな事態ではない。五ェ門にはその理由もわかるのだが、それはあえて告げない。 「まぁ、お二人とも一旦矛を納められい。まずは、今この状況を把握するのが先ではないか」 ◇ ◇ ◇ 「まず某は、この下らん殺し合いを打ち砕く。どこの誰が仕組んだ事は知らぬがこのような無益な殺生許される筈もない!」 「わしのような半病人では足手まといにしかなれんだろうが…できれば、わしも石川殿に協力したい…。 せめて最期だけは武士として戦い散りたいのだ!」 ただならぬ決意で告げる二人に対して芹沢は相変わらず酒を喰らっていた。 「芹沢殿、お主はどうなさるおつもりか」 「さぁな…」 五ェ門に一瞥もくれずに芹沢は答える。その言葉の意味する事に関して 考えを巡らせた源太夫 「まさか、『これ』に乗り気なのではあるまいなっ!?」 「ふむ…それも悪かぁねぇ…」 物騒な言葉に思わず構えを取る五ェ門。 「やめておきたまえ、石川君。死に底無いの君がそんなボロ刀で我輩とやりあったところで 御老体ともどもぶったぎられるのがオチだぜ。グフフフッ…」 芹沢が浮かべた笑みは下卑ているとも、不敵とも取れる複雑なものだった。 「それに安心したまえ。酒も持たせず、人を素っ裸でほっぽりだすような野郎においそれ 従うつもりはないからなッ!ウハッ、グァハハハハハハッ!」 「ではどうするというのだ?」 ふむ、と芹沢は顎を撫でながら人別帳を取り出した。 「まぁ、さっきも言ったとおり俺の部下がここには五人呼ばれているらしい。 動くのも面倒だしな。ここでそいつらが来るのを待つさ。近藤君伝家の宝刀(笑)も 借りっぱなしじゃ悪いからな。あいつらも馬鹿じぇねえんだから俺の寄りそうな場所ぐらい検討がつくだろうよ。」 そういうと脇に置いていた近藤に目をやった。 「それからが問題だな―――まぁ、そいつらが何か面白いことを言ってきたらその通りにしてやるさ。 その時は、まぁ…悪いがお前ら…いや、君たちををぶった切る破目になるかもしれんが、杯を酌み交わした誼だ。 よほど俺の気にでも触らんかぎり、次くらいは見逃してやるさ、安心したまえ。ハッハハハハハ!」 「貴様ッ!!」 「なんだ、今死ぬか?」 芹沢の声のトーンが落ち、先ほどからふざけっぱなしの男とは思えないくらいの眼光を帯びた。 これに対して五ェ門も、これに源太夫も気おされながら睨み返す。 「まぁ、焦るんじゃねえよ。今、どうこうしようなんて気は俺にはねぇ。 御老体も石川君も仲良くやろうじゃねぇか?なぁ」 「…無用の争いはこちらの望むところでもない…」 「わかりゃーいいんだ、わかりゃあ。まぁ、今のところここでまともに他の連中とやりあえるのは 俺しかいないみたいだからな。俺の知り合いが来る前に乗り込んで来るような輩がいたら、俺… いや、我輩が守って進ぜよう!大船に乗ったつもりでいたまえ!」 一人、呵呵大笑して芹沢は姿勢を崩した。源太夫が芹沢に聞こえない声で呟いた。 (図体だけ大きい泥船ではないか…) ◇ ◇ ◇ ◇ さて言葉とは裏腹に、芹沢は大して部下の進言には期待していなかった。ここにいる全員の顔を思い出しても なにか面白い事を考え付くとは思えなかったからだ。 (近藤君は腕は立つが忠義だの士魂だの、存外、俗な男だ。まぁ、百姓ゆえの負い目ってところだな。 山南君も理屈っぽいからそう面白いことが思いつくとは思えん。斉藤…君だったか。口を利いた事すら殆ど無いな。 土方君は論外、あの野郎のことだ。もう、近藤君を生かすために他の連中を殺しにかかってるかもしれん。 沖田君は他の連中よりは親しいが、頭はガキとかわらんからな。過度の期待はできねぇ。なんだ結局俺が考えるのか。 まあ、面倒だが、何か思いつくまでこいつらをからかうのも悪くないかも知れんな。しかし…) 行李から乱暴に放り出されている人別帳に目をやる。 「しかし、これを考えた野郎ってのはどんな連中だぁ?この人別帳にしたって随分人を食っていやがるじゃねえか」 「拙者もその事については考えていたところだ」 宮本武蔵だの佐々木小次郎だのは趣味の悪い冗談で済むが、よりにもよって八代将軍の名まで記されている。 仮にいかな身分のある大名がこれの黒幕としても、将軍家を愚弄するような行為、切腹改易は免れない。 さらに腹を切らされて死んだはずの新見錦の名前。新見が死んだのは数日まえであるから、それを知らないのは当然として、 清河八郎の方がわからない。あの男が死んでからけっこう時間がたっているはずだが…。 (ちなみに芹沢と清河は思想的には似通っているところがあったものの、なにかと理屈をこねくりまわし さらには芹沢とは違うベクトルで傲岸不遜な彼が大嫌いであった。) 疑問を述べる芹沢と五ェ門に対し源太夫は何を悩むことがあるという風に答える。 「誰だもなにも、このような事をなさるのは御当代しかいらっしゃるまい! このような奇矯な振る舞いの上、自らそこに踊り込まれるとは!なんたる暗君!」 「おいおいおいおい…御当代っつったってまだガキじゃねえか。あんなお飾りがそんな大それたこと できるとは思えねぇがな」 「ガキ?何をおっしゃる。御当代はとうに三十を過ぎておられるぞ?」 「おいおい、御老体。ついに耄碌なすったか、それとも酒毒が頭にまでまわったか?今の公方はまだ十八だぜ?」 「はぁっ!?」 「あんっ!?」 再び話が噛み合わなくなった二人を静観していた五ェ門。 やはり…この二人は、いや、自分を含めた三人の常識には大いに隔たりがあった。 源太夫、そしてあの大入道と遭遇した時から違和感は感じていたが、この芹沢鴨を名乗る男を見て 核心にいたる。やはり、自分たちはここに人智を超えた力で集められているのだと。 忘れたくとも忘れられないいつもの連中とそういった存在とは何度と無く刃を交えている。 彼らが記憶まで植えつけられた精巧な複製人間(クローン)なのか、未来人に時空航行装置で 拉致された過去の人間なのか。そこまではわからない。もちろん自分が過去に飛ばされた可能性もある。 それらに結論を出すことはまだ出来ないが、この3人のなかで真実に一番近いのは自分であろう。 だが、この事をこの二人にどう伝えるべきか。自分が未来人であるなどと打ち明けたところで 彼らが信じる可能性は限りなく低い。そして、もうひとつ、信じさせたところで彼らは自らの 行く末を大いに気にするはずだ。特に芹沢に関してはその行く末を知っているだけあってどう対処すべきか。 もし芹沢が逆上すれば今の状態で勝ち目は無い。この殺し合いを仕組んだ相手を倒すためにそれだけは 避けたいところなだ。これがルパンであればごまかす事などお手の物なのだが、生憎自分は そういった事に関しては不向き。この芹沢という男、ふざけているようで存外鋭い勘の持ち主のようだ。 ごまかし通せる自信は無い。果たしていかにすべきか。不毛な口論を続ける二人を前に五ェ門は 知っているゆえの苦悩に陥っていた。 【とノ肆 酒蔵裏の母屋/一日目/黎明】 【石川五ェ門@ルパン三世】 【状態】腹部に重傷 【装備】打刀(刃こぼれして殆ど切れません) 【所持品】支給品一式 【思考】 基本:主催者を倒し、その企てを打ち砕く。 一:いかように伝えるべきか、伝えぬべきか…。 二:斬鉄剣を取り戻す。 三:芹沢を若干警戒 【備考】 ※主催者は人智を越えた力を持つ、何者かと予想しました。 【細谷源太夫@用心棒日月抄】 【状態】アルコール中毒 【装備】打刀 【所持品】支給品一式 【思考】 基本:勇敢に戦って死ぬ。 一:ええいっ!このわからずやめ! 二:五ェ門に借りを返す。 【備考】 ※参戦時期は凶刃開始直前です。 ※この御前試合の主催者を江戸幕府(徳川吉宗)だと思っています。 【芹沢鴨@史実】 【状態】:若干酔っている 【装備】:近藤の贋虎徹、丈の足りない着流し 【所持品】:支給品一式 、ドブロク入りの徳利二つ(一つは半ばまで消費) 【思考】 基本:やりたいようにやる。 主催者は気に食わない。 一:耄碌ジジイは糞して寝ろ! 二:新撰組の連中が誰かしら来るのを待つ。それからどうするか決める 三:目ぼしい得物が手に入った後、虎徹は近藤に返す。土方は警戒。 四:今のところ五ェ門と細谷に手を出すつもりはない。 【備考】 ※暗殺される直前の晩から参戦です。 ※人別帳を信用していません。 ※新見錦、清河八郎が参加していないと思っています ◆ 三人が去った酒蔵に今一人…血と酒の臭いに誘われて、一つの影が佇んでいた。 その幽鬼のの如き影は、この場で争いが起こったことを即座に把握すると、そこを跡にする。 ここまで漂ってくる潮風が、血の主がどこへ向かったかの手がかりを消し去っていた。 流れている血はそれほど多くはないだろう。探し出して討つという手はあろうが、 手負い、しかもおそらく酔った相手を討ったところでどれほど得るものがあるか。 既にこの血を流させた相手に追いすがられて討たれている可能性も高い。 「外れ………か」 その場を去ろうと踵を返そうとした男・伊良子清玄だったが、 僅か―――ほんの僅かだがやや離れた位置からの物音を察知して―― 【とノ肆 酒蔵前/一日目/黎明】 【伊良子清玄@シグルイ】 【状態】健康、強い復讐心 【装備】打刀 【所持品】支給品一式 【思考】:『無明逆流れ』を進化させ、あの老人(勢源)を斬る 一:さてどうするか。 二:とにかく修練する。 時系列順で読む 前話 少女二人で夜越えて―/人斬り二人 次話 妖怪たちの饗宴 投下順で読む 前話 少女二人で夜越えて―/人斬り二人 次話 妖怪たちの饗宴 剣を失いし剣士達 石川五ェ門 運命とか知ったり知らなかったり 剣を失いし剣士達 細谷源太夫 運命とか知ったり知らなかったり 壮士呵呵大笑す 芹沢鴨 運命とか知ったり知らなかったり おのれ、セイゲン!我敗れたり 伊良子清玄 運命とか知ったり知らなかったり
https://w.atwiki.jp/m12br/pages/37.html
工藤 309 :名無し募集中。。。:2012/01/18(水) 12 37 00.05 O [工藤]【第二日目午前0時】 「またどこかで会おうぜ…」春菜の亡骸を一瞥して、遥は小屋を出発した。 少しぬかるんだ地面には足跡が見てとれる。春菜を殺した者はこれを辿れば見つけられるかもしれない。 足跡を辿るのは造作もないことだった。だがそれも森の中だけの話だ。 舗装された道では皆目分からない。遥はとりあえず海岸に見当をつけて歩き続けた。 ビンゴ。人影が見える。音をたてないように慎重に近づいた。眠っているらしい。遥は足元に落ちているレンガのブロックを手にした。 顔が見えないが構うものか。確実にこいつは武器を持っている。 背後に回り込んで、後頭部めがけてレンガを持つ手を振り上げた。 鞘師 311 :名無し募集中。。。:2012/01/18(水) 15 43 41.47 O [鞘師]【第二日目午前0時30分】 「くっ!…」意識を取り戻した里保は頭の激痛に顔を歪めた。 恐る恐る手を後頭部にやるとヌルリとした感触がある。暗くて見えないが血であることは間違いない。 移動しているうちに睡魔と疲労の限界に達した里保は、しゃがみこんだまま寝てしまっていた。 背後に気配を感じた時には既に遅かった。荷物は中身をひっくり返されている。 武器を奪おうとしたのか…。生憎、持っていないのが幸いしたのか災いだったのか、襲撃者は止めを指すことはしなかったのだ…。 “いったい誰だ…?”頭の痛みに耐えながら、里保は身を隠せる場所を探した。 工藤 316 :名無し募集中。。。:2012/01/18(水) 20 37 32.30 O [工藤]【第二日目午前1時】 鞘師里保は武器を持っていなかった。飯窪春菜を殺したのは別の誰かだろう。 それにしては不可解だった。武器を奪われて生きているとは? 自分が頭をカチ割った以外、目立つ外傷はなかった。武器を探すため、念入りに身体中をまさぐったから間違いない。 騙し取られたのか…?遥はふとリュックの中の人工ぺニスのことを思い出した。 どちらにしても、ろくでもない武器だったに相違ない。遥は自分を無理やり納得させた。 そして南へ向かって歩いている途中、路上に倒れている死体を発見した。 血だまりができている。顔を確認するために、遥は横向きになっている死体を足の爪先でチョンと蹴った。 死体の腕が血だまりの地面を叩き、ピシャッと音をたてる。佐藤優樹だった。 319 :名無し募集中。。。:2012/01/18(水) 21 02 19.28 O 316の続き まるで大型車に轢かれたような死に方だった。見たところブレーキ痕もない。 意図的に轢いたのか…?そうとしか考えられない。運転できる先輩いたっけな…? あれこれ推理しながら辺りを見回すとデイパックが落ちているのに気づいた。 かなりの衝撃でぶつけられ、デイパックも遠くまで飛ばされたのだろう。 どうせ武器は奪われているだろうが、念のため調べてみた。なぜか泥だらけである。 中から出てきたのはサブマシンガンだった。遥は小さくガッツポーズをする。「まぁちゃん、もらってくよ。もう要らないでしょ?」 321 :名無し募集中。。。:2012/01/18(水) 21 34 47.60 O 319の続き 夜が明ける前に始めなければならない。相手には見えないが、こちらには見える。これほどのアドバンテージはないだろう。 見つけ次第、こいつをぶっぱなせばいい。問題はどう見つけるかだ。 遥はしばらく考えた。そしてあるプランを思いつく。火事を起こすのだ。 “やる気”になっているやつなら、必ず様子を見にくるだろう。 見渡せる限りでは最もゴージャスな邸宅に火をつけることにした。 おあつらえむきに物置小屋に灯油もある。バシャバシャと撒く。 なぜかドアノブが壊されているが、気にもしなかった。 門の外まで灯油を撒きながら出る。マッチを擦ってポトリと落とす。 火はまるで生き物のように地面を嘗めながら建物まで到達した。 道重工藤 342 :名無し募集中。。。:2012/01/19(木) 20 34 53.50 O [道重]【第二日目午前1時20分】 呼吸の苦しさで道重さゆみは目を覚ました。窓の外が明るい。赤々と光るそれは紛れもなく炎だった。 部屋の中、空気の層が目に見えた。ユルユルと流れている。煙! 反射的に床に倒れ伏した。咳き込みながら這ってドアへ向かう。 どうやら火事らしい。いったいなぜ…?だが考えている余裕はない。一刻も早く脱出しなければ! 部屋から逃れたさゆみは玄関へ急いだ。しかし玄関が最も火の勢いが強い。 慌て裏口へ向かった。こちらにはまだ火の手はきていない。裏庭から燃え盛る家を振り返ったその時だった。 パパパパッ!背中に激痛が走る。「え?」暗闇からフラッシュのような閃光が見えた。パパパパッ! 【残り8人】 343 :名無し募集中。。。:2012/01/19(木) 20 52 52.04 O [工藤]【第二日目午前1時20分】 勢いを増していく炎を眺めながら、遥は自分が興奮していることに気づいた。 まるで鹿狩りを楽しむハンターのような心持ちである。 圧倒的優位な自分は獲物がのこのこ現れるのを待てばいい。 メンバーを殺すことへの禁忌はまるで感じない。 生きるために殺す。牛や豚を食べることと何が違うというのか。 炎に包まれようとしている屋敷の裏側、ドアを叩きつけるような音が聞こえた。 誰が来たのか、あるいは誰かいたのか?遥は走って裏庭へ向かった。 道重さゆみがいた。躊躇することなくトリガーを引いた。 光井鈴木 346 :名無し募集中。。。:2012/01/19(木) 22 22 07.96 0 【光井愛佳・鈴木香音 第二日目 1 15】 結論からいえば、愛佳の目論見は外れた。 港に戻り、頑丈なシャッターが下りた「漁船修理場」へ窓から忍び込めた所までは良かった。 しかし、中にあったのは上下逆さまの状態で吊り下げられた修理中のボート一隻のみ。しかも海で座礁したらしく船底には拳大の穴が複数出来ていた。 これを使って海に出る事は到底考えられない。 もう駄目だ、逃げる方法は無くなった。少なくとも香音はそう思った。 しかし、当の愛佳は修理場奥の部屋で工具箱を見つけると、満足げに戻ってきた。 「目的達成や。ほな戻ろうか。」 「えっ?」香音はあっけに取られてしまう。 「光井さん!どういう事なんですか?」帰りの道すがらでたまらず香音が尋ねる。 そのボリュームの大きさに愛佳は慌てて口元に一本指を当てた。 やる気なヤツと同じ島にいる中、こちらの武器は愛佳の腰に差し込まれた支給武器の小刀と、香音のバックに入った民家の文化包丁だけだ。もし、銃で狙われたら全滅は免れない。 不用意に大声を出す必要性などまるで無いのだ。 愛佳は香音を落ち着かせると小声で話し出した。 「船はあればええなぁ、程度の話。ウチが探しとった本命はこっちや。」 そういうと愛佳は左手に下げた工具箱は少し持ち上げて見せた。 その中には一般の工具は勿論、先端を差し替えられる工業用ドライバーが種類豊富に納められていた。 でも、なんでそれが必要なの?香音はまた首をかしげた。 「もしも船があったとしても、こいつをどうにかしない限り逃げられへん。」 言いながら愛佳は自分の首元を指差した。 「あっ、首輪・・・。」「そうや。」愛佳が頷いた。 347 :名無し募集中。。。:2012/01/19(木) 22 25 30.58 0 道が舗装されたアスファルトから草地に変わる。民家はもうすぐだ。 2人は歩きながらも話を続ける。 「この首輪の中の爆弾が爆発するのはどういう時やっけ?」 「え~っと、逃げようとした時と禁止エリアに入った時と壊そうとした時・・・です。」 「うん。じゃあその仕組みについては覚えてる?」香音はプルプルと顔を左右に振った。 愛佳は中澤からの首輪についての詳細な説明を思い出す。もう3回も聞いた説明だ。 中澤の言葉の一字一句まで脳内で再現できた。 「この首輪は優れものでな。あんたらの居場所を常に発信してくれる。だからウチらの目からは逃れられへんで! ついでに違反を確認したら学校のコンピューターからそいつの首輪にこっちから電波を送る。 すると首輪が爆発してジ・エンドというわけや。逃げない、禁止エリアに入らない、首輪を壊そうとしない!これは厳守やで!!」 と、まあこんな感じだった。 348 :名無し募集中。。。:2012/01/19(木) 22 26 26.35 0 つまり・・・電波を受けて爆弾が作動するっちゅう事は、この爆弾は特定の周波数に反応して起動する仕組み。 だったら首輪内部のコンデンサを取り除ければ、あっちから爆弾を作動させる事は出来なくなるはずや。 ついでにこっちからの電波発信も無効化出来るな。 頭に「?」マークを浮かべる香音に「ま、難しい所までは分からんでいいわ。」と答え 「ようするにこの首輪を安全に取り外すにはこの工具が必要って事や。」と続けた。 「光井さんこれ外せるんですか!?凄い!!」途端に香音の顔が明るくなる。 「いや、構造が分からん限り無理やな。とりあえず続きは戻ってからにしよか。」 そういうと愛佳は無言となった。2人で静かに夜道を帰っていく。 しかし、香音は聞き逃さなかった。愛佳がポツリと呟いた言葉を。 「今回駄目でも・・・記憶を次回に引き継げればええんや。」確かにそういっていた。 「次回」?どういう事だろう?その意味を聞けぬまま2人は民家へとたどり着いた。 腕時計の針は深夜1:30を指していた。 工藤 361 :名無し募集中。。。:2012/01/20(金) 12 42 19.10 O [工藤]【第二日目午前1時30分】 炎に照らし出される道重さゆみの死体を見下ろしながら、遥は不思議な解放感に包まれていた。 銃弾をくらって倒れている自分…そして炎…。古い映画のようにぼやけた残像が目の奥に浮かんでくる。 しかし自分は立っている。こうして立っている。私は間違っていなかった。 意識できない心の深層で鳴り響いていたサイレンはきっぱり止んだ。“殺さないで…” 殺さないでいたから、あの時の自分はこんな風にむざむざと死んだのだ。 心の中のせめぎ合いは終わった。次の獲物を待つ。遥は狩りの悦楽に酔いしれた。 鞘師 360 :名無し募集中。。。:2012/01/20(金) 12 17 49.77 O [鞘師]【第二日目午前2時】 頭の鈍痛はまだ続いていた。忌々しい。里保は支給された懐中電灯で足下を確かめながら森の中を歩いていた。 集落の危険さは嫌というほど思い知った。やはり皆が考えることは同じだ。何かを調達しようとすれば集落を探索するだろう。 武器を持たない自分はなるべく人気のないところに潜んでいた方が安全だ。この島に安全な場所などないのかもしれないが…。 前方から薄ぼんやりした灯りが近づいてくるのが見えた。不味い。里保は懐中電灯を消して素早く木の影に身を隠した。 誰だ?顔までは確認できない。里保は足下の石を拾って投げる。バサバサッ!木の枝が大きな音をたてる。 近づいてくる人影はランタンのようなものを目の高さまで掲げて、音の方向を見やった。 生田衣梨奈だ。片方の手に何か武器らしきものを持っているのが見える。棍棒…だろうか? 疑問が氷解する。里保は耳の後ろ、固まりかけている血を触った。 私を殺そうとしたのは生田衣梨奈だったのだ。 様子を窺うように立ち止まっていた衣梨奈が再び歩き始める。里保は尾行を開始した。 OG 377 :名無し募集中。。。:2012/01/21(土) 01 26 28.67 0 【OG】二日目 午前3時30分 このゲームの始まりの場所でもある島の中心部の学校。 深夜となった今でもここの教室から明かりが消える事は無かった。 ゲーム運営の本部となった教室では、24時間体制で複数のスタッフがメンバーのモニタリングを行なっていた。 その目に生気は無くただ淡々とキーボードを叩く。 「はい、お疲れさん。」不意に教室のドアが開き、中澤がコーヒー片手に入室してくる。 途端にスタッフ達は一斉に席を立ち、直立不動で出迎えた。まるで訓練された軍隊のように。 中澤はヒラヒラと手を振って彼らに座るように促すと、スタッフの1人から紙の束を受け取る。 「え~っと、佐藤・石田・飯窪・道重の4人が死亡。・・・良いペースやん!!」 紙をペラペラと捲りながら中澤が言った。どうやら上機嫌のようだ。 すると、またドアが開きOGメンバーが次々と入って来る。 378 :名無し募集中。。。:2012/01/21(土) 01 27 30.05 0 「ん~でもさぁ、10期メンバーにはもうちょい頑張って欲しかったべさ。」 歩きながら呟く安倍を隣の飯田が切れ長の瞳で睨み付ける。 「圭織がひいきしてた優樹ちゃんを殺したのはなっちでしょ!! せっかく、圭ちゃんから貰った薬をあげた相手だったのに!!」 それを聞くと、安倍は気まずそうに顔をそらした。 続いて入ってきた石川は手持ちの資料に目を落としながら呟く。 「そういえば重さんも死んだんだよねぇ。残念・・・。殺したのは・・工藤遥か。」 「でも、この工藤って子はいいね。容赦ない感じが気に入った!」 石川の横サイドから飛び出してきた矢口は石川の手から資料をひったくると、ページをめくって工藤のデータを眺め始めた。 それを見て石川が不満げに口先をとがらせる。 「いやぁ、美貴はフクちゃんを推すね。したたかじゃない?この子。」 思い思いの行動とコメントをするOG達。 中澤はそんな彼女達を振り返る事無く言い放った。 「揃ったな。んじゃ、ミーティング始めんで。座れ。」 379 :名無し募集中。。。:2012/01/21(土) 01 29 51.05 0 給食の時間のように学校机を向かい合わせにして、その周りにOG達が座る。 上座に陣取る中澤は集合したメンバーを見渡し、末席が空いている事に気づいた。 「小春がおらんやん。何処行った?」 「眠いから起きたくないって。もっかい呼んでこようか?」保田が答える。 「いや、ええわ。それよりな、聞いてもらいたいものがあんねん。」 そういうとスタッフに一台のパソコンを持ってこさせた。 そのパソコンでは音声分析ソフトが起動しており、音の波長を示す折れ線がモニタに表示されていた。 ファイル名には「aika_mitui」とある。スタッフがエンターキーを押すと音の波線に従って光井愛佳の声が再生された。 「船はあればええなぁ、程度の話。」 「こいつをどうにかしない限り逃げられへん。」 「この首輪を安全に外すにはこの工具が必要ってわけや。」 380 :名無し募集中。。。:2012/01/21(土) 01 31 40.77 0 ゲームに参加するメンバーには知らされていないが、各人の首輪には爆弾とは別に盗聴器も仕掛けられており、 その盗聴器から監視スタッフがピックアップした音声だった。 OG達の表情が音声を聞いていくにつれて徐々に険しくなっていく。 「これ・・・脱走計画でしょ。ペナルティで首輪作動させればいいよ。」飯田が呟く。 「でもカオリン。首輪外すなんて無理だよ?光井の鈴木を騙す作戦かもよ?」 割れるOG達の意見。全員が即処刑派と様子見派に二分され議会が紛糾する。 それに収集をつける為に、中澤の鶴の一声で「朝の6時の放送で港及び各地の浜辺を禁止エリアにする」という形で決着が付いた。 その後も、集落の内の一軒が炎上している話やゲームの進捗具合について話し合いが続き1時間程で会議は終了した。 教室の時計の針は4時を越え、窓から見える海の端からは日が姿を見せ始めていた。もうじき夜が明ける・・・。
https://w.atwiki.jp/gwss/pages/41.html
カンボジア王国 Kingdom of Cambodia 1 基本情報 1.1 地理・経済情勢 人口:13.4百万人(2008年政府統計) 首都:プノンペン(人口133万人(2009)) GDP:8.3百万ドル 一人あたりGDP 578米ドル(2007) 経済成長率 6.2%(1990~2007) ■地政学的にタイとベトナムという二つの強国の間にあり、その影響を受けた政党同士の政争がすべてに影響を与えてきた。現在の政権はベトナムと近く、タイとは緊張関係にある。 ■カンボジアは東南アジアの立憲君主国家で、国民の90%はクメール人、宗教は上座仏教が主である。文化的には封建的な風土が残っており人治主義で、公的機関の人事も閨閥的で決まることは珍しくなく、汚職リスクも比較的高い。 ※1) 1.2 年表 年 代 出 来 事 備 考 1950年台 カンボジア国は過去にフランスの植民地であり統治時の影響が色濃く残っている。インドシナ戦争を経てクメール・ルージュによる破壊の時代(1975~1979年)を経験、文明的な施設はすべてが破壊の対象となった。都市給水も、地上施設はほぼすべてこの時代に破壊されている。1979年に内戦は一応は集結したがクメール・ルージュが完全に勢力を失うまでには少し時間を要し、ほぼ安定したのは1990年台後半であった。 フランスの技術で建設された場合、高速凝集沈殿池が採用されている例が多い。Photo BON狸 内戦終結後は世界各国の援助が大々的に行われており、支援を受けて公営水道の拡張が勧められている。また、近年の経済成長や世銀の施策もあり、比較的小規模で公営水道がない地域を中心に、民営水道の整備も盛んである。 2 水資源と水利用 2.1 水資源 都市|河川水、湖沼水 村落|掘抜井戸(Tube Well)、浅井戸(Dug Well) 都市水道では河川水、湖沼水を取水し、凝集沈殿処理を行っている例が多い。農村人口の6 割は井戸に依存しているが、そのほかの水源として、河川水や湖沼水等を利用している。 季節要因 取水障害|水質障害|需要要因 乾季|12月~5月|表流水水位低下、原水水質悪化、最大需要期の供給不足 雨季|6月~11月|原水濁度の上昇、需要家が雨水を使用することによる需要の減少 顕著な乾季と雨季があり、時期によって表流水水源の水量や水質が変化する。雨季はきわめて高い濁度による沈殿池からの濁度成分の流出が問題となる。乾季においては、水源の水位が下がって取水障害が発生することと、暑いことで水需要が増加することによる処理施設能力の不足が発生する。 2.2 水利用 (農業用・工業用・家庭用の配分、廃水の再利用など、水の使われ方の特徴、等) 2.3 家庭用水需要 (水道の一人一日使用水量やその範囲、都市村落給水の間での違い、等) 3 水に関する住民意識 3.1 徴収率 給水メーターは基本的に相当小規模な事業まで整備されており、水道料金の徴収率は極めて高い。プノンペンの水道事業が率先して体制を構築し、全国の規範となっている。 水道料金の徴収率がきわめて高いのはプノンペンで水道の再建を行った際、「フンセン首相も水道料金を支払っている」というキャンペーンを行った効果といわれている。王を頂点として目上の者を敬い、従う風土があるのにマッチした施策である。ただし、目上の人に請求できないために、公的期間からの料金徴収が遅れ気味になる。 3.2 料金体系 水道料金の水準は1,500(550~3,000)Riel/m3。現行の水道料金は、民間水道より公営水道の方が廉価であるが、公営水道では、水道料金は運転経費(OPEX)を賄うだけの設定になっており、施設整備は無償資金協力などで支えられているため。民間水道では、設備投資(CAPEX)の回収も含めた設定になっている。 3.3 水に対する不満・クレーム (平均的な水ニーズ、特徴的な水に関する意識、等) 4 水関連の政策・法規制・基準 4.1 政策と計画(policy and plan) ○国家レベルの水戦略・計画 Rectangular Strategy(四辺形戦略):国家の開発政策の核となる戦略 National Strategic Development Plan (NSDP) 2006‐2010(国家戦略開発計画):四辺形戦略の具体的実施計画 この2つでは貧困削減の鍵となる施策として安全な飲料水、衛生設備へのアクセスの改善を取り上げている。*1) The new National Policy on Water Supply and Sanitation (NPWSS):2004 年施行。水供給および衛生に関する基本方針。*1) ○国家開発政策***1) 第1次国家社会経済開発計画(First Socioeconomic Development Plan SEDP I, 1996-2000年)は初めての国家開発計画であり、最も重要な課題として貧困削減を挙げている。貧困削減の手段のひとつとして、貧困層の90%が居住する農村部のインフラ整備、とりわけ給水の拡大を重要としている。地方における水入手可能人口を65%とする目標を掲げていたが、実績は26%から29%への上昇にとどまった。第二次国家社会経済開発計画(SEDPII、2001-2005年)では、地方人口の40%、都市人口の87%に安全な水供給を実現するとしている。また、長期的な国家目標として、2015年までに水道水の供給人口を60%にするとしている。 ○National Policy and Strategy of Water Sector ***2) MDG達成を目的として、2003年2月に策定。都市水道に関しては、以下の6項目の重要政策を掲げている。 水供給のあり方(個々の状況に応じた水供給形態) 民間セクター参入(都市水道の質の改善とサービスエリアの拡大を目的としてすべてのサービス業務について契約に基づく民間セクターの参入の推進) 水道料金(水道事業者の持続可能な財務運営に必要な適切な水道料金体系の導入と料金徴収の効率化) 貧困層の保護と補助(貧困層の安全な水へのアクセスのための水道料金補助制度) 公共ユーティリティーの自立(公共事業の財政的自立と地方分権化メカニズムの構築) 上水道監督機関(全国の公共ユーティリティーと民間セクターの監督ならびに公正な競争メカニズムの構築) 4.2 法規制 水供給及び衛生法(Water Supply and Sanitation Law)***2) 国民の生活水準の向上を目指し、水衛生セクターに関する中央政府の監督機能の強化と各州による水衛生事業の改善を目的として策定に取り組んだが、策定を支援したWBの要求に対応できず、策定作業中に不正があったとして作業は停止している。同法では、同法に基づいて設立されるWSAC(Water and Sanitation Authority of Cambodia)が全国の上水道事業の監督機関となり、官民を問わず上水道事業のライセンスを発行することになる。MIMEはその上位機関に位置づけられる予定であった模様。 都市水道セクターでは水衛生法の制定によって自由競争原理による都市水道の質の向上とサービスの拡大を目指しているが、制定に時間がかかる見通し。制定されても同法が現実的に効果的に運用されるためには、同国の民間セクターの育成、WSACの能力強化等の施策が不可欠。 国家飲料水質基準(案)(Draft Proposed Cambodian National Drinking Water Quality Standard Ver.5)***2) 水道水の水質に監視、2003年12月に国家飲料水質基準(案)が策定された。WHOの飲料水質ガイドライン(2003年版)を基に策定されたもので、農薬(有機塩)に関するパラメータの基準値も規定されている。ただし、4年ごとに見直すスケジュールに間に合わず、2010年現在は失効中。 4.3 水行政機関 都市給水事業:MIME-DPWS(鉱工業エネルギー省 飲料水供給局) 村落給水事業:MRD(村落開発省) 水資源開発および管理:MWRM(Ministry of Water Resource and Meteorology(水資源気象省)*1) 都市部(Urban Area)を担当するMIMEとその地方支部であるDEME、村落給水を担当するMRDとその地方支部であるPDRDによって分割管理されている。水道としての管理及びライセンスはMIMEの担当であり、公営、民営とも都市部への給水はMIMEが管理している。これに対して、MRDは村落給水施設、主として井戸によるものの整備普及を担当しているが、中には簡易な水道システム(急速ろ過まで含むものもある)もある。 公営水道の運営はMIMEの地方組織であるDIMEに部局が設置されていて、ここれ行うのが一般的だが、大規模な水道事業体は公社化されて経営的に独立する。現在、プノンペン及びシェムリアップが公社化を完了しており、シアヌークビルがこれに続きつつある。プノンペン水道公社(PPWSA)は自律的発展を遂げる段階まできており、カンボジアにとってきわめてよい目標を具現化し、また、地方の都市水道の技術指導を行って成果をあげている。 民営水道の監督もMIMEの管轄である。事業権の審査、入札、ライセンスの付与はMIMEが直接行う。 5 上下水道事業の実施状況 5.1 上下水道の普及状況 都市部に相当するのは通常州都周辺地域のみのわずかなエリアであるため、水道普及率でみると非常に低い。安全な飲料水を確保しているのは全世帯の31%程度。33%は不衛生な井戸水、31%は池や川の水を使用。5%は雨水を利用。首都プノンペンでは53%が水道や安全な井戸水を使える。 村落給水井戸。これは空気酸化による除鉄設備を持つタイプ。Photo BON狸 5.2 その他パフォーマンス (漏水率、24時間給水の実現度、その他水供給事業の水準を定量的に把握できる数字) 6 上下水道への援助・民営化 現在さまざまな国がカンボジアに対してさまざまな援助を行っている。水分野では、世界銀行、アジア開発銀行の他JICAの援助も存在感がある。都市給水、村落給水などのウェイト付けは主体によって異なる。また、様々なNGOが村落給水への援助を行っている。ただし、各種主体の連携はよくない。 6.1 国内援助 (中央政府から地方事業への援助等) 6.2 その他の援助 日本からの援助*1) 有償約160億円 無償約1,156億円 技術協力約433億円(JICA) わが国の対カンボジア経済協力は、持続的な経済成長と貧困削減を目的に支援していくことを基本方針としている。水道事業については、「プノンペン市周辺村落給水計画(無償)」、「シムリアップ上水道整備計画(無償)」、「コンポンチャム州村落飲料水供給計画(無償)」など継続的に実施されている。また、技術協力プロジェクトとしては「水道事業人材育成プロジェクト」を行っている。 世界各国の援助 単位:百万USD|1|2|3|4|5 上位5カ国|日 114.7|米 61.8|仏 38.2|豪 31.8|独 28.2 その他 DAC内主要援助国(2006年支援表明額)*3) 日本(114.7)、米(61.8)、仏(38.2)、豪(31.8)、独(28.2) 単位:百万ドル NSDP(National Strategic Development Plan) 2007-2009 *1) 上下水道施設への支出は114.4百万US$、USDP予算の5.2%に相当 ADBの援助で建設された浄水場。う流式を多用している。Photo BON狸 6.3 民営化 公営水道:州都など、主要な都市の水道は公営が多い。 民営水道:小都市の水道に多い。規模は大規模から小規模まで様々。 カンボジアにおける組織的な民営水道の推進は2003年に世銀のプロジェクトで始まった。認可ベースでは4州都87事業(増加中)があり、未認可の小規模な民営水道は300事業もあると言われる。これら民営水道には世界銀行とフランス開発庁の支援による事業や現地企業が独自に始めた事業など様々である。但し、水道事業へ出資を行っている企業は国内企業が中心であり、外国資本の企業が参画したのは多くないが、徐々に増えている。(中国資本100%が1件、シンガポールと地元のJVが1件、フランスと地元のJVなど) 公営水道で課題を質問をすれば、第一に資金、その他人材、無収水などが課題であると答える。自らリスクをとるような意識も低く、ある程度以上の大規模な事業の場合、基本的には援助を待つ(MIMEの資金提供、通常国際支援の配分)傾向がある。民営水道の場合は増収につながる拡張にはきわめて積極的であるが、一定以上の規模に達して経営が安定するまでは、供給水の品質管理がおろそかになっているケースが多い。 利用者の満足度は公営より民営の方が良好であるとの文献あり。*1) 民営の浄水場。アメリカのNGOが技術協力していて独特な処理形態である。Photo BON狸 7 水技術 ○浄水技術 濁質除去:ほぼすべてが表流水使用の凝集沈殿。 消毒:大規模事業では塩素ガス、小規模事業ではサラシ粉 特殊処理等:村落給水の一部で除鉄処理。ヒ素が出る場合は井戸の飲用禁止が基本。 都市給水では表流水を処理する例が多く、ほとんどが急速ろ過である。凝集剤として使用しているのは硫酸バンドである。フランスの創設時の施設が残っている場合は高速凝集・上向流沈殿処理。990年代以降にADBの援助で更新された施設は機械撹拌、水平う流フロッキュレータ、横流式沈殿池を使用している。最新の浄水場の一部は機械式のフロッキュレータを使用しているものもある。このほか、民営水道の多くは水流による急速撹拌とう流式フロッキュレータ、浅いろ過池の組み合わせで処理を行っているが、これは米国のNGOの技術援助によるもの。 ADBの援助で建設された浄水場では、バンドを水溶して投入量を調整し、消石灰によるアルカリ度補給と併用しておおよそ適切な凝集沈殿をを行っているが、地方の小規模な民営水道など技術レベルの低い事業では、塊状態の硫酸バンドに水をかけて使用したり、そのまま池内に投入したりしている例も少なくない。 地下水や地下水と交換する水源においてはヒ素や鉄分による地下水汚染は普遍的に見られる。鉄分については伝統的な除去法としてかめに貯留して空気酸化を待つ方法がとられてきた。ADB等の援助による井戸の場合は木炭や砂等を利用した空気接触水槽による鉄除去が一般的。地下水のヒ素汚染については広く認知されており、PDRDが検査を行って安全性を確認している。ヒ素が高い濃度で検出された場合は飲用・炊事利用の禁止勧告がなされるが、全国統一のマニュアルなどはなく、州ごとの判断で規制が行われる。 水質の管理は公営、民営の別なく、水質試験を全国一斉調査や事業開始時などに計測することになっているほか、三ヶ月に1回の検査結果報告が義務付けられているが、必ずしもこの頻度で実施されていない。処理の状況とデータが一致しないことは珍しくない。 ○配水技術 特徴的な配水方式:ほぼすべて高架水槽による自然流下。 使用管路:援助が入っている事業においてはDCIP、PEPを使用(おおよそΦ250で区分) 公営水道事業の無収水量(NRW)率は15%~52%だが、これは破壊の時代からの再建の進捗度合いに主として依存している模様で、要するに、配水管網の再建に補助を得た事業の漏水率が低くなっているということらしい。 不安定な電力事情を反映してか、ほぼすべて高架水槽による方式(最初に高架水槽を設置している例が多い)。援助で建設された浄水場には自家発電機が設置されているのが普通。 管路は、高度な水道事業においてはDCIP、PEPを使用(おおよそΦ250で区分)しているが、1990年代に整備された事業ではPVC管、しかも肉厚の薄い水道用に適しないものを使用しており、極めて高い漏水率の原因になっている。PEPの接合は熱融着で、スリーブの類は使用していない事業もある。規格は基本的にはISO規格。 近代水道の要素として「管路による給水」に注目すると、カンボジアの管路布設は世界的に見ても依然低い水準である。ただし、安全な水へのアクセスの課題は大きいものの、多くのエリアでは平坦な地形であり、管路による給水を行うだけのポンプや電力の調達がまず大きなハードルとなる。多くの村落は自給自足の生活を営んでおり、現金収入が少ない。このため、現状では、安全な水の調達しにくい村落部については手押し井戸による給水が優先されている。 出典 ※1)平成20年度 水国際貢献推進調査業務報告書 (ta) ※2)政府開発援助(ODA)国別データブック2008 (ta) ※3)外務省HP 「各国・地域情勢」 (ta) ※4)DAC援助審査 日本 開発援助委員会(DAC) OECD 2003 1) HUMAN DEVELOPMENT REPORT 2009(sk) 2) PROGRESS ON DRINKING WATER AND SANITATION SPECIAL FOCUS ON SANITATION, UNICEF and World Health Organization, 2008(sk) ★は山口が現地での経験者から聞いてきた現状。 1) JICAカンボジア王国水道事業人材育成プロジェクト実施協議報告書 2003年10月 2) JICAカンボジア国プノンペン市上水道整備計画調査(フェーズ2)事前調査報告書 2004年8月 水システム国際化研究会 トップページへ
https://w.atwiki.jp/sol-bibliomaniax/pages/85.html
序章 アフタヌーンティ 黄道暦。 第三次世界大戦および、核兵器妨害装置開発により勃発した第一次非核戦争を経てあらゆる国家が崩壊した世界が、国家ではなく企業による統治を選んだことによりはじまった年号。それもすでに半世紀以上。すでに国家というものを経験している世代は、少数派になり始めている。 その中で、かつて日本国と呼ばれる国があった島そのものを買い取って作られた世界最高峰の巨大学園都市・トランキライザー。 あらゆる分野において次代を担う人材の育成を目標に、かつての日本国の上にそのまま建てられたこの都市は、学園敷地面積2187.05km2(東京都に相当)教職員、生徒、企業家、現地住民のすべてを合わせた総人口は約一千三百万人、まさに世界最大の学園都市である。 そのイーストヤードと呼ばれる区画。ここはかつての日本国の面影をもっとも多く残している区画である。 中心部には高層ビルが立ち並び、生活なオフィス街が広がっている。ここには、ダイナソアオーガンやブラックシープ商会など学園を代表する企業がオフィスを構えている。 そこから放射線状に広がるのは、電気街や様々なショップだ。飲食店や娯楽のための店も多く、メイド喫茶やショウレストランもある。 そこを抜けていくとまたがらりと空気が変わり、石づくりや漆喰の塀や立派な屋根瓦の日本家屋が軒を連ねるようになる。ここはイーストヤードでも特に金持ちが多く住んでいる区域だ。ところどころに和風の洋建築や完全な洋館も紛れ込んでいるが、それは風景を乱すものでない。むしろこのるつぼのようなおおらかさが、元からあったものも、海の向こうからきたものも、古いものも、新しいものも、見事に融和させている。 かつての日本の風景。この学園の生徒たちはそれを知る世代ではないはずだが、この街並みにひかれる生徒は少なくない。 そんなイーストエンドに、虞骸館という名の建物はある。 赤い煉瓦作りの見事な洋館。屋根の上では風見鶏が風を受けている。塀には種類も分からない蔦が何十にも絡みつき、この洋館の雰囲気を怪しげなものに変えている。だが、この館の主が誰か知れば、その外観にも納得がいくだろう。 虞骸館 それは、六百五十万人ほど存在するといわれる生徒の中で序列24位の地位を得ている少女、【イノセントカルバニア(純白髑髏)】篭森珠月の家である。 ハーブや紅茶を練りこんだ焼きたてのスコーン。色とりどりのジャム。たっぷりのベリーが乗ったタルト。クリームを添えた薔薇のシフォンケーキ。ふっくらした貝型のマドレーヌ。ベルギーチョコを使ったブラウニー。男の子と女の子の形のジンジャークッキー。ハーブ入りの蜂蜜。クレソンのサンドイッチ。セージのパン。可愛らしいジャムクッキー。クリームと苺をたっぷり乗せたワッフル。赤や黄色のカラフルなマカロン。大きなチョコレートプティング―――――― 足の部分に繊細な彫り物がされた大きなテーブルには、真っ白なレースのテーブルクロス。そのうえにおかれた陶器の花瓶にはあふれる深紅の薔薇。一点のくもりもなく磨かれた銀食器に、景徳鎮で作られた唐草模様のティーセット。 そして最後に、一番重要な紅茶と気の合う友人。それがビクトリア式アフタヌーンティの作法だ。穏やかな午後の日差しがサンルームに差し込み、長い間丁寧に使われて飴色に変化した椅子や、こまやかな刺繍がほどこされたクッションが薄く影を作っている。 だが、ほんの少しだけ作法と違うところがある。 一つは、お菓子。アフタヌーンティには沢山の種類のお菓子を少しずつ出すのが常識だ。しかし、テーブルの上には沢山の種類の菓子があふれるほど置かれている。しかも、お茶会には向かないお菓子も多い。 次に服。正式な作法ならティーガウンを着るべきところだが、今日はホストも招待客も好きな格好をしている。 そして最後は給仕がいる点だ。本来のお茶会では、女主人の友人が交代でお茶を入れるものだが、ここでは給仕が全員にお茶を入れて回り、あるいは皿を配ったり、汚れた皿を下げたりしている。 「うーん、やっぱりお茶はいいね。お菓子も美味しい」 ふふ、と沙鳥は笑った。その隣に座っているアルシアはこっくりとうなづいて、ハーブを練りこんだパンに、金色の蜂蜜を塗ったものを口に入れた。 「英吉利のお菓子は美味しいです。料理も素朴な素材の味を生かした美味しいものがありますが、お菓子のほうがおいしいです」 「本当。お招きありがとうございます。篭森さん」 にこりと笑顔で言ったのは政宗。視線を向けられて珠月は、彼女にしては珍しくにこりと微笑んで答えた。 「こちらこそ、来てくれてありがとう」 サンルームには七人の人間がいる。 四角いテーブルを囲むようにして、上座に沙鳥。それに向かって左に政宗と緋葬架。右にアルシアと桜夜楽。沙鳥に向かい合うように珠月。そして、座っている女性たちの間を歩き回るミヒャエルだ。彼はまるで執事のように、お湯を持ってきたり、皿を下げたりしている。 「さっきから思っていたんだけど、なんでミヒャエル君が給仕してるの?」 「働かないもの食うべからず。ミヒャエルは確かに世界的な建築家だ。だけど、ここではただの居候。私の家に住んでいるんだから、家にいる間は働いてもらっている」 鷹揚にいって、珠月は椅子の背に寄り掛かった。その姿からは風格が滲み出ている。 負荷をかけても椅子が不快な音を立てないのは、それが高級品だからだ。この椅子に限らず、屋敷の中の家具は一つ残らずこの古風な洋館に、ひいてはこの館の主に相応しいもので統一されている。なんというか、隙がなさすぎる。まるで屋敷そのものが、珠月のために作られた劇場のようだ。 「ま、当たり前ですわね。居候ですもの」 「厳しいですよね。社長は」 緋葬架と桜夜楽は見事に逆な反応を返した。 「で、実際どうなの? ミヒャエル君。普通なら、君は接待を受ける立場でしょ?」 「仕方がありません。このような大変興味深い館、しかも妙齢の女性が住んでいらっしゃる館に滞在させていただいている身。給仕役でも、従僕のまねごとでも、時間が許す限りはいたしましょう」 「よく言う。はじめのうちは、『英国人はなぜ夕方に何時間もかけてお茶を飲むのか。まったく理解できん』とか言っていたくせに」 珠月はからかう。真面目くさった顔で、ミヒェエルは答えた。 「ドイツでは、日が沈んだあとは暖かいものを食べないのです」 「いまどき律儀に出身地域の文化を守るものもいないでしょ。お茶にしても、冷たい夕食にしても、好きなものを好きなように楽しめばいいのよ」 珠月はスコーンを二つに割って、たっぷりのクリームとジャムを塗りつける。 それにしても、この場に第三者がいたとしたらすぐに逃げ出したくなるような面子である。 まずは主人である、序列24位で校内にある「リンク」と呼ばれるサークルの一つ、『ダイナソアオーガン』の社長でもある篭森珠月。 序列15位でリンク『レイヴンズワンダー』の女王である【ゴットアイドル(神の偶像)】朝霧沙鳥。 序列93位で学園随一の狙撃手の【ナハトイェーガ(夜の狩人)】朧寺緋葬架。 沙鳥の守護者集団である【オルディネレジネッタ(女王騎士団)】の一人で、序列151位【アッドロラータ(嘆きの聖女)】半月政宗。 世界的な建築家で空間の魔術師と呼ばれる序列205位【マジックボックス(驚異的空間)】ミヒャエル・バッハ。 珠月の部下であり、生身であらゆる電波や情報を受信する特殊能力を持つ序列221位【チャンネルパペット(宇宙と交信する腕人形)】アルシア・ヒル。 同じく珠月の部下で、特定条件下で相手のあらゆる行動の自由を奪える能力をもったミスティック、序列251位【フェアリーリング(妖精の仕掛けた罠)】大豆生田桜夜楽。 これだけの数の、ランカーと呼ばれる上位成績者がそろっているのは珍しい。なぜなら、その他大勢の生徒を率いる立場にあるトップランカーたちは常に学園内外と飛び回っているため、大勢でのんびりお茶を飲む時間などめったにないからだ。 「そういえば、聞きました? ブラックシープ商会のハールーン。ほら、運送部門の。最近姿を見ないと思ったら、中東でラクダレースに参加していたんですって」 「相変わらず、一迅の風になることに全力をかけていたっしゃいますのね」 「ブルーローズが、国際洋菓子品評会に出たって。ううん。賞は逃したみたい。味は完璧なんだけど、まだまだ技法だね。飴細工とかチョコレート細工は経験が大事だから、こればかりは仕方ないね」 「あと数年努力を怠らなければ、きっと優勝できるわよ」 「あの嘘新聞がとんでもない記事を載せてくれて……本当に勘弁してほしいわ」 「今月のブラックシープ商会のフリーペーパー……えーと、『ムートン』だっけ? あれにクーポンがいっぱい付いてきてるよ。ケータイからもダウンロードできるから、見ておいたら?」 「この前またジェイルと顔を合わせちゃって……なんかもう死んでくれないかな。あれの顔を見ると、ゴキブリに殺虫剤をかけるのと同じように熱湯をかけたくなる」 「うーん、残念だけどそれくらいじゃ死なないと思うよ」 「この前、南区のハーベストストリートにすごいケーキ屋さんができたんだって。聞いた? パステルカラーのカップケーキ売ってるらしいよ」 「どう見ても毒ね」 おしゃべりにも花が咲く。 日差しは心地よく、お菓子は甘く、紅茶は美味しい。贅沢な時間だ。 おしゃべりの邪魔をしないように、忠実な執事になっているミヒャエルはそっとお茶を継ぎ足し、クリームやミルクを用意する。 その傍らを退屈そうに黒い猫が通って行った。珠月の従者のトリスタンだ。サンルームには見当たらないが、屋敷内には他に、大烏のべディヴィエール、白鼠のガラハド、毒蜘蛛のランスロット、コヨーテのガウェイン、スネアーズペンギンのケイがいる。 「私は、来週からベアトリクスと太平洋ですの。捕鯨調査で」 「まあ、大変。気をつけて行ってくださいね」 溜息をつく緋葬架に、政宗が励ましの言葉をかける。緋葬架は力なくほほ笑んで、ちぎったマドレーヌを紅茶につけて口に入れた。向いの桜夜楽はチョコレートプティングと格闘している。 「へえ、大変だね。私たちは何かあったっけ? アルシア」 「こらこら。あなたは今週末からエチオピアでしょう? テロ組織を捕まえに行くって言ってたじゃない。忘れてもらっちゃ困るわよ」 「あー……」 上司の呆れたような声に、桜夜楽は明後日の方向を向いて頭をかいた。 「思い出しました。って、あれ? シアのほうは?」 「アルシアは一昨日、帰ってきたばかりでしょう?」 トップランカーは、行ったまま帰ってこない人と現地と学園を行ったり来たりしているタイプがいる。アルシアは後者である。 ベリーのタルトを解体しながら、アルシアはこっくりと頷いた。目がぼんやりしているところを見ると、また会話中に何かを受信したのかもしれない。 珠月はちらりとアルシアの手を見た。 フォークを握る右手はトカゲをデフォルメした腕人形に覆われている。受信をしている間は、アルシアではなくあの人形がしゃべるのだ。逆にいえば、受信をしていない間はわりと安全ともいえるが。 「アルシア、他人の家での受信は失礼だって、この前教えたよね?」 「はいです。ですから、してないです。代わりにもうわけありませんが、お祈りの時間前に帰宅させていただきます」 彼女は一日数回、完全なトランス状態でアンドロメダ星雲にいるらしい宇宙の神と交信する。その間は、あらゆる意味でお近づきになりたくない状態になるため、彼女には一時帰宅が許されていた。それはプライベートでも例外ではない。 「そういえばこの前、学園の外であのワーシプのコンビに会ったよ」 「不死川君と不死原君? 珍しいねぇ」 沙鳥は顔をあげた。不死川と不死原は上位ランカーには珍しく、学園を留守にしている時間が短い。なぜなら、仕事で出かけても速攻で相手を殺して帰宅するからだ。単に仕事が早いから休みが長いのか、学校が好きなのかは分からない。 「南イタリアのカモッラの知り合い尋ねたら、いたの。『掃除』を依頼されたみたいでさ。互いにびっくり。しかも奴は血まみれで生首持って上たし」 「えー、喧嘩にならなかったの?」 「互いに相手に興味ないもの。その、私の知人のほうはなんか怒り狂ってたけどね。なんでも始末して証拠を持ってこいって言ったら首を持ち込んだらしくて」 「それは怒られるよね。写真とればいいのに」 「そうよね。首なんか持ってこられたら、家が汚れるもの」 平然と血まみれの話をして、珠月は真っ赤なラズベリーが乗ったタルトを切り分けた。沙鳥も平然とした顔で、スコーンにイチゴジャムを塗る。どちらもいい神経だ。 その後も交わされる会話。雑談。談義。謀議。 お茶会が社交の場であり、情報交換の場であるのは、今も昔も変わらない。やがて日が沈み、お茶会の時間も終わりに近づいたころ、思い出したようにアルシアが言った。 「社長、私そろそろ帰るですけど……耳に入れておきたいことがある忘れてましたですよ」 「何?」 珠月は小首を傾げる。 「あの、『天使の粉』って知ってるですか?」 「知らない」 間を置かずに珠月は答えた。他の顔ぶれもぴんとこなかったらしく、小首を傾げる。 「えー、何それ? 新しいの化粧品?」 「エンジェルエッグとかが好みそうな名前ですわね」 聞きなれない単語に、全員が興味深そうに身を乗り出す。 「お薬だそうです」 対するアルシアの返答に、空気が緊張をはらんだ。 この場合の薬とは、普通の薬局や病院で扱っているものではない。麻薬のことだ。 「新種らしいです。ここ最近、アンダーヤードで流れてると聞きましたですよ。まだ治安のよいこちらには流れてきていないですが、念のため社長の方から東王に進言しておいてくださいです」 「そんな話、どこで聞いたの?」 「受信したですよ」 そうだった。 珠月は頭を抱える。 「…………詳しく聞いていい?」 「あ、私も知りたい」「私も興味ありますわ。調査会社ですから」「じゃあ、私も」「仲間外れにしないでよ!」「わたくしも聞いてよろしいのでしょうか」 うにとうめいて、アルシアは話し始めた。 「見た目は、青みを帯びた白い粉らしいです。直接口に入れるか、溶かして注射するタイプみたいですよ。錠剤にするか、飴やチョコの中に混ぜ込んで販売するらしいです。摂取すると気分が良くなるそうです。しかも体にダメージが蓄積されにくいとかです」 「そういうのは、限界がくると一気にくるからなぁ。面倒くさい」 本当に面倒くさそうに珠月は言った。行儀悪く爪先でカップをはじく。かつんと耳障りの良い音が響いた。 「でもお姉さま。こういう無制限に被害が拡大するものは、早めに処分しなくては」 「あはは、がんばれ珠月社長。ま、とりあえずは宿禰会長に報告だ」 にわかにお茶会は騒々しくなる。珠月は背後のミヒャエルを振り返った。 「ミヒャエル。あんたも知らないの? どんな分野であれ、『新製品』には敏感でしょう? ブラックシープ商会は」 話を振られたミヒャエルは、手に持った銀のお盆を小脇に抱えて、小さく首をかしげて見せた。 「はて。わたくしは所詮、傘下の一事務所の所長にすぎませんから。それにわたくしどもは、麻薬だけは絶対に取扱いませんので。気になるようでしたら、メリー副社長に連絡するのがよろしいかと。薬物関係では、突出した知識をお持ちです」 「なるほどね、【レディポイズン(毒の小公女)】か。CIX ORGANIZATIONの連中の中にも薬剤師がいたかな。後で連絡とってみるよ」 「うーん、でもうちの学校でそんなに薬なんて売れるのかな?」 トランキライザーは、学園都市である。中でもメインヤードと呼ばれる区画は学園直轄地で、そこで危険な商売をするのは自殺行為に近い。アンダーヤードや治安の悪い地域はならばある程度は好きにできるが、そこはそこで別の権力構造ができている。薬を流通させるのはリスクが大きい。 「需要はございますわよ」 緋葬架が答えた。うんうんと桜夜楽もうなづく。 「特に本科の一年目の皆さま。ほら、本科まではこれたエリートでも、本科に進学したとたん、大部分が落ちこぼれるでしょう? その時期にアルコールや酒にはまる方って多いんですのよ」 「まったく情けないよね。今の予科生なんて、沙鳥様や社長世代に比べたら全然楽じゃん。本科に進学さえできれば、あとは先人の後をたどればいいだけだもん。リンクはあるし、治安制度もしっかりしてるし、マーケティングとかもすでにしてあるし」 桜夜楽は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。 「初期に入学した人たちなんて、予科で必至に勉強しつつ、本科に備えて区画を調べたり、人脈作ったり、リンクの作り方研究したり、試行錯誤で来たんだよ? 何年もかけてさ。今の子は、そうやって出来た道をいかに最短で辿るかを考えるだけでいいじゃん。楽だよ。実際に、予科卒業にかかる年数も、後から入学した子ほど短くなる傾向にあるわけだし。甘えるなっていうの」 「仕方ないよ」 沙鳥が答える。 「誰かの不幸や努力を知ったところで、その人の感じている負担が軽減されるわけじゃないんだからさ。それにそういう子はまず、生きて卒業できないよ。かわいそうに」 たいして可哀想でもない口調で、沙鳥は言った。 「うう。地雷の予感がする。よくもそんな面倒な情報を持ち込んでくれたね、アルシア」 「いえ、それほどでもないです」 「厭味だよ」 嫌そうに珠月は呟いた。
https://w.atwiki.jp/nobita_in_pokemon/pages/168.html
スネ夫は静かに待っている。 ここは暗い山道。ここを抜ければ次の町だ。 スネ夫は意識を集中させた。 (ムウマ、あいつらはどこにいる?) するとスネ夫にある映像が伝わった。 茂みで群れている三匹のポケモン。 スネ夫は暫し驚嘆した。 (すごいや。こんなことって) スネ夫はここ最近にゴーストタイプの特異な性質に気づいた。 ゴーストタイプはトレーナーと意識を通わすことができるのだ。 もちろんこれはゲーム内にはないまったくオリジナルの隠し要素だった。 スネ夫は偵察しているムウマに伝える。 (ムウマ、そいつらにあやしいひかり) 程なく、前方の茂みが揺らぎ、獣の吠え声が聞こえてきた。 「そこか!」 スネ夫は茂みにモンスターボールを投げ込もうとした。 だが同時に茂みから一体が飛び出してきた。 こんらんした目で暴れる野生のポケモン。 四肢を狂気に唸らせるそれは、グラエナだった。 スネ夫はグラエナのたいあたりを何とかかわした。 (く、ムウマ、戻れ!) スネ夫は指示したが、ムウマからは二体のグラエナに囲まれている様子が伝わる。 どうやらかぎわけるを使われたようだ。 スネ夫が舌打ちしている間にグラエナの二撃目が来た。 スネ夫は急いでポケモンを繰り出した。 前の町を出てすぐに、廃棄物にまみれていたところを捕まえたポケモン。 「いけ、ドガース!」 繰り出された球体のポケモン、ドガースはスモッグをふりまいた。 苦しがるグラエナにスネ夫はボールを投げた。 だが、 「なにぃ!?」 突然小さな影が飛び出し、ボールにぶつかった。 ボールはそれを吸収し、しばらく揺れて止まる。 その隙にグラエナは逃げてしまった。 「……くそ、でもまだ二体いる」 スネ夫はムウマの元へ急いだ。 ムウマはいかれた目つきのグラエナにいかくされていた。 「ムウマ、逃げるんだ!」 ムウマはスネ夫の方へ飛ぼうとしたが、その前にグラエナが立ちはだかる。 「ドガース、ムウマを助け」 「ヨマワル、かなしばり」 突如誰かの命令が響き、二体のグラエナは体を強張らせた。 (誰だ? 二体のポケモンを簡単に……) スネ夫はあたりを睨み回し、誰かが近づいてくるのを認めた。 「ヨマワル、おどろかす」 その人物の囁くような声と共に、人魂のようなポケモンが突拍子もなく現れる。 突然現れたヨマワルのせいでグラエナたちは叫び、一目散に駆けていった。 「大丈夫かい?」 その人物はスネ夫に声をかけた。 ヨマワルを優しくなでる男。それはマツバだった。 「どうもありがとうございました」 スネ夫は丁寧に頭を下げる。 「別に、その様子なら平気そうだね。 おいで。町はすぐそこだよ」 マツバはスネ夫を手招きする。 スネ夫はドガースを戻してから素直についていった。 ムウマがそのあとをふよふよとついてくる。 「この辺は獰猛な野生が多いからね」 マツバが話し始めた。 「ところで君もゴーストタイプを使うようだね」 マツバはスネ夫のムウマを一瞥する。 「ええ、 そうです」 スネ夫は短く返事した。 マツバは微笑む。 「あの町では、ゴーストタイプ使いは重宝されている。 周りにゴーストポケモンがいないからね」 スネ夫は首を傾げた。 「じゃあ、あなたはどうしてゴーストポケモンを持っているんですか?」 マツバは悲しげな顔に変わった。 「昔はこの町にも沢山ゴーストポケモンがいたんだ。 でも、人が増えていくにつれ、いなくなってしまった。 ゴーストポケモンは清閑とした暗闇を好む。理由はなんとなくわかる。 僕はまだゴーストポケモンがいたときにゲットしたんだ。 ……ほら、ついたよ」 スネ夫は町に着いた。…… スネ夫は呆然と目の前の状況を見ていた。 広い和室にはたくさんの膳が敷き詰められて、人々が和気藹々と騒いでいる。 マツバの話では、町の代表者たちが全員集まっているとか。 そしてそんな場で、スネ夫は上座に座っていた。 (ゴースト使いは重宝さえている) ふと、マツバの言葉が脳裏に蘇った。 そう、この宴会はスネ夫のために開かれたのだ。 ムウマの使い手であるという理由で…… 「気分はどうですかな?」 突然話しかけられ、スネ夫は振り返った。 話しかけてきた禿げ頭の男、この町の町長だ。 「いやぁ、もう最高ですよ、フフ」 スネ夫は久しぶりに金持ちのパーティーを思い出していた。 その後、町長が立ち、スネ夫を盛大に称えた。 始めは顔を赤らめていたスネ夫も、拍手にまみれて次第に気持ちが高揚していく。 宴会は夜更けにも続く。 「どうです、この宴会は?」 時間の感覚が無くなっているスネ夫にマツバが話しかけてきた。 「いらぁ、もぉいいれぇ、さいこぉれすよぉ、フフ」 スネ夫は酒を飲んでいなかったが、匂いだけでグデグデになっていた。 「それはよかった」 マツバは大げさに喜びを示し、お猪口を差し出す。 「ささ、これも飲んで!」 スネ夫はその液体を何の迷いもなく飲み込んだ。 目の前で舞妓が踊っている。華麗に、上品に。…… スネ夫の前で、舞妓が歪む。世界がぼやけ、霞み、……やがて深い闇へ落ちていく。 気分は最高潮のまま……スネ夫の意識は沈んだ…… 「……それで、こいつのポケモンは?」 「はい、全て押収しました」 「そうか。抜かりは?」 「ありません。ところで、この少年は?」 「本来なら連れて行くところだが……実は連絡が届いている」 「では……?」 「始末はまかせた」 「かしこまりました」 町長は話を終え、倉に入った。 ランプの火が灯り、町長が暗闇に浮かぶ。 町長は目の前の暗がりに目を凝らした。 さっき眠らせた少年、スネ夫はここに隠しておいた。 もし薬の効果が薄かった場合、町に逃げられては厄介だからだ。 (……ふん、どうせ逃げてもこの町からは出れないだろうに) 町長は不気味にニヤつきながら、倉の奥へ入っていく。 やがて白い布を巻かれて横たわっているものを見つけた。 (しかしこんな少年が、まさか) 町長は思案しながらそれを抱えた。 「!! なっ何!?」 そのとき、町長は背中から強い衝撃をうけ、その場に倒れた。 町の墓地は清閑としている。 町の人々はこの場を避けていた。 まあ、実は避けさせられていたのだが、特別反対する奇妙な人はいなかった。 だが、いくら表に人がいなくても耳を済ませば聞こえてくるのだ。 その物音は…… 突然破壊音が響きわたる。音の発信源は神社の窓だ。 「な、何だ?」 住職は窓に駆け寄るが、目の前の小さな影にかみつかれ、ひるんだ。 小さな影はその隙に奥へ進み、一つの扉へ到着する。 突然、影の後ろから姿が音もなく現れた。 「……どういうことだ?」 マツバは目の前の機械の異常に気づいた。 「エネルギーが足りない……いや、むしろゼロだ。 いったい何が起こったって」 「残念でした」 マツバは不意をつかれ、ゆっくり振り返る。 「……どうして君がここにいる?」 マツバは平静を保ちながらきいた。 その少年はいじらしく口端を上げる。 「僕にそんな子供だましがきくと思った?」 部屋の入り口で笑う少年、スネ夫は勝ち誇った笑みを浮かべていた。 「その機械のエネルギー源なら、今頃解放されているよ。 パートナーの指示でね」 「馬鹿な! そいつらは全員寺に閉じ込めて」 「おっと、今いっちゃうの?」 スネ夫の大げさに驚いた風を見てマツバは歯噛みする。 「まあとっくに知っているから別にいいんだけどね」 スネ夫は笑い、そして急に鋭い目になった。 「あんたのやったことはこうだ。 まず町の入り口に来るトレーナーに出会うことから始まる。あのグラエナたちはあんたが仕向けたものだ。 その証拠に、僕らとあんたが出会ったときグラエナは素直に逃げていった。 グラエナたちがあんなおどろかす一発で逃げるなんてタイプ相性で考えておかしいからね。 とにかく、あんたは僕の手持ちを全て見ることが目的だったんだ。 そして僕がムウマ、つまりゴースト使いであることを知り、作戦に移った」 スネ夫はいったん言葉を切った。 「僕を薬で眠らせ、僕のポケモンを盗んだんだ。もっとも狙いはムウマだけだった。 あんたはゴーストポケモンを集めている。その機械のためにね。 さあ教えてもらおうか、あんたはここで何をしていた!?」 スネ夫は凄んだ。 マツバはため息をつき、顔を上げた。 「その前にきこうか。君はどうして薬が効かなかった?」 「あんたもゴースト使いなら知っているはずだ。 ゴーストポケモンはパートナーと意思疎通できる。 僕は確かに薬で眠っていた。でもムウマが起こしてくれたんだ。 僕は目が覚めると倉の前で町長とお前の話を盗み聴きした。 そして町長が探しにくる間に作戦を練り、ムウマに伝えたんだ。 町長は今頃、僕のダミー人形を抱えたままお寝んねしてるよ」 「ムウマは僕の命令で逃げ出し、僕の他のポケモンを見つけ出した。 そしてゴーストポケモンの念波をたどったんだ。 どうやらさっき僕のポケモンと共に、そいつらを救出したようだよ」 「ほう、面白い」 マツバはふっきれたように笑い出した。 「さあ、とっとと目的を……!!」 突然天井が開き、強風が吹いてきた。 天井からのぞく空では、ヘリコプターがホバリングしている。 と、スネ夫の足元に何かがあたった。 「バッジはあげるよ。謎を解いたプレゼントだ!」 マツバはそういうと、ヘリからの梯子に飛び移った。 「待て、逃げる気か!」 スネ夫は強気に叫んだが、目の前の光景に唖然とした。 機械が浮かび上がり、ヘリまで飛んでいったのだ。 (……サイコキネシスか!?) スネ夫は直感し、震え上がった。 「エネルギーはもう十分たまっている。もって行っても差し支えないのさ!」 マツバがそう言いながら手をふった。 「じゃあな、少年! 君は僕を楽しませてくれそうだ! それと、町を出るときには注意するんだな!!」 マツバはそう言い残し、ヘリへ入っていく。 ヘリは大きく旋回した。 そのとき、スネ夫は見た。ヘリに書かれた赤い「R」 の紋章を…… ヘリは飛び去った。 スネ夫はバッジを拾い上げた。 (……ムウマ、今すぐ来れるか?) 数秒後、寺から何かが飛び出す映像が送られてきた。 (あの影は……) スネ夫は少し考えたのち、森で飛び出してきたあのポケモンだと気づいた。 (僕は覚えてないわけだ。あのときは急に) その時、廊下を駆けてくる足音が聞こえ、スネ夫は息を飲んだ。 「マツバさん!?」 息を荒くつきながら戸を開けたのは、体つきのしっかりした大男だった。 大男はあたりを見渡し、そして開けた天井をみる。 「何だあれ……? いや、そんなことより」 「どうかしたかね?」 大男の後ろから町長が現れた。 「ああ! 町長さん! 実はマツバさんが……」 大男は町長に小声で耳打ちする。 その後、町長は悲嘆の顔つきを見せ、大男を連れて戻っていった。 機材が入った箱の裏から、ゆっくりと青ざめた顔が出る。 スネ夫は男たちが去ったことに一息ついた。 ふと、マツバの言葉がよみがえる ――この町から簡単に出れると思うな―― スネ夫は意を決してそこを出た。 やがて建物の裏から出て、走り出す。 「いいか! 皆の者!!」 町の公園で、大男が演説していた。 「我が町最後のゴーストポケモンの使い手、マツバ様が失踪した」 その場に集まっている町の人々がざわつく。 「理由はおそらく夕刻来たあの少年!!」 大男が語調を強める。 「さきほどのヘリに気づいたものは多いだろう。 あのヘリはその少年の仲間のものだと、町長が証言した!!」 人々の目が町長に向けられる。 町長は毅然とした態度で立っていた。 その態度は人々を信頼させる。 「奴らはマツバ様を連れ去った。 理由は何にせよ、少年がこの町に害をもたらした。 元はゴーストタイプと人間が仲良く暮らしていたこの町。 ポケモンと人間の唯一の架け橋であった方が連れ去られた!! このことで何もしないでいられようか!! 皆の者、直ちに少年を捕らえるのだ!! この町の恐ろしさを教えた上で、地獄の底まで追い詰め、捕らえ、ここへ連れてくるのだ!!!」 大男の怒号が響き渡る。 大衆からは狂気の雄叫びが上がる。 大男は部下に命令し、火を焚きつけた。 大衆の呼応と共に、不気味なサイレンが鳴り響く。 この瞬間、町は処刑場と化したのだ…… (何だ、あの、……気持ち悪いサイレンは?) スネ夫は路地裏でそのサイレンを聞いた。 さきほどの建物からここまでずっと走り続けていたのだが、その夜を切り裂くサイレンに足は自然と止まった。 (まさか町の人が全員ゾンビか何かになるなんてことは……まさかね) スネ夫は笑いつつも、心から安心出来なかった。 スネ夫は路地へ出た。 人影は無い。 閑散としたそこで、スネ夫は体力を温存すべく影を歩いた。 だが、やがて後ろからの低い震えに気づいた。 地面が揺れている。……スネ夫は恐怖を振り払い、後ろをみた。 町民の大群がライトを手に、駆けてくるのが目に写る。 スネ夫は声にならない悲鳴を上げ、すぐ隣の建物に飛び込んだ。 途端に軽快な音楽が鳴り響く。 そこはトレーナーの憩いの場、ポケモンセンターだった。 「あらどうしたの? そんなに急いで?」 ジョーイが気軽に話しかけ、スネ夫は呆然とした。 (もしかしてポケモンセンターはなんとも無いのかな) スネ夫の体に安堵が満ちる。 「休むんならこっちの……あら?」 ジョーイはふと話を切り、スネ夫に近づく。 「ど、どうしたんですか?ジョーイさん?」 スネ夫は必死で平静を保ちながら語りかけた。 「……そういえばさっきサイレンが鳴ってたわね。 私ったらうっかりしちゃってた……」 スネ夫は冷や汗をかきながら首を傾げた。「いったい何の――」 言葉は途切れる。 その隙に、ジョーイの懐から出刃包丁が、ニュッと―― 「ぎゃぁあぁあぁぁ!!」 スネ夫はジョーイの脇を駆け抜け、ポケモンセンターの階段を駆け上った。 後ろから恐ろしく低い声が聞こえてくる。 「みんな、こっちよ! あのガキ二階にいるわ!!」 その後、怒号が聞こてくる。 スネ夫は二階の窓から、一気に隣の屋根へ飛び移った。 (ムウマ、速く来てくれ!! このままじゃ死ぬ!!) スネ夫は顔を歪ませながら返答をまった。 下では人々が一斉にセンターへ突撃してきている。 人々は各々凶器やポケモンを連れ、それが延々と、百鬼夜行のごとく…… 「上だ! 上にいるぞ!!」 「きたぁあぁあ!!」 スネ夫は急いで立ち上がり、ねずみ小僧のように屋根をわたって行った。 そのときムウマからの連絡が来る。 町の出口で落ち合おうと―― スネ夫はそのまま屋根を走っていった。 スネ夫は出口周辺のゲート前に着いた。 あたりに人気はない。 スネ夫は町からきこえる狂気のうねりに震えながら叫んだ。 「ムウマ、どこだ!?」 目に写る反応はなかった。 「おい、ムウマ、速くしないと殺される」 「こいつのことかな?」 スネ夫は町側から声を掛けられ、振り返った。 町長がムウマをつかみながら立っていた。 「ムウマ!!」 スネ夫は歩こうとしたが、目の前から響く騒ぎで、はたと止まる。 町民たちが集まってきたのだ。 「ムウマ」 (どうした、お前なら) ムウマは拒否の念を放ってきた。 町長には言葉の方しかきこえない。 (どうしたっていうんだ!? それに、ボール) ムウマはその答えを送ってきた。 その間に、町民が次々と押し寄せてきた。 その目に生気はない。ただ血への渇望だけが渦巻いている。 「さあ、どうする?」 町長はにやりとした。 「仲間を捨てて逃げてもかまわ」 その町長の言葉を遮り、何かのとおぼえが聞こえてくる。 小さな影が颯爽と飛び出し、町長に噛み付いた。 「っぐお!?」 町長はうめき、その拍子にムウマを手放した。 月明かりに照らされ、その影は明らかになる。 小さな影の正体、それはポチエナだった。 スネ夫ははじめて見る自分の新しい仲間を見つめた。 ふと、その口にボールが二個くわえられているのに気づいた。 (なるほど、こいつを待ってたのか、ムウマ) スネ夫は納得した。ムウマならばつかまれても簡単に抜け出せたはずだからだ。 「ふん、そんな子犬がどうしたって?」 町長がかまれた腕をさすりながら言った。 「どうせおまえらは逃げられん。さあ、皆の者、捕らえ……おい、どうした?」 町長は町民の異変に気づいた。 みんな虚ろなで、町長を見ている。 もっとも焦点はあってないが。 スネ夫ははっとして意識をのばした。 そしてきづいた。 その場に見えないけれどゴーストポケモンが集まっていることに。 (開放された奴らが来て、みんなを操ってる) スネ夫はムウマとポチエナを呼び、ゲートへ向かった。 「おい、お前どこへ」 呼び止める町長の前に、町民の一人、あの大男が立ちはだかる。 町長は当然、大男として話しかける。 「おい、どうしたんだ? お前ほど正義感のある男なら」 突然、大男はケタケタと高笑いした。 人のものとは思えない声。 「おい、お前」 大男は変に高い声のまま言った。 「ずいぶん俺たちにひどいことしてくれたよなぁぁ」 声はだんだん低くなり、大男は町長へ詰め寄った。 いや、町民全員がじりじりと町長のまわりをつめる。 「お、おいお前たち。いったい、ど、どうし」 「いこう」 スネ夫はゲートへ入った。 町長の断末魔の叫びが響く中、スネ夫は町を出た。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8056.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 「…なんだか気色悪い奴ねぇ―――…っと!」 霊夢は気味悪そうに呟きつつも、右手に持っているお札をクワガタキメラに向かって勢いよく投げつけた。 投げられたお札は軌道を変えることなく一直線にキメラの方へと飛んでいく。 「ギ…ギィッ!」 キメラは痛みにもだえつつも再度行われる攻撃を視認すると両足に力を込め、勢いよく飛び上がった。 瞬間、先程までキメラが立っていた場所にお札が勢いよく突き刺さり、小さな爆発を起こした。 攻撃を避け、地面へと着地したキメラはもはや自身のダメージを気にすることなく上空にいる霊夢の方へとその頭を向ける。 そして自分の体を傷つけたのが彼女だと判断し、キメラは威嚇するかのように顎を動かしながら金切り声を上げた。 常人なら聞いただけで腰を抜かしそうな金切り声に、霊夢はうんざりするかのように溜め息をついた。 この手の鳴き声で威嚇する化け物など、博麗の巫女である霊夢にとっては見慣れた存在なのである。 (こいつ、以外と素早いわね…) 霊夢は先程の攻撃でこのキメラが小回りのきく奴だと知り、溜め息をついた後に面倒くさそうな表情を浮かべた。 動きののろい相手なら先程の札で通用するのだが、逆に素早い相手には通用しないのである。 さてどうしようかと霊夢が攻撃の手を休めた時、キメラは再び両足に力を込めて飛び上がった。 「お、…よっと!」 その跳躍力は目を見張るものであり、流石の霊夢も軽く驚きつつすぐに体を後ろへ下がらせる。 「ギィ!」 瞬間、先程霊夢がいた場所をキメラの手の甲から突き出た鋭い爪が引っ掻いた。 ビュオン!と空気を切り裂いたかのような音が霊夢に耳に入り、その威力を教えてくれる。 霊夢は舌打ちしつつもすかさずお札を二枚取り出し、地面に着地したキメラ目がけて投げつける。 両腕に狙いを定めたそれのスピードは速く、常人ならば避けることはまず出来ないだろう。 しかし人間ではないキメラは素早くその場で屈み込み、結果二枚のお札はキメラの頭上を空しく通り過ぎていった。 そしてお札は進路上にあった大きな植木に直撃し、人気のない庭園に小さな爆発音が響いた。 「ギギ…ギッギギギィ…!!」 すぐに立ち上がり、霊夢の方へと振り向いたキメラは笑い声のような金切り声を上げて体を震わせる。 一方の霊夢は赤みがかった黒い両目でキメラを睨み付け、次の攻撃に移ろうとしていた。 ▼ トリステイン魔法学院の二年生達は先生の話に耳を傾けていた。 科目は゛土゛系統の魔法で、担当教師はミセス・シュヴルーズである。 授業内容はというと「練金を使って石を様々な形に変える」というものであった。 ミセス・シュヴルーズは得意気に杖を振り回しながらも呪文を唱え、頑丈な丸い石を色んな形にしていく。 最初は四角形、次に杯や鳥等どんどん難易度を上げていく。 途中アドバイスとも言える説明を生徒達に伝え、生徒達はそれをノートに書き込んでいく。 丁度この時、恐ろしいキメラとの戦いをはじめていた霊夢とは対照的過ぎるほどの…゛平和な、いつも゛ 生徒はおろか、教師ですら直ぐ傍で行われている戦いに気づいてはいなかった。 今日もこの学院で定められた規則に従って生徒は学ぶ者となり、教師は教える者として生きている。 それは今まで何百何千とも積み重ねられてきた゛習慣゛の行き着いた結果とも言えるであろう。 言うなれば、何回も何回もアップグレードをされてきた実績のあるプログラムだ。 そのプログラムの中に、今までみたことのない白黒の゛イレギュラー゛が紛れ込んでいた。 ▲ ―――いいですか皆さん?何かを形作る時は、まず頭の中でイメージを作り上げるのです」 先程鳥の姿から犬へと変えた石を指さしつつ、ミセス・シュヴルーズは生徒達に説明している。 生徒達は彼女の話を聞きながらも羽ペンを使ってノートに書き記していく。 シュヴルーズの作った犬は可愛さがあるものの、何処か時代遅れを感じさせる様なデザインであった。 黒豆のようなまん丸お目々にずんぐりむっくりのそれは。まるでミセス・シュヴルーズそのものである。 それを見て心の中だけで嗤う生徒は何人かいたが、口の中に赤土を入れられそうなので声に出すことはない。 生徒達の大半がノートに書き記しているものの、その逆にいる者達は当然いた。 簡単に言えば、授業に対してあまり感心を抱いていない者たちの事である。 「馬鹿らしいわね…これで喜ぶなんて土系統の連中だけじゃない」 そんな者たちの中でかなりの異色を放っているキュルケはめんどくさそうに呟いた。 彼女は羽ペンとノートを机の隅に置いて持ってきていたクシで燃えさかる炎の様な色をした髪の手入れをしている。 その顔はあからさまに不満の色が浮かんでおり、周囲にいる生徒達はそんな彼女から距離を置いていた。 勿論、いつも他人を見下しているかのような笑みを浮かべているキュルケがそんな表情を浮かべているのにはそれ相応の事情があった。 キュルケはふと後ろの方へと顔を向け、使い魔達の中に紛れている一人の少女へと視線を注いだ。 犬、猫、鴉、蛇、狐、サラマンダー、バグベアー…etc キュルケを含む一部の生徒達が連れてきた使い魔の中にいた少女は、あの霧雨魔理沙であった。 魔理沙は興味津々といった様子でおとなしい使い魔達に触りながらもシュヴルーズの話に耳を傾けている。 一見すれば授業そっちのけといった感じではあるが、キュルケには全てお見通しであった。 (他人に知られることなく努力するタイプの人間かしらね…まあ私の目から逃れられなかったけど) キュルケは心の中でそう呟きつつ、今度はルイズの方へと視線を移した。 ゛魔理沙に命を助けてもらった゛という彼女は、何処か落ち着きが無いように見えた。 先生の話をしっかりと聞いてノートに書いているが、時折魔理沙の方へと視線を向けている。 魔理沙とルイズ。キュルケは疑いの眼差しでその二人を交互に見つめる。 昨日の昼に学院長が話した内容。実のところキュルケはそれが事実なのかどうか疑っていた。 学院長のオールド・オスマンは意外と話し上手であり、並大抵の者ならその話しを信じてしまうであろう。 しかしキュルケは二人の様子を見て、学院長は作り話で大衆を騙したのかも知れないという考えが浮かんできたのである。 (あの馬鹿みたいに礼儀正しいヴァリエールが命の恩人をあんな目で見つめるのかしら…) 不安そうに魔理沙を見ているルイズを見て、キュルケは再び心の中で呟いた。 (いつものルイズならば、命を助けてくれた者に対してあんな不安そうな顔と目つきで見たりはしないわ…) 魔法は使えないが貴族としての礼儀正しさでは誰にも負けないルイズを常に見てきたキュルケにしか言えない言葉である。 そんな時、窓際にいた一人の男子生徒がふと窓の方へと視線を移した時、声を上げた。 「なんだあれ…?庭園の方から煙が見えるぞ」 ◆ 数分前… 戦いが始まってからものの数分で、決着がつこうとしていた。 「キリキリキリキリ!!」 クワガタキメラは不快な金切り声を上げると、特徴的な大きな顎を開いた。 空中にいる霊夢は次に来るであろう攻撃に身構えつつ、今度は懐から三本の針を取り出した。 相手の動きを見て、先手必勝と言わんばかりにキメラが大きな両足に力を込める。 キメラが攻撃を仕掛けてくるのにすぐさま気がついた霊夢は、スッと右の方へと移動する。 瞬間、霊夢が先程までいた場所を目にもとまらぬ速さで飛びかかってきたクワガタキメラの大顎が挟み込んだ。 もし避けるのが少しだけ遅ければ、致命傷は避けられなかったであろう。 「ハッ!」 相手の攻撃を避けた霊夢はすれ違いざまに地上へと落ちていくキメラの脇腹に針を三本突き刺した。 「ギギィ!?」 自分の攻撃を避けられ、あまつさえ相手の攻撃を喰らったキメラは悲鳴にも聞こえるかのような奇声を発した。 そしてそのまま体勢を崩してしまい、勢いよく大理石の地面に頭をぶつけてしまう。 ガツン!と硬い物同士がぶつかりあうかのような音が霊夢の耳に入ってくる。 数秒後、頭を地面に打ち付けたキメラはヨロヨロと起きあがり、上空にいる霊夢へ再び金切り声を上げた。 しかし先程と比べればそれは少しだけ弱々しくなっているのがすぐにわかった。 恐らく弱点であろう脇腹への攻撃と、頭を固い地面にぶつけてしまった事が原因であろう。 酷いくらいにへこんでしまった頭部は、見る者にさえその痛々しさを鮮明に伝えてくれる。 しかし霊夢には、それを見て痛々しさを感じてしまう程、この化け物に情けをかけていない。 (そろそろ終わりそうね。何よ、案外大したことなかったじゃないの) 霊夢は心の中で呟きつつも、このキメラが意外と弱かったことに拍子抜けした。 あの素早さとジャンプはくせものであったが、慣れてしまえばどうという事はない。 だが今も尚あのキメラから漂う゛無機質な殺気゛を含めれば、初めて出会うタイプの敵と言えるだろう。 これまで様々な存在と戦ってきた霊夢にとって、喜怒哀楽の感情の無い殺気を放つ敵とは戦った事がなかった。 「ま、危険そうな奴だからここで退治しておいた方が良さそうね」 左手に持っていた御幣を背中に差すと、霊夢は懐から一枚のお札を取り出した。 それは今まで出してきたお札とは違ってサイズか大きく、発せられる雰囲気も桁違いである。 相手が次の攻撃を仕掛けてくるのに気がついたキメラは、再び飛び上がろうと両足に力を込め始める。 霊夢は再び飛びあがろうとしているキメラを見て溜め息をついた後、こう言った。 「せめて今度は、ちゃんとした五分の魂を持った生き物に生まれ変わりなさい。そっちの方が楽だから」 歪な生命に対して放たれた冷たい雰囲気の言葉は、何処か哀れみさえ感じられた。 「 ギ ギ ィ ィ ィ ! ! 」 そしてキメラが金切り声を上げて飛びかかるのと、霊夢がお札を投げつけたのは…ほぼ同時であった。 ※ 数秒後…魔法学院にある中規模な庭園で、再び小さな爆発音が響いた。 それに気づいた者は魔法学院の中には誰もおらず、人々いつもの日常を謳歌していた。 「今日も天気は快晴、温度は少しずつ上昇。至って平和であります…っと」 「そんなことよりトランプしようぜ!」 衛兵達は仕事の合間にゲームをし―――― 「新しいテーブルクロス、すぐに食堂へ持って行け!」 「今日の魚は活きがいいな。これはおいしい料理ができるぞ」 給士と食堂のコック達は昼食の準備を始め―――― 「…このように、詠唱が正確であるほど呪文の威力は強まります」 「先生、これもメモしておくんですか?」 教師は生徒達に知識を与え、生徒達はその知識を飲み込み成長していく… 人々は自分たちの直ぐ傍で起きた゛非゛日常の出来事に気づかず、平和に過ごしている。 しかし人は気づかずとも、人ではないモノはその爆発に気がついていた。 「きゅい…?」 ヴェストリの広場で羽を休めていた風竜のシルフィードは爆発音に気づき、庭園の方へと視線を向けた。 視線を向けると庭園のある場所から一筋の黒い煙がもくもくと、遥か頭上にある青空を目指して昇り始めている。 「なんだあれ…?庭園の方から煙が見えるぞ」 その煙のお陰で、人々もようやく何かがあったのだと理解し始めた。 ただ…それが単なる爆煙なのか、それとも殺人マシーンとなった悲惨な生命体の魂なのか。 それは誰にもわからず、きっと知ろうともしないであろう。 目に見えぬ真実を知らずに生きていくということは、ある意味で最も幸せな事なのだから。 それから時間は経ち――――その日の夕方。 トリステイン王国の首都、トリスタニアにあるチクトンネ街。 カジノや酒場、宿などの建物が密集しているそこから少し離れたところに゛人の住まぬ゛地区が存在する。 いや、正確には゛数年前までは人が住んでいた゛という表現が正しいだろう。 時と共に大きくなっていくトリスタニアと引き替えに、この地区は過疎化が進んでいったのだ。 ハルケギニア各国にある大きな街では必ずといって言いほど、この様な小さいゴーストタウンが存在している。 トリスタニアにあるこのゴーストタウンも、今や家も職もない浮浪者や犯罪者達の巣窟となっていた。 例え人生を持てあましている暇人だろうが何だろうが、ここへ近づくことは殆ど無いだろう。 そして、その地区の下には小さな部屋が造られていた。 トリスタニアの地下に張り巡らされている下水道を利用してつくられた其所は、陰湿な雰囲気がある下水道のイメージとはかけ離れていた。 床には茶色の地味な絨毯が敷かれ、天井にはそれなりに部屋の中を照らしてくれていた。 部屋の真ん中には長机が設置されており、それを囲むようにして幾つもの長椅子も置かれている。 そして今日、その椅子に何十人もの仮面を付けた貴族達が腰掛けていた。 彼らは皆同じデザインの仮面を付けており、皆一様に上座にいる自分たちの仲間へと視線を向けている。 仮面越しといえども、何十人もの貴族達に見つめられている一人の貴族がいた。 その貴族はここにいる他の者達のリーダー格であり、仮面を付けているときは゛灰色卿゛と呼ばれている。 今日、彼らは突如舞い降りてきた゛問題゛にどう対処するのか話し合うため、此所へ来ていた。 ◆ 「…さて皆さん、今日は突然こんな所に呼び出してしまい申し訳ございません」 ヘリウムガスを吸ったような声で、灰色卿は仲間の貴族達に謝罪を述べた。 それからすぐに、右端の席に座っていた貴族が立ち上がり、灰色卿に質問をする。 「それよりも灰色卿。緊急の話し合いだというのならば…何か問題でも?」 「えぇ。予想外の事が起きてしまいまして…とりあえずは見て貰った方がわかりやすいでしょう」 灰色卿は質問に対してそう答えつつ、手元に置いていた杖を持つと天井に向けて軽く振った。 するとどうだろう。灰色卿の動きに反応して天井からかなりの大きさを持つ水晶玉がフワフワと降りてきた。 水晶玉は空の手が届くところにまで降り、それを見計らって灰色卿が懐から赤い液体が入った小瓶を取り出した。 コルクを外して水晶玉の表面にその液体を落とすと、液体は一瞬にして水晶玉の中に染みこんでいった。 数秒後。突如水晶玉の表面が波打ち、何かが映りだした。 水晶玉に映っているのは、キチンと整備された庭園のような林であった。 「これは今日、新たな内通者とアルビオンからの御方を始末しに来ていた゛代理人゛の視界です」 灰色卿は説明しつつも、他の貴族達と同様に椅子に腰掛け、その映像を見始める。 ※ 灰色卿の言う゛代理人゛は、厳密に言うと゛人゛ではなく゛生物゛――否…゛キメラ゛である。 このような暗殺風の仕事にうってつけだと言い、何週間か前に灰色卿がガリアから買ってきたのだ。 何でも、今のガリアでは王であるジョゼフを良く思わない貴族達が色んなお宝をあちこちの国に売り飛ばしているという。 そこら辺にある銅貨から王家に古くから伝わる財宝まで見境無く売り飛ばし、資金を独占している。 一体何でそんなことをしているのか灰色卿達は知らないが、このキメラはまさしく自分たちが必要している存在であった。 闇夜では目立たない体で相手に近づき、そして相手が反撃する暇もなく息の根を止めてしまう。 身のこなしも素早く、仕事が済めばすぐさま現場から離れる。 それに人間ではないので金を用意する事もないし失敗して拷問を受けてこちらの居場所を知られてしまう心配もない。 学習知能もあり、貴族との戦い方も最初から教え込まれていた。 ともかく、このキメラならば自分たちの崇高な仕事を完遂してくれるかも知れない… しかし、その気高き希望は水晶玉に映る『赤い何か』によって、呆気なく粉砕された。 ※ 「さて皆さん、この映像に映っていたあの赤い何か…アレは何だと思いますか」 映像が終わり、何も映さない水晶玉を擦りながら灰色卿は他の貴族達に質問をした。 先程映像の最後で耳鳴りがするほどの金切り声を上げたキメラと対峙していた『赤い何か』についての質問である。 内通者を殺そうとしたキメラを妨害した挙げ句、それを倒してのけたあの『赤い何か』。 映像の質が悪い所為かハッキリとした輪郭がわからなかった為、そのような名前が付けられていた。 「あの赤い何か…いえ、あれは単に赤い服を着た人間でしょう…」 落ち着いた口調で一人の仮面を付けた貴族がそう言い、灰色卿は頷く。 「人間…ならば、あれ程のキメラを倒したとなるとかなりの力を有していますが――――」 そこまで言うと一旦手元にある水差しに入った冷水をコップに入れ、それを手にする。 水系統と風系統を混ぜた魔法でヒンヤリと冷たい水は、手をゆっくりと冷やしてくれる。 その冷たさを手で直に感じつつ、灰色卿は言った。 「それならば我々の理想に反する敵か、単なる第三者か―――二つに一つですね」 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/1155.html
―――オストロル公国。 今も昔も続く農業国として栄え、何よりその肥沃で膨大な国土の農産力で莫大な外貨と兵糧を獲得し、強国の一つであり続ける国。 それだけに自然が豊富であり、かつては貴族達が己の資産力を誇示するため到る所に城を乱立していたが…多くの貴族がその権威や 財力を失墜した今となっては、取り残された古城の数々は観光名所兼買い手待ち物件程度でしかない。 その中でも、至高の権勢を誇った大ユーヴィック公が全盛期に作ったとされるハルドヴェルク城は、深い森の中に有る事と 巨大に過ぎる事でその華やかな作りながら誰も手を付けようとはしなかった。 しかし、今日は違う。 広大な駐車場に次々と停まるフルスモークの高級車。さながら貴人の宴でも開かれるのかと思いきやそうではない。 そこから降りる者、迎える者のどれもが剣呑な光を眼差しに秘め、誰の懐も一様に武器で膨らんでいる。 そして人種も年齢もばらばらだが、立ち居振る舞いや歩の進め方に明らかなまでの共有意識が彼らにはある。 そもそも彼らは、たった一つの目的の為に存在し、本日ここに集っている。 即ち―――――、「打倒クロノス」その一点の為に。 …豪奢、そして精緻の結晶の様な大食堂だった。 壁には金と七宝の縁取りに囲まれたフレスコの天使達が祝福のラッパを吹き、金銀を用いた調度品の華やかさは見る者の眼を いやが上にも奪い取る。そして壁際には、鍛え上げられた身体を持つ黒服達が立って優雅さを無骨に邪魔していた。 「………で、あの若造は本当に来るのか? もう三十分は過ぎてるぞ」 伽藍の様に高い天井に、大卓の一席に座る男の不機嫌な声が響いた。 「それは判らん。なにぶん奴らは新しすぎる」 疑問に応える男も、荒事に馴れた声調だ。 此処に居る者に現在堅気は一人も居ない、並ぶ全てが殺人に始まるあらゆる罪を犯している。 それもその筈、彼らは反クロノス組織のそれぞれ長達だ。 「……来たぞ。もうすぐここに来る」 インカムで部下の報告を聞いたらしい男が、ぼそっと一同にその来訪を告げた。 「………うん、それで結構。良い仕事を有り難う。 ああそっちは心配要らない、こっちで何とかするから」 車の停車を感じながら、その男は携帯を切るついでにスモーク越しに車外で出迎える者達を眺めやる。 そのどれもが、出迎えと言うより『目を逸らさせてやる!』と言わんばかりの敵意に満ちていた。 「やれやれ、先輩から新参者に礼儀を教えてやる…と、言ったところかな?」 くすくすと楽しげに微笑みながら、男はノブの遊びを確かめつつ二人の護衛に振り向いた。 「くれぐれも、睨まれたくらいで何かしないでくれよ? 招かれたとはいえ、立場はこっちが下なんだから」 「…善処する」 「こちらからは何もしまセンよ。〝こちらからは〟、ネ」 「結構。…ああそれと」 視線を少しだけ奥に向けると、其処には更に同席するもう一人と秘書風の美女。 「キミはもう少し静かに待っててくれないか。なに、ほんの少しだよ」 しかし言われてもその人物は、答えも身じろぎもしない。だがそれを見て満足げに頭を上下させると、ドアを開けた。 途端に駐車場に広がる突き刺さる様な緊張。そこに居る誰もが、今にも銃を抜きそうなほどの敵意で開くドアを睨み付けた―――が、 「あ…」 その男が車外に出るや、緊張が一気に別の物に変わる。 確かな危うさをそこに感じる……が、しかし、同時に惚けてしまう様な妖しさの様なものを感じて、彼らは銃と敵意の所在を 完全に無くした。 「諸君」 彼はただ一言、柔らかくそして優しく言葉を紡ぐ。だがそれだけで、全員に怯みの電流。 「出迎えご苦労。それで、どの部屋に行けばいいのかな?」 「……何と何と、まるで敵陣の様じゃないか?」 歩を勧める男は、廊下の要所要所に陣取る男達の手に銃が有るのを確かめつつ苦笑する。 「やれやれ、物々しい事デスね」 その後を追う黒衣の美青年が、呆れた様に呟いた。 「脅えているのが見え見えだ………つまらん限りだな」 異装の矮人が、覆面の向こうから鼻白む。 相手は三人しか居ない、そして地の利も武器も、人数もある。しかしそれでも男達は、彼らを射竦める事さえ出来ない。 そしてその怯えと怒り、あるいは呆然の入り混じった視線を難無く流しながら、彼らの代表は大食堂の扉を軽やかに開け放った。 「どうも遅れまして、御先輩方。星の使徒よりクリード=ディスケンス、罷り越しました」 うやうやしい一礼、そして手袋から靴に到るまで全て白で統一した燕尾服を着込んだその男は、まるで舞台から降りた貴公子 の様だった。 「―――なんだその格好は!? この会議を仮装パーティと勘違いしてるのか!!?」 早速彼に、筋肉の塊の様な男が席を立って食って掛かる。 「いえ、滅相も無い。 これは僕が新参者ですので、極力礼を尽くそうとしただけの事です。不快でしたら、謝ります」 これまた一分の隙も無い礼だ。これ以上の粗探しは最早言い掛かりでしかなく、止む無く男は怒りを飲み込んだ。 ……実は、この場に居る多くの者がクリードに怒鳴り散らしたくて仕様が無かった。 入った一瞬で空気が変わり、ともすれば一気に場を支配しかねない優美に極まる〝華〟。魅了する、と言う事は得てして、 心を無防備にすると言う事でもある。 この若造は―――闘争に明け暮れ、人を従え、そして幾多の死線をくぐった彼らが未だ持ち得ないものをこの若さで持っているのだ。 それが嫉ましさと危うさを同時に刺激し、やり場の無い怒りをむらむらと起こさせていた。 「まあまあ、諸君」 その張り詰めた怒りの空気を、柔らかな声がほぐした。 「彼は遅参を謝罪しているのだ、許してやりなさい」 そして一同が目を向ける先には、最も上座で優しい微笑を湛える老人が指を組んでいた。 「これはこれは。〝神の剣〟代表、ノーマン=アリウス師ではありませんか。ご尊名はかねがね伺っております」 クリードが一際深く一礼したこの老人は、現行に於いて最もクロノスと闘争を重ねた反クロノス組織〝神の剣〟の首魁を 長らく務めていた。然るに、その言葉は事実上満場一致の決定と言って良い。 「こちらこそ、君の参戦を心より感謝する。 古きに応じ、若きがこうして馳せ参じてくれるのは嬉しい限りだ。少なくとも我々の闘争が無駄でない事を教えてくれる」 周囲の殺気立つ面々とは対照的に、アリウス師は逆にクリードに友好的だ。 「掛けなさい。それでは、面子も揃った所で会議を始めようじゃないか」 ………賓客が全て大食堂に入った時点で、室外で待機する者達の装備も配置も一変する。 駐車場入り口に埋設した対戦車地雷と対人地雷は電子ロックが解除され、城の外周ぐるりを囲む機関銃と対物ライフルを配備した 土嚢積みの銃座陣地が侵入者を常に見張り、内部にも随所に強化アクリル製シールドで築いたバリケードが敷設してある。 今までは内部で何かが起こる事を想定した陣形だったが、今回は対襲撃者用の陣形だ。不審者が居れば拘束或いは射殺を旨に、 皆武装のチェックを忘れない。 「…くそ、何なんだあいつらは」 三人一組の銃座陣地の一つで、先刻クリードに呑まれた一人がぼやきを零すのに、観測手の男が周辺を確かめながら応じる。 「俺は見てないが…どんな奴だった?」 「概ね噂通り、線の細い優男さ。変な格好したチビと黒尽くめの護衛を連れてたが、そいつらと一緒にどうも妙な感じだ」 腑に落ちないとばかりに、幾度もライフルのスコープを調整する。 「何て言うかな……獣とか、怪物とかみたいな感じのようで…ありゃ違う」 そう言う輩と対峙すれば、まず何より恐怖が刺激されるものだが、クリードにはそれが無い。 全く感じられない訳ではないが、それ以上に感じるものが逆に目を逸らさせなかった。 ……真の魅力とは、性別を問わない。圧倒的なカリスマは物を判らぬ輩さえも容易く惹き付ける。 もし仕える主と身を捧ぐべき目標が無ければ、思わず心酔しかねないほど恐ろしいものだ。 「ウチのボスもかなり危ない人だが、あっちは何と言うか底が知れねえ。 あの若さでドデカい組織を作ったってのも、少し判る気がする」 ボルトの動きをチェックしたり、マガジンから抜いた弾を確かめたりするのは、不安を何とか振り払うためだ。 正直あれとは共闘したくない。これまでの自分がどうでも良くなってしまいそうな気がして。 「…?」 不意に、周囲を警戒していた観測手が、何を見つけたか電子双眼鏡の明度やモードをせわしなく変えていた。 「何だ、どうした?」 「……いや、何か今……森の奥で動いてたような…」 それを聞いて対物ライフルのスコープを覗くが、其処にはそう見受けられるものなど無い。 「リスか何かじゃないのか?」 「いや、確かに見えた。間違い無い、人くらいの大きさが有った」 とは言っても、梢も茂みも良く晴れた日差しに青々としているだけで、後はせいぜい小鳥のさえずり程度のものだ。 それに、示した方向は彼らの位置から見え辛く、とても何かを見出せる感じはしなかった。 「………じゃあ他の奴らにも調べさせるか。 ポイントJよりKへ。今こちらの観測手がそちらのポイントの十一時方向に何かを確認した模様、至急そちらからの確認を乞う。 繰り返す……」 無線機で一番近い方角の銃座陣地に通達する。それを見る二人は「これでようやく」と思いつつそれぞれの為すべきを再開した。 だが…… 「ポイントK…? おい、応答しろ、おい!」 ようやくどころか、無言の応答が実は非常事態の渦中だと彼らに伝えた。 「ポイントL! I! 大変だ、Kに異常事態発せ…!」 通信機にがなった彼の声を―――――――、落雷の様に脳天に突き立った矢が永遠に閉ざす。 「え…あ、うわ…!」 アナクロな武器は原始的な恐怖を刺激する。それゆえか機関銃手がマシンガンを構えたまま土嚢の壁から立ち上がる。 「あ、おい馬鹿……!」 観測手の止める間も無く、心臓と喉にそれぞれ一本ずつの矢が立った。 そして森の奥から、熱遮断式ギリーシート(色や布切れで茂みや藪に偽装するための布)の一団が現れた。 「……一体どう言うつもりだ!? 我々に一言も無くフィブリオ市を襲撃するとは!」 「全く、若い奴はこれだから困る。その暴走が我々全員の足並みを乱す事を、弁えて貰いたいものだ」 「しかも勝手にクロノスと戦ったそうではないか! これは許し難いぞ!」 大食堂の中は、下座に座る星の使徒の若き指導者への叱咤に満ち溢れていた。 先のフィブリオ市襲撃事件によって、彼ら反クロノス勢力を一方的に叩く材料をクロノスに与えてしまった、と言う事なのだが、 彼らの痛罵は少々逸脱の態を見せている。 「そもそも何だ、破竹の快進撃とやらでいささか眼が曇ったのではないか?」 「これほどの組織を作り上げたのは立派だが、過信が過ぎるとは思わんのか!?」 「調子に乗りすぎだ、若造が!」 此処まで行くと鬱憤晴らしや言いがかりだが、それでもクリード以下二人に異論を持ち合わせる風は無い。して沈黙が続けば、 おのずと舌は悪い波に乗る。 「大体貴様、元はクロノスの一員だそうだな。もしや、奴らのスパイじゃあ無いだろうな?」 「…成る程、それは有り得る。我々を内側から崩す作戦ですな」 「違うと言うなら証を見せてみろ! 今此処で!!」 最早暴走と言っても差し支えない悪口雑言の中、アリウス師の拍手が響くや潮が引いた様に一同静かになる。 「まあまあ、許してやりなさい。彼らも充分反省しているだろう。 ……だがクリード君、あの一件が有って我らの風当たりが少々思わしくなくなったのも事実なのだよ。 知っての通り我らの目的は、傲慢なるクロノスからの脱却と開放だ。そしてそれがどれだけ正しいのかを世界に知って貰わねばならん。 その為には、断じて足並みを乱さず一丸となる必要がある……判るね?」 一つ一つ押さえる様に、血気盛んな周囲をも宥める様にアリウス師は言い聞かせた。 事実クロノスの統制は確かに幸福を生む反面、その陰で暴利と搾取を生んでいる。それに善か悪かを語るのはそれぞれの 価値観次第だが、此処に集うのは一人残らず後者だ。然るに怨敵に付け入る隙を作ったのは、確かに腹立たしい事だ。 「悪いと思うが、少しばかり調べさせて貰った。道士、サイボーグ、潤沢な資金、一向に掴めぬ拠点、行動ルート……正直大したものだ。 とても急造の組織とは思えん完璧な構築に、我ら一同驚きを隠せんよ」 「お褒めに預かり光栄です」 素直な目礼に、アリウス師も満足げに頷いてみせる―――が、 「しかし、今回の様な事は迂闊と言う他無い。もしもう一度起これば、今度こそクロノスの追撃を免れぬやも知れん。そうならぬ為にも 共闘体制は不可欠なのだよ」 脇の水差しで喉を湿しながら、結論付ける様にコップの音が響く。 「君達には技術力が有り、我らには組織力が有る。もしこれが一つとなれば、必ずやあの悪鬼どもを下し世界に真の平穏をもたらす筈だ。 と言う訳でクリード君、この通りだ。是非君達の一臂を我らに貸して貰えないだろうか?」 何と立場が上であるにも拘らず、アリウス師は席を立つなり若輩に深々と頭を下げた。これは言わば、王が兵卒に傅くに等しい 行為であり、それを知る周囲の長達は慌てて師に頭を上げさせようとする。しかし、彼は手で皆を制した。 「我らは若き志士に意志を継がねばならん。いずれは彼らが此処に立ち、そうして後人に継がさねば未来は無い。 彼らは未来なのだ、我らが過ぎ去った後礎を支える者達なのだ。それに頭を下げるのが、何がおかしいのかね?」 反論の余地も無いただ未来を思う言葉が、長き闘争を生きた老兵から発せられる。先刻まで酷く喧しかった連中も、これには しん、と黙りこくった。 ………それが、四・五分ほども続いた頃だろうか。 「どうだ、星の使徒…」 筋骨隆々の男が、搾り出す様に零す。 「共闘か否か、是が非にも言って貰うぞ………さあ、言え!!」 アリウス師の礼はそのまま場の総意だ、皆の矜持をこの若造一人に投げ出したとも言える。 そして当のクリードだが、視線を浴びても硬い貌を一切崩さないまま口を開く。 「………老師、どうかお起きを。この未熟者には勿体無さ過ぎます」 言われるままに顔を上げると、それを合図に無表情が幾分和らいだ。 「共闘……ええ、確かにその通りです。フィブリオの件は、実は僕も少々性急のきらいが有ったと思っていまして……今更ながら 後悔しております。ご先輩方の仰る様に、今までが順調過ぎて浮かれていたのでしょうね。全くお恥ずかしい」 入室時とは打って変わっての低姿勢に、苛立つ者達も心の棘を少しずつ落としていく。 「ご歴々のお言葉に、僕もようやく眼が覚めました。どうかこれまでの非礼、お許し下さい」 先刻のアリウス師に倣う様に、彼もまた席を立ち頭を下げる。両脇の護衛も同様に。 「うむ、判れば良いのだ、判れば」 「その謝罪は受け取ろう。さ、君も顔を上げると良い」 「ならばわだかまりも無くなったと言う事で、会議に移ろうじゃないか」 非難した輩も思った以上の素直さに気を良くし、労わる様な声調でクリードへ着席を促した。それに応じ、彼もまた笑顔で席に付く。 「ええ、皆さんの仰りたい事が大変良く判りました。つまり…」 だが―――彼が続いて放った言葉で、場に極寒が吹きすさんだ。 「…つまり皆さんは、星の使徒を寄こせ、と言いたい訳ですね?」
https://w.atwiki.jp/airi-kumai/pages/26.html
350 :名無し募集中。。。:2009/08/02(日) 02 41 49.29 0 349 第101回 「みんなー新しい仲間連れてきた!」 先生はカビくさくて、狭くて、乱雑な部室に入るなりそう言ってももの肩を抱いた。 「新入部員ですか?足りなくて困ってたんですよー」 「だろうと思ったー。1年生の桃子ちゃん」 「あ、えっと嗣永桃子です、よ、よろしくお願いします」 「よろしくね桃子ちゃん!」 部屋にいたのは3人でみんな机に向かって何か作業をしていた。 部屋の中には「文芸部」と書かれた冊子なんかが散らかっていた。 「先生ここ何部ですか?」 「文芸部だよ桃子、小説とか好きって言ってたから」 「はぁ・・・・文芸部・・・」 正直何をするところなのかよくわからなかった。 それでも1週間もすればももはこの部に、部室に馴染んでいた。 先輩3人はみんな優しかった。 先生からそれとなくもものことを聞いていたようでとても優しくしてくれた。 クラスでは相変わらず辛い思いをしていたけど この部屋に来ると安心できた。先輩とくだらない話をして笑いあっていた。 学校でこんなに笑える日が来るなんて思っていなかった。 嬉しくて泣いてしまって先輩を困らせた日もあった。 そして先生もこの部の出身だと聞いた。先生の人生を変えた文芸部にももがいる。 ももの人生も変わるかな・・・と入部して2週間そんなことを考えていた。 351 :名無し募集中。。。:2009/08/02(日) 02 42 29.59 0 350 第102回 先生が実習を終える日、先生は部室に来てももに言った。 「頑張ってね、桃子。先生、先生じゃなくなっちゃうけど、桃子のこと応援してるから」 先生はそう言ってももを励ましてくれた。ももは勇気をもらった。 強くなることが出来た。全部先生のおかげだった。 自分から動けば何かが変わるはず、先生の言葉がいつも頭の中にあった。 ももは自分の居場所を見つけて、入り浸るようになった。 同時に自分から動き出せばなにか変わるはず、を実行して暗い顔をするのをやめた。 いつも笑顔でいようと心がけた。中学の頃のように自分は可愛い、と自信を持つようになった。 嫌な事をされたら下を向かずに立ち向かうようにした。 今まで言えなかった「やめて」を言える様になった。 何かが変わるはずだと信じて努力をした。 するとなぜかももへの嫌がらせは少しずつ減っていった。 理由はわからないけど、クラスの誰かが言うには面白くなくなった、と。 それがどういう意味かはわからないけど、ももに大きく覆いかぶさっていた 重くて暗いものがなくなっていった。その事実だけが残った。 先生はたまにももの様子を見に、部室を訪ねてくれた。差し入れを持って。 他愛もない話をして笑うと先生はちゃんと笑えるじゃん、と褒めてくれた。 嫌がらせがなくなったことも喜んでくれた。 頑張ったね、と頭を撫でてくれた。 352 :名無し募集中。。。:2009/08/02(日) 02 43 26.28 0 351 第103回 そして、部室はももの宝物になった。先生もここは宝物だと言っていた。 ももを助けてくれた場所。ここがなければ、優しい先生や先輩に出会ってなければ ももはまた死のうとしていたかもしれない。 そう思うと部室は大切で、かけがえのないものになった。 過去の作品や冊子がたくさんあるこの部室。 狭くてカビくさくて古くて冷房も暖房もないし、 入り口のドアのカギはなかなか開かないし、 中に置かれた机と椅子は古くてボロボロ。 歴史ってやつを感じる空間。 でも、だけど、だからこそ?ももの大切で大好きな場所だ。最高の、居心地。 ◆ だから、失うわけにはいかない。 先輩たちが築きあげた部と部屋をももが潰すわけにはいかない。 生徒会の勝手な理由なんかで部室を取られるわけにはいかない。 廃部を免れたところでこの部屋がないのならなんの意味もない。 それならいっそ廃部でも構わない。 でも、今ももがしているのは駄々っ子と変わらない。 さしたる理由も言わずに嫌だと言い張っているのだから。 それに話したからと言って部室を取り上げられることがなくなるとも思わない。 だから生徒会に事情を話すつもりは一切ない。 ・・・・それに、生徒会長はももに嫌がらせをしていた、主犯格【リーダー】なのだから。 戦ってやる。絶対奪わせたりしない。 ももはあのときよりももっともっと強くなった。負けたりしない。 だから、愛理手伝って。 398 :名無し募集中。。。}:2009/08/03(月) 01 59 25.45 0 352 第104回 そしていよいよ、意見交換会の日がやってきた。 ももやみやと相談を重ねて、 1.部室を出る気はないこと 2.廃部にも応じないこと 3.部員を増やすという提案をすること これを主張することを文芸部の総意として決めた。 顧問で保田先生は長期入院でいないから報告だけした。 実は先生も、うちの高校の文芸部出身らしくて 部室は守れ・是非頑張れと激励してくれたけど オトナがいてくれないのはちょぴり心細い。 でも、その日だけ行こうか?っていう先生をももと一緒に止めた。 病人に心配させちゃいけないよね。 それに戦うって決めたのは私たちなんだから3人で決めたんだから。 3人で頑張らなくちゃいけない。 ◆ 朝から、不安でいっぱいだった。気合は入ってるんだけど 相手がどういう反応に出るか読めないから怖い。 友理奈先輩が言うには、会長さんはどういう進行で話を進めていくか 自分の参謀ともいえる、もう一人の副会長とばかり相談していて 先輩には全然教えてくれないらしい。 まだ2年生だからかな・・・ってちょっと悲しそうに先輩は言ってた。 いやそうじゃなくてももや私に近すぎるから言わないんだと思う。 意欲満々で部室から追い出す気だよってそれは先輩から聞いていたから。 399 :名無し募集中。。。:2009/08/03(月) 02 00 52.72 0 398 第105回 土曜日だから午前中で授業は終わり、意見交換会が始まるまで 私たち3人は部室に集まって最後の気合いれをしていた。 ちなみに各部代表二人らしく、みやは口下手を理由に参加を見送った。 いや、ただやりたくないっていうまあみやらしい理由なんだけどさ。 「さて、あと30分で始まっちゃうね」 ももが自前のハートの腕時計を見ながら呟いた。 3人とも、気合だ、と購買部のパンを3個ずつ頬張った。 ・・・保田先生のおごりで。 「頑張ってよ、みやここで待ってる」 「うん、頑張ってくる!私ね、頑張る!」 「おー、愛理は頼もしいなぁ。」 みやは私の頭を撫でてくれる。ありがとって微笑むと みやはちょっと照れくさそうに笑い返してくれる。 「むぅ、みや、ももは?」 「はいはい。もう、ガキなんだから」 「うるさい!」 「ほら、おいで。頑張ってね、部長」 「・・・うん、頑張るから」 みやは文句を言いながら結局、ももの頭を撫でて激励した。 なんかこの2人、いや、みやが最近変わった気がする。 ももにちょっと甘くなったっていうか・・・なんでかな。 気のせいかもしれないんだけど。 400 :名無し募集中。。。:2009/08/03(月) 02 01 33.00 0 399 第106回 そして、10分前、私とももは部室を出て会場となる会議室へ向う。 緊張しちゃう。手には汗。上手く喋れるかな・・・みやよりはイケるはずだけど。 緊張しすぎて喋れなくなったらいやだな・・・。 なんて考えていたら、ももはそんな素振りも見せず意志の強い顔で前だけ見ていた。 その様がちょっと、いや、大分かっこよく見えて緊張してる自分が かっこ悪く思えた。だから、ももを見習おうと思って、下手に緊張するのを抑えた。 会議室へ入ると、生徒会長がどーんと上座に座って紙パックの紅茶を飲んでいた。 先輩はなにか書類を見ながら窓辺で太陽に当たっていた。 他の部や同好会の人たちや、生徒会の人もいて、なんだか部屋中ピリピリしてる。 先輩が私が入ってきたことに気付いたらしく、書類から顔を上げて笑いかけてくれる。 その顔を見るだけで幸せに感じて、私を笑顔を向けた。 ももを見るとももも、笑ってくれて、心がほどけていくような気持ちになって こんな空気でも、絶対屈したりしないと心に誓うのだった。 そして、この会に参加する人が全員着席すると、生徒会長が会の開始を告げた。 私たちの、戦いの始まりでもあった。 490 :名無し募集中。。。:2009/08/05(水) 01 27 54.52 0 400 第107回 「では、部活動の意見交換会を始めます」 生徒会長の声がして、一気に静まり返った。 愛理はちょっと固い顔をしてる。心配だなぁ・・・。 うちは、生徒会長の隣でヒヤヒヤしながら事の成り行きを見守っていた。 「生徒会長の清水です。まず、なぜこのような会を開催するに至ったのか、 それについて話をしたいと思います。」 この場にいる全員が、会長の話に耳を傾ける。 「うちの高校は部活動が大変盛んであり、数多くの部活が活動しています。 部として生徒会及び学校が公認している部は28に上り、それぞれが 大中小の部室を使っています。しかし、同時に同好会もここ数年増えており、 同好会に所属する人数も年々増加しています。同好会は生徒会の公認を 得ていないので、活動資金や活動場所において不自由な思いをしているようです。」 うんうん、と同好会側の生徒たちが頷く。 ももちと愛理は表情変えずに話を聞いている様子だ。 「私が把握しているだけでも、同好会は10を越えています。 そこには20人以上が所属する同好会もあり、精力的に活動しています。 生徒会としては、部の中には5人以下という部もいくつかありますので、 人数が多く、かつ部として存続していくのだ、という熱意のある 同好会を部として公認していく一方、数の限られている部室も与えたいと考えています。 そこで、部員が5人以下の部には部室を空けて欲しい、と思っているのです。」 しーんとした空気の中、会長はさらに喋り続けた。 491 :名無し募集中。。。:2009/08/05(水) 01 28 38.75 0 490 第108回 「もちろん、廃部ということではなく、部室をより多くの生徒に有効的に 活用して欲しいという生徒会の思いなのです。 しかし、一方的な決定は好ましくありませんし、みなさんにも納得もしてもらえないはずです。 そこで、今日は部員が5人以下である、4つの部の代表者と 所属が20名前後の4つの同好会の代表者に集まってもらいました。 みなさんに積極的に意見を出してもらい、どうすることが一番いい方法なのか それを考えていきたいと思っています。長くてスイマセン、以上です」 会長が喋り終えると、緊張感漂う空気が一瞬にして崩れ、回りからこそこそと声が聞こえてくる。 ももちと愛理は平気なのか・・・ってうちが一番緊張してるのかも。 どうなっちゃうのかな。 ◆ ももにトイレにぶちまけたお弁当を口だけで食べろと言った人とは思えないなぁ。 外面だけは完璧な優等生、生徒会長様。見事だよ、清水さん。 あんたなんかに負けるものか。どんな正論並べられたって打ち破ってやる。 みやとの、愛理との約束なんだから。 テーブルの下で拳を握った。すると、愛理が手を伸ばしてきて、ももの拳に掌を重ねた。 「もも、平気だよ。大丈夫」 「・・・ありがとう」 愛理はこんな緊張した場面なのにニコニコ笑っていて ふっと気が抜けるようなそんな優しい気持ちになれた。 ももは、愛理に感謝しつつ、事の進行を待った。 部と同好会の紹介が行われた。 部活の参加は、ももたちの文芸部(3人)、天体観測部(4人)、手芸部(5人)、卓球部(3人)の計4つ 同好会は、ペタンク同好会(22人)、フットサルサークル(21人)、映像制作同好会(18人)、社会調査会(17人)の計4つ 492 :名無し募集中。。。:2009/08/05(水) 01 29 24.72 0 491 第109回 うぅ・・・くまいちょーがホワイトボードに書き連ねていく人数が圧倒的に違ってちょっと凹む。 3と22って違いすぎる・・・うぅ・・・。で、でも!愛理はそれくらい集めようって言ってるし! ももだってやる気あるし!負けてられない。 「この同好会4つは生徒会が個別に、部への昇格と部室保有の意思を確認した結果に基づきます。 ・・・部の4つはただ人数が少ないということで来てもらいました。不本意でしょうが、我慢してください。 では、はじめます・・・。まず、同好会の方から意見をそどうぞ」 どの同好会も部へ昇格することと部室を持つことへ並々ならぬ決意と熱意のこもった意見を述べた。 4つの部の代表者がちょっと威圧されてしまうくらいだった。 そして、次は部の番。席順的に、ももたちは最後になった。 手芸部は、廃部にならなければ部室はなくてもいい、と考えられないことを言い、 卓球部は倉庫で着替えるから部室はあったほうがいいが、なくてもいいと言い、 天体観測部は、備品を置く場所を確保してくれれば部室はなくてもいい、と言った。 っておい!あんたら味方かと思ったらそっち派かい! ももと愛理は顔を見合わせて困惑した表情を浮かべた。 ・・・そのとき、清水が笑ったように見えた。ももが睨みつける様に見ると、 頬杖をついて気味の悪い笑顔を浮かべた。 寒気がした。・・・きっと、すでに懐柔してあったんだろう。 清水が何かしら条件をつけて納得させたに違いない。ももは、そう悟った。 だから、結局この会は、文芸部の部室を奪うためだけの・・・。 手の込んだことしてくれちゃってさー。 493 :名無し募集中。。。:2009/08/05(水) 01 30 22.69 0 492 第110回 そして、ももたちの番・・・ももが立ち上がろうとすると、愛理がそれを制した。 「え?」 「任せて」 なんて自信たっぷりに言う愛理。いや・・・いいけど、大丈夫? って言いたかったけど本当に自信ありげでももは任せてみるか、と腹をくくった。 そもそも戦うって言ったの愛理だ。・・・頑張れ、愛理! 「わが文芸部は部室がなくては困ります。明け渡す気はありません」 意志の強い顔をして、愛理はそう言った。すっごくかっこいい。 「なぜ?」 清水が頬杖をついたままそう聞いた。・・・なんでそう態度悪くなるんだ。 舐められちゃってるよ・・・腹立つなぁ。 「理由は、わが文芸部がわが校最初の部活動であり、 創部80年を越える伝統ある部の部室であるからです。部室には過去80年分の、 文芸部が発行してきた雑誌や冊子が大切に保管されており、それは同時に わが校の歴史と呼べるからです。私たち文芸部は、新しい雑誌を発行することも その活動ではありますが、それらの古い資料を保管していくということも重要な活動内容です。 それは顧問の保田先生からの言いつけでもあり、教えでもあります。 また、あの部室は幾度となく改修こそ行われていますが、創部時から部屋の構造も場所もずっと一緒です。 先輩方もたびたびいらっしゃいますし、あの場所がなくなってしまうと大変に困ってしまうのです。」 ・・・え、創部80年?そんなの知らないよ?保管が活動?初耳・・・ 部室の場所も変わってないってそれほんと?・・・ウソ?そんなわけないだろうけど・・・。愛理ってすごいかも・・・。 「・・・でも、たった3人しかいない部にあの部屋はもったいないのでは? 過去の雑誌等も場所を移せばいいんだし、先輩方には3人しか部員を集められなかった 自分たちが悪いのだと謝ればいいでしょう。 あの部屋は広くはないけれど過去の資料やあなたたちの机とイスを持ち出せば空間はそう狭くはない。・・・どう?」