約 3,000,636 件
https://w.atwiki.jp/lanove/pages/85.html
刊行一覧 異世界でチート能力を手にした俺は、現実世界をも無双する~レベルアップは人生を変えた~ 16
https://w.atwiki.jp/litenovel/pages/29.html
僕の前には少女が立っている。身に纏うは萌える若草の色で少女と着物を分ける赤いラインが印象的だ。マンションのベランダに立つ姿はくすんだ空に良く映えていた。 彼女の前で伸ばした手は切られ、叩かれ(はたかれ)、曲げられて、結局のところ狭い空間で固定される。彼女の思惑通りに形作られ、きっと何年も何十年も掛けて育つのだろう。 「しかし、見た目十六の美少女が盆栽ってどうなんでしょう? 華道とか、茶道とか、和の趣味なら沢山あるんじゃないですか?」 右手に持った選定バサミで余分な枝を落とし、左手に持った針金で枝を形作っていく。手つきは慣れたもので、盆栽は野生的な装いを優美に変えていた。 「ほな、日本庭園のひとつやふたつ、買おておくれやすぅ」 僕のほうに向く時も厭くまで(あくまで)しなやかに、はんなりと。彼女の濡れ烏色の髪がさらりと舞った。 「無茶なこと言わないでください。歯牙ないプログラマの安月給じゃ、あなたを養うだけでも精一杯なんです」 僕は弱い抗議の声を上げる。彼女は手に持っていたハサミと針金を棚に置いた。コトリ。ベランダにも一匹いた。 そして、リビングに座っていた僕に向かって歩きながら言う。 「重々承知してはります。あんさんは駆け出しのペーペー。うちがここに居させてもろてるのはあんさんの善意に他なりまへん」 左手で右の袖を押さえると、右手を僕の顎に添える。 僕の前には彼女がいる。顎に手が添えられているだけだ。でも、僕はその先を期待して動けなくなる。 あぁ、抵抗しなくては。 そう思うものの僕は彼女から目を離すことができなかった。彼女流に言えば「赤こ赤こ」なった瞳が妖しく光る。 僕はこの瞳に逆らうことは許されない。望んだこととは言え、少し悔しい。 彼女はゆっくりと顔を寄せてくる。赤い唇に意識が集中する。ゆっくりと近づいてくる唇……僕は……。 「えぇーい。駄目です! 真昼間ですよ。夜にしてください、夜に」 目を瞑って身体の制御権を取り戻すと、彼女をトンと軽く突き飛ばした。 「まぁ、いけずなお人やわぁ。うちの心は知っとるくせに。ほんに関東の男は」 言っていることは恋人同士か、僕に好意を寄せる女の子の言葉だけど、実際にやろうとしていることは違う。真昼間からやられたら僕は疲れ果ててしまって今日一日無駄にする。やるときは寝る直前だ。そこなら時間を無駄にせず、体力を回復することができる。 彼女は身を起こすと、もう一度ベランダを見た。 「今日はおてんとさんもよろしいわぁ。天皇さんのお庭に行ってお散歩でもしまひょ」 踵を返すと音も無く足を運び玄関に向かう彼女。玄関の扉を開けると光が差し込んでくる。いつの間にか晴れたようだ。 彼女は「勝姫」という。 僕の十数倍は生きている日本の吸血鬼だ。 「天皇さんのお庭」と言うのは僕が住んでいるマンションの近くにある新宿御苑のことだ。明治時代に天皇家の御料地となったが、その後東京都に下賜されて今ではみんなの憩いの場になっている。 「厭きないですね、勝姫も」 「別に散歩はうち一人でいいんどすえ? そないなこと言わはるんでしたら、来なはんな」 プイ。そう言って足を速めて先に行ってしまった。 「あ、待って下さい」 僕は勝姫の後ろを歩きながら、梅雨の晴れ間を楽しんでいた。 新宿御苑の散歩道は舗装されていて、ゴミ一つ落ちていない。実に綺麗なものだ。いや、誰かがトマトを落としたのだろうか。つぶれたトマトが一つだけ落ちていた。あれも少ししたら片付けられるだろう。 後姿を見て勝姫のことを考える。 吸血鬼と言えば太陽や大蒜(にんにく)、信仰心のある十字架が弱点で有名だが、勝姫は全然平気だ。流石に胸を木の杭で打ちぬかれたら死ぬだろうし、銀の銃弾で撃たれたら怪我をするだろうけど、それは吸血鬼じゃない普通の人間と同じことだ。 勝姫の父親はキリスト教の敬虔な信者として有名な人だ。随分前に殺されてしまったけど。 そんなこともあってか、勝姫は西洋の吸血鬼とは異なる性質を持つ。太陽の下の散歩は大好きだし、大蒜たっぷりの餃子も食べるし、信仰心のある十字架に至っては勝姫が身に着けているほどだ。でも、血を吸う所は西洋の吸血鬼と一緒だし、肉を食らうから「鬼」であることに変わりは無い。 僕は眷属(けんぞく)になってから時々勝姫を自分のものにしたいと考えるようになった。眷属になる前は正直係わり合いになりたくなかった。確かに見た目は美しい少女だが、やはり人間とは違う。人間が狼に恋することがないように、吸血鬼にも恋することはなかったのだと思う。しかし、僕は勝姫と同じ世界に存在するようになり、恋をした。それも人間だったときとは異なる、いや、人間だったときよりも激しい感情。力を得たが故の劣情。勝姫を僕のものにするという征服欲。そう言ったものが新たに湧き出てきていたのだ。 とは言っても勝姫に逆らうことはできない。僕に出来ることと言えば、感情の狭間で揺れるだけ。 僕が考えにふける間にも勝姫はいつものお散歩コースを辿る。勝姫の後を僕はついていく。ゆったりとした仕草で歩く勝姫は非常に絵になる。濃い緑の中に着物の淡い緑が調和する。時折当たる木漏れ日が淡い緑を白く輝かせ木綿の柔らかな質感を伝えてきた。 そういえば勝姫は何も言わないけれど、僕との生活をどう思っているのだろうか。必要だから仕方なく一緒にいるのか、それとも僕に興味を持っているから、好意を寄せてくれるから一緒にいるのか。僕としては一緒に居てくれればどちらでもいいと思うけれど、本当のところはどちらなんだろうか。 そんなことを考えながら歩いていると、前を歩いていた勝姫が立ち止まった。 「どうかしましたか?」 見れば勝姫は森の奥に視線を向けていた。目を細め、見えない何かを見ようとしている。僕も視線をそちらに向けるが何も見えない。木々が生い茂るだけだ。 「おハナ、大丈夫どすえ?」 周りを見ても花なんか咲いていない。足元を確認するが踏み潰してもいないようだった。 「花なんて咲いてないみたいだけど」 「違うてはります。そのハナやありまへん」 勝姫は自分の鼻を指差した。あ、そういうことか。 僕は鼻をくんくんさせるが、何も臭わない。強いて言えば排気ガスが僅かに臭う程度だ。 「酷う酷う臭うてはります。うちの好かん臭いが」 言い終わらないうちに森の奥へ進んでいく。僕は勝姫の後を急いで追った。勝姫は着物だと言うのにまるで滑る様に移動する。見た目ではゆっくりと歩いているように見えるが、小走りでやっと同じスピードだ。 奥に進むと都会の森の中とは思えないぐらい当たりが鬱蒼(うっそう)としてきた。なぜか上からの光も地面に降り注いでいない。さっきまで雲ひとつ無い快晴だったというのに曇ってしまったのだろうか。 しばらく木を避けながら走ると勝姫が止まっていた。 僕は急いで近寄る。勝姫の前には赤い塊があった。赤くブヨブヨした塊。あれが臭いの原因なのか。 勝姫は袖で鼻と口を覆う。よっぽど臭いがきついらしい。 「唐柿(からがき)やありまへんか。なんでこないなところに……」 「唐柿?」 「今風ならトマトさんと言わはります。まっこと、けったいな食べ物どす」 なんだか分からなかった物体も勝姫の言葉を聴いて分かった。あれは「トマト」なのだと。しかもおびただしい数の。水分をなくして張りがなくなっていた。腐っているようにも見える。 しかし、それにしては腐ったような臭いはしない。どちらかと言えば鉄の臭いが辺りに立ち込めていた。親しみのある臭いのようにも思えるが、トマトからそんな臭いがするはずもない。 ビシュ。トマトの一つが破裂した音がした。それを皮切りに次々とトマトが何かを撒き散らす。 「確かになんでトマトがこんなところに」 本当に異様な光景だった。砂山のように盛り上がったトマトはあちらこちらで破裂しているため、蠢いて(うごめいて)いる様にも見える。トマトが動くはずは無いのにおかしな話だ。 「ほんに嫌やわぁ。天皇さんのお庭だというのにこないに汚しはって。あんさん、放下し(ほかし)といておくれやす」 うわ。山盛りの腐ったトマトを片付けるなんて僕の仕事じゃないだろうに。でも、妙な責任感のある僕は見てしまった以上、このトマトをどうにか片付けなければならない。 どうやってトマトを片付けようか考えようとしたが、僕にある疑問が沸く。そもそもどうしてこんなところに大量のトマトが持ち込まれているのだろうか。それに見た目はトマトかもしれないが、臭いは違う。この臭いは間違いなく血の臭いだ。 「これって、もしかして、もしかする?」 僕は恐る恐る聞いてみた。勝姫は眉を顰めた(しかめた)まま、目を伏せるように頷いた。 「人を食うてはります」 「でも、なんだってトマトが人を襲っているんだ?」 本当に謎だった。勝姫と会ってから毎日謎な事だらけだったが、なんとか納得できた。しかし、トマトが人を襲うなんて悪い冗談にしかならないようなことが現実に起きるとは思っても見なかった。 「こんトマトは『桃太郎』さん、言わはる種類。研究用に植物園で育てられていたもんやと思います。それがこん街の悪い気に当てられて血ぃを吸うようになりはったんかもしれへんなぁ」 暢気な口調で状況分析をして僕に伝えてくる。 「そういうのは早く言ってください。普通に片付けようとしてたら食われていたってことじゃないですか!」 勝姫はポンと手を叩くと僕のほうを見た。 「それもそうや。堪忍なぁ」 いや、絶対に許さない。わざとだ。僕が睨むと勝姫は案の定、目をそらした。 勝姫への追及は後にするとしても、目の前の仏様と悪い桃太郎をどうにかしなければならない。仏様をこのままにしておいたら罰が当たる。 ベトベトにつぶれていくトマトは最早一つも原型を留めていなかった。今は人間の形が見えてくるほどになっている。ほとんどのトマト果汁は地面に染み込んでしまったのだろう。 あ、そう言えばトマトはどうやって人間を食べていたんだろうか。トマト果汁で溶かしていたのか、それとも牙でも生えていて人間を食べていたのだろうか。今となってはトマトなのか血なのか判別すらできない状況だ。 僕がそんなことを考えながら躊躇していると、トマト果汁にまみれた死体が動いたような雰囲気があった。もうトマトが爆発しているわけではないし、あれだけの流血量から見たら生きている可能性なんて皆無だ。そのはずだ。……いや、そのはずだった。 たった今、僕の考えは否定された。赤い汁にまみれた死体が起き上がってきたのだ。 立ち上がるたびにポタリと落ちる汁。でも、決して汁は途切れることが無い。汁の下から人間の姿らしいものは出てこない。 「桃太郎さん、一丁上がりどすな。ほな、五郎はん」 勝姫はにっこりと笑う。 「やっておしまいなさい!」 ビシっとトマト製桃太郎を指差すのはいいが、僕は突撃する気は起きなかった。 見た目は赤いペンキを大量に掛けられた人間だ。しかし、ペンキよりも色がくすんでいて、ところどころがボコボコ泡を吹いている。どう見ても腐ってるし、汚い。あれを引っかいたり、噛み付いたりするのはごめんだった。 僕が躊躇っていると桃太郎が動いた。僕は構えて勝姫の前に出る。これでも一応眷属ではあるから主人を守る義務感みたいなものがある。 僕の方に走ってくる桃太郎はいきなり跳躍した。上から攻撃するつもりなのか。 顔を上げ桃太郎を目で追うが、上から攻撃をしかけるにはちょっと行き過ぎている。後ろに回りこむつもりなのか。僕はそれに気がつくと勝姫と入れ替わるように身を返した。 しかし、僕の想像とは反対に着地した桃太郎はこちらには目もくれずまっすぐ遠ざかっていく。もしかしたら、勝姫のオーラみたいなものを感じて逃げたのかもしれない。 「あれは人に害を及ぼすもんどす。追っかけて逝わし(いまし)ましょ」 勝姫の声と同時に僕も動いていた。 森を抜けて芝生のあるエリアまで戻ると、そこはパニックになっていた。あのトマト製桃太郎が人々を襲っている。いつの間にか増えて三体はいるようだ。色々なところに散らばっているところを見ると、僕たちが追いかけていた桃太郎以外にも居たみたいだった。 桃太郎に襲われたと見られる人から赤いトマトが湧き出ていた。先ほど見た光景が思い出される。全身をトマトで覆いつくされた人間の姿。桃太郎に襲われると、襲われた人も感染して新しい桃太郎になるという仕組みなのだろうか。 「これはまずいですね。汚いとか言っている暇はないみたいです。勝姫、あの鬼の弱点って分かりますか?」 僕はいつものように勝姫に敵のデータを聞く。その間にカラーコンタクトを外し、隠していた赤い目を露出させた。服の下に隠しつけていた手甲から両刃の剣を引き出す。戦闘準備完了だ。 「まず、桃太郎はんだけあって、あのドロドロした奴は非常に強力な神さんの力に溢れとります。直接触れてはなりまへん。あと、中々しぶといお体のようどす。足を切って動きを封じなはれ。うちが最後にどんど焼きにしはります」 勝姫は赤い目で敵の本質を見抜く。自分で戦う能力を持っていないから、僕みたいな眷属が戦うのだ。そして、眷属にはそれだけの力がある。 「了解。行って来ます」 一番近い桃太郎に狙いをつける。その桃太郎は必死で逃げようとして転んでしまった女の子を襲おうとしていた。僕は足の筋力を一時的に増加させる。日頃の運動不足からいつも筋力を強化しておくと歩けないほどに破壊されることがあるからだ。 桃太郎が女の子に襲いかかろうと手を伸ばした。 僕は咄嗟にその手を掴んだ。 「ぐあぁあ!」 焼け付くような痛み。「何してはりますの!」後ろで勝姫の叱咤の声が聞こえる。咄嗟のこととは言え忘れていた。こんな身なりでもこいつは聖なる存在なのだ。僕ら鬼と相対するもの。信じられない話だが、こうやって身を焼かれるとよく分かる。 僕は焼け付く手を放さず、女の子のほうを見た。女の子は少し放心しているようで、桃太郎から目を離せずにいる。 「逃げて。はやく!」 僕が叫ぶと女の子は我に返り、立ち上がって逃げていく。 十分に離れたことを確認すると僕は手を離した。掌を確認すると痛み以上にすごいことになっていた。皮膚はもちろんのこと、肉まで溶けて骨が白く見えていた。これはひどい。 「やったな!」 逆恨みもいいところだが、僕は両手の手甲につけられた刀を確認する。手甲に仕込まれているものだから、あまり長くはない。相手の間合いに入り、掴まらないように足を切断しなければならない。 幸い桃太郎の動きは直線的なようだから、隙をつけば片足ぐらい切断できそうではあるが、油断は禁物だ。何せ相手は硫酸のお化けのようなものだから切断するときも慎重に慎重を重ねなければ色々なところが溶けかねない。 僕は痛みが続く溶けた手を確認する。ゆっくりと白い煙が上がって再生が始まっているようだが、流石に祝福された赤い液体の影響で再生速度が鈍い。 桃太郎は僕に向き直る。真っ赤な液体で覆われた顔の真ん中に黒い穴が開いた。あれが口なのだろうか、方向の定まらない牙が蠢いている。 『鬼め……邪魔立てするか』 頭に響くような声。これは音ではない。しゃべっているのも目の前の桃太郎ではないのだろう。 「これはこれは彦五十狭芹彦命(ひこいさせりひこのみこと)。お久しゅう。あんじょう、お方さん(おかたさん)のお力やったんか。明け透けやなぁ。ほんに野暮なお人やわ」 勝姫がいつの間にか僕の後ろに立っていた。眉がよっているところを見ると、結構怒っているらしい。 『懐かしい臭いだ……。微かな吉備の臭い。まだ血が残っていたか』 なにやら因縁を感じさせる言葉。彦五十狭芹彦命と言う皇子は桃太郎のモデルになった人物と言われている人だ。桃太郎の物語が大和朝廷と吉備国の戦争を伝えたものだとも言われている。だとすると勝姫は吉備国の子孫なのかもしれない。 「そないなことは、どうでもよろしゅうおすえ。お方さん、狂われなはったか。天皇さんのお庭でこないなこと、許されることやおまへん」 ピシリと言い放つ言葉。トマトの桃太郎はそれだけで固まったかのように見えた。もっとも鬼に注意されるとはご先祖さんも思っていないだろうから、驚いただけかもしれないが。 『ほお……。飼われて主になついたか。良いことだ。……だが、その赤い目は節穴か。ここに住み着く鬼どもが見えぬとは』 皇子の言葉は新宿の空に染みる。皇子の言う鬼が何か僕も勝姫も分かっていた。この半年間、それと戦ってきたのだから。 この街は「気枯れ」している。いわゆる「穢れ」と同じ意味だ。 「気ぃ無うなっているだけどす。お方さんの様に気ぃ無うなったら(のうなったら)放下すことばかりやしたら、国の形になりまへん。わずかばかり、お知恵が足り取らんと違はりませんやろか」 相手を持ち上げている言葉遣いではあるが、言っていることは馬鹿にしているとしか思えないような言葉だ。相当頭に来ているらしい。こめかみが震える。ヒクリと。桃太郎もそんな感じに見える。 『鬼が言うてくれる。お前に神気が分かるとも思えぬがな。……まぁよい』 話をしている間に周囲には人がいなくなり、いつの間にか三十人ほどの桃太郎に囲まれていた。目の前の桃太郎も口を閉じてしまい、後ろに下がるとどれが皇子かわからなくなった。もっとも皇子は実体化しているわけではないのだろうけど。 とにかくピンチに陥ったことは確かだった。 突破しようにも相手は触れたら溶けてしまう聖なるトマト。僕と勝姫のどちらかが犠牲になったとしても突破出来そうになかった。 「もうおしゃべりタイムは終わりですね」 さて。 「僕が道を切り開きますから、後についてきてください!」 そういうと手を交差させてトマト人間に突っ込む。トマト人間はゆっくりと僕に掴みかかろうとするが、対峙した瞬間に両腕を斜めに振り払う。四つ切。続けて振り下ろした反動を利用し、前方宙返り。後ろから迫ってくるトマトに踵落しでぶっ潰す。トマトの腐汁が飛び散り、僕の肌を焼く。 伏せるように着地すると回し蹴りをして左右のトマト人間を転倒させ、倒れてくる頭を目掛けて手甲の刀を突き刺した。 すぐに引き抜くと両腕を伸ばし、回転しながら正面に現れたトマト人間に二連撃を食らわせる。これで五体。一瞬ではあるが脱出口が開ける。 「勝姫!」 僕が叫ぶと勝姫は僕の背中と肩を踏み台に空へ飛び上がる。華奢な身は脱出口を通り、軽やかに赤い輪の外へ着地した。僕はそれを見届けると再び閉じた輪に目を向ける。 五体を倒しただけではあるが、赤い輪は何やら怒りに満ちているように見える。先ほどのように簡単に倒すことができないかもしれない。 赤い頭の隙間からチラリと勝姫の姿が見えた。こちらを見ている勝姫の目は冷たい。僕が突破できなければ見捨てる気なのだろう。彼女にとって僕は換えのきく食べ物兼護衛に過ぎない。溶けても彼女を守りたいと思った僕の感情は彼女には伝わらない。伝えたところでどうにかなるとも思えないが。 赤泥に塗れた腕が僕に伸ばされる。まずは刀を封じるためか腕が押さえられた。強い力がいくつも加わる。服を通じて染み込んで来た腐汁が皮膚を溶かす。 もう駄目かもしれない。このまま僕も赤く溶けて混ざってしまうのか。暗い考えに囚われていく。 「悟郎はん!」 叱咤するような声。勝姫の叫びが僕を覚醒させた。目が覚める。 勝姫を守っただけでは満足できない。ドクンと。僕の心臓が鳴る。 何のために守るのか。何のために戦うのか。僕の奥底にある本能が叫ぶ。 「うおぉぉぉ!」 言葉にならない叫びを上げて、服が、肉が引き千切られるのを構わず腕を振り払う。音を立てて筋繊維が千切られるのが分かった。 ブラリと力の入らぬ両手を見る。幸いにも手甲から伸びた刀は外れていない。 僕は体を回転させると両腕を鞭のようにしてトマト人間に叩き付けた。重さで勢いを増した刀が頭を叩き割る。脳を潰されたトマト人間は芝生に転がった。 僕はこのやり方に手ごたえを感じると体を回転させながら、赤い輪に突っ込む。大きく伸びた刀は赤い腕を切り刻む。時々飛び散る赤い汁が僕の顔を溶かしていく。 さらに回転を加え、次の獲物に右腕の刀が当たる。首筋に刀が食い込むと肘からブチリと僕の腕が二つに分かれる。溶けた筋繊維が激しい動きについていけなくなったらしい。左腕も見ればユラユラと力なくゆれていた。 僕は足を確認する。両方の足はジーンズこそ赤く濡れてはいたが筋力は問題ないようだ。包囲網は一点を狙っていたお陰もあって大分崩れてきている。痛みで朦朧とするため、痛覚を感じないように体内麻薬も限界まで放出していた。あと数分で脳が使い物にならなくなるかもしれない。 顔を上げると若草色の着物が見える。こちらをまっすぐに見据えていた。僕は最後だと言わんばかりに足に力を入れると、赤い壁の中を突き抜けるように走った。 途中、髪の毛がひっぱられ、頬がひっかかれ、わき腹が抉られたが、勝姫の赤い目に引かれるように通り抜ける。 気がつけば赤い輪の包囲網を突破していた。 「よお、きばりやした。あとはうちに任せておくれやす」 勝姫は僕の前に一歩踏み出すと右手をトマトの泥山に向けた。 一言。 何かを呟いたかと思うと、勝姫の手から炎が飛びだす。龍を思わせるかのような炎は生き物のように赤い泥山を絞り上げた。炭化した臭いが辺りに広がる。 何分も炎は焼いていただろうか。 勝姫が炎をしまった時には赤い泥はどこにもなく、ただ黒い焦げ跡だけが残されていた。凄まじい怒りの痕跡が感じられた。 「ほな、帰りまひょか」 僕は勝姫の笑顔を見た瞬間、安堵感が広がった。 「えぇ、帰りま……」 役目を終えたことを知った僕は最後まで言えずに気を失ってしまった。 頭が撫でられる感触が僕に伝わる。やわらかで小さな手は心地よかった。 目を開けると勝姫の顔が近くにある。見えた視界から考えると僕はリビングのソファーに寝かされ、膝枕をしてもらっているらしい。ふと思い出したように右手を動かす。動いた感触があった。 ゆっくりと持ち上げて顔の前に右手を翳すと、溶けてなくなっていたはず右腕は元通りになっていた。どういうわけか服まで修復されている。 「どうかしなはったか?」 勝姫が不思議そうな顔で覗き込んだ。僕は右手を握ったり開いたりして問題ないことを確かめるとゆっくりと勝姫の膝枕から起き上がった。 そして勝姫の方へ体を向ける。 「桃太郎は?」 僕の記憶では桃太郎は勝姫が炭にしたはず。だが、僕の腕や服にはそもそも桃太郎と戦った形跡がない。一体あれからどうなったのだろうか。 「桃太郎? あぁ、桃太郎侍なら今からどすえ」 勝姫が指差すテレビを見ると確かに時代劇が放映されるところだった。いや、そうではなくて。 「テレビではなく、あの赤いドロドロに溶けたトマトの妖怪で、彦五十狭芹彦命が操っていた奴です」 綺麗な眉が山になる。本当に知らないと言った表情を返された。 「悪い夢でも見はったんやなぁ。ほんに硬い枕で堪忍や」 白を切っているかどうかわからない。勝姫の細められた目の奥は僕では読み取ることが出来なかった。ただ「赤い」ことしか分からない。 「ふわぁ」 勝姫が口元に手を当てて欠伸をした。 「……今度はあんさんが枕になっておくれやす」 そういうと僕の膝に頭をのせる。まだ承諾の意を表したわけではないが、拒否しようとも思っていないのだから、そのまま受け入れた。 すぐに眠りについた勝姫から視線を外し、窓の外を見ると赤い月が上っていた。すでに夜になっている。僕はどこから夢を見ていたんだろうか。勝姫の赤い目を見たときからか。それとも森の中に踏み込んだときか。 それにしても夢にしてはリアル過ぎた。今でも肉の千切れる嫌な感触が残っている。……ような気がする。 でも、肉体は再生しても服までは再生できないだろうから、やっぱり夢だったのかと思う。 夜空から勝姫に視線を戻すと、淡い緑色の着物に赤い飛沫みたいな模様が見える。 「あれ? この着物ってこんな模様だったかな」 疑問に思うも着物の模様なんて僕は詳しくないし、近くで見たわけじゃなかったから自分の記憶に自信が持てなかった。 まぁ、いいか。きっと夢だったに違いない。もう一度眠ればいい夢を見れるかもしれない。 あぁ、そう言えば勝姫に血をあげなきゃ。 でも、もう眠い。おやすみ。勝姫。 僕と勝姫は折り重なって眠った。
https://w.atwiki.jp/litenovel/pages/35.html
■ 5.エダサトは【徒夢】を見るか? 『ハナってホント、バカだね~』 私、枝里花詩(エダサト ハナウタ)を表すクラスメイトの言葉だ。 今日はホント自分でもバカだと思った。 なんで手を差し伸べたんだろう。 私の思いはそんなものだったのだろうか。 未だに後悔だけが胸に残り、私を締め付ける。 手のひらを見ると炎のような模様が浮かび上がっている。 熱い。 燃えるように私の手は熱を帯びていた。 手のひらを強く握り締めると赤くなっていた手は一気に色を失い、白色になる。 それで少し、手のひらの熱さは和らいだ。 つめが手のひらに食い込み痛いが、それがバカをした私には心地よかった。 生きている限り、どこかで失敗をする。 だからいつもわざと失敗していた。 わざとバカっぽく振舞っていた。 だけど、人生の大事なときに私は失敗してしまったのだ。 もう前に進めそうにない。 私は中学3年まで「好き」とか、「愛してる」という言葉について正確に理解できていなかった。 自慢ではないが、この容姿のお陰で男の子から告白されたことは多くあったし、友達も恋愛話が好きな人とか、年上の人と付き合うことも合って恋愛経験豊富と自負していた。 私は「好き」とか「愛してる」とかは一緒にいる時間を長くして、言い続けているうちにひとつずつ相手のいいところを見つけて、それが真実になっていくと思っていた。 現にそれまで付き合った男の子は最初はそれほど好きではなかったが、一緒にいるうちに好きになったし、安心して身を預けることもできた。 だけど、それは中学3年の春にタカナシとあったことで、分からなくなってしまった。 中学3年のときにクラス替えがあり、新しいクラスになった。 それまでは一緒のクラスじゃなかったタカナシと同じクラスになったのもこのときだった。 「私、ハナウタって言うの。名前は?」 席が隣同士になり、少し雰囲気が格好いいなと思って私からタカナシに話しかけた。 「タカナシ」 それだけ言うと私のことを無視するように机に伏せて寝てしまう。 なんてむかつく奴と思ったが、そのままホームルームが始まってしまったので、私の文句は宙に浮いて消えてしまった。 タカナシは授業のほとんどを寝ているか、サボっているかで過ごしているらしく、誰かとしゃべったり、遊んでいるところを見なかった。 結局、クラス替えの初日で私以外の誰とも話すことなく、タカナシは下校していった。 私としか話さなかったことに少し気をよくして、私も下校した。 私は教室に花を飾ろうと朝早く登校した。 花と詩は私の名前であり、同時に私を表現する趣味でもあった。 今日は庭にあった桜の一枝と柳の芽がかわいく芽吹いていたのでそれを持ってきている。 教室の扉を開けると、太陽の光が教室の外から私を刺す。 目が慣れてくると一人だけ椅子に座っていた。 私の席の隣に新聞を広げて座っている人がいる。 「おはようございます」 先生かな?と思い、挨拶をする。 だが、新聞を広げている主は返事をしなかった。 私はいぶかしげに思いながら、自分の席に歩いていく。 目が慣れていくに従って、新聞を広げているのはタカナシであることを知った。 「挨拶ぐらいしてよ」 私が不満そうに漏らす。 「おはよう」 タカナシは仕方なくといった感じで挨拶を返してきた。 私は席に鞄を置くと、もってきた枝をはさみで切り、花瓶に生ける。 春の花木は華やかではないが、心に訴えかけるような淡い色合いをしている。 「よし」 花瓶の出来栄えに私は満足する。 後片付けをして自分の席に戻ると、タカナシは新聞を閉まってもう寝ていた。 お昼休みに食堂から帰ってくると、花瓶の中身が私の机の上にぶちまけられていた。 それを見て誰もが遠巻きに見て何かをひそひそと話している。 私が無残に折られてしまった桜と柳を片付けていると、タカナシが割れた花瓶の破片を片付け始めた。 「いいよ。危ないから」 私はタカナシの顔を見ずに言う。 タカナシは何も言わずに花瓶を片付け終わると、私の持っていた桜と柳も受け取り、教室から出て行った。 私はみんなが見ている前で水浸しになってしまった机と椅子を雑巾で拭く。 いじめだろうか。 恨みを買いやすい私は、過去に何度かこういう嫌がらせを受けていた。 犯人を探す気もないし、抵抗する気もない。 いじめに負けるほど、心も弱くないと思っている。 バカにされても、いじめを受けても私は負けないと思っている。 片付け終わると、ちょうどお昼休みの終了を告げる合図が鳴った。 お昼休みの後は何事もなく私は帰り道にいた。 友達の何人かは私を心配してくれたが、私は大丈夫だと言ってひとりで歩いている。 学校は森の中にあり、帰り道は少し薄暗い。 街頭はあるものの私には心細い光にしか感じられなかった。 こう言ったことがあった日は心を照らすように明るい光を浴びたい気分だった。 ゆっくりと歩いていると、私の鞄の中で携帯がなる。 立ち止まって携帯を見てみると、今付き合っている年上の彼氏からメールが入っていた。 今日は彼氏に愚痴ろう。 そう思いつつ携帯を開き、メールを確認する。 本文に目を通すと私はその内容を疑った。 何度も見直すが、メールには『もう付き合えない』としか書かれていなかった。 「意味わかんない」 そうつぶやき、彼氏に電話をかける。 『お客様のご都合により電話に出ることが出来ません』 少し待って電話をかける。 『お客様のご都合により電話に出ることが出来ません』 また同じ内容の案内が流れた。 着信拒否された……。 私には何も分からない状態で、目にも止まらぬ速度で状況が悪化していく。 信じていた人からも突き放され、私の心に掛けられたガードは少しほころび始めていた。 翌日。 頭が痛い。 激しい頭痛が私を襲う。 いやなことがあるといつもこうなった。 私はそんな頭痛に負けないと心に誓っている。 頭痛を堪えながら、準備をして朝ごはんを食べた。 その後でナロンエースを飲む。 頭痛が起きたときはいつもこれで治っていた。 「いってきまーす」 家族に挨拶をして家を出る。 学校までの道のりは約10分ぐらい。 朝早いため誰もいない。 私はいやなことを振り切るように急いで歩いた。 教室に着くと、昨日と同じようにタカナシが新聞を読んでいた。 「おはよう」 そういって席に座る。 「今日は花ないの?」 新聞から目を離さずに聞いてきた。 「……ないよ」 何を思って質問しているのかわからなかったので、とりあえずそう答えておいた。 「そう」 タカナシはそれだけいうと新聞をたたみ始める。 たたみ終わった新聞を机の上に置くと、教室から出て行ってしまった。 タカナシは結局午前の授業をサボった。 私は持ってきたお弁当を机の上に広げる。 昨日みたいに食堂に行って机を荒らされるなんてことをされたくなかったし、なるべくスキを見せないほうがいい。 一人だけの食事はすぐに終わってしまった。 もともと量もない上におしゃべりする友達がいないのだから、時間がかかるはずもなかった。 お弁当箱をしまっていると、目の前に桜の枝が差し出される。 驚いて桜の枝のほうを見てみると、そこにはタカナシが立っていた。 「花、買ってきた」 そういうと私に花を突き出す。 「あ、ありがとう」 私はそういうと桜を受け取った。 タカナシは自分の机に伏せるとまたいつものように寝てしまった。 私はタカナシの好意がうれしくてさっそく花を生けようと道具を持ちに玄関近くにあるロッカーに向かった。 ロッカーから道具を持って帰ってくると、教室から話し声が聞こえてきた。 「ちょっと、人がいるのにまずいよ」 「大丈夫。寝てるじゃん。ばれないよ」 聞こえてくる声はいつもおしゃべりをしている友達のミヤとヒミの声だった。 「やっぱ、いじめの王道っていったら机に落書きでしょ」 「やめようよ」 ミヤはタカナシがいるにも関わらず大胆にも私の机にいじめ用の言葉を書こうとしているらしい。 ヒミは止めようとしているみたいだが、本気で止めようなんて考えていないようだ。 「やらないと、あの人からいじめられるよ」 ミヤがそれを口にするとヒミは黙りこくってしまった。 さらに裏でやらせている奴がいるらしい。 「なぁ、なにしてんの?」 ついに実施されるかと思ったとき、タカナシが起きたらしくミヤたちに声を掛けた。 「え? い、いやなにも」 ミヤとヒミは手に持っていたマジックを後ろに隠した。 「私たち、いかなきゃ」 タカナシが特に何を言う間もなく、ミヤとヒミは逃げていくように教室を出て行った。 私はミヤとヒミから見えないように柱の影に隠れる。 タカナシはいったん教室から出ると、ミヤとヒミが見えなくなるまで目で追い、見えなくなると自分の席に戻っていく。 私はなにか悲しくなって教室には入らず、そのまま屋上に階段を登って行った。 屋上には春の陽光がうららかに照っていて、私の不安な気持ちや弱い気持ちをどこかに溶かしてしまいそうだった。 手に持った桜に直射日光が当たらないように新聞紙で日陰をつくっておいておく。 日陰を作ってあげるとお昼休みの終了の合図の鐘がなる。 「サボり?」 その鐘と同時にタカナシが屋上に上がってきた。 タカナシは私のほうに向かってくる。 「サボりだよ」 私は肯定をすると、屋上の真ん中に立つ。 光は差別することなく、私にもひまわりにも等しく光を注ぐ。 私の力の源。 「あいつら、友達だったのか?」 タカナシは入り口の扉の横に寄りかかると私に向かっていった。 「友達? 友達じゃないよ……ついさっきからだけど」 それを聞いたタカナシは少し笑った。 私はタカナシから視線を外すと、太陽に顔を向ける。 目を閉じていても太陽の光は赤く私の目に入ってくる。 頬が冷たい。 最初は雨かと思った。 だけど、天気は快晴で屋上のどこも濡れていない。 それを手でぬぐってみて分かった。 あぁ、私は泣いているんだ。 いじめに負けたんだ。 負けないと誓っていただけに私の心は脆く崩れていく。 涙を止めようと思ってもとめどなく溢れてくる。 首筋に達した涙は私の首を冷たく伝う。 「手伝おうか」 いつの間にかタカナシが隣にいた。 太陽からそらした目にはすぐにタカナシの顔は映らず、影だけが見える。 そこに昼間だというのに真っ暗にタカナシが映る。 表情なんて見えないのに、私に寒気を感じさせる。 なんて暗い心をしているのだろうか。 「手伝うって、なにを?」 私はそれに気づかぬフリをしながら質問する。 タカナシは少し笑ったように見えた。 いや、それが本当の表情なのかもしれない。 私はタカナシの【お手伝い】を受け入れることにした。 いつも机に寝ているタカナシは周囲からは『ダメ人間』としか思われてなかった。 家が病院を経営しているというが、親の血は間違いなくひいていないだろうとの噂だった。 今では勘当されて一人暮らしをしているらしい。 しかし、私と周囲の予想を大きく裏切り、タカナシは非常に冷血でクレバーな人間だった。 「少しならお金は用意できるから、誰か雇ってあの2人を吐かせようか?」 寝ているフリをして聞いていたミヤとヒミのことを指している。 私は正直迷っていた。 今まで友達をずっとしてきたし、事情があってやっているのかもしれないのだ。 あまり手荒なことはしたくないし、そこまでしようとも思っていなかった。 「ひどいことしない?」 考えた末にそれだけ聞く。 タカナシは短く頷いた。 「じゃ、お願いする」 私の承諾にタカナシの表情は薄気味悪く笑ったようにゆがんだ。 「絶対にひどい事しないでね」 不安に思い念を押す。 「大丈夫。しないよ」 そういうタカナシの表情は元に戻っていた。 「明日をお楽しみに」 そういうとタカナシは屋上から出て行く。 次の時間から教室に戻るとタカナシはいなかった。 何か準備でもあるのだろうか。 私はタカナシがいないことがそんなに重要に感じられなかった。 次の日、朝早く教室に行くとタカナシはいつものように新聞を読んでいた。 「おはよう」 そう声をかけるとタカナシは新聞は2つに折って横に置く。 「おはよう」 タカナシは少し不機嫌に応える。 「2人の口を割らせたよ」 どうやら思い通りに行ったらしい。 ならばなぜ不機嫌なのだろうか。 「後ろで糸を操っている奴がわかったから、ついでにそっちも脅してきた」 タカナシは淡々と語る。 私は背後に冷たい雰囲気を感じていた。 「それで終わり。もう2度としないとさ」 いかにもつまらないと言った感じでつぶやく。 もっと何か複雑な事件を予想していたのかもしれない。 「いじめ返す?」 タカナシは笑いながら、私に言う。 「いや、いいよ」 私はこれ以上踏み入れたら危ないと感じた。 「そう」 タカナシはまたつまらなそうに机につっぷした。 お昼休み。 私は誰かと一緒に昼食を食べる気にはなれなかった。 タカナシのお陰でミヤもヒミも普段通りにしゃべってくれるだろうが、私の気持ちの整理のほうがまだできていない。 いつも誰もいない屋上に着くと扉を開ける。 少し強い風が屋上に舞い積もった桜の花びらを校舎に入れる。 扉の向こうに見える屋上の中心にタカナシが立っていた。 「奇遇だね」 私は扉を閉めてタカナシに近づく。 タカナシの目線の先を追っていると病院が見えた。 あれはタカナシの父親が経営している病院だった。 私に気が付くとタカナシは何も言わずに屋上の出口に向かう。 「ありがとう」 私のお礼をタカナシは後ろ向きで手を上げて応えた。 屋上から出て行くタカナシの背後には何か黒い線のようなものが一筋だけ見えた。 放課後。 タカナシが玄関から出てくるのを待つ。 お礼も中途半端だったし、何より私はタカナシのことが気になるようになっていた。 『好き』とかそういうのではなく、隠された何かを知りたい好奇心と言ったほうがあっているかもしれない。 携帯が鳴る。 着信の表示を見ると、『タダシ』と出ている。 あのメールを送ってきた上に着信拒否した彼氏だと思うと、何かを言いたくなる。 いじめの問題が解決したのと同時に着信拒否も解いたのかもしれない。 こんなのと話したら気分が悪くなると思い、そのままにする。 あれだけ好きだったのに今は気持ちが冷めている。 本当の『好き』ってなんなのかわからなくなってきた。 鞄の中に携帯を入れると同時に留守番電話のメッセージが流れた。 『……』 必死で何かを言っているようだったが、私の耳には届かず鞄の中だけに留まった。 目の前ではグラウンドで走りこみをしている陸上部がいる。 私も何か部活に入ればよかったかな、と考えながら、時間の過ぎるのを待つ。 もうだいぶ待ったときだった。 タカナシが私の目の前を通る。 「タカナシ!」 呼び止めるとタカナシは歩みを止めて私のほうを見た。 「遅かったね。何してたの?」 そう言いながらタカナシにかけよる。 「……」 タカナシは何も言わずに私を見る。 「どうしたの?」 私は何か変なことをしたのだろうか。 「いじめられてショックを受けてないの?」 タカナシは突然そんなことを聞いてくる。 「いじめられたって言っても少しだけだし、イベントだよ。あんなの」 そう言って笑う。 タカナシは握ったままの右手を差し出す。 何かをくれるのだろうか。 私はその下に手のひらを置く。 「やるよ」 私の右手に乗ったものは見覚えのあるペンダントだった。 泥にまみれて傷ついているが、タダシにプレゼントしたものに間違いない。 「ちょ、ちょっと!」 歩いていってしまおうとするタカナシを呼び止める。 タカナシは私の声を無視するかのように歩く。 「待ってよ」 手を掴んで無理やり引き止める。 私はいったい何があったのか知りたかった。 「これ、どうしたの?」 タダシがどうなったっていいのに、つい口調がきつくなる。 「戦利品」 表情を崩さずに言うタカナシは希薄でそこに存在しないように見える。 「これでケリついたろ」 よく見ればタカナシの口元に血のあとが見える。 服もよく払われていたが土が少しついている。 「喧嘩したの?」 殴り合いでもしたのだろうか。 「喧嘩? いや……あれは喧嘩じゃないよ」 タカナシは冷たい目で私を見る。 私のためを思ってタダシと喧嘩したのかと思ったが、そうではないらしい。 「彼氏、むかついただろ? エダサトの意思を代行しておいたよ」 笑ってタカナシは再び歩き始めた。 私は何も言えずにただタカナシの後をついていった。 タカナシの後を歩いていく私を気に留めることなく、タカナシは自分が住んでいるアパートまで歩いてきた。 「寄ってく?」 その問いに私は頷くと、タカナシはアパートのドアを開け、私に入るように促した。 中に入ると思ったよりも狭くて、そして一箇所を覗いてはほとんどモノがなかった。 あるのは冷蔵庫とパソコンだけだった。 今帰ってきたばかりだというのにパソコンの電源は入りっぱなしだ。 「FXって知ってる?」 私がパソコンの画面に見とれていると、タカナシが聞いてきた。 私は首を横に振る。 「まぁ、その辺に座ってよ」 座布団もなければ椅子もない部屋なのでフローリングの床に座る。 タカナシは冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出すと、ひとつ私に渡した。 「簡単に言うと、勘さえ良ければ貧乏でも金持ちになれる合法的な賭け事……難しいか」 タカナシは首をひねって考えている。 「ドルを売り買いして差額で儲ける仕事かな?」 タカナシがそんなことをしているとは意外だった。 いつも寝ているタカナシのイメージからはやっぱりかけ離れている。 「ちょっとやって見せてよ」 私はタカナシにお願いする。 タカナシは少し頭をかくとパソコンの画面を見る。 「21時……そこまで待てる?」 21時というと夜9時。 「い、いいけど」 少し迷った末に返事する。 どこか悪いことをするようなそんな感じがして迷った。 「めし食いに行く?」 タカナシはパソコンから視線を外さず私を誘う。 「うん」 私たちは近くの喫茶店に行くことにした。 そこでは味もよく、量が多いメガハンバーガーが有名だった。 1つだけ頼むとタカナシと半分に分ける。 どことなく恋人同士な雰囲気を感じる。 「いつから、アレをやり始めたの?」 私はハンバーガーを上手に食べるタカナシに聞く。 タカナシは口に入れたハンバーガーを飲み物で流し込む。 「1年ぐらい前かな?」 何気なく応えるタカナシの言葉は私のイメージを変えさせる。 中学2年のときにはタカナシはすでに大人に混じり、お金を稼いでいたということだ。 私が遊んでいただけだった。 何か始めたわけでもないし、人生を左右するような出会いがあったわけでもない。 タカナシに惹かれていく理由がわかった気がした。 部屋に戻るとタカナシはパソコンの前に座る。 「21時から深夜にかけてはロンドンとニューヨークも参加して取引がある」 よくわからないけど、どうやらタカナシが学校で眠っている理由がわかった気がする。 このFXという仕事はその時間に集中して行われるのだ。 「ロンドンは昼12時、ニューヨークは朝7時」 タカナシが解説してくれる。 「世界が大きく動くのは、この時間からだ」 タカナシの両肩に黒い羽のようなものが見えた気がした。 キーボードの10キーを使って次々に数値を打ち込んでいく。 目にも止まらぬ速さで画面の情報が流れていった。 見ている私にはタカナシの熱気だけが伝わってくる。 何をしているのか、正直わからなかった。 30分ほどしてタカナシが突然指を止める。 「今日はやめておくか」 私のほうを向く。 「つまらなかったでしょ」 私はタカナシの熱気に圧倒されていて、まだ混乱していた。 「よくわからなかったけど、タカナシすごいね」 タカナシは飲みかけのペットボトルのお茶を飲む。 「ホント、今日はついてた。今ので15万円ぐらいの利益が出たかも」 15万円。 為替の差益って確か1円とか下手したら数十銭とかのはずだ。 そうすると、今使った日本円はいったいいくらぐらいなのか。 「お金持ちだね」 思わずそう言ってしまう。 「そうだね。今ので動かしたお金は3000万円ぐらいかな」 想像以上の額だった。 「あはは」 タカナシは私の驚愕の表情を見て笑う。 「3000万円持っているわけじゃないよ」 持っていないのに動かしたっていうのは誰かの代理で取引したということだろうか。 「レバレッジって言うんだ。持っているお金の100倍のお金を使うことができる」 当然のように説明するタカナシ。 「損益が多く出ない限り、レバレッジを続けることができるから、取引できるお金の量は天井知らずなんだ」 熱く語り始めるタカナシは私にはまぶしかった。 今までは外見ばかり気にしていた私は何かに打ち込んでいる人を見たことがなかった。 それに年上と突きあって大人を知った気になっていたが、実際にひとりで生きている術を知っているタカナシと比べたらまだ子供だったんだと思う。 「じゃあ、送るよ」 少し放心状態になっていた私を促す。 「あ、うん。ごめんね」 私はタカナシの手を掴んで立ち上がった。 それは熱い炎に触れたかのように私の手と胸を熱く焼いた。 タカナシのアパートから私の家まではそんなに離れていない。 歩いて15分ぐらいの距離だった。 わざとゆっくり歩く。 まだ今日の興奮の余韻を失いたくなかった。 でも、時間というものは平等に過ぎ去っていくもので、話題を考えているうちに到着してしまった。 「今日はありがとう」 私はタカナシにお礼を言う。 「いや、別に」 それだけ言うとタカナシは私に手を振った。 その後、私はタカナシに淡い恋心を抱くようになった。 でも、今の成績ではタカナシと一緒の光陵高校に入ることができない。 少しでもタカナシと一緒にいる時間を増やしたくて、遊ぶ時間も寝る時間も削り私は勉強をした。 2学期に入り、タカナシと席が離れてしまって話す機会も減った。 勉強に行き詰まりもう一度遊びに行きたいなと思っていたときにタカナシは20億円以上の利益を上げる株取引を成功させる。 タカナシの周りには取り巻きが増え、近づけなくなってしまった。 外から見ているタカナシは以前にも増して黒い雰囲気を身にまとっていた。 夜に生きる生物のようにタカナシは暗いエリアに惹かれ、そこに住み着くようになった。 20億円というお金がタカナシから光を奪っている気がしてならなかった。 そのお金を使わせることができたら。 はやくなくなってしまえばいいと思っていた。 光陵高校では、シーちゃん、オオイズミ、イトウさん、ヤモト先輩、キリちゃん、そして再びタカナシと出会う。 この6人と出合った事で私の人生は大きく振れ始めた。 最初シーちゃんから誘いを受けたとき、私は『タカナシから20億円がなくなるチャンスだ』と考えていた。 シーちゃんの闇を知るまでは私はきっとそれだけを目標にしていただろう。 明るくいつもバカをするように努めて振舞う私はなぜか闇に好かれた。 そして、タカナシの闇だけではなく、シーちゃんの闇にも巻き込まれる。
https://w.atwiki.jp/litenovel/pages/22.html
突然のメールで驚いたことと思います。 実は私も筆を取るかどうか迷ったのですが、どうしてもお伝えしたいことがあり、伝えなければ生涯の間、後悔しそうだったので不躾を承知でメールをしたためさせて頂きました。 本題をお伝えする前に、あなたにご注意いただくことがございます。 まず、あなたは私のことを知りません。 そんな私からのメールです。 気味悪がって読むのを途中で止めてしまうかもしれませんが、できれば最後まで目を通していただきたいのです。 私はあなたにお伝えしたいことがあり、あなたはそれを知ることであなたの人生が変わるかもしれないからです。 だから、途中で「気味悪いな」と思っても、その気持ちを押し殺して最後まで読んでいただきたいのです。 次に私はあなたのことをあまり知りません。 だから時々的外れなことを書くのですが、できれば笑って許して欲しいのです。 私はあなたにお伝えしたいことがあり、あなたはそれを知ることであなたの人生が変わるかもしれないからです。 だから、途中で「メールの宛先が違うんじゃないかな?」と思っても、その考えを忘れて最後まで読んでいただきたいのです。 ご注意いただきたいことの最後に、このメールを読み終わったら必ず削除して欲しいのです。 なぜなら、私がお伝えしたいことは本来メールにするようなことではないのです。 直接お会いして、あなたにお伝えしなければならないことなのです。 でも、私はあなたのことをよく知りませんから、こうしてメールを書くしか方法が見つかりません。 だから、読み終わった後に、必ず削除してください。 ご注意いただくことは以上です。 これから本題を書きます。しかし、いざ本題を書くとなると筆が止まります。 なんと書いてお伝えすれば私の思っていることがあなたに伝わるのか分からなくなります。 多分、書いてしまえば一言です。 でも、文字には込められる意味に限りがあります。こうしてたくさん文字を書いていても、あなたに伝わるのは一割に満たないかもしれません。 だからと言って小説のようにたくさんの文字を連ねても、わたしの思っていることがあなたに伝わるとは限りません。 ああ、どうしたらいいのでしょう。 私が思っていることを伝えるには、あなたとの出会いから始めなければなりません。 お互いに理解が少ない私たちのことです。まずは出会いから振り返ってみて、少しでも理解を深めれば、少ない言葉でも伝えることができるようになると思うのです。 あなたは私たちの出会いを覚えていないかもしれませんが、ある小説投稿サイトで出会いました。 あなたは投稿された小説に感想を書いていました。最初は変な感想だなと思いましたが、なぜか気になり何回も読み返しているうちに、あなたの内に秘めた優しさや厳しさが伝わってきたのです。 私は衝撃を受けました。 短い中にも丁寧な言葉遣い。その中に秘められた意図のなんて多いことでしょう。パソコンのモニタ越しではありましたが、あなたという人を「見た」気がしました。 そこであなたを知った私は過去の小説を遡って、あなたを探しました。でも、探し方が悪かったのか、それとも何か想像もつかない原因で小説が消えてしまったのか、あまりあなたの感想は見つかりませんでした。 でも、数少ないあなたの文字を追うたびに、私の中には少しずつある感情が積もっていたのです。 始め、私は気がつきませんでした。降り積もったものが何であるのか。 しかし、時間がたつたびに降り積もったものは変化し、次第に私の心に訴えかけるようになりました。 休んでいても、勉強をしていても、降り積もったものは私に主張するのです。 「外に出たい!」と。 ああ、もう我慢できません。 だから、私はあなたのことをよく知らなくても、あなたに伝えたいことが出来たのです。 あなたの文字から受けた何かは成長し変化して、私の心に強く訴えかけるものになりました。それは私の心の中だけでは収まりきらず、外に出たいと言うのですから、私もそうしてあげたいと思うのです。 気持ち悪いと思っても、馬鹿にしていると思っても、信じられないと思ってもかまいません。 私は心の中で降り積もったものをあなたにお返しできればそれで良いのです。 もちろん、お返事があれば尚うれしいですが、お返事をいただくことが目的ではないことをご理解いただきたいのです。 今、メールを見返して思いました。 どうも私は私の思いで一方的に突っ走りすぎたようです。あなたのことを何にも考えていませんでした。 今からあなたにも心の準備をして欲しいと思います。急に言われても心の準備なんて上手くできるようなことじゃないかもしれません。 でも、ひとつだけ上手い方法を私は知っています。私が伝えたいことは元をたどればあなたから貰ったものです。だから、あなたは自分の思いを受け入れる準備をすればよいのです。 ほら、簡単でしょ? 今から三分間待ちますから心の準備をしてください。 ……準備は終わりましたか? では、短い言葉ですが本題を伝えます。 その前に注意事項を思い出してください。特に三番目は重要です。忘れずにお願いします。 『べ、別にあなたのことなんか、なんとも思っていないんだからね!』
https://w.atwiki.jp/dokusen/pages/37.html
ヴァルキュリアの機甲 9 名無しさん [sage] 2007/07/16 21 23 ID ??? ラノベとか以外に独占っての無いよな それなりに面白いのは主人公以外にカップルいたりするし ヴァルキュリアの機甲みたいな明らかな寝取られ物は別としてもね ハルヒは一応独占と考えて良いのかな?
https://w.atwiki.jp/litenovel/pages/49.html
「今日は結婚記念日だから」 そう言ってお父さんとお母さんは、少し遠くの温泉に日帰り旅行に出かけた。中学生になって初めての夏休み。いきなり一人でお留守番となった。 別にお留守番が嫌な訳じゃない。嫌な訳じゃないけど、普通一人娘を置いてくか。 仕方ないから私は暇を持て余すように千葉ポートタワーに向かう。千葉駅から近い埋立地に建てられたタワーは全面をハーフミラーで覆われていて空に溶け込むように青く輝いている。 私が生まれる前から、がらんとした海岸沿いに「ひとり」聳え立つポートタワー。 高さ百二十五メートルの四階へは何度上っても飽きない。たった二百円で千葉の街並と東京湾が私のものになるのなら安いものだと思う。 夜になれば夜景を見る事だってできた。真っ黒な布の上に描かれる街の光は私をお姫様にしてくれる。いつか私を迎えに来てくれる人は、ポートタワーを貸しきって私にプレゼントしてくれるのだろう。 私は口に手を当てて「くししっ」と笑う。今から上ったときのことを想像すると嬉しくなってしまうのだ。 マンションの角を曲がり、ポートタワーまでまっすぐ伸びている大通りに出た。視界から一度外れたポートタワーを再び見たとき、ポートタワーのミラーが黄色く染まっていた。 普段なら、青か灰色か、空の色にしか染まらないはずのポートタワー。 しかもポートタワーの背後まで黄色だ。後ろは東京湾が見えるはず。 おかしいと思い、少しポートタワーから目線を外してみれば、黄色い壁のような砂山。いや、かまくらがポートタワーの背後に出来ていた。 いつの間にあんなのが出来たんだろうか。マンションの陰になっていたのなんて、わずかな間だけだ。 高さはポートタワーよりも少し大きいぐらい。だけど、横幅は細身のポートタワーの何十倍もあった。 黄色い砂山が少し震えた。砂山のように見えたから、何かパラパラと落ちてくるもんだと思っていたけど、どちらかと言えば表面が波打つように震えている。言うなれば蜜のないプリンにも見えた。 次の瞬間、黄色い砂山の上部に一本の短い線が入り、上下に丸く開く。 そこから出てきたのはキラリと光る大きな目だった。 一度見開いた後、ゆっくりと目をぱちくりさせている。 「なんだろ?」 不思議と恐怖は感じなかった。どちらかと言えば懐かしいような感じがした。ずんぐりむっくりな体型に可愛らしい大きな目。大きさは別として遠くから見れば、ぬいぐるみのようにも見えた。 目から少し離れたあたりに、今度は長い線が出来る。 ゆっくりと開いた線は大きな口だった。 ――グギャーん。 なんて表現したら良いか分からないような音が振ってくる。うるさいわけじゃない。大きな欠伸をしているように見えた。 たった二つの所作を見ただけで私は怪獣の虜になる。 もっと近くで見たい! 私はポートタワーに向かって走り出していた。 ポートタワーの近くに来ると怪獣はもっと大きく見えた。さっきまで比べるものがなかったけど、近くに寄れば寄るほど、周りの建物と比較できて大きさが分かる。怪獣は本当に壁のように見えた。「この世の果て」があるのなら、きっとこんな感じの壁なんだろう。 ポートタワーの入り口は開いていた。普段どおりに中に入る。 いつもなら疎らながらも観光客がいるはずだ。しかもあんなに愛らしい怪獣が現れたというのに誰もいなかった。私はゆっくりとエレベータホールに歩く。エレベータは動いていた。躊躇せずにいつものようにエレベータに乗る。 エレベータもポートタワーの壁も透けていて、中から外が見えるようになっている。邪魔するものは鉄骨しかない。エレベータからは怪獣が良く見えた。怪獣は海の中に座っているようだ。近くでみるとふわふわのタオル地のようで、怪獣の上に落ちてもふわりと受け止めてくれそうな雰囲気だった。 遠くからだと手も足も体と一体になって見えていなかったけど、ポートタワーで下から上にかけてエレベータから眺めると意外と太い手足がついているんだと分かった。 エレベータはポートタワーの最上階になる四階についた。 四階からはあの大きな丸い目が間近で見える。 鮮やかな光彩に、吸い込まれそうな真っ黒な瞳孔。 「怪獣にしては意外と綺麗な目!」 私は嬉しくなってパチンと両手を合わせた。 その音に反応したのか怪獣はゆっくりと瞬きをした。 「うわ。面白い!」 私はもう一度手を叩いてみた。 怪獣はやっぱりゆっくりと瞬きをした。 「意外に敏感なんだねー」 それから私はポートタワーの中から怪獣のことを観察した。怪獣は時々瞬きしたり、大きな口を開けて欠伸をする程度で何をするつもりもないようだった。 でも、この怪獣はどこから来たのだろう? ふとした瞬間に現れて、怪獣が現れる共に人も居なくなってしまった。 そうだ。 怪獣が現れたことも不思議だけど、誰一人として姿を見ないと言うのもおかしい。もしかしたら、私はあのとき気絶して、その間に怪獣が現れてみんな避難してしまったのかもしれない。 「どこに行ったんだろう」 不意に不安を感じた私はポートタワーのエレベータに向かった。 エレベータに乗るとき、怪獣と目が合う。怪獣は寂しそうに大きな目を閉じた。 「バイバイ」 なんとなく、そんな風につぶやいた。 ポートタワーから出ると辺りが薄暗いことに気がついた。怪獣の影が思った以上に西日を遮っていて、夜になってしまったのかと疑ったぐらいだ。 私は少し足早に近くのコンビニに向かう。いくらなんでもコンビニはやっているだろうと思っていた。 遠くにコンビニが見える。コンビニは明るくても蛍光灯の明かりを惜しげもなく漏らしており、誰かが居そうな雰囲気に見えた。 私は小走りにコンビニに近寄る。 自動ドアが開くなりすぐにレジに向かうが、誰も立っていなかった。 「すいませーん」 できる限り大きな声で呼ぶが誰も出てこない。やはり、みんな避難してしまったのだろうか。それにしても警察か自衛隊ぐらい見回りに来ていてもいいのにと思う。 私はコンビニの冷蔵庫からカルピスウォーターを取り出すと、レジに代金分の小銭を置いて外に出た。辺りを見回しても、やっぱり誰もいなかった。 ポートタワーから少し離れたマンションまで歩いていく。 この辺は建物が少ないので見晴らしがとてもいいのだが、人というか動くものは野良猫すら見なかった。いつもは猫が集会をしている場所に立ち寄ってみたのだが、一匹もいない。 私は次第に怖くなってきていた。何が怖いというわけではない。何か怖いことがあったという想像をし始めた私が一番怖いと思ったのだ。 家に帰って、お父さんとお母さんを待っていれば、落ち着けるはずだと思った。 とりあえず、家に着くまでは甘いものでリラックスしようと思って、持っていたカルピスウォーターを開けて一口飲む。 渇いた咽にしみこむような感じがする。 もっと飲もうと顎を上げた瞬間だった。 ――パン。 乾いた音とともに手に持っていたカルピスウォーターのペットボトルが乾いた音を立てて弾けた。 顔中にカルピスウォーターを浴びてしまった。ペットボトルが飛んでいった方向を一瞥する。粉々になったペットボトルを確認すると反対側を見た。 そこには銃を構えた男がいた。ゴーグルみたいなものを着けていて、暑い夏の最中だというのに全身を黒い服で覆っている。 高校生ぐらいの男の人。怪獣と出会ってから初めて会った人だ。 だけど、まだ熱い地面が、カルピスを蒸発させる甘い臭いで我に返る。 「外したか」 あれは私を狙う銃だ。 でも、銃声なんかしなかった。あの銃はおもちゃなのか。それにしてはペットボトルが弾けて粉々になっている。 もう訳がわからなかった。 黒い男は銃の構えを解くと口元だけ引き上げて笑う。 「いい顔だ。狩りしてるって感じがする」 再度、銃を構えた。 訳が分からないなりに一つだけ理解した。 撃たれる! 次はきっと私に当たる。 足が自然とお兄さんから逃げ出す。 「うはっ! 漲って来たぜ」 逃げた私を見て興奮したのか追いかけてきた。私は全速力で走るがお兄さんは普通に歩いてくるようだった。 走っていく先々で何かが弾け飛ぶ。空き缶。ゴミ箱。植木。窓ガラス。 私の髪。 毛先が弾け飛ぶ。 痛くはなかったけど、初めて弾が私に命中したことにびっくりして、足がもつれる。前に倒れこむようにして転ぶと目の前にあった自動販売機の窓に穴が開いた。 ドラマで見るような銃痕ではないけど、確かに自動販売機に穴が開いている。 この銃弾が私に当たったら、間違いなく大怪我をすると思った。 どうして私を! と思ったけど、それを言っても助かるわけではない。私は自動販売機の奥にあるコンビニに逃げ込んだ。 入ると同時に逃げ道を確認する。 誰も入ってこれない場所と言えばトイレしか思いつかなかった。店員用の休憩室とか、もっといい場所があるのかもしれないけど、中がどうなっているかなんて知らない。仕方ないからコンビニのトイレに逃げ込んで鍵を閉めた。 トイレは丈夫なスライド式のドアで、鍵もしっかりとかかるタイプだった。私は急いで鍵を閉めるとトイレの隅に座り込む。 荒れた息を整えると音を立てないように顔を膝の中に埋めた。 怪獣が現れてから誰もいなくなった世界はとても静かで、聞こえなくてもいいのに自動ドアが開く音までトイレの中に聞こえてきた。 「さて、どこにいるのかな?」 突然始まった理不尽な狩猟ゲームに男は浮かれた気分を隠せないようだった。私は声を聞きたくなくて両手で耳をふさいだ。 「ハッハー! そんなところに隠れたって無駄だぜ」 お兄さんはわざと足音を立ててトイレに近づいてくる。いくらぎゅっと耳を塞いでいても大きな足音は聞こえてきた。私は恐怖を感じた。 トイレのドアがいくら丈夫だと言っても、鍵がしっかりかかったといっても、あの銃の前では意味を為さない。日本のコンビニのトイレが防弾仕様になっている可能性なんて有りはしない。 足音はトイレの前で止まる。 トイレのドアがガチャガチャと音を立てる。ドアを開けようとしているのだ。必要以上に大きな音がして私の心は萎縮する。 「無駄無駄無駄。こんなドアなんて一撃だ」 男の言葉とともにドアにつけられたガラスを叩き割る。 細長い窓から無理やり手を突っ込んできた。 腕が伸びてドアの鍵を開けようとまさぐる。 私は思わず目を瞑った。男の手はもう少しで鍵に届いてしまいそうだったから、見たくなかった。 「お、これか?」 男が鍵を探り当てた時だった。 ――ドーン。 どこかで大きな音がした。ほぼ同時に地面が揺れる。 地震? 私は身を固くした。訳の分からない男に襲われた上に地震まで来るなんて、滅茶苦茶だと思った。 続いてもう一度音がする。それは心なしか近づいている気がした。 「クソ!」 男が悪態をつき、トイレのドアの前から遠ざかっていく。足跡がどんどん遠くなるのが分かった。 私は何が起こっているのかわからなかったけど、トイレから出る気にはなれなかった。大きな音は続いていたけれど、近くなるよりはどんどん遠ざかっているように感じられる。 それは長い間続いていた。 コンビニのトイレに入り込んで三十分は過ぎ去っただろうか。 気がつけばトイレの窓から差し込んでくる光もなくなり、室内は真っ暗になっていた。割られたドアの隙間からコンビニ内の照明がわずかに入り込んでくる。 私は恐る恐るトイレから出た。 相変わらずコンビニの明かりは点いており、店内は明るかった。コンビニの外は街灯が照っており、真っ暗ではないように見える。男がどこに潜んでいるか分からなかったが、私は急いでコンビニを出た。 一刻も早く自分の家に帰りたいと思って、全速力で走っていった。 マンションに向かう途中も、マンションに着いた後も誰も見なかった。先ほど襲ってきた男はもちろん、近所のおばあちゃんや同じマンションの人にも会わない。 私はまっすぐに自宅へ行き、中に入り鍵を閉めた。 急いでリビングにあるテレビの電源をつける。 ――本日、午後四時頃に突如現れた『大怪獣ポメラ』は…… ニュース特番が流れていた。映像はヘリコプターから撮影された黄色い怪獣を流している。ニュースキャスターは各知事から避難指示が出ていること、ポメラが東京湾に居座ったことで、東京湾を使ったすべての輸出入がストップしたことを告げていた。 避難指示を受けた人は東京湾から少なくても三十キロメートル以上離れた地域に移動しなければならない。 日帰り旅行に出かけていたお父さんとお母さんはどこに身を寄せたのだろう。私は携帯電話を開き、電話をかけようとした。 しかし、電話は不通の案内を繰り返すばかりで何も聞こえてこない。 しばらく待ってからかけてもつながらなかった。 この辺の電話網になんらかの異常が発生しているのかもしれない。 ベランダに出て辺りを見回す。マンションや店の明かりは一軒もついていなかった。明かりがあるのは、元々昼間もあかりをつけているコンビニや夜になると自動的に点灯するだけだ。 私は後ろを見た。 リビングには明かりがついている。このマンションで明かりがついている部屋はここだけだ。 男が来る! 恐怖に駆られた私は家中の電気を消した。もちろんテレビもだ。 鍵を確認すると、寝室に閉じこもった。布団を頭からかぶると、携帯電話を手に持って何度も何度もお父さんとお母さんに電話をかける。でも、何度かけても不通案内だけが流れていた。 どうすればいいのだろうか。 長い時間、リビングの明かりがついていた。だから男がマンションに気がついた可能性は高い。 もしかしたら、もうマンションの傍に来ていて、どうやって進入しようか考えているのかもしれない。 見つかったらどうなるんだろうか。 腕や足を打ちぬかれて身動きできないようにした上で、私の反応を楽しんでなぶり殺すのかもしれない。考えただけでも身が凍る思いだった。 布団の中で男がマンションに来ないように祈りながら、じっとしていた。 気がついたら朝になっていた。 普段なら聞こえてくる小鳥の声も聞こえず、自然と目が覚めたという感じだった。結局のところ、男はマンションを見つけられなかったのか、私を諦めたのか現れることはなかった。 良かった。私は心底、そう思った。 安心して起き上がると布団から携帯電話が零れ落ちた。私は携帯電話を拾い上げると、着信履歴を確認する。だけど、お父さんとお母さんから電話がかかってきた様子はなかった。 無駄だと思いつつも電話をかけてみるけど、不通案内が流れるのみだった。 電話をかけ終わると私のお腹が「ぐー」と鳴る。男は怖かったけど、私は近くのコンビニまでお弁当を買いに行くことにした。昨日のコンビニとは違う方向にあるから大丈夫だと思った。 外に出るとポートタワーの方向を見る。 そこにはポメラが昨日と同じ姿で座っていた。 「おはよう、ポメラ」 なんとなく呟くとポメラの口が大きく開けられる。 ――ゲビョーん。 なんとも表現しようがない。私への挨拶なんだろうか。目は閉じているから寝言なのかもしれない。 大きさの割にはすごくかわいい仕草が私の心を打つ。 お弁当はポメラを見ながらポートタワーで食べようと思った。 コンビニで無事お弁当をもらって、代金をレジの上に置いてくると、ポートタワーに向かう。 昨日と同じようにポートタワーはポメラ色に染まっていた。 ポメラは心なしか足元が緑がかっているような気もした。タオルのような皮膚が千葉の海水を吸い上げているのかもしれない。 いつものようにポートタワーの四階に着くと、私はポメラが良く見える場所でお弁当を広げた。 「いただきます!」 私の声に反応したのかポメラの目が開く。きょろりとした目は私のお弁当に注がれていた。 思わずお弁当とポメラを交互に見る。 「お腹空いたの?」 私の問いにポメラは目を閉じた。別にお腹が空いているわけではないらしい。私は気にせずポメラを観賞しながらお弁当を食べた。少し日が経っているからパサパサしていたけど、近くにあった自動販売機でお茶を買って流し込んだ。 しかし、これからいつまでこんな生活が続くのだろうか。 ポメラと私だけの静かな世界にジェット機のエンジン音が流れ込む。それは私の気がつかないところで発生した終わりへの始まりの合図だった。 ポメラと食事することに慣れた頃、ポメラが苦しそうにしているのに気がついた。 相変わらず動かないのだけど、体のほとんどが緑色に染まっていて、最初の頃のようなやわらかそうなタオル地の皮膚ではなく、怪獣そのものの緑色の硬い皮膚に見える。 ポメラが瞬きをすると、瞼の上からパラパラと砂のようなものが落ちてきた。 「苦しいの?」 私がそう聞くとポメラは目を閉じた。苦しくないと言っているのだろうか。私には強がりにしか見えなかった。 ポメラは明らかに何か悪いものを海水から吸い取っている。それを浄化するために現れたのかもしれない。なんてどこかの絵本のようなことを思っていた。 もし絵本のようなストーリーなら、私とポメラは心を通じ合わせ、ポメラと一緒に楽園のような南の島で暮らすに違いない。 想像に浸っていると、またジェット機の音が聞こえた。最近はジェット機が良く飛んでいる。ニュースでは東京湾の港が機能しなくなったと言っていたから、空輸が頻繁になっているのかもしれない。 避難指示の対象には羽田空港も入っているから、どこか別の飛行場に荷物を届けているのだと思う。 私は携帯電話をポケットから取り出したが、すぐにしまった。あれから一度も通じたことのない携帯電話。もう掛ける気も起きなくなっていた。食べ物もカップラーメンがたくさんあったし、お金も貯金がたくさんあったのでしばらく困ることもない。 それよりもポメラと一緒に過ごす事の方が何倍も楽しく感じられていた。 だから、ポメラが苦しそうにしていると私は心配になってくるのだ。 「もし苦しかったら東京湾から別のところに行こうよ。安房なら海もきれいだよ」 話しかけてもポメラは返事をしない。だけど私は寂しいと思うことはなかった。ポメラの傍にいるだけで、すごく安心できるのだ。それはお父さんやお母さんに抱く愛情とは違うものだった。 もしかしたらポメラに恋をしたのかもしれない。 おかしなことだけど、そうでもない限りポメラの傍にいるなんて信じられないことだと思う。見た目を愛らしいとは思うけど、とてつもなく大きなポメラ。普通に考えたら私を襲った男よりも恐怖を感じてよい存在だ。 ポメラと私が結婚したらどんな子供が生まれるのだろうか。 きっと世界中で大変な騒ぎになるに違いない。 「くふふっ」 私は思わず笑ってしまった。ポメラも少し口を開けて笑ったような気がした。 次の日の朝。 私はなんとなくテレビをつけた。そろそろポメラの無害さに気がついて避難指示が解けるかなと思ったからだ。 ――本日、午前十時にポメラへの一斉攻撃を行う命令が下されました。 ニュースは飛んでもないことを伝えていた。何もしなかったポメラを攻撃するというのだ。私はテレビの前に釘付けになる。 攻撃に至る理由はほんの少しだ。 東京湾に面している港が機能不全に陥っていること、湾岸地域がマヒ状態になり日本の生産量に大きな影響が発生していること、一度だけ上陸し、街の破壊活動を行ったことの三つがあげられていた。 時計を確認すると午前九時を回っていた。 私は急いで支度をするとベッドに掛けられていた白いシーツとマジックを手に取り家を出た。 ポートタワーまでは歩いても二十分。走れば十分ぐらいの距離だった。遠くもないけど、準備の時間を考えたら近くもない。早くポートタワーに上ってポメラの無実を訴えなければならない。 それに近くに人間がいると分かれば安易に攻撃なんてできないと思った。 ポートタワーに向かう途中でポメラを見上げると、いつものように海の中に座っていた。 「逃げて!」 私はポメラに向かいながら叫ぶ。 だけど、目を一度開いただけでポメラは動かなかった。 「やられちゃうの! そこにいたらミサイルが飛んでくるんだよ」 必死の叫びも通じない。 私は意を決する。 こうなればポートタワーに上って攻撃を邪魔するしかないと思った。 ポートタワーの四階に着くと持ってきたシーツにマジックで「ポメラを殺さないで」と大きく書いた。近くにあったノボリの棒を取り外すとシーツに取り付ける。 持ってみると少し重いけれど、なんとか移動できるようになった。 時刻を確認するとポメラへの攻撃開始時刻になっていた。心なしか空に響くジェット機の音が多くなっているような気がする。今まで旅客機だと思っていたのは、すべて戦闘機だったのかもしれない。 私は急いで窓に近づくと手に持った旗を振り回した。 空を見上げれば確かに戦闘機が旋回しているのが分かる。遠くに見える戦闘機の翼にはミサイルらしき影が見えた。 全部で五機。 Vの字になってポメラへ向けて飛んでくる。 すぐにミサイルはポメラに向けて発射された。私の手に持った旗は見えなかったらしい。 ミサイルは数秒も経たないうちにポメラにぶつかる。 その瞬間大きな衝撃波が発生し、ポートタワーのミラーを振るわせた。私は悲鳴を上げると床に倒れこむ。ミサイルが爆発した衝撃と音は思った以上に大きく、耳は音を拾わなくなってしまった。 「ポメラ!」 ポメラは目を開けて私を一度だけ見た。口を少し開けて笑う。 まるで「大丈夫だ」と言っているように見えた。 ミサイルが命中したのは反対側だ。私はすぐにエレベータに向かうと下に下りる。エレベータを降りている間はポメラへの攻撃は行われなかった。ポメラがどういう反応をするのかチェックしているのかもしれない。 私が地上に着くと、もう一度大きな爆発音が聞こえてきた。私はなんとかバランスを保つとポートタワーから外に出る。ジェット機が再度反転をしてこちらに向かってくる。 ポメラの傷の具合を確かめようとポートタワーの裏側に回る。 いつも緑色だった海は赤く染まっていた。 ポメラの血が海に流れ出しているのだと思った。ところどころ緑色に染まったポメラの皮膚が浮いている。それはひどい光景だった。 「なんで! ポメラは何もしていないじゃない!」 私は通り過ぎるジェット機に向かって叫ぶ。しかし、ジェットエンジンの轟音にかき消されてパイロットに届くわけがなかった。 ポメラは私の叫びが聞こえたのか目を開けて私の方を見る。 口を開けた。 びっくりしたような表情。 それと同時に戦闘機からミサイルが放たれる。狙いはポメラの口の中。私は青くなった。ポメラに「口を閉じて!」と叫んだけれど、自分の声すらも聞こえないような轟音の中、ポメラが粉々に砕け散るのを見ながら、衝撃波によって後ろへ吹き飛ぶ。 「ポメラ!」 音にならない声で叫ぶ。 ポメラは砕け散る。 戦闘機が同時に上空を通り過ぎた。 タオル地のような皮膚は、東京湾の海水で弾力性を失い、砂山のように脆くなっていたのかもしれない。 ポメラが砕けた破片の中から、光るものが私の方へ飛んできた。私の真上まで飛んでくるとゆっくりと落ちてくる。次第に近づいてくる光を観察する。それは小さなポメラだった。 ゆっくりと両手で受け止める。 光る小さなポメラは私の手のひらに乗ると、溶けるように私の手のひらに吸い込まれていった。 ――ドクン。 暖かいものが私の手のひらから腕を通り、胸を通って、下腹部にとどまる。手で下腹部をやさしく抑えて見ると、「ドクン」という鼓動が聞こえたような気がした。 ポメラがいなくなった後、私の生活は元通りになった。 いや、一つを除いて。 あれから私はどうやって帰ったのかわからないけどマンションに居た。ソファの上で裸で倒れていたところを帰ってきたお父さんとお母さんに見つけられた。 念のために精密検査をしたところ、私には異常がなかったけど、私のお腹の中に変化があった。どういう理由かわからないけど、妊娠をしていることが分かったのだ。私は初潮を迎える前に妊娠をした。しかもお医者さんが言うには処女膜なるものもあるので、本当の処女受胎の可能性があると言っていた。 私は間違いなくポメラの子供だと思った。 でも、それを誰にも言わなかった。 言ってしまったら、子供を堕ろせと言われるかもしれないと思ったからだ。まだ中学生になったばかりだけど、自分のお腹の中に赤ちゃんができたのだと思うと、それはうれしいことだった。 父親は人間ではないけれど、私の愛したポメラだ。うれしくないわけがない。 どんな赤ちゃんが生まれてくるのか不安ではあるけど、お父さんもお母さんも子供を生むことを応援してくれる。例え、ポメラ似の赤ちゃんが生まれてきてもなんとかなると思う。 結局、赤ちゃんは普通の人間だった。 でも、少しだけポメラの血を引いていると思うところもある。 いつでも「ぐびゃーん」と泣き、あまりしゃべらず目と口だけで会話するなんて、そっくりだった。 この子にポメラのことを語る日が来るのを楽しみに待っている。 私はいつだってポメラに恋をしている。だから、はやく大きくなってね。 私の「テプラ」ちゃん。
https://w.atwiki.jp/soulou/pages/110.html
【ライトノベル】電撃文庫の三木一馬副編集長、語る「電撃文庫、15年以上連続で前年比超え」「これからもどんどん伸びていくのでは」 http //anago.2ch.net/test/read.cgi/moeplus/1331552948/ 1 名前:つゆだくラーメンφ ★[] 投稿日:2012/03/12(月) 20 49 08.75 ID ??? ダ・ヴィンチ4月号の「走れ! トロイカ学習帳」では、現在活字分野で非常に好調のライトノベルのスポットを当てている。企画内ではライトノベルの歴史について紹介。 1993年に創刊され、業界ナンバーワンをひた走る電撃文庫の三木一馬副編集長はラノベを手がけること11年のベテランだ。 『このライトノベルがすごい!2012』第1位に輝いた『ソードアート・オンライン』などの人気シリーズを担当。年間40冊以上をコンスタントに送り出す。 現在のライトノベルの好調ぶりについてお話を伺った。 「電撃文庫にかぎれば15年以上連続で前年比超えしています。電撃小説大賞の応募総数は5300作以上もあって読むだけで大仕事。売れっ子作家には、年間10冊以上書く人がいますね」 人気シリーズともなると新作は初版数十万部を突破。一般書ならベストセラーと騒がれそうな作品がいくつもある。以前からそうだったのだろうか。 「ラノベと呼ばれる前から、角川スニーカー文庫さんやファンタジア文庫さんの人気作はそうでした」 もともとは一部マニアが熱く支持する若年層向きファンタジー小説だったが、中高生を主役に立て、 PCゲームや美少女ゲームのイラストタッチを使った表紙が登場した90年代終わり頃からブーム化。次第にレーベルも増え、新ジャンルとして認知されてきた。 電撃文庫は現在、月に14~18タイトル出しているということだ。急速なメジャー化は刊行点数の増加につながり、一気に玉石混淆気味に。 順調に増えたファンが、新作の多さについていけない状態になりかけている。 「戦国時代ですね。でも、ぼくとしては大歓迎です。電撃文庫はおもしろければ何でもあり。いろんな会社さんが参入すれば全体のレベルもアップしますから。 いまはブームのような風潮がありますが、それとは関係無くこれからもどんどん伸びていくのでは、と個人的には考えています」 (ダ・ヴィンチ4月号 「走れ! トロイカ学習帳」より) http //news.nicovideo.jp/watch/nw212770 2 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 20 52 26.62 ID 9WOLJGHq 三木ってこんだけヒットとばしてても副編だったのか 20 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 22 30 06.86 ID 3w/dkXl3 2 三木より上の先輩に有川に書かせた徳田編集長 有沢と川上の担当佐藤達郎MW文庫編集長、稲荷の担当の湯澤副編集長 というメンツがいるから仕方ない アスキーから来た黒崎やバイトあがりの和田は抜いてるけどさ 3 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 20 58 31.77 ID 53CC8ksr 1 >「これからもどんどん伸びていくのでは」 フラグきたーーーーww バブル経済崩壊前夜も、ちょうどこんなこと言ってた 4 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 21 00 13.78 ID /RNglK7T ここ10年で萌えばっかりでつまらないジャンルに成り下がった。 5 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 21 00 18.21 ID IpAhPw69 一昨年あたりまでがピークじゃないのかな? 最近の作品は模倣が多く、タイトルも安直で内容も新鮮味が無い。 カバーの絵がエロくなってきてるのもいただけない。 6 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 21 01 23.82 ID BH3rDCHn でも銀英伝とかロードスとか今のラノベほどじゃないけど中高生オタ向け小説は 昔からあったし、部数から見りゃ昔のほうが売れてうたのでは 7 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 21 24 36.41 ID YBLyxBvT 6 昔は刊行点数そのものが少なかったからな。ソノラマその他でちょぼちょぼで 個人で全部フォロー可能だったけど今は無理。 電撃だけで 毎月15冊前後 SDだのガガガだの大手も5,6冊出してくる し弱小出版のマイナーレーベルもあるしで 文庫だけで6,70冊 新書でも ラノベっぽいのは出てくし、エロ系も十数冊はでてくるしな。 9 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 21 39 12.06 ID YBLyxBvT 今月、数えたら文庫だけで100冊超えてる。 8 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 21 28 12.77 ID YMrU9xNj いいとこ後三年では? 10 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/03/12(月) 21 48 49.07 ID vyAwHKWX ラノベ全体の売り上げが減ることはあっても 電撃文庫の売り上げが減ることはそうそう無さそうだな 他社に負けるはずがないという余裕が感じられる 11 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/03/12(月) 21 57 22.54 ID x4w0ZRw1 禁書が泣きたくなるほどつまらなくなってるのを何とかしろ 12 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/03/12(月) 21 58 45.52 ID rZDzrzX/ 個人的に、電撃系で一番面白い作品が多かったのは00年代前半だな。 シャナ、イリヤ、狼、禁書といった作品はこの時に出てきたもんだし。 13 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 21 59 52.04 ID /vlC64Ok >売れっ子作家には、年間10冊以上書く人がいますね 鎌地かw 14 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/03/12(月) 22 11 51.01 ID VJ+y7cC5 漫画と違って連載の必要がないから変な潰し合い要らないのがいいよな 15 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 22 13 31.02 ID yf538LNl >「電撃文庫にかぎれば15年以上連続で前年比超えしています。 毎年、年を重ねるごとに作品(コンテンツ)が増え続けてるんだから 当たり前の話じゃね? 16 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/03/12(月) 22 18 11.46 ID C5E4bo+P 売れるのは良いけど死ぬほどつまらん奴を世に送り出す編集って無能じゃね? 17 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 22 20 46.35 ID UlZOjfgR 電撃はかろうじて質を保っているが、昨今のラノベ作品の質は劣化するいっぽうだよ 18 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 22 21 46.97 ID dKkkXSnA ラノベはレーベルの没落がよくあるだけに、何を言っているのやら。 19 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/03/12(月) 22 26 50.53 ID L5BSQRaq 富士見はフルメタアナザーしかないのに… 35 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/03/21(水) 23 32 48.12 ID glg5QW74 19 おっさん乙 21 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/03/12(月) 22 33 35.05 ID nJ1xbZhq 馬鹿のレベルに合わせた作品ばっかりじゃねーか 22 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/03/12(月) 22 35 48.83 ID 4+dkfa6x そりゃ、頭のいい人はラノベなんか読まないだろ。 23 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 22 46 14.12 ID 9WOLJGHq でも電撃文庫って半分以上は一、二冊で消えてってね? 25 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 22 56 42.24 ID E5MerC1U 23 シリーズ化前提で始まった場合は売れなくても3、4冊はいかせるケースが多いっぽい 24 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 22 51 08.24 ID 6qInzDHy "ラノベはブーム関係なく伸びる" 売れるものだけね 26 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 23 05 53.40 ID +OEcOHPD ブラックロッドとかブギーポップは笑わないのころは大好きだった 44 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/03/22(木) 11 28 59.09 ID cO1f/GYY 26 ブギーポップはまだやってる 27 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 23 26 43.94 ID 7anq0+jO バブルの崩壊はいつかあるだろうけど 死ぬのはHJだの講談社だの弱小レーベルだけだろう 電撃は生き残るわ 28 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/03/13(火) 01 15 26.76 ID cBwwQ5o0 若者の活字離れってウソだったんだな 29 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/13(火) 02 00 58.01 ID aTacpvbt ダビンチの発行元のメディアファクトリーは 角川の傘下に入ったんじゃなかったっけ? レーベル自体が角川の寡占状態で "ラノベはブーム関係なく伸びる"ってどんだけ提灯記事なんだよw 30 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/13(火) 03 15 36.31 ID n6OV42TY 業界トップを走れるのは禁書の作者の出版ペースが異常すぎるからだろ 31 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/13(火) 03 22 02.83 ID Tx5NKEzW 業界の人が「これからは斜陽です」とは言わないだろw 38 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/21(水) 23 53 16.47 ID W0TGadJc 31 株主に殺されるか更迭されるな 32 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/13(火) 05 01 00.17 ID 2KbjdZtZ 電撃しか買わないって層がたくさんいるからな 33 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/13(火) 10 30 11.97 ID ed9/hmYl そういやラノベレーベルの8割角川傘下らしいな それって一強すぎて衰退の始まりじゃないか? 34 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/14(水) 12 46 05.54 ID ytArooPZ 規模はでかい集英社、講談社、小学館がまだちょぼちょぼだからなぁ ガガガはいろんな意味でカオスだけど、競争までにはいかないんだよな やつらが斬新なもん出してこないといろんな意味で駄目になるかもな 49 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/04/03(火) 00 17 05.80 ID uQtbqfCD 33-34 角川グループは漫画がよわいのだよね。 36 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/21(水) 23 42 49.90 ID 090gpCNo 電撃は「狼と香辛料」とか他のレーベルとは ラベルが違うからなぁ でも、ルイズらぶな俺w 37 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/21(水) 23 52 55.36 ID i0Qe34FL 竜頭蛇尾で終わったクリスタニアの怒りはいまだ許してねーぞ あと星くず英雄伝未完のままだろボケが 42 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/03/22(木) 08 53 29.63 ID XSpbm9gI 37 もうラノベに未完や尻すぼみは付き物でしょうがないと思って諦めた方がいい気がする 俺は自分である程度区切りつけられるようになってしまったわ 46 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/22(木) 19 21 14.20 ID KengT2q3 42 角川に対してもおれのラグナロクの怒りは尽きることがないぜ 39 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/22(木) 01 09 42.40 ID LZ2HDYLw 禁書のペースが普通だったらそんなに売れてないだろ 忘れた頃に出されても買おうと思わんし 40 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/03/22(木) 08 46 05.95 ID iZ81wuUc 新約4巻ではだいぶ客が離れたようだ 41 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/22(木) 08 52 32.46 ID sIMOPisK 摩蛇羅天使編を排除した結果の萌えラノベ特化レーベルはちょっと… 43 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/03/22(木) 09 04 27.34 ID LO4ys4ta 本気で言ってるんだったら終わりの始まりだな 45 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/03/22(木) 12 07 21.61 ID FfHFZyBi 分野の使い捨てここに極まれり、だからな 全ては消費行動のせいにして、同じものを安っぽく再生産し続けた結果がどうなるか 金も出さずに見届けさせてもらうわ 47 名前:なまえないよぉ~[] 投稿日:2012/04/02(月) 05 53 10.56 ID fX52jObR シャナが最初で最後の作品だな・・・ 48 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/04/02(月) 13 11 25.57 ID 3gnAXYNJ 年間50人デビューして5年後まだ書いているのは1人程度 50 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/04/03(火) 08 59 06.97 ID vAgpgUxO ラノベはオワコン 51 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/04/03(火) 11 47 43.76 ID rjB4f1wC 君に電撃~♪ 52 名前:なまえないよぉ~[sage] 投稿日:2012/04/03(火) 12 18 48.22 ID s1TNvR8+ こういう勘違いバカ発言が拝めるようになると ラノベももう潮時だなあ
https://w.atwiki.jp/litenovel/pages/44.html
小麦粉を使った料理を作りたいと思ったのは、午後も三時を過ぎてから。教科書に隠しながら食べたソイジョイが思いのほかおいしく、大豆粉を使った料理を作ろうと思ったのだが、コソコソと携帯電話で検索すると大豆粉はきな粉と違い、普通のスーパーなんかでは売っていないらしい。そうなると大豆粉と似たもので小麦粉を使って同じような料理が作れないかと考えるわけだけど、普段は野菜炒めとか、揚げナスとか、かぼちゃの田舎煮とか、焼くか揚げるか煮るかする料理しか作ったことがないので、小麦粉を使った料理なんて思いつきもしなかった。コツコツと先生の足音が聞こえると私は手に持っていた携帯電話を机の中に隠した。ソイジョイの食べかけもポケットの中にしまいこむ。どうやら私が授業中に内職をしていたのがばれたらしく先生のマークがきつくなる。仕方ないので私の小麦粉計画は一度ペンディングだ。 家に帰ってから買ってきた小麦粉を取り出す。フラワー粉と書いてある。スーパーにたくさん置いてあったから一般的なもののはずだ。値段も一キログラム百五十六円と格安だったのはすごく意外だ。小麦粉以外の材料は冷蔵庫の中身を使おうと思っていた。この時点ですでにソイジョイとはかけ離れたものができそうなことは料理をあまりしない私でも予想がつく。しかし、だからと言って冷蔵庫の中身と相談したところで私が思いつく料理なんてなく、パソコンを起動すると小麦粉料理を検索した。トップに出てきた料理はまず私のスキルでは難しすぎる。十二ページにわたる詳細な手順をどうやって覚えればいいのかわからないし、オーブンとか初心者には使い方すらわからない。検索結果を少し下っていくと「水餃子」という項目に辿り着いた。以前に中華街で食べた水餃子はつるりとした咽越しですごくおいしかったことを思い出す。「よし、決めた」私は両手を合わせるとセーラー服の上にエプロンを着けた。これから戦闘開始だ! 水餃子の皮を作るため小麦粉を百五十グラム、塩水を五十CC混ぜ合わせる。このとき良く混ぜ合わせないとプリプリの食感にならないそうだ。そんなに力があるわけじゃない私は必死になって混ぜ合わせる。ぐりぐり。ぐりぐり。そうやって混ぜ合わせているうちにどことなく友達の胸を触ったときのような弾力のある感触になってきた。まったく持って小ぶりな胸だけど、これをブラの下に入れていったら明日からは注目の的になるかもしれない。もちろん、体育の授業で人生が終わるのだろうけど。ふざけた思考はさておき、玉になった小麦粉は二時間以上寝かせる必要がある。その間に水餃子に入れる具を用意するのだ。 具は冷蔵庫にあるもので、と考えていたので冷蔵庫を漁る。出てきたのはキャベツ、鶏肉、棒葱、チューブに入った生姜だった。本来ならニラがほしいところだけど、ニラは朝にニラ玉にして食べてしまった。おかげで友達との会話にも変な気を使ったのは言うまでもない。さて、ここで問題なのは具の内容にパンチがないということだ。水餃子というのは茹でている最中に穴が開いてはいけないから必然的に厚めの皮になるそうだ。もっとも薄く作ろうとしても私には無理な相談だろうけど。とりあえずは冷蔵庫を再度見直す。そうすると奥のほうから凍ったままの餅が出てきた。ふむ。これはパンチという意味では入れても良さそうだ。細かく切って入れたら食感もよくなるかもしれない。次はイチゴジャムが出てきた。混ぜるつもりはないが、甘い水餃子っていうのも試す価値はある。新たなる発見につながるかもしれない。 そうやって具を探していると段々と楽しくなってきた。ダイニングテーブルの上には山のように水餃子の具が乗っている。用意した皮は二十個ほどの分量だから、一つにつき一種類の具が入る計算だ。我ながらカオス。我ながら自分のチャレンジ精神だけは認めざる終えない。 水餃子の皮を作ってすべての具を包み終わると、私は大き目の鍋にお湯をたっぷり沸かす。沸騰した頃を見計らってボールに氷水を用意した。水餃子は沸騰したお湯で茹でて、すぐに氷水で冷やすとプリプリっとした食感が味わえるそうだ。もちろん、冷たくなったままではおいしくないので、再度お湯に戻して暖めるのがコツらしい。 私は水餃子を沸騰したお湯の中にすべて放り投げた。沸騰しているお湯の中でぐるぐると回っている。最初は底の方に沈んでいるので手に持っていた菜箸でかき混ぜる。少し経つと水餃子は表面まで浮いてきた。浮いてきたら網ですくって氷水に入れる。ボールの中の氷が音を立ててなくなっていく。氷が解けなくなったところで再度水餃子を鍋に戻した。水餃子はまた底に沈んでいく。冷たくなった水餃子を入れたことで沸騰も収まってしまった。火の勢いを強くして待つ。再度、沸騰したお湯の中で水餃子が踊る。私は水餃子を取り出し、今度は皿の上に盛り付けた。 「よし! 完成!!」 エプロンを取ってダイニングテーブルの上に水餃子のタレを置く。と言っても醤油とお酢を混ぜただけの簡単なものだけど、これがスタンダードな材料だった。そこに別途刻んでおいた葱とチューブの生姜を入れてかき混ぜる。これで食べる準備はオーケーだ。私は「いただきます」と言って最初の一つを箸でつまんでタレの中に放り込んだ。タレをたっぷりつけると私の口へ放り込む。ひと口噛むと鶏肉の肉汁があふれ出てきた。これはおいしい。思わず目から光線が出てもおかしくないできだ。すぐに咀嚼して美味の水餃子を堪能すると飲み込んだ。 そして次の水餃子を摘み挙げてタレをつけ、口の中に入れる。 「……あ」 私はすぐに立ち上がるとトイレに駆け込む。口の中のものを吐き出すと「忘れてた……」と呟いた。口の端からぽとりと落ちる赤い残骸。図らずとも出来上がったロシアンルーレット。さすがにすべての材料を覚えていないため、確率論すら通用しなくなっていた。初めての小麦粉料理は友達とおしゃべりするときのネタとなった。惨敗だ。
https://w.atwiki.jp/lanove/pages/2.html
メニュー トップページ レーベル 著者 イラストレーター 刊行月別 リンク @wiki @wikiご利用ガイド カウンター 合計 昨日 今日 本ページ - - - 全ページ - - - 更新履歴 取得中です。 未作成ページ 作成されてないページはありません ここを編集
https://w.atwiki.jp/lanove/pages/336.html
著書一覧 TS転生した私が所属するVTuber事務所のライバーを全員堕としにいく話 1