約 845,524 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4079.html
前ページ次ページゼロの軌跡 第十一話 絆の在り処 次の日、レンは何事もなかったかのように朝の食卓についていた。 昨日の今日で彼女が平然と食事を平らげる様子を見て、ルイズは恐ろしくも悲しく感じた。 あの、いつものようにシエスタにお茶のおかわりを求める、それすらもきっと執行者『レン』としての顔なのだろう。 昨夜のレンの叫びがルイズの脳裏に甦る。口先でなんと言おうと、間違いなくレンは帰還を望んでいる。エステルの元に。 だというのに、ルイズに出来ることは何一つとしてなかった。 「レンちゃんは今日どうするの?」 「そうね、近くの森を<パテル=マテル>とお散歩しようかと思うわ」 「ルイズ様はどうしますか?」 いつの間にか名前で呼ばれていることにも気にならず、ルイズは生返事を返して席を立った。昨日の酒も抜けきってはいないし、なによりレンと一緒にいられる自信が今はなかった。 部屋に戻って横になっても、騙し絵のように思考が輪をなして休むことも出来なかった。目を閉じても冴え冴えと浮かぶ昨夜の情景。 そのうちに意識を保つことにも疲れ、ルイズは眠りに沈んでいった。 昼食の準備が出来たとシエスタに起こされたのが昼過ぎ。軽くて消化のいいものを作りましたからどうぞ、と乞われ眠い目を擦りながら席に着くとそこにレンの姿は無かった。 「レンちゃんならお弁当を持ってまた出かけていきましたよ。<パテル=マテル>も一緒です」 「…気を使わせたかしら」 「はい、何かおっしゃいましたか?」 なんでもないわ、このスープおいしいわね、とルイズは誤魔化してスプーンを持つ手を動かした。 「それよりさっきからルイズって呼んでるけど…」 「あ、も、申し訳ございません。昨日の宴会の際にそうお呼びしてよいと仰っていただいたもので。やっぱり失礼ですよね」 「そんなことないわ。これからもそう呼んで頂戴、シエスタ」 そんな記憶は丸ごと頭から抜け落ちていたルイズだったが、彼女にそう呼ばれることは嫌ではなく、同年代の親しい友人が出来たようで嬉しささえ感じた。 その答えに破顔するシエスタ。 そして、レンと話せない鬱屈を晴らすかのように、ルイズはシエスタとずっと話し込んだ。 「従姉妹が酒場で働いてるんですよ。ルイズ様も行きませんか?あまり女性向けの店とは言えないんですが」 「そういう所は行ったことがないから楽しみだわ。シエスタの休暇が終わる前に行きましょうか」 「店長さんがすごく変な人なんですよ。悪い方じゃないんですけど…」 「オールド・オスマンってどこらへんが偉大なメイジなのかいまいちわからないわよね」 「よく使い魔の鼠が女性の周りをうろつくので他のメイドのみんなも困ってるんです。ルイズ様、なんとか 出来ませんか」 「あのスケベジジイったら。もうちょっと脅かされた方がよかったのかしらね」 「それでね、そのおじいさんったら幼馴染が作った料理が忘れられないから作ってくれ、なんて言うのよ」 「あはは、オウガ退治の次はレシピ探しですか。貴族修行も大変ですね」 「あちこち走り回る羽目になったわ。そのおかげで色んな人に会えたけど」 話の種も尽きてもルイズはレンの事を話そうとはしなかった。 そのことに薄々気づいていたシエスタだったが、彼女はルイズのためにも、踏み込むことを決めた。 「ルイズ様とレンちゃんはこれからも旅を続けられるのですか?」 「…レンのことは?」 「レンちゃん本人からある程度のことは聞いています。ゼムリア大陸のリベール、おそらくは別世界であるところから来たと」 「レンはなんでもないように振舞っているけど、きっと帰りたがっているわ。昨日その手がかりを見つけたけれど、殆ど得るものもないままに終わってしまった」 「あの石碑のことでしょうか。今朝レンちゃんにも聞かれたのですが、生憎私は何も知りません。ずいぶんと昔からあるものみたいですが」 他の人があれについて話してるのを聞いたこともないですね。とシエスタは語尾をしぼませて申し訳なさそうに言った。 それを聞いてルイズはレンの気持ちを思って顔を伏せた。 そんなルイズを見たシエスタから優しく言葉を掛けられる。 「それでも、レンちゃんを召喚したのがルイズ様で本当に良かったと思っています」 「どういうこと、シエスタ?」 「ルイズ様は気づいていらっしゃらないと思いますけど、他の誰かといるときとルイズ様がいるときとではレンちゃんの様子が違うんですよ。なんというか、落ち着いているような安心できるような、そんな感じです」 目を丸くするルイズ。シエスタは微笑んでそのまま話し続けた。 「あの年頃の少女がどうして人殺しに長けているのか、どうして鉄のゴーレムを連れているのかは私は知りません。また、そうなるまでにどんな苦しみがあったのかも。 元いた世界から切り離されて見知らぬ人の中で一人ぼっち。それはきっととても辛いことです。でも、レンちゃんはルイズ様の存在を救いとして、またそれを必要としている。 ルイズ様がレンちゃんを召喚したのはただの偶然であったのかも知れません。けれど、レンちゃんと出会ってルイズ様は変わられました。貴族として、良い方向へ。 なら、きっとレンちゃんもルイズ様と一緒にいる中で生まれ変われると思うんです。今よりずっと幸せな生活が送れるように。 他人との絆があって、初めて人間は立って歩くことが出来る。人と人が出会うということはきっと、そういうことではないでしょうか」 おじいさんの受け売りなんですけどね。そう言ってシエスタは照れたように舌を出した。 ルイズは何も言わずに立ち上がった。 レンを迎えにいこう。 「もうすぐお夕食の時間ですから、仲良く帰ってきてくださいね」 シエスタに見送られて、ルイズは歩き出した。 向かったのは昨日歩いた村の外れ。やはりそこにレンと<パテル=マテル>の姿はあった。 ルイズが近づくと<パテル=マテル>が反応して蒸気を噴出す。しかし、それに気づいていないはずもないだろうに、レンは石碑の前に座り込んで振り向こうとはしなかった。 ルイズはその様子に一瞬躊躇ったが意を決して声をかけた。 「レン」 「…」 答えはなかった。それでもルイズは語りかけた。 ルイズはこれまでレンに多く助けてもらった。レンの存在があったからこそ自分の望む貴族として生きようと決意できたのだし、他の貴族と決闘になったときもレンの助勢があった。 旅をしている時も数多くの難問にぶつかったがいつだってレンがそばにいてくれた。ある時はその力を、またある時はその知恵を。レンがいなかったら今の自分はない。 ならば今こそ、自分はレンの力になろう。 「また旅を始めましょう。今度はレンが帰るための手がかりを探す為に」 「ルイズ…」 思わず立ち上がって振り向いたレン。驚きか喜びか、その顔は泣いているようにさえ見えた。 「でもまた駄目かもしれないわ」 「なら何度でも探せばいい。タルブ村にあったんですもの。他のところにもあるかもしれないわ。トリステインが駄目ならゲルマニアでもアルビオンでもガリアでも。 それでもないなら東へ向かいましょう。聖地ロバ・アル・カリイエ。エルフなんてレンと<パテル=マテル>なら物の数じゃないわよ」 「でも…」 ここで諦めてはシエスタに向ける顔がない。 ルイズは微笑んで言葉を続けた。ルイズを励ましてくれたシエスタのように。 「ほんの少しの間だったけれど、確かに世界は繋がった。エステルはレンに手を伸ばしてくれた。 レンとエステルの絆は決して切れてなんていない。希望を捨てない限り、レンは誰かと一緒にいられる。 だから、私たちも歩き出しましょう」 二人はお互いの手をとって、シエスタの待つ家へと歩き出した。 翌日、たっぷりと寝坊したルイズとレンが遅めの朝食を摂りに下へようとした時、けたたましい音を断ててシエスタが階段を上ってくる音が聞こえた。 いつもメイド然とした歩き方をするシエスタには似つかわしくないその様子に、二人は何か凶報を感じ取る。顔を真っ青にしたシエスタが話すのを聞いて、その予感が当たったことを知った。 「一体どうしたの、シエスタ」 「アルビオンが、レコン・キスタの軍が攻めて来たんです!」 タルブ村での短い休暇はこうして終わりを告げた。 前ページ次ページゼロの軌跡
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1159.html
第一部ゼロの外道な初代様 逃亡した使い魔(スピードワゴン) 閃光の紳士 第二部ゼロのテキーラ酒売り シュトロハイムの野望・将星録 教師な使い魔 第三部アブドゥルさん放浪記 ゼロのタバサ(DIO) ゼロの剣 いただきマサクゥル 割れた世界 第四部ゼロの料理人 吉良 老兵は死なず(ジョセフ) シアー・ハート・アタック 望みの使い魔(トニオ) 少女よ、拳を振れ 紙・・・? うしろの使い魔 収穫する使い魔 茨の冠は誰が為に捧げられしや 茨の冠は誰が為に捧げられしや 『魅惑の妖精亭』編 猟犬は止まらない 第五部ペッシ ブラックサバス アバッキオVSギーシュ ギーシュの『お茶』な使い魔 鏡の中の使い魔 本当に良くやった使い魔(殉職警官) ゼロの鎮魂歌――黄金体験(GER) ゼロのチョコラータ 絶望の使い魔(チョコラータ) しぇっこさん 永遠の使い魔 死にゆく使い魔(カルネ) 王の中の王 -そいつの名はアンリエッタ- ボス憑きサイト 王女の手は空に届かない 罰を負った使い魔(ジェラート) 第六部サバイバー この宇宙の果てのどこかから(プラネット・ウェイブス) 使い魔ックス ゼロの使い魔像 第七部ロードアゲインの決闘 ブラックモアの追跡 Wake up people※ネタバレ注意 ~百合の使い魔~(ルーシー) その他バオー ゼロの吸血鬼(荒木) DIO 吉良 ボス同時召喚 二刀シエスタ フリッグの舞踏会にて 禁断の呪文 タバサの少し奇妙でタフな物語 ジョジョの虚無との冒険 才人の女性遍歴日記 エレオノールの来訪者 タバサと使い魔と吸血鬼
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1461.html
ドロの使い魔-1 ドロの使い魔-2 ドロの使い魔-3 ドロの使い魔-4 ドロの使い魔-5 ドロの使い魔-6 ドロの使い魔-7 ドロの使い魔-8 ドロの使い魔-9 ドロの使い魔-10 ドロの使い魔-11 ドロの使い魔-12 ドロの使い魔-13 ドロの使い魔-14 ドロの使い魔-15 ドロの使い魔-16 ドロの使い魔-17 ドロの使い魔-18 ドロの使い魔-19 ドロの使い魔-20 ドロの使い魔-21
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3048.html
前ページゼロの誓約者 「私は、ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。ご主人様でいいわ」 「……何が?」 「呼び名よ。分かった?」 「……はい、ご主人様」 抵抗はあったが、ハヤトは怒らせてはならないと思ってその言葉に従った。だが、男がご主人様って寒くないだろうか。 必死に気を紛らわそうと、自分の事をマスターと慕うメイトルパの少女を思い出す。彼女は愛らしいが、自分にそれを置き換えてみると……、無理だ。 もう少し打ち解けたら、考え直して貰おう。 そして、しばらくルイズと言葉を交わした。 ハヤトは落ち着いていた。別の世界の存在は知っていたし、召喚された経験もある。 思っていたとおり、ここはハヤトの知っている世界ではないらしい。まだ、発見されていない世界のひとつだろうか。魔法が発達している世界。まるで、ファンタジーだ。 (って、人の事言えないか) ハヤトの前いた世界は、魔法使いなどいない。しかし、その代わりに召喚師というものが存在する。 異界のものを呼び出し、彼らに力を借りて術を使う人々。ハヤトも、物理攻撃の方が得意だが召喚師だ。 しかも、ルイズには言わなかったが普通の召喚師とは比べ物にならない力を持っている、誓約者と呼ばれる人間だ。 その力は、異界の様々な生き物を自由に呼び出し、その力を最大限に発揮させる事ができる。 はずなのだけど、どうもこっちに来てからおかしい。 「異世界から来た?なに言ってんのよ、頭大丈夫?」 ルイズには説明してみたが、信じて貰えなかったようだ。 異世界から来たなんて話、あっさりと信じられるはずがない。ハヤトだって初めて召喚された時は、混乱したのだから。 あの時はしっかりと説明してくれたパートナーがいた。だが、ハヤトには口でルイズを納得させるのは難しそうだ。 なにか、証拠を見せるしかない。と、ずっと握っていた石ころが、怪しく輝いた気がした。 「……で、使い魔の仕事は、」 「あのさ」 ハヤトは、ルイズの言葉を遮った。ルイズは、気分を害したように眉を顰める。 「俺の話が、本当だっていう証拠を見せるよ」 「証拠?」 ハヤトは、握りしめていた石ころをルイズの前に置いた。どこにでもある、なんの変哲もない石ころ。 ふざけているのか、とルイズがハヤトに視線を送る。しかし、予想に反してルイズが目にしたのは真剣な表情をしたハヤトだった。 二つの月の光が、控えめに窓から差し込む。 成功するかどうかは分からない。だが、何かが呼んでいるような感覚がした。 (誓約者の名の元に、声よ、届け-ーー) 瞬間、頭が真っ白になる。体が支えられない。ハヤトは、膝を床に付けた。成功したのかは、すぐには分からなかった。 目の前がチカチカする。視界はなかなか戻らない。ルイズの沈黙が痛い。もしかして失敗ーー? 「か、可愛い……!」 「プワ?プワ!?」 やっと視界が戻る。そこに見えたのは、ルイズと……ポワソだ。三角帽子を被った、可愛らしいお化けの召喚獣だ。 ルイズは突然現れたポワソに驚いたようだが、目が合うと疑問より先に抱きしめていた。プワ、と抵抗の声も聞こえるが気にしない。 「ハヤト!凄いわ!他にも出来ないの!?」 「キーアイテムがあれば、出来るけど」 「キーアイテム?」 「たまに、不思議な力を持ったアイテムがあるんだ。さっきの石ころとか、ペンダントとか色々」 「分かった!」 なにが分かったのか、ルイズはポワソを撫でながら、部屋の中をあさりはじめた。貴族、というだけあって高そうな小物がハヤトの前にいくつも並べられる。 ハヤトは、それを眺めながら力が満ちるのを感じていた。少しだけど、異界との繋がりが強くなった。 ポワソを召喚したおかげだろうか。試す価値はある。 ルイズの持ち物の中にも、いくつか力を感じるものがあった。 (もしかしたら、) 数十分後には、ルイズの部屋は小さい使い魔が増えていた。 正確には、使い魔の使い魔なのだけど。使い魔のものは主人のものなのだから、そんなこと関係ない。 ルイズは、最高の気分だった。こんなに使い魔をよべる使い魔を召喚した自分は凄いのではないか。 使い魔たちの名前も教えて貰った。お化けみたいなのがポワソ、ゴーグルをつけてるのがテテ、そしてゴーレム。 初めはルイズを警戒していたようだが、段々と懐いてくれた。小さくて弱そうだけど、可愛い! ルイズも上機嫌なら、ハヤトも上機嫌だった。ハヤトの立てた仮説は間違っていない。 召喚獣と契約をするほどに、異界との繋がりが強くなっているのだ。このままいけば、リィンバアムと繋がり送還術が使えるかもしれない。 送還術とは、元の世界に召喚獣を返す術。ルイズの帰る手段はない、という言葉は間違いだった。ひとつだけある。 まだ、高位のものとは契約できないだろうが、魔力が戻ればそれも可能になる。 キーアイテムを見つけ、多くの召喚獣と契約すること。ハヤトの当分の目標が定まった。 「ルイズ、これで俺の話を信じるか?」 「し、信じる!ハヤト、見直したわよ!」 そして、こぼれるような美しい笑顔をルイズはハヤトに向けた。呼び捨てで呼んでも、特に反応はない。 ハヤトはその笑顔に照れつつも思った。 どこの世界でも、可愛いは正義なのだと。 前ページゼロの誓約者
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5475.html
前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 四話 学院寮の一室、学院長のはからいで夕食を運んできた黒髪のメイドは、部屋の主とその使い魔が食事を取った後も自然に部屋へと残っていた。 部屋の主、その使い魔、黒髪のメイドの三者が揃い、部屋の主が他の二者を互いへと紹介する。 学院のメイドではあるが、自身の大切な友人と紹介された黒髪のメイドは、照れくさそうに顔を真っ赤にしていた。 銀髪の使い魔は学院長との取り決めに従い、遙か東方のメイジとして紹介された。 学生たちが使い魔召喚の儀式から戻ってきた折、部屋の主を探していた黒髪のメイドは他の使い魔を見ており、鳥でも獣でも魔物でもない銀髪の使い魔を紹介され、驚きの表情を隠すことが出来なかった。 銀髪の使い魔が特に水を向けたわけではないが、いつしか部屋の主が黒髪のメイドと友人になったきっかけを話し始め、黒髪のメイドは真っ赤になって照れる。 部屋の主が黒髪のメイドのちょっとした失敗を披露すれば、黒髪のメイドは部屋の主のちょっとした秘密を暴露する。 互いが顔を赤くしながら話し合い、邪魔し合う。 その様を、銀髪の使い魔が微笑みながら眺めている。 あたかも仲の良い姉妹を見る母親のように。 やがて部屋の中にふとした沈黙が落ちた。 二つの視線が絡み、そしてそれが部屋の主へ向く。 視線の先から、その姿がなくなっていた。 「ルイズ様?」 という黒髪のメイドの言葉に、銀髪の使い魔は視線を下げる。 ベッドの上で、部屋の主が幸せそうに眠っていた。 銀髪の使い魔が主を抱き上げ、黒髪のメイドが服を着替えさせる。 銀髪の使い魔が主をベッドに横たえ、黒髪のメイドが毛布で部屋の主の体を隠した。 「それでは」 とささやいた黒髪のメイドは部屋を出て振り向く。 「あの」 振り向きかけた銀髪の使い魔に、黒髪のメイドの言葉が投げられる。 「ルイズ様を、よろしくお願いいたします」 「任せよ」 短い一言だった。しかし黒髪のメイドと合わされたその瞳で、黒髪のメイドへまっすぐ放たれたその一言で、黒髪のメイドは銀髪の使い魔を信じることを決めた。 そっと頭を垂れ、黒髪のメイドは学生寮を去る。 銀髪の使い魔は幸せそうに眠る主の顔を眺め、優しく頭を撫ぜた。 主は口の中で何事かをつぶやき、目覚めることなくさらに深い眠りの奈落へと滑り落ちていくようだった。 やがて明かりを消した銀髪の使い魔は主の眠りの邪魔をしないよう、そっと窓から外へと出る。 『飛翔(フライト)』 二つの月が、銀髪を煌めかせていた。 一度学院の上空を回り、ひときわ高い塔の上へとおり立つ。 真実の鏡から開放された衝撃で、ほぼ常に眠っているような休眠期から活動期に入ったためか、それとも単に興奮が冷めないためか、ブラムドは人間の姿になった今でも眠気を感じていなかった。 呪縛から解き放たれたこと、自由であることを確認する。 そのことだけで、今まで生きてきた中で一度もあり得なかった歓喜に満たされる。 逆に少し前までは、その歓喜と対をなすような憎悪の中にいたのだが。 再び飛び上がり、ブラムドは天頂にある月を目指し始める。 無論、月へと辿り着けるわけではないことはわかっている。 雲を抜けたブラムドは風をその身に受けながら、歓喜を表した。 言葉ではなく、叫びではなく、咆哮を解き放った。 口を開き、喉を開き、肺を絞るように。 雲を震わすように、月へ届けといわんばかりに。 歓びの歌を、高らかに。 真実の鏡に縛られていたころは、餌を求めて飛び立った直後に警鐘で呼び戻されることが幾度も繰り返された。 ブラムドが守っていた宝を求める者は、絶えることがない。 輝くものを集めるのは竜の習性だ。 言語を解せない下位の竜でも、ブラムドのような上位種でも、それは変わることがない。 結果として、宝を求める盗賊の類は竜のねぐらへと絶えず足を運ぶ。 帰ってこない盗賊がどれだけいても。いや、だからこそといえるのかも知れない。 下位の竜が溜め込んだ宝でも、普通の人間が死ぬまで遊んで暮らすに十分だ。 ロードス島が狭いとはいえ、そこに五匹しかいない上位種が溜め込んだ宝はいかばかりか。 数ある魔法の品を処分すれば、国を興すことも出来うるだろう。 竜を討つなど痴人の夢よと評すものも、欲に駆られれば剣や杖を持つにいたる。 ブラムドの姿を見て逃げ去るものもいた。 ブラムドと話をして立ち去るものもいた。 だがそれらを上回るほどに、欲に目をくらませた人間たちは多かった。 いつしか、ブラムドのねぐらにはうずたかく詰まれた宝物と、それとさして変わらぬ高さの亡骸が詰まれることになる。 殺したかったわけではない。 喰らいたかったわけでもない。 それでも、呪縛がもたらす苦痛に耐えることは出来なかった。だが突然、それから開放された。 ブラムドの体を縛り付ける鎖はもう存在しない。 ブラムドの体をさいなんだ苦痛も存在しない。 いずこへ飛び去ろうが、頭の中で警鐘をかき鳴らされることもない。 魔法王国の魔術師どもに囚われるより前のように、どれだけ飛ぼうとも、海を越えようとも、呼び戻す何者も存在しない。 胸の内から湧き出す歓びを、その歌を妨げるものは何もない。 歓喜が、ブラムドの身を震わせていた。 不意に、ブラムドの体が落下する。 魔法の効果が切れたのだろう。 雲の下へ出た瞬間、ブラムドは彼方に竜の姿を見ていた。 青空のような色をした竜は、その色にいた髪の人間を背に乗せていた。 落ちているブラムドを見て慌てたのか、竜はその翼を強くはためかせて近づいてくる。 ご苦労なことだと思いながら、ブラムドは竜とその主に任せるつもりになっていた。 学院寮の屋上、二つの人影と一つの大きな影が並んでいた。 「危ないところをすまぬな。礼を言おう」 「嘘」 少女の端的な言葉に、ブラムドは次の台詞を待つ。 「あんな高いところへ上がることはメイジにしかできない。ただ落ちていたときには気を失っているのかと思ったけれど」 「魔力が切れていたのかも知れぬ、とは考えられぬか?」 面白がるようなブラムドの言葉にも、少女は表情を変えずに首を横に振る。 少女の想像通り、ブラムドには十二分な余力があった。 落下速度を制御するなり、再び飛ぶなり、竜の姿に戻るなり、やりようはいくらでも考えられる。 それでも何もせずに落ちていたのには多少の理由がある。 少女の人となりを確認するという理由が。 ブラムドは気付いていた。 少女が自らの呼び出された場にいたことを。 それはつまり主の学友である可能性が高いということだ。 落下を制御して草原へ降り立つとき、ゆがんだ表情でルイズへ声をかけていた連中とは違う態度をとっていた幾人かのうちの一人。 確か驚愕の表情を貼り付けていた幼い竜の傍らで、ただルイズへと視線を投げていた。 コルベールと共に去る少年少女たちの中で、ルイズへ挨拶をした人間はいなかった。 確信にまでは至っていないが、ブラムドはルイズが孤立しているのではないかと疑っている。 「あなたは誰?」 思索の渓谷へ落ちかけていたブラムドを、少女の問いかけが引き戻す。 一瞬の沈黙。 それは迷いを意味していた。 だがブラムドは正直に言うことにした。 「我が名はブラムド」 「……あの韻竜?」 「ここでは喋る竜はそういうのか」 少女がうなずく。 ブラムドはそのまま少し待ったが、少女は何も言わずにブラムドを見つめるままだ。 素直に名を聞いても良かった。しかしブラムドは少女ではなく、傍らの竜へと問いかける。 人の言葉ではなく、竜の言葉で。 『幼子よ。そなたの名は?』 少女の耳に、うなるような、鳴くような、不可思議な旋律が飛び込む。 だが傍らの竜には、はっきりとした言葉として聞こえていた。 『きゅい、シルフィード。ブラムド様はその姿のままで竜の言葉がわかるのね?』 『さして難しいことではあるまい? まぁ竜と話すのは久方ぶりゆえ、言葉を覚えているか不安があったがな』 少女の視線が、不可思議な旋律を交わす二者を行き来する。 『きゅい、ブラムド様。ブラムド様をおねにいさまと呼んでもよい?』 『おねにいさま? 奇妙な言葉だ。おねえさまではいかんのか?』 苦笑を浮かべるブラムドに、シルフィードは首を激しく横にふった。 『おねえさまだとタバサおねえさまと一緒になってしまうのね。ブラムド様をはじめてみたときはおにいさまだと思ったけど、今は女の人なのね。だからおねにいさまだと思ったの』 『この学院には、他に竜の言葉がわかるものはおるまい? なれば竜の言葉で呼ぶ折にはおにいさまでよかろう』 『わかったのね。おにいさま』 喜びをあらわにする使い魔に、困惑の表情を浮かべた少女。 少女がブラムドに問いかけようとしたところに、ブラムドは先手を打った。 「お前の名はタバサというのか」 再び投げかけられた言葉に、タバサは衝撃を隠せない。 表情の変化は僅かなものだったが、ブラムドがそれを見逃すことはない。 心持ち目付きを鋭くしながら、タバサは手に持つ長い杖でシルフィードに打撃を与える。 『いたいのね!?』 頭を叩かれたシルフィードの悲鳴に、ブラムドは笑みを隠せなかった。 「そう責めてやるな。お前と違って隠すことを心がけているわけではないのだから」 その言葉に、タバサの鋭い視線がブラムドへと向けられる。 ほんの一瞬でその視線は平静なものへと戻されたが、老齢の竜にしてみれば心の動揺を隠しているのは明白だ。 「お前が表情を出来るだけ消していること、あまり喋ろうともしないこと、それは全て相手を煙に巻く為のものだ」 タバサの表情や視線は変わらない。しかし耳が小刻みに反応していることで、ブラムドの口の端が下がることはない。 「だが視線や体温、耳や鼻、手先や体の動きにまで気を配れていないところを見ると、習ったものでもあるまい」 小さく、タバサの喉が動く。 「息や喉の動きもな」 タバサの首元がわずかに朱に染まるのを見ながら、ブラムドは喉の奥で笑う。 身の丈を超える長い杖、それを握るタバサの手に、わずかな力が加わった。 その表情や態度には、殺意ではなく義務感のようなものがかいま見えた。 愉しみのために人を殺すのではなく、生業として人を殺すもの独特の振る舞いだ。 「やめておけ」 緩慢な空気が、掻き消えていた。 ルーンを唱えようとした口が、凍りつくように止まっている。 タバサは、ブラムドの瞳に飲み込まれるような感覚におそわれていた。 そこに存在するのは底の見えない深淵。 淵に立つタバサを支えているのは二本の足のようでもあり、彼女のものではない手のようでもある。 再び、タバサの喉がわずかに動く。 殺意があるわけではない。 ブラムドはただタバサを見ているだけだ。 だが、それだけでタバサは手も口も動かせなくなる。 ふとブラムドの視線が外れ、タバサは呼吸することを思い出した。 震えだすことは抑えられたものの、額ににじむ汗は止めようもない。 空気の変化に気付けなかったシルフィードだが、ようやくタバサの様子に気付くと、気遣わしげに頬擦りをする。 『おねえさま? 大丈夫なの? おなかいたいの?』 いたわるように鳴き声をあげるシルフィードを撫ぜ、タバサはそっと腰を下ろした。 視線を足元に下ろしながらも、口を開こうとし、また閉じる。 タバサの仕草に稚気をくすぐられながらも、ブラムドはそっとつぶやいた。 「汝のことを吹聴するつもりはない。主に聞かせるつもりもな」 ふっと安堵のため息をついたタバサに、竜の姿をした竜は楽しげに鳴き、人の姿をした竜はそっと微笑んだ。 立ち去ろうとしたタバサに、ブラムドが声をかける。 「しばし待て」 タバサが見たブラムドの表情は、どこかいたずらをしでかす子供のそれに見えた。 「……動くなよ?」 『遠見(ビジョン)』 その瞬間、ブラムドの視力が増大する。 しばらく前から自分たちを見ていた視線の主を確認する為に。 ……女。 ……緑がかった銀の長い髪。 ……眼鏡をかけている。 ……ゆったりとした服を着ているが、立ち姿から多少なりとも鍛えているのが見て取れる。 ……見たことのない顔だが、その目付きの鋭さは特徴的だ。 ……オスマンやコルベール、タバサのように戦いをたしなむ者とは違う。 ……気配の消し方も堂に入っている。 ……とすれば盗賊か間諜の類。 ……間諜ならばタバサが目的か。 ……しかし視線は我へと向けられている。 ……闖入者に探りを入れている程度のものか。 『魔力感知(センスマジック)』 ……魔力を感じ取れるのならば魔術師か。 「そこな女」 ……反応はない、か。 ……であればこちらの会話を聞かれてはいまい。 むしろ反応があったのは傍らの一人と一匹だった。 向けられる視線に軽く手を振って応えたブラムドは、そのまま魔法を解く。 「タバサ」 「何?」 「彼方を見やる魔法というのはあるか?」 反射的に、タバサは口を閉じた。だが思い直したのか、素直に答えを返す。 「ある」 「我の左手にある建物の影に人がおる」 その言葉に、タバサは遠見の魔法を使う。 「何者かしっておるか?」 「ミス・ロングビル。オールド・オスマンの秘書」 「こんな時間に出歩くような秘書の仕事があるのか?」 ブラムドの言葉に、タバサはわずかに考えるそぶりを見せた。 「知らない。でも時々、夜見かける」 「夜半にか?」 小さく、タバサがうなずく。 「ほぅ……」 つぶやいたブラムドの口元に、薄く笑みが張り付いていた。 その表情を見たタバサは、先刻自身へと向けられていた笑みと、似ているようでどこか違うような、奇妙な感覚におちいった。 「さて、ずいぶん遅くなってしまった。お前たちもそろそろ部屋へ帰るが良い」 言葉は柔らかなものだった。 表情も穏やかなものだった。 それでも、タバサはその言葉に逆らうことは出来なかった。 『おにいさま、さようならなのね』 タバサがシルフィードに乗って立ち去り、ブラムドが飛び去ったとき、ミス・ロングビルは音もなく建物の影へと消えていった。 再び、学院に静寂が訪れる。 その後、ブラムドがルイズの部屋へと戻ったのは、日が昇り始める直前だった。 前ページ次ページゼロの氷竜
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5487.html
前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 五話 太陽が、地平線と別れを告げていた。 涼やかだった空気も、いつの間にか暖かさを身にまとっている。 小鳥のさえずり、小さくも力強いその羽音。 水をくみ上げているのであろう、井戸の滑車の音。 使用人同士の挨拶の声。 窓の外で繰り広げられるその全てを、ブラムドの耳はとらえていた。 また、窓の外の小さな喧騒とは裏腹に、寮の内側ではまだ何の音も聞こえてこない。 ……起こすにはまだ早かろう。 そう考えたブラムドは何とはなしにルイズの顔を見つめ、そのままそっと目を閉じた。 昨日から今朝にかけ、いくつか魔法を使ったものの、体内のマナは十分な力を保っている。 ふと、ブラムドは違和感に気付く。 マナの消耗が少なすぎる。 フォーセリア世界では万物の根源とされるマナ。 地水火風の精霊を操る精霊使いの初歩は、精霊の存在を知覚することである。 同じようにマナを操る魔術師の初歩は、己が内に秘められたマナの存在を知覚することだ。 竜であるブラムドは魔術師が操る古代語魔術と違う、竜に連なるものが使う竜語魔法を元より身に着けている。 竜語魔法を使う際にもマナを使う為、魔術師としての初歩を必要とはしていなかったが、今ブラムドが古代語魔法が使える理由は、一人の魔術師に手ほどきを受けたからだった。 フォーセリア世界の魔法王国、カストゥールと呼ばれた王国の末期、当時の貴族階級である魔術師は魔法を使えない人間を蛮族と蔑み、奴隷階級として虫けらのように扱った。 ブラムドをはじめ、魔術師に捕まった竜はことあるごとにその蛮族たちと戦わされるが、蛮族たちの死は数多ある娯楽の一つに過ぎない。 人間の死が、酒や歌、本や劇と同列にされていた時代。 ブラムドが友と呼ぶ魔術師、かつてのロードス島太守の娘として生まれたアルナカーラは、当時の魔術師としては最たる異端、貴族も蛮族も、動物も魔獣も問わず、生命そのものを最も貴重とする大地母神マーファの信徒であった。 蛮族が人ではなかったころ、人の命そのものが軽視されていた時代では、数え切れない人間たちが実験として殺されていた。 そんな中で、囚われていた自らの境遇に同情したアルナカーラと、ブラムドはやがて交流を持つにいたる。 ロードス島の五色の竜、その中で最も凶暴といわれた火竜シューティングスターは、魔術師に囚われていた憎悪と憤怒を蛮族に向け、その凶暴さから後に魔竜の称号を与えられた。 最も狡猾といわれた黒竜ナースも同じように、残虐さから邪竜の称号を冠される。 二体の竜は当然それで喜ぶわけもないが、蛮族に情けをかけるかのように、すぐとどめを刺してしまう他の三体に比べ、闘技場へ引き出される回数は日に日に増えていった。 やがてブラムドの檻の前は、世話係の他にはアルナカーラの姿ばかりがあるようになり、持て余した時間を魔術の学習などに使うこととなる。 ハルケギニアへ召喚されたブラムドが知る由もないが、フォーセリア世界の魔法王国時代末期に開発された魔法、そしてその滅亡に際して失われたとされている魔法の全てを、ブラムドは扱うことが出来る。 元より感覚の鋭い竜族であり、魔法の研究では最盛期を迎えていた時期の魔術師に魔法を習ったことから、ブラムドの魔術師としての能力は異常ともいえた。 おそらく、ブラムドの持つ全てのマナを注ぎ込めば、太守サルバーンのかけた『制約(ギアス)』の魔法も解くことが出来ただろう。しかしブラムドはその優しさゆえ、アルナカーラの立場を慮ってそれをすることはなかった。 結果として世話係に密告され、太守サルバーンに『制約』の解除をすることも禁じられてしまう。だがブラムドは、今でもアルナカーラを友だと思っている。 魔術師の中の、唯一の友と。 魔術師としての能力を考えれば、ブラムドは魔法王国でも上回るもののない存在だ。 魔法王国が滅びた現在では、比肩しうるものは同じ竜族で古代語魔法を操ることが出来るエイブラだけだろう。 その卓越した魔術師としての能力が、明確な違いを感じていた。 ブラムドが初めから持っていた資質なのか、それとも研究者としての魔術師、アルナカーラに触発された結果なのかは不明だが、ブラムドもまた研究者としての側面を持っていた。 つまり、理論を実験で確認するということを。 無論、実験を今この場で行うわけにはいかない。 単にマナの消費が少ないだけなのか、魔法の効果そのものに何か変化が生じるのか、それを確かめるためにはブラムドが扱うことのできる魔法を、一通り使ってみる必要があるからだ。 昨日から今朝にかけて使ったいくつかの魔法に関していえば、効果に代わりはなかった。 だが主を守護するという目的のためにはきわめて重要な、攻撃に属する魔法は一切使っていない。 威力の予想がつかない魔法を、室内で使うわけにはいかない。 さて、とブラムドは考える。 ルイズやオスマン、そしてシエスタは信頼を置ける。 タバサの嘘は魔法を使うまでもなく見抜くことができる。 だがロングビルのような人間がいるのならば、易々と手の内をさらすのは得策ではない。 ……どこか適当な場所がないか、ルイズかオスマンに尋ねてみようか。 ブラムドのそんな考えは、ベッドからのうめき声で中断される。 ベッドを見やると、ルイズの眉間には深い皺が刻まれ、口からは言葉にならない苦悶の響きが漏れている。 「……ルイズ? ルイズ?」 ひとまず頭や顔を撫でさすると、ルイズのまぶたが開きかける。 すぐに目覚めたことで、魔法による干渉でないと安心したブラムドの不意を突くように、ルイズが抱きついてきた。 「ちいねえさま!!」 と、声を上げながら。 「使い魔が出てきてくれないの!! 竜や魔獣なんて贅沢いわないわ!! 犬でも猫でも、カラスだっていい!! トカゲでもカエルでも構わない!! でも爆発するだけなの!!」 ブラムドが慰めの言葉を差し挟むまもなく、ルイズの嘆きは続く。 「お父様は大丈夫って仰ってくださった。お母様も時が来れば魔法を使うことができると仰った。あの姉さまだって、ちびルイズ、あんたはこの私の妹なんだから魔法を使えないわけがないのよっていったわ!! でも、駄目だったの!!」 「ルイズ」 言葉をかけようとブラムドが名を呼んだ瞬間、ルイズの両手がブラムドの胸へと伸びた。 右手と左手で握り、揉んだ。 一回、二回、三回、反応に困って二の句が継げないブラムドに、至極冷静な声音でルイズがいった。 「ちいねえさま胸しぼんだ?」 ブラムドの両手がルイズの顔を挟み込み、胸元から引きはがす。 「ルイズ、目を覚ませ」 引きはがされた瞬間には半ば閉じていたその目が、一度、二度、三度とまばたきをし、その瞳に光が宿る。 「……ブラムド?」 「目は覚めたようだな」 その言葉に、ルイズの頭が急速に活動を開始する。 ……寮の私の部屋。 ……目の前の人はブラムド。 ……すごい竜で、すごい魔法を使う。 ……オールド・オスマンがそのままだとまずいって言って、 ……ブラムドは人間になった。 ……寮に帰ってきてからシエスタと話をして、 ……それから胸。 ……胸。 …………胸? 両の手が、ブラムドの胸に伸びていた。 両の手を軽く握った。 柔らかい。 この瞬間、ルイズの意識は完全に覚醒した。 そして自分のしていることに気付き、顔や耳どころか首もとまで真っ赤に染め上げる。 さらに降伏でもするかのように両手を頭上にのばしながら、後退して、ベッドから落ちた。 「ルイズ?」 主を追ってベッドから降りたブラムドは、昨晩のようにルイズを抱き上げ、再びベッドへと横たえた。 ベッドから落ちたときに打ったのであろう、後頭部をさするルイズの手をどけさせる。 「大したことはない」 髪をかき分けて患部を確かめたブラムドがそういうと、ルイズは染め上げた顔のまま謝罪を口にした。 「ごめんなさい!!」 「何を謝る?」 人間の、それも特定の性別の感覚で謝られたが、ブラムドにはなぜ謝られたのかが理解できない。 ルイズは自分のしたことが謝罪に値することだと思っていたが、ブラムドの言葉で思考に混乱をきたした。 口を開いたり閉じたりするルイズに、ブラムドは微笑みながら言った。 「ルイズ、お前は幼な子のようなことをするのだな」 その一言で、ルイズの混乱は急速に収まる。 まだ頬や耳を赤く染めながらも、普段通りに話せるようになった。 「こ、このことは誰にも内緒よ?」 「シエスタにもか?」 ブラムドの言葉に再び顔を赤くしながら、ルイズは断言した。 「シエスタにも!!」 準備にはいささか早い時間だったが、ルイズはいつものように制服に着替え始める。 すでに顔色は戻っていたが、ボタンを留める手は少し震えていた。 「ルイズ」 「なっ、何!?」 「この近くに、人気のなく、見晴らしの良い場所はあるか?」 疑問を浮かべつつも、ルイズはひとまず答えを返した。 「この近くでなら、昨日の儀式に使っていた草原が一番見晴らしがいいわ。特に秘薬の材料が生えている訳じゃないから、使い魔召喚の儀式以外だとあまり使わないし」 「そうか、では夜にでもゆくとしよう」 身だしなみを整えたルイズが、改めて疑問を口にする。 「なぜそんなことを聞くの?」 「色々な魔法を試したいのだ」 「試す?」 ブラムドはかたわらに歩み寄ったルイズの頭をなぜ、微笑む。 「お前を守るためには、戦うための魔法も使うことがあろう。何しろ今の我は氷竜ではなく、東方より来たるメイジだからな」 使い魔が、自分を守ってくれる。 使い魔が主の望みを叶える、おそらくメイジとしては当たり前のことで、そのこと自体にこうまで強い喜びを感じることはないだろう。 だが、ルイズは魔法を使うことができなかった。 魔法を使うと言うことに対する達成感も充足感も、およそ味わったことがない。 味わったことがあるとすれば、苦渋と挫折だけだった。 それゆえ、ルイズは今まで味わったこともない多幸感に包まれていた。 油断してしまえば、草原でしたように嬉し涙をこぼしかねないほどの。 「ルイズ、頼みがあるのだが」 そしてたたみかけるように、頼み事をされる。 これも学院に来てからはされたことがない。 仕方がないといえば仕方のないことだ。 練金で物を作り出すことを得意とする土メイジは、とかく何か頼み事をされることが多い。 水の秘薬なしでも、小さな傷程度なら治すことのできる水メイジも同じだ。 いずれの系統にも目覚めていないルイズは、頼み事をする対象としてはもっとも適さない人物だった。 それが昨日会ったばかりとはいえ、この上もなく頼りにしている存在からの申し出であれば、喜びはひとしおだろう。 端的に言えば、ルイズは舞い上がった。 「何? 何かほしい物でもあるの? なんでも買ってあげるわ!!」 その主と同じように、ブラムドの心境も同じように端的に言おう。 「武器? 食べ物? 服? アクセサリー?」 正直、ルイズの勢いと奇妙な目の色に少々気圧されていた。 「い、いや、服も必要といえば必要だが、とりあえずはアクセサリーのような物が欲しいのだ。似たような形の物をいくつかの種類で」 「指輪とかネックレスとか?」 「そういった物でも構わないし、そういった物でなくても構わない。例えば何か金属の塊や石、何かの駒や宝石でもいい」 曲がりなりにも公爵家の令嬢であるルイズは、当然装飾品の類も数多く所有している。しかし、それらを寮へと全て持ち込むようなことはしていない。 何よりも学びに来ているのだ。 基本的に真面目なルイズはその原則に基づき、家族との思い出の品など、肌身離さず持っていたい物だけを持ち込んでいた。 ブラムドへ渡すことが嫌だというわけではないが、石でも良いと言われる程度のものとして与えるのには流石にためらわれた。 悩んだ末にルイズが取り出したのは、父であるヴァリエール公爵から与えられたチェスの駒であった。 金と銀でできた駒。 駒の底にはなめし革が張られ、ガラスの盤を傷つけないようになっている。 無論細工も見事な物で、馬をかたどる騎士の駒は息づかいが聞こえてきそうですらあった。 わざわざこのような物を送られる程度には、ルイズもチェスをたしなんでいたが、残念なことにチェスは一人ではできない。 少なくとも、今のルイズには無用の長物と言えた。 以前シエスタに手ほどきをしようと言ったこともあったが、使用人であるシエスタにはそれほど自由な時間はない。 簡単にルイズから駒の説明を受けたブラムドは、満足げにうなずく。 「申し分ない。少なくとも今はな」 「何に使うの?」 六種の金の駒、六種の銀の駒、併せて十二種の駒へ、ブラムドは魔力を込めていく。 『呪物創造(クリエイト・デバイス)』 「魔法を使うには目標が必要だ。自らを対象とするようなもの、敵を対象にするようなものであれば簡単だが、見えないものを対象にするのは難しい」 魔法を使えないルイズは、ブラムドの言葉を想像するしかない。 それでも、見えない物を目標にするという困難さは容易に想像がついた、 「この駒に込めている魔力は、それぞれ少しずつ違う。例えて言えば、それぞれに違う文字のようなものだ」 ブラムドが事実を知ることはないが、本来『呪物創造』は魔法を行使するための発動体を作るための魔法である。 魔法王国カストゥールの魔法も、元々はハルケギニアと同じように発動体を必要としていた。 その形状は杖だけではなく指輪なども含まれていたが、ロードス島での研究が進んだ結果、後に発動体を必要としなくなった。 魔法を物に込める付与魔術の術者であったアルナカーラは、この発動体に別の使い道がないかと研究を進める。 やがてその研究は成果を上げ、隔てた場所を行き来する『転移(テレポート)』や、 『心話(マインドスピーチ)』の目標とすることを可能にした。 数多あるアルナカーラの功績の一つだ。 ブラムドが、魔力を込めた金の女王をルイズに渡す。 不思議そうな顔をし、ブラムドへ話しかけようとしたルイズだったが、ブラムドが口元に当てた人差し指に口を閉じる。 『心話』 ……それを持っていれば、こうやって心の声が聞こえるようにもなる。 ブラムドの声、それも心を通わせているからか、竜の姿をしていた時の声をルイズの心は聞く。 ……すごい!! こんなこと、ハルケギニアの魔法では絶対にできないわ!! ルイズの驚きを表す心の声に、ブラムドは愉快そうな笑みを浮かべた。 「ついでに込めた魔力も隠してしまおう」 「そんなこともできるの!?」 「問題はない」 草原で、竜から人へと姿を変えるときにも口にした、こともなげな台詞。 『魔力隠蔽(シール・エンチャントメント)』 自らの使い魔へ畏敬の念を送ると共に、使い魔にふさわしい主になることを、ルイズは改めて誓った。 前ページ次ページゼロの氷竜
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3903.html
前ページ次ページゼロの魔獣 思い思いに増殖を繰り返していた異形の群れが、共通の敵の侵入に対し、一斉に牙を剥く。 甲虫の牙をかわし、飛び散る虚空の粒を避けながら、慎一が飛ぶ。 サーカスを繰り広げながら真紅の機体に取りすがり、その内部へと体を滑り込ませる。 威勢よく啖呵をきって飛び出してきた慎一だったが、実は機体の動かし方が分からない。 ロボットの頭部となったイーグル号に乗り込むのは、これが初めてだった。 迷っている暇はない。 開きっぱなしのハッチからドス黒い液体が流れ込み、 パキパキという音を立てて、髑髏の怪物が侵入してくる。 ヤケクソになった慎一は、目ぼしいスイッチを片っ端から弄っていく。 機体はウンともスンとも言わない。 ドジュウゥッ、と、天井を伝うドグラの雫が、慎一の肩を濡らす。 瞬く間に触手が生え出す右肩に、慎一は迷いもせずに齧り付く、 ドグラに侵された部位を噛み千切り、ペッ、と吐き捨てる。 鮮血が噴出す。 「こなクソオオオ!!」 慎一ががむしゃらにレバーを動かす。 顔面についたソバカスのような無数の虚穴が、徐々にホクロのように拡大していく。 ドグラの水溜りに浸かった足から、タコのような触手がズルリと生え始める。 「動きやがれええええ!! テメエッ それでも国産車かァ!?」 無茶な理屈を叫びながら、慎一が勢い良くコンソールをぶっ叩く。 直後、ブウゥゥン、という起動音とともにモニターが起動する。 ―勿論、叩いたから直ったわけでは無い。 イーグル号の内部に、慎一とは別の意志が宿っていた・・・。 室内にゆっくりと緑の光が満ちる。 その光を忌避するかのように、コックピットに溢れていたドグラの群れが引いていく。 緑一色の世界の中、慎一は見た。 計器類を確認しながら、手馴れた手つきでスイッチを動かす白衣の男・・・。 かつて、タルブの夕焼けの中に見た、『彼』であった。 ご機嫌なエンジン音を確認しながら、男が中央のレバーへと手を伸ばす。 その上から、慎一が左手を重ねる。 「助かったよ・・・ アンタの思い 俺が預るぜ」 慎一の言葉に、男が笑う。 フル回転する炉心に合わせ、機体が徐々に熱を持ち、白色の光を放ち始める。 「後は頼んだぜッ!! ルイズゥ!!」 オーブン状態のコックピットでその身を灼かれながら、慎一が勢いよくレバーを倒した。 イーグル号の異様な発光を確認し、ルイズがヘルメットを脱ぎ捨てる。 両手で自らの頬を叩き、気合を入れて杖を構える。 「やって見せるわ! シンイチ・・・」 大きく一つ深呼吸して、詠唱を始める。 体内に湧き上がる力のうねりを感じながら、高々と杖を振り上げる。 (― もし この一撃が シンイチに当たったら・・・) ドクン! と、負の思考がよぎり、指先が震える。 指先の震えは、心の震え。 発光するイーグル号の真横で爆発が起こり、ドグラが大きく抉り取られる。 自身でも考えていなかった威力の爆発が、かえって少女の心を萎えさせる。 知りうる限りの詠唱を試し、何度も何度も杖を振るう。 しかし、爆発は小規模な閃光へと変わり、目標を大きく外し続ける。 機体が輝きを放ちだしてから、既に十分近くが経過している。 いかに魔獣の細胞を持つとはいえ、このままでは慎一が・・・。 気が急くあまり、ルイズは気づかない。 魔法が成功しない理由が、自らの内にある事に・・・。 もはや、詠唱もへったくれもない。 喚き声を上げ、玉のような汗を飛ばしながら、ガムシャラに杖を振るう。 精神は大きく乱れて、爆発すらも起こらない。 状況を静観していたドグラの群れが、ここに来て大きく動き出す。 煩わしい輝きを放つ機体を屠らんと、一体となってその身をうねらせる。 ただならぬ気配を察知し、大きく肩で息をしていたルイズが再び杖を構える。 足元が揺らぎ、杖先が大きく震える。 「シン・・・ シンイ チ・・・」 杖を振りかぶろうとする少女の眼前に、堤防のようにそそり立った異形の姿が現れる。 「シンイチィィィィィッ!!」 ルイズの叫びと同時に、ドグラの大津波がイーグル号を飲み込んだ・・・。 ドグラの海へと消えたイーグル号に、トリステインの兵達が絶望の声を上げる。 「シンイチ・・・」 「・・・・・・・・・・」 キュルケもタバサも、二の句を告げることができない。 慎一の死は、トリステインの最後を意味していた。 もはやこの世界に、ドグラを止められる者はいない。 自らの勝利をひけらかすかのように、異形の群れが小高い山をなしていく。 このまま雪崩のごとくタルブの地を、そしてトリステインを飲み込むことは明白であった。 「・・・! 待って!? 皆 あれを!」 恐慌をきたす兵達を押し留め、アンリエッタが叫ぶ。 山の内部から響く異形の喚き。 ドグラの巨体が、先程とは異質な変化を遂げ始めていた・・・。 (全ては・・・ すべては私の責任・・・) その場に崩れ落ちたルイズが、はらはらと涙を流す。 ヴェストリの広場での決闘の日、ルイズは自らの能力・・・『爆発』の使い方に気づいていた。 気付いた上で、慎一の指摘を受けるまで、その選択を保留し続けた。 自らの力、その異形さを肯定するのが恐ろしかった。 そして、その代償がこの事態である。 自らの力を受け入れ、研鑽を積み重ねていたなら、今日の様な事にはならなかったはずだ。 自分を守ろうとした使い魔は死に、その罪は、自分の愛した世界で償わねばならなかった。 思考の泥沼に陥ったルイズを引き上げたのは、兵士達の驚嘆の声。 フッ― と、顔を上げた先にあったのは、頂部が異常に膨れ上がったドグラの山。 球体のような塊が、枝分かれして指を成し、徐々に巨大な握り拳へと変化していく。 「グ オ オ オ オ ォ ォ ォ オ オ オ ォ オ ォ ォ オ オ オ ォ ! ! ! !」 大気を震わせ、大地を揺さぶりながら、聞き覚えのある雄叫びが響き渡る。 やがて、ざわめく異形の群れを蹴散らしながら、巨大な魔獣の顔面が姿を見せた。 「「「「キシェイイイアアアアアオオオオオアアア!!」」」」 「ガッ アアアァァァ アアアアアアア!!!!」 突如として体内から現れた巨獣を取り込まんと、異形の群れが咆哮を挙げる。 秩序だった動きでドグラが竜巻となり、魔獣の全身に張り付いて虚穴を作る。 魔獣の咆哮に合わせ、その肩口から巨大な獅子が現れ、ドス黒く変色した胸元を喰い破る。 「あれは・・・ シンイチ・・・なの?」 「ドグラを・・・喰ってる・・・ ドグラに侵された体を喰らい、新たな肉体を再生している」 放心したようなキュルケの問いに、冷や汗を流しながらタバサが答える。 二匹の巨大な蛇が、互いを喰らわんと取りすがる地獄絵図。 魔獣が拳を振るうたびに旋風が吹き、大地が砕ける。 唯一つ分っている事 ― どちらが勝っても、ハルケギニアに未来はない。 魔獣が暴れる毎にドグラが周囲に飛び散り、分裂したドグラを喰らい魔獣が巨大化する。 爆音が轟き、地割れが起こり、ドグラの旋風が吹き荒れる。 世界が終末へと近づいていた。 無力さに立ち尽くす人々の中、ルイズだけは別の感情を抱いていた。 人の姿を捨て、人としての自我を捨て、自らの体を喰らいながら、未だ慎一は戦い続けている。 誰のためか? 他ならぬ、自分とハルケギニアの為ではないか。 全力も尽くさず、くだらない後悔で歩みを止めた先刻の自分をブン殴りたい気分だった。 力強く杖を握り締め、大地を踏みしめ立ち上がる。 慎一を救うため、命ある限り、足掻いて足掻いて足掻きぬく。 そうせねばならぬだけの義務が彼女にはあった。 (一発勝負・・・) そう心に決めた途端、フッと体が軽くなった。 精神状態の変化に合わせ、体内に新たな力がみなぎるのを感じる。 唯一の問題は、イーグル号の位置である。 あの機体のエネルギーを使わなければ、慎一を虚空へ帰すことは出来ない。 ふと、何かを思い出したルイズは、静かに瞳を閉じる。 この場でイーグル号の在りかを知りうる者が一人だけいる。 ― ドグラと同化したある慎一である。 完全に自我を失った慎一とコンタクトを取れるのは、五感を共有できるルイズだけであろう。 ルイズが意識を集中させ、慎一の意識へ、そして、そこにいるはずの『彼女』へと語りかける。 ―やがて、魔獣の右拳に、巨大なルーン文字が出現した。 柔らかな光を受け、ドグラの動きが緩慢になる。 魔獣の瞳から暴力の色が消え失せ、硬く閉ざされていた右拳が、ゆっくりと開き始める。 魔獣の掌の中にあったのは、未だ輝きを放つイーグル号・・・。 ― そして (マリア!?) ドグラの猛攻から守るように、堅く握り締められていた右手の中 真理阿はその中にいた。 腰まで伸びた豊かな黒髪、無限の宇宙を携えた瞳 離れているのに、まつげの先までハッキリと見える。 真理阿が何事か口を動かす。 その形に合わせて、ルイズもまた口を動かす。 はじめはたどたどしく、丸暗記した単語をそらんじるかのように、 しかし徐々に流暢に、歌でもさえずるように、ルイズの詠唱が流れに乗る。 「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ・・・」 頭の中に湧き上がる詠唱。ルイズは思い出す。 始祖ブリミルの加護を得て、この世界にやってきた真理阿。 これは恐らく、ブリミルからの言づて・・・。 (想いを込めて パワーを高めるのよ・・・) 真理阿の声を聞き、ルイズがただひたすらに祈る。 ハルケギニアの事でも、自分の未来でもない。 慎一を、真理阿を、元の世界へ帰す・・・ と、 「ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・・・ イル!!」 大粒の涙を流しながら、ルイズが最後の詠唱を完成させる。 大気が一瞬静寂で満ち、イーグル号が閃光を放つ。 真理阿が微笑む―。 直後、轟音が炸裂し、大破したイーグル号から緑の光柱が立ち上る。 光柱が分厚い雲を突き破り、真理阿を、ドグラを、慎一を飲み込んで消し去っていく。 (マリアアアアア!!) 凄まじい衝撃波に肺を押さえられ、ルイズの叫びは声にならない。 拡大する閃光、ルイズの体も又、光の中へと消えた・・・。 前ページ次ページゼロの魔獣
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1300.html
前ページ次ページゼロのデジタルパートナー 「――――――――! ―――――ン! ―――ラモン! ――ドラモン!!」 遠くから声が聞こえる。 それは今までに何度も何度も聞いてきた、とても大事な奴の声だった。 「メガドラモンッ!!」 確かに自分の名を呼ばれ、意識が覚醒する。 目の前には大事な自分のパートナーと、どうやら刺し違えたらしい、ムゲンドラモンの死体が転がっていた。 ムゲンドラモンの身体は既に分解が始まっていた。その隣には、ムゲンドラモンを操り、このファイル島を我が物としようとしていた男が尻餅をついている。 俺の身体を抱きかかえ、涙を流しながら俺の名前を叫んでいるのは、今まで苦楽を共にしてきた、パートナー。 だがどうやら……その楽しくも苦しかった時間に終わりが来たらしかった。 「俺とした事が……ドジッち、まった、ぜ…………」 「喋るな! 今、今ケンタル医院に連れてってやるから!!」 「良いんだ……。自分の身体の事は、自分が一番分かってる。…………こんな形になってすまねぇがよ……」 既に分解が始まっている身体を一度だけ見下ろし、確りと目の前のパートーナーを見つめる。 「お前に育てラれた、俺ノ人生…………ワるく、なかッタ、ゼ…………」 最期の言葉を、ちゃんと発せたろうか。 それだけが気がかりで、俺の意識は、闇に飲まれていった――――――。 ゼロのデジタルパートナー 一話 ルイズは思わず息を飲んだ。 サモン・サーヴァントの魔法で何故か巻き起こった爆発の中から現れたその姿に。頭らしき物が僅かに俯いているが、翼を広げれば4メイル程に達するだろう、その『竜』に。 しかし教師であるコルベールを含め、誰も見た事の無い種類の竜だ。 上半身は逞しく、巨大な腕と頭。しかしそれに反して伸びる下半身には足の様な物は無く、ひょろっとした蛇の様な体がうねうねと動いている。 そしてよく見ると、羽ばたいても居ないのに宙に浮いているではないか。 誰もがルイズ同様に息を飲んでいた。 「ゼロのルイズが成功した……」 「おいおい、嘘だろ……?」 「ま、負けた……ゼロのルイズに……」 煙が晴れ、その姿が完全に現れる。そしてまたしても、誰もが息を飲んだ 腕と頭についているのは、漆黒に煌く金属。体の色は赤く、所々に生えている体毛は群青に染まっている。 誰がどう見ても、立派な竜の(大きさからして)幼生であった。誰も知らない種族ではあるが。 と言う事は、ルイズは竜を召喚するのと同時に、非常に珍しい種族を召喚した事にもなる。 召喚を行った当人は、あまりにの感動に気を失いそうだった。 漸く今まで自分を「ゼロ」と馬鹿にしていた奴等を見返せる。そう思うと自然と笑みが零れるルイズだった。 そして、 「や、やったわ!!」 高らかに叫ぶ。 コルベールも柔らかに微笑んで―自分の生徒の成功に心から喜んで―促す。 「さあ、ミス・ヴァリエール。契約を」 ルイズが頷き、自分の使い魔になる竜に向かって歩を進めた。 メガドラモンは、正直かなり混乱していた。 理由一。まず自分は、デジタルモンスターとしての死を迎えた筈である。 理由二。周りの人間の多さ。 こんな所だ。 メガドラモンは目だけを動かして辺りの様子を窺う。皆が皆、驚いた表情で自分を見ている。 次に自分の身体。 今さっき正に致命傷を受けていた筈なのに、見事に完治している。 分かっている事と言えば、どうやら自分が現実世界に来たらしい、と言う事くらいだ。 ともかく、自分だけでは答えを導き出すのが不可能。と結論を出し、こちらに向かってくる人間の子供に聞いてみる事にした。 「ここは何処だ?」 「ッ!!」 その場に居た全員―と言ってもメガドラモン以外だが―が怯む。 「しゃ、喋った!?」 「ま、まさか……ゼロのルイズが……」 「韻竜だ! 韻竜を召喚しやがった!!」 周りの生徒からソンナバカナーとか、ウオースゲーとか、色々と歓声や喚声が上がる。 その様子に一度だけビクッとしたメガドラモンだったが、改めて目の前の人間の子供に目を向ける。 ルイズはまたしても感動のあまりに意識を手放しそうになったが、主人としての威厳を持って答えた。 「こ、ここは、トリステイン魔法学院よ!」 「トリステイン……?」 パートナーに聞いていた「ニッポン」と言うのとは随分違う。 それに周りの人間が着ている服も、自分のパートナーが着ていたのとはかなりの差があった。 ……そう言えば現実世界では国によって、同じ人間でも色々違うと言っていた。そんな事を思い出し、メガドラモンはこう結論付けた。 まず自分は、何らかの理由で現実世界に飛ばされた(パートナーがデジタルワールドに来たのだから、その逆もあるだろう)。 そして此処は、自分のパートナーが住んでいた国とは違う国だ。 あながち間違ってはいないのだが、メガドラモンは一番大事な部分を間違えてしまっていた。 「そうか。……それで、お前は?」 「私は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール! わ、私があんたを呼んだのよ!」 ……彼女が自分を呼んだのか。 俺が死にかけている所を、彼女が呼んでくれたおかげで助かった。 つまり、命の恩人だな。 メガドラモン、賢くはあるがちょっと抜けていた。 「そうか。……それじゃあ、お前は俺の恩人だな」 「……? そ、そうよ!」 何を言っているのか分からなかったが、とりあえず同意をしておくルイズであった。 その後、外見に似合わず非常に大人しいメガドラモンと、ルイズは見事契約を交わした。 メガドラモンの左手に現れたルーンをコルベールが興味深く見ていたが、軽くスケッチすると直ぐに皆を解散させた。 各々が魔法で飛んでいくのを目にし、メガドラモンは少しギョッとした。 「人間は飛べないと、言っていたと思うんだがなぁ……」 皆が居なくなったのを確認すると、ルイズはいきなりメガドラモンに抱き付いた。 いつもゼロのルイズと蔑まれて来た彼女だ。立派、いや立派過ぎる使い魔を召喚出来て、心底嬉しいらしい。 「あんた、名前は?」 「メガドラモンだ」 「メガドラゴン? 聞いた事ない種族ね……。って、あんたの名前を聞いているのよ。種族名じゃないわ」 そう言われ、メガドラモンはちょっと考え込んだ。 言われてみれば、自分は自分だけの名前で呼ばれた事が無かった。 数秒思案して、メガドラモンが口を開いた。 「メガで良い」 「分かったわ。メガね。……わ~、めがめが~」 素晴らしい変わり身であった。今までは高貴なカンジ! と言うのを体現していたと言うのに、いきなり母に甘える赤子モードである。 だがそんなルイズの至福の時を、メガドラモンが悪意無い発言でぶち壊してしまう。 「お前は飛ばないのか?」 ビシッ。とルイズが固まる。 そして、絞り出す様に言った。 「飛べないのよ……」 それが恥ずかしいとか悔しい事なんだろうと直ぐに察して、メガドラモンは、 「そうか」 とだけ言って、尻尾でルイズを巻き取り、背中に乗せた。 「な、何!?」 「掴まってろ」 メガドラモンがそう言うや否や、風竜顔負けの速さで空を駆け始める。 「わー、わー!」 あまりに速さにルイズがまたしても、感動で気を失いそうになるが、頑張って堪える。 そしてメガドラモンの後頭部に生えている毛に顔を埋め、にやにやとだらしなく笑っていた。 この使い魔となら、上手くやっていける。誰も自分を「ゼロの」ルイズなんて呼ばなくなる。 そう確信し、今までの級友が見た事も無い笑みを浮かべ、ルイズは空を駆けていた。 前ページ次ページゼロのデジタルパートナー
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4102.html
前ページ次ページゼロのエルクゥ 結論から言えば、間に合っても間に合わなくても同じだった。 大学の講義室を思わせる、すりばち上の構造になっている教室に戻るなり、 「皆さんお疲れさまでした。本日の授業はこれでおしまいとしますので、皆さんは今日1日、使い魔との親睦を深めてください」 と解散となってしまったのだから。 コルベールは、解散宣言を出すや否や、何をするのも惜しい、といった様子で、教室を走り去っていく。 彼と話をしてみようと考えていた耕一だったが、ルイズに合わせて一番後ろの席についていた耕一には、引きとめる間すらなかった。 「……あー」 本来ならエルクゥ同士でしか感じられないはずの感情のシグナルすら、あのコルベールからは感じられたような気がした。 混じりっ気なしの、『好奇心』という色が。 ……どうしよう。 考えていた行動計画が初っ端から頓挫して、耕一はぽりぽりと頭を掻いた。 あの様子だと、追いかけてもまともに話を聞いてくれるかどうか危うそうだ。 「……ん?」 やるかたなしに周囲を見渡すと、耕一とルイズを遠巻きに見つめ、ひそひそと声を潜めるグループが、ちらほら。 それらの声や態度から読み取れる感情は―――困惑だとか、虚勢だとか、侮蔑だとか、嫌悪だとか。あまり良いお話ではなさそうだった。 ま、大方、さっきの出来事を計りかねているんだろう、と、耕一はそれを意識から切った。 「何ぼーっとしてるのよ。行くわよ」 そんな声に振り向くと、ルイズが既に席を立って、入り口に歩き出していた。 「行くって、どこへ?」 「部屋に帰るのよ。ついでに学院内の案内もしてあげるから、早くしなさい」 「ん……わかった」 耕一は少し悩んだが、今さっきのコルベールを無理に追ってもしょうがなさそうだと思い直し、ルイズに従って席を立った。 「今居るここが、2年生の教室塔よ。で、真ん中の一番大きな塔が本塔。本塔には、先生方の事務所、アルヴィーズの食堂、宝物庫、医務室、男子寮……。 その他、この学院の主な施設が集まってるの。本塔の一番上が、学院長であるオールド・オスマンのお部屋」 教室のある建物から出て、ルイズは指差しながらそんな説明をしてくれる。 「本塔を囲むように、5つの塔が、ペンタグラムを模して配置されているの。1年生、2年生、3年生の各教室がある塔に、ここで奉仕する平民たちの寮、そして女子寮の5つ。 それぞれがアーチで区切られた広場を、それぞれ、ノルズリ、スズリ、アウストリ、ヴェストリ、ユミルの広場と呼んでいるわ」 本塔と教室塔との間には、荘厳な石のアーチ建築で、通路が掛かっている。他の塔ともそうなのだろう。 「これは、始祖ブリミルと、5つの系統魔法を表しているの」 「しそぶり……なんだって?」 「始祖ブリミル。あんたってホントに何にも知らないのね」 聞いた事のない固有名詞に首をひねる耕一に、ルイズは呆れたようにため息を一つついた。 「ブリミルっていうのは、今から6000年ぐらい前、このハルケギニアに降り立った伝説のメイジよ。神様から、"虚無"と呼ばれる今はもう失われてしまった系統の魔法を授かって、自分でも火、水、土、風の4つの系統魔法を生み出した。 その力でもって、ブリミルと、ブリミルに魔法の力を授けられた貴族のご先祖様たちは、ハルケギニアに跋扈していた先住種族や亜人、魔獣たちを討伐し、人間の住めるところにしたの。 そして、彼の4人の子供がそれぞれ、今このハルケギニアにある4つの王家の始祖となったのよ」 だから、全てのメイジの始祖。始祖ブリミル。 ハルケギニア(ここら一帯を表す地名らしい。話を聞く限り、文化圏、と言った方が正しいかもしれない)では、神と並んで崇拝される、伝説の偉人だという。 「キリストみたいなもんか」 「きりすと?」 「こっちの世界で、数々の奇跡を起こしたって言われて、神の子って呼ばれてる人だよ。2000年ぐらい前の人だったかな」 「ふーん……聞いた事ないわね」 興味なさげに、ルイズは鼻を鳴らした。 クリスチャンなら気分を害しただろうが、耕一は宗教的にはちゃらんぽらん甚だしい日本人であったので、苦笑を返すだけだった。 「一回りして、場所だけ確認しましょ」 「ああ」 ぐるり、と、5つの塔を繋ぐ石の外壁に沿って回り、塔と広場の名前や、正面門のそばにある馬の厩舎などの説明を受ける。馬は、地球の馬となんら変わらないようだった。 途中の広場には、ルイズと同じ2年生であろう、使い魔らしき様々な動物とじゃれあう少年少女たちが溢れていた。 犬猫のような馴染みある動物から、見たこともないような動物、果たして動物なのやら疑問符がつくようなナマモノも多く、ここはファンタジー世界なんだなぁ、と否応無く実感させてくれた。 「しかし、結構広いな……」 一周に20分はかかった気がするぞ、と腕時計を見る素振りをして、家に居るときには外していた事に気付いた。 「……そういや、今何を持ってたっけな?」 思いついてポケットの中などを探ってみるが、文明の利器っぽいものは何も見つからず、あったのは丸まったコンビニのレシートだけだった。 まあ、感熱紙も立派な文明の産物であり、コルベールあたりが聞いたら飛び上がって驚いた後に『"火"で文字が書けるなんて! なんという素晴らしい紙なんだ!』などと狂喜乱舞する事だろうが、残念ながら現状、単体で何かの役に立つとは言いがたい。 ―――携帯電話とか財布とかも部屋に置きっぱなしだったっけなぁ。いくら楓ちゃんとのまったり時間だったとはいえ、身軽すぎだろ俺。 「何ゴソゴソしてんのよ」 「ああ、いや、今自分は何持ってたかなって、持ち物の確認をな」 「何かあったの?」 「役に立ちそうなものは何も」 そう。とやっぱり興味なさげに言って、ルイズは、自分の部屋があるという女子寮に入っていく。 「って、俺も入るのか?」 「当たり前でしょ。使い魔がご主人様と一緒に居なくてどうするのよ」 「いや、だとしても、女子寮に男が入るのはまずくないか?」 「使い魔のオスなんか誰も気にしないわよ」 「……さいですか」 無理をしている感がなくもなかったが、大人しく頷いておいた。 外壁と同じ石作りの廊下を歩き、一つの部屋にたどりつく。 鍵を差し込み、ドアを開ける。 ルイズの部屋は、寮部屋というにはちょっと広すぎる部屋だった。さすが貴族というところだろうか。 「……うーん、これが格差ってやつか……」 所々に施された意匠や、華美な装飾の家具、天蓋付きのキングサイズベッドと……東京の自宅であるワンルームを思い出して、耕一はちょっと悲しくなった。 柏木は名士の家。鶴来屋グループという有数の企業体を牛耳る一族なんてとんでもない金持ちであるし、召喚される直前までいた柏木の屋敷も、一般的な日本家屋とは比べるのも馬鹿らしいほど広い家だ。 しかし、本家から長い事離れて暮らしていた耕一の金銭感覚は、庶民そのものであった。 「はぁ。なんだか疲れたわ」 ルイズはぼふんとベッドに体を投げ出すと、そのまま仰向けに倒れ込んだ。 「おいおい、服が皺になるぞ」 「ならないわよ。学院の制服には『固定化』がかかってるんだもの』 「こていか?」 「物を保存する魔法よ。食べ物にかければ腐らないし、金属なら錆びなくなるし、服なら皺や汚れがつかなくなるわ」 「はー……便利なもんだな」 「普通は一着一着服になんかかけないけど、伝統あるこの学院の制服は特別ね」 そう言うと、気だるげに上半身だけを起こす。 「そんなところに立ってないで、座りなさい。本当に何も知らないみたいだから、色々と教えてあげるわ」 言われるままに、近くにあったテーブルについた。 「さて、まずは使い魔の役目からね。契約した使い魔は、主人の眼となり耳となる能力を与えられるの」 「眼? 耳?」 「使い魔が見たり聞いたりした事を、主人も知る事が出来るのよ」 「へえ。俺が見てるものが見えるのか?」 言ってみると、ルイズは腕を組んでしばらくうーっとうなった後、口をへの字に曲げた。 「……見えないわ。あんたじゃ無理みたいね」 「そっか」 感覚の共有か。エルクゥの精神感応に似てるな。 そんな事を思いついて、試しにルイズにシグナルを向けてみた。色は……そうだな、『外敵に気をつけろ』とでも―――。 「ひゃっ!? な、何今のっ!?」 送った瞬間、ルイズがビクンと体を震わせて驚いた。 「お。通じるのか」 「な、何やったのっ!? なんか黄色くなってぞわって悪寒がしたんだけど!」 「俺の一族は、そんな風に意識を通じあわせる事が出来るんだ。 もしかしたらと思ってやってみただけ。 ちなみに今送ったのは、『外敵に気をつけろ』っていう警告の信号」 「……本当に亜人だったのね、あんた」 「なんだ、信じてなかったのか?」 「別の世界だとか妙ちきりんな事言われても、信じられるわけないじゃない」 ま、それもそうだ、と耕一は何も言わなかった。 耕一だって、あの事件が起こらなかったら、鬼だのエルクゥだの聞いても一笑に付すだけだっただろう。 「あんた、何か他に出来る事はあるの? というか、あんたの種族って何?」 そう聞かれて、むっと腕を組んだ。 エルクゥ。人を狩る鬼。人を狩る事に愉悦を覚える狩猟者。 強靭な身体能力を持ち、人の命を感じ取る事ができ、同族と意識を通じあわせ、宇宙進出を果たせるまでの科学力を生み出す高度な知性を持つ。 「何よ。黙り込んじゃって」 「いや、どう説明したもんかなぁと」 ……そんな事を言ったら、全力で討伐されそうだ。 「……むぅ」 「まぁ、何を悩んでるのか知らないけど、後でいいわ。こっちの話を続けるわね」 こほん、と仕切りなおすように咳払いをした。 「使い魔の役目だけど、次に、主人の望むものを見つけてくる、っていうのがあるわ」 「望むもの?」 「例えば、秘薬の材料とか。硫黄とか、コケみたいな」 「へえ」 そういう化学的な面もあるのか、とちょっと感心した後、硫黄なんて、元の世界と同じ物質があるのか、と驚いた。 「何か知ってるみたいだけど、何か取ってこれそうなの?」 「いや、無理かな……硫黄っていうのは俺の世界にも存在するけど、どうやって取るのかまでは知らない。ごめんな」 「ふーん。ま、期待はしてなかったからいいわ。本来、水の中とか、火山の火口とか、高い山の上とか、地中深くとか、そういう人間が行けないところから材料を取ってくるのが貴重って意味だもの」 「なるほど。高いところぐらいなら何とかなるけど、他は厳しいな」 「……そ、その時になったら頼むわ」 先程の人間ジェットコースターを思い出したのか、ルイズはぶるりと一つ震えた。 「最後、これが一番重要なんだけど、使い魔は主人を護る存在であるのよ。 その能力で、主人を敵から守護するのが一番の役目! あんな事が出来るんなら、もちろん簡単よね?」 「……そうだな。簡単かどうかはわからないけど、それならなんとかなりそうだ」 人を狩る為に生み出されたエルクゥの力を、人を護る為に使う、か。 元の世界に居る時もそうあろうとはしていたが、現代日本では、そうそう純粋な戦闘能力が発揮される事などない。 実際にそれを揮う機会があるとなれば、それはなかなか魅力的な提案に思えた。 「さて、それじゃあ次は、あんたの事を教えてくれる? 使い魔の事を知らないメイジなんて、主人失格だもの」 「そうだなぁ。さて、何から話そうか―――」 当り障りのないように、エルクゥの能力の事だけを吟味して話しているうちに、太陽はその身を休め―――ハルケギニアの双月が、夜を照らしだした。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/848.html
パピヨンが召喚されてからもう数日がたった。 その数日の間にギーシュが彼をぱk・・・リスペクトしたスーツを着るようになったり、 タバサが「女王様なのにロリっ子!このミスマッチ感がたまらんですたい!」という集団にストーキングされるようになったり、 ルイズとパピヨンの戦闘演習に巻き込まれて多数の被害者が出たりと数々の事件が起こった。 そんなどたばたした日々と共に徐々にパピヨンのいる風景が当たり前のものとなっていく。 しかしそれを受け入れられない人間も少数ながら存在するのだ。 「決闘だ、コンチクショー!お前の正体を暴いて学園から放り出してやる!!」 パピヨンに杖をつきつけながらそう宣言したのはマリコルヌだった。 ゼロの蝶々 ~決闘(実験)編~ マリコルヌがパピヨンに決闘を挑んだ理由は彼が落とした香水の小瓶をパピヨンが拾ったから、では勿論ない。 彼はパピヨンを見た時、彼を変態だと認識した。 しかし他の殆どの貴族はパピヨンを蝶々の妖精さんだと断じ、マリコルヌを糾弾した。 その後も事あるごとにマリコルヌはパピヨンは変態だと主張したが、その度ごとに彼はマジ泣きするはめになった。 普通ならばそこまでくれば諦めて内心はどうあれパピヨンを蝶々の妖精さんだと認めるだろう。 しかし彼は諦めなかった。 何度も、何度でも彼はパピヨンは変態だといい続けた。 その姿は某戦士長が見れば 「そうか、アイツは諦めが悪かったか。最後まで強き意志で戦い抜いたか!ブラボーだ!!」 と褒め称えること間違いなしであった。 そしてマリコルヌはついに実力行使に出たのだ。 もしパピヨンが本当に蝶々の妖精さんなら先住魔法の使い手、ドットの自分など相手にもならない筈、 つまり決闘して彼を叩き伏せれば学院のみんなの目を覚ますことが出来る、と考えたのだ。 そしてパピヨンはその挑戦をあっさりと受けた。 決闘場のヴェストリ広場はちょっとしたお祭り騒ぎだった。 生徒だけでなく教師、はてはメイドまで見物にきている。 そんな中、ルイズは人垣を抜けてパピヨンの側に駆け寄る。 「ちょっとパピヨン!何勝手に決闘なんて受けてるのよ!」 「そろそろご主人様の爆発以外の魔法を体験してみたいと思ってね。 文献からの知識も大事だがやはり実験は重要だ」 「そんな悠長なことを言ってる場合じゃないわ。 あんたを殺すのはわたし自らの手でと決めているから教えてあげる。 いい?平民はメイジには絶対に勝てないの。このままじゃあんたマリコルヌに殺されるわよ?」 「平民?俺は超人・パピヨンだ」 ルイズは額に青筋を浮かべてパピヨンの顔を見つめたあと深いため息をつき言った。 「もう勝手にしなさい、マリコルヌに譲るのは癪だけどもういいわ。 ご主人様としての最後の命令よ。降参は許さない、死ぬまで続けなさい」 「ふむ、了解した。ご主人様。最後の命令くらいは素直に聞いてやろう」 やっぱり妙にくねくねした動きで広場の中央に向かうパピヨン。 そこには既にマリコルヌが待っていた。 「逃げずによく来たな、変態」 「いや、実は来るかどうか少々迷っていた。 向かってくるものは叩き潰すに限るが弱いものいじめは趣味じゃないんでね。 でも折角こうして観客が集まったんだ、その期待を裏切るのも悪い」 『おおおおぉぉ!』という歓声の後、怒涛の「パピヨン」コール。 それに対しパピヨンは何時ものように、 「パピ(はあと)!ヨン(はあと)!もっと愛を込めて!!」 と叫んで応えた。 「どこまでもふざけた奴だ、今化けの皮をはいでやるぞ!」 杖を構えると同時にエアハンマーの呪文を唱え始める。 マリコルヌの実力ではたいした威力はないがそれでも平民を一人殺傷するには十分な魔法である。 対するパピヨンは何処か楽しそうな笑顔を浮かべたまま動こうともしない。 「くらえ!エアハンマー!!」 それは今まで聞いたことのない奇妙な音だった。 巨大な風船が弾けたような音でありながら鉄がひしゃげた音のような、そんな不思議な音だった。 「・・・あれ?」 「ふむ、やはり精神力が力の源だけあって似たような性質を持つようだな。 普通の傷より治りが遅い。流石に死ぬかどうかは試せないが気をつけるにこしたことはないな。 しかし同時にこの身体は魔法に対する干渉能力が高いという推論も正しかったのだからプラマイゼロか」 唖然とするマリコルヌ、そして自分の少し血が滲む指先を見ながら独り言を呟くパピヨン。 「ん?どうした?まだ実験を始めたばかりだ。 遠慮せずにもっと色々な魔法を俺に見せろ」 「う、うああああぁぁあぁぁ!!!?」 半分パニックに陥りながら自分に唱えられる攻撃魔法を連続で唱え続けるマリコルヌ。 だがパピヨンが腕を振るうと同時に先ほどの奇妙な音が辺りに響くだけだった。 マリコルヌは理解したくなかった、しかしここまで来ればもう認めるしかない。 目の前にいるパピヨンは魔法を弾いて散らせている、それも・・・素手で! マリコルヌはもう完全にパニック状態だ。 (先住魔法?エルフ?蝶々の妖精さん?本物の?) しかも、だ。パピヨンは徐々にマリコルヌに歩み寄っている。 マリコルヌが魔法を唱えるごとに一歩ずつ。 ついにマリコルヌとパピヨンの距離が1メイルを切った。 「次の一歩で腕が届く距離になるな。 さあどうする?魔法を使うか?後ろを向いて逃げ出すか?それとも降参するか?」 「ま、参った!降参だ!!」 「賢明な判断だな・・・だがNON!!」 「え・・・ええええええぇeeeeeee!!?」 「ご主人様からの命令でね、お前が死ぬまで決闘はやめられない」 広場は一瞬の静寂の後、大騒ぎになった。 「な、なんだってー!!」 「それが人間のすることか貴様ぁ!」 「ちょwwwwwおまwwwww」 「まさに外道!」 「ルイズ・・・恐ろしい子!」 ルイズは周囲の鬼を見るような視線に曝されながらパピヨンに向かって叫ぶ。 「わたしが何時そんなことを命じたのよ!勝手に変なことを言わないで!!」 「何を言う、ご主人様。確かにあんたは言ったぞ。 『(マリコルヌの)降参は許さない、(マリコルヌが)死ぬまで続けなさい』ってね。 流石の俺もそこまで残虐な真似はどうかと思うがご主人様の厳命ならば従わざるを得ないからな」 ルイズの半径10メイル内に居た人間が一斉に退く。 「あああああ、あんた分かってて言ってるでしょ!?ぜぜぜ絶対にそうでしょ!! とにかく止めなさい!マリコルヌの降参で決闘は終わりよ! それと魔法を弾いてたの何!?わたしにも出来る!?出来るなら教えて、っていうか教えろ今すぐ」 「『最後の命令』をしたばかりなのにまた命令か?それも複数とは。 全く、我侭かつ忘れっぽいご主人様だな」 「流石は『蝶々の妖精さん』じゃな」 所変わってここは学院長室。 オールド・オスマンとコルベールが決闘の様子を遠見の鏡で見ていたのだ。 「ええ、見事なものです。彼もドットの割には健闘しましたが、やはり勝負は見えていましたな」 「これでマルコメヌは勿論、一部の今まで認めていなかったものどももパピヨンが『蝶々の妖精さん』だと認めるじゃろう。 これで今後のいらぬトラブルは減りそうじゃな。今はとにかく様子を見るべき時期じゃ」 「そうですな、オールド・オスマン。所であの生徒の名はマリコルヌです」 「ミスタ・メリーベルは細かいのぉ」 「メリーベルは明らかに女性の名前でしょうが!」 「おお!それもそうじゃな、ミセス・メリーベル」 「直すのそっちかよ!」 そんな漫才をしている二人をよそに、 遠見の鏡に映る『蝶々の妖精さん』とその主人の口論(といってもパピヨンがからかい、ルイズが激昂しているだけだが)は 何時もの『戦闘演習』に発展し、最近の学院の名物となりつつある光景が繰り広げられているのだった。 ちなみに無傷で決闘を終えられたと思っていたマリコルヌは ルイズの失敗魔法の爆発に巻き込まれて結局医務室送りになった。 「そこまでしてマリコルヌを始末したかったとは本当に恐ろしい奴だな、ご主人様は」 「うるさいうるさいうるさい!!」