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八章 ………不愉快だ。何だ、この体の芯から湧き上がってくる黒い感情は。 吐き気がしてくる。この暗闇が、他人の家特有の匂いが、目の前にいる男の寝息と寝言が、とてつもなく不愉快。 オレは何のアクションも起こすことなく、その場にしゃがみ込み、ただ呆然としていた。 わかってる、何をすべきかは。オレのやるべきは彼を警察に通報すること… やっとの思いでオレはケータイを取り出した。 だが……… ――なぜ裏切った!古泉ぃ!!―― あいつの言葉が脳裏をよぎり、邪魔をする。オレは…また親友を… 違う!!今回はあの時とは違うんだ!これが最良の……… 突然オレのケータイが鳴りだした。 電話の相手は、さっきから彼が名前をつぶやいている二人の女性のうちの一人。 春日美那……… 「もしもし、古泉くん?ごめん、寝てた?」 「いえ………」 控え目に聞いてくる彼女にオレは吐き捨てるように否定を述べる。 「そう、よかった…あのね?今日のこと謝ろうと思って。」 「…………」 「ご、ごめんね?古泉くんのこと薄情者みたいな言い方しちゃって… 古泉くんは悪くないよ!悪いのはいつまでも引きずってるあたしだから…だから全然気にしないで!あはは…」 「ああ…そうですか……」 もっと他に謝るべきことがあるだろう。 「ね、ねえ!!来週暇な日あるかな!?久し振りに遊びたいな~、なんて思っちゃったりして…」「今彼の家にいます。」 「え…」 「明日話がある、場所は…今日のパーティ会場の近くにある喫茶店にでもしましょうか…」 「え!?ちょ、ちょっと!!…」 ガチャリ!!と、電話機を叩っ切るような勢いでケータイの電源ボタンを押す。 ふう、さて、次はこの目の前の男をどうするかだな。 「………きろよ……」 まいったな、涼宮さんに何て伝えればいいんだ。 「おき…ろよ………!」 第一涼宮さんはどこまで知っているんだ。あの電話ではいまいち分からない。 「起きろって言ってんだよ!!!」 それは警察に通報するのを先送りにしたいという理由からきた行動かもしれないし、 単純に彼を許すことが出来なかったからなのかもしれない。 オレは彼の胸倉を掴み、無理矢理直立体勢にした。にも関わらず、 彼は未だ今回の騒動の発端を春日さんとする、確たる証拠を垂れ流しているだけだ。 「クソ、こんなもの!!」 彼が離すまいと指を絡めるように掴んでいる注射器を、無理矢理奪い取ったそのときだった。 「返せッッッッ!!!!」 声としてギリギリそう聞き取れる叫びをあげながら、彼が目を醒ました。 「返せ!なんで奪って行くんだ!!!返せよ!ハルヒを…………返せぇぇぇ!」 今までにない吐き気が襲った。ハルヒを………返せ?それって……… ドゴ! 「ガフッッッッ!」 人の力は通常時は強く抑制されていて、実はその半分程も発揮されていない。 人体の研究が進んだ現代において、それは周知の事実だろう。 しかし、そのリミッターのはずれた力を身をもって体感した人間は、そう多くないはずだ。 機関に鍛えぬかれたオレの体は彼のたった一発のボディーフックによって、床に沈んだ。 思わず手からこぼれ落ちたそれを、彼はとびつくかのようにつかんだ。 「ハルヒ!!」 !!!!!! ダメだ!こいつは一発殴ってやらなくちゃ気がすまない! 思考が先か、体が先か、オレは体勢を持ち直し、すでに彼の顔面を殴っていた。 しかし、吹っ飛び、倒れながらも彼の手は『奴』を離すことはしない。 「はぁ、はぁ…俺にはこいつが…ハルヒが必要なんだ………!そうだ誰よりも!!誰よりもなぁぁ!!!」 誰か…教えてくれ…かつて彼の口から出ることを願ってやまなかったその台詞を今、オレはどうやって受け止めればいい? 「それ以上涼宮さんを愚弄するな!!」 ……………… 彼がガバッと上半身を起こした。 「俺がハルヒを…?」 その表情には驚きと困惑がはっきりと見てとれた。 「そうだ!あなたが掴んでいるそれは悪魔だ!人の心を惑わし、偽者の快感を与え、蝕んでいく 最低最悪の悪魔だ!そんなのと…そんなのと涼宮さんを一緒にするな!」 その言葉を最後に、沈黙がリビングを支配した。しばらくすると、彼が口を開いた。 「こ、古泉…」 彼がすがるように呼んでくる。 「たす…けて…………うわあああ!」 『奴』を投げ捨てながら彼が後ろに飛び退いた。 「うわ!虫、ムシが…」 その言葉だけで今、彼がどういう状態なのか大いに想像できた。 腕や足…体中を払う手の力は次第に強くなり、掻きむしる形に移行しようとしている。 「やめてください!」 とっさに彼を押さえ付けようとするが今の彼に力で敵うはずなく、押し返され、尻餅をついた。 彼は先程自ら投げた注射器を再度掴もうとしていた。 …その時だった。 「なに…これ…」 一瞬時間が止まったかのように思われた。そこに響くはずのない声が聞こえてきたからだ。 思わずリビングの入口に顔を向ける。そこには朝比奈さんと長門さんを連れた涼宮さんが立っていた。 「ハルヒ…なんで…」 「古泉くん!!!!」 「…は…はい!!」 彼女の唐突な呼び掛けに変な声を出してしまった。リビングに入ってくる涼宮さんのおぼつかない足取りを、朝比奈さんと長門さんが支える。 「説明して!何であんた達がこんな真夜中に取っ組み合いのケンカをしてるのか! そこにいるバカキョンはあたしに何を隠してるのか!! 春日さんが…どうしてあたしをここに向かわせたのか!!!」 なに? 「涼宮さん、どういうことですか?」 「病室にいたら春日さんから電話がきたわ。ケータイの番号なんて教えた覚えないんだけどね。 キョンの言葉の本当の意味が知りたいならこいつの家に来いってね。」 「他の方たちは?」 「とっくに帰ったわ。」 オレの考えていた以上に呆然としていた時間は長かったようだ。 「早く質問に答えて!」 この暗闇の中でも彼女の表情ははっきりと分かる。しっかりと前を見据えた表情だ。 ここに来るまでに相当な覚悟をしたのだろう。これはごまかせそうにないな。 「彼は…覚せい剤を服用しています」 ……………………………… ……………………… 長い沈黙がとても居心地が悪い。涼宮さんは無表情のまま、何か言葉にしようと口を開け、 すぐにやめる動作を繰り返している。 先に話し出したのは朝比奈さんだった。 「はは、何言ってるんですか?古泉く…」 「古泉くん…」 涼宮さんは表情を無表情から一気に苦悶の表情に変えると、朝比奈さんの言葉を遮り、ようやく話し出した。 「ウソ…ドッキリなら…今のうちになら……白状するなら…ビンタ50発で許してあげるから…… あげるから………教えて………………それは本当?」 昔の、力を持っていた涼宮さんなら確実に世界を滅ぼしていただろう。それほどまでに彼女の表情は歪んでいた。 「本当の…ことで…」 「うわあああああああ!!!」 その声に驚き、振り向くとオレに最後の句を言わせまいとばかりに彼がこちらに突っ込んでこようとしていた。 オレは目を瞑り、来たる衝撃にそなえようとしたが一向にそれは訪れなかった。 目を開くと涼宮さんが彼を優しく、包みこむように抱き締めていた。 「大丈夫だから…怖くないから…安心して。今まで怖かったよね…気付けないで…ごめんね…」 震えた声で、にもかかわらず優しく、彼女は言った。 「ハ…ルヒ……本物の…ハルヒ…………」 「自分から家に上げといて何が出ていけよ。何が二度と姿表すなよ。 あんたが言ったことなんて全部却下よ!却下…あんたとずっと一緒にいるから… すぐにもと通りのあんたに治してあげるから…」 ちょ、ちょっと待て… 「涼宮さん、それは警察に通報せず、僕達で彼を何とかするということですか?」 「当たり前じゃない!こんな時こそSOS団の出番よ!団長のあたしにかかれば麻薬なんてどうってことないわ!!異論は許さないわよ!」 やめてくれ…そんな絶望の中から必死で希望を見つけようと、もがくような澄んだ目で見ないでくれ。 決心が…………揺らいでしまう。 「ふざけないでください!!!!」 オレは彼女に対して初めて怒鳴り声を上げた。 古泉くんは今まであたしに見せたこともないような憤怒と困惑を混ぜた表情であたしを怒鳴りつけた。 ごめん、あなたの言いたいことは分かるわ。 「覚せい剤ですよ?彼は覚せい剤を乱用していたんです!!!罪は…………償わなければならない……」 本当に言いたいことを押し殺しているような、歪んだ表情で古泉くんはいう。 「それだけ?」 突然有希が、一言呟くように言った。 「古泉一樹……あなたが言いたいのは本当にそれだけ?真実を伝えないで自分の言い分を通そうとすることほど愚かなことはない。 大丈夫。彼女はちゃんと受け止めてくれるはず。」 有希のその言葉で、古泉くんの表情から迷いが無くなったような気がした。 「まったく、あなたには敵いませんね。全てお見通しですか……なら……涼宮さん」 古泉くんがあたしに向き直った。 「もう一度考えなおして下さい。彼のことを想うなら、尚更です。」 「何でそう思うの?」 「僕は知ってます。麻薬に侵された人の末路を。」 「それは何?」 「…………自殺です。」 「よく聞く話ね。」 そこで古泉くんはまた一瞬迷ったように顔を伏せたがすぐに立ち直るとまた話し出した。 「僕の親友でした。」 その言葉であたしは今まで古泉くんが何を迷っていたのかを理解した。 「……機関で出来た親友ね。」 「!!!!!…………はい…」 「原因は神人狩りによるストレス?」 「…………は、はい。」 「それと春日さんが関係してる………これは復讐ということね。」 「はい……僕は親友……河村の最期を見ました……麻薬はあなたが思っているほど甘くはない。」 そういうことか。古泉くんが通報することに固執するわけ………… 「それを聞いてますます通報する気が失せたわ。」 古泉くんが驚いたように顔を上げる。 「つまり、今回のことの大本はあたしが原因だったということね。なら、落とし前はあたしがつける。」 「ですが……」 「信じて!!こいつの強さを……絶対に元通りにしてみせるから…罪を償うのはそれからでも遅くないでしょ?」 気がついたらキョンはあたしの腕の中で寝ていた。とても安らかな表情で… 「……涼宮さん、一つだけ約束して下さい。もし、彼があと一回でも覚せい剤を使用したら、僕は警察に通報します。」 動揺したように目をあちこちに揺らしていた古泉くんはしばらくすると 目を厳しくしながらも、いつものような暖かい笑顔でそう言った。 「ええ……分かったわ。それから……ごめんね……」 我慢出来ない。もう、泣いてもいいよね…… 「ごめんなさい…ごめんなさい!!……あなたの…春日さんの………本当に…本当にごめんなさい……う…うわあああん!!!」 後ろから、あたしとキョンの二人分をそっと抱き締めてくれたみくるちゃんの体は、とても柔らかくて暖かかった。 九章へ
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九章 まどろむ朝。今日もまたSOS団雑用係としてのハルヒに振り回される一日が始まるのか、という北高に入学して以来、 ずっと抱いている憂鬱ながらまんざらでもない感傷に浸り、 その直後、現在自分の身体に起こっている異変を思い起こし、絶望する。 それが俺のここ一日二日の朝だった。 それだけでも俺は今すぐ自分の首を締め上げたい衝動にかられるのに、今日はさらに最悪だ。 俺は昨日ハルヒにお別れを………… 何だ、もう学校に行く必要もないじゃないか。 お袋、親父、それに妹よ。悪いな、俺は今日この家を出て行く。お前達は無事生き延びて帰ってきたら、今まで通りの日常を過ごしてくれ。 やったな、これで一人分の食費、生活費、その他諸々が浮くぞ。 何だ。最悪だと思ってたが案外清々しいじゃないか。昨日はいい夢も見れたしな。 ハルヒが抱き締めてくれる夢…………を?ん?あれは本当に夢だったのか? 布団の中で、そこまで思考を展開していると………… 「コラーーー!!あんたいつまで寝てるのよ!いい加減起きな!!!さい!!!」 その声とともに俺を覆っていた布団が舞い上がり、俺の体は外気に触れブルッとなる。 妹か?なんて思考を巡らす暇もなく、俺はそこにいる人物が誰かを理解した。 「えー、あー……ハルヒ…なのか?学校……は?」 「あんたまだ寝ぼけてるの?今日は日曜でしょ!それに明日からは冬休みじゃない!ほら、朝ご飯出来てるわよ!さっさと顔洗って来ちゃいなさい!」 何だ、その休日なんだからいて当然!みたいな言い方は。 何故こいつがここにいる?夢か、これも夢なのか?いやだが妙にリアルに感じるな。 まるで昨日の夢みたいな……いや、そもそもあれは夢なのか?夢であってほしい。 というか、そうでないと困る。だって夢の中のハルヒは俺の今の状態を………… 「ぶつぶつ夢だなんだ…うるさいわね。」 しまった、混乱しすぎて口に出していたか。いや、でもこれも夢なら別に問題は………… 「はぁ…………夢じゃないわよ。昨日も、今もね。」 ハルヒは妙に説得力のある声で言った。 「じゃあもしかして……お前……………」 「ええ、あんたが何をしていたのか……全部……………知ってるわ……そう……全部ね…」 ――ずっとあんたと一緒にいるから―― 夢と思っていた記憶の奥底にある、その言葉を思い出した。 「帰れ!!!」 突如、俺の心に羞恥にも似た不快な感情が溢れだし、それはその言葉を発するまでに至った。 「俺を見るな!お前は俺と関わるべきじゃないんだ!!お前のためなんだよ!!帰れよ!ほら早く!!!」 叫び始めた寝起きの俺を前にしても、ハルヒはその目を少しも泳がせたりせず、じっと見ている。 「何ヤケクソになってんのよ!あんた今のまんまじゃどうなるか分かってんの?!」 「ああ、分かってるさ!!こんな命……ましてお前の世話になって得る命なんて願い下げだ!」 ハルヒの表情がみるみる怒りの感情をあらわしていく。 「はぁ~、ダメ、我慢しようと思ってたけど…やっぱ感情のコントロールって難しいわね。」 その言葉を聞き終わらないうちに俺の部屋に『パン!!』という心地よい音が響き渡った。 ほっぺた、いてぇ…… 「ふ…ざけんじゃないわよ!!許さない……死ぬなんて絶対許さないんだからね! 言いなさい!何であんたは覚せい剤なんてバカなことやったの!!」 ……何でだ…クソ!何でだよ!何で思った通りに動いてくれないんだ!ちくしょう!ちくしょう!………………そうかよ…………なら……… 「こっちにだって考えがある。」 俺はそう言うと台所に駆けていった。大丈夫、理性はある。脅すだけ……ギリギリの所で止められるはずだ。 お前のせいだからな。もし万が一が起こってもお前の責任だ。お前が俺の思い通りにならないのが……悪いんだからな。 台所には味噌汁のいい香りがしたが、そんなのに構ってられる程の余裕は今の俺にはない。 調理に使ったであろうその包丁を手に取る。 ドクン!! それを持った途端、心臓の鼓動が、鼓膜にダイレクトに聞こえてきた。 一瞬、朝倉がそこにいるような感覚がしたが、すぐに消える。 だ、大丈夫だ。落ち着け、俺。早まるなよ。脅すだけ、そうだ脅すだけだ… 俺は急いで部屋に戻るため階段を駈け登り、扉を強引に開く。 ……とハルヒは部屋を出て行く前と同じポーズでそこにいた。 「ったく!あんた何しに行ってたのよ!悪いけど、あれはもうこの…い……」 ハルヒの目がわずかに下に下がり、 俺の両手で前に突き出すように握っている包丁を捕らえると、その顔は一気に蒼白くなっていった。 大丈夫…忘れるな。理性を忘れるな。 「悪いが本気だ!これ以上俺の家に居座るならどうなるか…こいつを見りゃわかるだろ。 今の俺は正気じゃないからなぁ!!何するか分からないぞ!」 自ら作り出した狂気じみた演技に飲み込まれそうになる。落ち着け…落ち着け! 「キョン…あんた…」 ハルヒがみるみる恐怖に染められていく……はずだった。 何でだ…何でお前はこの状況でそんな顔が出来る… 俺の前には、もう何十年ぶりになるのではないかと思うくらい、久々に感じる、 大胆不適で強気な笑みがあった。 ズン!と音がするくらいしっかりとした足取りで、ハルヒが一歩ずつ近付いてくる。 一歩、また一歩。ついには俺とハルヒの距離は、俺が突き出した包丁一本分しか無くなってしまった。 あと一歩踏み込んだら、確実に包丁はハルヒに突き刺さる。 後ろに下がろうにも、部屋の壁がそれを許さない。 完璧に追い詰められてしまった。ちくしょう…こんなときまで俺はハルヒに…… !!!!! 俺の思考はそこで中断してしまった。ハルヒが前に踏み出すかのように右足を僅かに浮かせたからだ。 「バッ!!!」 咄嗟に包丁を横に投げた瞬間、ハルヒは俺にのしかかってきた。 仰向けの俺に覆いかぶさっているハルヒの顔は俺の胸に押しつけているため、確認出来ない。 そうか、こいつはこれを狙っていたのか。だけど、もし俺が動揺せず包丁を構えたままだったら、こいつは…… 「はあ……はあ……」 ハルヒの超高速で鳴っている心臓の鼓動が伝わってくる。それと同時にハルヒの肩が小刻みに震えているのも確認出来た。 「ハルヒ…………」 「黙ってなさい。」 その言葉と同時にハルヒは顔をこちらに向けた。 なんつーか……俺は何てことをしてしまったんだろう。ハルヒの顔は冷や汗でびしょびしょだった。 「………から……」 「え???」 「負けないから。絶対にあんたを治すまで……もう…決めたんだから……!」 俺は何て声をかけたらいいか分からなかった。俺がずっと黙っていると、ハルヒは、 俺の上からどき、素早く包丁を取り上げると言った。 「さっさと顔洗って来ちゃいなさい。」 俺はハルヒに言われた通り、顔を洗うため洗面所にいる。やれやれ、結局ハルヒに言いくるめられちまった。 …………あいつ、あんなに震えてた。当たり前だ。一歩間違えれば死んでいた、その恐怖は計り知れない あの時、あいつは信じたのだろうか。ドラッグに侵され、おかしくなっちまった俺を。 命をかけるだけの価値、俺にはもうねえだろうが……俺は…お前を裏切ったんだぞ? ふと俺は顔を上げ、鏡を見た。 「何だよ、こりゃ……」 お前はバカな奴だよ、ハルヒ。こんな目の下にクマがあって、 肌は土気色で表情筋が暴走したように引きつってる奴が包丁持って目の前にいたら、普通逃げ出すだろ………… リビングに戻ると、何とも豪華な朝食と、エプロンを脱いでる途中のハルヒが俺を出迎えた。 献立は……魚の塩焼きに味噌汁、厚焼き玉子、肉じゃが、これ以上ないってくらい純粋な日本の朝食だ。 ハルヒがこういう純和風なメニューを作るのは新鮮だな。何となく、サンドイッチとか洋風なイメージがあった。 「ちゃっちゃと食べちゃいなさい。」 「あ、ああ…………」 そういや昨日は何も食ってなかったな。一気に空腹感が増してきた。 急いでイスに座り、味噌汁を一口飲む。途端、俺に衝撃が走った。 「…………!!!」 声にならないとはこのことだろうな。この世のものとは思えないくらいうまい、冷えきった心身が温まってくる。 魚を箸でほぐしもせずかぶりつく、うまい、うまい……幸せだ……… こんな当たり前のことが、今の俺にはどうしようもなく嬉しかった。 「ハ……ルヒ……」 涙が止まらない。俺は…人間に戻れる…… 「なあに?」 にじむ視界の先にはハルヒが微笑んでいる。 「俺……生きたい………」 この時のハルヒの顔は忘れられないね。どうしたらあんなにも喜びを表情で表せられるのだろう。 「当たり前よ!!」 「それから、もう一つお願いがあるんだ。」 もっと生きてる喜びをかみ締めたい。 「ポニーテール……してくれないか?」 機関運営の葬式場。そこでオレは河村から衝撃の告白を受けた。 「神を……殺す?それって涼宮さんのことを言ってるのか?」 目の前の男は狂気に顔を歪ませ、続ける。 「他に誰がいるんだよ。お前なら奴を呼び出すくらい簡単だろ?センパイの苦しみを味合わせてやるのさ。」 思考がまとまらない。こいつは今何と言った? 確かに今までにも河村は涼宮さんへの不満をよくオレに漏らしていたが、これは明らかに別物だ。明確な悪意と殺意。 「い、言ってる意味が分からない。」 「お前だって嫌気が差してたんじゃないか?俺達の進む人生は奴によって180度ねじ曲げられたんだぜ? 神様ごっこはここいらでやめにしようじゃないか。」 冗談じゃない、確かに涼宮さんを恨んだ事がないと言えば嘘になるし、 もし自分がこの力を与えられなかったらどれだけ平和な毎日を送れていただろうと考えることもあった。 それは嘘じゃない。 だけど、この力のお陰でオレはSOS団に出会えた。何もない、平凡な暮らしから脱却出来たんだ。 オレはいつの間にか、涼宮さんに感謝していた。殺すなんて有り得ない。 「少し、考えさせてくれ。」 思考とは裏腹に、オレの口から出たのは臆病で怠惰な先送りの言葉だった。 「ああ、分かった。いい返事期待してるぜ。それから美那にこのことは言わないでくれ。余計な心配かけたくない。」 「田丸さん、少しいいですか?」 場面は変わってオレは田丸さん(兄)と話している 「実は………」 この時オレは親友を売った。 「そうか、河村が…いつかはこんな時が来るかもしれんと思っていた。…………古泉。」 田丸さん(兄)は真剣な表情でオレを見つめている。 「私はこのことをたまたま耳に入れた。お前達の会話を盗み聞きしてな。 お前は誰にも、このことを漏らしていないし、これから私がやろうとしていることも何も聞かされていない。いいな。」 オレは数人の機関の面々に取り押さえられている河村を目の当たりにしている。 「大人しくしろ!!」 田丸さんや荒川さんが激をとばす。 「古泉!お前……裏切ったな!何故だ!答えろ!!古泉ぃ!!!」 「タックン!タックン!!やめて!タックンを放してよぉ!」 オレはその時河村を見捨てた。涼宮さんを守るために。 それから河村は自らを捕縛しようとする仲間達を何とか振りほどき市内を駆け回った。 最後にたどり着いたのは春日さんの家だ。家の周りを包囲されると抵抗する気力もなくしたのか、大人しく捕まった。 その時は夢にも思わなかった。河村が春日さんの家で押収され残した覚せい剤を手に入れていたなんて。 河村は、機関本部の地下に幽閉された。人権無視も甚しい話だが、何せ世界の破滅がかかっている。 だから、この決定に疑問を抱く者はいなかった。あの春日さんですら。 「春日さん……オレ……」 「気にしなくていいよ。機関にいる以上、涼宮さんに害を及ぼす存在は抹消しなければならない。 古泉くんにはあれ意外の選択肢はなかったもんね…」 正直、かける言葉が見つからなかったオレは、 「ごめん……」 という謝罪の言葉が精一杯だった。 「あれ~?古泉くんは告げ口してないって話じゃなかったの~?」 いじわるそうに聞いてくる春日さんの笑顔は、今にも壊れそうで。 「別に恨んでないよ。全ては……涼宮ハルヒが悪いんだから……」 だからこそ、その言葉を聞いた時はゾッとした。 それから日がかなりたったある日、河村は食事を持ってきた見張りの一瞬のスキをついて、屋上に脱走した。 その時、河村は見るもの全てに自殺願望を与えるような表情をしながら言った。 「なあ、古泉、美那……」 地獄から響いてくるようなその声を、オレは忘れられそうもない。きっと春日さんも同じだろう。 「俺は今、とても清々しい気分なんだ……」 その言葉を最後に、河村は人間とは思えない程の跳躍でフェンスを飛び越え………落ちた。 授業が終わり、HRが終わり、いつものようにオレはSOS団部室にその足を運ぶ。 「古泉くん!!」 春日さんが走ってきた。あんなことがあったから休んでいるとばかり思っていた。強い人だ。 「どうしたんです?」 「え?ちょ、敬語……ううん、別にいいや…今日もあの部室に行くの?」 「そうですが。」 オレが行かない事で涼宮さんがイライラを積もらして閉鎖空間を作ったら大変だからな。……なんて、自惚れすぎか。 「何で?だって…だって涼宮さんは…!」 「聞きたくない。」 オレは咄嗟に言葉を遮った。 「僕だって何かにすがりついてなきゃやっていけない気分なんです。」 その言葉の持つ残酷さを知っていたが、自分のことだけで精一杯だった。 春日さんは呆然と立ちすくしていた。それをOKの合図と無理矢理解釈して、オレは歩き出した。 ノックを数回。無言が自己主張しているのを確認すると、オレは扉を開けた。 部室に入ると一番に目に入ったのは長門さんだった。いつもの指定席で本を読んでいる。 「他の皆さんはまだ来てませんか。」 ゆっくりと長門さんが目を合わす。 「休まなくていいの?」 ああ、やっぱりこの人は気付いているのか。彼女なりの気遣いが嬉しい。 「おや、僕の心配をしてくれるのですか?」 「……………」 ドガン!! 突然の爆音だ。それと同時に残りの三人がなだれ込んでくる。 「さぁ~みくるちゃん!さっさとこれに着替えるのよ!!」 変わらない。 「ふぇ~、やめてください~」 あんなことがあっても関係なく回り続けている。 「おい、ハルヒ!朝比奈さんがいやがってるじゃないか!何だっていきなりこんな服を着せようとしてるんだ。」 オレはこっちの居場所を選んだ。 「何でって、みくるちゃんもあと半年後には卒業じゃない!今のうちに出来る格好は全てやっておくべきよ!!」 楽しいな。 「だからってだなぁ。もう少し朝比奈さんの心労やその他諸々も考えてやって……」 「っだーー!うっさいわね!あたしはみくるちゃんの為を思ってやってるんだから!うれしいわよね!みくるちゃん!」 あの場所を霞ませてくれる程に。 「ふぇ、あの、あたし………」 「ほら!これとーっても可愛いでしょ!こんなのみくるちゃんに着せちゃったら男共は失禁モノよ!ね!有希!」 「……………そう」 次はオレにくるな。もう既に答えは用意してある。 「ね!古泉くん!!」 何も知らない、だからこそ明るい笑顔で涼宮さんは尋ねてくる。さて、オレもとびきりの笑顔を作ってと…… 「誠に結構かと。」
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七章 夕日の光が病室の中にまで及んで、妹ちゃんの心なしか寂しそうな寝顔に差し込んでくる。 この肌寒い時期にもかかわらず、その光は暖かみにあふれていた。 あたしはカーテンを閉めた。間もなく日が沈もうとしている。だけどあいつは来ない。 「キョンくん、どうしたんですかね…」 しらないわよ、みくるちゃん。こっちが聞きたいくらい… 何よ。昨日は来るっていったじゃない。朝からずっと待ってるのに……… 「まだ具合が悪いのかも…」 そうなのかな、昨日最後に会ったときは顔色よかったけど… 「有希、どう思う?」 じっと妹ちゃんを見ていた有希はかすかにこちらに顔を向けた。 「…今のわたしにはわからない。しかし彼に何らかの異常が起こっているのは確か… 行ってあげて。あなたが行くのが最も適切」 異常か。ま、確かにこんな所でずっと待ってるなんてあたしらしくないわね。 引きこもっていじいじしてたら許さないんだから!! それからは早かった。あたしの持ち前の脚力のお陰で目的地にはすぐ到着した。 昨日と同じようにチャイムを押す。………出てこない。 あたしの指に連動して続け様に鳴る音に憤りを感じ始めた頃、あいつは玄関のドアから顔を出した。 「あんた今まで何やってたのよ!!今日は妹ちゃん達の病室に来るんじゃなかったの?!!」 「…スマン、寝てた」 「はぁ!!!?…何よ。まだ体の調子悪いの?」 あたしの問いに答える気はない様子のキョンは思案顔をして、そのあと意を決したように言った。 「まあ、とりあえず…入れよ」 「あのね、あたしはあんたを迎えに来たのよ!」 「頼む、少しでいい、話があるんだ」 表情から、その話の内容を読み取ることは出来ない。しかし キョンの目には確かに決意のような、力強さが宿っっていた。それが何に対する決意かはわからない。 だけどそれは確実にキョンを取り巻いていた。だからあたしは断ることが出来なかった。 どこか儚げで、それでいて並々ならぬ意志を纏ったキョンの後につき、あたしは玄関に上がった。 今日は何故かリビングに通された。ソファに座るように促されたので遠慮なく座ることにする。 「…で、何よ、話って。言っとくけど、つまらないことだったら承知しないわよ」 言うまでもなく、あたしは家族の見舞にも来ないで家で寝てた上に、未だ急ぐ素振りも見せず、 自宅でくつろごうとしているキョンに憤りを感じていた。 「なあ、ハルヒ、俺とお前が出会ってから三年近くになるな」 横にいるあたしに目を合わせず前にあるテレビを見据えながらキョンは穏やかな声で言う。 「だから何よ、思い出話なら病院でたっぷり聞いてあげるから!!」 「ははは、相変わらずだな、お前は。いっつも強引で…だけど…お前も変わったよな。」 はぁ?一体なんなの?さっきから何こいつ語ってんの?ていうかこいつあたしの言ってること聞いてる? 「俺も変われたかな、ハルヒ。」 「知らないわよ!そんなこと!!!!」 あたしのイライラは頂点に達していた。 わけわかんない!何でこいつはこんな時に悠長に話してられるのよ! キョンは、ふうとため息を一つ吐くとこっちに振り向き言った。 「ハルヒ…俺、お前に会えて本当によか…うわあああ!!!!」 突如響いたキョンの悲鳴。それは断末魔の叫びと称しても納得出来る程、苦痛に満ちていた。 見るとキョンはソファから落ちて尻餅の状態だ。 「あ……あ…さ…朝…く…な、何でお前が…ここに…」 キョンの顔から汗が吹き出ている。力強かった目の瞳孔は開きっ放しで、肩は軽い痙攣を起こしていた。 素人目で見てもこれは普通じゃない。 「ち、ちょっと!朝?みくるちゃんのこと?何?どうしたの?」 「くるなああぁ!!!!」 キョンは尻餅の状態のまま、回りにある様々なものをこちらに投げてくる。 新聞紙、座布団、テレビのリモコン。それらが部屋一体を飛び交う。 「また俺を殺しに来たのか!お前なんかに…お前なんかに殺されてたまるかぁぁぁぁ!!!」 なんなの、これ…わけわかんない…キョンはあたしの方に目をむけているが、あたしを見ていない。 「キョン!キョン!やめて!あたしはハルヒよ!どうしたの?!ねえ!!」 「だまれぇぇぇ!!」 ガシャン!!! 「キャアアア!」 嘘…シャレになってない。気がつくとテーブルの上にあった、 ガラス製の灰皿はあたしの後方にある窓の残骸の中で、変わり果てた姿で存在していた。 どうすればいいの、どうすれば…その時ある台詞が頭の中をよぎった。 そして次の瞬間にはあたしはその台詞を吐き出していた。 「ひ、東中出身涼宮ハルヒ!!ただの人間には興味ありません! この中に宇宙人!未来人!異世界人!超能力者がいたら、あたしの所に来なさい! もう一度いいます!あたしの名前は…涼宮ハルヒ!!!以上!!!」 何でこの台詞を言ったのかはわからない。無我夢中だったから… ただ、この台詞はとても大切なもののような気がしたから…あたしにとっても、キョンにとっても。 キョンの動きが止まった。お願い、いつものキョンに戻って… その目にはちゃんとあたしが映ってるだろうか。 「……はあ、はあ、くそ、目障りだ…消えろ、ハルヒにまとわりつくな…消えてくれ。 …………ははは…もう来やがったか…いくら何でも早すぎだろ。」 脈絡があるとはとても思えない言葉を羅列すると、キョンは階段をかけ上がっていった。 ぺたん、と膝をつく。もう何がなんだかわからない。 早すぎるって何が? 思えばここ最近は色々なことがあった。キョンに殴られて、何故かすぐに仲直り出来て、 キョンの家族が事故に会って、でもあいつは来なくて… ああ、ダメ、これ以上考えたらいくらあたしでもパンクしちゃう。 あたしは思考を停止させた。ただボウッと固いフローリングにヘタレこむ。 だけど一旦停止した思考は階段から降りて来たキョンによって 強制起動させられた。キョンの顔色はもう元に戻っている。 「なんなの?ねえ…答えて!いい加減にしてよ!わけが分からない…答えてよぉぉ!」 やば、顔の内側から熱いものが込み上げて来る。 気が付くとキョンはあたしを抱き締めていた。昨日の未遂をいれると、これで三回目。 だけど今の抱擁は今までで一番弱々しい。 「ごめんな、本当にごめん、ハルヒ。やっぱ俺…ダメみたいだ。勝てそうにない…約束守れなくて…ごめんな…」 勝てない?何のことを言ってるの? 「ハルヒ、俺…お前に会えて本当によかった…」 キョンは震えた声で言う。そんなもうお別れみたいな言い方やめてよ。 「だから…今日はお別れを言うためにお前を呼んだ。」 ッッッッッ!!!! 体中に電撃が走った。もう何度目になるかわからない疑問。 「何でよ!説明してって何回も言ってるじゃない!イヤだ!お別れなんて絶対!答えて!答えろ!」 もう自分でも何言ってるかわからない。それが言葉なのか嗚咽なのかすら…そんな叫び。 「教えてよ……ねえ!!……お願いだから…」 「勝手なことを言ってるのは分かってる…だけど言わせてくれ…お…ら…えろ」 「え?」 「俺の前から消えろ!!!!二度と俺の前に姿を表すな!!!!出てけ!!!!」 その能力があたしの内に宿ったことに気付いたとき、最初に思ったのは、 「ああ、あたしもいつの間にか打たれてたんだ」だった。 脳に飛び込んでくるあたしのものとは別の意志。瞬間的に見える灰色の町と蒼白い巨人。 あたしのこれまでの家族環境は、この変化をドラッグの副作用と勘違いさせるのに十分だった。 同じ中学で彼氏でもある谷口くんに、両親のことがバレて別れたばかりで、 消沈していたあたしは、この状況を簡単に受け入れた。 これからはあたしもあの人達と同じ道を歩いて行くんだ… そんな諦めに近い感情があたしを支配した。 それからしばらく、あたしはフラッシュバックの恐怖に耐えながら、 気が狂いそうな自分を必死でつなぎ止め、自室ですごしていた。 この時、自殺を考えなかったのはあとになって考えてみれば、 涼宮ハルヒがそれを許さなかったからなのかもしれない。要するに人材不足の回避。 彼女の無意識の思惑通り、両親が刑務所に連れて行かれるのと同時に、あたしは機関の存在を知った。 そこにいる人達はあたしの素性を知っている。クラスや近所…そして谷口くんが忌み嫌って避けたあたしの素性を。 だけどこの人達はそんなあたしを受け入れてくれた。 警察から両親のいなくなったあたしを、いとも簡単に引き受けて養ってくれた。 やっと自分の居場所が出来たんだと、この能力をくれた神と称される涼宮ハルヒに、あろうことか感謝さえしてしまった。 神様は非情だ。居場所を与えてくれたと思ったら、すぐにそれを奪っていく。 センパイを奪い、本当の古泉くんを奪い、そしてタックンを……… だから復讐する。一番大事な人を、タックンと同じ方法で… なのに、何であなたはあんなに楽しそうなの?ニセモノの自分がそんなに好きなの?古泉くん……… あたしは走っていた。自分が今、泣いているのかどうかも分からない。 ただキョンが言った言葉、それだけがあたしの全てを動かす。 キョンが意味もなくあんなことを言うはずがない。きっと理由があるんだ。それはわかってる。 だけど、そんな理性はキョンに拒絶されたという事実の前では、何の役にも立たなかった。 やがてあたしは、吐き気をも引き起こしそうな疲労と共に足を止めた。足がガクガクする。 このあたしがここまで完全に息が上がっているのだから、相当な距離を走っていたんだろう。 あたしは震える手でケータイを開いた。 「もしもし、古泉ですが。」 「ヴゥ…古泉くん!!キョンが…キョンが!あたし…あたしぃ……!」 涼宮さんのあまりに悲痛な嗚咽混じりの声に、オレは寒気すら感じた。 先程のパーティ会場でのことを思い出す。まさか…いや、そんなはずはない!! 「落ち着いて下さい!涼宮さん!今、自分がどこにいるかわかりますか?」 「わからない、遠い何処か…わからないよぉ…もう、何もわからない…」 だめだ、完全に混乱している。こちらで探し出すしかない。 「朝比奈さんと長門さんにはこちらから連絡します。あなたは決してそこから動かないで下さい。」 それからオレは森さんと新川さんに頼んで、パーティ会場にいる同士に事情を知らせ、協力を促した。 しかし、協力を申し出たのは森さんと新川さんを除けば、田丸兄弟だけ。 他の同士はもう関わりたくないようだ。当然だ。 今救おうとしてるのは自分達を散々振り回し、時には命の危険までをも、もたらした少女である。 むしろ今のオレ達の方がイレギュラーな存在なんだろう。 傍観に徹してくれてるだけでも、ありがたいと言うべきだ。 だけど、止まれないんだ。止まるわけにはいかない。仲間だから…もう二度、仲間を…仲間を失いたくない!!! 「こちら、森と新川。涼宮ハルヒを発見したわ。場所は――――」 あれから長門さんと朝比奈さん、さらにたまたま出会った鶴屋さん、 谷口くん、国木田くんにも協力を願い、捜索を決行した。 思ったより時間はかからなかったが、あたりはすっかり寝静まっている。 涼宮さんはオレ達の町の数十キロ離れた公園で発見された。 足にかなりの負担がかかっているらしく歩くことも、ままならない状態とのことだ。 何が彼女をここまで追いやったんだろう。いや原因は分かってる。 …彼だ。涼宮さんからの電話の内容でそれは推測出来る。なら、次にやるべきことも自ずとと決まってくるだろう。 「了解しました。協力してくれた方々にも連絡お願いします。僕は…確かめたいことがありますので。」 彼の家、本来ならば訪れることに一考を要する時間帯だが、オレに迷いはなかった。 呼び鈴を押してもおそらく出ないだろうと想像はつくが、一応押してみる。 …………やはり出ない。 ならばとオレはピッキング器具を持ち出し、ものの数十秒で玄関のドアをこじあけた。 こんな状態でも機関仕込みの技術を落ち着いて行使する自分に少々驚いていた。 中は闇に包まれていた。何度か訪れた彼の家。 雰囲気が異様に感じるのは、現在の時間帯のせいだけではないだろう。 まずはリビングへと侵入すると、彼はソファに倒れ込むように寝ていた。 よほど熟睡しているのか、口からはヨダレを垂れ流している。 オレは彼を起こす前に、それに気付くことになる。暗闇の中、彼の手の中で月の光に照らされて怪しく光る「奴」の存在に。 これは…注射器?! ドクン! ――神を殺さないか?―― ――何故裏切った!古泉ィ!!―― ――ハハハ、今の俺はとても清々しい気分なんだ―― 頭にこびりついてくるその声を必死にふり払い、彼の右腕を確認する。 彼は右利きだということは、とっくに知っていることなのに、最初に右腕を確認する辺り、 少しは想定していた事態とはいえ、相当に気が動転していたのだろう。 一瞬、「それ」がなくてホッとしてしまった。しかし、すぐにそれを後悔することになってしまう。 「あ…」 彼のもう片方の腕にはおびただしいほどの注射跡が存在していた。 細菌が繁殖しているのか、それは紫色に変色していて痛々しさに拍車をかけていた。 ドクン! 「ん…春日…もう一度…俺に……春日…ハルヒ…」 「あ…ああ…ぅあああああぁぁぁぁ!!!」 オレの絶叫に構うこともなく、彼は寝言をつぶやいているだけだった。 八章へ
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五章 俺は今日も早朝のハイキングコースをいつものように歩いている。ただいつもと違う事が二つ。 一つ目は今日が終業式ということ。だがこれは大した問題ではない。それよりも二つ目のことだ。 俺の体が絶え間なく『奴』を要求してくること。途中誘惑に負けて何度もカバンの中に手を伸しそうになった。 そう、今俺の鞄には注射器が眠っているのだ。っといっても、もちろんまたそれに手を汚すことはしない。 にしても、もううんざりだ。静まれ俺の体。あいつに会いたい。あの笑顔を…… 「キョン!!朗報よ!!」 教室につくと何故か俺の席に座っていた ハルヒは、俺の望みと寸分違わぬ100WATの笑顔で俺に、唾を吐き出しながらそう叫んできた。 こいつの言う朗報とやらが、俺にとって良い方向に作用することは、とても稀なケースなのだが… 今回はその稀なケースに事が進んで行くようだ。 それが朗報の内容を聞かなくても、無条件で確信出来る。 ああ…この笑顔のお陰で俺の中にいる『奴』の存在を忘れられる。 アンダーグラウンドから、いつもの日常に戻って来たような安心感だ。 「何惚けた顔してんのよ!」 おっと、安心が顔にも出てたようだな。 「…で何だ?朗報というのは?」 いつもの口調を演出し、答える。 「みくるちゃんよ!みくるちゃんが帰って来たの! 昨日みくるちゃんから電話があってね!もうこっちの時代に来てるらしいわよ!」 何てこった!こりゃ本当に朗報だ!まさかこいつからこんな良い報せが届くとは… 思わず顔がニヤけてしまう。だけど一つ気になるな。 「だがハルヒ、何でまた朝比奈さんが帰って来る事になったんだ? また力が戻りました、だなんてオチは、夢オチだけにしてくれよ?」 そう思いたい。これ以上懸案事項を増やされたらマジでどうにかなっちまう。 だけど朝比奈さんが戻って来る理由なんて、これくらいしか考えられない。 「何よ、表情と言ってる事が一致しない奴ね!ホントは嬉しいくせに!」 ああ嬉しいね、この上なくだ。 「少しの期間だけよ!何かね?みくるちゃんがホームシック…… いや、ホントは向こうが地元だからこんな言い方も変かもしれないけど、 そんなのになっちゃったらしいのよ。何でもシロクジ中、あのテレパシーみたいな力で 『ふぇ~~~ん、皆に会わせてくださぁ~い』って上の連中に頼み込んでたんだって!」 それで上の連中がついに折れたって所か。 まあ、あんな天使のような朝比奈ボイスでも夜な夜な聞かされちゃ精神も参るか。 「ま、あたしの能力が消えて、少しは未来人達も少しは融通が利く用になったんじゃない? それともあたしが世界改変した時に、『みくるちゃんが意味もなく時間遡行しても 問題のない世界になりますように!』みたいな感じでチョロっと改変しちゃったのかもね?無意識的に!」 古泉みたいなことを言いやがった。ま、確信犯ではないようだ。 「とにかく!!今日の放課後は久々に全員集合よ!」 そう言うとハルヒは自分の席に戻って行った。放課後か…あの人の出してくれるお茶を、また飲める日がやってくるとは。 そんな楽しみにしてる反面 彼女に――他の奴等もそうだが――『奴』に冒されている自分を晒す事に、罪悪感を覚える俺もいた。 でも俺は嘘をついて会うんだろうな。嘘で固めて、その嘘が真実になるまで。 そうだ、今日はあいつにも用があるんだ。 終業式も滞りなく終わり、放課後、俺は屋上で春日を待っている。………来たようだ。 「どうしたの?突然呼び出して。」 本当に不思議そうな顔をしやがる。 「ほらよ」 そう言って俺は注射器と袋に入った粉を春日に渡した。 「ないと思ったらキョンくんが持ってたんだ。」 「お前が俺の鞄に入れたんだろうが…」 怒りを押し殺した声で俺は言う。ここで怒りに任せるのは少し気が引ける、 春日のお陰でハルヒとの関係を元に戻すことが出来たことは確かだ。 「あたしはこんなのやってないし、必要ないからいらないんだけど…ありがとね。」 俺の問いには答えず春日は述べた。 「ああ、捨てるなり何なりしてくれ。もう俺に関わるな。 何でお前がこんなもんを持ってたのかは聞かないし警察にも言わない。」 吐き出す用にそう言うと、春日はクスッと笑った。 その顔が一瞬邪悪に染まったように見えたのは、気のせいだろうか。 「そうだよね。通報したらキョンくんまで捕まっちゃうもんね。 涼宮さんにプロポーズまでしたゃったんでしょ?その関係を崩したくないもんね? 例えそれが、この注射器によって作られた関係だとしても。」 …………!!!俺の中で怒りがたぎる…しかし、それを望んだのは俺自身だ。 俺の何処に向けたらいいか分からない怒りは、 「困ったことがあったら、また力になるよ」と、のたまった春日が去った後の、 屋上の床に意味もなく拳と共に打ち付けられた。 そして何よりもあの注射器を名残惜しく思ってしまった自分にたいして腹がたった。 俺は、本当にあいつらと嘘をついてまで今まで通り過ごしていいのか?その資格がお前にあるのか? 憂鬱とはまた違う気分で部室の扉の前につく。 おや、ハルヒが不敵な笑みで仁王立ちしているな。 「遅い!ふっふ~ん。キョン!この扉の向こうにはだ~れがいると思う?」 こいつが今まで出して来たハルヒクイズの中では、底抜けに簡単だな。 「朝比奈さんと長門と古泉だろ?」 「ぶっぶ~!はずれ!さあ!早くはいるわよ!」 そう言ったハルヒが扉を開けた。少しは躊躇もさせてくれよ。 何はともあれ、俺はハルヒのお陰で迷う事なく扉をくぐることが出来た。 しかしその先で待っていたものは、 「ひゃ~~いぃ、キョンく~ん」 という幸せスペルではなかった。 「おおー!やっと来た!キョンくん、ひっさしぶりだねぇ!元気だったっかなぁ!?」 一瞬、朝比奈さんが未来で洗脳でもされて性格を変えられたのかと、 思ってしまった。いや、紛れも無い、鶴屋さんである。 「あっれ~?何か肩透かしな顔してるよ?お姉さん悲しいにょろ~」 鶴屋さんがニッと笑いながら横にずれると、そこには 「キョ…キョンくん…グスン!お久し振りでしゅ……」 涙をこれでもかと溜めながらも笑みを作り、誰かを抱き締めている朝比奈さんがいた。何一つ変らないメイド姿。 いや、体型が朝比奈さん(大)に近付きかけている。さしずめ、朝比奈さん(中)といったところか。 見ただけで俺の中の毒素を全部取り除いてくれるようなその笑顔は、ハルヒにも負けず劣らずだ。 いかん、俺まで涙が出て来た。 「な~に泣いてるのよ?キョン! あたしからみくるちゃんに乗り換えてみる?」 そう、いじわるそうに言うハルヒの目をよく見ると、うっすらと涙のあとがあることに気付いた。 こいつ、さっきまで泣いてやがったな。こりゃ昨日の電話とやらでも泣いていたと見た。 「いやいや、この歳で今生の別れをした人と再開出来るとは 思ってもいませんでした。」 古泉はいつものスマイルだ。いや、当社比三割増しだな。 長門は…あれ?いないのか? 「あそこよ、あそこ!」 へ?ハルヒが指差す方向には朝比奈さんしか………うお!まさか朝比奈さんの腕の中で小さくなってるのは! 長門はこちらに気付くと、まるで早送りしてるような足取りでいつもの定位置に座り、本を広げた。 表情はもちろん無表情だ。いや、心なしか顔が赤い…か? 古泉が耳打ちしてくれた。 何でも、ハルヒ達がしばらくの間、再開の喜びを分かち合っていると 突然読んでいた本を机に置き、無言で抱き付いたらしい。 その光景を想像すると実に微笑ましいが…顔が近いぞ? そんなやり取りをしているとハルヒが選手宣誓にも取れるような馬鹿でかい声で、俺達を促した。 「とにかく!皆!いくわよ!せ~の!」 「「「「「お帰り!」」」」」 「みくるちゃん!!!!」 「「朝比奈さん!」」 「みくる!!」 「あ……ひな…くる…〃〃」 突然のことだったが、皆示し合わせたように息ピッタリだ。長門はまあ、察してやろう。 そう、このときは、もう『奴』のことなど、これっぽっちも考えていなかった。 そうだ、やっぱり俺にはこいつらが必要なんだ。本当にいい仲間に巡り合えた。 それからは、皆思い思いの、いつもどおりのことを始めた。 朝比奈さんはお茶の準備に取り掛かり、俺とハルヒは勉強道具を取り出し、 長門は本を読みながら古泉のチェスに付き合っている。おい、古泉。舐められていることには気付いているんだよな? ちなみに鶴屋さんは、 「これからどうしても外せない用事があるんだよ~」 と嵐のように去って行った。 それはともかく、ハルヒに勉強を教えてくれるよう、促した時少し曇った顔をしてたな。 すぐに笑顔に戻り、いつもと変わらぬ鬼コーチっぷりを発揮してくれたから気のせいとも言えなくもないが、少し気になるな。 帰り道、俺は古泉を隣りに歩いている。前にはハルヒと長門と朝比奈さんが同じく歩く。 ちなみにハルヒとはプロポーズしたものの、キスはおろか 手をつないで帰ったりすらしていない。全ては受験を終えてからということらしい。まあ、俺もこれには同意だ。 「どうですか?勉強の方は?今日もはかどっていたようですが。」 古泉はいつもの笑顔で俺に話しかけてきた。そういえば俺の暴力事件 のあと、こいつと二人でちゃんと話すのは初めてだな。 「そうでもないな。分からないことだらけさ。ハルヒにも申し訳が立たん。」 そう言うと、古泉は少し考える素振りを見せて意を決したように言った。 「涼宮さんは、今の状況を維持させるべきか迷っているようです。 ああ、あくまでも婚約の話ではなく、受験勉強の話ですよ。 もともと、彼女は東大など興味はなかった。ただ、真面目なことをあなたと一緒に成し遂げたかっただけです。」 「超能力属性をなくしても、やはりお前はあいつの精神分析を買って出るんだな。」 皮肉を混ぜて言う。 「いえ、これは涼宮さんが話してくれた事です。だから、今この場でのことは黙っていてください。 とにかく、涼宮さんはそんな思い付きの行為の為に、あなたを苦しめていることに気付いてしまったのです。この間の件でね。 それに高校三年の冬という時期は、涼宮さんでなくとも最後の思い出づくりにイベントの一つでもと、誰もがそう思うでしょう。 そんな大切な時間を削ってまで、大学受験に精を出す必要があるのかと。」 ――俺の時間を返せ!!―― 「そうか、じゃああの時の俺の言葉は本当に最低だったんだな。」 「まあ、僕はその時の会話を詳しくは知りませんが、あえて言っておきましょう。 ええ、最低です。」 ふふ、ありがとう、古泉。 「つまり、もう一度俺の口から大学受験がしたいと ハルヒと一緒に目指したいと。はっきり言えということだな。」 「はい、話が早くて助かります。これは言わば、一生を共にするあなた達が協同で挑む、最初の関門です。 僕はあなた達の成功を心から祈っています。」 今、あたしの隣にはみくるちゃんと有希が歩いている。後ろではキョン達が話し込んでるわね。 これならあいつには聞こえないかな。謝らなくちゃ。この二人に。 「みくるちゃん、それに有希。今日はごめんね。せっかくみくるちゃんが帰ってきたのに お祝い事の一つもしないで黙々と勉強始めちゃって。」 二人は驚いたように口をポカンと開けている。有希もこんな顔が出来るようになったのね。 「な、なに言ってるんですか。そんなの全然気にしてないです!東大なんてすごいです!憧れちゃいます! そして、それを目指してる涼宮さんとキョンくんはもっとすごいです!」 ふふ、未来でも東大は健在なようね。 「ありがと、みくるちゃん。……でもね、もういいかなって思えてきちゃったの。」 ふえ?って顔でみくるちゃんはまた驚いてる。有希はもう元の顔でこっちを見てるわね。 「だってあいつったらいくら教えたって成長しないし! 東大に入って偉い教授になろうだなんて思ってないし!………ただあいつと何かをしたかったってだけだもん。 キョンがいつもウザがってた、単なる思い付きよ…」 「じゃあそれを最後まで続けてください!」 う、何か押しが強いわね、このみくるちゃん。 「まだ言ってなかったっけ、この前のこと。」 そう前置きしてあたしは話し始めた。キョンに殴られた事、その後の事。 治り掛けの口の中がまた痛んだような気がした。有希も俯いて暗い顔をしている。 「そんな、キョンくんが…」 「あ、キョンを責めたりするのはやめてね。もうこれはこれで話はついたから。 ただ、気付いちゃったのよ。ずっとあいつはストレス溜め込んでたんだなって。 そう考えたら、段々と今の状態に意味がないんじゃないかって思えてきたの。」 ここまで言って深呼吸をしていると思わぬ方向から声が聞こえてきた。 「あなたは、今まで決めたことは最後までやり遂げて来た。 それがあなた。そんなあなたにわたしは惹かれてきた。 考えて。そして答えて。彼との共同作業はあなたの中で、どれほどの優先事項なのか。」 有希が珍しく自分から話しかけてきた。 「そうです。涼宮さんの思い付きはそんな簡単なものじゃないです。どうあっても覆らないはずです!」 「………」 あたしは口を紡いでしまった。みくるちゃんも有希も本気で心配してくれている。 だけど、勘違いよ、それは。あたしはそんな強い人間じゃ…… 「ハルヒ!」 後ろから声をかけてきたキョンのお陰で、あたしは次の言い訳を言わなくて済んだ。 「ハルヒ!」 俺が声をかけるとハルヒは暗い顔をすぐに怒った顔に変えた。おいおい、無理するなよ。 「何よ!」 「今日、このあとも勉強付き合ってくれないか?」 そういうとハルヒは驚いた顔のあと、振り返り長門と朝比奈さんに顔を向け、一つ頷いたように見えた。 そして振り返りなおしたハルヒの作り物の笑顔がすこしだけ真実味をおびたように感じた。 「いいけど!あんたン家だからね!受講代として夕飯を頂戴するわ!」 「ああ、すまんな。ただ親と妹は夜から出かけるからメシは早めになるぞ?」 もうすでにハルヒは腕を組んで仁王立ちだ。 「構わないわよ!そんなの!ほら!早くしなさい!皆また明日ね~!」 ハルヒは手を振りながらもう片方の手で、俺を引きずり――比喩じゃないぞ、これ。本当に引きずられている。 あり得ない程の靴の磨り減り具合だ――皆と分かれた。ハルヒ。明日は土曜日だぞ?最近は探索だってしてないじゃないか。それに週明けは冬休みだ。 そのあとの食卓では母親とハルヒから俺の脳細胞腐敗理論を聞かされたり――いやマジで今の俺には笑えない冗談だ―― しながらも楽しい時間を過ごすことが出来た。昨日は食卓でも気が沈んでいたが、これもハルヒのお陰だ。 「じゃあね~、キョンくん、ハルにゃん!おべんきょーがんばってね~」 妹たちを見送りながら俺は思っていた。 俺がハルヒを呼んだのは古泉に促されたからだけではない。 一人になってまた『奴』からの誘惑に戦うのが怖かったからだ。 「それじゃ始めようかしらね。」 今は俺の部屋だ。部屋にはいるなりハルヒは勉強することを提案してくれた。 「ああ、そうだな。ハルヒ 、ちょっといいか?」 「何よ、変なことしようだなんて思ってないでしょうね!いい?!恋愛は受験の敵なのよ! そこらへんの判断が出来ないようじゃ…」 ハルヒの喜々とした声は、それの半分ほどの周波数しかないんじゃないかと、 思えるほど小さい俺の声に遮られた。 「ありがとう」 ハルヒは目を点々と瞬きしながら状況の把握に全勢力を置いてるようだ。 俺は続ける 「お前のお陰で俺はここまでやって来れた。自信はぶっちゃけないが、最後まで精一杯やりきろう。 お前と一緒に東大を目指したい、心からそう思っている。」 気がつくとハルヒは涙を流していた。 「な、何よ…今さら…そんなの…当たり前でしょ!…… 分かりきった事…言ってんじゃないわよ…」 やれやれ、分かりきっていた表情にはとても見えないんだがな。 数十秒、沈黙が支配したあとハルヒは口を開いた。 「ねえ、抱き締めて…」 「何だ、お前がそういうことは受験が終わるまでしないって言ったんじゃないか。」 「うるいわねぇ…いいでしょ?抱き締めるくらい…あんたが…変なこと言い出すから…」 目の前にいるのはただのいたいけな少女だった。守りたい、こいつを、こいつに阻む全てのものから守りたい。 例えこれが、『奴』によって作られた関係だとしても。その少女の背中に手をゆっくりと回そうとした、そのときだった。 けたたましく下の階から電話が鳴り出したのは。おいおい、ムードぶち壊しじゃないか。 俺は渋々階段を降り始めた。後ろを見るとハルヒも付いてきてるようだ。 顔はもちろん不機嫌顔。頼むから後ろから足で突き落そうとかしないでくれよ。 電話は俺が以前お世話になった病院からだった。イヤな予感がする。 「〇〇さんのご家族の方ですね?実は……」 俺は次の言葉を聞いて受話器を落としてしまった。あのな、 俺は今まで不服にもハルヒの部下として宇宙人、未来人、超能力者達と日々行動を共にしてきたわけだ。 そんな中にいたからこそ大抵なことでは驚かないし絶望も感じない。だけどそれはカマドウマ退治や 異世界に飛ばされるなどという、非現実的な出来ごとに対して耐性が出来たのであって、 今回のような、至って現実的な、それでいて無慈悲で理不尽な出来事に対しての耐性は一般人と、さして変らないだろう。 いやこんなことが起きて平気な奴など、長門を除いた対有機生命体コンタクト用インターフェイスくらいだな。そう信じたい。 要するに俺は今、猛烈に動揺している。 「ちょっとキョン!どうしたっていうのよ!」 ハルヒもただならぬ俺の様子を察知したのかすごい剣幕で尋ねて来る。 「妹達が……交通事故に……?」 ぶらぶらと電話機に支えられてぶら下がった受話器からは、病院の関係者の声が遠めに響いていた。 六章へ
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九章 まどろむ朝。今日もまたSOS団雑用係としてのハルヒに振り回される一日が始まるのか、という北高に入学して以来、 ずっと抱いている憂鬱ながらまんざらでもない感傷に浸り、 その直後、現在自分の身体に起こっている異変を思い起こし、絶望する。 それが俺のここ一日二日の朝だった。 それだけでも俺は今すぐ自分の首を締め上げたい衝動にかられるのに、今日はさらに最悪だ。 俺は昨日ハルヒにお別れを………… 何だ、もう学校に行く必要もないじゃないか。 お袋、親父、それに妹よ。悪いな、俺は今日この家を出て行く。お前達は無事生き延びて帰ってきたら、今まで通りの日常を過ごしてくれ。 やったな、これで一人分の食費、生活費、その他諸々が浮くぞ。 何だ。最悪だと思ってたが案外清々しいじゃないか。昨日はいい夢も見れたしな。 ハルヒが抱き締めてくれる夢…………を?ん?あれは本当に夢だったのか? 布団の中で、そこまで思考を展開していると………… 「コラーーー!!あんたいつまで寝てるのよ!いい加減起きな!!!さい!!!」 その声とともに俺を覆っていた布団が舞い上がり、俺の体は外気に触れブルッとなる。 妹か?なんて思考を巡らす暇もなく、俺はそこにいる人物が誰かを理解した。 「えー、あー……ハルヒ…なのか?学校……は?」 「あんたまだ寝ぼけてるの?今日は日曜でしょ!それに明日からは冬休みじゃない!ほら、朝ご飯出来てるわよ!さっさと顔洗って来ちゃいなさい!」 何だ、その休日なんだからいて当然!みたいな言い方は。 何故こいつがここにいる?夢か、これも夢なのか?いやだが妙にリアルに感じるな。 まるで昨日の夢みたいな……いや、そもそもあれは夢なのか?夢であってほしい。 というか、そうでないと困る。だって夢の中のハルヒは俺の今の状態を………… 「ぶつぶつ夢だなんだ…うるさいわね。」 しまった、混乱しすぎて口に出していたか。いや、でもこれも夢なら別に問題は………… 「はぁ…………夢じゃないわよ。昨日も、今もね。」 ハルヒは妙に説得力のある声で言った。 「じゃあもしかして……お前……………」 「ええ、あんたが何をしていたのか……全部……………知ってるわ……そう……全部ね…」 ――ずっとあんたと一緒にいるから―― 夢と思っていた記憶の奥底にある、その言葉を思い出した。 「帰れ!!!」 突如、俺の心に羞恥にも似た不快な感情が溢れだし、それはその言葉を発するまでに至った。 「俺を見るな!お前は俺と関わるべきじゃないんだ!!お前のためなんだよ!!帰れよ!ほら早く!!!」 叫び始めた寝起きの俺を前にしても、ハルヒはその目を少しも泳がせたりせず、じっと見ている。 「何ヤケクソになってんのよ!あんた今のまんまじゃどうなるか分かってんの?!」 「ああ、分かってるさ!!こんな命……ましてお前の世話になって得る命なんて願い下げだ!」 ハルヒの表情がみるみる怒りの感情をあらわしていく。 「はぁ~、ダメ、我慢しようと思ってたけど…やっぱ感情のコントロールって難しいわね。」 その言葉を聞き終わらないうちに俺の部屋に『パン!!』という心地よい音が響き渡った。 ほっぺた、いてぇ…… 「ふ…ざけんじゃないわよ!!許さない……死ぬなんて絶対許さないんだからね! 言いなさい!何であんたは覚せい剤なんてバカなことやったの!!」 ……何でだ…クソ!何でだよ!何で思った通りに動いてくれないんだ!ちくしょう!ちくしょう!………………そうかよ…………なら……… 「こっちにだって考えがある。」 俺はそう言うと台所に駆けていった。大丈夫、理性はある。脅すだけ……ギリギリの所で止められるはずだ。 お前のせいだからな。もし万が一が起こってもお前の責任だ。お前が俺の思い通りにならないのが……悪いんだからな。 台所には味噌汁のいい香りがしたが、そんなのに構ってられる程の余裕は今の俺にはない。 調理に使ったであろうその包丁を手に取る。 ドクン!! それを持った途端、心臓の鼓動が、鼓膜にダイレクトに聞こえてきた。 一瞬、朝倉がそこにいるような感覚がしたが、すぐに消える。 だ、大丈夫だ。落ち着け、俺。早まるなよ。脅すだけ、そうだ脅すだけだ… 俺は急いで部屋に戻るため階段を駈け登り、扉を強引に開く。 ……とハルヒは部屋を出て行く前と同じポーズでそこにいた。 「ったく!あんた何しに行ってたのよ!悪いけど、あれはもうこの…い……」 ハルヒの目がわずかに下に下がり、 俺の両手で前に突き出すように握っている包丁を捕らえると、その顔は一気に蒼白くなっていった。 大丈夫…忘れるな。理性を忘れるな。 「悪いが本気だ!これ以上俺の家に居座るならどうなるか…こいつを見りゃわかるだろ。 今の俺は正気じゃないからなぁ!!何するか分からないぞ!」 自ら作り出した狂気じみた演技に飲み込まれそうになる。落ち着け…落ち着け! 「キョン…あんた…」 ハルヒがみるみる恐怖に染められていく……はずだった。 何でだ…何でお前はこの状況でそんな顔が出来る… 俺の前には、もう何十年ぶりになるのではないかと思うくらい、久々に感じる、 大胆不適で強気な笑みがあった。 ズン!と音がするくらいしっかりとした足取りで、ハルヒが一歩ずつ近付いてくる。 一歩、また一歩。ついには俺とハルヒの距離は、俺が突き出した包丁一本分しか無くなってしまった。 あと一歩踏み込んだら、確実に包丁はハルヒに突き刺さる。 後ろに下がろうにも、部屋の壁がそれを許さない。 完璧に追い詰められてしまった。ちくしょう…こんなときまで俺はハルヒに…… !!!!! 俺の思考はそこで中断してしまった。ハルヒが前に踏み出すかのように右足を僅かに浮かせたからだ。 「バッ!!!」 咄嗟に包丁を横に投げた瞬間、ハルヒは俺にのしかかってきた。 仰向けの俺に覆いかぶさっているハルヒの顔は俺の胸に押しつけているため、確認出来ない。 そうか、こいつはこれを狙っていたのか。だけど、もし俺が動揺せず包丁を構えたままだったら、こいつは…… 「はあ……はあ……」 ハルヒの超高速で鳴っている心臓の鼓動が伝わってくる。それと同時にハルヒの肩が小刻みに震えているのも確認出来た。 「ハルヒ…………」 「黙ってなさい。」 その言葉と同時にハルヒは顔をこちらに向けた。 なんつーか……俺は何てことをしてしまったんだろう。ハルヒの顔は冷や汗でびしょびしょだった。 「………から……」 「え???」 「負けないから。絶対にあんたを治すまで……もう…決めたんだから……!」 俺は何て声をかけたらいいか分からなかった。俺がずっと黙っていると、ハルヒは、 俺の上からどき、素早く包丁を取り上げると言った。 「さっさと顔洗って来ちゃいなさい。」 俺はハルヒに言われた通り、顔を洗うため洗面所にいる。やれやれ、結局ハルヒに言いくるめられちまった。 …………あいつ、あんなに震えてた。当たり前だ。一歩間違えれば死んでいた、その恐怖は計り知れない あの時、あいつは信じたのだろうか。ドラッグに侵され、おかしくなっちまった俺を。 命をかけるだけの価値、俺にはもうねえだろうが……俺は…お前を裏切ったんだぞ? ふと俺は顔を上げ、鏡を見た。 「何だよ、こりゃ……」 お前はバカな奴だよ、ハルヒ。こんな目の下にクマがあって、 肌は土気色で表情筋が暴走したように引きつってる奴が包丁持って目の前にいたら、普通逃げ出すだろ………… リビングに戻ると、何とも豪華な朝食と、エプロンを脱いでる途中のハルヒが俺を出迎えた。 献立は……魚の塩焼きに味噌汁、厚焼き玉子、肉じゃが、これ以上ないってくらい純粋な日本の朝食だ。 ハルヒがこういう純和風なメニューを作るのは新鮮だな。何となく、サンドイッチとか洋風なイメージがあった。 「ちゃっちゃと食べちゃいなさい。」 「あ、ああ…………」 そういや昨日は何も食ってなかったな。一気に空腹感が増してきた。 急いでイスに座り、味噌汁を一口飲む。途端、俺に衝撃が走った。 「…………!!!」 声にならないとはこのことだろうな。この世のものとは思えないくらいうまい、冷えきった心身が温まってくる。 魚を箸でほぐしもせずかぶりつく、うまい、うまい……幸せだ……… こんな当たり前のことが、今の俺にはどうしようもなく嬉しかった。 「ハ……ルヒ……」 涙が止まらない。俺は…人間に戻れる…… 「なあに?」 にじむ視界の先にはハルヒが微笑んでいる。 「俺……生きたい………」 この時のハルヒの顔は忘れられないね。どうしたらあんなにも喜びを表情で表せられるのだろう。 「当たり前よ!!」 「それから、もう一つお願いがあるんだ。」 もっと生きてる喜びをかみ締めたい。 「ポニーテール……してくれないか?」 機関運営の葬式場。そこでオレは河村から衝撃の告白を受けた。 「神を……殺す?それって涼宮さんのことを言ってるのか?」 目の前の男は狂気に顔を歪ませ、続ける。 「他に誰がいるんだよ。お前なら奴を呼び出すくらい簡単だろ?センパイの苦しみを味合わせてやるのさ。」 思考がまとまらない。こいつは今何と言った? 確かに今までにも河村は涼宮さんへの不満をよくオレに漏らしていたが、これは明らかに別物だ。明確な悪意と殺意。 「い、言ってる意味が分からない。」 「お前だって嫌気が差してたんじゃないか?俺達の進む人生は奴によって180度ねじ曲げられたんだぜ? 神様ごっこはここいらでやめにしようじゃないか。」 冗談じゃない、確かに涼宮さんを恨んだ事がないと言えば嘘になるし、 もし自分がこの力を与えられなかったらどれだけ平和な毎日を送れていただろうと考えることもあった。 それは嘘じゃない。 だけど、この力のお陰でオレはSOS団に出会えた。何もない、平凡な暮らしから脱却出来たんだ。 オレはいつの間にか、涼宮さんに感謝していた。殺すなんて有り得ない。 「少し、考えさせてくれ。」 思考とは裏腹に、オレの口から出たのは臆病で怠惰な先送りの言葉だった。 「ああ、分かった。いい返事期待してるぜ。それから美那にこのことは言わないでくれ。余計な心配かけたくない。」 「田丸さん、少しいいですか?」 場面は変わってオレは田丸さん(兄)と話している 「実は………」 この時オレは親友を売った。 「そうか、河村が…いつかはこんな時が来るかもしれんと思っていた。…………古泉。」 田丸さん(兄)は真剣な表情でオレを見つめている。 「私はこのことをたまたま耳に入れた。お前達の会話を盗み聞きしてな。 お前は誰にも、このことを漏らしていないし、これから私がやろうとしていることも何も聞かされていない。いいな。」 オレは数人の機関の面々に取り押さえられている河村を目の当たりにしている。 「大人しくしろ!!」 田丸さんや荒川さんが激をとばす。 「古泉!お前……裏切ったな!何故だ!答えろ!!古泉ぃ!!!」 「タックン!タックン!!やめて!タックンを放してよぉ!」 オレはその時河村を見捨てた。涼宮さんを守るために。 それから河村は自らを捕縛しようとする仲間達を何とか振りほどき市内を駆け回った。 最後にたどり着いたのは春日さんの家だ。家の周りを包囲されると抵抗する気力もなくしたのか、大人しく捕まった。 その時は夢にも思わなかった。河村が春日さんの家で押収され残した覚せい剤を手に入れていたなんて。 河村は、機関本部の地下に幽閉された。人権無視も甚しい話だが、何せ世界の破滅がかかっている。 だから、この決定に疑問を抱く者はいなかった。あの春日さんですら。 「春日さん……オレ……」 「気にしなくていいよ。機関にいる以上、涼宮さんに害を及ぼす存在は抹消しなければならない。 古泉くんにはあれ意外の選択肢はなかったもんね…」 正直、かける言葉が見つからなかったオレは、 「ごめん……」 という謝罪の言葉が精一杯だった。 「あれ~?古泉くんは告げ口してないって話じゃなかったの~?」 いじわるそうに聞いてくる春日さんの笑顔は、今にも壊れそうで。 「別に恨んでないよ。全ては……涼宮ハルヒが悪いんだから……」 だからこそ、その言葉を聞いた時はゾッとした。 それから日がかなりたったある日、河村は食事を持ってきた見張りの一瞬のスキをついて、屋上に脱走した。 その時、河村は見るもの全てに自殺願望を与えるような表情をしながら言った。 「なあ、古泉、美那……」 地獄から響いてくるようなその声を、オレは忘れられそうもない。きっと春日さんも同じだろう。 「俺は今、とても清々しい気分なんだ……」 その言葉を最後に、河村は人間とは思えない程の跳躍でフェンスを飛び越え………落ちた。 授業が終わり、HRが終わり、いつものようにオレはSOS団部室にその足を運ぶ。 「古泉くん!!」 春日さんが走ってきた。あんなことがあったから休んでいるとばかり思っていた。強い人だ。 「どうしたんです?」 「え?ちょ、敬語……ううん、別にいいや…今日もあの部室に行くの?」 「そうですが。」 オレが行かない事で涼宮さんがイライラを積もらして閉鎖空間を作ったら大変だからな。……なんて、自惚れすぎか。 「何で?だって…だって涼宮さんは…!」 「聞きたくない。」 オレは咄嗟に言葉を遮った。 「僕だって何かにすがりついてなきゃやっていけない気分なんです。」 その言葉の持つ残酷さを知っていたが、自分のことだけで精一杯だった。 春日さんは呆然と立ちすくしていた。それをOKの合図と無理矢理解釈して、オレは歩き出した。 ノックを数回。無言が自己主張しているのを確認すると、オレは扉を開けた。 部室に入ると一番に目に入ったのは長門さんだった。いつもの指定席で本を読んでいる。 「他の皆さんはまだ来てませんか。」 ゆっくりと長門さんが目を合わす。 「休まなくていいの?」 ああ、やっぱりこの人は気付いているのか。彼女なりの気遣いが嬉しい。 「おや、僕の心配をしてくれるのですか?」 「……………」 ドガン!! 突然の爆音だ。それと同時に残りの三人がなだれ込んでくる。 「さぁ~みくるちゃん!さっさとこれに着替えるのよ!!」 変わらない。 「ふぇ~、やめてください~」 あんなことがあっても関係なく回り続けている。 「おい、ハルヒ!朝比奈さんがいやがってるじゃないか!何だっていきなりこんな服を着せようとしてるんだ。」 オレはこっちの居場所を選んだ。 「何でって、みくるちゃんもあと半年後には卒業じゃない!今のうちに出来る格好は全てやっておくべきよ!!」 楽しいな。 「だからってだなぁ。もう少し朝比奈さんの心労やその他諸々も考えてやって……」 「っだーー!うっさいわね!あたしはみくるちゃんの為を思ってやってるんだから!うれしいわよね!みくるちゃん!」 あの場所を霞ませてくれる程に。 「ふぇ、あの、あたし………」 「ほら!これとーっても可愛いでしょ!こんなのみくるちゃんに着せちゃったら男共は失禁モノよ!ね!有希!」 「……………そう」 次はオレにくるな。もう既に答えは用意してある。 「ね!古泉くん!!」 何も知らない、だからこそ明るい笑顔で涼宮さんは尋ねてくる。さて、オレもとびきりの笑顔を作ってと…… 「誠に結構かと。」
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五章 俺は今日も早朝のハイキングコースをいつものように歩いている。ただいつもと違う事が二つ。 一つ目は今日が終業式ということ。だがこれは大した問題ではない。それよりも二つ目のことだ。 俺の体が絶え間なく『奴』を要求してくること。途中誘惑に負けて何度もカバンの中に手を伸しそうになった。 そう、今俺の鞄には注射器が眠っているのだ。っといっても、もちろんまたそれに手を汚すことはしない。 にしても、もううんざりだ。静まれ俺の体。あいつに会いたい。あの笑顔を…… 「キョン!!朗報よ!!」 教室につくと何故か俺の席に座っていた ハルヒは、俺の望みと寸分違わぬ100WATの笑顔で俺に、唾を吐き出しながらそう叫んできた。 こいつの言う朗報とやらが、俺にとって良い方向に作用することは、とても稀なケースなのだが… 今回はその稀なケースに事が進んで行くようだ。 それが朗報の内容を聞かなくても、無条件で確信出来る。 ああ…この笑顔のお陰で俺の中にいる『奴』の存在を忘れられる。 アンダーグラウンドから、いつもの日常に戻って来たような安心感だ。 「何惚けた顔してんのよ!」 おっと、安心が顔にも出てたようだな。 「…で何だ?朗報というのは?」 いつもの口調を演出し、答える。 「みくるちゃんよ!みくるちゃんが帰って来たの! 昨日みくるちゃんから電話があってね!もうこっちの時代に来てるらしいわよ!」 何てこった!こりゃ本当に朗報だ!まさかこいつからこんな良い報せが届くとは… 思わず顔がニヤけてしまう。だけど一つ気になるな。 「だがハルヒ、何でまた朝比奈さんが帰って来る事になったんだ? また力が戻りました、だなんてオチは、夢オチだけにしてくれよ?」 そう思いたい。これ以上懸案事項を増やされたらマジでどうにかなっちまう。 だけど朝比奈さんが戻って来る理由なんて、これくらいしか考えられない。 「何よ、表情と言ってる事が一致しない奴ね!ホントは嬉しいくせに!」 ああ嬉しいね、この上なくだ。 「少しの期間だけよ!何かね?みくるちゃんがホームシック…… いや、ホントは向こうが地元だからこんな言い方も変かもしれないけど、 そんなのになっちゃったらしいのよ。何でもシロクジ中、あのテレパシーみたいな力で 『ふぇ~~~ん、皆に会わせてくださぁ~い』って上の連中に頼み込んでたんだって!」 それで上の連中がついに折れたって所か。 まあ、あんな天使のような朝比奈ボイスでも夜な夜な聞かされちゃ精神も参るか。 「ま、あたしの能力が消えて、少しは未来人達も少しは融通が利く用になったんじゃない? それともあたしが世界改変した時に、『みくるちゃんが意味もなく時間遡行しても 問題のない世界になりますように!』みたいな感じでチョロっと改変しちゃったのかもね?無意識的に!」 古泉みたいなことを言いやがった。ま、確信犯ではないようだ。 「とにかく!!今日の放課後は久々に全員集合よ!」 そう言うとハルヒは自分の席に戻って行った。放課後か…あの人の出してくれるお茶を、また飲める日がやってくるとは。 そんな楽しみにしてる反面 彼女に――他の奴等もそうだが――『奴』に冒されている自分を晒す事に、罪悪感を覚える俺もいた。 でも俺は嘘をついて会うんだろうな。嘘で固めて、その嘘が真実になるまで。 そうだ、今日はあいつにも用があるんだ。 終業式も滞りなく終わり、放課後、俺は屋上で春日を待っている。………来たようだ。 「どうしたの?突然呼び出して。」 本当に不思議そうな顔をしやがる。 「ほらよ」 そう言って俺は注射器と袋に入った粉を春日に渡した。 「ないと思ったらキョンくんが持ってたんだ。」 「お前が俺の鞄に入れたんだろうが…」 怒りを押し殺した声で俺は言う。ここで怒りに任せるのは少し気が引ける、 春日のお陰でハルヒとの関係を元に戻すことが出来たことは確かだ。 「あたしはこんなのやってないし、必要ないからいらないんだけど…ありがとね。」 俺の問いには答えず春日は述べた。 「ああ、捨てるなり何なりしてくれ。もう俺に関わるな。 何でお前がこんなもんを持ってたのかは聞かないし警察にも言わない。」 吐き出す用にそう言うと、春日はクスッと笑った。 その顔が一瞬邪悪に染まったように見えたのは、気のせいだろうか。 「そうだよね。通報したらキョンくんまで捕まっちゃうもんね。 涼宮さんにプロポーズまでしたゃったんでしょ?その関係を崩したくないもんね? 例えそれが、この注射器によって作られた関係だとしても。」 …………!!!俺の中で怒りがたぎる…しかし、それを望んだのは俺自身だ。 俺の何処に向けたらいいか分からない怒りは、 「困ったことがあったら、また力になるよ」と、のたまった春日が去った後の、 屋上の床に意味もなく拳と共に打ち付けられた。 そして何よりもあの注射器を名残惜しく思ってしまった自分にたいして腹がたった。 俺は、本当にあいつらと嘘をついてまで今まで通り過ごしていいのか?その資格がお前にあるのか? 憂鬱とはまた違う気分で部室の扉の前につく。 おや、ハルヒが不敵な笑みで仁王立ちしているな。 「遅い!ふっふ~ん。キョン!この扉の向こうにはだ~れがいると思う?」 こいつが今まで出して来たハルヒクイズの中では、底抜けに簡単だな。 「朝比奈さんと長門と古泉だろ?」 「ぶっぶ~!はずれ!さあ!早くはいるわよ!」 そう言ったハルヒが扉を開けた。少しは躊躇もさせてくれよ。 何はともあれ、俺はハルヒのお陰で迷う事なく扉をくぐることが出来た。 しかしその先で待っていたものは、 「ひゃ~~いぃ、キョンく~ん」 という幸せスペルではなかった。 「おおー!やっと来た!キョンくん、ひっさしぶりだねぇ!元気だったっかなぁ!?」 一瞬、朝比奈さんが未来で洗脳でもされて性格を変えられたのかと、 思ってしまった。いや、紛れも無い、鶴屋さんである。 「あっれ~?何か肩透かしな顔してるよ?お姉さん悲しいにょろ~」 鶴屋さんがニッと笑いながら横にずれると、そこには 「キョ…キョンくん…グスン!お久し振りでしゅ……」 涙をこれでもかと溜めながらも笑みを作り、誰かを抱き締めている朝比奈さんがいた。何一つ変らないメイド姿。 いや、体型が朝比奈さん(大)に近付きかけている。さしずめ、朝比奈さん(中)といったところか。 見ただけで俺の中の毒素を全部取り除いてくれるようなその笑顔は、ハルヒにも負けず劣らずだ。 いかん、俺まで涙が出て来た。 「な~に泣いてるのよ?キョン! あたしからみくるちゃんに乗り換えてみる?」 そう、いじわるそうに言うハルヒの目をよく見ると、うっすらと涙のあとがあることに気付いた。 こいつ、さっきまで泣いてやがったな。こりゃ昨日の電話とやらでも泣いていたと見た。 「いやいや、この歳で今生の別れをした人と再開出来るとは 思ってもいませんでした。」 古泉はいつものスマイルだ。いや、当社比三割増しだな。 長門は…あれ?いないのか? 「あそこよ、あそこ!」 へ?ハルヒが指差す方向には朝比奈さんしか………うお!まさか朝比奈さんの腕の中で小さくなってるのは! 長門はこちらに気付くと、まるで早送りしてるような足取りでいつもの定位置に座り、本を広げた。 表情はもちろん無表情だ。いや、心なしか顔が赤い…か? 古泉が耳打ちしてくれた。 何でも、ハルヒ達がしばらくの間、再開の喜びを分かち合っていると 突然読んでいた本を机に置き、無言で抱き付いたらしい。 その光景を想像すると実に微笑ましいが…顔が近いぞ? そんなやり取りをしているとハルヒが選手宣誓にも取れるような馬鹿でかい声で、俺達を促した。 「とにかく!皆!いくわよ!せ~の!」 「「「「「お帰り!」」」」」 「みくるちゃん!!!!」 「「朝比奈さん!」」 「みくる!!」 「あ……ひな…くる…〃〃」 突然のことだったが、皆示し合わせたように息ピッタリだ。長門はまあ、察してやろう。 そう、このときは、もう『奴』のことなど、これっぽっちも考えていなかった。 そうだ、やっぱり俺にはこいつらが必要なんだ。本当にいい仲間に巡り合えた。 それからは、皆思い思いの、いつもどおりのことを始めた。 朝比奈さんはお茶の準備に取り掛かり、俺とハルヒは勉強道具を取り出し、 長門は本を読みながら古泉のチェスに付き合っている。おい、古泉。舐められていることには気付いているんだよな? ちなみに鶴屋さんは、 「これからどうしても外せない用事があるんだよ~」 と嵐のように去って行った。 それはともかく、ハルヒに勉強を教えてくれるよう、促した時少し曇った顔をしてたな。 すぐに笑顔に戻り、いつもと変わらぬ鬼コーチっぷりを発揮してくれたから気のせいとも言えなくもないが、少し気になるな。 帰り道、俺は古泉を隣りに歩いている。前にはハルヒと長門と朝比奈さんが同じく歩く。 ちなみにハルヒとはプロポーズしたものの、キスはおろか 手をつないで帰ったりすらしていない。全ては受験を終えてからということらしい。まあ、俺もこれには同意だ。 「どうですか?勉強の方は?今日もはかどっていたようですが。」 古泉はいつもの笑顔で俺に話しかけてきた。そういえば俺の暴力事件 のあと、こいつと二人でちゃんと話すのは初めてだな。 「そうでもないな。分からないことだらけさ。ハルヒにも申し訳が立たん。」 そう言うと、古泉は少し考える素振りを見せて意を決したように言った。 「涼宮さんは、今の状況を維持させるべきか迷っているようです。 ああ、あくまでも婚約の話ではなく、受験勉強の話ですよ。 もともと、彼女は東大など興味はなかった。ただ、真面目なことをあなたと一緒に成し遂げたかっただけです。」 「超能力属性をなくしても、やはりお前はあいつの精神分析を買って出るんだな。」 皮肉を混ぜて言う。 「いえ、これは涼宮さんが話してくれた事です。だから、今この場でのことは黙っていてください。 とにかく、涼宮さんはそんな思い付きの行為の為に、あなたを苦しめていることに気付いてしまったのです。この間の件でね。 それに高校三年の冬という時期は、涼宮さんでなくとも最後の思い出づくりにイベントの一つでもと、誰もがそう思うでしょう。 そんな大切な時間を削ってまで、大学受験に精を出す必要があるのかと。」 ――俺の時間を返せ!!―― 「そうか、じゃああの時の俺の言葉は本当に最低だったんだな。」 「まあ、僕はその時の会話を詳しくは知りませんが、あえて言っておきましょう。 ええ、最低です。」 ふふ、ありがとう、古泉。 「つまり、もう一度俺の口から大学受験がしたいと ハルヒと一緒に目指したいと。はっきり言えということだな。」 「はい、話が早くて助かります。これは言わば、一生を共にするあなた達が協同で挑む、最初の関門です。 僕はあなた達の成功を心から祈っています。」 今、あたしの隣にはみくるちゃんと有希が歩いている。後ろではキョン達が話し込んでるわね。 これならあいつには聞こえないかな。謝らなくちゃ。この二人に。 「みくるちゃん、それに有希。今日はごめんね。せっかくみくるちゃんが帰ってきたのに お祝い事の一つもしないで黙々と勉強始めちゃって。」 二人は驚いたように口をポカンと開けている。有希もこんな顔が出来るようになったのね。 「な、なに言ってるんですか。そんなの全然気にしてないです!東大なんてすごいです!憧れちゃいます! そして、それを目指してる涼宮さんとキョンくんはもっとすごいです!」 ふふ、未来でも東大は健在なようね。 「ありがと、みくるちゃん。……でもね、もういいかなって思えてきちゃったの。」 ふえ?って顔でみくるちゃんはまた驚いてる。有希はもう元の顔でこっちを見てるわね。 「だってあいつったらいくら教えたって成長しないし! 東大に入って偉い教授になろうだなんて思ってないし!………ただあいつと何かをしたかったってだけだもん。 キョンがいつもウザがってた、単なる思い付きよ…」 「じゃあそれを最後まで続けてください!」 う、何か押しが強いわね、このみくるちゃん。 「まだ言ってなかったっけ、この前のこと。」 そう前置きしてあたしは話し始めた。キョンに殴られた事、その後の事。 治り掛けの口の中がまた痛んだような気がした。有希も俯いて暗い顔をしている。 「そんな、キョンくんが…」 「あ、キョンを責めたりするのはやめてね。もうこれはこれで話はついたから。 ただ、気付いちゃったのよ。ずっとあいつはストレス溜め込んでたんだなって。 そう考えたら、段々と今の状態に意味がないんじゃないかって思えてきたの。」 ここまで言って深呼吸をしていると思わぬ方向から声が聞こえてきた。 「あなたは、今まで決めたことは最後までやり遂げて来た。 それがあなた。そんなあなたにわたしは惹かれてきた。 考えて。そして答えて。彼との共同作業はあなたの中で、どれほどの優先事項なのか。」 有希が珍しく自分から話しかけてきた。 「そうです。涼宮さんの思い付きはそんな簡単なものじゃないです。どうあっても覆らないはずです!」 「………」 あたしは口を紡いでしまった。みくるちゃんも有希も本気で心配してくれている。 だけど、勘違いよ、それは。あたしはそんな強い人間じゃ…… 「ハルヒ!」 後ろから声をかけてきたキョンのお陰で、あたしは次の言い訳を言わなくて済んだ。 「ハルヒ!」 俺が声をかけるとハルヒは暗い顔をすぐに怒った顔に変えた。おいおい、無理するなよ。 「何よ!」 「今日、このあとも勉強付き合ってくれないか?」 そういうとハルヒは驚いた顔のあと、振り返り長門と朝比奈さんに顔を向け、一つ頷いたように見えた。 そして振り返りなおしたハルヒの作り物の笑顔がすこしだけ真実味をおびたように感じた。 「いいけど!あんたン家だからね!受講代として夕飯を頂戴するわ!」 「ああ、すまんな。ただ親と妹は夜から出かけるからメシは早めになるぞ?」 もうすでにハルヒは腕を組んで仁王立ちだ。 「構わないわよ!そんなの!ほら!早くしなさい!皆また明日ね~!」 ハルヒは手を振りながらもう片方の手で、俺を引きずり――比喩じゃないぞ、これ。本当に引きずられている。 あり得ない程の靴の磨り減り具合だ――皆と分かれた。ハルヒ。明日は土曜日だぞ?最近は探索だってしてないじゃないか。それに週明けは冬休みだ。 そのあとの食卓では母親とハルヒから俺の脳細胞腐敗理論を聞かされたり――いやマジで今の俺には笑えない冗談だ―― しながらも楽しい時間を過ごすことが出来た。昨日は食卓でも気が沈んでいたが、これもハルヒのお陰だ。 「じゃあね~、キョンくん、ハルにゃん!おべんきょーがんばってね~」 妹たちを見送りながら俺は思っていた。 俺がハルヒを呼んだのは古泉に促されたからだけではない。 一人になってまた『奴』からの誘惑に戦うのが怖かったからだ。 「それじゃ始めようかしらね。」 今は俺の部屋だ。部屋にはいるなりハルヒは勉強することを提案してくれた。 「ああ、そうだな。ハルヒ 、ちょっといいか?」 「何よ、変なことしようだなんて思ってないでしょうね!いい?!恋愛は受験の敵なのよ! そこらへんの判断が出来ないようじゃ…」 ハルヒの喜々とした声は、それの半分ほどの周波数しかないんじゃないかと、 思えるほど小さい俺の声に遮られた。 「ありがとう」 ハルヒは目を点々と瞬きしながら状況の把握に全勢力を置いてるようだ。 俺は続ける 「お前のお陰で俺はここまでやって来れた。自信はぶっちゃけないが、最後まで精一杯やりきろう。 お前と一緒に東大を目指したい、心からそう思っている。」 気がつくとハルヒは涙を流していた。 「な、何よ…今さら…そんなの…当たり前でしょ!…… 分かりきった事…言ってんじゃないわよ…」 やれやれ、分かりきっていた表情にはとても見えないんだがな。 数十秒、沈黙が支配したあとハルヒは口を開いた。 「ねえ、抱き締めて…」 「何だ、お前がそういうことは受験が終わるまでしないって言ったんじゃないか。」 「うるいわねぇ…いいでしょ?抱き締めるくらい…あんたが…変なこと言い出すから…」 目の前にいるのはただのいたいけな少女だった。守りたい、こいつを、こいつに阻む全てのものから守りたい。 例えこれが、『奴』によって作られた関係だとしても。その少女の背中に手をゆっくりと回そうとした、そのときだった。 けたたましく下の階から電話が鳴り出したのは。おいおい、ムードぶち壊しじゃないか。 俺は渋々階段を降り始めた。後ろを見るとハルヒも付いてきてるようだ。 顔はもちろん不機嫌顔。頼むから後ろから足で突き落そうとかしないでくれよ。 電話は俺が以前お世話になった病院からだった。イヤな予感がする。 「〇〇さんのご家族の方ですね?実は……」 俺は次の言葉を聞いて受話器を落としてしまった。あのな、 俺は今まで不服にもハルヒの部下として宇宙人、未来人、超能力者達と日々行動を共にしてきたわけだ。 そんな中にいたからこそ大抵なことでは驚かないし絶望も感じない。だけどそれはカマドウマ退治や 異世界に飛ばされるなどという、非現実的な出来ごとに対して耐性が出来たのであって、 今回のような、至って現実的な、それでいて無慈悲で理不尽な出来事に対しての耐性は一般人と、さして変らないだろう。 いやこんなことが起きて平気な奴など、長門を除いた対有機生命体コンタクト用インターフェイスくらいだな。そう信じたい。 要するに俺は今、猛烈に動揺している。 「ちょっとキョン!どうしたっていうのよ!」 ハルヒもただならぬ俺の様子を察知したのかすごい剣幕で尋ねて来る。 「妹達が……交通事故に……?」 ぶらぶらと電話機に支えられてぶら下がった受話器からは、病院の関係者の声が遠めに響いていた。 六章へ
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六章 無音…暗闇。まあ、真っ暗なのは俺が目をつぶっているからに他ならないのだが。 かすかに手術中と書かれた扉の向こう側から聞こえて来る三つの電子音だけが、あいつらが生きている事を俺に教えてくれる。 他にも医者や看護士が駆け回る音やカチャッという金属と金属がぶつかりあったような音が聞こえているようだが、 今や俺の聴覚は三つの電子音を拾うのが精一杯のようだ。病院の待ち合い席に俺はいる。 両の手を祈るように組み合わせ、それは俯いた額を支えていた。 相手はトラックらしい。正面衝突は避けられたようだが、そのせいで相手は依然、逃亡中だ。 「ね、ねぇ…キョン…」 おや、ハルヒの声がする。ハルヒが近くにいるようだ。そういえばこいつは俺と一緒に電話に立ち会ったんだっけ。 「今は…そっとしておくべきかと…」 忌々しいことに古泉もいるようだ。この分だと朝比奈さんと長門もいるのかもな。 はは、全然気付かなかった。怒鳴るように誰かを問詰める俺をなだめていたのは、ハルヒ達だったのか。 俺にも冷静な思考がようやく戻ってきたようだ。 「何で、何でキョンくんの家族が…」 ほらやっぱり朝比奈さんもいた。そうですよね。全く言うとおりだ。誰もがもっている、それに遭遇する可能性。 だったら何で…俺達に来た…!変わりなんていくらでもいるだろう。何でよりによって俺達なんだ… 頼む、他の奴等はどうなってもいい。あいつらは…見逃してやってくれ。 もし、今誰かに俺達の役を押し付けることが出来るとしたら…俺は間違いなくそれに甘んじるだろう。 自分が、まさかここまで利己的、かつ非人道的な人間だとは思いもしなかった。 きぃ」 ドアの開くような音がした。誰かがこっちに近付いて来るようだ。 「最善は尽くしました。あとは彼らの…生命力にかけるしか…」 「そうですか」 ポーズを寸分も乱さず、台詞だけ返す。部屋の案内もされたが覚えちゃいない。 「キョン、妹ちゃん達の部屋に行くわよ。部屋の場所は教えてもら「いかない」 ハルヒの声を遮り俺は返す。別に行きたくないわけじゃないさ。ただ、この無慈悲な運命に対しての、 幼稚な駄々っ子じみた抵抗のつもりだ。突然、だん!と隣の椅子を叩くような音が聞こえた。 「っっっ!!いい加減にしなさいよ!こんのバカキョン!!いつまでメソメソしてんのよ! 誰彼かまわず当たり散らしたと思えば、いきなりふさぎ込んじゃって!」 怒鳴るハルヒだが胸倉を掴もうとしないのは、俺への気遣いなのだろうか。 お陰で俺は同じ体勢のままだ。 「涼宮さん!」 「古泉くんは黙ってて!いい?キョン。精神論で片付ける気はさらさらないけど、 そんなふぬけた態度で妹ちゃん達が帰って来ると思う!?まださっきまでのあんたの方が救いがあったわ!! あんたが今すべき事は椅子に座ってアホみたいにいじけてる事じゃないでしょ?! ベッドに寄り添って手の一つでも握ってやったらどうなの?!! こんな時くらい根性見せてみなさいよ!!!」 暗闇の中に光がこぼれた気がした。その光は波紋のように暗闇を消し去っていく。 全く、こいつはいつだってそうだ。俺の望みなんてこれっぽっちも聞いちゃくれない。 それどころか自分の意見まで押しつけてきて…俺はそのまま流されて…何だかんだ楽しくて… 苦笑いが本当の笑みに変わってて…そんなのが…たまらなく好きなんだ。 ありがとう、ハルヒ。またお前に救われたよ。そうだ、悪い方向にばかり物を考えるから暗い気分になっちまう。 もっとプラスに考えろ!この試練を乗り切ればより家族の絆は固まる。 もしかしたら妹がまたお兄ちゃんって呼んでくれるようになるかもしれん。 それだけじゃないぞ!家には誰もいないんだ。ってことは誰に気付かれることなく『奴』に貪ることが… 「え?」 自分のモノローグに自分で疑問符をあげるのと同時に俺は顔を上げて、 目を開いた。突如世界が歪んだように見えた。最初は目まいか何かだと思ったそれは 精神的から肉体的にいたるまでのあらゆる苦痛、苦悩を掻き集めたらできるような感覚。 まさしく禁断症状だ。全身から汗が吹き出して来る。 「す、すまんハルヒ。気分が悪くなって来た」 「え、ちょ、ちょっとあんた大丈夫?先生に診てもらう?」 おそらく蒼白いであろう俺の顔を見てハルヒは言う。 「いや、だ、大丈夫だ。ただの疲労だ。今日はこれで帰るよ」 「そう…じゃあ送って行くわよ?」 「いや、お前達はあいつらと一緒にいてやってくれ」 俺はハルヒ達が目視出来るであろう所まで、必死に落ち着いた歩みを見せ、そのあと全力で走った。 来るときは自転車だった道を俺は必死で走り続ける。 おいおい俺よ。どっちの方向に走ってやがる。そっちは俺の家の方向じゃないだろう。 あらゆる苦行に堪える修行僧のような気分になりながらも、俺の足は一向に止まる気配がない。 やめてくれ、消さないでくれ。これからなんだ、ハルヒとの日々はこれから始まるんだ。 朝比奈さんだって帰ってきたばかりじゃないか。古泉や長門への恩もこれっぽっちも返してないだろ? これから今までより愉快なことが沢山待ってるんだ。頼む、消さないでくれ。 今までの思い出を、これからの可能性を! もはや、家族への気遣いなど遥か彼方に忘れ去っていた。 「はぁ、はぁ」 ようやく俺の足は、目的地に到着することで止まった。玄関の外に誰かいる。 「はぁ、頼む!春日!俺に!俺にもう一度!――――!!!」 どれくらい時間が経ったのだろう。もしかしたらもう日付は変わっているのかもしれない。 あたし達はただ黙って彼の家族の横にいる。 三人とも安らかに眠っている。口元の呼吸器がなければその光景は 昼下がりに時間を持て余し、惰眠に任せる家族の図に他ならないだろう。 「キョンくんは、大丈夫でしょうか…」 最初に口を開いたのはみくるちゃんだった。 「そうね、キョンの事も心配だし、あたしはこれからあいつの家にいくわ。 皆はもう帰っていいわよ。全員で押しかけたら、あいつも困るでしょ それに古泉くんは明日、機関のパーティがあるんでしょ?」 「いえ、こんな時にとてもそんな気分には…」 「お願い、パーティに行って…」 あたしがそう言うと、古泉くんはあたしの考えてることに気付いたのか、 表情をいつもの笑顔に戻すと、ありがとうございます、とだけ言った。 これ以上、元機関の人達に迷惑をかけるわけには行かない。 「あのぉ、こんな時にこんなこと聞くのもどうかと思うんですけど…受験の方は…」 申し訳なさそうに言うみくるちゃんに、精一杯の笑顔で答えた。 「もう…無理かもね…」 笑顔を作ったせいで、その言葉はより一層寂しく響いた。 「涼宮ハルヒ」 今まで時間が止まったように黙っていた有希があたしを呼んだ。 「無理…しないで」 その言葉を聞いてあたしは本物の笑顔を浮かべ一度だけうなずいた。 キョンの家の前にいる。キョンの顔を少し見たら今日は帰ろう。チャイムを押す。 意外にもキョンはすぐに出てきた。顔色も元に戻ったみたい。 「少しは調子を取り戻したみたいね」 「あ、ああ。心配かけて悪かったな。明日はあいつらに会いに行く…と思う…」 顔色とは裏腹に表情は暗いみたい。無理もないか。 「思ったより大丈夫そうだし、あたしはもう帰るわ」 「ま、待ってくれ!ハルヒ」 「何よ」 「え…と、そうだ、受験の件だが…「あんたは!!!」 あたしはキョンの言葉を遮った。 「家族のことだけを考えていなさい。」 言葉通りの意味もあるけど、あたしは次のキョンの言葉を先送りにしたかっただけなのかもしれない。 「またね…」 オレは今、閉鎖空間を走っている。隣には今まで同じ時間を過ごしてきた仲間が三人。 河村卓 富山彰人センパイ 春日美那 みんな同年代で機関の中ではいつも一緒にいたグループだ。 「今回もまたえらく見事な空間を作りやがったもんだ。 またお前んとこの疫病神くんが何かしでかしやがったのか?古泉」 「ああ、悪いな河村」 「古泉を責めても仕方ないだろう。 それにここは無意識とはいえ涼宮ハルヒの意識下だ。『鍵』への悪口は危険だぞ。」 「はいはい、わかってるよ、富山センパイ」 「あ、わかった!タックン、キョンくんに嫉いてるんでしょ?」 「み、美那!ばかやろう!んなことあるわけないだろ!お前がいるのに何で嫉かなきゃなんないんだよ!」 「ノロケはそのくらいにしとけよ。おでましだ。」 富山センパイの言葉を合図にしたように神人はその姿を表した。 「9、10体かよ!おい!古泉!今度そのふざけたあだ名の奴、殴らせろ!」 突如場面が切り替わった。回りは壊されたオレ達の町、休憩している仲間達の姿。 神人はもういないようだ。そうかこれは夢なのか。過去の現実を夢として見ているのか。 いつのまにかオレの意識は目の前の古泉一樹から離れ、 第三者の視点で見ていた。…待てよ、ということはまさか… 目の前にいる古泉が話しだす。 「皆、いつも悪いな、涼宮ハルヒと『鍵』の仲立ちの役目のオレが…」 「気にすることないよ!今日も無事に皆生き残れたじゃん! 古泉くんは頑張ってるよ!ね!タックン!!」 「ま、そういうことだ。さ、さっきは悪かったな…」 一堂が目を真ん丸にして河村を見る。 「タ、タックンが素直に謝った…すごーい!タックンが謝った!タックンが謝った!」 「何だ!その『クララが立った』みたいな言い方は! だー!そもそも涼宮ハルヒが アホみたいな力持ってるのがいけないんだ!あの力さえ消えてくれりゃ万事解決なのによー」 「そう簡単にはいかないぞ、河村」 センパイが静かに話しだす。同じだ…あの時と。いつもは勝手に崩壊する閉鎖空間も何故かそれを見せない。 「何でだよ。涼宮も俺達も普通の高校二年生にもどるだけだろ。バンバンザイじゃないか。」 「俺の危惧してるのはもっと先にある。もし涼宮ハルヒが力を失えば、 古泉…お前は機関の何人かを敵に回すことになる。」 「ど、どういうことですか?センパイ…」 「機関には涼宮に恨みを持っている者もいるということだ。 お前の本当の戦いは涼宮が力を失ったそのあとなんだよ。 もちろん涼宮を見捨てるという選択肢もあるが…」 その刹那、半透明で巨大な 腕が河村の頭上に現われ、それは今まさに振り下ろされようとしていた。 「河村!!」 また場面が変わったようだ。ここは…機関運営の葬式場か… 場内には目を伏せる者。堪えきれず泣きわめく者。まっすぐ前を見据える者と様々だ。 しかしその誰もが悲しみのベールを纏っている。 式が終わり機関の人が流されるように式場をあとにする 「古泉。俺は何で生きてるんだ」 「………」 答えられるはずもない。 一度全滅した空間でまた神人が発生したのは前例のないことだった。 「あの時、俺をかばったセンパイは言った。お前達の思うがままに行動しろってな。だから俺…決めたよ…古泉…」 そこにはオレの知ってる河村はいなかった。 「俺と一緒に神を殺さないか?」 はっっっっ!!オレは飛び跳ねるようにベッドから半身を起こしていた。 寝起きには不自然な程の汗が体中にまとわりついている。 あの夢も…久し振りだな。昨日、近しい人の生死の堺を目の当たりにしたからかな… センパイ…オレは間違ってなんかいませんでしたよね… ここはパーティ会場。懐かしい顔ぶれがそろっていて、昨日の出来事で沈んだオレの心も 少しは上昇気流に乗ってきたようだ。 「あ!古泉くーん!こっち!こっち!!」 思わず反射的にそちらを向くと、笑顔を振りまく春日さんが確認出来た。 彼女とはあれ以来学校で見掛けることはあっても話すことはなかったな。 そういえば涼宮さんや彼と 同じクラスなんだっけ。 「お久し振りです。どうやら元気そうですね。何よりです。」 「何か顔色悪いけど…大丈夫?」 「ええ、昨日友人の身内が事故に会いまして…それで少々考え事を。」 春日さんは笑顔だった顔を少し暗くしていた。 「この間の電話でもそうだったけど、口調…敬語のままなんだね…」 「ええ。最近ではこっちの方が慣れてしまって。気になるようでしたら直しますが…」 「ううん、いいよ。古泉くんのやりやすい方で…」 まいった…こんな気まずいムードにするつもりなかったのにな… 「あら、古泉に…春日さんじゃない!久し振り。」 「またお会い出来て光栄ですな。」 「あぁ!森さんに新川さん!お久し振りです~!!」 いたたまれないムードを払いのけてくれた森さんと新川さんは、 一年ぶりになる春日さんと半年ぶりになるオレを見て、目を輝かせていた。 それからは四人でバイキング形式の料理をつまんだり、昔話に花を咲せたりしていた。 久し振りの面子に興奮気味の、春日さんを除くオレ達は、少し無神経になっていたのかめしれない。 話を気ままに転がしていたオレ達はよりによってあの話を持ち出してしまったのだ。 涼宮さんの話を…オレが学校での涼宮さんの行動っぷりを三人に聞かせ、 夏の合宿でのことを新川さんと森さんとオレで春日さんに聞かせる。 先程――長いこと話し込んでいたので半日程前のことか――の春日さんの 暗い表情の意味もろくに考えもせず… 気付くと笑顔だった彼女の表情はひどい悲しみの色をおびていた。 「ハハ…古泉くんは…強いね…あんなことがあっても…顔色一つ変えないで彼女の話が出来るだなんて…」 オレはひどい後悔にかられた。そうだ、オレにとっての涼宮さんは、 あのことを差し引いても、日々の楽しい生活を語る上でかかせない人物であることに変わりはない。 だけど春日さんにとっては、悲しみの元凶でしかないんだ。 「何で…何で古泉くんは笑いながらあの人達と一緒にいられるの!? 何で我慢できるの!?」 春日さんを除くオレ達はただ黙って俯くことしか出来なかった。 「あ、ごめんなさい。せっかく招待してもらったのに こんなこと言っちゃって…やっぱり…あたしもう帰るね」 パーティ会場を走り去る彼女をオレは追うことが出来なかった。 「古泉」 森さんが呼ぶ。 「あなたは涼宮さん達を守る側に回ったのよね。」 「…………はい」 「あたし達は全力をもってあなたをフォローする。迷わずに自分のすべきことを見据えなさい。」 突如、オレのケータイが鳴った。ここは電波が悪いな。オレは外に出ながら ケータイを取り出す。あたりはもう暗くなっていた。相手は……涼宮さんか。 「はい、もしもし、古泉ですが…」 「ヴゥ…古泉くん!!キョンが…キョンが!あたし…あたしぃ……!」 オレの中で緊張が走った。 七章へ
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六章 無音…暗闇。まあ、真っ暗なのは俺が目をつぶっているからに他ならないのだが。 かすかに手術中と書かれた扉の向こう側から聞こえて来る三つの電子音だけが、あいつらが生きている事を俺に教えてくれる。 他にも医者や看護士が駆け回る音やカチャッという金属と金属がぶつかりあったような音が聞こえているようだが、 今や俺の聴覚は三つの電子音を拾うのが精一杯のようだ。病院の待ち合い席に俺はいる。 両の手を祈るように組み合わせ、それは俯いた額を支えていた。 相手はトラックらしい。正面衝突は避けられたようだが、そのせいで相手は依然、逃亡中だ。 「ね、ねぇ…キョン…」 おや、ハルヒの声がする。ハルヒが近くにいるようだ。そういえばこいつは俺と一緒に電話に立ち会ったんだっけ。 「今は…そっとしておくべきかと…」 忌々しいことに古泉もいるようだ。この分だと朝比奈さんと長門もいるのかもな。 はは、全然気付かなかった。怒鳴るように誰かを問詰める俺をなだめていたのは、ハルヒ達だったのか。 俺にも冷静な思考がようやく戻ってきたようだ。 「何で、何でキョンくんの家族が…」 ほらやっぱり朝比奈さんもいた。そうですよね。全く言うとおりだ。誰もがもっている、それに遭遇する可能性。 だったら何で…俺達に来た…!変わりなんていくらでもいるだろう。何でよりによって俺達なんだ… 頼む、他の奴等はどうなってもいい。あいつらは…見逃してやってくれ。 もし、今誰かに俺達の役を押し付けることが出来るとしたら…俺は間違いなくそれに甘んじるだろう。 自分が、まさかここまで利己的、かつ非人道的な人間だとは思いもしなかった。 きぃ」 ドアの開くような音がした。誰かがこっちに近付いて来るようだ。 「最善は尽くしました。あとは彼らの…生命力にかけるしか…」 「そうですか」 ポーズを寸分も乱さず、台詞だけ返す。部屋の案内もされたが覚えちゃいない。 「キョン、妹ちゃん達の部屋に行くわよ。部屋の場所は教えてもら「いかない」 ハルヒの声を遮り俺は返す。別に行きたくないわけじゃないさ。ただ、この無慈悲な運命に対しての、 幼稚な駄々っ子じみた抵抗のつもりだ。突然、だん!と隣の椅子を叩くような音が聞こえた。 「っっっ!!いい加減にしなさいよ!こんのバカキョン!!いつまでメソメソしてんのよ! 誰彼かまわず当たり散らしたと思えば、いきなりふさぎ込んじゃって!」 怒鳴るハルヒだが胸倉を掴もうとしないのは、俺への気遣いなのだろうか。 お陰で俺は同じ体勢のままだ。 「涼宮さん!」 「古泉くんは黙ってて!いい?キョン。精神論で片付ける気はさらさらないけど、 そんなふぬけた態度で妹ちゃん達が帰って来ると思う!?まださっきまでのあんたの方が救いがあったわ!! あんたが今すべき事は椅子に座ってアホみたいにいじけてる事じゃないでしょ?! ベッドに寄り添って手の一つでも握ってやったらどうなの?!! こんな時くらい根性見せてみなさいよ!!!」 暗闇の中に光がこぼれた気がした。その光は波紋のように暗闇を消し去っていく。 全く、こいつはいつだってそうだ。俺の望みなんてこれっぽっちも聞いちゃくれない。 それどころか自分の意見まで押しつけてきて…俺はそのまま流されて…何だかんだ楽しくて… 苦笑いが本当の笑みに変わってて…そんなのが…たまらなく好きなんだ。 ありがとう、ハルヒ。またお前に救われたよ。そうだ、悪い方向にばかり物を考えるから暗い気分になっちまう。 もっとプラスに考えろ!この試練を乗り切ればより家族の絆は固まる。 もしかしたら妹がまたお兄ちゃんって呼んでくれるようになるかもしれん。 それだけじゃないぞ!家には誰もいないんだ。ってことは誰に気付かれることなく『奴』に貪ることが… 「え?」 自分のモノローグに自分で疑問符をあげるのと同時に俺は顔を上げて、 目を開いた。突如世界が歪んだように見えた。最初は目まいか何かだと思ったそれは 精神的から肉体的にいたるまでのあらゆる苦痛、苦悩を掻き集めたらできるような感覚。 まさしく禁断症状だ。全身から汗が吹き出して来る。 「す、すまんハルヒ。気分が悪くなって来た」 「え、ちょ、ちょっとあんた大丈夫?先生に診てもらう?」 おそらく蒼白いであろう俺の顔を見てハルヒは言う。 「いや、だ、大丈夫だ。ただの疲労だ。今日はこれで帰るよ」 「そう…じゃあ送って行くわよ?」 「いや、お前達はあいつらと一緒にいてやってくれ」 俺はハルヒ達が目視出来るであろう所まで、必死に落ち着いた歩みを見せ、そのあと全力で走った。 来るときは自転車だった道を俺は必死で走り続ける。 おいおい俺よ。どっちの方向に走ってやがる。そっちは俺の家の方向じゃないだろう。 あらゆる苦行に堪える修行僧のような気分になりながらも、俺の足は一向に止まる気配がない。 やめてくれ、消さないでくれ。これからなんだ、ハルヒとの日々はこれから始まるんだ。 朝比奈さんだって帰ってきたばかりじゃないか。古泉や長門への恩もこれっぽっちも返してないだろ? これから今までより愉快なことが沢山待ってるんだ。頼む、消さないでくれ。 今までの思い出を、これからの可能性を! もはや、家族への気遣いなど遥か彼方に忘れ去っていた。 「はぁ、はぁ」 ようやく俺の足は、目的地に到着することで止まった。玄関の外に誰かいる。 「はぁ、頼む!春日!俺に!俺にもう一度!――――!!!」 どれくらい時間が経ったのだろう。もしかしたらもう日付は変わっているのかもしれない。 あたし達はただ黙って彼の家族の横にいる。 三人とも安らかに眠っている。口元の呼吸器がなければその光景は 昼下がりに時間を持て余し、惰眠に任せる家族の図に他ならないだろう。 「キョンくんは、大丈夫でしょうか…」 最初に口を開いたのはみくるちゃんだった。 「そうね、キョンの事も心配だし、あたしはこれからあいつの家にいくわ。 皆はもう帰っていいわよ。全員で押しかけたら、あいつも困るでしょ それに古泉くんは明日、機関のパーティがあるんでしょ?」 「いえ、こんな時にとてもそんな気分には…」 「お願い、パーティに行って…」 あたしがそう言うと、古泉くんはあたしの考えてることに気付いたのか、 表情をいつもの笑顔に戻すと、ありがとうございます、とだけ言った。 これ以上、元機関の人達に迷惑をかけるわけには行かない。 「あのぉ、こんな時にこんなこと聞くのもどうかと思うんですけど…受験の方は…」 申し訳なさそうに言うみくるちゃんに、精一杯の笑顔で答えた。 「もう…無理かもね…」 笑顔を作ったせいで、その言葉はより一層寂しく響いた。 「涼宮ハルヒ」 今まで時間が止まったように黙っていた有希があたしを呼んだ。 「無理…しないで」 その言葉を聞いてあたしは本物の笑顔を浮かべ一度だけうなずいた。 キョンの家の前にいる。キョンの顔を少し見たら今日は帰ろう。チャイムを押す。 意外にもキョンはすぐに出てきた。顔色も元に戻ったみたい。 「少しは調子を取り戻したみたいね」 「あ、ああ。心配かけて悪かったな。明日はあいつらに会いに行く…と思う…」 顔色とは裏腹に表情は暗いみたい。無理もないか。 「思ったより大丈夫そうだし、あたしはもう帰るわ」 「ま、待ってくれ!ハルヒ」 「何よ」 「え…と、そうだ、受験の件だが…「あんたは!!!」 あたしはキョンの言葉を遮った。 「家族のことだけを考えていなさい。」 言葉通りの意味もあるけど、あたしは次のキョンの言葉を先送りにしたかっただけなのかもしれない。 「またね…」 オレは今、閉鎖空間を走っている。隣には今まで同じ時間を過ごしてきた仲間が三人。 河村卓 富山彰人センパイ 春日美那 みんな同年代で機関の中ではいつも一緒にいたグループだ。 「今回もまたえらく見事な空間を作りやがったもんだ。 またお前んとこの疫病神くんが何かしでかしやがったのか?古泉」 「ああ、悪いな河村」 「古泉を責めても仕方ないだろう。 それにここは無意識とはいえ涼宮ハルヒの意識下だ。『鍵』への悪口は危険だぞ。」 「はいはい、わかってるよ、富山センパイ」 「あ、わかった!タックン、キョンくんに嫉いてるんでしょ?」 「み、美那!ばかやろう!んなことあるわけないだろ!お前がいるのに何で嫉かなきゃなんないんだよ!」 「ノロケはそのくらいにしとけよ。おでましだ。」 富山センパイの言葉を合図にしたように神人はその姿を表した。 「9、10体かよ!おい!古泉!今度そのふざけたあだ名の奴、殴らせろ!」 突如場面が切り替わった。回りは壊されたオレ達の町、休憩している仲間達の姿。 神人はもういないようだ。そうかこれは夢なのか。過去の現実を夢として見ているのか。 いつのまにかオレの意識は目の前の古泉一樹から離れ、 第三者の視点で見ていた。…待てよ、ということはまさか… 目の前にいる古泉が話しだす。 「皆、いつも悪いな、涼宮ハルヒと『鍵』の仲立ちの役目のオレが…」 「気にすることないよ!今日も無事に皆生き残れたじゃん! 古泉くんは頑張ってるよ!ね!タックン!!」 「ま、そういうことだ。さ、さっきは悪かったな…」 一堂が目を真ん丸にして河村を見る。 「タ、タックンが素直に謝った…すごーい!タックンが謝った!タックンが謝った!」 「何だ!その『クララが立った』みたいな言い方は! だー!そもそも涼宮ハルヒが アホみたいな力持ってるのがいけないんだ!あの力さえ消えてくれりゃ万事解決なのによー」 「そう簡単にはいかないぞ、河村」 センパイが静かに話しだす。同じだ…あの時と。いつもは勝手に崩壊する閉鎖空間も何故かそれを見せない。 「何でだよ。涼宮も俺達も普通の高校二年生にもどるだけだろ。バンバンザイじゃないか。」 「俺の危惧してるのはもっと先にある。もし涼宮ハルヒが力を失えば、 古泉…お前は機関の何人かを敵に回すことになる。」 「ど、どういうことですか?センパイ…」 「機関には涼宮に恨みを持っている者もいるということだ。 お前の本当の戦いは涼宮が力を失ったそのあとなんだよ。 もちろん涼宮を見捨てるという選択肢もあるが…」 その刹那、半透明で巨大な 腕が河村の頭上に現われ、それは今まさに振り下ろされようとしていた。 「河村!!」 また場面が変わったようだ。ここは…機関運営の葬式場か… 場内には目を伏せる者。堪えきれず泣きわめく者。まっすぐ前を見据える者と様々だ。 しかしその誰もが悲しみのベールを纏っている。 式が終わり機関の人が流されるように式場をあとにする 「古泉。俺は何で生きてるんだ」 「………」 答えられるはずもない。 一度全滅した空間でまた神人が発生したのは前例のないことだった。 「あの時、俺をかばったセンパイは言った。お前達の思うがままに行動しろってな。だから俺…決めたよ…古泉…」 そこにはオレの知ってる河村はいなかった。 「俺と一緒に神を殺さないか?」 はっっっっ!!オレは飛び跳ねるようにベッドから半身を起こしていた。 寝起きには不自然な程の汗が体中にまとわりついている。 あの夢も…久し振りだな。昨日、近しい人の生死の堺を目の当たりにしたからかな… センパイ…オレは間違ってなんかいませんでしたよね… ここはパーティ会場。懐かしい顔ぶれがそろっていて、昨日の出来事で沈んだオレの心も 少しは上昇気流に乗ってきたようだ。 「あ!古泉くーん!こっち!こっち!!」 思わず反射的にそちらを向くと、笑顔を振りまく春日さんが確認出来た。 彼女とはあれ以来学校で見掛けることはあっても話すことはなかったな。 そういえば涼宮さんや彼と 同じクラスなんだっけ。 「お久し振りです。どうやら元気そうですね。何よりです。」 「何か顔色悪いけど…大丈夫?」 「ええ、昨日友人の身内が事故に会いまして…それで少々考え事を。」 春日さんは笑顔だった顔を少し暗くしていた。 「この間の電話でもそうだったけど、口調…敬語のままなんだね…」 「ええ。最近ではこっちの方が慣れてしまって。気になるようでしたら直しますが…」 「ううん、いいよ。古泉くんのやりやすい方で…」 まいった…こんな気まずいムードにするつもりなかったのにな… 「あら、古泉に…春日さんじゃない!久し振り。」 「またお会い出来て光栄ですな。」 「あぁ!森さんに新川さん!お久し振りです~!!」 いたたまれないムードを払いのけてくれた森さんと新川さんは、 一年ぶりになる春日さんと半年ぶりになるオレを見て、目を輝かせていた。 それからは四人でバイキング形式の料理をつまんだり、昔話に花を咲せたりしていた。 久し振りの面子に興奮気味の、春日さんを除くオレ達は、少し無神経になっていたのかめしれない。 話を気ままに転がしていたオレ達はよりによってあの話を持ち出してしまったのだ。 涼宮さんの話を…オレが学校での涼宮さんの行動っぷりを三人に聞かせ、 夏の合宿でのことを新川さんと森さんとオレで春日さんに聞かせる。 先程――長いこと話し込んでいたので半日程前のことか――の春日さんの 暗い表情の意味もろくに考えもせず… 気付くと笑顔だった彼女の表情はひどい悲しみの色をおびていた。 「ハハ…古泉くんは…強いね…あんなことがあっても…顔色一つ変えないで彼女の話が出来るだなんて…」 オレはひどい後悔にかられた。そうだ、オレにとっての涼宮さんは、 あのことを差し引いても、日々の楽しい生活を語る上でかかせない人物であることに変わりはない。 だけど春日さんにとっては、悲しみの元凶でしかないんだ。 「何で…何で古泉くんは笑いながらあの人達と一緒にいられるの!? 何で我慢できるの!?」 春日さんを除くオレ達はただ黙って俯くことしか出来なかった。 「あ、ごめんなさい。せっかく招待してもらったのに こんなこと言っちゃって…やっぱり…あたしもう帰るね」 パーティ会場を走り去る彼女をオレは追うことが出来なかった。 「古泉」 森さんが呼ぶ。 「あなたは涼宮さん達を守る側に回ったのよね。」 「…………はい」 「あたし達は全力をもってあなたをフォローする。迷わずに自分のすべきことを見据えなさい。」 突如、オレのケータイが鳴った。ここは電波が悪いな。オレは外に出ながら ケータイを取り出す。あたりはもう暗くなっていた。相手は……涼宮さんか。 「はい、もしもし、古泉ですが…」 「ヴゥ…古泉くん!!キョンが…キョンが!あたし…あたしぃ……!」 オレの中で緊張が走った。 七章へ
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三章 学校に行くのが憂鬱だ。体中がとてつもなくだるい。 昨日、あれから一晩中泣き明かしたからだろうか。ほっぺただけじゃなくて、 目も相当腫れているんだろうな。 ――返せ!俺の時間を返せ―― 昨日は結局、キョンは部室に帰ってくることはなかった。仮に帰って来たら、 今度はあたしが逃げ出していたんだろうけど… キョンの言葉が耳にこだまする。あたしは、あいつを………その………好いていた。 あたしがどんな無理なことを言っても、最終的にはそれに賛成し、協力してくれる。 そんなあいつに、あたしは心の底から信頼していた。 だけど…今はあいつが……とてつもなく怖い…… 所詮はご機嫌とり。能力のないあたしなんてもう関係ないってこと? 昨日のあれは三年間のあたしへの、鬱憤だったのかも… 楽しいと思ってたのはあたしだけ? 後ろ向きな考えばかりが浮かぶ。 そんな考えを払拭するために、あたしは早朝から、坂を上っている。 昨夜キョンからメールが来た。 『話したいことがある、明日、朝、 六時半に教室に来てくれ』 もしかしたら、また罵倒されて終わりかもしれない。 だけど、あたしはあいつを信じたい。 「ごめんね、古泉くん。 こんな朝早く付き合わせちゃって」 やはりまた殴られるのは怖い。昨日のうちに古泉くんに、 一緒に学校に来てくれるよう頼んでおいた。 「謝るなんてあなたらしくない。 昨日のあれは完全に彼の過失です。 あなたは毅然とした態度でいるべきですよ。 団長を守るのは副団長の務めです。」 古泉くんはいつも通りの笑顔であたしに優しくそういった。 「もっとも、本当は彼が、いの一番にあなたを 守らなければならないのに…それなのに………!!」 古泉くんはボソっと怒りを押し殺した声でそう言った。 学校についた。教室まで、もう少しだ。段々とあたしの鼓動が速くなっていくのがわかる。 それと同時に昨日の、キョンの血走った目。 殴られて倒れたあたしに伸びてくる紫色の拳が脳裏に蘇る。 切れた口の中がまた痛みだした。 教室の前まで来た。あとはドアを開けるだけ…だけど体がそれを拒む。 ドクン!ドクン! 取っ手を掴んだまま動かせないでいるあたしの手を、古泉くんはそっと握ってくれた。 ガラガラっと音を立ててドアが開く。キョンは……いた。 「古泉も来てたのか」 そういうとキョンは自分の机からゆっくり立ち上がり、近付いてくる。 昨日の血走った目のキョンと今のキョンが重なりあう。 逃げたい!今すぐ!ここから逃げ出したい! あたしが今にも動きだそうとしている体を必死で押さえ付けていると… がばっという音がした。思わずビクッと目を瞑ってしまったが拳は飛んでこない。 恐る恐る目を開けると、 キョンがあたしの目の前で、手と顔を床につけてうずくまっている。 「ど…げ…ざ…?」 あたしが思わず、呆然と呟くと…… 「昨日は本当にすまなかった!お前の気持ちも考えず… 自分のことしか考えていなかった!! 許してほしいだなんて思っちゃいない! だけど!お前をずっと傷付けたままにすることは出来ない!!」 ああ…いつものキョンだ…優しい目であたしを見てくれる、いつものキョンだ… あたしは思わず彼に抱き付いていた。 「こ…の!えぐっ…!バカ!!昨日はあれだけヒドいことしておいて…! あたしがどんな気持ちで学校に来たと思ってるのよ!」 「ああ、昨日は本当にどうかしていた… だけど今の俺はとても清々しい気分なんだ」 「え?」 そう古泉くんの言葉が聞こえた気がしたけど、今は関係ない。 「な…何よ!ヒック…!許してもらおうだなんて思ってないですって? バカ言ってんじゃないわよ!ヒック…許すに…決まってるじゃない!」 「じゃ、じゃあ…また勉強に付き合ってくれるのか? まだ東大を目指していいのか?!」 キョンの目が涙でいっぱいになっている。まったく!泣き虫ね! って思った瞬間、あたしの声に嗚咽が混じっており、 キョン以上に目に涙を蓄えていたことに気がついた。 あたしは最後の力で首を振り、肯定の意を表すと、いよいよもって、 大声で泣き出した。魂の慟哭だ。 「うわあああ!キョン!キョン!」 10分はたっただろうか? 昨日に引き続き泣いているので、あたしの喉はもうガラガラだ。 あたしが落ち着き、ひとまずキョンから離れると、古泉くんが近付いてきた。 古泉くんはキョンの胸倉を掴み、無理矢理起立させた。 「もし、この場に涼宮さんがいなければ、 僕はあなたを殴り倒してる所だ! あなたはさっき涼宮さんを傷付けたままには出来ないと言いましたが まさかこれで彼女の傷が癒えただなんて思ってないでしょうね!? これからあなたは、一生を懸けて涼宮さんの傷を、 癒していかなければならないんだ! もしまた彼女を裏切るような真似をしたら、オレはお前を許さない! わかったか!!!!?」 古泉くんが焦ったように早口で言う。 どうしたの?古泉くん?口調までかえて…古泉くんらしくない… 「分かっている。古泉…俺はもうハルヒを傷つけたりしない。 この罪は一生懸けて償っていくつもりだ。 それに俺は前からハルヒのことが好きだった。」 え?それって…もしかして… 「え~と、つまりだな、ハルヒ…俺はお前を好きなわけだ。 そうなると当然、お前と付き合いたいと思うわけで… そこに一生懸けて罪を償うという要素を取り入れるとだな… それはつまり…その…『結婚を前提としたお付き合いをお願いします』 ということになってしまうわけで…… それで、つまり……そういうことだ」 え?これってもしかしてプロポーズ?こんなグダグダなのが? だけどなんだろう…この胸から沸き上がってくる感情は? 随分長い間忘れていた気がするそれは…そうだ…喜びだ!! あたしはまたキョンに抱き付き大声で泣いた。 「お、おい!まだ俺は返事を聞いちゃいねぇぞ?」 「やれやれ…どうやら僕の思い違いだったようですね。」 安心した顔で、そういうと古泉くんは教室を出ていった。 その日、六限目は体育館で薬物防止の講習会が行われていた。 まったく、こんなのに手を出す奴の気が知れないわ!気持ちいいんだか知らないけど、 それで人生を棒にふるなんてバカのすることよ! あたしほどになると風邪にだって薬なんか必要ないんだから! それから薬物を使うとどんな症状にみまわれるのか、細かい話を延々と聞かされた。 あ~あ、早く終わんないかしら?今すぐ部室でキョンと一緒に勉強したい。 教室に帰るとキョンが話しかけて来た。 「あ、あのさ…ハルヒ…実は…」 キョンが蒼白した顔で話しかけてくる。 「何よ?」 わざと不機嫌そうに答えるとキョンは 「い、いや!何でもない!今日も部室で頼むぜ?!」 と言うと、今度はあたしの二つ隣りにいる春日さんの所に行き、 一緒に教室を出て行ってしまった。 ふん!何よ!朝はあたしにプロポーズまでしたくせに!大体何よ!春日って!! 名前があたしと被るのよ! 全く!作者は何を考えてるのかしら! オレは今体育館で薬物防止の講習を受けてる。 こういう話を聞いてるとどうしてもあいつを思い出してしまう。とても涼宮さんには言えない話… オレ達が所属していた機関は、涼宮ハルヒの発生させた閉鎖空間を取り除くことが、 主な仕事だった。しかしそれは多大なストレスを伴う。 そういう中で活動しているとたまにいるんだ。ストレスに押しつぶされてしまう人間が。 オレの親友だった。ドラッグに溺れたそいつは自殺の間際にオレにこう言った。 ――今の俺はとても清々しい気分なんだ―― それは普通に聞けば何の変哲もない、むしろ喜ばしい言葉だ。 だけど、オレにとってはトラウマ以外の何者でもない。 なんてったってオレはそいつの変化を少しも気付いてやることが、 出来なかったんだから…悔やんでも悔やみきれない…… 今朝の彼の言葉があいつの言葉を思い起こさせた。言い知れぬ不安に駆られた。 もっとも、それがいらぬ心配だったということは、その後の言葉で確信した。 「あなたの言葉…僕は信じていますよ」 オレは心の中で、そう呟いた。ふう、やけに疲れたな今日は。 たまには部室に寄らず帰ろうか。 う~ん、疲れたわね!有希の本を閉じる音と同時にあたしは背伸びをした。 「あら、キョン?」 キョンがスライムみたいになっていた。溶けた、緑色のブクブクいってる方ね。 「お、お前…いくらなんでもハイペースすぎやしないか?」 「ふん!あたしの未来の旦那さんが何弱音吐いてるのよ! このくらいやらなきゃ東大なんて夢のまた夢よ! はい!これ!今日の課題よ!明日までにやっておきなさい!」 キョンはやれやれといいながら背伸びをした。 「腕のそれ、ケガ?」 有希が短くそれだけいった。 あたしがキョンの腕を取ると、赤い点が一つだけあった。 よくこんなの気付いたわね。有希。 「あ、ああ!これか?いや、昨日近所で献血をやってたんだよ! 昨日の俺は頭に血が上り過ぎてたからな! 抜き取って頭を冷やしたというわけだ。 ほんと、単純だな!俺って。」 献血?そんなのはもっと人込みのある、主要道でやるもんじゃないの? 何で周りに家しかない、人通りの少ない道でやるのかしら? そうは思ったがそれ以上は聞かないことにした。 それ以上聞くとまた関係が崩れていってしまう気がしたから。 有希が黒い瞳でキョンをじっと見ている。 そういえば今日は古泉くん来なかったわね。 まあ有希もそうだけど、推薦で進路は決まってるみたいだし、家で休みたいのかもね。。 そしてあたし達は家路についた。 四章へ
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教室につくと、すでにハルヒは自分の机に座っていた。 つまり三年でもハルヒとは同じクラスなのだ。さらに谷口も国木田も、阪中もいる。 おい、誰かこの必然の偶然を疑う奴はいないのか? 俺が机に座り、勉強道具を広げようとすると、ハルヒが歩いて俺に近付いてきた。 そう、驚くことにハルヒは俺の後ろにはいないのだ。いや本当は驚くことではないのだが。 両手を前に組んでハルヒは目を輝かせながら聞いてきた。 「キョン、どうよ!自信のほどは?」 どうやらご機嫌は良好のようだ。はて?今日は、俺が自信を持たなければ ならないようなイベントでもあったか?何だ?ツッコミ大会か? 「あんた…まさか忘れてるの? 今日はこの間あった模試の結果発表の日じゃない!」 なんと!俺としたことが。この情報を聞いて、俺の気分はさらにメランコリーだ。 …と見せかけて実は少し嬉しかったりする。 「いや、すまん。すっかり忘れてた。」 「はぁ~?あんたアレね。受験当日に受験票忘れて、 不合格になるタイプね。」 「頼むから、そんな縁起でもないこと言わないでくれよ。」 「ふん!それでどうなのよ!?」 「模試の日にも言ったろ。正直、自信ないな。 その証拠にさっきから俺は鬱々真っ盛りだ。」 これはうそだ。なんてったってこの間の模試は、自分でも驚くくらいスラスラ解けたからな。 C判定…いや、もしやB判定くらいいけるかもしれない。 「あんた…あたしがあれだけ分かりやすく、丁寧に対策立ててあげたのに… 自分だけじゃなくてあんたの面倒まで 見なきゃいけないのって正直な話…相当キツいのよ?」 ハルヒが半ばあきれたように言う。 ああ分かってるさ。ハルヒ。俺も悪いとは思ってるんだ。 だけど、そもそもお前と俺ではスペックに差がありすぎるんだ。 …といつもなら思ってる所だが、 今は俺の結果を見て驚くハルヒの顔が目に浮かぶ。 「そういうお前はどうなんだよ。」 「ふん!当然A判定よ!あんたとは頭の出来が違うの!」 やれやれ…そう思うなら俺を東大になんか誘わないでくれ。 「そいつは頼もしいな。お前の教え方は本当に分かりやすい。 これからも頼むぜ?」 これは俺の本音である。全く、無償でやってくれてるのが申し訳ないくらいだ。 まあその代わり最近は毎日のように、食堂で飯を奢らされてるのだが… そういうとハルヒは少し顔を赤くしながら 「あ、当たり前よ!あんたは一人じゃすぐさぼるんだから! とことん付き合ってやるわよ!」 と、より一層目を輝かせながら、いつもの調子でまくし立てた。 「いざとなったらあたしの力で、あんたを秀才のメガネくんに 改変してやるからね!覚悟しなさい!」 「いや、それは勘弁してくれ。俺は俺のままでいたい。 大体、お前はもうそんな力なんてないだろうが」 「冗談よ!ジョーダン!!」 そう、こいつは自分に力があること。いや、あったことか。 そのことをしっかり自覚しているのだ。 三年になって間もなく、ハルヒに今まで隠してきた事がバレてしまった。 案の定、こいつはまたいつぞやの閉鎖空間を作って、世界を丸ごと改変しようとしやがった。 俺はもちろん閉鎖空間に赴いて説得を試みたよ。 あの時のことは思い出すだけで頭をぶち抜きたくなる。 なんたって告白まがいのことを言ってのけたんだからな。 ああ、また思い出しちまった。誰か、俺に注射器をくれ。痛くない奴な。 しかし、そんなことをさせておきながらハルヒはいそいそと 改変しやがった。つまり、今はハルヒが改変したあとの世界なのだ。 どんな世界になってしまうのか震え上がった俺達だが、 実際に改変されたのはごく一部だけだった。 はい、じゃあここで改変の一つ目の内容。 それは長門を支配していた情報統合思念体を、消滅させてしまったことだ。 ハルヒにバラしてしまったことに対する処分として、長門を消そうとしたからな。 それが、ハルヒの逆鱗に触れたというわけだ。 つまり、今の長門は前のようなトンデモパワーを使えない、 ただの無口な女子高生になってしまったのである。 二つ目はハルヒ自身だ。こいつは、よりにもよって自分の世界改変の能力そのものを改変し、 自身を長門同様、普通の女子高生にしたのだ。まあ、俺の説得の賜物だろうな。 ハルヒ曰く「自分の思い通りにいく世界なんて気持ち悪いったらありゃしないわ!」 だそうだ。 これによって古泉も自動的に超能力の力を失い、普通の男子高校生になった。 朝比奈さんだけは未来的な力は取り上げられず、今は未来に帰ってしまっている。 まあ、改変したあとの世界に生きる俺達では、改変されたのが 本当にそれだけなのかは分からないがな…ずっと俺達を世界の外側から見てた お前ら読者には何が変わって、何が変わってないかは一目瞭然だろう… って誰に話してるんだ!俺は! というわけで、俺達SOS団は晴れて普通の人間達の集まりになったというわけである。 これが俺の後ろにハルヒがいない理由だ。 ふう、長くなったな。 ハルヒと色々話していると担任が入って来た。 これまた去年と同じ岡部だ 岡部もハルヒに選ばれた一人のようだ。よかったな、岡部よ。 岡部曰く、どうやら模試の結果は今日の帰りのHRにて返却されるようだ。無駄に生殺しだ。 それにしても最近、春日とよく目が合う。俺を意識してるようにも見える。 もしかして俺のことを…そうか、ならば俺はこの身をお前に捧げてやろう…… ってゲフン!ゲフン!何を考えてるんだ!俺は!俺にはハルヒが……って違う! あいつとは何もないんだ!あの時だって別に告白したわけじゃない! だって俺には一樹タンが………ってヴワアアアア! …いや、俺は決してあっちの趣味があるわけじゃないからな。 勉強のしすぎで参ってるだけなんだ。たまには壊れてもいいだろう。 そうやって俺が脳内で葛藤してる間も、春日は何度もこっちに目をやる。 その視線の意味も分からぬまま、今日も一日の授業が全て終った。 「何だ、こりゃ、何の冗談だよ」 今は、帰りのHRである。思わずひとり言をもらしてしまった。 偏差値50…当然東大はE判定である。それどころか、安全圏だと思ってた○○大学までもD判定だ。 あのな、自分で言うのもなんだが俺は三年になってからは、それこそ脳みそがバターに なるくらい、必死で勉強してきたつもりだ。それがどうだ。この結果は。 所詮俺の頭じゃ東大なんてちゃんちゃらおかしいっていうことか? ちっ、こんなことならもっと早く模試を受けておくべきだったぜ。 そうすりゃ、自分の限界に気付くのに、こんな時間をかけずにすんだのにな。 自虐的な考えが次から次へと溢れだしてくる。 ――あんたとは頭の出来が違うのよ!―― 朝のハルヒの言葉が先ほどとは違う形で頭の中に響いてきた。 先に走るように出ていったハルヒを追うように、おれも文芸部室にフラフラ歩み始めた。 俺が部室に入ると案の定ハルヒは、目を輝かせながら団長席に座っていた。 あと、長門もいるな。いつものように本に顔を落としている。 古泉はまだ来てないようだ 「キョン!早くあんたの結果を見せなさい!」 俺は一瞬顔をしかめて見せたが素直に、無言で用紙をハルヒに渡した。 そんな俺に、ハルヒも自分のそれを手渡してきた。ハルヒの結果はB判定… こいつは東大以外は志望してないから、これは東大の結果だ。 「A判定じゃないのはちょっと納得いかないけど…ま、 やっぱりあんたと私では頭の出来が違うってことね。」 ハルヒが、俺の用紙を見ながら言う。 その時からだろうな。俺の中で何かがフツフツと煮えたぎってきたのは。 まるで今までの自分の努力を全て否定された気分だ。 俺はハルヒを自分が出来る最大限に鋭い目で睨んだ。 「な、何よ、その目は…よし! これからは今まで以上にあんたに時間を費やしてあげる! まずは昨日作った、この問題を全部解くのよ!」 そういうと辞書一冊分くらいはあるような冊子をドン!と俺の前に突き出してきた。 何だこりゃ?反吐が出る。続けてハルヒは半ば焦ったようにどんどんまくし立てる。 「いい!?これさえやればあんたの偏差値も、うなぎ登りよ!」 黙れ… 「どうせあんたの偏差値なんかあんた同様に、 単純に出来ているに決まってるんだから!」 黙れと言っている… 「あ、そ、そうだ!有希!今日はもう帰って!?二人だけの方が勉強に集中出来るから! 古泉くんにも言っておいてね!?」 「黙れっっ!」 「キョ、キョン ?」 「うるさいんだよ!どうせ俺なんか東大に合格出来るはずないんだ! ああ、そうだよな!お前は教師でもなければ塾の先生でもないもんな! そんな普通の高校生のお前が!こんなバカな俺を東大に連れて行くことなんて出来るはずがないんだ! 何がうなぎ登りだ!バカにするのも大概にしろ!!」 そういうと俺はハルヒに重い冊子を投げ付けた。 何で俺がこんなに怒ってるかって?俺にもわからん しいて言うなら今までの勉強のストレスが一気に爆発したんだろうな。 と、こんなふうに冷静に自分を分析する俺は、今ここにはいない。 「え?あ、あたしはバカになんか…ただ… あんたと同じ大学に行きたかったから…」 ハルヒが冊子を受けてバランスを崩しながらボソボソと言う。 しかし俺はそんなこと意に介さず、 「俺はお前みたいに何でも一番になりたいと思ってるわけじゃない! 東大なんてどうでもいいんだよ!返せ!俺の時間を返せ!」 その言葉を聞いて、ハルヒは俯きかかった顔をがばっとあげる。 「なによ!あんたのためにやってあげたことじゃない! あたしがどれだけ必死になってあんたのために問題を作ったのか分かってるの!?」 それを聞いた瞬間俺の中で何かが爆発した。だから頼んじゃいねぇだろうが! ゆっくりとハルヒに近付いていく。 ハルヒの目がどんどん恐怖の感情に染められていくのが分かる。 「いや!来ないで!!!」 そうハルヒがいった瞬間俺はストレスを全てその拳に集中し ……………ハルヒに飛び掛かり…………そして殴った………… 「い!?たぁぁ…」 ハルヒは左に吹っ飛びながら呻いている。そんなハルヒに俺は第二撃目を浴びせようとしてる。 その時、俺の内出血した拳を誰かが掴んだ。……長門だ。 長門は黒い瞳でこちらを、ただじっと見つめている。 その目に吸い込まれるように俺の怒りの感情は消えていった。 「ありがとう、長門…」 そう言うと俺は部室を出て 、廊下を走っていた。途中古泉に声をかけられた気もしたがどうでもいい。 何故だ!?何故俺はハルヒを殴った!?勉強のストレスのせいで?ふざけるなよ! ハルヒはただ、俺のために手伝ってくれただけだったのに! 自分の勉強時間まで裂いて!あいつは、俺以上に大変だったはずなんだ! 最低だ!俺は………最低だ……… 拳がとてつもなく痛い。一体どれだけ強く殴りやがったんだ。俺は… いつの間にか俺は下駄箱まで来ていた。ふふ…今だったら 受験苦で自殺をする中高生の気持ちも、よく分かる。 誰か、俺からこの苦しみを解き放ってくれ… そんなことを願ってると後ろから声がした。 「ど、どうしたの?キョンくん?」 そこには、心配と驚きの表情を浮かべた春日が立っていた。 三章へ