約 2,079,215 件
https://w.atwiki.jp/1548908-card/pages/2160.html
トライアングル-O(オー):? 通常魔法(TF4オリジナル) 自分フィールド上に「[[水晶ドクロ]]」「[[アショカ・ピラー]]」「[[カブレラストーン]]」が 表側表示で存在する場合に発動する事ができる。 フィールド上に存在するカードを全て破壊する。 このターン自分がカードの効果によってダメージを受ける場合、 代わりに相手がその効果ダメージを受ける。 解説:TF4オリジナルカード 水晶ドクロ、アショカ・ピラー、カブレラストーンがあれば フィールド上のカードを全部破壊するカード また、カブレラストーン2000+アショカ・ピラー2000で 相手ライフポイントを4000ポイント削ることができる。 ついでにグラナドラや女神の加護が2枚出ていれば1ターンキルが成立する。 ‥‥が、実際にはそううまく発動するのは非常に難しい。 これと他の三枚のカードはTF4では1枚しか入手できず(TF5,6では通常入手可能)、 水晶ドクロは召喚するだけで1000ポイントのダメージを受けるため、このカードでダメージを擦り付けられない。 アショカ・ピラー以外は攻守が非常に低いため、フィールドに出すと相手ターンにほぼ間違いなく破壊される。 大抵は揃える前に、ボコボコにされるのは間違いないだろう。 仮に発動できたとしても、4000は苦労のわりには全然見合ったダメージではなく 神の宣告などをチェーンされたら最悪である。 また、このカードは自分のカードまで全部破壊してしまうため、その後の展開がちょっと厳しく サポートが豊富で、相手のみ全部破壊するおジャマ・デルタハリケーン!!にほぼ劣る。 一応、G・コザッキーなどをフィールドに出せば、相手に与えるダメージが増えるが 他の三体を全て召喚するだけでも精一杯なため、なかなか難しい。 どうしても使いたい場合は、無限牢を用いると、魔法・罠ゾーンに配置できるので若干楽。 召喚しないので水晶ドクロはダメージが発生せず、戦闘から守る必要も無い。 岩投げアタック等で墓地に落とし、ウィジャ盤のように並べていこう。 サイクロンで破壊される事を考え、レインボー・ライフや地獄の扉越し銃なども欲しい。 D-HERO ダイヤモンドガイで使うのもいいだろう。 関連カード ゲーム別収録パック No.無し DS2010パック:パック:無し? WiiDT1パック:パック:無し? XBOXLiveパック:パック:-(P)XBL1:無し? DS2009パック:パック:無し PSPTF4パック:パック:-(P)TF4:TF2との連動 TF4オリジナル DS2008パック:パック:無し PSPTF3パック:パック:無し DS2007パック:パック:無し DS SSパック:パック:無し DS NTパック:パック:無し PSPTF2パック:パック:無し PSPTF1パック:パック:無し PS2TFEパック:パック:無し OCGパック:パック:無し
https://w.atwiki.jp/lgkyo/pages/12.html
レモングラスとは レモンと同じ香味成分を持つハーブのこと 最強バーチャルタレントオーディション~極~スタートダッシュ期間において雨ヶ崎笑虹No.4しぃちゃんが草がかわいくないと発言したため代替されるようになった その後、リスナーたちは積極的に活用、応用し様々な用法に派生していった 略称はLG 挨拶に使われる際は「こんにちレモングラス」「こんばんレモングラス」などと使われる
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1978.html
482 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第六話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/25(木) 08 22 40 ID Pk9vug3C 窓を叩くパラパラという音に、ジャンはベッドの中でゆっくりと目を開けた。 この季節、ジャンのいる国では雨が多くなる。 農家にとっては恵みの雨なのだろうが、街で暮らす人間にはたまらない。 日の出ている時間も徐々に短くなるため、本格的に寒さが身にしみる季節となってくるのだ。 足先の冷たさに、ジャンは目覚めるなり体を起こし、同時に足を毛布の中に引っ込めた。 寒い。 昨日までの晴れていた天気が嘘のようだ。 身体の芯から氷で冷やされているような感覚に、思わず胸の前を両腕で抱えて震え上がった。 「やれやれ……。 どうやら、本格的に冬がやってきたみたいだな。 この寒さで、伯爵の病気が悪化しなければいいけど……」 テオドール伯の病のことを考えると、ジャンは少々気が重くなった。 彼の病気は、薬を飲めば治るようなものではない。 体質を変え、痛みを和らげ、病気の進行を食い止めることはできても、根本から治療する術などありはしない。 昨日、伯爵に処方した薬だけでは、もう間に合わなくなるだろう。 こと、この地方の冬の寒さは厳しく、老齢の伯爵にはこたえるはずだ。 リウマチを患っている者にとって、冷えは大敵である。 ベッドから抜け出して服を着替えると、ジャンは鞄の中身を確認してから部屋を出た。 一応、必要な薬の材料は一通り揃えてある。 当分はこれで持つだろうが、雨が続くようでは買出しにも支障が出る。 やはり、伯爵の力を借りて、どこぞの行商人と直接契約でも結ばねば駄目なのかもしれない。 安定した診察と治療を続けるには、それも仕方がない。 そんなことを考えながら、ジャンは服の襟を正して部屋を出た。 リディは既に起きて朝食の準備をしているようで、三階の廊下はしんと静まり返っていた。 二階へ続く階段を下り、そのまま食堂へと向かう。 部屋の扉を開けると、何やら香ばしい匂いが鼻をくすぐった。 「あっ、おはよう、ジャン。 今日は寒いね」 「ああ。 どうやら、完全に冬がやってきたみたいだね。 僕も寒いのは苦手じゃないけど……昨日と比べても、今朝はちょっと寒過ぎる気がするよ」 「大丈夫、ジャン? もしかして、風邪とかひいてない?」 「平気だよ。 こう見えても、父さんと一緒に旅していた頃は、野宿するようなこともあったしね。 屋根のある部屋と上等なベッドで眠れるだけでも、僕には十分さ」 483 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第六話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/25(木) 08 23 40 ID Pk9vug3C 強がりではなく、それは本心だった。 リディは心配そうにしていたが、ジャンは自分自身、そこまで身体が弱いとは思っていない。 小さい頃は読書好きでモヤシのような子どもだったが、父と十年も放浪の旅を続ければ、自然と暑さや寒さに対する抵抗力もついていた。 「そうそう。 今日は寒いから、朝から体が温まるものを作っておいたんだよ。 よかったら、出かける前に食べて行かない?」 ジャンを気遣うような表情はそのままに、リディが尋ねた。 先ほどの香ばしい匂いは、やはり朝食の仕込みをしていた際のものだったようだ。 「そうだね。 折角だから、いただこうかな。 でも……今日は雨だし、クロードさんが来るのは昼過ぎだから、それまでは宿にいることになると思うけど……」 「なぁんだ。 まあ、ジャンが喜んでくれるなら、別に私は構わないけどね」 口では少し残念そうに言っているものの、口調そのものは明るかった。 軽快な足音と共に、リディは階下の厨房へと続く階段を下って行く。 宿場の構造上、調理場だけは下の酒場と共有するような形になっていた。 程なくして、リディがスープの入った鍋を持ってきた。 鍋の蓋の隙間からこぼれ出る湯気に混ざって、チーズの焦げたような匂いが漂ってくる。 蓋を開け、レードルでスープを皿に取り分けると、リディはそれをジャンの前に置いた。 「リディ……。 このスープ……」 「うん。 私のお母さんが得意だったチーズスープだよ。 ジャンも、昔、私の家に遊びに来たとき、食べたことがあったよね」 「ああ、覚えているよ。 僕の母さんは、料理はあまり得意じゃなかったからね。 あの時は、本当にリディの家が羨ましく思えた」 「そこまで言われると、ちょっと恥ずかしいかな。 それに、私の料理の腕だって、まだお母さんには及ばないと思うしね」 自分の分のスープをよそいながら、リディは多少の謙遜も込めてそう言った。 この街にいる間だけでも、ジャンには自分の作った美味しい料理を食べてもらいたい。 その一心から、ここ最近の調理の仕込みは一段と力を入れてきた。 メニューはどれも家庭料理の域を出ないものだったが、かけている手間と時間が違う。 それこそ、自分の母の腕には及ばなくとも、ジャンに満足してもらえるだけのものを出しているという自信はあった。 484 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第六話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/25(木) 08 24 22 ID Pk9vug3C テーブルに備え付けられたバスケットからパンを一切れ取り、ジャンはそれをスープの皿の横に置いた。 目の前に席にリディも座り、二人で少し早目の朝食を始める。 他の宿泊客は未だ目覚めていないのか、食堂にはジャンの他に誰かが来るような気配はなかった。 「ねえ、ジャン。 私の作ったスープ……どうかな?」 「うん、美味しいよ。 昔、リディの家で食べさせてもらったのと、全然変わらない」 「本当? 無理して、お世辞とか言ってない?」 「いや……。 お世辞なんかじゃなくて、普通に美味しいよ。 君がこんなに料理が上手だなんて、今まで知らなかった」 「そ、そうかな……。 別に、普通だと思うけど……」 ジャンは率直に思ったことを述べたつもりだったが、リディは嬉しそうだった。 少し、はにかんだ表情になりながらも、ジャンに誉められたことは満更でもなさそうである。 それから二人は、互いに他愛もない話をしながら簡単に食事を済ませた。 パンとスープだけの朝食だったが、冷え込んだ朝に暖かいスープが食べられたことだけで、ジャンは十分に満足だった。 食器の片付けをしながら、リディがふと窓辺に顔を向ける。 外では未だ大粒の雨が窓ガラスを叩いており、窓に張り付いた雨粒は、そのまま雫となって下に流れ落ちて行く。 「雨、止まないね……」 呟くように、リディが言った。 その顔がどことなく影を帯びているように見えるのは、果たして薄暗い空のせいだけだろうか。 「ジャン。 あなたは、雨って好き?」 食器をまとめたリディがジャンに問う。 何気ない、本当に他愛もない問いかけだったが、なぜかリディの表情には元気がなかった。 「そうだなぁ……。 天気に関して好きとか嫌いとか、あまり考えたことはなかったよ。 少なくとも、農家の人にとっては、この時期の雨は大切みたいだけどね」 「ふうん。 私は雨、あまり好きじゃないな。 雨の日の思い出って、嫌なことしかないから……」 485 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第六話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/25(木) 08 24 49 ID Pk9vug3C 「嫌なこと?」 「うん……。 私のお母さんが亡くなった日も、こんな雨の日だったの。 今日みたいに、冷たい雨の降る日に……お母さん、風邪をこじらせて、そのまま死んじゃったんだ……」 いつしかリディの声は、聞きとることが難しいほどに、か細いものになっていた。 その声に、いつものはつらつとした様子はない。 重たい空気が部屋を包む中、ジャンもリディに何を言ってよいのか躊躇われた。 もし、自分がこの街に残り、今のように医者をやっていたらどうだったか。 病に伏せるリディの母親を救い、彼女に今のような思いをさせずに済んだのではないか。 馬鹿らしい考えだということは、自分でもわかっていた。 別に、自分が街に残っていたからといって、リディの母親の病気を確実に治せたというわけでもない。 しかし、その一方で、別れの言葉さえも告げずに街を去ってしまった自分自身、どこかでリディのことを裏切っていたのではないのかという罪悪感もある。 リディ自身がそんなことを言うとは思えなかったが、今のような顔をされると、やはり後ろめたいものを感じてしまう。 何とも言えぬ気まずい空気が食堂に流れた。 互いに次の言葉を出せなくなり、外から響いてくる雨音だけが、妙に大きな音に感じられた。 「あの……ごめんね、ジャン。 急に、こんな話しちゃって……」 沈黙を破ったのは、リディの方からだった。 この場の空気を気まずくした原因が自分の言葉にあると気付き、さすがに申し訳なさそうに俯いている。 「いや、別に君が気にする必要はないよ。 リディだって、色々と苦労はしたんだろ。 それに……嫌な思い出ってものは、忘れたくてもなかなか忘れられないものだからね」 「ありがとう、ジャン。 でも、私はもう平気だよ。 家族はみんな死んじゃったけど、代わりにジャンが帰って来てくれたんだものね。 だから、今はちょっとだけ、寂しいのも我慢できるかな」 そう言って、リディは無理に笑顔を作るような素振りを見せたが、彼女の言葉にジャンは答えなかった。 いったい、リディは何のつもりで、こんなことを言うのだろう。 思わずジャンは、そんなことを考えながら彼女を見た。 伯爵の病気が快方に向かえば、自分は街を去ってしまうのだ。 それをわかって言っているのだろうか。 やはり、この街に帰って来たのは間違いだったのかもしれない。 今後もリディがこの街で宿場を続けて行くことを考えると、自分はこれ以上、リディに深く関わることは避けるべきなのかもしれない。 486 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第六話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/25(木) 08 25 48 ID Pk9vug3C 階下の厨房に食器を片づけに戻るリディに、ジャンはクロードが迎えに来たら呼ぶように言って食堂を去った。 これから他の宿泊客が朝食のために食堂を訪れることを考えると、この気まずい空気は早めに払拭しておきたい。 それに、下手にリディに同情しすぎて、彼女に妙な依存心を抱かせてしまうのもよくないと思った。 人のいなくなった食堂に、再び静寂が訪れる。 先ほどまでの話声は既になく、あるのは規則的に窓ガラスを叩く、雨の音だけだった。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ クロードがジャンのいる宿場を訪れたのは、昼を少し過ぎた辺りのことだった。 最近になって気づいたのだが、彼はいつも寸分狂わぬ時間で宿場にやってくる。 一、二分の誤差はあるものの、迎えの時間が大幅にずれたことなどまったくない。 時間にルーズな者の多い、ジャンの国の人間とはえらい違いだ。 これも一重に、異国から流れてきた者の感覚の違いというやつだろうか。 その日は午前中にすることもなかったので、ジャンは独り部屋の中で、適当に本を読んで暇を潰していた。 とはいえ、仕事のことを完全に忘れたわけではなく、読んでいたのは、例の東洋医学の本である。 本格的に冬が訪れた今、伯爵に処方する次の薬を考えていたのだ。 リディに呼ばれ、ジャンは本を片付けて一階へと降りた。 クロードに案内されるままに馬車に乗り、そのまま伯爵の屋敷に向かう。 もう、この街に来て、かれこれ一週間近くは同じ生活を続けているだろうか。 街を濡らす雨の音に混ざり、馬車を引く馬の蹄の音が聞こえてきた。 時折、水溜りを踏んでいるのか、パシャパシャと何かが跳ねるような音がする。 それ以外は何も聞こえず、雨の街中は不気味なほど静かだった。 もう昼を過ぎているというのに、馬車を包むこの静寂はなんなのだろうか。 単に雨が降っているというだけでは、あまりに説明がつきそうにない。 空気が冷たく感じる原因は、ジャンにもわかっていた。 何のことはない、隣にいるクロードが、あまりに無口で無表情なためだ。 いつもジャンの送迎に現れるものの、その顔は同じ人間として、あまりにも変化に乏しかった。 つい、目の前の男には感情というものがあるのかと、本気で疑いたくなってしまう。 馬車を使えば伯爵の屋敷までは決して遠くはなかったが、ジャンにはそれまでの道中が長く重苦しいものに感じられた。 今朝のリディといい、今日はどうにも気分が滅入る。 リディは雨が嫌いだと言っていたが、このままでは自分も雨嫌いになってしまいそうだ。 ところが、そんなことを考えていたジャンの気持ちを他所に、その日の静寂を破ったのはクロードの方だった。 487 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第六話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/25(木) 08 26 29 ID Pk9vug3C 「ところで、ジャン様……?」 突然名前を呼ばれ、ジャンはしばし驚いた表情でクロードを見つめる。 彼の方から話を振ってくることなど、これまではまったくなかったのだから。 「昨日、ルネお嬢様に会われたようですね」 クロードの口から出た言葉に、ジャンは思わず顔を強張らせた。 ルネ・カルミア・ツェペリン。 テオドール伯の娘である、赤い瞳をした少女。 昨日、ジャンが厨房で薬を煎じている際に現れ、そこで束の間の談笑をした。 まさか、昨日のことで、自分は何か咎められるようなことをしてしまったのか。 特に無礼を働いたつもりはなかったが、それでもやはり不安になる。 無表情な分、何を考えているのか分からないクロードの存在が、更にその不安をかき立てる。 だが、そんなジャンの心配を他所に、クロードは「屋敷に着いたら話があります」と告げただけだった。 それ以上は何も語らず、いつもの無口な執事長に戻る。 その瞳は、既にジャンの方へと向けられてはいない。 クロードは、いったい何を考えて、ジャンにルネとのことを問うたのだろう。 横目に彼の顔を見てみるものの、そこには答えなど書かれてはいない。 今日は朝から、自分の周りを気まずい空気だけが漂っているような気がする。 なんだか自分の目の前まで黒い雲で覆われそうな気分だったが、狭い馬車の中では逃げ場もない。 いつしか馬の足音は、石造りの道を歩くそれから土を踏むそれに変わっていた。 雨は未だ止む気配を見せなかったが、伯爵の屋敷のある丘までは、目と鼻の先まで近づいていた。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ジャンが伯爵邸に着いたとき、外はまだ雨が降り止んでいなかった。 屋敷の廊下を歩いている分には雨音も幾分か和らいだように思われたが、ふと窓辺に目を向けると、そこには雨垂れが止まることを知らない滝のように流れ落ちているのが見て取れる。 これでは、むしろ朝方よりも雨が強くなっているのではないか。 そんなことを考えながら、ジャンはクロードに連れられたまま屋敷の廊下を歩いた。 いつもであれば、このまま伯爵の部屋に赴いて往診をし、その後、病状に合わせて薬を煎じる。 もう、かれこれ一週間近く、こんな生活を続けている。 ところが、その日にジャンが連れてこられたのは、果たしてテオドール伯のいる部屋ではなかった。 488 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第六話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/25(木) 08 27 19 ID Pk9vug3C 「どうぞ、こちらへ……」 人目を憚るようにして、クロードがジャンを部屋の中に招き入れる。 決して大き過ぎる部屋ではなかったが、それでもジャンは、案内された部屋が十分に広いものであると感じていた。 品の良い内装品に彩られた部屋の様子が、より一層、その場の空気を高貴なものにしていたからかもしれない。 ガチャリ、という扉の閉まる音だけがして、部屋にはジャンとクロードの二人きりとなった。 相変わらず、クロードは必要以上のことを語ろうとしない。 彼が何を考えているのかが分からないだけに、先ほどから妙な不安にまとわりつかれているような気がしてたまらない。 「あの……この部屋は……?」 たまらず、ジャンがクロードに尋ねた。 これ以上の沈黙を続けることは、心の方が先に悲鳴を上げてしまいそうで怖かった。 「ここは、私の部屋ですよ、ジャン様。 この部屋であれば、人目を憚ることなくお話ができるというものです」 「人目を憚るって……。 何か、僕だけに話さなくちゃいけないことでもあるのかい?」 「ええ。 昨日、ジャン様がお会いになったルネお嬢様ですが……彼女のことについて、少々お話があります」 やはり、そう来たか。 自分の予想が悪い方向に当たってしまったことを感じ、ジャンは思わず指に力を込めて手を握った。 執事長であるクロードが、自分の部屋に客人を直々に呼び出して話をする。 彼の立場から考えれば、これは余程のことだ。 昨日、ルネとは互いに談笑をしただけだったが、やはりどこかで無礼を働いてしまったのか。 この先、自分はどんな断罪を受けることになるのだろう。 そう思って身構えるジャンだったが、クロードの口から出たのは意外な言葉だった。 「では、ジャン様。 単刀直入に申し上げます」 「な、なんだい……?」 「ジャン様には、お嬢様の……ルネ様の話し相手になっていただきたいのです」 「えっ……!?」 あまりのことに、ジャンはしばらく時が止まったような感じがした。 自分の耳を疑ってみたくなったが、クロードは至って真剣な眼差しでこちらを見つめている。 もっとも、目の前の人形のような執事長が、冗談を言うとは間違っても思えないのだが。 489 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第六話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/25(木) 08 41 28 ID Pk9vug3C 「あの……話し相手って……」 クロードの言っていることが上手く呑み込めず、ジャンは言葉を切りながら聞き返した。 「ですから、ジャン様にはお嬢様の話し相手になっていただきたいと……そう、申し上げているのです」 「でも、話し相手って言ってもなぁ……。 見ての通り、僕はしがない旅の医者だ。 テオドール伯の診察のために、この御屋敷に通わせてもらっているだけで……貴族のお嬢様が楽しめるような話なんて、そう知っているような者じゃないよ」 「これは、ご謙遜を。 昨晩、お嬢様はジャン様のことを、いたく気に入られたご様子でした。 見ず知らずの他人に、お嬢様があそこまで心を開くようなことは、滅多にないことなのです。 故に、ジャン様にはお嬢様の、お話し相手になっていただきたいと思った次第なのですが……」 「それはまた、随分と過大評価されたものだね、僕も……。 でも、さっきも言ったけど、僕はあくまで伯爵の病気を治すために訪れた旅の医者さ。 クロードさんが、僕のことをどう思っているかは知らないけれど……あなたの言うお嬢様の話し相手には、やっぱり吊り合わないんじゃないのかい?」 自分のことを誉められて悪い気はしなかったが、それでもジャンは、あえて自分を卑下するようにして言った。 所詮、自分は気まぐれで帰省した旅の医者。 定住の地など求めてはいないし、何よりも自分を追い出したこの街に、そこまで長くいるつもりもない。 他人と深い繋がりを持つこと。 それは、旅の医師である自分には不要な関係だ。 今朝のリディを見ても分かるように、下手な優しさは相手の依存心をかき立てる。 その結果、不幸な別れしか残らないのだとしたら、最初から深い繋がりなど持たない方がよいのだ。 「なるほど。 ジャン様のお考えは、わかりました……」 クロードが、小さな溜息と共にそう言った。 いつもは感情の片鱗さえ見せないだけに、こういった仕草さえも珍しく感じられる。 「では、質問を変えましょうか」 何も言わず、あくまで自分を下に見ることで距離を保とうとするジャンに、それでもクロードは諦めずに尋ねる。 「ジャン様は、お嬢様のお姿を見て……どう思われましたか?」 「ど、どうって……」 「御覧の通り、お嬢様は普通の人間とは、その容姿を大きく異にしておられます。 故に、他の者から好奇の目で見られ、拒絶されることも多かったのです。 心無い者からは、魔女とまで呼ばれたこともありました」 490 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第六話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/25(木) 08 42 00 ID Pk9vug3C 「魔女、か……。 まったく、馬鹿馬鹿しい発想だね。 彼女だって、望んであの姿に生まれたわけじゃないだろうに……」 「ええ、その通りです。 ですが、お嬢様はその体質故に、光に臨むことは決して叶わないのです。 日中の太陽の光は肌を焼き、酷いときは全身に飛火や瘡蓋ができます。 他の者たちが容易につかむことのできる光でさえ、お嬢様には身を焦がす毒でしかないのです」 いつしかクロードの口調は、ややもすると熱を帯びたものに変わっていた。 普段、感情の欠片さえ見せない男だったというのに、そのどこにこれだけの想いを隠していたのかが不思議だった。 クロードの言わんとしていることは、ジャンにも分かる。 ルネが、他者とは異なる容姿で生まれついたが故に、好奇と偏見の目に晒され続けてきたという現実。 物心ついた時から奇異の眼差しを向けられてきたとあっては、その心を貝のように閉ざしてしまうこともまた、至極当然のことだったのだろう。 しかし、だからこそ、そんなルネが自分から心を開こうとした相手を逃したくない。 ルネのことを理解してくれる人間に、彼女の側にいてもらいたい。 その気持ちは、ジャンにもわからないでもない。 「僕は……」 慎重に言葉を選びながら、ジャンは大きく息を吸い込んでクロードに言った。 自分は医者だ。 例えどのような姿で生まれ、どのような瞳や髪の色を持とうとも、それらに偏見を抱くようなことがあってはならない。 それに、自分のせいではないというのに、他者から拒絶され、意味嫌われる辛さは痛いほど知っている。 「僕は……彼女のことを、容姿で判断したりはしないよ。 それが医者としての、人に対する接し方だし……彼女だって、自ら望んで人とは違う姿に生まれてきたわけじゃないんだろうからね」 「なるほど。 それが、あなたの答えというわけですね」 「ああ、そうだよ。 まあ……しいて言えば、僕は彼女のことを、とても美しい人だと思った。 こんなことを言えるような立場じゃないってことは、自分でもわかっているけど……彼女がとても純粋な人だってことは、僕にもわかる」 その場を取り繕うための方便ではなく、これはジャンの本心だった。 全身の色が抜けてしまったかのようなルネの身体は、たしかに知らない者が見たら驚くだろう。 だが、ジャンにはそんなルネのことが、とても純粋で美しいものに思われた。 自分と同じ異端者でありながら、穢れを知らず、一点の曇りもない眼差しを持っている。 491 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第六話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/25(木) 08 42 50 ID Pk9vug3C 下らない、身勝手な幻想だということは、ジャンも十分にわかっていた。 ただ、同じ異端者という立場が奇妙な同族意識を生み、そこに共感することで、自分自身を慰めようとしているのだということも知っていた。 自分がルネに抱いている感情は、結局のところ自分勝手な妄想に過ぎない。 そう思っていたジャンだったが、彼の言葉を聞いたクロードは、どこか安心した様子でジャンに答えた。 「美しい……ですか。 そのようなことを言われたのは、あなたが初めてですよ、ジャン様。 お嬢様を御自分の養女として迎えたテオドール伯でさえ、彼女にそこまでの言葉をかけることはありませんでしたからね」 「養女!? それじゃあ、ルネ……いや、お嬢様は……」 「ええ。 ジャン様のお考えの通り、御主人様の本当の娘ではございません。 四年前、まだ我々が隣国にいた際、御主人様がご自身の養女にされたのです」 「そうだったのか……」 テオドール伯とルネは、血の繋がりのある親子ではない。 クロードの口から語られた言葉は衝撃的だったが、彼の言葉によって、ジャンの中で疑問に思っていたことが一つ解決した。 伯爵とルネは、父親と娘というには、あまりにも年齢が離れ過ぎている。 母親に当たる人物が屋敷の中にいないこともあり、どうにも奇妙な感じを抱いていたが、養女という関係であればなっとくがゆく。 「四年前……お嬢様は、家族の者と峡谷を馬車で移動している際に、不幸にも落石による事故に遭われました。 その現場に偶然居合わせた私と御主人様が、お嬢様を助け出したのです」 「落石事故、か……。 だったら、彼女の本当のご両親は……」 「ええ。 既に、この世を去られています。 お嬢様も酷い怪我をされていましたが、奇跡的に命を取り留めました。 以後、御主人様は彼女を養女にされ、亡くなられたご両親の代わりに育てておられるのです」 話を続けているうちに、クロードの口調はいつものそれに戻りつつあった。 昔の話をすることで、少しは気も静まったのだろうか。 「御主人様は、ジャン様と同じように、人の容姿に関して偏見を抱くようなことはされません。 だからこそ、身寄りのないお嬢様を、何の躊躇いもなくお引き取りになられたのです。 例え、その髪の色や肌の色、瞳の色が、他の者たちと異なるものであったとしても……」 ジャンに背を向け、窓辺に流れ落ちる雨垂れを見据えながら、どこか遠くを見るような表情でクロードは話し続ける。 人を見た目で判断しないというテオドール伯の考えには、ジャンも共感する部分はあった。 492 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第六話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/25(木) 08 43 33 ID Pk9vug3C だが、それにしても、クロードが自分を個室に招き入れた理由はなんだろうか。 先ほどから、不思議に思っていたのはそこである。 ルネと伯爵の関係については謎が解けたが、それとは別の疑問がジャンの頭の中に浮かんできた。 ルネについての話をするのであれば、別に移動中の馬車の中でもよかったではないか。 確かに聞き手を選ぶような話かもしれないが、別に人目を憚る必要があるとは思えない。 「あの……クロードさん。 話はわかりましたけど……それなら、どうして僕を、わざわざこんな個室に呼んだんですか? 話をするだけなら、別に馬車の中でもよかった気がしますけど」 「そうですね。 確かに、御主人様とお嬢様の関係をお話するだけであれば、それで済んだでしょう」 クロードが、どこか意味ありげな口調でジャンに告げた。 まだ、こちらには伝えたいことがある。 そう言わんばかりの表情で、無言の圧力をかけてくる。 「ですが、お嬢様のお話し相手になっていただくのであれば、ジャン様にも知っておいていただきたいことがあるのです。 そして、それは……なぜ、私がジャン様に、このようなお願いをしたのかという理由でもあります」 「知っておいて欲しいこと? なんだい、それは……?」 「口でお伝えするよりも、お見せした方が早いでしょう。 医師であらせられるジャン様であれば、私も抵抗なく秘密をお話できます故に……」 そう言うと、クロードはジャンの方に向き直り、徐に自分の服についたボタンに手をかけた。 何事かと思うジャンではあったが、クロードはそんな彼に構うことなく、己の着ている服のボタンを外してゆく。 脱ぎ去った黒い燕尾服を椅子にかけると、今度はその下に着ていた服のボタンにも手をかけた。
https://w.atwiki.jp/tanosiiorika/pages/1630.html
ガイメラ・アングイズ R 闇 5 サイクック・クリーチャー:デーモン・コマンド/アンノイズ 3000 ■このクリーチャーがバトルゾーンに出た時,相手の手札が10枚以上であれば,それらを全て持ち主の墓地へ置く。 立て続けの超次元獣降臨を受け,銀河工房の主は「第6格納庫」の封印を解いた・・・。「第6格納庫」それは彼らが気まぐれに生み出した『廃棄物』の坩堝。 覚醒リンク後⇒《渾沌レムレス・ナイトメア工事中だよ(´・ω・`)》 作者:かみど パーツのガイメラ・レオーと似た能力を持つ,大量ドローメタとして。 テキスト長いから削り削り(3/24) リンク先 ガイメラ・レオー ガイメラ・カペル 関連:真異編(レコード・ブレイカー) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1989.html
133 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第九話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/11(土) 01 23 44 ID C6YpgTjh その日の街には、いつになく冷たい空気が降りていた。 曇天の空と、丘からの冷たい吹き下ろしは言うまでもなく、今日はおまけに霙まで降っている。 雨だけでも相当に煩わしいものだったが、霙ともなれば、街が更に冷え込むというのは言うまでもない。 宿場から外に出ると、雨とも雪ともつかないべたついた塊が、ジャンの頬と頭に降りかかった。 それらを難なく片手で払い、ジャンは迎えの馬車へと乗り込んだ。 「今日は寒いね。 あんまり遅くなると、風邪をひくかもしれないから気をつけてね」 「ああ、大丈夫だよ。 君こそ、あまり無茶して体を壊すようなことないようにね」 見送りに出てきたリディと簡単に言葉を交わし、ジャンはクロードに馬車の扉を閉めるように言った。 馬車が出る準備が整うと、リディは少しだけ寂しそうな顔をしてジャンを見る。 正直なところ、この見送りに対して、ジャンは複雑な気持ちだった。 リディが自分に対して向けて来る視線。 その向こう側にどうしても、あの雨の日の瞳を思い浮かべてしまうのだ。 母を亡くし、一人で頑張って生きてきたことに対する寂しさを、ジャンに埋めて欲しいと願うような瞳を。 彼女の甘えを許してはならない。 この土地に腰を下ろすつもりのない自分にとって、他者との過度な関わりは余計なしこりを残す。 リディに対しても、そしてルネに対しても、自分はあくまで一人の旅の医者であり続けなければならない。 蹄の音と共に宿場が遠ざかり、ジャンとクロードを乗せた馬車が丘の屋敷へと向かう。 霙を乗せた風は馬車の中にまで入ってこなかったが、それでもジャンは、空気そのものが妙に湿っているような気がしてならなかった。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 134 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第九話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/11(土) 01 24 43 ID C6YpgTjh 空から落ちる霙の粒が、宿場の窓ガラスに降り注ぐ。 ガラスに張り付いたその塊は、室内の熱気に当てられ瞬く間に水滴と化す。 部屋の掃除と片付けを済ませながら、リディはふと、厨房に置かれていたカップに目をやった。 ジャンが出掛けに飲んで行ったコーヒーが、底に少しだけ残っている。 どさくさに紛れて洗ってしまわなかったのが幸いとばかり、リディはそれを恐る恐る手に取った。 カップを口につけ、リディは感情の求めるままに、中に残っていたものを注ぎ込む。 酒場の店主や妻もその場にいなかったため、思いの他、行動が大胆になっている。 ゆっくりと香りを味わうようにして、リディは飲み残しのコーヒーを口に含んだ。 ほろ苦い、それでいて酸味のある味が、口の中に広がってゆく。 いつも入れているコーヒーと同じ味なのに、不思議と甘い感じがした。 「んっ……ふぅ……」 口の中にあったものを全て飲み干して、リディはほっと溜息をつく。 あの日、ジャンの毛布で自分を慰めてから、リディの気持ちはむしろ強くなっていった。 それこそ、部屋の掃除の際に持ち出したジャンの枕やシーツなどを使い、夜な夜な自分を慰めた。 今日のように、ジャンの飲み残した僅かなコーヒーでさえも、捨てるのが惜しくて自分で飲んだ。 こんなことをしても、何も変わらないということはわかっている。 だが、そうでもしなければ、自分の気持ちを抑えられそうにもない。 母の話をしたあの日から、リディはジャンに避けられていると感じていた。 寝床と食事に感謝の言葉こそ述べてくれるものの、それ以上は何も言ってはくれなくなった。 昔話に花を咲かせることもないし、食事時以外は自室に籠って何やら本を読んでいる。 当然のことながら、リディのことを女として意識するようなことはない。 一刻も早く、こんな関係は修復したかった。 決して多くは望まない。 四六時中、自分と一緒にいなくとも、昔のジャンに戻ってくれればそれでいい。 そんなささやかな願いさえ、叶わないのが辛かった。 (ジャン……。 あなたはこのまま、何もなかったみたいにして、私の前からいなくなるの? あの日と同じように、私に何も言わないで……) 遠い日の、リディにとっては忌むべき記憶が蘇る。 ジャンが父親と共に街を去った、あの暗く静かな夜のことだ。 もう、いっそのこと、ジャンに想いを告げてしまおうか。 もしくは、いつまでもこちらに遠慮がちなジャンに対して、何か行動を起こすべきか。 きっかけは、ほんの些細なことでいい。 何か、彼に自分の想いを伝えるための機会さえあれば、それで構わない。 誰もいない昼下がりの厨房で、リディは夕食の用意を始めることさえも忘れ、そんな想いにふけっていた。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 135 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第九話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/11(土) 01 25 21 ID C6YpgTjh 気がつくと、既に時刻は夕暮れ時となっていた。 外の霙は未だ止む気配を見せなかったが、窓の向こうに見える景色が、徐々に闇に包まれていることからも想像はつく。 「やれやれ……。 まさか、こんな時に霙まで降るとは思わなかったな。 これじゃあ伯爵の病気が、ますます悪い方に向かってしまうよ……」 帰り際、ルネといつもの談笑を終えたところで、ジャンは廊下を歩きながら、独りそんなことを口にした。 リウマチにとって、冷えは大敵である。 伯爵の身体のことも考えると、この霙で病気が悪化しないかと考えるのは自然のことだ。 この寒さで、今までの治療が無駄になってしまうのではないか。 そんな一抹の不安が、ジャンの頭に浮かんだ。 (このまま伯爵の病気が快方に向かわなかったら、今年はこの街で年を越すのか……。 正直言って、早く街を離れたいんだけどな……) 自分にとっては嫌な思い出の多い街で、新しい年を迎えること。 それだけは、どうしても避けたいことだった。 街の住民とはほとんど顔を合わせていないため、ジャンのことに気づいている者は少ないだろう。 しかし、自分の父親の所業を覚えている者がいないとも限らず、彼らの視線は常に気になることである。 なによりも、そんな風に自分を色眼鏡で見る人間がいる場所で、心から新年の到来を祝えるとは思えない。 やはり、この辺りが潮時なのかもしれない。 リディやルネと必要以上に関わりを持つ前に、さっさと街を出た方がよいのかもしれない。 テオドール伯には悪いが、薬の処方箋をクロードに渡しておけば大丈夫だろう。 この数週間の間に、伯爵の身体の調子もだいぶつかめてきた。 どのような気候で、どのような症状が出た時に、どのような薬を煎じればよいか。 それさえ書き残しておけば、後は屋敷の者でも薬を用意できる。 こと、あのクロードであれば、自分以上に器用にこなしてしまうかもしれない。 (この街とも、そろそろお別れした方がいいかもしれないな。 本当は、父さんの骨を埋めに来ただけだったのに……なんだか、随分と妙なことになったよ……) 街に来てからのことを思い出し、ジャンは心の中でそう呟く。 今では当たり前のように宿場から往診に通っていたが、これはあくまで借り暮らしなのだから。 136 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第九話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/11(土) 01 25 51 ID C6YpgTjh 宵闇の刻が迫る中、ジャンは屋敷の出口に向かって足を急がせた。 門の前ではクロードが、馬車を用意してジャンを待っているはずだ。 そういえば、今の時刻はどれほどなのだろう。 ふと、時間のことが気になって、ジャンは腰につけていた懐中時計に手をやった。 「あれっ……!?」 おかしい。 いつもあるべき場所に、愛用の時計の姿がない。 「しまったな……。 ルネと話をしていたとき、部屋に置いてきたのかもしれない」 先ほど、ルネと話していた時のことを思い出し、ジャンは思わず自分の頭をかいて言った。 そう言えば、今日のルネは、なぜかジャンについてのことばかり聞いてきた。 生まれた場所がどこなのかとか、いつから旅をするようになったのかなど、とにかくジャンについての話を聞きたがった。 無論、その場では余計なことは言わず、ジャンは必要最低限の情報を与えるだけに留めておいた。 が、ルネの追及は治まることはなく、最後はジャンの持っていた懐中時計に興味を示した。 二束三文で手に入れた安物の時計だったが、ルネは実に物珍しそうに、ジャンの時計に見入っていた。 間違いない。 時計を置き忘れたのはルネの部屋だ。 一度、別れの挨拶をした後に部屋へと戻るのは気が引けたが、時計を置いたままにするわけにもいかなかった。 「ルネ、いるのかい?」 扉を叩き、中にルネがいるかどうかを確認する。 だが、先ほどジャンが部屋を出たばかりだというのに、部屋の中から返事はなかった。 「僕だ、ジャンだよ。 悪いけど、ちょっと時計を忘れたみたいでね。 取りに戻ったんだけど……開けてもらえないかな?」 やはり、返事がない。 我慢できずに扉に手をかけると、意外なことに鍵は開いたままだった。 「ルネ、入るよ。 いいかい?」 相変わらず何も返ってはこなかったが、ジャンはそっと扉を開けて、その先へと足を踏み入れた。 部屋の中は思いの外暗く、先ほどまで話をしていた場所とは思えないほどだ。 ランプの火も灯していないようで、ジャンは一瞬、部屋を間違えたのかと思ってしまった。 137 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第九話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/11(土) 01 26 44 ID C6YpgTjh 「ジャン……どうされましたの……?」 部屋の中にはルネがいた。 こちらに背をむけたまま窓辺に佇み、振り返ることなく呟いた。 気のせいか、その声にはどこか生気がない。 「いや……ちょっと、時計を忘れてね。 ドアの前で呼んだんだけど、返事がなかったものだから……悪いとは思ったけど、勝手に入らせてもらったよ」 「そう……。 でも……別に、気にしませんわ……」 そう言いながら、ルネはゆっくりとジャンのいる方へ振り返る。 白金色の髪が揺れ、仄暗い部屋の中で別の生き物のようになびいた。 薄暗がりの中、赤い二つの瞳がジャンに向けられる。 その瞬間、ジャンは自分の背中に悪寒が走ったような感覚にとらわれ、思わず後ろに後ずさった。 「ル、ルネ……?」 目の前にいたのは、確かにルネだった。 だが、それはいつもの彼女ではない。 宝石のように赤く清んでいた二つの瞳は、まるで錆びついた鉄のようにどんよりと濁っていた。 白く、美しい肌は妖艶さを増し、同時に、まるで幽霊の如き冷たい気を放っている。 項垂れるようにして下を向いた頭からは、特徴的な白金色の髪の毛が、柳の枝のように垂れ下がり揺れていた。 「ジャン……私、喉が渇いたんです……」 ずるずると、何かを引きずるような動きで、ルネはジャンとの距離を少しずつ詰めてきた。 相変わらず、その目は何かを渇望するようにして暗く淀んでいる。 その周りにあるはずの白目は見えず、代わりにあるのは深淵の如き深い闇。 宵の空をさらに黒く塗りつぶしたような中で、赤銅色の虹彩だけが輝いている。 部屋の暗さと光の加減でそう見えただけかもしれなかったが、それでもジャンには、今のルネの瞳が闇の淵から獲物を狙う魔獣のものと同じに思えた。 今、目の前にいるのは、自分の知っているルネではない。 ただ事ではないと感じたジャンだったが、まるで蛇に睨まれた蛙のように動くことができない。 進むことも、戻ることさえもできず、ただ目の前の異変に目を奪われてしまう。 ルネの指が、動けないジャンの顔にそっと触れた。 これが同じ人間のものかと思われるくらい、その指先は冷たかった。 138 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第九話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/11(土) 01 27 27 ID C6YpgTjh 「私の渇きを……あなたが癒してくれませんか……? 私は、あなたに癒して欲しいのです……」 「い、癒して欲しいって……。 ルネ……君はいったい、何を言って……」 「あなたが欲しいのです……ジャン……。 あなたの身体に流れるものを……私の身体に注いでください……」 ルネの指が、ジャンの頬を撫でながら首筋へと移る。 あどけなさの残る少女の顔は消え失せて、その口から漏れる吐息がジャンの顔にかかる。 美しいと感じるよりも、恐怖の方が大きかった。 「血をください……ジャン……。 私に……あなたの血を……」 光を失った瞳のまま、ルネの顔に怪しげな笑みが浮かんだ。 微笑とも、冷笑ともつかぬ、底しれぬ暗さを湛えた病的な微笑み。 それを目の当たりにした瞬間、ジャンの心の中で精神の堤が決壊した。 「う、うわぁぁぁぁっ!!」 悲鳴と共に、ジャンはルネを振り払って部屋を飛び出した。 懐中時計のことなど、もうどうでもよい。 今はただ、この恐怖から逃げたいという一心で一杯だった。 廊下を抜け、階段を下り、目の前の扉を開け放って外に出る。 そこは正門とは反対の裏口であったが、そんなことに構っている暇はない。 クロードが用意しているであろう馬車に乗る余裕など、今のジャンは持ち合わせてはいなかった。 ただ、この屋敷から一刻も早く離れたいという感情に突き動かされ、街に向かう丘を駆け下りた。 道のない丘の草原を下り、雑草と枯れ草がジャンの身体を打った。 降り続く霙は髪と顔にはりついて、瞬く間に彼の体温を奪ってゆく。 が、どれほど草木に阻まれようとも、どれほど冷たい霙が降ろうとも、ジャンは走ることを止めなかった。 草原を抜け、街道へと入り、転がるようにして街の入り口である門をくぐる。 街から伯爵の屋敷までは、人の足では普通に歩いて二刻ほどもかかるものだったが、気がつけばジャンは街に戻っていた。 あれだけの距離を走り続けたという自分の体力にも驚いたが、それ以上に、恐怖から解放されたという安堵の方が大きかった。 「はぁ……はぁ……」 行き交う人々の好奇の眼差しにさらされながらも、ジャンは呼吸を整えながら宿場への道を歩き始めた。 レンガの敷き詰められた道を歩くと、足の裏や指先を鋭い痛みが襲ってくる。 かなりの距離を走ったためか、足の裏が切れて、肉刺が潰れている可能性が高かった。 全身を襲う寒さと足の痛みに耐えながら、ジャンはとぼとぼと街の中を歩き続けた。 霙に当たって外套はすっかり濡れてしまっていたが、そんなことは、今のジャンにとってはどうでもよかった。 139 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第九話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/11(土) 01 28 00 ID C6YpgTjh 「ただいま……」 一階の酒場の迷惑にならないよう、ジャンは宿場の裏口を開けて中に入る。 リディに三階の部屋を貸してもらえるようになってからは、これがジャンの日課にもなっていた。 「お帰り……って、どうしたの、ジャン!? あなた、びしょ濡れじゃない!!」 頭の先から足の先まで、霙に濡れて帰宅したジャン。 その姿を見て、さしものリディも思わず声に出して叫んでしまった。 「平気だよ、リディ……。 それよりも……僕の部屋、片付けは終わっているかな?」 「うん。 それは大丈夫だけど……。 でも、あなたこそ、一度体を温めた方がいいんじゃない? そのまま寝たら、絶対に風邪ひくわよ」 この地方に降る冬の雨は、独特の冷たさを持っている。 最も寒い季節のものになると、肌に触れただけで氷の刃で切りつけられたのではないかと思うほどだ。 ましてや、それが霙ともなれば、身体の芯から凍りつくような寒さに襲われることだろう。 「離れ屋にあるお風呂、用意しておくから。 今日はそこで、ちゃんと温まってね」 「ああ……。 それじゃあ、そうさせてもらうよ……」 気の無い返事のまま、ジャンは力なく三階へ続く階段を上がって行く。 その後姿を、リディは不安そうにして見つめている。 (ジャン、どうしたんだろう……。 丘の上の御屋敷で、何かあったのかな……?) 今日のジャンは、いつものジャンとは違う。 こちらと一定の距離を保とうとしているのは変わりないが、それ以上に、何かに怯えて疲れているようにも見て取れた。 (ジャン……。 何があったかは知らないけど、あなたのことは、私が癒してあげるからね……。 だからあなたも、私を見て……) 押さえこんでいた気持ちが、再び湧き上ってくるのが自分でもわかった。 理由はわからないが、今日のジャンはいつにも増して疲弊している。 ならば、そんな彼の心を癒すことができれば、自分もジャンの居場所になれる。 それに、これは大人になった自分を見てもらう、またとないチャンスにもなりそうだった。 ジャンを癒してあげたいという想い。 自分を見て欲しいという想い。 その二つを同時に満たすことができるのであれば、この機会を逃すわけにはいかない。 善は急げ。 そんな言葉を思い出しながら、リディは一足先に、離れ屋にある浴室の準備をしに部屋を出た。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 140 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第九話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/11(土) 01 29 02 ID C6YpgTjh 外の空気は冷たかったが、その建物の中だけは、むしろ暑過ぎるくらいに温まっていた。 まあ、無理もない。 もうもうと立ち込める蒸気が石造りの建物を満たし、その中を常に温め続けているのだから。 ジャンの国では、風呂と言っても蒸し風呂のようなものを用いるのが一般的である。 着衣のまま蒸し風呂に入り、その後、別室で垢を落とすのである。 夏は河で沐浴することもあるが、水が貴重な山間部では、冬場には蒸し風呂を用いることが普通だった。 もっとも、それ以前に、今のこの国では風呂に入るという人間が少ない。 田舎の村や街では入浴の習慣がある場所もあるが、都会に近づくにつれて、その傾向は強くなる。 なんでも。体の洗い過ぎは返って毒になるとのことで、パリの貴婦人達は一年に数回しか風呂に入らない者もいるらしい。 まったくもって、馬鹿馬鹿しい話だとジャンは思う。 風呂に入らないということは、それだけ不衛生な状態に身を置くということに他ならない。 その結果、返って疫病などが蔓延し、人々の死を早めているようにしか思えない。 夏場、寄生虫だらけの河に飛び込んでまで沐浴したいとは思わないが、一年に数回しか風呂に入らないというのもまた、ジャンにとっては理解し難いことである。 恐らく、風呂の入り過ぎが毒になるというのは、一種の流行りのようなものなのだろう。 医学的根拠など何もないというのに、流行というだけで誰もが真似をする。 体臭は香水で隠し、汚物は平気で路上に捨てる。 ジャンも、都会を旅した時に何度か目にした光景だが、あれを真似しようとは絶対に思わない。 (それにしても……あれは、本当にルネだったのか?) 部屋の中を漂う蒸気に身を任せながら、ジャンは今日の屋敷でのことを考えた。 あの時、自分の前にいた少女は、間違いなくルネだ。 では、彼女はいったい、なぜあそこまで豹変してしまったのだろうか。 暗闇の中で光っていた二つの目は、ジャンの知るルネのものではなかった。 自分では決して触れられないと知りつつも、外の世界の自然をこよなく愛していた少女の瞳ではない。 貪欲に、血に飢えた獣の如く、獲物を求めて闇夜を彷徨う者の目だ。 「血か……。 そういえば……ルネは、僕の血が欲しいって言っていたな」 あのルネが、獣のようにジャンの血を求める。 考えたくないことではあったが、あれが彼女の本性なのだろうか。 外界との関わりを避けるようにして生きてきた少女は、話し相手として選んだジャンにさえも、偽りの姿を見せていたということだろうか。 正直、これから先、ルネと普通に会話できる自身がなかった。 そればかりか、今日の一件で、自分は伯爵邸での仕事さえも失うかもしれない。 この街から離れられるのは願ってもないことだが、主治医として、患者の容体を快方に向かわせられないまま治療を終えるというのも納得がいかない。 そうは言っても、結局のところ、自分がしてしまった行いを取り消すことはできないのだが。 まったくも考えがまとまらないまま、ジャンは大きく項垂れて溜息をついた。 すると、その吐息に合わせるようにして、浴室の扉がすっと開かれる。 何事かと思い目をやると、そこには寝衣のような服をまとったリディの姿があった。 141 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第九話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/11(土) 01 29 57 ID C6YpgTjh 「リ、リディ!? 君、宿の仕事はどうしたんだい!?」 「今は何もないわよ。 お食事は出し終わったから、今頃は皆、勝手に食堂で食べている頃ね。 食器はテーブルに置いておけば、後で私が片付けるって言ってあるし」 「そういうことじゃないよ!! そもそも、どうして君が、僕のいる風呂に入って来るんだ!?」 「あら、別にいいじゃない。 どうせ今は、お客さん達はお食事中で、ここを使う人は誰もいないしね」 「いや……でも……。 男と女が一緒の風呂に入るなんて……」 突然のリディの来訪に、ジャンはなんとかして彼女を追い返そうと試みた。 いくら幼菜馴染とはいえ、もう二人とも大人である。 例え着衣のままであっても、一緒の風呂に入るなど許されるはずもない。 だが、そんなジャンの考えなどお構いなしに、リディはジャンの隣に腰を下ろしてきた。 肌が密着するくらいまで近づかれると、それだけで相手のことを意識してしまう。 「ねえ、ジャン。 よかったら……私がジャンの背中、こすってあげようか?」 「なっ……。 馬鹿なこと言うなよ!! 僕だって、もう子どもじゃないんだし……そのくらいは、自分で出来るさ!!」 「そう……。 ジャン、私にそういうことされるの、嫌いなの?」 リディがジャンに寄り添うようにして、その身体を更に近づけてきた。 自分の腕に柔らかいものが当たっていることを感じ、ジャンは思わず顔を赤くして距離を取る。 いつもは仕事着とエプロンに隠されて気づかなかったが、リディの胸は明らかに、ジャンの知る一般女性のそれを越える大きさだった。 診察の際、時に女性の患者の胸を診ることがあるジャンでさえ、その胸元に目が行かないと言えば嘘になる。 患者を診る時とは違い、明らかに別のものを意識してしまう自分がいるのが情けない。 「いや……別に、そういうわけじゃないけどさ。 でも、いくら居候みたいな暮らしだからって、君にそこまで甘えられないよ。 それに、今はちょっと、そんな気分じゃないってのもある……」 壊れそうになる理性を懸命に保ちながら、ジャンはリディに告げて立ち上がった。 そして、そのまま小走りに扉に向かい、身体を洗う部屋へと逃げ込んだ。 「はぁ……。 まったく……リディのやつ、いったい何のつもりなんだよ……」 蒸し風呂から洗い場へ出ると、そこは幾分か涼しい空気に満たされていた。 後ろからリディが追って来ないことを確かめつつ、ジャンは手早く衣服を脱いで、持ち込んだタオルで体を擦る。 無心に体を洗うことで、ジャンは今しがた湧いてきた煩悩を、なんとか心の隅に押しとどめようともがいていた。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 142 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第九話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/11(土) 01 31 01 ID C6YpgTjh 霙の舞い散る丘の上、テオドール伯の屋敷の一室で、ルネは部屋に残された懐中時計を手にしていた。 赤い瞳の見つめる先で、時計は無情に時を刻み続けている。 今日、ジャンに自分が見せてしまった醜い姿。 飢えた獣のように、人の生き血を求めて迫る己の本性。 あの時、ジャンは自分のことを、心底怯えた目で見つめていた。 衝動に駆られ、自分で自分を抑えきれなかったとはいえ、なんという失態をしでかしてしまったのか。 もう、ジャンが自分の下へ戻って来ることはないだろう。 あんな姿を見れば、怯えない方が無理というものだ。 養父の往診には出向いてくれるかもしれないが、これから先、自分の話し相手になってくれるとは到底思えない。 「ここにおられましたか、お嬢様……」 いつの間にか、ルネの傍らにはクロードの姿があった。 その表情は、心なしか己を責めるようなそれに変わっている。 ジャンが屋敷を逃げ出した後、ルネの異変に気づいて彼女の下へと駆けつけた時、全ては既に遅かった。 感情のまま、欲望に身を焦がして血を求めるルネ。 ジャンの名を叫びながら暴れる彼女を取り押さえ、自分の腕の血を吸わせることで、ようやく落ち着かせることができた。 「ここは冷えますよ。 今宵は一段と寒くなりそうな気配です。 早く、部屋にお戻りください」 「ええ、わかっています。 ですが……私はもう、ジャンとお話することができないと思うと……」 ジャンが部屋に忘れていった、古ぼけた懐中時計。 それを固く握り締め、ルネは言葉を震わせながらクロードに答えた。 「お嬢様が気を病まれる必要はございません。 ここ最近の、お嬢様のご様子を知りながら……ジャン様を信じて注意を怠ったのは私です。 責めるのであれば、どうぞ、この私に罰をお与えください」 「その必要は、ありません。 あなたを罰したところで……ジャンが戻って来るわけでもないのですから……」 「しかし、それではお嬢様のお気持ちが納まらないでしょう。 お嬢様のためでしたら、私はどのような罪でも……どのような咎でも背負う覚悟でございます」 143 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第九話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/11(土) 01 31 44 ID C6YpgTjh 「ありがどう、クロード。 ですが……今のあなたは、よくないことを考えていますね? 私のために、ジャンを傷つけてでもこの屋敷に引き止めようと……そう、考えていたのではないですか?」 いつもの屈託のない笑顔からは想像もできない、氷のような微笑だった。 まだ幼さの残る顔であるにも関わらず、クロードはそんなルネに何も言えずに引き下がる。 赤い、血のような色をした瞳に見据えられ、心の奥底まで覗かれているような気にさせられた。 「私のために、ジャンが傷つく……。 そのようなこと、あってはなりません。 あの人が私を恐れても……それは、仕方のないことですから……」 最後の方は、憂いを込めた言い方になった。 そう、これは仕方のないこと。 自分は所詮、外の人間とは関わることさえ許されない存在。 だからこそ、ジャンのことも諦めなければならない。 そうすることが、きっと、互いのためにもなるはずなのだ。 「わかりました、お嬢様。 ならば明日、改めてジャン様に、今宵のことを……お嬢様の秘密をお話しましょう。 それで、ジャン様が理解を示されたならば、今まで通りの関係を続けることもできるはずです」 「そうですね……。 でも、それは……」 「希望は最後までお持ち下さい。 まだ、答えは出たわけではないのですから……」 慰めにしかならないということは、クロードにもわかっている。 だが、そうでも言わなければ、ルネがこのまま壊れてしまうのではないかと思い、心配だった。 明日、ジャンを迎えに行った際に、改めてルネについての秘密を話そう。 彼女の出生や伯爵との関係だけでなく、その身体に秘められし、呪われた運命の話を。 全ては、己が忠誠を誓った者のため。 その笑顔を守るためであれば、自分は悪魔にでもなれる。 傍らで不安そうに佇むルネを気遣いながらも、クロードは自分の中で、ある決意を固めていた。
https://w.atwiki.jp/gamemusicbest100/pages/9978.html
beatmania 4thMIX -the beat goes on- 機種:AC, PS 作曲者:多数 開発元:コナミ 発売元:コナミ 発売年:1999年 概要 ビーマニ4作目。 ポップス寄りの楽曲はⅡDXシリーズに収録されるようになったため、本作以降の5鍵作品にはアングラ寄りの楽曲中心に収録されている 収録曲 曲名 作・編曲者 補足 順位 BRAND NEW WORLD GTS featuring MELODIE SEXTON BUILD-UP FORWARD CHAIN RAM deep in you dj nagureo DESTRUCTION MPM DRUNK MONKY DJ ODDBALL ENDING Takehiko Fujii GENOM SCREAMS L.E.D.LIGHT Hunting for You Togo Project featuring Megu Scotty D. I LIVE JUST 4U MPM JAZZ A PUMP UP TAKUMI KAKATTEKONKAI BEBE KEEP ON MOVIN' N.M.R. LOGICAL DASH DJ TAKA PARANOIA MAX ~DIRTY MIX~ 190 peace-out dj nagureo POPCORN DJ WATARAI RUGGED ASH SYMPHONIC DEFOGGERS SODA SLAKE SPACED OUT ENOLA QUINTET TAKE A RIDE LARRY DUNN TAKE CONTROL LARRY DUNN WEIGHTED ACTION DEEP EMOTION YOU MAKE ME MONDAY MICHIRU 家庭版追加収録 20,november dj nagureo 20,november dj nagureo Acid Bomb DJ FX Attack the music DJ FX Believe again(english version) e.o.s remixed by dj nagureo featuring miryam Luv to me(english version) third-mix Quick master(Reform Version) Yohei Shimizu サウンドトラック beatmania 4th MIX Original Sound Tracks
https://w.atwiki.jp/manarai0079/pages/684.html
マフティー・ナビーユ・エリン抗争期 U.C.0103~U.C.0105 U.C.0103 反連邦政府組織「マフティー」、軌道上の監視用人工衛星を破壊。 U.C.0104 02月28日 地球連邦政府、地上の連邦軍増強を開始する。地球上のマンハンター組織や不法居住者摘発を強化する。 U.C.0105 04月09日 ペーネロペーがオーストラリアに移送される。 04月19日 マフティー・ナビーユ・エリンを標榜する活動家がシャトルハウンゼン乗っ取りを実行するが失敗する。 04月20日 マフティー、オーストラリアのタサダイ・ホテルを襲撃する。 クスィーガンダム、隕石に偽装して地球へ降下する。 04月21日 クスィーガンダムとペーネロペーがインドネシアのハルマヘラ島沖で交戦。ペーネロペーが小破する。 04月26日 マフティー、テレビ放送をジャックし、アデレートでの連邦中央閣僚会議粉砕を告知する。 マフティー、「連邦政府調査権の修正法案」破棄を要求し会議場を襲撃する。 アデレードにてクスィーガンダムとペーネロペーの戦闘中、キルケー部隊が設置したビーム・バリアーによってクスィーガンダムが行動不能に陥る。 搭乗パイロットであるマフティー、連邦軍に逮捕される。 「連邦政府調査権の修正法案」が可決される。 04月27日 ブライト・ノア大佐が率いる地球連邦軍第13独立部隊がアデレートに到着する。 05月01日 反地球連邦軍組織のリーダー、マフティー・ナビーユ・エリン処刑。 06月?日 連邦軍、反地球連邦組織に対する弾圧強化。思想統制も行われる。マフティー運動などアングラ化。反地球連邦運動、表面的には鎮静化 。 11月?日 アナハイム・エレクトロニクスが連邦軍の依頼を受け、小型MSの開発に着手。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1983.html
60 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第八話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/06(月) 07 58 43 ID uJ5+ffLu 朝方から降り続いていた冷たい雨は、今はすっかり止んでいた。 空を覆っていた灰色の雲は姿を消し、その名残である残骸のようなちぎれ雲の間から、黄色い月が顔を覗かせている。 乙夜の刻、宵闇の蚊帳が降りた街の宿場で、リディは独り窓に映る自分の影を眺めていた。 消灯の時間は既に過ぎており、今は階下の宿泊客も眠りについている。 そして、それは隣室にいるジャンも同様だ。 窓に向かってほっと溜息をつくと、息のかかった窓ガラスが一瞬だけ白く曇った。 腕の中に一枚の毛布を抱きしめて、リディは夕食時のジャンの様子を思い出した。 今朝、自分はジャンの前で、迂闊にも亡くなった母親の話などをしてしまった。 ジャンの中に自分の居場所を求めるあまり、返って彼に気を使わせることになってしまった。 そして、その結果、ジャンは心なしか自分を避けているような気がしてならない。 今日、夕食を食べていた時も、ジャンは必要以上に自分と関わろうとはしなかった。 他愛もない会話の一つや二つは交わしたものの、話を始めるのは常にリディの方である。 ジャンは決して自分から語らず、リディの話を聞くだけに徹していた。 いつにも増して力を入れて夕食を作ったのに、向こうから感想を述べるようなこともしてくれなかった。 やはり、今朝のことで、自分はジャンに嫌われてしまったのだろうか。 だとすれば、どうしたらジャンは、自分のことを許してくれるのだろうか。 (折角、ジャンが帰って来てくれたのに……。 これじゃあ、今まで頑張ってきたことも、全部無駄になっちゃうよ……) そもそも、ジャンが自分のことを嫌っているかどうかなど、実際には断言できないことである。 生真面目な彼のこと、単にこちらに気を使い、不要なことを言わないようにしているだけかもしれない。 だが、このまま何の進展もないままに時だけが過ぎて行くことは、リディにとって耐えがたい苦痛だった。 相手がすぐ側にいるのに、決して手を触れることのできない現実。 それがリディの不安を必要以上に膨らませ、想像を悪い方へと働かせてしまう。 「ジャン……。 どうすれば、あなたは私を見てくれるようになるの……?」 誰に言うともなく、ぽつりと呟くようにして零すリディ。 ジャンがこの街に来て、リディの宿場で居候のような生活を続けて既に一週間と少しの時間が過ぎ去った。 その間、当然のことながら、ジャンがリディのことを女として意識したようなことはない。 61 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第八話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/06(月) 08 00 07 ID uJ5+ffLu 十年前、まだお互いに幼い子どもだった時と比べ、ジャンは立派な大人になって帰って来た。 だが、大人になったのは、なにもジャンだけではない。 リディもまた、この十年で大きく成長したことは、最早言うまでもないのだから。 大人になったジャンは、リディが思い描いていた以上に素敵な男性だった。 少なくとも、リディ自身にはそう思えた。 ならば、そんなジャンに、自分のことも見てもらいたいというのは我侭だろうか。 大人になった自分を、大人の女として見て欲しいというのは、独りよがりな願望なのだろうか。 「ジャン……。 あなたはやっぱり、この街が嫌いなのかな。 この街も、この土地も……それに、私も……」 答える者などいないはずなのに、口が勝手に言葉を発していた。 何かを言い続けていないと、それだけで不安に押し潰されそうになって怖かった。 すぐ隣には想い人が寝ているというのに、自分は指一本さえ触れることができない。 まったくもって、運命の女神とは意地が悪いとリディは思う。 どれほどジャンと同じ場所にいられたとて、このままでは単なる生殺しだ。 腕の中にある毛布を抱きしめ、慈しむ様にして顔を埋めた。 そっと息を吸い込むと、毛布からはほのかに男の香りがした。 昼間、ジャンのベッドのシーツと毛布を取り替えるという名目で、リディは部屋にあった毛布を持ち出した。 代わりの毛布は置いてきたので、ジャンが寒さに震えるようなことはない。 が、夕刻まで続いた雨のせいで、シーツと毛布を干すのは翌日に回す他なかった。 リディの手元にあるのは、そんなジャンの使っていた毛布である。 本当は、いけないことだとわかっていた。 自分の立場を利用して、ジャンの使っていたものを手に入れる。 もし、これがジャンに知られれば、自分はますます嫌われてしまうかもしれない。 しかし、そんな理性とは反対に、リディは自分の感情と行動を抑えることができなかった。 今まで我慢をしてきた分、とうとう想いが外に溢れ出てきてしまったと言った方が正しいか。 「ん……ふわぁ……。 ジャンの匂いだ……。 暖かくて優しい……それに、懐かしい匂い……」 毛布に染みついた香りを吸い込むたびに、リディは自分の脳がとろけそうになるのを感じていた。 旅を続けていたために変わってしまった部分もあったが、本質的には何も変わらない。 昔、この街で一緒に過ごしていた時と同じ、優しいジャンの空気がそこにあった。 まるで、ジャンの代わりとでも言わんばかりに、リディは毛布を固く、きつく抱きしめる。 ほんの少しでもジャンを感じられるものが側にないと、心が不安に負けてしまいそうになる。 62 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第八話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/06(月) 08 01 07 ID uJ5+ffLu 柔らかく温かい毛布を抱きしめている内に、いつしかリディの手は寝衣の中に伸ばされていた。 自分の敏感な部分に指で触れると、そこが微かに湿っているのを感じた。 もう、これ以上は我慢できない。 寝衣として身につけていたネグリジェを脱ぎ捨て、リディは一糸纏わぬ姿となる。 その胸元に、ジャンの香りの残る毛布を埋め、露わになった胸に自分の手を這わせた。 「あっ……んぅっ……」 押し殺そうとしても、自然と声が出てしまう。 一度身体が求めてしまうと、もう自分ではどうすることもできなかった。 母を亡くし、この宿場を一人で切り盛りせねばならなくなった時から、リディは寂しさに負けそうになると、ジャンのことを思い出して自分を慰めていた。 しかし、今日のそれは、今までのものとは違う。 毛布から伝わるジャンの温もりを感じながら手を動かすことで、今までになく気持ちが高ぶっている自分がいる。 毛布の端を胸に被せ、その上から手を添えるような形で、リディは自分の胸を揉みしだいた。 想い人の匂いに包まれた毛布の上から手を触れることで、まるでジャンに触れられているかのような錯覚に陥ってくる。 「んっ……くぅっ……はぁっ……」 段々と、呼吸が荒くなってくるのが自分でもわかった。 毛布の下で、二つのふくよかな膨らみが、大きく左右に揺れ動く。 その膨らみは、細く、小さな指からなるリディの手には収まりきらず、毛布で包まねば零れ落ちてしまいそうだった。 大人になったのは、ジャンだけではない。 十年という歳月の間に、リディもまた一人の少女から大人の女性へと変わっていた。 そんな自分自身を、ジャンに余すところなく見てもらいたい。 大人になった自分の全てを、ジャンにしっかりと受け止めて欲しい。 「ジャン……。 もっと、私を見て……。 大人になった……私を見て……」 壁一枚隔てた向こう側には、自分が想いを寄せるジャンが眠っている。 このまま声を出し続ければ、ジャンに気づかれてしまうかもしれない。 自分の行為がジャンに知られ、ますます疎遠な態度を取られるかもしれない。 そう、頭ではわかっていても、溢れ出る想いは止められなかった。 いや、むしろ、ジャンに聞こえてしまうかもしれないという現実が、返って背徳的な刺激となってリディを昂奮させていた。 「――――っ!!」 動き回っていた自分の指が、胸の上にある敏感な部分に触れた。 毛布の上から触れているにも関わらず、二つの突起は僅かな刺激にも反応するくらい敏感になっていた。 63 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第八話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/06(月) 08 02 06 ID uJ5+ffLu 最早、胸を弄ぶくらいでは耐えられない。 胸元から腹にかけて広がった毛布を伝わせるようにして、リディは右手の指を、そっと下へ伸ばしてゆく。 そろそろと、それでいて迷いのない動きで、自分の最も敏感な部分へと指を伸ばす。 「んんっ……」 指先が触れたとき、そこは既に十分過ぎる程濡れていた。 少し指を這わせただけで、痺れるような快感がリディを襲う。 ジャンの毛布を抱いていることで、いつも以上に感覚が過敏になっていた。 自分の秘所へと指を滑り込ませ、リディはそれを中で激しく動かした。 深夜、自分の他は誰もいない、音の無い世界だからだろう。 そこまで大きな音ではないにも関わらず、自分の身体が生む厭らしい音が、リディの耳にもはっきりと聞こえた。 吐き出される欲望の証がシーツを濡らし、ジャンの使っていた毛布もまた濡らしてゆく。 「あっ……はぁっ……やぁっ……だめっ……!!」 ジャンに聞かれてしまうかもしれないという考えは、既に頭の中から消え去っていた。 身体が命じるままに手を、指を動かし続け、波のように襲ってくる快楽に身を委ねて声を上げた。 「ジャ、ジャン……。 私……私……」 絶頂が近づき、リディは思わずジャンの名を叫んで毛布をつかんだ。 その端を口に咥え、一瞬、眉根を寄せて身をよじる。 「はぅっ……んんぅぅぅっ!!」 ジャンの残り香が口いっぱいに広がったところで、リディは自分の身体に電気が走ったような感覚に襲われた。 そのまま指を動かし続け、怒涛の如く押し寄せる快感に身を任せて一気に果てた。 「はぁ……はぁ……」 今まで溜まっていた欲望を全て吐き出したことにより、リディは自分の頭が少しずつ冴えてゆくのを感じていた。 未だ、頭の一部はぼんやりとした感覚が残っていたが、それでも意識は鮮明だ。 (ジャンの毛布……汚しちゃったな……。 明日、晴れたら洗濯しなくちゃね……) 本当は、洗濯などしなくない。 洗って日に干せば、それだけでジャンの匂いが失われてしまう。 もっとも、このまま自分の欲望の痕を残したまま、ジャンに毛布を使ってもらうわけにもいかないが。 仕方なく、リディは起き上がって寝衣を着ると、事の終わった後の毛布にくるまって眠りについた。 明日、この匂いが消えてしまうのであれば、せめて今夜はジャンの温もりに包まれて眠りたい。 毛布に残ったジャンの匂いを感じながら、ジャンに抱かれる夢を見ていたい。 空は、いつしか雲がなくなり、月が完全にその姿を現していた。 青白い月光に照らされながら、リディはジャンの毛布で体を包み、一時の幸せを噛み締めていた。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 64 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第八話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/06(月) 08 02 53 ID uJ5+ffLu 代わり映えのしない日々ほど、月日の流れるのは早く感じられるのかもしれない。 ジャンが故郷の街に戻ってから、早くも二週間ほどの時が流れようとしていた。 極月の頭に差し掛かり、今年も残すところ後一月もない。 伯爵の病も、徐々に快方に向かっている。 自分がこの街を離れるのも、そう遠い日のことではないとジャンは感じていた。 年の暮を名もなき土地で過ごすのは少しばかり寂しかったが、辛い思い出のある生まれ故郷で過ごすよりはマシである。 それに、自分の父を異端者扱いし、自分諸共この街から追放したのは教会の力も大きい。 ジャンは無神論者というわけではなかったが、こと、この街において、教会の鐘を聞きながら聖夜を過ごす気持ちにはなれなかった。 今日もまた、迎えの馬車がジャンのいる宿場へとやってくる。 丘の上の伯爵の家に往診に行き、病気の経過を診て症状にあった薬を煎じる。 そして、その後はルネの話し相手となり、彼女に旅先で見たものや聞いたものなど、自分が体験してきた様々なことを話す。 多少の変化はあったものの、この街に帰ってきてから、特に代わり映えもなく続いている日常だ。 何も知らない者から見れば、ジャンが流浪の医師であり、この街に対して複雑な感情を抱いたまま過ごしていることなどは、想像もつかなかったに違いない。 だが、そんな平穏な日常においても、ジャンは己の立場というものを考えずにはいられなかった。 あの日、リディが彼女の母親の話をした時から、ジャンはリディと少しばかりの距離を取って生活していた。 いずれは街を去るであろう自分は、リディの心の拠り所になどなれはしない。 それに、彼女に不要な期待を抱かせて、妙な依存心を煽ってしまうのも憚られた。 一方、テオドール伯の娘であるルネに対しても、それは同様だった。 クロードはジャンにルネの話し相手になるよう頼んだが、それとて伯爵の病が快方に向かうまでの、ほんの一時のことでしかない。 過剰にルネを喜ばせて別れを辛いものにするのは気が引けたし、下手な同情心を向けて、後で裏切られたと思われるのも嫌だった。 それに、何よりもジャンは、ルネの純粋さに惚れ込みそうになる自分がいることに気づいていた。 無論、そんなことは叶わぬ夢である。 身分の違いもさることながら、ジャン自身、自分はルネとは違い、酷く穢れた存在であると感じていたからだ。 65 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第八話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/06(月) 08 03 29 ID uJ5+ffLu 生まれながらにして他者とは異なる異質な容姿を持ちながら、その心だけは純粋なものを忘れずに生きてきたルネ。 その一方で、不貞の父を持ち、その穢れた血筋を引き継いで、親子共々街を追い出された自分。 異端とされた理由には、二人とも己自身に責任があるわけではない。 が、しかし、自分とルネでは、あまりにも流れている血に違いがあり過ぎるとジャンは考えていた。 純粋な心を持った貴族の令嬢と、不貞の父を持った旅の医者では、比べるまでもない。 (結局、僕は行きずりの医者でしか過ぎない。 その場で苦しんでいる人を助けることはできても、それから先、誰かの支えになることなんて、出来はしない……) その日の診察を終えた後、ふとそんな考えがジャンの頭をよぎった。 今までも、旅の途中で訪れた街や村を離れた時に、同じ想いに駆られたことがある。 結局、自分がしているのは、偽善としか言えない行為なのだ。 その辺の野良犬や野良猫に、気まぐれで施しを与えるのと同程度の行い。 どれほど立派な医師であろうとしたところで、流れ者である自分にできるのは、その程度のことである。 クロードは、ルネとは友人のような対等の関係になるよう望んできた。 ルネ自身もそれを望んでいる節はあったが、それでもジャンは、彼女に自分自身のことを話すのだけは避けてきた。 己の内面は一切語らず、あくまで旅先で見たものと聞いたことだけを伝える。 そうすることでしか、今のルネと適度な距離を取る方法が見つからなかった。 帰り際、ルネはいつも、伯爵邸の窓辺から去り行く馬車を眺めている。 その姿を頭に思い描いただけで、ジャンは自分の心が痛んで仕方がなかった。 これ以上、ルネに近づいてはならない。 また、リディに対しても、居候の関係以上になってはならない。 なぜなら、自分は彼女達の拠り所になれるような、懐の深い男ではないのだから。 丘の上の屋敷から街まで続く一本道を、馬車を引く馬の蹄が規則的に叩く。 時折、砂利を踏むような音を混ぜながら、夕暮れ時の街に向けて馬車は丘を下って行く。 この生活は、あくまで一時のものなのだ。 それが終われば、自分はまた当てのない旅に出る。 そして、この土地に戻ることは、恐らく二度とないだろう。 行きずりの人間として、あくまで他者とは一定以上の距離を取り続けること。 それこそが自分の生き方として正しいものだと、少なくとも、この時のジャンはそう思っていた。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 66 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第八話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/06(月) 08 04 14 ID uJ5+ffLu 冬が訪れると、この土地では曇天が続くことも珍しくない。 日が短いことも相俟って、丘と街を覆う空気も冷たさを増してくる。 どんよりと曇った空には月明かりは勿論のこと、星の瞬き一つ見えることはない。 丘の上の屋敷からは、街の灯りが良く見えた。 晴天の刺すような日差しに比べ、夜の街を照らす灯りは、自分にとっても暖かいものだとルネは思う。 この季節、陽射しが強くないことは、ルネにとっては好ましい。 ところが、こと最近に至っては、曇天の空が自分の気持ちを代弁しているかのようで煩わしかった。 強い日差しは自分にとって毒だとわかっていても、灰色の空を見ていると、それだけで憂鬱な気持ちにさせられてしまう。 冬の雨と風、それに日の射さない日々が続くことが、養父であるテオドール伯の病を悪化させるということは言うまでもない。 しかし、それ以上に、ルネは自分の中に一抹の不安を抱いて過ごすことが嫌だった。 ジャン・ジャック・ジェラール。 養父の主治医としてこの屋敷を訪れたその青年は、自分の容姿や出生に関係なく、実に気さくに接してくれた。 クロードに頼まれてのことではあったが、自分の話し相手にもなってくれた。 そして、なによりも、彼はこんな自分の姿を見て、何ら恐れることもなく話しかけてくれた。 最初の内は、互いに単なる好奇心だったのかもしれない。 ジャンはルネの容姿に、ルネはジャンの話に、それぞれ興味と関心を抱いていた。 そんな関係だった。 だが、ジャンの話を聞いている間に、ルネは自分の中で、ジャンの存在が大きなものになっているのを感じていた。 その一方で、ジャンが決して自分のことを語らずに、ルネ自身と距離を取ろうとするのも気になった。 自分はこの容姿故に、理由なく疎まれ、忌み嫌われてきた。 自分を他の人間と同じように扱ってくれたのは、養父やクロードだけだった。 養父であるテオドール伯の性格は、ルネもよくわかっている。 気難しそうな顔をしているが、彼は人を見た目で判断することをしない人間だ。 そして、身寄りのないルネに手を差し伸べるだけの、懐の深さも持っていた。 クロードに関しては、最早言わずもがなである。 彼は、その特異な身体故に、ルネのこともまた差別と偏見の眼差しで見るようなことをしなかった。 その上、彼の伯爵に対する忠誠心は極めて強く、それはルネ自身にも向けられている。 そんな彼が、ルネの不快に思うようなことを口にするはずもない。 自分は愛されている。 決して万人に好かれているというわけではないが、自分の側には娘として可愛がってくれる養父も、どんな願いでも聞き入れてくれる使用人もいる。 そう、頭で理解しようとしていたが、ルネはその先に更なる愛情が欲しかった。 同情や慈愛、それに忠誠心などではない。 他者とは異なる容姿にとらわれず、自分の内面を見据えた上で、それでも無条件に愛してくれる者が欲しかった。 「ジャン……。 あなたはどうして、私の前に現れたのですか……」 67 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第八話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/06(月) 08 23 38 ID uJ5+ffLu 細い指で窓ガラスを撫でると、夜露に濡れた窓に一筋の線が生まれた。 ルネにとって、ジャンは初めて自分のことを恐れずに接してくれた人間だった。 伯爵やクロードもそうだったが、ジャンの存在は、身内のそれとは決定的に違う。 初対面の、しかも明らかに異質な容姿をした者に対し、何ら臆することなく話をする。 その上、クロードから身体や出生の秘密を聞いたにも関わらず、彼は何の偏見も持たずにルネと話をしてくれた。 そんなジャンだったからこそ、ルネもまた自分の内なる姿を躊躇いなくさらけ出すことができた。 無論、一度に全てを見せるわけにはいかなかったが、少なくとも、他の人間には決して見せないような笑顔を意識せずに出すこともできた。 それだけに、ここ最近のジャンの様子は、ルネにとっても気がかりだった。 ジャンは明らかに、ある一線を越えることを躊躇っている。 自分のことは決して語らず、あくまで旅先で見たものの話しかしない。 ルネが望むものは何でも話してくれたが、ジャン自身のことについては、まったく話してはくれなかった。 こちらから尋ねてみたこともあるが、その時も、適当に話を逸らされて終わってしまった。 ジャンは、自分に差別と偏見の眼差しを向けるような人間ではない。 では、なぜこうまでして、ジャンは己の内なる部分を語ろうとはしないのか。 それがルネにはわからなかった。 このまま、今の距離を保ったまま、ジャンはこの屋敷を去ってしまうのだろうか。 致し方ないことと知ってはいても、やはり受け入れられない自分がいる。 「失礼いたします、お嬢様……」 そこまで考えた時、戸を叩く音にルネは自分の意識を現実に引き戻した。 あの声は、クロードのものだ。 こんな夜更けに彼が訪れる理由。 それは、ルネも十分にわかっている。 「入りなさい、クロード」 扉の向こう側にいる者だけに聞こえるよう、ルネは決して大きくはない声でクロードを招き入れた。 金具の擦れるような音がして、クロードがルネの部屋に入って来る。 「お嬢様。 今宵の御加減は、いかがでしょうか?」 「少しだけ、喉が渇いていますわ。 まだ、当分は我慢できると思いますけど……」 「そうですか。 しかし、遠慮されることはありません。 衝動が抑えきれなくなってからでは、手遅れになる可能性もあります故に……」 「そうですわね。 でも、あなたは大丈夫なのですか? ここ最近、随分と私の渇きを癒してくれていましたけど……」 68 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第八話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/06(月) 08 24 26 ID uJ5+ffLu ルネの赤い瞳が、不安そうな表情でクロードを見る。 彼の身体のことを考えると、ここで自分の欲望のままに、クロードの首筋に口をつけるのは躊躇われた。 定期的にルネを襲う、耐え難いほどの渇き。 それは時に激しい衝動となって、生きている人間の血を求めた。 本来であれば、月に二度ほど血を啜れば衝動も納まっていた。 が、しかし、ここ最近に至っては、三日に一度の頻度で血を口にせねば満足できない自分がいる。 一度に飲み干す血の量こそ減ったものの、回数そのものは増えている。 結果としてクロードからもらう血の量が劇的に増えたわけではなかったが、それでも、こう間を開けずに血を求め続ければ、今にクロードの身体が持たなくなるのではないかと思ってしまう。 「私のことなら、心配は不要です」 薄暗がりの中、クロードは表情一つ変えずにルネに告げた。 やせ我慢などではなく、きっとそれは本心なのだろう。 「ありがとう、クロード。 では、今宵もあなたの血で、渇きを癒させてもらうことにしますわ……」 胸元をはだけ、露わになったクロードの首筋に、ルネはそっと唇を這わせて歯を突き立てた。 流れ出る鮮血をこぼさないように気をつけつつ、それを丁寧に吸ってゆく。 喉の奥を、鉄のような匂いのする液体が通り過ぎるのがわかった。 いつもであれば、それだけでも十分に満ち足りた気分になる。 だが、今日はいくら血を口にしても、ルネの中にある渇きを完全に抑えることはできそうになかった。 「どうされました、お嬢様」 いつもより早くルネが口を離したことで、クロードは訝しげな顔をして後ろを振り返った。 この数日間、初めは遠慮をしているのかと思ったが、やはり違う。 ルネは他人の血だけではなく、何か別のものを求めている。 それが、彼女の身体を襲う渇きと相俟って、衝動が生まれる周期さえも不安定なものにしている。 確信はなかったが、クロードにはそんな気がしてならなかった。 「ごめんなさい、クロード。 でも、駄目なのです。 どれほどあなたの血を飲んでも、渇きが満たされなくて……」 「なるほど。 やはり、そういうことですか。 どうやらお嬢様は、私の血の他にも欲しているものがあるようですね。 それが、お嬢様の内なる衝動と重なって、執拗なまでに渇きを覚えさせている……。 そういうことではないでしょうか?」 69 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第八話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/06(月) 08 25 16 ID uJ5+ffLu 「私に……欲しているものが?」 「ええ。 ですが、それは私の口から申し上げるものではありません。 お嬢様自身、既にお気づきのはずであると思われますが……」 クロードの言葉に、ルネは無言のまま自分の胸に手を置いた。 自分の心の奥底で、自分が求めているものは何か。 そんなことは、聞かれるまでもなく明らかだった。 自分が心の奥底で求めているもの。 それは紛れもない、あのジャンだった。 つい先ほど、クロードの血を啜っていた時でさえ、自分はジャンの血を啜っている想像に駆られていた。 間違いない。 自分はジャンを求めている。 だが、向こうがルネのことをどう思っているのか、それはまだわからない。 今までも、ジャンはルネに可能な限り、気さくに接するよう努めてくれた。 だが、その一方で、決して己の内面を語ろうとはしなかった。 自分はまだ、どこかで信用されていないのではないか。 そんな不安が頭をよぎるが、すぐに今しがたの行いを思い起こして首を振る。 秘密があるのはジャンだけではない。 ルネとて、その心の内に仄暗い秘密を抱えている。 定期的に襲ってくる衝動を満たすため、他人の血を啜らねば生きていけないという深い闇を。 このことがジャンに知られたら、さすがに彼も自分を恐れるに違いない。 その容姿だけでなく、行動までもが異質な存在であると知られたら、ジャンとてルネを受け入れることはないだろう。 自分の秘密は、決してジャンに知られてはならない。 しかし、ジャンのことを考えると、この衝動を抑える術が見つからない。 己の内なる衝動に怯えながら、ルネは何も言わずにクロードを返した。 今に感情を抑えきれなくなり、自分が自分でなくなるのではないか。 一度そう思うと、それだけで体が震え、怖かった。 (ジャン……助けて下さい……) 目の前のガラス窓が、ルネの目にぼんやりと曇って映った。 赤い瞳から流れ落ちた雫は、その瞳の色とは反対に、実に清らかな輝きを持ってルネの足元へと舞い降りた。
https://w.atwiki.jp/kaeuta-matome/pages/1983.html
元ネタ:レニングラード(原題Leningrad Billy Joel) 作:ヤジタリウス Factor is vector when I m spending on its welfare And tractor as shown together anywhere A kind of benefit, a kind of care Another one who ever has further upside on the ground You re way off to my side and get your spurs with great stride Allowed to rule and drag your wants straight Who s saying still to be determined, as strain Our personal life is how it s around And such spheres on the ground I was born to go along line As demanded aid on worthy time Stop trying to muddle through fairy tale Trust in those shallow angles to nail As demanded aids were enough to sale Under their task in our fair scale Haven t we earned tons for now Or it s kept being done for All the more it might be to come up with frame Sort of what we need and make its higher name Get to test us out whatever bound While making it technician s barren brand And fallen leaves on the ground Who s fallen leaves as life shown And fed in the sphere to cut down Bullshit not legit opposed not to be blown And bored with banned possibilities known Take or leave a lot make-believe What anyone believed in no matter cost How come it s valid with their followers And it s kept being done for Then shoddy build, and I got to this balance To have my bit for fit in dependance We got mediocre in slough without reliance We ll ever know what happened after Too ill to be on the ground... 検索タグ Billy Joel その他ネタ フルコーラス ヤジタリウス 洋楽 メニュー 作者別リスト 元ネタ別リスト 内容別リスト フレーズ長別リスト
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1999.html
253 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/20(月) 00 57 10 ID dWxH0GEx 街を吹き抜ける風が、宿場の窓を叩いていた。 霙はいつしか雨に変わり、夜の世界を容赦なく冷やして行く。 三階に与えられた自分の部屋で、ジャンはその日、一日の間にあったことを再び思い出していた。 光のない、淀んだ瞳を携えて、人が変わったように血を求めてきたルネ。 そして、先ほどの浴室で、こちらを誘うようにして近づいてきたリディ。 自分の周りで、何かが狂い出している。 それが何なのかはわからないが、ジャンにはそうとしか思えない。 ルネも、リディも、その行いは悪戯と言うにしてはあまりに酷い。 なにより、彼女達が自分に悪戯を仕掛けて来る理由がない。 いったい、あれは何だったのか。 考えても答えなど出るはずもない。 医者として、人の身体のことはわかっても、心の中まで覗く術など持ち合わせてはいなかった。 煌々と輝くランプの火を前に、時間だけが無情に過ぎてゆく。 窓を叩く風の音も、街を濡らす雨の音も、今のジャンの耳には届かない。 どれくらい呆けていたのだろうか。 気がつくと、既に時刻は丙夜の刻に入ろうとしていた。 外からは相変わらず雨音が響いて来ていたが、風は幾分か落ち着いたようだった。 (これ以上、考えていても仕方ないか……。 でも……明日、伯爵の家に行った時、僕はルネにどんな顔をすればいい……?) リディのことも気になるが、やはり気がかりなのはルネのことだった。 彼女は拒絶を恐れている。 それは、クロードから聞かされた話からも、ジャンは十分に理解しているつもりだった。 が、しかし、自分は今日のルネを見て、思わずその場から逃げ出してしまった。 薄暗がりの中、瞳に仄暗い闇を宿し、血を求めてこちらに迫って来る少女。 あんな姿を見せられたら、普通は怯えて当然だ。 そう、頭では納得しようとしていたが、それでもジャンにはどこか割り切れない部分もあった。 ルネに何があったのかは知らないが、彼女を拒絶したことには変わらない。 それは、彼女が最も恐れる行為。 彼女に対する裏切りであり、彼女の心に傷を残す行いに他ならない。 結局、自分がルネの話し相手になったのは、ただの偽善だったということだろうか。 自分ではルネを理解しようとしていたつもりでも、本質的な部分で、彼女に偏見の眼差し抱いていたのではあるまいか。 医者として、否、人として取り返しのつかないことをしてしまった。 そんな自責の念だけが、今のジャンを支配していた。 全ては明日、ルネに会えばわかること。 そうしなければ何も始まらず、また変わらないと知りながらも、自分の過ちが悔まれて眠れそうにない。 254 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/20(月) 00 57 52 ID dWxH0GEx (どうすればいい……。 僕は……どうすれば……) いっそのこと、逃げるようにしてこの街を去ってしまおうか。 元より長居は無用と考えていたのだ。 自分にとっても居心地の悪いこの街を去るには、これは絶好の機会ではないか。 時折、そんな逃げの気持ちが頭をよぎったが、それでも決断には至らなかった。 ここで逃げても何もならない。 自分の責任を放り出して逃げ出すことは、父の繰り返して来た愚行にも等しい。 あの、忌むべき父親と同じ道に堕ちることだけは、どうしても避けねばならないという気持ちがある。 逃げるか、それとも留まるか。 堂々巡りの考えに頭を支配されたまま、時間は更に過ぎて行った。 さすがにこのままでは、明日の仕事に支障をきたしかねない。 そう思い、ジャンが寝床に就こうとした時だった。 部屋の扉が、軋んだ音を立てて開いた。 ジャンが振り返ると、そこに立っていたのは見覚えのある人影。 片手にランプを持って佇む、寝巻姿のリディだった。 「ジャン……。 まだ、起きてたんだ……」 「えっ……!? ああ……ちょっと、考え事をしていてね」 先刻の浴室でのことが思い出され、ジャンは思わず適当に言葉を濁す様な言い方をした。 「考え事、か……。 誰のことを考えていたの? 今の患者さん?」 「まあ、そんなところだね。 でも、リディが気にすることはないよ。 これは、僕自身の問題だから……」 言えるはずもなかった。 ルネの身体のこと、その行いのこと、どれをとっても普通の人間には受け入れ難いものがあるだろう。 それに、下手にルネのことを話して、彼女が誰かから好奇と偏見の眼差しを向けられるのも嫌だった。 例え、それが幼馴染であるリディのものだったとしてもだ。 「ねえ、ジャン……」 ランプを台の上に置き、リディがそっとジャンの側に立つ。 いつもとは違う、どこか憂いを帯びたような口調だったためか、ジャンは思わず身構えた。 「実は、少し気分が悪いの。 私のこと、ちょっと診てくれないかな?」 255 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/20(月) 00 58 27 ID dWxH0GEx 「気分が悪いって……大丈夫なのかい?」 「うん。 なんか、熱っぽくってさ。 最近は寒かったし、風邪でもひいたのかも……」 「そうだな。 じゃあ、ちょっと診てみるから、額を出して」 椅子から立ち上がり、ジャンはリディの額に手を当てる。 冷え切った自分の手に比べれば暖かかったが、さして高い熱が出ているとは思えない。 むしろ、至って普通なくらいの平熱だ。 「熱がある……ってわりには、そんなに熱くないね」 訝しげな顔をしつつも、ジャンはリディの額にかざした手をそっと退けた。 これで、頭痛がするなどと言い出すようであれば、薬を与えて部屋に帰せばよい。 真偽の程は定かではないが、とりあえずリディに熱はないのだ。 「たぶん、単に疲れているだけだと思うよ。 頭とか……どこか痛むって言うなら、薬を出しておくけど?」 「本当に? でも……もっと、ちゃんと診ないと、わからないんじゃない?」 医者として適切な判断を下したつもりだったが、リディは納得していないようだった。 あからさまに不満そうな表情を浮かべると、ジャンの頭に自分の手を伸ばして来た。 「冷えた手で触っても、きっとわからないでしょ? だから……ジャンのここで診て……」 そう言いながら、リディは自分の額をジャンの額に押し付ける。 口と口が触れそうになるほどに、二人の顔が近づいた。 それは身体も同じことで、ジャンは自分の胸に、リディの胸元にある柔らかいものが当たっているのを感じていた。 「ちょっ……リディ!?」 「動かないで、ジャン……。 私……熱っぽいでしょ? こうやって近づけば、ジャンだってちゃんとわかるよね?」 リディの口から漏れる息が、言葉と共にジャンの口元にかかる。 寝巻の下には何も着けていないのか、押し付けられる二つの膨らみが妙に生々しい。 甘酸っぱい息と胸に当たる確かな感触に絆されて、ジャンは一瞬だけ自分の理性が揺らぎそうになった。 が、すぐに屋敷で見たルネの顔が頭に浮かび、済んでのところで意識を戻す。 暗闇の中で光る、赤銅色の二つの瞳。 血に飢えた獣のようなルネの姿と、目の前で自分に顔を近づけるリディの姿。 二つはまったく異なるものだったが、今のジャンには、それらの姿が重なって見えた。 256 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/20(月) 00 59 06 ID dWxH0GEx 「何やってるんだよ、リディ!!」 自分の中に湧いてきた邪な気持ちを振り切るように、ジャンはリディの身体を引き剥がす。 その言葉に、ただ茫然と立ち尽くすリディ。 そんな彼女の姿を前に、ジャンは半ば呆れたような口調で言葉を続けた。 「いいかげんにしてくれないか……。 君、熱なんてないんだろう。 だったら、どうしてこんなことをするんだよ……」 「どうしてって……それは……」 「風呂場でのこともそうだけど……今日のことは、悪戯にしては性質が悪過ぎるよ。 毎日忙しくて、リディと話ができないのはわかっているけど……こんな時間に、こんなことしなくてもいいだろう!?」 「そんな……悪戯だなんて……。 私、そんなつもりじゃ……」 「だったら……悪いけど今は、ちょっと席を外してくれないかな? 正直、冗談を言って笑っていられるような気分じゃないんだ……」 「なら、私に相談してよ!! 私、ジャンのためなら何でもするよ!! こんな私じゃ頼りないかもしれないけど、ジャンの話だったら、どんな話でも最後まで全部聞くよ!!」 「そういうことじゃないんだよ……。 今は、ちょっと一人で考えていたんだ……」 懸命にジャンに縋るリディだったが、ジャンの表情は優れなかった。 ここでリディに話をしたところで、何も解決しないことはわかっている。 自分がリディの好意に甘えたところで、ルネを傷つけた罪が許されるわけでもない。 ベッドの傍らで立ちつくすリディを他所に、ジャンは再び机の前にある椅子に腰かけた。 そのままリディに背を向けて、両手を額の前で組んで考える。 リディが後ろで何かを言っているようだったが、ジャンはそれに答えなかった。 部屋を覆う静寂の中、外の雨音と風の音だけが聞こえて来る。 何も言ってくれなくなったジャンの背中を見つめたまま、リディはそっと近くにあったランプを取った。 「それじゃあ……私、もう行くね。 ジャンも、あまり遅くまで起きていると、身体に悪いよ……」 やはり、返事はない。 自分がジャンの気持ちを害してしまったことを悔いつつも、リディはそれ以上は何も言わず、そっと逃げるようにして部屋を出た。 257 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/20(月) 00 59 38 ID dWxH0GEx 誰もいない廊下を渡り、すぐ隣の部屋の扉を開ける。 入口近くの台の上にランプを置くと、そのまま鍵も閉めず、ベッドの上で丸くなった。 夕方、浴室でジャンに近づいたのは、彼を癒してあげたいと思ったからだ。 先ほど、ジャンの部屋を訪れたのは、もっと自分のことを女として見て欲しいと思ったからだ。 だが、そんなリディの気持ちに気づくこともなく、ジャンはその全てを悪戯の一言で片づけてしまった。 リディにしてみれば、精一杯の自己表現。 そんな彼女の行いでさえ、ジャンに気持ちを伝えるには至らない。 相手はすぐ隣の部屋にいるというのに、まるで遙か遠い異国の地に行ってしまったような気がしてならなかった。 体は側にあっても、心は遠く離れている。 十年前、ジャンがリディに何も告げずに街を去った時から、二人の心の距離は縮まっていない。 (ジャン……。 どうして、気づいてくれないの……?) この時期の寒さには慣れているはずだったのに、身体の震えが止まらなかった。 外の雨と風は未だ街を冷やしていたが、リディが寒さを感じているのは、それだけが原因ではない。 (寒い……寒いよ、ジャン……) 本当は、今すぐにでもジャンの部屋に戻りたい。 戻って、この気持ちを伝えて、抱きしめて欲しい。 彼の腕で、胸で、冷えた心を暖めてもらいたい。 だが、先ほどのジャンの様子を思い出すと、とてもではないができそうになかった。 ジャンを求める気持ちよりも、拒絶を恐れる心の方が大きかった。 (ジャン……暖めてよ……。 昔みたいに……私のこと、守ってよ……) 近いのに遠い。 手を伸ばせば届きそうなのに、届かない。 しかし、無理に近づけば、それは更に溝を深める結果となる。 拒絶の恐怖ともどかしさ。 その二つに身を焦がされて、リディはひたすら暗闇の中で震えていた。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 258 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/20(月) 01 00 12 ID dWxH0GEx 翌朝は、久しぶりに太陽が顔を覗かせていた。 朝の陽ざしを額に受けて、ジャンは眠たい目を擦りながら起き上がる。 机の上に置いてある眼鏡をかけると、ぼんやりとした視界が急にはっきりした。 それと同時に、昨晩の記憶がまざまざと脳裏に浮かび上がる。 昨日の晩、自分はリディに随分と厳しいことを言ってしまった。 一人になりたかったのは事実だが、よくよく考えてみれば、あれは八つ当たりに等しい行為だ。 髪を整え、服を着替え、ジャンは階下の食堂に向かって足を運ぶ。 その足取りは、いつもとは異なりどこか重たい。 昨晩のことがあるだけに、面と向かってリディと話ができるのかどうか不安だった。 階段を下り、食堂の戸を開けると、そこにはリディの姿があった。 どうやら一人で朝食の準備を進めているようで、テーブルの上にはハムとパン、それにチーズや卵などが並べられている。 「あっ、おはよう、ジャン」 「あ、ああ……」 食事を並べながら、リディはジャンにいつもの笑顔を向けてきた。 気まずい空気になるかと思っていただけに、これにはジャンも、いささか拍子抜けしたような顔になった。 相手がこちらを責めるならば、覚悟を決めて謝ることもできただろう。 ところが、リディはジャンを責めるようなことは一切せずに、いつもと何ら変わらない様子で接してくる。 こうなると、次に何を話して良いのか、返って気にしてしまうものである。 「えっと……昨日は、その……」 「昨日? ああ、夜、ジャンの部屋に行った時のことね」 「ああ、そうだよ。 あの時は、冷たいこと言ってごめん……。 なんだか、ちょっと気が立っててさ……」 「そんなこと言ったら、私だって、ジャンの気持ちを考えていなかったもんね。 だから、あれはお互い様。 それ以上は、何も言わないことにしましょう」 自分は何も気にしていない。 そんな口調で、リディはさらりと言ってのけた。 ジャンも、それ以上は追及する気にならず、二人の会話はそこで途切れた。 自分の座った席に朝食が並べられてゆく様を眺めながら、ジャンは再び考える。 リディのことは、今はよい。 それよりも、今日の伯爵邸への往診が、果たして平穏に済むのかどうかが気がかりだ。 昨日、血を求めて迫るルネの姿に恐れをなし、馬車にも乗らず逃げ帰った自分。 そんな自分を、果たしてルネは許してくれるだろうか。 信じていた者に裏切られたという事実が、彼女の心を再び閉ざすことになってはいまいか。 考えれば考えるほど、ジャンの中から食欲が消えていった。 周りでは、既に他の宿泊客も席に着き、それぞれがパンやチーズに手を伸ばしている。 が、そんな光景を目にしても、パンを握るジャンの手が進むことはない。 「どうしたの、ジャン? もしかして……食欲ないとか?」 259 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/20(月) 01 01 05 ID dWxH0GEx 気がつくと、いつの間にかリディがジャンの後ろに回っていた。 他の客の目も気にせずに、こちらを心配そうに見下ろしている。 「いや、大丈夫だよ。 昨日、寝るのが遅かったから、ちょっと寝不足でね。 往診に行く時間まで仮眠をとれば、すぐに気分も良くなるさ」 寝不足なのは事実だったが、食欲不振の原因は他にある。 だが、それをリディに語ることはせず、ジャンは適当に理由をつけてごまかした。 食べかけのパンを牛乳で流し込み、手早く皿を重ねて立ち上がる。 「悪いけど、クロードさんが来たら知らせてくれるかな。 僕は昼まで部屋にいるつもりだから……よろしく頼むよ」 食事の終わった食器をリディに預け、ジャンはさっと立ち上がって部屋を出た。 他の宿泊客もいる手前、重たい空気を食堂に持ち込みたいとは思わなかった。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 宿場の前で馬の蹄が止まった音で、ジャンは自分が往診に出かける時間だと知った。 昨日、あのまま逃げ帰ってしまった手前、クロードに顔を合わせるのも気が重い。 しかし、患者を放置したまま約束を破るわけにもいかず、ジャンは仕方なしに宿場の外へと出た。 「お待ちしておりました……」 普段と変わらない無機的な空気を纏い、クロードがジャンに一礼する。 感情を表に出さないのを常としているだけに、向こうが何を思っているのかはわからない。 「ああ……。 それじゃあ、行こうか……」 昨日の一件を、クロードは知らないのだろうか。 ふと、そんな考えが頭をよぎったが、決めつけるには早過ぎると思った。 それに、昨日のことは遅かれ早かれ、ルネの口から他の者に告げられるだろう。 自分の不実はわかっていたが、それを知ったテオドール伯やクロードの顔を思い浮かべると、ジャンはどうしても気分が沈んだ。 丘の上の屋敷向かう途中、クロードは始終黙ったままである。 いつもであれば、そんな冷めた態度も気にならなくはなっていたが、今日は一段と馬車の中の空気が重たく感じられた。 相手が感情を押し殺しているだけに、その奥に怒りや悲しみを抱えているのではないかと思うと辛いものがある。 「着きましたよ、ジャン様……」 程なくして丘の上の屋敷に到着し、ジャンは促されるままに馬車を降りた。 冷たい印象を与えるのはいつものことだと思いつつも、クロードの言葉の一つ一つが気になって仕方がない。 260 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/20(月) 01 01 46 ID dWxH0GEx 「どうぞ、こちらへ……」 馬車を降りてからも、重たい空気は変わらなかった。 顔には出していないものの、クロードの背中から発せられているものだけは、ジャンにも理解できる。 やはり、クロードは昨日の件を知っているのだ。 自分が信頼した相手に裏切られた怒りと悲しみ。 それを、この男――ここではあえて、男と呼ばせてもらうが――もまた、心の奥で感じているのだろう。 屋敷の中を、ジャンはクロードに言われるがままにして歩いてゆく。 伯爵のいる部屋とは違う方向だったが、あえて何も言わなかった。 長い廊下を歩き、クロードがその先にある部屋の扉を開ける。 伯爵やルネの部屋ではなかったが、ジャンもその部屋には見覚えがあった。 忘れもしない、クロードがジャンに伯爵とルネの関係を語った部屋だ。 己の身体の秘密を明かしてまで伯爵とルネに対する忠義心の深さを語り、ジャンにルネの話し相手になるよう頼んだ場所である。 「どうぞお掛け下さい、ジャン様」 部屋に入るなり、クロードはジャンに椅子に座るよう促した。 立ち話もなんだということなのだろうが、クロードは椅子に腰を下ろすことなく立ちつくしたままだった。 「この部屋でお話をするのは二度目になりますね」 「あ、ああ……」 「何を緊張なさっているのですか? 別に、私はまだ何も言っていませんよ?」 氷のように冷たい視線が、ジャンの顔に向けられた。 その青い目で見据えられると、心臓を貫かれるような気がして落ち着かない。 「では、単刀直入に申し上げさせていただきましょう」 座ったまま固まっているジャンを気遣うこともなく、クロードは唐突に話を始めた。 「昨日、ジャン様は、お嬢様の部屋に戻られましたね? そこで、何を見たのですか……?」 「な、何って……それは……」 「正直にお答えください。 返答次第では、私の手でジャン様に、しかるべき措置を取らせていただかねばなりませんので……」 「し、しかるべき措置って……。 それ、本気かい?」 思わず耳を疑ったジャンだったが、クロードは至って冷静だった。 普段の彼の様子からして、冗談を言うような人間でないことはジャンも知っている。 ならば、ここで下手に嘘をつけば、それこそ自分の身が危ない。 伯爵やルネに対する忠義心の塊のようなクロードのことだ。 場合によってはジャンを抹殺することでさえ、何の躊躇いもなく行うだろう。 261 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/20(月) 01 02 12 ID dWxH0GEx 「わかったよ……正直に話す」 もう、隠すのは無理だとジャンは悟った。 クロードは事実を全て知った上で、こちらを試しにかかっている。 ここで隠し事をするような素振りを見せれば、それはジャン自身の業を重たくするだけである。 「昨日、ルネの部屋に忘れ物の時計を取りに行った時、彼女が僕に言ったんだ。 喉が渇いた、癒して欲しい……そして、僕の血が欲しいってね……」 「なるほど。 やはり、そうでしたか……」 クロードの目が、一瞬だけ憂いを帯びた色になった。 知られてはいけないことを知られてしまった。 そんな時に見せる顔だった。 「あの時は、正直、僕も気が動転していたんだと思う……。 ただ、ルネのことが恐ろしく思えて、無我夢中で逃げだしたよ。 それが……彼女を傷つけることだと知っていても……自分が抑えきれなかった」 ジャンも、俯きながらそう言った。 ルネの行動に疑問こそ残ったが、自分が彼女を傷つけたであろうことは、紛れもない事実である。 「あの……クロードさん」 「なんでしょうか、ジャン様」 「ルネは……彼女は、どうして僕の血なんか欲しがったんだ? あの時の彼女の瞳は、まるでいつもと様子が違っていた。 あなたは何か、僕にまだ隠していることがあるんじゃないですか?」 遠慮がちに、それでも何とか勇気を振り絞って、ジャンはクロードに尋ねた。 ルネに謝りたい。 それは、紛うことなきジャンの本心である。 だが、同時に、ルネについての真実を教えて欲しいという気持ちもあった。 あんなものを見せられては、これから先も今まで通りに向き合える自信がない。 例え謝罪を済ませたとしても、どこか納得のいかないまま、今まで以上にぎくしゃくした関係が続くことになるだろう。 「ジャン様……。 あなたがそう望まれるのであれば、私からも真実をお話しましょう」 クロードが、その表情をいつものそれに戻しながらジャンに言った。 262 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/20(月) 01 02 55 ID dWxH0GEx 「ただし、それには条件があります。 一つ目は、心の底から昨晩の非礼をお嬢様に詫びること。 二つ目は、今から話すことは、全てジャン様の心の中に留めておかれること。 これらをお守りいただけるのであれば、お話しいたしましょう」 「わかった……。 ルネにはきちんと謝るし、ここで聞いたことは誰にも言わない。 それで良いんだろう……?」 「賢明なご判断です……」 クロードが、ジャンの言葉に納得したようにして言った。 ジャンもそれに、無言で頷いて返す。 今から語られることは、きっと自分の想像を越えた話だろう。 それこそ、クロードの身体のことなど比べ物にならないほどの内容に違いない。 先入観は禁物であると知りながらも、ジャンの手には自然と力が入っていた。 「では、語らせていただきましょう。 お嬢様と私しか知らない……呪われた血の宿命のお話を……」 それからクロードは、ジャンの前でルネの身体の秘密について話し出した。 顔は普段のままだったが、その口調だけは、先ほどの憂いを帯びたようなそれに戻っている。 ジャンがまず驚いたのは、クロードの口から語られたルネの年齢だった。 見たところ、彼女は十四歳か十五歳程度だろうと思っていたが、クロードの話によるとルネは十八歳とのことだった。 彼女がテオドール伯の養女になるきっかけとなった落石事故。 それから生還して以来、ルネは身体の成長が止まってしまったらしい。 見た目は少女の姿のままに、既に四年も生きている。 伯爵の養女になってから、彼女はまったく成長する兆しを見せなかったというのだから驚きだ。 奇妙なことは、そればかりではない。 その体質故に、ルネは確かに日光に弱かった。 しかし、事故の前と後では、その耐性に大きな差が生まれたという。 ルネの口から語られた話によると、事故から生還して以来、強過ぎる日光に当たると飛火や瘡蓋ができるようになったそうだ。 酷い時には火傷のような傷を負い、慌てて木陰に逃げ込んだこともあるらしい。 飛火や瘡蓋の話はジャンもクロードから聞いていたが、火傷をするという話までは聞いていなかった。 また、その一方で、彼女の体質には他人とは異なる優れた面もあった。 以前、何かの拍子で指を切る怪我をしたとき、ルネの血は瞬く間に乾いて傷口を塞いだというのである。 薄い傷跡こそ残ったものの、出血は極めて最小限で済んだ。 再生という程の大袈裟なものではないが、怪我に対する自然治癒力だけは、優れた力を持っているようだった。 そして極めつけは、やはり彼女の嗜好である。 昨晩、ジャンの前で見せた、他人の血を欲するというあれだ。 普段は表に出ることはないものの、ルネは定期的に襲ってくる衝動に苦しめられているとのことだった。 焼けるような喉の渇きに襲われて、ひたすらに生きた人間の血を求める。 酷い時には自分で自分を抑えきれなくなり、そのままクロードに襲いかかったこともあるらしい。 今までは衝動も月に二回程度だったが、ここ最近では、クロードの身体が限界に近くなるほどまでに血を欲してくるようになったとのことだった。 263 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/20(月) 01 03 38 ID dWxH0GEx 「以上が、お嬢様の抱えておられる秘密です。 これで納得いただけましたでしょうか、ジャン様?」 最後まで淡々とした口調で、クロードはジャンに問うた。 その言葉に、やはりジャンは無言のまま頷いて返事をする。 あまりに想像を絶する内容で、言葉を口にすることさえも躊躇われた。 「このことは、御主人様もご存じではないのです。 血を求めるお嬢様に私自身の血を与え続けることで、今までは秘密を漏らすことなく過ごすことができました。 もっとも、いつかこういった日が来るであろうことは、私も予想はしていましたが……」 「そうだったのか……。 でも、どうしてあなたは、このことをテオドール伯に伝えないんですか? あの伯爵なら、ルネの秘密のことだって……」 「ジャン様の仰りたいことは、私にもわかります」 ジャンが言葉を言い終わる前に、クロードがそれを遮った。 「しかし、さすがにこの秘密だけは、御主人様にもお話するわけには参りません。 秘密を知ったことで、御主人様が苦しまれるだけであれば……いっそのこと、何も知らないままの方が良いこともあるのです」 「そんな……。 それじゃあルネは……今までずっと一人で、自分の中に闇を抱えていたってことなのか!?」 「一人ではありません、二人です。 私も、お嬢様の秘密を知る者の一人ですからね。 もっとも、他人と容易に共有できない秘密を抱えているという点では、一人でも二人でも、あまり変わらないことですが……」 その顔からはわからなかったが、ジャンはクロードの言葉から、確かに悲しみのようなものを感じ取っていた。 身内にさえも語れない秘密を抱え、偽りの自分を演じ続けるしかない生活。 純粋な心を持って生まれたが故に、その苦しみはジャンの考える何倍にも大きかったに違いない。 「ジャン様……。 お嬢様は、世間では魔物として忌み嫌われる存在なのです。 永久に歳をとらず、太陽の光を恐れ、その一方で、傷を負ってもすぐに傷口が塞がってしまう。 己の内から湧き上る衝動に身を任せ、他人の生き血を啜ることでしか、その身体を襲う渇きを癒すことができない者。 このような存在を、一度は耳にしたことはありませんか?」 「そ、それは……」 「私も、魔女や悪魔の存在を完全に信じているわけではありません。 しかし、世間一般の者からすれば、お嬢様は間違いなく魔物ということになるのでしょう。 世俗では、そのような者を……こと、吸血鬼と呼ぶようですね」 「馬鹿な!!」 そこまで聞いた時、ジャンは思わず声を上げて立ち上がった。 確かに、クロードの話を聞く限りでは、ルネは吸血鬼と言っていいのかもしれない。 だが、だからと言って、彼女が魔物として忌み嫌われなければならない理由はない。 ルネが他人の血を求める行為。 あの場から逃げ出した自分で言うのも憚られるが、そこに悪意はない。 少なくとも、クロードの話を聞く限りでは、彼女は自分の行いに心を痛めているようだった。 それなのに、世間一般の者から見れば、彼女は間違いなく魔物となる。 その容姿も行動も全てが異質な存在とされ、排斥される運命にあるのだ。 264 :ラ・フェ・アンサングランテ 【第十話】 ◆AJg91T1vXs :2010/12/20(月) 01 04 10 ID dWxH0GEx 自分がルネにしてしまったこと。 ジャンの中でそのことが、今さらながらにして大きく悔やまれた。 ルネは己の衝動を抑えようとし、苦しんでいたというのに、自分はなんということをしてしまったのか。 謝罪の言葉を述べるだけでは済まされない。 そんな自責の念が、ジャンの心を締めつけた。 「話はわかりました、クロードさん……」 高ぶる気持ちを鎮めながら、ジャンは真剣な表情でクロードを見る。 「昨日、ルネから逃げ出したことは……謝っても許されることではありません。 それは、僕も十分に承知しています」 ジャンの言葉に、クロードは何も答えない。 ただ、その話が終わるのを静かに待っているだけだ。 「だけど……だからこそ、僕はルネに贖罪をしなければならないと思うんです。 もう、彼女が自分のことで苦しまなくて済むように……彼女が普通の女の子として暮らせるように……。 そうすることが……医者としてしなければならない、僕の使命だ」 「ジャン様……」 「彼女が吸血鬼だなんて……そんな馬鹿げた話、僕は信じない。 だから、僕は彼女を治す。 例え、その姿が人とは違うもののままでも……せめて、血を求める衝動からだけでも解放してあげたいんだ」 自分でも、言っていることが信じられなかった。 あれほど街から離れたいと思い、それ故に、他人と深く関わることを避けてきた自分。 それにも関わらず、気がつけばルネのため、自らこの土地に残る選択をしている。 だが、不思議と嫌な気はしなかった。 これがルネにとっての救いになるのであれば、そして、自分にとっての贖罪になるのであれば、受け入れてしまおうとさえ思えていた。 自分にとって、ルネはいったい何なのか。 それはジャン自身にも、まだわかってはいない。 ただ、彼女のことを放っておけない自分がいるのは事実であり、医者として彼女の力になりたいと真剣に思っているのもまた本当だった。 原因不明の衝動に駆られ、他人の血を啜ることでしか渇きを癒せない症状。 そんな病気は聞いたこともないし、ジャン自身、治療の当てがあるわけでもない。 それでも、今ここでルネを救うことができるのは、自分以外にいないとジャンは感じていた。 部屋の中に、無言の静寂が訪れる。 ジャンも、クロードも、互いに見つめ合ったまま何も言わなかったが、それぞれの心の内にあった憂いは晴れていた。 もう、後戻りできないところまで来てしまった。 そう思ったジャンではあったが、今はルネのために何かをしたいという気持ちの方が強い。 だが、この時は、その選択が後の悲劇を生むきっかけになろうとは、クロードも、そしてジャン自身も気づいてはいなかった。